Silver Lining ~ BanG Dream Story~ (おたか丸)
しおりを挟む

設定集
オリジナルキャラクター設定集(ネタバレ注意)


 
 タイトルの通り、主人公達オリジナルキャラクターの紹介です。
 軽いネタバレを含みます。ご注意ください。


〇主人公とその仲間達

 

 

山城 貴嗣(やましろ たかつぐ)

 

 

 

 出身地:和歌山県

 誕生日:10月20日

 学年・クラス:花咲川学園高校 1年A組

 身長:175cm

 好きなもの:大体のもの(好奇心旺盛なため)

 嫌いなもの:人が悲しむこと、もの

 好きな食べ物:鮭の塩焼き、、炒飯、フライドポテト

 嫌いな食べ物:辛いもの全般

 趣味:映画鑑賞、読書

 家族構成:父、母、妹(真優貴)、ホープ(ミニチュアダックスフンド)

 所属バンド:Silver Lining(ギター・ボーカル)

 

 

 

 

 

 本作の主人公。和歌山県出身であり、中学3年間をイギリスで過ごす。高校進学と同時に帰国、家族と共に東京に引っ越してきた。日常会話程度に英語が話せる。普段は標準語を話すが、感情が高ぶったりツッコミをするときは、思わず関西弁が出ることも。

 

 

 キリッとした顔に黒髪短髪という、どの学校にも1人はいそうな真面目な高校生。優しそうな垂れ目と、綺麗なホワイトシルバーの瞳が特徴的。

 

 

 真面目だが柔軟な思考を持ち、心優しく思いやりのある性格。人の話をじっくり聞き、“嬉しい”や“悲しい”といった気持ちに共感できる少年。年上の優しいお兄ちゃん的存在。

 

 

 女子高生1人を抱きかかえたまま全速力で走ったり(9話)、ライブをした直後に香澄やこころ、はぐみといったテンション高い系の人達と休憩なしで踊っても大丈夫だったり(10話)と、すごい体力の持ち主。ちなみにこころには文字通り振り回されたらしいが、それでもついていけてたらしい。体力のステータスがMax説を提唱したのは美咲である。

 

 

 Silver Liningのリーダーであり、ボーカル兼ギターを担当。極めて精密な演奏技術と綺麗な歌声を持つ貴嗣は、バンドにとって無くてはならない存在。

 

 

 双子の妹である真優貴とはとても仲良し。休日には2人きりで出かけることも。忙しい真優貴のために、出来る限りの時間を共有しようとする気持ちがあるからこそである。その才能を遺憾なく発揮し、見る人を感動させる真優貴のことを心から尊敬している。

 

 

 母である真愛(あい)が経営する喫茶店“Sterne Hafen”の手伝いをすることもある。貴嗣が手伝いに入る日は高校生のお客さんが多くなるそうな。

 

 

 

□地声は結構低め。良い声と評されることが多いが、キーが高い歌は彼にとって天敵。いつも必死に練習しているらしい。

□使用するギターの色は黒(モノトーン)。 小学生の頃から使っている、大切なギター。

□バンド内の役割は、主に各パートのスコア作り。他にも練習日管理やライブハウスへの予約等、リーダーらしく仕事は多岐に渡る。

□誕生花は竜胆(リンドウ)。リンドウの花言葉は……?

 

 

 

 

 

須賀 大河(すが たいが)

 

 

 

 出身地:東京都

 誕生日:4月24日

 学年・クラス:花咲川学園高校 1年A組

 身長:180cm

 好きなもの:水泳、トレーニング

 嫌いなもの:文系科目

 好きな食べ物:ラーメン

 嫌いな食べ物:生もの

 趣味:水泳、ベース、ギター

 家族構成:父、母、兄

 所属バンド:Silver Lining(ベース)

 

 

 

 

 

 貴嗣が高校に入ってからできた最初の友達で、大切な親友。ムキムキの体格に180cmの大きな体が特徴的。

 

 

 物心ついて頃からスイミングスクールに通っており、高校生になった今も水泳を続けている。水泳の影響で髪が日焼けしており、元々黒髪だがこげ茶っぽくなっている。貴嗣と同じく清楚な短髪だが、大河のほうが少しだけ長い。瞳の色は水色。

 

 

 とても陽気で活発な性格。社交的で、初対面の人とでもすぐに仲良くなれる。その人柄の良さもあって、非常に人脈が広い。がっしりとした体とスポーツマンらしいイケメン顔で、女子生徒からの人気も高い。

 

 

 Silver Liningというバンドの原点である人物。高校に入ってからバンドがしたいという想いが大河にあったからこそ、Silver Liningが生まれた。

 

 

 バンドではベースを担当。その筋力から放たれる重低音はとても心地よい。ちなみにギターも弾くことができる。

 

 

 

□ギターとベースは母から中1の時に譲り受けたもの。サンバーストカラーのベースを使用する。

□バンド内ではその社交性とコミュ力を活かし、アポ取りや会場の下見、ライブの情報収集や申し込みを担当する。広い人脈と情報網を活かして、多種多様な情報を素早くメンバーに伝達する。

□10年以上水泳を続けているが、水泳部には所属していない。彼なりの理由があるらしいが……?

□ラーメンは醬油派。でもなんだかんだ全部好きらしい。練習終わりにバンドメンバーとラーメンを食べに行くのが、彼にとっての楽しみの1つ。

□誕生花はガーベラ。花言葉は「親しみやすさ」、「限りなき挑戦」、「前向き」等。

 

 

 

 

 

松田 穂乃花(まつだ ほのか)

 

 

 

 出身地:東京都

 誕生日:6月28日

 学年・クラス:花咲川学園高校 1年A組

 身長:156cm

 好きなもの:ドラム、ファッション、恋バナ

 嫌いなもの:あんまりないかも

 好きな食べ物:焼肉

 嫌いな食べ物:ピーマン

 趣味:絵を描くこと

 家族構成:父、母、祖父母、妹

 所属バンド:Silver Lining(ドラム)

 

 

 

 高校が始まっての最初の席替えで、大河の隣になった少女。キーボード担当の花蓮とは幼馴染で、小学校から学校が一緒。穂乃花がいたから花蓮が加わった。肩にかかるくらいの茶髪を、普段はポニーテールにしている。瞳の色は琥珀色。

 

 

 その明るくサバサバした性格と雰囲気から体育会系と思われがちだが、今までずっと美術部。生粋の文化系。運動はむしろ苦手な方。

 

 

 お洒落が好きなJK。私服姿が可愛いと評判で、ビジュアルも良く、その性格もあって男子の間では人気がある。

 

 

 幼い頃から絵を描くことが好きで、中等部の頃から美術部に所属している。その腕前は折り紙付きで、何度も作品を表彰されている。特に得意なのが水彩画で、初めて穂乃花の作品を見た者は感動のあまり立ち尽くすらしい。

 

 

 バンドではドラムを担当。力強いが非常に丁寧なプレイングで、メロディー隊の演奏を大河と共に支える。

 

 

 

□花蓮とは家が隣同士。お泊り会は日常茶飯事。

□バンド内ではその美的センスを活かして、ライブで着る服の組み合わせを主に担当。最近公式アカウントを作ったことで、SNSに詳しい穂乃花が主に管理することになった。イン〇タのストーリーを投稿しているのは穂乃花のことが多い。

□10歳の妹がいる。姉妹の仲は非常に良い。

□人の恋バナを聞くのが大好き。ドラム繋がりで、最近は沙綾の話を聞くのにハマっているそう。

□誕生花はゼラニウム。花言葉は「尊敬」、「信頼」、「真の友情」。

 

 

 

 

 

高野 花蓮(たかの かれん)

 

 

 

 出身地:東京都

 誕生日:12月24日

 学年・クラス:花咲川学園高校 1年B組

 身長:154cm

 好きなもの:ピアノ、友達と遊びに行くこと

 嫌いなもの:自分にとって大切な人が嫌な思いをすること

 好きな食べ物:パスタ

 嫌いな食べ物:こんにゃく

 趣味:ピアノの演奏、音楽鑑賞

 家族構成:父、母、うどん(フェレット)

 所属バンド:Silver Lining(キーボード)

 

 

 

 穂乃花の幼馴染。とても落ち着いており、謙虚で常に他人を気遣う、礼儀正しく心優しい少女。黒髪セミロングを、普段は三つ編みにしている。瞳の色は青色。

 

 

 5歳からピアノを続けており、コンクールで金賞を取ったことも。各々が高い演奏技術を持っているSilver Liningだが、花蓮はその中でも頭1つ抜けている。ギターボーカルという立ち位置もあって貴嗣が注目されることが多いが、担当楽器の熟練度や演奏技術――すなわち「上手さ」という点では、花蓮がトップである。

 

 

 ピアノの練習に集中したいということで、中学校では部活に入っていなかった。だが高校生になった今は「何か部活をしておけばよかった」と思っており、何か新しいことがしたいと考えてたところに、バンドの話が舞い込んできた。

 

 

 その清楚な見た目と、育ちのいいお嬢様のような気品ある雰囲気から、穂乃花と同様男子からの人気が高い。Silver Liningの活躍もあって、噂ではすでにファンクラブがあるとか……?

 

 

 バンドではキーボード担当。文句なしの演奏技術で、貴嗣と共に演奏を彩る。皆と音楽を奏でている時間が、花蓮にとって何よりの楽しみ。

 

 

 

□家族であるフェレットの名前は「うどん」。名前の理由は、アルビノで真っ白な見た目だから。花蓮の性格もあって非常に懐いているが、フェレットは1日の大半を寝ているため、触れ合える時間が少ないのが唯一の不満点。

□バンド内では演出を担当。ピアノの演奏を通じて培ってきた高い表現力と想像力で、ライブを最大限に盛り上げる演出を生み出す。そのアイデアに貴嗣達は毎回驚かされる。

□落ち着いた性格だが、意外にもノリがいい。仲良くなった人には冗談も言う。

□「誠実な人」と言ったり、フォークダンスで楽しそうに踊っていたりと、貴嗣に対して好意的な態度を見せている。友情の類なのか、それとも……?

□誕生花はノースボール。花言葉は「誠実」、「冬の足音」、「高潔」。

 

 

 

 

 

〇オリジナルバンド

 

 

◇◆Silver Lining◇◆

 

 花咲川学園の生徒である山城貴嗣、須賀大河、松田穂乃花、高野花蓮によって結成されたバンド。名前の由来は英語のことわざである“Every cloud has a silver lining.(どんなに辛い時でも必ず希望はある)”から来ている。Silver Liningとは「銀の裏地」、転じて「希望の兆し」という意味。

 

 

 各々の演奏技術のレベルが非常に高く、かつ完全に調和している音、演奏が特徴的。花咲川学園の文化祭の有志発表で初ライブを行い、そのレベルの高さで見るものを圧倒し場を盛り上げ、その興奮を文化祭の目玉イベントのフォークダンスへと繋げた。

 

 

 特にオリジナルの衣装を作ることはなく、演奏時には私服をコーディネートする。演奏する曲はカバーだが、オリジナルのアレンジと貴嗣の歌声によって、全く別の曲に聞こえると好評である。

 

 

 ライブの際は全員がお揃いの菱形の銀色のネックレスをつける。

 

 

 

 

 

〇その他

 

 

 

山城 真優貴(やましろ まゆき)

 

 

 

 出身地:和歌山県

 誕生日:10月20日

 学年・クラス:花咲川学園高校 1年C組

 身長:163cm

 好きなもの:お仕事、演じること、音楽

 嫌いなもの:ネガティブな気持ちになっちゃうもの

 好きな食べ物:炒飯(兄が作ってくれるものが1番好き)

 嫌いな食べ物:苦いもの全般

 趣味:カフェ巡り、仲良しの人とのお出かけ

 家族構成:父、母、兄(貴嗣)、ホープ(ミニチュアダックスフンド)

 

 

 

 貴嗣の双子の妹。腰まで届く栗色の髪に、兄と同じホワイトシルバーの瞳を持つ。目も貴嗣とそっくり。髪型はその日の気分によって変える。

 

 

 常に他人を思いやって行動する優しさと、見る人を元気づける明るさを兼ね備える。いつも元気一杯ではあるものの、人を非常に良く見ており、その場の雰囲気にあった行動を取ることができる。

 

 

 小学3年生の頃に子役オーディションを受け見事合格。高校に進学した現在まで、色んな分野で活躍している現役女優である。

 

 

 幼い頃から勉強が良くできたり、習い事で技術を習得するのが早かったりという、所謂天才。女優としてもその溢れる才能を活かし、素晴らしい演技を披露する。文句なしの美少女なので、モデル撮影や出演依頼等が跡を絶たないが、高校進学に伴って学業優先ということで、マネージャーさんが上手くしてくれている。

 

 

 天才ではあるものの、陰での努力は欠かさない。才能を鼻にかけることなく、何事にも真摯に向き合い、努力で才能を支えるその姿勢は、他の多くの芸能人からも尊敬されている。

 

 

 双子の兄である貴嗣のことが大好きで、「お兄ちゃん」と呼んでよく甘えている。大好きではあるもののブラコンというより、1人の人間として兄を尊敬している部分が強く、お互いのことを一番理解し信頼している、最高のパートナーといった関係。これといった才能がないが故に凄まじい努力を重ねている兄を、誰よりも尊敬しているし、大好き。

 

 

 

□ちなみにスタイルもかなりいい。ひまりや燐子みたいに大きくないが、それでも出るところはハッキリ出ているという感じ。たまに貴嗣に抱き着いて反応を楽しんでいる。

□自身が努力を怠らないのは、いつも陰で努力を重ねていた貴嗣を一番近くで見ていたから。その黙々と努力をする姿に、真優貴は憧れた。

□一番好きな食べ物は貴嗣が作ってくれたパラパラの炒飯。忙しい自分のために、貴嗣が一生懸命練習してくれた料理だから。

□C組なので、こころや美咲と同じクラス。特に美咲は高校に上がってから初めてできた友達で、よく2人で遊びに行ってる。

□同じく元子役、女優という経歴を持つ、ある先輩をとても尊敬している。事務所も同じ。

 

 

 

 

 

◆ホープ

 

 

 

 ミニチュアダックスフンドの2歳。男の子。貴嗣が中2の夏季休暇の間帰国していた際に、山城家が新しい家族として迎え入れた。名前は言わずもがな、“希望”を意味する英語から。

 

 

 クリーム色の毛並みが美しい、大人しく人懐っこい性格。主に貴嗣と真優貴がお世話をしており、2人が愛情を込めて育ててきたため、人が大好き。だが最初はかなり臆病だったらしい。

 

 

 真優貴と母である真愛が忙しいため、散歩は貴嗣と一緒に行くことが多い。朝の散歩が5時からなので、貴嗣の起床時間が朝の4時になっている。

 

 

 その綺麗な毛並みと性格、そしてニパーと笑う可愛らしい姿で、今日も出会う人達を癒している。

 

 

 

 

 

山城 真愛(やましろ あい)

 

 

 

 貴嗣と真優貴の母。Sterne Hafen(シュテルン ハーフェン)というカフェを経営している。

 

 

 真優貴とそっくりな栗色の髪と、アクアマリンの瞳が特徴的。貴嗣の垂れ目は母譲り。見た目だけなら真優貴が一番お母さん似。

 

 

 おっとりとした、包容力のある性格。常に優しく微笑んでおり、アルバイトの人達と店を切り盛りしながら、毎日貴嗣と真優貴、そして2人の友達を見守っている。

 

 

 少なくとも30代のはずだが、どう見ても大学生にしか見えないほど若々しい。

 

 

 

 

 

 

 




 
 オリキャラ設定集はまた付け足していくかもです。

 読んでいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

主人公との関係(Chapter 1 Poppin'Party)

 
 主人公とPoppin'Partyのメンバーとの関係のメモです。元々自分が小説用のノートに箇条書きで書いていたものを、文章にしてまとめました。

 本編よりキャラの心情などを深堀りしているつもりなので、読んでいただくと、この小説でのそれぞれのキャラのイメージがより深まると思います。

 Chapter 1のネタバレを含みます。ご注意ください。


◇山吹 沙綾

 

 

 ポピパ編でのメインヒロイン。高校に入学して、名前の順で席が前後になり、沙綾が話しかけたのが仲良くなったきっかけ。

 

 文化祭の1ヶ月前からやまぶきベーカリーの臨時お手伝いを始めたことで、文化祭シーズンは沙綾と常に一緒に過ごす。沙綾と一緒に過ごした忙しくも楽しい1ヶ月は、貴嗣にとって高校最初の大切な思い出。

 

 お互いを1番近い所で見てきたこと、性格が似ていることから、2人の心理的距離は近い。友達以上恋人未満の一歩手前くらい。お互いの存在が心地よいのは、2人とも同じ。

 

 貴嗣にとって沙綾は、大切な友達。友達なんだけど恋人みたいな、でも恋人ではないという独特の距離感。友達の最上級。まだ異性として好きではないが、それでも大切な女の子。

 

 沙綾にとって貴嗣は、甘えられる男の子で、自分を助けてくれた大好きな人、片想いの相手。お泊まり会で間違って貴嗣の布団に入ってしまった際には、抱きついてそのまま添い寝するというイチャイチャムーブを敢行した。文化祭が終わった後は、ほぼ毎日パンを買いに来てくれる貴嗣に会うのが大きな楽しみの1つ。ちょくちょく電話したり、さりげなく手を繋いだりと、アピールは結構積極的。今後の展開に期待。

 

 

 

 

 

◇戸山 香澄

 

 

 キラキラ大好き女子高生。おたえ、りみと共に、初めて貴嗣がカフェの店員として接客した友達。その明るくポジティブな性格に、貴嗣はいつも元気をもらっている。

 

 貴嗣との初練習の際、彼の高いレベルの演奏技術を見たことで、「私が貴嗣くんに追いつける日なんて来るのかな?」と一瞬ネガティブになってしまったが、電話で貴嗣が掛けてくれた「何事にも挑戦していけば、いつか必ず成長できる」という言葉に励まされ、それからは絶好調。ちなみに本作品で貴嗣のことを名前呼びしたのは、香澄が初めて。

 

 文化祭後、貴嗣と一緒にギター練習をした際のトラブルで彼に抱きついてしまい、そのままキスしようとしたが妹の明日香によって阻止された。貴嗣もその理由について追求しなかったが、香澄自身も「どうしてあんなことしたんだろ……///」とイマイチ分かっていない。貴嗣への気持ちは親愛なのか、それともそれ以上のものなのか……香澄が答えを見つける日は来るのだろうか?

 

 貴嗣にとって香澄は、一緒にいて元気になれる友達。他者の気持ちに敏感な貴嗣にとって、香澄といる時間はとても楽しいもの。

 

 香澄にとって貴嗣は、ギターの先生で、大好きな友達。ポピパの練習中、うまく演奏できたら貴嗣に連絡したり、いきなり電話しようとするのが最近の香澄。それにおたえが便乗し、有咲に叱られるというのがよくあるオチ。

 

 

 

 

 

◇花園 たえ

 

 

 マイペース天然美少女。貴嗣を家に招いた際は、その性格を遺憾なく発揮し、貴嗣に「花園ワールド」とは何たるかを叩き込んだ。

 

 文化祭のライブで貴嗣の演奏技術を見て感動し、彼に興味を持つ。元々親切な人だとは聞いていたが、家でウサギ達と遊んだ際に、その優しさは嘘偽りない本物だと知る。「おたえは素敵な人」という貴嗣の言葉に、たえは相当喜んでいた。

 

 動物好きな貴嗣とは話が尽きず、LIN○のトーク画面はお互いの好きな動物の写真のオンパレード。偶にたえが高クオリティのコラ画像を作り、それに貴嗣が爆笑するという光景も見られる。ちなみにたえの1番のお気に入りは、オムライスを食べている貴嗣の頭にウサギの耳をつけたやつ。

 

 貴嗣にとってたえは、面白くて素敵な人。動物を心から愛する彼女には、一種のシンパシーを感じている。初めはその天然発言に振り回されていたが、まさかの貴嗣がそれに順応。たえがボケたら自分も乗っかるという暴走特急を楽しんでいる。

 

 たえにとって貴嗣は、優しくて面白い人。自分の話をしっかりと聞いてくれる貴嗣のことが好きで、時々ストレートに好意を伝える。もちろん友情の類だが、たえも恥ずかしいのか、顔を赤らめながら貴嗣に自分の想いを伝える場面もあったり。

 

 

 

 

 

◇牛込 りみ

 

 

 チョココロネ大好き少女。やまぶきベーカリーのチョココロネが1番だが、Sterne Hafenのチョココロネも大好きらしい。最近は貴嗣もパンケーキミックスから作る練習をしているとか。

 

 貴嗣との距離が縮まったきっかけは、ズバリ「映画の話」。文化祭後のある日、ビデオのレンタルショップでばったり会った貴嗣が、自分と同じ映画好き(りみはホラー映画だが)だと知って、途端に話が弾むようになった。生粋の映画オタクである貴嗣が話してくれる映画の話を聞くのが、りみの最近の趣味の1つ。

 

 お互い関西出身ということで、関西弁を遠慮なく話すことができる唯一の存在。りみは貴嗣が関西弁を話す姿が新鮮で面白く、どちらかと言うと関西弁の貴嗣のほうが好きらしい。貴嗣もりみの関西弁を「めっちゃ可愛い」と思っており、なんだかんだ2人とも思っていることが一緒。貴嗣を方言萌えに目覚めさせた張本人(いい意味)。

 

 自分が引っ込み思案であることを告白した際に貴嗣が言った「自分を変えようとしていること自体がすごいと思う」という言葉にとても勇気づけられ、大切にしている。

 

 貴嗣にとってりみは、ある意味一番素を出せる人で、応援したくなる人。遠慮せずに方言を話せるということで貴嗣も素を出しやすく、尻込みしながらも一生懸命バンドに挑戦しているりみを、いつも応援している。

 

 りみにとって貴嗣は、憧れの存在。自分がマイナスだと思っていた引っ込み思案を「それでもいいと思うで」と受け入れて、かつ自分が頑張っているところをしっかり見てくれている貴嗣は、りみにとって、とても安心する男の子。

 

 

 

 

 

◇市ヶ谷 有咲

 

 

 ツンデレ金髪ツインテール少女。典型的なツンデレだが、そのツンツンは貴嗣には通用せず、ニコニコと笑い返されてしまう。高い洞察力を持つ貴嗣には、ツンの先のデレが丸分かりだからだ。

 

 ポピパの練習で貴嗣の名前が頻繁に出るようになったのが、彼と仲良くなりたいと思ったきっかけ。面倒くさい性格をしている自分を受け入れてくれた香澄達が、自分があまり知らない人について楽しそうに話しているのを見て、少し寂しくなったらしい。「自分も皆と一緒の話題について話したい」という気持ちを持ったのまでは良かったのだが、その初手でまさかの2人きりのデートという高難易度ルートを選択する。そのことをデート後に花蓮に聞かれた際は、「べ、別に私が貴嗣とデートしたかったんじゃなくて……花蓮ちゃんがそう言ったんだからだし……///」と、案の定ツンデレをかました。

 

 好奇心旺盛な貴嗣はふと盆栽に興味を持ち、そこから有咲が貴嗣に知識を教えるようになる。自分が大好きな盆栽に彼が興味を持ってくれたことがとても嬉しく、貴嗣に知識を教える時間は、有咲にとってお楽しみの時間になっている。有咲が先生で貴嗣が生徒という、他のメンバーとはまた違う、ちょっとレアな関係性。

 

 貴嗣にとって有咲は、自分の知らない知識を教えてくれる先生であり、友達。もちろん盆栽だけではなく有咲の性格も気に入っており、ストレートに褒めるとすぐに照れる有咲をからかうときもある。だが「自分の気持ちを素直に言えない」という気持ちにも共感し、有咲が一生懸命自分の想いを伝えようとするときは、絶対に真剣に聞くと決めている。

 

 有咲にとって貴嗣は、自分の好きなことに興味を持ってくれる生徒で、面倒くさい自分を受け入れてくれる優しい人。一緒にデートに行った際も緊張をほぐしてくれたり、盆栽の話を楽しそうに聞いてくれたり、素直になれずついツンツンしてしまっても受け入れて自分の気持ちを察してくれる貴嗣には、いつも感謝している。いつか貴嗣みたいに自然と笑って感謝の気持ちを伝えるようになって、貴嗣に「いつもありがとう」と素直に伝えたいと思っている。




 読んでいただき、ありがとうございました。

 これから章が終わるごとにこのメモを増やしていく予定です。このメモで、読者の皆様がよりこの小説を楽しんでいただける手助けができれば幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

主人公との関係性(Chapter 2 Afterglow)

 
 「今更投稿するのか……」感が強いですが、お気になさらず。ポピパ編と少しだけ書き方が違いますが、今回もメモを文章にしてまとめました。

 Chapter 2のネタバレが含まれています。ご注意ください。


 

 

◇上原ひまり

 

 

 アフグロ編でのメインヒロイン。明るい性格と抜群のスタイルが特徴の可愛らしいJK。

 

 

 貴嗣を知ったきっかけは、花咲川に通う友達が見せてくれたライブ映像。演奏する彼の姿に一目惚れし、ファンとなる。いつか会えないかと淡い期待をしていた矢先、貴嗣が羽沢喫茶店に立ち寄ったことで知り合うことに。

 

 

 Afterglowの練習を見てもらう中で、Silver Liningのリーダーとして振る舞う貴嗣に憧れると同時に、彼と自分を比較してしまい、「自分はリーダーとしてふさわしいのか?」と不安になってしまう。そんなひまりに貴嗣は、「リーダーって言っても色々ある」「皆の前に立つんじゃなくて、皆の隣に立つリーダーってのもありだと思う」「皆のために一生懸命頑張ろうとするひまりちゃんは正しくリーダーだよ」という言葉を掛ける。貴嗣の励ましのおかげでひまりは勇気を貰い、この一件がきっかけで貴嗣を異性として意識し始める。そして遊びに行った帰りの電車の中で、貴嗣に対する自分の恋心を自覚するのだった。

 

 

 ひまりにとって貴嗣は「推しであり、憧れであり、好きな人」。違う学校に通っていることもあって話す機会が少ないのが悩みの種。それでもCiRCLEや羽沢珈琲店で会うこともあり、その際はいっぱいお話しするようにしている。その日あったことやバンドでの出来事を楽しそうに話すひまりから貴嗣も元気を貰うことが多く、積極的に話しかけてくれるひまりには貴嗣も感謝している。貴嗣は聞き上手なこともあって、話すのが大好きなひまりとは相性が良かったり。

 

 

「貴嗣君聞いてよ~! この前皆がねー……」とひまりが言えば、「うんうん、聞くよー。どうしたー?」と貴嗣が答えるのがルーティン。

 

 

 

 

 

◇羽沢つぐみ

 

 

 超が付くほどの頑張り屋さん。貴嗣とは「家が喫茶店を経営している」という、他のメンバーにはない共通点がある。

 

 

 ガルジャム後、ずっと行きたかったSterne Hafen(貴嗣の母が経営するカフェ)に立ち寄り、そこでたまたま休憩に入った貴嗣と相席することになる。何気ない会話をしていた2人だったが、ふと貴嗣に「他人のことは褒めるのに、自分のことになると話を逸らしている」ことを見抜かれてしまう。

 

 

 「自分は他のメンバーと違い『普通』であり、だからこそ頑張らなければいけない」という自分の考えを、つぐみは貴嗣に告白する。それに対し貴嗣は「そもそも『普通』って悪いことなの?」という問いかけをする。

 

 

 話していく中で、つぐみは「視点を変えれば、普通であることを短所ではなく紛れもない長所と捉えることも出来る」という考え方を貴嗣から教わる。自分を励ましてくれた貴嗣に感謝しつつ、いつか「普通の女の子」である自分を誇りに思えるように頑張っていくことを決めた。

 

 

 つぐみにとって貴嗣は「憧れの存在」。考え方が大人っぽく、自分にアドバイスをくれたことから「先生みたい」とも。貴嗣は頑張っているつぐみを見守り、つぐみは自分を見守ってくれている貴嗣に応えたいと思い、今日も一生懸命頑張っている。

 

 

 

 

 

 

◇宇田川巴

 

 

 豚骨ラーメン大好き姉貴。イケメン系女子。貴嗣と妹の真優貴の3人でオリジナルのラーメンを作ったのがきっかけで、山城兄妹と仲良くなる。ラーメン同盟。

 

 

 本編では蘭を連れ戻してくれたこともあって、貴嗣には強い信頼を寄せている。巴にとって貴嗣は「信頼できる友人」である。お互い妹がいること(貴嗣の場合は双子だが)や面倒見が良い性格もあってシンパシーを感じる部分があるのか、関係は良好。仲良しのダチ的な感じ。

 

 

 アフグロ編の後も学校終わりや練習終わりのタイミングで、貴嗣達Silver Liningをラーメン屋に誘っている。貴嗣達も予定が合えばご一緒させてもらう。合計9人で1つのラーメン屋さんに入り、和気あいあいと話す時間はまさしく青春。この時貴嗣と次のオリジナルラーメンのネタについて話し合うことが多いのだが、ひまりがそれを羨ましそうに見ているのに気づき、巴はさり気なく会話を終わらせることで、ひまりが貴嗣と話せるようにしているとか。イケメン。

 

 

 

 

 

◇青葉モカ

 

 

 超絶マイペース美少女。貴嗣のことは「貴さん」と呼ぶ。その掴みどころがない言動は時に周りを困惑させるが、他者の気持ちを汲み取ることができる貴嗣にはノープロブレムであった。

 

 

 興味を持ったものにはとことん打ち込む性格で、貴嗣をスイーツ食べ歩きイベントに誘ったのも、ガルジャムの件で彼に興味を持ったから。元々貴嗣が親切な人物だと知っていたが、自分がスタンプラリーの券を落としてしまったにも関わらず、「大丈夫」と言って自腹でパフェを買ってきてくれた貴嗣を見て、改めて彼の優しさに触れる。自分の気持ちを知られることを恐れ、本音を誤魔化しがちなモカだが、この一件から貴嗣を信頼するように。

 

 

 モカにとって貴嗣は「お兄ちゃん的ポジション」。貴嗣のことは「友達として好き」であると自分の中で断言している。それでも素直に甘えられる人というのはモカも嬉しく、会うたびに「あーん」を要求する。傍から見るとイチャイチャ行為だが、これはモカなりの甘え方、コミュニケーションの1つ。貴嗣もモカのことを「何だか年の離れた妹みたい」と思っており、他人に甘い性格もあってモカの口にせっせと食料を運ぶ光景が頻繁に目撃されている。

 

 

 

 

 

◇美竹蘭

 

 

 赤メッシュが目を引くAfterglowのギター兼ボーカル。クールな性格だけど熱いハートの持ち主。

 

 

 物語序盤は家庭の問題が原因でストレスを抱えている状態ということもあり、貴嗣との心理的距離はそこまで近くなくなかった。スタジオを飛び出してしまった自分を迎えに来てくれたこと、父親と正面から話す勇気をくれたことがきっかけで、蘭は貴嗣を信頼し始める。

 

 

 第25話では楽器屋で貴嗣を見かけ、ギターのメンテナンス待ちの貴嗣と雑談する。学校ではクラスメイトに話しかけられるようになり友達が増えたことや、父親とも家で話すようになったこと、華道の稽古にも顔を出すようにしていること——蘭の話を貴嗣は嬉しそうに聞き、しっかりと自分の話を聞いてくれる貴嗣に蘭も心を開く。貴嗣の持つ高い感受性を頼りにしており、時折華道の作品について話すことも。

 

 

 蘭にとって貴嗣は「目標」。演奏技術だけでなく、人としての器の大きさに憧れ、いつか自分も彼のようになりたいと思っている。

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 現在執筆中のRoselia編も進めて参りますので、よろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter 0 Overture
第0話 もし毎日を幸せに生きたいなら、まず早起きをすることから始めよう


 皆様はじめまして。おたか丸と申します。

 今回からバンドリの小説を書かせていただきます。初投稿作品ですが、1人でも多くの方に楽しんでもらえると幸いです。

 それではどうぞ!


 

 

 早起きは三文の徳、ということわざがある。早起きすると良いことが起こりますよ、といった意味だが、これはあながち科学的にも間違っていない。

 

 人間の体とは不思議なもので、早朝に日光を浴びながら軽い運動をすると、それだけでドーパミンと呼ばれるホルモンが分泌され、それによって幸福度がアップし、交感神経が活性化し体のスイッチが入り、1日の活動の準備ができるそうだ。

 

 

「よし、散歩いこっか」

「♪♪」

 

 

 目の前の小っちゃな家族にそう語りかける。彼は嬉しそうな顔をしながら、長い尻尾をブンブン振っている。動きやすい服装に着替えてから、彼の長い胴体に散歩用のハーネスをつけて準備完了。

 

 ミニチュアダックスフンドは本当に胴体が長いなと思いながら、玄関で運動用のシューズを履き、靴紐をしっかりと結んで立ち上がる。

 

 

「いってきます」

 

 

 現在早朝5時過ぎ。家族を起こさないように、1人でぼそっとそう言って散歩に出かけた。

 

 そんなに朝早くから大変だなと思うかもしれないが、慣れてしまえばどうってことない。むしろ逆にスッキリして体の調子が良いのだ。

 

 

 実際、早起きを習慣にしている有名人や成功者は数多い。アッ〇ルの現CEOは毎朝4時半くらいから社員にメールを送るらしい。また英国初の女性首相であるマーガ〇ット・サッ〇ャーは毎朝5時に起きていたそうな。

 

 

「♪♪」テクテクッ

「ははっ。朝から元気やな」

 

 

 最近引っ越してきたばかりの町を、うちの愛犬“ホープ”と一緒に散歩する。どこに何があるのかが全く頭に入ってないが、逆に目に入るもの全てが新鮮で、自然とワクワクしてくる。まるで未開の地を冒険しているみたいで結構楽しい。なんなら一緒に探検する可愛らしい相棒もいる。

 

 

 またお気に入りのコース見つけようと考えながら、30分ほど散歩してから戻ってきた。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 俺達が帰ったことを伝えると、リビングの方から足音が近づいてきた。

 

 

「あっ、おかえりお兄ちゃん! ホープもおかえり!」

「ワン♪」

「いつも散歩ありがとお兄ちゃん。夕方は私行ってくるね~」

「サンキュ。もし予定とか入ったら連絡してな」

「うんっ!」

 

 

 帰ると妹が出迎えてくれた。ふと妹の方を見ると、今日から通う新しい高校の制服をすでに着ていた。俺が散歩に行っている間にしっかりと準備していたみたいだ。

 

 ホープの足をしっかりと拭いてからリビングに向かうと、母さんが美味しそうな朝食を作ってくれていた。

 

 

「あら、おかえり貴嗣(たかつぐ)。いつも散歩ありがとうね~」

「どういたしまして。母さんも毎日朝ご飯ありがとう」

「は~い。朝ごはんもうちょっとで作れるから、先に着替えておいで」

「はいよ~」

 

 

 

 そう母さんに声を掛けてから、自分も制服に着替えに部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

                                         

 

 

 

「……やっぱちょいタイトか?」

 

 

 自分の部屋の鏡の前でそう呟く。少し生地が固い気もするが、着ていく内に慣れていくだろう。長方形型の鏡には、柔らかなベージュ色が印象的な、“花咲川学園”の制服を着ている自分が映っていた。

 

 

 花咲川学園。今日から俺と双子の妹の真優貴(まゆき)が通うことになる高校だ。

 去年まで女子高だったが、少子高齢化の影響を受けて今年から共学になった。ということで先輩方は全員女子、1年生は男女比が約3割が男子と聞いている。

 

 

 制服に着替えた後、朝食を取りにリビングへ。丁度朝食が出来上がり、真優貴と一緒にテーブルの上にお皿を運んだ後、母さんを合わせた3人で朝食を食べる。

 

 

「二人とも高校は楽しみ?」

「もちろん」「うんっ!」

 

 

 母さんの質問に、俺達2人は元気よく答える。

 

 

「あっ、でもお兄ちゃんが楽しみなのは女の子ばっかりやからやろ?」

「なんやねんその下心丸出しなやつ……男もちゃんとおるで」

「それでも周り女の子ばっかやん? いや~これは楽しみやなぁ~お兄ちゃんはどんなハーレム作るんやろなぁ~」

 

 

 体をクネクネさせながらそう言う真優貴。何故かトリップしているように見える真優貴に、さらに母さんが追い打ちをかける。

 

 

「気が付いたら家に10人くらい女の子呼んでるかもしれへんで?」

「キャー! お母さん大胆っ♪」

「貴嗣、楽しみにしてるで~」

「してるでっ♪」

「……2人とも一体何を期待してるねん」

 

 

 地元の和歌山県から引っ越してきた俺達山城家。家での会話は関西弁(紀州弁)だ。もちろん学校では標準語を使うつもりだが、慣れていないのもあり最初はうっかり方言が出てしまいそうだ。

 

 山城家の朝はいつもこんな感じ。皆で会話を楽しみながら朝食をいただく。この何気ない時間が一番幸せを感じるときだったりする。

 

 

 

「そういえば母さん、今日の入学式午前中で終わるから、店の手伝いしよか?」

「ええよ~大丈夫。せっかく午前中までなんやから、友達と遊びにいっておいで」

「んーそっか。分かった。じゃあお言葉に甘えるとしますわ」

 

 

 母さんの優しさに感謝しつつ、朝食を口に運ぶ。

 

 

「「ごちそうさまでした~」」

 

 

 そんなこんなで朝食を食べ終わり、真優貴と一緒に学校に行く準備をする。ローファーを履いて、2人で母さんの方を向く。

 

 

「「いってきます!」」

「はーい、いってらっしゃい~。楽しんでくるんやで~」

 

 

 今度は2人で元気よく、いってきますの挨拶。

 

 

 ガチャッとドアを開け、俺と真優貴は入学式に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「お兄ちゃん、緊張してる?」

「んー……まあ、緊張してへんって言ったら嘘やな。なんかちょっとな」

「そっか~。お兄ちゃんにとったら、めっちゃ環境変わった感じやもんね」

「そうそう。どうもこういう環境の変化って、変に緊張してまうもんでな~」

 

 

 真優貴の言う通り、今日からの高校生活は、俺が以前いた生活とは大きく異なる。

 

 友達ができなかったらどうしよう、といった人間関係の不安はないのだが、これからの高校生活に順応できるか、少しだけ不安なのだ。

 

 

「ていっ♪」

「真優貴?」

 

 

 俺の顔を見てその心配を感じ取ったのか、隣で一緒に歩いていた真優貴がいきなりピョンと前に出た。

 

 

 そしてとびっきりの笑顔を俺に見せて―― 

 

 

「お兄ちゃん!」

「ん?」

「楽しい高校生活にしよな!」

「……ああ。そやな。ありがとな」

 

 

 ――前言撤回。これから楽しくなりそうだ。

 

 

 そう確かな自信をもって、俺は一歩踏み出し、また真優貴と並んで歩き始めた。

 

 

 




 読んでいただき、ありがとうございました。

 これから貴嗣は色んな形でガールズバンドと関わっていくので、その様子を楽しんでもらえると嬉しいです。

 それではまた次回お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 人のためになることは率先して引き受けよ

「えー、つまりさっきの和訳は現在完了に注意して……」

 

 

 授業の内容をノートにメモしていく。個人的には英語は一番好きな教科だ。子どもの頃から洋画や洋楽に親しんできた影響で、英語という言語には非常に興味がある。

 

 

「じゃあ次の英文を、山城君、読んでみてくれる?」

「はい。He was very excited because he peeped his girlfriend’s legs.」

「おおー綺麗な発音ね! ありがとう。じゃあ次の文を……」

 

 

 自分の発音を評価されたことに充足感を感じながら、今日最後の授業が進んでいった。

 

 

 

 

 

 ……ていうか、今読んだ英文、学校で教えて大丈夫なのか?(peep=覗く)

 

 

 

 

 

 

 

                                           

 

 

 

「ねえねえ山城君」

「ん?」

 

 

 帰りのHRが終わり荷物を鞄に入れていると、1つ後ろの席の女の子が声をかけてきた。アッシュブラウンのふんわりとした髪をポニーテールでまとめているその子は、ニコッと笑いながら俺を見ていた。

 

 

「山城君ってさ、英語得意だったりするの?」

「ん? どうして?」

「さっきの授業で当てられた時、すっごいスラスラ英文読んでたからさ。すごいなーって思って」

「おーありがと。昔から洋画とか洋楽好きでさ、その影響でね」

 

 

 ほんのりと美味しそうなパンの匂いのする彼女からそう言われ、俺も自然と笑顔になる。

 

 

「なるほどねー。実は帰国子女だったり?」

「……そうだって言ったらどうする?」

「えっ、本当に帰国子女なの!?」

 

 

 そう驚いている彼女は、山吹沙綾さん。名前の順でたまたま席が前後同士になって、そこからちょくちょく話すようになった。そして席替えした今も、席が前後だ。

 

 

「実は中学3年間はイギリスの学校に通っててさ。小学校卒業の時に父さんが海外勤務になって、それについていったって感じ」

「うわ~……すごい! 確かになんか、山城君ってイギリスっていうか、ヨーロッパにいてそう」

「ははっ、そんなイメージあるんだ」

「うん。なんかこう、お洒落な服着てドイツとか、フランスとかの町歩いてそう」

「わーお」

 

 

 ちなみに留学中、夏休み(7~8月の2か月ある!)やクリスマスホリデーといった長期休暇中に、お父さんや友達と一緒にドイツとフランスに行ったことはある。

 

 

「じゃあもう英語はペラペラなんだ?」

「日常会話は大丈夫かな。さすがに3年もいたらね」

「ちょっと山城君が英語話してるとこ見てみたいかも。じゃあテストの時英語教えてもらおうかな~」

 

 

 期待を込めた目で俺を見つめてくる山吹さん。整った顔だなーと思いながら、俺は山吹さんの言葉に頷いた。

 

 

「いいよ。いつでも教えるよ。……そういえば山吹さんは今日も家のお手伝い?」

「うん、そうだよ。山城君も帰りにうちのパン買っていく?」

「うーん、行きたいのはやまやまだけど、今日は俺も家の手伝いあるんだ。また今度買いに行くよ。ありがと」

「そっか。じゃあまた今度ね……って、お店の手伝い?」

 

 

 そう言って山吹さんは首をかしげる。

 

 

「そうそう。うちカフェやってるんだ。つい最近オープンした“Sterne(シュテルン) Hafen(ハーフェン)”っていうお店」

 

 

 

 

 

「えっ!? シュテルン・ハーフェン!?」

 

 

 そう元気な声でニュっと山吹さんの後ろから出てきたこの子は、戸山香澄さん。同じクラスで、すっごい元気で活発な子。そんな彼女の後ろには、大人しそうな子と、身長が高い子の姿が。牛込りみさんと、花園たえさんだ。

 

 

「私たち、今からそこに行こうと思ってたんだ!」

「まじか。それは嬉しい。……てかどうやって知ったの? オープンしたのほんと最近なんだけど」

「インス〇だよ。たまたま見つけたんだ」

「お店の雰囲気とかメニューがおしゃれだねって皆と話してたの。今日は皆予定ないから、行ってみようってことになったんだ」

 

 

 

 そういえばお母さん、イン〇タの公式アカウント作ったって言ってたっけ。SNSの拡散力は目を見張るものがある。使わない手はないだろう。

 

 

 

 そんなわけで、皆でうちのお店に行くことになりました。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「皆おつかれ。着いたよ」

「おお……!」

「ここが……」

「シュテルン・ハーフェン……!」

 

 

 Sterne(シュテルン) Hafen(ハーフェン)――ドイツ語で「星の港」という意味らしい。父さんと母さんが考えてつけた名前で、「色んな人(星)が立ち寄ってくれる場所(港)」という意味が込められている。

 

 

「好きな席どうぞ。俺は準備してくるわ」

 

 

 3人を店に案内してから、俺は控室へ。

 制服から白シャツと黒のスキニーパンツに着替え、髪を整えて、店のエプロンを付けて準備完了。

 

 

 

「ごめん母さん。ちょっと遅なった」

「大丈夫よ~。今はお客さん少ないから。あっ、これ、貴嗣の友達の注文、作ってくれる?」

「オッケー」

 

 

 ふむふむ、戸山さん達は何注文したんだろ。コーヒー2つと紅茶1つ、うちおすすめのミニパンケーキ2つと……ん??

 

 

「……チョココロネ? こんなメニューあったっけ?」

「それは試作メニュー。パンケーキミックスで簡単に作れるから、試しに作ったら結構美味しかったんよ」

「ほえ~まじか。確かに美味しそう。これはここにあるのを持っていったらええん?」

「そう。今作ったばっかりやから、そのまま持っていって~」

 

 

 

 

 

「あっ、山城君だ! ヤッホー! ……おお、髪型変わってる!」

「なんか雰囲気変わるね。いい感じ」

「すごいね~。カフェの店員さんって感じだね」

 

 

 という皆からのコメントを頂いて嬉しくなる。髪型に関しては校則が割と厳しいので、今の俺の髪型はベリーショートだ。かなり短いので、弄るといっても前髪を少し上げるくらいしかできないのだが、これが意外にも好評だった。

 

 

「みんなありがと。さて、おまたせしました」

 

 

 皆に感謝しつつ、お皿をテーブルの上に置いていく。

 

 

「このパンケーキ、すっごいおいしそう! キラキラしてる!」

「この、ラテアートだっけ? すごいや。これは山城君が?」

「そうだよ。気に入ってもらえて何より」

 

 

 花園さんが言う通り、戸山さんと花園さんのコーヒーには、大きなハートのラテアートを描かせていただいた。

 

 SNSの普及もあって、今は“映える”ものが大人気だ。来てくれるお客さんに喜んでもらいたくて、うちではコーヒーにラテアートを描くようにしている。

 

 

「うぅ~……飲むのがもったいないよぉ……」

「その気持ちは分かるけど、やっぱり味を楽しんでほしいかな。ラテアートならいつでも描くからさ」

「ほんとに!? じゃあ毎日来る!」

「香澄ちゃん……毎日来たらお金なくなっちゃうよ?」

「……あっ!!」

 

 

 牛込さんの指摘に、だら~んと脱力してうなだれる戸山さん。コロコロと表情が切り替わって、とても面白い人だ。

 

 

「山城君って賢いね」

「賢い?」

「こんなラテアート見たら、毎日とは言わなくても、また来たくなるもん。っていうことは、お店の売り上げも上がるってことでしょ?」

「あははっ。まあリピーターを増やすため、っていうのも否定はしきれないな。花園さん、中々鋭いじゃん」

「えっへん」

 

 

 俺の言葉に、花園さんがドヤ顔で答える。これまた可愛いドヤ顔だ。

 

 

「でもまあ一番は、来てくれる人を喜ばせたいからだよ」

「喜ばせたいから?」

 

 

 戸山さんがそう言って首を傾げる。

 

 

「そう。お金っていうのは、人を喜ばせて、幸せにした分だけもらうもの。本気で人を喜ばせようとする、そうすればその分のお金が入ってくる……お金だけじゃない、人から愛されたり、幸せをもらったり、助けてもらったり……もうこれでもかってほど良いものが流れ込んでくるんだ」

 

 

 父さんと母さんから教わった、大切な考え方だ。

 

 今までに大きな成功してきた人達は、皆須らく、本気で人を幸せにしたいと思い、行動してきた人達だ。その純粋な気持ちが大事なんだよと、俺と真優貴は教えられてきたし、俺達もその考えを持って生きているつもりだ。

 

 

「か、かっこいい~……!!」

「かっこいい?」

「うん。山城君のその考え方、すごくかっこいい」

「そっか……ありがと」

 

 

 戸山さんは目を輝かせて、花園さんは笑顔でそう言ってくれる。そんな2人を見て、また俺も嬉しくなる。

 

 またお客さんに幸せを分けてもらったなと思い、美味しそうにパンケーキを頬張っている戸山さんと花園さんを見ていると、ふとさっきの母さんとの会話を思い出した。

 

 

 

 

 

『……チョココロネ? こんなメニューあったっけ?』

『それは試作メニュー。パンケーキミックスで簡単に作れるから、試しに作ったら結構美味しかったんよ』

 

 

 

 

 

 ……ん? ってことはチョココロネを頼んだのは……。

 

 

 

 

 

「こ、このチョココロネめっちゃおいしい!!」

 

 

 そこには目を輝かせている牛込さんが。

 

 さっきから黙っていたのは、チョココロネを必死に味わっていたからだと、今更になって気付いた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 その日はお客さんも少なかったので、母さんに許可をもらって、合間に食器洗いや片づけをしながら、俺は3人との会話を楽しんでいた。

 

 

 4人で笑いながら雑談をしていると、ふと花園さんの視線があるものに集中していることに気付いた。

 

 

「もしかしたら花園さん、ギター好きなの?」

「うん。大好き。なんでわかったの?」

「そりゃあ、あそこにあるギターをそんなにじっと見てたら分かるよ」

 

 

 実はこの店ではライブをすることがある。イメージ的には、ヨーロッパの酒場で楽器を演奏して皆が踊っている光景が一番近いと思う。

 

 

「あれ俺のアコギなんだ。店で時々ライブをすることがあるんだけど、その時に弾くんだよ」

「えっ、山城君ギター弾けるの!? 見てみたいなー!」

 

 

 そう言って戸山は目をキラキラさせてこちらを見つめてきた。

 どうやら戸山さんはバンドを組みたいと思っているらしく、最近ギターを始めたそうだ。最近流行りのガールズバンドというものらしい。花園さんはギター経験者、牛込さんはベースを弾けるとのことだ。

 

 

「ねえねえ、よかったらギター教えてよ!」

「別にいいけど……花園さんに教えてもらってるんじゃないの?」

「だってみんなでやるほうが絶対たのしいもん!」

「それには賛成。それに、私も山城君の演奏見てみたい」

「私も見てみたいかも。あっ、でも無理しなくても大丈夫だよ?」

「ううん、全然大丈夫。店の手伝いもあるし、バイトも始めようと思ってるから毎日は無理だけど、予定空いてる日ならオッケーだよ」

 

 

 というわけで、その後4人で予定を合わせて来週一緒に練習することに。それからは皆とSNSを交換したり、雑談したり。そして皆が帰る時間になった。

 

 

「皆今日は来てくれてありがとう。楽しかった」

「こちらこそ。パンケーキ美味しかった。また来るね」

「チョココロネめっちゃ美味しかったよ。私もまた来たいな」

「うん! またみんなで来よ! 山城君! 来週はよろしくね!」

「おう。まかせときな」

 

 

 戸山さんが手を振り終わるまで、俺も店の前で手を振り続けた。

 

 戸山さん達のおかげで、来週もいい1週間になりそう。こっちに引っ越してきてからは、荷物の整理やらお店のオープンの手伝いやらでバタバタしていたこともあり、まだ1回もギターを触っていない。

 

 今日の夜に少しだけ練習しようと決め、俺は店の手伝いに戻った。

 

 

 




 読んでいただき、ありがとうございました!

 早めの更新を目指して、頑張っていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ

 お気に入り登録をしてくださった皆様、本当にありがとうございます……! 

 そしてむら₂₄_‎(๑˃̵ᴗ˂̵)و♥♥♥様、評価ありがとうございます! 嬉しさがぶち上がっております……(感涙)


 

「お前はほんまかわええなあぁ~」

 

 俺の膝に乗っかっている小さな天使(ホープ)にそう話しかける。

 

 ついさっきギターの練習が終わり、温かいカフェオレを飲みながらリビングのソファでゆっくりしていると、愛犬のホープが膝の上に乗ってきた。

 

 ホープを撫で、そのクリーム色の綺麗な毛並みを堪能していると、携帯が震えた。どうやら誰かからメッセージが来たようだ。

 

 

Kasumi〈明日のギターのご指導、よろしくお願いします!〉

 

 

 という戸山さんからのメッセージが、「よろ!」というスタンプと一緒に送られていた。明日の放課後に、前回言っていたギターの練習を見ることに。

 

 

山城貴嗣〈まかしといて~〉

 

 

 こちらもスタンプと一緒に送る。

 

 この相手の同じようなメッセージを送るっていうの、心理学用語でミラーリングというそうな。人間は自分と同じような行動や仕草をする者に好感を抱くらしい。友達が水を飲み始めたら自分も自然とコップに手を伸ばしていた……といった感じである。

 

 

 モテる男が使うテクニックとして、ネットにはよく書かれている……が、本当に効果があるかは分からない。もし皆さんに現在仲を深めたい人がいるなら、相手の仕草を観察し、ほんの少し真似してみてはいかがだろうか。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そして次の日。ただ今ギターを持って登校中。

 

 気が付けば学校のすぐ近くに来ていた。現在朝の7時半過ぎ。こんな早い時間に来る生徒はほとんどいない……と思っていたのだが、門のそばにはとある人物が立っている。

 

 

「(……あの先輩、入学式の時も見たな)」

 

 

 綺麗なエメラルドブルーの髪にキリっとした表情、そして腕には風紀委員の腕章。いつも校門で服装チェック等を行っている、風紀委員の先輩だ。

 

 

 校門に近づくと、先輩の方から挨拶をしてくれた。

 

 

「おはようございます」

「おはようございます。朝早くからお疲れ様です」

 

 

 そういって挨拶し、ペコリと一礼する。

 自分のことを棚に上げておいてなんだが、この風紀委員の先輩もこんな朝早くから学校に来て、こうやって風紀委員の仕事に励んでいるという事実に、少し驚いていた。

 

 

「……」

「(ん? ギターケース……?)」

 

 

 ふと、先輩が俺のギターケースを何も言わずにジーッと見つめていることに気が付いた。

 怪訝そうなその眼差しは、俺にある大切なこと――“日本の学校の校則は厳しい”という事実を思い出させた。

 

 

「あの、ギターもって来るのってダメでしたか……?」

「えっ? ……ああいえ、そういうことではなくて……いつもはギターを持ってきていないのに、どうして今日は持ってきているのですか?」

 

 

 良かった。校則違反ではなさそうだ。

 

 

「今日は放課後クラスメイトにギターを教える予定なんです。授業が終わってから直接練習する場所に行くらしいので」

「そうなんですね……ギターはいつから?」

「本格的に練習し始めたのは小学5年の時からですね」

「なるほど……ということは、演奏技術は高いものなのでは?」

「あははっ、上手だとは自分では言いづらいですけど、ある程度は弾けるって感じですね」

「……それだけ昔から練習して“ある程度”ですか……」

 

 

 そういうと先輩は、難しい顔のまま黙ってしまった。何かを思い悩んでいるみたいだった。

 

 

「先輩? どうしました?」

「……ああ、すみません。なんでもありません。引き留めてしまいすみませんでした。放課後の練習、頑張ってください」

「ありがとうございます。それと、話しかけてくれてありがとうございました。先輩と話すの、楽しかったです」

「……えっ?」

「風紀委員の仕事頑張ってください。それでは、失礼します」

 

 

 そういってまた一礼。ギターケースを背負い直して、校舎に向かおうとした。

 

 

 

 

 

「あの……っ!」

「はい? どうしました?」

「……あなたの名前を教えてもらえませんか?」

 

 

 どうして名前を? と一瞬思ったけど、別に断る理由もない。俺は振り向いて、先輩に自分の名前を伝える。

 

 

「僕は山城貴嗣っていいます。(とうと)いに、難しいほうの(つぐ)って書いて貴嗣です」

「山城……貴嗣君」

 

 

 先輩は噛みしめるように、俺の名前を復唱する。

 

 

「私は氷川紗夜と申します。あなたの1つ上の2年生です」

「氷川紗夜さん……綺麗な名前ですね。また話しましょう。それでは俺はこれで」

 

 

 そういって今度こそ校舎に向かう。先程の先輩――氷川紗夜さんの悩んでいた姿が頭から離れないまま、1年A組の教室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 階段を上がって教室の前に来た。さすがにこの時間帯だと1人かなあとか思いながら教室に着くと人影が。どうやら先客がいたようだ。

 

 

「おはよう、大河(たいが)。朝早いな。どうしたんだ?」

「おお、おはよう貴嗣! いやさ、宿題のプリント机の中に入れたまんまでさー。こうして早く来てやってるわけですよ」

 

 

 彼は須賀(すが) 大河(たいが)。同じクラスの男子で、この学校に来てから初めてできた友達だ。たまたま入学式の時に席が隣同士だったことがきっかけで、そのまま当日カラオケに行って仲良くなったのだ。

 

 

 幼い頃から水泳を続けている影響で、髪が日焼けして焦げ茶色に見えるが、元々は俺と同じ黒髪だったらしい。体育会系らしく体を鍛えており、かなり筋肉質だ。身長が180cmちょい(俺が175cm)なのもあって、滅茶苦茶体がごつく見える。

 

 

「……なあ貴嗣、それ、ギターか?」

「おう、そうだよ。エレキギター。戸山さんギター始めたらしくてさ、教えてほしいって頼まれた」

「へえ~、戸山さんがギターねえ……てか貴嗣、もしかしたらギター弾けるの?」

「小5からやってるからな。多少は弾けるよ……って大河、腕止まってんぞ?」

「へ? ……ってああやべっ! 宿題やんなきゃ!」

 

 

 そう言いながら、チラッチラッと俺を見る大河。ウルウルとした目でこちらを見てくるその姿はまるで捨てられた子犬のようだ。

 

 大河が何を訴えているのかを想像するのは、難しいことではなかった。

 

 

「…………俺のやった分、見せようか?」

「おおマジで!? さっすが貴嗣だぜその言葉待ってたよ!! サンクス! 今日の昼メシは奢るぜ!!」

 

 

 奢るのはいいよと言っても大河は退かなかったので、昼休憩に俺の大好物のコーヒー牛乳を買ってもらった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 時は進んで現在放課後。戸山さん、花園さん、牛込さんと一緒に練習所に向かっている。なんでも、流星堂というところで練習するそうだ。

 

 

「――んで、その流星堂っていうのが、学年主席の市ヶ谷さんの家ってことか」

「そうだよ! 有咲はね、すっごく面白い子なんだよ!」

 

 

 市ヶ谷さんといえば、学年主席で新入生代表のあいさつをする予定だったけど、当日欠席していて先生たちが焦っていた……という記憶しかない。顔も見たことがないので、今日が完全に初対面ということになる

 

 

 そんなこんなで流星堂に到着。日本庭園を思わせる大きな庭に、大小様々な盆栽が置かれている。肝心の屋敷もかなり大きく、“お金持ち”という言葉がすぐに思い浮かんだ。

 

 

「あーりさー! 来たよー!」

「うげっ、だからくっつくなって言ってるだろ!」

 

 

 庭を見回している間に、戸山さんが金髪の子に抱き着き、そしてその子が必死に戸山さんを剥がそうとしていた。

 

 滑らかな金髪のツインテールを揺らしている彼女を見て、「ツインテールなんてマジで久しぶりに見た」と心の中で呟いていた。イギリスでは、ポニーテールにしている女の子が多かったからだ。(ちなみにツインテールは和製英語。英語ではPigtailsと言う)

 

 そんなことを考えていると、グイグイと迫ってくる戸山さんを引き離していた彼女と、ふと目が合った。俺の存在に気付いたみたいだ。

 

 

「……誰だ?」

「はじめまして。1年A組の山城貴嗣です。戸山さん達のお手伝いとして来ました」

 

 

 自己紹介をして一礼。なんだが今日はこの流れが多い。

 

 

「山城……って香澄達が言ってた……っ! し、失礼しました!」

 

 

 バッ! と姿勢を正して、綺麗な一礼を見せてくれた。

 

 

「ごきげんよう。1年B組、市ヶ谷有咲です」

「あーありさ、猫被ってる!」

「はあ!? う、うるせえ! 猫被ってねえ!」

 

 

 この人が、市ヶ谷有咲さんみたいだ。

 

 お嬢様のような、毒舌家のような市ヶ谷さんとの出会いは、想像よりもずっとドタバタしていたものだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「さあ」「はやく!」

「「ギターみ・せ・て! み・せ・て!」」

「はいはい、そんな焦んなくても見せるよ」

 

 

 花園さんと戸山さんが俺に早くギターを見せろと言ってくる。必死な様子の2人を見て笑いながら、ケースから俺のギターを取り出す。

 

 

「わあ~! これが山城くんのギター!! かっこいい!」

「うん。落ち着いたモノトーンだし、なんか、山城君って感じ」

 

 

 2人はそういって目を輝かせながら俺のギターを見ている。

 

 これは初めて買ったエレキギターだ。白と黒を基本に、ネックの木の色がいいアクセントになっている。「ギター、モノトーン」と調べたらすぐに出てくるくらいの、どのお店にも1つくらい置いている初心者用のギターだが、思い入れもあって今でも使っている。

 

 

「ねえねえ! 何か弾いてみてよ!」

「それいい。私も聞きたいな」

「私も聞いてみたいかな……」

 

 

 そう3人が口にする。市ヶ谷さんも言わないだけで、少し興味はあるのか、こちらをチラチラ見ている。

 

 

「オーケー。じゃあ、ちょっとだけね」

 

 

 そう言ってピックを持ち、たまたま頭に浮かんだ曲……“back num○er”さんの“わたがし”を演奏した。

 

 

 

 

 

~♪♪~

 

 

 

 

 

 流石に全部弾くわけにはいかないので、一回目のサビが終わったタイミングで止めた。

 

 

「す……」

「す?」

「すっっっごいよ山城君!! ギターすごい上手!!」

「弾き方がすごく丁寧。予想以上に上手で結構びっくりしちゃった」

「本当に上手……なんていうんだろ、弾き方が優しかったね」

「(す、すげえ……)」

 

 

 皆からお褒めの言葉を沢山いただいた。

 

 

「皆ありがとう。久しぶりに弾いたからちょい不安だったけど……気に入ってくれたみたいで何よりだよ」

「よーし! 私も山城君みたいに弾けるように頑張るぞ!」

「おっ、いいね。じゃあ練習がんばろっか。」

 

 

 そして各々が担当楽器の練習を始めた。牛込さんと市ヶ谷さんは経験者ということもあり、自分で練習を進めている。

 

 そして、花園さんが滅茶苦茶うまい。小学校の頃からギターを練習しているらしく、納得の熟練度だ。

 

 戸山さんも頑張っている。俺たちの指導をしっかり聞き、頑張ってギターを自分のものにしようとしている。

 

 

 こんな感じで楽しい雰囲気に包まれながら、夜の8時くらいまで練習を続けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 練習が終わり帰宅後、いつものように家族皆で夜ご飯を食べ、風呂に入って、寝る準備も完了。

 

 そろそろ寝ようかと思いベッドに入ると、携帯が鳴った。

 

 

「(……ん? 電話? 戸山さんから?)」

 

 

 スマホの画面に表示された“Kasumi”の文字、そしてこの特徴的な着信音で、LI〇E通話だとすぐに分かった。

 

 

 

 

 

「もしもし? 山城君? 今時間大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。どうかしたー?」

「えっとね、今日のお礼もう1回したくて」

 

 

 そう感謝の言葉を伝えてくる戸山さんの声を聞いた瞬間、少し違和感を感じた。

 

 

「山城君、今日はほんとにありがとね」

「どういたしまして。楽しかったよ。こちらこそありがとう。また練習しよっか」

「……うん、また教えてね」

 

 

 やっぱりそうだ。声に元気がない。

 

 

「戸山さん、声に元気ないけど、やっぱり今日疲れたんじゃない?」

「う、ううん! そういうわけ……じゃないんだけど……」

「……悩み事だったら聞くよ?」

 

 

 そう言うと、少しの沈黙の後、戸山さんの声が聞こえた。

 

 

「……うん、あのね、今日は楽しかったんだけど、山城君の演奏見たら、すごいって思うのと同時に、できるようになるまでの道のりは遠いかなって…………私も、山城君みたいになれるかな?」

 

 

 もしかしたら、練習中もずっと不安だったのかもしれない。ちゃんと配慮しておくべきだったと思いつつ、俺は戸山さんの問いに答えた。

 

 

「それはやってみないと分からないな。とにかく、何事にもチャレンジしないとね」

「だよね。でも、失敗しちゃうかもしれないって思っちゃうんだ……」

「うん。失敗するのって怖いよな。でもさ、別にいいじゃん。失敗しても」

 

 

「えっ?」

「何事もさ、成功するか失敗するかなんてやってみなきゃ分からないじゃん?」

「うん……」

 

 

「挑戦って、すごい勇気いるし、怖いし。でもさ、もし失敗しても、何が悪かったのか反省して、またやり直せばいい。そうやって成功に近づいていくんだし。要は失敗しても何かを得られるんだ。でも、何もしないままじゃ、何も得られないし、成長もしない」

 

「だから、とにかくチャレンジだ。失敗してもいい、『その失敗は私を成長させてくれるんだ』って考えてみて」

 

 

 輝かしい活躍をしている人は、決して失敗しないわけじゃない。

 

 彼らは失敗を恐れない。その経験が自分を成長させることを知っているからだ。だからこそ、彼らは何事にもチャレンジし、成長する。

 

 

「失敗してもいい……とにかくチャレンジ……」

「『チャレンジして失敗することを恐れるよりも、何もしないことを恐れろ』ってこと。だからさ、色々やってみようぜ。俺も手伝うよ」

「うん……うん……! そうだよね……! 私、山城君みたいに上手くなりたい……っ!」

「ああ。その気持ちがあれば大丈夫だよ」

 

 

 戸山さんの声に元気が戻ってきたみたいだ。良かった。

 

 

「私、頑張る! いろんなことにチャレンジする! それでいつか、山城君と一緒に弾きたい!」

「おう。いっぱい練習して、一緒に弾こうな」

「うん! ありがとう、やまし……ううん! 貴嗣(・・)くん!」

 

 

 突然の名前呼びに少し驚いたが、すぐに意識を会話に戻す。

 

 

「どういたしまして。さあ、そろそろ寝よっか。また明日も学校だし」

 

 

 結構長い間話していたらしい。そろそろ寝ないと明日に響く。

 

 

「そうだね。じゃあそろそろ切るね。貴嗣くん、今日はほんとにありがとね!」

「ああ。また明日……おやすみ、香澄(・・)

「……! うん! おやすみ、貴嗣くん! また明日ね!」

 

 

 ピロンという音と共に、通話画面は終了した。

 

 俺はいつものように、携帯のタイマーを“4:00”にセットした後、ベッドに寝転がり目を閉じた。

 

 

 

 

 

 そして、学校でお互い名前呼びをしているのを大河に見られて、「貴嗣!? お前まさか……!?」と問い詰められるのは、また次の日の話。

 

 




 ありがとうございました。

 まだ投稿を始めて間もないのですが、色んな方に見ていただいており、とても嬉しいです! これを励みに、これからも頑張って参ります!

 なお、勝手ながら次回から投稿時刻を21時以降に設定させていただきます。ご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 新しいことを始めるのに、早いも遅いもない

 お気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございます! 励みになります!

 そしてユウキ、様、評価ありがとうございます!

 今回の話なのですが、バンドリのキャラクターは出てきません&オリキャラが出てきます……ですが重要な話なので、読んでいただけると幸いです。


 

 

 

 リビングが朝食のいい匂いで満たされている。1日の始まりという感じで、やっぱり俺は朝食の雰囲気が好きだ。

 

 妹の真優貴と一緒に朝ごはんを食べながらテレビを見ていると、俺達のお楽しみの時間である星座占い始まった。

 

 

「今日の1位はてんびん座のあなた! 今日は新しいことを始めるチャンス! 何を始めてもうまく行きそう! 新しいことを始めるのに、早いも遅いもない!」

 

 

 そうテレビの中のアナウンサーさんが話す。今日のてんびん座の運勢は良さそうだ。こういう占いって科学的根拠はないけど、ついつい見てしまう。

 

 

「ねえねえお兄ちゃん! 今日私たち1位やで!」

「やね。なかなか良さげやな」

「よな~! いいスタートダッシュ!」

 

 

 双子故に誕生日が一緒な俺達は、小さい頃からこうやって星座占いを見ることが習慣となっている。そして運勢がいいと、こうやって2人で喜ぶのだ。

 

 

「新しいことを、私も何かやってみようかな~?」

「ええやん。折り紙とかは? すぐに始めれるし、家でできるし」

「あっ、それええかも! 家で出来るっていうたら、アクセ作りとか!」

 

 

 真優貴はやる気満々の様子。俺も何か始めてみようかと思いながら、2人でゆったりとした朝を過ごした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「なあ貴嗣、今日の放課後空いてるか?」

 

 

 昼休憩、一緒にご飯を持って食堂に向かっている時に、大河がそう聞いてきた。どうやら大河が友達と食堂で食べるらしく、「折角だから貴嗣もどうだ?」ということで誘ってもらったのだ。

 

 

「ああ。特に用事は無いけど、どうした?」

「今日カラオケ行かね? 久しぶりにさ」

 

 

 大河とは入学式以来カラオケに行っていない。カラオケは大好きだし、もちろんオッケーだ。

 

 

「いいね。行こうぜ。他に誰か来る感じ?」

「あーそれなんだが…………ってうわ、やっぱり混んでるなあ~」

 

 

 2人で話している内に食堂の前まで来たのだが、昼休み恒例の行列が目に入った。

 

 

「大河の友達は中で待ってるんだよな?」

「そのはず。……しかたない、ちょっと無理やりにでも入るか」

「だな」

 

 

 食堂の出入り口にまで人が並んでいる。こうなると入るのでやっとだ。

 

 2人で人混みを分けながら進み入ると、誰かがこちらに手を振っているのが見えた。どうやら席を取ってくれていたみたいだ。

 

 色んな人とぶつかりそうになりながらも、なんとか席にたどり着いた。

 

 

「お疲れ~2人とも! 入るの大変だったでしょ。とりあえず座んなよ!」

「席ありがとな。……そういや貴嗣、2人と話すのは初めてか?」

「そうだな。……初めまして。山城貴嗣です。今日は誘ってくれてありがとう」

 

 

 俺はそう言って、先に俺達の席を取ってくれていた2人に挨拶をする。

 

 

「いいよいいよ~! そういえば同じクラスだけど話したことなかったっけ。私は松田(まつだ) 穂乃花(ほのか)! そしてこの子が幼馴染の花蓮(かれん)!」

「初めまして。B組の高野(たかの) 花蓮(かれん)だよ。よろしくね、山城君」

 

 

 左の活発そうな茶髪ポニーテールの子が松田さん、右の大人しそうな黒髪三つ編みの子が高野さんだな。

 

 

「よし、顔合わせが終わったことだし、昼飯食べようぜ」

 

 

 大河の言葉を皮切りに、俺達は4人で昼ご飯を食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 松田さんと高野さんとは初対面ということもあり、お互いの経歴や趣味等の自己紹介を踏まえた雑談をしながら、4人で弁当を食べていた。

 

 初対面とは言ったものの、この4人の波長が合うのか、結構話は盛り上がっていた。そのおかげで、松田さんと高野さんについて、色んな事が分かった。

 

 

 まず、この2人は小学校の頃から学校が一緒らしい。幼馴染というやつだ。

 

 そして驚いたのが、松田さんはドラム、高野さんはキーボードを演奏できるということ。高野さんは小学生の頃からピアノをやっているらしく、コンクールで金賞(!?)を取ったこともあるそうな。

 

 

「――それでね、大河はベースとギター弾けるんだって! いつから始めたの?」

「中1の秋から。お母さんが昔やってたらしくて、試しに教えてもらったらこれがまた面白くってさ~。ドハマりしちまった」

「へえ~なんかいいね、そういうの。私もお父さんの影響なんだ。ドラム」

 

 

 クラスの席が隣同士ということで、大河と松田さんはよく喋る。ふと松田さんの手を見ると、確かにドラムの練習の痕跡(肉刺の跡)がある。

 

 

「山城君は大河がベースとギター弾けるの知ってた?」

「うん。もちろん」

「……あれ? 俺貴嗣にベース弾けるって言ったっけ?」

「いや。でも分かる。左手の指の皮が分厚くなってるだろ? それに、左手の指のほうが良く広がってる気がする」

「す、すげえ……観察力ヤバくねえか……?」

 

 

 他の2人もおおーといった様子で驚いている。経験者の人なら、この手の話はよく分かるんじゃないだろうか。

 

 

「そういえば大河、今日のカラオケに来る人って誰なんだ?」

「ああ、それは……」

 

 

 大河はこの方々です、というように手を前に向ける。

 

 

 ……ああ、そういうことね。だから今日このメンバーでご飯食べたってことか。

 

 

「山城君すっごい歌うまいって大河から聞いてるよ~? 楽しみにしてるね!」

「うん。私も楽しみ」

 

 

 やっぱり仲良くなるには一緒にご飯食べるのが1番だ。さて、カラオケという楽しみも出来たし、午後からの授業頑張ろう。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 時間は進んで現在カラオケボックスの中。松田さん→高野さん→大河→俺の順で歌うことになり、次は俺の番だ。

 

 

「(うーん、どの曲歌おうかな)」

 

 

 この曲を選んでいる時間も結構好きだ。あれもいいしこれもいいし……って考えていると、知らない間に自分の番が来ていることが多いが。

 

 

「よっしゃああああ92点!! きたぜ90点越え!!」

「いいねえ乗ってきたねー! やっぱカラオケ楽しー!」

 

 

 大河が歓喜の雄叫びをあげる。大河のパワフルな歌声は聞いていてすごく気持ちいい。ギターとベースの腕前は見たことがないので分からないが、歌唱力は高い。

 

 

 ……ってか、皆90点越えやないか。

 

 

「さてさて……次は今日の主役!! 山城貴嗣だー!!」

「「イェーーーイ!!」」

 

 

 どんどん皆のテンションが上がっていく。この盛り上がっている雰囲気が心地よい。

 

 そんな皆の期待に応えるために、俺も曲を選んで機械に送信する。

 

 

「ん? なになに……Heartbreak Heard Around the W〇rld……?」

「山城君、もしかしてこれ洋楽?」

「うん。そうだよ。すっごいいい曲」

 

 

 留学していた時に友達から教えてもらった、俺の大好きな曲。

 

 すごく優しくて切ない恋愛ソングを、俺はマイクを持って歌い始めた。

 

 

 

 

~♪♪~

 

                                         

 

 

 ……ふう……っ。よし、歌い切った。

 

 さて、点数の方はいかに……?

 

 

「きゅ……95.1点!?」

「す、すげえ!! 貴嗣すげえ!! お前前より点数出てんじゃん!!」

「すごい……! 綺麗な歌声……山城君、本当に歌上手なんだね」

 

 

 スクリーンに大きく表示されている“95.1”という数字と、大河達からの賞賛の声。

 

 俺は自然と笑顔になりながら、その場でガッツポーズをした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「皆今日は誘ってくれてありがとう。すっごい楽しかった」

 

 

 カラオケが終わり、今は帰り道。そろそろ俺の家なので、今日の感謝の言葉を皆に伝える。

 

 

「おう! こちらこそだぜ!」

「だね! ほんとにびっくりしたよ~歌うますぎだって。ねー花蓮?」

「ふふ、そうだね穂乃花ちゃん。感動しちゃった」

 

 

 今日は本当に楽しかった。

  少し変かもしれないが……3人とは波長が合うというかなんというか。会って間もないけど、変に気を使うこともなく、心の底から楽しめた。皆も同じ気持ちだったら、嬉しい。

 

 

 

 

 

 ところでさっきから、3人がお互いに目配せしてる。どうしたんだろ?

 

 

「……なあ貴嗣。ちょっと話あるんだけどいいか?」

「ああ。別に大丈夫だけど……どした? なんか、さっきから様子が変だぞ?」

 

 

 そうなのだ。なんかさっきから、言いたいことが言えなくてソワソワしてるって感じなのだ。

 

 

「……ああもう! いい誘い文句思い浮かばねえ!」

「うおっ」

「単刀直入に言うぜ、貴嗣!」

 

 

 大河はクワッと目を開いて、その力強い声でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちとバンド組まねえか……!!」

 

 

 

 

 

 へ???

 

 

「バ、バンド?」

 

 

 予想外すぎるワードに、気の抜けた声で復唱してしまった。

 

 

「そう、バンド! ほら、俺ギターとベース、穂乃花ドラム、高野さんキーボード弾けるじゃん? もともと俺たち、バンド組みたいなって話してたんだ。で、ボーカルどうするよって皆で話し合ってる時にお前が現れたんだよ。あの歌唱力に加えてギター経験者だ。お前と組めたらぜってえ楽しいだろうなって思ったんだよ!」

 

 

 確かに俺がギターとボーカルを担当すれば、大河はベース、松田さんがドラム、高野さんがキーボードでバンドを組める。

 

 

 この4人で、この波長の合う4人で、音楽を楽しむ……。

 

 

 楽しい。絶対楽しい。

 

 4人で楽器もって登校して。

 

 一緒にご飯食べて。

 

 放課後は一生懸命練習して。

 

 練習終わりは皆でこうやってワイワイしながら帰る。

 

 ついでに写真とかも撮ってSNSに載せてみたり。

 

 

 

 

 

「いいぜ。組もう」

「そりゃあ、貴嗣も忙しいだろうから無理にとは……って、えっ、今なんて……?」

「ボーカルとギターが俺でいいんなら……俺も皆と一緒にバンドやらせてくれ」

 

 

 断る理由なんてない。

 

 

「やっ……」

「や?」

「やったぜええええ!!! ありがとな!! 貴嗣!!」

「うおっ……!」

「マジで感謝しきれねえよ! ほんとサンキューベリベリセンキュー!」

 

 

 突然大河は俺を抱きしめた。嬉しさが溢れてのハグなんだろうけど、大河はムキムキだ、中々に強い力で締め付けられる。

 

 そんな様子を見て、松田さんと高野さんは爆笑してる。俺もそれにつられて笑う……締め付けられながら、だが。

 

 

「こ、これからよろしくね……松田さん、高野さん……」

「穂乃花でいいよ! これからは同じバンドのメンバーなんだからさ! よろしくね、貴嗣!」

「私も花蓮でいいよ。こちらこそよろしくね、貴嗣君」

「あ、ありがと穂乃花、花蓮……って大河……マジで力強いって……ギブギブ……」

「あっ、失礼」(超絶冷静)

「急にまともになるなよおもろいやないか」

「アッハハ! ちょ、ちょっと今の面白い……アハハ!」

「……フフッ……! 2人とも……面白いね……!」

 

 

 急にボケる大河と思わずツッコミを入れてしまった俺を見て、穂乃花と花蓮はまた笑う。そしてそんな2人を見て、俺と大河も笑う。

 

 

 

 そうだよな。“新しいことを始めるのに、早いも遅いもない”だもんな。

 

 

 

 占いの神様が微笑んでくれたような、そんなスピリチュアルな体験をした日だった。

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

 同日夜。山城家1Fリビング。お風呂上り。

 

 

「そういや真優貴は、何か新しいこと始めるん?」

「ヨガ! 健康にええし、体柔らかなるし!」

 

 

 真優貴、マットの上で所謂“魚のポーズ”をとる。

 

 スタイル抜群な真優貴、出るところがはっきりと出ているので、貴嗣目のやり場に困る。

 

 

「お兄ちゃんもやってみる?」

「…………ああ、そやな。折角やし俺もやるわ」

「あれえ~? 今ちょっと反応遅れたでしょ~? なんでなのかな~?」

「……知っててやってるやろ?」

「ふふ~ん♪ お兄ちゃんも男の子だもんね~♪」

「……やっぱもう寝よかなー」

「あ~んごめんってお兄ちゃん! ほら、一緒にしよっ」

 

 

 その後なんだかんだ一緒に、動画を見ながら2人でヨガをしたとさ。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。

 結構オリキャラ出てきてるので、キリがいいところで設定等を公開しようと思っています。

 バンドを組んだ主人公が、仲間達と今後どのように活動していくか、楽しみにしていただけると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 ジュエリー少女と妹と

 評価をしてくださった通りすがりの鵠様、そしてお気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございます!

 さて、今回から第6話までは、本筋とは少し離れた日常を描いて参ります。今回の話は誰が登場するのか、題名で予想はつく……かも?

 それではどうぞ!


 

 

 

 アルバイト、というものがある。学生の人なら聞きなれた言葉であろう、企業によって雇用される従業員の俗称だ。ちなみに語源はドイツ語らしい。

 

 

「へえ、家がカフェを経営してて、自分も手伝いをすることがある、と」

「はい。同じ飲食業なので、この経験を活かせると思います」

 

 

 どうしていきなりこんなことを話したのかというと、今丁度ファストフード店のアルバイトの面接の最中なのだ。

 

 うちの手伝いも一応バイトの扱いなのだが、「色んな経験をしておいで」という母さんからのアドバイスもあって、こうして面接を受けている。

 

 

「じゃあ、来週の火曜日から来てもらってもいいかな?」

「はい! 来週の火曜日ですね」

「最初の2週間は研修期間だから、先輩をつけるね。基本はその子から仕事のやり方を教えてもらうってことで。来週からよろしくね」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 

 といった感じで、面接は問題なく終わり、来週からこのファストフード店で働かせてもらえることになった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「はじめまして。山城貴嗣といいます。本日からお世話になります」

「えっと……松原花音です……店長から話は聞いてます。よろしくね……」

 

 

 そして火曜日。研修期間の間お世話になる松原花音さんと挨拶をする。水色の髪とふわふわとした雰囲気が特徴的な、1年上の先輩だ。

 

 

「じゃあ、今日はレジの操作から教えるね……まず、注文をレジの機械に送るには、机にあるメニューの下のバーコードをこのリーダーで読み取って  」

 

 

 松原さんの説明はとても丁寧で、分かりやすかった。

 

 店の手伝いでレジなんて何百回って触ってきたけど、だからといって余裕をかますのは違う。初心を忘れず、教えてくれる先輩に感謝し、また1から勉強しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 集中していると面白いもので、時間が進むのが早く感じる。初日で緊張していたというのもあるのか、今日の研修はあっという間だった。入学式の時もそうだったが、自分は環境の変化というものに意外と敏感なのかもしれない。

 

 

「山城君、研修お疲れ様。どうだった、初めてのアルバイトは?」

 

 

 シフトが終わるタイミングで店長が声をかけてくれた。

 

 

「そうですね……うちの手伝いとは似ているようでまた違う、というのが第一ですね。覚えることが多いですが、先輩が丁寧に教えてくれるので安心です」

「それはよかった。松原さんを付けて正解だったかな。僕もちらっと見てたけど、山城君手際よくできてたから、僕としても安心かな。今日はゆっくり休んでね」

「はい! 本日はありがとうございました! お先に失礼します」

 

 

 更衣室でエプロンを外し、学生服に着替える。部屋を出たところに松原がいたので、挨拶をする。

 

 

「松原さん。今日はありがとうございました。松原さんの説明、すごく分かりやすかったです」

「あっ、山城君……おつかれさま。山城君覚えるのが早くてびっくりしたよ……」

「ありがとうございます。うちがカフェやってて僕も手伝いすることがあるんで、その経験が活きたのかもしれません」

 

 

 実際レジに関しては、専用のアプリでの割引のやり方といった特殊なものを除けば、家の手伝いの時と何ら変わりはなかった。

 

 

「そうなんだ……ちなみに、なんていうカフェなの?」

Sterne(シュテルン) Hafen(ハーフェン)ってカフェです。最近できたばっk」

「えっ!? 今人気沸騰中のあの、Sterne(シュテルン) Hafen(ハーフェン)……!?」

 

 

 俺が言い終わる前に、松原さんが驚きの反応を見せた。

 

 

「はい。母が経営していて、俺もたまに手伝うって感じです」

「そうなんだ。今あそこの紅茶がとっても美味しいって評判で、私も今週末に行こうって思ってたんだ」

「へえ~そうなんですね。是非来てください。サービスしますよ」

 

 

 どうやら松原さんはカフェが好きで、SNSでおすすめのお店を探していたところ、うちのアカウントを見つけたらしい。気になってネットの評価を調べてみると、それはそれは高評価の嵐らしく、興味が湧いたので今週末に行こうと思った、というわけである。

 

 折角なので使って下さい、ということで松原さんに割引券を渡した。その後はカフェの話をしながら先輩を駅まで送り、俺も自宅へと向かった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ふんふふ~ん♪」

「どうした真優貴? なんかいつもより楽しそうやな」

「そりゃあだって、久しぶりにお兄ちゃんと遊びに行けたんやもーん!」

 

 

 鼻歌を歌いながら幸せオーラを溢れさせる真優貴。今は町にある大型モールに行った帰りだ。服やら本やら、お互いが欲しいものを色々購入してきた。

 

 

「最近はお仕事忙しかったし、お兄ちゃんも新しいバイト始めたし、家でもあんまり話せへんかったからさ……」

 

 

 しょぼーん、という文字が頭の上に出てきそうだ。よっぽど寂しかったのだろう。

 

 

 

 

 

 そうだ。いい機会だ。折角なので、少し妹の真優貴について話しておこう。

 

 

 “お仕事”という言葉で何となく察した方もいるかもしれないが、実は俺の妹である山城真優貴は芸能人(・・・)女優(・・)なのだ。

 

 元々は子役として芸能界入りし、その類稀なる才能で多くの役をこなしてきた。俺が言うのも少し変だが、今をときめく天才女優だ。

 

 

 現在は学業に専念するために前よりは芸能活動を控えているものの、そのルックス、演技力、そして謙虚で思いやりのある性格で、多くのファンがいる真優貴は引く手あまただ。

 

 出演依頼は後を絶たないが、そこは事務所の方々、もっと言うとマネージャーさんがうまくやってくれているらしい。本当にありがたい。

 

 

「最近までドラマ撮影やったもんな。お疲れ様、真優貴」

 

 

 寂しがり屋な妹を労わるため、頭を撫でる。母さんとそっくりの、綺麗な栗色の髪だ。

 

 

「えへへ……ありがと、お兄ちゃん///」

 

 

 嬉しそうにはにかむ真優貴。幸せな気持ちが伝わってくる。

 

 

「しばらく撮影ないからさ、また遊びにいこ」

「おう。もちろん。次は何がしたい?」

「そうだなー……最近カフェ行けてないから、この町のカフェ巡りとか!」

「おっ、ええやん。そういやここに来てから、あんまり散策できてないっけ」

 

 

 高校に入学してからお互い忙しかったのもあり、2人でどこかに出かける機会も無く、どこに何の店があるとかがまだ把握できていないのだ。

 

 

「じゃあカフェ巡りしながら、この町を1日かけてぶらぶら回ってみるか」

「あっ、それええやん!! しよしよ! ……って、あれ?」

「どうした?」

「いや、あの人、もしかしたら道に迷ってるのかなって。ほら、あそこの人」

 

 

 真優貴が指差す先に、キョロキョロしながらいかにも困っています、という顔をした人がいた。

 

 

 ていうか……あの姿には見覚えしかない。

 

 

「……あれ松原さんや」

「松原さん?」

「ああ。うちの学校の2年生。バイト先でお世話になってる先輩」

「そうなんや! じゃあ声かけてみようよ!」

「うむ」

 

 

 

 

 

「ふええ……ここ、どこ……?」

「……松原さーん?」

「ひゃあ!?」

 

 

 俺が後ろから声を掛けると、松原さんの体がビクッ!と震えた。そのまま松原さんはゆっくりと顔をこちらに向けた。

 

 初めは怯えていた松原さんの表情も、俺だと分かると徐々に和らいでいった。

 

 

「……あれ、山城君……?」

「こんにちは。なんか困っているような感じだったので。どうかしましたか?」

「えっと……道に迷っちゃって……」

「ああ、そうでしたか。どこへ行くんですか? よければ、お手伝いしますよ」

 

 

 そう俺が言うと、松原さんは手を後ろでモジモジし始めた。そして少し恥ずかしそうに、申し訳なさそうにしながらこう言った。

 

 

 

「あの……えっと……山城君のお店に、行きたくて……」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 色々あったが無事に3人で店に到着。今日は手伝いがないので、客として入店することに。今は3人で紅茶を飲みながらゆったりしている。

 

 客としてお店に入ったとは言ったものの、真優貴からのお願いで、3人分の紅茶は俺が淹れさせていただいた。

 

 

「――でも、山城君の妹さんが、あの真優貴ちゃんだったなんて知らなかったよ」

「あはは。でも、顔似てるって結構言われますよ」

「そういえば確かに……。目元とかそっくりだね」

 

 

 松原さんと真優貴はもう打ち解けたようだ。誰とでもすぐに仲良くなれるのも、真優貴の強みだ。

 

 

「山城君に入れてもらったこの紅茶、本当に美味しい……」

「気に入ってもらえてなによりです」

「すごいね……バイトでも仕事はすぐにできるようになるし、紅茶も淹れられるし……このメニューに載ってる料理も作れるの?」

「はい。……って言っても、やっぱり母さんの方が上手ですけどね」

 

 

「(ほうほう……? 花音さん、出会って間もないのに中々にお兄ちゃんを褒めますね……これはもしや……!?)」

 

 

 突然、俺の隣に座っている真優貴がニヤニヤし始めた。このにやけ方は……。

 

 

「いやー、実は最初、花音さんがお兄ちゃんの彼女さんかと思っちゃいましたよ♪」

「え、ええっ!? か、かのっ……!?///」

 

 

 ……やっぱり誰かをからかおうと企んでいる時のものだった。

 

 

「真優貴ー? あんま困らせちゃだめだぞ?」

「はーい! でもでも、花音さん可愛いし、優しいし、お兄ちゃんとお似合いだと思うけどな~」

「またそうやって……松原さんごめんなさい。気にしないでください」

 

 

 真優貴には仲良くなった人を少しからかう癖がある。だがこのからかう度合いが絶妙で、相手が不快に思うことは決してない。

 

 しっかり反応を見ているなーと感心することもあるのだが、本人は感覚的にその度合いが分かるのだろう、ただ相手の反応を見るのが面白くてやっている節がある。

 

 

「(ねえねえお兄ちゃん)」

「(どうした?)」

「(確かにからかったのは謝るけどさ、花音さんの顔見て)」

「(ん?)」

 

 

 耳元でそう囁いてきたので従うと――

 

 

「ふええ……か、彼女……///」

 

 

 そこには顔を真っ赤にしている松原さんが。

 

 

「(ねっ? すっごく可愛くない?)」

「(なんやねんこれ可愛すぎやろ)」

「(でしょー? この真優貴さんに感謝してほしいね)」

「(でも去年まで女子高だったわけだし、単に男との絡みが少なくて慣れてないだけかも)」

 

 

「……2人とも、どうかした?」

「「いえ、なんでもないです(フルシンクロ)」」

「あ、あはは……仲良しだね、2人とも」

 

 

 それからは再びのんびりお話タイム。途中またカフェの話で盛り上がり、さっき真優貴と話していたカフェ巡りに、松原さんも一緒に行くことに。松原さんのおすすめのカフェを中心に町を散策することになった。そして連絡用ということで、3人でSNSのアカウントの交換もした。

 

 

 その後は、流石にもう一度道に迷うとまずいので、3人で一緒に駅まで向かった。

 

 駅でも松原さんが乗る電車がどこか分からず、迷路のような駅の中をグルグル回ってしまったり、やっと着いたと思ったらその電車が間違っていたり……結構スリリングな経験をした。

 

 

「ごめんね2人とも……私のせいで連れまわしちゃった……」

「全然大丈夫ですよ」

「そうですよ~! 花音さんと一緒にいられる時間が増えて、私は嬉しかってですよ!」

「ほ、ほんとに……?」

「はい。俺も真優貴と一緒です」

「……ありがとう。2人とも優しいんだね」

 

 

 そしてついに正解のホームに到着。ベンチに座って話していると、電車がやってきた。

 

 

「電車来ましたね。……今日はありがとうございました。松原さんと話せて楽しかったです」

「うん……私もすっごく楽しかった……! また行かせてもらってもいいかな?」

「もちろんですよ! いつでもお待ちしてまーす!」

「ありがとう……! それじゃあまたね、真優貴ちゃん、山城君」

 

 

 電車に乗り込んだ松原さんが優しく笑う。そのままドアが閉まり、電車が発車した。

 

 松原さんの姿が見えなくなるまで、俺と真優貴は手を振り続けた。

 

 

 

 

 

「真優貴」

「んー?」

「今日は楽しかった?」

「――うん! めっちゃ楽しかった!」

 

 

 満面の笑みの天才女優。最近まで仕事ばかりで疲れているはずなのだが、ここまで元気だと、無理はしていないだろうかと一瞬心配になる。

 

 

「お兄ちゃん、来週のカフェ巡り、楽しみやね!」

「ああ。そうやな。さあ、俺らも帰ろっか」

 

 

 だがその心配も、真優貴の笑顔ですぐに消える。この笑顔は無理して作っているものじゃない、心から嬉しいと思って笑ってくれていることなんて、15年も一緒に生活していれば分かる。

 

 

 真優貴が嬉しそうで、俺も嬉しいよ。

 

 お互いに忙しいけど、一緒にいられる間は沢山楽しい思い出を作っていこうな。

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

 同日夜。山城家1Fリビング。夕食後。

 

 

「ところでお兄ちゃん」

「どした?」

「花音さんのことどう思ってるん?」

「またそれか~? ……優しくて頼りになる先輩って感じやな」

「“可愛い”は!? “可愛い”の言葉は!?」

「言わせたいだけやろ……まあでも、確かに可愛いな」

「おおーいいですなぁ! さすがお兄ちゃん、思ったことはストレートに言うね」

「まあねー」

「じゃあ今言ったのを花音さんにL〇NEで送っとくね~」

「ほーい…………ってちょい待てい!!」

「あっちゃ~もう送ってもうた! テヘっ♪」

「Oh, my……」

 

 

 後でしっかりとLIN〇で謝りまくった貴嗣だった。

 

 




 読んでいただき、ありがとうございました。花音と真優貴のお話でした。

 女優ということが明らかになった真優貴。芸能人、女優、そして子役からデビュー……となると、あるキャラクターとの繋がりが見えてくるかもしれません。

 今回の花音を含め、バンドリのキャラクターの描き方、解釈が正確にできているかは分かりませんが、これからも頑張っていこうと思っています。

 それでは、次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 偶然の出会いを大切に

 諸事情により、早めの投稿です。

 お気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございます!

 そして誤字報告、ありがとうございました! 卒業論文を書いていた時も思いましたが、第三者の方のチェックは本当に大切でありがたいものです……。

 今回は内容がちょい薄いかもです……。


 

 

 

 休日の昼の3時頃、今日は家の手伝いもないし、バイトもないしで俺は日課のランニングをしていた。丁度この商店街の近くに来たので、クールダウンも兼ねて立ち寄る。

 

 商店街の中の本屋さんに入る。読書好きからすれば、ずらっと本が並んでいる光景はたまらないものがある。

 

 

「……? これは……これシェイクスピアか」

 

 

 ふと目に入った本を手に取る。多くの人が一度は耳にしたことがあるであろう、“ロミオとジュリエット”だ。

 

 映画では何度も見たことあるが、そういえば原作を読んだことは無かった。店内を回っていたところで偶然見つけた本ではあるが、これも何かの縁だろうし、他の本と一緒に買うことにした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 半分衝動買いみたいなことをしてから本屋を後にすると、遠くの方で大きな人の集まりができていることに気付いた。

 

 

 そして、何か音楽が聞こえる。デカくて、賑やかな音楽が聞こえる。

 

 

 

 

 

「ハッピー! ラッキー! スマイル! イエーイ!」

 

 

 なんと商店街の近くで、路上ライブを行っているバンドがいた。路上ライブというか、マーチングというか……中々にド派手なバンドが演奏をしていたのだ。

 

 

 イギリスにいた頃は、よく友達に誘われてこういった路上ライブを見に行った。広場のど真ん中で毎日誰かが演奏している光景は、俺にとっては全然珍しいものではなかったりする。

 

 だが、それでも今目の前で行われている演奏を、俺は足を止めて見入ってしまっていた。演奏技術云々というより、そのメンバーである。

 

 

「(……先輩ドラムやってたんですか)」

 

 

 どっからどう見ても、ドラムを叩いているのが松原さんなのだ。普段の大人しい雰囲気を感じさせつつも、楽しそうにドラムを演奏している。

 

 松原さんにも驚きだが……それ以上に驚きを禁じ得ない光景が目の前に広がっていた。

 

 

「(……クマがDJやってる……)」

 

 

 クマのぬいぐるみを着た人が、器用にターンテーブルを回しているのだ。ぬいぐるみを着て演奏するというのも中々斬新だが、あの太い腕(というか指)で操作ができているというのがすごすぎる。

 

 本を買ってそのまま帰ろうかと思っていたが、結局そのままこのバンドのライブに見入ってしまった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 演奏が終わった。滅茶苦茶パワフルな演奏で、途中参加の俺でも楽しむことができた。

 

 さあ、いいパフォーマンスも見れたし、今度こそ帰―― 

 

 

「あっ、そこのあなた!」

 

 

 ――ることにはなりませんでした。

 

 

「あなた、確か学校で見たことがあるわ!」

「学校……ってことは花咲川の人か。初めまして。1年A組の山城貴嗣です」

「あら、同じ1年生なのね! はじめまして! あたしは弦巻こころ!」

 

 

 先程ボーカルをしていたこの金髪の女の子は、弦巻さんと言うらしい。すごく笑顔が明るい子だ。元気いっぱいな彼女を見て、こちらも笑顔になる。

 

 

「あら! 今のあなたの笑顔、すごく素敵だわ!」

「弦巻さんのおかげだよ。弦巻さんのほうこそ、今いい笑顔してるよ」

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいわ! あたしは笑顔が大好きなの!」

 

 

 満面の笑みでそう答える弦巻さん。全身からポジティブなオーラが溢れ出ている。

 

 

「こころーん! 誰と話してるの……って、あれ、山城くんだ!」

「あっ、北沢さん。おつかれさま。ライブ、楽しかったよ」

 

 

 同じクラスの北沢はぐみさんだ。香澄と同じくらいいつも元気な子だ。

 

 ……北沢さんがベースを演奏できるということにさっきまで驚いていた。ソフトボールを続けていると聞いていたので、そのイメージしかなかったのだ。

 

 

「ああ、こころ……! 今日も君のパフォーマンスは素晴らしかった……! ……ん?君は……」

「あっ、薫くん! この子は山城貴嗣くん! はぐみのクラスメイトで、今日のライブみてくれたんだよ!」

「山城貴嗣……良い名前だね。私は瀬田薫。羽丘学園の2年生だ。よろしく」

「瀬田さんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 ワーオ美形&高身長。170くらいあるんすかね。

 

 

「ん? 山城君、君が持っているその本は?」

「これですか? ロミオとジュリエットです。さっきそこの本屋さんで買ったんですよ」

「……!! 君、もしかしたらシェイクスピアに興味があるのかい……!?」

 

 

 グイッと俺の方に近づいてくる瀬田さん。もしかしなくても、シェイクスピアが好きなのだろう。

 

 

「はい。これを機に読もうと思って」

「ああ……! シェイクスピア……儚い……! 次に会ったときに、君の感想を聞かせてほしい。シェイクスピアについて、ともに語ろう……!」

 

 

 もちろんいいですよ、と返答する。この人も結構癖が強いと言うか、話していて面白いというか。

 

 

 色々3人と話していると、黒スーツを着た人たち(黒服さんというらしい)が弦巻さんを呼び、そして瀬田さんと北沢さんも一緒に行ってしまった。

 

 

 

 

 ……やっぱり弦巻さんはお金持ちだったらしい。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「あ、あの……山城君?」

 

 

 後ろから声がかけられたので振り向くと、そこには例のクマさんと、クマさんの後ろに隠れて顔だけこちらに出している可愛らしい女の人が。

 

 

「はい。お疲れ様です。ドラム、上手でしたよ」

「う、うん……ありがとう」

 

 

 松原さんはニコっと笑う。バイト先でもそうだが、最近は緊張も解けたのか、松原さんから話しかけてくれることが多くなった。

 

 

「あの、さっきからなんで隠れてるんですか?」

「えっと……その……こ、この衣装を知り合いに見られるのが……恥ずかしくて……///」

「衣装? ……ああ、なるほど……」

「ふ、ふえぇ……恥ずかしぃ……///」

 

 

 松原さんが今着ている衣装は、腕や肩の露出度が高い。あまりジロジロ見るわけにもいかないと思って、俺はクマさんの方に視線を移す。

 

 するとクマさんも俺の方を見つめてきた……ぬいぐるみ故の無表情が、正直怖いと言うか何と言うか。

 

 

「確か、A組の山城君だよね。今日は来てくれてありがとね」

「ああ、どういたしまして。こちらこそありがとう……えっと……クマさん?」

「そっか、ミッシェル知らないのか。ちょっと待ってね。んしょ……っと」

 

 

 そのクマ、もといミッシェルが頭部のパーツを外す。

 

 

「あたしはC組の奥沢美咲。よろしくね」

「あっ、同じ1年なのか。クラス違うから初めましてだね。よろしく」

 

 

 ハロハピの最後のメンバーであるミッシェル、もとい奥沢さんとも挨拶。

 

 ふうーっと一息つきながら、その太いクマの腕で汗を拭おうとする……が、可動域も問題で当然上手くいかない。

 

 汗びっしょりのままでは風邪をひく恐れがある。俺は予備として持ってきた綺麗なタオルをバッグから取り出した。

 

 

「奥沢さん、これ使って」

「えっ? ……いいの?」

「もちろん。汗はしっかりと拭いとかないと。それにめっちゃ気持ち悪いでしょ? いいパフォーマンスを見せてくれたお礼ってことでさ、遠慮せず使って」

「あっ…………そ、そっか。じゃあ……使わせてもらうね?」

「じゃあ、私が拭いてあげるね」

「ありがとうございます花音さん……助かります」

 

 

 松原さんが丁寧に奥沢さんの汗を拭いていく。この2人はバンドの中でも大人しいグループなのだろうか。

 

 

「ふうーっ……ありがとうございます花音さん」

「うん。どういたしまして」

「山城君も、タオル貸してくれてありがとね。……また洗って返すね」

「オッケー。まあいつでもいいから、俺か真優貴に……あれ?」

「? どうかした?」

 

 

 そう言いかけたところで、奥沢さんがC組だということを思いだした。

 

 

「……C組ってことは、真優貴と同じクラスか」

「ああ、真優貴ちゃん? そうだよ、一緒のクラス。いつもお昼一緒に食べてるんだ」

「おお! それはそれは。妹と仲良くしてくれてありがとう」

 

 

 そう言えば家でも「美咲ちゃんっていう子と一緒にお昼食べてるねん♪」と話していた。奥沢さんのことだったんだな。

 

 

「山城君すごいね、あの3バカを同時に相手取るなんて」

「3バカ? 弦巻さん達のこと?」

「そう。あの3人。あの人たち、あたしがミッシェルの中の人だって認識してないんだ」

「……マジ?」

 

 

 なんやねんそれ面白すぎるやろ。

 

 

「あの3人の相手は応えたでしょ……ガンガン自分のペースで話すから……」

「あはは。まあでも俺は楽しかったよ。3人とも個性的でさ」

「あっ、それ真優貴ちゃんも言ってた。さすが双子。この前もさ、こころとはぐみ入れた4人でご飯食べたんだけど、真優貴ちゃんずっと2人の話聞いてたんだ」

 

 

 真優貴と奥沢さんはまだしも、そこにあの2人が入るとなると……賑やかになりそうだ。

 

 

「『私が話してたほうが美咲ちゃん落ち着いて食べれるでしょ?』って言ってくれてさ、もう泣きそうになったよ。苦労が分かってくれる人がいるってだけでうれしいよ……」

 

 

 ははは、と乾いた笑いをする奥沢さん。苦労人のオーラを感じる。

 

 

「別に俺は弦巻さん達と話すのはむしろ楽しいから、話し相手くらいならいつでも引き受けるよ」

「ああ……今あたしの前に仏がいる……」

「仏は大袈裟だなあ……」

「なんかね、最近バンドでいることが多くて、ずっとあの3人の相手してたから、花音さんと真優貴ちゃん以外に常識がある人と出会えたことが嬉しくて……」

「あはは。まあ折角今日会ったからこれも何かの縁だし、妹共々、これからよろしくね」

「うん。こちらこそよろしくね」

 

 

 しばらく2人と話していると、真優貴から電話がかかってきた。どうやら晩御飯の食材を一緒に買いに行ってほしいらしい。

 

 今日はとんかつにするらしく、お肉以外の食材も色々買う予定なので、荷物を持つのを手伝ってほしいとのこと。真優貴は家の近くのスーパーについているらしい。

 

 

「――というわけで、そろそろ俺は帰りますね」

「うん……今日はライブ見てくれてありがとう。またバイトで……」

「はい。またバイトで会いましょう。奥沢さんもありがとうね」

「うん。よかったらまた見に来て。……それでついでにあの3人の相手をしてくれると嬉しいかな……」

「ふふっ、りょーかい。いつでも呼んで。それじゃあね」

 

 

 2人に別れの挨拶をしてから、ダッシュでスーパーに向かう。

 

 あと5分くらいで着く、と真優貴にメッセージを送ってから、妹の待ち時間をできるだけ減らすために、俺は昼のランニングの時よりも気持ち速めの速度で商店街を後にした。

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

 次の日の昼休憩。学校食堂。

 

 

「(さーて、購買でコーヒー牛乳買ったし、お昼食べよっと)」

 

「あーっ! 山城君だー!」

「やっほー北沢さん。弦巻さんと奥沢さんも、おつかれさま」

「!! そうだわ! 貴嗣! 一緒に食べましょ! そうしたらもっと楽しくなるわ!」

「ちょ、ちょっとこころ、それは迷惑だって。山城君にも用事があるかもだし……」

「あはは。相変わらず元気だね。いいよ、俺でよければ、ご一緒させてもらうよ」

「「やったー!!」」

 

 

 

 

 

「ねえ山城君、ほんとにあたし達と食べて大丈夫だったの?」

「うん。もともと今日は1人で食べる予定だったし。それに  」

「それに?」

「助けてって顔に出てた」

「あ、あはは……やっぱり?」

「うん。俺がいたら、奥沢さんも落ち着いてご飯食べれるでしょ?」

「ああ……やっぱり仏だ……また今度お返しするよ」

「じゃあ俺がいる間は、奥沢さんはゆっくり味わって食べて。誰かがおいしそうに食べてるのを見るの、好きだし。それで手を打つってのはどう?」

「ううっ……泣きそう……心が清らかすぎるよ……山城君と出会えてよかった……」

「……やっぱりなんか大袈裟すぎん??」

 

 

 その後は皆で話しながら美味しく食べました。

 




 ありがとうございました。

 本編と全く関係ないですが……ずっと観たいと思っていた『バタフライエフェクト』っていう映画を昨日観ました。マジでくっそ面白かったです。

 それではまた次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 銀の裏地

 ヴァンヴァ様、評価ありがとうございます!

 今回は主人公のバンドのお話なので、第3話を予め読んでおくと、話が分かりやすいと思います。

 ところで今回の話のタイトルを英訳すると……? それではどうぞ!


 

 

 休日のお昼過ぎ。暑すぎず寒すぎずで過ごしやすい今日は、バンドメンバーでの初練習の日だ。

 

 次の文化祭の有志発表に出場する予定なのだが、どの曲を演奏するかはもちろん、まだバンド名すら決まってない状態だ。練習というよりは、打ち合わせや会議の方が近いかもしれない。

 

 

「さあ、みんな入って。ここがうちのスタジオだよ」

「「「おおー!!」」」

 

 

 大河と穂乃花、そして花蓮の3人を、落ち着いた雰囲気のスタジオに招き入れる。

 

 今俺たちがいるのはうちのカフェの地下にあるスタジオだ。それなりに広く、機材もしっかり整っている。

 

 

「すごいね。下にこんな場所があるなんて」

「うちはライブするときは基本1階じゃなくて、この下の階でやるんだ。さすがに1階は近所迷惑になるかもしれないからね」

「それに対して、ここは防音もしっかりしてるし、どんちゃん騒ぎしても大丈夫ってことか」

「その通り。練習はこの部屋使って、本番はさっき通ったステージでやるってこと」

 

 

 この階はカフェっていうよりバーみたいな構造をしている。席付きのカウンター、テーブル席が複数、そして小さめのステージといった感じだ。

 

 

「じゃあまず、文化祭でどの曲弾くか皆で決めようよ!」

 

 

 穂乃花の提案を皮切りに、今日のバンド練習(?)が始まった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「オッケー、じゃあ一旦まとめるね。2曲演奏するとして、最初は貴嗣のあの声で皆をビックリさせたいから、この前のカラオケのバラードを1曲目に持って来る。そして2曲目でドカンと派手な曲を持ってきて1曲目とのギャップと皆の演奏技術で盛り上げる! って感じかな」

「うん。構成はこれでいいと思う。あとは2曲目で何を演奏するか、だね」

「確か今年の後夜祭は、このバンド発表の後にフォークダンスがあるんだよな。どうせやるなら、できるだけ盛り上げたいよな」

 

 

 そう。今大河が話したように、今年は文化祭の後に行われる後夜祭で、フォークダンスが開催されるのだ。

 

 折角今年から共学になったのだから、高校生たちの思い出作りのために、ということらしい。グラウンドにキャンプファイヤーを設置して、その周りを曲に合わせて男女で踊る予定だ。

 

 

「なあ、それに関してなんだが、俺から1つ提案があるんだ」

「おおっ? 貴嗣おすすめの曲か? 期待できるな」

「今丁度俺が練習してる曲でさ……ちょっと待ってなー、スマホに入れたのを流すわ」

 

 

 そう言って俺はテーブルにスマホを置いて、その曲を再生する。

 

 

 

 

 

~再生中~

 

 

 

 

 

「……いいじゃんこれ! えっ、これ最高じゃん! 俺これ弾きてえ!」

「これ弾けたら絶対盛り上がるよね! 私もこの曲皆で演奏したいな!」

「そうだね。確かに簡単な曲じゃないけど……これから練習すれば大丈夫」

 

 

 どうやら皆も気に入ったらしい。よし、演奏する曲は決まった。最初の課題である“演奏曲を決める”、無事にクリアだ。

 

 そしてこの後、休憩ということで上の階のカフェに皆で行くことにした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 今日はカフェが休みなので、俺たちの貸し切り状態だ。俺は皆の分のコーヒーを入れ、ついでにラテアートも描く。糖分摂取ということで味は甘めにしてある。

 

 

「おまたせ。さあ、これ飲んで休憩しようぜ」

「わあ~! ラテアートだ! イン○タ載せよっと!」

「このハートのラテアートいいね。なんか飲むのが少しもったいなくなるね」

 

 

 この光景を見てると、香澄達が来てくれた日のことを思い出す。

 香澄達も今日は練習しているらしい。文化祭に出るために花園さんや牛込さん、市ヶ谷さんと一緒に頑張っている。

 

 

「……それにしても、今日はずっと曇りだねー」

「ああ。今にも雨が降りそうなくらいだ」

 

 

 大河と穂乃花の言う通り、今日は天気があまりよろしくない。昼からずっと曇り空だ。

 

 雲はそこまで厚くなく、天気予報ではこれから晴れてくる……らしいのだが、一向にそんな気はしない。

 

 

「曲は決まったのはいいけど……やっぱバンド名が決まらないな」

 

 

 大河の言う通りだ。実はカラオケに行ってからLI○Eのグループで意見を出し合っているのだが、これがまた曲者で、皆がこれだ!! と納得できる名前が出てこないのだ。

 

 ちなみに今のL○NEのグループ名は適当にそれぞれの名前をとって“山河花(やまかわはな)”。もし良いのが出てこなかったらこれにしよう、ということにしてある。……個人的には案外この名前が好きだったりする。

 

 

「できればバンドらしく、かっこいい名前がいいよね」

 

 

 そう花蓮が呟く。何かいい名前は無いかと思いつつ、コーヒーを飲みながら窓から空を見る。

 

 

 視界に入ってくるのは、当然ながら曇り空、どんよりとした雲だ。

 

 

 雲は英語で……cloud……。

 

 

 cloud……cloud……――

 

 

 

 

 

「――Every cloud has a silver lining……」

「……えっ?」

「……ああ、ごめん。ちょっと英語のことわざ思いだしてさ」

 

 

 無意識の内に口に出ていたらしい。隣に座っていた花蓮が、コテンと首を傾げる。

 

 

「シルバー……? それどういう意味なの?」

「Every cloud has a silver lining. 『どんなに苦しい時でも必ず希望はある』って意味。silver liningっていうのは、直訳すると『銀の裏地』……このことわざだと、雲の後ろから指す光のこと」

 

 

 俺は空に浮かんでいる雲を指差して、言葉を続けた。

 

 

「転じて――“希望の兆し”って意味」

「希望の……兆し……」

 

 

 花蓮は俺の言葉を復唱し、少し考えこんだ後、ふと顔を上げた。

 

 

「……私、ピンときた」

「「「えっ?」」」

「バンド名だよ。シルバーライニング。私はいいと思うな」

 

 

 花蓮は優しそうに笑う。その笑顔には、嬉しさはもちろんだが、どこか楽しそうな気持ちが感じられる。

 

 

「だって希望の兆しだよ? 名前の響きもいいし、意味もいいと思う。皆はどう?」

「シルバーライニング……希望の兆し……なんかカッコいいかも!!」

「確かに言われてみれば……! めちゃくちゃカッコいいじゃん!」

 

 

 花蓮の問いかけに、穂乃花と大河も目を輝かせている。

 

 

「貴嗣君はどう?」

 

 

 隣に座っている花蓮がそう聞いてくる。

 

 Silver Liningか……なんかこう、言い出しっぺの俺がこんなことを言うと、何だか自画自賛のようになってしまうが。

 

 

「……ああ。俺もいいと思う。Silver Lining……なんか、俺達らしい」

 

 

 どうしてかは全く分からないけど、そう感じた。俺の言葉をきっかけに、皆の顔に笑みが浮かぶ。

 

 

「じゃあこれからは、あたしたちはシルバーライニング、だね!」

「おお! なんかバンド名決まると雰囲気出るな! シルバーライニング!」

「「イェーイ!!」」

 

 

 大河と穂乃花は2人仲良く盛り上がる。そんな2人を、俺は花蓮と一緒に見つめる。

 

 

「いいセンスだね、貴嗣君」

「そうか? あんま自覚は無いけど」

「ふふっ。もっと自信持っていいと思うよ?」

 

 

 

 

 

「ほら2人も! 記念に写真撮ろうよ! バンド名決定記念に!」

 

 

 穂乃花がスマホを持って写真を撮ってくれるそうだ。皆で固まってピースをしてパシャリ。

 

 

「うっし! じゃあバンド名も決まったことだし! 残り時間少ないけど、練習しようぜ!」

 

 

 大河はベースを弾きたくてウズウズしてる様子。

 

 “バンド名を決める”、2つ目の課題完了だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 時は進んで夕方。なんだかんだ言って結構練習できた。

 

 3つ目の課題、“練習をする”、完了。楽器の片付けも終わり、いつでも帰れる状態だ。

 

 

「よし、じゃあ今後の予定と各々の役割について、最後にもう一度確認するぞ。次の練習は来週の日曜日。時間は今日と同じ昼の2時からこのスタジオで」

「「「はーい!」」」

 

 

「んで、各々の役割なんだけど、まずは大河。大河は文化祭の実行委員会に出場の申し込みと、体育館のプロジェクターとスクリーンの使用申請を頼む。その高いコミュ力を活かして実行委員の人たちと交流を深めておいてくれ。恐らくこれからもお世話になる人たちだからな。それが終わったら、穂乃花の手伝いに回ってくれると助かる」

 

「おう! まかせとけ!」

 

 

 

「次は穂乃花だな。穂乃花にはバンドの名前のデザインを考えて、グループで共有してほしい。穂乃花の好きなようにデザインを考えてくれ。元美術部のセンスで、俺達をビックリさせてくれ」

 

「うん! まっかせといて! 皆がビックリするほどカッコいいデザイン考えるからね!」

 

 

 

「そして花蓮には、ライブ中の演出のアイデアを出してほしい。さっきも言ったけど今回俺達は体育館のスクリーンを使う予定だ。照明の色やタイミングと、盛り上げるための歌詞の映し方……この2つを主に考えてほしい。コンクール入賞経験で培った表現力を存分に発揮してくれ」

 

「わかった。皆の力になれるように頑張るね」

 

 

 

「最後に俺なんだが、俺は今回演奏する2曲のそれぞれのパートのスコアを作る。これに関しては出来次第皆に送るから、皆の感想や改善案を余裕がある時でいいから伝えてほしい。感じたことを気軽に言ってくれ。これに加えて、実際に練習していく中でも修正していくつもりだ。……それじゃあ、これから皆で頑張っていこう」

 

「「「了解!」」」

 

 

 

 

 

 バンド名も決まって、曲も決まった。後はひたすら練習するだけだ。

 

 こうして俺達<Silver Lining>は、文化祭に向けて最初の一歩を踏み出した。

 




 小説タイトル回収完了です。

 投稿を始めて1週間ですが、お気に入り登録や評価、そしてたくさんの方に読んでいただいており、驚くと同時にと嬉しさでいっぱいです……。(感涙)

 さて、今回の第6話で序章が終了です。お疲れ様でした。次回から主人公は、1人の優しい女の子と深く関わっていきます。

 それではまた次回お会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter 1 Poppin'Party
第7話 お手伝い


 お待たせしました。今回からPoppin'Party編です。

 一体誰のお手伝いなのか……それではどうぞ!


 

 

 

 ハア、ハアという息遣いが誰もいない商店街に響く。

 

いくら毎日走っているとはいえ、長時間ぶっ通しは楽じゃない。今日は普段の家の周りのコースとは違い、少し商店街のほうまで遠出している。いつも賑わっている商店街だが、流石に朝の5時半では人はいない。

 

 さあ、そろそろ休憩を入れようかと思い、商店街を抜けたところにあるベンチを目指す。1人でゆっくり休憩しようと考えていたのだが、よく見るとそのベンチに誰か座っていた。

 

 男の人だ。40代くらいだろうか。

 

 

「すいません。お隣いいですか?」

「ええ。構いませんよ。どうぞ」

 

 

 親切にその人は俺が座れるスペースを空けるために端に寄ってくれた。どうやらこの人もランニングをしていたようだ。着ているジャージに汗が薄ら滲んでいるのが見える。

 

 

「君も朝早くから走っているのかい?」

「はい。朝は空気が澄んでいて、走るのが気持ちいいので。あなたもトレーニングですか?」

「ははっ、トレーニングというか、ダイエットというか。この年になってくると、油断するとすぐに太ってしまってね」

 

 

 参ったねえ、と笑いながらそう話す……俺の目には太っているというよりむしろ筋肉質に見えるのだが。

 

 

「確かに、体型維持は大変ですもんね。……っと、すいません、そろそろ行きます。ありがとうございました」

「こちらこそ、話し相手になってくれて助かったよ」

 

 

 挨拶をしてからその場を後にする。

 親切な人だった。またランニングをしていたら会いそうだと思いながら、家に向かって再び走り始めた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「いやあ、ほんとにビックリしたよ。まさかうちに来るお手伝いさんが山城君だったなんて」

「俺もだよ。まさか、俺達のお母さん同士が知り合いだったとは」

 

 

 授業が終わり、普段なら家に帰ることが多いのだが今日は違う。

 

 今日から1か月の間、俺は山吹ベーカリーで働くことになったのだ。この経緯は1週間前にさかのぼる。

 

 

 

~1週間前~

 

 

「貴嗣~、ちょっといい?」

「いいよー。どうしたの?」

「実はお母さんのお友達が商店街でパン屋さんをやってるんやけど、この時期忙しくなるから人手が欲しいんやって。どう貴嗣、1か月だけ手伝ってあげてくれへんかな?」

「へえ~パン屋ね。俺でいいんやったら、もちろんええよ」

「ありがと~!」

「何て言うお店?」

「お店? “やまぶきベーカリー”よ」

「…………マジで?」

 

 

~回想終了~

 

 

 

 どうやら俺達の母同士が同級生らしく、卒業してからも交流は続けていたそうな。こっちに引っ越してきてからまた関わることになるとは、これもご縁というものだろうか。

 

 そんなこんなでお店に到着。山吹さんの両親に挨拶をしに行く。

 

 

「はじめまして。山城貴嗣です。今日からよろしくお願い致します」

「はじめまして。山吹千紘です。真愛(あい)ちゃんから話は聞いています。お手伝いに来てくれてありがとう。これからよろしくね。主人を呼んでくるから、少し待っててね」

 

 

 山吹さんのお母さんである千紘さんとご挨拶。ちなみに真愛っていうのは俺の母さんの名前だ。

 

 やはり親子なだけあり、山吹さんと千紘さんはよく似ている。外見もそうだが、優しい雰囲気がそっくりだ。

 

 

「いや~すまんね。少し手が離せなくって……ってあれ? 君はもしかしたら今朝の?」

「……あれ? あなたは今朝のランニングの時の……」

 

 

 ……まさか本当に、しかもこのような形で再会するとは思わなかった。これもご縁というものだろうか。(2回目)

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 レジで会計を終え、お客さんを見送る。あの後これから俺がするべき仕事の内容を説明してもらった。

 

 基本的にはレジやパンの搬入、商品陳列だ。レジならうちやバイトで慣れっこだし、パンを運ぶのも難しいことではないので、今の所問題は無い。

 

 

「「……」」ジーッ……

「(……ん? 誰かに見られてる?)」

 

 

 お客さんの波が収まり一息ついていると、ふと後ろから視線を感じた。

 

 千紘さんかなと思って振り向くと、壁から顔だけ出して、俺の方をジーッと見つめている小さな顔が2つ。小学生くらいだろうか?

 

 

「こーら2人とも。あのお兄さんはお仕事中なのよ? 邪魔しに行っちゃだめよ」

「ん?」

 

 

 千紘さんが後ろから現れる。その子達から何かお願いをされた後、千紘さんはしょうがないという顔でこちらを見た。

 

 

「貴嗣君、少し時間ある? どうしても2人が貴嗣君とお話ししたいらしいの」

「ええ、もちろん。大丈夫ですよ」

「ありがとう。ほら、純、紗南、いっておいで」

 

 

 俺がそういうと2人の顔がパアっと明るくなり、こちらに近づいてきてくれた。俺は目線を合わせるためにその場にしゃがむ。

 

 

「はじめまして。僕は山城貴嗣っていいます。純君と紗南ちゃんでいいかな?」

「うん! よろしく、貴兄ちゃん!」

「うん……よろしくね、お兄ちゃん」

 

 

 やっば何やこの2人天使か。可愛すぎへんか?? しかもお兄ちゃん(貴兄ちゃん)って呼んでくれたで?? やばいお兄ちゃん頑張る。(知能指数低下)

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「貴嗣君の料理本当に美味しかったよ。あんなに上手にできるなんてすごいね」

「気に入っていただけてなによりです。……特に純君と紗南ちゃんはすごかったです」

「2人とも貴嗣君の隣に座って、ずーっと話してたもんね」

 

 

 現在午後8時過ぎ。あの後お手伝いは無事終わり、千紘さんの提案でこちらで夕食をいただくことになったのだ。流石に何から何まで用意してもらうのはあれなので、今日の感謝の意を込めて、夕食を作らせていただいた。

 

 そして今、俺と亘史さん(山吹さんのお父さん)で食器洗い、山吹さんは紗南ちゃんとお風呂、純君は千紘さんと遊んでいる。

 

 

「純と紗南に気に入られたみたいだね」

「みたいですね。会って初日なのにいっぱい話してくれて、俺も嬉しかったです」

「貴嗣君が優しいからだよ。子どもはそういうところ、とても鋭いからね」

「ははっ、それには同意です」

 

 

 キッチンから離れたところで遊んでいる純君を見る。笑顔が眩しい、とても純粋でいい子だ。

 

 

 

 

 

「1つ聞きたいことがあるんだが、いいかな」

「はい。なんでしょうか?」

「さっきの食事、魚やお肉が多めだったのは何か理由があるのかい?」

「……ふふっ、さすが亘史さん」

 

 

 横目で俺を見る亘史さん。この感じだと、もう分かっているみたいだ。

 

 

「貧血予防には食事で鉄分摂取が一番ですから。そこに果物や野菜でビタミンCを取ると尚良しです」

「……そうか。ちなみにどうして分かったんだい? 貴嗣君が貧血気味……というわけではなさそうだけど」

「経験則です。今まで色んな人と会ってきましたから……千紘さんの顔色を見たら、すぐに分かりました」

 

 

 千紘さんと会った時、まず最初に気になったのは、やはりその顔色だった。

 ほんの少し青白いあの顔色は、貧血気味の人の特徴だと思った。冷蔵庫に魚やお肉が多かったのを見て、その推測は確信に変わった。

 

 

「……沙綾が中学生の時に、貧血で倒れてしまったことがあってね。それからは大丈夫なんだけど、料理には僕も気を使っているんだ」

「そうやって千紘さんのことを考えられるのは、とても素晴らしいことだと思います」

「はははっ、人を褒めるのが上手だねえ。それも経験則かい?」

「はい。経験則です」

 

 

 そんな感じで楽しく話しながら、俺は亘史さんと食器洗いを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そろそろ帰る時間だ。荷物をまとめ、最後に挨拶だな。

 

 

「貴兄ちゃん、帰っちゃうの……?」

「お兄ちゃんともっと遊びたい……」

「ふふっ、ありがとう、純君、紗南ちゃん。俺もできればまだ2人と遊んでいたいけど、家に帰らなきゃいけないんだ。でも、また明後日来るからね。また会えるよ」

 

 

 そういって2人の頭を撫でる。

 

 ごめんな……お兄ちゃんにも家があるんや……。

 

 

「山城君、今日はお手伝いありがとうね。ほんとに助かったよ。純と紗南とも遊んでくれたし。紗南なんてお風呂でずっと山城君の話してたんだよ」

「ありゃ、それはうれしいな」

 

 

 最後に山吹さんと話す。山吹さんはほとんど毎日こうやって店の手伝いをしているみたいだ。本当に尊敬する。

 

 

 香澄達や友達と遊びに行ったりする時間はあるのかというのは……少しお節介と言うか、考えすぎだろうか。

 

 

「こちらこそ、楽しかったよ。ありがとうね。また明日学校で」

「うん。また明日ね」

 

 

 山吹さんに感謝の気持ちを伝え、帰路に就く。辺りはもう真っ暗だ。

 

『今から帰るね』と母さんにメッセージを送り、家に向かって歩き始めた。

 




 ありがとうございました。

 Poppin'Party編では、主人公と沙綾を中心に物語を進めて参ります。2人がどのように関わっていくか、楽しんでいただけると嬉しいです。

 それではまた次回お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 最悪を想定し最善を尽くせ

 もしかしたら後でポピパ編のサブタイトルを変更するかもしれません……ご了承ください。

 文化祭準備がメイン(?)の話です。それではどうぞ!


 

 

 ワイワイガヤガヤという擬音語がぴったりなほど賑やかな教室。今俺達は来週に控える文化祭の準備をしている。俺たちのクラスはカフェをやることになって、メニューや当日のシフトについて考えていたのだが……。

 

 

「――じゃあ、午前までのホールは俺と大河と穂乃花で回すとして……って、山吹さん?」

「えっ? ……ご、ごめん、聞いてなかった……」

 

 

 俺と山吹さんが副実行委員で、細かい部分を俺達が主体となって決めているのだが、数日前からずっとこんな状態なのだ。多分香澄達がバンドに誘ったのが関係してるんだろう。

 

 

「山吹さん疲れてるでしょ? まあ長時間ぶっ通しで考えてたし、休憩しようか」

「わ、私は大丈夫だよ……?」

 

 

 そうは言うが、今の山吹さんを見て大丈夫だとは思えない。

 

 

「ごめんね、山城君にばっかり考えてもらって……せめて何かするよ……」

「うーん、そこまでいうなら……そうだ、じゃあ大河と穂乃花呼んできてくれる? ホールの件で打ち合わせしたいからさ」

 

 

 わかった、と言って山吹さんは席を立つ。何もしなくてもいいよ、と言っても多分聞かなさそうだから、こういう時は簡単な依頼をするのがベターだ。それに体を動かしたほうが気分転換になる。

 

 

「(……最近の山吹さん、いつもあんな感じだな)」

 

 

 彼女は無理をしている。絶対に。その原因が何なのかまでは分からないけど。以前と比べて店でも上の空なことが多い。

 

 そして何より、彼女の笑顔が明らかに減った。家族の前では笑っているが、無理やり作っている仮面だ。その優しい性格故に自分を抑えているんだろう。

 

 

 

「おっす貴嗣。来たぜ」

「お呼びに答えて穂乃花ちゃんが参上いたしましたよ~! んで、話って何~?」

 

 

 ……あんまり暗い方向に考えすぎるのもあれだな。2人も来てくれたし、切り替えていこう。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「貴兄ちゃんすっげー! 折り紙上手!」

「ありがと、純。さあ、これは純、こっちは紗南ちゃんのだよ」

「わあ~かわいい……ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 

 夕食を作る1時間ほど前、今日は純と紗南ちゃんに折り紙を教えていた。やまぶきベーカリーにお手伝いに来て2週間ほど経ち、2人とも仲良くなれた。

 

 

「お兄ちゃんってほんとうに何でもできるよね。かっこいい」

「そう? 何でもできるってわけじゃないよ?」

「でも貴兄ちゃん、料理も美味しいし、色んな事教えてくれるし、ゲームも上手じゃん!」

 

 

 確かに夕食を作らせてもらったり、一緒に宿題をしたり、ゲームをすることは多い。この前なんかは、あやとりとポーカーのやり方を教えたりした。

 

 

「俺、お姉ちゃんに鶴折りたい……! 最近お姉ちゃん、元気ないから……」

「うん……お姉ちゃん、この前香澄さんとケンカしてから、元気ない気がする……」

 

 

 どうやら2人の話を聞く限りでは、香澄がこの前山吹さんをバンドに誘ったそうなんだが、それが原因で言い合いになってしまったらしい。

 

 

「お母さんも疲れてそうだよね……」

「そうだね……お母さんにも、鶴折ってあげたいな」

 

 

 2人とも本当に優しいな。お姉ちゃんと一緒だな。その心を大切にしてほしい。

 

 

 

「でも俺、お姉ちゃんにまた(・・)ドラムやってほしいな……」

「さーなも……」

 

 

 

 

 

 また(・・)……?

 

 

 山吹さんの優しい性格、家の手伝い、頑なにバンド参加を断る姿勢……

 

 

 そして千紘さんの体調……といえば貧血……

 

 

 貧血の症状と言えば、疲れ、めまいや立ち眩み、そして最悪の場合……

 

 

 

 

 

『……沙綾が中学生の時に、貧血で倒れてしまった(・・・・・・・・・・)ことがあってね。それからは大丈夫なんだけど、料理には僕も気を使っているんだ』

 

 

 

 

 

 ……!! そういうことか……!!

 

 

 

「純、紗南ちゃん、ありがとう。おかげで全部繋がった」

「つながった……?」

「お兄ちゃん……? きゅ、急にどうしたの……?」

 

 

 俺は両隣に座っている純と紗南ちゃんを交互に見て、話を続ける。

 

 

「2人に頼みたいことがある。お母さんを元気にするために……お姉ちゃんにもう一度ドラムをやってもらうために、お願いがあるんだ」

 

 

 困惑していた2人だったが、俺がそう言うと、すぐさましっかり俺の話を聞こうとしてくれた。

 

 

「俺も千紘さんと、お姉ちゃんを助けたい。そのために、2人の手を貸してほしい……いいかな?」

「う、うん! 俺、頑張る!」

「さーなも、が、頑張る……!」

 

 

 やるべきことが分かったら、後は簡単だ。

 

 最悪を想定し、最善を尽くすだけだ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 それから時は進んで、文化祭が明後日というところまで来ていた。文化祭の準備を終えた後、俺達Silver Liningは、とある用事でショッピングモールへ行ってきた。今はその帰り道だ。

 

 

「いやー、1回やってみたかったんだよね、皆でお揃いの買うっていうの!」

「穂乃花ちゃん、前から言ってたもんね。皆で買った(シルバー)のネックレス、私達らしくて良いよね」

 

 

 俺達が買ったのはネックレス。穂乃花の提案で、バンド名にちなんで、銀色のアクセを皆で付けようとなったのだ。

 

 皆で買ったのは、綺麗な菱形のネックレス。菱形が4つの辺で形作られるように、4人で1つという意味を込めて、この形にした。ライブ当日は、皆でお揃いのネックレスをつけるつもりだ。

 

 

「明後日が本番なんだよなー。実感ねえな」

「間違いない、この2週間忙しかったし、一瞬だったな」

 

 

 本格的に文化祭の準備に入ったのは、2週間前だ。バンドの練習に加えてクラスの準備もあったので忙しかったものの、皆で1つのものを作っていく、楽しい準備期間だった。

 

 

「しかも明後日、俺達がバンド発表のラストだぜ? その次には皆お待ちかねのフォークダンスだ。俺達の責任重大だな」

「それについては心配ない。しっかり練習したし、演出も皆でじっくり考えたし。後は俺達が楽しむだけだろ?」

 

 

 大河の言う通り、俺達は有志発表の〆に選ばれた。その勢いのままフォークダンスということなので、出来る限り盛り上げたい。

 

 

「そういや貴嗣、穂乃花と花蓮とは踊るとしてさ、フォークダンス誰かと踊るのか?」

「ん? 今のところ予定はないな。……なんか忙しくて、そのこと頭になかったわ」

 

 

 クラスの準備、バンドの練習、そしてやまぶきベーカリーの手伝い。それぞれに集中しすぎて、意外にもフォークダンスのことは頭になかった。

 

 それに……最近はずっと山吹さんのことが気がかりだ。明らかに無理をしている山吹さんを見ると、他のことなんて考えられなかった。

 

 

「あれ? 貴嗣、沙綾ちゃんと踊るんじゃないの?」

「むむ? なんで山吹さん?」

 

 

 突然一緒に歩いていた穂乃花にそう言われた。

 

 

「だって、同じ副実行委員だし、沙綾ちゃん家のお手伝いに行ってるし、いつもよく話してるからさ。最近ずっと一緒にいるじゃん?」

「なるほどねえ。言われてみれば確かに……でも別に約束はしてないぞ」

「ありゃ、てっきりもう付き合ってるのかと」

 

 

 いやいやないない、と言いながら、山吹さんは誰かと踊るのかと考える。

 

 山吹さんは可愛いし、性格もいい。もし誰かと踊るにしても、俺以外の人が誘う可能性も高い。

 

 

「誘ってあげたら? 多分沙綾ちゃんも喜ぶよ?」

「うん。それだけ一緒にいるんだから、貴嗣君から誘ってもいいと思う」

 

 

 穂乃花だけじゃなく、花蓮からもそう勧められる。2人も山吹さんがしんどそうにしているのを分かっている上での言葉だ。

 

 そんな信頼できる2人からの勧めを、無下には出来ない。

 

 

「……考えとくわ」

「おぉ? これはうちのクラス初のカップル誕生か?? おぉ?」

「楽しみですなあ~ニヤニヤがとまりませんなあ~」

「あはは……頑張ってね、貴嗣君」

 

 

 どうやら3人は乗り気らしい。

 

 正直、山吹さんみたいな可愛い女の子と踊るなんて嫌じゃないし、むしろ嬉しすぎる。

 

 でもそれは、今穂乃花や花蓮から言われて「それもありだな」と考えているだけで、俺が心から山吹さんと踊りたいと思っているのか……それがイマイチ分からない。

 

 

「貴嗣も実は踊りたいんじゃねえの? もう誘っちまえよ。あんだけ仲良く話せてるんだし、山吹さんに断られるってことは無いって思うぞ?」

「……もちろん山吹さんと踊れるのは嬉しい。でもその気持ちが、今皆に勧められたからそう思うのか、俺が本当に山吹さんと踊りたいと思っているのか……今日は家に帰ってから、ちょい気持ちを整理してみるよ」

 

 

 “山吹さんと踊りたい”というのが本心なのか、確かめる必要がある。

 

 

「うん。それがいいと思う。……なんだか貴嗣君らしいね」

「俺らしい?」

「うん。だって、軽い気持ちで踊るんじゃなくて、しっかりと沙綾ちゃんのことを考えて踊りたいってことでしょ? そうやって誠実に誰かのことを想えるのって、貴嗣君らしい」

「女の子的にはポイント高いよー! これ沙綾ちゃんもドキドキって来るんじゃない!?」

「……山吹さんには言わないでくれよ?」

 

 

 冗談交じりにそう答え、皆で笑う。皆と一緒に笑ったおかげで、ちょっと気持ちが楽になる。

 

 

「あんま期待しすぎんなよ。……それよりも、明日は本番だ。練習はしっかりやったから、あとは俺達が全力でエンジョイする気で演奏するだけだ」

「おう! 会場を沸かせてやるぜ!」

「ラストにあたしたちを持ってきてくれた運営の人たちに答えなきゃね!」

「そうだね。自分達の全力を出し切れるように、頑張ろう」

 

 

 いよいよ明日が本番だ。皆で楽しい文化祭にしよう。

 




 読んでいただき、ありがとうございました!

 アクセス数がじわじわ増えてきてめっちゃ嬉しい……(感動) 励みになります。

 文化祭で主人公がどんな行動をするのか……それではまた次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 1人じゃないよ

 新たにお気に入り登録をしてくれた皆様、ありがとうございます!

 さて、文化祭編も大詰めです! それではどうぞ!


 

 文化祭当日。1-Aのカフェは大盛況だ。どんどん人が入ってくるので、俺を含めホール担当の人がうまく捌き、注文を聞き、厨房担当の人たちに伝える。

 

 やまぶきベーカリーのパンは大人気。もうすごい勢いで売れていく。

 

 だが……今ここに山吹さんの姿はない。亘史さんから、朝に千紘さんが貧血で倒れ病院に搬送され、山吹さんは付き添いで行っていると聞いた。

 

 

 純、紗南ちゃん、頼んだよ。

 

 

「あっ! 貴嗣くーん! おつかれ……ってわわっ!」

「おっと……お疲れ香澄。元気なのは良いけど、お皿は大事に扱ってな?」

「えへへっ、ごめんね」

 

 

 危うく落ちそうになった皿と、こけかけた香澄をなんとかキャッチ。えへへっとはにかむ顔が眩しい。実行委員長の香澄が皆を引っ張ってくれているから、俺達は頑張れている。本当に頼りになる。

 

 

「さーや、やっぱり来ないかな……」

「心配なら、メッセージ送るのはどうだ? 便利なものがあるだろ?」

「便利なもの? ……あっ!」

 

 

 俺のジェスチャーで、香澄はポケットに入れてるスマホに気づいたようだ。

 

 

「恐らく千紘さんの症状は軽いはずだ。メッセージなら邪魔にはならないと思う」

「そうだよね! じゃあ、留守電にしよ!」

 

 

 そういって香澄はメッセージを録音し始めた。

 

 カフェが大成功だということ。

 

 やまぶきベーカリーのパンが大人気だということ。

 

 そして……ライブに賭ける自分の想いを。

 

 

「はい! じゃあ次貴嗣くん!」

「ん? 俺?」

「うん! さーやと同じ実行委員だし! それに、多分さーやも貴嗣くんの声、聞きたいと思う!」

 

 

 そういって自分のスマホを差し出す香澄。……ここまでされて何もしないわけにはいかない。

 

 

「おう。サンキュー香澄……じゃあ1分ほど借りるわ」

 

 

 俺は香澄から携帯を受け取り、俺のメッセージ(想い)を携帯に向かって話し始めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

『――それでね、男子の衣装も結構かっこよくてね! 特に須賀くんと貴嗣くんはみんなかっこいいって言ってる! さっき貴嗣くんの写真撮ったから、またさーやに送るね!』

 

 

 ふふっ。香澄、すっごい楽しそう。よかった、うちのクラスは大成功みたい。

 

 文化祭はもちろん行きたかった……でも、お母さんがまた倒れちゃったし、純と紗南もいる。私1人のために家族に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 

「(……こんなとき、山城君なら、どうするのかな)」

 

 

 そういえばこの1か月間、山城君がお手伝いに来てくれるようになってから毎日話してたっけ。

 

 ほんとに彼はすごいと思う。経験があるとはいえ、うちの仕事はすぐ覚えたし、いつも来てくれるお客さんともすぐ仲良くなった。

 

 

 そして、彼は何が起こっても焦ることがなかった。たとえトラブルが起こっても、いつでも冷静で、周りをしっかりみて、皆に的確な指示をして対処する。本当に同い年? って思うことばかり。お父さんも驚いてたし。

 

 

 私が元気ないときも、山城君はいつもと変わらない態度で接してくれた。いつもと同じ笑顔で。何も詮索することなく。

 

 

 

 

 

 ――おはよう、山吹さん

 

 ――今日も1日よろしくね

 

 ――んーっ、疲れたね。ちょっと休憩しよう

 

 ――よし、今日の仕事おしまい。山吹さんもお疲れさま

 

 ――山吹さんのおかげで仕事楽しかったよ。今日はありがとう、また明日ね

 

 

 

 

 

 山城君はいつも笑顔で、優しくて。悩んでいる時も、彼と話している時は、なんだか安心した。……多分私は、ずっと彼のことを頼りにしてたんだ。

 

 

 でも、いつも隣にいてくれた彼は、今はいない。文化祭で頑張ってるんだ。それは分かってる。

 

 

 

 それでも……

 

 

「……山城君……」

 

 

 

 それでも……今は隣にいてほしい。せめて、君の声を聞きたい。

 

 

 

 

 

 

 

『――もしもし? 山吹さん?』

 

 

 

 

 

 えっ……? この声……

 

 

『俺だ、山城だ。……まずは、お疲れ様。朝から大変だったと思う。さっき香澄も言ってたけど、カフェは大成功だよ。俺達で考えたシフトもバッチリ。一緒に考えてくれてありがとね』

 

 

 またそう言って……シフト考えたの、ほとんど山城君なのに。

 

 

『今朝のことに加えて、昔のことも思いだして、今すっげー辛いと思うから手短に済ませるね』

 

 

 ……やっぱり、山城君は昔のこと、知ってたんだ。

 

 

『自分のせいで周りの人に迷惑かけちゃったって、自分を責めてるかもしれない。でも俺はそれが悪いとは思わない。そうやって自分以外の人のことを考えられるのは、山吹さんが本当に優しい証拠だから』

 

 

 うん……

 

 

『山吹さんは本当に優しい人。だから、その優しさを少しだけでいい、自分にも向けてあげてほしい。山吹さんが本当にしたいこと、心の声に従うんだ。自分が今何をしたいのかは、もう分かってるはず』

 

 

 うん……っ

 

 

『いままで辛いこととか、不安なことでしんどかったと思う。泣いた時もあったかもしれない。だから今度は笑う番だ。山吹さんがやりたいことをするのが、皆の幸せにつながるんだよ』

 

 

そんなの……できな―― 

 

 

『できないかどうかはやってみなきゃ分からないよ。山吹さんならできる。だって、皆がいるから。1人じゃない』

 

『山吹さんは1人じゃない。香澄や花園さん、牛込さんや市ヶ谷さん、クラスの皆がついてる。自分を信じて、一歩前に踏み出してみようぜ。そんで皆で思いっきり笑おう』

 

『山吹さんならできるって、俺は信じてるよ…………えっ、香澄? ああっ、俺呼ばれてる? わりわり、すぐ行くよ…………ってごめん、だらだら喋っちまった。そろそろ俺も仕事に戻るわ……じゃあまた後でね(・・・・・)

 

 

 

 

 

「貴嗣君の言う通りよ、沙綾。あなたは1人じゃない」

「!! お母さん! 立って大丈夫なの!?」

「ええ。もう大丈夫よ」

 

 

 ……あれ? お母さん、顔色がいい……?

 

 

「沙綾がやりたいことをして、心の底から笑ってくれる。それがお母さんたちの願いよ」

「……本当に、いいのかな……?」

「もちろんよ」

 

 

 

 

 

「それにほら、迎えに来てくれたわよ」

 

 

 

 

 

「あっ! 貴兄ちゃん!!」「お兄ちゃん!」

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 

 

「よっ。おまたせ」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「えっ、うそ……なんで……?」

「迎えに来たんだよ。ダッシュで」

 

 

 ダ、ダッシュって……が、学校から病院まで来たの……?

 

 

「千紘さん、お体は大丈夫ですか?」

「ええ、もう大丈夫よ。貴嗣君の料理のおかげね。本当にありがとう」

「……料理?」

「俺が料理を作る時は、鉄分を多く摂れるように、メニューを調節してたんだ。貧血予防には鉄分摂取が1番だからね。あとビタミン類も」

 

 

 確かに、山城君が夕食作ってくれる時って、よく魚とか肉を使ってたような……。

 

 

「純と紗南ちゃんもよく頑張ったね。ありがとう」

「うん!!」

「お兄ちゃん、さーな、頑張ったよ……!」

「うん。2人とも本当にありがとうな」

 

 

 そういって2人は山城君の近くに駆け寄る。えっ、どういうこと……?

 

 

「2人にはあるお願いをしてたんだ。もし、千紘さんが貧血で倒れちゃった時に備えてね」

 

 

 山城君に頭を撫でてもらっていた純と紗南が、私の方を向いた。

 

 

「俺はお父さんを呼んだあと、血を頭に送るために、お父さんと一緒にお母さんを横にしてから足を少し高いところにのせる!」

「さーなは服をゆるめて、お母さんの体を締め付けないようにする……!」

 

 

 今朝お母さんが倒れた時、私が取り乱している中、純と紗南は驚くほどテキパキと動いていたのを思い出した。

 

 

「そっか……だから2人ともあんなに動けてたんだね……」

「すげーだろ姉ちゃん! えっと……さいあくをそうていして…………あれ? ねえ貴兄ちゃん、こういうの何て言うんだっけ?」

「しっかり準備するって意味の言葉……う~ん、さーなも思い出せないや……」

「“最悪を想定し最善を尽くす”だよ。難しい言葉なのに、ちゃんと意味覚えてたんだな。2人ともすごいぞー」

 

 

 そっか……山城君は最悪の事態を事前に考えて、いつそれが起こってもいいように先に手を打ってたんだ……。

 

 

 ほんと、すごいや。

 

 

「さあ、山吹さん。香澄達が学校で待ってるよ」

 

 

 山城君はそう言って手を差し出してきた。そして――

 

 

「……うんっ」

 

 

 ――私はその大きな手をつかんだ。

 

 

「ふふっ、いってらっしゃい、2人とも」

「「いってらっしゃい!!」」

 

 

 お母さん、純、紗南……ありがとう。

 

 

「……行ってきます!」

 

 

 

 

 

 

 

 山城君と歩いて5分くらい経った。さっきよりも学校には近づいたけど、まだまだ遠い。

 

 

「全然人いないな」

「多分皆文化祭に行ってるんだと思う。花咲川の文化祭って、この辺りだと大きなイベントだから」

「そっか。高等部だけじゃなくて中等部もあるもんな」

 

 

 今私達がいるのは、商店街の近くだ。いつもの賑やかさが嘘みたいな静けさで、ここにいるのは私と山城君だけだ。

 

 ふと山城君のスマホが震えた。誰かからメッセージが来たみたいで、山城君はスマホを取り出して画面を見た後、低く落ち着いた声で私に話しかけた。

 

 

「……もう有志発表始まったみたいだ」

「えっ……」

「早く戻らないとな」

「でも、ここから学校遠いよ? 走っていけば間に合うかもしれないけど……私あんまり体力無いし、走るのも速くないから……」

 

 

 そんな私と違って、山城君はガッシリしていて、走るのがとても速そうだ。

 

 そう思うと、また不安が襲ってくる。

 

 

「うぅ……どうしよう……また私のせいで……」

「……」

「折角山城君に迎えに来てもらったのに……そのせいで間に合わないんじゃ……」

 

 

 私は無意識の内に、歩みを止めていた。でも山城君はすぐに私の元に来てくれた。

 

 

「山城君……先に行って……」

「どうして?」

 

 

 ジーッと目を見つめられる。でも私は目を逸らしてしまう。

 

 

「だって山城君、有志発表すごく楽しみにしてたでしょ……? 私も後から追いつくからさ……先に行って……」

「……嫌だって言ったら?」

「えっ……」

「俺は山吹さんを置いていったりしない。何があっても、絶対に香澄達のところに連れて行く」

「な、何で……」

「山吹さんがそれを望んでるから。香澄達と一緒にライブに出たいって、山吹さんが思ってるから」

 

 

 真っ直ぐ私を見ながら、山城君はそう言った。

 

 

「……嫌」

「嫌?」

「……嫌……嫌なの……っ!!

 

 

 でもその優しさに甘えるのは……絶対に嫌だった。

 

 

だって山城君、ずっと文化祭楽しみにしてたじゃん!! 出店のポテトとかパンケーキ食べたいなって……お化け屋敷も行きたいなって、いっつも話してくれてた……でも今私のせいで、山城君全然文化祭楽しめてないじゃん!!

 

 

 誰もいない商店街に、私の声が響く。

 

 

「それに準備とかほとんど山城君に任せっきりだったんだよ……? 今まで散々迷惑かけたのに……っ……今もこうやって迎えに来てもらって……っ……だって本当なら山城君、今なら須賀君とか穂乃花と一緒に……有志発表見て楽しんでたんだよ……?」

 

 

 頬に冷たいものが流れていくのが分かる。

 

 目から出て、床に落ちて、そこに雫の跡がつく。

 

 

「私今までずっと山城君に頼りっきり……っ……もうこれ以上……山城君の時間を奪うのなんて嫌なのっ!! 私が得するせいで、誰かが嫌な思いするの、もう絶対に嫌なのっ!!

 

 

 もう止まらなかった。

 

 湧き出てくる感情を、ただ山城君にぶつけていた。

 

 

「だからお願い……先に行って……もう……っ……山城君のやりたいこと……奪いたくないの……」

 

 

 俯いて、声を絞ってそう告げる。

 

 ガサガサと、前から物音が聞こえる。

 

 そう、それでいいの。行って。もう私のために、あなたの時間を――

 

 

「…………えっ?」

 

 

 何かが頬に当たる。柔らかくて、ふんわりしているものが当たる。

 

 

「ありがとな、山吹さん。そんなに俺の事考えてくれてたんだな」

「…………やま……しろくん?」

 

 

 逞しい腕が目に入る。

 

 山城君が持っていたのは、綺麗なハンカチだった。ハンカチで、私の涙を拭いてくれていた。

 

 

「でも、山吹さんは1つ大きな勘違いをしてる」

 

 

 優しい手つきで、私の涙を拭いてくれる。

 

 

「俺は何一つ迷惑だなんて思っていない」

「……えっ?」

「さっき山吹さんが言ったことは事実かもしれない。でもな、俺は今まで迷惑だなって思ったことは一度もない」

 

 

 低くて落ち着いた、優しい声。

 

 

「文化祭の準備、そしてこうやって山吹さんを迎えに来たこと……全部俺がやりたいって思ってやったことなんだ。だから山吹さんが自分を責める必要はない。俺が山吹さんを助けたいって思ったから、今こうやって一緒に文化祭に行こうとしてる」

 

 

 山城君の声がすうっと入ってくる。とても優しくて、心地よくて、胸の痛みが少しずつ収まっていった。

 

 

「……どうして……そこまでするの?」

「山吹さんに笑って欲しいから」

「……えっ?」

「山吹さんが、山吹さんのしたいことをやって、皆と一緒に笑って欲しいから。今まで誰かのことを第一に考えて、辛い思いや悲しい思いをしてきた山吹さんに、楽しんでもらいたいから」

 

 

 涙を拭き終わり、スッと彼の手が離れていく。

 

 

「俺さ、誰かが楽しそうにしてたり、嬉しそうにしてる姿見るのが一番好きなんだ」

「!?」

「俺だけじゃない。香澄達やクラスの皆、純、紗南ちゃん……そして、千紘さんと亘史さん。皆山吹さんが楽しそうにドラムを叩いている姿を見たいんだ」

 

 

 自然と貴嗣君の顔を見る。

 

 優しそうな垂れ目。そして綺麗な銀色の瞳。

 

 純粋な優しさで、私を包んでくれていた。

 

 

「大丈夫。山吹さんは1人じゃないよ」

「……!!」

「山吹さんが心からやりたいことをして、楽しんで、そんな山吹さんを見て皆も嬉しくなる。いっぱい泣いた後はな、同じくらいの幸せが来るって決まってるんだ」

 

 

 また手を差し伸べてくれる。

 

 ああ、君って、本当に優しいんだね。

 

 

「……でも、また誰かが嫌な思いをしたら……」

「俺が助ける」

「……また今みたいに悩んじゃったら……」

「俺が支える」

 

 

 笑顔でそう答えてくれた。

 

 

 

 

『沙綾がやりたいことをして、心の底から笑ってくれる。それがお母さんたちの願いよ』

 

 

「……やりたいことをやって……いいのかな?」

「うん。それが皆の願い……俺の願いだ」

 

 

 やっと気づいた。

 

 皆、私を応援してくれてたんだ。

 

 私が笑って……皆が笑ってくれるなら……。

 

 

「……ありがとう山城君。山城君のおかげで……大事なことに気付けた」

「どういたしまして」

「私……文化祭に行くよ。山城君と一緒に……文化祭に行く」

「うん」

「私……ドラムを叩きたい……!」

「よしきた」

 

 

 優しく笑う山城君。陽だまりみたいな、温かい笑顔だ。

 

 

「んじゃ、行くかー」

「あっ……で、でも今からじゃ……走っても怪しいよ……?」

「ああ、それについては、いい案がある……ちょっと失礼」

「えっ……や、山城君……ひゃあっ!!

 

 

 えっ、なにこれ!? お、お姫様抱っこ!?!?

 

 

「さあ、しっかりつかまっててくれよ」

「え、あ、ちょっと……きゃっ!?

 

 

 

 うそ!? は、速い!?

 

 

 なんで!? なんでこんなに速いの山城君!?

 

 

 

「大丈夫」

「えっ……?」

「絶対に山吹さんを連れて行く」

「……///」

 

 

 ……山城君の体……あったかいな……。

 

 

「(……私のために……///)」

 

 

 山城君……ありがとう……。

 




 ありがとうございました!

 次回は文化祭編ラストです。ついに主人公達が演奏します。彼らの実力や如何に……?

 それでは、次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 君の笑顔は誰かの幸せ

 新たにお気に入り登録をしてくれた方々、そして評価をしてくださった斉藤努様、ありがとうございます!

 そしてなんと……皆様のおかげで、評価バーに色が付きました!!(3/4時点) 本当にありがとうございます!!


 それではお待たせしました! 文化祭編最終回をどうぞ!


 ※今回の話めっちゃ長いです(1万字弱)


 

 

「よし、ただいま到着っと……山吹さん? 大丈夫?」

「う、うん! ……なんでも……ない……///

 

 

 なんとかPoppin’Partyの発表の前に到着できた。

 

 男子が女子を抱っこして猛ダッシュしているって状況を学校の誰かに見られるわけにはいかないので、校門からちょっと離れた場所で彼女をそっと下ろす。

 

 

「さあ、俺が一緒に行くのはここまで。ちょっと用事があるからね。……ほら、ポピパの皆が体育館で待ってるよ」

「うん……ありがとう、山城君」

「どういたしまして。……いってらっしゃい。楽しんできてね」

「うん……! いってきます……!」

 

 

 とびっきりの笑顔でそう言い、ライブが行われている会場に向かう彼女の背中を見送ってから、LI○Eのグループトークを開く。

 

 

 

山城貴嗣〈すまん皆、今終わった 今からそっちに向かう〉

 

タイガ〈おう! お疲れ! 会場すげー盛り上がってるぜ!〉

 

高野花蓮〈お疲れ様 貴嗣君の荷物も運んでおいたよ〉

 

ほのか〈おつかれー! じゃあ控室に来て! 貴嗣来てから着替えにいこっか!〉

 

山城貴嗣〈皆サンキュー すぐにいくわ〉

 

 

 

 事前に荷物運びまでしてくれた皆に感謝しつつ、控室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「皆またせた」

「おっ、来た来た! はい、これ貴嗣の荷物ね!」

「ありがとう穂乃花。じゃあ大河行こうぜ。男子の更衣室はあっちだ」

「おう! 2人ともまた後でな」

「うん。またあとでね」

 

 

 更衣室に到着し、ライブ衣装……もとい私服に着替える。この前皆でデパートに行ったときに購入したものだ。

 

 今回はモノトーンコーデをメインに、帽子やカジュアルネクタイ等を明るい色にすることでアクセントにしている。

 

 

「有志発表めっちゃ盛り上がってるな」

「おうよ。ほんとすごいぜ? 個人的にはGlitter*Greenがヤバかった」

「Glitter*Green……牛込さんのお姉さんがギタボやってるバンドか……あーすまん大河、髪型違和感ないか見てくれ~」

「うーい」

 

 

 更衣室で着替えた後、鏡を見てワックスで髪を整えながら、大河と雑談をする。

 

 

「牛込……ゆりさんだっけ?」

「そうそう。ゆりさん。超かわいい」

「ほえーマジか。気になる」

「ほうほう、貴嗣も年上お姉さんが好みですかい?」

「どうだろうな。でも魅力は感じる」

 

 

 思春期高校生らしい会話(?)をしながら、大河に髪を微調整してもらう。

 

 

「まあでも1年の男子の間では噂になってたよな。牛込先輩可愛いって」

「んだんだ。黒髪美女お姉さんが嫌いな奴なんていないってことよ……うっし、こんなもんだろ。終わったぜ、貴嗣」

「サンキュー大河。んじゃ、控室に戻るか」

 

 

 

 

 

 

 

「おお~! 2人とも似合ってる! 中々かっこいいじゃん!」

「ありがとう。穂乃花と花蓮も似合ってるよ」

 

 

 着替えが終わり再び控室に集合。皆よく似合っている。今どんな状況かを説明すると……

 

 

貴嗣……白シャツ、紺ベスト、黒スキニー、ショートオールバック

大河……黒ハット、黒シャツ、白カットソー、黒ジョガーパンツ、ショート七三分け

穂乃花……黒シャツ、白ワイドパンツ、サイドシニヨン

花蓮……白シャツ、赤ネクタイ、黒ベスト、黒スキニー、三つ編みカチューシャ

 

 

 という感じだ。

 

 

「あっ、ポピパの撤収もうすぐ終わるみたい。そろそろ行こう」

「だね! じゃあレッツゴー!」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 楽器も運び終わった今、俺達は舞台の裏にいる。照明とプロジェクターはあと数分でセッティングが完了するようだ。

 

 

「よし、みんな、ちょっと集まってくれ」

 

 

 最終チェックのために皆を集める。

 

 

「あと1分ほどで本番だ。……まず最初に、練習もできる範囲で十分やった。本番は、演奏を、聞いてくれる人たちと一緒に楽しむつもりで行こう」

 

「そして、俺達の演奏には本当に色んな人たちが関わってくれている。実行委員の人達、先生方、照明や音響を手伝ってくれている放送部の人達……数え始めたらキリがない。その人達への感謝の気持ちを忘れずに、本番を楽しもう」

 

 

「「「おう(うん)!!!」」」

 

 

「みなさん、こちらは準備オッケーです! いつでもどうぞ!」

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 さあ……準備は整った。

 

 

「――よし! 行くか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、私達の後のこの、えっと……シルバーライニング? って誰なんだろ!」

「確か、チラシには名前だけで、メンバー書いてなかったんだよね?」

「そうそう! チラシすっごくカッコいいのに……それに、貴嗣君がどこにもいないんだよね」

 

 

 ライブの跡、次のバンドの準備を待っていると、隣に座っている香澄がそう口にした。

 

 “山城君”という言葉を聞いて、私はふと周りを見渡した……けど、この体育館にはいっぱい人がいる、山城君だけを見つけるのは難しそうだ。

 

 

「山城君もだけど、須賀君と穂乃花もいないよね? りみりんは知らない?」

「うん。私も知らないんだ……有咲ちゃんは?」

「右に同じく……なんなら、うちのクラスの高野さんもいないんだよ」

 

 

 おたえとりみりん、そして有咲もそう言って首を傾げる。

 

 

「……あっ! 開演ブザー! みんな、始まるよ!」

 

 

 閉まっていた幕が開き、暗転していた舞台に光が戻る。

 

 それと同時にいつの間にあったのか、舞台の巨大スクリーンに映像が映し出されて、そしてそこには――

 

 

 

 

 

「「「……山城(貴嗣)君!?」」」

 

 

 今日、私をここに連れてきてくれた男の子が立っていた。

 

 

「……山城君……」

 

 

 舞台の上に立っている彼を見つめていた中、耳に入ってきたのは、優しいピアノのメロディと、彼の透き通った歌声。

 

 頭の整理が追い付かないまま、彼らの演奏が始まった。

 

 

 

 

 ~♪♪~

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「――ありがとうございました」

 

 

 演奏が終わると、一瞬の静寂の後、大きな拍手や歓声が俺達を迎えてくれた。

 

 俺と大河はマイクを持って前に出て、タイミングを合わせてMCを始めた。

 

 

「「みなさん、こんにちは! Silver Liningです!」」

 

 

 ワアー!!

 

 

「まずはメンバー紹介です! ドラム、松田穂乃花!」

 

「キーボード、高野花蓮!」

 

「そして、今回MCを務めます、ギターボーカル担当の山城貴嗣と」

 

「ベース担当の須賀大河です! 今日はよろしくお願いします!」

 

「1曲目は、ジェイ〇ブ・ラティ○アさんの“Heartbreak heard around the world”をお送りしました。いかかだったでしょうか?」

 

 

 ウオー!!

 

 

「いやー皆さん、貴嗣の歌、ヤバくなかったですかー? もう俺なんかベース弾きながらうっとりしちゃいましたよ」

「ありがとうございます! 次もこの調子で行きたいと思いまーす!」

 

 

 イエーイ!!

 

 

「ところで、次の曲といえば、僕らは超盛り上がる曲を選んだんですけど……貴嗣さん、なんで僕たちはあの曲を選んだんでしたっけ??」

「そりゃあもちろん……この後に行われる本日最後のイベントのためっすよ……」

 

 

 オオ? オオ?

 

 

「おお? 会場がざわついてきましたねえ~もう皆さんお気づきでしょうから、答え言っちゃいますか!」

「そうっすね!」

「「せーの」」

 

 

「「フォークダンス!!」」

 

 

 ウオーフォークダンスゥー!!

 

 

「皆さんが楽しみにしているフォークダンスを盛り上げたいと思って、2曲目はすごく盛り上がる曲を演奏しますので、是非楽しんでくださいね」

 

「……ところで貴嗣さん、さっきのフォークダンスの話なんですけど」

 

「はいはい」

 

「……貴嗣さんは誰かと踊ったりするんですかぁ?」

 

「それはバンドメンバー以外でってことですよね?」

 

「もちのろんちゃんです」

 

 

 オオッ!?!?

 

 

「……誰とも踊る予定ないんすよぉ」

 

 

 アハハ!!!

 

 

「あれっ?? この前皆で買い物行ったときに……『○○ちゃん誘うか考えとく』って言ってた件については……どうなったんですかぁ??」

「「そうだそうだー!!」」

 

 

 ナニィ!?!?

 

 

「それに関してはね、ちゃんと自分の中で答えを出したので……この場で言うのは避けたいということで……」

「ほほう……まあ貴嗣がこう言ってるんで、このくら――」

 

 

 

 

 

「ああちょいまって! あたし聞きたいことがある!!」

「おおっとここにきてドラムの穂乃花の猛襲だぁ!!」

「貴嗣に1つ質問があります! その子は可愛いですか!?」

「可愛いと思います(即答)」

 

 

 キャー!!

 

 

「キャー! なにこれ最高(笑) あたし達は誰だか分かってるから余計に面白いねぇ♪ あー笑った笑った、そろそろお開きn――」

 

 

 

 

 

「貴嗣君、私からも~」

「アッハァ~まさかのうちのバンドの良心キーボードの花蓮も奇襲攻撃ときたァ! さっすが恋バナ、女性陣の食いつきが尋常じゃねえぜ!!」

「――その子のこと、どう思ってる?」

「ねえ皆実は俺に内緒で仕組んでたでしょ??(笑)」

 

 

 アハハ!!!

 

 

「そうやなあ……『心を許せる人』ですかね~」

「本当に答えるのか……(困惑)」

 

 

 キャーステキー!!

 

 コレハ恋ノ予感ヨー!!!

 

 

「ハハハ……よし次いくどー

「「「はーい」」」

「さて、次でラストです! 今度は貴嗣がギター弾きますよー!!」

 

 

 ウオータカツグーガンバレー!

 

 

「ありがとうございます……それでは聞いてください! PENG○IN RESEAR〇Hさんから“決闘”です!」

 

 

 

 

 

 ~♪♪~

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「皆さん、今日はありがとうございました!」

「これで文化祭は終わりじゃないです! 最後まで楽しみましょう!」

「あっ、そうだ! 貴嗣君と一緒に踊ってくれる人大歓迎でーす!!」

「「でーす!!」」

「おいおい勝手に決めないでくれたまえ」

 

 

 アッハッハッハ!!

 

 

 

 

 

 

 

「「「「よっしゃー!!」」」」

 

「やっべえやりきったぜ! うわ、興奮が収まんねえよおおお」

「うわー超楽しかった!! あんなにドラム叩けたの初めて!」

「私も皆と演奏できて楽しかった。でも、今日の主役は貴嗣君だね」

「だな! それについては異論はない!」

「ありがとう。皆のおかげだよ」

 

 

 本番が終わった。すさまじい達成感と興奮がまだ冷めない中、俺達はライブの余韻に浸っていた。

 

 ……ほんと、最高の演奏だった。

 

 

「さあ、俺達もグラウンド行こうぜ。もう始まってるぜ」

「だな」

 

 

 皆で笑いながらグラウンドに向かうと、外は丁度日が沈みかけて、薄暗くなってきた校舎にキャンプファイヤーの火が映っていた。パチパチ、と音を鳴らして燃えるそれは優しい光で、曲が始まるのを待ち望んでいる生徒達を照らしている。

 

 

 少し肌寒くなってきて暖を取るために火に手をかざしている人、カメラ回しといてよ! と友達にお願いしている人、一緒に火を見ていい雰囲気になっている男女ペアなど、色んな人達が集まっている。

 

 

 そして意外なことに、男女ペアが思っていたより多い。男子は1年生しかいないのだが、同学年はもちろん、中には思い切って先輩を誘いオッケーをもらっている男子も。

 

 なるほど火の魔力とはこのことだろうか、普段は無意識に作っている心の壁をも、いい具合に溶かしてくれるようだ。

 

 

 そして俺はというと、これから一緒に踊る花蓮と歩いている。

 

 

「貴嗣君、私と踊るより、“心を許せる人”と踊るほうがいいんじゃないの?」

「おいおい、またそれか? そもそも山吹さんは誘ってないぞ……それに花蓮と踊りたいし」

「ふふっ、それは嬉しいね……もしかしたら私、口説かれてる?」

「違うよ、そんなつもりない。今日まで一緒に頑張ってきたんだしさ。折角一緒にバンド組んで、ペア分けで一緒になったのも、何かの縁かなって。それとも俺と踊るのは嫌?」

「その質問はずるいよ。私は嬉しいよ? 貴嗣君みたいに誠実な男の子と踊れるの」

「あはは、誠実とは。お兄さん頑張っちゃうぞ」

「うん、期待してる。しっかりエスコートしてね、紳士さん?」

「おう、まかせとけ」

 

 

 花蓮は基本的に相手を称えることが多く、真面目で優しい性格だが、今の会話のように冗談も言うし、こちらが冗談を言うとしっかり返してくれる。見た目から大人しいと思われがちだが、案外ノリが良いのだ。

 

 そんな冗談を言いながら、花蓮と2人でグラウンドを歩く。

 

 

「……私達、結構見られてるね。カップルと思われてるのかも」

「ライブしたばっかりだし、着替えてないし、目立ってるだけじゃ?」

「私と付き合ってるって思われるのは嫌?」

「その質問はずるい……って、この流れさっきやった」

「あははっ、ごめんごめん。……あっ、見て、あそこに1年生の皆いるよ」

「ほんとだ……あれ? 香澄達どこだ?」

 

 

 

 

 

「たーかーつーぐーくーん!!」

「ゴハア!? ……って、香澄!?」

 

 

 背中に強い衝撃を受けこけかけるがなんとか持ちこたえる。振り向いてみると、背中に香澄がへばりついていた。そして香澄の後にはポピパの皆もいる。

 

 

「貴嗣君すごかったよ!! あんなにギター弾きながら歌えるなんて知らなかった!なんで弾き語りできるって教えてくれなかったの!?」

「いや、別に自分から言うもんでもな――」

「私からも聞きたいな。本当に上手だった。どこであんな演奏技術身に着けたの?」

「は、花園さん? あの、一気に質問されると――」

「あっ、名前の呼び方。香澄は名前で呼んでるのに私は苗字。おたえって呼んで。私も貴嗣って呼ぶ」

「花園さんお願いだから話を――」

「おたえ」

「…………おたえ」

「うん、よろしい」

「……じゃあ、順番に香澄の質問から答えていってもいい?」

 

 

 香澄と花園さん……じゃなかった、おたえから質問ラッシュ。さっきから2人とも距離が近い。

 

 

「おい香澄! おたえ! 山城君に迷惑だろ! 落ち着け!」

「2人とも……有咲ちゃんの言う通りだよ。ちょっと落ち着こう?」

「そうだ。有咲さっきね、貴嗣の演奏見て、『かっこいい……』って言ってたよ」

「は、はあ!? い、言ってねえ!!」

 

 

『まもなく、本日最後のイベント、フォークダンスを開催致します。参加する生徒のみなさんは、キャンプファイヤー周辺に集まってください』

 

 

「あーっ! フォークダンス始まるよ! 貴嗣君! 一緒に踊ろう!」

「貴嗣、香澄のあとに、私とも踊ろう?」

「ああ、それは大歓迎だよ……でもとりあえず、最初は花蓮と踊るからさ。その後でな?」

「うん! じゃあ私たち、カメラで撮っとく!」

「やった。ありがと、香澄ちゃん」

 

 

 香澄に感謝してから、花蓮はスカートの裾を持ちながら、少し頭を下げる。まるで舞踏会に出席しているお嬢様みたいだ。

 

 

「――では貴嗣様? 私と一緒に踊っていただけますか?」

「――ええ。喜んで。では、花蓮様、私の手を」

「はい。エスコート、お願いしますね?」

 

 

 なんて冗談を言いながら互いの手を取り、キャンプファイヤーの周りにできている輪の中に入っていった。

 

 

「……」

「沙綾ちゃん? どうかした?」

「う、ううん! なんでもないよ、りみりん……」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ありがと、貴嗣。楽しかったよ」

「ああ、こちらこそ……ありがとうおたえ」

 

 

 さあ、ちょっと休憩しy――

 

 

「あーっ! 貴嗣! やっとみつけたわ! 突撃ー!」

「グハア!? こ、今度は……弦巻さん!?」

 

 

 またもや後ろから突撃される。今度は誰かと思い振り返ると、満面の笑みの弦巻さんだった。後ろには北沢さん達もいる。

 

 

「さっきの演奏とってもすごかったわ! あたし、今とっても踊りたい気分なの! 貴嗣、一緒に踊りましょう!」

「こころんの次ははぐみとも踊ろ!」

「お、おう、踊るのは全然大丈夫だよ……」

 

 

 文化祭のカフェ、山吹さんを抱っこして猛ダッシュ、バンドの演奏、そして休憩なしのフォークダンス。

 

 ちょっと疲れたという言葉が出そうになったが、天真爛漫な弦巻さんと北沢さんを見てなんとかその言葉を飲み込む。

 

 そしてそんな俺を少し遠くから見ている女の子が2人。奥沢さんと松原さんだ。

 

 

「あっ、奥沢さんに松原さん、お疲れさまです」

「お疲れ様、山城君。ライブすごかったよ……見入っちゃった」

「山城君ってあんなに歌上手かったんだね。ほんとびっくりしたよ」

「ああ、ありがとう……それにしても、弦巻さんと北沢さんは元気だね……」

「ああ……うちのこころとはぐみがご迷惑を……」

 

 

 ハロハピの常識人枠2人と話していると、弦巻さんが口を開いた。

 

 

「そうだわ! 美咲と花音も一緒に踊りましょ! 絶対楽しいわ!」

「えっ……!?」

「こ、こころちゃん……!?」

「あ、あはは……2人とも、別に無理しなくても……」

 

 

 クラスが違う奥沢さん、学年が違う松原さん。

 

 あまり接点がなく、最近知り合った2人だから、いきなり俺と踊れなんて言われてもオッケーしないだろう。

 

 

「……まあ折角の機会だし……」

「わ、私も……」

「…………へ?」

 

 

 あるぇー反応が予想と違うぞ??

 

 

「やった! じゃあ貴嗣、行きましょ!!」

「え、うお、あ、ちょ、引っ張らない――」

 

 

 こうして碌な休憩を一切与えられないまま、さっき香澄やおたえ達の時と同じように、俺は弦巻さんに手を引っ張られて、フォークダンスの輪の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あははっ、山城君、弦巻さんに引っ張られてる」

 

 

 花蓮に、香澄、おたえ、りみりん、有咲、穂乃花、そして今から弦巻さん達……大人気だね。

 

 そういえば山城君、花蓮と仲良かったんだ。花蓮とは中学の時に1回だけ同じクラスになったことあるけど、すごく優しいし、可愛いし、ピアノも上手だし、本当にいい子だよね。

 

 

「(2人は……付き合ってるのかな)」

 

 

 ふと、さっき山城君と花蓮が踊っていた光景を思い出す。お互い名前で呼んでるし、距離も近かったし、少なくともすごく仲が良いことは確か。

 

 

「(……私は……山吹さん呼びだし……)」

 

 

 それに踊ってた時の花蓮ちゃん、すっごく笑ってたなあ。なんか、見てるこっちまで嬉しくなっちゃった。

 

 

 ……嬉しくなると同時に、ちょっと胸の奥がチクチクしたのは、気のせいかな……?

 

 

「――山吹さん」

「――えっ?」

 

 

 耳に入ってきたのは、低くて落ち着いた声。

 

 

「……山城君?」

「お疲れ様。隣、座らせてもらっていいかな?」

「えっ……ああうん、もちろん。どうぞ」

 

 

 ありがとう、といって彼が私の隣に座る。

 

 

「今日は楽しかった?」

「……うん。すごく楽しかった。来てよかった」

 

 

 休憩用のベンチに座り、2人でメラメラと燃える火を見つめる。

 

 

「それはよかった。山吹さんが頑張ったおかげだ」

「……でも、そのきっかけをくれたのは、山城君だよ? 山城君が迎えに来てくれたから……手を取ってくれたから」

「俺は手助けをしただけ。一番大事なのは、山吹さんが勇気を出したこと。自分を労わってあげるのも大切だよ?」

「……うん。そうだよね。ありがとう」

 

 

 もう……本当に優しいんだから。

 

 そんなこと言われたら、言い返せないや。

 

 

「……フォークダンス、もうすぐ終わるね」

「だね。次の曲で最後っぽい。山吹さんは誰かと踊った?」

「ううん。私は友達に頼まれて、ずっと写真撮影係だよ」

「そっか」

 

 

 

 

 

 

「ならよかった」

「……え?」

 

 

 そう言って山城君は立ち上がり、私の前に立って手を差し出した。

 

 

 

 

 

「山吹沙綾さん。僕と踊っていただけませんか?」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 パチパチと木が焼ける音が聞こえる。もう太陽は沈みかかっており、空は暗くなってきてる。

 

 私は今、この1か月間、多分一番一緒にいた時間が長い男の子と、手をつないで踊っている。

 

 

「ねえ、さっきから思ってたんだけどさ」

「うん?」

「山城君、ダンス上手だよね。なんか、他の子と違う」

「ああ。男女で踊るイベントは初めてじゃないからね。中学の時はこういう行事、結構あったし」

「中学……ってことは、イギリスに留学してた時?」

「そうそう。俺の行ってた学校がさ、結構ダンスパーティーとかを頻繁に開催するところだったんだ。こうやって女の子としっとり踊ったり、クラブみたいに皆で騒いだり」

 

 

 山城君が……踊って騒いでる……?

 

 

「……ふふっ」

「どした?」

「ううん。なんか山城君が騒いでる姿、想像したら笑えてきちゃった。ちょっと見てみたいかも」

「おっ? じゃあまた見せるよ。スマホに一杯写真とか動画あるからさ」

「あっ、それいいね! また見せてね!」

 

 

 楽しそうに話す山城君を見て、私も笑う。こんなに笑ったの、久しぶりかも。

 

 

「あっ、今のいい」

「えっ?」

「今の山吹さんの笑顔、いい。いい顔してる」

「そ、そう? あ、ありがと……///」

「やっぱり、笑ってるほうがいい。最近、山吹さんが笑ってるところ、見てなかったからさ」

「そうだね……私が今こうして笑えるのは、山城君のおかげだよ?」

「どういたしまして。これからは、誰かを頼るってのも大事にしてね?」

「うん。じゃあ、困ったときはまず山城君を頼ろうかな?」

「全然大丈夫だよ。山吹さんのお願いなら、断る理由はないしね」

 

 

 

 

 

「……じゃあ、今お願いしてもいい?」

「もちろん。どーんと来い」

 

 

 私は山城君の目を見て――その綺麗な銀色の瞳を真っ直ぐ見て、お願いをする。

 

 

「……私のこと、名前で呼んでほしいんだ。沙綾って」

「えっ? そんなんでいいの?」

「うん。だから……名前で呼んでほしいな」

 

 

 想像していたものより軽いお願いだったのか、山城君は少し驚く。でもすぐに私を真っ直ぐ見て、笑いかけてくれた。

 

 

「沙綾」

「……うんっ///」

 

 

 優しい声で、私を名前で呼んでくれた。

 

 

「これでいい?」

「うん! ……山城君のことも、名前で呼んでもいいかな?」

「もちろん」

「じゃあ……貴嗣」

「おう。改めて、これからよろしく、沙綾」

「うん……! こちらこそよろしくね、貴嗣!」

 

 

 えへへ……嬉しい……///

 

 

 ……って、そうだ! 一番聞きたいことあったの、忘れてた!

 

 

「ね、ねえ貴嗣……1つ聞きたいことがあるんだけど……」

「ん?」

「ライブの時に言ってた、誘う予定だった子は誘ったの?」

「あああれ? その子はもう誘ったよ」

「えっ、うそ!? もう踊ったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

「もうっていうか、今踊ってる」

「……えっ?」

 

 

 彼がそう言うのと同時に曲が終わった。一瞬思考が止まり、足を止めてしまう。踊っている最中に動きを止めるとどうなるかは明白だ。

 

 

「わわっ……!」

 

 

 このままこけるのを想像し、反射的に目をつぶって、来るであろう衝撃に耐えようとしたけど――

 

 

「よいしょ。沙綾、大丈夫?」

 

 

 彼が優しく受け止めてくれた。

 

 それは良いのだが、前のめりになっているところだったので、傍から見れば、まるで彼の胸に飛び込んで抱き着いたように見える。

 

 

「ご、ごめん……///」

「あはは、ごめんな? びっくりさせちゃったか」

 

 

 やっぱり周りから見られてる……恥ずかしい……///

 

 

「俺、沙綾と踊りたかったんだ」

 

 

 私に抱き着かれたまま、貴嗣はそう言った。

 

 

「どうして私なの? 他に可愛い子、いっぱいいるのに……」

「えっと、可愛い可愛くないの問題じゃないんだけどな……」

 

 

 貴嗣は笑いながらそう言って、言葉を続ける。

 

 

「バンドのメンバーで話してた時に、沙綾を誘ってみたらー? って言われてさ」

「そうだったんだ……」

「でもちょっとそこで悩んだ。沙綾と踊りたいって気持ちは本心なのか、皆に言われたから思ってるだけなのか……ってね」

 

 

 グラウンドで燃えているキャンプファイヤーを見つめながら、貴嗣はそう話してくれた。

 

 

「そこで考えたんだ。この1か月弱、沙綾と学校から帰って、沙綾と一緒に店のお手伝いして、純と紗南ちゃんと遊んで、皆で夕食食べて…………なんか、めっちゃ楽しくてさ。多分そう感じるのは、沙綾が仲良くしてくれたからなんだなって思って」

 

 

 キャンプファイヤーの火から、貴嗣は私に視線を移す。

 

 

「沙綾といる時間、居心地良くて俺めっちゃ好きだなーって、そこでようやく気付いた。だから……そんな優しくて、頑張り屋さんな沙綾と一緒に踊りたいって、心から思った」

 

 

 ニコっと笑い、貴嗣は私を誘ってくれた理由を話してくれた。

 

 

 彼はいつもそうだった。一緒に話している時も、店の手伝いをしている時も、いつもニコニコしていた。そんな彼に知らず知らずのうちに、私は助けられていた。

 

 

「……貴嗣」

「ん?」

 

 

 私は、これから彼に恩返ししていきたい。

 

 だから、これからは私のやりたいことをやっていこう。

 

 私がやりたいことをやって、楽しんで、貴嗣と一緒に笑いたいから。

 

 

「……ありがとうっ!」

「……ああ」

 

 

 あったかい気持ちに包まれて、私は貴嗣と一緒に笑った。

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

 同日夜。山吹家。沙綾のLI〇Eにて。

 

 

 高野花蓮〈沙綾ちゃん。今日はお疲れ様。私の友達がポピパのライブの写真撮ってたらしいから、送るね〉

 

Saya〈ほんと!? ありがとう花蓮ちゃん!〉

 

 

 高野花蓮 が10件の写真を送信しました

 

 

 Saya〈わぁすごい! こんなにいっぱい! ありがとう!〉

 

 高野花蓮 〈どういたしまして!〉

 高野花蓮 〈あとこれ、私が撮った写真なんだけど、沙綾ちゃんにあげるね〉

 

 

 高野花蓮 が1件の写真を送信しました

 

 (花蓮、沙綾が貴嗣に抱き着いてる写真を送信。お互いを見つめ合ってるベストショット)

 

 

 Saya〈!?!?〉

 Saya〈ちょ、ちょっと花蓮ちゃん! これいつ撮ったの!?〉

 

 高野花蓮〈2人が踊ってるときだよ? いい写真でしょ?〉

 高野花蓮〈他にも貴嗣君の写真色々あるけど、見せようか?〉

 

 

 

 

 

 Saya〈……お、お願いします……///〉

 




 読んでいただきありがとうございました! 文化祭編最終回でした!

 さて、今回初めて活動報告のところに、評価バーの点灯とそのお礼の気持ちを書かせていただきました。もし暇があればチラッと覗いていただきたいです。

 それではまた次回お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 積極的に動くに越したことはない

 
 先日の文化祭編最終回からアクセス数&お気に入り登録の数が急激に増えております……い、一体どういうことなのだ……。

 見てくださった皆様、登録をしてくれた方、新たに評価をしてくださったくりとし様、本当にありがとうございます! ☆10くださるってマジっすか……。(感動による震え声)

 そして、第10話の誤字報告ありがとうございました! 何回も確認したのに、大事な話で、しかも超冒頭の誤字見逃すとか……確認ガバガバじゃねえか……。(自己への戒め)

 さて、今回からはポピパのメンバーとのエピソードです。前回の続きということで、沙綾編から進めて参ります。

 それではどうぞ!


 お客さんから商品を受け取り、レジに値段を打ち込み、お金を受け取って会計をする。トレーに置かれている美味しそうなパンを見ると、一瞬食べたくなる衝動に駆られてしまう。

 

 

「「ありがとうございました!」」

 

 

 沙綾と一緒に、お客さんに感謝の言葉を述べる。文化祭が終わってからは、沙綾に笑顔が戻った。前まで悩んでいたのが嘘みたいに元気で、そんな沙綾を見ているこっちまで嬉しくなる。

 

 

「(……今日でお手伝いはおしまい、か)」

 

 

 花咲川の文化祭はこの辺りのお祭りイベントらしく、その影響でいつもより人がたくさん来る時期だそうだ。俺がお手伝いを依頼されたのは、そんな忙しくなる時期に1人でも人手が欲しいから、ということだった。

 

 お客さんが多く来るようになるのは、文化祭のだいたい1ヶ月前から。そして文化祭が終わって数日経った今日は、そんなお手伝いの最終日だ。

 

 

「今日もありがとうね~貴ちゃん」

 

 

 おばちゃんにそう声を掛けられる。今パンを買ってくれたお客さんだ。

 

 前に沙綾から教えてもらったのだが、このおばちゃんは昔からこの店のパンを買いに来てくれているらしい。レジに立つことが多い俺も必然的に話す機会が多くなり、“貴ちゃん”という呼び方から分かるように、親切にしてもらっている。

 

 

「ほんとに貴ちゃん男前だねぇ~」

「あははっ、毎回言ってくれますね。ありがとうございます」

「男前だし、話も上手だし、仕事もテキパキするし、モテモテなんじゃないかい?」

「いや~そんなことないですよ? 現実は厳しいってもんです……って、ごめん沙綾、レジの紙袋切れちゃったから取ってくる。ちょっとレジ頼んでもいい?」

「うん! もちろん!」

 

 

 確か裏の部屋の2段目の棚にあったはずだ。もう店も閉める時間だし、お客さんもおばちゃん以外にいないから、問題が起こることはないだろう。

 

 ありがとうと沙綾に行ってから、俺は裏の備品が置いている部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、沙綾ちゃん達は息ぴったりだねえ」

「そりゃあ、貴嗣とは1か月くらい一緒に働いてるからね」

「仲良しだねぇ~」

 

 

 

 

 

 

 

「あたしからみたら夫婦みたいだよ」

 

 

「え、ええっ!?/// ちょっとおばちゃん、いきなり何言いだすの……!?///」

「何って……付き合ってるんじゃなかったのかい?」

「つ、付き合ってないよ……!! 友達だよ! 友達!」

「はははっ、そうかいそうかい。でも貴ちゃんと話してる時の沙綾ちゃん、ものすごく楽しそうだよ」

「あっ……いや、それは……その……///」

「あたしの経験上、ああいう男の子は本当にモテるよ。積極的に行動しないと、周りにすぐ取られちゃうよ?」

 

 

 

 

 

「ごめん沙綾待たせた……って、どうした、顔赤いぞ?」

「だ、大丈夫だよ!!」

「??」

 

 

 少々手間取ってしまったが、無事に袋を手に入れレジに戻った。戻ったのはいいのだが……そこには顔をほんのり赤くした沙綾と、満面の笑みを浮かべてるおばちゃんが。

 

 ……どういう状況?

 

 

「沙綾ちゃんとおしゃべりしてただけだよ。さあ、あたしはそろそろ帰るね」

「あっ、はい。ありがとうございました」

 

 

 何が何だか分からないまま、おばちゃんは帰った。

 

 その後はお客さんも来ず、閉店時間ということで、皆で一緒に片付けをした。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、山吹家。

 さて、いまさら言うのもあれだが、仕事終わりにはある楽しみがある。それは――

 

 

「貴兄ちゃ~ん!」

「お兄ちゃ~ん!」

「おー2人とも、元気にしてたかー?」

 

 

 純と紗南ちゃんと遊ぶことだ。仕事を終えた俺を見つけるや否や、トコトコとこちらに向かってくる姿はまさしく天使。

 

 山吹家のリビングに置かれているソファーに座らせてもらって、2人とおしゃべりをする。今日学校であったことや、楽しかったことを教えてもらうのが、今日までの習慣だった。

 

 

「ねえねえお兄ちゃん、うちに来るの今日で最後なの……?」

「ああ、そうだよ。一旦今日でおしまい」

「ええっ!? 貴兄ちゃん、もう来てくれないの!?」

 

 

 えーっ!? と驚いた表情を見せる純。少し誤解をしているようなので、すぐに説明する。

 

 

「いや、そういうわけじゃない。これからもお手伝いに来ることはあるけど、今まで見たいにほぼ毎日来るってことはなくなるんだ。2度と会えないってわけじゃないぞ?」

「……でもじゃあ貴兄ちゃんと遊べる日も少なくなるってこと?」

「お兄ちゃん……さーな、もっとお兄ちゃんと遊びたいよ……」

 

 

 チックショオオオ心が痛いいい!!!

 

 

「じゃあ、お泊り会をするのはどうかしら?」

「……へ?」「えっ!?」

 

 

 俺の気の抜けた声と、沙綾の驚いた声が同時に出てくる。

 

 

「お、お泊り会……?」

「明日から休みだし、丁度いいと思うのだけれど」

 

 

 千紘さんは笑顔でそう言う。休みとかそういう問題じゃないと思うのだが……。

 

 

「ちょ、ちょっとお母さん!?」

「あら、楽しそうじゃない? お父さんも乗り気よ」

「ええ……亘史さんマジっすか……」

 

 

 普通こういうのって、お父さんは賛成しないものなんじゃ……純と紗南ちゃんはまだしも、沙綾は俺の同い年なのに。

 

 そう困惑していると、両手に強い力がかかった。気が付くと、純と紗南ちゃんが、座って話を聞いている俺の腕をギューッと掴んで、涙目になりながらこちらを見ていた。

 

 

「お兄ちゃん……」

「貴兄ちゃん……」

「……あー、2人とも? 泊りに行きたいけど、ほら、お姉ちゃんの意見も聞かないとさ……?」

「私は……いいよ」

 

 

 ……へ?

 

 

「私も……貴嗣に泊りに来てほしい……かな……///」

「「やったー!!」」

「(あら、沙綾ったら……ふふっ)」

 

 

 沙綾の鶴の一声で、俺のお泊り会参加は決定となった。

 

 

 

 

 

 ……ってちょっと待て!! ほんまにええんか!?!?

 

 

 

 

 

 

 

『積極的に行動しないと、周りにすぐ取られちゃうよ?』

 

 

 ……お泊り会、勢いでオッケーしちゃった……

 

 私、なんであんなに焦ってたんだろ……? 

 

 貴嗣と私は友達なのに……

 

 どうしてあんなに胸の奥がざわついたんだろ……?

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 翌日。俺達は近くのアミューズメントセンターに来ていた。最近できた施設で、純と紗南ちゃんが行きたいと言ったので満場一致で決まった。

 

 

「2人とも、まずはどこに行きたい?」

「「ボウリング!!」」

「純と紗南、前からボウリング行きたいって言ってたもんね」

「そうだったのか。じゃあ決まりだな。ボウリングの受付をしに行こう」

 

 

 わーい! といって、2人がダッシュでボウリングのブースに向かう。楽しそうな純と紗南ちゃんを見て、思わず顔が緩む。

 

 

「あれ? どうしたの貴嗣?」

「いや、子どもを見守る父親の気持ちが今分かった気がして」

「あははっ! なにそれ! いつからお父さんになったのー?」

 

 

 沙綾も楽しいのか、笑顔で俺の冗談を返してくれる。

 

 

「さあ沙綾、俺達も早く行こう!」

「そうだね……ふふっ、お父さんかと思ったら今度は子ども?」

「久しぶりにボウリングをしたくてさ! 昨日からウズウズしてる!」

 

 

 童心に帰るという言葉もある。楽しむときは、思う存分楽しもう。

 

 先に行った2人に追いつくように、俺達もボウリングのブースに向かった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 それからというものの、俺達はありとあらゆる施設を遊びつくした。

 

 

「ほいっと」

「うおー! 貴兄ちゃんすげえ! えっと、ストライク3回目だから……ターキーだ!」

「イギリスで鍛えられたこの技術……伊達じゃないぜぇ?」

 

 

 ボウリングはもちろん

 

 

 

「そう……そうやって右手をまっすぐ後ろに……そしてパッと離してごらん」

「……! やった、当たった! ねえお姉ちゃん! 当たったよ!」

「すごいね紗南! 真ん中にヒットだね!」

 

 

 アーチェリーをしたり

 

 

 

「きゃあああああっ!!!」

「さ、沙綾……怖いのは分かるけど、そんなにしがみつかれたら俺動けない……」

「うぅ……貴嗣……怖い……」

「あー、よしよし。ほら、もうすぐ出口だよ」

 

 

 お化け屋敷で涼しくなったり

 

 

 

「よっしゃあ140キロォ!」

「貴兄ちゃん! 俺、今当たった!」

「おう! ちゃんと見てたよ! やるなー純!」

「お兄ちゃん、さーなにも教えて!」

「オッケー! 沙綾は……って、それ、動画か?」

「うん! 皆のバッティング、撮っとこうって思ってさ!」

 

 

 バッティングセンターも外せない。

 

 

 他にも、ゲーセン、バドミントン、ダーツ、ビリヤード、釣り、セグウェイ(!?)と、俺達は休日をこれ以上ないほど満喫した。

 

 

「「「「ただいまー!」」」」

 

 

 そして皆で仲良く帰宅。いっぱい遊んだ1日でした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 さて、美味しいご飯もいただき、お風呂も使わせてもらって、いよいよ寝る時間になった今、俺達は布団を敷いて横になっている。はしゃいだのもあって、純と紗南ちゃんは今にも寝てしまいそうだ。

 

 ちなみに布団の位置は純→俺→紗南ちゃん→沙綾となっている。2人とも俺の隣で寝たいと言ってくれたのが幸いだった。流石に付き合ってもいない高校生の男女が隣で寝るのには、色々問題がある。

 

 

「ねえ、貴兄ちゃん……」

「ん?」

「……また今日みたいに遊んでくれる?」

「ああ、もちろん。また行こうな」

「うん……おやすみ貴兄ちゃん……」

「うん。おやすみ」

 

 

「お兄ちゃん、手握ってもいい?」

「もちろん。はい、どうぞ」

「えへへ……お兄ちゃんの手、おっきいね……」

「ありがと。……さあ、もう寝る時間だよ。おやすみ、紗南ちゃん」

「うん、おやすみ……お兄ちゃん」

 

 

 2人とも俺と手を繋いだまま寝てしまった。

 

 今日はいっぱい遊んだもんな。ゆっくり休むんだよ。

 

 

「あっ、2人とも寝ちゃった?」

「ああ。見ての通り、ぐっすりだよ」

 

 

 歯磨きをし終わった沙綾が戻ってきた。いつもと違い髪を下ろしている沙綾を見て、その姿に少しドキッとしてしまう。

 

 それに加えて寝巻だ、いつもしっかりしている沙綾が無防備な姿をしている、そのギャップで心拍数が上がる。

 

 

「……どうしたの? そんなにジーッと見て」

「ああすまん。いつもと雰囲気違うからさ。……髪、下ろしてるのもいいな」

「そう、かな……ありがと……///」

 

 

 嬉しそうに笑う沙綾。はにかみながら頬を赤くしている沙綾がとても可愛くて、自分も顔が熱くなっていくのを感じる。

 

 

「……貴嗣も、髪下ろすと印象変わるね」

「ああ……最近はずっと上げてたからな。変かな?」

「ううん。優しいお兄さんって感じかな。いいと思うよ?」

「そっか……サンキュー」

 

 

 お互いいつもと違う雰囲気に戸惑い、会話も少しぎこちなくなる。

 

 

「ふあぁ~……」

「ふふっ、おおきなあくび。そろそろ私達も寝よっか」

「ああ、賛成。それじゃあ……おやすみ、沙綾」

「うん……おやすみ、貴嗣」

 

 

 恥ずかしながら俺も子どもみたいに全力で遊んだこともあり、相当睡魔が来ている。睡眠欲は人間の三大欲求の1つだ。この強大な力に抗うことは無謀だし、体に悪い。

 

 沙綾におやすみを言ってから力が抜けたのか、糸が切れた人形のように布団に倒れこみ、そのまま深い眠りについた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 パッと、突然目が覚めた。

 

 携帯のロック画面は午前2時を表している。どうしてこんな時間に起きたのだろうかと思いながら、私は部屋を見渡した。

 

 

「……ふふっ、貴嗣の寝顔、可愛い……」

 

 

 紗南を挟んでその向こうで寝ている貴嗣を見る。

 普段のしっかりした姿とは正反対の油断しきった様子に、思わず可愛いとこぼしてしまう。前髪を下ろしているのもあってか、いつもより幼く見える。

 

 隣の紗南はスヤスヤ寝ているし、純は貴嗣の背中に抱き着いて気持ちよさそうに寝ている。

 

 

「(ちょっとお手洗いに行ってこようかな)」

 

 

 気分転換をするために外の空気を吸いに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 お手洗いから帰ってくると、途端に睡魔が襲ってきた。

 

 

「(ふあぁ……急に眠たくなってきちゃった……)」

 

 

 眠たくて頭がボーっとし、暗いせいもあって視界が悪い。ちょうどいいや、この睡魔があるうちに寝ちゃおう。

 

 

 ベッドに入って……うん、なんかすごくあったかい……なんだか妙にあったかい気もするけど、いいよね……。

 

 

 

 

 

 

 

「さ、沙綾……?」

「……あれ……? たか、つぐ……? なんで私の布団に……?」

「いや……ここ俺の布団なんだけど……」

 

 

 えっ……? だって私の右隣は紗南だし……ほら、紗南が私の背中に抱き着いてるし……。

 

 

 ……あれ? 紗南が私の後ろ(・・・・)にいる……?

 

 

 ……ってことは、ここは貴嗣の……!?

 

 

 

 

「……ええっ!?!?」

「シーっ……2人を起こしちゃうよ」

 

 

 貴嗣の人差し指で口を抑えられた。彼はその指を自分の唇に当てて、“静かに”とジェスチャーをする。

 

 ……こ、これって……

 

 

「か、間接キス……///」

「間接……? あ、ああ、すまん。嫌だったよな……?」

「だ、大丈夫……嫌じゃ、ない……///」

 

 

 か、顔が熱い……///

 

 うぅ……ばれてないかな……? でもこの部屋豆電球つけてるから、顔が見えそう……///

 

 

「ごめん貴嗣……紗南が私に抱き着いてるから、動けない……」

「……沙綾もか。俺も純に抱き着かれてるから動けない……」

 

 

 

 

 

『積極的に行動しないと、周りにすぐ取られちゃうよ?』

 

 

 

 

「ね、ねえ貴嗣……」

「ど、どした?」

 

 

 途端に頭に浮かんだ、昨日のおばちゃんの言葉。

 

 私は貴嗣の胸だけを見ながら、とんでもない提案をしちゃった。

 

 

「このまま……寝ちゃう……?///」

「!? おいおい、ちょっと冷静になれ沙綾……! 確かに俺達が動いたら2人を起こしちゃうけど、だからといってそれは――」

「貴嗣は……嫌……?」

 

 

 顔が熱いまま、私は思い切って彼の顔を見た。

 

 

 そしてそこには――

 

 

 

 

「…………嫌じゃ……ないけど……///」

 

 

 真っ赤な顔をした貴嗣がいた。目を逸らして恥ずかしそうにしている貴嗣は、とても新鮮だった。

 

 

「……貴嗣、顔真っ赤だよ?」

「……当たり前だろ? こんな……女の子と添い寝したことなんてないし。こんなん……ドキドキするに決まってるやん……」

「……ドキドキしてるの?」

「そりゃあもちろん……」

 

 

 

 

 

「……じゃあ、確かめてもいい……?///」

「た、確かめる? どうやって……」

「……えいっ」

「!?!? さ、沙綾っ……!?」

 

 

 私は彼の背に手を回し、彼の大きな胸板――心臓があるところに顔を当てた。

 

 貴嗣の言葉を……私でドキドキしているということを確認したくて。

 

 

「……すごい、ほんとにドキドキしてる……///」

「な、なあ沙綾……もうええやろ……? (沙綾……めっちゃ柔らかくて……いい匂いする……)」

「……このままでいたい」

「!?」

「ダメ、かな……?」

「……好きにしてくれ……///」

「ふふっ……やった♪///」

 

 

 やっぱり、昨日のおばちゃんの言葉が頭から離れない。

 

 

 もう今までみたいに貴嗣がうちに来てくれることはない。

 学校では話せるけど、彼にも店の手伝いやアルバイト、それにバンドの練習だってある。

 

 

 今まで傍にいて支えてくれていた貴嗣と一緒に過ごせる時間が減って、どこか遠くに行っちゃいそうな気がして……胸がキュッと締め付けられて……その痛みが嫌で、でもこうやって貴嗣の近くにいるとその感覚は無くなって、むしろ温かくなって……。

 

 

 

 

 あっ……

 

 

 

「……ねえ、貴嗣?」

「ん?」

 

 

 

 そっか……そうだったんだ……

 

 

 

「今日まで貴嗣はずっと傍にいてくれたよね。毎週必ずうちの手伝いに来てくれて、来てくれる日は一緒に下校して、家でご飯食べたり……」

 

「私、本当に楽しかったんだ。私にとって……貴嗣が傍にいてくれることが当たり前になってた」

 

 

 

 私……

 

 

 

「でも……明日からは、今までみたいにうちには来ないんだって……そう思うと、なんだか怖くなっちゃうんだ……」

 

 

 

 貴嗣が遠くにいっちゃうのが怖いんだ……

 

 

 

「沙綾……」

「ご、ごめんね、変なこと言って。気にしな――」

 

 

 言い終わる前に彼の大きな手が私の頭に置かれた。そしてそのまま、貴嗣は私の頭を撫で始めた。

 

 

「――じゃあ、こうしよう」

「えっ?」

「確かにお手伝いは終わったし、ほんとに時々しか店の手伝いはしないだろうけど……代わりに、できるだけパン買いに来る。そうすれば会えるだろ?」

 

 

 ゆっくりと優しく、私の頭を撫でてくれる。

 

 

「L〇NEもあるし、話したかったら電話してきてくれてもいいしさ……っていうか、しよう」

 

 

 

 

 

 

「……俺だって、めっちゃ寂しいんやぞ」

 

 

 

「……!? 貴嗣っ……!!」

「おわっ……」

 

 

 私はギューっと抱きしめる力を強くした。

 

 私と同じ気持ちだったのが、とても嬉しかった。

 

 

「……ありがとう」

「……おう。2度と会えなくなるわけじゃないし、大丈夫だよ」

「うん。……パン、買いにきてね?」

「もちろん。できるだけ毎日、顔出しに来るよ」

「うん。……夜、時々でいいから電話してもいいかな?」

「いいよ。電話しよう」

「……やった♪」

 

 

 貴嗣は撫でている方と反対の手を私の背中側に回して、背中をぽんぽんと優しく叩いてくれた。

 

 完全にお互いが密着している。恥ずかしいけど嬉しい、不思議な感覚。

 

 

 このぽんぽん、安心するなあ……。

 

 

「……頭撫でるの、上手だね」

「それはよかった。うちの犬を永遠撫でてる甲斐があったよ」

「ふふっ、そりゃあ上手になるね。……もう少し、このまま撫でてくれるかな?」

「仰せのままに」

「ありがとう……えへへっ……気持ちいい……///」

 

 

 頭のてっぺんから始まって、後頭部から髪へと手を動かしてくれる。頭の後ろを撫でられるの、気持ちいいな。

 

 

「ふあぁ~……」

「眠くなってきた? 寝てもいいよ」

「うん……おやすみ、貴嗣……これからも……よろしく……ね……」

「ああ……おやすみ、沙綾」

 

 

 貴嗣に頭を撫でられ、彼の温かい体温に包まれながら、私はゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 あの日以降、当たり前ではあるけれど、私と彼の関係は変わることは無かった。

 

 

 確かに、前より彼と一緒にいる時間は少なくなった。けれど、いろんな話題でLI〇Eは続いてるし、私から電話をかけるときは必ず出てくれる。

 

 

 貴嗣のそんな優しさに、私は惹かれたんだと思う。

 

 

 彼と話すと胸が温かくなるし、今何してるのかな~と考えたり、返信が来ると嬉しくなったり、逆にいつもより返信が遅いと不安になったり……って、それはわがままだよね。

 

 

 もちろん寂しくなるときもある。けど、それでも大丈夫。

 

 

「いらっしゃいま……って、あっ、貴嗣! 今日も来てくれたんだ!」

「おつかれさま、沙綾。たまご蒸しパンってまだある? バイト前に食べたくてさ」

「ちょうど今出来立てのがあるよ。いつもバイトある日はこの時間帯だから、そこを狙って作っておいたよ!」

「おお! さっすが! いつもありがとな」

 

 

 こうやって貴嗣はいつもの笑顔で、私に会いに来てくれから。

 

 

 

 

 

 ねえ、貴嗣?

 

 この前までは、貴嗣が遠くに行っちゃうみたいで怖かったけど……でも、だからこそ分かったんだ。

 

 

 私ね――

 

 

 

 

 

 

 

 貴嗣のこと、好き。

 




 
 沙綾のお話でした。書いてて超楽しかった。(満足顔)

 ポピパ編と書きながら、ずっと沙綾との話で申し訳ないです……。またこの辺りの解説を活動報告に書くつもりなので、その際はお知らせします。次回からちゃんと他のメンバーと絡ませますので、ご安心を……。

 次は誰との話なのか、楽しみにしていただけると嬉しいです。それでは、次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 練習と買い物とトラブルと

 お気に入り登録数が50手前……! 登録をしてくださった皆様、本当にありがとうございます!

 今回は香澄編です。それではどうぞ!


 

 

 

 ――じゃあ明日ねー!

 

 ――今日もバイトだー

 

 ――一緒に帰ろうよ~! 

 

 ――ねえねえ、今日の小テストヤバくなかった~!?

 

 

 放課後の喜ぶ声が教室中から聞こえるHR終わり。窓から入ってくる風は涼しいが、文化祭が終わったのを境に気温が上がっているようで、制服の上着を着ると、ほんの少しだが暑く感じる。

 

 クラスメイトの声をBGMにして、俺は学校を出るために教科書を鞄に詰め込んでいた。今日はファストフード店のバイトなので、家には帰らず、このままバイト先まで向かう。

 

 今日は松原さんと丸山さんとシフト被ってたっけなと思い出していると、少し遠くの方から名前を呼ばれた。

 

 

「貴嗣くーん!」

 

 

 そんな元気な声がした方を向くと、ギターケースをもった香澄がいた。香澄は俺と目が合うと、嬉しそうに笑ってこちらに駆け寄ってきた。

 

 

「今から一緒にギターの練習しようよ!」

「今からか? ポピパのメンバーは?」

「さーやはお店の手伝いで、おたえはバイト、りみりんとありさは用事!」

 

 

 ほうほう、皆何かしらの用事があるのか。でも――

 

 

「ごめん香澄。俺今からバイトなんだ。だから今日は無理かな」

「!? そう、なんだ……そうだよね……貴嗣くんも忙しいもんね……」

 

 

 香澄は目に見えて元気がなくなり俯く。

 

 

「久しぶりに貴嗣くんにギター教えてもらいたかったけど……ごめんね? いきなり誘って……」

 

 

 青菜に塩とはこのことだろうか。相手が誰であれ、こうやってしょんぼりしている姿を見るのは心が痛い。いつも元気で明るい香澄なら尚更だ。俺はすぐに今週の予定を頭に思い浮かべ、予定が空いている日を探し出した。

 

 

「今週の日曜日なら1日空いてるけど、どうだ?」

「日曜日? ……あっ、私も空いてる!」

「その日でいいのなら、練習付き合うよ」

「ほんと!? うん! 日曜日に練習しよっ! 貴嗣くんありがとー!」

 

 

 一転して満面の笑みになり、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。おいおい香澄さん、そんなことしたら周りの視線を集めてしまうぞ……ってそんなの気にしてないか。

 

 集合時間と場所を決めてから、今日は解散ということになった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 さて、1週間とは案外早いもので、あっという間に日曜日となった。

 

 この間決めた通り、ギターの練習を一緒にするために、俺と香澄は――

 

 

 

 

 

「ん~おいひい~!」

 

 

 ――ショッピングモールでお昼を食べていた。

 

 

 これにはちゃんとした理由があるので説明する。

 1時間前まで香澄の家にお邪魔させてもらいギターを教えていたのだが、ある問題が発生した。

 

 

 

 

 

『……わわっ!』

『どうした? 大丈夫か?』

『弦が切れちゃった! ど、どうしよ~! おたえに教えてもらったけど、えーとまずは……』

『ちょっと待て香澄。代わりの弦持ってるか?』

『もちろん持って…………あ、あれ、無い! 無くなってる!』

 

 

 

 

 

 どうやら代わりの弦がなくなるほど練習していたようだ。ちょうど俺も買いたいものがあったので、気分転換も兼ねてこのショッピングモールに来たのだ。ちなみに香澄が欲しかった弦は購入できたので一安心だ。

 

 

「このオムライスほんとに美味しいな……そういや最近作ってないな」

「えっ、貴嗣くんオムライス作れるの?」

「ああ。俺料理するのが好きなんだ。弁当も自作だよ」

「あ、あの美味しそうなお弁当が自作……!?」

 

 

 目を大きく開いて驚く香澄。いつも俺は大河達と一緒に昼食を食べるのだが、この前中庭で食べた時に、香澄達は俺の弁当を見たそうだ。

 

 

「俗に言う料理系男子ってやつだねっ! ……でも、なんで料理するようになったの?」

「ああ、それは……真優貴だな」

「真優貴ちゃん?」

 

 

 料理に興味を持ったきっかけは、妹の真優貴だった。この前も話した通り、真優貴は小学生の頃から芸能活動をしている。仕事の関係で、必然的に家でご飯を食べる時間が少なくなり……特に夕食を現場で食べることが多くなった。

 

 

「もちろん現場で美味しいお弁当が配られることもあったんだけど……真優貴は家での料理の方が好きだった。でも父さんと母さんは仕事で忙しくてさ。なら俺が弁当を作って、それを持って行ってもらおうって思ったんだ」

「じゃあ真優貴ちゃんのために料理の練習したってこと?」

「そういうことになるな」

 

 

 そう言いながら、オムライスを口に運ぶ。卵のふわふわ具合が絶妙だ。

 

 

「……うぅ……」

「えっ、香澄どした?」

「貴嗣くん……いいお兄ちゃんすぎるよぉ……私感動しちゃった……」

「はははっ、泣くほどか~? でもありがとな」

 

 

 香澄は目をウルウルとさせてそう言ってくれた。

 純粋な反応を見せてくれる香澄に、思わず笑ってしまった。本当にコロコロと表情が変わるので、そこがとても可愛らしい。

 

 

「ねえねえ、今度一緒にお昼ご飯食べようよ! それでお弁当交換しよ!」

「あははっ、いいよ。何かリクエストとかある? 大抵のものは作れるけど」

「玉子焼き! 最近はまってるんだー!」

 

 

 ポピパの皆とお昼を食べることになった俺。また大河と穂乃花、花蓮にも連絡しておかないとだな。

 

 

「あっ、皆から返信来たよ! 皆楽しみにしてるだって!」

「ねえやっぱ行動速すぎん?」

「あと、オムライス食べてる貴嗣くん可愛いって!」

「それはうれし…………んん??

 

 

 えっ……なんで皆俺がオムライス食べてること知ってるの?

 

 

「あっ、今おたえが何か……って、ふふっ……! 何、これ……あははっ……!!」

 

 

 香澄が急に笑い始めた。スマホの画面を見て、必死に笑いを堪えている。

 

 

「ねえ貴嗣くん……ふふっ……! おたえのこれ見て……」

「……なんやこれ一体……」

 

 

 トーク画面にあったのは、香澄が張り付けた写真をおたえが編集したものだろうか……俺が頭にうさ耳のカチューシャのようなものを付けながらオムライスを食べているという、とんでもないコラ画像だった。

 

 マジで全く似合っておらず、皆もツボに入ったのか、トーク画面も阿鼻叫喚だ。ピコンピコンと通知音が止まない。

 

 

「おいおい、俺はフリー素材じゃないんだぞ?」

「あはは! ……ご、ごめんねっ……悪気があってやったわけじゃ……ふふっ……!」

「……まあ、香澄がそんなに楽しそうならいいや」

 

 

 そう言い終わると同時に俺のスマホが震えた。

 

 

「(通知か……ん? 沙綾から?)」

 

 

 

 

 

 Saya〈香澄と2人で食べてるの?〉

 

 山城貴嗣〈ああ 丁度用事あってさ〉

 山城貴嗣〈このあと服を見に行ってからまた練習するつもり〉

 

 Saya〈そうなんだ! 練習か!〉

 Saya〈あのさ、良かったら今度一緒に服見に行かない?〉

 

 山城貴嗣〈いいね! いこいこー〉

 山城貴嗣〈あっ、そろそろ移動するから、また後で連絡するわー〉

 

 

 

 

 

 メッセージを打ってスマホの電源を切る。……沙綾って何着ても合いそうだな。

 

 

「さあ、そろそろ行こうか。ちょっとばかり付き合ってくれ」

「うん! もちろん! 貴嗣くんと服見るの楽しみ!」

 

 

 香澄の了承を得たことで、俺達はフードコートを後にした。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 それからは買い物タイム。

 

 

「おお~七分丈似合うね!」

「そうかな? じゃあ買おうかな。青色のシャツって持ってなかったし。ありがとな」

「えへへ~どういたしまして!」

 

 

 涼しめの七分丈のシャツと、内側に着るTシャツ(今回は白)を選んでもらったり

 

 

 

「香澄、この帽子とか良いんじゃないか?」

「ほんと? ……わあ~! ほんとだ! 可愛い!」

「ちょっとかぶってみなよ、ほら……おっ、いいじゃん。似合ってるよ」

「やったー! じゃあこれ買ってくるね!」

「お、おう(……即決でいいのか?)」

 

 

 帽子屋さんに寄ったり

 

 

 

「おまたせーって、それ、ギターのスコアか?」

「うん! 前から欲しいなって思ってたんだー! 貴嗣くんのは?」

「恋愛小説。最近はまっててさ」

 

 

 本屋さんで色々見たり

 

 

 

「おお……これが例の『プリ〇ラ』という機械か……」

「あれ? プ〇クラやったことないの?」

「ああ……イギリスには無くてさ……実際に見るのは初めてかな」

「えーそうなんだ!? じゃあよかった! 早く撮ろっ!」

 

 

 2人でプリク〇を撮ったりと、俺達はショッピングモールを満喫した。

 

 ……機械の中が結構狭く、香澄がくっついてくるのもあって、少し顔の温度が高くなったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 香澄の家に戻り、ギターの弦を張り替えて練習再開。

 

 香澄の腕前は前よりも遥かに上達している。文化祭でライブを経験したことで自信がついたのか、香澄の出す音はとても活き活きしており、“ギターを弾くのが楽しい!”という感情が伝わってくる。

 

 

「(……こんなに上手くなってたんだな)」

 

 

 練習を手伝うといった俺だが、ここ最近は全くと言っていいほど参加できていなかった。

 

 言い訳といえばそれまでなのだが、自分のバンド練習、やまぶきベーカリーの手伝い、アルバイト、文化祭の準備etc……どうしても忙しくなってしまい、香澄のギターを見ることがあまりできなかった。

 

 

 だからだろうか、以前と比べて別人のよう感じてしまう。

 

 

「――最近練習見れてなくて、ごめんな」

「えっ!? 急にどうしたの!?」

「手伝うって言っときながらできてないなーと思ってさ。……ほんと、上手になったな」

「ありがと! だって、貴嗣くんと一緒に歌いたいから!」

 

 

 そうだよな、初めて一緒に練習した日の夜に約束したもんな。

 

 

「そのために、もっともっとギター上手くなりたい! だから貴嗣くん!」

 

 

 ぐいっと俺の前に乗り出す香澄。そして真っ直ぐ俺を見つめて言った。

 

 

「これからもギター教えて! 時間があるときでいいから!」

「――ああ。できるだけ予定を合わせられるようにする。約束する」

「やったあ!」

 

 

 香澄は嬉しかったのかぴょんと跳ねようとした。

 

 

 

 だが、それがまずかった。

 

 

「……わわっ!?」

 

 

 前のめりの状態で無理やり跳ぼうとするとどうなるか、その答えは難しくない。

 

 

 

 バターン!! という衝撃音が家中に響き渡った。

 

 

「あっぶねえ……大丈夫か……香澄?」

「う、うん…………あっ……」

 

 

 香澄はバランスを崩してしまい、俺に飛び込むような形になってしまった。

 俺は咄嗟に香澄を受け止めて、武道で習う後ろ受け身のように、背中を丸めて可能な限り衝撃を逃がし、そのまま俺は仰向けに倒れこんだ。

 

 

「どうした香……澄……」

 

 

 反射的に(つむ)っていた目を開けると――目の前には本来見えているはずの天井ではなく、今日1日を一緒に過ごした少女の顔が広がっていた。

 

 当然だ。俺は香澄を受け止めたのだから。少し考えればこうなることは予想できるし、何も焦ることではない。

 

 

 

 

 

 

 だが人間とは不思議な生き物だ。想定外のことが起こると、頭では分かっていても、存外にポンコツになってしまう。

 

 目の前に、あと数ミリ近づけば鼻が当たる距離に香澄の顔がある。その事実だけで、俺の思考は麻痺してしまった。

 

 

「……///」

 

 

 香澄の顔は徐々に赤くなっていく。それは俺も例外ではなく、顔に上っていく血の量が増していくのが分かる。いつもの元気一杯で常に笑顔の彼女とは違う、恥ずかしそうに照れているその姿に、どうも俺の頭はやられてしまったらしい。

 

 整った顔立ちは、美少女といって間違いないだろう。アメジストのような紫の瞳は、彼女の純粋さを表すかのように透き通っており、思わず見つめてしまう。

 

 パサっと、俺の頬に茶髪がかかる。それと同時にフワッといい匂いが広がる。女の子特有の甘い香りは、追い打ちとしては十分であった。

 

 

「……///」

「(か、香澄……? なんで離れないんだ……?)」

 

 

 心なしか抱きしめる力が強くなった。柔らかい感触が俺の体を包み込み、普段は意識していない香澄のスタイルの良さが、問答無用で脳裏に焼き付く。

 

 普通ならすぐに離れるはずだが、香澄はジッと俺を見つめたまま動かない。それどころか、少しずつ顔を近づけてくる。

 

 本来ならここは止めるべきなのだろう。無論俺もそうしたいのだが、体が動かない。

 

 

 

 

 

 このままでいろ、ほら、この子は満更じゃないみたいだぞ? ――頭の中の悪魔がそう呟く。

 

 

 

 

 

 ああ、もうちょっとで唇がくっついてしまう。

 これがファーストキスか、案外あっけないものだなと、だが香澄が望んでいることなら致し方無しだと思い、ついに意識を手放し――

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんどうしたの? すごい音した……け……ど……」

 

 

 ガチャっと音が鳴りドアが開く。中学生くらいだろうか、香澄とよく似た子が立っていた。

 

 

 

 

 

「おおおおお姉ちゃん……!? 一体何して……!?」

「……!! ち、違うのあっちゃん(・・・・・)!! これは……///」

「お、男の人と部屋で……ふふふ、2人きりで……!」

 

 

 わなわなと声を震わせ、その“あっちゃん”という子の顔が、見る見る内に赤くなっていく。

 

 

 

 

 

「な、なな……何してるのおおお!?!?///

 

 

 ……まあ、そりゃそうなるわな。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……本当にごめんなさい(土下座)」

「い、いえいえ! 事情は分かりましたから!」

「切腹以外ならどんなことでもいたします……逆さ吊りの刑でもむち打ちの刑でも喜んでいたします……なのでどうかお慈悲を……」

「い、いやいや! 本当に大丈夫ですから……!! お姉ちゃんを守ってくれたんですし、むしろ私が感謝をするべきであって……(っていうか逆さ吊りとかむち打ちって何!? 私どんな人だと思われてるの!?)」

 

 

 まさか土下座をする日がくるなんて思ってもみなかった。

 

 あのあとすぐにこの子――香澄の妹さんである“明日香ちゃん”に状況を説明、すぐに疑いは晴れた。

 

 大きな物音がして心配になり見に来たら、自分のお姉ちゃんが見知らぬ男と抱き合ってる……下手なホラー映画よりも怖いし、びっくりするのが当たり前だ。

 

 

「……あれ?」

「…………なんでしょうか?」

「あの、顔を上げてくれませんか……?」

 

 

 言われた通りに土下座の姿勢のまま顔だけ上げる。傍から見ればカエルの如し、なんとまあ間抜けな絵面だろうか。

 

 

「(……えっ、うそ……)」

「?」

「あ、あの……! ……もしかして……Silver Liningのギターボーカルの方ですか……!?」

「(きゅ、急にどうした?) ……はい……Silver Liningでギターボーカルやらせてもらってる……山城貴嗣です」

 

 

 そうか……この前の文化祭ライブの映像や写真、色んな人がSNSに投稿してくれていたらしいから、別に知っててもおかしくはないのか。

 

 

「ほ、ほんとにあの山城貴嗣さんなんですか……!?」

「ええ……一応そのはずなんですけど……」

 

 

 カエルの格好のまま、顔だけを明日香ちゃんに向けて話をする。絵面が酷過ぎる。

 

 

 

 

 

「あ、あのっ!」

「は、はい……?」

「もしよろしければ……サインくれませんか!?」

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸山家のリビング。テーブル席に座らせてもらい、ボールペンで自分の名前を、明日香ちゃんのノートに筆記体で書く。

 

 

「これでいいかな?」

「は、はい……!! あ、ありがとうございます……!! わぁ……ほ、ほんとにサイン貰っちゃった……友達に自慢しちゃおっと……!

 

 

 

 ノートを見ながら、嬉しそうにニヤニヤしている明日香ちゃん。

 ジャパニーズ土下座フロッグモード(蛙モード)から霊長類型二足歩行形態(いつもの状態)にトランスフォームした俺は、明日香ちゃんと話をさせてもらっていた。

 

 どうやらこちらの明日香ちゃん、たまたま俺達のライブを見に来てくれていたらしいのだ。体育館での俺達の演奏をとても気に入ってくれたみたいで、ライブを見た感想を楽しそうに話してくれた。

 

 

「……なんか実感ないな。そんなに色んな人が……その、俺達のファンだって」

「もうすごいんですよ? 個々の演奏技術が物凄く高い上に、完全に音が調和している……とんでもないバンドが現れたーって、今山城さん達はとても注目されているんです」

 

 

 明日香ちゃんが話してくれて初めて知ったのだが、我らがSilver Lining、SNSを通して今かなり注目されているとのこと。

 

 めっちゃすごい腕前のバンドが現れたと……えーとなんて言ってたっけ……そう、バズった(・・・・)らしい。

 

 

「特にギターボーカルの山城さんと、ベースの須賀さんが人気なんですよ?」

「えっ、マジで?」

「はい。この辺りは元々女子高ばっかりだったので……男性と接点がないところに、あんなかっこいいパフォーマンスを見せられたら……って感じです」

「ほえ~。そっか、確かに共学になったの今年からだもんな」

「はい。私の学校も今年から共学になったばかりなので。……ちなみ私達の間では、山城さん推しと須賀さん推しで、分かれていたりするんですよ」

 

 

 先ほど明日香ちゃんが淹れてくれたお茶を飲んでいると、ふとある疑問が思い浮かんだ。

 

 

「明日香ちゃんはどっち派なの?」

「えっ!? ……わ、私ですか……?」

 

 

 突然の質問に、見るからに明日香ちゃんは焦り始める。目が泳ぎまくっている。ちょっと意地悪な質問だったので、すぐに声を掛ける。

 

 

「ごめんごめん、ちょっとからかいたくなっちゃってさ。気にしな――」

…………城さんです

 

 

 ……ん?

 

 

「……私の推しは……山城さん……です……///」

 

 

 顔を赤くして、目を逸らしつつも答えてくれた。指先を胸の前で弄っている姿が愛らしい。

 

 

「ギターがとても上手だし……その……声が好きで……///」

「わおマジか。ありがとね。そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 

 明日香ちゃんはすごく真剣に答えてくれた。それが嬉しくて、俺も笑顔になる。

 

 

「あと俺のことは貴嗣でいいよ。皆にもそう呼ばれてるし」

「えっ……!? そ、そんな……いいんですか……?」

「もちろん」

「あ、ありがとう……ございます……た、貴嗣……さん……///

「(そんな照れんでもええのに)」

 

 

 そう思ったものの、憧れ(?)の人に会えて、しかも名前で呼んでもいいよと言われたら……そりゃあ照れるか。

 

 

「そんなに色んな人から注目してもらえているとは……今初めて知ったよ」

「……意外です。花咲川の人達は、皆イ〇スタとかにライブの様子をあげていたので」

「恥ずかしながらね……俺、あんまSNS見ないからさ」

 

 

 SNSとなると、友達とLIN〇で話するくらいだ。

 

 

「そうなんですね。……そうだ! これを機に公式のアカウントを作ってみるのはどうですか? そこから情報を発信して、もっと知名度をあげるんです」

「おおーありだな。てか、名案だ。うん、絶対それ面白い。メンバーにも相談してみるよ。ありがとうね、明日香ちゃん」

「……!! は、はい! (今の笑った顔……かっこよかった……)」

 

 

 公式アカウントか……こういうの俺得意じゃないし、だれが適任だろうか。

 

 やはり穂乃花だろうか。確かイ〇スタのフォロワー数多かったし。今度相談してみよう。

 

 

 

 

 ……って、ん?

 

 

「むぅ~……」

「どうした香澄? 服の袖引っ張って」

「むぅ~……あっちゃんとばっかり話してずるい! 私とも喋ってよ!」

「(お姉ちゃん……?)」

 

 

 どうやらほったらかしにされたことが嫌だったらしい。明日香ちゃんに説明してたときなんて顔が真っ赤だったのに、今ではもういつも通りの香澄だ。

 

 

「貴嗣くん! 私をほったらかしたバツとして、今日はうちで晩御飯食べていって!」

「それ罰っていうかご褒美なんじゃ……ってかごめん。今日は家族で外食する予定なんだ」

「え~!」

「ちなみにそろそろ家に帰らないとやばい」

「やっ! まだもうちょっといて!」

「やっ! って……子どもじゃあるまいし……っていてて、ちょ、引っ張らないでくれー」

「むー! さっきまであっちゃんと話してたじゃーん! 私も貴嗣くんと話したいのー!」

「うわちょ……」

 

 

 席を立とうとする俺を阻止するために、俺の腕に抱き着いてきた香澄。その柔らかい感触で、ついさっきの抱き着き事件のことを思い出してしまう。

 

 やだやだ行かないでー! と言って、香澄は俺の腕に抱き着きながら暴れている。香澄のスタイルの良さと甘い香りに惑わされながらも、俺は香澄に話しかける。

 

 

「じゃあ今日は夜電話するっていうのは?」

「電話!? いいの!?」

「ああ。12時までだったら――」

「やったー! 貴嗣くんと電話~♪」

 

 

 俺が言い終わる前に、香澄は嬉しそうな反応を見せる。そんな香澄を見て、前に座っていた明日香ちゃんがため息をつく。

 

 

「お姉ちゃん……貴嗣さんの話聞いてあげて……」

「ははは……まあ、香澄らしいけどな……」

 

 

 明日香ちゃんと目を合わせ、2人で笑う。明日香ちゃんも、毎日振り回されているのかもしれない。

 

 

「約束だからね!?」

「おう。だから俺の腕を放してもらってもいいか?」

「あっ……!! ご、ごめん……///」

「今更照れるんか」

「だ、だって……その……///」

「その~?」

「うぅ……貴嗣くんのいじわる……///」

「さっきのお返しだ」

 

 

 予想通りの反応を見せてくれる香澄に、思わず笑いをこぼしてしまう。

 

 ギターの練習をしていたら弦は切れるし、ショッピングモールで色々遊んで、また練習をしていたら今度はキスしかけるし、そこを明日香ちゃんに見られるし、香澄は帰してくれないし……ほんと、ドタバタな1日だった。

 

 

 けど、めっちゃ楽しかったよ。

 ありがとな、香澄。やっぱ香澄といると、俺も笑えて楽しいよ。

 

 

 さあ、明日はポピパの皆とお昼ご飯だ。美味しい卵焼きを作っていけるように頑張ろう。

 




 ありがとうございました。香澄のお話でした。

 「なんか今回の貴嗣チャラくね……?」と編集しながら思っていました。香澄っていうか戸山姉妹を落としにいってるみたいやないか……(小声)

 そして明日なのですが、1日予定が入っているので、次回は明後日の月曜日に投稿いたします。

 それではまた次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 美少女の照れ顔は、やっぱりずるい

 皆様のおかげで、お気に入り登録者数が60になりました!(3/8時点) 当初の目標が50だったのですが、それを上回ってくれました……! 本当にありがとうございます!

 お気に入り登録をしてくれた皆様、そして評価をしてくださったRtoN様、ありがとうございます!

 今回はたえ編です。おたえの独特のペースを表現できたか不安ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。

 それではどうぞ!


 

 

 トコトコトコっと短い脚を一生懸命動かして、俺との散歩を楽しんでくれているのは、我が家の愛犬ホープ。時折俺のほうをみてニパっと笑うホープを見て、「犬は生物学的に笑うことはない」という研究成果が嘘のように思えてくる。

 

 

「ふ~んふふ~ん~♪ ……おっ? なんだこの店……ウサギのペットショップ?」

 

 

 鼻歌を歌いながら散歩をしていると、ウサギの看板を掲げたペットショップが現れた。窓から店の中を見ると、可愛らしいウサギさん達がたくさんいるではないか。

 

 どうやらペットも同伴可能らしい。折角なので、俺はお店に入ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~……か、かわええ……」

 

 

 思わず声が漏れてしまう。

 丸々とした体、クリクリの目、長い耳……可愛い以外の何物でもないだろう。ホープも興味津々だ、ガラス越しではあるものの、クンクンと臭いを嗅ごうとしている。

 

 

「あれ? 貴嗣だ」

 

 

 ガラス越しにウサギたちを眺めていると、聞いたことのある声に名前を呼ばれた。

 

 振り向くと、腰まで届く綺麗な黒髪と、落ち着いた雰囲気をもつ女の子がいた。その性格を知らない人からすると、“大和撫子”や“クールビューティー”という言葉を連想させる、あの天然少女だ。

 

 

「……おたえ?」

「うん。やっほー。こんなところにいるなんて珍しいね」

「ああ。愛犬と散歩中にたまたま前を通って、そのまま入っちまったんだ。……ほら、ウサギが可愛すぎてさ」

「そうなんだ。……わあっ、ほんとだ、可愛いワンちゃん。なんて名前なの?」

ホープ(希望)だよ。ミニチュアダックスフンドの2歳で……おっ? どうしたホープ?」

 

 

 俺に抱っこされていたホープは、そのつぶらな瞳でおたえを見つめた後、俺に何かを伝えるように、ちょいちょいと前足を出して甘えてきた。

 

 

 ふむふむ……ほうほう……おーなるほど~!

 

 

「ホープ君、なんて言ってるの?」

「おたえと仲良くなりたいんだって。よかったら撫でてあげてくれる?」

「もちろん。……わあっ、毛並み気持ちいいね。オっちゃんみたい」

 

 

 俺に抱っこされたままおたえに撫でられるホープ。気持ちよさそうに目を細めている。こんな美少女に撫でられるなんて、よかったな~ホープ。

 

 ホープを撫でてくれているその様子を見て、おたえは本当に綺麗な女の子だと感じた。実は入学式の日、初めておたえをクラスで見た時は、「この人モデルさんなのだろうか?」と勝手に思い込んでいたくらいだ。

 

 おたえとはフォークダンスでも踊ったし、ポピパの練習にも行ったことがあるので、全然普通に話せる。でも大河や穂乃花、花蓮のように常に一緒にいるわけでもないので、意外にも、おたえがどんな女の子なのかをあまり知らない自分がいた。

 

 折角ここで会えたんだし、もっと会話をしたいと思った俺は、何かいい話題は無いかと考えたところ、先程の会話の中に出てきた“オっちゃん”というワードを思いだした。

 

 

「そういえば……オッちゃん? って何だ? おたえの家にも犬いるの?」

「ううん。オッちゃんはウサギだよ」

「おお、ウサギ」

「うん。うちウサギ飼ってるんだ。20羽」

「に、20羽!?」

「いっぱいいるよ。ちょっと待ってね、写真見せるよ」

「どれどれ……おおっ! 可愛い! すげえ! なんだこの可愛さは!?」

 

 

 おたえが見せてくれた写真に、俺は興奮を抑えられなかった。

 ご飯を食べていたり、おたえの膝の上でお昼寝をしていたり、部屋で大運動会をしていたり……そのほのぼのとした写真達に、柄にもなく騒いでしまった。

 

 

「あっ……す、すまん。1人で騒いじまった……」

「大丈夫だよ。貴嗣、動物好きなんだね」

 

 

 おたえはニコッと笑ってそう言ってくれた。その笑顔からは、とても嬉しそうな気持が伝わってきた。

 

 

「ああ。基本動物なら何でも好きだよ……それにしても、ほんと可愛いな……実際に触ってみたくなるよ」

 

 

 今までウサギと触れ合ったことは一度も無い。ついこの間までいたイギリスは、かのピーターラ〇ットが生まれた国なのだが……どうしてだろうか?

 

 

「おたえのうちには20羽もいるんだろ? モフモフに囲まれて皆と遊ぶとか……実際にやってみたいよ」

「じゃあ、うちに来なよ」

「マジで!? じゃあ行かせて…………えっ、おたえ今なんて?」

 

 

 勢いで言葉が出そうになったが、寸前のところで何故か冷静さが勝り、間抜けな声で聞き返してしまった。

 

 

 

 

 

「うちに遊びに来てよ。私と一緒に、オッちゃん達と遊ぼうよ」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「お邪魔します」

「いらっしゃい。どうぞ上がって」

 

 

 休日。断る理由もなかったし、俺としてもウサギと戯れたかったので、おたえの家にお邪魔させてもらった。

 

 玄関で靴を脱いでいる最中に、ガチャっとリビングのドアが開き、これまた綺麗な女性が現れた。おたえのお姉さんだろうか?

 

 

「はじめまして。山城貴嗣です。本日はお招きいただきありがとうございます」

「あら、ご丁寧にどうも。たえから話は聞いています。今日はゆっくりしていってね」

「はい! ありがとうございます」

「じゃあリビングに荷物置きに行こうか。貴嗣、こっちだよ」

「オッちゃん達を連れてくるね」

「うん。ありがとうお母さん(・・・・)

 

 

 …………お母さん!?

 

 

「……マジで?」

「あら、どうかした?」

「いえ……すみません……てっきりその……たえさんのお姉様かと……」

「うふふ、ありがとう。お世辞でもうれしいわ」

 

 

 そう笑って答えてくれる、たえのお母様。正直まだ頭の整理が追い付いていない。

 

 

「あはは……お世辞とかじゃなくて、本当にお綺麗ですよ」

「うん。そうだお母さん、今度高校の制服着てみようよ」

「あらいいわね。少し恥ずかしいけど、たえと並んで姉妹コーデも良いわね」

「それで2人で一緒に写真を撮って、高校生に見えるか貴嗣に判定してもらおうよ」

「名案ね! 貴嗣君、そのときはよろしくね?」

「は、はい……」

 

 

 家に来て3分ほど、未だ玄関でこの会話が繰り広げられていることに、驚きを隠せない。

 

 前にも言った通り、俺はおたえのことをあまり知らない。綺麗な女の子で、マイペースな性格だとしか思っていなかった。だがそのマイペースさがどれほどのものか、俺はまだ完全に理解していなかったのである。

 

 そして予想外だったのが、おたえのお姉……じゃなかった、お母様の存在だ。まさかのおたえと同じ性格である。

 

 

「(此の親にして此の子あり……ってやつか)」

 

 

 天然マイペースの人間が2人以上集まってしまうとどうなるか? 彼らおよび彼女らだけの世界が構築される。絶対不可侵の領域の出来上がりだ。今回は花園ワールドといったところだろうか?

 

 

 そう、俺は花園家という名の城に迷い込んだ、無知でか弱き存在。無事に生きて出られるだろうか?

 

 

 

 

 

 ところでおたえのお母様の制服姿……一体どんな感じなんやろか?

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 玄関で強烈な衝撃と洗礼を受けた後、俺はおたえにリビングに連れて行ってもらい、オっちゃんを始めとしたウサギ達と戯れていた。

 

 

「ほら、おいで~」

 

 

 おたえから貰った餌を使って、まずは危険な存在ではないということを彼らに教える。警戒心を解くためだ。

 

 

 基本的に動物というのは、自分の知らない人物に対しては、大なり小なり“警戒”する。その子の性格にもよるが、こっちは仲良くなりたいのに向こうは近づいてきてくれない(離れてしまう)という経験をした人もいるだろう。

 

 

 もし仲良くなりたいときは、まずはリラックスし、向こうから近寄ってくるまでは何もしないで、目を合わさずにじっと待つことが大事だ。意外と効果があるのは、「飼い主と仲良くしているのを見せる」ことだ。これが結構効果的で、警戒心が解けるのか、自分から近づいてきてくれることが多い。

 

 

「ははっ、そう、おたべ。……あっ、手の匂い嗅いでくれてる」

「さすが貴嗣、慣れてるね。皆集まってきたよ」

「ほんとだ。皆俺の手嗅ぎまくってる」

 

 

 色んな方法を試して近づいてきてくれたら、においを嗅がせよう。その際に急に姿勢を変えたりしたら、驚かせてしまうのでダメだ。

 

 

「ほんとウサギって可愛いな……あっ、また来てくれた。ほら、お近づきの印に……おたべ~」

「……おたべ……」

「ん? おたえ、どうした?」

 

 

 おたえは俺の言葉を復唱しながら、何か考え事を始めた。そして何か思いついたのか、ゆっくりと言葉を発した。

 

 

 

 

 

「……おたえを、おたべ……?」

「(……はい?)」

 

 

 まずい、さっきまで楽しく2人+20羽で遊ぶことができていたのに、おたえの天然スイッチを押してしまった。

 

 

 おたえがこうなるということは……やばい、早く何でもいいから反応をしないと――

 

 

「あら貴嗣君、たえのこと食べちゃうつもりなの?」

「すいませんそんなこと一言も言ってないです」

 

 

 やっぱりだめでした。

 

 

「貴嗣に……食べられる……きゃっ///」

「ええ……」

「あらあら、たえは満更じゃないみたいね~。お母さんは邪魔かな? お望みなら、今日は2人きりにしてあげるわよ?」

「マッハで家帰ります」

「……貴嗣……私じゃダメ?……///」

「ねえなんか変なものでも食べた? ウサギの餌食べたりしてない?」

「ウサギの餌なら食べたよ?」

「」

「キャベツだよ」

「……ああ、キャベツね……」

 

 

 ちょっと花園ワールドヤバすぎんよ~。

 

 それにしても、おたえが照れている姿を初めて見た。もちろんジョークなので本気ではないだろうが……天然な性格故に、こういった恥じらいや照れといった感情とは無縁だと勝手に思い込んでいた。

 

 そのギャップに加え、モデルのような端整な顔立ちだ。おたえが可愛らしく照れている様子は、ものすごくグッとくるものがあった。

 

 

「どうしたの? そんなに私の顔見つめて」

「ああ、おたえはモデルさんみたいだなって思ってさ。身長高いし、顔が整ってるし」

「そうかな?」

「ああ」

「じゃあ……私は綺麗ってこと?」

「そう思うよ」

「そっか……ふふっ♪ ありがと」

 

 

 おたえは嬉しそうに笑う。その独特の性格が注目されがちだが、こうやって話していると、素直で純粋な部分も強く感じる。

 

 そんな話をしながらも、俺達はウサギと遊んでいる。ふと、俺に体をくっつけていた子が、器用にぴょんと跳んで、俺の膝に乗っかってきた。

 

 

「オッちゃん達、貴嗣のこと好きみたい」

「まじか。やった。俺も皆が好きだぞー」

 

 

 俺の膝に乗っているオッドアイのオッちゃん。一番初めに俺に懐いてくれた子だ。ほら、もうこうやって撫でさせてくれるし、オッちゃんも目を細めて気持ちよさそうだ。

 

 他の子たちも俺に体をくっつけてくれていたり、肩や頭によじ登ったり……って、おっほう、俺の耳は食べ物じゃないぞ~……あ、ちょっ、やめ、俺耳敏感なんや……。

 

 

「貴嗣、やっぱり優しいね」

「急にどうした?」

「皆そう言ってるからさ。前から私も親切な人だなーとは思ってたけど、やっぱり本物だね」

「そっか。ありがとな」

「うん」

 

 

 突然おたえからお褒めの言葉をいただいた。

 

 おたえも言っていたが、動物たちの言葉(?)に嘘はないと思う。俺もホープと一緒に過ごしていて思うのだが、動物たちはストレートに気持ちを表現する。もちろん言語は話せないけど、表情や声、動きなどで一生懸命伝えてくれる。

 

 

「おたえも優しい人だよ。この子たちから、おたえの愛情を感じるよ。大事にされてるんだなーって」

「ふふっ。ありがとね。優しいって言われたのあんまりないかも」

「そうなのか? じゃあ普段なんて言われてるんだ?」

「うーん……天然?」

「あははっ、こりゃまた直球だな。市ヶ谷さんとかに言われたり?」

「当たり。昨日も有咲に言われたかな。『天然すぎてほんとついていけねえー!』って」

 

 

 それを聞いて、頭を抱えながら悶絶している市ヶ谷さんが思い浮かぶ。

 

 

「なんか想像できるわ。そん時ってもしかしたら、香澄と一緒に居たんじゃない?」

「すごい。正解だよ。さてはエスパー?」

「どうだろ? 実は魔術師だったり?」

「貴嗣が魔術師……ウォーロック・タカツグだね」

「おお。なんかそれっぽい」

 

 

 不思議なことに、俺はおたえのノリに順応しつつあった。確かに時折とんでもない発言が出てくるが、思い切ってそれにノッてみるとこれがかなり面白い。長時間一緒にいるのに加え、ウサギを愛でるという感動を共有しているためか、俺はおたえとの会話を楽しく思うようになってきた。

 

 

「私、貴嗣と話すの楽しいよ」

「そうか。それは嬉しいな」

「ちゃんと話最後まで聞いてくれるし、反応してくれるから、つい話しちゃう。貴嗣って聞き上手だよね。ポイント高いよ」

「ポイント?」

「うん。女の子からモテるポイント。女の子は話するの好きだから、聞き上手な人といると楽しいんだ」

「ほうほう。それがモテるポイントとな」

「そう。あと私的にポイント高いのは、動物好きかな。私は動物好きな人が好き」

「……そっか。ありがとな」

 

 

 今日おたえと過ごして1つ分かったことがある。それは、おたえという女の子は気持ちをストレートに表現するということだ。好きなものは好き。ごまかすことも、遠回しな表現を使うことなく、思ったことをそのまま相手に伝える。

 

 かといって空気が読めないのかというとそうではない。むしろ相手のことをしっかり見て、言って良いことと、そうでないことの区別はしっかりつけている。

 

 自分をしっかり持ちつつ相手のことを考えられる、素敵な子だ。

 

 

「素敵だな」

「素敵?」

「ああ。おたえは素敵な女の子だよ」

「素敵……。良いね。素敵って言われたのは初めて」

「いい言葉だろ?」

「うん。やっぱり貴嗣と話すの楽しい。――貴嗣、いつ帰る?」

 

 

 ウサギを撫でながら、おたえは俺に聞いてきた。腕時計を見て、今何時かを確認する。

 

 

「そうだなあ~……今4時前だから、夕方の5時くらいには帰ろうかな」

「そっか。よかった」

「?」

 

 

 俺がそう答えると、おたえは優しく微笑んだ。

 

 

「もうちょっと、お話しよ?」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ウサギたちと触れ合って、おたえと一杯話せた今日。あの後おたえが「そうだ、今度一緒にギターの練習しようよ」と誘ってくれたので、その日程を決めて今日はお開きとなった。

 

 最初は花園ワールドに振り回されたが、今となってはもう慣れたし、むしろ楽しい。両生類が爬虫類に進化する際に鱗を手に入れ、陸地の乾燥という環境に適応したように、俺もこの空間にある程度適応できたようだ。

 

 

「本日はありがとうございました」

「こちらこそ。またいつでも来てね」

「はい。ありがとうございます」

 

 

 おたえのお母さんに挨拶をする。ここだけ見ると、普通のお母さんなのが驚きだ。若いし綺麗だしでビックリした。あれで母はずるいと思う。

 

 

「貴嗣。見送っていくよ」

「いいのか? ありがとう」

 

 

 

 

 

 靴を履き、おたえと一緒に家の前まで行く。来るときも思ったが、最近ちょっと暑くなってきた。

 

 

「今日は誘ってくれてありがとう。すっごい楽しかったよ」

「こちらこそ。また遊びにきてね」

「そうさせてもらうよ。次は一緒に練習だな。――じゃあ、また学校で」

「うん。またね。――あっ、貴嗣。ちょっと待って」

 

 

 帰ろうとしたところを、おたえに呼び止められる。

 

 

「? どうし――」

 

 

 言い終わる前に、おたえの顔が俺の耳元に来た。

 

 

 

 

 

「素敵な子って言ってくれてありがとう。すごくうれしかった。貴嗣のそういうところ、好きだよ」(耳元ウィスパーボイス)

「……!?」

 

 

 ストレートな感謝と好意。

 

 もちろん友情の類ではあるが、不意打ちで、かつ弱点である耳元で囁かれたことで、一気に血流が早くなった。

 

 

 

 そしてなにより――

 

 

 

 

 

「……///」

 

 

 

 

 

 手を後ろに回して、顔を少し赤らめているおたえが、とても可愛かった。

 

 

 美少女の照れ顔は、やっぱりずるい。

 

 

 

 

「お、おたえ……?///」

「……ふふっ///」

 

 

 

 スッと離れ、正面に立つおたえ。

 

 そして身長差から来る、反則レベルの上目遣いで俺を見つめながらこう言った。

 

 

 

「バイバイ貴嗣。また明日」

 




 読んでいただき、ありがとうございました。おたえのお話でした。

 昨日は投稿ができなかったのですが、それでも色んな方がアクセスしてくれて、とても嬉しい気持ちになりました。本当に励みになります!

 さて、残すところ、まだ書いていないポピパのメンバーは有咲とりみになりました。次はどちらの話なのか、楽しみにしていただけると嬉しいです。

 それではまた次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 趣味が合うと距離一気に近づくやつ

 UAが目標である5000まであとちょっとというところまで来ました! いつも読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます! 目標が達成できるように頑張ります!

 お気に入り登録も増えていて嬉しいです……! 登録してくれた皆様、ありがとうございます!

 今回はりみ編です。映画好きの方にとっては、ちょっとニヤリとできる部分があるかも……? それではどうぞ!


 

 

「ふむふむ……おっ、このホラー映画もうレンタルしてたのか。どれどれ~」

 

 

 レンタルDVDのパッケージの裏を見て、ストーリーはもちろん、監督や出演してる俳優女優さんもくまなくチェックする。ホラー映画の場合はそれらに加えて美術スタッフの欄も見る。映画の中に出てくる異形達のビジュアルを現実世界に召喚するのは、彼らの手腕があってこそだ。

 

 

 有名なクリエイター達に尊敬の念を込めて「○○の魔術師」というあだ名がつけられることもあるが、恐らくそれは正しい。

 ゾンビや狼男、吸血鬼や宇宙人。今まで無数のキャラクターが誕生してきたが、常人の発想では作れないものばかりだ。やはり彼らは発想力・想像力において頭一つ抜けているのだろう、まさしく魔術師だ。

 

 

「(やっぱレンタルショップ最高やで)」

 

 

 父の影響で幼い頃から映画……特に洋画が好きな僕は、今みたいに頻繁に映画を借りてくる。毎週必ず観ると決めており、何ならさっきまで映画館でホラー映画を見ていたところだ。

 

 

 読書好きにとっての本屋さんがそうであるように、レンタルショップは映画好きにとっての楽園(エデン)であろう。どれを借りようかと悩むのすら至福のひと時である。

 

 

「……あれ?」

 

 

 DVDのケースに手を伸ばしていたところで、聞き覚えのある声が聞こえた。その優しそうな声がした方を向くと、黒髪のボブヘアが印象的なあの子が、俺のすぐ近くにいた。

 

 

「ありゃ、牛込さんだ。お疲れー」

「お疲れ様。山城君も映画借りに来たの?」

「そうそう。そろそろ暑くなってくるし、この辺りでホラー映画を数本ね」

 

 

 ポピパのベーシストである牛込さんもレンタルショップに来ていたようだ。彼女の手にはいくつかのDVDがある。

 

 彼女が持っているDVDをよく見ると……非常に見覚えのあるタイトルのものだった。

 

 

「牛込さん、リ〇グ借りるの?」

「うん。すっごい怖いってネットで見てね……って、山城君もリン〇知ってるの?」

「もちのろんだよ。映画好きとして、その作品は欠かせない」

 

 

 子どもの頃にこの映画のパッケージ見て、怖すぎて寝れなくなったっけな……。

 

 

「そうなんだ。山城君は映画好きなんだね。よく観るの?」

「うん。必ず毎週1本は観るよ。今日も……ほら」

 

 

 そう言いながら、俺も借りる予定のDVDを牛込さんに見せる。

 

 

「わあ、本当だ……。いっぱい借りるんだね。えっと……遊星からの〇体X……?」

「ああこれ? これはすごいよ? 宇宙から来た生命体があらゆるものに擬態して、南極の基地っていう閉鎖空間で人々を襲うって映画。これは1982年版だね。とにかく宇宙生命体のデザインが最高なんだよ」

 

 

 まじでこの映画はすごい。いやすごいって言葉じゃ表せない。閉鎖空間で仲間に擬態する怪物、そしてそこから来る人間不信とストレス描写……この緊迫感がたまらない。

 

 CG技術が発達していなかった時代の怪物の精巧なデザインも、見逃せないポイントだ。クリーチャー造形を担ったロブ・ボッ〇ィン氏の才能には舌を巻くばかりだ。

 

 

 ……あっ、やっちまった。

 

 

「ああ、ごめん牛込さん……つい熱く語っちまった……」

「ううん。大丈夫だよ。本当に映画好きなんだね。今の話すごくおもしろかったよ」

 

 

 牛込さんはそう言ってニコっと笑ってくれる。前から思ってはいたが、本当に優しい子だ。

 

 

「そういえば、山城君は今やってる『ライブハウスの呪い』観た?」

「あっ、それ今さっき見てきたところだよ」

「え!? ほんと!? 実は私もさっき観てたんだ!」

 

 

 なんと。こんな偶然ってあるんだね。

 

 

 「ライブハウスの呪い」っていうのは、最近公開したホラー映画だ。おそらくガールズバンドの流行に乗っかったのだろう。

 

 主人公たちがバンドを結成し、練習にとあるライブハウスに行くのだが、実はそこは過去にとある事件があって……という、まあよくある設定だ。

 

 

「まじか。気づかなかったよ。……そうだ。牛込さん、この後時間ある?」

「うん。あるけど、どうしたの?」

「折角お互い映画観終わった後だしさ、下の階のス〇バで感想言い合うってのはどう?

「あっ……うん……! 私も誰かとあの映画について話したいと思ってたんだ」

「そりゃナイスタイミングだね。じゃあ早速行こうか」

「うん!」

 

 

 そんなわけで、共に映画に対する愛を語り合うべく、俺達はスタ〇に行くことになった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 休日の〇タバは本当に人が多い。あんまり長時間立ちっぱなしで待たせるのは悪いので他の店も提案したが、牛込さんはここの新作が飲みたかったらしく、映画の話をしながら待つことにした。

 

 そして待つこと15分、注文した商品が完成し、やっと店の中で座れたというところだ。

 

 

「――そうそう、あそこのカメラワークは上手だったよな。出てくるって分かってるんだけど、うまーく登場人物の影に隠してるから、どこから来るのか身構えちゃうんだよな」

「うん! それに、あのシーンでbgmが止まるのもよかったよね! 一気に緊張感が上がってこう……息が詰まる感じがリアルだったよね」

「間違いない。映画の登場人物が息止めるとさ、見てるこっちも息止めちゃうよな」

 

 

 一緒に新作のストロベリーフラペチーノを味わいながら、今日見た映画の話をする。いつもの穏やかな雰囲気と打って変わって、自分の意見や感想を熱く語ってくれる牛込さんに、いい意味でまた違った印象を受ける。

 

 

「そういえば、あの映画って元ネタがあるんだって」

「ん? 元ネタ?」

「うん。映画のロケ地がね、実際にある大阪のライブハウスらしいんだ。そのライブハウスに昔からあった幽霊が出るっていう噂が、今日の映画の元ネタなんだって」

「そうなのか。……でも幽霊が出るってなったら、あんまり人が来なくなりそうな気が……それ風評被害なんじゃ?」

「それがね、逆にそのライブハウスを利用する人が増えてるらしいんだ。映画のおかげで知名度が上がったし、怖いもの見たさで来るお客さんが来るって、SNSに載ってるの」

「マジかよ……。あっ、ほんとだ。しかもここ俺知ってるわ。昔友達と大阪に遊びに行ったときに見たことある」

 

 

 調べてみると牛込さんの言う通り、結構な量のネットの記事がある。

 

 俺達がホラー映画を見たいと思うように、怖い噂であっても、やはり惹かれるところがあるのだろう。映画の影響で観光客や利用客が増えたという現象は、以前上映されていた犬〇村を思い出す。

 

 

「山城君、和歌山出身だもんね。大阪とかにはよく行ったの?」

「うん。位置的にも隣接してるし、遊びに行くってなると、よく大阪に行ってたかな」

「そうなんだ。でも標準語上手だよね。関西弁話してるところみたことないかも」

「関西弁というか、和歌山弁かな? 結構気を付けてるけど、たまに出るよ?」

「ふふっ。私も関西出身だから、別に無理しなくていいよ」

「そう? じゃあお言葉に甘えて……」

 

 

 確か牛込さんも関西出身なんだっけか。沙綾から聞いたが、興奮するとつい関西弁が出るらしい。

 

 

 

 

 

 話は逸れるが、この前大河と昼食を食べてた時に、2人で「方言萌え」なるものについて熱く議論を交わしたところだ。大河が言うには、関西弁のギャップも来るものがあるらしい。

 

 自分が関西出身なので、大河の感覚にはあまり共感できなかったのだが、普段標準語を話している人が急に関西弁を話すとなると……また違うのではと今思い始めた。

 

 

「(牛込さんが関西弁を話すと、やっぱりグッとくるものがあるのだろうか……)」

 

 

 我が同士大河よ。今日は水泳の練習に精を出している大河よ。

 

 

 今ここで、お主が立てた仮説を検証するとしよう……。

 

 

「方言出るかもしれへんけど、そん時は許してな?」

「ふふっ、ええよ。……山城君の関西弁、なんかええな」

 

 

 待ってこれめっちゃ可愛いかもしれやん。

 

 

「牛込さんの関西弁もええな。新鮮やわ」

「ほんま? えへへ……なんか嬉しいわ~」

 

 

 関西弁ってこんな可愛かったんか……。

 

 

「なんか関西弁言うたの久しぶりやわ。イギリスじゃもちろん使うことないし」

「中学3年間イギリスにおったんよな? ほんますごいな~」

「ありがとう。最初は苦労ばっかりやったけど」

「英語って難しいもんな。……そうや、なんでイギリスに行こうって思ったん?」

 

 

 まじで関西弁牛込さんギャップがすごい。

 

 大河、お前は天才やったんやな……。

 

 

「色々理由はあるけど……今日の話題で言うたら、英語を勉強したかったってのが1つやな。子どもの頃から映画好きやったし」

「そうなんや。……でも、怖くなかったん?」

「そりゃあ怖かったで? でもそこは勇気出して一歩前に、ね?」

 

 

 勿論行く前にしっかり英語を勉強したが、実際に話したり使うとなると、途端に難しくなる。本当に周りの友達とか家族に助けてもらった。

 

 

「すごいな~……うちはどうしても怖くなっちゃうことが多いから……」

「それが普通なんちゃう?」

「そうやけど……。うち、最初香澄ちゃんに誘われたとき、断っちゃったんよ。引っ込み思案なのを変えたいって思ってたけど、やっぱり怖くなっちゃって……」

 

 

 1回断ったのは知らなかった。

 だが無理もないと思う。香澄にも言ったが、新しいことに挑戦するというのは、言うのは簡単だけど本当に怖い。牛込さんのように、自分を変えようとしていたなら尚更だ。

 

 

「でも、牛込さんは今バンドやってるやん。それでええやん」

 

「……ほんまに?」

 

「うん。大きく飛ぶためには、まず助走がいるやろ? それと一緒で、一回断ったっていう助走があったからこそ、今バンド活動ができてるってことなんちゃうんかな」

 

「……!!」

 

 

「バンド活動をしてるしていないに関わらず、俺からしたら、自分を変えたいって思うだけでもすごいことやと思うで?」

 

「思うだけでも……すごい……?」

 

 

「まあ俺が楽観的過ぎるのかもしれやんけど、何事も良いように捉えようや。そのほうが楽しいやろうしさ。ポジティブシンキングってやつよ」

 

 

 俺からすれば牛込さんは十分立派だと思うし、これから色んなことを経験して、自信をつけていってほしい。自分を変えたいと思い、しかも行動に移せている牛込さんは、お世辞とかではなく本当にすごいと思う。

 

 

「……なんか山城君って、香澄ちゃんと似てるなあ」

「香澄と?」

「うん。ポジティブなところが特に」

「ポジティブに考えるのは意識してるで。……香澄の場合は無意識やろうけど」

「そうやね。……ありがとう。めっちゃ元気でたで」

「ふふっ……そっか。どういたしまして。さあ、そろそろまた混んできたし、出よか」

「うん! そうやね」

 

 

 注文もしないで長居するのは、他の人に迷惑だ。

 

 しっかりとゴミを片付けてから俺達は店を後にした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 カア、カアとカラスの鳴き声が橙色の空に響く。いつ見ても夕方の空は美しい。

 

 今俺は牛込さんを家まで送っている。あの後牛込さんは夕食の食材を買いに行ったのだが、これが結構重くなってしまい、家の方向も大体同じなので、家まで荷物を持つことにした。

 

 

「一緒に運んでくれてほんまにありがとね」

「全然大丈夫。これくらいどうってことない」

 

 

 1人だと両手いっぱいになる量の荷物を持たせたまま自分だけ帰るっていうのは……俺には厳しい。

 

 

「……やっぱり優しいなあ。香澄ちゃんの言う通りやね。香澄ちゃん、最近ずっと山城君のこと話してるんやで」

「へえ~まじか。ちなみにどんなこと言ってるん?」

「えっと……『貴嗣くん今何してるのかな~?』とか『貴嗣くんに今日の練習成果報告しよ!』とか『貴嗣くんとお話したいな~……そうだ! 今から電話しよ!』とか」

「……この前の突電はそれか……」

 

 

 最近香澄から写真が送られて来たり、急に電話かかって来たりするのはそれか。この前バイト中に電話かかってきてびっくりしたんだよなあ。後でちゃんと掛け直したけど。

 

 

「香澄ちゃんの話におたえちゃんも乗ってきて、練習から逸れて有咲ちゃんに怒られるっていうのが、最近は多いんちゃうんかな?」

「……申し訳ないっす」

 

 

 市ヶ谷さんが息してなさそう。また会ったときに謝ろう……。

 

 

「でもね、なんか面白いんよ。ポピパの練習やのに『貴嗣~貴嗣~』って、山城君の名前がいっぱい出てくるの」

「……練習の邪魔になってへんかな?」

「うん。大丈夫。皆楽しそうやで」

 

 

 自分の知らない所で自分の名前を連呼されている光景を想像すると、何とも不思議な感覚になる。一体どんな話をしているのだろうか?

 

 

「……そういえば、皆から下の名前で呼んでもらえること多くなった気がする」

「確かに。クラスの皆も貴嗣君って呼ぶ子増えたよね?」

「言われてみれば確かに」

 

 

 文化祭が終わってから色んな人との距離が近くなったことと、ライブで名前を知ってもらったことで、色んな人から下の名前で呼んでもらえることが多くなった。

 

 

 そういえば牛込さんからはまだ山城君呼びか。今日はいっぱい話したし、仲良くなれた……はず。

 

 仲良くしてくれている人にはやっぱり下の名前で呼んでほしいし、頼んでみよう。

 

 

「牛込さんもさ、俺のこと名前で呼んでくれへん?」

「えっ……? ええん?」

「うん。友達には、やっぱ下の名前で呼んでもらいたいしさ」

「そ、そう? じゃあ……」

 

 

 食材が入った手提げ袋の持ち手を、小さな手でモジモジと触る牛込さん。

 

 しばしの沈黙の後、牛込さんは意を決したのか、顔を赤くしながら口を開いた。

 

 

「た、貴嗣君……///」

 

 

 恥ずかしそうにしながらニコッと笑う牛込さん。その可愛らしい甘い声でとろけそうになる。

 

 

「ありがとう。じゃあ俺も下の名前で呼んでええかな?」

「うん……お、お願いします……///」

「じゃあ……りみ」

「えへへ……/// やっぱちょっと照れるなあ///」

 

 

 大河、この前関西弁はあんまり萌えないって言ってごめん。めっちゃ可愛いです。 

 

 

「ほら、りみ。着いたよ」

「ほんとだ。貴嗣君、荷物ありがとうね」

「どういたしまして。さあ、これで美味しい夕食食べてね」

「うん……! それじゃあ、また明日ね」

「おう。また明日」

 

 

 笑顔のりみに見送られながら、俺は自分の家へと向かった。

 

 

 さてと、L〇NEを起動してっと――

 

 

 

 

 

山城貴嗣〈大河水泳おつかれい〉

    〈今日の夜時間ある?〉

 

タイガ〈あざっす!〉

   〈あるぞー。どしたー?〉

 

山城貴嗣〈この前言ってた関西弁は萌えるっての、今日理解できた〉

    〈この感動が冷めないうちに議論を深めたい〉

 

タイガ〈兄弟よ、やはりお前なら分かってくれると思っていたぞ〉

タイガ〈よし 今日も方言萌えについて、議論を重ねようじゃないか〉

 

 

 

 

 

 こんなしょうもないことを真面目に語り合える友人がいて本当に良かったと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

「りみ、おかえり~」

「あっ、お姉ちゃん! ただいま~!」

「わあっ、荷物いっぱいだね。重かったでしょ?」

「ううん、大丈夫だったよ。友達に手伝ってもらったから」

「……貴嗣君に?」

「……えっ!? お姉ちゃん、なんで……!?」

「実は窓開けてたから話声が聞こえてね~。ずっと見てました!」

「えっ……えーっ!?」

「ふふっ、お互い名前呼びだなんて……いつの間にあんなに仲良くなってたのかな~?」

「ううっ……///」

「あっ、実はもう付き合ってるとか?」

「つ、付きっ……!?/// ちゃうよ!! 付き合ってへんよ!!」

「その割には顔真っ赤だよ~?」

「ううっ……/// ほ、ほんまにちゃうからぁ~!///」

 




 ありがとうございました。りみのお話でした。映画の話は作者の趣味100%なので、あんまり気にしないでください……(元々映画好きでニヤリとできたって読者様がいれば嬉しいなーなんて)

 次は有咲とのエピソードです。その後は主人公のバンドのかる~い話をいくつか挟んでから、次のバンドとのストーリーを書かせていただきます。

 それではまた次回お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 初めて異性にメッセージを送るときの緊張感は異常


 皆様のおかげで、UAが第一目標である5000を突破いたしました!(3/10時点) ありがとうございます!

 新たにお気に入り登録をしてくださった皆様、そして新たに☆9評価をしてくださった一般庶民ガガガ様、roxz様、せもた様、トワイラ様、本当にありがとうございます!!(感涙)

 おまたせしました。ポピパメンバーのエピソードのラスト、有咲編です。それではどうぞ!


 練習が終わりもう夜。ギターがケースの中の緩衝材と擦れる音が聞こえる。

 

 今日はポピパの練習に参加させてもらった。他の皆は少し前に帰ったのだが、俺はなぜかもう少し練習したくなり、市ヶ谷さんにお願いして今まで部屋を貸してもらった。本当にありがたい。

 

 

 アコギをケースに入れていざ帰ろうと思ったその瞬間、とある雑誌が目に入った。

 

 

「……月間盆栽??」

「? 山城君、どうかした?」

「ああ、いや。この月間盆栽って、市ヶ谷さんの?」

「ああそれ。そうだけど……それがどうかした?」

 

 

 元来俺には好奇心旺盛な部分がある。知らないものや経験したことがないものを見ると、とにかく触れてみたくなる。

 

 

「よかったら、少し読んでもいいかな?」

「えっ……山城君、盆栽興味あんの?」

「うん。実は初めてここに来た時から興味はあったんだ。なんでか分からないんだけど、ここの庭の盆栽が綺麗に見えてさ」

「!? へ、へえ……そうなんだ……トネガワ達のこと綺麗って言ってくれた……

 

 

 一瞬驚いた後、小声で独り言をつぶやき始めた市ヶ谷さん。トネガワとは盆栽の名前だろうか。

 

 

「……な、なあ……」

「?」

「盆栽に興味があるんならさ……もしよかったら、その……色々教えてあげようか?  盆栽について」

「本当に? じゃあ教えてもらってもいいかな」

「……! ああ……! えっと、じゃあ、そこにある一番新しいのを持ってきてくれる?」

 

 

 市ヶ谷さんの顔はみるみるうちに嬉しそうなものに変わった。まるで同じ趣味を持つ同士を見つけたもののようなそれは、映画好きな俺にとっては馴染みのあるものであった。

 

 フカフカのソファに座り、雑誌を一緒に見ながら1つ1つの作品の解説をしてもらう。盆栽の種類から管理に必要な道具、枝の切り方等々……。市ヶ谷さんがとても楽しそうに話してくれるので、こっちも楽しくなってしまう。

 

 

「有咲? そろそろご飯……って、あら、まだお客さんがいたのかい?」

「あっ、ばあちゃん」

「ああ、すみませんおばあ様。……って、もうこんな時間か」

 

 

 話が盛り上がったおかげか、かなりの時間が経っていたようだ。そろそろ帰らないと迷惑だ。

 

 

「確か君は……山城君だったかな? 有咲と仲良くしてくれてありがとうね」

「いえいえ。こちらこそ、いつも市ヶ谷さんにはお世話になってるので。――っと、すみません。そろそろ帰りますね」

 

 

 ソファのクッションの皺をしっかりと元通りにしてから、市ヶ谷さんを見て感謝の気持ちを伝える。

 

 

「今日はありがとう。盆栽の話すっごい面白かった。また教えてね」

「あ、ああ。こちらこそありがとう……。じゃ、じゃあな」

 

 

 結構長い間喋ってしまった。うちで真優貴と母さんが待っている。さっき連絡入れといたから大丈夫だろうけど、あんまり心配はかけたくない。急いで帰ろう。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 夜11時、夕食も食べてお風呂にも入った。あと出来ることがあるなら勉強だろうか。だが明日の分の宿題はとっくの昔に終わらせたし、別に今日の授業の復習とか明日の予習とかをする習慣は私にはない。だから普通ならとっくに寝ている時間だ。

 

 

 だが今日は違った。

 

 

 私は今、高校生活史上最大の問題に直面している……といっても、入学してから数カ月しか経っていないけど。

 

 

 手に持った携帯には「山城貴嗣」の名前、そしてトーク画面だ。ここでやることといえば1つしかないだろう。

 

 

 そう、メッセージ送信だ。普通の事だ。別に見ず知らずの誰かに送るわけじゃない。なんの問題もない。

 

 

 そのはずなのに――

 

 

 

 

 

「(うぅ……ど、どうやって誘えばいいのかわかんねえ……!)」

 

 

 

 

 

 事の発端は今日の昼休憩までさかのぼる。Silver Liningのキーボード担当の高野花蓮ちゃんと一緒に、お昼ご飯を食べていた時のことだ。

 

 

 

『――うんうん。つまり、貴嗣君と仲良くなるにはどうすればいいのか、ってことだよね』

『そ、そうです……』

『うーん、いろいろやり方はあるけど……貴嗣君は盆栽に興味持ってくれてるんだよね?』

『そ、そう! その通り!』

『じゃあ、何か盆栽関連のイベントとかない?』

『イベント……あっ! そういえば、今週末から盆栽フェスティバルがある……!』

『じゃあ決まりだね。有咲ちゃんから貴嗣君を誘って、一緒にそのイベントに行くっていうのが一番現実的だね』

『さ、誘う……!?/// で、でも、もし断られたりしたら……』

『それは大丈夫。貴嗣君の好奇心、舐めたらだめだよ? 絶対一緒に行ってくれるよ』

 

 

 

 という経緯である。

 

 

 そう、誘うだけである。それだけなのに、こんなに文章を考えなければいけないとは予想も出来なかった。ライブに出た時よりも緊張しているとはいかがなものか。

 

 

 だがこのままでは埒が明かない。私はネットで「遊び 誘い方 男子」と検索し、使えそうなものをピックアップした。

 

 

 調べてみると画面一杯に「デート」や「恋愛」といったワードが出てくるのを見て、顔がカアッと熱くなるのを感じる。自分が今からすることは「デート」の誘いに他ならないのだと、嫌でも実感させられる。

 

 

 

 Arisa〈お疲れ様! 市ヶ谷です いきなりごめんね 今週末から盆栽フェスティバルっていうのがあるんだけど、よかったら一緒に行かない?〉

 

 

 

 意を決して送信ボタンを押し、画面に文が表示される。

 

 結局シンプルな文章になってしまい、今までの考えた時間を返せと思ってしまう。

 

 何度も文章を見直してしまう。はあ、どうして知り合いを誘うのにここまで緊張しなければいけないのか、花蓮ちゃんだってああ言ってくれたんだし、大丈夫だ。

 

 

 そう安心した矢先だった。

 

 

「……ああっ! 『夜遅くごめんね』って打つの忘れてた! まずいまずい……! 今からでm……ってわわっ! も、もう既読ついた!?」

 

 

 時すでに遅し。後悔先に立たずとはこのことか。あたしの拙い文は、今彼に読まれてしまった。今頃彼は返信をするためにメッセージを打っているのだろうか。

 

 どんなメッセージが来るのか分からない。断られたらどうしようと思い、目をつむって顔を画面から遠ざけていたが、ピコンと、通知音が鳴った。

 

 恐る恐る見てみると――

 

 

 

山城貴嗣〈お疲れ様! 夜遅くごめんね!〉

    〈そんなのあるんやな! めっちゃ行きたい! いこいこ! 俺今週は日曜空いてるけど、市ヶ谷さんはどう?〉

 

 

 

 

「(よ……よかったあぁ~……!)」

 

 

 ほっと、胸をなでおろす。断られなくてよかったと安堵する一方で、文面だけではあるものの、彼があたしの提案に興味を持ってくれたことが嬉しかった。

 

 

 

 Arisa〈日曜日はあたしも空いてる! イベントは朝の10時からやってるんだけど、何時に集まる?〉

 

 山城貴嗣〈じゃあ11時はどう? 先にお昼どこかで食べて、ゆっくり見て回るっていうのはどう?〉

 

 Arisa〈それいいな! じゃあ、11時にあたしの家に集合でいいかな?〉

 

 山城貴嗣〈オッケーそうしよ! お昼どこに食べに行くかとかの細かいのは、また学校で決めようか!〉

     〈ごめん、話の途中やけどちょい眠たくなってきたから、また明日学校で話そう!おやすみー!〉

 

 Arisa〈わかった! また学校で決めよっか おやすみ!〉

 

 

 

 

 

 ……日曜日、楽しみだなあ……。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 家の前で待つこと15分。腕時計を何度も見直すが、まだ集合時間にはならない。

 

 さっきから自分でも分かるくらいソワソワしている。香澄なんかに見られたらからかわれること間違いなしだろう。絶対に見られたくない。

 

 あたりを見渡して、恐らく日本男子の平均よりも体が大きいであろう彼の姿を探す。待ち合わせが家の前でよかった。人が多くいる所でこんなにキョロキョロしていては、挙動不審に思われてしまう……そもそも私は人が集まる所は好きじゃないが。

 

 

 時計が10時50分になろうとした時に、遠くの方に山城君の姿が見えた。

 

 彼はこちらを見つけた瞬間、小走りで向かってきた。

 

 それと同時に、私の心拍数が一気に上がった。これから彼と2人で出かけるのだと考えると、緊張が半端ではなかった。

 

 

「ごめん市ヶ谷さん! 待たせちゃったかな?」

「う、ううん……! 今家から出てきたばっかりだから、大丈夫……!」

 

 

 白のTシャツの上に青の七分袖のカジュアルシャツを羽織り、黒のスキニーパンツを着ている彼は、普段の制服姿とまた違った雰囲気を纏っている。

 

 清潔さとカジュアルさがいいバランスでマッチしており、青のシャツは彼の真面目で落ち着いている性格をよく表している。

 

 そして一番の違いは髪型だろう。ワックスで髪を上げているのだが、文化祭の時のように、少しオールバック気味である。優しさの中にある力強さ、といえばいいだろうか。普段の彼には無い雰囲気に、少し胸が高なるのが分かる。

 

 

「(全身見られてる……) じゃあ、ちょっと早いけど、お昼食べに行こっか」

「あ、ああ……! うん。わかった」

 

 

 彼の声で現実に引き戻され、私は山城君とイベント会場に向かうことになった。

 

 

 

 

 

「市ヶ谷さん、服似合ってるね」

「なっ!? きゅ、急になんだよ!?」

「思ってること言っただけだよ。黒とか紫とかの落ち着いた色似合うと思うよ」

「べ、別にそんなに褒められても嬉しくなんか……///」

「顔は赤くなってるけどな~」

「う、うるせー!! 赤くなってなんかねーし!!///」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 昼食にイタリアンをいただいた後、俺達は盆栽フェスティバルなるものの会場に来ていた。

 

 結構会場は大きく、休みの日だからか、予想よりもお客さんの数が多い。俺が知らないだけで、実は盆栽ブームみたいなのが来ていたりするのだろうか。

 

 さて、このイベントは色んな人に盆栽というものに触れてもらうことがメインの目標らしい。実際に有名な職人さんが生み出した作品がいくつか置いてあったりする。市ヶ谷さんによると、普段はまずお目にかかれないくらいのすごい作品らしい。

 

 受付で名前と年齢、携帯番号等の必要事項を書き込み、入場券をもらう。

 

 

「おまたせー。はい、入場券だよ」

「お、おう。ありがと……」

「(やっぱりまだ緊張しとるな)」

 

 

 無理もないだろう。傍から見ればデートだし、それで変に意識しちゃって緊張しているのだろうか? 家の前で集合した時よりも大分マシにはなったが、それでもまだ気を張っているみたいだ。

 

 俺としてもやっぱ楽しんでほしいし、ここらでアクション起こさないとだな。

 

 

「市ヶ谷さん、最初にこの職人さんの作品が展示されてるブース行ってもいいかな?」

「えっ……いいの?」

「もちろん。この前行きたいって言ってたからさ。作品のどこが凄いのか、この前みたいに教えてもらってもいい?」

「あっ……お、おう! いいぞ……! あたしが隅から隅まで解説するよ!」

「あはは。お願いしますね、先生?」

 

 

 よかった。ちょっと緊張ほぐれたみたいだ

 

 少し笑顔になってる市ヶ谷さんを見て一安心。彼女の好きな盆栽の話なら得意だろうし、これなら話題に困らないし、彼女が話の主導権を握れる。市ヶ谷さんが自分の好きな話ができて、俺は面白い話を聞ける。win-winというやつだ。

 

 

 さあ、イベントを楽しもう。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 会場に入ってからの市ヶ谷さんは、まるで水を得た魚のように活き活きとして、俺に盆栽の話をしてくれた。

 

 

「ふーむ……やっぱり綺麗だな……」

「だよな! やっぱ山城君もそう思う?」

「うん。なんでか分からないけどね。これは……やっぱり綺麗に見える切り方とかあるの?」

「そうなんだよ。人の感性に頼るところもあるけど、美しく見せるための枝の切り方ってのはあるんだ。例えば――」

 

 

 職人さんが手掛けた作品について解説してもらったり

 

 

 

「あっ、これは分かるぞ。小枝切鋏と……さつき鋏だっけ」

「へえ~すごいじゃん! よく知ってるな」

「ちょっと勉強してきたんだ。……あっ、でもこれ知らないや」

「これは幹割っていうんだ。盆栽の幹をこれで割って、曲げてから針金を巻くんだ」

「なるほど……曲げるって発想すげえなあ」

 

 

 展示されている道具について勉強したり

 

 

 

「ぼ、盆栽って平安時代からあるのか……」

「そうそう。でも武士達の趣味として広まったのは鎌倉z……わっ!?」

「おっとと。大丈夫市ヶ谷さん?」

 

 

 ス、スイマセンー!

 

 

「ああいえ、大丈夫ですよ~! 人一杯なんでぶつかりやすいですもんね。……市ヶ谷さん、ケガしてない?」

「へっ……あ、ああ! うん……///(ち、近い……!)」

 

 

 他のお客さんとぶつかってしまいこけそうになった市ヶ谷さんを、正面から受けとめたり(?)

 

 やばいめっちゃ柔らk……ゲフンゲフン!!

 

 

 

「……よし、これで……できた! よし、完成だ!」

「おおっ! なかなかいい感じにできたんじゃね?」

「だね。市ヶ谷さんのおかげだ。教えてくれてありがとう」

「わ、私は……別に大したことしてねえし……///」

 

 

 体験コーナーで市ヶ谷さんや職人さんに教えてもらいながらマイ盆栽にチャレンジしたり。やった、これで部屋に欲しかったインテリア増えた。

 

 

 

 

 

「さあ、そろそろ帰ろっか」

「ああ。そうだな」

 

 

 滅茶苦茶盆栽の知識が増えた一日でした。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「はあ~……自分で言うのもなんだけど、やっぱ綺麗だなあ……」

 

 

 隣を歩いている男子はそう言って、さっきのイベントで作った盆栽を眺めている。慈愛に満ちた目……といったら大袈裟かもだけど、それくらい優しい目で盆栽を見ている。

 

 私はそんな彼を見て、この楽しい時間はあとちょっとで終わってしまうのだと思うと、いつものバンド仲間が帰るそれとはまた別の寂しさを感じてしまう。

 

 

 

 最近うちのバンドメンバーは、皆山城君と仲良くなっている。

 

 香澄とおたえなんかは練習中に「会いたいから今から呼ぶ」なんて言い始めるし、りみとは映画の話で盛り上がってるし、沙綾とは……あれ、友達の距離じゃないよな? この前なんて隣に座ったかと思えばもっと近づいて、沙綾から肩くっつけてたし……。

 

 

「(……私も仲良くなりたいと思い始めたのは、丁度同じ時期だっけか……)」

 

 

 真面目で礼儀正しいし、そして何より常識がある。沙綾とりみはまだしも、香澄とおたえを同時に相手して、涼しい顔をしてられるのは彼だけだと思う。

 

 

 でもどうやったら仲良くなれるのかが、私には分からなかった。元々人と話すのが得意じゃないし、何よりも、素直に自分の気持ちを伝えるのが苦手だ。

 

 

 褒められても、感謝されても、素直に「ありがとう」って言えない。そんな私が、彼と仲良くなれるのかが分からなかった。

 

 

 でも違った。

 

 

「(……今日は楽しかったな……)」

 

 

 山城君本人には恥ずかしくて言えないけど、今日は本当に楽しかった。

 

 正直最初は緊張しまくってたし、一緒にご飯を食べてる時なんか味なんて分からなかった。その緊張がほぐれてきたのは、イベント会場に入ってからだろうか。

 

 決して地味な趣味だ、女の子らしくないとは言わず、全て笑顔で楽しそうに話を聞いてくれた。

 

 私が説明すると決まって「ありがとう」と言ってきた。恥ずかしくなって素直な返事をしなかったことがほとんどだけど、それでも嫌な顔1つせず頷いてくれた。

 

 

「(……そりゃあ色んな人から好かれるわけだ)」

 

 

 多分山城君が皆から慕われる理由って、相手の全てを受け入れて、認めるところなんだと思う。良いも悪いも含め、その人のすべてを受け入れる。同い年とは思えないほどの心の広さだ。

 

 

「そうだ、市ヶ谷さんってインス〇やってる?」

「えっ? ああ、一応やってるけど」

「市ヶ谷さんのアカウント、フォローしてもいいかな?」

「ああ。もちろん」

 

 

 携帯でアプリを開き、アカウントを彼に見せる。

 

 

「えーと、あったあった、“Arisa”っと」

「!?」

「ん? どうかした?」

「い、いきなり名前で呼ぶなよ……!? 恥ずかしいだろ!?」

「ああ、いや、アカウントの名前読んだだけなんだけど」

「っ!? う、うるせー!! び、びっくりするだろ……///

 

 

 ぐっ……冷静に反応されるの、なんか悔しい……!

 

 ああもう! なんかあたしだけ騒いでるみたいじゃんかよ!

 

 

「市ヶ谷さんは名前で呼ばれるの嫌?」

「は、はあ? べ、別に嫌ってわけじゃない、けど……

 

 

 絞り出したようなか細い声だったけど、彼にはバッチリ聞こえていたみたいだった。前から思ってたけど……山城君って耳良すぎじゃないか……? 

 

 

「じゃあこれから名前で呼んでもいい?」

「えっ!? い、いやっ!  そ、それは……ダメだ……!」

 

 

 ほら、またこうやって、思っていることと逆の反応をしてしまう。

 

 やってしまったと思っても、時すでに遅しだ。

 

 

「そっか~……。折角ポピパの皆と仲良くなれると思ったけど、市ヶ谷さんが嫌ならしょうがないか」

「ううっ……」

 

 

 卑怯な言い方だ。

 

 確かに他のメンバーとはお互い名前で呼び合っている。あたしだけ苗字で呼ばれるのは……なんか、嫌だ。

 

 

……んでいい

「え?」

「だから……な、名前で呼んでいいって言ってんの!! 仕方なくだからな! 仕方なく!

「……ふふっ。うん。分かった。ありがとうな、有咲」

「!?!?///」

 

 

 ほら、またこうやって笑顔で感謝してくる。

 

 ……こんなの、卑怯だ。

 

 

「ほら、もう家に着いたよ」

「……あっ」

 

 

 緊張しすぎて周りが見えていなかったみたいだ。気が付かない内に、私は家の前まで来ていた。

 

 

「じゃあ俺はこの辺で。今日は誘ってくれてありがとう」

「う、うん……こ、こちらこそ……///」

 

 

 その挨拶は、楽しかった時間が終わってしまうことを意味していた。

 

 

「あ、あのさ……山城君……」

「ん?」

「き、今日は……その……一緒に来てくれて……ありがと……///

 

 

 精一杯の力を出して、言葉を絞り出す。自分でも嫌になるくらい小さな声だったが、それでも彼は私の声を拾ってくれた。

 

 

「ああ。有咲と一緒に行けて、楽しかったよ」

「~~!!/// そ、そんな恥ずかしいこと……い、言うなよ……///」

「顔ニヤけてるぞ?」

「っ!? ニ、ニヤけてねー!!///」

 

 

 ああ、だから違うって。

 今私が言いたい言葉はそれじゃない。

 

 また一緒に遊びに行きたいって、彼に言わなきゃ。

 言わなきゃ、何にも伝わらない。

 

 

「(……うぅ……で、でも恥ずかしくて言えねえ……)」

「(……ふむ)」

 

 

 1人でモジモジ考えてたせいで、山城君がこちらをジーッと見つめて何かを考えていることに、私は気付かなかった。

 

 

「有咲」

「は、はいっ……!」

「またこういう機会があればさ、一緒に遊びに行かないか?」

「……!!」

 

 

 後から思ったんだけど、あの時の山城君は、多分私の気持ちを見抜いていたんだと思う。私が素直にお願いできないから、わざわざ彼の方から、また遊びたいって言ってくれたんだ。

 

 

「大丈夫。有咲の言葉で言ってくれたらいいよ」

「……っ!!」

 

 

 そう言う彼の顔はとても優しそうで。

 

 そのおかげで、私はスッと言葉を出すことができた。

 

 

「し、仕方ねえな……や、山城君が行きたいって言うんなら……い、一緒に行ってやらんでも……ない……///」

 

 

 今の言葉、私からすれば、素直さ半分、ツンツン半分くらい。

 

 でも、私にしては頑張った。

 

 その頑張ったご褒美なのか、彼は嬉しそうに答えてくれた。

 

 

「――ああ、ありがと」

 

 

 そう言った後、そろそろお邪魔するわと言ってから、彼はまた歩き始めた。

 

 

「じゃあまた学校でなー」

 

 

 その大きな背中に向かって、私は気づいたら彼の名前を呼んでいた。

 

 

「やま…………た、貴嗣……!!

「?」

「……また、今日みたいに……盆栽の話……聞いてくれないか……?///」

「――ああ。もちろん。また教えてくれ」

 

 

 素直じゃない私を受け入れてくれる、真面目で優しい男の子を見送って、私の楽しい1日は終わりを迎えた。

 





 有咲のお話でした。

 有咲って人気が高いキャラだと個人的には感じているので、結構気合入れて書いたつもりです……有咲推しの読者様、どうでしたでしょうか?(突然の投げかけ)

 次の更新なのですが、土曜日(3/13)になる予定です……申し訳ありません。それまでに更新できる場合は更新致します

 読んでいただきありがとうございました。それではまた次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話  Epilogue of Chapter 1

 
 Chapter1ラストでございます。

 ポピパ編でのメインヒロインとのちょっとしたお話。今までの話の流れで、多分誰かは想像がつく……かも?

 エピローグということで、今回は短いです。それではどうぞ!


 

 

 いつも通りの放課後。

 

 鞄に教科書を入れ、上着を羽織って、すれ違うクラスメイトにバイバーイと言ってから階段を下りる。

 

 1階に着き、靴箱から自分の革靴を取って、靴を履き替える。今日はバイトも無し、店の手伝いも無し、バンドの練習も無しなので、珍しく1人で帰る日だ。

 

 話し相手がいないことに少し寂しさを覚えながら靴を履き替えていると、後ろから馴染みのある声が聞こえた。

 

 

「貴嗣」

 

 

 振り向くと、鞄を持った沙綾が。どうやら沙綾も1人みたいだ。

 

 

「お疲れ沙綾。今日も店の手伝い?」

「ううん。今日は手伝いじゃないんだ。たまには休みなさいって、お母さんに言われちゃった」

 

 

 ちょっと困り顔の沙綾。今までずっと手伝いをしていたので、いきなり1日自由になると、何をしていいのか分からないという感じだった。

 

 

「貴嗣は? 今日は用事あるの?」

「いいや、沙綾と一緒。今日は何もない」

「そうなんだ! ……じゃあさ――」

 

 

 一歩こちらに近づいた沙綾は、俺の顔を覗き込んでこう言った。

 

 

 

 

 

「久しぶりに……一緒に帰ろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ♪」

「嬉しそうだな。何か良いことあった?」

「う~ん、あったって言うより……今起こってるよ♪」

「……ああ、そういうことね」

「うんっ、そういうこと♪」

 

 

 放課後。学校帰りの学生たちで賑わう町中を、俺と沙綾は一緒に歩く。

 

 隣を歩いている沙綾は、さっきからニコニコ顔だ。嬉しそうな彼女を見て、俺も同じ気持ちになる。

 

 

「なんか久しぶりだね。こうやって一緒に帰るの」

「だな。文化祭終わってから、今度は俺が忙しくなったからな~」

「結構バイトのシフト入ったんだよね? いつもお疲れ様」

「ありがと。沙綾にそう言ってもらえると、ちょっとは癒されるよ」

 

 

 感謝の意を込めてそう言ったのだが、沙綾の反応は、俺の予想とは違うものだった。

 

 

「ん~? “ちょっと”なの?」

 

 

 首をこちらに傾げ、少し悪戯っぽく笑いながらこちらを見てきた。

 

 だから俺もそれに応えるために……わざとらしく沙綾の目を見つめて言った。

 

 

「――“超”癒される!」

 

 

 数秒間、お互いをジーッと見つめ合う。

 

 

「……ふふっ……!」

「……っ……!」

 

「「あははっ!」」

 

 

 そして笑いが堪えられなくなり、2人とも同時に吹き出した。

 

 

「あははっ! ちょっと、“超”は言い過ぎだって~!」

「言い過ぎなもんか。本当に癒されたんだから、ありのままの気持ちを伝えただけだよ」

「ふふっ……! ……でも、貴嗣らしいかも。ありがとね、貴嗣」

「どういたしまして」

 

 

 文化祭の時は何度繰り返したか分からない「ありがとう」と「どういたしまして」のやり取りも、何故かとても久しぶりのように感じた。

 

 

「ふう~……こんなに思いっきり笑ったの、久しぶりかも」

「そっか。これからは今みたいに笑えること、増えると思うぞ」

「……うん。今なら……心からそう思える」

「おっ、いいねえ。良い感じにポジティブできてるじゃん」

「ほんとに?」

「おう。前の沙綾からは考えられないくらい、成長してると思う……って、上から目線で失礼か」

「そんなことないよ。前の私なら……今みたいに笑うのって、難しかったと思う」

 

 

 沙綾は昔を思い出しているのか、少し寂しそうな顔を見せる。でもすぐにその顔は、明るい笑顔に変わる。

 

 

「でも今は違う。なんだか毎日楽しいなーって思えるんだ。これも貴嗣が私の背中を押してくれたからだよ」

「……そっか。そんなに笑ってくれるなら、俺も嬉しいよ。俺にできることがあれば、遠慮なく言ってくれ」

「うん! ありがと! ……あっ、もうこんなところまで来てたんだ」

 

 

 気が付くと、向こうにやまぶきベーカリーが見えるところまで来ていた。

 

 

「ここを真っ直ぐ行けば私の家……」

「右に行けば駅……そして左に行けば――」

 

 

 

 

 

「「――繁華街」」

 

 

 声が重なる。お互いを見つめる。

 

 期待を込めたそのアクアマリンの瞳が、とても綺麗だった。

 

 

 

 

 

「――寄り道、するか」

「……! うんっ!」

 

 

 90度回転、ルート変更。

 

 楽しい気持ちに包まれて、俺と沙綾は高校生らしく、放課後の寄り道をすることにした。

 

 

「わおっ、やっぱこっちは繁華街への道だから人多いな。はぐれないようにしないと……」

「……」

「沙綾? ……ん?」

 

 

 沙綾は前を向いたまま、俺の手を優しく握ってきた。

 

 

「……はぐれないように……///」

「沙綾……」

「繁華街に着くまででいいから……いい?///」

 

 

 横目で俺を見ながら恥ずかしそうにそう言う沙綾は、とても可愛くて。

 

 その気持ちに応えるために、俺は沙綾の手を握り返し――軽く沙綾をこちらに引き寄せた。

 

 

「……!///」

「……もうちょっとこっちに寄った方がいい。はぐれたらマズいからな」

「……うん……///」

 

 

 沙綾の顔がさらに赤くなる。少し軽率すぎたかと思ったが、続く沙綾の言葉で、その考えは消え去った。

 

 

こんなのズルいよ……ドキドキしないわけないじゃん……///

 

 

 小声だが、はっきりと沙綾の言葉が入ってくる。

 

 その言葉を聞いて、俺も顔の温度が熱くなっていく。

 

 

「……貴嗣……顔赤いよ……?」

「……お互い様だろ? 仕掛けてきたのは沙綾だし……」

「……でも握り返してくれたのは貴嗣だよ?」

「……ああ。俺の負けだよ……」

「……ふふっ……♪ やった……///」

 

 

 楽しそうに笑う沙綾。

 

 

 恋人じゃない、でもただの友達かと言われるとまた違うような、不思議な距離感。そんな沙綾との距離感――関係性に、どこか幸せを感じている自分がいる。

 

 

 この感覚に身を任せてもいいのかと自問するが、それでこの子が笑ってくれるなら……今まで他人を優先するがあまり自分を蔑ろにしてしまい、辛くて悲しい思いをしてきた沙綾が笑ってくれるなら……

 

 

「(とりあえず今は、この心地よさに身を任せよう)」

 

 

 そう決めて、現実に意識を戻す。

 

 ふと、手をギュッと握られて、温かさが増すのを感じる。

 

 

「……このまま……繁華街まで連れて行ってくれる……?」

「もちろん。楽しい寄り道にしよう」

「えへへ……ありがとう、貴嗣……///」

 

 

 腕にかかる力が少しだけ大きくなる。

 

 沙綾がこちらに寄りかかってきたのを感じながら、俺達は繁華街へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 同時刻 とあるライブハウスにて――

 

 

「あぁ~……かっこいいなぁ~……」

 

 

「ひまりちゃん、最近ずっとあんな調子だね」

「スマホ見ながらうっとりして……あれだろ? 花咲川の例のバンドの特集見てるんだろ?」

「あの人達凄いよねー。美男美女揃いでしかも演奏がすっごく上手とか~……ちょっと反則だと思いまーす」

「……美男美女はともかく、あの演奏技術は……ずば抜けてる。参考にしたいけど、上手すぎてそれどころじゃない」

「うーん……何回もあのライブ映像見たけど、レベルが高すぎてね……」

「どうしたんだよ2人とも! ネガティブに考えないで、アタシ達はアタシ達のできることをしようぜ!」

「おぉ~トモちんかっこいい~」

「そ、そうだよねっ! 今の私達にできることを頑張ろう!」

「うん……じゃあそろそろ休憩終わりにしよう。ひまり、練習再開するよ」

 

 

「はぁ~……ギターボーカルの人……ほんとカッコいいなぁ……キリッとしてて、声も低くてイケボだし、優しそうな垂れ目だし……はぁ~……♡」

 

 

「……ひまり?」

「ひいっ!? ご、ごめんなさ~い!!」

「ひーちゃん、罰ゲームで後でジュース奢って~」

「えぇっ!?」

「まあまあ。流石にそれは可哀想だろ? とりあえず、練習しようぜ!」

「ありがとう巴~! それじゃあ皆! えい、えい、おー!」

 

 

「「「……」」」

 

 

「み、みんなひどいよ~! ちょっとくらいノッて~!!」

 

 

 

 

 【To Be Continued in Chapter 2】

 




 読んでいただき、ありがとうございました!

 Poppin'Party編のメインヒロインである沙綾とのお話でした。

 さて、次回からChapter 2に入ります。彼女達とどう関わっていくのか、楽しみにしていただけると嬉しいです。

 それではまた次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter 2 Afterglow
第17話 Phalaenopsis


 皆様のおかげで、お気に入り登録者数が100を突破いたしました! ありがとうございます! 本当に嬉しいです! これからも頑張って参ります!

 今回からAfterglow編です。タイトルは華やかで美しい花である「胡蝶蘭」の英語名です。胡蝶蘭の花言葉は……?

 それではどうぞ!


 

 以前と比べて日差しが強くなったなと思う今日この頃。外を歩いていると、半袖や生地の薄い服を着ている人がちらほら見られるようになってきた。

 

 小学校の頃、「夏は薄着になるから不審者に気を付けなさい」と先生によく言われたのを思い出す。あんな注意をされるのはどこも同じなのだろうかと、道行く人達を見て頭の片隅で考える。

 

 

「あ゛あ゛ぁ~……あっちぃ……」

「すげえ声出てるぞ……。貴嗣が暑いの苦手なんて意外だな。めちゃくちゃ運動してるのに」

「運動してる奴が全員暑いの大丈夫ってわけじゃないだろ? 雨降った後の晴れの日ってこう……湿度が高いせいか体がだるくてな……」

「あーな……それは分からんでもない」

 

 

 雨続きだった最近では珍しい、気持ちいいくらいの快晴である今日、俺と大河は休日を使って、“CiRCLE”と呼ばれるライブハウスに向かっていた。

 

 この間、そろそろ俺の店以外の場所で練習したいよなという話になり、そこでこのCiRCLEというライブハウスを大河達が紹介してくれたのだ。聞くところによると、利用客はガールズバンドの皆さんが多いそうだ。

 

 

「あっ、見えたぞ。あそこだ」

「あーあれか……いかんいかん、シャキッとしないと」

 

 

 暑さで若干ヘタリ気味の体に鞭を打ち、背筋をピンと伸ばす。

 

 

「おおー真面目モード」

「ファーストインプレッションは大事だからな」

 

 

 そんな他愛もない話をしながら、俺と大河は交差点を2つ越えた所に見えるCiRCLEへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――じゃあ、本当にガルジャム当日に臨時スタッフとしてお手伝いしてくれるってことでいいのかな?」

「はい。僕達4人だけではありますが、イベントのボランティアとして参加させていただきたいと思っています」

 

 

 ラウンジのテーブル席に座り、俺達はここの女性スタッフである月島まりなさんと話を進めていた。黒髪セミロングの親切な人だ。

 

 

 今日俺達がCiRCLEに来た理由は2つ。

 

 1つはこれからお世話になるであろうライブハウスの下見。そしてもう1つは、もうすぐ行われる「ガールズバンドジャム Vol.12」――通称ガルジャムの臨時スタッフボランティアの詳細を確認、応募することだ。

 

 ガールズバンドを募って行われる本格的なイベントで、レコード会社の人達も見に来るらしく、場合によってはスカウトされる、ということもあるらしい。それくらい規模が大きいライブイベントだ。

 

 

「では僕達は、お客さん及び出演バンドの誘導、事前準備及び当日における機材搬入――この2つが主な内容ということですね」

 

「うん! そのとおり! 他にも飲み物を持って行ったり、ゴミの回収とかの細かい雑務もあるけど、基本的には今大河君が言ってくれたことを手伝ってもらう感じかな!」

 

「分かりました。今日来ていない2人に説明した後に、参加の連絡は後日こちらからさせていただきます」

 

「おっけー! 連絡くれたら、CiRCLEからの臨時スタッフとして、私達が運営委員に参加登録をしておくから安心してね」

 

「はい! 何から何まで、ありがとうございます! ――じゃあ貴嗣、行くか」

 

「おう。月島さん。本日はありがとうございました」

 

「こちらこそありがとう! ……あっ、そうだ、今からCiRCLEを回るんだよね? 折角だし、私が案内するよ」

 

 

 これから休憩時間だというのに、月島さんは親切にも俺達を案内してくれるそうだ。この分は今後俺達がCiRCLEを利用することでしっかりとお返ししよう。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 時は進みお昼過ぎ。

 

 あの後大河と昼食にラーメンを食べに行った後、俺は「羽沢珈琲店」というお店の前に来ていた。なんでも、このあたりでは昔からある有名な店だそうだ。

 

 今日はもう何も予定がない日なので、ここでコーヒーをいただきながら、この前に買った小説を読むつもりだ。静かな店で読む本は中々良いもので、集中しすぎて気付いたら何時間も居たというのが結構ある。

 

 

「(……おおっ、いい感じの雰囲気)」

 

 

 店に入ると、落ち着いた雰囲気の景色が広がっていた。他のお客さんは……手前の席に大学生らしき女性が1人、そして少し奥の大きなテーブルに、同年代くらいの女の子たちが5人。これなら集中して本が読めそうだ。

 

 カランカランとドアベルが鳴り、5人グループの中から、エプロンを着けた女の子がこちらに来た。同年代くらいの女の子だ……バイトの子だろうか?

 

 

「いらっしゃいませ! お1人様……です……か……」

 

 

 真面目そうなその子はすぐに俺の元に来たが、俺の顔を見た途端、言葉が途切れ途切れになった。

 

 

「? どうかされましたか?」

「……えっ!? ああいいえ、すみません! えっと……お、お好きな席にどうぞ!!」

「はい。ありがとうございます」

 

 

 受付をしてくれた茶髪の女の子は、何故か驚いていた様子だった。どうかしたのかと一瞬思ったが、まあ考えても分からないかと自己解決し、俺は日差しが入ってきている窓際の席についた。

 

 上着を脱いでからメニューを見る。コーヒーや紅茶はもちろんだが、結構料理の種類も豊富だ。このサンドイッチなんかすごく美味しそうだ。

 

 

「すみませーん」

「あっ、は、はーい! ……えっと、ご、ご注文はお決まりでしょうか?」

「はい。ホットコーヒーを1つお願いします」

「か、かしこまりました!」

 

 

 ……この子さっきから何故か緊張している。もしかしたら実はバイトして日が浅くてまだ接客に慣れていないのだろうか。そんな風には見えないのだが。

 

 

「お待たせしました! ホ、ホットコーヒーですっ!」

「ありがとうございます」

 

 

 そうだ、やはり働き始めて日が浅いのだろう。もしかしたら今日が初めてかもだし。

 

 

 んん……おお! このコーヒー美味しいぞ! 俺の好きな味だ!

 

 この香り……豆はキリマンジャロだ。焙煎深度はハイローストだろうか。とても丁寧に淹れられている。

 

 

「(これなら読書も捗りそうだ)」

 

 

 さあ、美味しいコーヒーを片手に、楽しい読書を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

「――ねえつぐ……どうだった……?」

「うん……多分間違いないと思う」

「おぉ~。まさかこのタイミングで遭遇するなんて、これは運命ですな~」

「運命は言い過ぎだろ~。……なあ、どうするんだ?」

「声かけたいけど……今本読んでるよね、あれ。今あたし達が行ったら邪魔になりそう……」

「わぁ~……ほ、本物だ……! 読書してる姿もカッコいいなあ……」

「ひーちゃん、声かけてきなよ~」

「えぇ!? わ、私!? む、ムリムリムリ!!」

「ええ~なんで~? 折角推しが店に来たんだよ~? あたし達と同い年なんだし、仲良くなるチャンスだって~」

「ひまりちゃん? わ、私行ってこようか?」

「う……ううん……! 私、行ってくる……! だってリーダーだし……!」

「おお! さすがひまり! アタシたちはここから応援してるぞ!」

 

 

 

 

 

「(……めっちゃあの子ら俺のこと話してるな。なんかやらかしたかな……?)」

「あ、あのぉ……」

「はい?」

 

 

 声をかけられたので本を閉じ、桃色の髪の女の子の方を見る。

 

 

「あの……間違ってたらごめんなさい……! Silver Liningの山城貴嗣さん……ですか?」

 

 

 緊張しているのだろう、その子はガチガチになりながら話しかけてくれている。何かの弾みでどこかに飛んで行ってしまいそうだ。

 

 

「はい。そうですよ。初めまして、ひまりさん」

「は、はい!! 初めま……あれ……? どうして私の名前……」

「ああ、ごめんなさい。自分昔から耳が良くて……」

 

 

 自分の耳を指差しながらそう伝える。

 

 

「えっ……? じ、じゃあ……さっきの私達の会話も……」

「そういうことです。盗み聞きしたみたいでごめんなさい」

 

 

 申し訳ないと思いつつ、俺はひまりさんにあるお願いをした。

 

 

「もしよろしければ、俺も皆さんとお話させてもらってもいいですか?」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 あの後俺は席を移動し、現在店の奥の方にある大人数用の席に座っている。さっきの女の子5人組に囲まれるような形になっているが、入学式の日に真優貴が言っていたハーレムというやつだろうか。

 

 自分でもくだらないことを考えてるなーと思っていると、先ほど受付をしてくれた茶髪の子が話しかけてくれた。

 

 

「あ、あのっ……! さっきはジロジロ見てすみませんでした……!」

「あははっ。大丈夫。全然気にしてないよ」

「うぅ……すみません……眼鏡をかけていたので、本人かどうかわからなくて……」

「ああ、そういうことか。それじゃあ――」

 

 

 今日の朝から付けていた眼鏡を外し、皆の方を見る。

 

 

「これでどうかな?」

「「「わあ……ほ、本物だ……!」」」

「(本物ってなんだ……?)」

 

 

 まるで道端でハリウッド俳優とばったり会ったファンのような反応に、少し困惑してしまう。

 

 だが初対面の人にはまず挨拶、自己紹介だ。

 

 

「はじめまして。花咲川学園1年の山城貴嗣です。Silver Liningというバンドでギタボ兼リーダーをやらせてもらってます。山城でも貴嗣でも、好きなように呼んでください。よろしくです」

 

 

 そう言うと、皆はパチパチと静かに手を叩いてくれた。親切な人達だ。

 

 

「じゃあアタシらも自己紹介しようぜ。アタシは宇田川巴。Afterglowのドラムだ」

「同じくキーボードの羽沢つぐみです!」

「ギターの青葉モカちゃんで~す」

「ギターボーカルの美竹蘭です」

「ベ、ベース兼リーダーの上原ひまりですっ! よ、よろしくです……!」

 

 

 俺から見て時計回りにこの人達――Afterglowのメンバー紹介をしてもらった。ふむ……poppin' partyと同じく、最近流行りのガールズバンドというものだな。

 

 

「そんなにかしこまらなくていいよ。同じリーダー同士、仲良くしてくれると嬉しい。よろしくね」

 

 

 親愛の証である握手をしようと上原さんに手を差し出す。

 

 

「!?!? は、はいぃ……///(わわっ……手おっきいよお……///)」

「?」

「おお~ひーちゃん顔真っ赤だねえ~」

 

 

 プシューと顔から蒸気が噴き出るのではないかと思うくらい顔を真っ赤にしながら握手をするひまりちゃん。さっきは緊張してたかと思えば今度は照れる、コロコロと表情が変わる面白い人だ。

 

 それからはAfterglowについて色々教えてもらった。この5人は幼馴染らしく、ずっと同じクラスだったらしいのだが、中学2年生の時に美竹さんだけが別のクラスになってしまったらしい。そこでまた5人で集まれる場所――Afterglowを結成したということだ。

 

 

「(――幼馴染……か)」

 

 

 その言葉を聞いて黙り込んでしまう。俺にとって“幼馴染”という言葉は、とても懐かしくて、それでいて寂しい言葉だった。

 

 

「? どうした?」

「……ああ、ごめん。いや、皆良い人なんだな~って思ってさ」

「あはは。サンキューな。そういう貴嗣達はどういう経緯でバンド組んだんだ?」

 

 

 巴にそう聞かれて、俺は記憶を呼び覚ます。どうやって俺達がバンドを組んだのか。それは――

 

 

「たまたまカラオケにあの4人で行って、なんか滅茶苦茶波長が合って、他の3人が丁度ギター探してて面白そうだから流れで俺が参加して結成」

「い、勢いがすごいね……」

「もっとこう、山城君が他のメンバーをスカウトしたみたいな感じだと思ってた」

「そうだね~。蘭の言う通り~」

「むしろ俺は一番最後だよ。軽いノリって言うか、勢いで参加したところもあるけど……今すっごい楽しいし、バンド組んで良かったって思うよ」

「!! そう! それがSilver Liningの魅力なんだよ!」

 

 

 今まで俺の隣で顔を真っ赤にしてショートしていたひまりちゃんが、今度は目をキラキラさせてバッ! と起き上がった。本当に表情豊かな子だな。やっぱ面白い。

 

 

「演奏はすっごいカッコいいのに、皆いい意味で緩いっていうか! ノリがすごく良くてびっくりしたよ!」

「俺達は普段あんな感じだよ。練習も自分達のペースでやるし、ライブ前だからって……うん、緩いな。文化祭ライブの2日前とか普通に皆でゲーセン行ったし」

「ラ、ライブ前にもかかわらずその余裕……すごい……」

「ガチでバンドやってる人達から見たら、カチンとくるような光景だけどねー。……そういえば、皆は近々ライブとかに出るの?」

「……!! そう、実はそれで山城君に相談したいことがあるんだ」

 

 

 美竹さんがそういったのを合図に、皆の顔が真剣なものになった。

 

 

「私達、次のガールズバンドジャム……ガルジャムに出るつもりなんだけど……」

「おお、ガルジャムか。一応俺達も参加するよ」

「えっ? でもSilver Liningはガールズバンドじゃないよね?」

「俺達はイベントの臨時スタッフボランティアとして参加する予定なんだ。……すまん、話が逸れた。ってことは、今皆一生懸命練習してるって感じかな」

「うん。それでよかったら山城君達に……私達の演奏を見てアドバイスをしてほしいんだ」

「ほうほう、アドバイスね~」

 

 

 元々地元の小さなイベントに参加してきたという彼女達。最近頑張っているということで、CiRCLEのスタッフさんから出てみないかと提案されたことがきっかけらしい。

 

 そこでもっと成長したいということで、外部から意見やアドバイスをくれる人を探していたところに俺達が現れた、ということだ。

 

 

「俺達も忙しいから頻繁に見れるわけじゃないし、全員が集まることってあまりないだろうけど……それでもいい?」

「うん。それでも構わない」

 

 

 美竹さんを含め、全員本気の目をしている。ガルジャムにかける想いが伝わってくる。

 

 

「――皆は今日練習する予定はある?」

「えっ? う、うん。そろそろ練習する予定だけど……」

「そっか。じゃあ早く行こう」

「「「……えっ?」」」

 

 

 俺は席を立ち七分袖の上着を羽織る。会計をするために財布を取り出し、店を出る準備をする俺を見て、皆何が何だか分からないといった顔をしている。

 

 

「ん? どうした? アドバイスが欲しいんじゃなかったの?」

「そ、それってつまり…………!?」

 

 

 つぐみちゃんは俺の意図に気付いたようで、驚いた表情を見せる。

 

 

「――皆の演奏を見せてほしい。じゃないとアドバイスしたくてもできないでしょ?」

「「「……!! はいっ!!」」」

 

 

 善は急げだ。やると決めたら、あとは前だけ見て進むのみ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「――ふうっー……。ありがとうございました」

「ありがとうございました。……皆、お疲れ様」

 

 

 パチパチと手を叩いて、賞賛の気持ちを表す。皆も緊張していたのか、美竹さんの一言を皮切りに安堵の声をあげる。

 

 とりあえずまずは水分補給だ。俺はライブハウスに来る途中で買ってきたスポーツドリンクを皆に渡す。

 

 

「はい、皆、これでも飲んでまずは休憩してくれ」

「えっ!? これ、貴嗣君が買ってくれたの!?」

「なんとー貴さんの奢りとは~。モカちゃんポイント爆上がりですな~」

「おいモカ、仰々しいぞ! ……なあ貴嗣、ほんとにもらっていいのか?」

「もちろん。これは今日仲良くなってくれたのと、素敵な演奏を聞かせてもらった分。遠慮せず受け取ってくれ」

「(い、いい人すぎる……!)」

 

 

 感謝の気持ちはすぐに表さないと。これくらい安いもんだ。

 

 皆が休憩している間、俺は目を瞑ってさっきの演奏を思い出しながら、自分なりの意見や改善点をまとめた。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあそろそろ始めようか。まず初めに、素敵な演奏をありがとう。聞いていてとても楽しかった」

 

「アドバイスをする前に2つ注意点がある。1つ、今から話すのは俺の視点から見たものだ。どうしても主観が入ってるから、ただの一意見として捉えてほしい。もう1つ、今回は各パートの細かい部分に関しては指摘しきれないと思う。これに関しては次の練習までに俺がまとめておくってことで。オッケーかな?」

 

「「「はい!」」」

 

 

「じゃあまずリズム隊からね。ドラムは曲が盛り上がる部分、特にサビでテンポが早くなってる印象があった。テンションが上がるのは分かるし悪いことではないから、次からはサビ付近は早くならないように気を付けてみて」

 

「やっぱりか……そんな気はしてたんだよなー。ありがとう。次からは気を付けるよ」

 

 

「ベースはさっきの巴と被るところもあるんだけど、それに加えて所々メロディ隊に引っ張られちゃってたように感じた。これに関しては練習を重ねることで改善していく部分もあると思う。とにかく焦らないことが大事。すぐに上達はしないだろうけど必ず上手くなると思うから、焦らずに練習を続けてみて」

 

「焦らないように練習……が、がんばります!」

 

 

「さて、お次はメロディ隊だね。じゃあキーボードから行こうか。とにかく丁寧に弾いてるなーっていうのが感想かな。気になった点としては、ミスしたらそこから崩れちゃって、持ち直すまで苦労しているのが分かりやすかったこと……って言っても、これは俺も経験あるし偉そうに言えないけど。間違ってもいいから堂々と弾いてみても良いと思うよ?」

 

「あうっ……ばれちゃってた……。堂々と、だね……」

 

 

「次はギターのモカ。テクニックの話で言うと美竹さんと同じく完成度は高い。ミスタッチも無くはないけど少ない。けど走りすぎてるなーと思う所があったのも事実。ギターのメロディはお客さんを盛り上げるのに必要不可欠だけど、やっぱそこには適切な度合いってのがある。落ち着きすぎず、かつ派手にし過ぎずの絶妙なラインを探してみて。これに関しては俺も手伝うけどね。難易度は高いけどモカならできると思う」

 

「わーお鋭いですね~。りょーかいですセンセー、モカちゃんがんばりまーす」

 

 

「んで、最後に美竹さんね。美竹さんもモカと同じく演奏技術は高い。特に感情を伝える力が強い。こう、ガンッ! って来る感じは、個人的には気持ちよかった。改善点というか意見なんだけど、歌に力を入れてる時はギターのミスタッチが増えていた感じがした。俺も同じギターボーカルだから、これがどれだけ難しいことかってのは重々承知だけど、これはミスタッチが増える箇所を重点的に練習しまくるのが一番効率がいいと思う。精神的にきつい作業だけど、俺も一緒にやるから少しずつ改善していこう」

 

「うん……わかった」

 

 

「以上かな。腹立つこともあっただろうけど、皆じっくり聞いてくれてありがとうね。各々の細かい部分は後日連絡する。今回の録音と映像を俺が家で見直して洗い出すから……そうだな、3日後までにメッセージを送るようにする」

 

「――ということで、俺の主観ではあるけれど、アドバイスさせてもらいました。ありがとうございました」

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後は各自で練習することになった。その間俺が見回って、気になる部分があればその都度アドバイスをする、という形で練習は進んでいった。練習が終わったのはついさっきだ。

 

 アドバイスなんてバンド内でしかやったことなかったけど、他のバンドの演奏を見るのも、色んな発見ができてほんとに楽しかった。次はSilver Liningの皆で、Afterglowの演奏を見たいなと思う。

 

 

「あの……貴嗣君!」

「ああ、ひまりちゃん。どうしたの?」

 

 

 スポーツドリンクをがぶ飲みしていると、ひまりちゃんに声をかけられた。

 

 

「今日は練習見てくれてありがとう! 急なお願いだったのに、練習終わりまで見てくれて……」

「全然大丈夫。今日は1日フリーだったし」

「で、でも……私達が無理やり予定を埋めちゃった感じだよね……?」

 

 

 申し訳なさそうにするひまりちゃんに、俺は笑って答える。

 

 

「ああもう、そんな細かいこと気にしないの。最後まで見るって決めたのは俺だし。ガルジャム出場まで面倒みるつもりだよ」

「……本当にいいの? 忙しかったら途中でやめても大丈夫だよ?」

「んー……まあ、それはないかな。一度手を付けたんだったら最後まで責任を持つって決めてるからさ。途中で面倒くさくなったから止めますーってのは、あまりにも無責任だし、何より皆が嫌な思いをする」

 

 

 そう伝えるものの、ひまりちゃんはまだ後ろめたい気持ちがあるみたいだ。活発なだけではなく、とても親切な子なのだろう。

 

 

「よし、こうしよう。俺はアドバイスをする。皆はガルジャムに出場してすげー演奏をする。これでチャラってことでオッケー?」

「う、うん……」

「安心して。俺も楽しくてやってるんだし。お互い遠慮なし。気楽にいこう。――じゃあ俺、借りてる機材返しに行ってくるわ」

 

 

 そう言って俺はレンタルしていたスピーカーやアンプといった機材を返しにいった。

 

 さあ、帰ってからもやることがいっぱいだ。Afterglowの皆のためにも、気合入れて頑張っていこう。

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりカッコいいなあ……///」

「ひまり、大丈夫?」

「えっ!? う、うん! 大丈夫だよ蘭!」

「……? まあいいか。早く片付けしよ」

「うん……! そ、そうだね!」

 




 読んでいただき、ありがとうございました。

 タイトルの胡蝶蘭の花言葉は「幸福が飛んでくる」。新しい人との出会いという意味があるそうで、主人公とAfterglowが新たに出会うという意味で、タイトルに選ばせていただきました。

 今回から毎日投稿は厳しくなりそうです……できる限り早めの更新を目指して頑張ります。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 Iris laevigata

 
 オリキャラ設定等で寄り道しておりました。申し訳ないです。

 お気に入り登録をしてくださった皆様、そして☆10評価をしてくださったルビィちゃん推し様、本当にありがとうございます! これからも頑張ります!

 Afterglow編の続きです。タイトルは紫の花びらが特徴的な「カキツバタ」の学名(ラテン語)でございます。例のごとく、花言葉に沿った話になっております。

 それではどうぞ!


 スタジオにある席に俺と大河、穂乃花と花蓮が座り、Afterglowの演奏を見る。音に込められた熱意が部屋を満たし、真っ直ぐなサウンドが俺達の体に響いてくる。

 

 今日は頑張って予定を合わせて、4人でアドバイスをすることになった。皆部活やバイトで忙しいが、俺が事情を説明したら快く承諾してくれた。

 

 

「――ありがとうございました……」

 

 

 演奏が終わり、美竹さんがそう告げた。美竹さんもだが、長時間練習しているということもあって、皆の顔に疲労が見える。

 

 

「「「お疲れ様ー!」」」

「お疲れ様。じゃあ今日は折角4人いるし、担当を決めよう」

 

 

 そう言って俺は立ち上がり、大河達に指示を出した。

 

 

「穂乃花は巴に、花蓮はつぐみちゃんに、大河はひまりちゃんに、俺はギター組に。各々が思ったことを伝えてあげてほしい」

「「「了解!」」」

 

 

 Afterglow――幼馴染5人組で結成されたガールズバンド。その結束力が最大の武器だ。少々荒削りな部分はあるが、これに関しては許容範囲だろう。

 

 

 ただ、メンツが少々尖っていることは確か。

 

 

「今日はよろしくね、つぐみちゃん」

「うん! よ、よろしくお願いします!」

 

 

 羽沢つぐみちゃん。キーボード。バンドに店の手伝いに生徒会を掛け持つ頑張り屋さん。ただ自分と周りを比べてしまうあまり自己肯定感が高くないのが気になる。

 

 

「すっごーい! 巴って和太鼓やってたんだ! だからドラムなんだね~」

「そう! 今日はよろしく頼むぜ、穂乃花」

 

 

 宇田川巴。ドラム。面倒見が良い姉御肌。演奏技術も高い。ただしギターボーカルの美竹さんと衝突しがち。一旦怒らせると手が付けられなくなる可能性がある。

 

 

「よし! じゃあ始めますか! 上原さんからも遠慮なく言ってくれ!」

「はい! ご指導よろしくです!」

 

 

 上原ひまりちゃん。ベース兼リーダー。良くも悪くも今時の女子高生。その明るい性格で雰囲気を良くするムードメーカー。咄嗟のトラブルやメンバー内の対立といった場面に弱いか。

 

 

「貴さ~ん。今日もモカちゃん頑張ったよ~」

 

 

 青葉モカ。天才肌のマイペース少女。ギター。その雰囲気から想像もつかないほどのテクニック。掴みどころのない言動は長所にも短所にもなり、少々他人をからかいすぎる傾向あり。

 

 

「山城君……さっきの演奏、どうだった……?」

 

 

 そして美竹蘭さん。ギターボーカル。歌唱力、演奏力共にレベルは高い。だが少々好戦的。勝気な性格が裏目に出なければいいが。

 

 

「モカに関してはそうだな……。この前に送った部分は順調に上達してるから、このまま練習を続けてほしい」

「やった~。先生から褒められた~」

「そんで、美竹さんだけど……うむ……」

「……どうしたの?」

「ズバッと言われるか、オブラートに包んで言われるかどっちがいい?」

「……ズバッと……言ってほしい」

「オッケー。……前よりもミスが増えてる。それに、喉の調子が悪いのに無理矢理歌ってるでしょ?」

「……ッ……」

「悩み事があるなら聞くけど、このまま練習する?」

「だ、大丈夫……問題ないよ……」

 

 

 そして1人で悩みを抱える癖あり。このタイプは後で爆発するタイプだが、こっちからとやかく言うのは逆効果だろう。とにかく今は無理をさせないように注意しつつ、練習を続けよう。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 練習が終わり、つい先ほどAfterglowと別れた俺達。綺麗な夕焼けが住宅街を照らす中、4人で帰りながら今日の練習について振り返っていた。

 

 

「――なるほどな。お父さんとすれ違ってるのが原因か。そうなると練習中のミスとか態度含めて、全部辻褄が合うな」

「だなー。俺達は部外者だからあんま干渉するのは良くないけど、あのタイプの親とのすれ違いは、想像しただけで辛いもんだなあ」

 

 

 大河がやりきれないといった気持ちを漏らして空を見上げる。

 他のメンバーがつぐみちゃんや巴、ひまりちゃんやモカと話した際に得た情報により、あることが分かった。

 

 美竹さんの父が華道の美竹流の家元らしく、娘である美竹さんには華道の道を歩ませるつもりなのだが、当の本人はそんな気はなく、それよりもバンドを続けたい。この考え方の違いによるすれ違いが美竹さんを苦しめている、ということだ。

 

 

 そりゃ練習に身が入らないはずだ。家族とのすれ違いなんて、想像しただけで心が痛む。

 

 

「なあ皆。こんなこと言って良いのか分かんねえけど、俺美竹さんの親父さんが悪いって思えないんだよな。確かに客観的に見れば子どもに道を強制してる親なんだけど、話を聞く限りだと、ただバンドっていうものの考え方が2人で違うだけでさ。もういっそのこと腹割って自分たちの気持ちをぶつけるのもありなんじゃねえかな?」

 

 

 大河の言うことは間違っていない。少なくともお父様は、娘である美竹さんを嫌っているわけではない。

 

 ただ昔から子は親の鏡というように、お互い不器用なのかもしれない。華道の道に進ませようとするのは、あの人なりに娘を想っての行動のはず。

 

 

「うーん。私も大河君の言うこと分かるな。確かに厳しい人なんだろうけど、悪い人じゃないと思う。多分バンドっていうものが何なのか分からなくて、その分からないものにのめり込む蘭ちゃんを見るのが怖いんじゃないかな?」

「なるほど~。あれだね、親が子どもにゲームを禁止する理由と同じだね。知らないからこそ怖く感じるっていうのは経験あるし」

 

 

 花蓮と穂乃花もそれぞれ意見を言う。そうだ、確かに腹が立つところもあるが、ここでお父様を責めても何も変わらない。

 

 そう――美竹さんのお父様の中の“バンド”という概念の定義を変えることができれば……美竹さんがお遊びではなく、本気で打ち込んでいるものだと分かってくれれば……。

 

 

「――よし。分かった」

「おお? さすがリーダー。いつものひらめきですかな?」

「ひらめきっていうか、さっきの大河が言ったことをほぼ丸パクリする感じになるけど」

「ん? 腹割って話してみるってやつ?」

「そう。不器用で素直になれない人同士には、下手な小細工考えるより、いっそ真正面からぶつけた方がすんなりいく。そこで、美竹さんのバンドにかける想いを分からせるために、1つ策を思いついんだが……聞いてくれるか?」

「うん。言ってみて」

「ありがと。それは――」

 

 

 花蓮達の了解を得て、俺は自分の考えを皆に伝えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そして数日が経った。今日は穂乃花と一緒に練習を見る予定で、今学校から直接CiRCLEに向かっているところだ。

 

 最近は制服の上着を着ていると少し汗が出てくるくらいの気温になった。隣にいる穂乃花も暑いのか、制服を指でつまんでパタパタと動かし空気を送り込もうとしている。

 

 

「ねえ貴嗣」

「どした?」

「今日の練習、なんか起きそうじゃない? つぐみちゃんの件もあったしさ」

 

 

 つい最近、つぐみちゃんが学校で倒れてしまったらしい。過労によるもので命に別条はないとのことだ。やはり無理をしていたんだろう。こうなる前に事前に対処すべきだった。

 

 

「否定はしきれないな。悪いことって重なるもんだし。でも、俺達はできることに全力を尽くすだけだろ?」

「うん! さっすが! 頼りになるぅ~!」

 

 

 マイナスのことを考えても仕方がない。できることから着実に、だ。

 

 さあ、CiRCLEに着いたし、スタジオに行こう。さっきモカから送られてきたメッセージによるともう練習は始まっているらしいし、俺達も急ご――

 

 

 

 

 

「……ッ!!」

「「……美竹さん(蘭ちゃん)!?」」

 

 

 バンッ!! とスタジオの扉が開き、美竹さんが飛び出してきた。美竹さんはそのままCiRCLEを出て行ったしまった。

 

 

「……穂乃花」

「うんっ! 行こう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達がスタジオに入ると、泣きそうになっているひまりちゃん、まずいことをしたと苦虫を嚙み潰したようにしている巴、悔しそうな顔をしているモカがいた。

 

 

「あっ……2人とも……」

「遅れて本当にすまない。この感じは……喧嘩か」

「……ああ。アタシのせいだ……」

「(こりゃあちとマズいな)」

 

 

 そんな皆の様子を見て、俺はすぐに隣にいる穂乃花を見た。

 

 

「穂乃花、皆を頼めるか? 一旦練習はストップして、落ち着いてきたら、聞ける範囲でいいから事情を教えてもらってほしい」

「オッケー! 任せて!」

「俺は美竹さんを探す。ついでにあの話もしてくる」

「うん! 作戦決行だね! そっちは任せたよ!」

「おう。そっちも頼む」

 

 

 俺は制服の上着とギターを穂乃花に預かってもらい、スマホだけを持って走り出す準備をする。

 

 

「モカ、羽丘の屋上以外に夕日が良く見える場所ってあるか?」

「……えっ? えっと……あっ……町を流れてる川を挟んでる道からは……良く見える」

「分かった。サンキューな。じゃあ行ってくる」

「ま、待って貴嗣君……! 蘭がどこに行ったのか、私達にも分からないんだよ……探し出すのは無理だって……」

 

 

 俺がスタジオを出ていこうとしたところで、ひまりちゃんに引き留められた。さっきの出来事が尾を引いているのか、若干涙声だ。

 

 

「無理かどうかはやってみないと分からない。物は試しだ」

「で、でも……!」

「ひまりちゃん。大丈夫だよ」

「穂乃花ちゃん……?」

 

 

 そんなひまりちゃんの肩を、穂乃花が優しく掴む。

 

 

「貴嗣なら絶対大丈夫。蘭ちゃんを見つけてくれるから。――貴嗣、お願いね?」

「貴嗣……。アタシからも、頼む。頼める立場じゃないけど、蘭を……助けてやってほしい……」

「おう。任せときな。――じゃあ、今度こそ行ってくるわ。穂乃花、頼んだ」

「まっかせといてー! いってらっしゃい!」

 

 

 穂乃花とお互いにガッツポーズを交わし、ライブハウスを出る。モカが教えてくれた場所に向かって、俺は全速力で走りだした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 目の前には、大きな川。綺麗な橙色の夕日が水面に映っている。

 

 

 本当なら5人で一緒に見るものだけど……今あたしの周りには、いつも支えてくれる皆はいない。

 

 

 ついカッとなっちゃって……ひまりやモカ、つぐみに巴……皆心配してくれてたのに、それを無碍にしてしまった。

 

 

 ごめんって、謝りたい。あたしはバンドを……辞めたくない。

 

 

 でも、一体どうやって謝ればいいんだろ……? それに、謝ったところで、皆が許してくr――

 

 

「美竹さん」

「!?」

 

 

 静かな声で名前を呼ばれた。

 

 

 振り向くと、あたし達の憧れのバンドのリーダ――最近、あたし達の演奏を見てくれている、親切なあの彼がいた。

 

 

「やっと見つけたよー。隣、座るね」

「えっ、あっ、うん…………あたしを……探してくれてたの……?」

「おう。ちょっとお節介しにきた」

 

 

 アッチィ~と言いながら制服のワイシャツのボタンを1つ外す山城君。ペタンと私の隣にへたり込む姿は、ライブ中の威厳に満ちたそれとかけ離れすぎて、別人のように錯覚してしまう。

 

 

「……綺麗な夕日だな。最高だ」

「うん……」

Afterglow(夕焼け・残光)ねえ……いいセンスしてるじゃん」

「……でも、あたしが皆を傷つけちゃった……。もう……あたしは皆の元に戻る資格は無いよ……」

「そっかー……。じゃあ、親父さんの跡を継ぐってこと?」

「……ッ……それは……違う……」

「ふむ……。でも、今手元にある選択肢はこの2つしかない思うんだけど」

 

 

 何も言い返せない。彼の言う通りだ。

 

 今のメンタルの状態に加えて、いつもと雰囲気の違う、どこか厳しさがある彼が怖くなり、目の前の夕焼けに視線を向ける。

 

 

「バンドを続けるか辞めるか。2つに1つだ。どれだけ泣き言言っても、この現状は変わらない。まあ今すぐ辛いことから逃れたいんだったら、辞めるって選択もありだわな」

「……! あたしは……バンド、辞める気なんかない……! けど……」

「……親父さんか」

「……うん」

「親父さんにはなんて言われてるんだ? バンド活動について」

「……父さんは、バンドなんかごっこ遊びだって……」

「ほほぉ~ごっこ遊びとな。その発想は無かった。そんなこと言われたら腹立つわな」

 

 

 彼は空に映っている夕日を見ながらそう言う。

 

 

 正直、「ごっこ遊び」の部分は否定して欲しかったと思う自分がいる。だから彼の肯定も否定もしない言い方には、一瞬心のどこかで不満を覚えた。

 

 

 その後の「腹立つわな」という言葉を聞いて、その苛立ちもすぐに消えたが。

 

 

「じゃあ、親父さんを納得させることができたら、あとは皆に謝って、ガルジャムに向けて練習しまくればいいだけだ」

「……そうだけど……。父さんがバンド活動を認めてくれるなんて思えない……」

「それについてなんだけど、俺から1つ提案がある」

「提案……?」

 

 

 そう言って彼はポケットからチケットを取り出した。

 

 

「これ……ガルジャムのチケット……?」

「そう。先入観によって固まってるイメージを手っ取り早くぶっ壊すには、実物を見せるのが一番だ」

「実物を……見せる……」

「これは俺が運営さんから貰ったチケットだけど、別に俺が出場するわけじゃないし、あげるよ。――これを親父さんに渡すってのはどうだ?」

「……あっ……父さんに、私達の演奏を見てもらうってこと?」

 

 

 あたしがそう言うと、山城君はニヤリと笑った。

 

 

「その通り。『バンドはごっこ遊びじゃない、私達は本気でやってるんだ』っていうのを、君達の音楽で伝えるんだ。多分これが、俺達が考えうる1番良い方法だ」

 

 

 そう言って山城君はチケットを私に差し出した。

 

 

「簡単じゃないし、辛くてしんどい思いをすると思う。なんなら、今親父さんと話すって想像しただけで怖いだろうしな」

「……」

 

 

 彼の言う通りだった。

 

 いい案だと思う。もしかしたら上手くいくかもって思う。

 

 

 

 

 

 でももし……もしそれでもダメだったら? 

 

 バンド活動も認められず、皆に謝れないまま、華道の道を進まなきゃいけなくなる。

 

 そう考えると……物凄く怖い。

 

 

「――でもな」

 

 

 そんな不安な気持ちを払うように、山城君は一呼吸置いて言葉を続けた。

 

 

「そんな辛くてしんどい先には……頑張った先には、今の自分じゃ想像できないような喜びが待ってる」

 

 

 優しそうに笑い、私をじっと見つめている。いつも練習で見せる、人を安心させる笑顔。

 

 

 君ならできる――そう言ってるような、優しさと共に力強さを感じるその表情に、私は勇気づけられた。

 

 

 本気の想いをお父さんに伝えるために、私はそのチケットを受け取った。

 

 

 

 

「……ありがとう。あたし、頑張ってみる」

「おう。――じゃあ、戻ろっか」

「うん。皆にも謝らないと」

「だな。今の美竹さんなら大丈夫」

 

 

 パッと立ったことで、私達の影が地面に映る。もちろん体の大きさが違うから、影の大きさも違う。

 

 

 でもそれ以上に、その器の大きさを表すかのように、彼の影は大きかった。

 

 

 夕日に照らされた川沿いの道を、2人分の伸びた影が歩き始めた。

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 カキツバタの花言葉は「幸福が来る」、「幸せはあなたのもの」です。花の姿が幸福を運んでくる燕を思わせることから、これらの花言葉がつけられたそうです。蘭、そしてAfterglowのメンバーへの、主人公からの応援の言葉という意味で、タイトルに選ばせていただきました。

 話は変わりますが、今回お気に入り登録者数が100を突破したこと、そしてそのお礼を活動報告に書かせていただきました。もしお時間がございましたら、見に来てくださると嬉しいです。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 Morning Glory

 お気に入り登録をしてくださった皆様、☆10評価をくださったせもた様、本当にありがとうございます!

 さて、Afterglow編のメインストーリーは、今回を含めあと2話です。その後はポピパ編同様、メンバーとの個別エピソードを描いて参ります。

 今回のタイトルは、馴染みのある「朝顔」の英名。小学生の時に育てた方々も多いのではないでしょうか?

 それではどうぞ!


 

 

 いつもの家。いつもの玄関。いつもの庭。

 

 

 毎日見ているはずなのに、今日はまるで難攻不落の城のように見える。緊張しているからか、怖いからか、はたまた両方か。それは、今から向き合う相手に対するあたしの感情だろうか。

 

 

 あたしはその相手――父さんに、今から向き合わなきゃいけない。

 

 

 この前モカが言っていたように、あたしは今まで逃げてきた。ただ反抗したいだけで、なんの意味もない言葉を父さんにぶつけていた。そんなことをしても何も変わらないと、心のどこかで分かっていたのに。

 

 

 だから、今度こそあたしは、父さんと向き合う。バンドを続けたいっていう想いを、父さんに伝える。

 

 

 あたしには、私を支えてくれる友達がいる。どんなことがあっても、皆はあたしに手を差し出してくれた。だから今度は1人じゃない。あたしにはAfterglowの皆がいる。

 

 

 真正面から向き合うんだ。今のあたしなら大丈夫。

 

 

 大丈夫だって、皆が言ってくれたから。

 

 

 君なら出来るって、彼が信じてくれたから。

 

 

「……じゃあ、行ってくる」

 

 

 また皆で同じ夕日を見るために、あたしは一歩前に踏み出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 道路に夕日が描くは4人の影。コツ、コツと革靴が地面にあたる音が心地よい。子ども達は既に家に帰ったのだろう、住宅街には俺達以外の人影は見当たらない。

 

 

「貴嗣君、アフグロの皆と一緒に行かなかったんだね。ちょっと意外」

「意外?」

「うん。貴嗣君なら、皆と一緒に蘭ちゃんを送り出すくらいするかなって思って」

「あーね。それも考えたけど止めといた。よそのバンドのことにあんまり干渉しすぎるのも、どうかなって思ってさ」

「なるほどね」

 

 

 自分でも十分干渉しすぎだろと思うし、何たって今回は家庭の事情という極めてデリケートな問題だ。よその家の問題に口出しするのはいかがなものかという道徳的な問題もあるし、何より外部からアドバイスや手助けをしても、それによって問題が解決するわけではない。本人たちが勇気を出して立ち向かわなければならない。

 

 

「ひまりちゃんから『蘭がお父さんと話に行くことにしたんだって!』って連絡来た時はさすが貴嗣! って感じだったけどね。それにしても、一体どんな優しい言葉をかけたのかなぁ?」

「口説いたのかもしれんぞぉ~」

「ちゃうちゃう、ちょっとアドバイスしただけだよ」

 

 

 穂乃花と大河のからかいを流しつつ、2人が期待してるようなことは起こってないぞと伝えると、2人とも口を揃えてチェーッっと不満の声を漏らす。

 

 

「でも、ちょっと心配だからこうやって皆で美竹さんの家に向かってるんだよね」

「心配だからっているのもあるし、それ以上に皆が安心した顔が見たくてね。Afterglowの皆は大きな問題に向き合ってる。皆今日まで喧嘩したり泣いたりしたんだ、そろそろ笑ってもいい頃だろ?」

「うんうん! てことは、上手くいくって信じてるってことだよね?」

「もちろん。俺はAfterglowの皆を信じてる。皆もだろ?」

「おうよ! 友達の事は、信じるのが当たり前だからな!」

 

 

 隣を歩いている大河が爽やかな笑顔でそう答える。

 

 俺達は皆の笑顔が見たくて、今日ここまで来ている。つまり穂乃花の言う通り、蘭の説得が上手くいくことが前提だ。

 

 まだ成功すると決まったわけじゃないのに、俺達はその気でいる。ある意味捕らぬ狸の皮算用とも言えるが、そんなものは関係ない。俺達はAfterglowの皆を信じるって決めたんだ。一度決めたからには、貫き通す。

 

 

 

 

 

「……おっ、貴嗣。あそこ」

「……ああ。上手くいったみたいだな」

 

 

 歩みを止める俺達。

 

 

 大河の視線の先には、泣いている美竹さんに彼女を抱きしめている巴、笑顔でそれを見守っているひまりちゃんにつぐみちゃん、そしてモカの姿が。

 

 

 彼女達は大きな一歩を踏み出せたようだ。そんな蘭達を、夕日が優しく照らしていた。

 

 

「よかったー! これでバッチリだね!」

「うん。貴嗣君、皆に声掛けにいく?」

「……やめとこう。目的は達成したし。それにあそこに入っていくのは少々無粋だ」

「だな。じゃあ俺達は帰りますかね」

 

 

 また彼女達(恐らくひまりちゃん)からメッセージが来るだろうし、俺達が練習を見に行くときにいくらでも話はできる。どれだけ調子が良くなるか、次の練習が楽しみだ。

 

 笑い合っている彼女達の姿を見て、俺達も笑顔になる。今の彼女達なら今回のイベントは大丈夫だろうと確信し、俺達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 時は過ぎイベント当日。

 

 

 会場には続々とお客さんが来ている。俺達スタッフは渋滞が起こらないように指示を出し、彼らを誘導している最中だ。

 

 とにかく人の数が凄まじい。かれこれ30分以上立ちっぱなしで誘導しており、やっと人の流れが落ち着いてきたという感じである。

 

 

『スタッフの皆さんは一旦本部までお集まりください』

 

 

 トランシーバーからの声がそう告げる。会場入り口の本部に行くと、俺達4人はこれから出演するバンドの人達の誘導を手伝うように指示された。他のスタッフさんと一緒に、1つの部屋につき1人ずつ配属された。

 

 

 自分が担当する楽屋に入ると、個性豊かなガールズバンドの皆さんが目に入った。会場の方もすごかったがこっちの人数も相当なものだ。見渡してみると、本番に向けて楽器のメンテナンスや最終確認をしているバンドもあれば、雑談を読んでリラックスしているところも見られる。

 

 

「(まだ結構時間あるな……外の空気も吸いたいし、ちょっと外に出るか)」

 

 

 一旦会場のエントランスに戻り時計をチェックする。まだ開演まで時間がある。さて、どうしたものか。一応休憩時間ではあるが、何もしないのは少しもったいない気がする。

 

 

 

 

 

「すみません。少しよろしいでしょうか?」

 

 

 突然声を掛けられた。見てみると、今時では珍しい(?)、和服を着た大柄の男性が立っていた。手には可愛らしい袋と、これまた和服に似合う綺麗な花を持っている。

 

 

 恐らく10人が見れば10人とも「ちょっと怖そう」と答えるであろう厳つい顔、掛けている眼鏡から覗く、厳しそうではあるが愛情を感じる目、少なくとも175cm以上(俺よりデカい)のガッシリとした体格。

 

 

「(……体デカくね?)」

 

 

 柔道の有段者と言われても疑いを持たないであろうその男性を見て、俺は一瞬その迫力に圧倒されたが、すぐにその雑念を振り払って男性に答える。

 

 

「はい。どうかしましたか?」

「このお菓子と花を差し入れに持ってきたのですが、これを“Afterglow”の“美竹蘭”に渡してもらえませんか?」

 

 

 そういって袋を差し出してきた。

 

 これは……有名なドーナツ屋さんのドーナツだ。結構高いものだけど、これを差し入れとは……すごい。

 

 

「Afterglowの美竹蘭さんですね。かしこまりました。私が責任を持って渡しておきます」

「はい。ご丁寧にありがとうございます」

 

 

 2人そろって深いお辞儀。

 

 渡された花を見る。色とりどりの美しい花を間近で見て、これを生けた人の気持ちが伝わってきて――

 

 

「――優しい」

 

 

 ――そう無意識に呟いてしまった。俺の反応が予想外だったのか、その男性は少し目を見開いた。

 

 

「……優しい?」

「はい。色もそうですが、この花の位置関係が……真ん中の赤い花を、周りの花が支えているような……絆みたいなものを感じます。多分これを生けた人は、赤い花を自分の大切な人に、周りの花をその人の友達に見立てたのかなって……」

 

 

 その美しい花に見とれてしまい、俺はこの男性の視線に気付かなかった。

 

 

「(驚いた……なんという感受性だ……)」

「……っ! し、失礼しました。一人で適当なことを話してしまいました……。それでは今からお渡ししてきます」

「ありがとうございます。それではよろしくお願いいたします」

 

 

 また同時に礼をして、男性は会場に、俺は楽屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します。美竹様はいらっしゃいますか?」

「はい。あたしです……って、山城君か」

「あー貴さんだ~。やっほ~」

「やっほ~。……ごほん。失礼しました。美竹さん、中年の男性から差し入れにと、これを預かりました」

 

 

 かごに入った花を渡すと、美竹さんは顔を赤くした。

 

 

「……ッ……父さん……///」

「あはは! 蘭、これは頑張らないとだめだな!」

「……ほんとハズい……///」

 

 

 顔を真っ赤にして抗議の声を上げる美竹さん。最近は彼女の辛そうな顔を見ていることが多かったからか、今恥ずかしそうにしながらどこか嬉しそうな美竹さんは、とても可愛らしく見える。

 

 

 それはともかく、楽屋の中を見渡すと、奥の方に緊張で怯えている女の子が1人。つぐみちゃんだ。

 

 

「あっ! 貴嗣君だ!」

「おつかれ~ひまりちゃん。……つぐみちゃんは緊張してるか」

「……た、貴嗣君……」

「さっきから大丈夫って言ってるんだけど、ずっとこの調子なんだ」

「ごめんね……ひまりちゃん……」

 

 

 Afterglowの皆は始めて見たあの日と比べて、明らかに上達している。俺達が伝えた各々の注意するべきポイントも、ほとんど問題がないくらいに改善されている。もう心配はいらないだろう。

 

 だがそれで自信がつくかどうかは個人の問題。つぐみちゃんのように緊張する気持ちも分かる。でもやっぱり個人的には、怖がらずに楽しく演奏してほしい。

 

 

 緊張をほぐすためには……そうだなぁ……やっぱ笑わせるのが一番だろうか。

 

 

「今からモノマネしまーす」

「「「!?」」」

 

 

 いきなりこいつは何を言い始めたんだ、と言わんばかりの目で5人の視線が集中する。

 

 いいだろう、緊張をほぐすためだ。俺の渾身のモノマネをとくと味わうがいい。

 

 

「ピッカッチ〇ウッッ!!」(激似)

 

 

「「「……ぷっ……ははっ……アハハハハハ!」」」

 

 

 よし、なんとか皆笑ってくれた。

 

 見よ、この光景を。今までガチガチに緊張していたつぐみちゃん含め、皆が腹を抱えてわたっているではないか。

 

 

「ま、待って……ははっ……! ちょっと今の……ふふっ……似すぎ……あははっ!」

「モノマネ大会はバンドの皆でやってるからねー。それよりもどう? 緊張ほぐれた?」

「ははっ……えっと……あ、あれ? ほんとだ……何だか楽になった……!」

「た、貴嗣君……すごい……!」

 

 

 実は今まで披露する機会が無かっただけで、バンドの練習の休憩時間や帰り道で、俺達4人はモノマネ大会をしているのだ。もちろんただ面白いからやっているだけだが……まさかこんな形で役に立つとは思っていなかった。

 

 

「よし、これで大丈夫。つぐみちゃんならできるって信じてるよ」

「……! うん! 貴嗣君、ありがとう!」

 

 

 天使のような満面の笑みを見せてくれるつぐみちゃん。頑張り屋で優しくて笑顔が天使とか、もう非の打ち所がないのでは?

 

 

「(つぐいいなー……。私も貴嗣君に励ましてもらいたいなあ……)」

「ひまりちゃんはどう? もう大丈夫?」

「へっ!? う、うん! 元から大丈夫だよ!」

「……とか言って結構緊張してたでしょ? 顔に出てたよ?」

「はうっ……はい……そうです……」

「あはは、ごめんごめん。……ピ〇カピーカー(小声)」

「アッハッハッハ! 不意打ちは卑怯だって……!」

 

 

 これからはモノマネの特技の1つにするのもありかもしれない。

 

 

「そうそう。やっぱひまりちゃんは笑ってないと」

「……えっ?」

「ひまりちゃんには、今みたいな明るい笑顔が一番。その明るい気持ちがあれば、今日のベースも大丈夫だよ」

「……!?!?///」

「どう? いけそう?」

「……う、うん!!/// やったー!! 貴嗣君に褒められたー!!

 

 

 溢れ出る喜びを表すように楽屋内をビュンビュン動き回るひまりちゃんと、それを温かい目で見守る皆。

 

 そんなひまりちゃん達を見て温かい気持ちになっていると、また無線が入った。開演時間になったので、バンドの誘導を随時始めて欲しいとのことだ。

 

 

 一番最初は花蓮が担当している部屋だ。俺を含め、誘導の際はスタッフ全員が廊下や会場にでてバンドを誘導する必要がある。丁度花蓮から手伝ってほしいと連絡が来た。

 

 

「了解。そっちに行く。――それじゃあ皆、順番になったら俺が誘導するから、それまではそこのディスプレイでライブを見ていてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてイベントは順調に進み、次がAfterglowの番というところまで来た。

 

 俺は彼女達をステージ裏まで誘導する。正面からは見えないが、すごい迫力を感じることができる。

 

 

「皆頑張ってきてな。俺達も応援してるよ」

「おう! アタシ達の演奏、しっかり見といてくれよ!」

「モカちゃんのテクニックで皆をビックリさせちゃうよ~」

「うん! 私達ならできるよね!」

「その通り! ね? 蘭」

「うん。今のあたし達なら、出来る」

 

 

 皆の自信に満ち溢れた目を見て一安心だ。これまでの練習の成果を全力でぶつけることができるだろう。

 

 タイミングを見計らったかのように無線が入った。

 

 

『山城さん。Afterglowの誘導をお願いします』

『了解しました。今から誘導を開始します』

 

 

 スタッフさんにそう答えてから、皆の方を向く。

 

 

「さあ皆。俺についてきて」

「「「はい!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてステージ裏。音響機器等の設定が終わったら、いよいよ出番だ。

 

 

「山城君」

「ん? 美竹さん? どうした?」

 

 

 美竹さんに呼ばれたので、彼女の元に向かう。

 

 

「……あたしにお父さんと向き合う力をくれてありがとう。山城君が背中を押してくれたから、今あたしはAfterglowの皆とここにいる」

「どういたしまして。でも、勇気を出して自分と向き合うって決めたのは美竹さん自身だよ。だから自信を持って。絶対大丈夫」

「うん。……なんか、山城君にそう言われると、不思議と安心するね」

「ふふっ。そっか。そりゃあ良かった」

 

 

 

『こちら音響です。準備完了しました。ステージ裏、準備どうですか?』

『こちらステージ裏です。こちらも準備完了しました』

『了解です。それでは開始します』

『了解しました』

 

 

 

「それではAfterglowの皆さんはステージに上がってください。――皆、いってらっしゃい」

「「「「いってきます!!」」」」

「山城君……いってくるね」

「おう。いってらっしゃい」

 

 

 固い絆で繋がった幼馴染5人を、会場の熱気溢れる歓声が迎え入れた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。

 朝顔の花言葉は「固い絆」、「結束」。白や青、紫の花びらが特徴的な朝顔は、赤や黒がメインカラーのAfterglowとはイマイチ繋がりにくいかなーとも考えたのですが、その花言葉はまさしく彼女達に相応しいのではないかと思い、タイトルに選ばせて頂きました。

 評価コメントや感想、送ってくださったメッセージは全て拝見させて頂いております。モチベ爆上がりです。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 Nasturtium

 
 先日UAが10000を超えました!! 皆様本当にありがとうございます!!

 新しくお気に入り登録をしてくださった皆様、☆9評価をくださったシルスキー様、ありがとうございます!

 今回はAfterglowメインストーリーの最後、後日談的なものとなっております。前回もお伝えした通り、次回からはメンバーとのエピソードになります。

 タイトルの花は「ナスタチウム」。赤や黄の花びらが綺麗な、初夏~秋の花です。

 それではどうぞ!


 

 

「それじゃあ、ガルジャム出場&ライブ成功を祝って……かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

 

 

 お互い持ったグラスをカンッと優しく当て合い、ライブ成功の喜びを全員で分かち合う。キンキンに冷えたジュースがたまらなく美味しい。

 

 羽沢喫茶店にて打ち上げをしているAfterglowとSilver Lining。俺達は手伝っただけで出場はしていないのだが、今まで練習を見てくれたことやトラブル解決を手伝ってくれたこと等の感謝をさせてほしいと言ってくれたので、こうして俺達も参加させてもらっている。

 

 大きなテーブルに9人の男女。テーブルの上には大量のお菓子と飲み物。おおよそ普通の喫茶店では見られない光景だ。今日は店が休みだそうだが、打ち上げのために貸し切りにさせてもらっている。快く受け入れてくれたAfterglowの皆に、そして羽沢家の皆さんに感謝だ。

 

 

「そういえば俺達文化祭の打ち上げしてないよな?」

「確かに。文化祭終わってから皆で集まれる時間が無かったもんね」

「じゃああたし達も打ち上げしよう! どこでしよっか?」

「うちの店はどうだ? 定休日に貸し切ってさ」

「いいね! 迷惑じゃなかったらお店でやりたい!」

 

 

 お菓子を片手に、俺は皆にうちの店で打ち上げを行うことを提案する。

 

 

「お店? 貴嗣君の家って料理屋さんとかなの?」

 

 

 4人で文化祭ライブの打ち上げの話をしていると、そこにひまりちゃんが入ってきた。隣にはリンゴジュースの入ったグラスをもったつぐみちゃんもいる。

 

 

「実は俺の家も喫茶店なんだ。Sterne Hafenっていう店」

「「えっ!?」」

「今女子高生の間で話題沸騰中のあの……!?」

「コーヒーが本当に美味しいって言われてるお店だよね……!?」

「(……この流れ、松原さんの時と一緒だな)」

 

 

 そんなにうちの店は人気なのだろうか。だが言われてみれば、花咲川の人達も学校終わりに来てくれることが多くなったような気がする。母さんがイン〇タで宣伝している効果かもしれない。

 

 

「たまに俺も店の手伝いするんだ。よかったら時間があるときにでも寄ってみて。サービスするよ」

「えっ!? 貴嗣君が働いてるの!? 行く! わたし絶対行く!」

「私も行きたいって思ってたんだ。またAfterglowの皆で行くっていうのはどう?」

「それいい! さっすがつぐ!」

 

 

 よし、お客様5名確保でございます。母さんの喜ぶ顔が目に浮かぶ。ここから羽丘学園にも進出するとしよう。

 

 

「貴さーん。モカちゃんのためにどうかテーブルの上のお菓子をお恵みくだされ~」

「お菓子か? じゃあ……これでいいか? はい、どうぞ」

「むむっー手が届かない……。こうなったら仕方ない、貴さーん、あーん」

「「「……モカ(ちゃん)!?」」」

 

 

 丁度テーブルをはさんで向かい側にいるモカから指令が来る。

 

 俺は適当にチョコスティックを手に取って渡そうとしたのだが、どうやら手に取るのが面倒くさくなったらしい。マ〇オギャラクシーに出てくる星型の食いしん坊のように口を開け、食べさせてくださいとお願いをしてきた。

 

 どう見ても手は届くのだが、その気分じゃないのだろう。この前ポピパの皆と弁当を食べているとき、おたえにお願いされてハンバーグをあーんした記憶が甦る。こういったシチュで「自分で食べられるだろ?」と言うのは、不適切な対応なのだ。

 

 

「いいよ。はい、あーん」

「あーん……もぐもぐ……。んん~おいひぃ~……。貴さーん、次はそのクッキーを~」

「はいよ。はい、あーん」

「あーん……。んん~さいこう~……♪ もっとちょうだ~い」

「はいはい。どうぞ~」

 

 

 どうやら喜んでくれているようだ。俺が口に運ぶお菓子をもきゅもきゅと食べるモカ……まるで小動物みたいだぁ。

 

 

 

 

 

「モカのペースに流されないなんて……。アタシ達でも振り回されるのに、すごいな……」

「うちの貴嗣はあの程度で狼狽えないよー。あれくらい慣れっこだよ。……あれ? 巴、なんか顔赤くな~い?」

「へっ!? 穂乃花? い、いやっ、何でもない……! (なんか今のモカと貴嗣、カップルみたいで見ててドキドキするな……///)」

「あれれ~? いつも堂々としてるのに顔赤くしちゃって~。さてはあんな光景見るのに慣れてないな~ウリウリ~」

「……ッ!? か、勘弁してくれ……///」

 

 

 横を見ると巴をからかっている穂乃花の姿が。同じドラマーとしてシンパシーを感じる部分もあるのか、出会ってそんなに経っていないし、俺みたいに頻繁にアフグロの手伝いに来ていたわけではないが、ご覧の通りすっかり仲良しだ。

 

 

 ……穂乃花が一方的に巴をいじっているだけに見えるが。

 

 

 

 

 

「2人とも、モカちゃんが羨ましい?」

「「ひゃあっ!?……花蓮ちゃん!?」」

「つぐみちゃんもひまりちゃんも、貴嗣君のこと狙わないの?」

「「へっ……!?///」」

「あははっ、2人とも顔真っ赤にして、可愛いなあ。色々貴嗣君頑張ってたし、ちょっと気になるんじゃない?」

 

 

 せっせとモカにお菓子を食べさせていると、今度は花蓮とひまりちゃん、つぐみちゃんの声が耳に入ってきた。

 

 

「分かるよー。貴嗣君、顔は整ってて高身長、体格も良いしギターも上手、そして何より優しいし。狙うなら早く動かないと。花咲川(うち)にはライバル多いよー?」

「ね、狙うなんて……私はただカッコいいなって思ってるだけで、それで……ううっ……///」

「(ライバル……? 誰なんだろ……?)」

「つぐみちゃん、誰が貴嗣君を狙ってるか気になるの?」

「えっ!? な、なんで分かるの……?」

「ふふっ、顔に出てるよー。そうだね~……少なくとも1人は確実だね。怪しいのも含めるとあと4人ってところかな?」

「「お、多い……っ!」」

 

 

 店内にBGMをかけているのに加え、皆あちこちで話しているので正確には聞き取れないが……花蓮と話している2人が驚いているのだけは聞こえた。

 

 

「あははっ。折角仲良くなれたんだし、遊びに誘ってみたら? 貴嗣君遊ぶの大好きだし。思い切ってデートしちゃえっ」

「貴嗣君と……デ、デート……ううっ///」

「……///(なんか変に意識しちゃうな……。でも、多分ひまりちゃんは貴嗣君と遊びに行きたいだろうし、あんまり私が邪魔しないほうが良いよね……?)」

 

 

 花蓮もアフグロのメンバーとしっかり打ち解けたようだ。俺がモカにお菓子を食べさせている傍ら、少し離れたところでこちらを見ながら雑談をしている。

 

 

 ……あっ、目が合った。空いている方の手を振ろう。……ありゃ、つぐみちゃんと花蓮は振り返してくれたけど、ひまりちゃんは俯いてしまった。

 

 

 

 

 

「美竹さんもお願いしてみたら?」

「えっ? す、須賀君……? お願いって……何を?」

「大河でいいよ。同い年なんだし。――何って、モカちゃんと同じことをさ」

「い、いいよ別に……。恥ずかしいし……」

「まあ恥ずかしいのは間違いないわな。でも美竹さんも頑張ったんだしさ、ちょっとくらいモカちゃんみたいに甘えてもいいんじゃない? 貴嗣は嫌な顔しないぜ?」

「あたしも蘭でいいよ。――今の2人の間に入るのはちょっと……。大河こそ、あたしなんかと話してていいの?」

「もちのろん。気になる男子に話しかけたくてモジモジしてる子の甘酸っぱい気持ちが伝わってくるし、俺そういうの好きだし」

「は、はあ……!? ベ、別に山城君はそんなんじゃないし……!」

「俺は男子って言っただけで貴嗣とは言ってないぞ~?」

「……ッ!///」

「あははっ! ごめんごめん! からかいすぎた! 謝るからそんな睨まないでくれよ?」

 

 

 そしてモカの隣にいる美竹さんと、Silver Liningのベーシストである大河というレア(?)な組み合わせ。練習でアドバイスを伝える時に話していたのを見たくらいだが、さすがコミュ力の塊だ、この打ち上げではさっきから仲良く話している。控えめすぎず攻めすぎずという絶妙な距離感を取るのが上手な大河に、美竹さんも心を許しているようだ。

 

 

 ……さっきからモカが止まらない。このままだと全部食べちまうぞ。

 

 

「大河? あんま美竹さんをからかうなよ? ……モカ、ちょっと食べすぎだからストップ」

「えぇ~そんなあ~。貴さんがお菓子をくれないと、モカちゃんは滅せられてしまいます~」

「お菓子ならいくらでも食べさせてあげるから。ほら、今我慢したらうちの店で美味しいパンケーキごちそうするから。皆の分のお菓子を残しといてやってくれないか?」

「パンケーキ……!」

 

 

 俺がそうお願いすると、モカの目は、喜びと期待に満ちたものとなった。

 

 

「わかったー。みんなー残り食べていいよ~」

「「「モカ(ちゃん)がお菓子を我慢した……!?」」」

 

 

 流石にテーブルの上にあるお菓子の数が見るからに減ってきていたので、うちのパンケーキで手を打った。うむ、言い方は悪いかもだけど、モカの扱いが大分分かってきたぞ。

 

 

「いやーすまんな。反応が面白くて、ついやっちまった。ごめんな蘭?」

「別に。そんなに気にしてないよ」

「ならよかった。じゃあ俺は他の子と話してこようかな。蘭は貴嗣と話しときな。じゃあの~」

 

 

 大河はそう言ってコップを持ったまま席を立ち、穂乃花と巴の元に行った。多分2人で巴をからかうつもりなのだろう。エスカレートして花蓮がヘルプに入るまで予想できた。

 

 

 

 

 

「美竹さん。隣行ってもいい?」

「うん。いいよ」

 

 

 オレンジジュースとお菓子を持って席を移動する。

 

 

「さっきは大河がすまんな。悪いやつじゃないから安心して」

「うん。それは大丈夫。すごく話しやすいし」

「それが大河の長所だからねー。お互い名前で呼んでたし、仲良くなったみたいで何より」

「あれは大河が名前でいいって言ってきたからさ。お互い名前呼びじゃないと違和感あるじゃん」

「確かにね」

 

 

 オレンジジュースが無くなったので入れようと思ったのだが、ボトルが空になっている。ほぼ満タンに近い麦茶のペットボトルを持って、自分のコップに注ぐ。

 

 美竹さんのコップも空になっている。何が欲しいか聞いてみよう。

 

 

「美竹さん。何か飲み物入れ――」

「蘭」

「えっ?」

「名前で……呼んでほしい」

 

 

 手に持っているコップをモジモジと触りながら、チラッチラッと横目でこちらを見ながらお願いされた。さっきからこんな感じだったからどうかしたのかと思っていたが、なるほど、名前で呼んで欲しかったのか。

 

 

「――蘭。飲み物入れようか?」

「……うん。――貴嗣と同じので」

 

 

 コップに麦茶を入れる。蘭はそれを嬉しそうに受け取った。

 

 

「ガルジャム、楽しかった?」

「うん。最高だった。父さんにもバンド活動認めてもらえたし」

 

 

 蘭はそう言って、コップに注がれたお茶の水面を見る。彼女にとって、父親に認められたというのは感慨深いものだろう。少し俯いているその顔には、自分の想いを受け入れてくれたことによる喜び――彼女のお父様そっくりの優しい笑顔があった。

 

 

「頑張ってよかったな」

「本当にね。皆も、こんなあたしに着いてきてくれた」

 

 

 蘭は顔を上げ、自分に手を差し伸べてくれたAfterglowのメンバーを見つめる。穂乃花と大河に弄られて顔を真っ赤にしている巴、花蓮に翻弄されているひまりちゃんとつぐみちゃんに、それに便乗して2人をからかっているモカ。最高のメンバーだ。

 

 

「喧嘩も衝突もしたけど、だからこそ今があるんだよね。辛かった時期があったから……こんな素敵な景色を見られるんだよね」

「その通り。その感じだと、この前の言葉の意味、理解してくれたみたいだな」

「うん。……ほんと色々知ってるね。同い年っていうのが嘘みたい」

「正真正銘同い年だよ。色々知ってるってのは……まあ、俺読書大好きだからさ。読んでいく内に自然とそういう言葉を覚えていったかなー」

「読書か……確かに、貴嗣って難しい本とか読んでそう。じゃあ他にも、なんかいい言葉知ってたりするの?」

 

 

 蘭にそう聞かれ、俺は上を見上げる。記憶の引き出しから、今の蘭達に合っている言葉を探し出す。

 

 

「……『人間は不遇になった時、初めて友情の何たるかを知る』」

「へえ~……何それ?」

「昔の武将の言葉。自分に不幸が降りかかった時にこそ、人は初めて友情の意味を知るってこと」

「そうなんだ。……なんか、今のあたし達にピッタリな言葉だね」

 

 

 揺らぐ、傷つく、失う――そういう局面に陥った時に、人は初めて友情という貴い言葉の意味に気づく。そしてそれらを乗り越えた絆はより強固になり、試練を乗り越える力になる。

 

 これは蘭達が一番分かっていることだろう。多分、これからも皆には壁が立ちはだかる。それは避けられない。それが人生というものだ。

 

 

 でも大丈夫。

 

 

「2人ともー! 皆で集合写真撮るから、こっち来てー!」

「……だってさ。ひまりちゃんが呼んでるし、行こうか、蘭」

「うん。行こう、貴嗣」

 

 

 

 

 

 だって彼女達はAfterglow。

 

 断ち切れることのない絆で結ばれ、困難に打ち()った、幼馴染5人組なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 同日打ち上げ終わり。帰り道にて。

 

 

「(貴嗣君と2人っきり……。誘うなら今、だよね……?)」

「あっ、もうここか。ひまりちゃんはあっちの道だったよね?じゃあここでバイバイかな」

「えっ!? ああ、うん! そうだね! (あっ……ど、どう誘えば……)」

「今日は一杯話してくれてありがとう。また練習誘ってもらえると嬉しい」

「うんっ! ……また誘うね!(だめだ、このままだと帰っちゃう……声かけなきゃ……)」

「じゃあ俺はここで。じゃあn」

「た、貴嗣君!!」

「お、おう。どうした?」

 

 

 ひまり、何とか勇気を出して貴嗣を呼び止める。

 

 

「えっと……その……あのっ!」

「うん。どうした?」

「よかったらその……つ……次の休みの日……私とどこかに遊びに行きませんか……!///」

 

 

 顔を真っ赤にして、ブンッ! と勢いよく頭を下げるひまり。

 

 

「ああ。俺でいいのなら、ぜひ」

「え……いいの……!?」

「もちろん。遊ぶの大好きだし。細かい日程とかはまた家に帰ってからでもいいかな?」

「……っ! うんっ! 私からも連絡するね!」

「オッケー。夜の9時くらいにL〇NE送るね」

「うん! 私もそれくらいにメッセージ送るね!」

「サンキュー。――じゃあ、俺はこの辺で。またうちの店にも来てね。バイバイ」

「うんっ!! バイバイ!!」

 

 

 次の日、あまりにも高いテンションに違和感を感じたバンドメンバーから学校で尋問を受け、ソッコーで事情を吐いてしまい顔から湯気が出るまで弄られるひまりであった。

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 ナスタチウムの花言葉は「困難に打ち克つ」です。本文の最後の方にもチラッと出させていだたきました。色々調べてみて、この花言葉が一番しっくり来ました。

 今朝マイページを開いたらUAが10000を超えていて……本当にびっくりしました。こんなにたくさんの方々に読んでもらっているんだなと思うと、とても幸せな気持ちになります。皆様本当にいつもありがとうございます!

 次回はAfterglow編でのメインヒロインとのお話です。さて誰なのか……?

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 リーダーのカタチ

 
 新たにお気に入り登録をしてくれた皆様、☆10評価をくださったファイふぁい様、ありがとうございます!! ☆10と温かいコメントでアーナキソ……

 記念すべき(?)Afterglowキャラエピソード一番手は……ひまりちゃんです!

 かなり話が長くなってしまいました(8000字程度)上に、少し読みづらいかもしれません……。ですがAfterglow編のメインヒロインということで、気合を入れて書かせていただきました。

 それではどうぞ!


P.S 途中のあるシーンでの服装は、W〇GOとのコラボ服をイメージしてもらえると分かりやすいと思います!


 スマホの充電……よし。

 

 集合場所……よし。

 

 服の組み合わせ……多分よし。

 

 時間……よし。

 

 

「(楽しみ過ぎて早く着すぎちゃったよお……。でも待たせるのは申し訳ないし、これくらいがいいよね! でも流石に30分前に来たのはちょっと早すぎたかな……)」

 

 

 今日は待ちに待った、貴嗣君とのデート! ……なんだけど、緊張がヤバい……。

 

 

 ううっ……さっきから心臓バクバクだし、ちゃんと貴嗣君と話せるかなあ……?

 髪型と服気合入れたけど……気づいてくれなかったらどうしようかな……泣いちゃいそう……。

 

 

「(あれ……あそこに誰か……?)」

 

 

 あそこでこっちに手を振ってる人……! た、貴嗣君だ……!!

 

 

「ひまりちゃんおはよう。ごめん、待たせちゃったかな?」

「う、ううん! 全然! 今来たばっかりだから大丈夫だよ! 決して30分前から待ってたとかじゃないから安心してっ!!」

「さ、30分……?」

「あっ……い、いや、その……」

 

 

 ななな、何言っちゃったの私のバカ!! これじゃあ貴嗣君気にしちゃうじゃん!!

 

 

「まじか……待たせちゃってごめんな?」

「あ、いや、その……大丈夫だから気にしないで!」

 

 

 ほらぁ……やっちゃったよぉ……。貴嗣君優しいし、絶対気にしてるよね……。

 

 

「長い間待っててくれてありがとう。ここ、駅の入り口でなんか結構風強いし、今日涼しいからその服だったら寒かったんじゃない?」

「そ、そうかな? 別にそんな……ひゃうっ!」

 

 

 か、風が冷たいー!!

 

 この前買ったばっかりの服だけどこれちょっと生地が薄いから、今日みたいに涼しい日にはちょっと寒い……。服選び失敗しちゃったかな……。

 

 

「寒いのに待っててくれたんだよね。お詫びの気持ちになるか分からないけど……はい、どうぞ」

「えっ……」

 

 

 あれ、なんかあったかい……なにこれ、上着……?

 

 これ、貴嗣君の……っ!?

 

 

「おっ、さすが紺のカーディガン。どんな色にも合いますなー」

「えっ、ちょ、えっ……!?」

「そのカーディガンいいでしょ。今寒いだろうから羽織っといて。大分マシになると思う」

 

 

 わ、私に自分のカーディガン掛けてくれた……!! こ、これって、一昨日見た恋愛ドラマで主人公がヒロインにやってたのと同じやつ……!!

 

 

「!?!?///」

「あはは、サイズ大きいから袖の所結構余っちゃってるね。そこはこう、めくってあげると……」

「ひゃう!?///」

「! わ、悪いっ。急に触られると嫌だよな。すまん、迂闊だった……」

「う、ううん……大丈夫……だよ……///」

「……そ、そっか。えっと、もう片方もこうやって……ほら、良い感じだ。上は白で下はデニムスカートだから、カーディガン羽織っても違和感ないね」

「そう、かな……? えへへ、ありがとう! この上下、この前Afterglowの皆で遊びに行った時に買ったんだよ」

「そうなのか。いいよな、その組み合わせ。俺も好きだよ。やっぱ明るめの色似合うね」

「ほ、ほんと!? やったー! ありがとー!」

 

 

 やったあー! ファッション褒められたー! 嬉しいな~!

 

 

「その髪型はえっと……サイドくるりんぱってやつか。やっぱ雰囲気変わるね」

「そ、そう? ちょっと変えてみたんだ~。どう……かな?」

「いいと思うよ。俺は結構好きかな」

 

 

 す、好き……!!??

 

 

「えへへ……/// やったあ……///」

「(ふにゃふにゃになっとるな)――あっ、もうこんな時間か。そろそろ切符買いに行こっか」

「うん! それじゃレッツゴー!」

 

 

 ふんふふ~ん! 頑張ってお洒落してきた甲斐があったよ!

 

 折角のデートなんだから、今日は目一杯楽しんじゃおっと!

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 2駅先で降りた後に歩くこと15分。今日の目的地である喫茶店に来ていた。最近SNS上で注目を集めている店だ。ここはうちや羽沢喫茶店とはまた違った、明るくて賑やかな雰囲気が特徴だ。

 

 

 さて、どうして人気を集めているのかというと――

 

 

 

 

 

「おまたせしました。本店特製のストロベリーパフェと、チョコバナナパフェでございます」

「わあ~美味しそう……!」

 

 

 それはこの店でしか食べられないパフェである。女の子なら無視することはできないスイーツ、その中でもスイーツピラミッドの高位に位置するであろう(?)パフェだ。見た目良し味も良しとなれば、もう若者の間で人気が出ないわけはないだろう。

 

 

「貴嗣君のチョコバナナパフェも美味しそうだね!」

「だね。まさかこんなにボリュームがあるとは思わなかったよ」

 

 

 これが今日のメイン、“巷で噂のスイーツを食べに行こうの旅”である。ひまりちゃんの要望で、今日俺達はこの喫茶店に来ているのだ。

 

 

「よし、じゃあいただこうか」

「うん! それじゃあ――」

「「いただきます(!)」」

 

 

 スプーンでチョコがかかったバナナを一口サイズに取り口に運ぶ。

 

 うん……! これ、美味しいぞ……! 食べる前はちょっと甘すぎるかなと思ったけど、チョコが少し苦めなおかげでバナナの甘さが際立っている。俺の大好きな優しい味だ。

 

 

 いかん、このままだと……

 

 

「あぁ~……めっちゃうまいぃ……」

 

 

 うますぎてとろけてまうわ……。

 

 

「(貴嗣君、すごい顔がふにゃふにゃになってる……!!)」

「……はっ! あかん、うますぎて意識が飛んでたわ……」

「(しかも関西弁出てる……!! 関西弁の貴嗣君もいい……!)」

 

 

 いかんいかん、さっきから気が緩み過ぎだ。恐らく今俺の顔は油断しきっていることだろう。相手が信頼できるひまりちゃんだから……というのが一番強いだろうが。

 

 

「(……ん?)」

 

 

 また1口食べようかと思ったのだが、そこで妙に視線を感じた。ひまりちゃんが俺の頼んだパフェをじーっと見つめていることに気が付いたのだ。まるでおもちゃ屋さんで欲しいおもちゃを凝視する子どもみたいに、俺と俺が注文したパフェを見つめていた。

 

 

「俺のパフェ食べる?」

「えっ!? いいの!?」

「もちろん。はい、どうぞ」

 

 

 俺はひまりちゃんに自分のチョコバナナパフェを渡した。だが――

 

 

「あっ……///」

「あれ? もしかしたら嫌いなものでも入ってた?」

「ううん!! そうじゃなくて……えっと……/// 1つ、お願いしてもいいかな……?」

「俺にできることなら遠慮なく」

 

 

 何故か遠慮がちに聞いてきたひまりちゃん。顔も赤いし、何か恥ずかしいことをお願いしてくるのかと考えていると、ひまりちゃんが口を開いた。

 

 だがそのお願いというものは、自分の想像を大きく超えるものだった。

 

 

 

 

 

「あ、あのね……打ち上げの時のモカみたいに……た、食べさせて……くれませんか……///」

 

 

 俯いて両手を膝の間に入れてモジモジしているひまりちゃん。そのせいで今まで気にしないようにしていた、彼女の持つ最大の武器――何とは言わないがその豊満なものが二の腕あたりでギュッと強調されることとなり、思わずそちらに視線が行きそうになる。

 

 

「……ああ、もちろん。このくらいでいいかな……。はい、あーん」

「!!/// あ、あーん……///」

 

 

 ギュッと目を瞑り小さな口を開けて待っているその姿を見て、可愛らしいと思うと同時に、ほんの一瞬とてつもなく扇情的な何かがこみあげてくるが、そこは冷静に抑える。

 

 

「……どう?」

「うんっ……/// お、美味しい……/// (うぅ……味なんて分からないよお……///)」

「よかった。もう一口食べる?」

「……お、お願いします……///」

 

 

 再度パフェをとり、ひまりちゃんに食べさせる。

 

 別にあーんなんて香澄にもおたえにもやったことあるんだし、なんなら家で真優貴に毎日ねだられてるんだ。だから別に焦ることはない。大丈夫だ。

 

 

「そうだ。ひまりちゃんのストロベリーパフェも食べてみていいかな?」

「私の……? う、うん……! 大丈夫だよ!」

「ありがと。じゃあ、ちょっと失r――」

「あっ、ちょっと待って!」

 

 

 俺がパフェをこちら側に持ってこようとしたら、すごい勢いで止められた。

 

 

 そして、ひまりちゃんは自分のスプーンでパフェをすくって――

 

 

「は、はい……あーん……///」

「……! あーん」

「ど、どう……?」

「……! おお、このいちご、めっちゃうまい!」

「そ、そうだよね! いちごの何とも言えない甘さがたまらないよね!」

「そうそう! それにクリームもついてるし、甘さ全開だな」

 

 

 まさかのあーん返しである。流石に一々狼狽えていては進まないので、気持ちを切り替えてパフェをいただく。

 

 このいちごのパフェもめちゃくちゃうまい。バナナパフェとは違った甘さがたまらない。

 

 

「もう一口もらってもいい?」

「うん! はい、あーん!/// (なんかカップルみたいでドキドキする……///)」

「あーん……ああ、この甘さも好みやなあ~」

「だよねー! 貴嗣君って甘いもの好きなの?」

「ああ、大好きだよ。特に冷蔵庫で冷やしたチョコが一番好きかも」

「あーそれ私もやる! 冷やしたら美味しいよねー!」

 

 

 そして気が付いたら甘いものについての話に。色々あったものの、お互いいつもの調子を取り戻すことができた。

 

 共通の話題で話も弾み、俺達はパフェを食べながら(時に食べさせながら)のんびり雑談を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「――でね、私がいっつも言うんだけど、皆『えい、えい、おーはちょっとね……』って言ってくるんだよ! ひどいと思わない!?」

「あははっ。確かにそれ使うのって子どもの時が多いから、蘭達がそう言う気持ちは分かるかも」

「うーん……やっぱりそうなのかなあ……」

「でも俺は良いと思うよ」

「ホント!?」

「うん。気合入るし。少なくともうちのメンバーは皆好きだと思うよ」

「やったー! ……でも、あれだよね、Silver Liningって本当に仲良しだよね」

「ははっ、ひまりちゃん達には負けるかもね。それにしても『えい、えい、おー』か。リーダーの意見なんだし、一考してくれてもいいのにね~」

 

 

 彼のリーダーという言葉に少しドキッとしてしまった。

 

 正直、私はリーダーとしてしっかりできてるかと聞かれると……自信を持ってはいとは言えない。貴嗣君を見ていると尚更そう思う。

 

 

「貴嗣君って本当にすごいよね。リーダーって感じ」

「そう? ありがとう……でも急にどうしたの?」

「私もAfterglowのリーダーだけどさ……ちゃんとリーダーできてるのかなって。蘭と巴が喧嘩したときも止められなかったし、つぐが倒れたときも怖くて、巴に言われるまで何もできなかったし……」

 

 

 少し前の出来事、スタジオで練習してた時に喧嘩になって、蘭が飛び出していっちゃった日のことを思い出す。

 

 あの時は貴嗣君の指示で、穂乃花ちゃんが私達の話を聞いてくれたから落ち着いたけど……もし2人が来てくれてなかったら……私、多分何もできないまま泣いてたかもしれない。

 

 

「なるほどなー。でもそうやって過去の出来事を受け止められる人は、必ず成長できると思う」

「成長……?」

「うん。そうやって悩むのって、自分はどうしたらいいのかって考えてる証拠じゃない?」

「あっ……」

 

 

 ちょっと難しいけど、なんとなく貴嗣君が言っていることは分かる。

 

 

「過去と向き合うのは、とても勇気がいることだからね」

「過去と……向き合う……」

 

 

 貴嗣君は窓の外を見ながらそう言う。

 

 表情は良く見えないけれど、なんとなく、ほんの少しだけ、寂しそうな声だった。

 

 

「それに、俺はAfterglowのリーダーはひまりちゃんじゃないとダメって思うな」

「……えっ?」

 

 

 貴嗣君はミルクを混ぜ終わったコーヒーを飲みながらそう言った。そして私の方を見ながら優しく笑ってくれた。

 

 

「常に元気で明るく、気立てがいい。良い意味で癖の強いAfterglowのメンバーをしっかり理解して、思いやりを持って行動できる」

「思いやり……」

 

 

 低く落ち着いた声が、すうっと私の中に入って来る。

 

 

「リーダーって言っても色々あると思うんだ。先頭に立って皆を引っ張るのがリーダーって皆思いがちだけど……皆と手をつないで一緒に走るっていうのも、1つのリーダーの形だって俺は思う」

 

 

 温かくて、優しい声。

 

 この前まで練習でいつも聞いていた声だけど、こんなに近くで、しかも2人きりだからか、私はいつもよりドキドキしていた。

 

 

「ひまりちゃんはその元気でポジティブな性格で、皆と一緒に頑張るリーダーなんだって思ってる。一生懸命皆のために頑張ろうとするその姿は、紛れもなくリーダーだよ」

「……!!」

「それはとても素敵なこと。だから自信持ってね」

「……うん……!!」

 

 

 そっか……! 

 

 前に出るんじゃなくて、皆と一緒に走るリーダーっていうのも……いいんだよね!

 

 

「貴嗣君! ありがとう!」

「おう。やっぱひまりちゃんは元気一杯なのが一番だよ」

「えへへ……///」

「お互いリーダー同士、頑張ろうな」

「うん! ――あっ、もうこんな時間!」

「ありゃ、ほんとだ。じゃあ次の目的地に行きますか」

「はーい!」

 

 

 さっきの沈んだ気持ちが嘘みたいに楽しい気分で、私達は喫茶店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ひまりちゃん。これなんかも合うんじゃないかな? ピンクのチェック柄シャツだけど」

「わあ~……! これいいかも! 試着してきてもいい?」

「もちろん」

 

 

 あの後俺達は、この街のショッピングモールの中にあるWEG〇に来ていた。うむ、やっぱり服はどれだけ見てても飽きない。

 

 

「じゃーん! どうかな?」

「……すげえ」

 

 

 目の前にいるのは、ベージュの帽子にこれまたベージュ色のシャツ、その上にピンクのチェックシャツを羽織り、デニムスカートに茶色のブーツを纏ったひまりちゃん。もうどっからどう見ても美少女だ。

 

 

「いや、ほんとに似合ってるね」

「もちろん! だって貴嗣君が全部選んでくれたんだよ!」

 

 

 どうやらひまりちゃんは満足してくれているようだ。クルクルと回って色んな角度から鏡を使って自分の姿を確かめている。

 

 

 それにしても夏服だからしょうがないのだが、やはり生地が薄い。そのせいで彼女の色気の象徴であるそれ(・・)がさらに強調されることになり、否が応でも意識してしまう。首から掛けているネックレスもあり、その谷間のラインがよりはっきりしている。

 

 

「(一緒に遊んでくれてる女の子に対して何考えてるねん……失礼すぎるやろ……)」

 

 

 自分の下心に内心あきれていると、新しいコーデを満喫し終えたひまりちゃんが話しかけてきた。

 

 

「じゃあ今度は貴嗣君の服選んでもいいかな?」

「えっ? いいのか?」

「もちろん!」

 

 

 ひまりちゃんは満面の笑みでそう言ってくれた。断る理由もないので、早速コーデを考えてもらうことにした。

 

 

「あっ、このVネックいいかも! これに開襟シャツと……そうだ! ワイドパンツ! 貴嗣君って上品なコーデ多いよね? 今日も下はスキニーだし」

「そうなんだよねー。どうしてもカジュアルから離れちゃうんだ。ひまりちゃんは逆にカジュアルすごく合うから、良い感じのを選んでくれると嬉しいかな」

「まっかせといてー!」

 

 

 あれもいいなー! これもいいなー! と店の中を回りながら、俺に合いそうな服を選んでくれた。それを持って試着室に向かった。

 

 

「どうかな? 違和感ない?」

「!!」

「ど……どした……?」

「すっごい似合ってるよ! すごい! キレイめのコーデもいいけど、こっちは親しみやすいって感じかな!」

「おお……。確かに、俺もこれめっちゃ好きかもしれん」

 

 

 ひまりちゃんが選んでくれたのは、白のVネックにオレンジの開襟シャツ、黒のワイドパンツだ。ワイドパンツは楽で気持ちいいし、シャツのオレンジがアクセントになってなんかこう、すごくいい感じ。

 

 

「オレンジの服は持ってなかったなあ。明るい色でハマるかも」

「うん! 結構合ってると思ったんだー!」

「さすがだね。じゃあ選んでくれたの買うわ。ありがとね、ひまりちゃん」

「うん!/// じゃあ一緒にレジに行こうよ!」

「そうだね。行こっか」

 

 

 お互い相手に選んでもらった服を持ってレジに向かった。丁度セール期間だったので、思ったより安く買うことができた。

 

 

「よし。じゃあ駅に向かおうか」

「うん! そろそろ夕方だしね!」

 

 

 パフェも美味しくいただいてファッションも楽しんだ俺達は、帰るための電車に乗るためにショッピングモールを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 ――皆と手をつないで一緒に走るっていうのも、1つのリーダーの形だって俺は思う

 

 

 ――皆をしっかり理解して、思いやりを持って行動できるのがひまりちゃん

 

 

 ――それはとても素敵なこと。だから自信を持ってね

 

 

 

 

 

 ガタンゴトンと揺れる電車の窓から流れていく景色を眺めながら、今日隣に座っている憧れの男の子に言われた言葉を思い出す。

 

 

 初めて貴嗣君のことを知ったのは、花咲川の友達がSNSに上げていたライブ映像。ステージの上でギターを弾きながら歌っている姿を見て、すごい人だと思ったのが最初の印象。

 

 

 それでその友達に彼の写真を見せてもらったときに、一目惚れ……はちょっと大袈裟だけど、それに近いものを経験した。短髪でキリッとした顔に優しそうなたれ目。完全に私のタイプだった。

 

 

「(……貴嗣君に会ったのは、それからすぐだったっけ……)」

 

 

 つぐのお店に貴嗣君が来た時はびっくりしたなあ……。だって推しが目の前にいるんだよ!? すごくない!?

 

 

 それでAfterglowの練習を見てもらうことになって、彼と話す機会も増えた。

 

 

 その真面目そうな雰囲気からは想像ができない程、本当にフレンドリーで話しやすい男の子だった。私達が抱える問題にも真剣に向き合ってくれて、練習初日に言っていた通り、最後まで責任を持って私達の面倒を見てくれた。

 

 

 

 そうやって彼と過ごしていく中で、いつからか、カッコいいなあと思うようになった。

 

 

 いや、元々カッコいいって思ってたよ? 外見じゃなくて、性格の話だよ!

 

 

 いつも堂々としてて、優しくて……。ガルジャムが終わっちゃって、学校も違うし会う機会が減るのが嫌で、勢いに任せてデートに誘っちゃった。すごく楽しかったし、なんならずっとこの時間が続けばいいのになって思う。

 

 

 初めはただの憧れだったけど……今日一緒に沢山笑ってくれて、励ましてくれて……パフェを食べさせ合ってるときなんてバカップルにしか見えなかったし、そう見られたらいいなー……なんて思ってる自分がいた。

 

 

 多分もうこれって……ただの憧れじゃないよね……? 

 

 

「ねえ貴嗣君」

「ん?」

「今日は一緒に遊んでくれて……ありがとう///」

「うん、どういたしまして。誘ってくれてありがとね。楽しかった」

「ほんと? えへへ……やったっ///」

 

 

 ほら、またこうやって楽しかったって言ってくれるんだもん。また顔熱くなっちゃう……。

 

 

 ほわ~っとした気持ちいい感覚を味わっていると、突然電車がガタン! と大きく揺れて、貴嗣君にもたれかかってしまった。

 

 

「ひゃあっ!」

「おっと……。結構揺れたね。大丈夫?」

「う、うん……///」

 

 

 貴嗣君の大きな体が私を受け止めてくれた。けど私達が座っているのは電車の2人席だ。ただでさえ距離が近いのに、今私が貴嗣君の方に寄って密着してしまい、彼の肩に頭を乗せている状態になっている。

 

 恋愛映画みたいなシチュエーションに、頭がボーっとしてくる。さっきからドキドキが止まらないけど、チラッと貴嗣君の顔を見上げてみると、いつも通りの落ち着いた顔をしている。

 

 

 だから思わず聞いちゃった。

 

 

「貴嗣君さ……その……結構女の子と遊びに行ったりしてるの?」

「急にどうした?」

「あ、あの……女の子に密着されても大丈夫なんだなーって思って……ほら、今みたいに……さ?」

「あー……そういうことね。ほら、俺中学の時留学してたって言ったでしょ? 海外って日本と比べて距離感すっごく近いからさ、3年もいたら何だかそっちに慣れちゃって」

「へ、へえ~……そうなんだ……」

 

 

 てことは中学生の時、こんなシチュエーションを沢山経験したから落ち着いて……うぅ……ちょっと胸の奥がチクチクする……

 

 

「でも誰とでも遊びに行くってわけじゃないよ」

「……えっ?」

「特に今日みたいに2人きりってなると、もっと仲良くなりたい人としか行かない……って当たり前か。まあその、何つーかさ……」

 

 

 少し歯切れが悪い貴嗣君。珍しいというか、今までこんな貴嗣君は見たことが無い。

 

 

「女の子となら誰とでも~……って軽い気持ちではないってこと。今日もそう」

「今日も……? じゃ、じゃあ私と……?」

「うん。折角誘ってもらったってのもあるけど、やっぱりひまりちゃんともっと仲良くなりたいなって思ってさ」

「……!!」

 

 

 貴嗣君……そんな風に思っててくれてたんだ……!!

 

 へへっ……やっぱり、敵わないなあ……///

 

 

「……私ね、今日貴嗣君と一緒にパフェ食べたり、リーダーのこと励ましてもらったり、服選んでもらったり……すごく楽しかったんだ。1日私と遊んでくれて……ありがとう」

「どういたしまして。俺も楽しかったよ」

「うん。……駅に着くまで、このままでも……いいかな?」

「いいよ。どうぞ」

「やった……! えへへ……///」

 

 

 貴嗣君の肩に頭を置いて、体重を少しだけかける。

 

 

 ただの憧れじゃなくなったこの気持ち。多分これからどんどん彼を想う気持ちが強くなってくるんだろう。そう思うと少し怖いけど、今はこのポカポカとした気持ちに浸っていたい。

 

 

 傍から見れば、今の私達は恋人同士。でも実際は違う。

 

 

 いつか、本当の恋人になれたらいいなーなんて甘酸っぱい願いを抱きながら、私は彼に密着する力をほんの少しだけ強くした。

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。Afterglow編のメインヒロイン、ひまりちゃんの話でした。

 「リーダーとしての在り方に悩むひまりちゃん」の描写に挑戦してみたのですが、如何でしたでしょうか? 悩む姿があるからこそ、デートを楽しむひまりちゃんがより可愛らしく見えたらいいなー……という想いをこめて、執筆させていただきました。

 これからは2~3日に1本のペースになります。ご了承ください。それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 「普通」って何だろう?

 
何だかUAがいつもより伸びてるなーって思ったら……バンドリ小説の週間総合評価で一番上に来るようになってました……!! いつも見てくださっている皆様、そして新しくお気に入り登録をしてくれた皆様、ありがとうございます! 本当は2、3日空ける予定だったんですけど……この勢いの乗っかるしかねえ!

 Afterglowのキャラエピソードの2人目は、つぐみちゃんです! タイトルもそうなんですけど、今回ちょっと哲学チックかもしれません。

 それではどうぞ!


 

 

 ヨーロッパ風の建物を想像させる煉瓦造りの外観。大きな窓から見える店内には、綺麗な木製の床やテーブルが見られ、落ち着いた雰囲気を作りだしている。

 

 

 目の前のドアにはOPENの札、そして“Stern Hafen”の文字。

 

 

 前から来たいと思っていた、貴嗣君のお母さんが経営している喫茶店。自分の家の店とどこが違うのか気になるというのもあるけど、単純に1人の女の子として、このお洒落な喫茶店に行ってみたいという気持ちのほうが大きい。

 

 

 ドアを開けると、チリンチリンと涼しそうな鈴の音が聞こえた。

 

 

「ああ、つぐみちゃん。いらっしゃい」

「貴嗣君! こんにちは!」

「今はお客さん少ないから、お好きな席にどうぞ」

「うん!」

 

 

 出迎えてくれたのは、この前までずっと私達Afterglowの練習を見てくれていたSilver Liningの山城貴嗣君だ。今日は店の手伝いをしているらしく、髪を整えていてエプロンも着けている。ちょっと新鮮だ。

 

 

 小さな2人席に座り、メニューを見る。

 

 すごい……このメニュー、全部手書きだ……!

 

 それに、メニューのひとつひとつに写真が載っていて、飲み物とか料理の見た目が分かるようになってる! わあ~……このサンドイッチ美味しそう……。

 

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 

 頼もうとした瞬間に貴嗣君に声を掛けられた。こ、心が読めるのかな……?

 

 

「えっと、このホットコーヒーとサンドイッチをお願いします」

「はーい。すぐに作るから、ちょっと待っててね」

 

 

 そう言って貴嗣君は厨房に向かった。待っている間に、ぐるっと店の中を見てみる。お客さんが少ないっていうのもあるんだろうけど、口コミ通りの穏やかな雰囲気がすごくいい。流れているBGMも優しいテンポで、とても落ち着く。

 

 

「お待たせしました。ホットコーヒーとサンドイッチです」

「ありがとう。わあ~……良い香り……」

「甘い味のする豆を使って淹れたけど、苦かったら言ってね」

「えっ、いいの?」

「もちろん。つぐみちゃん、苦いの苦手でしょ?」

 

 

 遠慮しなくていいからねと笑って言ってくれる貴嗣君。私が苦いの苦手だって言ってないんだけど……。

 

 

「やっぱり……心が読めるの……?」

「……急にどうした?」

「う、ううん! ごめん変なこと言って! ……私が苦いの嫌いだって、どうして分かったの?」

「苦いの……? ああ、そういうことね!」

 

 

 貴嗣君はポンと手を叩く。

 

 

「ほら、打ち上げしたときに花蓮とコーヒーの話してるときにチラッと言ってたでしょ?」

「……あっ! 確かに花蓮ちゃんとそんな話した……」

「昔から耳はいいんだ。盗み聞きみたいになってごめんな?」

「ううん、大丈夫だよ! 覚えてくれててありがとう。それじゃあいただくね?」

 

 

 一口飲んでみる。

 

 ……!! なにこれ、甘くて美味しい……!!

 フワ~っと甘い風味が口の中に広がって、喉通りもすっきりしてる!

 

 

「お気に召したようでなにより。頑張って淹れた甲斐があるってもんだよ」

「えっ!? これ、貴嗣君が淹れたの……!?」

「うん。店の手伝いをするときは淹れるんだ。結構美味しいって評判なんだよ?」

「すごい……!!」

 

 

 結構どころか、すごく美味しいよ……!

 

 この味……はまっちゃいそう……。

 

 

「貴嗣~。そろそろ休憩よ~」

 

 

 コーヒーを味わっていると、店の奥から綺麗な女性が出てきた。

 

 

「えっ、もうそんな時間か。次はいつ入ればいい?」

「今日はもう大丈夫よ。手伝ってくれてありがとう。ゆっくりしてちょうだい」

「そっか。でも今日予定もないしなあ……」

「あら。じゃあお友達と一緒にコーヒーでも飲むのはどうかしら?」

 

 

 その人は私の方を見てニコッと微笑んでくれて、私は思わずペコっと座ったまま礼をしてしまった。

 

 

「ふふっ。ご丁寧にありがとう。貴嗣の母の真愛(あい)です。貴嗣のお友達かな?」

 

 

 お、お母さん!?!? す、すっごい美人……!!

 

 貴嗣君は黒髪だけど、お母さんは綺麗な茶髪だなあ……。でも目元とかほんとそっくり……。

 

 

「は、はじめまして! 羽沢つぐみといいます!」

「つぐみちゃんね。貴嗣と仲良くしてくれてありがとう。今日はゆっくりしていってね」

「は、はい! ありがとうございます!」

「ほーら、貴嗣もエプロンとって休憩しなさい。女の子を待たせるのは許さないわよ?」

「はいはい、そんな焦らなくても大丈夫だよ。――つぐみちゃん、相席してもいいかな?」

「うん! もちろんだよ!」

 

 

 そしてお母さんと楽しそうに話をしながら、貴嗣君は着替えるために控室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 さて、店の手伝いが終わりフリーとなった俺は今、本日うちに来てくれている羽沢つぐみちゃんと一緒にコーヒーを飲みながらのんびりお話をしていた。

 

 

 真面目で礼儀正しく、他人を常に気遣える心優しい女の子だ。そしてとても頑張り屋さん。頑張りすぎて無理をしてしまうこともあるが。

 

 

「貴嗣君っていつからお手伝いしてるの? 高校に入ってから?」

「いや、手伝いを始めたのは中学生からかな。今みたいに頻繁に手伝いをしてたわけじゃないけど」

「あれ? でも貴嗣君、中学の3年間は留学してたんだよね?」

「そうそう。向こうの学校の長期休暇の時にこっちに帰ってきてたんだけど、その時にね」

「へえ~……やっぱりその頃から頑張り屋さんだったんだね」

「つぐみちゃんみたいに?」

 

 

 俺がそう聞くと、つぐみちゃんの動きがピタッと止まった。

 

 

「わ、私? や、やだな~……私なんてまだまだだよ」

「バンドやってて、生徒会にも所属してて、おまけに店の手伝いもしてるんでしょ? めっちゃ頑張ってるじゃん」

「で、でも……貴嗣君だってバンド活動に店の手伝い、アルバイトもしてるんでしょ? 私よりもっとすごいよ!」

「ははっ。そんなに褒められるとは。ありがとね」

 

 

 さっき自分で淹れたコーヒーを味わいながら、次はどういったことを話そうかと頭を回転させる。

 

 

「俺がやってるのって、バンド・手伝い・アルバイトの3つでしょ? じゃあ、つぐみちゃんだってバンド・生徒会・手伝いの3要素持ってるよ? 同じようなもんじゃない?」

「そう……かな……でも、蘭ちゃん達のほうがもっと頑張ってるよ?」

 

 

 少し苦味を抑えるために、机の上にある角砂糖を1つ入れてかき混ぜる。自分の分だからいいものの、ちょっと失敗したなこれ。

 

 甘くなーれと思いながら、先ほどのつぐみちゃんの発言をもう一度頭の中でリピートする。そして、さっきからずっと気になっていることを聞いてみた。

 

 

「1つ質問してもいい?」

「えっ? うん、いいよ」

「――どうしてさっきから自分と他人を比べてるの?」

「……えっ……?」

 

 

 思いもよらない質問をされて、何を聞かれているのか分からないといったご様子のつぐみちゃん。

 

 

「気付いてる? さっきからつぐみちゃん、他人のことは褒めまくってるけど、自分のことになると『でも』って言って話切り替えてる」

「……えっ……その……」

「ああっ、ごめんごめん! いじめてるとか怒ってるとか、そういうのじゃないよ!」

 

 

 聞き方が悪かったと心の中で反省しながら、ゆっくりとつぐみちゃんに話しかける。

 

 

「他人と自分を比べるのが悪いっていうんじゃないけど、つぐみちゃんは自分を追い込みすぎじゃないかなーと思ってさ」

「……その……私は皆と違って普通だから……。蘭ちゃんやモカちゃん、ひまりちゃんや巴ちゃんみたいに、特別優れているものがないから……。皆の足を引っ張らないように、私は人一倍頑張らなきゃって……」

 

 

 俯いて、自分の想いを話してくれたつぐみちゃん。

 

 

 やっぱりそうだ。この子は周りと自分を比べすぎている。自分と周りを比較してしまい、皆のために努力するのだが、それが結果的に自分を傷つけてしまっている。

 

 

 本当にこの子はいい人なんだろう。

 

 

「なるほどな。皆のために自分を奮い立たせて頑張れる……それは本当にすごい」

「そう……かな……」

「そう。誰かのために努力するって、誰でもできることじゃない」

「……」

「それに、つぐみちゃんが自分のことを普通って思うんだったら、俺も普通の人間だな」

「えっ?」

 

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 

 

「例えば店の手伝い」

 

 

 手元にあるコーヒーのカップを指さす。

 

 

「俺はお店に来てくれるお客さんたちを喜ばせたいから、お母さんの手助けがしたいから店の手伝いを始めた。始めはホール、接客だ。……敬語は滅茶苦茶、メニューなんて全然覚えられない、注文が多いとパニックになる。それが中学1年の時の俺」

「中学1年の時の……貴嗣君……」

 

 

 つぐみちゃんは集中して話を聞いてれる。本当に真面目なんだなーと思いながら、俺は話を続ける。

 

 

「そんな俺を周りの人達は、家族は、いつも励ましてくれた。『大丈夫だよ』、『頑張ってるね』って。俺はなんとかして皆に恩返しがしたかった。皆のために、俺は必死に努力した。敬語はネットとか本を読み漁り、メニューは紙に何回も書きながら口にだして覚えた。どうしたらパニックにならないか、母さんや真優貴にも聞きまくった」

 

 

 窓に映っている自分の顔を見ながらそう話した後、またつぐみちゃんの目を見る。

 

 

「それを今までずっと続けてきたのが今の俺。ギターと歌も一緒。始めは何にもできなかった。だから必死で努力して、その甲斐あってここまで来た」

「必死で……努力……」

そういう視点で見たら(・・・・・・・・・・)、俺は紛れもない普通(・・)じゃないかな?」

 

 

 つぐみちゃんは難しそうな顔をして考え込んでいる。多分このまま話を続けても、彼女は悩み続けるだけだろう。アプローチを変えてみよう。

 

 

「オッケー、じゃあちょっと切り口を変えて……お絵かきターイム」

「お、お絵かき……?」

 

 

 そう言って俺は紙とペンをテーブルの上に出した。

 

 

「この紙にいちごケーキを書いてくれる?」

「いちごケーキ?」

「そう。いちごケーキ。自分が思ういちごケーキを書いてみて。書き終わったらお互い見せ合おうか」

 

 

 お互いに紙に自分の想い浮かべるいちごケーキを書く。

 

 

「書けたよ」

「おっけー。じゃあ、せーの――」

「「どん」」

 

 

 紙を裏返して、自分の書いたいちごケーキの絵を見せあう。

 

 

「……あれ……?」

「……いいねえ。ばっちり」

 

 

 つぐみちゃんは真ん丸の大きなケーキを書いてくれた。でも俺は――

 

 

「……貴嗣君のは、ショートケーキ?」

「そう。いちごケーキ。つぐみちゃんのも、いちごケーキ」

「同じものを書いたはずなのに……」

「ここで問題が出てくるんだ。『同じものを書いたはずなのに、どうして絵が違うのか?』ってね」

 

 

 さて、この問題の答えに気付けるか……。

 

 

「うーん……絵は違うけど、私達が描いたのはいちごケーキ……っていうことは同じもののはずだよね?」

「おっ、いいね。そこまでは合ってるよ」

「……でも絵は違う……でも描いたものは同じはず……なのに違う……あ、あれ……? 何が何だか分からなくなってきた……」

 

 

 目をぐるぐるさせて混乱し始めた。

 

 

「オッケーオッケー! ……まさかそんなに真剣に考えてくれるは思わなかったよ。ほんといい子なのな」

「そ、そう……?」

「うんうん。ちょっと難しかったかな? これの答えなんだけど……『捉え方が違うから』なんだ」

「捉え方……あっ……!」

 

 

 どうやらつぐみちゃんは気付いたみたいだ。

 

 

「気づいたかな? 俺達は同じ『いちごケーキ』を書いた。でも書いたものは全く違うよね。当たり前だよな。“俺とつぐみちゃんは違う人間”なんだから」

「確かに……!」

「俺達は確かに同じものを考えた。けど形は違った。つまり、捉え方が違うんだ。心の中にあるイメージ・印象は人によって違うってこと。じゃあさっきの『いちごケーキ』を『普通』に置き換えてみると……?」

「……! 同じ『普通』でも、人によって捉え方が違う……?」

Exactly(その通り)

 

 

 どうやら俺の意図が伝わったみたいだ。

 

 

「同じ言葉でも、それをどう捉えるかは受け取る人次第。つぐみちゃんにとっての『普通』は、誰かにとっての『すごいこと』になるわけだ」

「私の『普通』が……誰かにとっての『すごいこと』……」

 

 

 一言一句を噛みしめるように、俺の言葉を口にするつぐみちゃん。

 

 

「『普通とは何か?』の答えは、ネットには『他と比べて特に変わらないもの』って書いてある。これは間違っていないと思う。でも、この基準って人や時代、環境や社会情勢によって大きく変わるものなんだ。今でこそ当たり前に使っているスマホも、20年くらい前は無かったんだし、別にそれが普通だったでしょ?」

「た、確かに……!」

 

 

 普通という言葉は、あまりにも曖昧なんだ。普通=特徴がない、秀でた所がないと捉えている人は多い。

 

 別にそれは間違っていないだろうし、悪いとも思わない。けれど、“秀でた所があることは良いこと”という考え方が、「普通」をコンプレックスにしてるんじゃないだろうか。

 

 

「――俺は皆と比べて特別秀でた能力とかなくても、それが悪いなんて1ミリも思わない」

「えっ?」

 

 

 だからこそ、目の前にいる頑張り屋さんには、自分を好きになってほしい。

 

 

「多分つぐみちゃんはアフグロの皆と比べて、自分は普通って思うんだよね?」

「うん……皆と比べたら……そう思う」

「その気持ちは俺もすっごい分かる。じゃあ視点を変えよう。つぐみちゃんは皆に迷惑をかけないように頑張ってるって言ってたよね」

「うん……」

「でもさ、そう思ったからいっぱい努力して、お店のお手伝いもできるようになったんだし、皆とバンドできてるんじゃないのかな? 思い出してみて。アフグロの皆を、お店に来てくれる人達を、そして自分達の演奏を見に来てくれた人達を」

 

 

 自分だけが持つ、“羽沢つぐみだけの考え”を持つことが大事なんだ。

 

 自分という存在に自信を持てるように――例え荒波が来たとしてもびくともしない、確固たる自分を持つために。

 

 

「……皆、喜んでくれてた…………あっ!」

「そう。皆喜んでくれた。でもそれって、自分を普通だと思って、それ故に努力してきたからじゃない?」

「普通だからこそ……頑張ってこれた……!」

「その結果、つぐみちゃんは色んな人達を笑顔にすることができたってわけだ。もちろんその中には俺も入ってるよ」

「貴嗣君も……?」

 

 

 コーヒーを最後まで飲み切り、つぐみちゃんの目をまっすぐ見る。彼女の真っ直ぐな性格を表しているような、綺麗なブラウンの瞳だ。

 

 

「俺はAfterglowの演奏が大好き。真っ直ぐで熱い気持ちを感じるから。それは巴のドラム、ひまりちゃんのベース、モカのギター、蘭の歌、そしてつぐみちゃんのキーボードがあるからこそ」

「……!!」

「あと忘れちゃならないのが、つぐみちゃんの前向きなところだな」

「私の?」

「いつも練習の時に『がんばろう!』って言ってたでしょ? ……俺さ、誰かが頑張る姿ってすごく好きなんだ。俺も力がもらえるから。俺が君達と楽しく練習できたのは、つぐみちゃんがいつも前向きでいてくれたからってのもあるんだよ。だから……ありがとうな」

「……!! うん……!」

 

 

 さっきうちのコーヒーを飲んでくれた時のような笑顔を見せてくれて、俺も嬉しい気持ちになる。

 

 

「だらだら楽しくない話をしてごめんね。でもどうかな? 『普通』に対する見方、ちょっと変わったかな?」

「うん! 今まで普通だからもっと頑張らないとって思ってたけど……普通だからこそできることも、いっぱいあるんだよね……!」

「そのとおり。これからは、普通っていうものを色んな視点で見てみてね。色んな発見があるよ」

「うん! 貴嗣君、ありがとう!」

 

 

 満面の笑みを見せてくれたつぐみちゃん。つぐみちゃんの真っ直ぐな笑顔を見て、俺も嬉しい気持ちになる。

 

 

「どういたしまして。つぐみちゃんの『普通』は、つぐみちゃんだけが持つ『色』。自分だけの個性だから、自信を持ってな」

「うん! よーし、頑張るぞー!」

 

 

 つぐみちゃんはそう言って、笑顔とガッツポーズの最強コンビを見せてくれた。可愛い。

 

 なるほど、これがモカが言ってた「ツグってる」ってやつか。いや~ツグってますねえ~。

 

 

「ねえ貴嗣君」

「ん?」

「もし私がまた自分に自信を持てなくなったときは……またここに来てもいいかな?」

 

 

 真っ直ぐ俺を見つめて、つぐみちゃんはそう聞いてきた。

 

 そんなの、答えなんて1つしかない。

 

 

「うん。いつでもおいで。……そうだ。もし来るときは事前に教えといてよ。コーヒー豆の準備して、時間かけて淹れとくからさ」

「えっ、いいの!?」

「もちのろん。ゆっくりコーヒーを飲みながら、今日みたいに雑談しよう」

「うんっ!」

 

 

 ……うっわ、めっちゃ笑顔可愛いなおい。

 

 

「……ねえ貴嗣君……まだ時間ある?」

「時間? ああ、時間なら今日はいくらでもあるけど、どうした?」

「……もうちょっと、お話ししてても……いいかな?///」

 

 

 恥ずかしいと感じているのか、つぐみちゃんは少しだけ顔を赤くして、ちょっと申し訳なさそうにお願いをしてきた。

 

 そんな可愛らしい天使のお願いを断るなんて、だれが出来ようか。

 

 

「全然大丈夫だよ。そうだ、じゃあ次はパンケーキ焼いてこよっか?」

「えっ……あのとろける美味しさで評判のパンケーキ……! いいの……!?」

「もちろん。じゃあ作ってくるから、ちょっと待っててね~」

 

 

 前向きで頑張り屋さんな天使のために、俺は再び厨房に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「普通は悪いことじゃない、か……」

 

 

 さっき貴嗣君に言われた言葉を復唱する。

 そんなこと今まで考えたこともなかった……というか、考えられなかった、のほうが正しいかな。

 

 

 でも貴嗣君の言葉で、今日私の中の『普通』の捉え方は少し変わった。今ではコンプレックスだったけど、別の視点から見てみれば、これは紛れもない長所なのかもしれないって。

 

 

 そういえば貴嗣君が初めて私のお店に来てくれた時、ずっと本を読んでたっけ。だから色んな考え方ができるのかな。本を沢山読む人って、物事を色んな視点で見れるって言うし。

 

 

 前からも思ってたけど、貴嗣君ってすごくしっかりしてるよね。考え方が大人っぽくて、まるで先生みたい。

 

 

 今日私と話してた時も、しっかり自分の考えを持ってて、だからこそ堂々としてて……。ひまりちゃんがカッコいいって思うのも分かるなあ。

 

 

「(私も……カッコいいって思っちゃった……)」

 

 

 貴嗣君に「自分だけの個性に自信をもってな」って言われた時……私もドキッとしちゃった。嬉しかったし、それ以上に、そんな貴嗣君に応えたいって思った。

 

 

 いつか貴嗣君みたいに、自分に自信を持てるように……「普通の女の子」である自分を誇りに思えるように、これからも前を向いて頑張るね。

 

 

 だから――

 

 

 

「はーい。お待たせ。本店特製のパンケーキだよ~」

「わあ~……! 美味しそう……!」

「作り立てだから最高だよ。じゃあ食べようか。さあ、おててを合わせて~?」

「ふふっ。貴嗣君、なんだか子どもみたいだよ?」

「……つぐみちゃんならノッてくれるかなって思ったんだけど。ピカチ〇ウのモノマネの時みたいにさ」

「あははっ!! あれはずるいよ~! ほんと面白かったんだからね!」

「すごいだろ~? またいつでもやってあげるよ」

「うん! またやってね! ……はい、おててを合わせて~?」

 

 

 

 

 

「いただきます」「いただきます!」

 

 

 

 ――見守っていてね、貴嗣君。

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。つぐみちゃんのお話でした。なんか今回デレが書き足りない気がする……(投稿者の感想)

 如何でしたでしょうか? つぐみちゃんのように、普通なことに悩む人って多いような気がします。でも見方や視点を変えたら、物凄く素敵な個性に生まれ変わるとも思っていて、今回それを軸に物語を書かせていただきました。

 ご意見、ご質問、ご感想を随時受け付けております。皆様がいつもどんな感じでこの作品を読んでくださっているのか結構気になる(楽しんでいただけているかちょい不安)ので、一言でも下さるとめっちゃ嬉しいです<(_ _)>

 それでは、次回もよろしくお願いいたします(多分次回は2、3日空きます)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 欲しいもの ないなら自分で 作ればいい

 
 新たにお気に入り登録をしてくださった皆様、ご感想を書いてくださった皆様、ありがとうございます! 評価コメントも含めて、皆様の素敵なお言葉、ご意見に励まされております!

 Afterglowのキャラエピソードの3人目は、巴です! 色々作者の趣味が入った結果、8000字を超えてしまいました……読みづらかったら申し訳ないです。

 それではどうぞ!


 

 キッチン。料理を作るものにとってのキッチンは、いわば剣道を嗜む者にとっての竹刀と同じ神聖なもの――自分達のイメージを具現化するための聖域だ。手荒に扱うなど論外。

 

 仮にそんなことをした者には手痛い仕打ちが待っている。上手く作れなかったり、作れたとしてもマズかったり、といった具合にだ。

 

 料理をするときは、常に誰かに見られているつもりで、常に礼儀正しくしていなさい。自分達の作った料理で誰かを幸せすることを心掛けなさい。そして誰かを幸せにできる自分に誇りを持ちなさい――俺達兄妹は、両親からそう教えられてきた。

 

 

 まあ実際にはこんな師匠口調じゃなかったし、もっと優しく教えてもらったけど、自分に言い聞かせるときには厳しくいかないとな。

 

 

「お兄ちゃ~ん! スープ作る準備はできたよ!」

「サンキュー真優貴。巴はどう?」

「こっちも準備オッケーだ!」

「……よし」

 

 

 目の前には美しいキッチン。綺麗に掃除されており、ここの家の人が丁寧に使っているのが良く分かる。

 

 目の前にはネギやニンニク、玉ねぎに生姜、そして忘れてはいけないチャーシューもある。さあ、準備は整った。

 

 

「これよりラーメン好きによる『ないなら自分で作ればいいじゃない。世界で1つだけのうますぎラーメン』計画を始動する。ラーメン作るぞー」

「「おー!!」」

 

 

 

 

 

 なに言ってるんだこいつと思った方、ちょっと待ってほしい。ちゃんと説明するから。

 

 事の発端はこの前の休みの日にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 コツンコツンと、自分の履いているブーツの音が鳴る。今隣を歩いている私の大好きな人に、2か月くらい前に買ってもらったオシャレなブーツだ。

 

 

「真優貴、歩くのしんどないか?」

「大丈夫! これでもお兄ちゃんと一緒で鍛えてるんやから、舐めてもらったら困るなあ~?」

「ふふっ。そやな。女優には体力が不可欠、やろ?」

「そういうこと!」

 

 

 皆さん初めまして&お久しぶりです! 山城真優貴です! こうやって挨拶するのは初めてですね!

 

 今日は日曜日。ちょっと久しぶりに2人きりで外食に来てます♪ だから私は上機嫌なのです♪

 

 

「……えいっ♪」

「おいおい。ちょっとくっつきすぎちゃうか? 俺は別にええけど、ネットに色々書かれたら困るのは真優貴やぞ」

「別に私は気にせえへんもーん。てか変装してるし」

「それに真優貴のファンから襲われそうで怖い」

「その時はお兄ちゃんが守ってくれるやろ?」

「もちろん」

 

 

 やっぱりお兄ちゃんは優しいなあ。今私が腕に抱き着いてるけど、絶対振りほどこうとしないしさ。それにさっきから私の歩幅に合わせてくれてるのもポイント高い!

 

 

「ほら、着いたで。ここがこの前大河と行ったラーメン屋さん」

「わーお! いい匂いする~! 早くいこっ!」

「その前に、流石に手は放しとき。変な噂立っちゃうかもやし」

「はーい」

 

 

 ちょっと残念だけど、お兄ちゃんにも変な噂立っちゃったら嫌だし、ここは我慢しないと。切り替え大事。

 

 美味しそうな匂いのするラーメン屋さんのドアを開けて、2人でカウンター席に向かう。すると――

 

 

「……あれっ!? 貴嗣じゃん!」

「おおー巴じゃん」

 

 

 お兄ちゃんがカウンター席の端っこに座ってる女の人に声を掛けられた。綺麗なワインレッドの髪で、身長もお兄ちゃんよりちょっと低いくらいかな?

 

 

「貴嗣もラーメン食べに来たのか?」

「おう。妹と一緒にね」

「妹?」

「紹介するよ。妹の山城真優貴だ。真優貴、この人は宇田川巴。この前話したAfterglowのドラマーさんだ」

「真優貴……って、女優の……!?」

 

 

 私は変装用(?)に掛けていた眼鏡を外して、宇田川さんの方を向いた。

 

 

「初めまして。貴嗣の妹の山城真優貴です。よろしくね!」

「あっ…………は、はいっ! よ、よよよろしくです!」

「同い年なんだからタメ口でいいよ! 気軽に真優貴って呼んでくれる?」

「いいんですか!? あっ……」

「あははっ! 私も巴ちゃんって呼んでいいかな?」

「はい、もちr……ああ! よろしく、真優貴!」

 

 

 そうして巴ちゃんと握手。やった! 友達増えました!

 

 ふむふむ……イケメン系女子ってやつですなあ~。男装させたら似合いそう!

 

 

「そうだ! ねえねえ巴ちゃん、イ〇スタフォローしてもいい?」

「!? でも、アタシは真優貴のアカウントフォローしてるぞ?」

「あれはオフィシャルアカウント! こっちは個人のやつ。他の人には内緒だよ?」

「や、やったあ……!」

「仲良くしてね~! お兄ちゃん、私巴ちゃんの隣座ってもいい?」

「いいよ。巴もいいかな?」

「あ、ああ! もちろん! (ヤバい……今をときめく女優が私の隣に……!)」

 

 

 巴ちゃん、私、お兄ちゃんの順番でカウンター席に座る。どうやら巴ちゃんも今来たばっかりだったらしく、私達兄妹は巴ちゃんにこの店のおすすめを聞くことにした。

 

 お兄ちゃんと2人でメニューを共有する。塩、しょうゆ、豚骨……美味しそうなラーメンがいっぱいだ。

 

 

「お兄ちゃんは前大河君としょうゆラーメン食べたんだっけ?」

「そうそう。めっちゃうまかった」

「えっ? 貴嗣、ここに来たことあるのか?」

「ああ。ほら、初めて俺達が会った日、俺羽沢珈琲店行く前にここでラーメン食べたんだよ」

「まじか。ラーメン好きなのか?」

「俺達兄妹は大好きだぞ」

「ねー」

 

 

 目を大きく開いて驚いたような顔をする巴ちゃん。でもこれは私達2人にとっては慣れた反応だ。

 

 

 私は女優、それに上品な女優として世間一般に認知されている。先輩である千聖さんと同じ感じって言ったら分かりやすいかな? もちろんこれはテレビが勝手に言ってるだけで、私は一切そんな気は無いんだけど。

 

 

 そしてお兄ちゃん。皆さん知っての通り……かは分からないけど、10人いれば10人が「上品、真面目」って答えるであろう外見や身振り。店の手伝いやアルバイトもしているだけあって言葉遣いも丁寧だ。

 

 

 私達の礼儀作法はお父さんお母さんから教えられてきただけなんだけど、そのおかげで私達は道行く人に「上品」と言われることがほとんど。どうやら「イタリアンとかフレンチを毎日食べてそう」って思われてるらしい。

 

 

 

 ちょっと偏見が過ぎるよっ! 私達だってラーメン食べるよ! だって美味しいんだもん!

 

 

 

「ムフーッ!!」

「おいおい真優貴。なにそんなに怒ってるねん?」

「何って……私らやってラーメン食べてええやん! イタリアンとかも好きやけど、別に毎日食べてるわけちゃうよっ!」

「(か、関西弁で怒ってる……)」

 

 

 もうっ! 「えっ……ラーメンとか食べるんだ……」みたいな反応は良くないと思います!

 

 

「ほら。今巴におすすめのラーメン聞くんやろ?」

「……はっ! そうだった! 巴ちゃんはどのラーメンが好きなの?」

「ア、アタシ? アタシは断然、豚骨ラーメンだな(切り替え早っ!)」

「「おお~豚骨ラーメン」」

「(シンクロ!?)」

「うーん……決めた! 私豚骨ラーメンにする! お兄ちゃんは?」

「しょうゆは大河と食べたし、塩はバンドの皆と食べる約束してるから、俺も豚骨で。巴は?」

「アタシも同じだな」

「じゃあ頼もうか。すみませーん」

 

 

 お兄ちゃんが店長に注文してくれました。3人そろって豚骨ラーメンだ。丁度お腹も減ってきたし、早く食べたいな~。

 

 

 

 

 

 

 そして待つこと数分。厨房から漂ってくるいい匂いを満喫していると、店長がお皿を3つ持ってきてくれた。

 

 

「はい! 豚骨ラーメンお待ち!」

「「おお~!」」

「2人とも、ここの豚骨は絶品だぜ! さあ、食べてみてくれ!」

「うん! それじゃあ……」

「「「いただきます!」」」

 

 

 お箸を持って、麵を掴んで口に運ぶ。

 

 

「どうだ2人とも?」

「「……めっちゃうまい……」」(フニャフニャヤマシロブラザーズ)

 

 

 なにこれ! すっごく美味しい! 私ラーメンは塩が好きだったけど、豚骨ってこんなに美味しかったんだ!

 

 

「これめっちゃ美味しい! 私ハマるかも!」

「やばいなこれ……。腹減ってるから余計にうまい」

「あっはは! それは良かった! いや~、いつ食べてもうまいなぁ」

 

 

 巴ちゃんも美味しそうに食べている。巴ちゃんが豚骨ラーメン好きっていうの、なんだか分かるなぁ。話し方とかさっぱりしてて、頼りになる姉貴! って感じだからピッタリだね。

 

 

 それにしてもこのラーメン、美味しすぎる。これだけ美味しかったら……。

 

 

「家でも食べたくなるね!」

「だな! こんだけうまいラーメン自分でも作ってみたいぜ」

 

 

 

 

 

「じゃあ作るか」

「えっ?」

「作ろうぜ。豚骨ラーメン」

 

 

 

 黙々と食べてたお兄ちゃんがすごいことを言い始めました! お兄ちゃん、飲んでたスープがヒゲみたいになっててなんか仙人っぽい!

 

 

「作るって……自分達でか!?」

「そうそう。レシピはネットにあるし、材料は商店街でいくらでも揃えられるはずだ。スープから作って、自分達好みの味を研究するんだ」

「スープから……!! ゴクリ……」

「私はさんせーい! 絶対楽しいし! 巴ちゃんはどうする?」

「アタシもやってみたい!! 何なら今すぐにでもっ!」

 

 

 おおー、巴ちゃんもやる気満々だね!

 それにしてもこんな発想できるなんて、やっぱりお兄ちゃんはアイデアマンですなー。

 

 

 よし、そうと決まれば準備だよね。まずはどこでするかだよね? 1から作るつもりだから時間もかかるだろうし……。

 

 

「なあ2人とも。よかったらラーメン作るの、うちでやらないか?」

「巴の家で? いいのか?」

「実は次の日曜日、両親が用事で家にいないんだ。妹と外食するつもりだったんだけど、その日にラーメン作って皆で食べるっていうのはどうだ?」

「わあ~最高じゃん! 私達もその日空いてるし!」

「じゃあお邪魔させてもらってもいいか?」

「おう! ぜひ来てくれ!」

「サンキュー。じゃあどのレシピで作るか決めようか」

「「おー!!」」

 

 

 その後はお兄ちゃんのスマホで調べながら、スープの作り方とか必要な材料を決めていった。調べてみたら結構色んなレシピがあってビックリ。豚骨ラーメンだけでもこんなにあるなんて……やっぱり料理は楽しいね!

 

 

 スープは時間をかけて煮込まなくちゃいけないし、本人の強い要望もあって巴ちゃんに準備してもらうことに。そして私達山城兄妹は当日、その他の足りない材料を買ってから巴ちゃんの家に向かうことになりました!

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「というわけで、今俺達は宇田川家にお邪魔させてもらってるわけなのだ」

「なのだー♪」

 

 

 だらだらと説明して申し訳ない。要は妹とラーメンを食べに行ったら巴がいて、たまたま皆ラーメン好きで、どうせなら皆で1回作ってみようってことになった、てわけだ

 

 ちなみに今の俺達の格好は黒シャツにエプロン、頭に鉢巻のラーメン職人状態だ。この姿になることで、より一層やる気を出すことができるのだ。

 

 

「スープのほうは、まず叩いたゲンコツを鍋に入れて、水を注いで火にかける、か」

「さっき金槌で叩いたから、あとは入れるだけだね」

 

 

 今回は俺と真優貴、巴に巴の妹さんの4人分だ。調べたところ5kgのゲンコツで大体10~15杯くらいのスープができるそうだ。今回はそんなに要らないので、使わない分は冷凍しておく。

 

 

「んで、こっからが長いんだな。とりあえず交代で混ぜていくか。じゃあ最初は巴、頼む」

「おう! この時を待ってたんだ……!」

 

 

 目を輝かせながら近くのホームセンターで買ってきたという棒を使い、鍋の下からゆっくり混ぜていく。根気のいる作業ではあるものの、巴曰く3人で喋りながらやるので退屈じゃないし、むしろ結構楽しいそうだ。

 

 

 数時間かけて煮込むので、リビングのテレビで映画を見つつ、3人で交代しながら混ぜていく。スープの準備が出来次第、ネギやチャーシュー等の準備をするので、それまではあんまりやることがない。

 

 

 なので……。

 

 

 

 

 

「ああ……やっぱりエピソードⅣはたまらねえなぁ」

「そうやね……もちろん全部好きだけど、どの映画も最初の作品は別格やんな……」

「スターウ〇ーズ……初めて見たけど面白い……」

 

 

 俺達が家から持ってきた映画を見ることに。やっぱり映画好きにこの作品は外せないよなぁ? 

 

 CGじゃなくて、特殊撮影技術を使いまくってる昔の映画って重厚感があるから大好き。今のCG使ってる映画も好き。つまり全部好き。

 

 

 手元にエピソードⅠ~Ⅵ全部あるから、これで時間をつぶそうではないか。

 

 

 

 

 

 

 そして不朽の名作であるエピソードⅤを見終わったのと同じタイミングで準備を再開した。

 

 チャーシューを鍋に入れて茹でた後、歯ごたえがある固さにしてから醤油漬けにする。麵は自作のものではなくデパートで買った市販のものだ。細いストレート麵で、ラーメン屋の店長も安くて美味いとおススメしてくれた。

 

 麵を茹でながらネギや卵の準備をする。包丁を使う時は慎重にね。

 

 

「よーし、スープ入れるか。巴やるか?」

「いいのか?」

「おう。一番楽しみにしてただろ?」

「サンキュー貴嗣!! じゃあ……いくぞっ……」

 

 

 丼を用意し、そこに巴がスープを入れていく。キラキラとリビングの照明に照らされて輝く様は、まさしく黄金スープと言ったところだろう。もう見ているだけで食欲がそそられる。

 

 

「「おお~……」」

「……よし! こんなもんだろっ」

「じゃあ次は麵だな。次は俺の番だな」

 

 

 良い感じに茹で上がった麵を入れていく。モワッと湯気が立ち込めて、美味しそうな匂いが部屋中に広がる。もう最高や。

 

 

「で、最後にトッピングだね! まっかせてー!」

 

 

 真優貴に丁寧にトッピングしてもらう。さすが真優貴だ、どこからどう見ても美味しそうな仕上げをしてくれた。

 

 

「つ、ついに……」

「ああ、やっとだな……」

「だね。ようやく……」

「「「完成だー!」」」

 

 

 ここまで数時間。本当に長い道のりだった……。

 

 

「うわっ、もうこんな時間か。スープから作ったから時間かかったな」

「そうだな。でもその甲斐はあった! これがアタシ達オリジナルの豚骨ラーメンだ!」

 

 

 予定通り夕食の時間に待ち合わすことができた。

 大きなトラブルもなく、中々いい具合にできたのではないのだろうか。

 

 

 さあ、あとは巴の妹さんが帰ってくるのを待つだけ――

 

 

「ただいまー!」

 

 

 おっ、丁度いいタイミングで来てくれたみたいだ。

 

 バタバタと廊下を走る音が聞こえたかと思えば、バンっと勢いよくリビングのドアが開かれた。

 

 小柄な体に紫色の髪、そして力強そうな紅の瞳。ゴシック調のデザインの服装はこの子の趣味なのだろう。

 

 その子が俺達兄妹を見て、目をパチクリさせる。そりゃあ初対面だから、そんな反応になるわな。

 

 

「おかえり、あこ。紹介するよ。山城貴嗣さんと、その妹の真優貴さんだ」

「「はじめまして~!」」

「えっ、うそ……! Silver Liningの山城貴嗣さんと……女優の真優貴ちゃんが……今日のお客さんなのーっ!?」

 

 

 その可愛らしい女の子――宇田川あこちゃんとのファーストコンタクトは、自分の家にテレビでよく見る女優と、SNSで最近よく見かけるその兄がいるという、驚かざるを得ない意味不明な形で迎えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 とりあえずあこちゃんに事情を説明してから落ち着かせて、4人でテーブルに着く。麵が伸びちゃったら美味しくないからね。まずは熱いうちにいただこう。

 

 

「わあ~……これ、お姉ちゃん達が作ったの!?」

「そうだぞ! おいしそうだろ?」

「うん! いい匂い……ジュルリ……」

「あこちゃんよだれ出てるよ~。さあ、お腹も減ってることだし、食べようか!」

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 

 俺に真優貴、巴にあこちゃんの4人で自家製(宇田川家だけど)豚骨ラーメンをいただく。

 

 おおっ! このスープ、自分達で作ったにしては美味いんとちゃいますか!? お腹が減ってるのもあって涙が出るほど美味い……!

 

 

「あこちゃん美味しいか?」

「うん! すっごく美味しい! ――そうだ! 山城さんのライブ映像見たよ! 最高だった!」

「貴嗣でいいよ。ライブ見てくれてありがとうな」

「ほんと!? それじゃあ……たか兄!」

「おっほい妹が1人増えたぜ」

「やったー私に妹ができたー! あこちゃん、私のことも好きに呼んでくれていいよ!」

「じゃあ……まゆ姉!」

「キャー! サイコー! 可愛いー!」

「あははっ! よかったなあこ!」

 

 

 元気一杯で可愛いあこちゃんにお姉ちゃん認定をされて喜ぶ真優貴。山城家の長女で弟妹がいないので、可愛がれる妹(仮)ができて嬉しいのだろう。

 

 

「あこは今日の練習どうだった?」

「今日も絶好調だったよ! こう、ダダダーンって叩いて、バーン! って感じで!」

「練習? あこちゃん、習い事か何かしてるの?」

「ううん! あこはバンドでドラムやってるんだ! Roseliaっていう凄いバンド!」

 

 

 なんとこの子もドラムとな。お姉さんと一緒なんだな。

 

 それにしても……聞きなれない名前が出てきた。

 

 

「ほえ~ドラムとな。そのRoseliaっていうのもガールズバンドなの?」

「そうだ……って、貴嗣、Roselia知らないのか?」

「……今まで知らなかったでごぜーます」

「お兄ちゃん、あんまりネットとか見ないもんね~」

 

 

 隣に座っている真優貴に横腹をツンツン突かれる。

 

 前にも言ったけど、真優貴はよくこうやって家族や仲の良い友達(まあほとんど俺なんだが)をからかう癖がある。

 

 くそう、清楚な見た目をして小悪魔系とは、お兄ちゃんはそんな子に育てた覚えはありませんぞ。

 

 

 あと横腹はダメだ、耳と同じで俺の弱点なのだよ。

 

 

「Roseliaっていうのは、全国的に見てもトップクラスのガールズバンドだ。プロレベルの演奏技術が魅力だな」

「ほほ~プロですか。んでその凄いバンドのドラマーがあこちゃんってわけか。えっ、すごくねそれ」

「ふっふっふ……我には堕天使の加護と寵……えっと……何だっけ……なんか、愛情みたいなのがついてるからね! 怖いものなしだよ!」

「「(寵愛って言いたかったのかな) なんか……すごい」」

「あっ、またシンクロしてる」

 

 

 あこちゃんが手を大きく開いて顔の前にかざしてカッコいい(?)言葉を連発しようと頑張る姿を微笑ましく思いながら、巴が教えてくれた“Roselia”という単語を頭に思い浮かべる。

 

 

 英語にそんな単語はないからおそらく造語。もとになった単語は……薔薇のRoseと……あっ、椿のCamelliaか。すごいネーミングセンス。かっちょええな。

 

 

 だがこの前明日香ちゃんにも話したとおり、俺は情報弱者的な部分がある。あまり自分から積極的に情報を仕入れようとはしないのは確かだ。全くしないわけじゃないけど。

 

 

 

「たか兄はさ、なんであんなにギター上手いの? あと歌もすごいし」

「それはアタシも聞きたいな。アタシ達の練習はずっと見てもらってたけど、アタシ達がSilver Liningの練習をじっくり見たことは無いしさ」

「俺がやってることは蘭やモカとそんなに変わらないぞ」

「「えっ?」」

 

 

 宇田川姉妹は「マジで?」といった顔をしている。最近CiRCLEのスタッフさんやまりなさんに同じ質問をされた時もこう答えて、同じような反応されたっけ。

 

 

「だって、演奏する予定の曲があって、それをひたすら練習するだけだよ。皆と一緒。なにも特別なこととかしてない。ただ1つあるとしたら……」

「「あるとしたら……?」」

「……楽しむことかなあ。どれだけ上手くいかなくても、どれだけストレスがたまっても、とにかくその状況を楽しむ。これを乗り越えた自分は成長できるんだって信じてね」

「それが山城家のルールだもんねー!」

「「ルール?」」

 

 

 そう。山城家にはいくつかのルールがある。このルールはどんな時でも頭に入れておくようにしている、俺達の行動規範みたいなものだ。

 

 

「「その一 何事も楽しむ。困難な状況でも笑える者は必ず成長する」」

「「おお~……!!」」

「カ……カッコいい! なんか、ゲームで出てくる強キャラの台詞みたい!」

「必ず成長する、か……。でも貴嗣、どれだけ練習しても上手くいかないと、やっぱりしんどくならないか? それを楽しむってのは難しい気がするんだけど……」

 

 

 ラーメンをお替りした巴がそう質問してくる。とてもいい質問だ。

 

 

「そうだな。でも大体の物事って、捉え方や見方次第では、『しんどくても楽しめる』ものなんだ。だから色んな視野で物事を考えられるように、常日頃訓練をするんだ。ゲームで言う経験値稼ぎみたいにね」

「経験値!? ってことは……レベルアップだね!!」

「そーいうこと!」

 

 

 やっぱりあこちゃんはゲームに例えると分かりやすいようだ。確かに哲学的というか、抽象的な話だから、中学3年生には少し難しいだろう。

 

 

「訓練って、具体的にどうするんだ?」

「おお、よくぞ聞いてくれましたぞ巴さん。それじゃあ豚骨ラーメン食べながら、俺達兄妹がやってる訓練なるものを教えようじゃないか」

「2人ともついてきてね~!」

「うん!」

「おう!」

 

 

 4人でラーメンのおかわりをした後、俺達は補導されるギリギリの時間まで皆で仲良く雑談した。

 

 

 警察にバレない様に忍者のごとく抜き足差し足で家に帰ったのは内緒。

 

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。ラーメン大好き巴のお話でした。

 作者はラーメンを作ったことが無かったので、スマホ片手に豚骨ラーメンの作り方を調べながら下書きしていました……なので色々間違っている部分もあるかと思いますが、そこは温かい目で見てスルーしていただけるとありがたいです<(_ _)>

 最後のほうでチラッとあこちゃんとRoseliaの名前が出せたのが、個人的には嬉しかったりします。あぁ~早くRoselia編に行きたいなぁ~……(下書き済み)

 残るは蘭とモカ。どちらも魅力的で人気キャラなので、皆様の期待に添えられるよう頑張って参ります。それではまた次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 美少女×食いしん坊=可愛いってズルくない?

 
 現在Chapter 3の下書きを進めている影響で、2~3日に1回のペースで更新させて頂いております。出来るだけ連日投稿できるように、頑張って参ります。

 新たにお気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございました!

 Afterglowキャラエピソード4人目は、モカちゃんです! 人気投票では1位に君臨しているモカちゃんのエピソードということで、プレッシャーが半端ないですが、楽しんでいただけると幸いです。

 それではどうぞ!


 

 手動のコーヒーミルで豆をゆっくりと挽き、できた粉をカップに入れる。熱いお湯を入れると、フワっと美味しそうな香りが漂い、入れているこっちが飲みたくなるがそこは我慢。

 

 

「はい。俺お手製のモカコーヒーです」

「わーお、モカちゃんにモカコーヒーだ~」

 

 

 出来上がったコーヒーをカウンター席に座っているマイペース少女――青葉モカに差し出す。この種類のコーヒーを飲むのは初めてらしく、人気の理由であるその甘い香りを目の前の銀髪少女は堪能している。 

 

 

 だがその香りに騙されてはいけない。

 

 

「それじゃあいただきまーす。……!?」

 

 

 モカは一口飲んだところで目を大きく開けて、すぐさま目をすぼめてカップをテーブルに置いた。

 

 

「さて、初めてのモカコーヒーの感想は?」

「うう……なんかすっぱいよぉ~……」

「ふふっ。いいリアクションじゃん」

 

 

 その香りからは想像ができない酸味にびっくりしたようだ。初めてこれを飲んだときの俺と全く同じ反応をしているのを見て、少し笑ってしまった。

 

 

「独特の酸味だろ? これが美味しいって思う人もいるんだぞ?」

「そうなの~……? モカちゃんみたいにキュートであま~い味だと思ったのにー……」

「どっちかっていうとフルーティーな味だからな。ほら、このパンケーキで口直ししな。酸味のおかげでより一層甘く感じると思うぞ」

「ほんとー? じゃあ貴さん、食べさせて~」

「またか? この前は打ち上げだからやったけど、今は俺店員なわけで……」

「あーん」

「聞いちゃいねえな」

 

 

 ガルジャムの打ち上げの時みたいに目を瞑り、可愛い口を精一杯開けてパンケーキが入ってくるのを待っている。

 

 しょうがないと思いながら、俺は失礼しますと言ってからお皿をこっちに寄せ、ナイフとフォークでパンケーキを一口サイズにする。

 

 

「はい」

「もぐもぐ……う~ん、甘くておいし~」

 

 

 フニャリとした柔らかい笑みを浮かべて満足そうにしているモカ。美味しく食べてくれたのならよかった。

 

 

「そういや、なんで今日はうちに来てくれたんだ? ……はい、もう一口」

「ありがと~。あーん……ぱく……んん、ひょうほはひゃんあ(今日モカちゃんは)……」

「何言ってるか分からないから先に食べちゃいな」

はーひ(はーい)……もぐもぐ……今日モカちゃんが来たのは、貴さんをデートに誘うためなのですよー」

「デート?」

「ふっふっふー。まずはこれをご覧いただこー」

 

 

 そう言ってモカは鞄から1枚のチラシを取り出した。なになに……“スイーツ食べ歩きイベント”? それにこの写真は……隣町か。

 

 

「ほえー、大きな通りに出店がいっぱい来てイベント会場みたいになるんだな。……言いたいことは分かったけど、Afterglowの皆で行かないのか?」

「はじめはそのつもりだったんだけどねー、皆予定入っちゃったんだー」

「Oh」

「でも1人でいくのは寂しいから、貴さんが予定空いてるなら一緒に行きたいな~って」

 

 

 確かにでっかいイベントっぽいし、この中に1人で行くのは中々のチャレンジャーだよな。ひまりちゃんとか絶対行きそうだが、予定が入ってるのなら仕方ない。

 

 確かその日は午前中にホープの定期診断があるが、それ以外に特にこれといった用事は無かったはずだ。

 

 

「その日午前中は予定入ってるから、午後からでもいいか?」

「だいじょーぶだよー。……ってことは、あたしと一緒に行ってくれるってこと~?」

「おう。俺でいいなら」

「……やったあ♪」

 

 

 モカは嬉しそうに笑う。こんなに満面の笑みを見せてくれたのは今日が初めてだ。モカってこんな感じのニコっとした笑顔ってあんまり見たことがないから、ちょっと新鮮だ。

 

 

「じゃあもうここで集合時間とか場所とか決めちまうか」

「さんせーい。ここに美味しいパンケーキと、モカちゃんコーヒーもあるしね~」

「ははっ。そうだな。じゃ、決めていきますか」

 

 

 お腹も満たされて少し眠たくなる時間帯。ゆったりした雰囲気を楽しみながら、俺達は当日の予定を決めていった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そしてイベント当日。

 

 この町の名物でもある、駅から中心街に続く大通り。気持ちいいくらいに一直線なこの通りは、昔からイベントやお祭りなどに使われることが多いそうだ。電車を降りて駅から出るとすぐなので来やすいという長所もあり、毎回多くの人がイベントごとにここを訪れるようだ。

 

 

「おおっ、もう結構人がいるな」

「だねー。やっぱりみんな食欲には勝てないってことだね~」

 

 

 県外の有名なお店も来ているらしく、それらを目当てに色んな場所から人が来ているようだ。納得の込み具合だ。

 

 

 イベントの参加券を手に入れるために、俺達は駅から受付へと向かった。

 

 

「はい! 学生さん2名ですね! それでは参加券と地図、スタンプラリーカードをお渡ししますね! 商品を購入する際にこの券を見せていただくことで、割引を適用できます」

「分かりました。ありがとうございます。……このスタンプラリーっていうのは?」

 

 

 渡された紙を見ながら、スタッフさんに尋ねる。

 

 

「これは1つ商品を買っていただくたびに1つスタンプが押されます。スタンプを10個集めていただくと、次の商品を1つ無料で食べることができるようになっています」

「なるほど。分かりました。説明していただきありがとうございます」

「いえいえ! イベント楽しんでいってくださいね!」

 

 

 スタッフさんは丁寧に説明してくれた。10回買えば次の1回はどこのお店でも無料で食べることができるってわけか。

 

 

 ……あれ?

 

 

「ムムム……ッ!」

 

 

 ……唸ってます唸ってます。

 

 

「どうしたモカ?」

「貴さん……無料だよ……無料で1つ何でも食べていいんだよ」

「おう。そうらしいな」

「ゼッッッタイ10個以上食べようね」

「……いつになくガチだな」

 

 

 どうやら無料というワードがモカに火を付けたらしい。メラメラと目に火が宿り、やる気に満ち溢れているように見える。普段のマイペースさが嘘のような迫力だ。

 

 やはり食欲は人を変える、そう学んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

                                       

「まずはどこから行く? モカの行きたいところからでいいぞ」

「ほんと? じゃあまずは~……このアイスクリーム屋さんに行きたいなー」

「オッケー」

 

 

 地図を見ながら最初に行く店を決める。まずはアイスクリームを食べたいそうだ。

 

 

 店に並んでいる間にメニューを見ながらどのアイスを注文するか話し合う。

 

 

「どのアイスも美味しそうだな。そうだなー……俺はバニラアイスかな」

「バニラおいしいよねー。じゃあモカちゃんは、このチョコチップアイス頼んじゃお」

 

 

 そうこうしているうちに自分達の番が来た。2人で注文を言った後券を見せ、割引をしてもらう。本当は高いお店らしいのだが、今回は一般的なアイスクリームの値段で買うことができた。

 

 

「ん~おいしい~♪」

「おいしいなこれ。アイスが口の中で溶けて味が広がる感じがたまらん」

「そうそう。まるでモカちゃんとチョコアイスが1つになるような……」

「ははっ。間違いない」

「……貴さんのバニラアイスもおいしそうだねー」

 

 

 そう言いながら俺のアイスをジッと見ているモカ。モカのアイスは……と言いかけたのだが、それは彼女のカップが既に空っぽになっているという事実によって遮られた。

 

 もう食べちまったのか。

 

 

「……はいよ」

「えへへー。いただきまーす」

 

 

 なんかモカといると毎回この流れだなと思いながら、俺はバニラアイスをスプーンですくい、モカの口元に持って行く。モカは嬉しそうに笑いながら、スプーンをパクリと咥えた。

 

 

「どう? おいしいか?」

「サイコーだねー」

 

 

 サムズアップで答えるモカ。どうやらお気に召したようだ。

 

 

「残りも食べる? って言っても少ないけど」

「いいの~?」

「充分堪能したからな。それに俺小食なんだ」

「小食だったんだ~。でもそういうことなら……あーん」

「結局俺が食べさせるのね」

 

 

 モカが元来甘えん坊なのか、それとも俺が甘いのか、はたまた両方なのか。

 頭の中に素朴な疑問を思い浮かべながら、俺はせっせとモカにバニラアイスを食べさせるのであった。

 

 

 ……やっぱり食べるの早くね?

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 最初のアイスクリーム屋さんの後、俺達はのんびり楽しく食べ歩きをしながら、順調にスタンプラリーを進めていった。

 

 ケーキやパン、クレープやサンドイッチといった美味しいものを食べながら、気になるお店を見つけたらそこに行くの繰り返し。

 

 

 どれもこれも美味しいスイーツ……だと思っていたのだが、現実はそうではなかった。

 

 

 色々あったんだけど、一番ヤバかった10番目のお店の話をしようか。

 

 

 

 

 

 

                                       

「貴さん。あのお店行ってみたーい」

「あそこ? どれどれ……『千味ビーンズ! 当店特性の製法で色んな味を楽しめる! 中にはヤバイ超レアな味も……!? さあ! あなたもレッツチャレンジ!』……」

「絶対楽しいと思わない?」

「ヤバイ超レア味ってなんだよ(困惑)……まあ行くか」

 

 

 そして手に入れたのは、ちっちゃなビーンズの形をしたお菓子。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 意を決して口に放り込む。

 

 

 

 

 

 噛んだ瞬間、体に電流が走った。

 

 

 ほんの一瞬、体中の感覚が無くなり、何も感じなくなった。

 

 

 痺れて体が動かなくなり、その表現しがたい味が口の中にムワっと広がった。

 

 

 な……なんだ……この味は……?

 

 

「……ん……さん……貴さん!」

「……! モカ……?」

「大丈夫? さっきから呼んでたんだよー?」

「まじか……全く聞こえなかった……」

「もしかして、超レアな味ってやつー?」

「分からない…………あれ? モカは大丈夫そうだな」

「あたしのは紙にビターチョコレート味って書いてたー。すっごい苦かったー」

 

 

 モカは舌をベーっとだしてマズかったアピールをする。

 

 紙に味が書いてあるのか。どれどれ、俺のやつは……。

 

 

「…………あれ?」

「どうしたの?」

「……何も書いてない」

「えっ?」

「何も……書いてない」

 

 

 俺はモカに自分の紙を見せる。気持ちいいくらいに真っ白な紙だ。

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと君」

「はい?」

 

 

 なんで何も書いてないんだと思っていると、別のお客さんから声を掛けられた。

 

 

「今何も書いてないって言ったかい……?」

「えっ? ああ、はい。見ての通り、何も書いてない……ですよね?」

 

 

 さっき体の感覚がバグったこともあり、自分の視力が信用できなかった(視力が信用できないとかいうパワーワード)ので、その人に紙を見てもらう。

 

 

「……!!」

 

 

 見せるや否や、驚いた顔で俺の紙をまじまじと見始めた。

 

 

「ま、まさか……超レア……!?」

「え、まじで?」

「す、すごいよ君!! まさか一番レアな味を当てるなんてっ……!!」

「は、はあ……」

 

 

 どうやらこの人、ずっとこのお店を追っているらしいのだが、この超レアの味というものをまだ当てたことがないらしい。それを俺が当ててしまった……というわけだ。

 

 

「よければ写真撮ってもいいかな……?」

「大丈夫ですよ。……そんなに欲しいならあげますよ?」

「いやっ、それだけはしないよ! 自分で当てるって決めているんだ!」

「さいですか……」

 

 

 すごいすごいと言いながら写真を撮っているその人の勢いに、俺は圧倒されてしまう。そして紙を返してもらった後、さっきから気になっていたことを聞くことにした。

 

 

「すいません。この超レアな味って結局何味なんですか? 俺食べてみたんですけど、何が何だが分からなくて」

「ああ、それはね……」

 

 

 そのお客さんはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、意気揚々と話し始めた。

 

 

「この世のマズいと言われている発酵食品全部を掛け合わせたものだよ」

「」

「だから超レア味って言うしかないね」

「は、ははは……」

 

 

 とんでもない代物だなおい。

 

 

 ――ん? 待てよ?

 

 

「あの、もう1ついいですか? 実はこれ食べた時、痺れてしまって全く動けなくなって。絶対発酵食品以外にも混ざってますよね?」

「その通りだよ!」

 

 

 

 

 

「それにはほんのちょっとだけテトロドトキシン(フグの毒)が入ってるんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

                                            

「貴さん、大丈夫~?」

「ゼンゼンダイジョーブ」

「?」

 

 

 さっきの人の話は聞かなかったことにしておこう……。

 

 

「(テトロドトキシン……猛毒……俺は信じへんぞ……)」

「……ほんとにだいじょうぶ~?」

「ああすまん。それより、ほらモカ、スタンプ溜まったから1つ無料でもらえるぞ」

「やった~。これも貴さんとモカちゃんのスーパーコンビがあったからこそだねー」

 

 

モカはスタンプラリーの紙を見て楽しそうにしている。幸せそうだし、このまま持っといてもらおう。

 

 

「さて、次は行きたいお店があるんだっけ?」

「うん。ここからもうちょっと歩いたところにあるお店のパフェだよ~」

 

 

 モカに聞いてみると、この前ひまりちゃんと行った喫茶店とはまた別のお店らしい。

 

 

「さあ、そうと決まれば行こうか」

「イエーイ。レッツゴー」

 

 

 移動しようとしたその時だった。

 

 

「わわっ!」

「モカ……!?」

 

 

 お昼の時間帯を過ぎ急に多くなってきたお客さん。移動している人が多すぎて、モカが別のお客さんとぶつかってしまった。

 

 

「モカ。ケガしてないか?」

「うん……。イタタ……尻もちついちゃった……」

「ほら、つかまって。ここにいると他のお客さん多いし危ないから」

 

 

 一旦俺とモカは大通りの外に出てベンチに座る。こけたことで服が少し汚れてしまっているので、可能な範囲で汚れを取る。

 

 さすがにお尻はセクハラになっちゃうから無理だけど。

 

 

「よかったー。大きなケガはなさそうだな」

「うん。ありがとう貴さん。……あれ?」

「どうした?」

「……スタンプラリーの紙が……ない……」

 

 

 モカは鞄や服のポケットと探すが、どこにも紙は入っていないようだ。

 

 

「さっきぶつかった拍子に落としちまったか……でもこの人の量じゃ探すのは危ない」

「うぅ……そんな……折角2人でお店回ってスタンプ集めたのに……」

 

 

 モカの目に涙が浮かんでくる。

 

 

「ごめん貴さん……あたしのせいで……」

 

 

 謝ってくるモカをなだめるために、俺はモカの頭に手を優しく置く。

 

 

「全然大丈夫。別にモカは何も悪くない。今まで大事に持っててくれてありがとうな」

「ううっ……」

「ほーらよしよし。大丈夫。大丈夫」

 

 

 モカの頭を撫でる。ゆっくりと、落ち着かせるように。サラサラの銀髪だ、日ごろから丁寧に手入れしているのだろう。

 

 

「グスっ……」

「よーしよし。モカは優しいなあ」

 

 

 撫で始めて5分くらいだろうか。ようやくモカも落ち着いてきた。

 

 

「どう? ちょっとは落ち着いた?」

「うん……。グスっ……ありがとう、貴さん……」

「どういたしまして。……そうだ。モカ。ちょっとここで待っててもらえるか?」

「えっ? うん……いいけど、どこいくの?」

「ちょっとお手洗いにね」

 

 

 モカの目はまだちょっと腫れてる。移動するのはもう少し後のほうがいい。

 俺はスマホと財布を持って、人混みの中に再び入った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「やっぱり優しいなー」

 

 

 彼がいい人っていうのは知っていた。

 

 あたし達の練習を見てくれてたし、あたし達がバラバラになっちゃった時も助けてくれた。

 

 頭をゆっくり撫でてもらいながら大丈夫、大丈夫って言ってもらって……改めて貴さんは優しいんだなーって思った。

 

 

 怒られて当然のことしちゃったのに……なんであんなに優しいんだろ……?

 

 

 

「おまたせーモカ。すまんすまん、遅くなった」

 

 

 そんなことを考えていると、彼が帰ってきた。

 

 

「……えっ? 貴さん、手に持ってるそれって……」

「おう。買ってきたよ。パフェ」

「ひょっとして……買いにいってくれてたの……?」

 

 

 どうやらお手洗いに行くっていうのは口実で、本当はあたしが行きたいって言っていたお店に行って、2人分のパフェを買ってきてくれたらしい。

 

 ニカっとはにかむ顔が眩しい。いつもは優しそうに笑う貴さんだけど、たまーにこんな感じで子どもみたいに笑うんだよね。

 

 

「まさか……自腹で……!? た、高かったんじゃないの……?」

「ああ、金は気にすんな。あんまお金使わないから溜まってるし」

「あ、あたし、自分の分払う……んぐ」

 

 

 言い終わる前に口に何かを突っ込まれた。甘くておいしい味が広がって、幸せな気持ちになる。何をされたのかはすぐに分かった。

 

 

「どうだ? クリーミーな甘さがたまらないだろ?」

「あ、あの……」

「おおっと。財布出すのはなしだ。これは俺がしたくてやったこと。2人で一緒に楽しく食べる。オッケー?」

 

 

 強引に話を遮られてしまった。普段見せない荒っぽい部分に、思わず黙り込んでしまう。

 

 

「……貴さん、もしかして実はゴリ押し好きだったりー?」

「さあ、どうでしょう?」

 

 

 いたずらっぽく笑う。楽しそうな彼を見て、あたしも少しずついつもの調子を取り戻してきた。

 

 

「さあ、溶けないうちに食べちゃおうぜ」

「うん。そうだねー。じゃあ貴さん、はいあーん」

「おう今度はモカがやるのね。……あーん」

「美味しいでしょー? なんたって超絶美少女モカちゃんのあーんだからね~。高くつきますぞー?」

「ははっ、最高に美味いよ」

 

 

 ひーちゃんがデレデレしたり、つぐが恥ずかしそうに話してるのを見てからかうのは楽しいけど……2人みたいにこうやって隣にいるのも、中々心地よいですな~。

 

 

「貴さーん」

「どした?」

 

 

 彼の綺麗な銀色の瞳を見ながら、ありがとうの気持ちを伝える。

 

 

「今日はデートしてくれてありがとね~」

「ああ。どういたしまして。俺も楽しかったよ」

「えへへ~♪」

 

 

 お互いニコッと笑い合う。それと同時に、ほんの少しだけドキッとしてしまう。

 

 ドキッとはするけど、少しだけ。別に貴さんのことを好きになったとか、そういうのじゃないと思う。

 

 一緒にいて安心する人……そうだな~……お兄ちゃん的ポジション? 素直に甘えられる人っていうのが、私の中での貴さん。

 

 

「えーい」

「どうした? 急にもたれかかってきて」

「なんでもないよ~♪」

「そっか」

「そうでーす♪」

 

 

 お話をしながら、のんびりと最後のパフェを食べる。それからは何事もなく、穏やかな時間が過ぎ去った。

 

 色んなことがあった今日のデートは、こうしてゆったりと終わりを迎えた。

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。モカちゃんのお話でした。

 ポピパ編でのおたえもそうだったんですが、性格や行動、口調がとてもユニークなキャラクターのストーリーを書くのは、個人的にすごく難しかったりします……。今回も「青葉モカ」というキャラを文章でどう表したらいいのかを、ガルパのストーリーを何回も見て試行錯誤を重ねました。

 人気投票1位というプレッシャーもありましたが、個人的にはヒイヒイ言いながらも楽しんで、モカちゃんというキャラを描くことができました。ご意見やご感想があれば、どうぞ気軽にご連絡ください。

 次回は蘭ちゃんのお話となります。出来るだけ早く更新できるよう頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 感受性


 新たにお気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございます!

 お待たせしました。Afterglowキャラエピソードのラスト、蘭編です。どこか日常感のある、ほのぼのとした回となったと思います。ゆったりと楽しんでいただけると嬉しいです。

 それではどうぞ!


 

 

 

 平日の学校終わり、やまぶきベーカリーでたまご蒸しパンを買った後、俺はCiRCLEの近くにある楽器屋さんに来ていた。

 

 

「それじゃあ、20分ほど待っててもらってもいいかな?」

「はい。お願いします」

「はーい! あそこの休憩スペースも使ってもらっていいからねー」

 

 

 今日ここに来た目的は、ギターのメンテナンス。店員さんに黒のギターを渡した後、俺は休憩スペースを使わせてもらうことにした。

 

 20分なので読書しようかなと考えたが、その前にLI〇Eの返信をしておくことにした。

 

 

「……溜めこむ癖直さないとなあ」

 

 

 スマホの画面に表示された四角いアイコンの右上の角の“41”という数字は、最近俺が返信を疎かにしていたことを示していた。この中には公式アカウントからの定期連絡なども含まれているが、それを差し引いたとしても、30件以上は溜まっていた。

 

 

「とりあえずまずはポピパの皆に返そう」

 

 

 香澄、おたえ、有咲にりみ、そして沙綾に返信する。基本的に1日に1回は必ず返すようにしているが、今日は割とギリギリだった。

 

 皆ごめんよーと心の中で謝りつつメッセージを送っていると、ピコピコという音と共に携帯が震えた。新しいメッセージだ。

 

 

 

蘭〈今CiRCLEの近くに楽器屋さんにいる?〉

 

 

「……ん? 蘭? このメッセージは……」

 

 

 スマホの上に表示されたメッセージを読み、俺は反射的に周りを見渡した。そしてお店の外に、羽丘学園の制服を着た蘭が立っているのを見つけた。

 

 蘭はスマホを持ったまま、窓の外からこちらをジーッと見ていた。俺と目が合うと、一瞬体をビクッとさせた。

 

 

「……あっ、こっちきた」

 

 

 俺が手を振ると、蘭は店の中に入ってきた。ちょっと気まずそうにしている。

 

 

「おつかれ、蘭」

「おつかれ……やっぱり貴嗣だったんだね」

「おうよ。……なんでさっきビックリしてたんだ?」

「べ、別にビックリなんかしてないし……」

「いやあれは誤魔化し効かんやろ……とりあえず座んなよ」

 

 

 そう言うと、蘭は俺の前の席に座った。大きなギターケースを持っているあたり、今日も練習なんだろうか。

 

 

「蘭は今日もCiRCLEで練習?」

「うん。今日は自主練」

「自主練かー。さっすが」

「別に……貴嗣だってよく自主練してるんでしょ?」

「よくご存じで。大河達から聞いたのか?」

「まりなさんから聞いた」

「なーるほど」

 

 

 月島さんから聞いたんだな。そりゃあ知ってるわけだ。

 

 

「ってことは、CiRCLEに行く途中で楽器屋さんをチラッと覗いたら俺がいたって感じか」

「そういうこと。でも遠くから見たから、人違いかもって思って……それでLI〇Eした」

「なるへそ」

 

 

 どうしてメッセージを送ってきたのかは分かった。でもまだ分からないことがある。

 

 

「でも、なんで入ってきたときあんなに……こう、気まずそうだったんだ? 別に俺達初対面でもないのに」

「それは……なんか恥ずかしくて……」

「あー……気恥ずかしさってやつか。まだ俺と蘭の心理的距離はそんなに縮まっていなかったということか……」

「!! いや、その……別にそういうんじゃ……! 貴嗣のことは……信頼してるし……」

「Oh,冗談のつもりだったんだけどそこまで言ってもらえるとは」

「じょ、冗談……!?」

 

 

 そう言うと、蘭は顔を赤くし始めた。自分の言ったことが恥ずかしくなったんだろう。 蘭は顔を赤くしながら、悔しそうな顔をして俺を睨んできた。 

 

 

「……貴嗣って冗談とか言うタイプだっけ」

「もちろん。信頼してる人とか、からかい甲斐のある人とかには特に」

「……あたしはどっちなの?」

「ん~……両方?」

「~~!?/// ……なんか貴嗣、モカみたい……」

「モカ? 俺が?」

 

 

 モカと俺が似ているという発言に、俺は思わず首を傾げてしまった。

 

 

「そうやって人をからかうところ……まんまモカじゃん」

「確かにモカはよく人を弄ってるよな。ひまりちゃんとか」

「最近モカと遊びに行ったんでしょ? そのせいで変な影響受けたんじゃないの?」

「一理ある」

 

 

 元来俺は人からの影響を受けやすい人間ではある。友達の口癖が移ったりとか、動きの癖が移ったりとか。

 

 

「そういえば、なんで貴嗣はここにいるの?」

「ギターのメンテナンス待ち。あと15分くらい」

「メンテか。どこか悪いの?」

「ああ。ちょっと音の出が悪くなった気がしてな。調べてもらったら、やっぱ中の部品が消耗してたらしい」

「そうなんだ。……じゃあさ、もうちょっとここにいてもいい?」

 

 

 少し小さな声でお願いをしてくる蘭。やっぱり気恥ずかしさがまだ残っているんだろう。

 

 

「もちろん。話してたら時間もすぐ過ぎるだろうし、俺からも頼むよ」

「うん。ありがと」

 

 

 よく見ると口角がちょっとだけ上がっている。クールな印象を受ける蘭だが、笑っている顔はとても可愛い。……そんなことを言ったら、さっきみたいに睨まれるだろうが。

 

 

「最近はどう? 皆で楽しく演奏できてる?」

「うん。おかげさまで。学校でも、クラスの子から声かけてもらったりするのが増えてさ……最近は、バンド以外も楽しめてるかな」

「おお~、それはよかった」

 

 

 以前蘭が学校に馴染めていなかったことは、ひまりちゃんから聞いている。そんな蘭が楽しそうに学校について話してくれて、こっちも嬉しくなる。

 

 

「そう言えば、お父さんとはどう? 家で話したりする?」

「前よりは話すようになったかな。最近一緒にご飯食べるようにしてるんだ」

「うおっほい、めっちゃ頑張ってるやん」

「……ありがと」

 

 

 言葉からも嬉しそうなのが伝わる。なんだかんだ、蘭もお父様のことを尊敬しているんだろう。

 

 

「やっぱご飯食べてる時ってさ、華道の話とかするの?」

「そうかな。元々お父さんってあんまり喋らない人だから、食事中も会話は少ないんだけど……華道の話とか、バンドの話とか、学校の話とか、色々するよ」

「すごいじゃん。それにしても華道の話か~……想像できないな」

「まあ普通はしないもんね……あっ」

「どした?」

 

 

 蘭は何かを思い出したらしく、ポケットからスマホを取り出した。

 

 

「ちょっと協力してほしいことあるんだけど、いい?」

「ああ。俺にできることなら」

「ありがと。ちょっとこれを見て欲しいんだけど……」

 

 

 そう言って蘭はスマホを操作し、俺にある写真を見せてくれた。

 

 

「これは……生け花?」

 

 

 蘭が見せてくれたのは、綺麗な生け花の写真だった。

 

 

「うん。あたしがこの前生けた花なんだけど、この作品を見て、貴嗣がどんな印象を抱くかを教えてほしい」

「なるほどな。でも俺素人だぞ?」

「構わないよ。むしろ何も知らない人から見た、率直なイメージが欲しい」

 

 

 確かに、中途半端に知識を持っている人よりも、何もしらない人のほうが時折鋭い視点を持っていたりする。そして大抵、そういった意見は有用である。

 

 俺は蘭のスマホを貸してもらい、写真をじっくり見ることにした。

 白くて大きな花を中心に、そのすぐ近くに小さめの紫の花、そして周りに緑の草が置かれている。

 

 

「――美しい」

 

 

 俺は華道とか生け花に関してはド素人だが、それでもこの作品は“美しい”と感じた。

 

 

「もしよかったら、なんでそう思ったか教えてくれない?」

「……分かりやすいからかな。主役が白の花、準主役が紫の花、そしてその2つを目立たせる脇役としての緑。全体的にシンプルで、それぞれの役割が分かりやすい、だからこそ3つの要素がまとまって見えるから、美しく見える…………んだと思う」

 

 

 ありのままの感想を伝える。華道を嗜んでいる蘭に花の説明なんて釈迦に説法だが、蘭は真剣に話を聞いてくれた。

 

 

「ふむ……つまり白は光で、紫は人……??」

「……!! ちょ、ちょっと今のもう1回言ってほしい……!!」

「おいおい蘭さんや、近いぞい、鼻くっつきそう」

「っ……/// ご、ごめん……つい……」

 

 

 身を乗り出して俺に迫ってきた蘭。一瞬我を忘れてたからか、顔の距離が結構dangerousだったことに蘭は気付いていなかった。

 

 その際に滅茶苦茶いい匂いがして、ずっと嗅いでいたい衝動に駆られるが、そこはグッとこらえる。

 

 

「この紫の花、なんか空見上げて背中反ってる人間みたいに見えてさ。んで、丁度見上げた上に白い花……これを“光”とか“希望”と捉えると、この作品は光とか夢、希望とかを望んでいる人を表しているように見えたかな。“天を仰ぐ”ってやつ」

 

 

 とんでもなく抽象的で分かりづらい説明をしているなと思う。だが蘭はと言うと、チンプンカンプンという感じではなく、何かハッとさせられているように見えた。

 

 

「……す……」

「す?」

「…………すごいよ……その感性……ほ、本当に華道の事知らないんだよね……?」

「おうよ」

 

 

 膝の上に置いている両手をプルプルと震わせているのが分かる。……なんか感動しているみたいだ。

 

 

「ね、ねえっ!」

「うおっ」

 

 

 蘭の言葉を待っていると、またもやこちらに体を乗り出してきた。クンツァイト(宝石の一種)のような桃色の瞳に目を奪われる。

 

 それと同時に反射的に目が動き、ひまりちゃんほどではないが、それでも豊満に見える胸が視界に入る。制服が夏服なのもあり、形がはっきりとしていて、本能的に視線が向いてしまう。

 

 

「その感受性、どうやって身に着けたの?」

「身に着けた……? 身に着けたって言われると難しいな……今までの経験とかが絡み合ってできてるものだからさ」

「それはそうだけど……じ、じゃあさ、その中でも一番記憶に残ってる経験とかない?」

 

 

 蘭は一歩も退く様子を見せない。華道のことだし、こんなに真剣になるのも分かるんだが……顔が近すぎる。

 

 けど蘭は真面目に聞いているんだ。俺も頭を回転させ、自身の感受性はどのようにして作られていったかを考える。

 

 

「……映画かな」

「映画?」

「そう、映画。俺映画めっちゃ見るんだけど、映画ってエンターテイメントでもあるけれど、“芸術作品”の側面もあるんだ」

 

 

 ちょっと難しい話になるけど、と前置きをしてから、俺は説明を始めた。 

 

 

「面白いだけじゃなくて、『このシーンの背景が意味することは?』、『ここで流れている音楽の意図は?』、『この場面切り替えは何と何を対比させているんだ?』とか……見たままじゃなくて、その奥に隠されているメッセージを考えて読み取るのは、映画通にとってはごく当たり前のことなんだ」

 

 

 確かに娯楽として、お金を生むものとして一般的に認知されている映画だけれど、絵画や音楽のような“芸術”として作られているものも多い。特に名作と言われている作品は、そのメッセージ性によって高い評価を得ていることが多い。

 

 

「映画もだけど、絵とか音楽みたいな、一般的に芸術って言われるものは割と好きなんだ。そういうのに触れてきたから、感受性は割と豊かな方なんだと思う」

「なるほど……色んなものに触れてきたからってこと?」

「そうそう。全く興味がないことでも、とにかく触れてみるんだ。まあ俺が元々好奇心強いってのもあるんだろうけど、そういった芸術作品に触れることで、物の捉え方とか感じ方の引き出しは増えたと思うよ」

 

 

 そう言うと納得したのか、蘭はゆっくりと自分の席に座った。さっきから美少女の顔といい香りで心臓がバクバクだったから、ようやく落ち着きを取り戻せた。

 

 

「ありがと。貴嗣の話、すごく参考になった」

「そりゃあよかった。……その様子だと、華道にも向き合えてるみたいだな」

「うん。ライブの後から、家でしっかり勉強してるんだ。稽古にもちゃんと出るようにしてる」

「わーお。マジで頑張ってるな」

「……でしょ?」

 

 

 今度は嬉しそうな顔を隠さない。俺の方を見て、にっこりと笑ってくれている。もしかしたら、さっきよりも心の距離を縮めてくれたのかもしれない。

 

 

「今見せた写真は、次の展覧会に向けての練習で生けた花なんだ」

「展覧会……いけばな展ってやつか」

「知ってるの?」

「この前商店街の掲示板に貼られてたのをチラッと見たってだけだけどな。それに蘭も作品を出すってわけか」

「そう。でもまだまだ満足できなくて、どうすればいいのかなって思ってたんだけど……貴嗣のおかげで、何か掴めた気がする」

 

 

 実はこの前気になって調べたんだけど、蘭のお父さんが家元である美竹流という流派は、100年以上の歴史があるそうだ。そんな歴史のある家系の1人娘となると、プレッシャーは凄まじいもののはず。

 

 

「なんかすげえな、蘭って」

「えっ? きゅ、急にどうしたの……?」

「由緒ある家にたまたま生まれて、あらかじめ進む道が決められていて、そんな中で今まで頑張ってきた蘭ってすごいと思ってさ。そんでお父さんとも向き合って、ひまりちゃん達とバンドを続けるっていう、自分が望んでいた夢を叶えた……なんかもう、色々すげえわ」

 

 

 もし俺が蘭だったら、どんな行動を取っただろうか? 

 

 

 蘭のように反発しただろうか? それとも何も考えずにただただ従っていただろうか?

 

 

 仮に反発したとして、蘭のように行動できただろうか?

 

 

「尊敬してるよ。1人の人間として」

「……ありがと。でも、今あたしがこうやって好きな事を続けられているのは、皆のおかげ。皆があたしを支えてくれたから。……それに、貴嗣のおかげ」

「俺?」

 

 

 自分の名前が出てくるのは予想外だった。

 

 

「あたしが巴と喧嘩した時、貴嗣はあたしを連れ戻しにきてくれた。それだけじゃない。あたしが父さんと向き合う勇気をくれたのも、貴嗣だよ」

 

 

 優しく笑って、蘭はそう言ってくれた。そのことが嬉しくて、俺も自然と笑顔になる。

 

 

「……そっか。ありがとな」

「うん」

「でも忘れちゃいけないのは、実際に行動したのは蘭自身だ。俺はそうだな……背中を押したくらいだよ」

「……“手を引っ張ってくれた”のほうが合ってるんじゃない?」

「おっ、中々に詞的な表現。さすが蘭、センスある」

「まあ、これくらいどうってことないよ」

 

 

 蘭はAfterglowの作詞もしているらしい。言葉のセンスが良いのは、歌詞を考える上で磨かれたものなんだろう。

 

 

「前から思ってたんだけどさ」

「?」

「貴嗣って基本的に人のこと褒めるよね。人の頑張りとか努力をちゃんと見てるって、この前つぐみも言ってたよ」

「まじか。それは嬉しいな」

 

 

 また会ったらありがとうって言っとこ。

 

 

「そういう人って基本好かれるよね。一緒にいて楽になるっていうか」

「そういう人間であるように心掛けてはいる」

「貴嗣らしいね」

「だろ?」

 

 

 自然と会話が切れたタイミングで、店員さんがギターをわざわざ持ってきてくれた。完璧に修理できたとのこと。心なしか、色も良くなっている気がする。

 

 

「貴嗣のギター、かっこいいね」

「さんきゅ。白黒って一番シンプルな色だけどな」

「そのシンプルさが、貴嗣に合ってると思うよ」

「ありがと。――待ってもらってサンキューな。お詫びするよ」

「い、いいよ別に……あたしからお願いしたんだし」

「でもそれで自主練の時間が短くなっただろ? なんかお詫びさせてくれないか?」

 

 

 俺がそうお願いすると、蘭はしぶしぶといった感じで何か考え始めた。

 

 そしてすぐに何かを思いついたらしく、いつものキリッとした表情に戻る。

 

 

「じゃあ、1つお願いしてもいい?」

「もちのろん」

 

 

 そう言うと、蘭はその場で姿勢を正した。武道の稽古で礼をする前に姿勢を正すように、背筋が伸びた蘭はとても美しかった。

 

 

「さっきあたしが言ったいけばな展を見に来てほしい。当日まで頑張るから、あたしの作品を見に来て欲しい」

 

 

 真っ直ぐなまなざしで、お願いをしてくる蘭。もちろん、俺の答えは決まっている。

 

 

「分かった。絶対に行くよ」

「うん。約束だよ?」

 

 

 俺がオッケーを出すと、さっきと同じように、蘭は柔らかく笑ってくれた。

 

 

「じゃあ行くか」

「うん。貴嗣はこれからどうするの?」

「俺は家に帰るかな。今日は用事無いし」

「……そっか」

 

 

 会話をしながら、俺達は店を出る。丁度夕日が、俺達を優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、もう1つ追加」

「えっ?」

 

 

 隣に立った蘭は、俺を見上げていた。その上目遣いに、反射的にドキッとしてしまう。

 

 

「CiRCLEまで一緒に来てほしい。その……まだ貴嗣と……話してたいし……」

 

 

 小さな声でそう言う蘭。蘭の顔が赤くなっていたのは、夕日に照らされたせいではないだろう。

 

 

「分かった。お供させてもらうよ」

「うん……ありがと///」

 

 

 今度は照れながらも、俺のほうを真っ直ぐ向いて笑ってくれた。

 

 蘭との距離が縮まったような、そんな1日だった。

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。蘭のお話でした。

 ご感想やメッセージで「アフグロだと蘭が1番好き」や「蘭のエピソード待ってます」というご意見を複数貰っていたにも拘らず、蘭編の投稿は最後になってしまいました……。皆様楽しんでいただけたでしょうか? 

 さて、次回はAfterglow編のラスト、エピローグとなります。Chapter 2を締めくくってから、次のステージに進んでいきたいと思います。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 Epilogue of Chapter 2

 
 新たにお気に入り登録をしてくださった皆様、そして☆9評価をしてくださったセレウスローサ様、ありがとうございます! モチベ爆上がりです……!

 タイトルの通り、Afterglow編ラストです。今朝から超特急で書いたので多分クオリティーガタガタですが、楽しんでいただけると嬉しいです。

 それではどうぞ!


 

 楽器屋さんで蘭とばったり会った次の日、俺は駅前に新しくできたアクセサリーショップに来ていた。近々母さんの誕生日なので、そのプレゼントを買いにきたのだ。

 

 

「(……色々あるなあ。母さんが気に入りそうなのといえばどれやろか?)」

 

 

 別に母さんに誕生日プレゼントをあげるのは初めてじゃない。というか毎年何かしらあげている。だから母さんの好みなんてある程度分かっていると高を括っていたのだが、アクセサリーとなると急に難易度が上がった。

 

 意外にもネックレスやブレスレットといったアクセ類を母さんにプレゼントしたことは今まで一度も無かった。多分母さんは「貴嗣がくれたものなら何でも嬉しいよ」って言ってくれるとは思うが……なんだかそれだと甘えみたいな気がしてしまう。

 

 店の商品を1つ1つ見ながら、あーでもないこーでもないと考えて唸っていると、後ろからちょんちょんと肩をつつかれた。

 

 

「あっ! やっぱり貴嗣君だー!」

「……ひまりちゃん?」

 

 

 俺の後ろにいたのは、この前遊びに行った時に買った服を着たひまりちゃんだった。

 

 

「この間ぶりだね。ひまりちゃんもアクセ買いにきたの?」

「うん! 最近オープンしたってことで、記念に何か買おうかなーって思って! 貴嗣くんも?」

「ああ。まあ俺は自分用じゃなくて、母さん用にだけどね」

「お母さん?」

 

 

 ひまりちゃんは可愛らしく首をコテンと傾げる。

 

 

「もうすぐ母さんの誕生日なんだ。だから何かあげたいんだけど、俺母さんにアクセ買ってあげたことなくてさ。母さんの好みがイマイチ分からなくて、ちょいと悩んでたところ」

「そうなんだ!? いいね、お母さんへのプレゼント! なんだか貴嗣君らしいね」

「あははっ、サンキュー。……肝心のプレゼントは決まってないんだけどな……」

「選ぶのって難しいよねー……あっ! そうだ!」

 

 

 ひまりちゃんは何か思いついたみたいだ。

 

 

「私も一緒に選ぶよ!」

「いいのか?」

「うん! ずーっと貴嗣君にはお世話になってるし、そのお礼ってことでどうかな?」

 

 

 優しく笑ってそう言ってくれるひまりちゃん。そのあったかい笑顔を見て、俺も嬉しい気持ちになった。

 

 

「それじゃあ……お願いしようかな」

「はーい! まっかせて~! お母さんにピッタリなアクセ、バッチリ選ぶからね!」

 

 

 ガッツポーズでやる気満々。そんなひまりちゃんにつられて、俺も笑いながら小さくガッツポーズをした。

 

 ひまりちゃんという心強い味方を得て、俺は再度プレゼント選びに勤しむことにした。

 

 

 

 

 

「ちなみに貴嗣君のお母さんってどんな人なの? よかったら写真見させてもらってもいい?」

「もちろん。その方がイメージしやすいもんね。はい、どうぞ」

「……えっ……!?」

「ん? どうかした?」

「……この人、お母さん?」

「おう。つい最近撮った写真だよ」

「……お姉さんじゃなくて?」

「あー……まあ……若く見えるとしか言いようがないな……」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 それから十数分、俺はひまりちゃんと一緒に店の中を回り、色々なアクセサリーを見ていった。

 

 シンプルな単色のブレスレットから、カラフルな宝石が散りばめられたネックレス、スマホに付けられるストラップ――ひまりちゃん監修の元、俺はプレゼント候補を少しずつ絞っていった。

 

 そして――

 

 

「……やっと2つまで絞れた……」

「うん……でもここまで来ると……」

 

「「もう選べないよね(よな)」」

 

 

 二者択一とはこれほどまでに難しいものなのか。

 

 俺の手元には、ひまりちゃんが選んでくれたネックレスが2つ。左手には桃色、薄ピンクの宝石が入ったネックレス。右手にはキラキラと輝く、金色のネックレス。

 

 ここまで絞れたのはいいものの、どっちでも母さんには似合いそうということで、俺達2人は唸っていた。

 

 

「こうなったらもう感覚に頼るか。頭で考えてても仕方ないし。……ひまりちゃんはどっちが好きとかある?」

「うーんそうだなー……どっちも好きだけど、個人的には左の桃色のネックレスかな~」

 

 

 ひまりちゃんは俺の左手を指差してそう言った。

 

 俺は手を近づけて、そのネックレスを色んな角度から見てみる。母さんの優しい雰囲気に合っているし、母さんの私服コーデにも組み込みやすいのでは? と色々考える。

 

 

「ふーむ……」

「(す、すごい真剣に考えてる……!)」

 

 

 ひまりちゃんに勧められたというのもあるのかもしれないが、俺の気持ちはどちらかと言うともう桃色のネックレスに傾いていた。金色も悪くないが、優しい雰囲気を5重くらいに纏っている母さんには、あまり似合わないかも……と思っている自分がいた。

 

 

「決めた。こっちにするよ」

「えっ……? そんなすぐに決めちゃっていいの?」

「ああ。こっちのほうが母さんに合いそうだし、それに……」

「それに……?」

 

 

 右手に持っていた金のネックレスを棚に戻した後、俺はひまりちゃんの目を見て言葉を続けた。

 

 

「ひまりちゃんが選んでくれたほうだから」

「……!」

「真剣に選んでくれたひまりちゃんがこっちのほうが良いっていうのなら、絶対に間違いない」

「……そ、そんなに言われたら照れちゃうよ……えへへ……///」

 

 

 ひまりちゃんは顔を赤らめながら、ニコッと笑ってくれた。

 

 

「だからこっちにするよ。ひまりちゃんが好きって言ってくれた、このピンクのほうにする」

「うん……! ありがとね……!」

「こちらこそありがとう。それじゃあ、会計してくるよ」

「はーい! いってらっしゃーい!」

 

 

 満面の笑みのひまりちゃんに見送られて、俺はネックレスを持ってレジへと向かった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ありがとうな、ひまりちゃん。おかげで最高のプレゼントを選べたよ」

「さ、最高……!? そんなー大袈裟だよ~!」

「そんなことないよ。本当に感謝してる。一生懸命選んでくれてありがとう」

「うん……!///」

 

 

 私の隣を歩いてくれている貴嗣君からの言葉で、また顔が熱くなる。

 

 駅前のアクセショップで貴嗣君のお母さんへのプレゼントを選んだ後(ちなみに私の分もしっかりと買った)、私は貴嗣君と一緒につぐのお店に向かっていた。

 

 元々アクセショップに行った後、いつものようにAfterglowの皆でつぐのお店に集まろうって約束をしていた。そこでたまたま貴嗣君会ったから、「貴嗣君も誘ってもいい?」ってグループで言ったら、皆快くOKしてくれた。

 

 だから今私達は羽沢珈琲店に向かっている。皆はもうお店で待ってくれてるみたいだ。

 

 

「それにしても、お店で貴嗣君を見つけた時はびっくりしたよ~。まさかアクセショップにいるなんて思わなかった」

「それは間違いないな……でもよく俺だって分かったな」

「そりゃあもちろん! その服で分かったよ!」

「服……ああ、そういうことか」

 

 

 そう。今日の貴嗣君の私服は、この間一緒に遊びに行った時に私が選んだもの。白のVネックに黒のワイドパンツ、そしてオレンジ色の開襟シャツだ。

 

 

「折角ひまりちゃんに選んでもらった服だし、これ着て出かけようと思ってさ。……そんな日にまさかひまりちゃんに会うなんて、ある意味運命かもな」

「う、運命……!?!?」

「わおっ……ちょ、驚きすぎだよ」

「あっ……ごめんなさい……」

 

 

 “運命”って言葉に反応しちゃった……なんかその……「運命の人」的なニュアンスって勝手に想像しちゃって……///

 

 

「(私何勝手に妄想して……は、恥ずかしい……///)」

「……ふふっ」

「……貴嗣君?」

 

 

 頭の中で色々考えていると、貴嗣君から笑みがこぼれた。

 

 

「さっきなんかグイグイ俺を引っ張ってくれてたのに、今は顔赤くして……ほんとひまりちゃんって表情豊かだなーって思って」

 

 

 貴嗣君はニッコリと笑ってそう言ってから、その綺麗な銀色の目で私をジーッと見つめてきた。

 

 

「一緒にいて楽しいよ。いつも元気をくれてサンキューな」

「……!?!?///」

 

 

 い、イケボでそんなこと言ってくれるなんて……ふ、不意打ちすぎるよぉ……///

 

 

「多分皆、ひまりちゃんのそういうところが好きなんだろな」

「……えっ? Afterglowの皆ってこと……?」

「そう。この前のリーダーの話、覚えてる? 俺もあの日の後、自分で色々考えたりしたんだけど……1つ気付いたことがあるんだ」

 

 

 貴嗣君は優しい声でゆっくりと話し始めた。

 

 

「ひまりちゃんとこうやって一緒にいると、すごい楽しいんだ。それはひまりちゃんの明るい性格もあるけど……それ以上に、ひまりちゃんの『本質』がそうやって、人を自然と喜ばせるものなんだろなーって」

「私の……本質……?」

「そう。性格とか才能なんかよりもさらに深い、その人が生まれ持った『その人をその人たらしめる性質』のこと。これは誰にもあって、でも誰一人同じものが無い、特別なもの。そしてひまりちゃんの『本質』は、『関わる人を喜ばせる』ことなんだと思う」

 

 

 その言葉を聞いて、嬉しい気持ちが湧き上がってくる。

 

 

「それ、絶対にリーダーに必要なものだと思う。だから自信もってな」

「……! うん……!」

 

 

 またこうやって、私が嬉しくなる言葉を掛けてくれる。

 

 こういうところ、本当にすごいしカッコいいなーって思う。

 

 

「……おっ、着いたな」

「ほんとだ……! あっと言う間だったね」

 

 

 知らない間に、私達はつぐのお店の近くに来ていた。

 

 楽しい時間はすぐに過ぎ去るものだけど、貴嗣君と一緒にいる時間は、まるで光みたいに素早く過ぎ去っていく。

 

 もっと2人きりでお話ししたかったけど……それはまた今度。別の機会まで、ちょっと我慢。

 

 

「じゃあ行こうか」

「うん! ……ねえ貴嗣君」

「ん?」

「学校とかバンドは違うけど、私達の仲良くしてくれてありがとう。……これからも仲良くしてくれると嬉しいな」

「もちろん。俺達もひまりちゃん達が仲良くしてくれて嬉しいよ。これからもよろしくな」

「うん! じゃあ……お互いリーダー同士、これからもよろしくお願いします!」

 

 

 初めて貴嗣君と会ったとき、貴嗣君はつぐのお店の中で、私に手を差し出してくれた。

 

 だから今度は私の番。私はつぐのお店の外で、貴嗣君に手を差し出した。

 

 

「――ああ。これからもリーダー同士、よろしくな」

 

 

 そして初めて会ったときと同じように、ギュッと握手をした。今度はあの時みたいにアタフタせずに、貴嗣君の銀色の瞳を真っ直ぐ見ながら笑顔で握手。

 

 

「えへへ……えいっ♪」

「……ひまりちゃん?」

 

 

 私は握手したまま、貴嗣君の手をグイッと引っ張った。

 

 

「じゃあ行こっ! 中で皆が待ってるよ!」

「――ああ。行こうか」

 

 

 嬉しい気持ちに包まれながら、私は貴嗣君と一緒に羽沢珈琲店の扉を開いた。 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 皆様のおかげで、無事Chapter 2 Afterglowを終わらせることができました。本当にありがとうございました!

 さて、ここから大切なお知らせです。

 次回からは第3章……ではなく、2.5章という形で、サイドストーリー的なものを5話投稿させていただきます。実は第3章がまだ下書きが終わっておらず、そのために少し時間を頂きたいのです……(今回後書きに次のバンドのヒントが無いのはそのため)。

 ストーリーとしては停滞してしまうので、続きを楽しみにしてくださっている読者様には申し訳ない気持ちでいっぱいです……。ですが今まで通り、第3章も連日更新、悪くても2~3日に更新というテンポを維持し、一番良い形で皆様に楽しみを提供したいと思い、このような形を取らせていただくことになりました。ご理解いただけますと幸いです。

 現在下書きを進めている第3章から、雰囲気が変わり、一気に物語が加速します。クオリティを維持させつつ、より話を深くしていくというコンセプトの元下書きを進めております。もうしばらくお待ちください。

 長文失礼しました。次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter 2.5 Side story part 1
第27話 パン屋なあの子とお買い物デート(1)


 
 新たにお気に入り登録をしてくださった皆様、そして☆9評価をくださったスーパー1様、ft.優士様、ありがとうございます! そして皆様のおかげで、3/29時点でバンドリ日間総合評価1位となっております! 本当にありがとうございます!!

 さて、前回の後書きでお伝えした通り、今回から5話、本編から少し離れた日常回を投稿させていただきます。

 そして今回はタイトルの通り……沙綾とのデート回です! 前編、中編、後編と3つに分けて、デート回を投稿させていただきます。

 それではどうぞ!


【Information】後書きの方に、ちょっとしたアンケートを設けさせていただきました。ポチっと押していただけると嬉しいです<(_ _)>


 業務用の巨大なパン焼き機から慎重にプレートを取り出す。ミトンを装着しているから大丈夫なのだが、熱いものを触るというのはどうも慣れない。特にこういうでっかいやつ。

 

 

「うん! うまくできてるじゃないか! 流石だね」

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 

 今日は久しぶりにやまぶきベーカリーの手伝いに来て、亘史さんにパンの焼き方をレクチャーしてもらっている。文化祭の時も教えてもらっていたが、その後もこんな感じでちょくちょく練習させてもらっている。

 

 流石に亘史さんレベルには程遠いけど、少しずつ上達していると思う。

 

 

「本当によくできてるね。今回は店に出してみようか」

「えっ? 俺みたいな初心者のパンでいいんですか?」

「問題ないよ。なんたってこんなに美味しそうなんだから」

 

 

 亘史さんは笑顔でそう言ってくれた。ずっとパンを作って来た亘史さんに認められたことが、とても嬉しかった。

 

 

「いやはや、まさかここまで上達するとは。才能あるんじゃないかい?」

「亘史さんの教え方が上手なんですよ。でも、もっと上手くなりたいです」

「さすが向上心の塊だねー」

 

 

 

 

 

 

 

「これならいつ婿に来てくれても安心だね」

「いや~ありがとうごz……んんん?

 

 

……ムコ? ムコムッコ??

 

 

「はははっ! いやなに、貴嗣君なら沙綾を任せられると思ってね」

「は、ははは……ありがとう……ございます(?)」

 

 

 ひきつった笑顔で答える。亘史さんに認められていることに対する嬉しさと、「婿」というパワーワード――それも父親から放たれたそれに対する動揺で、多分今俺の顔は変な表情になっている。

 

 

「沙綾をいつも大事にしてくれてありがとうね。今の沙綾は君のおかげで、自分の好きなことができて毎日楽しそうだから」

「……それなら良かったです。今の沙綾の笑ってる顔見ると、こっちも嬉しい気分になりますから」

 

 

 俺が笑ってそう答えると、亘史さんも嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり今すぐ婿に来ないかい?」

「いやほんとその類の話やめてください反応に困るんですあと僕まだ15です」

 

 

 

 

 

 

 

 焼き立てのパンを載せたプレートを店内に持っていく。店の中には千紘さんと沙綾がいた。今日も沙綾は店のお手伝いだそうだ。

 

 俺を見つけるや否や、沙綾は嬉しそうに笑いながらこちらに来てくれた。

 

 

「お帰り貴嗣! って、わあ~……それ、貴嗣が焼いたパン?」

「おう。運よく良い感じにできたから、店に並べようと思って」

「美味しそう~! ほんと上手にできてるね!」

「いや~それほどでも~」

 

 

 沙綾からベタ褒めされ、嬉しいのと同時にちょっと恥ずかしくなる。ずっと店の手伝いをしてきている沙綾がそう言うのだから、自信をもっていいだろう。

 

 

「沙綾の言う通り、本当によくできてるわね~。……そうだ、貴嗣君、写真撮っていいかしら? 真愛ちゃんに送りたいのだけれど」

「母さんにですか? もちろんいいですよ」

 

 

 千紘さんの提案で、焼き立てのパンと一緒に写真を撮ることになった。

 

 

「ほら、沙綾も一緒に!」

「わ、私? いいよ、貴嗣のお母さんに送る写真でしょ? それに私は焼いてないし……」

「もう、細かいことはいいの! ほーら、並んで!」

 

 

 千紘さんに催促され、俺の隣に半ば強引に立たされる沙綾。

 

 

「貴嗣君もいい?」

「ええ、もちろん。ほら、沙綾。カモン」

「貴嗣まで……もう、しょうがないなあ……(貴嗣……近い……///)」

「ほら、2人とも笑ってー。はい、チーズ!」

 

 

 スマホでパシャリ。

 写真を見ると、沙綾も優しそうに笑っている。中々いい写真じゃないか?

 

 

「あらあら、沙綾ったら~ちょっと顔赤いじゃない?」

「え、ええっ!? べ、別にそんなことないって……///」

 

 

 写真を見ながら指摘され、沙綾の顔がほんのり赤くなっていく。俺の方をチラッと見て目が合うと、また赤くなって目を逸らす。めっちゃ可愛いのだが、そんな反応をしたらバレるのでは……。

 

 

 4人で話していると、勢いよくドアが開けられた。

 

 

「「ただいまー!」」

「おかえり~、純、紗南」

 

 

 純と紗南ちゃんが学校から帰ってきたようだ。背中に背負っているランドセルを見て、どこか懐かしさを感じる。

 

 そして2人は俺目がけて飛んできた。

 

 

「貴兄ちゃん!」

「お兄ちゃん!」

「2人ともー久しぶり! 元気だったかー?」

「うん! ……あっ、そのパン、もしかして貴兄ちゃんが焼いたやつ?」

 

 

 純が早速気づいてくれたみたいだ。俺はしゃがんで2人にパンが見えるようにする。

 

 

「お兄ちゃんのパンすっごくおいしそー!」

「食べてもいいー!?」

「おおっと純、まだ熱いから危ないぞ。これは店に並べるから食べられないけど、裏に余ったのがあるから、それなら食べていいよ」

「「やったー!!」」

 

 

 純と紗南ちゃんはその場でぴょんぴょんと跳ねる。ほんと子どもって純粋で可愛いよな。

 

 

「こーら2人とも! お店の中で騒いじゃダメ!」

「はーい! ……あれ? お母さん、その写真何ー?」

 

 

 紗南ちゃんがスマホの画面に気づいたようだ。それを見て沙綾はビクっとする。

 

 

「これはね、貴嗣君と沙綾のツーショット写真よ~」

「「ええー!?!?」」

「そうだ。ねえ2人とも。この写真のお姉ちゃん、顔赤いわよね?」

 

 

 そう言ってスマホの画面を純と紗南ちゃんに見せる千紘さん。その写真を見るや否や、2人の顔はみるみるうちににやけ(・・・)顔へと変わっていった。

 

 

「やーいお姉ちゃん、貴兄ちゃんと写真撮って照れてるやー!!」

「お姉ちゃん顔真っ赤ー!」

「~~!!/// 純! 紗南!」

「「わーいおこったーにげろー!」」

「こ、こら2人とも! 待ちなさーい!」

 

 

 店を飛び出した純と紗南ちゃんを追いかけて、沙綾も出ていってしまった。店の前で追いかけっこをしているようだ。

 

 

「……お客さんいなくてよかったですね」

「そうだね。ほんと貴嗣君は人気者だねえ」

「喜ばしい限りです。皆さんと仲良くさせてもらって、僕も嬉しいです」

「ふふっ。2人ともお兄ちゃんが大好きなのね~……貴嗣君が婿に来てくれたら、正真正銘のお兄ちゃんね」

「楽しみだな!」

「(は……反応しづれえええええ!!)」

 

 

 千紘さんはともかく亘史さんがノリノリなのが驚きでしかない。俺の中では「父親=娘はそう易々と渡さない!」なんだけどなあ……先入観にとらわれずに、思考を柔軟にしなければ。

 

 

「俺、パン並べますねっ……!」

「ああ、そうだね。そろそろお客さんが来る時間だしね」

「そうね。今日も頑張りましょうか。貴嗣君、お手伝いお願いね」

「まかせてください! ……沙綾ー! 純ー! 紗南ちゃーん! お客さん来るから戻っておいでー!」

 

 

 パンを並べて準備完了。

 さあ、久しぶりのお手伝い頑張りましょ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「貴嗣君。今日は手伝いに来てくれてありがとう」

「こちらこそありがとうございます。やっぱりここは居心地良いので、お手伝いも楽しかったです。またいつでも呼んでください」

「そう言ってくれると嬉しいよ。いつでも遊びに来てくれていいからね」

 

 

 今日のお手伝いも無事終わった。

 

 貴嗣はそのまま帰ろうとしたけど、母さんの提案で、久しぶりに皆一緒に夕食を食べることに。相変わらず貴嗣は小食で、純と紗南にご飯を分けてあげてた。2人とも貴嗣とご飯食べられて、すっごく嬉しそうだった。

 

 体が大きいから、小食なんだって聞いた時はビックリしたなー。確か身長175㎝だっけ。

 

 

「貴嗣。玄関まで送っていくよ」

「ありがとう沙綾。純、紗南ちゃん。また来るね」

「ばいばい貴兄ちゃん!」

「また来てね、お兄ちゃん!」

 

 

 貴嗣と一緒に玄関へと向かう。こうやって一緒に下まで行って彼を見送るのも久しぶりだ。玄関でお話をしてから貴嗣を見送るのが、貴嗣がうちに来てくれた時のちょっとしたお楽しみ。

 

 靴を履いてドアを開けると、あたりはもう真っ暗だ。

 

 

「いつも見送ってもらってありがとな」

「ううん。私がやりたいからやってるんだから、大丈夫だよ」

「ははっ、そっか」

「うん♪」

 

 

 貴嗣は本当によく「ありがとう」って言う。この前学校で聞いてみたんだけど、やっぱり感謝の言葉を言うようにいつも意識しているみたい。

 

 「感謝とか賞賛の言葉はすぐに言うようにしてる。皆が幸せな気持ちになれるから」って教えてくれたっけ。なんだか、貴嗣らしいよね。

 

 

「ん? どうしたの? そんなにジーって見て」

「いやさ、いい笑顔だなって思って」

「も、もうっ……またそうやって……///」

 

 

 ストレートに言われて一気に顔が熱くなる。貴嗣は時々こうやって自分の気持ちを真っ直ぐ伝えてくる。おたえみたいだよね。

 

 

「褒め言葉はすぐに言うように心掛けてるからねー。……じゃあ、そろそろ帰るわ」

 

 

 そう言って帰ろうとする貴嗣。

 

 普段ならこのままバイバイって言うんだけれど、今日は違う。

 

 今日貴嗣と一緒に玄関まで来たのには理由がある。

 

 

「あっ、ちょっと待って……!」

「どした?」

 

 

 

 

 

「あのさ、貴嗣……今週の休みって空いてる?」

「休み? 今週は土日どっちも空いてるよー」

「ほ、ほんと!? ……じゃあさ、良かったら夏服見に行かない?」

 

 

 覚えてくれてるかな……。貴嗣が香澄とショッピングモールでお昼ご飯を食べてた時にL〇NEで約束したんだけど……。

 

 

「ああ、行こっか。この前約束したもんな」

「ほ、ほんと!? やった!」

 

 

 ちゃんと覚えてくれてた! えへへ……嬉しい♪

 

 

「どこ行こっか。沙綾の行きたい所とかある? 電車使ってちょっと遠くに出かけてもいいし」

「あっ、それじゃあ2駅先の町にアウトレットあるからさ、そこに行くってのはどうかな?」

「おお、アウトレット! 行きたい行きたい! そうしよう!」

 

 

 ふふっ、なんだか子どもみたい。

 

 いつもすっごく落ち着いてて大人っぽいのに、興奮すると急に子どもっぽくなる。こんなこと言ったら嫌がるかもだけど、可愛いなって思う。

 

 

「決まりだねっ! 時間はどうしよっか?」

「お昼前とかでいいんじゃないか? ちょっと早めに行って、ゆっくりお昼ご飯食べられるしさ。10時に駅集合とかどう?」

「……あっ……駅集合か……」

「ん? どうかした?」

 

 

 もちろん隣の町に行くには電車かバスだ。そしてそれらの交通機関を使おうと思ったら、とりあえず駅に一旦集まるのが一番だ。バス乗り場もあるし。

 

 それでも私がすぐに首を縦に振らなかったのは――

 

 

「あ、あのさっ!」

「ん?」

「もしよかったら…………駅まで、一緒に行かない?」

 

 

 少しでも貴嗣と一緒にいたいって思っちゃったから、かな……///

 

 

「ああ、全然大丈夫だよ。話ながら駅まで行くのも楽しそうだしな。そうしよう」

「!! うん!!」

 

 

 貴嗣はいつもの笑顔でオッケーしてくれた! やった!

 

 ふふっ……一緒にお話ししながら駅まで……楽しみだなあ♪

 

 

「じゃあ、細かいことはまたLIN〇で決めようか」

「うん! 引き留めてごめんね?」

「気にしなくていいよ。遠慮しなくていいって、文化祭の時言っただろ?」

「あはは、そうだった」

「そうそう。……じゃあ帰るわ。バイバイ、沙綾。また学校でな」

「うん! バイバイ、貴嗣!」

 

 

 手を振って彼の背中を見送る。

 

 

 やった……! デートに誘えた……!!

 

 

 心の中でグッとガッツポーズをする。

 実は……って言うのはちょっと変だけど、私は貴嗣と2人きりでどこかに遊びに行ったことがない。アミューズメント施設に行った時は、純と紗南も一緒だった。

 

 

 貴嗣と一緒にお買い物……楽しみだなあ~!

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 鏡の前に立ち、自分の服装をチェックする。

 

 鏡に映るのは、普段あまり着ないカジュアルコーデをしている自分だ。ベージュのVネックに紺色の開襟シャツ、グレーのワイドパンツだ。

 

 靴はモノトーンのキャンバスシューズだ。カジュアルファッションなので、靴もキレイめよりもカジュアルの方がよく合う。

 

 

「あっ、お兄ちゃん……おはよ~」

「おはよう真優貴。いつも休みの日はもうちょっと寝てるのにどうした?」

「うん……なんか起きちゃって……」

 

 

 整髪料で髪をセットしていると真優貴が起きてきた。やはり血のつながった兄妹、さっきまでの俺のように、真優貴も寝癖が中々にひどい。

 

 

「……そっか。お兄ちゃん、今日デートやもんね」

「まあ間違ってはないな」

「だからそんな気合入れてるんやね~。沙綾ちゃんと楽しんできてな」

「おう。ありがとな。じゃあ行ってくるわ」

「あっ、ちょっと待ってお兄ちゃん」

 

 

 出かけようとしたら真優貴に止められた。少ししゃがんでとお願いされたのでその通りにすると、真優貴は唐突に俺の髪を触り始めた。

 

 

「……うん。こっちの方がいいかも。ちょっとパーマっぽくしてみたで」

「おおっ、ええ感じやな。ありがとな真優貴」

「いえいえ~。じゃあ行ってらっしゃーい」

「いってきまーす」

 

 

 真優貴の気遣いに感謝しつつ、眠たそうな声に返事をする。サンキュー真優貴。

 

 

 さあ、時間は予定通りだ。今から沙綾の家に行こう。彼女が待って――

 

 

 

 

 

「……あれ? 沙綾?」

「お、おはよう! 貴嗣!」

 

 

 ――なんで俺の家の前に沙綾がいるんだ? 俺が迎えに行くって約束だったはず……。

 

 

 ……あっ。

 

 

 

 

 

「……じつはここは山吹家??」

「ち、違うから~!」

「あははっ、冗談だよ。それにしてもなんでうちに?」

「えっとね、その……」

 

 

 

 ……ん?

 

 

 

「早く貴嗣に会いたいなーって思って……早く起きて来ちゃった……///」

 

 

 沙綾は腕を後ろでモジモジさせながら、うちに来てくれた理由を教えてくれた。

 

 いつもと違う雰囲気を纏っている沙綾。髪型はいつものポニーテールではなく、ルーズサイドテール。そこに伊達眼鏡を掛けており、清楚な印象が強まっている。

 

 白のシャツの上に、沙綾らしい黄色のカーディガンを羽織っている。下は楽そうな黒のワイドパンツだ。そしてそれらをベージュのパンプスがまとめており、とてもお洒落だ。

 

 

 なんかもう、あれですわ――

 

 

「……めっちゃ可愛い」

 

 

 これしか出てこないんですわ。

 

 

「えっ……可愛い……?」

「……あっ、すまん。口に出てたか。服、似合ってるなって」

「そ、そうかな? えへへ……ありがと……/// (……やった!!)」

 

 

 ほらまたこうやって顔赤くする。こんなの可愛い以外ないだろ。

 

 

「じゃあ、そろそろ行こ――ムムッ!?

「た、貴嗣?」

 

 

 背後から視線を感じるッ!! 

 

 後ろは俺の家……そして今家にいるのは一人しかいない……ッ!

 

 

「……真優貴。ドアちょっと開いてんぞ」

「ぐっ……やはりバレたか……」

 

 

 振り向くとほんの少しだけドアが開いていた。観念したのか、盗み聞きしていた真優貴がドアを開けて出てきた。

 

 

「ま、真優貴ちゃん!?」

「おはよー沙綾ちゃん! いつもお兄ちゃんがお世話になってまーす!」

 

 

 やはりさっきの視線は真優貴だったようだ。まだ寝癖もひどいのに、そんな状態で女の子が外に出ちゃあダメだろ。

 

 

「……いつから見てた?」

「へっ? そりゃあ沙綾ちゃんが顔赤くして『……来ちゃった♪』って言ってた時から!」

「ええっ!? ほとんど最初からじゃん!」

「もちのろんだよ~! 沙綾ちゃん、通い妻みたいで可愛かったよ~?」

「か、かよっ……!?!?///」

 

 

 ああ、また真優貴の可愛い人弄りが始まったよ。早く止めないと。

 

 

「はい真優貴そこまでー。あんま沙綾困らせないの」

「ええ~ケチー。でも沙綾ちゃんも満更じゃないっぽいよ~?」

「うう……///」

「はいはい分かったよ。ほら、そろそろ俺達行くから、真優貴は家に入っとき」

「はーい。行ってらっしゃい2人とも! デート楽しんできてねー!」

 

 

 バタンとドアが閉まった。仮にも女優なんだから、こんなに寝癖がヤバいのを誰かに見られたらたまったもんじゃない。

 

 

「ごめんな沙綾。待たせちまった」

「ううん! 私も真優貴ちゃんと久しぶりに話せて楽しかったから(通い妻……デート……///)」

「そっか。妹と仲良くしてくれてありがとな……って言っても同い年だけど」

「どういたしまして! それじゃあ、行こっか!」

「おう。行こうか」

 

 

 本当に久しぶりの、沙綾との外出。2人きりでは初めてだ。

 

 

 折角誘ってくれたんだ、今日は思う存分楽しもう。

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 沙綾の私服は、ガルパとW〇GOさんのコラボ第1弾での沙綾のコーデをイメージして書かせていただきました。伊達眼鏡でティンと来た方もいらっしゃるかも……?

 次回はデート回中編。イチャイチャさせます。そして沙綾と関わりのある、意外なあのキャラが登場します。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


【Information】アンケートのお願い
 今回から第3章が始まるまで、読者の皆様が好きなバンドについてお聞きしたいと思っております。この小説ではどのバンドの需要が高いのかを調べるという意図もありますが、シンプルに皆様がどのバンド好きなのかなーという興味があります。今後の展開に全く影響はないので、気軽に答えてくださると嬉しいです。よろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 パン屋なあの子とお買い物デート(2)

 
 新たにお気に入り登録をしてくださった皆様、☆9評価をくださったキョウ17様、ありがとうございます!

 皆様のアンケート調査へのご協力、感謝いたします。開始してまだ1日しか経っていないので何とも言えないのですが、すごく興味深いアンケート結果となっております。アンケートを作る側というのも、中々面白いものですね~。

 タイトルの通り、デート回中編でございます。楽しんでくださると嬉しいです。また途中あるキャラがチラッと出てきます。

 それではどうぞ!


 

 

「Wow……ここが……東京のアウトレット……ッ!!」

「あっ、今の外国の人みたいだった」

「興奮しすぎてネイティブスピーカーになっちまったよ」

「あははっ! なにそれっ!」

 

 

 出入口である大きなゲートの前で立ちすくんでしまう俺と、それを面白そうに見ている沙綾。休みの日だからか、まだお昼を食べるのには早い時間帯だが、それでも多くの人が出入りしている。

 

 

「すっげえ……建物がでけえよぉ……」

 

 

 高いビルを下から見上げたら、その時点で田舎者だとバレる――俺が小学生の頃、大阪に遊びに行った時に友達から言われた言葉だ。

 

 それが事実かどうか分からないけど、やっぱり自然が多い環境で育った俺は、実際に高い建造物を見たら無意識の内に見上げてしまうのだった。

 

 

「これは回りきるまで1日かかりそうだな……!」

「ふふっ、ちょっと大げさだよ~」

「でもこのマップ見てくれよ、服屋さんがこんなにいっぱい……最高や」

「あははっ! ちょっと、貴嗣ってそんなキャラだっけ? ふふ……っ♪」

 

 

 いかんいかん、楽しみがデカすぎて興奮しっぱなしだった。沙綾と買い物に来てるんだし、そろそろ抑えないと。

 

 

「沙綾になら素が出せるってことで。さあ、最初はどこに行く? 希望はある?」

「(信頼されてるってことかな?) そうだね~……私はどこでもいいから、貴嗣が行きたいところでいいよ」

「ありゃ、そうか。じゃあお言葉に甘えて」

 

 

 予想はしてたんだけど、やっぱり沙綾は自分の行きたい店を言わなかった。もちろん本当にどこでもいいって説もあるけど、沙綾は他人の意見を優先しがちだ。

 

 この前の文化祭の時みたいに、自分の願望っていうのを抑える癖がまだある気がする。さっきも地図に載っているお店を見ていた時に、ちらほら目が留まってたお店あったし。

 

 

 

 ちょっとカマかけてみるか。

 

 

 

「じゃあそうだな~……まずはここだな!」

「あっ、いいね! そこ私も行きたいって思ってた!」

「……やっぱり、行きたいお店あるじゃん」

「……あっ」

 

 

 しまったと言っているような顔の沙綾。まさかこんなに簡単にかかるとは思っていなかった。

 

 

「沙綾、また自分抑えてたでしょ?」

「あ……あはは……またやっちゃった……」

「他人を優先できるのは沙綾の良いところだけどな。俺としては、もっと自分のしたいこと言ってほしい」

「うん……ありがとね、貴嗣。気を付けてはいるんだけど、まだまだ慣れなくて……」

「ああ。ちょっとずつでいいよ」

 

 

 もちろん前と比べたらマシになったと思う。まだ遠慮がちだけど、学校とかでは周りの人達に自分のやりたいこと、自分の意見を言う場面が増えてきた印象を受ける。

 

 自分のやりたいことを優先したから家族に迷惑をかけてしまった(と沙綾は思っている)彼女のことを考えると、自分の欲を少しでも出せるようになったことは、本当に大きな進歩だ。

 

 

「じゃあこうしよう。今日1日は俺に遠慮しない。行きたい場所とかお店はとりあえず言ってみる。1日ならできそうじゃない?」

「……うん。頑張ってみるね」

「よしっ。じゃあこの話はおしまいな。折角2人で来たんだし、今からいっぱい楽しもうぜ」

「うんっ! ありがとう、貴嗣!」

「どういたしまして。んじゃ、早速さっきのお店に行ってみようか」

「うん!」

 

 

 沙綾の笑顔も見ることができた。

 

 さあ、思う存分買い物を楽しもう。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「沙綾ー、こんなのとかどうだ?」

「わあ、可愛いブラウス……! 生地の触り心地もすごくいいね!」

「だろ? 沙綾ってよく白の服着てるじゃん? ここはあえての紺色で、ちょっと大人っぽいコーデもありかなーって思ってさ。下はこのベージュのチノスカートとか良いんじゃないか?」

「確かに! 紺色とベージュって合うし、スカートのおかげで色が暗くなりすぎないし。やっぱり貴嗣に頼んで正解だったかな♪」

「You’re welcome」

 

 

 ここは最近オープンした服屋さん。この前ファッション雑誌を見ていた時に見つけたお店だ。取り扱っている服がすっごくオシャレで是非行ってみたいなーと思ってたんだけど、まさか貴嗣と一緒に来れるなんてね。

 

 今私達はお互いのコーデを考えているところ。まずは貴嗣の番だ。一生懸命店の中をぐるぐる回りながら、あれもいいなーこれもいいなーと楽しそうに考えてくれていた。

 

 そうして選んでくれたのは、私があまり持っていない紺色のブラウスとベージュのチノスカート。ちょっと大人っぽい感じが良い。この組み合わせ、貴嗣らしいよね。

 

 

「じゃあ試着してきてもいいかな?」

「もちろん。俺は外で待っておくよ」

「りょーかい!」

 

 

 店の奥にある試着室に向かう。貴嗣は外で待ってくれている。

 

 鏡の前で今着ている服を順番に脱いでいく。

 今日は自分の中ではかなり気合を入れたコーデ。電車に乗っている時に「今日は一段とお洒落してるな」って言ってくれたし、髪型も褒めてくれた。

 

 こんな髪型が好きなのかな?

 

 

「……サイズピッタリだ」

 

 

 大きすぎず小さすぎず。ちょっと余裕があるこの絶妙なサイズの服を選んでくれたセンスに内心驚き、試着室の中でぼそっと呟いてしまった。

 

 どうしてサイズが分かったんだろうと考えたけど……そうだ、貴嗣には女優の真優貴ちゃんという妹がいるんだ。2人で買い物に行くことは多いらしく、毎回服を選んでほしいって頼まれるみたい。

 

 

 お洒落のセンスはそういうところで磨かれてきたってわけだね。

 

 

「おまたせー。どうかな?」

「おおっ! いいじゃんいいじゃん! 沙綾の雰囲気に合ってる」

「そうかな? ふふっ、ありがとっ。じゃあ……これ買おうかな?」

「えっ? そんな即決でいいのか?」

 

 

 貴嗣の反応は良い感じ。実際私もこの服はすごく気に入っている。色の組み合わせが私の好みっていうのもある。

 

 

 でもやっぱり一番の理由は――

 

 

「うん。だって、貴嗣が選んでくれた服だもん」

「……そっか」

 

 

 優しそうに笑う貴嗣。この笑顔を見るのも久しぶりだなぁ。前はほとんど毎日見てたのに。

 

 

「ねえ貴嗣。手に持ってるのって……?」

「ああ、これ? ネックレスだよ。どっちがいい?」

 

 

 ふと、貴嗣が両手に何かを持っているのに気付いた。

 

 貴嗣が持っていたのは、金と銀の綺麗なネックレスだった。私が試着室で着替えている間に取ってきてくれたらしい。

 

 うーん、どっちにしようかな? 紺色に合うのは……金色かな?

 

 

「じゃあ、金色のほうで」

「オッケー。じゃあ鏡見てて。俺がつけるから」

「……えっ?」

 

 

 予想外の発言に、一瞬思考が停止した。

 

 

「つけるって……ネックレスを? 貴嗣が……?」

「ああ、そうだけど…………って、ああそういうことか。すまん、配慮が足らんかった」

「えっ……えっと……?」

 

 

 貴嗣は手をポンと叩き、納得しましたといった顔をしてこう続けた。

 

 

「恋人同士みたいだもんな。気が回らなくてすまん」

「こ、恋人……!?」

「真優貴にはいつも付けてあげててさ、なんかそれが当たり前になっちまってた。兄妹ならまだしも、友達同士でそれやるのは違うよな。すまんすまん」

 

 

 恋愛ドラマなんかではよく見る、女の子の憧れのシチュエーション。その女の子の中には、当然私も入っている。

 

 

「ね、ねえ貴嗣……」

「ん?」

 

 

 ものすごく恥ずかしい。それは本当。

 

 

 だけど、こんな機会滅多にないんじゃないかな……?

 

 

 好きな人に、こんなことしてもらえるなんて……。

 

 

「……やっぱり、付けてもらってもいい……?」

「ああ。分かった。じゃあじっとしてて」

「うん……///」

 

 

 試着室の前で肩を優しくつかまれて、そのままクルリと180度回転させられる。鏡には私と貴嗣が映っている。

 

 

 本当のカップルみたいでドキドキする……///

 

 

「よいしょっと……」

 

 

 貴嗣の大きな腕が私の前に来る。逞しい腕だ。

 

 

 文化祭の時、彼は病院からお姫様抱っこで学校まで連れてきてくれた。あの時私の体を支えてくれていたのは、このかっこよくて力強い腕だった。

 

 

 腕フェチの女の子って結構いるけど……今その気持ちが分かった気がする。

 

 

「ひゃうっ!」

「おおっと、ごめん。大丈夫か?」

「だ、大丈夫……///」

 

 

 そのまま慣れた手つきで首の後ろに手を持ってきて、カチッと止めてくれた。その時に貴嗣の大きな手が私の首の後ろ――うなじにちょっと当たってしまった。

 

 

 変な声出しちゃった……///

 

 

「――よし。どうかな?」

「わあ……綺麗……! ふふっ、金色いいかも!」

「だな。大人っぽくて沙綾に合ってるよ」

 

 

 鏡を見てお互いに感想を伝える。似合っているといわれて自然と顔がにやけてくる。そして鏡に映っている、貴嗣と恋人のようなやり取りを楽しんだ私の顔は、ほんのりと赤かった。

 

 

「ははっ。沙綾、嬉しそうだな」

「もちろんだよ。だって貴嗣にこんなにお洒落なコーデしてもらったんだから」

「そっか。ならよかったよ」

「ありがとね、貴嗣。じゃあ次は私の番だね」

「だな。じゃあお任せしますね、沙綾先生?」

「ふふっ、任されました♪」

 

 

 さあ、今度は私が貴嗣のコーデを考える番!

 

 貴嗣が私に素敵な服を選んでくれた。任されたからには、とっておきのを選んであげよう!

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 メンズのブースにある服を見て回る。貴嗣って大人っぽい服着ることが多いけど、最近はカジュアル系にも挑戦してるみたい。

 

 

「沙綾が見てみたいコーデを選んでほしい」って言ってくれたし、もうこの際私の好みを全部出しちゃえっ!

 

 

 貴嗣は今お手洗い行ってる。ここのお店からはちょっと遠いから、貴嗣が帰ってくる前にできるだけ選んでおこうっと!

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、沙綾?」

「えっ?」

 

 

 突然声を掛けられた。

 

 あれ? この声って――

 

 

 

 

 

「……ナツ?」

「わあ、やっぱり沙綾だ! 奇遇だね~こんなところで会うなんて!」

 

 

 間違いない。ナツだ。海野夏希。それにCHiSPAの皆もいる。

 

 

 中学生の時に入ってたバンドであるCHiSPA。私が抜けちゃってから文化祭の時までちょっと気まずかったけど……今はもう大丈夫だ。

 

 

 

 

 ……って、そうじゃなくてっ! なんでここにいるの!?

 

 

「あ、あはは……そうだね……こんなところで会うなんて奇遇だねー……なんて」

「ん? どうしたの沙綾? なんか変だよ? それに……なんかすっごいお洒落してるじゃん」

「!? そ、そうかな~……」

 

 

 うぅ……ここで貴嗣と来たなんてバレたら……色々と気まずいことになっちゃう……。

 

 

「それにここってメンズのブースだし……あれ? いつもと全く違うファッションにメンズの服を選んでいる……あっ」

「な、何?」

「…………デート?」

「!?!?」

 

 

 え、嘘!? なんで分かったの!?

 

 

「その反応は図星だなあ? ねえねえ、相手は誰なの!?」

「うぅ……勘弁してよぉナツ……」

 

 

 

 

 

 

「ごめん沙綾~遅くなった」

「……あっ」

 

 

 

 よりによってこのタイミング!?

 

 

 

「あれ? 貴嗣君じゃん! なんか久しぶりだね!」

「おおー、ナッちゃんにCHiSPAの皆じゃん。おひさー」

 

 

 ……ナッちゃん?

 

 

「この前ギター貸してくれてありがとね~。あの時はほんと助かったよ!」

「どういたしまして。力になれてよかったよ」

「……この前? 何かあったの?」

「うん。この前ライブハウスでミニライブやったんだけどさ、リハーサルの時にギターが壊れちゃってさ。そこでたまたま練習に来てた貴嗣君に会ってね、本番でギター貸してもらったんだよ」

「そうだったんだ……!」

 

 

 なるほど。そこでCHiSPAの皆と仲良くなったと。貴嗣って話しやすいタイプだから、初対面の人でもすぐに仲良くなってるもんね。

 

 

「ふむふむ……そんな優しい貴嗣君とデートですか~♪ 沙綾も中々やるねえ!」

「うぅ……///」

 

 

 確かにデートだけど……貴嗣の前だよ……?

 

 うぅ……恥ずかしくて貴嗣の顔見れないよ……。

 

 

「ふふっ。沙綾顔真っ赤だよ? 可愛いね~♪」

「ナ、ナツー!!」

「あはは! ごめんごめん。そうだ、ねえ貴嗣君」

「?」

「沙綾とデート、楽しい?」

「もちろん。最高」

「~~!?///」

 

 

 た、貴嗣まで!? 最高って……もう何言ってるのぉ……///

 

 

「あははっ! やっぱ貴嗣君面白いや! この前のミニライブの後もそうだったけどさ、すっごい真面目なのに滅茶苦茶ノリ良いよね」

「これでも関西人だからね~」

「おまけにデートを楽しいって堂々と言っちゃうなんて……。実は案外女の子慣れしてるとか?」

「社交的って言って欲しいな~。なんかそれだと変な意味になっちゃう」

「確かに。貴嗣君って全然チャラくないもんね」

 

 

 笑いながら楽しそうに会話する貴嗣とナツ。クラスも違うのにこんなに仲良かったんだ……知らなかったなあ。

 

 

「いやー面白いなあ。まだまだ喋っていたいけど、さっきから沙綾が寂しそうだから、私達はそろそろ行くね」

「おう。またね~」

「うん。バイバイ、ナツ」

「うん! あっ、そうだ。ねえねえ沙綾」

「ん? どうしたの?」

 

 

 ナツは手のひらをクイクイっと自分の方に動かし、こっちに来てとジェスチャーで伝えてくる。ナツの近くに行くと、彼女は私の耳に口を近づけて囁いてきた。

 

 

 

「沙綾って貴嗣君のこと好きでしょ?」

「えっ!?」

「隠さなくてもいいよ。でも貴嗣君、うちのB組でも結構人気あるよ。他の人に取られる前にガンガンアタックしちゃえ」

「う、うん……! 頑張る……!」

「ふふっ。私でよければいつでも相談に乗るからね」

「ホント!? ありがとう!」

 

 

 そっか……B組でも人気あるんだ……。確かにA組以外の女の子に話しかけられてるの、最近よく見るなあ。

 

 

「今日のデート頑張ってね! じゃあまたね!」

「うん!」

 

 

 

 

*

 

 

 

「わお、こんなにたくさん選んでくれたのか。サンキューな」

「どういたしまして。とりあえず私の好みの服を選んできたんだけど、どうかな?」

「最高。さあ、どれとどれを組み合わせようかな~……」

 

 

 顎に手を当てて私が選んできた服を見つめている貴嗣。服を手に取って色んな組み合わせを楽しんでいる。

 

 

「さすがは沙綾。ファッション雑誌をよく読んでるだけあって、どの組み合わせも良さそうだ。いいセンスしてるよ」

「ありがと。貴嗣にそう言われると自信持てるなー」

「そりゃあよかった。うーん、どれも良さげなんだよなあ~……沙綾がこの中で1つ選ぶとしてたらどれ?」

「そうだな~。私のおススメはやっぱりこれかな」

 

 

 私が手に取ったのは、白Tシャツとミントグリーンのカーディガン。珍しい色だったからつい取ってしまったんだけど、貴嗣の好みに合うかな?

 

 

「おおっ、綺麗な緑だな。これいいかも。ちょっと更衣室で着てみるわ」

 

 

 貴嗣は開襟シャツとベージュのTシャツを脱いで、シンプルな白Tシャツを着た。そしてTシャツの上からミントグリーンのカーディガンを羽織った。

 

 

「どう? 違和感ない?」

「違和感どころか、すごく似合ってるよ! 私は結構好きかな」

「そんなにか。でも確かにこの色の服持ってなかったしなー。じゃあこれは買うの確定っと」

「えっ? そんなに簡単に決めていいの?」

「だって沙綾が選んでくれた服だろ?」

「あっ……。ふふっ、そうだね♪」

 

 

 さっきと逆だけど、思ってることは全く同じだったみたい。同じことを考えてたということが分かって、すごく嬉しい気持ちになる。

 

 

「そうだ貴嗣。ちょっとそのカーディガン脱いでこっち来てくれる?」

「いいよ。ほい」

 

 

 貴嗣はカーディガンを脱いで私のほうに来てくれた。Tシャツの上からでも分かるくらいガッシリとした体。

 

 

 この前のお泊り会で……私、この体に抱き着いちゃったんだよね……?

 

 

「沙綾?」

「……はっ! ごめん、ボーっとしちゃってた……///」

「全然大丈夫だよ。それで、そのカーディガンの着方を変えるって感じ?」

「そう。この前雑誌で見たんだけどね、女の子にウケるお洒落な着こなし方っていうのがあるんだ」

「なんと。それは是非とも教えていただきたいね」

「はーい♪ じゃあまずは……鏡の方向いてくれる?」

「オッケー」

 

 

 貴嗣の広い背中が視界に入ってくる。ドキドキする気持ちを抑えながら、私は意を決してカーディガンの袖の端を持ち、片方を彼の左肩、そしてもう片方を右側の脇から前に通した。

 

 さっきよりも距離が近く、傍から見ると私が貴嗣の背中に抱き着いてるようにしか見えない。ほぼ密着状態なせいで、さっきから心拍数が上がりっぱなしだ。

 

 

「……ああ、なるほど。だいたい分かったかも」

「そ、そう?」

「次はこのまま沙綾の方を向いたらいいんだな?」

 

 

 前に回した襟を持ってこちら側を向いてくれた。

 

 

「……貴嗣ってさ、結構ガッシリしてるよね」

「ああ。筋トレしてるしな」

「……やっぱりそうだったんだ。どうしてここまで鍛えてるの?」

「色々理由あるけど……やっぱり一番は楽しいからかな。体を鍛えるのって、見た目も変わってくるから、自分が成長できてるなーって分かって楽しいんだ……って、ちょっと安直か」

「そうなんだ……いいね、そういうの。かっこいいよ」

「おう。ありがとな」

 

 

 後ろから前に回してきた襟を、今度は貴嗣の胸のあたりでキュッと結ぶ。

 

 

「はい。これでオッケーだよ」

「サンキュ。おお、肩掛けみたいに結ぶのか」

「そうそう。今のトレンドらしいよ? ……うん。こっちも似合ってるね」

「ありがとな。結んでるとより一層涼しそうな印象があるな」

「そうだね。私としては、こっちの方が着慣れてる感があるかな」

「じゃあ今度からチャレンジしてみるわ」

 

 

 貴嗣にも気に入ってもらえたみたい。正面、左右、後ろからどう見えるかを、鏡を見ながらチェックしている。

 

 そんな貴嗣の様子を見て、自然と私も嬉しくなってくる。前に貴嗣が“嬉しい気持ちは皆に伝わる”って言ってたけど、まさにそれだよね。

 

 

「よーし。この調子で他の服も試してみるぞー」

「おっ、やる気だねえ。それじゃあ私もアドバイス頑張るね」

「よろしく頼む」

 

 

 さあ、まだまだ時間はあるんだし、どんどん貴嗣の服選んじゃおっと!

 

 

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 ちょっと強引な感じもありましたが、CHiSPAのナツを出すことができました。前回の後書きのヒントでティンと来た方もいらっしゃったかも? ナツの声、個人的に好きだったりします。

 次回はデート回後編、ラストになります。その後にまた別の日常回を2話挟んで、第3章に移る予定です。

 少しずつではありますが、第3章の下書きが進んでおります。満足のいくクオリティを皆様にご提供したいので、もうしばらくお待ちください。

 アンケートまだの方は、お時間があればご協力をしてくださるととても嬉しいです。それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 パン屋なあの子とお買い物デート(3)

 
 朝起きてマイページ見たら、赤色の評価バーがニュっと伸びててびっくりしました……! お気に入り登録をしてくださった皆様、そして☆10評価をくださった佐介様、ありがとうございます!! これからも頑張ります!

 さて、デート回後編、ラストでございます。サイドストーリーではありますが、今回は本編に繋がる、ちょっと大事な話です。

 それではどうぞ!


 

 

 あれから色んな店を回った俺達は今、休憩も兼ねてアウトレットの中にあるカフェに来ていた。結構長い時間立ちっぱなしだったから、沙綾が疲れていないか心配だったけど、そこはポピパのドラマーだ、体力は俺の想像以上だったようだ。

 

 

「そういえばさ」

「どした?」

「貴嗣ってお店の手伝いしてるでしょ? やっぱり外のお店でコーヒー飲んだら、どの豆を使ってるかとか分かっちゃうの?」

「ああ。大体だけどな」

 

 

 2人でゆっくりコーヒーを飲んでいると、前に座っている沙綾がそう聞いてきた。

 

 改めて見ると……ほんと今日お洒落してんな。すっげえ可愛いんですけど。

 

 

「やっぱりそうなんだ。ちなみに今飲んでるコーヒーは分かったり?」

「これはブラジルとコロンビアだと思う。6:4くらいの配合じゃないかな」

「わ、割合まで分かるの!? すごいね……」

「俺も店でブレンドコーヒー淹れるしな。母さんには及ばないけど」

「そうなんだ。貴嗣のお母さんって私の母さんと同級生なんだよね? 会ってみたいかも」

「そういや会ったことなかったっけ。っていうか、沙綾うちの店来たことないんじゃない?」

「確かに! 来週にでも行こうかな?」

「是非来てくれよ。もし俺が手伝い入ってたらコーヒー淹れるよ」

「ほんと? やった! それじゃあ貴嗣がいる日に行かないとだね」

 

 

 意外や意外、沙綾がうちのお店に来たことが無かったという事実が明らかに。沙綾も店の手伝いがあるし、バンド活動もあるしで忙しいもんな。

 

 ニコニコ笑ってくれる沙綾を見て、ふとこの前の文化祭を思い出す。あの頃の沙綾は……まあ原因は色々あるけど、辛かったと思う。優しすぎるが故に、他の人のために自分を追い詰めてしまっていた当時と比べて、本当によく笑うようになった。

 

 

「……貴嗣?」

「ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「考え事?」

「そう。沙綾がいっぱい笑ってくれるようになったなーって」

「も、もう……///」

 

 

 くさいことを言ってるなと自分でも思う。でも、こういう気持ちはすぐに言うようにしている。あの時言っておけばよかったと後悔するのが、絶対に嫌だからだ。

 

 

「私が香澄達とバンドをして、お店の手伝いも出来て、今日みたいにお出かけを楽しめるのは、全部貴嗣のおかげなんだよ? 貴嗣がいなかったら……どうなってたか分からないや」

「おいおい。ちょっと言いすぎじゃなのか? 千紘さんが沙綾の背中を押してくれただろうし、俺がいなくても沙綾は大丈夫だったと思うぞ?」

「それでも……私は貴嗣に助けてもらって嬉しかったの」

「ははっ。そっか」

 

 

 ジッとこちらを見つめて感謝の言葉を伝えてくる。こんなにグイグイ言ってくるのは初めてで、内心ちょっと驚いている。

 

 

「でも時々思うんだよな。沙綾と出会って数カ月も経っていない俺が、こんなに干渉していいのかなってさ。俺は沙綾の中学生の頃のことを聞いただけで、実際に見たわけじゃないし。沙綾のことを何にも知らない俺が、沙綾のことに首突っ込んでいいのかどうか……今でも時々考えるんだ」

 

 

 考えるように、窓から見える景色に目を移す。

 

 信頼してくれるのはもちろん嬉しい。嫌なわけがない。でも他人の事情に突っ込んだ結果信用を得るっていうのは……違う気がする。

 

 困っている人がいたら助けたい(want to)

 

 いや、助けなければならない(must)

 

 でもその過程で大なり小なり、その人の事情に干渉するわけだ。そのせいでその人を傷つけてしまったら?

 

 人を助けようとする善意が逆に人を傷つける――この矛盾したロジックがあるからこそ、俺は沙綾にしたことが本当に正しかったのかと、時々分からなくなる。

 

 

「もしかしたら俺が沙綾のことに首を突っ込まなくて、そのおかげでうまくいった世界もあるのかなーって」

「……」

「いやーすまんな。湿っぽい話し――」

「……嫌」

 

 

 ……えっ?

 

 

「……沙綾?」

「……私、貴嗣と仲良くなれなかった世界なんて……嫌……だから」

「……!」

「だから……そんなこと言わないで……」

 

 

 初めての、沙綾からの拒絶。

 

 それに対する驚きと、目の前の親しい女の子を悲しませてしまったことに対する罪悪感で、俺は何も言えなくなった。

 

 

「貴嗣の言ってることは分かるよ? それでも私は……貴嗣と一緒じゃない世界なんて……考えたくないよ……」

「沙綾……」

「少なくとも私は……貴嗣に事情を知られて嫌だとは一切思わなかったよ。だって、そのおかげで今がこんなに楽しいんだもん」

 

 

 ほんの少しだけ笑顔を取り戻した沙綾は、その綺麗なアクアマリンの瞳で俺の目をのぞき込む。

 

 

「貴嗣はいいことをしてる。だから自信を持って」

「……沙綾がそういうなら」

「そこはいつもみたいに『ああ』って言ってくれないの?」

「……沙綾ってこんなにグイグイ来るんだな」

「ふふっ、誰かさんが寂しいこと言い始めたからかな?」

「……ああ。こりゃあ俺の負けだな」

 

 

 今までみたことのないような積極的な姿に押されてしまい、完全に言い包められてしまった。

 

 これは言い返す言葉が思いつかないなと、彼女につられて俺の口角も上がった。

 

 

「あっ、やっと笑ってくれた♪」

 

 

 ああ、そうか。

 

 俺は沙綾のこの笑顔を見たかったから、あんなに必死になってたんだな。

 

 この優しすぎる女の子に、笑顔になって欲しかったから。

 

 

「ねえ貴嗣」

「?」

「あんまり1人で悩まないでね? 私も力になるからさ」

「ああ。周りの人に頼ることは大切だって、今までの経験で分かってるつもり」

「……さっきは私に頼ってくれずに1人で悩んでたのに?」

「……今日はいじわるだな」

「誰のせいなのかな~?」

 

 

 沙綾は小悪魔的な笑みを浮かべながらそう聞いてくる。会話の主導権を握っているからか、とても楽しそうだ。

 

 

「……ふふっ!」

「……あははっ!」

 

 

 さっきの会話と同じ流れ。俺が言い返せなくなるオチまでもだ。

 

 その既視感に、思わず2人とも同じタイミングで笑ってしまう。

 

 

「分かった分かった。さっきも負け認めたんだから、もう勘弁してくれ」

「あははっ! あーおもしろい! ……そんなに勘弁してほしいなら、1つ質問に答えてほしいな」

「いいよ。かかってこい」

 

 

 質問? なんだろうか?

 

 

「さっきナツが『ミニライブの後も――』って言ってでしょ?」

「ああ。言ってたな」

「……具体的に何してたの?」

「その言い方なんか変な意味入ってないか?」

「へ、変な意味!? な、何言ってるの貴嗣!?」

「おうおう、そんな慌てなくても」

「だ、だって変な意味って……その……///」

「その何?」

「~~!!///」

「はは、いたいいたい。ごめんって。分かったから叩かないでくれよ」

 

 

 ありゃりゃ、沙綾がそんなことを考えてたなんて。

 しかも恥ずかしくなって小さなテーブル越しに俺の体をポコポコと叩いてくるなんて……可愛いじゃないか。

 

 

「別に特別なことしてないよ。ただライブハウス近くのファミレスの打ち上げにご一緒させてもらっただけ」

「あ、ああ……そうなんだ……」

「一体何を想像してたのかな~?」

「も、もう~! 貴嗣のいじわるー!」

「因果応報ってやつだよ」

 

 

 自分のやったことはいつか返ってくるってことだ。沙綾が色んな表情を見せてくれるので、少しからかってしまった。

 

 

「ライブの感想と、俺から見た改善点と……あとは雑談と」

「雑談って?」

 

 

 おやおや沙綾さんや、今日はやけに食い気味ですな。

 

 

「まずは自己紹介だわな。そのあとはそうだなー……楽器を始めた経緯とか、うちのバンドの練習のこととか。音楽関連の話ばっかりだよ」

「やっぱり音楽の話かー。だからあんなに仲良くなってたんだね」

「そういうこと。これが質問の答えってことでオッケーかな?」

「うん。満足です♪」

 

 

 よかった。満足してくれたようだ。

 

 

「ふーっ、もうコーヒー飲んじゃったね。もう夕方だけど、貴嗣が行きたいところある? もう私は行きたいところ回ってもらったからさ」

 

 

 どうやら長い間話を楽しんでいたみたいだ。外を見ると、橙色に染まった夕日が顔を出している。会話が楽しいとつい時間を忘れてしまう。

 

 さっきまでは沙綾の行きたい店をずっと回っていた。なのでこのカフェに入る前に「次は貴嗣の行きたいところね」と約束していたのだ。

 

 

 折角だ。お言葉に甘えさせてもらおう。

 

 

「いいのか? それじゃあ――」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「すごい……ねえすごいよ、貴嗣!」

「だな……! これは絶景だ……」

 

 

 エレベーターのドアが開くと、私達の目には開かれた空間と、綺麗に染まった夕日が入ってきた。

 

 アウトレットに隣接しているビルにある展望台が、貴嗣の行きたかった場所だった。床は落ち着きのある木目、壁は大きなガラス張りだ。

 

 

「うわっ、エレベーターに乗ってた時も思ってたけど……結構高いね」

「間違いない。高所恐怖症じゃなくても、下見るとビビっちまうな」

 

 

 普段の生活では下から見上げている建物も、ここから見るとおもちゃの積木くらいの大きさに見える。見渡す限りのビル群で、貴嗣にとってはこれがとても新鮮なんだろうね。手すりに手を置いて、目を輝かせてながら景色を見ている。

 

 

「よし。写真撮ろっと」

「おっ、いいね! ……って、スマホで取らないの?」

 

 

 貴嗣はスマホをポケットに入れて、代わりにショルダーバッグの中を探し始めた。

 

 

「じゃじゃーん」

「それって……カメラ?」

「そう。一眼カメラだよ」

 

 

 そう言って取り出したのは、小さめの一眼カメラだった。持ち運びが楽そうなサイズだけど、そのレンズは結構大きい。

 

 貴嗣は電源を入れ、ボタンを押していくつか操作をした後、カメラを構えシャッターを切った。

 

 

「……おっ。良い感じ」

「私も見てもいい?」

「もちろん。はい、どうぞ」

 

 

 画面に映し出された写真を見る。夕日の光が町を照らしていて、思わずうっとりしてしまう写真だ。

 

 景色がいいのか、それとも貴嗣の撮り方が上手なのか、どっちだろう?

 

 

「すごい綺麗な写真だね!」

「やっぱり沙綾もそう思う? とりあえず撮ってみたけど、ここからなら結構いいのが撮れそう」

「そういえば貴嗣って、カメラ持ってたんだね」

「ああ。趣味なんだよ。カメラで写真を撮るの」

 

 

 カメラをツンツンと指で叩いてそう楽しそうに話してくれる。

 

 

「やっぱり一眼カメラって本当に綺麗に撮れるんだね。でも今時珍しいね?」

「確かに今はスマホのカメラも性能良くなってるし、何よりこういうカメラって高いからな」

「高いらしいよね。ちなみにそれはいくらしたの?」

「5万ちょい」

「た、高い……!」

「アルバイトと、やまぶきベーカリーの手伝いとでね。やっと新しいの買えたよ~」

 

 

 確かにバイトじゃない日は大体うちに来てくれてたけど……コツコツお金貯めてたんだろうなぁ。

 

 スッと構えたかと思えば、パシャパシャとリズムよくシャッターを切る貴嗣。まるでプロの写真家みたいだ。

 

 

「オッケー。こんなもんかな」

「えっ、もういいの?」

「うん。自分では満足したし、それに……」

「それに?」

「女の子と来てるのに、その子をほったらかしっていうのは良くない」

 

 

 女の子として大事にしてくれている――そんな気がして、胸が高鳴ってくる。

 

 貴嗣はこんな風に女の子が喜ぶ言葉をさらっと、さも当然のように言う。そういうところ、ちょっとズルいと思う。

 

 

「撮る動きがスムーズだったけど……勉強したりしたの?」

「もちろん。ネットとか雑誌とかで色々とね……って言っても、独学の素人だけど」

「すごいね……」

「自分の好きなことには全力を注ぎたいからさ」

 

 

 真っ直ぐな銀色の瞳が、貴嗣の持つ自信を表しているみたい。こういうストイックなところ、やっぱりカッコいいなあって思う。

 

 

「沙綾もどう? カメラやってみない?」

「カメラかー。やってみたいけど、費用が高いかな~……」

「ネックはそこだよな。でもそれだけの価値はあるよ。それに、沙綾にとっていい機会になると思う」

「いい機会?」

「そう。新しい何かを始める、いい機会にね。沙綾って今までお店の手伝いで、自分の時間ってあんまりなかっただろ? これからの高校生活を彩るために、新しい趣味を始めたら、毎日がもっと楽しくなるよ」

 

 

 そう言いながら彼は私にカメラを渡してきた。手に持つと、レンズが大きいせいか、意外にもズッシリくる。

 

 

「カメラは自分が撮りたいって感じたその瞬間を残してくれる。過去から切り取られたその思い出って、もう2度と手に入れることができない宝物みたいなものだって思うんだ」

「宝物……」

「そんなすごいことができる機械だけど、やることはボタンを押すだけ。簡単だろ? これだったら、忙しい沙綾でもできるかなーって思って。ほら、ポピパの皆と練習終わりにパシャリ、とか」

「わあ……楽しそう……!」

 

 

 他にもライブだったり、皆で遊びに行った時だったり……それをこんなに綺麗な思い出に収めることができるんだ。その光景を想像するだけでワクワクしてくる。

 

 

「……やってみようかな?」

「おっ! いいね! 一眼カメラって言っても、型落ちしたのは安かったりするから、もし本当に買いたいって思ったら言ってくれ。いいの教えるよ」

「やった! そうだ、じゃあまた今度一緒にお店に行って選んでくれないかな?」

「もちろんいいよ」

「やった! ありがとう!」

 

 

 なんとなく話の流れで次のデートの約束をすることができた。心の中でガッツポーズ。

 

 

「じゃあ試しに、何か撮ってみなよ」

「いいの?」

「おう。空でも町でも、好きなものを撮ってみて」

 

 

 操作方法を教えてもらい、さあ何を撮ろうか決めようとしたその時だった。

 

 

「むむ。電話か……って、ああ……」

 

 

 貴嗣の携帯が震えだした。画面を見た彼は……なんとも言えないような顔をしている。

 

 

「電話、出てあげてよ。私は時間潰しとくからさ」

「ありがとな。1分だけ待っててくれ」

 

 

 オッケーと私が言うのを確認してから、貴嗣は通話ボタンを押して電話にでた。

 

 

 景色はさっき貴嗣が撮ったもので堪能したから、あえてのここは貴嗣を撮ったり? ……いやいや、今は電話中なんだし、それは迷惑だよね。

 

 

 そうだ、アルバムがあるんだった。自由に見ていいよって言ってくれたし、ちょっと見てみようかな。確か写真データを前のカメラから移したみたい。

 

 

「これ……文化祭の時のSilver Liningの皆だ」

 

 

 Silver Liningと書かれたアルバムを開くと、大河君や穂乃花ちゃん、それに花蓮ちゃんの写真がいっぱい出てきた。

 

 練習風景から……これは舞台裏で……あっ、これはライブ終わってすぐ後かな? みんな良い顔してるね。

 

 

 あとは……あっ、これツーショットだ。皆と撮ってたんだね。

 

 大河君とは肩組んで……ふふっ、やっぱり仲良しだね。それに穂乃花ちゃんも花蓮ちゃんも可愛い。穂乃花ちゃんとの写真だとニコーって笑い方だけど、花蓮ちゃんとは微笑んでる感じだ。相手に合わせてるのかな?

 

 

 

 

 

「(ツーショット……いいなあ……)」

 

 

 

 

 

 ……あっ、ツーショット……!!

 

 

 

 

 

 

 

「(…………あれ?)」

 

 

 沢山あるファイルをスクロールしていくと、とあるアルバムを見つけた。

 

 

「(……『希望』?)」

 

 

 私が見つけたのは、「希望」という名前のアルバムだった。

 

 

「(“きぼう”って……何の写真なんだろ……?)」

 

 

 他は「留学」とか「文化祭」とか、分かりやすい名前ばかりなのに……なんだろ、この名前……。

 

 私は好奇心に背中を押され、そのアルバムを開いた。

 

 

 

 

 

「……? これ……貴嗣と……女の子?」

 

 

 開いてみると、さっきまでの写真とは違い、子ども――多分小学生くらいの貴嗣と、お人形さんみたいに可愛い女の子が映っていた。

 

 

 2人が公園で話している写真で、2人とも楽しそうに笑っている。

 

 

 幼馴染さんかな? ちょっと気になるけど、そろそろ電話終わりそうだし、聞くのはまた別の機会にしようかな。

 

 

 

 

「じゃあ明日な――ごめん沙綾。お待たせ」

「ううん! 大丈夫だよ」

「ならよかった。さあ、撮りたいものは決まった?」

「……うん。決まったよ」

「マジか早いな。何を撮るんだ……って、沙綾?」

 

 

 綺麗な景色を後ろに、私は左手でカメラをこちらに向け、そのまま貴嗣に体を近づけた。

 

 私達以外にもお客さんはいる。恥ずかしいし、ドキドキもするけれど、私は勢いに乗せて貴嗣に密着した。

 

 

「……ツーショットってことか」

「そういうこと♪」

 

 

 カメラに収まるように、貴嗣がちょっとかがんでくれる。そのせいでさっきより顔が近くなって顔がカアーっと熱くなるけど、気にしない。

 

 

「ねえ、貴嗣。今日は一緒に遊んでくれてありがとう。久しぶりに貴嗣とこんなに長い間一緒にいて、たくさんお話しできて、本当に楽しかった」

「ならよかった。こちらこそありがとな。俺も久しぶりに沙綾と遊べて楽しかったよ」

「ふふっ、ありがと♪ またこうやって、2人で遊びに行きたいな」

「ああ。行こう。カメラの件もあるし、そうだな~、次はランチでもどう?」

「うん! 美味しいご飯、食べにいこ! 約束だよ?」

「ああ。約束だ」

 

 

 貴嗣といっぱい遊べたこと、貴嗣が楽しかったって言ってくれたこと、そして次のデートの約束ができたこと……これ以上望んだらバチがあたりそう。

 

 

 好きな人との初デート。男の子と、それも好きな人のデートなんて、今までしたことなかったから、初めはどうすればいいのか分からなかったけど……そんな心配なんて忘れちゃうくらい楽しかった!

 

 

「ポーズはどうする?」

「ここは無難にピースかな!」

「だな」

 

 

 多分まだ貴嗣にとっては、私は仲の良い友達。そう思うと胸がズキズキって痛くなるけど……それが恋なんだと思う。

 

 

 仲の良い友達でも……それでも今日1日一緒に遊んで、貴嗣はたくさん笑ってくれた。

 

 

 だから――

 

 

「じゃあ、いくよ?」

「ああ」

「せーの」

 

 

「「はい! チーズ!」」

 

 

 この最高に楽しかった時間を、いつでも思い出せるように――かけがえのない宝物にするために、私はパシャリとシャッターを切った。

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。個人的に数ある下書きの中でも、この3話はトップクラスに書いていて楽しかった話なのですが、皆様も楽しんでいただけたでしょうか? 今後はサイドストーリーをあと2話投稿した後、Chapter 3に進みます。


 そしてお知らせというか、完全な私事なのですが……明日の4/1から、私おたか丸は新社会人として働き始めます。その影響で投稿頻度が落ちる可能性が高いということをお知らせいたします(下書きの時間を頂いているのは、働き始めてもある程度のテンポで投稿できるように準備をするためです)。

 以前のように頻繁に投稿というのは難しくなりますが、これからも精一杯頑張りますので、ご理解の程よろしくお願いいたします。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 腕組んでる男女=カップルと思うじゃん!(1)

 
 新しくお気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございます! 最近ここすき(仮)が増えていてすっごく嬉しくなっております。

 気づけば第30話、話数的には33話まで来ました。これもいつもこの小説を読んでくださっている読者の皆様のおかげです。以前のように頻繁に投稿するのは難しくなりますが、自分のペースで頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。

 4/1という新たな月始めの日に投稿させていただく30話(10の倍数でキリ良くて好き)は、明るい雰囲気の日常回でございます。今回は三人称視点で書かせていただきました。

 それではどうぞ!
 


 

 

 晴天。雲一つない青々とした空。どこまで見ても同じ色をしているそれは、今日はお出かけ日和ですよと教えてくれているみたいだ。

 

 家族で遊園地に行ったり、友達と映画を観に行ったり、好きな人とデートしたり、はたまたカップルで思い出作りをしたり。色んな形があるだろう。

 

 

 そしてここにも、そんな“お出かけ”を楽しんでいる女子高生5人組が。

 

 

「やったー! ついた~ついた~ショッピングモールについた~♪」

「はあ……たかがショッピングモールではしゃぎすぎだろ」

「ふふっ。香澄ちゃん楽しそうだね」

「こうやってポピパの皆で遊びに行く機会ってあんまりなかったからね。私も楽しみ」

「私も~! あっ、香澄ー! ちょっと先行き過ぎだよ~!」

 

 

 花咲川学園の生徒で結成されたPoppin’Partyの5人だ。今日は祝日だから学校は休み。折角だから皆で予定を合わせて、この大型モールで遊ぶことになったそうだ。

 

 

「えへへ~ごめんさーや♪ でもでも、今日が楽しみすぎてさ! だって映画でしょ? それにショッピングに、ご飯に、やっぱりカラオケ!」

「香澄ちゃん、前から皆でカラオケに行きたいって言ってたもんね」

「うん! ずっと皆で行きたいって思ってたんだー! 有咲も一緒に歌おうね!」

「はあ? い、いいよ別に……私あんまり歌うの得意じゃないし」

「……有咲?」

 

 

 涙目と撫で声のダブルコンボで、大好きな友達の名前を呼ぶ。たったそれだけだが、口は悪いが友達想いの有咲の意志を折るには十分だった。

 

 

「……だあーっ! わかったよ! 歌えばいいんだろ!?」

「やったー! 有咲大好きー!」

「だいッ……!?/// って、ちょ、まてまて! 抱き着くなー!」

「「「有咲(ちゃん)……かわいいなあ」」」

「お前らも見てないで助けろよー!!///」

 

 

 大衆の中でも好意を示すことを躊躇わない香澄と、それが恥ずかしくてたまらないが満更でもない有咲、そしてそれを見守る3人。大の仲良し、青春を楽しんでいる華の女子高生達だ。

 

 

「ほら2人とも。そろそろ行こう? ここにいたら他の人の迷惑になっちゃうよ?」

「はっ! それは良くないよね。よし、それじゃあレッツゴー!」

「元はといえば香澄が抱き着いてきたからだろ……!」

「ま、まあまあ有咲ちゃん……」

 

 

 5人はショッピングモールに入ろうとした。だが――

 

 

「……あれ、おたえ? どうしたの?」

 

 

 天然クールビューティーの花園たえだけが、その場に立ち止まっていたのだ。それも、ある方向を向いたまま。

 

 

「皆。あそこ見て」

「「「?」」」

 

 

 たえが指をさした先にいたのは――例のあの男だった。

 

 

「あれって……貴嗣くん!?」

 

 

 入り口付近の壁にもたれながらスマホを触っているその男は、Silver Liningのギターボーカルである山城貴嗣だった。貴嗣は彼女達の存在に気づいていないようだ。

 

 

「貴嗣だ……声かけてみる?」

「いいのかな? 貴嗣君、誰か待ってるみたいだけど」

「ちょっと話すくらいにしておこうか」

「ええ……なんか迷惑じゃないかな……」

 

 

 有咲の心配をよそに、他の4人はたえの提案に賛成だった。

 

 しょうがねえなと言いながら、有咲も渋々ついていくことに。香澄が一歩先を進み、彼女が声を掛けようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「たーかー!!」

 

 

 

 突然声が響いた。声の方を向くと、セミロングの茶髪を揺らしながら、貴嗣に走ってくる女性の姿が。

 

 

 そしてそのまま――

 

 

「えーい!!」

 

「「「!?」」」

 

 

 ――その女性は貴嗣に抱き着いた。

 

 

「はあ……危ないっていつも言うてるやろ?」

「久しぶり! 元気やった!?」

「人の話を聞かへんのは相変わらずやな……。まあ元気やで。そっちは……昨日電話で話したから聞くまでもないか。元気そうやな」

「ふふーん! 私はいつも以上に元気やで! 久しぶりに貴と会えたんやからね!」

 

 

(た、貴……?)

 

 

「そりゃあよかったよ。さあ、ここにいたら邪魔になるし、いこか」

「そうやね! それじゃあエスコートよろしく!」

 

 

 そう言ってその女性は貴嗣の左腕に抱き着いた。所謂「腕組み」というやつだ。

 

 

「また腕組んで……別にええけど」

「あれあれ~? なにか不満でもあるんか~? あっ、私がスタイル良いからドキドキしてもてうまくエスk――」

「ほっていくでー」

「わわわっ、ちょっと待ってー!」

 

 

 貴嗣はシュルリと器用に腕組みを解除し、スタスタと入り口に行こうとする。

 

 

「……ほら。はい」

 

 

 だがそこは貴嗣。本気でほっていくようなことはせず、入り口の近くで彼女に手を差し伸べた。

 

 

「ありがと! 大好き!」

 

 

(だ、大好き!?)

 

 

 再度、彼の左腕に抱き着く女性。貴嗣から来てくれたのが相当嬉しかったみたいだ。

 

 

「はいはい。俺も好きですよー」

「『大』が抜けてるっ!」

「…………大好きですよー」

「むふふ~♪」

 

 

 甘々砂糖を周りにまき散らしながら、2人はショッピングモールの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……今の……誰……?」

 

 

 茫然自失。呆気に取られている中、山吹沙綾が口を開いた。

 

 

「……彼女さんなんじゃねえの?」

「えっ……でもこの前貴嗣くんに聞いたら、彼女いないよって言ってたよね?」

「うん……貴嗣君が嘘つくような人じゃないと思うし……」

「……愛人?」

「なっ……!?/// お、おたえ……! それ使い方間違ってるぞ……!」

「……有咲、顔赤いよ?」

「は、はあ!? あ、赤くなってねえ!///」

「熱あるの? 病院ついていってあげるよ」

「だからちげー!」

 

 

 たえの天然発言に、有咲のツッコミが刺さる。

 

 

「論点ずらすなって! あの女の人が貴嗣の彼女さんかどうかって話だろ!?」

 

 

 傍からみれば、あれは紛れもないカップルだろう。あの距離感は友情関係のそれではなかった。

 

 だが彼が「彼女はいない」と公言していることも事実。それに彼の性格上、嘘をつくとは考えられない。誠実な人物だということは、ここにいる5人全員が知っていることだ。

 

 

 いくら悩んでも答えはでない。判断材料が少なすぎるのだ。

 

 この謎を解く方法は1つしかない。

 

 

「2人についていってみようよ」

「お、おたえ!?」

 

 

 そう。追跡だ。たえのその発言に沙綾は驚いた。

 

 

「私は気になるな。貴嗣とあの人がどういう関係か」

「おいおたえ、マジで言ってるのか? 私達だって一応遊びに来たんだぞ?」

「でも有咲だって気になるでしょ?」

「まあ……それは……そうだけど……」

 

 

 有咲も貴嗣に悪い印象は抱いていない。というより、1度2人で遊びに行ったこともあるのだ。好意……とまではいかないが、たえの言う通り、あの女性と貴嗣の関係は気になるところであった。

 

 

「もちろん私達も遊びにきたし、もし何も分からなさそうだったら、キリの良いところで切り上げようよ」

「うん! 私もおたえに賛成! りみりんは?」

「ええっ!? わ、私は……その……気にはなる、かな……?」

「私もりみりんと同じかなー……やっぱり彼女かどうか知りたいし」

「はあ……じゃあ私も賛成で」

「決まりだね。それじゃあ、スニーキングミッション、スタートー」

「おー!」

 

 

 当初からの予定変更。5人でのお出かけは、貴嗣と、彼と一緒にいる女性の関係を調べ上げる諜報活動になった。

 

 

 好奇心によって動かされた彼女達の後を、これから追っていくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 さて、とりあえず彼らにバレないように一般客(彼女達も一般客だが)の中に紛れ込み、程よい距離を保ちつつ後をつけていたのだが……。

 

 

「あっ! 映画館に行っちゃうよ!」

「中に入られたらどの映画見てるか分からねえぞ。どうすんだ?」

「大丈夫。この時間帯は映画1本しかやってないから」

「えっ? なんで分かるの、おたえちゃん?」

「だって、元々私達が見に行く予定の映画だもん。スケジュールは調べてるよ」

 

「「「あ……」」」

 

 

 どうやら貴嗣達のことに気を取られすぎて、そもそも自分達がここに来た目的を忘れてしまっていたようだ。集中とは恐ろしいものだ。

 

 

「じゃあもう映画見に行こうよ!」

「いいけど……貴嗣のことはどうするの?」

「それは…………どうしよ??」

「じゃあ映画は私達も見ようよ。また追いかけたらいいんだし」

「おたえちゃん……なんかすごいこと言ってるよ……」

 

 

 結局自分達も映画を見ることに。そもそも映画館は喋る場所ではないし、何も情報を得ることはできない。妥当な判断だ。

 

 遊びに来たのか、それとも貴嗣のことを追いかけているのか。5人とも分からないまま、チケットを購入し映画館へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだ……さっきの映画といい、行く場所被りすぎじゃね……?」

「でも、そのおかげで今度は話聞こえそうだよ。近くの席に座れたし」

「おたえちゃん……なんだか楽しそうだね」

「うん。この前皆で見たスパイ映画っぽくて、楽しい」

 

 

 映画館を出て、今度はレストランだ。

 

 またもや行き先が被ったポピパと貴嗣達。このモールの中にはレストランなんていくらでもあるのに、まさか同じ店を選ぶとは誰が想像できただろうか。

 

 

「しーっ。皆、耳を澄ませて。何か話してるよ」

「……なんでこんなことしてるんだろな……」

「お待たせしました。ハンバーグステーキのお客様?」

「はい。私です」

「静かにするんじゃねえのかよ……」

 

 

 いつものように有咲はたえのマイペースな性格に振り回されながら、向こうのテーブルで行われている会話を聞こうと集中した。

 

 

 

 

 

「やっぱ東京のレストランはおいしいなあ!」

「別にご飯なんてどこも変われへんと思うけどなー。このハンバーグは美味しいけど」

「じゃああれやな、貴と一緒に来てるからやな~」

「またそうやって……」

「あっ、照れてる」

「照れてへん」

「照れてる!」

「照れてへん」

「照れてるって言うたら照れてるっ!」

「ガキ大将か…………まあ、俺も久しぶりに一緒にご飯食べれて嬉しいよ」

「うっふふ~♪ よろしい♪」

 

 

 

 

 

「あはは……なんだかすごいね……」

「長年付き合ってきたカップル感がすごい」

「……やっぱり彼女なのかな……」

「? 沙綾ちゃん、どうかした?」

「う、ううん! なんでもないよ」

 

 

 楽しそうに見ているたえ。その雰囲気に圧倒されているりみ。そして恋しているが故の痛みに耐えている沙綾。こんなに健気に想ってくれる子がいるのに、罪な男である。

 

 

「なんかあれだな。貴嗣、私達の時と口調違うよな。方言が出てるってのもあるんだろうけど……なんていうの、砕けてるよな」

「うんうん。それに貴嗣くんのことを『貴』って呼んでるの、なんだかいいよね!」

「いつもと雰囲気が違うよね。そういえばあの女の人って……年上なのかな?」

「どうなんだろ……? でも、同い年って言われても違和感ないよね」

 

 

 各々が考えを述べるが、はっきりとした答えは出てこない。分かっていることと言えば、あの女性は貴嗣と相当親しい仲だということくらいだ。

 

 

 結局、そのイチャイチャ空間を味わっただけで大きな収穫を得ることは出来なかった。だがまだまだ時間はある。彼女達の奮闘を、引き続き見ていこう。

 

 

「貴嗣出たし、あたし達も……」

「待って……もぐもぐ……まだ食べ終わってない」

「早く食べろー!」

 

 

 

 

 

「……ふふっ♪ 皆かわいいなあ♪」

「どしたー?」

「なんでもなーい。気にせんといてー♪」

「はいよー」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「(うぅ……腕組みながら服屋さんに入っていっちゃった……)」

「沙綾……さっきからすげえ顔してるぞ……」

 

 

 腕を組み、楽しそうに会話している2人。次にたどり着いたのは大きな服屋さんだった。人が多く、しっかり見ておかないと見失ってしまいそうだ。

 

 

「Wow……こんな大っきい店があるとか……! さすが都会!」

「もうちょっと声抑えな。周りの人に迷惑やで」

「はーい。貴がそう言うならしゃーないな~」

「俺ちょっとお手洗い行ってくるから、先に服見といて」

「おっけーい!」

 

 

 

 

 

「どうする? 貴嗣くん出ていっちゃったけど」

「じゃああの女の人を観察してようよ」

「もうストーカーじゃねぇか……」

 

 

 有咲の言うことはごもっともだ。香澄とたえは楽しそうだが、他の3人は罪悪感もあって、なんともいえない気持ちになっていた。

 

 貴嗣がいない中どうしようかと考えていた、その時だった。

 

 

「……あれ?」

「どうしたの、りみりん?」

「……あの女の人……どこ?」

「「「えっ……?」」」

 

 

 店の中で彼女を見失ってしまったのだ。人混みが多いせいで、見つけることも難しそうだ。

 

 

「おいおいどうすんだよ!? この中から探すのキツいぞ」

「うーん…………あっ」

「おたえ、何か思いついた?」

「この中から頑張って探す」

「だからー!! それがキツいって言ってるだろ!!」

「あ、あはは……。でも、おたえの言う通り、手当たり次第探すしかなくない?」

 

 

 

 

 

 

 

「その必要はないんじゃないかな~?」

「「「…………えっ?」」」

 

 

 突然、後ろから声がした。

 

 

 標準語ではなく、少しなまった言い方。そんな話し方をするのは自分達(ポピパ)の中にはいない、全員がそう思った。

 

 

 では、自分達の後ろにいるのは誰なのだろうか?

 

 

 ホラー映画で幽霊に後ろから声を掛けられた登場人物のように、5人はぎこちない動きで、ゆっくりと後ろを向いた。

 

 

 

 

「――ハーイ♪」

 

「「「わあっっ!?!?」」」

 

 

 そこには貴嗣の隣にいた、彼女と思わしき人物その人が立っていた。一番見つかってはいけない人物に見つかってしまい、5人は驚きの声を上げた。

 

 

「ちょっとー、私は幽霊ちゃうで~。そんなビックリされたら悲しいなあ~」

「え、あ、いや、その……!」

「そんな慌てやんでもええよー。ほら皆、まずは深呼吸~深呼吸~」

 

 

 その女性はパニック状態に陥っている5人に深呼吸をするよう促す。香澄達は言われるがまま深く息を吸って吐く。

 

 

「うん! 皆落ち着いたっぽいね! それで……お昼前からずーっと私達の後からついてきてたけど、皆は貴のお友達さんかな?」

「い、いや……! 別にお二人のことをつけてたわけじゃ……」

「んー? 私は『ついてきた』とは言ったけど、『つけてきた』とは言ってないよー?」

「あっ……(やべえ……やべえよこの人!)」

「その顔は図星だな~? ……まあそれはいいとして、私が誰か気になるんでしょ? 貴と一緒に遊んでるこの人は誰なんだ!? って」

 

 

 5人は何も言えなくなった。完全にこちらの意図がバレてしまっていたのだ。自分達がつけてきたことも、その理由も……この目の前にいる女性には、何もかもお見通しだった。

 

 

 

 

 

「……あれ、ポピパの皆さんじゃん」

「「「た、貴嗣(君)!?」」」

「お疲れー……って、なになに、この状況」

「ちょっと貴ー! おそいー!」

「ごめんって。あと友達の前で抱き着かんといて」

「なんでー?」

「周りがなんて声かけていいか分からんくなるから」

 

 

 まさかのタイミングで貴嗣降臨。そして流れるような動作で腕組みをする2人に、5人はどう声をかけていいのか分からなくなった。

 

 恥ずかしがらずに恋人のように振舞うその女性に、ついに沙綾は我慢することができなくなり口を開いた。

 

 

「あ、あの……!」

「ん? どうしたのー?」

「あの……た、貴嗣と……つ、付き合ってるんですか!?」

「「「沙綾(ちゃん)!?」」」

 

 

 勇気を振り絞った、渾身の一声。

 ギュッと胸に両手を当てているその姿は、恋する乙女そのものだ。

 

 

 だがその健気な姿が、この女性の悪戯心に火をつけた。

 

 

「……だってさ。ねえ貴、私達の関係、この可愛いお友達に教えてあげなよ~」

「面白がってるやろ」

「ふふーん♪」

「サイテーやな」

 

 

 楽しそうにしている女性と、呆れ顔の貴嗣。自分達に見せたことのない姿に、やはりこの女性とは特別な関係なのでは? と思ってしまい、更に沙綾の胸を締め付ける。

 

 

 無言で貴嗣を凝視している沙綾。教えて、と訴えかけているのを感じ、貴嗣は呆れ顔のまま沙綾達に話し始めた。

 

 

「はあ……なあ皆、なんか勘違いしてないか?」

「勘違い……?」

「そう。沙綾、俺の瞳の色は?」

「えっ? えっと……銀色?」

「そう。じゃあこの人の瞳の色は?」

「……銀色?」

 

 

 

 

 

「「「…………あれ?」」」

 

 

 貴嗣の外見的特徴の1つである、珍しい銀色の瞳。その女性の瞳は、貴嗣のもつそれと全く同じ色だったのだ。

 

 

「同じ瞳……ってことは……!?」

「もうー! みんな分かってもうたやん! ネタバレサイテーだぞ~!」

「サイテーはそっちやし、ヒントやし。ほら、自己紹介」

「はーい」

 

 

 不満そうに答えたその女性は、表情を正し、沙綾達の方を向いてこう言った。

 

 

 

 

 

 

「はじめまして! 貴嗣の()の山城愛貴(あき)です!」

 

 

「「「えっ…………えええーーーっ!?!?」」」

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 なんの予告も無しに、また新しいオリキャラが登場いたしました。主人公&妹ちゃんの双子とはまた違った、テンション高めのお姉ちゃんです。

 「またオリキャラかよ……」って方もいるかと思います……ですが愛嬌のあるキャラにする予定なので、好きになってくれると嬉しいです(小声)

 さて、ここで2点お知らせです。 ①次回31話は4/3(土)21:00に投稿する予定です。 ②「一番好きなバンド・この小説でストーリーを見てみたいバンドは?」のアンケートを、4/4(日)23:59で締め切らせていただきます。沢山のデータが集まりました。ご協力ありがとうございます。 

 次回はサイドストーリーpart 1の最終話、お姉ちゃんが(貴嗣を巻き込んで)ポピパのメンバーと楽しく交流します。それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 腕組んでる男女=カップルと思うじゃん!(2)

 
 新しくお気に入り登録をしてくださった皆様、☆9評価をくださったアテヌ様、ありがとうございます!

 お待たせしました。Chapter 2.5のラストの回でございます。今までとは少し違った主人公の一面を描けたので、そこを楽しんでいただけると嬉しいです。

 それではどうぞ!


 

 

「あの……2人のこと、つけたりしてすいませんでした……」

「ええよええよ~! 別に悪いことしてへんのやし! 気にしてへんから安心してー!」

 

 

 お昼3時過ぎの、少しゆったりした時間帯。あの後ポピパの5人と貴嗣、そして貴嗣の姉である山城愛貴の7人はフードコートに移動し、アイスを食べながら雑談をしていた。

 

 

「なあ姉ちゃん」

「んー?」

「もう一回自己紹介したほうがええんちゃうの? ほら、さっき名前言うただけやしさ」

「確かにー」

 

 

 ストロベリーアイスを食べながら、愛貴は貴嗣の提案に賛同する。スプーンを置き、丁寧に座り直してから、愛貴は香澄達の方を向いた。

 

 

「じゃあ改めて……山城(やましろ)愛貴(あき)です! 『愛は貴い』って書いて愛貴ね。貴と真優の3つ上のお姉ちゃんで、今は大阪の大学で心理学を勉強してまーす! 気軽に愛貴って呼んでね!」

 

 

 元気な声で自己紹介をする貴嗣の姉である山城愛貴。

 

 肩にかかるくらいの長さの綺麗な髪を、サイドで三つ編みにしている。妹の真優貴と比べると少し暗めの茶色だ。

 

 高校生と言われても分からないその顔は、大人の女性の雰囲気を持ちながらもどこか幼げだ。非常に整った、可愛らしい顔だ。

 

 そして貴嗣、真優貴と同じく、その瞳は神秘的な銀色だ。貴嗣の優しそうな垂れ目とは対照的に、愛貴の目はキリッとしており、活発な女性という印象を与える。

 

 

「すごーい! 心理学! もしかしたら心とか読めちゃうんですか!?」

「ふふ~ん、気になる~? じゃあ香澄ちゃんの心を読んじゃうぞっ☆」

「きゃー!」

「(何この会話)」

 

 

 黙々とアイスを食べながら、貴嗣は隣で騒いでいるテンションMaxの姉を横目で見ていた。波長が合うためか、香澄は愛貴の謎テンションに普通についてきていた。

 

 

「じゃあ、私が今思ってることを当ててみてください!」

「うーん……」

「(当てずっぽうで言うんやろなあ)」

「『今食べてるサワークリームのアイスが美味しい!』でしょ!」

「な……なんで分かったんですか!?」

「(当たるんかーい)」

 

 

 心の中で1人ツッコミを入れる貴嗣。愛貴は勝ち誇ったようにドヤ顔をし、香澄は驚きと同時に感動で目をキラキラさせている。

 

 

「じゃあ、今度は私、いいですか?」

「いいよ~おたえちゃん! おたえちゃんはね……『今日の夕飯ハンバーグが良いなー』やな!」

「……! 本当に心が読めるんですね……!」

「(2回とも当たるとはたまげた)」

 

 

 珍しくたえが驚いている。どうやらドンピシャだったらしい。

 たえに関しては頑張ったら想像できそうな内容だったが、それでも答えを当てた愛貴に、貴嗣は心の中でわずかながらの賞賛を送っていた。

 

 

「ふふーん……ドヤっ!!」

「当てずっぽうでドヤ顔するんか……」

「むー! 当てずっぽうちゃうで! ちゃんと根拠はあるよ!」

「えっ、そうなんですか?」

 

 

 りみが愛貴の発言に反応する。

 

 

「そうやでー。香澄ちゃんは今ちょうどすっごい幸せそうにアイス食べてるでしょ?」

「な、なるほど……!」

「それでおたえちゃんは……ほら、さっきレストランでハンバーグLLサイズ頼んでたし、皆と話してる時に『夕食もハンバーグがいいなー』って言ってたやろ?」

「……超能力?」

「耳が良いだけなんだよなぁ……」

「な、なんか貴嗣いつもと性格違うくね……?」

 

 

 有咲の言う通り、今日の貴嗣は少々毒舌みたいだ。

 

 貴嗣のドライなツッコミにすかさず愛貴は異議を述べる。

 

 

「耳だけちゃうもん! 耳から得た情報を処理して仮説を立てたのはこの頭なんやで」

「さすが主席入学っすねー」

「むむっ、褒められてるはずなのにイマイチ嬉しないな」

 

 

 “それは心がこもってないからだよ”とは流石に言わなかった貴嗣であった。

 

 だが貴嗣の代わりに……なのかは分からないが、サラッと出てきたパワーワードに香澄は反応した。

 

 

「愛貴さん、主席入学なんですか!?」

「うん! そうだよー! 頑張ったぞいっ!」

 

 

 グッとサムズアップをする愛貴。さっきからドヤ顔してばっかりだが、顔が良いだけに全部可愛らしいポーズになっている。

 

 

「す、すげえ……大学主席……」

「主席入学の学生がこんなハイテンションな人間とは……ほんと、頭の構造どうなってんねんやろな」

「気になるなら覗いてみるー? こう……パカーって!」

「……酔ってんの??」

 

 

 愛貴は隣に座る貴嗣に自分の頭を向けて、頭頂部で手を動かすことで蓋が開閉しているジェスチャーをする。面白いと思ってやったのだが、貴嗣には一蹴されてしまった。

 

 

「ひどい~! ってか、なんかさっきから貴全然私のこと褒めてくれへんやーん! もっと褒めてよ~!」

「真優貴でもこんな露骨にお願いしてこうへんぞ……。それに、なんかそれ言わせようとしてるやん。それって褒め言葉ちゃうくない?」

「……確かに」

「急に冷静にならんといてやちょっとおもろいやないかい」

 

 

 腕を持たれてグイグイと引っ張られながら持論を述べた貴嗣であったが、それを聞いた愛貴は納得したのか、急に落ち着いた。

 

 

「もう……ほら、話しすぎて自己紹介進んでへんし。姉ちゃんのテンションについていけやんくて、皆ほったらかしやで?」

「それはよくないっ! 貴の友達をほっとくわけにはいかへんもんな! よーし、自己紹介さいかーい!」

「(このテンションに皆ついて来られるのか心配)」

 

 

 そう宣言して自己紹介を続けようとした愛貴だった。しかし――

 

 

「……なに喋ろ?」

「えぇ……」

「教えて貴衛門(たかえもん)♡」

「誰がドラ〇もんや。……そうやなー、誕生日と好きな食べもの、あと趣味でいいんちゃう? んで皆から質問してもらったら?」

「おおー! ナイスアイディア!」

 

 

 なんだかんだ言ってアドバイスをあげる貴嗣はいい子だった。

 

 

「誕生日は5月10日で、好きな食べ物は……大体好きだけど1番はそぼろ丼かな。趣味も色々あるけど、最近は暑くなってきたし、サーフィンかな!」

 

「「「おお……!!」」」

 

「ん~こんなもんかな。何か質問あるかな? 何でも聞いてちょーだい!」

 

 

 一通り自己紹介をし終えた愛貴は、ポピパからの質問をもらうことにした。

 

 

「じゃあ……私いいですか?」

「おおっ、トップバッターは有咲ちゃんかー! いいよん、カモ~ン♪」

「えっと、愛貴さんってピアノやってたりするんですか? 指長いので少し気になって」

「おおー! いい観察眼やね! 当たり! ピアノは幼稚園から続けてるよ~」

「そんなに前から!? すごいですね……」

 

 

 愛貴の指はとても長く、そして綺麗だ。ピアノを続けていると指が長くなるというが、それは愛貴も例外ではない。

 

 

「そういう有咲ちゃんもピアノやってるんでしょ? 指すっごく綺麗」

「ええっ……確かにやってますけど……その、別に綺麗とかじゃ……」

「きゃー!! これはツンデレですなあ!! かっわいいー!!」

「かっ……可愛くないです!!///」

 

 

 有咲はいつものようにツンデレをかますが、愛貴はそんな有咲を微笑ましげに見つめている。ニコニコしながら自分を見ている愛貴を見て、有咲は「うぅ……///」と顔を赤くして縮こまってしまった。

 

 

「でもほんとに手綺麗やね~。バンドで沢山練習してるやろうにそんなに綺麗ってことは、ちゃんとケアしてるんやね。えらいえらい!」

「へっ……!? あ……ありがとうございます……///」

 

 

 有咲の影の努力を優しく褒めた後、愛貴はスッと手を差し出した。

 

 

「同じピアノ経験者同士、仲良くしてくれたら嬉しいかな! こうやって会ったのも何かの縁だし、よろしくね、有咲ちゃん♪」

「へっ……! は、はい! よろしくお願いします……!/// (優しい……いい人なのかも……)」

 

 

 あまり正面から褒められることに有咲が慣れていないことに気付き、愛貴は優しい口調で話していた。そんな彼女の気遣いもあって、有咲は自然と愛貴に心を開いていた。

 

 

「じゃあどんどん行っちゃおー! 次は誰かな~?」

「それじゃあ、次私が聞いてもいいですか?」

「いいよ! りみちゃんだね!」

 

 

 2番手はりみだ。

 

 

「大学生活って、どんな感じなんですか? 私、お姉ちゃんが来年大学に行くので、どんな場所なのか興味があるんです」

「わーお、いい質問! そっかーお姉ちゃんも来年大学生なんだ。そうだね、大学って一言で表すの難しいけど……マジで楽しいよ!!」

 

 

 満面の笑みで愛貴は答える。

 

 

「まず今までと違うのは、授業は自分で組むってことだね。まああらかじめ決まってる部分も多いけど、それでも面白そうな講義があったら自由にとれるよ!」

「す、すごい……!」

「だから朝からの日もあれば、お昼からの日もあるんだ。逆にお昼以降は授業ない日とかもあるし、その時はお昼寝したり、友達と遊びにいったり! 最高だよー!」

「お昼から!? そんなことできるんですか!?」

「やろうと思えばね! そんな香澄ちゃんは朝苦手だな~?」

「はっ! また当てられた!?」

 

 

 香澄だけではなく、朝早く起きなくても良いというのは、全国の中学生高校生が望むことだろう。

 

 ちなみに愛貴は授業が午後からの日でも早起きする。体の調子が良くなるかららしい。

 

 

「講義も色々で、真面目に聞いてる講義もあるし、スマホさわり放題な講義もあるし♪」

「ええっ!?」

「あっ、でも私はちゃんと授業は受けるようにしてるよ。確かにスマホ触ってる時もあるけど、折角大学に行かせてもらってるんだから、しっかり勉強しないとやからね」

「……ほんと、姉ちゃんってなんだかんだ真面目よな」

「ふふーん♪ もっと褒めてもいいんやで~?」

「あぁ~バニラアイスうめえ~」

「あーんいけずぅ」

「あ、あはは……」

 

 

 またもや貴嗣に振られた愛貴であるが、すぐさま話を戻す。

 

 

「休みの日は皆と一緒かな! 友達と遊びに行ったり、家でゆっくりしたり、趣味に打ち込んだり」

「そうなんですね。なんだかとっても楽しそうですっ!」

「ほんと楽しいよー! 是非お姉さんにも教えてあげてね」

「はい! ありがとうございました!」

 

 

 りみからの質問タイムは終了した。さあ、次は誰だろうか?

 

 

「じゃあ、今度は私達から」

「おっ、おたえちゃんに香澄ちゃん! 2人でいいの?」

「はい! 聞きたいこと、おたえと同じだったので!」

 

 

 次は香澄とたえのペアだ。

 

 

「愛貴さんって、ピアノ以外に何か楽器やってるんですか?」

「やってるよー! バイオリンとチェロ!」

「す、すごい! バイオリンとチェロ……かっこいいなあ!」

「うん。愛貴さんのバイオリン、見てみたいです」

「いいよん♪ ちょっと待ってね~」

 

 

 そう言って愛貴はスマホを操作し始めた。いくつもある写真ファイルの中から、1つの動画を選ぶ。そして香澄達が見えるようにテーブルの上にスマホを置いた。

 

 画面をタップして動画を再生。そこには綺麗なドレスを着てバイオリンを弾いている愛貴と、上品なスーツっぽい服を着てピアノを弾いている貴嗣が映っていた。

 

 

「これって……貴嗣!?」

「おう。俺だな」

「貴嗣って……ピアノ弾けるの?」

「おう。姉ちゃんほどじゃないけど。この動画は2年前のうちの店でやったライブのときのやつか。確かこれRiver Flows in Youよな?」

「そうやでー。本番が一番良くできたよな」

「間違いない」

 

 

 動画の中の貴嗣は、この美しい曲をとても上手に演奏している。ギターもだが、ピアノの技術も相当なものだ。

 

 もちろん愛貴も忘れてはいけない。さっきまでの騒がしい(悪口ではない)彼女ではなく、どこから見ても大人しい淑女がバイオリンを弾いている。2人とも貴族のような雰囲気を纏っていた。

 

 

「この愛貴さんすっごく綺麗です。バイオリンもずっと聞いてたいくらいです」

「うんうん! こっちの愛貴さんはカッコいいです!」

「2人ともありがとー! 私としては、この貴がカッコよすぎて惚れちゃいそうやわ~♪ ピアノも上手く弾けてるし!」

「ギターだけじゃなくてピアノも弾けるなんて知らなかったぞ」

「まあ有咲達には言ってなかったし」

「ちなみに貴はバイオリンも弾けるよ~。私が教えてるのだ♪」

「バイオリンまで……! 貴嗣君ってほんと色々できるんだね」

「バイオリンはほんのちょっと弾けるくらいだけどな。でもそう言ってくれると嬉しいよ。ありがと、りみ」

 

 

 ちなみに貴嗣はバイオリンを教えてもらっている代わりに、愛貴にギターを教えているそうだ。

 

 

「あれ~? ねえ貴、ちょっとデレてんの~?」

「嬉しいのは確かやな」

「それをデレてるって言うんよー。もうっ、可愛いやつめっ!」

「抱き着くなー」

 

 

 からかいたくなったのか、愛貴は貴嗣の左腕に抱き着いた。もはや見慣れた光景だが、目の前で見ると2人が姉弟だということを一瞬忘れてしまう。

 

 

「じゃあこのまま沙綾ちゃんの質問聞くね!」

「え、ええ……いいのかな……?」

「ええよ。こうなったら姉ちゃん言うこと聞かへんし。なんかあれば聞いてやってくれ」

 

 

 貴嗣はあきらめモードに入ってしまった。愛貴はこのまま沙綾からの質問を聞くつもりだ。

 

 

「じゃ、じゃあ私からも1つだけ……」

「いいよー! カモン!」

「あ、あの……貴嗣とはいつも……今みたいな感じなんですか?」

「? 今みたいって?」

「その……腕に抱き着いたりとか……///」

「(……! はは~ん……!)」

 

 

 沙綾からの質問を聞いて、愛貴は何かを察した。

 

 

「……やっぱりねえ」

「な、なんでしょうか……?」

「……ねえ沙綾ちゃん。その服、とってもお洒落やね♪」

「服、ですか? あっ、はい……ありがとうございます……」

「うんうん。いいね~綺麗な紺のブラウス~。見たところ皺1つないし……新品みたい」

「は、はぁ……?」

 

 

 突然服の話になったことで困惑している沙綾。そんな彼女に思いもよらない言葉がかけられた。

 

 

「――まるで昨日買ったみたいな服やなぁ♪」

「!?!?」

「ふふ~ん♪ だからその質問をしたんやね~☆」

 

 

 さすがは主席。頭の回転速度が速い。

 どうやら愛貴は沙綾が昨日貴嗣と買い物デートに行ったこと、そして貴嗣に対する気持ちを見抜いたらしい。

 

 

「質問の答えやけど……まあ私達はいつもこんな感じ。私がこうやってアプローチするんやけど、貴は振り向いてくれへんのよ~」

「俺達姉と弟なんやけど(ド正論)」

「そ、そうなんですね……(うぅ……なんなんだろ……2人は家族なのに……モヤモヤする……)」

「(むむっ、沙綾が悩んでいる。なんとかしなければ)」

 

 

 貴嗣は考える。状況を好転させるにはどうすればいいのかを考え、沙綾に言葉をかける。

 

 

「なあ沙綾? 確かに姉ちゃんはいつもこんな感じだけど……これってその、俺達なりのコミュニケーションなんだよ。男女間の好意じゃなくて、家族としての愛情表現なんだ」

「な、なるほど……」

「傍からみたら異様ってのは十分理解はしてる。けどその……姉ちゃんからの愛情を無下にするのは、俺にはできないからさ。姉ちゃんが俺を好きなように、俺も姉ちゃんのことが家族として好きってわけ」

 

 

 そう。なんだかんだ言って、貴嗣も愛貴のことが好きだし、何より尊敬している。時々辛辣になるのも、愛貴を信頼している証拠だ。もしかしたら愛貴に甘えている部分もあるのかもしれない。

 

 

「俺達は割と相手に感情をストレートに伝えるっていうか、隠さないんだよ。だから変に思えるかもだけど、俺達は家族として、お互いを想ってるってこと。……これで大体分かったかな?」

「うん。貴嗣も……愛貴さんのこと好きなんだ」

「まあな。尊敬のほうが近いかも。楽器の腕前ヤバいし、頭良いし、それに困ったらすぐ助けてくれるし。こんな騒がしいけど、その何百倍も良いところあるし、俺と真優貴からしたら一番の姉ちゃんなんだよ」

 

 

 この場にはいない真優貴だが、もちろん彼女も愛貴のことが大好きだ。元々真優貴は家では甘えん坊なのだが、末っ子ということもあり、姉である愛貴にはそれが顕著だ。

 

 

「……なんかいいな、そういうの。良い家族じゃん」

「あはは。なんだかんだ、毎日楽しい……って、姉ちゃん? 何だまt――」

 

 

 黙ってるんだよと言いかけたところで、その言葉を飲み込んでしまった。なぜなら――

 

 

 

 

 

「うぅ……っ……うわああん……たかぁ……!」

「!?!?」

「「「あ、愛貴さん!?」」」

 

 

 愛貴は貴嗣の隣で号泣していたからである。

 

 

「ど、どうしたねん姉ちゃん!?」

「だってぇ……貴がいい子すぎて……こんなお姉ちゃんのことそんな大事に思ってくれてたんやって……嬉しくて……」

「それで泣くんかあああ!?」

 

 

 想定外の状況に貴嗣は慌てている。まるで泣いている赤ちゃんをあやす父親のように、どうにかして泣いている愛貴をなだめようと必死だ。

 

 

「わ、悪かったよ姉ちゃん! ええっと……そ、そうだ! 俺のバニラアイスあげるからさ! 甘いもの食べて一旦落ち着こうや! な!?」

「うぅっ……たかが優しいよぉ……うえええん!」

「ぎゃああ悪化しちまったあああ!」

 

 

 貴嗣の悲痛な叫びが響く。

 

 

「(どうすりゃええんや!? 考えろ貴嗣! ……ハッ!!) ……そ、そうだ! ね、姉ちゃん確かこの連休ずっとこっちにおるんやろ? 一緒に映画観にいこ! 久しぶりに真優貴と3人でさ!」

「……真優と3人で映画……?」

「そうやで! ほら、大学入ってから3人って行けてへんやん? 折角やし行こうや! (よし……少し落ち着いてる! このまま押し切るっ!)」

「……うん……っ……行きたい」

「……よっしゃ! じゃあ明日にでもいこ! 真優貴も喜ぶで!」

 

 

 ハアハアと息を切らしながら、安堵のため息をつく貴嗣。別に貴嗣は悪くないのだが、責任感が非常に強いが故に自分に責任があると思い、必死になって愛貴をなだめた。

 

そんなお姉ちゃん想いの彼を見ていた沙綾達は、貴嗣に声をかける。

 

 

「ほんと貴嗣って、お姉さんが好きなんだね」

「でも貴嗣も焦る時あるんだね。すっごい必死でおもしろかった」

「おもしろかったって……でも、おたえの言う通りだな。なんていうの……普段落ち着いてる貴嗣でもあんな慌てるんだなーって。なんか……親近感湧いたよ」

「あ、あはは……それならよかったよ」

 

 

 沙綾、たえ、そして有咲からの言葉に、苦笑いで答える貴嗣。

 

 

「2人とも仲良しだよねっ。見てて幸せな気分になったよ」

「りみりんの言う通りだね! いつもはお兄ちゃんって感じだけど、今日は弟って感じ! 新鮮でよかったよ!」

「ありがとな、2人とも。焦ったのなんてほんと久しぶりだけど、姉ちゃんには笑っていてほしいからさ……」

 

 

 そしていつもの優しい顔に。やっぱり貴嗣はお姉ちゃんが大好きみたいだ。

 

 

 一件落着と思った貴嗣であったが  

 

 

「……うぅ……っ……」

「!?」

「いつも笑っててほしいって……っ……」

「ね、姉ちゃん……?」

「そんなこと言われたら嬉しくなってまうやあああん! うわああああん!!」

「ああああやっちまったああああ!!」

 

 

 どうやら今の愛貴には、貴嗣の優しさは逆効果みたいだ。

 

 

「たかああああだいすきいいいい」

「うわっ!? ちょ、こけるこける!」

「みんなもだいすきいいいいうわああああん!」

「香澄らに抱き着くんは違うって……! って痛い痛い引っ張ったら痛いってえええええ」

「うぅ……みんなぁ……貴と仲良くなってくれてありがとおおおお!!」

「なんか感動的やけど泣いてるから台無しやんかよおおおお!!」

「「「あははっ!!」」」

 

 

 1人の泣き声と1人の叫び、そして5人の笑い声が聞こえる。

 

 

 本来の予定とは大きくずれたポピパであったが、結果的に、自分達が知らなかった貴嗣の色んな面、そしてそんな彼の姉である山城愛貴と出会えたことで、最高に楽しい1日となった。

 

 

 何が起こるか分からない。人生万事塞翁が馬といったところか。

 

 

 この後も愛貴は泣き続け、貴嗣はあの手この手でなだめ、その必死な様子を香澄達は楽しんだとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 数週間前。

 

 

「ハア……ハア……よしっ! これで今日の自主練終わりっと……!」

 

 

 夕日が差し込むレッスンルームに、練習着の少女が1人。

 

 

「今日もあんまり上手く踊れなかったなぁ……でも、こんなことでめげてたらダメだよね! また明日もがんば――」

 

 

 ダッダッダッダ!! バタンッ!!

 

 

「彩!! いる!?」

「ひゃあっ!?!? ……えっ……と、トレーナーさん……!?」

「よかったぁ……まだ帰っていなかったのね……!」

「は、はい……ついさっきまでダンスの自主練をしてて……今帰ろうかなって思ってたところなんですけど、どうかしましたか?」

「……本当にあなたは頑張り屋さんね。そのがむしゃらな努力が実を結んだのね」

「えっ……えっと……? どういうことですか……?」

 

 

 トレーナー、少女に1つの封筒を渡す。

 

 

「これは……?」

「開けてごらんなさい」

「は、はい…………――えっ!?」

「……おめでとう彩。これで研究生卒業ね」

「えっ……う、嘘……!?」

「嘘じゃないわよ。そこに書かれているのは全て本当。これから頑張るのよ」

「わ、私……!」

 

 

 

 

 

「ついに……アイドルとしてデビュー……っ!!」

 

 

 

 

 

 【To Be Continued in Chapter 3】

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 主人公のお姉ちゃん、如何でしたでしょうか? これからも出てくる予定なので、チラッとお姉ちゃんのことを憶えておいてくれると嬉しいです。

 そして皆様お待たせしました。次回から第3章、Chapter 3でございます。最後のヒントでもうどのバンドかお分かりですよね。Chapter 3では基本的に明るい作風だったこれまでとは違う雰囲気、そのギャップを楽しんでいただけたらいいなーと思っております。

 次回は明日のお昼頃更新予定です。そこからは1週間に1本ないし2本のペースで投稿したいと思っております。投稿頻度は落ちてしまいますが、これからも頑張って参ります。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter 3 Pastel*Palettes
第32話 最初の一歩は、いつも上手くいくわけじゃない


 
 皆様大変お待たせ致しました。今回からChapter 3 Pastel*Palettes編に入らせていただきます。

 言うまでもないかもしれませんが……ガルパでのPastel*Palettesのバンドストーリーを参考にしているので、今回からシリアスな描写が多くなってきます。特に今回並びに次回は読んでいて不快に感じる描写が多いであろうことを事前にお伝え致します。

 ただずっとシリアスだと投稿者のメンタルが持たないので(豆腐メンタル)、原作のストーリーの雰囲気を大切した上で、コミカルな掛け合いや安心する場面を合間に入れて、メリハリのある章にしたいと思っております。

 それではどうぞ!


 

 

 

【数週間前。ガルジャム開催前の、とある日】

 

 

 

 

「それではお先に失礼します。お疲れ様でした」

「「「お疲れ様でしたー」」」

 

 

 控室で制服に着替えてから、店長や大学生のアルバイトの人達に挨拶をする。

 

 現在夜の9時。今日はAfterglowの練習の手伝い……ではなく、ファストフード店のアルバイトの日だった。学校から直で来たので、少しばかり体に疲労が溜まっている。

 

 挨拶を済ませて店を出ようとしたところで、ある人に声を掛けられた。

 

 

「あっ! 貴嗣くーん!」

 

 

 声のした方に振り向く。

 

 女子の控室から出てきたのは、淡いピンク色の髪と、スピネルピンクのような綺麗な瞳、そして10人いれば10人が「可愛い」と答えるであろう顔立ちの先輩――丸山 彩さんだった。

 

 

「お疲れ様です、彩さん。彩さんも今日は9時上がりでしたもんね」

「うん! 貴嗣君はこれから帰り? 良かったら途中まで一緒に帰らない?」

「はい。よろこんで」

 

 

 そう答えると、彩さんの顔がパアっと明るくなった。

 

 

「やったあ! じゃあ帰ろ!」

「あははっ、そんな急がなくても俺は逃げませんよ。……なんか今日ずっと元気ですね。何か良いことありました?」

「!? な、なんで分かったの!?」

 

 

 思いついたことを伝えると、彩さんは大きな声で、そして中々のオーバーリアクションで驚いた。どうやら当たりだったらしい。

 

 

「そんなにソワソワしてたら、何かあったのかなーって皆思いますよ。そんなに嬉しいことだったんですね」

「その通り! すっごく良いことあったから、貴嗣君にも聞いてもらいたいんだー!」

「分かりました。じゃあ帰り道でその話、詳しく教えてください」

「うんっ!!」

 

 

 その満面の笑みから幸せな気持ちを貰って、俺も笑顔になりながら彩さんと店を出た。

 

 

 

 

 

 


 

 

「――えっ……マジですか……?」

「うんっ! 昨日決まったの! 私、アイドルとしてデビューするんだ!」

 

 

 街灯によって明るく照らされている道で、俺は衝撃を受けた。

 

 アイドル研修生として3年間ずっと地道に頑張ってきた彩さんが……学校もアルバイト先も一緒の彩先輩が、ついにアイドルとしてデビューする……!!

 

 

「す……すっごいじゃないですか彩さん!! えっ!? ホンマっすか!?」

「えっ!?」

そんな嬉しい話、なんでもっと早く言うてくれやんかったんですか!? 今日ずっとシフト一緒やったのに、なんなら入った時にでも言うてくれたら……いや、でもこんなええ話バイト前に聞いてもたら俺仕事できへんかったかもしれへんか……

「た、貴嗣君……?(すっごい関西弁出てる……)」

 

 

 興奮のあまり、俺は完全に標準語を使うことを忘れていた。

 

 間接的にではあるものの、俺は彩さんがアイドル研修生として、今までずっと努力を積み重ねてきたことを知っている。彩さん本人からも聞いたし、真優貴からも詳しく聞いていた。

 

 3年間……3年間だ……!! そんなに気の遠くなるような長い間、目覚ましい成果が出なくても諦めずに頑張ってきた彩さんが、ついに……!

 

 

「ついにデビューするんですね!! おめでとうございます!! 俺、めっちゃ嬉しいです!!」

「わわっ!? た、貴嗣君!?///」

 

 

 俺は嬉しさの余り、思わず彩さんの手を握ってしまった。

 

 

「ほんっっっとおめでとうございます! 俺、何があっても彩さんを応援しますから!」

「……!!」

 

 

どんなことがあっても彩さんを応援し続けるという気持ちを伝えるために、手を握りながら、彩さんの目を真っ直ぐ見つめる。

 

 

「……あうっ……///」

「えっ? どうかしましたか?」

「その……貴嗣君……て、手……///」

「……! あっ……ご、ごめんなさい……!」

「あっ……」

 

 

 顔を真っ赤にしながら彩さんが言ったその言葉で、俺は思いっきり現実に戻された。

 

 付き合ってもない女性の手を軽々しく握ってしまった。留学先ではこういうスキンシップが当たり前だったがために、日本だとセクハラまがいなことをしてしまった。

 

 

 急いで手を離した後、かすかに聞こえた彩さんの声は、どこが名残惜しいというか、寂しそうではあったが。

 

 

「……ふふっ。そんなに喜んでくれるなんて……私、ちょっとビックリしたな」

「す、すみません……柄にもなく、俺だけはしゃいじゃって……」

「ううん! ……えへへっ♪」

「?」

 

 

 セクハラで訴えますよとか言われるかと覚悟していたのだが、彩さんは何故かとても嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 

 

「私ね、昨日デビューが決まってすっごく嬉しかったんだ。もうすっごい喜んだんだよ? でも、昨日の私よりも……今の貴嗣君の方が喜んでくれてて……私、今それが凄く嬉しいんだ」

「……は、はあ……」

「私の喜びを、貴嗣君がまるで自分のことみたいに喜んでくれたのが、本当に嬉しいの。……それに……」

「……それに?」

 

 

 彩さんはそう言いかけると、今度は俺から目をそっと逸らして、ほんのりと頬を赤く染めながら言葉を続けた。

 

 

「――『何があっても彩さんを応援しますから』って言ってくれたのが……一番うれしかった!」

「……ふふっ。なら良かったです」

 

 

 恥ずかしがりながらも笑顔で自分の気持ちを伝えてくれた彩さんは、まるでドラマのヒロインみたいだった。

 

 

「あっ……」

「どうしたの?」

「……良いこと思いつきました。彩さん、このお店に寄ってもいいですか?」

「いいけど……アクセショップ?」

 

 

 帰り道を歩いていると、この間のアクセサリーショップの前に来ていた。

 

 戸惑っている彩さんの手を引いて、俺は店に入る。ネックレスやシュシュ、ブレスレットは勿論、他の雑貨も置いている、お洒落だけどどこかカジュアルなお店だ。

 

 

「彩さんのデビュー記念ってことで……何か1つ俺からプレゼントさせてください」

「えっ!? いいの……?」

「はい。今まで頑張ってきたことのご褒美と、これからのアイドル活動でのお守り、そして……俺を幸せな気持ちにさせてくれたことのお礼です」

「……!!」

「幸い、お金なら溜まってます。彩さんが欲しいと思ったものを、プレゼントさせてください」

「……うんっ! ありがとう、貴嗣君!」

 

 

 彩さんは嬉しさMAXといった様子で、お店の商品を見始めた。あれでもない、これでもない、う~ん……と一生懸命悩んでいる彩さんを見て、思わず頬が緩む。

 

 

「貴嗣君。これなんかどうかな?」

「おっ、銀のネックレスですか。おおー……シンプルでいいですね。夏でも違和感ないですし、もうちょっと涼しくなったら、他のアクセサリーとも組み合わせできそうですね」

 

 

 店内をぐるっと回って見たところ、この銀のネックレスが一番しっくりきたそうだ。ごちゃごちゃしていないシンプルなもので、これからの暑い季節でもお洒落で付けられるだろう。

 

 

「じゃあこれにしますか」

「うん! じゃあ、お願いします!」

「りょーかいです。ちょっと待っててくださいね~」

「はーい! 待ってまーす♪」

 

 

 彩さんの了承を受け、俺はレジに向かった。

 

 値段を見ていなかったというのもあるのだが、存外に安くて驚いた。全然安物に見えないし、もう少し高くても納得なのだが……お手頃な値段設定も、このお店が人気な理由の1つなのだと思った。

 

 

「プレゼント包装にしますか?」

「はい。お願いします」

「……ふふっ」

「?」

 

 

 店員さんがプレゼント包装を提案してくれたので、折角だししてもらおうとお願いしたところ、その店員さんがニコッと笑った。

 

 

「一緒にいらっしゃった方、何か良いことがあったんですか?」

「はい。とびっきりの良いことがあったんで、そのお祝いに」

「そうなんですね~! それでネックレスをプレゼント……いい彼氏さんじゃないですか。彼女さん、絶対喜びますよ」

「…………ん??」

 

 

 若干気が緩んでいたことで、店員さんの彼氏発言を聞き流しそうになった。

 

 

「お待たせしました! 包装終わりましたよ」

「あっ、はい、ありがとうございます……おおっ、すっげえ丁寧な包装」

 

 

 別に彼氏じゃないですよーと言う前に、店員さんはネックレスを渡してくれた。女子高生が喜びそうな(?)、パステルピンクの箱にホワイトのリボンが付けられているものだった。

 

 

「はい、お会計ちょうどいただきました。レシートはどうされますか?」

「もらっておきます。ありがとうございました」

「はい! またのお越しをー!」

 

 

 店員さんに挨拶をしてから、彩さんの元に向かった。結局彼氏彼女の件については訂正できなかったが、まあいいか。

 

 

「おまたせしましたー。はい、俺からのプレゼントです」

「ありがとー! ……わっ、すっごい可愛い箱……プレゼント包装してくれたの?」

「はい。お祝いですから」

 

 

 そう答えると、彩さんはネックレスの小さな箱をギューッと抱きしめて、嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

「う~ん……! 貴嗣君のおかげでやる気出てきた! 頑張るぞ~!」

「おっ、流石ですね。これは応援しないわけにはいかないですね」

「ほんと!? じゃあ貴嗣君は、私のファン第1号だね!」

「えっ、いいんですか? そんな名誉な称号貰っちゃって」

「もちろんだよ! 応援するって直接言ってくれたの、貴嗣君が初めてだもん!」

「そうですか。じゃあファンクラブ作ったらすぐに連絡してくださいよ? ソッコーで登録しますから」

「うん! 絶対に連絡するね!」

 

 

 これからのアイドルとしての未来に、ワクワクドキドキが止まらない様子の彩さん。

 

 店の出た俺達を迎えてくれたのは、町の光達。それはまるでこれから彩さんが立つであろうステージのスポットライトのように、キラキラと彩さんを照らしていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

(現在。ガルジャム開催後の数週間後)

 

 

 とある日の放課後、俺達Silver LiningはライブハウスCiRCLEで練習をしていた。Afterglowのお手伝いが終わってしまったことの寂しさを感じながら、4人でいつものように、楽しくのんびり演奏していた。

 

 

 そして今は休憩中。各自のんびりと過ごしていると、花蓮が口を開いた。

 

 

「そういえばさ、今日は丸山彩さんがデビューする日なんでしょ?」

「あっ、そういえばそうだった! えっと……Pastel*Palettesだっけ! アイドルバンドとはまたすごいよねー!」

「なー。アイドルでかつバンドって、なんか色々やらなきゃダメで大変そうだよな。ほんと尊敬するよ」

 

 

 そう。今日は彩さんがアイドルとして――Pastel*Palettesのボーカルとして、デビューする日なのだ。

 

 数週間前からレッスンで忙しくなり、バイト先では会っていない。なので今彩さんがどんな状況なのか全く分からないのだが、俺達はいつも応援している。

 

 

「彩さんって貴嗣とバイト先一緒なんだろ? うらやま~」

「じゃあ大河も来たらどうだ? 募集はしてると思うぞ」

「スイミングスクールのバイトと掛け持ちは流石にヤバイ」

「ははっ、それもそうか」

 

 

 大河の話を聞きながら、スマホで先程の練習の様子を見直す。身振り手振りや姿勢等、おかしい点は無いか、もっと改善できる点は無いかを確認する。

 

 

「今ちょうどテレビ出演してるんだよね? 初ライブがテレビで放送されるって、すごく緊張しそう」

「ああ。そんな俺達も、そろそろ次のライブに向けて色々考えていかないとだな」

「うん。イン〇タライブで演奏を配信するのは決まったから、次は何の曲を演奏するかだね」

「この前貴嗣が言ったみたいに、応援ソングをメインに演奏するっていうの、俺はやってみたい。アップテンポの曲も良いけど、たまには落ち着いた曲も――」

 

 

 

 

 

 

 

「――皆」

 

 

 穂乃花の声で、俺達は静まり返った。

 

 大河の声をかき消すように大声で俺達を呼んだこと、そしてそれ以上に、俺達を見つめる顔が、普段の明るい穂乃花からは想像できないほど深刻なものだったからだ。

 

 

「……どうした穂乃花? そんな深刻な顔して」

「……これ見て」

 

 

 穂乃花は表情を変えないまま、俺達にスマホの画面――SNSのライブコメントを見せてきた。

 

 

「……!!」

「……は……?」

「……なに……これ……?」

 

 

 その画面を見た俺と大河と花蓮は、そのショックで動けなくなった。

 

 

 

 

 

『あれ? 音止まったぞ?』

 

『機材トラブルなんじゃ?』

 

『え、もしかしたら口パクだったの?』

 

『ヤバくない? ていうか、演奏もしてなくない?』

 

『演奏はどうしたー?』

 

『千聖ちゃんが終わらそうとしてるけど、これで終わりなのー?』

 

『皆はけていった……まじで終わりなの? ライブはー!?』

 

 

 

 

「……穂乃花、ちょっと画面更新してもらってもいいか?」

「う、うん……!」

 

 

 スクリーンを一番上にあげて、穂乃花はSNSを更新してくれた。

 

 出てきたのは、1つのネット記事。

 

 いつの間にか書かれたそれを見て――俺達4人は言葉を失ってしまった。

 

 

 

 

 

『パスパレ、大失敗か!? 口パク&アテフリがデビュー当日にバレる!』

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 初っ端から重い話で申し訳ないです。Pastel*Palettesのストーリーは現実・芸能界のリアルで生々しい描写が魅力だと思っているので、本小説でもその部分を取り入れていきたいと思っております。

 次回は来週の水曜日あたりに投稿する予定です。第3章は投稿頻度が下がりますが、頑張って更新していきますので、よろしくお願いします。

 それでは次回もよろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 突然の依頼


 この小説のあらすじの所にも書かせていただいたのですが、元々あった33話と34話の書き直しをいたしました。物語も描写について、数名の読者の方々からありがたいご意見、ご指摘をいただき、より良い作品にするためには一度書き直した方が良いと判断しました。

 物語の大筋は変わっていませんが、元々の話から大きく変えた部分もいくつかありますので、読んでいて混乱させてしまうかもしれません。もし気になる部分がございましたら、ご感想やメッセージでお伝えいただけると幸いです。

 それではよろしくお願いいたします。


 

 

 

 

 

 日直が授業終わりの号令を告げる。先生にありがとうございましたと言ったタイミングで、教室内に昼休憩の始まりを告げるチャイムが鳴った。

 

 キーンコーンカーンコーンというお馴染みの音を皮切りに、クラスメイトの皆は一斉に弁当や財布を持ち、昼食を食べる準備を始めた。俺も手作りの弁当を鞄から出そうと手を入れたのだが、どうもその動きは鈍いものだった。

 

 

「(……やっぱ頭から離れないなぁ)」

 

 

 数日前――Pastel*Palettesのデビューライブの日から、どうも俺は本調子では無くなっていた。

 

 彩さんの、そしてPastel*Palettesの、待ちに待ったアイドルデビュー。華々しく迎えられるはずであった初ライブは、「音響機材のトラブル」によって、一瞬でブーイングの嵐となった。トラブルによって音楽が消えてしまい、口パク、アテフリがバレてしまったのだ。

 

 ネット上では、これ見よがしに彼女達の失敗について書いた記事が多数掲載されることになった。そしてそれに便乗して、SNSユーザーは言いたい放題、誹謗中傷のコメントを書きまくっている。

 

 

 

『デビューライブでまさかの口パク!! ファンを裏切ったPastel*Palettesに未来はあるのか!?』

 

『ボーカルの丸山彩って経験者なのかと思いきや、研修生だったのね 実績もないのにボーカルとかww』

 

『ベースって元子役の白鷺千聖だろ? やっぱ噂通りの演技派女優だなww』

 

 

 

 まるで失敗を面白がるかのようなネット記事を見て、いい気分になるはずがない。だがそう思う一方で、このような意見が出るのも仕方がないという気持ちもあった。

 

 芸能界では、こういった出来事は当たり前のこと、日常茶飯事だ。多くの人が注目している分、一度ミスをしてしまえば、今回のような批判の嵐は避けられない。俺のような一般人が住んでいる世界とは違う、非常に厳しい世界だということは理解していた。

 

 

「(……彩さんは……大丈夫だろうか?)」

 

 

 数週間前、バイト終わりに笑顔を見せてくれた先輩のことを考える。

 

 あんなに嬉しそうに「デビューするんだよ!」と言ってくれた彩さんは、今頃どうしているのだろうか? 学年が違うので教室の階も違うし、最近はバイト先でも会っていないから、かなり心配だ。

 

 

「(……って、俺が悩んでても仕方ないだろ)」

 

 

 やめだやめだ。悩むのはやめだ。

 

 そうやってネガティブに考えるんじゃなくて、前向きに、彩さんならきっと大丈夫だって、彩さんを信じることの方が良いに決まってる。

 

 

「――貴嗣くーん」

「……!」

 

 

 すぐ傍で名前を呼ばれたことで、俺の意識はパッと現実に戻された。声のした方を向くと、弁当箱を持った美咲ちゃんが立っていた。

 

 

「あっ……美咲ちゃん……って、ご、ごめん! 待たせちまったよな……?」

「ううん、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。……何か考え事してたの?」

「……まあそんなとこ。ごめんごめん、すぐ準備するわ」

「……何か悩み的な?」

「へっ? いやいや、そんなのじゃないよ。ほんと、ただ考え事してただけ」

「……そっか」

 

 

 今日は美咲ちゃん(結構一緒にお昼を食べて前より親しくなったので、お互い名前呼びになった)と真優貴と俺の3人で、昼食を食べる約束をしていた。昼休憩になっても来ない俺を呼びに来てくれたみたいだ。

 

 

「あれ? 弁当箱、いつもと違うね」

「そうそう。今日はミニそぼろ丼に挑戦してみたんだよ」

「そぼろ丼……! 美味しそうだね」

「後でちょっとあげようか? 俺小食だしさ」

「いいの? じゃあ……お言葉に甘えて」

 

 

 美咲ちゃんはニコッと笑う。さっきまで悩んでいたモヤモヤが、美咲ちゃんの笑顔のおかげで少し和らいだ。

 

 こうして俺達は弁当メニューについて話しながら、真優貴が待っている中庭へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 時は進み、放課後のCiRCLE。先日演奏する曲が決まった俺達は、次のミニライブに向けて練習をしていた。信頼できる皆が傍にいるのと、演奏する楽しさもあって、大分気が楽になっていた。

 

 

「――よーし! 良い感じだったし、予定通り休憩入れようか!」

「だな! ……あ゛あ゛ぁ~やっぱベース弾くの気持ちえぇ~……」

「ふふっ。大河君、すごい声出てるよ」

 

 

 穂乃花の声をきっかけに、俺達は休憩に入った。

 

 ギターをスタンドにゆっくりと置いてから、近くの椅子にゆっくりと座る。CiRCLEに来る途中に買っておいたスポドリを喉に流し込む。

 

 片手でスマホを操作して、SNSのアプリを起動すると、案の定パスパレに関する記事が出てきた。それによってまた昼休憩の時のようなモヤモヤが、ゆっくりと心に戻って来た。

 

 

「(……アプリ開かなきゃよかったかもな……)」

 

 

 この間楽器屋さんで蘭にも指摘されたように、俺は元来周りの人や環境の影響を受けやすい。ポジティブなモノに触れれば自然と自分も嬉しくなるし、それとは逆に、ネガティブなモノに触れると気分が沈んでしまう。

 

 今自分が見ているスマホには、多くのネガティブな記事や意見が表示されている。このような意見が出ることは仕方がないこととはいえ、やはり気持ちのいいものではなかった。

 

 

「貴嗣~」

「ん? どうした穂乃花?」

「……大丈夫? 最近ちょっと疲れてるでしょ?」

「まあ……それは否定しない。でも大丈夫だ」

 

 

 いつの間にか近くに座っていた穂乃花が、心配そうに声を掛けてくれた。茶髪のポニーテールを揺らして、心配そうにソワソワしている。

 

 俺は笑顔を作って穂乃花に応える。そんな俺を見て穂乃花は、どこか納得していないような声色で「……そっか」と言って、また隣にチョコンと座った。

 

 

「貴嗣ってさ」

「ん?」

「いつもあたし達より落ち着いてて、すっごい頼りになるけど……結構顔に出るよね」

「「うんうん」」

「……えっ?」

 

 

 突然の穂乃花の発言に、俺は少し驚いてしまった。大河と花蓮も頷いている。

 

 

「何か我慢してない? 今の貴嗣、そんな顔してるよ?」

「我慢っていうとちょっと違うかもだけど……ほら、この前皆にも言っただろ? 俺って見たものとか触れたものの影響を受けやすいってさ。今偶然パスパレのライブの事件の記事見ちゃってさ……ちょーっとネガティブな気持ちを浴びて疲れただけ」

 

 

 スマホをツンツンと叩いて、皆にそう説明する。

 

 

「でも本当に大丈夫だよ。確かに疲れてはいるけど、皆とこうやって話したり、演奏したりすれば楽しくなって、すぐに元通りになるし」

「そっか。……ねえ貴嗣君」

「ん?」

 

 

 大丈夫だと皆に伝えると、今度は花蓮が俺に話しかけてくれた。心配そうに俺の顔を、そのブルーの瞳で覗き込んできた。

 

 

「我慢は体にも、心にも毒だよ。辛いときは辛いって言ってくれたらいいから、そういう時は1人で悩まないで、私達を頼ってほしいな」

「……ああ。善処するよ。ありがとな、花蓮」

「うん」

 

 

 感謝の言葉を伝えると、花蓮はいつものように優しく笑ってくれた。かなり心配してくれていたみたいだ。

 

 

「皆心配してくれてありがとな。ほんと、皆がいてくれて助かるよ」

「良いってことよ。親友を助けるのは当たり前だろ? 何なら俺達の方がいつも助けてもらってるんだぜ? 俺達は4人で1つのチームだ。遠慮は無しで行こうぜ」

「大河良いこと言うじゃ~ん!」

「だろぉ~?」

 

 

 そんな大河と穂乃花の軽いやり取りに、俺は少し笑ってしまった。そして俺が笑ったことで、皆も笑顔に――いつもの楽しい雰囲気が戻って来た。

 

 

「――しっかしまあ、今回のパスパレのデビューライブがこんなに大事になるとはなぁ。音響のトラブルで口パクアテフリがバレるってのは、運が悪かったとしか言いようがないな」

「新人の子をデビューさせるときは、今回みたいな手法を取るって話は昔からよくある話だ。トラブルさえなければ確実に成功するし、最初の一歩としては、ある意味正解に近い選択肢だとは思う」

「……詳しいな」

「そりゃあうちには真優貴がいるし、それに……」

「それに……?」

「……芸能界は恐ろしく厳しい世界だ。そんな世界では、例え見てくれる人を騙してでも、失敗しない道を選ぶことが正しい時もある」

「「「……」」」

 

 

 俺の発言に、3人は黙り込んでしまった。

 

 しまった。ネガティブなことを言ってしまった――そう咄嗟に感じて、すぐに俺は皆に話しかける。

 

 

「ああ、すまん! 後ろ向きなこと言っちまったな……あはは……」

「ううん、貴嗣の言ってることは分かるよ。ただ……貴嗣がそんなドライな事言うのが新鮮で、ちょっとビックリしちゃっただけ」

「それなら良いんだが……」

 

 

 

 

 

prrr!  prrr!

 

 

 

 

 

「ん? 電話?」

 

 

 

 すぐに取り出して画面を確認すると、なんと真優貴からだった。

 

 

「真優貴ちゃんから……? 珍しいな、しかもこんな夕方に……」

「ああ。どうかしたのか……もしもし、真優貴?」

 

 

 俺は通話ボタンを押して、真優貴からの電話に出た。

 

 

『もしもし、お兄ちゃん? 今大丈夫?』

 

 

「ああ。今休憩中やから、大丈夫やで。どないした?」

 

 

『良かった! じゃあ今CiRCLEにおるってことやんな? ちょっとスピーカーにしてもらってもええ? 皆にも関係あることなんよ』

 

 

 

 真優貴から俺達全員に関係があることというのが全く想像できず、不思議に思いながらも俺はスピーカーをオンにした。

 

 

 

『もしもーし? 皆聞こえてる~?』

 

 

「聞こえてるよ~! どうしたの真優貴?」

 

 

『ちょっと皆にお願いがあって電話させてもらったんよ。今からお兄ちゃんのスマホに1つ動画送るねー』

 

 

 

 小さなテーブルの上に置いたスマホから、すぐに通知音がピロン♪ と鳴った。

 

 そしてその動画を開いて、俺達4人は目を大きく見開いた。

 

 

 

「これは……」

 

「パスパレの練習風景? でも皆楽器持って演奏してる……?」

 

『ちゃんと説明するね。――皆も知ってると思うんやけど、パスパレのデビューライブ、凄い問題になってるよね。あの後事務所のスタッフさん達が、今後の方針を変えたの』

 

 

「……練習をして実際に演奏をするって方針か」

 

 

『お兄ちゃんの言う通り。私は別の部署だから、直接その場にいたわけじゃないから詳しいことは分からないんだけど、数日前にパスパレの人達が集められて、持ち曲をすべて弾けるように練習するように言われたらしいの』

 

 

「ぜ、全部……!? こりゃまた急だなおい……」

 

 

「だけど今後パスパレが生き残っていくためには、まずは信頼を回復させる必要がある。そのためには……やっぱり練習するしかないんじゃないかな?」

 

 

 

 花蓮の言う通りだった。もし次があるとしても、口パクで行くのは論外だ。

 

 信頼とは行動によって勝ち取るものだ。練習を重ね、実際にお客さんの前で演奏することができれば……もう一度スタートできるかもしれない。

 

 

 

「それで真優貴、お願いっていうのは?」

 

 

『うん。皆へのお願いっていうのがね……練習動画を見て、パスパレの人達にアドバイスを送ってほしいの』

 

 

「アドバイス……? でも真優貴、これ守秘義務に引っかかるんちゃうんか?」

 

 

『それについては大丈夫。私がパスパレの部署から許可貰ってるから』

 

 

「……いつになくガチだな」

 

 

 

 どうやら今回は真優貴から動いてくれているみたいだ。相変わらず凄い行動力だ。

 

 

 

「ねえ真優貴、別にあたし達はアドバイスするのは良いけど、なんであたし達なの? こういうのってレッスンの先生がついてるんじゃないの?」

 

 

『それなんやけど……レッスンの先生は毎日来られるわけじゃないらしいんよ。でも楽器の練習はほぼ毎日する必要があるし、誰かに見てもらわなキツイやろ? 皆は腕前が良いから、1回見てもらうのもありなんじゃないかーってことで言うたら、スタッフの人らもOKしてくれたねん』

 

 

「スタッフの人らも必死だな。……真優貴はパスパレの人達を助けたいってこと?」

 

 

『うん……何とかして助けたい。皆を利用する形になっちゃうけど……お願い! 1回だけでいいから、動画見てアドバイス送ってくれへんかな……?』

 

 

 

 画面から聞こえる、真優貴の依頼。顔は見えないものの、画面の向こうでは、真剣な表情をした真優貴がいることが良く分かる。

 

 俺達はお互いに目を合わせて……頷いた。

 

 

 

「分かった。その依頼、引き受けるよ」

 

『ほんと!?』

 

 

「ああ。俺達にできることがあるんだったら、断る理由はないしな」

 

 

「なーんか色々複雑だけど、あたし達も真優貴と一緒で、彩さん達を助けたいし!」

 

 

「ほんの少しでもパスパレの人達の助けになるのなら、絶対にするべきだと思う。でしょ、貴嗣君?」

 

 

「ああ。俺達なりにアドバイス、やってみるよ」

 

 

『うんっ! ありがとう、皆!』

 

 

 

 その後はいくつか打ち合わせをして、真優貴との通話は終わった。俺はスマホを操作して、さっき真優貴から送られた、パスパレの練習動画を開く。

 

 画面の下のシークバーの右端には、約4分の動画時間、画面の上には「しゅわりん☆どり~みん」の文字が。

 

 全員が見られるようにスマホを撮影用のスタンドにセットしてから、俺は皆の方を向いた。

 

 

「――よし、いっちょやるか」

「おう!」「「うん!」」

 

 

 ライブの練習は一時中断。俺達はスタジオの使用時間の許す限り、何度も何度も動画を見直し、意見を出し合い、全員でアドバイスを考え出していった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そして2日後。俺達はいつものように4人で、放課後に制服のまま寄り道をしていた。

 

 

「――はい、ちょうどいただきました! 今日も買いに来てくれてありがとね!」

「おう。いつもありがとな、沙綾」

「うん! ふふっ、今日もたまご蒸しパンだね」

「ああ。大好物だからな。……それじゃあ皆待たせてるから、行くわ。お手伝い頑張ってな」

「ありがと! ……あっ、ねえ貴嗣? 今日もし夜時間あったらさ、久しぶりに電話しない?」

「ああ、いいよ。また電話できそうになったら連絡するわ」

「やった! ありがとね!」

 

 

 そんな会話を沙綾と交わした後、俺はやまぶきベーカリーの外に出た。

 

 

「皆またせた~」

「おーっす。もうイチャイチャしなくていいのか~?」

「あたし達はこっからジーって見とくから、まだ沙綾と話してていいよ~ん♪」

「そんなんじゃないって……ほら、ゲーセン行こうぜ」

「そうだね。じゃあ行こっか」

 

 

 大河と穂乃花にいじられながら、また4人で歩き始める。ジリジリと太陽に熱せられながら、俺達はさっき買ったパンを食べながら歩く。

 

 

「あんな仲良しで付き合ってないのが不思議だね~」

「おいおい、またその話か? これで何回目だよ……」

「実際のところどうなの? 沙綾ちゃんのことどう思ってるのか、私は気になるな」

「……嬉しそうだな」

「うん。だって恋バナだもん♪」

 

 

 隣を歩いている花蓮はとても楽しそうだ。恋バナ……なのかはちょっと微妙だが、お淑やかな雰囲気を纏っている花蓮もやはりJK、こういった類の話には興味津々だ。

 

 

「……大事な友達かな。文化祭の時からすっごい仲良くしてくれてるし」

「あの距離感で友達なのか……」

「むっ……なんだよ大河」

「いやぁ~べつにぃ~?」

 

 

 大河はニヤニヤしながら俺を見ている。

 

 

「俺は2人ともお似合いだと思うけどな~」

「大河まで……急にどうした?」

「別にどうもしてないさ。2人とも『相手を気遣えるタイプ』だろ? そりゃあお互い遠慮しあって逆効果……ってのもあり得るけど、貴嗣は人のこと引っ張っていける所もあるし、相性は良いと思うってだけだよ」

「大河の言う通りだよ。ってか早く付き合って、花咲川1年生最初のカップル目指しなって!」

「だからそんなのじゃないって……」

 

 

 穂乃花の発言に少しばかり呆れながらも、“カップル”の言葉に無意識に反応してしまった。

 

 もし俺が沙綾と付き合うことになったら……どうなるんだろうか? 沙綾って優しいし、面倒見良いし、それに可愛いし……あれ? そんな子が俺と仲良くしてくれてるって……めっちゃ幸運なことなのでは?

 

 ってか俺、沙綾と(わざとじゃないけど)添い寝しちまったんだよな……えっ、それってよくよく考えたら凄いことしてしまったのでは……。

 

 

 

 

 

『ね、ねえ貴嗣……このまま……寝ちゃう……?///』

 

『……このままでいたい……だめ、かな……?』

 

 

 

 

「……///」

「貴嗣君、顔真っ赤ー♪」

「なっ、花蓮……!」

「ホントだー! 何々~? 沙綾のこと考えちゃった~?」

「別にそんなのじゃないって……」

「そんな顔赤くしても説得力ねぇぞー」

「う、うっせえな……」

「ほんと貴嗣君は顔に出るね~♪」

「……もう勝手にしてくれ……///」

「「「あははっ!」」」

 

 

 3人に良いように弄られてしまった。

 

 だがこうやって弄られるのは嫌ではないし、むしろ嬉しいと感じた。別にドMということではなく、こういう何気ない会話が出来る友達が傍にいてくれることは、とても幸運なことだからだ。

 

 

 

 

 

prrr!  prrr!

 

 

 

 

 

「……ん? 電話……真優貴からだ」

「真優貴ちゃん? この前のアドバイスの件かな?」

「それかホープのご飯買ってきてーっていうおつかいの依頼かだな。すまん、ちょっと電話出るわ」

 

 

 俺は皆に断りを入れてから、真優貴からの電話に答えた。恐らくこの前送ったアドバイスの件だろうなと思って電話に出た。

 

 

「もしもしー真優貴? どないしたー?」

「もしもしお兄ちゃん? 今大丈夫?」

「大丈夫やけど……どうした真優貴? 声に元気ないぞ?」

「……あのねお兄ちゃん……1つお願い聞いてもらってもいい?」

「なんやそんな急に畏まって……遠慮なんかせんと言うてみ」

「……うん……この間のアドバイスの件なんやけど――」

 

 

 いつもより覇気のない真優貴に違和感を覚えながらも、俺は話を聞くことにした。

 

 だがその内容は……俺の想像を軽く超えるものだった。

 

 

 

 

「――分かった。今から向かうわ」

「うん……ありがとうお兄ちゃん。それと……」

「どうした?」

「……ごめんね」

「……謝んなって。俺は気にせーへんから。ほら、切るで」

「分かった……じゃあ着いたらLIN〇入れて。それじゃあまた後でね」

「おう」

 

 

 3分程話した後、俺は通話を切った。

 

 

「……」

「どうした貴嗣? 真優貴ちゃんから何か連絡あったんだろ? あれか、また動画送るからアドバイス送ってねー的なやつか?」

「……いや、違う」

「……貴嗣君?」

 

 

 大きく深呼吸した後、俺は皆の方を向いた。

 

 

「……この前のアドバイスの件だよね?」

「ああ。……すまん皆、俺今日はゲーセン行けないわ」

「えっ? な、なんだよ急に……真優貴ちゃんに呼ばれたのか?」

「……真優貴に呼ばれたんじゃない」

 

 

 大河の問いに答えてから、俺は電話の内容を皆に伝えた。

 

 

「芸能事務所だ」

 

「「「……えっ?」」」

 

「Pastel*Palettesが所属している芸能事務所に、Silver Liningが呼ばれた」

 

「「「げ、芸能事務所……!?」」」

 

「この前のアドバイスの件について、スタッフさんが話をしたいそうだ。リーダーの俺が1人だけ行っても良いし、全員で行っても良いらしいが……どうする?」

 

 

 俺がそう問いかけるが、皆は困惑したままだった。

 

 無理もないだろう。芸能事務所に呼ばれるなんて、普通の生活をしていたらあり得ないことだ。

 

 

「……いきなりこんなこと聞いても難しいよな。やっぱり俺が1人で行ってくるわ」

「……待ってくれ貴嗣。俺も行く」

「大河?」

 

 

 歩き出そうとした俺を、大河が引き留めた。

 

 

「話を聞きに行くだけだぞ? 俺1人だけ行って、後で情報を共有すればいいし。皆も放課後の時間急に潰されるのも嫌だろ?」

「別にゲーセンなんていつでも行けるし。あんな大きな芸能事務所に呼ばれたってことは、大事な話なんだろ? 俺も行くよ」

「あたしも行く。別に貴嗣だけ行っても良いんだろうけど、なんだかあたし達も行った方が良い気がする」

「私も2人と同意見かな。一緒に行こう、貴嗣君」

「……分かった。ありがとな、皆」

 

 

 皆に感謝の気持ちを伝える。

 

 芸能事務所に向かうために、俺達4人は駅へと歩き始めた。

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 33話、34話の突然の削除及び書き直し、失礼いたしました。前書きにも書いた通り、以前から物凄くしっかりこの小説を読んでくださっている方々から、元々の物語の描写に関して様々なご意見を頂きました。本当にありがたいご指摘を受けて、自分でもどうするべきか考えた結果、もう一度書き直しをするべきだと考え、勝手ながら再投稿をさせていただきました。

 自身の原作に対する理解の浅さを痛感すると共に、より良い作品を描いていきたい、より自身の描写力を高めたいと思う気持ちが一層強くなりました。感想やメッセージ等でご意見をくださった皆様、本当にありがとうございました。まだまだ浅学非才の身ですので、皆様ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします。

 次回(書き直した34話)は早くて明日中、最悪でも来週の土曜日までには投稿いたします。それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 芸能界という世界

 
 皆様大変お待たせ致しました。書き直しをした34話を投稿させていただきます。

 修正を加えた結果、一部の展開が大きく変更、字数が約9600字と膨大な量となってしまいました。なので読みづらいかもしれません……。

 それではよろしくお願いいたします。


 

 

 

 

 商店街から歩いて10分程で、駅の近くにある大きな芸能事務所が見えてきた。ここが俺の妹である真優貴やPastel*Palettesが所属している、総合芸能事務所だ。

 

 その大きな建物の前に着いてから、真優貴にL〇NEで「今着いたで~」と連絡する。すると1分もしない内に、手に入社許可書を持って真優貴が来てくれた。

 

 

「皆急に呼び出したりしてごめんね……!」

「良いってことよ。今日はゲーセンで遊ぶだけだったし、大丈夫だよ。んで、その許可書を首から掛けとけばいいのか?」

「うん。面倒だろうけど、一応規則だからお願いするね」

 

 

 真優貴から許可書を受け取った後、5人でビルに入る。ロビーで受付を済ませた後、すぐ奥にあるエレベーターへと向かった。綺麗なエレベーターの扉は、ここが巨大な施設であることを示しているみたいだった。

 

 

「いっつも思ってたけど、このビルほんとデカいよな。確か色んな施設が中にあるんだよな?」

 

 

 エレベーターを待っていると、大河が話し始めた。

 

 

「うん。アイドルの部署だけじゃなくて、私みたいな俳優、女優の部署もあるし、抱えている人数も多いからね。あとはそうだな……大河君が興味ありそうなのだったら、3階にジムがあるよ」

「ジム!? すっげぇ……これが大手ってやつか……。ちなみに今から行く芸能事務所って何階なんだ?」

「それは――」

「16階だ」

 

 

 真優貴が答える前に、自然と口が動いていた。

 

 

「……えっ?」

「芸能事務所は16階だ」

 

 

 大河達は目を丸くして驚いている。

 

 当たり前だろう。一般人である俺が、こんなことを知っているなんて普通なら考えられないからだ。

 

 

「どうした大河? そんなに目を丸くして」

「い、いや……どうして事務所の階……知ってたんだ?」

「ああ……」

 

 

 俺は目の前のエレベーターの扉を見つめながら、呟くように答えた。

 

 

「……ここに来るのは初めてじゃないからな」

「「「……えっ?」」」

 

 

 自分でも声が低くなっているのが分かる。多分皆も、俺の様子が少し違うと感じているはずだ。

 

 

 近いうちに……皆にも話さなきゃいけないかもしれないな。

 

 

「(お兄ちゃん……)」

「――来たな」

 

 

 チンという音と共に、大きなエレベーターが1階に来た。

 

 

「さあ、皆行こう」

「あ、ああ……」

 

 

 少し低い声で皆にそう言ってから、俺達はエレベーターに乗った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 エレベーターで16階まで行き、俺達はPastel*Palettesが所属する事務所に来た。芸能事務所らしく、廊下では慌ただしく人が行き来している。

 

 真優貴が受付の人と話をした後、俺達は会議室のような部屋に誘導された。しばらくしてから、色んな資料を持ったスタッフさんが部屋に入って来た。

 

 

「皆様初めまして。本日はご来社、誠にありがとうございます」

「こちらこそお招きいただき、ありがとうございます。それで、お話というのは?」

「はい。先日Pastel*Palettesの演奏に対するアドバイスの件なのですが――」

 

 

 リーダーである俺が主体となって、スタッフさんと話を進める。この人も疲れが溜まっているのだろう、よく見ると、目の下にクマが出来ている。

 

 

「――皆様のご意見をコーチの方に見ていただいたところ、非常に驚いておられました。『着眼点が鋭く、的確。アドバイスや練習法も事細かに説明されていて、あの子達が出来るだけ練習しやすいような工夫と気遣いが感じられる』と」

「ありがとうございます。第一線で活躍されている講師の方からそのようなお言葉を頂けるとは、身に余る光栄に存じます」

 

 

 話の内容というのは、この前皆で送ったアドバイスがとても良かったというものだった。

 

 俺達は送られた動画を何度も見直して、4人で色んな意見を出し合った。改善点だけでなくそのための練習法などもかなりビッシリと書いたものを送ったのだが、スタッフさんやコーチの方はその全部に目を通していたみたいだった。

 

 

 そして前置きでここまで俺達のことを褒めてくれるということは――

 

 

「――ということで、皆様にはレッスンコーチの方が来られない日に、臨時コーチとしてPastel*Palettesの練習を見ていただきたいのです」

 

 

 ――こういう流れに持って来るためだよな。

 

 

「「「……えっ!?」」」

 

 

 スタッフさんの発言に穂乃花と大河、そして花蓮は思わず驚きの声を上げた。

 

 

「もちろん、それ相応の報酬を用意させていただきます。練習施設や機材も、全てこちらで用意させていただきます。……どうでしょうか?」

「い、いやいや待ってくださいよ……! あの、俺達ただのアマチュアバンドっすよ……? ライブっていっても春の文化祭で1回演奏しただけだし、結成して2、3カ月しか経っていない高校生の遊びのバンドにコーチって……絶対他の人に頼んだ方が良くないっすか?」

 

 

 隣に座っていた大河が、スタッフさんにそう話す。

 

 大河の言う通りだ。プロで活躍しているとかならまだしも、俺達はそんな偉いものじゃない、数あるアマチュア高校生バンドの1つでしかない。活動と言ったって、花咲川の文化祭で1回、しかもたった2曲演奏しただけだ。

 

 

「自分も同意見です。別に臨時コーチがやりたくない訳ではないですが、それなら自分達みたいなアマチュアバンドではなく、経験と実績のある他のコーチの方を呼んだ方が良いはずです」

「……ええ。仰る通りです。ですが……」

「……何か理由があるんですね」

「……はい」

 

 

 俺の問いかけに、スタッフさんは苦い表情を見せた。

 

 

「お2人が仰った通り、最初は他のコーチの方に依頼をしました。数名の方にご連絡をしたのですが……全て断られてしまったのです」

「ぜ、全部ですか……? スケジュールが合わなかったからですか?」

「……違うんです。原因は……私達なんです」

「私達……?」

 

 

 スタッフさんは花蓮の質問に答えた後、さらに顔を歪ませた。そして暫しの沈黙の後、スタッフさんは「ハア……」と1つため息をついてから口を開いた。

 

 

「そもそもPastel*Palettesの皆さんに口パク及びアテフリを指示したのは……私達スタッフなんです」

「「「!?」」」

 

 

 スタッフさんの口から出てきた、今回の騒動の真実。ある程度予想はしていたものの……やはりあれは裏方からの指示だったようだ。

 

 

「今回の炎上事件で……私達は自身の無能さを、この芸能界でさらけ出すことになりました。予想できたはずのミスを犯したことで、自身が抱えているアイドルの名前に泥を塗った……」

 

 

 スタッフさんは俯きながらそう話す。その姿は、どこか自分達がした行いを悔いているようにも見えた。

 

 

「……今私達の事務所の信頼は地に落ちています。そんな私達に、手を貸してくれる人はいないのです……」

「仮に事務所からの依頼を受けてコーチをやろうものなら……自分にも火の粉が降りかかる。だからコーチの依頼をしても、断られたのですね」

「……その通りです」

 

 

 ネット上では、パスパレのメンバーについての誹謗中傷が多く書かれている。だがその裏側である芸能界では違う。芸能関係者は、今回の指示は事務所側の意向だと分かっているはずだ。

 

 別にこれで成功していたのなら問題はない(指示には問題大アリだが)のだが、現実は違う。思いっきり口パクアテフリがバレてしまった。

 

 言い方は悪いが……そんな“無能”とは組みたくないというのが、本音としてはあるのだろう。自分もその無能さのせいで不利益を被るかもしれないし、「あんな無能事務所に協力するなんて、お前も同じレベルなのか」という、ある種の風評被害を受ける可能性だってある。

 

 信頼がゼロになってしまった者に対して、「可哀想だから手を貸してあげよう」と言って助けようとしてくれるお人好しは……この厳しい芸能界では極めて希少な存在だ。

 

 

「だけどアマチュアバンドなら、そんな心配は必要ない。例え芸能関係者から悪い印象を持たれても、自分達は一般人――住んでいる世界が違うから、そんなものは関係ない」

「ね、ねえ貴嗣……それってつまり……なんか良いように利用されてるってことなんじゃ……?」

「そうとも捉えられるな。それにさっきからどうも疑問なのが、アマチュアバンドに依頼するとしても、どうして俺達なんですか? 1回ライブしただけですよ?」

「それには理由があります。皆様は今SNS上で多くの注目を集めている。主にインス〇グラムで、多くの練習風景や演奏動画を投稿していますよね? それらの動画で皆様の演奏技術を見て……一般の方々のみならず、音楽業界の関係者も注目しているのです」

「えっ!? マジっすか!?」

「はい。そして今パスパレの練習を見ていただいているコーチの方……この方は元々この事務所専属のベテランの方なのですが……その方があなた達の動画を見て、その演奏技術に非常に高い評価をしておられるのです。――『このバンドはすごい。この子達にならコーチを任せても良い』と」

「……なるほど」

 

 

 つまり『大なり小なり音楽業界から注目されている』+『ベテランコーチの方が推薦した』=『相応の実力がある』という理由で、こうやって俺達に依頼しているということか。

 

 

「そう言っていただけるとありがたいです。ですがそれでも、高校生のアマチュアバンドにコーチを依頼するのは、あまりにもリスキーとは思いますが……」

「……今回の騒動は全て私達が原因です。私達があのような指示をしなければ、このような事態にはなりませんでした……」

 

 

 スタッフさんの懺悔を、俺達は黙って聞く。

 

 

「元々あのライブが成功していれば……アテフリを続ける方針でいました」

「えっ……それって……ずっと見てくれるお客さんを騙し続けるつもりだったってことですか……?」

「……ちょっとそれは流石にひどくないっすか? お客さんを裏切ってるのと同じだし、それに今まで努力してきた彩さんを――」

「2人とも」

「「っ!?」」

 

 

 ヒートアップしそうだった穂乃花と大河に、少し大きめの声を掛ける。

 

 

「2人の言いたいことは分かる。でもここは芸能界――俺達の住んでいる世界とは違う、物凄く厳しい世界なんだ」

「お、おいおい貴嗣……それって、貴嗣はアテフリの案に賛成だってことか……?」

「そういう訳じゃない。見てくれている人を騙し続けるなんて言語道断、仮に上手く行っても、人を騙し続けたらどこかでボロが出る。だから俺はこの案に賛同はしていないし、寧ろ反対だ。でもな……この芸能界ってのは甘い世界じゃないんだ。それは分かるだろ?」

「「……」」

 

 

 俺がそう言うと、2人は黙ってしまった。差し詰め俺の言っていることは理解できるけど、賛成できないというところだろうか。

 

 

「元々演奏をしない方針で行くと伝えておいて、炎上したから今度は練習をするように指示をする……理不尽な指示だとは分かっています。ですがこれも私達なりに、パスパレの皆さんのことを考えての指示だということは、伝えておきたいのです。現状ではこうすることでしか……パスパレの皆さんを守れないのです……」

 

 

 スタッフさんの言葉からは、強い苦しみが伝わって来た。

 

 確かにスタッフさん達が元から「実際に演奏しましょう」と指示しておけば、こんなことにはならなかったかもしれない。パスパレの皆さんの名前に泥が塗られることはなかっただろうし……彩さんの初舞台は、素晴らしいものになっていたはずだ。

 

 でもそれは「たられば」の話、IFの話だ。大きな失敗をしてしまい、ファンからの信頼を失ってしまった今、するべきことは、今できることに最善を尽くすことだ。

 

 それをスタッフさん達も理解しているんだろう。確かに間違いを犯したが、スタッフさん達はそれを受け入れているようにも感じる。

 

 

「都合の良いことを言っているのは承知の上です……ですが私達はもう1度、何とかPastel*Palettesをステージに立たせたい……だからお願いです……! 臨時コーチの件、引き受けてもらえないでしょうか……?」

 

 

 

 別にスタッフさん達を擁護する訳ではないが……この言葉を聞いた時、俺はスタッフさんのパスパレを守りたいという気持ちが嘘偽りないものだと感じた。

 

 自分達がどれだけの助けになれるのか分からない。もしかしたら全く助けになれないかもしれない。

 

 でも自分達が出来ることで、Pastel*Palettesの再出発の手助けがほんの少しでも出来るのなら……俺はしなければいけないと思った。

 

 

「……」

 

 

 皆の顔を見る。当たり前ではあるが、この依頼を引き受けるかどうか、悩んでいる様子だった。一旦4人で考える時間が必要だ。

 

 

「――スタッフさんの想いは伝わりました。臨時コーチの件なのですが、メンバー同士で話し合う時間が欲しいので、後日ご連絡させていただくということでもよろしいでしょうか?」

「はい。それでは、こちらの携帯番号にご連絡を――」

 

 

 こうして連絡先やその他の説明を受けてから、俺達は部屋を後にした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 部屋を出た俺達を、真優貴が出迎えてくれた。これから雑誌の撮影の仕事ということで、丁度事務所を出るタイミングが重なったみたいだった。

 

 一緒にエレベーターで1階まで下りて、ロビーで俺達は真優貴と別れることに。

 

 

「皆お疲れ様。来てくれて本当にありがとうね。……お兄ちゃんも……ありがと」

「気にすんな。真優貴の頼みは断れへんからな」

「そ、そういう意味じゃなくて……その……」

「はいはい。言いたいことは分かってるから、そんな心配そうな顔せんとき。これから雑誌の撮影やろ? そんな顔やったらスタッフの人達困らせちゃうぞ? ……ほれ、ムニュムニュ~」

「ちょ、ちょっとくすぐったいってお兄ちゃ~ん!」

 

 

 両手で真優貴の頬をムニュムニュとマッサージすると、真優貴はくすぐったそうに笑った。

 

 

「ははっ! ほーら、その笑顔でお仕事頑張っておいで。また炒飯作っといてあげるから」

「……わかった。ありがと、お兄ちゃん。……じゃあ、ハイタッチ」

「おう。ハイタッチ」

 

 

 俺達は軽くハイタッチをする。真優貴がデビューしたころから続けている、「頑張ってね」と「頑張って来るね」のおまじないだ。

 

 そうしていると、外から真優貴のマネージャーさんが迎えに来てくれた。これから真優貴は車に乗せてもらって、撮影場所に向かう。

 

 

「真優貴ー! お仕事頑張ってね!」

「うん! ありがと穂乃花ちゃん! じゃあまた学校でね!」

 

 

 元気よく答えた真優貴を見送ってから、俺達も事務所を出た。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 芸能事務所を訪れてから数日後の放課後。俺達は涼しい私服に着替えた後、4人で駅から歩いていた。

 

 結論から言うと、俺達は臨時コーチの依頼を引き受けた。話し合いの時間が欲しいとは言ったものの、実のところ、あの時既に皆の心は決まっていた。Pastel*Palettesの人達のために何かできることがあるのなら、やらない選択肢なんて俺達には無かった。

 

 

 事務所に到着しロビーで受付をした後、エレベーターで16階に向かう。

 

 

「今日が顔合わせかー。芸能人と顔合わせって、なんか緊張するな」

「イヴちゃんは毎日学校で会ってるからあれだけど、他の人は会ったことないもんね」

「彩さんもファストフード店で何回か会ったことあるから、そんなに緊張しなくていいかも」

 

 

 皆の雑談をBGM代わりにしていると、すぐに16階についた。

 

 事務所の人に挨拶をしてから、レッスンルームへと向かう。もうすでにパスパレの人達は部屋に入っているそうだ。

 

 廊下を進み、ついにレッスンルームの前まで来た。この中にPastel*Palettesの皆さんが……あの日以来全く会っていない彩さんがいる。

 

 

「……貴嗣君」

「ん?」

「……手、ちょっと震えてるよ」

 

 

 花蓮に言われたことで、ドアのノックしようとしている自分の腕が少しだけ震えていることに気づいた。

 

 

 ああ……どうやらこの部屋には……まだ苦手意識があるらしい。

 

 

「……大丈夫?」

「……ああ。全然大丈夫だ」

 

 

 皆に心配をかけてはいけない。俺は笑顔を作って花蓮に応える。お前なら大丈夫だって、自分に言い聞かせる。

 

 

「――よし。じゃあ行くか」

「「「おう!(うん!)」」」

 

 

 コンコンとドアをノックすると、「はーい!」という元気な声が聞こえ、ドアが開かれた。

 

 

「……えっ?」

「お久しぶりです、彩さん」

「……貴嗣……君……?」

 

 

 ドアを開けてくれたのは、ピンクの髪をツインテールにして、動きやすそうな服装に着替えている彩さんだった。

 

 

「……えっ……ど、どうして……?」

「Silver Lining、Pastel*Palettesの臨時コーチとして芸能事務所に馳せ参じました」

「り、臨時コーチ……?」

「あれ? 聞いてないですか?」

「あーっ!」

 

 

 彩さんが困惑していると、奥から見覚えのある子がダッシュでこちらに来た。妖精のように美しい銀髪とスカイブルーの瞳が綺麗な、同じクラスのモデルさんの若宮 イヴちゃんだった。

 

 

「皆さん! 来てくれたんですね!」

「こんにちは、イヴちゃん。助太刀に来たよ」

「ありがとございます! タカツグさん達がいれば百人力ですっ!」

「「「(な、なんて美しい笑顔なのだ……!!)」」」

 

 

 純粋極まりない笑顔を見せてくれるイヴちゃん。そんな彼女の笑顔に、俺達4人の心は浄化されそうになった。

 

 ちなみに今ドアから覗いている彩さんの顔の上に、イヴちゃんの頭が乗っかっている形である。団子2姉妹の出来上がりだ。

 

 

「ねえねえ! もしかしたら、あなた達があたし達の臨時コーチ?」

「そうですよヒナさん! Silver Liningの皆さんです! すっごく演奏が上手な人達なんです!」

「へえー! 確かに皆からこう……ビビビッ! って来るよ~! あたしは氷川日菜! よろしくねー!」

 

 

 ……ん? 氷川(・・)

 

 

「(この顔立ち……氷川紗夜さんのご家族……?)」

「んー? どうかしたー?」

「いいえ、何でもないです。これからよろしくお願いします、氷川さん」

「日菜でいいよー! あたしも皆の事名前で呼ぶし!」

「わかりました。……ではよろしくお願いしますね、日菜さん」

 

 

 見た目が氷川紗夜さんと瓜二つ……ということは、俺と真優貴と同じく双子か。双子にしては性格が全然違うように見えるが……気にし過ぎか。

 

 

「ふ~ん……」

「ん? どうかしましたか?」

「……なんだか君、すっごく良い感じ! るんっ♪ って来た!」

「……るん?」

 

 

 イヴちゃんの頭の上に顎を載せ、キラキラとした目で俺を見て来る日菜さん。

 

 るんっ♪ とは……心の琴線に触れるという感覚だろうか? さっきのビビビッ! といい、日菜さんは感覚的に物事を捉える人なのかもしれない。

 

 ところで今俺の目の前には、彩さん、イヴちゃん、そして日菜さんの頭が3つ団子のように積み重なっている。まさしく団子3姉妹。

 

 

「あ、あのー……」

「マヤさん? どうかしました?」

「お話が楽しいのは分かるんですけど、まずは皆さん部屋に入りませんか? ドアの前で話は迷惑になりますし、それに……彩さんの首が心配です……」

「「……あっ!」」

 

 

 部屋の奥の方にいる、眼鏡をかけた人がそう言った。その言葉通り、彩さんは今3姉妹の一番下の位置、つまり2人分の頭の重さを支えていることになる。

 

 

「……ま、麻弥ちゃんの言う通り……そ、そろそろ首が限界……かな……」

 

 

 ちなみに頭の重さは体重の約10%らしい。仮に2人の体重を40kgとしたら頭は約4kg。つまり彩さんは首一本で約8kgを支えているということになる……。

 

 

「アハハ! 彩ちゃんすっごいプルプルしてるー! おもしろーい!」

「何も言わずにただ私達を支えてくれていた……つまりアヤさんは『縁の下の力持ち』ですね!」

「……早くどいてあげたほうがいいんじゃないですか……?」

 

 

 生まれたての小鹿のように震えている彩さんを見て、俺はそう言うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 沢山の撮影用カメラが並んでいる、ファッション雑誌の撮影スタジオ。スタッフさん達が用意してくれた衣服を着て、大きな白いスクリーンの前に立ってポーズを取るという作業は、私にとってはもう慣れた仕事。

 

 撮影が始まってから約1時間。近々発売される雑誌の表紙になる写真撮影がついさっき終わり、今私は温かい紅茶を飲みながら休憩をしていた。スタッフさん達がスタジオを出入りしている光景から、正面に座っている私の後輩――栗色の髪が綺麗な少女に視線を移した。

 

 

「……真優貴ちゃん?」

「……へっ? ち、千聖さん?」

「なんだか最近疲れてそうだけれど、大丈夫?」

「は、はいっ、もちろんです! ……他の人から心配されるようじゃ、私もまだまだですね~なんて」

 

 

 真優貴ちゃんはどこか疲れた様子でそう言った。

 

 この子とは今まで、ドラマ、モデル、舞台……数えきれないほどの仕事を一緒にこなしてきた。

 

 私達はお互いのことを良く知っている。だからこの子が何か隠していることはすぐに分かった。

 

 

「真優貴ちゃん? 私はあなたとずっと一緒にお仕事をしてきたのよ? 向上心があるのは素晴らしいことだけど、そうやって隠してもダメよ?」

「あ、あははー……スミマセン……」

「私でよければ、話くらいなら聞くわ」

「……」

 

 

 申し訳なさそうにしながらも、真優貴ちゃんは観念して話を始めた。

 

 

「……今日からPastel*Palettesの臨時コーチとして来ているSilver Liningっていうバンドを、千聖さんは知ってますか?」

「ええ、もちろん。SNSで今注目を集めている凄腕バンド。聞いた話によると、音楽業界の人達も彼らに関心を寄せているみたいね。……あっ、もしかしたら……真優貴ちゃんのお兄さん?」

「……はい」

 

 

 この子が大のお兄ちゃんっ子なのは昔から。事あるごとにお兄さんの話を聞かされてきた。

 

 けれどそれが嫌というわけではなく、真優貴ちゃんが楽しそうにお兄さんについて話してくれる姿は、見ていてとても微笑ましかった。

 

 

「……その……私がお兄ちゃんを呼んでおいてこんなことを言うのは厚かましいんですけど……お兄ちゃんに臨時コーチを依頼したの、間違いだったのかもって思って……」

「……どういうこと?」

 

 

 両手に持ったカップに入っている温かいお茶を見つめながら、真優貴ちゃんは落ち込んだ表情を見せる。

 

 

「お兄ちゃん……多分無理して私達の事務所に来てるんです。あの場所はお兄ちゃんにとって……良い思い出のある場所じゃないから……」

「……何か嫌な思い出があるってこと?」

 

 

 私の問いかけに、真優貴ちゃんはコクリと頷いた。その内容について聞こうと思ったけれど……悲しそうにしている真優貴ちゃんを見て、今は聞くべきではないと感じた。

 

 

「お兄ちゃんは……優しすぎるんです。今日も我慢して、彩さん達のお手伝いをしているんだと思います……」

「……」

「……あ、あははー! ご、ごめんなさい千聖さん。ちょっと湿っぽい話しちゃいました」

「大丈夫よ。……お兄さんは、いい人なのね」

「……! はい! ちょっといい人すぎて心配になりますけどね~なんて!」

 

 

 空元気に振舞う真優貴ちゃん。相変わらず凄い演技力だ。

 

 

「千聖さん、1つお願いしてもいいですか?」

「ええ。構わないわ。どんなお願い?」

「もし機会があれば、お兄ちゃんと話してみて欲しいんです。お兄ちゃん、人と話すのが凄く好きなので。千聖さんと話して、少しでも楽しい気持ちになってくれたらいいなーって思うんです」

「分かったわ。真優貴ちゃんのお願いだもの。断る理由はないわ」

「わあ~……! ありがとうございます、千聖さん!」

 

 

 私がそう言うと、真優貴ちゃんはやっと笑顔を見せてくれた。

 

 

「お兄ちゃん、すっごい話上手だから、千聖さんも楽しめると思いますよ~?」

「あらあら。じゃあ期待しておこうかしら?」

「はい! もう期待しまくっちゃってください!♪」

 

 

 真優貴ちゃんの笑顔につられて私も一緒に笑う。

 

 

 今のは冗談のような返しだったが、実のところ真優貴ちゃんのお兄さん――山城貴嗣君には興味が湧いていた。

 

 

 うちの事務所に嫌な思い出があるというのも気になる。しかしそれ以上に、そんなに辛い思いをしているのなら、どうしてそこまでしてPastel*Palettesに手を貸そうとしてくれているのか?

 

 

 話を聞いている限りだと、彼はある種聖人じみた人のようだ。けれどそんな人は、それこそドラマや映画の中の存在――現実の世界ではそんな“良い人”なんてそうそういないし、仮にいたとしても……その優しさには裏があるかもしれない。

 

 

 それに何より、彼がPastel*Palettesに関わってくるということは、私のキャリアにも関係してくるということ。大なり小なり私の名前に影響を与えることになる彼について詳しく知っておくことは、必須事項だ。

 

 

「(彼が一体どういう目的でPastel*Palettesに手を貸すのか……確かめる必要があるわね)」

 

 

 山城貴嗣君……今度話してみましょうか。

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 如何でしたでしょうか? 編集の際、あーでもないこーでもないと試行錯誤を重ねて修正を加えていったので、投稿に時間がかかってしまいました。今回の展開でのご意見やご質問等があれば、感想やメッセージ等でご連絡いただけると幸いです。

 パスパレのメインストーリーに関しましては、現時点で全話構想は出来ているので、あとは書いていくだけです。次回は頑張って今週中に更新するので、よろしくお願いいたします。

【お知らせ】
 今更なのですが、感想受付設定を「非ログイン状態でも可」に変更しました。需要があるか分かりませんが、ログインしていなくても感想が書けるようになったので、気軽にご意見やご指摘をしていただけると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 A Realist and An Idealist


 新しくお気に入り登録をしてくださった皆様、本当にありがとうございます。

 大変お待たせいたしました。更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。今回の内容が個人的にはすごく難しかったので、編集にかなりの時間を費やしてしまいました。

 題名は「現実主義者と理想主義者」という意味の英題をとらせていただきました。リアリストとアイディアリストということで、ある2人の対話がメインの回でございます。

 それではどうぞ!


 

 

 

 Pastel*Palettesとの顔合わせから数日経った。

 

 テレビやYout〇be等で誰もが1度は見たことがあるであろう、芸能事務所のレッスン部屋。自分の姿を見るための大きなガラスの壁が設置されているこの部屋に、俺達は今日もパスパレの臨時コーチとして来ていた。

 

 

「それでは今日もよろしくお願いします」

「「「お願いします!」」」

 

 

 彩さん達は元気よく俺の挨拶に答えてくれる。担当楽器が同じ者同士でペアを組み、今日も練習が始まった。

 

 

「カレンさん! 今日もよろしくお願いします!」

「うん。じゃあこの前の続き……に入る前に、まずはいつも通り私と一緒に、フレーズ練習で運指のトレーニングをしようか」

「分かりました! 何事も日進月歩! 積み重ねが大切ですね!」

 

 

 キーボード担当の若宮イヴちゃん。俺達A組のクラスメイト。花蓮の指導もあって、少しずつではあるが確実にキーボードの演奏技術は上達してきていた。その純粋無垢な性格と無邪気な笑顔に、俺達はいつも癒されている。

 

 日本の文化が大好きらしく、頻繁に「ブシドー!」と叫ぶ。気分が高まると自然とブシドーするらしい(本人談。ブシドーするとは……?)。

 

 その影響でよく四字熟語やことわざを用いる……が、使い方がイマイチ合っていないこともある(今の日進月歩は合っているが)。だがそこもまた微笑ましい。

 

 

 

 

 

「麻弥さんってスタジオミュージシャンなんですねー! だからこんなに演奏がお上手ということですか……」

「い、いやいや! そんなことないですよ! ジブンから見たら、穂乃花さんのプレイングからは学ぶことしかないです」

「ほんとですか!?」

「はい。穂乃花さん、力のコントロールがとてもお上手なんです。激しい曲でも音が大きすぎず、でも小さくもない……そのコントロールテクニックを教えていただきたいです!」

「そ、そんな褒めすぎですよ~! プロの人に教えられることってないかもですが……麻弥さんのサポート頑張ります!」

 

 

 穂乃花と話しているのは、ドラム担当の大和麻弥さん。Pastel*Palettesのメンバーの中では唯一の経験者、それもスタジオミュージシャンだ。

 

 ドラムは叩いているフリが難しいという理由で、臨時のドラマーとして呼ばれたそうだが、そのビジュアルを見込まれ、正式にメンバーとなった。スタジオミュージシャンとして活躍してきただけあって、演奏技術は頭一つ抜けている。

 

 

 

 

 

「貴嗣君? 麻弥ちゃんの方見つめて……どうかした?」

「……ああ、すみません彩さん。何でもないですよ。……じゃあ今日も超不慣れなボイスレッスンを始めますか」

「どうしてそんなに自信なさげに言うの? 貴嗣君の教え方、すっごく丁寧で分かりやすいから、本当に助かってるよ! だから自信持って!」

「……そう言ってくれると嬉しいです。ありがとうございます。……それじゃあこの前と一緒で、俺がピアノでメロディーとるので、それに合わせて歌ってみましょうか」

「うん!」

 

 

 俺がコーチとして担当するのは、ボーカルの彩さんだ。

 

 声の高さが全然違う上に、俺は歌い方を教えるという経験があまりない。彩さんの助けになれるか不安でしかないが、彩さんはいつもこうやって俺を励ましてくれる。

 

 長い研究生次第を過ごしてきた彩さんだが、客観的に見て、ダンスや歌が得意とは言い難いというのが正直なところ。研修生時代でいた期間を考慮すると、平均的なレベルよりも劣っているようにさえ感じる(悪口のつもりは一切ない)。

 

 だがそのひたすらに努力する姿勢のおかげで上達してきているのも事実。実際に以前では音を外していた部分も、少しずつ上達してきている。確実に一歩一歩進んでいく、努力家の鑑のような人だ。

 

 

 そしてそんな彩さんを180度クルっと回転させた人が――

 

 

 

 

「おお~! 大河君ってギターも弾けるんだねー! しかも上手!」

「ありがとうございます日菜さん……って言いたいところなんですけど……」

「んー? どうかしたー?」

「……日菜さんってほんと天才っていうか何と言うか。日菜さんの演奏、基本の部分を全く練習していないからすっごい荒削りなんですけど、音としてはしっかり成り立ってるんですよねー。……基礎練とか絶対してないでしょ?」

「うーん、言われてみればそうかも。でもそんなのしなくてもあたし弾けるし、いいかなーって思ってさ」

「つまり基本と応用が逆転してるってことっすね……」

「でも基礎練ってやったことないから、むしろやってみたいかな! だから教えてよ!」

「了解っす(数Ⅰしてないのに数Ⅲできるってのと同じだよなこれ……意味不明すぎるだろ……)」

 

 

 パスパレのギター担当、氷川日菜さんだ。

 

 俺が彩さんとの練習に専念できるように、わざわざ大河が「俺ギターも弾けるし面倒見るわ」と進言してくれたのだ。

 

 大河も割と感覚が鋭い部分があり、演奏に関しては才能がある。ベースもそうだが、ギターの腕前も中々のものだ(お母さんに教えてもらったらしい)。

 

 だがそんな素質ある大河でさえも、この日菜さんを前にしては困惑する他なかった。あまりにも才能がありすぎるのだ。

 

 一度見たものはすぐに覚える、演奏を見たら弾けるようになるその能力は、多くのギタリストが求めるものだろう。その特徴は瞬間記憶能力――カメラアイという能力を思い出させる。サヴァン症候群とも言えるだろうか(savant=賢人を意味するフランス語)。

 

 ぶっちゃけ演奏に関して何ら問題は無いだろう。だがそれでおしまいかといえばそうではない。

 

 まだ日菜さんと関わって1週間程しか経っていないので、100%この人を理解しているわけではないが……日菜さんは他人の気持ちに共感することが非常に苦手みたいだ。その歯に衣着せぬ物言いに、彩さん達が顔をしかめることもしばしば。

 

 だがこれは俺の主観なのだが、日菜さんの言葉には、一切の悪意が感じられない。相手を傷つけるためにズバッと言うのではなく、思ったことをそのまま口に出している印象がある。非常に個性的な人、といったところか。

 

 

 

 

 

「(……あとはベース……なんだけどなぁ……)」

 

 

 心の中でそう呟く。

 

 パスパレのベースを担当しているのは、女優の白鷺千聖さん。真優貴の憧れの先輩で、彼女が子役時代から何度もお仕事を一緒にさせてもらっている人だ。

 

 俺は白鷺さんに会ったことは無いので、あの人がどういう人物なのか分からない。だがパスパレの練習が始まってから、白鷺さんは一回も練習に参加していないということが、個人的には気がかりだった。自主練はしているらしいが。

 

 白鷺の元には、仕事の依頼が多く来る。その忙しさ故に練習に参加できない(・・・・)というのが理由らしい。だがそれを考慮したとしても、俺は白鷺さんが1回も練習に来ないことに違和感を覚えていた。

 

 

 元子役、そして現役女優。真優貴と並んで「現代における若手女優2トップ」と評される白鷺さん。だがその名声は、この間の事件で大きく傷つけられることになった。

 

 

 ここぞとばかりに浴びせられた誹謗中傷。パスパレの中で1番キャリアが長いということもあり、それに嫉妬する者たちから、白鷺千聖の名前は今回の事件で集中砲火を浴びた。

 

 

 これまでの長いキャリアがあったからこその名前。それが今や価値を失いかけている。

 

 

 このままでは自分のキャリアが危ない――そう考えた時、取るべき行動はある程度限られてくる。

 

 

「(自分へのダメージを最小限に抑える、最も合理的な方法……)」

 

 

 脱退(・・)――頭の中でそう公式を立てる。

 

 白鷺さんが脱退するつもりだと仮定すると、現在のあの人の行動は筋が通る。続ける気が無いのなら、練習なんてしなくてもいいのだから。

 

 

「(……ちょっと考えすぎか。白鷺さんに会ってもないのに、なんて失礼なことを……)」

 

 

 そう自分を戒めた後、俺は今できることに集中しようと、パスパレの練習に意識を戻した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 90分の練習時間が終わり、休憩時間となった。俺はレッスンルームを後にして、1人で見晴らしが良いテラスに来ていた。

 

 16階から見る景色はとても綺麗だ。今は夕方の6時前なのでまだ明るいが、ここから見る夜景はきっと素晴らしいものだろう。

 

 

「(……ずっと見てたいもんやな)」

 

 

 外の空気を吸ってくると言って、俺はさっきレッスンルームを出てきた

 

 

「(……まさかこんな形であの部屋に戻って来るとはなぁ)」

 

 

 もう二度とあの部屋に来ることなんてないと思っていた。けれどこれもご縁というものなのか、高校生になった今、こうしてあの場所に戻って来た。

 

 

「(……綺麗な空やな)」

 

 

 テラスの大きな背もたれに背中を預け、空を見上げる。雲一つないパステルブルーの空を見ていると、モヤモヤとした疲れが少しずつ薄れていって、なんだか心が軽くなっていくような気がした。

 

 

 

 真優貴からの依頼でパスパレの演奏動画を見て、

 

 その次は事務所に呼ばれ、事の真相や裏側を教えられて、

 

 今はこうして実際にアイドルバンドに演奏を教えている。

 

 

 

 空をボーっと眺めていると、そんなことが頭の中に思い浮かぶ。こうやって最近身に起こったことを客観的に見つめてみると、なんともまぁ非日常的というか何というか。自分がすごい状況に身を置いていることに、今更ながら驚いてしまった。

 

 

 そうやってリラックスしていたからだろう。俺はこちらに近づいてくる足音に気付かなかった。

 

 

 

 

「――ごめんなさい。少しいいかしら?」

「……ん?」

 

 

 どこかで聞いたことのある声だった。

 

 首を戻して前を向くと、1人の女性が立っていた。絹のような美しい髪、アメジストのような紫の瞳、整った顔に気品ある雰囲気。この人が誰なのかは一瞬で分かった。

 

 

 

 

 

「……白鷺……千聖さん……?」

「ええ。初めまして、山城君。白鷺千聖です」

 

 

 ニコリと笑って会釈するのは、女優の白鷺千聖さんだった。

 

 

「こうやって会うのは初めてね。真優貴ちゃんからあなたの話は聞いています」

「そうでしたか……真優貴の兄の山城貴嗣です。いつも妹がお世話になっております。真優貴を支えてくださって、本当にありがとうございます」

「あら、ご丁寧にありがとう。……ふふっ。真優貴ちゃんの言う通り、とても礼儀正しいのね」

 

 

 並みの男なら一瞬で惚れさせてしまうほど美しい、白鷺さんの笑み。しかし俺はというと、この場に白鷺さんが現れたことへの驚きで頭が一杯だった。

 

 

「ありがとうございます。……えっと……俺に何か用ですか?」

「あら、そうだったわ。山城君、少しお時間あるかしら?」

「はい……あと20分程休憩なので、大丈夫ですよ」

「それならよかったわ。じゃあ――」

 

 

 そして白鷺さんは笑顔のままこう言った。

 

 

 

 

 

「――私とお茶なんていかがかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「はい、どうぞ。アールグレイで良かったかしら?」

「はい。わざわざありがとうございます」

「いいのよ。私が誘ったのだし、これくらいはさせて欲しいわ」

 

 

 テラスにある2人用のテーブル席に、私達は座る。

 

 紅茶の定番の1つであるアールグレイが入ったティーカップを、山城君の前に置く。彼は「いただきます」と言ってから、綺麗な動作で紅茶を飲んだ。

 

 

「それで、お話というのは?」

 

 

 カップをお皿に置いてから、彼は私にそう話しかけた。

 

 

「ええ。あなた達が私達Pastel*Palettesの臨時コーチを引き受けてくれている――そのことについて、聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」

「そうよ。……単刀直入に聞くけれど、どうしてあなた達は臨時コーチを引き受けたの?」

 

 

 私がそう聞くと、彼は少し目を見開いた。予想外の質問に驚いているみたいだった。

 

 

「あなた達が私達の演奏を見てくれることはありがたいのよ? でもどうして引き受けてくれたのかが少し気になったの。練習を見るということは、あなた達の時間を奪うことにもなるし、それに……」

「それに?」

「私達はあのライブで、見に来てくれていた人達を騙したわ。そんな私達に手を貸してくれるのには、何か理由があるのではと思ったの」

 

 

 たまたま仕事と仕事の間に立ち寄った事務所。ふとテラスのほうを見ると、まさしく彼がいた。

 

 彼がPastel*Palettesに関わってくる以上、私のキャリアにも影響を与えてくるはず。お金を貰うためか、名前を売るためか、それともアイドルと関係を持ちたいからか――どんな理由であれ、彼の真意をここで明らかにする必要がある。

 

 彼は窓の外に視線を移してから、口を開いた。でも彼の口から出た言葉は、私にとっては予想外のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「助けたいって思ったからです」

「……えっ?」

「彩さんを……助けたいって思ったからです」

 

 

 暫しの沈黙を破ったのは、彼の低く落ち着いた声だった。

 

 

「俺は彩さんの今までの努力を見てきたわけじゃないですが……あの人が頑張っていることは知っていました。彩さんは3年もの間、結果が得られなくてもただひたすらに努力し続けてきました」

 

 

 ティーカップに入ったアールグレイを見つめながら、彼は話を続ける。

 

 

「もちろんここは芸能界……厳しい世界だってことはある程度理解しているつもりです。だから今回のアテフリに関しても、賛成はしませんが理解はできます。あの指示を出したのも、恐らく新人アイドルである彩さんをデビューさせたかったからだと思うんです」

「でもそのせいで、彩ちゃんは今苦労しているのよ?」

「はい。結果的には、色んな物事が悪い方向に向かってしまったのかもしれません。でも……」

「?」

「そんなに厳しい状況でも、彩さんはいつも頑張っています。努力を積み重ねれば必ず夢は叶う――そう信じて頑張っています」

 

 

 疲れが感じられる彼の声は、徐々に悲しそうな声色に変わっていった。 

 

 

「初ライブで問題が起こる、ネットでは毎日のように誹謗中傷のコメントが書きこまれる……絶対に辛いはずなのに、それでも彩さんはまだ頑張っているんです。……なんかもう、あそこまで頑張ってる姿見たら、じっとしてられなかったんです」

 

 

 顔を上げて、彼は私を見つめる。どこか寂しそうな笑顔だった。

 

 

「頑張ったから報われるほど、現実は甘くない。それは理解しています。でもやっぱり……俺嫌なんです……努力が報われない姿を見るのって」

「……」

「綺麗事だって分かってます。こんな甘い考え、この芸能界では通用しないって。でも……自分ができることで、今必死に頑張っている人の助けができるのなら……絶対にするべきだって思ったんです」

「それがPastel*Palettesの臨時コーチを引き受けた理由ということ?」

「そうです」

 

 

 その銀色の瞳で、彼は真っ直ぐ私を見つめる。

 

 

「あなたの意志は伝わったわ。彩ちゃんの努力が報われて欲しいから、Pastel*Palettesに手を貸しているということね」

「はい。そういう認識で構いません」

「そう。……真優貴ちゃんの言っていた通り、あなたは優しいのね」

 

 

 優しいのは良いことだと思う。優しい人が嫌いだなんて、あまりいないだろう。

 

 

 でも――

 

 

「優しいけれど……甘いわね」

 

 

 ――甘い。彼は甘い。

 

 

「山城君が言っていることは理解できるわ。あなたが芸能界という世界の厳しさを全く無視しているわけでもないということも分かっている」

 

 

 彼の言う通り、努力が報われないのは、確かに見ていて楽しいものじゃない。でも現実は違う。

 

 

「努力は必ず報われるわけじゃない。努力をしていれば夢が叶うわけでもないわ」

 

 

 冷たく言い放つ。情のない言葉を、彼にぶつける。

 

 彼は私の言葉を受けて、また紅茶を一口飲む。そしてカップを置いてから、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「白鷺さんの言う通りです」

 

 

 次に彼の口から出てきた言葉は、意外なものだった。

 

 

「努力していればいつか報われるとは思っていません」

 

 

 彼は臆することなく、私にそう言った。今までの彼からは出てきそうもない言葉に、少しばかり驚いてしまった。

 

 

「……えらく冷たいのね。あなたこそ『努力すれば夢は叶う』って言いそうなのに」

「……まあそう言いたいんですけど」

 

 

 彼はそう言いながら、ここから見える町の景色に視線を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は努力しても夢叶いませんでしたから」

「……えっ?」

「努力したけど……ここ(・・)では夢叶いませんでしたから」

 

 

 とても悲しい声だった。

 

 

「俺と真優貴は幼い頃から仲良しで、何をやるのも一緒(・・・・・・・・)でした。真優貴が『女優さんになりたい。オーディション受けたい』って言い始めたのも、丁度それくらいの頃でした。……こう言えば分かりますか?」

「……っ……山城君……あなたもしかして……」

 

 

 ……そういうことだったのね。

 

 

 この間真優貴ちゃんが心配そうにしていたのも……「我慢してここに来てる」という言葉の意味も……今分かった。

 

 

 ……あなたの努力は昔この場所で……。

 

 

「だからあなたは……彩ちゃんをそこまでして助けようとするのね」

「……もちろん彩さんだけのためじゃないです。イヴちゃんに日菜さん、大和さんに白鷺さん――皆さんがPastel*Palettesとして心から楽しんで活動してほしいから、俺は親友達と一緒にここにいるんです」

「……努力が報われるわけではないと思っているのに?」

「はい。努力が必ず報われるわけではないです」

「ならどうして――」

 

 

 

 

 

 

 

「――でも絶対に無駄にはなりません」

「……っ!」

 

 

 そういう彼の声からは先程とは違い、強い意志が感じられた。

 

 

「例え現実に打ち砕かれても、夢に向かってした努力は、絶対に無駄にはなりません。俺はそう信じています。……過酷な芸能界で生き残るために、誰にも見せない努力を何年も重ねてきた白鷺さんなら、分かるんじゃないですか?」

「……私は常に最も正解に近い選択をしてきただけよ」

「その選択ができたのは、白鷺さんが今まで努力を続けてきたからでは?」

「……」

 

 

 私は答えられなかった。

 

 言い返そうとしたけれど、どう考えても言葉だ出てこなかった。

 

 

「……ん? スマホが鳴ってる……おっと……」

 

 

 彼はポケットからスマホを取り出して、メッセージを見た。どうやら彩ちゃん達が彼を呼んでいるみたいだった。

 

 

「すみません白鷺さん。そろそろ休憩時間が終わりなので……ここで失礼させていただきます。今日は話してくれてありがとうございました」

「ええ。……こちらこそありがとう」

 

 

 彼は立ち上がると、私のティーカップも持ってテラスを後にしようとして……出入口の所で止まった。

 

 

「白鷺さん」

「……何かしら?」

「さっきはあんなこと言いましたけど……俺は白鷺さんの考えを否定するつもりは一切ないです。『努力が必ず報われるわけじゃない』っていう白鷺さんの考え、俺は正しいと思います」

「……ええ」

「それでも……それでもやっぱり、俺は『努力』というものを前向きに捉えたいです。例え夢が叶わなくたって、そこまでの道で得られた経験は絶対に無駄にならないし、その経験は思いもよらない形で、素敵な世界を見せてくれる……俺はそう信じています」

「……この場所でその『努力』に打ちのめされたのに?」

「そうです」

 

 

 そう言ってから、彼はこちらに振り向いた。

 

 

「白鷺さんの考えも分かります。甘いこと考えているってのも分かります。……それでも『努力』の可能性を信じたいです。自分を貫き通したいです」

「……そういうところが甘いのよ」

「ええ。だから――」

 

 

 言いかけたところで、彼は笑った。

 

 真優貴ちゃんにそっくりな、優しい笑顔だった。

 

 

「――その甘い考えでどこまでいけるのか、挑戦してみたいんです」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「努力が報われるとは限らない。だが決して無駄にはならない……ね」

 

 

 彼の言葉を、1人テラスの席で復唱する。

 

 

 不思議な子だった。

 

 

 現実の厳しさをある程度理解しているのに、それでも希望を信じようとする。努力が報われない経験をしたのに、それでも夢を見ようとする。

 

 

「(……本当に不思議な子だったわね)」

 

 

 現実的に物事を捉えられるのに、愚かなまでに夢想家。

 

 

 現実に打ちのめされたことがあるのにも関わらず、それでもまだ愚直に理想を追い求める理想主義者。

 

 

 正直ただの馬鹿なのかと思った。現実を知らないならまだしも、痛い経験をしたのにあえて夢を見続けることを選んでいるその考え……私には理解できない部分が多かった。

 

 

「(……でも)」

 

 

 理解はできない所もあったけれど……悪い子ではなかった。

 

 

「(……私もそろそろ行きましょうか)」

 

 

 

 

 

 山城貴嗣君。

 あなたのその真っ直ぐな考え方がどこまで通用するのか……見させてもらいましょうか。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 白鷺さんとの突然のお茶会から数日後。今日もPastel*Palettesの練習を見るため、1人ギターを持って事務所の廊下を進む。

 

 今日は放課後に用事があったので、俺は後から合流することに。大河達はもうレッスンルームについているはずだ。

 

 そして角を曲がったところで……レッスンルームから出てきた白鷺さんと出会った。

 

 

「お疲れ様です、白鷺さん」

「お疲れ様。今日もコーチをしてくれるのね。……別の仕事が入っていて練習に参加できないのが、少し申し訳ないわね」

「気にしないでください。お仕事、頑張ってください。応援しています」

「あら、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。それじゃあ、山城君も頑張ってね」

 

 

 会釈する俺の隣を、白鷺さんはいつもの笑顔のまま通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

「つい昨日、Pastel*Palettesのために1つライブの仕事を取ってきたわ。今彩ちゃん達にそれを伝えてきたところよ」

「……えっ?」

 

 

 思わず振り向く。白鷺さんは俺に背を向けたまま言葉を続ける。

 

 

「彩ちゃんは『努力をしていたから自分達に仕事が舞い込んだ』と思ったみたい。……だからそんなあの子に、私は自分の考えを伝えたわ」

「……『努力がいつも夢を叶えてくれるわけではない』、とですか?」

「そうよ」

 

 

 そして白鷺さんは顔を少しだけ後ろに向けた。

 

 

「もしあなたが彩ちゃんを助けたいのなら、あなたの考えを伝えなさい。あなたのここでの思い出や経験は、彩ちゃんの理想と対極のもの。自分の実体験を踏まえて、あの子に現実というものを教えてあげなさい」

「……白鷺さん?」

「――あなたが彩ちゃんに何を伝えるのか、楽しみにしているわよ」

 

 

 白鷺さんは再び歩き始め、この場を後にした。その背中が見えなくなってからも、俺はその場に立ったまま、白鷺さんの言動について考えていた。

 

 

「(……助けてくれた? どうして……?)」

 

 

 パスパレの活動に消極的だった白鷺さんが仕事を持ってきてくれて、しかも俺にアドバイス……? 

 

 

「(……試されているのか)」

 

 

 早く皆の元に行かなければ。頬をパンパンと両手で叩いて、気合を入れる。

 

 

「(……よし。行くか)」

 

 

 白鷺千聖さん。

 あなたの期待に……応えてみせます。

 





 読んでいただき、ありがとうございました。主人公と千聖との会話がメインの今回、如何でしたでしょうか?

 元々土台ができていた今回の話から、33話と34話を修正した影響で、千聖と主人公の対話の部分を大きく変更したのですが……もうここが滅茶苦茶難しくて編集に時間がかかってしまったというのが更新が遅れた原因でございます(言い訳)。

 2人の対話の題材をどうしようか色々考えた結果、今回では「『努力』というものの捉え方の対比」という形をとりました。自分のキャラに対する理解度が浅いというのもあるんでしょうけど、ほんと千聖を書くのが難しすぎました……。

 限界まで頭回転させて書いた話ではありますが、描写に違和感やおかしいところがありましたら、是非教えていただきたいです。

 次回は恐らく来週の土日か、最悪でも再来週の土日までに更新しようと思っております。必ず更新いたしますので、次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 はいゆーさんとじょゆーさん


 皆様お久しぶりです。おたか丸です。

 一週間ぶりの投稿でございます。本来1回で収めようとしていた話なのですが、1万字を余裕で越えてしまったので、キリが良い所で2つに分けることにしました。今回の話は7000字程となっております。

 それではどうぞ!

 


 

 

 

 大和さんがドラムを叩き、イヴちゃんがキーボードに指を走らせ、日菜さんがギターの弦を弾き、彩さんが歌う。

 

 最初の頃と比べると、見違えるほど音が合ってきていた。その証拠に、演奏している彩さん達が、とても楽しそうに見える。以前は正確に歌うことに必死で余裕が無さそうだった彩さんも、今は心の底から楽しそうに歌っているように感じた。

 

 

 そして演奏が終わった。

 

 

「「「……ありがとうございました!」」」

 

 

 パチパチパチパチ!!

 

 彩さん達のその声に、俺達は大きな拍手で応えた。

 

 

「すごいっす皆さん! 今までの演奏の中で一番良かったと思います!」

「うんうん! あたし達も聞いてて、とっても楽しくなりました!」

「皆さんの音がとても綺麗に纏まっていました。このままいけば、大丈夫だと思いますよ」

 

 

 大河と穂乃花、花蓮がそれぞれ感想を伝える。

 

 

「ありがとう、皆! ……貴嗣君はどうだったかな?」

 

 

 息を整えながら、彩さんが俺にそう聞いてきた。彩さんだけでなく日菜さん達も、そして隣に座っていた大河達も、ジーッと俺を見つめて感想を求める。

 

 

「演奏技術の話ではないんですが……今回の演奏が、一番聞いていて楽しかったです。皆さんが笑顔で演奏しているのを見て、俺も嬉しい気持ちになりました。まさしくアイドルって感じでしたよ」

「……!! あ、ありがとう……!!」

「どういたしまして。それじゃあ一旦休憩に入りましょうか。意見交換等は、休憩後にまとめてやりましょう」

 

 

 俺の掛け声に、彩さん達は元気のよい声で答えてくれた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 タオルで額の汗を拭く。ぽんぽんと顔をタオルで包んでいると、皆が楽器を片付ける音が耳に入って来る。

 

 

「ヒナさんのギター、とってもお上手でした!」

「ありがとーイヴちゃん! まあ、これくらいどうってことないよ~♪」

「イヴさんのキーボードも素敵でしたよ。ジブン、ずっと聞いていたいくらいでしたよ~」

「ほんとですか? ありがとうございます、マヤさん!」

 

 

 皆はとても楽しそうに雑談をしている。そしてもちろん私も皆と一緒にワイワイ……ではなく、貴嗣君の元に向かっていた。

 

 

「貴嗣君」

「ああ、彩さん。お疲れ様です」

 

 

 さっきの練習で音を取るのに使っていたモノトーンのギターを、彼は床に座って丁寧にメンテナンスをしていた。綺麗な布(確かクリーニングクロスって言ってたっけ?)で、ゆっくりと膝の上に置いているギターを拭いていた。

 

 

「2時間くらいぶっ通しで練習してましたから、疲れたんじゃないですか?」

「ううん! 大丈夫だよ! 寧ろ貴嗣君に褒めてもらったから、やる気出てるくらいだよ!」

「あははっ、俺みたいな奴の意見でそんなに元気になってくれるなんて、ありがとうございます」

 

 

 貴嗣君の近くにチョンと座って、一緒にお話し。メンテナンスをしながらも、貴嗣君はいつもみたいにニコッと笑って私と話してくれる。

 

 

「でも、そういう時こそ疲れが溜まっていたりします。元気一杯なのは良いことですが、ライブのお仕事も入って来ましたし、俺としては体調管理にも気を付けてくれると嬉しいです」

「あっ……うん……そうだね……」

「? 彩さん?」

 

 

 ライブのお仕事――その言葉を聞いて、練習が始まる前の出来事を思い出す。

 

 

 

 

『努力は結構。夢を見るのも結構』

『だけど……努力が必ず夢を叶えてくれるわけじゃないのよ』

 

 

 

 

 仕事の話を聞いて舞い上がっていた私に、千聖ちゃんはそう言った。

 

 その言葉を聞いた時のショック、静まり返った雰囲気が、フラッシュバックのように思い出された。現実という重たいものをぶつけれらたあの感触が、ゆっくりと戻って来た。

 

 

「……」

「あー……彩さん? 大丈夫ですか? 本当に体調悪いとか……?」

「う、ううん! そうじゃないよ! そうじゃないんだけれど……」

「……何か悩みですか? 俺でよければ、話くらいなら聞きますよ?」

 

 

 ギターの弦を拭いている手を止めて、貴嗣君は少しだけ私の方に体を向けた。

 

 

 ……貴嗣君には……聞いてもらいたいかな。

 

 

「あのね……貴嗣君が来る前に、ここに千聖ちゃんが来たんだ。『私達に仕事が来た』って教えに来てくれて……それで……」

「……それで?」

「私、もう一度ステージに立てるんだって舞い上がっちゃって……『努力をしていたからライブが決まった』って思ったんだけど……千聖ちゃんに言われたんだ……『私が今までしてきたことは、研修生時代と何が違うの?』って……」

「研修生の時と同じことをしているのに、今回急にライブが決まったのはどうしてなのか……ってことですか」

「うん……」

 

 

 三角座りでうずくまりながら話す。さっきの演奏での声が嘘みたいに、私の声は弱々しいものになっていた。

 

 

「ねえ貴嗣君……努力すれば絶対に夢は叶うって思うのは……間違ってるのかな?」

 

 

 顔を貴嗣君の方に向ける。

 

 私は貴嗣君とそんなに長い付き合いってわけではない。だから貴嗣君については、知らないことの方が多いと思う。

 

 でも知っていることだってある。映画と読書が好きで、バンドを組んでいて、双子の妹の真優貴ちゃんがいて……いつも優しくて、前向きで……。

 

 だから本音を言うと、「努力すれば夢は必ず叶うと思う」って言って欲しかった。貴嗣君ならそう言ってくれるって、心のどこかで期待していた。

 

 

「努力すれば夢は叶うっていうのは、俺は間違っていないと思います」

「……!! じゃあ――」

 

 

 

 

 

 

「でも絶対に叶うとは思いません」

「……えっ……」

「努力が必ず報われるわけじゃない……俺はそう思ってます」

 

 

 キーンと心が凍り付いたみたいだった。一瞬、貴嗣君の言っていることが理解できなかった。

 

 

 いや、違う。

 

 

 できなかったんじゃなくて、したくなかった。

 

 

「……ど、どうして……」

「……」

 

 

 貴嗣君は黙ったまま、私を見つめる。

 

 

「……どうして……そう思うの……? 貴嗣君……いつも前向きなのに……」

「……」

 

 

 貴嗣君は少しだけ目を閉じて、またすぐに開いた。いつもは優しさで溢れている貴嗣君の目が、厳しさのあるものに変わっていた。

 

 

「彩さん。人の考えというのは、その人の今までの経験というのが物凄く影響してきます。彩さんが『努力すれば夢は叶う』と前向きに考えるのも、白鷺さんが『努力が必ず夢を叶えてくれるわけじゃない』と厳しく考えるのも、そういう考えに至る経験をしてきたからです。そしてそれは俺も例外ではありません」

「貴嗣君も……それって……『努力が必ず報われるわけじゃない』って思うような経験をしたってこと……?」

「その通りです」

 

 

 貴嗣君は表情を崩さずに話す。声も表情も、いつもより硬い。

 

 

「……教えて欲しい」

「……面白い話じゃないですよ?」

「……それでも教えて欲しい。貴嗣君がそう考えるようになった経験……私は知りたい」

 

 

 知るのは怖かった。

 

 どうしてかは分からないけれど、これを聞きいちゃうと、何だか後に退けないような気がした。

 

 でもここで聞かないと、なんだか目の前の困難から逃げているような気もした。逃げてばっかりじゃ……ダメだよね。

 

 

 

 

 

「ジブンも知りたいです」

「麻弥ちゃん……?」

「……大和さんもですか?」

「ジブンだけじゃないですよ。ほら」

 

 

 麻弥ちゃんの後ろには、さっきまで楽しそうに喋っていた日菜ちゃんとイヴちゃんがいた。大河君達も貴嗣君を見つめている。

 

 

「さっきも言いましたけど、ハッピーな話ではないです。それでもいいですか?」

「……はい。ジブンは山城さんの考えが理解できます。だから……そう考えるようになった理由が知りたいです」

「……そうですか」

 

 

 麻弥ちゃんの言葉に答えた後、貴嗣君はまた私に視線を戻した。私の目を見つめる綺麗な銀色の瞳を、私も真正面からのぞき込んだ。

 

 

「私も麻弥ちゃんと一緒。ちょっと怖いけど……怖いことに逃げてばっかりじゃ、いつまでたっても成長できないから……」

「……本当に彩さんは強い人ですね」

 

 

 うんうんと頷いて、私に言葉を掛けてくれた。ほんの少しだけ、声に温かさが戻ったような気がした。

 

 

 

 

「分かりました。それじゃあ……少し昔話をしますか」

 

 

 皆が静かに見つめる中、貴嗣君はゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 小さい頃、俺は俳優になりたかった。

 

 小学1年生の時に書く「将来の夢」で人気のスポーツ選手やエンジニア、医者や宇宙飛行士などではなく、俺は俳優になりたいと思っていた。

 

 

 

 

 

「どうや貴嗣、真優貴! 映画って面白いやろ~?」

「うん!」

「めっちゃ面白かった!」

 

 

 初めて映画を見た時のことは今でも覚えている。俺と真優貴に映画というものを教えてくれたのは、父さんだった。俺達は父さんと一緒にソファに座って、家で父さんが大好きだったSF映画を見た。

 

 俺は完全に心を奪われた。見ているだけなのに、まるで映画の中に入り込んだような感覚になった。

 

 宇宙を旅することがあれば、砂漠の遺跡を冒険したり、剣と魔法のファンタジーな世界に迷い込んだり、はたまた実在した偉人の人生を追体験したり――映画とはなんてすばらしいものなんだろうって、幼い俺は思った。

 

 

「ねえねえパパ! ぼく、今の映画のせかいに行ってみたい!」

「わたしもー! おっきな宇宙船にのって、映画みたいにたくさんの星を旅してみたい!」

「ははっ! そうかそうか! 2人ともすっかり映画が好きになったみたいやな~」

 

 

 父さんはわしゃわしゃと俺達の頭を撫でた。ごつごつとした大きな手だった。

 

 

「パパー、どうやったらわたしと貴も映画の世界に行けるん~?」

「いい質問やなー真優貴! う~ん、映画の世界かぁ~……」

 

 

 今から思い返すと、中々に無茶な質問を真優貴はしていたみたいだ。それでも父さんは真剣に考えてくれた。

 

 ……この頃ってまだ真優貴からは「お兄ちゃん」じゃなくて、「貴」って呼ばれてたっけか。

 

 

「……俳優さんになれば、いつか行けるかもしれへんな」

「「はいゆーさん?」」

「そう、はいゆーさん。今の映画に出てた人らはな、他にも色んな映画に出てるんよ」

「それって……宇宙だけじゃなくて、他の世界にも行ってるってこと!?」

「そうやで貴嗣。そんな人達のことを、男の子やったら『はいゆーさん』、女の子やったら『じょゆーさん』って言うんや」

「はいゆーさん……」

「じょゆーさん……」

 

 

 その時俺達はまだ小学3年生。父さんが言った「はいゆーさん」と「じょゆーさん」という言葉を漢字でどう書くのか全く分からなかったけど、その“音”はすぐに記憶に残った。

 

 

「いいかー2人とも。『はいゆーさんとじょゆーさん』っていうのは、人に感動を届ける人達のことなんや」

「「かんどー?」」

「そう。貴嗣と真優貴は、今映画を見てどう思った?」

「う~ん……ワクワクした!」

「わたしは楽しかった!」

「それが『感動』っていうものなんや。『はいゆーさんとじょゆーさん』は色んな映画に出て、色んなキャラクターを演じて、今2人が思った『ワクワク』とか『楽しい』って気持ちを見てくれる人達に届ける、めっちゃすごい人達のことなんやで」

 

 

 リビングのソファに一緒に座っていた父さんは、嬉しそうにそして楽しそうに、俺達にそう語ってくれた。

 

 

「そんな『はいゆーさんとじょゆーさん』になったら、2人とも映画の世界に行けるかもしれへん。宇宙でも海の底でも、どんなところにでも行ける。世界中の人達をワクワクさせたり、楽しい気持ちにできる」

「「……」」

 

 

 父さんの話を聞いて、俺と真優貴はお互いに目を合わせた。別にテレパシーとかそんなのじゃないけど、その時は目を見ただけで、お互い思っていることが分かった。

 

 

「「パパ!」」

「ん?」

「「ぼく(わたし)、はいゆーさん(じょゆーさん)になりたい!」

「じょゆーさんになって映画の世界に出たい!」

「はいゆーさんなって、世界中の人達をかんどーさせたい!」

「……ああ。そうか」

 

 

 父さんは笑ってくれた。それが嬉しくて俺と真優貴も笑った。

 

 

 この時、俺達には夢ができた。

 

 

 『はいゆーさんとじょゆーさん』になるという、大きな夢ができたんだ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 それから俺と真優貴は、地元和歌山にある役者の養成所に入った。東京に拠点を置く芸能事務所、その和歌山支部といったところだった。俺達はそこで演技の勉強をしていくことになった。

 

 

 沢山のレッスンがあった。

 発声や歌の練習、台詞の読み方やイントネーション(関西弁ということもあって、ここはかなり難しかった)、身振り手振りといった動きの練習――自分とは違う存在を演じるための技術を、俺達は一生懸命学んでいった。

 

 

 だが問題はここからだった。

 

 

 

 

「すごいわね真優貴ちゃん。ちょっと教えただけでもうこんなに歌えるようになるなんて」

「真優貴ちゃん、イントネーション完璧よ。この調子でいきましょう」

「今の微妙な表情、よく作れたわね。すごいわ!」

 

 

 

 

 

「貴嗣君はもう一回、さっきと同じところから始めましょうか」

「貴嗣君、また関西弁のイントネーションになってるよ」

「表情が硬い硬い。もっと力を抜いてー」

 

 

 別に練習が滅茶苦茶厳しかったとか、俳優を目指すのが嫌になったのかではなかった。

 

 

 それよりももっと大きな壁、現実の厳しさというものを、俺はここで味わうことになった。今まで全く意識してこなかったことが、演技の練習を通じて明らかになった。

 

 

 

 そう。俺と真優貴の間には、“才能”という差があったのだ。

 

 

 

 その差はとても大きく、真優貴は所謂“天才”だった。先生にちょっと教えてもらっただけですぐに出来るようになり、その応用もなんのその。色んな技術をどんどん身に着けていった。

 

 それとは反対に、俺は中々演技が上手くならなかった。そりゃあ専門のスクールに通っているわけだから一般的なレベルよりは上だっただろうが、真優貴の才能の前には、そんなもの塵みたいにちっぽけなものだった。

 

 

 

 俺と真優貴には差があって、真優貴のほうが上だったのだ。

 

 

 

 だがスクールに通って演技の勉強をしていくにつれて、俳優になりたいと思う気持ちも強くなっていった。ハングリー精神的なやつだ。だから途中でやめることは無かったし、夢を叶えるために一生懸命努力した。

 

 

 先生に教わったことは全部メモして、上達するまで何回も練習した。家でも毎日寝る時間を削って、1人でこっそり練習し続けた。おかげで何度も学校で爆睡してしまったし、体調を崩してしまったこともあった。今思うと、ほんとバカみたいに無茶してたなーと思う。

 

 

 でも俺には努力を続けることしかできなかった。真優貴のような才能がない俺は、ただひたすら努力することでしか、夢を目指すことができなかった。

 

 

 

 

 

 そうして練習を続けていたある日、先生からある書類を渡された。

 

 

「「……オーディション?」」

「そう。何回かテストを受けて、それに合格したら事務所に入れるのよ」

「事務所ってことは……!」

「デビューできるってこと……!」

 

 

 俺の言葉に真優貴が続き、先生が頷く。

 

 

「2人とも最初の頃と比べたら凄く演技が上手になったから、受けてみてもいいと思うわ。別に強制じゃないから、家でご家族の方と一緒に話し合ってみてね。……さあ、今日のレッスンを始めましょうか」

 

 

 遠く離れた東京にある事務所で、そのオーディションは行われるとのことだった。

 

 

「(……ついにこの時が……)」

 

 

 俳優になれるきっかけ、チャンスが来た。

 

 絶対にこのチャンスを逃しはしない。燃え尽きるまでやってやる。

 そう心に決めて、俺はオーディションまでの間、今までとは比べ物にならない程の必死さで、練習を重ねていった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 オーディションのために、俺達は母さんと一緒に和歌山から東京に向かった。会場となる事務所を初めて見た時の衝撃はまだ覚えている。すごく大きな建物だった。

 

 オーディションはその総合芸能事務所の16階で行われた。いくつかの部屋で同時に行われたので、俺と真優貴は別々の部屋でオーディションを受けることになった。

 

 1人、また1人と呼ばれ、会場に入っていった。そうやって待っていると、ついに俺の番になった。

 

 

 だが失礼しますと言って部屋に入った瞬間、事件は起こった。

 

 

 

 

 

「(……あ、あれ?)」

 

 

 いつもと違う広い部屋。

 

 

 一度も会ったことのない人達。

 

 

 張り詰めた雰囲気。

 

 

 

 

 

「それでは自己紹介をしてください」

「えっ……あっ……」

 

 

 言葉が出ない。前が見えない。考えられない。

 

 

 俺はオーディションの部屋に入った瞬間に、緊張で頭が真っ白になってしまっていたのだ。

 

 

「や、山城……貴嗣……です」

 

 

 やっとの思いで絞り出したのは、情けないほどか細い声だった。

 

 

 今日まで必死に努力してきた。真優貴に負けたくないと、寝る間も惜しんで演技の練習をした。俳優になるという夢を叶えたかったから、先生に何度も練習に付き合ってもらった。

 

 

 オーディションの時の部屋の入り方だって、何十回って練習したじゃないか。初めに自己紹介を言うのも、その後にお願いしますと言ってからペコリと一礼するのも、何度も事前にシミュレーションしたじゃないか。

 

 

 でもその全部が、緊迫した雰囲気、「もし失敗したらどうしよう」という不安と緊張で、瞬く間に吹き飛んだ。人間とは厄介なもので、一度こうやって頭が真っ白になると、まるでウイルスのように恐怖が増殖してしまう。

 

 

 まずい、このままだと失敗してしまう。

 

 だめだ、夢が叶わなくなる――何とかしようと頑張ったが、怖い気持ちがどんどん強くなっていて、既に手遅れだった。

 

 

 

 

 

 正直、その後のことはあまりはっきりとは覚えていない。どんな演技をしたのかも、どんなことを言ったのかも、ほとんど思い出せない。

 

 

 はっきりと覚えていることと言えば、真優貴が満面の笑みで帰って来たことと、母さんが何も言わずにただ俺を抱きしめてくれて、「よう頑張ったね」と褒めてくれたこと、その日の晩御飯がいつもより美味しくなかったこと。

 

 

 そしてその数週間後の結果通知書――俺宛の「不合格」の通知と、真優貴宛の「合格」の通知書がきたことだった。

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 新たにお気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございます。全然更新できていないのに登録してもらえて、本当に嬉しいです。これからも頑張っていきます。

 主人公メインの話だったので、原作キャラが殆ど出てきていないという……。その分次回でしっかりと登場します。

 次回の更新は明日の予定です。次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 自分を信じて


 お気に入り登録をしてくれた皆様、ありがとうございます。

 久しぶりの2日連続投稿です。新生活が始まってから亀更新になってしまってますね……出来る限り早めの更新目指して頑張ります。

 そして今回なのですが、ついに1万字をオーバーしてしまいました(11583文字)。なので読みづらいかもしれないことを先にお伝えしておきます。

 それではどうぞ!


 

 

 

 

「7年前、俺はこの部屋でオーディションを受けました」

 

 

 少しの沈黙の後、貴嗣君は私達にそう言った。

 

 

「貴嗣君は……俳優さんになりたかったんだね」

「はい。映画に出て、見てくれる人に感動を与える、俳優になるのが夢でした」

「……その夢を叶えるために……貴嗣君は一生懸命努力して……でも……」

「その通りです」

 

 

 貴嗣君は淡々と話す。

 

 

「自分で言うのもなんですが……あの時の俺は、できることは全てやり尽くしました。頑張りはしましたが、俺の夢は叶いませんでした」

「だからさっき貴嗣君は、『努力が必ず報われるわけじゃない』って言ったんだね……」

「夢に向かって努力した経験があったからこそ、山城さんはそう思うようになったんですね」

「はい」

 

 

 麻弥ちゃんの言葉に頷く貴嗣君。

 

 

 貴嗣君は私と似ていた。

 キラキラとした夢があって、そのために必死に努力をした。緊張で頭が真っ白になっちゃうのも、怖くて声が出なくなっちゃうのも、一緒だった。

 

 私はパスパレのボーカルに選ばれたけど……貴嗣君は違った。

 

 

「……」

 

 

 似ている部分が多いのに、私は選ばれて、貴嗣君は選ばれなかった。努力をしたのは私も貴嗣君も一緒なのに……どうしてこんな差が生まれてしまったんだろう。

 

 

「なんで……貴嗣君、頑張ったのに……」

「そんなの簡単です。『実力が足りなかったから』です」

「そ、そんな冷たいこと……」

「ですがこれが現実だし、実際に起こったことです。別に彩さんが気に病む必要なんてない。俺がただもっと頑張れば良かっただけの話です」

「それは……」

 

 

 そんなことないって言いたかったけど、できなかった。「自分がもっと頑張っていれば良かっただけ」っていう貴嗣君の言葉はとても残酷だけど、多分正しかった。

 

 

「これが俺の昔の出来事。この世に無数にいる『努力をしたけど夢を叶えられなかった人間』の、ありきたりな話です」

 

 

 自分の表情がどんどん曇っていくのが分かる。

 

 

「厳しいことを言っているのは分かってます。白鷺さんにキツイことを言われた後にする話じゃないってことも分かってます。それでも彩さんには、『こんな奴もいるんだ』ってことを知って欲しくて、この話をさせてもらいました」

「……」

「彩ちゃん? 大丈夫?」

 

 

 後ろから日菜ちゃんが声を掛けてくれた。いつもの元気な声とは違って、ちょっとしんみりとした声だった。

 

 

「……『そんなことない』って言いたいのに……『努力すれば必ず夢は叶う』って貴嗣君に伝えたいのに……私……心からそう言える自信がない……」

「アヤさん……」

「私には……他にどうやって夢を叶えたらいいのか分からないよ……」

「彩さん……」

 

 

 日菜ちゃんに続いて、麻弥ちゃんとイヴちゃんも私の元に来てくれた。皆私のことを心配してくれているみたいだった。

 

 

「ねえ貴嗣君……私……こんなときどうしたらいいのかな?」

「……」

 

 

 私は貴嗣君に懇願するようにそう言った。

 

 何でもいいから教えて欲しかった。貴嗣君みたいに……努力したけれど夢を叶えられなかった人を目の前にした時……私はなんて言葉をかければ良いんだろう?

 

 

「私は努力することしかできない……でもその努力が報われなかった人に、私はどうやって希望を与えればいいのかな……?」

「何をするべきかとなると……俺は1つしかないと思います」

「……1つ?」

「はい」

 

 

 

 

 

 

「『努力すれば必ず夢は叶う』って言い続けることです」

「「「……えっ?」」」

 

 

 私達の声が綺麗に重なる。貴嗣君が何て言ったのか、一瞬分からなかった。

 

 

「言い……続ける?」

「そうです。言い続けて、信じ続けるんです」

「『努力すれば必ず夢は叶う』って?」

「はい」

 

 

 やっぱり分からなかった。

 皆も不思議そうな顔をしていて、よく分かっていない感じだった。

 

 

「あまり良い話ではありませんが……現実というものは厳しいものです。芸能界は特にそうだと思います。自分のやりたいことばかりやっていれば良いなんてものじゃないです。ですがその厳しい世界にこそ、彩さんのような真っ直ぐな人が必要なんです」

「わ、私……?」

 

 

 微笑みながら真っ直ぐ私を見つめる貴嗣君にそう言われ、ドキッとしてしまった。

 

 

「人ってどんな時に勇気づけられるか? 俺は『信念を持って頑張っている人を見た時』だと思うんです」

「夢を抱いて頑張っている人?」

「そうです。思い出してください、彩さん。彩さんの憧れのアイドルさんを」

「あゆみさんのことを……?」

 

 

 随分前に、貴嗣君にバイトで私の憧れの人であるあゆみさんの話をした。どうやら覚えていてくれていたみたいだった。

 

 

「あゆみさんのどういうところに、彩さんは惹かれましたか?」

「……いつも前向きで、輝いていて、『努力すれば夢は叶う』っていつも信じながら頑張ってて……そんなあゆみさんに私は憧れて――」

 

 

 

 

「――夢を貰えた」

 

 

 …………あっ!

 

 

「そうです。その感覚なんです」

 

 

 貴嗣君の顔が、嬉しそうなものに変わった。

 

 

「俺はあゆみさんという人のことは詳しくないですが……多分あの人はめっちゃ頑張ってきた人なんだと思います。努力を信じて頑張るあゆみさんを見たから、彩さんも『努力すれば夢は叶う』って思えた。キラキラとした『希望』を持てたんです」

「うん……! 私、あゆみさんの頑張る姿をずっと見てきたから……それがすごくキラキラしてて憧れて……希望を持つことができた……!」

「その通りです。そして……」

 

 

 貴嗣君は優しい声で、私に語り掛けた。

 

 

「今度は彩さんの番です。彩さんのその一生懸命努力する姿で、人々に希望を与える番です」

「わ、私が……?」

「彩さんがあゆみさんから勇気を貰ったように、『努力をすれば夢は叶う』と信じて頑張り続ける彩さんの姿は、絶対に多くの人を勇気づけます。厳しい世界でどれだけ辛い思いをしても、自分の信念を貫く人を見たらどう思います? めちゃくちゃ勇気を貰えるでしょ? 『こんなに頑張っている人がいるんだ! 自分も頑張ろう!』って」

 

 

 貴嗣君の言葉を聞いて、どんどん心がポカポカと温かくなってくる。

 

 

「何があっても『努力すれば夢が叶う』って信じるんです。信念をしっかりと持って努力し続ける姿を見せて、私が世界中に希望を届けるんだ、私ならできるんだって、自分自身を信じるんです」

「……うん」

「努力しかできない? 別にいいじゃないですか。努力できること自体がもう立派な武器です。さっきの演奏を思い出してみてください。始めた時と比べたら、すっごく上手になってます。それは紛れもなく、彩さんが努力してきたからです。辛いことや悲しいことがあっても努力してきたからこそ、今の彩さんがあるんです」

「うん……うん……!」

 

 

 

 

 

「彩さんならできる。絶対にできます」

「うん! 私ならできる……絶対にできるっ!」

 

 

 自分に言い聞かせるように言う。すると不思議とさっきまでの不安なモヤモヤが消えていって、どんどん力が湧いてきた。

 

 

「う~ん! 今の彩ちゃんと貴嗣君、るるるんっ♪ って感じ!」

「自分自身を信じる……。すごくシンプルですけど、難しくて深い言葉ですね。山城さんの話を聞いて、ジブンも勉強できました。ありがとうございます」

「すごいです、タカツグさん! 何があっても己を信じるというその考え、とっても感動しました! 素敵です!」

「……うん。皆の言う通り。ありがとう、貴嗣君」

「はい。どういたしまして」

 

 

 そして貴嗣君はいつものように、ニコッと優しい笑みを浮かべた。

 

 

「彩さん」

 

 

 落ち着いた声で、貴嗣君は私の名前を呼んだ。

 

 

「努力が絶対に夢を叶えてくれるわけじゃない。でもだからと言って、努力したって夢は絶対に叶わないと決まったわけじゃないです。例えどれだけ現実が厳しくても、自分の想いを捨てる必要なんてない。最後の瞬間まで自分の想いを大切にして、前に進んでいけばいいんです」

 

 

 優しく笑って、貴嗣君は私を励ましてくれた。この前のバイト帰りの時のように、アイドルを目指す私を彼は勇気づけてくれた。

 

 

「色々あって、俺は夢をあきらめてしまいました。でも今こうやって彩さんの頑張っている姿を見てたら……やっぱり希望を信じてみたいって思うようになりました」

「……!!」

「俺は彩さんの一生懸命努力する姿が好きです。彩さんを見ていると、自分も頑張ろうって気持ちになるからです。そうやって俺に勇気をくれる彩さんは……まさしく“アイドル”だと思います」

「貴嗣君……!!」

「彩さんは人に勇気を与えられるんです。だから自分を信じて、これからも真っ直ぐ進んでほしいです」

 

 

 その言葉を聞いて、嬉しい気持ちが溢れてきた。

 自分の過去の話を通じて、貴嗣君は私に現実の厳しさを伝えてくれた。でもそれは私を困らせるためだとか傷つけるためじゃない。どんな時でも私は「努力すれば夢は必ず叶う」と信じて、これからも前に進んでいけばいいって、背中を押してくれたんだ。

 

 

 

 

 

『ついにデビューするんですね!! おめでとうございます!! 俺、めっちゃ嬉しいです!!』

 

『ほんっっっとおめでとうございます! 俺、何があっても彩さんを応援しますから!』

 

 

 

 

 

 うん。今ようやく気付いた。

 

 あの日から今日までずっと、貴嗣君は私を応援し続けてくれてたんだ。

 

 

「俺はそんな彩さんを、全力で応援したいんです。『どんな人でも、努力をすれば絶対に夢は叶う』っていう彩さんの真っ直ぐな気持ちを、応援させてください」

「うん! もちろんだよ!」

 

 

 グッと拳を握って、ガッツポーズを作る。綺麗な銀色の瞳を見つめて、私は自分の想いを伝える。

 

 

「私頑張る! 貴嗣君にもう一度夢と希望を与えられるように、私もっともっと頑張るね!」

 

 

 貴嗣君の言葉に答えてから、私は皆に声を掛けた。

 

 

「さあ皆! 練習始めよう!」

「オッケー! あたしもそろそろギター弾きたいなーって思ってたところ!」

「ジブンも日菜さんと一緒です! ドラム叩きたくてウズウズしてました!」

「私もです! キーボードをもっと練習して、もっと上手になりたいです!」

「皆ありがとう! じゃあ、楽器の準備をしよっか!」

 

 

 もっと練習して、見てくれる人達に勇気を与えたい。

 

 目の前にいる心優しい彼に、もう1度夢と希望を与えたい――そう心に決めて、私は手にマイクを持った。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 次の日。俺はスタッフさんにお願いして、一足先にレッスンルームを使わせてもらっていた。来週やる予定のライブ配信に向けての練習のためだ。大河達は用事があって、今日は遅れて来る予定だ。

 

 今部屋にいるのは俺だけで、パスパレの練習はもう少し先。だからまだ彩さん達も来ていない、完全な自主練だ。

 

 

「……あー、また間違っちまった」

 

 

 レッスンルームに誰もいないことを良いことに、独り言を呟く。何度も練習している苦手なフレーズだが、また間違えてしまった。

 

 手元にあるスコアにどういうミスをしたのかメモをする。赤ペンや青ペン、マーカー等でびっしりとメモが書かれたスコアだ。見づらくはなるが、上達のためにも間違えた部分はその場で絶対に書きこむようにしている。

 

 

「ちょっとこの曲ミスが多いなぁ」

 

 

 実は今持っているスコアは2枚目。最初に印刷したものはメモを書きすぎて余白が無くなってしまった。この2枚目もそろそろヤバイ。

 

 そうやってメモをしてから、すぐに姿勢を直して演奏に戻る。ギターを弾きながら歌っていると、レッスンルームの扉が開く音が聞こえた。

 

 

「お疲れ様、山城君」

「……白鷺さん?」

 

 

 ドアの方を見ると、白鷺さんがいた。思わぬ来客に驚いてしまった。

 

 

「突然ごめんなさいね。部屋の前を通った時に音が聞こえたから、誰が歌っているのか気になって」

「ああ、そういうことでしたか。……今日も仕事ですか?」

「ええ。でももう少し後からよ」

 

 

 どうやら白鷺さんとは特定の空間で、しかも1対1で遭遇する運命みたいだ。他に誰もいない空間でこの人とご対面するのは、正直少し緊張する。だがどういうわけか、今の白鷺さんからは、この前の時のような警戒心は感じられなかった。

 

 

「綺麗な歌声ね」

「えっ?」

 

 

 まさかの白鷺さんからのお褒めの言葉。予想外すぎて、一瞬思考が停止した。

 

 

「まだ仕事まで時間があるの。だからここであなたの練習を見せてもらってもいいかしら?」

「別にいいですけど……自主練だし、今弾いてた曲まだまだ完璧じゃないですよ?」

「それでもいいわ。あなたの歌声、もう少し聞かせて欲しいの」

 

 

 おいおい一体どういうことなんだ。

 白鷺さんって厳しい人じゃなかったのか? 自分にも他人にも厳しい白鷺さんが、こんなに好意的な言葉を掛けてくれるなんて……俺なんか特別なことしたっけ?

 

 とは言っても、断る理由もない。

 

 

「分かりました。じゃあ自由に見ていてください」

「ありがとう。それじゃあここに座っておくわね」

 

 

 白鷺さんは部屋の端の方に置いてある椅子に座った。姿勢良く座っているその姿は、やはり気品がある。

 

 注意を白鷺さんからギターに向けて、俺は演奏を再開した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「彩ちゃんの背中、押してあげたのね」

 

 

 俺と白鷺さんしかいない、2人だけのレッスンルーム。演奏の余韻を味わうように、俺達は沈黙していた。

 

 だが練習を終えて古くなった弦を張り替えていると、白鷺さんが静寂を破った。

 

 

「あなたがどんなことを話したのか、日菜ちゃん達から聞いたわ」

 

 

 昨日俺が彩さん達にした話の内容を、白鷺さんはしっかりと耳に入れていたらしい。流石と言うか何と言うか、芸能界にいると、やはり情報に対しては敏感になるみたいだ。

 

 

「さっき初めてあなたの歌声を生で聞いたけれど……声の出し方や息継ぎが、どう聞いても素人のそれじゃなかった。小さい頃に熱心にレッスンを受けていた証拠ね」

「確かにあの頃先生に教えてもらった技術があるから、今があります。……まあ結果として夢には届きませんでしたが、今はこうやってボーカルをしてますから、あの時の努力は無駄になっていません」

「そうね。……あなたは本当に前向きね」

「ありゃ? そこは『やっぱり甘いわね』って言われるものかと思って身構えていたのに。今日の白鷺さん、なんだか随分優しいですね」

「あら? 山城君は厳しい言葉の方が嬉しかったのかしら?」

「さぁ? どうでしょう?」

 

 

 冗談交じりの言葉を交わす。冗談を言うとどんな反応をするのか気になったのだが、意外にも白鷺さんはノッてくれた。

 

 白鷺さんは笑みを浮かべているが何故だろう、その美しい表情と声からは結構な圧を感じる。うーむ、どうしたものか。

 

 そして自然と会話が無くなって、 2回目の沈黙が生まれた。俺はギターのメンテナンスをして、白鷺さんはそれを見ている。やはり弦の張替えとなると集中してしまい、口数が少なくなってしまう。一切会話がないが、不思議と気まずさや不快感は一切なかった。

 

 

「私はあなたが羨ましいわ」

 

 

 黙って丁寧に弦を弄っていたところで、白鷺さんはゆっくりと呟いた。

 

 

「羨ましい?」

「そうよ。あなたは現実の厳しさを受け入れながらも、物事を前向きに捉えられる。そんなところが……正直少し羨ましいの」

 

 

 手を止めて、ギターから白鷺さんに意識を移す。少し離れたところに座っている白鷺さんは視線をやや下に向けて、困惑の表情を見せていた。

 

 

「私にはそんな風に考えることができないから……つい物事を厳しく考えてしまうから」

「そりゃあ白鷺さんは小さい頃からずっと芸能界で生きてきたんですし、一般人の俺とは考え方が違って当たり前だと思いますよ。それに現実の厳しさを受け入れてって……俺オーディション1回落ちただけですよ? たった1回でそんな大層な――」

「いいえ。違うわ」

 

 

 俺の言葉を、白鷺さんは少し大きな声で遮った。赤紫の瞳から放たれる視線が、一寸のブレなく俺を射抜いている。

 

 

「1回じゃない。あなたは次の年、小学4年生の時に、もう一度この事務所のオーディションを受けている」

 

 

 なんでそのことを知ってるんだ? と一瞬恐怖を感じたが、すぐに答えは見つかった。

 

 

「……真優貴から聞いたんですね」

「詮索したみたいでごめんなさい。昨日の仕事で、真優貴ちゃんからも色々教えてもらったの」

「色々ねぇ。他にどんなこと言ってました?」

「……オーディションに落ちてからも、あなたは養成所に通い続けた。真優貴ちゃんが活躍する姿をテレビで見ながら、自分はただ1人で黙々と努力し続けた」

 

 

 真優貴さんや。

 俺のことは全部喋ってくれて良いし、白鷺さんのことを信頼してるのは良いけど……結構ガッツリ話したのな。

 

 

「輝かしい功績をどんどん打ち立てる真優貴ちゃんと自分を比べて、あなたは強い劣等感を抱いた。けどそれを真優貴ちゃんの身を案じて一切見せずに我慢して、学年が上がってからも演技の練習をし続けた。……あなたのことだから、相当練習したんでしょうね」

「オーディションには落ちましたけどね」

「……そうね」

 

 

 俺の言葉に白鷺さんは心配そうな表情を見せた。やるせない表情は、間違いなく俺に向けられていた。

 

 

「どうしたんですか? 別に白鷺さんがそんな顔する必要ないじゃないですか」

「……辛い気持ちに耐えながら必死に努力して、それでも夢が叶わなかったのよ? ……どうしてそんなに平気そうなの?」

「平気も何も、当たり前のことです。俺は実力が足りなかったから落ちた。真優貴は実力があったから受かった。そんなことに辛いとか嫌だとか思っても、何の意味もないです。これが現実です」

「……そうやって痛い経験をして現実を理解しているのに、どうしてあなたはそんなに努力を続けるの?」

「俺には努力することしかできないからです。努力することができるからです。それに――」

 

 

 俺は口を動かしつつ、視線と意識を白鷺さんから手元のギターに移す。

 

 

「――前も言いましたが、努力で得た経験や知識は絶対に無駄になりません。例え夢や目標が達成できなかったとしても、努力する過程で味わった痛みや身に着けた知識技能は、不思議なことに絶対にどこかで繋がる、後で活きてくるんです」

 

 

 普段自分が大切にしている考えを――父さんから教わった大切なことを、白鷺さんに伝える。オーディションに落ちた日の夜、部屋で1人泣いていた俺を、父さんは優しく抱きしめてくれた。

 

 

 

 

 

『よう頑張ったな~貴嗣。パパは貴嗣が勇気だしてオーディション頑張ったの、めっちゃ嬉しいで。ほんまによう頑張ったなぁ』

『……っ……パパ……』

『努力が報われへんのって、めっちゃ辛くて苦しくて、悲しいやろ? しんどいやろ?』

『……うん……っ……嫌や……しんどいよぉ……』

『うんうん。貴嗣がしんどいの、パパはちゃんと分かってるで。でもな貴嗣、今日まで頑張ってきたことは、絶対に無駄にならへん』

『……えっ?』

『貴嗣が頑張って身に着けた演技の仕方とか歌い方っていうのは、貴嗣がこの先生きていく中で、いつか絶対に役に立つ。だから貴嗣の努力は、絶対に無駄にならへん』

『……っ……そう……なの……?』

『今はまだ分からくていい。でもいつかはきっと、夢に向かって頑張って良かったなーって思える日が来る。それに何よりも――』

『?』

『いっぱい泣いたことがある人はな、その分誰かに優しくなれる。だからそんな泣くの我慢せんでいい。泣くのは悪いことじゃないから、今はいっぱい泣いとき』

 

 

 

 

 

 

 あの時父さんにどれだけ救われたことか。父さんが道を示してくれたから今まで頑張ってこれたし、俺はこうやって友達とバンドを組んで、色んな人達と関われているんだと思う。

 

 

「そんな風に考えられるの、やっぱり羨ましいわ。私には……とても難しい」

「別にそれでいいじゃないですか。物事を厳しく見てしまうって、悪いことばかりじゃないと思いますよ」

「……例えば?」

「例えば……そうですね、厳しく世の中を見ている分、リスクのある選択肢は取らない。そうすれば失敗しない道を選べる可能性が高まります。1度のミスが致命傷になりうる芸能界では、すごく大切な能力じゃないでしょうか?」

「……例え汚い手を使うことになっても?」

「そりゃあ見方を変えたら欠点になるときもありますよ? でもそうやって失敗しない道、その状況の中で一番正解に近い選択肢を取れる人って、長続きします。だから白鷺さんは今まで安定して活躍できたんだし、その中で沢山のドラマとか映画に出演して、多くの人に感動を与えられたんじゃないでしょうか?」

「確かに私は今まで色んな作品に出演させてもらったわ。でも……本当に見てくれた人達を、山城君が言うように感動させられたのか分からないわ」

「ああ、それなら安心してください。感動した人間、ここに1人いますから」

 

 

 白鷺さんは俺の言葉を聞いてキョトンとしている。目を見開いて、俺をジーッと見つめている。

 

 

「白鷺さんが出演したドラマとか映画、俺全部好きです」

「……えっ?」

「真優貴と一緒に沢山見過ぎて、どんな話か忘れてしまった作品もありますが、どの作品も感動したし、大好きですよ」

「……あっ……」

 

 

 ストレートに自分の気持ちを伝える。すると椅子に座っていた白鷺さんは、両手を膝の上でモジモジと動かしながら――

 

 

「……あっ……ありがとう……///」

 

 

 目を逸らしながら、顔を赤くして呟いた。

 

 雪のように白い肌に、ほんのりと紅色が浮かび上がっている。両手でスカートの布をクニクニと弄って、素早くこちらに視線を合わせたかと思えば、すぐにまた外す。赤紫の瞳が忙しく泳いでいる。

 

 どこからどう見ても乙女の仕草だった。厳しく冷たい印象があった白鷺さんが、恋愛ドラマのヒロインそのものの挙動をしている――そのギャップは俺の心臓の鼓動を早めるのに充分だった。

 

 

「……ま、まあその……そ、そうそう! 白鷺さんは別に無理に自分を変えようとしなくていいってことですよ……!」

「そ……そうかしら……? (山城君……声が上ずってるわね)」

「だってそれは白鷺さんの個性なんだし、良いところいっぱいあるし、だから白鷺さんは今のままで…………イッ!?

「!? どうしたの!?」

 

 

 上昇する体温を抑えようと思いつく限りの単語を口に出しながらメンテナンスをしていると、右手の人差し指の先に鋭い痛みが走った。反射的にバッ! と手を放して指を見てみると、トロリと綺麗な赤色の液体が出ていた。

 

 

「あー……イテテ……やっぱ喋りながらメンテしたらダメですね……アハハ……」

「弦で指を切っちゃったの……!? ち、血が出てるわよ……!?」

「ああ、大丈夫ですよ。こんなの舐めとけば治りま――」

「ちょっと待ってて! 事務室から救急箱借りてくるから!」

「えっ、いや白鷺さんほんとにだいじょ――……行っちゃった」

 

 

 大丈夫ですからと言い終わる前に、白鷺さんはドアを勢いよく開けて部屋を飛び出してしまった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 事務室にいたスタッフさんにお願いして救急箱を借りてきた私は、すぐにレッスンルームに戻って彼の元に向かった。

 

 2人で床にしゃがんで、彼に手を見せてもらった。血が出てしまっているが、幸いにも傷口は深くないみたいだった。消毒液をガーゼにしみ込ませてから、彼の手を持って指先にゆっくりと当てた。

 

 

「……っ!」

「ご、ごめんなさい……! 消毒液、少し入れ過ぎたかしら?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ちょっとチクリとしただけですから……寧ろもっと液多くても良かったんですよ?」

 

 

 そうは言うものの、山城君は痛みに顔を歪ませている。奥歯に力を入れて片方の口角を上げている様子を見れば、痛みを我慢していることくらい分かる。

 

 

「手……とても大きいわね」

「そうですかね?」

「それに……ボロボロ」

「楽器触ってたら誰でもこうなりますよ」

 

 

 指先にガーゼを当てつつ、彼の手のひらを見つめる。私の手よりも遥かに大きい、男の子の手だった。よく見てみると手全体、特に指先がゴツゴツしていて、彼の今までの練習量を証明しているかのように傷だらけだった。

 

 

「こんなになるまで練習してきたのね。……努力するのはいいけれど、あまり無理をしてはダメよ?」

「……ああ……ありがとうござい……ます……」

「? どうかした?」

 

 

 妙に歯切れの悪い彼の言葉が気になってしまい、思わず聞いてしまう。

 

 

「いや、その……今の白鷺さん……めっちゃ優しいなって思って」

 

 

 遠慮がちに答えた山城君。その声色から、彼が何を考えているのかすぐに分かった。

 

 

「あら? せっかく親切に看病しているのに……私のこと、厳しくて冷血な女の子だって思ってるんでしょ?」

「一言もそんなこと言ってないですよ……ただ、こんなに心配してくれるとは思ってなくて……たかが切り傷だし」

「たかがって……血が出てたのよ? 放っておいたらばい菌が入るかもしれないのに」

「確かにそうですけど、こんな程度で俺病気にならないですよ。それよりも白鷺さん、また仕事に行かなきゃいけないんでしょ? 俺の心配なんかしてないで、仕事の準備をしたほうが良いんじゃ……」

 

 

 ああ言えばこう言う、こう言えばああ言うの押し問答。私は彼を心配しているのに、当の本人は自分よりも私のことを気に掛けている。

 

 ……何なの? 意外と頑固なのかしら?

 

 

「……さっきからずっと思っていたのだけれど」

「はい?」

「山城君、ちょっと自分のことを蔑ろにしすぎよ」

「……えっ?」

 

 

 その言葉が予想外だったらしく、山城君は言葉を詰まらせた。

 

 

「『実力が足りなかったから落ちただけ』とか、『もっと頑張れば良かっただけ』とか、この傷のこととか……彩ちゃんや私、真優貴のことは一生懸命考えられるのに、自分のことになると冷たすぎないかしら?」

「……」

「あなたは他人に意識を向けすぎている。それが悪いとは言わないけれど、もう少し自分のことも大切にしなさい」

「…………善処します」

「あら? いつもの元気はどこに行ったのかしら?」

「……白鷺さん……もしかしたら楽しんでます?」

「さぁ? どうかしら?」

「……さっきの仕返しですか」

「ふふっ。そういうこと。よく分かったわね」

 

 

 さっき私に冗談を言ってきた時の彼の台詞を、そっくりそのまま返してみた。いつもハキハキしている彼がこうもシュンとしているというか、縮こまっている様子が……ちょっと面白かった。

 

 

「そうやって自分を大切にしない子には……お仕置きが必要ね」

「……は? お、お仕置き……?」

 

 

 困惑する山城君を他所に、私は彼の指先に当てているガーゼを剥がし、別のガーゼにさっきと同じように消毒液をしみ込ませた。

 

 

「消毒液の量、もっと多い方がいいのよね?」

「えっ? ま、まあそうで…………イデデデッ!?!?

 

 

 お望み通り、たっぷりと液をしみ込ませたガーゼを押し当ててあげた。これで傷口についている菌は心配いらないだろう。

 

 

「……ふふっ……あははっ!!」

「痛ってぇ……って、何笑ってるんですか……」

「だって……いつも堂々としてるあなたが……ふふっ……そんな子どもみたいに痛がるなんて……あははっ!!」

「……そんなに面白かったですか?」

「ええ……ふふっ……可愛いところもあるのね♪」

「……なんか褒められてる気がしないです」

 

 

 あらあら、私は褒めているつもりなのだけれど。ちょっとからかい過ぎたかもしれないわね。

 

 

「でも……白鷺さんがそうやって笑ってる顔、初めて見ました。こう言うと変に聞こえるかもですが……なんか嬉しかったです」

「それなら良かったわ。確かにこんなに笑ったの、ほんと久しぶりだわ。……あなたのおかげね。ありがとう」

「……どういたしまして」

「こちらこそ。さあ、手を見せて。絆創膏、貼ってあげるから」

 

 

 血が止まった傷口に、今度は優しく絆創膏を貼る。もう痛みは無いらしく、指も自然に動かせていた。

 

 

「ありがとうございます、白鷺さん。おかげでもう大丈夫です」

「それは良かったわ。……じゃあそろそろ私は仕事に向かうわ。今日はありがとう。楽しかったわ」

「こちらこそ。仕事、頑張ってください」

「ありがとう。それじゃあ行ってくるわ」

 

 

 荷物を持って出入り口に向かう。ふと振り返ると、ニコニコと笑っている山城君が立っている。

 

 

 今日は本当に彼とよく話した。彩ちゃんの背中をしっかりと押すだけじゃなくて、物事を厳しく捉えてしまう私を、彼はそれでよしと受け入れてくれた。

 

 山城君は理想を信じている。ある意味私とは正反対だけれど、彼はそんな私を拒絶するのではなく、しっかりと受け止めようとしてくれた。器が大きいとはこのことだろうか。

 

 

「今日の練習も頑張ってね――貴嗣君(・・・)

「はい。がんば……えっ?」

「……♪」

「?」

 

 

 そして彼の色んな面も知ることができた。

 努力家で、意外に頑固で、人の事は心配する癖に自分の事は心配しない、優しいけれどちょっと心配になる子。

 

 そして何より――

 

 

「顔、赤くなってるわよ?」

「……!?」

「ふふっ♪ それじゃあまたね……貴嗣君」

 

 

 ――からかい甲斐のある、可愛い一面もある子だった。





 読んでいただき、ありがとうございました。

 彩をメインに書いていたはずなのに、千聖との会話の方が文章量が多い……あれあれ?? それに日菜ちゃんと麻弥ちゃん、イヴちゃんの登場シーンが少なすぎる……んん??

 登場するキャラクターが偏ってしまって申し訳ないです。メンバーエピソードは気合入れて書きますので、それでお許しを……。

 パスパレ編はあと3話or4話で終わる予定です。頑張ってGWくらいには終わらせて、次のChapterに進みたいと考えております。

 次回は来週の土日に更新予定です。一週間程空きますが、次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 I Know You Can Make It

 
 お気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございます。

 初っ端から私事なのですが、自分下書きをする前にノートに話の展開を細かく書くようにしているのですが、その際に内容だけじゃなくて思いついたセリフもメモしておけば下書きがめっちゃ楽にできるという大発見(大袈裟)を最近いたしました。投稿ペースも上げられたら最高なんですけどねぇ……精進致します。

 あと今回の話なのですが、32話の内容を頭に入れた上で読んでいただけると、より楽しめるかと思います。

 それではどうぞ!



 

 夕方の駅前。事務所が運営している大きな劇場の前、学生や仕事帰りの人達が多く行き来するこの場所で、私達は道行く人達に向かって、大きな声で呼びかけていた。

 

 

「Pastel*Palettesです! よろしくお願いします!」

 

 

 通りすがる人達にチケットを持って声を掛けるも、首を横に振られる。目を合わそうとしても、すぐに逸らされてしまう。さっきからずっとこれの繰り返しだ。

 

 少し前から私達はライブイベントのチケットの手売りを始めた。再スタートをした私達を、もう1度お客さん達に知ってもらう必要があると思ったからだ。直接ファンと触れ合うのは危険が伴うとスタッフさん達には言われたけど、何もしないで後悔するようなことはしたくなかった。

 

 

「ぱ……Pastel*Palettesです……! よ、よろしくお願いしまーす……」

 

 

 頑張ってはいるけれど、チケットは殆ど売れていない。声を掛けられた時も応援の声ではなく、「まだ活動してたんだ」や「もうとっくの昔に解散したと思ったよ」等の厳しい声だった。長い間メディアへの露出を控えていたために、私達は多くの人達に忘れられてしまっていた。

 

 

「(でも私は諦めたくない……!)」

 

 

 忘れられちゃったのなら、もう一度思い出してもらえればいいんだ。例え忘れられていても、こうやって声を掛けることで私達のことを知ってもらえる。

 

 悲しい気持ちにならないわけじゃない。でも私はやっぱり諦めたくない。途中で諦めてしまったら、後悔で押しつぶされてしまいそうだから。

 

 それに私には……応援してくれる人がいる。自分を信じてただ突き進んでいけばいいんだって教えてくれた、優しい男の子がいる。

 

 

「(私は頑張れる……! 絶対にできる……!)」

 

 

 彼に励まされたときの嬉しい気持ちを思い出しながら、私は皆と一緒にチケットを売り続けた。見向きされなくても、私達は声を上げることを止めなかった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 橙色の夕日が、駅前の劇場の前にいる彩さん達を照らしている。その光は温かく優しいものだが、彼女達を取り巻く現状は、冷たく厳しいものだった。

 

 大きな声を出してライブイベントの宣伝をしているものの、ほとんどの人はその声に反応すらしていない。それでもチケットを売り続けている彩さん達を、俺達は少し離れたところから眺めていた。

 

 

「チケットの手売りなんて、ほんとすげぇな」

「あんなにネットで色々書きこまれたのに、ああやって直接お客さん達と会うなんて……私なら怖いなぁ~……。すっごいキツイこと言われるかもだし……」

「確かこれ考えついたの、彩さんなんだよね? 自分が今できることに全力で取り組むの、努力家の彩さんらしいね」

 

 

 大河と穂乃花、花蓮の会話を聞きながら、向こうでチケットの手売りをしている彩さん達を見つめる。通行人に近寄るものの、無視され拒否されてしまう。一瞬悲しい顔をするが、すぐに表情を戻してまた声掛けを行う。

 

 頑張ったからといって、それが必ず報われるわけじゃないのは分かっている。そういう経験はしてきたし、現実には非情な一面があることも知っている。だからといって、じゃあ今の彩さん達を見て何とも思わないかと言われたら、間違いなくNOだった。

 

 無視され、蔑まれ、馬鹿にされる――そんなことをされて気持ちいいはずがない。彩さん達が感じている辛さや悲しさが伝わってきて、胸の奥がズキズキと痛む。

 

 

「(……本当にすごい人だ)」

「……貴嗣君」

「ん?」

「大丈夫? 顔、ちょっと強張ってるよ」

 

 

 彩さん達をずっと黙って眺めている俺に、花蓮がそう聞いてくる。少し心配そうにしている花蓮に、俺は笑って答える。

 

 

「大丈夫だよ。頑張ってる彩さん達を見て、明日のライブ頑張らないとって思ってただけ」

「……そっか」

 

 

 花蓮は人の気持ちの変化に敏感だ。彼女を心配させないように、心の痛みは黙っておく。

 

 

「貴嗣君の言う通り、私達も頑張らないとだね」

「おうよ。あんなに頑張ってるパスパレの人達見てたら、俺もやる気出てきた」

「彩さん達もレッスンの合間に見てくれるみたいだし、いいパフォーマンス見せなきゃだね! ねっ、リーダー?」

「ああ、そうだな穂乃花」

 

 

 今回のライブのテーマは、ズバリ「応援」だ。夢や目標に向かって一生懸命進んでいる人達に、演奏を通して応援のメッセージを伝えるというのが今回のライブの目的だ。

 

 初めはいつもと違った雰囲気の曲を弾きたいという軽い理由で「応援ソングを演奏しよう」と話していた。だがPastel*Palettesと関わったことで、努力する人達を助けになりたいとう気持ちが俺達の中で大きくなっていった。4人で何度も話し合った結果、応援ソングをメインにしたライブにしようということになった。

 

 

「見てくれる人達全員に楽しんでもらえるように……頑張っている人達の背中を押せるように、明日は頑張ろう」

「「「おーっ!」」」

 

 

 明日へのライブに向けて気合を入れ直し、俺達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 レッスンの予定が無い休日、私達は今日も事務所に来ていた。自主練とチケットの手売りをするために来たのもあるけれど、今日はもう1つ大事なイベントがあった。

 

 

「みなさーん! スタッフさん達にタブレット借りてきましたよー!」

「ありがとうございます、マヤさん! わあ~……おっきなタブレットですね!」

「なんだか皆で映画観るみたいでワクワクするね~」

「うんうん! じゃあそろそろライブ始まる時間だし、準備しようか」

「タブレットのセッティングならジブンに任せてください! このスピーカーも繋いで、さながらその場にいるような臨場感を再現しますよ~」

 

 

 事務所の休憩室で準備をする私達。今日はインス〇グラムを使ったSilver Liningのライブ配信の日だ。貴嗣君のお母さんのカフェ、“Sterne Hafen”にある小さなスタジオから配信するみたい。SNSですっごく評判のカフェだから、Pastel*Palettesのライブイベントが終わったら行きたいな。

 

 準備を終えてワクワクしながら待つこと5分、ついに画面が切り替わって、綺麗なスタジオと楽器を持った貴嗣君達が映し出された。

 

 

 

 

『……あれ? なあ穂乃花~? これもうライブ始まってる感じ?』

『よゆーで始まってるよー! ほら、下からコメントがたくさん出てきてるでしょ?』

『すげぇ……! ライブ配信ってこんな感じなんだな! お、おおっ……コメントがビュンビュン下から来て目で追い切れない……』

『あははっ! ちょっとリーダー、SNS音痴バレちゃうよ~?』

『おおっとぅ、それはちょいハズい……とまぁ前置きはここまでにして――皆さんお久しぶりです。Silver Liningでーす』

 

 

 

 

 貴嗣君が笑顔で手を振って挨拶をする。お客さんが実際にいるわけではないから、大声を出して私達観客に呼びかけるのは難しいみたい。それでも皆のラフな私服姿や貴嗣君の低い声もあって、落ち着いた雰囲気がとても似合っていた。ライブと言えば皆でワイワイ盛り上がるっていうのをイメージしがちだけど、こういうゆったりとしたライブも結構好きかもしれない。

 

 

 

 

『今日はこの前からお知らせしていた通り、応援ソングをメインに演奏します。曲の合間に皆さんからのコメントやご質問に答えつつ、自分達でアレンジを加えた曲を3つ演奏するので、是非楽しんでいってくださいね。――それでは早速1曲目、行きましょうか。みんなー、準備はよろしいか~?』

 

『おう!』

 

『バッチリだよ~!』

 

『いつでも行けるよ』

 

 

『皆サンキュー。それでは1曲目、演奏させていただきます。F〇NKY M〇NKEY B〇BYSさんから、“あとひとつ”です』

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 演奏後の余韻が、体にじんわりと響く。指でギターの弦を抑え音を消した後、緊張を解き前に置いてあるタブレット(花蓮が貸してくれたもの)の方を見る。

 

 

「――ありがとうございました。2曲目はコブ〇ロさんより、“今、咲き誇る花たちよ”でした」

 

 

 今は2曲目が終わったところ。“あとひとつ”に続いて2曲目に“今、咲き誇る花たちよ”を演奏した俺達は、各々水分補給をしながら、見てくれている人達からのコメントを目で追っていた。

 

 

 

「『この前駅の近くのゲームセンターに皆さんいましたか? クレーンゲームのところでチラッと見かけた気がするんですけど……』だってさ! クレーンゲームってことは……ああ! 貴嗣が初めてクレーンゲームやった時のことじゃね?」

 

「そうかもだな。多分それ僕達ですねー」

 

「実は貴嗣君、この前までクレーンゲームやったことなかったんですよ。留学先に大きなゲームセンターが無かったんだよね?」

 

「そうそう。海外にもクレーンゲームってあるんだけど日本ほど普及してなくて、中々やる機会が無かったんですよねー」

 

「あの時の貴嗣、ほんと面白かったよね~! ボタン押す時手震えすぎでしょ!」

 

「初めてやるゲームだったから緊張してさ……んであれだけバカみたいに集中して結局景品取れないっていうオチね。五百円が水の泡に……」

 

「……なんか貴嗣って意外に守銭奴だよな」

 

「なにを言うか大河。高校生にとって五百円は大金だぞい」

 

 

 

 皆で和気あいあいと話してコメントに答えつつ、最後の曲の準備を進める。そしていくつかの質問に答えた後、皆の準備が完了した。

 

 

「よし、じゃあ休憩はこのくらいにしようか。皆さんお待たせしました。最後の曲に行きたいと思います」

 

 

 俺の言葉に、皆も楽器を構える。

 

 

「今この瞬間にも、夢や目標に向かって努力を続けている人達は沢山います。今ライブを見てくださっている皆様の中にも、一生懸命頑張っている人がいると思います」

 

 

 マイクの位置を調節しながら、言葉を続ける。頑張っている人達を――彩さん達のことを考えながら、自分達の気持ちを伝える。

 

 

「時には心が折れそうになる時もあるでしょう。もう辞めたいって思う時もあるでしょう。でもそんな辛さを越えた先には、想像できないほど素晴らしい光景が広がっているものです。最後の曲は、そんな苦しい中でも頑張っている人達への、俺達からのメッセージです」

 

 

 後ろを向いて、皆とアイコンタクトを取る。大河達はやる気に満ちた眼差しで答えてくれた。

 

 

「皆さんは1人じゃない。皆さんは負けない。皆さんなら絶対にできる――そんな俺達の気持ちを、歌に乗せて演奏します」

 

 

 スーッ、ハァーと深呼吸し、体にスイッチを入れる。

 

 

「それでは聞いてください。M〇y J.さんから“Faith”です」

 

 

 

 

 

『負けないで 諦めないで

 

 いつだって答えは近くにある

 

 倒れたって良い また立ち上がれば良い

 

 心に耳を傾けて、従うの』

 

 

 

 

 ――俺達の歌が、頑張っている人達の背中を少しでも押せますように。

 

 

 

 

『心の奥底から

 

 この世界に「私は本当にできるんだ」って伝えたいんだよね

 

 もう1度挑めばいい

 

 胸を張って、堂々と叫ぶの』

 

 

 

 

 ――俺達の演奏が、Pastel*Palettesの皆さんに届きますように。

 

 

 

 

『あなたならできる

 

 雨も夜も超えて、あなたはまた立ち上がるから

 

 自分を変えるため、自分の生き方を見つけるため、進み続けよう

 

 もっと強くなれる』

 

 

 

 

 ――そしてどうかこの歌が

 

 

 

 

『だってあなたならできるから

 

 誰にも「お前になんかできない」なんて言わせない

 

 あなたはここにいる

 

 あなたは絶対に負けない』

 

 

 

 

 ――彩さんの力になりますように。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 冷たい雨が、空から容赦なく私に降り注ぐ。まるでたった1人で声を出してチケットを手売りしている私を嘲笑うかのように、無感情の雫が私を濡らしていく。

 

 貴嗣君達のライブを見て、私は言葉で言い表せないほど勇気づけられた。「あなたなら出来るって信じてる」って気持ちが――皆からの想いが伝わってきて、大きく背中を押してくれたみたいだった。

 

 事務所でライブを見た後はその勢いに任せて、いつものように皆と一緒にチケットを持って外に出た。突然雨が降り始めたのは、チケットを売り始めて十数分経った頃だった。

 

 

「(……だめだ……声が……全然届いてない……)」

 

 

 傘をさして歩いていく人達に大きな声で呼びかけるも、雨の音が私の声をかき消してしまう。普段からほとんど見向きもされないのに、雨で声が届いてないとなると、一切振り向かれないのは当然だった。

 

 

「(日菜ちゃんの言う通り……こんな日にチケットを買ってくれる人なんて……いないよね……)」

 

 

 寒い。凍えるほど寒い。

 雨の冷たさが、体と心の温度を奪っていく。

 

 

 

「(このまま雨に……想いも夢もかき消されちゃうのかな……)」

 

 

 ああ、またこの感覚だ。

 どれだけ頑張っても、届かない。寸前のところまで階段を上って来て、やっとたどり着いたと思ったらまた蹴り落されるような、あの感覚。

 

 

 雨の中に、ポツンと1人。

 真っ暗な場所で、向かう場所も無くて、でも逃げる場所も見つけられなくて。

 

 

「(やっぱり夢を叶えるなんて……私にはできないのかな……?)」

 

 

 

 

 

 ポキっと心が折れて、諦めてしまいそうになった時だった。

 

 私の目に、キラリと銀色の光が差し込んだ。

 

 

 

 

 

「(……今のって……もしかしたら……)」

 

 

 首から掛けていた、綺麗な銀のネックレス。私のアイドルデビュー記念として、貴嗣君がバイト終わりに買ってくれたネックレス。それがどこかの光を反射したみたいだった。

 

 

 

『これからのアイドル活動でのお守り、そして……俺を幸せな気持ちにさせてくれたことのお礼です』

 

 

 

「(あれ……今の声……)」

 

 

 ハッとなって周りを見るけれど、当然貴嗣君はいない。さっきまでライブ配信してたんだし、ここにいるはずなんてない。

 

 でも今一瞬だけ……貴嗣君の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 ――……ke it

 

 

 

 あれ……?

 

 

 

 ――……an ……ke it

 

 

 

 まただ……

 

 

 

 ――……can make it

 

 

 

 聞こえる……

 

 

 

 ―― I ……ow y……can make it

 

 

 

 これ……さっき聞いた貴嗣君の歌だ……!

 

 

 

 

 

 

 

「私達の歌を聞いてください!」

「……えっ!?」

 

 

 隣から聞こえた大きな声に驚いてしまう。振り向くと、私の隣に千聖ちゃんがいた。

 

 

「ち、千聖ちゃん……?」

「どうしたの? もっと大きな声を出さないと、誰にも聞こえないわよ」

「……どうして……?」

「貴嗣君は彩ちゃんのこと、歌で応援してくれたのよ? あなたなら絶対にできるって信じてくれているのよ? それなのにあなたはここで諦めるの!?」

「……っ!?」

 

 

 雨に濡れながらも、真剣な眼差しで私を見つめる千聖ちゃん。千聖ちゃんの言葉を聞いて、貴嗣君の歌声が鮮明に思い出された。

 

 

 

 

 ―― I know you can make it.(彩さんならできる)

 

 

 

 

 

 そうか。

 あの歌……私を励ますために歌ってくれてたんだ。

 

 

 

 

 

「(……また私のこと……助けてくれたんだね……)」

 

 

 銀のネックレスをギュッと握る。貴嗣君の声が、今度ははっきりと蘇る。

 

 

 

 『負けないで 諦めないで』

 

 『倒れたって良い また立ち上がれば良い』

 

 『雨も夜も超えて、あなたはまた立ち上がるから』

 

 『あなたは絶対に負けない』

 

 

 

 

 

「私なら……できる……!!」

「ええ、そうよ。……さあ、準備はいいかしら?」

「……うんっ!」

 

 

 千聖ちゃんの問いに、私は大きく頷いた。

 

 

「Pastel*Palettesです! よろしくお願いします!」

「お願いします!」

 

「「どうか私達の歌を聞いてください!! お願いします!!」」

 

 

 雨に負けないように、さっきよりも大きな声で呼びかける。ネックレスを左手で握りしめながら、なりふり構わず大声を出す。

 

 

 

 私ならできる、私は負けない。

 

 私は負けない……私ならできる!!

 

 

 

 

 

 

 

「あのー……すみません」

「「は、はいっ!!」」

「そのチケット、1つ買いたいんですけどいいですか?」

「「……!!」」

 

 

 私達の前に現れたのは、どこかで見たことのある女性だった。お金を受け取ってチケットを渡したのだけど、その人は私のネックレスをチラッと見た後、優しく笑った。

 

 

「うちのネックレス、付けてくれてたんですね」

「うちの…………あっ!? あそこのアクセサリーショップの店員さん……!?」

「はい。そうですよ」

 

 

 思い出した。

 貴嗣君と一緒に行ったお店の、若くて綺麗な店員さんだった。

 

 

「あなた達のこと、ずっとあそこのお店から見てたの。こんな雨の日でも頑張っているあなた達を見て……応援したいなって思ったの」

「「……!!」

「ライブ、見に行くわね。辛いこともあるだろうけど、私()は応援しているわ。頑張ってね」

「あ、ありがとうございます……! ……って、あれ?」

「私()とは……一体どういう……?」

「……ふふっ♪」

「「?」」

 

 

 私達が首を傾げていると、突然雨がピタリと止んだ。びっくりして反射的に上を見ると、目に入ったのはやっぱり曇り空。でもその空はまるで透明ビニール越しに見ているみたいに、グニャリと歪んでいた。

 

 

 

 

 

「彩さん」

「……えっ?」

 

 

 後ろから声を掛けられる。何度も聞いたことのある声だった。恐る恐る声のした方を向いてみると、大きな体の男の人が立っていた。

 

 

「あっ……貴嗣……君……?」

「はい。俺ですよ」

 

 

 間違いない。私をずっと応援してくれていた、優しい男の子だった。その低い声と優しい笑顔で、すぐに誰だか分かった。

 

 

「な、なんで……さっきまでライブしてたんじゃ……?」

「ライブが終わって皆でゆっくりしてたところに、真優貴から電話がかかって来たんです。雨降ってるのに彩さんが1人でチケット売ってるって聞いて……心配になってダッシュで来ちゃいました」

 

 

 大きな傘の中に、私を入れてくれている貴嗣君。隣には真優貴ちゃんもいて、千聖ちゃんを傘に入れてあげている。

 

 

「ちょっと失礼しますね」

「あっ……」

 

 

 気が付くと、私はモフモフのタオルで頭を包まれていた。貴嗣君が濡れている私を拭いて、自分が来ていた防水のジャケットを私に着せてくれた。

 

 すごく温かかった。肌や髪を傷つけないように、ポンポンと優しくタオルで包んでくれる。その気遣いと言うか、大事にされていることがとても嬉しくて……一気に我慢していた気持ちがブワッと溢れてきた。

 

 

「……っ!!」

「うおっ……! ちょちょ……あ、彩さん……?」

「……っ……貴嗣……くん……っ!」

「あらあら。そんなにギュッと抱き着いちゃって。ラブラブですね~」

「バイト先の先輩ってこの前も言ったじゃないですか……」

「分かってますよ。それじゃあ私は行きますね。……あなたの先輩さん、とっても頑張ってたんですよ? ちゃんと褒めてあげてくださいね」

「褒めてって……まあその……頑張ります」

 

 

 その声の後、ビニール傘に雨が当たる音がどんどん遠ざかっていった。店員さんはお店に戻っていったみたいだ。

 

 私はというと……どんどん出てくる涙を抑えるために、貴嗣君に思いっきり抱き着いてしまっていた。

 

 

「……私ね……千聖ちゃんが来る前に……もう諦めそうになっちゃったんだ……。もう無理だって思って……その時にこのネックレスを見て……貴嗣君の歌を思い出したんだ……」

「……そうだったんですね」

「もうダメだって思ったけど、千聖ちゃんが来てくれて……貴嗣君の歌を思い出して……私……っ……頑張ったよ……!」

「はい……本当に彩さんは頑張りました」

 

 

 ゆっくりと顔を上げると、私を見つめて微笑んでくれている貴嗣君が。

 

 いつも見せてくれるその笑顔を見て……もう我慢できなかった。

 

 

「……ああっ……うぅ……たかつぐ……くん……っ!!」

「……しんどかったですね。頑張りましたね。ナイスファイトです」

 

 

 大声で泣く私の頭を、貴嗣君は大きな手で撫でてくれた。泣いている赤ちゃんをあやすようにゆっくりと撫でて、温かい言葉と一緒に私を優しさで包んでくれた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「ありがとう、真優貴ちゃん。傘に入れてくれただけじゃなくて、タオルで拭いてくれるなんて……本当に真優貴ちゃんにはいつも助けられてばかりね」

「私も千聖さんに助けられてるんですから、お互い様ですよ♪ ……それにしても、雨全然止まないな~。雨のせいで体が冷えてるだろうし、お2人とも事務所に戻って温まった方がいいですね」

「そうね……と言いたいところだけど、彩ちゃんはすぐには動けそうにないわね」

 

 

 真優貴と白鷺さんの視線がこちらに向けられる。俺も真優貴の意見に賛成だが、白鷺さんの言う通り、彩さんにはもう少し時間が必要だ。

 

 

「白鷺さんは真優貴と一緒に先に帰っておいてください。俺達はもう少ししてから行きます」

「……そうするしかないみたいね。……貴嗣君達も風邪を引かないように、なるべく早く戻ってくるのよ」

「承知しました」

 

 

 そして真優貴と白鷺さんはひとまず事務所に戻ることになった。途中から来たとはいえ、白鷺さんもかなり濡れてしまっていたから、すぐに体を温める必要があるだろう。連れて行ってくれた真優貴に感謝だ。

 

 

 

「千聖さんもお兄ちゃんのライブ見てたんですね」

「ええ。休憩中にスマホでね。貴嗣君達の演奏、本当に素敵だったわ」

「ですよね~! ……そう言えば千聖さん、お兄ちゃんのこと名前で呼ぶようになったんですねぇ。どういった心境の変化ですか~?」

「……別に何もないわよ」

「ふふ~ん……そうですかそうですか~♪」

「……どうしてそんなにニヤニヤしているのかしら?」

「いえいえ、何でもないですよ~♪」

 

 

 

 

 真優貴と白鷺さん、何か話しているみたいだ。雨のせいで何を話しているのかは全く聞こえないが……真優貴がニヤニヤしているということは、白鷺さんのことをからかっている……?

 

 

「……ご、ごめんね貴嗣君……っ……私のせいで……寒いよね?」

「全然大丈夫ですよ。今は遠慮なんかせず、思いっきり泣いてください。俺はいつまででも待ちますから」

「……っ……うん……」

「いっぱい泣いて落ち着いてきたら、事務所に戻って温まりましょう。風邪引いちゃったら、白鷺さんに怒られちゃいますからね」

「……ふふっ……そうだね……。事務所に戻ったらさ……っ……一緒にコーヒー飲みたいな……」

「はい。温かいコーヒー、一緒に飲みましょう」

「うん……っ……えへへっ……温かいコーヒーだねっ……♪」

 

 

 俺の体に抱き着いている彩さんの顔に、少しだけ笑顔が戻る。涙を流した分落ち着いてきたのか、ちょっとだけ余裕が戻って来たみたいだ。

 

 あともう少しすれば普段の元気いっぱいな彩さんに戻るであろうことを確信して、俺はさっきよりも弱くなった雨音を聞きながら、彩さんの頭を撫で続けた。

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 雨の中でチケットを売る場面での彩ちゃんの気持ちについては、原作のストーリーを参考にしつつ、自分の解釈を加えてみました。頑張っているけれど本当は不安を抱えている、ちょっと弱々しい(?)彩ちゃんを描かせていただきました。あと今回使わせていただいた曲、3曲ともすごくいい曲なのでおススメです。

 GWということで、この連休を使って話を進めたいと思っています。パスパレのメインストーリーは終えられるよう、頑張って参ります。次回は連休のどこかで更新する予定です。
 
 それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 やっとたどり着いた場所


 お気に入り登録をしてくださった方、ありがとうございます。

 お待たせしました。パスパレメインストーリー、最終話でございます。
 もうちょっと前に投稿する予定だったのですが、ネタが思い浮かばなくてスランプ状態でした。思いつくまま勢いで書いた部分が多いです。文章が駆け足&荒すぎなので、軽い気持ちで読んでいただけると嬉しいです。

 それではどうぞ!


【Information】

 アンケートへのご協力、誠にありがとうございます。現在のアンケートの締め切りを、勝手ながら《5/9 23:59》までとさせていただきます。ご理解の程よろしくお願いいたします。


 

 

 

 すっかり暗くなった空が窓から見える、誰もいないレッスンルーム。今日も俺はこの部屋で床に座り、相棒であるギターのメンテナンスをする。弦はこの間白鷺さんと話した時に張り替えた(指を怪我したが)ので、今は丁寧にクロスでボディを拭いている最中だ。

 

 

「(彩さん達……会議時間かかってるなぁ)」

 

 

 今日のレッスンが終わったタイミングで、彩さん達はスタッフさん達に呼び出された。近々行われるライブイベントについての会議だそうだ。大河達は予定が入っていたので、レッスン後すぐに事務所を後にした。だから今俺は1人だ。

 

 彩さんと白鷺さんが雨の中でチケットを手売りしていた――その事実がSNSを通じて拡散され、瞬く間に世間の注目を集めた。手売りでのチケット販売はほとんど売れなかったものの、その根性の塊のような姿を見て、多くの人が彼女達への評価を改めることになった。

 

「雨の中でチケットを売り続けるなんて……見直した」や「今は地道に努力してる感じなんだな。明日チケット買いに行こうかな」等、日に日に肯定的な意見が増えている。チケットもネットでどんどん売れているそうだ。彩さん達の努力が、やっと目に見える形となって表れたのだ。

 

 

 そのことが嬉しくて、自然と自分の顔に笑顔が浮かんできたところで、扉がゆっくりと開く音が聞こえた。

 

 

「あっ、彩さん。おかえりなさ……い……」

 

 

 部屋に入って来たのは、やはりと言うか彩さんだった。笑顔で先輩を迎えようとしたのだが、彩さんの顔を見た瞬間、そんな気は失せてしまった。

 

 

「……うん……ただいま、貴嗣君……」

 

 

 彩さんは今にも泣きだしそうな様子だった。そんな状態なのに、俺を見て精一杯笑顔を作ろうとしてくれている姿が、とても痛々しかった。

 

 

「……こっち、来ます?」

「……うんっ……」

 

 

 壁を背もたれにして座っていた俺は、ギターをスタンドに置いてから、自分の隣に彩さんを誘導した。か細い声で答えた後、彩さんは疲れた足取りでこちらに来て、隣にちょこんと座った。三角座りでギュッと膝を抱えている彩さんを見て、自分の胸の奥にズキズキと痛みが走った。

 

 

「さっきの会議でね……明後日のライブイベントのこと、色々聞かされたんだ……」

 

 

 彩さんは先程までの出来事を、ゆっくりと話し始めた。その声は悲しい気持ちに満ちていて、僅かに震えていた。

 

 

「私達、レッスン頑張ったから実際に演奏できるって言われたんだけど……私だけこの前と同じで口パクで行って欲しいって言われたんだ……ほら、私って本番に弱いでしょ? 歌おうって思っても緊張しちゃって……頭真っ白になっちゃったらまたライブ失敗しちゃうから……」

 

 

 言葉が途切れてしまう。辛い気持ちを必死に耐えているのが伝わってくる。

 

 

 擁護をするつもりはないが、スタッフさん達の言い分も分かる。明後日のライブイベントで失敗してしまったら、今度こそ次はないだろう。だからこそ、Pastel*Palettesに失敗は許されない。リスクが出来るだけ小さい道を取るべきだと考えるのは理解できる。

 

 

 けれど彩さんが今まで必死に頑張って来たのは紛れもない事実だ。彩さんは確実に上達しているし、彩さん自身もそのことに自信を持ち始めている。専属のコーチさんからもその話は届いているだろうし、何ならスタッフさん達も時々レッスンの様子を見に来ている。彩さんがどれだけ努力しているか知らない、ということはないはずだ。

 

 

 だが彼らには――この事務所には、Pastel*Palettesを守る義務がある。彩さん達を守り、活動を続けさせるために、苦渋の選択をしたということだろうか。だが彩さんを守るための選択が、彩さんを一番傷つけてしまっているというのは……悪質な冗談みたいだ。

 

 

「私ね……デビューすることを夢見て、3年間一生懸命頑張って来たんだ。でも全然上手くいかなくて、卒業しなきゃいけないって時に……Pastel*Palettesのボーカルとして加入することが決まったんだ」

「……それは知りませんでした。本当にギリギリだったんですね」

「うん。デビューが決まった時、すごく嬉しかった。やっと夢が叶ったって。努力が報われるって」

 

 

 彩さんの声が、だんだん小さくなっていく。いつも元気一杯な彩さんの面影は、ここにはない。

 

 

「私ね……自分に才能がないこと、分かってるんだ。だから努力することしかできないし、そうすることでしか……前に進めなかった」

「でも彩さんはそうやって、少しずつ前に進み続けた。だからここまで来ることができた」

「……でも本番では……歌うなって言われちゃった……努力してきたけど……また叶わなかった……。今まで積み重ねてきたことが全部無駄になっちゃったみたいで……否定されたみたいで……」

 

 

 そう言いかけて、彩さんは顔を膝に埋めながらこちらを見た。スピネルピンクの瞳には、薄らと涙が溜まっていた。

 

 

「正直……っ……すごく辛い……辛くて……っ……悲しい……」

 

 

 自分の胸に手を当てる。心臓のさらに奥――“心”と呼ばれる部分が、まるで刃物で思いっきり刺されているように痛む。

 

 目を瞑って、この耐えがたい痛みを感じる。これが彩さんの痛みなんだと、自分の心で受け取める。

 

 

「ごめんね……この前も貴嗣君に励まされたばっかりなのに……またこんな弱気なこと言っちゃって……頑張れって……私なら負けないって言ってくれたのに……こんなのアイドル失格だよね……」

「……どうして謝るんですか? 彩さんは何も悪いことしてないですよ」

 

 

 マイナスな気持ちに支配されそうになっている彩さんに、ゆっくりと話しかける。

 

 

「彩さんは絶対に負けないです。最後まで頑張って、夢を叶えられる人です」

「……どうしてそこまで私のこと信じてくれるの? 私……貴嗣君に助けてもらってばっかりで……助けてもらってるのに何もできてないのに……どうして……?」

「どうしてって……当たり前じゃないですか」

 

 

 彩さんの目を見つめる。真っ直ぐ見つめて、自分の気持ちを伝える。

 

 

「『何があっても彩さんのことを応援します』って決めたからです」

「……えっ?」

「彩さんからアイドルデビューの話を聞いた時に、俺はそう決めました。一度決めたことは、最後まで貫き通さないと。初志貫徹ってやつです」

「……っ!」

「彩さんの頑張る姿を、俺は近くでずっと見てました。どんなに辛い目にあっても、悲しい気持ちになっても、彩さんは絶対に諦めなかった。……俺の中の『丸山彩さん』は、そんな人。例え現実に打ちのめされて倒れても、また起き上がれる強い人。そして自分の今までの努力を信じて、何があっても諦めない凄い人です」

「たか……つぐくん……!」

「何があっても自分を信じ続けるんです。『努力すれば必ず夢は叶う』って、最後の一瞬まで信じ続けるんです。夢を叶えるのに絶対に必要なモノは……自分を信じる強い心です」

 

 

 胸に握り拳をトントンと当てる。俺のジェスチャーを見て、彩さんも静かに自分の手を胸に当てる。

 

 

「……うん。そうだよね。『努力すれば必ず夢は叶う』って信じ続けたからこそ、私は今ここにいる。自分を信じ続けたからこそ、辛くても諦めなかった」

「ええ。その通りです」

「……また貴嗣君に助けられちゃったね。……大切なことを思い出させてくれて……本当にありがとう」

「どういたしまして」

 

 

 彩さんに笑顔が戻って来た。そのことが嬉しくて、俺も一緒に笑う。

 

 

「……やっぱり私……ここで諦めたくない。例え望む結果にならなくても……最後の1秒まで頑張り続けたい」

「うんうん。それでこそ彩さんです」

「私……ライブの日に、スタッフさん達にお願いしてみる。歌わせてくださいって……自分の気持ちを伝えてみる」

「それが彩さんの答えなんですね」

「うん。これが私にできることだから。……ねえ、貴嗣君?」

「はい?」

 

 

 彩さんは唐突に、俺の名前を呼んだ。

 

 

「当たり前だけど、ライブ当日に貴嗣君は私の隣にいない。今はこうやって隣にいてくれるから、頑張ろう! って思えるんだけど……やっぱりちょっと不安なんだ。だから……1つだけお願いしてもいいかな?」

「ええ。もちろん」

 

 

 俺が答えると、彩さんは綺麗な両手をスッと差し出してきた。

 

 

「……バイト終わりの時みたいに……私の手、握って欲しいんだ。貴嗣君にギュって握ってもらえたら……勇気が出るから」

「分かりました」

 

 

 断る理由なんてない。俺はその小さい両手を包み込むように、優しく握った。俺の手よりも遥かに小さい彩さんの両手は、少し力を入れたら壊れてしまいそうに見えた。

 

 

「……ふふっ♪ 貴嗣君の手って、ヒンヤリしてるよね」

「昔からなんですよねー。嫌でした?」

「ううん! 寧ろ気持ちいいよ? それに、手が冷たい人って心が温かいって言うし……私は……好きかな……///

「……ばっちし聞こえてますよ~」

「えっ!?/// う、嘘!?」

「この距離ですし、小声でも聞こえますよ~」

「ううっ……は、恥ずかしぃ……///」

 

 

 ほんのりと頬を赤く染める彩さんがとても可愛らしくて、ちょっとからかってしまった。慌ててさらに顔を赤くする彩さんを見て、いつもの彩さんが戻ってきたと分かって、幸せな気持ちになった。

 

 

「まあでも、そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます。……ところで彩さん」

「ん?」

「あとどれくらい握ってましょうか?」

「う~ん……」

 

 

 数秒考えた後、彩さんはちょっと遠慮がちに口を開いた。

 

 

「……あと10分くらい……?」

「うおっほい、結構長いっすね」

「あうっ……だ、だめかな……?」

「いえいえ。大丈夫ですよ。はい、ギュー」

「あっ……えへへっ……/// ありがとう……///」

 

 

 こうして俺は約束通り、10分間彩さんと雑談をしながら手を握り続けた。幸せそうな顔をしている彩さんを見て、俺の胸の痛みも徐々に治まっていった。

 

 

「……貴嗣君……私、頑張ってみるね」

「はい。俺も大河達と一緒に客席から応援してます」

「うんっ! ありがとう!」

 

 

 真っ暗な夜空が見える、俺達以外誰もいないレッスンルーム。床にペタリと座って、お互いの顔を見つめ合っていた俺と彩さんを、優しくて温かい雰囲気が包んでくれていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そしてライブイベントが終わって数日後。

 

 

「それじゃあ、Pastel*Palettesライブイベントの成功を祝って……かんぱーい!」

「「「かんぱーい!!」」

 

 

 Pastel*Palettesの皆さんと俺達Silver Lining、そして真優貴を加えた10人は、母さんが経営している喫茶店である“Sterne Hafen”の地下を貸し切って、打ち上げパーティーをしていた。

 

 

 ライブイベントは成功した。成功と言うより、大成功だ。

 

 

 俺達は観客としてライブに参加したから実際に見たわけじゃないが、彩さんは俺に話してくれた通り、本番の準備中に、スタッフさん達に直談判をしたそうだ。勿論最初は渋っていたスタッフさん達も、彩さんの必死の懇願と、白鷺さんを始めとしたメンバーからの願いもあって、彩さんが実際に歌うことを許可したそうだ。ステージの上で歌っていた彩さんは、緊張が見られたものの、今までで一番楽しそうに歌っていた。

 

 

 そしてライブが終わってから数日後の今日、皆お疲れ様でしたということで、こうやってうちのお店で打ち上げをしている。上のお客さんの邪魔にならないように、しっかりと階段の防音ドアは閉めて、色んな音楽をプレーヤーでランダムに流しながら、自由な時間を楽しんでいる。

 

 

「ねえねえ貴嗣君! この部屋入ってもいい~?」

「ああ、いいですよ~日菜さん。ちょっと待ってくださいね、電子ロック外します」

「ありがと~! ……わあっ、なんだかスパイ映画みたい……!」

 

 

 日菜さんに呼ばれて、俺はSilver Liningが練習によく使っている小さなスタジオの前に向かった。ドアノブのところにある機械にパスワードを入れると、ピーという機械音と共に鍵が解除された。

 

 

「はい、どうぞ~。ちょっと狭いかもですが、自由に見ていってください」

「はーい! それじゃあお邪魔しまーす!」

「山城さん、自分とイヴさんも入ってみていいですか?」

「もちろんですよ。さあ、遠慮せずどうぞ~」

「ありがとうございます、タカツグさん! ……わあっ~……! 素敵なスタジオです!」

 

 

 日菜さんに続いて、大和さんとイヴちゃんもスタジオの中に。3人とも楽しそうにスタジ

オの中を探検している。

 

 

「貴嗣君」

「ん? ……おっ、白鷺さん。お疲れ様です」

「ええ。お疲れ様。今大丈夫かしら? もしよければ、少しお話しでもしない?」

「喜んで」

 

 

 スタジオの入り口から日菜さん達を眺めていると、今度は白鷺さんに声を掛けられた。手にはやはりと言うか、紅茶が淹れられた紙コップを持っている。白鷺さんのお願いに二つ返事で答えると、先輩は嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

「まずは……色々とありがとう。あなた達に沢山助けられたわ」

「いえいえ。それがスタッフさんからの依頼でしたからねー。まあ練習見てって言われた時はどうなることやらと不安でしたけど、今皆さんが楽しそうにしているのを見たら、上手くいったのかなーと」

「そうね。あそこにいる彩ちゃんなんて、とても楽しそうよ」

「ん?」

 

 

 オレンジジュースを喉に流し込みながら白鷺さんの話を聞いていた俺は、ふと彩さんの姿を探す。すると……。

 

 

 

 

 

 

「おおっ! 流石彩さん! 自撮りすっごく上手ですねー!」

「ありがとー穂乃花ちゃん! じゃあ今度は、皆決め顔で撮ろっ!」

「クールなフェイスですねぇ。……こんな感じかな?」

「真優貴ちゃん良い感じ! じゃあ一回撮るねー! はい、チーズ!」

 

 

 パシャパシャ!

 

 

「……あっ、大河君目瞑ってる」

「えっ、俺!? ……あっほんとだ」

「あははっ! ちょっと大河~思いっきり目閉じてるじゃん! あははっ!」

「って言うか大河君、ちょっと顔強張ってるよ? もしかしたら緊張してる?」

「うげっ……流石名女優山城真優貴ちゃん……この写真見ただけで緊張してるとか分かるのか……」

「もしかしたら……女の子ばっかりだから……?」

「……なんで花蓮って時々そんな意味分からんくらい鋭いの?(畏怖)」

「あははっ! 大河君おもしろ~い!」

「……あざっす……///」

「あっ、大河彩さんに褒められて照れてる」

「大河君顔真っ赤~」

「……貴嗣~! 兄貴ィ~! 助けてくれぇぇぇぇぇ……」

 

 

 

 

 

 

 大河が彩さんと穂乃花、花蓮に真優貴に散々弄られているという光景がそこにはあった。確かに皆めっちゃ楽しそうだ。

 

 

「ほらね?」

「エンジョイしてますね~。……また後でそっち行くから、それまでは大河だけで頑張ってくれ~」

 

 

 

 ――マジかよぉぉぉぉぉぉ……

 

 

 

「貴嗣君も嬉しそうね」

「はい。皆の嬉しい気持ちが伝わってきますから。それに……彩さんがあんなに楽しそうに笑ってくれているのが、とても嬉しいんです」

「彩ちゃんも頑張ったものね。……貴嗣君がしっかりと支えてあげたから、あの子はここまで頑張れたのかもしれないわね」

「どうなんですかねー。確かに励ましはしましたけど、実際に行動して夢を掴んだのは彩さんですし……俺はそんな影響与えてないと思いますけど」

「そんなことないわよ。自分では分からないかもしれないけれど、彩ちゃんは確実にあなたから影響を受けている。それも、良い影響をね」

「……なんかそう言われるとこそばゆいですね」

「謙遜しなくてもいいのよ。それに……私もあなたから影響を受けたわ」

「えっ? 白鷺さんが?」

 

 

 驚いて白鷺さんの方を向く。そんな俺とは対照的に、白鷺さんはいつものように余裕そうな笑みを浮かべている。

 

 

「あなたは私と正反対の考えを持っているのに、私のことを理解しようとしてくれた。普通なら私を拒絶するところなのに……こんな私だからこそ出来ることがあるって、あなたは教えてくれた。そうやって他者の立場に立って理解しようとする姿勢は、私も見習わなければと思ったの」

 

 

 白鷺さんはそう言うと、視線を俺から彩さんに移した。向こうで楽しそうに自撮りをしている彩さんを、白鷺さんは見つめている。

 

 

「初めは彩ちゃんやあなたのことが理解できなかったし、まだ分からないことだらけ。でもあなたが一生懸命私の良いところを見つけてくれたように、私もあなた達を理解していきたいの」

「うんうん。いいですね、それ。これからPastel*Palettesとして活動するの、絶対楽しくなりますよ」

「そうね。皆個性が強いもの。……この“楽しい”って思えるきっかけを作ってくれたのは、貴嗣君よ。だから……ありがとう」

「はい。どういたしまして。これからもよろしくお願いしますね、白鷺さん」

「ええ。こちらこそよろしくね、貴嗣君」

 

 

 お互いに見つめ合って、笑顔になる。初めて出会った時は考え方の違いからやっぱり壁を感じていたけれど、今の俺と白鷺さんの間に壁は無い。大きな壁は壊されて、代わりに橋が架かっているような――100%ではないけれど、お互いの個性を理解できたような気がした。

 

 

「……ところで貴嗣君」

「はい? なんでしょうか?」

「私はあなたのことを名前で呼んでいるわよね?」

「はい」

「なのに私のことは“白鷺”呼びなのは……どうしてかしら?」

「…………へっ??」

 

 

 気の抜けた声が出てしまった。白鷺さんは笑っているが、その笑顔からは何故か物凄い圧力を感じた。

 

 

「……下の名前で呼んでもいいってことですか?」

「そういうことよ。折角こうやって2人で色々話したのだから、そろそろ私のことを名前で呼んでくれてもいいんじゃないかしら?」

「まあ、そこまで言うなら……ちさ――」

 

 

 

 

 

「ブーシードー!!」

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

 突然聞こえたのは、イヴちゃんの声だった。バッとスタジオの方を振り向くと……何故か木刀を持ってこちらに突進してくるイヴちゃんがいた。

 

 

「タカツグさんっ!! こ、これはその……かの“ボクトウ”というものなのでしょうか……!!」

「そ、そうだよ……正確にはそれ木剣(ぼっけん)っていう、合気道の稽古で使うやつなんだけど…………ってか待って!? どこからそれ持ってきたの!?」

「スタジオの奥にあった物置からです!! タカツグさんやマユキさんの道着や棒、ライブで使うような大きなスピーカーやプロジェクター等、面白いものが沢山置いていました!!」

「……杖(合気道で使う棒のこと)まで……!? って、そうか物置かぁ……」

 

 

 思い出した。ここに引っ越してきた際に、俺と真優貴の稽古道具や、母さんが趣味で購入した音響機材等々、置き場に困るものをとりあえずスタジオ奥のスペースに入れておいたのだ。

 

 なんちゅーところからこんなもの持ち出してくるのか……ん?

 

 

「あれ? そもそも物置の場所、外から見えないようにしてたはず……一体誰が?」

 

 

 木剣を両手で持って興奮しているイヴちゃんを抑えながら、恐る恐るスタジオの方を見てみると……。

 

 

「――てへっ♪」(めっちゃ可愛くウインク)

「(やっぱり日菜さんでしたかぁぁぁぁぁ)」

 

 

 まさか天才というのはこういうところでも発揮されるのだろうか? 結構巧妙に隠していたはずなのに、日菜さんはいとも簡単にそれを見破ったようだ。

 

 

「ごめんね~貴嗣君。なんだかスタジオ見てたら、ビビッ! ってきて、チラッと掛けてあった布を外したら……なんとなんと!! 隠し部屋でした~!!」

「……うちはゲームのダンジョンじゃないですよ日菜さん……ってちょちょ、イヴちゃん、木剣振り回すのは危ないからストップ……!」

「タカツグさん!! こ、このボッケンというものを……私に少しの間貸してもらえないでしょうか……!? これを振っていると、新しい道が開けそうなんですっ!!」

「お、おう……そうか……別に貸す分には構わないよ。でもそれ多分父さんのやつだから、代わりに他のやつを貸すよ」

 

 

 どうにかイヴちゃんの手から木剣を取って、スタジオの奥に向かったのだが、またしてもそこで衝撃の光景を目にすることになった。

 

 

「フヘ、フヘヘヘ……♪」

「……Oh」

 

 

 大きなスピーカーがぎっしり詰まった奥のスペースに、なんと大和さんがスッポリと嵌っていたのだ。それだけではなく、中々に独特の笑い声を発しながら頬を赤く染めている。どうやら興奮しているみたいだ。

 

 

「(……えっ、なんでそんな興奮してるんすか……)」

「す、すみません山城さん……フヘ……実は自分、こんな感じのその……“隙間”を見ると入りたくなるんです……フヘヘ……///」

「Hey,S〇ri.女性から性癖をカミングアウトされた際、どういった反応をするのが適切か教えて」

『すみません、よくわかりません』

「ですよね~」

 

 

 人工知能にこの問いは難しすぎたみたいだ。ごめんなSi〇i。

 

 

「それにこのスピーカーって……5年前に数量限定で販売された激レアスピーカーですよ……! 他にも限定品や特注品がこんなにズラリ……その中にこうやって挟めるなんて……フ……フヘ、フヘヘヘ……♪♪」

「(マジでどう反応しよ)」

 

 

 心の底から嬉しそうな大和さんに、俺はかける言葉が見つからなかった。フヘヘという笑い声のトーンがどんどん高くなっていることからも、興奮度が増していることが分かる。

 

 

「ジブン……もうここに一生住みたいです……フヘヘ……///」

「」

 

 

 ……んんん???

 

 

「麻弥ちゃん、それって貴嗣君と結婚するってこと~?」

「日菜さん余計なこと言わないでくださいこれ以上自体がややこしくなるとヤヴァイ――」

 

 

 

 

 

「……貴嗣君?」

「……えっ……」

 

 

 日菜さんの前に立って説得を試みるものの、背後から今までに聞いたことが無いほどの震え声が聞こえた。ゆっくりと振り向くと……さっきまで大河達と自撮りを楽しんでいた彩さんが立っていた。

 

 

「あ、彩さん……?」

「麻弥ちゃんと……結婚……するの……?」

「キャー♪ 貴嗣君だいたーん!」

「(もうこれ詰んでるんじゃ……)」

 

 

 日菜さん。あなたがトラブルメーカーだということ、今この身をもって体験しております。

 

 

「だ、だめだよ貴嗣君!! そんな……ま……麻弥ちゃんと結婚だなんて!!」

 

 

 必死の形相で、俺の目の前に近づいてくる彩さん。あわわわ……!! と慌てております。顔が近いです。迫りすぎです。

 

 

「一言もそんなこと言ってないですよ彩さん……それと俺まだ15ですよ? 仮に結婚したいと思ってもできないですよ」

「や、やっぱり麻弥ちゃんと結婚したいの……!?!?」

「彩さん落ち着いてー」

「……確かに自分が山城さんと結婚すれば……一生この隙間に挟まっていられる……フヘヘヘ……///」

「はうっ……!?///」

「(大和さんトリップしすぎやろ……)」

 

 

 とんでもない発言を大和さんが投下しました。今までに見たことないほど嬉しそうな状態で結婚云々の話をするのは……マズいです。

 

 

「う~ん……こういう場面を日本語で何と言うんでしたっけ……この前勉強したのに、思い出せません……」

「イヴちゃん、あれは修羅場って言うんだよ♪」

「……! 思い出しました! シュラバです!」

「……真優貴ちゃん? イヴちゃんにそんな言葉教えてはダメよ」

「はーい!」

 

 

 彩さんは勘違いしてるし、大和さんは興奮しすぎて凄いこと言ってるし、日菜さんはニヤニヤしながらこの光景を見ているし、イヴちゃんはヤベー日本語をラーニングしているし、千聖さんはこっちを笑顔で見て……ああっ、視線が恐ろしいほどに冷たいですよぉ先輩ぃ!!

 

 

 

 

 

「みなさーん!! そろそろ打ち上げ終わりなので、集合写真撮りましょー!!」

 

 

 スタジオの外――カフェのブースから、大河が大きな声で俺達にそう呼びかけた。集合写真というキーワードに、彩さん達の意識が俺からそちらに向く。

 

 

「あっ、もうこんな時間なんだ!? やっぱり楽しい時間って過ぎるのが早いな~」

「……日菜さんは楽しかったですか?」

「うんっ! 特にオロオロしてた貴嗣君がね!」

「は、ははは……なら良かったです……」

 

 

 日菜さんとそんな会話をしながら、集合写真を撮るために移動する。俺としては楽しさよりも焦りが勝ってたりしたのだが、日菜さんが楽しそうな笑顔を見たら、まあこういうのも良いかと思えた。

 

 

「じゃあ貴嗣と彩さんが一番前ねっ!」

「りょーかい」

「そうそう。そんな感じで……ああ、彩さん、もうちょっと貴嗣君とくっついてください」

「う、うん……分かった……///」

 

 

 一番前ということで、俺と彩さんはしゃがんでほぼ密着状態だ。女の子特有の甘い香りが、彩さんからふんわりと漂ってくる。

 

 肩がちょんと当たって、反射的にお互いを見る。彩さんは恥ずかしいながらも嬉しいのか、照れながらもニコニコとしている。

 

 

「ねえ、貴嗣君」

「はい?」

「私、今すっごく楽しいんだ。皆とステージに立てて、こうやって打ち上げもやって……これも全部、貴嗣君が私のことを応援してくれたからだよ。だから……ありがとう」

 

 

 俺の隣にいるのは、夢を掴んだ素敵なアイドルさん。今日まで本当に色んな事があって、辛い思いもしてきたけれど、それでも彩さんは諦めなかった。

 

 

 

 ――それじゃあタイマー押しますねー! 10秒間そのままでお願いしまーす!

 

 

 

「どういたしまして。これからも応援し続けますから、覚悟しといてくださいよ~?」

「うんっ! これからもよろしくね!」

 

 

 でもゴールはここじゃない。寧ろここからスタートだ。

 

 これからも彩さんには、色んな出来事が起こるはずだ。その中には楽しいこともあるだろうし、やっぱり辛いこともある。

 

 でも、例え大きな困難に直面したとしても、彩さんだったら大丈夫。

 

 

 

 ――はい、チーズ!!

 

 

 

「わあっ、いい写真です! 皆さんいい笑顔してますねー!」

「はい! 一致団結、ですっ!」

「素敵な写真ね。また事務所に飾っておきましょうか」

「うんうん! それにしても……彩ちゃん、ちょっと貴嗣君にくっつきすぎじゃな~い?」

「え、ええっ!? だってしょうがないよ……そうしないと皆カメラに入らなかったんだし……///」

 

 

 

 だって彩さんは困難を乗り越えたんだから。

 乗り越えて、今こんなに素敵な笑顔を見せてくれたんだから。

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 皆様のおかげで、無事メインストーリーを終えることができました。本当にありがとうございます。登場キャラが彩と千聖に偏ってしまったことが、個人的には非常に悔しいところであります。日菜、麻弥、イヴの3人は本編であまり触れられなかった分、キャラエピは特に気合入れて書きます。

 今後の予定は、キャラエピソード5話分→エピローグ→Chapter 4となっております。さあChapter 4は一体どのバンドなのか……って、流れ的にもう大体お分かりでしょうか?

 次回は早くて今週の土日、遅くて来週の土日までには投稿する予定です。それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 SNS映えラテアートに挑戦ですっ♪

 
 少し前の話になるのですが、ついにお気に入り登録者数が200を超えました! 皆様本当にありがとうございます! 亀更新ではありますが、これからも頑張って参ります。

 お待たせしました。今回からキャラクターエピソードです。1番手はパスパレ編のメインヒロイン、彩ちゃんです。タイトル通りのことします。途中の彩ちゃんの服装や髪型は、ガルパの「初めてのラテアート」を参考にさせていただきました。

 それではどうぞ!


【追記】
 ラテアートの描き方に関しましてはネットで調べただけで、作者は未経験なので一切描けません。おかしな描写もあるかと思いますが、ご了承ください。


 

 

 

 左手に淹れたてのコーヒーを入れたカップ、右手にホットミルクの入った容器を持つ。左手のカップを傾け、ホットミルクを少しずつ入れる。白い丸ができたらカップを水平に戻し、ミルクの容器を左右に大きく揺らす。手前まで来てから奥に動かすと……。

 

 

「はいっ。リーフのラテアート、完成です」

「すごいっ! ラテアートってこんな風につくるんだ! お洒落だなぁ~……♪」

 

 

 カウンター席に座っている少女――バイト先と学校の先輩件現役アイドルである丸山彩さんは、興奮してそう感想を述べた。そしてすかさずスマホを取り出し、パシャパシャと数枚写真を撮った。

 

 

「おっ、またSNSに投稿するんですか?」

「そうだよっ! これは映え映えだからねっ!」

 

 

 素早く指を動かし、SNS(多分Twit〇erとInstag〇am)に今撮った写真を投稿する彩さん。鼻歌を歌いながら器用にスマホを操作している。

 

 とても楽しそうな彩さんを見て、うちの店の手伝い中の俺は店内を見渡す。お客さん達は皆楽しそうにお喋りをしている、これなら彩さんと少し話しても大丈夫だろうと判断して、彩さんに話しかけた。

 

 

「彩さんって色々SNSに投稿してますよね。練習風景とか」

「うん! あっ、もしかしたら貴嗣君も見てくれてたり?」

「はい。全部チェックしてますよ」

「ほんと!?」

 

 

 はいと答えてから、俺はスマホでアプリを開く。グッドボタンを押した投稿を表示してから、彩さんにスマホを渡す。

 

 

「彩さんの投稿、自分全部いいね! してますよ~」

「ほんとに!? 嬉しいなぁ~♪ ありがとう! …………あっ」

 

 

 彩さんは機嫌よく指をスワイプして、俺がいいね! を押した投稿を見ていたのだが、突然声を出して指を止めてしまった。表情も少し複雑なものに変わり、どうかしましたか? と聞くと、彩さんは困り顔を見せながらも答えてくれた。

 

 

「いや……貴嗣君って日菜ちゃんやイヴちゃん達のアカウントもフォローしてるんだなーって……皆の投稿にもいいね! してるし……」

「ああ、それですか。俺Pastel*Palettesの皆さんのアカウントは全員フォローしてるんですよ。1ファンとして、投稿も全員分チェックしてます」

「あー……う、うん……そうだよね……! 貴嗣君はファンだもんね……! あはは……はぁ……」

 

 

 俺の答えを聞くと、彩さんは見るからに落ち込んだ。

 

 

「……なんかすみません。俺嫌な事しちゃいましたよね」

「えっ!? う、ううん! 貴嗣君は全く悪くないよ! ただその……」

「……その?」

 

 

 彩さんは何か言いたげな様子で、手に持っているスマホと俺の顔を交互に見た。何度か視線を往復させた後に、遠慮がちにこちらに話しかけた。

 

 

「……あのね、貴嗣君……ちょっと私の話……聞いてもらってもいいかな……?」

 

 

 十中八九原因は俺だろう。それなのに何もしないというのは、全く無責任な話だ。話を聞いてほしいという彩さんのお願いに対する答えなど、1つしかなかった。

 

 

「もちろんです。俺でよければ、どんな話でもお聞きします」

「……うん!」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「自分の注目度を高めたい?」

「……ハイ……そうなんです……」

 

 

 時間が進み、先程よりもお客さんが少なくなった店の中で、俺は彩さんの話を聞いていた。彩さんは俺が淹れたコーヒーをちょっとずつ飲みながら、自身が今抱えている悩みを打ち明けていた。

 

 

「私ってよく……その……エゴサしてるんだ。自分の投稿にファンの人達がどんな反応をしてくれてるのか気になって、ついつい見ちゃうんだ」

 

 

 最近彩さんはよくスマホを見ている。バイトの休憩時間でも控室でずーっとSNSを見ている彩さんをよく目にするのだが、どうやらそれは所謂“エゴサーチ”だったそうだ。

 

 

「なるほど。そこでいいね! の数をチェックしたりってことですか?」

「……その通りです……」

「でも彩さんの投稿、結構色んな人からいいね! 貰ってません? 一般人の感覚からしたら、かなりの高評価が付けられてるような……」

「うん。それはそうなんだけど……ほら、SNSに投稿してるのは私だけじゃないでしょ……?」

「そうですね。千聖さんとか大和さんも…………あっ」

 

 

 そこまで言ってから、頭の中でピコーン! とある考えが浮かんだ。自分のスマホでSNSを開いて、たまたま検索履歴の上に出ていた(多分さっき彩さんが調べたものだろう)千聖さんのアカウントを開く。

 

 千聖さんの投稿をいくつか見てみる。そしてそのいいね! の数は……――

 

 

「めっちゃ高評価付けられてますね。しかもどの投稿も」

「……そうなのです」

「……彩さんが言いたいこと、分かった気がします」

 

 

 スマホの画面から、彩さんに視線を移す。

 

 

「他の皆さんみたいに、自分ももっと注目度を高めたいってことですかね」

「うん……やっぱり他の皆って、個性が強いでしょ? 私はほら……光る長所みたいなのって無いし、まだデビューして間もないから、皆より注目度が低いのは当然っていうのは分かってるけど……私も皆みたいになりたいなって思っちゃって……」

 

 

 頭では分かっていても、それをどう思うかは別問題ということか。彩さんの話を聞いて、改めてPastel*Palettesのメンバーを思い出す。

 

 

 一度見たものはすぐに出来るようになる、天才少女氷川日菜さん。

 

 眼鏡を外した際のビジュアルギャップが凄まじい、機械マニア大和麻弥さん。

 

 ブシドー大好きでフィンランドからやって来た、ハーフ美少女モデル若宮イヴちゃん。

 

 言わずと知れた元子役、輝かしいキャリアは他の追随を許さない、女優白鷺千聖さん。

 

 

「(他のメンバーの個性が強いなぁ……)」

 

 

 思わず心の中で呟いてしまう。

 強烈なキャラクター性は、やはり見てくれる人達の印象に残りやすい。勿論個性なんて地球上の誰もが持っているものだが、その中でも「注目をより集めやすいもの」は確かにあると思う。

 

 

「貴嗣君こんなこと聞くのもオカシイかもだけど……もっと色んな人達に見てもらえるようになるために、何かいいアイデアはないかな……?」

「ははっ、そんなに遠慮しなくてもいいですよ。ちょっと考えてみますね」

「……! うんっ!」

 

 

 腕を組んで考える。こういう時は下手に自分の頭だけで考えるのではなく、上手な人のやり方を思い出してみよう。

 

 

「もっと注目を集めるためには……う~む……」

 

 

 そうだな……ここはやはり、パスパレの皆さんの投稿を分析することにしよう。

 

 大和さんは自身の知識を活かした楽器のメンテナンス動画や、音楽機材の解説に関する投稿が多い。俺も結構参考にさせてもらっている。

 

 イヴちゃんはモデルの撮影で来た服や、お洒落なコーデの投稿をよくしている。マジでお洒落すぎてビックリする。

 

 日菜さんの投稿は……何と言うか、色んなことにチャレンジしてそれを全部完璧にこなす“神業動画”みたいなものが多い。この前は目隠ししてバランスボールの上に立ちながらけん玉をする(!?)とかいうスゲぇ投稿をしていた。

 

 千聖さんは……やはり女優としてずっと活動してきたからか、出演するドラマや舞台に関する投稿が殆どだ。

 

 

「……あっ、閃いた」

「うそっ!? 早い!?」

 

 

 自然と口が動いた。日菜さん達の投稿を考えていると、1つアイデアが浮かんだ。

 

 

「彩さんが何か頑張っている姿を投稿する、ってやつです」

「私が頑張っている姿?」

「はい。やっぱり彩さんの1番の魅力は、何かに一生懸命取り組む姿。彩さんのこの長所を生かして、何でもいいから新しいことに挑戦している姿を見せるというのはどうでしょうか?」

 

 

 大和さんにイヴちゃん、日菜さんに千聖さんは、自分の長所を生かした投稿を多くしているように感じられた。高い評価が付けられているのは、その人の個性や特長がプッシュされていて、ファンの人達がより魅力を感じたからだろう。

 

 

「何かに挑戦する姿……うん……うん! それいいかも!」

 

 

 彩さんも気に入ってくれたみたいだ。さっきまでのしょんぼりした姿は何処へ、活力に満ち元気一杯な、いつもの彩さんが戻って来た。

 

 

「挑戦、挑戦……うーん……例えば何だろ?」

「いいものがありますよ。SNS映えする、とっておきのネタが」

「えっ!? ほんと!? なになに!?」

 

 

 興奮してグイグイとテーブル越しにこちらに迫って来る彩さん。その必死な様子が無邪気な子どもみたいに見えて、思わず頬が緩む。

 

 

「これです」

 

 

 俺はテーブルの上にあったメニューを開いて、ある写真を指差す。その写真を見た彩さんは一瞬驚いたが、すぐにドキドキとワクワクに満ちた笑顔を見せてくれた。

 

 

「うん! 私、これやってみたい! 貴嗣君が教えてくれるの?」

「もちろんです。彩さんが出来るようになるまで、何度でも教えます」

「ありがとう! 私、頑張ってみるね!」

「はい。やってやりましょう」

 

 

 

 

 

 

 ――ラテアートを!

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 日は変わって、とある休日。今うちの店の厨房に、駆け出しアイドルさんがいます。

 

 

「よし。それじゃあ、やっていきますか」

「はい! 貴嗣先生、お願いしまーす!」

 

 

 目の前にいるのは、Sterne Hafenの文字が入ったエプロンを着け、下ろした髪を2つに束ねて、三つ編みにしている彩さんだ。いつもの可愛らしい服装とは違い、白のブラウスにチェック柄のブラウンスカートという清楚な組み合わせだ。カフェの店員さんっぽくしたくて、服装と髪を変えてみたそうだ。

 

 

「今日彩さんに挑戦してもらうのは、ハートのラテアートです。最初は難しいし、自分の思うように描けないと思います。焦らずゆっくりとやっていきましょう」

「うん! 可愛いハート、作れるように頑張るね!」

「はい。まずは俺が手本を見せますね」

 

 

 事前に用意しておいたコーヒーとホットミルクを手元に持ってくる。この前と同じように、利き手にホットミルクの入った容器を、そして左手にコーヒーを入れたカップを持つ。

 

 

「ハートを作る時は、こうやって取っ手を持って傾けるとやりやすいです。そしてこっからミルクを入れるんですけど……」

 

 

 右手の容器を傾け、ミルクを入れていく。どうやって入れていくのか彩さんが見えるように、出来るだけゆっくりと。

 

 

「円ができたらカップを水平に戻しつつ……左右にこうフワフワとミルクを動かしてハートみたいな円形を作れたら……割れ目にそって注いで……」

「わあっ、ハートだ!」

 

 

 コーヒーの表面に、丸々とした白いハートができた。何とか出来て一安心だ。

 

 

「……とまあこんな感じで、作業自体はそこまで複雑ではないです。ただ難しいのは力加減。こればっかりは実際にやって感覚を掴むしかないですね」

「分かった。じゃあ私もやってみるね」

「はい。じゃあまずは俺の真似をしてみてください。左手にカップを持って傾ける……そうそう、そんな感じです――」

 

 

 やる気に満ちた真剣な眼差しで、彩さんは隣に立つ俺の動作を真似する。

 

 こうして彩さんのラテアートへの挑戦が始まった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 彩さんがラテアートを描くのは、今回が初めて。だから簡単にはいかないということは彩さんも理解していたはずだし、俺からも事前に伝えていた。

 

 

「あうっ……またフニャフニャの丸になっちゃった……」

 

 

 そして予想していた通り、彩さんはかなり苦戦していた。

 

 別に彩さんが不器用だとか下手だとか、そういう話ではない。ミルクを入れる時の力加減、これが冗談抜きで難しいのだ。

 

 力を入れ過ぎると、手を左右に動かしてハートを作る際に、今のように形が崩れてしまう。逆に力を抜きすぎると、手を動かす前にミルクを入れ過ぎてしまい、すぐにコーヒーの表面は真っ白になる。滑らかに腕を動かせる程度の力というものは、相当に難易度が高いものだった。

 

 

「でもこれも、成功のための一歩だもんね……! 失敗しちゃったけど、写真撮っておこうっと……」

 

 

 すぐに気持ちを切り替えて、失敗してしまったラテアートの写真を撮る彩さん。

 

 これまでの失敗作も全部、彩さんは写真に収めている。成功した写真と一緒に載せることで、成長の過程……彩さんの長所である“頑張ってきた姿”をファンの人達に知ってもらうためだ。

 

 実際に苦戦はしているものの、最初と比べると確実に上達している。というより大まかなハートの形は出来ているので、あともう一息だ。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……ふぁあ~……」

「ふふっ、大きな欠伸ですね。ちょっと休憩しましょうか」

 

 

 だがぶっ通しで練習しているのもあって、流石の彩さんも疲れたみたいだ。

 

 一旦練習は止めて、休憩室に行く(休憩室と言うより、お洒落な机やソファが置いてあったりと、まるで家みたいな部屋だが)。母さんが置いてあったであろうクッキーを持ってきて、コーヒーと一緒にいただく。

 

 

「やっぱりクッキーとコーヒーって合うよね」

「安定の組み合わせですからねー……って、彩さん、結構疲れてます? 声がすごい眠たそうです」

「うん……実は今日がすごく楽しみで、昨日夜あんまり寝付けなくて……あはは……」

「小学校の時の遠足的なアレですね。寝不足は体に悪いですし、仮眠でもしますか? 俺起こしますよ?」

「……じゃあ……お願いしようかな?」

「了解です。ちょっと待っててくださいね。毛布取って来ます」

 

 

 ふかふかのソファから立って、押入れに入っていた毛布と枕を取って、彩さんの元に戻る。かなり睡魔が来ているのか、隣に座っている彩さんは目を擦っている。

 

 

「はい。毛布と枕です」

「ありがとう……それじゃあ30分後に起こしてもらってもいいかな……?」

「了解です。30分後ですね。さあ、お昼寝しましょう」

「うん……それじゃあおやすみ、貴嗣君……」

 

 

 彩さんはそう言ってから毛布を羽織り、目を瞑った。すぐに規則正しい寝息が聞こえた。

 

 

「はい、おやすみなさ――」

 

 

 おやすみなさいと言い終わる前に、ポスっと膝に重さが来た。彩さんの小さな頭が、俺の膝の上に来ていた。

 

 

「すーっ……すーっ……」

「(……膝枕ですか)」

 

 

 膝枕はたまに真優貴にねだられてするのだが、妹以外の人に膝を貸したのは今回が初めてだった。予想していなかった展開だが、下手に動けば彩さんを起こしてしまうので、焦る気持ちを何とか抑える。

 

 

「んっ……すぅ……」

「これじゃあ枕要らなかったな……って、持ってきた枕抱きしめてるし」

 

 

 彩さんは枕をぬいぐるみのように両手で抱きしめていた。やはり何かを抱きしめておくと、人は眠りやすくなるのだろうか。

 

 

「(……ぐっすりだな)」

 

 

 パスパレのライブイベントから、彩さん達の仕事は少しずつ増えていった。勿論それは喜ばしいことだが、仕事をすれば人間は疲労する。楽しそうに仕事をこなす彩さんだが、本人も知らない内に疲れが溜まっていたんだろう。

 

 膝の上で寝息を立てている彩さんを見る。整った顔立ちに、艶のあるピンクの髪。前から可愛い人だと知っていたが、こんなに近くで見るのは初めだった。そんな美人さんに膝枕をしているという事実に、バチが当たりそうだと思ってしまう。

 

 

「いつも頑張ってますもんね。本当にお疲れ様です、彩さん」

 

 

 労わりの気持ちを込めて、少しだけ彩さんの頭を撫でる。

 

 30分後にアラームが鳴るように設定してから、俺はSNSでも見て時間を潰すことにした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 30分のお昼寝をした後、私はラテアートへの挑戦を再開した。仮眠を取って体を休めたからか、私はさっきよりも調子が良くなったように感じた。

 

 やっぱり何度も失敗しちゃったけど、自分でも上手くなっているのが分かった。貴嗣君も私がミスをする度にアドバイスをくれた。そしてついに――

 

 

「これで……えいっ!」

「おおっ! できた!」

「ほんと!? ……あっ、ハートになってる……!」

 

 

 何十回目かの挑戦。私の左手に持っているカップに入っているコーヒーに、可愛らしいハートが描かれていた。

 

 

「やった! やったよ貴嗣君! 私、ラテアート描けたよ!」

「おめでとうございます彩さん! 俺も嬉しいです!」

 

 

 貴嗣君と笑顔でハイタッチをする。嬉しすぎてピョンピョンと跳ねる私に合わせて、貴嗣君も体を揺らしてくれている。

 

 

 

 

「それじゃあラテアートと一緒に写真、撮りますか」

「うん! えっと、どういう感じでポーズしようかな? こう?」

「おっ、良い感じです。それじゃあ……はい、チーズ」

 

 

 貴嗣君のスマホと私のスマホの両方で写真を撮ってもらう。私からのお願いで、色んなポーズで写真を撮ってもらった。

 

 貴嗣君からスマホを受け取って、私は早速写真のファイルを開く。なんて言えば分からないようなヘンテコな形ばっかり……私、こんなに失敗してたんだ。

 

 

「本当に上手にできてますよ、彩さん。綺麗なハートです」

「ありがとう! ……でも沢山失敗しちゃったなぁ。変な形のラテアートの写真がいっぱいだね」

「ええ。でもこの失敗した写真達こそ、今日の彩さんが歩いてきた道です。彩さんが努力して、1つのことを成し遂げたっていう何よりの証拠です」

「うん。私が自分の一番魅力を伝えらえる『何かに一生懸命取り組む姿』が、この写真なんだよね」

「はい。これはかなり良い投稿、できるんじゃないですか?」

「うんうん! ちょっと待っててね、今から投稿してみる!」

 

 

 写真を追うにつれて「成長しているなー」と分かるように、慎重に写真を選ぶ。そして最後に貴嗣君に撮ってもらった私の写真を載せて、コメントを書く。

 

 

「……」

「彩さん? どうかしました?」

「ううん。写真を眺めて……今日のこと思い出してたんだ」

 

 

 今日貴嗣君は私に付きっきりで教えてくれた。何回も失敗しちゃったけど、その度に貴嗣君は私を励ましてくれた。

 

 

 初めにこの優しい男の子に出会ったのは、バイト先だった。私よりも背がうんと高くて、言葉使いも丁寧、それに顔もキリッとした感じで大人っぽかったから、どこか別の高校の先輩だと思った。私の後輩だって知った時はビックリしちゃったなぁ。

 

 

 あの頃はまだ「真面目で親切な後輩君」だったけれど、私がアイドルデビューするんだって伝えてからは、色んな形で彼と関わるようになった。そうして貴嗣君がどんな人なのかを、沢山知ることができた。

 

 

 レッスンの時も、雨の日にチケットを売っていた時も、それに今日も。私が辛いときや不安な時、そして何かに挑戦している時、貴嗣君はいつも傍に来て支えてくれた。

 

 

 貴嗣君が私を常に応援し続けてくれたから、私は前に進み続けられた。そして今、私はPastel*Palettesのボーカルとして、皆と一緒にアイドルとして活動している。

 

 

 私にとって貴嗣君は、憧れの人。

 

 彼が私に寄り添って、前へ進む力をくれたように、私もファンの人達に、夢や目標に向かって突き進む勇気を与えられるアイドルになりたい。

 

 頑張っている人に寄り添って、背中を押せる貴嗣君みたいな人に、私もなりたい。

 

 

 

 

 

「ねえ、貴嗣君」

「なんですか?」

「私、これからも頑張るね。ファンの人達に夢を与えられるように、一生懸命頑張る。でももし私が挫けそうになったら……」

「はい。俺が彩さんの助けになります」

「――ありがとう」

 

 

 うん。大丈夫。私ならできる。

 

 貴嗣君(ファン)がいるから、私は自分を信じ続けられる(アイドルでいられる)

 

 

 

「彩さん」

「何?」

「今日は楽しかったですか?」

「うん! 難しかったけど、すっごく楽しかった!」

「なら良かったです。……さあ、投稿しちゃいましょう。後はタイトルをつけるだけですね。どんなタイトルにするんですか?」

「実はもう考えてあるんだー♪」

「わおっ、早い。流石です」

「えへへっ♪ ありがとう!」

 

 

 2人でスマホの画面を見る。私がタイトルを入力すると、私達は自然とお互いを見つめて――一緒に笑った。

 

 

 

 

 

 

 ――〈SNS映えラテアートに挑戦ですっ♪〉

 




 
 ありがとうございました。パスパレ編メインヒロイン、彩ちゃんとのお話でした。

 今までのメインヒロインである沙綾やひまりとは違い、『主人公への信頼の気持ちが強いヒロイン』を意識して、今回の彩ちゃんを描かせていただきました。今までのヒロインとは少し違う関係性、如何でしたでしょうか?

 次回も頑張って来週の土日には投稿したいと思っています。完全に1週間に1本ペースになっていますね……早めの更新頑張ります。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


【追記】
 前回お伝えした通り、アンケートの締め切りを、本日23:59までとさせていただきます。沢山のご回答、本当にありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 ブシドーの精神ですっ!

 
 一週間ぶりの投稿です。

 今回はイヴちゃんとのお話です。ギリギリまでネタが思い浮かばず苦戦したので、雑な部分が多いと思います(今更)。軽い気持ちで読んでくださるとありがたいです。

 それではどうぞー。

 タイトルが雑すぎる(困惑)



 

 

 今日は店の手伝いも無し、バイトも無し、バンドの練習も休みということで、久しぶりに1人で町を散歩していた。持ち物は財布と携帯、あとは小さいショルダーバッグの3つだけ。好きな音楽を聴きながら歩いているだけだが、やはり散歩は楽しいものだ。

 

 

「~♪ ……ん?」

 

 

 商店街を抜けて、比較的人通りが少ない道に出たところで、何やら人が集まっているのが目に入った。それだけなら驚かないのだが、大小さまざまなカメラや機材が置かれていたので、思わず視線を向けてしまった。何かの撮影だろうか?

 

 芸能人がいたりしてという期待(?)を抱いて、少し離れた所からチラッと覗く。

 

 ふむふむ、監督らしき人にカメラマンさん、話し合っているスタッフさんらしき人達に……あれ? あの子は……。

 

 

「!」

 

 

 目が合った。

 その子は目を輝かせて、こちらに来てくれた。

 

 

「タカツグさん! こんにちは!」

「こんにちは。やっぱりイヴちゃんだったんだ」

 

 

 同じクラスのモデルさんでPastel*Palettesのキーボード担当、若宮イヴちゃんだった。にっこりと笑っているのは普段と一緒だが、身にまとっている雰囲気はいつもと違った。

 

 

「タカツグさんは何をしていたんですか? お買い物ですか?」

「ううん。俺は散歩してただけだよ。たまたまここを通って、人が集まってたから気になって覗いてみたら、イヴちゃんと目が合ったってわけ。……イヴちゃんは何かの撮影?」

「はい! 今日はモデルのお仕事です!」

 

 

 ついさっき休憩に入ったらしく、ゆっくりしていたところで俺と目が合ったみたいだ。

 

 

「タカツグさん。この服、どうですか?」

 

 

 イヴちゃんは俺から少しだけ離れ、全身のコーデを見せてくれた。明るい色の服をよく着るイヴちゃんだが、今着ているのは所謂「黒コーデ」だった。

 

 タートルネックTシャツにスキニーパンツ、そしてテーラードジャケットという組み合わせは、可愛らしさとは真逆の“上品さ”を醸し出していた。

 

 黒一色のコーデは暗い印象を与えてしまうこともあるが、イヴちゃんのコーデはそれをブラウンのブーツ、ホワイトのバッグで緩和している。髪も下ろしていることで大人っぽさが増している。髪先を見ると、緩いパーマもかけているみたいだ。

 

 

「すごく似合ってるよ。上品でカッコいい感じも良いね。さすがモデルさん」

「本当ですか! ありがとうございます! 嬉しいです!」

 

 

 イヴちゃんはニコッと笑う。本当に心が純粋なんだろうなぁと思わせるような、無邪気な笑顔だ。可愛らしいし、見ていて癒される。

 

 

 そんな感じで雑談をしていると、向こうの方から女性が1人こちらに来た。

 

 

「イヴちゃん。そろそろ次の撮影いきたいんだけど、大丈夫?」

「はい! 大丈夫ですよ!」

「ありがとう。じゃあそろそろ撮影再開し……んん?」

 

 

 その監督さんらしき人はイヴちゃんからこちらに視線を向けると、ジーッと見つめはじめた。そして素早く俺に近づき、腕や足の長さをメジャーで測ったり、色んな角度から俺の体を観察したりした後、ゆっくりと俺の顔を見て口を開いた。

 

 

「ねえ君。お昼まで時間あるかしら?」

「時間? えっと……今日は1日暇なので、大丈夫ですけど……」

「! よかったわ。突然で申し訳ないのだけれど、1つお願いがあるの」

 

 

 お願いとは何だろうかと首を傾げている俺に、その女性は予想外の言葉を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「イヴちゃんと一緒にモデルをやってもらえないかしら?」

 

「…………えっ?」

 

「!? タカツグさんがモデル……一緒にお仕事……!」

 

 

 

 

 監督さんの真剣な声と、俺の間抜けな声、そしてイヴちゃんの喜びに満ちた声が、それぞれの口から発せられた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 10分ほど後、俺は準備スペースにある鏡の前に立っていた。

 

 鏡の中にはいつもの自分ではなく、恐ろしく高そうなジャケットやパンツを身に着けた自分がいた。自分で着てみて気付いたのだが、黒一色と言ってもシャツやジャケット、パンツごとに微妙に色や柄が違うみたいだ。

 

 イヴちゃんが着ていた服のメンズ用らしく、全く同じコーデ、所謂ペアルックだった。髪は普段と違い下ろし、軽いメイクもしてもらったため、別人が映っているみたいだった。

 

 

「やっぱり私の目に狂いは無かったわね。サイズもピッタリ、雰囲気も合っている……素晴らしいわ」

「あ、ありがとうございます……(嬉しいんだけどなんか緊張するなぁ……)」

「そんなに緊張しなくてもいいわよ。何枚か写真撮るだけだし、すぐに終わるから。今イヴちゃんが撮影しているから、それまではゆっくりしておいて。……そうだ、折角だから撮影現場、見に来る?」

 

 

 監督さんの提案に、俺は少し考えてから頷いた。イヴちゃんが普段どんな感じに仕事をしているのか気になったので、撮影現場に連れて行ってもらうことに。

 

 そして撮影中のイヴちゃんを発見したのだが……その様子を見て、思わず息を呑んだ。

 

 

 

 

 

「いいですね若宮さん! 次はもうちょっと顔を右斜め上に向けてもらってもいいですか?」

「はい! こんな感じでしょうか?」

「バッチリです! そのままキープでお願いしまーす!」

 

 

 元気よくスタッフさんの要望に答えたかと思えば、イヴちゃんはすぐにキリッとした表情を作った。撮影に臨んでいるイヴちゃんは、まさしくプロのモデルさんといった印象だった。普段の彼女からは想像できない程クールな表情を、見事に作っていた。

 

 

「(あんな表情も作れるなんて……イヴちゃんすげぇな)」

 

 

 仕事モードのイヴちゃんを眺めていると、俺の番が来た。

 

 緊張する気持ちを抑えながら、スタッフさん達の指示に従ってポーズをとる。アパレルショップ等にある広告に写っているモデルさんになった気分だ。

 

 

「山城君、顔を少し左に向けて……そうそう! そんな感じ!」

 

 

 監督さんの指示に答えつつ、撮影を進める。何回かシャッター音が鳴り、また違うポーズや表情で撮影する、これの繰り返しだ。作業自体は単純だが、初めての体験だし、表情も上手く作れているか分からないので、想像以上に難しく感じた。

 

 

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。すごくいい写真が撮れているわ。ねえイヴちゃん?」

「はい! タカツグさん、すごくカッコいいです! 本当にモデルさんみたいです!」

「ありがとうね、イヴちゃん。ちょっと緊張和らいだよ」

 

 

 イヴちゃんが励ましてくれたことで、少し体が軽くなった気がした。緊張がほぐれたみたいで、何だが撮影も上手くできる気がしてきた。

 

 

「じゃあ続き、行きましょうか。次はそうね……体を斜め左に向けてもらって、右足を左足の後ろに。左手をポケットに入れて、右手はダランと下げたままでお願いできる?」

「はい。……こんな感じでしょうか?」

「うんうん! 良い感じ! そのままでお願いねー」

「(タカツグさん、何だか楽しそうです!)」

 

 

 さっきよりも監督さんやスタッフさん達の要望に応えられているように感じ、段々と撮影が楽しくなってきた。やはり何事も楽しむことが大事ということか。またイヴちゃんにありがとうって言わなければ。

 

 そうして俺は緊張しつつも楽しみながら、人生初のモデルの仕事をこなしていった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「こちらこそありがとう。急な依頼だったのに引き受けてくれて、いくら感謝しても足りないくらいだわ。本当にありがとう」

 

 

 撮影が無事終わり、監督さんと話す。

 

 実は監督さん、今回のコーデに関して、高校生の男子モデルを探していたらしい。だがどうもピンとくるモデルさんが見つからなかったみたいだ。悩んでいても仕事が進まないので、まずはレディースのモデルであるイヴちゃんから撮影していたのだが、そこにたまたま俺が通りかかって……今に至るとのことだ。

 

 

「本当にスタイルいいわね。何か体育会系の部活でもやっているの?」

「部活は入って無いんですけど、健康維持っていうことで、ランニングとかトレーニングを少々って感じです」

「なるほどね~。表情の作り方も上手かったし、是非またモデルになってほしいくらいだわ」

「あははっ、そんなに言ってもらえるなんて嬉しいです。僕も撮影楽しかったので、また何かご縁があれば、是非モデルに挑戦させていただきたいです」

「ええ、勿論よ。私からもお願いするわ。……それじゃあ私は次の仕事があるから、失礼するわね」

 

 

 そう言って監督さんはその場を後にした。これから事務所に戻って、編集作業に取り掛かるみたいだ。

 

 

 さて、監督さんとスタッフさん達への挨拶も終わったし、そろそろイヴちゃんのところに行こう。撮影所から少し離れた所のベンチに向かうと、先に着替えていたイヴちゃんがおーい! 手を振ってくれていた。

 

 

「お疲れ様です、タカツグさん! お待ちしていました!」

「お待たせー。遅くなってごめんね」

「私も今来たばかりだから大丈夫ですよ! さあさあ、お隣どうぞ♪」

 

 

 失礼しますと言ってから、イヴちゃんの隣に座る。ふうと一息ついていると、イヴちゃんが話しかけてきた。

 

 

「大丈夫ですか? 疲れているように見えます」

「ああ、大丈夫だよ。確かにちょっと疲れたけど、楽しかったよ。それにイヴちゃんが凄いモデルさんだってことも知れたし、いい経験できたよ」

「ありがとうございます! とっても嬉しいです♪」

 

 

 イヴちゃんは可愛らしく喜んでいる。撮影中のカッコいい姿はどこにいったのだろうかと、つい思ってしまう。

 

 

「他の人の良いところを見るのは、他者を思いやる心がある証拠。やっぱりタカツグさんはブシドーです!」

「おっ、でたでたブシドー。イヴちゃんに認めてもらえるなんて、ありがたき幸せでございまする」

「あっ! 今の台詞、この前見た時代劇で聞きました!」

「あははっ、イヴちゃんほんとにブシドー好きなんだね」

 

 

 時代劇なんかに出てくるサムライっぽく答えると、イヴちゃんは一気に興奮状態に。予想以上のリアクションに、思わず笑ってしまう。

 

 

「はい! 立派なサムライになるべく、毎日修行中です! ……あれ?」

「むむ? なんだか人が集まって来た?」

 

 

 ベンチでイヴちゃんと雑談していると、さっきよりも人が増えていることに気付いた。何かのイベントか? と思って周りを見渡していると、遠くから大きな声が聞こえた。

 

 

 

 

『皆様お待たせしました! 只今よりこちらの公園で、フリーマーケットを開催いたします! 是非起こし下さーい!』

 

 

 声がした方を向くと、拡声器を持った男性がいた。どうやらフリーマーケットが今から始まるみたいだ。

 

 

「フリマが開催されるみたいですね。タカツグさんは参加したことありますか?」

「子どもの頃に何度か行ったことあるかな。イヴちゃんは?」

「私も何度かあります。使わなくなったものを捨てるのではなく、大切に使おうというイベント……『モッタイナイ』の精神が表れている、大好きなイベントです」

 

 

 確かにイヴちゃんの言う通り、フリマは「もったいない」の気持ちが強く表れたイベントだ。「ものは、使える限り大切に」という考えの元、フランス各地で行われていた「蚤の町」というものがルーツだそうだ。

 

 ふと隣を見ると、ソワソワしているイヴちゃんの姿が。何を考えているかは一目瞭然だ。

 

 

「イヴちゃん。フリマ、行ってみる?」

「はいっ! タカツグさん、一緒に行きましょう!」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 数分後、俺はイヴちゃんと一緒に近くの公園に移動し、フリーマーケットに参加していた。

 

 

 

「タカツグさん、このお皿のようなものは何なのでしょうか?」

「これは陶器。色のある粘土で作った焼きものだよ」

 

 

「タカツグさん、この丸々としたものは何なのでしょうか?」

「これはコマっていうおもちゃだよ。クルクルって回転させて遊ぶんだ」

 

 

「タカツグさん! この沢山丸い穴が付いた機械は何なのでしょうか?」

「これはたこ焼き器だよ。何だか久しぶりに見たなー」

 

 

 

 イヴちゃんはあちこちのお店に行き、気になったものを手にとっては俺に聞いてきた。あっちに行ったりこっちに行ったりと楽しそうにはしゃいでいるイヴちゃんを見て、事前と笑顔になる。珍しいものが多く、宝探しをしているみたいで結構楽しいみたいだ。

 

 そうやってフリマを楽しんでいると、イヴちゃんが突然立ち止まった。

 

 

「タカツグさん! あれを見てください!」

「ん?」

 

 

 キラキラとした目でそう言うイヴちゃんが指差す先には……まさかの“侍の兜”が置いてあった。

 

 

「わあ~……! これはまさしく兜です!」

 

 

 しゃがんで兜(もちろん本物ではなく、それっぽい被り物)を手に取って、頭にチョコンと載せるイヴちゃん。そして兜を被ったまま、クルリとこちらに振り向いた。

 

 

「どうですかタカツグさん? 私、サムライに見えますか?」

「ああ。バッチリだよ。侍どころか、まるで将軍さんみたいだ」

「ショーグン……! サムライを率いるリーダー……まさしくブシドーの体現者ですね!」

 

 

 俺が感想を伝えると、その可愛らしい将軍さんはピョンピョンと飛び跳ねた。よっぽど嬉しかったみたいだ。

 

 それからイヴちゃんはここのお店で沢山の商品を買うことにした。さっきの兜は勿論、簪や扇子、和風柄のハンカチや傘……欲しい物だらけで両手が一杯になっている。そして会計をしようとしたのだが。

 

 

「……あっ……」

「どうかした?」

「ほんの少しだけ……お金が足りません……」

 

 

 イヴちゃんは財布を見つめながらそう言った。どうやら手持ちのお金ではギリギリ足りなかったみたいだ。

 

 

「仕方ないです……この簪は諦めましょう……」

 

 

 しょんぼりとした様子で、イヴちゃんは紫色の玉簪を元の場所に戻そうとした。

 

 

 

 

 

「ちょっと待ってイヴちゃん」

「えっ?」

「別に戻す必要ないよ。ほら」

 

 

 目の前で首を傾げている彼女にそう言ってから、俺はショルダーバッグから財布を取り出した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「タカツグさん」

「んー?」

「簪を買ってくれて、ありがとうございました。お金を出させてしまって、申し訳ないです……」

「あれくらいどうってことないよ。気にしないで」

 

 

 涼しくなった夕方。フリマで買った商品が入った袋を持ちながら、私はタカツグさんと歩いていました。今は私の家まで送ってもらっているところです。

 

 

「荷物も持ってもらって……重いですよね?」

「大丈夫。軽い軽い。それに持つって言ったのは俺だよ? 自分の言ったこととか決めたことは、最後まで貫き通さないとだしさ」

 

 

 申し訳ない気持ちで一杯な私とは違って、タカツグさんは優しく笑って私に話しかけてくれています。笑顔なのは、多分私を気遣ってくれているからでしょうか。

 

 

「タカツグさんは本当にブシドーの心を持っているんですね。『自分の意思を貫く強さ』や『人を思いやる心』が、タカツグさんにはあります。その心の在り方は私が目指すもの……ブシドーの心です」

「あははっ、それはちょっと大袈裟かもだなぁ。でもそう言ってくれるのはすっごい嬉しいよ。ありがとう」

 

 

 この柔らかい表情は、まさしくタカツグさんの心を表しているように思います。心の底から自分以外の人のことを思いやり、大切にしている証です。

 

 

「イヴちゃんはそういう人間になりたいってこと?」

「はい。己を強く持ち、仲間を思いやり、他者の幸せのために全力を尽くせる――私はそんな人間になりたいんです」

「そっかそっか。うんうん」

 

 

 何度か頷いた後、タカツグさんは私の方を向きました。

 

 

「大丈夫だと思う」

「えっ?」

「ブシドーの心を持った素敵な人に、イヴちゃんならなれると思う」

「それは……どうしてですか?」

 

 

 私がそう聞くと、タカツグさんはさっきと同じようにニコッと笑ってくれました。質問に質問で返す形になっちゃうけどと言ってから、タカツグさんは私に話しかけました。

 

 

「イヴちゃんはさ、どうしてPastel*Palettesとして活動しているの?」

「それは……私達を応援してくれる沢山のファンの人達に応えたいからです」

「そう、そこだよ。ファンの人達を大切にする、それって『他人を思いやる心』って言えると思わない?」

「あっ……!」

 

 

 タカツグさんの言葉にハッとなりました。

 

 

「それにこの前だって、スタッフさん達から実際に弾けるように練習するように言われた時、イヴちゃんは『それはおかしいと思う』ってはっきりと言ったんでしょ? それはイヴちゃんが自分の正しさとか考えを貫いたってことだと思う」

 

 

 銀色の綺麗な瞳を覗き込んで、私はタカツグさんの話を聞きます。 

 

 

「イヴちゃんはブシドーの心をもう持ってるんだと思う。後はこれから色々経験を積み重ねて勉強していけば、いつかは立派なサムライさんになれると思う。……って、ごめん。なんか偉そうだったね……」

「いいえ。そんなことないですよ。……ありがとうございます、タカツグさん。私、すごく元気が出ました!」

 

 

 彩さんはよくタカツグさんと話しています。そのことを聞くと「貴嗣君と話していると、何だかすごく心地いいんだ。楽しいし、勇気を貰える」って言っていました。その意味が今、分かったような気がします。

 

 

「着きました。ここが私の家です」

「おお、大きなお家。じゃあ、ここでお別れかな」

 

 

 そう言って、タカツグさんは私に荷物を渡してくれました。ここでタカツグさんとお別れかと思うと……急に寂しくなってしまいました。

 

 

「タカツグさん」

「ん?」

「私、今日タカツグさんと一緒に過ごせて、とっても楽しかったです! 一緒にモデルのお仕事をしてくれたり、フリマで買い物をしたり……それに私の事を励ましてくれました」

 

 

 でも二度と会えなくなるわけじゃありません。最後は悲しい気持ちになるんじゃなくて、しっかりと感謝の気持ちを伝えたいです。

 

 

「これからもタカツグさんと仲良くしたいです。だからまた今日みたいに……これからもたくさんお話しをしてもいいですか?」

「勿論だよ。俺も今日めっちゃ楽しかったよ。これからもよろしくね、イヴちゃん」

 

 

 タカツグさんはそう言うと、笑顔で手を差し出しました。

 

 

「はいっ! これからもよろしくお願いします、タカツグさん!」

 

 

 ギュッとお互いの手を握りました。これからもよろしくねの握手です!

 

 モデルのお仕事を一緒にしてくれたこと、フリーマーケットへ一緒に行ってくれたこと、そして私とたくさんお話をしてくれたこと――今日1日の嬉しい気持ちが溢れてきて、気が付いたら体が動いていました。

 

 

「ううっ……」

「?」

「タカツグさーん!」

「うわっ!? ……えっ、ちょ、イヴちゃん!? 何してるの!?」

「これは親愛のハグです! タカツグさーん!」

 

 

 タカツグさんに、親愛のハグです♪

 

 

 タカツグさん、今日は本当に楽しかったです! 

 

 

 私、ブシドー精神溢れる立派なサムライになれるよう、これからも頑張ります!

 

 

 だからこれからも仲良くしてくださいね♪

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 如何でしたでしょうか? モデルでの仕事モードイヴちゃんのキリッとした表情、THE プロって感じで大好きだったりします。普段のほんわかとした雰囲気とのギャップもたまらんです。

 次回の投稿予定日なのですが……2週間後以降になる可能性が高いです……。平日が忙しく、ちょっと多めに時間を貰ってゆっくり編集したいなー……と思いまして(甘え)。5月中には必ず更新いたします。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 コラムのお手伝い


 2週間空けてすみませんでしたぁぁぁ(土下座)

 すっごい投稿遅れてしまったのにお気に入り登録者数が上がっていました。登録してくださった皆様、本当にありがとうございます。もうほんと、感謝しかないです。

 今回は麻弥ちゃんの話です。本当に良いアイデアが浮かばなくて、ガチスランプでした。何とか完成はしたものの、クオリティガタガタです。麻弥推しの皆様、先に謝っておきます。

 それでも大丈夫という方は、今回もどうぞよろしくお願いします。


 

 

 

 

 カウンターテーブルの上でコーヒーミルを使い、豆をガリガリと砕く。細かくなった豆をペーパーフィルターに入れ、そこにポットでお湯を注ぐと、コーヒー特有の香りがふんわりと広がる。2人分のレギュラーコーヒーを淹れてから、両手にカップを持ちゆっくりと移動する。

 

 

「お待たせしました、大和さん。コーヒーですよ」

「ありがとうございます山城さん。そこに置いておいてもらっていいですか?」

「分かりました」

 

 

 Sterne Hafenの地下1階、原稿用紙にペンを走らせていたお客さん――大和麻弥さんに言われた通り、コーヒーカップをテーブルの上に置いた。少し原稿を書いてからペンを置き、大和さんはコーヒーをゆっくりと飲んだ。

 

 

「いただきます。……おっ、このほろ苦い感じ、とても美味しいです」

「ありがとうございます。それで、進み具合はどうです?」

「はい。良い感じですよ。今書いているのも、もう少しで終わりそうです」

「それはよかった。じゃあ俺も頑張ってチェックしますね」

「ありがとうございます。ほんと助かります」

 

 

 今大和さんが書いているのは、音楽機材のコラムだ。うちの押し入れにあったエフェクターを題材に、大和さんは楽しそうにコラムの原稿を書いている。あまり詳しくは知らないのだが、どうやらこのエフェクター、かなりレアな商品らしい。恐らく母さんか父さんが昔に購入したものであるが、マニアからすると相当価値のあるエフェクターだそう。

 

 

 対して俺は何をしているのかというと、大和さんが書き終わった分の原稿の添削だ。誤字脱字のチェックや、おかしな文章になっていないかの確認をしている。コーヒーを飲みながら添削をしているのだが、今のところミスは見当たらず、チェックというよりはただ面白い文書を読ませてもらっているだけという役得だ。

 

 

 母さんに頼んで貸し切り状態にしてもらったため、今ここにいるのは俺と大和さんだけ。静かな空間で大和さんがエフェクターのコラムを書いているという状況だ。

 

 

 どうして俺達がこんなことをしているのか? そのきっかけは少し前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

【数日前】

 

 

 CiRCLEの前にあるカフェテリア。涼しい風を浴びながら、俺と穂乃花は先程までの練習風景の録画を見て、今日の練習の振り返りをしていた。

 

 

「あちゃー……分かってはいたけど今のところ、やっぱりドラム走っちゃってるね~」

「それでも前よりはかなり良くなってると思うぞ。あと少しじゃないか?」

「ほんと!? リーダーがそう言ってくれるなら自信持てるよ~。……あっ、今のとこ音ちょっと外れてた?」

「正解。ここ思いっきり俺ミスしてる。歌うのしんどくて、ギターもかなり危なかったんだよなー」

「この歌キー高いもんね。リーダー声低いんだし、あんまり無理すると喉痛めるよ~?」

「大丈夫。まだまだいける。練習続けたら何とかなりそうだから頑張ってみるよ」

「……また1人カラオケで特訓?」

「そのつもりだけど……穂乃花一緒に来てくれたりする?」

「もっちろ~ん♪」

「あざまーす」

 

 

 スマホで撮影していた動画を何度も見直して、お互い気になった点を指摘し合う。ちなみに大河と花蓮は別の用事があって今日は来ていない。こういう時は、今日みたいに集まれるメンバーだけで練習するようにしている。

 

 

「やっぱりこの前の1人カラオケ特訓寂しかったんでしょー?」

「その通りでございます。途中急に虚しさが襲ってきた」

「あははっ!? それじゃあ次は誰かと行かないとだね~……ひょいっと」

「ん? なんだその雑誌?」

 

 

 そして振り返りをした後は、大体は雑談タイムに突入する。ゆったりとダラダラしながら、メンバー同士で他愛もない話をする。個人的にはこの時間が練習の時と同じくらい好きだったりする。

 

 穂乃花は俺と話しながら席を立ち、すぐ近くにあったラックから雑誌を持ってきた。表紙を見せてもらうと、有名な音楽雑誌だった。

 

 

「今日の雑談のネタはこの雑誌に決まり~」

「音楽雑誌ね。いいんじゃないか?」

「でしょー? それにね、確かこの中にドラムの演奏法の特集ページがあるんだけど……ほら、見て」

 

 

 穂乃花がペラペラとページをめくると、彼女が言った通り、ドラムの演奏法についてのコラムがあった。そしてそこには見覚えのある名前があった。

 

 

「あれ、これ大和さんが書いたコラム?」

「そう! ほら、麻弥さんってドラム担当でしょ? この前にドラムについての記事を書く仕事もらったらしいんだ」

「それでその雑誌が丁度そこにあった……ってことか」

「その通り! 折角だし、リーダーも読もうよ!」

「おうよ」

 

 

 そして意気揚々と大和さんが書いたコラムを読もうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

「あっ……あのー……」

「「はい? …………って、あれ、大和(麻弥)さん?」

「あはは……お、お疲れ様です……」

 

 

 声がした方を穂乃花と向く。俺達の座っているテーブルの前に、まさかの大和さんが立っていた。用事があってたまたまCiRCLEに来ていたらしく、丁度帰ろうとしていた時に俺達がコラムについて話しているのを目撃し、こちらに来たとのことだった。

 

 

「さあ帰ろうと思ったら、どこからか自分の名前が聞こえたんです。そしたらお2人がジブンの書いたコラムを読もうとしているのが見えたんです。ビックリしましたよ」

「驚かせてしまってすみませーん! ……そうだ! よかったら麻弥さんも一緒にどうですか? 是非このドラムの演奏法について麻弥さんとお話ししたいです!」

「えっ? いいんですか?」

 

 

 大和さんは穂乃花からこちらに視線を移す。

 

 

「もちろんです。俺も大和さんの話、色々聞きたいです。よければ軽く雑談しましょう」

「ありがとうございます。それじゃあ、お邪魔しますね」

 

 

 こうして大和さんを加えた3人で、音楽雑誌に載せられたコラムを読むことになった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「こんなにたくさんの演奏法について書けるなんて、流石麻弥さんですねー! あたしも読んでいて勉強になります!」

「ありがとうございます、穂乃花さん! なんだかそう言われると照れますねぇ……フヘへ……///」

 

 

 穂乃花と大和さんが、ドラムの演奏法について楽しそうに話している。穂乃花曰くかなりマニアックな演奏法について解説されているらしく、大和さんの知識量に驚くばかりだ。同じドラム担当ということで話が弾むためか、大和さんはとても楽しそうだ。その証拠に、あの特徴的な笑いが出ている。

 

 

「それにしても、雑誌に載せるコラムのお仕事ってすごいですね。これからパスパレとして活動していくわけだし、こういった仕事も増えていったりするかもですね」

「それなんですけど……丁度昨日、また次のコラムのお仕事頂いたんですよー!」

 

 

 大和さんは満面の笑みでそう言った。どうやら既に次の仕事をゲットしていたみたいだ。

 

 

「ほんとですか!? すごいじゃないですか麻弥さん! それでそれで、次は何について書くんですか?」

「次は音響機材についてですね。ジブンが選んだ題材について自由に書けということで、今回はエフェクターについて書こうかと」

「いいですねー。機材についてのコラムなんて、大和さんが一番楽しめるお仕事ですね」

「そうなんですよぉ……フヘへ♪ ……もう最高です……///」

「「(何この先輩かわいい)」」

 

 

 嬉しすぎて顔がフニャフニャになっている大和さんを見て、俺達は思わず心の中でそう呟いた。

 

 

「……とは言うものの、実は1つ悩んでいることがありまして」

「悩み?」

「はい。具体的にどのエフェクターについて書くのか、まだ決められていないんです。折角書くんだから、これだ! って感じるものを題材にしたいんですよ。色々探しているんですけど、まだピンと来るものが見つかっていなくて……」

 

 

 大和さんは難しそうな顔でそう言った。機材が大好きな大和さんを満足させられるものは、簡単に見つからないみたいだ。

 

 そんな大和さんを見て、彼女の隣に座っていた穂乃花がふと口を開いた。

 

 

「ねえねえ貴嗣、Sterne Hafenのスタジオの物置に何かあったりしないの? スピーカーとかエフェクターとか、色々あったりするじゃん?」

「あぁ、確かに。母さんが昔趣味で買ったコレクター品とか、全部あそこに保管してる」

「あ、あの物置の中にまだ他にもレア機材が入っているんですか!?」

 

 

 大和さんは驚きと期待を込めた表情で、こちらにグイッと身を乗り出してきた。そう言えば打ち上げの時、大和さんは押入れに置かれていたスピーカー(激レア商品らしい)に挟まって幸せそうな表情をしていたなぁ……と思い出した。

 

 

「レア機材かははっきりとは分からないですけど、母さんが昔から大事にしている機材が色々あるんですよ。だから凄い掘り出し物とかあったりするかもしれません。良かったら今度うちのお店に来て探してみますか?」

「い、いいんですか……!?」

「はい。もちろんです」

 

 

 俺がそう答えると、大和さんは先程穂乃花と話していた時と同じように、嬉しさでみるみるうちに顔が緩んできた。マニアからしたら限定品なんてたまらないものだ、まだ見ぬ音響機材たちのことを考えたら、もう楽しみでしょうがないんだろう。

 

 

「じゃあ今度お店にお邪魔させてもらいます! 山城さん、ありがとうございます!」

「どういたしまして。ピンと来る機材、見つかるといいですね」

「はい! あの狭い空間に宝物(激レア機材)が沢山あるって考えたら……楽しみ過ぎて仕方がないですよぉ……/// フヘへ……///」

「「(何だこの可愛いアイドル)」」

 

 

 この可愛らしさは正しくアイドル、なんてことを考えながら、俺と穂乃花はフニャフニャになっている大和さんを眺めて癒されていた。穂乃花に至っては「麻弥さん可愛いです~♪」なんて言いながら、大和さんの頬をムニュムニュと触って楽しんでいた。見ていた感じすっごい柔らかそうだった。

 

 この後はうちに来る日と時間帯を決めた後、また少し演奏法やバンドについて雑談した後に解散となった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

【現在】

 

 

 以上が事の経緯だ。予定通り、大和さんは今日のお昼過ぎにうちに来てくれた。

 

 大和さんは物置の中から、無事に彼女の琴線に触れるエフェクターを見つけることができた。大和さん曰く、これも5年前に数量限定で生産された貴重な機材らしく、保存状態も完璧とのこと。素晴らしい掘り出し物を見つけた大和さんは、その勢いのままここでコラムを書き続けているというわけだ。

 

 

「――よしっ。書けた」

 

 

 最近あまり飲んでいなかった苦めのコーヒーを飲んでいたところで、大和さんがそう言った。

 

 

「お疲れ様です。やっと完成……って、すごい文章量ですね……!」

「あはは……ちょっと書くのが楽しくて……気付いたらこんなに書いちゃってました」

 

 

 大和さんの手元にあった原稿を見て、思わず驚いてしまった。その用紙には、びっしりと文字が書かれてあったのだ。

 

 文章の内容も先程までのものとは違い、専門用語もかなり多いマニアック向けのものになっていた。勿論全く内容が分からないわけではないし、専門用語には注釈を添えて意味を小さく書いていたりする。俺のような音響機材に詳しくない者が読んでも十分楽しめる内容だと思った。

 

 眼鏡を掛けて(細かい字を読むとき、俺は眼鏡を掛けるようにしている)、大和さんが書いた文字にペンをなぞらせて読んでいく。誤字脱字は無いかと確認するが、今回も特に気になる部分は無かった。大和さんに教えてあげよう。

 

 

「完璧な記事だと思いますよ。誤字脱字は無いし、違和感を感じる表現も無しです。バッチリじゃないですか。流石大和さん」

「そ、そうですか……ありがとうございます……」

「?」

 

 

 俺がそう伝えると、大和さんは少し困ったような顔をした。どうかしましたか? と聞くと、大和さんはゆっくりと口を開いた。

 

 

「その……内容についてなんですけど……本当にそれでいいと思いますか?」

「内容? はい、別にこれで問題ないと思います。確かにさっきの記事とは違って内容がマニアックだなぁとは思いましたが――」

「そう。そこなんです」

 

 

 大和さんは少し大きめの声で、俺の言いかけた言葉を遮った。

 

 

「書き上げてからこんなことを言うのも良くないんですけど……今読んでもらった記事、専門用語ばっかりのとてもマニアックな内容なんです。つい楽しくなって色々書いちゃって……その……こんなのアイドルらしくないなって……」

「アイドルらしい……?」

 

 

 新しく出てきた言葉を復唱する。これまた難しい言葉だ。

 

 

「山城さんなら、どっちの記事を使いますか?」

「先に書いた初心者向けの記事か、今書いたマニアック向けの記事か、ってことですよね?」

「そうです……山城さんの意見を聞かせて欲しいです」

 

 

 両手に2つ記事を持って、交互に見る。少し考えてから、自分の意見を大和さんに伝える。

 

 

「俺ならマニアック向けの記事を選びますかねぇー」

「えっ……ええっ!?」

「おうおう、そんな驚かなくても」

「す、すみません……予想外だったので……初心者向けの記事にするって言うと思ってました……」

「それも考えましたけどね。でもやっぱり、こっちのほうがいいです」

「……その理由を聞かせてくれますか?」

「ええ。勿論」

 

 

 姿勢を正して、大和さんを真っ直ぐ見る。

 

 

「これは完全に個人的な好みなんですけど、こっちの記事の方が『楽しさ』が伝わってくるんです。大和さんが機材について楽しく書いているのが、すごく想像できるんです」

「楽しさ……」

「大和さんの『機材大好き!』って気持ちが伝わってきて、読んでいる側も楽しくなってくるんです。だってこっちの大和さん、めっちゃ生き生きしてますもん」

「……!」

 

 

 大和さんはハッとなる。そんな大和さんに、笑顔を作って話しかける。

 

 

「大和さんの悩んでいた気持ちも分かっているつもりです。アイドルらしくないっていう言葉の意味も、なんとなく感覚で理解できます」

「……はい」

「でもやっぱり、大好きなことに関しては、難しいことなんて考えずに突っ切るのもアリだとは思います。ほら、やっぱり『自分の好きなこと』を貫いているほうが、何でも魅力的に見えるじゃないですか?」

「好きなことを……貫く……」

 

 

 大和さんは俺の言葉を呟いて、ゆっくりと自分の中で考えている様子だった。

 

 

「ありがとうございます、山城さん。……ちょっと気が楽になりました」

「どういたしまして。1つの意見として参考にしてくれると嬉しいです。どっちの記事を選ぶのかを決めるのは大和さんですから」

「はい。ジブンも家に帰って……じっくり考えてみますね」

 

 

 そして先程までの困り顔とは違い、ふんわりと優しい笑顔を見せてくれた。

 

 その可愛らしい笑顔は、どこからどう見てもアイドルだった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 山城さんのカフェにお邪魔させてもらってから数日後、ジブンはコラムの原稿を提出した。編集部の人達にもチェックしてもらったけれど、誤字脱字等のミスは1つもない、素晴らしいとのことだった。山城さんが入念にチェックをしてくれていたおかげだ。

 

 

 肝心の内容なんだけど……あの後1人でじっくりと考えた結果、ジブンはマニアック向けの記事を載せてもらうことにした。

 

 

 初めは初心者向けの記事を提出しようと思っていた。ジブンの趣味全開の記事は内容が難しいし、何より「アイドルらしくない」と思ったから。でも山城さんの意見を聞いて、その考えも変わっていった。

 

 

 後になって気付いたけれど……あの時のジブンは山城さんに「マニアック向けの記事で行きましょうよ!」と言って欲しかったんだと思う。山城さんならジブンを理解してくれる――機材オタクである自分のありのままの姿を受け入れてくれるって、期待していたのかも。

 

 

 自分の中では「そんなのアイドルらしくない」って決めつけていたけれど……やっぱり自分の「好きなこと」を否定するのは嫌だった。山城さんはもしかしたら、ジブンのそんな気持ちに気付いていたのかもしれない。だって彼は、千聖さんと同じくらい人をよく見ているから。

 

 

 何だか山城さんと千聖さんって、考え方は正反対だけど、結構似ているところが多いと思う。周りをしっかり見ているし、気配り上手だし、とても鋭いし。

 

 

「(……だから千聖さん、山城さんのこと気に入ってるのかも?)」

 

 

 とまあ、ちょっと話が逸れちゃったけれど、「『自分の好きなこと』を貫いているほうが、何でも魅力的に見えるじゃないですか?」って言葉が、ジブンの背中を押してくれた。機材オタクという自分の一面を出していいのか不安だったけれど、山城さんのおかげで、勇気を出して一歩踏み出せた。

 

 

 そしてコラムを載せてもらって雑誌が発売されて数日後の今日、ジブンは事務所に呼び出されていた。

 

 

「お疲れ様です、麻弥さん。急に呼び出したりしてすみません」

「お疲れ様です! いえいえ、大丈夫ですよ! それで、お話というのは?」

「この前のコラムあるじゃないですか? 実はですね……それがすっごく評判なんです!」

「ええっ!?」

 

 

 スタッフさんの一言に驚いてしまった。

 あんな専門用語だらけの記事が好評なんて……。

 

 

「それでですね、そんな麻弥さんの記事を『IDOL×IDOL』の編集さんが目をつけてくれて……是非麻弥さんにコラムの連載をってお話を頂いたんです!」

「あっ……『IDOL×IDOL』って……超有名なアイドル雑誌じゃないですか!? そ、そのコラムをジブンが……!?」

「そうです! 初回は自己紹介も兼ねて、麻弥さんが実際に使用している機材についてコラムを書いてほしいとのことなんですが……どうでしょうか? 勿論、最終的には麻弥さんの意思で決めたいと考えています」

「ジブンの……意思……」

 

 

 ひょんなことから舞い込んだ大きな仕事。こんなに大きな仕事、今のジブンが出来るのだろうか?

 

 ……でもこういう挑戦の積み重ねによって、「アイドル」としての自信を持てるようになるかもしれない。何事もやる前から尻込みなんて良くない。折角の機会なんだ、やってみよう。

 

 

「ジブンは……是非やってみたいです!」

「ありがとうございます! すぐに資料持ってきますね!」

 

 

 不安もあるけれど、楽しみでもある。この大きな仕事に挑戦することで、アイドルとして成長できるはず。

 

 この仕事を取ることができたのは、ジブンの「機材が大好き!」という気持ちを貫いたからかもしれない。もしそうなら……ジブンは山城さんに大きく助けられた。彼のおかげで、ジブンの「好き」という気持ちを貫いて良いんだって、少し自信を持てたから。

 

 

「……そうだ! 山城さんにこのことを知らせよう!」

 

 

 携帯を取り出して、メッセージを打つ。

 

 背中を押してくれたことの感謝を込めて、そしてこれからもよろしくお願いしますという気持ちを込めて、ジブンはメッセージを送信した。

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。麻弥ちゃんとのお話でした。

 個人的に結構不完全燃焼なので、リベンジと言うことでまた別の機会で麻弥ちゃんのストーリー書くかもしれません。イベントストーリーも参考にしようかなと考えてます。もしリクエスト等あれば、是非ご連絡ください。跳んで喜びます。

 残るメンバーはあと2人。多分来週には更新できると思います。早くパスパレ編終わらせて次に行かなければ……頑張ります。

 それでは次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 電車の乗り換えって難しいよね


 新たにお気に入りをしてくださった皆様、ありがとうございます。そして☆10評価をくださったなぁくどはる様、本当にありがとうございます。温かいコメントも頂いて、嬉しすぎてぶっ飛びました。

 今回は千聖さんとのお話です。タイトルは適当です。

 それではどうぞー。


 

 

 

 

 いつでも多くの人が利用している、この町の中央駅。多くの人が行き来しているこの駅の改札口の前で、俺は真優貴と美咲ちゃん、そして花音さんと話していた。

 

 

「それじゃあ行ってくるねーお兄ちゃん!」

「おう。水族館、楽しんでおいで」

 

 

 今日は真優貴が美咲ちゃんと花音さんと一緒に水族館に行く。この前真優貴が仕事の関係で水族館のチケットを貰ったので、仲良しのメンバーで遊びに行くことに。俺は真優貴に頼まれて、そんな3人の見送りに来ている。

 

 俺は行かないのか? と思うかもしれないが、真優貴が貰ったチケットは3人分。当然真優貴は俺を誘ってくれたが、折角だし友達と行っておいでと勧めた。俺としては家族だけじゃなく、友達との思い出も増やしてほしいからだ。

 

 

「ごめんね貴嗣君。どうせなら4人で行けたら良かったんだけどねー」

「大丈夫だよ美咲ちゃん。俺のことは気にせず、今日は楽しんできて」

「うん。ありがと。今度行く時は貴嗣君も行こうね」

「ああ。その時は頼むよ」

 

 

 美咲ちゃんは笑って答えてくれた。入学してからずっと俺達兄妹と仲良くしてくれている美咲ちゃんには感謝しかない。今日も真優貴のこと、よろしくです。

 

 

「花音さんも水族館、是非楽しんできてくださいね」

「ありがとう! ずっと行きたかったところだから、とっても楽しみ。……次は貴嗣君も入れた4人で行きたいな」

「ありがとうございます。また行きましょうね」

「うん……! 約束だよ?」

 

 

 もしかすると、今日のお出かけを一番楽しみにしていたのは花音さんかもしれない。この人は水族館が大好きだ。特に海月のことになると人が変わる。今日も海月のブースに行くのだろう。

 

 

「じゃあそろそろ電車来るから行くねー! お土産期待しててね、お兄ちゃん!」

「おうよ。――それじゃあ、皆行ってらっしゃい」

「「「行ってきます!」」」

 

 

 こうして3人は楽しそうに話しながら駅の改札口を抜けていった。

 

 話している間はあまり気にしていなかったのだが……中々の美少女3人組だよなぁ。こう遠くから見ると実感が湧く。水族館でナンパとかされたりして……って、それは考えすぎか。

 

 

「(さあ、用事は済んだし、帰ろっと)」

 

 

 そう思った瞬間、誰かに背中を指先で突かれた。振り向くと、これまたお洒落をした可愛らしい女性がいた。

 

 絹のような綺麗な髪に、眼鏡から覗く紫色の瞳。とても見覚えのある姿だった。

 

 

「た、貴嗣君……よね……?」

「その声……千聖さん?」

 

 

 間違いない。真優貴の大先輩、女優兼アイドルの白鷺千聖さんだった。普段と全く違う服装と眼鏡(恐らく伊達眼鏡)は変装だろうか?

 

 正直この格好だけなら、千聖さんだと気付かなかったかもしれない。声を聞いてやっと分かったくらいだ。その声もささやき声に近く、無意識の内にこちらの話し声のボリュームも小さくなっていた。

 

 

「お疲れ様です。こんなところで会うなんて奇遇ですね。お出かけですか?」

「ええ……そ、そんなところよ……」

「?」

 

 

 さっきから千聖さんはオドオドしている。一体どうしたんだろうか?

 

 

「ねえ貴嗣君。少しお願いがあるのだけれど、聞いてもらえるかしら?」

「はい。大丈夫ですよ」

「……! 良かった……!」

 

 

 そう答えてから、千聖さんはスマホの画面を俺に見せてくれた。そこには喫茶店らしきものが表示されていた。

 

 

「今からこの喫茶店に行こうと思っているのだけれど……その……どの電車に乗ればいいのか教えて欲しいの」

「電車ですか? それなら簡単ですよ。ちょっとスマホ借りますね」

 

 

 千聖さんのスマホを手に取り、Goo〇leでその喫茶店を検索する。すると自動的に今いる場所からの経路が表示された。

 

 ここから3駅先で降りて、地下鉄に乗り換え。2駅先で降りれば、そこから歩いてすぐのところに喫茶店があるそうだ。ご丁寧に電車の発車時刻まで教えてくれている。便利な時代になったものだ。

 

 

「ふむふむ。分かりました」

「ほんと?」

「はい。まずは4番ホームに行って、11:20発の快速に乗ります。次に3駅先で降りて――」

 

 

 俺はスマホの画面を使いながら千聖さんに説明した。

 

 

「――それから歩いて5分で、喫茶店に到着です」

「……」

「千聖さん?」

「……! な、何かしら?」

「さっきからボーっとしてますけど、大丈夫ですか? もしかしたら俺の説明、分かりづらかったですかね?」

「い、いいえ! そんなことないわ。……とにかく11:20発の電車に乗ればいいのよね?」

「まあそうですね。……なんて言ってる間に、もうすぐ電車が出そうですね。早めに行った方が良いかもです」

「えっ……!? あ、あと2分……!?」

 

 

 千聖さんは腕時計を見て驚いた。

 

 

「い、色々教えてくれてありがとう! それじゃあ私は行くわ!」

「はい。どういたしま――……って、行っちゃった……」

 

 

 千聖さんは慌てて改札口を抜けていった。4番ホームはすぐそこだし、そんなに急ぐ必要はないのだが……意外と心配性なんだろうか?

 

 

「(時間に人一倍厳しい……とか?)」

 

 

 千聖さんは芸能人として沢山の仕事をこなしてきた。仕事に遅刻なんて論外だろうし、そういうところは厳しいのかもしれない。うん、きっとそうだ。

 

 

「……あれ?」

 

 

 そんなことを考えていると、少し離れたところに千聖さんが見えた。無事ホームに着けたみたいだが……千聖さんは不安そうに周りを見渡していた。まるで1人で電車に乗るのが初めての子どものようにオドオドしていた。何度も電子時刻表とスマホの画面を交互に見て、首を傾げていた。

 

 

 そして電車が到着したのだが……そこで問題が発生した。

 

 

「(……って、千聖さん逆のホームの電車乗ってる!?)」

 

 

 まさかの反対側に停車していた電車(同じく11:20発)に千聖さんは乗ってしまったのだ。このままだと全く別の場所に行ってしまう。

 

 どうにかして千聖さんの元に行って知らせなければ――そう考えて、俺は鞄やポケットに手を入れて、何か使えるものは無いかと探した。そして俺はあるものを見つけた。

 

 

「(そうだ! IC〇CA!)」

 

 

 水色のカモノハシがマスコットキャラクターのカード式乗車券だ。この前Silver Liningの皆で遊びに行った時にいくらかチャージしたから、このまま改札を通れるはずだ。

 

 カードを手に持って改札を抜け、ダッシュで千聖さんの元に向かった。

 

 

 

 

 

『まもなく、3番乗り場から電車が発車いたします。ご利用のお客様は――』

 

 

 

 

 

「千聖さん……!」

「えっ!? 貴嗣君……!?」

 

 

 電車の奥の方に座っていた千聖さんを何とか見つけた。電車に入り、千聖さんの元に行って説明する。

 

 

「千聖さん。この電車じゃないです。今反対側に泊まっている方の電車に乗るんです」

「そ、そうなの……!?」

「はい。ほら、早くあっちの電車に乗り――」

 

 

 

 ――ウィーン(扉が閉まる音)

 

 

 

「「あっ……」」

 

 

 2人の声が重なる。

千聖さんが立ち上がろうとしたタイミングで、電車の扉が閉まった。そのままガタンゴトンとリズミカルな音を鳴らしながら、電車は動き始めた。

 

 

「……た、貴嗣君……その……本当にごめんなさい……」

「全然大丈夫ですよ。とりあえず次の駅で降りて、また戻りましょう」

 

 

 座っている千聖さんはとても申し訳なさそうにしている。そんな千聖さんに気にしていませんよと伝えてから、車両の上に付けられている液晶画面を見る。次の停車駅を確認してから、スマホで新しく経路を調べる。

 

 

「……」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、千聖さん。どうやったら戻れるか、今から調べてみますね」

「ええ……ありがとう……」

 

 

 不安そうにしている千聖さんにそう話しかける。席は満員なので、俺は席の端に座っている千聖さんの隣に立って、これからどうするべきかを考え始めた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 電車に揺られること十数分。無事に次の駅に到着し、俺と千聖さんは電車から降りた。隣のホームに移動して、今は電車を待っている最中だ。

 

 

「次の電車は7分後の快速ですねー。休憩スペースも埋まってますし、仕方ないですけど立って待っておきましょうか」

「そうね。……ねえ貴嗣君。隣に止まっている電車も同じ行き先のようだけれど、乗らないの?」

「ああ、あれは普通車ですから各駅に止まって、着くのに時間が掛かっちゃうんです。快速に乗る方が早く着きます」

「ふ、普通……? 快速……?」

 

 

 俺の説明に、千聖さんは難しそうな顔をしながら首を傾げた。普通電車と快速電車のことなのだが……やっぱり自分の説明が良くなかったのかもしれない。

 

 

「ごめんなさい千聖さん。俺の説明が下手でしたよね」

「ち、違うの! そうじゃなくて……その……」

 

 

 俺の謝罪を、千聖さんは慌てて否定した。そして少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

 

「あ、あのね貴嗣君……笑わないで聞いてくれる……?」

「え、ええ……」

 

 

 どうしたどうした? 一体何を言い出すつもりなんだ?

 

 

「私……電車の乗り換えが苦手なの……」

「……へ?」

 

 

 で、電車の乗り換えが苦手……? 千聖さんが……?

 

 

「じゃあ俺が喫茶店への行き方を説明していた時も、全然どの電車に乗って良いのか分からなかったってことですか?」

「……ええ」

 

 

 思い返せば、千聖さんはあの時とても困った顔をしていた。半分放心状態のようにボーっとしていたのも、千聖さんにとっては、電車の乗り換えの説明が難しすぎたからだったのか。

 

 

「ごめんなさい……分かったようなフリをして、結局貴嗣君に迷惑を掛けてしまったわ……」

「いえいえ。全然大丈夫ですよ。それじゃあ千聖さんが無事喫茶店に着けるよう、俺が案内しますね」

「そ、それは流石にダメよ……! 今でも貴嗣君に迷惑かけてばっかりなのに、お店までついてきてもらうなんて……」

「それじゃあ1人で行けます?」

「そ、それは……」

 

 

 千聖さんは黙ってしまった。少し意地悪な質問だったかもしれない。

 

 

「じゃあ決まりですね。安心してください、ちゃんとお店まで案内しますから」

「……本当にありがとう」

「どういたしまして。ほら、そろそろ電車が着ますから、これに乗ってとりあえずさっきの駅まで戻りましょう」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 そしてお昼の2時頃。千聖さんと俺は無事に目的の喫茶店にたどり着くことができた。千聖さんを案内するという仕事を終えた俺はそのまま帰った――

 

 

「貴嗣君、このお店の紅茶はどう?」

「……すっごい美味しいです。ほろ苦さが絶妙ですね」

「でしょ? お口にあって良かったわ」

 

 

 ――のではなく、千聖さんと一緒に喫茶店で紅茶を飲んでいた。

 

 今日は千聖さんの貴重なプライベートの時間だし、一般人は邪魔しないでおこうと思ってそのまま帰ろうとしたのだが、千聖さんが「折角ここまで来たのだから、一緒にお店に入らない?」と提案したのだ。

 

 千聖さんは多くの人に顔が知られている女優兼アイドルだし、一般人である自分と一緒にいるところを見られたら面倒になる。そう考えて断ったのだが……――

 

 

 

 

 

『お気持ちは凄く嬉しいですけど……ほら、千聖さんって女優でアイドルなんだから、男の俺と一緒にいるのを見られたらヤバイでしょ?』

『それなら大丈夫よ。今日はこうやって変装しているから』

『変装って……しかも今日千聖さんオフなんでしょ? 元々1人で来る予定だったんだし、俺がいたら邪魔になるんじゃ……』

『それも問題ないわ。だって貴嗣君と話すのは楽しいもの』

『うっ……』

『……決まりね♪』

 

 

 

 

 

 ――という感じで、上手いこと言い包められてしまったのだ。前から思っていたが、やっぱり千聖さん、口が上手い。

 

 

「どうしたの? そんなにソワソワして」

「いやいや、千聖さんと一緒にいるのがバレてないか心配なんですって……」

「大丈夫よ。席も奥の方だし、この変装がバレたことはないわ。……というより、貴嗣君だって真優貴ちゃんとよく出かけているじゃない。それと何が違うのかしら?」

「真優貴は妹だからまた違いますって。仮にバレても『兄妹なんですよ~』って言って逃げられるし」

「じゃあもしバレたら『従兄です』って答えるようにするわね」

「そういうことじゃないですよ……あと従兄じゃないし……

 

 

 ああ言えばこう言うで、こちらの発言の裏をかかれてしまう。さっきから負けっぱなしだし、千聖さんはご満悦といった様子でニコニコしている。

 

 

「そういえば……」

「はい?」

「家での真優貴ちゃんってどんな感じなの? 私は現場でのあの子しか知らないから、少し気になるの」

「家での真優貴ですか。そうですねー……」

 

 

 顎に手を当てて、日頃の真優貴について色々考える。

 

 

「甘えん坊ですかね」

「あら、甘えん坊とはちょっと意外ね」

「元々真面目な性格ですから、現場ではすごくしっかりしていると思います。その反動もあって、家では母さんや俺に甘えたくなるらしいです」

「なるほど……確かに仕事の休憩中だと、真優貴ちゃんから家族の話を聞くことが殆どだわ。……特に貴嗣君の話題が」

「俺ですか?」

 

 

 紅茶と一緒に注文していたパンケーキを一口食べてから、千聖さんは話を続けた。

 

 

「『お兄ちゃんに作ってもらったお弁当が美味しい』だったり」

「おおっ、それは嬉しい」

「『新しい服を選び合いっこして楽しかった』とか」

「ついこの間の話ですね。俺も楽しかったぞー」

「『お願いしたらお風呂上りに髪を乾かしてくれる』とも」

「いつも頑張っているんだし、それくらいお安い御用です」

「あとは……『休みの日、お昼寝の時に膝枕してくれる』とも言っていたわね」

「おうおう、そこまで話しているとは驚きですな」

 

 

 確かに膝枕はよくするし、そのまま俺も一緒に寝てしまうことも多い。だがそれを千聖さんに知られているのは……何だか気恥ずかしい感じがする。

 

 

「仲良しなのは良いことだわ。膝枕はその……兄妹としてはやりすぎだとは思うけれど」

「あはは……まあそこは大目に見てくれるとありがたいです。真優貴も毎日頑張っているから、俺としては可能な限り真優貴の望みは叶えてあげたいなーって思うんです。それに……」

「それに?」

「やっぱり兄妹仲良しって、良いじゃないですか。家族なんだし、仲良しの方が絶対いいです」

「ふふっ、そうね」

 

 

 千聖さんは微笑みながらそう答えた。

 会話が途切れて、暫しの沈黙。お互い同じタイミングで紅茶を飲む。紅茶の香りと苦みを堪能していると、再び千聖さんが話しかけてきた。

 

 

「その……今日はごめんなさい。私のせいで貴嗣君を連れまわしてしまったわね……」

「またそのことですか? 俺は気にしてないから大丈夫ですよ」

 

 

 先程の楽しそうな雰囲気から変わって、千聖さんは申し訳なさそうにそう告げた。電車に乗っていた間もずっとこんな様子だった。

 

 喫茶店で楽しい時間を過ごせば千聖さんも気が紛れるかなーなんて思っていたのだが、俺は少し楽観的すぎたみたいだ。千聖さんはずっと今日のことを気にしている。俺は全然気にしていないし、千聖さんにはオフの日を楽しんでもらいたい……もうちょっと踏み込んだ声掛けをしてみよう。

 

 

「確かに俺は訳あって千聖さんと行動を共にしていますけど、何一つ嫌じゃないですよ。それに誤解を招くかもしれないんですけど、何だか楽しいんです」

「た、楽しい……?」

 

 

 理解ができないといったように、千聖さんは首を傾げた。

 

 

「電車の乗り換えが苦手だっていう千聖さんの一面を知ることができました。それにそれがあったからこそ、今俺はこんなお洒落なお店で女優さんと一緒に、美味しい紅茶とパンケーキを頂いているわけです。これが嫌なわけないじゃないですか」

 

 

 笑顔で千聖さんにそう話す。俺の話を聞いた千聖さんは一瞬驚いた顔を見せてから、困ったように笑った。

 

 

「……それ、いつもの『別の視点』っていうものかしら?」

「ええ。『別の視点』ってやつです。お気に召しませんでしたか?」

「いいえ。ただ……その言い方はズルいわ」

 

 

 紅茶を飲んで一呼吸。視線をこちらに向けて、千聖さんは優しく微笑んだ。

 

 

「そんな言われ方をしたら……嬉しくなっちゃうじゃない」

 

 

 お昼過ぎの時間帯。窓から日差しが千聖さんを照らしていた。その笑顔はとても綺麗で、一瞬ドキッとしてしまった。

 

 

「ふふっ。貴嗣君、顔が赤いわよ?」

「……気のせいですよー」

「アイドルに一目惚れなんて、貴嗣君も悪い男の子ね」

「……そんなのじゃないでーす」

「あらあら、それじゃあ私は可愛くないのかしら?」

「……また千聖さん俺のこと弄って楽しんでますね」

「ええ♪ その通りよ♪」

 

 

 いつかの自主練で千聖さんと2人で話した時のことを思い出す。弦で指先を切ってしまい、千聖さんに看病をしてもらった時も、今みたいに言葉を変えて弄られてしまった。

 

 そして俺をからかっている時の千聖さんは、この上ない程楽しそうだ。例えるなら、お気に入りの玩具で遊ぶ子どもみたいな……やっぱり千聖さんの本性はS側なのだろうか?

 

 

「やっぱりあなたと話すのは楽しいわね」

「あははっ、それは良かったです」

「あなたの考え方に触れるのは、とても勉強になるし、面白い。よければもっと私とお話ししてくれる?」

「もちろんですよ」

 

 

 流石にここで断る奴なんていないだろう。俺も千聖さんについて、もっと色々知りたい。断る理由なんていない。

 

 

「それじゃあ……紅茶のお替り、頼みませんか?」

「ええ。そうしましょう。アッサムティーはどうかしら? このお店のものは特に濃厚で美味しいわよ」

「おおっ、それは是非飲んでみたいですね。千聖さんはどうします?」

「私はさっき貴嗣君が飲んでいたダージリンにするわ」

「分かりました。……すみません、注文いいですか?」

 

 

 こうして夕方になるまで、俺と千聖さんはゆったりとした1日を過ごした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「夕日がとても綺麗ね」

「ですね。電車から見る夕日って俺好きなんですよ。また雰囲気が違いませんか?」

「そうね。こうやって電車から眺める夕日も悪くないわね」

「おっ? それじゃあ千聖さんも、ほんの少しは電車が好きになったり?」

「そ、それはまた別の話よ……」

「あははっ。ですよね。ごめんなさい、冗談です」

 

 

 乗客が少ない車両の中。私の隣に座っているこの大きな男の子は、そう言って楽しそうに笑った。

 

 本来今日貴嗣君とこうやって一日の終わりまで一緒にいる予定ではなかった。家を出る前に何度も調べたのに、いざ駅に着くと不安でどの電車に乗れば良いのか分からなくなってしまった。そんな時に偶然貴嗣君がいて、経路を説明してくれたのだけれど……案の定乗り間違えて、貴嗣君も巻き込んでしまった。

 

 

「貴嗣君は……私が電車の乗り換えが苦手だって聞いてどう思ったの?」

「うーん、ちょっと意外でしたけど、別に何とも思いませんでしたよ」

「そう……そのせいで今日はあなたを色々巻き込んでしまったのに、怒ったりしないのね」

「苦手なことくらい誰にでもあるし、それに腹を立てるとか無いですよ」

「……貴嗣君らしいわね」

 

 

 とは言うものの、貴嗣君は疲れているみたいだ。声のトーンが低くなって、話し方も遅くなっている。何だか眠そうだ。

 

 

「色々ありましたけど、俺は楽しかったですよ。千聖さんの色んな面を知れましたし」

「なら良かったわ。私も凄く楽しかったわ。ありがとう」

 

 

 貴嗣君はいつもこうだ。

 私にとって「良くないこと」を、彼は「良いこと」に変えてしまう。物事の捉え方が、私と貴嗣君とでは大きく異なる。

 

 彼は何事も肯定的に捉えて、良い面を見つけようとする。何事も厳しく見てしまう私にとって、それは難しいこと。

 

 そんなある意味正反対な考えの私達だけれど……彼と話すのは嫌ではない。それどころかとても楽しいと感じる。不思議な感覚だ。

 

 

「あははっ、そんなこと言われたら照れちゃいますよ……ふぁあ~……」

「ふふっ、大きな欠伸ね。駅までまだまだ時間があるんだし、少し寝たら?」

「いや、流石にそれは失礼というか……俺も千聖さんと話していたいし……くぁあ~……」

「無理しないでいいわよ。ちゃんと起こすから」

「……じゃあちょっとだけ……」

 

 

 そう言ってから貴嗣君は目を瞑り、すぐに寝入ってしまった。

 

 真優貴ちゃんから聞いたことがある。貴嗣君は車や電車に乗ると、揺られてすぐに眠たくなってしまうんだと。何だか子どもみたいで、可愛らしい。

 

 

「Zzz……」

「……やっぱり疲れていたのね」

 

 

 ぐっすりと寝てしまっている。貴嗣君のことだし、落ち込んでいた私を楽しませるために、色々と気を使ってくれていたんだろう。

 

 

「(本当に色々助けられたわね。あなたがいてくれて良かった)」

 

 

 貴嗣君、今日は本当にありがとう。あなたと沢山お話ができて楽しかったわ。

 

 私は貴嗣君から、これからも色んな事を学んでいきたい。もし機会があれば、また今日みたいにあなたと話したい。

 

 

「これからもよろしくね、貴嗣君」

 

 

 隣でスヤスヤと寝ている男の子に、私はそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

 十数分後。駅に無事到着。

 

 

「貴嗣君、ぐっすり眠れた?」

「おかげさまで。起こしてもらって、ありがとうございます」

「どういたしまして。さあ、帰りま――」

 

 

 向かいのホームに電車が到着。扉が開くと……。

 

 

「あれ? お兄ちゃん?」

「……おうっと」

「えっ、なんでお兄ちゃんがここに……って、ち、千聖さん……!?」

「えっ!? ち、千聖ちゃん!?」

「ま、真優貴ちゃんに花音……!? ど、どうしてここに……!?」

 

 

 まさかの真優貴、花音、美咲3人組とばったり遭遇。

 

 

「お兄ちゃん?」

「……ナンデショウカ?」

「……私に黙って千聖さんと付き合ってたの?」

「「は、はぁ……!?」」

「千聖ちゃんと貴嗣君……つ、付き合ってたの……!?」

「ち、違うの花音。これは誤解で……!」

「ふ、ふえぇ~……!」

「お、落ち着いて花音……!」

 

 

 千聖、混乱する花音に必死に声を掛ける。

 

 

「花音さんも真優貴も落ち着きなって……もう……こんなの誤解に決まってるじゃん……」

「ありがとう美咲ちゃん……今は君が天使に見える……」

「貴嗣君も大袈裟だなぁ。まあ日頃貴嗣君にはこころ達の相手してもらって助けられてるしさ」

「ありがたやぁ」

 

 

 美咲、貴嗣を手招きしてから、コソコソと囁き声で話す。

 

 

「……ところで貴嗣君」

「ん?」

「…………ほんとのところどうなの?」

「やっぱり疑ってるじゃん……」

「い、いやー……やっぱあたしも女子だし? 友達の恋愛話に興味がないわけじゃないっていうか?」

「恋愛話ですらないんだけどなぁ……ちゃんと説明するわ」

 

 

 この後ちゃんと説明して、誤解は晴れましたとさ。

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。千聖さんのお話でした。

 個人的には千聖さんは動かしやすいキャラでした。電車が苦手な千聖さん好き。

 さて、残る最後のパスパレメンバーは日菜ちゃんとなりました。上手く日菜ちゃんが書けたらいいなぁ……(願望)。頑張ります。

 それでは次回もよろしくお願いします。

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 全然分かんなくて、面白い!

 
 お気に入り登録を新たにして下さった皆様、ありがとうございます。励みになります。

 お待たせしました。パスパレ編キャラエピソード最後のメンバー、日菜ちゃんのお話です。日菜ちゃんを上手く表現できたか不安ですが、楽しんでいただけると幸いです。

 それではどうぞー。


【追記】
 違和感を感じる箇所があったので、一部編集しました。ご指摘ありがとうございました。


 

 

 

 

 

 Prrrr! Prrrr!

 

 

う~ん……なんだ……?

 

 

 休日の朝、スヤスヤと気持ちよく寝ていると、枕元に置いていた携帯が突然鳴った。まだ意識が覚醒しきっておらず、音が遠く感じる。

 

 そして着信音と一緒に、部屋の中をテテテテッと聞き覚えのある足音が。その音の主は器用にベッドに上り、ペロペロと俺の耳を舐め始めた。

 

 

「あははっ……! 分かった分かった! 起きるから耳だけはやめてくれホープ……!」

 

 

 イタズラの犯人(人というより犬だけど)は我が家の愛犬、ミニチュアダックスフンドのホープだった。ホープは俺の耳が敏感なことを知っており、俺を起こそうとするときは今みたいに耳を舐める。こればかりはくすぐったすぎて、どう頑張っても飛び起きてしまう。

 

 笑いながら体を起こすと、ホープはこれまた器用にスマホを俺の手元に持ってきてくれた。電話が鳴っているよーと知らせてくれているのだ。

 

 

「ありがとなホープ。さて誰から電話だ……?」

 

 

 眠気が覚めず、目を擦りながら携帯の画面を見ると、意外な人物から電話がかかってきていることが分かった。

 

 

「彩さん?」

 

 

 アイドルでバイトの先輩である彩さんからだった。

 今日は何も予定が無いし、特に彩さんと何か約束をしていたわけじゃない。彩さんが俺に電話を掛けて来る理由なんてないはずなのだが……どうしたのだろうか?

 

 「シフトを変わってほしい」みたいな内容かなーなんて考えながら、とりあえず電話に出ることにした。

 

 

「もしもしー?」

「あっ! やっと電話に出た! もしもーし!」

 

 

 ……んん?? 

 

 

 

「あの……どちら様ですか?」

「どちら様って……あたしだよ貴嗣君! 彩だよ~!」

 

 

 いやいや、微妙に声違うし。しかも彩さんは自分のこと「あたし」って呼ばないし。

 

 

「ほら、『まん丸お山に彩りを!』の彩だよ!」

ちょ、ちょっと日菜ちゃん……! 貴嗣君にそれ言うの恥ずかしいから辞めてよ~!

 

 

 小さい声だけど、電話越しに彩さんの声が聞こえる。どうやら電話を掛けている人物に抗議しているみたいだ。そして彩さんの声から、今俺と通話しているのが誰か分かった。

 

 

「……日菜さんですね」

「えーっ!? なんで分かったのー!?」

「話声聞こえてますよ……彩さんの携帯取って俺に電話掛けてきているんでしょ?」

「せいかーい! なになに、貴嗣君ってエスパーなの~?」

「なんですかエスパーって……だって俺と日菜さん、連絡先交換してないじゃないですか」

 

 

 まだ完全に覚醒しておらず、フワフワとした睡魔が抜けきらない。胡坐の隙間にスポッと丸まって収まっているホープを片手で撫でながら、日菜さんとの電話を頑張る。

 

 

「うーん、これバレたのは彩ちゃんのせいかな~?」

「えっ!? 私!?」

「彩ちゃんがあたしの名前を言わなかったらバレなかったかもだしさー。というわけで……罰ゲームだー♪」

「罰ゲーム? ……あはははっ! 日菜ちゃんくすぐるのはやめ……あはははっ!」

 

 

 彩さんの笑い声が聞こえる。くすぐりの刑に処されているみたいだ。ニコニコ顔で彩さんを弄っている日菜さんの姿が容易に想像できる。

 

 

「あのー日菜さん……そろそろ要件を聞いてもいいですか?」

「ああ、そうだった! 貴嗣君、今日何か予定ある?」

「今日ですか? 特に何もないですけど」

「ほんと!? なら良かった!」

 

 

 特に予定は入っていないことを伝えると、日菜さんは嬉しそうに答えた。

 

 

 

「じゃああたしと遊ぼ!」

 

 

 

 ……?????

 

 

「あ、遊ぶ……?」

「そう! 今日のレッスンお昼前に終わるからさ、そうだなー……ショッピングモールに13時集合ね!」

「えっ、あの、ちょ――」

「じゃあねー!」

 

 

 元気一杯の日菜さんの声に続いて聞こえたのは、「ツー……ツー……」という通話終了を意味する、無機質なあの音だった。

 

 

 少し状況を整理しよう。

 1.朝早くから突然彩さんから電話が掛かってきた。

 2.でも電話を掛けてきたのは彩さんではなく、日菜さんだった。

 3.日菜さんは突然「一緒に遊ぼう!」と言ってきた。

 4.集合場所と時間を伝えてから、すぐに電話は切られた。

 

 

 

「……うーん?」

 

 

 頭が追い付かなくて、気の抜けた声が思わず漏れる。

 ボケーッとしている俺を不思議に思ったのか、ホープがモゾモゾと動き体勢を変え、俺の顔をジーッと見つめ始めた。

 

 

「なあホープ」

「?」

「個性が強い人ってとことん強いんだな」

「ク~ン」

「とりあえず落ち着きたいからナデナデさせてな」

「♪」

 

 

 俺の体にもたれかかって来たホープを撫でる。綺麗なベージュ色の毛だなぁなんて思いつつ、これからの予定を考える。

 

 だが選択肢なんて「行く」か「行かない」の2択しかない。とは言っても今日は元々予定が無かったし、行かない理由というのも見つからない。

 

 

「……行くしかないよなぁ」

 

 

 膝の上でリラックスしている愛犬を愛でながら、1人でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そして集合時間の10分程前に、俺はショッピングモールに到着した。今はベンチに座って、日菜さんの到着を待ちながら持ってきた小説を読んでいる。

 

 

「――?」

 

 

 本の世界に入り込んでいると、突然視界が真っ暗になった。誰かが後ろから手で目隠ししているみたいだった。

 

 

「だーれだ?」

 

 

 楽しそうな声が聞こえた。突然のことに一瞬驚いたが、声で誰なのかすぐに分かった。

 

 

「日菜さんですね」

「えーっ! 即答なんてつまんないなー」

 

 

 不満そうな声を漏らしながら、その人は手を俺の目からどけた。後ろを振り向くと、笑顔の日菜さんが立っていた。

 

 

「やっぱり貴嗣君なら来てくれるって思ってたよ。ありがとね~♪」

「無視する訳にもいかないですからね。……まずは色々聞きたいことがあるんですけど」

「あーうん。分かってるよ。でもまずはお昼食べようよ。そこで話は聞くからさ」

「分かりました。フードコートでいいですか?」

「いいよー! それじゃ、いこ!」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 20分後、俺達はフードコートに移動し、昼食をいただいていた。

 

 

「……それで」

「んー?」

「まず初めに、どうしていきなり遊ぼうなんて誘ってきたんですか?」

 

 

 豚骨ラーメンを堪能しながら、俺は最も重要な質問を日菜さんにした。いきなり遊びに誘うにしても、何か理由があるはずだ。

 

 

「それはねー……貴嗣君のことをたくさん知りたいからだよ!」

「……俺のことを?」

 

 

 思わず首を傾げてしまう。日菜さんは説明を続けた。

 

 

「あたしね、パスパレに入ってから他人の存在っていうのを意識するようになったんだ。そしたらね……」

「そしたら……?」

「すっごく面白いなって思ったの! だって、他人って全然分かんないんだもん!」

「……ほうほう?」

 

 

 日菜さんは目を輝かせて話している。

 何となくだけど、日菜さんの言っていることは分かる。自分とは違う存在である他人に、強い興味を持っているということか。

 

 

「それでその他人の中には、俺も入っているってことですか?」

「その通り! ……なんだけど」

「?」

 

 

 そこまで言いかけて、日菜さんは少し難しそうな顔をした。

 

 

「あたしも上手く表現できないんだけど……貴嗣君はね、何だか他の人と違うんだ」

「違う?」

「そう! 彩ちゃんと同じような感覚なんだけど、でも何かが違う。すっごくるんっ♪ ってするんだけど、今までに経験したことが無い感じっていうか……」

 

 

 話が抽象的になってきて、俺も分からなくなってきた。日菜さん自身が分からないって言っているんだから、俺が理解しようとしても難しいのは当たり前なのだが。

 

 

「むふむふ……要は日菜さんにとって俺は意味不明な存在ってことですよね?」

「そう! そういうこと! だから、あたしはそんな貴嗣君のことを知りたいんだ!」

「……だから朝いきなり遊びに誘ってきたってことですか?」

「うん! だって一緒に遊ぶのが、相手を知るのに一番いい方法でしょ? それに楽しいし!」

「あー……まあそうかもしれませんね」

 

 

 相手を深く知る方法なんて、例えばどこかのカフェにいって軽く話したりとか、ランチを食べたりとか、もっと他にも方法があるのになー……なんて思ったけれど、それをここで言うのは無粋だろう。

 

 

 日菜さんが俺を遊びに誘った理由が分かった。日菜さんにとって俺は、他の人と比べ(何故か)イレギュラーな存在である。その摩訶不思議な存在についてもっと知りたい、そして他の人と違うと感じる理由を明らかにしたいから――といったところだろうか。

 

 

「いきなり誘われたときはビックリしましたけど、日菜さんの気持ちは分かりました。助けになれるか分かりませんが、まあ色々やってみましょうか」

「やったー! ありがとね貴嗣君! じゃあじゃあ、最初何しよっか? 貴嗣君ってショッピングモールに来たら、いつも何するの?」

「そうですねー……」

 

 

 普段ここに来たら何をして友達と遊んでいるのか、考えてみる。

 

 

「映画観たり、ゲーセン行ったり、楽器屋さんに行ったりですかね」

「おお~! じゃあ今言ったの全部やろっ!」

「ぜ、全部!?」

 

 

 ひ、日菜先輩マジっすか……? 全部やったら流石に疲れますよ?

 

 

「だって楽しそうだもん! るんっ♪ ってする!」

「お、おう……」

「じゃあ最初は映画館だね! ほら行こ!」

「えっ、今から!? ちょ、まだ食器片付けてない――って痛い痛い引っ張らないでー!」

 

 

 行動力の塊とはこのことか。言い終わる前に、俺は日菜さんに手を引っ張られ映画館に連れていかれることとなった。

 

 

 何を観るかも決まって無いんだけどね。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 映画館に到着した俺達は、最近話題になっている映画を見ることになった。

 

 

「(まさか日菜さんとこれ見ることになるとは)」

「どうしたの貴嗣君? さっきからずっと黙ってるけど」

「チケット買ってから言うのもおかしいですけど、これ恋愛映画ですよ? 俺なんかと観ていいんですか?」

「? 別にいいけど、どうして?」

 

 

 今から観ようとしている映画は恋愛映画だ。日菜さんがこれを選んだのだが、何だか男女2人で恋愛映画を見るというシチュエーションは、俺達2人には全く合っていないように感じた。

 

 

「普通こういうラブストーリーって、好きな男と観るものだって思いますよ」

「そうなのかなー? あたし貴嗣君のこと異性として全然意識してないけど、まあ面白そうだからいいんじゃない? ……あっ、もしかしたら貴嗣君、あたしと映画観るのドキドキしてるのー?」

「そんなのじゃないですよ」

 

 

 ニヤニヤしながら言ってきた日菜さんに真顔で答える。軽くあしらわれたのが不満なのか、ムーッと頬を膨らませてこちらに身を乗り出してきた。

 

 

「そこはちょっとくらいノッてくれてもいいじゃ~ん! なになに、貴嗣君は女の子と映画を観るなんて慣れっこなのー?」

「何ですかその質問。別に慣れっこって訳じゃないですよ」

「ほんとに?」

「ほんとですよ……ほら、映画始まりますよ」

 

 

 日菜さんにそう促してから、俺は意識をスクリーンに向けた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 約2時間後、映画の余韻に浸りつつ、俺達は映画館を後にした。

 

 

「良い話だったね。あたしすっごい感動しちゃったよ」

「そうですね。切ないラブストーリーってベタですけど良いですよね」

 

 

 ゆっくり歩きながら日菜さんと話す。

 

 

「けど日菜さん、上映時間の半分くらい俺の顔見てましたよね?」

「もちろん。貴嗣君がどんな感じで映画観るのかなーって観察したかったもん」

「あはは……それで、何か収穫はありましたか?」

 

 

 俺の問いに、日菜さんはうんと言ってから答えてくれた。

 

 

「貴嗣君って結構表情変わるんだね。ちょっと意外だったかも」

「あれ? 意外でした?」

「だってパスパレの練習見てもらってるときは『しっかり者』って感じでいつも落ち着いてたでしょ? でも映画観てる時の貴嗣君、場面ごとにコロコロ表情が変わってたんだ。嬉しそうな表情だったり、悲しそうな表情だったり」

 

 

 驚いた。

 興味深そうにこちらを見ていたことは知っていたけれど、まさかこんなに詳しく観察していたとは。日菜さんはとても鋭い観察眼をお持ちのようだ。

 

 

「やっぱり貴嗣君ってすっごい不思議で、意味分かんない! もっと貴嗣君のことと、教えて!」

「いいですよ。次はどこに行きます?」

「ゲーセン! ダンスゲームとかやってみたい!」

「ダンスゲームとはまた粋ですねぇ。それじゃあ行きましょうか」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「やったー! ベストスコアこうし~ん!」

「……なんだこのスコア」

 

 

 場所は変わってゲームセンター。日菜さんが楽しそうにダンスゲームをしているのを眺めていたのだが、まさかのお店のベストスコアをサラッと更新してしまった。その才能恐ろしや。

 

 

「じゃあ次は貴嗣君も一緒にやろ!」

「……マジですか?」

「マジだよー! ほら、こっちきて!」

「イテテテ……行くから引っ張らないでください……」

 

 

 

 

 

 

 

「ゼエ……ゼエ……しんど……」

「どうしたの貴嗣君? 何だかすっごい疲れてるけど」

「いやいや……もうずっとダンスしてるじゃないですか……流石に疲れますって……」

「なんでー? あたし全然平気だよー?」

「(うそん)」

 

 

 これだけ踊って息切れしていないって嘘でしょ……日菜さんの体力一体どうなってんだ……?

 

 

「うーん、そろそろ別のゲームがしたいなー。……そうだ! ねえ貴嗣君、あれやろうよ!」

「あれ……?」

 

 

 日菜さんが指さした先にあったのは、皆大好き“エアホッケー”だった。

 

 

「ま、待ってください日菜さん……ちょっとだけ休憩させて――」

「だーめ♪」

「(あーれー)」

 

 

 結局10セットやって、0勝10敗のフルボッコでした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 ダンスゲームにエアホッケー、太鼓の〇人やクレーンゲーム等、色々なゲームを楽しんだ(満身創痍)後、最後の目的地である楽器屋さんに来ていた。CiRCLEの近くにあるお店とはまた違う品揃えは、眺めているだけでも楽しい。

 

 

「そういえば貴嗣君ってどんな弦を使ってるの?」

「そうですね、色々使ってますけど、最近はこの弦ですよー」

 

 

 こんな感じの軽い雑談をしつつお店の中を回っていると、ある音楽雑誌が目に入った。

 

 

「おっ。この雑誌、Pastel*Palettes特集じゃないですか」

「あっ、それこの間のお仕事でインタビュー受けたやつだ! そういえばつい最近発売されたって言ってたっけ」

「流石楽器屋さん、雑誌の更新が早いですね~。どれどれ~」

 

 

 雑誌を手に取って表紙を見る。そこにはPastel*Palettesの集合写真が大きく掲載されていた。

 

 

「皆さん、すっごい楽しそうですね」

「うんうん。この集合写真良いでしょ。あたしも気に入ってるんだ」

「ええ。皆さんの楽しそうな気持ちが伝わってきます」

 

 

 ペラペラとページをめくると、それぞれのメンバーのインタビューが載っていた。勿論日菜さんの記事も、ギターを抱えた写真と共に載せられていた。

 

 

「へぇ~、結構色んな事聞かれてたんですね」

「そうだね。このお仕事は楽しかったなー」

「それは良かったです。――そう言えば、今ふと気になったんですけど」

「どうしたの?」

 

 

 日菜さんが笑顔でギターを持っている写真を見て、1つ疑問が湧いたので、日菜さんに聞いてみることにした。

 

 

「どうして日菜さんはギターを始めたんですか?」

「それはねー、お姉ちゃんがギターをやってたから!」

「お姉さん?」

「そう。氷川紗夜って言うんだ。花咲川だけど、貴嗣君知らない?」

「知ってはいますけど、ほとんど話したことはないですね。学年違いますから」

「まあそうだよねー」

 

 

 氷川紗夜さんと話したのは、入学したての1回だけ。もう随分前のことだ。あの人もギターを弾くのか……俺みたいに誰かとバンドを組んでいたりするのだろうか?

 

 

「じゃあ日菜さんはお姉さんと一緒にギターを弾いたりするんですか?」

「……えっ?」

「だってお姉さんがきっかけでギターを始めたんでしょ? お姉さんに教えてもらったりとかしてたのかなーって思って」

 

 

 

 だが俺がそう聞くと、日菜さんの様子が少し変わった。

 

 

 

「あー、うん……えっと……」

 

 

 

 ついさっきまで絶えることがなかった笑顔はどこかに行ってしまった。目を泳がせている日菜さんは、必死に答えを探しているように見えた。

 

 

 やらかした。

 多分これ、聞いちゃいけない質問だ。

 

 

 

「ごめんなさい日菜さん。急に変な質問しちゃいました」

「あっ……その……」

「ただの気まぐれですから、忘れてください」

 

 

 笑顔を作って日菜さんにそう伝える。日菜さんも俺の意図を何となく感じ取ったのか、何かを言いかける素振りを止めた。

 

 

「さてと、どうしましょうか。もうちょっとここのお店見てから帰ります?」

「……ううん。今日はいいかな。もう夕方だし、そろそろ帰ろうよ」

「了解です」

 

 

 こうして今日の波乱万丈で楽しい時間は、ゆっくりと終了した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「日菜さん。今日は楽しかったですか?」

「うん! すっごく楽しかったよ!」

「それなら良かったです」

 

 

 ショッピングモールからの帰り道、隣を歩いていた背の高い男の子は、あたしにそう聞いてきた。

 

 

「それで、俺を今日1日観察したわけですけど……どうです? 満足してもらえましたか?」

「ううん! 全然! まだまだ貴嗣君のこと、分からないことだらけだもん!」

「あははっ、まあそうでしょうねー」

「でも分かったこともいくつかあるよ」

「おっ? 是非教えてくださいよ」

 

 

 分かったと答えてから、今日1日を振り返る。

 映画を観ている時、ゲームセンターで遊んでいる時、そして楽器屋さんを回っている時――貴嗣君は色んな一面を見せてくれた。

 

 

「貴嗣君はあたしと真逆だね」

「真逆?」

「そう。貴嗣君は他の人の気持ちに共感出来る人ってこと。他の人の気持ちが分からないあたしと正反対」

「ふむふむ」

 

 

 そう。貴嗣君とあたしは真逆の存在。陰と陽、太陽と月、男と女……って、それは事実か。とにかく今日貴嗣君と一緒に遊んでいて分かったこと、それは彼が「共感できる人だ」ってこと。

 

 

 映画を観ていた時、スクリーンの中にいる俳優さんや女優さんが嬉しそうに笑うと、貴嗣君もどこか嬉しそうだった。逆に悲しんでいたり泣いていたりといった場面では、貴嗣君も悲しそうだった。

 

 

 他にもパスパレの特集雑誌を見ていた時、貴嗣君はあたし達の写真を見て、幸せそうに笑っていた。変に聞こえるかもしれないけど、あの時の貴嗣君の笑顔、写真のあたし達とすっごい似てるように見えたんだ(雰囲気ってことね)。

 

 

「だから貴嗣君はあたしと真逆で、他の人の気持ちに共感出来て、理解できる人なのかなーって思ったんだ」

「ほうほう」

「あとはそうだなー、やっぱり優しい人だなって思ったかな」

「そういう人間であるように心掛けてはいますね」

「あははっ、そっか」

 

 

 この男の子が優しいのは前から知っていたし、彩ちゃんとかイヴちゃんから散々聞いていた。だから驚くことなんてないんだけど、いざその優しさや気遣いを自分が体験すると、これまた不思議な感覚だった。

 

 

 それは楽器屋さんでの出来事だ。お姉ちゃんとの関係性を聞かれてドキッとした。まるでギュッと何かに心臓を掴まれたみたいで、気持ち悪かった。

 

 

 ギターを始めたきっかけはあたしのお姉ちゃんなんだけど、お姉ちゃんと一緒にギターを弾いたりとか、お姉ちゃんに教えてもらったりとか……そういうのは今まで一度もない。お姉ちゃんとは今……その……家でほどんど話さないし。

 

 

 どうにかして誤魔化そうとした。そんなあたしを見て貴嗣君は優しそうに笑って、「ごめんなさい、気にしないでください」って言ってくれた。多分あの時の貴嗣君、あたしが困っているのを見抜いて助けてくれたんだよね。

 

 

 

「ねえ貴嗣君」

「?」

「今日は色々ありがとうね。貴嗣君のこと、前よりも分かった気がする」

「ええ。どういたしまして」

「でもやっぱり、まだまだ全然分からないことばっかり。貴嗣君はやっぱり他の人とは違う、何か不思議な感じがする。だからね――」

 

 

 

 一瞬歩みを早めてから、貴嗣君の前にぴょんと飛び出す。お互い向かい合っている状態になって、貴嗣君の綺麗な瞳を見つめる。

 

 

「あたし、もっと貴嗣君のこと知りたいんだ! だから今日みたいに、また一緒に話したり遊びたい!」

 

 

 あたしの言葉を聞いた貴嗣君は、いつものように笑顔になった。

 

 

「ええ。わかりました。ただし、今日みたいに当日いきなり誘うとかはナシにしてくださいよ?」

「えーっ!? サプライズって感じで面白いのに~! ……あっ! そうだ!」

「どうしました?」

「連絡先だよ! 交換しよ!」

「いいですよ。はい、どうぞ」

 

 

 QRコードを読み取って、LI〇EのIDを交換した。これでいつでも連絡が取れる。

 

 

「嬉しそうですね、日菜さん」

「うん! るんるんるんっ♪ ってする!」 

「おお、るんっ♪ が進化した」

「それじゃあ今日遊んだ記念に……はい、チーズ!」

「えっ――」

 

 

 パシャリと1枚写真を撮ってみた。確認してみると、笑顔のあたしと、不意打ちをくらっておかしな顔になっている貴嗣君が映っていた。

 

 

「あははっ! 貴嗣君の顔おもしろーい!」

「そんな笑わなくてもいいでしょ……突然だったからそんな顔にもなりますって」

「でもこの顔はおもしろすぎるよー! 折角だし、パスパレのグループに写真載せようっと♪」

「えっ……ちょ、ちょ、ちょっと日菜さんそれはダメですって!」

「ごめんもう送っちゃった☆」

「何ィー!?」

 

 

 貴嗣君が叫んだ直後、彼の携帯がピコンピコン♪ となり始めた。

 

 

「……ハッ!? 彩さんからのメッセージ……め、めっちゃ送られてくるんですけど……!?」

「あははっ! 頑張ってね~♪」

「一体誰のせいだと思ってるんですかぁ~!」

 

 

 貴嗣君、すっごい慌ててる! 焦ってる貴嗣君、彩ちゃんみたい♪

 

 

 やっぱり貴嗣君は面白いや! まだまだ分からないことだらけだし、これからも貴嗣君のこと、じっくり観察させてもらうね~!

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

「――そうそう、そういうことだよイヴちゃん! あれはただの写真! 俺と日菜さんは別に付き合ってない! OK? Understand? よし! じゃあもう家に着くから電話切るねーバイバーイ!」

 

 

 貴嗣、帰宅と同時にイヴとの通話終了。誤解を解くことに成功。

 

 

「お兄ちゃんおかえり~」

「ただいまぁ……ふう……今日はなんだか疲れた……」

「いっつも頑張ってるもんねー。明日も休みだし、たまにはゆっくり寝てね」

「おう……ありがとな」

 

 

 Prrrr! Prrrr!

 

 

「あれ? 電話だ? ……あっ、もしもし! ああ、お疲れ様です! ……えっ? ああ、はい、大丈夫ですけど……了解です、今変わりますね~」

 

 

 真優貴、貴嗣に携帯を差し出す。

 

 

「お兄ちゃんに変わってーだって」

「俺に? 一体誰から――」

 

 

 

“白 鷺 千 聖”

 

 

 

「」

「じゃあ頑張ってねーお兄ちゃん☆」

 

 

 真優貴、その場を去る。貴嗣君、深呼吸をしてから通話ボタンを押す。

 

 

「…………もしもし?」

『こんばんは貴嗣君♪ さっきまで日菜ちゃんと随分お楽しみだったようね♪』

「あ、あはは……おかげさまで……」

『その件について貴嗣君と少し話がしたいのだけれど……いいわよね?』

「……はい」

 

 

 日菜が如何に恐ろしいトラブルメーカーであるかを、その身を以て味わった貴嗣であった。

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。日菜ちゃんのお話でした。

 次回でやっとパスパレ編終了の予定です。しっかりと一段落付けられるように頑張ります。

 それでは次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 Epilogue of Chapter 3

 
 新たにお気に入り登録をして下さった皆様、ありがとうございます。

 パスパレ編最終話です。相変わらず駆け足気味な展開ですが、読んでくださると幸いです。

 それではどうぞー。


【余談】
 今更ではありますが、5月(Ch.1)、6月(Ch.2)、7月(Ch.2.5)、8月(夏休み)、9月(Ch.3)という時系列で書かせてもらっています。夏休み編の話は今後また書く予定なので、よろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 9月の終わりに差し掛かった今日、俺は大河達と一緒にPastel*Palettesが所属する事務所に来ていた。臨時コーチの件でお礼と話がしたいということで、スタッフさん(俺達に依頼をしてきた人)に呼ばれたのだ。

 

 

「ここに来るのも今日で最後かぁ~」

「なんだかんだ、結構長い間お世話になったよね。1か月くらい?」

「初めはここに来るの緊張したけど……明日から来られなくなるって考えると、ちょっと寂しいかも」

「俺も~」

「ふふっ。2人とも芸能事務所通いにすっかり慣れちゃったね」

 

 

 事務所の中を歩いていく。

 名残惜しそうに話す大河と穂乃花、そしてそんな2人に花蓮が相槌を打つ。

 

 

「貴嗣君は……寂しいとは思わないか。貴嗣君にとって、ここはあんまりいい思い出ないもんね」

「でもそれと同じくらいいい思い出が、今回新しく出来た。臨時コーチは大変なこともあったけれど……いい経験が出来たって思う」

「おお~! いいじゃん貴嗣、ポジティブシンキング!」

「頼りになるぜぇ」

「だろ~?」

 

 

 他愛もない雑談をしていると、小さな会議室の前に着いた。ここで話を聞く予定なのだが、まだスタッフさんは来ていないみたいだ。

 

 

「ちょっと早く来ちゃったね。ここで待っておこうか」

「だな。……ん? あれは……」

 

 

 花蓮の提案に答えてからふと通路の先を見ると、見覚えのある人影が見えた。彩さんとイヴちゃんだ。

 

 

「皆さん! こんにちは!」

「やっほー皆! 今日はどうしたの? 何か用事?」

「お疲れ様です、彩さん。今日はスタッフさんに呼ばれたんです。ほら、今日で臨時コーチお終いですから」

「なるほどー! ……って、今日でコーチお終い!?」

「もう来てくれないんですか……!?」

 

 

 事務所に来た理由を伝えると、彩さんとイヴちゃんは驚いた。彩さんは「そんなの初めて聞いたんですけど!」と言った様子で、悲しそうなイヴちゃんからは「ガーン!」という効果音が出てきそうだ。

 

 臨時コーチの期間は事前に伝えているはずなのだが……彩さんは忘れているっぽい。

 

 

「ううっ……タカツグさん、タイガさん、ホノカさん、そしてカレンさん……っ……今までのご恩、私は一生忘れません……っ!」

「お、大袈裟だよイヴちゃん……私達はここに来なくなるだけで、会えなくなるわけじゃないよ?」

「この別れの悲しみに耐えるのも……真のサムライになるための試練ということですね……っ……!」

「そういうことじゃないよ~!」

 

 

 涙を堪えているイヴちゃんを見て花蓮が慌てている。やっぱりこの子、ピュアすぎる。

 

 

「ホントに今日でおしまいなの……?」

「そうですよ。……もう、そんな寂しい顔しないでくださいよ。別に一生会えなくなるんじゃないですよ?」

「そ、そうだけど……やっぱり寂しいよ~!」

「あはは……」

 

 

 

 

 

 

「皆さん、大変お待たせしました」

 

 

 彩さん達と話していると、男性の声が聞こえた。声のした方を見ると、資料を持ったスタッフさんが立っていた。

 

 

「それではこちらへどうぞ」

「ありがとうございます。……それじゃあ彩さん、失礼します。イヴちゃんもまたね」

「あっ……う、うん……」

「……はい……」

 

 

 スタッフさんの後に続いて、俺達4人は会議室へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「アヤさん。私、タカツグさん達とスタッフさんが何を話すのか、すごく気になります」

「私も。ねえイヴちゃん?」

「何ですかアヤさん?」

「……ちょっとだけ聞いていかない?」

「……はい! 忍者のようにこっそりと、ですね!」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 会議室で俺達は、男性スタッフさんから今回の件での御礼の言葉と報酬を受け取っていた。別に金が目的で依頼を引き受けたわけじゃないが、高校生のお小遣いとしては破格の金額だった。流石は大手芸能事務所と言ったところか。

 

 

「皆様には多くの面で助けていただきました。本当にありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。……それで、話というのは何でしょうか?」

「はい。今日皆様にこうやって集まっていただいたのは、報酬を渡すためだけではないのです」

「「「?」」」

 

 

 テーブルを挟んで反対側に座っているスタッフさん――名前を樋室(ひむろ) 源禿(げんとく)さんという――はそう言ってから、スッと姿勢を正した。

 

 

「今回の一連の出来事について――皆様が一生懸命頑張ってくれていた後ろで何が行われていたのかを、お伝えしたいのです」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 今から1カ月ほど前の事です。アイドルバンドであるPastel*Palettes、その運営方針を決める会議が行われていました。そこで「楽器を演奏しない・アテフリでいく」という方針が提案され、その場にいた多くのスタッフがその方針に賛成の意を示していました。

 

 

 

『ちょ、ちょっと待ってください……! それでは観客を騙すことになります……私はこの方針に反対です……!』

 

 

 

 そんな中で私は1人、思わず反対の声を挙げてしまいました。

 新人の丸山さんを舞台に立たせるためには、アテフリが近道である――それは充分理解できたのですが、やはりファンの期待を裏切るような方針には賛成できませんでした。

 

 

 ですが多勢に無勢、他のスタッフは賛成か、もしくは思うところもあるが受け入れているといった様子。周りからの説得もあって、その時私は不本意ながら、アテフリという方針を受け入れました。

 

 

 私1人がどれだけ騒いだところで仕方ないし、自分ができることをやってPastel*Palettesというバンドをサポートしよう――そう気持ちを切り替えた矢先、アテフリがバレてしまい炎上。活動休止を余儀なくされました。

 

 

 

『このままだと彼女達は二度とステージに立てなくなる……何とかしないと……! このまま終わらせる訳にはいかない……!』

 

 

 

 彼女達の信頼を取り戻しもう一度ステージに立たせるには、生演奏しかないと考えました。危険な賭けでしたが、方針を変えるにはこのタイミングしかないと思い、私は上司やプロジェクトリーダーに直談判をしました。

 

 

 

『彼女達が再びステージに立つには生演奏しかありません! どうかお願いします!』

 

 

 

 当然最初は断られましたが、私は何度も交渉をしました。来る日も来る日も、普段の業務をこなしながら交渉しました。そして……。

 

 

 

『……樋室君の意志は伝わった。彼女達の練習の出来次第で、こちらも前向きに考えることにするよ』

 

 

 

 そしてその結果……『メンバー達の練習次第で前向きに考える』というチャンスを貰えました。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「彩さん達に練習するように指示を出したのは、実力をつけることで上の人達からのゴーサインを貰い、Pastel*Palettesを再びステージに立たせるため……ということだったんですね」

 

 

 俺がそう尋ねると、樋室さんはそうです、と答えた。

 

 

「それじゃあステージでの再演奏が決まった時、彩さんだけ口パクにするという方針を話し合ったときも……?」

「ええ。自分は反対でした。ですが黙ってしまったが故に、丸山さんを精神的に苦しめてしまうという事態を防ぐことができませんでした……ほんと、一体何のために仕事をしているんだという感じです」

 

 

 樋室さんは自嘲気味にそう言って、窓の外に視線を移した。少し間をおいてから、ボソッと呟いた。

 

 

「私は来年度……別の部署に移ろうと思っています」

「「えっ!?」」

 

 

 突然扉が開いて、彩さんとイヴちゃんが勢いよく入って来た。樋室さんは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにまた真面目そうな、そして穏やかな表情に戻った。

 

 

「ヒムロさん! 私は『今度から練習するように』って言われた時……ヒムロさんにひどいことを言ってしまいました……。ヒムロさんの気持ちも考えないで……本当にすみませんでした……!」

 

「若宮さんは何も悪くないですよ。悪いのは周りの雰囲気に押されて何も言えず、そのせいで皆さんに辛い思いをさせた私なんです」

 

「そ、そんなことないです……! 樋室さんは何も悪くないし、それどころか私達の知らないところでずっと私達を支えてくれて……。別の部署なんかに移らなくていいです! だからこれからも今までみたいに、私達の事をサポートしてほしいです……!」

 

 

 イヴちゃんと彩さんが必死に自分の気持ちを伝えるが、樋室さんは寂しそうな顔をして、首をゆっくりと横に振る。 

 

 

「やっぱり皆さんは優しいですね。……でも私に皆さんと関わっていく資格はないです」

「ひ、樋室さん……」

「……申し訳ありません。次の仕事があるので、この辺りで失礼します。……Silver Liningの皆様、今回は大変お世話になりました」

 

 

 そう言って礼をした後、氷室さんは会議室を後にした。

 

 

「……っ……待って――」

「彩さん」

「!? 貴嗣君……」

「辛いのは樋室さんも一緒です。だから今はそっとしておきましょう」

「……うん……わかった……」

 

 

 事務室に戻っていく氷室さんの背中を、彩さんは寂しそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「お先に失礼します。お疲れ様でしたー」

「お疲れ様でしたー!」

 

 

 次の日のバイト終わり、夕方にシフトを終えた私達は店長に挨拶をしてから、ファストフード店を後にした。

 

 シフト終わりの時間が一緒の時は、貴嗣君とこうやって一緒に途中まで帰る。いつもは私がパスパレについて色々話して、それを貴嗣君が聞いてくれる。でも今日の私は静かだった。

 

 

「昨日のこと、考えてます?」

「……うん。やっぱり貴嗣君には分かっちゃうよね」

 

 

 昨日樋室さんから教えてもらった(というより盗み聞きだけど)事実について、私はずっと考えていた。

 

 

 樋室さんは最初、アテフリに反対だったこと。

 

 活動休止になった私達のために、偉い人達に一生懸命お願いをしてくれたこと。

 

 いきなり実際に演奏する方針になったのは、私達をもう一度ステージに立たせるためだったってこと。

 

 ライブイベントが決まって、でも私だけ口パクでいくって聞かされて、私が落ち込んでしまったことに負い目を感じていたこと。

 

 

「樋室さん、ずっと私達のために動いてくれてたんだなって。後で皆にも聞いたけど……やっぱり皆知らなかった」

「別にあの人が悪いって訳じゃないですけど、真面目な性格故に責任を感じていたんだと思います。『自分が何とかしていれば、もっといい方向に変わっていたかもしれない』って考えていましたし……樋室さんも色々悩んでいたんでしょうね」

「うん。……だからね、私決めたんだ」

 

 

 貴嗣君は興味深そうにこっちを見た。そんな貴嗣君を、私も真っ直ぐ見る。

 

 

「これからもPastel*Palettesのボーカルとして、アイドルとして、一生懸命頑張る。樋室さんの期待に応えられるように、今まで以上に頑張ろうって。それが私にできる、樋室さんへの恩返しだから」

 

 

 私がそう言うと、貴嗣君はいいですね、と言って笑顔になった。

 

 

「彩さん達が活躍する姿を見たら、樋室さんも絶対喜ぶと思います。俺も応援しますね」

「ありがとう! ……えへへっ、また目標が1つ増えちゃった」

「そうですね。ちなみに、今のところどれだけ目標があるんですか?」

「へっ? えっとぉ……『体力をつける』に『開脚ができるようになる』でしょ? あとは『もっと上手に歌えるように』もだし……」

 

 

 両手の指で1つずつ数えてみるけれど、途中で頭がこんがらがってしまった。

 

 

「うぅ~……たくさんありすぎて分からなくなってきた……」

「あははっ、いいじゃないですか。目標とか夢とかは多い方がいいです」

「そ、そうだよね! 夢や目標はたくさんあった方が、頑張ろうって思えるもんね!」

 

 

 貴嗣君がフォローしてくれたおかげで、何とかそれっぽいことを言えた。私も今の貴嗣君みたいにこう……良い感じの言葉をサラッと言えるようになりたいなぁ……なんて。貴嗣君の真似して、読書始めようかな?

 

 

「(……夢とか目標といえば……)」

 

 

 ふと1つ、気になることが思い浮かんだ。

 

 

「ねえ、貴嗣君?」

「どうしました?」

「貴嗣君には目標とか夢ってあるの?」

 

 

 元々俳優さんになりたいって夢があった貴嗣君だけど……今はどうなんだろう?

 

 

「彩さん、いきなり凄い質問しますね」

「あはは……いきなりごめんね?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。そうですね……ふーむ……」

 

 

 町を流れる川、その上に掛けられている橋の上で、貴嗣君は立ち止まった。そして手すりに手を置いて、まん丸の夕日さんが映っている綺麗な川を見つめ始めた。

 

 

 

 

 

「Silver Liningとしてメジャーデビュー……とか」

「えっ? め、メジャーデビュー?」

 

 

 思わず聞き返してしまう。すると貴嗣君は笑い始めた。

 

 

「あははっ! 冗談ですよ、冗談! ちょっと言ってみただけです。メジャーデビューなんて夢のまた夢、俺達みたいなアマチュアバンドには無縁の話です」

「……そうかな?」

「……へっ?」

「私はすっごくいい夢だと思うよ、それ」

 

 

 私の反応が予想外だったのか、貴嗣君は少し驚いていた。

 

 

「私ね、貴嗣君達の演奏が大好きなんだ。雨の中チケットを手売りしてた時、皆の演奏が挫けそうになった私を励ましてくれたの。誰もチケットを買ってくれなくて、もう無理だって思ったんだけど……『頑張って。あなたなら出来る』って、皆が傍で言ってくれたように感じて……すっごい勇気を貰えたんだよ」

 

 

 隣にいる彼に、自分の気持ちを素直に伝える。

 

 

「皆の演奏には、聞く人の心を癒したり、勇気を与えたり、励ましたり……人を助ける優しい力があるように思うんだ。だから私を助けてくれたみたいに、大きな舞台に立って色んな人達を助けてあげてほしい」

「彩さん……」

「ご、ごめんね? 私、勝手にしゃべりすぎだよね……あはは……」

 

 

 私が慌てて謝ると、貴嗣君は首を横に振った。

 

 

「ありがとうございます、彩さん。凄く嬉しいです」

「うんっ! どういたしまして♪」

「メジャーデビューは夢が大きすぎるかもですけど……何かのイベントとかコンテストで優勝を目指すっていうのも……良いかもしれません。メンバーで話し合ってみますね」

「うん! Silver Liningの名前を歴史に刻んじゃおうよ!」

「歴史って……またまた規模が大きくなりすぎじゃないですか?」

「夢は大きい方が良いと思うよ?」

「ははっ、その通りですね。お互いこれからも頑張りましょう」

「うん! ……あっ、そうだ。ねえ貴嗣君、こっち向いて」

「?」

 

 

 貴嗣君が私の方を振り向いたのと同時に、私は左手の小指を差し出した。

 

 

「……指切りげんまんですか?」

「そう! 『これからお互い頑張ろう!』の約束!」

「あははっ、彩さんらしいですね。いいですよ、はい」

 

 

 貴嗣君も左手の小指を差し出して、私の指とくっつけた。大きくて分厚い指だった。

 

 

「えへへっ……♪ なんかこういうの、嬉しいね……///」

 

 

 ギュッと小指を重ねる。

 簡単な仕草だけど、気持ちが繋がっているみたいな感覚。嬉しくて、ちょっぴり照れくさい。

 

 

「大変なこともあるだろうけど、これからお互い頑張ろうね、貴嗣君!」

「はい。これからもよろしくお願いしますね、彩さん」

 

 

 夕日が落ちかけてきた頃。

 

 私は優しい男の子と、そんなささやかな約束を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

〈彩と貴嗣が帰っているのと同時刻。少し離れた場所での出来事〉

 

 

 

「あれは……」

 

 

 夕方、彩と歩いている貴嗣を見つめる少女が1人。

 

 

「紗夜~? どうしたの?」

「今井さん、あそこにいるのはもしかしたら……」

「あそこ? ……あっ、あれって……Silver Liningのギターボーカルくん?」

「ええ。……山城貴嗣君ですね」

「わぁ~……ホンモノ初めて見たよ~。……ねえねえ紗夜、彼の隣にいるの、彼女さんだったりするのかな?」

「そんなこと私に聞かれても知りませんし、興味もありません」

「もう~! 紗夜ったら、ちょっとくらいノッてくれてもいいじゃん! 花咲川だと彼、結構噂になってるんでしょ? どんな子と仲が良いとか……興味湧かない?」

「いいえ、全く」

「……でも紗夜ってば、そんなこと言って最近ずっと彼の動画見てるの、アタシ知ってるよ~? 興味津々じゃん♪」

「興味があるのは彼の演奏技術についてです。……彼の演奏法は私ととても似ている。何か学べることがあるはず……」

「ああ、ほらほら紗夜! ギターのことは向こうで存分考えられるんだからさ、今はとにかくCiRCLEに行こうよ。友希那達のこと待たせちゃってるし」

「……そうですね。行きましょう」

 

 

 

 

 

【To Be Continued in Chapter 4 Roselia】




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 皆様のおかげで、Chapter 3 Pastel*Palettesを終えることができました。亀更新になったり書き直したりで凄く時間がかかってしまい、皆様には大変ご迷惑をおかけしました。話の展開も荒削りな部分が多いものでしたが、それでも読んでくださった皆様には感謝しきれません。本当にありがとうございました。

 さて、次回からは皆様お待ちかね(?)のRoselia編に入ります。頑張って更新していくのでよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter 4 Roselia
第46話 開幕


 
 皆様どうもです。おたか丸です。

 お気に入り登録をして下さった皆様、ありがとうございます。

 今回からRoselia編スタートです。かなり長い章になると思いますが、よろしくお願いいたします。

 それではどうぞー。


 

 

 

 

 スタジオが音と熱気で満たされる。

 ギターにベース、ドラムにキーボード、そして皆の歌声が聞いていて気持ちいい。テンションが上がって思わず走りそうになるが、そこは自制心でしっかり抑える。

 

 そして演奏が終わり、最後の余韻に皆で浸る。

 

 

「——今のすっげえ良かったくね?」

 

 

 最初に口を開いたのは大河だ。

体はベースを持ったまま少しも動かさず、口だけを動かして皆に問いかける。

 

 

「うん。私も、今の演奏が一番良かった気がするな」

 

 

 花蓮が大河に賛同する。

 今日は10月の1週目。涼しい気候だが、長い時間練習していたのもあって体が熱くなっているのだろう。彼女の首にうっすらと汗が流れている。

 

 

「あたしもー! 今までも良かったけど、今のは最高だった! 貴嗣は?」

 

 

 ドラマーの穂乃花も上機嫌だ。

 茶髪のポニーテールを揺らしながら、彼女は俺の感想を聞いてきた。

 

 

「皆の言う通り、今のが一番音が合ってたと思う。聞いた限りだとミスも殆ど無かった。中々早い曲だし、練習も2時間ぶっ通しだから疲れも溜まってきてるはずだけど……そんな状態でこのクオリティでできたから、自信を持っていいと思う」

 

 

ピックを持っていた右手をビシッと素早く振る。力を抜くためにやっているこのスナップは、ギターを本格的に始めた頃からの癖だ。

 

 俺が動いたのを皮切りに、大河達も体の力を抜く。ギターを弾いていたときは分からなかったが、部屋が暑くなっている。きっと俺達の熱気だろう。

 

 

「んじゃ、今日の練習はここまで! 片付けてから、ラウンジでゆっくりしようか」

「やったー! それじゃあ恒例のコーヒー牛乳タイムだ~!」

「早くグビッといっちゃおうぜ~!」

「あー2人とも……って、もう片付けてるし」

 

 

 そう言うと大河と穂乃花はパパっと楽器を片付け、勢いよくスタジオから飛び出した。そして俺は花蓮と2人きりになる。

 

 

「ふふっ。あんなに元気なのに、2人とも手際良いよね」

「それはいいんだけど、せめて汗拭いてからのほうがよかったんじゃないか? 皆結構汗かいてるし」

「皆熱入ってたもんね。そういう貴嗣君も……ほらっ」

 

 

 花蓮は俺を見ながら自分の首を指さす。そのジェスチャーを見て、俺も自分の首を人差し指と中指でなぞる。

 

 

「ありゃ、結構汗かいてる」

「自分じゃ意外と気付かないよね。……それじゃあ貴嗣君、こっち来て」

「えっ?」

 

 

 振り向くと、そこには柔らかそうな白いタオルを持った花蓮が。

 

 

「汗、拭いてあげるよ」

「……でもそれ、花蓮のだろ?」

「私は気にしないよ」

「じゃあ……頼むわ」

「はーい、頼まれました♪」

 

 

 ニコッと嬉しそうに笑いながら、花蓮は俺のすぐ傍に来た。

 柔らかい白のタオルを使って、俺の首回りを丁寧に拭いてくれる。

 

 

「~♪」

「楽しそうだな」

「まあね。……はい、おしまい。これでいいかな」

「ああ。最高だよ。本当にありがとな」

「うん。どういたしまして」

 

 

 花蓮は丁寧に汗を拭きとってくれた。心優しい花蓮に感謝だ。

 

 

「なんかお返しするよ」

「えっ、いいの?」

「おうよ」

「それじゃあ……外にあるカフェの新商品、お願いしようかな?」

「りょーかいした。それじゃあ俺達も行こうか」

「うんっ!」

 

 

 俺達は荷物をまとめ、2人がいるラウンジへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「——それで、レジで会計しようって思ってお客さん見たら、まさかのその2人だったの! もうちょービックリしてさ!」

「うへーまじか。確か2人ともD組だよな? やっぱ付き合ってんのかな?」

「私を見たら『あ、やばっ』って顔してたから……もしかするかもよ~!!」

「ははっ。でも、バイト中にそういう場面に出くわすとなんか気まずいよな」

 

 

 CiRCLE内にあるラウンジで、俺達は他愛もない会話を楽しんでいた。皆が好きな飲み物を飲みながらこうやって雑談するのも、大切な時間だ。

 

 そんな中、俺達の元に近づいてくる人がいた。

 

 

「あっ、月島さん。こんにちは」

 

 

 CiRCLEのスタッフ、月島まりなさんだ。この前のガルジャムボランティアの時に、色々お世話になった。

 

 

「みんなおつかれさま! 今日はもう練習おわり?」

「はい。2時間くらいぶっ通しでやってたんで、流石にもう無理ですねー。月島さんはまだお仕事ですか?」

「私は今休憩に入ったところだよ。そしたらここで皆が集まってたから声かけたんだ」

 

 

 俺達4人が揃って話しているのを見かけて、思わず声をかけたらしい。

 

 

「そうだ、月島さん。よかったら私達とお話ししませんか?」

「えっ、いいの?」

「もちろんですよ! あたし、月島さんといっぱいお話ししたいです! 皆もいいでしょ?」

 

 

 本日2本目のミックスジュースにストローを挿しながら、穂乃花は俺達にそう聞いてきた。勿論答えはYESだ。

 

 

「ほんと? ありがと! それじゃあ、お邪魔させてもらおっかな」

 

 

 月島さんを加えた5人で、俺達は雑談を再開した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 あれから20分ほど経った今、まりなさん(下の名前で呼ぶよう頼まれた)を加えて、俺達はライブについて話していた。

 

 

「——それじゃあ、そろそろライブやりたくなってる感じかな?」

「はい。色んなイベントを貴嗣が調べてくれていて、どれに参加するか皆で話し合っている最中ですね」

「なるほど! じゃあそんな皆に、私からも1つ提案だよ」

 

 

 まりなさんはそう言うと、手に持っていたチラシをテーブルの上に置いた。

 

 

「これは今度うちでやるライブイベントなんだ。今度の土日にあるんだけど……皆もどうかな?」

「「「おおー!」」」

 

 

 まりなさんの提案に、俺達は喜びの声を上げる。

 

 

「丁度いいじゃん! あたし達4人ともこの日予定空いてるしさ。あたしは出たいなー!」

「私もまた皆と一緒にライブしたい。2人はどう?」

 

 

 女性陣は賛成みたいだ。花蓮と穂乃花は大河と俺を期待の眼差しで見つめる。

 

 俺達はお互いの顔を見てから、ニヤリと笑った。

 

 

「やらないなんて選択肢は——」

「——ないよな?」

 

 

 俺達がライブ参加に賛成なことを伝えると、穂乃花と花蓮は嬉しそうに笑った。

 

 

「というわけで、まりなさん。俺達もイベントに参加させてもらってもいいですか?」

「もちろんだよ! Silver Liningが出るってなったら盛り上がると思うよ~! それじゃあ私、申込用紙もって来るね」

「ああ、ちょっと待ってください。まりなさんまだ休憩時間でしょ? 申し込むのは後でもいいですから、今は私達とゆっくりしておきましょうよ」

「ありがとう花蓮ちゃん。でも大丈夫! 善は急げって言うしさ! お姉さんに任せておいて!」

 

 

 まりなさんはそう言って、宣言通りにスタッフルームへと向かった。

 

 

 

 

 

「……なあ貴嗣」

「どした大河?」

「さっきまりなさん、自分のことお姉さんって言ってたけどさ」

「おう」

「まりなさん実際いくつ——」

「それ以上はいけない」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「紗夜」

「湊さん? どうかしましたか?」

「さっきから呼んでいたのよ。何か考え事?」

「……別に大した事ではないです」

 

 

 練習終わりの帰り道、湊さんに声を掛けられて、私の意識は現実に引き戻された。

 

 考え事をしていたのは事実、でも気にする必要はない——そう伝えたものの、湊さんは相変わらず鋭かった。

 

 

「また彼の事を考えていたの?」

「……っ」

「その反応は図星ね。他人の演奏を参考にするのは否定しないけれど、そんなに考えこむくらい彼の演奏はあなたにとって大切なの?」

「……自分でもはっきりとは分かりません。ですが彼の演奏を見ていると……何か学べるような気がするんです。今の私に足りない何かを……彼の演奏から見つけられるような予感がするんです」

「そう。ただ弾き方がそっくりという理由だけじゃないのね」

 

 

 私が自分の考えを伝えると、湊さんは納得したように小さく頷いた。

 

 

「あなたがそこまで言うのなら止めはしないわ。でもそのせいで練習が疎かになってしまうことはないようにね」

「勿論です。練習で手を抜くつもりはありません」

 

 

 全力で練習に打ち込まないなんて言語道断、論外だ。そんなことでは技術の向上は望めない。

 

 

「まあ、私も彼に興味が無いわけではないわ。ギターの演奏技術に加え、高い歌唱力を持っている。穏やかな雰囲気の彼だけれど、恐らく相当練習しているはずよ」

 

 

 驚いた。

 湊さんが自分以外のボーカリストを評価するなんて、今回が初めてだった。そのことを伝えると、湊さんは表情を変えずに言葉を続けた。

 

 

「別に彼のことを認めているわけではないわ。客観的に見て平均以上の能力があると思うだけよ。何より実際に彼らの演奏を見ないと、はっきりとした実力の評価は難しいわ」

「そうですね。そのために私達は今度の土日に、CiRCLEのライブイベントを見に行くわけですから」

 

 

 今週の土日にあるイベントに、Silver Liningが出場する——その情報を聞きつけた私達は、全員で彼らの演奏を見に行くことにした。

 

 彼のギターは、私ととても似ていて、でも違う。携帯のスクリーン越しに動画を見るのではなく、実際の演奏を見てみたい。成長するための何かを学べる気がするから。

 

 

 いいえ。

 

 

「……学ばなければいけない」

「? 何か言った?」

「いいえ。独り言です。お気になさらず」

 

 

 その“何か”を明らかにすれば……私はもっと……。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 ライブイベント初日。キレイ目の私服に着替えた俺達は、ステージの裏で呼ばれるのを待っていた。

 

 

「ねえ貴嗣ー、ライブ前に写真撮っとこうよ!」

「オッケー」

「はい、チーズ! ……う~ん、良い感じ!」

 

 

 俺達恒例の写真撮影。SNSに投稿するための写真や短い動画を、穂乃花は先程から沢山撮っている。

 

 

「さっきから貴嗣観客席の方見てたけど、誰か探してたの?」

「まあな。ポピパやアフグロの皆がどこら辺にいるのかなーって」

「なるほどね~」

 

 

 今日は誰が見に来てくれているのだろうかと、ステージの裏で考える。

 

 

 真優貴は変装して行くと言っていたから、どこかにいるだろう。

 

 ポピパの皆は来てくれているそうだ。CHiSPAも見に行くよと、ナッちゃんも学校で教えてくれた。

 

 そしてAfterglowの皆。5人で見に行くとひまりちゃんからL〇NEが来たのは、穂乃花がイン〇タでライブ出演の告知をしてからわずか1分後の出来事だった。チェックが恐ろしく早くてビックリした。

 

 パスパレの皆さんは、残念ながらお仕事でライブには来られないとのことだった。こればかりはしょうがない。「次は絶対見に行くからね~!」とエールを送ってくれたのは彩さんだ。

 

 

「Silver Liningの皆、準備はいい?」

「はい。いつでもいけます」

「オッケー! それじゃあスタンバイ、お願いね!」

 

 

 イベントシャツを着たまりなさんが声を掛けてくれた。さあ、演奏の時間だ。

 

 

「それでは皆さんお待ちかね! SNSを通じて人気急上昇中のあのバンド! Silver Liningの皆さんです!」

 

『ワアアアア!!』

 

 

 スタッフさんの紹介の後、観客の歓声が会場を包み、その中を俺達は歩いてステージに立つ。

 

 

「皆さんこんにちは! Silver Liningです!」

 

 

 マイクスタンドに手を添えて、自己紹介。ステージを見渡すと、沙綾達やひまりちゃん達と目が合った。皆手を振ったり笑顔で反応してくれる。

 

 

「今日と明日の2日間、昼の部と夕方の部、それぞれ2回出場させてもらいます。短い間ではありますが、一緒に楽しんでくださると嬉しいです」

 

 

 姿勢を正してから、大河達の方を見る。自分達はいつでもいけるぞと、やる気に満ちた表情で俺に教えてくれた。

 

 

 さあ、ライブを楽しもう。

 

 

「それでは聞いてください。Shawn Me〇desさんより、“Treat You Better”」

 

 

 穂乃花のドラムを合図に、俺達の演奏が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「「「ありがとうございましたー!」」」

 

 

 時は進んで、日曜日の夕方。俺達は無事に土日のイベント、計4回のライブを終えることができた。

 

 

「いや~! 流石にこれだけライブやったら疲れたなぁー」

「体力お化けの大河でも疲れちゃったか」

「まあな~。そういう穂乃花はどうだ? 疲れたんじゃないか?」

「あたしもヘトヘト~……。でもすっごい楽しかった!」

 

 

 ライブが終わり、さっきまでの盛り上がりが嘘のように静かになったライブハウス。俺達は人が少なくなったラウンジで、ライブの余韻に浸りながら体を休めていた。

 

 

「花蓮、大丈夫か?」

「うん……ちょっと疲れて眠いだけだよ」

「とか言いながらかなり眠そうだけどな……。明日の学校遅刻しないようにな」

「んー、どうだろ? ぐっすり寝っちゃって遅刻しちゃうかも……貴嗣君モーニングコールしてよ~……」

「あははっ、もう半分寝ぼけてるぞー?」

 

 

 モーニングコールくらいならお安い御用、なんて思いながら眠そうな花蓮と話す。するとこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

 

 

「よかった~! 皆まだここにいたんだ!」

「どうしたんですかまりなさん? そんなに慌てて……」

 

 

 足音の正体はまりなさんだった。走って来たからか、ハアハアと息を切らしている。

 

 

「突然ごめんね皆! これからちょっと時間ある?」

「は、はい……時間ならありますけど、どうかしたんですか?」

「うん。実はね……」

 

 

 まりなさんはそう言うと、すっと横に人1人分ずれた。すると後ろにスーツを着た女性が立っており、その女性は俺達を見てスッと礼をした。

 

 

「Silver Liningの皆様、初めまして。私、こういう者なのですが……」

 

 

 挨拶の後、俺は女性から名刺を渡された。

 

 そこには女性の氏名、そして——

 

 

「—— 〈Next Era Contest〉運営委員会係員……!?」

 

 

 12月の末に行われる大きな音楽コンテストの名前が記載されていた。

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。
 次回は明日のお昼頃に投稿する予定です。よろしくお願いします。


【余談】

 話は逸れるのですが……パスパレ編でのアンケート結果を勝手ながら発表させていただきたいと思います。

□Pastel*Palettesで好きなキャラクターを1人選ぶとしたら?

 1位:丸山彩  43pt
 2位:氷川日菜 35pt
 3位:大和麻弥 34pt
 4位:白鷺千聖 28pt
 5位:若宮イヴ 11pt

 となりました。投票してくださった皆様、ありがとうございました。個人的に日菜ちゃんが1位になるかな~……なんて勝手に思っていましたが、彩ちゃんが途中からグイッと伸びて1位となりました。

 また、今回からRoseliaについても同じようにアンケートを作っております。ストーリーには影響しないので、軽くぽちっと押してくれると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 提案

 
 新たにお気に入り登録をして下さった皆様、ありがとうございます。

 超絶久しぶりの連日投稿です。それではどうぞー。


※今回字数めっちゃ多いです(約1万字)


 

 

 

「あれ、これもう動画撮ってる?」

「撮ってるよーん! 3秒けいかー♪」

「オッケー」

 

 

 穂乃花が自撮りの要領で携帯を掲げる。皆が映っていることを確認してから、俺はライブを見に来てくれた人達へのメッセージを伝える。

 

 

「土日のライブイベント、無事終わりましたー! 見に来てくれた皆さん、本当にありがとうございましたー! めっちゃ楽しかったです!」

「「「ありがとうございましたー!」」」

 

 

 CiRCLEのラウンジ。俺達はライブの余韻に浸りながらのんびりしていた。皆の手元にはコーヒー牛乳がある。

 

 Silver Liningには、練習後に必ずコーヒー牛乳を飲むという(謎の)習わしがある。夏のある日の練習、その場のノリで4人ともこの甘い飲み物を買って飲んだのが始まり。

 

 

「今日のライブ、楽しかったね」

「ああ。皆演奏もバッチリだったし、最高だよ」

「貴嗣がそう言うなら間違いないな。俺も弾いてた感じ一番良くできた気がする」

「上手く演奏できてしかも楽しかったとか、ほんと最高だよねー!」

 

 

 窓の外を見ると、さっきまで橙色だった空が、既に真っ黒になっていた。夕日が沈むのが早くなったのは、冬が近づいている証拠だろう。

 

 

「楽しかったし、それ以上にビックリしたな」

「だな。まさかライブ終わりにコンテストに誘われるなんてな」

 

 

 ついさっきの出来事だ。ライブ終わり、俺達に思いがけないお誘いが来た。

 

 ここ東京で年末に開催される大きなバンドコンテスト、その運営委員会の方に、「Silver Liningとして出場してみませんか?」と声を掛けてくれたのだ。

 

 

 そのイベントの名は、〈Next Era Contest〉、通称N.E.C(ネック)

 

 その英名には、(Next)時代(Era)に活躍する逸材を発掘するという意味が込められている。俺達はこのコンテストの「カバーバンド部門」への出場を提案された、というわけなのだ。

 

 

「あのスタッフさん、今日みたいなライブに出向いてスカウトしてるって言ってたよね? なんだかすごいよね~」

「N.E.Cと言えば、人材発掘のために音楽業界の人達も大勢来るって噂だ。今日のイベントとはまた違った、本格的なガチコンテストみたいだ」

「10月、11月に行われる2回の審査で上位に入ったバンドだけが、12月の本命のコンテストに出場できる……まるでオーディションみたいだね」

 

 

 花蓮の説明通り、年末12月に開催されるコンテストに出場するには、まず今月末と来月末にある事前審査(それぞれPhase1、Phase2と呼ばれている)を上位で通過しなければいけない。そして2回の選別を経て残った数組のバンドが、最後にトップを競い合うのだ。

 

 厳しい審査を経て最後まで残ったバンドは、どれも当然文句なしの実力を持つ。そんな彼らが激突するこのコンテストは、毎年大いに盛り上がるみたいだ。

 

 

「返事は来週末までだったよな?」

「ああ。とは言っても、残された時間はそんなに多くない」

 

 

 大河の質問に答える。

 

 もし10月末の事前審査に出場するとなったら、それ相応の練習をしなければいけない。練習時間を確保しなければならず、そのためには出来る限り早く参加の有無を決める必要があり、この場にいる全員がそれを理解していた。

 

 

「なあ皆。こんなに大きな規模のコンテストに招待されるなんてすごい名誉だし、またとない機会だと俺は思う。優勝を目指すかは別として……俺は出場してみたい」

 

 

 俺は皆の顔を見て、自分の意思を伝えた。皆はどうだ? と聞くと、隣に座っていた大河が答えてくれた。

 

 

「俺は貴嗣と同意見だな。こんなすげえ経験、俺も見逃したくない」

「今回コンテストに招待してくれたのって、あたし達の演奏を評価してくれているってことでしょ? だったらもう今よりももう少し上、あたしも目指してみたい」

「恐らく相当厳しい戦いにはなると思うけれど、今の私達の実力でどこまでいけるのか、私も試してたい」

 

 

 大河に続いて、穂乃花と花蓮も自分の意見を教えてくれた。

 

 

「それじゃあ……皆出場したいってことだな?」

「おうよ!」

「なんかすっごいワクワクしてきた~! 頑張ろうね、花蓮!」

「うんっ、皆で頑張ってみよう!」

 

 

 その場が笑顔で満たされる。

 

 笑顔で話す皆を見て、唐突にバンドをして良かったと思う。こんなに楽しいことができるのも、あの時皆が俺をバンドに誘ってくれたからだと。

 

 

「皆いつもありがとな」

「? 急にどうしたの?」

「バンド楽しいなって、ふと思ってさ。これも全部、皆のおかげだから」

 

 

 皆の顔を見ながら感謝の気持ちを伝える。

 

 

「あたし達も貴嗣に感謝してるよ。いっつもあたし達を引っ張ってくれるもん」

「楽器のアドバイスもだけど、スケジュールの調整に練習メニュー、スタジオの予約とかもう色々助かりまくりだよ」

「結構色んな事やってもらってるもんね。貴嗣君、無理してない?」

 

 

 花蓮が少し心配そうに、そして申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んできた。

 

 

「大丈夫だよ。全部俺がやりたくてやってることだからさ。むしろもっと任せてくれてもいいんだぜ?」

 

 

 だから心配しないでと、俺は笑って答える。

 

 

「いやー、いいこと言うねぇー」

「男らしくていいぞ~! さっすがリーダー!」

「すごく嬉しいけど……無理しちゃダメだよ?」

「ああ。しんどかったら皆を頼るよ」

 

 

 そう言うと花蓮は安心したのか、いつも通りの凛とした顔に戻った。

 

 

「それじゃあコンテスト出場ってことで、まずは今月末の審査に向けて練習しまくるってことだな!」

「だね! あっ! ねえねえ皆、景気づけってことでさ、もう1回乾杯しようよ!」

「おおっ、いいねぇ! テンション上がってきたなぁ!」

 

 

 穂乃花がコーヒー牛乳を手に持って掲げる。大河も楽しくなってきたのだろう、大きな手に容器を持って、穂乃花のものに近づける。

 

 

「ふふっ。やっぱり楽しいね」

「だな。このノリが心地いい」

「うんうん! それじゃあ……今日のライブ成功を! あたし達が出会えたことに! そしてコンテスト出場に向けて! カンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」

 

 

 子どもみたいに両手でパックを持って、美味しいコーヒー牛乳をストローでゴクゴクチュウチュウと飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。少しいいかしら?」

「「「??」」」

 

 

 突然声を掛けられた。飲み続けながら、声がした方に体を向ける。

 

 

 立っていたのは、綺麗な銀髪が目を引く女性だった。

 後ろには、この女性の知り合いらしき人が4人。そしてその中の2人は、今までに話したことがある人だった。

 

 

「あこちゃんお疲れさま。なんか久しぶりだね」

「久しぶりーたか兄!」

 

 

 巴の妹さん、あこちゃんだった。

 

 

「2日間のライブほんっっっっと凄かったよ! あこ感動しちゃた!」

「あははっ、ありがとね。そんなあこちゃんへのお礼に……はい、どうぞ」

「わあっ! キャンディ! ありがとーたか兄!」

「はーい。どういたしまして」

 

 

 グレープ味のキャンディを嬉しそうに受け取るあこちゃん。そしてあこちゃんと話している俺をジッと見つめている人物がいた。

 

 

 先がクルリとウェーブがかっているエメラルドブルーの綺麗な髪、キリッとした精悍な目。

 

 俺が入学してすぐに校門で出会った1年上の先輩、氷川紗夜さんだった。

 

 

「お久しぶりですね、氷川紗夜さん。お疲れ様です」

「お疲れ様です、山城君。先ほど、あなた達のライブを拝見させていただきました」

「ありがとうございます。……ってことは、他の皆さんも?」

 

 

 俺が尋ねると、先程の銀髪の女性が答えてくれた。

 

 

「ええ。今日は私達5人で、あなた達のライブを見に来たの」

「それはそれは、本当にありがとうございます。……それで、僕達に何か御用ですか?」

「ええ」

 

 

 その女性は一度表情を引き締めた後に言葉を続けた。

 

 

「私達はRoselia。あなた達と少し話がしたいのだけれど、いいかしら?」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 さっきと比べると人が少なくなったCiRCLEのラウンジ。銀髪の女性に声を掛けられた俺達は、話をするために大きなテーブル席に移動していた。円形のテーブル席に座る俺達Silver Liningの反対側に、彼女達が少し間を開けて座っている。

 

 

 Roselia——それが彼女達の名。この前あこちゃんと巴から教えてもらったバンド、トップクラスの腕前を持つというガールズバンドが目の前にいる。

 

 

「それじゃあ改めて……初めまして。私達はRoselia。私はリーダーの湊友希那よ」

「氷川紗夜です」

「宇田川あこでーす!」

「今井リサだよ~☆」

「し、白金……燐子です……」

 

 

 自己紹介をしてくれたRoseliaの皆さん。大河達はどうか分からないが、俺は内心緊張していた。

 

 

「(……ピリピリとした空気……いつもの軽いノリで話せる感じじゃないな……)」

 

 

 厳しそうな人——失礼極まりないが、これが湊さんへの第一印象だった。全体的な雰囲気もそうだ。今まで俺達が出会ってきたどのバンドとも違う、固い雰囲気だ。

 

 

「ご丁寧にありがとうございます。では僕たちも簡単に……花咲川学園1年の山城貴嗣です。Silver Liningのギターとボーカルを主に担当しています。ベースの須賀大河にドラムの松田穂乃花、そしてキーボードの高野花蓮です」

 

 

 皆座ったまま軽く礼をする。

 

 

「それで……話というのは?」

「ええ。本題に入る前にいくつか。まず、あなた達は私達Roseliaの事を知っているかしら?」

「はい。俺達が知ったのは最近ですが、高い評価を受けているガールズバンドと。その技術はガールズバンドの中でもトップクラスであり、プロに匹敵するとか」

 

 

 隣に座っている大河がそう答える。

 

 

「そう。それなら話は早いわ。私達もつい最近、あなた達の文化祭ライブの噂を聞いたの。花咲川にとんでもないバンドがいるっていうね」

 

 

 湊さんは表情を崩さずに話を続ける。SNSを通して俺達の存在を知ったのだろう。

 

 

「そこで私達5人は文化祭ライブの映像を見たわ。率直に言って……驚いたわ。噂通りの、レベルが高いライブだった」

「ありがとうございます。それで興味が湧いたので、今日はライブを実際に見に来た、ということですか?」

「その通りよ。映像で見るのと実際に見るのは全く違うから」

 

 

 さっき購入したコーヒーを一杯飲み、一息ついた後に湊さんは言葉を続けた。

 

 

「実際に見て、改めて演奏技術の高さに驚かされたわ。私達は自分達の音楽に誇りをもっているけれど、それでもあなた達の演奏は評価に値すると感じたわ」

「皆さんからそんなに高い評価をいただけるとは、恐悦至極です。これからの練習の励みになります」

 

 

 この人達は、自分達の腕前に強い自信を持っているはず。そんな人達から高い評価を受けるなんて、本当にありがたいことだ。

 

 

「さて、以上のことを踏まえた上で本題に入りたいと思うのだけれど、いいかしら?」

「はい。もちろんです」

「私達はFUTURE WORLD FES.への出場を目指している。今は今月中旬に行われるコンテストに向けて練習しているわ」

「FUTURE WORLD FES.……確かこの前、貴嗣が言ってたよな?」

「ああ。このあたりでは一番大きなイベントらしい。高い実力を持つバンドが集い、競い合う。音楽関係の人達が、今後の音楽業界発展のために人材をスカウトすることも多いそうだ」

 

 

 FUTURE WORLD FES.——その名前を聞いて、この人達がどれだけ高い実力を持っているのか窺い知れる。

 

 とてつもなくレベルが高いイベントだとは聞いている。実際にこのイベントでスカウトされ、今第一線で活躍しているバンドも多い。

 

 

「なるほど。当然、そのコンテストのレベルも非常に高いと。ということは……練習についてでしょうか?」

「……察しがいいわね」

 

 

 一瞬驚いた顔をする湊さんだが、すぐに落ち着いた表情に戻る。

 

 

「提案があるの。あなた達、私達と一緒に練習しないかしら?」

「「「……えっ!?」」」

 

 

 湊さんの提案に、俺達は驚きの声を上げた。

 

 

「ふむ……ちなみに理由を教えていただいてもよろしいですか?」

「ええ。あなた達の演奏から学び、自分達の技術をより高めるためよ」

「ちょ、ちょっと友希那……!? その言い方は失礼だって。“自分達のためにあなた達を利用します”って言ってるようなもんじゃん……」

「落ち着いてリサ。ちゃんと説明するから」

 

 

 慌て気味の今井さんを、湊さんは凛とした声で嗜める。

 

 

「あなた達のレベルは高い。だからこそNext Era Contestへの出場を勧められ、あなた達は出場を決めた。……目指すステージは違うけれど、私達の状況は似ている。共に練習をすることで、技術を高めあいたいの」

 

 

 確かに他のバンドの練習を見て、自分達の足りない部分や改善点を探すというのは効果的だ。実際に俺達も他のバンドの映像を見ることも多い。

 

 それに、プロに匹敵すると言われているRoseliaの人達からの提案だ。またとない機会だし、この人達から学べることは多いはず。これから大きなステージを目指す俺達には、技術の向上は不可欠だ。

 

 

「僕は皆さんと練習するという考えには賛成です。お互いをリスペクトできるという前提ありきですが、得られるものはあると思います。……皆はどうだ?」

 

 

 俺がそう問いかけると、大河と穂乃花はすぐに意見を出してくれた。

 

 

「あたしは賛成かなー。いいと思うよ!」

「俺も。俺達も勉強できることあるだろうし」

 

 

 2人は快諾してくれた。だが花蓮はというと……。

 

 

「……」

「花蓮? どうした?」

「……ううん。なんでもない。ちょっと考えてただけだよ。私も賛成」

「……そっか。分かった。皆サンキューな」

 

 

 いつものように優しく笑って答えてくれた花蓮。全員の意見が一致したことだし、ここは湊さんの提案を引き受けよう。

 

 

「というわけで、皆さんのご提案、喜んでお受けいたします」

「……ええ。ありがとう。これからよろしく」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。それでは練習日を合わせましょうか」

「わかったわ」

 

 

 スケジュール調整の結果、練習部は明後日となった。9人が一緒に練習……大き目のスタジオを予約しなければ。

 

 

「スタジオは僕の方で予約しておきますね。もし何かあれば、さっき教えた僕のLI〇Eに連絡をお願いします」

「わかったわ。色々とありがとう」

「……最後に僕の方から1つだけお願いがあるのですが、よろしいですか?」

「ええ。構わないわ。何かしら?」

 

 

 俺は椅子に深く座りなおし、姿勢を正してから言葉を続けた。

 

 

「お願いというのは、僕達の間には方向性の違いがあると理解した上で、一緒に練習をして欲しいということです」

 

 

 俺がそう話すと、湊さんの表情が僅かに変化した。

 

 

「……と言うと?」

「これは僕個人の考えですが……皆さんを見ている限り、Roseliaというバンドは非常にストイックで、妥協を認めないバンドという印象を受けています。その考え方や方向性はとても素晴らしいものだと思います」

 

 

 凛とした佇まいのまま、湊さんは黙って俺の話を聞いている。

 

 

「ですがRoseliaとSilver Liningは違うバンドです。皆さんの考え方と僕達の考え方とでは、必ずしも一致しない部分があるでしょう。それを踏まえた上で、合同練習ではお互いをリスペクトしつつ一緒に練習をしていきたい……それが僕からのお願いです」

 

 

 Roseliaの皆さんはしっかりと話を聞いてくれた。真正面に座っていた湊さんは暫し考えた後、真っ直ぐこちらを見た。

 

 

「分かったわ。あなたの言っていることは間違っていないと思う。違いを理解した上で、練習に参加させてもらうわ」

 

 

 良かった。何とか理解してくれたようだ。

 

 

「ありがとうございます。演奏技術に関してはどんどん意見を出してくれると嬉しいです。僕達もまだまだ成長したいと思っているので、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。お互い、音楽に関しては遠慮なしということで行きましょう」

「はい。……じゃあ、そろそろお開きにしますか」

「そうね。それじゃあ、また明後日会いましょう」

 

 

 

 

 

 俺達が席を立ったタイミングを見計らって、とある人物が近づいてきた。

 

 栗色の髪を腰当たりまで伸ばしているその女の子は、俺達のすぐ傍まで来ると、普段は掛けていない眼鏡を外した。

 

 

「お疲れお兄ちゃん! それに皆も! すごかったよー!」

「わっ! 真優貴ちゃんだ! やっほー!」

「やっほー穂乃花ちゃん! 皆に渡したいものがあるんだ。ちょっと待ってね~」

 

 

 真優貴は持っている可愛らしい鞄から、3つの小さな袋を取り出した。

 

 

「これって……クッキー?」

「そう! 最近お兄ちゃんと一緒に作ってるんだ! ライブお疲れってことで、どうぞ!」

「ほんと貴嗣と真優貴ちゃんって仲良しだよな~。ありがとな真優貴ちゃん!」

「真優貴ちゃんが女神に見えるよ……」

 

 

 疲れが溜まっているところにサプライズで、こんな可愛い子(というか女優)がクッキーを持ってきてくれたんだもんな。穂乃花の気持ちも良く分かる。

 

 

「それじゃあ、帰ろうか。それではRoseliaの皆さんも、お疲れ様でした」

「「「お疲れ様でしたー!」」」

 

 

 真優貴を入れた5人で話しながら、俺達はCiRCLEを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……双子……)」

「紗夜? どうかした?」

「あっ……いいえ、なんでもないわ……」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 いつものようにギターを持ちながら、学校からライブハウスに向かう。10月に入って大分涼しくなった。夏とは違い移動で無駄な体力を使わないから、自分としては好都合だ。

 

 涼しい風を浴びながら十数分でCiRCLEに着いた。集合時間の30分前ではあるけれど、練習時間は少しでも長い方がいい。

 

 

「すみません。3番スタジオを予約しているRoseliaの氷川です。今からスタジオを使わせていただいてもしょうか?」

「はい。Roseliaの氷川さん、3番スタジオね。ちょっと待ってね、今確認するから……あれ?」

 

 

 スタジオを使えるかどうかスタッフさんに聞いたけど、どういうわけか、入退室のリストを確認すると首を傾げた。

 

 

「どうかしましたか?」

「えっとね、3番スタジオはもう使われているっぽいの」

「3番なら、1時間前から使ってもらってるよー」

「あっ、まりな先輩。お疲れ様です」

 

 

 スタッフさんの後ろから、私達Roseliaもお世話になっている月島まりなさんが現れた。

 

 

「紗夜ちゃんもこんにちは。今日はSilver Liningと合同練習なんだっけ」

「はい。今日が初日なのですが……1時間前とは?」

「貴嗣君だよ! 今日も早く来て自主練してるんだと思うよ」

「い、1時間前から自主練……!?」

 

 

 私は耳を疑った。彼がそんなに早く来ているなんて、全く予想もしていなかった。

 

 

「そう言えば『ダッシュで来ました』って言ってましたっけ」

「そうそう! ほんと練習熱心だよねー。昨日も1人で自主練してたし、コンテスト出場に向けて燃えてるんだと思うよ~。というわけで、紗夜ちゃんも今から使ってくれて大丈夫だよ!」

「は、はいっ……ありがとうございます」

 

 

 月島さんからの許可ももらい、再びギターと荷物を持って歩き始める。

 

 

「(彼が自主練……一体どんな練習をしているのかしら)」

 

 

 期待と好奇心に突き動かされる形で、私は足早に彼がいるスタジオに向かった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 スタジオの前に立つ。

 ノックをしたが返事は無かった。中からほんの少しだけギターの音が聞こえる。

 

 

「失礼します」

 

 

 私は一言断ってからゆっくりと扉を開けた。スタジオには、モノトーンカラーのギターを弾いている彼がいた。

 

 

「~♪~」

 

 

 月島さんやスタッフさんの言う通り、彼は確かに練習をしていた。

 

 ライブでも使っていたギターを、彼はヘッドホンを付けて弾いていた。これだけなら何も驚くことがないのだけれど、彼が顔に着けている黒いものが、その光景を異様なものにしていた。

 

 

「(……目隠し?)」

 

 

 そう、彼の顔には黒い布が巻かれていた。分厚そうな布だ、恐らく何も見えていない。目隠しをしながら、彼は座ってギターを弾いていた。

 

 特定のフレーズを弾いているみたいだった。所々音を外し、その度に一瞬手を止め、またすぐに弾き始める。それを何度も何度も繰り返し、次第にミスはなくなった。

 

 

「(目隠しをしながら弾けるようになるまで何度も練習……)」

 

 

 勿論これは彼が行なっているであろう練習の1つだろう。他にも彼は様々や練習をしているのだろうけど……流石にこれは予想外だった。

 

 

 

 

 私が彼に興味を持ったきっかけは、1年生が入学してきて間もない頃、彼がギターケースを持って朝早く登校してきた時だ。その時に知ったのは、私と同じくギタリストであること、そして“山城貴嗣”という名前くらいだった。

 

 

 温和な雰囲気を持つ彼には……失礼な言い方だが、ギターとの相性はあまり良くないのではと思った。その優しい声や話し方は、どちらかというとベースやドラムといった、全体を支える楽器を連想させたから。

 

 

 だけどその先入観は、ある日湊さんが見せてくれた映像——彼らの文化祭ライブの映像によって、粉々に崩れ去った。

 

 

 普段の彼から想像もできないほど力強い声で歌いながら、黒のギターを操るその姿に、私は目を奪われた。

 

 

 当然、こんなに高い技術を持つバンドを見逃すわけがない。SNSを通してSilver Liningがライブイベントに参加することを知った私達は、すぐに見に行くことを決めた。

 

 

 先週の土日のライブでは、私はずっと彼の演奏を注視していた。一見激しく弾いているように見えても、「基本に忠実、丁寧に弾く」というスタンスは一貫していた。

 

 

 レベルが高いのは明白だった。ある種の悔しさもあったが、それ以上に、彼から技術を教わり自分の技術を高めたいという強い欲求が生まれた。どうやらそれは湊さん含め、全員が同じ考えだったらしい。

 

 

 幸い彼らはこちらの提案を聞き入れてくれた。この期を逃すわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふうーっ……お疲れ様です。氷川さん」

「っ!?」

 

 

 突然名前を呼ばれて驚いてしまう。

 まだ目隠しはしている。私の姿は見えていないはずなのに、どうして分かったのだろう?

 

 

「ありゃ? もしかしたら氷川さんではない?」

「い、いえっ……私です。氷川です。……見えているのですか?」

「いやいや。真っ暗闇ですよ。でも分かります」

 

 

 彼はギターを優しく撫でた後、近くにあるスタンドにギターを置きながら言葉を続けた。

 

 

「氷川さんなら、練習時間より早く来るだろうな~って思ってたんです」

 

 

 彼は目隠しをしたまま、足元に置いてあったお茶を器用に取って飲み始めた。

 

 

「氷川さん、この前練習の時間調整してる時ずっとウズウズしてましたよ。早く練習したかったんじゃないですか?」

「……っ!?」

「まあ俺も練習好きなので、氷川さんの気持ちはすごく分かりますよ……よいしょっと」

 

 

 完全に言い当てられ驚いたのも束の間、彼は両手を頭の後ろに動かし、慣れた手つきで目隠しを外した。

 

 

「ふうーっ……改めまして。お疲れ様です。氷川さん」

 

 

 黒い布が外れ、彼の特徴的な垂れ目が現れる。あまり意識していなかったけれど、本当に優しそうな目をしている。

 

 そしてその中から覗くのは銀色の瞳。引き込まれるような美しさは、不思議と力強い意志のようなものを感じさせる。

 

 

「いやー、すみません。汗ダラダラで見苦しいですよね。すぐ拭きます」

「あっ……い、いえっ、お気になさらず……」

 

 

 その汗の量は、彼の練習量を物語っていた。もしかしたら、1時間前から休憩なしで練習していたのかもしれない。

 

 

「部屋の温度とか大丈夫ですか?」

「ええ……大丈夫です」

「なら良かったです。もし何かあれば遠慮なく言ってくださいね……よしっ。じゃあやりますか」

「えっ?」

「練習ですよ。皆が来るまであと30分弱ありますから」

 

 

 水分補給を終えた彼は、すぐにスタンドに置いていたギターを持ち始めた。

 

 

「ギター、一緒に練習しましょう。氷川さんの練習、是非見させていただきたいです」

 

 

 まさか、もう練習するつもりなの? だって水分補給をしただけじゃない……?

 

 

「(……いいえ。何を言っているの)」

 

 

 私は彼の練習を見て、自分の技術を高めなければいけない。

 その目を見れば、彼がやる気だなんて誰でも分かる。何を躊躇っているの?

 

 

「ええ。練習時間は少しでも多い方がいいです。山城君、お願いします」

 

 

 気を引き締める。

 

 少しの時間でも、彼から学ぶのよ。

 

 自分に足りないものは何なのか。

 

 どうすれば技術が上がるのか。

 

 彼にはできて私にはできないことは何なのか。

 

 

 

「(私は1秒も無駄にはできない……だって今の私には……)」

 

 

 

 

 

 今の私には……ギターしかないのだから。

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 Roselia編は書きたいことが多いので、情報量が多くなりがちになると思います。長文になりすぎないように頑張ります。

 早くもアンケートに答えてくださった皆様、ありがとうございます。「あっ、このキャラが人気なんだな」って言うのが見て分かるので、凄く面白いです。

 それでは次回もよろしくお願いします。

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 邂逅


 お気に入り登録をして下さった皆様、ありがとうございます。

 今回の話なのですが、キリの良いところで区切った関係でとても短いです。ご了承ください。

 それではどうぞー。


 

 

 

 

 

「やっぱり氷川さんも最初はフレーズ練習からなんですね」

「はい。準備運動は大切ですから」

 

 

 山城君と話し合った結果、時間も少ないので、とりあえずお互いが最初にする準備運動を見せ合うことにした。

 

 私は練習に入る前に、いくつかのフレーズを弾く。それは彼も同じようで、私の近くの席に座り、1音1音をゆっくり丁寧に弾いている。

 

 

「さっきの目隠しですが、いつもああいった練習をしているのですか?」

「いつもって訳じゃないですよ。自主練の時くらいです。傍から見たらヤバイ奴なので」

 

 

 山城君は笑いながらそう答えて、私の方を向いた。

 

 

「いつもは今みたいにフレーズを弾いてウォーミングアップ。ある程度続けてから、その日の練習メニューに移るって感じです」

「なるほど」

 

 

 別に変ったところは何もない、ごく普通というか一般的な練習の流れだった。彼から聞かされたそれは、Roseliaでの練習と大差はなさそうだった。

 

 

「自主練はどれくらいの頻度でするのですか?」

「そうですねー、時間は決まっていないですけど、毎日練習するようにはしてますね。氷川さんは?」

「私も同じです。毎日弾かなければ上達は望めませんから」

「そうですね。氷川さんの弾き方を見れば、相当練習しているのが分かります」

「そうでしょうか?」

 

 

 私が尋ねると、山城君は首を縦に振った。

 

 

「運指がとても正確で、まるでお手本みたいです。左手の動かし方だけでなく、ピックの当て方から力加減まで……今まで努力を積み重ねてきた証拠です。とても素晴らしいと思います」

 

 

 彼は穏やかな声で私の腕前を褒めた。

 

 

「俺も氷川さんみたいに正確に弾けるように頑張らないとなー、なんて思ってました。今回の合同練習で、氷川さんから色々学びたいです」

「……私こそ」

「?」

「……私こそ、山城君から学ばなければいけません」

「えっ?」

 

 

 私は彼のギターと、ギターを抱えている手を見つめながら話す。

 

 

「先日のライブイベントでもそうでしたが、あなたの演奏はとにかく丁寧でミスが無い。それも歌いながらです。相当な練習量や努力を積み重ねてきたのは明白です」

 

 

 ギターの技術だけならともかく、彼はボーカルも担当している。その歌唱力は湊さんも気に掛けるほど……それに加えてギターの演奏技術も高い。

 

 

「変に聞こえるかもしれませんが……あなたと私の演奏法はとても似ているように感じます。『精密さを重視する』という考え方も一致しています。ですが……」

「ですが?」

「何かが……何かが違うんです。山城君にはあって私にはない……その“何か”を見つけることができれば、より技術を高められるような気がするんです」

 

 

 おかしなことを言っているのは重々承知だけれど、それでも山城君は嫌な顔一つせずに、しっかりと私の話を聞いてくれていた。

 

 

「山城君。折り入ってお願いがあります。聞いてくれますか?」

「はい。勿論です」

「RoseliaとSilver Liningの合同練習の日は、そこまで多くありません。皆さんの予定が合う日というのは限られています。ですから……」

 

 

 私は彼の目を真っ直ぐ見つめる。自分のお願いを彼に伝える。

 

 

「合同練習とは別に、私とギターの練習をしてもらえないでしょうか? お互いの演奏について意見を出し合って、学び合いたいのです」

 

 

 私がそう言うと、山城君はすぐに柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

「いいですよ。自分も氷川さんから学びたいので、俺でよければお引き受けします」

「ありがとうございます。それでは明日の放課後はどうでしょうか?」

「大丈夫ですよ。それじゃあ早速明日からギター練習始めますか」

 

 

 山城君はすぐに鞄からメモ帳を取って、カレンダーのところに予定を書き込んだ。チラッと見えたそれには予定がビッシリと書かれてあり、彼の几帳面な性格が表れているようだった。

 

 

 

 Prrr! Prrr!

 

 

「ああ、ごめんなさい。俺の電話です。……おっす~穂乃花。お疲れさん。……おう、もうスタジオ入ってるよ。こっちに着いたら、受付で一言入れてから皆で入ってきてくれ~……おう、んじゃまた後でなーバイバーイ」

 

 

 さっきの電話……確かドラムの松田さんかしら?

 

 

「穂乃花達が途中でRoseliaの皆さんと会ったみたいで、一緒に来るみたいです」

「あっ……もうこんな時間……」

 

 

 スタジオの中の時計を見ると、もうすぐ集合時間というところまで来ていた。もう彼との練習時間は終わりだ。

 

 

「山城君。今日は自主練に付き合ってくれてありがとうございました。明日のギター練習もよろしくお願いします」

「はい。こちらこそ」

 

 

 コンコン!

 貴嗣~! いる~?

 

 

 

「はーい! ちょっと待ってくれー! ……来ましたね」

「ですね。それでは、合同練習を始めましょうか」

「そうですね」

 

 

 山城君がスタジオの扉を開けると、これから一緒に練習をするSilver Liningの皆さんと、Roseliaのメンバーが入って来た。

 

 

「皆お疲れさん」

「おう! 貴嗣もお疲れ!」

「お疲れリーダー!」

「お疲れ貴嗣君。自主練もお疲れさまだね」

「サンキューな花蓮。……Roseliaの皆さんも、お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」

「お疲れ様。今日はよろしく頼むわ」

「お……お疲れ様……です」

「やっほーたか兄!」

「お疲れさま~山城君! 自主練なんてさっすがだねー♪ あっ、紗夜もいる!」

「はい。お疲れ様です。今井さん」

 

 

 今井さんが私に近づいてきた。

 

 

「山城君と練習してたんだね~。どうだった?」

「はい。短い間ではありましたが、有意義な時間でした。そして合同練習とは別で、一緒にギターの練習をしてもらえることになりました」

「ほんとに!? いいじゃん紗夜! あっ、でも練習しすぎはダメだからね?」

 

 

 今井さんはいつもこうやって私を気にかけてくれる。この優しい雰囲気は……彼とそっくりね。

 

 

「紗夜、なんか今表情柔らかいね」

「えっ?」

「珍しいね~! いつもこう、ピシってしてるのに。……あっ、もしかしたら……」

「な、何?」

 

 

 今井さん……近い……。

 

 

「山城君とのギター練習、楽しみなんじゃないの?」

「べ、別に楽しみなんかじゃ……」

「もう! 素直じゃないんだから~☆ 男の子とスタジオで2人きりで練習なんて……なんだかドキドキするシチュエーションじゃん♪」

「……練習を始めますよ」

「はいはーい、りょーかい☆」

 

 

 別に彼とは何もない。ただギターを一緒に練習するだけ。

 

 

 ……そうよ、私は彼から学ばなくてはいけない。

 

 

 私は今よりもっと、技術を磨かなければいけない。一流の演奏をするために。

 

 

 そのためなら……何を犠牲にしても構わない。

 

 

「紗夜。私達も準備しましょう」

「ええ湊さん。分かりました」

 

 

 コンテストまで残り3週間。まだ時間はある。

 

 

 

 

 絶対に……絶対に、今より腕前を上げてみせる。

 

 

 

 

 ギターだけは……あの子に負けるわけにはいかない。

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 今回の字数が約2500字なので、前回の四分の一程……短い……。

 次回は明日のお昼頃に投稿する予定です。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 演奏

 

 

 

 

 

 スタジオの中に私達以外のバンドがいるというのは、今までのRoseliaでは有り得ない光景だ。ここはCiRCLEの中では1番大きなスタジオだけれど、同じ空間に9人も入っているためか、なんだか狭く感じる。

 

 

「よーし、そんじゃあ、今日も練習やっちゃいますか」

「「「おー!」」」

 

 

 私達が準備している前で掛け声をしているこの4人組こそが、今日一緒に練習をするバンド、Silver Liningだ。

 

 

「Roseliaの皆さんも、今日はよろしくお願いします。準備が終わったら、まずはお互いの演奏を見せ合いましょうか」

「そうね。その後に各自意見を出していくようにしましょう」

「了解です」

 

 

 広々としたスタジオを大雑把に2つに区切り、片方をRoseliaが、その向かい側を彼らが使うことにした。お互いの練習を正面から見ることができる形だ。

 

 準備を進めながら、彼らの様子を見る。

 

 

 

「ねえリーダー、この前貸してくれたスティックって今持ってたりする?」

「持ってるぞー。ちょい待ってな……はいよー」

「ありがとー! ……まさか本当に持ってるとは思わなかったよ」

「貸してーって言われると思って持ってきた」

「おおっ、流石エスパー……!」

 

 

 ドラムの松田穂乃花さん。

 

 彼女のプレイングは一見暴れ馬のようだけれど、ライブでは走りすぎる様子を見せたことが無い。激しい音と正確なリズムを両立させているその腕前は、目を見張るものがある。

 

 

 

「貴嗣。この間の練習でミスしてたところ、家で特訓してきたから見てもらっていいか?」

「りょーかい。俺も大河に見てもらいたいフレーズあるんだけど、いいか?」

「もちろん」

 

 

 ベースの須賀大河君。

 

 松田さんと同じくリズム楽器担当。彼のベースが奏でる重低音は、その筋力と繊細な技術によるものだろう。強くはっきりと、でも決して派手過ぎないという彼の音は、彼らの演奏に重厚感を与えている。

 

 

 

「貴嗣君。この前言ってたバイオリンの音だけど、こんなのはどうかな?」

「どれどれ~……うおすっげ。ばっちりじゃん。でもバイオリンの音も出すってなると花蓮の負担増えないか?」

「打ち込みでもいいとは思うけど、私はやってみたいかな。とりあえず挑戦、でしょ?」

「ははっ、間違いない」

 

 

 キーボードの高野花蓮さん。

 

 幼い頃からピアノを続けているその実力は折り紙つき。リーダーの彼に注目しがちだけれど、多種多様な音でライブを彩る高野さんの腕前も相当なものだ。

 

 

 そして——

 

 

 

「そういえばリーダー、今日の自主練何してたの?」

「今日はこれ使ってた」

「あっ、目隠しだ。あれすごいよね。また見てみたいかも」

「練習終わりに余裕があれば、また見せるよ」

 

 

 彼がSilver Liningのリーダーであり、ギターボーカルの山城貴嗣君。温和な雰囲気を持つ彼だけれど、その印象に反して高い演奏技術を持つ。自由自在にギターを操りながら歌うその姿は目を見張るものがある。

 

 彼らの練習を目にすることで、今の私達に足りないものが分かるかもしれない。今日はいつも以上に集中して練習に臨むとしましょう。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「湊さん。どっちが先に演奏します?」

「それじゃあ、まずは私達の演奏を見てもらえないかしら? あなた達からの意見が欲しいわ」

「了解しました」

 

 

 最初は私達の番だ。私達の演奏を見てもらい、彼らから意見やアドバイス、改善点を言ってもらう。各自の準備ができたことを確認し、彼らの方を向く。

 

 

「それじゃあ行くわよ——BLACK SHOUT」

 

 

 

 

 

 ~♪♪~

 

 

 

 

 

「……どうもありがとう」

「「「……す、すげえ……」」」

 

 

 パチパチパチパチ!

 

 一瞬の沈黙の後、彼らからの賞賛と拍手が与えられた。

 

 

「どうかしら。何か気になる点はあったかしら?」

「そうですね。それじゃあ……誰が最初に行く?」

「それじゃああたしから行ってもいい?」

「おう。頼んだ」

 

 

 まずは松田さんから。ということは……あこね。

 

 

「じゃああたしから行きます! あこちゃん、いいかな?」

「は、はいっ!」

「あこちゃんのドラム、すっごく良かったと思います! 力強くて、聞いていて気持ちよかったです! でも、ちょっと走りすぎな気もしたかな? もしかしたらテンション上がっちゃった?」

「ギクッ……」

 

 

 驚いた。

 私も演奏中同じことを考えていたけれど、やっぱり彼女も気づいていたのね。

 

 

「あたしもよくテンション上がるから良く分かるんだ~。でも演奏は1人でやってるわけじゃないから、出来るだけ抑えるようにしてみて。後であこちゃんが走ってた場所教えるから、参考にしてみてね」

「ほ、ほんとですか!? ありがとうございます!」

 

 

 彼女の手にはスマホがある。聞きながらメモをしていたのね。これなら改善点が分かりやすくていいわね。

 

 

「はーい! あたしからは以上です!」

「サンキュー穂乃花。んじゃ、次は……」

「私が行ってもいいかな?」

「おっ、花蓮か。それじゃあ頼む」

 

 

 次は高野さんね。彼女の腕前も相当なもの、これは期待できるわね。

 

 

「私からは燐子さんにいくつか。まず感想なんですけど……やっぱりというか、コンクール出場経験者の腕前だなと感じました。流石です」

「は、はい……ありがとう……ございます……」

「気になったのは、運指が上手くいかなかった時に焦ってしまっている箇所がいくつか。あとは……うーん……」

 

 

 高野さんは難しそうな顔をして、何かを考え始めた。その様子を見て、燐子が不安そうな表情を見せる。

 

 

「あの……どうかしましたか……?」

「演奏技術の話じゃないんですけど……音に自信が無さげだったように感じました」

「……!?」

 

 

 音に自信がない……? 

 確かに燐子は、自信に満ち溢れているとは言えないけれど……燐子の演奏からそこまで感じ取るなんて、高野さんは鋭い感性の持ち主のようね。

 

 

「演奏技術に関しては、欠点らしい欠点がないと思います。だから、もっと自分の音を積極的に出そうとする意識を育てていけばいいと思います。必要なら、私もお手伝いします」

「は、はい……ありがとう……ございます……」

 

 

 山城君に似て、穏やかな性格ね。燐子も彼女のことをあまり怖がっていないようで安心したわ。

 

 

「私からは以上かな。さあ、残るは大河君と貴嗣君だね」

「ああ。じゃあ大河が今井さん、俺が氷川さんと湊さんにアドバイスって感じだな」

「だな。それじゃあ俺から行きますね。今井さん、いいですか?」

「いいよー☆」

 

 

 須賀君は爽やかな表情をこちらに向けて、リサにアドバイスを始めた。

 

 

「さっきの穂乃花と被るんですけど、今井さんも所々走ってたように感じました。その部分をもう一度練習するのがいいと思います」

「あはは……やっぱそうか~。アタシも思ってた……」

 

 

 やはり走りすぎなのはリズム隊に共通するわね。2人には頑張ってもらわないと。

 

 

「俺も穂乃花と一緒で、スマホに気になった箇所をまとめておきました。後で共有しますんで、参考にしてください」

「うん! ありがとね~!」

 

 

 そして残るは紗夜と私となった。私達は山城君の方を向いて、彼の感想やアドバイスを聞くことになった。

 

 

「では氷川さんから。そうですね……サビの所でミスを繰り返していたように思いました。もっと言うと、サビの中盤です」

「サビの中盤……」

「サビにスムーズに入ろうと意識するあまり力が入ってしまい、そのせいで腕が疲れて中盤以降のミスが増えてるんじゃないかと思います」

 

 

 彼のきめ細かな分析に、紗夜だけでなく、私も聞き入ってしまっていた。

 

 

「力み過ぎるのは手へのダメージも大きいです。必要以上に腕の筋肉を傷めない様に、出来る範囲で良いので、力を入れ過ぎないように意識してみてください」

「……難しいですね……」

「また後で僕もお手伝いします」

「ありがとうございます……お願いします」

「了解です。それじゃあ、最後は湊さんですね」

 

 

 そしてついに私の番がやってきた。彼は私の歌をどう感じたのかしら?

 

 

「どうだったかしら? 遠慮なく意見を言ってちょうだい」

「分かりました……って言っても、歌唱力に関しては……もう、何も言うことないです。上手すぎません? こんな透き通った声、生で久しぶりに聞きましたよ、……まあそれは良いとして、気になったことが1つ」

「! 教えてちょうだい」

 

 

 彼の言葉を聞こうと意識を集中させる。

 

 

「……湊さん。昨日も練習しましたか? バンド練とか、自主練とか?」

「ええ。昨日は1人で練習していたけれど、それがどうしたの?」

「ふむ……湊さん、『あー』って言ってみてください」

「? ……分かったわ」

 

 

 私は彼の言う通り、ボイストレーニングの時のように声を出した。

 

 

 その時——

 

 

「……っ!」

 

 

 ほんの一瞬、喉に鋭い痛みが走った。

 

 

「さっきの演奏で、少し歌いづらそうにしていました。……練習のやりすぎで喉を傷めてるんじゃないですか?」

 

 

 彼の言う通り、今の痛みは恐らく、喉を酷使したのが原因。思い返せば、さっきの演奏、ほんの少しだけ歌い辛かったような気がした。

 

 

「ちょっと友希那!? 大丈夫なの?」

「大丈夫よリサ。こんなの、すぐに治るわ」

「……それですよ。さっきの湊さんの声、本当に綺麗でしたけど、ほんの少し無理してるように聞こえました。ボーカルはバンドの中でも注目を集めます。……これどうぞ」

「?」

 

 

 そう言って彼は私に何かを差し出してきた。私は両手で受け取って、その小さい何かを確認する。

 

 

「これは……のど飴?」

「のど飴食べたり、加湿器使ったり、ハーブティー飲んだりして、喉を大切にしてください。そうすればさらに調子が良くなると思います」

 

 

 彼の言う通り、確かにこのまま練習で喉を傷めてしまっては元も子もない。少しでも多く練習をするべきだけれど、私の我儘で他のメンバーに迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 

「……わかったわ。私のせいでバンドのパフォーマンスが下がってしまうのは避けるべきだものね」

「はい。気になった点はそれだけです。歌唱力や技術については、もう何も言えないくらいお上手でした」

「そう。ありがとう」

「どういたしまして。それじゃあ休憩に入りましょうか。皆さんお疲れ様でした」

「そうね。あなた達も、色んな意見をありがとう」

 

 

 時計を見ると、丁度休憩時間の30秒前だった。なんとか全員分の意見を聞くことができた。

 

 練習も大切だけれど休息も必要。

 私達は楽器を整理した後、休憩をするためにスタジオを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 手に持っている100円玉と50円玉を入れてボタンを押すと、ガチャンという音と共に商品が下に落ちて来る。よっこいしょと呟きながらしゃがみ、少し水滴のついたスポーツドリンクを取り出した。

 

 

「……そういや自販機って古代エジプトの時に作られたのが最初なんだっけか」

「えっ、そうなの?」

「えっ?」

 

 

 1人で自販機に来たはずなのだが、どういうわけか後ろから声がした。

 

 

「やっほ~山城君☆ お疲れ様♪」

 

 

 振り向くと、ふんわりとした明るいブラウンの髪が眩しい女性が立っていた。Roseliaのベーシスト、今井リサさんだった。

 

 

「今井さん。お疲れ様です。今井さんも飲み物ですか?」

「そうそう。学校で買うの忘れてたんだ~」

 

 

 今井さんはそう言いながら、さっきの俺と同じように自販機で飲み物を買った。何なら買ったものも一緒だ。

 

 

「今日も暑いですね。今井さんはさっき演奏したばかりですし、喉乾いてますよね」

「ほんとにそうだよ~! ……う~ん! やっぱり美味しいー!」

 

 

 空腹の時のご飯と同じように、喉が渇いているときは何でも美味しく感じる。蓋を開けてスポドリ特有のほんのりとした甘さを味わう。

 

 

「そういえばさ」

「?」

 

 ペットボトルから口を外したタイミングで、今井さんが話しかけてきた。

 

 

「こうやって2人で話すのは初めてだね」

「ですね。学校違うと、どうしても会う機会が少なくなっちゃいますからね。今井さんは羽丘ですよね?」

「そうだよー! ……あっ、そうだ。山城君には言ってなかったっけ?」

「?」

 

 

 今井さんは俺の目を見てきて話を続けた。

 

 

「アタシのこと、気軽にリサって呼んでほしいんだ。Silver Liningの皆とは、仲良くなりたいしさ」

「ほんとですか? じゃあ俺のことも好きなように呼んでいただいて結構ですよ」

「やった! じゃあ……貴嗣で! よろしくね♪」

「ええ。よろしくです、リサさん」

 

 

 社交的な人だ、というのが第一印象。会話を初めて数分程しか経っていないけど、雰囲気も明るく、リサさんとはとても話しやすいように感じる。

 

 

「いや~、この前のライブはホントにすごかったよ! もう目が釘付け! って感じ!」

「ありがとうございます。さっきの皆さんの演奏も素晴らしかったです。息するの忘れてました」

「あははっ! もうっ、褒めすぎだって~! ……そうだ。ねえ貴嗣?」

「はい?」

「貴嗣から見てさ、アタシのベースどうだった? 何かアドバイスとか気になることとかあったら、教えて欲しいかな」

 

 

 リサさんの表情が、どこか真剣なものに変わった。

 

 さっきのリサさんの演奏を思い出す。気になった点……気になった点……。

 

 

「……演奏技術の話ではないですけど、1つだけ気になったところが……」

「ほんと!? 教えてもらってもいい?」

「うーん……俺の考えすぎかもしれませんし、本当に技術関係ないですよ?」

「それでも、だよ。アタシは皆についていかなきゃいけないから、どんなことでも自分のものにしないと」

 

 

 リサさんの声から本気度が伝わってくる。だが……。

 

 

……やっぱり

「えっ?」

「さっきリサさんから感じたのは、“焦り”です。無理して周りに追いつこうとしてるっていうか……そんな雰囲気がありました」

「!?」

 

 

 リサさんは驚いた表情をする。目があちこちに泳いでおり、図星のようだった。

 

 

「Roseliaは全体的にレベルが非常に高い。それにリサさんは一生懸命合わせようとして息が切れそうになってるように見えました。……ごめんなさい、失礼なこと言って」

「ううん。貴嗣が言ってること、間違ってないよ。……皆アタシより上手だし……アタシはブランクもあるから。ほんと皆演奏上手で、何とかついていけてるって感じだよ」

「でもRoseliaにいるってことは、リサさんなりに理由があるんですね」

「……うん」

 

 

 俺から目を逸らし俯くリサさん。さっき買ったスポドリを手で弄っている。

 

 リサさんが下手だという意味じゃない。寧ろとても上手だ。それでもRoseliaの練習はレベルが高く、リサさんは何とか追い付いているといった印象を受けた。

 

 

「今こうやって話していると、リサさんはとてもしっかりした人だと分かります。だから、ちゃんとした理由があるんだと思いますし、僕も詮索する気はありません」

「うん……」

「でも無理しすぎるのもよくないです。お節介かもしれませんが、しんどかったら相談を……って言っても、リサさんからはしてこなさそうですね」

「……貴嗣って心読めるの?」

「いやいや、ただの勘ですよ」

 

 

 多分だけど、この人は世話を焼くのは得意だけど逆は苦手。あまりこっちからガツガツ行くのは悪手だ。

 

 

「なので、見ていてヤバそうだったらこっちから聞きますね。それに答えるかは、リサさんの自由です」

「……そこは強引に聞くところじゃないの?」

「リサさんだって答えたくないときもあるだろうし、言いたかったら言うって感じでいいですよ」

 

 

 そう言いながら視線を正面からリサさんに向け、安心させるために笑顔を作る。リサさんも俺の顔を見て、少しだけど笑顔を取り戻してくれた。

 

 

「……貴嗣って優しいね。心配してくれてありがとね」

「どういたしまして。さあ、そろそろ戻りますか。もうリサさん、飲み切っちゃってますし」

「えっ? ……わっ、ほんとだ……気づかなかった」

「湿っぽい話ばっかりしてごめんなさいね。じゃあお詫びとして……」

 

 

 財布から200円を出して自販機に入れる。これならどの飲み物でも買うことができる。

 

 

「はい。好きなの選んでください」

「……奢ってくれるの?」

「はい。俺とたくさん話してくれたことへの感謝と、面白くない話をしたことのお詫びに」

 

 

 左手の親指で自販機を指すと、リサさんはこちらに来てくれた。さて、どれを買うのだろうか。

 

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて♪」

 

 

 機械からピッと音がする。ガチャンという音と共に出てきたのは、やっぱりさっきのスポドリだった。

 

 

「やっぱりそれ選ぶと思ってましたよ」

「ほんとに? やっぱ貴嗣って心読めるんじゃ……」

「またそれですか? たまたまですよ」

「あはは、じょーだんだよ☆ それじゃあ、そろそろ中に戻ろっか。もうすぐ休憩終わるしさ」

「ですね」

 

 

 背中に持って行った右腕を左手でストレッチしながらそう答える。この人達の前で演奏するのは緊張するけれど、緊張は困難に挑戦している証拠だ、頑張ろう。

 

 

「貴嗣の演奏、期待してるねっ♪」

「あははっ。じゃあ、リサさんのお願いに応えましょうか」

 

 

 なんてない冗談を言いながら、俺はリサさんと一緒に、皆が待っているであろうスタジオへと戻った。





 読んでいただき、ありがとうございました。

 次回は来週の週末に投稿する予定です。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 思惑


 新たにお気に入り登録をして下さった皆様、ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 すっかり暗くなった帰り道を、私はリサと一緒に歩く。10月の初め、時々吹いてくる風はひんやりと冷たい。

 

 なんとなくポケットに手を入れると、何か入っていることに気づく。取り出してみると、それは山城君から貰った、パイン味ののど飴だった。

 

 

「あっ、のど飴だ。それ貴嗣から貰ったやつ?」

「そうよ。少し多めに貰ってしまったわね」

「でも喉のケアは大事でしょ? 貴嗣も言ってたんだし、無理しちゃダメだよ?」

 

 

 私の幼馴染はいつものように、私のことを心配してくる。相変わらず世話焼きね。

 

 

「でもなんで貴嗣、あの時友希那が練習しすぎてるって分かったんだろ?」

「……それよ」

「えっ?」

 

 

 リサの問いかけで思い出した。

 私は彼ら……彼と話してから、ずっと気になっていたことがある。

 

 

「山城君について、今日はっきりしたことがあるの」

「貴嗣について?」

「ええ」

 

 

 今日一緒に練習して、確信した。

 

 

「彼は鋭い観察力を持っている。あんなに多くの音を同時に聞きながらでも、私の不調や紗夜のミスに気づいていた。それも、非常に細かいレベルで」

 

 

 そう。これだ。彼についてはまだ分からないことだらけだが、これは確かだ。

 

 

「観察力?」

「そうよ。特に紗夜のギター。あの後ミスをしていた部分を全て当てていたわ」

 

 

 山城君達は私達の演奏を、動画と録音で記録してくれていた。

 

 彼らの演奏の後に、私達の演奏について細かい分析をしたのだけれど、録音のチェックで明らかになったミスの部分と、山城君が事前に指摘した紗夜のミスの部分は完全に一致していた。

 

 

「彼だけじゃない。須賀君も松田さんも高野さんも、私達のミスを的確に見抜いていたわ」

「言われてみれば……特に花蓮はすごかったね。燐子の性格まで当ててたし」

「そうね。燐子から聞いたけれど、燐子と高野さんは知り合いらしいわ。ピアノ繋がりのね」

「そうだったんだ!?」

「燐子曰く、高野さんは幼い頃から一際目立つ存在だったらしいわ。燐子がそう言うだけの実力は確かにあった」

 

 

 数多くのコンクールに入賞したこともあるとも聞いた。お互い知り合いということもあり、燐子は今日あまりオドオドせずに話せたそう。

 

 

「あのバンドは、個々の演奏レベルが高い。そしてそんなメンバーを1つにまとめているのが、山城君ということよ」

「確かに皆すごかったもんね。貴嗣に至っては、なんか何でも見抜いてそう」

「ええ。……それこそ、心が読める(・・・・・)んじゃないかってくらいにね。そんな冗談みたいに鋭い観察眼を、彼は持っている」

 

 

 彼に関する謎は数多いが、その中に新たに今日、あの読心術に近い観察眼が加わった。

 

 

「山城君を含め、彼らの意見やアドバイスは有用なものだったわ。フェスを目指す私達には、彼らの協力が不可欠よ」

「うんうん! 皆に感謝しないとだね!」

 

 

 まだ1日練習をしただけ。それでも学べたことは多かった。

 彼らの必要性を再度確認しながら、私達は2人で人通りが少ない道を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……あぁーっ……今日も弾いた弾いたー」

「なんだ大河? 疲れてるのか?」

「ん~……まあ疲れてないって言ったら嘘になるな」

 

 

 いつもの4人でCiRCLEから帰っている途中、隣を歩いていた大河が伸びをしながら声を出した。その声からは疲れが感じられる。

 

 

「変に緊張してたっていうか? Roseliaの人達上手すぎて、なんかビビっちまった」

「大河らしくないねー? いつもイケイケドンドンなのに」

「いやいや、俺だってビビるときくらいあるぞ」

 

 

 どうやらRoseliaとの練習で緊張していたみたいだ。学校から直接来たと言うこともあって、疲れが溜まっているんだろう。

 

 

「あれが噂の『ガールズバンドの頂点』ってやつかーってずっと思ってた」

「頂点かぁ……確かにあたしもそんな印象かな。今まで色んな人達と会ってきたけど、頭一つ抜けてる感じはあったなー」

「ずば抜けた演奏技術に、独特のダークな世界観……注目されない訳が無いよね」

 

 

 大河に穂乃花、そして花蓮がそう話す。Roseliaとの初合同練習を終えての感想は、どうやら皆似たようなもののようだ。

 

 

「ところで……合同練習やって見てどうだった、花蓮?」

「えっ? 私?」

「だって、最初はあんまり気が進まなかったんだろ? Roseliaと一緒に練習するの」

「……やっぱりバレてたんだね」

「「えっ!?」」

 

 

 花蓮の返事に、穂乃花と大河が驚く。

 無理もない。湊さん達と初めて話した時、花蓮は賛成だと言ったのだから。でもその際に、花蓮は大河達のように即答しなかったのを見逃してはいけない。

 

 

「じゃあ花蓮、今日の練習あんま乗り気じゃなかったってことか?」

「ううん。そういうわけじゃないよ。ただ、最初湊さんが練習に参加したいって言ってきたでしょ? あの時にちょっとね」

「何か嫌な事でもあったの?」

「……2人はさ、貴嗣君が湊さんに言ったこと覚えてる?」

 

 

 静かな夜道を4人で歩きながら、花蓮は静かに話し始めた。

 

 

「貴嗣君はあの時、湊さん達に『自分達の間には方向性の違いがあると理解した上で、一緒に練習をして欲しい』って言ったの」

「ああー! 確かに言ってたね! ……んで、それがどうしたの?」

「なんで貴嗣君はわざわざあんなこと言ったと思う? 相手に何か頼まれた時に、こっちから要求するなんて、貴嗣君らしくないと思わない?」

「確かに普段なら二つ返事でオッケーするしな……」

「「う~ん……」」

 

 

 2人は分かりませんという感じでうなり声をあげている。そんな姿を見て、俺と花蓮は苦笑する。

 

 

「えっとね2人とも、貴嗣君がああ言ったのは、Roseliaの人達と私達がトラブルになるのを防ぐためなんだ」

「「と、トラブル!?」」

 

 

 突然のネガティブワードに、大河と穂乃花は後ろに退く。

 

 

「私達が大切にしているものは“お互いの絆”。どれだけ面白いことをするか、そして見てくれる人と一緒に楽しめるか……そして、それはRoseliaとは正反対だって、あの日話してて思ったの」

 

 

 俺達とは違い、Roseliaが大切にしているものは“如何に優れた演奏ができるか”だ。そこに妥協は無く、仲間の絆といった類のものは、技術に関係ないとして(いと)う人達だと、花蓮は感じ取っていた。

 

 

「そこでこの隣のエスパーさんが私の考えてたことに気づいて、先手を打ってくれたってこと。お互いが嫌な思いをせずに練習できるように、予めルールを決めておこうってね」

「エスパーって何だよ」

 

 

 俺はポケ〇ンじゃないぞ。

 

 

「でも間違ってないでしょ?」

「……否定はしない」

「よくそこまで考えてたな……。でも確かに、今日の練習でも雰囲気は全然違ったよな」

「だねー。特にあこちゃんが私語で注意されてることが多かったような」

「俺達なんて話しまくりだけどな」

 

 

 大河に言われて思い出した。控えめではあったけれど、今日も練習中は普通に喋ってたなぁ。……多分湊さんと氷川さんは良く思ってなかっただろうな。

 

 

「でも私はRoseliaの人達の練習は観たこと無かったし、何も見ないで決めるのも良くないって思ったんだ。それに湊さん達みたいに高い実力を持ってる人達と練習したら、私達も成長できるかなって」

 

 

 勘違いしないでほしいのだが、花蓮はRoseliaが嫌いというわけではない。寧ろ尊敬している。客観的に見て、俺達と湊さん達の間には考え方の違いがあり、それによってトラブルが起こるのではないかと考えただけだ。

 

 仮にトラブルが起こってしまったら、お互いが嫌な気持ちになるのは容易に想像できる。花蓮なりに俺達と湊さん達のことを想っての考えだ。

 

 

「まとめると……私は最初、Silver LiningとRoseliaは相性が悪いからトラブルになると思って合同練習にはすぐに賛成できなかった。でも貴嗣君が上手く言ってくれたおかげで安心できたってところかな」

「なるほどなあ……色々考えてくれてたってことか」

「ありがとねーリーダー!」

「どういたしまして。……とにかく今はRoseliaとの合同練習に注力しよう。今月末の審査に向けて、頑張っていこう」

「「「おー!」」」

 

 

 真っ暗な空の下、俺達は4人でいつものように雑談をしながら帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 Roseliaとの合同練習から1日後の今日。今日は氷川さんと2人でギターの練習だ。

 

 一旦家に帰ってから私服に着替え、荷物を整理してからCiRCLEで氷川さんと合流することにした。そして今は家からCiRCLEに向かっている途中……ではなく、行き道の楽器屋さんに向かっている。

 

 

「ありがとうな真優貴。買い物ついてきてくれて」

「だいじょーぶ! 今日はお仕事休みやし、ちょっとでもお兄ちゃんと話してたいし」

「そっか。しかもギターまで運んでもらって……重くないか?」

「全然! ノープロブレムだよ~♪」

 

 

 そしてなんと(?)隣には真優貴もいる。買い物に付き合ってもらっている上にギターまで運んでもらっている。

 

 

「今日は2年の氷川さんと練習なんだっけ?」

「そうそう。ギター上手すぎてビビった」

「へえ~! なんかギターやってるような印象無かったから、意外だね」

「俺も最初はビックリした」

 

 

 確かに初めて校門の前で話した時にギターのこと聞かれて、この人もギターやってたりして……とは思っていたが、本当に経験者でしかも本格派ガールズバンドの一員だとは予想できなかった。

 

 

「ザ・真面目って感じだよね。……なーんか我慢してるっていうか、無理してるような気もしないことないけど」

「だよなぁ。ちと真面目すぎる気がする」

「だねー。ちょっと心配」

 

 

 真優貴が氷川さんと会うタイミングと言えば朝の登校の時くらいだが、氷川さんは常にこう……ムスッとしているため、無理をしていないか心配なんだろう。

 

 

「紗夜さんって、日菜さんの双子のお姉さんらしいよね」

「ああ。髪の長さが違うだけで、顔そっくりだよな。やってる楽器も一緒ときた」

「2人ともギターだもんねー。やっぱり家で一緒に練習とかしてるのかな?」

「う~ん、それはどうだろうなぁ」

「?」

 

 

 隣を歩いていた真優貴は首を傾げる。

 

 

「この前日菜さんにショッピングモールに強制召喚された日のこと、話しただろ?」

「あーあれね。噂の美少女天才アイドルとデートした日ね。彩さんと千聖さんじゃ我慢できずに日菜さんにまで手を掛けるなんて……私が知らない間にとんだプレイボーイになっちゃって……」

「そんなんちゃうわい……!」

 

 

 思わずツッコミを入れた後、ゴホンッ! とわざとらしく咳き込んで話を戻す。

 

 

「その時に俺聞いたんだよ、『お姉さんと一緒にギター弾いたりするんですか?』って」

「うんうん。日菜さんは何て?」

「……何にも。すっごい答えにくそうにして、困り顔になっちゃってさ」

「ありゃりゃ……その反応はこっちも声掛け困っちゃうね」

 

 

 俺の回答を聞くと、真優貴もすぐに俺と同じことを考えたのか、声が沈んでいくのが分かった。

 

 

「……あんまり仲良くないとか?」

「そうであってほしくないけどな」

 

 

 そんなこんなで歩いていると、目的地である楽器屋さんが目に入った。ここで色々購入してから、氷川さんとCiRCLEで合流する。

 

 

 そしてドアを開けて店に入った瞬間、とある人物の後ろ姿が目に入った。

 

 

「……ねえお兄ちゃん、あれ紗夜さんじゃない?」

「ああ。それに隣にいる人は日菜さ——」

 

 

 

 

 

 奥の方にいる2人を視界に入れた瞬間、ズシリと体が重くなった。

 

 

 今この2人に近づくのはマズい——そう直感した俺は、反射的に真優貴と一緒に一番近くの棚に隠れた。

 

 

 

 

 

「……お兄ちゃん」

「……ああ。ちょっと様子見しよう」

 

 

 傍から見たら異様な光景だが気にしない。幸い店内には俺達だけ、店員さんもレジにはいない。氷川さん達にも気づかれていない。

 

 突然の行動だが、真優貴は俺の意図を分かってくれている。俺達は耳を澄まし、2人の会話を聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……くないわ

 

 

 えっ……

 

 

 ……かっこよくないわ

 

 

 でも、おねーちゃ——

 

 

 かっこよくないって言ってるの! ……私は1人で弦を見たいの。早く友達と遊んで来たらどうなの?

 

 

 ……うん……

 

 

 

 

 

 コツコツと足音が聞こえる。俺達はサッと別の棚の方に移動して、出ていく日菜さんの後ろ姿を見る。

 

 

「……日菜さん、出ていっちゃった……」

「ああ。……仲良し姉妹ってわけじゃあなさそうやな」

「……お兄ちゃん」

「ん?」

「……大丈夫?」

 

 

 ふと左手を握られる。優しく俺の手を包み込んでいる真優貴は、心配そうに俺の顔を見ている。不安そうな真優貴を少しでも安心させるために、俺はその小さな手を握り返す。

 

 

「大丈夫。こんな程度でしんどくなるほど、俺のメンタルは弱くないのは知ってるだろ?」

 

 

 店に入った瞬間感じたのは、とてつもなく強い負の感情。

 

 それに近づくのはまずいと感じ、思わず隠れてしまったが……まさかあの氷川さんだったとは。

 

 

「……無理したらダメだよ?」

「しないし、してない。てか無理したら、それこそ真優貴には分かるだろ?」

「まあね。……それでどうする? 声かける?」

「とりあえず、な。そもそも俺も弦買いに来たんだし。うまいこと振る舞おう」

「わかった。演技なら任せといて」

「おうよ」

 

 

 

 俺達は小声でそう話し合った後、奥の方でギターを見ている氷川さんの方へ向かう。ギターのブースをジッと見つめていて、俺達に気づく様子はない。

 

 

「氷川さん」

「っ!? ……や、山城君!? どうしてここに……?」

「ギターの弦を買いに来たんです。今は真優貴に運んでもらって……って、そうだ、多分妹とは初対面ですよね? 知ってるとは思いますけど……妹の真優貴です」

 

 

 真優貴はテレビやドラマ、映画によく出ている現役女優なので知らないことはないだろが、こうやって話したことはないだろうから、改めて紹介する。

 

 

「はじめまして、氷川さん。山城真優貴です。兄がいつもお世話になってます」

「……はじめまして、山城さん。2年生の氷川紗夜です」

「はい。今日はお兄ちゃんと練習なんですよね。私も応援しています。頑張ってください」

「あ……ありがとう……ございます……」

 

 

 氷川さんからまだネガティブなオーラを感じる。日菜さんとの間に何があるんだ?  

 

 

 ……いや、今考えるべきことじゃない。切り替えて、現状に集中だ。弦を買って、CiRCLEに向かおう。

 

 

「真優貴。ギターもらうわ」

「えっ? でもライブハウスまで持てるよ?」

「後は弦買うだけだし、女の子にずっと持たせるっていうのは、なんか嫌だし」

「うわ~氷川さんの前やからってカッコつけて~♪」

「そんなのじゃないよ。ほら、折角仕事休みなんだし、たまには家でゆっくりしときな」

「……私はお兄ちゃんと話したいからついてきたんですけどぉ~?」

「いたいいたいグリグリすな」

 

 

 真優貴は不服そうに、その綺麗な指で俺のほっぺたを押してきた。結構な力が入っていて痛い。

 

 

「帰ってきてからいっぱい話してやるから。ホープの散歩もやっといてほしいし」

「むむ~……確かに家でお話はできるもんね……しょーがない。はい、ギターあげるっ」

「顔がフグみたいになってるぞ~」

「誰のせいですか~? そんな悪いお兄ちゃんにはグリグリの刑だぞっ」

 

 

 またほっぺグリグリが始まった。しかも片方の手でグリグリしながらも、背中のギターは俺にくれるという、中々に器用なことをやってのける。さすが俺の妹。

 

 そしてそんな俺達2人を見つめている人物が1人。

 

 

「……あの……」

「いたいいたい……ああっ、ごめんなさい氷川さん。すぐ弦買ってくるんで」

「い、いえ……その……」

「「?」」

「お2人は……双子ですよね?」

 

 

 てっきり苛立たせているのかと不安になったが、どうやらそうではないらしい。先ほどと同じように、不安そうな、悩んでいるような表情で俺達に質問をしてきた。

 

 

「はいっ。お兄ちゃんのほうが1分早く生まれたんで。正真正銘の双子です」

「……そうなんですね」

「どうかしましたか?」

「……お二人は仲良しなんですね」

 

 

 微かに震えた声でそう言う氷川さん。とても辛そうな氷川さんの様子を見て、真優貴はあるものを鞄から取り出した。

 

 

「氷川さん。これをどうぞ!」

「これは……クッキー?」

 

 

 真優貴が氷川さんに渡したのはクッキーだった。特にこれといった飾りつけのない、素朴な味の甘いクッキーだ。

 

 

「はい! 最近お兄ちゃんとよく作ってて、色んな人に渡しているんです。特にお兄ちゃんは練習の日、いつも持って行ってくれるんですよ」

「……このクッキーを?」

「なんでも、糖分をとることで集中力が高まるそうです。他にも雰囲気が良くなって演奏しやすくなったり……まあ甘くて美味しいっていうのが一番らしいですけど♪」

 

 

 真優貴は笑顔でそう言って、氷川さんにクッキーを渡した。

 

 

「氷川さんもどうぞ! 集中力が上がれば、ギターも弾きやすくなるかもしれないですよ?」

「……わかりました。ご親切にありがとうございます」

「はいっ! じゃあ私はこのあたりで失礼しますね。練習頑張ってください! お兄ちゃんもね!」

「はいよ。色々サンキューな。んじゃ、気をつけて」

「はーい! それじゃあいつもの……ハイタッチ!」

「はいよっ」

 

 

 俺と真優貴はハイタッチをする。俺が練習に行く時や、真優貴が仕事に行く時等にいつもする、“頑張ってね”のサインだ。

 

 そうしてニコニコ顔になった真優貴は氷川さんに一言入れた後、楽器屋さんを後にした。

 

 

「……妹さんは、優しいんですね」

「はい。自慢の妹です」

「……」

「すいませんね、ダラダラ話してしまって。すぐに弦を買ってきます。そしたらCiRCLEに向かいましょう」

「はい……分かりました」

 

 

 これはちょっと簡単にいかなさそうだ。

 

 さっきの日菜さんとの一件が練習に悪影響を及ぼさないように祈りながら、俺はギターの弦が売っている棚に意識を移した。

 

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 次回は早ければ明日更新しますので、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 羨望


 暑さで体調を崩しておりました……本来なら昨日投稿するはずだったのですが、申し訳ありません。やっぱり頭痛ってキツイですね……ベッドから動けないとか何年振りだよ……(震え声)。

 新たにお気に入り登録をして下さった皆様、ありがとうございます。素敵な感想も頂いて、モチベーションがアップしております。

 それではどうぞー。


【注意点】
 今更ではありますが、本小説では作者である私個人の解釈が大きく含まれております。今回の話からそれが顕著になってくると思います。ご了承下さい。


 

 

 

 

 

 ロビーで受付をして、俺と氷川さんはスタジオに入る。ケースからギターを取り出し、チューナーを使って音を整える。

 

 チューニングをした後は、練習中の曲をギターで弾く。スコアを見ながら弾いて、ミスをしたところにはメモをして、また弾いて。その繰り返しで、少しずつミスを減らしていく。

 

 

「……」

 

 

 氷川さんは一言も話さず、黙々とRoseliaの曲を弾く。昨日と違うのは、特定のフレーズでミスをし続けていることだ。

 

 ミスをする度に氷川さんは悔しそうに顔を歪め、また同じ箇所を弾く。さっきからこれの繰り返し。氷川さんが先程の楽器屋さんの件を引きずっているのは明白だった。

 

 

 そしてお互いの音が止んだタイミングで、俺は氷川さんに声をかけた。

 

 

「氷川さん。もしよろしければ、これを見てもらってもいいですか?」

「これは……昨日山城君に渡した、BLACK SHOUTのスコアですか。このメモは……」

「昨日家に帰ってから録音を聞き直して、僕が気になったことをメモしたものです。赤ペンの印がミスのあった部分。青ペンのメモは、僕なりの改善案というか、アドバイスです」

 

 

 勝手ながらメモをさせていただきましたと断りを入れ、俺はスコアを氷川さんに渡す。まあまあびっしり書いてしまったのだが、氷川さんは嫌な顔一つせずに受け取ってくれた。

 

 

「……すごい」

 

 

 のめり込むようにスコアを見る氷川さん。その顔には先程の辛そうな表情は無く、いつものように真面目な氷川さんに戻っていた。

 

 

「……こんなに細かく分析してくれるなんて……どうして……?」

「ふと思い立って、家に帰ってからやってみたんです。氷川さんの助けになるかなーと思いまして」

 

 

 メモだらけのスコアを見ながら、俺は氷川さんに提案する。

 

 

「そこで1つ提案なんですけど、今日はそのミスを徹底的に潰すっていうのはどうですか?」

「そうですね。メモの箇所は絶対に改善する必要がありますから」

「決まりですね。僕も昨日、ちょっとだけ練習してきたので、お手伝いします」

「……この曲を練習してきたのですか?」

「メモしてる部分だけですけどね。そうすれば氷川さんの手伝いができると思ったんで」

「……私なんかために?」

「はい。そうですよ」

 

 

 信じられない——そう言っているような顔で、氷川さんは俺の顔を見ている。一方で俺は笑顔を作って答えながら、氷川さんの反応と、氷川さんのある言葉について思考を巡らせていた。

 

 “私なんか(・・・・)”という言葉が物凄く引っかかった。このたった4文字の言葉は、目の前にいる先輩の異常なまでの自己肯定感の低さを表しているような気がしてならなかった。

 

 

「……どうしてですか?」

「どうして、とは?」

「……どうしてそこまでしてくれるのですか?」

 

 

 “どうして私なんかに親切にしてくれるのか分からない”という反応は、決して無視していいものじゃない。何故なら自己受容や自尊心、自己肯定感の低さは、ありとあらゆる事象に良くない影響を与えるからだ。ギターだって例外ではない。

 

 

「どうしてって……そんなの簡単ですよ。俺が氷川さんの手伝いをするって決めたからですよ」

「で、でもっ! それなら別に、ここで教えるだけでも大丈夫なはずです。わざわざ家で練習なんてしなくても……それじゃああなたに迷惑が——」

「俺がやりたいからやったんです」

 

 

 氷川さんの言葉を遮るように、少し声に勢いをつける。

 

 

「練習したかったから練習した。氷川さんの助けになると思って、俺が勝手にやっただけです」

 

 

 とてもシンプルで、単純な考え。ただやりたかったからやっただけだという、自分の意思を氷川さんに伝える。

 

 ギターを構え直して、氷川さんの顔を見る。

 

 

「……私には……」

 

 

 困惑した顔をしている氷川さんは、視線を逸らしながら言葉を続けた。

 

 

「……私には、山城君の考えが理解できない……」

「はい。それで構いません。……さあ、そんなよく分からん野郎と練習するのが嫌でなければ、練習を続けませんか?」

 

 

 ゆっくりと問いかけると、氷川さんは一瞬考え込む表情を見せた後、気持ちを固めてこちらを見つめてきた。

 

 

「はい。練習を再開しましょう。よろしくお願いします」

 

 

 そしてその声には、僅かではあるものの、力強さが戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ピピピッ! ピピピッ! 

 

 スマホのアラームが休憩時間を告げ、俺と氷川さんは手を止める。

 

 

「もう休憩時間ですか。早いですね」

「ですね。丁度キリが良いところですし、予定通り休憩にしましょう」

 

 

 そう言って俺は真優貴に貰ったクッキーの袋を取り出す。スマホと貴重品を持って、ラウンジに向かう準備をする。

 

 

「あっ……クッキー……」

「俺は休憩時間に食べますけど、氷川さんはどうします?」

「そうですね……私もいただこうと思います」

「分かりました。じゃあちょっと気分転換でもしましょうか」

 

 

 氷川さんが準備を終えた後、俺達はスタジオを後にした。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「おおっ、やっぱうまい。氷川さんはどうですか? 真優貴が作ったクッキーは?」

「……とても美味しいです。優しい甘さが口に広がって……妹さんはお菓子作りがお上手なんですね」

 

 

 どうやら氷川さんにも気に入ってもらえたみたいだ。練習中の時と比べ、声にトゲが無くなっている。真優貴グッジョブ。

 

 

「そうですね。真優貴はこう……なんでもできちゃうんで。俺が教えたらすぐ理解して、自分でやっちゃうんです」

「では、クッキー作りは山城君が教えたということですか?」

「はい。俺が元々お菓子作りとか、料理とか好きなんです。俺が何か作っているところに真優貴が来て真似をするっていうのが、いつものパターンなんです」

 

 

 ちなみにこのクッキー作りに挑戦し始めたのは、高校に入ってからすぐ。ある程度上手く作れるようになった頃に真優貴が「私も作ってみたい!」と言ってきたので、休みの日に作り方を教えることに。

 

 

「小さい頃からいつもそうです。俺が何かすると、真優貴もやりたがる。兄の自分が言うのもなんですけど、お兄ちゃんっ子なんです。末っ子なんで、ちょっと甘えん坊なところもありますし」

「……」

「なんか双子なのにお兄ちゃんっ子って、変な感じですけどね」

 

 

 軽く笑いながらそう言うと、前に座っている氷川さんの表情が複雑なものに変わっていった。

 

 

「……」

「氷川さん? 難しい顔してますけど……もしかしたら俺、嫌な事言っちゃいましたか?」

「い、いえ! そうではなくて……」

 

 

 数秒間の静寂の後、氷川さんはゆっくりと口を開いた。

 

 

「……山城君は……嫌じゃないんですか?」

「嫌?」

 

 

 目的語がない問いに、思わず聞き返してしまった。

 

 

「妹さんが自分の真似をするのは……嫌じゃないんですか?」

 

 

 そう言う氷川さんはとても怯えているように見えて、俺はその言葉の意味がすぐには理解出来なかった。

 

 

「……っ……ごめんなさい。変な事を聞いてしまいました。忘れてください……」

 

 

 弱々しい声でそう答える氷川さん。どう見ても正常ではないこの先輩に、とりあえずさっきの質問の意味を考えるのは後にして、話を続けることに意識を向ける。

 

 

「嫌かどうかを答えるんだったら、俺は全然嫌じゃないですよ」

「……どうしてですか?」

「だって、同じことをすれば、一緒に話す機会が増えるじゃないですか」

 

 

 俺は自分の手元にある、真優貴が作ってくれたクッキーの袋を見つめる。

 

 

「氷川さんもご存知の通り、真優貴は女優です。当然仕事があり、プライベートな時間というのが、一般的な女の子と比べ少ないです。そして俺は中学3年間、イギリスに留学していました。俺達は兄妹でありながら、一緒に話したり過ごしたりする経験というのが少ないんです」

 

 

 クッキーを一口。サクッとした食感と、甘い味が口いっぱいに広がる。

 

 

「だから俺達にとって、何かを一緒にする時間っていうのは、とても貴重なんです。お菓子作りや料理、登下校や何気ない会話。全てが大切な時間なんです」

 

 

 真優貴の顔を思い浮かべながら、俺はクッキーの袋を手に取る。

 

 

「俺が何かをして、それを真似する。そうすれば同じ時間を共有出来て、色んな話をして、楽しい時間を過ごせる。こんなに嬉しいことはないですよ」

 

 

 ふと袋から視線を上げると、氷川さんと目があった。

 

 

 その目は様々な感情を含んでいて。

 

 

 その中で1番強かったのは——

 

 

 

 

 

「私は……あなた達が羨ましいです。……あなた達のような……仲良しの双子が……」

 

 

 

 

 

 ——それは間違いなく、“羨望”だった。

 

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。


 読んでいただいた方なら分かるかもしれませんが、前書きで書かせていただいた【注意点】というのは、紗夜と日菜に関する問題のことです。後にこの辺りについては別で詳しく書くつもりではありますが、「お互いこんなことを思っていたのかも」「主人公達兄妹を見たらどんな気持ちになっていたのか」という個人的考察が入ってきます。


 違和感がある描写も出てくるかもしれませんが、難しく考えずに「こういう解釈の小説なんだな」くらいの軽い気持ちで読んでくださると幸いです。出来る限り原作を再現できるように頑張りますので、よろしくお願いします。


 次回はまた今週中に投稿する予定ですので、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 嫉妬

 
 新たにお気に入り登録をして下さった皆様、アンケートに答えてくださった皆様、ありがとうございます。

 Roselia編も折り返し地点です。今回から54話まで、重要な話が続きます。気合を入れて書いていきます。

 それではどうぞー。


 

 

 

 

「どうだ真優貴? 痛くないか?」

「うん。寧ろ気持ち良すぎて寝ちゃいそう」

「ははっ、ちゃんとベッドで寝なきゃダメだぞー」

 

 

 お兄ちゃんの大きな左手が、私の長い髪に添えられる。お風呂上りの髪を、右手に持った櫛でゆっくりと()いてくれる。

 

 夜の11時頃、静かなリビングにいるのは、私とお兄ちゃんの2人だけ。ソファに並んで座って、私がお兄ちゃんに背を向けている状態。お兄ちゃんと触れ合うこのゆっくりとした時間が、私はとっても好き。

 

 

「今日の練習、だいぶ良い感じだったな」

「うん。この調子だと、本番でも上手く行きそうだね」

 

 

 今週末、Sterne Hafenの地下ステージで小さなライブが行われる。お母さんやお父さんの知り合いの人達と一緒に、私達兄妹も演奏する。私がピアノで、お兄ちゃんがボーカル。今日もさっきまで練習があって、今は練習後のリラックスタイム。

 

 

「今日はいつもと違って静かだな。疲れたか?」

「ううん。疲れてはないけど……ちょっとね」

「……何か気になることがあったのか?」

「……うん」

 

 

 私の兄は鋭い。鋭いからこそ、今みたいに少ない言葉でも、「悩みがあるんだけど聞いてくれる?」と直接言わなくても、意思疎通が出来てしまう。家族として長い間一緒に過ごしてきたから尚更だ。

 

 

「今日の楽器屋さんのこと……氷川さんと日菜さんのことが、頭から離れなくてさ」

「うん」

「上手く言い表せないんだけどね……何だか昔の私達を見てるみたいで……ちょっと辛い気持ちになっちゃった」

「……そっか」

 

 

 スッスッと髪を梳く櫛の音が、静かなリビングにゆっくり広がる。

 

 

「実は俺もさ」

「うん」

「真優貴と一緒で、昔を思い出してた」

「やっぱり」

 

 

 今日の日菜さん達の様子を見て、お兄ちゃんも私のように昔のことを思い出しているはず。すれ違い、お互いを傷つけてしまった過去を思い出すことは、お兄ちゃんにとっても辛いことなのは間違いない。

 

 

「でも私よりもお兄ちゃんの方が辛かったよね?」

「あれくらい大丈夫だよ」

「……ほんとに?」

「ほんとに」

 

 

 そう。お兄ちゃんは絶対に人前で弱音を吐かない。昔からそう。

 

 

 でも私は知ってる。お兄ちゃんの方が何倍も辛い思いをしている。

 

 

 私の兄には、普通の人と違う性質がある。その場の空気とか、話している相手の気持ちとか——そういうものを感じ取って共感する力が、兄は物凄く強い。

 

 

 それはあまりにも強すぎて、時には自分を傷つけてしまうくらい。兄は他人の気持ちを読み取って、自分の気持ちのように受け取ってしまう。

 

 

 凄く元気でポジティブな人と関わることは、何にも問題はない。その気持ちが伝わってきて、お兄ちゃん自身も楽しい気持ちになれるから。良いことばっかり。

 

 

 その逆で、苦しい気持ちになっている人と話したり、ネガティブな空気に身を置くことは、お兄ちゃんにとっては危険。「辛い」とか「悲しい」っていう気持ちに共感しすぎて、自分を苦しめてしまうことがある。

 

 

 人の気持ちが自分の中に流れ込んでくる——私にはそれがどんな感覚なのか分からない。けれど、今感じているのは自分の気持ちなのか、それとも他人の気持ちなのか……その区別がつかなくなるって、考えるだけで怖くなる。それは全てお兄ちゃんにしか分からないことだ。

 

 

 今日の楽器屋さんでも、お兄ちゃんは氷川さんや日菜さんの気持ちを感じ取ったはず。あの2人がポジティブな気持ちだったなんてことは……あり得ない。

 

 

「ねえお兄ちゃん」

「んー?」

「もし……もしもだよ?」

 

 

 甘えるように、私は後ろに座っているお兄ちゃんの体に頭を預ける。お兄ちゃんも私の頭を撫でてくれた。

 

 

「もし氷川さん達が昔の私達みたいにすれ違っちゃってて……今すごく辛い思いをしてたらさ……お節介かもしれないけど、私何か助けになりたいんだ」

「……そっか。真優貴は優しいな」

「……お兄ちゃんならどうする?」

 

 

 回答が分かり切っている質問を、お兄ちゃんにしてみる。

 

 

「助ける。何があっても助ける」

「お兄ちゃんが傷つくことになっても? 辛い気持ちになったり、悲しい気持ちになっちゃうかもしれないんだよ?」

「それでもだ」

「……そっか。お兄ちゃんは優しいね」

 

 

 うん。そうだよね。お兄ちゃんならそう言うって分かってた。

 

 

 1度やるって決めたら、何が起こってもやり通すのがお兄ちゃんだもん。自分が傷ついちゃうかもとか、そんなこと一切考えないもんね。傷ついている人がいたら放っておけない、お兄ちゃんは優しい人だから。

 

 

 でも傷ついている人を助けるってことは、お兄ちゃんも同じ痛みを経験するってこと。沙綾ちゃんの時も、ひまりちゃんの時も、彩さんの時もそうだったはず。

 

 

 人を助けるって、凄くいいことだと思うよ? でもそれでお兄ちゃんも傷ついちゃうんだったら……それって本当に正しいことなのかな?

 

 

 なんて、この気持ちを伝えたとしても、お兄ちゃんは絶対に止まらないだろうけど。

 

 

「さあ、もう夜も遅い。そろそろ寝よう。それとももう少し話聞こうか?」

「ううん。大丈夫。スッキリした」

「なら良かった」

「でも、もうちょっとこのままがいい」

「りょーかい」

 

 

 ううん。やめようやめよう。こんなに難しいこと、考えたって答えが出ない。

 

 ネガティブな気持ちを振り払うように、私は頭をお兄ちゃんの体に強く押し付ける。ホープがいつもやっているように、目を瞑ってスリスリと擦り付けると、温かい兄の体温を感じる。

 

 それから数分間、2人で寝室に向かうまで、その心地よい温かさに私は甘えさせてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「紗夜、また同じ所間違えているわよ!」

「っ! ……すみません……」

 

 

 湊さんの声がスタジオに響き渡る。その声は氷川さんのミスを厳しく指摘する。

 

 スタジオの中は、お世辞にもいい雰囲気とは言えなかった。一切の気の緩みを許さない張り詰めた空気のせいか、体が非常に重く感じる。

 

 

「もう一度、さっきのところから行くわよ」

 

 

 湊さんが凛々しい声でそう告げる。あこちゃんのカウントの後、再び演奏を始める。さっきからこれの繰り返しだ。

 

 別にそれは不思議な事じゃない。演奏をして、誰かがミスをすれば一旦止めて確認し、また演奏するという練習は俺達もする。

 

 けれど。

 

 

「(……だめだ)」

 

 

 そう思った瞬間、また氷川さんの顔が歪む。

 

 そう。今日の練習、氷川さんのミスが多いのだ。この前俺と練習した部分は見違えるように良くなっているが、今度は他の部分でミスが増えている。

 

 

「(今度のギター練……悪いことが起こらないように注意しないと)」

 

 

 小さな決心をして、俺は引き続きRoseliaの演奏を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そして時は過ぎ休憩時間。これから30分休憩だ。

 

 各自片付けをして休憩に入った後、メロディ隊である俺と花蓮は、今月末の事前審査で演奏する曲について少しだけ話し合っていた。

 

 

「ここのアレンジなんだけどさ、こういうのはどうかな?」

「おーすげえ。さっすが花蓮」

 

 

 今話し合っている曲には本来DJのパートがあるのだが、俺達のバンドにDJはいない。原曲をそのまま再現するのが難しい時は、こうやって俺と花蓮が主体となって意見を出し合い、自分達流にアレンジをする。

 

 

「次は花蓮の案で演奏してみるか」

「ありがとう。……ふふっ」

「どうした?」

「なんだか、楽しいなって。こうやって誰かと色々考えるの」

「そりゃあよかった」

 

 

 そんな感じで和んでいる俺達の元に、誰かが近づいてきた。足音に花蓮が気付き、その人物に声をかけた。

 

 

「あれ? 氷川さん? 休憩に行ったんじゃなかったんですね」

「お疲れ様です。高野さん。少し山城君と話したいことがあって……」

「そうなんですね。話は大体済んだので、大丈夫ですよ。……だよね?」

「ああ。じゃあ、先に花蓮は休憩しといて。はい、これ今日のクッキー」

「やった。それじゃあ、貴嗣君も頑張ってね」

 

 

 十中八九、さっきの演奏についてだろう。花蓮もそのことを察したのか、足早にスタジオを後にし、皆の元に向かった。

 

 

「ごめんなさい。貴重な休憩時間を取らせてしまって」

「いいですよ。俺よりも、氷川さんのほうが休憩必要なんじゃないですか?」

「私は……必要ないです。……いえ、休憩している暇なんてありません」

 

 

 苦しそうな表情を見せる氷川さん。何が原因で自分をここまで追い詰めるのだろうか。この間の日菜さんとの1件も、関係しているのだろうか。

 

 

「休憩しないと疲れるのは承知だと思いますけど……氷川さんがそういうなら、今のところ止めません。それで、お話しというのは?」

「……今度のギター練習なのですが、この前のように、今日の演奏のミスを分析していただけないでしょうか?」

「もちろん。構いませんよ」

 

 

 もちろんミスをしたから焦っているっていうのもあるだろう。でもこの人のそれは普通じゃない。まるで傷を負って鬼気迫っている獣のように、何かに追い詰められているような……。

 

 

「……ありがとうございます」

「はい。さっきはお疲れ様でした。ミスしたのは悔しいと思います。また明日、しっかり練習しましょう。俺も出来る限り手伝います」

「……」

「どうかしましたか?」

 

 

 氷川さんは表情を変えないまま、黙り込んでしまった。

 

 

「さっきの演奏のこと、考えてます?」

「……はい」

 

 

 か細い声で、俺の質問に肯定する。

 

 

「……この前、あれだけ山城君に教えてもらったのに……今度はまた違うところでミスを……」

「人間は失敗から学ぶ生き物です。成長の余地があるって捉えましょう」

「……でも……それじゃダメなんです……あんなミスをしているようでは……」

 

 

 この人、とことんネガティブ思考というか、自分に厳しいというか……どうしたものかなぁ。

 

 

「終わったことの話すのはナンセンスです。今できることに集中しましょう」

「……」

「とりあえず、俺は休憩に入りますね。また後で」

 

 

 

 一言入れてから、財布とスマホを持ってラウンジに向かう。

 

 

「そうだ」

「?」

 

 

 扉の前で振り向き、氷川さんの方を見る。

 

 

「さっきの演奏ですけど、この前一緒に練習したところはマジで完璧でした。聞いていて気持ちよかったですよ」

「……えっ?」

「それじゃあ、また後程」

 

 

 気のせいかもしれないけど、少しだけ、氷川さんの表情の硬さが消えたような気がした。

 

 僅かながらの安心を感じながら、俺は今度こそ皆が待つラウンジへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「今日は何を買う予定なのですか?」

「ギターの弦です。アコギの」

「アコギも持っているのですか?」

「はい。とは言っても、そんなに高くないやつですよ」

 

 

 氷川さんとのギター練習2日目。スタジオに行く前に、少しだけ俺の用事に付き合ってもらった。今週末に開催されるうちの店でのミニライブで、俺はアコギを弾く予定なのだが、結構練習しているので弦の消耗が激しい。

 

 CiRCLEの近くにある楽器屋さんに2人で入り、素早く商品をとる。

 

 

「よいしょっと」

「いつもその弦なんですか?」

「いや、最近ハマってるやつです。なんだかこの弦のほうが弾き心地が良いんですよ」

「なるほど……」

 

 

 楽器屋さんに寄ることは、昨日の時点で氷川さんに伝えてある。俺がどんな弦を使っているのか気になるということで、氷川さんも一緒にお店に立ち寄ることになった。

 

 

「おおっ、貴嗣君じゃん。今日もまたギターの弦?」

「こんにちは。今日はこの子です」

「ほほう、アコギね! でも貴嗣君って、ライブでアコギ弾いたことないよね?」

「そうですね。……あっ、次イベントに参加することがあったら、アコギ弾いてみましょうかね?」

「えっ、それいいと思う!」

 

 

 今話しているのは、このお店の店員さん。ここに通っている内に仲良くなってくれた女性だ。

 

 

「あれ? 紗夜ちゃんも一緒なんだ」

「こんにちは」

「ええー! どういう組み合わせ? まさか彼氏彼女とか!?」

「ち、違います……! 私達がフェス出場を目指しているので……その練習に付き合ってもらっているだけです」

「ほほー! 他の人の練習見てあげてるってことだね~。さっすが貴嗣君!」

「ありがとうございます……ん?」

 

 

 店員さんと話していると、丁度レジの後ろに貼ってあるポスターが目に入った。

 

 

 そしてそのポスターに写っていたのは、非常に見覚えのある人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、これ? 貴嗣君も知ってる? 氷川日菜ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

「——……えっ?」

 

 

 店員さんがその名を口にした瞬間、隣にいた氷川さんから声が漏れた。

 

 

 それと同時に、体が急激に重くなった。

 

 

 まずい。この感じは……この前の、氷川さんが日菜さんと話していた時に感じたのと同じ……いや、もっとヤバい。

 

 

 

 

 

「……いえ、知らないですね。何々……Pastel*Palettes……?」

「そう! パステルパレット! 最近デビューした超期待のアイドルバンド! そのギター担当が、この氷川日菜ちゃんってわけ! 紗夜ちゃんの妹さんだよ!」

 

 

 もちろん知っている。知っているとも。

 

 この間まで関わっていた人達だ。知らないはずがない。

 

 でもここで素直に答えるとまずいと、直感がそう告げていた。

 

 

「——……っ……日菜……」

 

 

 

 隣に立つ氷川さんから伝わってくる、重くドロドロとした負の感情。それが泥のようになって、自分の中にゆっくりと流し込まれるような感覚になる。

 

 

 

「……私……っ……外で待ってます……!」

 

 

 何かから逃げるように、氷川さんは店の外に行ってしまった。

 

 

「紗夜ちゃん? どうしたんだろ?」

「早く練習したいんですよ。てなわけで、これでピッタリですかね?」

「ああ! お会計ね! はい、丁度いただきました。また来てね」

「はい。ありがとうございました」

 

 

 大きな不安を抱えながら、俺も店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 あの後CiRCLEに着くまでの間、氷川さんは一言も喋らなかった。俺達の間を支配していたのは、冷たい沈黙だった。楽器屋さんからCiRCLEまで距離が近かったことは、不幸中の幸いだろう。

 

 

「はい。スタジオの鍵です」

「ありがとうございます」

 

 

 スタッフさんから鍵を受け取り、少し小さめのスタジオにやっとの思いでたどり着いた。

 

 黙々とセッティングをし、この前のように俺がメモをしたスコアを渡し、練習を進めていた……のだが。

 

 

 

 

 

「……ッ!! また同じところで……! 山城君、もう一度……お願いします……!」

「了解です」

 

 

 何度も何度も、同じフレーズでミスをする。それによってストレスが溜まり、またミスをする。完全に負のループに陥っていた。

 

 ぶっ通しで10分以上だろうか? 問題のフレーズを何度も一緒に練習するが、氷川さんはミスをしてしまう。

 

 

「……ハア……ハア……」

 

 

 息も絶え絶えな氷川さんを、俺は黙って見つめる。

 

 ピックを持つ右手は痛みで震え、弦を抑えている左手も、疲れのせいで動きが覚束ない。顔も青白い。誰がどう見ても、今の氷川さんは限界であった。

 

 

「……っ……ハア……山城……君……ハア……もう一度……お願いでき……ますか……?」

「今の氷川さんが弾けるのであれば、何度でも」

「……何を言って……弾けるに決まっ——」

 

 

 そう言いながら右手を構える氷川さん。

 

 だが現実は残酷かな、右手に持っていたピックは、クルクルと回って床に落ちた。

 

 

「……もうピックを持つのもキツイんでしょう。少し休憩しましょう」

「っ!? ……い、いいえ! 私はまだできます……!!」

「……その根性には感服しますけど、お手洗いに行って鏡を見た方がいいです」

「……? 何を訳の分からな——」

 

 

 氷川さんが言い終わる前に、俺はたまたま持っていた手鏡を氷川さんの前に差し出した。

 

 鏡に映し出された自分の顔を見て、氷川さんは目を開いた。

 

 

「分かりましたか? 今自分がどういう状態なのか」

「……」

「顔色悪すぎ、右手はピックすら持てないくらい筋肉を痛めている、左手も同様。……こんな状態でできると思っているんですか?」

 

 

 俺の問いかけに、氷川さんは答えない。その沈黙が意味するのは、ただ1つ。

 

 答えない代わりなのか、氷川さんは震えている右手を何とか握りしめ、悔しそうに歯を食いしばっている。

 

 

「とにかく、俺は保冷剤もらってきます。もうそれ以上動かさないでください」

 

 

 そう言って立ち上がろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

…………けない……

「?」

「…………負けない……」

 

 

 

 

 

 刹那、自分の胸の中に、氷川さんの感情が入り込んでくる。

 

 

 

 

 

「…………あの子には……日菜には……負けない……っ!」

 

 

 

 

 

 胸の痛みが強くなったその時、ついに氷川さんは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「私は日菜に負けないっ!! あの子にギターだけは絶対に負けるわけにはいかないっ!! だから……こんなところで立ち止まるわけにはいかないのっ!!」

 

 

 

 そして最後の言葉は、まるで俺の心を突き刺すかのように。

 

 

 

「私にはギターしかないの!!!!!」

 

 

 

 憎たらしくて、妬ましくて、たまらない。

 

 

 でも悲しくて、苦しくて、たまらない。

 

 

 そんな声。

 

 

 

「……私には……ギターしかないの……比べられるのは……もうたくさんなの……」

 

 

 

 その顔は、深い悲しみと、激しい妬みで穢されていて。

 

 

 

「……どうですか? 吐き出して、ちょっとはスッキリしましたか?」

「……!? わ、私は……一体何を言って……」

 

 

 

 

 

 

 その気持ちは間違いなく——

 

 

 

 

 

「聞かせてくれませんか? 氷川さんと……日菜さんについて」

 

 

 

 

 

 それは間違いなく——“嫉妬”だった。

 

 

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 前書きにも書かせていただきましたが、今回52話から54話までは、非常に重要なエピソードになります。内容も濃くなるので、頑張って参ります。

 次回は明日投稿予定です。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 落涙


 今回も作者の独自の考察が強いです。ご了承ください。


 

 

 

 

 小さい頃、私達は何をするのも一緒だった。

 

 

 春には一緒に桜を見に行き。

 

 夏には一緒に海で泳ぎ。

 

 秋には一緒に紅葉狩りを楽しみ。

 

 冬には一緒に家でサンタさんを待っていた。

 

 

 どんな時も、私達はいつも一緒にいた。

 

 お父さんやお母さん、それに周りの大人や友人からは、“仲良しな双子”と思われていた。そして、実際にそれは正しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな関係が崩れ始めたのは、いつ頃だろうか。

 

 はっきりとは覚えていないけれど、それは恐らく、私達2人が中学生になってから——私が日菜と比べられる(・・・・・・・・)機会が増えてから。

 

 中学校に上がると、人は何かを比較される機会が非常に多くなる。それは勉学の成績であったり、生活態度であったり、性格であったり。それは私達も例外ではなかった。

 

 

 日菜が俗に言う天才という存在だと認識したのも、丁度この頃。

 

 あの子は私の背中を追いかけるあまり、私のすることを全部真似した。勉強も、習い事も、部活動も——細かいものを挙げたらキリがない。そしてその一切を、私よりも高いレベルで成し遂げた。

 

 

 あの子は私と違う。私が努力に努力を重ね、やっとの思いで達成したことを、なんの苦労も無くやってのける。そして涼しい顔をしてこう言うのだ。

 

 

 

「んー、全然難しくなかったなあ」

 

 

 

 何度この言葉を聞いたことか。何度この言葉に傷つけられたか。

 

 私の努力を知らないで、よくもそんなことを言えるわね——心の中で、そう呟かなかった日は無い。

 

 ついてこられるのが、真似されるのが、全部嫌だった。その度に私を超え、先に行き、皆から評価される。

 

 

 

 

 

 そんな日菜の姿を見るのが苦痛で、いつしか私は、日菜のことを避けるようになった。

 

 朝、家を出る時間を早くした。

 

 夕方、家に帰る時間を遅くした。

 

 夜、お風呂に入るのが一番遅くなった。

 

 私はあの手この手で、日菜との接触を避けるようになっていた。幼い頃、仲良しな双子と言われた私達の関係は、完全に冷めきっていた。

 

 

 

 

 そんなある時、私はあるものと出会った。ギターだ。

 

 

「(これなら……日菜に……!)」

 

 

 私は一生懸命貯めていた貯金を使って、今使っているギターを購入した。

 

 それから私は、のめり込むように練習した。家に帰ってきてからも練習した。あの子に構わず、一心不乱に練習した。

 

 

 

 

 そして紆余曲折を経て、湊さんと出会った。

 

 彼女の理想に、私は感銘を受けた。この人は、私が今までであって来た人達のような、弱々しく、甘い考えを持っていない。ただ“技術”の一点のみを求めるその姿勢に、私は賛同する他無かった。それから他のメンバーが集まって、Roseliaが生まれた。

 

 

 この人達となら……私は頂点を目指すことができる。

 

 この人達となら……私はより高みに行ける。

 

 そして何より、この人達となら——

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「——日菜さんに勝つことができる。そう思いながら、Roseliaのギタリストとして活動してきたってことですか」

「……そうです」

 

 

 静寂の中、初めて彼が口を開いた。

 

 山城君は私から見て斜め90度の位置に椅子を移動させ、前かがみになって座りながら静かに私の話を聞いていた。話の合間にゆっくりと頷いて、私の言葉をしっかり聞いてくれていた。

 

 

「そんな中、私はあなた達の存在を知りました。そして……そのバンドのギタリストが、以前に校門で話をした、山城君だったんです」

 

 

 Silver Lining——突如として表れた、高い演奏技術を持つ4人組のバンド。今井さんが見せてくれた動画を見た時の衝撃は、今でも忘れられない。

 

 

「あれだけの歌を歌いながら、あなたの演奏は正確無比でした。……そして、山城君の弾き方は私のそれに似ていました」

「だから俺の演奏を参考にして、自分のものにしようとしたんですね」

「……その通りです」

 

 

 彼や彼のバンドの皆さんと一緒に練習していく中で、幸運にも、私の技術は少しずつ、でも確実に磨かれていった。

 

 

「……そんな感じで調子良かったのに、昨日またミスが増えた。そしてその前の日に、氷川さんは俺と真優貴に出会っている。……なるほど。これで全て説明がつきますね」

 

 

 ゆっくりとそう話す山城君。相変わらず、頭の回転が速い。

 

 

「俺達が仲良かったのを見て、心が乱されてしまったんですね。氷川さんのあの質問……『真似されるのは嫌じゃないのか』って言葉の意味、今なら分かります」

「……私は……私のエゴで、日菜を突き放してしまいました……これは私のせいなんだって、全部私が悪いんだって、そう言い聞かせていました……」

 

 

 しかし、図らずも彼と彼の妹さんによって、その決意は揺らぐことになった。

 

 

「練習をすることで、技術が向上している実感は湧く。それと同時に俺と真優貴の関係を思い出してしまって、それを羨ましいと感じ、苦しい思いをする……そんな感じですかね」

「……」

 

 

 山城君の言う通りだった。返す言葉も見つからなかった。

 

 

「そんなタイミングで、さっきの楽器屋さんってわけですね」

「……どうして……あの子がギターを……」

「……憧れじゃないですか? “お姉ちゃん”への憧れってやつです」

「……ッ……! ……お姉……ちゃん……ッ!」

 

 

 その単語がトリガーとなって、私の感情が爆発する。

 

 

「お姉ちゃんお姉ちゃんってなんなのよ!! 憧れられる方がどれだけ負担に感じているか……分かってないくせにっ!!」

 

 

 一度溢れ出したら、もう止まらなかった。

 

 

「なんでも真似して! 自分の意思はないの!? 姉がすることが全てなら……自分なんて要らないじゃないっ!!」

 

 

 目を瞑って俯きながら、何かに八つ当たりするかのように叫ぶ。こんなことをしても、何も意味はないのに。

 

 

「——っ……わ……私は……」

 

 

 一瞬ハッとなり、また俯く。

 

 ズルズルと、何かを引きずる音がした。それは私の隣で止まり、それと同時に、大きな影がそこに落ちた。

 

 

「氷川さん」

 

 

 山城君が私の隣に来たらしい。落ち着いた声で、私の名前を呼ぶ。

 

 

「もうこの際、全部ぶつけてください」

「……えっ?」

「氷川さんの今の気持ち、全部俺にぶつけてください。ここで出し切るんです」

 

 

 一体何を言っているのか、私には分からなかった。

 

 

「俺に対しても、色々あるでしょ」

「……っ……」

「ぶつけてください。氷川さんの思っていること、全部」

 

 

 言い終わる前に、遮られる。私はゆっくりと口を開いた。

 

 

「私は……あなた達が羨ましかった……妹さんと上手くいっているあなたが……羨ましかった……」

 

 

 羨望と嫉妬が混じったような、ぐちゃぐちゃな感情を彼に伝える。

 

 

「あなたと練習している時は……少し気が楽だった。あなたは私の技術を見てくれて、評価してくれて……誰かと比べるんじゃなくて、私だけを見てくれた。……いつも『このフレーズ良くなりましたね』って言ってくれて……成長できている気がして嬉しかった……」

 

 

 事実、自分でも上手くなっているように感じていた。彼の邪気のない純粋な言葉に、心のどこかで私は喜びを感じていた。

 

 

「でも……あなたとギターを弾く度に、あなたと妹さんが笑い合っている光景が浮かんでしまうんです。……あなた達が仲良しそうしているのを考えると……羨ましくて……苦しくて……」

 

 

 いつしか、私は涙を流していた。

 悲しくて、苦しくて、辛くて、妬ましい。

 

 

「……分かりますか……私の気持ち……? 何をやっても比べられる苦しさが……あなたには分かりますか……?」

 

 

 泣きながら山城君に問いかける。

 

 彼は何も言わない。ただ聞いているだけ。私は俯いているので、彼がどんな顔をしているか分からなかった。

 

 

 いや、違う。

 

 

 彼がどんな表情をしているのか、知るのが怖かった。自分と日菜を勝手に比べて、嫉妬している。あまつさえ今度は自分と彼の境遇を比べて、八つ当たりに近いことをしている。

 

 怒っているだろうか? それとも、軽蔑しているだろうか? 何れにせよ、私は恐怖で彼の顔を見ることができず、ただ泣きながら床を見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

 

「……?」

 

 

 ふと気づいた。

 

 

 涙で歪む視界の端に、けれど確かに、雫が落ちていくのが見えたのだ。

 

 

 それも1回だけじゃない。何度も何度も、透明な雫は落ちる。

 

 

 私は何かに導かれるように、視線を上にあげた。

 

 

「——……えっ?」

 

 

 思わず声が出た。私の視界に、彼の顔が映る。

 

 

 怖くて見られなかった、彼の顔。

 

 

 彼は怒っても、蔑んでもいなかった。

 

 

「どうして……」

 

 

 震える声で、私は彼に問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……泣いているんですか?」

 

 

 

 

 

 彼は私と同じように……涙を流して泣いていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「どうして……泣いているんですか……?」

 

 

 彼は前を向いて、ただ静かに泣いていた。

 

 私の問いかけに反応し、彼は私の方を向き、真っ直ぐ私を見つめた。彼の目を見た瞬間、私は言葉を失った。

 

 

「(……なっ……なんて悲しい目なの……)」

 

 

 言葉で表せないほど、彼の目は悲しみに満ちていた。こんなに悲しい目を、今まで見たことが無かった。

 

 

「……氷川さんが悲しいからです」

「……えっ?」

「氷川さんが……悲しんで……苦しんで……辛い思いをしているからです」

 

 

 山城君の声は震えていた。私と同じように、悲しくて辛い気持ちで一杯な声だった。

 

 私は彼の言葉が理解できなかった。人は自分が悲しいから泣くのであって、誰かが悲しいから泣くのではない。

 

 けれど現に彼は、言葉にできないほど悲しそうな目を見せながら、ただ静かに、私と同じように(・・・・・・・)涙を流していた。

 

 

「……ずっと今まで、しんどい思いをしてきたんですね」

 

 

 濡れた銀色の瞳は、悲しみで染まっているように見えた。

 

 

「……いつも比べられて、その度に傷ついて、自分が否定されているように感じて……今日までずっと……その苦しさに耐えてきたんですね」

 

 

 彼の低く、落ち着いた言葉が体に入ってくる。それと同時に、何故かさっきまで苦しかった胸の奥が、少しずつ楽になっていった。

 

 しばしの沈黙の後、彼は涙を流しながら、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「話してくれてありがとうございました。そして……今までの自身の行動を……氷川さんを傷つけた言動を謝罪します。あなたを傷つけてしまい、本当にすみませんでした」

 

 

 その言葉を聞いて私はハッとなり、すかさず声を出してしまった。

 

 

「ち、違います! 山城君に非はありません!」

「そうかもしれません。けれど悪意が無かったとはいえ、俺のこれまでの無意識の発言や行動で、氷川さんが傷ついたことは事実です」

 

 

 違う。そうじゃない。

 あなたは私を傷つけようとしたんじゃない。何も悪くない。

 

 

「……山城君は何も悪くないんですよ……? 山城君だけじゃない……あの子も……日菜も何も悪いことなんかしてない……全部私です……私が勝手に劣等感を抱いて、勝手に嫉妬して……」

 

 

 そう。他の人は誰も悪くない。

 

 

「……悪いのは……全部私なんです……」

 

 

 膝の上に置いた両手を握りしめる。こうしないと、自分がやってきたことの重さに、耐えられないように感じた。

 

 その時、私の手に何かが触れた。触れたというよりも、包み込んでくれた、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

 

「氷川さん」

「山城……君……?」

 

 

 山城君は、その大きな手で私の両手を優しく包み込んでくれていた。

 

 ゆっくりと彼の顔を見る。彼は私の手を握りながら泣いて、でも穏やかに笑っていた。

 

 

「氷川さんは、今日までたくさん頑張りました。たくさん努力して、耐えて、踏ん張って、頑張ってきました。だから……もう“悪いのは自分だ”なんて、言わないでください」

 

 

 優しくて、温かい言葉だった。

 

 

「……っ……」

「辛かったのに、悲しかったのに、苦しかったのに、氷川さんは今ここまで頑張ってきたんです。えらいえらい、です」

 

 

 今まで1人で抱えていた気持ちを理解してくれているみたいで……私のことを受け入れてくれているみたいで……。

 

 

「こんなに辛かったのに、それを誰にも言えないで、今までずっと1人で戦ってきたんですね」

「……はい……っ……」

「いつも比べられるのが苦しくて、でも憧れられるからそれが終わらなくて……辛かったですね」

「……はい……っ……辛かったんですよ……?」

「はい……辛かったですね……もう大丈夫です」

 

 

 私と一緒に泣いてくれている。比べられる苦しみも、憧れられる辛さも、彼は分かってくれているみたいだった。

 

 そう思って安心したのか、今まで我慢していた涙が、ぶわっと溢れてきた。

 

 

「……っ!」

「うおっ」

 

 

 無意識のうちに、山城君の胸元に飛び込んだ。

 彼は一瞬驚いたようだけど、すぐに泣きながら震えている私の体をそっと包んでくれた。

 

 

「俺の事は気にせず、今は全部流し切ってくださいね」

「はい……っ……ありがとうございます……」

 

 

 泣いている赤ん坊をあやすように、彼は私の背中をトントンと優しく叩いてくれた。気持ちを落ち着かせるように、私の頭をゆっくりと撫でてくれた。

 

 

 山城君の大きな胸元にしがみついて、私は泣いた。我慢なんてせず、ただひたすらに泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 数分後、ようやく私が落ち着いてきたところで、山城君が口を開いた。

 

 

「氷川さんはどうしたいですか?」

「……どうしたいとは……?」

「日菜さんとの関係です」

 

 

 日菜という名前を聞いて、ドキッとしてしまう。

 

 

「このまま現状を維持するのか、子どもの頃みたいに笑い合える関係を目指すか」

「……」

「氷川さんは……どうしたいですか?」

 

 

 そんなの、決まっている。

 

 

「私は……日菜とまた一緒に笑い合いたいです……もう一度……あの頃みたいに……」

「はい」

 

 

 山城君に抱きしめられたまま、小さな声で自分の願いを伝える。

 

 

「でも……日菜を突き放したのは私です。遠ざけたのは……私なんです。今更前みたいな関係を望むなんて……」

 

 

 自分から突き放したのに、今度はまた仲良くなりたい——そんな都合の良い話が通用するわけない。

 

 思わず体に力が入ってしまう。そんな私を落ち着かせるためか、山城君は落ち着いた声で私に話しかけた。

 

 

「大丈夫です」

「えっ……?」

「確かに氷川さんは、日菜さんを突き放してしまったかもしれません。でもそれはあなただけのせいじゃない。周囲の人達の反応や態度、その時の環境……色んな要素が複雑に絡み合って、今の関係が出来上がっているんです。誰か1人のせいにできるほど、人間関係って単純じゃないですよ?」

 

 

 彼は私を見つめて、言葉を続ける。

 

 

「間違ったのなら、またやり直せばいいんですよ」

 

 

 彼の言葉を聞いていると、もしかしたら……と思うけれど、その考えは一瞬で上書きされてしまう。

 

 

「……今更そんな関係を望むなんて、許されるわけがないです。それにどうすればいいかなんて……全然分からないです……」

「……そうですよね。そんなこと言われても分からないですよね」

 

 

 その言葉を聞いて、また気持ちが沈む。

 彼の言葉に抱いた僅かな希望も、所詮は絵空事なんだと思った時だった。

 

 

「だから俺がやります」

「……えっ?」

 

 

 突然の声に、少し驚いてしまう。

 

 

「氷川さんが……氷川さんと日菜さんが、もう一度笑い合えるように」

 

 

 彼の目は、さっきまで私に見せていたそれとは違った。

 

 

「そのために、俺は俺ができることをします」

 

 

 いつもの優しい目でも、さっきまでの悲しい目でもない。

 

 強い意志が宿ったような、そんな力強い目だった。

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 次回も来週中の投稿を目指して頑張ります。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 双子


 お気に入り登録をして下さった皆様、ありがとうございます。

 今回は原作からの改変がとても大きいです。完全オリジナル展開ですので、あまり深く考えずに、気軽な気持ちで読んでくださると幸いです。

 それではどうぞー。


 

 

 

 

 

 とある日の学校終わり。あたしは真優貴ちゃんと貴嗣君に誘われて、喫茶店Sterne Hafenに来ていた。静かな雰囲気のお店で、あたしは2人におねーちゃんの話をしていた。

 

 

「……あたしね、おねーちゃんのこといっぱい傷つけちゃったんだ。そんなつもりなくても、あたしが言ったことが、おねーちゃんを追い詰めちゃって……」

 

 

 真優貴ちゃんから、「日菜さんのお姉さんの話を聞きたい」とお願いされたのは、つい最近のことだった。貴嗣君がおねーちゃんからあたし達の関係について話を聞いたらしく、あたしからも詳しい話が聞きたいとのことだった。

 

 あたし達の関係を修復する手助けをしたい、だからあたしから見たおねーちゃんの日々の様子や、あたしの素直な想いを教えて欲しい——貴嗣君と真優貴ちゃんはこう言った。

 

 2人ともいい人だってことは知ってるし、嘘をついているような感じでもなかった。あたしは2人のお願いを聞き入れて、あたしとおねーちゃんとの関係について詳しく話していた。そして一通り話した後、貴嗣君がこう聞いてきた。

 

 

「日菜さんは、お姉さんと今のままでもいいですか? それとも例え時間がかかっても、関係を修復したいですか?」

 

 

 そんなの、答えは決まっている。

 

 

「あたしは……おねーちゃんとまた仲良くなりたい。昔みたいに……一緒に笑い合いたい」

「その言葉が聞きたかったんです。話してくれて、ありがとうございました」

「うんうん! ありがとうね、日菜さん!」

 

 

 優しい兄妹なんだなーと思う。

 貴嗣君と真優貴ちゃんが笑い合っているのを見て、もしあたしとおねーちゃんが、この2人みたいに一緒に笑えたら……と考えてしまう。

 

 

「日菜さんが話してくれたおかげで、何とかなりそうです。後は私達に任せてください」

「ま、任せてくださいって……どうするつもりなの?」

 

 

 あたしがそう聞くと、真優貴ちゃんがポーチから紙のようなものを取り出した。そしてその紙を、あたしに渡してきた。

 

 

「これは……チケット?」

 

 

 彼から渡された紙には、“Stern Hafen Night Live”の文字が書かれていた。

 

 

「今週の土曜日に、うちの店で小さなライブがあります。それのチケットです」

「そのライブに行けばいいの?」

「はい」

 

 

 この日は何も予定がないから大丈夫だけど……どうしてライブのチケットを?

 

 

「日菜さんは、うちのお店に来てもらって、店員さんにそのチケット見せるだけで大丈夫です」

「日菜さん達の関係を戻すきっかけを作るために、1つ案があるんですけど……今は詳しいことが言えないんです。……『ライブを見るだけじゃ関係が戻るわけない』と思うでしょうけど……俺達を信じて欲しいんです」

 

 

 真優貴ちゃんと貴嗣君は、真剣な眼差しであたしにそう言った。

 

 貴嗣君がこう言うんだから、多分ライブに何かからくりを仕込んでいるんだと思う。でも……貴嗣君の言う通り、ライブに行けばあたしとおねーちゃんが仲直りできるのか、そこがやっぱり不安だった。

 

 それでも目の前の2人を見ると……「この2人なら何とかしてくれるんじゃないか?」と思った。

 

 

「……わかった。貴嗣君と真優貴ちゃんを……信じるね」

 

 

 もう一度お姉ちゃんと笑い合いたい。

 そんな夢を抱いて、あたしは2人のお願いを受け入れた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……ここのようね」

 

 

 チケットを取り出し、そこに書かれている名前と、目の前のお店の看板を見比べる。どうやらこのお店で合っているみたいだ。

 

 一昨日の練習終わりに、山城君から渡されたこのチケットには、“Stern Hafen Night Live”と書かれてあった。

 

 扉を開けると、カランカランと心地よい音が鳴った。入ってすぐのところで、店員さんがこちらにやってきた。

 

 

「いらっしゃいませ。お1人様ですか?」

「はい……あの、これを……」

 

 

 エプロンを着けた、若く綺麗な女性だった。私は彼から貰ったチケットをその人に見せた。

 

 

「ライブに来られたんですね。ありがとうございます。それではご案内しますね」

 

 

 やんわりとした口調にどこか既視感を覚えながら、私は店員さんについていった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「こちらの席へどうぞ」

「はい。ありがとうございます」

 

 

 チケットを見せると、あたしは下の階のある席に誘導された。どうやらここがあたしの席みたいだ。

 

 周りを見ると、夜なのにも関わらず、多くの人が集まっていた。決して大きなステージじゃないけれど、それでも席はビッシリと埋まっている。そんなにすごいライブなのかな?

 

 そんなことを考えて周りをボーっと見渡していると、数分後にまた1人、この下の階に降りてきたのが見えた。しかもその人物は——

 

 

「……おねーちゃん?」

 

 

 あたしのおねーちゃんだった。

 

 おねーちゃんはあたしの時と同じように、綺麗な茶髪の店員さんに案内してもらっていた。おねーちゃんの元へ行こうかどうか悩んでいる内に、突然パッと店の照明が小さくなり始めた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 部屋の照明が薄くなり、他のお客さん達から小さい歓声が出た。これからライブが始まるのだと分かった。

 

 ステージを隠していた幕がゆっくりと開き、スポットライトが当たる。舞台が照らされ、演奏者の姿が見えると、またもや歓声と拍手が興った。

 

 ステージには、数名の演奏者がそれぞれの楽器を持って立っていた。その中でも、ステージ端に置かれているグランドピアノに座っている女性と、中央のマイクスタンドに立っている男性は、とても見覚えのある人物だった。

 

 

「山城君と……真優貴さん?」

 

 

 山城君と双子の妹、真優貴さんだった。白のシャツに黒のジャケットを着た2人は、同じくステージに上がっている人達のように、お客さんの歓声に手を振って応えていた。

 

 拍手が静まり始めたタイミングで、彼はマイクに顔を近づけた。

 

 

 

「皆さん、今日は僕達のライブに来てくれて、本当にありがとうございます。うちのお店が東京に引っ越してきてからの初ライブですが、多くの方に来ていただいて、とても嬉しいです」

 

 

 山城君はハキハキとした声でそう話す。

 

 

「今日は素敵な曲を2曲演奏します。短い時間ではありますが、僕達と一緒に楽しんでくれると嬉しいです」

 

 

 彼に応えるように、所々で歓声が上がる。

 

 

「ありがとうございます。それでは早速行きましょう。1曲目はD〇n Di〇bloさんから“Thousand Faces”……なのですが」

 

 

 予想外の彼の言葉に、お客さん達は「おお??」と、どこか期待するような反応を見せる。

 

 

「元々の英語の歌詞ではなく、今回は僕達兄妹が考えた、オリジナルの英語歌詞で歌わせていただきます。その歌詞なのですが……とある双子の姉妹の話です」

「(……えっ?)」

 

 

 双子の姉妹——その言葉を聞いて、ドキッとした。

 

 

「とても努力家で頑張り屋さんなお姉さんと、生まれつき素晴らしい才能を持った妹さんの物語です。……色々な理由があって、今2人はすれ違っています」

 

 

 間違いない。私と日菜のことだ。

 

 

「でも2人はお互いに歩み寄ろうと、今一生懸命頑張っています。聞いてくれる皆さんに、そんな彼女達の想いを感じて欲しい……そんな気持ちで歌詞を考えました。歌詞の意味は後ろのスクリーンに表示されるので、ご安心を」

 

 

 彼はマイクの位置を調節し、真優貴さんとアイコンタクトを取った。そして姿勢を正してから、凛々しい声で曲の開始を告げた。

 

 

「それでは聞いてください。“Thousand Faces”」

 

 

 

 

 

 

 

 たくさんの人がいたけれど、あなたは近くにいない。

 

 もし今のあなたを見たら、私はあなたと向き合えるのだろうか。

 

 

 

 小さかった頃を、まだ覚えている。

 

 何をするのも、私達は一緒だった。

 

 いつからかそれが辛くなって、あなたを避けてしまった。

 

 何も悪くないあなたを、私は傷つけてしまった。

 

 

 

 なんとかここまで来たけれど、いつも挫けそうなの。

 

 でもあなたとまた笑い合いたいの。私の半分はあなたなんだから。

 

 

 

 たくさんの人がいたけれど、あなたは近くにいない。

 

 もし今のあなたを見たら、私はあなたと向き合えるのだろうか。

 

 今までずっと、辛くて苦しかった。

 

 でもどれだけ時間がかかっても、あなたと向き合いたいの。

 

 

 

 

 

 

「これは……私の気持ち……」

「おねーちゃんの……私へのメッセージ……」

 

 

 

 

 

 

 おねーちゃんが笑ってる写真、今でも持ってるよ。

 

 おねーちゃんはいつもそばにいて、私を笑顔にしてくれた。

 

 でもあたしが傷つけちゃって、ずっと戦ってきたんだよね。

 

 こんなあたしだけど、おねーちゃんのことが大好きなの。

 

 

 

 なんとかここまで来たけど、本当は不安なんだ。

 

 でもまたおねーちゃんと笑い合いたいの。あたしの半分はおねーちゃんなんだから。

 

 

 

 たくさんの人がいたけれど、おねーちゃんは近くにいない。

 

 もし今のあたしを見てくれたら、おねーちゃんは笑ってくれるかな。

 

 今までいっぱい傷つけて、辛い思いをさせちゃった。

 

 でももしおねーちゃんと並んで歩けるなら、あたし頑張りたいの。

 

 

 

 

 

 

「これ……あたしの気持ち……」

「日菜の……私への想い……」

 

 

 

 

 

 

 今までずっと、辛くて苦しかった。

 

 でもどれだけ時間がかかっても、あなたと向き合いたいの。

 

 

 今までいっぱい傷つけて、辛い思いをさせちゃった。

 

 でももしおねーちゃんと並んで歩けるなら、あたし頑張りたいの。

 

 

 

 

「山城君……また泣いて……」

「貴嗣君……泣きながら……歌ってる……」

 

 

 まるで……。

 

 

「日菜が歌っているみたい……」

「おねーちゃんが歌っているみたい……」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 パチパチパチパチ!!

 

 観客席から、歓声と共に大きな拍手が送られる。山城君は汗を拭って、他のメンバーの人達と目を合わせ笑い合っている。

 

 

「(お互いの想いを歌に乗せて……伝えてくれたのね)」

 

 

 

 どうして彼が私をこのライブに招待したのか、ようやく分かった。

 

 私の想いと、日菜の想い。その2つを背負って、彼は歌った。歌に私達の想いをのせて、私達の間に架橋を作ってくれたのだ。

 

 

「紗夜さん」

 

 

 誰かに呼ばれ、声の方を向く。そこには先程までピアノを弾いていた真優貴さんがいた。そして彼女の隣には……。

 

 

「……日菜……」

「……おねーちゃん……」

 

 

 真優貴さんの隣には、日菜がいた。

 不安そうな顔をしている日菜を、真優貴さんは肩に手を置いて励ました。

 

 

「日菜さん。今の日菜さんなら、大丈夫です」

「……うん。ありがと、真優貴ちゃん」

 

 

 少し笑ってから、日菜は私の方を向いた。

 

 

「おねーちゃん……隣、座ってもいい?」

 

 

 日菜は少し震えた声で、私にそう聞いてきた。

 

 

「……ええ。いいわよ」

「……! あ、ありがと……!」

 

 

 日菜は嬉しそうな反応を見せ、私の隣に座ってきた。隣に座った日菜は、小さい声で私に話しかけてきた。

 

 

「歌……おねーちゃんも聞いてたんだね」

「ええ……あなたの想い、伝わったわ」

「あたしも……おねーちゃんの気持ち、伝わったよ」

 

 

 日菜の言葉だけが、すうっと耳に入ってくる。

 まるで私達以外誰もいないような、そんな空間が、私達を包み込んでいた。

 

 

 

 

「日菜……今までごめんなさい。私のせいで……日菜もずっと不安だったのよね。……今まで、あなたを沢山傷つけてしまって、本当にごめんなさい。でも……こんな私だけど、いつかあなたと向き合いたいの。……いつか……あなたとまた一緒に笑い合いたいの」

 

「おねーちゃん……あたしこそごめんね。あたしのせいで、毎日辛くて、挫けそうだったんだよね……今までおねーちゃんのこといっぱい傷つけちゃったけど……それでもあたしは、おねーちゃんとまた並んで歩きたい」

 

 

 彼の歌に勇気を貰って、お互いの気持ちを隠すことなく、静かに伝える。

 

 

「ええ……どれだけ時間がかかっても、必ずあなたの元に行くから。……あなたと並んで歩けるように頑張るから」

「うん……うんっ! あたしも頑張る! おねーちゃんと一緒に笑えるように……これから頑張るね!」

「ええ。……ありがとう、日菜」

「うん……! ありがとう、お姉ちゃん……!」

 

 

 

 

 

 そして何年振りだろうか。

 

 日菜と私は、一緒に笑顔になれた。

 

 

 

 

 

「みなさーん! 2曲目に行く準備はいいですか~!?」

 

 

 真優貴さんの声で、私達の意識は現実に引き戻された。彼女の掛け声に、観客は歓声をあげる。

 

 

「今度はお兄ちゃんが得意のアコギを弾くので、楽しんでくださいね~! お兄ちゃん、準備はいい?」

「もちろん。いつでも行けるよ」

「オッケー! 皆さんも手拍子お願いしますよ~? それじゃあ行きます!」

「「E〇 She〇ranさんより、“Nancy Mulligan”!!」」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「「ありがとうございましたー!」」

 

 

 お客さんからの拍手喝采に包まれて、ライブは無事終わった。1人、また1人とお客さんは減っていき、そしていつのまにか私達だけになっていた。

 

 優しい光に照らされた薄暗い室内で、私は日菜と話していた。

 

 

「ライブ……すごかったね」

「ええ。とても……楽しかったわね」

 

 

 2曲目はすごかった。曲調が明るいものというのもあるだろうけど、それ以上に彼らは本当に楽しそうに演奏していた。その気持ちがこちら側にも伝わってきて、その場にいた全員が、心の底から音楽を楽しんでいる……そんな不思議な感覚だった。

 

 

「どうだった? 今日のライブ、楽しかったでしょ」

「「えっ?」」

 

 

 私達に声をかけてきたのは、受付をしてくれた店員さんだった。

 

 

「初めまして。山城真愛です。あの子達の母です」

「「ええっ!?」」

 

 

 日菜と一緒に、驚きの余り声を上げてしまった。大学生と見間違うくらい、この人が若く見えたからだ。

 

 

「あの子達があんなに必死になっているのを見たのは久しぶり。でもあなた達を見たら、その理由がよく分かった」

「? それはどういう……?」

「……そうね。折角だから、少し昔話をしましょうか。お隣、失礼するわね」

 

 

 山城君のお母様は席に座ると、優しい声で私達に語り掛けてきた。

 

 

「今はあんなに仲良しな2人だけど……昔は違ったの」

「「……!?」」

 

 

 山城君にそっくりな、ゆっくりで穏やかな口調で、真愛さんは遠くにいる彼らを見ながら話し始めた。

 

 

「真優貴が女優なのは知っていると思うけれど……実はあの子が小学3年生にオーディションを受けた時、貴嗣も一緒に受けたの。兄妹一緒に受けようってね」

 

 

 知らなかった。

 でも山城君は俳優として活動していないはず……ということは……。

 

 

「あの子達には“才能の差”があった。貴嗣が必死に努力してやっとできるようになったことを、真優貴はすぐにできてしまう。それが響いたのかは分からないけれど……合格したのは真優貴だけだった」

 

 

 やっぱりそうだ。

 彼は落ちてしまった。努力したけれど、報われなかった。

 

 

「次の年、彼は再度オーディションを受けた。前回以上に努力をしたけれど……あの子はまた落ちた」

「も、もう1度挑戦して……またダメだったのですか……?」

「ええ。そうよ。それも真優貴がどんどん活躍していく姿を毎日テレビで見ながら……周りの人達にそんな真優貴と常に比べられながら、ね?」

「「……っ!?」」

 

 

 優しく微笑んで、お母様が私を見つめる。その表情は山城君にそっくりだった。

 

 

「真優貴がその才能で沢山の人達から賞賛を浴びる中、貴嗣は必死に頑張った。それでも報われなかった。劣等感、羨望、嫉妬……いつしか2人の間には、大きな溝ができてしまってたの」

 

 

 彼らにそんな過去があったなんて……。

 私はただ、彼らの知られざる一面に驚くしかなかった。

 

 

「その顔……“信じられない”って顔ね」

「だって……山城君はいつも笑顔だから……強い心を持っていて、私みたいに劣等感を抱いたりなんて……」

「あの子だって傷つくし、妬むし、羨ましいって思うわ。……貴嗣だって人の子、超人じゃないのよ?」

 

 

 その言葉を聞いて、一昨日の出来事を思い出す。

 

 

『……分かりますか……私の気持ち……? 何をやっても比べられる苦しさが……あなたには分かりますか……?』

 

 

 分からない訳がない。山城君は同じような経験をしたのだから。だから私の気持ちを分かってくれて、一緒に泣いてくれた。

 

 

「けれどあの子達は優しかった。妹と比べられて辛かっただろうに、それでも貴嗣は真優貴を応援し続けた。兄を傷つけていることが悲しかっただろうに、それでも真優貴は貴嗣を支え続けた。……今日のあなた達みたいに自分の気持ちを伝えあって、少しずつ和解していって……そうやってあの子達はまた、お互いに笑い合える関係になったの」

 

 

 今では一緒に笑い合っている彼らだけど、その笑顔の下には、私が想像できないほどの涙があるのかもしれない。

 

 

「あの子達は、すれ違うことの痛みを知っている。だからあなた達を放っとけなかったんだと思う。あの子達は今日、“音楽”であなた達の心を繋げた。あなた達の間に橋を作って、歩み寄れるように手助けをした。……ほら、来たわよ」

 

 

 気が付くと、向こうから2人が近づいてきた。

 

 

「もしあの子達の過去をもっと知りたいなら、尋ねてみるといいわ。絶対に教えてくれるから」

「山城君達の……過去……」

「それじゃあ私はこれで失礼するわね。後はあなた達でゆっくり楽しんでね」

 

 

 山城君のお母様はそう言って立ち上がり、静かに上の階へ上がっていった。そして入れ違うように、彼らがこちらに来た。

 

 

「お2人とも、今日は来てくれてありがとうございます。どうでしたか?」

「うんっ! もうすーっごくるんっ♪ ってきたよ!」

「日菜……それやめなさい。山城君達が理解できないわよ」

「ははっ。大丈夫ですよ……あれ?」

 

 

 山城君がそう言った時だった。

 

 

「クゥ~ン」

 

 

 えっ? 犬の鳴き声……?

 

 

「あれ、ホープ!?」

「どうしてここに……よいしょっと」

 

 

 い、犬がいる……どうして……?

 

 

「お母さんだね。絶対」

「だな。ほんとならもう家にいる時間だもんな。ごめんなーホープ。寂しかったよな~」

「クゥ~ンクゥ~ン」

「えっ? 何々?」

 

 

 彼の腕の中にいるその子は、真っ直ぐ私達の方を見つめていた。可愛らしい声で鳴きながら、山城君に何かを伝えているみたいだった。

 

 

「ほほーなるほど」

 

 

 い、いまので分かったの……!?

 

 

「お姉さん達が気になるのか。よしよし分かった。……氷川さん、隣失礼しますね」

「えっ……や、山城君!?」

「じゃあ私は日菜さんの隣座りますね~! お邪魔しまーす!」

「いいよ~! いらっしゃい! わあ……ワンちゃん可愛いー!」

 

 

 彼はいきなり私の隣に座ってきた。子犬は私達の方に身を乗り出して、クンクンと匂いをかいでいる。

 

 

「この子はホープって言います。お2人と仲良くなりたいみたいです」

「な、仲良く……ひゃっ!」

 

 

 このホープ君はいきなり私の膝の上に移動してきて、そのままペタンと座ってしまった。

 

 膝に温かさを感じる。

 こんなに体が温かいのね……それに、私を見つめながら尻尾をフリフリと振っているのが、とても可愛い。

 

 

「ねえおねーちゃん、ホープ君撫でてあげたら?」

「な、撫でるの!? もし嫌がられたら……?」

「嫌だったら膝の上に乗ったりしませんから、大丈夫ですよ。ほら、どうぞ」

 

 

 真優貴さんにそう言われて、心を決めてホープ君の体を撫でる。するとホープ君は目を細め、気持ちよさそうな表情を見せてくれた。

 

 

「……かわいい……」

「ホープも気持ちいいって言ってますよ」

「そ、そうなんですか……ふふっ……♪」

 

 

 山城君の言葉に、自然と笑みがこぼれる。

 

 毛並みがとても綺麗で、撫でていて気持ちいい。犬のブラッシングは大変だとテレビで見たことがあるけれど……彼らが愛情深く接している証拠だろう。

 

 

「あっ、あたしのほうに来た!」

 

 

 ゆっくりと体を起こし、ホープ君は日菜の膝に行ってしまった。

 

 

「わあっ、かわいい! 毛並みもサラサラだね」

「お兄ちゃんが週1でブラッシングやってますからね~。もう最高の毛並みですよ」

「流石ですね。……日菜、耳の後ろを軽く撫でてあげて。そこにツボがあって、気持ちいと感じるらしいわよ」

「わかった! ……ほんとだあ~! すっごく気持ちよさそう!」

 

 

 日菜の言う通り、とても気持ちよさそうにしているホープ君。日菜の撫で方も上手だ。

 

 

「詳しいですね。実は犬好きだったり?」

「……はい。私、犬が好きなんです」

「昔から好きだよねー! ……あっ、そうだ! この前お父さんが録画してくれたワンちゃんの特集番組、今度また一緒に見ようよ!」

「そうね。また一緒に見ましょう」

 

 

 また見つめ合って、一緒に笑う。日菜はこんなに明るく笑うのだと、今更ながら気付くことができた。

 

 

「氷川さん、気づいてます?」

「何をですか?」

「今の氷川さん、日菜さんとちゃんとお話しできてます。どっからどう見ても、仲良しな双子です」

「……あっ……」

 

 

 彼に言われて初めて気が付いた。

 

 今の私は、日菜を真っ直ぐ見ながら、この子と話ができるようになっていた。まだ完璧とは言えないけれど、日菜の目を見ながら話せるようになっていた。

 

 

「ちょっとずつでいいです。ちょっとずつ、色んな思い出や経験、気持ちを共有してみてください。必ずいい方向に向かいます」

 

 

 いつの間にか膝の上に戻っていたホープ君を撫でながら、山城君は私を見つめた。

 

 

「氷川さんなら……氷川さんと日菜さんなら、絶対にできます」

 

 

 もちろん確証なんてない。保証なんてない。

 でも彼の目を見ると、なんだかいけるような……うまくいくような気がした。

 

 

「……紗夜でいいです」

「えっ?」

「苗字読みだと、日菜と紛らわしいでしょう。それに日菜は名前で呼ぶのに私だけ苗字なのは……その……」

「?」

「と、とにかくっ! これからはその……私のことも名前で……」

「分かりました……“紗夜さん”」

 

 

 お父さん以外の男性に名前を呼ばれるなんて、思ってもなかった。

 

 ……お願いをする時、妙に緊張したのは内緒だ。

 

 

「それじゃあ俺のことも名前で呼んでください。山城だと、真優貴と紛らわしいですから」

「はい……“貴嗣君”」

 

 

 今度は私も彼の名前を呼ぶ。何だか少し恥ずかしいけれど、嫌な感覚ではない。

 

 

「う~ん! 何だか今のお姉ちゃんと貴嗣君、すっごいるんっ♪ って感じ!」

「日菜……だからその“るんっ♪” は止めなさいってさっきも言ったでしょ」

「あっ、今のお姉ちゃんの“るんっ♪”、すごい可愛かった! もう1回言って!」

「ええっ!? い、言わないわよっ!」

「えーなんでー! 言って言って言って~!」

「だ、だから言わないって言ってるでしょ……!」

 

 

 全くこの子は……すぐ自分のペースで話すんだから……。

 

 

「紗夜さん」「日菜さん」

 

「はい?」「んー?」

 

「「——楽しそうですね♪」」

 

「「……!」」

 

 

 貴嗣君と真優貴さんは、優しそうに笑って私達を見つめていた。

 

 

 そして私達も自然とお互いの顔を見て——

 

 

「……ふふっ♪」

「……えへへっ♪」

 

 

 ——いつの日かと同じように、一緒に笑うことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 今回は本小説を書くにあたって一番最初に思いついた展開、紗夜と日菜に関わる問題について書かせていただきました。もう原作ガン無視オリジナル展開でしたが、「この小説ではこういう展開なんだな」くらいの気持ちで捉えてくださるとありがたいです。

 次回は来週までに投稿する予定です。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 亀裂


 新たにお気に入り登録をして下さった皆様、ありがとうございます。


 執筆中にRoseliaのバンドストーリー1章を見返していたのですが、この小説、原作からの改変がヤバイですね……。今になって書き直したい部分が結構出てきてしまいましたが、時間と労力が半端ないので、このまま突っ走ります。オリジナル展開が多いですが、お付き合いくださると嬉しいです。


 難しい話はこれくらいで。それでは今回もどうぞよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 FUTURE WORLD FES.出場をかけたコンサートを週末に控えた今日、俺達はいつものように、Roseliaの皆さんと合同練習をしていた。

 

 違和感がなかったわけではない。いつもと違って、湊さんの歌声に迷いがあるような気がした。あこちゃんのドラムの音も、普段より元気がなかった。

 

 いつもならこういった違和感を覚えた時は気になって仕方がないのだか、今回は違った。以前と比べて紗夜さんの演奏が良くなっていて、この前まで紗夜さんと色々関わってきた身として、それがとても嬉しかった。

 

 

 だからだろうか、今回は随分と気が緩んでしまっていたみたいだ。

 

 

 

 

 

「……さっきの宇田川さんの言ったことは本当なのですか?」

「……ええ。本当よ」

 

 

 気づいた時に行動すれば良かったと思うが、今となっては後の祭りだ。

 

 

「じ、じゃあ……あこ達は一体何のために今まで……」

「……フェスに出るための道具……ですか?」

「……!! そ、そんな……」

「ちょ、ちょっと紗夜!! そんな言い方無いって!」

 

 

 練習を初めて1時間弱。音を奏で、楽しむための場であるライブハウスのスタジオで、俺達は最悪の事態に直面していた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 前回湊さんが自主練に来た際の帰り、偶然にもその場に来ていた音楽業界の人が湊さんを発見。

 

 

 湊さんはその歌唱力を非常に高く評価されており、元々音楽業界から注目をされていた。その背景もあって、その人から「うちの事務所に来てプロとしてデビューし、フェスに出場しないか?」とスカウトされたそうだ。

 

 

 そして運が悪いことに、その光景をあこちゃんが目撃してしまったのだ。あこちゃんが練習中にそのことを湊さんに聞いたことで、この出来事が白昼の元にさらされた。

 

 

プロとしてデビューすれば、湊さんの目的は達成される。けれどそれは“Roseliaとして”ではないのだ。ご丁寧にも、事務所側が湊さんのためにバンドのメンバーまで用意しているようだ。

 

 

 今までRoseliaとしての出場を目指していた紗夜さんやリサさん、あこちゃんや白金さんにとって、この事実は裏切り以外の何物でもなかった。

 

 

 

 

 

「……ねえ穂乃花さん……あこ……また悪いことしちゃったのかな……?」

「あこちゃんが? ううん、あたしはそう思わないよ」

 

 

 そうして数分間の口論の後、湊さんは帰ってしまった。スタジオ内は、もはや練習を続行できる状態ではなかった。

 

 

「いい、あこちゃん? 今はすごくしんどいだろうけど、時には笑うために、しんどいことが必要なの」

「笑うため……?」

「そう。今は踏ん張りどころ。ここを乗り越えたら、とっても良いことがあると思うんだ。だから頑張ろう。あたしも全力でサポートするからさ」

 

 

 穂乃花があこちゃんと話をしてくれている。さっきからスタジオ内はずっとこんな感じだ。

 

 

「燐子さん」

「あっ……花蓮ちゃん……」

「よかったら少し私とお話ししませんか? そうだな……この前教えてくれたゲームの話はどうです? 私、もっと聞きたいです」

「は、はい……喜んで……」

 

 

 花蓮と白金さんは少し離れたところに座って話をしている。

 

 

「氷川さん。大丈夫ですか?」

「須賀君……」

「まあ今は大丈夫じゃないかもしれないっすけど……そうだ、良かったらさっきの演奏の振り返り、しませんか? 他のことに集中すれば、気も紛れるかもしれませんし」

「……そうですね。須賀君の着眼点も鋭く、とても参考になります。是非お願いします」

「了解っす!」

 

 

 さっきはかなり動揺し、怒りを見せていた紗夜さんも、大河のおかげでなんとか落ち着きを取り戻している。

 

 そんな皆の様子を見ながら、俺はある人の事を考えていた。

 

 

「(……リサさんが心配だ)」

 

 

 リサさんはもうこの場にいない。もうずっと前に、コンビニのアルバイトへ行ってしまった。

 

 先ほどまで俺はリサさんと話をしていたのだが、意外にも声や話し方だけを見れば、普段の様子とそんなに変わっていなかった。

 

 けれど平気なフリをしているのは明らかだった。リサさんと湊さんは幼馴染。今回の湊さんの行動について、一番ショックを受けているのはリサさんのような気がしてならなかった。

 

 

「(……だめだ貴嗣、後ろ向きに考えるな。何か出来ることがあるはずだ……考えろ)」

「貴嗣」

「ん? おお、大河か。それに紗夜さんも」

 

 

 1人椅子に座って色々考えていると、大河と紗夜さんが近くに来ていた。

 

 

「考え事か?」

「まあな。それよりも、今日の練習続行はちと厳しそうだな」

「同感です。皆さん体力的にも、精神的にも疲労しています。休息をとるべきだと思います」

 

 

 紗夜さんのその発言に、俺達は驚いてしまった。

 

 

「? 2人とも私の顔を見て、どうかしましたか?」

「いや、なんか氷川さんらしくないなーって」

「私らしくない?」

「はい。雰囲気が柔らかくなったってことです。なんだかんだ氷川さんも優しいじゃないですか~」

「べ、別にそんなんじゃ……」

「(うわ~氷川さんも素直じゃねぇなぁ~)」

「(紗夜さん嬉しそう)」

 

 

 紗夜さんなら「練習は続行する」って言うかなと思っていたのだが、日菜さんとの関わりを経て、精神的に余裕が生まれたのかもしれない。本当は今みたいに、優しくて温かい性格の人なんだろう。

 

 

「まあ、とりあえず今日の練習はここまでだな」

「ああ。Roseliaの皆さんには、今はまず休息と時間が必要だ。となると……」

「……リサさんだな」

 

 

 俺の言葉に、大河が続ける。

 

 

「今井さんですか?」

「はい。あの人、優しすぎて絶対溜め込むタイプです。誰にも相談しないで1人で悩む……そういうタイプの人です」

 

 

 大河も俺と同じ考えだったみたいだ。

 

 

「とにかく今は情報が足りなすぎる。問題を解決しようにも、さっきの湊さんのスカウトの話、俺達にはさっぱりだ。……リサさんと話がしたい。湊さんと一番近い存在のリサさんなら、何か知っているかもしれない」

「だな。その線が一番濃い」

「そうですね。……貴嗣君、湊さんと直接話すというのは?」

 

 

 紗夜さんがそう提案してくれるが、俺は首を横に振る。

 

 

「それは無しですね。湊さんは悩んでいるように見えました。しかもさっきリサさんが事情を話すようにお願いしても、黙ったままでした。つまり、一番距離が近いであろうリサさんからのお願いですら、今の湊さんは聞き入れない状態なんです」

「なるほど。確かに2人は幼馴染。そんな今井さんが頼んでも黙っていたということは……」

「……そう、他の誰かが聞いても話すはずがないです。だから湊さんと話をするのは、失敗する可能性が非常に高いです。彼女に大きなストレスを与えてしまうだろうし、そうなると逆効果です」

「確かに。湊さんにこの件を問いただしたばかりに彼女を追い詰めてしまっては、本末転倒ですね」

 

 

 紗夜さんは俺の話をしっかり聞いてくれていた。フェスに対する情熱がとても強かった紗夜さんは、今回の件でも相当ショックを受けたはず。それでも今は冷静に話を聞いてくれている。

 

 

「んで、どうするよ貴嗣? 何かしなきゃとは思うけど、具体的に何をするのかって言うのは……今の俺は思いつかねえ」

「……俺もだ。とりあえず今思いつくのは……バイト先に寄ってみることくらいか」

 

 

 バイト先のコンビニに立ち寄って、それとなくリサさんと話してみる。あわよくば断片的な情報でも引き出すことができれば……そこから何か案が思い浮かぶかもしれない。

 

 

「……って、こんなのアイデアでも何でもないよな。すまん」

「でも俺はいいと思うぜ。何もやらないよりは全然いい。それに……」

「それに?」

 

 

 俺が聞き返すと、大河はニヤリと笑った。

 

 

「貴嗣のコミュ力なら何とかなるだろ?」

「おいおい、何だよそれ。プレッシャーかけるつもりか?」

「ははっ、そんなつもりねーよ。信頼してるってことだよ」

「おお、それはありがたい。……サンキューな。なんか元気出たよ」

「おうよ」

 

 

 そんな軽い冗談を大河と交わす。俺を励ましてくれているんだろう。ニコニコと笑っている大河と話していると、自然とやる気が湧いてきた。

 

 

「(具体的な打開策が思いつかなくても、現状出来ることを積極的しようとする姿勢……私も見習わなくては……)」

「紗夜さん? どうかしましたか?」

「ええ。大丈夫です。少し考え事をしていました。……私も貴嗣君のアイデアに賛成です。今井さんと話すことで、そこから何か情報が得られるはずです」

 

 

 キリッとした表情で紗夜さんはそう言う。その様子からは、先程までの怒りや不安といった気持ちはあまり感じられず、かなり落ち着いているみたいだった。

 

 

「あたし達も賛成だよ、リーダー」

「穂乃花?」

 

 

 気が付くと、穂乃花と花蓮、あこちゃんと白金さんも俺達の話を聞いていた。

 

 

「どう、あこちゃん? 少しは落ち着いた?」

「うん。穂乃花さんに話聞いてもらったから……楽になったかな」

「そりゃよかった。穂乃花もありがとな」

「どういたしましてー!」

 

 

 穂乃花にありがとうを言ってから、あこちゃんと視線を合わせるために近くにしゃがむ。

 

 

「たか兄……リサ姉のところに行くの?」

「ああ。あこちゃんと一緒で、俺もリサさんのこと心配でさ。お節介かもしれないけど、ちょっと様子を見てくるよ」

「うん……お願いします……」

 

 

 穂乃花のおかげで、あこちゃんも少しは落ち着いたみたいだった。この様子なら大丈夫だろう。

 

 

「……山城さん」

「白金さん?」

「私……湊さんが躊躇っているように見えました。……自分だけがフェスにでればいいと考えているなら……あんなに悩む必要がないのに……」

「俺も同じこと考えてました。どこまで聞き出せるかは分かりませんけど、とにかくやるだけやってみますね」

「はい……よろしくお願いします……。私達も……出来ることを考えてみます……」

 

 

 白金さんからもお願いされる。

白金さんはRoseliaの一員としてキーボードを演奏している時、とても生き生きとしている。そんな大切な居場所であるRoseliaを、白金さんは失いたくないはずだ。

 

 

 ふと時計を見ると、さっきから大分時間が経っている。やると決まったら時間を無駄にしてはいけない、今すぐ行動しよう。

 

 

「貴嗣君。これ、どうぞ」

「ありがとう花蓮……って、スポドリ?」

「うん。時間、あんまりないんでしょ? 多分貴嗣君、いつもみたいに走ると思うから。これで水分補給してね」

「なるほどな。サンキュー」

 

 

 花蓮からスポドリを貰って、荷物をまとめて準備完了。

 

 

「すまん皆。俺は先に行くわ。紗夜さん達の片付けの手伝いを頼む。料金は俺が払っておくから、片付けが終わったら、スタジオの鍵を返して解散してくれ。次回の予約は今日のところはナシで。また俺から連絡する」

「おうよ!」

「お安い御用さー!」

「まかせといて」

 

 

 皆は力強く答えてくれた後、すぐに作業に入ってくれた。

 

 

「貴嗣君」

「紗夜さん」

「今井さんを……そして湊さんをお願いします。私と日菜を助けてくれたみたいに、2人を助けてあげてください」

「了解です」

 

 

 鞄とギターケースを持ったところで、最後に紗夜さんと話をする。紗夜さんとあこちゃん、白金さんの願いを無下にしてはならない。上手くいくかは分からないけど、できるだけのことをしよう。

 

 

「じゃあ、行ってきます」

「はい。いってらっしゃい」

 

 

 ニコッと笑ってくれた紗夜さんに見送られて、スタジオを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ありゃさっしたー」

「ありがとうございましたー!」

 

 

 商品を買っていったお客さんに向かって、私と隣にいる子——モカは挨拶をした。モカの砕けに砕けた挨拶は、お客さんには聞こえなかったみたい。

 

 

「モカ~、最近挨拶雑になってきてない?」

「ふっふっふ~、実はどこまで雑に言えるかチャレンジしてるんですよ~」

 

 

 相変わらずマイペースだなぁと思う。こんな感じなのに、ギターがすっごい上手なのはすごいと思う。

 

 

「もう、そんなこと言ってー! ちゃんとやらないと、後で怒られても知らないぞ~?」

「大丈夫ですよー。そこは上手くやるのでー……らっしゃっせー」

 

 

 アタシがレジの裏で作業している間に、またもやモカの砕けた挨拶が聞こえた。またお客さんみたい。

 

 

「あーっ、貴さんだ~♪ おっすおっす~」

 

 ……えっ? “貴さん”……?

 

「おっすおっす~。モカってコンビニでバイトしてたのか」

「そうだよー。可愛いモカちゃん目当てで、ここのお店は大盛況なのだー」

「すっげえ。じゃあうちのお店にも来て働いてほしいなぁ」

「カフェのアルバイトかー、確かにお洒落で良い感じかもー」

「おうよ。バイトさんはメニュー食べ放題。あとはそうだな……モカのために、俺が直々にパンケーキを作ってあげようぞ」

「モカちゃん、コンビニのアルバイト、本日付で辞めま~す」

「あははっ、それじゃあ店に迷惑かかっちゃうぞー」

 

 

 この声……間違いない、貴嗣だ。

 

 

「……た、貴嗣?」

「ああ、リサさん。お疲れ様です」

「あれー? 貴さん、リサさんと知り合いなのー?」

「ああ。最近Roseliaの人達と練習してる……って、これ前会ったときに言わなかったか?」

「えへへ~、モカちゃんったら、ど忘れー」

 

 

 思わずレジの方に出ると、そこにはモカと楽しそうに話している貴嗣がいた。花咲川の制服を着て、ギターケースを背負っている。

 

 

「あ、あれ……貴嗣……練習は……?」

「今日の練習は中止です。皆疲れてましたし、そういう時は休むのが一番です」

「そう、なんだ……」

 

 

 中止という言葉を聞いてドキッとした。やっぱりさっきの友希那の話が原因だよね……。

 

 

「……」

「リサさーん? どうかしましたー?」

「う、ううん! なんでもないよ~」

 

 

 モカの声で我に返る。けれど、やっぱり頭の中はさっきの話で一杯だ。

 

 このままアタシ達は……Roseliaはどうなっちゃうんだろうって……そのことしか考えられない。

 

 

「モカ、最近人気の商品ってある?」

「そうですな~、丁度貴さんのすぐ後ろの棚にあるチョコかなー」

「これか。……サワークリーム味?」

「結構美味しいらしいよー? 貴さんもレッツチャレンジ」

「ほえー、じゃあ買ってみよ」

「ありしゃーす♪ ……あっ、もう休憩時間だー。ということでリサさん」

「えっ?」

「貴さんの会計、お願いしときますねー」

「えっ!? ちょ、モカ!?」

 

 

 モカはそう言って、ほんわかとした笑顔でレジ裏の休憩室に向かった。

 

 

「ね、ねえ貴嗣」

「はい?」

「その……アタシが出ていってからさ……皆どんな感じだった?」

 

 

 今コンビニにいるのは、アタシと貴嗣だけ。今日の練習のことを聞くのは凄く気まずいけれど……やっぱり紗夜やあこ、燐子のことが気になってしょうがなかった。

 

 

「そんなに心配そうな顔しなくて大丈夫ですよ。俺が出ていく頃には、皆さん落ち着いてました。……流石に練習続行とはいかず、片付けをしてあとは自由解散って感じです」

「そ、そっか……なら……よかったや」

 

 

 何とか笑うアタシを、貴嗣はジッと見つめる。何だかアタシの不安な気持ちを見透かされているみたいで、緊張する。

 

 

「そ、そういえばさ……! 貴嗣はどうしてここに来たの……? 片付け終わる前にスタジオ出たんでしょ?」

 

 

 焦る気持ちを紛らわせるために、無理やり話題を切り替える。

 

 アタシがそう聞くと、貴嗣は何も答えずに商品を手に取って、レジ前に来た。

 

 

「リサさんが心配だから」

「……えっ?」

 

 

 銀色の綺麗な瞳が、アタシの目を覗き込む。

 

 

「ア、アタシのこと? い、いいよそんなのー! 心配し過ぎだって~もう!」

「……」

「なになに~? 貴嗣って世話好きだったり? 紗夜のことも色々手伝ってあげてたし、バンドのメンバーのこともいつも気にかけてるし、さてはお人好しだな~?」

「……」

「あ、あはは……そ、そんな見つめても何も出ないぞ~……なんて……」

 

 

 貴嗣は黙ったまま、じっとアタシを見つめている。どんなに話を逸らそうとしても、逃げられそうになかった。

 

 

「ア、アタシはほら……大丈夫だからさ……」

「大丈夫な人は、そうやって自分の気持ちを誤魔化そうとはしないです」

「……それは……」

 

 

 やっぱりそうだ。

 誤魔化そうとしてるの、全部バレてる。

 

 

「リサさんも不安で怖いんじゃないですか?」

「……っ……」

「湊さんとどう話すか、1人で悩まないで、俺も一緒に考えるってのはダメですか?」

「……」

 

 

 貴嗣の言う通りだ。

 

これからアタシ達がどうなるのか全く分からない。友希那の気持ちも分からない。それが物凄く怖くて、不安で……辛い。

 

 貴嗣を頼っていいのかな? ——そんな考えが一瞬頭によぎる。貴嗣に話を聞いてもらって、一緒に今回の件について考えてくれたら……良いアイデアが出るかもしれない。1人で考えるよりもずっといいはずだ。

 

 

 

 でも貴嗣はRoseliaじゃない。この問題に彼を巻き込みたくない。彼に迷惑を掛けたくない

 

 でもじゃあアタシ1人で出来ることって……? 友希那と話すにしても、どうやって話を切り出せばいいの? 不安で押しつぶされそうなのに、友希那とちゃんと向き合える……?

 

 

 

 

 

 

 

「分かりました。俺、帰ります。お会計、お願いしてもいいですか?」

「えっ? ああ、うん……!」

 

 

 どうすればいいのか分からなくて答えられないアタシの気持ちを察知したのか、貴嗣は話を切り上げた。さっきまでの真剣でちょっと怖い雰囲気はもう無くて、いつもの穏やかな感じに戻っていた。

 

 アタシはいつもよりぎこちない動作で貴嗣の商品のバーコードを読み取って、会計を済ませた。

 

 

「ありがとうございます。……勝手に首突っ込んですみませんでした。それじゃあ俺はこれで」

「あっ……」

 

 

 軽く礼をしてから、貴嗣がコンビニを出ようと体を動かした時だった。

 

 

 

 

 

『1人で悩まないで、俺も一緒に考えるってのはダメですか?』

 

 

 

 

 

 さっきの貴嗣の言葉が、ふと頭によぎった。

 

 

 そして気が付くと——

 

 

「? リサさん?」

「……あと15分で今日のシフト、終わるんだ」

 

 

 気が付くと、アタシは貴嗣の服の袖をつかんでいた。

 

 

「だから……その……」

「分かりました。俺、外で待っときますね」

「……ありがとう」

 

 

 ああ、こんなに人を頼りたくなるなんて。

 

 やっぱり今日のアタシ、本調子じゃないや。

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。


 「この時点で紗夜こんなに柔らかい雰囲気じゃないだろ……」とか「リサ姉こんなにメンタル弱いか……?」と自問自答しながら書いたのが今回の話です。色々考えているとふと別の良さげなアイデアが浮かんだりして、でもそれらの案だと「これまでの話と繋がらないしなー……」となって唸っております。違和感マシマシな小説だとは思いますが、これからも頑張って参ります。


 次回は早ければ来週に投稿する予定ですので、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 決意

 
新たに☆9評価をくださった睦月稲荷様、坂田銀時様、あこまやぬやゆののゆよや様、☆10評価をくださった夢見ネル様、本当にありがとうございます! 評価コメントも書いてくださって、感謝感激です。

 Roselia編もあと少しです。頑張って書き切ります。

 それではどうぞー。


 

 

 

 

 

「お待たせ~! ごめん、ちょっと待たせちゃったかな?」

「全然大丈夫ですよ。それじゃあ立ち話もなんですし、どこか座れる場所でも探しましょうか」

「あっ、それじゃあ少し歩いたところの川はどう? あそこ、休憩用のベンチあったしさ」

「いいですね。行きましょう」

 

 

 急ぎ気味でコンビニから出てきたリサさんと合流する。

 

 俺達は今日の件について話をするために、近くの川まで行くことになった。川岸には休憩用のベンチが多く設置されており、ゆっくりと話をするにはうってつけであった。

 

 

「ねえ貴嗣。あそこ見て」

「ん?」

 

 ベースを持ったリサさんと歩き、川の近くまで来たところで、リサさんが唐突にそう言った。リサさんの視線を追うと、あるものが目に入った。

 

 

「おおっ、カフェの出店ですか。お洒落ですね」

「うんうん! 手ぶらで話をするのもアレだしさ、何か買っていこうよ」

「了解です」

 

 

 リサさんの提案によって、川の近くに偶然開かれていた出店で飲み物を買うことに。2人でアイスコーヒーを買ってから、近くのベンチに座った。

 

そしてお互い1口コーヒーを飲んでから、リサさんがこちらに問いかけてきた。

 

 

「貴嗣はさ、Roseliaで歌ってる時の友希那って、どういう風に見えてる?」

「どういう風に、ですか? うーん、そうですねー……」

 

 

 これまでの練習風景、湊さんが歌っている姿を頭に思い浮かべる。

 

 

「——……辛そう」

「えっ?」

「何て言うんだろ……歌ってる時の湊さんって、何か我慢している感じなんです。本当は歌うことが大好きで楽しいんだけれど、その気持ちを抑え込んでいるっていうか……」

 

 

 自分の考えを伝えると、リサさんは目を開いて驚いていた。

 

 

「そっか。うん……やっぱりそうだよね」

「?」

「アタシにはね……歌ってる時の友希那、すっごく幸せそうに見えてたんだ。……友希那のお父さんと一緒にセッションしてた頃みたいに、楽しそうに歌ってた」

「お父さん?」

「そう。……友希那のお父さん」

 

 

 リサさんの声はとても寂しそうだった。暫しの沈黙の後、リサさんは心を決めたような真剣な表情で、こちらを見つめてきた。

 

 

「貴嗣に聞いてほしい話があるんだ。ちょっと長い話になるんだけど、聞いてくれる?」

「勿論です」

 

 

 リサさんはありがとうと言ってから、正面を流れている川へと視線を移した。

 

 そしてすうっと息を吸ってから、ゆっくりと話を始めた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 それから10分くらい、アタシは貴嗣に友希那の話をした。

 

 友希那がRoseliaを結成したのは、友希那のお父さんの無念を晴らすため。

 

 アタシがRoseliaに入ったのは、そんな友希那を支えたいと思ったから。

 

 今までのことを全部、貴嗣に話した。

 

 

 貴嗣はアタシが話している間、何も言わずにじっくりと話を聞いてくれた。でも、アタシが話し終わった後も、貴嗣は黙ったままだった。

 

 

「貴嗣? どうかした?」

「ああ、大丈夫です。リサさんの話を聞いて、考え事をしてました」

 

 

 アタシは考え事? と貴嗣に尋ねた。

 

 

「ずっと気になってたんです。『どうして湊さんは笑わないのか』って」

「えっ……」

「出会ってからずっと、湊さんは何かに追い詰められているように見えました。練習に対する姿勢、メンバーに対する態度、そして音楽に対する考え方……明らかに何かを抱えているような感じでした」

 

 

 貴嗣は続けた。

 

 

「色々考えました。『フェスに出てプロとしてデビューし、そのお金で家族を養うため』とか『実力を誇示することで誰かを見返すため』とか。……まあ全部はずれだったわけですけど」

 

 

 真剣な表情で、貴嗣はそう言った。さっき貴嗣が言った「誰かを見返す」っていうのは、ある意味合っているのかもしれない。

 

 

「湊さんはお父さんのこと、尊敬しているんですね。だからこそ、自分を追い詰めてしまっていたのかもしれませんね」

「うん……でも、最初からあんな感じじゃなかったんだよ? アタシ達が子どもの頃なんて、すっごく楽しそうに歌ってたし」

 

 

 そう。あの頃の友希那は楽しそうだった。それに、そんな友希那を見るのが嬉しかった。

 

 

「そうですね。なんだかその光景、思い浮かびます」

 

 

 そう言う貴嗣は、どこか嬉しそうだった。自分の子どもが楽しそうに遊んでいる姿を見て幸せになっているお父さんのような、そんな表情。

 

 

「アタシさ、友希那に幸せになってほしいってずっと思ってたんだ。昔みたいに楽しそうに歌って欲しいって……そのためにアタシはアタシが出来ることを友希那にしてあげたいって」

 

 

 手元に視線を移す。膝の上に置いている両手に、力が入って来る。

 

 

「でも……今回のスカウトのこと、アタシ全然気づけなかった。今から思い返したら、何だか友希那が悩んでそうな素振り見せてたのにさ……あの時気付けてたら何か出来たかもって……でもそんなの今更だよね……っ……」

 

 

 目元に熱がせりあがってくる。何とか堪えようとして、両手をギュッと握りしめる。

 

 

「今までお父さんのことも、Roseliaもフェスのことも……全部友希那に背負わせてさ……結局何にもしてこなかったなぁって……!」

 

 

 もう途中から震え声だった。視界が歪んだかと思えば、手の上にポタポタと温かい雫が堕ちてきた。

 

 

「今までずっと友希那のこと隣で見てきただけで……偉そうなこと言っときながら……っ……アタシ……っ……何もできなかった……」

 

 

 嗚咽交じりの涙声。さっきから何度も何度も制服で拭っているけれど、涙は全然止まってくれなかった。

 

 その時、涙を拭っている腕を、隣からゆっくりと掴まれた。そのまま腕を少し離されて、目元に柔らかい感触が伝わった。

 

 

「それだと制服が汚れちゃいます。このハンカチ、使ってください」

「……っ……貴嗣……?」

 

 

 目元にあったのは、とても綺麗なハンカチ。そのハンカチで、貴嗣はアタシの涙を優しく拭いてくれていた。

 

 

「ア、アハハ……後輩にこんなみっともない姿見せちゃうなんて……ちょっと恥ずかしいなぁ……」

「泣くことは自分の気持ちと素直に向き合っている証拠。みっともなくないです」

「もう……そんな優しいこと言われたら……もっと泣きたくなっちゃうじゃん……」

「別に良いじゃないですか。気持ちもスッキリします。……幸い周りに人はいませんから、ね?」

「うん……じゃあさ貴嗣……ちょっと背中、貸してくれる……?」

「もちろんです」

 

 

 貴嗣は体を少し動かして、こちらに背中を向けた。

 

 その背中はとっても大きくて、アタシを包み込んでくれているみたいだった。

 

 アタシは貴嗣の背中にギュッとしがみついて、5分程泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ごめんね貴嗣。制服、汚しちゃった……」

「全然大丈夫ですよ」

 

 

 貴嗣は笑顔で応える。

 

 泣いたおかげか、気持ちはかなり落ち着いた。それと同時に「男の子に背中を貸してもらって泣いた」という行為が、今になって恥ずかしくなった。

 

 

「(勢いに任せて結構積極的なことをしちゃったなぁ……なんて)」

 

 

 気恥ずかしくなってちょっとソワソワしている自分がいる。横目でチラチラと貴嗣の方を見ると、何かを考えている様子だった。

 

 

「(……あれ?)」

 

 

 ふと、貴嗣の上着の襟の部分に、何だが濡れた後があるのに気付いた。

 

 アタシが濡らしちゃったかなと思ったけど、貴嗣の首が濡れるとは考えにくかった。そこで貴嗣に聞こうと思って、こっそり顔を見た。

 

 

 でも貴嗣の目を見て、その考えがパッと消えてしまった。

 

 

「(……貴嗣……目が赤い……?)」

 

 

 貴嗣の目は充血していた。まるで泣いた後みたいに、アタシと同じように真っ赤だった。

 

 

「(……貴嗣……泣いてた……?)」

「リサさん? どうしました?」

「へっ!? い、いやっ、何でもないよ……!」

 

 

 明らかに泣いた後の目をしていることが気になりすぎて、貴嗣がアタシを見ていることに気付かなかった。

 

 アタシの反応に貴嗣は首を傾げるが、すぐにいつもの穏やかな顔に戻る。

 

 

「俺、1つ分かったことがあるんです」

 

 

 川を見ながら、貴嗣が言った。

 

 

「色々考えてみたんです。なんで湊さん、あんな悩んでる顔してたんだろうなって。フェスに出るってだけなら、事務所からのオファー受ければいいのにって」

 

 

 アタシは貴嗣の話を聞く。

 

 

「でもリサさんの話を思い出して、分かったんです。……湊さん、本当はRoseliaが大好きなんじゃないかって」

「……!」

「確かに使い捨てで集めたメンバーだったのかもしれない。でも、同じ時間を共有していくにつれて、湊さんの中に“愛着”っていうものが湧いたんじゃないのかなーって」

「愛着……」

「皆さんとたくさん練習して、話して、関わって……そうしていく内に、皆さんは“絆”で繋がっていたんだと思うんです」

「……絆……っていうことは……!」

「ええ。そうです」

 

 

 貴嗣がアタシの顔を見てくる。その顔はとても嬉しそうだった。

 

 

「湊さんはRoseliaを続けたいんだと思います。リサさんや紗夜さん、あこちゃんや白金さんと一緒に、これからもRoseliaとして音を奏でたいって。……ほら、これを見てください」

 

 

 貴嗣はスマホを取り出して、ある動画を見せてくれた。ついこの間の合同練習で、あこが撮ってくれたアタシ達の演奏風景だ。

 

 

「リサさん、皆さんの顔をよーく見てください」

「顔? ……あっ!」

 

 

 一見いつもの練習風景。でも……。

 

 

「皆……笑ってる……!!」

 

 

 アタシも、紗夜も、あこも、燐子も、友希那も。

 皆楽しそうに笑っていた。

 

 

「見てくださいよ、湊さんの顔。すごく楽しそうじゃないですか」

「友希那……楽しそうに歌ってる……」

「これではっきりしました。湊さんは今、自分の目標と自分の気持ちの摩擦で悩んでいるんです。そして事務所からのオファーにオッケーを出していないということは……」

「友希那の気持ちが……Roseliaへの気持ちのほうが強いってこと……!」

「はい。そう考えていいと思います」

 

 

 貴嗣の話を聞いて、今まで暗闇にいて何も見えなかったところに、一筋の光が差し込んできたみたいな……一気に希望が湧くような、そんな気持ちになった。

 

 

「あこちゃんと白金さんが動画を見返していて、ふと気付いたみたいです。……あとはこの動画を見て、湊さんが自分の気持ちを認められるかどうかだと思います」

 

 

 貴嗣がアタシに話しかける。

 

 

「自分はRoseliaが大好きなんだって、音楽が好きなんだって認める……そしてそれを後押しするのが——」

「——アタシの役割、だね!」

「流石リサさん」

 

 

 2人で笑い合う。なんだか、上手く行ける気がしてきた。

 

 

「うん、ありがとう貴嗣。アタシ、友希那の家行ってくる。友希那と話して……自分の気持ちをちゃんと伝えるよ。友希那の背中を押せるように、頑張ってみる!」

「はい。俺も応援してます。……それじゃあ、そろそろ行きますか」

「うん!」

 

 

 楽器のケースを持って、2人同時に立ち上がる。

 

 

 今度はちゃんと友希那の気持ちに向き合うんだ。そう心に決めて、すっかり暗くなった街の中を、アタシは貴嗣と歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。リサ姉がメインの話でした。

 次回も来週中に投稿できるように頑張ります。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 追想


 新たにお気に入り登録をして下さった皆様、評価をして下さった方、ありがとうございます。

 やっぱり1日で話を書き切るもんじゃないですね(白目)。毎日ちょっとずつ書いていきたいのですが、中々アイデアが思い浮かばなかったりして、苦戦している今日この頃でございます。

 まあそんな話はともかく、今回もRoseliaとのお話です。それではどうぞー。


 

 

 

 

 

 リサさんと話した日から数日経った今日、俺達は学校が終わってからCiRCLEへと向かっていた。制服のまま、いつもの4人で楽器ケースを持って歩いている。

 

 

「~♪」

「貴嗣君、何だか嬉しそうだね」

「鼻歌まで歌って上機嫌だね~」

「そりゃ嬉しいさ。また今日からRoseliaの人達と一緒に練習できるんだから。穂乃花と花蓮だって、嬉しいだろ?」

 

 

 結論から言ってしまうと、Roseliaは解散の危機を乗り越えた。

 

 リサさんはあの後湊さんの家に行き、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えたそう。見守るだけではない、ちゃんと湊さんと向き合うと決めたリサさんの行動は、確かに湊さんの心を動かすきっかけになったはずだ。

 

 それだけじゃない。あこちゃんと白金さんも、素晴らしいファインプレーを見せてくれた。これまで振り返り用として撮ってあった動画、その中でも最近録画したものを5人で共有した。動画の中の湊さん達は、心から笑っていた。5人で演奏することが、いつしかあの人達にとってかけがえのない時間になっていた。

 

 

「最初は恐ろしく細かいところまでミス指摘されてビビっちまったけど、今となってはもう慣れちまったな。それにRoseliaの人達が厳しくチェックしてくれることで、俺達の演奏も前より良くなってきてる。ありがたい話だな」

「そうだな。大河の言う通り、俺達のレベルもこの短期間で上がった。それは間違いなくRoseliaの皆さんのおかげだ」

 

 

 だから俺は、俺達を鍛えてくれた人達とまた練習できるのが、すごく嬉しい。

 

 

「さあ、着いたことだし、受付してスタジオ入るか」

 

 

 気が付くとCiRCLEの前まで来ていた。今日はRoseliaが先に練習している。早く練習に参加しよう。

 

 受付でスタッフさんに一言入れてから、俺達は5人が待つスタジオへと向かった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 時は進んで、練習の合間の休憩時間。CiRCLEのラウンジで、俺はあこちゃんと白金さんの3人で話していた。

 

 

「それでね、その時あこがダウンしちゃったんだけど、ボスのターゲットが外れた瞬間を狙ってりんりんが蘇生スペルかけてくれたの! あこはその隙にボスの背中に攻撃してクリティカルヒット! 見事レイドボスを倒したんだー!」

「おおっ、すげえ。白金さん超ファインプレーじゃないですか。やっぱりその時ってあこちゃんのターゲットが外れるのを待ってたんですか?」

「はい……背後からの攻撃は……攻撃倍率が高いクリティカルヒットになります……。ボスの体力も残り少なかったので……私が注意を引いてからあこちゃんにスペルをかけたんです……」

「自分の周囲を常に見て適切な判断を下すってのは、誰でも出来ることじゃないです。流石白金さんですね」

「えっ!? い、いえ……! ぜ、全然そんなすごいことじゃ……」

「それでも俺は凄いことだと思います。なあ、あこちゃん?」

「うん! りんりんは凄いよ!」

「ううっ……ふ、2人とも……///」

 

 

 紗夜さんもそうだけど、Roseliaには真正面から褒められた時の反応が可愛らしい人が多いみたいだ。

 

 

「そう言えばさ、たか兄ってゲームするの?」

「ああ。父さんがゲーム好きで、家にゲーム機があるんだ。結構色々やってるよ」

「ほんとに!? じゃあたか兄もあこ達と一緒にNFOやろうよ! すっごい面白いからさ!」

 

 

 あこちゃんはテンション高めでそう提案してきた。

 

 

「でも俺、NFOみたいなMMORPGってやったことないけど、今からでも大丈夫かな?」

「だ、大丈夫ですよ……今丁度新規サポートキャンペーンというのが行われていて……初心者の人が始めやすいように……レアアイテムや限定品が入手できるんです……」

「あこ達もサポートするからさ! たか兄も一緒にやろうよー!」

「あははっ。そこまで言われるとやりたくなっちゃうな~。今度の休みに出かける予定あるから、ちょっとゲーム屋さん寄ってみるよ」

「ほんと!?」

 

 

 2人にここまで強く勧められると、やっぱり興味が湧いてきた。NFOをチェックしてみると伝えると、あこちゃんはパアっと顔が明るくなった。

 

 

「じゃあその時あこも行ってもいい?」

「もちろん。他のおススメのゲーム教えてくれ」

「やったー! りんりんも一緒に行こうよ!」

「わ、私も……!?」

 

 

 あこちゃんに誘われた白金さんは顔を赤らめて目を泳がせた。ううっ……っと声を漏らして、こちらをチラッチラッと見ている。

 

 

「い、いいんですか……?」

「はい。俺はウェルカムですよ」

「そ、それじゃあ……私も……」

「やったー! ありがとりんりん!」

 

 

 白金さんは嬉しそうに笑った。

 あこちゃんも白金さんとお出かけできるのが嬉しいのだろう、さっき以上にニコニコとしている。

 

 

 

 

 

 

「山城君」

 

 

 突然後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、湊さんが立っていた。

 

 

「湊さん。お疲れ様です」

「ええ。お疲れ様。今時間あるかしら?」

「はい。ありますけど、どうしました?」

 

 

 そう尋ねると、湊さんは表情を変えないまま、いつもの凛とした声で言った。

 

 

「あなたと少し、話がしたいの」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「今日はリサさんと一緒じゃないんですね」

「リサは今紗夜と話しているわ。それに……」

「?」

「あなたとは2人で話したいから」

 

 

 湊さんと一緒に、CiRCLEの周りの道を歩く。ラウンジから離れて大丈夫ですか? と聞くと、「大丈夫。それに今は気分転換に歩きたい気分なの」という答えが返って来た。

 

 

「それで、話というのは? さっきの練習についてですか?」

「いいえ。その……」

 

 

 湊さんにしては珍しく、言うのを躊躇っていた。その様子から、話の内容は大方予想がついた。

 

 

「この前のスカウトの話ですか」

「……相変わらずこっちの考えていることを先読みするのね」

 

 

 歩きながら、湊さんは言った。

 

 

「リサからこの前の話を聞いたわ。リサを助けてくれてありがとう」

「いやいや、助けたなんて大袈裟な。話を聞いただけですよ。誰でも出来ることです」

「でもリサの気持ちに共感しながら話を聞くのは、誰でも出来ることじゃない」

 

 

 湊さんの言葉に、俺はうむ……と唸ってしまった。何とも中途半端な返事だ。

 

 

「リサは昔からそう。相手に迷惑をかけまいと、自分の悩みを打ち明けることはあまりない。そんなリサの心を開くなんて、やっぱりあなたは不思議な人」

「うーん……ありがとうございます?」

 

 

 これは褒められているのだろうか? 

 

 

「少し話が逸れたわね。……リサから私がどうしてRoseliaを結成したか、どうして私が歌い続けているか、聞いたわよね」

「はい」

「どう思った?」

「えっ?」

「私が音楽を続ける理由……F.W.Fを目指す理由を聞いて、どう思った?」

 

 

 恐らくこれを聞くために俺を呼んだのだろう、湊さんの真剣な声を聞いてそう思った。

 

 湊さんは顔を少し傾けてこちらを見ている。けれどその瞳には、どこか不安が混じっているようだった。

 

 

「どうも何も、『なるほど。だから湊さんは音楽を続けているんだ』って思ったくらいです」

「……それだけ?」

 

 

 本当にそれだけなのか? もっと他に何かあるんじゃないのか? そう聞かれているような気がした。

 

 

「はあ……別に軽蔑したとか、がっかりしたとか、全然そんなこと思ってないから安心してください」

「……っ」

「確かにちょっと驚きましたけど、『ああ、こういう想いで一生懸命音楽をしている人がいるんだ』って思っただけです」

「私は自分の目的のために、皆を利用したのよ? スカウトのことも秘密にして、皆に迷惑をかけて……傷つけた。……それなのにあなたは私を肯定するの?」

「……そりゃあ細かいこと1つ1つについては、褒められない言動があったかもしれません」

 

 

 でも、と言って話を続ける。

 

 

「どれだけ頑張っても、人間はミスをしてしまいます。大切なのはミスを責めることじゃなくて、ミスをしてからどう行動するかだと思うんです。しっかりと向き合って反省して次に繋げる、それが大切だって。バンドの練習と一緒です」

 

 

 湊さんの顔を見る。彼女はじっとこちらを見つめていた。

 

 

「湊さんはあの後皆の前でちゃんと謝ったんでしょ? 自分が悪かったって認めて、紗夜さん達の前に立って謝罪をした。そしてしっかりと反省して、今また5人でフェスに向かって頑張っている。それでいいじゃないですか」

 

 

 自分の考えを伝えると、湊さんはスッと視線を正面に動かした。

 

 暫しの沈黙の後、湊さんは言った。

 

 

「不思議な人。こんな私のことも、肯定してくれるのね」

「悪口言って人を傷つける人間にはなっちゃダメだって思いますから」

「……そうね」

 

 

 湊さんはそう言って、ふんわりと笑った。とても優しい笑顔だった。

 

 

「やっぱりあなた、リサに似てる」

「……へっ?」

「あなたの温かい雰囲気、リサにそっくり」

「そ、そうですかね……?」

 

 

 自分にはそんな実感が無く、微妙な返事をしてしまった。うーんと唸っていると、湊さんはクスリと笑った。

 

 

「あなたがバンドメンバーに慕われている理由が、今分かった気がする。私はあなたのように他人を真っ直ぐ受け入れられないかもしれないけれど……これからの為にも、あなたのメンバーとのコミュニケーションを参考にさせてもらいたいわ」

「ありがとうございます。俺も湊さんの音楽に対する真剣な姿勢、もっと見習いたいと思ってます」

「ありがとう。これからもよろしくお願いするわ」

「はい。こちらこそ」

 

 

 

 気が付くと、俺達はCiRCLEの前に来ていた。休憩時間は残り10分弱。良いタイミングだ。

 

 

「さあ、戻りましょうか」

「ですね。後半の練習も、頑張りましょう」

「ええ。あなた達も、私達にしっかりついてくるのよ」

「望むところです」

 

 

 そう言い合ってから、俺と湊さんは再びCiRCLEへと戻った。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 数日後、F.W.Fコンテスト当日。

 

 

「う~ん、この会場の雰囲気、なんだかすっごいワクワクするね……!」

「まだコンテスト始まってないけど、熱気が伝わって来るね」

 

 

 穂乃花と花蓮が楽しそうに話す。

 

 俺達4人はRoseliaの応援の為、観客としてこの場に来ていた。他のバンド(どのバンドもレベルが高い)の演奏ももちろん楽しみだが、やっぱり一番応援したいのはRoseliaだ。

 

 

「……ん?」

「どしたー貴嗣?」

「真優貴から電話だ。ごめん皆、ちょっと外出てくる」

「おうよ。荷物は俺達が見とくよ」

「サンキュー」

 

 

 大河達にありがとうと言ってから、真優貴からの電話に出るために観客席を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああっ、メンテ用のスプレー忘れちゃった……!」

「忘れ物には注意してって連絡したじゃない。……はい、これどうぞ」

「あっ……ありがと……紗夜」

「私も使いたいから、終わったら貸して……ん?」

「紗夜? どうかした?」

「い、いえ。何でもないわ。(今外に出ていったのは……貴嗣君?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん……うん……オッケー。じゃあ帰りにパンケーキミックス買ってくるよ。……ああ、じゃあな。仕事、無理せず頑張ってな」

 

 

 真優貴からの電話は、フェスの帰りにパンケーキミックスを買ってきて欲しいという願いだった。メッセージで伝えればいいのでは? と思うかもしれないが、真優貴は電話が好きだ。丁度仕事が始まる前に、家族とちょっと話がしたかったみたいだ。

 

 甘えん坊さんめ。

 

 

「貴嗣君」

「ん? ……あれ? 紗夜さん?」

 

 

 電話を終えてうーんと背伸びしていると、後ろから紗夜さんに話しかけられた。その姿はいつもの私服や制服ではなく、白金さんが作ったRoseliaの衣装を身にまとっている。

 

 

「お疲れ様です。衣装、似合ってますね」

「そ、そうでしょうか……? ありがとう……ございます」

「いえいえ。それで、外に出てくるなんてどうしたんですか? 外の空気を吸いに来たとか?」

「いいえ。先程貴嗣君が外に出ていくのが見えたので。……コンテストの前に、少しあなたと話したくて」

 

 

 紗夜さんはそう言って、壁にもたれかかっている俺の隣に来た。

 

 

「コンテストが始まる前に、貴嗣君に感謝を伝えたくて」

「感謝ですか?」

「はい。……貴嗣君には、今日まで本当に色々お世話になりました。ギターの練習にも付き合ってくれて……何より日菜と向き合う勇気を、あなたはくれました」

「あははっ。ちょっと大袈裟ですよ。……でも、紗夜さんが前よりも笑ってくれるようになって、俺も嬉しいです」

「それも貴嗣君のおかげです」

 

 

 壁に2人もたれかかる。紗夜さんは静かに話し始めた。

 

 

「ギターの練習の日、あなたは毎回前日にスコアに沢山のメモを書いてくれて、それを元に一緒に練習をして……気が付いたら、コンテスト当日になっていましたね」

「光陰矢の如し、ですね。ほんと、あっという間でした」

「ええ。そんなあっという間でも、私は上達できたと思います」

「はい。間違いなく、良くなりました」

 

 

 今までの練習の日々を振り返るように、紗夜さんとゆっくり話す。

 

 

「貴嗣君は私が1つミスを克服するたびに、『すごいです!』『流石です!』って言ってくれましたね。いつも喜んでくれて……貴嗣君と一緒に練習する時間は、とても心地よかったです」

「俺もです。紗夜さんにミスを指摘してもらって、改善案を出してくれて。おかげで前よりも上達できました」

 

 

 そう。俺も紗夜さんと同じだ。

 少しずつだけど、ギターが上手くなっていくのを感じられて、それがとても嬉しかった。

 

 

「貴嗣君。改めて、本当にありがとうございます。あなたが支えてくれたおかげで、私はここまで来れました。まだまだ未熟な私ですが、今日は今の私が出来る最高の演奏を披露してみせます。だから見ていてくださいね」

 

 

 スッと壁から離れて、こちらを真っ直ぐ見る紗夜さん。俺を見つめるその目は、凛々しくて優しい目だった。

 

 

「はい。最高の演奏、楽しみにしてますね」

 

 

 俺も壁から離れて、紗夜さんを見つめる。

 

 夕日に照らされた紗夜さんは、とても綺麗だった。

 

 その表情に以前までの邪気は無く。

 

 紗夜さんの優しさが表れたような、柔らかい笑顔だった。

 

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 Roseliaのメインストーリーは次回で最後です。それに伴って、現在実施しているアンケートを8/21 23:59に締め切りたいと思います。沢山のご回答、ありがとうございました!

 次回も頑張って来週中の投稿を目指します。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 団結

 
 お気に入り登録をして下さった方、ありがとうございます。

 前回「メインエピソードはあと1話で終わり」とお伝えしましたが、「今回の話と次の話を合わせた2話で終わり」の間違いでした。キャラエピまであともう1話続きます。申し訳ありません。


 

 

 

 

 

「お待たせしましたー! 『スーパーやけ食いセット』でございまーす!」

 

 

 店員さんの元気な声と共に、大きな丸型テーブルにお皿がいくつも並べられた。

 

 どれもこれも恐ろしいくらいの量で、このファミレスのメニューの中ではトップクラスのボリュームだ。けれど、今日の打ち上げの主役であるRoseliaの皆さんには、これくらいのほうがいいのかもしれない。

 

 

「あれ? 紗夜さんのハンバーグセット……他のよりポテト多いですね?」

「はい。ポテトをLサイズで注文しましたから」

「あー、確かに注文の時言ってましたね。ポテト美味しいですもんね」

 

 

 隣に座っている紗夜さんと話していると、また店員さんが料理を運んできてくれた。

 

 

「お待たせしましたー! ハンバーグステーキとフライドポテトでございます!」

「ああ、はい。ありがとうございます」

 

 

 そして自分の前にも、お皿が1つ置かれた。ハンバーグステーキと、ポテト単品だ。

 

 ……ん? このポテトの量、写真より多くないか? まあ俺ポテト好きだからありがたいんだけど。

 

 

「ん?」

「(ジーッ)」

「……紗夜さん」

「えっ? な、なんでしょうか?」

「このポテト、良かったら一緒に食べます?」

「……いいんですか?」

「もちろん」

「それじゃあ……いただきます」

 

 

 俺にだけ聞こえるように静かにそう言うと、紗夜さんは素早く手を動かしてポテトを口に運んだ。やっぱりこのポテトが欲しかったみたいだ。

 

 

「それで、どうだったかしら? 私達の演奏、あなた達にはどう映ったかしら?」

 

 

 大きなハンバーグをフォークで切りながら、紗夜さんの隣に座っている人物、Roseliaのリーダーである友希那さん(この間下の名前で呼ばせてもらえることになった)が言った。

 

 友希那さんの問いに、俺は答えた。

 

 

「こんな月並みな感想、失礼かもしれないですけど……もう最高でした。俺達全員、皆さんの演奏に夢中になってました」

「そう」

 

 

 俺の答えを聞いて、友希那さんはスッと目を閉じた。先程の感想を噛みしめているみたいだった。

 

 

「山城君の言う通り、私達はコンテストで、今の私達が出来る最高の演奏ができたと思う」

「ええ。ですが……コンテスト入賞にはなりませんでした」

 

 

 友希那さんの言葉に紗夜さんが続けた。

 

 FUTURE WORLD FES.出場をかけたコンテストは終わった。友希那さん達だけじゃなく、出場しているバンドの全てが、とてもレベルが高かった。他の観客さんと同じように、俺達は4人で子どもみたいに盛り上がった。

 

 一度はバラバラになりそうになったRoseliaの皆さんは、もう一度“絆”で繋がった。一生懸命練習したけれど、コンテストに入賞したバンドのリストの中にRoseliaの名前は無かった。

 

 

「『このジャンル、シーンのためには“今”じゃない』って……もぐ……今の私達の演奏では力不足ということかしら……もぐ……」

 

 

 友希那さんは悔しそうな顔で不満を言いながら、もぐもぐと料理を食べている。何だかかわいい。

 

 

「やっぱり納得がいかないわ……もぐ……」

 

 

 紗夜さんも自分の隣で、先程からパクパクとフライドポテトを食べている。と言うより、さっきからポテトしか食べていない。

 

 

「確かにすっごい悔しかったけど……それ以上に、あこ、楽しかった!」

「わたしも……今まででの練習してきた毎日含めて……楽しかった」

「2人とも……! うんっ、そうだね! アタシもすっごい楽しかった!」

 

 

 そして2人とは対照的に、リサさん達3人は結果をポジティブに受け止めていた。

 

 

「確かにコンテスト入賞とはならなかったですけど、審査員の人達の反応を聞く限りだと、相当に認められているって考えてもいいと思いますよ?」

「……そうかもしれない。けどそれでも、私は自分を認められない。父さんの立てなかったステージで歌うまでは……私は今の自分に満足する訳にはいかないわ」

 

 

 顔を少しだけ上げ、真っ直ぐな視線を送って来る友希那さん。その姿、その言葉からは、力強い覚悟のようなものを感じた。

 

 友希那さんに強く惹きつけられる感覚。これが所謂カリスマ性、というものだろうか。

 

 

「友希那さんらしくていいと思います。その目標、絶対に達成できると思います」

「ええ。達成してみせる。……ところで」

「ん?」

 

 

 友希那さんは料理を口に運んでいた手を止めて、俺達4人を見つめた。

 

 

「今月末にはあなた達の舞台があるのよね」

「はい。〈Next Era Contest〉——N.E.Cの1次審査が、来週の日曜日にあります」

 

 

 今月の初めに参加させてもらったCiRCLEのライブイベント、その最終日に俺達が招待された音楽イベント、N.E.C。その最初の関門が、来週に迫っていた。

 

 

「Next Era ContestはF.W.Fと同様、ただのイベントじゃない。このジャンルを発展させるための人材を発掘するためのコンテストとされている。……あなた達なら分かっていると思うけれど、最初の審査だからと言って、向こうが手加減してくれるということはない」

「そうですね。だからこそ挑戦してみたいんです」

 

 

 N.E.Cに出場する方法は、応募とスカウトの2種類。そしてスカウトするバンドを決める際は、運営委員さんが目星をつけたバンドの演奏を実際に何度も見に行き、最終判断を下すそうだ。

 

 スカウトされるということは、審査側から期待されていると共に、試されていることの証である——この間友希那さんからそう聞かされた。

 

 折角スカウトされたんだ。今の自分達の演奏がどこまで通用するのか、挑戦してみたい。

 

 

「たか兄達だったら優勝目指せるよ! あこ達も応援しに行くからね!」

「私も……皆さんの演奏……楽しみです」

「アタシも期待してるよ~♪ 頑張ってね!」

 

 

 あこちゃんと白金さん、リサさんがそう言ってくれた。嬉しくなって、俺達も頬が緩む。

 

 

「この合同練習で、あなた達の技術も上達した。今のあなた達がどこまでできるのか……私達に見せてちょうだい」

「私も湊さんと同じです。皆さんの演奏、楽しみにしています」

 

 

 友希那さんと紗夜さんも励ましてくれた。ここまで言われたら、やるっきゃない。

 

 そう意気込んで、俺達はRoseliaの皆さんと一緒に、夕方まで打ち上げを楽しませてもらった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 2日後。学校が終わり、家まで帰っている途中。信号が変わりかけていたところで、後ろから声を掛けられた。

 

 

「貴嗣君」

「? ……ああ、紗夜さん。お疲れ様です」

 

 

 透き通った綺麗なこの声を、聞き間違えるはずはない。

 

 

「お疲れ様です。今は帰りですか?」

「はい。今日は予定ないので。紗夜さんは練習ですか?」

「いいえ。今日は練習が休みなんです。なので私も帰りです」

「そうなんですね。それじゃあ途中までご一緒してもいいですか? 帰り道、確か途中まで一緒ですし」

「ええ。喜んで」

 

 

 紗夜さんはニコッと笑って、俺のお願いを聞き入れてくれた。

 

 丁度信号が青になったので、横断歩道を渡りながら紗夜さんと話す。

 

 

「昨日は誘ってくれてありがとうございました。打ち上げ、すごく楽しかったです」

「それはよかったです。私達にとっても、いい息抜きとなりました。明日からまたフェスに向けて、練習をする予定です」

「流石ですね。ギターの練習なら、いつでも言ってください。お付き合いしますよ」

「ありがとうございます。私からもよろしく……ん?」

 

 

 そう言いかけたところで、紗夜さんは怪訝そうな顔をしながら、ジーッと俺の顔を見つめてきた。

 

 

「紗夜さん? どうかしましたか?」

「……目の下にクマができていますよ。寝不足ですか?」

「おっと……これですか。今週末の事前審査に向けて自主練してたら、その……集中しすぎちゃって」

「寝不足は体に毒ですよ。何時に寝たのですか?」

「……あー、えっと……」

 

 

 俺は紗夜さんに、夜中の2時まで練習してしまったことを告白した。そして今日の朝は、ホープの散歩当番だった。散歩当番の日は、朝4時に起きるようにしている。つまり今日の睡眠時間は……。

 

 

「に、2時間……!? だ、だめです! しっかり睡眠をとらないと、体調を崩してしまいます!」

「だ、大丈夫ですよ紗夜さん。ちょっと眠たいですけど、しんどくはないので」

「それでも体は疲れているはずです! 今日はしっかりと睡眠をとってくださいね!」

「わ、わかりました……あの、紗夜さん……? ちょっと顔近くないですか……?」

「……っ!? す、すみません……っ!///」

 

 

 思いのほかグイグイ来た紗夜さん。身長差もあって、上目づかいで迫ってくる紗夜さんに、俺の心拍数は上がっていた。

 

 上目づかいがもたらす幼さと、紗夜さんの美しく整った顔立ちから感じる大人っぽさが生み出すギャップは、想像以上の破壊力であった。

 

 

「……///」

「心配してくれたんですね。ありがとうございます。今日はちゃんと寝るので、安心してください」

「はい……その、すみませんでした……///」

「全然大丈夫ですよ。……上目づかい、めっちゃ可愛かったなぁ……

「えっ……!?///」

「っ!? ごっ、ごめんなさい! 声に出てましたかね……?」

 

 

 心の中で呟いたつもりだったのだが、無意識のうちに口にしてしまっていたみたいだ。距離が近かった紗夜には、小声でもばっちりと聞こえていた。

 

 紗夜さんからしたら、そこまで仲良くない男子から「可愛い」なんて言われても、気持ち悪いだけだろう。すぐに謝ったのだが、紗夜さんの反応は予想とは違うものだった。

 

 

「……///」

「(あ、あれ? 怒ってない?)」

「…………あ、ありがとう……ございます……///」

 

 

 紗夜さんは顔を赤くして、か細い声で感謝を伝えてきた。

 

 紗夜さんとこうやって話せるような関係になってそんなに経っていないが、それでも今まで見たことが無いほど、紗夜さんの顔はリンゴのように赤くなっていた。

 

 

「……///」

「……///」

 

 

 俺達の間に沈黙が走る。変にお互いを意識してしまい、少し気まずい。

 

 何か話せる話題は無いものかと、紗夜さんのことで一杯な頭を使って考える。そしてパッと出てきたのは、日菜さんの名前だった。

 

 

「そ、そう言えば……日菜さんとは最近どうですか? 個人的には最近の紗夜さん、前みたいに追い詰められている感じじゃないので、前よりは話せてるのかなーと思うんですけど」

「はい。まだまだ満足に、とはいきませんが、家でも日菜と2人で話すようにしています」

「うおっ、すごいじゃないですか。紗夜さんが一生懸命頑張ってる証拠ですね」

「べ、別にそんなに褒められるほどのことじゃ……」

 

 

 俺から目を逸らす紗夜さん。人から褒められることには、やはりまだ慣れていないみたいだ。

 

 悪口のつもりは全く無いが、ずっと自分と日菜さんを比較してきた影響で、紗夜さんの自己肯定感は低いのかもしれない。これからの経験や人との関わりを通して、どんどん自分を好きになっていってくれると嬉しい。

 

 

「そんなに謙遜する必要ないですよ。今までギター練習一緒にやって来たんですから、紗夜さんが何事にも頑張れる人なのは、俺が知ってます。日菜さんとの関係も、そんな紗夜さんなら大丈夫です」

「……そうでしょうか?」

「はい。俺はそう思います」

「……」

 

 

 笑顔でそう答えた俺を見て、紗夜さんは何かを考え始めた。何か言いたいことがあるのだけれど言いづらい、といった様子だった。

 

 

「あ、あの……!」

「はい?」

 

 

 そう言いながら俺の方を勢いよく向き、紗夜さんはその場で立ち止まって俺を見つめた。

 

 

「お願いがあるのですが……聞いてもらえないでしょうか?」

「急に畏まりましたね……そんな肩肘張らなくても、紗夜さんからのお願いなら断りませんよ。遠慮なく言ってください」

 

 

 そう答えると、紗夜さんは不安そうな表情のまま言った。

 

 

「N.E.Cの事前審査が終わってから……貴嗣君と真優貴さんのこれまでを聞かせてもらえませんか……?」

 

 

 紗夜さんのお願いの意図はすぐに分かった。

 

 どうして俺と真優貴がすれ違ってしまったのか、元の関係に戻るために俺達はどうしたのか——それを知りたいのだと。

 

 紗夜さんのお願いを断る理由はない。俺は紗夜さんの言葉に、二つ返事で頷いた。

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 前回の後書きにも書かせていただきましたが、アンケート「Roseliaでのあなたの推しは?」を締め切らせていただきました。沢山のご回答、本当にありがとうございました!

 次回は投稿遅れるかもです。最悪でも再来週までには投稿しますので、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 挑戦

 

 

 

 

 

 Next Era Contest——N.E.Cの事前審査(Phase 1)当日。俺達4人は楽器を持って、他の参加者と一緒に控室で自分達の出番を待っていた。

 

 

「いよいよだな」

「ああ。今までとは違う雰囲気……控室にいてもピリピリ感が伝わってくるぜ。……って、おい穂乃花、さっきから緊張しすぎじゃないか? 焦んなくても大丈夫だって。いつも通り、演奏を楽しもうぜ」

「うん。ありがとう大河。……ちょっと緊張ほぐれた」

「友希那さん達も応援に来てくれてるから、大丈夫だよ。今までの練習の成果、皆に見てもらおう」

 

 

 控室に設置された大きなスクリーンを見ながら話す。どのバンドも素晴らしい演奏をして、そのたびに観客席から拍手喝采が送られている。それだけならいいのだが、今回はただのライブイベントじゃない。審査員の人達が、自分達の演奏を見る。

 

 そう考えるだけで、緊張感が一気に上がる。

 これはライブイベントであると同時に厳しい審査なのだ。いつもそこまで緊張しない穂乃花(寧ろいつもテンションが高い)が若干尻込みして口数が少なくなっているくらいだ、周りを見ても、余裕そうな参加者は1人もいなかった。

 

 

「……貴嗣は平気そうだね」

 

 

 穂乃花は言った。

 

 

「いやいや、俺も今緊張してるぞ。緊張の捉え方は違うかもだけど」

「捉え方?」

「緊張するってことは、今の自分にとって難しいことに挑戦してる証拠だって思ってるからさ。そう考えたら、緊張って案外悪いものじゃないのかなーって……って、ちょっと楽観的過ぎるかもだけど」

「おおー……挑戦してる証拠……なんかそれいいかも!」

 

 

 しょんぼり気味だった穂乃花だったが、少しずつ声に元気が戻って来た。

 

 

「緊張は挑戦、頑張ってる証拠……うんうん! なんか元気出てきた!」

「ふふっ、いつもの穂乃花ちゃんが戻って来たね」

「ありがとねリーダー! ポジティブシンキングで頑張ってみる!」

「おう。リズム取るの、頼んだぞ」

 

 

 座ったまま、穂乃花と笑顔でハイタッチ。その様子から、穂乃花の緊張が少し和らいだのが感じられた。

 

 

「大河もありがとね。ライブ終わったら、2人に飲み物奢るよ」

「「よっしゃぁ」」

「えー穂乃花ちゃん、私にはー?」

「勿論花蓮にも奢るよー! ……炭酸ジュース限定で」

「ちょ、私炭酸無理なの知ってるでしょ……!? ひどいな~穂乃花ちゃん……」

「ああっ、もう冗談だってー! そんな拗ねないでよ花蓮~!」

「プクーッ(頬を膨らませて拗ねてますアピール)」

「「あははっ!」」

 

 

 穂乃花と花蓮のやり取りに、俺と大河は笑ってしまう。勿論花蓮は本気で拗ねているわけではなく、穂乃花の緊張をほぐそうと思っての行動だ。

 

 笑っている俺達につられて、花蓮と穂乃花もクスクスと笑う。そのおかげで緊張がかなり緩んで、普段通りのライブ前の雰囲気が戻って来た。

 

 

 そんな時、3回のノック音に続いて、控室の扉が開かれた。

 

 

「Silver Liningの皆さん、準備をお願いします」

 

 

 前のバンドの出番は終了。スタッフさんが俺達を呼びに来てくれた。

 

 

「了解しました。……よし、皆いくか」

「おう!」

「「うん!」」

 

 

 俺達は楽器を持って、スタッフさんの後に続いていった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「皆さんこんにちは! Silver Liningです!」

 

 

 ステージに立った俺達を出迎えてくれたのは、観客と、そして観客席の前方に設置された専用席に座る審査員の方々の盛大な拍手だった。その中には、俺達をCiRCLEのライブ後にスカウトしてくれた女性もいた。

 

 拍手が鳴りやんだタイミングで、真ん中に座る審査員(恐らくトップの人)さんがマイクを持った。壮年の男性で、かなりのベテランの人なんだとすぐに分かった。

 

 

「Silver Liningの皆さん、こんにちは。私は天井。このコンテストで審査員をやらせてもらっている。今日はよろしく頼む」

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 声だけで覇気が伝わってくる。緊張によって心拍数が上がっていくのを感じながら、天井さんは話を続けた。

 

 

「君達の噂は聞いているよ。高い調和性を持つバンドだと。それがどれほどのものか見させてもらうよ。君達が今持つ力、その全てを私達に伝えて欲しい。期待しているよ」

「はい! ありがとうございます!」

「いい返事だ。……和田君、彼らと話したいことはないかい?」

 

 

 天井さんは隣に座る女性——俺達を推薦した女性に話しかけた。和田さんは「では、少しだけ」と言って、ゆっくりとこちらを向いた。

 

 

「Silver Liningの皆さん、お久しぶりです。皆さんをスカウトさせてもらった和田です。……どうですか? やっぱり緊張していますか?」

「少しは緊張しています。けどそれ以上に楽しみです」

「それなら良かった。……私は以前からあなた達に注目していました。CiRCLEでのライブイベントの演奏を見て、あなた達からは“何か”を感じました。見る者を惹きつける“何か”です」

 

 

 和田さんは若々しくも、どこか威厳のある女性だった。彼女の言葉からは、強い自信が感じられた。

 

 

「多くの人を惹きつけて止まないあなた達の魅力を、この舞台で披露して欲しい。そう思って、このコンテストに招待させてもらいました。……皆さんの演奏、すごく楽しみにしていますね。頑張ってください」

 

 

 そう言って、和田さんは話を終えた。

 

 

「ありがとう、和田君。さて、そろそろ演奏に移ろうか。今日君達が演奏する曲を教えてくれ」

「はい。スキマ〇イッチさんの〈奏〉です」

 

 

 曲名を伝えると、観客席からおおっ! と期待の歓声が沸いた。

 

 

「いい曲を選んだね。演奏技術は勿論だが……この曲で大切なのはボーカル、つまり山城君、君だ。この曲に込められた魅力を引き出せるかどうか、それは君の歌声にかかっている。君がどのように歌うのか、楽しみにしているよ」

「ありがとうございます」

「うむ。では……始めよう」

 

 

 重みのある天井さんの声をきっかけに、会場の空気が変わった。これから演奏が始まるのだと、観客たちの期待と興奮が伝わって来た。

 

 

 演奏のスイッチを入れるため、深呼吸。

 

 すうーっ、はぁー。

 深く呼吸して、ゆっくりと目を開ける。

 

 

 両隣にいる大河と花蓮、そして後ろにいる穂乃花を見る。いつでも大丈夫だぞと、3人とも目線で教えてくれた。

 

 

 前を向いたその時、会場の真ん中あたりに、見覚えのある人達がいた。Roseliaの皆さんだ。

 

 

 そしてこれは俺の勘違いかもしれないけれど、紗夜さんと目が合った。紗夜さんは俺を見て、ニコッと笑ってくれたように見えた。かなり遠くに座っていたから見間違えかもしれないけれど、それだけで緊張がほぐれるように思えた。

 

 

「それでは聞いてください。〈奏〉」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 事前審査から数日後。

 気が付けば11月初旬。気温も低くなり、町を彩っていた木々も徐々に色を落とし、季節は本格的に冬に入っていた。

 

 ハァっと吐く息は白い。鞄からマフラーを出して、歩きながら首に巻く。手を温めようと、両手を擦って熱を発生させる。

 

 

「貴嗣君。よかったら、これを使ってください」

「これは……カイロですか?」

「はい。手、寒いのでしょう? これで温めてください」

「ありがとうございます。それじゃあ、使わせてもらいます」

 

 

 休日のギター練習の帰り、お昼時を過ぎて人の動きが落ち着いた街中を、俺は紗夜さんと歩いていた。

 

 紗夜さんからカイロを受け取る。シャカシャカと振ると、すぐにカイロは温かくなり始めた。それを両手で握りしめると、気持ちのよい温かさが伝わって来た。

 

 

「今日も練習に付き合ってくれてありがとうございました。事前審査が終わったばかりなのに、無理を言ってしまいましたね」

「そんなことないですよ。俺も練習したかったですし」

「なら良かった。……1次審査、合格おめでとうございます。素敵な演奏でした」

「あははっ、ありがとうございます。何とか1次は突破できました」

 

 

 紗夜さんは笑ってそう言ってくれた。

 

 コンテスト出場を決める1次審査、Silver Liningは何とか無事に合格できた。上手く演奏できた自信はあったが、やはり名前を呼ばれるまでは、4人ともドキドキしぱなっしだった。

 

 

「Roseliaの皆さんが練習に付き合ってくれたおかげです。紗夜さんも直前までギター練習に付き合ってくれて、ありがとうございます」

「お互い様ですよ。皆さんが良い結果を出せて、私達も嬉しいです。Roseliaも負けていられませんね」

「はい。目指しているステージは違いますけど、お互い頑張りましょう」

「ええ」

 

 

 紗夜さんと話しながら歩いていると、目的地である店に着いた。最近できたお洒落なカフェだ。

 

 店に入って、2人用のテーブル席に座って注文を見る。さっきまで寒い外にいたこともあって、俺達はホットコーヒーを注文した。

 

 

「お待たせしました。ホットコーヒーでございます」

 

 

 注文して数分後、店員さんがコーヒーを持ってきてくれた。香ばしく、良い匂いが漂ってきた。

 

 

「……おいしい」

「はい。とてもいい味です」

 

 

 さっきとは打って変わって、紗夜さんの口数は少なくなった。コーヒーを1口飲んで、カップを置いて、こちらをチラッと見て、また飲む。これをさっきから繰り返している。

 

 

「紗夜さん。ちょっと緊張しすぎじゃないですか?」

「うっ……その……どう話を切り出せばいいのか分からなくて……」

「まあその気持ちは分かりますけどね。……そんなにハッピーな話じゃないですからね」

「……っ……」

 

 

 その、と言って、紗夜さんは遠慮がちにこちらを見つめてきた。

 

 

「話すのが嫌なら、無理に言わなくても……」

「お気遣い、ありがとうございます。でも大丈夫です。話すのが嫌とか、全然そんなのじゃないので。それに……」

「それに?」

「紗夜さんの助けになれるのなら、嫌なんて思う訳ないですよ」

「!?」

 

 

 心配そうな紗夜さんに、笑顔で答える。紗夜さんは一瞬驚いた表情を見せてから、優しく微笑んだ。

 

 

「貴嗣君は本当に相手を安心させるのが得意ですね。……気を遣ってくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして。……それじゃあ話しましょうか」

 

 

 俺と真優貴の今までについて。

 あなた達のように、1度すれ違ってしまった双子の話を。





 読んでいただき、ありがとうございました。

 次回からはキャラエピソードになります。テンポよく進めていけるよう、頑張って参ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 「ごめん」、そして「ありがとう」

 
 お気に入り登録をして下さった皆様、☆10評価をして下さったはらこう様 ありがとうございます! 亀更新ですがこれからも頑張って参りますので、よろしくお願いいたします。

 今回は紗夜のキャラエピ前編です。今回の話は紗夜の話というより主人公の話になっちゃったので、前編後編の2回に分ける形にしました。ダラダラと主人公の昔話が続きますが、読んでいただけると嬉しいです。

 それではどうぞー。

 ※シリアスな描写、不快な描写があります。ご注意ください。


 

 

 

 

 オーディションに合格してからの真優貴は、持ち前の才能でどんどん演技力を伸ばしていった。

 

 表情の作り方、イントネーション、体の動かし方……挙げだしたらキリがないが、とにかく真優貴は教わったことを完璧に吸収し、自分のものにしていった。正しく“一を聞いて十を知る”——自分では到底できないようなことを、真優貴は軽々とこなしていった。

 

 

 可愛らしい見た目、溢れる才能、しかも性格も良いと来た。こんな完璧武装の子役を見逃す者なんて誰もいない。初出演のドラマで真優貴は多くの注目を集め、瞬く間にテレビに引っ張りだことなった。

 

 

 実のところ、真優貴がテレビに出始めた時は凄く嬉しかったし、別に嫉妬もしていなかった。いやまあ、嫉妬するのはおかしいんだけど、兎に角真優貴が売れっ子となって活躍し始めた頃は、すれ違いもなく仲良し双子のままだった。

 

 

 普通に家でも話したし、何なら真優貴がする仕事の話を聞いて、「自分も真優貴みたいに演技の仕事がしたい。絶対今度のオーディションに受かってやる!」ってやる気になっていたくらいだった。真優貴がいたからこそ、自分も夢を目指そうと思えた。

 

 

 でもやっぱり、夢に向かって進むことは楽じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「真優貴ちゃんは受かって、貴嗣君は落ちたんだな」

「そりゃあほら、真優貴ちゃんって天才じゃん? レッスンの時も凄かったし。……でも貴嗣君は……」

「彼も頑張ってたけどねー。やっぱり才能には勝てないってやつかな。ぶっちゃけ貴嗣君、才能とかは全然ないし」

「真優貴ちゃんが1回練習してできること、貴嗣君だと20回くらい練習しないといけないって感じだもんね」

「来年のオーディション狙ってるっぽいけど……正直受かるか怪しいね」

 

 

 こんな言葉が、スクール内で増え始めた。同じくデビューを目指す仲間達が遠巻きに俺を見て、こんな話をする機会が増えていた。

 

 

 多分自分達もデビューできないことにイライラして、そのストレスのはけ口が欲しかったんだと思う。芸能界で毎日活躍をしている真優貴と、スクールで毎日練習している俺。小言を言って苛立ちを紛らわせるのには格好のネタだった。

 

 

 

 

 直接言われたことはない。

 ただどうしてか、人間とは自分の話には敏感で、話の内容に関係なく耳が良くなってしまう。すれ違い様や遠巻きにそのような話をしているのを聞くと、ズキズキと胸が痛んだ。どれだけ小声で話していても、俺と真優貴を比較する話が耳に入って来た。

 

 

 我慢した。辛かったけど我慢した。

 腹も立ったし、言い返したいって何度も思ったけど、「言い返したら負ける」という父さんの言葉がブレーキとなって、グッとこらえた。結果的に言い返さなくて良かったと思う。多分喧嘩になって、皆が傷ついてしまっただろうから。

 

 

 特別光る才能は無かったけれど、自分は生まれつき妙に打たれ強いというか、メンタルが強いというか、とにかく我慢するのは得意だった。だからこの陰口も我慢すればいい、自分は一生懸命頑張ればいい、そう言い聞かせて毎日練習に励んだ。

 

 

 でもやっぱり、自分が気付かなかっただけで、真優貴と比べられる度に、自分の心は確実にすり減っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヘトヘトになってレッスンから帰って来た日があった。

 

 自分ができる精一杯のことをしているのに全然技術が上達せず、でもオーディションの日は近づいてきてで、その頃の俺は内心かなり焦っていた。無茶な自主練をしたり、周りから真優貴と比べられるのに耐えていたのもあって、とにかくもう心身共にグッタリで家に帰って来た日があった。

 

 

「……ただいまぁ」

「おかえりー……って、ちょ、どうしたの貴!? 顔げっそりじゃん……!」

 

 

 丁度中学1年生に上がったばっかりの姉ちゃんが俺を出迎えてくれたのを覚えてる。部活終わりで俺よりも少し前に帰って来た姉ちゃんは、リビングで遅めの晩御飯を食べていた。

 

 

「最近練習頑張りすぎだって。真優も心配してたよ? ……まあほら、早くお風呂入っておいで。それとも先ご飯食べる?」

「うーん……ご飯かな」

 

 

 姉ちゃんと話しながらテーブル席に着こうとした時に、テレビに映っていた真優貴が目に入った。話題のドラマに出演して、インタビューに答えている様子だった。

 

 

「いやはや、真優もすごいねぇ。あんなに大人に囲まれてんのに堂々と受け答えしてるし。私だったらビビっちゃうなー」

「……」

 

 

 真優貴のことを羨ましいって思ったのは、この時が初めてだった。さっきまでご飯を食べようと思っていたのに、急に「すぐにこの場から離れたい」「テレビを見ていたくない」と思った。

 

 

「……ごめん、やっぱ先お風呂入って来る」

「えっ? ちょ、貴?」

 

 

 姉ちゃんの呼びかけを背に、俺はフラフラとした足取りで浴室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ……なんで……なんで僕には才能がないんだろうなぁ……」

 

 

 風呂に入って最初に出てきたのは、涙だった。今まで我慢してきたものが溢れたんだろう、三角座りをしたままうずくまって、ずっと泣き続けた。

 

 

「才能がないなんて……っ……そんなこと言われなくても……っ……分かってるんだよ……でもこっちだって必死にやってるんだよ……」

 

 

 口は自然に動いた。誰にも聞こえないくらいの小声で、この場にいないスクールのメンバーへの愚痴がもれた。

 

 

 同時に、さっきテレビに出ていた真優貴のことを考える。

 

 自分がやっとの思いで身に着ける技術を、真優貴はほんの一瞬で自分のものにする。

羨ましい、妬ましい——心の中に潜んでいた悪意が、顔を出し始めた。

 

 

「……っ! ダメだダメだ! それはダメだ……! 真優貴に嫉妬するなんて……それはダメだ……! 何考えてるんだよ僕は……っ!」

 

 

 湧いた感情を振り払うように、バシャン! と水面を叩く。水飛沫が宙を舞って、自分の頭に降りかかった。

 

 言い訳でしかないが、精神的に疲労していたのもあっただろう。真優貴に対して「羨ましい」「妬ましい」という気持ちが芽生えてしまった。勝手に自分と真優貴を比べて、あまつさえ嫉妬してしまった。

 

 

「……僕……ほんとサイアクな奴だ……」

 

 

 毎日のように周りから真優貴と比べられるのが悲しくて。

 努力しても先が見えないのが辛くて。

 そして頑張っている妹に嫉妬している自分が、嫌で嫌でたまらなくて。

 

 

「……っ……ごめん……ごめんよ真優貴……」

 

 

 グッと歯を食いしばっても、涙は全然止まらなかった。

 家にいる姉ちゃんと母さん、そして父さんに聞こえないように声を殺して泣きながら、必死に頑張っている真優貴に、ごめんごめんと言い続けた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そこまで言って、目の前にいる紗夜さんを見た。コーヒーを飲む手はピタリと止まっていて、俺の話に集中している様子だった。

 

 

「……貴嗣君は」

 

 

 紗夜さんの声は、ほんの少し震えていた。

 

 

「……毎日真優貴さんと比べられて、テレビで活躍する真優貴さんを見て……それでもずっと我慢して、オーディションのために努力し続けたんですか?」

「それしかできませんでしたからね。言い返したらそれこそトラブルになるし、真優貴に冷たく当たるのとか論外、真優貴を傷つけてしまうことになります……それだけは絶対にしちゃダメだって、ガキの頭でも分かってたみたいです」

「……っ」

 

 

 紗夜さんの息が詰まるのが分かる。何と言えばいいのか、紗夜さんは分からなくなっているんだと思う。

 

 

「……なんで……」

「自分、生まれつき妙に我慢強かったんです。それだけは人並み以上にできましたから。我慢して努力して、絶対夢を勝ち取ってやる……その一心だけで毎日を過ごしてました」

 

 

 コーヒーを飲む。注文してから時間が経っていて、温かくもないし冷たくもない、微妙な温度になっていた。

 

 

「それから俺は、無意識の内に真優貴を避けるようになりました。真優貴を見たら、普段は抑えている嫉妬の気持ちが溢れそうになってしまいそうで。でもそれは絶対にしてはいけないと思って……同じ時間を過ごすことを避けていました」

 

 

 紗夜さんの目が大きく開かれる。

 そりゃそうだ、驚きますよね。今の真優貴との関係からは想像できないですよね。

 

 

「真優貴には辛い思いをさせてしまいました。俺の避け方は露骨だったし……家族を傷つけるなんて、ほんと最低野郎です」

 

 

 紗夜さんから視線を外して、外の風景を見る。マフラーやコートを着込んで街の中を行き来する人達が見える。

 

 窓ガラスに自分の顔が映った。気難しそうな顔をしていた。話を聞いてくれている人の前でその顔はダメだぞ、そう心の中で自分を戒めてから、口角を挙げて下手な笑顔を作った。

 

 

「そしてオーディションまであと1カ月になったある日に、事件が起きました」

「じ、事件……!?」

「ああいや、その大袈裟なものじゃないですよ? 事件って言うか、出来事って言うか……とにかく、すれ違っていた自分達の関係を一気に変える出来事があったんです」

 

 

 多分紗夜さん驚くだろうなぁ、そう思いながら俺は言った。

 

 

「陰口を言っていた皆に、真優貴がブチギレたんです」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 その日のことは今になっても忘れない。土曜日で、朝から昼過ぎまでレッスンのある日だった。休憩時間に、スクールに真優貴が来たのだ。

 

 

「貴!」

「えっ……? 真優貴? どうしてここに……?」

「忘れ物届けにきたの! ほらこれ、休憩時間に食べるおやつ、忘れてるよ」

 

 

 仕事が休みだった真優貴は、わざわざ俺の忘れ物をスクールまで届けに来てくれた。

 

 

「あっ……ありがとう……」

「うん! 今日お昼までだよね? 練習頑張ってね」

「うん……ありがとう」

 

 

 少ない会話を交わした後、久しぶりにレッスンの先生達と話してくると行って、真優貴はレッスンルームを後にした。

 

 そして真優貴が俺の元を離れようとしたことが、事件のきっかけとなった。いつものように遠巻きに俺のことを見ていた皆の陰口を、真優貴が聞いてしまったのだ。

 

 

 

 

 

「ねえねえあれ、真優貴ちゃんじゃん……!」

「うわぁ久しぶりに見た! ってかなんでここにいるの? もしかしたら私達の冷やかし?」

「そんなんじゃないでしょ。ほら見て、お兄ちゃんと話している。なんか忘れ物がどうたら……って言ってた」

「ほんといい子だよねー真優貴ちゃん。あれで天才とかもう最高じゃん。……それに比べてお兄ちゃんの方は……」

「可哀想なくらいダメダメだよね。毎日あれだけ練習しても成果が出ないって、もう望みなしだよね」

「なんで諦めないんだろうね? 真優貴ちゃんと違って才能ないって、自分でも分かってるはずなのに」

「もしかしたら……それすら分からないくらい頭も悪いとか?」

「それはないでしょ~! あっ、でもそう言えば……噂で聞いたんだけど、貴嗣君、真優貴ちゃんよりテストの点良かったことないんだって」

「えっ、それホント!? 才能も無くて頭も良くないって、貴嗣君もう真優貴ちゃんに勝てるとこないじゃん」

 

 

 

 

 

 真優貴が来ていたのもあって、その日の陰口はかなりヒートアップしていた。彼ら彼女らのイライラやストレスも溜まっていたのだろう、いつも以上にキツイ話が聞こえてきた。

 

 ところがこれまた良くない話なのだが、その時の俺はというと、あまり動揺していなかった。メンタルが強くなったとかではなく、陰口や真優貴と比較されることに慣れてしまっていたのだ。感覚が麻痺して、辛いはずなのに辛いと思わなくなってきていたのだ。

 

 ああ、またあそこで何か言ってるよ、暇な奴らだなぁ。まあいつものことだけど。

 そんな風に思って真優貴が持ってきてくれていたおやつを口に運んでいた時、遠くから怒鳴り声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんっっっと……最低!」

「何なのみんな!? そうやって貴の悪口言ってストレス発散!? ふざけないでよ!」

「貴は毎日毎日、頑張ってるの! 寝る間も惜しんで努力してるの! そんな人のことをバカにして……人として恥ずかしくないの!?」

頑張ってる人()のことをバカにしないで!!」

 

 

 

 

 

 

 

 真優貴がここまで怒ったのは、この時が最初で最後。

 いつも温厚な真優貴をあそこまで怒らせた彼らには、ある意味尊敬の念を抱くべきなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の練習が終わり、俺は真優貴と一緒に帰っていた。2人とも黙ったまま、全く同じ歩幅で家に向かっていた。

 

 そして家の近くにある公園の近くまで来た時、隣からすすり泣くような声が聞こえてきた。慌てて振り向くと、隣を歩いていた真優貴が嗚咽を鳴らして泣いていた。

 

 

「ううっ……」

「ちょっ、真優貴!? ど、どうしたんだよ……!?」

「ごめん……ごめんね貴……っ……私のせいで……」

「私のせいって……と、とりあえずあそこのベンチに座ろう……!」

 

 

 運が良いことに、丁度その時俺達は家から少し離れた所にある公園の前を歩いていた。俺は真優貴を落ち着かせるために、とりあえず公園に入って彼女をベンチに座らせた。

 

 

「……ずっと……」

 

 

 震えた声で、真優貴は話し始めた。

 

 

「ずっと我慢してたの……? 今までずっと……皆に言われてたの……?」

「……」

「……っ……ごめん……ほんとごめんね貴……」

「な、なんで真優貴が謝るんだよ……! 真優貴は何も悪いことしてないじゃん……!」

「ううん……悪いことした……っ……貴のこと傷つけた……」

 

 

 涙を流しながら、真優貴はそう言ってくれた。

 

 練習で真優貴は俺のために怒ってくれた。泣きながら俺に謝ってくれた。そんな真優貴の姿を見て、俺はようやく大切なことに気付いた。

 

 

「今までずっと僕のこと……応援してくれてたんだな……」

「……っ……そうだよ……」

「真優貴のこと、僕避けてたんだぞ……? 真優貴に悪いことしたんだぞ……?」

「そんなの関係ないよ……! 貴が必死に頑張ってるの、私知ってるもん……! 頑張ってる人を応援するのは……当たり前だよ?」

 

 

 今でも思う。

 あの時の俺は、なんでもっと早く気付けなかったんだろうって。

 

 真優貴は今までずっと俺のことを応援してくれていたんだ。自分がどれだけ仕事が忙しくなっても、ずっと俺のことを見てくれていたんだ。

 

 それなのに俺はどうだ? そんなことにも気付かないで、しかも真優貴の才能に嫉妬? もう何と言えばいいのか、最低最悪の兄貴だ。

 

 

「……謝るのは僕のほうだよ、真優貴」

「……えっ?」

「僕は……っ……練習してもしても全然成果が出なくて……それが嫌になって……心のどこかでそれを才能のせいにしてた……なんで僕には才能が無いんだろうって……ずっと思ってた……」

「うん……」

「才能がある真優貴に……嫉妬してた……ダメだって分かってるのに……その気持ちがどんどん強くなってきて……だから真優貴のこと避けるようになった……真優貴と話したら、絶対この嫉妬が爆発して、真優貴を傷つけるって思ったから……」

 

 

 気づけば俺は真優貴のように、泣きながら俯いていた。自分の罪を告白するように、真優貴に話しかけていた。

 

 

「ごめん……ごめん真優貴……僕……真優貴に嫉妬してた……」

 

 

 嫌われるだろうか。軽蔑されるだろうか。いずれにせよ、どんな反応が返ってきても、俺にはそれを受け入れるしかない。そう覚悟を決めて真優貴の言葉を待っていると——

 

 

「……ありがとう」

「……えっ?」

 

 

 目の前には、泣きながらも笑ってくれている真優貴がいた。

 

 

「ありがとうって……なんで……?」

「貴が自分の気持ちを我慢しないで……素直に伝えてくれたから……それがすっごく嬉しいの……」

 

 

 涙を拭って、真優貴は言った。

 

 

「毎日ヘトヘトになって帰ってきて、家でもずっと1人で部屋にこもって練習用の台本読んでて……常に私と比べられて、それでも何一つ言わないで努力して……なんかもう、凄いや」

 

 

 実はね、と真優貴は言った。

 

 

「私が負担になってるんだって思ってた。貴にとって私が邪魔になっちゃってるんだって……私と話したらイライラするだろうって……だから私のほうも、貴のこと避けちゃってた。貴と今までみたいに遊びたかったけど、傷つけるくらいなら我慢したほうがマシだって……そう思ってた」

 

 

 でもやっぱり俺が心配だったと、真優貴は言った。

 

 

「ずーっと我慢してたら、いつか貴が壊れちゃうんじゃないかって思ってた。でも今こうやって、貴が今まで抱えてた気持ちを言ってくれて……安心したの」

 

 

 真優貴はずっと俺のことを想ってくれていた。自分のことで精一杯なはずなのに、俺のことを大切に想ってくれていた。

 

 お互いの本音を伝えあって、ようやく分かった。

 だからちゃんと、自分の気持ちを伝えないと。

 

 

「……真優貴」

「……なに?」

「……今までごめん」

 

 

 そして。

 

 

「今までありがとう……っ!」

「……うんっ!」

 

 

 大きな公園に2人きり。

 俺達はその日、久しぶりに2人で笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「はい。昔話はおしまいです。お疲れ様でした」

 

 

 パンっと小さく手を鳴らして、貴嗣君はそう言った。その顔は先程までの苦しそうなものではなく、いつもの爽やかな笑顔だった。

 

 

「紗夜さんは聞き上手ですね。そんなに真剣に聞かれるもんだから、ついペラペラと話しちゃいました。……いやーな話でごめんなさいね」

「そんなことはありません。変な言い方かもしれませんが、今の貴嗣君の話を聞けて、とても良かったと思っています」

「そう言っていただけると嬉しいですね」

 

 

 貴嗣君と真優貴さんも、その背景や過程は違えど、私と日菜のようにすれ違ってしまっていた。彼が教えてくれた昔話は、どんよりとした重い話だった。

 

 もし私が貴嗣君だったら、どうなっていただろう? とずっと思っていた。私は彼のように心が強くない、十中八九、真優貴さんとの関係を悪化させてしまっただろう。

 

 彼らはお互いの気持ちを伝えあった。勇気を出して本音で語り合って、自身の感情と向き合い、再び歩み寄れたのだと。すれ違っていてもお互いのことを考えている様子は、やっぱり彼ららしかった。2人の優しい性格は、子どもの頃から変わっていない。

 

 

「自分の気持ちを真っ直ぐ伝える。そのためにはまず一歩踏み出さないといけない……とても勇気がいることですが、逃げてばかりでは何も改善しませんね」

「間違いないです。何事も最初の一歩ってめちゃくちゃ怖いんですけど、いざ思い切って前に進むと……案外いけたりします」

「ええ。その通りですね」

 

 

 勿論私は貴嗣君じゃない。日菜も真優貴さんじゃない。私と日菜、貴嗣君と真優貴さん、違う存在を比べたところで、あまり意味はないのかもしれない。

 

 

 それでも私は、彼らがいてくれて良かったと思う。

 

 すれ違ったけれど再び歩み寄れた。歩んだ道は違えど、私達以外にも、そういう双子の兄妹がいる。すれ違う痛みを知っているからこそ、私達に手を差し伸べてくれた彼がいる。私にとって、これほど力強い存在はない。

 

 

「俺は真優貴にしてしまったことが許されるとは思っていません。真優貴に許してもらおうとも思っていません。でも……そんな俺を真優貴は受け入れてくれています」

 

 

 だから決めたんです、と彼は言った。

 

 

「善い兄になろう。頑張って成長して、善い人間になろうって。そう決めて色々やってきて……まあ、ちょっとは成長できたんじゃないかなと」

 

 

 あははっと笑って半分冗談のように言う貴嗣君。

 私からしたら、もう十分すぎるくらい善い人だけれど、それを伝えても「ありがとうございます。でもまだまだなんで精進します」なんて答えが返ってきそう。

 

 私はあなたの隣にいたわけではないけれど、昔と比べて、あなたが大きく成長したことは分かります。あなたの考え方や態度から、どれだけの努力を積み重ねてきたかが感じられる。

 

 だから、私は決めました。

 

 

「私も貴嗣君と同じ気持ちです。日菜と真っ直ぐ向き合えるように、私も成長したいです」

 

 

 あなたのように前向きな姿勢で、これからの道を進んでいこうと。大切な家族(日菜)のために、今よりも成長しようと。

 

 

「でも私は……とても不器用です。努力する過程で、何度も躓いてしまうかもしれません。だから貴嗣君、もし私が迷ったり躓いてしまった時は……」

「はい。相談に乗るし、紗夜さんが起きられるように手を貸します。お安い御用です」

「はい。ありがとうございます」

 

 

 彼の言葉を聞いて、温かい気持ちになる。自分の顔に笑顔が出来ているのが分かる。

 

 

「貴嗣君。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね、紗夜さん。ギターもその他のことも頑張っちゃいましょう」

「ええ。頑張っちゃいましょう」

 

 

 強く優しい彼のように、いつかなりたい。だからこれからも頑張ろう。頑張って、日菜と心から笑い合える、そんな善い姉になろう。

 

 とある冬の1日。

 彼と過ごしたこの時間が、私にとっての道標となった。

 

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 シリアスな話書くのすっっっごい疲れた。もう当分の間は書きたくない(白目)

 次回からは楽しくてハッピーな話の予定なので、もうしばらくお待ちください。次回も出来る限り早めの更新目指して頑張りますので、よろしくお願いします。


(余談)
 前回のアンケート「Roseliaでのあなたの推しは?」の結果を勝手ながら掲載したいと思います。回答数174! 投票していただいた皆様、ありがとうございました!


1位:氷川紗夜  49pt
2位:今井リサ  45pt
3位:白金燐子  42pt
4位:湊友希那  28pt
5位:宇田川あこ 10pt

 以上の結果となりました。紗夜さんとリサ姉が強すぎる(確信)。燐子の伸びも凄くて、今回のアンケートではこの3人の人気が高かったように感じました。再度になりますが、ご回答していただいた皆様、本当にありがとうございました!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 I Love Dogs

 
 投稿が遅れてしまい申し訳ないです。

 Roselia編メインヒロインである紗夜さんとのお話、後編です。例に漏れず、タイトルは適当です。

 それではどうぞー。


 

 

 

 

 

 真優貴との過去を紗夜さんに伝えた数日後の今日、俺は紗夜さんと一緒にギターの練習をしていた。

 

 ただ、場所はいつものCiRCLEではなく、うちの店の小さな地下スタジオ。本当なら設備がしっかりしているライブハウスでの練習がしたかったのだが、今日はどのスタジオもいっぱいで使うことができなかった。

 

 

 

 

 

「ごめんね2人とも。今日はどのスタジオも予約いっぱいなんだ。キャンセルが出ない限り空くことはないかなー」

「了解です。ありがとうございます、まりなさん」

「貴嗣君……ごめんなさい。私が急に練習したいと言ったばかりに……」

「紗夜さんが謝ることじゃないですよ。突然練習したくなる時ってありますし。……でもギター持って出てきたから、このままとんぼ返りっていうのも勿体ないしなぁ……あっ」

「どうしたんですか?」

「……紗夜さんが嫌じゃなければ、なんですけど」

「?」

「……うちの店のスタジオ、来ます?」

 

 

 

 

 

 こちらの提案に紗夜さんは二つ返事で頷いて、今に至る。

 

 自分達の持ち曲、その苦手な部分を反復練習する。相手に自分の演奏を見てもらい、ミスがあれば指摘してもらい、内容をスコアにメモしてから弾く、これの繰り返し。

 

 ご存知の通り紗夜さんの技術は凄まじいもので、非常に細かいミスですら見逃さずに指摘してくれる。紗夜さんからの意見やアドバイスを1つ残らず記入する。気が付けば自分のスコアには、いつものようにメモがビッシリと書かれていた。

 

 

「……ふうーっ……」

「お疲れ様でした。今日の練習はここまでにしましょう」

 

 

 そんな練習を2時間程続け、今日はお開きとなった。ほぼ休憩なしのぶっ通しだったので、紗夜さんの顔にも疲れの色が見える。

 

 

「流石に2時間ぶっ通しは疲れますね」

「そうですね。……そういう貴嗣君は全く疲れているように見えないのですが」

「いやいや、もうヘトヘトですよ。疲れていないように見えてるだけです」

 

 

 現にピックを持つ右手の感覚は鈍くなっている。これ以上練習をすると、明日からの筋肉痛は避けられないだろう。

 

 

「そういえば、紗夜さんってギター弾く以外に何かやってるんですか?」

「えっ? ぎ、ギター以外ですか?」

「はい。ずっとギターばっかりだと流石に疲れますし。紗夜さんは何か息抜きで別の事やってるのかなーって思って」

 

 

 シンプルに興味があって聞いた。

 別に紗夜さんを困らせようとか、そんなことは一切思っていなかった。

 

 紗夜さんの今までを、自分は断片的に知っている。良くも悪くも、ギターに全てを掛けていた人だ。だけどそれは少し前の話だし、紗夜さんはいい意味で最近変わったように思う。そんな紗夜さんがギター以外に何かしているのか、ふと気になって聞いたのだ。

 

 だが——

 

 

「……」

「……ん?」

 

 

 少したっても、紗夜さんからの答えは返ってこなかった。それどころか、ものすごーく居づらそうにしているではないか。

 

 練習用の椅子に座って、ギターを膝の上で抱えて、ムッと口を閉じて目を泳がせている紗夜さん。伏目がちにこちらをチラッと見る紗夜さんを見て、焦りが出始めた。

 

 

「……あー、紗夜さん? 読書とかはしないんですか? ほら、紗夜さんって凄く知的な印象だし、手を休めるって意味でも練習の息抜きに本を読むとか……」

「……読書好きなのは白金さんです」

「あ、ああ! そうですよね! 白金さん本大好きですもんねー! あはは……そ、そうだ! テレビとかは? この前日菜さんとワンちゃんの番組見たって言ってましたし……」

「……あれは日菜が見たいと言ったからで、自分からテレビを見ることはないです」

「……おうっと」

 

 

 会話を繋げようとする試みは、どれも虚しく失敗に終わった。

 

 どうしたのだ山城貴嗣。

 お主、話題の振り方が下手ではないか?

 

 

「その……私、今までギターにばかり打ち込んできたので……それ以外のことをするというのを考えられなくて……」

 

 

 膝をモジモジと動かして、紗夜さんは言った。

 

 

「貴嗣君との関わりを通して、私も変わろうと決めました。その為には今までのように、ギターをするだけではダメ……様々なことに挑戦し、経験を通じて変わりたいと思っています」

 

 

 ですが、と紗夜さんは言葉を続けた。

 

 

「私はとても不器用です……いざ変わろうと決めても、何からすればいいのか分からなくて……」

「今までギター一筋だったのもあって、その習慣が抜けきらずに、時間が出来てもやっぱりギターのことを考えてしまう……みたいな感じですかね」

「はい……その通りです」

 

 

 紗夜さんはそう言って、はぁ……とため息をついた。難しい顔で悩んでいる姿は、この間までの彼女——コンプレックスで自分を追い詰めてしまっている紗夜さんを思い出させた。

 

 自分の椅子を持って、紗夜さんの隣に移動する。

 

 

「紗夜さん」

「?」

「そんなに焦らなくてもいいと思いますよ」

「……!」

 

 

 紗夜さんの目を見ながら話す。

 

 

「そうやって1度やるって決めたことに全力で取り組もうとするのは、とてもすごいことだと思います。でもどこかで休憩を入れてあげないと、やる気があっても疲れちゃいます」

「……」

「真面目に頑張るのは大切です。でもそれと同じくらい、息抜きも大切だと思うんです。メリハリってやつです」

「はい。それは分かるのですが……どうすれば力を抜けるのかが分からないんです」

「うんうん。……それじゃあ紗夜さん」

「?」

「俺の息抜きに付き合ってくれませんか?」

 

 

 こてんと首を傾げる紗夜さんに、1つ提案する。

 

 

「うちのホープと一緒に遊びませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 場所は変わって、山城家。真優貴は仕事で夕方までおらず、母さんは今からカフェを開けるので、俺が交代で留守番だ。

 

 

「おかえり貴嗣~……って、あら、紗夜ちゃんもいるのね。いらっしゃい」

「おっ、お邪魔します……!」

「年上の女の子を家に連れて来るなんて、貴嗣もやるようになったわねぇ」

「えっ!? い、いや、そういうのではなくて……!///」

「あははっ、分かってるわよ。遠慮なくくつろいでいってね。じゃあお母さん今から仕事だから、貴嗣留守番よろしくね」

「りょーかい。……あれ? ホープは?」

 

 

 リビングで母さんと会話していると、いつもならすぐに出迎えてくれる小さい家族の姿が見当たらないことに気付いた。

 

 

「ホープはあそこでお昼寝中よ」

 

 

 母さんの視線を、紗夜さんと辿る。すると窓際で日の光を浴びながら、クッションの上で丸まってぐっすり寝ている我が家の愛犬がいた。

 

 

「じゃあお母さん行ってくるわね~」

「ほーい、いってらっしゃ~い」

 

 

 荷物を持ってリビングを出ていく母さんを見送ってから、俺は紗夜さんへと視線を戻した。紗夜さんはその場で立ったまま、スヤスヤと寝ているホープを見つめていた。

 

 

「か、かわいい……///」

 

 

 そんな声が紗夜さんの口から漏れた。

 

 

「紗夜さん。こっち来てください」

「は、はい……!」

 

 

 小声で話しながら、紗夜さんをホープの近くに呼ぶ。静かに座った紗夜さんは、ホープを見ながら目を輝かせていた。

 

 ホープの可愛さにメロメロになっているのは、紗夜さんだけではない。丸くなってスヤスヤと寝ているホープの写真を撮るため、俺も無意識の内にスマホのカメラをオンにして何回も撮影ボタンを押していた。

 

 そしてそんな俺を見て、隣に座る紗夜さんがソワソワし始めた。興奮気味な紗夜さんに少し笑いながら、ボソッと紗夜さんに話しかける。

 

 

「紗夜さん、遠慮しないで写真撮って大丈夫ですよ」

「は、はい……! ありがとうございます……!」

 

 

 紗夜さんは嬉しそうにスマホを取り出す。カメラをホープの顔に近づけて、シャッター音と共にホープの寝顔を撮った。

 

 

「おおっ、良い感じに撮れてるじゃないですか」

「はい……ふふっ、可愛い……♪」

 

 

 写真を見つめながら、フニャリと顔を緩ませる紗夜さん。普段の凛々しい表情からは想像も出来ない程、優しくて可愛らしい笑顔だった。

 

 嬉しそうに笑う紗夜さんを見て、こちらも幸せな気持ちになる。自分も頬が緩んでいるなーと思いながらホープの方に目をやると……。

 

 

「(……ん?)」

 

 

 パシャパシャと紗夜さんに写真を撮られているホープ。シャッター音が鳴るたびに、僅かに彼の耳がピクッと動いているように見えた。

 

 

「……ふふっ♪」

「(あっ、これもうすぐ起きるのでは?)」

 

 

 そう思った瞬間。

 ホープの目がゆっくりと開いた。

 

 

「~?」

「「あっ」」

 

 

 俺と紗夜さんの声が重なる。

 固まった俺達を、ホープは丸まったまま見つめる。

 

 

「あっ……シャッター音……」

「犬は音に敏感ですからねー」

 

 

 やってしまった、と焦る紗夜さん。

 

 そんな彼女を見て、ホープはゆっくりと体を動かして近づいた。そして紗夜さんの手の匂いをクンクンと嗅いで——

 

 

「~♪」

 

 

 ニパーの笑顔になり、尻尾をこれでもかと振りながら紗夜さんに甘え始めた。

 

 

「ひゃあっ! ホ、ホープ君……!?」

「紗夜さんのこと、匂いを嗅いで思い出したんですよ。会えて嬉しいよーって言ってます」

「そ、そうなんですね。……私のこと、覚えていてくれたのね。ありがとう。私も会えて嬉しいわ」

「~♪♪」

 

 

 紗夜さんにたくさん甘えた後、ホープはすぐに自分のハウスからおもちゃを咥えて持ってきてくれた。最近お気に入りのボールだ。

 

 

「ははっ、ボールで遊んで欲しいのか?」

「♪」

「紗夜さんと遊びたいんだな、よしよし。……ってわけで紗夜さん、ボールで遊んであげてもらってもいいですか?」

「ええ。喜んで」

 

 

 紗夜さんは快く答えてくれた。

 こうしてホープと遊ぶという、大変幸福度が高い息抜きが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「驚きました。こんなに小さな体なのに、すごい体力でした。流石は狩猟犬ですね」

「はい。ダックスフンドはのんびり屋さんってイメージを持っている人も多いですけど、それは間違い。この子達は優秀なハンターです」

 

 

 ホープ君と一通り遊んだ後、休憩も兼ねて私は貴嗣とリビングで話に花を咲かせていた。ソファに座らせてもらっている私の膝の上には、ホープ君がいる。

 

 最初はボール遊びから始まった。私がボールを投げてホープ君がそれを走って取ってきてくれるというシンプルな遊びだ。驚いたのは次に彼と一緒に引っ張り遊びをした時だった。

 

 丈夫な素材でできた紐のようなおもちゃで引っ張り合って遊ぶのだけど、その時のホープ君の力が想像以上に強かった。未経験というのもあって、最初引っ張られた時には体勢を崩してしまいそうになった。すぐに貴嗣君が手助けに入ってくれて「これくらいの力でやると良い感じですよ」と教えてくれたのでよかったけれど、見た目以上の力が彼の小さな体に込められているのだと、身を以て学ぶことになった。

 

 

「この間日菜とワンちゃんの特集番組を見たのですが、その時にダックスフンドの特集をしていました」

「そうなんですか?」

「はい。名前の由来や性格、あとは実際にダックスを飼われている家族への取材などが主な内容でした。とても面白かったですよ」

 

 

 それから私は彼に、日菜と見た番組について詳しく話した。

 

 ダックスフンドの出生はドイツ、その名前はドイツ語で「アナグマ犬」を意味するということ、ドイツ語では文節末尾のdは濁らないため実は「フント」であること、性格は明るく温和、でも好奇心も強く活発、そして賢く飼い主に忠実であること——思い出せる限りのことを彼に話した。

 

 私が一方的に話してしまったけれど、貴嗣君は隣でしっかりと話を聞いてくれた。そして私が話す度に、ニコニコと笑って応えてくれた。

 

 そんな彼との時間が、ホープ君を膝の上で撫でながら貴嗣君と話すこのゆったりとした時間が、本当に心地よかった。

 

 

「紗夜さん、息抜き、できましたか?」

「はい。とても良い息抜きができました」

 

 

 会話が途切れたタイミングで、貴嗣君がふとそう聞いてきた。私が答えると、また彼は嬉しそうに笑った。彼の柔らかい表情を見ると、とても心が安らぐ。朝練習をしていた時に感じていたストレスや不安は、知らない内に消えていた。

 

 

「ふふっ」

「?」

「貴嗣君には助けられてばかりですね。ギターの練習に付き合ってくれて、日菜との関係を聞いてくれて……そして今日も」

「あははっ、そんな大したことしてないですよ。それに今日もって、俺の息抜きに紗夜さんを付き合わせただけですよ?」

「いいえ。さり気なくホープ君との遊びに誘うことで、気分転換をさせてくれたのでしょう? ギターから離れられない私に息抜きをさせるため……違いますか?」

 

 

 図星だったのか、私が詰め寄ると貴嗣君は露骨に目を逸らした。

 

 貴嗣君ってこんな反応もするのね。何だか新鮮。

 

 

「貴嗣君。気を遣ってくれてありがとうございます。とても嬉しかったですよ」

「どういたしまして。紗夜さんがリラックスできたのなら、良かったです」

「はい。……ホープ君もありがとう。あなたと遊んだり触れ合ったり、とても癒されたわ」

「~♪」

 

 

 私が話しかけると、ホープ君はニパッと笑ってお腹を見せてくれた。ゆっくりとお腹を撫でると、ホープ君は嬉しそうに私の手の感触を味わっていた。

 

 ところでさっきからずっと思っていたのだけれど……膝の上で仰向けになっているホープ君の表情、この見る人を安心させるような笑顔……。

 

 

「ん? 何ですか紗夜さん? 俺の顔に何かついてます?」

「……ふふっ♪」

「?」

「犬は飼い主に似るとよく聞きますが、本当ですね」

「……!」

 

 

 私の言葉が予想外だったのか、貴嗣君は驚いた表情を見せた。

 

 

「今日遊んでいた時、ホープ君はずっと私のことを気遣ってくれていました。ずっと私の傍にいてくれて、癒してくれて……誰かにそっくりだと思いませんか?」

「……勘違いじゃないですかね?」

「ふふっ♪ 照れているあなたは新鮮。誤魔化すのはそこまで得意ではないのですね」

「……紗夜さんは手ごわいですね」

 

 

 そう言いながら、ぎこちなく笑う貴嗣君。その何とも言えない不器用な感じが面白くて、思わずクスっと笑ってしまう。そして笑う私を見て、貴嗣君の表情も柔らかくなる。ホープ君も嬉しそう。

 

 

「貴嗣君」

 

 

 皆で笑った後、彼の名前を呼ぶ。

 

 

「今日はありがとうございます。とても良い息抜きになりました。また明日から頑張れそうです」

「それは良かった」

「ですが、やっぱり私はまだまだ未熟です。道に迷う時も多々あるでしょう。もしまたどうすればいいのか分からなくなったときは……」

「はい。いつでも相談に乗らせてください」

「ありがとうございます。心強いです」

 

 

 貴嗣君が答えた後、ホープ君が私の方に乗り出してきた。私を励ましてくれているような、そんな気がした。

 

 

「今日はありがとうホープ君。また一緒に遊びましょうね」

「♪♪」

「すっかりホープも紗夜さんに懐きましたね。遠慮しないで、是非遊びに来てくださいね」

「はい。親切にありがとうございます」

「そうだ、次は日菜さんと真優貴も入れて、皆でドッグランに行くってのはどうですか? 最近行けてなくて、そろそろホープを外で思いっきり走らせてあげたいなーって思ってたんです」

「ドッグランに、日菜と真優貴さんも入れた4人で……はい、是非行きたいです。でも私、ドッグランというのがどういった場所なのか詳しくないですけど、大丈夫でしょうか?」

「勿論ですよ。……そうだ。前に行った時の動画あるので、それ見せますね。どんな雰囲気の場所か、大体分かるでしょうから」

 

 

 そう言って貴嗣君はスマホの動画を再生し、私にドッグランの説明をしてくれた。私のすぐ隣で色んな話を楽しそうにする貴嗣君を見て、ふと気付いた。

 

 

「(貴嗣君……私と日菜が一緒に遊べるように誘ってくれた?)」

 

 

 以前貴嗣君に相談したことがある。日菜を遊びに誘いたいけれど、どう誘えばいいのか分からないと。

 

 数日前、偶然CiRCLEで彼とすれ違った時に悩みを打ち明けたのだけれど、すぐにRoseliaの練習があったので、ゆっくりと話し合う時間が無かった。もしかしたらその時のことを覚えていてくれたのかもしれない。

 

 都合よく考えすぎかもしれない。

 けれどもし、貴嗣君がそう考えて、私が日菜と一緒に遊べる機会を作ってくれたのなら。

 

 

「それで、この小さなアスレチックみたいなのがこのドッグランに設置されているミニアジリティっていうもので……あっ、アジリティっていうのは犬の障害物競走で——」

 

 

 貴嗣君、ありがとうございます。あなたは本当に優しい人です。一生懸命私のことを考えてくれて、とても嬉しいです。

 

 今の私には成長のための課題が沢山あって、上手くいかないときはどうしても不安になってしまいます。でも貴嗣君がいると思うと、安心できます。

 

 あなたはどんな時でも私の話を聞いてくれます。今までもずっとそう。出会って間もない頃、あなたにもひどい言葉をぶつけてしまった時も、私を拒絶せずに受け入れてくれました。そんな温かい心を持っている貴嗣君が支えてくれるから、私は前を向いて頑張れます。

 

 でも、あなたの優しさに甘えてばかりではいけませんね。あなたが日々“善い人”になれるように努力しているのを見習って、私も成長していこうと思います。日菜と一緒に笑い合えるようになりたいから。そして——

 

 

「あー、紗夜さん? もしかしたら俺の話、退屈になっちゃってますか?」

「いいえ。そんなことないですよ。貴嗣君のお話、もっと聞かせてください」

 

 

 躓いても手を差し伸べてくれるあなたに、いつか恩返しができるようになりたいから。

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

 

 同日夜。氷川家にて。

 

 

「えぇー! おねーちゃん貴嗣君くん家に行ってたのー!? しかもホープ君と遊んだなんて……いいなぁ……」

「そんなにしょんぼりすることかしら?」

「だってあたしもホープ君と遊びたいもーん! っていうか貴嗣君ともまた遊びたいし!」

「また……? ちょっと待って日菜、貴嗣君と遊んだことがあるの?」

「あるよー? ちょっと前の話だけど、一緒に映画観たりゲーセン行ったり……あっ」

「な、何よ?」

「おねーちゃん、ひょっとしてジェラシー?」

「っ!? べ、別に嫉妬なんてしてないわよ……!」

「その割にはムスーッとしてたよ~? 貴嗣君のこと、好きになっちゃったの?」

「す、好きとかそういうのじゃ……彼のことは信頼してるけど、その……」

「ふ~ん♪」

「……なによ」

「何でもないよ~♪ あっ、そうだ! あたしもホープ君と貴嗣君と遊びたいし、今から電話して聞いてみよっと!」

「ちょっと日菜! もう夜遅いのに電話なんて失礼よ!」

「……あっ、もしもし貴嗣君? あたしだよ~!」

「(も、もう電話してる!?)」

『日菜さん? こんな夜にどうしたんですか?』

「来週の土日かどっちかに貴嗣君の家行ってもいい?」

『……はい?』

「(貴嗣君……夜遅くにごめんなさい……)」

 

 

 この後色々話した結果、氷川姉妹と山城兄妹でドッグランに行く日が無事決まりましたとさ。

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 紗夜さんは推しの中でもトップクラスに好きなキャラクターだったりします。犬が好きな紗夜さんほんと大好き。ワンちゃんと遊ぶ紗夜さんの話が書きたいなーと思い、今回の内容となりました。

 それでは次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 読書好きな先輩と図書館へ


 前回からお気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございます。

 今回は燐子とのお話です。あまり燐子を上手に表現できていないかもしれませんが、読んでくださると嬉しいです。

 それではどうぞー。


 

 

 

 

 

 左手に持った紙を見つつ、自分の身長以上の大きさの本棚から、目的の本を探す。本の下に貼られたシールに書かれている番号を右手で1冊ずつ確認していると、すぐに目当ての本を見つけることができた。

 

 

「(こう図書室が広いと、検索機は本当に役に立つよな)」

 

 

 検索機で印刷した紙を見ながらそう心の中で呟く。

 

 紗夜さんがうちに来てくれた次の日、俺は本を借りるため、放課後に学校の図書室に来ていた。窓をしっかりと閉めているため暖房が効いており、室内はとても温かい。

 

 チラリと窓からグラウンドの方を見ると、部活動に励んでいる人達がいるのを確認できた。もう11月の初旬、外は相当に寒いはずだが、部員達の服装は軽装だ。運動しているから体は温まっているだろうが、ここから見ている限りではとても寒そうだ。

 

 

「(そういえば紗夜さんって弓道部だっけ。今日も来てたりするのだろうか?)」

 

 

 頭の片隅でそんなことを考えつつ、借りたい本を持って受付に向かった。

 そして受付の席に座っていた人は、とても見覚えのある先輩だった。

 

 

「あっ……山城君……」

「白金さん。お疲れ様です。今来たばかりですか? 俺が来た時は、受付が違う人だったので」

「はい……今ちょうど……交代の時間だったんです……」

 

 

 Roseliaのキーボーディストである白金さんがいた。白金さんが図書委員なのは、頻繁に図書室に来るので知ってはいたのだが、意外にもこうやって受付してもらうのは初めてだった。

 

 

「そうだったんですね。それじゃあ交代してすぐの仕事ってなっちゃいますけど……この本、借りさせてもらってもいいですか?」

「は、はい……申請……しますね」

 

 

 本を3冊、白金さんに渡す。

 

 

「……あ、あの……」

「はい?」

「山城君は……本がお好きなんですか……?」

 

 

 ボーっとしていたところに声を掛けられた。白金さんは管理用のパソコンの方に体を向けたまま、目と顔を少しだけ俺の方に向けていた。

 

 

「はい。色んな知識や考え方を身に着けられますから」

「色んな知識や……考え方……」

「もちろん純粋に物語を楽しむって意味でも、本は大好きですよ。白金さんも本がお好きなんですよね?」

「は、はい。色んな本を読みますが……最近はSF小説に興味があって……山城君はどういった本を読むんですか?」

「僕も色々ですね。最近だとミステリー本がマイブームですかね」

「ミステリー……私も好きです……面白いですよね」

 

 

 白金さんの顔に、小さな笑顔が生まれる。やっぱり自分の好きなものの話になると、嬉しくなってしまうものだ。

 

 

「……あっ……! す、すみません……話に夢中になってしまって……し、申請終わりました……」

 

 

 ペコペコと謝ってくれる白金さん。俺は大丈夫ですよと答えて、白金さんから本を受け取る。

 

 

「ありがとうございます。じゃあ俺はこの辺りで。図書委員のお仕事、頑張ってください」

「はい……ありがとう……ございます……」

 

 

 白金さんに軽く頭を下げてから、俺は本を鞄に入れ、図書室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな図書室に、私はポツンと1人で座っている。

 座ったまま、私はついさっきの会話の余韻に浸っていた。

 

 

「(……初めて……あんなに話した……)」

 

 

 本を持って受付に来た山城君を見た時、少しビクッとしてしまった。人と話すのが苦手な私が男性と話すなんて……と思っていたけれど、山城君はそれを知ってか、ゆっくりと話してくれた。

 

 

「(それに……あんなに本が好きだったなんて……)」

 

 

 本が好きなんですか? と聞いたのは、本の貸し出しの申請をするために、パソコンの中にある彼の貸し出しデータを開いたからだった。画面に表示されたのは、数え切れない程の貸し出し記録。山城君は頻繁にこの図書館に来て、本を借りていたのだ。

 

 

「(またお話してみたい……けど緊張する……)」

 

 

 さっきも話している間、ずっと緊張していた。怖いけれど、やっぱり彼とはもう一度、本の話をしてみたい。

 

 

「(……! そうだ……あの人に相談してみよう)」

 

 

 彼と近しい存在で、かつ私が緊張せずに話せる人がいる。彼女のことを思い出し、私はこっそりと携帯でメッセージを入力した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「なるほど。それで私に相談してきたんですね」

「はい……花蓮さんは山城君と同じバンドだし、練習の時もよく話してたから……」

 

 

 CiRCLEのカフェで、私は先輩である燐子さんの相談を聞いていた。

 

 燐子さんとはピアノ繋がりで昔からの知り合い。一緒に遊んだり……とかはないけれど、コンクールで何度も顔を合わせる内にお話しするようになった。昔から仲良くしてもらっている先輩だ。

 

 そんな燐子さんから、この前放課後に「相談に乗ってほしいことがある」とL〇NEが来た。突然のことで少し驚いたけれど、いつもお世話になっている先輩からの頼みだ、是非話を聞かせてくださいと答えて、今に至る。

 

 

「分かりました。この件、私にお手伝いさせてください」

「ありがとう……ございます……!」

「自分と趣味が同じ人とは、やっぱり話したくなりますもんね。それに燐子さんがそうやって自分の苦手を克服しようとするの、応援したいですから」

 

 

 そう。燐子さんが貴嗣君と話したがっているのは、単に本の話がしたいからだけではない。燐子さんにとっての苦手を——人見知りを克服しようとしているのだ。

 

 燐子さんは、Roseliaの一員として成長したいと思っている。今回の人見知り克服以外にも、色んな事に挑戦していているみたい。変わろうとして頑張っている人を見たら、私は応援したくなるし、自分にできることなら是非やりたいって思う。

 

 

「でも……具体的に私はどうすればいいのでしょうか……?」

「安心してください燐子さん。私、1ついいアイデアを思いつきました」

「ほ、本当ですか……!?」

「はい。読書について話すのにとっておきの場所、この町にもあります」

「とっておきの……場所……?」

 

 

 私の言葉に、燐子さんは首を傾げる。そんな燐子さんに、私は指を立てて提案した。

 

 

「図書館です。次の休み、3人で図書館に行きませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 この町の中央駅に隣接している大きな図書館に、俺は花蓮と白金さんと一緒に来ていた。ゆったりとしたBGMに包まれた図書館の中を3人で回りながら、自分達が好きな本を紹介し合ったり、好きなジャンルについて話し合ったりしていた。

 

 

「あっ、このSF小説、この前見た映画の原作だ」

「今劇場で公開している映画……ですよね? 原作の再現度がとても高いって……この前ネットニュースで見ました……」

「それで、貴嗣君的にはその映画、どうだったの?」

「もう最高だったよ。SF映画好きとして、すっごい楽しませてもらった」

 

 

 今日の目的については、事前に花蓮から聞いている。白金さんが俺と本について話したいと思っていること、そして俺達との会話を通して、少しでも人見知りを克服したいと思っていること。だから白金さんが話しやすいようにフォローしてあげてと、花蓮から頼まれている。

 

 

 

『フォローって……善処はするけど、超絶会話テクニックとかは期待しないでくれよ?』

『あははっ。そんなものに頼らなくても大丈夫だよ。燐子さんが話しやすいように雰囲気作ったり、サラッと話題を振ったりとか、いつも通りの貴嗣君で接してあげて欲しいんだ』

『ははは……なんかプレッシャーあるなぁ。でも花蓮からの頼みだ。白金さんの為にも、自分なりに考えて上手くやってみるよ』

『うんっ。お願いね』

 

 

 

 みたいな会話が前日に行われていたりする。変に意識しすぎると会話がぎこちなくなって、白金さんを余計に混乱させるだろうから逆効果だろう。いつも通りの自然な状態で白金さんと話すことを心掛ける。

 

 

「あっ……」

「ん?」

 

 

 ふと白金さんが立ち止まった。彼女の視線を辿ると、一番上の棚にある1冊の本が目に入った。

 

 

「(あの一番上の棚にある本……この間山城君が借りてた哲学の本だ……。私もあの本に興味があるから話してみたい……けど私の身長じゃ届かない……)」

 

 

 少し分厚い本を、白金さんはジーッと見つめる。真剣な眼差しだ、この本を取りたいのかもしれない。そう思って、俺は少し背伸びをして手を伸ばし、その本を手に取った。

 

 

「(あっ……取ってくれた……)」

「ふうーっ、あんな高いところにあると、取るのも一苦労ですね。はい、どうぞ」

「あっ……ありがとう……ございます……あ、あの、山城君……」

「はい?」

「この本……この間山城君が借りていた本ですよね? 私もこの哲学本に興味があって……もしよければ、どんな内容なのか教えてもらってもいいですか?」

「勿論ですよ」

 

 

 白金さんのお願い通り、俺はこの本の内容について簡単な説明をした。俺達高校生に向けて書かれた哲学の入門書みたいな本で、「愛とは何か?」とか「生きることとは何か?」といったシンプルな疑問をいくつか取り上げて、浅く広く解説してくれているものだ。

 

 

「わあ……とても……面白そうですね……これ、借りてみます」

「ありゃ、そんな即決でいいんですか?」

「はい。元々興味があった本ですし……山城君の説明を聞いて、もっと読みたくなりました……」

 

 

 本を両手で持って、にっこりと微笑む白金さん。とても可愛らしい笑みだった。白金さんがじっくり俺の話を聞いてくれたこともそうだが、やっぱり自分が好きなジャンルに興味を持ってくれたことが嬉しかった。

 

 

「あの……この前も行ったんですけど……私、今SF小説にはまっていて……おススメしたい本があるんです……」

「白金さんのおススメだったら外れナシですね。よければ聞かせてもらってもいいですか?」

「……! は、はい……! えっと、最初におススメしたい作品は隣の棚にあって……と、取ってきてもいいですか?」

 

 

 もちろんですよと答えると、白金さんは嬉しそうに笑ってトテトテと隣の列に本を取りに行った。

 

 白金さんが隣で目を輝かせて本を探しているので、この場に残っているのは俺と花蓮の2人。

 

 花蓮の方を見ると、花蓮はグッ! とサムズアップをした。俺も胸の前で小さくサムズアップを作って応える。

 

 

「流石は貴嗣君。良い感じだね。燐子さん、すっごい楽しそう」

「何とかやれてる感じかな。話しやすい雰囲気って作れてるかな?」

「もうバッチリだよ」

「なら良かった」

 

 

 なんて会話を小さな声でしていると、白金さんがたくさんの本を抱えて帰って来た。

 

 

「わーお、分厚い本がたくさん。それ、全部白金さんのおススメ本ですか?」

「はい……とても面白くて奥が深いテーマ性の本なんです……その……山城君にも読んで欲しくて……」

 

 

 1冊だけ持ってくるつもりだったのが、思いのほか自分が好きな小説が隣の棚に揃っていたらしく、1冊に絞れずに全部持ってきたみたいだ。俺のために白金さんが一生懸命本を選んでくれたということが、とても嬉しかった。

 

 

「ありがとうございます。それじゃあ本の内容、教えてもらってもいいですか?」

「はい……! えっと、まずはこの本なんですけど……これは人間とアンドロイドが共存する社会の話で、ある日突然アンドロイドが心を持ち始めるんです。変異体と呼ばれる彼らをめぐって、3人のアンドロイドが主人公として活躍します。彼らの活躍を通して人間の在り方を問う……そんな小説です……」

「おおっ、めっちゃ面白そうです……! 機械が人の心を持つというテーマは昔からありますけど、とても奥が深いですよね。これ、読んでみますね。……あっ、この本も面白そうですね」

「これはスペースオペラものですね……綿密な世界観の設定が素晴らしい物語で——」

「(燐子さん、楽しそうに話せてるみたいでよかった♪)」

 

 

 こうして白金さんのおススメ話を聞いて、俺達は図書館でのゆったりとした時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 時間は過ぎて、夕方。図書館で本を借りた私達は、3人でお話をしながら帰路についていた。

 

 

「山城君……その……1つお聞きしたいことがあるんですけど……いいですか?」

「はい。何でしょうか?」

「山城君が人と話す時に……意識していることとか、大切にしていることってありますか?」

 

 

 花蓮さんの助力もあって、今日は山城君と本について沢山話すことができた。1日ずっとお話をしていたからだろうか、まだ緊張はするけれど、山城君とはかなり自然とリラックスして話すことができていた。

 

 

「そうだなぁ……うーん……」

「ん? 貴嗣君ならサラッと答えると思ってけど……そんな考えることなの?」

「いやなー、花蓮の言う通りサラッと答えられたらいいんだけど、いざじっくり考えると、大切にしてることが色々思い浮かぶんだよ」

 

 

 やっぱり山城君のように相手と楽しそうに話せるようになるには、多くの事を同時に考えなければいけないのかも……。ただでさえ人と話すのは緊張するのに……そんな状態で複雑なことなんて考えられない……。

 

 

「でも、やっぱり……」

「?」

 

 

 ぐるぐるとネガティブなことを考えているところで、山城君が顔を上げた。

 

 

「なんだかんだ『相手の話をしっかり聞く』ってことを一番大切にしてるかも」

「おおー。シンプルイズベスト」

「相手の話をしっかり聞く……ですか?」

「そうです。ほら、やっぱり自分の話を聞いてくれている時って嬉しいもんですから。相手がどんなことを伝えたいのか、何に興味を持っているのか……それが分かれば、そこから話を広げていけばもっと会話は続けられるだろうし」

 

 

 そういう意味で、『相手の話をしっかり聞く』を大切にしてますね——山城君は落ち着いた声でそう言った。

 

 今日の図書館での会話を思い出してみる。山城君や花蓮ちゃんは、私の話をしっかりと聞いてくれていた。私が好きな本の話を聞いてくれている時はとても嬉しくて……嬉しいからもっと話したいって思った。

 

 

「山城君と花蓮さんは……私の話を聞いてくれて……私の話に関する質問をしてくれていましたよね……。思えばそれだけで会話ができていました……」

「そうですね。流石に質問ばっかりなのはダメですけど、相手の話に耳を傾けて、疑問に思ったことを聞いてみる……それだけで楽しくコミュニケーションできちゃったりします」

 

 

 なるほど。

 それだったら……私でもできるかもしれない。

 

 

「山城君、花蓮さん……今日はありがとうございました……初めは緊張したけれど……とても楽しかったです。『相手の話をしっかり聞いて、質問で話を広げる』というのなら……今の私でもできそうです……」

「どういたしまして。そう言ってくれて俺も嬉しいです。大変な時もあるでしょうけど、頑張ってくださいね。今日も上手くできたんだし、白金さんなら大丈夫ですよ」

「私達でよければいつでも力になりますから、遠慮なく相談してくださいね」

 

 

 やっぱり2人とも、とても優しい。優しくて、心強い人達。 2人だけじゃない。穂乃花さんに須賀君、それにRoseliaのメンバー。皆、私の大切な人達。

 

 そうだ。今の私には、心強い人達がいる。不安な事も多いけれど、私は1人じゃない。

 

 

「はい……! ありがとう……ございます……!」

 

 

 これからも挑戦を続けていこう。

 私も……皆の役に立ちたいから!

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。燐子のお話でした。

 次回は燐子と仲良しなあの子とのお話になる予定です。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 カッコいい先輩たち

 
 お気に入り登録をしてくださった皆様、ありがとうございます。

 今回はあこちゃんのお話です。今回ほんと短い&展開が適当になってます……あこ推しの皆様申し訳ないです(土下座)。あんまり深く考えずに読んでくださると幸いです。

【注意】今回の話を読まれる前に、第30話と第31話を軽く読まれることを推奨いたします。


 

 

 

 

 今のゲームは、こんなにキャラクターを作る自由度が高いのか。目の前の光景を見ながら、俺は心の中でそう呟いた。

 

 

「わおっ、猫耳まで付けられるんだ! かわいいー!」

「凄いでしょー! 穂乃花さんが作りたいキャラを作れるから、他にも色々試してみて」

「ありがとーあこちゃん! よし、それじゃああたしの美的センスを発揮しちゃおうかな~♪」

 

 

 今俺達がいるのは宇田川家、あこちゃんの部屋だ。

 

 先日穂乃花があこちゃんとSNSでやり取りしていたのだが、そこでお互いの趣味の話になったそう。あこちゃんの趣味であるゲームに穂乃花は興味を持ち、「一度あたしもあこちゃんが好きなゲームをやってみたい」というメッセージを送信。あこちゃんが「じゃあ今度うちに来て、一緒にNFOしようよ!」となったそうだ。

 

 

「うわーっ、穂乃花さんのキャラ超可愛い! この可愛さならキャラデザコンテストに応募できるぐらいだよー!」 

「ふっふっふー、美術部によって磨かれたあたしのセンス、舐めてもらっては困るな~。それで、キャラを作ったら次は……クラス選択?」

「そうだよ! クラスっていうのは、職業みたいなものだよ。剣士とか槍使いとか、魔法使いとか。どんなロールプレイをしたいかで変わるんだけど、穂乃花さんはどれにしたい?」

「うーん、じゃあこのシーフ(盗賊)にしようかな。可愛いし!」

「ほほう……高い俊敏性とクリティカル率を持つシーフを選ぶとは、穂乃花さんはお目が高い……」

 

 

 茶髪のポニテと紫のツインテが、パソコンの前で楽しそうに揺れている。ゲームにそこまで詳しくないと言っていた穂乃花だけど、あこちゃんのおかげで楽しめてるみたいだ。

 

 ちなみに誘われたのは穂乃花だけじゃない。あこちゃんは俺と大河、花蓮も誘ってくれたのだが、大河はバイトで花蓮はピアノ教室の予定が入っており、来られなかった。以前一緒にNFOをしようと約束していたのもあって、俺は宇田川家にお邪魔させてもらうことになった。

 

 

「今のゲームって画質も凄いんだね~。なんかこう、光の反射とか色の強弱とかが本当に綺麗で感動しちゃうよ」

「でしょでしょ~! じゃあ今日はお試しってことで、一番近くにあるダンジョンを攻略してみよっか。あこがサポートするから安心してね」

「ありがとね! ボスを倒したら貴嗣に交代するから、ちょっと待っててね」

「おうよ。急がなくていいから、ゆっくり楽しんで。俺はここで観戦しとくよ」

 

 

 こうして穂乃花のNFO初挑戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間後。初プレイということもあって、ボス戦で苦戦する穂乃花。だが何度かのリトライを経てついに……。

 

 

「やったー! ボスとーばつー!」

「おめでとー穂乃花さん! 段々キャラの特性を掴んで、必殺技でバシューン! ってやってボス討伐! すごかったよー!」

「これも隣であこちゃんが色々教えてくれたおかげだよ~。ありがとね!」

 

 

 あこちゃんに感謝を伝えた後、穂乃花はうんとストレッチをしてからゲーミングチェアを立った。

 

 

「おっまたせー♪。さあ、次は貴嗣の番だよ」

「オッケー。じゃああこちゃん、よろしくお願いします」

「うむ! 漆黒の堕天使なる我に任せたまえ、さすれば絶対なる勝利の加護を授けような!」

「「(あっ、今回はちゃんと言えた)」」

 

 

 いつもは白金さんのフォローが無いと、こういう難しくてカッコいい(?)言葉を最後まで言い切れないのだが、今回は可愛らしいドヤ顔のまま言い切った。あこちゃんもめちゃくちゃ嬉しそう。ドヤ顔なんだけどニヤニヤが隠せていない。

 

 

「よーし、いっちょやってみるか」

「うん! じゃあたか兄もキャラクリからする?」

「あー……いや、この穂乃花のデータを使わせてもらおうかな。穂乃花、いいか?」

「えっ? うん、いいけど……キャラクリ楽しかったよ? 貴嗣もやってみれば?」

「いや、これ俺の悪い癖みたいなものなんだけどさ……」

「「?」」

 

 

 穂乃花とあこちゃんが首を傾げる。?マークを浮かべている2人に、俺は苦い顔をして理由を話した。

 

 

「……こういう自由度が高すぎるキャラクリ、俺キャラ作るのに1日かかるんだよ。作り込み過ぎちゃうっていうかさ……あはは……」

「い、一日!?」

「あはは……貴嗣、とことんやり込まないと気が済まない性格だもんね~」

 

 

 しょうもない理由だが2人は理解してくれた。そんなやり取りをした後、俺は穂乃花が先程作ったデータで遊ばせてもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ふうー、やっぱりこのチョコチップクッキー美味しいね~。コンビニとかで見かけちゃうとつい買っちゃうよ」

「あこもこのお菓子好きだよ。おねーちゃんが買ってきてくれたんだー」

「流石は巴だね~。そういえば、今日巴は?」

「Afterglowの皆で遊びに行ってるよー。確かボウリングって言ってたはず」

「あの5人はほんと仲良しだよなー。見ていてほっこりする」

 

 

 ゲームを十分に楽しんだ俺達は、ミニテーブルに広げたお菓子を食べながら雑談をしていた。あこちゃんにプレイさせてもらったNFOもかなり楽しかったが、こうやってのんびりお菓子を食べながらの雑談も楽しいものだ。

 

 

「あこちゃんは巴の影響でドラムを始めたんだよね。やっぱりあこちゃんから見たら、巴ってカッコいい?」

「もちろん! 世界で一番カッコいいドラマーだよ! おねーちゃんは、世界一尊敬してる人!」

「「わーお」」

 

 

 満面の笑みで巴のことを話すあこちゃん。本当に巴のことが好きで尊敬しているのだと伝わってくる。

 

 

「ふふっ、あこちゃんは巴のこと大好きだね~。何だかあこちゃんを見てると、あたしの妹を思い出すよ」

「えっ? 穂乃花さんって妹さんいるの?」

「うん。天使みたいに可愛いんだよ! ちょっと待っててねー……ほら!」

「どれどれ……!? す、すっごい可愛い!」

 

 

 穂乃花はあこちゃんに妹さんの写真を見せた。何度か俺も会ったことがあるのだが、穂乃花には10歳の妹さんがいる。今の穂乃花をそのまま小さくしたのか? ってくらいそっくりさんだが、性格は姉と反対で大人しい。

 

 

「というか子の写真、妹さんが穂乃花さんのドラム叩いてるの!?」

「そう! ついこの間の話なんだけどね、ドラム叩いてるあたしを見て、自分もやりたくなったんだって。しかもめっちゃ上手いの」

「それって、穂乃花の演奏を見ただけで演奏法を学んでたってことか?」

「かな~。見るだけでラーニングって、もしかしたらあたしの妹は天才なのかも……!」

 

 

 この後、穂乃花は実際に妹さんがドラムを叩いている動画を見せてくれた。初めて演奏したとは思えないくらい上手に叩けていて驚いた。もし毎日の穂乃花の練習を見ていてドラムの叩き方を学んだというのなら……ホンモノの天才だろう。

 

 

「穂乃花、すっごい嬉しそうな顔してるな」

「ありゃ、ほんとに?」

「たか兄の言う通りだよ。今の穂乃花さん、ちょー笑顔だよ!」

「あははっ、そりゃあ嬉しいからねー。ドラムを演奏してるあたしに憧れてるんだって。何だかもう……それ聞いてすっごい嬉しくなっちゃってさ♪」

 

 

 満面の笑みで穂乃花がそう答える。

 

 

「あこ、妹さんに気持ち分かるかも。お姉ちゃんのカッコいい姿を見たら、やっぱり憧れちゃうよー」

「そっかそっか。あたし、別にいい姉であろうとか特に考えずに毎日過ごしてるけど、それでも『大好き』とか『憧れだよ』って言ってくれるのは、すっごい幸せなことだよね。……あっ、お姉ちゃんと言えば……」

「ん? どしたー穂乃花?」

 

 

 穂乃花は何かを思いついたのか、お菓子をパクパクと食べながら今度はこちらを向いた。

 

 

「貴嗣はどうなの? お姉さんいるし、お姉さんに憧れるとかあった?」

「えっ!? たか兄お姉さんいるの!?」

「あははっ、実はそうなんだよ。関西の大学に通ってて1人暮らししてるんだ。こっちで出会うことはないから、知らない人の方が多いかもだな」

「すっごい美人さんなんだよー! 優しくてフレンドリー、ノリがいいお姉さんであたしは大好きだよ♪」

「はは……ノリが良いっていうか、ハイテンション過ぎてついていくのがやっとっていうか……」

「た、たか兄のお姉さん……全然想像できないかも……」

 

 

 ポピパメンバーと初めて出会ってからも、姉ちゃんはちょくちょくこちらに遊びにきてたりする。穂乃花達とも何回か出会ったのだが、案の定姉ちゃんのテンションが高すぎて、最初は「本当に貴嗣のお姉さんなのか……?」と本気で疑われたりした。

 

 

「ねえねえたか兄、たか兄のお姉さんってどんな人なの? あこ知りたいかも」

「そうだなぁー、姉ちゃんは……一言で表すなら『天才』だな。大学も主席で入るくらい勉強が出来て、楽器とかスポーツもすぐにマスターしちゃう、それが俺の姉ちゃんだよ」

「す、すごい……!」

「そんな正真正銘の天才さんだけど、テンションがめちゃくちゃ高いんだよ。嵐みたいな人でさ、姉ちゃんをほっとくと周りに迷惑が掛かるから、いつも俺とか真優貴が止めようとしてヘトヘトになるってのがオチなんだ」

 

 

 あこちゃんは驚いた顔で話を聞いている。自分で言うのも変だけど、俺と真優貴は比較的おとなしい性格だ。そんな俺達の姉が怪物クラスのテンションの持ち主だとは、想像できないだろう。あこちゃんの反応が普通だと思う。

 

 

「まあでも、俺は姉ちゃんのこと、物凄く尊敬してるかな。あこちゃんと同じ」

「えっ? たか兄もあこと同じ?」

「そう。皆の事巻き込むし、人前で抱き着いてくるし、からかい癖あるトラブルメーカーなんだけどさ……絶対に人の嫌がることはしないんだよな。やりたい放題してるんだけど、実は物凄く周りの事を観察してて、本当に困ってる人にはさり気なく手を差し伸べられる人。自分が楽しむことを忘れない、でもそれ以上に周りの人達を大切にしてる、それが俺の姉ちゃんなんだ」

 

 

 そう言いながら、今も大学で勉強に励んでいるであろう姉ちゃんのことを考える。天才でかつ努力家、破天荒だけど他人を思いやる心を持ってる、俺の姉ちゃん。

 

 

「そんな姉ちゃんのこと、俺は大好きだし尊敬してる。あこちゃんが巴に憧れているように、俺も姉ちゃんに憧れてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「それでね、りんりんの炎魔法に続いて、あこの闇属性の斬撃がバシューン! 見事ボスを倒したんだー!」

「凄いじゃんあこちゃん! そんな強いボスを倒しちゃうなんて、やっぱり強いんだねー」

 

 

 お菓子を食べながら、あこは2人の先輩にゲームの話をする。穂乃花さんとたか兄は、ニコニコと笑ってあこの話をずっと聞いてくれている。

 

 お姉ちゃんやRoseliaの皆が1番なのは変わらないけれど、たか兄達のことも凄い人達だって思う。演奏が上手ってのもあるけれど、なんかこう、皆優しくていい人だなって。

 

 ゲームにそこまで詳しくないのに、穂乃花さんは今日遊びに来てくれた。急なお誘いだったけれど、たか兄も来てくれた。2人ともあこと沢山遊んでくれて、いっぱいお話してくれて、凄く楽しかった。

 

 

「(この安心する雰囲気、おねーちゃんとかりんりんとそっくりだなぁ)」

 

 

 たか兄と穂乃花さんは、家族のことをすごく大切にしている。2人の話を聞いて、あこはそう思った。大切にしているのは家族だけじゃない、今日あこと一緒に遊んでくれたみたいに、周りの人達のことを大切に想っている。そんなところが、りんりんとかおねーちゃんに似てる。

 

 

 そうやって他の人のことを考えられるの、あこはカッコいいなって思う。

 

 

「ねえねえたか兄、穂乃花さん!」

「ん?」

「どしたの、あこちゃん?」

「あこね、また今日みたいに遊びたいんだ。今度は須賀兄と花蓮さんも一緒に……だめ、かな?」

「ダメなことあるもんか。俺達からもお願いするよ。皆でゲーム大会でもしよう」

「それいいね貴嗣! 大河と花蓮にもNFO教えてあげて、皆で遊ぼっか!」

「うんっ! ありがとう2人とも!」

 

 

 たか兄、穂乃花さん。今日はありがとうね! あこ、すっごく楽しかった!

 

 たか兄達みたいに皆を幸せにできるような、そんなカッコいい人になれるようになって、Roseliaのドラマーとして活躍してみせるから! あこなりに頑張ってみるから、これからも仲良くしてね!

 

 

 

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。もっとあこちゃんを上手に書きたかった……またいつかリベンジしたい。

 次回は猫が大好きなあの先輩のお話になる予定です。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 にゃーんちゃんと戯れてリラックス

 
 お気に入り登録をして下さった皆様、ありがとうございます。

 今回は友希那のお話です。猫と触れ合います。キャラ崩壊注意です。

 それではどうぞー。


 

 

 

 

 

 とある平日の放課後、俺はCiRCLEで自主練習を終えた後、外のカフェでホットココアを飲みながら読書をして休憩していた。

 

 

「あー……すっごいあったまるなぁ……」

 

 

 この間白金さんに勧められたSF小説を読んでいる。温かいココアを飲みながら本の世界を体験するこのゆったりとした時間は、最高のリラックスタイムだった。この小説はとても話が長い、今読んでいる章も終わったしそろそろ帰ろうかと思ったところで、声を掛けられた。

 

 

「あら? 山城君?」

「あっ、友希那さん。お疲れ様です」

 

 

 Roseliaのボーカル、湊友希那先輩だった。彼女も羽丘の制服を着ていて、俺と同じく学校が終わってから直接自主練に来たのだと分かった。

 

 

「お疲れ様。そのギターケース……山城君も自主練を?」

「はい。ついさっき終わって、今は休憩していたところです。友希那さんも?」

「ええ。私も今終わったところよ。帰ろうと思ったら偶然あなたを見つけて、声を掛けたの。よければ相席してもいいかしら?」

「もちろん」

 

 

 友希那さんはありがとう、と言ってから、前の席に座った。俺も友希那さんと話すため、本をパタンと閉じた。

 

 

「もしかしたら読書を邪魔してしまったかしら?」

「大丈夫ですよ。丁度キリが良いところまで読み終えたので」

「なら良いのだけれど。分厚い本ね。もしかしたら、燐子から勧められた小説かしら?」

「その通りです。よく分かりましたね」

「この間燐子が話していたわ。山城君と高野さんの3人で、一緒に図書館に行ったのよね」

 

 

 友希那さん達は白金さんからあの日のことを聞いたらしい。とても楽しそうに3人でのお出かけのことを話してくれていたそうだ。

 

 

「あなた達と本の話が出来て、燐子は嬉しかったみたい。あなた達と楽しく話せた経験のおかげで、以前よりも積極的に他のメンバーと話そうとしているわ。燐子のきっかけを作ってくれて、ありがとう」

「あははっ……そんな大袈裟なこと言われると何だか気後れしちゃいますね……でも、ありがとうございます」

 

 

 そう言って、俺は学校の鞄に分厚い小説を入れようとした。だが、

 

 

「……ん? ねえ山城君、そのチラシは……?」

「チラシ? ああ、これですか」

 

 

 友希那さんの言葉が俺の手を止めた。鞄から、今日ある人物から受け取ったチラシが顔を出していた。そのカラフルなチラシを取り出して、テーブルの上に置いた。

 

 

「猫カフェのチラシです」

「ね、猫カフェ……!?」

 

 

 友希那さんは大きく目を開いて驚いた。こんな友希那さんを見たのは初めてだ。

 

 

「大河がここでバイト始めたらしくて、1枚貰ったんです。『猫ちゃん達がマジで可愛いから是非来てくれ~』って。今度の休みにでも行こうかなーと思っていて——」

「……にゃ、にゃーんちゃん……」

 

 

 ……ん?

 

 

「にゃーんちゃん……か、可愛い……///」

「(おうっと、この反応は予想できなかったぜい)」

 

 

 この人、目をキラキラさせながら“にゃーんちゃん”って言ってるよ。猫ちゃんじゃなくて、にゃーんちゃん。

 

 予想外の反応すぎて一瞬頭が追い付かなかったけど、この友希那さんの様子、どこからどう見ても、猫が大好きな人のものだった。

 

 

「友希那さん、猫好きなんですね」

「っ!? わ、わけの分からないことを言わないでくれるかしら……? べ、別に私は猫に特別な感情なんて抱いてないわ」

「(そこまで聞いてないんだけどなぁ……)」

「……にゃーんちゃん……///」

「いや隠す気ないでしょ友希那さん」

「……っ!?」

 

 

 しまった、という顔の友希那さん。心の声までは誤魔化せなかったみたいだ。

 

 

「そんなキラッキラな目でチラシの猫見てて誤魔化すのは流石に無理がありますって……」

「……わ、私は別に猫が好きなんかじゃ……」

 

 

 友希那さんは中々認めようとしない。そんな彼女を見て、ふと悪戯心が働いた。

 

 苦い顔でそわそわしている友希那さんを他所に、俺はチラシを手に取る。そのまま自分の顔の前に持ってきて、

 

 

「にゃ~~~ん♪(渾身のモノマネ)」

「はうっ……!?///」

 

 

 猫の鳴き声のモノマネをしてみた。それを聞いた友希那さんは、頬を染めて悶絶している。

 

 

「猫好きなこと、誰にも言いませんから安心してください」

「……私をからかったわね?」

「あははっ、そんな怖い顔しないでくださいよ。……まあ、からかったのは事実ですけど、別に猫好きでいいじゃないですか。俺も好きですし」

 

 

 そう言って、俺はチラシを鞄に入れようとした。

 

 

「ま、待って……!」

 

 

 ガシッ! っとチラシを持つ手を掴まれた。

 

 

「こ、今度の休みに……そのカフェに行くのよね?」

「はい。折角大河が教えてくれたので、行きたいなーと」

「……そ、その……」

 

 

 両手で俺の右手をガッシリと掴んでいる友希那さん。顔を赤らめながら、上目遣いでこちらを見る。

 

 

私も……その……一緒に……

「声が小さくてよく聞こえないですよ~」

「……っ……いつもはすぐこっちの言いたいことを先読みする癖に……!///」

 

 

 本当は私の言いたいこと、分かっているんでしょう? 鋭く睨んでくる視線がそう言っていた。

 

 

「はいはい、分かりましたよ。謝りますから、そんな睨まないでください」

「……あなたが他人をからかうなんて思ってもみなかったわ」

「隙を見せた友希那さんが悪いですよ~……なんて冗談は置いといて」

 

 

 右手を動かして、鞄に仕舞いかけていたチラシを友希那さんに見せる。

 

 

「にゃーんちゃんと戯れて、リラックスしに行きませんか?」

 

 

 真っ赤になっている友希那さんの顔が、ほんの少し縦に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 数日後。猫カフェに到着した俺と友希那を出迎えてくれたのは、他でもない大河だった。

 

 

「いらっしゃい貴嗣……ありゃ? 友希那さん?」

「こ、こんにちは……須賀君……」

「なんでまた友希那さんが……意外ですねぇ」

「大河」

「ん? ……おお、そういうことね」

「そう。そういうこと」

「(な、何なのこの2人……? テレパシーか何かで会話してるの……?)」

 

 

 友希那さんには若干怪しまれたが、まあ問題はないだろう。友希那さんが実は猫好きだったということが、大河にも伝わったみたいだ。子猫たちと戯れることによってマイナスイオン的な癒しエネルギーを摂取するために、俺達は大河に案内された席へと座った。

 

 

「そう言えば、大河はどうしてここでバイト始めようって思ったんだ?」

「ああ、ここの店長さんが俺の同級生のお父さんでさ。ホールの仕事ってのをやってみたくて色々バイトを探してたところで、店長さんが俺に声を掛けてくれたってわけ」

「流石の人脈だなー」

「あと俺、猫好きだしな」

 

 

 そんな俺にとってここは天職だぜー、と楽しそうに話す大河。この後注文を取ってもらい、一旦大河は厨房に戻ることになった。

 

 

「友希那さん、そんなにソワソワしなくても大丈夫、すぐに猫ちゃん達が来ますからね~」

「……! べ、別にソワソワなんてしてないわよ……」

「あははっ、了解っす。ではこれで俺は失礼しますね」

 

 

 ペコリと一礼して、大河は注文を持って行った。そしてほどなくして、可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。

 

 

「にゃ~ん♪」

「!?」

「おおっ、早速来てくれましたね。ほら、おいで~」

 

 

 2匹の可愛い子猫が俺達の元に来てくれた。人に慣れているのか、しなやかな動きでヒョイっと飛び、俺達の座っている席に来た。

 

 

「にゃ~ん♪」

「あははっ、初めまして。えっと、君は……マンチカンのシロウ君っていうのか」

 

 

 俺の元に来てくれたのは、短い脚が特徴のマンチカン、シロウ君という子だった。ベージュ色の毛に灰色の目の彼を怯えさせないようにゆっくりと手を伸ばすと、甘えるように頬を擦りつけてきた。

 

 

「君は甘え上手で可愛い子だなぁ。見てください友希那さん、この子、俺の膝の上で丸まって——」

「や、山城君……」

 

 

 シロウ君可愛いでしょ~と言おうとしたのだが、友希那さんの声で遮られた。声が震えていたのでどうしたのかと思い正面を向くと……うるうるとした目で友希那さんが俺を見つめていた。

 

 

「にゃ~ん♪ にゃ~ん♪」

「友希那さん? そんなに固まってどうしたんですか?」

「か、かわっ……」

 

 

 ん? “かわ”?

 

 

「かっ……可愛いすぎる……///」

「(デレッデレじゃないか)」

 

 

 友希那さんの腕に収まっているのは、真っ黒い毛の丸々にゃーんちゃん(名札を見ると、クロちゃんと書いていた)。赤ん坊のように自分の腕の中で丸まっているクロちゃんが可愛すぎるのか、友希那さんは今まで見せたことないくらいフニャフニャな顔になっていた。

 

 

「おい、貴嗣」

「おお、大河か。注文持ってきてくれたんだな。サンキュ」

「おうよ。……なあ貴嗣、友希那さんのそっくりさん連れてきたとかじゃないよな?」

「違う違う。本物の友希那さんだよ」

「……あんなデレデレしてんのに?」

「おう。あんなデレデレしてるけど」

「人って分からないもんだなー」

「だなー」

 

 

 注文を持ってきてくれた大河との会話も、友希那さんには聞こえていないみたいだった。

 

 

「にゃにゃ♪」

「はっ……!///」

「にゃんにゃん♪」

「はうっ……!///」

 

 

 何だこの可愛い先輩は。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ほーら、おたべ」

「にゃ~にゃ~♪」

「ふふっ、本当にかわいいわね……///」

「猫たち、友希那さんに懐いたみたいですねー。この子達が初対面の人にここまで甘えるのはあまりないですよ~」

「そう、なのね……それはとても嬉しいわ」

 

 

 休憩に入った須賀君の言葉に、私は自分の頬が緩むのを感じた。

 

 カフェに来て約1時間、私は猫たちと沢山触れ合うことができた。甘えて来てくれる子達を撫でて、おもちゃで遊んで、餌やりをさせてもらった。そして最初に私の元に来てくれた真っ黒い毛に覆われたこの子——クロちゃんは、今私にお腹を見せてくれている。

 

 

「お腹を見せるのは信頼の証……よかったですね、友希那さん」

「ええ。信頼されるというのは、とても心地よいものね」

 

 

 お腹を撫でると、可愛く鳴いて反応してくれる。私もあなたを、あなた達を信頼しているわよ。そんな気持ちで、膝の上にいるこの子に触れる。

 

 

「山城君も、その子に懐かれたみたいね」

「そうかもですね。お腹を見せてくれてるってことは……シロウ君も俺を信頼してくれてるのかなー?」

「にゃ~♪」

「あははっ、そうかそうか。ありがとうな」

 

 

 向かいの席に座る山城君も、満面の笑みでマンチカンのシロウ君と触れ合っている。家で犬を飼っているということもあるのか、猫たちとの距離の縮め方がとても上手だった。

 

 

「友希那さん」

「ん?」

「今日はどうでした? 楽しかったですか?」

 

 

 猫を撫でながら、山城君はそう聞いてきた。私は膝の上で丸まっているクロちゃんを見て、顔を上げた。

 

 

「ええ。とても楽しかった」

「それはよかった」

 

 

 そう言う山城君は、とても嬉しそうだった。笑顔の彼を見て、ふと思った。

 

 やっぱり彼はリサとどこか似ている。身にまとっている柔らかい雰囲気や、人の喜びを喜べるところがそっくり。だからなのか——

 

 

「——あなたとは話しやすいわね」

「ん? 何か言いましたか友希那さん?」

「ふふっ。いいえ。何でもないわよ。……山城君」

「はい?」

 

 

 猫を撫でながら、山城君に言葉を掛ける。

 

 

「今日は連れて来てくれてありがとう。いい息抜きになったわ。リラックスできた分、また明日から練習に励むわ」

「どういたしまして。友希那さんが癒されたみたいで良かったです」

「次は是非Roseliaの5人で来てください。色々サービスを用意しておきますから」

「ええ。そうさせてもらうわ。須賀君も今日はありがとう」

 

 

 3人で話していると、「にゃ~~♪」と可愛らしい声が膝から聞こえた。クロちゃんが鳴きながら私の目をじっと見つめていた。あまりにも可愛すぎて、思わず表情が緩んだ。

 

 

「ふふっ、クロちゃんもありがとう。また来るから、次も沢山遊びましょうね」

「にゃにゃにゃ~♪♪」

「? どうしたの?」

 

 

 クロちゃんは私の顔に近づいてきて、そして、

 

 

「ペロッ♪」

「!?!?///」

 

 

 私の頬をペロリと舐めた。

 

 

「(だ、だめよそれは……そんな可愛いの……反則よ……///)」

「あれ、ちょ、友希那さん? 友希那さーん?」

「……きゅう」

「「オーバーヒートしちゃったじゃねえか」」

 

 

 後から聞いた話だけれど、私が意識を戻すまで数分かかったそう。その間の私は、湯気が出るんじゃないかというくらい顔を真っ赤にしていたらしい。

 

 リラックスどころじゃなかった。

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。友希那のお話でした。

 次回はRoselia編最後のメンバー、リサ姉のお話です。次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 たまには息抜きも大事だよ☆

 
 前回の投稿より2週間空けてしまい申し訳ありませんでした……。

 今回はリサ姉とのお話です。口調がおかしいところもあるかもしれませんが、読んでいただけると幸いです。


 

 

 

 

 ある日の放課後、俺は1人でショッピングモールへ買い物に来ていた。今度クッキーを作ろうと思っていて、その材料を購入するためだ。ブースを行き来して材料をかごに入れていく。

 

 

「よし、薄力粉はゲット。あとは主役のハチミツだけど……」

 

 

 蜂蜜はどこに置いているんだ? と思い周りを見渡す。今いるブースには置いていないことが分かり移動しようとした時だった。

 

 

「あれ? 貴嗣じゃん!」

 

 

 後ろから声を掛けられた。その声で誰だか分かった。

 

 

「おっ、リサさん。お疲れ様です」

 

 

 Roseliaのベーシストであるリサさんだった。リサさんは「ヤッホー☆」と言った後、腰まで届くふんわりとした茶髪を揺らしてこちらに来た。

 

 

「こんなところで会うなんて奇遇だね。買い物?」

「はい。クッキーの材料を買いに来たんです。あとハチミツが欲しいんですけど、どこにあるのかなーって探してたところです」

「そうなんだ! ハチミツならアタシどこに置いてるか知ってるよ。ほら、案内するからついてきて」

 

 

 リサさんはそう言うと、元気よく歩き始めた。

 「ありがとうございます」と伝えてリサさんについていくと、2つ隣のブースに到着した。

 

 

「はい、とうちゃーく♪ ここだよー」

「ありがとうございます。……わーお、色んな種類のハチミツが置かれてますね」

 

 

 リサさんが教えてくれた場所には、たくさんのハチミツが置かれていた。

 

 

「うーん、どれを選べばいいのか……」

「クッキー作るんだよね? それだったらこれとこれがおススメかなー」

 

 

 そう言って、リサさんはサッと棚から2つ商品を手に取って、俺に見せてくれた。折角おススメを教えてくれたのだし、この2つのどちらかにしよう。

 

 

「右の方は美味しいのにすっごく安くてコスパが良いんだ! 左の方はちょーっと高いんだけど、味がすごくまろやか! さあ、どっちにする?」

「そうですねー、それじゃあ……」

 

 

 これにします、と言って、左のハチミツを選んだ。確かに値段は高いが、今回クッキーを作る目的のことを考えれば、こちらの方が良いだろう。

 

 

「おっ、いいチョイスだね~♪ これホント美味しいから、良いクッキーが作れると思うよ☆」

「はい。選んでくれてありがとうございます」

「うん、どういたしまして!」

 

 

 リサさんから商品を受け取って、かごに入れる。するとリサさんは「そういえば……」と聞いてきた。

 

 

「貴嗣ってこの後予定ある?」

「いえ、別に予定はないですよ。買い物したらゆっくり帰ろうかなーって思ってましたけど、どうかしましたか?」

「この前の練習でさ、貴嗣抹茶クッキー差し入れで持ってきてくれたでしょ? あれの作り方、教えてほしいんだ」

 

 

 つい最近料理アプリを見ていたところ、おススメで抹茶クッキーのレシピが表示された。それを見てリサさんは「今度抹茶クッキー作ってみよう! 上手く出来たらRoseliaの皆にもあげようっと!」と思い立ったそう。

 

 

「でもアタシ、抹茶クッキー作ったことないんだ。それで経験者の貴嗣に、コツとか注意点とか色々教えてほしいんだけど……いいかな?」

「もちろんですよ。それじゃあ上の階のス〇バに行きませんか? ちょうど新作出ましたし」

「あっ、それいい! うんうん、行こう! ありがとうね、貴嗣!」

 

 

 俺の提案に、リサさんは嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 スーパーで買い物を終えて、俺はリサさんとスタ〇に来ていた。新商品のスムージーを買ってから、奥の方の2人席に座った。荷物を足元のかごに置かせてもらって一息ついていると、リサさんが話しかけてきた。

 

 

「そういえばさ、どうしてハチミツ入りクッキーを作ろうとしてるの? シンプルに趣味?」

「趣味もありますけど、今回はちゃんと目的があるんです。リサさんみたいに、バンドメンバーに差し入れをしたいなーって思っているんです」

「そうなんだ! さっすが貴嗣、優しいリーダーだねぇ。他のメンバーもすごく喜ぶと思うよ♪ ……けどなんで差し入れ? 何か記念日的な?」

「ああ、そうではないんです。ただその……皆にありがとうを伝えたくて」

「ありがとう……?」

 

 

 首を傾げているリサさんに、俺は説明する。

 

 

「この間のコンテスト事前審査で、改めて自分はバンドメンバーに支えられてるんだなーって実感したんです。素敵な舞台に立ててしかも合格できた……こんな素晴らしい経験が出来たのは、大河に穂乃花、花蓮が傍で俺を支えてくれたからなんだって」

 

 

 そう。今回クッキーを作るのは、いつも俺を支えてくれているバンドメンバーに感謝を伝えるため。いつも俺を支えてくれてありがとう、これからもよろしく。1次審査が終わった今、改めて皆に感謝の気持ちを伝えたいと思った。

 

 

「うんうん。アタシ、貴嗣のそういう気持ち、すっごく良いと思う! なんだか尊敬するなぁ~。クッキー作るの頑張ってね!」

「あははっ、ありがとうございます。……それじゃあ俺の話はここまでとして、抹茶クッキーの作り方、注意点やコツも含めて伝授しましょうか」

「はーい! お願いします♪」

 

 

 リサさんの明るい声で答えながら、スマホのメモアプリを開いた。

 

 

 

 

 

 

 30分後。

 

 

「——それで180℃のオーブンで15分くらい焼くんですけど、これが結構焦げやすいんです。焦げちゃうと抹茶の風味がダメになってしまうので、『あっ、焦げそう……!』って時は途中からアルミホイルを被せるといいですよ」

「ふむふむ、なるほど~! 焦げやすいから注意、だね」

 

 

 俺が話す注意点だったりコツだったりを、リサさんはスマホにメモをしている。丁寧にまとめているところがリサさんらしい。

 

 

「とまあ、こんなものですかねー。あとはレシピ通りに作っていけば大丈夫です」

「オッケー☆ う~ん、やっぱり作り慣れてる人の意見はすごく参考になるよ。ありがとね、貴嗣♪」

「いえいえ。リサさんの助けになれたなら嬉しいです。リサさんお菓子作り上手だし、今回も絶対上手く作れますよ」

「あははっ、皆の為に頑張って作っちゃうよ~☆ そうだ、美味しく作れたら連絡するからさ、貴嗣にも食べてもらいたいな」

 

 

 リサさんの言葉に、俺は少し驚いた。

 

 

「いいんですか? Roseliaの皆さんの為のクッキーじゃ?」

「まあそれはそうだけど……ほら、今日色々教えてくれたでしょ? それのお礼がしたいんだ」

 

 

 リサさんはバンドメンバーだけではなく色んな人達から慕われている。こうやって感謝の気持ちを伝えるところが、皆から好かれる理由なのだろう。自分としては何も特別なことはしていないつもりなのだが、リサさんの言葉を聞いて、とても嬉しくなった。

 

 

「そういうことなら……ぜひお願いします」

「うんっ! 楽しみにしててね☆」

 

 

 リサさんのクッキーが食べられるなんて、楽しみすぎる。そんなことを考えながら新商品のスムージーを味わっていると、先にストローから口を外したリサさんがこちらの顔を覗き込んでいることに気付いた。

 

 

「リサさん、俺の顔に何か付いてますか?」

「あっ、ううん、そういうことじゃくてね……」

「?」

 

 

 首を傾げる俺に、リサさんは言った。

 

 

「今の貴嗣、何だか練習の時よりも表情が柔らかいなーって」

「表情が……柔らかい?」

「うん。これ、アタシの気のせいかもだけど、練習の時の貴嗣って、ものすごーく真面目な表情してるんだ。一切気を緩めないって言うか、隙が無いって言うか……とにかく緊張してるような印象が、アタシの中にはあるんだ」

 

 

 けど、と言って、リサさんは話を続ける。

 

 

「今の貴嗣はそんな感じじゃないんだ。リラックスしてるように見える。貴嗣って結構キリッとしてるようなイメージがあったんだけど、こんな柔らかい表情もするんだなーって」

「……」

「あっ、その、貴嗣ってよく笑ってくれるし、ずっと固い表情って訳じゃないよ! でもこう、何気ない場面でこんな優しい表情見るの、アタシ初めてでさ……変なこと言ってごめんね?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。でもそうだな……リサさんの言うこと、あながち間違っていないかもしれないです」

「えっ? そうなの?」

 

 

 リサさんの話には心当たりがあった。というのも、この1カ月間の間——Roseliaの皆さんと合同練習をしていた期間は、コンテストの事前審査のことで頭が一杯だった。

 

 自分は他のメンバーと違う。大河や穂乃花、花蓮のように、音楽や楽器に対する才能というものがない。俺が皆の足を引っ張ってはいけない、自分についてきてくれる皆の期待を裏切ることはできない——練習中は常にそう考えていたし、自分に厳しくするという意味でも、皆の前で気を緩めることはなかった。

 

 

 いいや、違う。

 「なかった」というより、「できなかった」の方が正しいのかもしれない。

 

 

「リサさんの言う通り、最近の練習ではずーっと緊張していたのかもしれません。審査でよい結果を出せるだろうか? って思っていたところもありますけど……本当に自分はメンバーの期待に応えられるのか……凄く不安でした」

 

 

 そりゃあそんなことを考えていたら、練習中は表情が固くなってしまうはずだ。そんなことにも気付けないなんて……今後はもっと自分を客観的に見つめるよう気を付けないと。皆を心配させては元も子もない。

 

 

「そっか。貴嗣も実は不安だったんだね。……『皆の為に頑張りたい』っていう貴嗣の気持ち、アタシは凄く分かる」

 

 

 リサさんは共感を示してくれた。それだけでとても嬉しくなった。

 

 

「でもアタシ的には、貴嗣はちょっと自分に厳しすぎかな? 皆の為に頑張ろうって思う気持ちは分かるけど、ストイックすぎるのも良くないよ。今のリラックスしてる貴嗣の方がアタシは好きだし、皆も好きだと思う」

「……はい。そうですね。力を抜くというのは昔からどうも苦手で……」

 

 

 不器用ですよね、と言うと、リサさんはそんなことないよ、と答えてくれた。

 

 

「ねえ貴嗣、もうこの後予定は無いって言ってたよね? だったらさ、折角だしもう少しここで遊んでいこうよ」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん! 遊べば貴嗣も息抜きできるだろうし、アタシももっと貴嗣とお話ししたいんだ」

 

 

 ただ不器用な俺のことを考えて、リサさんはもう少し遊ぼうと提案してくれた。リサさんはこちらのペースに合わせてくれるので、とても話しやすいし気持ちが落ち着く。

 

 だから俺も同じ。リサさんともっと話をしたい。

 

 

「それじゃあ……お願いします」

「うんっ! アタシにまかせといて~☆」

 

 

 胸の前でグッとガッツポーズをするリサさんを見て、俺も自然と笑顔になった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 数分後、〇タバを後にした俺達は、別の階のアパレルショップに来ていた。お互い冬物のアイテムが見たいということで、すぐに移動先が一致した。

 

 だが1つ予想外だったことがあって、

 

 

「ねえ貴嗣、この紺ニットはどうかな? さっきの白Tをチラ見せしたら着こなし感UPだと思うんだー♪」

 

「あっ、このベージュのチノパンもいいなぁ! 貴嗣がこんなワイドシルエットのチノパン着てるの見てみたいかも☆」

 

「テーラードジャケットも外せないよね~♪ メンズなら必需品的な? 色は黒、グレーに……わっ、ワインレッドとかもあるんだ! 派手な色だけど組み合わせが楽しそう♪」

 

 

 リサさんがコーデを選んでくれているのだが、相当ファッションが好きなのか、テンションMaxで次から次へと俺に服を持ってきてくれるのだ。冬物だから生地が分厚かったり発熱素材が入っていたり……要するに結構重い。

 

 

「わあっ、このダッフルコートも可愛い~! 白とか貴嗣に似合いそう! ねえ貴嗣! このダッフルコートも……あっ……」

「あ、ああ……リサさん……服を持ってきてくれるのはちょー嬉しいんですけど……この量はちょっと多すぎかもです……」

 

 

 両手いっぱいに服を抱えてリサさんと話す。かなりの重さになっていて若干震え声だ。色んな服を重ねすぎて正面が見えていない。

 

 

「わわっ、ご、ごめん貴嗣! アタシ楽しくなっちゃって服渡し過ぎだよね……い、いくつか戻してくるよ!」

「だ、大丈夫ですよリサさん! これくらいの重さどうってことないです……! よいしょっと……!」

「うわっ、すごい力……!」

 

 

 崩れそうな体勢を支えるため、腰に力を入れて服を持ち直す。これで更衣室までは無事行けそうだ。

 

 

「よーし、それじゃあ全部試着しますよー!」

「ぜ、全部!?」

「もちのろんです! 折角リサさんが選んでくれたんですから!」

「……っ!」

 

 

 その言葉に、リサさんは少し驚いているみたいだった。そんなリサさんに俺は笑いかけて、そのままゆっくりと更衣室へ向かった。

 

 服の山を抱えてゆっくりと運んでいる姿を見られて、店員さんに「だ、大丈夫ですか……?」とガチトーンで心配されたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあっ、すっごく似合ってるよ貴嗣! 貴嗣って紗夜と同じでキレイめコーデが似合うけど、ストリートファッションもアタシ的にはありかな~♪」

「そ、そうですかね……個人的には着こなせていない感じがあるんですが……てかこのチノパンデカすぎじゃないですか……?」

 

 

 リサさんに褒められたのは凄く嬉しいが、鏡に映る自分を見ると、どうにも今のコーデに慣れていない感が否めなかった。普段着るものよりワンサイズ上の白パーカーに黒ジージャン、そしてカーキ色のチノパン……所謂ストリート系に挑戦するのは今回が初めてだった。

 

 

「清楚で真面目な人がワイルドな感じのコーデをしてるのって、何だかギャップがあって良くない?」

「あー、何だか言われてみれば分かる気がしますね」

「でしょ~? 今の貴嗣がそんな感じなんだよ。全然変じゃないから、自信持って♪」

「リサさんがそう言ってくれるのなら……」

 

 

 もう一度、鏡に映る自分を見つめる。

 ……なんだかこれはこれでアリな気がしてきた。

 

 

「次のライブはこのコーデでお願いね☆」

「ええっ……!?」

「あははっ! 焦ってる焦ってる~♪ 結構表情豊かなんだね~」

「あ、あはは……でも、それはリサさんが楽しませてくれるからですよ」

「じゃあ、貴嗣は今楽しんでくれてるってこと?」

 

 

 リサさんは期待しているような声でそう聞いてきた。

 もちろん、答えは決まっている。

 

 

「はい。楽しませてもらってます」

「ふふ~ん、やった☆」

 

 

 リサさんは嬉しそうに笑ってくれた。この人の優しさが伝わってくる、そんな温かい笑顔だった。

 

 

「じゃあ、今度は俺の番ですね」

「ん?」

 

 

 はてなマークを浮かべているリサさんに俺は言った。

 

 

「リサさんに合いそうな冬物アイテム、俺も選ばせてもらっていいですか?」

 

 

 リサさんは一生懸命俺のコーデを選んでくれた。だから今度は、俺の番だ。

 

 

「うんっ! お願いするね♪」

 

 

 俺の言葉に、リサさんは満面の笑みを見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「リサさん、今日は色々ありがとうございました。なんだかすごくリラックスできました」

「ほんとに? ならよかった♪ アタシも貴嗣といっぱい話せて、楽しかったよ☆」

 

 

 すっかり暗くなった道を、アタシは貴嗣と一緒に歩いている。家まで送ると言ってくれてよかった。外はもう真っ暗で、1人で帰るのは、やっぱり少し怖かったりする。

 

 

「貴嗣ってオバケとか全然平気な方?」

「全然平気な方ですね。ホラー映画とかホラーゲームも大丈夫ですし。リサさんは苦手なんでしたっけ?」

「あはは……恥ずかしい話だけど、アタシはそういうの大の苦手でさ……ホラー映画とかゼッタイ無理! って感じだよ~」

「ふむ……実はさっき通った曲がり角から女の子の霊がついてきて——」

 

 

 えっ……?

 

 

「……冗談です」

「えっ、冗談!? もう、ひどいよ貴嗣~!」

「あははっ、ごめんなさいリサさん、謝りますからそんな叩かないでください」

「もうーっ!」

 

 

 両手で落ち着いてーのジェスチャーをする貴嗣。でもそんなの関係ないよ、これはアタシを怖がらせたバツだよ。

 

 でもちょっと意外。

 貴嗣も冗談を言ったり、人をからかったりするんだ。

 

 

「(最初出会った時のイメージからは想像できないな~、なんて)」

 

 

 真面目そうな子というのが第一印象だった。Silver Liningのリーダーを務めている彼は、それに相応しい振る舞いを見せていた。貴嗣はとても真面目で真剣、でもメンバーへの気遣いも忘れない、理想的なリーダーだった。少なくとも合同練習中、アタシの目にはそう映っていた。

 

 それと同時に、とてもメンタルが強い子だなとも思った。彼は常に周りを、メンバーのことを気に掛けていた。そうやって自分以外の人のことをずっと考えられる貴嗣に、アタシは内心憧れていた。

 

 

「アタシさ」

「ん?」

「今日貴嗣と話せてよかったなーって思うんだ。貴嗣の色々な一面が知れて、なんだか嬉しかった」

 

 

 今日偶然ショッピングモールで出会い、貴嗣と話すことができた。練習中ではない貴嗣は、素顔をアタシに見せてくれた。リーダーとしてしっかりできているだろうか? メンバーの期待に応えられているだろうか? それが本当はとても不安なんですと、貴嗣はアタシに教えてくれた。

 

 

 そんな貴嗣の言葉を聞いてアタシは思った。

 

 

 そっか。この子は真面目過ぎるんだ。皆の役に立ちたいという気持ちが強すぎて、つい疲れちゃう子なんだ。でも皆を心配させたくないから、皆の前では弱音は吐かない、疲れている様子も見せない。不安な気持ちを隠して、堂々と振舞おうとしていたんだって。

 

 アタシが今日まで見ていた貴嗣は、皆の為に必死に頑張っているリーダーだったんだ。

 

 

「皆の為に一生懸命な貴嗣に、何かしてあげたいなーって思ったんだ。これってもしかしたらお節介かな?」

「いいえ。お節介なんかじゃないですよ。リサさんがいてくれたから、良い感じに息抜きが出来ました。本当にありがとうございます」

 

 

 でも本当の貴嗣は、不安にもなるし、疲れるし、緊張もするし、弱気にもなる。確かに物凄く強いところもあるんだけど、完全無欠のスーパーヒーローとかじゃなくて、脆い部分もちゃんとある。そんな一面を見せてくれたことが、アタシは嬉しかった。

 

 

「送ってくれてありがとうね。もう家着いたよ」

「あっ、ほんとだ。知らない間にここまで来てたのか……」

「話してると時間はあっという間だよね。……ねえ、貴嗣」

 

 

 アタシは少し前に出て、貴嗣と向き合う。

 

 

「皆の為に頑張ろうっていう気持ち、アタシはすっごく分かる。でも時には休憩して欲しいな。話し相手が欲しかったら、アタシはいつでもオッケーだよ」

「……ありがとうございます。もし疲れた時は……お願いします」

 

 

 貴嗣はニコッと笑ってくれた。普段の真面目さから想像できないような、でも優しい貴嗣らしい、ふんわりとした笑顔だった。

 

 

「はい、よろしい♪ じゃあそんな素直な貴嗣には……はい、これ! 貴嗣、キャッチして!」

「うおっと……! あっ、あったかい……これって……」

 

 

 貴嗣は首を傾げながら言った。

 

 

「缶コーヒー?」

「そう! 貴嗣が好きなコーヒー! おねーさんからのプレゼントだよ☆」

 

 

 モールを出る前にこっそり買っておいた、貴嗣がいつも買っているホットコーヒー。今日はありがとうという、アタシからのささやかな気持ち。

 

 

「ふふっ、お気遣いありがとうございます。それじゃあ、また今度の練習で」

「うんっ! また今度の練習でね!」

 

 

 ペコリと礼をして、貴嗣はアタシの家の前を後にした。

 街灯に照らされた大きな道を進む貴嗣の足取りは、心なしか軽やかだった。

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。リサ姉のお話でした。

 亀更新になってしまい申し訳ないです。10月はかなり忙しいので、次の更新は2週間後になるかもしれません……10月中には更新できるように頑張ります。次回でRoselia編は終了、次の章に入っていく予定です。

 それでは次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 Epilogue of Chapter 4

 
 新たにお気に入り登録をしてくださった方々、評価をしてくださった方、ありがとうございます。

 Roselia編最後のお話です。今回の話を読む前に、第2話と第29話をサラッと読んでいただくと、より話を楽しんでいただけるかなと思います。


 

 

 町の中でも特に人気が高い、広々としたドッグラン。自然に囲まれたこの広場で、今日も多くの人達が愛犬と共に遊んでいる。そしてそんな周りの人達と同じように、ベージュの毛並みのミニチュアダックスと遊んでいる美少女が2人。

 

 

「わーっ! ホープ君すっごい速いねー!」

「ワンっ♪」

「もう1回競争しよ! 真優貴のところまでね! 今度はあたしも負けないよ~?」

「日菜さんもホープも頑張って~! それじゃあ……よーいドン!」

 

 

 うちの愛犬ホープ、そして彼と競走しているのは、妹の真優貴と日菜さんだ。

 

 

「日菜さん、楽しそうですね」

「はい。前からホープ君と遊びたいって言っていましたから。あの子が嬉しそうで私も嬉しいです」

 

 

 そしてそんな日菜さん達を、俺と紗夜さんが少し遠くから眺めている。俺達は休憩スペースにシートを敷いて、昼食のサンドイッチを食べていたところだ。日菜さん達は先に食べ終わっている。

 

 

「サンドイッチ、作ってきてくれてありがとうございました。とても美味しかったです」

「それは良かったです。気合入れて作りましたから、そう言ってくれると嬉しいです」

 

 

 以前紗夜さんがうちに来てくれた時に話したように、俺達は4人でホープと一緒にドッグランに来ていた。朝から来て4人でホープと遊び、お昼を食べて、今に至る。

 

 

「……あ、あの……貴嗣、君……」

 

 

 楽しそうに走り回っているホープを見つめていると、隣から緊張のこもった声で呼ばれた。振り向くと、紗夜さんがモジモジしながらこちらを見ていた。

 

 

「その……もしよかったら……これを受け取ってもらえませんか?」

 

 

 紗夜さんは小さな袋を、両手で持ってスッと差し出した。

 

 

「これは……クッキー? すごく美味しそうですね。紗夜さんが作ったんですか?」

「は、はい。この間羽沢珈琲店でお菓子作り教室があって、それに参加したんです。羽沢さんに教えてもらいながらクッキーを作ってみました」

 

 

 少し前にAfterglowのメンバーと話す機会があって、その時につぐみちゃんが、「お店でお菓子作り教室をしたんだよ」と言っていたことを思い出した。沢山の人に参加してもらえて嬉しかったと言うつぐみちゃんが嬉しそうだったのが記憶に残っている。紗夜さんも参加していたとは、少し驚きだ。

 

 

「貴嗣君には沢山のことで助けてもらいました。だからその……ありがとうの気持ちを伝えたくて……」

「そうだったんですね。ありがとうございます。それじゃあ、いただきますね」

 

 

 紗夜さんからクッキーを受け取る。シンプルで可愛らしいクッキーだ。食べると、素朴な甘さが口いっぱいに広がった。

 

 

「んんっ、すごく美味しいです!」

「……! よかった……!」

「こんな美味しいクッキーを作ってくれて、ありがとうございます」

「はい。どういたしまして」

 

 

 紗夜さんと一緒に笑う。紗夜さんの笑顔はとても柔らかく、可愛らしい笑顔だった。

 

 

「日菜と真優貴さん、お昼を食べた後なのによくあれだけ動けますね。お腹が痛くなっていないか少し心配です」

「あははっ、何だかあの2人なら大丈夫な気がしますけどねー。……っと、そうだ」

「ん? 貴嗣君?」

 

 

 紗夜さんと一緒に真優貴達を眺めていて、ふと思い出した。今日はあるものを持ってきたのだ。

 

 

「よいしょっと」

「それは……一眼カメラですか?」

「その通りです。俺のお気に入りのカメラなんです。スマホのカメラも性能良いですけど、たまにはこういう昔ながらのカメラも良いんですよ?」

 

 

 そう言ってカメラを構え、楽しそうに走り回っている日菜さん、真優貴、そしてホープを捉える。そしてタイミングが来たところで、シャッターボタンを押す。パシャパシャと音が鳴った。

 

 

「うーむ、我ながら良い感じだ」

「凄い、こんなに綺麗に写真が撮れるんですね。色がとても鮮やかです」

「でしょ? やっぱりこういうカメラで撮ると、スマホとはひと味違うんですよね~。そうだ、折角ですし、紗夜さんも撮ってみませんか?」

「いいんですか?」

「はい。日菜さんも紗夜さんに写真撮ってもらったら嬉しいでしょうから」

 

 

 はいどうぞ、と言って、紗夜さんにカメラを渡す。その小さなサイズに反して意外とズッシリとしていて、カメラを受け取った紗夜さんもその重さに驚いていた。

 

 

「それじゃあ適当に撮っておいてください。俺、ちょっとお手洗いに行ってきます」

「分かりました。それでは私はここで荷物を見ていますね」

 

 

 紗夜さんにありがとうございますと言ってから、俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 先程の貴嗣君の真似をして、何枚か写真を撮ってみた。何度かのシャッター音の後カメラの画面を見ると、笑顔の日菜が写っていた。

 

 

「ふふっ♪ 日菜、とても楽しそう」

 

 

 どんどん顔が緩んでいくのを感じる。日菜が嬉しそうだと、私も嬉しい。そう思いながら、さっき貴嗣君が撮った数枚の写真をもう一度見たいと思いカメラを操作した。けれど、

 

 

「……しまった」

 

 

 操作を間違えて、ホーム画面のようなものに戻ってしまった。さっきまで開いていた写真がどこにあるのか分からなくなってしまった。どうやって戻ればいいのか考えながら操作していると、

 

 

「……ん? これは……」

 

 

『アルバム』と書かれたアイコンがあることに気付いた。

 

 それを見た瞬間、見てみたいと思った。

 他人の写真を見るなんて失礼だ。けれど……この場に貴嗣君はいない。

 

 罪悪感もあったが、どういうわけか、今回は好奇心が勝ってしまった。私はアイコンを選択して、決定ボタンを押した。

 

 

「『文化祭』、『留学』、『Silver Lining』、『夏休み』……アルバムが沢山あるわね」

 

 

 アイコンを開くと、沢山のアルバムが表示された。しっかりとイベント毎に写真を分けているのが、几帳面な彼らしい。

 

 好奇心に突き動かされてアルバム名を見ていたところで、指が止まった。

 

 

「このアルバムは……?」

 

 

 他のアルバムには、イベントの名前が付けられている。けれど今私が見ているアルバムには、その法則が当てはまっていなかった。

 

 

「——『希望』?」

 

 

 希望。きぼう。ホープ。

 明らかにイベントの名前ではなかった。そのアルバムを、私は恐る恐る開いた。

 

 

「これは……貴嗣君と……女の子?」

 

 

 アルバムに入っていたのは、これまた沢山の写真。幼い貴嗣君と一緒に、とても可愛らしい女の子が写っていた。

 

 

 宝石のように綺麗な金色の瞳。透明感のある長い銀髪。そして雪のように真っ白な肌の、人形のような美しさを持つ女の子だった。けれどその雰囲気は、どこか普通ではなかった。

 

 

 真っ白な肌は、美しいというより、病的な白さのように見えた。その髪も銀色でも湊さんのような銀ではなく、ほとんど白に近い色だった。腕も体も足も、子どもだからという理由では納得できないくらいに細かった。

 

 

 まるで病人のようだ——そう思いながらアルバムの写真を眺めていると、気になる1枚を見つけた。

 

 

 

「この写真……貴嗣君にギターを教えているのかしら……?」

 

 

 

 その女の子と幼い貴嗣君は、ギターを持っていた。困り顔の貴嗣君に、女の子は優しく微笑みながら「こうやって弾くんだよ」と語りかけながら見本を見せているようだった。

 

 

 

 

 

『今日は放課後クラスメイトにギターを教える予定なんです。授業が終わってから直接練習する場所に行くらしいので』

『そうなんですね……ギターはいつから?』

『本格的に練習し始めたのは小学5年の時から(・・・・・・・・)ですね』

 

 

 

 

 

 ずっと前、校門の前で初めて出会った時、貴嗣君はそう言っていた。

 表示されている日付が正しければ、この写真が撮影されたのは今から5年前……それはつまり……。

 

 

「貴嗣君が小学5年生の時……?」

「俺がどうかしましたか?」

「っ!?」

 

 

 ビクッ! と体が跳ねた。

 この低くしっかりとした声を聞き間違えるはずがない。貴嗣君だ。

 

 

「た、貴嗣君……!? も、戻って来たんですね……」

「はい、今戻って来たばっかりなんですけど……どうかしました?」

「あっ……いえ……その……」

「?」 

 

 

 思い返せば、貴嗣君がギターを始めたきっかけを私は知らない。彼は今井さんや羽沢さんのように、聞き上手な人だ。だからなのか、自分のことをあまり話さない。

 

 そもそも私が彼に関心を持ったのは、ギターの演奏技術が高かったからだ。そんな彼の原点がこの写真に関係しているのなら、私は知りたい。

 

 

 

「あの、貴嗣君……ごめんなさい。私、あなたのアルバムを勝手に見てしまいました」

「ああ、全然大丈夫ですよ。どうですか? 何か気になる写真でもありました?」

 

 

 優しい笑顔で私に聞いてくる貴嗣君。

 そんな彼に、好奇心で聞いてしまった。

 

 

 

 

 

「この『希望(きぼう)』というアルバムは一体何なんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 けれどその名前を口にした瞬間、貴嗣君の笑顔が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この『希望(きぼう)』というアルバムは一体何なんでしょうか?」

 

 

 

 その名前を聞いた瞬間、体が凍った。すうっと血の気が引いた。

 

 動悸が早くなるのが分かる。ドクン、ドクン。どんどんどんどん、早くなる。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 紗夜さんからカメラを受け取って、その写真を見る。

 

 ドクン、ドクン、ドクン。全身の血が、大忙しで体中を駆け巡る。

 

 指先が冷えてきて、感覚が無くなってくる。

 

 

 

「……希望(のぞみ)

「えっ?」

 

 

 

 声が震えているのが分かる。

 声を絞り出して、彼女(のぞみ)の名前を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

『そっか。貴くんも私と同じなんだね』

 

『うんうん。貴くんも大変だったんだね』

 

『貴くんは役立たずなんかじゃない。今まで頑張ってたの、わたし知ってるよ』

 

『そうそう。上手だよ、貴くん。上手に弾けてるよ』

 

『わたし、貴くんとギター弾くの、好き。貴くんの音、温かくて大好きだよ』

 

 

 

 

 

『いつか一緒に、貴くんとギターでセッションしたいな』

 

 

 

 

 

……くん ……嗣君 ……貴嗣君!!

「っ!?」

 

 

 紗夜さんの声が、耳元で響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 体を揺さぶりながら大声で名前を呼んだことで、ようやく彼は意識をこちらに向けてくれた。

 

 

「どうしたのですか貴嗣君……? さっきから何度も呼んでいたのに……」

「……っ……紗夜さん……」

「顔色がとても悪いです……もっとよく見せてください」

「い、いやいや、何でもないですよ! 全然平気、ノープロブレムです……!」

 

 

 顔を触ろうと手を伸ばしたものの、貴嗣君に拒否される。彼の大きな手で、やんわりと防がれてしまった。

 

 

「ほんとに……何もないですから……だから……」

 

 

 これ以上この話はしないで——彼の銀色の目がそう言っていた。

 

 こんなに必死に何かを拒否する彼を、私は見たことがなかった。怖い顔をしている彼に圧倒されて、私は何も言えなくなった。

 

 

「うおっ……! ほ、ホープ!?」

 

 

 気まずい空気の中黙っていると、さっきまで遠くで遊んでいたホープ君が、ものすごいスピードで貴嗣君の元へ来た。そして貴嗣君の左手をペロペロと舐め始めた。

 

 

「ク~ン……」

「あははっ……そっか。俺のこと、心配してくれたんだな。ありがとな」

 

 

 貴嗣君も右手でホープ君を撫でる。そんな彼の表情は、さっきまでの苦しそうなものではなく、いつもの穏やかなものに変わっていた。

 

 

「おーい! おねーちゃーん! 貴嗣くーん!」

「日菜? どうかしたの?」

「ホープ君を追いかけてきたんだよ。遊んでる途中で急に走り出すんだからビックリしちゃったよ~」

 

 

 日菜を追いかけて、真優貴さんもこちらに来ていた。少し息を切らしている真優貴さんが言った。

 

 

「お2人とも、お喋りも楽しいでしょうけど、そろそろホープと一緒に遊んであげてくれませんか? 私ちょっと休憩したいです……」

「あたしはまだまだ大丈夫かな~。そうだ、じゃあ真優貴ちゃんは休憩で、あたしとおねーちゃん、貴嗣君でホープ君と遊ぼうよ!」

「了解です。紗夜さんもそれでいいですよね?」

「は、はい。それで構いません」

 

 

 それじゃああたしは先に向こうで待ってるね~! と言って、日菜はすぐに駆け出してしまった。

 

 どれだけの元気が残っているのかしら……?

 

 

「日菜さんは元気ですね~。それじゃあ俺達も行きましょうか」

「そうですね。行きましょう」

 

 

 そう言う貴嗣君は、いつもの調子に戻っていた。

 

 

 でもさっきの彼の様子が、忘れられない。青ざめた顔に弱々しい声。震える手に冷や汗まで。もしかしなくても、聞いてはいけないことを私は聞いてしまったようだ。

 

 

 “のぞみ”——写真の中の女の子を見て、貴嗣君はそう口にした。希望と書かれたアルバムは、“きぼう”ではなく“のぞみ”と読むのかもしれない。

 

 

 あんなに怯えている彼を、私は見たことがなかった。恐らく彼は何かを隠している。それが何かは分からないけれど、以前までの私のように、貴嗣君も何かを背負っているのかもしれない。それもとても大きい何かを。

 

 

「(でもやっぱり、放っておくことはできない)」

 

 

 お節介かもしれないけれど、私は貴嗣君の助けになりたい。彼が私にしてくれたように、困っているなら手を差し伸べたい。彼がいつの日か私に言ってくれたように、私も貴嗣君には笑顔でいて欲しいから。

 

 

「貴嗣君」

「はい?」

「私は貴嗣君に笑顔でいて欲しいです。だからもしあなたが困ったり悩んでいる時は、力になりますから」

 

 

 透き通った銀色の瞳を真っ直ぐ見つめて、自分の気持ちを伝える。

 私の言葉に、貴嗣君は寂しそうに笑って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 数日後。練習のためにCiRCLEに向かっていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。信号が青になるのを待っている中、スマホを取り出しメッセージを確認した。

 

 

Sâya〈今日夜時間ある? もしよかったら、久しぶりに電話しない?〉

 

 

送り主は沙綾だった。最近はコンテストに向けての練習もあって忙しく、やまぶきベーカリーに顔を出すことが少なくなっていた。できるだけパンを買いに行くという約束を破ってしまっていた。

 

 

貴嗣〈オッケー。夜の9時からでも大丈夫?〉

 

 

 申し訳ないことをしてしまった。自分の言ったことには責任を持てと言い聞かせて、沙綾にメッセージを送る。

 

 信号が青になり横断歩道を渡っていると、またスマホが震えた。

 

 

Sâya〈うん! 分かった! じゃあ夜の9時からだね〉

 

 

 横断歩道を渡り切ってからメッセージを確認する。確か今日はポピパの練習だったっけ、それじゃあ練習の合間にメッセージを打っているんだろうか、なんてことを考える。香澄達と一緒に、楽しくドラムを叩けていればいいな。

 

 

「(そう言えば……さっきから大河達と連絡が付かないな)」

 

 

 10分前に「すまない、少し遅れる」とメッセージを打ったのに、メンバー達の既読が付かない。いつもなら誰かがスタンプなりメッセージなりをすぐに送信してくれるのだが、今日はそういった反応が一切ない。一体どうしたのだろうか?

 

 早くライブハウスに向かおうと思った、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ブルンブンブンブン!!

 

 

 

「!?」

 

 

 曲がり角から真っ黒のリムジンが顔を出し、猛スピードでこちらに走って来た。そして超絶ドライブテクニックでドリフトしながらこちらにサイドドアを向け、そのまま減速して……

 

 

 

 キキーッッ!!

 

 

 

 俺の目の前でピタリと止まった。

 

 

「な、何なんだ一体……?」

 

 

 ハリウッド映画の撮影かよ……なんて呟いたものの、その迫力に俺は直立不動で一歩も動けないままだった。

 

 何が起こったのか分からず混乱していると、リムジンのドアが開いた。そして中から……何かが飛び出してきた。

 

 

「たーかーつーぐー!」

「えっ、ちょ、何……グハアッ!?」

 

 

 その金色の塊のようなものはこちらに飛び掛かり、俺は地面に押し倒された。後頭部と背中に走る痛みに、歯を食いしばって耐える。

 

 

「イテテ……一体何——」

 

 

 目を開けると、自分の腹の上に誰かが乗っていた。金色の髪と瞳、そしてキラキラと輝く笑顔が、視界いっぱいに広がっていた。

 

 彼女のことを知らない花咲川学園の生徒は、恐らくいない。

 

 

「つ、弦巻さん……?」

「ええ、そうよ! 久しぶりね、貴嗣!」

 

 

 世界有数の大富豪、弦巻家の一人娘、弦巻こころさんだった。

 彼女は馬乗り状態のまま、満面の笑みでこちらを見ていた。

 

 

「な、なんでここに……? というかどいてほしいんだけど……いや待てよ、どうしてここにいるのか聞くのが先か……?」

 

 

 まずい。状況が呑み込めなさすぎて頭が回転しない(物理的に頭を打ったのも原因か)。変なことをボソボソと口走っていると、弦巻さんが俺の上で跳ね始めた。

 

 

「貴嗣! 今から一緒にあたしの家に行きましょう!

「ちょ、弦巻さん……! 腹の上で跳ねないでくれ……! ……って、今なんて……?」

 

 

 家に行きましょう? 今から? From Now? Why?

 

 

「山城様」

 

 

 俺の言うことを聞いてくれずに、馬乗り状態のまま跳ねる弦巻さん。その衝撃に耐えていると、コツコツと革靴の音が聞こえた。気が付くと、黒服を着た女性3人に見下ろされていた。

 

 何なんだこの状況は……?

 

 

「こころ様の命にて、あなた様をお迎えに上がりました。ご同行願います」

「い、いや、ご同行って……俺今からバンドの練習だし、急に言われても——」

「大河達はもうあたしの家に来ているわよ!」

 

 

 ……は?

 

 

「あー、弦巻さん? 今なんて?」

「何って、大河に穂乃花、花蓮はもう家に到着したわ! あとは貴嗣だけ! だから迎えに来たの!」

 

 

 さっきからメンバーと連絡が取れないってのはそういうことか……! っていうかちょっと待ってくれ! 俺だけじゃなくて皆弦巻家に連行されているってことか!?

 

 

えっ、なんで……? 俺達弦巻家に盾突くようなことした……? 全然身に覚えないぞ……弦巻家にメンバー全員連行されるってどういうこと……?

 

 

 もうダメだ。頭が働かない。もう何もかも全然意味が分からない。

 

 

 腹の上には美少女。そしてそれを見下ろすSP3人。異常なことこの上なし。

 真冬のコンクリートの地面が、周りの視線と同じくらい冷たく感じた。

 

 

「というわけで、貴嗣! あたしと一緒に行きましょう!」

「……ハイ」

 

 

 これはもう諦めるしかない。

 そう悟って口にした「はい」は、今までで一番情けなく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

【To Be Continued in Chapter 5  ハロー! ハッピーワールド!】

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 今回でRoselia編は終了です。皆様のおかげで何とか終わらせることができました。本当にありがとうございました。推しのキャラが多いバンドということもあり、自分自身楽しく書くことができました。

 次回からは次の章に入っていく予定です。物語全体としても折り返し地点は過ぎたかなー……といった感じです。亀更新は相変わらずですが頑張っていきますので、今後も楽しんでいただけると幸いです。

 それでは次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter 5 ハロー、ハッピーワールド!
第67話 異空間からのお誘い



 以前の更新から大分期間が空いてしまいました……申し訳ないです。

 今回からハロハピ編に入ります。ハロハピ編は以前までと違い、オリジナルのお話で進めさせていただきます。素人が考えたストーリーなのでクオリティはお察しの通りです。ツッコミどころが満載ですが、あまり深く考えずに読んでいただけると幸いです。


 

 

 

 

 コツン、コツンと、革靴の足音が広々とした空間に響き渡る。俺は弦巻さんに案内されるがまま、とんでもなく大きな豪邸の中を歩いていた。今は応接間に向かっているところだ。

 

 

「ん? 貴嗣、さっきからソワソワしてどうかしたの?」

「いや、弦巻さんの家がすげえなって思ってさ……」

 

 

 彼女の家は、家と言うよりは城のようだった。中には巨大な絵画や石造りの彫刻がズラリ。一体いくらくらいするのだろうか?

 

 

「『弦巻さん』はなんだか距離を感じるわ。こころって呼んでちょうだい!」

「ん。りょーかい。それでこころ、あとどれくらいで皆の所に着くんだ?」

「もうすぐそこよ! ほら、あそこの扉!」

 

 

 こころが指差した先には、これまた巨大な扉があった。あの先にハロハピのメンバーと、俺と同じように連行された大河達がいるはず。皆無事だろうかと考えていたところで、前を歩いていたこころが勢いよく扉を開いた。

 

 

「みんなお待たせ! 貴嗣を連れてきたわよ!」

 

 

 扉が開かれ、中の様子が目に入って来た。

 高級そうな長机と椅子が置かれた室内。そこにいたのはハロハピのメンバー、そして、

 

 

 

「おおっ! このコロッケうめえ!」

「でしょー! うちのお店のコロッケは絶品だからね! まだまだあるよー!」

「流石にこの量食べたら晩飯キツイぜはぐみちゃん……」

 

 

 

「穂乃花が描いているそれは、鳥かい?」

「そうだよ薫さん! 薫さんをイメージしてササッと描いてみたんだけど、どうですか?」

「この紫の翼で羽ばたいている鳥が私……ああ、素晴らしいよ穂乃花……! 私の儚さが余すところなく表現されているよ……!」

 

 

 

「この写真に写ってるフェレットって、花蓮ちゃんのペット?」

「そうですよ花音さん。真っ白で可愛いでしょ?」

「うん。アルビノの子なんだね。ちなみに名前は何て言うの?」

「“うどん”です」

「……えっ?」

「真っ白で細長いから、うどんです。ほら、ニュルニュル~ってすり寄ってくるんですよ、なんだかうどんみたいじゃないですか?」

「う、うん……そうだね……あはは……」

 

 

 

 突然連れてこられた割には、驚くほどこの空間に馴染んでいた大河に穂乃花、花蓮だった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 用意されていた席に座ったところで、俺はこころに話しかけた。

 

 

「さてと……そろそろ俺達がここに連れてこられた理由を教えてもらってもいいか?」

「ええ! あなた達を今日ここに呼んだのはね、あたし達に協力してもらいたいからよ!」

「「「……ん?」」」

 

 

 ニコニコ顔のこころとは対照的に、俺達4人は首を傾げてしまった。そのやりとりを見て、1人の女の子がため息をついた。

 

 

「ハア……それじゃあ全然分からないよこころ。あたしが皆に説明するから、そこ座っといて」

「そう? それじゃあよろしくね、美咲!」

 

 

 こころにそう話したのは、ハロハピのDJ担当であるミッシェルの中の人、真優貴と同じC組の美咲ちゃんだった。

 

 

「はいはい。てなわけで……まずはSilver Liningの皆さん、突然連れてきてしまって申し訳ないです……事の経緯についてはあたしから説明するね」

 

 

 美咲ちゃんはそう言って、今日俺達がここに連れてこられた理由を説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日前、あたし達の元に一通の手紙が届いた。送り主は、あかりちゃん。以前ハロハピと関わったことのある女の子だ。手紙には、あかりちゃんからのお願い——『あかりちゃんと同じクラスの女の子を笑顔にしてあげてほしい』というお願いが書かれていた。

 

 

 その子の名前は、かなでちゃん。黒髪ショート、ブラウンの目をした可愛い女の子。幼い頃から体調を崩しがちで入退院を繰り返しているらしく、つい最近も入院してしまったとのこと。お見舞いに行った時に見たかなでちゃんの寂しそうな顔が、あかりちゃんは忘れられないみたいだった。

 

 

 手紙を受け取ったあたし達は、すぐにかなでちゃんが入院している病院へと向かった。あかりちゃんの時みたいにかなでちゃんの好きなものについて質問したんだけど……

 

 

 

「ねえかなで! あなたの好きなものを教えてちょうだい!」

「えっ……? わたしの……好きなもの……? あの……お姉さん達だれ……?」

「あっ! ソフトボールはどう? はぐみはソフトボール大好き! かなでちゃんは?」

「あっ……その……」

 

 

 

 こころとかはぐみがグイグイ迫って色々聞こうとしたせいか、彼女を怯えさせてしまった。楽しくお話しなんてできるはずもなく、その日は成果ゼロで帰ることとなった。

 

 そりゃそうだよね、知らない人達に囲まれて色々質問されるんだもん。第一印象は最悪だろう。……もちろん、後で2人のことはキッチリと叱っておいた。

 

 面会後、看護師さんはあたし達に「大丈夫。かなでちゃん、ちょっとびっくりしただけですよ」と言ってくれた。心の底からそうであってほしいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、これからどうやってかなでちゃんを笑顔にしようか自分なりに考えていた。でもそう都合よく良いアイデアなんて出るわけもなく、うーんと1人で唸っている時だった。

 

 

「あれ? あそこにいるのって……かなでちゃん?」

 

 

 病院のすぐ近くにある公園のベンチに、かなでちゃんが座っていた。かなでちゃんはスマホで何かを見ていた。

 

 

「(うわっ、すっごい集中してる……今スマホで見ているものが、かなでちゃんの好きなものだったりするかも……)」

 

 

 あたしは後ろからこっそりとかなでちゃんが座っていたベンチに近づいていった。そしてそーっと上からかなでちゃんのスマホを覗き込んだ。

 

 

「あっ、この動画……貴嗣君達だ」

 

 

 Silver Liningのライブ映像だった。かなでちゃんは貴嗣君達の演奏(多分バラード曲だったと思う)を見て……ほんの少し笑っていた。

 

 

「あっ……この前のお姉さん?」

「……えっ!?」

 

 

 気が付くと、かなでちゃんがあたしの方を向いていた。こっそり見ていたことがバレてしまって、あたしは驚いてしまった。

 

 

「あっ、あははー……こ、こんにちはかなでちゃん……ぐ、偶然だね~」

 

 

 これはヤバイ、絶対怖がらせてしまう。それどころか怒らせてしまうなんて思い焦っていると、かなでちゃんは困った顔で私に話しかけた。

 

 

「えっと……ちょっとびっくりしたけど、別に怒ってないよ……?」

「えっ?」

「だからそんなに焦らなくても……大丈夫。怖がってもないから……大丈夫」

 

 

 かなでちゃんはそう言って、寂しそうな顔をした。

 

 ……怖がらせちゃうかもってあたしが思ってたの、どうして分かったんだろ?

 

 

「お姉さん……このお兄さん達のこと知ってるの?」

「う、うん。Silver Liningっていうバンドだよね? 皆同じ学校だし、知ってるよ」

「そうなんだ……いいなぁ」

 

 

 そう言って、かなでちゃんはスマホを見つめた。

 

 

「かなでちゃんはこのお兄さん達の音楽が好きなの?」

「うん……わたし、この人達の歌が好き。優しい音が……好き」

 

 

 かなでちゃんはあたしの方を見て言葉を続けた。この前みたいに辛そうな様子じゃなくて、どこか安心しているような感じだった。

 

 

「怖くなったり辛くなったりしたらね、お兄さんたちの歌を聞くんだ。そしたらギュって優しく抱きしめられてるみたいになって……胸の痛みが少しずつ無くなっていくんだ」

「胸の痛み?」

「そう。胸の痛み」

 

 

 かなでちゃんは胸に手を当ててそう言った。

 胸が痛くなるってことは、心臓の病気とかなのかな?

 

 

「心臓……じゃないんだ」

「……えっ?」

「心臓じゃなくて……心だと思う」

 

 

 えっ、なんで今あたしの考えていることが分かったの? 

 偶然当たったとか? いやいや、偶然ってレベルじゃないよねこれは……。

 

 

「……っ……も、もう病院に戻らなきゃ。バイバイ、お姉さん」

「! そ、そっか。じゃあね、かなでちゃん」

 

 

 かなでちゃんはか細い声でそう言って、ベンチから降りた。そのまま大事そうにスマホを持って、病院に戻っていった。

 

 

「不思議な子だったなぁ」

 

 

 誰もいない公園でそう呟いた。

 何だか色々あったけれど、思いもよらない収穫もあった。

 

 

「貴嗣君達の音楽が好き、か。これは大きな手掛かりかも」

 

 

 さっき音楽を聴いていたかなでちゃんは、確かに笑顔だった。前会った時は辛そうだったかなでちゃんが、嬉しそうに笑っていた。ほんのわずかな笑顔だったけれど……あたしはかなでちゃんの笑顔を、もっと大きい物にしたい。

 

 

「貴嗣君達に協力してもらう、ってのもアリかも?」

 

 

 一緒に色々考えてもらったり、何なら合同ライブとか良い感じかも。

 

 あっ、そういえば今貴嗣君達ってコンテストに向けて練習してるから、邪魔するのはダメか……でも貴嗣君達ってすっごい親切だし、頼み込めば案外手伝ってくれそう……って、それは甘えか。

 

 またまた1人でうーんと唸りながら、いつものようにこころの家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——とまあ、ここまではそんなに問題は無かったんだけど……」

 

 

 美咲ちゃんは苦笑いしながら言葉を続けた。

 

 

「今日のミーティングでうっかり『貴嗣君達に協力してもらうのもアリかもね』って言っちゃって……それを聞いたこころが『じゃあ貴嗣達を呼びましょう!』って言いだして……気が付いたら黒服さん達と一緒に飛び出してました……」

「俺達を連れてくるって決めたのはついさっきのことだったんだな……流石の行動力だな」

「もちろんよ! かなでの笑顔の為だもの!」

「今回皆が連行されたのはあたしのせいってわけなんです……本当に申し訳ない……」

「大丈夫だよ。最初はマジでビックリしたけど、説明してもらって事の経緯は分かったし」

 

 

 割と本気で謝ってくる美咲ちゃんをなだめるために、大丈夫だよと答える。

 

 

「要はそのかなでちゃんって子が笑顔になれるよう、俺達に協力してほしいってことだよな?」

「その通りよ大河! あなた達の力があれば、きっとかなでは笑顔になれるわ!」

 

 

 こころは満面の笑みでそう言った。

 

 

「だから貴嗣! 大河! 穂乃花! 花蓮! あたし達と一緒に、かなでを笑顔にしましょう!」

 

 

 協力するべきか否かであれば、間違いなく協力するべきだと思った。かなでちゃんという子が自分達の音楽を好きだというのなら、何らかの形で俺達はこころ達に協力できるはずだ。

 

 彼女達は本気でかなでちゃんを笑顔にしようとしている。それはとても素晴らしいことだと思うし、俺達も出来る限りのことはしたい。

 

 

「(……俺達だってこころちゃん達に協力はしたい)」

「(……でもそうしたらあたし達の練習時間が足りなくなっちゃうかも)」

「(……安易な判断はできないね。さて、どうするべきかな)」

 

 

 でも今回は事情が違う。〈Next Era Contest〉の二次審査が近づいてきている。正直なことを言うとそちらに向けた練習に集中したい。

 

 

「? どうかしたの皆? どうしてそんなに唸っているの?」

「はぐみもSilver Liningの皆と一緒に、かなでを笑顔にしたいんだ! だからお願い!」

「君達と手を取り合うことで新しい世界が見られるはず……その儚い景色を私は見てみたいんだ。是非とも私達に協力してもらえないだろうか?」

 

 

 

 こころに続いて、北沢さんと瀬田さんからもお願いをされる。顎に手を当てながら大河達の顔をチラッと見る。

 

 こころ達への協力とバンドの練習を両立できるのか分からない——皆同じ考えだとすぐに分かった。この場でこころ達にどう返答するのが正しいのか、皆分からず悩んでいる様子だった。

 

 

「ちょ、ちょっと皆……! 貴嗣君達は大きなコンテストに向けて練習中なんだよ……? 私達に協力してもらえたらすごく嬉しいけど、それだと練習時間が減っちゃっていい結果が残せないかも……」

「だいたい今日も練習する予定だったのを無理やり連れてきてるんだし……花音さんの言う通り、今の貴嗣君は練習に集中したいの。あたし達の要求ばっかり押し付けるのはダメ」

「でも、貴嗣達に協力してもらおうって最初に言ったのは美咲よ?」

「今日いきなり連れてこいなんてあたしは言ってない! こういうのって普通事情を聞いてからお願いするもんでしょうが……」

 

 

 美咲ちゃんの呆れ声が耳に入って来る。そんな彼女に、俺はある提案をした。

 

 

「なあ美咲ちゃん。かなでちゃんは俺達のライブ映像を見て笑ってたんだよな?」

「うん。ほんのちょっとだけだけどね」

「……ふむ。よし、分かった」

 

 

 姿勢を正して、自分の考えを皆に伝えた。

 

 

「一度かなでちゃんに会わせてもらってもいいかな?」

「えっ? かなでちゃんに会う?」

 

 

 美咲ちゃんがそう聞き返した。その通り、と言って、俺は言葉を続けた。

 

 

「かなでちゃんがどうして俺達の音楽を聴いて笑ってくれたのか、そこの理由をもっと詳しく知りたい。それが分かれば、次の行動を決めやすくなると思うんだ。だからかなでちゃんに会って、実際に話してみたい」

 

 

 それに、と言って話を続ける。

 

 

「話をするだけならそこまで時間もかからないだろうし、俺1人だけでもできる」

「俺1人だけって……貴嗣君、自分1人だけで面会にいくつもり?」

 

 

 一旦俺が1人で話してみる。そう提案したところで、花蓮がすぐに反応した。真剣な声色で、俺にそう聞いてきた。

 

 

「あたし達も行くよ! リーダーにだけやってもらう訳にもいかないよ」

「最近貴嗣疲れてるだろ? これ以上やること増やしたら体壊しちまうぞ? 俺達も行くって」

 

 

 花蓮に続いて、穂乃花と花蓮も一緒に行くと言った。

 

 

「なあ皆、さっきの美咲ちゃんの話を忘れたのか? ハロハピの5人でかなでちゃんに会いに行った時どうなった?」

 

 

 俺がそう問いかけると、3人は「「「あっ……」」」と漏らした。

 

 

「大勢で押しかけたら、彼女をまた怯えさせてしまうかもしれない。逆に美咲ちゃん1人とはある程度落ち着いている様子だった。まずは俺が話をしてみて、かなでちゃんがどんな子なのか、どうして辛そうにしているのかを出来るだけ明らかにする。……大丈夫、何時間も話をするわけじゃないし、練習にも参加する」

 

 

 俺がそこまで言うと、3人は顔を合わせて「はあ……」とため息をついた。

 

 

「またそうやって自分の仕事増やしやがって……でも、相手を理解するって分野については貴嗣が一番優れてるしなぁ」

「リーダーはこうなったら梃子でも動かないもんねー。……分かった、リーダーがやりたいって言うんなら、あたしはそれを尊重したいかな。花蓮はどう?」

「大河君の言う通り、心の距離を縮めるっていう場面では貴嗣君が一番上手く出来ると思う。他に良いアイデアも浮かばないし、私も賛成ってことで」

「ああ。皆ありが——」

「ただし!」

 

 

 花蓮の大きな声が、俺の言葉を遮った。

 

 

「さっきも言ったけど、最近の貴嗣君は疲れてるように見える。……無理はしないって約束して」

「おいおい、何だよ花蓮。大袈裟だな。大丈夫、無理はしない。約束する」

「……分かった。じゃあ、その方針で行こうか。こころちゃん達もそれでいいかな?」

 

 

 花蓮はそう言いながら、こころ達の方に顔を向けた。

 

 

「もちろんいいわよ! ありがとう皆! あなた達と一緒なら、とーっても素敵なことができる気がするわ!」

 

 

 その後の話し合いで、明日の放課後、俺は美咲ちゃんと一緒にかなでちゃんが入院している病院に行くこととなった。ハロハピのメンバーは以前かなでちゃんの担当をしている看護師さんと話している。美咲ちゃんが一緒に来てくれることで、面会もスムーズに行えるはずだ。

 

 ひょんなことからハロハピに協力することになった俺達。練習と両立するのは簡単ではないだろうけど、こころ達の為にも、そしてかなでちゃんの為にも、出来る限りのことをやっていこう。

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 オリジナルストーリーのハロハピ編、始まりました。キャラの口調は違和感あるし更新は遅いしで問題しかないですが、頑張っていきますのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話 久しぶりの電話と面会

 

 

 

 

 

 夜の9時。晩御飯を食べて、お風呂にも入った。毎日のドラムの練習もしっかりしたし、明日の学校の用意も済ませた。準備完了ということで、胸が高鳴るのを感じながら、私はベッドの上に座って電話を掛ける。

 

 プルルルル。プルルルル。2コール後に、電話は繋がった。

 

 

「もしもし、貴嗣? 聞こえるー?」

「ああ、聞こえるよ。お疲れ様、沙綾」

「うんっ。お疲れ、貴嗣」

 

 

 私の好きな男の子の声、低くて芯の通った声が、スマホのスピーカーから聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「——それでね、皆で練習終わりにカラオケに行ってから、近くの雑貨屋さんに行ったんだ」

「おおっ、いいじゃん。何か良い物買えた?」

「うん! 新しいシュシュ、買ったんだ」

「新しいシュシュ……もしかしたらこの前お店に行った時につけてた紺色のやつ?」

「そうそう! よく覚えてたね」

「沙綾にしては珍しい色だなーって思って。結構印象に残ってた」

「確かに青系の服とか小物はあんまり持ってないかも。……ねえねえ、貴嗣」

「んー?」

「紺色のシュシュ、どうだった? 私が付けてても違和感なかった?」

「もちろん。よく似合ってたよ」

「やった♪ ありがとう♪ 貴嗣にそう言ってもらえると嬉しいよ」

「それは良かった。でもなんでまた紺色? 最近のお気に入りの色とか?」

「うーん……半分正解かな」

「あははっ、なんだよそれ。もう半分が気になるなぁ」

「ふふっ、当ててみて」

「うーん……わからんっ」

「ふふっ……あははっ!」

 

 

 10秒ほど唸ってから、貴嗣は自信満々にそう答えた。あまりにも堂々と分からないって言い切るから、私はつい笑ってしまった。そして私の笑い声につられて、次第に貴嗣も笑い始めた。

 

 君が好きな色だから、あのシュシュを選んだんだよ——答えを伝えたら、貴嗣はどんな反応するのかな。

 

 

「あー、なんだかこうやって2人で笑うの、久しぶりだね」

「ああ。久しぶりだな。……なあ、沙綾」

「ん?」

「最近その……店に行けなくてごめんな」

「どうして謝るの? 貴嗣は最近コンテストに向けて練習してるんだもん。忙しくて当然だよ」

 

 

 貴嗣達は1カ月程前から〈Next Era Contest〉っていう大きなコンテストに向けて練習している。結成当初からSNSとか動画サイトに投稿していたカバー曲だったり、CiRCLE主催のライブイベントに参加したのがきっかけで、運営さんの目に留まったんだって。

 

 やるからには出来るだけ良い結果を残したい、今の自分達がどこまでいけるのか試したい——その想いで、貴嗣達は今一生懸命練習している。学校が終わればすぐにギターケースを持ってライブハウスに向かう貴嗣の姿を、この間から私はずっと見ている。

 

そんな忙しい中でも、何とか時間を作って私のお店に来ようとしてくれてるっていうのを、この前穂乃花から聞いた。そのことを伝えると、貴嗣は恥ずかしそうに笑った。

 

 

「あはは……穂乃花は相変わらずお喋り好きだなぁ。それが穂乃花の良い所なんだけどさ」

「そうだね。……ねえ、貴嗣」

「ん?」

「私ね、穂乃花からその話聞いて、すごく嬉しかったんだよ。ライブハウスの予約とか練習メニューの作成とかで毎日忙しいのに、時間作ろうとしてくれてありがとう」

「……約束守れてないのにありがとうって言ってくれるのか?」

「あの日の約束は『出来るだけ毎日パン買いに来るよ』でしょ? 毎日行くとは言ってないんだから、貴嗣は約束を守ってくれてるよ」

「……沙綾は優しいな」

「誰かがいつも私に優しくしてくれてるからだよ」

「……ははっ、やっぱ沙綾には敵わないなぁ」

 

 

 貴嗣と話す機会は確かに減った。

 

 本当のことを言うと……やっぱり寂しい。店番をしている時でもレジからお店の出入り口を見つめて、「来てくれないかな」なんて思っちゃうこともある。

 

 でも貴嗣は毎日私の事を考えてくれている。そのことがすごく嬉しいから、寂しいけれど大丈夫。寧ろ寂しさがあるからこそ、今みたいに貴嗣とゆっくり話せることが、物凄くドキドキするし嬉しいって思える。

 

 

「私ね、こうやって貴嗣とお話するの、大好きなんだ。でもそのせいで貴嗣に無理して欲しくないんだ」

「無理って……別に俺、無理なんかしてないぞ」

「ほんとに? でも今の貴嗣の声、元気ないよ」

「いやいや、そんなこと……ふあぁ~……」

「あははっ、おっきな欠伸」

 

 

 無理なんかしてないっていうのは嘘。最近の貴嗣は本当に疲れている。授業中でもずっと眠そうにしている。やることが多くて、あんまり眠れてないんじゃないかな。

 

 今日だって疲れ切ってヘトヘトなのを我慢して、私と電話してくれているんだと思う。声のトーンで元気じゃないのがはっきりと分かる。他人のことを優先しすぎて、自分のことを後回しにしちゃってる、そんな印象。

 

 

「もう夜も遅いし、そろそろ寝よっか」

「ああ。……なんか気を遣わせたみたいでごめんな」

「もう……今日の貴嗣、謝ってばっかりだよ? 『ごめん』じゃなくて、『ありがとう』って言ってほしいな」

「あはは……うん。分かった。ありがとう、沙綾。沙綾と電話できて、俺も嬉しかった」

「うんっ♪ 私もすっごく嬉しかった。じゃあ、また明日学校でね。おやすみ、貴嗣」

「ああ。おやすみ、沙綾。また明日」

 

 

 ゆっくりと耳元から携帯を離して、名残惜しい気持ちを抑えながら、通話終了のアイコンを押した。通話時間は1時間ちょっと。久しぶりに貴嗣と2人きりで話せて、とても嬉しかった。

 

 

Sâya〈今日はありがとう! ゆっくり休んで、元気になってね〉

 

 

 送ったメッセージに既読は付かない。電話が終わったのと同時に寝ちゃったんだね。

 

 

「おやすみ、貴嗣。ゆっくり休んでね」

 

 

 静かになった部屋で1人呟いて、私も部屋の電気を消した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 次の日の放課後、俺は美咲ちゃんと一緒に病院に来ていた。ハロハピが笑顔を届けようとしている少女、かなでちゃんが入院している病院は、花咲川学園から歩いて15分程のところだった。

 

 受付の人と話している美咲ちゃんの後ろで、周りを見渡す。病院内はとても静かで落ち着いた雰囲気だった。外の方を見ると、すぐ近くにある公園で遊んでいる子ども達の姿も見えた。元気よく遊んでいる彼らを眺めていると、美咲ちゃんに肩を叩かれた。

 

 

「今受付の人に言ってきたよ。担当の看護師さんが呼びに来てくれるみたいだから、ちょっとここで待っていようか」

「了解。ありがとう」

 

 

 受付から戻って来た美咲ちゃんと一緒に、俺は病院の休憩スペースにある椅子に座った。暖房が効いていて、とても温かい。ただ先程まで外を歩いていたので、手がかなり冷えてしまっていた。

 

11月に入ってから気温が急に下がった。厚着をしないと外を歩くのは少々きつい。制服の上に羽織っているネイビー(濃紺)のPコート、そのポケットに手を入れて温めていると、隣に座っている美咲ちゃんが話しかけてきた。

 

 

「あのさ、貴嗣君。今回はその……あたしのせいで巻き込んじゃってごめんね」

「大丈夫だよ。自分達が力になれるんだったら、それは協力するべきだと思うしさ。それに……」

「それに?」

「“誰かを笑顔にする”っていうのは、正しいことだと思うんだ。それに協力できるのは、とても嬉しいって思ってる」

 

 

 俺個人の考えだけどね、と付け足して、Pコートのポケットからカイロを取り出して手を温める。そんな俺を見つめる美咲ちゃんの表情が、少し安心したようなものに変わった。

 

 

「うん、そっか。ほんとにありがとね」

「どういたしまして。ハロハピとかなでちゃんの笑顔の為に、俺も出来る限りのことをするよ」

「……前から思ってたんだけどさ」

「ん?」

「やっぱり貴嗣君って仏だよね」

「あははっ、だからそれは大袈裟だって。それ最初に会った時も言ってなかったか?」

「ふふっ。うん、言ったね」

 

 

 冗談を交わして、美咲ちゃんに笑顔が戻る。ここに来るまでもずっと申し訳なさそうにしていたから、今の美咲ちゃんを見て俺は安心した。

 

 

「あかりちゃんって子も、足を怪我しちゃったんだっけ?」

「そうそう。手術は成功したんだけど、勇気が出せなくて中々リハビリができなかったんだ」

「そんなあかりちゃんを、美咲ちゃん達が勇気づけたって訳だな。流石だ」

「なんかそう言われると嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、何だかこそばゆいかも」

「あははっ。胸を張っていいと思うよ」

 

 

 美咲ちゃんは満更でもないといった様子だった。ほんの少しだけ顔も赤くなっているし、やっぱり美咲ちゃんもハロハピの活動を評価されると嬉しいらしい。最初はあんまり乗り気じゃなかったと聞いていたから、美咲ちゃんがハロハピとして楽しく活動できているのは、自分も嬉しく感じる。

 

 

「そういえばさ、貴嗣君は入院したことある?」

「ああ。あるよ。子どもの頃に何回か」

「へえ~意外かも。体ガッシリしてるからそんなイメージなかったや」

「子どもの頃は体弱かったんだ。……でもそれ以上に」

「?」

「お見舞いに来ることの方が、遥かに多かったかな」

「お見舞い? 友達の?」

「……ああ。友達の」

 

 

 顔を上げて、病院内をぼうっと見つめる。

 

 

「凄く大切な友達の、かな」

 

 

 

 

 

 

 

『あっ、貴君だ。今日も来てくれたんだね。ありがとう』

『やった、貴君が来てくれた。嬉しいなあ。私、待ってたんだよ』

『今日もいっぱいお話してくれてありがとう。私、楽しかったよ。また来てくれたら嬉しいな』

 

 

 

 

 

 

 

「……貴嗣君!」

「……!?」

 

 

 美咲ちゃんに強く肩を叩かれて、意識が現実へと引き戻された。

 

 

「さっきから呼んでたのにどうしたの? もしかしたら体調悪いとか?」

「い、いいや。大丈夫。……すまん、ちょっと考え事してた」

「ならいいんだけど。それよりもほら、看護師さん来てくれたから、かなでちゃんのとこに行こう」

「分かった」

 

 

 俺は美咲ちゃんに答えて、カイロをもう一度コートのポケットに入れてから席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 担当の看護師さんに案内されて、俺達は病院の中を移動する。病院内のこの清潔感のある風景は、問答無用で昔を思い出させる。

 

 

 紗夜さんと日菜さん、真優貴と一緒にドッグランに行ってからだ。事ある毎に、彼女と過ごした日々が思い出されるようになった。学校にいる時も、練習の時も、寝る時も……気持ちが休まる時間なんてない。

 

 

 幼馴染の女の子、家族と同じくらい大切だった彼女との会話。忘れることなど許さないと、記憶の欠片が追いかけて来る。

 

 

 

「(……あの頃はほとんど毎日、見舞いに来てたっけな)」

 

 

 

 物思いにふけっていると、かなでちゃんが入院しているという病室の前まで来ていた。頭をブンブンと振って、気持ちを切り替える。

 

 

「かなでちゃんがいるのはこの部屋です。あの子はとても繊細ですが、誰かと話すのが大好きな子です。たくさん話しかけてあげてくれると、私も嬉しいです」

「分かりました。色々とありがとうございます。それじゃあ、あたしが先に入るね」

「オッケー。一旦俺はここで待ってるよ」

 

 

 美咲ちゃんは数回ノックをしてから、かなでちゃんのいる病室に入った。

 

 

「こんにちは、かなでちゃん」

「あっ……この前のお姉さん……美咲さん、だよね?」

「うんっ。あたしのこと、覚えててくれてたんだね。ありがとう」

「うん……この前私とお話してくれたから覚えてた。今日は……私に会いにきてくれたの?」

「そうだよ。それに今日は、あたしだけじゃないんだよ。かなでちゃんが大好きなお兄さんも来てくれてるんだ」

「えっ……それって……」

 

 

 美咲ちゃんに呼ばれてから、俺はゆっくりと部屋に入った。

 

 部屋に入った瞬間に、奥にいる少女と目が合った。黒髪ショートにブラウンの瞳、大人しそうな女の子こそ、かなでちゃんだった。

 

 かなでちゃんを見た瞬間、何かを感じた。言葉で説明するのが難しいのだが……普通の人とは違うオーラを纏っているというか、とにかく違和感があった。

 

 

「あっ……Silver Liningの……貴嗣さん……?」

「うん、そうだよ。はじめまして、かなでちゃん。山城貴嗣です。よろしくね」

 

 

 繊細なかなでちゃんを怯えさせないように、出来るだけゆっくりと話す。

 

 かなでちゃんは驚いた様子でこちらをジーッと見つめていた。だがその視線は俺が来たことではなく、全く違う別のことで驚いているように見えた。

 

 

この人……私と一緒……?

「ん? どうかした?」

「う、ううん。なんでもない。変なこと言って……ごめんなさい……」

「大丈夫だよ。今日はかなでちゃんと一緒に少しお話がしたいんだけど、いいかな?」

「貴嗣さんも……私とお話してくれるの?」

「そう。ほら、俺達の音楽が好きって言ってくれたんだよね? どういうところが好きなのか、教えてもらいたいんだ」

 

 

 俺の言葉にかなでちゃんは、ゆっくりと頷いてくれた。

 

 かなでちゃんが小声でボソッと言った言葉が何だったのか気になるが、一旦それは無視。俺と美咲ちゃんがベッドにすぐ近くの椅子に座ったのを見計らって、かなでちゃんは静かに話し始めた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話 不思議な女の子

 

 

 

 俺と美咲ちゃんは静かな病室でかなでちゃんの話を聞く。〈Silver Lining〉の演奏が好きだという彼女は、その理由を教えてくれた。

 

 

「上手く言えないんだけれど……『聞いている人を癒したい、勇気づけたい』っていう貴嗣さん達の気持ちが、音から伝わってくるの」

 

 

 不思議な答えだった。その証拠に、隣に座っている美咲ちゃんは首を傾げている。そんな美咲ちゃんとは違い、俺は内心とても驚いていた。

 

 以前かなでちゃんが聞いていたという曲は、有名な応援ソングをカバーしたものだった。今まで演奏した中でも特に評価が高い曲だ。その歌詞には「聞いている人を癒したい、勇気づけたい」というメッセージが込められていて、自分達もそういう想いを込めて演奏した。

 

 その気持ちを、この子は音を通じて読み取ったということになる。もしそれが本当なら、並外れた感受性だ。

 

 

「私ね、ポジティブな気持ちがこもったものが好きなんだ。音楽とか、映画とか、アニメとか。前向きな気持ちが込められたものに触れると、私にもそれが伝わってきて……胸がすうっと楽になるんだ」

「うんうん。そうなんだね。じゃあ俺達の音楽に込められたプラスの気持ちが、かなでちゃんに伝わったってことなのかな?」

「うん……『誰かの助けになりたい』っていう貴嗣さん達の気持ちが……すごくあったかく感じるんだ」

 

 

 俺達は演奏する時、必ず考えていることがある。「音楽を通して、誰かの助けになりたい」という気持ちだ。

 

 自分達の演奏を聞いてくれる人が、もし落ち込んでいたら勇気づけたい。傷ついていたら癒したい。どんな曲を演奏するときも、その気持ちは常に持っていようと4人で決めている。

 

 

「気持ちが……伝わってくる……」

「美咲ちゃん? どうした?」

「この前あたしがかなでちゃんと会った時の話、貴嗣君にもしたでしょ? あの時もね、あたしの考えてること、かなでちゃんは全部分かってた」

 

 

 美咲ちゃんの話を思い出す。公園で動画を見て微笑んでいるかなでちゃんに、こっそり後ろから近づいてバレた時の話だ。

 

 バレた時の焦りは想像できるにしても、「怖がらせちゃったかな?」「怒らせちゃったかな?」という心配を、美咲ちゃんは一切口にしていない。それでもかなでちゃんは正確に、美咲ちゃんの気持ちを読み取っていた。

 

 

「もしかしたらあの時も、あたしの気持ちとか考えが伝わってきた……ってことなのかな?」

「……うん。そうだよ、美咲さん」

 

 

 美咲ちゃんとかなでちゃんのやり取りを見て、ふと閃いた。

 

 

 俺達〈Silver Lining〉は、「誰かの助けになりたい」という気持ちで演奏している。それはプラスのエネルギーを持つ感情で、演奏を聞くかなでちゃんには、その気持ちが伝わってくる(・・・・・・・・・・・・)。その結果プラスのエネルギーを浴びて、前向きな気持ちになれるというわけだ。

 

 

 ならその反対は? マイナスのエネルギー、即ちネガティブな感情に触れるとどうなるか? かなでちゃんも負のエネルギーを浴びて、辛い気持ちになってしまうのではないだろうか? 「病は気から」という諺もあるように、精神と体調は密接に繋がっている。精神的ストレスによって免疫力が下がることについては、これまでに多くの本や学術論文が発表されているし、的外れな話ではないはずだ。

 

 

 つまりかなでちゃんが体調を崩しがちというのは……。

 

 

「ねえ、かなでちゃん。かなでちゃんが体調崩しがちっていうのは、『気持ちが伝わってくる』っていうのと関係あったりする?」

「……!?」

 

 

 かなでちゃんの体が、ビクッと震えた。とても驚いている様子だった。まずい質問をしてしまったと内心焦ったが、そう考えている内にかなでちゃんが口を開いた。

 

 

「……正解だよ、貴嗣さん。やっぱりあなたも鋭いね

 

 

 そう言ってから、かなでちゃんは体を俺達の方に向けた。

 

 

「美咲さん、貴嗣さん。あかりちゃんから聞いてると思うけれど、私、ちっちゃい頃から体調を崩しがちなんだ。……その理由、聞いてくれる?」

「もちろん。あたし達もかなでちゃんのこと、もっと知りたい」

「……ありがとう」

 

 

 暫しの沈黙の後、かなでちゃんはゆっくりと口を開いた。

 

 

「私ね、他の人の気持ちを、自分の気持ちみたいに感じちゃうんだ」

 

 

 静かな病室で、かなでちゃんは自身について話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 物心ついた頃から、私は他人の気持ちに敏感だった。他人の気持ちが伝わってきて、まるで自分の気持ちのように感じてしまう。

 

 

 楽しい気持ちの人といれば、私も楽しくなる。辛い気持ちの人といれば、私も辛くなる。無意識の内に他の人の気持ちをキャッチしてしまい、それに振り回されてしまう。

 

 

 上手く言葉にできないけれど、他人の気持ちが私の中に入り込んでくる、みたいな感覚。多分普通の人には理解できない感覚だと思う。私が何もしていなくても、悲しい気持ちの人が傍を通るだけで、私も悲しい気持ちになってしまう。自分の気持ちと他人の気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざっちゃうような感じ。

 

 

 人が集まる場所は、昔から苦手だった。他人が嫌いとかではない。むしろ他の人とお話ししたり、遊んだりするのは好き。でも皆がポジティブな気持ちでいるかといえば……それは違う。ネガティブな気持ちの人が同じ空間にいれば、その気持ちが私にも伝わってきて、私も辛くなってしまう。

 

 

 そして私にとって、避けては通れない「人がたくさん集まる場所」があった。学校だ。小学校では毎日クラスの皆と過ごす。そして私には……クラスの皆全員の気持ちが流れ込んでくることになる。

 

 

 マイナスの気持ちが伝わってきて、それがどんどん溜まっていくと……ある時限界が来る。そうなると一気に体の調子が悪くなってしまう。フラフラになって、頭が痛くなって、体が物凄く重くなる。ひどいときは熱も出てしまう。そうやって体調を崩して、その度に入院をしてしまう。

 

 

 病院では基本的に1人だから、少しずつ体調は回復する。でも学校に戻ったら、また同じことの繰り返し。皆の気持ちを感じ取って、いつかは限界が来て、体調を崩して入院。そんな生活を……私は幼い頃からずっと続けている。

 

 

 これが私。他人の気持ちを自分の気持ちのように感じてしまう、入院しがちな女の子だ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「他の人の辛い気持ちを感じ取っちゃって、自分も辛い気持ちになっちゃうんだな。自分がそうじゃなくても、他の人の『怖い』とか『辛い』とか『悲しい』とかが伝わって来ちゃって、自分もその気持ちになっちゃうんだ」

「そう。それで物凄くしんどくなって……気が付いたら、こうやって病院のベッドの上にいるの。これの繰り返しなんだ」

 

 

 かなでちゃんは自身の性質と、これまでのことを話してくれた。その話は彼女の辛い気持ちで満ちていて、胸の奥がズキズキと痛んだ。美咲ちゃんも同じなのだろう、表情が強張っている。

 

 

「私、思うんだ。なんで私は普通じゃないんだろうって。なんで私は……他の人と違うんだろうって」

「かなでちゃん……」

「でもね、この前貴嗣さん達の音楽に出会ったの。貴嗣さん達の演奏はね、すごく温かくて、優しい気持ちでいっぱい。〈Silver Lining〉さんの曲を聞いている間は、辛い気持ちが前向きな気持ちに変わるの」

 

 

 かなでちゃんは窓の外を見ていた。彼女の視線は、病院のすぐ近くにある公園に向けられていた。

 

 

「本当は私も……今あの公園にいる皆みたいに、毎日友達と遊んでみたい。毎日学校で勉強したい。でも……退院して少しの間は学校に戻れても、また他の人のネガティブな気持ちを感じ取っちゃって、辛い気持ちになっちゃう。それが……すごく怖いの」

 

 

 途中からかなでちゃんの声が涙声に変わっていた。涙を溜めた目で、かなでちゃんはこちらを見ていた。

 

 

「ねえ貴嗣さん、美咲ちゃん……私、笑いたいよ……辛い気持ちに振り回されるんじゃなくて……心の底から笑いたい……でも……どうすればいいか全然わからないの……」

 

 

 気が付くと、俺は鞄から予備のハンカチを取り出して、かなでちゃんの涙を拭いていた。嫌がられるかと思ったが、かなでちゃんは一瞬驚いただけで、そのままじっとしていてくれた。

 

 

「かなでちゃん、話してくれてありがとう。人の気持ちを自分の気持ちみたいに感じちゃうのは……本当に辛いよな。胸も痛くて体もしんどくて……辛い気持ちを俺達に教えてくれてありがとう」

「……っ……うん……」

 

 

 これ以上かなでちゃんにストレスを与えるのはまずい。そう思い、隣の美咲ちゃんに小声で提案する。

 

 

「今日はここまでにしないか?」

「うん。これ以上はかなでちゃんに負担かけちゃうよね」

 

 

 美咲ちゃんからも了解があり、今日の面会はここまでとなった。しばらくの間かなでちゃんを落ち着かせてから、俺達は荷物をまとめた。

 

 

「そうだ、かなでちゃん。〈ハロー、ハッピーワールド!〉っていうバンド知ってる?」

「えっ? 〈ハロー、ハッピーワールド!〉……この前美咲さんと一緒にいたお姉さん達のバンド……?」

「そうそう! そのとおり」

 

 

 マフラーを巻いた美咲ちゃんが、席を立つ前にかなでちゃんにそう聞いた。かなでちゃんは首を傾げながらも、以前こころ達が来たことを思い出したようだった。

 

 

「あたし達もバンドやってるんだ。まあその……貴嗣君達みたいな正統派バンドじゃなくて色々とぶっ飛んでるんだけど……って、なんか自分で言うと悲しくなるな……」

「? 美咲さん、大丈夫?」

「ああ、ごめんね。それでね、あたし達のバンドの音楽はね、すっごく楽しくて派手で、笑顔でいっぱいなんだ。だからかなでちゃんにも一度聞いてみてほしいんだ」

「……うんっ。分かった。〈ハロー、ハッピーワールド!〉の曲、聞いてみる」

「ありがとう。それじゃあ、あたし達は帰るね。今日はありがとう、かなでちゃん」

 

 

 かなでちゃんに感謝を伝えて、俺達は病室を後にしようとした。

 

 

「み、美咲さん……! 貴嗣さん……!」

 

 

 ドアに手を掛けたところで、後ろから彼女に呼び止められた。俺達は同時に振り向いた。

 

 

「また……お話しに来てくれる……?」

 

 

 俺と美咲ちゃんは顔を合わせて、頷いた。

 

 

「「もちろん!」」

 

 

 力強く答える。出てきた言葉も全く同じだった。

それを聞いたかなでちゃんは、ほんの少しだけど、嬉しそうに笑ってくれたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「おまたせー貴嗣君。ホットコーヒー、持ってきたよ」

「ああ、ありがとう美咲ちゃん。……あぁ~、あったけぇ~……」

「あははっ、変な声出てる。……ふぅ~、あったか~い……」

 

 

 コンビニの休憩スペースでホットコーヒーを飲む。外の寒さで冷えた体に熱が入ってきて気持ちいい。ポカポカと体の内側から温まってきて、脱力しきった声が思わず出てしまった。

 

 

「最近のコンビニのコーヒーって美味しいよね」

「確かに。美味しいのは認めるけど……うちの店のコーヒーには及ばないな」

「あははっ、そりゃあ専門店には勝てないでしょ。貴嗣君の家のお店は特に味に拘ってるんだから、比べるのはコンビニがかわいそうだよ。……そういえばお腹減ったなぁ。何か食べたい……」

「そう言うと思って……じゃじゃーん」

「あっ、ミニサイズのクッキーだ。美味しそう。それ、貴嗣君の手作り?」

「その通りでごぜーます。真優貴とこの前作ったバニラクッキーなんだ。コーヒーとも合うと思う。はい、どうぞ」

「ありがとう。それじゃあ、いただいます。……んん~美味しい♪」

 

 

 かなでちゃんとの面会の後、あたし達は帰り道の途中にあるコンビニに寄り道をしていた。休憩したかったのもあるし、今日の話をまとめた上でこれからどうしていくか、貴嗣君と相談したかったからだ。

 

 コーヒーとクッキーを一通り堪能し一息ついてから、あたしのほうから話しかけた。

 

 

「今日は一緒に来てくれてありがとう、貴嗣君。貴嗣君がいてくれて本当に助かったよ」

「どういたしまして。……それで、今日の面会の感想は?」

「う~ん……なんかもう、情報量が多かったっていう感じかな。まだ頭の整理ができてなくてさ……でも貴嗣君達の音楽が好きな理由は、何となく分かった。かなでちゃんは、周りの気持ちに振り回されちゃうってことなんだよね?」

「うん。要するにかなでちゃんは、『共感能力が高すぎる』子なんだ」

 

 

 貴嗣君の言葉はとても分かりやすかった。なるほど、共感能力か……と心の中で納得した。

 

 

「一般的な共感っていうのは、相手の気持ちとか考えを自分自身のこととして考えて、理解できる能力のこと。かなでちゃんみたいな子は、その共感能力が高すぎる。考えて理解するってレベルを超えて、『その人になってしまう』んだと思う。自分と他人の間の境目がすごく薄いんだ」

「自分と他人の境目……他人の気持ちと自分の気持ちがぐちゃぐちゃに混ざっちゃうような感覚って、かなでちゃんも言ってたね」

「そうだな。例えば、悲しくて泣いている人を見たら、自分も泣いてしまうみたいな感じだ。『自分は悲しくない。でも他の人が悲しいから自分が泣く』っていう、一見よく分からない現象が起きるんだよな。感情移入しすぎ、共感しすぎとも言えるかも」

 

 

 そう話す貴嗣君の口調に、あたしはほんの少し違和感を覚えていた。あまりにも詳しく知ってて、どうもそれが気になって仕方がない。

 

 病院でかなでちゃんと話している時もそう、話が難しくて唸っていたあたしと違って、貴嗣君はあの子の話をすんなりと理解できていた。かなでちゃんみたいな子に会うのは初めてじゃない、とかなのかな。

 

 まあでも、説明が分かりやすいことに変わりはなくて、彼の解説のおかげで、あたしもかなでちゃんの性質について大分理解ができていた。

 

 

「頭が混乱しちゃうんだね。これは自分の気持ち? それとも他人の気持ち? って。そりゃあストレス溜まるよね……」

「ああ。体に支障が出るレベルで、だな」

 

 

 そう言って、貴嗣君はまた一口、ホットコーヒーを飲んだ。それにつられて、あたしもコーヒーカップを口へと運んだ。

 

 

「……かなでちゃんさ、笑顔になりたいって言ってたよね」

「ああ。学校に行って勉強する、公園で友達と遊ぶ、運動会とか行事に参加する……そういうのに憧れてるんだな」

 

 

 あの子は、あたしが想像できないくらい辛い思いをしてきたんだと思う。「心の底から笑いたい」と泣きながら言うかなでちゃんの姿が浮かんで、胸がギュッと締め付けられた。

 

 そんな彼女を見て、あたしは思った。

 

 

「あたしさ、かなでちゃんを笑顔にしたい。かなでちゃんに、思いっきり笑って欲しい」

 

 

 前のあたしだったら、やりたい気持ちより、まずそれが出来るのか出来ないのかって考えの方が先行していた。けどハロハピとして活動してきたからかな、そんなこと出来るわけないじゃんっていう考えよりも、誰かを笑顔にしたいっていう気持ちが、今回は先に出てきた。

 

 あたしでも誰かを笑顔にできるんだったら……あたしはかなでちゃんを笑顔にしたい。

 

 

「でも今のあたしじゃ、具体的にどうすればいいのか、良いアイデアが浮かばない。だから貴嗣君。あたしに……ハロハピに協力してくれないかな?」

 

 

 あたしは貴嗣君の目を真っ直ぐ見つめて言った。貴嗣君は視線を逸らさず、ゆっくりと頷いてくれた。

 

 

「分かった。俺も協力する。大河達とも話し合ってみるよ」

「うんっ。ありがとう」

 

 

 彼の透き通った銀色の瞳が、あたしの気持ちをしっかりと受け止めてくれるみたいだった。

 

 

「ところで」

「ん?」

「さっき美咲ちゃんがコーヒー頼んでくれている間に、1つアイデアが浮かんだけど、聞いてもらってもいいかな?」

「えっ!? もう思いついたの!?」

 

 

 思わず驚いてしまった。貴嗣君は苦笑いして、「ものすごーく大雑把だけどな」って言いながら、メモ帳をあたしに見せてきた。

 

 左のページには、さっきのかなでちゃんとの会話の内容が綺麗に整理されていた。そして右のページには、貴嗣君が思いついたアイデアとそれに関するメモが大まかに書かれていた。メモは乱雑で、まだ考えが十分に纏まっていないのが見て取れた。

 

 

「かなでちゃんの共感能力はすごく強い。他人の気持ちを、自分の気持ちのように感じてしまう。マイナスの面に注目しがちだけど、楽しい気持ちの人と触れ合えば、かなでちゃんも楽しい気持ちになれるってことだろ?」

「うんうん。〈Silver Lining〉の音楽が好きな理由も、それに近かったよね。楽しい気持ちに触れる……あっ!?」

 

 

 貴嗣君の言いたいことが、ピコンと頭に閃いた。

 

 

「あたし達ハロハピの音楽なら、かなでちゃんを笑顔にできるかも……!?」

「そう。美咲ちゃんも言ってただろ? ハロハピの音楽は、楽しくて、派手で、笑顔に満ちているって。ポジティブな気持ちを伝えるっていうのは、美咲ちゃん達が一番得意なんじゃないかな」

「すごい……すごいよ貴嗣君! 確かに細かいところは煮詰まってないけど……なんだかいけそうな気がする!」

「もうほんとに安直な考えだけどな。まだまだしっかりと考えないといけないから、とりあえず1つの案ってことで考えておいてほしい」

 

 

 そう言って、貴嗣君はメモ帳を閉じて鞄に入れた。

 

 全く別のバンドのことだけど、一生懸命考えてくれてるんだなぁ。なんだかこういうの、すっごい嬉しいかも。

 

 

「さてと、そろそろ帰りますか。次の行動はどうする?」

「あっ、それなんだけどさ、明日の放課後に駅前の図書館に行ってもいいかな? かなでちゃんの高い共感能力っていうのについて調べたいんだ」

「おおっ、いいね。なら心理学のブースにあるかもだな。明日、調べに行ってみるか」

「うんっ。お願いします」

「お安い御用だ」

 

 

 ニコッと笑って答える貴嗣君。その笑顔を見て、何だか安心感というか、あったかい気持ちになる。かなでちゃんの言っていたのは、もしかしたらこんな気持ちなのかも。

 

 貴嗣君達が協力してくれれば、かなでちゃんを笑顔にできるかもしれない。そんな期待を抱きながら、あたしはコーヒーカップを持って、最後の一口を流し込んだ。

 

 

 

 

 




 
 読んでいただき、ありがとうございました。

 性懲りもなく、またまたアンケートを作らせていただきました。お時間があれば是非。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話 作戦会議

 

 

 

 

 

 学校の授業が終わってから、あたしは貴嗣君と一緒に駅前の図書館に来ていた。落ち着いたBGMが流れる館内には、一般客の他にも、一生懸命自習している学生の姿もあった。恐らく受験生なのだろう、一心不乱にペンを動かす先輩たちの集中力は凄まじいものだった。

 

 

「心理学のブースはここだな」

「うわっ、いっぱい本があるや。流石町で一番大きな図書館だね」

 

 

 昨日家に帰ってから、あたしは共感性・感受性についてネットで調べた。かなでちゃんの特徴である高い感受性、共感性について、もっと深く知らきゃって思ったから。そして色んな記事を読んでいて、1つ気になる言葉を見つけた。

 

 

「あった。この本なら分かりやすいと思う」

「ありがとう。なになに……『わたしはHSP』?」

「そう。これ、HSPの作者さんが実体験をもとに書いた本なんだ。イラストとか図が多くてすごく分かりやすいと思う」

 

 

 それがHSP——Highly Sensitive Personという言葉だ。簡単に訳すると、人一倍敏感な人。貴嗣君が教えてくれた本には、HSPのことが詳しく、でも分かりやすく書かれていた。

 

 HSPとは、アメリカのとある心理学者によって提唱された心理学的概念。極めて繊細で高い感受性を持った人のことで、全人口の約5人に1人がHSPと考えられている。

 

 HSPの特徴は様々だ。五感が敏感である為、大きな音や強い光などの強い刺激に弱い。場や人の空気を読み取る能力に長けているがそのせいで疲れが溜まりやすい。表情や雰囲気、声色の些細な変化から人の気持ちを読み取ることができる、等々。

 

 要するにHSPとは通常の人と比べて、刺激に対する感度がとても高い人達のことみたいだ。そしてかなでちゃんのように、感覚が鋭すぎて疲れてしまったりストレスが溜まってしまう人が多いみたいだった。

 

 

「ふむふむ、『HSPには、D.O.E.S(ダズ)という4つの特性がある』……あっ! ねえ貴嗣君、ここの『E』の特性に、高い共感性って書いてある!」

「ああ。Emotional reactivity and high Empathy(感情反応、高い共感性)、かなでちゃんの特徴に当てはまっている」

 

 

 ちなみに貴嗣君もHSPって言葉が思い浮かんでいたみたい。というか、あたしと違って、この言葉を知っていた。あたしの話を聞いた貴嗣君はすぐに「おすすめの本がいくつかあるんだ」って言って、図書館の中を案内してくれた。前からこういう心理学系の本を頻繁に読んでいるみたい。

 

 

「あたし、ちょっとずつかなでちゃんのこと分かってきたかも。貴嗣君ってほんと色んなこと知ってるんだね。説明も分かりやすいし、いてくれて助かるよ」

「力になれたなら良かったよ」

 

 

 それにしても『他の人の気持ちに共感しすぎる』かぁ……毎日生活するのも大変なんだろうなぁ。想像するだけでしんどいもん。でもだからこそ、かなでちゃんには笑って欲しいって、あたしは思う。ハロハピの音楽で、あの子の心を楽しい気持ちで満たしてあげたい。

 

 

「それじゃあもうちょっと調べものしてから、こころの家に行こうか。貴嗣君もそれでいい?」

「勿論。じゃあ俺も同じ内容の本、もう何冊か持って来るよ」

 

 

 あたし達はその後も本を読んで(分からない部分は貴嗣君に説明してもらって)、共感性について勉強した。この後のミーティングで皆に説明するためにも、分かりやすい本を何冊か図書館で借りてから、あたし達はこころの家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 図書館で美咲ちゃんと選んだ本を数冊借りて、こころの家へと向かった。応接間にはハロハピ、そしてSilver Liningのメンバーが集まっている。俺と美咲ちゃんはこの前の面会での出来事、そしてかなでちゃんの特性について説明した。スピリチュアルな内容の話だから最初は皆難しそうにしていたが、本やホワイトボードを使って解説することで、皆話の内容を理解してくれた。

 

 

「なるほどなぁ。音楽に込められたメッセージみたいなのを、かなでちゃんは読み取れるってことか。何だか超能力みたいな話になってきたけど、そのHSPって言葉も作られてるくらいだし、そういう鋭すぎる人って実際にいるんだな」

「なんかでもさ、小学校とか中学校とかにもいなかった? 何だかものすごーく空気読むの上手な人。あたし何人かそういう人知ってるんだけど、もしかしたらあの人達も2人が説明してくれたHSPっていう人だったのかもだね」

 

 

 穂乃花の言う通り、今までの学校生活の中でも、何かと鋭い人がいたような気がする。大河も思い当たる節があるのか、穂乃花の話を聞いて「ああ、確かになー」と頷いていた。

 

 

「かなでちゃんはずっとそうやって辛い思いをしてきたんだね……。美咲ちゃんが言う通り、私もかなでちゃんの為に何かしたいな」

「ありがとうございます、花音さん。さて、それじゃあ『どうやってあたし達がかなでちゃんを笑顔にするか』という話になんだけど……」

 

 

 皆の注目が美咲ちゃんに集まる。一呼吸置いてから、美咲ちゃんが言った。

 

 

「かなでちゃんの為に合同ライブをするっていうのはどうかな?」

「「「合同ライブ?」」」

 

 

 美咲ちゃんが考えていたアイデアというのは、ハロハピとSilver Liningの音楽でかなでちゃんを笑顔にする、というものだった。

 

 理屈はシンプルだ。かなでちゃんが持っている共感力はとても強く、他人の気持ちを自分の気持ちのように感じてしまう。他人がネガティブな気持ちなら自分も辛くなってしまうが、その逆ならどうだろうか。俺達からかなでちゃんへと、明るくポジティブな気持ちを伝えられるのではないだろうか。

 

 何も根拠のない話ではない。かなでちゃんがSilver Liningの演奏が好きな理由は「ポジティブなメッセージが込められているから」だ。あの子が美咲ちゃんに穏やかな笑顔を見せたのは、俺達の気持ちに共感してくれて、ポジティブな気持ちになっていたから。

 

 ハロハピの音楽には、笑顔や幸せ、明るく前向きな気持ちが満ちている。彼女達の演奏と俺達の演奏、2つのバンドのポジティブな気持ちを合わせてかなでちゃんに伝えることができれば……彼女に花丸の笑顔を届けられるかもしれない。

 

 

 

 

「あたし達が楽しい気持ちで演奏すれば、かなでも笑顔になれるってことね! いいアイデアだわ、美咲!」

「流石だよみーくん! はぐみ達のライブなら、ぜーったいかなでちゃんを笑顔にできるよ!」

「まだ合同ライブするって決まったわけじゃないよ2人とも。っていうか、貴嗣君達の了解得てないでしょ」

 

 

 そう言ってから、美咲ちゃんは座っている大河達の方を向く。

 

 

「コンテストに向けて練習中の皆にいきなり合同ライブしましょうっていうのは無理矢理な話だってのは分かってるつもり。だけどもし時間があるなら、あたし達に協力してほしいんだ。……どうかな?」

 

 

 美咲ちゃんは真剣だ。俺達の現状を理解した上でお願いしている。そんな彼女の気持ちがしっかりと伝わったのか、大河と穂乃花、花蓮はお互いの顔を見合った後、ニコッと笑った。

 

 

「そんなに申し訳なさそうな顔しなくてもいいよ、美咲ちゃん。今回の件、私達も協力するよ。合同ライブ、しよう」

 

 

 最初に美咲ちゃんに言葉を掛けたのは花蓮だった。花蓮に続いて、穂乃花と大河も話す。

 

 

「コンテストの審査で演奏する曲、実はもうほとんど完成してきたんだ。勿論まだ練習して微調整しなきゃだけど、合同ライブはあたしもやってみたい!」

「俺達のことを応援してくれてるかなでちゃんの為だ、断る理由なんてないよ」

「皆……! うん、ありがとう!」

 

 

 断られたらどうしようかと、内心不安だったのだろう。3人の言葉を聞いて、美咲ちゃんは喜びと安堵の気持ちが混ざった表情をした。

 

 

「ところで美咲、1つ聞きたいことがあるのだけれど、いいかな?」

「どうしたの薫さん?」

「合同ライブで演奏する曲というのは、もう決めてあるのかい?」

「あー……さすがにそこまでは決まってないかな……。かなでちゃんが好きな音楽のジャンルとか分からないし、どうしようかな……」

 

 

 瀬田先輩の質問に、美咲ちゃんは顔に手を当ててうーんと悩み始めた。そんな美咲ちゃんを見て、瀬田先輩は微笑みながら言った。

 

 

「そんなに深刻に悩む必要はないんじゃないかな?」

「ん?」

「また面会に行くのなら、かなでに好きな音楽を直接聞くというのはどうだろう?」

 

 

 瀬田先輩の言葉に、美咲ちゃんはハッと息を呑んだ。

 とてもシンプルで、的確なアドバイスだった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「わたしの好きな音楽?」

「うん。かなでちゃんは普段どんな曲を聞いてるのかなって気になって」

 

 

 数日後、俺達は再びかなでちゃんのいる病院に向かった。体調が少しずつ回復しているらしく、初めて会った時と比べると顔色が少し良くなっていた。

 

 

「うーん……好きな曲はいくつかあるんだけど……あっ」

 

 

 かなでちゃんは何か思いついたみたいだ。スマホを操作して、画面を俺達に見せてくれた。

 

 

「最近知った曲なんだけど……わたしこの曲大好きなんだ」

「“The Greatest Show”? へえ~、ミュージカル映画の曲なんだ」

 

 

 かなでちゃんが好きだという曲は、とあるミュージカル映画の1曲だった。映画は実在したとある興行師の成功を描いた物語で、俺も観たことがある作品だった。

 

 ミュージカル映画ということもあり作中では多くの名曲が使われているが、かなでちゃんはその中でも特に人気のある1曲である“The Greatest Show”がお気に入りのようだった。

 

 

「この映像……凄いね。パレードみたいに派手な曲で……音楽に引き込まれる」

「でしょ? 他にも好きな曲はあるけど……この曲が一番好きかも」

「そうなんだね。ねえかなでちゃん、良かったらこの映画の話、もっと教えてくれないかな? かなでちゃんの話を聞いてたら、あたしも興味湧いてきたんだ」

「ほんとに? やった。それじゃあ一番初めのシーンから説明するね」

 

 

 美咲ちゃんが興味を持ってくれたことが嬉しいのだろう、かなでちゃんは楽しそうに映画の話をしてくれた。帰る時間が来るまで、かなでちゃんは映画で使われた曲を一つ一つ解説してくれたり、好きなシーンを教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院を出て、帰り道を歩いていると、美咲ちゃんが俺に話しかけてきた。

 

 

「ふふっ。薫さんにありがとうって言わなきゃだね」

「そうだな。流石瀬田先輩だ」

「うん。ライブで演奏する曲、決まったね」

 

 

 お互いの顔を見合って、2人でふふっと笑った。

 

 

「“The Greatest Show”かぁ。いっぱい練習しないとだね」

「俺達ならできるよ。良い演奏にしよう」

「うん。それじゃあ、また練習のスケジュールを組みますかー」

 

 

 “The Greatest Show”——ハロハピとSilver Liningの合同ライブで演奏する曲が、こうして決まった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話 準備スタート

 

 

 

 

 

 自然に包まれた、落ち着いた公園。秋の心地よい空気に包まれながら、僕はギターを弾く。

 

 楽譜を見ながらゆっくりと指を動かす。だが順調に弾けたのはほんの一瞬、すぐに音を外してしまう。

 

 

「はぁ……また同じところ……」

 

 

 落胆のため息が出る。この曲は初心者が練習するための、とても簡単な曲。簡単なはずなのに、僕は同じところでミスをしてしまう。何度も練習しているのに上手く弾けない、そんな才能のない自分が嫌になって、胸の奥がキュッと痛くなる。

 

 もし真優貴が練習したら……僕とは違って一瞬で弾けるようになるに違いない。そんな考えが頭をよぎって、胸の中のモヤモヤがどんどん大きくなって……苦しくなって……。

 

 

「こんな調子じゃいつまでたっても上手くなれないよ……はぁ……」

 

 

 またため息が漏れる。大きなため息だったからか、近づいてくる小さな足音に気付かなかった。

 

 

「ため息ばっかりついていたら、幸せが逃げちゃうよ」

「うわっ!?」

 

 

 突然後ろから声を掛けられ、ビクッと体が跳ねる。でもその声を聞いて、誰がいるのかはすぐ分かった。

 

 

「のぞみ……!?」

「うん。やっほー、貴君」

 

 

 雪みたいに白い肌と髪。けれどその白さは美しいというよりは病的で、髪に艶は無く、腕と足も細い。

 

 彼女の名前は希望(のぞみ)。とってもかわいい女の子で、僕と真優貴の幼馴染で……今はとある事情で入院している。

 

 

「どうしてここに? 病院から出てきて大丈夫なの?」

「うん。今日は体の調子が良いんだ。窓を開けていたら、公園からギターの音が聞こえたの。気になっちゃって来ちゃった」

「来ちゃったって……そんなに簡単に病院から出てきちゃだめだよ。急に苦しくなったりしたら危ないのに……」

「ずっとベッドの上にいるの、すごく退屈なんだよ? 体を動かしたい気分だったし、それに……」

 

 

 そこまで言って、のぞみは俺の顔からギターへと視線を移した。

 

 

「すごく悲しい音が聞こえたの。悲しくて、辛そうな音」

 

 

 のぞみの言葉にドキッとする。胸の奥を言い当てられた時の感覚。僕の幼馴染は物凄く鋭い子だ。僕の考えていることは何でも分かるという彼女は、まるでお母さんみたいだ。のぞみは感が鋭くて、こっちの気持ちとか考えとかを、正確に当ててくる。

 

 

「ギターが上手く弾けなくて、嫌になってたの?」

「……何回練習しても上達しないんだ。こんな調子じゃダメなんだ。もっと上手にならないと——」

「わたしと一緒にセッションできない?」

 

 

 こうやってこっちの言おうとしてることを先読みするのも、彼女は得意だ。

 

 

「初めから上手く弾ける人なんていないんだよ? そんなに落ち込む必要ないと思うな」

「……真優貴だったらすぐ弾けるようになるよ。姉ちゃんだってそうだ。2人とも僕と違って才能が——」

「はーい、ストップ」

 

 

 真っ白で細い彼女の指が、僕の唇を抑えつけた。のぞみはやれやれ、みたいな顔でこちらを見ていた。

 

 

「他人と自分を比べるんじゃなくて、自分のいいところを見て。前からずーっと言ってるのに、貴君ったら全然言うこと聞いてくれない」

「……そんなの簡単にできるもんじゃないよ」

 

 

 そう言って、傷が増え始めた指先を見る。傷が増えるばっかりで、ギターの腕前はちっとも伸びやしない。

 

 

「知ってるだろ? 僕は真優貴や姉ちゃんと違って、何をやっても上手く出来ない。……誰も喜ばすことができない僕は……ただの役立たずだよ」

「……それは違うと思うな」

 

 

 のぞみが隣に座った。

 

 近くで見ると、もう本当に体が細くなっている。毎日病院に見舞いに行くようになってから数ヶ月経つけど、明らかに前よりも腕とか脚が細くなって、とても脆く見えてしまって、自分のことじゃないのにとても怖くなる。

 

 けど——

 

 

「貴くんは役立たずなんかじゃない。今まで頑張ってたの、わたし知ってるよ」

 

 

 そんな弱々しい雰囲気の彼女の笑顔は、太陽のように温かくて力強く見えた。

 

 

「それに誰も喜ばすことができないっていうのも違う。だって貴君が毎日見舞いに来てくれて、わたしはすっごく嬉しいんだよ」

「……ほんと?」

「うんっ。ほんと」

 

 

 そう言われて、カアっと顔が熱くなるのを感じた。のぞみはいつだってこう。僕のことを肯定してくれる。本当に優しくて、あったかい女の子。

 

 照れているのを見られたくなくて、顔をギターの方に向けた。

 

 そんなに優しくされたら、もっと君のことが好きになってしまう。好きすぎて頭がおかしくなっちゃいそうだから、そんなに優しい言葉を掛けないで——そんな心の奥底もお見通しなのか、のぞみは何も言わずに、ただクスッと笑うだけだった。

 

 

「だからそんなに落ち込んでないで、ギターの練習しよう。今度はわたしが隣で教えるから、もう1回最初から弾いてみて」

「……何回失敗するか分からないよ?」

「別にいいじゃん。出来るようになるまで練習すればいいんだよ。貴君は絶対にあきらめない人だもん、この練習曲だって、弾けるようになる」

 

 

 わたしはそう信じてる、と彼女は言ってくれた。その言葉が何よりも嬉しくて、幸せだった。僕は楽譜を見ながら、もう一度ピックを持った右手を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中に、突然目が覚めた。

 

 

「……っ!?」

 

 

 夢を見ている途中で、無理矢理現実に意識を引っ張られたような感覚。目の前に広がっていたのは、のぞみの笑顔ではなく、真っ暗な天井であった。

 

 

「ハア……ハア……」

 

 

 激しい頭痛だ。呼吸は酷く乱れていて、大量の汗もかいていた。

 

 すぐに体を起こし、ペットボトルの水を一気に飲む。用意していたタオルで汗を拭いていると、少しずつ心臓の鼓動も収まっていった。

 

 

「……顔洗いに行くか」

 

 

 息を整えながら、だるい体を起こして1階へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 冬の季節に入ると、のぞみの夢を毎日見るようになる。

 

 5年前からずっとそうだ。夢の中で彼女と出会い、過去の記憶を追体験して、そして……今みたいに突然目が覚める。

 

 

「……相変わらず、ひどい顔だな」

 

 

 明かりをつけた洗面所、その鏡に映った自分の顔は、ひどくやつれているように見えた。のぞみの夢を見て目が覚めた時は、いつもこうだ。

 

 幼馴染である彼女と過ごした日々は、毎日が幸せに満ちていた。春に彼女が入院し、夏は一緒に花火を見に行き、秋には紅葉狩りにも行った。

 

 そして冬には……冬にのぞみが「クリスマスツリーを見に行きたい」って言って、町に飾られていた大きなツリーを夜に見に行って、そしてその後で……。

 

 

「(『自分の犯した罪を忘れるな』……冬の季節に君が夢の中に出てくるってのは……そういうことだよな)」

 

 

 忘れるはずもない。

 自分は取り返しのつかないことをしてしまった。本当なら俺は、こうやって楽しい毎日を過ごしていい人間ではない。罪人なんだ。

 

 

「……ははっ、何被害者面してんだよ、俺。そんな顔する資格なんてないだろ」

 

 

 朝起きて、家族とおはようを言い合って、学校に行き友達と出会って、話して、笑って。彼女が一番望んでいたはずの毎日を、罪人である自分が過ごしているのだ。そんな理不尽な話があっていいはずがない。

 

 でも自分は今もこうして生きている。心臓は動いているし、呼吸もしている。度し難い罪人である自分が生かされているのには、理由があるはずだ。

 

 

 

 

『他の人の心の痛みを感じることができる——私ね、それってとっても大切なことだと思うんだ。貴君にはその力がある』

 

『だから、これからも傷ついた人がいたら、貴君の力で癒してあげてほしいの。わたしの心を……貴君が癒してくれたみたいに』

 

 

 

 

 かつての彼女の言葉が、頭の中に蘇る。

 

 他の人に幸せになってほしい。笑顔になってほしい。だけど心が傷ついてしまうと、人は幸せから遠ざかってしまう。でも……人の心の痛みを知り、理解し、それを取り除くことができれば、人を笑顔にできるかもしれない。幸せにできるかもしれない。

 

 

「たかがちょっと眠れないくらいで、そんな情けない顔してんじゃねえぞ」

 

 

 鏡に映る自分を睨みつけて、1人呟く。こんなことで立ち止まっている場合ではないんだと、自分に言い聞かせる。

 

 この程度で弱音を吐いていたら、かなでちゃんを笑顔になんかできない。かなでちゃんに笑顔を届けようと一生懸命頑張っているハロハピの皆を、大河達を、そして美咲ちゃんを助けられない。

 

 他の人の幸せに貢献する。希望(のぞみ)から託されたこの願いは、何があっても成し遂げなければいけない。

 

 

「他の人の幸せの為なら……俺はやってやる」

 

 

 再び呟いてから、自分の部屋に戻るために洗面所の明かりを消す。一瞬で辺りに暗闇が広がって、鏡に映っていた自分の顔——人に見せられないくらい弱々しくやつれた顔も、夜の黒色に塗りつぶされた。

 

 そんな情けない自分の顔が見なくてよくなったからか、どこかホッとしている自分がいた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 CiRCLEのスタジオ内は、練習の熱気で満たされていた。Silver Liningの4人に加えて、ハロハピの5人も同じ空間にいるというこの状況は、Roseliaとの合同練習を思い出させる。

 

 だがその雰囲気はある意味真逆で、これまた興味深い。友希那さん達との練習では、良い意味で真剣な空気が張り詰めていた。対照的にこころ達との練習は、楽しいという気持ちで満ちていた。

 

 

「今の演奏、すごくよかったわ! 貴嗣もそうでしょ?」

「ああ。今までで一番音が合ってたと思うよ、こころ」

 

 

 同じボーカルとして歌を歌っていたこころ。彼女のこの笑顔が、ハロハピとの練習の雰囲気を物語っている。演奏することを、皆が楽しんでいるのだ。

 

 

「それじゃあ予定通り、一旦休憩に入ります。各自休憩に入ってください」

 

 

 そう声を掛けると、こころ達は動き始めた。

 

 もちろんRoseliaとの練習が嫌だったとか、そういう訳ではない。全力で練習に打ち込むあの雰囲気も、俺達は大好きだ。同じガールズバンドのRoseliaとハロハピだが、ここまで練習の雰囲気が違うものなのか、ハロハピとの練習を通して新しい発見があるかもしれない、なんて思っていると、肩を叩かれた。

 

 

「貴嗣」

「ん? ……ああ、大河か。どうした?」

「いやいや、珍しく貴嗣がボーっとしてたから気になってさ。考え事か?」

「まあ、そんなとこ。この合同練習でまた成長しないとなーって思ってた」

「おお~向上心の塊。……ってなわけで、休憩に入る前に1回4人で合わせるか」

「ああ、そうだったな。ボケッとしててすまん」

 

 

 俺達はまだ休憩に入らない。〈Next Era Contest〉の2次審査で演奏する曲を、休憩に入る前に1回合わせる。ハロハピと一緒に練習する分、こういった隙間時間に音合わせをしようと、4人で決めたのだ。

 

 

「いやでも喉乾いたなぁ。練習する前に水分補給しとくか」

「賛成。……あっ、でも俺さっき水飲み切っちゃったんだよな」

「じゃあ自販機に買いに行くか。俺も付き合うよ」

「助かるぜ~貴嗣」

 

 

 なんて話しているときだった。

 

 

「貴嗣君、大河君」

「「ん?」」

 

 

 2人で話していると、横から声を掛けられた。振り向くと、スポドリを4本手に持っている花音さんがいた。

 

 

「これから練習するんだよね? ささやかなものだけど、私達からの差し入れだよ。練習、頑張ってね」

 

 

 そう言って、俺達2人にスポドリを渡してくれた花音さん。ふんわりとした優しい笑顔を浮かべている花音さんを見て、大河がふと呟いた。

 

 

「——天使がいる」

「ふ、ふえぇ~……!? て、天使って……ぜ、全然そんなのじゃないよぉ~!」

 

 

 花音さんは顔を真っ赤にして首を横にブンブンと振る。だが必死になって否定する姿も、何だか天使的なフワフワとした雰囲気があって、やっぱり可愛らしかった。

 

 

「やっぱり天使だ……」

「ふ、ふえぇ~……/// やめてよ大河君……///」

「あははっ。デレデレしてるなぁ。……おっ。なあ大河。後ろ見てみ」

「ん? 後ろ?」

 

 

 デレデレしている大河の肩を叩き、後ろを向かせる。その視線の先には……ニヤニヤしている穂乃花と花蓮がいた。

 

 

「ねえ大河、それ花音先輩のこと口説いてるの~?」

「でも口説くにしてはその台詞はちょっとキザすぎるよ~。せめて2人きりの時にそっと囁く、くらいしないと~」

「でもでも、恋愛相談なら、あたし達いつでもオッケーだぞ♪ だから頑張れ♪」

「頑張って♪」

「だから2人とも勝手に話を進めすぎだって……キャラ変わってるって……」

「ううっ……/// 穂乃花ちゃんも花蓮ちゃんも……か、からかわないでぇ……///」

 

 

 からかってくる2人に、大河が半分呆れ口調で答えた。恋バナが大好きな穂乃花と花蓮は、こういうシチュエーションではテンションが上がる。そして話の話題にされてしまった花音さんは、やっぱり顔を赤くして、可愛らしく狼狽えていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「羊毛フェルトでお守りを作る?」

「そうそう。ライブ以外に何かできることないかなーって考えてたら、ふと思いついたんだ」

 

 

 Silver Liningとしての練習を終えて、ハロハピに合流した俺達。ラウンジのテーブルでグビグビとコーヒー牛乳を飲んでリラックスしていると、美咲ちゃんがこちらに来た。

 

 

「かなでちゃんが退院してからも、また他の人のストレスを感じ取っちゃって辛くなると思うんだ。そんな時にお守りとか持ってたら、多少は安心できるんじゃないかなーなんて思ってさ」

「確かに。受験生が鞄にお守り付ける、みたいな感じか」

「そうそう。『かなでちゃんがこれからも楽しく毎日を過ごせますように』っていう気持ちを込めて作ったお守りを作って渡したいなーって。このアイデア、どうかな?」

 

 

 お守りを通して、自分達の気持ちをかなでちゃんに伝えたいと、美咲ちゃんが話す。どこにでも持って行けるような小さくてかわいいお守りを羊毛フェルトで作るのは、いいアイデアだと感じた。そのことを伝えると、美咲ちゃんは安心したように笑った。

 

 

「よかったぁ……。『お守りなんて気休めにしかならない』みたいなこと言われないかなー……ってちょっと心配だったんだ」

「そんなこと言うもんか。お守りの効果を舐めちゃだめだからな。それで、具体的にどんな形のお守りにするつもりなんだ?」

「ハロハピらしさってことで……ちっちゃなミッシェルにしようかなって思ってる。こんな感じ」

 

 

 美咲ちゃんはそう言って、スケッチブックのようなものを俺に見せてきた。そこには美咲ちゃんの言う通り、可愛くデフォルメされたミッシェルが書かれていた。使うフェルトの種類や色のメモが書かれていることから、これが設計図的なものだとすぐに分かった。

 

 元々ミッシェルはこの町の商店街の人気マスコット。ハロハピの活躍もあって、その人気はどんどん広まっている。個人的にああいうキグルミは、目に光が無くほんのちょっと怖かったりするのだが……子ども達からすると、あのまん丸としてフォルムが可愛くて好きみたいだ。

 

 まあそんなことはともかく、スケッチブックを見ながら「ミッシェルならかなでちゃんも気に入ってくれるかも」なんて考えていたところで、あることに気が付いた。

 

 

「なあ美咲ちゃん、この絵のミッシェルが首に掛けているものって、ネックレス?」

「おっ、よく気が付いたね。その通りだよ。あたし達、合同ライブする予定でしょ? ハロハピとSilver Liningのコラボって感じでいいかなって思ったんだ」

 

 

 俺達Silver Liningは演奏をするとき、4人とも同じネックレスを付けている。菱形の銀色のネックレスなのだが、ハロハピとSilver Liningの協同作品みたいな意味合いなのか、そのネックレスを身に着けたミッシェルを美咲ちゃんは作ろうとしているみたいだ。

 

 

「うんうん。超良い感じだと思う。それで、これは美咲ちゃんが1人で作るつもりなのか?」

「あー、それなんだけど、ミッシェルはあたしが作るとして……折角だし、この銀のネックレスの部分は貴嗣君に作ってもらいたいんだ」

 

 

 美咲ちゃんの言うことはごもっともだった。ハロハピと俺達のコラボなんだし、羊毛フェルトだって役割分担する方が雰囲気は出る。だが1つ問題があった。

 

 

「おおっと……俺がこれを作る感じなのか……」

「? あっ、もしかして練習が忙しくて作る時間がないとか? それなら全然大丈夫だよ、あたしが作るよ」

「ああいや、そういうことじゃなくて……」

「?」

 

 

 美咲ちゃんが首を傾げる。

 俺は観念して、自分が今悶々としている理由を説明した。

 

 

「本当に恥ずかしい話なんだけどさ……俺、裁縫とかめっちゃ苦手なんだよ」

「……えっ!? そうなの!?」

 

 

 驚く美咲ちゃんに、俺は苦笑いをすることしか出来なかった。

 

 

「なんかこう、細かい作業が昔からほんと苦手でさ……細い針みたいな小さな道具を使う作業とか特に……」

「そ、そんなに?」

「ああ……」

 

 

 だがこれはある意味好機かもしれない。苦手を克服しろという、天からの啓示なのかもしれない。

 

 

「けどやるよ。羊毛フェルト、俺も挑戦してみる」

「えっ? 大丈夫なの?」

「ああ……苦手だって言って逃げてばっかりじゃ絶対に成長できないし。これもかなでちゃんの為だ、頑張ってみるよ」

「あははっ、ありがと。あたしもしっかり教えるから、安心して」

「ありがとう美咲ちゃん。……ああ、でも1つだけお願いがあるんだ」

「ん? 何?」

「羊毛フェルトする時にさ、近くに救急箱を置いといてほしいんだ。……多分俺、針で指刺しまくるから……」

「そ、そんなに不器用なの貴嗣君……!? 」

「気が付いたら辺り一面血の海に……」

「いやいや怖いってそれは……!」

 

 

 こうして、俺は美咲ちゃんと共に羊毛フェルトなるものでお守りを作ることになった。心の中には、これを機に出来ることを増やそうというやる気と、針によって指が傷だらけになることへの不安が満ちていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話 仏みたいな人

 

 

 

 

 

 自分は昔から手先が器用な方ではなかった。と言うより、物凄く不器用だった。とにかく細かい作業というのが大の苦手で、特に裁縫のような細かい手作業は昔から苦手だった。そして自分がいかに不器用なのかということを、俺は現在進行形で味わっていた。

 

 

「えっと……まずは羊毛を縦に割いて、4本にするんだよな。それを1つずつ巻いていってボールに近づける……ってのは分かるんだけどなぁ……」

「あ、あはは……」

 

 

 手元にあるのは黄色い羊毛で作られたまん丸ボールではなく、形がグニャグニャのボール。机を挟んで正面に座っている美咲ちゃんも、俺の作ったそれを見て苦笑いしている。

 

 かなでちゃんにお守りを作ろうと話し合った次の日、美咲ちゃんは山城家に来て、俺に羊毛フェルトを教えてくれていた。今は家のリビングで、美咲ちゃんに指導してもらっている。

 

 俺が作ろうとしているのは、菱形のネックレスだ。お守りミッシェルの小さいサイズに合わせた長さの紐に、シルバーの羊毛で作った菱形を取り付けるという算段だ。ただもう少しカラフルな方がいいかも、という美咲ちゃんの提案で、赤色や青色、黄色といった羊毛フェルトで小さいボールを作って紐に通すことになった。今はそのボールを作っている最中だ。

 

 

「美咲ちゃんみたいにまん丸にしたいんだけどなぁ……ただ巻くだけなのにここまで下手とは、流石に自分でもビックリだよ」

「ま、まあまあ! 初めて挑戦してるんだし、最初から上手く出来る人なんていないって。それにほら、まん丸ではないかもだけど、少しずつ上手になってきてると思うよ」

 

 

 美咲ちゃんは俺の手元にある羊毛フェルトのボールを見ながらそう言う。練習を初めて1時間程、机の上には大量のボールみたいなものがある。俺から見ると全部同じ出来にしか見えないが。

 

 

「それにしても貴嗣君が不器用だなんて意外だったなぁ」

「どうして?」

「だって、貴嗣君ってギターすっごく上手じゃん。あんなに指先を細かく動かす姿を見てたら、不器用だなんて思わないって」

「それは練習して誤魔化してるだけだよ。ギターを始めたての頃は、もうそれは酷かったもんだよ」

「へぇ~……なんか全然想像つかない。ギターも誰かに教えてもらってたの?」

「ああ、そうだよ」

 

 

 俺にギターを教えてくれた人、この世界で一番大切な人達の1人であった彼女のことを思い出す。

 

 

「俺は自分ひとりで上手く出来るほど器用じゃなかったからさ」

 

 

 独り言のように呟く。美咲ちゃんにも聞こえていただろうけど、そんなことは気にならなかった。気が付くと、俺は昔の記憶に思いを巡らせていた。

 

 

 

 

 

『う~ん……だめだ、全然弾けない……』

 

『そう落ち込まないで、貴君。初めから上手く出来る人なんていないよ。それにほら、今の音、さっきよりも良くなってた』

 

『ほんとに?』

 

『うんっ、ほんと。貴君は少しずつだけど確実に上手くなってる。だからもうちょっと頑張ってみようよ。わたしが付いているからさ』

 

『……うん。わかった。もうちょっと……頑張ってみる』

 

 

 

 

 

 のぞみは俺にギターを教えてくれた。俺が今バンドでギターを弾くことができているのは、彼女がいたからだ。のぞみはギターがとても上手で、彼女の弾き語りは、とても優しくて温かく、そんな彼女に俺は憧れた。

 

 いくら教えてもらっても上手くならなかった俺だけど、のぞみは絶対に俺のことを肯定してくれて、いつもそばにいてギターを教えてくれた。小学5年生だったあの頃、自分に全然自信が持てなくていつも憂鬱だったけれど、のぞみにギターを教わっている時間——のぞみと関わっている時間は、とても楽しくて幸せだった。

 

 そして美咲ちゃんに羊毛フェルトの作り方を教えてもらっているこの光景は……のぞみにギターを教えてもらっていたあの頃とよく似ている。

 

 

「……貴嗣君?」

「……ああっ、すまん。ボーっとしてた。いかんな、もっと集中しないと……」

「そんなに焦らなくてもいいよ。そうだ、結構長くやってたし、ちょっと休憩しない?」

 

 

 袋からお菓子を取り出している美咲ちゃんを横目で見ながら、どうしてこの場面でのぞみのことを思い出してしまったのか考える。美咲ちゃんに羊毛フェルトの作り方を教えてもらっているこの状況を、のぞみにギターを教えてもらっていたあの頃と無意識に照らし合わせているのかもしれない。

 

 

「ああ……そうだな。ありがとう」

「どういたしまして。あたし、家からお菓子持ってきたんだ。一緒に食べようよ」

 

 

 

 美咲ちゃんの提案で、少し休憩を入れることになった。彼女の持ってきてくれたお菓子の甘さが、口いっぱいに広がる。ネックレス作りまでの道のりは長い、上手に作れるようになるためにも、今は休憩をして気分転換をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 次の日、あたしは貴嗣君と一緒にかなでちゃんの面会に来ていた。

 

 あたし達は練習の合間に、こうやってかなでちゃんに会いに来るようにしている。距離を縮めるには何度もあって話すのが効果的だと、貴嗣君が提案してくれたからだ。あたし達ももっとかなでちゃんのことを知りたかったし、かなでちゃん自身もあたし達ともっと話したいって言ってくれていたしと思い、メンバーを変えてこれまで何度か面会に来ている。

 

 こうやって何度も人や物に触れると警戒心が薄まったり好意を持つようになるっていう人間の心理、「熟知性の法則」とか「ザイアンスの法則」って言うんだって。これも貴嗣君に教えてもらったんだけど、なんでこんなマニアックな言葉知ってるんだろ? HSPの時もスラスラ~ってあたし達に内容を説明してくれたし、ほんと物知りだよね。

 

 

「——それでね、薫さんは私の前でトランプのマジックを見せてくれたんだ。穂乃花さんは私の好きなワンちゃんの絵をくれたの。はぐみさんも『体調が良くなったら、一緒にソフトボールしようね!』って誘ってくれたんだ」

 

 

 まあそんな疑問はともかく、何度も面会を行った成果か、心なしか以前よりかなでちゃんとの距離が縮まったように感じる。あたしや貴嗣君だけじゃなくて、他のメンバーとも普通に話せるようになっているみたい。

 

 

「花音さんは美味しい紅茶が飲める喫茶店のお話をしてくれて、こころさんはね、ハロハピのライブ映像を見せてくれたんだ」

「こころがライブ映像を?」

「うん。わたしのすぐ近くに座って、『このライブの時、誰々がこんな素敵なことをしてくれたのよ!』って、裏話みたいなのを聞かせてくれたんだよ。その話がね、わたしとっても素敵だなぁって思ったの」

「素敵?」

「だって、こころさんってば、ずっと笑顔で幸せそうにメンバーの話をするんだもん。美咲さん達のことが大好きだって言う気持ちが伝わってきて……わたしも嬉しくなっちゃった」

 

 

 ほんのちょっとだけど、かなでちゃんの表情が柔らかくなったように見えた。出会った頃と比べて、穏やかな表情を見せてくれることが増えたように感じる。

 

 かなでちゃんの話を聞いて、正直なところ、あたしはすごく嬉しかった。その気持ちをそのまま表情に出すのはちょっと恥ずかしいけれど、こころがあたし達のことを楽しそうに話してくれていた、というのは、やっぱり胸が高鳴る話だった。

 

 

 そうやってかなでちゃんの話を聞いていた時、貴嗣君の携帯が震えた。

 

 

「大河から電話……ごめん2人とも、ちょっと外で電話に出てくる」

「りょーかい。いってらっしゃい」

 

 

 あたしがそう言うと、貴嗣君はゆっくりと立って、携帯を操作しながら病室を後にした。

 

 

 扉が静かに閉じられて、一瞬部屋が静まり返った。話が途中で途切れてしまった、どんな話をしようかと考えていると、かなでちゃんが先に口を開いた。

 

 

「貴嗣さん、忙しそうだね」

「Silver Liningで出場するライブの準備に加えて、ハロハピのお手伝いもしてもらってるからさ。……って、忙しくさせてるのはあたしなんだけど……」

 

 

 合同練習のスケジュール調整とかライブ会場の予約等々……貴嗣君には色んな手伝いをしてもらっている。それに加えてこの前から一緒に羊毛フェルトでお守り作りもしてもらっている。彼の優しさに甘えているなー、っていう自覚はあるんだけど、貴嗣君の手際の良さがないと上手く回らない場面が多い。特に9人分のスケジュール管理なんて……あたし1人じゃ頭がパンクしちゃう。

 

 そんなことを考えていると、唐突にかなでちゃんがあたしの名前を呼んだ。

 

 

「美咲さんから見て、貴嗣さんってどんな人?」

「どんな人? そうだなぁ」

 

 

 予想外の質問だったので少し驚いてしまったけれど、すぐに答えを考える。彼がどんな人か——その問いに対して、パッと頭にこの言葉が浮かんだ。

 

 

「仏みたいな人かな」

「仏?」

「うん。いつも落ち着いてるし、物知りだし、それに何より誰に対しても優しいし。真面目で誠実な人なんじゃないかな」

「なるほど……うん、確かにそうだね」

 

 

 あたしの言葉を噛みしめるように、かなでちゃんはうんうんと頷いた。

 

 

「わたしも美咲さんと大体一緒。貴嗣さんって穏やかで優しい人だなって思う。けど……」

 

 

 そう言いかけて、かなでちゃんは扉の方を見た。扉を見ているというよりは、その向こうにいる貴嗣君の背中を思い浮かべているように見えた。

 

 

「ちょっと優しすぎるところがあるようにも思うんだ」

「優しすぎる……? どういうこと?」

 

 

 確かに優しいとは思うけれど、優しすぎるとはどういうことなんだろう?

 

 

「美咲さんは気付いてないかもしれないけど、貴嗣さんはね、すごく我慢して面会に来てくれてるんだと思う」

「我慢?」

「そう。貴嗣さん、多分病院っていう場所がすごく苦手っていうか、嫌いみたいなんだ。辛い気持ちを我慢してるのが、わたしには伝わってくるの。何か嫌な思い出が病院にあるみたい……」

 

 

 かなでちゃんにはHSPという特性があって、他の人の気持ちに共感しすぎてしまう。今回は貴嗣君の気持ちを読み取った……みたいな感じなのかな。

 

 

「でも貴嗣さんはこうやって病院に来て、わたしとお話ししに来てくれる。辛いのを我慢して、何度もわたしに会いに来てくれる。……他の人のために自分が我慢するって、それはやりすぎだと思うの」

 

 

 かなでちゃんの言葉を聞いて、あたしは何も言えなかった。他人のために自分が我慢する……それが貴嗣君の本心なのか、あたしには全く分からなかった。

 

 

「貴嗣さんってさ、周りの人のことを第一に考えて、皆が笑顔になれるように考えて行動する人、他の人のお願いを叶えるために一生懸命頑張る人だと思うんだ。でも他の人のために頑張り過ぎちゃうみたい。……あの人の近くにいる美咲さんなら、何となく分かるんじゃないかな」

 

 

 かなでちゃんの言葉にハッと息を呑む。思い当たる節があった。

 

 最近の貴嗣君は疲れているようにも見える。よく目を凝らさないと分からないけれど、目の下に隈ができている。もしかしたらあたしが色んな事をお願いしたせいでやることが多くなって、睡眠時間を削って作業しているのかもしれない。

 

 あたしが「かなでちゃんを笑顔にしたい。協力してほしい」ってお願いしたとき、貴嗣君は嫌な顔一つせずに頷いてくれた。もしかしたらあたしの為に、貴嗣君は「頑張りすぎている」のかも。

 

 

「うん、分かった。ありがとう、かなでちゃん。あたしがやらなきゃいけないこと、少し分かったような気がする」

 

 

 あたしは貴嗣君のことを、もっと知りたい。その優しさに甘えるだけじゃなくて、彼自身がどういう気持ちであたし達を手伝ってくれているのか知りたい。どこかのタイミングで一度貴嗣君とゆっくり話してみたいと思う。

 

 かなでちゃんとの話が終わった直後に、貴嗣君がこちらに戻って来た。あたしとかなでちゃんは手を軽く振って彼を迎える。穏やかな笑顔を浮かべている貴嗣君は、やっぱり仏様に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 そして次の日の練習。今日は朝からCiRCLEのスタジオで合同練習、お昼前に解散というスケジュールだ。

 

 演奏の方は無事形になりつつある。皆のテンポも大分揃ってきたし、この調子を維持できれば本番でもいい演奏ができると思う。今日も良い感じに練習も終わったし、貴嗣君に声を掛けようとした……んだけど。

 

 

「貴嗣~!」

「おうっ!? ……って、こころか。どうしたんだよそんな飛びついてきて」

「貴嗣! 今からあたしと一緒に歌いましょう!」

「今からか? もう練習は終わったぞ?」

「ええそうね! でもあたしはまだ歌い足りないの! それにあなたと歌うのはとても楽しいの! だから今からスタジオに行きましょう!」

「あははっ、相変わらず元気だなぁ。オッケー、じゃあとりあえずスタジオ空いてるか確認しに行こうか」

「ええ! ありがとう貴嗣! それじゃあ行きましょう!」

 

 

 休憩時間に入ってからすぐ、こころは貴嗣君を見つけたかと思えば満面の笑顔で飛びつき、今みたいな会話を繰り広げた。こころ的にはさっきの練習が物凄く楽しかったみたいで、まだまだ歌い足りなかったみたい。テンション高めのこころと一緒に、貴嗣君はスタジオに行ってしまった。

 

 

「はあ……話すタイミング逃したなぁ……」

 

 

 ボソッと独り言を呟く。頬杖をついてボーっと外の景色を眺めていると、声を掛けられた。

 

 

「どうしたんだい美咲。なんだか憂鬱そうな顔をしているね」

「あっ、薫さん。お疲れ様……って、あたしそんな顔してた?」

「ああ。君にそんな表情は似合わないよ。私でよければ、話を聞こう」

「あー、うん。ありがと。それじゃあ……薫さんのご厚意に甘えようかな」

 

 

 折角声かけてもらったので、薫さんに話を聞いてもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 薫さんに最近あったこと、特に昨日のかなでちゃんとの会話について話した。貴嗣君と一度ゆっくり話してみたいのだけど、中々その機会が設けられないのだと伝えた。

 

 

「なるほど。それでさっきの美咲は元気が無さそうだったんだね。それにしても貴嗣君か……私も貴嗣君のことを詳しく知っているわけではないけれど、かなでちゃんの言葉には共感できるよ。彼はいつも穏やかな表情をしているけれど、その実、常に周りに気を遣っているみたいだ。どんな些細な言動でも、自分以外の誰かのことを考えているのかもしれないね」

「まあそのおかげであたし達は助かってるんだけど……それが貴嗣君自身の負担になってるのかもって思っちゃってさ。貴嗣君って絶対に他の人のお願いとか拒否しなさそうだし、あたしも無意識の内に貴嗣君のそんな優しさに甘えちゃってるのかもなー……って」

「美咲の話は、私にとっても耳が痛いものだね。彼は自分のバンドのことだけじゃなく、ハロハピのことも全力で手伝ってくれている。事実練習の予定やライブハウスの予約は全部彼がやってくれている。私も彼の厚意に甘えているのかもしれないね」

 

 

 薫さんはいつも通り微笑んでいる。笑っているけれど、その声や話の内容から、真剣な感じが伝わってくる。そして、「これは私の主観だけれど」と前置きしてから、薫さんは話を続けた。

 

 

「貴嗣君は、誰かの笑顔が大好きみたいだね。その想いがとても強くて、一生懸命誰かの助けになろうとするのかもしれない。人をしっかりと見て、何を求めているかを見極めて行動する。こころとはアプローチの仕方が真逆だけれど、誰かを笑顔にしたいと考えているところは、2人とも同じだね」

「こころは良くも悪くも、周りをグイグイ引っ張っていくタイプだもんね。貴嗣君とは確かに真逆かも」

「けれど求めているものが一緒だから、2人の間にはどこか親近感のようなものがあるのかもしれないね。今も仲良く練習に行っているみたいだし」

「なんかこころは貴嗣君に懐いてるみたいだよね。シンパシー的な?」

「ふふっ、そうとも言えるね」

 

 

 少ない交流の中で、薫さんは貴嗣君のことを自分なりに分析していたみたい。いつも「儚い……」ばっかり言ってるけど、こういう所はすごくしっかりしてるんだよね。凄く頼りになる。

 

 

「だけどそれは全部私の考え、想像にすぎない。美咲の言う通り、一度彼とじっくり話してみたいものだね」

「あはは、薫さんもなんだ。あたしも話したいんだけど、どうもタイミングがつかめないんだよねー」

「焦る必要はないよ美咲。時は必ず来る。今は体を休めつつ、待ってみるのはどうだろう?」

「……うん。そうだよね。焦ったってしょうがないもん」

 

 

 こころとの練習が終わってからでも時間はある。薫さんの言う通り、今は練習の疲れを癒そうと思った時、携帯にメッセージが届いた。

 

 

「さて、私はそろそろ失礼するよ。演劇部の練習があるからね」

「うん、分かった。話聞いてくれてありがとう、薫さん」

「ふっ……子猫ちゃんの為ならお安い御用さ」

 

 

 薫さんはドヤ顔のままライブハウスを後にした。あの顔久しぶりにみたなーなんて思いながら携帯を見ると、真優貴からメッセージが届いていた。

 

 

 

『ねえ美咲ちゃん! この前から言ってたうちでのお泊り会、今週末とかどうかな!?』

 

 

 

 そういえば結構前に真優貴とお泊り会したいねーって話してたっけ。今週の末なら時間あるし……って、あれ?

 

 

「お泊り会……真優貴の家に……はっ!?」

 

 

 お泊り会で貴嗣君と話す時間を作ることができるのでは……!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。