INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~ (とんこつラーメン)
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ドイツ編① ~Girl called a weapon~
Slaughtered Miseria


待っていた人がどれだけいるかは不明ですが、ようやく出来ました。

共通しているのは機体だけで、それ以外は全くの別物です。

可能な限りシリアスで通していきたいと思っています。










 心の底からの絶望を味わうと、人間とは涙すら出ずに虚無となる。

 その事を私が知ったのは、まだ7歳の頃だった。

 

「こりゃ…ひでぇ……!」

「なんてこった……」

「なんでこんな……」

 

 その場に膝を付いて呆然自失となっている私の目の前にあるのは、粉々になって真っ黒になって燃え尽きた自分の暮らしていた家。

 黄色いテープが張られ、残骸の中では警察の人達が何かを探っていた。

 

「仏さんは……」

「ここに……」

「……!?」

 

 コートを着た警察の人が足元を見て苦しそうな顔になる。

 その視線を追っていくと、そこには真っ黒になった人の形をしたナニかが半分だけ瓦礫の中から出ていた。

 その指に光る物が填められていたのを見た瞬間、それがお母さんの成れの果てであることを理解した。

 お母さんのお腹の中には、私の妹になる予定だった赤ちゃんがいた。

 妹は、生まれる前に消し炭となってしまった。

 

「警部! こっちにも遺体が!」

「どこだ!?」

「こちらです! 恐らくは父親ではないかと……」

「どんな感じだ?」

「…………………」

「……そうか」

 

 お父さんも見つかったようだ。

 だが、あの様子からすると、お父さんもお母さんと同じようになっているんだろう。

 頭が真っ白になる。どうして、こんな事になった?

 

「放火か?」

「その線は無いかと。周辺住民の話では、この家に向かって何かが凄い速度で落ちてきたらしく……」

「まさか、例のミサイルの破片とかか?」

「まだ断定は出来ませんが、その可能性が濃厚かと……」

 

 大きなお腹を優しく擦りながら、私にいつも語りかけてくれていたお母さん。

 家事をすることが難しくなったお母さんの代わりに、頑張って料理や洗濯をしてくれていたお父さん。

 私の世界一大好きな家族。けど、もうどこにもいない。

 友達と一緒に公園に遊びに行っていた間に、私は自分の命以外の全てを失った。

 

「生存者はいないのか?」

「7歳になる一人娘がいたそうです。近所の公園で遊んでいる姿が目撃されています」

「不幸中の幸い…か。いや…違うな。そんなのは他人である俺達の勝手な言い分だ」

「そうですね…。その子にとっては、何もかもを失ったに等しいんですから…」

 

 何も聞こえない。聞きたくない。見たくない。

 死にたい…死にたい…死にたい…死にたい…シニタイ…シニタイ…シニタイ…。

 

「大丈夫かい?」

 

 ふと、ポンポンと肩を叩かれる。

 反射的に見上げると、そこには一人の男性がいた。

 全く知らないおじさん。だけど、その顔は優しく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

『コード80。任務を復唱せよ』

 

 真っ暗な輸送機の中で、少女は静かに顔を上げる。

 通信機越しに聞こえてきた声に向かって、無機質に返事をした。

 

「女性権利団体アメリカ、テキサス支部の壊滅。関係者は残らず殲滅」

『その通りだ。お前に限って心配は無いとは思うが、奴らに対して手加減は不要だ。その名の通り、身の程知らずの女共に死を運んで来い』

「任務了解」

 

 小窓から上空の景色が見えるが、少女はそれを一切見る事は無く、ただ真っ直ぐに前だけを見つめ続けていた。

 

『もうすぐ目標降下地点に到達する。ISの展開準備に取り掛かれ』

「了解」

 

 気休め程度に着ていたボロボロの外套を脱ぎ去ると、その下からは彼女専用に宛がわれた漆黒のISスーツが出てきた。

 年頃の少女ならば、少しぐらいは羞恥心を持ったりするものだが、彼女の場合はそんな事は無く、眉一つとして動かさない。

 

 ハッチの方へと向かい、自分の胸にそっと手を当ててから目を瞑り、心の中で『ナニか』に語りかける。

 

『コード80。用意はいいか?』

「はい」

 

 ハッチを開けると、彼女の小柄な体程度なんか軽く吹き飛ばすほどの風が吹き荒れるが、少女は全く微動だにしない。

 下を見ると、洋上に浮かぶ孤島に建築された巨大な施設があった。

 

『ふん…小生意気にも、用心の為に陸から離れた支部にしたってか。あれを建築するために使った金も、一体どこから奪って手に入れたのやら』

 

 通信士の憎しみの籠った言葉にも全く反応を示さない。

 そのような些事に一々反応するように作られていないから。

 

『分かっているとは思うが、脱出の際は拡張領域内に収納してあるステルス装置を使用しろ。お前の為に人員を割く余裕なんて全く無いんだ。こうやって現場まで運んでやっただけでも感謝するんだな』

「はい。ありがとうございます」

『…まぁいい。降下タイミングはそっちに任せる。お前が離れた瞬間、輸送機も緊急離脱する。後は好きに暴れろ。手段は問わん』

「…了解」

 

 右足を前に出して、それから体全体を空中に放り出す。

 パラシュート無しの状態からのスカイダイビングをしながら、その目は目標だけを見据えていた。

 

「……ペイルライダー」

 

 そう呟いた途端、彼女の身体が青白い光に包まれた。

 足元から順番に鋼鉄の装甲に包まれていき、あっという間に少女の全身がライトブルーのISと化した。

 俗に言う『全身装甲(フル・スキン)』と呼称されるタイプのISだ。

 まるでロボットのような姿になっているが、頭部バイザーの奥から覗くツインアイタイプのカメラから覗く目が、辛うじてそれがISであることを示している。

 

「…任務開始」

 

 PICを起動させてから空中で静止した後、拡張領域内からハイパー・バズーカを展開、装備した後に最上階である五階の窓ガラスに狙いを定めて引き金を引く。

 自分達が襲われる事なんて全く想定していないのか、弾は僅かにぶれながらも目標へと命中、爆発する。

 そうしてからようやく、施設内で緊急アラートが激しく鳴り響き、中にいた女達が慌て始める。

 

「ファーストフェイズ…クリア。これよりセカンドフェイズに移行する」

 

 バズーカの直撃によって大きく口を開けた場所から堂々と侵入しながら、装備をバズーカからブルパップ・マシンガンへと変更。

 マシンガンは両手に持ち、安全装置を解除してから施設内を進み始めた。

 

「ア…ISっ!? なんでここにっ!?」

「し…知らないわよ! それよりも、早く格納庫に行くわよ! あそこには私達のISがある! あれさえあれば、こんな奴なんて簡単に……」

 

 それが女の最後の言葉だった。

 目の前でベラベラと喋っている間に、少女はマシンガンの照準を合わせていて、一瞬の躊躇も無く引き金を引いた。

 女は一秒も経たずに上半身が跡形も無く消し飛び、挽肉となった。

 

「イヤァァァァァァァァァァァァッ!? た…助けてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 目の前で起きた惨劇に顎が外れんばかりに大叫びをし、綺麗に磨かれている床に小便を漏らした。

 年甲斐も無く漏らした事なんて気にする暇も無く、連れの女は震える足を必死に動かそうとするが、そんな隙を少女が見逃すはずがない。

 

「助け……だずげ……」

 

 グシャ

 

 連れの女は頭をペイルライダーの足に踏み潰され、後には血と共に脳漿がぶちまけられた哀れな死体だけだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 最上階から下に降りるようにしながら少女…コード80は進んでいった。

 勿論、その途中で何回も遭遇する女性権利団体の女達を容赦なく皆殺しにしながら。

 

「ISはまだなのっ!? 早く来なさいよぉぉぉぉぉっ!!」

「来るな! 来るな! 来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「まだ死にたくない! 死にたくないぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 怒号と悲鳴。

 それらが入り混じりながら、女達は一人、また一人と確実に殺されていく。

 青い衣を纏いし死を運ぶ騎士によって。

 

 一人はマシンガンで粉々に、一人はスパイク・シールドで貫かれ、また一人はビーム・サーベルにて焼かれながら真っ二つにされた。

 

 次々と死体の山が築かれていく中、コード80は一階にあるISの格納庫へと到達する。

 そこにはどこからか非合法な方法で手に入れたと思われる量産型のIS『ラファール・リヴァイヴ』が三機並んでいて、辛うじてここまで逃げ延びる事に成功した女達がラファールに搭乗しようと試みていた。

 

「あはははははは! これよ! これさえあれば、あんなISなんて…」

 

 嬉々とした声を出しながらラファールに手を伸ばそうとした女は、一瞬で背後に追いついたペイルライダーのビームサーベルの一閃にて首から上が消し飛び、切断面が焼け焦げる匂いと共に死体が崩れ落ちた。

 

「第二世代型量産型IS『ラファール・リヴァイヴ』を確認。回収の必要ありと判断」

「ま…まさか、ここへの襲撃はISを奪う事が目的ッ!? そうはさせるもんですk…」

 

 叫んでいる暇があれば一刻も早く搭乗すればよかったのだが、叫んだ女はペイルライダーの両腕部に内蔵してあるビーム・ガンにて蜂の巣となる。

 格納庫に残されたのはもう一人だけ。

 だが、ここで残された一人は目の前で二人も殺されたことで恐慌状態になってしまい、その場に腰を抜かして座り込んでしまった。

 

「ひ…ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!? こ…殺さないでぇぇぇぇっ! 助けて! だずげでぇぇぇぇぇぇぇっ! おがあざぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 涙を鼻水、涎や小便も出しながら、この場にいない母親に助けを請う。

 だが、そんな物があるわけも無く、泣き叫ぶ女はその大きく開けた口にハンドグレネードを無理矢理に噛まされ、その体を軽々と持ち上げられた後に格納庫の出入り口に向かって全力で投げられる。

 

 ISのフルパワーで何も装備していない生身の人間を投擲なんてしたらどうなるか。

 体はその衝撃に耐えられずに、障害物に叩きつけられた瞬間に全身の骨が粉々になりつつ、砕けた肋骨が全ては胃へと突き刺さり、更には衝撃によってハンドグレネードが爆発、その肉体は木端微塵になる。

 そこで、コード80にとって望外の幸運があった。

 

 どうやら、先程の女達と同じように格納庫へと集まっていた他の連中が入り口付近にいたようで、そいつらが纏めて爆発に巻き込まれる形で死亡した。

 これで一気に数を減らせたコード80は、施設内の生体反応を捜索する。

 

「……屋上?」

 

 残った反応はたった一つだけ。

 それは屋上にあり、何かに乗り込もうとしているようだった。

 

(…成る程、ヘリポートか。ならば)

 

 マシンガンを収納し、その代わりに一丁のライフルを取り出した。

 検知した生体反応を確認しつつ、サブグリップを展開してライフルを両手で構えた。

 その際、ちゃんと出力を最大にしておくことも忘れない。

 

「ターゲット確認。ビーム・ライフル…発射」

 

 引き金を引くと、一筋の閃光が各階の天井を次々と撃ち貫き、簡単に屋上にまで到達。

 緊急脱出用の一人用ヘリに乗り込もうとした支部長の身体を貫通し、即死させた。

 

「殲滅完了。後は……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 施設上空。

 コード80はその手にスイッチのような物を握りしめ、親指を押し込む。

 すると、巨大な爆発と共に施設は破壊された。

 

「任務完了。ラファール三機を回収。ステルス発動の後に帰還する」

 

 爆発音を背にしながら、ペイルライダーは青い閃光を残して消えていった。

 

 死を司る第四の騎士は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は原作キャラを登場させる…かも?



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The color of the ego that can be lost

実物(ガンプラ)があると、やっぱりアイデアって浮かびやすいですね。

頑張って、ペイルライダーの持つ『狂気』を表現したいです。







「フッ……。目障りな女共を始末してくるだけの任務だった筈が、まさか非合法に鹵獲されていたリヴァイヴ三機を持ち帰ってくるとは。そうでなくては、先行投資をした意味が無い」

 

 執務室と思われる部屋にて一人の男が、椅子の背凭れを傾けながら葉巻を吹かし、報告書をじっくりと読んでいた。

 

「ISが無ければ我等に刃向う事すら出来ん蛆虫共が…貴様等は大人しく、男達の上で腰を振って孕み袋になっていればよいのだ。邪魔者には一切容赦はせん。全て排除する」

 

 葉巻を灰皿に押し付けて火を消し、報告書を机の上にばら撒く。

 机の引き出しから葉巻の入った小さな箱を取り出して、追加の一本を口に咥えてからジッポライターで火を着ける。

 

「もうそろそろ、奴を日本に送り込みたいところだが…。あそこはIS発祥の国であり、最も蛆虫共が蠢いている場所でもある。故に、下手に送れば簡単に察知されてしまう可能性がある。どうにかして入国させる方法は無いものか……」

 

 男が自分の顎に手を当てて唸り始めた時、いきなり通信が入ってきた。

 

『御休憩の最中、失礼いたします閣下!』

「一体どうした?」

『実は……』

 

 通信機の向こうから届けられた報告を聞いて、男は心の中で密かに笑みを浮かべた。

 

「それは由々しき事態だな。軍人として看過は出来ん。現場には例の部隊が派遣されている筈じゃなかったか?」

『それが…全く気が付きすらしなかったようで……報告を聞いてから、やっと動き出そうとしている始末で……』

「役立たず共が……。まぁいい。所詮はお飾りの部隊、何も期待などしてはおらん」

『どうしますか?』

「『奴』を使う。黒兎連中よりは遥かに役に立つ。私から直に命令を下すので、お前達は現場の周辺で待機していろ」

『了解しました』

「なに、奴の存在は公には存在しない事になっている。極秘裏に動かした上で、全ての手柄はお前達の物になるだろう」

『それは何より。息子にいい誕生日プレゼントを送れそうです』

「なんなら、私からも何かプレゼントしてやろうか?」

『ありがとうございます。きっと息子も喜びます』

「ははは……では、頼んだぞ」

『はっ!』

 

 通信が切れ、男は力を抜くようにして椅子にもたれ掛って天井を見上げた。

 

「ククク……運が向いてきたな。上手くいけば、一気に事を運べる……」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

『つい先程、第二回モンドグロッソ会場にて織斑千冬の弟が何者かに誘拐されたという報告が入った。貴様の任務は、極秘裏にその少年を救出することだ。いいな?』

「了解です。閣下」

 

 格納庫の隅、体を小さくして座っていたところにISを介して通信が入る。

 コード80は驚く様子も無く、その通信に応じていた。

 

『猶、対象は誘拐犯と一緒にいる可能性が高い。下手に目の前で犯人を殺害してトラウマでも植え付けたら後々で厄介な事になる。可能な限り犯人グループの殺傷は控えろ』

「では、今回はペイルライダーの使用は厳禁と?」

『基本的にはな。だが、もしも犯人グループがISを所持していた場合は別だ。迷わずISを展開、それを鎮圧せよ。最悪、逃がしても構わん。最優先事項は対象の無事な救出にある。場所は既に特定してあり、すぐにでもそちらに座標を送る』

「はっ」

『分かっているとは思うが、今回の救出任務は単独で行う事になる。これは下手に犯人たちを刺激しない為でもある』

「はい」

『では、直ちに出撃せよ。事は一刻を争う』

 

 彼女の返事を待たずして通信は切れた。

 どっちみち行くことには変わりはないので、彼女からしたら大したことではないのだが。

 

「……ここか」

 

 言われた通り、ペイルライダーに誘拐犯と救出対象がいると思われる座標が送られてきた。

 それを液晶地図と照らし合わせて場所を特定した。

 

「廃工場……」

 

 そこは、会場から少し離れた場所にある廃工場だった。

 近々、取り壊される予定となっているので、派手に暴れても支障はないだろう。

 

「…………」

 

 格納庫の出入り口まで歩いていき、そこから空の向こうを静かに見上げる。

 そして、ペイルライダーを展開してからステルスを発動した後に高速飛行にて廃工場へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 そこらじゅうに色んな残骸や廃棄されたコンテナなどが放置してある廃工場。

 全体的に埃っぽくて、お世辞にも衛生的とは言えない。

 そんな場所に、彼は誘拐されて閉じ込められていた。

 

「くそ…! なんなんだよアンタら! 俺なんかを誘拐して何をする気だよ!」

 

 恐怖に耐えながらも、若さ特有の無謀さで目の前にいる犯人グループの一人と思われる女に喰って掛かる。

 そんな彼の名は『織斑一夏』。

 現在、第二回モンドグロッソに出場中の日本代表『織斑千冬』の弟である。

 彼は姉の勧めで、彼女の雄姿を見る為に日本からドイツまでやってきて、そこで誘拐されてしまった。

 現在、一夏は鋼鉄の柱に鎖で縛りつけられていて身動きが取れない状態にある。

 

「何をする気だと思う?」

「それが分からないから聞いてるんだろ!」

 

 女は挑発するように一夏に話しかけ、周りでは仲間である男達が嘲笑を浮かべている。

 まさか、自分が誘拐されるだなんて想像もしていなかったので、完全に頭は混乱しきっていた。

 

「まぁ…別に話してやってもいいか。今更知った所でどうしようもないんだしな」

「なんだよそれ……」

 

 女は一夏の目の前に座り込み、彼の顔を覗き込むようにしながら人差し指で顎をクイっと上げ、笑みを浮かべながら誘拐理由を話した。

 

「このまま行けば、お前のねーちゃんの優勝はほぼ確実だ。あたしらは、それを阻止してくれって頼まれたんだわ。誰に頼まれたかは秘密だけどな」

「千冬姉の優勝を阻止って…それが俺と、どう関係があるんだよ……」

「察しの悪いガキだなぁ~…。お前を誘拐したって聞かされりゃ、奴は試合を放棄してでもテメェを救出しに来るだろ? つまりは、そーゆーこった。分かったか?」

「そ…そんな……」

 

 要は、自分は姉を誘き寄せる為に誘拐されたという事だ。

 大切な姉の晴れ舞台なのに、自分のせいでそれを滅茶苦茶にしてしまった。

 情けなさと罪悪感で、一夏は悔しそうに歯を食いしばりながら俯いた。

 

「で…でも、大会に出ている千冬姉にどうやって俺がいなくなったことを知らせるんだよ……」

「その点もちゃんと抜かりはねぇよ。ま、こっちも秘密だけどよ」

「…………」

「まーそう落ち込むなって。別に身代金を要求してる訳じゃねぇンだ。お前の姉貴が会場を出て、こっちに向かってくることが確認できたらお仕事終了なんだからよ。それまで精々、大人しくしてな」

 

 そう言うと、女は立ち上がってから徐に仲間の男達の一人から煙草を貰って火を着けようとした…その時だった。

 

「……なんだ?」

 

 ライターの火が激しく揺れた。

 まるで、風でも吹いたかのように。

 

 ふと顔を見上げると、暗闇に包まれた奥から何かがやって来るような僅かな気配を感じた。

 織斑千冬がやって来たのか?

 そう思って仲間の男達に目配せをすると、彼らは顔を横に振った。

 まだ千冬は会場を出ていない。通信によってそれを知らされたようだ。

 

(じゃあ、一体どこのどいつが……?)

 

 念の為に警戒をするように周りに促す。

 いつでも銃やナイフを出せるように身構えていると、一番奥側にいた仲間の一人が、いきなり闇の中へと引きずり込まれた。

 

「な…なんだ貴様はっ!? ぐぼっ!?」

 

 何かを殴るような音が聞こえ、同時に男の悲鳴が上がる。

 殺されたか、もしくは気絶させられたか。

 どちらにしても、相手が普通じゃないのは確実だった。

 

 ズル…ズル…

 大きく重たい物を引きずるような音と一緒に、気配の正体が姿を現す。

 

「…………」

「なんだ…テメェは……」

 

 それは、穴だらけの真っ黒な外套を頭から被った小柄な人間だった。

 その手には、さっき悲鳴を上げた男が白目を向きながら涎を垂らして気絶している。

 

「死んじゃいねぇ…ようだが、それでも一発かよ……」

 

 ここにいる者達は、いずれもが元は軍人だったり傭兵だったりした者ばかりだ。

 それを一発で倒してしまう時点でタダ者じゃない。

 

「お前は何だ? どこの組織の奴だ?」

「…………」

「…答えるわけ…ねぇよな。当たり前か」

 

 手に持った男をコンクリートの床に放り投げ、両手を自由にする。

 一夏は、色んな事が同時に起こり過ぎて、さっき以上に頭が混乱していた。

 あの謎の人物は自分を助けに来てくれたのか?

 それとも、何か別の目的があるのか?

 

「…………」

「え?」

 

 一瞬、目があったような気がした。

 影で隠れて目元なんて全く見えないが。

 

「そうか…お前、誰の差し金から知らねぇが、目的はそこのガキか」

「…………」

「別に言わなくてもいいぜ。力づくで喋って貰うからな! お前ら!!」

 

 男達の一人が謎の人物にナイフを持って襲い掛かる。

 その動きは洗練されていて、並の相手ではすぐに刺されてしまうだろう。

 だが、今回の相手は『並の相手』ではなかった。

 

「なっ!?」

 

 突き出されたナイフを易々と避け、一瞬で懐に入ってからの鳩尾エルボー。

 その威力は凄まじく、一発で筋骨隆々の男に大ダメージを与えた。

 

「ぐぼぁっ!?」

 

 一瞬の隙を突いて背後に周り、抱き着くように背中に飛び乗り、そのまま太い首に自分の腕を伸ばして頸動脈を全力で締め付ける。

 

「は…はなぜ……!」

「…………」

 

 男も必死に腕を引きはがそうとするが、全くもってビクともしない。

 こめかみに血管を浮かび上がらせながら抵抗するも、更に力を籠められて完全に白目を向き気を失い派手に倒れる。

 

「がは……!」

 

 二人目撃破。

 殺してはいないが、暫くは目が覚めないだろう。

 

(今の腕……あれは子供、しかも女のガキの腕だった。だとすると、あたし等と同じ『裏』の人間ってことか…?)

 

 他の男達が驚愕する中、女だけは一人冷静に謎の人物の事を分析していた。

 だが、考えれば考えるほどに分からなくなる。

 幼い少女を道具にするような組織なんて、それこそ世界中に存在する。

 名前を上げていけばキリが無い。

 

「どうやら、大ボスの前に裏ボスがやって来ちまったようだな…!」

 

 冷や汗を掻きながら、女は目の前で悠然と佇む謎の少女に対して最大級の警戒をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 




女の正体は…言うまでも無いですよね。

次回は本格的にペイルライダーが活躍する…かも?





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A blade that kills the heart

容赦はいらない。







「な…なんなんだよ……」

 

 もう本気で意味が分からない。

 いきなり悪い連中に誘拐されたと思ったら、今度は全く正体が分からない人物が乱入してきた。

 女の言葉を信じるならば、あの人物は一夏を救出しに来たという事になるが…。

 

「このガキがっ!」

「調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」

 

 ナイフを持った大柄な男達が外套を被った人物に斬り掛かる。

 左右から挟む込むようにして襲い掛かってくるが、体を捻らせることでそれを器用に回避。

 しゃがんだと同時に右側にいた男の股を潜って背後に周り、そのまま足払い。

 

「ぬあぁっ!?」

 

 ほんの一瞬だけ宙に浮いた隙を狙ってからの回し蹴り。

 確実に腹筋が六つに割れていそうな腹部に直撃し、右側の男が苦しみながらも後ろに向かって吹っ飛ぶ。

 そうなると必然的に、左側にいた男にぶつかって体勢を崩す事になる。

 

「ぐわぁっ!?」

「ぬぉっ!?」

 

 二人が纏まった所に落ちていた鉄パイプを拾いながら突撃。

 近づいてから全力で振り被りながらの跳躍。

 まずは蹴られて飛んでいった方の男の脳天目掛けての一撃。

 

「が…はぁ…!」

 

 一人が倒れてから流れるようにして鉄パイプの向きを変え、下から斬り上げるようにしてぶつかられた方の男の顎に一発お見舞いした。

 

「ごがぁ…っ!?」

 

 明らかに体重差が倍以上あるにも拘らず、男の身体が僅かではあるが床から浮いた。

 そして、二人の男は重なるようにして倒れて白目を向いて気絶した。

 

「…成る程な。その気になれば殺せるのに、そうしないのは…このガキの事を考えてか」

「え?」

 

 ここでまた自分の事が話題に出て、一夏は目を丸くした。

 

「一般人であるコイツの目の前で殺しをしない事で、トラウマを作らないようにしてんだろ。そんだけの力を持ってる癖に随分とお優しいこった」

「……………」

 

 自分の事を考えて、敢えて手加減をしている?

 数の上では圧倒的に不利の筈なのに、そんなことまで考えてくれていたとは。

 増々、自分の事が惨めに思えてくる。

 どこまで色んな人に迷惑を掛ければ気が済むのか。

 

(正直、かなり舐めてたぜ。まさか、ここまでやるとはな…。こいつ等じゃ、このガキには勝てない。全滅は必至か……)

 

 女はともかくとして、仲間の男達はここでようやく自分達の状況に気が付く。

 追い詰められているのは自分達の方だと。

 

「お…おい! 織斑千冬が会場を出て、ドイツの特殊部隊の連中と一緒にこっちに向かっているそうだ!」

「ちっ…! 潮時か!」

 

 本来の計画ならば、ここで一夏だけを残して撤退する手筈になっていた。

 だが、予想外の妨害によって、そう簡単にいかなくなった。

 この状態で背中でも見せたが最後、確実に狙い撃ちされる。

 そうなれば、それこそ本当に全滅してしまう。

 

「しょうがねぇ…こうなったら『プランB』で行く」

「りょ…了解!」

 

 プランB…なんて言ってはいるが、要は女が殿を務め、その隙に他のメンバーが撤退するという単純なものだった。

 

「……!」

「おっと、ここは通行止めだ。先には行かせねぇよ」

 

 すぐに察して急いで後を追おうとすると、女が目の前に立ち塞がってきた。

 こいつは他の奴等とは明らかに違う。

 油断をすれば、食われるのはこっちの方だ。

 

「とっとと行け! あたしも適当に時間を稼いだら撤退する!」

「「「お…おう!」」」

 

 男達は真っ直ぐと前を向いて走り出す。

 結果として、犯人グループの約半数を取り逃がす事になった。

 だが、それは決して重要ではない。

 この場での最優先事項は、あくまでも誘拐された一夏の救出なのだから。

 

「本当はここで使う予定は無かったんだけどよ……こうなっちゃ、しゃーねーよなぁっ!」

「………っ!?」

 

 女の着ている黒いジャケットが内側から大きく膨張して弾けた。

 服の下から出現したのは、蜘蛛の様な姿をした多脚型の巨大なISだった。

 

「まさか、こんな簡単な仕事でISを使う羽目になるとはな…。どんな時も、念には念を入れて然るべきとはよく言ったもんだ。さぁ…どうするよ? まさか、IS相手に生身で立ち向かうとかしないよなぁ?」

「………」

 

 何も喋らない。その必要が無いから。

 相手がISを持ち出してきたとなれば、自分もやる事は一つだけだ。

 

「……」

 

 バックステップで影がある場所まで下がり、自分の姿を隠す。

 そこで初めて、自分の被っている外套を脱ぎ捨てた。

 

「おいおい…ISにはハイパーセンサーがあるんだぜ? そんな物陰に隠れても意味なんて……」

 

 ここで女の言葉が途切れる。

 自分のISが明らかにおかしな反応を示したからだ。

 

「おい…どうなってやがる。なんで…お前の身体からISの(・・・・・・・・・・)反応が出てるんだよ(・・・・・・・・・)!」

「…………」

 

 何も答えない。その義務が無いから。

 漆黒の影の中で、ISの反応だけが強くなっていく。

 そして、その小さな体を青白い光が覆い尽くした。

 

「女…の子…?」

 

 ほんの一瞬だけ垣間見えたのは、一夏と同年代ぐらいの少女で、その顔には何も表情らしい表情が浮かんでいなかった。

 当然、ISを纏っている女にも彼女の顔はバッチリと見えていた。

 

「なんだよ…かなりの美少女じゃねぇか。ちっ……こんな状況じゃなけりゃ、迷わずお持ち帰りしてたのによ。勿体無いぜ」

 

 女の俗っぽい言葉にも反応しない少女の体に、青く鮮やかな装甲が纏われていく。

 それは死の象徴。第四の騎士。冥府からの使者。

 

 暗闇の中で緑色のバイザーだけが怪しく光り、重い音を鳴らしながら影の中から現れる。

 

「は…ははは…まさか…お前がそうだったとはな……『青い死神』!!」

「青い…死神?」

 

 聞いたことの無い単語に目を大きくする一夏。

 当事者たちは、そんな彼を放置して話を進めていく。

 

「随分と世界中で暴れ回ってるみたいじゃねぇか。よぉ…可愛い死神さんよ!」

「………」

「ついこの前、女性権利団体のアメリカ・テキサス支部を壊滅させたのもテメェの仕業だろ?」

「………」

「ふん…別に答えなくてもいいさ。戦えば嫌でも分かる事だしなぁ!!」

 

 女は鋭い刃となっている『蜘蛛の足』を使って斬り付けてきた。

 足は合計で6本もあり、多方向からの同時攻撃は回避するのは非常に困難だ。

 このままではやられる。そう思った一夏は反射的に叫んだ。

 

「危ない!!」

 

 だが、その心配は杞憂だった。

 死神は腰のアタッチメントから棒状の何かを取り出し、それを両手で持ってから光の刃を形成、自分に確実に命中する足だけをピンポイントで斬り裂き、余裕を持って回避に成功した。

 

「…ビームサーベル…まさか、もうそれを実機に搭載してるISがあるとはな…。ビーム兵器を搭載できるって事は、必然的にそれだけ高出力の機体って事になるが……」

 

 その時、場の空気が一気に重くなった。

 まるで、重力が数十倍に増したかのように。

 

「な…なんだ…!?」

「く…苦しい…!?」

 

 死神は普通に立っているだけだ。

 両手に持っているビームサーベルも、だらんと下向きになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「HADES…起動」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の透き通った声が聞こえた瞬間、死神…ペイルライダーのバイザーが緑から真紅に染まった。

 それと同時に、機体各部のセンサーも赤に変わる。

 更には、機体全体を赤いオーラのような物が包み込んでいた。

 

「よ…ようやく声を出したと思ったら…なんだよ、そりゃあ……」

 

 そこで女は自分の身体の変化に気が付く。

 さっきまではなんともなかったのに、今は手足が震えて冷や汗も掻いている。

 自分の顔はフェイスガードで覆われているので、汗を拭う事は出来ないが。

 

(こ…このアタシが気圧されている…だとっ!? こんなガキにっ!?)

 

 信じられない。信じたくない。

 だが、少女が目の前で凄まじい殺気を放っている事は紛れもない事実だった。

 

「………!」

「んな…っ!?」

 

 姿を消したかと思ったら、一瞬で懐に入られていた。

 鮮血のように真紅に染まったバイザーに反射する自分の顔が、更なるプレッシャーを与える。

 

 右手を突き出すようにしてビームサーベルで容赦なく急所を狙う。

 反射的に首を曲げる事で、辛うじて避ける事が出来た。

 

(このガキ…! 躊躇いなく顔面を狙ってきやがった! さっきまでの不殺精神とは打って変わっての殺る気満々野郎じゃねぇか! ハデスってのと何か関係があるのかッ!?)

 

 残った蜘蛛の足でペイルライダーを絡め取ろうとするが、もう既に眼前から消えていた。

 

「ど…どこに消えて……はっ!?」

 

 ハイパーセンサーが背後に反応有りと示す。

 急いで振り向くと、其処には既にサーベルで攻撃態勢に入っているペイルライダーがいた。

 

「いつの間にっ!」

 

 動き出す前に残った足を全て斬り刻まれ、スローモーションのようにゆっくりと宙に浮いているように見えた。

 

(あの一瞬で何回の攻撃をしてやがんだ!? 明らかに人間の動きじゃねぇぞ!)

 

 急いで近接用の手持ち武装であるカタールを両手に装備するが、それもまた二つ揃って両断されてしまう。

 

「ち…くしょうが…! ビーム兵器相手に実体剣じゃ分が悪すぎるか!」

 

 完全に近距離戦に持ち込まれた以上、飛び道具は意味が無い。

 逆に、相手に更なる獲物を与えてしまうだけだ。

 

(こいつ…マジで何者なんだっ!? 幾ら耐久性に定評がある全身装甲型のISとはいえ、こんな動きをしてたら間違いなく中の人間はミンチになってんぞ!)

 

 攻撃の速度が早過ぎて目が追いつかない。

 ISのハイパーセンサーを以てしても、辛うじて斬撃の軌跡が分かる程度だった。

 女のISが見る見るうちにボロボロにされていく。

 SEもあと僅か。このままでは本当に殺される。万事休すか。

 そう思っていた、その時。幸運の女神は女に味方をした。

 

「この反応…遂に来やがったか!」

 

 待ってましたと言わんばかりに、各領域内に一個だけ隠し持っていたフラッシュ・グレネードを装備、罅だらけになったバイザーの上から腕で目を覆い、相手の攻撃に合わせて目の前に態と晒した。

 

「!?」

 

 目と鼻の先で閃光弾が炸裂し、一瞬だけだが完全に視界が遮られる。

 ISの場合は操縦者保護機能により目がやられる心配はないが、それでも目暗ましとしての効果は絶大だった。

 

「今だ!!」

 

 逃げるならば、この一瞬を置いて他にはない。

 ボロボロのISを引きずるようにして、今出せる全速力で撤退する。

 

「この借りは絶対に返してやる! 覚えとけよ死神!!」

 

 閃光が消えた時には、もう女の姿は消えてなくなっていた。

 戦闘終了。そう判断して、ペイルライダーのバイザーは元の緑色に戻り、同時にISを解除して床に降り立つ。

 そこで初めて、一夏は少女の顔をまともに見る事が出来た。

 だが、今は先程の恐怖心の方が興味よりも勝ってしまっていた。

 

「……逃がしたか」

 

 少女は細身で、一夏よりもずっと小さい。

 歳の頃は彼と同じぐらいのように見えるが、それでもかなり小柄だった。

 異性の前でISスーツを着ているにも関わらず、全く羞恥心を見せず、悠然と立っていた。

 

「大丈夫でしたか?」

「あ…あぁ……なんとか……」

「それは重畳」

 

 この場自体が暗くて見えにくいが、肌の色や顔は日本人のようで、そのお蔭でさっきまで感じていた恐怖心は僅かではあるが薄らいでいった。

 

「織斑一夏さん…ですね?」

「そ…そうだけど……やっぱり、俺の事を助けに来てくれたのか?」

「はい。どこから来たのか、などは機密により言えませんが」

「そっか……」

 

 近づいて、膝を付いてから顔を覗き込むようにする少女。

 なんだか気恥ずかしくなって目を逸らした。

 

「では、今からあなたの体を縛っている鎖を解く作業に入ります。怪我をするといけないので、可能な限り動かない事を推奨します」

「や…やってみる」

 

 拡張領域から鋸のようなギザギザの刃を持つナイフを取り出し、それで地道に鎖を斬っていくことに。

 

「あの…さ。さっき見せたビームの剣で斬るのじゃダメなのか?」

「非常に高い確率で大火傷をする可能性がありますが、それでもいいのでしたら」

「やっぱりいいです!」

 

 ビーム兵器の恐ろしさを知らないとはいえ、これは流石に恥ずかしい。

 相手が全くの無表情なのも更に追い打ちをかける。

 

 碌な会話も無く、ギコギコという音だけが廃工場内に響く。

 少女の方は気にしてはいないが、かなり気まずくなってきた一夏が耐えかねて何か話をしようとした…その時だった。

 

「一夏!! 無事かっ!?」

「ち…千冬姉ッ!?」

 

 工場の扉を粉々に破壊して、ISを纏った千冬が必死の形相で姿を現した。

 これでもう大丈夫…なのだが、少女は全く気にする様子も無く鎖を斬ることに集中していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




原作主人公と物理的な意味でお近づきに。





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The gear of fate that began to turn

その出会いが幸運とは限らない。






 織斑千冬。

 日本代表IS操縦者であり、第一回モンドグロッソの優勝者。

 そして、織斑一夏の姉でもある。

 

 誘拐犯達を撃退した直後に、ISを装備した状態の彼女が半ば無理矢理に近い形で廃工場に侵入、鎖で繋がれている一夏と、それを外そうとしている少女に遭遇した。

 

「ち…千冬姉っ!?」

「良かった…どうやら無事のようだな…」

 

 まずは弟の安否が確認できて一安心。

 少しだけ心に余裕が出来た千冬は、次に一夏の傍で何かをしている少女に目を向けた。

 

「…で、そいつは誰だ?」

「そうだった! 実は、この子が誘拐犯達をやっつけて、俺の事を助けてくれたんだ!」

「なんだと?」

 

 一夏が嬉々とした様子で話してくれたが、俄かには信じられない。

 確かに、後姿とはいえ、少女が着用しているのがISスーツであることは分かる。

 となれば、彼女がISを用いて誘拐犯達を倒したのは間違いないだろう。

 だが、一体どこの誰が、どうして一夏の事を助けてくれたのか。

 その思惑などが全くの不明だった。

 

「さっきから何をやってるんだ?」

「俺の身体をこの柱に括り付けてる鎖を外そうとしてくれてるんだよ。おい! もう大丈夫だぞ! 千冬姉が来てくれた!」

「少々お待ちを。あと少しで……」

 

 バキン。

 そんな音と共に鎖が切断され、ようやく一夏の身体が解放された。

 

「切れました。これでもう大丈夫の筈です」

「ありがとう! 君がいなかったら本当にどうなっていたか分からなかったよ…」

「礼には及びません。こちらも仕事でしたので」

 

 立ち上がろうとした一夏に手を伸ばし、彼の補助をする。

 固い床に長い間、座らされていたせいで足腰が少し硬くなっていた。

 

「ん? 少し待ってください」

「なんだ?」

「左手に掠り傷が付いています」

「あ…ホントだ」

 

 鎖で拘束されている時に暴れたせいで、いつの間にか怪我をしていたようだ。

 と言っても、本当に小さな傷痕で、負傷した一夏本人も指摘されてようやく気が付いたほどだ。

 

「小さな傷とはいえ、ここはお世辞にも衛生的とは言えません。傷口から細菌などが入ったら大変です」

「大袈裟だなぁ…これぐらい、ほっとけば勝手に治るって」

「手を貸してください」

「聞いてねぇし……」

 

 拡張領域からコンパクト状の容器に入った傷薬を出し、それを一夏の左手に付いた掠り傷に優しく塗った。

 

「これでよし。後は絆創膏か包帯などがあればよいのですが……」

「そ…そこまでしなくてもいいって! 薬を塗ってくれただけでも十分だよ!」

「そちらがそう言うのであれば」

 

 ここまで言って、ようやく少女は引っ込んでくれた。

 誘拐犯から助けられた上に傷まで治療されたとあっては、流石に男として惨めになってくる…と一夏は思っていた。

 

「……私もまだまだだな」

 

 弟の命を救ってくれただけでなく、怪我まで気にしてくれた。

 その背後にどんな思惑を持った存在がいようとも、あの少女自身が優しい事には違いが無い。

 ほんの少しでも、少女に何か裏があって一夏を助けたのだと思っていた、ついさっきまでの自分に対して呆れしかなかった。

 何はともあれ、まずは礼を言う事が先ではないか。

 

「弟を助けてくれて本当に感謝する。ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ここで下手に何かを言えば確実に訝しまれると判断し、敢えて妥当な返事をすることに。

 それで気をよくしたのか、千冬は少女に向かって手を差し出してきた。

 

(……しなければいけませんかね)

 

 なんだか彼女のペースに流されているような気がしなくもないが、ここは握手に応じる事に。

 

「そ…そうだ! 千冬姉! 決勝戦は……」

「辞退してきた。試合の結果よりも、お前の方が大事だったからな。相手の選手にも事情を話して、ちゃんと向こうの了承も得ている」

「……ごめん。俺のせいで……」

「お前は何も悪くない。悪いのは、お前を誘拐した連中だ」

「そうだけどさ……」

 

 チラっと床で未だに伸びている、少女が倒した男達を見る。

 実際に悪いのは確かに彼らかもしれないが、自分自身も心のどこまで油断をしていたのもまた事実だ。

 初めての海外という事もあり浮かれてしまっていたのだろう。

 もっと警戒心を強く持っていれば、こんな事にはならなかったんじゃないか。

 後の祭りだと分ってはいても、そう思わずにはいられない。

 IFの事を考えて後悔する。典型的な落ち込みだった。

 

「む? どうやら、この施設の調査が完了したようだな」

「え?」

 

 千冬と少女が奥の方を見ると、そこから黒いISを装備した眼帯を付けている女性がこっちに来ていた。

 

「…では、そろそろ私は失礼します」

「そ…そっか……本当にありがとな」

 

 床に落ちている外套を拾い上げ、自分の身体に巻いてから少女は走って犯人たちが逃げた方へと走っていき、あっという間に闇に紛れて見えなくなってしまった。

 

「…そういや、名前を聞きそびれてた」

「そうなのか? てっきり、もうお互いに自己紹介をし終えていたかと思っていたぞ」

「色々とあって、そんな暇が無かったっていうか……」

「それなら、私が聞けばよかったかもしれんな。こっちも完全に聞きそびれてしまった」

 

 この場所を見つけて一夏を救出しに来たIS操縦者ならば、ほぼ確実にどこかの国か企業に属している筈。

 再会する機会はどこかでまたあると信じ、その時にでも改めて名前を聞こうと思う千冬だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 廃工場を出た少女は、近くにあった茂みに飛び込むようにして身を隠し、そこでバタリと倒れ込んでしまった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…! く…薬……薬が…いる……」

 

 胸の辺りを強く握りしめ、苦しそうに悶える。

 先程までの表情は完全に無くなり、身を丸くして痛みが去るのを必死に待つ。

 ギュッと目を瞑り、全身に冷や汗を掻きながら耐える。

 

(我慢は…するものじゃないわね……)

 

 実は、この苦しみ自体は戦闘終了直後から発生していた。

 けれど、あの場での最優先事項は一夏の救出であり、自分の事は二の次にして然るべきなのだ。

 変に自分の症状を顔に出せば、彼を心配させてしまう。

 要救助者に余計な心配をさせるなど論外中の論外。

 少なくとも少女はそう考えており、自分一人が苦しむ事で全てが万事上手くいくのであれば、喜んで幾らでも苦しむだろう。

 

(HADESの反動……痛い…よ……)

 

 呼吸をする度に全身に激痛が走り、軋む。

 諸刃の刃と言うには、余りにもデメリットの方が多い禁断の力。

 

(…任務完了の報告…しなく…ちゃ……)

 

 頭では成すべき事が分かっているが、体が言う事を聞いてくれない。

 手元に薬があれば最高なのだが、それをさせてくれれば、ここまで苦しんだりはしていない。

 

 全身を蝕む苦痛が僅かではあるが和らいだのは、それから一時間後の事で、動けるようになってから少女…コード80は帰還を始めた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 総鉄製の椅子に全裸で座らせられ、両手足を拘束され、全身にケーブルが繋がれた状態で眠っているコード80。

 その周りには、機器を操作している者やメスを持って手術をしている者、それを補佐している者などが大勢いた。

 

「任務は無事に完了…だが、随分と帰還が遅れたようだな」

「恐らくは、HADESの反動が原因かと。どれだけ強化を施しても、アレの反動だけは軽減できませんから」

 

 そんな異常な光景を強化ガラス越しに見ている二人の男。

 一人は軍服を着て帽子を被り、もう一人は白衣を着て眼鏡を掛けていた。

 

「それをどうにかするのが貴様等の仕事だろうが」

「そう言われましても…これ以上の強化は危険です。最悪の場合、暴走する可能性も……」

「…こいつにはまだまだ『害虫駆除』をして貰わねばならん。ここで使い潰すには惜しいか……」

「他にもHADESに適応出来た者がいればいいのですが、生憎と他の被験体は全てシステムの負荷に耐えきれず、自我崩壊や死亡しています」

「そんな事は私も知っている。その失敗作たちの中から生まれた唯一無二の成功体。それがコード80だということもな」

「はい。かなりの強化をしたとは言え、まさか本当にHADESに適応出来るとは……彼女は非常に貴重な存在です。こちらとしても、コード80の扱いには慎重になるべきだと進言します」

「やむを得ん…か」

 

 理解はしたが納得は出来ない。

 そんな顔をしながら、軍服の男は胸のポケットから煙草を取り出そうとする。

 

「申し訳ありませんが、ここは禁煙でして……」

「ちっ……」

 

 仕方がないので、いそいそとポケットに煙草を戻した。

 

「ところで、例の話はどうなったのですか?」

「あぁ…ブリュンヒルデをドイツに来させる件か。それに関しては心配はいらん。というか、こちらから何かを言う前に、向こうが勝手にしてくれた。手間が省けて助かるよ」

「それは良かったですね」

「近日中にでも、彼女は例の『特殊部隊』に教官として一年間だけ赴任する事になっているらしい」

「それはまた…よくもまぁ頭の固い上層部が一年間と言う短い期間で妥協しましたね?」

「そこは私の発言だよ。下手に長居をさせても面倒だが、かといって短すぎても意味が無い。一年間ぐらいが最も妥当なのだよ」

「成る程」

 

 ふと、ガラスの向こうで調整を受けているコード80に目を向ける。

 今は胸部をメスで切開し、その奥にコードをつなげる作業を行っていた。

 

「では、再調整が完了し次第、彼女を例の部隊に…?」

「行かせる予定だ。無論、『配属』ではなくて『配備』する形でな」

「あくまで部隊員としてではない…?」

「当たり前だ。あそこには人工子宮から生まれた『遺伝子強化素体(アドヴァンスト)』もいるらしいが、所詮は人間の出来損ないにすぎん。何をどうしようとも、こいつとペイルライダーを越える存在はいない」

「その通りです。その為に、『生体コアユニット』と共に採算度外視の調整と強化と改造を施したのですから」

 

 性格は真逆のようだが、この二人の認識は共通している。

 コード80と呼んでいる少女を人間として扱っていないという認識が。

 

「部隊に行っている間、彼女の『任務』はいかがなさるおつもりで?」

「無論、継続して続けさせる。どこにいようとも奴のやるべき事は変わらない。なんなら、任務の様子を実況中継させても面白いかもしれんな。お飾りの小娘たちにはいい薬になるだろうよ」

「それはまた随分と過激な事で……」

「だからどうした。世の中の現実を知らない愚か者共に同情する余地などない」

 

 露悪的な態度を全く隠そうとせずに、軍服の男はポケットに手を入れる。

 煙草が無いから手持無沙汰になっているのだ。

 

「ペイルライダーの整備の方はどうなっている?」

「そちらの方も抜かりは有りません。HADESも問題ありませんし、ご要望通り、コード80の意志でいつでも自由にリミッターを解除できるようにしてあります。これまで以上の多大な負荷が掛かる事が予想出来ますが、我々の計算ではギリギリのところで耐えられる筈です」

「本当にそうならばよいのだがな」

 

 大きな溜息を吐きながら、軍服の男は背中を向けて部屋から出ようとドアへと向かう。

 

「私はもう行く。再調整終了後にコード80には私の執務室に来るように伝えろ」

「了解しました」

 

 軍服の男が去った後も調整作業は続けられ、コード80の切開された胸部の中から伸びているコードが、各部装甲を展開した状態で背後に屹立しているペイルライダーに接続してあった。

 

 まるで意志を持つかのように、ペイルライダーのメインカメラが怪しく光る。

 その内には何を秘めているのか、それは誰にも分らない。

 運命共同体とも言えるコード80にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




始まりまで…長い。


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The unselfish sympathy is extremely poisonous

その優しさが、貴女の心を傷つける。











 小窓すらない真っ暗な空間。

 時折、聞こえてくるガタガタという音と衝撃、エンジン音で辛うじて、ここが車の中であるという事が判断出来る。

 

「………」

 

 外観的には単なる輸送車であるが、実際には護送車と表現した方が正しいかもしれない。

 運転手と助手席にいる者以外に乗車しているのは、全身を真っ白な拘束衣に包み、目には特製の眼帯、更には耳栓と猿轡まで填められたコード80のみ。

 

 普段はここまでする必要は全く無いのだが、今回だけは特別だった。

 今の彼女は修復と調整が済んだ直後の状態。

 初期の頃と比べて比較的安定し始めているとはいえ、何が起こるか分からない。

 万が一にの時に備えて、こうして動きを封じる必要があるのだ。

 といっても、もしもコード80が本気になれば、この程度の拘束衣などは簡単に破り捨てられるのだが。

 

「おい、コード80。聞こえるか?」

 

 助手席に座っている軍人の男が荷台を見れる小窓から彼女を事を除き見る。

 その目は明らかに馬鹿にしていて、コード80の事を人間として見ていない。

 

「もうすぐ、お前さんが『配備』される基地が見えてくるぞ。つっても、今のお前には見えねぇか」

「おい! 余計な事をしてんじゃねぇよ! どうなっても知らねぇぞ!」

 

 運転手の男が慌てて助手席の男を注意するが、全く気にすることなく陽気に笑っていた。

 

「大丈夫だって。あそこまでガッチガチに固めてんだぜ? 何が起きても問題ねぇよ」

「忘れたのか? あの子は……」

 

 冷や汗を掻きながら話そうとしたところで、基地の入り口の到着し、見張りの隊員による検問が始まる。

 

「この基地に何の用だ?」

「…例のブツを運んできました。話は通っている筈です」

 

 運転手が許可証を見せながら見張りに説明する。

 それを見て、見張りは訝しむようにしながら許可証を二度見した。

 

「本当…なのか?」

「はい」

「後ろを見ても?」

「どうぞ」

 

 見張りが恐る恐る荷台の扉を開けると、そこには拘束衣を着せられ五感を完全に封じられた年端もいかない少女の姿が。

 コード80は台のような物に幾つものベルトで結びつけられ、まるで今から処刑される死刑囚のようで、その様子を見た見張りは嫌悪感を隠そうともせずに顔を顰めた。

 

「……外道が」

 

 そう呟かずにはいられない。

 事情を知らない正常な思考を持つ人間ならば、誰もがすぐに同じような結論に至る筈だ。

 

「大丈夫ですか?」

「あ…あぁ……問題は無い」

 

 帽子を深く被り直して、見張りは運転手の元へを戻っていく。

 その顔はさっきまでとは全く違い、明らかに軽蔑の眼差しになっていた。

 

「心は…良心は痛まないのか?」

「相手が本当に人間だったら、俺達だって良心の呵責ぐらいはあったでしょうね」

「それは、どういう意味だ?」

「さぁね……では、失礼します」

 

 輸送車は基地内へと入っていき、それを見送った見張りは後にこう証言している。

 

 人間とは、ここまで残酷になれるのか…と。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 指定された場所に駐車をし、荷台から台ごとコード80を運び出す。

 彼女自身は非常に軽いので、そこまで苦労せずに移動させることが出来た。

 

「どこに持っていけばいいんだっけ?」

「この基地のブリーフィングルームだったと思う。そこに黒兎隊が集結してて、教官としてこの前やって来たブリュンヒルデもいるらしい」

「いいなぁ~。美女や美少女ばかりの基地に配属…じゃなくて、配備されるなんてよぉ~。俺だったら、配属初日から女の子たちを抱きまくるのにな~」

「そんな事をすれば、間違いなく軍法会議行きだぞ。彼女達は我がドイツ軍における唯一無二の『IS部隊』なんだから」

「わーってるよ。言ってみただけじゃねぇか。生真面目過ぎんぞ」

「不真面目よりはマシだ。とっとと行くぞ」

「へいへい」

 

 ガラガラガラガラ…と運び始める二人。

 助手席に座っていた男は女の事を話す際、コード80の事を全く話題に出さなかった。

 彼には、コード80は異性としては愚か、同じ人間としても認識されていない。

 運転手の男はそこまでではなく、寧ろ、そう思わないとやってられないというのが本心だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 目的地であるブリーフィングルームへと辿り着くと、機械仕掛けの自動ドアが勝手に開く。

 中には、この基地に所属している『シュヴァルツェ・ハーゼ隊』の隊員達と、訳あって少し前からハーゼ隊の特別教官をしている千冬がいた。

 当然だが、いきなり大の男が二人がかりで完全に拘束された状態の少女を運んで来れば、誰だって目を見開き固まってしまう。

 

「あ…貴方達は一体何ですかっ!? その少女は一体……」

「話は聞いている筈では?」

「軍で極秘裏に運用されていた秘密兵器をここに配備すると聞いていたが…まさか…!」

「はい。これがその『秘密兵器』です」

 

 年若い少女達が大半のハーゼ隊の中で唯一、成人していると思われる女性が代表して尋ねるが、返ってきた答えに言葉を失った。

 特に、千冬の驚く姿は酷かった。

 色んな意味で優れている彼女には一発で分かってしまったのだ。

 運ばれてきた少女の正体が。

 

「彼女は…しかし…そんな事が……」

 

 目を見開いて口をパクパクと動かす。

 普段の悠然とした彼女からは考えられない程の動揺だった。

 

「はいはい。ちょっとここを通りますよ~っと」

 

 隊員達の間を縫うようにして前へと進んでいき、通信用の大型モニターの前に大を縦にして置いた。

 これでようやくお役御免になり、運転手の男は安堵したかのように息を吐いた。

 

「それでは、これで仕事は終わりましたので失礼します」

「ま…待て! ちゃんと話を……」

「詳しい事は『少将閣下』に聞いてください。それじゃ……」

「え~? もう行くのかよ~? って、おいっ!?」

 

 余り長居はしたくないのか、運転手はそそくさと部屋を後にし、助手席の男も名残惜しそうにしながらも後を追った。

 

「ど…どうします…? これ……」

「どうと言われてもな……」

「決まっている! 急いで彼女の拘束を解くんだ!」

 

 何もしようとしない隊員達に痺れを切らした千冬が自ら向かうが、それはいきなり入ってきた通信によって妨害された。

 

『その必要はない』

「なっ…!?」

「グレイヴ・ディウス少将……」

「クラリッサ…知っているのか?」

 

 クラリッサと呼ばれた女性が驚きながらも頷く。

 千冬としては、こんな男の事はどうでもよいのだが、それでも思わず訪ねてしまった。

 

「は…はい、一応…。ドイツ軍の幹部の一人で、顔と名前と階級以外は全て謎に包まれている方で…私も詳しい事までは……」

「そうか……」

 

 そんな人物が、どうしてここに通信を入れてきた上に『拘束を解くな』と言ってきたのか。

 彼女達には分からない事ばかりだった。

 

「必要が無いとはどういう事だ?」

『そのままの意味だが?』

「なに…?」

『その程度の拘束衣、これにとっては絹も同然。だろう? コード80』

 

 次の瞬間、突如として拘束衣の腕部が中から破裂するようにベルトごと破壊され、そこから細く白い腕が出てきた。

 その腕は胴体部から下半身に掛けて次々と拘束衣と他のベルトを破っていき、僅か数秒足らずで首から下は完全に自由となった。

 

「「「「…………」」」」

 

 余りにも現実離れした光景に、誰もが開いた口が塞がらなかった。

 そんな彼女達を差し置いて、コード80は眼帯と猿轡を外して床に捨てる。

 完全に明らかとなった少女の全身を見て、苦しそうに千冬が呟く。

 

「矢張り…お前だったのか……」

 

 あの時は『いつかまた会えるだろう』と楽観的に考えていたが、まさかこんな風な形で再会するだなんて誰が想像するだろう。

 コード80にとっては何でもないが、千冬にとっては余り喜べない二度目の出会いとなってしまった。

 

「少将閣下…まさかとは思いますが、本当に彼女が『秘密兵器』なのですか…?」

『当たり前だ。でなければ、そのような場所に送らせたりなどせんよ。クラリッサ・ハルフォーフ大尉』

「しかし…彼女は人間です!」

『コード80! ここにいる隊員達に貴様の概要を説明してやれ』

「了解しました」

 

 クラリッサの叫びを無視して、グレイヴはコード80に命令を下す。

 その機械的な扱いに、誰もが悲しそうな表情をした。

 

「コード80。グレイヴ・ディウス少将直属の特殊任務実行部隊『アポカリプス』に配備されている、『PR計画』にて開発された高性能試作型IS『RX-80PR ペイルライダー』の生体コアユニットです。型式番号と私のコードの数字は、コアナンバーから取られています。本日より、シュヴァルツェ・ハーゼ隊に配備される事となりました」

 

 淡々と話すコード80の言葉の端々に、絶対に聞き逃せない単語が幾つもあった。

 特に千冬はそれらを決して聞き逃さず、モニター越しとはいえ、グレイヴに向かって凄まじい殺気を放っている。

 

「おい…生体コアユニットとはなんだ…! 貴様はこの子に何をした!?」

『何も。私自身は特に何もしてはいない。したのは主にペイルライダーを開発した技術者連中だ』

「戯言を…! お前は彼女をなんだと思っているんだ!!」

『なんだと思っている…か。コード80、言ってやれ』

「了解です」

 

 なんでここで彼女が答えるのか。

 それがグレイヴの策略であり、コード80の言葉を聞いて全員の精神に大きなダメージを与えた。

 

「私は栄光あるドイツ軍の道具であり兵器。私自身がペイルライダーであり、ペイルライダーは私なのです」

「そんな事を言わないでくれ! 一夏の…弟の命の恩人であるお前が…そんな……」

 

 彼女の肩を掴んだ千冬の目には涙が浮かび、今にも零れそうになっていた。

 他の隊員達も涙を流すほどではないが、それでも顔を逸らして辛そうに俯いている者が多い。

 その中でも最も小柄な少女は、自分の腕で自分の身体を掴み、何かに耐えるように体を震わせていた。

 

「お手をお借りします」

「え…?」

 

 徐にコード80が千冬の手をそっと掴んで、自分の胸に当てる。

 一体何がしたいのか分らずに呆然としていたが、すぐにその意味を理解した。

 

「な…なんで…鼓動を感じない……」

「そこにあるのが心臓ではなくてISコアだからです」

「コアが…ある…?」

「そうです。私とコアは完全に一体化しているのです。言ったでしょう? 私がISであり、ISは私であると。私は生命活動をしていません。ただ動いているだけです。一般的にそんな存在を『人間』とは呼称しません」

 

 ここで遂に千冬の涙腺が完全に崩壊した。

 涙を流しながら、思い切りコード80の事を抱きしめる。

 

「すまない……本当にすまない……!」

「何を謝罪しているのですか?」

「すまない……」

 

 千冬が涙を流している意味も、謝り続けている意味も全く理解出来ないコード80は、目を点にしながらされるがままになっている。

 そんな様子をモニターしていたグレイヴは、爆笑したい気持ちを必死に抑え込んでいた。

 

『(ククク…まさか、ここまでブリュンヒルデが情に弱い女だったとはな…! 多少の機密情報を公開する覚悟で引き合わせてみれば、こちらの予想以上の効果を見せてくれた! しかも、コード80がその追い打ちを掛けるとは…なんとも皮肉なものだな。自分の家族の仇であり、地獄の底に突き落とした張本人に抱きしめられる気持ちはどうだ? コード80……)』

 

 グレイヴからすれば、お涙頂戴の三文芝居なんて見せられても面白くもなんともないが、それによってこれまで以上に『害虫駆除』が進むのであれば、これを見るのも悪くは無いと感じていた。

 

『コード80は普段から常に特殊な任務に就いているが、その基地にいる時は基本的にそちらの指示に従うようにしてある。だが、任務が発生した場合はそいつの指揮権は全てこちらに渡る。いいな?』

「りょ…了解しました…少将閣下……」

 

 どうして、この男はこうも淡々と話す事が出来るのか。

 クラリッサは生まれて初めて他人に対して心の底からの嫌悪感を感じながらも、仕方なく命令を聞くことに。

 どれだけ最低でも、階級が上である以上は従わざる負えないのだ。

 

『では、これにて私は失礼する。それと、一つ忠告しておこう。ペイルライダーの事を探ろうとはしない事だ。長生きをしたかったらな』

 

 最後の最後にとんでもない脅し文句を言ってグレイヴとの通信は終了する。

 言われなくても探ろうだなんて思わない。

 幾ら、コード80が不憫とはいえ、自ら虎の尾を踏もうとする猛者はここにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 




幸せの定義は人によって違う。





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The price of stupid curiosity

真実を知ることが常に正しいとは限らない。







 ドイツ滞在中、基本的に千冬はハーゼ隊の隊員達が寝泊まりしている寮の空き部屋を借りて生活をしている。

 その部屋の惨状は推して知るべしなのだが、それは重要ではない。

 

 コード80が基地へとやって来た日の夜。

 彼女が来た時点で既に本日の訓練メニューは全て完了しており、あれからすぐに解散となった。

 いつもならば、訓練終了後も自主的に訓練をする者達が多少はいたのだが、今日ばかりは誰もしようとはしなかった。

 

 いきなりやって来た『兵器』を自称する謎の少女。

 自分達とさほど年が違わない子供が、自分達の所属している軍にて人間扱いされていなかった。

 どこの国の軍にも必ずある『深淵の闇』の一部を図らずも垣間見てしまったのだ。

 時間をおいて精神を回復させる必要があった。

 それは千冬も一緒で…というか千冬が一番精神的ダメージが大きかった。

 半端にコード80と知り合ってしまっていた事が原因である。

 

 そんな彼女は今、自分の携帯にて誰かと話していた。

 

『…今日は随分と元気がないね、ちーちゃん』

「全てを見ていた上でそれを言っているのか…束」

 

 話し相手は、千冬の親友にしてお幼馴染、全てのISの生みの親でもある『篠ノ之束』その人だった。

 束は身内以外の他人を全て見下し、興味すら覚えないような排他的な人間なのだが、そんな彼女でも親友の事は心配のようで、こうやって時折、電話を介して話したりしている。

 

「あの子は…一夏を助けてくれた恩人なんだ……それなのに…私は何もしてやれない……なんと声を掛ければいいのかすらも分からない……」

『……あんまり、こういう事は言いたくないんだけど……」

「束…?」

『ちーちゃん。これ以上、あの子に近づかない方が良いと思う。ちーちゃん自身の為にも』

「なんだと…?」

『確かに、あの女の子はいっくんを助けてくれた恩人だよ? それは私も認めるし、凄いって思う。けど、それとこれとは別』

「お前は何が言いたい?」

『…あの子…コード80と呼ばれてた子と、ちーちゃんは出会うべきじゃなかったんだよ』

 

 そこまで話を聞き、千冬は束の言葉に違和感を感じた。

 

「お前…あの子の事を知っているのか?」

『知ってるっていうか、調べたって言うか……』

「だったら頼む! 私にも教えてくれ! あの子が何者なのかを!」

『…知れば必ず後悔するよ。同時に、自分の事を激しく責める事にもなる。正直、ちーちゃんにだけは絶対に教えたくはないんだよね。実際、私も調べた時は軽く鬱になりかけたし』

「それでも…私は知りたい。さっきも言ったが、あの少女は一夏のことを体を張って救ってくれたんだ。なのに、私が何もせずに傍観しているだけなど絶対に出来ん」

『はぁ…ちーちゃんは昔からそういう性格してたよね。頑固で、真っ直ぐで……』

「性格云々に関しては、お前にだけは絶対に言われたくはないがな」

『はいはい。…けど、本当に覚悟しておいてね。近くに刃物とか無いよね?』

「それ程なのか……」

 

 例え、彼女の過去にどんな悲劇が待っていても、千冬は全て受け止めるつもりでいた。

 数分後、その決意は粉々になって砕け散ってしまうのだが。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

『まずは、あの子の本当の名前を教えるよ』

「頼む」

『彼女の本当の名前は『冥紅(くらぐ)葉月(はづき)』。顔や名前からも分かると思うけど、あの子は立派な日本人だよ』

「冥紅葉月……」

 

 ようやく知れた恩人の名前。

 心に刻みつけるように、千冬は自分の口でも呟いた。

 

『その葉月ちゃんなんだけど……6年前から行方不明扱いになってるんだ』

「行方不明…だと? どうしてだ? 本人はちゃんとここにいるじゃないか」

『それは………』

 

 言うべきか、やっぱり黙っておくべきか。

 少しだけ迷ったが、千冬が覚悟を決めた以上は自分も覚悟を決めるべきだと思い、勇気を振り絞って言った。

 

『あの子の家族は……白騎士事件の時に死亡してるんだよ』

「なんだとっ!?」

 

 白騎士事件。

 千冬と束にとって、忘れたくても忘れられない事件。

 まさか、彼女の家族はあの時に…?

 だが、ここで千冬は冷静になる。

 幾ら同じ日に死亡したからと言って、それとこれとが関係しているとは限らない。

 そうだ。きっとそうだ。単なる偶然に決まっている。

 そんな風に信じていた千冬の一縷の希望を、束は残酷な真実で壊した。

 

『あの時…私もちーちゃんも把握していなかったミサイルの破片が、とある民家に直撃して……それが原因で火事になって…父親と母親…その胎内にいた赤ちゃんが死んだんだ……』

「その…民家というのが……」

『葉月ちゃんの家…だよ』

 

 束から告げられた真実を聞かされた瞬間、千冬は携帯を床に落とした。

 その目は揺れ動き、焦点が全く合っていない。

 

『その時、葉月ちゃんはお友達と一緒に公園に遊びに行っていたから難を逃れていたけど…あの子は訳も分からないままに掛け替えのない家族を、思い出の詰まった家を一度に失ったんだよ』

 

 震える手で携帯を拾い直し、頭の中が真っ白になりながらも束の話を聞き続ける。

 

『それからすぐに、葉月ちゃんは突如として行方不明となった。どこに消えたかは誰も知らず、捜索願も出されて警察も必死に探したらしいけど……全く見つからなかった』

「まさか…その時に…彼女は……」

『何者かによってドイツに連行されたんだろうね。本人の意志とは関係なく』

 

 大きく目を見開いたまま、千冬は大粒の涙を流す。

 なんだこれは。ふざけているのか。

 自分達のせいで全てを失ったのに、自分はその子に弟を救って貰ったのか?

 皮肉なんてレベルじゃない。己の愚かさに吐き気すらしてくる。

 

「彼女を連行したのは…グレイヴ…なのか…?」

『そこまでは分からない。けど、その可能性は高いと思う。もしくは、奴の部下とか…』

 

 千冬が激情的な性格をしていれば、グレイヴを諸悪の根源として思えるのだろうが、実際には全く違う。

 そもそも、奴にそのような切っ掛けを与えてしまったのは、葉月の家族を奪ってしまったのは、紛れもない自分なのだ。

 謂わば、自分は彼女にとって憎むべき仇。

 そんな葉月に自分はなんて言った?

 ありがとう? すまなかった?

 そんな陳腐な言葉を投げかけられた相手の事を少しでも考えたのか?

 何も知りませんでした、で済まされる話ではない。

 

 今になって、束がさっき付近に刃物が無い事を確認した意味が分かった。

 もしも、この場にナイフや包丁の類があれば、迷いなく自分の胸に突き立てていただろう。

 自分の命一つで償えるような軽い罪ではないと知っていても。

 弟が一人、残されると分っていても。

 

「彼女は…当時の事は覚えているのか…?」

『覚えてないと思う。強化手術をされた際に脳の方も相当に掻き回されたみたいだから……昔の事は愚か、家族の事や自分の名前すら覚えてないんじゃないかな…。あの子が自分の事を『コード80』って言ってるのが証拠だよ』

「……………」

 

 もう言葉すら出てこない。

 何も覚えていない相手に償っても、相手が困惑するだけだ。

 自分の罪を自覚し、償うべき相手が目の前にいても、何もする事が出来ない。

 

「お前は…どう思っているんだ……」

『私だって、償えるなら償いたいよ。確かに私は他人の事が石ころのようにしか思えないけど、だからと言って自分の犯した罪から逃げたくはないし、こんな自分のせいで酷い目に遭った子がいるのに、それを無視するほど外道なつもりもない。だけど、だからと言って何をすればいいのか全く分からない。何も覚えていない、何も知らない子に何かをしても、それはどこまで行っても単なる自己満足の域を出ないんだよ』

「自己満足…それがどうした……」

『ち…ちーちゃん?』

 

 俯いた顔を上げた千冬の目は、完全にハイライトを失っていた。

 受話器越しの束には彼女の様子は見えていないが。

 

「彼女は私達のせいで家族を、思い出を、人権すらも奪われたというのに、その私は家族とぬくぬくと暮らしている? ふざけるな! そんな事が許されていい筈がない!!」

『落ち着いて、ちーちゃん! 確かに原因は私だけど、今みたいになってしまった事とは関係ないよ!』

「関係あるだろうが! 私達があんな事さえしなければ…彼女は今でも家族と一緒に幸せに暮らしていたかもしれないんだ! その幸せを破壊したのは我々だ! 例え偽善と蔑まされようとも構わん! 私は…私が守らなくちゃいけないんだ!」

『…だから、ちーちゃんにだけは言いたくなかったんだよ。こんな風になると思ってたから…』

 

 束もコード80の事に関して何も思わない訳ではない。

 けれど、それ以上に千冬の事を大切に思っているので、敢えて傍観の姿勢でいる事に決めたのだ。

 少なくとも、現状では何も起きてはいないのだから。

 

「例え束であっても、私を止められると思うなよ……」

『思わないよ。もう何を言っても無駄みたいだし。ちーちゃんの好きにすればいい』

「言われなくても、そうするつもりだ」

『…グレイヴだけには気を付けてね。それじゃあ…また』

 

 最後にそれだけを言い残して、束から通話を切った。

 

「そうだ…私が…私が守るんだ……今度は私が…私が…!」

 

 誰から見ても様子がおかしい千冬であるが、この場にそれを指摘する者は誰もいない。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 熱くなった頭を冷やす為に外へと出てきた千冬。

 ふと格納庫付近を歩くと、少しだけ開いている出入り口から明かりが漏れているのが見えた。

 

「なんだ…?」

 

 生き物の本能か、自然と明るい方へと足が向く。

 近づくと、見張りの男性軍人が心配そうに中を見ていた。

 

「どうした?」

「あ…織斑教官! どうなされました?」

「少し飲み過ぎてな。気分転換に外の空気でも吸おうと思ってたんだが…何かあったのか?」

「はい。実は……」

 

 彼が中を指差したので千冬も試しに覗いてみたら、そこではコード80が昼間と全く変わらないISスーツ姿のままで武器の手入れを行っていた。

 

「な…何をやっているんだ!?」

「きょ…教官っ!?」

 

 ついさっきの話から、すぐに今の光景を目撃してしまったので、千冬は迷うことなく中へと入っていった。

 見張り君が慌てるが、別に悪い事をしている訳ではない上に、千冬の剣幕に気圧されて止められなかった。

 

「織斑教官? このような時間にどうなされたのですか?」

「それはこちらの台詞だ! こんな所で何をやっている!」

「見ての通り、ペイルライダーの武装の手入れですが何か?」

「何か? ではない! そんな事は明日にでもやればいいだろう! 今は休め!」

「私に休息などは必要ありません。道具は眠りませんから。皆さんが休眠している時間を利用して手入れや調整をしておけば、有事の際にはすぐに動けます」

「そんな事を言っているんじゃないんだ…! 私は…お前を…!」

 

 このまま話していても埒が明かないと判断したのか、千冬はコード80の身体を無理矢理に持ち上げてお姫様抱っこをした。

 

「部屋はどこだ? 連れて行ってやる」

「ありません」

「…なんだと?」

「道具である私に自室なんて存在しません。強いて言えば、この格納庫こそが基地内において自分にとっての待機場所と心得ます」

 

 部屋が無い? そんな馬鹿なと思い、急いで先程の見張りに聞いてみた。

 すると、彼の口から驚くべき台詞が返ってきた。

 

「いや…こっちも連絡を受けた時は『秘密兵器を輸送してくる』としか聞かされてなくて…部屋なんて全く用意してないんですよ。俺達だって、来るのが女の子だって知ってれば、ちゃんと準備してましたよ…」

「ちっ…!」

 

 こうなる事すらも読んでいたのか。

 一体どこまで彼女から人間らしさを奪う気なのだ。

 舌打ちをしながら、コード80を連れて寮へと帰って行く。

 

「ど…どうするつもりですか?」

「決まっている。部屋が無いのであれば、私の部屋で寝泊まりをさせる」

「本気ですかっ!?」

「私は本気だ。彼女がこのまま格納庫内で寝る姿なんて見逃せるか」

 

 本来ならば何か言わないといけないのだろうが、基地内では千冬もまた自分にとっての上官である為、彼女が『自分の部屋に泊まれ』と発言をした以上、それに従わない訳にはいかなかった。

 

「心配するな。お前の事は私が必ず守ってみせるからな」

「はぁ……了解です」

 

 千冬の真意が全く読み取れないコード80は、曖昧な返事をするしかなかった。

 こうして、コード80は千冬の部屋で同居する事になるのだが……部屋の惨状を見て戦慄したのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 




名前の由来。

冥紅→『冥』はHADESから。紅は発動時に赤く染まる事から。
葉月→八月の和風月名。型式番号であるRX-80PRから。


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Those who are not prepared are not qualified to take away

勇気と無謀は似て非なるもの。







 コード80に睡眠は必要ない。

 正確には『出来ない』と言った方が正しいか。

 ISコアを体内に埋め込んでいる彼女は、『休眠状態』にはなれるが『睡眠状態』にはなれないのだ。

 ISコアを超低出力状態にすることで、体を強制的に休ませることが出来る。

 これは所謂『省エネ状態』であり、大幅に体を休ませる『睡眠』ではない。

 故に、誰かに『眠れ』と言われても『無理です』としか答えられないのだ。

 

「…………?」

 

 昨夜、千冬によって強制連行された寮の部屋。

 それ自体は何も問題は無い。別にそこまで支障がある事ではないから。

 問題があるとすれば、それはこの部屋の惨状だった。

 詳しい描写は千冬の名誉に為に敢えて伏せさせて貰うが、非常に分かりやすく言えば『足の踏み場も無い状態』だ。

 一般常識に非常に乏しくなってしまったコード80でも、この状態は決して無視出来ることではないと理解出来た。

 

 どういうわけか、千冬は彼女の事をベットに寝かせ、まるで添い寝をするかのように隣で一緒に寝た。

 天井の方を向き、目の前に投影型簡易ディスプレイを表示させ、現在の時刻を確認する。

 

(…午前5時47分28秒)

 

 ディスプレイを消してから目だけを横に向けて千冬の様子を見てみる。

 彼女はまだ熟睡していて、そう簡単には起きそうにない。

 

 静かに音を立てないように細心の注意を払いながらベットから這い出て、灯りを点けずに改めて部屋の惨状を確認する。

 彼女の眼球は暗視ゴーグルのような機能が付与されているので、暗闇の中でも全く問題無く物を見ることが可能だ。

 

(これはどうにかしなくては。織斑教官の為にも)

 

 彼女は千冬個人を心配して言っている訳ではない。

 常識的な感性から述べているに過ぎないのだ。

 

(…やりますか)

 

 千冬が起床するまでには綺麗に片付けておきたい。

 もう自分に目標を設けるコード80であった。

 

 数時間後、起床してから非常に申し訳なさそうに千冬が彼女に謝ってきたのだが、コード80からしたら当然の事をしただけなので、それを素直に話したら、まるで平服するようにしてもっと謝ってきた。

 

 織斑千冬。守ると誓った僅か数時間にて早くも大人としての威厳が崩壊しかける。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 朝食を終え、隊員達は千冬指導の元、基地内の訓練場にて午前の訓練を開始する。

 昨夜までの情緒不安定な彼女はなりを潜め、今は厳しい教官としての顔を見せていた。

 

「そこ! 動きが鈍くなってきているぞ! 次また同じような事をしたら、腕立て500回だ!」

「は…はい!」

 

 現在、目の前では隊員同士のISを使った模擬戦が行われている。

 使用しているのは、基地には5機ほど配備されている黒に塗装された部隊専用のラファール・リヴァイヴだ。

 色が違う事を除けば、性能自体は他のラファールと大差はない。

 

 コード80は、そんな光景を千冬の隣で見学していた。

 

「織斑教官。上官侮辱罪になると承知した上で一つ、発言をさせて貰ってもよろしいでしょうか?」

「な…なんだ?」

「教官の部屋は非常に不衛生です。このままでは精神的にも肉体的にも支障が出てしまう事でしょう。故に、可能であれば2週間に一回、無理であれば最低でも一ヶ月に一回ぐらいのペースで部屋の清掃をすることを推奨します」

「うぐっ!?」

 

 まさか、コード80からその事を指摘されるとは。

 千冬だって分かっている。常識的に考えても、自分の部屋が相当に散らかっている事は。

 あの束でさえ、千冬の部屋に入る際はいつも『トラマナ』と唱えるほど。

 自分だってどうにかしたいと常日頃から思っている。

 一夏から耳にタコが出来るほどにいつも言われているから。

 けれど、どうにもならないのだ。

 気が付いた時には、いつの間にか部屋の中がとんでもない事になっている。

 

「そ…そういえば、朝食時にいなかったようだが、どうしたんだ?」

 

 話を逸らした。

 

「私に食事は不要なので、席を取る必要も無いと思いまして」

「食事がいらないだと?」

「はい。必要な栄養分は軍から支給されている『栄養剤』で事足りるので」

「…まさかとは思うが、今までずっとそうだったのか?」

「そうですが?」

 

 これはまいった。

 歳の頃で言えば間違いなく成長期の真っ最中な少女が碌な食事もしていない。

 コード80の身体はお世辞にも育っているとは言い難い。

 同年代の少女達と比較しても、かなり小柄な部類に入るだろう。

 

「…これからは、私達と一緒に食事をしてくれ」

「それは命令ですか?」

「………そうだ」

「了解しました」

 

 本当は『違う』と言いたかった。

 これは命令ではなくて『お願い』だと言いたかった。

 けれど、それでは絶対に言う事を聞きそうになかったので、断腸の思いで『命令』を下した。

 誰かに命令をするなんて、これが人生で初めてだった。

 

「昨日からずっとISスーツのままだが…服も持っていないのか?」

「持つ必要がありませんから。ISスーツは防弾性に優れている上に、このままの格好でも体の洗浄は可能です。他の服を持つ理由も、着替える必要性もありません」

「……そうか」

 

 余りの酷さにそれしか言えない。

 後で適当な隊員に話をし、お古ので構わないので彼女に服を譲って貰えるように頼んでみる事を決めた。

 

「ところで、ずっと気になっていたのだが、どうしてはづ…お前がここに『派遣』されて来たんだ?」

「私がこの基地に『配備』された理由は、有事の際に備える為です」

 

 態と『派遣』と表現したのに、コード80は容赦なく『配備』と言ってきた。

 千冬の些細な気遣いは全く効果が無いようだ。

 

「有事の際…とは?」

「この基地には軍事施設にも拘らずISが配備されている。別にここだけが特別な訳ではなく、アメリカなどにもそのような基地は存在していますが、最も重要なのはそこではありません」

 

 いつの間にか他の隊員達も動きを止めて、コード80の話に耳を向けている。

 もしも千冬がそれを見ていたら確実に雷が落ちるのだが、今は彼女もコード80の話を聞いているで、なんとか最悪の事態だけは避けられた。

 

「御存じの通り、ISは世界的に見ても非常に希少な『兵器』です。しかも、ドイツ軍はハーゼ隊の事を一種のプロバガンダのように扱っている。分かりますか? 国内外に『この基地にISがありますよ』と言っているのです」

 

 ISを『兵器』と言った事について撤回させたかったが、彼女にそれを言っても仕方がない事だったので、千冬はその言葉をなんとかして飲み込んだ。

 恐らくはこの光景をどこかで見ているであろう束に、心の中で謝りながら。

 

「世の中にはISを悪用する者達が数多く存在しています。女性権利団体然り、この前のような誘拐犯達然り。そのような者達がISの強奪を目論んで、この基地を襲撃しないとも限りません。実際、アメリカの基地で第二世代型のISが正体不明の何者かによって奪われるという事例がありました」

「言いたい事は分かるが、そんな時こそ配備されているISで迎撃をすればいいのではないか?」

 

 千冬の言葉に隊員たちも頷くが、彼女はそれを即座に否定した。

 

「論外です。グレイヴ少将のお言葉をお借りするならば、『お前達のやろうとしている事は、護衛対象である大統領や高官たちにマシンガンを持たせて、最前線で戦ってこいと言っているようなもの』…です。だからこそ私が…ペイルライダーが戦うのです。この基地にあるISを防衛する為に」

 

 言葉をぼかしてはいるが、彼女はこう言っているのだ。

 『お前達は弱いから、大人しく自分に守られていろ』と。

 その台詞に最も敏感に反応した、体の小さな銀髪の隊員が怒りの表情でコード80の近くまでやって来た。

 

「お前が倒された場合はどうする気だ。コード80とやら」

「倒されなければいいだけの話です。敵は殺す。徹底的に。死ねばもう襲ってこない。簡単な理屈です」

 

 誘拐事件の際には一夏の事を考えて不殺を貫いたが、これこそが彼女の本来の思考なのだ。

 敵は全て殺せ。容赦などするな。遠慮なんていらない。

 彼女が『彼女』でなくなってから、一番最初に学んだ事だ。

 

「ふざけているのか…貴様!!」

「ふざけてなどいません。ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉」

「私の名前を……!」

「ここに配備される前に、ハーゼ隊の人員の名前は全てインプット済みです」

 

 コード80に掛かれば、部隊内の人間の名前を暗記する程度は簡単だ。

 その気になれば、他のスタッフの名前やプロフィールも全て覚える事が出来る。

 

「どこまでも我々をコケにしおって…!」

 

 ラウラには誇りがあった。自分がドイツ軍の軍人であるという誇りが。

 例え、同じ軍に所属している相手だとしても、それだけは絶対に聞き逃せない。

 

「教官! 私にこいつと模擬戦をする許可をください!」

「なに?」

「こいつに、我々の本当の実力を思い知らせてやります!」

 

 千冬としても、彼女の実力は把握しておきたい。

 ペイルライダーと呼ばれる機体がどんな代物なのかも気になる。

 コード80はISを所持していた誘拐犯を単独で追い払うほどの実力者だ。

 勝つにしろ負けるにしろ、この模擬戦で得られることは大きい。

 

「そこまで啖呵を切るのならばいいだろう。特別に許可してやる。お前もそれでいいか?」

「教官がそう仰るのならば従います」

 

 本人の許可も取った。

 話を聞いていた隊員達は、そそくさと端の方に移動をして観戦する気満々だった。

 そんな中、ハーゼ隊の現在の隊長であるクラリッサが千冬に近づいてきて、そっと耳打ちをした。

 

「よろしいのですか?」

「構わんさ。本人達がそれを望んでいる上に、他の連中にもいい刺激になるやもしれん。私の指導でどれだけラウラが成長したか確かめる機会にもなるしな」

「…分かりました。基地司令にはこちらから後で報告していきます」

「助かる」

 

 二人が小声で話し合っている間、ラウラはコード80に向かって宣戦布告をしていた。

 お互いに体が小さいので、傍から見れば子供同士の喧嘩のようにも見える。

 

「では、私は皆さんが使っていたラファールを使用して……」

「いいや! 貴様は例のペイルライダーとやらを使え!」

「…本当によろしいのですか?」

「当たり前だ! コード80…その生意気な態度を、織斑教官直々の指導によって鍛えられた私が叩き直してやる!」

 

 完全にコード80の事を年下…というか、部下扱いしている。

 彼女は厳密には『兵器扱い』なので階級もなにも最初から無い。

 これまでずっと部隊内では一番年下だったという事もあり、周りからはマスコットのような扱いを受けてきたラウラにとって、初めて自分がマウントを取れる相手がコード80なのだ…とラウラは思っている。

 実際にはマウントなんて全く取れてなくて、本人は微塵も気にしていないのだが。

 

「織斑教官。ボーデヴィッヒ少尉はこのような事を言っているのですが?」

「構わん。ペイルライダーを使え」

「了解しました。では、私はペイルライダーでいきます」

 

 『死を司る第四の騎士』の初めての『試合』は、意外過ぎる形で行われる事になった。

 そして、ラウラはすぐに思い知る事になる。

 自分が一体何に勝負を挑んでしまったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




無知なることは罪ではない。


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A human figure who has gone off the road

これから始まる。








 コード80の話が気に入らないラウラのいきなりの宣戦布告により、模擬戦をする事になった二人。

 他の隊員達は端の方に退避していて、ラウラとコード80は訓練場にある簡易ステージで、お互いに離れた位置にて待機をしている。

 審判として千冬が中央付近に立っていて、二人の様子を交互に見ていた。

 

「…………」

「その澄まし顔を悔しさで滲ませてやるぞ」

 

 ラウラはまだ専用機を持っていないので、隊で使っている黒いラファールを使い、コード80はISスーツのまま棒立ちになっている。

 

「…ペイルライダー」

 

 聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟くと、彼女のISが…本来の姿が青白い光と共に姿を現す。

 『ヨハネ黙示録』第6章第8節に記載されている通り、青白い鋼鉄の衣に身を包み。

 

「全身装甲…それが貴様の専用機か」

「はい」

「面白い…!」

 

 ラウラは強気な笑みを浮かべてはいるが、他の隊員達と一緒に見ていたクラリッサは違った。

 その威容に僅かではあるが冷や汗を掻いている。

 

「ペイルライダー…か。ISの名前にとんでもないものを付けたものだな……」

「隊長は何か知ってるんですか?」

「…ペイルライダー。ヨハネ黙示録に出てくる四人の騎士の名前の一人で、ペイルライダーは第四の騎士と呼ばれている。青白い馬に乗った『死』を具現化した存在で、傍らに冥界を連れているらしいわ。疫病や野獣を用いて、世界中の人間達を一人残さず死に至らしめる役目を担っているとか……」

 

 クラリッサの説明を聞いて、隊員達は心からドン引きした。

 

「い…幾らなんでも物騒過ぎませんかね…?」

「それだけの性能を秘めているって事でしょうね。あの佇まいを見ているだけで分かる。あの子は…只者じゃない」

 

 正直、ペイルライダーを見るまではラウラにも少なからず勝機はあるかもしれないと思っていたが、実際に見てから意見が変わった。

 この戦い…ラウラは絶対に負ける。

 彼女の成長具合には目を見張るものがあるけど、それでもまだまだ発展途上。

 今のラウラではまともな勝負をする事すら難しいかもしれない。

 

 それは、クラリッサよりも近くでペイルライダーを見ている千冬も感じていた。

 

(あれが…あの時、誘拐された一夏を救い出し、同時に誘拐犯達の使ったISを一方的に屠ったとされるISか…。全身装甲とはいえ、各部にあるスラスターを見れば一発で分かる。あれは見た目以上に高機動特化型のISだ。並の量産機では相手にすらならないだろう……)

 

 両脚部、両腕部などにハードポイントが設置されているが、現在のペイルライダーには何も装備されていない。

 あるとすれば、右手に持ったブルパップ・マシンガンだけだ。

 サイドアーマーにはビームサーベルがあるが、それは本人が引き抜く意志を見せなければ単なる飾りに過ぎない。

 

「…お前、どうしてマシンガンしか装備していない? それだけの機体の武装がまさかマシンガンだけとは言うまいな?」

「他の武装を使う必要が無いからです」

「……ハンデのつもりか?」

「いいえ。私なりに合理的判断をしたまでです」

「それをハンデと言うのだ!」

 

 コード80に悪気はないのだが、それが却ってラウラの逆鱗に触れてしまったようだ。

 他人の感情の機微に疎い彼女には、どうしてラウラが起こっているのか全く理解出来ていなかった。

 

「織斑教官。試合の前に互いの勝利条件について確認をしておきたいのですが」

「む? どちらかのSEが無くなったら負けではないのか?」

「えぇ」

 

 人差し指を立ててから、周りを見渡しながらゆっくりと説明をしていく。

 

「ボーデヴィッヒ少尉の勝利条件は、織斑教官が仰られた通りに私のSEを0にすればいいとします。しかし、私の場合は違います」

「では、なんだ?」

 

 手に持ったマシンガンを軽く掲げ、ラウラに標準を向ける動作をする。

 

「10発。ボーデヴィッヒ少尉に弾を命中させれば勝利ということで」

「貴様……!」

「その気になれば、ISのSEは強力な攻撃を5~6発ほど食らわせれば枯渇します。ボーデヴィッヒ少尉は好きなだけ強力な武装をお使いください。私は、このマシンガンだけでお相手します。これでどうですか?」

「お…お前がそれでいいのならば……」

 

 ストレートは言葉は一切使っていないが、ラウラには彼女の真意が分かった。

 『お前程度、これだけで十分だ』。

 そんな心の声がハッキリと聞こえた…気がした。多分。

 

「それでは、これより二人の模擬戦を開始する! 試合…開始!」

 

 開始宣言をしてすぐに後方に下がった瞬間、先に仕掛けてきたのはラウラだった。

 

「どこまでも私の事を馬鹿にしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 ブースト全開で真っ直ぐに突貫していき、近接ブレード『ブレッド・スライサー』を両手持ちで振りかざす。

 それに対して、コード80は試合が始まってから微動だにしていない。

 

「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 ラウラの渾身の一撃が放たれる……と思われたが、彼女の全力の攻撃は掠りもせずに空振り、何も無い空間だけを切り裂いた。

 

「な…に…?」

 

 そんな馬鹿な。

 ついさっきまで確かに目の前にいたのに、いつの間に消えた?

 速度、パワー、タイミング。

 自分なりにも最高と言っても差し支えない攻撃。

 それが難なく躱された。

 

「ここですよ」

「はっ!?」

 

 背後から声が聞こえた。

 普段ならば敵対者に声なんて絶対に掛けないのに、それをするのはこれが模擬戦だからか。

 

 ラウラは咄嗟に振り向いて、後ろに向かって水平切りをしようとするが……。

 

「わぷっ!?」

 

 それは、おでこにぶつかった液状のナニカによって妨害された。

 

「な…なんだっ!?」

 

 慌てて自分の顔に当たった物を手で確かめると、ラファールのマニュピレーターが緑色に染まっている事に気が付く。

 

「絵具…じゃない。これは…ペイント弾か!」

「正解です」

 

 クルクルとマシンガンを回しながらコード80が答える。

 その行為自体に特に意味は無いのだが、ラウラには自分を挑発しているように見えた。

 

「どうして実弾を使わない! ふざけているのかっ!」

「私は至って真面目です。こちらからすれば、模擬戦で貴重な実弾を使用するなど有り得ませんから。勝敗を決するだけならペイント弾でも十分です。それに……」

 

 ペイルライダーのバイザーにラウラの顔が反射し、怪しく光る。

 

「これがもし本当の戦場だったのならば…貴女は死んでいますよ?」

「なっ…!?」

 

 自分に向かって死を告げられ、初めて動揺するラウラ。

 だが、彼女は自分の知っている常識を使って反論した。

 

「な…何を馬鹿な事を…。我々にはISがある! シールドバリアーがある限り、頭部に銃弾を受けても死にはしない!」

「ISのSEは無限じゃありません。攻撃を受け続ければ必ずいつかは無くなります。『塵も積もれば山となる』…という日本の諺があります。どんなに小さな攻撃でも蓄積されていけば、いつかは必ず大きなダメージとなっていくのです。もしもISが行動不能になったら? 近くにISが無い時…生身の時に襲われたら? まず確実に少尉は脳と血を地面にぶちまけてあの世行きです」

「わ…私が…死ぬ…?」

「ISが常にある事を前提にしている時点で、貴女は絶対に私には勝てません。さぁ…試合を続けましょうか? 今の一撃は無しにして構いません。ここから改めて10発をカウントしてどうぞ」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…!」

「終わりですね」

 

 模擬戦が始まってから約10分。

 首元、胸部、腹部、両肩、両脚の付け根等々。

 実弾ならば絶対に致命傷となる場所ばかりにペイント弾を10発受け、ラウラも黒いラファールもすっかり緑色に染まっている。

 当初の条件通り、コード80はラウラに10発のペイント弾を命中させた。

 ということは即ち……。

 

「試合終了。勝者は…言うまでも無いな」

 

 千冬から試合が終わった事を告げられ、コード80は溜息交じりにペイルライダーを解除した。

 

「ま…待て…!」

「まだ何か?」

「今度は実弾で勝負しろ! 無論、本気でだ!」

「お断りします」

 

 一瞥すらすることなく後ろを向き、そのまま立ち去ろうとする。

 その背中が憎らしく感じ、ラウラは疲労から地面に座ったまま吼え続けた。

 

「私と戦うには、今の貴女は余りにも未熟です」

「だからどうした! 私は誇りあるドイツ軍の士官だ!」

 

 その言葉にピタっと足を止め、ゆっくりを振り向く。

 彼女の目は珍しく怒っているように見えた。

 

「それは一人前の兵士の台詞です。少なくとも、今の貴女が使っていいような言葉じゃない」

「私が一人前ではないと言うつもりか!」

「そう言っているのです。兵士とは、仕える国の為に命を掛けて奉仕する者達の名。お聞きしますがボーデヴィッヒ少尉。貴女はこれまでに一度でも戦場に出て、そこで人間を殺したことがあるのですか?」

「あ…あるわけないだろう…!」

「兵士にとっての最大の名誉とは敵を殺した数です。日常生活では罪でも、戦場でそれは途端に勲章へと変わる。『一人殺せば犯罪者になり、百万人殺せれば英雄になる』そうですよ。因みに、全人類を殺せれば神になれるそうです」

「…………」

 

 何も言わなくなった。

 今度こそここから立ち去れる…と思っていたら、またラウラが話しかけてきた。

 

「お前は…人間を殺したことがあるのか?」

「ありますよ。それはもう沢山」

「…恐ろしくは無かったのか?」

「私は兵器。故に余計な感情は不要です」

「感情があるから…私は勝てないのか?」

「そうではありません。貴女が勝てなかった決定的な理由。それは……」

「それは…?」

「私が『兵器』であり、貴女が『兵器を使っているだけの人間』だからです。人間では兵器には勝てません。兵器とは本来、人間を殺す為だけに存在しているのだから」

「お前は……」

 

 視線で千冬達に『後はお願いします』と目配せをし、クラリッサ達が戸惑いながらも頷いた。

 それにコード80も頷くことで返し、ようやく歩き出せた。

 

「…少しマシンガンの手入れをしたいので、格納庫に行ってきます」

「ま…待ってくれ! クラリッサ、ラウラの事を頼むぞ!」

「了解です。織斑教官は彼女の元へ行ってあげてください」

「助かる」

 

 先に言ってしまっているコード80を追いかける為に、千冬は走って行った。

 彼女が追いついたのは、格納庫に到着してからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 




成長するのは彼女だけではない。


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Forest of destruction where order does not make sense

兵器に平穏は必要ない。






 マシンガンの手入れをすると言って格納庫へと歩いて行ったコード80を千冬が小走りで追い駆けると、彼女は実際に格納庫までは行かずに、適当な物陰にてペイント弾が入っているマガジンを外して、実弾が入っているマガジンへと交換していた。

 

「……………」

 

 一言も言葉を発さずに黙々と作業をしているが、お世辞にも顔色が優れているとは言い難かった。

 普段のコード80ならば、本当に無表情でやっている事だが、今の彼女は何かに耐えているような、何かに苦しんでいるような、そんな表情を浮かべている。

 そんな状態のコード80を見過ごす事なんて、千冬には到底出来なかった。

 

「あ…っと……大丈夫…か?」

「織斑教官…?」

 

 話しかけづらい空気を出してはいたが、だからと言って傍観するなど有り得ない。

 勇気を振り絞ってから、なんとか声を掛けることに成功した。

 振り向いた彼女の顔色は相変わらず優れていなかったが。

 

「先程の模擬戦で何かあったのか? 私から見ても素晴らしい動きだったが……」

「…そうですね。確かに、あの時の動きは悪くは有りませんでした。本気を出したわけではありませんが」

「そ…そうか」

 

 正直、あれで『本気じゃない』と言われても信じられない。

 世界トップクラスの実力を誇る千冬でさえも、あの時のコード80の実力には本気で舌を巻いたのだから。

 一体、どれだけの現国家代表選手たちが同じような動きが出来るか。

 その気になれば千冬にも似たような事は可能だが、それでも相当に本気を出し、尚且つ機体の調整も万全にしておかなければ非常に困難だろう。

 ペイルライダーが恐ろしく高性能な事も要因の一つだろうが、その能力を極限まで引き出せているのは紛れも無く彼女の実力と才能なのだ。

 少なくとも、千冬はそう信じている。

 

「…初めてだったんです」

「何がだ?」

「ISの試合をしたのが…です」

「そ…そうだったのか? あれ程の腕前から察するに、相当に多くの試合を経験したのとばかり……」

「いいえ…違います。基礎的な事は全て『教育係』から教わってはいますが、それも殆どは脳内に直接的にインプットされたような形でした。口頭での説明や実戦形式での訓練なんて全くやっていません」

「という事は、あれらの動きは全て……」

「実際の戦場で培いました。型には決して填まらない、どれだけ自分の被害を減らし、どれだけ敵を効率よく殺せるか…そんな技術を」

「…………」

 

 千冬には何も言えなかった。

 命の保証なんて何処にも無い。一瞬でも油断をしたが最後、自分の命が失われるような場所に、こんな歳で無理矢理に放り込まれた彼女に、千冬は掛けるべき言葉を何も持っていなかった。

 元を辿って行けば、彼女を戦場に送り込んでしまったのは他でもない自分なのだから。

 

「血飛沫と銃弾と悲鳴と怒号が飛び交う戦場…文字通りの弱肉強食の世界で生き抜く術を自然と身に付けていったのです。だからこそ、先程のような事は生まれて初めてでした」

「模擬戦のことか……」

「はい。ルールと言う名の制約によって、自分の命も相手の命も保障され、制限時間すらもある。…今までずっと『殺す戦い』しかしてこなかった私には、余りにも眩しすぎました。正直、ボーデヴィッヒ少尉に模擬戦を申し込まれた時は柄にもなく困惑してしまった程です」

「葉月……」

 

 思わず彼女の『本名』を言ってしまったが、コード80には何のことか分からなかったようで何にも反応はしなかった。

 実際には、反応するよりも先に千冬に後ろから優しく抱きしめられたことで、反応するタイミングを逃したと言った方が正しいか。

 

「『開発者』達やグレイヴ少将は私の事を『成功体』と仰られていましたが、私はまだまだ不完全な兵器です。たった一回の模擬戦程度でこのような事になるなんて……」

「それでいい…お前はそれでいいんだ。何も間違ってなんかいない」

「織斑教官…?」

 

 震える声で言っていたが、体勢の関係上、後ろを向くことは難しいので千冬がどんな表情をしているのか分らなかった。

 けれど、頬に暖かい水滴が落ちてきたことで、千冬が泣いているのだと気が付くことが出来た。

 

「泣いて…おられるのですか?」

「あぁ……あぁ……」

「何か…してしまったのでしょうか……」

「違う…違うんだ……お前は何も悪くない…悪くなんてないんだ……」

 

 コード80…葉月の温もりを感じながら、嬉しさと悲しさ、後悔とが混ざり合ったような感情に覆われていた。

 

(どれだけ自分で『兵器』と言っていても…まだ葉月の心の中には人間としての感情が残されている…! 希望はあるんだ…この子を『人間』に戻せる希望はあるんだ!)

 

 キョトンとした顔で自分の事を見上げてくるコード80を見て、千冬は己の中で決意を固めた。

 自分が成すべき事を。成さねばならない事を認識した。

 

(絶対に葉月を『人間』に戻してみせる…! それこそが、私に出来るたった一つの償いなんだ…! その日が来るまで、お前の事はこの私が絶対に守ってみせる! 絶対に!)

 

 同時に、千冬は頭の中で『ある事』を考えていた。

 コード80…葉月の心を取り戻す為に必要であると思った事を。

 

 その考えこそが、グレイヴの最大の狙いであることも知らずに。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 夜になり、コード80は一人で寮の屋上にて備え付けのベンチに座って夜空を見上げていた。

 特に意味などは無い。強いて言えば『なんとなく』だ。

 千冬には『外の空気が吸いたくなった』と言って出てきた。

 最初は非常に心配されてしまったが、途中で少し前までの部屋の惨状に付いて話したら、すぐに許可をくれた。

 部屋を出て来る際に千冬が真っ白になりながら遠い目をしていたが、特に気にするような事でもないだろう。

 

「はぁ……」

 

 溜息を吐くなんてことも初めてだった。

 まさか、まだ自分にこんな人間らしい機能が残されていたとは驚きだ。

 

「こんな所にいたのか。探したぞ」

「貴女は……」

 

 普段の彼女ならば、背後から声なんて掛けられようものなら、すぐに銃を出して構えるのだが、今はそんな事はしない。

 何故なら、その声の主は彼女もよく知っている人物だったから。

 

「まさか屋上に来ていたとはな」

「ボーデヴィッヒ少尉……」

 

 やって来たのは、昼間に模擬戦をした相手であるラウラだった。

 ダボダボのTシャツ一枚という、見る者が見れば興奮間違いなしの姿をしているが、生憎とここにはそんな無粋な人間はいない。

 コード80もISスーツ姿のままなのが更に質が悪い。

 

「お前が教官と同じ部屋で寝泊まりをしていると聞いて行ってみれば、なんでか真っ白になって燃え尽きておられた。お前は何をしたんだ?」

「別に何もしてはいませんが……」

「まぁ…他の奴ならばいざ知らず、お前に限って教官に対して酷い事なんて言う筈も無いか……」

 

 確かに、コード80は陰口や悪口の類は絶対に言わないが、だからと言ってなんでもかんでも素直に言えばいいというものでもない。

 時にはオブラートに包んで言葉をぼかす事も必要なのだ。

 

「隣…いいか?」

「どうぞ」

「失礼する」

 

 大人用に設計されているベンチなので、まだまだ小柄なラウラには少し大き過ぎたようで、ピョンとジャンプをしてから隣に座った。

 因みに、コード80も座る時は同じようにして座っている。

 

「飲め」

「え?」

 

 ラウラが差し出してきたのは、缶のホットココア。

 寮内にある自販機にて買ってきたのだろう。

 二つ持っている内の一つを彼女に手渡した。

 

「勝者の権利というヤツだ。大人しく受取れ」

「…了解しました」

 

 ラウラがプルタブを開けて飲み始めたのを見て、コード80もまた真似をして並始めた。

 口の中に広がる、仄かな甘みと苦み。

 初めて飲む筈なのに、どこか懐かしい感じがした。

 

「これは……」

「なんだ? もしかして、ココアを飲むのは初めてか?」

「だと…思いますが……」

「曖昧な返事だな。まぁ…いいか」

 

 ココアを口にしながら、コード80はふとラウラの顔などを注視する。

 すっかり綺麗になって、模擬戦直後のような汚れは無い。

 

「ペイント弾…取れたのですね」

「まぁな。意外と簡単に汚れは取れた」

「水性のペイント弾でしたので」

「矢張りか。道理で私の肌や髪だけでなく、ISスーツやISの装甲に付いたペイントも簡単に落ちた筈だ」

 

 あの試合の後、少しの間だけ意気消沈したラウラであったが、仲間達の励ましによって若干ではあるが元気を取り戻し、皆と一緒にISや自分に付いたペイントを落としていたのだ。

 その時に、可愛いもの好きな隊員達にオモチャにされそうになったのは内緒だが。

 

「…あれから落ち着いて、お前の言った言葉の事を考えていた」

「…………」

「機械的に…とまでは言わないが、ああも簡単に感情を発露していている時点で、私は間違いなく二流の…いや、三流以下の軍人と揶揄されても仕方がない。お前の言っていた事は的確だったよ」

 

 誇りだけでは何も守れない。何も倒せない。

 戦場において、そんな物は何も意味を成さない。

 実力も、意志も、何もかもが未熟過ぎた。

 ラウラはそう思い、あれから猛反していた。

 

「同時に、お前の強さの源も理解出来たような気がした」

「私の強さの源…?」

「あぁ。例え、相手が何であろうとも、お前は守るべきものを守る為ならば、迷うことなく全てを差し出せる。自分の命さえもな……」

「それは否定しませんが……」

 

 確かに、常に命懸けの戦場に身を置き、必要な場合は自分の命を捧げる事も厭わないが、だからと言って積極的に命を掛けようとは思っていない。

 何事も無く戻れるならば、それに越したことはないと思っているし、戻れなければ次の任務も出来なくなる。

 己の事を『兵器』として定義しているコード80にとって、自分の役目を全う出来ずに終わるのは不本意だった。

 自分の命は自分の物ではない。この命は国の物であり、勝手に捨てていい物ではないのだ。

 

「お前は強い。少なくとも、ハーゼ隊の誰よりもな」

「それは光栄です」

「だからこそ、私はこのまま諦めるつもりはない」

「…と、申しますと?」

 

 嫌な予感がした。それも、過去最大級に嫌な予感が。

 

「教官による訓練で実力を磨き、必ず貴様に再び模擬戦を申し込む! そして、リベンジを果たしてみせる!」

 

 嫌な予感、見事に的中。

 

「…もしも、また私が勝利したら?」

「その時は、もっと訓練を重ねた上で模擬戦を挑む! 何度でもな!」

 

 どうやら、ラウラが満足するまで何度も模擬戦を申し込まれる事になるようだ。

 適当な所でワザと負けようか。そう考えていると、口に出す前にラウラに先制攻撃された。

 

「言っておくが、ワザと負けようなんて考えるなよ? そうしたら、私はお前の事を絶対に許さないからな?」

「…どうして分かったんですか?」

「お前がそんな顔をしていたからだ。思いっきり表情に出ていたぞ」

「……!」

 

 あろうことか、自分が感情を表に出した?

 信じられない事を言われ、思わず顔に手を当てる。

 

「私はそろそろ寝る。明日も訓練があるからな。お前も早く寝ろ。教官に心配を掛けさせるなよ」

「了解です」

「じゃあ……おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 最後に少女らしい微笑みを浮かべてから、ラウラはベンチから降りて屋上を後にした。

 彼女の事を静かに見送ってから、缶の中に残ったココアを全部飲み干した。

 

 その瞬間だった。ペイルライダーを通じて彼女に緊急の極秘メールが届いたのは。

 

「このアドレスは…グレイヴ少将の…?」

 

 予め教えられていたパスワードにてロックを外してメールを読むと、コード80は大きな溜息を吐いた。

 

「『これまでずっと捜索していた、女性権利団体のドイツ・ベルリン支部が今から約1時間ほど前に発見された。向こうはまだ発見されたことに気が付いていないので、この隙を狙ってペイルライダーによる強襲によって連中を壊滅させよ。手段は問わない。猶、壊滅後はこちらの部隊によって入念に後始末をする手筈となっている。任務完了後に連絡されたし。詳しい内容や支部の場所などは、添付しておいたデータファイルを参照するように』…か」

 

 空になった缶を握りしめてから立ち上がり、眉間に皺を寄せてゴミ箱へと放り込んだ。

 

「兵器に安息は必要ない…か。もしも織斑教官が寝ていたら、置手紙を書いておかないと……」

 

 それから少しして、基地からステルス装置を起動させた状態で、夜空へ向かって飛び去っていくペイルライダーの姿が見張りの兵によって密かに目撃されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 




幸か、不幸か。それは誰にも分らない。


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Kingdom of pleasure and vanity

『掃除』は大切。







 女性権利団体 ドイツ・ベルリン支部。

 これまでずっと行方が不明だったこの施設は、意外な場所に存在していた。

 

 首都から遠く離れた、街外れにそびえ立つ廃ビル。

 もう随分と長い間放置されていたのか、どこもかしこもボロボロになっていて、どうして解体されていないのかが不思議な程。

 だが、その理由はすぐに解明された。

 

 この廃ビルの地下に、ベルリン支部があったのだ。

 

 一体どうやって、こんな場所を確保して、地下になんて場所に支部を作れたのか。

 その資金源はどこから手に入れたのか等々…疑問を上げれば尽きないのだが、それでも見つけてしまった以上は排除する他ない。

 

 今回は流石のグレイヴも相当に骨が折れた。

 国中のどこを探しても、それらしい建築物が見当たらないのだから。

 だが、ある事が切っ掛けとなって突破口が開けた。

 

 前々からずっと怪しいと判断して泳がせていた女が、人気が全く無い廃ビルに一人で入っていった事を怪しみ、もしかしてと思って調査隊を向かわせたら…ビンゴだった。

 

 見つけてしまえばもうこっちのもの。

 後は自分達の『秘密兵器』を投入し、一人残らず排除するのみ。

 潜伏場所が街外れ、しかも地下ということもあって、周囲に遠慮なんて全くいらない。

 故に、今回はいつもよりも重武装で向かう事となった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「なんなのよ! なんなのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「だずげでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 悲鳴と嗚咽と鮮血と銃弾が飛び交う。

 これは戦いなんて崇高なものなどではない。

 殲滅…否、一方的な虐殺である。

 

 両脚部に三連装ミサイルポッドに、左腕には伸縮機能を持つスパイク・シールド。

 両手にはブルパップ・マシンガン、腰部背面から伸びている支持用アームに固定されている折り畳み式のキャノン砲。

 全身に武装を身に着けた圧倒的な火力の前に、権利団体の女達は成す術も無く殺されていく。

 地下という狭い空間である為、ペイルライダーの青い装甲が真っ赤な血で染まっていった。

 

(なんて…虚しいんだろう。何も感じないのはいつもの事だけど、今日はそれ以上に…詰まらない)

 

 マシンガンの引き金はずっと引きっぱなしで、吐き出される銃弾が逃げ惑う女達を次々と撃ち貫く。

 淡々と作業のように銃を撃ち、弾丸が無くなれば拡張領域から予備のマガジンを出して補充する。

 これまでに幾度となくしてきた事だが、今回に限ってはいつもよりも捗っているような気がした。

 

 そうして進んでいくと、妙に開けた場所に辿り着く。

 少し前までの彼女ならば、そこがなんなのか理解出来なかったかもしれないが、ハーゼ隊と一緒にいる今のコード80には分かる。

 ここはアリーナだ。ISの試合をする場所。

 どうして、それがここにあるのか。

 そんな事を考えていると、自分が出てきた方とは逆の場所から、碌に整備もされていない事が一発で判明できるほどに消耗しているリヴァイヴを纏った女達が三人やって来た。

 

「ははははははははははっ! ISさえ使えればこっちのもの!」

「同じ女でも、弱い奴に生きる価値は無い! だが、いい時間稼ぎはしてくれた」

「私達のように選ばれた人間だけが、篠ノ之博士の築く素晴らしき理想郷へと導かれる権利があるのよ!」

 

 仲間達が大量に殺されたというのに、それに対する哀悼の意を示さないばかりか、馬鹿げたことを言い始める始末。

 それを聞いて、彼女はある結論へと辿り着いてしまった。

 

(あぁ……そっか。そうだったんだ。同じ女でも、こいつらはハーゼ隊の人達や織斑教官とは全く違う。あの人達は、こんな殺すしか能のない兵器である私にも優しく接してくれた。あの人達は、私の事を『人間』として見てくれた…)

 

 思わず、マシンガンを握る手に力が籠る。

 それと同時に、コード80の中に残っていた最後の慈悲すらも跡形も無く消えてなくなった。

 

(けど、こいつらは違う。仲間死んでも心を全く痛めないばかりか、気にも留めようとしない。今になって、やっと理解出来た。グレイヴ少将が常日頃から仰っていた事はこういう事だったんだ。ハーゼ隊の人達のような『優しい人達』を、こいつらのような『害虫』から守る為に私達は戦っているのですね……)

 

 装甲の中で、コード80の目に初めて感情が宿る。

 その感情の名は『憤怒』。

 目の前で未だに叫び続けている『害虫』に対する圧倒的な『怒り』。

 

「どこの誰かは知らないけれど、同じISならば絶対に私達が勝つ! 何故ならば、私達こそがISに選ばれた……」

 

 ここでリーダー格と思われる女の声が途切れた。

 コード80が…ペイルライダーが瞬時加速(イグニッション・ブースト)を用いて強襲を仕掛けてきたからだ。

 それと同時にHADESも発動しており、バイザーと全身のセンサーが彼女の怒りを表すような真紅に染まる。

 

「五月蠅い…黙れ…!」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 両手のマシンガンを一瞬で収納し、ビームサーベルを装備する。

 女が構える暇も与えず、瞬きの内に無数の光の斬撃をお見舞いした。

 

「が…はぁ…っ!?」

 

 ビーム・サーベルの高い攻撃力に加え、ペイルライダーの高い性能とコード80の実力とが重なれば、スクラップ一歩手前状態のリヴァイヴなんて相手にすらならない。

 文字通り、一瞬で全てのSEが削られ、強制解除の後にリーダー格の女は放り出された。

 

「な…なに…今の動き……」

「に…人間の動きじゃない……化け物…!」

 

 部下と思われる二人は恐れ慄いて後ずさりをしていて、無防備になったリーダーを全く助けようとはしなかった。

 

「そ…そこの二人! 早く私を助けなさい! じゃないとどうなるか……」

「黙れと言った筈だ」

「うぎぃぃ……!」

 

 左手に持っていたビーム・サーベルを腰のアタッチメントに収納してからリーダーの女の首を掴んでから持ち上げ、右手のビーム・サーベルは敢えて刃の部分だけを消して、そのまま呼吸が出来ずに大きく開けている女の口の中に突っ込んだ。

 

「お前はもう……死んでいい」

「ぐぎゃ……!」

 

 それが、リーダー女の断末魔だった。

 口内にビーム・サーベルの柄を突っ込んだままの状態で光の刃を形成。

 超高熱の剣によって、女は苦しむ暇も無く貫かれて即死した。

 

「し…死んだ…? ヒ…ヒヒヒヒヒヒヒヒッ! なら、今度は私がリーダーだ!」

「何言ってんのよ! 早く逃げないと、私達も殺され……」

 

 発狂した女の懐に凄まじい速度で潜り込んだかと思ったら、折り畳まれていたキャノン砲を展開し、その長い砲身を女の腹部に突き立てた。

 

「な……に……っ!?」

「お前みたいな奴は……!」

 

 そのまま、ゼロ距離で発射。

 ペイルライダー自体にも大きな衝撃があったが、そんな事はお構いなしだった。

 

「吹き飛んじゃえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 アリーナの天井付近までド派手に吹き飛んだが、そこで終わらせることは無く、追撃としてミサイルポッドを発射。

 ちゃんとロックオンしていた上に、女は今の一撃にて完全に気を失っていたので回避する事もままならず、そのまま全弾が命中して大爆発を起こす。

 空中でISが強制解除されて、地面に付く前に肉体とISが離れた。

 

 ぐしゃ。

 そんな音を立てつつ床に叩きつけられ、女の周囲には血溜りが広がる。

 どうやら落ち方が悪かったらしく、落下の衝撃で死んでしまったようだ。

 トドメを刺す手間が省けたと思いつつ、コード80は残った最後の一人の方を向いた。

 

「な…なんでなのよ…! なんでなのよ! ISを使っているって事は、アンタだって女なんでしょうッ!? なら仲間じゃないの! どうしてこんな事をするのよっ!?」

「仲間…? 何を言いだすかと思ったら……」

 

 キャノン砲を折り畳み、再びサーベル二刀流を構える。

 リヴァイヴを纏った状態にも拘らず尻餅をつき、小便を漏らしながら両手足を使って後ずさっている。

 さっきまでの勢いは何処にも無く、完全に恐怖に屈していた。

 

「私を、お前達のような『害虫』と一緒にするな」

「が…害虫…?」

「そうだ。糞山に集る蛆虫以下の考えに至ってしまった時点で、お前達はもう人間じゃない。この世界にとっての害悪だ。だから……」

 

 背部と脚部のスラスターに火を入れ、真っ赤なオーラを纏って突貫した。

 その姿まさに、赤い目を持つ死の騎士そのもの。

 

「消えてしまえ!! 優しいあの人達を傷つけようとする者達は全部!!!」

 

 二本のサーベルで斬り上げるようにしてから空中に吹き飛ばす。

 そこに左手のサーベルを投げつけてから突き刺し、全速力で追い駆ける。

 

「もう…やべで……」

 

 台所に出たゴキブリを躊躇なく叩き潰すように、今更になって許しを請われても慈悲なんて与える筈も無い。

 

 追いついてから刺さっていたサーベルを抜いて、乱舞のように何度も何度も斬って斬って斬りまくる。

 腕を斬り、胸部を斬り、脳天から斬り、両足を斬る。

 スパイク・シールドをパイルバンカーのように使って超至近距離からの一撃を食らわせてから、吹き飛んだ女の背後に回ってから逆手に持ったサーベルを背中にぶっ刺す。

 そこからの流れで、全身の筋肉を使って床に叩きつけるように斬り下ろした。

 

「あ……が……!」

 

 あれだけの猛攻を受ければ、当然のようにISは強制解除される。

 女は最後の力を振り絞って這い蹲りながら逃げようとするが、そんな事なんて許されるはずも無かった。

 

「あ…あぁぁぁ……!」

 

 頭から血を流し、鼻血も出しながら自分を覆い尽くす影を見上げる。

 そこには、真紅の目を光らせる第四の騎士の姿があった。

 

「じにだぐない……じにだぐ…ない……!」

「知るか。死ね」

 

 女が最後に見たのは、自分に向かって振り下ろされる光の刃だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 この支部にあったISを全て沈黙させた後、コアだけを抜き取って回収し、その後は碌な戦力すらも無くなったベルリン支部にいた全ての女達を皆殺しにし、ついでに奴らの悪事の証拠となるような書類や帳簿の数々を押収した。

 

 自分以外の生体反応が完全に無くなり、コード80は死体の山の中でグレイヴに任務完了の報告をしていた。

 

「…という訳で、無事に『害虫駆除』は完了しました」

『御苦労。にしても、害虫駆除…か。ククク……』

「…? どうかなさいましたか?」

『いや…な。まさか、貴様の口から、そのような言葉が飛び出すとは思わなくてな』

「私は単純に、少将閣下の考えを自分なりに理解しただけです」

『ほぅ…?』

「奴等こそ、この世で最も嫌悪すべき害虫。放置しておけば、ハーゼ隊のような心ある人々が危険に晒される。それだけは絶対に看過できません」

『そうか……』

 

 通信を聞きながら、グレイヴは予想外の事に驚きつつも、同時に望外の幸運に喜んでいた。

 

『(最初は単純に織斑千冬と接触させる為だけにあそこに送ったのだが…まさか、それが思わぬ効果をもたらすとはな。あの役立たず共も少しは貢献できたという事か。自らの意志で我等と志を同じくするのであれば、これ以上に都合のいい事は無い。色々と余計な手間が省けるやもしれんな……)』

 

 コード80の感情の発露は想像出来なかったが、結果としては申し分が無いので何も言わない。

 それどころか、今まで望み薄だったペイルライダーの第二形態移行(セカンド・シフト)が可能になるかもしれない。

 貴重なデータと最強の戦力。

 その二つが同時に手に入るのであれば、多少の事は大目に見られる。

 

『お前は急いでそこから離れろ。もうすぐ処理班が到着する。回収したコアに関しては、合流した処理班に渡せばいい』

「了解です。コード80、これより基地に帰還します」

『うむ。明日に備えて、ゆっくりと休め』

「お気遣い感謝します。では」

 

 通信が切れ一息つく。

 ふと、足元に転がっている苦悶の表情で死んでいる女の死体の頭に目が行く。

 

「……目障り」

 

 たったそれだけの理由で、彼女は女の死体の頭を踏み潰す。

 それに何の感慨も抱くことなく、単に『後で機体各部を洗浄しないとなぁ』としか考えなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 コード80が基地へと戻ってきたのは朝になってからだった。

 

 起床と同時に枕元に置いてあった置手紙を読んだ千冬が、ハーゼ隊全員を叩きこしてから訓練場に集合させた。

 

「あいつを最後に見たのはラウラだったんだな?」

「は…はい! 夜中の寮の屋上にて少し話しました!」

「その時は、何かあいつに通信のようなものは来ていなかったか?」

「来ていませんでした。恐らくは、私が去ってから彼女個人に送られてきたのかと……」

「だろうな……くそっ!」

 

 守ると誓った矢先の、この事態。

 どうして、この世界は彼女をこうも使い潰そうとするのか。

 千冬は、久し振りに世の中の理不尽さに怒りを感じた。

 

「きょ…教官! あそこに!」

「ペイル…ライダー…?」

 

 基地の上空、ゆっくりと降下してくるペイルライダーの姿が見えた。

 機体表面はなにやら濡れていて、どうやら帰還する途中にどこか適当な場所で返り血を洗い流したようだ。

 

 ペイルライダーが地面に降り立つと同時に解除されるが、コード80は足元がふらついて倒れそうになる。

 そこに千冬が全速力で駆けつけ、彼女の事を抱きとめることに成功した。

 

「だ…大丈夫かっ!?」

「コード80……只今…帰還しました……」

「あぁ…よく帰ってきた……ご苦労だったな……」

「はい……HADESは夜中に使うものではありませんね……。反動による疲労と眠気が同時にやってきて…何回か途中で落下しそうになりました……」

「ハ…ハデス…? それよりも、今日は一日ゆっくりと休め。部屋まで運んでやるからな……」

「お手数…お掛け…し…ま……」

 

 ここでコード80は目を閉じ、緊急休眠状態に移行する。

 千冬の腕の中で静かな寝息を立て、その寝顔は先程まで殺戮をしていたとは思えない程に穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




知らぬが仏。知って得する事も無し。


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Without a definite answer

戦の前の日常。














 コード80がハーゼ隊の隊員達や千冬と共に過ごすようになってから約一ヶ月が経過した。

 あれからも彼女は定期的に『特殊任務』に駆り出されていき、帰還する度に目を背けたくなる程に消耗してくる。

 具体的にどんな任務をしているのかは、まだ知らされてはいないのだが、かといって目の前で幼い少女が息も絶え絶えな状態になっているのを見て何にも思わないような人間はここにはいなかった。

 良くも悪くも、シュヴァルツェ・ハーゼ隊という部隊は軍隊らしからぬ所だった。

 

 特に千冬の心配具合が酷く、コード80が任務から帰ってきたら、すぐに彼女を部屋まで運んでから優しくベッドに寝かせ、夜にはそっと抱きしめながら添い寝をする。

 完全に過保護になっているが、コード80の様子を見ていたら、そうなるのも無理はないとハーゼ隊の少女達は思っているので、誰も何も言わなかった。

 それどころか、最近は一緒になって彼女の事を気に掛けるようになっていく始末。

 ここに来たのはあくまでも護衛任務だからなのだが、その自分がどうしてこんな事になっているのか全く持って理解出来ていない。

 

 そんな今日も、千冬指導の下でハーゼ隊の訓練が始まろうとしているのだが、今朝はなんだか様子が違っていた。

 

「ん? 少し人数が足りない気が…どこに消えた?」

「もうすぐ来ると思います」

「それはどういう意味だ? よく見たら葉月もいないじゃないか」

 

 最初はふとした拍子に『葉月』と呼んでしまっていた千冬だが、今では普通に彼女の事を『本来の名前』で呼ぶようになっていた。

 『コード80』なんて呼び方は絶対にしたくなかったし、かといっていつまでも『おい』とか『お前』なんて呼ぶのも憚られた。

 彼女にとって、自分こそが全ての元凶であり仇。

 何も知らない、覚えていないとはいえ、彼女の事を蔑にだけはしたくは無い。

 ハーゼ隊の者達も千冬の事を真似して、コード80を自然と『ハヅキ』と呼ぶようになっている。

 

 勿論、本人からも『どうして自分の事をそんな風に呼ぶのか』と質問が飛んできたが、そこは『そっちの方が呼びやすいから』と答え、名前の由来に関しては『前に読んだ小説の登場人物にそんなのがいたから』と言って適当に誤魔化しておいた。

 流石に『お前の本当の名前だから』と告げるのには抵抗がある。

 

「遅れて申し訳ありませんでした!」

「「すみませんでした!」」

 

 三名の隊員が汗を流しながら駆け足でやって来た。

 だが、来たのは彼女達だけではなく、どこかで見たような黒い制服を着用した少女も一緒だ。

 

「全く…まずはどうして遅れたのか聞かせて貰お…う……か……?」

 

 溜息交じりに振り向いた千冬の身体が固まった。

 そこには、ハーゼ隊の制服を着た葉月がいたから。

 

「は…葉月…その格好はどうした…?」

「なんでも、私用に誂えた制服らしいです。別にいいと何度も進言したのですが……」

 

 完全にお揃いになっている制服に加え、ちゃんと帽子まで被っている。

 だが、一ヵ所だけ皆とは違っている部分があった。

 

「しかし、何故に私だけ短いスカートなのでしょうか? 確かに非常に動き易くはありますが……」

 

 そう。他の隊員達は軍用のズボンを履いているのに、葉月だけが俗に言う『フレアスカート』と呼ばれるタイプの物を穿いていた。

 本人は全く気にしていないようだが、傍から見ると太腿の殆どが露出していて、ほんの少しでも風が吹けばスカートの中が見えてしまいそうな程だった。

 

「前々から注文していた制服がやっと届いたので!」

「ハヅキちゃんをお着替えさせてました! サイズもピッタリです!」

「予想以上に可愛くなって驚いてます! 因みに、ズボンよりもスカートの方がもっと可愛いと判断し、彼女に穿いて貰いました! こんなにも一緒に過ごせばもう、ハヅキちゃんもハーゼ隊の一員みたいなもんですから!」

 

 敬礼をしながら軍人らしからぬことを報告する三人。

 その顔は笑顔であり、鼻血も出ていた。

 

「そ…そうか……」

 

 葉月のすっかり変わった姿を見て、千冬も顔を赤らめながら顔を背けた。

 その体は激しくプルプルと震えている。

 

(今までずっとISスーツ姿のままだったから、普段のギャップとも相まって破壊力が凄まじいな……)

 

 穿き慣れないスカートの短い裾を摘まみながらヒラヒラとさせる。

 下半身の露出だけならば、いつもとそこまで差は無い筈なのだが、布一枚付けただけでかなり落ち着かないようだ。

 

「お…おい! あんまりそうやってヒラヒラさせるな! 見えたらどうするッ!?」

「見えるとは?」

「下着だ! お前には恥じらいが無いのかっ!?」

「そう言われましても、制服の下に着用しているのはISスーツですので、そこまで気にする必要はないと思われますが……」

「なんだと?」

 

 これはどういうことだ?

 そんな意味を込めて、葉月を連れてきた三人を見つめる。

 

「いや~…流石に下着までは注文できなかったと言いますか……」

「それ以前に、ハヅキちゃんがそれ系の物を全く持っていなかったのが想定外と言うか……」

「仕方がないので、上から着させることにしました」

 

 『ロールアウト』してからこっち、衣服の類で支給されたのは専用のISスーツと、お情けで貰ったボロ布だけ。

 それ以外には私服は愚か、下着さえ全く持っていなかった。

 どうして今の今まで気が付かなかったのかと言いたくなるが、それは葉月と一緒にシャワーを浴びたりした者が一人もいなかったから。

 千冬は単純な羞恥心から、他の者達は普通にタイミングが悪かった。

 

「はぁ……葉月」

「はい?」

「今度…一緒に下着を買いに行こう」

「金銭は微塵も所持していませんが……」

「私が奢ってやる。というか、奢らせてくれ……」

「はぁ…教官がそう仰られるのであれば……」

 

 まだまだ教えなければいけない事は多い。

 小首を傾げる葉月を見ながら、頭を抱える千冬だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 訓練の合間の小休止。

 何度も大きく呼吸を繰り返しながら、全身に汗を掻いた状態で日陰のある壁際に座って体を休める隊員達。

 葉月は、そんな彼女達にスポーツドリンクやタオルを配っていた。

 

「どうぞ。これで汗を拭いて、水分補給をしてください」

「ありがと~…」

 

 本人は無自覚だが、やっている事は完全に部活のマネージャーである。

 その光景に違和感が無いのが、また凄い。

 千冬だけはそんな彼女を見て満足そうに頷いていたが。

 

「ボーデヴィッヒ少尉も、これをどうぞ」

「う…うむ…感謝する」

 

 気まずそうにしながらも、ラウラはその手からタオルを受け取る。

 あの夜中のライバル宣言の後から、ラウラは何度も葉月に試合を挑んでは敗れている。

 勝者からの施しを受けて複雑な気持ちになっている本人だが、葉月に悪意なんて全く無い事は最初から知っているし、今はそんな余裕が無いのもまた事実だった。

 

「あの二人…すっかり仲良くなってるよね~」

「だね~。歳も近いからなのか、二人とも話し易そうにしてるし」

 

 境遇も似ているから。

 本当はそう付け加えたかったが、それだけは人として言ってはいけない事だと理解していたので、敢えて飲み込んだ。

 

「…そういえば、まだお前自身の身体能力を見たことが無いな」

「私自身の…?」

「あぁ。IS操縦の腕が超一流なのは認める。だが、それとこれとは話は別だ」

 

 ISの腕と操縦者の身体能力は比例する。

 体を鍛えなければ上手く操縦できないし、その逆もまた然りなのだ。

 そこら辺の連中なんて歯牙にもかけない時点で相当に高い身体能力を持っていることは明白だが、まだそれを直に見た事は無い。

 だからこそ気になってしまうのだ。

 葉月の運動神経を。その能力を。

 

「では、実際に測ってみるか?」

「教官?」

 

 ここでまさかの千冬からの提案。

 これには全員が目を丸くして驚いた。あの葉月でさえも。

 

「私も見てみたいとは思ってたからな。いい機会だ。少しやってみせてくれないか?」

「了解しました。では、早速着替えて……」

「だ…大丈夫! そのままでも問題無いから!」

「そう…ですか?」

 

 制服を脱ごうとした葉月を、クラリッサが咄嗟に止めさせる。

 普通ならば、また元に戻ろうとする彼女の事を考えての事だと思われるが、実際には違っていた。

 

(あんなにもひらひらとしたスカートのまま走れば、中が見えるのは必至! ISスーツだと分っていても、そのエロスは凄まじい破壊力が有る筈!)

 

 完全に自分本位の考えだった。

 無論、そんな彼女の考えを見抜かない千冬ではなく、後でクラリッサだけ追加のトレーニングが決定した瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 基地内で測れる項目と言ったら限られてくるので、取り敢えず出来そうなものから試していくことに。

 

 そんなわけで、まずは握力から。

 どうして基地内に握力計があるのかは謎。

 

「これを握ればよいのですか?」

「そうだ。思い切りやっていいぞ」

「では……」

 

 ここにある握力計は特別製で、最大で300キロまで測る事が可能だ。

 なので、多少やりすぎても問題は無い。

 余談だが、全力の千冬の握力も普通に耐えきってみせた事からも、その頑丈さが伺えるだろう。

 

「えい」

 

 そんな可愛らしい掛け声と共に手を握りしめる。

 手は思い切り握られていて、僅かに震えていることからも相当に力を入れていることが分かる。

 

「……これぐらいでいいでしょうか?」

「どれどれ……んんっ!?」

「え……?」

 

 葉月に渡された握力計に示された数値を見て、千冬は言葉を失った。

 それを横からクラリッサも覗き見たが、同じように絶句した。

 

「これが…葉月の全力……」

「よく壊れませんでしたね……」

 

 一体どんな数値なのかはご想像にお任せしよう。

 

(あ…よく見たら、グリップの部分が少しだけ罅割れてる…)

 

 見つけてしまった葉月の実力の一端。

 敢えて、クラリッサは何も見なかった振りをした。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 次に行ったのは50メートル走。

 完全に学生のスポーツテストになってるじゃないかとか言ってはいけない。

 今回は訓練場の一部を使って計測をすることにした。

 

「スタンディングスタートとクラウチングスタート。どちらでも構わないからな」

「了解しました」

 

 ゴール地点では千冬がストップウォッチを持って待機している。

 逆に、スタート地点ではクラリッサがピストルスターターを上空に向けていた。

 

「では、準備をしてください」

「はい」

 

 葉月はスタート地点でしゃがみこみ、クラウチングスタートの構えを取った。

 後ろから見学している隊員達は、そのきわどい姿にドキドキしている。

 ちょっと屈んで上を見れば、完全に見えそうだから。

 

「…………」

 

 風が吹き、それが止む。

 クラリッサは自分の耳を覆い、引き金を引いた。

 

 パァンッ!!

 

「はっ!」

 

 気合の籠った声と共に全力のスタートダッシュ。

 だが、眼下のコンクリートが彼女の脚力に耐えられなかったようで、走り出したと同時に右足があった場所が完全に粉々になっていた。

 

「速っ!?」

「もうゴールに着くッ!?」

 

 文字通り、あっという間にゴールイン。

 そのタイムを見て、またしても千冬の表情筋が仕事をボイコットした。

 

「な…なんだこれは……世界記録なんて余裕で越えてるじゃないか……!」

 

 確かに、葉月は人体改造によって人知を超越した能力を手にした。

 だが、ここまでだったとは誰が想像するだろうか。

 間違いなく、これは『人間を殺す為だけに特化』している。

 でなければ、ここまで過剰な能力なんて必要ない。

 

「ふぅ……まだまだですね」

「そ…そうなのっ!? 今のでもめちゃくちゃ速かったけどッ!?」

「いいえ。0コンマ2秒ほど、スタートが出遅れました。戦場では、この僅かな差が生死を分けます。それに、ジャストタイミングでスタート出来ていれば、もっとタイムを縮められたかもしれません」

「おぉ……意外とストイック……」

 

 もしも葉月がドイツ代表で陸上競技に出場でもしたならば、世界記録を軽々と更新した上で何枚ものメダルを貢献していたかもしれない。

 一体どちらの方が『宝の持ち腐れ』になるのかは分からないが。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その後も、垂直跳びで3~4メートルぐらいを簡単に飛び、なんでかあった鉄球で測った砲丸投げに至っては計測不能。どこまで飛んで行ったか分からない。

 他にも色々と試していった結果、判明したのはたった一つのシンプルな答えだった。

 

「この子……可愛い顔をして、中身は完全に超人の粋だわ……」

 

 結論。普通の人間じゃ絶対に勝てません。

 そんな事を言い渡された本人は、皆の目の前で座りながら開脚をして、そのまま地面に上半身をくっつけていた。

 

「体は人並み以上には柔らかい方なので」

「体操選手かな?」

 

 別に、これはそこまで驚くような要素ではない。

 隊員達の中にも同じぐらいに体が柔らかい者はいる。

 けれど、さっきまでも超人的記録を並べられた後では全く持って印象が違ってくる。

 

「……レオタードを着せてもいいかもしれませんね」

 

 お前は少し黙れ。変態隊長。

 

「な…中々やるではないか……それでこそ、この私の好敵手に相応しい……」

「ラウラ。表情と台詞が全く合ってないよ」

 

 腕組みをして強がってはいるが、ラウラは顔中に冷や汗を掻いていた。

 ふとした疑問を口にした結果、とんでもない事実が判明してしまったから。

 これには流石のラウラも認めざる負えなかった。

 

「まぁ…確かに驚いたが、だからといって葉月が変わる訳ではない。コイツの凄さは前々から知っていたからな。それがちゃんとした数値で明らかになっただけだ」

 

 隊員達が驚愕から抜け出せない中、千冬だけはありのままを受け入れていた。

 自分もあまり人の事は言えない以上、深く追求するのは躊躇われる。

 それ以前に、葉月の事を守ると決意しているので、この程度の事で揺らぐわけにはいかないのだ。

 

「これで休憩は終了だ。訓練を再開するぞ!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 なんだかんだいっても、ちゃんとメリハリはつけるハーゼ隊と千冬だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




日常こそが最高の宝。

だからこそ守るのだ。


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イギリス編 ~And she becomes a girl.~
Pleasure slaves falling on sick limbs


交錯する運命。







 基地内 通信室

 モニター越しとはいえ、そこで葉月は久方振りに自分の上官の顔を見た。

 

『こうして顔を合わせるのは久し振りだな』

「少将閣下もお元気そうで何よりです」

『ククク……お前もそんな事を言えるようになったのか』

 

 少し前までは機械的な反応しか示さなかった彼女は、今では相手の事を気遣うような言葉を発する事が出来る。

 明らかにハーゼ隊の面々や千冬と出会った影響だ。

 

『(もしも、感情の発露が悪い意味で作用していたのならばリセットする事を考慮しなければいけなかったが、その必要はなさそうだな。あくまで現段階では…の話になるが)』

 

 完全無表情だった顔も、今は心なしかキリっとしているようにも見える。

 人間の持つ感情の強さはグレイヴも理解しているので、葉月に起きた変化を一概には否定しない。

 寧ろ、ペイルライダーの…HADESとは今の彼女の方が相性が良いとさえ言える。

 何も感じない機械は効率よく敵を排除は出来るが、殺気のような物は感知できない。

 だが、今の葉月は違う。無機質な『兵器』から、徐々にではあるが『人間』になりつつあった。

 これならば、HADESの性能を十全に発揮できるかもしれない。

 

『その制服は支給された物か? 中々に似合っているではないか』

「ありがとうございます」

『思えば、お前には年頃の娘が着るような服は一切渡してこなかったな』

「私はドイツ軍の兵器ですので。そのような物は不要かと」

『その割には、制服をちゃんと着こなしているではないか』

「着こなしている…のでしょうか」

『あぁ…よく似合っているぞ。正直、見違えた』

 

 いつにも増して上機嫌で饒舌なのは、目下の目的である『害虫駆除』が順調だからだ。

 今のグレイヴならば、葉月に小遣いもくれるかもしれない。

 本人は『結構です』と言って断るかもしれないが。

 

「それで、本日は何の御用でしょうか?」

『おっと、そうだった。つい話が脱線してしまったな』

 

 咳払いをしてから、モニターの向こうのグレイヴは座り直して机の上に両肘をついた。

 

『コード80。お前は『ティアーズ計画』というものを知っているか?』

「少しだけならば。確か、イギリスで行われているビット兵器搭載型ISを開発するプロジェクト…ですよね?」

『その通りだ。現在、二機のISが開発途中らしいのだが、それを狙って例の連中が生意気にも動き出しているらしいという情報を掴んだ』

「女性権利団体…ですね」

『そうだ。この世に湧き出た膿であり、排除すべき害虫でもある。欲望のままに動き、男女問わずに搾取し続けている醜き蛆虫共。奴らはどこにでも潜んでいる。イギリスにもな』

 

 さっきまでの穏やか(?)な雰囲気は無くなり、その顔が怒りに染まる。

 それを釣られてか、葉月もまた真剣な顔つきに変わった。

 

「まさか、今回の任務とは……」

『察しが良いな。そうだ。これからイギリスまで飛んで貰い、開発中の試作ISを防衛せよ。無論、その際における相手の生死は問わん』

「了解しました。ですが、一つだけ質問をしてもよろしいでしょうか?」

『なんだ?』

「この度のそれは、イギリスからの救援要請があったから…と思ってよろしいので?」

 

 なんと、あの葉月が任務に対して質問をしてきた。

 これまでは、他の情報などは全て後でペイルライダーに送っていたが、事前にこんな事を聞いてきたのはこれが初めてだった。

 

『…そうだな。過去の諍いなどは忘れ、これからは世界共通の敵に対して一致団結をしなければいけない時代だ。国交問題の事もあるのだが、それとは別にイギリスには私個人の知り合いも多くてな。彼らから頼まれては嫌とは言えないだろう?』

「仰る通りです」

『我等の同志は思っている以上に多く存在しているのだ。それをよく覚えておけ』

「承知しました」

 

 大きく頷いてから、葉月も彼の考えに同意した。

 感情の発露が確認されたと言っても、根っこの部分はまだ何も変わっていない。

 

『言うまでも無い事だが、もしも相手が『強硬手段』に打って出た場合はペイルライダーの使用を許可する。何か聞かれた時は…そうだな。ドイツで開発された試作機とでも言っておけ。お前はそのテストパイロットだという事にしておこう』

「分かりました」

『私から向こうに話は通しておく。それで問題は無い筈だ。それから、今回の移動には専用の輸送機を使って貰う。帰還の際も同様だ。任務完了次第、こちらに報告しろ。それに合わせて迎えを出してやる』

 

 今までに比べれば破格の扱いだった。

 国内ならばいざ知らず、他国に年端もいかない少女を使い潰している姿を見せたくないのか。

 なんだかんだ言って、結局は腹の探り合いをしているのかもしれない。

 

『それと、これも言っておかねばな』

「なんでしょうか?」

『今回の防衛対象である試作型ISの内の一機にはもうパイロット候補がいるらしくてな。それがとある名家の御令嬢の代表候補生らしい。もしかしたら会う機会もあるやもしれん。その時は、余り失礼が無いように対応しろ。ま、今のお前ならば問題無いかもしれんがな』

 

 その後も、任務に関する話が続いてから通信は終了した。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「任務でイギリスに行くことになった…だとっ!?」

「はい。ですので、申し訳ありませんが、少しの間だけここを離れる事になります」

 

 基地内にある食堂において、先程の通信に付いて話せる範囲だけではあるが全員に報告をしていた。

 イギリスに出張紛いになる事を言った瞬間、全員が騒然となったが。

 

「ど…どれぐらい掛かる予定なのだ?」

「それはまだなんとも。相手次第…と言ったところでしょうね」

 

 いつもならば強気なラウラが、目を潤ませながら訪ねてきた。

 同年代の仲のいい相手がいなくなることは、今の彼女には相当に堪えるようだ。

 

「大丈夫ですよ、ボーデヴィッヒ少尉。別にずっと向こうにいる訳ではありません。長くても一週間ぐらいではないかと予想しています」

「一週間…か……」

 

 たった七日。されど七日。

 長いと言えば長いが、短いと言えば短い時間だった。

 

「168時間……もしくは、10080分か……」

「どうして時間と分に換算するんですか?」

 

 ここで珍しく葉月のツッコミ。

 混乱して思わず細かく計算してしまったラウラの頭に手を乗せる。

 

「私がいない間、訓練を頑張っていてください。そして、戻ってきたらまた模擬戦をしましょう」

「う…うん……ぐじゅ……今度は私が勝つがな!」

「楽しみにしています」

 

 葉月の方が僅かではあるがラウラよりも背が高いので、親友同士というよりは姉妹のように見えてしまう。

 実際、今のラウラは完全に葉月の成すがままにされながら頭を撫でられている。

 

「任務にはいつから向かうのですか?」

「明日の早朝からになる予定です。ですので、後で準備に取り掛からねばいけません」

「我々に出来る事は何かありますか?」

「今は何も。強いて言うならば、ここをお願いします…としか」

「それは当然です。この基地こそが我が家に等しいのですから」

 

 葉月の事を心配したクラリッサだったが、却って彼女に心配されてしまう。

 まだまだ自分達と葉月の実力差は大きいとはいえ、なんとも情けなかった。

 

「それじゃあ今日は…ハヅキちゃんの送別会だぁ~!」

「「「「おぉ~!」」」」

「いや…別に私はすぐに戻ってくるつもりなのですが……聞いてますか?」

 

 全くもって聞いていないだろう。

 結局、そのまま流されるがままに送別会に巻き込まれた葉月であった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「では、行って参ります」

「頑張って来いよ」

 

 基地内の殆どの人間に見送られながら、葉月は輸送機に搭乗する。

 コックピットでは、以前にも彼女を運んだ経験のある操縦士が乗っていた。

 

「よぉ…久し振りだな」

「お久し振りです。また、お世話になります」

「…………」

 

 最後に見た時とは完全に別人となっている彼女を見て、操縦士は思わず口を開けたままフリーズしてしまった。

 

「お…お前…本当に、あのコード80かよ……」

「はい。そうですが何か?」

「い…いや……なんつーか…変わり過ぎだろ……」

「少将閣下にも言われましたが、そうでしょうか?」

「明らかに変わってるだろ……」

 

 帽子を深く被り直し、今更ながら罪悪感が迫ってくる。

 

(前に見た時は『言葉を話す人形』って感じだったのによ…今じゃ完全に『普通の女の子』になってるじゃねぇか。これで根っこの部分はそのまんまとか……)

「はぁ~……」

 

 操縦桿を握りしめながら、大きな溜息を吐く。

 もうその顔には陽気な笑顔は浮かんでいなかった。

 

(俺…絶対に碌な死に方しねぇな……クソ…!)

 

 これは非常にいい事の筈なのに、どうして前のままでいてくれなかったんだという気持ちも残っている。

 あの頃のままだったならば、今のような罪悪感も無かったのに。

 

「それじゃあ、座席にしっかりと座ってシートベルトをお締めくださいな。可愛いお嬢さん」

「了解しました」

 

 死ぬ時はせめて、この子を守って死にたい。

 そうでも思わないと、この罪悪感とは向き合えそうになかった。

 

 そして、輸送機は一路、イギリスの首都ロンドンにあるIS開発研究所まで飛んで行くのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 幾ら技術が発展したとはいえ、矢張りたった一晩では辿り着けない。

 夜になり、真っ暗な機内の小窓から夜空を見つめ、星の煌めきに目を奪われる。

 

(本当に変わっちまったなぁ……アイツ)

 

 自動操縦にして休憩していた操縦士は、ジッと窓の外を見つめる葉月を見て改めて考える。

 見た目だけは、ごく普通のどこにでもいるような少女なのに、あの小さな体に大の大人すらも軽く殺せる程の力が宿っているなんて誰が想像するだろう。

 少なくとも、初見の相手では絶対に分からない。

 

(…そういや、うちの従姉妹もあれぐらいの歳の頃だったっけ…。あいつも、本当なら今頃は普通に親と暮らしてたんだろうに……)

 

 考えないようにしていても、一度でもスイッチが入ってしまうと止まらない。

 頭の中はもう、葉月のIFの事で一杯だった。

 

「ん?」

 

 葉月の様子を伺っていると、彼女の様子がおかしい事に気が付く。

 窓を見ていた彼女の顔が下がっていて、息遣いも静かになった。

 

「…寝ちまったのか」

 

 仕方がないので、操縦席を離れて機内にある毛布を彼女の身体に掛けてやることに。

 それでまた罪悪感が増していくのだが。

 

「せめて、安全快適なフライトだけは約束してやるよ……お姫様」

 

 そう呟いてから、操縦士はそっと葉月の頭を撫でてから操縦席に戻った。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 次の日になり、輸送機は何事も無くイギリスに入国できた。

 管制塔からの通信を聞きながら進んでいくと、ロンドンの街中の一角に明らかに大きな建築物が見えた。

 建物の横には広大な離着陸出来る場所があり、この輸送機でも余裕で降りられる。

 因みに、今回は軍の任務という名目で来ているので、空港には降り立っていない。

 勿論だが、葉月はパスポートなんて物は持っていない…のだが、実は後々の事を考えて密かにグレイヴが彼女の為のパスポートを作っていて、それは既にペイルライダーの拡張領域内に収納してあった。

 知らぬは本人だけだった。

 

「あそこか。着陸するぞ! しっかり捕まってろ!」

 

 ゆっくりとではあるが確実に高度を下げていき、降着装置を出して着陸に備える。

 そのまま甲高い音を出しながら地面を走り、いい具合に着陸に成功した。

 

「ふぅ~……よし。もう大丈夫だ。降りてもいいぞ」

「ありがとうございました。帰りもお願いします」

「おう。任せときな」

 

 丁寧にお辞儀をしながら挨拶をしてから輸送機を降りていく葉月を見送りながら、彼は静かに呟いた。

 

「俺がお前にしてやれる事なんて…それぐらいだしな」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 輸送機を降りていくと、そこには出迎えと思われる人物達が立っていた。

 一人は背広を着て眼鏡を掛けた、いかにもな男性で、もう一人は葉月と同じ歳の頃と思われる金髪の美しい少女だった。

 

「お待ちしておりました。お話は少将閣下から既に伺っております」

「こちらこそ、今回はよろしくお願いします」

 

 なにやら自分に向けて視線を感じたので目を動かすと、いつの間にか少女が近くまで来ていて葉月の事を凝視していた。

 

「貴女が、ドイツから派遣されてきた護衛役…ですの?」

「そうですが…貴女は?」

「まぁ! このような時は普通、ご自分から名乗るのが礼儀ではなくて?」

 

 今まで、そんな人間らしい教育なんて一度も受けた事が無い葉月にそんな事を言っても意味が無い。

 彼女は普通に受け止め、糧にするだけだ。

 

「コード80。もしくは葉月。どちらでもお好きな方でお呼びください」

「コ…コード…? いいでしょう…では、ハヅキさんと呼ばせて貰いますわ」

 

 いきなりのぶっ飛んだ名前に戸惑いながらも、少女はわざとらしく咳払いをしてから腰に手を当てながら名乗り始めた。

 

「私こそ、オルコット家の元当主であり、イギリスの代表候補生にしてティアーズ計画で生み出された試作IS一号機『ブルー・ティアーズ』の専属パイロットになる予定の『セシリア・オルコット』ですわ。短い間の関係になるでしょうが、どうかお見知りおきを。ハヅキさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




運命は、どこに転がっているか分らない。


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No truth can be seen here

見えるけど、見えないもの。






 イギリスにあるIS開発研究所。

 その前で出迎えてくれた二人と話す葉月。

 出逢ったばかりなので、まだその表情は無のままだ。

 

「私は軍から派遣されている技術士官で『アルフ・カムラ』といいます。階級は大尉ですが、余り気にしないでください。私自身はあくまでも、一介の技術屋のつもりですから」

「了解しました。カムラ大尉」

 

 言った矢先にコレだった。

 ちゃんと話を聞いているのか怪しくなってくる。

 

「カムラ大尉。少しだけよろしいでしょうか?」

「なんですか?」

「別に、私に対して敬語など使わなくてもよろしいですよ。他国から来た得体の知れない小娘に敬意を払っても仕方がないでしょう?」

「…別にそんなつもりじゃなかったんだがな。しかし、君がそう言ってくれるのであれば、遠慮なく普段通りの言葉遣いにさせて貰う。これでいいかな?」

「はい。大丈夫です」

 

 頭を掻きむしりながらカムラは考える。

 ドイツについては色々とキナ臭い話を聞いてはいるが、こんな小娘一人だけしか派遣をしないなんて、一体どう云う了見だ、と。

 

(それとも、この少女が噂に聞く『ドイツの秘密兵器』とやらの使い手なのか…?)

 

 詳しい事情を全く知らない彼には、現段階では判断のしようが無い。

 それはこれから自分の目で確かめていくしかない。

 

「それじゃあ早速、研究所の中を案内しよう。着いて来てくれ。セシリア、行くぞ」

「あ…はい。分かりましたわ、カムラおじ様」

 

 先程まで、腕を組んで葉月の事をジロジロと見定めるようにしていたセシリアであったが、カムラに声を掛けられると途端に大人しくなった。

 

(この二人…ただのパイロット候補と技術屋の関係じゃなさそうね)

 

 セシリアがふと零した『おじ様』という言葉を聞き逃さなかった葉月は、すぐに二人の関係を簡易的ではあるが推察した。

 彼女が試作機のテストパイロットに選ばれたのも、それが関係しているのかもしれない。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 葉月はこれまで、研究所のような施設を破壊することはあっても、中をじっくりと見て回る事は一度も無かった。

 どこもかしこも小奇麗になっていて、彼女にとっては全てが新鮮で、全てが真新しく見える。

 

「本当は、もっと詳しく案内してやりたいところなんだが、生憎とここにはそこかしこに機密があってな。ドイツから来た君には、ISがある格納庫と休憩所などの場所しか教えてやれない。済まないな」

「お気になさらず。それぐらいは初めから承知しているので。逆の立場であっても、私はカムラ大尉と全く同じことをしたでしょう」

「そう言ってくれると、こちらも幾分かは気が楽になるよ」

 

 前を歩きながら、後ろを歩く葉月の事を見ているカムラだったが、心の中では困惑をしていた。

 

(余り良い噂を聞かない、あの『グレイヴ』の秘蔵っ子って話だったから正直、どんな奴かと思っていたが…意外と気遣いが出来る子なのか? いや…それだけじゃないな)

 

 先程から、ずっと葉月は右に左にと目を動かし続け、何かを必死に観察しようとしていた。

 幾ら仕方がない事とは言え、他国の軍の人間を研究所に入れるなんて前代未聞だ。

 そんな悠長な事を言っている暇じゃないというのに加え、彼女を派遣させたグレイヴが相当な権力を有していることが大きく起因している。

 イギリス政府も、形振り構ってはいられなくなった証拠だ。

 

「あなた…先程から、ずっと何を見ているんですの?」

「目に見える物全てを。こんな風にISを開発する施設に入るのは初めてなもので」

「仮にも軍から派遣されている身なのに、それはどうなんですの?」

 

 セシリアに呆れられてしまっているが、葉月には返す言葉も無い。

 正確には何も言えないが正しいが。

 常に『壊す』立場の葉月は、無意識の内に建物内を見る時に常に『どこから攻めたら破壊しやすいだろうか』と考える癖が付いてしまっていた。

 ある種の職業病とも言える。世界一物騒な職業病だが。

 

「…もうすぐ格納庫に付く。そこに、護衛対象である試作ISが置いてある」

「おじ様。今更ながら本当にいいんですの? 他国の人間、しかも軍人にアレを見せるだなんて」

「構いやしないさ。どうせ、遅かれ早かれ世界中にお披露目するんだ。それが少し早くなっただけだ。それに……」

「それに? なんですの?」

「イグニッション・プラン。お前も知っているだろう?」

「え…えぇ……」

「それでドイツに対して先制をする意味も込められてるんだろうさ。多分な」

 

 イグニッション・プラン。

 欧州連合の統合防衛計画の別称で、現在は各国で様々なISを開発し、自機主力機の座を手に入れる為に躍起になって新型の第三世代機を生み出そうとしているのだ。

 無論、葉月が所属しているドイツとて例外ではない。

 

「おっと。軍の人間である君の前では禁句だったかな」

「御心配なく。そもそも、私は『軍の人間』ではありません」

「なに?」

「私はドイツ軍の『所有物』です。それ以上でも、それ以下でもありません」

「ハヅキさん…あなたは何を言って……」

 

 明らかに十代前半の少女が言うようなセリフじゃない。

 セシリアは本気で戸惑っていたが、カムラだけは違った。

 

(…どうやら、俺が思っている以上にドイツって国はヤバいようだな。研究第一主義者の俺でも、ここまで人道に反したことはしないぞ…!)

 

 研究者だから分かってしまう。理解してしまう。

 グレイヴが葉月に何をしたのか。彼女がどんな存在なのかを。

 

 そうこうしている間に、三人は目的地である格納庫へと辿り着いていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 格納庫には誰もおらず、いるのはやって来た三人だけだった。

 

「他の方々は?」

「今は休憩中だ」

「成る程」

 

 もしも、既に何者かが侵入をして研究員たちを手に掛けていたら、今すぐにでも動き出さなければいけない。

 こういった細かい確認は、葉月にとって非常に重要だった。

 

「まだロールアウトには至ってないが、完成は間近だろう」

「これが……ティアーズ計画の……」

「そう。一号機である『ブルー・ティアーズ』だ」

「そして、近い将来、このセシリア・オルコットの専用機となるISでもありますのよ!」

 

 青く美しい装甲がまず目に入る印象的な機体。

 機能性重視というよりは、外観重視のようにも感じた。

 前情報を何も知られていない状況ならば、真っ先に『随分と無駄が多い機体だ』なんて酷評をしていたかもしれないが、試作機ならばこんなものかと考える葉月であった。

 

「こうして拝見した感じでは、完成度は約80%ぐらいと見ますが?」

「よく分かったな。その通り、パッと見は完成しているように見えるが、まだまだ調整しなくちゃいけない箇所や追加で加えないといけない物が山ほどある。寧ろ、ここからが本番だ」

 

 余り専門的な事には詳しくはないが、それでも葉月にはこれまでずっとペイルライダーで戦ってきた経験がある。

 それにより、辛うじて今の状態を把握することが出来た。

 

「流石にカタログスペックなどは見せる事は出来ないがな。今はこれだけで勘弁してくれ」

「十分です。ところで、二号機の方はどちらに?」

「あぁ…『サイレント・ゼフィルス』か。あれはまだまだ完成には程遠いから、研究所の最奥に仕舞ってある。今は取り敢えず、一号機の完成を優先させるように上からお達しが来てるのさ」

 

 別に二号機を蔑にしている訳ではない。

 現状としては一号機の事を最優先し開発、ロールアウトさせた後にセシリアに稼働データを収集させ、それを利用して二号機をより完成度の高い代物に仕上げる算段なのだ。

 

「そういえば、君もドイツで開発された試作機のテストパイロットだと聞いているが?」

「ハ…ハヅキさんもなんですのッ!?」

「まぁ……一応」

 

 ダミーの情報が、もうこんな所にまで浸透している。

 幾らなんでも早過ぎではなかろうか?

 

「別に見せてくれなんて言うつもりはないが、一つだけ聞かせてくれ」

「答えられる質問で良ければ」

「君の専用機…それは、イグニッション・プラン用に開発されたISなのか?」

「それは違います。どちらかと言えば、私の機体は『国家防衛用』です。詳しい事は知りませんが、プラン提出用の機体は別にあると思われます」

「国家防衛用…か」

 

 聞いたことも無いカテゴリ。

 どう考えても普通じゃないのは明らかだ。

 国を守る為に産み出されたということは、逆に言えば中途半端な性能は許されないという事に他ならない。

 間違いなく、採算度外視の性能が与えられている事は明白だ。

 

「場合によっては、任務中にお見せする機会があるやもしれません。本来ならば、使わないのが一番なのでしょうが……」

「だろうな。だが、そう上手く事が運ばないのが現実だ」

 

 頭を抱えながら溜息を吐くカムラ。

 どうやら、彼は相当に困り果てているようだ。

 

「ですので、こちらも機体名称だけはお教えしておきます」

「おいおい…大丈夫なのか?」

「サービス、サービス…です」

「「は?」」

 

 前にクラリッサから教えて貰った台詞を試してみたが、不発に終わってしまった。

 もしもこの事が千冬に知られたら、間違いなく彼女の頭上に雷が落下するだろう。

 

「…RX-80PR ペイルライダー。それが私の専用機です」

 

 さっきの発言を誤魔化すように機体名を言って、腕に付いているダミーの待機形態である青いブレスレットを見せる。

 このブレスレット、別にこれといった特殊な機能は付加されていない、本当にどこにでもある代物で、敢えて言えば時計機能が付いてるぐらいだ。

 このご時世に敢えて針の時計になっていて、ちょっとお洒落。

 

「なんとも恐ろしい名前を付けたもんだ」

「おじ様はご存じで?」

「…ヨハネ黙示録に出てくる、四番目にして死を司る騎士。まるで、第一から第三までの騎士もいると言わんばかりの名前だな」

 

 葉月は何も言わないが、カムラの予想は当たっている。

 ペイルライダーはPR計画の集大成として生み出されたISであるが、その過程で数体の機体が製造されている。

 順番だけで言えば、その名の通りペイルライダーは四号機に該当するのだ。

 

「そのような機体を任せられているということは…ハヅキさんも代表候補生なんですの…?」

「残念ですが違います。私はあくまでも軍の……」

「おっと悪い。電話だ」

 

 いいタイミングでカムラのスマホに着信が来てくれた。

 もしも最後まで葉月に言わせていたら、絶対に二人に精神的ダメージを与えていただろう。

 

「どうした?」

『しゅ…主任、大変です! また『奴等』が来ました!』

「なんだとっ!?」

『こっちでどうにかしようと頑張ったんですけど、無理矢理に入られてしまって……』

「…そうか。よくやってくれた。スマンな」

『こちらこそ…申し訳ありませんでした。どうか、気を付けてください』

 

 通話が終わると同時に、いきなり格納庫の扉が開いた。

 そこから入って来たのは、高級なレディーススーツを着た三人組の女達だった。

 偉そうに腕組みをし、ニヤニヤとした表情を張り付けている。

 それを見た瞬間に葉月は全てを理解した。

 こいつ等こそが、今回の任務で自分が駆除すべき『害虫』なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




仕事の時間だ。


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Time cannot be stopped. Until l`m the last one.

知らぬが仏。






 突如として格納庫へと入ってきた女達は、葉月たちを見下すようにしながら近づいてきた。

 その顔には不敵な笑みを張り付けていて、誰が見てもいい印象は覚えないだろう。

 

「どうやら、完成まであと一歩というところみたいね」

「それがどうかしたのか」

 

 先程まで穏やかな表情をしていたカムラが、女達には敵意を剥き出しにして全く隠そうとしない。

 たったそれだけの事ではあるが、葉月は彼の事を本気で信用に値すると判断した。

 

「もうそろそろ返事を頂けるかしら? この『ブルー・ティアーズ』と、奥にある二号機の『サイレント・ゼフィルス』をこちらに引き渡してくださる? カムラ技術大尉さん?」

「その件なら何度言われても答えは同じだ! 貴様たちみたいな我欲の権化なぞに、俺達が精魂込めて製造したブルーもゼフィルスも絶対に渡さん!!」

 

 格納庫内全体に響き渡るような叫びで反論するが、女達は全く動じていない。

 それどころか、先程よりも笑みを深くしていた。

 

「こちらも何度だって言ってあげるわ。全てのISは私達が運用する事で初めて役に立つの。何故なら、我々こそがISに選ばれし存在なのだから」

「戯言もそこまで行くと滑稽だな」

「…なんですって?」

「いいか、よく聞け! このブルーはそこにいるセシリアが努力と才能と実力で勝ち取った物なんだ! ISの本質すらも理解していない馬鹿が安易に触れていいもんじゃないんだ!!」

「セシリア…? あぁ…あのオルコット家の。成る程…その子が……」

 

 セシリアの事を見つけると、彼女の方に視線を向けて威圧する。

 だが、そんなプレッシャーに何て全く気圧されることなく、セシリアはしっかりと足を踏ん張って睨み返した。

 

「何をどうやったかは知らないけれど、そんな没落寸前の家の小娘なんかには過ぎた代物よ。ISとは、篠ノ之束という偉大な存在が我等にお与えくださった力であり、私達こそがISを使うに最も相応しいのだから」

「実力とか言ってたけど、どうせ金や体を使って候補生になったんでしょう?」

「落ちぶれ貴族のオルコットさんは大変ねぇ~!」

「「「ははははははははははっ!!!」」」

「貴女たち…我が家に対するこれ以上の侮辱は許しませんわよ!!」

 

 挑発に乗ってセシリアが前に出ようとするが、それを阻むようにして葉月が体を広げて静止させた。

 

「ハヅキさん! そこをどいてくださいまし! その者達は私の家を馬鹿にしたのですよ!」

「ダメです。絶対にどきません」

「ハヅキさん!!」

 

 セシリアの事を押し留める葉月を見て、女達は目を細める。

 見慣れぬ服装を着た、見慣れぬ少女がここにいるのだから当然だが。

 

「…その黒い服を着た子が、二号機のテストパイロットってわけ?」

「だとしたらどうする?」

「決まってるじゃない。美しきISに集る蠅は潰すだけ」

 

 なにやら勘違いをしているようだが、葉月にとっては都合がいい。

 変に素性を探られるよりはマシだ。

 

(落ち着いてくださいオルコットさん。ここで下手に暴れれば、それこそ奴らの思う壺です)

(しかし!)

(もしもここであいつ等に殴り掛かりでもしたら、それをいいように捏造された挙句、一気に追い込まれます。頭の中身や思想は蛆虫以下の連中ですが、その政治力と狡猾さは本物です。恐らく、証拠映像を撮る為の小型の機器やら録音機やらを持っていると思われます)

 

 セシリアを宥めるように小声で話す葉月。

 それを聞いた彼女も同じように小声で話した。

 代表候補生として訓練を受けているセシリアには容易い。

 

(ここは我慢をしてください。怒りが収まらないのであれば、後で幾らでも私の事を殴っても構いませんから)

(そ…そんな事なんて出来るわけないじゃない!)

(……優しいんですね、貴女は。そんなオルコットさんだからこそ、奴らの毒牙に掛けさせるわけにはいかない。今は耐えてください…お願いします)

(ハヅキさん……)

 

 葉月の説得が成功したのか、セシリアは拳を震わせながらも後ろへと下がった。

 唇を噛み締めながらも、必死に女達の侮辱に萎えている。

 

「どうやら、平行線みたいね」

「平行線? 寝言は寝てから言うんだな。これから先もずっと、こっちの答えは永遠に変わる事は無い! 諦めて、とっとと帰るんだな!」

「…絶対に渡す気は無いと?」

「当たり前だ!! ここにあるネジ一本に至る全て、腐れ外道の馬鹿どもに渡す物なんて何も無い!!」

 

 これまでのやり取りでカムラも頭に血が上っているようで、冷静さが無くなってきている。

 それを見て葉月は密かに『ヤバい』と思っていた。

 下手に怒らせたら何を仕出かすか分からない連中だから。

 

「…いいでしょう。なら、こちらにも考えがあります。行くわよ」

「「はい」」

 

 笑みを消してから踵を返し、大人しく去っていく女達。

 その引き際に不気味さを感じる葉月。

 彼女の胸中に嫌な予感が湧き出てくる。

 

「二度と来るな!!」

 

 格納庫の出入り口の扉が閉まると同時に、カムラは傍にあったスパナを投げつけた。

 扉に当たって虚しく床に落ちただけだが。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……クソが!!」

 

 女達がいなくなってもイライラは収まらず、思わず床を思い切り踏んで少しでも発散させようとした。

 何回かしている内に、やっと気持ちが落ち着いて冷静になったようで、最後に大きな溜息を吐いてから肩を落とす。

 

「…奴らが例の?」

「あぁ…この国の女性権利団体のバカ共さ。なんでもかんでも自分達の好き放題に出来ると本気で信じている連中だ」

 

 扉の方を見て、葉月は頭の中でこれからの事を考える。

 自分が奴等ならばどうするか。どのような行動をしてくるのかを。

 

「…また来ると思うか?」

「来るでしょうね。十中八九」

「だよなぁ……」

 

 今更ながらに考えてしまう。

 アイツ等の主張なんかに耳を貸さずに、軽く受け流しておけばよかったじゃないかと。

 だが、これまでに溜まった鬱憤がそれを許してくれなかった。

 

「あいつ等がここに来たのは今日が初めてじゃない。これまでに何回も来てるんだ。話す事は全く同じだがな」

「ティアーズ計画のISを渡せ…と?」

「そうだ。一体どこでブルー達の情報を手に入れたのやら…。一応、完成するまでは機密扱いで、軍や政府の連中でも知っているのは極僅かの筈なんだが……」

「…情報のリークがあったのでしょう」

「なんだと?」

「出所は、その『政府の連中』かと。国によっては、権利団体の影響力は国家の中枢にまで及んでいる場合があります」

「……冗談でも笑えないな」

 

 勿論、葉月が冗談で言っている訳ではないのは分かっていた。

 それでも、そう言わないとやってられない。

 

「奴らの様子から察するに、次は『強行策』で来る可能性が高いでしょう」

「ISか!?」

「はい。ですが心配ありません。そのような時の為に私が派遣されたのですから」

「……悪いな」

「任務ですから」

 

 分かっていることとはいえ、そう簡単には割り切れない。

 自分の半分も生きてないような少女に全てを託すだなんて事は。

 大人なのに何も出来ない。情けなくて嫌になる。

 

「…ハヅキさん」

「落ち着きましたか?」

「えぇ…情けない姿をお見せしましたわ」

「気にしないでください。寧ろ、私は好感が持てました」

「こ…好感?」

「えぇ…とても人間らしくて。私なんかとは違って……」

 

 無表情だったハヅキの顔が一瞬だけ暗くなる。

 本当に僅かな間だけの事だったが、傍にいたセシリアは見逃さなかった。

 

「それよりも、奴らがいつ来るか…ですが」

「分かるのか?」

「予想だけなら。今までの経験と情報を基に分析をすれば、奴らの大凡の傾向も見えてきますから」

「君は一体…何者なんだ…?」

「ただの『害虫駆除業者』ですよ」

 

 彼女が言う『害虫』が何を指しているのか、カムラにはすぐに理解出来た。

 出来てしまったからこそ、今の世界の業の深さも同時に理解してしまった。

 

(あんな風に狂った連中が台頭してくる以上、それを倒す為だけの存在が現れても不思議じゃないが……)

 

 それをやっているのが、まだジュニアスクールに通っていそうな少女。

 この世界はもう、取り返しのつかない域に達しているのかもしれない。

 

「どんなに遅くても、明日の夜には仕掛けてくるでしょう。流石に奴等も、自分達の暴挙を表沙汰にはしたくないでしょうから」

「あの連中なら、どんな手段を使ってでも揉み消しそうな気がするがな。で、最も早い場合は?」

「今夜です。勿論、今回のように正面から訪問なんてしないでしょうね。文字通り、ISという名の暴力に訴えてくると思われます」

「アラスカ条約も何もあったもんじゃないな……」

「あいつ等に常識を求めても無駄ですよ」

「だろうな」

 

 もう呆れて笑うしかない。

 一気に肩の力が抜けて、この場に座り込みそうになった。

 

「私はこれから、奴らの夜襲に備えて警戒行動に移行します」

「具体的には?」

「研究所の外で待ち伏せます。連中は力はあっても、軍隊のような連携や作戦を練る能力は持ち合わせてませんから。組織であるにも拘らず、最初から統率力を捨てて力にモノを言わせる事しかしない。その気になれば、付け入る隙は幾らでもある」

「今からか?」

「今からです」

 

 自分の腕にあるダミーの待機形態であるブレスレットを触りつつ、葉月は格納庫から出ようとするのだが、そこにセシリアが待ったを掛けた。

 

「ちょ…ちょっと待ってくださいまし!」

「どうしました?」

「カムラおじ様! ここには他のISはもう無いんですのっ!?」

「一応、研究用のリヴァイヴが一機だけありはするが……」

「では、それをお借りしますわ!」

「何をする気だっ!?」

「決まっています! 私もハヅキさんと一緒にティアーズを守るのですわ!」

「なんだってっ!?」

 

 いきなりの爆弾発言に、カムラは驚きの余り尻餅をつきそうになった。

 なんとかギリギリの所で耐えたが。

 

「ティアーズはいずれ、私の専用機となるIS…。ハヅキさんにばかりに任せるなんてオルコット家の名折れ!」

「セ…セシリア! ちょっと待て!」

 

 カムラの必死の叫びも虚しく、セシリアはリヴァイヴを受け取りに研究所の奥に行ってしまった。

 

「はぁ……無駄にプライドが高いのは母親譲り…か」

「カムラ技術大尉は、オルコットさんのご両親の事を御存じなのですか?」

「まぁな。あの子の両親には生前から世話になってたんだ」

「生前と言うと……」

「…少し前に二人揃って亡くなってる。越境鉄道の横転事故でな。その原因は未だに不明で、当時は様々な説が言われていたもんだ」

 

 少し汚れた眼鏡を磨く為に一旦は外して、布巾で磨きながら話し続ける。

 

「いきなり二親を同時に亡くしたもんだから、彼女は本当に大変な目に遭った。手元に残された両親の莫大な遺産を狙って親戚連中がこぞって彼女に取り入ろうとした。その姿が余りにも不憫すぎてな…俺が彼女の後見人になる事にしたんだ」

「同情ですか?」

「それもあった。けど、一番の理由は恩返しさ」

「恩返し?」

「さっきも言っただろ? 彼女の両親…オルコット夫妻には恩があるってな。それを返しきれない内にいなくなっちまったからな。せめてもの恩返しに…ってな」

 

 カムラの話を聞いて葉月も考えてしまった。

 自分はちゃんと恩を返せているのだろうかと。

 己を拾ってくれたグレイヴに、ハーゼ隊の皆に、千冬に。

 

「お前さんにこんな事を頼むには筋違いだと分っちゃいるんだが…それでも頼む。あの子を…セシリアの事も守ってやってくれ。この通りだ」

「大丈夫ですよ」

 

 頭を下げるカムラの肩にそっと触れ、静かに微笑んだ。

 

「オルコットさんは、これからの世界に必要な人物です。何があっても絶対に守ってみせます。例え…何を犠牲にしても」

「……!?」

 

 根っからの技術屋であるカムラに戦いや戦士のなんたるかは全く理解出来ないが、そんな彼でもハッキリと分かった。

 この少女の浮かべているこの顔は…最初から死ぬ覚悟が出来ている人間の顔だと。

 任務達成の為ならば、迷うことなく自分すらも犠牲に出来る少女なのだと。

 

「では、これよりティアーズ型ISの警備に移行します」

「あ……」

 

 去りゆく葉月の背中に手を伸ばすが、もう彼女は届かない場所まで移動している。

 そのまま、格納庫を後にしてしまった。

 残されたのは、虚しく手を伸ばしているカムラだけ。

 

「…子供に戦いを押し付けて、大人は後ろで傍観する世界…か。こんなの…絶対に間違ってる…! なんで…こんな世の中になっちまったんだよ…クソッタレ…!」

 

 まるで自分に言い聞かせるような彼の一言は、格納庫内に静かに反響した。

 

 

 

 

 

 




共闘。芽生える絆。


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Being chased by the stage one by one

決意と覚悟。







 カムラと別れて格納庫と出た葉月は、そのまま研究所の中庭まで来て空を見上げる。

 まだまだ明るい時間帯であり、青く澄みきった青空が遠くまで続いていた。

 

(奴等とて、戻ってすぐに動き出すような愚行は犯さないだろう。自分たちなりに時間とタイミングを見計らって仕掛けて来る筈。機種に関してはリヴァイヴ一択だろう。もしもここがアジア圏だったならば打鉄なども選択肢に入っていたかもしれないが、あのゴミ共がわざわざそこまで行って別の機体を手に入れるとは考えにくい)

 

 ふと疑似待機形態であるブレスレットの時計を見てみる。

 時間は午前の11時に差し掛かろうとしていた。

 

(…道理で空腹を感じると思った。今頃、ハーゼ隊の皆さんは日陰に座って休憩をしている頃だろう)

 

 ハーゼ隊と出会ってからこっち、葉月は『稼働』してから初めて人間らしい食事をした。

 それにより、今まで特に深く考えてこなかった『空腹』という状態に関しても深く考慮するようになっている。

 

(あいつ等は基本的に、遠くの薔薇よりも足元の野花を好む習性がある。機種や性能なんて特に気にしない。とにかく、全てのISが自分達の元にある事を好んでいる。今回、ティアーズ型を狙ってきたのは単純に『自分達の近くに薔薇があった』からに過ぎない。もし仮に奴らの手に渡ったとしても、絶対に宝の持ち腐れになるだろうけど)

 

 目の前でブルー・ティアーズを見た時からずっと感じていたこと。

 あのISは自分に最も相応しい主を待っている。

 それは決して、あのバカな女達などではない。

 幼いながらも、高貴な魂と気高き誇りを持つ少女を待っている。

 

(…私のペイルライダーとは違う。ブルー・ティアーズは人々に感動を与えるISだ。同じ『青』でも、害虫駆除しか出来ない私とは雲泥の差だ)

 

 だからこそ絶対に守らなくてはいけない。

 ブルー・ティアーズも、セシリアも。

 初めて葉月は、任務でも命令でもなく、自分の意志で戦うことを決めた。

 

「ハヅキさん!」

 

 上の方から声がしたので顔を向けると、カムラが言っていた研究用のリヴァイヴを纏ったセシリアが隣に降りてきた。

 その動きは非常にスムーズで、この歳で代表候補生の地位にいるのは伊達ではない事を示してくれる。

 

「お待たせしましたわ」

「別に待ってなどはいませんが……」

 

 葉月はただの一度もセシリアに対して『一緒に来てほしい』なんて言っていない。

 彼女が己の意志で戦うと決めただけだ。

 

 それよりも、葉月には気になっている事があった。

 

「青い…リヴァイヴ…?」

 

 セシリアの守っているリヴァイヴは、ブルー・ティアーズと同じ鮮やかな『青』に塗装されていた。

 彼女のISスーツも青くなっているので、非常に統一感がある。

 

「やっぱり、そこが気になりますわよね。私も見た時は驚きましたわ。まさか、リヴァイヴを青くしているだなんて」

「そうですね。場所や搭乗者によって、同じ機体でも別の色に塗り分けている例は有りますが…青は始めて見ました」

 

 実際、ハーゼ隊仕様のリヴァイヴは部隊のイメージカラーに合わせて黒く塗装されている。

 ある意味、その国や企業の特色が出ているのかもしれない。

 

「ハヅキさんはISを装備しませんの?」

「ギリギリまでは控える事にします。少しでもSEを節約したいので」

「いざとなれば補給ぐらいはしてくれますわよ?」

「それでもですよ」

 

 本人は自覚していないが、葉月は貧乏性である。

 基本的にドイツ軍では、『兵器』を『整備』することはあっても『優遇』することは無い。

 これまでに彼女に与えられてきた弾薬などは全て、必要最低限の物しか渡されていない。

 限られた弾薬をやりくりして、出来るだけ消費を抑える必要があるのだ。

 半ばハーゼ隊所属扱いになっている現状ではそれは無いのだが、それでも癖というものは中々抜けにくいものなのだ。

 

「夜までまだ時間はたっぷりあります。オルコットさんは中に入っていてもいいのですよ?」

「いえ、可能な限りはこのまま見張りをするつもりです。この程度の事が出来ないようでは、代表候補生もオルコット家の当主も務まりませんから」

「…ご立派なお覚悟で」

「そ…それ程でもありませんわ」

 

 皮肉のつもりで言ったのに、普通に照れてしまった。

 なんだか下手にツッコむのもあれなので、ここは敢えて黙っておくことに。

 

「それに、ハヅキさんともお話してみたかったので」

「私と?」

「えぇ。別の国からやって来た、同い歳の女の子のIS操縦者と話す機会なんて、それこそIS学園にでも行かないと難しいですから」

 

 IS学園。

 葉月も名前ぐらいは聞いたことはある。

 日本にあるという、文字通りISに関する様々な事を勉強する学園だ。

 入学倍率が世界最高峰の大学レベルという噂だが、真偽は定かではない。

 少なくとも、ドイツ軍の所有物である葉月には縁も所縁も無い場所だ。

 

「私と話しても、面白い事なんて何も無いと思いますけど」

「あら。それを判断するのは私でしてよ?」

 

 正論だ。

 自分と彼女の感性は全く違う。

 どれだけ自分が面白くないと思っていても、向こうからしたら違ったなんてことは往々にしてよくある事だ。

 実際、葉月はハーゼ隊や千冬との出会いでそれを学んでいる。

 

「はぁ……で、一体何をお聞きになりたいので?」

「ハヅキさんはドイツからいらしたというお話ですけど、貴女自身はドイツ人のようには見えませんわ。どちらかと言えばアジア系の顔つきに似ているような…」

 

 …成る程。観察眼は優れているようだ。

 なんとなく、彼女が代表候補生になれたのも頷けてしまった。

 

「それは間違ってはいませんよ。確かに、私自身はドイツ出身ではありませんし、ドイツ人でもありません。聞かされた話によると、私は幼少期に日本からドイツに連れてこられたらしいです」

「らしい…とは?」

「…私は、己の過去に関する記憶が一切ありません。その理由については誰も話してはくれませんでしたけど」

「……ごめんなさい」

「オルコットさんが謝る必要はありませんよ」

 

 聞いてはいけない事を聞いてしまったと思い、暗い顔になるセシリア。

 最初に出会った時は、貴族特有の高飛車な少女かと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。

 彼女には他者を気遣う優しさがある。思いやりがある。

 この優しさは、今の世界において非常に貴重で、ともすれば宝と呼んでも差し支えないだろう。

 増々、セシリアを守る理由が出来てしまった。

 

「カムラさんから聞きました。オルコットさんがご両親を亡くされている事を。その原因も」

「おじ様ったら……」

「それを聞いた時、不謹慎にもこう思ってしまったのです。『あぁ…あの人も私と同じなんだ』って」

「同じとは…まさか?」

「えぇ。後で聞かされた話なのですが、私にはもう血の繋がった家族はいないようなのです。ある事件に巻き込まれて死亡したと伝えられました。その事件については教えて貰えませんでしたけど」

「ハヅキさんも……」

 

 同じ身の上の同じ歳の少女。

 普通ならば、こんな偶然は滅多にないかもしれないが、ISが台頭している今の世界情勢では、そこまで珍しくもない。

 

「…すみません。余計な事を言いました。忘れてください」

「いいえ。決して忘れませんわ」

「え?」

 

 目を丸くする葉月に、ISから降りて寄り添うようにするセシリア。

 そして、そっと彼女の頭を撫でた。

 

「貴女も…大変でしたのね」

「オルコットさん程ではないかと」

「…少し座りません?」

 

 そういうと、徐にセシリアは傍にあった芝生の上に座り、自分の隣をぽんぽんと叩いてから葉月に座るように促した。

 

「はぁ……」

 

 小さく溜息を吐いてから、葉月も同じように芝生の上に座った。

 

「…少し前まで、私はあの者達と似たような存在でした」

「今日やって来た女達…ですか」

「えぇ…。私は父が余り好きじゃありませんでしたの」

 

 いきなり何の話なのかと思ったが、ここは黙って聞き手に回る事に。

 

「婿養子という事で色々と引け目を感じていたせいか、よく母の顔色を伺ってばかりの人でした。だからでしょうね…自然と『男なんて皆こんなもの』なんて思うようになっていきましたの。今は違いますけどね」

「何か切っ掛けが?」

「カムラおじ様ですわ。両親の知り合いだという、あの人と知り合った事で男性に対する価値観が変わっていきました。どこまでも研究熱心で、自分の信念を貫ける人。そんな彼から両親の真実を知らされた時、亡き父への印象も変化しました」

 

 確かに、葉月から見たカムラの印象もそんな感じだった。

 研究一筋ではあるが、だからと言って人道に反することはしない。

 このご時世では珍しい、良識ある研究者なのだろう。

 

「父は母を愛するが故に、自ら周囲のアンチを一身に引き受けていたのだと。どうやら、母に対しても誰かの目がある時は自分に対して厳しくするように言っていたらしいのです」

「愛……」

 

 自らを兵器と定義している葉月には絶対に分からない感情。

 好きとはなんなのか。嫌いとはなんなのか。

 それらを知った時、葉月は『人』として成長するのかもしれない。

 

「それを知った時、無暗矢鱈と男性を毛嫌いしていた自分が恥ずかしくなりました。それが決定的となったのは街中で女尊男非主義者を、女性権利団体を見たときですわ」

 

 震える自分の手を見つめながら、セシリアは自分に言い聞かせるように話を続ける。

 その姿を、葉月は黙って見つめていた。

 

「まるで鏡を見ているかのようでした。これまで自分のやっていた事とは、傍から見ると、こんなにも醜くて愚かな事だったのかと。生まれて初めて自己嫌悪を感じた私は、そのまま公衆トイレに直行して盛大に嘔吐しました。嘗ての自分が恐ろしくて、憎らしくて……」

 

 遂には顔を俯かせたセシリアに対し、今度は葉月が頭を撫でてあげた。

 これまでにも何度か頭を撫でられていることから、相手が落ち込んだりしている時は頭を撫でるといいと学んだから。

 

「だからこそ許せないのです。あのような物言いを、あのような思想を。自分勝手かと思われるでしょうけど、今の私の偽らざる本心ですわ…」

「オルコットさん……」

 

 そっと彼女の身体を引き寄せてから、そっと顔を寄せた。

 至近距離で見る事になった葉月の顔に胸をドキッとさせながらも目を離せない。

 

「人間なんですから、色んな方向に感情や気持ちが揺れ動くのは当然の事です。決して恥じる事はありません。寧ろ、自分の意志で闇の中から這い上がって来た自分を褒めてあげるべきです」

「ハヅキ…さん……」

「貴女のような強い人こそ、これから先の世界で絶対に必要な人間なんです。あんな連中の好きにさせてはいけない」

 

 体を離してから立ち上がり、振り向きながら力強く宣言する。

 ちょっとだけセシリアは名残惜しそうにしていたが、葉月は気が付いていない。

 

「オルコットさんも、二体のティアーズも、この私とペイルライダーが絶対に守ってみせます」

 

 自分自身の事を兵器と言っていた少女。

 けれど、兵器にこんな表情なんて出来るだろうか?

 決意と信念に満ちた表情を。

 

「セシリア。そう呼んでくれませんか?」

「よろしいのですか?」

「あら。お友達を名前で呼ぶのは普通ではありませんこと?」

「友達…私が……」

 

 これまた、自分とは最も遠い場所にある単語を聞かされた。

 血に塗れた己を、殺す事しか出来ない自分を『友』と呼んでくれるのか?

 

「…了解しました。セシリア」

 

 そう呟いた葉月の顔は、確かに優しく微笑んでいた。

 

 そして…夜が来る。

 

 

 

 

 

 




大人達が思っているよりも、少女達は強い。


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Who would have wanted such a fight

青と蒼。兵器と少女。






 周囲はすっかり暗くなり、光り輝く星空が空を覆い尽くす。

 それ自体は非常に美しくて素晴らしい光景だが、今の彼女達にはそれに見とれている暇は無かった。

 

「ハヅキさんの予想では、今夜に再び奴らはやって来るのですのよね?」

「そう思っています。仮に今日襲撃が無かったとしても、明日には必ず来るでしょう。連中は無駄にプライドだけはある上に、この世の全ては自分達の思い通りになると本気で信じ切っています。なのに、昼間にカムラ大尉から徹底的に拒絶をされた」

「それが、彼女達のプライドに傷を付けた。だから……」

「躍起になって襲い掛かってくるでしょう。今度は、自分達にとっての力の象徴とも言うべきISに乗って」

「どこまでも私利私欲の為だけにISを利用するなんて…代表候補生としても、一人の人間としても許してはおけませんわ…!」

 

 いつ襲撃が来てもいいように、持ってきた青いリヴァイヴに乗ってから拳を震わせるセシリア。

 貴族の少女とは思えない程に、その目には燃え盛る闘志が見え隠れしている。

 

 因みに、食事などは葉月が持っていた某栄養補助食品を二人で分け合って食べた。

 普段から葉月が食べている物だが、セシリアには珍しい物だったようで、目をキラキラさせながら口にしていた。

 

「……! これは……」

「どうしましたの?」

 

 自分の頭に手を当てて、何かに集中するかのように目を瞑る。

 以前にも本人が言ったが、葉月は体内にISコアを取り入れ融合している。

 彼女自身が云わば『生体IS』とも言うべき存在なのだ。

 今は誤魔化しているが、実際には生身の状態こそがペイルライダーの待機形態になる。

 故に、葉月はISを展開していなくても、ある程度の機能ならば使う事が出来る。

 その中に一つにはハイパーセンサーも含まれていて、傍から見れば千里眼でも使っているかのように思われてしまう。

 

(今いる場所から、かなり離れた場所になるけど…間違いなくISがこちらに向かって真っ直ぐに接近してきている。数は三体…あの女達が乗っているのか? それはそれで色々と好都合だけど……)

 

 目を開き、夜空の向こうを見上げる。

 そこには瞬く星空しか映っていないが、葉月には違った光景が見えていた。

 

(この速度だと…あと10分ぐらいか? にしても、幾ら夜になっているとはいえ、まだ街は完全に寝静まっている訳じゃない。それなのにもう仕掛けてくるだなんて…よっぽど腹が立っていたんだろうな。どうでもいいけど)

 

 少し息を吐いてから、葉月はハイパーセンサーをカットする。

 

「…もうすぐ奴らが来ます。案の定、ISに乗って」

「ほ…本当に来ましたのッ!? 彼女達にはルールも常識も無いんですの…?」

「あいつ等にとっては自分達こそがルールであり、常識であり、法律なんでしょう。それよりも迎撃の準備を」

「りょ…了解ですわ!」

 

 普通ならば、屋外でのISの稼働及び戦闘は条約で禁じられているが、二人がいまいる場所は研究所の敷地内。

 この場所なら問題無く戦う事が出来る。

 無論、仕掛けてくる方は立派に条約違反だが。

 

 葉月に促されてセシリアは、拡張領域内から長大なIS用スナイパーライフルを展開して装備した。

 それは、彼女の身長よりも巨大な代物で、ISを纏っていなければ絶対に扱えない銃だった。

 

「こう見えても私、狙撃が得意なんですのよ?」

「それは実に頼もしい。では、私も準備をしましょうか」

 

 そう呟くと、葉月は再び目を瞑ってから自分の胸に手を当てる。

 己の中にある『ナニか』と対話をするかのように。

 

「……ペイルライダー」

 

 青白い光の粒子が彼女の身体を取り囲み、一瞬で肉体が鋼鉄の装甲で覆われていく。

 両足から始まって、腰に腹、胸に両肩に両腕、最後に頭部を覆い尽くして展開完了。

 ここまでの所要時間は一秒にも至っていない。

 間違いなく、葉月が熟練者である証拠であった。

 

「青い…全身装甲のIS。それがハヅキさんの専用機『ペイルライダー』なんですのね…」

「その通りです。一応、これも機密扱いになっているので、口外はしないようにお願いしますね?」

「も…勿論ですわ」

 

 セシリアとて、それぐらいの事情は把握している。

 それ以上に、折角できた親友を困らせるような事はしたくなかった。

 

 本来ならば、以前の任務の時のような陸戦重装備仕様にするところなのだが、下手に高火力な武装を使って流れ弾が研究所に当たりでもしたら大変なので、念には念を入れるという意味もあり、今回は両手に何も持たずに接近戦で挑む腹積もりだ。

 

「ハヅキさんは何も持たなくてもいいんですの?」

「本当はそうしたいんですけどね……」

 

 重火器の類を装備しない理由を話すと、セシリアはすぐに納得をしてくれた。

 この手の事に理解がある相棒(バディ)がいると本当に助かる。

 

「成る程…納得しましたわ」

「なので、私の背中はセシリアにお任せします」

「えぇ…ハヅキさんの背後は、このセシリア・オルコットが必ずや守ってみせますわ!」

 

 力強く頷いてくれたセシリアを見て、葉月は装甲の中で少しだけ微笑んだ。

 そんな少女同士の和やかな時間は、すぐに終わりを告げるのだが。

 

「…どうやら、来たようですよ」

 

 肉眼で見れば小さな点にしか見えないが、ISのハイパーセンサーを駆使すれば一発で分かる。

 夜空を飛んでやって来る無粋な訪問者たちが。

 

「ご近所迷惑なので、適当に御引き取り願いましょうか」

「賛成ですわ」

 

 こっちが気が付いているという事は、向こうもこちらに気が付いているという事だ。

 見張りの為に入り口付近で待機をしていたが、まさか本当に真正面から来るとは思ってもみなかったので、二人は女達を少しでも広い場所で迎え撃つ為に移動を開始した。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そこは、葉月が輸送機に乗って降りたった場所で、ここならば多少派手に暴れても問題は無い。

 葉月とセシリアはそこに女達を誘導し、女達もそれに素直に引っかかってくれた。

 それを見て、葉月は心の中で呆れながら溜息を吐く。

 

(私があいつらの立場なら、こんな見え見えの搖動なんかに引っかからずに、真っ直ぐに目的のブツを取りに行くのに…。やっぱり、アイツ等はどこまで行っても、只の馬鹿でしかない)

 

 少しは怪しいとは思わないのか?

 奴等には警戒心というものが存在していないのか?

 これまでに幾度となく権利団体の女達を虐殺してきた葉月であったが、それでもまだ奴らの思考が理解出来ないでいた。

 いや、理解出来る日なんて永遠に来ることは無いだろう。

 

「フフ……その青いリヴァイヴに乗っているのがセシリア・オルコットなら、全身装甲のISに乗っているのは、あの時いた黒い服を着たお嬢さんね?」

「だとしたらどうするんですか?」

「決まってるじゃない」

「その青いリヴァイヴも、全身装甲のISも、私達が使ってあげるわ。この世に真の楽園を築く為にね」

「光栄に思いなさい。貴女達は揃って、私達の糧になれるのよ?」

 

 本気で何を言ってるんだコイツらは。

 流石の葉月も言葉が出なかった。

 隣にいるセシリアに至っては、眉間に皺を寄せて頭を抱えている。

 

「…だ、そうですが?」

「はぁ~……論外ですわ。立場上、色んな人々にお会いしますけど、ここまで頭の中がお花畑な人間を見るのは生まれて初めてですわよ?」

 

 もう笑う気すら微塵も起きない。

 道化師ですら、もう少しマシな冗談を言うだろう。

 

(バカもここまで来れば勲章ものね。しかも、今までに散々と自分達の仲間を殺しまくったペイルライダーの事を全く知らない様子。まともな情報共有すら出来ていないだなんて組織として失格だ。今まで存続してられたことが奇跡に近いな…)

 

 今回の任務はあくまでも『防衛』なので、こいつらを殺す必要はない。

 必要であるならば命だけは勘弁してやろうとも思ったが、その気も完全に失せた。

 

「と言う事なので、五体満足でいたいのであれば速やかにお帰り下さい。出口はあちらです」

「なんですって…?」

「子供の分際で!!」

「少しは手を抜いてあげようと思っていたけど気が変わったわ。もう容赦はしない…二体のティアーズ型も、あんた達のISも纏めて貰っていく!」

 

 簡単に怒りを露わにして敵意を剥き出しにする。

 本性が明らかになった所で、結果は何も変わりはしないのだが。

 

「セシリア!」

「もうやってますわ!」

 

 慣れた動きでスコープを除き、長大なスナイパーライフルを構える。

 とっくにマニュピレーターは引き金に添えられていて、いつでも発射できる状態にあった。

 セシリアの事を全面的に信頼しているからなのか、葉月は腰部マウントラックに装着されているビームサーベルを引き抜きながら、背後を見ることなく女達へとブースト全開で突撃していった。

 

「な…なんてスピードッ!?」

「落ち着きなさい! どれだけISが凄くても、数はこちらの方が多い上に相手は子供! 簡単に一捻りし……」

「本当に出来ると思うのか?」

「ひぃっ!?」

 

 ごちゃごちゃと話している間に、葉月はもう懐に飛び込んでいた。

 その手には、宵闇の中でも怪しく光るビームの刃。

 現存している近接武装の中では最上級クラスの攻撃力を誇るソレのことを全く知らないのか、三人の女達の取り巻きの一人は生意気にも何のコーティングもされていない盾を出して防御しようと試みた。

 その気になれば盾を構える前に攻撃が出来たが、態と自分達の無力さを教える為に盾の展開を許してやった。

 

「無駄な足掻きをする」

 

 一閃。

 横薙ぎにビームサーベルを振るうと、盾を溶断しながらIS本体にも大きなダメージを与えた。

 切断面は真っ赤に赤熱していて、ビーム兵器の恐ろしさを如実に語っている。

 

「盾が…斬られた……!?」

「そんな馬鹿なッ!? このガキがぁぁぁぁっ!!」

 

 激高したもう一人の取り巻きが葉月に向かって銃を向けるが、それはすぐに遠くから放たれた一撃にて弾かれる。

 

「なっ!?」

「構え方がなってない上に、大振りすぎますわ。それでは代表候補生を相手にするには力不足ですわよ?」

『ありがとうございます』

 

 プライベートチャンネルで感謝の意を示しながら、葉月はもう一人の方へと斬り掛かる為に、さっき攻撃した女を踏みつけながら加速を掛ける。

 

「わ…私を踏み台にしたですってぇっ!?」

 

 

 

 

 




身の程知らずは馬鹿を見る。


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The weaker the dog,the better it barks

馬鹿は死んでも治らない。







 斬り付けた女を踏み台にして、リーダー格と思われる女に向かって飛び掛かる葉月。

 自在に空中を駆ける事が出来るISを纏っているにも拘らず、まさかそんな方法を使うとは思ってもみなかったのか、素人が見てもハッキリと分かるレベルの多岐過ぎる隙を堂々と晒してしまった。

 そんなものは、代表候補生のセシリアや、これまでに幾多の戦場を掛けてきた葉月にとっては『どうぞ攻撃してください』と言っているようなもの。

 無論、最大のチャンスをみすみす見逃すほど、二人は甘くは無い。

 それ以上に、襲撃者に対する慈悲なんて防衛者である彼女達が持ち合わせている筈も無いのだ。

 

「隙だらけ」

「このっ! このっ! このぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! ぶべらっ!?」

 

 半ばパニック状態になって我武者羅にアサルトライフルを連射するが、そんなものが葉月に命中する筈も無く、それどころか葉月の背後にいた仲間達に対してフレンドリーファイアをしてしまう始末。

 

「やめ…止めてください! ぐぎゃっ!?」

「哀れな……では、いきます」

 

 両手に持ったビームサーベルを大きく振り被りながら全身のスラスターを器用に吹かし、その場で素早く何度も回転して遠心力を付ける。

 そのままの勢いのまま、地面に叩きつけるかのように二振りの光の刃で斬り下ろした。

 

 巨大な激突音や煙と共にリーダー格の女は悲鳴すら上げる事も無く大きなクレーターを作って、大の字になりながら倒れているが、ISの機能により辛うじてまだ意識だけは保っていた。

 それが彼女にとって更なる恐怖と不幸の幕開けだとも知らずに。

 

「逃がしません」

 

 ダメージで碌に動く事も出来ないのに、葉月にとっては『生きている』というだけで逃亡の危険性があると判断されてしまう。

 葉月は追撃をする為に逃げられる筈も無い相手に向かって突っ込んでいき、地面に降りてから女の身体を蹴り飛ばしてから腹を踏みつけてから足蹴にする。

 

「や…やべで……あやまるがら……!」

「『ごめんなさい』で全てが許されるのなら、こんな世の中にはなっていない」

 

 女の命乞いを冷徹に突き放しながら、腰部背面の支持用アームに折り畳み式のキャノン砲を展開。

 すぐに砲身を展開してからグリップを握りしめ、月明かりに鈍く光る砲口を女の顔面へと向けた。

 

「この距離なら誤射もしない」

「ひ…ひいぃぃぃぃぃぃっ!? あ…あんた正気なのッ!? 私達を敵に回せばどうなるか……」

「そんなもの、根こそぎ排除すればいいだけの話」

「ば…化け物…!」

「私はそんなご立派なものじゃない。私は兵器。お前達のような『人類種の天敵』を一匹残らず駆逐する為に産み出された存在」

 

 トリガーに指が掛かり、葉月の全身から殺気が溢れ出る。

 まだHADESを発動していないにも拘らず、女にはペイルライダーのツインアイが真紅に光って見えた。

 

「ハ…ハヅキさん……」

 

 まだ上空にいる女達に向けて狙いを定めながらも、セシリアは言葉を出せないでいた。

 あれが葉月の本気にして本性なのかと。

 任務の為ならば、どこまでも自分の事を『兵器』にする事が出来る少女なのかと。

 

「小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅っこでガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」

「あ…ああぁぁ……!」

 

 自分達は、とんでもない少女に戦いを挑んでしまった。

 否、彼女にとってこれは戦いではない。『蹂躙』だ。

 元来『戦闘』とは実力が拮抗した者同士が行う事であり、蚤が人間に飛び掛かる行為を誰も『戦い』とは言わない。

 これはまさに、それだった。

 

「せめて、IS乗りらしい悲鳴でも上げてみせろ」

 

 ズドン!!

 

 熱を帯びた薬莢が排出されて、甲高い音を奏でながら地面に転がる。

 

「もう一発」

 

 ズドン! ズドン! ズドン!

 残弾が全て無くなるまで撃ち続け、トリガーがカチッカチッと鳴ってから攻撃を止めた。

 

「…どれだけ粋がっていても、所詮はこんなものかゴミ女。お前はまるで糞のような女だ。本当に犬の糞にでもなってしまえ」

「あ…が……」

 

 完全に白目を向き、涙と鼻水と涎を流しながら、女の装備していたリヴァイヴが強制解除されて横に鎮座した。

 それが切っ掛けになったのかは知らないが、本当に小便まで漏らしてしまう。

 

「そもそも、ISのシールドがある限り死ぬことは無いのは知っているでしょうに。それでも、身の内から湧き出る恐怖心には勝てなかったようですが」

 

 それだけISが丈夫であっても、操縦者の心までは守れない。

 故に、葉月は利用する。その恐怖心を。その絶望感を。

 

「…セシリア」

「あ…はい!」

「残りもとっとと片付けてしまいましょう。幾ら研究所の敷地内とはいえ、長引かせていい理由にはなりませんから」

「わ…分かりましたわ!」

 

 第四の騎士の蹂躙は終わらない。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「掃除完了です」

 

 数分後、二人の目の前には同じように白目を向いて気を失い、ISが強制解除された女達が無様な姿を晒しながら転がっている。

 どちらとも、葉月によって決定的なトドメを刺されていた。

 

「素晴らしい腕前でした、セシリア。いつもは一人で任務を行っているのですが、後方からの火力支援があるだけで格段に戦い易かったです。即席とはいえ、貴女は良い相棒(バディ)だった」

「そ…そんな…私なんてまだまだで……」

 

 冗談やお世辞なんてことを言う思考回路を持ち合わせていない葉月の率直な褒め言葉の前に、セシリアは先程まで頭の中に浮かんでいた疑問や戦慄なんて遥か彼方へと吹き飛んでしまった。

 

「さて…問題は、こいつらをどうするか、ですけど……」

「それなら俺に任せてくれ」

 

 いきなりの声に誰かと思って振り向くと、そこには煙草を吸いながら現れたカムラがいた。

 

「このタイミングでの登場ということは…見ていたのですか?」

「監視モニター越しにな。最初は思わず駆けつけようとしちまったが、俺みたいな奴がいたって何の役にも立たないし、却ってお前さんらを危険に晒す可能性もあった。そう思って踏み留まり、せめて戦闘の様子ぐらいがモニターしようと考えてな」

「賢明な判断です」

 

 伊達に軍の研究員をしている訳ではないらしい。

 いざという時の冷静な判断力は流石としか言わざるを得ない。

 

「それで、こいつらをどうするおつもりで?」

「朝まで拘束してから、軍の連中に引き渡すさ。ここに来る前に連絡をしておいた」

「警察ではないんですの?」

「権利団体が台頭し始めてからの警察連中は対して役には立たないよ。下っ端共はいざ知らず、上層部の大半は権利団体の傀儡とかしてるからな。じゃなきゃ、ああも堂々とした横暴が許されるわけがないだろ?」

 

 軍関係者だからこそ知る裏事情。

 葉月もその辺りの事は詳しいのだが、ここはカムラの顔を立てることにした。

 

「にしても、流石は『ドイツの秘密兵器』と言われるだけはあるな。見事過ぎる腕前だった。全身装甲のISとは驚いたが……」

「任務の関係上、こちらの方が色々と都合がいいので」

「…ま、その『任務』の内容は聞かない方が良いんだろうな」

「はい」

 

 やりきれない感情を噛み締めながら、カムラは頭をガリガリと掻いた。

 たった一人の少女と出会っただけなのに、それだけでドイツの闇を垣間見た気がしたから。

 

「…まだ礼を言ってなかったな。ありがとう。ティアーズもセシリアも、研究所の事も守ってくれて。ドイツ…というか、お前さん個人に特大の借りが出来ちまったな……」

「気にしないでください。任務ですので」

「そうやって割り切られると、何にも言えなくなるんだよな……」

 

 葉月は損得勘定で動いている訳ではない。

 以前は単純に任務として。

 今はそれに加え、大切な人達を守る為に戦っている。

 仮に彼女に対する報酬があるとすれば、それは『今日も守れた』という安心感だ。

 

「セシリアも、暫く見ない間に随分と強くなっていたんだな。正直、見違えたよ」

「ウフフ…仮にも代表候補生ですので。これぐらいは当然ですわ」

 

 カムラがセシリアを褒めていると、研究所の中からカムラの部下の研究員たちがロープやら手錠やらを持ってやって来た。

 

「お待たせしました!」

「来たな。それじゃあ、頼むぞ」

「「「はい!」」」

 

 彼らも女達には相当な鬱憤が溜まっていたのだろう。

 気絶している相手に対して全く遠慮することなく力強く縛り付ける。

 

「こいつらのISはどうしますか?」

「軍との相談次第だな。取り敢えずはこっちで保管しておくが、もしも軍の方で許しが出れば、こっちの方で修復してコアを初期化して訓練施設にでも寄付するさ。研究用のISは一機あれば十分だし、今回セシリアが乗ってくれたお蔭で貴重なデータを取得できた。望外の事ではあったが、だからと言って無駄にする気はないんでね」

 

 良くも悪くも研究者の鏡のようだ。

 だが、こういう人間の方が逆に葉月としては好感が持てる。

 少なくとも、歯の浮く偽善者のようなセリフを吐く優男よりはずっと信頼できた。

 

「取り敢えずは迎撃できましたが、奴等もこれで終わるとは思えません。まだまだ油断は禁物です」

「そうですわね。寧ろ、これからが大変になるかもしれませんわ」

 

 勝って兜の緒を締めよ。

 その精神を体現するかのような会話をしている少女達を尻目に、カムラは夜空に向かって煙草を吹かしていた。

 

(その精神は立派だが…そこまで心配する必要はないと俺は思うがね……)

 

 火を消してから携帯灰皿に煙草を押し込む。

 もう一本吸おうと思ったところで、目の前に未成年の少女が二人もいる事を思い出し、寸前で手が止まる。

 

(今回の事で、今まで腰が重かった軍の連中も動き出すだろうよ。このまま奴等をのさばらせていたら、こんな事じゃ済まされないって実感してな。更に、自分達の怠慢のせいでドイツに非常に大きな借りを作る羽目になった。無駄にプライドだけは高いお上には耐えられないだろう。下手をすれば、他の国の介入まで許してしまう危険性まであるわけだしな)

 

 どれだけ技術が進歩しても、共通の敵がいたとしても、互いに手を取る事が出来ない世の中に辟易しながら、自分の前で話し込んでいる少女達を見つめる。

 

(…大人が水面下でギスギスしてるのに、子供達は国境なんて関係無しに仲良くなれる…か。どうして、世界ってのはもっと、この子達みたいに単純に出来てないのかね……)

 

 これからの事を考えるだけで溜息が出る。

 一度でも考え始めたら、ネガティブな考えしか浮かんでこない。

 カムラが自己嫌悪に陥りそうになっていると、ふと葉月が話しかけてきた。

 

「カムラ技術大尉。少しよろしいですか?」

「ん? なんだ?」

「経過報告をしたいので、今から通信室をお借りしてもよろしいですか?」

 

 この通信がまた、葉月の運命を大きく分ける事になるとは、まだ誰にも知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




腐った物は、もう二度と元には戻らない


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The truth that the world cannot be saved

あなたは正しい。けど、間違っている。






「ここだ」

「ありがとうございます」 

 

 カムラに案内されて、研究所内にある通信室に来た葉月。

 ドイツとイギリスでは多少なりと操作方法が違う筈なのだが、葉月はそんな事なんて全く気にせずに淡々と操作していく。

 

「凄いな…慣れてるのか?」

「いえ。そこに簡易ながらも操作方法が記載されているので、それさえ見れば後はどうにかなります」

 

 そう言って葉月が指さしたのは、新人の為に壁に張り付けてあるマニュアルだった。

 確かに、アレを見れば何とかなるかもしれないが……。

 

(それでも手馴れすぎだろ……)

 

 後ろから見ていると、まるで子供が背伸びをしているかのようにも見えるが、実際にはそこらの大人などよりも遥かに操作が滑らかだ。

 

「これでよし…っと」

 

 接続が完了し、目の前の大型モニターにグレイヴの姿が映し出される。

 

『ん? コード08か。こんな時間にどうした?』

「少将閣下。任務の経過報告をする為に連絡をしました」

『経過報告だと?』

「はい」

 

 葉月は、淡々とした口調で今日起こった出来事を事細かに説明をした。

 報告を聞いている間、グレイヴは肩を震わせながら笑いを我慢していた。

 

『ククク…! ある程度の時間は掛かると想定していたが、まさか行ったその日の夜に襲撃を掛けてくるとは……クッ…ククク…!』

「閣下…?」

『アハハハハハハハハハハハハ! 奴らの頭の中は完全に野良犬以下だな! 犬でももう少し利口に動くというものだ! まさか、ここまで馬鹿な連中だとは思わなかったぞ! ハハハハハハハハハハハハッ!』

 

 まさかの大爆笑。

 彼がここまで大笑いをするのは非常に珍しかった。

 少なくとも、葉月は始めて見た。

 

『…で? その倒した連中はどうした?』

「現在はこっちの方で捕縛をして、ついさっき俺達がこんな時の為に密かに作っておいた特製の独房にぶち込んでいるよ」

『…貴様は?』

「こちらは、ここの研究所の主任研究員であり、軍からも派遣されている技術士官の『アルフ・カムラ大尉』です」

『ほぅ…お前が……』

「初めまして、少将閣下殿。こっちもそちらのお噂は色々と聞いてますよ」

『そうか』

 

 グレイヴとカムラ。

 画面越しにて二人の男の腹の探り合いが始まる。

 

『捕縛した奴らはどうする気だ?』

「今晩はこっちで預かって、明日朝一で軍に取りに来て貰う予定ですよ」

『軍に…か。成る程な』

 

 その一言で何かを察したのか、グレイズはそれ以上の追及はしなかった。

 

「どうやら、俺が言いたい事が御理解頂けたようで」

『一応はな。イギリス軍には個人的な知り合いが多くいるからな。奴らの性格もよく知っているつもりだ』

「そうですか」

『最初は、コード80に尋問でもさせてから奴らのアジトの場所を吐かせてから一網打尽にする予定だったが…その必要は無さそうだな』

「えぇ。今まで軍の上層部はずっと権利団体をどうにかする機会を伺っていた。だが、奴らはバカではあるがマヌケではない。好き放題やってはいても、自分達の身を隠す事に掛けては中々に侮れないし、権利団体の上の方にいる連中には政治、経済の重要人物達も大勢いる。故に、手を出したくても出せないというもどかしい日々が続いていたが……」

『そんな時、今回の襲撃事件がやって来た。経緯はどうあれ、捕虜を手に入れた事のアドバンテージは絶大だ。その気になれば、自白剤やなにやらを使って無理矢理にでも全てを吐かせればいいだけだしな』

「その通り。これは間違いなく、このイギリスという国が女性権利団体への一斉攻勢に出る千載一遇の大チャンス。それをみすみすに逃すほど、うちのお上も愚かじゃないでしょうよ」

 

 話しながら、二人は生き生きとした顔で女達のこれからを予想していく。

 グレイヴとは根本的に違うとはいえ、カムラもあいつらには相当に鬱憤が溜まっていたようだ。

 

「なので、最低でも1~2日ぐらいは様子を見るべきじゃないかと」

『そうかもしれんな』

「正直、彼女が来てくれて本当に助かりましたよ。もしもいなかったらと思うと……」

『その為に派遣したのだから当然だ』

 

 決して葉月を褒める事はせず、それが当たり前のように話す。

 道具が道具としての本分を果たして褒める人間なんていない。

 グレイヴはそんなタイプの人間だった。

 

『しかし、様子を見るのには私も賛成だ。なので…コード08』

「はっ!」

『事態に動きがあるまで、念の為にそちらにて待機をしろ。万が一の時に備えて、いつでも動けるようにな』

「了解しました」

「それなら、セシリアの屋敷で寝泊まりをすればいい。あそこなら、ここからそう遠くはないし、あの子も歓迎してくれるだろう。なにより、ここには根っからの研究員ばかりしかいないから、碌な就寝所も無いしな。どうでしょうか?」

『ふむ……』

 

 カムラにまさかの提案をされ、顎に手を当てて考えるグレイヴ。

 

『(こいつが言った『セシリア』とは、恐らくはイギリス代表候補生の『セシリア・オルコット』の事だろう。噂ではティアーズタイプの試作1号機のパイロットに任命されたと来ていたが、やはり研究所に来ていたか。しかも、コード80と既に交流をしている…と。これはまたチャンスやもしれんな。後々の事を考えれば、イギリスと敵対するのは避けたい…。国に借りを作るだけでなく、オルコット家に取り入れられれば、これから先色々と動き易くなるな……)』

 

 この間、約3~4秒。

 グレイヴは何気に頭の回転が早かった。

 

『よかろう。コード80、待機ついでに少し羽を伸ばしてくるがいい』

「……は? それは一体……」

『文字通りの意味だ。今後の任務に備え、体だけでなくメンタル面のケアをしておけと言っている。これは命令だ。いいな?』

「了解しました。コード80、待機しながら心身のメンテを行います」

『それでいい』

 

 これで話は終わりか。

 そう思って通信を切ろうとすると、そこでカムラが待ったを掛けた。

 

「済まないが、俺と少将閣下だけでもう少しだけ話をさせてくれないか?」

「それは……」

『構わん』

「…だそうです」

「ありがとな。お前さんは先にセシリアの所に戻っててくれ」

「分かりました」

 

 画面の向こうにいるグレイヴに敬礼をしてから、葉月はテキパキとした動きで通信室を出て行った。

 

「さて…と。これでようやく本当に聞きたい事を話せる」

『聞きたい事だと?』

「そうだ」

 

 コンソールに両手を置き、グレイヴを睨みつける。

 さっきまでの掴みどころのない感じは消え失せ、明らかに怒っていた。

 

「例の女共が襲ってきた時、俺はせめて様子だけでも見守りたいと思って、色々と分析をしつつ外部モニターで見ていたんだ」

『…で?』

「あの時、敷地内には5つのコアの反応があった。3つは女達が使っていたリヴァイヴ。一つはセシリアが使っていた青いリヴァイヴ。そして、最後の一つがあの子…ハヅキが使っていたペイルライダーだ。けどな、あの子の場合は他のとは明らかに違っていたんだよ」

 

 歯を食いしばり、怒りを表すかのようにコンソールを思い切り叩きつける。

 

「通常…ISコアの反応ってのはISの中から検出されるものだ。なのに…あの子の場合は、その肉体……心臓付近から反応が出ていた! これは一体どういう事だ! お前達はあの子に何をしたんだ! 答えろ!!」

 

 研究以外で怒りを露わにすることが少ないカムラが、今までにない程に憤怒している。

 ここには彼しかいないから大丈夫だが、もしもこれをセシリアや他の研究員たちが見ていたら、かなり驚いていた事だろう。

 

『…それを貴様に言う必要があるのか?』

「何…っ!?」

『あれは我がドイツ軍の誇る最強にして最高の兵器だ。それ以上でもそれ以下でもない』

「ふざけるな! あんな小さな女の子を道具のように使い潰して、お前には良心の呵責というものが無いのかッ!?」

『無い。そんな下らんものでは何も救えんし、守れん』

 

 全く表情を変えずに言ってのけたグレイヴに、逆にカムラの方が気圧されてしまった。

 

「お前…狂ってるよ…!」

『狂う? 大いに結構。私一人が狂う事で世界から『女性権利団体』という『蛆虫』を一匹残らず駆除出来るのならば安いものだ』

「あいつ等を憎む気持ちがあるのは分かるが…それでも度が過ぎている…! そもそも、あの子は一体何者なんだ?」

『何者…とは?』

「ハヅキはどう見てもアジア圏の出身…恐らくは日本人だろう。そんな少女がドイツから派遣されてくる。この時点でおかしいだろうが」

『何が言いたい』

「アンタは…あの子をどこで拾ってきた?」

『それを言って、私に一体何の得がある?』

 

 その通りだった。

 これはあくまでもカムラの個人的意見に過ぎない。

 グレイヴがそれに答える義務は何処にも無いのだ。

 

『技術大尉。他国の軍事機密に首を突っ込んでも碌な事にはならんぞ? 仮にも軍の人間ならば、それぐらいの事は理解している筈だが?』

「あぁ…分かっているさ。だが、それでも納得出来る事と出来ない事はある! 科学を志す者として!」

『青二才が……だが、気に入った。ここまで、この私に噛み付いてきたのは貴様が初めてだ。その勇気に免じて、一つだけヒントをやろう』

「ヒント…だと…?」

『白騎士事件』

「!!!」

『では、さらばだ』

「ちょ…ちょっと待て! 最後に一つだけ聞かせてくれ!」

『……なんだ?』

「アンタは…この世界をどうしたいんだ?」

『決まっている』

 

 足を組み直し、鋭い眼光を放ちながら一言。

 

『この世界をあるべき姿に戻す…それだけだ』

「ISの無かった時代まで戻すって事か…?」

『さぁな。好きに解釈すればいい。失礼する』

 

 通信が切れ、カムラは脱力するように椅子に座り込んだ。

 

「はぁ…なんつープレッシャーだよ…あのクソオヤジ…!」

 

 背中を丸め、両手を組んでから頭を下げて呟く。

 

「このままだと…本当に取り返しのつかない事になっちまうぞ……」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「…という訳になった。頼めるか?」

「勿論ですわ!!」

 

 カムラが通信室から戻ると、葉月がセシリアの玩具になっていた。

 具体的には、いつの間にか髪型がツインテールに変わっている。

 

「一応、何かあったら俺も屋敷に行くから…って、聞いてるか?」

 

 完全にセシリアは葉月をどう歓迎するかで頭が一杯になっていて、全くカムラの言葉が耳に入っていない。

 

「戻ったら、まずはハヅキさんの為にお部屋を用意しないといけませんわね! あ、お夕食はどうしましょう…ドイツから来たハヅキさんのお口に合うようなものとなると……」

「聞いちゃいねぇし……ま、無理も無いか」

 

 IS操縦者の道を歩むと決めた時から、セシリアはこれまで以上に同年代の少女達とは疎遠になっていた。

 家柄故の近寄りがたいというのもあったが、それ以上にIS操縦者とは国に誇りでありアイドルのような存在。

 そして、操縦者同士はライバルのようなもの。

 セシリアにとって、打算無しに付き合える同性の友というのは初めてであり、同時に非常に貴重な存在でもあった。

 

「まぁ…その…なんだ。とにかく、こうなっちまった以上は少しでも心身ともに癒してくれ」

「お言葉に甘えさせて頂きます」

「是非ともそうしてくれ。今日は本当にご苦労様だった。ありがとう」

「任務ですので…と言いたいですが、ここは『どういたしまして』と返答するのが正しいと判断します」

「そ…そうだな」

 

 意外な反応にカムラの方が戸惑ってしまった。

 

(この子を救うカギは、ここにあるのかもしれないな……)

 

 そんな事を考えながら、セシリアに黙って体を揺らされている葉月を微笑ましく見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




絆が生まれ、害虫がまた駆逐される。


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People call it love

それもまた、一つの『運命』。







 カムラがグレイヴを説得したことにより、葉月は図らずもセシリアの屋敷にて待機という名の休暇を取る事になった。

 これまでずっと、ドイツ軍の兵器として生き、育ってきた葉月にとって『休暇』とは最も縁が無い言葉の一つであった。

 そんな自分が、まさかの上官命令で休みを取っている。

 余りにも唐突な事で、あんまり現実感が無かった。

 オルコット邸からやって来た迎えの車の中で揺られながら、葉月はずっとそんな事を考えていた。

 

 そうしてボーっとしている間に、車は屋敷へと到着した。

 

「ここが、我が屋敷ですわ。どうぞ、こちらです」

「分かりました」

 

 そこは、今まで見た事も無い程の大きな屋敷だった。

 詳しい外観などは葉月の語彙力の問題もあって語れないが、誰もが一発でこれを『豪邸』と言ってしまうほどの高級感で満ち満ちている。

 

「只今帰りましたわ」

「「「「「お帰りなさいませ。セシリアお嬢様」」」」」

 

 そんな彼女達を真っ赤な絨毯が敷かれている広いロビーにて出迎えたのは、屋敷に仕えている沢山のメイド達。

 天井には眩しい程に煌めいているシャンデリアがあり、直視することも難しい。

 時間はもう完全に夜中になっているのも関わらず、一人も欠けることなく綺麗に整列をしていた。

 

「お嬢様。お隣にいらっしゃる方は一体どなたなのでしょうか?」

「それを今から説明するわ」

 

 メイド達の中でも唯一、雰囲気の違う女性が一人だけ前に出てきてセシリアに説明を求める。

 そうなる事は予想出来ていたようで、セシリアもちゃんとメイド達に葉月の事を説明していく。

 勿論、今回の襲撃騒ぎや権利団体の事はちゃんと伏せて。

 

「…というわけで、ハヅキさんは今日から少しの間、このオルコット邸にてお預かりすることになりました。ハヅキさんは私にとって大切な友人にして、大事なお客様…そのように振る舞うように。分かったわね?」

「「「「「承知しました。お嬢様」」」」」

 

 一糸乱れぬ動きで頭を下げるメイド達。

 葉月は何も言わないが、心の中ではその軍人も真っ青なきびきびとした動きに感嘆の意を覚えていた。

 

(…ハーゼ隊の皆さんも、これぐらいの動きが出来ればいいのですが…)

 

 最近は千冬の指導で少しずつではあるが動きは良くなり始めた。

 だが、まだまだ自分達が国の防衛の要である軍人であるという自覚が足りないように感じている。

 

「…初めまして。ドイツから来た葉月と申します。突然の来訪でご迷惑をお掛けするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

 

 葉月も彼女達に習うように、一歩だけ前に出てから挨拶をすることに。

 ドイツの国防を担う者として、恥にならないような言葉を選んだ。

 

「「「「「畏まりました。ハヅキお嬢様」」」」」

「お嬢様……」

 

 ドイツ軍の兵器たる自分が、まさかのお嬢様呼び。

 流石の葉月も、それには目を丸くして驚いていた。

 

「ハヅキさん。ご自宅のように寛いで頂いて構いませんわ。それと…チェルシー」

「はい」

 

 名前を呼ばれて傍まで来たのは、先程メイド達を代表してセシリアに質問をしてきた女性だった。

 

「彼女は『チェルシー・ブランケット』。オルコット家のメイド長にして、私の幼馴染でもありますの」

「チェルシーと申します。以後、お見知りおきくださいまし、ハヅキさま」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 こういった場でどんな挨拶をすればいいのか全く知らない葉月は、決まった定型文を繰り返すように言うしかない。

 変に思われたかもしれないと危惧したが、どうやらそんな事は無いようだ。

 

「何かあれば、彼女に申し付けてください。チェルシー、客室の用意はどうなっているの?」

「勿論、用意は出来ております」

 

 貴族に使えるメイドたる者、いつ何時も突然の来客に備えて常日頃から客室は綺麗に整えておくのが鉄則だ。

 特に、今回のような場合はその心掛けが最大限に生きてくる。

 

「ありがとう。では、早速案内を…と言いたいけれど、まずはお互いに今日の疲れを取りませんこと?」

「疲れ…ですか?」

「えぇ。チェルシー、大浴場の準備は?」

「いつでもご入浴いただけます」

 

 今日はこのまま休めるかと思ったら、まさかの入浴イベント。

 自分の下着すら碌に持っていない葉月に着替えなんて上等な物が有る筈も無い。

 その事を伝えれば、向こうも遠慮してくれるかもしれない…と思っていた自分は相当に甘い考えを持っていたと数秒後に実感させられた。

 

「着替えが無い? 大丈夫ですわ! 私のお古の服を差し上げますから!」

「ハヅキ様はお嬢様よりも少し小柄なので、お嬢様が昔着ていた服が丁度よろしいかと」

「そうね! 保管はちゃんとしていますから問題は無い筈ですわ」

「ですが…私は下着も持っておらず……」

「そういえば、軍服の下にはISスーツを直接着ていましたわね。ご心配なく。それもちゃんとご用意しますから!」

 

 こちらが何を言っても全て論破される。

 この日、初めて葉月は金持ちの恐ろしさというのを身を持って知った。

 

「さぁさぁ! ご一緒に入りましょう!」

「……え?」

 

 一緒に入りましょう?

 セシリアが何気なく言った一言を葉月は聞き逃さなかった。

 

「い…一緒に…とは…?」

「お風呂にですわ!」

「誰と誰が?」

「私とハヅキさんが!」

「……………」

 

 なんという期待と好奇心に溢れた瞳。

 少なくとも、この瞳に逆らう術を葉月は持ち合わせてもいないし、全く学んでもいなかった。

 

「…お言葉に甘えさせて頂きます」

「~♡」

 

 こうして、葉月はセシリアと一緒に体を流す事になったのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「…黄金のライオンが口からお湯を吐いてる」

 

 その一言だけで、オルコット邸の大浴場がどんな場所か想像できただろう。

 至る所に大理石で作られた壁などがあり、見渡す限りの湯船。

 イギリスの一般家庭の浴場はシャワーと浴槽がセットになっていることが大半なのだが、ここは数少ない例外。

 貴族としての格式を保つ為に、このように広大な風呂になっているのだろう。

 

「入浴…か」

 

 今までは、汗を掻いたりした時はシャワーで流すだけだった。

 それだけで十分だと思っていたし、兵器である自分に人間らしい生活習慣なんて不要だと考えていたから。

 『入浴』という行為自体、『今の彼女』になってからは初めての事だった。

 

「確か…タオルを湯に付けてはいけないのでしたね」

 

 現在、葉月は体にバスタオルを巻いている状態にある。

 ISスーツなんて無粋な物は、着替えの際にセシリアとチェルシーの視線に負けて脱ぐ羽目となっていた。

 

「いかがですか? オルコット家自慢の大浴場は」

 

 声がしたので振り向くと、そこには同じようにバスタオルで体を巻いたセシリアの姿が。

 肌は白く綺麗で、まるで女神ようなイメージを持たせる程に美しかった。

 

「このような場所には初めて入ったのですが、とても素晴らしいと思います」

「そう言って頂けて、ここをデザインした方々もきっと喜んでいますわ」

 

 横に並んでから、ふと葉月の方を振り向いた。

 セシリア程の美人になれば、たったそれだけの動作でさえも非常に絵になった。

 

「では、入りましょうか」

「そう…ですね」

 

 その場にしゃがみ込むようにしながら足を湯に浸し、ゆっくりと体を入れながら器用にタオルを外していく。

 そのまま肩まで浸かった瞬間、葉月の全身に衝撃が走る。

 

「こ…これは……」

 

 全身に渡って体が徐々に温められ、体の芯から心まで癒されていくような、そんな感覚。

 これまでの任務によって凝り固まっていた全ての筋肉が解されていく。

 

「これは…とろけますね……」

 

 余りの気持ちよさに、葉月は思わず笑みを浮かべていた。

 作り笑いではない。悪巧みを思い付いた笑いでもない。

 心の底から気持ち良くて、自然と出てしまった微笑みだった。

 

「……………」

 

 一緒に湯に入ったセシリアは、そんな葉月の姿を見て硬直しながら鼻血を流していた。

 軍人然とした表情ばかりを見せていた彼女とのギャップの破壊力は想像以上のものだったようだ。

 

「どうしましたぁ~…セシリア~…」

「天使……」

「ふにゃぁ~?」

 

 少しだけ体を上げた事で改めて気が付く。

 よく見れば細かい傷跡などが数多く散見できるが、それでも葉月の肌は充分過ぎるほどに綺麗だった。

 無論、年頃の少女達のような肌のケアなんて一度だってやった経験は無い。

 これは完全に彼女の肌質によるものだ。本人には全く自覚は無いが。

 

「あ…あの…ハヅキさん? もっと近くによってもよろしいかしら?」

「構いませんよぉ~…」

 

 本人の許可も貰ったので、遠慮なく近づいてみる。

 完全に緩みきった葉月の顔を眺め、抱きしめたくなる衝動に駆られた。

 

(が…我慢しなくては…! 幾ら、フニャフニャになったハヅキさんが天使のように可愛らしくても、ここで彼女を抱きしめるだなんて事は淑女としてあってはならない事……)

 

 なんてことを頭では考えつつも体の方は正直なようで、気が付けば既に葉月の事を後ろから抱きしめていた。

 

 結局、葉月はずっと蕩けたままでいて、セシリアはそんな彼女を独り占めして堪能していた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 大浴場から上がった途端、葉月はセシリアとメイド達によって着せ替え人形と化した。

 

「…これは?」

「セシリアお嬢様が少し前に着ていたパジャマです。予想通り、サイズが合ったようでなによりです」

 

 葉月が着ているのは薄いピンクのパジャマで、サイズが合うと言ってはいるが、実際には少しだけ袖がダボっている。

 ここが日本であれば『萌え袖』と呼ばれていただろう。

 

「こういうのを着るのも初めてです。なんだか新鮮な体験ですね」

「よろしかったら差し上げますわ。とてもお似合いですし」

「それだけでなく、このような物もありますが……」

「こっちも似合いますよ!」

 

 次々とパジャマやキャミソールを着させようとしてくるが、結局は最初に来たピンクのパジャマに落ち着くことに。

 派手なのが苦手な葉月的には、それでもかなり妥協した方なのだが。

 

「それではハヅキ様。お部屋にご案内します」

「お願いします」

 

 セシリアや他のメイド達と別れて、チェルシーの後を着いていく形で廊下を歩いていく。

 二人の間に会話は無く、どっちがメイドなのか分からなくなる。

 

「ここになります」

 

 部屋に辿り着き、チェルシーが扉を開けると、中に広がっていたのは一流ホテルのスィートルームにすら匹敵する高級な部屋があった。

 兵器である自分には確実に分不相応すぎる場所だ。

 今までは薄汚れた格納庫の隅で布を被って休眠したり、場合によっては野宿をしたことだって一度や二度じゃない。

 千冬の部屋での寝泊まりが許可されただけでも十分過ぎるほどに好待遇なのに、まさかこんな部屋で寝泊まりできるとは。

 数か月前の彼女からは絶対に有り得ない事だった。

 

「お気に召しましたでしょうか?」

「はい……私のような者には十分過ぎます。ありがとうございます」

 

 ここからは彼女だけの時間になる…と思われたが、チェルシーは部屋から出る様子を見せず、ずっと葉月の事を見つめていた。

 

「大切なお客様に、このような不躾な事をお聞きするのはメイドとして失格だと自覚していますが……」

「なんでしょうか?」

「ハヅキ様……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女は一体何者なのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 




誰にでも言えない秘密はある。







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Knowing the truth is not always salvation

もう、後戻りは出来ない。







「貴女は一体何者なのですか?」

 

 突如としてチェルシーから投げかけられた質問に、葉月は一瞬だけ固まって彼女の事を見てしまった。

 

「…それはどういう意味でしょうか?」

「私は一介のメイドではありますが、それでも分かる事はあります。見た所、ハヅキ様は明らかに未成年。歳の頃はお嬢様と同じか、もしくは一歳上か下辺りでしょう」

 

 葉月自身、自分が今何歳なのかはよく分かってはいない。

 過去の記憶が無いせいもあるが、それ以上に『不必要』と判断されて、自分自身に関するプロフィールの類は何一つ知らされていないのだ。

 彼女に求められるのは、どんな事があっても絶対に怯まない鋼の如き意志と、引き金を引く指先だけ。

 

「ハヅキ様が着ていらしたのは明らかに軍服のソレでした。流石の私でも、未成年が軍人にはなれないという常識ぐらいは知っているつもりです。故に尋ねているのです。子供の身でありながらも軍服を着て、ドイツからたった一人で派遣されてきたという貴女は何者なのですか…と」

「……………」

 

 これはもう下手に誤魔化しが出来るような空気ではない。

 もし仮に、ここで適当な言葉を使ってこの状況を逃れようとすれば、それこそ朝まで質問攻めにされる可能性が高い。

 基本的に睡眠を必要としていない葉月には何も問題は無いのだが、こっちの都合で泊まらせて貰っている上に仕事を邪魔するような真似までしてしまったとあっては、ドイツ軍としての沽券に関わる…と思っている。

 なので、ここで葉月が取れる選択肢など有ってないようなものだった。

 

「…まず、これだけは言わせて下さい」

「なんでしょうか?」

「チェルシーさんが仰っている事は、半分正解で半分ハズレです」

「半分…?」

「はい。現在、特殊な部隊ではありますが、ドイツには部隊員の殆どが未成年で構成されている部隊が実在しています。私もお世話になっている部隊です」

「俄かには信じられませんが…不思議とハヅキ様が嘘をついているようには思えません……」

 

 チェルシーがそう思うのも当然だ。

 葉月は『兵器』となってから今に至るまで、一度も嘘をついたことが無い。

 それ以前に、彼女には『嘘を付く』という機能が存在していない。

 

「そして…今から話す事は機密事項に該当する事なので、内密にお願いします。口外した場合のあなたの身の安全は保障できません」

「…承知しました」

 

 真剣な目で自分の事を見てくる葉月に対し、チェルシーは冷や汗を掻きながら頷くしかなかった。

 

「確かに、私はドイツ軍に属する者ではありますが、決して兵士ではありません」

「え…?」

 

 兵士ではないのに軍服を着ている。

 明らかに矛盾している言葉にチェルシーは戸惑った。

 

「少し、お手をお借りします」

「は…はぁ……」

 

 そっとチェルシーの手を取り、それを自分の胸に当てる。

 傍から見れば、本当に意味不明な行動だが、葉月の場合はこれだけで自分名何者かを伝えるに十分だった。

 

「あの…ハヅキ様は一体何をして…?」

「これだけでは少し分かり辛かったですか。では、次はご自分の手を胸に当ててみてください」

「こう…ですか?」

 

 言われるがままに、自分の手を胸に当てる。

 当然だが、ドクンドクンという心臓の鼓動を肌越しに感じる。

 

「…あれ?」

 

 ここでようやくチェルシーは気が付いた。

 自分の両手から感じる明らかな違和感に。

 

(ハヅキ様に触れている手からは…心臓の鼓動を感じない…?)

 

 この世に生きている生物ならば、大抵の者には存在している一番大切な命を司る器官。

 所謂『命の鼓動』とも呼べるものが、葉月の身体からは全く感じなかったのだ。

 

「お分かり頂けましたか?」

「こ…これは一体……」

「私の身体には、皆さんの身体にもある『心臓』が存在していません」

「し…心臓が…ない…?」

 

 そんな馬鹿な。

 葉月の言っている事が真実ならば、どうして彼女は生きている?

 こうして触っている今でも、彼女の身体からは確かな温もりを感じているのに。

 

「心臓の代替器官として、ISコアが内蔵されているのです」

「IS…コア…!」

 

 ISコア。それは、この世にたった467個しか存在していないとされている、文字通りISの根幹ともいえる部品だ。

 常識的に考えて、絶対に人体になんて入れるような代物ではない。

 だが、目の前にいる少女の体の中にはソレが内蔵されているという。

 例え冗談であっても笑えなかった。

 

「私は兵士などではなく『兵器』……ドイツ軍所有の対人殲滅用の兵器なのです」

「兵器……貴女が……?」

 

 待った躊躇する様子も見せずに葉月はハッキリと言ってのけた。

 人として必要な感情を『開発』の段階で殆ど取り除かれてしまった彼女に、人間らしい恐怖なんて有りはしない。

 

「その…対人殲滅というのは……」

「私が主な標的としているのは『女性権利団体』です。これまでにも幾多の支部を壊滅させてきました」

 

 女性権利団体に関しては、チェルシーもよく知っている。

 このイギリスにおいても、奴らは好き放題に暴れているから。

 そして、そんな連中の支部が次々と何者かによって破壊されているのも、ニュースなどでよく見ていた。

 

「こ…今回もまさか……」

「いえ。今回の任務はあくまで『ティアーズ型IS2体の守護』でしたので、襲撃してきた者達は一人も殺害はしていません。もし仮にそのような命令が下されたとしても、セシリアの目の前では決して行いませんけど」

「それは…どうしてですか?」

「…彼女には、そんな血生臭い事は似合わないと思うからです。セシリアには表側の世界で光を浴びながら生きていてほしい。汚れ仕事は全て、私のような『兵器』がやればいいのです」

 

 悲しい言葉だった。

 本人はそんな事は思っていないだろうが、傍で聞かされる方は溜まったものではない。

 まるで、胸を締め付けられるような思いがチェルシーの中を駆け巡る。

 

「どうして…そこまでセシリアお嬢様の事を気遣ってくれるのですか?」

「セシリアは、こんな私の事を…殺すしか能のない私の事を『友達』と言ってくれたのです。それからでしょうか……自分でも分からないのですが、セシリアの身体だけでなく、その心も守ってあげたいと思ってしまったのです」

 

 自分の手を見つめながら、葉月はどことなく悲しそうな顔をしながら静かに呟いた。

 

「私の身体は、それこそ頭の先から爪先まで敵の返り血で塗れています。なのに、セシリアはそんな汚れた手を握って微笑んでくれるのです。それを見る度に…私は自分でも分からない気持ちに支配されてしまうのです」

 

 チェルシーには分かった。他でもない彼女だからこそ(・・・・・・・)分かった。

 自分の事を人殺しと言っている彼女の本質は、友達を大切に想える優しい心の持ち主であると。

 その事が理解出来た途端、チェルシーは思わずハヅキの事を抱きしめていた。

 

「申し訳ありませんでした……貴女は間違いなく、セシリアお嬢様のご友人です……」

「チェルシーさん……」

「辛い事を話させてしまって…本当にすみませんでした……」

「お気になさらないでください。私も気にしていませんから」

「お話し頂いたことは、墓まで持っていくことをお約束いたします……」

「ありがとうございます」

 

 葉月といい、セシリアといい…今の世の中には余りにも不幸な子供達が多すぎる。

 どうして、子供達ばかりがこんな目に遭わないといけないのか。

 それを考えるだけで、チェルシーの目からは涙が止まらなくなる。

 

「チェルシーさん…泣いておられるのですか?」

「はい…お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません…」

「いえ…大丈夫ですよ? 不謹慎だと承知しているのですが、誰か泣いている姿を見ていると、少し羨ましいと思ってしまうので…」

「羨ましい…ですか?」

「人間らしい感情を失った今の私では、皆さんのように泣くことも非常に難しいですから……」

「ハヅキ様……」

 

 痛みなどで涙を流す事はあっても、感情の高ぶりによって涙を流したことは一度も無い。

 だからこそ、そう言った様子を見ると羨ましくもあり、物珍しくも思ってしまうのだ。

 

「この屋敷に滞在している間は、貴女様の事をメイド一同、全力でお世話をさせて頂きます…」

「はい。少しの間になるでしょうが、改めてお世話になります」

 

 葉月は誰かを守る存在ではない。誰かに守られるべき存在だ。

 少なくとも、ここにいる間は彼女の事を主人と同じように護ろうと決意をするチェルシーだった。

 

「…ところでハヅキさま…一つ宜しいでしょうか?」

「はい?」

「入浴後に、髪はちゃんと乾かしましたか?」

「タオルで入念に拭きはしましたが…」

 

 その一言を聞いて、チェルシーの中にあるメイド魂に火が点いた。

 

「いけません。淑女たる者、タオルで拭いてハイ終わりではダメなのです」

「私は淑女ではないのですが……」

「問答無用です。最初に拝見した時から気になっていたのですが、ハヅキ様には女性としての恥じらいなどが足りません」

「そう言われても……」

 

 恥らってなんかいては、それこそ任務に支障が出てしまう。

 極端な例ではあるが、その気になれば葉月は大衆の面前で裸体を晒す事も、排泄行為をする事も全く厭わない。

 そんな訓練も徹底的にしてきて、精神の方も改造されてきたから。

 

「まずは、髪を乾かしましょう。確か、備え付けのドライヤーがあった筈……」

 

 先程までの姉のような温かみは消え、完全に一人のメイドとしてのチェルシーになっている。

 この状態の彼女に逆らうのは得策ではないと判断したのか、葉月は大人しく彼女の『奉仕』を受け入れることにした。

 

「そこの椅子に座ってください」

「了解しました」

 

 言われた通りに椅子に座ると、チェルシーはその後ろに立ってから静かに優しくドライヤーを当てつつ、器用に櫛を使って葉月の黒い長髪を乾かし始めた。

 

「殆ど引っかからない…。ハヅキさまは、何か髪の手入れなどを行っておられるのですか?」

「いいえ…そのような事をしている暇は無いので」

「ということは、これは完全に天然の髪質……。痛めてしまうのは非常に勿体無いですよ?」

「そう…なのですか?」

「勿論ですとも。まるで黒曜石のような輝きを持つ、この美しい黒髪を何の手入れもせずに放置してしまうのは、同じ女性として我慢できません」

「はぁ……」

 

 自分の髪について褒められたことなんて一度も無いので、こんな時にどんな反応をすればいいのか分からない。

 そもそも、髪になんて全く興味が無い葉月は、これまでにも何回か髪を切ろうと試みた事があるのだが、なんでかそんな時に限って周囲から全力で止められている。

 

「そう言えば、先程の話はお嬢様にもお話ししたのですか?」

「いいえ。最初は話そうとしたのですが、その時に限って邪魔者が入ってしまい、それから流れで話す機会を失ってしまいました。今では、話さなくて正解だったと思っていますが」

「私もそう思います。もしも、お嬢様がハヅキさまの真実を知ってしまったら悲しまれるでしょうから……」

「セシリアのそんな顔は見たくありません。彼女には…いつも笑っていてほしい…」

 

 そこまでセシリアの事を大切に想ってくれるのは嬉しいが、チェルシーは同時にこうも思ってしまう。

 もっと自分の事も大切にしてほしい…と。

 

「ハヅキ様は、あの軍服以外に私服の類は持っていらっしゃらないと仰っていましたよね?」

「はい。今いる部隊から支給された軍服だけしか持っていません」

「支給された? それまではどうしていらしたのですか?」

「基本的にISスーツだけしか着ていませんでした」

「なんと……」

 

 それは流石に論外中の論外だ。

 セシリアが代表候補生をしている事もあって、チェルシーもISスーツがどんな物なのかはよく知っている。

 殆ど水着も同然の格好を常日頃からしていただなんて、もしもセシリアが知ったら卒倒しそうだ。

 

「玄関先でお嬢様も仰られていましたが、ハヅキ様には人並みの服装を学ぶことが必要なようですね」

「人並みの服装……」

 

 この超金持ちの家で人並みの服装とはこれいかに?

 あの時は確か、お古の服とか言っていたが、それでも確実にそこらの一般人が着ている服よりは遥かに高級な服が出てくるのは簡単に予想出来る。

 

「明日から早速、ハヅキさまのサイズを調べないといけませんね」

「……よろしくお願いします」

 

 戦場ではともかく、この屋敷内では自分は無力な小娘でしかないと実感した葉月は、心を無にして頷くしかなかった。

 

 余談だが、この日の夜は今までで一番熟睡出来た夜だった。

 羽毛布団の恐ろしさが身に染みて実感できたと、後に葉月は語っている。

 

 

 

 

 

 




時には流される事も大事。


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The fools perish unknowingly

日常の裏側で、悪は滅ぶ。







 葉月がオルコット邸に宿泊をした次の日。

 朝食を終えた彼女は、リビングにて優雅の紅茶を飲んでいるセシリアの傍でメイト達に囲まれていた。

 

「あの…これはどういう事なのでしょうか…?」

「ハヅキ様の為に着なくなった古着を見繕うのはいいのですが、実際に袖を通してみないと正確なサイズが分からないもので」

 

 なんてチェルシーは言っているが、実際には単なるハヅキの単独ファッションショーである。

 ここで下手に暴れて彼女達に怪我をさせる訳にはいかないので、葉月は成すがままに着せ替え人形気分を味わっていた。

 

「ハヅキ様には、こっちのフリルが一杯ついたのが似合うわよ!」

「何言ってんの。ここは敢えて、ボーイッシュな感じで攻めた方が……」

「いやいや。やっぱり、昔のお嬢様が着ていたようなロングスカートを中心としたゆったりとした風の……」

 

 葉月の周囲では、メイド達があーでもない、こーでもないと話しながら、着せたい服を厳選している。

 正直、葉月自身はどれを着ても一緒だと考えているので、どうして彼女達が服装なんかでここまで熱くなれるのかが全く理解出来ない。

 

「セシリア…どうにかしてください」

「すみませんが、私にも無理ですわ」

「どうしてですか?」

「それは……」

 

 ティーカップをそっと置いてから、徐にセシリアが近づいてくる。

 それを見て、葉月の第六感が激しく警告を出す。

 

「私も一緒に混ざりたいからですわ!」

「チェルシーさん……」

 

 ダメだこりゃ。

 即座にそう判断して、今度はチェルシーに助け舟を出すが、彼女は笑顔を浮かべたまま首を横に振った。

 

(味方が一人もいない……)

 

 孤立無援。

 そんな状況はこれまでにも腐るほど経験してきたが、こんな風な孤立は生まれて初めてだった。

 何もかもが初めて過ぎて、どう対処すればいいのかが本当に分からない。

 そんな事を考えている間にも、次々と葉月は色んな服を着せられていく羽目に。

 

「ふと思ったのですが……」

「どうしました? お嬢様」

「…ハヅキさんならば、メイド服も似合うのではなくて?」

「「「「!!!」」」」

 

 そこで全員がハッとした表情になる。

 メイド達の一人が急いでメイド服の替えを持って来ようとするが、全員の間の前に新品同様のメイド服が晒された。

 

「御心配なく。もう既にご用意してあります」

「流石はチェルシーですわ!」

「オルコット家に仕える者として当然です」

 

 どうして当然なのか小一時間ぐらい問い質したい衝動に駆られる。

 何が悲しくて、自分が彼女達と同じ服を着ないといけないのだろうか。

 その問いに答えてくれる者は屋敷内のどこにも存在しなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「「「「「可愛い!!」」」」」

「よくお似合いです、ハヅキ様」

「…ありがとうございます」

 

 結局、皆には逆らえずにメイド服を着る羽目に。

 だがしかし、実際に着てみたメイド服の着心地は意外と悪くは無かった。

 

「思っているよりも動き易いですね」

「この服は私達の仕事着ですから。屋敷内の色んな仕事をするのに支障が出ないようにしてあるのです。巷に溢れるコスプレ用のメイド服とは違い、私達が着ているコレは所謂『本職用』なので、意外と機能性重視だったりするんです」

「ふむ……」

 

 頭に着けているホワイトプリムはともかくとして、メイド服自体は気に入った。

 これならば、思い切り暴れても全く問題が無い。

 場所によっては隠密性にも優れるかもしれない。かなり状況は特定されるだろうが。

 

「セシリアが静かですね。一体どうして……」

「お嬢様ならば、そこにてメイド服を着たハヅキ様を見てうっとりとなさっています」

 

 チェルシーの言う通り、セシリアは鼻血を出しながら目をハートマークにしてにやけていた。

 

「あぁ…ハヅキさん……本当に可愛らしいですわ…♡」

「…印象が変わりますね」

 

 葉月から見たセシリアは、歳相応の少女らしさを残しつつも、オルコット家の若き当主として、一人の代表候補生として凛とした姿勢を崩さない人間と思っていたのだが、どうやらそれだけではないようだ。

 

「まぁ…その方がセシリアらしいと言いますか……」

 

 自分のように我を殺すような真似をせず、こういった顔を見せてくれた方が不思議と安心する。

 それは、己のようになってほしくないと願ってしまっているからなのか。

 葉月にはまだその辺りの感情の細かい機微は理解出来ないでいた。

 

「あ…皆こんな所にいた…」

「あなたは…どうしました?」

 

 メイド服を着た葉月の鑑賞会に移行し始めていたリビングに、別のメイドが一人入って来た。

 なにやら、慌てている様子だが…。

 

「お嬢様。カムラ技術大尉がお越しになっています。いかがなされますか?」

「カムラおじ様が? 分かりました。ここまでお通しして頂戴」

「承知いたしました」

 

 頭を下げてから、メイドの少女はカムラを呼びにリビングを後にした。

 

「では、取り敢えずはここまでですね。ハヅキ様、その服はいかがしますか?」

「このままで結構です。正直な話、動き易ければ何でもいいので」

「それは女性としてはどうかと思いますが…分かりました。では、そのメイド服は差し上げます。お嬢様、よろしいですか?」

「勿論。異論はありませんわ」

「…だそうです」

「ありがとうございます」

 

 これならば、ドイツに戻ってからも着てもいいかもしれない。

 実際問題、国に仕える者という意味ではメイドの少女達と立場的には大差ないのだから。

 ドイツという国に付き従うメイド。うん、悪くない。

 けれど、一応念の為に汚れた時の事を考えて、後でチェルシー辺りにメイド服の洗い方を教わろうと思う。

 

「セシリアお嬢様。カムラ様をお連れしました」

「分かりましたわ。どうぞ」

 

 ドアの向こうから先程の少女の声がして、それが開くと昨夜散々と見たカムラの顔がそこにあった。

 

「おはようさん。その様子だと、何事も無かったようだな」

「おはようございます、カムラおじ様。勿論、何もある訳がありませんわ」

「そいつはよかった……で、どうしてお前さんはメイド服なんて着てるんだ?」

「この屋敷にお仕えしているメイドの方々に頂いたのです。そして、おはようございます。カムラ技術大尉」

 

 葉月もチェルシーたちの真似をして、スカートの端を握ってから開くようにしてから頭を下げた。

 

「お…おぉ…おはようさん」

 

 昨日までの戦慄を覚える程の少女戦士とは思えない程に、今の葉月は嫋やかになっていた。

 後にカムラはこの時に葉月に関してこう語っている。

 

『ビックリするぐらいに違和感が無かった』…と。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「どうぞ。ロイヤルハーブティーです」

「悪いな。有り難くいただくよ」

 

 チェルシーから紅茶を淹れて貰い、それを軽く一口。

 飲んだ途端、これまでに蓄積していた疲れが消えていくような感覚がした。

 

「相変わらず美味いな。徹夜疲れが癒えていくようだ」

「ありがとうございます。では、何か御用があればお呼びください」

 

 礼をしてから、チェルシーはリビングを後にした。

 残されたのは、セシリアとメイド服を着た葉月、それからカムラの三人だ。

 

「おじ様からこちらへと赴くだなんて珍しいですわね。何か御用でもあったのですか?」

「用事って程でもないんだが…昨夜、二人が倒した女共について報告しておこうと思ってな」

 

 葉月とセシリアのコンビによって撃破された女性権利団体の刺客達。

 倒された後はカムラの指示の元、研究員たちによって拘束された筈だ。

 

「今朝早くに軍の連中がやって来て、アイツ等を連れて行ったよ」

「当然の末路…ですわね」

「その後にどうなったか…などは聞いてはいないのですか?」

「それは聞かされていないが、これからどうする気なのかは連行する時に教えてくれたよ」

 

 紅茶をまた一口飲んでから、両肘を自分の両膝に乗せてから語り出す。

 

「連中、どうやら捕えた女共に自白剤を使ってから、奴らの本拠地を聞き出してから攻勢に出る気のようだ」

「拷問ではなくて自白剤……随分とお優しいのですね」

「自白剤でも相当だと思うがな…」

 

 人間らしい一面を垣間見ても、まだまだ彼女と自分達とでは価値観が全く違う事を思い知らされる。

 

(白騎士事件について調べろ…か。一体、この子と事件に何の因果関係があるって言うんだ……)

 

 今はまだ事後処理に追われて調べる暇が無いが、後に落ち着いた頃にでも本格的に調査をしてみようと決意する。

 そこにどんな真実が待っていようとも、こんな時代を生み出してしまった大人の一人として必ず受け入れる覚悟と共に。

 

「一体どこに隠れ潜んでいたのかは知らないが、今頃は確実に奴らの拠点は軍によって強襲されている頃だろうさ。あいつらの切り札であるISはお前達によって戦闘不能にされて、全機こっちが回収しちまったからな。ISさえなければ、権利団体の連中なんて単なる雑魚だ。あいつ等の大半が碌な軍事訓練もしたことも無い素人集団だからな」

「そうですね。権利団体が他にとってアドバンテージを取れていたのは、全てはISがあったからです。それが無くなった以上、滅びるのは時間の問題と言えるでしょう」

「だろうな。軍の連中も、これまでに何度も奴らに辛酸を舐められてるから、溜りに溜まった鬱憤が大爆発しても不思議じゃない」

「自業自得とはいえ…哀れですわね」

 

 哀れと言いつつも、セシリアは決して権利団体に対して同情などをしている訳ではない。

 セシリア自身も、あいつらに対して怒りを覚えたのは一度や二度ではない。

 それでも、高貴なる者として言葉だけでもそう言っておかないといけないのだ。

 実際には、心からスカッとして清々している。

 

「一応、お前さんの上官にも報告はしておいたよ」

「少将閣下はなんと仰られていました?」

「大爆笑してた」

「……は?」

 

 大爆笑? あのグレイヴ少将が?

 常日頃から厳格な彼の顔しか知らない葉月には、余りにも信じられない事だった。

 

「どうやら、相当に嬉しかったようだな。こっちも本気で驚いたよ」

「そ…そうですか」

「それでかなり機嫌を良くしたんだろうな。お前さんに伝言を頼まれたよ」

「伝言…ですか? 命令などではなく?」

「そうだ。ISを介して通信でもすればいいだろうが、奴さんも忙しかったんだろう」

「でしょうね。それで、その伝言とはなんですか?」

 

 カップに残った紅茶を全部飲み干し、ニコッと笑いながら伝言を伝えた。

 

「聞くところによると、当初の予定では一週間ぐらいコッチに滞在する予定だったんだろう?」

「はい。最低でもそれぐらいは掛かると思っていましたので」

「だがしかし、実際にはあいつ等の動きが予想以上に早くて、結果として任務は早々に終了してしまった…と」

「そうなりますね」

「だから、ハヅキに掛けられていた待機命令は解除。その代り、残りの時間をあの時の通信で言われた通りに休暇に当てろ…だとさ。来週の月曜辺りに迎えを寄越すそうだ」

 

 待機ついでの休暇だったのが、本格的な休みになってしまった。

 それを聞いたセシリアは、思わず聞き返してしまう。

 

「そ…それはつまり…もっとハヅキさんと一緒にいられる…という事ですの…?」

「そうなるな」

「やりましたわー!!」

「わっぷ」

 

 喜びの余り、セシリアはすぐ隣にいた葉月に抱き着く。

 突然の事だったので、全く対処が出来なかった。

 

「つーことだから、もう暫くはゆっくりとしていってくれ」

「了解しました」

「それじゃ、俺はそろそろ行くよ。まだ仕事を残してるんでね」

 

 ソファから立ち上がり、軽く手を振りながらリビングを後にするカムラ。

 疲れつつも、その顔は不思議と爽やかだった。

 

「ご報告いただいて、ありがとうございました」

「いいってことさ。そのメイド服、結構似合ってるぞ。またな」

「お疲れ様でしたわ。カムラおじ様」

 

 こうして、葉月のイギリス滞在は当初の予定通りの日数を過ごす事になった。

 この時の事が、彼女の後の運命を大きく分ける出来事の要因の一つになるとも知らずに。

 

 

 

 




紡がれた絆は不滅。


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From weapons to girls

それでも彼女は引き金を引く。







 葉月のイギリス滞在日数が本格的に増えたと分ったその日、彼女はセシリアによってある場所へと連れてこられていた。

 

「…ここは?」

「見ての通り、美容室ですわ」

「美容室……」

 

 目の前には、洒落は看板を掲げた店が立っている。

 これまでの人生の中で全く訪れる機会の無かった場所だ。

 

「どうして私を此処に?」

「チェルシーから聞きましたわよ? ハヅキさんはこれまでに一度も髪の手入れなどをしたことが無いのだと」

「その通りです」

 

 普通に返事はしているが、内心では『情報がリークされた』と思ってしまった。

 本当にどうでもいい情報ではあるが。

 

「確かに、ハヅキさんの髪は非常に触り心地が良いですわ。それこそ、本当に手入れなんてしたことが無いのか疑ってしまうほどに」

「お褒め頂いて光栄ですが、私は本当に……」

「分かっていますとも。ハヅキさんが安易に嘘を付くような女性ではない事は、このセシリア・オルコットが一番よく知っていますとも」

 

 まだ葉月とセシリアは出逢ってから少ししか経っていないのに、この自信はどこから来るのか。

 女同士の友情の前では時間なんて些細な問題なのかもしれない。

 

「だからこそ、私は大切な友人であるハヅキさんの髪を更に美しくしてほしいのです。この髪をこのまま放置しておくなんてことは、間違いなく大きな損失ですもの」

「そう…ですか……」

 

 これまでに幾度も死線を潜り抜けてきた自分が、あろうことか貴族の少女に圧倒されている。

 それと同時に葉月は戦士としての勘で『今のセシリアには逆らわない方が良い』と悟っていた。

 

「大丈夫。お金ならば私が支払いますから」

「よろしいのですか?」

「勿論です。この程度、私のポケットマネーでどうとでもなりますわ」

 

 こと金勘定に関しては、貴族と言う存在に勝てる者はいないのかもしれない。

 別に葉月が貧乏という訳ではないのだが。

 イギリスに行く際に、流石に先立つ物が無いと対面的な意味でヤバいだろうという事で、イギリス独自の通貨である『GDP』をちゃんと受け取っている。

 美容室ぐらいの支払いならば全く問題は無いのだが、ここで彼女の善意を無下にする訳にもいかないので、ここは大人しく従っておくことに。

 

 因みに、『GDP』とは『グレートブリテンポンド』の略称である。

 

「では、入りましょうか?」

「……はい」

 

 こうして、生まれて初めてにして、最初で最後の美容室体験をする事になったのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一時間後。

 一流の美容師の手によって、葉月の髪は見違えるように生まれ変わった。

 

 今までずっと伸ばしっぱなしになっていた長い黒髪は綺麗に整えられて、真っ直ぐなストレートになっていて、その艶もこれまでとは比較にならない程に輝いている。

 まるで、光り輝くエフェクトと『キラキラ』という効果音が出てきそうなぐらいに。

 

「セシリアお嬢様。これでいかがでしょうか?」

「パーフェクトですわ! 申し分のない出来栄え…ハヅキさんの美しさがより一層際立っているわね!」

「お褒め頂き光栄でございます」

 

 店長と思われる男性がセシリアにお辞儀をする。

 その横で直立不動になっている葉月は、鏡に映っている自分を見て大きく目を見開いていた。

 

「髪が…凄くサラサラしている…。気のせいか、頭も軽い気がします……」

 

 自分の手で自分の髪を触り、葉月は地味に感動していた。

 彼女には美容師が何をしていたのかは全く分からなかったが、一つだけ分かった事がある。

 どんな業界でも、プロの持つ力というのは決して侮れないという事だ。

 

「お嬢様のご友人は非常に良い髪をお持ちでした。私もこれまでに数多くの女性の髪を触ってきましたが、彼女の髪は間違いなくトップクラスだったと言えるでしょう。まるで、ずっと埋もれていたダイヤの原石を研磨しているような気分でした」

「そうでしょうとも! そうでしょうとも!」

 

 二人が大笑いしながら自分の髪を絶賛している中、葉月は鏡を見ながら首を何度も動かして髪全体を見ようとしていた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 美容室だけで終わったと思ったら大間違い。

 まだまだ二人の街散歩は終わらない。

 

「今度はどこなのですか?」

「ここですわ!」

 

 そう言ってセシリアが指さしたのは、貴族の女性達が頻繁に通っている高級マッサージ店だった。

 間違いなく、今までの葉月とは縁も所縁も無い場所だ。

 入る事は愚か、近づく事すらしようとしないだろう。

 

「今のハヅキさんは、休息することが任務になっているのでしょう?」

「はい。グレイヴ少将閣下はそう仰られていました」

「ならば、マッサージにて体に溜まった疲れを癒すのが一番ですわ。ここは、私の母の代から利用しているお店なんですのよ?」

「そうなのですか…」

 

 代表候補生であるセシリアが利用している店であるならば、信頼性は高いのだろう。

 確かに、これまでに葉月が自分の疲れを癒してきた方法と言ったら、精々が休眠状態になる事ぐらいだった。

 誰かの手によって体を解されるという体験は今までに一度も無い。

 だからと言って、この店の事を侮るつもりはないが。

 マッサージという行為が蓄積された疲労を取る方法として非常に有効な事は、葉月だってよく知っている。

 ではどうしてしてこなかったのかというと、今まではそんな機会が無かっただけに過ぎないだけだ。

 

「今回は私も一緒に入りますわ。さぁ、行きましょう?」

「了解です」

 

 先程の美容室とは違い、今回のマッサージ店はこれからの自分にとっても非常に有用な店になる。

 今後任務に備え、少しでも疲労を取っておかなくては……。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 店に入り、常連であるセシリアが受付で話を進める。

 その後に二人別れて個室に入り、店の水着を着た状態で台にうつ伏せで乗って、その背中から臀部にかけてバスタオルが掛けられた。

 それだけを聞けば如何わしい店に聞こえるが、実際にマッサージをするのは女性なので問題は無い。

 

「それでは、始めますね」

「よろしくお願いします」

 

 まずは葉月の身体にマッサージオイルが垂らされて、その後に女性店員の施術が始まった。

 

「思ってるよりも色んな所が凝ってますね…。普段から運動などをされてるんですか?」

「そう…んん…! です…ね……んぅ…!」

 

 『開発者』達以外の人間に初めて生肌を触れられることに抵抗感は無い。

 そんな些細な事なんて簡単に吹き飛ぶほどの衝撃が葉月を襲っているから。

 

(こ…これは凄い…ですね…! これが『気持ちがいい』という事なのでしょうか……)

 

 己の全身にゾクゾクするような快感が走っていく。

 今まではずっと『痛み』と『苦しみ』しか感じてこなかった体が、手に取るように癒えていくのが分かる。

 もしも葉月の身体に体力バーなんてものがあれば、急激に回復していっている事だろう。

 それ程までに、今の葉月は癒しを感じていた。

 

「肩だけじゃなくて、背中も……」

「うひゃぅ…!」

「腰も……」

「ひぐぅ…!」

「お尻も……」

「にゃぁぁ…!」

「両足全体も凄く凝ってますよ?」

「はぐぅぅ…!」

 

 ドイツで彼女の帰りを待っているハーゼ隊の皆が見たら鼻血を出しながら喘ぎ声を上げる葉月。

 台に敷いてあるシーツを握りしめ、口からは涎を流し、目はトロンとなり、顔は赤く染まる。

 その光景だけを見るならば、完全にアウトだった。

 

(これ…気持ちいい……マッサージ…凄く気持ちいい……)

 

 徐々に頭の中が真っ白になり、瞼が急激に重くなる。

 シーツを握っていた手からも力が抜けていった。

 

「大丈夫ですよ、お客様。眠くなったのであれば、ご遠慮なくお眠りください」

「はい……」

 

 店員の言葉に甘える形で、葉月が自らの意志で意識を手放した。

 

(強制…休眠モード…開…始……)

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「お客さま……お客様。起きてください。施術は終了しました」

「んん……?」

 

 店員に起こされる形で、葉月は瞼を擦りながら体を起こす。

 それだけの事で、彼女は自分の身体に起きた変化にすぐ気が付いた。

 

「え……?」

 

 まず、頭の中が恐ろしくスッキリとしていた。

 マッサージを受けながら寝る事で、短時間ながらもたっぷりと熟睡出来たのだ。

 

「体が…物凄く軽い…?」

 

 全身からこれまでに溜りに溜まった疲労が根こそぎ消え、まるで葉月の体に羽でも生えたかのように軽くなっていた。

 試しに何も無い空間にパンチをしてみると、何かを弾くかのような『パン!』という音が鳴る。

 

「いかがですか? すっかり良くなったでしょう?」

「はい…これは本当に凄いです…!」

 

 今ならば、ペイルライダーを使わずとも権利団体の連中を一掃出来そうなぐらいに回復していた。

 正直、ここまで効果があるとは思わなかったので、純粋に感嘆の言葉を漏らす。

 

「感動しました…。まるで、生まれ変わったかのようです」

「お喜び頂いたようでなによりです」

「ありがとうございました。マッサージに対する認識を改めてしまいますね…」

 

 何度も自分の手を握ったり開いたりをして、無意識の内に満足そうに微笑んだ。

 

「セシリアの方も、もう既に終わっているのですか?」

「はい。お嬢様は数分前に施術が終了して、今はロビーにてお客さまをお待ちしています」

「そうですか。余り待たせてはいけませんね。すぐに着替えます」

「畏まりました」

 

 店員の女性が部屋を出るのを確認してから、葉月は着替える事に。

 因みに、今の葉月が着ている服は、メイド達の一人が渡してきたフリルが付いた薄いピンクのワンピース。

 ヒラヒラした服はあまり着慣れていないのだが、これもまた今後の為の経験だと割り切って着用していた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 着替えてからロビーに向かうと、ベンチに座っていたセシリアが立ち上がってから、こちらへと近づいてきた。

 

「ハヅキさん…とてもいいお顔をしていますわ。どうやら、私の予想通りに疲れが相当に溜まっていたようですわね?」

「そうだったようです。面目ありません……体調管理はちゃんとしていたつもりなのですが……」

「仕方ありませんわ。疲労というものは、自分が意識していない所でも蓄積していくもの。だからこそ、このような場所が必要なのですわ」

「そうですね。セシリアのお蔭で、また新しい発見がありました。ありがとうございます」

「大切な友人の為ですもの。これぐらいは当然ですわ」

 

 などと優雅に返しているが、その心の中では……。

 

(キャ―――ッ! 優しげに微笑むハヅキさん…素敵ですわ――――! しかも、またお礼を言われて…感無量ですわ……)

 

 完全に貴族らしさが消えて興奮しまくっていた。

 もしも、このまま屋敷に直帰でもしたら、自分の部屋のベッドの上でゴロゴロしながら悶絶していた事だろう。

 

「さて…疲労が取れた所で、まだまだ色んな所に行きますわよ?」

「まだ行くのですか?」

「当たり前ですわ! ハヅキさんには、女の子同士の買い物というものを徹底的に教えて差し上げますわ!」

「……了解しました」

 

 女の子同士云々以前に、葉月はこれまでに買い物なんて殆どしたことが無い。

 彼女の所有物は、その全てが軍からの支給品だったから。

 

「さぁ…行きますわよ!」

 

 こうして、セシリアと葉月の街散歩はまだまだ続くのであった。

 

 屋敷に帰ってからチェルシーに『ハヅキさまとのデートは楽しかったですか?』と尋ねられて赤面していたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




出会いがあれば別れもある。


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This farewell is not eternal

我が家に『第四の死の騎士団』が到着。








 時が過ぎるのはあっという間で、気が付けば葉月がドイツに帰る日になってしまっていた。

 

 オルコット邸で一週間過ごしたことにより、今まで人間性の薄かった葉月に明らかな『変化』があった。

 まず、心を許した相手には今まで以上に感情を表現するようになり、微笑程度ではあるが、よく笑うようになっていった。

 更に、チェルシーのお蔭で人並み以上に下着や服装などに気を使うようになった。

 これが一番大きな成長だったりする。

 

 そして、場所は葉月が最初にイギリスに降り立った地である研究所の隣にある離着陸場。

 もう既に輸送機はやって来ていて、その前にはカムラを初めとする研究所職員たちと、セシリアを初めとするオルコット邸の面々が勢揃いしていた。

 

「まさか、こんなにも多くの人達が見送りに来てくれるとは思いませんでした」

「大切な友人が故国へと帰るのですから、これぐらいは当然ですわ」

「その通りだ。今回、お前さんには本当に大きな借りが出来てしまった。何かあればいつでも連絡をくれ。出来る事は限られるかもしれないが、それでも全力で協力をさせて貰うよ」

「セシリア、カムラ技術大尉…ありがとうございます」

 

 丁寧に頭を下げる葉月の足元には、大きなスーツケースが一つ。

 中には、オルコット邸から貰った古着の数々が入っている。

 古着と言っても、実際にはかなりの高級な服ばかりなので、見た目だけで言えば新品同様に等しい。

 

「チェルシーさん。貴方にも本当にお世話になりました」

「いえ…こちらこそ、ハヅキさんをお会い出来て本当に良かったです。メイド一同、これからのご活躍を応援しております」

「はい。お任せください。少しでも、世界の平和に貢献してみせます」

 

 そっと自分の胸に手を当てながら、葉月は力強く言ってみせた。

 今までの彼女からは想像が出来ないような反応だった。

 

「しかし…この洋服類は本当に頂いてもよろしいのですか?」

「ご遠慮は無用です。それはもうハヅキさまの所有物。洗い方などは前にレクチャーした通りにして頂ければ問題ありません」

「洗濯の仕方一つとっても色々と技術がいる…本当に、チェルシーさんから教わった事は全てが目から鱗な事ばかりでした」

 

 屋敷にいる間、葉月はチェルシーから様々な事を教わっていた。

 それこそ、今まで彼女が学びたくても学べなかった一般教養から、生活の知恵などに至るまで沢山。

 元々から物覚えが良かった葉月は、それらをまるで乾いたスポンジのように吸収していった。

 

「…もうそろそろ離陸の時間になりますね」

「これでもう…お別れなんですのね…」

「果たしてそうでしょうか?」

「ハヅキさん?」

 

 悲しそうにするセシリアの手を、葉月が徐に優しく両手で包み込む。

 

「私達のどちらかが死なない限り、永遠の別れというものは存在しません。いつの日か必ず、どこかで再会する機会はあると思っています。なので、私はここで敢えて『さようなら』という言葉は使いません」

「では…なんと言うおつもりなんですの?」

「『また会う日まで』」

「………っ!?」

 

 あの無機質で氷を思わせるような少女から、再会を望むような言葉が出てくる。

 たったそれだけの事で、セシリアの目尻には涙が滲み出てきた。

 

「ハヅキさん!」

 

 限界だったのか、セシリアは葉月の体に抱き着き、その胸に顔を埋めた。

 彼女の体は震えていて、ずっと泣きたい気持ちを我慢していた事が分かった。

 

「私も…私もお別れは言いませんわ…。いつの日か必ず、また会える日を信じています……」

「はい。その日が来るまで、お互いに成すべき事を成していきましょう」

「えぇ…えぇ…! 次にお会い出来るときには、あなたの友人として恥じる事のない立派な代表候補生になってみせますわ……」

「楽しみに待っていますよ…セシリア」

 

 僅か一週間の出来事ではあったが、お互いの人生の中で最も濃密で穏やかな一週間になった。

 輸送機の操縦者も、空気を呼んで黙って二人の少女の友情を静かに見守っていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 離陸した輸送機の中。

 葉月は窓の外を眺めつつ、物思いに耽る顔を見せていた。

 

「はぁ……」

 

 そして、時折吐く溜息。

 その様子を横目で見ている操縦者の男は、帽子を深く被ってから今更ながら罪悪感に胸を痛めていた。

 

(もう完全に『兵器』じゃなくて、一人の『少女』になっちまってるじゃねぇかよ…くそっ! あんな顔を見せられちまったら…もう何も言えなくなっちまうよ……)

 

 今の葉月は『狭間』にいる。

 殺戮兵器『コード80』と、人間の少女『葉月』と狭間に。

 これから先、彼女がどのようになっていくのか。

 それは誰にも分からない。

 唯一つだけ言えることがあるとすれば、それは……。

 

(セシリア……私は……)

 

 この時期を逃せば、もう二度と葉月は『人間』には戻れないという事だ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 上空にて一晩過ごし、輸送機はハーゼ隊基地内にある離着陸場へと降り立つ。

 そこにはクラリッサやラウラを初めとするハーゼ隊の面々だけでなく、千冬も腕組みをしながら葉月の帰りを待っていた。

 

「コード80。只今、イギリスから帰還しました」

 

 輸送機の扉が開き、葉月が降りてから皆の前で帰還の報告と敬礼をする。

 別に何もおかしな所は無い。ごく普通の事だった筈…なのだが…皆の反応は全く違っていた。

 

「ハ…ハヅキ? お前…本当にハヅキなのか?」

「そうですが…?」

 

 皆を代表して、ラウラが指先を震わせながら訪ねた。

 葉月からすれば、いきなり何を言いだすんだといった感じだが。

 

「表情が凄く優しくなってる……」

「ねぇ! この髪すっごくサラサラしてるんですけどッ!?」

「ホントだ! めっちゃ手入れされてる! ナニコレ!?」

「肌もスベスベしてる! エステでもしたのッ!?」

「顔から疲れを全く感じない…。スッキリしてる?」

「皆落ち着け! 言いたい事は分かったから、総合的に判断しましょう!」

 

 現隊長であり最年長でもあるクラリッサが、驚きまくる部隊員達を一括して落ち着かせる。

 なんだかんだ言っても部隊長なだけあって、このような時の統率力は流石だ。

 葉月もそう思っていたのだが、次の言葉でその感想は一気に崩壊する。

 

「結論…ハヅキちゃんはイギリスに行った事で……」

「「「「「今まで以上の超絶美少女になって帰ってきた!!」」」」」

「はぁ……」

 

 この団結力をもっと別の時に発揮出来れば、必ずハーゼ隊は強くなるのに。

 息を荒くし、ギラついた目で自分を見る皆を見て、そう思わずには言われなかった。

 

「ボーデヴィッヒ少尉? 先程からずっとこちらを凝視していますが、どうしたのですか?」

「あ…うあ……」

 

 たった一週間で大きく変貌してしまった葉月を見て、顔を真っ赤にしながら心臓をドキドキさせているラウラ。

 勿論、彼女がそんな事になっているなんて葉月には知る由も無いわけで、純粋に彼女を心配してそのおでこにそっと手を添えた。

 

「もしかして、熱でもあるのでしょうか? 大丈夫ですか?」

「ふ…ふにゃぁぁぁっ!? いきなりにゃにをするっ!?」

「何をすると言われても…なんだか具合が悪そうに見えたので、熱でもあるのかと思い至りまして…」

「わ…私の事を心配してくれたのか?」

「少尉を心配するのは当然の事でしょう?」

「ふにゃっ!?」

 

 これまでの葉月からでは想像も出来ないような優しい微笑みを至近距離で見た事で、ラウラのキャパは完全に限界突破してしまった。

 葉月自身は、単純に同じ基地にいる仲間として心配していただけなのだが、言葉足らずの彼女にはそれを言うまでには至らなかった。

 

「ゆ…百合の花が…遂に……」

「咲いた……」

 

 隊員達が震える声で彼女たちの方を振り向く。

 実は、葉月がイギリスに行っている間、ずっとラウラは訓練にも身が入らない程の放心状態になっていて、彼女にとって葉月と言う存在がどれだけ大きな存在になっているかが伺えた。

 それを見て、隊員達は『もしかして』と思っていたが、その『もしかして』が目の前で現実となったのだから、彼女達の驚きと喜びもひとしおだった。

 

「葉月…お前は……」

「織斑教官? どうしました?」

 

 他の隊員達とは別の意味で千冬は感動に打ち震えていた。

 まさか、あの葉月がこれ程までに人間らしくなって帰ってくるとは予想すらしていなかったから。

 イギリスで一体何があったのかは知らないが、少なくとも葉月がここまで大きく変わるほどの出来事が起きたのは間違いない。

 本人は全く自覚していないが、まるで子供の成長を喜ぶ親のような心境だった。

 

「よく……帰ってきたな……」

「それは先程も言いましたが……」

「お前が無事なら…それだけでいい……」

「はぁ……」

 

 葉月の頭をそっと撫でつつ、自然とそのまま彼女の事を抱きしめていた。

 

「おかえり…葉月……」

「ただいま…です。織斑教官…」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 基地内にある通信室。

 そこで、葉月は画面越しのグレイヴに帰還の報告をしていた。

 

「グレイヴ少将閣下。コード80、帰還しました」

『うむ。任務ご苦労だった。体を休める事は出来たか?』

「はい。心身ともに、万全の状態にすることが出来ました。いつでも次の任務を受けられます」

 

 しっかりとした敬礼をする葉月を見て、グレイヴは少しだけ目を見開いていた。

 これまでは死んだ魚のような無機質な目をしていた彼女が、今は生気に満ち溢れた目をしているから。

 それだけ疲労が蓄積していたのか、それとも彼女をそこまで変化させる何かがあったのか。

 グレイヴはすぐに後者が原因であると結論づけた。

 

(よもや、表側にいる人間達と交流させるだけで、ここまでの変化を齎すとはな…。私の求める兵器とは程遠くなってしまったが、それ自体は調整次第でどうとでもなる。それよりも、コード80のこの状態を有効活用しない手は無い)

 

 両肘を机の上に置き、両手で口元を隠してから邪悪な笑みを浮かべる。

 

(ここまで人間らしくなったのであれば、今までは出来なかった潜入工作も可能になるかもしれんな。念の為に知識や訓練などは施していたが、まさかそれが役に立つ可能性が出てくる日が来るとは思わなかった。これは思わぬ行幸…。内側から滅ぼされる瞬間、あの女共はどんな阿鼻叫喚を聞かせてくれるのだろうな…)

 

 自分の任務に新たな種類が増えるかもしれない事なんて全く知らない葉月は、画面の向こうで黙っているグレイヴの事をジッと見ていた。

 

『報告によると、どうやら心身の休息以外にも、色々と貰ってきたようだな』

「はい。もう着なくなった古着を何着か。その他にも色々と…」

『そうか。まぁ…その事に関して何か言うつもりはない。今にして思えば、お前には碌に私服の類などは与えてこなかったしな。この機に、一般人に紛れて行動する訓練でもしてみるのもいいかもしれんな』

「追跡、尾行をする為の一環の訓練ですね。了解しました。今後の訓練メニューに組み込んでみます」

『よろしい。これからも、有事の際に備えての訓練と準備を怠らぬように。いつ、どこで今回のような任務があるか分からないのだからな』

「了解しました」

『では以上だ。下がっていいぞ』

「はっ」

 

 向こうから通信を切り、室内が一気に暗くなる。

 そうなってから、葉月は思い切り息を吐いた。

 

「はぁ……」

(今までは、こんな事は一度も無かったのに…なんでか少将閣下の顔を見ただけで緊張をしてしまった。まさか、私が『緊張』なんて感情を露わにする日が来るなんて……)

 

 自分はどうしてしまったのだろうか。

 『兵器』としての己の有り方が根底から崩れ去る感覚があるのに、どうしてかその事が全く不快ではない。

 セシリアと共に過ごした日々は本当に楽しかったし、彼女と別れる時も寂しく感じた。

 そして、戻ってきたラウラや千冬、ハーゼ隊の皆の顔を見た途端に安堵をする自分がいて、彼女達に出迎えられたことが純粋に嬉しかった。

 

「私が……壊れる……」

 

 両腕で自分の身体を抱きしめ、その場に蹲る。

 彼女の目からは、一筋の涙が零れた。

 

「怖い…よ……」

 

 その呟きは、誰にも聞かれる事無く闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 コツコツという足音が響く。

 両手をポケットに入れた状態で、グレイヴはPR計画の研究所内の廊下を白衣を着た研究員と一緒に歩いていた。

 

「例の機体が完成したというのは本当か?」

「完成…というよりは、完成間近と言った感じです。少なくとも、今年中には確実にロールアウトするかと」

「よかろう。もう組み上げは終わっているのか?」

「それは勿論ですとも」

 

 一番奥まで到達すると、そこには電子ロックの掛かった扉があった。

 

「少々お待ちください」

 

 研究員は慣れた手つきでパスコードを入力し、指紋確認と網膜確認を済ませてからロックを解除した。

 

「お待たせしました」

 

 空気を抜くような音と共に扉が開かれ、中では数多くの研究員たちがとあるISの周りにて忙しく作業を行っていた。

 

「あれが…そうか?」

「はい」

 

 それは、ペイルライダーに非常に酷似している全身装甲のISだった。

 違いがあるとすれば、全身が青いペイルライダーとは違って、それは基本的に白を基調としている事と、頭部には特徴的な二本のアンテナがあり、右腕には複合兵装と思わしき巨大な武器が装備されている事だった。

 

「コード80の齎してくれた戦闘データと稼働データを元に改良を加え続け、ようやくここまで辿り着きました」

「そうか…」

「これこそが、この『PR計画』の集大成にして、ペイルライダーを再設計した量産検討機であり、その試作一号機。名付けて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペイルライダー・キャバルリー(騎士団)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『死』は、一つじゃない。


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フランス編 ~New encounter~
The girl goes to the battlefield again


安息の後は戦場へ。





 ドイツ国内某所。

 

 グレイヴは自分のパソコンと睨み合いをしながら何かをブツブツと呟きながら考え事をしていた。

 

「矢張り、奴等の元へ潜入させ、そのまま内部から崩壊させるのがいいか…? 今の奴ならば、潜入だけでなく街中に紛れ込んでの調査も可能だしな…。人間性が増えた事で作戦の幅が広がるとは皮肉な事だな……」

 

 これから先の葉月の運用方法について色々と検討しているようだが、まだ上手い具合には纏まらないようだ。

 机の中から葉巻を出して、それを加えてから愛用のジッポライターで火を着けようとした時、いきなりグレイヴは自分の口を押えてから大きく咳き込んだ。

 

「ゴホッ! ゴホッ! おのれ…!」

 

 口を押さえた自分の手を見てみると、そこには血が付着していた。

 傍にあったティッシュでそれを拭うと、ごみ箱へと捨てた。

 

「何も知らない少女を復讐の道具にしている罰とでもいうか…。それに関しては一向に構わんさ。その程度の罰ならば喜んで受けてやる。だが、私もタダでは死なんぞ…! 必ずや、奴等も地獄への道連れにしてくれる…!」

 

 拳を握りしめ決意を新たにするグレイヴ。

 その顔からは、並々ならぬ執念を感じ取れた。

 

 そんな彼の元に、突如として部下から通信が入ってきた。

 

『グ…グレイヴ少将! 大変です!!』

「そんなにも慌てて一体どうした?」

『つい先程、フランスの権利団体の動向を探っていた者達から緊急連絡がありました!』

「内容は?」

『それが、あのデュノア社が……』

 

 報告を聞いて行くうちに、普段は滅多に表情を崩す事のないグレイヴが顔面蒼白になっていく。

 

「な…なんだとっ!? それは本当かッ!?」

『間違いありません!』

「なんということだ…! あの蛆虫共が……!」

 

 悔しそうに歯を食いしばりながら、グレイヴは何処かへと通信を繋げようとする。

 その相手は勿論、『彼女』しかいなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 葉月がイギリスから帰国してから数日。

 基地内はいつもの日常を完全に取り戻していた。

 

「そこ! 反応が遅いぞ! 何をやっている!」

「すみません!」

「お前はもっと、足を踏ん張ってから力を入れるんだ! 幾らISが空中浮遊できるからといって、地上戦が無いという訳ではないんだぞ!」

「は…はい!」

 

 基地の敷地内にある訓練場では、今日も千冬の声と隊員達が訓練している姿があった。

 その近くには、いつでもサポートに入れるように葉月が控えているのだが、今の彼女は今までとは全く格好が違っていた。

 

「……あ~…葉月?」

「どうしました? 織斑教官」

「お前がイギリスから戻ってきてずっと、いつ言おうか迷っていたんだが…今日こそは言わせて貰おう」

「何をですか?」

「…………どうしてメイド服なんて着てるんだ?」

 

 そう。今の葉月が着ているのは、クラリッサから貰った正真正銘のメイド服。

 コスプレ用などではなく、本職の人間が着用する物である。

 

「イギリスにてお世話になった人物に頂きまして。その方も非常に立派なメイドで、私などが同じ服を着るのが烏滸がましいのは承知しているのですが、私自身もドイツという国に仕えるメイドのような存在でないのかと考えた結果、私なりに国家への忠誠を誓う証として、このメイド服を着用している次第です」

「そ…そうか……」

 

 要は、自分なりの愛国心を示す為にメイド服を着ていると。

 一体何をどう解釈すれば、そんなぶっ飛んだ発想に行きつくのだろうか?

 基地内の全員が全く同じ感想を抱いたのだが、誰一人としてそれを言う者はいなかった。

 その理由は単純明快で、メイド服を着た葉月の格好が余りにも似合いすぎていたから。

 何より、本人の顔が真剣そのものなので誰も無粋な事なんてしなくはなかったのだ。

 

「ま…まぁ…よく似合っているのだから、いいんじゃないか?」

「ありがとうございます」

 

 表面上はポーカーフェイスを装っている千冬であったが、その心の中は全く違っていた。

 

(メイド服を着た葉月…可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い♡)

 

 完全に一撃ノックアウトになっていた。

 この場に千冬と葉月の二人きりだったら、一体どんな凶行に走っていたか分らない。

 

 千冬ですらここまでやられているのだから、ハーゼ隊…特にクラリッサ辺りが一体どうなっているのかは…お察しの通りである。

 

「メイド服を着たハヅキたん! 可愛過ぎて興奮する――――――!!!」

「うわぁ…クラリッサお姉さま、両方の鼻の穴にティッシュを詰め込んだままの状態でよくグラウンドを全力疾走とか出来るよね…」

「ああでもしてないと、鼻血が出ちゃうんだって」

「なんで?」

「本人も言ってるじゃない。葉月ちゃんのメイド服が可愛いからだって」

「確かに、同じ女の私達でも羨むレベルの可愛さだけど……」

 

 小休止をしながら日陰で水分補給をしている二人の隊員が話している最中、ギリギリの所でなんとか理性を保っているクラリッサにトドメを刺す光景が目の前に現れる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「お疲れ様です、ボーデヴィッヒ少尉。水分とタオルです」

「あぁ…すまないな」

「どういたしまして」

 

 メイド服を着た葉月が、ラウラにタオルとドリンクを手渡す。

 あの模擬選以降、すっかり葉月に懐いたラウラを知っている彼女達からすれば、何気ない日常の一ページに過ぎない。

 だが、クラリッサだけは全く違うように見えていた。

 

(こ…これはっ!? ツンデレ美幼女なお嬢様に仕える、無表情ながらも献身的で根は優しい美少女メイド……た…たまらん!!!)

 

 本当は全く違うのだが、クラリッサには葉月とラウラの二人がそんな風に見えていた。

 その衝撃は、彼女の鼻に詰まっていたティッシュを鼻血の勢いによってロケットのように噴出させるほど。

 

「も…もうダメェ~…」

「「「「たいちょーっ!?」」」」

 

 クラリッサ、遂にダウン。

 だが、地面に倒れた彼女の顔は何故か満面の笑みを浮かべていた。

 

「止まるんじゃねぇぞ……」

「お前はどこのオルガだ」

 

 千冬にツッコミを入れられつつ、クラリッサは他の隊員達によって医務室へと直行された。

 

「ハルフォーフ大尉はどうなさったのですか?」

「さぁな。大方、熱中症にでもなったんだろうさ」

 

 ある意味でいつもの事ではあるので、適当に流してから訓練を再開することに。

 葉月も慣れてきてしまったのか、特に気にする様子も無かった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 約一名を除いた状態での全員揃っての全体休憩。

 地面に座って汗を拭いたり、水分を取ったりして各々に自分の身体を癒している。

 

「織斑教官も水分補給をなさってください。今日は特に暑いですから」

「そうだな…ありがとう。葉月もちゃんと水分補給をしておくんだ」

「承知しました」

 

 二人揃って日陰に移動してからドリンクを飲む。

 傍から見ていると姉妹のようにも見えるが、本人達は気にしていないだろう。

 …ここにクラリッサがいたら、今度こそ出血多量で緊急入院をしなくてはいけなくなっていたかもしれない。

 

「ん?」

 

 そんな時だった。いきなり葉月の腕に装着されいるブレスレットが震えだす。

 イギリスに行った際にペイルライダーの待機形態として誤魔化す為に身に着けていた物だったが、その後に少しだけ改良が加えられ、通信機能が追加された。

 その機能が今、葉月に何かを知らせようとしている。

 

「どうした?」

「どこからかの通信のようです。出ます」

 

 ブレスレットのボタンを押してから通信を繋ぐと、そこには珍しく焦っている様子のグレイヴの顔があった。

 

「少将閣下…? いかがなされたので……」

『コード80! 緊急事態だ!! 直ちにフランス、パリ郊外に出撃せよ!!』

「グレイヴ少将? 一体どうしたと言うんだ?」

『ええい! ブリュンヒルデ! 今はお前と話している暇はない! コード80! 復唱せよ!!』

「了解しました。コード80、直ちに出撃します…が、その前に任務の内容を説明して頂けないでしょうか?」

『そんな暇は……いや、これは話しておくべきやもしれんな……』

 

 葉月の言葉で冷静さを取り戻したのか、グレイヴは背凭れに体を預けてから息を吐く。

 

『時間が無いので手短に説明する。女性権利団体のフランス支部が、あのデュノア社を内部から密かに掌握しようと動いているらしい』

「デュノア社と言えば、量産型ISのシェアが第三位で、あのラファール・リヴァイヴを開発した大会社……」

『そうだ。どうやら、密かに会社内にスパイを送り込み、社長を脅迫して会社の書集権を含めた全権を奪おうとしようとしているらしいのだ』

「なんと……!」

 

 常日頃から無表情である葉月ですら思わず驚愕してしまう。

 デュノア社が権利団体の手に落ちる事がどんな意味を持つのかが一発で分かった。

 

『国の情勢や内情などはこちらが送り込んだエージェントによって把握することが出来るが、会社の内部までは難しいのが現状だ。奴等はそこに付け込んできたのだ…腹立たしいことにな!!』

 

 バンッ!!!

 己の激情をぶつけるかのように拳を机に叩きつける。

 それでようやく熱が冷めたようで、いつもの冷静なグレイヴに戻った。

 

『だが、奴らは自分達の勝ちを確信し、ここに来て大きく動いてしまった。情報が不足しているのでまだ詳しい事は不明だが、奴らは何らかの弱みに付け込む事で社長を脅して会社を乗っ取るつもりなのだろう。もしも、そんな事になればどうなるか…分かるな?』

「デュノア社という強大な後ろ盾とスポンサーを手に入れた奴は一気に増長し、戦力と戦火が拡大していく……」

『その通りだ。それだけは絶対に阻止しなくてはならん。一刻も早く権利団体の企みを打ち砕き、デュノア社を奴らの手から解放しなくてはならん』

「了解しました。コード80、必ずや緊急任務を全うしてご覧に入れます」

『よく言った。本当ならば輸送機にて貴様を運ぶところなのだが、今は本当に時間が惜しい。よって、今回の任務では特別に『アレ』の使用を許可する』

「『アレ』とは、まさか……」

『そうだ。我がドイツ軍が開発したIS用の試作兵装……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソロモン・エクスプレスを使ってフランスへと飛び立つのだ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




新たなる出会いが彼女を待っている。


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Break the tragedy

飛翔せよ、第四の騎士。







 グレイヴからの緊急通信を聞き、葉月だけでなく周りにいた隊員全員の表情が固まった。

 かなり大きな声で話していたので、彼女達にも筒抜け状態になっていたのだ。

 

『向こうにいる工作員からの情報を基に、お前のペイルライダーにこちらから簡易的な地図に加え、社長の位置がすぐに特定できるようにしておいた。予め、万が一の時に備えて密かに彼の服に取り付けておいたおいた発信機があったらしいのでな』

「成る程…了解しました」

 

 グレイヴの焦燥した声を聞き、葉月は今までにない程の緊張感を感じながら通信を切ろうとする。

 だが、その直前に彼の元に追加の情報が届いたのか、通信越しに返事をしているのが聞こえてきた。

 

『なに? ふむ…ふむ…そうか。あの蛆虫共が…!』

「いかがなされました?」

『つい今しがた、新たな情報が入った。どうやら、あの蛆虫共は社長の娘を人質に取り、彼女の命と引き替えにデュノア社の所有権などを要求しているようだ』

「なんと古典的な…。聞いているだけで虫唾が走りますね」

『全くだ。よって、コード80よ。現場に到着し次第、すぐに人質を解放、その後に速やかに『害虫』を『駆除』せよ。分かっているとは思うが、これは最優先命令だ』

「了解です。お任せください」

『奴等に対する慈悲の心なんぞ必要ない! 徹底的に叩き潰せ!!』

「はっ!」

 

 最後の激高をしてから通信を切り、葉月はゆっくりと敬礼をしていた手を下げた。

 

「…ということなので、織斑教官。皆さん。訓練の途中で申し訳ありませんが、今すぐにフランスへと飛ばなくてはいけなくなりました」

「また…私達はお前を見送る事しか出来ないのだな…」

「織斑教官。そう悲しい顔をなされないでください」

「葉月…?」

 

 唇を噛み締めながら、千冬が今の己の無力さを悔やんでいると、いきなり葉月が彼女の手にそっと自分の手を重ねてきた。

 

「これまでとは違い、今の私には帰ってくる場所と、待っていてくれる人達がいる。たったそれだけの事で、私はどんな過酷な戦場にも飛び立てる。皆さんの存在が、私の心の支えとなってくれているのです」

「葉月……お前は……」

 

 うっすらと、だが優しく微笑んでいる彼女の顔を見て、もう誰一人として葉月の事を『兵器』と呼ぶ者はいない。

 友を、仲間を、故郷を愛する少女が…そこにはいた。

 

「なので…行ってきます」

「あぁ……頑張って来い」

「了解です。織斑教官」

 

 そうして、葉月は出発の準備をする為に基地内にある戦闘機用の滑走路へと足を向けたのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 メイド服の状態のままで滑走路に立ち、空の向こうを鋭い目つきで睨みつける。

 胸を押さえ、目を閉じてから何かに祈るようにしてから自分の分身の名を叫んだ。

 

「来なさい…ペイルライダー!」

 

 青い光に包まれ、一瞬で彼女の体が鋼の装甲に包まれる。

 それ自体は何ら不思議な事ではない。これまでにも何度も見てきた光景だ。

 

「そういえば、あの時グレイヴ少将が言っていた『ソロモン・エクスプレス』とは一体なんなんだ…?」

 

 せめて、彼女の見送りぐらいはしたいという隊員達の強い要望により、滑走路には千冬を初めとした全員が集結していた。

 

「『ソロモン・エクスプレス』とは、我等がドイツ軍が密かに開発したIS用の超級破壊兵器(オーバード・ウェポン)の総称です」

「超級破壊兵器…だと…!?」

 

 ISの機能により千冬たちの声を聞き取った葉月が、彼女達の疑問に答えた。

 

「一言に『超級破壊兵器』と言っても幾つかの種類が存在していて、今回の私が使用するのは『兵器』というよりは機体全体を覆い尽くすほどの大きさを誇る超大型の追加ブースターとプロペラントタンクです」

 

 投影型ディスプレイを目の前に出し、なんらかの項目的な物の中から上から二番目を選んでからタッチする。

 すると、突如としてペイルライダーの周囲に巨大なナニかが出現し、次々と全身に装着されていく。

 

「ソロモン・エクスプレスtype‐B。完全なる片道切符にはなりますが、理論上これを装着した時の速度は光速の約30%にまで至るとされています」

「光速の…30%だと…!?」

「そ…そんな化け物をドイツ軍が生み出していたなんて……」

 

 千冬とラウラだけでなく、全員が信じられないような顔でソレを見る。

 ペイルライダーの腰から下の全てを完全に覆い尽くすほどに巨大なブースターポッドと、それに付随するかのように装着されている細長い形のプロペラントタンクが二基。

 更には、肩部からバックパックも覆い尽くす巨大さを誇る超大型のブースターが二基あり、その周囲には小さなブースターが軽く見るだけでも20基以上はあった。

 

「勿論、こんな化け物をISに装着して使用するのですから、当たり前のように警告文が出ます」

「だろうな…。しかし、こんなものを最大出力で使えば、ISの方が持たないのではないか?」

「一応、使用時には全てのシールドバリアーを前方に局所展開をして機体を護る事になっているのですが……」

「何か問題があるのか?」

「…正直、それでもIS自体に掛かる負担は相当な事になると思っています。これを実際に使うのはこれが初めてなので、何とも言えませんが……」

 

 それもそうだ。

 そもそもの話、こんな代物を使うような機会自体が一生に一度あるかないかだろう。

 

「皆さん、もっと離れた方がよろしいかと。それから、私がブースターに点火する直前に耳を塞いでください。そのままだと確実に鼓膜が破れますから」

 

 葉月の忠告を受け、急いで全員が遠く端の方まで行き両手で耳を塞いだ。

 それを見てから頷き、葉月は斜め上を…空の向こうを仰ぎ見る。

 

「では…カウントダウンを開始します」

 

 ブースターの中に僅かな火が灯り、それが徐々に大きくなる。

 

「10…9…8…」

 

 宙に浮き、最終調整に入る。

 発進したが最後、細かな調整は絶対に不可能だからだ。

 文字通り、僅かなミスが命取りになる。

 

「7…6…5…4…」

 

 唾を飲み、拳を握りしめる。

 頭の中で自分の任務の再確認をする。

 

「3…2…1……」

 

 全てのブースターが大爆発をしたかのような爆音を放ち、巨大な火を吐き出す。

 

「0! ソロモン・エクスプレス…テイクオフ!!」

 

 この場の空気が大きく震え、その衝撃だけで吹き飛ばされそうになる。

 それに必死に耐え、千冬達は葉月が飛び立つ瞬間を見届けた。

 

(負けるなよ…葉月…!)

 

 一瞬で空の彼方まで消えた葉月を見ながら、心の中で彼女の武運と身を案じた千冬だった。

 

 葉月が飛び去った後には、焼き焦げたかのような巨大な黒い跡が残されていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!」

 

 全身の骨が粉々に砕け、何もかもが押し潰されそうな感覚に襲われながら、葉月とペイルライダーは必死に凄まじい衝撃に耐えていた。

 一瞬でも気を抜けば、途端に機体も自分もバラバラになる。

 機体内にある全てのエネルギーを自身を守る為に展開しているが、それでも圧倒的なまでのプレッシャーが彼女に襲い掛かった。

 

(なんという衝撃…! 予想はしていたけど…まさかここまでだなんて…!)

 

 全身強化された葉月の体であっても、とてつもない負荷が掛かっている。

 もしもこれが何の強化も訓練もされていない人間だったならば、一瞬で原形すらも残さずに消し飛んでいた事だろう。

 

(けど…このままの速度を維持できれば……10分程度でフランスに辿り着ける筈…! 本当はもっと急ぎたいけど…そうすればそれこそ私もペイルライダーもバラバラになる! ブースターも耐えられないだろうし…!)

 

 短い間に何度も何度も意識が飛びそうになるが、その度に自分自身に喝を入れて耐え抜く。

 己に課せられた任務を全うする為に。

 帰るべき場所へと帰る為に。

 そして、守るべき者達を守る為に。

 

(私は…負けない!! 意地でもフランスへと到達し…任務を遂行する!!)

 

 ペイルライダーも、自分の身体もさっきからずっと悲鳴を上げ続けている。

 だが、それがどうした。それがなんだ。

 そんなもの、自分の障害には成り得ない。

 

(お願い…耐えて……ペイルライダー!! 私を…私を導いて!!)

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 フランス パリ郊外

 

 とある廃工場にて、一組の夫婦が焦った様子でアタッシュケースを持ち、スーツを着た女達と対峙していた。

 

「アルベール・デュノア…ちゃんと持ってきたんでしょうね?」

「あぁ……お前達に会社の全権を委任する書状と身代金だ…!」

「これでいいしょ!? 早くあの子を返して!!」

「いいわ……」

 

 リーダー格と思わしき女が部下に視線を向けると、その女が奥から別の女を呼んできた。

 その女の腕には、猿轡をされている金髪の少女が拘束されている。

 

「シャ…シャルロット!!」

「んー! んー!」

「おっと。そう焦らないの。まずはそれを渡してからよ」

「…私がこれを渡すと同時に、シャルロットを離してくれ…!」

「お前如きにそんな事を言う権利があると本気で思っているの? アルベール社長?」

「くっ…!」

 

 この場でのイニシアチブは完全に向こうが握っている。

 娘を人質に取られている以上、彼は奴らの言いなりになるしかなかった。

 

「にしても、愛人の娘なんかに、どうしてそこまでご執心なのかしらね? 全く持って理解出来ないわ」

「例え血が繋がっていなくても、シャルロットは私の大切な親友の忘れ形見…私にとってかけがえのない娘なのよ!!」

「夫が夫なら、妻も妻って事ね。女の身でありながら、なんて情けない……」

 

 溜息を吐きながら、呆れ顔で首を横に振る。

 侮辱的な事をどれだけ言われても、何も言い返せない自分が腹立たしい。

 

「ほら。とっととソレを渡して頂戴な。大事な大事な娘が傷物になってもいいの?」

「や…やめてくれ! 渡す…渡すから!!」

 

 社員の生活と娘の命。

 どっちも大切で、どっちも譲れない。

 だが、社員たちは自分達が碌な目に遭わないと分かった上でアルベールに言った。

 どうか、娘さんを助けてあげてください…と。

 彼らの勇気と決意を無駄にしない為にも、必ずや娘であるシャルロット救出しなくては!

 

 リーダー格の女が前に出て、アルベールもそれに合わせて前に出る。

 手に持ったアタッシュケースを前に出して彼女に手渡そうとした…その時だった。

 

「な…なんだっ!?」

「これはっ!?」

 

 突如、天井の一部が破壊されてそこから何かが落ちてくる。

 赤熱化した巨大なブースターのような物で、所々が破損していた。

 専門家であるアルベールには、すぐにそれが何なのか理解出来た。

 

「アルベール社長。そのような輩に大切な会社を渡す必要はありませんよ」

 

 天井に開いた大きな穴から、今度はメイド服を着た少女が落下してくる。

 落下の勢いを少しでも和らげる為に体を丸めながら回転させながら現れ、両者の真ん中付近に見事に着地。

 

「お待たせしました。アルベール・デュノア社長。ロゼッタ・デュノア社長夫人」

「き…君は一体……?」

「私は、どこにでもいる通りすがりのメイドです。ある方の命により、デュノア社とあなた方の娘さん、両方を救う為に参上いたしました」

 

 少女は女達の方を向いてから鋭い目つきで睨み付け、夫婦を護るようにしながら構えた。

 

「これ以上、お前達の好きにはさせない」

「なんですって…!?」

「覚悟しろ。これより……」

 

 指を動かし、骨を鳴らす。

 たったそれだけの事で、女達は少女から放たれる殺気に恐れ戦いた。

 

「害虫駆除を開始する」

 

 

 

 

 

 

 

 




愚か者たちに破滅あれ。





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Stand Up to the Victory

立ち上がれ、勝利の為に。






 葉月が天井から突入する少し前…。

 

「パリ上空に突入…! 少将閣下の方で私がフランスの領空に入る事は許可が出ている筈……」

 

 ブースターの燃料が徐々に無くなり始め、速度が一気に激減していく。

 通常の航行速度にすら劣るほどになってから、葉月はセンサーを起動させてから社長たちの居場所を確認する。

 

「現在地がここで…反応が出ているのがここ……目の鼻の先か…」

 

 思ったよりも目的地へと接近していた事を望外の幸運と捉えながらも、さっきからひっきりなしに鳴り続けているアラームに目を向ける。

 

「稼働率84%に低下……損傷率89%……仕方がなかったとはいえ…無理をさせ過ぎましたか……」

 

 どれだけ強固にバリアーを張っていても、襲い来る衝撃には耐えられなかったようで、先程からずっと機体各部から火花が散っている。

 肉体の方には損傷はないが、衝撃から来る疲労が尋常ではない。

 まるで、フルマラソンを最初から最後まで全力疾走したかのような疲労感が葉月の全身を覆い尽くしていた。

 今にも気を失いそうな程だが、装甲の下で必死に歯を食いしばって意識を保ち続けている。

 

(あれは……)

 

 眼前にはセンサーが示している目的地…廃工場が見えた。

 その周囲にはドイツから派遣されてきている軍の同志達が隠れ潜んでいるのが確認でいる。

 どうやら、隙を見つけて突入をしようといるようだが、相手は女性権利団体。

 変に刺激をすれば何をするか本当に分からない、暴走寸前の機械のような連中。

 最悪の場合ISを持ち出してくる可能性もあるので、先程からずっと攻めあぐねているのだ。

 

(矢張り…私が突破口を開くしかないか…!)

 

 だが、問題はどうやって突入するかだ。

 バカ正直に地上に降りてから廃工場に入って行くのは論外として、ここは奇襲が一番いいだろう。

 

(全身オーバーホール確定のペイルライダーで突撃するのは単なる自殺行為…ならば……)

 

 ハイパーセンサーで機体全体を覆い尽くしている超大型ブースターの状態を目で確認する。

 本体と同様に火花が散り、所々から煙も出てきている。

 誰がどう見ても、もう使い物にはならない。

 このままスクラップ工場へ一直線だろう。

 だが、これはこれでそれなりの質量がある。

 どうせ粗大ゴミになるのならば、最後に役に立ってもらうとしよう。

 

「…全ブースター強制パージ。同時に、ペイルライダーも解除」

 

 廃工場の真上に到達した所で全身に装着されていたブースターを外してから、そのまま落下させる。

 すると、脆くなっていた工場の屋根に直撃し、そのまま貫通していった。

 センサーが正確ならば、パージした要救出者は双方揃って端に方にいたから大丈夫なはずだ。

 

「ご苦労様…ペイルライダー。ここからは……」

 

 葉月の体を守っていた青い装甲が量子化し消えていく。

 空中に残されたのは、メイド服を着た彼女だけ。

 

「私の仕事です」

 

 こうして、少女は倒すべき敵と救うべき相手がいる場所へと空から突入したのであった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「御無事でしたか? お二方」

「あ…あぁ……」

「貴女は一体……」

 

 いきなり天井をぶち抜いてから現れたメイド服の少女に対して疑問を抱くのは、ある意味では当然の事だった。

 

「第4の騎士…と言えばお分かり頂けますか?」

「その名は…まさか、君がそうだと言うのか……!」

 

 量産型ISの製造を担っている会社の社長なんてやっていれば、当然のように裏の情報も彼の耳には入ってくる。

 世界各地で猛威を振るっている『青い死神』の存在などは、その最たるものだった。

 

「…あの拘束されている少女が、ご夫婦のご息女ですか?」

「えぇ…私達の大切な娘よ…!」

「……了解しました」

 

 ロベルタの涙声を聞き、葉月は瞬時に己がまず最初にやるべき事を導き出す。

 念の為に、ペイルライダーを解除して落下する直前に拡張領域内から彼女専用の薬物を投与しているので、無理矢理に近い形ではあるが通常時とほぼ同じように動くことは出来る。

 

「な…なんなのよアンタは!」

「さっきも言ったでしょう。害虫駆除をしに来たと。けど、その前に……」

 

 目だけを動かして、葉月は捉われている少女『シャルロット』と視線を合わせる。

 すると、彼女も葉月が何を言おうとしているのか理解出来たようで、先程までの弱々しい表情から一変し、力強く頷いてくれた。

 それを見た葉月もまた、同じように力強く頷く。

 

「ち…近づくんじゃないわよ! この小娘がどうなってもいいのッ!?」

 

 シャルロットを捕まえている女が拳銃を取り出して彼女に眉間に突き付ける。

 典型的な悪党のお手本のような事をする女に溜息を吐きつつ全身に力を込めた。

 

「舐めているのか? 言っておくが、お前がその引き金を引くよりも早く……」

 

 地面を思い切り蹴ったかと思ったら、次の瞬間には葉月の姿は無く、女とシャルロットの目の前にまで移動していた。

 

「私は貴様をぶん殴る事が出来る」

「ぶぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!?」

 

 気が付いた時にはもう、葉月の拳が女の顔面にめり込んでいて、引き金を引く暇すら与えられずに辺りに散らばっていた廃材などを巻き込みながら廃工場の壁に激突した。

 

「ついでに言わせて貰えば、安全装置を外していない拳銃なんて脅しの道具にすらなりませんよ?」

 

 足元に落ちた拳銃を拾いながらそう呟いた。

 因みに、女が落とした拳銃は『PAMAS9ミリメートルG1』で、嘗ては国家憲兵隊が、現在では空軍や陸軍、フランス海軍で正式採用されたモデルである。

 

「一体どこで調達したのやら……」

 

 完全な宝の持ち腐れだなと思いつつも、ちょっとだけ欲しくなった葉月はそのままメイド服のポケットの中へと仕舞い込んだ。

 

「大丈夫でしたか?」

「う…うん。助けてくれてありがとう…」

「一先ずは…ですけどね。まだ安心するのは早計です。捕まってください」

「ちょ…えぇっ!?」

 

 シャルロットに付けられていた猿轡を外してから無事を確認すると、彼女の体を横抱きにしてから大きく跳躍し、デュノア夫妻のいる場所まで一気に移動した。

 

「お二方。無事にご息女の救出に成功しました。外で私の同志達が待機しているので、彼らに保護して貰って下さい」

「ありがとう! だが、君はどうする気だっ!?」

「決まっています。私に与えられた任務は、あなた方を救出する事。そして……」

 

 あっという間の逆転劇に呆然としている女達を一瞥し、拳を握りしめてから構える。

 

「奴らの駆除です」

「「「…………」」」

 

 初対面のデュノア家の人々ではあったが、それでも分かってしまう。

 彼女は確固たる信念を持ってこの場に立っているのだと。

 自分達の言葉程度では彼女の決意は微塵も揺るがせられない事も。

 本当は、この場で家族三人抱き合って喜びを分かち合いたいが、自分の娘と同い年ぐらいの少女が体を張って戦おうとしているのを見せられ、三人はグッと堪えた。

 

「よ…よくも……よくもやってくれやがったな!! このクソガキが!!!」

 

 リーダー格の女が急に血管を浮き上がらせながら激高し、先程までの余裕は微塵も無くしていた。

 無駄に高いそのプライドが、その怒りを更に加速させていく。

 

「おい!! ISを使うぞ!!」

「は…はい!!」

(矢張り、ISを所持していたか!)

 

 想定はしてたこととはいえ、当たってしまうと余り良い気分ではない。

 だからと言って泣き言なんて言ってられないのだが。

 生身でISを打倒する術ぐらいは葉月だって習得している。

 問題があるとすれば、今の状態でそれが可能かどうかだ。

 

「アハハハハハハハハハハハハハ! お前達も、そこの小娘も逃がすもんかよ!! この場で揃って仲良くぶち殺してやる!!」

 

 リーダー格の女と、その取り巻くの一人である女は予め待機形態にしておいたと思われるラファールを装着し、派手に高笑いをしている。

 恐らく、これが彼女の素なのだろう。

 

「よもや…自社のISが己に牙を剥く日が来ようとはな…!」

「あなた……」

「お父さん……」

 

 万事休すか。

 流石の彼女もIS相手では勝ち目がない。

 普通ならばそう思うだろうが、生憎と葉月は『普通』ではない。

 それに、相手がISを纏った程度で負けを認めるような教育も調整も受けた覚えはない。

 

「へぇ…まだやる気? 状況分かってる? こっちはISを身に着けてるのよ? その気になればアンタなんてすぐに……」

「ピーピー鳴いてる暇があるなら、とっとと掛かってきたらどうですか?」

「このガキ…! 死んであの世で後悔しやがれ!!」

 

 拡張領域からライフルを取り出して葉月に銃口を向ける。

 このままでは近くにいるデュノア家の三人にも被害が出てしまう。

 ここは、どれだけ傷ついても自分が盾になるしかない。

 両手をクロスさせてから防御の体勢を取り、今から襲い来るであろう激痛に耐える為に歯を食いしばる…が、それは再びこの場に落下してきた『ソレ』によって無駄に終わった。

 

「「…え?」」

 

 女達と葉月たちを別つかのように、両者の真ん中に落ちてきた巨大な物体。

 それは『ニンジン』だった。巨大で機械仕掛けのニンジン。

 装甲表面にはデフォルメされたウサギのマークが描かれていた。

 

「こ…これは…?」

 

 完全に予想外の事に流石の葉月も口を開けたまま呆けてしまった。

 一体これは何なのか。誰がこんな事をしたのか。

 それらは全く分らないが、これだけは言える。

 

(これで、この三人を逃がす隙が出来た!)

 

 このチャンスを活かさない手は無い。

 すぐさま葉月は後ろで同じように呆けている三人に向けて叫んだ。

 

「皆さん!! 急いで工場から脱出してください! 早く!!」

「わ…分かった!! ロベルタ! シャルロット! 行くぞ!」

「で…でも、あの子が!!」

「彼女の決意を無駄にするな!!」

「………うん」

 

 シャルロットは恩人である葉月を置いていくことに抵抗したが、アルベールの叱咤により渋々受け入れた。

 父と養母に手を引かれながら走るシャルロットは、後ろを振り返りながら葉月の背中を最後まで見つめていた。

 

(お願い…死なないで……!)

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 走り去る三人を見て、ホッと胸を撫で下ろす葉月。

 上空から見た感じでも、周囲には奴らの仲間はいなかった。

 いつも通り慢心をした結果だろうが、今回ばかりはその慢心に感謝をする。

 

「これで、心置きなく……ん?」

 

 改めて戦闘態勢に移行しようとしたら、落下してきた機械仕掛けのニンジンが煙を吐き出しながら静かに開いていく。

 その中にあったモノ、それは……。

 

「I…S…? これは…打鉄…?」

 

 全身が紫にカラーリングされた、日本製量産型第二世代IS『打鉄』のように見えたが、色んな場所が葉月の知っている打鉄とは違っていた。

 肩付近にある盾には鋭く尖ったスパイクが増設されて攻撃能力を得ていたし、腕部装甲にもスパイク付きの増加装甲が設置され、見るからに重装甲となっている。

 だが、全身の増加されたブースターによって機動力は低下するどころか向上しているようだ。

 そして、最も特徴的なのは全身に渡って装備されているダガーの存在だった。

 

「頭に…名前が……?」

 

 葉月の中にあるISコアを通じて、彼女の頭の中に改造打鉄の名前が流れ込んでくる。

 それは決して不快な感じではない。寧ろ、どこか懐かしささえ覚える。

 

「イフリート……シュナイド……?」

 

 名前を呟いた途端、葉月は全てを悟った。

 このISは、己と共に戦う為にここにやって来たのだと。

 

「いいでしょう……どこの誰がこれを製造し、ここまで送り届けたのかの考察は後に回します。それよりもまず、私にはやるべき事がある」

 

 薄れ掛かっていた意識が急にクリアになり、葉月は目の前に鎮座している新たな相棒に向かって全力で叫んだ!

 

「私と共に戦え!! 勇気ある炎の魔神(イフリート・シュナイド)!!!」

 

 葉月の叫びに呼応するかのようにイフリート・シュナイドは眩く光を放ち、量子化の後に彼女の体の周囲を覆い尽くしていく。

 

(あぁ…こうして体に触れる事でハッキリと分かる。これは、私の為に作られた機体だ(・・・・・・・・・・・))

 

 両腕、両足、体が次々と装甲に覆われていく。

 ペイルライダーを装備する時とはまた違う。

 これが『ISを纏う』という感覚。

 

 着ていたメイド服はペイルライダーの拡張領域へと収納され、ISスーツ姿になってイフリートを身に纏う。

 自分でも驚くほどに違和感が無くしっくりと来ている。

 パーツの一つ一つ、細かな調整に至るまで全て葉月が搭乗する事を前提としているかのような作りだった。

 

「これなら…いける!」

 

 葉月の目に再び火が灯った。

 さぁ…反撃の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




焼き尽くせ、その炎で。


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This is my real job

本職回帰。







 どこからか突如として送られてきた謎のIS『イフリート・シュナイド』を身に纏い、一気に形勢は逆転した。

 何も知らない者達からしたら、これでようやく互角になったかと思われるだろうが、実際には全く違う。

 相手は力に溺れて碌な訓練もしてこなかった強欲の化身。

 片やこちらは、奴らを倒す為だけに身も心も徹底的に改造し、鍛え上げてきた歴戦の猛者。

 何から何までが余りにも違い過ぎた。

 

「ふ…ふん! 誰が送ってきたかは知らないけれど、ISを手に入れたぐらいでいい気になるんじゃないわよ! 寧ろ、あんたをここで叩きのめしてから、それを頂いてやるわ!」

「……………」

 

 女の言っている事を無視し、葉月はゆっくりを手を動かして軽く具合を確認した後に、機体各所に装着してあるダガーを手に取り、ポンポンと投げナイフの要領で扱っていく。

 

(この感じ…恐らくは普通のダガーじゃない。刀身を高熱化させて切れ味を向上させているヒート兵器…『ヒートダガー』ってところですか。悪く無いチョイスだ。今回のような屋内では、このような武装の方が真価を発揮しやすい)

 

 本人も意識せずにうっすらと笑みを浮かべてるを見て、女達が無視されたと思い激高する。

 

「このガキ…無視してんじゃねぇよ!!」

「ぶっ殺してやる!! 糞がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「…………」

 

 女の部下が叫びながら近接ブレードを大きく振りかざしながら突撃してくる。

 常人ならば逃げ惑うかもしれないが、生憎と今回の相手は『常人』ではない。

 葉月にとって、女の動きは隙だらけで回避するのは非常に容易だった。

 だが、普通に避けるだけでは芸が無さすぎる。

 

「はぁ……」

 

 各部にあるブースターを利用し、その場で全身を回転させるようにしながら攻撃を回避。

 そこから更に、いつの間にか両手に逆手で装備していたヒートダガーを起動させ答申を高熱化させ、流れるような動作で背後に周り込み、そのままX字に切り裂いた。

 

「う…そ…! 避け…ながら…攻撃をするだなんて…!」

「この程度、代表候補生レベルならば誰でも容易に出来ますよ」

 

 葉月の頭の中にあるのは、イギリスで出会った誇り高き貴族の少女。

 自分の事を『友人』と言ってくれた彼女ならば、これぐらいは片手間で出来るであろうと確信していた。

 

「それと、冥土の土産に一つだけご忠告を」

 

 瞬時にダガーを首筋に当て、耳元で冷たく呟く。

 

「バカの一つ覚えにみたいに叫びながら攻撃するのは、相手に『自分はここにいますよ』と言っているようなもの。ハッキリ言って素人以下の行為です」

「ひ…ひぃぃっ!?」

「そして、こんな場所では刀身の長い武器よりも、このダガーのように取り回し易い武器の方が効果的ですよ? ナイフやダガーのように刀身の短い武器は非常に扱いやすく、子供でも簡単に致命傷を与えられる危険な武器でもある。そう…このように」

 

 すぐ後ろから発せられる絶対零度の殺気に当てられて身動き一つ出来ない女は、全身を恐怖で震わせながら眼前で鈍く光るダガーに映る自分の引き攣っている顔をじっと見ていた。

 まるで、背骨に氷柱でも突っ込まれたかのような感覚を覚えながら、自分よりもずっと幼い少女に命を握られている事実が恐ろしい。

 

「が…はぁっ…!?」

 

 ISのSEは、攻撃を受ける部位によって減少する量が大きく異なる。

 人体にとって致命傷となる場所に大きなダメージを受けた場合、大幅にエネルギーが減らされてしまうのだ。

 例えば、今回のように超至近距離から首筋を切り裂かれれば、最初の一撃で減っていたSEなんて一発で枯渇する。

 

「し…しまっ…!」

「では…お別れです」

「がはっ…!」

 

 SEが無くなった事で女のリヴァイヴが強制解除され、生身の状態で放り出される。

 そんな隙を葉月が見逃す筈も無く、女の足が地面に付くよりも早くダガーを交差させて頸動脈を一閃。

 血飛沫を出しながらベチャリという音と共に冷たいコンクリートの床に伏して強欲に満ちた人生に幕を閉じた。

 

「た…たった数分で殺された……!?」

「ダメダメですね…。こんな蛆虫を殺すのに一分以上掛けてしまうだなんて…。ここに来るまでに相当に疲弊している証拠ですかね…」

 

 自分の不甲斐無さを情けなく思いながら溜息を吐いている葉月を余所に、リーダー格の女はあっという間に殺されてしまった自分の部下の変わり果てた姿に今まで一度も感じた事のない程の恐怖と戦慄を覚える。

 ISがあれば無敵ではないのか。決して死なないのではないのか。

 今までずっと信じてきた存在が、一気に情けなく思えてきた。

 

「幾らISと言えど、SEさえ枯渇させれば単なる鉄の塊。この世に無敵の存在なんて何処にも無いんですよ」

「お…お前は何なのよ…! なんでこんな…!」

「言ったでしょう? 私は単なる通りすがりのメイド。そして、主な仕事はお前のような害虫をこの世から一匹残らず駆除する事だと」

 

 血の付いたダガーを振って地面に飛ばすと、静かに一歩一歩リーダーの女に近づいていく。

 

「今までは任務の内容上、過剰な攻撃はご法度でしたが、今回はそんな制限は無い。デュノア社とあの家族さえ守る事が出来れば、後はどうなっても構わない」

(か…勝てない…! この小娘には勝てない…! イ…イヤだ! まだ死にたくない! まだ私にはやりたい事が沢山あるんだ!)

 

 絶対的な命の危機に陥り、女は咄嗟に先程までのプライドを捨てることにした。

 どんな事があっても、まずは自分の命が最優先。

 その後の事は生き残ってから考えればいい。

 だが…そんな甘い考えはすぐに覆される事になる。

 

「ご…ごめんなさい!! 私が悪かった…いや、悪かったです! この通り、ISも解除するから…どうか命だけは許してください!!」

 

 急いでISを解除し、以前に彼女が脅して人生を破滅させた日本人の男がやっていたジャパニーズ・ドゲザを真似して、両手を地面に置いてから頭を必死に擦り付ける。

 もうなりふり構っている余裕なんてない。ここで死んだら全てが終わりなのだから。

 

「いきなり態度を急変させましたね…」

 

 流石の葉月も、こんな事は初めてなので柄にもなく少しだけ困惑する。

 今までは命乞いをする前に全員が死んだり、もしくは最後の最後まで無駄にプライドを振りかざして無様に死んでいく者達ばかりだったから。

 

「なんでしたら、権利団体のフランス支部の場所も吐きますので!」

「仲間を売る…という事ですか?」

「はい!」

 

 土下座をしながら、女は密かに笑みを浮かべる。

 どこの所属から知らないが、この少女の狙いが自分達ならば、支部の情報は喉から手が出るほどに欲しい筈。

 正直言って、支部にいる奴らを守る義理はないし、自分さえ生き残れば幾らでも再建は可能だ…と本気で思っている。

 そんな目論見は往々にして瞬時に瓦解するのがお約束だが。

 

「そうですね……」

 

 その場で姿勢を低くし、女の顔を覗き込む。

 涙を鼻水で汚れ捲り、無様と言うしかない。

 

「顔を上げてください」

「は…はい!」

 

 やった! これで自分は助かる!

 そう思って安堵した瞬間、目の前に突き付けられた銃口に表情が凍りつく。

 

「残念ですが、お前に情報を割って貰う必要はありません。だって……」

「え……?」

 

 葉月がチラッと視線を動かすと、そこには彼女が先程ぶっ飛ばした、シャルロットを人質に取っていた女の気絶をしている姿が。

 

「あいつを拷問して口を割らせればいいだけですから」

(すっかり忘れていた!)

 

 完全に盲点だった。

 まだ部下の一人は息がある。

 つまり、ここでどれだけ自分が命乞いをしても意味が無いという事だった。

 

「自白剤なりなんなりを使えばすぐですし、ここで無理にお前を生かしておく理由は微塵も無いんですよね」

「や…やめて……お願い…助けて……」

「他人の命乞いには一切耳を貸さないくせに、自分の命乞いは聞いて貰えると思うとか、虫が良すぎると思いません?」

 

 ガシッと髪を掴み逃げられないようにする。

 女の精神は死の恐怖の前に完全に破壊され、何度も何度も『助けて』を連呼していた。

 

「存在価値すらないゴミに掛ける慈悲などありはしない」

「助け……」

 

 最後まで言葉は紡がれず、廃工場内に一発の銃声が鳴る。

 女の眉間に銃弾が撃ち込まれ、手を離すとスロー映像のようにゆっくりと倒れる。

 その死体からは大量の血が流れ、あっという間に真っ赤な血溜りとなっていく。

 

「任務…完了」

 

 大きく息を吐き、拳銃を拡張領域に収納してから穴の開いた天井を見上げる。

 その顔には明らかな疲労の色が見えた。

 

 直後、銃声を聞きつけたドイツから派遣されてきた部隊が突入してくる。

 

「こ…これは…!?」

「あの子が…一人でやったのか…!」

「信じられん……」

 

 部隊員達は本気で我が目を疑った。

 彼らも葉月の話は予めグレイヴから聞かされてはいたが、それでもここまでの強さを持っているとは思わなかったのだ。

 数の不利なんて全く気にしない程の実力。圧倒的と言う他なかった。

 

「皆さんが少将閣下の仰られていた方々でしょうか?」

「あ…あぁ…そうだが……」

 

 確認を取った葉月は、すぐに敬礼をしてから状況終了の報告をした。

 

「コード80。無事にデュノア家の人々を救出の後に権利団体の者達を殲滅。うち一人はまだ生かしてありますので、情報を抜き出すのに役立つでしょう。その方法は皆様方にお任せします。私がやってしまうと、間違って殺してしまう可能性があるので」

「そ…そうか。兎に角、よくやったコード80。デュノア家の人達は我々がすぐに保護し、今は車の中で休んで貰っている。一人で残った君の事をとても心配していた。後で会ってやるといい。礼を述べたいと言っていたしな」

「了解しました」

 

 敬礼を解いてからISを解除すると、イフリート・シュナイドは魔獣のような絵が描かれたエンブレムのキーホルダーの形をした待機形態になった。

 

「マル…コシアス…?」

 

 キーホルダーには、英語で確かに『マルコシアス』と書かれてあった。

 だが、特別な意味なんてないだろうと判断した葉月はすぐにそれを、解除した際に再び自分の身体に纏われたメイド服のポケットに仕舞いこんだ。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 モニターだけが光源となっている暗い空間にて、頭の上に機械の兎耳を付けた一人の女が頭を抱えながらブツブツと呟いていた。

 

「分かってる…分かってるよ…。今更…こんな事をしたって何も変わらない…それなのに…どうして私は……」

 

 思い切り歯を食いしばり、目からはずっと涙が流れ続けている。

 それは、情けない己に対する涙か。それとも、己の犯した罪に対する涙か。

 

「情けない…本当に情けない…! いつから、私はこんなにも弱くなっちゃったの……」

 

 握りしめた拳からは、爪が掌の皮を破って血が流れる。

 そんな痛みなんて全く気にならないのか、力の込められた拳が開かれる事は無い。

 

「はは……ちーちゃんのこと…全然言えないじゃないか……」

 

 顔を上げてモニターを見ると、そこにはメイド服を着た黒い髪の少女の姿が映し出されていた。

 

「ごめんね……本当にゴメンね……葉月ちゃん……」

 

 女の贖罪の言葉は、暗闇の中に虚しく響いた。

 

 

 

 

 

  

 




血と後悔の果てに、女達は悶え狂う。


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To protect what you don,t have

無くしたからこそ守りたい。








 ドイツ本国から派遣されていた部隊の隊長に言われるがままに廃工場を後にした葉月は、その足で真っ直ぐと軍車両が駐車している場所まで向かう。

 彼が言っていた『車』がどれかは不明だが、こんな時の彼女は『ちゃんと聞いておけばよかった』なとどは一切考えず、一台ずつ虱潰しに探していけばいいという考えに至る。

 迷っていたり後悔している暇があるなら行動すべし。

 幼少期からそう教え込まれているこの思想は、彼女にとって数少ない役に立つ教訓となっている。

 例え、全身が疲労困憊で今にも倒れてしまいそうになっていても。

 

「さて…どれでしょうか……あ」

 

 まずは、軍の車両に紛れて明らかに場違いな高級車から調べてみようと近づいてみたら普通にビンゴ。

 一発で見つけ出してしまい、彼女にしては珍しくマヌケな声を上げてしまった。

 

(全員揃って下を向いて、まだ私には気が付いていない様子…ならば)

 

 車の窓を軽くコンコンとノックする。

 すると、まずはアルベールが気が付き、その後にロベルタとシャルロットも続いて気付き、急いで車から出てきた。

 

「き…君! 無事だったのかっ!?」

「勿論です。あの程度の者達に後れを取るような軟な鍛え方はしていませんので」

「本当に良かった……」

「うん…うん……」

 

 アルベールは心から安心した様子で、ロベルタとシャルロットに至っては涙ぐんで葉月の無事を喜んだ。

 当人からすれば大したことは無いのだが、余りにも過剰な反応に思わずキョトンとなって固まってしまった。

 

「あの時は言えなかったが、改めて礼を言わせてくれ。君が来てくれなかったら、私の家族も、デュノア社も、最悪の場合はフランスそのものが危機的状況に陥っていたかもしれない。君は私や家族だけじゃなく、我が社や我が祖国の大恩人だ。本当に…本当にありがとう……今の私には、それしか言うべき言葉が見つからない……」

「あなた……」

「お父さん……」

 

 普段は決して見せないアルベールの涙に、ロベルタとシャルロットもまた同じような気持ちになる。

 どれだけ感謝してもしきれない。

 命令だったとはいえ、葉月は図らずもフランスという国を救ったも同然の存在となってしまった。

 

「君こそ正しく…救国の聖女『ジャンヌ・ダルク』の化身だ……」

「そうなると、最終的に私は火刑に処されるのですが……」

「そんな事は絶対にさせん! 私が許さん!」

「そ…そうですか……」

 

 葉月なりの冗談のつもりだったのだが、割と本気で返されてしまった。

 

「ボクからもお礼を言わせて。本当にありがとう。君が来てくれなかったら、本当に全てがどうなっていたか分からない。天井を突き破って登場するだなんて、まるで映画に出てくるヒーローみたいでカッコよかったよ」

「私はヒーローなんて柄じゃありませんよ」

 

 そう…自分は決して英雄(ヒーロー)ではない。

 影ながら社会の害悪となる者を排除する『掃除屋(スイーパー)』。

 もしくは『暗殺者(アサシン)』。

 その辺りが最も妥当だ。

 

「そういえば、どこも怪我とかは無い? 見た感じだと平気そうだけど…」

「御心配なく。どれだけ疲労していたとしても、雑魚相手に被弾など有り得ません。寧ろ、良いハンデだったと言えるでしょう」

「そ…そこまで言えるのなら問題なさそうね……」

 

 堂々と言ってのける葉月に対し、ロベルタは若干引き気味。

 義娘と同い年の少女がこんな言動をするのだから無理はないが。

 

「ん?」

 

 ここでペイルライダーの偽待機形態であるブレスレットに通信が来た。

 急いで出ると、小さな投影型ディスプレイにグレイヴの顔が映った。

 

『コード80.応答せよ』

「こちらコード80。グレイヴ少将閣下、先程振りです」

『その様子だと、無事にフランスに辿り着き、任務を果たしたようだな』

「はっ!」

『今は…外にいるのか?』

「はい。近くにはアルベール・デュノア氏と、その奥方と御息女がいらっしゃいます」

「奥方…」

「御息女…」

 

 普段余り言われない単語に、ちょっとだけ頬を赤らめる親子。

 そんな事なんて全く気にせずに葉月は報告を続けていく。

 

「グレイヴ…矢張り、彼女はお前が派遣した者なのか……」

『その通りだ。久し振りだな、アルベール』

「あぁ…まさか、間接的にとはいえお前に助けられるとは思ってもみなかった」

『フフ…友人が危機的状況にあるのだ。助けない理由はあるまい?』

「どの口が言うか…!」

 

 アルベールの顔が映るように移動すると、なにやら因縁があるような会話に葉月も驚きを隠せない。

 表情筋はいつも通り、仕事をボイコットしているが。

 

「彼女が現れた時、私に『第4の騎士』と言った。それは即ち…『あの計画』で生まれた子が彼女ということだと受け取ってもいいのだな?」

『その通りだ。コード80こそ、計画の集大成にして最高傑作。事実、無事にお前達を救出してみせただろう?』

「あぁ…確かにな。だが、お前にだけは絶対に礼は言わん。私達を助けてくれたのは彼女なのだからな」

『ふん。別に貴様から礼を言われたくて助けたわけではない。ただ、現在の情勢でデュノア社が奴らの手に落ちる事だけは絶対に避けたかっただけに過ぎん』

「そうだろうな。お前はそういう男だ」

 

 まるで、互いの手の内が最初から分かっているかのような会話。

 明らかにこの二人は知り合い同士だ。

 

「失礼ですが少将閣下。閣下とアルベール氏はお知り合いなのでしょうか?」

『そうだな。まぁ…古い馴染みという奴だ』

「完全に腐れ縁だがな」

 

 悪態を付いてはいるが、そこに悪感情は無いように思えた。

 まるで、友人同士の冗談の言い合いのように聞こえる。

 

『それよりも、まだお前の口から報告を聞いていない』

「はっ! しかし…ここにはデュノア家の方々もいますが……」

『構わん。そいつらは当事者だ。別に隠すような事はあるまい。寧ろ、知る権利があると言ってもいい』

「了解しました。まずは……」

 

 そこから葉月は事細かに説明を始める。

 ソロモン・エクスプレスを使ってフランスまで到着した事。

 その結果としてペイルライダーに大きな負担が掛かり、戦闘不能に陥ってしまった事。

 相手が案の定、ISを使ってきた時に上空からいきなり謎のISが降って来て、それが自分用のISとして設定されていた事。

 そのISを使って権利団体の連中を倒したこと。

 敢えて『殺した』という単語を使わなかったのは、デュノア家の者達に気を使ったからなのか。

 

「…報告は以上です」

『予想はしていたが、ペイルライダーを持ってしてもソロモン・エクスプレスの反動には耐えられなかったか……』

「はい。流石に原形は留めていますが、全身に渡って破損が大きく、このままでは戦闘は愚か、まともに動く事すらままなりません。早急に修復、整備をする必要があります」

 

 ペイルライダーが無ければ、対IS戦において不利になる。

 決して生身では勝てないという訳ではなく、その気になれば十分に打倒は可能だ。

 その為の訓練もしてきたし、肉体も強化してある。

 だが、その場合は『相手の攻撃を全て回避する』ことが大前提となってしまうので、どうしてもペイルライダーがある時のような無茶が出来なくなってしまう。

 

『そして、謎のIS…か』

「はい。私見ではありますが、あれは間違いなく打鉄の改造機でした」

『纏った時に何か違和感などはあったか?』

「いいえ。それどころか、驚くほどに私に馴染んでいました」

『そうか……』

 

 そこでグレイヴは考え込む。

 手で顔半分が隠れてはいるが、その表情には明らかな動揺があった。

 

『(どういう事だ…? 振って来たコンテナの形状から察するに、十中八九『奴』の仕業だろう。だが、何故にコード80を支援するような真似をする?)』

 

 全く思惑が読めない状況で下手な考察をするのは危ないと判断したのか、すぐに頭を振ってから切り替える。

 

『取り敢えずは良くやったと言っておく。現場の後始末や残党の一掃などは派遣した部隊に任せておけ。ISさえなければ、奴らなんぞ雑魚にすら劣る。ISコアの総数から考えて、アイツ等が保有していたISはお前が撃破したその二機だけだろうしな。問題はあるまい』

「了解しました。では、私はこのまま帰還という事に…?」

『その件についてだが、今回もまたお前には数日だけフランスに居て貰う事になる』

「と、仰いますと?」

『まず、今回は緊急任務という事もあって、輸送機の準備が出来ていない。その輸送機を合法的に入国させる為に手続きも今からしなくてはいけないしな。そうなると、最低でも1~2日ぐらいは時間が掛かると見ていいだろう』

「なんだかデジャヴを感じるのですが」

『気のせいだ。それよりも、ペイルライダーがそれだけ破損したという事は、お前自身も相当に疲弊しているのではないか?』

「「「え?」」」

 

 グレイヴから指摘され、葉月は初めて目を逸らした。

 どれだけ歯を食い縛って耐えていても、グレイヴの目だけは誤魔化せないようだ。

 

「それは……」

『命令だ。正直に答えろ』

「…了解しました。閣下の御推察の通り、突入する前から全身が悲鳴を上げていました。骨は軋み、眩暈が襲い、気を張っていなければ今にも機能停止してしまいそうな程に」

『矢張りな。では、続いて命令だ。コード80、迎えの準備が整うまで、心身の休息に勤めよ。現状、お前に倒れられては困るのでな』

「了解しました。コード80、命令を受領します」

『結構。それと、アルベール』

「その先は言わなくてもいい。お前の言わんとする事は分かっている」

 

 グレイヴの言葉を手で遮り、葉月の方を見ながらハッキリとした口調で答える。

 

「帰還準備とやらが整うまで、彼女は我が家に泊める事にしよう。無論、我が社の設備を使って彼女の専用機の修復や整備も行う。彼女の元にやって来たという謎のISの解析もこちらで行おう」

『フッ…話が早くて助かる』

「これぐらいは当たり前だ。家族や会社だけではない。彼女はフランスの未来を救ったに等しい英雄的行為をしてくれたのだぞ? 寧ろ、これではまだまだ足りないとすら思うほどだ」

 

 一人の父として、社長として、国民として、そのいずれにおいても絶大な恩義がある。

 そのような相手に対して恩を返さないなんてことは彼としては絶対に有り得なかった。

 そしてそれは、妻であるロベルタや娘のシャルロットも同様なようで。

 

「僅か数日間であっても、彼女の事は全力で持て成すと約束するわ」

「ボクも、この子に恩返しがしたいです」

「…との事だ。その点については安心していい」

『……そうか』

 

 ここで、まさかのドヤ顔。

 流石のグレイヴも普通に返事をするしか出来なかった。

 

『それでは、これで失礼する。次に通信をするのは準備が終わった時だ。それまでは療養して次の任務に備えよ』

「はっ!」

 

 ここで通信が切れ、ロベルタとシャルロットは緊張の糸が切れたように体から力を抜き、アルベールに至ってはずっと眉間に皺を寄せたままだった。

 

 その後、部隊長がやって来てデュノア家の者達に事情を聴きたいと言ってきたのだが、流石に空気を呼んだのか後日で構わないと訂正してきた。

 同時に、過酷な任務をやってのけた葉月に向かって敬礼をし、それに葉月も敬礼で応える。

 それを見て、アルベールは心が締め付けられるような思いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あんな思いをするのは、もう私一人だけで十分だ。


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Forbidden blue knight

それは大人達の罪。







 無事に事件が解決し、後はデュノア家の皆を家へと帰すだけになった。

 勿論、帰宅の際にも葉月と同じドイツから派遣されてきた精鋭が厳重に護衛をする事になっている…のだが、その途中でアルベールがこんな事を言い出した。

 

「済まないが、私と彼女だけデュノア社で降ろしてくれないか?」

 

 あんな事があったばかりだというのに、いきなり何を言いだすんだ。

 最初は葉月を除く誰もが同じことを考えたが、その後に言われた言葉で納得せざる負えなくなった。

 

「私とて本当は今すぐにでも休みたいとは思っているが、その前に社長としてやっておくべき事がある。彼女のISの修復する事を伝えないといけないしな」

 

 その気になれば、休むこと自体はいつでも出来る。

 だが、葉月がフランスに居られる時間は限られている。

 葉月としても少しでも早くペイルライダーが修理されるに越したことはないので異論は無かった。

 

「…仕方ありません。では、二手に分かれてお送りする事にします。それでよろしいですね?」

「頼む」

「コード80。君はアルベール社長と一緒の車に乗ってくれ」

「了解しました」

 

 隊長の言葉に頷きながら敬礼で返す。

 それを見ると、否が応でも彼女が軍の人間であることを思い知らされる。

 

「ねぇ…お父さん。ボクにも何か手伝えることは無い? IS関係ならボクも少しは……」

「その気持ちは嬉しいが、今回は話が別なんだ」

「どういう事?」

「彼女のISはドイツ軍の最高機密の塊とも言える機体だ。幾ら、お前が候補生成り立てだからと言って、簡単に関わっていい代物じゃないんだ。分かるね?」

「うん……」

「いい子だ。シャルロットは、母さんと一緒に一足先に帰って休んでいなさい。今のお前には休息が必要だ」

 

 自分達を体を張って救ってくれた葉月に少しでも恩返しをしたいという気持ちからだったが、善意だけで関わるにはペイルライダーは余りにも危険すぎた。

 

「では行こうか。よろしく頼むよ」

 

 普通ならば、あんな事件があった後は心身ともに休む事を最優先する筈だが、自宅ではなく会社に向かうと言い出す辺り、伊達に大企業の社長をやっていないと思い知らされるのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「ここで結構。君達はどうするのだ?」

「我々は、ここで社長が戻ってくるのをお待ちしております。ご帰宅されるまで護衛するのが我々の仕事ですので」

 

 デュノア社の本社ビルに到着すると、父の顔から社長の顔に変わり、急に威厳が溢れ出る。

 これが会社にて彼が被っている『仮面』なのだろう。

 

「中ではコード80が護衛を務める事になります」

「どのみち、私も一緒に行かなくてはいけないで。ご安心ください」

「君に関しては全面的に信頼しているよ。では、ここで待っていてくれ」

「了解です」

 

 車から降り、アルベールの後ろから葉月も続く。

 そこでふとある事を思い出しアルベールが立ち止った。

 

「どうなされました?」

「いや…そう言えば、まだ君の名前を聞いていなかったと思ってな。グレイヴや彼らからは『コード80』と呼ばれていたが……」

「それは私のコードネームのようなものです。本来ならばその呼び方が正しいのですが、言い難いのであれば私の事は『ハヅキ』とお呼びください」

「ハヅキ?」

「はい。現在、所属している部隊の皆から、そう呼ばれているのです。恐らくは愛称のようなものかと」

「愛称…か。分かった。では、私もそう呼ばせて貰う事にしよう。では改めて…行くとしようか。ハヅキ君」

「了解です。アルベール社長」

 

 正面玄関から中へと入ると、そこには大勢の社員たちが様々な話をしていた。

 だが、社長の姿を確認した途端に全員が立ち止り、彼に注目していく。

 社長なのだから当然と言えば当然なのだが、彼の後ろにメイド服を着た少女が一緒にいるのだから、その注目度はいつもよりも高かった。

 

「今、戻った」

「お帰りなさいませ社長。ところで、その後ろの子は……」

「彼女は私個人の客だ。気にしなくていい」

「お…お客様ですか。分かりました」

 

 受付嬢に戻ってきたことを報告するアルベールだったが、当の受付嬢の視線は彼の背後にいる葉月に向けられていた。

 どう考えても10代前半ぐらいのメイド服を着た少女が社長と一緒に戻ってきたのだ。

 怪しむなという方が無理だろう。

 

「ところで、開発部の連中はどうしている?」

「主任さん達なら、今は休憩中だと思います」

「そうか。だとすれば、恐らくはあそこだな……。こっちだ。着いて来てくれ」

「分かりました」

 

 軽く話をしてから、アルベールは開発主任がいる場所がいると思われる場所へと向かって歩き出す。

 その時、少し気になった事があったのか、葉月がそっと後ろから小声で話しかけてきた。

 

(会社の皆さんは今回の事件に関してご存じではないのですか?)

(流石に、あんな事があったと知れたら会社内が大パニックになってしまうからな。あの事を知っているのは一部の幹部連中を除けば、後は今から会いに行く開発部の連中と君、家族の皆だけだ)

(成る程…無用な混乱は避けるに越したことはありませんからね。賢明な判断だと思います)

(ありがとう。正直、一番パニックになっていたのは他ならぬ私自身なのだがね)

(娘が人質に取られた挙句に会社までもが狙われたのですから当然かと)

 

 この短時間にて、葉月は物凄い勢いでアルベールの信頼を得ていた。

 こんなにも素直で頼りがいのある少女がグレイヴの部下だと思うと、何とも言い難い気持ちになった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「矢張り、ここにいたのか」

「社長?」

「無事に戻ってきたって事は、まさかデュノア社はもう……」

「馬鹿な事を言うな。娘は無事に救出したし、会社も取られていない」

「「「「マジですかッ!?」」」」

 

 アルベールと一緒にやって来たのは喫煙室。

 透明の壁に囲まれている空間で、真ん中には灰皿が幾つか並べられている。

 そこでは、白衣を着た者達が一様に煙草を吸いながら息抜きをしていた。

 

「本当だ。全ては、この少女が体を張って我々を守ってくれたお蔭だ」

「そういや、さっきから見た事のない美少女がいるなーとは思ってたけど…」

「なんでメイド服?」

「っていうか何者?」

 

 案の定、一気に注目される葉月。

 場違い感がハンパないのだから当然と言えば当然なのだが。

 

「この方たちが社長の仰っていた開発部の方々ですか?」

「そうだ。ここは普通の会社とは違って今はISを専門分野にしているからな。半分は研究所みたいな事もやっているんだ」

「成る程なー…」

 

 どうやら、一言に『デュノア社』と言っても相当に広いようで、伊達に量産型ISシェア世界第三位と呼ばれてはいない。

 最近の任務はつくづく勉強になる事が多いとしみじみ思う葉月だった。

 

「皆さん、初めまして。この度、ドイツから派遣されたシュヴァルツェ・ハーゼ隊所属のコード80と申します。言い難いのであればハヅキとお呼びください」

「ハーゼ隊って言えば……」

「ドイツ軍のIS用特殊部隊!」

「競合相手のドイツから救援が来るって、どんだけ……」

「それだけ危なかったという事だ。実際、呑気にしていたのはお前達だけで、この事を知った幹部連中は七転八倒の大騒ぎだったぞ」

「「「「だよねー」」」」

 

 のんびりとした口調で話す開発部の面々に若干の戸惑いを感じていた葉月ではあったが、すぐに『一言に開発者や研究者と言っても色んな人間がいるか』と割り切って納得した。

 最初に会った開発者であるイギリスのカムラが人格者過ぎたので、そのギャップは激しかったが。

 

「…で、どうしてそのハヅキちゃんがここにいるんですか?」

「それが本題だ。実はな……」

 

 彼らに対して機密やら何やらと言った事は無用と判断したのか、微塵も隠す様子も無くペラペラと葉月がここに着た理由を話し出す。

 それを興味深そうに聞いてはいるが、驚く様子は見られない。

 

「…という訳だ。頼めるか?」

「そんな事ならお安い御用で」

「大事な仕事先を守ってくれたってのもあるけど……」

「ドイツお手製のISがどんな物なのかも純粋に気になる」

「いきなり空から降ってきたっていう謎のISもね」

「ついでに、軍にて現役で活躍してるっていうハヅキちゃんの意見も色々と聞いてみたい」

「なにもかもが今後の研究開発に役立ちそうだし、断る理由は無いでしょ」

「そうか…助かる」

「ありがとうございます」

 

 理由はどうあれ、ペイルライダーの修復の目途が立ったのは喜ぶべき事だ。

 他のISに乗れると言っても、一心同体とも言うべきペイルライダーが一番いい。

 これだけは、何を言われようとも変えられない事だった。

 

「それじゃ、早速行きますか」

 

 口に咥えていた煙草を灰皿に押し付けてから全員が立ち上がり、ゆっくりと喫煙室から出て行き、そのに続くようにアルベールと葉月も出て行った。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「ここが……」

 

 到着したのはビルの地下にある施設。

 まさか、本社の地下にこんな施設があるとは思わなかった葉月は、目を丸くして純粋に驚いていた。

 

「IS関係はデリケートだからな。こうしておかないと、今回よりも酷い目に遭いかねない」

「そうですね。ドイツでも、IS関係の施設は非常に厳重な守りとなっています」

 

 流石にドイツ軍のIS関係の施設は地下には無いが、その代わりに常に軍が警備に付き守りを固めている。

 それこそ、女性権利団体すらも真正面からは突破できない程に。

 

「もっと企業色が強いのかと想像していましたが、思っていた以上に本格的なのですね」

 

 複数台のISを固定できる専用のハンガーに、一流の研究施設にも勝るとも劣らない程の機器の数々。

 まるで、どこぞの傘のマークが印象的な製薬会社を豊富とさせるレベルの施設だった。

 

「もっと奥まで行けば、試験運用の為のアリーナもある。シャルロットも時折、そこで訓練や会社で開発した新しい武器などの試射などを手伝ってくれている」

「そういえば、ここに来る前にシャルロットさんに候補生成り立てと仰っていましたが……」

「聞いていたのか。その通りだ。あの子は少し前にフランスの代表候補生に選出されてな。今はまだ専用機を与えられてはいないが、いつかはこのデュノア社で開発した機体を贈呈したいと考えている」

「それは素晴らしい事だと思います」

 

 イギリスにはセシリア。フランスにはシャルロット。

 どうも自分には代表候補生の知り合いが多いような気がする。

 自分自身は候補生でもなんでもないのに。

 

「じゃあ、君のIS…ペイルライダー…だっけ? それの修復作業を始めようか」

「了解です」

 

 そして遂に、ペイルライダーの修復が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




出会いが絆を生み、絆が力を生む。


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Cruel Angel`s Thesis

私に孵りなさい。








 デュノア社地下にあるIS専用の施設まで案内され、そこで現在のペイルライダーの状態を確認、修復する為に研究員が葉月に向かって指示を出す。

 

「それじゃあ、まずは君の機体をそこにあるハンガーに固定してくれるかな?」

「了解しました」

 

 淡々と返事をすると、葉月はハンガーに向かって歩き出す。

 それ自体は何も問題は無い。近づかなければ設置は出来ないから。

 問題があるとすれば、彼女がいきなりハンガーの中に入り込んだことだ。

 

「え? ちょ…何をやってるんだっ!?」

「ISを展開する為にこうしているのですが……」

「いや…君は何を言ってるんだ? 待機形態になっているISをそこの装置に設置してくれれば、後は自動的にISが展開される仕組みになってるんだよ」

「それは知っています。ですが、私のISは通常とは少々異なっているので、こうして私自身が入るしかないのです」

「はぁ?」

 

 何を言っているのか全く分からない。

 研究員たちが首をかしげている間にも、葉月は正面を向いてハンガーの固定部に自分の足を置く。

 

「…ハヅキくん。一つだけ聞いてもいいかね?」

「答えられることであれば」

「君は私と初めて会った時に自分の事を『第四の騎士』と言った。それは即ち、君自身が『PR計画』によって生み出された存在…と見ていいのだろうか?」

「…アルベール社長はPR計画の事を御存じなのですか?」

「噂程度にはな。デュノア社のようなISに深く関わる会社を経営していると、否が応でもそういった『黒い噂』を聞く機会が多くなるのさ」

 

 黒い噂。

 たったそれだけの単語を聞いただけで、研究員たちは大抵の事を察した。

 彼らとて伊達にISの研究、開発をしている訳ではない。

 ISの良い部分も悪い部分も人並み以上に知っている。

 

「社長、その『PR計画』ってのはなんなんですか?」

「簡単に言えば、ドイツで進められていた『世代に捉われない採算度外視の超高性能ISを生み出す計画』だ」

「それ、普通にどこにでもありそうなヤツじゃないですか。フランスにだって、その手の計画は山ほどありますよ。実際にしているかは別として」

 

 ISが世界の主流となりつつある現在、世界の各国が少しでも他国よりも高性能なISを生み出そうと躍起になっている。

 その過程で数多くの高性能ISの開発計画が立ち上がり、そして白紙となっている。

 実際のISの数は非常に少ないが、紙の上でのみ生み出されたISならば軽く1万は超える。

 そのどれもが高性能を求めすぎた結果、あっという間に廃案になっていった機体ばかりだが。

 

「ドイツは、お得意の軍事力を駆使して、その計画を実行に移しているんだ」

「よく御存じですね。というか、アルベール社長はグレイヴ少将閣下と何やら親しげな感じでしたが…どこかで交流がおありで?」

「まぁ…な。腐れ縁というやつだ」

「腐れ縁…ですか」

 

 ドイツ軍の高官とフランスの大企業の社長にどんな接点があるというのか。

 基本的に戦う事しか出来ない葉月には全く想像も出来なかった。

 

「とにかく、まずは彼女の専用機を調べてみろ。そうすれば、ドイツが何をやっているのかが一発で分かる」

「分かりましたよ。ハヅキちゃん、もうそのままでも構わないからISを展開してくれ」

「了解しました」

 

 目を瞑り、大きく息を吐いて心を整える。

 心身の疲れも相まって、少しでも気を抜けば眠りに落ちそうになるが、彼らの善意を無駄には出来ないと思い、なんとか頑張って我慢をする。

 

「……ペイルライダー」

 

 自分の分身の名をそっと呟くと、彼女の体が光りを放ちボロボロの装甲で覆われていく。

 一秒も掛からずに破損したペイルライダーが姿を現した。

 

「ワォ……これはまたなんとも……」

「全身装甲のISとは、また珍しい……」

「だな。見ただけでコイツが相当な機体だってのが分かるよ。でも……」

「こいつはヒデェな…。全身の装甲に罅が入りまくってる。すぐにチェックするぞ!」

「「「はい!」」」

 

 すぐに研究員たちが機器の前に座りペイルライダーの解析を始める。

 その顔はあっという間に驚愕に染まることとなるが。

 

「ちょ…おい…なんじゃこりゃ……」

「しゃ…社長! 彼女の…ハヅキちゃんの体内からISコアの反応が出てます! これは一体……」

「…やっぱりそうか」

 

 一番当たって欲しくない想像が当たってしまい、アルベールは悲痛な顔をして俯く。

 それを見た研究員たちは、互いの顔を見合わせていた。

 

「ISと人間の融合……究極の人機一体。それがPR計画の最終到達地点なのだ……」

「ISと人間を……」

「融合させる…?」

「じゃ…じゃあ…この子の体からISコアの反応が検出されてるのは……」

「ハヅキくんの体の中にISコアが埋め込まれているせいだ」

「「「「なっ…!?」」」」

「…………」

 

 研究員たちの顔が一気に青ざめ、アルベールと同様に悲痛な面持ちとなる。

 年端もいかない少女が実験動物同然の扱いをされていれば当然だが。

 

「お前達、今話したのはドイツ軍でも最高軍事機密に該当する事だ。何があっても絶対に口外なんてするなよ? 家族諸共に消されたくなければな」

「わ…分かってますって……」

「俺等だって、ISの闇の部分がどれだけ深いかぐらいは理解してるつもりですよ」

「ハヅキちゃんのお蔭で、その闇が底知れないって改めて知れましたけどね」

「世の中…腐り過ぎだろ……」

 

 ここにいる研究員たちは、イギリスにて会ったカムラと同様に、今の世では珍しい常識人の集まりだったようだ。

 だからこそ葉月の境遇に同情し、同時に全力でなんとかしてあげたいと思う。

 

(このアルベールという人物…どこまで計画の事を知っているのでしょうか……)

 

 普段ならば『場合によっては消す』という選択肢を取っている葉月だが、彼はあのグレイヴの知己であり、グレイヴ自身も彼にならば多少は知られても構わないような口ぶりだった。

 なので、葉月もここは大人しくしておくことにした。

 

「…気を取り直して、ペイルライダーを調べるぞ。俺らの職場を守ってくれたお嬢ちゃんに、少しでも恩返しをする為にな!」

「「「おう!」」」

 

 気合を入れ直した研究員たちは、すぐに詳しい解析を始める。

 解析開始から僅か数秒で、ペイルライダーの痛ましい現状が明らかとなった。

 

「あー…ハヅキちゃん。非常に言い難いんだが……」

「なんですか?」

「君のペイルライダーは全身に渡って多大な負荷が掛かっていて、少しでも機体を動かせば、あっという間に装甲がバラバラになってしまうような状態だ。幸いなことにフレームには罅とかはないようだが、決して無傷という訳じゃない。人間で例えれば、今のペイルライダーは全身の筋肉と皮膚がズタボロになっている状態で、骨に多数の目に見えない程に小さな罅が入っているようなもんだ」

「ある程度の予想はしていましたが…相当ですね……」

 

 ちょっとやそっとの事ではペイルライダーの完全復活は望めそうにない。

 それだけの無茶をやってのけてくれたのだから当然だが。

 

「参考までに聞きたいんだが、一体何をどうしたら、これ程に高性能な機体をスクラップ寸前にまで疲弊させられるんだ?」

「ドイツからフランスまで僅かな時間で到着する為に『ソロモン・エクスプレス』を使用しました」

「ソ…ソロモン・エクスプレスッ!? あのオーバード・ウェポンを使ったのかッ!?」

「正確には攻撃用の武装ではなく、片道切符の移動用のやつですが」

「つーことは、オーバード・ブースターか……」

「理論上、最大出力を出せば大気圏も余裕で突破できるって聞いてるが……」

「あくまで『理論上』の話だ。そもそも、それに耐えられるISがまだこの世に存在していない。異常なまでに時代を先取りし過ぎている超過剰兵装…それが『ソロモン・エクスプレス』だ」

 

 ソロモン・エクスプレスを使ったのであれば、全ての謎が一気に氷解する。

 どうやって葉月が僅かな時間でドイツからフランスに来れたのか。

 ペイルライダーのような高性能なISが、これ程までに破損したのか。

 現代のISの全てが耐えられないような装備を使えば、当然のようにぶっ壊れる。

 子供にだって分かる理論だ。

 

「ウチにある資材だけでどうにかなるかな…?」

「まずは装甲材質とかから調べないといけないしな」

「一言にISと言っても、共通してるのはISコアぐらいだけだしな。今やフレームや装甲一つとっても世界各国千差万別だ。ドイツとフランスで共通している部品が果たしてどれだけある事やら……」

「完全修復が不可能そうであるなら、応急処置だけでしてくれると助かります。後は本国に戻ってから修理しますので」

 

 これは単純に彼らの事を考えて言った台詞であったが、それが却って彼らの研究者としてのプライドを刺激した。

 

「バカ言っちゃいけない! 一般企業所属とはいえ、俺達だってIS研究者の端くれだ! こうして仕事を受け持った以上は最高の結果を出させて貰う!」

「その通り! フランスの技術力ってのをハヅキちゃんにも見せつけてやるぜ!」

「寧ろ、元のスペックよりも性能を上げてみせるさ! なんなら、ウチで試作中の武器もプレゼントするよ! いいですよね社長?」

「当然だ。何度も言っているが、ハヅキ君にはどれだけ恩を返しても返しきれない程の借りがある。我が社で作った製品が少しでも彼女の役に立つのならば本望だ」

 

 自分の迂闊な一言で、なんだか大変なことになって来た。

 別に彼らの実力を疑ってはいなかったが、それでも世話になり過ぎるのは申し訳ないと感じていて、応急処置をしてくれるだけで十分だった。

 なのに、どういう訳か彼らのやる気に火を着けた挙句、いつの間にかデュノア社製の武装も貰う事になってしまった。

 ペイルライダーが強化されるに越したことはないが、それでもここまでされるとは想像もしていなかった。

 葉月は生まれて初めて、本気でどうすればいいのか分からずに困惑していた。

 

(こ…これから私とペイルライダーはどうなってしまうのでしょうか…?)

 

 装甲の下で、葉月の目はグルグル巻きになっていた。

 

 

 

 

 

 

 




口は災いの元(笑)


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Sleep today for tomorrow

旗が立った。







 デュノア社の地下開発室にて、ペイルライダーの現状などをチェックし終えた葉月とアルベールは、その足で車に乗り込み、今度こそデュノア家自宅へと向かっていた。

 勿論、車の周囲には護衛車両が並走している。

 

「機体のチェックというよりは、まるで身体検査を受けているようでした」

「ははは…それに関しては仕方があるまい。君の場合は事情が事情だからな」

「そうですね。本国で似たような事をされるのには慣れているのですが、他国の企業でペイルライダーの検査をされるのは初めてでしたので」

「普通はそうだろうな。自国のISを他国にて整備するなんてことは、通常では決して有り得ない事だからな」

「それは承知しております。今回は相当なイレギュラーな事態であることは」

 

 ペイルライダーの構造自体は他のISと比べても、そこまで差があるわけではない。

 非常に高性能ではあるが、それでもあくまで『現代技術の結晶』でしかない。

 問題があるとすれば、それは頭部に設置されたブラックボックスである『HADES』であろう。

 あれだけは、ドイツにてペイルライダーを開発した者達にしか解析は出来ない。

 

「まずは、ドイツ製のISであるペイルライダーでも使用可能なパーツを探す事から始めなくてはな。幾ら、修繕などをすると言っても、変にフランス製のパーツを使えば却って機体性能が低下してしまうことぐらいは我々も理解している。だが…ペイルライダーの事を見た時はかなり驚かされたな」

 

 神妙な面持ちで腕を組み渋い顔になるアルベール。

 それは社長としてではなく、一人の技術者として出た言葉だった。

 

「君のペイルライダーは万が一の時も想定しているのだな。アレには大量の『統合整備計画』のパーツが使われていた」

 

 統合整備計画。

 メーカーや各国ごとに異なる部品や部材、更には各種装備やコックピットの操縦系統や規格・生産ラインなどを統一することによって、生産性や整備性の大幅な向上、機種転換訓練時間の大幅な短縮などを図った計画で、IS委員会主体で実行に移された。

 これにより、多少未熟なパイロットでも問題無く運用することが可能になっている。

 実際、デュノア社で生産されている『ラファール・リヴァイヴ』や日本の倉持技研で生み出された『打鉄』なども、この『統合整備計画』の影響を大きく受けていて、機体性能自体は異なるものの、パーツの互換性や操縦系統が同じという事で大半の機体が訓練用に使用されている。

 いざという時は現地での改修や応急修復なども出来るので、統合整備計画がもたらした影響は想像以上に大きい。

 

 ペイルライダーもその例に漏れず、殆どのパーツに統合整備計画にて生み出されたパーツが用いられていて、戦場にて何らかの不測の事態が起きた時の為に即席の修理でもどうにかなるように設計されている。

 その気になれば、他のISの腕部や脚部をそのまま換装することも可能になっていた。

 

「あれはどこまでも『戦場で戦うことを想定したIS』になっている。それ故に修復自体はそこまで苦も無く行えるだろうが……」

「問題はその後…ですか?」

「あぁ。あいつ等が調子に乗って『強化する』なんて言い出すとはな。腕はいいのだが、どうも性格に難ありというか……」

「科学を志す者なんて、往々にしてそんな者達ばかりだと思いますが」

「実感がこもってるな……」

「事実ですから」

 

 因みに、葉月が想像したのは自分やペイルライダーを開発した研究者たち。

 彼らは紛れもないマッドなサイエンティストたちだった。

 

「今頃は、必死になってペイルライダーに合致しそうな部品や装備などを見繕っているだろうな」

「少しだけ不安が残りますね……」

「大丈夫だ。拙いと感じた時は私がブレーキになろう。余りグレイヴを怒らせたくはないしな」

 

 父親故の癖なのか、自然と葉月の頭に手が伸びて頭を撫でてしまう。

 別に不快ではないので、そのまま何も言わずに撫でられていたが。

 

「しかし……」

「どうしました?」

「いや…な。まさか、本当にあの『PR計画』が実行に移され、その完成体が君のような少女だとはな……。娘を持つ身としては、何とも複雑な気分だ…」

 

 葉月の歳自体は、アルベールの娘であるシャルロットと同じぐらいだ。

 例え、それが他国の初めて会った少女だとはいえ、自分の昔馴染みの手によって全てを歪められてしまったと思うと心中穏やかではない。

 

「私は大して気にはしていません。それに……」

「それに?」

「この身になったからこそ、手に入れた物もありますから」

「ハヅキくん…君は……」

 

 この少女は強い。自分の想像以上に。

 普通ならば、自分の身体を好き放題に改造された挙句に過去の記憶まで失ったとあれば、絶望して錯乱したり暴走したりするものだ。

 だが、葉月にはその気配はない。彼女はどこまでも前を見つめている。

 自我を保っていわれるだけの『大切な何か』を手に入れているのだ。

 

「本当に凄いな君は…心から尊敬するよ」

「お褒め頂き光栄です」

 

 しかも、ちゃんと礼節まで弁えている。

 最早、この歳にしてどこに出しても恥ずかしくない立派なレディになっていた。

 

「ペイルライダーの修復が終われば、次は……」

「君を助けてくれた例の『イフリート』とやらの解析だな」

「実際に乗った身としては、あの機体自体に危険性は無いと思われますが……」

「それは私も同感だ。だが、だからと言って調べない訳にはいかない」

「そうですね。私も、アレに付いての情報は持っておきたいです」

 

 一体、どこの誰が葉月の元にイフリート・シュナイドを送りつけてきたのは分からない。

 だが、まるで彼女の為だけに誂えたとしか思えない程の同調率は普通ではない。

 今後の為にも、あの機体だけは詳細に調査しておく必要がある。

 

「社長。もうすぐご自宅に到着します」

「もうか。話に夢中になっていると、時間が経つのもあっという間だな」

「全くですね」

 

 それから数分もしない内に、車はデュノア家の邸宅へと到着した。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

(これはまたなんとも……)

 

 屋敷の中は、以前にも訪れたオルコット家にも勝るとも劣らない程だった。

 流石は大会社の社長宅。色んな意味で伊達ではない。

 

「帰ったぞ」

「おかえりなさいアナタ!」

「おかえり、お父さん!」

「あぁ…ただいま」

 

 帰宅した夫を出迎えたのは、先に帰宅していた妻のロゼッタと娘のシャルロット。

 まだ疲れてはいるようだが、それでも家に帰ってきた事と父が帰ってきたことで心の方は休まったようだ。

 

「帰る前にも話したが、今日から少しの間だけ彼女…ハヅキくんを泊める事になる。客間は空いているな?」

「勿論よ。さっきまで気晴らしついでに掃除をしていたから」

「大切な恩人に少しでも快適に過ごして貰おうと思って」

「そうだったのか……」

 

 一日の殆どを会社を過ごしているせいか、家に付いては余り把握していないことが多い。

 社長夫人という事でロベルタも会社にいる事は多いが、それでもまだ彼よりはマシな方だった。

 因みに、今のデュノア家で最も家の事を把握しているのは何気に娘のシャルロットだったりする。

 

「少しの間ではありますが、お世話になります。どうか、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。そして、改めてお礼を言わせて。ボクだけじゃなくて、家族や会社まで救ってくれて本当にありがとう」

「礼を言われる程では……いいえ、違いますね。どういたしまして」

 

 今までの彼女ならば、ここで『任務だから』と言っていただろうが、ハーゼ隊や千冬、セシリアなどと交流をして心が成長した今の葉月は相手の礼の言葉を素直に受け止められるようになっていた。

 

「そういえば、この子…ハヅキさんのISはどうだったの?」

「酷くやられていたよ。といっても、戦闘によって破損したわけじゃないが」

「え?」

「どうやら、ドイツからフランスに短時間で来るために大気圏離脱用の超大型ブースターを使ったようでな。その衝撃によって全身がズタボロになっていた。修復には時間が掛かりそうだ」

「それは大変ね……」

 

 別に機密に触れるような事は話していないので問題は無い。

 ソロモン・エクスプレス自体は秘密にするような事ではない。

 アレの存在は他国にも普通に知れ渡っている。

 

「それよりも、疲れたでしょ? まずはお風呂にでも入って疲れを取った方がいいよ」

「そうだな。ハヅキ君、君から先に入りなさい」

「よろしいのですか?」

「構わんよ。君は我々だけでなく、会社や国まで救ってくれた大恩人だ。一番に労われる権利がある」

「そこまで仰って頂けるのならば…遠慮なく入らせて貰います」

「うむ。自分の家だと思ってゆっくりしてくれ」

「ありがとうございます」

「決まりだね! さ、行こ!」

 

 シャルロットに背中を押されながら、葉月は奥へと連れて行かれた。

 当然だが、こんな事になるだなんて予想もしていなかったので、着替えの類は一切持って来ていない。

 そもそも、まだ葉月には『着替えを持って他国に出かける』なんて習慣が無いので無理も無いのだが。

 少し前まで、葉月のとっての海外遠征とは基本的に日帰りだったので、まだそこまで気が回らないのだ。

 

 仲睦まじげに浴場へと向かう二人の後姿を見つめながら、ロゼッタが静かに呟いた。

 

「あのハヅキって子…良い子そうね。シャルロットのいい友達になってくれそうだわ」

「そうだな……きっと、ハヅキ君にとっても、同じ年頃の同性と一緒にいる事は良い頃に繋がるだろう……」

「あなた?」

 

 葉月こそが、今の世の『闇の部分』が具現化したような存在。

 本当ならば自分達のような大人が背負わなければいけない業を、彼女はたった一人で背負っている。

 しかも、己の意志とは全くの無関係に。

 だからこそ守らなければいけない。

 この世界の『歪み』に加担をしてしまっている人間として。

 『闇』を消し去る為に戦っている儚き少女を。

 

「恐らくだが…彼女にはもう血の繋がった家族はいないだろう……」

「なんですって…!?」

「グレイヴの奴がどこからか拾ってきた孤児か、それとも……」

 

 葉月の素性は全く分らない。

 だが、少なくともグレイヴの傍にいる以上は普通の経歴ではないのは間違いなかった。

 

「…いや、そんなのは関係ないか。大切なのは、あの子が我々を救ってくれたという事実と、これから先も大勢の人々を守る為に戦うであろうという事だ」

「……どうして、あの子なのかしらね……」

「それは私にも分らない。分からないが……」

 

 ロゼッタの肩に優しく手を置き、アルベールは辛そうな顔をしながらも決意を口にする。

 

「この家にいる間だけは、彼女に普通の女の子として過ごさせてあげよう…」

「そうね…あなた。私も、シャルロットと同じ歳の子が戦場に立つ姿は見たくないもの…」

「あぁ……」

 

 救われた恩とは関係無しに、夫婦は葉月の心を救いたいと思った。

 子を持つ親として、一人の人間として。

 

 

 

  

 

 




風呂は心の洗濯である。


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Have a calm time

兵器の休息、再び。









 シャルロットに連れて行かれるままにデュノア家の浴場までやって来た葉月。

 彼女が何かをする前に、あれよあれよと着ているメイド服が脱がされていく。

 葉月に何の抵抗もさせずに服を脱がせるとは、流石は代表候補生と言うべきか。

 

「あーれー」

「これでよしっと。よく見たら、所々が汚れてるね。後でちゃんと洗濯をしておかないと」

「いえ…それぐらいならば私がしますので……」

「何言ってるの。ハヅキはお客さんなんだよ? 大丈夫、ちゃんと新品同様に綺麗にして返すから!」

「はぁ……」

 

 シャルロットの圧に負け、なし崩し的にメイド服を洗って貰う事になった。

 それ自体は有り難いのだが、問題は葉月の着替えが無い事だった。

 その事を説明すると、シャルロットは『自分のお古の服をあげるから大丈夫』と言ってきた。

 

(このパターン…前にもあったような気が…。これが俗に言うデジャビュと言うやつでしょうか?)

 

 多分、それは気のせいではない。

 基本的に自分の意志で買い物をしない葉月にとって、彼女の私物の殆どは誰かからの貰い物だ。

 正確には、買い物をしないのではなく、買い物をするという思考に至らないのだが。

 流石に金の使い方や買い物の仕方ぐらいは心得ている。

 

「そういえば、君が着ていたのってコスプレ用とかのじゃなくて、本職のメイドさんが着ている服だよね?」

「はい。以前、仕事でイギリスに行った際に、そこで知り合った友人に頂いたのです」

「メイド服を貰うって…その人もメイドさんなの?」

「御名答です。よく分りましたね」

「う…うん。まぁね…」

 

 葉月は決して冗談は言っておらず、至極真面目に答えている。

 傍から見たら、どこか残念な天然少女に見えるだろう。

 

(最初はカッコいいと思ってたけど…もしかしてハヅキって面白い子?)

 

 その考えは、ある意味では間違ってはいない。

 

「そ…それじゃ、下着も脱いでから早く入ろうよ! ね?」

「了解しました」

 

 因みに、今日の葉月が着ていたのは水色の縞模様のパンツとブラだった。

 選んだのは千冬である。完全に彼女の趣味が出ていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 デュノア家の浴場はかなり広く、余裕で10人以上は入れる規模だった。

 以前に彼女が入浴したオルコット家の浴場の方と遜色がないレベルだ。

 世界に誇る大企業の社長の家は伊達ではない。

 

「さっきは驚いたよ…まさか、目の前で下着を脱ぎ始めるんだもん…」

「どこかおかしかったでしょうか?」

「おかしいというか…ハヅキは恥ずかしくないの?」

「特には。羞恥心を克服するような訓練も受けていいますので」

「羞恥心を克服する訓練って何さ…」

「お教えしましょうか? まずは……」

「だ…大丈夫! 大丈夫だから! なんか猛烈に聞いちゃいけないような気がする……」

「はぁ……」

 

 ゆったりと湯船に浸かりながら、二人の少女の会話が浴場に響く。

 葉月の隣に位置するようにシャルロットが入り、二人仲良く(?)並んで座っていた。

 

「あの…さ。さっきは本当にありがとう。ボクだけじゃなくて、お父さんやお義母さん…会社まで助けて貰って」

「任務でしたので。それと、お礼を言われるのは本日で四回目です」

「そうだったっけ? それだけハヅキに感謝してるって事だよ」

「感謝…ですか」

 

 任務の特性上、これまで礼なんて述べられたことは殆ど無い。

 前回のイギリスの任務の時が初めてだったかもしれない。

 この短期間に何度もお礼を言われ、それに対してなんて反応を返せばいいのか、未だに葉月は分かりかねていた。

 

「よく見たら、ハヅキって細かい傷跡が幾つかあるね。殆ど治りかけて目立たなくなってるけど」

「ふむ…言われて見れば確かに」

「言われてみればッて…今まで知らなかったの?」

「余り気にしたことが無かったので」

「勿体無いなぁ…こんなに綺麗な肌をしてるのに……」

「肌が綺麗……」

 

 髪の次は肌。

 他国の少女達と交流するようになって、色んな部分を綺麗と言われるようになった気がする。

 無論、葉月本人は微塵も自覚が無いのだが。

 

「お肌の手入れとかってしてないの?」

「いえ全く。髪の方は最近になって手入れをするようにはなりましたが」

「そうなんだ。ハヅキの髪って綺麗な黒髪だしね」

 

 シャルロットが羨むように、葉月の黒い髪を手櫛で梳いていく。

 全く引っかかる事は無く、真っ直ぐに指が進んでいった。

 

「あれ? ハヅキの胸の所…大きな傷跡が……」

「これは……」

 

 さっき服を脱いだ時には気が付いていなかったのか、胸の中央付近にある消えない傷跡を見られてしまった。

 別に見られること自体は一向に構わないのだが、言い訳が面倒くさいのだ。

 

「…任務で付いた傷です。これだけは深くて完全には治らなかったのです」

「そうなんだ……」

 

 流石に『胸の中に心臓代わりのISコアが入っている』とは言い出せず、咄嗟に誤魔化した。

 彼女が『PR計画』の被験体であり完成体であることは極秘中の極秘になっているのだ…表向きは。

 実際には、割と多くの人々に知られてしまっている。

 

「…シャルロットは人質に取られて怖かったですか?」

「いきなりどうしたの?」

「いえ…少し気になったもので」

「そうだね…うん。怖かったよ。一応、候補生として対人用の訓練も受けてはいるんだけど、あの時は体が竦んで動けなかった。あの人達の『狂気』に気圧されちゃったのかな…あはは…」

 

 笑って誤魔化そうとするシャルロットであったが、その体は震えていた。

 嫌な事を思い出させてしまったか。

 申し訳ないと感じた葉月は、徐に彼女の頭を抱き寄せて優しく撫でた。

 

「えっと…ハヅキ? いきなりどうしたの?」

「動揺した時や恐怖を感じた時、こうすれば落ち着くと友人に教わったので。どうですか?」

「うん……ありがと」

 

 頬を赤く染めながら、葉月に頭を撫でられ続けるシャルロット。

 いつの間にか体の震えは止まり、彼女の体に抱き着いていた。

 お互いに裸なので、体の温もりをダイレクトに感じている。

 

「ハヅキは…優しいね」

「色んな人によく言われますが…そうなのでしょうか」

「優しいよ…とっても……」

 

 湯あたりをしているのか、それともうっとりとしているのか。

 シャルロットの表情はほんのりと蕩けて、ドキドキと心臓の鼓動が早くなっている。

 

(あの時…ハヅキに助けて貰った時、本当に彼女の事が白馬の王子様みたいに見えた…。ボク…どうしちゃったのかな…。ハヅキにこうして抱きしめられてると、すっごく落ち着くし…ずっとこうしていたいって思ってる…。ハヅキと離れたくない……。ハヅキと…一緒にいたい……)

 

 それがどんな類の感情なのか、まだシャルロットには良く分かっていない。

 勿論、ハヅキは自分が彼女から特別な感情を向けられているなんて微塵も考えていない。

 シャルロットが自分の気持ちの正体に気が付いた時、彼女の前には数多くの強力なライバルが立ち塞がる事だろう。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 風呂から上がった葉月は、髪を乾かした後にロゼッタとシャルロットが作ってくれたフランス料理を馳走になった。

 

「まさか、こんな形で本場のフランス料理を頂けるとは思いませんでした。ありがとうございます。実に美味でした」

「ふふ…喜んで貰えて何よりだわ。ね? シャルロット」

「う…うん! ハヅキがよければ、これからも作ってあげるよ!」

「ん…?」

 

 風呂に入る前とは明らかに様子が違うシャルロット。

 まるで、初恋を覚えた少女のような表情。

 

(え? ま…まさか? いやいや…そんな事が……)

 

 同年代で、命の恩人で、優しくもしっかりとした少女。

 惚れる要素自体はあるかもしれないが、それでも同性だ。

 別に同性愛自体を否定するつもりは毛頭ないが、まさか自分の愛娘がそうなるとは俄かには信じられないアルベールだった。

 

「ね…ねぇ…お父さん。お義母さん。今夜はさ…ハヅキにボクの部屋で寝て貰うってのは…ダメかな?」

「そうね。ハヅキさん本人が良いのならば、私は構わないと思うけど…」

 

 ここでハヅキに決定権が委ねられる。

 普通ならば、幾ら同性と言えども初めての相手と一緒の部屋なんて多少の抵抗感があるものだが、葉月にそんな一般的な感性を求めるのは間違っていた。

 

「私はそれでも構いません。ドイツでもある方と一緒に寝ていますので」

「あ…ある方って?」

「私が現在、所属している部隊の教官…織斑千冬教官です」

「お…織斑千冬…!?」

 

 誰かと思ったら、まさかのブリュンヒルデ。

 想像もしていなかった名前が飛び出し、思わずシャルロットが後ずさる。

 

「そういえば、第二回モンドグロッソ後に引退し、それからドイツに依頼されて特殊部隊の教官になったと聞いたことがあるが……」

「その部隊にハヅキさんも所属しているの?」

「はい。今年から配属されました」

 

 正確には『配備』なのだが、それを言えばデュノア家の皆の顔を曇らせてしまう事は、今までの経験で学んでいたので飲み込んだ。

 

「ですので、私は気にしません。シャルロット、今晩はよろしくお願いします」

「う…うん! 任せてよ!」

「任せてよ?」

 

 世界最強のライバルの出現に、シャルロットは見事に空回り。

 完全に一方通行なライバル意識だが、まだ彼女は知らない。

 千冬以外にも強力なライバルはいるのだと。

 特に、イギリスの彼女は非常に強大なライバルになるだろう。

 現時点では、葉月が自身のパートナーであると認めているのは彼女だけだから。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 夜になり、案の定と言うべきか、葉月はシャルロットと一緒のベットに寝ていた。

 葉月の方は全く気にしてはいないが、シャルロットの方は心臓バクバクになっていて、まともに彼女の顔が見れなくなっていた。

 

「どうしました? 眠れないのですか?」

「そ…そうみたい。なんでかなぁ~? あはは……」

「ふむ……」

 

 ここで、葉月なりにどうしてシャルロットが眠れないのか考察してみる。

 恐らくではあるが、昼間の事をまだ引きずっていて、完全に緊張状態が解けていないのだろう。

 

 確かに緊張はしているが、それは決して恐怖からではない。

 単純に想い人である葉月の顔が目の前にあるからだ。

 だがしかし、今まで兵器として生きてきた葉月に年頃の少女の乙女心を理解しろと言うのは酷な事。

 だからこそ、彼女はまたいい意味での勘違いをしてしまう。

 

「シャルロット」

「ひゃ…ひゃいっ!? にゃにかにゃっ!?」

「ちょっと失礼しますね」

 

 モゾモゾと身体を動かし、シャルロットに近づいたと思ったら…いきなり彼女の体を抱きしめた。所謂『ハグ』である。

 

「は…はははははハヅキっ!? いきなり何を……」

「眠れない夜は、こうして人肌の温もりを感じると眠れるようになる…と以前に聞いたことがあります」

「ハヅキ……」

 

 自分の勝手な空回りなのに、それでも葉月は自分の事を心配してくれる。

 彼女に抱きしめられ、その優しさに触れて。何も感じない訳がない。

 さっきまでの緊張は完全に吹き飛び、不思議な安心感に包まれた。

 

(ボクって…こんなにチョロかったっけ…? けど、ここまでされて意識しないなんて有り得ないよね…。やっぱ…ボクはハヅキの事が…す……)

 

 数秒後、シャルロットは静かな寝息を立てながら眠りに付いた。

 それを見てから、葉月もまた目を瞑ってからのスリープモードへと入る事に。

 

(コード80…これより…スリープモードへと…移行します…。おやすみなさい…シャルロット……)

 

 そうして、二人の少女は仲良く抱き合いながら眠ったのだった。

 

 因みに、人肌云々の話はクラリッサから教えられていて、それを聞いた千冬によって彼女は特別訓練を受けて瀕死状態になったという。

 

 

 

 

 

 

 

 




強敵揃い。
だからこそ戦い甲斐がある。


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New jockey wings

ホワイトライダー&ブラックライダー公開&キット化決定。

後はレッドライダーを待つのみ。








 デュノア家に泊まった次の日。

 葉月は今日もまたアルベールと一緒にデュノア社ビルにある地下開発室へと向かう。

 アルベールが専用パスコードを入力し、防衛用の分厚い扉が開かれた途端、もう既に中にいた研究員たちが目の下に隈を作りながら二人を歓迎してくれた。

 

「おはようございます! 社長! ハヅキちゃん!」

「ハヅキちゃんの事を待ってたよ!」

「君に見せたい物があってさ! ほらほら、こっちに来てくれ!」

 

 朝っぱらから元気いっぱいの彼らを見て、アルベールも葉月も目が点になり呆けてしまう。

 どうして彼らこんなにもテンションが高いのだろうか?

 

「お前ら…まさか、昨日は寝てないのか?」

「「「当然!」」」

 

 なんでそこで『当然』なのか。

 

「他国の機密満載のISを触れるなんて滅多にないのに、その修理と強化まで出来るんですよッ!?」

「これで興奮しない技術者はいないですって!」

「昨日、二人が帰ってからずっと俺達はペイルライダーの修復&強化プランを考えてたんですから!」

「そ…そうですか。けど、余り無理はなさらないでくださいね?」

 

 流石に、自分の機体のせいで他国の大企業の技術者が倒れたとあっては、ドイツの威信にも関わるし、なにより罪悪感が半端じゃない。

 そんな葉月の心境を知ってか知らずか、無精髭を生やし白衣を着た研究員たちは涙を流して喜んだ。

 

「うぅぅ…女の子から心配して貰えた……」

「俺達の事を本気で案してくれてる女の子なんて、シャルロットちゃんぐらいだったしな……」

「彼女も今となっては代表候補生になって忙しくなって、滅多に会えなくなったし……」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ! すっごいやるき出たぁぁぁぁぁっ!!」

「はぁ……」

 

 無理をするなと言った矢先にやる気を出されては意味が無い。

 もう自分の言葉は届かないと思った葉月は、大人しく諦める事にした。

 

「というわけで、早速で悪いけど、君のペイルライダーの話をさせて貰ってもいいかな?」

「あ…はい。お願いします」

 

 急に仕事モードに切り替わった彼らに少し驚きつつ、葉月は彼らの傍にあるモニターに目をやる事に。

 そこには、昨日調べたペイルライダーの現在の状況が表示してあった。

 

「昨日も説明をしたと思うけど、君のペイルライダーはかなり酷い状態だった。通常なら即座に全身をオーバーホールしなくちゃいけないレベルでね」

「けど、ペイルライダーの場合は現場での応急修理などを最初から想定している構造になっているのか、全体のパーツの殆どに統合整備計画で使用されているユニバーサル規格のパーツ群が使われていた」

「そのお蔭で、こっちでも十分な修理が可能になった訳だ」

「流石に、ドイツに戻ってから改めてオーバーホールをした方がいいけどね」

 

 モニターを何回も切り換えながら細かい説明がされていく。

 葉月はそれを一字一句漏らさずに聞き入れ、詳細に記憶する。

 自分の愛機にして分身とも言える存在の事に付いてなのだ。

 聞き流すような事だけは絶対にしてはいけない。

 

「だから、修理自体はそこまで苦労せずにやれる。そこは安心してくれ」

「はい。ありがとうございます」

「…で。本題はここからなんだけど……」

 

 『本題』の話にはいると、途端に彼らの顔がワクワクし始める。

 強化プランを考えていたと言っていたが、一体どんな事をする気なのだろうか?

 技術者ではない、一介のパイロットでしかない葉月には全く想像が出来なかった。

 

「これが、俺達の考え付いた強化プランだ」

「といっても、そこまで派手にする訳じゃないけどな」

「やり過ぎは却ってISの性能を落とす事に繋がりかねない」

「だから、ペイルライダーの短所を補うような形で強化することにしたんだ」

 

 そういってモニターが切り替わると、そこには僅かではあるが姿の変わったペイルライダーの強化後を想定した姿が3Dで描かれていた。

 

「まず、他の部位と比べても僅かに薄いと感じた肩部に増加装甲を追加して、重量増加による機動性低下を防ぐ為に装甲背部にスラスターを設置した。計算上では、これによってペイルライダーの機動性と運動性は元のスペックよりも約1.25倍増えるとされている」

「おぉ……」

 

 肩部の防御力が低い事は葉月も常日頃から密かに懸念していた。

 他の部位とは違い、ペイルライダーの肩部にはこれといったギミックは存在しておらず、それ故に他よりも装甲が薄くなっていた。

 だが、その脆弱な部分を補えるばかりか、機動性と運動性まで上げてくれるとは。

 至れり尽くせりとはまさにこの事か。

 

「これだけじゃないぜ。今度はバックパックの方に注目だ」

 

 モニター付近にあるコンソールを操作して、画面内にあるペイルライダーが後ろを向く。

 そこには、以前までには存在しなかったパーツが装着されていた。

 

「ペイルライダーってアレだろ? 俗に言う『強襲型』ってカテゴリのISだろ?」

「そうですね。なので、本来ならばバックパックに装着されて常にエネルギーをチャージし続ける筈のビーム・サーベルも、最初から柄の部分にあるエネルギーCAPに予め必要なだけのエネルギーを溜めこむような形になっていますし」

「やっぱりな。じゃないと、サーベルの柄を腰部に設置するなんて真似はしないだろ」

 

 伊達に大会社の技術者をやってはいないということか。

 まさか、実際の動いている姿を見なくてもペイルライダーの特徴の一部を見抜いて見せるとは思わなかった。

 

「強襲型って事は、継戦能力がお世辞にも高くは無いって事だろ?」

「はい。ペイルライダーはその機動性による強襲によって速やかに目標を制圧、もしくは殲滅し、その後に戦線離脱をすることが基本コンセプトになっていますから」

「けど、毎回毎回そう上手くいくとは限らない。時には長期戦を強いられることがあるかもしれない。そんな時の為に、この二基のプロペラントタンクを取り付けたのさ」

 

 それは、バックパックの下部に装着されている二基のエネルギータンクユニット。

 葉月もこれと同型のタンク自体は見たことがある。

 あれ一本で量産機のISのエネルギーの約半分を補えるぐらいの量が入っている筈だ。

 それが二本もあるという事は実質的に総SEが倍になったに等しい。

 

「これで、ペイルライダーは長期戦にも十分に対応できるようになった筈だ。強力なビーム兵器だってバンバン使えるぞ」

「それは非常に有り難いです。一応、ビーム・ライフルなども有りはしますが、その威力故にエネルギーの消費量は中々ですからね。頻繁に使えずに、基本的にはバズーカやミサイル、マシンガンなどを併用して節約を図っていました」

「実弾兵器には実弾兵器の良さもあるけど、強力な一撃を余裕を持って使えるに越したことはないしな」

 

 パッと見は簡素な強化に見えるかもしれないが、実際に操縦する葉月からすれば非常に有り難い事ばかり。

 しかも、これでペイルライダーの各部にある装備用のアタッチメントは全く損なわれていないのだから恐ろしい。

 長所はそのままに、短所を見事に補う強化。

 もう感嘆の声しか出なかった。

 

「フッ…流石はお前達だな。実に合理的な強化プランだ」

「どうも。最初は調子に乗って改造とかしまくろうとしてたんですけど、色々と話し合っている内にハヅキちゃんが使いやすい強化案にしようって事で話が纏まってきたんですよ。お蔭で、あっという間に一晩経ってました」

「それはいいが…もう一体のIS『イフリート・シュナイド』の解析の方はどうなっている?」

「そっちもちゃんとやってますよ。これを見てください」

 

 ペイルライダーの映像から切り替わり、今度はイフリート・シュナイドの全体図を写した画面に変わった。

 

「機体自体にはそこまで変わった特徴は見受けられませんでした。典型的な打鉄の改造機ですね」

「矢張りそうか……」

「武装の方も、実弾兵器のジャイアント・バズにショットガン。後は全身に装着されている小型のヒート・ダガーぐらいですね。射撃武器はあくまでおまけで、本命はこのヒート・ダガーっぽいですね。絵に描いたような超接近戦仕様のISですよ」

 

 説明して貰った事は、実際に搭乗した葉月も感じた事だった。

 だからこそ、ここで一つだけ付け加えられた。

 

「恐らくですが、あの刀身が短いヒート・ダガーは屋内での戦闘を想定した武装なのだと思います」

「屋内? それではまるで……」

「はい。イフリートを送ってきた相手は、あの日のあの時に私があの場所で戦う事を知っていた…という事になりますね」

「ふむ……」

 

 使用者である葉月の意見は何よりも説得力がある。

 だからこそ、彼らも一考する価値があると思うのだ。

 

「イフリートの中におかしな機構などは無かったのだな?」

「はい。念の為にコアの方も調べましたけど、ちゃんと登録してあるヤツでしたので……」

 

 どこからともなく未知の改造機を、あの場にピンポイントで送ってこられる相手。

 アルベールの頭の中には一瞬だけ『ISの開発者』の顔が過ったが、彼女が葉月を助ける理由が全く思いつかないので、すぐにその考えを振り払った。

 

「恐らく、イフリートに関してはこれ以上調べても何も出てこないと思いますよ?」

「そうだな……」

 

 危険が無いと分った以上、これ以上はイフリートに時間を割く訳にはいかない。

 今はともかく、ペイルライダーの修理を優先しなくてはいけないのだから。

 

「取り敢えず、イフリートはハヅキちゃんに返しておくよ」

「いいのですか?」

「いいもなにも、それは君に託されたISだろ? だったら、君がちゃんと持っておかなくちゃ」

「…了解しました」

 

 自分にはもう既にペイルライダーという専用機があるのだが、そこから更に二機目の専用機を持つなんて前代未聞だ。

 余りにも分不相応な事に申し訳ない気持ちになるが、今は自分以外に仕える人間がいないのもまた事実なので、仕方なく受取っておくことに。

 

「そう言えば、このイフリートは最初からセットアップされていたのか?」

「みたいですね。この機体の唯一おかしな部分がそれですよ。ハヅキちゃんのデータと思わしき物がインプットされていて、この子が使う事を前提にしてる感じでした。多分、他の人間が使うにはコアを初期化しないと無理でしょうね」

「ということは、事実上のハヅキくんの専用機…ということになるのか…」

 

 『マルコシアス』と書かれたキーホルダーを握りしめながら、自分の第二の専用機に付いて少し考える。

 今回のような万が一の場合には使えるかもしれないし、場合によってはペイルライダーの隠蔽にも利用できるかもしれない。

 使える物は何でも使う。それが自分の信条でもあり、同時に命令されている事を思い出した。

 

(いざという時には、あなたの力を使わせて貰いますよ…イフリート)

 

 その思いに反応するように、キーホルダーが光ったように見えた。

 気のせいか、それとも……。

 

「それじゃあハヅキちゃん。そろそろペイルライダーの修理に取り掛かろうか。ハンガーに機体を展開して立っててくれるかな?」

「分かりました。よろしくお願いします」

「任せてくれ。今回はこっちもマジで気合が入ってるからな」

 

 こうして、ペイルライダーの修理と強化を施す作業が開始されたのだった。

 

 

 

 




ペイルライダー(見た目だけ)空間戦闘仕様に。

まずは第一段階。

その後は勿論……?


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意外な所に突破口は転がっている。

まずは先入観を捨て去ろう。








 デュノア社にある食堂のテラス席。

 フランス有数の大会社ともなれば、その食堂一つとっても豪華かつシステム的に仕上がっている。

 そんな場所にて、葉月とアルベールは一緒の席に座ってから昼食を食べていた。

 

「まるで会社の食堂とは思えない場所ですね」

「我が社は社員が快適に仕事が出来るようにすることを第一に考えているからね。食事をする場所である食堂に力を入れるのは当たり前なのさ」

「成る程…。確かに、食事は人間にとって最も大事な要素であると同時に、活力を与える物でもあります」

 

 関心するように頷きながら、葉月は器用にナイフとフォークを使ってから食事をしていく。

 因みに、これらのマナーはイギリスのオルコット家に泊まった時にチェルシーから徹底的に教わった成果だ。

 最初こそは苦戦していたが、僅か十数分にて完璧にマスターしていた。

 

「しかし…ペイルライダーの損傷具合は想像以上だったようだな」

「そうですね。データとして見た時から酷いと思っていましたが、いざ作業を始めると解析だけでは見つからないような細かい破損まで幾つも発見しましたし」

「それだけ、君が使った『ソロモン・エクスプレス』のブースターのパワーが桁違いだったということか……」

「あれは本来、ISに使用するパーツを一つも使っていませんからね。ロケットや宇宙船などに使う筈の代物を無理矢理にISに使用してるんですから。並のISならばブースターに点火した瞬間に木端微塵。専用機でも一分足らずで空中分解しても不思議じゃありません」

「それに耐えたペイルライダーに驚愕すべきか…。それとも、それを使おうと考えた君達に呆れるべきか……」

 

 アルベールもISに関連する大企業の社長をしている以上、ソロモン・エクスプレスがどんな代物なのかは非常によく知っている。

 今回、ペイルライダーに接続した超巨大ブースターを最大出力で使えば、理論上は単体で大気圏突破すら可能な程の出力を誇っている事も。

 

「そうだ。実はハヅキ君にずっと聞きたいと思っていた事があったのだった。この機会にいいだろうか?」

「私などで良ければ喜んで」

「助かる」

 

 表向きはドイツ軍所属の一パイロットに過ぎない自分に一体何を尋ねようというのか。

 企業人ではない葉月には全く分らなかった。

 

「君は、我が社が最近になって経営不振になりかけている事は知っているかな?」

「噂だけならば。確か、他国が第三世代機の開発に次々と成功している中、未だにデュノア社を初めとするフランスの各企業は第三世代機の開発が出来ていないからだと」

 

 量産型ISのシェアで世界第三位にまで上り詰めたデュノア社ではあったが、今ではその地位も過去の栄光になろうとしている。

 嘗ては電子機器や車両などを販売して、それなりの売り上げは出していたが、ISが誕生してからそっち方面に経営を切り替えてから一気に会社は巨大になった。

 それに驕ることなく質実剛健な経営体制を続けてはきたが、それもそろそろ限界に達しようとしていた。

 故に求めているのだ。この危機を乗り越えられる存在…第三世代型ISの開発を。

 

「開発部の連中とも色々と話し合ったりしてはいるのだが、中々に上手くいかないのが現状でね…。そんな時に君が現れた」

「念の為に言っておきますが、流石に国家機密の類は話せませんよ?」

「それぐらいはこちらも理解しているとも。私が聞きたいのはそんな事じゃないんだ」

「では何を?」

「ハヅキくん…君を一流のIS操縦者と見込んで、パイロット目線から現行のISに求めている事を教えて欲しい」

「私が今のISに求めている事…ですか」

 

 自分なんかを一流と言ってくれるのは光栄だとは思うが、だからと言って有益になりそうな話が出来るかはまた別だ。

 葉月がこれまでに搭乗した事のあるISと言えば、自身の分身とも言えるペイルライダーを除けば、ハーゼ隊にも何機か配備されているリヴァイヴか、後はフランスに到着した直後に突如として空から降ってきた『イフリート・シュナイド』ぐらいしかない。

 だが、ここで『無理です』なんて言えば栄光あるドイツ軍に泥を塗る事になる。

 それだけは何があっても絶対に看過は出来ない。

 となれば、ここは自分に出来る範囲で妥協案を提案するしかない。

 

「現行のIS…というか、個人的にリヴァイヴに乗って感じた事で良ければ…」

「それでも構わない。ドシドシ言ってくれ」

「そうですか? では……」

 

 頭の中でこれまでの事を思い出してから記憶を整理する。

 基地内での訓練の際に、よく皆に合わせる為にリヴァイヴで模擬戦を行っていた時の事を。

 

「…拡張領域の広さと汎用性に関しては文句はありません。幅拾い運用法があるということは、同時に作戦が立て易いということにも繋がりますからね」

「ふむふむ……」

「けど、それとは別に気になった事や個人的要望はあります」

 

 葉月程の操縦者が求めている事。

 アルベールは大きく目を見開き、耳に対して全集中をした。

 

「まず、もう少し操縦性が良くなれば…と思いました。今や、リヴァイヴは欧州各国に配備されている代表的な機体の一つになっていますが、初心者には敷居が高いようにも思えます。ドイツにいる時に何度か後学の為に将来の代表候補生を育成する施設の見学をしたことがありますが、日本製の『打鉄』とは違い、リヴァイヴを使っていた方たちは操縦に少しだけ苦戦していたような印象がありました」

「操縦性か…。そう言われてれば、確かにリヴァイヴは初心者からプロまで幅広く使えるように設計はしてあるが、それ故に若干ではあるがプロ寄りになっている節は見受けられるな」

 

 使い勝手がいいという事は、同時に色んな人間が使うという事でもある。

 何も初心者が訓練用に使うだけではない。

 有事の際や上級者が後輩などに教える時に実際に乗る事が多いのだ。

 

「後は、もっと整備性が上がればいいと思いますね」

「整備性か…」

「今でも決して不満があるわけではありませんが、もっと整備性が向上すれば、一機辺りの整備時間が少なくなり、その分だけもっと訓練や装備の選択などに時間を使えると思いました」

 

 これまでずっと『兵器』として教育されてきた葉月は、勿論ではあるがISの整備もちゃんと出来る。

 実際、整備班と一緒に混ざって基地内のリヴァイヴの整備を手伝った事も一度や二度ではない。

 その度に男臭い部署である整備班の面々に大歓迎され、なんでか帰りには大量のお菓子を渡されている事がある。

 

「流石は第一線で活躍をしているだけはある。いずれも非常に実用的な意見だ。他には何かあるかな?」

「後は…そうですね。もっと換装パッケージが増えてくれれば便利だとは思いました」

「今ある物だけでは少ないと?」

「少なくはありませんが、もっと別の用途で使えるパッケージがあればと」

「例えばどんな?」

 

 現在、ラファールのパッケージは主に射撃戦重視や高機動型などが存在している。

 ラファール自体が機動性に性能の比重を置いているので、それ自体には問題は無いのだが、葉月はそれに対して何か物足りなさを感じていたのだ。

 

「まず、徹底的な近接戦重視のパッケージが欲しいですね。可能であれば刀剣類を装備した」

「剣撃戦重視か」

「刀身は赤熱化して切れ味を増すなどすれば理想的です」

「ヒート・ホークやヒート・サーベルのような感じか。他には?」

 

 なんだかノッてきたのか、体を乗り出して聞いてきた。

 葉月の方も珍しく個人的意見を出せる場で知らず知らずのうちに饒舌となっている。

 

「背部に大型レドームや頭部に高性能カメラなどを搭載した『強行偵察型』。それに少し武装を加え、更にはOSを専用の物に変えた『電子戦特化型』などもあったらいいですね」

「完全にサポートに回るタイプのパッケージか。そっち方面が得意な操縦者もいるかもしれないしな」

「それから、重装備型であるクアッド・ガトリングとは別方向の射撃戦特化のパッケージが欲しいです」

「別方向の射撃戦?」

 

 戦闘のプロではないアルベールには、葉月が何を言いたいのか全く分からなかった。

 その様子を見た彼女は、自分の指を銃の形に変えて、片目を瞑ってから狙いを定めるような仕草をした。

 

「狙撃戦特化型ですよ」

「狙撃…!」

「はい。接近された際に迎撃する最低限の武装以外には、全てを狙撃に特化させたパッケージ。偵察型とはまた別の超高感度ハイパーセンサーを設置して、後は長大な狙撃銃があれば文句なしです」

「最低限の武装には何を選べばいい?」

「近接ブレードの『ブレッド・スライサー』を一本。後はハンドガンが二丁ほどあればよろしいかと」

「本当に必要最低限なのだな……」

 

 狙撃に特化したパッケージとは想像もしなかった。

 これこそまさに目から鱗という奴だ。

 

「水中戦特化型…なんてのもあれば面白いかもしれませんね」

「水中でISを運用するというのか?」

「お忘れですか? ISは元来、宇宙空間での活動を目的とされているパワードスーツなのですよ? 宇宙飛行士の方々も、よく訓練ではプールを使用なさっていると聞きますし」

「確かにな……」

「武装は…ハープーンガンに魚雷などが宜しいかと。水中航行用の小型ジェットエンジンを脚部やバックパックに設置して、後は全身に渡ってシーリング処理をすれば……」

 

 それからも出るわ出るわ。葉月が考えた色んなラファールのパッケージ案。

 その全てをアルベールは物凄い勢いでメモしていく。

 

「…こんな所でしょうか」

「す…素晴らしい…! こんなにも鮮烈な意見を聞いたのは久し振りだ…!」

 

 感動の余り、涙を拭う事もせずに体を震わせながら葉月の手をギュッと握りしめる。

 いきなりの事でキョトンとしてしまうが、この時に反射的に手が出ないのが彼女の成長した証なのか。

 

「君に話を聞いたのは大正解だった! まだまだラファールの可能性はあるのか! それが分かっただけでも大収穫だ!」

「それは何よりです」

 

 これが企業戦士という人種なのか。

 別の意味での歴戦の勇士というのを始めて見たような気がした。

 

「そういえば、ずっと気になっていた事があるのですが……」

「まだあるのか? いやはや……」

「ずっと第三世代の新機体の開発が出来ないと困っているようでしたが、どうして『ラファールの正当後継機』を開発しようとしないのですか?」

「……は?」

 

 一瞬、葉月が何を言ったのか理解出来なかった。

 それ程までの衝撃がアルベールの脳を直撃したからだ。

 

「ずっと思っていたのです。ラファール自体は今の段階で既に完成され尽くしています。なので、そのノウハウを活かす形でラファールを再設計し、先程私が言ったことを可能な限り取り入れられれば、第三世代機とまではいかないかもしれませんが、第2.5世代機ぐらいは余裕で開発できそうな気がするのです」

 

 話を聞きながら、アルベールは自然と頭の中で彼女の言葉を整理していく。

 いつの間にか、彼の脳内には簡素ではあるがラファール後継機の設計図が完成していた。

 

「これまでラファールは幾つかの『派生機』や『カスタム機』は開発されてきましたが『後継機』はまだ生み出されていませんよね? なので、ラファールの長所を残しつつ機体性能や整備性などを向上させた後継機を作れれば…と愚考したのですが……聞いてます?」

「……………」

 

 なんで今まで、こんな事を思い付かなかった?

 ラファールは自分が仲間達と心血を注いで開発した自慢のISだ。

 各種パッケージにより幅広い汎用性を獲得したが、どうしてそこで止まっていた?

 どれだけ多くのパッケージを開発しても、ラファールが進化しなくては意味が無い。

 第三世代機開発という言葉に惑わされ、無意識のうちに『新たなるラファールの開発』という選択肢を消していた。

 その事を葉月の何気ない言葉にて思い出す事が出来た。

 

「ラファールの後継機…。つまり、『ラファール・リヴァイヴMk-Ⅱ』か…」

「もう名前を決めたのですか?」

「全く…私はなんて愚かなのだ…! ラファール・リヴァイヴこそ我が社の顔にして象徴だというのに、目先の利益に捉われてラファールで勝負をすることを忘れていたとは…!」

「はぁ……」

「よし! 決めたぞ! デュノア社はとことんまでラファール一本で勝負してやる! ラファールの子供達や孫達を生み出していくのだ!」

 

 どうやら、葉月の一言が完全にアルベールの経営者魂に火を着けるどころか、大炎上させてしまったようだ。

 本当に何気ない疑問を口にしただけなのだが。

 

「ありがとうハヅキくん! 君のお蔭で、本当に大切な事を思い出した! そうだとも! ラファール無くして何がデュノア社だ! 新規の第三世代機が生み出せないなら『第三世代機となったラファール』を開発すればいいだけの話じゃないか!! こうしちゃいられん! 早速、開発部に戻ってから設計をしなくては!」

「え? 社長自らが設計をなさるのですか?」

「ははは! 今でこそ、こうして親父の後を継いで社長をやってはいるが、若い頃は設計士としてブイブイいわせていたのさ!」

「そ…そうなのですか。人に歴史あり…ですね」

「ハヅキ君の話を聞いて、私の中に眠っていた設計士としての血が久し振りに湧き上ってきたぞ! ハハハハハ!」

 

 人生、一体何がターニングポイントになるか誰にも分からない。

 分からないが…少なくともアルベールにとっては葉月との出会いが人生の分かれ目となったようだ。

 

 心の中でシャルロットにアルベールのヤル気を必要以上に刺激してしまった事に謝罪をしながらも、すっかり冷めてしまった食事を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 




そして、デュノア社は伝説に…?








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