ダンガンロンパ 〜希望の半身と絶望の半身〜 (レッドクロス)
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〜プロローグ〜 絶望は時を超えて
〜プロローグ〜 私には才能なんてない。


【中途半端】

 

この言葉は私のためにあるような言葉だ。

そもそも中途半端とは果たしてどんなものなのだろうか。

辞書で調べると『物事が不完全で未完成なまま』『どっちつかず』と言った事が書いてあるだろう。

 

要するに私は大にも小にもなれない存在なのだ。無能にはならないが有能にもなれない。『希望』にもなれなければ『絶望』にもなれない。

 

そんな何者にもなれない未完成で不完全な存在、それが『私』なのだ。

 

 

 

 

私はそれ、【中途半端】から抜け出したくて行動を起こした。

勉強や運動、その他諸々…全ては中途半端な自分を捨て去るために。どんなことでも挑戦した。

全ては少しでも『完全』に近づくために、【中途半端】という醜い鎖を断ち切るために。

 

でも、それらは全て無駄だった…

何をやっても私は『完全』にはなれなかった。どんなに頑張っても『不完全』なままだった。

 

 

だからだろうか、私が周りの人間たちから蔑まれているのは。

 

最初こそ私の周りの人間は私に期待を寄せる。しかし、最後には誰もが口を揃えてこう言う。

 

 

「「「「所詮お前は、中途半端なんだよな」」」」

 

……と。

 

 

 

 

 

 

 

私はどうしたら『完全』になれるの…?

 

どうして『不完全』なの…?

 

私は永遠に『完全』にはなれないの?

 

暗闇の中でいくら問いかけても誰も答えてくれない。

それも当然だ。この暗闇は私のためにあり、私しかここにはいないのだから。

光一つ刺さない漆黒の闇の中、その中に私は今1人でいる。

 

 

 

答えてくれない暗闇に私は今日も問いかける。

『私が私として認められるためにはどうすれば良いの?』と。

当然答えは返ってこない、この暗闇の中には私しかいないのだから。

 

でも、そんな私にも転機が訪れた。

愚かで醜い今の私が生まれ変われる絶好の機会が訪れたのだ。

 

それは私の目の前にある2つの存在だ。一つは光、もう一つは闇。2つの存在が私に向かって手を差し伸べて『生まれ変われ』と訴えてくる。

この2つの手を取れば、私は『完全』になれる。私は『不完全』ではなくなる。そう思える誘いだった。

 

私はその差し伸べられた二つの手を同時に手を取った……

 

 

 

 

 

 

 

 

そのせいだろうか、今の私が『ここ』にいて『こんなこと』をしているのは。

 

あの時にどちらかを選んでいたらこうはならなかったかもしれないのに。

 

私はここで思い知った。

 

私はどこまでも『不完全』なのだと……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

今から約70年前、希望ヶ峰学園に起きたある事件を発端として、人類史上最大最悪の事件が発生して、世界は混沌と絶望に包まれた。しかし、絶望的事件の首謀者の江ノ島盾子を打ち倒し、未来機関をはじめとする希望を信じる人々の働きにより、世界は少しずつ復興していった。

そしてそれから70年の時が経ち、世界は以前と同じように平穏を取り戻していた。絶望的事件で街の中に蔓延っていた暴徒や絶望は全て駆逐され、全世界は以前と同じ様に希望に包まれていた。

 

そして、世界が絶望から復興した約30年前、世界を担う新たな希望の育成のために日本に『新希望ヶ峰学園』もとい『希望之園学園』が誕生したのだ。

希望之園学園は、希望ヶ峰学園と同じく『超高校級の才能を持つ高校生』を集めた学園だ。

さらに、この学園は才能ある若者の育成のための研究機関でもあるため、入学費用はかからないし、一度入学してしまえば、その後の授業料も免除されている。学園の運営資金や生徒たちの研究資金や活動費は世界各国からの出資でまかなっているし、世間では『希望の象徴』とまで言われている。

 

しかし、そんな希望之園学園は、希望ヶ峰学園と同じく完全なスカウト制で誰でも入学できるわけではない。

希望之園学園に入学するためのスカウト条件は二つで、【現役高校生であること】と、【超高校級の才能を持つこと】だ。

もしこのスカウト条件に当てはまり、希望之園学園に入学できれば、将来の成功は約束されたも同然との評判があり、高校生ならば誰もが希望之園学園にスカウトされることを夢見ていることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

………だからだろうか、私に『希望之園学園』のスカウトが来たときに義父と義母と義妹があんなに喜んでいたのは。

希望之園学園のスカウトの話が来た時、私の家族は大喜びしていた。それはもう小躍りするほどに。

スカウトの話が来たときに私自身は鳩が豆鉄砲を食ったように放心していたのに対して義両親は飛び上がるように喜んだ。そして、その場で呆然とする私をよそに義両親はスカウトの話を受けた。

 

それから私の生活は一変した。

興味を向けられたことのない義父からは『お前は自慢の娘だ』と笑顔で言った。暴力を振るわれていた義母からは『流石私の娘ね! 優秀だわ!』と抱きしめて言った。家と学校で私を虐めていた義妹は『流石私のお姉ちゃん! 希望之園に入ったらそこのクラスメイトの人を紹介してよ!』と私に言った。

 

 

それに私は笑顔で『ありがとう』とか『任せて』と心にも思ってないことばを返す。これまで義家族は冷遇してきたのに将来を約束する学園にスカウトされただけでこんなにも態度が変わるとは……掌返しと言うのはこんなに身近で起こるんだな。

 

義父母と義妹が喜んでいる理由は何となく分かる。義父母と義妹は私にスカウトの話が来ると学校や会社、近所などあらゆるところで知人に自慢していた。希望之園学園にスカウトなんて自分の家族がエリートだって他人に自慢できる良い材料だし、承認欲求の強い3人は周囲の嫉妬と羨望の眼差しを受けてさぞかし良い思いをしたことだろう。

 

特に義妹はスカウトの話がきたその日から今年度の希望之園学園の新入生を希望之園学園のスレッドでやたらと調べていた。

おそらく、私を仲介してクラスメイトになった超高校級とよばれる一流の人たちとお近づきになろうって魂胆だろう。まあ、光に虫が集まるように一流の人に人が集まるのは当然だろうけどね。

 

 

 

 

 

それが理由なのだろうか、私を取り巻く環境も以前とガラリと変わった。義父母の奴隷で義妹のパシリだった私は家では本当の家族のように扱われるし、学校では義妹の自慢もあってクラスや学年だけにとどまらず、学校全体も私に注目してヒーローのような扱いを受けた。

 

クラスメイトや教師は『お前の活躍が認められたんだ』と言ってくれた。確かに体育の成績が良かった私は運動部のクラスメイトに頼まれて部活の助っ人に入り、そのチームの県大会優勝に貢献したりした。義妹のパシリで街を歩いていたら美容師に声をかけられてその日だけのカットモデルを頼まれたりもた。他にも演劇部、科学部、吹奏楽部、ボランティア活動、生徒会などでそれなりの活躍はしたが、それらはどれもこれも超高校級と呼べるほどの活躍はしていない。

 

万人を虜にするような美貌も、オリンピックに出場するような身体能力も、人を統率するカリスマ性も、見るものを魅了する芸術性も、人類の発展になるであろう知識も私は持っていない。

 

そのため、周りがいくら持て囃していても私自身は少しも納得できていないのだ。むしろ、学園で抽選枠として毎年1人選ばれる超高校級の幸運としてスカウトされていた方がもう少し現実味があったかもしれない。

 

 

 

しかし、そんな私の内心など気にも留めずに周りは私の事をもてはやす。

この人たちは希望之園学園に私が入学すると言う事実があればそれで良いのだろうか? 

まあ、実際そうだろうな。学校の教師やクラスメイト、義家族にとって私なんてそれくらいの価値しかないだろうし。私もこの人たちに出来ることはそれしかないと思うから。

 

そもそも私自信は自分に才能があるとは思ってない、むしろこれから行く希望之園学園の人たちからしてみれば、私は彼らの劣化版だ。

確かに私は人より器用かもしれないけど、ただそれだけだ。私はどこにでもいるただの冴えない女子高生。希望之園学園の天才たちみたいに『完全』じゃない。

私はその人たちみたいな天才にはなれない出来損ないだ。何もかも『中途半端』にしかできない『不完全』なのだ。

学園はこんな『不完全』な私をスカウトするなんて何を考えているのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、月日は飛ぶように流れ、私の疑問に答えは出ないまま、希望之園学園に入学する日がやってきた。

 

私が希望之園学園に入学する今日も義家族は私を持て囃した。 それは今まで私を冷遇してきたとは思えないほどの甘やかしぶりだった。

今まで厄介者として冷遇してきた娘が自慢できる道具に生まれ変わったからか、血は繋がっていないとはいえ娘が将来安泰と呼ばれる学園にスカウトされたことに喜んでいるのかは分からないが、おそらく前者だろう。

 

人間は都合の良い方に流れるというのは私自身が今までの人生の経験からよく知っている。それに冷遇されていたとはいえ、身寄りのない施設育ちの私を引き取って養ってくれたのは感謝しているし、これで彼らへ養ってくれた恩を返せるのなら安いものだ。

 

 

 

 

義家族に見送られた後、私は家に背を向けて歩きながら数少ない私服のパーカーのポケットに突っ込んでいるぐしゃぐしゃになった入学証を見る。

この入学証は希望之園学園にスカウトされた証明書で、これがないと希望之園学園に新入生は入ることもできない。

私は目を細めてその紙を見る。 そこには私の才能と名前、スカウトされたということが記されていた。

 

 

 

 

『貴方を【超高校級のーーーー』として…………』と書いてあった。

 

 

 

やっぱり……改めて…見ても……納得できない。

こんな才能で……私は…………希望之園学園に……スカウトなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そこまでが私の覚えている記憶だった。

 

 

この時、私は知らなかった。 

これが私の運命を大きく動かす出来事の始まりだったという事を……




今回はここまでです。
かなりの低クオリティで申し訳ありません……

キャラクターの心情や展開が上手く描写されているか、感想欄やメッセージで評価をもらえたら嬉しいです。


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(非)日常編① 出会った希望の生徒たち

遅くなりました。2話目です。
友人との合作なのですが、中々構想が固まらなくて…


……ああそうだ。

 

君はもうすぐ生まれ変わるんだよ……。

 

何を言っている。君自身も望んでいたことじゃないか。

これで君はもう蔑まれない。ようやく君は君として認められるんだ。

 

……心配はない。間違いなく成功する。そのためにこれまでたくさんの人間を犠牲にしたんだからな。

 

安心しろ。かつてのような失敗はしない。あれは、もう昔のことだ。あの時は誰もが『超高校級の希望』について無知だったから起こったのだ。

 

あの時のような事はもう起こらない。我々もかつての災厄から何も学ばなかったわけではないのだからな。

 

石は磨いてもダイヤモンドにはならないだろう。それと同じだ。あの時は石を無理やり光り輝かせようとしたのだから不具合が起きて予期せぬ怪物が産まれたのだ。

 

だからこそ、あの時と違ってそれに相応しい『器』を持った者を探してこの学園に呼んだのだからな。

 

……? おお、そうだ。君は特別なのだ。君は他の奴とは違う。君はクラスの連中なんて目じゃないくらいの特別な才能を持っているのだ。

 

いや、これは才能なのかな……。

 

……ん? 謙遜するな。それに君には誰もが期待している。入学してから今まで君にはたくさんの人が助けられたからな。この間も君のおかげで私の研究も進んだ、君はこの学園に……いや、この国にとってかけがえのない存在なのだ。

 

君こそ『超高校級の希望』に相応しいんだよ。君は他の有象無象とは違う、この世界の希望になれる存在なんだ………。

 

……おっと、つい喋りすぎてしまった。いやぁ、君は話をするのが上手いからな。君と話してると時が経つのを忘れてしまう。

 

さあ、おしゃべりは終わりだ。そろそろ取り掛かろう。こっちへ来なさい。もう既に準備は出来ている。

 

それにしても光栄だよ。かつて……といっても、もう50年以上の昔のことだが、誰もが望んでいた『超高校級の希望』の誕生の瞬間に立ち会えるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

………何? その前にやりたい事がある?

 

それなら早く済ませてこい、時間がないぞ。

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

……っ?

 

お前…な、何の真似だ!

 

こ、こんな事してどうなるか分かってるのか! お、お前は……っぐ……!

 

ま…待て…! 冷静に……冷静に…話し合おう! お前は何が不満なんだ………? お前の要求は何でも飲むぞ…!

 

……え? それは……。

 

……何…何だって…⁉︎

 

……まさか…お前は……まさか…まさか……!

 

……そ……そんな……あれは……!

 

ひっ…助けてくれ…助けて…くれ…

 

タス…ケ……

 

タ……ス………

 

……ケ……

 

 

「………」

 

 

「……………」

 

 

「…………………………」

 

 

「……………………………………………」

 

 

 

………これは、過ちだったのか………?

 

 

 

「◾️◾️◾️◾️」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ーー冷たいーー

 

「…………っ!?」

 

目覚めはあまり良くないものものだった。何だか懐かしい夢を見ていた気がする……

ゆっくりと顔を上げた私は、まず目の前の光景に違和感を覚えた。目の前が真っ白だったからだ。

顔を上げるとそれは真っ白な机だった。どうやら白い机に頬を乗せて、私は眠っていたらしい。

 

冷たい感触の正体はこれだったのか、固い机の上に顔を乗せていたからか何だか顔と身体の節々が痛い…

 

「……ったあ……。ここ、どこだ…?」

 

頭にもやがかかったようにボンヤリする。身体を動かそうにも身体が重い。

私は右手でまだ寝ぼけた目をこすりながら、状況を把握するためにゆっくりとあたりを見渡す。

 

 

「………んん?」

 

私は思わず惚けた声を口から出す。今まで暮らしていた場所とはまるで違う空間が、そこには広がっていた。

 

ちょうどさっきまで私が眠っていた引き出しのある机に小さな棚。棚の上には小さなメモ帳が置いてあった。そして、他には寝心地の良さそうなシワひとつないシングルベッドに鏡、クローゼット、部屋の隅にはゴミ箱。白い壁に包まれたこの空間は生活に必要な最低限のものしかない殺風景な部屋だった。

 

窓にはよく見ると黒い鉄板のようなものが打ち付けられている。見るからに丈夫そうで簡単には外れなさそうだ。鉄板が打ち付けられていて外が見えないから窓と呼んで良いのか微妙だけど位置的に窓なのだろう。

ダメ元で外せないかと試しに鉄板を手前に引いたり押したりしたら手が痛くなった。

 

ベッドと机の向こうには、この部屋の入り口と思われる黒いドアがあった。クローゼットの近くにあるのは、多分シャワールームの扉だろう。

極めつけに部屋の天井の隅には監視カメラのようなものまで取り付けられている。まるで誰かに常に見張られているような気分だ。

 

 

ここは、どこかの宿泊施設……というか、ドラマでよく見る収容施設のような場所に見えた。

 

 

 

 

 

私が今いる場所を説明するとしたら、こんな感じだ。

とにかく部屋の雰囲気も、間取りも、調度品も、私を精神を安定させられる要素は何ひとつなかった。

私自身がこんな所に来る理由は全くない。ここが何かの収容施設なら尚更のことだ。私はこんな収容施設にお世話になるような病気になんてかかった記憶はないし、収容施設に押し込められる犯罪を犯した覚えもない。

 

……となると、もしかして誘拐でもされたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「……えーと……」

 

……駄目だ。このままではよくない方向ばかりに想像が働いてしまう。悪い方向にばかり考えるのは私の悪い癖だ。

 

そもそも誘拐されたのかどうなのかも分からない。それを確かめるためにもここがどこなのかもっと調べる必要があるかもね。

周囲の状況を把握するために椅子から立ち上がり、なんとなくベッドの方に歩いてみる。すると、ベッドの上に無造作に鍵が置かれているのが目に入った。

 

 

「……なに、これ?」

 

鍵の下に白い長方形のプレートが付いていて、そこにはパソコンで打ったようなゴシック文字で『希絶紗羅』と書かれていた。

 

 

「……希絶……紗羅……? ああ…私の名前だ」

 

 

プレートに書かれていた自分の名前を見た時、私はそこで自分の名前を思い出したような錯覚を覚えた。

 

それと同時にボンヤリとしていた頭の霧が晴れ、自分の家族のこと、通っていた高校のこと、幼少期に施設で過ごしていた時のことなどが、ありありと記憶の中に蘇ってきた。

 

「……なに…今の……」

 

 

目が覚めたら訳の分からない場所にいて記憶が混乱していたのだろうか。

まるで、プレートを見るまで自分の名前や自分の素性を全て忘れていたような気がする。

何だかまるで私が私でないみたいだ。自分の名前や過去のことを忘れるなんて普通に考えたらあり得ないのに。

それに、どうしてこんな所にいるのかも分からない。記憶の中を模索して思い出そうとしても、その時の記憶だけすっぽり抜け落ちたように思い出せないのだ。

分からないことがある。思い出せない記憶がある。 

 

この二つの事実が、余計に私の心に不安を募らせる。

 

「………………」

 

不安になって部屋に置いてある鏡の前に立つ。そこには記憶の中のままの『私』が立っていた。

 

セミロングの黒髪に中性的な小さめの顔、少し釣り上がったダークブルーの瞳と小さめの鼻と口。ボーダーのシャツに黒のズボンを履いて薄緑色の変わった模様のパーカー。今時の女子高生のような化粧もしておらず、アクセサリーやピアスもつけていない。唯一自分の特徴は頭頂部からピョコンと生えているアホ毛くらいだろう。

 

顔も服装も変わってない自分の容姿を再確認して、思わずホッとする。

 

少し陰のある不安気な表情だったが、鏡に写っていたのは紛れもない自分の姿だった。

 

先程の自分が自分でないような気持ちの悪さが払拭された気分だ。もしかしたら自分は別の人間になったのかもしれないと心の何処かでは思っていた。

しかし、その不安がクリアされたことで幾分か緊張もほぐれ、少しばかり心に余裕もできた。

 

 

 

 

 

……さて、安心したところで再び先程の違和感とここが何処なのかを考える。

しかし、考えても考えても答えは出ないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

駄目だ、考えるには情報が少なすぎる。そもそもまだここが何処なのかすらもわかってないし。

記憶の事はとりあえず置いておこう。ただの記憶の混乱の可能性もあるし。

まずはここが何処なのかを知ることが優先だ。

この鍵はとりあえずポケットに入れておこう、私の名前が書いてある事からこの鍵は私のものに間違いないだろうし。

私が持っていた携帯や荷物もこの部屋にはない。そうなると誘拐犯が没収したのだろうね、これでは助けも呼べない。

 

この部屋に他に何か手がかりになるものがないか探そう。

 

机の引き出しの中をそういえば見ていなかったな。もしかしたらそこに何か場所を示す手がかりがあるかもしれない。

そう思い1番上の引き出しを勢いよく開けると中には小さな茶封筒が一つ入っていた。続けて上から2段目、3段目、4段目と開けて見るが、他の引き出しは全て空で、机の引き出しから見つけられた手がかりはその茶封筒だけだった。

少しがっかりしたが何も入ってないよりかはマシだろう。

 

私は手がかりが何かあることを祈って封筒を開ける。

そこには綺麗に折り畳まれた1枚の紙が入っていた。紙を開くと【希望之園学園第30期生入学許可証】と印字されていた。

 

 

「希望之園……学園……」

 

 

そう呟いた瞬間、さっきと同じように頭の中の霧がかかっていた部分が晴れたように記憶が蘇ってきた。

そうだ。私は希望之園学園にスカウトされて、学園に行く途中だったんだ。

それで確かスカウトされた才能は……

 

私は封筒の続きを読む。

そこには【希絶紗羅様。貴女を超高校級の器用貧乏として我が校へ招き入れる事になりました】と書いてあった。

 

【超高校級の器用貧乏】……それが、私の才能……?

 

 

 

 

 

 

 

 

【希絶紗羅(まれせつさら) 超高校級の器用貧乏】

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

器用貧乏って、確か一つのことを極められずに何をやっても中途半端にしかできない人のことだよね…これって才能と言えるの? 

確かに私は部活やボランティア活動で学区外からの要請が来るほどの活躍はした。勉強もできなくはない。でも、超高校級と呼べるほどの活躍はしていない。

 

私からしてみれば『超高校級』なんて雲の上の存在すぎて、ニュースなどのメディアからの情報しかないけど、確か今年度は【学会に発表できるほどの研究を独自でやってのけた天才。超高校級の物理学者】とか【トラやライオンを自在に操り、世界中のサーカスで大活躍している大スター。超高校級の猛獣使い】とか【陸上競技の100メートル走の日本人記録を高校生で塗り替えた、100メートルを9秒台で走るスプリンター。超高校級の陸上選手】などが入学するらしいとメディアが報道していた。

 

彼らは生まれながらに持つ人より突出した才能によりスカウトされた。これだけは誰にも劣らないと呼べるほど一つの分野に秀でているのだから。

 

それに比べて私は【器用貧乏】という才能かどうかすらも怪しい才能にスカウトされた。しかも何事も中途半端にしかできないということを指している。

まあ、事実だから何も言えないのだが、本来超高校級というものは一つの分野に変わりがいないほど秀でている人間たちのことを指すのではないだろうか。

私のような中途半端の穀潰しがいて何になるのだろう。

 

まあ、スカウトされたのなら学園に何かの利益があるのだろうね。私にはその理由が何なのか分からないけど……

 

 

 

 

 

 

 

さて、私は希望之園学園にスカウトされていたという事を思い出したけど、状況は何一つ陽転していない。

ここがどこなのか分からないし、何でここにいるのかも分からない。色々考えたけど、結局何も分かっていないのと同じだ。

 

この部屋には見た感じこれ以上手がかりになるものはないようだ。

 

それなら、いっそあのドアから外に出て探索の範囲を広げるか…いやいや、もしこれが誘拐だったらドアの前で犯人と鉢合わせて殺されるっていうこともありえる。

それならこの部屋にいた方が安全かもしれない。でも、このままここにいても何もわからない…

 

 

 

 

 

 

 

ドンドンドン! ドンドンドンドンドンドン!

 

 

 

 

 

 

 

「…っ⁉︎」

 

 

外に出るべきか出ないべきか、私が脳内で迷っているとそれを打ち消すように部屋のドアを強く叩かれた。

 

驚きのあまり思わず身体がビクンと跳ね上がる。室内の様子を把握して少し落ち着いた心情はあっという間に不安定になった。少しばかり落ち着いた心臓もドクドクと耳にはっきり聞こえるくらい煩い音を出して動いている。

 

もしかして誘拐犯が様子を見るためにやってきたのだろうか…いや、誘拐犯なら鍵を開けてさっさと部屋に入ってくれば良いはずだ。おそらくこんな乱暴に叩くということはドアの外にいる人間は、中にいる私にドアを開けろと訴えているのだろう。

 

でも、ドアをこんな乱暴に叩かれてドアを開けるほど私は勇敢にはなれなかった。ていうか、こんな風に叩かれて素直に開けるような人はいるのだろうか。

とりあえずドアは開けずに居留守を決め込もう。

そうすれば外の人も中には誰いないと思ってくれるかも……

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

 

 

「あー! 何だいるじゃん! 何で出てこないの〜? ドアをノックしたでしょう〜?」

 

「アンタが考えなしにあんなに激しくドアを叩くからでしょ…普通にノックするだけで良かったのに」

 

 

 

 

 

 

 

……なんて事にはならなかった。

 

気配を殺してやり過ごそうと思っていた矢先にドアが開いて外のドアを叩いていた人が中に入ってきたのだ。

いやそれよりも部屋の鍵はかかってなかったのかよ。部屋の中に鍵があったんだからてっきりかかってると思っていたのに。

 

 

 

 

 

 

「まだ他にも人がいたんだね! これで、17人か…結構たくさんいたんだね〜! これで物語の登場人物が揃った感じかな〜! きゃー!」

 

「そうみたいだね。これで回った部屋は全部だし、もうこれ以上の人はいないと思うけど。ていうか、アンタは少し落ち着きなさい。さっきからうるさい」

 

 

 

 

 

部屋に入ってきたのは2人の女性だった。やたらとテンションの高い派手な格好の女性と高校生らしい制服を着た真面目そうな女性の2人だ。

 

1人は濃い青い髪のショートヘアーに水色のヘアピンをつけており、白を基調とした制服に黒のスカートを着用している女子だ。目は釣り気味で瞳は水色、呆れ顔で隣のテンションの高い女子を諫めている姿は真面目な印象を漂わせる。

 

もう1人のテンションの高い方は一言で言うと派手。柔らかそうな髪質の長い金髪を後ろで二つ結びにし、頭には赤のファンシーな帽子、着ている服もアニメのキャラクターが着ているような服で、胸の真ん中に紫色のリボン。顔は垂れ目がちの目に緑色の瞳、色白の肌が服装と合わさってより派手さを際立っている。

 

さっきからテンション高く話している姿は陽気な印象を与える。おそらくドアをドンドン叩いていたのはこの派手な格好の女性だろう。

 

 

 

「…あ、あの…貴方たちは?」

 

 

 

この2人についてはまだまだ思うところが多いが、とりあえず素性を聞いてみる。誘拐犯かもしれないけど、このまま何も聞かないよりはマシだ。

まあ、容姿や口調から誘拐犯ではなさそうだし、もしかしたら私と同じく拉致された被害者なのかもしれない。

もしかしたらこの場所について何か知ってるかもしれない。今は情報が少しでも多い方が良いため2人に問いかける。

 

 

 

 

「……え? ああ、私はね。今日入学予定の希望之園学園の生徒よ」

 

「そうだよ〜! あ、ちなみにアタシもだからね〜」

 

 

 

真面目そうな女子が自分は『希望之園学園』の生徒だと言う。となりの派手な女子も手をあげてそれに同調した。

2人とも希望之園学園の入学生……もしかして、この人たちは私と同じ境遇なのだろうか。

 

 

 

「希望之園学園の入学生……と言うことは、貴女たちは」

 

「んー? 何か聞きたい事があるの〜? お近づきの印に何でも答えてあげるよ〜?」

 

「アンタは黙ってて。そうよ。私は希望之園学園の30期生としてスカウトを受けたんだけど、学園の門を通ったら突然目の前がぼやーと歪んで意識を失ったのよ。そして気がついたらここにいたの。アンタもここにいるって事は希望之園学園のスカウトを受けた人でしょう?」

 

「………え?」

 

 

真面目女子が私が聞きたかった事を全て答えてくれた。確かに私も学園に向かう途中で意識を失って気がついたらここにいたし。

そうなると、やっぱり同じ境遇なのか……いや、ここまで境遇が一致していると逆に怪しいような気もしてくる。 被害者が実は誘拐犯っていうのはよくある事だし。

 

そもそも希望之園学園に私がスカウトされたと知ってるのも何か気になる。どうして私がスカウトされたとこの人は分かったのだろうか。

 

 

 

「あー…何だか疑ってるっぽいけど大丈夫よ。私は誘拐犯なんかじゃないから。隣にいるコイツも多分違うと思うし」

 

「そうだよ〜、アタシも同じだよ〜。エナちゃんが全部言ってくれたけど、スカウトされて学校に行ったら景色がグニャーって歪んで、いつのまにかここにいて、エナちゃんに起こされるまでオネンネしていたんだよ〜」

 

 

 

不信感を含めた表情が顔に出ていたのだろうか、派手女子から『エナちゃん』と呼ばれた真面目女子は苦笑しながら両手を前に出して自分と隣にいる派手女子は誘拐犯ではないと弁明する。 隣にいる派手女子も顔の前に両手を出したり、両手を首の横に当てて寝るジェスチャーをしながら真面目女子を擁護した。

 

でも、そう言われても初対面の人の言葉を『はい、そうですか』と素直に信じられるほど私は人格者じゃない。

 

ここはもう少し探りを入れてみるか。

 

 

 

「……あの、少し良いですか?」

 

「ええ…何かしら?」

 

「どうしたの〜?」

 

「貴女方は、先程私に『アンタも希望之園学園にスカウトされたんでしょう?』と聞いていましたが、貴女たちはどうしてそれがわかったのでしょうか? 私はまだ貴女たちに素性を話していないのですが……」

 

 

 

気になっていた疑問をぶつける。そうだ。この人たちは何故か私が学園にスカウトされたことを知っていた。 

この2人が誘拐犯でないというのならどうして知っていたのだろう。

 

 

 

「それは……あー…実はね。私たち以外にもここには何人か人がいるのよ。ちなみにアンタを入れて17人ね」

 

「他にもいる……?」

 

「そうだよ〜。アタシたちね〜、君と会うちょっと前に君を除いた16人で集まったんだ〜。そこでみんなと初めましての意味を込めて自己紹介をチョコーっとしてね〜。そしたらなんとなんと、ここにいるアタシを含めた全員が今年度の希望之園学園にスカウトされた高校生だったんだよ〜。だから、君もスカウトされた高校生だと思ったんだけど違うの〜?」

 

「はぁ…」

 

「因みに目覚めたのはアンタが最後よ。他のみんなはそれぞれの場所で目覚めて既にこの施設を探索してるわ。私たちも探索をしていたんだけど、その時に貴女を見つけたのよ」

 

 

 

なるほどね。今の話を纏めると、この謎の施設には私と目の前の真面目女子と派手女子の他に14人の高校生がいて、全員希望之園学園にスカウトされた高校生である。だからこそ、この2人も私を希望之園学園にスカウトされた高校生だと思った。

 

そして、私以外の全員は私より先に目を覚まして既にこの施設を探索している。

 

大体こんなところか。

 

 

 

 

「なるほど…ありがとうございます。お陰で助かりました。あの…失礼でなければお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

「……え? ああ、名前ね。私の名前は『科珠恵那子(とぎだまえなこ)』よ。一応才能は超高校級の幸運よ」

 

 

 

 

 

【科珠恵那子(とぎだま えなこ) 超高校級の幸運】

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

私が名前を聞くと、真面目女子が自分の名前を答える。

超高校級の幸運。それは希望之園学園の前身である希望ヶ峰学園でも取り入れられていた制度だ。確か…毎年希望之園学園に全国の平均的な高校生の中から抽選で1人を選ぶという制度らしい、もちろん例外はあるらしいが…。

 

 

 

「科珠恵那子さんですね。貴女が今年度の幸運だったんですか。お会いできて嬉しいです」

 

 

 

私は笑顔を顔に貼りつけて、科珠さんに友好的に話し返す。

とりあえずこの人たちは誘拐犯の可能性は低そうだ。説明は理論整然としていたし、実際に誘拐犯なら私の部屋に入ってきた時点で私を拘束、もしくは殺害するはずだしね。

わざわざこんな風に希望之園学園の話をする必要はないし、名前を教える必要もない。

 

だったらとりあえず友好的な態度を取ろう。誘拐されているという事実は変わらないし、同じ誘拐事件に巻き込まれた被害者同士なら敵対するより協力し合う方が賢明だ。

 

 

 

 

「う…うん…私が幸運としてスカウトされたけど…。アンタ、私のこと知ってるの? 他のやつならともかく、私は目覚ましい活躍はしてないんだけど…」

 

 

 

科珠さんは友好的に返答した私に片眉をあげて言い返す。 恐らく自分の才能に興味を持った事に疑問を感じたのだろう。

そもそも【幸運】とは、他の希望之園学園の生徒たちみたいに何か突出した才能があるわけではない。 そのため、私がこの学園にスカウトされたときに義妹が見ていた希望之園学園のスレッドにも幸運の情報はほとんど載っていなかった。

 

私も事前の準備のためにスレッドを少しだけ見たけど、幸運の才能はあまり目立たない箇所に記載されていた。 まあ、それは他の生徒たちのインパクトが強すぎたからなんだろうけど。

 

 

 

「ええ、希望之園学園のスレッドを少し見まして。 そこに貴女の名前が書いてあったんですよ」

 

「ああ…そういうことね…。まあ、他の奴と比べると地味な才能だと思うけど、私は自分の才能もれっきとした才能と思ってるわよ」

 

「……というと?」

 

「私ね。勉強とか運動は平凡だったけど、昔から運には自信があったのよ。商店街のくじ引きでは1等か特等以外は当たったことがないし、双六やボードゲームでも負けたことがないわ。だから私自身もこの才能でスカウトされたのは偶然なんかじゃなくて、必然なんだと思ってるの」

 

 

「そうなんですか」

 

 

 

どうやら科珠さんは自分の幸運の才能にかなりの自信を持っているようだ。

科珠さんの言葉通り彼女は常人よりは運が良いのだろう。少なくとも私よりは。

もしかしたら本当に科珠さんは抽選ではなく本当に幸運の才能を学園に買われてスカウトされたのかもしれない。もっとも幸運の才能の判断基準がなんなのかは私には分からないけど。

 

 

 

「それにしても全国の300万を超える高校生から1人を抽選で選ばれたのだから凄いですよね! 貴女はきっと幸運の星のもとに生まれた人間なのでしょう。 貴女に出会えたことが私にとっての幸運なのかもしれませんね!」

 

「…え、ほ、褒めても何も出ないわよ!」

 

 

 

 

私は初対面の人との会話を円滑に進めるコツは、とにかく自分を下げて相手を上げて会話するということだと思っている。もちろん敵意がないことを示すために笑顔を浮かべることも忘れずに。

実際に私は今までこの方法で義父母を始めとした大人たちや、クラスメイトたちとの交流を成り立たせてきた。私が部活やボランティアなどから、助っ人をよく頼まれた理由はこの会話方法のせいでもあるし。

 

それに、会話というものは何よりも第一印象が大切だ。高圧的な人間はそれだけで周囲から距離を置かれる。第一印象が悪ければ、今後その人たちに協力を呼びかけるのは絶望的だ。

希望之園学園の生徒たちのように1人で何でもできる天才ならそれで良いかもしれないが、私のような臆病な凡人には味方は1人でも多い方が良いのだ。

 

実際、私のおべっかに科珠さんは気を良くしたのか、怒ったような態度を取りながらも、少し顔を赤らめて口元をニヤけさせてるし。

もしかして真面目そうに見えて案外単純な性格なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、アタシも自己紹介しても良いかな〜?」

 

科珠さんとの自己紹介が終わると、科珠さんの隣の派手女子が声を上げた。

 

「アタシはね〜。あなたにスマイルをプレゼント! みんなにハッピーをデリバリー! みんなを幸せにする希望の魔法使い、『夢原綺羅(ゆめはらきら)』だよ〜!」

 

 

 

 

 

【夢原綺羅(ゆめはら きら) 超高校級の奇術師】

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

記憶に残りそうな自己紹介と同時にパンと彼女の袖の下からクラッカーのような音が鳴り響き周囲に紙吹雪が舞う。 どうやら自己紹介に合わせて服の下に仕込んであったクラッカーを慣らしたようだ。

 

それだけではなくクラッカーの音と同時にどこから出したのか赤い薔薇を口に咥えている。 

 

 

「……………」

 

「……あっれ〜、反応が薄いなぁ…。他の人はもっと反応してくれたのになぁ…。無反応は流石に傷つくよ〜…?」

 

 

派手女子こと夢原さんは自分のオリジナリティ満載の自己紹介に全く反応をしない私に不満そうな表情をする。 『他の人は』ということは科珠さんがさっき言っていたここにいる私たち以外の人たちにも同じような自己紹介をしたということだろう。

その人たちの適応力凄いなぁ……。普通はこんなクセの強い自己紹介を初対面でいきなりされたら誰だって呆然とすると思うけど。

 

しかし、ここで第一印象を悪くさせるわけにはいかない。

さっき科珠さんにしたように笑顔を顔に張り付けて夢原さんへの好意的な言葉を頭の中で模索する。

 

 

「あぁ…ごめんなさい。 とても素敵な自己紹介だったもので、感動のあまり咄嗟に反応が出来なくて…」

 

「およろ〜? そうだったの〜? それはごめんね〜」

 

 

私の返答に夢原さんは両頬に手を当てて首を傾げて変な言葉遣いをしながら納得の意を返す。

危ない危ない。第一印象は少しでも良くしないと…これからの付き合いが難しくなるからね。

 

 

 

 

「夢原さんは登場にも人々を喜ばせるための抜かりがありませんね。流石は超高校級の奇術師です」

 

「おや〜? アタシの事を知ってるのかな〜?」

 

「勿論ですよ。貴女のマジックは私も大好きなんです! 特にお気に入りなのは『ワールドマジックフェスティバル』で披露した【Moving doll】です!」

 

「………! お〜! あのマジックを知ってるんだね〜。あれば私が初めて取得したマジックなんだよ〜」

 

 

 

 

さっきの自己紹介の時の会話で少し悪くなった第一印象を少しでも回復するために、私は働きの鈍い頭を回転させて夢原さん主体の会話を展開する。

 

初対面の人との会話を盛り上げるためにはとにかく相手のことをよく知っているという事をアピールするのが効果的。そして、その会話では相手が誇りに思っているエピソードやステータスの事をよく話すことがポイントだ。

人間は自分の味方、つまり自分のファンや支持者を蔑ろにはしない。自分が誇りに思っているところを支持してくれる人は、自分の味方なんだと人間の本能が感じ取ってくれるから。

 

そのため、私は彼女に自分の味方だと認識させるために彼女を喜ばさるための会話を展開する。もちろんちろっと嘘を混ぜながらね。

 

 

 

 

「夢原さんのマジックには人を元気にする才能がありますよ…私には妹がいるんですが、よく2人で夢原さんのマジックを見ていますから。ですので、ここで貴女と会えるなんて夢のようです!」

 

「おぉ〜それは嬉しいね〜。まさかこんなところで私のファンに会えるなんて〜」

 

 

 

 

 

これは本当だ。義妹と一緒に見たというのは嘘だが、夢原さんのマジックは私も見たことがある。

 

もちろん生で見たことはないが、女子高生マジシャンというのはそれだけでブランド力があり、話題になるのでテレビなどのメディアによく彼女はよく出演しているのだ。

 

彼女のマジックに関しての手際の良さは幅広く、トランプなどを使用するカードマジック、物を浮かしたり、箱の中を透視したりするサイコマジック、客席からお客さんを呼び出して行うスタンダップマジックなど、様々な特色を持つマジックをこなすことができる。

メディアでは、マジックに関して天性の才能を持つ彼女のことを『奇跡の奇術師』と称しているほどだ。

 

 

ちなみにさっき私が言った『ワールドマジックフェスティバル』とは、何年か前にアメリカで行われた世界中のマジシャンたちが集まる公演で、彼女が有名になったきっかけだ。

その時に彼女が行ったマジックがさっき言った【Moving doll(動く人形)】だったのだ。

 

この【Moving doll】というマジックは、その名前の通り舞台の人形たちが夢原さんの指示通りに動くものであり、最初は舞台の上にある人形たちが天井からの操り糸で操られているだけなのだが、途中で夢原さんが人形たちの糸を切り、そこから人形たちが縄跳びやバク転など奇想天外の動きをするものである。

 

メディアによると、夢原さん自身もこのマジックは気に入ってるらしく、今でもよく公演でやっているらしい。 

 

 

 

 

それにしても、この人はさっきから言葉遣いや行動が常人とは遥かにかけ離れているな。 もしかしてこれはアニメやマンガのキャラクターでよくある[不思議ちゃん]というものなのだろうか。

天才は常人とは違った感性を持っているため、変人が多いとよく言うし。この人もきっとそう言う類のものなのだろうな。

 

「あ、友好の証としてこれどうぞ〜」

 

「…あ、どうも」

 

夢原さんはさっきのような笑顔に戻り、『友好の証』と称して口に咥えていた薔薇を差し出した。

 

うん。やっぱり彼女は[不思議ちゃん]だ。友好の証として薔薇を送る意味が分からないし、そもそも赤い薔薇は愛情や恋など熱烈な愛情表現を示すために送るものだ。

でもまあ、夢原さんの様子を見るに赤い薔薇の花言葉なんて意識せずに渡したんだろうけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、アンタは?」

 

「…はい?」

 

「……いや、私たちも自己紹介したんだからアンタも自己紹介しなさいよ。ずっとアンタって呼ぶわけにもいかないし」

 

 

 

2人の自己紹介が終わり、真面目女子こと科珠さんが私にも自己紹介を求めてくる。

正直、自分の才能と呼んで良いのか分からない才能を話すのは何か気が引けるが、このまま黙っているわけにはいかない。

 

「………私の名前は希絶紗羅です。才能……と呼んで良いのか分からないですが、【超高校級の器用貧乏】としてスカウトされました、

 

 

 

「は? 【超高校級の器用貧乏】? それがアンタの才能ってわけ? どんな才能なのよそれ」

 

「うーん…どんな才能なのかな〜。アタシにはさっぱりだよ〜」

 

 

 

私の自己紹介に科珠さんと夢原さんは2人とも首を傾げる。そりゃあそうだ。私自身も自分のこの才能がどういうものなのか理解できてないのだから。

 

「器用貧乏……。器用貧乏って言うと基本的に何でもできるってイメージがあるけど…」

 

「え〜そうなの〜? それなら凄いミラクルな才能を持ってるんだね〜! さーちゃん!」

 

科珠さんが私の才能に好意的な解釈をすると夢原さんが口に手を当てて驚いたようなジェスチャーをしながら反応する。

夢原さんの言った『さーちゃん』というのはもしかして私の渾名なのだろうか。そんな呼び名をつけられた事は初めてだが不思議と嫌な感じはしない。

 

名前で呼ばないのかと思うが不思議ちゃんの彼女のことだ。さっきも科珠さんの事を『エナちゃん』と呼んでいたし、これが彼女なりの付き合い方なのかもしれない。

 

 

「いやいやそんな素晴らしい才能じゃないですよ。器用貧乏って言うのは[何もかも中途半端にしかできないこと]を指しますし。要するに皆さんと違って私は何の特技も才能もない一般人です。いわば『超高校級の凡人』、もしくは『超高校級の無能』が私の才能ですかね」

 

 

……何だか自分で言ってて悲しくなってくるが、実際に事実だ。

希望之園学園の超高校級の人たちと比べれば、私なんてとても小さな存在。彼らがダイヤモンドならば、私は道端の石ころのようなものだろう。

超高校級の人たちとは違い何もかも中途半端ににしかできない『不完全』な存在。それが私なのだから。

 

 

「…む…無能って…何もそこまで卑下することないんじゃないの…? 希望之園学園にスカウトされたのなら貴女にも何か凄い才能を秘めているって事だろうし……」

 

「そうだよ〜。さーちゃん、そんな悲しいことばかり言ってるとハッピーが逃げちゃうよ〜? もしかしてアタシのハッピーのプレゼントは届かなかったのかな〜…。それにこれから友達になるんだからそんな事を言われたら悲しいよー…?」

 

 

私の発言に科珠さんは顔を引き攣らせ、夢原さんは哀しげに反応する。

 

……しまった。私の悪い癖が出てしまった。

確かに今の発言は普通の会話からしてみれば、ネガティブすぎたかもしれない。

これは不味い…そんなつもりで言ったんじゃないのに、完全に空気を悪くしてしまった。

 

私の後ろ向きな性格がこんな形で出てくるなんて…やっぱり私は本当にダメな人間だ。さっきまでの会話で好印象を獲得したのに今回のこれでゼロどころかマイナスにしてしまった。

とにかくこのままでは不味いな、何とか挽回しよう。

 

 

「ありがとうございます。そう言ってくれて嬉しいです。会ったばかりなのに他人を思いやれるなんて2人とも優しいんですね。2人のおかげで少しだけ元気が出ました。一流の学園に私みたいな凡人が入学できるなんて普通ならあり得ませんし、こんな状況だから少しネガティブになってて…」

 

 

今の失敗を挽回するために、なるべく私に思いつくプラス思考の単語と相手への感謝の意を込めた言葉を口から捻り出す。

他の人ならもっと良い言葉を思いつくのだろうが、凡人の私にはこれが精一杯だ。

 

 

「う……別に会ったばかりのアンタのためじゃないけど…。まあ、こんな状況だから仕方ないわよね。才能なんか関係ないわ、これから仲良くしましょう」

 

「そうだよ〜。仲良くするために才能なんて関係ないよ〜。よろしくね〜。さーちゃん〜」

 

 

 

どうやら最低限の挽回は出来たらしい。何とかさっきまでの悪い空気は消し去ることが出来たみたいだ。

それにしても科珠さんも夢原さんも、こんな非常時に会ったばかり人に気遣いができるなんて随分とお人好しなんだな。もし、私が誘拐犯の仲間だったら大変な目に遭っていただろうに。

 

 

「……さて、互いに自己紹介は済んだし。ここはもうこれ以上は調査する必要はないわ。それよりも新しく人が見つかったんだから他の人に報告に行きましょう。希絶の自己紹介も兼ねてね」

 

 

そう思っていると科珠さんからそんな提案を受けた。

そうだった。この施設には、ここにいる私たち以外にも人がいるんだったな。

 

 

 

「そうしましょう……」

 

 

 

怪しい点は多々あるが、このままここにいても何もわからない。

ここがどこなのか、この施設がなんなのか。それは少なくとも自分の目で調べてみなくては分からないままだ。

 

まあ、調べたとしても私みたいな凡人に何か分かるとは思えないが、とりあえず他の超高校級の生徒たちに挨拶はしておいた方が良いだろう。

それに他の人たちが既に脱出の手がかりを見つけてるかもしれない。さっきの科珠さんたちとの会話からここには超高校級の生徒たちが後14人いるのだ。生まれた時から勝ち組の彼らなら私には分からない事も分かるはずだし。

 

 

「あ、これが地図よ。私が目覚めた教室にあったの。今いるのがこの宿泊棟と呼ばれてる場所なの。私たちがいるのはここね」

 

 

他の人たちへ報告に行くと決まったところで、科珠さんがポケットから私に一枚の紙を差し出した。

 

どうやらこれはこの施設の地図らしい。地図があるということは、ここは利用者がいることを想定した施設と考えるのが普通だが、普通はそんな場所を誘拐犯が監禁場所に選ぶとも思えない。

だったらこの施設は何なのだろうか。まさか希望之園学園の施設なのか。でも、それならわざわざ私たちをこんな所に放り出す理由が分からないし。

それに、私も希望之園学園に入学するにあたって学園のことを色々調べてみたけど、こんな施設は学園のホームページやスレッドには載ってなかった気がする。

 

でもまあ、闇雲に歩き回るよりは地図があった方が遥かに良い。

とにかく地図を見て現在地と施設の構造を把握しよう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

地図の上部には宿泊棟1Fと書かれている。こうやって明記するって事はこの建物は寝泊まりをする建物という事だろう。

加えて私たちが今いる場所は【マレセツ】とカタカナで明記された部屋の前だ。恐らくこの部屋は私のために用意された部屋で、ここで寝泊まりをしろということなのだろう。

 

さて、この宿泊棟の地図を見ると、私の右隣は科珠さんの部屋。その隣が夢原さんの部屋になっている。私の左隣は【アイ】という人の部屋らしい。

他には食堂、厨房、男女トイレ、ランドリー、トラッシュルームなどと言った部屋があり、さらに人の名前らしき文字が書かれている部屋もある。恐らくこれは個室だろう。

 

……まあ、こんなところか。一応この建物の1Fの構造は大体把握できた。

 

 

「ありがとうございます。科珠さん」

 

「ええ、気にしなくて良いわ。」

 

 

私は科珠さんにお礼を言って地図を返した。あの地図から得られる手がかりはもうないだろう。どうやら後は自分の足で調べるしかないみたいだ。

 

「それよりも早く調査にいきましょう。のんびりしてるとまたアイツ嫌味を言われるわ…」

 

「アイツ……とは?」

 

「ああ、アンタより先に目覚めた私たちにここを調査するように進言した奴がいるのよ。そいつったら口を開けば嫌味ばかりでほんっとうに腹の立つ奴なんだから!」

 

「へぇ……」

 

地図で構造と位置を把握して漸く移動しようとした時に科珠さんがボヤいた。

どうやら私が目覚める前に何が一悶着あったようだ。

 

「エナちゃんのいう人ってマナ君の事でしょ〜?」

 

その時、ずっと科珠さんの横でニコニコ笑っていて会話を聞いていた夢原さんが会話に割り込んだ。

どうやら科珠さんの腹の虫を沸き立たせているのはその【マナ君】という人らしい。不思議ちゃんの彼女らしいあだ名だが、私はその人が誰だか全く分からない。

 

「マナ君ね〜。すんごい頭が良い男の子なんだけど〜。アタシたちとは気が合わないみたいなんだ〜。そんで〜、エナちゃんはマナくんに突っかかって言ったけど、『口を開くなゴミめ。お前のような奴が呼吸するだけで俺の吸う酸素が減るのだ。少しでも口を閉じて酸素を節約しろ。二酸化炭素排出機め』って言われて言い負かされてずっと激おこプンプン丸になってるんだよ〜」

 

「ちょっと、夢原!」

 

なるほどね。つまりそのマナ君という人は自分の優秀さを鼻にかけて自分より劣る人間を蔑む典型的な選民思想を持つ人か。少年漫画に1人はいるタイプの人だね。

まあ、超高校級と呼ばれるだけあって実力は確かなんだろうから誰も何も言わないんだろうけど、敵は多いタイプの人だろうね。まあ、会ったことないけど。

 

「それでね〜。エナちゃんは『絶対手がかりを何か見つけてアイツの鼻を明かしてやる!』って意気込んでたんだよ〜」

 

「夢原、ちょっと黙んなさい!」

 

ペラペラとマイペースに科珠さんと【マナくん】の間の確執のエピソードを話す夢原さん。

彼女からしてみれば悪意はないんだろうけど、夢原さんの顔色と反比例するように科珠さんの顔色はどんどん赤くなっていった。

 

「それでね〜」

 

「…だ…まってなさい!」

 

 

ゴン!

 

そこまで言ったところで、科珠さんが夢原さんの頭を拳で叩いた。

それはもう『ゴン!』という擬音が聞こえそうなほど強く。

余程痛かったのだろう。夢原さんは『痛いよ〜』と涙目になって叩かれた頭を両手で摩っている。

 

「はぁ…全くもう…何で超高校級の人たちってこんなにもデリカシーがないのよ……」

 

「どんな人たちなんですか?」

 

「あぁ…会えば分かるわよ……。全く…こいつを含めて超高校級の人たちはみんな変な人ばかりで会話するだけでも一苦労よ……その点、アンタはまだまともそうだから話してるのは楽ね」

 

「……そうなんですか?」

 

「ええ、そうよ。まともな人がいて良かったわ。正直会話してるとこっちまで気が滅入る奴もいるもの。さっき夢原が話していた奴はその筆頭格だけどね」

 

科珠さんの言葉には私は片眉を上げる。

それって夢原さんみたいなタイプの人が、まだたくさんいるということだろうか。彼女は私が今まで会ってきた同世代の人たちの中で1、2位を争うほどの不思議ちゃんだったが、あそこまでクセの強い人がまだいるなんてね……

これは人間関係の構築が難しそうだ。

 

 

「まあ、私のことはもう良いじゃない。実際に会ってみればよく分かるわ。それじゃあいきましょう」

 

「あ、はい」

 

科珠さんはそう言うと、私の手を掴んで他の生徒たちと合流しようと促す。私もそれに同意して科珠さんについていく。

気になる点は多々あるが、実際この目で見てみないことには何も分からない。とりあえず科珠さんについて行こう。

 

 

 

 

 

まあ、それはそうと……

 

「うぅ〜…。痛いよ〜……」

 

科珠さんに頭を叩かれて涙目で悶えている夢原さんは放っておいて良いのだろうか?

 

「あの、夢原さんは……?」

 

「ああ、アイツは良いわよ。あのままで。どうせすぐ復活するでしょうし」

 

良いんですか。科珠さん……

 

さっき自分の恥ずかしい秘密を暴露された事を相当根に持っているのか、科珠さんは夢原さんに冷たく言い放ちさっさと言ってしまった。

 

 

本来ならここで私も科珠さんについて行ってさっさと他の人と情報交換したいのだが、さっき科珠さんに殴られて蹲る夢原さんが視界に入って足を止める。

 

……うーん。ここで私も同調して科珠さんと一緒に行ったら夢原さんの好感度が下がってさっきの会話が無駄になるな。

よーし……

 

 

 

 

 

 

「夢原さん、大丈夫ですか?」

 

「……ふぇ? さーちゃん?」

 

私は痛みで悶えている夢原さんに声をかける。それもできる限り優しい声で。

夢原さんは頭を押さえながら私を見上げた。

 

「まだ頭は痛みますか? 暫くここで休んでいてください。殴られた箇所がそれでも痛むようでしたら冷たい保冷剤か何かで冷やすと良いですよ」

 

「……え……うん。ありがとう」

 

「気にしないでください」

 

よし。簡単だが、これで夢原さんの好感度は少し上がったはずだ。

どんな人間でも困っている時は精神状態が一時的とはいえ弱くなる。その時に第三者から声をかけられたり、優しくされたりしたらその人のことを自然にプラスの面で見る。そして、その人からの信用を得やすくなる。

よく詐欺師がお年寄りを騙す時に使う常套手段もこれに近いものだ。

 

私自身も今までこうやって機嫌取りをして義家族やクラスメイト、教師から信頼を得ていた。弱ってるときの人間の心の隙間ほど入りやすいものはないしね。

 

「私はこれから科珠さんと一緒に校舎内を回ってきます。夢原さんは落ち着いたら私たちに合流してください。何かあったら声かけてください。出来る限り力になります」

 

「うん。ありがとうね〜、さーちゃん。さーちゃんって優しいんだね〜」

 

どうやら夢原さんのこの様子を見る限り信頼を得ることは出来たらしい。

良かった。こんな非常事態では少しでも味方がいた方が良いからね。これで夢原さんは、とりあえずは私に悪い影響は及ばさないはずだ。

 

「それでは、私はこれで」

 

「うん。また後でね〜」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「……アンタ、意外とお人好しね。初めて会ったときは何か冷ややかそうなタイプだと思ったけど」

 

 

夢原さんと別れて科珠さんと一緒に宿泊棟を歩く私。

唐突に科珠さんが、私にそんな言葉を投げかけてくる。どうやら彼女は私に対して冷たいという印象を持っていたらしい。

そんなに冷たいと思われるような態度をとっていたのだろうか。

 

 

「私は優しくなんかないですよ。ただ夢原さんを放っておけなかっただけです」

 

「……そういうのを優しいって言うんじゃないの?」

 

 

半分本心で半分建前の言葉で言い返す。

『優しくない』の部分は本当だが、『放っておかなかった』と言うのは建前だ。本当は困っている夢原さんの心に漬け込んで信用を得ようとしただけ。

それがなければさっさとあの場から立ち去って他の人と情報交換していた、私はそんな博愛精神を持つ人間じゃない。

 

 

「まあ、良いわ。それよりもみんなを探しましょう」

 

「そうですね。どこを探しましょうか? 私は目覚めたばかりでここの施設の事を何も知らなくて……」

 

「そうね……。この宿泊棟の2階は何故かシャッターで封鎖されていて進めないし、ここを探しにきたのは私と夢原だけだから、宿泊棟には私たち以外はいないはずよ。他の場所を探しましょう」

 

「そうですか……」

 

「そうよ。すぐ隣に【教室棟】っていう建物があるの。そこにも何人か調査に行ったのを見たわ。まずはそこを探しましょう」

 

科珠さんはそう言うと宿泊棟の玄関を出て外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

外に出てみるとそこには雲ひとつない青空が広がっていた。とても澄んでいて一面が真っ青な空が……いや、違うな。あれは空じゃない。

目の前に広がる空にわずかな違和感を感じてよく目を凝らして見ると、それが空の映像を映し出した天井だと言うことに気がついた。

 

周囲を見渡すとどうやらここは巨大なドームのような場所らしい。ここに私たちは閉じ込められているのだ。

周囲には今出てきた宿泊棟を含めていくつかの建物があり、さらにドームの中央らしき場所には円形の芝生と噴水があった。

 

本当に見れば見るほど異質な場所だ。

こんな大掛かりな映像を映し出す機材や設備があり、他にも芝生や噴水まであるなんて、ここは一体何をする場所なんだ?

誘拐するにしてもこんな場所を選ぶ意図がわからない。

 

「科珠さん。これって…」

 

「…ん? ああ、この空の事ね。まあ、びっくりするわよね……」

 

「ええ、この空って映像の空ですよね?」

 

「ええ、そうみたいよ。私も詳しい事は分からないんだけど……。あの嫌味野郎が言うにはかなり高い技術で作られたものらしいわ。私たちも一瞬本物の空だと錯覚したくらいだし」

 

「そうですか……」

 

科珠さんも何も分からないらしい。まあ、分かっていたら私を調査に誘おうとは思わないか。

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ! 科珠! 何か手がかりは見つかったか?」

 

 

その時、私の背後から男性の声がした。

驚いて振り向くと、お祭りで着るような法被を着た、真っ赤なモヒカンに近い髪をした男性がこっちに向かって手を振っている。

 

「おお、そっちの姉ちゃんは新しい仲間かい? こりゃあ思わぬ収穫があったねぇ…!」

 

「【火祭】…。アンタどうしてここに? 教室棟の調査に行くって言ってなかった?」

 

「あー。そうだったんだけどよぉ…。一緒に調査していた奴が図書室に篭ったまま出て来なくなっちまってよぉ…。目ぼしいものも見つかんなかったし他の場所を調査しようと思って出てきたときにお前さんらに会ったんだよ」

 

「ふーん……まあ、【本多】ならそうでしょうね。それにしても調査くらい真面目にしなさいよ」

 

「大丈夫だって、俺もちゃんと調査してるし、心配するな。すぐに何かきっと手がかりが見つかってここから脱出できるはずさ!」

 

「…その根拠は?」

 

「俺の勘だ!」

 

「……何の理由にもなってないじゃない」

 

 

科珠さんとこの発破男子は知り合いらしい。顔見知りの2人は私をそっちのけで会話をしているため会話に入り込めない。それにしてもこの人は誰なんだろう。

あ、そういえば科珠さんが言ってたな。『ここには私たちの他にも希望之園学園にスカウトされた生徒がいる』って、もしかしてこの人も……

 

えっと…確かスレッドには……

 

 

 

 

「おっと、そういやそっちの姉ちゃんにはまだ自己紹介してなかったな。俺は『火祭篤志(ひまつりあつし)』だ。超高校級の花火師って呼ばれてるぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

【火祭篤志(ひまつり あつし) 超高校級の花火師】

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

そうだ。思い出した。この人もスレッドで有名になっていた人だ。

この人は高校生にして星形の花火、ハート型の花火、人形の花火など今まで誰も作った事のない花火を一から開発して作り上げた超高校級の花火師だ。

彼の作った花火は海外でも人気が高く、現在では彼の花火のための花火大会もあるらしい。

 

「こんにちは。火祭さん。私は希絶紗羅です。才能は…超高校級の器用貧乏というものらしいです…」

 

やはり他人に自分の才能かどうかすらも怪しい才能を話すのは気が引ける。

ましてや相手が希望之園学園にスカウトされた天才なら尚更だ。

 

「超高校級の器用貧乏? なんじゃそりゃ?」

 

「あー…。それは私自身にもよくわかりません。こんな才能でスカウトされるなんて…。まあ、どこにでもいる凡人だと思ってください」

 

「うーん。まあ、器用貧乏だろうが貧乏神だろうが関係ねぇや。クラスメイトだし仲良くしようぜ! 希絶!」

 

「ええ…よろしくお願いします」

 

どうやらこの人は壁を作らないタイプのようだ。見た目からして活動的な人だと思ったが、ここまで社交的な人だとは…。

でもまあ、この人とも信頼を深めよう。もしかしたらこの人の作る花火、もとい爆弾でここを脱出するって展開もあり得そうだし。

 

「そういえば、火祭さんって自分の花火大会を開かれたこともあるんですよね? 私もテレビでその大会を見ました」

 

「……お? おお! もしかしてファイアーフェスティバルの事言ってるのか?」

 

「はい! 画面越しでもインパクトの伝わる花火が目白押しで見入ってしまいました。特に私は猫の形の花火がお気に入りです」

 

「おお、あの猫の形か。あれは俺の妹が考案したやつなんだよ。それを俺なりにアレンジして作ったんだが、気に入ってくれたのなら嬉しいぜ!」

 

「他にもロケットの形とか人形の形の花火も上がっていましたよね。最後の人形の花火とかはある種の芸術でしたよ! あんな花火を作れるのは火祭さんくらいでしょうね」

 

「お! マジで? 嬉しいこと言ってくれるねぇ!」

 

 

 

よし、火祭さんの食いつきは良い。

とりあえずこれで少しは信頼を得ることはできたかな。

 

 

「ちょっと…花火の話で盛り上がってるところ悪いけど、今は調査が先決でしょう? ほら、希絶も行くわよ。そもそもアンタの自己紹介と報告も兼ねてるんだから」

 

その時、科珠さんが口を挟んだ。どうやら今は火祭さんとこれ以上の話は出来なさそうだ。

 

「おっと、今はそうだったな。じゃあ希絶、科珠、何か見つかったら教えろよ! 俺は向こうを調査してくっからよ!」

 

火祭さんはそう言って片手をあげて噴水の方に向かって歩いて行った。

 

……それにしても彼が調査を任されたのはこの教室棟と呼ばれる建物だったはずなのだが、別の場所に勝手に行って良いのだろうか?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

〈教室棟〉

 

火祭さんと別れた後、私と科珠さんは教室棟と呼ばれる建物の中に入る。

壁が真っ白に塗られた直方体の建物で、規則的に並んだ窓は多少汚れていはいるものの、その姿は豆腐を連想させる。高さからしてどうやら二階建てのようだ。

 

さて、まずはこの建物の構造を把握しよう。宿泊棟みたいに地図がないから自分の歩きでだ。

 

「全く…みんな本当にちゃんと調査してんのかしら? 火祭もどっか行っちゃったし。てか、アイツと一緒にいた本多は一体何やってるのよ」

 

歩いている最中、科珠さんはずっとぶつぶつ独り言を言っていた。

話しかけようと思ったが、虫の居所の悪い人に話しかけてもこっちが八つ当たりされるだけだ。それは嫌なので放置している。

そのため互いにずっと無言だった。

 

 

 

……………

 

…………………

 

…………………………………

 

ざっと1Fを見回したところ、教室棟の1Fには2つの教室、トイレ、視聴覚室と図書室があった。

廊下の突き当りには上階と繋がる階段があり、その反対側にはダンボールが乱雑に積み重ねられた倉庫がある。外観の異様さに目を瞑れば内部は学校に見えなくもない。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

よし、とりあえず1Fの構造は大体把握できた。そろそろ各部屋を調査してみるか。

 

どうやらここは宿泊棟とは違って封鎖されている場所はないらしく、一つつずつ教室を調べることができるみたいだ。

そのため、手始めに私たちは玄関の一番近くにある【1ーA】とプレートに書かれた教室に入った。

 

 

 

 

 

 

 

(教室棟 1F 【1ーA】)

 

 

「オヤ? 新しい方がいますネ! もしかしてワタシたちと同じ希望之園学園の入学生の方ですカ?」

 

 

 

【1ーA】と書かれた教室に入った途端、私に手を振りながら駆け寄る淡い青髪に不思議な服を着た少女。青髪の頭頂部からピョコンとヤシの木のような2本に分けたアホ毛が生えており、耳にはヘッドホンのようなものをしている……。……ん? いや、これはヘッドホンじゃあないな。なんだろう。

 

 

 

「……あの? 貴女は?」

 

 

「あ、これは失礼しましタ! 人に名前を聞くときはまず自分から名乗らなくてはいけないと教わったんでしタ!」

 

 

どことなくテンションの高い不思議な少女。その雰囲気はさっきの夢原さんを連想させるが、やはり超高校級というだけあって常人には理解し難い思考をしているようだ。

 

 

「……あの」

 

 

「初めまして! ワタシの名前は『アイ(あい)』と言いまス! 人はワタシの事を超高校級のアンドロイドと呼びまス!」

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【アイ(アイ) 超高校級のアンドロイド】

 

 

 

 

 

 

 

アイと名乗った不思議な少女はにぱっと笑うと私の手を握った。神秘的な見た目に反してとても元気な人だな……。いや、待って。今この人はアンドロイドって言ったよね。

アンドロイドって、常に表情が一定で、もっとメカメカしいものなんじゃないのだろうか。この人は笑ったり驚いたりした表情がとても自然で全然そう見えないんだけど……

 

「あの、アンドロイドって…?」

 

「オヤ? ワタシの事を知らないのですカ?」

 

「え、ええ…。失礼ですが、アンドロイドとはとても思えなくて……」

 

「まあ、仕方ないでしょ。私たちもコイツからアンドロイドだって事を聞くまでは人間だと思ってたからね」

 

 

私の戸惑いに科珠さんが同意した。やっぱりみんな勘違いするよね。ぱっと見は人間にそっくりだし。

それでも超高校級のアンドロイドって言われてもイマイチピンとこない。学園のスレッドを見ても彼女のことは特に書いてなかったし。

 

「それであの…超高校級のアンドロイドっていうのは?」

 

「ワタシの事について知りたいのですか?」

 

「ええ、まあ…」

 

君がどういう存在なのか知らないと、この先信頼を得ることが難しいからね。それにアンドロイドという才能が何なのかも気になるし。

 

「ワタシはアンドロイドですが、貴女たちと同じ高校生なんでス!」

 

「高校生なんですか…」

 

「ハイ! ワタシを作ってくれたのはロボット工学の第一人者の希意棒(きいぼう)博士とロボット工学の研究チームの皆さんなのですが、博士がワタシに搭載してくださった人工知能は、人間の脳と同じように時が経つと共に成長していく人工知能でしタ」

 

「つまり…人間と同じように成長していうアンドロイドが貴女ってことですか?」

 

「そうでス。ですから、誕生当時のワタシは赤ちゃんと同じように何も分かりませんでしたが、博士や研究チームの皆さんは、そんなワタシを自分たちの子供として愛してくれたのでス。勉強や流行、そして人間のことまで全て。最終的には高校にまで通わせたくれましタ。ワタシの名前も『みんなから愛されるようなアンドロイドになるように』という願いを込められてアイとつけられているのでス」

 

「なるほど、アイさんは本当に博士や研究者の方々が大好きなのですね」

 

「勿論でス。今のワタシがいるのは全て博士や研究者の皆さんのお陰ですかラ」

 

 

アイさんは誇らしげに胸を張って言った。どうやらアンドロイドとして作られた彼女からしてみれば、自分を作ってくれたその博士と研究者が親のようなものなのだろう。

 

それにしても大切に育てられた………か。親というものから愛情をもらった事がない私にはそれがどんなものなのか分からない。

もう、愛情なんて欲しくないけど。

 

 

「それにしても超高校級のアンドロイドって具体的にどんな才能なのよ? さっきは流したけど、どんな才能なのか気になるわ」

 

「そうですね。超高校級って言うくらいですから、とても凄いことが出来るんじゃあないですか?」

 

「あー…。そうですネ。得意なことは暗記と計算ですネ。ワタシには計算プログラムが内蔵されていますから何桁の計算でもワタシはたちどころに答えを算出することが出来まス。加えて録音機能も内蔵されていますから会話を録音することもできますネ。まあ、これは容量があるので多くは無理ですガ…」

 

 

なるほど、やはりアンドロイドだから人間には備わっていない機能が備わってるのね。

でも、超高校級って名前がある割には何かショボいな…。現代では録音や計算なんて携帯でもできるくらいだし。

 

 

「ふーん…。他には?」

 

「ハイ?」

 

「いや、だからさ。何かないわけ? 超高校級っていうくらいなんだからさ。スパコン級の人口知能を持ってるとか、ここから脱出できる秘密兵器が内蔵されてるとか、外部と連絡を取れる通信機能が備わってるとかさ」

 

 

「あとは…皆さんとお喋りしたり……。肩たたきとか歌を歌うとか…」

 

 

「え? たったそれだけ?」 

 

 

科珠さんが目を細めて問いかける。アイさんは目を泳がせながら必死に言葉を紡ごうとしている。

まあ、科珠さんががっかりするのも頷ける。超高校級のアンドロイドって肩書きの割には出来ることが普通の人間と大差なくてショボいからね。

 

「う…うぅ…」

 

アイさんはさっきまでの明るさはどこへやら、口を窄めて俯いている。どうやら何も言い返せず困っているらしい。

よし、今が彼女に寄り添うチャンスだな。

 

「いやいや、人間と同じように感情を持って成長するアンドロイドなんて、存在するだけで超高校級なんじゃないですか? 意思を持つアンドロイドなんて今までにない存在ですし」

 

「……え?」

 

「私はアンドロイドについては何も分かりませんが、本来アンドロイドとは自分の意思で行動できないもののはずです。にも関わらずアイさんは自分の意思を持って行動しています。ワタシたち人間と同じ成長できるアンドロイドなんて存在そのものが超高校級じゃないですか? 私はアイさんはとても凄い存在だと思いますよ」

 

「う…」

 

私の言葉に科珠さんは顔を歪める。どうやらアイさんの様子を見て思うところがあったらしい。

 

「アイさん。私は貴女のことを凄い存在だと思います。人間と同じように成長していくなんて無限の可能性を秘めている証拠ですから」

 

「うぅ……」

 

そこまで言うとアイさんは顔を俯かせた。

あれ、何か不味いことを言ったかな…。信頼を得るために出来るだけ言葉を美化して言ったつもりなんだけど。

 

 

 

 

「ありがとうございまス!!!」

 

 

 

そして顔を勢いよく上げて私の手を握ってきた。

その顔は初対面の時より満面の笑みだ。

 

 

「嬉しいでス! そんな事を言ってもらえた事なんて今までありませんでしタ! あの、貴女のお名前を聞いてもよろしいでしょうカ⁉︎」

 

「え、ええ…。私の名前は希絶紗羅です。才能は…一応超高校級の器用貧乏って言うことになってます…」

 

「紗羅さんですネ! 紗羅、紗羅、紗羅……。ハイ、ばっちりメモリーに記録しましタ。今から貴女とワタシはお友達でス!」

 

「あ…はぁ。こちらこそよろしくお願いします。アイさんと友人になれるなんて嬉しいです!」

 

 

 

初対面でここまで好感度が上がるとは予想外だった。どうやら彼女は乗せられやすい単純な性格らしい。

まあ、アンドロイドで根底がプログラミングされた思考回路なら嬉しい言葉に反応するようになっているのだろう。展開は急だったが、私にとって損はないのでよしとする。これで彼女と信頼関係は結べた。味方が1人増えたと考えて良いだろう。

 

 

「あ、そうダ! さっき図書室には天馬さんと本多さんがいましたヨ。まだ自己紹介してないなら向かったらどうですか?」

 

「ありがとうございます、アイさんはどうしますか?」

 

「ワタシはもう少しここを調査してみまス。紗羅さんのためにも何か手がかりを見つけますヨ!」

 

なるほど、この教室棟にはまだ人がいるのか。なら、その人たちにも早いところ挨拶を済ませよう。

アイさんもどうやら探索にやる気になってくれているらしい。燃え尽きなければ良いが、やる気になってくれたのなら申し分ない。

 

……さて、次はその本多さんと天馬さんとやらに挨拶に行きましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いコミュ力……」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……………」

 

 

「………」

 

アイさんと別れたあと、私と科珠さんはアイさんからの情報を頼りに図書室に向かっていた。

まあ、正確には教室から出た後、すぐ隣の1-Bの教室も一通り探索したのだが、目ぼしい発言は何一つなかったので、図書室に移動することにしたのだ。

 

科珠さんとは相変わらず会話はゼロ。といっても今はさっきのように虫の居所が悪いというわけではなさそうだ。

むしろ、彼女の私を見る視線には興味、関心のような意味合いが込められている気がする。

 

…いや、そんな訳ないか。これはきっと自意識過剰だな。他の超高校級の人ならともかく、ただの女子高生の私に関心を持つなんてことあり得ないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(図書室)

 

 

 

 

「おや、誰かと思えば科珠か。それと……見慣れない顔だね。もしかして新しい仲間かい?」

 

「…あら、天馬。アンタもここにいたのね。探索に集中したいから1人で行動するって言ってたのに」

 

 

図書室に着き、中に入ると背の高い茶髪の癖っ毛のショートヘアーの女性が私たちに向かって声をかけてきた。

 

少し日に焼けた健康的な肌、目はパッチリとした黒目、すんなりとした鼻筋と形の良い唇。身長も私より高く、胸も遠目から見ても分かるほどの巨乳であり、モデルと見紛うほどの美人だ。

しかし、そんな恵まれた容姿を持ちながら、服装は陸上のユニフォームの上から青い上着を羽織り、運動をする人がよく着ている短パンというお洒落とはかけ離れた格好をしていた。

 

活発そうな見た目に反して落ち着いた声で女性は科珠さんと会話を続ける。

 

 

「すまないな。元来の性分から1人で探索した方が集中できるんだ。君たちの輪を乱すつもりはないんだが…」

 

「ふーん…。それで、1人で集中して探索できたのなら、何か手がかりを見つけたわけ?」

 

「いや、それは……。すまない…目ぼしいものは何も……」

 

「非常事態なんだから、なるべく団体行動するようにって生徒会長が言ってたでしょう。まあ、アンタはあの嫌味野郎とは違うと思うから悪意はないんでしょうけど……」

 

「うぅ…。それはすまない……。今後は気をつけよう…」

 

 

長身の女性に科珠さんが説教をする姿は何だか異質だ。身長は科珠さんの方が彼女より10cm近く低いのに、こうしてみると何だか長身女性が小さく見える。

長身女性は科珠さんの小言を聞いたあと、私に視線を移した。

 

 

「……それで、君の名前は?」

 

「あ、はい。えーと…」

 

「ちょっと、人に名前を聞くときはまず自分から名乗るべきなんじゃない? コイツはアンタのこと知らないみたいだし」

 

「……失礼した。私の名前は天馬蘭菜だ。希望之園学園にスカウトされた才能は超高校級の陸上選手だ」

 

 

 

 

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【天馬蘭菜(てんま らんな) 超高校級の陸上選手】   

 

 

 

 

 

 

天馬蘭菜…。スレッドでも特に話題になっていた生徒だ。スレッドによると100メートル走を9秒台で走れるスプリンターで、日本記録を高校生で塗り替えた陸上競技界の期待の星と呼ばれている存在。

ネットの噂では次のオリンピックの選手内定も既に確定的なのだと言う話もあるくらいだ。

 

 

「初めまして、天馬さん。私は希絶紗羅です。よろしくお願いします」

 

「そうか…。希絶、私は口下手で変な事をよく口にするのだが、その時は理解してくれると助かる」

 

「口下手と言いますと…?」

 

「昔からよく言われるんだ。お前と話していてもつまらないとな」

 

 

天馬さんはそう言うと、少し目を伏せた。

もしかして自分の話し方に少しコンプレックスがあるのだろうか?

 

 

「その点、運動は良いものだ……。特に言葉を口に出さずとも相手と本能のままぶつかり合うことができる。それが私が運動を続けている理由なのかもしれないな」

 

「はぁ…」

 

 

うん。なるほど、確かに話にはついていきにくい。

天馬さんの話し方は漫画やアニメのキャラクターの話し方に似ている。会話の意味合いとしては正しいのかもしれないけど、会話を成り立たせるのは難しいかもね。

 

「あ……す、すまない! 言ってるそばからまた…。参ったな…。また1人で語ってしまった…。ウザかっただろう…本当にすまない」

 

「いえ…別にウザくなかったですよ。謝る必要はありません」

 

「い、いや、無理しなくて良い。私の不覚だ……やはり私は精神的にはまだまだ未熟だな…」

 

 

天馬さんは少し落ち込んでいるようだ。

ここは信頼を得るために少し天馬さんを励ますか。

 

 

「大丈夫ですよ。人はそれぞれ個性があるものです。十人十色という言葉があるでしょう。天馬さんは天馬さんなりの話し方を通せば良いと思います。それに、少なくとも私は天馬さんのことをウザイとかつまらないとか思ったりしませんし」

 

 

これは本心だ。人間とは身体の作りは大体みんな同じようなものであるが、性質はそれぞれ違いがある。

勉強が得意な人もいれば、運動が得意な人もいる。歌が上手い人もいれば、絵が上手い人もいる。

ならば、話し方が少し人より変わっていたってそれはその人なりの個性だと呼べるのではないだろうか。

 

 

「そ、そうか……。そう言ってもらえると嬉しい。感謝する」

 

 

天馬さんはそう言うと少し頰を染めて微笑んだ。

 

よし、これで天馬さんの信頼を少しだけ得ることができたみたいだ。

話し方は少し独特だけど協調性がないわけではなさそうだし、いざというときは何かと頼りになるかもしれない。

 

なにより味方は多いに越したことはないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さっきからうるさい奴らね。雑音で私の物語への冒険を邪魔しないでくれる…?」

 

天馬さんと自己紹介を終えた後、彼女の背後から苛立し気な声が聴こえてきた。

思わず彼女の背後を見ると、そこには緑色の長髪に黒縁の眼鏡を掛け、白と深緑色の学生服の上から黒の上着を羽織った女子が、不機嫌そうにこちらを見ていた。

 

色白だが、目は細めで、少し低めの鼻と厚めの唇と言った良くも悪くも平凡な容姿だ。美人でスタイルの良い天馬さんと比べると余計にそれが際立つ。

見た感じだと、彼女はクラスに1人はいるであろう陰キャラというものだろう。絵に描いたような地味な感じだし。まあ、それは私も人のことを言えないが…。

 

平凡女子は椅子から立ち上がると細い目をさらに細めて私たちに詰め寄った。

 

「ねぇ、図書室では静かにって幼稚園児でも知ってること…。それすらも守れないなんてアンタらはそれ以下なの…? さっきから猿みたいにギャーギャー騒いで…。騒がしくするならそのウザイ陸上選手を連れてよそ行ってよ…」

 

 

平凡女子は読んでいた本に栞を挟んで閉じ、私たちを睨みつけた。

どうやら、彼女は静かに読書をするのを邪魔された事に腹を立てているようだ。

 

とはいえ、このまま他のところに行く訳にはいかない。おそらくこの人も超高校級の高校生なのだ。

後のために名前だけでも聞いておこう。

 

「あの、少し良いですか…?」

 

「何…? どこかに行けって言ってるのが聞こえないの……? アンタの顔の横についてる耳は飾りなの……?」

 

「読書の邪魔をしたのはすいません。私たちもデリカシーのない事をしました。ですが、貴女の名前だけでも教えてもらえないでしょうか?」

 

話しかけただけで平凡女子は嫌味を言ってくる。関わりたくない相手に絡まれてムカついているのだろう。

事なかれ主義の私はいつもならここで引き下がるのだが、今回は引き下がらない。

せめて自己紹介くらいはしないと、今後の信頼関係を築くための土台が出来ないしね。

 

平凡女子は私を目を細めて見つめると『名前を教えたらどっか行ってよね』と吐き捨て、苛立たし気に自分の名前を名乗った。

 

 

 

「……一応名前は本多雪華よ……。肩書きは超高校級の図書委員ってことになってるわ」

 

 

 

 

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【本多 雪華(ほんだ せつか) 超高校級の図書委員】

  

 

 

超高校級の図書委員。確か小学校から高校までずっと図書委員会に所属していた生粋の読書家。

一度読んだ本は決して忘れず、内容や作者名、出版社、本の発売日まできっちりと記憶しており、読破してきた十万冊を超える本も全て覚えているほど。

また、大手の書店で本のソムリエとしても臨時で働いており、どんな古い本でも彼女が「売れる」と見た本は、店頭に並べると品薄になるほど売れるらしい。

 

見た目からして、読書家というイメージが似合いそうな人ではあるけど、口はかなり悪いみたいだ。

 

 

 

 

「用が済んだら早くどこかに行ってよ…。私は今この物語の世界に入り込んでるの。アンタたちがいたら冒険の邪魔になるじゃない……」

 

自己紹介が終わると、本多さんは私たちに背を向けて、再び図書室の椅子に腰掛けて本を読み始めた。

 

 

 

「アンタね…。少しは調査しようとは思わないの? 呑気に本読んでる場合じゃないでしょ? こんな訳もわからない所に閉じ込められてるんだからさ」

 

「うるさいわね……。雑音出すなら今すぐ消えて、私は今この本の世界を冒険してるんだから…」

 

「だから……本なんて後からいくらでも読めるでしょう? まずはここから脱出することを考えないと…」

 

 

「そんなの私の勝手でしょう……」

 

 

科珠さんに脱出のために探索するように言われても、本田さんは一向に動こうともしない。

どうやら彼女にとってはここからの脱出より目の前の本を読む方が優先なようだ。

何を言っても協力しようとしない本多さんの態度に科珠さんは目に見えて不機嫌になっていった。

 

 

「本当に感じ悪いわね…。アンタ、ここから出たくないの?」

 

「感じが悪い? そう、だったら貴女にとって私は不愉快な人間ということね。それなら、さっさと他の人のところ行けば良いじゃない。ここにいても時間の無駄よ」

 

「いや、本多。今は一刻も早くここから出るのが先決だろう。それにここがどこなのか分からないままだし……」

 

「……うっさい。やるんだったら、アンタらで勝手にやっててよ。探索が終わったら呼んで…。何を言っても私はここから動く気はないから。それと、アンタは汗臭い」

 

 

 

見かねた天馬さんが、科珠さんと共に説得をしても本多さんは動こうとせず、それどころか嫌味で言葉を返す。何だかこちらが説得をする度に意固地になってる気がする。

どうやら彼女は意地でもここから動く気はないらしい。こんな状況なのに緊張感や協調性のカケラも無い人だ…

 

それにしても、さっきから彼女の言っている『物語の冒険』って何なのだろう…。もしかして、本の世界の登場人物になりきって本を読んでいるから、その邪魔をするなということだろうか?

 

何とも気持ち悪……いや、不思議な読書の仕方だな。妄想の世界にどっぷり浸かって創作物の中にのめり込んでるのだから。

まあ、こんな状況だから非常識としか言いようがないけど。

 

とりあえず今は彼女からの協力を得るのは無理そうだ。

 

 

 

「……わかりました。それでは私たちだけで探索を続けましょう。本多さん、邪魔してすいませんでした」

 

「え⁉︎ ちょっと、アンタ。コイツをここに放っておくの?」

 

「これ以上ここで本多さんを説得していても水掛け論になるだけです。ならば、私たちだけでも他を探索した方が良いのでは? 本多さんも読書が終わったら探索されるでしょうし。無理強いしても協力してくれません」

 

「……ふむ。一理あるな」

 

「……………」

 

 

これ以上、ここで彼女を説得し続けても水掛け論になるだけだ。互いに譲歩しない話し合いに終わりなんてない。

だったら他の場所を探索して情報を得たほうが有意義だ。それに見た感じ大した情報を持ってるわけでも無さそうだし。

 

 

「それでは本多さん。また後で」

 

「……さっさと行って」

 

 

 

私は未だに迷惑そうにこちらを見ている本多さんに愛想笑いを浮かべながら、科珠さんたちと共に図書室から退出する。

 

 

 

……まあ、貴女がその本を読み終わっても探索するということはないと思うけどね、妄想癖のある図書委員さん。

 

本多さんが読んでる本は、科珠さん達が説得している時にチラリと見たが、タイトルと表紙を見るに恋愛小説だった。

おそらく彼女のいう本の世界の冒険とは『本の登場人物に自分を投影して本を読むこと』だと思う。おそらく物語のヒロインになって臭いセリフや痛い行動をするイケメンの男子と空想物の恋愛をさぞ楽しんでるんだろう。

 

私は図書室を出た後に彼女への皮肉を内心で吐き捨てた。

 

さあ、探索しない人は放ってさっさと次に行こう。ここにいても得るものは何もない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

(教室棟 2F)

 

読書に耽って探索をしない本多さんを図書室に置いていき、図書室を出た後、『やっぱりもう一度、1人で探索したい』と言った天馬さんと別れた私たちは、教室棟の1番奥にあった階段を登り2Fにやってきた。

 

階段を登って一通り2Fを歩いてみる。1Fと壁の色や雰囲気は変わらないが、間取りは大分違うようだ。

 

 

 

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2Fにあった教室は8部屋。そのうちの4つが他とは明らかに違う部屋だった。

 

薬品棚に塩酸や硫酸などたくさんの薬品が並べられ、器具棚にはビーカーやフラスコといった実験器具が置かれていた化学室。

音楽家の肖像画が壁一面に貼られて、ピアノやギター、ヴァイオリン、マリンバなどの楽器がたくさん置かれていた音楽室。

花の髪飾りとスカートを履いたウサギみたいな形をしている悪趣味な彫刻を中心に椅子とキャンパスが円状に並べられていた美術室。

二つのベッドに白い衝立、棚には風邪薬や催眠薬、うがい薬などの薬品が並べられ、冷蔵庫には医療ドラマなどでよく見る輸血パックが大量にあった保健室。

 

この4部屋以外の部屋は、机も椅子も何もなく完全な空き部屋だった。

 

 

「……なに……ここ?」

 

 

音楽室、化学室、保健室、美術室といったものは普通の学校にもあるが、その設備は普通の学校と明らかに異なっていた。

特に美術室のあの変なウサギみたいな彫刻はなんなのだろうか。それをモデルにしろと言いたげにキャンパスが、その彫刻を囲んでいたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、結局何も見つからなかったか……」

 

科珠さんと一通り2Fを歩き回って階段前に戻ってきた私。その横で科珠さんか何の成果も得られなかったとため息を吐く。

まあ、それは私も同感だけど…

 

「それにしても、何なのかしらね。ここ」

 

「教室棟というくらいですから、一般的な学校にもある教室があるのは頷けますけどね」

 

「それは、分かってるのよ。私たちは誘拐されたのにこんな学校みたいな所に閉じ込められてるのよ? それに、アンタも気付いてると思うけど、空き部屋を除いた化学室とかは棚や楽器に埃が全然ついてなかったわ。つまり、ここにはつい最近まで人がいた。誰かがこの学校みたいなところを最近まで使っていたってことよ」

 

科珠さんの言っている事は私も疑問に思っていた事だ。そう、私が目覚めた部屋、宿泊棟、教室棟はあまりにも『綺麗すぎる』のだ。

部屋のベッドはシワひとつない綺麗なシーツがかかっていたし、教室棟の教室や図書室も掃除されたかのように綺麗。噴水のある中庭も周囲が見渡せるくらいに整備されていた。

 

「そうですね…。という事は、ここは誘拐犯のアジトだったのでしょうか?」

 

「それはないんじゃない?」

 

「……どうしてでしょうか?」

 

「誘拐犯のアジトなら、どこかにそいつらの私物とか、居た痕跡とかがあるはずよ。さっき言った通り最近までここに居たのなら尚更ね。それなのに見つからないし。まあ、私が調査した範囲でだからはっきりとした否定はできないんだけど……」

 

「自分たちが居た痕跡を残さないために綺麗にしたとか…?」

 

「……逃亡するのとは違うのよ? 誘拐して人質を監禁するのにわざわざ根城を綺麗にする理由がないじゃない」

 

「……まあ、そうですね」

 

科珠さんの推測に私は同意する。

まだ何の手がかりも見つかっていないが、この状況は誘拐にしては少し異質だ。

 

今の科珠さんの意見もそうだが、私が疑問に思っているのは、ここには誘拐犯らしき人が1人もいないということだ。

 

探索のために宿泊棟から中庭、教室棟と色々歩き回ったが、出会うのは私と同じく拉致された被害者ばかりで、誘拐犯には1人も出会わなかった。

 

馬鹿な私でも分かる。これは明らかにおかしい。

監視カメラが付いているとはいえ、拉致した人質に監禁場所を自由に歩かせるなんてどう考えてもおかしすぎる。

もしかしたらこの監禁場所から出口を見つけて脱出されてしまうかもしれないのに、誘拐犯はそれを容認している。

まるで、この施設を調べて欲しいみたいに誘拐犯は何もしていないのだ。

 

普通なら誘拐したら縄で縛ったり、個室に閉じ込めて見張りに監視させたりと、動きを封じるはずなのにそれすらもしていない。

 

一体この状況はどうなってるのだろうか?

 

 

……ん?

 

 

「……………」

 

 

教室棟の2Fを一通り調べ、1Fに降りようとした時、1Fへ続く階段前に人影が見えた。

さっきまではいなかった筈だが、教室棟の2Fを私たちが調べてる間に外から教室棟に入ってきたのだろう。

 

身長は私より低い。おそらく科珠さんくらいだろう。

髪は右目が隠れるくらいの前髪に、後ろは肩までかかるくらいの長さ。緑と水色を混ぜたみたいな特徴的な色をしている。

 

服は黒っぽいTシャツに灰色の上着。下はお洒落とはかけ離れた灰色のスカートを履いており、腰にベルトと巻いて小さなウエストポーチを付けている。上から下まで黒っぽい服で包まれた人だ。髪はどちらかというと明るいから黒っぽい服は少しアンバランスな気もする。

 

顔は……分からない。何故ならサーカスの道化師が使っているようなピエロの仮面を被ってるからだ。表情も分からない。

しかしまあ、細身で胸のあたりに微かな膨らみがあることから、体型から推測すると女性だろうか。

 

まあ、この人もここにいるって事は超高校級の生徒だろう。誘拐犯の可能性もあるけど、こんな目立つ格好の誘拐犯がいると思えないし。

おそらく私たち同様に拉致された被害者なんだろうな。

とりあえず挨拶をするか……。

 

 

 

 

「こんにちは」

 

「………………」

 

 

 

私はいつもの営業スマイルを顔に張り付けて仮面女性に話しかける。

しかし、仮面女性は私をじっと見つめるだけで一言も言葉を発しない。

 

 

「あの…こんにちは…」

 

 

「……………」

 

 

もう一度話しかけてもやっぱり無言。

返事も返さないなんてこの人は一体何なんだ?

 

「あら、坂本じゃない」

 

私が戸惑っていると、横から科珠さんが仮面の女性を『坂本』と読んだ。

これが彼女の名前なのだろう。自分で言わないのが少し気になるけど…

 

「こんにちは。坂本さん…ですね。私は希絶紗羅です。これからよろしくお願いします」

 

「…………」

 

一応基本的な自己紹介をしてもやっぱり無言。ピエロの仮面のせいで表情も全く読めないためどう反応して良いかも分からない。

 

「あの…」

 

「ああ、大丈夫よ。ソイツは私たちと会った時もそんな感じだったから」

 

「……え?」

 

「そいつもアンタに会うより前に私たちで集まった時にいたんだけど、一言も喋らなかったのよ。何だろうと思ってたけど、名前だけ教えてさっさとどっか行っちゃってさ…。才能すらも教えてくれなかったのよ? スレッドを見ても『坂本』なんて名前の才能は見た覚えないし」

 

「へ…へぇ…」

 

「…………………」

 

『やれやれ』というポーズで科珠さんが坂本さんが喋らない理由を説明する。

つまり、彼女は私だけではなくここにいる全員の前で一言も喋らなかったということか。

しかし、困ったな…。私個人が嫌われてるわけではないのは良かったが、これじゃあコミニュケーションが全く取れないぞ…。

 

希望之園学園にスカウトされた以上は、この人も何らかの才能を持ってるんだろうけど、スレッドにはそんな名前の人いたような覚えがないし。才能が分からないのなら今までと同じように話題を提供して話すこともできない。

 

まいったな…会話のネタがない。どうしよう…。

 

 

「………………」 カキカキ

 

 

〈私の名前は、坂本美生(さかもとみう) よろしく〉

 

 

 

 

 

 

 

【坂本美生(さかもと みう) 超高校級の???】

 

 

 

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どうしようかと考えていると、坂本さんがポケットからメモ帳を出して何やら書いて私に差し出した。

魚は坂本さんの自己紹介と挨拶が書かれていたが、名前以外は才能すらも書いていなかった。

 

〈貴女は希絶さんね。貴女の才能を教えて〉

 

坂元さんは再び何かを書いてメモ用紙を私に渡した。

自分の才能を教えろというものだった。

うーん…自己紹介する度に思うことだが、言っても良い才能なのだろうか。これは…

 

 

「一応……私の才能は…超高校級の器用貧乏ということになってます…」

 

やはり、才能かどうか分からない才能を他人に話すことはまだ慣れない。

そもそも超高校級の器用貧乏なんて才能かどうかすらも怪しい才能なのだから。

科珠さんや火祭さんたちは私の才能を聞いて戸惑っていたし、この人もきっと戸惑うか、嘲笑するんだろうな……。

 

 

 

 

 

「……………っ⁉︎」

 

 

 

 

 

 

そう思っていたが、坂本さんの反応は意外なものだった。

坂本さんから驚いたように息を呑む音が聞こえた。彼女の仮面の下の顔が一瞬だけ驚愕に染まった気がする…

しかし、それは一瞬だけ、すぐに坂本さんは元のミステリアスな雰囲気を持つ人に戻っていた。

一体何なのだろう。

 

 

 

 

「あの、坂本さん。貴女の才能を教えてもらえませんか?」

 

「…………………」 カキカキ

 

〈私には才能はないよ〉

 

「………え?」

 

「いや、そんなわけないでしょう。アンタにも何か才能があったからここに連れてこられたんじゃないの? そもそもここにいるのは希望之園学園の入学生ばかりだし」

 

私は最初から気になっていた疑問をぶつけた。坂本さんが私の才能を聞いて驚いた理由は気になるが、今聞いても答えてくれなさそうな気がする……。

だから、私は科珠さんたちにも教えてない坂本さんの才能をダメ元で聞いたのだが、これまた反応は意外なものだった。

 

「……………」 カキカキ

 

〈ここにいる人が希望之園学園の人たちだけだなんて限らないよ? 私はどこにでもいる普通の高校生だよ〉

 

「……へ、へぇ…」

 

「いや…そんなことあるの? てか、アンタ、さっきはそんな事一言も言ってなかったじゃん…」

 

「…………」 カキカキ

 

〈言わなかったのはごめん。天才たちの中に私みたいな凡人が混ざってるのは流石に居心地が悪くて…。だから、言い出すことができなかったの〉

 

「そ、そうなんですか…」

 

坂本さんは『才能がない』と言っているが、それは確かなのだろうか。

私はまだ全員にあったわけではないけど、さっき科珠さんは『ここにいる生徒たちは全員超高校級の才能を持ってる』と言っていた。

 

先程私が会った天馬さん、火祭さん、夢原さん、本多さん、アイさんの5人もそれぞれ才能があった。私自身も器用貧乏という訳のわからない才能が一応はある。

 

しかし、彼女には才能がないと言っている。もしかして彼女は超高校級の幸運かと一瞬思ったが、科珠さんがいるからそれはない。

 

坂本さんみたいな才能がない一般人もここに監禁されている。もしかして希望之園学園の新入生だけを誘拐したわけではないのだろうか。

 

 

「ねぇ、坂本。ずっと気になってたんだけど」

 

「……………」 カキカキ

 

〈なに?〉

 

「いや、アンタさ。どうして筆談で会話してるの? それにずっとピエロの仮面被ってるし。何か素顔を見せたくない事情でもあるの?」

 

「………………」

 

 

科珠さんが、坂本さんに疑問をぶつける。

それは私も気になっていたことだが、触れてはいけない事なのかと思って聞けなかった。

 

「…………」

 

「……あ、いや…。言いたくないんだったら別に言わなくても良いのよ…? ごめん…少しデリカシーがなかったかも……」

 

科珠さんの質問にメモ用紙を持ったまま無言の坂本さん。流石に不味いと思ったのか、科珠さんが慌てたように弁明する。仮面で表情が見えないのが余計に怖い。

 

もしかして機嫌を悪くしたのだろうか。

 

やっぱりこの質問は地雷だったか。危ない危ない…、下手に聞いたりしたら坂本さんの信用を失うところだったな。

 

「………………」 カキカキ

 

〈幼い頃に声帯を手術して声が出ないの。筆談で会話してるのはそのためよ。仮面を被ってるのは前に事故で顔に大怪我を負ったから。気持ち悪いと思うけど配慮してくれると嬉しいわ〉

 

「あ…、そうなのね…。ごめんなさい……」

 

「……………」 カキカキ

 

〈気にしないで〉

 

「そうなんですか…。何かあったら声をかけてくださいね。私でよければ力になりますよ」

 

「な、なら私も。何か嫌な思いさせちゃったみたいだし……」

 

「……………」 カキカキ  

 

〈ありがとう。希絶さん、科珠さん〉

 

……よし、これで坂本さんの信頼をとりあえずは手に入れられた。

ピエロの仮面のせいで表情が読めないから本心は分からないけど、悪い印象は与えなかったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

キーン コーン カーン コーン

 

 

その時、突然、謎のチャイムが建物全体に鳴り響いた。

それが思ったより大きな音だったため、思わず私たちは耳を塞いでいた。

不愉快なチャイム音の音源を探すと、それは廊下につけられた監視カメラの下に取り付けてあったモニターのスピーカーからの音だったようだ。

 

 

『あー、あー、マイクテスト、マイクテスト。聞こえますかー? 散らばって好き放題してる人たちだよ〜。この放送が聞こえてるなら今すぐ体育館に集合してくださーい』

 

音の後に続き、奇妙な甲高い声がはっきりと聞こえてきた。そして、言いようのない不快感を感じさせる声だった。

 

「………え?」

 

「な、何……今の変な声のアナウンス……」

 

 

そして、不快な音を立てて放送は終了した。

その、たった10数秒の放送は、私たちに際限のない戸惑いと不安を残していくには十分すぎるものだった。

 

 

「…………」 カキカキ

 

〈とりあえず行きましょう。みんなが待ってるはずよ…〉

 

 

「え、ええ…」

 

「わ、わかったわ」

 

 

鳴り響いた不穏なアナウンスに私と科珠さんは戸惑いを隠さずにいた。

しかし、唯一冷静さを保っている坂本さんが、右往左往する私たちに筆談で集合場所に行こうと呼びかける。

確かにこのままここにいても何も分からないままだ。それに、坂本さんの口振りからすると、この放送で、まだ会っていない他の超高校級の生徒たちにも会えるってことだし。

 

 

 

それに……もしかしたら脱出とか救助の手がかりも見つけてる人がいるかもしれないし。

 

私は少しばかりの期待を込めて、科珠さん、坂本さんと一緒に体育館に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………しかし、私はまだ知らなかった。

この放送がこれから始まる忘れられない悲劇の幕開けだという事を…

 

どんな悲劇もプロローグは割と和やかなものが多い。それはこれから起こる悲劇の恐怖を引き立てるためだ。

 

奇妙な声の主が私たちを『絶望』に呼び込む。時を超えて『絶望』が蘇ろうとしていた。

 

 

 

 

この場所で私は思い知らされる。

 

 

 

希望と絶望は表裏一体。希望がある限りは絶望は存在するのだと言うことを……。

 




今回はここまでです。
プロローグだけで何話いくかな


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