対魔忍にはなりたくない!!!(必死) (胡椒こしょこしょ)
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朝、家に来るのやめてくれへんか?

俺はあの日のことを忘れない。

俺のことを見て、爺ちゃんが残した言葉。

 

「この子は武器に愛されちょる!!百年に一度の逸材じゃァ!!!!!」

 

死に間際にジジイが俺を見て叫んだ言葉。

この言葉が今の俺の首を絞めていた。

昔は初めて認められた気がして嬉しかったが、今では迷惑この上ない。

あの時のジジイを思い出すとこう思うのだ。

 

ファッキン、クソジジイ。

お盆になっても戻ってこなくていいぞってな。

 

 

 

 

 

 

朝。

窓の外で小鳥が囀り、朝の陽ざしが窓から入ってきて目を刺激する。

まだ起きたくねぇ.....。

 

布団を被ったところで下の階から母親の声が聞こえる。

 

「さだくーん!ゆきかぜちゃん来てるよー!はやく降りてらっしゃい!!」

 

「ヴぅぅぅぅうううう、嫌ぁァァァ!」

 

余りの怠さにベッドからバイブの稼働音のような声を上げながらも叫びをあげる。

未だかつてここまでぐっすり気持ちよく寝れたことがあっただろうか?

いや、ない。

そう思っていると、階段を上る音がして、ドアが叩かれる。

母ちゃんだろうか。

うっせぇなぁ....。

 

ベッドの頭を埋める。

すると外から鈴を転がしたような若い女の声が響く。

 

「ねぇ、毎回毎回いい加減にしてよね。早く学校行くよ。」

 

この声....ゆきかぜか。

相も変わらずみんな勤勉に学校に行ってご苦労さんですねぇ。

態々対魔忍なんぞになる為に貴重な朝の時間を浪費するなんておかしいと思わないのかな?

俺は対魔忍なんかに興味ねーんだよ!二度とくんじゃねーよ!

 

「えー、現在刃渡貞一君は留守でございます。ぴーっという音声と共に要件を告げてとっとと去ってください。ピー。」

 

「いや、アンタ居るでしょうが。しょうもないことしてんじゃないわよ。」

 

扉の先でゆきかぜが呆れた声を出す。

まだ分かんねぇのかよ。

純粋に行きたくないという事がよぉ!

 

「プー、ピポパポパピピポピポ...ピーピーピーピーヒョロロロ....ピーブピブーピーガーーーーー」

 

「ダイアルアップ音とか分かるわけないでしょ。」

 

「わかってんじゃねぇかよ。」

 

ゆきかぜの返答を聞いてベッドから起き上がる。

まさか奴がダイアルアップ音声を知っているとは.....。

中々見どころがあんじゃねぇか。

 

するとゆきかぜが呆れに怒りを滲ませた声を出す。

 

「あのさぁ....毎度のことアンタを起こしに行かされる私の気持ちにもなってくれない?てか待たされてる達郎達の気持ちになりなさいよ。なんで早く家を出てるのに、アンタのせいで遅刻寸前のラインを攻めないといけないのよ。」

 

なんだこの女。

そんなに嫌なら俺を放って学校に行けばいいのに....。

当たり屋かな?

そう思って時計を見ると、奴らがいつも来る時間から一時間も早かった。

 

「おい、いつもより一時間も早いぞ。こんな早い時間に家に来るなんて非常識だとは思わないのか?」

 

「だからぁ!いつもアンタのせいで遅刻寸前だから早く来てやったのよ!!!さっさと出なさいよ!!出ないなら力尽くで....」

 

そんなのお前らの都合なんだよなぁ....。

てかコイツ今力尽くって言った?

ハッ、バカが代.....

 

「ハッ、やれるもんならやってみろよ。俺の両親が多額の修理費を払うことになるがな!!!」

 

「っチィ....この馬鹿のせいで迷惑かけるなんて見ていられない....。てかお父さんお母さんのこと口に出すならそれこそ学校に行きなさいよ!毎朝私に申し訳なさそうな顔してるのよ!?」

 

「それが子供を持つってことだな。まさかこんなドラ息子が生まれるなんて思わなかったんだろう。まっ、お気の毒ってことで....おやすみ~!テメェはそこで俺の寝息を指を咥えて見てるんだな!!」

 

鍵はしっかり閉まっている。

アイツが実力行使しない限り入ることはない。

そして実力行使をした場合、奴の忍術の都合上家自体に被害が出ることは請負だ。

完璧だな。

早く来ようがお前が俺の安眠を妨げることなど出来やしないのだよ!!!

 

そう思い、ベッドを再度被った瞬間、自分の部屋の中からこれまた女の声が聞こえてきた。

 

「...ハァ、母親が聞いたら泣きそうな言葉だな。」

 

ベッドを自分から剥ぐと声の主とがっつり目が合う。

五車学園の制服に身を包んだ胸の大きい長髪の女子。

秋山凜子。

俺の幼馴染の一人だ。

くっせぇ言い方するとセカンド幼馴染だ。

達郎がサードだな。

サードチルドレンみてぇだな。

やっぱこの言い方やめよ。

 

というより....コイツまさか空遁を使ってまで部屋に入ってきたのか.....

あれたしか一時的とはいえ、かなり疲労を伴う術だった気がするだが....

見ると肩で息をしており、疲労が窺える。

 

「わざわざ俺の部屋にそれしてまで入るの労力の無駄じゃない....?」

 

「...それが分かってるなら今度からは自分から出てくれ。ほら、早く部屋から出ろ。」

 

そう言って促してくる凜子。

おいおい、俺を甘く見てもらっちゃ困る。

たかが部屋に入ったくらいで俺がこの部屋から出ると?

俺はただでは転ばないぞ.....。

 

「悪いが、俺は学校に行くつもりはない。どうしても行かせたいなら今すぐ押し入れの右側のコスに袖を通し....」

 

「あっ、凜子先輩有難うございます....。」

 

俺が言葉を発しているのにも関わらず、それをスルーして凜子が鍵を開けてドアを開け放つ。

そしてゆきかぜがずかずかと無神経にも部屋に入ってくる。

ドアの前では達郎が笑っている。

 

「なぁ、それは反則じゃないか?」

 

「そうね。でも出ないアンタが悪いんじゃない。」

 

まるで至極当然のように言ってくるゆきかぜ。

ハァ....これだから目覚めてない奴は。

対魔忍になることを疑問に思っていない奴はこうまでして頭が弱いのか。

哀れだな。

 

「だが、お前らは悪くない。.....気にするな!」

 

「あっ、窓から!!」

 

「やらせるわけないでしょ!!!」

 

窓を開けて出ようとすると、ゆきかぜが俺の背中を掴んで引く。

しかし、女一人に負けるわけにはいかない!

窓枠をがっちり掴み、抵抗するとゆきかぜが舌打ちをする。

 

「コイツ、窓枠をがっちり.....凜子先輩!達郎!手伝って!!」

 

「分かっている!観念するんだ!」

 

「も、もうやめよ?ね?」

 

すると達郎と凜子が窓枠から指を引っぺがそうとする。

ダメだ....このままじゃ朝飯を食わせられる。

そうなればなし崩しに学校に行かされるのは明白。

 

「ヤメルルォ!放せ!馬鹿野郎お前、俺は勝つぞお前!」

 

俺の叫び声が無常に部屋に響く。

しかし、三人の対魔忍に勝てるわけがない。

指を引っぺがされた。

 

 

 

「俺の腕が....俺の王の力がぁぁぁ!!!」

 

「アンタ、どんだけ学校行きたくないのよ.....。」

 

凜子に腕を拘束されながら、通学路を歩かされる俺。

これ縄まで使ってるよ.....厳重だなぁ。

そんな俺を見て、苦笑いを浮かべる達郎。

 

「あはは....貞一は相変わらずだよね......。」

 

相変わらずってなんだ。

達郎を睨み付ける。

 

「そう思うならなぜ家に来た。俺が嫌がると分かっていながら何故だ?」

 

「そりゃ幼馴染を学校に連れていくためだよ....。君の両親からも頼まれたわけだし、なにより心配だしね。」

 

そう言って笑いかける。

 

「ハッ!優等生クンは良い事言うねぇ...まっ、心に響かなきゃ意味がないけどな!」

 

「.....」

 

俺が達郎の言葉を鼻で笑うと背後で凜子がより一層強く腕を締め上げる。

痛ェ....このブラコン女。

 

刻一刻と五車学園が近づいていると思うと気が滅入ってくる。

全身が重くなっていくのだ。

 

「なぁ?ちょっと30秒だけ俺から目を離してみないか?300円上げるから。目を離すだけで300円だぞ!?こんないい話なくないか!?なぁ!!?」

 

「悪いが、断る。きびきび歩けっ。」

 

後ろで凜子が俺をわずかに押した。

これでは連行されている犯罪者だ。

俺は何も悪いことはしていない。

こんな扱いは間違っている。

 

「クソッ、なんで対魔忍になる為に朝早くから時間を拘束されないといけないんだ....。」

 

ボソリとぼやくと、達郎が笑う。

 

「しょうがないよ....対魔忍の家に生まれたわけだし...そもそも君の両親は君に家督を継いで欲しいみたいだし。」

 

そんなことは分かっている。

分かっているからこそ嫌なのだ。

 

「お前らみたいにデカい家でもないのに、なんで家督とかそう言う話になってんだよ。どうせ、死んだジジイの言葉にでも引っ張られて俺に期待でもしてんだろ?重すぎるっつうの。」

 

そう言うと、ゆきかぜが眉根を顰める。

 

「両親の思っていることなんだから、親孝行くらいしなさいよ。...親は、いつまでも居てくれるわけじゃないんだから。」

 

「ゆきかぜ....。」

 

達郎が神妙な顔をする。

母親が失踪し、その4年後に父を亡くした。

今の彼女には屋敷の執事とかしか屋敷にいないのである。

実質両親を失った少女なのだ。

 

...まぁだからといってそんな勝手な感傷を俺に押し付けられてもと思うがな。

だがそう言えば彼女は傷つくし、周りの俺の印象が悪くなる。

なんてたって凜子や達郎もゆきかぜと似た感じで両親を失っているからである。

嘘.....私しかまともに両親存命してないじゃない.....!

ここは首を縦に振るしかないだろう。

 

「分かってんだよ....分かってるけど、嫌なんだよなぁ.....。」

 

「贅沢な奴。」

 

ゆきかぜは俺をジト目で見た。

そんな目で見られようが俺は変らないね。

 

「俺はな、働きたくないから言ってるんじゃない。寧ろ逆だ。働くのは良い。でも対魔忍はお国の犬っころになって魔族と殺し合わないといけないんだろ?なんでそんな危険な職業に就かないといけないんだよ。その為にこんな青春時代を無駄にするなんてばからしいと思わんか?なぁ?」

 

そう言うと、後ろでクスクスと笑う声。

それは凜子だ。

その笑みはまるで子供を見ているかのような微笑ましさが込められていた。

 

「なんだ貞一、怖いのか?ふふ...昔からお前は怖がりだったからなぁ....。」

 

「ちげぇよ!そう思ってんのはアンタだけだろ!!いい加減にしろ!!」

 

俺が声を荒げるも、みんな耳でも詰まってんのか同じような反応をする。

 

「アンタさぁ....達郎を見てみなさいよ。普段好き勝手してる癖に怖いからとか...ププッ!注射を嫌がる子供の駄々っ子と同じじゃないw」

 

「あ、あはは...大丈夫だよ。その、僕よりも度胸があるから、貞一なら成れればきっと立派な対魔忍になれるよ!」

 

ゆきかぜはこちらを馬鹿にした笑いを浮かべ、達郎は俺に対して純粋にそう言ってくる。

コイツら....相変わらず話聞かねぇなぁ....

もういいや、なんか五車学園着いちゃったし.......

周囲の人間と周りの状況の諦めから項垂れる。

 

そう思い、学校の敷地に入ると視線を多く感じる。

...まぁ俺以外の面子は家柄も良ければ見た目も良いし、素行も良い。

憧れの先輩だったり、好きな人と言った対象にはなりやすいよな。

なんなら凜子様ファンクラブなるものがあると聞いた時には爆笑したものだ。

そして....。

 

「.....」

 

俺にも視線が飛ぶが、それは大体そういう連中と幼馴染でありながら、足を引っ張る行為しかしていないことに対しての咎めるような目線。

これもやなんだよなぁ...。

文句があるなら直接言って来いよ。

まっ、僕たち私達が不愉快だから幼馴染やめてくだちゃい~とか言い出したら頭おかしい以外の何者でもないけどな。

そういう意味では恐れるに足りない連中だ。

かぁ~つれぇ、つれぇわぁ~。

正論で武装するの気持ちよすぎ、馬鹿ども冷えてるか~?

 

まっ、こんな感じで俺はあまり好かれてはいない。

なので話しかけてくる奴も....。

 

「あっ、今日はちゃんと来てくれたんだね。刃渡君。」

 

こちらを見ると、一人の少女が駆け寄ってくる。

駆け寄る際にデカい胸がブルンブルンと揺れている。

すれ違う男子生徒がちらっと見ていた。

俺のクラスの委員長、篠原まり。

明るくニコニコしてて男女問わず人気の高い人だ。

....俺の周り人気者多くないか?

オセロ効果でオラもにんきものにしてくれよな~頼むよ~。

 

すると、まりを見て凜子が微笑む。

 

「ちゃんと捕まえておいたから....私達が居ない時に、頼まれてくれるか?」

 

そう言ってずいっと俺を押す。

...身柄引き渡しかな?

それを見て、篠原は縦に頷いた。

 

「はい!私が今度こそ刃渡君に授業を受けさせてみせます!」

 

ある胸を張ってとんでもないことになる篠原。

それにチラッと視線を向ける達郎とそんな達郎を睨み付け、そしてまりの胸も睨みつけるゆきかぜ。

負け犬の姿がそこにあった。

 

「貧乳でも、スリムなんだから一定の需要はあると思うぞ。俺も刀みたいにシャープで無駄がなくて良いと思うぞ?」

 

「はぁ!?誰もそんな話してないし!てか誰が貧乳だ、死ね!」

 

脚に蹴りを入れられる。

づぅ~~~、くっそ痛い。

脛はないだろ、お前....頭ヤバいんじゃねーの?

痛みから片足でピョンピョンしながら痛みを散らしていると篠原が後ろに回って縄を掴んだ。

 

「それじゃあ行こっか、刃渡君!」

 

そう言って俺を押そうとする。

フッ、この刃渡貞一を舐めるなよ?

 

「篠原さん、少しでも縄を押してみな。さながらサッカーのファウルを取る為の演技の如く地面を転がりまわった後に、地面で即座に赤ちゃんになるという醜態を晒すぞ。君は人一人の将来を壊す覚悟はあるのか?」

 

篠原さんを脅す。

だが、彼女は表情を笑顔から変えずに、俺を押した。

 

「そうですねぇ~、じゃあ行きましょうか!」

 

「んぐぁああああ!!!ほぎゃっ!おぎゃぎゃっ!!ばぶぅ~!!!」

 

その瞬間、俺は手を振り払い姿勢を低くして地面に転がる。

そして恥ずかしげもなく赤子の真似をする。

周りの生徒が俺に対して信じられない物を見るような目で見てくる。

しかし、それがどうした。

元々疎まれているのだ。

であれば今更そうなった所で失う物はなにもない。

いや、逆に言えば手を振り払うことに成功した。

戸惑っている間に逃げてしまえば....

 

そう思った瞬間、篠原まりが俺の縄を取る。

 

「うわぁ、可愛い赤ちゃんがこんな所に居ますねぇ~。じゃ、刃渡君行きまちゅよ~。」

 

「待てっ!それはおかしい!少しは戸惑うのが普通だろ!!」

 

なんだコイツ乗ってきたぞ!?

やべぇよ...本当にヤバい子身近に居たよ....

俺のようなファッションでは勝てないヤバさ。

これが篠原まりの実力とでも言うのか...?

 

「正直、いつも刃渡君から逃げられてるからね.....もう、赤ちゃん扱いして授業受けてくれるならそれでもいいかなって.....。」

 

違った、単なる諦めだった。

よくよく考えたら彼女、責任感ある子なんだよなぁ。

委員長として頑張っていることはなんか聞くし。

そんな彼女が先輩から任された同級生を何度も逃がしていたら責任とか感じたりしてもおかしくはないな。

まぁ、俺には俺の都合があるわけだし、隙あらばサボろうとするのだが。

でも、それでも少し可哀想にも感じるな。

俺の事放っておいて、どうぞ?

 

「というわけで、今日は絶対に逃がしませんからね!!」

 

まるでお姫様抱っこするかのように俺を担ぎ上げる。

わぁ....凄い怪力。

がっちり掴まれてる。

これもうダメみたいですね....(諦観)

 

「....分かった。今は授業を受けてやろう。....今はな。」

 

どうせ昼休みとか授業前休みなど逃げる隙はある。

その時に逃げてしまえば良い。

俺の本領発揮はここからだ....。

これは敗北ではない!

だからこそ、ニヒルに笑っておこう。

 

「...女の子に担がれてカッコつけてる奴なんか初めて見たわ.....。」

 

「安心しろ、ゆきかぜ。私もだ。」

 

「あ、あはは.....。」

 

残された三人は各々複雑な表情をしながらも、連れていかれている幼馴染を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、そこはこの数式を入れればいいんだよ?」

 

「うす.....」

 

時が経って、昼休み。

度々休んだり抜け出していたりした俺は見事に授業で置いていかれた為、篠原さんに隣で教えてもらっていたのだ。

そもそも、5分休みなどの間時間でさえ篠原さんやゆきかぜに見張られているのだ。

そして挙句の果てにはトイレの中にまでついてくる達郎。

なんだこれは...本当に凶悪犯みたいじゃないか、たまげたなぁ。

これが監視社会か....。

 

また授業中抜けようとした所、ある程度は上手く行っていた。

ある程度は.....。

まさか下で風紀委員長に出くわすことになるなんて。

あの人、俺の事問題児って呼んでて当たりも強いからなぁ。

誤魔化せなかった。

氷室めぇ.....。

 

「うん!正解!うん、飲み込みが早いね刃渡君。私に教えてもらっただけでここまで出来るんだから授業に参加したら私、必要なかったかも.....」

 

篠原さんが笑みを浮かべる。

その度に近くに居る男生徒たちの怨嗟の視線がこちらに突き刺さるのだ。

鬱陶しいんだよなぁ。

 

「そんなことはないだろ。篠原さんの教え方が上手いんだよ。じゃ、頭使ったから外の空気でも吸ってきますね~。」

 

俺はそう言って席を立とうとする。

完璧な作戦。

相手を褒めて気持ち良くしといて、しれっと自分は明確に外に行く事を示す。

しかも勉強したから外の空気を吸うと言っているのだ、止めづらい。

なんてたって止めたら頭疲れてる相手の休息を意図的に邪魔したことになるからな。

そして、その隙に俺は学校から抜け出す寸法よ.....。

 

すると、服の裾の端を掴まれる。

見ると、篠原さんが上目遣いでこちらを見ていた。

 

「そ、それなら....私も付いていく!その....ダメ、かな.....?」

 

その瞬間、怨嗟の視線の濃度が増した。

...今、誰か机を叩いたし。

やめろよ、机は学校の物なんだから。

物に当たるなんて最低だぞ。

 

そう思いつつも、俺は口を開く。

 

「駄目だぞ。俺は一人で外の空気を吸いたいと思ったんだ。人の目があると安らげない。」

 

「....それって、学校から出ようとしていない?」

 

...察しが良いな。

勘の良いガキは嫌いだよ?

だが、どうする。

このままついていくのを許してしまえば、逃げることは難しくなる。

だが、自分には信用がないのは知っている。

このまま目の前のこの子を納得させられるか.....?

 

そう思っていると、開いている窓が目に入る。

...ははぁ、なるほど。

別に目の前の女の子を説き伏せる必要はない。

ただシンプルにあの窓から抜け出せばいい。

落ちたとしてもちゃんと着地できれば大丈夫。

大した高さじゃない。

であればここから教室を出て、後は流れで学校の敷地から出て行けば.....!!!

 

「...はぁ。そこまで言うなら教室から外の空気を吸うよ。」

 

そう言うと、目の前の篠原さんに察されないように窓の方へと近づく。

そして窓を開けた。

このまま窓枠に足を掛けて一気に外に身を乗り出せば....。

 

そう思って窓枠に手を乗せた瞬間、チャイムが鳴る。

 

『一年C組、刃渡貞一。至急校長室に来なさい。繰り返します。一年C組刃渡貞一、至急校長室に来なさい。』

 

動きを止める。

自分の名前が呼ばれた。

しかも校長室に来いと言われたのだ。

固まるに決まっている。

 

「校長室....なんで刃渡君が呼ばれたんだろう?」

 

篠原さんは首を傾げている。

しかし周りの男子生徒はコソコソと何か話していた。

周りが思っている事が手に取る様に分かる。

コイツ、なんかやらかして停学、もしくは退学にされるんじゃね?と。

正直出席率の悪さとサボり以外には何もしていない。

だが、それはそれで望むところだ。

寧ろやめさせてくれ!

そうすれば親もあきらめるだろ!!!

 

てか、そもそも呼び出されたところで向かう必要なくね?

怠いし、対魔忍になりたくないのなら伝説の対魔忍であるアサギを始めとした先輩対魔忍の皆々様方に嫌われていた方が都合がいい。

よし!このまま飛び降りちゃおう。

 

そう思って足を窓に掛けた。

 

「ちょっ、なにして....」

 

席を立つ篠原さん。

彼女は隣の席。

だが、俺が外に出る方が早い!!

 

そのまま外に躍り出る。

地面が近づいてくる。

冷静に姿勢を整えると、着地の衝撃を転がって緩和する。

スーパーヒーロ着地と迷ったが、あれは膝を壊しそうだからやめた。

あんなの出来るのはパワードスーツ着てるスタークだけだよ。

お前が、ナンバーワンだ....

 

ま、教室から出るのは成功した。

それにこれならゆきかぜや達郎も追跡できてはいないはずだ。

鞄は教室に起きっぱになるが...どうせ携帯や財布は上着に入ってる。

何も痛くはない。

ふふ...やはり俺を学校に留めるのは無理だったな!

俺の為にファンファーレでも吹いてろや!

 

笑みを浮かべ、フェンスに向かって走り出そうとしたその矢先。

肩を掴まれる。

凄い力で握りしめられて痛みを感じる。

ゆっくりと背後を振り返ると、水色の髪の女子生徒。

ネクタイの色からして三年生だ。

そして、顔見知りでもある。

そんでもって授業の間の5分休みにさっき会った。

また君かぁ、壊れるなぁ.....。

 

その少女は笑顔を浮かべている。

...が、背後から怒気があふれ出て鬼のようになっている。

はえ~羅刹ってこんなに身近に居るんすねぇ。

 

「あら、奇遇ね刃渡君。こんな所で会うなんて。....フェンスに向かって走り出してどうしたのかしら?」

 

「いや、フェンスに無性に飛び付きたくなったんです。そういう異常性癖なんで放っておいてもらっていいですか?」

 

なんとか誤魔化そうとするも、彼女の目はより一層鋭くなる。

無理があったか....。

相対するのは五車学園風紀委員長サマ、氷室花蓮。

幾度となく俺を取り締まった、天敵だ。

俺はこの女に問題児として目を付けられている。

まさか、降りた先にこの女が居るなんて......

 

「...確か貴方、放送で呼び出されていたわね。まさか逃げるつもりなのかしら?」

 

「そ、そんなこと.....ハハハ....」

 

愛想笑いを浮かべるも、目の鋭さは緩まない。

しょうがない.....このような状況は俺の無理で押し通る!!

彼女の存在を無視して一気にフェンスに駆け寄ろうとしたその瞬間、回り込まれる。

そして腕を取られるとそのまま締め上げられた。

 

「あー痛い痛い痛いぃぃぃ!」

 

「...はぁ、私が貴方をみすみす逃がすと思う?私の目が黒い内はそんな学生の風上にも置けないような不埒な真似は許さないわ。ましてや校長先生に呼び出されてるのに無視しようとするだなんて....とにかく来なさい!」

 

「ああああああああもうやだあああああああ!!!!」

 

「うるさいわ、少し黙りなさい!」

 

デスボイスを上げる俺を叱りつける氷室風紀委員長。

このまま成す術もなく、俺は校長室へと連行されていく。

なんて運が悪いんだ...今日は厄日だ。

せっかくのチャンスを不運で不意にした俺は失意のままただ彼女に引っ張られるままに歩き続ける。

その様はドナドナドーナと運ばれていく子牛の如き有様だった。




祖父の遺言を思い出した時、不快感を覚えた自分に驚いたんだよねw
次は校長室からです。


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幼馴染は居るに越したことはない。

「...どうやら揃ったようね。まさか、風紀委員長に連れてこられるとは思わなかったけれど。」

 

校長室。

氷室風紀委員長に連れてこられた先は校長室。

そこには何故かゆきかぜと凜子が居る。

向かいには座っているアサギ先生と、その傍らに付き添っている紫先生とサクラ先生。

俺が入ってきたのを確認すると、アサギ先生は口を開いた。

 

「私が居ると支障があるのなら戻ります。アサギ先生。」

 

氷室は優等生らしく礼儀正しい態度でアサギ先生に言う。

すると、アサギ先生は微笑んだ。

 

「...えぇ。そうしてくれるとありがたいわ。彼を連れて来てくれて有難う。」

 

「い、いえ!私は風紀委員長の職務を全うしただけですから....それでは失礼します。」

 

彼女は一瞬嬉しそうな顔をするも、すぐに神妙な顔をして一礼すると部屋を出る。

まぁ相手は伝説の対魔忍井川アサギ。

彼女のような対魔忍になりたいと心から憧れられる人だけあって、あの風紀委員長からも彼女は尊敬の対象なのだろう。

 

「...どーせ、また逃げようとしたんでしょ?」

 

「...分かってるなら聞くな。」

 

隣でゆきかぜがこちらにジト目を向けながら、小さな声で言ってくる。

...まぁ、風紀委員長に連れられた様子を見れば、幼馴染である彼女には俺がどうしようとしていたか分かるだろう。

心なしか、凜子の目も残念な物を見るかのような目だったし。

 

「...悪いが、私語はそのへんで。これからアサギ様の話すことは公的な事柄でもある。」

 

後ろに控えている紫先生がコソコソと小声で話す俺とゆきかぜに注意する。

周りをちらちらと見回す。

しっかりと落ち着いた内装。

そして目の前には3人の教師。

見回しているとサクラ先生と視線が合う。

すると、彼女は少しにこっとこちらに微笑んでくれた。

まぁこういう親しみやすさって言うのか?

それが彼女の人気の要因なのだろう。

 

そんでもって紫先生とアサギ先生はクール系だ。

彼女達もサクラ先生とは違った方面、なんだろう...お姉さま的な?感じの人気を集めている。

そう考えると、サクラ先生とアサギ先生は姉妹なのに結構対照的な系統だ。

...というより、なんで俺の周りには人気者しか集まらないのか。

類友理論で言えば俺も人気者扱いされていないとおかしいだろ。

 

「今日、貴方たちを呼び出したのは他でもない。...この写真を見て。」

 

そう言って彼女はこちらに写真を差し出す。

凜子はそれを手に取ると、目を見張る。

 

「これは.....!」

 

「ど、どうしたんですか?凜子先輩。」

 

ゆきかぜが凜子の様子を見て、首を傾げる。

すると、凜子は一瞬逡巡するも、アサギ達の方を見るとゆきかぜに写真を渡す。

それを受け取ると、彼女は写真を見る。

そしてただ一言呟いた。

 

「....お母さん、なんで.....?」

 

「あ?いなくなった母ちゃんがどうしたんだ?こっちにも写真回せよ。俺も一応ここに居るんだからさぁ。」

 

そう言って写真をゆきかぜの手から奪い取る。

そして見ると、そこには確かにゆきかぜの母親である水城不知火が写っていた。

居なくなったはずの母親。

もはや生存すら怪しいと見られていた筈の彼女が写りは悪いが、確かに写っている。

てか、この人は仮にも子供一人産んでいるんだろう?

ならよくこのレオタードタイプの対魔忍スーツ着れるな。

本人の趣味なのだろうか。

 

「...これはヨミハラに潜入している対魔忍の一人が撮った物よ。そして....それ以外にもヨミハラに出入りしている政治家の身辺に潜入させた者からもヨミハラで水城不知火が活動しているという情報も入っているわ。」

 

「お母さんが生きて....生きてるってことですか?今も、そのヨミハラに!」

 

ゆきかぜはアサギに詰め寄る。

まぁゆきかぜからしたらこれほど嬉しいことはないだろう。

消息不明になった母親が生きている。

父親が没した今、彼女の身内などいなかったのだから。

 

しかし、アサギの表情はあまり明るくない。

どこか複雑な表情をしている。

まぁ、俺もヨミハラと聞いた時点で少し嫌な予感もしていた。

ヨミハラなんか魔族が幅利かせてて、潜入したが最後大体の対魔忍は音信不通になったりするような魔境だ。

流石にそのくらいはやる気がなくて学校にすら行ってないような俺でも知っている。

そんな場所で母親が発見された?

正直、良い展開とは思えない。

....ま、正直人の親だからどうでもいいんだけどね。

 

「えぇ。その可能性が高いわ。....ただ、仮にそうだったとしても懸念はある。」

 

「懸念....ですか?」

 

ゆきかぜはアサギに聞き返す。

すると紫は返答した。

 

「あぁ。情報によると不知火を娼館アンダーエデンで見たという情報が入っているわ。それも、娼館の主に連れられていたと。」

 

「つまりお母さんは....」

 

アサギは頷く。

 

「えぇ、堕とされている可能性がある。彼女がいなくなって5年。その年月の間、ヨミハラに居たのだと考えれば堕とされていてもおかしくはない。でなければ優秀な対魔忍である彼女がここに戻ってこられないはずがないもの。」

 

そう言うアサギ。

まぁ確かに任務で突然失踪して五年後、その後に娼館でコンパニオン的なことをしている姿を見たとかいう情報が入ったらそういう悪い方面に考えても不思議ではない...というかどう考えてもその方が可能性は高い。

 

「そ、そんな!お母さんが...そんなわけッ!」

 

「ゆきかぜ、落ち着いて.....」

 

凜子が身を乗り出さんほどのゆきかぜを押さえる。

俺は、そんなゆきかぜに対して口を開いた。

 

「いや、どう考えてもアサギ先生の懸念は正しい....っていうかそっちの方が可能性が高いだろ。」

 

「アンタ.....ッ!!」

 

ゆきかぜがこちらを睨む。

しかし、俺も彼女を睨み返す。

俺は人に睨まれたら絶対に目を背けないと決めている。

背けたら負けを受け入れたような気がするから。

 

「確かに、ゆきかぜ....君の母親はえーと、なんだっけ?幻影の対魔忍だったか?そんな感じで有名になるほど強い。だが、逆に言えばそんな彼女が5年物間消息不明になって、今や娼館に居る。一度行方不明になっているんだよ。堕とされていないとおかしい。じゃないと5年も音信不通なわけがないでしょ。そして....その前提を踏まえれば、相手はそれだけ強大ということになる。」

 

うわっ...そう考えるとマジでそんな奴とはお関わり合いになりたくない。

あの幻影の対魔忍が消息不明になり、5年後に娼館勤め。

そんな状態に出来る敵なんて、対峙したくねぇな。

 

「...私も、貞一の言葉には同意する。ゆきかぜの気持ちもわかるが....」

 

「....大丈夫です、凜子先輩。本当は分かっていますから。分かっているけれど....」

 

認めたくないのだろう。

彼女にとっては母親は憧れだ。

理屈では分かっても心では認めたくない。

母親が堕とされているかもしれないなんて。

 

...あぶねぇ、これ凜子が諫めてくれなかったら危なかったかもなぁ。

余計な口は挟むまい、藪蛇になりかねない。

 

「今回私達が貴方たちを呼び出したのは、纏の任務を与える為。水城不知火の捜索と救出をね。」

 

纏の任務。

ということは潜入ということになるのか。

....えっ、てか任務ってマジで?

貴方たちってどっからどこまでだ?

凜子からゆきかぜまでだろ?

うん、そうだ。

きっとそうだ。

 

「私達が....お母さんを救出....」

 

「ですが、その...さっきも貞一が言ったように、相手はあの不知火さんを堕としたかもしれない相手。私達で本当によろしいのですか?」

 

凜子がそう尋ねる。

まぁそりゃそうだ。

凜子もゆきかぜもかなり強い。

俺なんかとは比べれば月とすっぽん。

正直、他の現役の人達と比べても頭抜きんでていると思う。

そもそも忍術もチート臭いしな。

 

だが、それでも学生だ。

経験は現役の人と比べると足りないだろう。

そんな学生相手にヨミハラへの潜入だなんて荷が勝っているようにも思えてならない。

 

「...水城は不知火の娘である分、本人確認がスムーズに行える。そして秋山は空遁によって逃走においても潜入においても秀でている。...なにより、私達は二人の能力の高さを買っているんだ。ですよね?アサギ様。」

 

紫がアサギに聞くと、彼女は頷く。

そしてただ...と言葉を濁した。

 

「確かに不知火を救出するにあたっての適正面では貴方たちが一番よ。ただ、貴方達が躊躇うのも分かる。場所はヨミハラ。危険であるのは間違いない。だからこそ、断るのであれば構わないわ。」

 

そういうと黙りこくる二人。

なんか凜子とゆきかぜの良い所しか言ってない。

あれ、俺なんでこんな所に居るんだろう?

,,,,もしかしてアレかな?

この件が終わってから俺の退学通告になるのかな?

てかなれ。なってくれ。

どうまかり間違っても危険地帯なんかには行きたくないぞ俺は。

 

俺がそう思っていると、ゆきかぜが顔を上げる。

 

「....行きます!行かせてください!!」

 

「ゆきかぜ....!?」

 

凜子が驚いた声を上げる。

すると、ゆきかぜが彼女に向き直る。

 

「凜子先輩、ごめんなさい。危険なことは分かっている。...でも、私、お母さんを助けたい!私が助けたいんです!」

 

「ゆきかぜ....ふっ、どうやら心変わりはないようだな。良い目をしている。なら、私も行きます!ゆきかぜを一人で向かわせるわけにはいかない!!」

 

「凜子先輩....!!」

 

おー、なんか良い話っぽく進んでんなぁ。

どことなく百合感も出てるってはっきりわかんだね。

流石はレズ説が出ている凜子お姉さまですわ。

これは百合クマ嵐巻き起こりますわ。

避難しよ、挟まると殺されかねない。

 

「...貴方たちの気持ちは分かったわ。では、水城ゆきかぜ、秋山凜子...そして刃渡貞一。貴方達には水城不知火の捜索及び救出を命じます。」

 

「「はい!」」

 

「ちょっ、ちょっと待ってもらっていいですか!?ちょっ、ちょっち待ってもらって....!!」

 

動揺のあまり声を震わせながら、制止する。

皆は俺に視線を向けているが、それどころではない。

はぁ....はぁ!?

マジで言ってのか!?

俺、名前呼ばれたのか....何かの間違いでもなく、任務に参加するメンバーの一人として?

そ、そんなの.....許容できるわけがないだろ!!!

 

「えっ、な、なんで僕の名前まで呼ばれてるんすか?」

 

「...そりゃ貴方もこの任務を行うメンバーの一人だからよ。放送で呼び出したでしょ?」

 

正直、この場で不知火さんの話を聞いていて、嫌な予感はしていた。

だが、まさかだった。

あの時に氷室に止められていなかったら、俺はこの話をブッチできたのだろうか。

クソっ....今日の俺は、運にそっぽ向かれている。

ガチで厄日じゃねぇか....。

歯噛みしつつも、相手は目上。

なんとか笑顔を取り繕いながら口を開く。

 

「えっ、あの...俺は退学になると聞いて喜び勇んでここまで来たんですが.....」

 

「えーと、刃渡君は氷室さんに連れてこられてなかったっけ?というか退学で喜ぶって....」

 

サクラ先生は苦笑いを浮かべる。

クソッ、氷室め....。

こんな所まで足を引っ張ってくるとは....。

本当、大した女だ....。

流石天敵だけあるぜ...。

出来れば晩年は苦しんで死んでくれ。

 

彼女に対して恨めしさを感じていると、アサギ先生が口を開く。

 

「...そもそも、君は出席率とサボタージュの頻度の多さ、その点において問題児なだけあって今すぐ退学になるような問題は起こしていないでしょう?」

 

「い、いやそうだけど.....あっ、そうだ!確かに横の二人はメッチャ強いし、適正面としては申し分はないですね!でも、僕はどうですか!?さっきアサギ先生は二人の事しか言わなかったけど、つまりはそういうこと。僕の忍術は二人のような強い忍術でもない。この学校で言えば雑魚でサボタージュ常習犯の協調性皆無の社会のクズです!そんなゴミクズを任務に参加させるような乱心を起こすのはやめましょうよアサギ先生!!ね!?」

 

俺は笑顔で詰め寄る。

すると、後ろでゆきかぜが呆れた声で呟く。

 

「...アイツ、テンパると早口になるのよねぇ。」

 

うるせぇ。

分かったような口利く貧乳にイラつきを覚えながらそれを表に出さないようにあくまで笑顔を作る。

 

するとアサギ先生は溜息を吐く。

 

「...はぁ。今回の任務において、貴方には二人のサポートを行ってもらうわ。貴方の才覚を買っているのよ。言わなかったのは....そうね、貴方の人間性を考慮して言わなかったのだけど。」

 

そう言われて、納得する。

あー、なるほどね。

そんなこと態々こんな相手に言った奴は誰なのだろう?

ぶん殴りたくなる。

俺の才覚を買った?

冗談としても笑えない。

学校でも碌に対魔忍としての訓練もせずにいる子供の何が分かるというのか。

俺の忍術は家紋を刻み込んだ武器を、巻物経由で呼び出すだけ。

しかも一度に呼び出せるのは2~3本。

 

そんな術使うくらいならジャケットとか改造して持てる武器増やした方が良いに決まっている。

巻物開いて血を付ける手間が無駄。

本当ゴミ忍術。

爺さんが叫んだ言葉は確実にボケから出た戯言だという証明だ。

俺は、俺の術が嫌い。

 

こんな餓鬼捕まえて才覚を認めたから死地に向かえとかホンマ馬鹿らしい。

そんな言葉で浮かれるほど馬鹿でもないぞ。

それともアンタらは僕の使えなさに気づかない程に見る目がないのか?

言いたいことは色々ある。

だが、相手は年齢的にも立場的にもかなり上の人物。

ここで噛み付いても損するのは俺だけだ。

笑え....笑え......。

 

「そうですか?ハハ、そんなことないですよ。」

 

「....大人の目は、誤魔化せないわ。」

 

アサギ先生は目を細める。

どうやら少し気に障ったらしい。

まぁでもそれならそれで計画通り。

彼女たち高名な対魔忍に嫌われたら、対魔忍としてやっていくのは厳しいだろう。

そうにちがいない。

 

「すみません。」

 

ただ、怒られるのは嫌いだ。

一番望ましいのは良くない印象を累積させて、見放してもらうこと。

だからこそ、素直に謝る。

 

後ろから二人にジト目で見られているのを感じる。

なんだ...文句あるのか。

文句あるなら直接言ってこいやホラホラホラホラ!!!

 

「ま、まぁまぁ!とにかく刃渡君にはこの任務に参加してもらうってことで....」

 

サクラがニコニコと愛想笑いを浮かべて宥めるように言ってくる。

いやいや、何しれっと俺も行く感じで話し進めてんだよ。

ゆきかぜや凛子には選択肢が与えられていた。

なのに、なぜ俺には与えられないのか。

 

「凜子やゆきかぜには任務を受けるかどうかの選択権が与えられていたはずです。なら、俺も選んで然るべきではないですか?なので、僕は参加しません!」

 

高らかにそう言う。

すると背後からゆきかぜの声が聞こえる。

 

「アンタは.....私のお母さんを助けるの、手伝ってくれないの?」

 

振り返ると、こちらを窺うように見る彼女。

....その目は一抹の不安を見せる。

もしかすれば.....彼女の不安を見抜いて凜子は一緒に行く決心をしたのだろうか。

だけど、それは彼女の都合だ。

正直、彼女の母親がどうとか本当にどうでもいい。

それに、俺なんかいなくてもお前らだけで出来るだろうが。

寧ろ、足手まといになると思わない?

 

俺は態々魔族と争うような危険な仕事に就きたくないから対魔忍にはなりたくないのだ。

ヨミハラなんかもってのほかだ。

誰だって自分が可愛い、俺もそうだ。

俺が言ったって誰も文句は言えないはずだ。

 

そう思い、口を開く。

そんな時に限ってあの光景を想起する。

 

母を失って、父を喪った少女。

俺達の前では気丈に振る舞っていたあの子は見えないところで泣いていた。

借りたままにしてたゲームをこっそり返しに来た時に見た光景だ。

その光景が俺を躊躇わせた。

 

「....俺は、出来れば行きたくない。」

 

何とか絞り出した言葉。

俺の本心。

それを聞くと、彼女は少し残念そうな、それでいて失望したかのような表情をする。

そして凜子も彼女と同じ表情だ。

なんだろう....胃がキリキリする。

 

「.....そこまで言うなら無理強いは出来ないわ。....ただ、少し残念ね。」

 

アサギ先生は俺に対してそう言う。

その目には感情がない。

いや、見せていないのだろう。

明確な失望を見せれば俺が傷つくと思っているのか、それとも俺には失望していることすら気づく価値もないと思っているのか。

 

「では、これから任務について詳細を説明するから、関係のない人には退室願いたいわ。」

 

「はい、分かりました。失礼します。」

 

そう笑顔で言うと、後ろに振り返る。

そしてドアに向かって一歩踏み出す。

そんな俺に視線を向けて、凜子は小声で尋ねた。

 

「....お前は、それで良いのか?貞一.....。」

 

「.....」

 

良いに決まってんだろバカが代。

その簡単な言葉が口から出なかった。

 

 

 

家に帰宅すると、部屋に籠る。

あれからどこか胸に突っかかるような感じがする。

無性に気晴らししたくなって、達郎を誘おうとした。

だが凜子やゆきかぜに背を向けた以上、誘うのが憚られて一人で遊んでいたのだ。

...が、一向に心が晴れない。

一人で居れば居る程、自分のやるせなさを考えさせられる。

俺の心模様を表しているかのように外では雨が降っていた。

 

...よくよく考えてみれば俺、友達とか幼馴染しかいないじゃん。

そんな俺が彼女たちに背を向けるとか、孤立するに決まっている。

.....いや、でもやっぱどう考えても俺じゃなくて良い。

ぶっちゃけ達郎の方が良かったはずだ。

 

「....これで、良かった。」

 

まるで言い聞かせるように言葉を吐いた。

その時、家のインターホンが鳴る。

下にはマッマが居る。

だからこそ、俺が出る必要もない。

このまま横になっておこう。

 

そう思うと、階段を勢いよく昇る音がする。

え、なんだ。

母ちゃんどうしたんだろう。

こんなドタバタ走って階段を上るような人ではなかったはず.....。

 

そう思っていると、急にドアを滅茶苦茶叩かれる。

 

「ちょっ、な、なに!?なんなの!?ちょっと!ママン!」

 

聞くも何も言わずにドアを叩きまくる。

ちょっ、なんで答えないんだよ。

まるで連打ゲーのように叩かれるドアに痺れを切らし、ドアを開ける。

 

「聞いてんだから何か言えや!このババ.....えっ、お前なんで....。」

 

怒鳴りながらドアを勢いよく開けると、そこには母親ではなくてゆきかぜが立っていた。

雨の中をこの家に来たのか、服は濡れて透けている。

首に湿ったタオルが掛かっており、母から貰ったのだろう。

すると、ドアを押さえると無理やり家に入ってくる。

 

「ちょっ、お前何しに来たんだよ!てか、ガチでびっちょびちょ....」

 

「...ゲーム。」

 

彼女は呟く。

は?ゲームゥ?

そんな一言呟かれただけで何もかも分かるわけないだろ!!

俺はニュータイプじゃないんだぞ!

すると彼女は扉を勢いよく閉める。

 

「ちょっ、手荒に扱わないで....いや、確かに人質、つーか物質にしたりしたけど、結局扉壊れたら怒られるの俺.....」

 

「...どーせ、アンタの事だからうじうじ家で寝転がってると思ったのよ。だから....遊びに来てやったのよ。」

 

「え?ごめん。意味わかんない....。」

 

素のテンションで聞き返してしまう。

え?なんで?

俺は彼女の母親を救出する任務に明確に参加したくないと意思を示した。

幼馴染である彼女ならば、俺が我が身可愛さに任務から逃げたことが分かったはずだ。

正直、失望されても仕方ない。

なのに、なんでここに彼女が来たのか....。

 

「アンタ、確か前に学校行かずに最新ゲーム機買ってたでしょ?....やっぱ服が濡れてて...気持ち悪い....。」

 

戸惑う俺を他所に勝手に人のゲーム機を弄りながら、愚痴るゆきかぜ。

いや、俺もゆきかぜの家にお邪魔した時には勝手にゲーム機で遊んでたりするから文句言えないけど....

 

勝手にゲームを起動すると、これでもかと言わんばかりに俺のベッドに座り込む。

 

「ちょっお前、ベッド湿っちゃうからやめ....っ!!」

 

「いいから!.....隣、座んなさいよ。」

 

コントローラーを投げ渡され、それを咄嗟に受け取る。

コイツ....顔面に投げやがった。

もしや、これお礼参り的なアレか?

人生最後のゲームだぞ楽しめとでも言いたいのだろうか。

プレイが終わったら奴の手で直々にアイガッタビリー♪してしまうのか。

俺は不滅だぞ。

 

そうびくびくしながらも隣に腰かける。

やるゲームは....格ゲーか。

確か隣の馬鹿はなんか有名ゲーマーだったろ?

 

「んじゃぁ。有名ガチゲーマーY-kazeXさんの実力でも見せてもらいましょうかね....っつめた!何すんだ!」

 

「次、それを言ったら今度は頭ぶっ飛ばすから。」

 

彼女は冷たい手を首筋に付けると、そう俺を脅す。

怖いなぁ....戸締りすとこ....あっ、もう意味ねぇか。

まぁそういうネットやゲームでの活動名はリアルで関わりのある人には知られたくない物だろう。

俺も、コイツの部屋に遊びに行って偶然奴がゲームしてる所見なければ知らなかっただろうし。

 

そうして、俺達はキャラを選択すると戦闘を始めた。

 

 

 

「なぁ、ゆきかぜさんや。もう良くないか?まるで親の仇の如くボコボコにされ続けて俺楽しくないよ。お前とやるゲーム、息苦しいよ。」

 

「当たり前でしょ。私はただふざけた態度取ったアンタに対してのイライラをぶつけてるだけなんだから。」

 

30回中30回完封負け。

そしてしれっとゆきかぜはストレス発散の為にゲームをしていることをぶちまけた。

やっぱ根に持ってたか....まぁ根に持っているよな。

おぉ...こわ。

でも、暴力ではなくゲーム方面でぶつけられていることが唯一の救いだった。

 

すると、不意にゆきかぜは口を開く。

 

「アンタさぁ、対魔忍になりたくないとはよく言うけど。.....じゃあ何になりたいとかあるの?」

 

「ん?そりゃお前公務員....とか?なんか安定性的なサムシングが.....。」

 

「嘘。アンタ、本当は何も考えていないでしょ。」

 

俺の言葉に被せるように否定するゆきかぜ。

何を言うんだと彼女に言おうとすると、目が合った。

その目は真剣な話をしていると物語っている。

 

「...おう、そうだよ。何も考えてねぇよ。なんで分かったんだ。」

 

「やっぱり.....、あのね、五車学園は一般課程さえ終わっておけば別に対魔忍にならなくて良いの。そしてどんな職業でも勉強は必要よ。それすらサボってるような奴が将来の事なんか考えているわけないでしょ?さしずめ....対魔忍にはなりたくないけど、やりたいこともなければやる気もないし面倒くさい。だから学校行かない。でしょ?」

 

何だコイツ、母ちゃんかな?

俺のことを完全に言い当てていた。

彼女の言う通り、俺にはやりたいことなんかない。

目指すべき場所もなく、やる気もないし面倒くさい。

だから学校も休みがちだ。

 

「....すげぇな。ここまで言い当てられると不気味だわ。お前メンタリストか?その内どっかの大学の論文とか引っ張り出しそうだな。」

 

「なにそれ.....。まぁメンタリスト云々は置いといて、改めてアンタの口から聞くと、本当にダメ人間ね。アンタ。」

 

「....まっ、そこは自分でも分かり切っているからな。逆に....お前は対魔忍がやりたいことなのか?」

 

俺が聞くと、彼女は頷く。

 

「えぇ。私はお母さんみたいな対魔忍になりたい。」

 

頷く彼女を見て、笑ってしまう。

 

「そうか....それはすごいな、やりたいことが分かってるとか。....で、ダメ人間だって俺に言いに来るためにここに来たのか?」

 

俺が聞くと、ゆきかぜが笑う。

 

「そんなわけないでしょ。私が言いに来たのは....私と一緒に任務に来なさい。それがアンタにとって一番いいわ。やりたいこともなく、その辺でグダグダするなら私の言った通り動けって言いに来たのよ。」

 

「えっ、なにこわ......」

 

なんかこの子、勝手に俺にとって任務に行くのが一番良いとか言い出したんだけど....。

目を見開くと、彼女は俺の肩を掴む。

 

「...やりたいこともなく、学校にも行かない。その先に待つのはただの破滅よ。アンタは、何も成し得ることなく終わる。」

 

「お前、滅茶苦茶言うな....。」

 

このままお前を誰も愛さないとか言い出しそうな雰囲気だ。

ここまでボロカスに言われたことなんかないぞ。

悪戯に俺を傷つけるのはやめろぉ!!

 

「それが、私には分かる。....分かるから、私がまともに生きられるように世話焼いてやるって言ってんの。」

 

「いや、お前にそんなこと....」

 

「出来るわ。私はアンタの幼馴染よ。....アンタの事は、一番よく分かってる。」

 

真っ直ぐ俺の目を見つめてそう言ってくるゆきかぜ。

その目は冗談でもなく、本気で言っているのだと物語っていた。

 

「...俺は分かったような口を利かれるのが嫌いだ。」

 

「そんなこと、知ってるわ。でも、言わないとアンタは分からないでしょ。」

 

彼女は悪びれずにそう言ってくる。

そして彼女は言葉を続ける。

 

「アンタ....聞いたわ。単位ヤバいんですって?....このままじゃ留年らしいわ。そんでその先はいずれ退学とか?...ふざけてんの?学もなく高校も中退の子供が幸せに生きていけるのかしら?」

 

「少なくとも同じような境遇でも幸せに生きている人は居るだろ。」

 

「でも、アンタは絶対ないわ。仕事を探すやる気もないから、親に言ってもらって適当に対魔忍することになるのよ、結局。」

 

何だコイツ....さっきからなんでそんな悲観的な未来しか言わないんだ。

いや、でもそれも充分あり得る話だ。

そんな状況を生き抜いていく能力など俺にはない。

結局は親の脛ちゅばってやりたくもない対魔忍をやらされることになりそうだ。

そんな未来は確かに容易に想像できた。

 

「それで?それがなんだよ。」

 

「...アンタが居なくなった後、アサギ先生に頼んだわ。」

 

は?

えっ、なにを!?

戸惑う俺を他所にゆきかぜは続ける。

 

「任務が成功した場合、アイツが進級できるように単位をくれませんか?説得はしますって。」

 

「え?なんでお前がそんなことしてんの?」

 

ぶっちゃけ意外だった。

コイツが俺の為に頭を下げるなんてことは。

 

「そりゃ....心配だからよ。私たちの中で一番危なっかしいのはアンタ。....というかさ、賢く生きなさいよ。」

 

呆れたように俺に向けて言うゆきかぜ。

 

「アンタはただの後方支援。つまりはアタシたちがさっさと終わらせたら手柄ただ取りできんのよ?なら、それで良いじゃない。」

 

「いや、確かにそうだがそうじゃなくて....俺はとにかく危険な所に行きたくなくてだなぁ....それに俺じゃなくても達郎とか他の人が居るでしょうが!」

 

俺が言うとゆきかぜがまだ分かんねぇのかコイツと言わんばかりに呆れた表情をする。

 

「あのねぇ....アンタは武器を他所から口寄せできる。それはつまり閉ざされた場所であっても武器限定で言えばいくらでも補充できるということ。おまけに...アンタ、確か家の地下室に置いてある武器は一通り使えるとか私達に自慢してたじゃない。」

 

「...まぁ、あんなもん握れば大体使い方とか分かるし。」

 

使い方が分かるだけで強いとは一言も言ってない。

刀だってなんか流派やっている凜子の方が上手く扱えるに決まっている。

俺は器用貧乏が二足歩行で歩いているような人間であると自負していた。

 

「それなら後方支援としては申し分ないでしょ。それに、そんなにヨミハラが怖いなら.....」

 

すると、彼女は急に俺を抱き寄せる。

えっ、なんすかそれ。

なんしてんすかアンタ。

彼女の身体は濡れてしばらくから経ったからか蒸れており、肌は少し冷たかった。

 

「....私が、守ってやるわよ。」

 

「....わぁ、イケメン。」

 

思ったことが口に出た。

何だコイツ乙女ゲーの男みたいなこと言ってんなぁ。

てかうっとおしいし、暑苦しいからやめろや。

 

「ってことでアンタ、私と来なさい。」

 

「....あのさ、酷いこと言っても良いか?」

 

俺が言うと、呆れたようにいいわよと言う。

だからこそ、俺は口から言葉を吐いた。

 

「俺さ、正直お前の母ちゃんどうでもいいんだ。」

 

「...まぁ、そうでしょうね。そうだと思ったわ。アンタクズだし。」

 

こちらを少し睨みながらもそう言うゆきかぜ。

ただ....と言葉を続ける。

 

「お前が、幼馴染のお前がどうしてもと言うのであれば、行かないこともない。俺は友達が居ないからな、お前らに見捨てられると話す相手も居なくなる。というわけで押し入れの二番目に入っているコスに袖を通したのなら言う事を聞くと約束しよう。」

 

「....えっ、やりたくないんだけど。なんで私にそんな条件が出されているのよ?」

 

ゆきかぜは顔を引きつらせてそう言う。

まぁ彼女からすれば行く代わりにコスプレしろと言われているから多少はね?

だが、俺からしてもここは譲れない。

 

「お前が作戦中に俺を守ってくれるということは分かった。分かったが.....お前の言う事を聞いたとして、今俺は良い思いをするか?俺は今に生きてるからな、ここで良い思いをさせてくれたら文句なしに言うことには従ってやるよ。それにどうせ、濡れた服が蒸れてて気持ち悪いだろ?じゃあちょうどいいじゃん。」

 

すると、不意にゆきかぜが頬を赤くする。

 

「は、....はぁ!?そ、それって私のそう言う姿見たいってことじゃない!こ、この変態!!!」

 

そう言って怒鳴ってくる。

....なんで怒ってるんだろ。

コイツ、もしかしてなんか変なのと勘違いしてない?

 

「いや、お前....コスって言っても変なのじゃないぞ?....これだ。」

 

そう言って押し入れから出すと、広げて見せる。

 

「....なにこれ?」

 

「え?干支の一匹でもある牛さんの繋ぎコス。親に親戚の子供の運動会に連れてこられた時にこれ着て走れとか言われたんだよね。懐かしいなぁ。」

 

そう言って広げて見せる。

朝に凜子に着せようとしたのもこれだ。

胸でかい女に着せてみたら面白いかなとか思ってたが、着せることが出来なかったからな。

貧乳が牛コスを着る....ぷふっ、考えただけで.....ひひっ、笑ってしまいそう。

 

「....アンタ、馬鹿にしてるわね?」

 

俺を睨みつけるゆきかぜ。

鋭いな。

なんで俺の周りの奴らって鋭い連中ばかりなの?

もしかしてあの学校、エスパー養成機関だったの?

まともに言ってたら俺も分かるようになるのだろうか?

....いや、ねぇな。

 

「おう、だが視姦されるよりはマシだろ?そのまま濡れた服着てたら風邪ひくぞ、てなわけでさっさとそれ着て、どうぞ?」

 

「...チッ、これ着たら言う事聞くのね?....後ろ向いてなさい!絶対に振り返らないでよね!」

 

頷くとそう念押しするゆきかぜ。

破ると流石に電撃をぶつけられるだろうし、律儀に守ることにする。

後ろで衣擦れの音がする。

服を脱いでいるな。

うん...まぁ煽情的ではあるとは思うぞ。

踏んだらダメな地雷だからこそ、恐ろしさの方が増しているけどな。

そう思った矢先。

 

「さだくーん、もう遅いんだしゆきかぜちゃんと一緒に下に降りてごは......。」

 

ドアの開く音がする。

背筋が寒くなってくる。

状況としてはゲーム機を弄る俺とその背後で服を脱いでいるゆきかぜ。

 

後ろを見れないから分からないが、つなぎには袖を通しているか!?てか通しててくれ!!

流石に裸だったら勘違いされかねない!!

そう思っていると、母親が口を開く。

 

「あ、あはは....ご、ごめんなさいね。ま、まさかお取込み中だったとは...あ、あの、今回は仕方ないけど、その.....親が居ない間にね?」

 

あっ、これ多分ゆきかぜ裸ですわ。

 

「まっ、待ってください!これは誤解で!!」

 

ゆきかぜが声を出すも、現実は無常。

逃げるようにドアが閉まる。

場を支配する静寂。

後ろでどんな顔してるんだろう。

想像したくない。

これ、振り向いて良いのかな。

 

「....アンタの。」

 

あっ、来る。

直感的に後頭部が危険であることを察する。

何か重い一撃が来ると分かる。

 

「アンタのせいよ!このバカァ!!!!」

 

だが、避けるよりも前に衝撃と痛みが頭に走り、倒れ伏す。

視線を後ろに向けると、下着姿のまま俺にかかと落としをしたであろうゆきかぜが自分の身体を抱きながら、こちらを睨みつけていた。

母ちゃん......タイミング悪いよ......。

踏まないように気を付けていた地雷を踏んでいった母親を忌々しく思いながらも、俺は意識を手放したのだ。

 

 

 

 

 

 

翌日、放課後。

俺は校長室で床を舐めていた。

 

「心入れ替えました!私も、この任務に参加させてもらえませんでしょうか!お願いします!アサギ先生、サクラ先生、紫先生!!」

 

そう言ってグリグリと頭を地面に擦りつける。

後頭部は昨日の蹴りのせいで未だにジンジンと痛み、たんこぶが出来ていた。

頭蓋が割れたかと思ったが、そんなことはなくて良かった。

人間の身体の頑丈さに感心させられた瞬間であった。

 

アサギ先生は俺を見て、溜息を吐く。

 

「はぁ....ゆきかぜは上手くやったようね。まぁ私としても人員の選出を考え直す必要がなくなったから構わないけれど.....任務である以上、やるべきことはちゃんとやってもらうわ。貴方の場合は単位のこともあるからこそ、猶更ね。分かったかしら?」

 

「はい!」

 

元気よく返事する。

まぁやることやってもらうと言っているが、俺は後方のサポート。

ゆきかぜと凜子が実働部隊であり、彼女自身も守ると言っていたから俺がやることなんか高が知れているだろう。

そもそも出来ることもたかが知れているし。

 

ゆきかぜに視線を向ける。

すると彼女は昨日のことを引き摺っているのかムスッとした表情でこちらを一瞬見て顔を逸らした。

 

共に任務に取り掛かるのはゆきかぜや凛子という優秀な二人。

まっ、なるようになるやろ。

俺はそう楽天的に任務のことを捉えていたのだった....。




貧乳って必ずしも悪いことじゃないんですよ。五車学園の研究チームが行った調査によると胸の無いグループは胸のあるグループに比べて20%ほど魅力的だという結果が出たんですよね。これめちゃくちゃ意外じゃないですか?
次もまだ五車内の話です。

....なんでゆきかぜがヒロインっぽいムーブしてるんだろ?


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野獣と化した先輩

凜子さん!?まずいですよ!!!


ジリジリと差し込む日光。

炎天下、俺はただひたすらにスナイパーライフルを構えていた。

遠くでは的の横にクソデカ胸部の教師、上原燐が立っていた。

彼女が手を挙げる。

それを見て、コッキングした後にしっかりと銃身を固定、スコープから覗き込んだ。

 

握った瞬間に使い方は大体わかる。

まぁ銃なんか言うたら装填して弾当てりゃいいんだから当然なんだが。

そして遠くでバチッと音が、合図が鳴った瞬間引き金を引いた。

....少し、ズレてるかな?

 

だがまぁ、最後の弾丸は撃った。

これで任務の為の訓練は終わりだ。

スコープから目を離して立ち上がる。

彼女の方に歩み寄る。

 

「これで、狙撃訓練は終わりでいいっすか?」

 

上原先生に尋ねると、彼女は側頭部を押さえて言った。

 

「いいわけないだろ。....おまえ、やる気あるのか?」

 

なんだこの覇気は。

彼女は的を指さす。

真ん中から少し右と左と下らへんに穴がほげている的。

 

「しっかりと真ん中に当てろ。実戦でお前は相手が二度スナイプの機会を与えてくれると思ってるのか?」

 

「お言葉ですが先生。機会っていうのは与えられる物ではなく、自分で作るものだと思います。どうぞ?」

 

そもそも使えると言っただけで使いこなせるとは一言も言ってないから....

それなのに真ん中近く撃ち抜いているんだし、良いでしょ。

このくらい誤差だよ誤差!!

 

俺の言葉を聞いて、眉根を引きつらせる上原先生。

 

「...口が良く回るものだな。」

 

「口から生まれて来たんで。どうぞ?」

 

俺の言葉を聞き、目を閉じて溜息を吐く。

そして言葉をひねり出した。

 

「...私は、君ほど不真面目な生徒は、初めてかもしれないな。」

 

何を今更。

そもそも学校にも行かず、行ってもサボタージュばかりしている奴が任務を受けるからと真面目になるわけがないってそれ一番言われてるんだよね。

こんなことしないといけないならやっぱ対魔忍になんかなるべきじゃねぇよ、うん。

 

「とにかく、もう一度やり直せ。ほら、戻れ戻れ!!」

 

「うーす。」

 

そのままさっきの狙撃ポイントまで走って戻っていく。

アサギ先生に土下座して数日。

俺達はヨミハラ潜入任務遂行の為に訓練を行っていた。

ゆきかぜと凜子は纏の訓練。

そして俺は後方支援だ。

前に一度、なんで態々後方支援なのに訓練なんかしなきゃいけないんですか?と率直な疑問をサクラ先生にぶつけた所、そもそもしっかり学校に行ってたら後方支援の訓練なんかしなくてよかったらしい。

ちなみにゆきかぜや凛子は一応房中術の手習いを受けてるらしい。

保健体育かよ。

人がずっと銃撃ってる間に何やってんだ。

 

正直、ゆきかぜに条件まで出して手伝うと言った手前言い出せないが、日に日にやる気がなくなっていく。

任務の度になんでこんなめんどくさいことしないといけないんだよ。

早くも止めたい気分だった。

ここで気さくに打ち明けられる池沼の大先輩とかが居たら、「やめたくなりますよぉ~任務ぅ」と愚痴を溢していることだろう。

 

まぁでも、ヨミハラに送り出すのに十分な実習を行う必要がある。

それはわかる、よく分かる。

意欲が伴うかは別としてな。

 

合図が出た時に、撃つのを繰り返していると真ん中に当たった。

数撃ちゃ当たる。

まぁそりゃ10発も撃ってれば真ん中に当たるのも当然だった。

 

「....まぁ、今日はその辺にしとこう。これからもこれを続けて狙撃の精度を上げていくからな。」

 

上原先生はどこか先が思いやられると言わんばかりの様子で俺にそう言ってくる。

といっても、真ん中以外もニアミスだったわけだし、少しは大目に見てもいいんじゃないか?

ラジオ体操でも大目に見ようって言ってたぞ。

 

「うす!」

 

そうは思いつつも、逆らえないので俺はただ頷くだけだった。

 

 

 

 

訓練期間終盤。

今日一日の訓練を終えれば俺は晴れて自由の身....というわけにもいかず、任務になってしまうのだが。

そう思って訓練場に向かっていると、不意に最も出会いたくない人間に出会ってしまった。

 

「あら...刃渡君。こんにちわ。」

 

「お、風紀委員長。うす。」

 

俺の天敵である氷室と偶然廊下で出くわしてしまった。

氷室と出くわすとろくなことがない。

俺のジンクスだった。

 

今日はどんな災厄を運んできたのか。

半ばこれでは黒猫,,,,,いや、なんかこれでは可愛いイメージになってしまう。

それは自分の中でもあまり望ましくない。

間を取って黒猫大和にしておこう。

ごめんね、運送の人たち....天敵の渾名に使っちゃって.....

いつもAVの通販でお世話になってます!

心の中で詫びを入れると、彼女は話し出す。

何を言うつもりだ....内容によっては逃げねば......。

 

「....話聞いたわ。態度は別としてちゃんと訓練を受けてるそうじゃない。安心したわ。」

 

彼女は引き締めていた表情を和らげて俺に話しかけてくる。

....なんだ。

いつもと声色が違うぞ。

なんかそういうの止めてくれないか?

戸惑ってしまう。

 

「...まぁ、そりゃ任務受けるって言った手前、適当なこと出来ませんよ。」

 

上原先生をブッチしたら後が怖いからな!!

初日のように舐めた口を聞いてたら、ある日、堪りかねたのか一度電撃でバリバリダ―されたことがある。

あの時は本気でコイツ頭おかしいんじゃねーの?と疑ったものだ。

あの女には、やるといったらやる凄みがあるッ!

そう学習した今では、彼女に対しての呼び名がマムに変わっていた。

天敵が一人増えた瞬間だった。

 

しかし、俺の真意など知りもしない氷室は感心した様子。

 

「へ~、そういう責任感はあったのね。常に発揮してほしいものだけれど...まぁ、更生までの第一歩と考えると良い変化ね。」

 

したり顔で頷く氷室。

更生って....いや、ただ単に訓練に毎日参加してるだけでこれとか俺どれだけ問題児だと思われたんだよ。

まぁだが、彼女は彼女なりに俺の事を見直してくれているのかな?

まぁだとしても正直、どうでもいいんだが。

もうね、風紀委員長って字面だけで蕁麻疹出るんだわ。

宿敵、生まれながらの敵と言ってもいいね。

そもそも、俺そんなに優等生好きじゃないし。

 

そう思いながらも愛想笑いを浮かべる。

 

「そうっすかね?じゃ、俺今から訓練あるんで.....」

 

そう言って去ろうとしたら、彼女が再度俺に声を掛ける。

 

「ただ....少し手を抜いていると噂も耳にしているわ。修練は己の身を助けるんだから、しっかりと真面目にやりなさい。いいわね?」

 

さっきとは違って引き締まった顔を見せる氷室。

めんどいな....。

まぁ返事くらいはしておこう。

苦手な相手に角の立つようなことはするべきではない。

敵に回すと面倒くさいから。

それが俺の処世術だ。

 

「そうっすね、了解っした。」

 

適当に返事してその場を後にする。

まぁ3回に1回は真ん中に当たる様になってきたし、早く終わるだろ。

明日が任務だからなぁ。

帰りは遅くなるが、達郎の家に挨拶にでも行っておいた方が良いだろう。

幼馴染と姉が暫く近くにいなくなるんだ。

俺と比べて月とすっぽんレベルで周りの人に好かれている達郎なら心配する必要はないだろうが、それでも何も言わずに行くのは少し気が引ける。

やっぱ、幼馴染だもんげ!!

 

まぁゆきかぜも連れて行って盛大にお別れ会でもやるか!

....こういうのって事前に何か言っておいた方が良かったのか?

いや、まぁ料理とかはその場で適当に誰かに作ってもらって、飲み物は凜子に空遁で買いに行かせればいいか。

それにしても....お別れ会とか、やったことねぇなぁ。

 

そんなことを考えながらマムの下へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

「それで?結局今日もまたこの時間まで残らされてたの?アンタどんだけ成長しないのよ....。」

 

「違う、俺はちゃんと成長している。あの女の考え方が微塵も進歩していないだけだ。昭和かよ.....。」

 

上原のクソったれに日頃の修練を十全にやってこそ任務で実力を発揮できるなどと言われてこの時間まで銃を発砲させられた。

時刻は夕刻をとうに回っており、辺りは既に暗くなっていた。

正直、どこかで夕食を済ませたいような時刻だ。

案の定、マッマにメールしたらそんなに遅いなら外で済ませてきてなどと抜かしやがる。

飯くらい簡単なおにぎりとかだけでも良いから作ってくれよ....

それが親の姿か?アンタに親としての情はないのか?

 

「ゆきかぜ....もしかしたら俺は、橋の下で拾われた子なのかもな....。」

 

「だとしたら今頃橋の下に逆戻りしてるわ、馬鹿な事言ってんじゃないわよ。」

 

呆れた表情でそう言ってくるゆきかぜ。

今は二人で下校中。

考えてみれば、コイツも俺が銃撃っている間に保健体育してたんだよな....

...あれ?でも、俺が終わったくらいに靴箱で待ってたし、実はすぐに終わってたのか?

 

「なぁ?お前保健体育結構早く終わってたの?」

 

俺が聞くと、彼女が訂正する。

 

「保健体育じゃなくて、房中術の講習よ!!...ただアンタを待ってたの、悪い?」

 

そう言ってそっぽ向くゆきかぜ。

もしかしてコイツ.....。

 

「友達、居ないのか?それか...凜子と喧嘩でもしたか?」

 

「....アンタ、マジで殺すわ。」

 

眉根をひくつかせて目に見えて怒っているオーラを出すゆきかぜ。

どういうことなの....?

あっ、もしかして図星だったのか....。

う~ん、そうなると達郎の下に行くのは難しいか?

俺が頭を抱えていると、彼女は口を開いた。

 

「馬鹿な事考えているみたいだけど、勘違いしないで。私と凜子先輩は仲が良いし、ちゃんと友達は居るわ!アンタとは違ってね!!!」

 

「俺を引き合いに出したら誰でもそうでしょ.....」

 

ただでさえお前らのせいで妬まれているのに、碌に授業も出ないちゃらんぽらんを比較に出す時点でおかしいでしょ。

下を見るなよ、上を見て生きろよ。

下ばっか見てたらキリがないぞ。

 

てかそれならなんで俺の事なんか待ってたんだろ?

暇だったのかな?

うーむ.....。

まぁ、そんなことどうでもいいか。

コイツが待っていようが、いまいがいまいち関係ないし。

そんなことよりもお別れ会だ!!!

 

「ところでさ、お前今日今から達郎の家に押しかけてパーティだからな。飯作れよ?」

 

「は?今初めて聞いたんだけど。」

 

「まぁ初めて言ったからな。」

 

俺が言うと彼女が頭を抱える。

おっ、どうしました?(にっこり)

眩しいばかりの笑みをゆきかぜに向けて、俺は口を開く。

 

「おっ、何作るか考えてくれてんのか?気が早いよ...まだ秋山家の冷蔵庫に何が残っているかも分かってないんだぜ?」

 

「アンタの突飛すぎる思考についていけてないのよッ!!今!?急に!?それなら事前に言っときなさいよ!せめて今日の朝にでも!!!」

 

詰め寄ってくるゆきかぜ。

そんな彼女に返答する。

 

「いや、今日の訓練前に思いついたことだからな。朝に言えって言われても無理な物は無理だ。」

 

「あ~~~~~!!もうっ!!!.....それで、なんで急に達郎の家に?」

 

彼女は俺のパーティの件については思考することを放棄したようで、疲れた顔で俺に聞いてくる。

なんで勝手に疲れてんだコイツ....。

まぁいいや。

 

「幼馴染と姉が暫く居ないんだぜ?寂しくなるだろ。その前にパッーと騒いで思い出作ろうって寸法さ。どうだ?幼馴染思いだろ俺って?」

 

したり顔で行ってやると、彼女は暫く考え込むと口を開く。

 

「...まぁ、それには賛成だわ。会いに行く事自体は良いと思う。」

 

「あれ?また噛みつかれると思ってたんだがなぁ.....」

 

意外にもすんなりと俺の言葉を受け入れるゆきかぜ。

どうしたお前....お前、そんなんじゃないだろ。

ダークシグナーだった頃のお前はもっと輝いていたぞ。

なんだ?この一瞬でなんか変な物で食ったか?

 

俺がそう言うと、彼女はまるでやれやれと言わんばかりの様子で溜息を吐く。

 

「はぁ...まぁ、パーティ云々を除けば言っている事はまともだしね。それじゃ今から行くの?達郎の家に。」

 

何だコイツやれやれ系主人公かよ....死ゾ。

やれやれ系は飽和して最近は許されないってそれ一番言われてるから。

 

「ゆきかぜの家で食料....って言っても執事が居るしなぁ。」

 

「アンタ、本当に苦手よね~。少なくとも不法侵入しようとしなければ何もされないわよ。」

 

ゆきかぜが呆れた顔で言ってくる。

しかし、そのことを言っているのではない。

 

「いや、ゲームやろうとして追い返されたのはまぁ、俺が悪いけどさ。....あの人、お化けじゃん。こわい。」

 

ホラー系は少し、少しだけだが苦手なんだ。

なんでリアルでホラーしないといけないんだよ。

何が生きている人間が一番怖いだ。

人間は理解できるけど、お化けは理解できないだろエアプ共がよぉ....。

 

「このヘタレ。」

 

「うっせぇ。」

 

ぐうの音も出なかったから言葉があんまり出なかった。

ゲームとか映画とかのフィクションは何ともないんだけどなぁ....。

 

「まっ、足りない物とかあったら凜子に空遁でスーパーに買いに行ってもらおうぜ。」

 

俺がそう言うと、ゆきかぜはこちらを睨みつける。

 

「駄目よ。言い出しっぺなんだからアンタが行きなさい。」

 

「やだよ、適材適所ってあるだろ?俺食べる係で、オナシャース!」

 

「しばきまわしたいわね....取り敢えず、行きましょ。」

 

そう言って彼女は先行していく。

すると、ふと彼女は急にこちらを振り向いた。

 

「料理作れって....私の料理、食べたいってこと?」

 

「は?いや...別に、俺作りたくないだけだから料理無理ならお前じゃなくてもいいぞ。」

 

「..まぁ、でしょうね。アンタのことだし。」

 

そう溜息を吐くと先を歩いていく。

なんだコイツ....へんなの。

 

 

秋山家に着く。

普通に呼び鈴を押そうとするゆきかぜを止めた。

 

「...なによ。」

 

「ちょっと上の部屋見て、居るか判断するわ。」

 

「はぁ?ただ単に呼び鈴鳴らせばいいでしょ。」

 

そう言って憚らない彼女。

それを見て、溜息を吐く。

分かってねぇな....人の家みたらまず二階の様子を見るのは当然だろう?

ゆきかぜの家に遊びに行くのもそうだし。

長年の積み重ねから、癖になってんだ....二階から入るの。

 

そう言って彼の家の近くに生えた木に登り始める。

ゆきかぜの視線を感じる。

下を見ると、彼女は疲れた様子でこちらを見ていた。

 

「もう、勝手にしなさいよ....。」

 

おう、言われなくても勝手にさせてもらう。

慣れた手つきで木を登っていき、いよいよ二階の窓の前くらいの高度まで昇ることが出来る

窓を見ると、少しカーテンが開いていた。

おーし、じゃあここから入るか!と窓べりに跳び移ろうとしたところ、不意にカーテンの隙間から部屋の中が見えた。

 

それは、ベッドに横たわった達郎にのしかかる凜子。

その表情はどこか艶で、達郎に何か語り掛けている。

ていうかあの様子....まるで......

 

「事を行う前じゃないか.....、マジかよ。」

 

言葉が自然と漏れる。

それと同時に背筋が強張った。

ま、待て...待て待て待て。

二人は姉弟だ。

うん、れっきとした血のつながった姉弟。

....えっ、やばくね?

ちょっと受け止めきれないんだけど.....

 

「何してんのよー?入らないのー?」

 

「しっ――――!!!!」

 

何テメェ大きな声出してんだ空気読め貧乳。

ここで大きな音立てて向こうに見ていたこと気づかれたら絶対ヤバいわ!!

そのくらいはこんな俺でも分かるわ!!!!

 

そんな俺の態度を見て、首を傾げるゆきかぜ。

...そうだ。

一人で抱え込む必要はないじゃないか。

こんな身近に共有できる友が居る。

一人じゃない!

俺のこのどうしたら良いか分からない...幼馴染の見てはいけない面を見てしまった感を共有できるはず!

俺は携帯を取り出して、くれぐれも静かに木に登り、横に来いとゆきかぜにメールする。

 

すると、彼女はそれを見て面倒そうにしながらも、渋々木を登って来てくれた。

流石活発少女....悪くない登攀だ。

そう思っていると、横にまで来て彼女が口を開く。

 

「....何よ態々。」

 

「バッカ!声がでけぇよ!....あそこのカーテンの隙間をよーく見てみろ。飛ぶぞ。」

 

俺が言うと、彼女は呆れた様子で目を凝らす。

そして明らかに信じられないと言った様子に変わる。

 

「う、嘘.....こ、これって......」

 

「...あぁ。どうやら俺たちは俗に言うヨスガりの現場を目撃したのかもしれない。」

 

俺がそう言うと、彼女はキョトンとする。

あ、あれ?ヨスガノソラ知らない?

アレある種の伝説なんだけど.....。

ま、まぁ確かに?兄妹と姉弟ではあべこべだと思うが....。

 

「き、近親相姦ってことだ。」

 

「えぇ....ど、どうすんのよ。これこの後どんな顔して会えば良いのよ?」

 

「笑えば良いと思うよ。うん。」

 

「笑えないわよ。」

 

俺をジト目で見るゆきかぜ。

どうやらゆきかぜも受け止めきれずにテンパっている様子でどこか落ち着かない。

すると、ゆきかぜはどこか現実逃避するかのような様子を見せる。

 

「そ、そうだわ!あの清廉潔白な凜子先輩がそんなことするわけがない!あれはきっとマッサージよ!!」

 

「いや達郎仰向けになってたし.....」

 

「馬鹿ねぇ、鎖骨付近の凝りを和らげようとしてたのよ。邪な目で見るのは止しましょ?」

 

そう言ってくるゆきかぜ。

いや、流石にそれは無理ないか.....?

 

「いや、お前も邪な目で見てたろうが。....てか凜子は達郎大好きだろ?なら可能性はなくもな.....」

 

「あー!聞こえない聞こえない!あれは絶対マッサージよ!じゃないと幼馴染が近親相姦とかどうしたらいいか分からなくなるじゃない!!」

 

どうしても認めたくないと言った様子で首を横に振って耳を押さえるゆきかぜ。

いや...てかマッサージも結構グレーゾーンじゃないか?

なんかこの世には性感マッサージなるものもあるらしいし。

だが、後半の言葉は同意に値する。

どうしよう....そうだ!!

 

「こ、ここは見なかったことにしよう。〇ックスかマッサージのどちらであったとしてもそっちの方が面倒くさくなくて良い....。なっ!?」

 

「はっきり〇ックスって言うな!!.....あっ。」

 

俺が提案した瞬間、ゆきかぜが呆けた声を出す。

どうしたんだ....?

 

「い、今....凜子先輩が振り返って.....」

 

「え?」

 

ゆきかぜの方から窓の方に向き直る。

そこにはどこか諦めたかのような表情でカーテンを開けて、凜子がこちらを見ていた。

窓が開く。

 

「....見たのか?」

 

どう足掻いても言い逃れ出来ない状況。

俺とゆきかぜは顔を見合わせると、口をそろえて言った。

 

「「....はい。」」

 

 

 

「「「「.......」」」」

 

あの後、まるで俺はお前が俺を見たのを見たぞと言わんばかりの気迫で家に上がる様に言われたので、俺とゆきかぜは秋山家の中に居た。

空気が重く、苦しい。

おい、ゆきかぜ....なんか喋れ。

 

ゆきかぜの方向を見ると、彼女も同じような意図を込めた視線を俺に向けていた。

クソッ、人に任せるなんて....無責任な奴め.....

 

「確かに、見たんだな?そのっ....私が達郎に....」

 

その言葉を聞いた瞬間、まるで死の間際のように思考が高速化した。

ここで彼女はなにを言おうとしているのか。

無性に感じる嫌な予感から、俺の憶測は間違いじゃないことを確信する。

その時点で、正直目の前の少女には引いている。

だが、それでも幼馴染なのだ。

これまでの関係が変わるのはアレだし、なによりこれからヨスガを留意しながら生活するのはとても面倒くさい。

そうだ、ここが正念場だ。

受け入れられないなら、押し付けてしまえ。

押しきれ....。

凜子、ついてこれるか.....。

 

「よ....」

 

「えぇぇぇぇ!!??達郎にマッサージしてたんですかぁ!?めっちゃ羨ましい!最近凝っちゃってさぁ!Foo↑誰か俺にもやってくれよな~頼むよ頼むよ~」

 

ハイテンションで押し切ろうとしていた。

横を見ると、お前何言ってんだと言った様子のゆきかぜ。

まぁそりゃさっき頑なに受け入れなかったマッサージという彼女の主張を今度は俺が使っているのだから。

だが、その発想はとても使える。

マッサージならあそこまで接近しててもおかしくないからな!

過去の事なんか忘れた!

俺はこの主張を真実にしてみせる!

最初の自分を騙せ!世界を騙せ!

 

俺の言葉を聞くと、凜子は非常に戸惑った様子を見せて口を開く。

 

「え、えっ...だ、だが私のしようとしてたことを見てたはず....」

 

「マッサージだよなぁ?なっ?ゆきかぜ。」

 

「そ、..そうよ(便乗)当たり前じゃない。それ以外の何に見えるって言うのよ。」

 

ゆきかぜに話を振ると、一瞬戸惑うがこちらの意図を察して合わてくれる。

流石だゆきかぜ....俺を良く分かってる。

日本一やお前。

 

「だ、だが....」

 

「俺にもやってくれよな~、あっ、ゆきかぜお前俺にやれよ。」

 

「えっ!!?あ、あんなことアンタに出来るわけないでしょ!あんないかが...」

 

「マッサージ!!マ・ッ・サ・ー・ジだよな!!!なんだお前マッサージも碌に出来ないのかよ、つっかえ!!!」

 

凜子に被せるようにして発言できなくする。

...が、そうしようとした時になぜかゆきかぜがボロを出そうとしたので適当に話を切る。

前言撤回。

お前、クビやゆきかぜ。

ダメだ、この話をしていたらゆきかぜがボロを出しかねない....

どうする.....

 

すると達郎が凜子を見て口を開く。

 

「も、もしかして凜子姉....あれってマッサージしようとしてくれてたの?」

 

「あっ、そ、それは......そ、そうだ!最近お前は頑張ってるからな!任務で居なくなる前に労わろうと思っていたんだ!」

 

凜子は気まずそうに目を逸らしながら、そう返事した。

そりゃ凜子はヨスガ未遂だし、マッサージと頑なに言い張る幼馴染が居るのであれば達郎の言葉に同意せざるをえないだろう。

すると達郎は笑顔になる。

 

「なぁんだ....そんなことしなくてもいいのに。凜子姉たちの方がこの後任務とかあって大変なんだから...なんなら俺が凜子姉のマッサージしないとな。」

 

「そ、そんなことしなくて大丈夫だ!その気持ちだけで私は充分癒される。」

 

お、なんか良い雰囲気になってきたじゃん。

ヨスガもなかったことになりそうだった。

よし、これなら当初の目的を果たせるな!

話を変えるぞ!!!

 

俺はそれを確認すると口を開く。

 

「ところで凜子と達郎さ、この家でぇ、任務前に楽しいパーティ、したいんすよ。しませんか?しましょうよ!」

 

唐突に話を切りだす俺。

するとゆきかぜが口を開く。

 

「このバカがここに来る前に急に言い出したことなんですけど....しばらく達郎と離れ離れになるんだから最後にパーティでもパッーとしようって。...私達、そのためにここに来たんです。」

 

すると達郎は目を輝かせる。

 

「えっ、本当!?良いね!やろう.....凜子姉はどう思う?」

 

しかしハッとして凜子の顔を窺う。

すると凜子は慈愛に満ちた笑みを浮かべて首を縦に振った。

 

「構わないぞ。ただそうなると買い出しが必要だな.....。」

 

考えるような仕草をする。

買い出しについては俺も考えていた。

そしてそれについては最適解は既に出ている。

 

「じゃけん凜子が買い出しに行って、どうぞ?空遁使ってくれよな~頼むよ~」

 

「だからぁ!言い出しっぺのアンタが行きなさいよ!!」

 

「は?そういう発想がナンセンスってさっきも言ったんだよなぁ。分かれよ~?」

 

睨み合う俺とゆきかぜ。

すると凜子がその様子を見兼ねたのか言葉を紡いだ。

 

「それなら、間を取って私と貞一で行くとするか?」

 

「えっ....それは......」

 

「は?正気か?」

 

なんで俺がお前と一緒に行かないといけないんだよ。

俺は空遁要因として凜子を指定した、つまりは楽して早急にパーティを始めたかったのだ。

しかし一緒になると買い出しに行くという労力がかかる。

俺は面倒くさいことはしたくないんだよ。

それにしてもなんでゆきかぜが言い淀むのだろう?

 

「り、凜子先輩の手を煩わせるわけにはいかないですよ!それなら私が!」

 

「いや、それならゆきかぜは今日も鍛錬に励んでいただろう?それに私も貞一に話があるからな。」

 

「そ、それなら...分かりました.....。」

 

ゆきかぜは凜子の言葉に肩を落とす。

何だコイツ、そんなに買い出しに行きたいなら一人で行って来いよ。

ちょうどいい、コイツがいるじゃん。

 

「それじゃ、行くぞ貞一。」

 

「は?行きたがってるんだからゆきかぜ一人に行かせようぜ。そんなにやりたいならしょうがねぇなぁ....優しい俺が譲ってや...おい、引っ張るな!!」

 

「それじゃゆきかぜと達郎、待っていてくれ。」

 

凜子は俺の襟首をつかんで引っ張っていく。

すると達郎は手を振った。

 

「分かったよ凜子姉、貞一!早く帰って来てね!」

 

「...はぁ、いってらっしゃい。」

 

ゆきかぜも手を振るがどこか元気がなかった。

どうした、今度こそこの一瞬に目に見えない速さで変な物でも拾い食いしたのか?

クロックアップか?

 

「ちょっ、やめろ!行くから!自分から行くから引っ張るのはやめろ!!」

 

「分かったから、行くぞ~。」

 

凜子は俺の話を聞いていない。

クソッ...コイツ力が強い。

振り解けないぞ....。

僕に触るなぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

 

「ダル~重~、なんで俺が物運ばなきゃならないんだよ.....。」

 

「その程度の重量で根を上げているなんて情けないぞ!ほら!シャキシャキ歩け!」

 

凜子が横で荷物を持つ中、俺もビニール袋を両手に下げる。

ただ量が多くて、その重量に負けてしまいそうだった。

ただでさえこんなやる必要のない労働をやらされて萎えてるんだからもうちょっと軽い物を持たしてくれよ....

 

項垂れていると、凜子が口を開いた。

 

「その....有難う。さっきのアレは....」

 

....アレというのはマッサージ(意味深)のことだろうか。

もうその話題振ってくるの止めろよ。

なんだお前、触れて欲しいのかよ!?

ド変態がよぉ....。

そう心中で悪態を吐きつつ、俺は返答する。

 

「何がだ?マッサージとか取り立てて話す必要ないじゃねぇか。」

 

「...本当に、ありがとう。」

 

やめろや。

意味分かんねぇ。

そう思いつつも、歩いている。

 

「そう言えば....ゆきかぜもよくやったものだな。あのお前を任務に引っ張り出すことが出来るなんて。それに真面目に訓練も受けているし....まだ、対魔忍になりたくないという気持ちは変わってないのか?」

 

凜子は恐る恐る聞いてくる。

最近は良く聞かれる。

家でもマッマとパッパに期待感見え見えの様子で聞かれるし、氷室にも前に揶揄いか聞かれたし、達郎に続いて今度は姉まで来てやがる。

そりゃ任務に参加しようとして、あれほど不真面目にしていた修練も比較的真面目にしているのだ。

心変わりしたと思われてもおかしくはない。

だが、その質問には俺としてはもううんざりだった。

 

「いや?なりたくねぇのは変らないよ。なんで態々危険な仕事をしないといけないのかっていう思いはいつも抱いてる。....ただまぁ幼馴染に頼まれたらね。それにアイツ、俺の事守ってくれるらしいし。....ま、足りない単位を任務で補填して、無事卒業して対魔忍に関わらないような職業に就くためにも任務に行くって感じだ。必要ないなら行きたくねぇよ。」

 

「それじゃお前、卒業したら何になりたいんだ。」

 

だからそれがないから今まで目標もなくのほほんと遊んで暮らしてたんだろうが!!

しかしそう目標がないのもそういう俺自身の適当さに起因している。

だが、それを知っていてもなお開き直りたい気分だった。

これから探します~あなたには関係ないですぅ~!

なんで真面目に答えないといけないのか....パーティ前だぞ。

さっさと話を終らせたい俺は適当な言葉を吐いた。

 

「大物YouTuber。」

 

「お前なぁ....。」

 

俺が適当に答えてるのが分かったのか呆れた顔で溜息を吐く凜子。

人間が、そう一夜で簡単に変わるわけないだろいい加減にしろ!!

そんな彼女よりも前に行くために重い荷物を持ったままなんとか俺は走った。

あ~、きっつい。

重い荷物持つのもきついし、聞き飽きた質問に答えるのもきついわ。

 

しかもこの後、パーティが終われば家に帰って明日に向けてやることがある。

あのパッツパツで股間への引き締めがヤバそうな対魔忍スーツを着たくないので、自分で任務用にジャンバーとかを改造しないといけないのだ。

これでも手先は器用なので、裁縫はお手の物だったりする。

 

そしてそれよりも重要なのは持っていく巻物を用意するのだ。

武器を口寄せする為の巻物を。

正直毛ほども戦闘中においては存在価値のない俺の忍法だが、遠く離れた地ヨミハラにおいて家の蔵に置いてある武器を口寄せして持ってこれるなら越したことはない。

 

やることは色々あって、そのどれもが面倒くさい。

だが、やらないと面倒だし一番嫌なのは対魔忍スーツを着ることだ。

それを回避するにはしなければならないのだ。

明日の自分の為に、どれだけ動けるか。

何の意味もない労働はしたくないが、やりたいことをやる為、そして楽になる為の労働なら我慢できる。

そうだ、頑張れ!頑張れ俺!

俺は一人っ子、長男だ!

次男じゃ我慢できないことも長男なら我慢できる!!

そう自分を叱咤しながら、やるべきことの重圧で潰れそうな身体に鞭打っていくのだった。

 

 

 

鞭打った甲斐があってか、その日のパーティはとても楽しかった。

なぜか凜子の部屋から出てきたツイスターゲーム。(誰とやる予定だったんでしょうかねぇ....)

それをみんなでやった時は大いに盛り上がった物だ。

俺は積極的にゆきかぜの妨害をしていたらゆきかぜにボロカスにやられたんだが。

こんなに楽しい思いをしたのならまぁ.....帰った後の労働にも耐えられる。

俺はそう思った。




こちらはですね、うちの凜子が襲おうとした… これ襲おうとしたんかな? いや襲おうとしてないかもしれへんわ。イヤ紹介すんのやめとくわ。確信がないわ。襲おうとしたかどうかわからへんから

次からヨミハラに入ろうとします。
ゾクト君もちゃんと出るよ、可愛いね!


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仕事は始めると、途中でダレてくる

パーティの日から一日後、俺達は不知火の捜索と救出の任務の為にヨミハラへと向かっていた。

里から出発して数時間。

面子は俺、ゆきかぜ、凜子....そして別件で捕らえられていたオークのゾクト君。

隣の悪人面してるこの人豚ちゃんが俺達がヨミハラに潜入する為の手段にして、連絡係らしい。

...まぁ正直一度捕らえたとはいえ対立してた魔族の男。

一度捕まったのだから下手なこと出来ないだろうとアサギ先生たちは言っていたが、俺にはその理論が良く分からなかった。

アレかな?圧倒的な戦力差を見せて屈服的な奴かな?

上の采配は良く分からないが、まぁそこら辺はどうでもいいや。

 

「...なにジロジロ見てるのよ、殺されたいの?」

 

「ひっ!な、何言ってるんすか姉御ォ~、俺ァ見ちゃいませんって...!!」

 

卑屈に笑って露骨にゆきかぜのご機嫌を窺うゾクト君。

...なんだろう、そういう恥も外聞もない所、嫌いじゃないよ。

なんだろう、目に見えてクズで親近感感じちゃう.....。

 

しかし、そんな俺とは対照的に凜子とゆきかぜはまるで便所ゴキブリを見るかのような軽蔑した目でゾクトを見ていた。

 

「なんでこんな奴と一緒に行かないといけないのよ。」

 

そう言うゆきかぜを諫めるように声を掛ける凜子。

 

「しょうがないだろう....私達はヨミハラに入る手段を持たない。それに奴には潜入調査中の連絡係という役目がある。....まぁ、大方ゆきかぜと同意見だがな。」

 

ギロリとゾクトを睨みつける凜子。

ゾクトは媚びたような笑顔をずっと浮かべていた。

ゆきかぜは目に見えてゾクトを避けており、なぜか俺に近かった。

良いのかいホイホイ近づいて?

俺はコイツにも負けず劣らずのクズだって自負してるんだぜ....。

 

すると、ゆきかぜが俺にも目を向けて尋ねる。

 

「アンタは不満じゃないの?」

 

不満かどうかと聞かれたら正直どうでもいい。

実際、奴経由じゃないと俺たちはヨミハラへの入り方も知らないのだからしょうがない。

それは凜子と同じだし、別に俺もクズだからそりゃ敵方に捕らえられてたら媚び売るに決まってるし、ゾクト君の気持ちはわかるしな。

ていうか俺としては...。

 

「そんなことより対魔忍スーツ脱いで良いか?」

 

これ股間にぴっちり張り付いて気持ち悪いんだよなぁ。

俺はパンツも結構余裕もって履きたい派だからこのスーツは最悪以外の何者でもない。

俺がそう言うと、呆れた顔をするゆきかぜ。

 

「答えになってないし.....もし脱いだとしてどうするのよ。裸で侵入でもするの?」

 

それ対魔忍どころかただの不審者なんですがそれは....

いや、案外ダンボール辺りを被れば伝説の傭兵みたいにステルスできるだろうか。

そう思うと男の子心をくすぐるな。

だが、そういうわけでは決してないのでちゃんと否定はする。

 

「いや、ちゃんと任務用の俺の為だけの一点もの。俺にとっての秘中の秘があるのさ...。」

 

「...ほう、秘中の秘か。面白い、見せてくれ。」

 

俺がカッコつけて言うと彼女が食いついた。

忍らしいもんね、秘中の秘とかって。

なんなら武道の流派の技とかでもそういうのがあるところがあるらしいしな。

それなら剣術を嗜んでいる彼女が食いつくのも無理はなかった。

 

割と自信作だから別に見せるのはやぶさかじゃない。

むしろ見て欲しい物だ。

物作るって言うのは良いな。

ちゃんとした自分の努力の証が残るのだ。

そう考えると、服飾関係とかも良いかもな。

...いや、やっぱなしだ。

なんで汗水たらして他人が着るもの作らないといけないんだよ。

俺は自分から奴隷になりはしない!!

 

「見たけりゃ見せてやるよ。後ろ向いてホラホラホラ!」

 

「良いだろう....。お前の秘中の秘、どんなものか楽しみだ....。」

 

「は?普通ここで着替える?凜子先輩も乗り気だし.....。」

 

不敵な笑みを浮かべて後ろを向く凜子。

そんな彼女と俺を交互に呆れた目で見た後に渋々後ろを向くゆきかぜ。

そして後ろを向かないゾクト。

 

「おっ、なんだゾクト君。お前男色の趣味でもあんのか?しょうがねぇなぁ....」

 

「い、いや旦那ァ、そんなものありませんよぉ~。ただ同性だから別に大丈夫かなっと。」

 

そうやってニコニコと笑うゾクト。

こういう時に笑ってるクズは大概碌な事考えていない。

もし俺が捕まって、その捕まえている勢力のガキが他の二人のガキに着替えるから後ろを向いてろと言ったらどうするか?

当然その後に策がないのであれば襲い掛かって上手く行けば二人に対する人質にするくらいは考えるだろう。

服を脱いでいる最中は人間は無防備だ。

だからこそ成功率がその瞬間だけは高い。

俺もクズだからな、考えている事が分かるよゾクト君。

 

「なんかゾクトの目が嫌らしいからゆきかぜ、なんとかしてくれ。」

 

「....アンタ、向かいに立ちなさい。」

 

そう言うと、動揺した様子を見せるゾクト。

 

「い、いや見てないっすよ旦那!なんで見る必要があるんでやすか!!」

 

「...いいから来い。今すぐ死にたいの?」

 

なんかゆきかぜが滅茶苦茶怒ってる。

なんでだろ?

アレかな?俺が変な目で見てるって言ったから嫌悪感が出ちゃったのかな?

確か彼は奴隷商人で女性の奴隷の売買を専門にしていた。

そういう意味ではゆきかぜに俺のせいでバイのオークと思われたのかもしれない。

まぁなんにせよ約束通り俺を守ってくれようとしてくれるのはポイント高いぞゆきかぜ。

Foo↑イケメンすぎぃ!!

 

ゆきかぜの怒気に当てられておずおずと彼女の前に立つゾクト君。

するとゆきかぜは銃を彼に向ける。

とたん、青い顔をしてゾクト君が震え出した。

止めないのかな?と凜子を見ると、凜子は凜子で目の前の後輩の行動をスルーしている。

うわぁ....ありゃゾクト君生きている気しないわな。

捕まってガキに連れまわされてバイ認定されて銃突きつけられるって控え目に言って不幸すぎだろww

マジおもし....可哀想だなぁ。

同情するわ。

 

まるで生まれたての小鹿のように震えているゾクト君を尻目にさっさと服を着替えていく。

俺も外で着替えるのだからあまり長く裸で居たくないしな。

図らずも利害の一致だなゾクト君。

強く生きて、応援してる!!(他人事)

 

「おしっ、着替えたぞ。」

 

俺が言うと、凜子はそのまま振り向き、ゆきかぜはゾクトに対して横に立てと銃口をくいくいと移動させて指示する。

ゾクトはゆきかぜの横に立ち、ゆきかぜは振り返りながら凜子の方へ寄る。

そして振り返った凜子とゆきかぜが固まった。

 

「どうだ?これが俺の秘中の秘。特製任務服だぞ!」

 

「...た、た....」

 

ゆきかぜが言葉を漏らしだす。

何だお前、かなり昔のガキの頃一回おもらししたと思ったら今度は言葉まで漏らしだしたのかよ。

良い御身分ですね。

 

俺が感心していると、彼女は口をついに開いた。

 

「ただの私服じゃない!!!!」

 

そう叫ぶゆきかぜ。

その隣の凜子は頭を抱えていた。

ただ唯一ゾクト君はご機嫌を取る為か似合ってますぜ旦那!!と言ってくれた。

ありがとうゾクト君。

今度、フローラルの香りの入浴剤をあげるよ。

お前なんか臭いし。

 

「TDNは私服じゃないぞ。当時は若く、お金が必要だっただけで....」

 

「だから何の話してんのよ!脱線癖止めなさい!それとただ私服着てきただけじゃない!何が秘中の秘よ!!」

 

ゆきかぜに脱線癖を注意された。

それ今更じゃない?

すると凜子も露骨にガッカリした顔で口を開く。

 

「...貞一。お前には失望したぞ....秘中の秘とは何かと思えば私服って....はぁ.....」

 

まるで父親が買ってきたプレゼントが欲しかったものと違った子供の如く溜息を吐く。

どんだけ楽しみにしてたんだよお前....少年か!

確かに秘中の秘って響きが既にカッコイイけどもよ!

しかし、これは本当にただの私服ではない。

そこはしっかりと言わないと。

 

「おいおい....見た目に騙されるなんてお前らどうした?確かにこれは見た目は普通にシャツの上にジャンバー着て、ジーンズとブーツを履いたイケメンだ。だがなぁ...これらはほら!!」

 

そう言ってまるで露出狂が自分の肢体を公共に晒すかの如くジャンバーのチャックを降ろして中を見せる。

するとそこにはシャツの上から胴体に巻き付く蛇の如く巻物が何本もストックされており、ジャンバーの裏側には至る所にナイフや銃のホルダーがあり、ナイフなどの刃物や拳銃が仕込まれている。

 

「この巻物は口寄せの奴で、ジャンバーの裏側の刃物たちは全部瞬時に出せるように練習してある。今や俺は働く車ならぬ働く武器庫と化しているわけだ。どうだ、すげぇだろ。」

 

正真正銘俺の秘中の秘。

俺の持ちうる戦力を全て持ち歩くために作ったとっておきだ。

確かにいちいち武器を持ち歩かなくても巻物さへあれば良い。

対魔忍スーツにも巻物ホルダーしかなかった。

だが、それでは瞬時に武器が必要な時に面倒だ。

なんてたって巻物を広げて血を付けて詠唱する必要があるんだぞ?

そんな暇が戦闘中にあるわけないだろ!いい加減にしろ!!

やっぱり武器は身近に持ってないと。

 

するとゆきかぜは変らず白い目を向けていた。

な、なんだ...その目は.....。

 

「....なんか地味。ていうか重くないの?」

 

「いや、重いよ?でも軽々動けるくらいの重さだし....なんならこの重さが安心感に繋がるって言うか...つか人の秘中の秘を地味とか言うなよ....。」

 

地味ってお前....これ何時間かかったと思ってんだ。

丹精込めて作ったんだぞお前。

そんな一言で片づけられたら傷つくわ!

 

すると、凜子はどこか憐れむ様な目を向けてくる。

 

「う、うん....悪かった。お前に過度な期待をしたことが間違いだったんだな....。」

 

「おい、おっぱいお化け。もう一回言ってみろやコラ!!」

 

詰め寄るも軽く流される。

コイツ....人のとっておきを馬鹿にしやがって....後で覚えとけよゴラ.....。

そう思っていると、ゾクトが手を揉みながら口を開いた。

 

「お、俺は好きですぜ旦那!よっ!流石旦那!日本一!!」

 

ありがとうゾクト君。

....でもね、このタイミングでそんな見え見えのおべっか使われても腹立つだけなンだわ。

二度と笑えねぇようにしてやろうかな....。

 

とっておきの自信作を貶されて機嫌を損ねながらも、俺達はヨミハラへと着実に近づいていた。

 

 

 

 

街を抜け、森を歩き、とうとう坑道の中を進むに至った。

なんだろう...どんどん文明から遠ざかっている気がする。

まぁそれもそのはず、俺達は今裏の世界へと向かおうとしているのだ

そりゃまぁ表の世界から遠く離れたところにあるに決まっている。

地下都市だから坑道を進むのは不思議じゃないしね。

それにしても埃っぽいな....。

けほけほと咳をしながら、歩みを進めていく。

 

「なによこれ...だんだん暗く...それに埃っぽくなってくじゃない!」

 

「あまり埃を吸い込むなよゆきかぜ。呼吸器に悪い。」

 

二人もグチグチ愚痴を言っている。

俺はまぁ部屋に閉じこもっている間は薄暗いし、別に呼吸器も強いので気にならない。

それに所詮まだ入り口付近だ。

ただ所々手彫りのような跡があって頑張ってたんだなぁと漠然と思わせられただけだ。

穴掘って態々地下で暮らすとか穴熊を想起してしまう。

ちょうどニコニコで将棋の配信を二日前に見たばかりだからか。

俺的には正直櫓の方が守りやすいと思うが、戦法としてある以上凄いプロが使ったら強いんだろうなっと関係ないことに思考を飛ばしていると、急にゾクトが手を揉んで口を開く。

 

「旦那らぁ!あそこの杭を見てくれよぉ!」

 

そう言われて見ると赤い杭に危と刻まれているのが見える。

それをゾクトは指さすとそのまま話し出した。

 

「ここから先は奴隷商人が扱い切れなくて放棄したオーガやトロールが跋扈してらぁ。それにそれだけじゃねぇ!武装難民も出るって話だぜ!!」

 

偉く畏まった態度で言ってくるゾクト。

なんか企んでるなぁ....。

ここまで必死に何かしようとしてると逆に健気に思えてくる。

応援したくなってくるな。

頑張れ❤頑張れ❤

脳内でゾクト君を応援していると、ゆきかぜが面倒そうに返答する。

 

「それが何よ。」

 

「いやぁどこに誰の目があるか分からねぇ。特に旦那ら対魔忍はヨミハラでは特に警戒される。このまま引き連れたら容易に潜入って怪しまれちまいますぜ....。」

 

態々声を小さくしてそう言ってくるゾクト。

なるほど...そう来たか。

確かに地下都市ヨミハラは魔族の街。

そして欲望の街ともいう。

ならば政府の犬である対魔忍なんて最も疎ましい存在に違いない。

そして俺たちはヨミハラの事情は知らない。

だからコイツの誰に見られてるか分からないという言葉が嘘か真か分からない。

今、主導権は完全に奴が握っている。

 

「じゃあどうすると言うのだ。」

 

するとゾクトは懐から首輪と手枷と足枷が連結したような拘束器具と、アイマスクとギャグボールだった。

やっぱ奴隷商人の商売道具だからか持ってんのかな。

持ち歩くには重そうだ。

よしよし、頑張ったね❤

テメェが何言うかなんか想像できてるんじゃこのクソ豚がよぉ....。

 

「対魔忍は対魔忍でも、拘束されて奴隷として運ばれれば誰も怪しみませんぜ!旦那らは知らないかもしれねぇが、俺達の所では対魔忍の奴隷は珍しくねぇんだ...。そんなあたかも対魔忍にしか見えない恰好じゃそうしないとすぐに大騒ぎになるに決まってますぜ!」

 

そう言うゾクト。

どう思うと視線を送ってくるゆきかぜ。

俺は彼女の視線に応えるように言葉を口にした。

 

「確かにエロ動画サイトでそう言う動画は色々見たことあるぞ。」

 

そう言うと、ゾクトは大きく頷く。

そしてこちらにずいっと寄って言った。

 

「そうでしょうそうでしょう!ささっ!善は急げ!!」

 

着けるように勧めてくる。

やっぱりな。

拘束して視覚も奪う。

そうすればゾクトは自由に動けるうえに、俺達は彼の言う事の真偽を判別することが出来ない。

そして喋れないからお互いに意思の疎通も取れなくなるのだ。

そしてなによりゾクト君の話は理にかなっている。

ゆきかぜと凜子は完全にどうみても対魔忍と言ったようなぴっちりとしたスーツを着ている。

どう見ても入れば大騒ぎになるのは目に見えている。

そして対魔忍が何人も帰れなくなっている時点で奴隷になっている対魔忍も居て、それは許容されていることは想像に難くない。

今まで辛酸を飲まされた相手を辱められるんだ。

誰だってそーする、俺もそーする。

 

....あれ?ちょっと待てよ。

ゆきかぜと凜子を見た後に、自分の恰好を見る。

....これ、対魔忍に見えなくないか?

普通の人じゃん。

普通のイケメンじゃんこれ。

なら俺付けなくても良くないか?

 

「なんで私達がそんなこと!!」

 

「...いや、ゆきかぜ。確かに一理ある。...気は進まないが、ここは奴の要求を飲むしか.....」

 

二人はゾクトを睨みながらも、その拘束器具を受け取る。

これ、止めるべきな気が....。

そう思った矢先、あることに気づいた。

 

....そう言えばコイツら、さっき俺の丹精込めた服を馬鹿にしてなかったか?

少し、痛い目合わせてやるか!しょうがねぇな!!

 

「ねぇ、アンタはどう思う?」

 

「潜入する為につけるしかないなら付けるしかないだろ。今優先されるべきは任務だってはっきり分かんだね。」

 

俺がそう言うと、納得はしていない様子だが付け始める。

まぁゆきかぜは不安だったから俺に聞いたんだろうな。

助かったよ。

 

そして凜子も釈然としないながらも、任務の為に拘束具を付けた。

やっぱ生真面目だなこの人。

普通こんな姿したくねぇよ。

 

ゾクトは拘束の甘い所を締めなおしたりしている。

ちょっと楽しそうだ。

そりゃ相手が思う通りに動いてくれたら楽しいでしょうよ。

そしてゾクトはこちらにも渡してくる。

 

「それじゃ旦那も....」

 

「なぁゾクト君。こっち来て。」

 

手招きする。

それを受け取る為の物と勘違いした彼は上機嫌でこちらに近寄る。

そこで、咄嗟に懐に入り込み懐からナイフを取り出した。

 

「て、てめぇ!な、なにを....!!」

 

急にナイフを突きつけられて、本性が出かかっているゾクト君の口を押さえる。

そして小さく後ろの二人に聞こえないくらいの声で彼に語り掛けた。

 

「俺は付けないよ、ゾクト君。俺は君のやろうとしていたことが分かるんだ。...俺も、君と同じ穴の貉でね。」

 

ゾクトは目を見開く。

ナイフを突きつけたまま、後ろの二人を顎で指す。

 

「俺は普通の恰好で私服の一般人にしか見えない。...君がどう言おうがゆきかぜたちの反応を見たから確信がある。それに...見えなくても、その時はなるようになるし...お前が俺の事を付き人とかそういう言い方すれば良いだろ?」

 

すると、ゾクトが俺を睨みつける。

自分の思い通りに運びかけていたのを妨害されてとてもイラついているんだろう。

なんたって今までここに来るまで俺たちみたいな子供に下げたくもない頭を下げて、態々媚びへつらっていたのだ。

ストレスも溜まっていただろうし、痛い目見せる気だったろう。

ねぇどんな気持ち!?邪魔されてどんな気持ち!!?とでも聞きたかったが、そんな時間はない。

後続の何も知らないヨミハラに入ろうとする奴に見られると面倒くさいのだ。

 

「お前の気持ちは本当によく分かる。こんな餓鬼に良いようにやられるなんて悔しい。でも....ここで死にたくもないだろう?」

 

そう言いながら少し首に切れ込みを入れる。

すると首の皮を斬られる感覚に、彼はとうとう涙目になってしまう。

おっ、泣いちゃうんか?

女の子みたいに泣いちゃうんか!?

 

「これは脅しじゃない。交渉だよ....君は俺を用心棒とする。友達になろう。そうすれば入れた時に君を自由にしてあげる。ダメならここで殺す。どうします?制限時間は10秒な?」

 

そう言ってカウントダウンを始めた。

すると目に見えて過呼吸になりだすゾクト君。

そりゃこんなことされたら俺だったら漏らす自信あるもん。

ただ嫌だなぁ、これコイツが10秒経っても何も言わなかったらせっかく丹精込めた俺の仕込みジャンバーとかが汚れるってことだろ?

勘弁してくれよ....。

 

そう思っていると、ちょうど3秒辺りで彼が首を小刻みにだが縦に振った。

口を覆っている手を放すと、彼は口を動かした。

 

「わ、分かった!言う通りにする!だから勘弁してくれ!」

 

「そうか良かったよ。服が汚れずに済んだからね。....俺は銃も出せるし、出そうと思えば爆弾も出せる。下手な事したらすぐに殺す。分かったら先を歩け。」

 

一応釘を指しておくし、銃もチラつかせる。

それだけで奴は一瞬悔しそうな顔を見せるも、人の顔を見ていっちょ前に怯えてやがる。

たとえこちらを罠にはめようとしていたって一度は対魔忍に痛い目に遭わされた男。

対魔忍に対しての恐怖はないわけではないはずだ。

まっ、そこを過信したりはしないけど。

 

「ん~。」

 

「んむ~!」

 

ゆきかぜと凜子は中々先導されないことでずっと唸っている。

目元はアイマスクで覆われていて、拘束具で身動きが自由に取れず、そしてギャグボールで話すこともできない。

その姿はお笑いだった。

ざまぁみろ、人の努力を馬鹿にしたらそうなるんだぞ。

 

....いやでも、待てよ。

ヨミハラってそういう場所だから門番とか居るよな。

もし目の前のゾクトが自暴自棄になってそいつらに助けを求めたらどうなるんだろう。

...ちょっと怖いな。

 

「なぁゾクト君。やっぱさ、コイツ等の鍵頂戴よ。なっ?友達のお願い!!」

 

「んむっ!?」

 

「ん~~~?」

 

そう言って銃を突きつける。

すると横の二人は状況をいまいち理解できていない様子で唸りだす。

うるさいわ。

 

すると、ゾクトは歯軋りをしてこちらを睨みだす。

 

「餓鬼が....イキリやがって.....」

 

「実際、今主導権を握ってるのって俺だし。別に良いっすよ。こっちはお前殺してから鍵貰ってもいいわけだしね。」

 

正直、そもそも俺が二人に復讐しようとしなければそんなことする必要なかったんだけどな。

すると、ゾクトはよっぽど悔しいのか歯軋りをしながらこちらに鍵を投げ渡す。

それをキャッチした。

 

「...クソッ!クソクソ!!クソ!!!俺の計画が!!!!ふざけやがってぇ!!!!」

 

余りにも堪え切れなかったのか悪態を漏らしまくるゾクト君。

はえ~やっぱり人の思惑の邪魔するって最高。

たぶんこんなに怒っているのは一回二人を拘束できたことで成功したと確信したからなんだろうな。

そう思うと仕返しのつもりで二人の拘束を看過したのも良かったかもな。

少なくとも超気持ちいいわぁ、豚君冷えてっかぁ~?

 

っと、勝ち誇る前にちゃんと正しい鍵か確認しないとな。

ゆきかぜの後ろに回ると、足枷に鍵を挿し込む。

...うん、入った。

そしたら回してみる。

すると子気味の良い音が鳴った。

そのほかの枷にも鍵を入れて回してみる。

確かアイツ一つの鍵で全部やってたもんな....。

 

「んむ?んむ~~~!!」

 

ゆきかぜが急に拘束を外されてなんか言ってる。

だからこそ、俺はゆきかぜに声を掛ける。

 

「作戦変更だ。あの豚なんか企んでたみたいでな。だから奴隷の振りをしろ。そうだなぁ....ちょっとヨツンヴァインになれ。いいか?」

 

すると自由になった手でギャグボールとアイマスクを外して何か言う。

 

「ちょっ、いきなり作戦変更!?ちょっと何があったのよ!あと四つん這いとか嫌よ!!」

 

なんか急に質問攻めしてきた。

なんというか典型的な生き急いでる日本人だな....。

もっとゆっくり質問してくれよ....。

それと四つん這いじゃない。

ヨツンヴァインだ二度と間違えるなクソが。

 

「なんか拘束付ける前に豚が怪しい動きしてた。だから問い詰めた、ゲロった。今ここ。」

 

「もっと詳しく教えなさいって!!ちょっ、凜子先輩拘束されたままじゃない!」

 

ゆきかぜが隣の凜子を見て、声を上げる。

 

「凜子はほら...一人くらいマジモンっぽい奴居た方が良いだろ?それにアイツが一番あの時イラっとしたし。」

 

「今イラっとしたって...」

 

「お前も居た方が良いと思うよなァゾクトォ!!」

 

ゆきかぜが痛い所を突こうとしたので話を逸らした。

これ私服呼ばわりしたことへの仕返しに看過したとか言ったら怒られるの確定だもんな。

するとゾクトは目的が上手く行かなかったのがそこまで響いたのかハブてていた。

 

「うるせぇ!!勝手にしろ!!どうせ俺ぁみじけぇ命でさぁ!!!」

 

「....なんかあの豚がやろうとしたのは本当っぽいわね。」

 

ゆきかぜは納得したように言葉を漏らす。

どうやらゾクトは俺が逃がすと言ったのを信じていないようだ。

まぁ信じていないが、今死にたくないから言う事を従うしかないと言った状況か。

 

「それでさ、どういうシチュエーションで入るかよ。なぁ、ゾクト。ここに人を連れてくる時って仕事仲間以外はどんなだ。言わないと撃つからな。3・2・....」

 

「金持ちのボンボンとか政治家のおっさんを手引きしたりもしてたよっ!!これで良いのかよぉあぁん!!」

 

投げやりな様子で答えるゾクト。

もうなんかゾクト君くたくただよ....

あんなくたびれたおっさんなんか見たくなかった。

誰があんな目に遭わせたんだ!?

俺やったわ。

 

「じゃあ俺、対魔忍ところの名家のバカ息子な。そんで実は裏切者で奴隷連れてきた設定で。実際名家じゃないけどバカ息子だからバレねぇだろ。よろしくな奴隷。」

 

そう言ってゆきかぜの肩を叩くと、キッとこちらを睨む。

 

「はぁ!?なんでアタシが奴隷なのよ!?アンタがやりなさいよ!!!」

 

そう言ってくるゆきかぜ。

はぁ、分かってねぇなぁ...。

俺は呆れ顔で彼女から視線を外すと、ゾクトに呼びかける。

 

「なぁ、ソクト君や。君は男の奴隷とか売るのかね?」

 

「ゾクトだよ!!!....んなもん誰も俺の顧客は買わねぇから仕入れねぇよ。」

 

ゾクトは最初に怒ると、その後は気力もないのかぼやくようにそう呟く。

はえ~なるほどやっぱりね。

俺も男の奴隷なんかいらないし、一部からしか需要ないってはっきり分かんだね。

ゾクト、俺は今君に初めて心から感謝するよ。

 

「なっ?男の奴隷はないんだよ。怪しまれるわけ。」

 

「なら凜子先輩でも良いじゃない!!」

 

そう喚くゆきかぜ。

いい加減物わかりの悪い女だな...。

どうしてハイと一言言えんのだ!!

 

「ならお前でも良いじゃないか。なんだお前、任務遂行したくないのか?おかあさんを助ける為には必要なんだぞ?任務の為なら私情を捨て置く。それが求められる対魔忍像じゃないのか?お前がなりたい対魔忍ってどんな対魔忍だ。あの時語った夢は嘘なのか?」

 

そう言ってゆきかぜを詰めていく。

なんで俺が対魔忍像とか語ってるんだろ。

俺は断じて対魔忍じゃないです。

服も一般人だからね、多少はね?

こんな任務の為に奴隷の振りしないといけないとか俺だったら絶対にならないわwww

 

「う、ううぅ~~~~....わかった、やるわ....。」

 

彼女は断腸の思いと言わんばかりに、溜息を吐いてやると答える。

まさかあの時の夢のことを持ち出しただけでまさかここまで効くとは....

下手に引き合いに出す物じゃねぇな、やめとこ。

後で責任取れないもん。

 

「そうか。ならまぁ奴隷ってどんな感じのことさせたりするんだ?ソフト?」

 

「だからゾクトだよぉ!!!....はぁ、奴隷によくボンボンがやらせてるのは.....」

 

疲れた様子で俺たちに奴隷の振る舞いを教えてくれるゾクト。

その目にはもはやいつ罠にかけようかと爛々と輝いていた眼光は失われ、くたびれた中年がそこには居るだけであった。

 

 

 

 

「おっ、ゾクトの旦那!お帰りか!!ん...その人らは.....」

 

ネオンの輝きを眼前に湛えた街ヨミハラ。

その玄関口にて、一人の警備員がゾクトを見て手を挙げる。

その傍には犬。

犬と言ってもダックスフンドやトイプードルのような可愛い物ではなく、軍用犬のような厳つい奴だ。

しかも異形と来ている。

多分強い。(小並感)

 

「ん?あぁ。この方は俺の得意様でな。対魔忍好みの坊ちゃんだ。今日はヨミハラでの遊びの手ほどきを頼まれていてな。」

 

ゾクトは警備員にそう言う。

よっぽど疲れたのか、ゾクトは下手な事を行おうとはしていなかった。

そして、俺もゆっくりと前に出る。

いや、前に出させた。

 

「どうも、すいませんねこのような有様で。車が少し間抜けでして....。おらっ!ご主人様に恥かかせやがって!!謝れ!!」

 

「ご、ごめんなさい!ご主人様ぁ!すいませんでしたぁ!!」

 

警備員は唖然としただろう。

そこには奴隷を車扱いしながら奴隷に暴力を振るっている少年が居たのだから。

奴隷は褐色でツインテールの顔も整った少女。

 

まぁ要するに俺は今ゆきかぜをタクシー代わりにしている。

どうやら金持ちの坊ちゃんはこういうことをよくやるらしい。

正直、ゆきかぜをぶつのはちょっと怖い。

事実、奴隷の振りをしてくれはするが、微かにギリギリと歯軋りの音がする。

そうとう俺の自分への行いを我慢しているのだ。

 

まぁでも?

今まで脛蹴られたり、噛み付かれたりしていた女に乗るって言うのはやぶさかじゃない。

はえ~こんな景色があるなんて。

....奴隷の主、悪くない。

 

「この二人は対魔忍でな。なんとこの坊ちゃんも対魔忍と繋がってんだ....コイツら捕まえられたのも坊ちゃんのおかげなんだぜ....。」

 

「そ、それは.....やべぇな、同じ勢力の仲間を...上の奴にしてはイカレてるぜ......」

 

警備員が俺を見る。

疑っているのか....ならばアピールするしかない。

結局ミスったら全部ゆきかぜの忍術で消し飛ばすんだ。

やれることやっておこう!!!

 

「コイツの出来る技は、バックはもちろん、ローソク、鞭打ち、それから…小便を飲んだりも、クソを食ったりも、調教したから出来るようになってるんすよ。どうです?中々のM奴隷でしょ。」

 

「そ、そんなことまで....この年で仕込んだのか....。」

 

なんかホモビのセリフアレンジして吐いたら警備員のおっさんが驚き出した。

しかし、ここではただの俺の戯言扱いされるかもしれん!

念には念を入れて、ケツを叩きながらゆきかぜに言葉を浴びせる。

 

「なぁ!?色々仕込まれてどうだ!?えぇ?幸せかお前!!?」

 

ケツを叩くと、身体がビクンと揺れた後、ガギィと言う歯軋りの音が一瞬聞こえてくる。

その音を聞くと背筋がスッと寒くなった。

許して....許してクレメンス....

俺は悪くねぇ!全部、ゾクトがやれって言ったんだ!!俺は悪くねぇ!!

 

心の中で豚に責任転嫁すると、ゆきかぜがゆっくりと口を開き始める。

 

「ご、ご主人様にバックから責められて、むち打ちされるとペットになった気分で気持ちいいです...。ろうそくを垂らされると、熱くて熱くてご主人様ぁ...ご主人様ぁ...って頭の中がご主人様でいっぱいになります...。大好物はご主人様のクソと小便です....私、ご主人様の奴隷で幸せです....ご主人様大好きです....。」

 

「す、すげぇ....こんなことまで言わせられるなんて.....」

 

警備員のおっさんは更に面食らってた。

そんでもって俺も面食らってた。

何だコイツよくそんなセリフ思いつくな....。

 

「お、お前....そういうコンテンツよく見てたりするの?偉く流暢に言葉が出て来たけど....」

 

「...アンタ、殺すわ」

 

小声でそう問うと、小声で返事が返ってきた。

まるで地獄の底から響くような声。

これ、死ぬかもなぁ。

どうやら藪蛇だったようだ。

踏んではいけない地雷を踏んでしまった後悔と、後には戻れない諦観が入り混じる。

俺、同級生の上でこんな気持ちになるなんて思わなかったよ母さん。

 

そして警備員のおっさんは俺を見た後に、口を開いた。

 

「...百年に一度の稀代のクズだ...こりゃ。」

 

「え?」

 

思わず聞き返してしまう。

ど、どうした警備員のおっさん。

なんか偉く感動している様子だが....。

 

しかし、おっさんは呆気にとられている俺にサムズアップする。

なんだその爽やかさ。

2000の技を持つ男かよ。

青空になりそう。

 

「安心しな、アンタみたいなクズにとっちゃこの街は天国だ。飽きるほどに溺れちまいな!ようこそヨミハラへ!!!通って良いぜ。おらっ、犬っころ!うるせぇ!!!」

 

ひたすらこちらに牙を剥き、噛み付こうとする犬をぼやきながら制止する。

俺はそんな彼に会釈する。

 

「それは楽しみだ...それでは。」

 

「じゃ、じゃあな!」

 

ゾクトも手を挙げて彼に別れを告げた。

 

 

....ヨミハラに入るの、なんか成功しちゃったよ。

 

ゾクトを見ると項垂れていた。

 

「どうした、ゾイド?」

 

「....あの犬は対魔忍に反応して襲い掛かる対対魔忍用の番犬なんだ。まさかアイツ自身が抑えちまうなんて....てめぇ、なんで通過してやがる......」

 

ゾクトが信じられないといった表情をする。

俺もよく分からない。

ただ、分かることいえばゾクトはもう自分の名前を訂正する気力もないこと、自分が何もしなくてもあの犬が嗅ぎつけてどうにかするとさっきは思ってたという事だろうか。

従う振りして俺たちを始末する気満々だったということだ。

....それって背信行為じゃないか?

許されんだろう。

処す?処す?...処す!

 

訓練された軍用犬は人を容易く殺すことが出来る。

ましてやあれは異形の犬。

人型ならいざ知らず、犬では普通にやられていたかもしれない。

...まぁ結局いざとなったらゆきかぜの雷撃で消し飛ばしてもらうんだけど。

 

でも危なかったのは事実だ。

あの警備員のおっちゃんが俺を稀代のクズ認定しなければ通れなかった。

だからこそ....。

 

「なっ....なぁ。もう良いだろう?ヨミハラへの案内は終わりだ!俺はもうお前らには付き合い切れねぇ!自由にしてくれるって言ってたし許してくれよ!なっ!?」

 

浅ましくそう懇願するゾクト。

面の皮が厚いにも程がある。

とはいえ少し弄りすぎたかもしれない。

俺はゾクト君の目を見て、しっかりと言葉を告げた。

 

「まだだよ。入れたら自由にするとは言ったけど、ヨミハラに入れたらとは一言も言ってない。アンダーエデンまで案内しろ。」

 

そう言うと、ゾクトはこちらを睨みつける。

 

「クソガキ...足元見やがって.....」

 

「随分偉そうになったね。死にたいの?」

 

武装している相手に悪態吐けるとかコイツすげぇな。

尊敬しちゃうわ。

それはそれとして殺すけど。

 

するとゾクトが笑みを浮かべた。

 

「テメェは自分が優位に立っていると勘違いしてるがそれは思い違いだ...ここは闇、俺達の領域だ。下手なことすればこの街全体から睨まれる。テメェは街敵に回して生きていけんのかよ....」

 

どうやら彼は自分の領域に引き入れたことでこちらより優位に立っているつもりらしい。

確かにここで銃なんかぶっ放そう物なら誰に見られるか分からない。

そしてゾクトは奴隷商人。

この街の稼ぎに貢献しており、何人かとも顔が効いてそうだ。

俺は拳銃を下げる。

するとゾクトは勝ち誇った笑みを浮かべた。

さしずめ勝負に負けて試合に勝ったかのような心境だろう。

 

「....コイツ、私がやろうか?」

 

隣のゆきかぜがそう耳打ちしてくる。

しかし、そういうわけにはいかなかった。

俺は首を横に振るうと、肩を落とす....振りをする。

そして、そのままジャンバーの内ポケットに手を突っ込むとナイフを二本取り出した。

 

一瞬身構えるゾクト。

だが、もう遅い。

瞬時に二本を投げる。

それは彼の左右に突き刺さり、逃げ道を塞ぐ。

そしてその隙に肉迫して蹴りを放つ。

 

脚をピンっと、伸ばす!

すると伸ばした動きに連動してブーツの靴先から仕込んでいた薄いナイフが飛び出す。

なんとか逃げようとしたゾクトはその予想外の機構に対応できずにナイフが防ごうとした腕に刺さる。

 

「っ...!!」

 

痛みで表情を歪めるゾクト。

そしてその間に一歩踏み込む。

そしてシャツの袖に通していた千枚通しを引き抜くと、そのまま喉に勢いよくぶっ刺した。

 

「ごひゅ!!...ひゅ...ひゅ,,,,」

 

「...これで叫べない。」

 

叫ばれるとまるでRPGの雑魚敵並みになんか来そうだからなぁ。

この豚、そこそこ名前知られているっぽいし。

ゾクトは痛みと驚きから目を見開いた。

ソイツに笑顔を向ける。

 

「ゾクト君。友達として教えてあげるけど....俺は勝ちを確信した表情をする奴がそれを取り上げられた時の顔を見るのが好きだし、反対にお前みたいな明らか格下の奴に勝ち誇られると凄く腹が立つんだよねぇ。そんでもって自分でも自覚しているけど、お前と同じく弱い相手には強く出るタイプなんだよ。俺。」

 

そう言ってゆっくりと屈むと、彼の左右の地面に刺さっているナイフを抜き取り、彼の腹に突きつける。

彼は今にも腹を掻っ捌かれかねないという恐怖からか動けない。

 

「ちょっ....アンタ.....」

 

ゆきかぜが後ろでなにか言おうとしている。

けど、それどころじゃないんだよなぁ。

この豚さっきから媚びへつらってたくせに上に立った気でいい気になりやがって....

勘違いしてやがるのだ。

俺は勘違いしている奴が大嫌いだ。

自分の立場を知れ。

自分でも分かるが、バチギレ状態だった。

それにここぞとばかりに訓練などで溜まっていたキチゲも放出する気でいる。

まぁ端的に言えば、良い八つ当たり先が見つかったのだ。

 

正直、アンダーエデンは自分達で聞き込みなどして探せばいいのでコイツはもう必要ない。

だけど挑発してきたのでこのまま許すつもりも毛頭ない。

ストレス発散に使おう。

連絡係らしいが、正直奴隷として潜入するという作戦は俺自身乗り気じゃないし、結局アンダーエデンもゆきかぜに出入り口を電撃でぶっ飛ばして、凜子の空遁で侵入してヨミハラ無双すれば良いんじゃないか?って気がしてきてるし。

はっきり言ってここまで来て、勝ち誇る豚を見て萎えて来たし、面倒くさくなってきたのだ。

 

「ゆきかぜ、どっか適当な建物の中にコイツ運び込むぞ。」

 

「ちょっ、何する気よ!」

 

ゆきかぜが聞いてくる。

俺は彼女の方を見ずに答えた。

 

「コイツ、なんか舐めてるからな。立場を分からせる。別に殺さないよ、ただ耳切って鼻を削げば流石に自分の立場を弁えてくれるかなって」

 

そういうと、彼女は溜息を吐いた。

 

「...気持ちはわかるけど、とりあえず落ち着きなさい。....ゾクト、もう一度コイツの代わりに聞くわ。アンタ、アンダーエデンの場所知ってる?」

 

ゆきかぜがそう聞くと、ゾクトは首を縦に振った後に痛そうに表情を歪めた。

首に千枚通しが刺さっているからだろう。

するとゆきかぜがこちらを向いて言葉を続ける。

 

「ならコイツはまだ利用価値があるわ。....普段のほほんとしているアンタがそこまでキレてどうすんのよ。そういうのって自分で言うのもなんだけど....私の役目でしょ。アンタ見てたらコッチが冷静になったわ。」

 

「....この豚の言う事が信じられるとでも?」

 

俺が問うと、ゆきかぜは呆れた表情で言葉を紡ぐ。

 

「少なくとも喉刺されながら嘘が付ける程の胆力はコイツにはないわ。」

 

「...上の奴らもそうだけどさ、こういうのは一度ボロクソにしないとこちらの足をすぐ掬おうとする。俺だってそうだけど、一度立場を分からせた方が良いんじゃない?今までの生ぬるいやり方がこうやって舐められる原因になってる気がするんだよなぁ?知らんけど。」

 

まぁ上層部がどういう対応をこの豚にしてたのかは本当に分からないが、少なくとも最低限人権には留意していたのがこの男の健康具合で分かる。

そしてこういうクズはそういう付け入る隙があったら容赦なく付け入るし、遠慮なくこちらを舐める。

そういう救いようのない生物なのだ。

自分も似たような物だからよく分かる。

するとゆきかぜが咎めるような視線を向ける。

 

「アンタとそいつは全然違うわ。その的外れな同族嫌悪やめなさいよ。....アンタがさっき言ったけど、任務達成には私情を捨てる。それが求められている対魔忍像、そうでしょ?」

 

「....俺、対魔忍じゃないもん。」

 

ぐうの音も出ないのでぼやくようにそう呟く。

すると彼女は呆れを通り越して少し笑った。

お前....今、俺の事笑ったか?

 

「なに拗ねてんのよ...そいつは私に任せて、アンタは少し休みなさい。色々あって疲れてるのよ、アンタ。」

 

そう言ってくるゆきかぜ。

別に俺は疲れてはいない。

....が、確かにここでごねる必要もないな。

そう思うと、ゾクトの首に深々と刺さった千枚通しから手を放し、凜子の拘束を解きに向かった。

 

「別に勘違いしないで、ただアイツの暴走を止めただけ。引き続き、アンタを利用させてもらう。....けど少しでも不穏な動きを動きを見せたら容赦なく撃つわ。潜入任務は駄目になるけど、本来の目的はお母さんの捜索と救出。やりようなら探せばあるはず。死にたくないなら大人しくしなさい、どうせ喋れないんだから。分かったわね?」

 

ゾクトに歩み寄ると、銃口を突きつけながらそう言うゆきかぜ。

....確かに冷静な様子だ。

ゆきかぜの様子を見ながら、拘束具を解く。

すると凜子は目隠しとギャグボールを外し、周りを見てこちらに聞いてきた。

 

「こ、これは....どういう状況なんだ?」

 

...凜子を完全な奴隷に仕立てた代償に、説明する手間が生じてしまった。

面倒臭.....。

そう思いながらも、キョトンとしている凜子に事の経緯を語っていくのだった...。




任務中に対魔忍をハメる為にヨミハラへ向かうゾクト。
(振り回された)疲れからか、不幸にも黒塗りのナイフに衝突してしまう。
後輩をかばいすべての責任を負った三浦に対し、車の主、暴力団員谷岡が言い渡した示談の条件とは・・・。
ゆきかぜをヨツンヴァインにして辱めたのは私の趣味だ、良いだろう?
次回は多分ヨミハラでなんかします。


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本当にしょうがない奴。

ゆきかぜ視点です


欲望と退廃の都市、ヨミハラ。

そこに侵入することに成功した私達は、とあるビルの中に入っていた。

派手な家具が並んでいる品のない下品な一室。

そこに私と凜子先輩と貞一、そして喉をぶち抜かれたゾクトが居を構えていた。

 

「へぇ~、ここがゾクト君の部屋ねぇ。良い趣味してんじゃん。やっぱこういう家具は派手じゃないとな!ん?だから首元も真っ赤にしてるんだろ?あっ、これ俺のせいかぁ~www」

 

貞一はグルグル巻きにして拘束されている声も出せないゾクトへ、態々しゃがんで高度を合わせてまで肘で脇腹を小突きに行っていた。

まったく呆れた物だ。

確かにフレンドリーに接してはいるものの、ああいう時の貞一はただ相手を弄って楽しんでいるだけなのだ。

自分よりも確実に弱いと思った相手にはグイグイと絡んでいく。

それがアイツの悪癖である。

 

「アンタねぇ、そんな奴のことなんかよりこれからどうするかの方が大事でしょう?」

 

私が言うと、凜子先輩も頷く。

 

「そうだぞ。本来の私達が娼館に娼婦として侵入するという段取りはもう使えない。代替案を考えないと....」

 

まぁ私としては、纏いの任務については少し不安だった。

任務の為とは言え、何かを仕込まれて知らないおっさんなどの性処理をさせられるなんて嫌に決まっている。

ましてや幼馴染であるアイツが居るのだ。

そんなことになれば、アイツが何を言い出すか....。

だからこそ、今のこの状況は私にとっては一概に悪くはなかった。

 

すると貞一があっけらかんとした様子で口を開いた。

 

「取り敢えずそこの豚に教えてもらうとか、もしくは聞き込みをするとかでアンダーエデンの場所を把握。そんでもって門番とかが居たらゆきかぜがかっ飛ばして凜子使って潜入。中でゆきかぜ無双した後に母親見つけてエンドで良いんじゃないか?」

 

かなりシンプルな案だ。

しかし、それ以上に私にとって気になるのは。

 

「...アンタの名前がないけど、アンタはなにするのよ。」

 

私がそう聞くと、アイツは私の目を真っ直ぐと真面目な顔で見つめ返した。

 

「....そんなもん、決まってるだろ。士気担当だよ。俺がみんなを応援してやる!これでも暇な時は30分くらいはどっかの高校の応援団の動画とか見たりしてるんだぜ?三三七拍子なら任せろよ。」

 

やっぱり....何もしないつもりじゃない。

呆れて物も言えない。

コイツはいつも私達に押し付けて難を逃れようとする。

確かに最初は私が守るからその手柄を横取りすればと言ったものの、真面目に訓練も出ていたから少しは変わったと期待していたのに....。

危惧してたようにあまり変わってない。

まぁ、コイツらしいと言えばそこまでの話なんだけど....。

 

私が肩を落として、溜息を吐くと凜子先輩が口を開く。

 

「...任務中に応援なんかされても気が散るだけだ。それならちゃんと当初の任務通り後方支援をしろ。いいな?」

 

「いやぁ~、何言ってんだよ。冗談だって、やることちゃんとやれってアサギ先生に言われてるわけだし、そこらへん手は抜かないよ。」

 

凜子先輩に苦言を呈されてヘラヘラと笑う貞一。

しかし、後頭部に手を回して髪を引っ張る様に掻いている。

アイツの癖だ、言いたいことをひっこめた時のアイツの癖。

いつもやるわけではないが、アレをやっている時は大体そう。

 

...アイツ、私達に何も言われなかったらマジで全部こっちに丸投げして声援だけするつもりだったわね。

凜子先輩はそこら辺はあまり注目していないから気づかないけど、私はアンタとよく二人になることが多かったんだから、そういう癖とかは把握しているつもりだ。

ま、アイツは私がアイツの知らない癖まで知っているとかは知るはずもないんだけど。

そう考えると、少しいい気味だわ!

 

するとふとアイツと目が合う。

アイツは顔を逸らしてヘラヘラと笑いながら、言葉を口にした。

 

「と、とりあえず!てめぇらまんま対魔忍服だろ?確かに防弾性とか色々機能性から見れば優れているけど、それで聞き込みとか潜入とかが円滑に色々出来るわけないじゃん!ってなわけで、俺はお前らの衣装の調達というきちんとした業務を行うとしますよ。ほら、働こうとしてるだろ?...んっ!」

 

当てつけのようにそう言うと、アイツはふと私達の傍まで歩み寄り、何かを受け取ろうとしているのか手を差し出した。

凜子先輩が訝し気な目を向けながら、アイツに尋ねた。

 

「....何をしている?」

 

すると、アイツは溜息を吐いた後に呆れた顔をする。

なんか見ててイラつく顔だ。

 

「あのさぁ~、大の女性二人の服を上から下までコーディネートしてやろうってんだよ?そら金はかかるに決まっているだろ、俺のマネーだけで足りると思っているのかぁ?お前らも金出せよ。」

 

「...余り褒められた言い方ではないが、まぁ良いだろう。」

 

そう言って凜子先輩は財布からお金をアイツに渡す。

しかし、私はどうにもすぐ渡す気にはなれなかった。

コイツの言っていることは正しい。

現状ゾクトが何かを企んでいた以上は、ゾクトの仕入れた奴隷娼婦という肩書は使えない。

その状態で対魔忍と分かるこのスーツを着ていては、情報収集などこの先の行動に支障が出るだろう。

この町では対魔忍はアウェーだ。

言うことに賛成する。

だが...私にはある懸念があった。

 

「ねぇ...アンタ、ちゃんと買ってくるのよね?」

 

私が言うと、アイツはムッとした顔をして言葉を口にした。

 

「あのなぁ....買い物くらい、俺にも出来るわ!はじめてのおつかいじゃないんだから....まったく....。」

 

やれやれと言った様子で肩を竦める貞一。

違う、そういうことを言いたいんじゃない。

私が言いたいのはコイツが服を買うと言って私達からお金を徴収し、別のことに使うつもりなのではないかと思ったのだ。

 

もしそうであるなら、出すわけにはいかない。

一緒ならまだしも、アイツ一人で遊ぶためのお金なんて、出してやらないんだからぁ!!

そう思っていると、アイツは諦めたように溜息を吐いた。

 

「あーあー、ハイハイ分かりましたよ協力する気はないんすね!もういいよ、凜子の分だけで行く。窓、閉めとけよ。」

 

アイツはまるでいじけた子供のように私にそう吐き捨てると、窓を開けて窓枠に足を掛ける。

 

「あっ、ちょっと待ち....」

 

私が声を出すも、アイツは制止の声も聞かずに飛び降りてしまった。

窓に駆け寄ると、既にアイツは遠くの路地を走っている。

 

「行ってしまったな....。」

 

「良いんですか凜子先輩、アイツ、本当に服買ってくるのか.....。」

 

私がそう言うと、凜子先輩は笑った。

 

「信じようじゃないか。それに、買ってこなかったら貞一一人に聞き込みをさせれば良い。私達では聞き出せないだろうからな。」

 

「そ、そうですけど.....。」

 

確かにそうだが....。

アイツ、待てって言おうとしたんだから少しくらい待とうとしてくれても良いじゃん....。

そもそもさっき目が合った時点で顔を逸らした。

いつもそうだ、都合が悪くなるとすぐ逃げようとする。

そんなだから....今回みたいに、私が世話してやらなきゃいけなくなってるんじゃない。

 

アイツの行動にイライラしていると、凜子先輩が笑う。

 

「な、なんですか....?」

 

凜子先輩の様子に戸惑っていると、凜子先輩が口を開く。

 

「そんなに心配なら、見に行ってやったらどうだ?...その恰好で出ることになるが。」

 

「...それだと本末転倒だから、良いです。アイツを待ちますよ....。」

 

そう言いつつも溜息を吐く。

正直、アイツを信じたい気持ちはある。

でも、普段のアイツだと確定で服買わずにどっかで金使ってそうだしなぁ。

それにアレは仕事云々言われるのが嫌でこの部屋から逃げる為の口実であるように私には思えてならないのだ。

というか!!

 

「べ、別にアイツの心配なんかしてないですよ凜子先輩!!あっ、なにまた笑ってるんですか!!!」

 

「い、いや....なんでもない....フフッ....」

 

凜子先輩は口元を隠して私に背を向ける。

私は凜子先輩の表情を見る為に回りこもうとした。

酷い勘違いだ。

訂正しないと....!

私は凜子先輩に対して訂正しようと何故か躍起になっていたのだった。

 

 

(なぁ~にやってんだコイツら.....)

 

ゾクトは縛られて喋れないながらも、じゃれ合う二人を見て呆れていた。

 

 

 

「...遅い!もうっ何してんのよアイツは!!」

 

あれから五時間。

服を買うだけなのに結構な時間が経っていた。

今や日にちが変わろうとしている。

 

やっぱりアイツ、どっかでほっつき歩いている!

そう二時間前には思っていたが、今や別の理由で焦燥感が私の中を駆け巡っていた。

もしかすればアイツに、何かあったんじゃないか?

だからこんな時間まで帰ってこれないんじゃないか...。

そう思わずにはいられなかった。

ここヨミハラは欲望と退廃の街。

そもそも対魔忍どうこう以前に危険な街だ。

 

凜子先輩も同じようで、心配そうな表情をしている。

 

「...どうする?これでは恰好がどうとか言っていらないぞ。探しに行くか?」

 

凜子先輩が窺うように私に聞いてくる。

...アイツは、いつも世話が焼けるんだから....。

 

「ここで二人で行くのはそこのゾクトを放っておくことになるので、凜子先輩は残ってください。」

 

「ゆきかぜ....私の空遁で辺りを捜索しても良いぞ。お前が残ってはどうだ?」

 

凜子先輩がそう言ってくる。

でも....多分、それじゃアイツは見つからない気がする。

 

「でもそれをしたら凜子先輩の体力を消耗しちゃうじゃないですか。アイツのことで凜子先輩を煩わせるわけにはいきませんよ....、それに私は、アイツのこと分かってますから....私が行きます。」

 

アイツの知らない無意識の癖も、思考も一応分かっている。

だからこそ、私には貞一を見つけられる自信があった。

ったく、私達がこの服のまま歩き回らないようにするために服を買いに行くって建前だったでしょ?

それならちゃんと帰ってきなさいよ、あのバカ....。

 

「そうか....分かった。なら貞一のことはゆきかぜ、お前に任せる。私はここで待機してゾクトが下手な事しないか見ておこう。...まぁあの状態じゃしようにも出来ないだろうけどな。」

 

彼女はゾクトを流し見て、そう呟く。

ゾクトはというと何故かにやついていた。

気持ち悪....。

 

そう思いながらも、私はドアの前に立つ。

 

「それじゃ、すぐ戻りますんで....。」

 

「あぁ...くれぐれも気を付けてくれ。貞一を探しに行ったお前が行方不明になっては困るからな。」

 

「大丈夫ですって!」

 

こちらに忠告する凜子先輩に私は笑顔を向けてそう言う。

そしてドアノブを捻って外に出た。

あのバカ.....一体、どこに居んのよ....ッ!

 

 

 

 

 

 

アンダーエデンのとある一室。

その部屋にはVIPという刻印が扉に掘られている。

ピンク色の照明に照らされているゴージャスな装飾の部屋の中で、二人の醜男が机の前に座っている。

二人はワインを呷りながら寛いでいる。

傍らには麗しき美貌の絶世の美女が立っている。

 

「それでぇ....用とはなんだというのかね?リーアル。」

 

そう呼ばれた男はヘラヘラと笑って見せる。

 

「おいおい、兄さん。そんな他所他所しい呼び方はやめてくれよ...。今日は、兄さんの力を借りたいと思ってね。」

 

そう言うと、リーアルと呼ばれた男は手元から紙を男に渡す。

すると男は笑みを浮かべた。

 

「ほう....これは、随分と可愛らしいお嬢さんたちじゃあないか。」

 

見せられた紙にはツインテールの少女とポニーテールの少女、そして少年と縛られたオークが建物へと入ろうとしている姿があった。

 

「これは私の顧客の一人が偶然撮影したらしく、寄越した画像でね。恰好から見て対魔忍だ。....こういう女が欲しいと言われてね。」

 

そうリーアルが言うと、彼は笑う。

 

「ククッ....この対魔忍たちを捕まえるのに、私の不知火を貸して欲しいということかね?」

 

そう言うとリーアルも下卑た笑みを浮かべる。

 

「こういう子が欲しいって言われたら、その目標を持って来た方が話が早くて済むんだよ。それに、どうやら対魔忍である以上、なにやらヨミハラの秩序を乱そうとしていることは確定だ。それを事前に奴隷娼婦にしたらヨミハラにおける私の影響力も上がるんだよ。頼むよ兄さん...もし奴隷娼婦に出来たら兄さんに最初に手配するから。」

 

そう言うと、男は笑った。

 

「ふ~む、そう言う事ならば良いだろう。不知火の熟した経産婦マンコも良いが、生娘を穢すのも面白い。不知火。」

 

漢が言うと、不知火と呼ばれた女性は彼の前で膝を着く。

 

「ハッ!」

 

その様子を見て、ことさら笑みを深くする男。

その顔は女を屈服させる悦楽に浸っていた。

 

「このお嬢さんたちを無傷で捕まえてきなさい。対魔忍とはいえお前はあの幻影の対魔忍、造作もない事だろう?」

 

「はい....これは.....!」

 

画像を見せると、不知火の目が見開かれる。

すると、そんな彼女の様子を見て男は口を開く。

 

「どうしたのかね。ご主人様にちゃんと申告しなさい。」

 

すると彼女は粛々と口を開いた。

 

「この娘は....ツインテールの方は私の娘、水城ゆきかぜです。そして隣に居るのは友人の秋山凜子....。」

 

その言葉を聞くと、リーアルが笑みを深くする。

 

「ほう...であれば、兄さん、もし捕まえれば親子丼が楽しめるじゃないか....。」

 

すると男も笑みを深くする。

 

「それなら俄然楽しみだ....不知火、今すぐにお前の娘と娘の友人を私に捧げろ。親子仲良くこの矢崎宗一の優秀な遺伝子でガキを仕込んでやる。...隣の男やオークは殺せ。いいな?」

 

あまりにも性欲に則った傍若無人な命令。

普通の母親であれば娘を差し出せなどと言われれば抵抗するに決まっている。

以前の不知火であればそうだった。

しかし、不知火は自分と娘が目の前のご主人様の子供を孕み、出産する様を想起していやらしく淫靡に笑い、蕩けた表情になる。

 

「はぁい....❤矢崎様の為であれば、仰せのままに....。」

 

その様は母親ではなく女だった。

その様を見て、さぞ愉快そうに下卑た笑みを浮かべる矢崎。

 

「良い女だ....。ならば今すぐに行け!!」

 

そう言うと不知火は部屋の外へと出ていった。

その様を見て、少しの不安すら抱いていないように矢崎は酒を喉に流し込む。

当然だ。

今までどのような物であれ欲しければ全て手に入れてきた。

それは人類の守護者である対魔忍でさえ。

日本の最大野党、民新党。

その幹事長を長年勤めあげた重鎮。

それがこの男、矢崎宗一であるからだ。

この男が手に入れられない物など....ない。




戻ってこない主人公....。
まぁ何かあったのは事実だけど......

そして凜子とゆきかぜの知らぬうちに、彼女たちに魔の手が迫る。

次回は主人公視点です。
ソニアさん!?まずいですよ!!


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