歌を響かせ、紫雲の彼方へ羽ばたいて (御簾)
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序章・現れるイレギュラー
第1話 10人目の装者
もし私の事を知っている人がいるなら、少し待ってて頂戴。初めましての人はそうね…ま、そのうち会えるわ。
それじゃあ、第1話。行くわよ。
わたしの名前は立花響歌!5さい!おとうさんもおかあさんも『そんぐ』のえらい人なのだ!えっへん!おとうさんはどんな男の人よりも強いし、おかあさんは…おとうさんがよくあやまってるから、おとうさんより強い?
あ、わたしは!今日も『そんぐ』まであそびに来ています!あおいさんとかさくやとか、色んな人があそんでくれるからねー、いっつもここに来るんだよ!
「うむ!今日も励んでいるな!響くん!」
「はい!師匠!」
あの人はねー…げんじゅーろさん。うん。なんか、強い人。『しんふぉぎあ』っていうのに変身するおとうさんと、『しんふぉぎあ』を使わないで戦えるんだよ?
今日もおとうさんの…くんれん?を見ています!きゅうけーちゅーのクリスとかつばささんとかがおかしくれるから、ここも好き!でも今いるのは…
「響歌デス!調!響歌デスよ!きょ〜かぁ〜!」
「切ちゃん。響歌が潰れてる。」
く、くるしい。きりかちゃんはわたしをみつけるとだきついてくるの。すこしくるしいから、そんなときはしらべねーちゃにたすけてって言うの。
「切ちゃん?」
「はっ!ごめんなさいデス響歌!大丈夫デスか!?」
「く、くるしかった。」
あわわわわって慌てるのがきりかちゃん。よくデスデスさけんでる。で、しらべねーちゃにおこられてるの。
「未来さんに、言っておくからね…?」
「デデデデデデース!?」
あ、いっちゃった。つぎにきたのは…あ、クリスとつばささんだ!
「お、響歌。元気か?」
「壮健そうで何よりだ。」
クリスはおっぱいでかいの。髪の毛がキレーなんだよ!ちょっと口が悪いんだー。
「ほれ、クッキーやるよ。」
でも甘いものいっぱいくれるから好きー!もぐもぐ…
「あれは、叔父様と響か。今日も苛烈だな。」
つばささんはね、なんかむずかしいことばっかり言ってる…な、なに?かれつ?なやんでると、しゃがんで頭を撫でてくれるの。
「まだ響歌には難しかったか。そうだな…あの二人は今日も元気だな、と言ったんだ。」
手があったかいからね、つばささんも好きなの。おかしはね、あんまりくれないんだけど…
「ああ、今日は良い物がある。カステラだ。」
わーい!たまにくれるおかしがおいしいんだよねぇ…もぐもぐ。
「あ、響歌…また二人から餌付けされて…ごめんね、クリス、翼さん。」
「おかーさん!」
ぎゅー!あー、あったかいなぁ…ねむたくなってきた…むにゃ…うにゅ…おやすみぃ…
「…なに、ギャラルホルンが…」
●
ギャラルホルンの反応があった。そんな連絡を受け、装者と弦十郎は司令室に集まっていた。響歌は眠ってしまっているため、未来は席を外している。全員が集まったのを確認すると、エルフナインはモニターに反応のあった場所を表示する。
「ここですね。えーと、ここは…ただの路地裏でしょうか。」
「こんな時期にデスか?」
切歌は首を傾げる。平行世界からの案件も粗方片付いた時期に、唐突なギャラルホルンの反応。何かの事件が起きているのかもしれないが、そんな報告は受けていない。慎次を見ても、ただ首を振るだけ。つまり平和だということだ。
「うむ。原因は不明だが、平行世界の何かがやって来たのかもしれん。各自、警戒を怠るな。」
了解、と返る声。現在彼らが取れる反応は、これしかなかった。装者がいなくなった司令室から、弦十郎も退出する。その手には、いつものレンタルビデオショップの袋が握られていた。
「さて、今日はどんな映画を借りるかな…」
///
「……む?」
街中を歩いていた弦十郎が見たのは、S.O.N.G.の制服に身を包む若い女性職員だ。彼の肩少し下までの高身長、すらりと伸びた足、まるで宇宙のような色合いの紫の髪を1つにまとめ、細いフレームの眼鏡を掛けたその姿に、彼は見覚えがなかった。
「…うげ。」
偶然目が合った彼女はそのまま、彼を無視するようにして歩いていく。明らかに挙動不審だ。S.O.N.G.の職員にあんな女性はいただろうか。疑問に思った彼はそのまま彼女を追い、路地裏に入ったところで話しかける。
「すまない、少し良いだろうか。」
そう、声を掛けてみる。しかし、その女性はとんでもない言葉を返してきた。
「…何かしら、父さん。」
通信機の向こうが一瞬で騒がしくなった。常に冷静沈着を心がける弦十郎ですら、その言葉には暫しフリーズしてしまう。父さん?父さんと言ったのか?見た感じ20代中頃、つまり己は…いいや違う。
「父さん…!?待て、俺にはまだ娘はいないんだが…」
思考を修正し、ようやく絞り出したその声に相対する女性は首を傾げていた。頬を掻くその右手に、弦十郎は
「誰か、あれの分析を、」
『するまでもありませんよ、あれは…』
藤尭の言葉が届くよりも先、女性の腕輪が眩く輝いた。禍々しい光ではなく、その逆。暖かな光だ。弦十郎が少し目を細めると、
「…なんで今出てきたのよ…」
「だって暇で暇で仕方なかったんだもん…って、げぇ!司令じゃん!なんで言ってくれなかったのぉ!」
「あなたがずっと騒がしかったからよ。」
光が収まった時、そこにはほぼ同一の姿をした女性が二人立っていた。片方は先程と同じ女性、もう片方は髪を下ろした、眼鏡のない活発そうな女性。顔立ちは、双子というよりクローンだ。一寸の狂いもなく造形が同じである。
「…私たち、司令から逃げてたよね。」
「そうね。そうなってるわね。」
「…ヤバくない?」
「ヤバいどころかアウトよ。」
仲睦まじく言い合う姿は、平時であれば微笑ましく見えただろう。しかし、彼女の着ける腕輪を見た瞬間、緩んでいた警戒心が最大レベルまで引き上げられた。シェム・ハの腕輪。失われたはずのそれが、今、弦十郎の目の前にある。
「…すまない、事情が変わった。俺と一緒に来てもらおうか。その腕輪は、我々にとってあまり良い思い出は無くてね。」
思い出すのは、数年前の大災害。シェム・ハによるユグドラシルシステムの起動で滅茶苦茶になり、未だ復興途中の世界。もう二度と、あのような惨事を起こすまい。そう、誓った。
故に彼は、拳を構える。例えS.O.N.G.の制服を着用していたとしても、シェム・ハの依代となっているならば本人かどうかの判別はできない。ここで捕縛し、本部で事情を尋ねるのが一番だろう。
「藤尭、装者を出撃させろ。」
『もうやってます!』
仕事が早い。さすが、幾重もの激戦を潜り抜けただけはある。頼りになるオペレーターに仕事を任せ、彼はじりじりと女性に近づいて行く。その時だった。
「戻ってなさい。邪魔よッ!」
「なんでぇぇぇぇぇ!?」
眼前の女性は、傍らに立つ女性を無理やり腕輪に押し付けて消し去った。本体は眼鏡をかけた女性の方だ。そう判断して彼はその拳を振るう──
「影縫い、だと!?」
「御免なさい!今は貴方に構っている余裕は無いの!」
ことは、出来なかった。ほんの数瞬、弦十郎の身体が硬直する。影縫い、己の片腕もよく使うその技を、眼前の女性はいとも容易く放ってきた。しかも予備動作を気取らせず、だ。
想定外の妨害に、弦十郎の意識が逸らされる。彼が動き出すまでの間に、その女性は壁を駆け上がってビルの上に消えていった。手馴れたその動きに、いよいよ弦十郎は彼女の正体に疑念を抱く。
「すまん藤尭!逃げられた!慎次と追う!」
『目標地点は!』
「俺の場所だッ!」
了解、と返る声。己も女性と同じ要領で跳躍し、ビルの上まで駆け登る。滞空するその瞬間に見たのは、ビルの屋上をパルクールのようにして駆けていく女性の姿。既にその場所は弦十郎から1ブロックは離れてしまっている。
「おいおい、あんなやつウチに居たか!?」
『データベース該当無し!イレギュラーです!』
「当たり前だ!あれなら俺だって覚えてる!」
叫びながら彼も追う。緒川と共に、追い詰めるように。己が跳躍出来ぬほどの幅を持つ大通りの間のビル。そこまで追い詰めてしまえば、あとはじっくり話を聞かせてもらうだけで済みそうだ。
「さて、そろそろ鬼ごっこもお終いだ…!ようやく追いついたぞ…」
ついに女性は、弦十郎の目論見通り追い詰められた。あとは二人が捕まえるだけ。しかし大通りの真上、さしもの弦十郎ですら一飛びには移動出来ぬ幅を前に、彼女は右腕を突き出した。すると、大通りの上空に
その映像が中継されているのか、通信機から驚きの声が飛び出る。忘れもしない、魔法少女事変。あの時キャロルと行動を共にし、マリアによって破壊されたオートスコアラー。名をガリィと言った彼女の使う能力にそっくりだったのだから。
「錬金術、だと!?」
しかしそのままでは、氷はただ落ちるのみ。目くらましか、それとも無差別攻撃か。何れにせよ、あの氷を破壊しないことには始まらない。故に彼は、拳を固く握り…
そして、その拳を放つことはなかった。
「んな、氷の上を!なんという神業!」
いくつか紛れる、少し大きな氷塊。それに足をかけ、そのまま宙を移動していく。まるで壇ノ浦の義経だ。重力を感じさせない身軽さで、彼女はその幅を渡り切った。他の氷塊は全て溶け落ち、水滴となって道路に降り注ぐ。
己はここから動けない。この幅を飛び越えるまでには至っていない。故に、彼はその右腕の名を叫ぶ。恐らく彼ならば、追いつけるだろう。
「慎次!」
///
「了解しました。」
司令の叫びを聞き、既にビルを渡った彼は分身を3つ生み出す。本体を合わせた4人で、詰め将棋のように対象を追い詰めていく。だが彼女はスライディングやハンドスプリング、果てはスピードを維持したままの側転まで利用し、的確に障害物を躱す。S.O.N.G.の装者と並ぶ程の彼のスピードは、それでも距離を劇的に詰めるまでに至らない。ただじりじりと縮まる、己と女性の距離。あと少しで届く、そんな時。
「まさか、シンフォギア!?司令!至急装者を寄越して下さい!」
未確認の聖遺物。今まで確認された平行世界の中で、聞いたことの無い種類の聖詠だ。慎次は、目の前を疾走する10人目の装者を追い続ける。
すると、どこかガングニールに似た意匠のそのギアが変形。サーフボードのような形状となって、彼女は
「すみません司令。逃げられてしまいました。」
『いや、飛行能力を持つギア相手によくやったもんだ。こちらは彼女を追う。慎次は本部に戻って、響歌と未来くんの護衛に付いてくれ。』
はい、と返した慎次は、小さくなっていく紅蓮の光を眺めた。あの時、彼はその聴覚で確かに聞いた。
「ヴィマーナ、ですか。」
天を翔けるという聖遺物、その聖詠を。
●
「なにがどうなってるの!?司令は追いかけてくる!ギアは使う!おまけに遊覧飛行ときたわ!いったいどういうことか説明してちょうだい!」
「却下である。」
「もういやあ!」
聞こえる声は二つ。しかし感じる気配は三つ。そのうちの一つは、弦十郎に匹敵せんばかりの闘気を放っていた。最初期から戦い続けてきた翼でさえ、冷や汗が止まらない。周りを見回せば、旧F.I.S.組が顔を青くしていた。無理もない。全力一歩手前の司令とやりあうなど考えたくもないから。
「お前は最後に殺すと…ん。敵?」
「はてな。こいつが警戒するのだ。お主も警戒しておけよ。」
「合点承知!」
聞こえた声。そして響くのは、自分たちにとって聞き慣れたはずの、聖詠だった。
「なんつった?ゔぃ、まーな?」
「…やはり、シンフォギアか。」
弦十郎が、三人の前に姿を現した。仕方あるまい。腹を括って、翼は木陰から足を踏み出す。己を筆頭にして、5人の装者も立ち上がる。
「ほーら、お客様よ。」
「で、こんなに警戒されるとか。何したの?」
「いや、昔はヤンチャだったのでな。」
「昔、ねえ…今もの間違いじゃない?」
「面白いやつだな、気に入った。お前は最後に…」
眼鏡の女性が気安く話しかけるのは、髪を下ろした似た顔の女性と、
「シェム・ハ…どうして、ここに…」
目の前では眼鏡の女性が二人を叩こうとして空ぶった。腕輪が光っている所を見るに、あの腕輪によって出入りが制御されているということだろうか。
「…やっぱり、ね。あんたたち、後で覚えときなさいよ…」
「…素直に従っては、くれないか。」
「従うですって?
「違う!戸籍上、俺に娘どころか伴侶すらいないんだぞ!」
くすくすと笑う女性。弦十郎すら手玉に取るその余裕。しかし身体の軸にブレはなく、あくまで自然体のまま立ち続ける。恐らく五人がかりでも勝てるかどうか。そんな予感が翼の頭をよぎる。
「なら、力づくだな。」
「あらそう。ならいいわ。掛かってきなさい翼。」
震わせる肩を止め、眼鏡を外す。瞬きすれば笑みは消え、磨きあげられた名刀のような切れ味の眼光が、装者を見据えた。
「……いざ、参るッ!」
///
幾度かの攻撃を繰り出すが、未だ一撃も掠らず。奏の前に立つ未知の装者は、不意打ち気味に繰り出した逆羅刹をあっさり躱し、あまつさえ翼の足を掴んでみせた。
「ほい、っと。まだまだよ翼。その程度で私に勝つつもり?」
「まだまだァ!」
言葉にせずとも、想いは伝わる。
「先輩ッ!」
「おっと。これは…クリスね。」
こちらも意識外からの攻撃。完全に直撃コースだった矢は全て掴み取られる。その隙に翼は離脱。一旦距離を置くが、対象への攻撃は終わらない。
「これで…」
「どうデス!」
調と切歌の同時攻撃。しかし女性は、最低限の動きだけで鋸を躱し、イガリマの刃を白刃取りしてみせた。
「避けられた…!」
「なんデスとぉ!?」
「これ、もう効かないって言わなかったかしら?」
調と切歌が飛び退いた空間。一直線に、銀の光線が走り抜ける。その発生元は、左手を構えたマリアだった。光線は女性に直撃し、大きな土煙を発生させる。
「じゃあ、これはどうかしら?」
「──ああ、
煙が吹き飛ばされ、女性の姿が顕になる。伸ばした右手には、マリアと同じように砲門が形成されていた。白煙をたなびかせた砲塔を光の粒子と変え、彼女は
「で、残るは──」
「とりゃあああ!」
「貴方よね、響ィ!」
握った拳と、展開されたガントレットの激突。パワージャッキを用いた響の全霊の一撃すら、彼女は真顔で耐えきってみせる。そのままにっこりと笑って、少し足に力を入れた。
「今の、本気かしら?もし私のこと、
ビキ、と足元にヒビが入る。薄ら汗を浮かべた響は、羅刹のように笑う目の前の女性に、心底から恐怖を抱く。離れようとした瞬間、引き絞られた彼女の右拳が放たれ──
「勝てない、わ─────────」
ることは、なかった。ギアが解除され、まるで糸の切れた操り人形のように彼女が地面に崩れ落ちたから。そんな彼女の真横、ギアを纏ったままの響は、数秒ではあったが動くことが出来なかった。
まるで、本気でこちらを
「───!響くん!」
「はっ!はい!」
「その女性を頼めるか。これから本部へ向かう。」
「えっ…はい。分かりました。」
弦十郎は分からない。「えっ」と「はい」の間。一瞬迷ったかのような間は、響にしては珍しく恐怖心で身体が動かなかったからだと。
「貴方は、一体何者なんですか…」
まだ昼にもなっていないこの世界に現れた、10人目のシンフォギア装者。増えたり減ったり、シェム・ハの依代とも考えられるその女性を抱え、響は迎えの車へ歩き出した。
オッス我シェム・ハ!
なに?天丼?馬鹿め、これは神が言うから問題ないのだ。案ずるな、我もそのあたりは考えてある。つまり、演出を変えたら良いのだろう?
ほれ作者。我のセリフに特殊タグを使うが良い。…なに?面倒だと?それより台本を読め?なぁ我神ぞ?不敬であるぞ?なぁ不敬認定してやろうか?
…んん。次回、「始まりの時」
2週目のそなたは新たな視点で描かれる物語を。
1周目のそなたはこれから動き出す運命を。
楽しみにしておれ。
あ、感想・評価をくれると嬉しいらしい。是非感想をくれてやってくれ。モチベーションが爆上がりするらしいぞ。
ではな。
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第2話 始まりの時
…んだよこれ。冷静になって考えりゃ分かんだろーがよ…っと。
あー、ちわっす、雪音クリスだ。今回はテンポが悪いらしいから、そのへんは目を瞑ってやってくれ。な?
■■さん?と奏さんの…なんだこれ、しーぴー?が見たいやつはRTAの方を読んで待ってて欲しい…ってなんだよ宣伝かよ!
それじゃ第2話、よろしくな!
「あおい、彼女の様子は。」
「ダメですね。まだ目覚めてません。…そんなに気になります?自分の隠し子のこと。」
「勘弁してくれ。俺にそんな事が出来るように見えるか?」
冗談ですよ、と笑いながら友里が定位置に座る。司令室には全員が集まり、現在医務室で眠っている女性についての分析が行われていた。苦い顔をするのは、誰も同じ。しかし装者たちは、どこか不思議な感覚を得ていたようだ。
「それでは、あの女性の事なんだが。」
「…司令。よろしいでしょうか。」
挙手したのは翼。6人の中で先陣を切って攻撃した彼女は、己の攻撃が当たらなかった事に疑念を抱く。その疑念を、少し戸惑いながら話し始める。
「彼女は私の攻撃を
「つまり、彼女は翼と交戦した経験があると?」
いいえ、と己は首を振る。あれは一度や二度交戦した程度で培われるような経験ではない。それに、あの時感じた気配は実戦ではなく『遊び』のようだった。つまり。
「日常的に私と刃を交えています。…恐らく、文字通りの『死合い』で。彼女は響に言っていました。『殺す気で来い』…まさしく本気、私たちの全力で当たらなければ彼女には届かないでしょう。」
指摘された響は、表情を暗くして俯いた。響歌が駆け寄って、彼女の頭を撫でる。反対側には未来も立っている。暖かな感覚に包まれた響は、確りと顔を上げて頷いた。
「はい。確かに聞きました。そして、あの人の気持ちも…本気でした。最後の最後、私に向けられていた拳は紛れもなく。それにあの人の実力は師匠とほぼ同じか…それ以上だと思います。」
至近距離の戦闘ならば装者の中でもトップクラスの実力を持ち、弦十郎と殴り合うことの出来る響の言葉に、その場がざわめいた。
たしかに、と頷くのはクリスと切歌だ。二人とも、己の攻撃を掴み取られたか白刃取りされている。
「先輩の援護に攻撃してみたけどな…不意打ちのはずだったのに、あっさり掴み取りやがった。しかも、自分に当たる分だけじゃない。先輩に
当たりそうだった分まで、だ。」
「イガリマの刃を白刃取りとか、とんでもない実力デスよ…司令でもあんな事出来ないんじゃないデスか?」
「私の鋸、掠りもしなかった…不覚。」
がっくりと肩を落とすのは調だ。切歌とのコンビネーションにおいて、相手の行動を制限するために放った攻撃は文字通り『全て』回避され、切歌の攻撃への布石を失わせる結果となってしまった。
次に話し始めたのはマリアだ。彼女が左手から放ったカデン粒子砲砲撃は、確実に相手の不意を打った。
「私の攻撃、完全に見えなかったはずなのよ。調と切歌で隠れていたと思ったし、実際直撃したはずなのに…」
そう。不意を打ち、確りと直撃した。装者たちの攻撃の中で、唯一の有効打になるはすだったその一撃は、何故か防がれていた。
頷いた弦十郎は、朔也にアイコンタクト。意図を汲み取り、彼は大型モニターに当時の映像を映し出した。そこには、マリアがHORIZON†CANNONを叩き込んだ瞬間が映っている。
「…止めろ。」
弦十郎が指示したのは、直撃の直前。その瞬間、彼女のギアが青から赤に変化していた。さらに彼女の右手には、マリアと同様の砲門が展開されている。真っ赤に輝いていることから、展開してすぐさま砲撃し直撃を防いだのだろう。
「これね。」
「ああ。」
スローモーションですら追い切れない程の高速展開で、彼女はマリアの攻撃を無効化した。そこで彼らは、ある疑問にたどり着く。
「
まず映されるのは、彼女がギアを展開してすぐ後だ。慎次に追われている時と、装者の気配に気付いた時。そのカラーリングは、紫をベースにしている。
次に映されるのは、慎次から逃走する時と、アガートラームの攻撃を防ぐ時。瞬時に真紅に変化した。アームドギアを使用したのも、この時だ。
最後は装者たちと対面し、戦闘している時。青をベースにしたガングニールと言われても違和感を感じない程のデザイン。
「緒川さんが聞いた聖詠によれば、『ヴィマーナ』ですね。古代インドにおいて、モヘンジョダロ遺跡が一夜にして滅び去った原因とも言われています。」
古代核戦争と言われるそれは、現代では否定されるのが大半だ。確かにガラス化した地域は発見されたものの、ただそれだけ。古代の超技術なんてものは存在しないし、その地形は現在立入禁止。それが、学説となっている。
「仮に伝承通りなら、飛行能力を持っているのは理解出来るんですけど…砲撃能力に加えて色が変わるなんて…」
エルフナインは眉を下げる。力になれない自分が不甲斐ないのだろうか。
「まだ分からないことだらけなんですけど…」
「いや、この短時間で全て解析するのは現実的ではない。これから、彼女に聞けばいい話だからな。」
分析は一段落を終え、小休止を挟む。話題に上がるのは、当然のように女性の話だ。
「あの人、誰なんだろうね。」
「おかーさんかな!」
元気に叫ぶ響歌に、空気が弛緩する。確かに髪色は似ているものの、その姿は全くの別物だ。遠目から確認しただけの響歌が誤認するのも無理はない。
「先輩の攻撃は当たらんし、飛び道具もダメ…しかも格闘戦はおっさん並とか。何なんだよアイツ…あれか、女版のおっさんか。」
「司令は男の人だよクリスちゃん!」
「んなこと分かってんだよ分かれよ!」
「ひどぅおい!」
よよよ、と泣き崩れる響。いつもの事ゆえにさらりと流し、翼はマリアに意見を求めた。
「マリア。どう思う。」
「…限りなく黒に近いグレー、って感じかしらね。私たちのことを知っていて、なおかつシェム・ハに関わりがあるだなんて。平行世界から来た悪の装者…なんて触れ込みの方が分かりやすいのに。」
なんなら私の攻撃なんて防がれるし、とマリアの猫耳ヘアーがへにょりと垂れる。不意打ちが効かないのは理解出来たが、それでも完璧なタイミングだったのにと悔しがっている。
「あの人…増えてましたよね。分裂するんデスか?」
「切ちゃん、分身かもしれない。」
なんデスとぉ!?と頭を抱える切歌。当然だ。NINJAは1人だけでお腹いっぱい。さらにもう1人増えてしまえば、常識人として何か大事なものを失ってしまうような…そんな気がする。
「あれ、師匠は?」
「あの人に会いに行く、って言ってたよ。」
「言ってたよー!」
その時、司令室の外を誰かが走り抜けていった。はて、誰か走るような人が居たのだろうか。ふと思い返して響は首を傾げた。いつも走っているのは、つまみ食いして怒られている切歌、寝坊して慌てている切歌、響歌の事を追いかけている切歌。
「…切歌ちゃん、ちょっと訓練しよっか。全力で。」
「デデデデデス!?」
「喧嘩みてーなノリで訓練に誘うな!」
その時、アルカノイズ出現のアラートが鳴った。装者たちの顔が引き締まり、モニターに一斉に向けられる。司令が居ないため、音頭をとるのはマリアだった。
「行くわよ皆ッ!」
●
…ひまでふ!ひまなのでふ!わたしは『かいぜんをよーきゅー』します!なんか急にみんながどたばたし始めて、わたしはおかーさんと二人でおるすばん。むむむ、あやしい…こっそりぬけだして…
「響歌?なにしてるの?」
「ひゃあ!」
ばれちゃった。ても急にナインちゃんのとこに行ってなんて言われたら、きになるよね!しかたないの!
「うん、でも…みんな、戦ってるから。大人しくしてよう、ね?」
はーい…でもひまだからなぁ…
「未来さん!急いで司令室まで向かってください!貴方の神獣鏡が必要になるかもしれません!」
ふぇ?
●
「…なに、これ。」
「未来、響歌には。」
仕事モードの響が、娘には見せないように未来へ伝える。彼女は黙って頷き、目を閉じるように言いつけた響歌の耳を塞ぐ。彼女は聡い子だ。幼少期からS.O.N.G.に出入りしていたからか、話を聞く場面ではしっかり聞いてくれる。
「酷い…」
「…なんだよ、こんなの。」
翼とクリスが震える声で絞り出せたのは、そんな言葉だった。調と切歌は絶句し、マリアは目を逸らしている。それほどまでに一方的な戦いが、モニターには映し出されていた。
先程まで激戦を繰り広げていた装者。名前も知らない彼女が、人の形をしたナニカに一方的に蹂躙されていたからだ。
近付いて殴ろうにも、赤黒いオーラでその拳は阻まれて届かない。拳よりも威力が高いと言われる蹴り。長い足から繰り出されるそれも、すべての攻撃が通らない。
対して、真っ赤な髪を靡かせた少女。赤黒いオーラを纏って立つ彼女は、大雑把に腕を振るって装者を吹き飛ばす。そこで初めて、彼女たちの戦っている場所がリディアン跡地である事に皆は気づいた。数々の戦いで傷ついた学び舎が、さらに原型を留めることなく破壊されていく。
しかし何度吹き飛ばされても、装者は立ち上がる。ふらつく足を無理やり動かし、
「…これは、
「はい。皆さんがアルカノイズの対応に追われている時に発生しました。恐らく、今はもう──」
「紫羽ッ!」
その時、術衣に身を包んだ誰かが司令室に飛び込んでくる。解いた髪で分かりにくかったが、その姿は画面の中の装者と同一人物だった。
「待つんだ紫羽くん…!」
「…なぁ、おっさん。そいつ、誰だ?」
彼女を追って走ってきたのは弦十郎。乱れた息を整えるため座り込みながらも、モニターから視線を外さない女性。彼女に寄り添うように彼は膝を着いた。
「…彼女は、【風鳴紫羽】、らしい。どうやら記憶が曖昧らしく説明がよく分からなかったのだが…その、画面の中に映る女性。彼女は分身だそうだ。」
見れば、顔立ちも瓜二つ。そうか、と翼は納得する。ここにいるのは、展望台でシェム・ハと話していた少女なのだと。
「違う!わたしは──」
彼女が髪を振り乱して叫ぼうとした瞬間。モニターに眩い光が溢れ、そして映像が途切れた。緒川の分身が消えてしまったそうだ。そして彼から、衝撃の言葉が放たれる。
「…この時、装者の…仮称【風鳴紫羽】の、絶唱による消滅を確認しました。」
「絶唱…だと?」
翼の脳裏によぎるのは、かつての相棒の姿。アームドギアを用いずに絶唱を放てばどうなるのか。それは、誰よりも翼がよく知っている。それほどまでに強大な相手なのか、とその身体が震えた。
絶唱のリスクは装者ならば誰もが知っている。故に彼女たちは考えた。絶唱を使うことで消滅したならば、彼女はきっと、LiNKERを使った時限式なのだと。その時。
「うそ…うそよ…し…う…」
風鳴紫羽、らしき女性が気を失って倒れ込む。目を閉じた、青白いその顔は。誰かに重なって見えた。
●
「響歌は、響の所に行っててね。」
「はーい!」
女性は気を失い再び病室に運び込まれた。風鳴紫羽、そう名乗った女性は別世界の装者ではないか。そんな仮説が立てられた後、突如として天羽奏が現れた。翼に連れられてS.O.N.G.にやってきた、風鳴紫羽の事を知るような素振りの奏。しかし彼女は風鳴紫羽の最期を聞くとそのまま部屋を飛び出していってしまった。
『紫羽を、見殺しにしたってのか!お前らは!』
違う。そう言えたならどれだけ良かっただろうか。さしもの弦十郎も、奏の剣幕に気圧されて何も言えずじまいだった。
「ぶーぶー、わたしばっかりなかまはずれー。」
それからしばらくして、未来と響歌は「風鳴紫羽」の病室を訪れた。しかし病室に入るなり直ぐに響歌は追い出され、響の元へ歩いている。不満げな彼女を見かねたのか、どこからともなく現れた慎次が響を呼び出した。
どうやら響は甲板にいるらしく、慎次に連れられて響歌は不貞腐れながら歩いていた。ご機嫌ななめなプリンセス。そんな感想を抱いた慎次は、
「響歌さん!危ない!」
しかし飛来した瓦礫から響歌を守った。抱えての待避は間に合わず、響歌を抱きすくめて庇う形になってしまった。
唐突な本部への被害。瓦礫が飛んできた先には、甲板へと続く扉があった。しかしそこには扉はなく、ただ1人、
ぞくり、と背筋を何かに撫でられたかのような感覚。あれと対峙するのはマズイと、長年の勘が叫んでいる。故に彼は、煙幕を展開して撤退を選ぶ。即座に反転し、潜水艦の内部へと消えていく。
《逃がさないわ。》
「何者だッ!」
「緒川さんは逃げてください!響歌も!」
「響、私も。響歌を守るよ、シェンショウジン…!」
「待って!おとうさん!おかあさん!」
後ろから聞こえた声は、頼もしい装者達の声。痛む体に鞭を打ち、慎次は響歌を抱えて走り続ける。向かうのは、エルフナインの研究室だ。
《逃がさないって、言ったわよね。》
しかしその少女は、身体から赤黒いオーラを放出して慎次の前にヒトガタを形作る。不定形に姿を変えるソレは、慎次ですら出せないスピードで彼らを追う。響歌を抱え、負傷した慎次では逃げ切ることは出来ないだろう。
「行け慎次ィ!」
「司令!…分かりました!」
「げんじゅーろさん!」
しかしそのオーラは質量を持ち、なおかつ炭化や分解などの能力は持っていないらしい。今まで暴れられなかった鬱憤を晴らすかのように、弦十郎がヒトガタを殴り飛ばす。
彼に背中を任せ、慎次はただひた走る。抱える響歌は突然のことに混乱し、暴れだしている。
「しんじ、おろして!おかーさんが!」
「大丈夫です、よ…未来さんなら…!」
度々ふらつきながらも慎次はエルフナインの研究室まで辿り着き、慌てて出てきた彼女に響歌を託す。
「緒川さん、手当を…」
「いえ、司令の援護に回ります。響歌さんを、任せました。」
そう言って彼は姿を消した。2人だけが残されたが、その時エルフナインの通信機に連絡が入った。送り主は、やってきていた奏だ。
「奏さん!?…え、は、はい!分かりました!」
すると彼女は響歌の手を引いて走り出した。後ろからは響の声も聞こえてくる。仲間に任せてこちらへ来たのだろう。
「エルフナインちゃん、響歌!」
「おとーさん!」
「響さん、急ぎましょう。奏さんが言うには、それがたった一つの解決法らしいですから…」
わかった、と頷く。恐らく響歌は自分が抱えた方が早いだろう。そう判断して響は走るスピードを上げた。
「どこいくの、おとーさん。」
この状況で、泣き叫んではいない。日頃訓練を見慣れてしまったからだろうか、これも訓練の一環だと思っているようだ。そんな彼女に現実を教える訳にもいかないだろうが、きっと分かってしまうだろう。
悩みに悩んだ響が出した、結論とは。
「────響歌、貴方に、世界を渡ってもらう。」
「ふぇ?」
包み隠さず、真実を教えることだった。
ちょりっす。我シェム・ハ。
あいさつを変えてみたぞ。これで特殊タグを使っ…ておらんな作者め!
おのれ!神罰である!不敬であーーーる!!
…ごほん。次回、「またね」
これ、展開分かってる読者様はもう題名から分かるのではないか?初見様がおるとは思えんしなぁ…え、いる?きっといる?そんなに頷かんでもよかろうに…
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第3話 またね
…どうも。小日向未来です。娘が失礼しました。
今回も響はカッコイイですよね。このカッコ良さが…(以下省略
はい!おかーさんがぶつぶつしゃべってるから、いくよー!
だいさんわ!どうぞー!
「せかいを、わたる。」
響歌を肩に担ぎ、ギャラルホルンの安置された部屋まで走る。走る音が1人分少ないと思って振り返ると、エルフナインは風の錬金術で飛行していた。なんだそれは羨ましい。ギアを展開しようとした響だったが、結局走らなければならない事に気づいて止めた。
ぽかんとした顔を続けていた響歌だったが、すぐに我を取り戻したのか響の肩の上で暴れ始めた。じたばたと動かす腕と足がいい感じに背中と脇腹に当たって痛い。
「どーゆーことなのー!!」
「今S.O.N.G.は変なのに襲われてて装者の皆が対応してるけど誰も勝ててなくて未来たちに任せて私だけこっちに来たら奏さんの作戦かなんかで貴方をギャラルホルンで別の世界に渡すしか
一拍。
「つまり、響歌だけが皆を助けられるってこと。」
「……わたしも、おとーさんみたいになれるの?」
「ええ!きっと…ねッ!でも本音はそうじゃない!貴方を…
「響さん!」
「よっこい…しょお!」
どっせい。女性が出してはいけないような声を上げ、響は電源の死んだ扉を殴り飛ばす。鋼鉄製だったはずのそれはいとも簡単にひしゃげ、部屋の中に倒れ込む。響歌はそれを見て目を輝かせていたが。
「エルフナインちゃん!どうするの!」
「強引ですがボクの歌で起動させます!キャロルから受け継いだこの身体なら…きっと!少しだけ時間を下さい!」
エルフナインが歌を高らかに歌い上げる中、響は己の娘を下ろして、その手に赤いペンダントを握らせる。それは神すら殺す必殺の槍。奏とマリア、そして響。物こそ違えど3人が纏ったガングニールを、彼女は娘に託す。
キョトンとした顔で響歌はこちらを見上げてくる。その顔を見ていると、胸が苦しくなる。まだ年端も行かない己の娘に、己は己と、仲間の命さえも託そうとしているのだ。それがどれだけ罪深いことなのか。謗りならはいくらでも受ける。娘に何と言われても、その時は甘んじて受け入れよう。
「響歌、あなたはこれから、私達の誰よりも苦しい道のりを行くかもしれない。最悪、誰も助けてくれないかもしれない。」
「おとーさん、は?」
「私は、残らなきゃ。私の拳なら、ほんの少しだけ効果があったから。」
拳を握る。シンフォギアを纏わずとも、あの怪物に己の拳は僅かなりとも通用した。それは最後の最後、撤退する時に証明されている。ガングニールがあればより良かったけれど、無いものねだりだ。
奏が言い切った、『響歌だけが、家族を救える』。その言葉を信じて誰もが戦っている。いや、戦うという言葉は不適切だ。必死で、怪物の注意を引こうとしている。
何故か怪物は自分たちよりも、響歌を狙っていた。恐らく響歌が反撃のための鍵なのだろうが、既に疲弊が見えていた装者たちに援護する術は残っていないだろう。ましてやLiNKER無しで戦えるのは響と翼、クリスのみ。未来のファウストローブはあるが、彼女は戦い慣れていない。
ならば、奏に賭ける。これから出撃するであろう彼女も合わせて、なんとか足止めならば果たしてみせる。例え、この身が滅びても。
「ねえ、みんな、逃げないの?」
「逃げないよ。どれだけ強い相手でも、例え勝てる確率がほとんどゼロでも、私達は逃げない。それは世界を守るためだったけど、今は。今だけは、
「クリスちゃんはよくお菓子をくれるでしょ?翼さんは難しい言葉使ってるけど、時々凄く美味しいお菓子をくれるでしょ?それはね、私に似て、響歌が食べることが大好きだから。」
「うん。クリスはおいしいのをいっぱい、つはささんはすごくおいしいのをたまに。わたしね、おかし大好きだって言ったらね、ふたりとも笑ってるの。」
響歌は思い出す。
やたらと胸が大きくて、言葉遣いが荒いけれどよくお菓子をくれる銀髪の女性を。胸は無いし難しい言葉を使うけれど、格別美味しいお菓子をくれる蒼髪の女性を。ふたりとも、よく頭を撫でてくれる。
「切歌ちゃんはよく響歌に抱きついてくるでしょ?調ちゃんは切歌ちゃんを叱って、二人で抱き締めてくれるでしょ?それは、響歌のお姉さんになれてるような気がしてるから。」
「きりかのぎゅー、痛いけどあったかいよ。しらべねーちゃにおこられて、さいごはふたりでぎゅーってしてくれるの。あったかいの。」
響歌は思い出す。語尾がおかしくて抱きしめる力が強いけれど、母とは違う温かさをくれる少女を。落ち着いていて切歌のストッパーになっているけれど、己を妹のように大切にしてくれる少女を。
「マリアさんはきっと、響歌の事が苦手…なのかな。ううん、違う。多分二人きりになったら
「うん。なんかわたしのしってるマリアさんじゃなかった。」
娘よ、何故そこで味わい深い顔になる。響はマリアの事が不憫でならなかった。きっと猫可愛がりしているのだろう。実際そうしている。
「それで、司令とか、大人の人達。」
「えっとね、えーと、みんないっしょにあそんでくれるよ!」
弦十郎はよく肩車をしてくれる。誰よりも高い光景で眺める景色は、いつもと違って見えた。慎次はいつも分身を見せてくれる。仕組みを聞いても教えてくれない。いつか暴いてやる。響歌は誓った。
あおいは
「未来と私ね、響歌が出来た時…嬉しくて号泣しちゃった。エルフナインちゃんが何とかしてくれたおかげなんだけどね。」
「…それでね、私と未来も…」
「起動しました!無理矢理なので座標指定が上手くいってませんが…これでいいんでしょうか…」
響の言葉は、エルフナインの叫び声で中断された。しかしそれを悲しんでいる暇はない。今すぐに奴がやってこないとも限らないのだ。
「おとーさ…」
何か言いかけた響歌を抱きしめる。暖かい。確かに生きている。私と、未来のこども。どうか、その道に幸あれ。
「響さん。」
「うん。分かってる。けど響歌は…」
ここに来て、自分の娘が心配になる響。自分ではいけないのか、そんな考えが脳裏をよぎる。しかし、子供は親の知らぬ場所で成長しているものだ。
「大丈夫。わたし、がんばるよ。」
例えば、父親の背中を見て、憧れて、そしてそれを目指すようになっていたりする。響歌の目に宿るのは、5歳児では有り得ない覚悟の光。なまじS.O.N.G.に連れてきてしまったが為に、少なくない「大人の話」も聞いてしまっていた。
買い物の時でも遊びの時でも、一度こうなったらテコでも動かないのが響歌だ。誰に似たのか…恐らく未来だろう。そう考えて響は娘の両肩を掴む。
「…本当は?行きたくないんじゃないの?」
「ううん。おとーさんみたいに、
娘の覚悟は揺らがない。
響には分からなかったが、響歌の表情は嘗てガングニールを得た時の自分そっくりだった。根底にあるのは、『誰かと手を繋ぐ』こと、『家族を守る』こと。似ているようで、似ていない。
響歌のそれは、必要とあらば誰彼構わず殺すだろう。無論、己すら。しかしそうしてまででも彼女は家族を守り抜く。
「みんながね、わたしのこと好きなのとおなじで、わたしもみんなのことが大好きだから。だからね、大丈夫。」
──カチリ。何かのロックが外れた音がした。
注がれた愛情は、ここに1つの花となる。決して白くはない、これから真紅に染まるであろう、そんな花。
決意は変わらず。なおも説得を続けようとした響は、娘の背中に
「───────そっ、か。」
「それなら、いいや。」
きっと数年前の未来も同じ気持ちだったんだろうな。そんな感覚を覚えた。あの時は心配をかけてばっかりで、彼女の気持ちを分かりきれていなかった。
あとで謝って、それでいて感謝しておこう。響は決意し、響歌の頭を乱暴に撫でた。自分は未来のように陽だまりにはなれないし、『母親』と名乗れるような器でもない。だけど、家族を守る『父親』になら、なれるかもしれない。
「わ!」
「響歌。」
とん、と。かつて誰かがしたように、響は娘の胸に握り拳を当てた。
「
そう言うと、すっかり伸びてしまった髪を纏めるリボンを解き、娘の手首に巻き付ける。未来とお揃いの、白いリボンを。
「御免、私は力になれないみたい。だからね、これ、また返しに来てよ。絶対、約束ね。」
「うん。」
指切りげんまん、嘘ついたらガングニールのーます。
立花家流の、現実であればスプラッタになりかねない指切りを交わして響は立ち上がる。エルフナインは、ただこちらを眺めていた。
「響歌。」
「わかった!」
せめて、見送りだけでも──そんな希望は、打ち砕かれる。
『ひび、き…』
「───────未来ッ!」
『そっちに、1人…』
自分がブチ抜いた扉の本来あった場所。その向こう側からナニカが来る。呑気に家族団欒とは、行かなさそうだ。
「行って響歌!振り返らないで!真っ直ぐに!」
「おとーさん!」
己は拳を構えた。目の前のヒトガタは、実体を持たない分身体。本体は未だに戦闘中。皆の元へ行くためにも、まずは眼前の敵を打ち倒す。
ギャラルホルンのゲートまで駆ける響歌は、最後に一言。ほんの一瞬だけ立ち止まり、振り返って叫んだ。
「がんばれ!お父さん!」
笑みが零れる。初めてしっかり、父と呼んでくれた。その嬉しさだけで、胸の中が熱く燃え盛る。
既に響歌はゲートの中へ。己の返答は見えるはずもない、聞こえるはずもない。それでも響は、片手を上げてこう言った。
「お父さんに!任せなさぁい!」
ここから。ここから、全てが始まる。
「5歳の娘が覚悟決めたのよ──」
果てなき旅路に飛び出した立花響歌。
「私が負ける訳には!行かないわよね!」
彼女の行き着く先とは、果たして。
◆◇◆◇◆
「ここが、ぎゃらなんとか。」
直感でそう察した彼女は、がっしょがっしょと音を立てて歩く。画面越しでしか見たことのなかった、父のギア。それを今、自分が纏っているのだ。少し誇らしくなり、そして寂しくなる。
「…よし、がんばる!」
そして彼女は気合を入れようと、
「ふぁ、あああああ!?」
突如として両腕のガントレットが変形。巨大な槍を形成する。まるで平行世界のマリアの如きサイズ感で、彼女は槍を持つ。
「なんじゃこりゃー…」
ぶんぶん。軽い。しかしこれは父のものではない。父は拳1つで戦っていた。そう考えた瞬間、槍が光って両腕に収束する。
「のわー!?」
今度は、再びガントレットへ。コロコロと姿を変える己のギアで遊びながら、響歌は光の中を歩き続けた。その時。
「…ぴき?」
光の通路が、崩壊し始める。本来この通路を保つべきエネルギーが不足し、ギャラルホルンが閉じようとしているのだ。慌てて響歌は走り出すも、既に遅かった。
「きゃああああああああああ!!!!」
一瞬で通路は崩壊。響歌は、深い闇の中に放り出される。
●
───────クリス。
暗くなった意識の中で、響歌は家族の名前を呼び続ける。
───────つばささん、きりか、しらべねーちゃ、マリアさん、げんじゅーろさん、しんじさん、あおいさん、さくや、エルフナインちゃ、
そして、
───────おとーさん、おかーさん。
突然だが、強い意志とは得てして何か超常的な現象を起こすものだ。例えば、火事場の馬鹿力。人間が無意識で掛けたリミッターを外し、いつもよりも強い力を出すことを可能にする。
例えば…シンフォギアの、限定解除。
───────みんなを、まもらなきゃ、な!
カチリ。二度目に響いたその音と共に、響歌の意識は光の中へ吸い込まれていく。絶対に抗えないその力を前に、
『ふんぬぁ!』
響歌は、持ち堪えてみせた。
『みんなをたすけるんだもん、このぐらい!』
装者が至る、1つ目の限定解除に齢5にして彼女は至る。
『わたしに…
「シン、フォ、ギアァァァ!」
●
ゲートが開く。
『殺せ!』
眼前で
『パパ!』
さぁ、ねじ曲げよう。
「──家族を、守るよ。」
書き換えろ、
やっほー、我シェム・ハ。
なぬ、響歌とネタ被りだと…!ぐぬぬ、末恐ろしい娘よ!
そろそろ我の出番もくれ?さもなければ本編を乗っとるぞ?
え、XVまで無い?
ま、まぁ良いわ。神は順番を守る故な。
次回、第4話。「こんにちは、キャロル」
…む?なにやら展開が変わっておらぬか?おらぬか。おらんよな!?
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第一章 はじまりの錬金術師たち
第4話 こんにちは、キャロル
私はピンシャン!マリアよ。
今回も概ね元ネタ通り…え、まさか、このドレスって。
それでは、第4話。よろしくね。
わたしのパパは、錬金術師だ。わたしは、そんなパパの助手をしている。助手と言っても家事のほとんどに、使った器具の洗浄や片付け。小間使いみたいだけど、パパが錬金術以外になんにもできないからこうするしかないんだよね。そろそろ自分の身の回りぐらいは片付けられるようになってほしいな…
あ!そういえば、最近パパは村で流行している病気への特効薬を作ったんだ!治療法もわからないその病気は、罹ったと分かれば村の皆から白い目で見られるし、家に閉じ込められてそのまま…なんてことも多いんだ。だから、この薬があれば皆を助けることができる!
そう、思っていた。
「異端者を殺せ!」
「自分でまいた種を自分で拾ったくせに!」
「偽善者!私の娘を返してよ!」
どうして。
「おい、この娘はどうする。」
「放っておけ。何も出来んだろう。」
「…なら、」
どうして?どうしてパパが磔にされたの?どうしてみんなを助けようとしたパパがこんな目に遭うの?どうしてみんな、こんな事をするの?
「おっと、暴れるなよ嬢ちゃん。」
「なかなか、イキがいいじゃねえか。」
どうして、どうして─!
「誰か、助けてよ…」
●
「…あん?」
初めに気づいたのは、今まさに磔にされた人物を燃やそうとしていた男だった。彼が松明を掲げると、その時緑の光を見た。
空中に現れた小さなそれは、みるみるうちに巨大化し、人が一人通れる程の大きさとなる。男の動きが止まったことに気づいたのか、周りの人間も空を見上げた。
「なんだ、ありゃ。」
そして、緑の渦は一際強く輝くと、光を吹き出した。光の粒子が飛び散る中で、人々は。
「てんし、さま?」
宗教とは縁遠かったキャロルですら、そう呟く。
「あ、あの!」
しかし少女の行動は、村人たちによって妨害される。すぐさま服を掴まれ、地面に投げ出された。下手人は誰でもない誰か。彼らがこの行為を許容している以上、悪人というものは存在しない。
故に、父を呼ぶキャロルを引き倒した男は、誰にも咎められることは無い。あまつさえ彼女に向けた憎々しげな表情を、突然現れた少女には喜色満面に一変させてみせた。己が求めた救いの姿。その存在へ。それは権力者に媚びへつらうような表情ではなく、純粋な崇拝だった。
人間とは物事を己にとって都合よく解釈する。例えば、流行病とその特効薬。例えば、魔女狩り、その処刑時に現れた天使。それら全てを、己の行いが正しいからだと肯定するために。つまりこの男、眼前の少女は異端者狩りを主導した己を褒め称えるために出現した、そう考えたのである。
「おお、天の遣い…異端者へ裁きを下しに」
「何をしているの?」
ゾクリ、と。己が求めた救世主は、しかし塵芥を見やるような眼差しをこちらに向ける。男は、審判を
「家族と引き放たれる娘、磔にされたその父、そして、それを許容する村。」
つらつら。決して視線は磔の男性から外すことなく。たった今現れたばかりの御使いは、まるで書面を読み上げるかの如き淡白さで状況を確認していく。
「もう一度聞く。何を、しているの?」
キャロルと、磔の男性─その父親にとっては、まるで理解を超えた出来事で、ただ呆気に取られるだけであった。しかし、他の者─村の人々にとって、その言葉一つ一つは、罪状を読み上げられているように感じられた。
己の行いは肯定されるはずであった。
ここにおいて男は、致命的なまでの…もはや取り返しのつかない思い違いをしていた。
ひとつ。白服の男は異端者を狩れとは言ったものの、その後の事は一切何も言っていなかったこと。
ふたつ。『天使』の出現は、決して必然ではないこと。ただ偶然現れたに過ぎないのだから。
みっつ。彼らが『天使』だと思い込んでいるのは、決して御使いなどではない、普通の
故に、
「答えろ。」
「そ、それにつきましては御使い様も存じ上げていらっしゃるかと…」
「言いなさい。」
ただひたすらに、己の無力さを実感させられる。ただ
「こ、この者の処刑を、行っておりました。」
「この者は、村に病を蔓延させ、あまつさえ己の作り上げた薬でその病を治療して見せたのです。」
「これは自作自演、そうでしかありますまい。そう考え、我々はその男を裁判に掛けました。」
次々と出てくる、告白。一度誰かが口を開いてしまえば、人間とは呆気なく話し始めるのだ。堤防の切れた濁流のように。
「ある日白服の男が現れ、こう言ったのです。」
『彼は異端者だよ。魔女と言ってもいい。間違いない。この僕が言うのだから。』
「きっと彼は高位の聖職者であったのでしょう。われわれは…」
「もういい、黙れ。」
みし、と。彼らはハッキリと耳にした。人々は、何かが軋み砕ける音を聞いた。周りを見回してみると、仲間も同じように見回していた。
「今のは…」
「あぎゃあああああ!」
叫んだのは、誰であろうか。
その声の主は、青紫色に変色した自分の指を抑えて地面を転がる。それを皮切りに、次々と叫び出す村人たち。ある者は同じく指を抱え、ある者は足を抱える。
動物は、本能的な恐怖には逆らえない。故に彼らは、正気を保つために無意識領域下で自傷した。
「な、に。これ…」
「もう、大丈夫。」
それを為したであろう少女は、ゆっくりと降下し男性の縄を解く。自由になった両手足を擦りながら、男性は駆け寄る娘を腕に抱いた。もう二度と感じられないかと思っていたその温かさに、視界が滲む。
しばらく2人で抱き合った後、彼らは少女を見る。先程までとは打って変わって、異国の装束に身を包む少女を。
「あなたは、天使、なの?」
「あー、違う、かも?」
あはは、と気まずそうな彼女を見ると、自分と年齢が変わらないのではないかと感じてしまう。精神的に成熟しきっているだろう立ち振る舞いに、まだ5、6歳ではないかと思わせるその肉体。
アンバランスな目の前の少女は、頭を搔く手を止めて伸びをした。んー、と声を出し、両手を高く上げる。目覚めて数分。そんな勢いで、彼女はそこに立っていた。
「君は…何者なんだい。」
「人に名前を尋ねる時はまず自分から。よく言うでしょ?」
片目を閉じ、ウインクしながら彼女は言った。それもそうか。言われてみれば確かにそうだ。己の名を明かしてもいないのに、相手の名を知ろうなど無礼にも程がある。男性は名乗ろうとして─周りを見て止めた。
「ここでは少し
相手は首肯。どうやら受け入れてくれたらしい、と安心して彼は己と娘が住む家まで歩き出す。先導は、彼の意志を汲んだキャロルと、その隣を歩く少女だ。自分は少し、野暮用がある。
2人には先に行くよう言いつけて、彼はのたうち回る村人たちを手当していく。このまま捕まったり、などとは考えない。なぜなら、彼らにその意思は残っていないから。
「…我々は、何をしていたのだ。」
「さて。彼女の考えていることは、きっと私達には分からないのだろう。まるで天使だったからね。」
「ああ、そうだ天使様だ…天使様がいたんだ…」
うわ言のように繰り返される、『天使』という言葉の数々。その言葉に男性は顔を顰めた。おそらく彼女はそんなものではない。もっと違う何かがある。そんな漠然とした予感があったから。
一通りの手当を終えた時には、日が暮れてしまっていた。これは帰ったらキャロルに怒られるだろうな。そう考えながら男性は村を出ようとした。
「あの、すみません。」
「…はい?」
しかしその寸前、か細い女性の声が彼を呼び止める。振り向くと、そこに立っていたのは
「これ、あの…病気が、治ったから。」
「…ああ、良いんだよ。私は対価を求めるために治療した訳じゃないんだ。これは君が持っておきなさい。」
「いいえ。私からの感謝と…謝罪です。」
無理やり押し付けるようにしてそれを男性に預け、少女は駆けていく。決して質素ではないそのドレスは、きっと一張羅だったのだろう。しかしこの村はお世辞にも豊かとは言えない。ならば誰の物なのだろうか。
そこまで考え、男性はふと思い出した。数年前、まだ村人たちと交流があった時のこと。村長の娘の誕生日パーティーと称して無理矢理会場に引きずり込まれたことがあった。その時、
「感謝と、謝罪、か。」
流行病で消えゆくばかりだった自分の命が救われたことに感謝しない者はいない。村長の娘に薬を与えたこともあったかもしれない。故に、感謝されるのは分かる。
しかし謝罪とは?彼女は何か自分にしただろうか。答えは否。処刑に反対する者であったならば、彼女は家に閉じ込められたはずだ。村長の娘であれば影響力は決して小さくない。故に処刑断行派だった村長は彼女はを家に閉じ込めていた。
ならば彼女は何らかの手段を用いて脱走して、自分にあの一言を告げるためだけにここまで来たのだろう。そして謝罪とは、暴走した父親を止められなかった己の弱さを恥じて言ったのかもしれない。
「…キャロルには、少し大きいな。」
試しに広げてみるが、キャロルには大きかった。背が伸びると何れ着るだろうし、保管しておいて損は無いだろうし、害も無いだろう。
「そろそろ帰るとしよう。」
キャロルがエプロンをつけ、腰に手を当ててぷんすか怒る姿を想像し、男性は笑みを零した。
「さて、キャロルは何をしているのかな。」
●
「…で、村人の手当をしていた、と。」
帰宅した男性を待ち構えていたのは、想像通りのキャロル…ではなかった。歴戦王のオーラを放った彼女を見るなり、男性はすぐさま確信した。
『あ、これはアカンやつや。』
と。故に彼は小一時間にわたる説教を甘んじて受けいれ、ただ俯いていた。実年齢は既に二回りほど異なっていても、中身はしっかり大人びていた。
さて、キャロルの説教も一段落し、食後のティータイムに入る。これからは、自己紹介の時間だ。
「さて、私の名前だったね。」
「私は、イザーク・マールス・ディーンハイム。そこの娘と同じく、錬金術師だ。」
「私は…響歌。ただの響歌です。」
そして最後の一人が、その名を口にする。
「私は…キャロル・マールス・ディーンハイム。」
「イザークさんに、キャロルちゃん。」
「よろしく、お願いします。」
「あ、突然ですけど私を雇ってください」。
「「唐突!?」」
むにゃ…シェム・ハを、崇めよー…はっ!
む、シェム・ハである。
そろそろ作者がメンタル逝きそうとかほざいておったぞ。
書け。
次回。「響歌・マールス・ディーンハイム」
およ、響歌の様子が…?
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第5話 キョウカ・マールス・ディーンハイム
時系列とかは関係ありませんからね。やりたい放題です。
切ちゃんがいないのは残念だけど。
それでは第5話、どうぞ。
追記
作者が半分寝ながら執筆してたそうで、誤字が酷かったのです。修正しておきましたが、もし見つかればお願いします。
だそうです。
私がここに来て、何週間かが経過した。どうやら私は受け入れて貰えたらしく、イザークさんの義理の娘として、『キョウカ・マールス・ディーンハイム』を名乗ることにした。
ここに来た初めの頃は、イザークさんの助手をするキャロル…の、助手として色んなことを手伝っていた。キャロルちゃんはしっかり者だし、なんでもできるけど身体は一つしかない。基本は見ているだけ。どうしても人数が必要な作業は私が手伝う、そんな日々が続いていたけれど…
「キョウカ姉、私はね。」
「うん。」
「おやつ食べててって言ったよね。」
「うん。」
「
「そこの本読んだら出来た。」
「なんでぇ!?」
キャロルちゃんが夕食を作っている間、その辺に置いてあった錬金術の本を読んでいたら、
初めにそれを見たキャロルちゃんの反応は、この通り。自分でもここまで上手く出来ないのにと頭を抱えてうんうん唸っている。いや、確かに見た目は派手だけどさ。これ温度変えて燃やすだけだから。凄く簡単だから。なんなら3ページ目ぐらいに書いてたから。
「ぐ、ぐぬぬ…私だって!」
「キャロルちゃん、危な」
「あ」
私に対抗して風と水の錬金術を使うキャロルちゃん。たぶん四大元素全てが使えるということを証明したかったんだろうけど…室内でそれは良くないと思うんだよね私ぃ!
案の定、風に煽られた水は勢いよく室内に飛び散った。大惨事だ。幸い濡れて困るもの─錬金術の本とか─は私が抱えたから何ともなかったけど、室内はびしょ濡れだ。
「キャロル?さっき凄い音がしたけど…」
「「あっ」」
その時、イザークさんがやってきた。彼は室内を見回して状況を把握。ある一点を眺めたままフリーズ。しばらくして再起動した彼は、ぎぎぎ、と音を立てんばかりにキャロルの方を見て、にっこりと笑った。
「やぁ、キャロル。」
「…はい」
「洗濯、ありがとうね。」
「…はい」
「キョウカ、少しこの子を借りていくよ。」
「はーい。」
ずるずると引きずられていく私の
ぎゃああああ…とフェードアウトしていくキャロルちゃんの悲鳴。許せ、私に彼を止める術は無いのよ。あなたはゆっくりしっかり怒られて。そして己の行いを後悔しなさい。
そんな他人事丸出しの(実際私は何もしていない)感想を抱いた私は、ふと思い立って外に出る。途中で聞こえた悲鳴?無視だ無視。
山中に建てられた質素な一軒家。ここがディーンハイムの家だ。私が来てから新しく作ったもの。私が。
『なんで私だけ…肉体労働…』
『いや、錬金術使えないでしょ』
『ありがとうねキョウカちゃん…』
キレて途中からギアを使った私は悪くない。
「…火傷してないよね。」
先程炎を浮かべた右手をしげしげと眺める。火傷どころか煤の欠片も付いていない。そういえば熱さも感じなかったな、と思い私は再び火を灯す。
最初に灯した状態から、ゆっくりと温度を上げていく。イメージするのはエネルギーが手に集まる感覚。すると炎は、その色を赤から青へと変化させる。
「これ、若干浮いてるんだね。」
掌の上の炎は、私の体からほんの少しだけ離れた場所で燃え盛っていた。これ、一体どういう原理なんだろうか。まぁ考えるのはやめておこうかな。錬金術の本だって、内容は8割ぐらい理解できなかったし。
そこまで考えた時、私はこの炎の使い道をどうするか。そんな難問に行き当たった。火力調節はしやすいから…料理の時に便利だね。以上。
どうしよう何も使い道がない。私が錬金術を学んだ意味…なんだっけ。三角座りでるーるーと呟きながら私は空を見上げた。段々と空は赤くなり、辺りは暗くなってくる。
私は手頃な枝を拾って火を灯す。やった、使い道がまた見つかった。松明係。自分で考えて寂しくなったから枝を持ったまま、またしばらく三角座りでるーるー呟いていた。
『あぴゃあああああああああ!!』
「…そろそろ戻ってあげようかな。」
割とハッキリ聞こえる悲鳴に、私は渋々家に戻ることを決めた。一体何が行われているのか、私には想像もつかないけど。とぼとぼと歩く私。そんな私に、誰かが話しかけた…ような、気がした。
───────それで良い。響歌よ。
───────頑張れ。
周りを見ても誰もいないし、きっと空耳なんだろう。そう断じて私は、止めた足を再び動かす。
「燃えろ!」
「あー、やりすぎ。」
「火力調節してないね?」
「だって…だってえ…」
私たちは村を出た。村の人々の空気が、また悪くなってきたからだ。人はストレスを溜め込むと、その捌け口をどこかに
村人たちのフラストレーションを発散させるためにイザークさんが処刑されるなんて真っ平御免だし、それに私は『天使』だのなんだのと呼ばれていたが、最近では私への風当たりも冷たくなってきたし。
『…そんな訳で、村を出ましょう。旅に出ます。』
『『なんで?』』
突拍子もない私の提案に乗ってくれた2人には感謝しかない。持てるだけの資料をかき集め、必要最低限の器具だけを持って、私たちは夜中に村を出た。そこからは、寝る場所も安定しないまま旅を続けた。
ある時は、私の容姿が怪しいと言われて追い出された。
別の時は、元いた村と同じように異端認定されかかって命からがら逃げ出した。
またある時には、村を襲った盗賊を錬金術で撃退した時。村人たちが化け物を見るかのような目つきでこちらを睨んできたから、私たちは自ら村を出た。
『…キャロル?』
『どうして、キョウカが叩かれたのかな。』
石を投げられた時もあった。
『それはね、私の錬金術があの人たちには奇妙に見えたからなのかも、しれない。』
『…錬金術とは、世間に広まっている訳では無い。私たちが日常的に使っているそれも、彼らにとっては魔法のようなものだ。それこそ、
『…だから、石を投げたの?みんなのために、って。キョウカは…』
その理不尽さに、キャロルが泣いたこともあった。彼女を抱きしめるイザークさんを見て、私は複雑な気持ちになった。同情と羨望と嫉妬と…訳の分からない感情がごった混ぜになった、気味の悪い気持ち。何故だろう。
『キャロル、私の炎…食らってみたいの?』
『ふん!私の水で消してやる!』
喧嘩で錬金術を使うことも増えた。私が火の錬金術以外は不得意なのもあって、キャロルは水の錬金術しか使わない。確かに火は水で消えるけどさ…
あまりに高い温度の火は、水と反応して大爆発を起こすらしい。私とキャロルは学んだ。ガミガミとイザークさんに説教されながら、2人で顔を見合わせて笑った。
「で、キャロル。」
「…はい。」
「キョウカに言うことは?」
「…ごめんね?」
「いいよ。また買えばいいもん。」
今日は、私が謝られる番だ。キャロルが私のお気に入りの本をびしょびしょに濡らしたから。慌ててキャロルが水の錬金術で水分を抜き取って乾かしたとはいえ、その勢いでインクすら無くなってしまった。
「それも、そう?」
「違うだろうキャロル。そもそも風と水の錬金術を使おうとする事を改めるんだ。」
「…だって、それが1番派手じゃない!」
「何故そこで派手!?」
思わずツッコんだ私は悪くない。キャロルが、派手?彼女がそんな事を言うだなんて…驚いた。結局、その日は目的地に着くことなく野宿する羽目になった。
既に私は、昔のことを忘れてしまった。キャロルたちと出会う、その前を。その事をイザークさんに言うと、悲しそうな顔をしていた。何故だろうか。私は今の生活で満足しているのに。
ああ、そういえば私に新しい妹が出来た。サンジェルマン、そう名乗った彼女は、ある街で拾った奴隷の子だ。私たちが出会ったのは、雨の降る街だった。
『げほっ!』
『イザークさん、あれ。』
『…奴隷か。』
『パパ…』
『イザークさん…』
ある屋敷の門が開かれ、中からボロ切れのような服を着た少女が蹴り出されたのだ。長い銀髪はくすみ、やせ細った身体に残る傷跡が痛々しい。
その姿を見た時、私とキャロルは同時にイザークさんへ訴えていた。声が重なった時は驚いたよ。お互いがお互いに、全く同じことを言おうとしてたんだもん。
『…仕方ないなぁ。』
そう笑うと、イザークさんは少女を私たちに預けて屋敷へと去っていった。しばらくの間、中から爆破音とか破壊音とかが聞こえてきてたけど、私とキャロルはそれぞれ少女の目と耳を塞いでいた。
その後、色んな音が収まってから。イザークさんはニコニコしながら屋敷から出てきた。その時に服に付いていた赤いシミとかは気にしないことにする。後で洗おう。
『その子の権利を貰ってきた。これからは、私たちが、君の家族だ。』
『え、どうやって!?』
『聞きたいのかいキャロル?』
『『結構です。』』
ろくでもない方法なのだろう。私とキャロルが揃って首を横に振ると、少女も同じように首を振った。
顔を見合わせて笑う。きっとこの子は、悪い子ではない。根拠はどこにもないけれど、そんな感覚があった。
「…姉さん。何をしているの。」
「ああ、新たな家族を創ろうとしている。」
「それが?ただの人形じゃない。」
イザークさんが街へ買い出しに行っている間に、私は土と火の錬金術で簡単な小屋を作る。長い旅の中で生み出した、即席の小屋だ。
そんな小屋の中でキャロルは一心不乱に何かを書き留めていた。羽根ペンを走らせ、湯水のように紙を使う。もしかすると、この一行の中で最もお金を使っているのはキャロルじゃなかろうか。
「姉さん。聞こえているの?姉さん!」
「ええい、やかましい!」
「女の子がそんな言葉使わないの。」
最近、キャロルが妙に男のような口調で話している。似合わないと言って笑うと、少し頬を染めながら彼女は言った。
『この口調ならば、私を舐める者もいないだろう。』
これで姉さんを守ることが出来るのだ─そう言って笑ったキャロルは、やっぱり私にとって最愛の妹だ。最近背が伸び始めてきたけど、まだまだ成長途中。胸ばかり育ちおってからに…ぐぬぬ。
恨めしげにキャロルの胸を眺めていると、サンジェルマンが急に立ち上がった。キリッとした顔つきの彼女がそういう表情をすると、絵になっている。
「知らんわ!それよりなんだ!」
「いや、イザークさん帰ってきたよって…」
「本当か!パパァァァ!」
一瞬で走り去ってしまった。残されたのは組み立て途中の人形。機械仕掛けのそれは、枕元に置かれた丁寧に畳んだ青いドレスを身につけるのだろう。
「…サンジェ、私さ。」
「なぁに姉さん。」
「キャロル止めてくる。」
「
「そうね。仕方ないわよ。だから行くわ。」
新しい妹を加え、父と妹と過ごす日々。私はこの日常が好きだ。なぜなら、私が私でいられているように思えるから。
「おかえり!パパ!」
「ただいまキャロル…わぁ!?」
「やーめなさい。」
ぐい、と首根っこを掴んで引っ張ると、息が苦しくなったのかキャロルがあばれはじめた。自業自得だ。
名残惜しそうに両手を伸ばすキャロル。あなたにはこれから晩御飯の用意という壁が立ちはだかってるのよ。
「ぬぁー!やってやる!!」
「姉さん、落ち着いて。」
今日もディーンハイムは元気です。
祝!出演!
見たか我の勇姿を!
…ごほん。次回。「白服の男」
作者はテンション上がっているそうだぞ。この調子で感想や評価をくれるとありがたいな。
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第6話 白服の男
えっとねー、何話そっかな〜!あ、そうだ!この前未来がね!■■さんの料理を再現してくれたんだ!未来なりのアレンジも入ってて…(以下省略)
は!?なに!?きゃ、キャロルちゃん!?早く進めろ!?はあい!分かりましたぁ!
では、第6話!どうぞ!
なにやら今回は後書きに…え、言っちゃダメなの!?
「久しぶりだね。錬金術師たち。」
開口一番、その人は私たちに突撃してきた。周りには取り巻きなのだろうか、ローブを着て表情を隠した人たちもいる。誰なのだろうか。そんな疑問を抱いて、私は男性と
「また…お前か!アダム!」
「ああ、私だよ、イザーク!」
この人は…まぁ昔イザークさんと
今だってイザークさんと2人で殴りあって…あ、またイザークさんが勝った。だいたいイザークさんがカウンターであの人を沈めるまでがワンセット。
「ぐ、また負けた…」
「いや、いい加減に学ぼうよ。」
風の錬金術で身体能力の補助をしてるイザークさんに生身で勝てるはずがないでしょ…あの人も学ばないなぁ。まぁ一通り殴りあったあとは相変わらず
「決めてくれたかな、君たちも。」
「「「嫌です」」」
「…だ、そうだが。」
「どうしてなんだ!」
いや、明らかに変なファッションの人がトップの組織とか入りたくないよ。誰が入るのさ…って、そうか。周りの人達はそういう人たちか。納得。
私とキャロル、サンジェにお断り3タテされた男性…アダムさん?はがっくりと膝を着いた。そのまま両手も着いてOTZみたいな格好になってしまう。それ、白の服でやっていいの?
しばらくそのまま俯いていた(なんか光るものが落ちていたような気がする)けど、私は見なかったことにしてキャロルとサンジェの前に立つ。不審者から妹たちを守るのが姉の仕事です。
「諦めるとするよ、今日のところはね。」
「いや、だからさっさと諦めてくれよ」
「では、また。」
そう言うとアダムさんは歩き去っていった。途中でチラチラとこちらを振り返るその姿は、欲しかったものを買えなかった子供のようだった。
「…行こっか。」
「うん」
定期的に、2ヶ月に一回ぐらいの割合でアダムさんはやってくる。その度に私たちを勧誘してはイザークさんと殴りあって、また去っていく。何がしたいのか全く分からない。
首を捻りながら村を出て、私たちは少し大きな街に入った。どこなんだろうか、周りを城壁に囲まれた街だ。
「あーしは何も貰ってないわよ!?」
「お前も騙されたワケダ。」
「…姉さんたち、ちょっと、私だけ別行動しても?」
サンジェがそんなこと言うなんて珍しい。内心疑問に思うけれど、可愛い妹のお願いだ。聞いてあげるのもお姉ちゃんの役目。そう思っていた。
「…というわけで、拾ってしまった。」
「カリオストロでーす!」
「プレラーティ。」
「「「なんで?」」」
人って、犬猫みたいにぽんぽん拾うものだったっけ。
●
「…キョウカ姉、いつの間に火以外の錬金術も覚えたの?」
「え、イザークさんにちょろっと習っただけだけど?」
「それにしては、随分使い慣れているように見える。」
「あーしさ、才能あるって思ったのよね…」
「ふむ、これが天賦の才能、というワケダ。」
カリオストロとプレラーティを拾ってから、私の錬金術はますます上達していった。具体的には火以外にもある程度は使えるようになった。嬉しい。キャロルには及ばないけどね。
それにサンジェたち3人も錬金術を学び始めたから、イザークさんの弟子は私たち全員で5人。時々、弟子入りしたいという人もやってくるけどその度に私たちが『試験』をしている。今まで合格した人はいない。みんなキャロルの事をイザークさんだと思ってる。
だから結局誰も弟子入りは適わない。そうした人達はどこかの秘密結社に加入して錬金術を学んでいるとか。人伝に聞いた話だと、彼らはまだ基礎の基礎。私が初めて錬金術を使ったあのレベルまで至るために頑張っているのだとか。そういえば、イザークさんって錬金術師の第一人者なんだよね。そりゃ指導も分かりやすいわけだよ…
そんなわけで私たちの家族6人は、秘密結社には加入することなく、日々お互いに研鑽を積みながら独自に錬金術についての研究を進めていった。もちろん、イザークさんも。
「あの、父さん。」
「ん?サンジェか。どうしたんだい?」
「なぜ見た目に一切変化が無いんですか?」
「それはね、錬金術だよ。」
「錬金術。」
最近パパが歳を取らないなぁと。ふとキャロルが零したその一言で私たち女性陣は目を光らせた。確かに私たちはまだ若い。
「錬金術って言ったね。」
「言ったね。」
「言ったわね。」
「確かに聞こえたワケダ。」
街の宿屋での出来事。サンジェと話すイザークさんの声を聞き取ろうと、私たちはこっそり物陰から会話を盗み聞きしていた。味わい深い表情をしたサンジェ。一体どんな答えが返ってきたの…!?
「それは、どんな手段で…」
「ははは、秘密だよ。」
うぬ、また表情が変わった!今度は悔しそう!?何の話してるの!うーん気になる!そう思ったのは私だけじゃないらしい。私、キャロル、カリオストロ、プレラーティの順番で積み上がった塔の下側。私以外の3人がさらに身を乗り出して…転んだ。
「あっ」
「…うん?」
「「「あっ」」」
「はぁ…」
このあと、しっかり怒られた。(聞くなら全員で聞きに来い、という内容だったからまだマシかな。)でもキャロルだけは相変わらず錬金術の特訓を泣きながら受けていた。
///
「…家を、作ろう。」
「「「「「え?」」」」」
「だから、家。皆が住めるような大きな家。」
ところ変わって、次の街へ向かうまでの野宿にて、私の発言。どうやら私の意図は伝わっていないらしい。だから、もう少し分かりやすく説明する。私が言いたいことを。
「今までは旅の錬金術師だったじゃない。でもそこまで余裕があるわけじゃないし、それならいっそ移動式の拠点でも作ってしまえばいいんじゃないかなって思ったの。最近、なんか錬金術師たちが襲撃してくることも増えたしさ。」
自分で言ってて、さっきの発言は短絡的すぎたなと後悔。でも反省はしない。要点を最初に言うのは大事だもんね。私は学んだのです。
「だから、家。どう?錬金術を使うためのバックアップとして使えるようなシステムを組み込んでしまえば思い出の焼却なんて考えなくてもいいし。」
「…確かに、一理ある。」
「だったら…」
イザークさんは腕組みをしながら唸るようにそう言った。その言葉に目を輝かせる私だったけれど、現実は甘くなかった。
「素材は?理論は?場所は?そこまで考えてからようやくそのプランは完成するんだ。まだまだ非現実的な物に変わりはないんだよ、キョウカ。」
「はぁい…」
そう指摘されて私は肩を落とす。確かにその通りだ。言うだけ言ってみたけど、確かに私のアイデアは机上の空論どころか脳内の希望論。プランも何もあったものじゃない。
なかなか良いアイデアだと思ったのになぁ…無念。仕方ないけど諦めて、今の旅する錬金術師を続けるしかないのね…るーるー歌いながら私は膝を抱えて座り込む。
「いいや、まだ希望はある。」
「ああ。諦めないで、上姉さん。」
キャロルとサンジェが私の前に立つ。キャロルは、その手に何かを握りしめてイザークの目を見据える。サンジェは、私に何かを差し出して私の頭を上げさせる。
「パパ、
「上姉さん、顔を上げて。」
「「これが、聖遺物。」」
「私のものは、ダウルダブラ。」
「私のは…この辺りで見つけたから分からない。」
キャロルもサンジェも、その手には何かの欠片を持っていたらしい。以前2人が挙動不審だったのはこれのせいか。私はカリオストロとプレラーティに引っ張られて身なりを整えられる。
「はい、汚れ落としまーす!」
「濡らしすぎ、なワケダ。」
慣れた手つきでカリオストロは私の汚れた場所を水ですすいでいく。びしょ濡れになった私は、カリオストロとプレラーティの使う火と風の錬金術の合わせ技で乾かされる。こんなに成長してたのね、2人とも。
「上姉さん、私の聖遺物は、正体が分からないんだ。近くの寺院に安置されていたのだけど、そこから盗まれてたらしくて。そのまま貰ってきちゃった。」
「ねぇ返してきて?それ立派な犯罪だよ?」
「パパ。私のこの聖遺物を使って『ある物』を作りたいの。」
「ある物。…それは、何かに利用ができるのかな?」
「
私の知らないところでどんどん話が進んでいく。私だけが置いていかれているような気がしたし、隣にいる2人に聞いてみた。
「もしかして、2人も…」
「もっちろーん☆」
「むしろ協力者なワケダ。」
やっぱりか。何も知らなかったのは私だけ。いつの間にこんな計画を練っていたのか。まさか、私はいらない子…?
「そうじゃないよ。キョウカ姉の考えなんてとっくにお見通しだったの。ちょくちょく口から漏れてたし。」
「え!?ほんとに!?」
「あーしの前で『家が…家が欲しい…』とか呟き始めた時には壊れたかと思ったわよ?」
「そんな…完全に無意識だった…」
「ま、みんな分かってたワケダな。」
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
渾身のアイデアが!まさか自分でバラしていたとは!キョウカ・マールス・ディーンハイム!一生の不覚!
///
ずーん…と口で呟きながら木に寄りかかって三角座りする上姉さん。あの人はしっかり者なんだけど、こういうアドリブ的な場面にはめっぽう弱い。模擬戦でも不意打ちを使えばほぼ確実に勝てる。そもそも不意打ちができないのだけれど。
姉さんは、ダウルダブラの欠片を握りしめながら父さんの説得を続けている。上姉さんの独り言は父さんだって聞いていたはず…なのにどうして反対するのだろう。
「キャロル。私は反対しようというわけじゃない。だけど、仮にキョウカの言うような『家』を作ると決めた時。私たちはその場所に留まることになるんだ。きっと、アダムはやってくる。」
「分かってるよ。」
「私に弟子入りしたいという者が多く訪れるだろう。もしかすると、いつかのように襲撃してくるかもしれない。」
「分かってる。」
「それでも、良いのか?」
姉さんは深呼吸を一つ。目を閉じて暫く何かを考えた後に、勢いよく目を見開き腰に手を当てた。
「分かってるよ!そのための対策はキョウカがしっかり立ててるもん!その為にも、私たちみんなで協力しないといけないの!」
「キャロル…」
「だから、手伝ってよ、パパ。私の、私たちの家を作るために。」
そうだ。姉さんは…上姉さんの事を妙に信頼していたんだった。いや、妙に、というのは間違っている。絶大な信頼を置いている、と言うのが正しいし、私たちにしてもそうだ。
「いいもん…どうせ私なんか隠し事できない…ブツブツ」
…少し、少しだけ拗ねるとめんどくさ…立ち直るのに時間こそかかるけど、野垂れ死ぬところだった私を拾ってくれたし、カリオストロとプレラーティだって受け入れてくれたんだ。
いつも、太陽みたいな笑顔で。なんでもそつなくこなして、錬金術だって私たちの遥か上を行ってて。それでも貴方は私たちに視線を合わせてくれる。分からなければ教えてくれる。困っていれば助けてくれる。
『家族を助けるのに、理由はいらないよ。』
そうやって笑いながら、手を差し伸べてくれる。まだ断片的にしか話してくれていない、姉さんと父さんの話だって、きっと上姉さんが関わっているのだろう。
「…父さん、私からも、お願いしてもいいかな。」
「サンジェ。」
気付けば、身体が動いていた。
「上姉さんはきっと、何も考えてないわけじゃない。生まれてから一緒でもなんでもないけど、それでも。キョウカ姉さんは、みんなの事を思ってるはずなんだ。」
だから。
「私も、みんなと一緒に住めるような大きな家が、欲しい。」
父さんはただ黙っている。当然だ。渋っていることを無理やり変えさせるのは難しいのだから。
「あーしからも、お願いしてもいいかしら?」
「…先生。私は…ああ、いや、私からも。」
ずっと上姉さんの横で慰めていたはずの2人まで。
詐欺師に騙されて、そのまま捨てられていた2人。私が拾ってからも疑心暗鬼は抜けなかったのに。どうして?
「キョウカはね、悪い人じゃないのよ。」
「だから私たちのような訳ありを受け入れられるワケダな。」
上姉さんは、どうやら冷えきった彼女達の心まで溶かしていたようだ。道理で最近、あの2人との距離が近いと思った…
「パパ。」
「父さん。」
「「先生。」」
「…ああもう。仕方ないな。」
諦めたように父さんは両手を上げた。眉を下ろし、笑みを浮かべながら。
「わかった、わかったよ。そろそろこの生活も限界だろうとは思ってたんだ。…よし。直ぐに動こう。」
「「「「やった!」」」」
「やったよ上姉さん!これで…」
「私なんて錬金術もまともに出来ないし…うぅ…」
どうやら、動き出すのはしばらく後になりそうだ。
はろはろ、シェム・ハであるぞ。
今回は珍しく作者がネットで響歌のイメージ画像を作成してみたそうだ。もし良ければ皆もやってみるといい。
【挿絵表示】
…上手くいっておるか?
では次回、第7話。「終わりと始まり」
そろそろ彼奴の出番であるか。
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第7話 終わりと始まり
今回で過去編は終了らしいですよ。少し演出を変えたとのことですから、気になりますね。
では第7話。どうぞ!
「キョウカ、留守番よろしく。」
「はーい。」
どうもこんにちは、キョウカ・マールス・ディーンハイムです。今日も今日とて実家の建設に忙しい日々を送っております。いや、確かに言い出しっぺは私だけどさ。何もここでひたすら作業させ続けるなんて酷くない!?みんな資材集めに行くって言って数日は帰ってこないしさ!
ま、私には秘密兵器があるからいいもんね。これ、キャロルが作ってくれた『ファウストローブ』なるもの。何これ。ただの服じゃん。そう言ってしまった私は悪くないと思う。だって見た目は
「おお、便利だ。」
「えーと、今日は土台を完成させたいし…」
すると、私の知覚範囲に複数の話し声。山中の広い範囲を占領しているから一般人でもやって来たのか。違う。これは
彼らは、あのアダムの手下なんだとか。最近ではアダムがこちらに来た時、彼は本気でこちらを潰しにかかっているようだ。前に比べて目つきが鋭くなったし、取り巻きも攻撃してくるようになった。
「…どうしよ。」
幸い、分散してやって来てはいないようだ。しばらくここで待って、話し合いで解決するならばお引き取り願おう。錬金術は、争いごとに使うべきではないのかもしれないと。私は最近そう思うから。
「む、小娘一人か。」
「…何か用?」
「…貴様でも良いな。おい小娘。我々と共に来い。でなければ殺す。」
ほらまた出た。最近の勧誘活動は物騒なんだから。アダムの方針転換で、『従わねば殺す』がモットーになっちゃったんだよね。しょうがないから腰掛けていた丸太から降りて、錬金術師たちの前に立つ。争いごとに錬金術を使うのは良くない。でも降りかかる火の粉は払わないと、こっちが怪我をしてしまう。
「殺すのは勘弁してほしいなぁ。」
///
キョウカはローブを纏う。青いドレスに身を包んで、自分よりも年上の錬金術師たちと対峙する。恐れる必要はどこにもない。なぜなら、己の師は錬金術においては権威と言っても過言ではないからだ。
「ごめんなさい…っと!」
故に、裏打ちされた技量はそのまま自信へと変わる。
鎧袖一触。そんな言葉がふさわしいほどの一方的な戦いが幕を開け、そして終結した。あまりにもレベルが違いすぎるのだ。幼児のかけっこにプロ陸上選手が混じっているようなもの。勝負の結果は見えていた。
風を操り、炎の渦を巻き起こす。それだけで半分が戦意を喪失した。土で壁を作り、逃げられぬように囲う。右腕に纏わせた水を螺旋に回転させて地面を叩けば、それだけでさらに半分が逃げ出そうと暴れ始めた。
「き、貴様ら!小娘一人に何を手間取っている!やれ!殺せ!」
「もういいでしょう。諦めなよ。」
「図に乗るな小娘がぁ!私は、パヴァリアの…っは!?」
突如、相手の錬金術師の動きが止まる。こめかみに手を当てて滝のような汗を流す彼は、顔面蒼白のまま逃げ出して行った。どうしてだろうか、首を捻るキョウカ。その原因は、時間を置くことなくやってきた。
「久しぶりだね、キョウカ・マールス・ディーンハイム。」
「アダム…なんで貴方がここに。」
白い貴族服に身を包み、同じく白い帽子を被った長身。かつて幾度となくキョウカたちを勧誘したその男が、いつの間にかキョウカの眼前に立っていた。どこか抜けていた雰囲気は消え失せ、今はただキョウカを冷たく見据えている。あまりの変わりように、彼女は冷や汗を一筋。
今までとは次元の違う威圧感に気圧されながらも、キョウカは不敵に笑ってみせる。
「まだ私を勧誘する気なの?」
「まさか。興味はないよ。君にはね。」
「どういう事かな?」
「イザークを
「…随分物騒な事言うね。急に中身でも変わった?」
「いいや、私は昔からアダム・ヴァイスハウプトだよ。完璧、奇跡。それらが嫌いな、ね。」
そう言うアダムの表情は、まるで氷の彫像。感情というものが抜け落ちた、
「達成しなければならないものができてしまったのさ。仮に同じ高みに至れる者がいるならば、それはイザークのみ。だから殺すのさ。今ここで。」
「…私が、それを許すとでも?」
キョウカの心中は激しく燃え盛る。アダムが氷ならば、こちらは炎。
「ああ、目印になるかな。
「だったらここで死になさいっ!」
背面で風を破裂させながら、同時に風を纏う。ファウストローブをはためかせ、ロケットスタート。(表面上は)予備動作が一切存在しないその動きは、キョウカの精密制御能力と相まって初見殺しと名高い。飛翔しながら右腕に水を絡みつかせて回転させる。左腕には蒼炎を生み出して二撃目の準備も忘れない。
「これで…!」
「ふむ。無能と言われる私でも、なんとかなりそうだね、これは。」
キョウカが飛び出すと同時にアダムは片手を上げた。途端に収束するエネルギー。瞬く間に彼の服は消滅し、周囲は自然発火を始める。あまりの熱量にキョウカは右手の水を放って冷却材代わりとする。距離を離すまでの間に、その水は蒸発していたが。
「何を…」
「これが私の錬金術さ!食らうといい!黄金を!」
彼の手に生成されたのは、眩く輝く火球。地上において存在するはずのないその熱量が、今キョウカに向かって放たれる。
「こんの…周りの被害もっ…!」
「さあ、無残に死に果てろ!
避けるか?いいや後ろにはシャトーがある。避けてしまえば今までの時間が水の泡だ。自分の家を守らないという選択肢は、
条件反射で土壁を生成しながらキョウカは思考する。これまでにないほどに高速で回転するその頭脳は、残酷にも一つの結論に行き当たった。
防御不能。己も知らぬ理論から繰り出される一撃を防御する術はなく、それ故に彼女の明晰すぎる観察眼はそう結論づけた。しかし、キョウカは諦めない。家族を守る、そんな約束を。記憶の奥深く、手を伸ばしたくても届かないような遥か彼方で交わした約束。それは彼女の心を縛り付け、彼女の原動力となる。
「まだ、諦めるもんか——!」
待て、然して希望せよ。そのような格言がある。
ある日以来、沈黙を続けていた胸元の赤いペンダント。この時代では到底再現不可能なそれが、強い光を放った。
「なんだ!それは!」
「これが私の——」
答える声は、炎に飲み込まれる。
●
『———ろ。』
「うぅ…」
『——きろ。』
「ダメだよ…キャロル…それは食べ物じゃ…」
『起きろと言っている!この馬鹿者がッ!』
炎に飲み込まれた。そう思ったのに。固く瞑った目を恐る恐る開くと、キョウカは真っ白な何処かに横たわっていた。自分は死んだのだろうか。最後に何か口走っていたような気もするが、変なことを言っていなかっただろうか。急に心配になってきた。
いてもたってもいられず、彼女は立ち上がって辺りを見回す。ただただ白い、明るすぎない程度の空間がただ広がっている。まさか、ここは天国と言われる類の場所なのでは?キョウカは訝しんだ。
『…とことんまで親にそっくりだな貴様…』
『こちらの私は、そこに救われたのだろう。』
どこか懐かしい声。見回しても誰もいないし、やっぱり何もない。ついに幻聴すら始まったのかと自分の頭を何度か叩いて、頰を抓ってみた。痛い。どうやらまだ生きているようだ。確認を終えたキョウカは、声の主を探そうと歩き出す。
『待て。…待てと言っているだろうが貴様ァ!』
『話を聞かないのも親そっくりなワケダな。』
「その声!…キャロル?」
ようやく声の主その1を特定するキョウカ。しかし他の二人の声がわからない。どこかで聞いたことのあるような声だ。
『やっぱり無理じゃないの〜?』
『当然だ。
「…うーん、サンジェ?」
『『『当てた!?』』』
「そりゃ、お姉ちゃんですから。」
えっへん、と豊かな胸を張る。イラっとした雰囲気が伝わってくるが、キョウカは敢えて無視。家族の中でも随一の大きさなのだ。肩が凝る?知らん。大きいことはいい事なのだ。大英帝国を見るがよい。
『では簡潔に話そうか。キョウカ…いいや、響歌。』
『全くこいつは…んんっ。今、貴様は何をしていたか覚えているか?』
「…アダムの、攻撃を…」
『あの無能、やっぱりクs…』
『あー!言っちゃダメ!それ以上は!』
『黙れ貴様ら。…それで、だ。一つだけアレを防ぐ方法を授けてやる。いいな?』
『一度しか言えないから、しっかり聞くのよ。』
「わかったよ。」
賑やかな声は鳴りを潜め、一転して纏う空気は真剣そのもの。感じる想いは、四人分。
『このペンダントは、誰のものか分かっているな。』
『立花響のガングニール、それがラピスの輝きを内包しているの。』
『あ、ラピスはまだ知らなくていいからねん?』
『私たちがこうしていられるのも、ラピスに残った思念の残滓があればこそ、というワケダ。』
「えっと…つまり?」
『
キャロルらしき声がそう言うと、手元に赤い光が収束して行く。やがて見覚えのあるペンダントとなったそれは、いつにも増して強く輝いていた。
「ギアを、纏う…私が?」
『ええい、いいからさっさとしろ!こうしている間にも時間は過ぎているのだ!』
『私たちが貴方と話していられるのも、あと少し。』
言われるがまま、そのペンダントを握りしめる。やがてそれは、眩い黄金の光を放つ。
『あーしたちはそろそろかしら?』
『お前がいらん事を話すからだ。いい加減にしてほしいワケダな。』
『二人とも落ち着け。…キャロル。』
『気安く呼ぶなッ!全く。』
『
『貴方の父のように、全てと手を繋げると言い切れるかしら?』
『こちらのあーしたちを救ってくれたのには感謝してるわ。』
『だが、お前は救われない。こうしている間にも記憶を失っているワケダ。』
『『『『それでも、家族を守るのか?』』』』
「…愚問。」
棒状に形を成す光を握りしめ、彼女は俯いていた顔を上げる。その瞳に宿るは決意の光。まるで、彼女の本当の父のように。いつも最短距離で真っ直ぐに駆け抜けた彼女のように。
「確かに、色々忘れてしまってる。でも、この思いだけは忘れない。」
「『家族を守りたい』。きっと、もう覚えていない私の決意なんだ。」
一歩、踏み出す。
「だから、力を貸して————」
●
「シ・ン・フォ・ギ・アアッ!!!!」
「なんだ!それは!」
アダムの放った火球は、キョウカを飲み込む寸前で静止する。それどころか、若干押し返してすらいる。彼からは決して見えないその場所で、彼女の右腕
撃槍、ガングニール。かつて父から受け継いだその力。三例確認された中でも、最も初期に戦ったそのギア。天羽奏の撃槍にそっくりなそれは、マリアのように穂先を開いて火球を受け止める。黄金の光を纏った槍は、巨大な穂先から特に強い光を放った。
「キャロル…」
熱を感じた。ファウストローブが解けていく。誰かが、身体を包んでくれた。
「サンジェルマン…」
右手のギアが、一際輝く。誰かが、槍に手を添えた。
「カリオストロ…」
前腕部を覆う鎧から、何かが伸長していく。誰かが、背中に寄り添って。
「プレラーティ…」
父のギアに似たそれは、槍へとインパクトを伝える。誰かと一緒に、背中を押してくれた。
「これが!
「馬鹿な!黄金錬成が…!」
「撃槍、だあああああああああああ!!!!!」
その日、ある古代遺跡近辺がガラス化して吹き飛んだ。以来、その場所は
爆心地に、一人の少女の身体を埋もれさせながら。
●
「……っく…が、は…!」
熱い。
「まさか、これほどとは…」
身体全体が、熱い。
「貴様、アダムゥゥゥゥ!!!」
誰かが、さけんでいる。
「姉さん!しっかりして!姉さん!」
だれかが、よんでいる。
「■■■■姉さん!」
「■■■■!」
「目を開けるワケダ!■■■■!」
「待て!逃げるなァァァァァァァ!!!!」
「キャロル!■■■■…!」
「父さん、どうすれば!」
「…私たちの技術では、恐らくこのまま…」
「そんな!」
「どうにかしてほしいワケダが!」
「…………氷で、包もう。」
「キャロル?何を…」
つめたい。ああ、すこしましになった。
「それなら、私が治療法を見つける。どれだけ時間が掛かっても!」
だんだん、眠たくなってきた。
「だからその時まで…おやすみ、姉さん。」
「ああ…ありがとう、きゃろ…る——」
「必ず、助けてみせる。」
『やれやれ、仕方のないやつめ。』
●
「司令、これを…」
「ぬうっ!?これは!」
「どこからどう見ても、人間よねえ…」
彼女が目覚めるまで、あと————
ようやく我の出番であるな。
では、取りかかるとしよう。
次回、新章開幕。第8話、「わたしのいばしょ」
あやつも喜ぶだろうさ。
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第二章 天を翔ける
第8話 わたしのいばしょ
よう!みんな大好き天羽奏さんだ!ほれほれ、待ちかねたか?
今回からようやくアイツが登場だ!この時は私もヤンチャでなぁ…
ってな訳で、第8話!よろしくな!
特異災害対策機動部二課、通称『特機部二』。同じく特異災害に対処する機動部一課からは、無駄飯食らいだの税金泥棒だのと揶揄されている。実際、二課の特異災害への出動回数は、創設時から数える程しか記録されておらず、官僚からも存在意義を疑われている彼らであるが、その本質は特異災害『ノイズ』出現後の対処や避難誘導ではない。
彼らが扱うのは『FG式回天特機装束』、通称シンフォギア・システム。現行の物理攻撃手段が一切通用しないノイズへの、唯一の対抗手段…と、
「今のところ見つかってるのは…翼ちゃんだけなのよねぇ…」
「そのようだ。…なかなか見つからないものだな。」
「当然よ!そう簡単に、ホイホイと適合者が見つかってたまるものですか!」
そう、そのシステムには、『適合者』と呼ばれる人物が必要であったのだ。シンフォギア・システムを起動するための『歌』を歌うことのできる人物。しかしその捜索は難航しており、なおかつ要求される高いレベルでとなると殆ど居ないようなものだった。
二課もただ座して見ているわけではなく、適合者を捜索するための隠れ蓑、『私立リディアン音楽院』を設立。適合者を文字通り血眼で探している。現在確認されたのは風鳴翼、ただ一人。その叔父である風鳴弦十郎は、厳しい顔で腕を組む。すると、慌てたようにオペレーターの一人が駆け込んでくる。
「司令!奏さんがまたガングニールを!」
「またか!?」
「おいおっさん!このギア使えねーぞ!どうなってんだよ!」
「か、奏さん…適合値が低ければ使えな…」
「ああ!?んなもん気合いだよ気合い!お前はどうだか知らねえけどな!」
言い争いながら(ほとんど一方的だが)青みがかった髪の少女、風鳴翼と癖っ毛な赤髪を揺らした少女、天羽奏が司令室に入って来た。オドオドと奏を静止しようと頑張る翼だが、半ギレの奏に言い返されて敢え無く撃沈する。
風鳴翼。弦十郎の姪である彼女は、数年前にシンフォギア『天羽々斬』の適合者としてその才覚を表した。しかしながら彼女はまだ12歳。戦場に立つにはまだ早いとの判断で、現在は訓練を中心にギアの練度を高めている。
そしてもう一人の少女、天羽奏。聖遺物発掘現場にて、家族全員を失った過去を持つ彼女は、その日の内に二課に突撃。彼女の勢いに負けた大人たちが実施した検査で、ガングニールへの適合係数が確認された。
「奏くん、一旦落ち着け。まだ無理と決まった訳じゃない。了子くんの研究が進めば、君にもガングニールを纏う日が来るさ。」
「今すぐじゃねーと落ち着かねえんだよ!」
「で、でも無理なものは…」
ギン、と奏に睨みつけられた翼は、逃げるように了子の背後へと隠れてしまう。奏の適合率は決して低いレベルではないのだ。しかしガングニールを起動するには至らないが。その低さをカバーするための研究も了子の仕事の一つ。彼女は慣れた様子でモニタにデータを映す。
「奏ちゃんのガングニール起動計画なんだけど、今は難航してるの。もう少しだけ、待ってくれないかしら?」
「………っち、しょうがねえな…」
ガシガシと頭を掻きながら奏は司令室を後にしようと扉に向けて歩き出す。しかしその先、センサー式の扉が横にスライドして誰かが入ってくる。
「父さ…司令。奏、見なかった?」
「ここにいるぞ。」
弦十郎のことを父と呼びかけたこの少女。
彼女が入室する直前。半ば本能のような形で危険を察知した奏は、ドアが開くまでの一瞬でコンソールの陰に隠れてしまった。その素早さから、まるで猫のようだと有名な彼女。さながら拾われたばかりの野良猫のような奏だが、彼女に対してだけは敵意を顕にしない。
「姉様!」
「あ、翼!今日も訓練してたの?偉いねえ!」
顔を綻ばせながらよーしよし、と翼を撫でる少女。高校生あたりだろうか、制服を身につけた彼女は、一通り翼を撫で終える(その頃には翼の髪はぐしゃぐしゃだが)とハリセンを抱えて立ち上がる。打って変わって鋭い眼光になると、ハリセンを肩に乗せて揺らし始めた。
「いやー、奏がガングニールを強奪したっていうから急いで来たんだけど…ここにいるならラッキーね。」
「
「やだなあ了子さん。決まってるじゃないですか。」
ぶおん、と。ハリセンが立ててはいけないような…普通の人間ならば立てられないような音を立ててそれを抱え直し、彼女はにっこりと笑う。通称、『悪魔の微笑』。
「
「…ちなみに、どのくらいなんですか?」
「翼、聞いて驚きなさい。…20キロよ。」
「すみませんでした」
物陰から飛び出した奏は、流れるような動きで少女にDOGEZAをぶちかました。一連の動きの中にギアペンダントを献上する動きも交えながら、奏はスライディングDOGEZAを見事完遂する。
「うむ、素直でよろしい。それじゃ、行こっか。」
「「「「行く?」」」」
「持久走20キロ。」
「嫌だああああああああああ!!!!!!」
ズルズルズル、と首根っこを掴まれて連行される奏の姿は、文字通り猫であった。ジタバタと暴れる奏の頭にハリセンを一発。スパン、ではなくバシン。その辺の広告を折って作られたはずのハリセンは、一瞬にして奏の意識を刈り取った。
そのまま彼女は、二課のNINJAの名を呼んで、現れた彼に奏を預ける。
「緒川さん。」
「分かりました。あまりやりすぎないようにしてくださいね。」
「はいはい。奏の頑張り次第じゃないかな。」
そのまま去って行く三人を見つめながら、弦十郎は了子に話しかけた。
「了子くん。あいつの右腕…」
「聖遺物かしら?まだ大丈夫、侵食は始まっていないわ。」
彼女の指がキーボードの上を走る。数秒のうちに映し出された少女のデータ。少女の名前の下には、いくつかのパーソナルデータと共に、こんな文字があった。
【融合症例:右腕】
彼女はその右腕に、聖遺物を宿しているのだ。
●
「了子くん。見つかった聖遺物というのは?」
「あー、その…見ても驚かないでよ?」
数年前。長野県で聖遺物の調査が始まった頃に、弦十郎はこんな知らせを受け取った。
『新たな聖遺物が見つかった』
そんな短文と共に送られたメッセージの差出人は、櫻井了子。シンフォギア・システム開発の第一人者であり権威。秘密裏に進められているこのプロジェクトの主任である彼女が、このような短文を送るだろうか。普段の彼女の性格ならばもっとおちゃらけた文面になるはずではないか。
感じる違和感に首を傾げながら、弦十郎は車を走らせて二課へとやって来た。そうして
「ああ。大丈夫だ。」
「それじゃ…はい。」
そう言って彼女はおもむろに隣のカーテンを開いた。
「んな…
「ええ。もっと正確に言うなら、『聖遺物と融合した』人間よ。」
そこにいたのは、紫の髪を広げて眠っている少女だった。見た目は高校生ほどだろうか、彼女は右腕を何かの機械に突っ込まれたまま瞳を閉じている。
生者にあるはずの規則的な胸の上下はなく、彼女の生命活動が停止していることを示していた。それにしては保存状態が良い。
「聖遺物と融合…?まさか、その右腕が。」
「ええ。私はこれを『融合症例』と名付けたわ。」
「融合症例…摘出はできないのか?」
「できるにはできるけど…この子、発見された状況が特殊なの。迂闊に弄ったらどうなるか。」
見た方が早いわ。そう言って了子はタブレットを差し出した。そこに映るのは、どこかの発掘現場だ。話されている言葉から、おそらくインドだろうと弦十郎は推測。カメラの映像は、ゆっくりとどこかに進んで行く。周囲がガラス化したすり鉢状の地形、立ち入り禁止のテープが貼られたそこに侵入したカメラは、やがて壁面の一点を映し出す。
そこには、土の中から露出した紫の金属片。かなり巨大らしく、発掘員全員で掘り出しているようだが、少し様子がおかしい。しばらくすると金属片は粒子となって消滅し、その一角が崩落する。慌てて退避した作業員のうちの一人が、土に紛れて倒れている少女を発見した。
『男共は見るなッ!』
一瞬で飛び出した女性作業員たちが、手に持った毛布を少女に被せる。意識が無いのか、少女はぐったりとして動かない。近づいた作業員(もちろん女性)は、彼女の右腕に違和感を感じたのかそれを覗き込み、慌ててどこかに連絡を取る。
「この時、インド政府に連絡が行ったのよ。そしたらまるで厄介払いみたいに押し付けられちゃって。」
そう言いながら了子は少女の右腕のレントゲン写真をひらひらと振った。はいこれ確認してねと押し付けられたそこに写るのは、前腕部の表皮付近に存在する聖遺物の欠片。幸い、今すぐに何かが起こるわけでは無い。了子は笑いながらそう言って、表情を変える。
「それよりも、この子の発見された状況。どう思う?」
「…あまりにも不自然だ、としか言えんな。」
二人はそのまま考え込んでしまう。秒針が幾度も回ったところで、少女がうめき声を上げた。すぐさま思索の海から浮上した了子は、手早く少女の容体を調べていく。
「うっそ、土葬されてたも同然だったのよ!?どうしてこんなに
「生きているのか…!」
驚愕する二人だったが、少女はそのまま咳き込み始めた。久しぶりの呼吸なのだから当然とも言える。
「大丈夫か!」
「信じられない…まるで睡眠状態から覚醒したみたいよ!?何なのこの子!」
『————ここ、は。』
「フランス語か…俺の声が聞こえるか?これは何本だ?』
『きこえて、ます…よんほん、ですね…』
「意識はしっかりしてるわね。これが本当に蘇生したっての?」
驚愕する大人二人をよそに、上体を起こした少女は不安げに辺りを見回した。
『あの、ここは…』
『ここは特異災害…』
「はーい難しい話は無しよん!ここは日本。わかる?」
『日本…はい。しっかりと。」
だんだんと意識がはっきりしてきたのか、少女の受け答えも明瞭になってきた。どうやら日本語を理解できない、というわけではなさそうだ。途中から日本語を話し始めたため、言語能力は高いらしい。
「君の名前を、教えてもらえるかな。」
「私は…あれ。すみません。分からない、です。」
「うーん、それじゃ、覚えてることってあるかしら?」
「それは…ええと、あ。」
彼女は握りしめていた右手を開き、手の中のものを弦十郎と了子に見せる。赤い円柱状のペンダント。スキャンにかけたそれは——
「ガングニール、だと!?」
「どうして、あなたがこれを…」
「分からない、です。とにかく、これは私が持っておかないと…そう、思って。」
返してもらったペンダントを首にかけ、しかし彼女は不安げだった。
「あの…」
「君の家族は、今どこに?」
「……………」
「そう、か。」
「どうするの?弦十郎クン?」
「行く当てがないなら、俺が引き取ろう。こんな男と二人が嫌なら了子くんでも、あおいでも構わないが…」
「お願いします。私を…家族に、してくれますか?なんでもしますから…!」
おもむろに彼女はベッドから降りると、おもむろに頭を下げた。そのまま膝も折ろうとしたところで、弦十郎の大きな手が肩を掴んだ。頭を上げた少女は、ニッカリと笑う彼の顔を見た。呆れたように笑う了子は、既に戸籍作成の根回しを始めているようだ。
「決まりだな。」
「そうみたいね。」
「あの、どうして…」
「家族を失った少女を見捨てるほど、俺は落ちぶれちゃいないつもりだ。それに、君は
苦笑した弦十郎に座るように促され、少女はベッドに腰掛けた。きょとんとした顔のまま彼を見つめる少女。よっぽど意外だったのだろうか、と彼は腕を組んだ。確かに己の見た目は一般男性とは
「そうだな。差し当たって、君の名前を作らねばならない。」
「私の、名前。」
「ああ。君の名前だ。」
その名は——
●
「ここが、俺の家になる。そして、今日から君の家でもある。」
「大きいですね…」
そうか?と首を傾げる弦十郎。移動中に見た景色から考えると、十分に広い部類に入ると思うのだが。少女は改めて、眼前の養父がどれほど凄いのかを確認した。既に少女はこの時代についての情報は説明を受けており、その全てに適応してみせている。今まで眠っていたとは考えられないほどに。
「では、改めて。」
扉を開いて、弦十郎が振り向いた。
「おかえり、『紫羽』。」
「————はい。ただいま。『父さん』。」
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第9話 私の居場所
今回から本格的に紫羽姉様の物語が始まります。私の幼少期、確かにこんな感じでしたね…
では第9話、どうぞ。
おはよう。そんな一言を言える人間がいるとは、案外悪くないものなのだな。弦十郎はそう考えている。同居人…家族の増えた弦十郎の一日は、早朝より始まるのだ。
「おはよう父さん。はいこれ。」
「ああ、お早う紫羽。ありがたい。」
まだ夜も明けきらないうちから起床し、己の鍛錬を繰り返す彼にとって朝食をどうするかは死活問題であった。自炊するにしても、どこかで食べるにしても、そのための余力を残さねばならないから。
しかし紫羽は、こんな早朝から弦十郎の朝食を用意し、あまつさえ彼の鍛錬に付き合っている。翼がそれを聞いたときは顔を真っ青にしながら弦十郎に詰め寄ってきたし、流石の緒川であっても汗を一筋流していた。病み上がりの少女にはキツすぎるのではないか、二課の思いが一致した瞬間だった。
「では、行くぞッ!まずは本部までだッ!」
「はーい。」
毎日の出勤と退勤はランニング。そのあとは始業時間まで訓練室でトレーニング。紫羽にとっては決して楽ではないメニューなのだが、彼女は弱音を吐くことなくついてきている。
『家族』を
最近では弦十郎の姪、翼に対面させると無条件に可愛がるようになった。初対面の段階で若干怪しかったが、彼女には姉バカの素質があるようだ。整った翼の髪がぐしゃぐしゃになるまで撫で回している姿がよく目撃されている。
翼の方も満更ではないのか、事あるごとに紫羽にくっついている。人見知り&引っ込み思案な翼でも、紫羽と一緒ならばハキハキと話すようになった。弦十郎一人では、いつか
そんなわけで本部に到着する頃には紫羽の息はすっかり上がりきっており、到着した瞬間にぶっ倒れ、そこから翼が介抱するまでがワンセットだ。美しきかな姉妹愛。その様子を影から見守る慎次と了子。今日の翼は水筒(慎次謹製スポドリ)とタオル(了子特製で吸湿性抜群)を持っている。アフターケアに抜かりなし。なんだかんだで皆、二人のことが好きなのだ。
「姉様!叔父様に何かされていませんか!?」
「大丈夫、よ…翼…私は、少し、休む、けど…」
「俺が何かするように見えるのか翼…」
紫羽は休憩用のベンチ一つを占領してぐったりしていた。そこに翼が駆け寄って彼女の身体をペタペタ触る。やはり弦十郎の鍛錬に付き合っているというだけで翼には心配なのだ。タオルで汗を拭い、水筒を口元に運ぶ。側から見ると健気な姿なのだが、やっている側は至って真面目である。
ぜーひーとか細い呼吸を漏らしながら、紫羽はなんとか翼に応えてみせた。途中で弦十郎がdisられたような気もするが、それを深く考える余裕は紫羽には無かった。少し悲しそうな顔をしながら翼を見る弦十郎の姿が哀愁を誘う。
「それでは、またな。」
「あ…うん。いってらっしゃい。」
「姉様!今日はリディアンに行くのではないのですか!朝からこんなに無理をしてどうするんです!」
翼が紫羽について歩いていると、本部にアラートが響き渡った。ノイズ出現を知らせるそれは、あまり耳障りのいいものではない。故に二人は顔を見合わせ、司令室へ向かう。翼は装者として、紫羽は気分で。
「おじさ…司令!」
「何があったんですか。」
「二人とも。」
厳しい顔でモニタを睨む弦十郎は、映し出された日本地図、その一点を指差した。そこは長野県。聖遺物発掘のために調査チームが派遣されているはずのその場所に、ノイズが現れたようだ。
「調査チームは
「そんな…」
「…ひどい話。残される側の気持ちにもなってみなさいよ。って、まさか。」
「ああ。そのまさかだ。彼女の家族はノイズに殺された。おそらくは、彼女を守って…」
悔しげに弦十郎は拳を握る。彼は昔から『こう』なのだ。誰よりも誰かを大切に思っていながら、しかしノイズに抗う力を持たない己を恨んでいる。一度だけ、了子がシンフォギアの試作品を任せてみたことがあったものの、十分な出力を得られずお蔵入りとなってしまった。
彼の思いを知っているからこそ、翼は幼い自分に腹が立つのだ。もっと自分がしっかりしていれば、もっと自分が成長していれば、叔父にこんな思いをさせなくて済むのに、と。まさしくそれは、紫羽のように『家族』を思う気持ちだった。
「…司令、その子。私に任せてもらえませんか。」
「姉様!?」
「どういうことか、聞かせてもらっても?」
「家族を失った彼女と、血の繋がった家族がいない私。ほら、そっくりでしょ?」
任せてもらわなきゃダメな気がするのよねえ、と呑気につぶやく紫羽。その態度は飄々としていても、瞳に宿る意思は本物だ。今まで自分の要望など言ったことがなかった娘の変化に、弦十郎は少し面食らう。
「…ああ、分かった。ただし基本的な身柄は二課で保護することになるが、いいな?」
「ええ。ここにいる間だけでも私に任せて欲しいの。」
「よし。」
こうして、一つの物語が始まった。
●
「私に
「それじゃ、まずは歌いながら走れるようになりましょう。」
目を血走らせて叫ぶ少女に、紫羽は至って冷静に対応する。
「なん…だよ…体力、お化けか…お前…」
「姉様、やっぱり規格外ではありませんか?」
「いいえ。司令の鍛錬に付き合ってるだけ。アレに比べれば…」
無理やり翼の訓練メニューに奏を放り込み、彼女がぶっ倒れ、翼も膝に手をつく中。紫羽だけは息を乱して汗を流すだけだった。
「うおっしゃ!ガングニールゲット!これで」
「あんた何してるの。さっさとそれ返しなさい。」
「うるせえな!悔しけりゃ捕まえてみな!」
「ほう、では遠慮なく。」
「ふに゛ゃああああああああああああああ!?」
ガングニールをこっそり盗み出し、得意げに胸を張る奏を追いかけ回してとっ捕まえる。
思い返せば、ここから紫羽の規格外さとあの性格が形成されたのだな、と。弦十郎たちは言う。
●
そして、今に至る。
「ぜー…ぜー…やっぱ、おかしいよあんた…」
「普通よ失礼ね。ほら緒川さんの車でさっさと帰りなさい。私は帰りに買い物して行くから。」
「ここから、だと…?」
「それでは。あまり遅くならないようにしてくださいね。」
「大丈夫。家までは近所だから。」
驚愕する奏を抱え、慎次は紫羽に一言。最近ノイズの出現頻度が高くなってきているのだ。紫羽が巻き込まれないとも限らない。あっけらかんと笑う紫羽だったが、その顔はすぐに曇ることになる。
「なんでこうなるのかな…!」
数時間後。泣きながらしがみつく女児を抱え、彼女は走る速度を上げた。人の気配はすでになく、沈黙が支配するコンクリートの林を彼女は駆ける。持ち前の脚力と(同年代と比較して)圧倒的な体力を発揮し、彼女は飛ぶように疾走した。しかし。
『聞こえるか紫羽!すぐ近くにシェルターが…』
「どうやら、お客さんのお出ましみたいよ。」
足を止めた彼女の前には、極彩色の異形。特異災害『ノイズ』。触れただけで人を同質量の炭素へと変換するその怪物が、紫羽の前後から迫る。
何か打開策を。そう考えた彼女があたりを見回すと、錆びて折れたハシゴ。二階部分までは折れているが、その先にはしっかりとした鋼鉄が輝いている。
「しっかり掴まってなさいよ!」
ダン、と。16歳現役高校生が出せそうもない足音を立てて紫羽は跳躍。日頃の鍛錬で培った脚力は、はしごに手をかけて登るだけの力を生み出す。ノイズから逃げるようにして二人はハシゴを登る。
「よし、これで…っと!」
ようやくたどり着いた屋上。しかしそこにも、ノイズがいた。
「うっそでしょ…」
「お姉ちゃん…」
こちらを嘲笑うようにゆっくりと近づくノイズ。少女を抱く腕に力を込め、紫羽はノイズを睨みつけた。
「あんたに構ってる暇はないのよ…この子を家族の元に返さなきゃいけないから!」
そんな言葉が届くはずもない。なおも異形は近付き、距離を離すように紫羽はビルの端へと追いやられる。
落ちて死ぬか、ノイズに触れられて死ぬか。そんな二択は紫羽にはあり得ない。『二人とも生きて帰る』そんな考えしか、彼女は選ばない。それが、少女の願いであり。そして、紫羽の家族を喜ばせることになるはずだから。
だから、彼女は諦めない。
「大丈夫。」
少女を下ろして右拳を握り、彼女は明るく笑ってみせる。決して少女を怖がらせてはいけないと。自分を奮い立たせるために。
「あなたのこと、『家族』のところまで送り届けてみせるから。」
『逃げろ!紫羽!』
『姉様!』
近づくノイズへ、むしろ近づく。
「だから、ね。」
拳を構え、見様見真似の構えをとる。それは養父の背中を見てきた証。ここで死ぬかと、覚悟を決めた証。
「生きるのを、諦めるなッ!」
構えた拳に光が集まり、彼女は口を開く。それは大人たちだけでもなく、翼にとっても馴染み深いもの。
『姉様、それは——』
拳に集まった光は、やがて全身を覆い隠す。紫の光を放ち、その波動だけで眼前のノイズを消しとばした彼女は、やがて光を割って現れる。
紫と白に彩られたインナースーツと鎧。腰や足に大型のスラスターユニットを装着し、両手の籠手を打ち合わせた彼女は、背後で目を輝かせる少女を振り返って笑う。柔らかな、陽だまりのような笑顔で、彼女は掲げた拳を示す。
「かっこいいでしょ、これ。」
「————うん!!」
よし、と満足げに頷いた紫羽は、少女を抱えて跳躍する。予想外の高さに面食らったが、彼女は慌てず騒がず冷静に。常に余裕を持って優雅たれ、といつかに出会った紳士の口癖を真似して呟いてみた。特に何も感じなかった。
明るい橙色の髪の少女を抱えながら、彼女はシェルターまでひた走る。シェルターが近くなったところで、ようやく弦十郎からの通信が入った。
『紫羽、彼女を下ろして戦ってくれるか。一課がそろそろ限界だ。』
「了解。——ほら、あそこがシェルターよ。一人でも大丈夫?」
「大丈夫!お姉さんは?」
キョトン、と首を傾げる少女に背を向け、彼女は再び拳を掲げた。今度は高く、空を示すように。
「悪者、やっつけに行ってくるわ。」
頑張れ、という声を一つ。少女はシェルターへ消えて行った。そうして一人になった紫羽は、目の前の
「ええ。任せなさい。私、強いから。」
彼女は走り出す。
「家族を…みんなを、守るわよ!」
だから、力を貸して頂戴。
「ヴィマーナッ!!」
●
「ヴィマーナ、だと!?」
「アウフヴァッヘン波形照合…該当なし!?」
「未知の聖遺物なのよ!データ取り、忘れないで!」
「紫羽ちゃん、ノイズと交戦に入りました!しかし、これは…」
モニタに映る映像では、紫羽の殴ったノイズが
「了子くんッッ!」
「今やってるけど、無理!データが少なすぎる!」
「ノイズ、依然健在です!」
「…叔父様、あのノイズ…動きを止めてはいませんか?」
「なんだと?」
弦十郎が見たその先。ガラス化したノイズは、その動きを止めていた。
「まるで彫像だな…」
「司令!一課から通信!どうやらガラス化したノイズは…」
「
「………!」
「位相差障壁とか一切無視!?確かにあれがただのガラスならそうかもしれないけど…」
「一課、これよりシンフォギアの装者の援護を開始するそうです!」
●
「…おい。」
男は、一課の小隊長だ。シンフォギア装者の出撃に伴い、退却を始めた彼の目に映るのは、炭化せずに透明な彫像となるノイズだった。
「最後に一発ぐらい、いいよな?」
「やめろ!俺たちは…」
腰に下げた拳銃を抜き、効果がないと分かっていても彼は引き金を引いた。今まで殺された仲間の分。そんな思いと共に放たれた銃弾は——
『————は?』
彫像となったノイズを
「…っおい!司令部に連絡しろ!」
「了解!」
すぐさま我に帰ると、そう言い残して男は銃を構えた。5.56mmの弾丸が吐き出され、別の彫像ノイズが砕け散る。
「ははは、なあ。」
「応。」
銃を構えたまま笑う男の周囲。同じく己の獲物を構えた仲間達が、ノイズに銃口を向けた。
「自分の娘と同じくらいのガキンチョに戦わせんのさ、俺嫌いなんだわ。」
「奇遇ですね。自分もです。」
隣に立つ隊員が、発砲。キラキラと破片を残して砕けるノイズを見て、これは現実なのだと再確認。口の端を釣り上げた。
「おいお前ら。撤退命令違反だ。…始末書書くのは、俺たちだけだぞ?」
「あ、間違えて撃っちまった!」
「隊長!
思いは同じであったか。悪びれもせず笑う部下たちを引き連れて、彼は叫んだ。
「お前さんはノイズを殴ってくれりゃそれでいい!」
だから。
「俺たちが後ろにいる!
●
「——上等。」
握った拳を構えて、彼女は不敵に笑う。
「じゃんじゃん仕事くれてあげるわ——!」
応、と聞こえる声。頼もしい大人たちに背中を押されて、彼女はノイズへ突っ込んだ。
「父さん!今分かった!」
『どうした!』
拳を振るい、彼女は叫んだ。
「私の居場所は!ここよ!」
殴ったそばから崩れ去るノイズ。素晴らしい腕前だ。振り向かずサムズアップ。
「家族を守るために!」
最後の一体。正拳突きを放って、彼女は叫んだ。
「私は、この力を使う!だから見てて!父さん!」
『——ああ。見ているとも。』
残心。砕けるガラス片が光を乱反射し、彼女の紫の装甲を照らす。
『最高にイカしてるぞ、紫羽。』
「ッッッッッッッッッッしゃああああああ!」
拳を掲げた彼女に呼応するように、一課の隊員たちが叫びながら銃を振り上げる。
燦々と輝く太陽だけが、その姿を照らしていた。
…あら?あの駄女神、どこにいっちゃったのかしら。
ハァイ、風鳴紫羽よ。ようやく登場したわね。
こんな性格になったのも奏の仕業でね…。苦労したのよ。
では次回、第10話。「私だって」
そういえばあの時の女の子、元気にしてるかしらね。
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第10話 私だって
切ちゃんもこのくらい変わってくれたらいいのに。特に料理とか…
それでは、第10話。よろしくお願いします。
「おかえり、紫羽!」
人類が、初めてノイズに勝利した日。公にはなっていないものの、まさしく快挙だ。シンフォギア・システムの有用性を証明できたことに加え、一課との関係も良好なものへと変化した。広木防衛大臣もニッコリである。官僚たちも多少は二課の事を見直したようだ。
しかしそれで満足しない者も多い。その筆頭は前司令、風鳴訃堂である。弦十郎の養子である紫羽が結果を残したことで、正当な風鳴一族である翼の『実戦投入』を早めるように圧力を掛け始めるだろう。
「姉様!かっこよかったです!!」
「紫羽ちゃん?あとで検査するからね?…でもまあ、お疲れ様♪」
「…あんた、すごいな。」
だが、今だけは。その快挙を成した彼女を祝って、労ってやるぐらいはしてもいいだろう。
紫羽が帰還すると、そこにあったのは『祝!ノイズ初勝利!』の横断幕とたくさんの料理。ことあるごとに祝おうとする己の父に苦笑しながら、紫羽は慎次に預けていた肩を下ろし表情を引き締めた。
「風鳴紫羽、帰還しました。」
敬礼を一つ。場の空気にそぐわないその行動に面食らう者も多く、紫羽はそれを見て破顔した。
「あら、冗談ですよ?…ただいま、みんな。」
「よし!それじゃ主賓も帰ってきたことだし!食うか!!」
「「「「はい!」」」」
そう言って皆が料理に突撃する。騒がしくなった場の空気に当てられたのか、奏も満更ではなさそうだ。あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。目についた料理を取り分けては口に運んでいる。
翼は相変わらずこういった空気が苦手なのか、紫羽の後ろに隠れて出てこない。笑い声が響くたびに体を跳ねさせて驚くのだから、相当なあがり症だ。どうしたものかと頭を悩ませながら紫羽はテーブルを見て回る。
「…あ。麻婆。」
「姉様、これは…」
「なんだっけな。どこかの中華料理屋のやつね。店主は目が死んでることで有名よ。」
元神父なんですって、と呟きながら彼女は麻婆豆腐を掬う。一部のコアなファンがリピーターとして活動していることで有名なその店は、まるで地獄の釜のような辛さの麻婆豆腐を提供することで有名だ。
食したものは、一週間ほど腹痛に悩まされるが意識は明瞭になるという謎の効能を持っているらしい。そんな暗黒物質(ボコボコと泡立っている)を平然と掻き込みながら、紫羽は翼の手元を見た。
「少ないわね。そんなんだから成長しないのよ。胸とか。」
「んな…姉様!」
「ほら、これでも食べときなさい。」
「あーん…ってこれ麻婆豆腐じゃないです辛っ!?なんですかこれ口の中が刺されているようでいてその中に深い旨味がってやっぱり辛い痛い痛い痛い!!!」
紫羽はやりすぎたか、と舌を出す。その手には煮えたぎる麻婆豆腐が入ったレンゲが握られており、それが原因であろうことは想像に難くない。紫羽の隣で転げ回る翼。涙目で舌を出している彼女の姿は、シュールを通り越して同情を誘っていた。
「誰も食べないの?美味しいのに。」
絶対食べん。と誰もが首を横に振った。某巫女でも同じ反応をしただろう。この麻婆豆腐だけは、きっと再生能力とか関係なしに継続ダメージを与えるものだから。
残念そうに麻婆をかっさらう紫羽。そこの近づく、一人の勇者。その名は天羽奏。拾われた野良猫という異名を持つ彼女は、紫羽の握るレンゲを奪い取ってそのままたっぷりの中身を口に運んだ。
「あ」
「〜〜〜〜〜っ!!!」
口元を押さえてぴょんぴょん跳ねた。いや、そりゃそうなるよ。朔也がそう突っ込んで周囲の女性職員から肘鉄をいただいていた。一言多いのだ。
あえなく撃沈した朔也を横目で捉えながら、紫羽はのんびりと麻婆を食していく。うん、美味い。
「ん…ご馳走様。さーて他のは…」
「ねえはま、こへあ、あええう…」
「なんかごめんね…」
よしよし、と翼の頭をさすって紫羽が差し出したのは牛乳。
「ほら、辛いものを食べたときは牛乳飲んだらいいって言うじゃない。」
「んぐ、んぐ…ぷはあ。酷くないです…か…」
「あれ、どうしたの翼。」
「あの、奏さん…が…」
ん?と首をひねった紫羽が指し示されるままに下を向く。そこには、いつもの訓練よりもぐったりとして横たわる奏の姿があった。
煤けているようにも見える彼女に牛乳を差し出しながら、紫羽はいつの間に取っていたのかデザートのケーキを食している。
「あんな程度で音を上げるなんて…みんな鍛え方間違ってるわね。」
「いや、あれはおかしいだろう…」
「もしかして胃袋は鋼鉄製なの?」
皆が口々にそう述べる中、紫羽は一人マイペースに食事を終え、さっさとその場を後にした。結局、主役を欠いても彼らは騒ぎ続け、終いには紫羽に本気で怒られながら片付けをする羽目になったとか。
●
「で、今日も今日とてノイズ退治?大変ねえ。」
『いや、お前さんしか戦えないんだからな?…っと。お残しはいかんよ、オジョウサマ?』
「そのために貴方達がいるのでしょう。」
違いない、と通信機の向こうの彼は笑う。最近の紫羽は、現れたノイズに対して一課と共同戦線を張ることで殲滅効率を上げた。加えて、彼女自身が弦十郎に訓練をつけられていることもあって近接戦闘のスキルは向上。
流れるような動きでノイズをガラス化させ、そして後ろに控えた一課の隊員達がそれを砕く。紫羽がギアを纏ったその日から一課と二課の利害は一致し、それゆえにこの殲滅法が取られることとなった。
「はい、一丁上がりね。…私、授業抜け出してきたんだけど。」
『御愁傷様。』
「殴るわよ。」
後ろを向いて拳を振り上げると、わあ、と声をあげて一課の隊員達が逃げていった。
『紫羽、慎次が迎えに行った。学校はもうそろそろ修了時間だろうし、今日はこのまま本部まで来い。定期検診もあるからな。いいな?絶対に来い。すっぽかすなよ!』
「はいはい。分かったから。まるで私が注射を嫌がって逃げる子供みたいに言うの、やめてもらえる?」
事実なのだが。紫羽は右腕の検査をするときの了子の表情が苦手だった。データを取るべきなのは分かるが、その顔はまるで…モルモットを観察する科学者のような。あくまでこちらを『聖遺物』として扱っているようなその顔が、苦手なのだ。
「紫羽さん。」
「お疲れ様、慎次さん。」
数分もしないうちに黒塗りの車が彼女の前に止まる。中から柔和な笑みを浮かべた青年が出てきて、
当然のように分身した慎次と、それに対してほとんど反応しない紫羽。どちらへのものかは分からないが、一課の男達から驚嘆の声が上がる。
「…今日も、了子さんの?」
「はい。今度は影縫いを使って引きずってでも連れて来いと厳命されていますから。」
「いいじゃない別に。すぐ死ぬわけじゃないのだから。」
それでも、です。慎次は少し真面目な顔で言った。事実、聖遺物を体に宿しながらシンフォギアを纏うという行為そのものの原理が解明されていないのだ。どんな危険があるかも分からないし、だから皆アンテナを張って紫羽の身に何か起こらないかをしっかり確認している。
「それでも、ですよ。万が一ということもあります。」
「はーい。」
リディアンの制服姿に戻った紫羽は肩を竦めて唇を尖らせる。促されるまま車へと歩く彼女だったが、おい、という後ろからの声に振り向いた。
「…どうしたの?」
「お疲れさん。」
そっけない言葉とともに投げ渡されるのは携帯端末。二課のものとは違う、一課独自のものだ。なぜこんなものを自分に、と首を傾げる紫羽だったが、眼前の男は口の端を釣り上げていた。
「使い終われば司令さんに渡しておいてくれよ。」
「あ、ちょ!」
言うだけ言い放って彼は戻っていく。彼から渡された手の上の端末は無機質な黒い画面に、ただ光を反射させていた。矯めつ眇めつ眺めてみるが、特に怪しいところは見つからない。というかあったら慎次が没収しているだろうし、問題はないのだろう。
しばらく紫羽は男の背中を見つめていた。部下に茶化され、反撃にヘッドロックをカマす彼。手に持つそれを弄びながら、今度こそ彼女は現場から背を向けて立ち去る。一課とはギスギスしていたらしいが、こういうのも悪くはない、そう思って。
///
「うーん、聖遺物の侵食は微小。不思議ねえ…シンフォギア・システムを使ってる訳でもないのに…」
「侵食が進むとどうなるのか、教えてもらっても?」
それは、と口ごもる了子。所変わって二課の本部、メディカルチェックを受けるために帰還した紫羽は、眼鏡を外して眉間を揉む了子にコーヒーを差し出しながら尋ねた。
己の右腕に存在する聖遺物、ヴィマーナと推測されるそれは、表皮に近いせいで右腕だけ長袖を着続ける羽目になっている原因だ。カムフラージュ用の人工皮膚を貼り付けるアイデアもあったものの、紫羽の動きに耐えられるような代物ではなかったため没案となった。故に彼女はいつでも右袖はロングである。暑いから嫌いなのだが。
なんにせよ、これの摘出をするには既に遅い。小さいとも言い切れず、肉と癒着しているため摘出してペンダントに加工したとしても、紫羽の回復を待たねばならない。ノイズへの対抗策として政府に示した以上、紫羽には戦い続ける人生が決定している。貴重な戦力を長期間『ダメにする』ような真似を政府は許さないだろう。
「聖遺物の埋まった人間から、人間の形をした聖遺物になるかもしれない。細胞一つ一つが聖遺物のような特性を持つかもしれない。正直な所、『分からない』のよ。特に紫羽ちゃんは侵食スピードが遅いし、そもそものデータも存在しないのだし。」
「それじゃ、本当に手遅れになる前に了子さんになんとかしてもらいましょうかね。」
「まっかせなさい!稀代の天才と名高い櫻井了子は伊達じゃないのよ!」
あーはいはいすごいですねー。そっけない返事だが、もうこのセリフ自体も何度も聞いたものだ。聞き飽きたし、このくらいの対応がちょうどいいのだろうとは思っている。
その後も検査は続き、一通りの検査を終えて帰ろうとした紫羽の背中に、了子の声が掛かった。
「紫羽ちゃん。奏ちゃんのことなんだけど。」
「……なんでしょうか。」
振り返った彼女の顔は、無表情。奏がシンフォギアを纏うために了子が研究を続けていたのは知っている。奏自身も、いつ適合してもいいようにと体力作りに励んでいる。
しかし紫羽が気に入らないのは、その『方法』だ。薬品を用いて無理やり適合係数を引き上げてシンフォギアを纏う——副作用も知れないそんなものに頼って身体を壊していくような奏の姿は見たくない。既に紫羽の中では奏は立派な『家族』であり(本人の意思は別として)、妹分のような彼女が己の命すら削って戦うことをよしとは思っていない。
「もう知ってると思うけど、奏ちゃん用の…」
「…やっぱりその話ですか。『LiNKER』、でしたっけ。」
「ええ。そろそろ完成しそうで…」
「それで、どうするんです。」
「————ッ!?」
膨れ上がる威圧感。了子はそこに、一種の化け物を見た。
己の家族を守るため、全てを壊す暴走機関車。己の命すらベットして戦うという覚悟。とても16歳の少女が出していいものではない。なおかつ了子は非戦闘員。殺気を放つのは間違っているはずなのだが、紫羽はその視線を外さない。
「まさか、奏に戦わせるつもりなんですか?」
「彼女が望んでいることなの。それに、お上もせっついてきてるし…」
「私に加えて翼も出せ、と?ふざけないでください!二人ともまだ中学生なんですよ!?私のような根無し草なら兎も角、彼女たちには普通の生活を送る資格が、権利がある!子供を守るべき『大人』が矢面に立たないでどうするんですか!進んで子供に傷つきに行かせるようなら、私が戦います!いいえ戦う!」
一拍。つかつかと了子に近づいた紫羽は、振り上げた右拳を机に打ち付けた。強固な鋼鉄製のデスクは、部屋の外まで響く音を立てて凹んでしまう。裂けた拳から流れる血を拭おうともせず、紫羽は叫ぶ。
「
乱れた息を整え、紫羽は部屋の外の集まり始めた気配を察したのか了子に背中を向ける。
「………すみません。失礼します。」
返答を待つことなく紫羽は部屋を後にする。外にいたのは弦十郎に慎次、翼に奏。その誰もに目を合わせることなく、紫羽は荒っぽく歩き去っていく。握りしめた右拳から、血を滴らせながら。
「あいつ…」
その背中を見つめる四対の目線。その中の一つは、少し困惑したものだった。
///
「……………あああ!」
ズガン、と車が衝突したような激しい音と共にサンドバッグが砂を吹き出して飛んだ。その犯人は右手を荒く手当した風鳴紫羽。赤く滲んだ包帯を取り替えようともせず、彼女は新たなサンドバッグを引っ張り出す。
再びトレーニングルームに響く重低音。まるでプロボクサーが本気ので殴っているのかと錯覚せんばかりの威力を高速で叩き出しながら、紫羽は流れる汗を拭う。
今の彼女は誰から見ても荒れ狂っており、この瞬間だけならば弦十郎に匹敵せんばかりのパンチ力を叩き出しているのだ。誰も話しかけようとはしなかった(そもそもトレーニングルームに人が入ってこない)。
「はぁ…はぁ…くそっ。」
流石に体力の限界か。そう感じた紫羽は床に寝転んでタオルを顔に乗せた。右手の出血は酷くなっていたが、力を込めて無理やり止血。フリーな左手で水筒を探して…少し離れたところに置いていたと思い出す。
「さいっあくだ…あ゛ー…」
いつもの彼女からは考えられないような気だるげな声を上げて、彼女はゴロンとうつ伏せに体勢を変えた。絵面は完全に事案なのだがここには彼女一人だけ。誰も気にしない、はずだった。
「あ、あの…紫羽、さん?」
「あ゛?」
「ひい!?」
ノロノロと顔だけを動かして声の主を探す。長い赤毛の毛先を揺らして立っている。可動域的にそこから先を確認することはできなかったが、奏だろうと判断した紫羽はその体勢のまま問いかけた。
「何の用。今の私、機嫌悪いのだけれど。」
「それは分かってるんだけどさ…その、ちょっといいか…いいですか?」
「何よ急に改まって。今までの行動を反省して謝罪しにきたの?」
「違う!いや違わないけど…あの、さ。」
話しかけた奏だが、その言葉の続きは中断された。紫羽がうつ伏せのままある一点を指し示したから。
「あっちで話しましょう。」
「…お、おう。」
奏が先に移動していると、能面のような表情の紫羽がゾンビのような動きでやってきた。いつもとは異なる彼女の姿にぎょっとする奏だったが、すぐに顔を俯かせた。
「さっきさ、聞こえたんだ。」
「…了子さんとの、アレ?」
こくり、と頷く。聞かれていたかと額を抑える紫羽。いつにも増して大きな声を出した自覚はあったし、何よりこの右手。デスクが不憫でならない。やりすぎだったと反省しながら、言葉の続きを待つ。
「…あの時さ、私のことも家族だって…」
「言ってたわね。」
「それに、自分のことを根無し草だって…」
「確かに言ったわ。」
「私さ、両親も、妹もノイズに殺されちまって。こんなに不幸な人間他にはいないだろうって。ずっと思ってた。だからあんたに…紫羽さんに
「……」
紫羽はただ、黙って奏の言葉を聞く。火照った身体から滴る汗が幾度か床に垂れたところで、奏は顔を上げた。
「でも違った。紫羽さんは私のことをしっかり分かってて、そうしてたんだ。…違うか?」
「ええ。合ってるわ。貴方の世話係を引き受けたのは自分からよ。」
「どうして…」
「それはね、貴方と私が似た者同士だったから。」
似た者同士?と首を横に倒す奏。
「ええ。家族を失って天涯孤独の貴方と、家族どころか生まれも不明な私。ほら。似た者同士。」
「いや、それなら私よりも紫羽さんの方が…」
「いいのよ細かいことは気にしないの。…で、よ。貴方の性格も何も知らなかったけど、私に任せてもらいたいって。そう思ったのね。不思議だけど、これが『直感』ってやつなのかもしれない。」
「直感…」
「ええ。直感。でも悪くはなかったわ。初めて合った時に比べて、随分丸くなったもの。翼とももう少し仲良くしてくれたら…っと、話が逸れた。私はね、どこか歪みたいなの。だから『家族』だって認めた人を命に代えても守ろうとするのよ。」
「それって、私も?」
当然じゃない、と笑って紫羽は奏の頭を乱暴に撫で回す。わ、と頭を抑える奏を見て笑いながら、彼女は言う。
「
「じゃあ翼は三番目になるじゃねえか…」
「そうね。奏『お姉ちゃん』?」
「うう〜、背筋が!」
「家族を傷つけるなら私は容赦しない。したくない。ノイズと戦う力は確かに翼も持っている。だけど、彼女は彼女なりに事情があるの。これ以上灰色の少女時代を送って欲しくないから、しばらくは私が戦うの。上層部は絶対に認めないだろうから、なるべく引き延ばす。」
それに、と一息。奏の顔を見据えて紫羽は言った。
「貴方がシンフォギアを纏おうと考えているのは分かってるけど、やめておいた方がいい。身体を壊して、命を削って戦うなんて。少女がやるものじゃない。」
「でも、私は復讐のために!」
立ち上がった奏の額にデコピンが炸裂。ゴム弾を食らったように仰け反った奏は尻餅をつく。
「いい?そういう理由で戦うのはやめなさい。その動機はいつか身を滅ぼすわ。だから、貴方は仮にLiNKERが完成しても戦っちゃダメ。しっかりとした理由を見つけてから、それでも戦いたいと願ったなら、その時に戦いなさいな。」
それじゃ、と言い残して紫羽は消えた。シャワーを浴びに行ったのだろうか。残されたのは、ただ天井を眺める奏のみ。
「戦う理由、か…」
紫羽は家族を守るため。翼はそうあれかしと育てられたため。では自分は?家族の復讐のため。前者二人に比べてあまりにもドロドロとした戦う理由。紫羽のような信念を持っているわけでもなく、翼のような天賦の才を持っているわけでもない。つい最近まで一般人だった己にできることはなんだろうか。
弱冠14歳の少女に、その思考はあまりにも重荷すぎた。けれど、己のことを『妹』だと言ってくれた紫羽の言葉は、しっかりと奏の心に波紋を起こしていた。揺れる奏の心中とは。それを知る者は、今はどこにもいない。
●
「…紫羽さん。」
「奏じゃない。どうしたの?」
いつものように任務を終えて帰還した紫羽の前に、引き締まった顔の奏が現れた。あの日以来俯き気味だった背筋は伸び、その視線は真っ直ぐに紫羽を貫いている。『決まった』のだと、紫羽はそう考えた。
「私は、まだ戦う理由を見つけられねえ。でも、これだけは言いたいんだ。」
発されたのは、紫羽の予想を裏切る言葉。
「ありがとう、
首元のペンダントを引っ張り出し、奏はそれを握りしめた。
「今は自分の為に。この力を使う。その先は、自分で見つけるよ。」
「————そう。」
紫羽は奏に歩み寄る。奏が感じたのは、暖かい感覚。
「それじゃ、無理しないように。」
そう言って紫羽は離れていく。あ、と手を伸ばす奏。
「……おう。やってやるよ。」
伸ばした手を握り、奏は小さく呟いた。
「私だって、守ってもらってばかりじゃないんだぜ。」
次回、第11話。「出動、シンフォギア」
え、私だけじゃないの?あのジジイこの頃から暗躍してたのね。やっぱり今からでも…
おっと。では次回会いましょう。
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第11話 出動、シンフォギア
調…なんで私よりも早くに…ヨヨヨ…
ごほん!それではまずは謝罪からデス!
【作者多忙につき二日間の間隔を空けてしまったことを謝罪いたします。これからまた毎日投稿をキープできるように鋭意努力しますので、よろしくお願いします。】
それではだいじゅーいち話!!どうそ!デース!
「…以上が第一号装者、風鳴紫羽の戦果となります。」
「足りぬ。まだ足りぬ。護国の為のシンフォギア、まだ存在するであろう。」
「ですが翼は…」
「否。櫻井了子の
「奏ですか!?彼女の適合係数は…」
風鳴本邸で行われている会談、赤髪の偉丈夫ともう一人。彼らと相対するのは白髪の老人。しかしその覇気は齢百を超える老人とは思えない程に大きくて、濃い。歴戦の強者ではなくまさに戦鬼。
風鳴訃堂。それが男の名である。彼の眼光は鋭く、冷たく、ただ二人を貫く。ただ淡々と事実を述べるその姿は、翼のことも、奏のことも気にしていないような様子だった。護国の為ならば身内であろうと容赦無く斬る。それが彼の生き様であり、あり方なのだ。
「認めない。」
しかし、ここにはそこに真っ向から歯向かう者がいる。認めない。そう声を上げた彼女に、訃堂はゆっくりと顔を向けた。弦十郎は気にせずただ前を見ている。ここに来る以前より、己の父と己の娘は相容れないと分かっていたから。
『護国の為』、家族を切り捨てる風鳴訃堂。
『家族の為』、全てを切り捨てる風鳴紫羽。
「正規適合者の翼はともかくLiNKERを使ってまで奏を戦わせる気?そんなの私が認めない。」
「彼奴は彼奴の復讐の為にシンフォギアを纏うのだ。それを護国に利用せぬ手はあるまい。」
「いいえ。奏には
「否。否である。事態は一刻を争う。護国の為、シンフォギアを纏えるならば戦え。それが義務である故に。」
互いに、平行線。一歩も譲らぬ論争は一時鳴りを潜め、静かな睨み合いへと移行した。弦十郎ですら汗を一筋垂らすような一触即発の空気は、紫羽が視線を外したことで霧散した。
これ以上は埒が明かないわね、そう言って肩を竦めた紫羽はさっさと立ち上がり襖に手を掛ける。帰ろうとしているのだ。予想外の展開に弦十郎は反応が遅れてしまったが、訃堂は動じない。ただじっと、紫羽のことを見つめている。
「私が戦うわよ。傷つくのは、後にも先にも私だけで十分だもの。」
「それで、民が護れると?」
「護れるか護れないかじゃない、
挑発とも取れる紫羽の言葉に、訃堂は片眉をほんの僅かだけ上げた。何か言いたげな彼を前に、紫羽は一歩も引かずに相対する。
鬼と、女神。
伸び始めた肩下までの髪を鬱陶しげにかき上げながら、紫羽はその目を吊り上げた。ただでさえ鋭いその目つきは、訃堂という鬼を斬る為の名刀が如く。射殺さんばかりに睨みつける。
「あんたが翼と奏のことをどう考えてるかは知らないけど、私は認めないから。」
「では見せてみよ。防人の姓を背負う者として。」
当然よ。そう呟く声は襖の閉まる音にかき消された。
●
「〜〜ッ!!!」
無駄に広い本邸の廊下で、堅苦しいスーツに身を包んだ紫羽は引きちぎらんばかりの勢いでネクタイを取る。あまりの勢いで斬撃が発生し、
ギロリ、と訃堂に向けられたままの鋭さを保つその眼光で射抜かれたのは風鳴八紘。外交官としていくつもの修羅場をくぐり抜けた彼ですらも、その眼光に怯みを見せる。
「——すまない。父は…」
「その言葉は、私に言う言葉ではなくてよ。」
本当に言うべき相手は理解しているでしょうに。そう独りごちて紫羽はネクタイを乱雑にポケットに突っ込んだ。くしゃ、と潰れたネクタイは翼が贈ってくれた物だと思い出し、慌てて結び直す。
よし、綺麗だな、と確認したところで、紫羽は八紘がこちらを見ているのに気が付いた。しかし話しかけてやる義理はないだろうと判断して華麗にスルー。さっさと玄関に向かってしまう。
「待ってくれ。」
「あら、此の期に及んで何か用?」
呼び止めたのは、やはり八紘。不機嫌そうに振り返った紫羽は、彼が注ぐ視線の先にある物を察した。
己のネクタイ。決して高級品とは言えないだろうそれは、やはりこの本邸においては不釣り合いに見える。一体何故なのか。八紘が尋ねようとした時だ。
「——これね、妹からの贈り物なのよ。誕生日に、って。」
「いもう、と?」
「そう。大事な大事な、私の妹。もう一人はまだまだ照れてるけど。」
今度こそ話すことはないと、紫羽はそこで会話を打ち切って八紘に背を向けた。その時——
「これは…」
「八紘さん父さんによろしく!」
玄関から弾かれたように飛び出し、聖詠を唱えて紫羽はシンフォギアを纏う。インカムから響く声は、ノイズの出現場所がここからあまりにも遠いことを告げていた。
それでも、と彼女は駆ける。シンフォギアによって強化された身体能力を生かして跳ねるように移動する。妹たちには戦わせまいと。一課の彼らをノイズの被害に遭わせてはいけないと。決意を再確認して大きく跳躍。弾道軌道を描きながら落下する彼女が見たのは。
「うおらあああああ!」
「ふっ…はあ!」
今しがた戦わせぬように、と願った二人の妹だった。
●
時は少し前、ノイズの出現が確認されたときのこと。
「台場にてノイズ出現!とんでもない数ですよッ!?」
「紫羽ちゃんは鎌倉だってのに…!」
「一課から入電!一般人の避難活動に専念するそうです!」
そんなもの、焼け石に水だ。翼はそう感じた。現状、実戦活動を行っているのは姉一人。己は未だ戦場に立つことを許されず、奏はLiNKERと呼ばれる薬品の投与を許可されていない。戦う力を持っていても、ただ見ているしかできないのは歯がゆいものだった。
弦十郎が居ない今、指揮系統は完全に死んでおり二課は動けない。先程から彼に連絡を取ろうとしているがコール音が鳴り響くだけ。おそらく電波障害だろうと見切りをつけた了子は、己の背後に立つ少女に目を向けた。
「しょうがないわね…翼ちゃん、頼めるかしら?」
「は、はい!」
ついにこの時が来てしまったのか、と。翼は腹に力を込める。震えて腰が抜けそうになる己を叱咤する為、彼女は強く拳を握る。するとその隣、自分よりも年上の奏が、翼の肩を掴んで引き寄せた。
突然の行為に混乱する翼だったが、奏の表情は真剣そのものだった。自分を見つめる眼差しに、翼は怯えてしまう。今までうまく話せなかった相手が無言で自分を見つめるなんてどんな修行なんですか叔父様。そう現実逃避してしまうのも仕方のないことだと言えた。
「な、何?」
「お前はここで見てろ。私が行く。…いいな!了子さん!」
「奏ちゃん!?ダメよ、あれは…」
「震える妹一人放り出すぐらいなら、私が行くって言ってんだよ!」
いつもと同じ、奏の叫び声。しかしそれは、いつもとは異なっていた。ただ気に入らないから喚き散らすのではなく、しっかりと自分の意思を理解させたいがための叫び。
奏も、翼も気付いていなかったが、この瞬間奏は翼のことを『妹』と呼んだ。決して小さいとは言えない奏の変化に何かを感じたのか、了子はため息を一つ。脇に置いていたシルバーのアタッシュケースの中から、無針注射器を取り出した。
「これ、試作品のLiNKER。紫羽ちゃんに言われてなるべく副作用が出ないようにって作った物なの。効果時間も副作用も分からない。オマケにそれを打ったところで本当にギアを使えるようになるかも分からない。それでも、いいのね?」
「上等だ。紫羽さんがいないんなら、私がやってやる。」
口を歪めて笑う。遂にこの機会が来たのだと、ようやくシンフォギアが使えると、奏は湧き上がる感情を抑えてLiNKERを受け取った。しかしそれを使うのはまだ早い。
現場まで向かってから使うように。そう言い含められた奏は渋々とヘリに乗り込んで現場を目指す。その隣に、青髪の少女を伴いながら。
「って、なんで翼がいるんだよ!?」
「私も、行く。」
「お前は待ってろって…」
「嫌。姉様の戦う場所に、私も居たいから。」
奏が見る彼女の顔は、いつものような気弱な少女のものでは無い。力持つものとしての責務を果たす——そんな決意に満ちた表情で、翼は胸のペンダントを握る。
二人の初仕事の現場まで、あと少し。
●
「クッソ!今日はお嬢様居ないってか!?」
「今日は鎌倉まで呼び出し食らってるとか聞きましたよ!」
「話してないで手を動かせ手を!死にたくないならな!」
一課の男たちは、パニックになる市民の避難を行いながら声を交わす。彼らの頼みの綱、唯一のシンフォギア装者である風鳴紫羽は本家に呼び出されて不在。数ヶ月前に戻ったかのような感覚を覚えながら、彼らは必死にノイズの気を引こうと銃を乱射するも、位相差障壁を持つノイズには通用しない。
聞かぬと分かっていても彼らは諦めない。持てる手段を必死に使いながら、人命を最優先に行動する。たとえ、
「ッチ!」
「隊長!西田と脇坂が!」
「三人!行け!残りは俺と誘導だ!」
了解、と声をあげた隊員たちは瞬く間に散って行く。残された隊員たちは果敢にノイズを射撃するが、効き目があるはずもない。アレは紫羽のギア、ヴィマーナの特性があってこそなのだから。
そこに近づく、一機のヘリ。少し離れた場所に着陸したそれの中から出てきたのは、彼らの期待した少女ではなく、赤と青の、紫羽よりも一回り小さい少女だった。
「誰だ…?」
「おい!ここから離れろ!早く…」
一課の大人よりも、少女たちに群がるノイズ。
「あのバカども!」
二人を助けようと走り出したのは、誰だろうか。
「逃げろ——!」
声を上げたのは、誰だろうか。
歌を詠うのは、誰だろうか。
膨れ上がるエネルギー、炸裂する光。
隊員たちの視界が一瞬だけ真っ白に染まった。
「————まさか。」
誰だろうか。
「翼。」
「——うん。」
両手を合わせ、奏は巨大な槍を生成する。
右手を振り、翼は一本の刀を生成する。
「「行こう。」」
●
槍を振るえば、ノイズが串刺しになる。
刀を振るえば、ノイズが輪切りになる。
奏と翼。互いに噛み合わなかったはずの二人だったが、今、この瞬間においては。自分の信じる『姉』の為に互いに己の背中を預けていた。撃槍、絶刀。神殺しと神剣は、
奏が振るった槍は分裂し、数多のノイズを縫い留め、崩壊させる。
翼の振るった刀は巨大化し、数多のノイズを叩き斬る。
「——これが、」
シンフォギア・システム。
「おいおい、歌いながら戦うなんて、聞いてないぞ…!」
その真骨頂。紫羽は呟く程度に留めていた歌を、二人は高らかに歌い上げる。
「うおらああああああ!」
「これで…仕留めr
「「あ」」
ズッッッッッッッダン!!!
「奇遇ね二人共。」
ゆらり。人影立ち上がり。
「私、ノイズが出現したって聞いてね。」
ふらり。二人を振り返り。
「とっっっっっっても急いで来たの。」
ぎろり。二人を睨みつける。
「何を、しているのかしら。」
この瞬間を録画した映像を見た時、さしもの訃堂も冷や汗を一筋流したとか。
●
「——二人共、ギアを解除して下がりなさい。」
着地の衝撃で吹き飛ばしたノイズが一課によって処理されたのを確認すると、紫羽は両拳を打ち合わせた。形成されていたガントレットが火花を散らし、彼女の顔を照らす。
ニヤリ、ではない。ニチャア、そう形容するのが最も
『アレに逆らうのだけはダメだ』と。
「お仕事の時間よ。ボランティアは撤収し——」
なさい。そんな声が聞こえたのは、ノイズの集団、その中心からだった。一拍遅れて、声の発生源とつい先ほどまで紫羽の立っていた位置を結ぶ一直線上のノイズが粉砕された。
次に中心から紫の閃光が吹き出し、溢れ、周囲一帯のノイズがガラス化する。それでもノイズは止まらない。次々と中心部に雪崩れ込み、紫羽を包囲し、押しつぶそうとして——吹き飛んだ。
容赦、慢心、一切無し。打ち上げられた数十体のノイズは地面に衝突し、砕け、キラキラと粒子を舞い散らす。拳を突き上げた姿勢のまま動きを止める紫羽。
「邪魔よ。」
そんな声すらも置き去りに、紫羽は再びノイズを殲滅する。一課の援護射撃が追いつかないほどの殲滅スピードは、間違いなく彼女の本気の速度だ。
この程度では足りぬ。そう言わんばかりに彼女は極彩色を殴り、ガラス化させ、また殴る。一体につき二撃。常人であれば下がるだろう手数は、むしろ増え続けていた。
理由は『足』。今まで威力重視だった攻撃を切り替え、ただ『当てる』ことだけに集中した結果、紫羽はその長い足を攻撃に織り交ぜることにした。しかしそれで威力が下がるかといえばその逆。絶えず動き続ける体の中でエネルギーを制御し、全てを循環させ利用し、分配する。
まさしく全身凶器。手を出して殴れば次の瞬間には足でそれを砕く。蹴ったノイズを拳で粉砕、その余波で放たれた光が他の個体をガラス化させる。攻撃すればするほど、余波の光でその倍以上のノイズが彫像となり、砕かれる。
「すげえ…」
「アレが、姉様の本気…」
大人しくギアを解除し、メディカルチェックを受ける最中も二人の視線はモニタの中の紫羽に注がれたまま。自分たち二人よりも明らかに早いその殲滅速度に見惚れていた二人だったが、奏がある違和感に気付いた。それは、一瞬映った紫羽の顔。そこにあった。
「なあ、紫羽さんさ…」
●
「これで、とどめェ!!!!」
最後の一体。巨大化したソレを全霊の一撃で砕きながら、紫羽は叫んだ。
しかし、己の意識は既に途切れかけ、身体もロクに動かない。
ギアが技を放つ、すなわちフォニックゲインを制御する際に装者にかかる負担。それを無理やり物理エネルギーに『変換』し、衰え知らずの連撃を繰り出すその戦い方は、紫羽の身体に絶大なダメージを残す。後の絶唱を使用した翼に匹敵するほどの負傷。至るところが血に塗れ、真紅に染まったそのギアは粒子となって消え去り、スーツ姿の紫羽だけが残される。
「紫羽…ちゃん…そこまで、二人が。」
「奏、は…ッ…!」
ゴボ、と口から溢れる血液。赤黒い、を通り越し真っ黒な血の塊を吐き出した紫羽は、ふらり、と身体を傾け、そして駆け寄った奏と翼に抱きとめられた。
「紫羽さん!紫羽さぁん!」
「姉様!しっかりしてください!」
「了子さん!紫羽さんが!」
「わかってるわよ!早く!一課の野郎どもは何処にいんのよッ!」
「ここだ。…すまない二人共、彼女は任せろ。」
「担架来ました!」
「乗せろ!櫻井博士のところへ!」
引き剥がされる二人。一課の男たちが走り回り、紫羽を救わんと了子がその手を動かす。そんな様子を、ただ二人は黙って見ているしかなかった。何も出来ない無力感に苛まれながら、少女たちは拳を握る。
「…翼。」
「うん。」
「悔しいな。」
「………う、ん…!」
その後、あおいがやってくるまで二人はただ抱きしめあって静かに泣いていた。しかしその瞳の光は失われておらず、ただどこかを眺めていた。
●
「紫羽さん!」
「姉様!」
「はいはい煩いから扉はゆっくり開けましょうね。」
数週間後。ようやく退院した紫羽が二課に帰って私室を片付けていると、奏と翼が飛びついて来た。二人共、紫羽がいない間にしっかりとノイズを殲滅していたようだ。細かい傷が増え、若干筋肉量が増えたように感じる。
「二人とも、ありがとね。私がいない間。」
「ううん。いいんだ。大丈夫だから。」
「姉様の負担を少しでも軽くしよう、って。」
「〜〜〜〜〜っ!最高よ私の妹たちは!!」
ぎゅ、と抱きしめてくるくると回る。ひとしきり落ち着いたところで、、紫羽は驚愕の事実を耳にする。ソレは、簡単なおやつを用意していた時のこと。
「あ、紫羽さん紫羽さん。」
「どうしたの奏。またハグしてほしいの?」
「お願いしますって違う!」
「私たち、アイドルデビューします。」
ぴた、と紫羽が動きを止めた。アイドル?あいどる?あの歌って踊る?
彼女の脳内では過去最高速度での思考が行われ、そうして一瞬の沈黙の後に彼女は口を開いた。
「…姉様?」
「アルバム、いつ?」
「「早い!!」」
案外紫羽もポンコツなのだな、と二人はそう確認できた。
ただしソレが家族限定だということには、まだ、気付かない。
風鳴紫羽よ。ちょっとあの腐れ外道を殴りに行ってこようかした。
そろそろ飽きて来たでしょう?もうそろそろ、いいかもね。二人もアイドルデビューするし。
次回、第12話。「アンコールのその先で」
感想とか、評価とか。いっぱいくれると、作者のモチベが上がるからどしどしどうぞ。ただしあんまりキツイのは勘弁よ。作者の心は私のパンチに耐えられないほどに弱いから。
そうそう、私のイメージcvが決まったそうよ。
早見沙織さんですって。こらそこ、メル○リリスって言ったやつ、出てきなさい。正解よ。最近の作者は、デレも存在するメ○トをイメージして書いてるらしいから。
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第12話 アンコールのその先で
それでは第12話。よろしく頼む。
「ツヴァイウィング、ねえ…言い得て妙じゃない?慎次さん?」
「名付け親は紫羽さんですよ。」
「違いない。っと。…おはようございます。」
二人が歩くのは、とあるコンサートホールのスタッフ用通路。ツヴァイウィング専属マネージャーの二人、
今日はツヴァイウィング結成以来最大規模のライブ。フォニックゲインを高め、完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』を起動させるための隠れ蓑として開催されるソレは、十数万人もの動員数を獲得。チケットの競争倍率は過去最高を記録し、ツヴァイウィングの人気をこれでもかと見せつけた。遠隔地に向けたオンライン放送のチケットも、発売開始後数秒でサーバーがダウンするという事態に陥った。
そんな人気アイドルのマネージャー二人は、道中で紫羽が数分だけ席を外したものの、時間通りに楽屋に到着。本番前の挨拶をしたい、という紫羽の要望に慎次が折れた結果だ。
ノックをする間も無く開いた扉の中から、白いローブに身を包んだ奏と翼が飛び出してくる。その展開を予想していた慎次は瞬時に距離を取り、紫羽は腰を落として二人を抱きとめる。
「紫羽さん!」
「姉様!」
「はーいはい、緊張でもしてるの?」
まだまだ子供ねえ、とあっけらかんに言ってみせる紫羽。肝が据わるというよりもまるで不動の岩のような…そう思った慎次だったが口には出さない。女の攻撃は痛いのだ。特に紫羽のは。
セットした髪が崩れない程度に二人を撫で回す紫羽に咳払いを一つ。慎次は名残惜しそうに離れていく紫羽を宥めながら、翼に軽く頭を下げる。それに気づいたのか翼も慌てて一礼。長い髪が揺れる。
「紫羽さん、行きますよ。」
「あ〜!二人とも頑張ってねえ!しっっっっっっっかり見とくから!」
ズルズルと引きずられていく自分たちの姉を見て、奏と翼は顔を見合わせて笑う。
思えば、初めての戦いからもうこんなところまで来てしまった。あの日以来、紫羽が取り持っていた二人の関係はだんだんと軟化していき、今では仲のいい姉妹のようだった。少々翼が奏に依存気味なのを除けば、いいコンビだ。
勝気な姉御肌の奏と、大和撫子のような翼。正反対な二人の性格をうまく纏め、プロデュースした慎次と紫羽の手腕は業界でも話題になった。実際は二人とも紫羽にべったりな妹なのだが。
そろそろ本番。そこからは『風鳴紫羽の妹』ではなく『ツヴァイウィング』となる。未だ慣れない翼の手を握り、奏はにっこりと笑ってみせた。対する翼も、震える身体はそのままだったが笑ってみせる。言葉は不要。これから魅せるのは、十数万の観客と、一人の姉なのだ。
翼は奏の手を握り返し、額を合わせて目を閉じる。互いの体温を感じ、吐息が掛かる距離。まるで絵画のような構図で、二人は小さく言葉を交わす。これが本番前のルーティーン。内容こそ異なるが、こうすれば力が湧いてくる。きっとうまくいく。紫羽が耳元で囁いた、気がした。
「…ああ、大丈夫。私たちは、ツヴァイウィングなんだから。」
「奏となら、どこへだって飛んでいける。見ていてください、姉様。」
瞼を開き、前を向く。互いの視線が合わさり、そうして、笑った。
「うっし!行くか!」
「ええ。最高のライブに。」
ぱしん、と手を打ち合わせ、歌姫たちが歩き出す。
その先に待っているのは、光か、はたまた——
●
「…………(そわそわ)」
「紫羽さん、そう心配しなくても大丈夫ですよ。」
「でも、こんな時にノイズの襲来があったら…ん?」
観客席への入り口に差し掛かった時。紫羽は一人、うろうろと彷徨う少女を見つけた。先に行く慎次に断りを入れ、彼女はその少女の元へ駆け寄った。
「どうしたの?」
「あ、すみません。大丈夫です…」
どう見ても大丈夫じゃないでしょう。そんな言葉を飲み込んだ紫羽は、改めて少女を観察した。活発そうな顔つきに、少し癖っ毛な茶髪。知らない顔だ。手に握られた携帯。泣きそうな表情。
「もしかして、誰かと一緒に来ようと?」
「え、あ、っと…はい。」
「ふーん…それは災難だったわね。でもいいの?そろそろライブ始まるわよ?」
示す時間は開演数分前。ちらりと見えたチケットの座席は、幸い入ってすぐの場所だ。あわわ、と慌てる少女に向かって、紫羽は少しサングラスを下げてウインクを一つ。口の前に人差し指を立てて、彼女は少女の手を引いた。
「あれ、もしかしてあなたは…」
「秘密よ。ほら、一緒に行きましょ?私
「えええええええ!?そ、そんな!恐れ多いです!
「…私、そんな風に知られてるのね。」
行った行った、と少女の背中を押しながら、紫羽はふと考えた。
自分、アイドル目指そうかな…と。
///
「…あの、紫羽さん?」
「最高だったわね。ええ。あとで何を差し入れてあげようかしら。」
「まだ後一曲残ってますよ?」
「そうだったわ。仕方ない、ここで一発、本気を出しましょうか——!」
「そ、それは!ツヴァイウィングファンクラブ第一号会員の証、2人の直筆サイン入り応援法被!しかも最近のものなんか比べ物にならない、まだサインに慣れていない2人の少し崩れた筆跡じゃないですか!」
早着替えによってスーツから私服へと姿を変えた紫羽は、隣の少女が一瞬冷静になるほどの熱狂振りを見せながらライブに没頭していた。ラスト一曲、紫羽はファンクラブ創設と同時に入会した時にゲットした法被を羽織り、両手にはサイリウム(直筆サイン入り)を装備。本気でライブを楽しんでいる…!そう少女に呟かせるほどのキマった装いに変化する。
最後の一曲となってしまったライブだが、ここで紫羽のインカムに連絡が入った。ノイズ出現の報。場所は会場から遠く離れた
「あの、どこへ…」
「
「————ッ!?」
少女に返したその言葉。走り去る紫羽の背中を、少女はじっと見つめていた。
●
「聞きたかった…!」
海岸線。無人の砂浜に轟音が響き、大量の砂が打ち上げられる。砲撃かと勘違いしかねないそのインパクトを生み出しているのは、風鳴紫羽その人だ。妹たちの晴れ姿(全てのライブに参加しているが)を見られなかったことへの激しい怒りが、紫羽の破壊力をさらに底上げしている。
一課は少し遅れて到着し、紫羽の援護に入る。背後から飛来する銃弾は全て、紫羽には当たらない。暇さえあれば一課とも訓練する紫羽の努力が実を結び、一課の隊員たちとの連携は高水準に纏っている。それこそ、紫羽が殴る寸前にはその対象に射撃している、なんてことも起こるのだ。
「2人の歌声、聞きたかったああああああああ!!!」
どごーん、ばごーん。ノイズの撒き散らす不協和音が時々聞こえてくるものの、大半はそんな音ばかり。しかも当の本人はライブの途中で抜けてしまったことへの怒りで暴れまわっているのだから余計に何も言えない。一課の男たちは共感できるような表情をしながら射撃を続ける。なんだかんだでツヴァイウィングは一課でも人気のようだ。
「ぜえ…はあ…」
「おーい!今からならまだ間に合うかもしれんぞ!アンコールが始まってる!」
ギュン、と音を立てて紫羽は走り出した。その辺の車と同等のスピードを叩き出し、挨拶もそこそこに走り去る彼女の姿を見て、後始末をする彼らの顔は綻んでいた。妹想いのいい姉じゃないか。そんな言葉も、あったそうだ。
///
「このバイク買うわ!はい会計!」
「あ、ありがとうございました???」
目についたバイクショップで青のスポーツバイクを購入。即金、即乗車。瞬く間にトップスピードまで到達し、そのまま高速を突っ切る。
『紫羽さ…!…いじょ…に!…いず…』
「電波障害!?あんの腐れド外道、こんな時にも妨害しようっての!」
遺憾である…とどこかの神のようなセリフが聞こえた。無視。
「緊急車両のお通りよ!さっさと道を開けなさい!」
『待てェ!ノーヘル!法定速度違反!止まりなさいそこのバイク!』
「やかあっしい!」
間に合いそうにもない。そう判断した紫羽は、聖詠を唱えてギアを纏う。
(このままじゃ間に合わない…なんか寄越しなさい!ヴィマーナ!)
「
そして、紫羽の姿は紅蓮の炎に包まれた。バイクを乗り捨て(しかしちゃんと停車させて)、炎を振り払った紫羽が飛び出した時。そのギアは真紅に染まっていた。大型化した腰部スラスターに、脚部に纏う推進器。下半身に集中したギアの装甲だったが、紫羽は直感でその使い方を把握。
そうして、周囲の人々は歌を聴いた。奏とも、翼とも違う。紫羽の、ヴィマーナの、歌。伸びのある朗々とした、どこか歌姫じみたその声で紡がれる歌は、だんだんとフォニックゲインを高めていく。呼応するように発光するギアは、だんだんとその姿を変化させて行く。
「静寂積もりゆく雪さえ」
炎を吹き出し、紫羽は宙に浮かぶ。ある高さまで到達すると、ギアの装甲が全て剥離。瞬時に結合し紫羽の足を掴む。巨大化したアームドギアに踵、爪先をロックされたその姿は、まるでサーファーのようだった。
「この身に宿る業が」
瞬時。足元のアームドギアから炎を吹き出し、紫羽はライブ会場まで飛翔する。青空を翔ける紅蓮の翼。紫から赤へ。アームドギアを発現したヴィマーナは、その圧倒的なまでなスピードを遺憾なく発揮した。
「貫け我が声!」
紫羽は、歌い続ける。
「命の証しに!」
●
「ああ畜生!翼ァ!」
「姉様は別件の対処中!今向かってるらしいけど間に合わないかも!」
「わーってる!でも紫羽さんがいたらなあ!」
2人はギアを纏い、その武器を振るう。アンコールの声に包まれていた会場は一転し、悲鳴と怒号が飛び交う地獄となった。
唐突なステージの爆発、そしてノイズの出現。まるで誰かが意図したようなタイミングで奴らは現れ、会場を狂乱の渦に叩き込んだ。
「ぐぁ!」
「奏!まさかLiNKERを!」
いつもならばノイズを簡単に貫く撃槍。その動きは重く、鈍い。
それでも持ち前の第六感と根性、培った経験で凌いでいた奏だったが、翼の援護は間に合わず槍が砕け散った。その破片は、背後の少女に突き刺さる。その場所は、丁度紫羽が座っていた席の隣。茶髪の少女は、逃げようにも逃げられなかったのだ。丁度ノイズに囲まれていたのだから。
「しまった!」
「奏!」
「おい!目を開けろ!死ぬな!——ッ!」
「生きるのを、諦めるなッ!」
「————ぁ。」
奏が少女に掛けた声は、奇しくも彼女が聞いた言葉と、全く同じだった。うっすらと目を開けた少女は、胸から流れる血に気づいてか気づかないでか、自分を抱き上げる奏に向かって微笑んだ。
「わる、もの…やっつけ、た?」
「——いいや、まださ。今からだ。」
ぐったりとした彼女の身体を横たえ、奏は目を閉じた。
思い返すのは、家族を失ってからの日々。
ノイズへの復讐心に取り憑かれ、ただひたすらに辺りに噛みついていた、そんな日々を。
初対面から反抗的だった自分を紫羽が何度も何度も引きずっては訓練していた、そんな日々を。
紫羽が初めてギアを纏い、ノイズを倒した日を。
初めての出撃の後、自分と翼を守るために血を吐きながら戦った紫羽を抱きとめた日を。
姉の負担を少しでも軽くしようと、弦十郎に師事して血の滲むような訓練をしていた日々を。
復活した姉と、三人で戦った日々を。
『奏、翼。どんなに傷ついてもあなたたちを守る、なんて言えなくなっちゃったからさ。』
つい数日前。ライブを前に最後の練習をしている2人に向けた、紫羽からの言葉。
『だから、これだけは約束して。』
いつも飄々と、淡々と話す彼女が身内に見せる微笑。
『必ず、生きて。どんな形でもいい。私よりも早く逝くなんて、許さないから。』
指を切った。
『それだけ守っていれば文句なし。帰ってきたら、ちゃんと言わせてよ。』
約束、したのだ。
『ただいま、って。あ、もし私が非番の時だったらさ。』
奏は、閉じた瞳を開いた。
『おかえり、って笑って言えるように。ね?だからちゃんと生きてよ。』
2人を抱きしめた紫羽の身体は、小さく震えていた。
『私ね、2人を失うのが怖いの。ライブの日に何かあるんじゃないかって。そう思ってる。』
だからこんなことを言ったのか。納得した2人に向けて、紫羽は泣き笑いのような顔を向けながら言った。
『だからもし、現実になったら——』
「その時は、助けに来てくれるんじゃなかったのかよ。
立ち上がり、微笑。
「思いっきり歌ってみたかったんだ。私の歌を好きだ、って言ってくれた人に届くように、さ。」
「まさか、奏…!ダメ!それだけは!」
「弦十郎の旦那、あとは頼んだぜ。」
『——紫羽との約束、忘れてはいないな。』
「当然。」
『なら良い。
「ははは…そうだな。」
「けど、悪い
紡ぐ歌は、いのちの歌。天羽奏という命を燃やして放つ、シンフォギアの最後の手段。
「これが私の、絶唱——」
「満ちることなき心——」
「叫び、続けるッッ!!!」
しかし、それが放たれることは無かった。
上空から飛来した炎が会場の中心から波動を放ち、全てのノイズを
「姉様——」
「…は、マジかよ。」
翼を回収し、奏の元に放り投げてノイズを睨む。
「約束破りには、お仕置きが必要よね。」
「私は言ったはずよ。生きるのを諦めないで、と。」
「家族をさんざん痛めつけてくれたわね。——少し、本気出すわよ。」
少女は、薄れゆく意識の中でそれを見た。
翼は、少女を抱えてそれを見た。
奏は、ボロボロの身体を槍で支えてそれを見た。
「さあ、
そう言って紫羽は握りしめた拳を一振り。纏う炎は霧散し、そのギアの色は見慣れた紫に変わり、さらに変色。紺青に変わったそのギアは、最低限のアーマーを配した軽量型。両拳に配されたガントレットだけがその存在を主張している。
「朧げな愛の残像 触れたい」
瞬時に姿を消した、ように見えた紫羽は、今までとは打って変わった素早さを発揮してノイズをガラス化させる。荒々しさは無くなり、明鏡止水と呼ばれるような落ち着きを以て殴る。
「失望を深めるとしても 願い続けたい」
突然飛び上がった紫羽は、空中で一回転。右足を突き出してノイズの集団へ突っ込んだ。奏と翼が撤退したことで、遠慮する必要は無くなった。一撃一撃が、全身全霊。着地時に発生した衝撃は、青い波動を放ってノイズの動きを止める。ゆっくりとガラス化するそれらを殴り、紫羽はターゲットを変更。
「何を犠牲にしても守りたい」
中型ノイズの頭部に手を乗せて跳躍。姿勢を整えて拳を振り下ろし、ガラス化した敵を回し蹴りで粉砕する。
「君だけは 決して失えないッ!!!!」
突如出現した大型ノイズに対しては、形成したブースターを用いた高速移動と擬似飛行を併せて攻撃。目にも留まらぬ超スピードで瞬く間にノイズを破壊。ゆっくりと降りる紫羽だったが、最後に出現したノイズだけは見覚えのないものだった。
「…まだ、来るの?」
いつものようにぶん殴ると、そのノイズはガラス化し、そして
既に体力は限界。視界は真っ赤で、耳も聞こえない。それでも紫羽は、鉛のように思い己の身体を無理やり動かして拳を振るう。しかし効き目はない。ならばこれであろうと、紫羽が唱えるのは絶唱。奏が使わんとしたそれを、紫羽は一切の躊躇いなく使用した。
『姉様!』
『紫羽!』
「御免。私にできるのはここまでよ。未来に、これを——」
その効果は、自身を中心にした周囲一帯をガラス化させるもの。無限に分裂するそのノイズも、もちろん己も。発生したエネルギーが会場を包み込み、弾けた。
●
「姉様…?
「紫羽、は?」
光が収まった時、そこにあったのは巨大な水晶柱。中心に目を閉じた紫羽とノイズを抱えたソレは、会場のど真ん中を占領しながら屹立していた。
「紫羽。お前は…」
何がしたかったんだ?そんな弦十郎の呟きは、少女たちの泣き声にかき消されてしまった。
次回、第13話
「三人目なんかじゃない」
感想・評価、お待ちしています。
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第三章 失われたものと、新たに得たもの
第13話 3人目なんかじゃない
これも全て、仮面ライダーの仕業なんだ…
「奏、翼。ノイズ出現だ。座標は──」
あれから、二年。メディアで大々的に取り上げられた、ツヴァイウィングのライブ会場での惨劇。集まった観客のうち、死傷者合わせて約十万人。その中には、
暫くは、会場に突如出現した水晶柱とノイズの関連性についてメディアは大きく取り上げた。だが二課によって現場の立ち入りが規制されてしまい、すぐに下火となった。
そこでメディアが嬉々として取り上げたのは、ライブからの生還者たち。死傷者の大半はノイズではなく人災。避難時に踏み潰され圧死した者が多く、むしろ炭素になってしまった人間の方が圧倒的に少なかったのだ。しかし、
生存者へ政府の支払った支援金も大々的に取り上げられ、人々は生き残った者たちへの迫害を始めた。人を犠牲にして生還し、政府から金を支払われる…いわば命を踏みにじり金を得た者として。
二課は、そんな迫害を止めるべく奔走。訃堂近辺の人間は頷かなかったものの、微力ながら一課も協力して情報統制に尽力していた。無論、二課に所属する奏と翼も。
『お二人は、ご自身のライブ会場で起こった惨劇、その生還者への強い迫害についてどうお考えですか?』
『まるで私たちのせいで犠牲者が出た、みたいな言い方だな。』
『そんなことは…』
『私は、とても残念だと思っています。』
『それは、どういう?』
『『
その日、ツヴァイウィングが出演した番組。それは惨劇を最も早く報道した局のものだった。その内容を、ねじ曲げてだが。そんな番組の中で振られた質問に、二人は揃って答えた。
彼女たちはノイズによる被害者はほとんど居らず、その大部分が人災によるものだと説明。しっかりと政府関係者(という名の慎次)が収集した資料も提示した。
結果、インターネットを中心にその話題が取り上げられ一大ニュースとなった。テレビ局は炎上、その対応に追われる羽目となるが、それはまた、別の話。
二年が経ってもノイズは未だに出現し続け、奏と翼は終わりの見えない戦いを続けていた。しかしそこに、紫の装者の姿は無い。今日も街に鳴り響くサイレンをバックに、二人の歌姫は歌を奏でる。
しかし、今日は違った。ノイズに包囲され、追われている少女が二人。なんとか無傷で逃げられているようだが、いつ均衡が崩れるとも分からない。早急な対処が求められる中、バイクを疾走させる翼は弦十郎の叫びを聞いた。
『ガングニール、だと!?』
「うるさっ!?」
「司令。状況は。」
『二人の向かう先に、新たなガングニールの反応だ!』
「はぁ!?ガングニールかよ!?」
「…櫻井女史、聖遺物とはいくつも存在するのですか?」
『可能性としては、あるわ。二人のギアに使われてる欠片以外にも発見されているなら、ね。』
「翼。」
「分かってる。飛ばすわよ奏!」
重い唸り声を上げて
●
「大丈夫!?」
「う、ん…!」
「よし!私がついてるからね!」
気丈に振る舞うのは茶髪の少女。保護した女児を勇気付けるようにカラカラと笑う。極彩色の化け物に囲まれ、逃げ場を無くしても彼女は心を折ることなく立ち続けた。いつか見た、『あの人』のように。
「だから…」
だから、彼女は言った。それは二度、自分に投げかけられた願いの言葉。幼い自分を抱えて駆けた、あの人から。傷ついた自分を守った、あの人から。一度目も、二度目も同じく、己は守られる側だったけれど。それでも今だけは、『あの人』みたいに——
「生きるのを、諦めないでっ!」
誰かを守れるようになりたい。強く、願った。
「Balwisyall Nescell gungnir tron——」
だから、だろうか。記憶に残るあの人みたいに、『悪者をやっつけて』、誰かを守れるように。傷ついても自分を守ってくれたあの人みたいに、『生きるのを諦めないで』、誰かを守れるように。そう願った彼女のギアが、
「この、形は…」
幼い頃に助けてくれた、紫のあの人にそっくりだったのは。
瞬きの間に姿を変えた少女は、見たこともない、アニメのような装束に身を包んでいた。黄色を基調にした、白のインナースーツ。体の要所要所をカバーする、重さを感じない鋼のアーマー。胸の中から湧き上がる衝動を、抑えきれない。聞いたことのないビートが、身体にリズムに刻ませる。
「絶対に、離さない。この繋いだ手は。」
襲いかかるノイズを我武者羅に殴る。奇しくもその戦闘スタイルは、己を救ったあの人と同じだった。自分の拳がノイズを崩壊させたのだ、そう気付いたときには、後ろの女の子が歓声を上げていた。それは、いつかの己のようで。
ならばこちらも、と。何年も昔の記憶を掘り起こし、きっと彼女はそうしただろうと、そうするだろうと。
「かっこいいでしょ。これ。」
「——うん!」
放った言葉も、返答も同じ。ああ、彼女は自分を安心させようとしたんだ。幾年もの時を経て、成長した少女はその立場に立った。身体で刻み続ける、胸の中のリズムに従って少女は歌う。
とにかくここから離れよう。そう判断して、女の子を抱え上げる。こちらを警戒しているのか、ノイズは近付いてこない。少女はこのタイミングを逃さぬようにジャンプ。
「解放全開!イッちゃえ、Heartのゼンブで…うわあ!?」
予想外に跳んだ。焦ってしまったが、この鎧を纏ったことで身体能力が強化されたのだろうか。痛みもなく着地した彼女は、女の子を守るように立ち上がる。輝く鎧を纏った『戦姫』。握った拳を不恰好に構え、少女は気丈に笑う。
「大丈夫!私が、守るから!」
「よく言ったぁ!」
「は!?」
突如響いた声。自分がよく聴く音楽のボーカル、その片割れにそっくりというかそのままというか、兎に角聞き覚えのある声だった。声の発生源は自分の上。見上げたそこに、少女はその姿を見た。
数多もの槍が降り注ぎ、ノイズを炭化させる。女の子と、それを庇った少女には一切当てない技量。無差別に見えて一本たりとも外していないその槍は、二年前にうっすらと眺めたものと同じだった。そうして、長い赤髪を靡かせたオレンジの鎧を纏う女性が着地する。その姿を見て、少女は確信した。
「まさか——」
「気を抜くな奏ェ!」
「今度は何ぃ!?」
次に降り注ぐのは刀の雨。こちらは地面まで落ちることなく、空中にいた飛行型を正確に狙撃した。無論外すことなく全てを直撃させた、その主も少女の前に降り立った。サイドテールの長い髪を揺らし、刀を持って青い鎧を纏うその女性。凛とした刀のような振る舞いで、奏と呼ばれた女性に近づくと、その頭を容赦無く叩いた。
「何度言えば分かるの!まだ終わってないかもしれない、と——」
「あーはいはい。悪かったよ。」
「だいたい貴方は…」
「あ、あのー…」
ガミガミと説教を始めた青髪の女性と、それをどこ吹く風と受け流す赤髪の女性。その後ろから近づいたノイズの生き残りは、視線すら向けられることなく消し飛んだ。
「「まだ居たのか/ね。」」
「すごーい!」
「す、すごいけど…」
無邪気に喜ぶ女の子と、ただただ困惑する少女は、向けられた視線に反応して背筋を伸ばした。その主は、現場までやってきた偉丈夫。赤いシャツを着た彼は、今だに言い争う2人を見てこめかみに手を当てた。その動きだけで苦労しているんだろうな、と察する少女の洞察力は優れている訳ではない。
「すまない。ノイズに襲われて大変だっただろう。こちらで話を聞かせてくれないか。」
「はい、貴方はこっちに来てね。」
「あ、おかーさーん!」
ひし、と抱き合う親子。自分の行為は無駄ではなかったのだなと安心すると、少女の纏っていた鎧が消え去った。唐突に変わったバランスに驚き、倒れかかった彼女を支えたのは。
「おっと。大丈夫か?」
「どこか外傷は?無い?」
「ま、ままままままさかお二人は…」
よ、と片手をあげたのは天羽奏。支えた手を戻し一礼したのは風鳴翼。この国だけでなく、世界的に有名なユニット、『ツヴァイウィング』の二人がそこにいた。二人とも、少女と同じような鎧に身を包んでいたが一瞬で霧散。私服姿に変貌した。
「どうして、ツヴァイウィングが…」
尋ねる声は、途中で遮られた。その理由は、手首にかけられた電子式の大きな手錠だ。がしゃん、ぴー。少し間抜けな電子音を立てたその手錠は、どんな力を以ってしても破壊できなさそうな代物だった。
「え!?え!?」
「悪いね。ちょーっとだけ、付き合ってくれ?」
「貴方をこのまま帰すわけにはいかないの。」
促されるまま車に乗り込み、連れていかれたのはリディアン音楽院。自分が通学している、見慣れたそこの教職員棟。乗り込んだエレベーターに設置されていたのは、謎の手すりだった。どうしてこんなところにこんな物が。不思議に思った少女だったが、何かを尋ねるよりも先にエレベーターが出発。
「え」
「あ、手すりを握った方がってもう遅かったか!」
「奏ェ!」
「なんでだよ!?それなら慎次さんだってだな!」
制御されているとかではなくワイヤーが切れて自由落下しているのではないかと言わんばかりの強烈な浮遊感。他の皆は慣れているのか、手すりも使わず平然としていた。こんなものに日常的に乗っているのか、と驚愕した少女は、急停止によって床に崩れ落ちた。
「ぐへ!?」
「ようこそ!…って、あれ。」
エレベーターの扉が開いたことにも気づかず、少女はよろよろと立ち上がった。クラッカーの音が聞こえたような気もするが、今の自分にそんなことを気にする余裕は無い。腰が抜けてしまった彼女は翼に支えられてようやく一歩を踏み出せた。
「ちょ、ちょっと腰が抜けちゃって…あはは…」
「そ、そうか…」
改めて、ようこそ。そう言われた少女は辺りを見回す。明らかに歓迎会でもするようなノリで祝っているようだが、何をしているのだろう。首を傾げて上を見ると、
「熱烈歓迎、
「情報収集はウチの得意分野でな…」
「嘘はいけないぜおっさん。…って痛あ!」
「立花、響…あら、リディアンの。後輩だったのね。」
得意げに胸を張る弦十郎だったが、その脇腹に奏の鋭いツッコミが突き刺さる。しかしツッコンだ側の奏が手にダメージを負い、涙目に。そんなコントを尻目に翼は回収されたカバンを漁り、学生証を発見する。
「え、えっと…」
「すまない。手荒な真似をしたこと、謝罪しよう。」
「いえいえ大丈夫です!あ、でも未来が心配するかも…」
むしろそっちの方が重大である。
「はいは〜い!響ちゃん、と・り・あ・え・ず…」
後ろから飛び付いた了子が響の首に手を回し、耳元で囁いた。
「ぬ・い・で?」
「な・ん・で・ですかああああ!?」
「…つまり、ノイズと戦えるのはその…『シンフォギア』の力というわけだ。」
「なるほど!全然分かりませんでしたけど、最後の翼さんの説明でなんとなく分かりました!」
「今のでなんとなく!?お前相当だな!」
「うぇひひひひ…」
「褒めてねーよ!」
ぜーはーと肩で息をする奏に、そんなあ…と響は肩を落とす。まるで
「御免なさい。貴方のその胸の傷…それ、二年前のライブの時に…」
「あ、そうだった、な。悪い。私のガングニールが欠けちまったせいで…」
「い、いえいえ!良いんです!」
「そのおかげで、
「あの人?」
「はい!小さい頃、ノイズに襲われてた私を抱えて逃げてくれて…」
「ほー、そりゃ勇気のある奴がいたもんだなあ!」
「ええ。武人としての心構えができている、素晴らしい人ですね。」
「そうなんですよ!しかも、もうダメだ、って時に奏さんと同じ事言ってて!」
「『生きるのを諦めるな』、って?」
「偶然なのね。でも、良い言葉じゃない。ねえ奏?」
そうだなあ、と頭を掻く奏。歴戦の装者と、新たな装者はにこやかに口を交わす。その関係は、初めから良好だった。
「それで…」
「まあ、助かったんなら良いじゃないか。」
「そうね。三人目の装者がいるのは心強いわ。」
翼のその言葉に、響は首を傾げた。確か、自分の記憶では——
「あの、すみません。」
「ん、どした?」
「
「「「————ッ!?」」」
響の純粋な質問に、空気が凍った。質問した本人ですら動きを止め、気まずそうに顔を背けた。
「す、すみません!なんか失礼なことを…」
「まさか、君は。」
近寄ってきた弦十郎は、その手に情報端末を握っていた。彼の身長のせいで誰も見ることはできなかったが、その画面には幼い響の姿があった。数年前、ノイズに襲われた彼女を保護した際に撮影したものだ。
「立花、響くん。君は過去、ノイズに襲われて誰かに助けられたと言っていたね。」
「はい…」
「おっさん?」
「それは確かに聞きましたが…」
「ああ、しっかり記録に残っていた。」
「
「え?」
「まさか、あの日の少女は…」
視線が響に集中する。向けられた視線に反応した響は、オロオロと回り始めた。
「え、あの、ちょ」
「響くん。君は三人目じゃない、と言ったな。それは、何故なんだ?」
「あっはい。私が助けられた日、私の前であの人は…奏さんや翼さんみたいに、『変身』したんです。紫色で、多分私みたいな形だったんですけど…」
そうか、と差し出された端末の画面には、記憶に残る姿よりも大きい、
「あ、そうです!この人です!…えっとぉ…」
「風鳴紫羽。彼女の名前だ。俺の義理の娘で、翼の姉のような存在だったんだ。君に話すのはもう少し後でも良いと思っていたんだが…まさか覚えているとは。」
「いえ、二年前のライブでもご一緒させていただいたんです!二人で並んで…でも途中で抜けちゃったんですけど、今思うとあれ、ノイズを倒しに行ってたんですよね?」
「ああ。そしてその後、ライブ会場の惨劇が起こった、という訳だ。」
「ってことは響があの席から動かなかったのって…」
「紫羽さん?の荷物を預かってたんです!ツヴァイウィングのグッズがいっぱいで…」
はいこれ、と見せられたスマホの写真には、まだデビューしたての頃に少数だけ配布されたグッズの数々。二人にとって懐かしいものばかりで、こんな最初から応援されていたのだ、と改めて二人は確認。もう会えない姉のことを思い、目頭が熱くなる。
「それで、紫羽さんは今どこに?あの時のお礼を…」
「紫羽は、な…」
再び見せられた写真。自分にとっても因縁深いライブ会場のステージ中央。屹立する巨大な水晶柱の、根元中心部に、彼女はいた。観客席に背を向け、振り返ったままの姿勢で目を閉じる彼女は、まるで眠っているかのようで。
「綺麗、ですね。」
「ああ…もう二年になるが、未だに変化なし。」
「ギアを纏ったままだから、アウフヴァッヘン波形は微弱に発振してるの。ただ生命活動の観測も何もできないから、今は行方不明者として扱っているわ。」
響を二度救った、二課最初の装者である風鳴紫羽は。
その背後にノイズを道連れにして、封印されていた。
おっす、天羽奏だ。
こっから先は原作に私を突っ込んだだけだからスキップするらしい…ってなんでだよ!書けよ!
他の人たちが書いてるから良いだろとか言うなあ!
あーもう!次回第14話!
「終わりの名を持つ者」
飛びすぎだよ作者あ!(※あくまで予告です。内容は変更される可能性があります。)
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第14話 ネフシュタンの鎧(前編)
感想を反映してな!作者は覚悟を決めたらしい!多少違う描写が入るかもしれないが、無印編もしっかり書くそうだ!
っつーわけで次回予告詐欺になっちまった。
第14話、よろしくな!
響が装者となってから数日後。何度か出撃した響(未来からは少し厳しい目で見られていた)だったが、奏と翼が一瞬で片付けてしまうのであった──!
「せぇい!」
「踏み込みが甘いぞ響!」
「ぐへぇ!」
「奏ェ!」
「何だよ!」
「やりすぎよ。ギアを使ってるとは言っても響は素人。私たちが本気を出してどうするの。」
「べっつにー?本気出してねーし?」
二課のシミュレーターでギアを纏って戦うのは、ガングニールの正規装者である天羽奏と、彼女の槍の欠片を持つ融合症例、立花響。ヒートアップしてやりすぎる奏の静止役として翼が同席し、二人は模擬戦を行っていた。理由は、二人がノイズを瞬殺してしまうから。響が一体倒す間に、二人で十数体倒していた時には響は泣きそうになった。
そして模擬戦の結果であるが。アームドギアである巨大な槍を振り回して戦う奏、その長大なリーチに阻まれて響は一度も攻撃できていない。避けるだけで精一杯だった彼女が唯一見出したチャンスは、槍を手放した奏の拳で潰された。つまり完封である。
「奏さん、もしかして槍が無くても戦えるんじゃ…」
「当たり前だろ?…私なりに考えたからな。あの日のこと。」
「あの日…」
奏は響の胸を指さした。そこに刻まれた音楽記号のような傷跡は、紛れもなく奏の槍が突き刺さった痕跡だ。
「だから、その後おっさんに…弦十郎さんに弟子入りしたんだ。」
「え、あの人そんなに強いんですか。」
「めっちゃ強いぞ。」
うんうんと頷く翼を見るに、嘘では無いのだろう。確かにそのへんのサラリーマンは元より、格闘家よりも屈強な身体をしている。歓迎会の際、人体の構造上弱いとされる脇腹を叩いた奏が逆に痛がっていたから、相当鍛えているようだ。
それなら、と自分は考えた。本来シンフォギアに備わっているはずの機能、アームドギアが使えない自分にとって、彼の指導を受けるのは悪くないのかもしれない。
「じゃあ、私も弟子入りしてもいいですか?」
「まぁ、止めはしないけどさ。」
「突然なのね。何かあった?」
奏のような、巨大な槍。
翼のような、鋭い刀。
そんなアームドギアを振るって、もし誰かを傷付けたなら──そう思うと怖かった。奏は薄れこそすれノイズへの復讐心を、翼は弱き人を守る義務感を、それぞれ携えている。加えて長らく戦ってきた事で『慣れて』しまっていた。本来ならば響のような反応が正しいのだろう。
誰かを傷付けることなく、それでも戦う方法。古い記憶の中の紫羽は、己を守りながらその拳を振るっていた。ならばそれで良い。アームドギアを持つ奏と翼が、揃って『勝てない』と言うぐらいに強くなれる。それを持たない紫羽が、それを証明しているのだから。
「あの人のように…紫羽さんのように。私は、誰かを守るために戦いたいんです。でも、アームドギアで誰かを傷付けてしまうかもしれないって思って…」
「そっ、かぁ…紫羽みたいになぁ…」
「確かに姉様は拳で戦っていた。それに、元々戦場に立っていなかった響が武器を怖がるのは当然でしょう?」
「なるほどな。私たちはずっと戦ってるし、慣れちまったってか。」
「あの、二人は怖くないんですか?その武器で、誰かを傷付けないかって…」
答えようとした奏と翼だったが、それを遮るようにサイレンが鳴り響く。顔を見合せ、三人は走り出す。インカムから聞こえる声に従ってヘリに飛び乗り、現場に急行する。
「っし、行くぞ!」
「ええ!」
「は、はい!」
到着すると同時に、三人はギアを展開。ヘリから飛び降りてノイズを蹴散らしていく。即座に戦闘開始する奏と翼に比べ、戦い始めて日が浅い響は一歩遅れてしまう。
形になってきたとは言えないながらも拳を構え、響も歌を歌う。
「行きま───────」
●
「立花さぁん!」
「は、はい!」
居眠りしてしまっていたようだ。疲労が抜けきっていないのだろうか。飛び起きた響は頭を振って眠気を飛ばそうとするが、その動きも見られていたようだ。教師から向けられる視線が痛い。
「響、どうしたの?」
「いやー、昨日のボランティアで…」
「またぁ?」
「立花さんッ!今度は小日向さんも!」
「「はい!」」
どうやら、響の受難は終わらないようだ。
///
「響のせいで酷い目に遭ったよ…」
「ご、ごめんね未来…」
「ビッキーはすぐ寝ちゃうもんね!」
「まるで、アニメみたい。」
「昨日もボランティアでしたか?」
そうそう、と答える響は、凝り固まった肩を解しながら答えた。ベキバキという音は、とても現役女子高生が立てていい音ではなかった。既に時刻は昼。疲れきった響の手には、てんこ盛りのご飯と山のようなおかず。最近増えた『特訓』のせいで疲労が抜け切っていない。そして妙に腹が減る。女子高生数人分のご飯を平然と平らげるようになってしまった。それでも太らないのだから不思議だ。未来は訝しんだ。
若干引いた目で響を見る四人は、こちらに近づく人影を二つ、発見する。未来が響の肩を叩き、そして彼女は示された方を見る。あ、という声と共に彼女は慌てて手の中の料理を机に置く。
「ひび…立花さん。少しいいかしら?」
「ね、ねえ響。この人って…」
「うん。風鳴翼さんだよ。」
「「「えぇ!?」」」
「響何したの!?ま、まさか追っかけが高じてついにお縄に…あわわわわ」
「そんなんじゃ無いからぁ!信じてよ未来ぅ!」
「おーおーお熱いこって。」
「「「「天羽奏さん!?」」」」
「ひひひひひひひ響?もしかして、今やってるボランティアって…」
「御免なさい、えーと…」
「小日向未来です!うちの響が何か失礼を…」
「いーや、そんなんじゃないから。」
「立花さんには私たちの臨時マネージャーのような立場で、色々サポートしてもらってるの。ね?」
「は、はい!今日は…」
「悪い、ちょっと『仕事』でな。先生には言ってあるから、急いできてもらえるか?」
仕事、と言った時の奏の顔。アーティストではなく、装者としての顔を垣間見せた彼女の空気に気付けたのは、翼と響のみ。頷いた響は、歩いていく二人を追うように小走りに去っていく。
——その手に、お盆を持ったまま。
「響!?お盆!お盆!」
「え?…あ!」
「ったくしょうがねえな…」
結局その後、二課の本部に三人がやってきたのは一時間ほど集合時間を遅れた頃だった。
///
「では、今回の会議はこれで終了とする。解散!」
今回の召集の内容は、ノイズの出現頻度に関するもの。散発的に見えるその出現場所を地図にマークし情報を整理した結果分かったのは、ノイズを出現させている何者かがいる可能性がある、ということ。その証拠に、出現場所は二課の本部——リディアンを中心に円状に広がっていた。
ここから弦十郎は、二課本部に保管されている完全聖遺物『デュランダル』が狙いではないかと推測。二年前のライブの日失われたネフシュタンと同様に、何者かが狙っているとするならば危険だろう。そう判断した弦十郎は、密かにデュランダルの移送作戦を計画し始めるのだった。
しかし、そんな人間たちの事情なんて知ったことかとノイズは出現し続ける。今日も今日とてとある公園で暴れまわるノイズたちの元に、三人の装者たちが集結する。以前よりも成長した響の拳は、速度こそ奏と翼には敵わずとも一体を正確に潰していく。逃げ遅れた一般人を退避させ、最後の一体を殴り飛ばした彼女の前に現れたのは——
「お前が、立花響。融合症例だな。」
「………ダサいね、それ。」
「黙ってろ言うんじゃねえッ!あたしも気にして…んんっ。」
真っ白いインナースーツに、刺々しい鎧を身に纏った銀髪の少女。突如として出現したその少女に、胸の中から浮かんだ感想をぶつけた響に向かって振るわれる鞭。危なげなく躱した彼女に向けて、間髪入れずに二撃目が放たれる。大きく振るわれ、あわや直撃しかけたその鞭は。
「だらっしゃあ!」
「響ッ!大丈夫!?」
「は、はい!大丈夫です!」
離れたところでノイズの大部分を受け持っていた、ツヴァイウィングの二人によって弾かれた。しかしその反動で二人は大きく後退。地面を削りながら響の元まで下がってくる。慌てて駆け寄ろうとした響に向け、再び鞭が振るわれる。
「はっ!たかだかシンフォギアで勝てるとでも思ったか!」
「どうして、私をッ!」
「あたしの保護者からの依頼でね!お前を攫ってこいってよ!」
高速で振るわれるトゲ付きの鞭は、地面や木を容赦無く抉っていく。それを振り回す少女は一切疲弊していないようだし、何より本気を出していない。まるで遊んでいるかのようにして響を追い詰めていく。
ステップを中心に巧みな足さばきを用いて回避を続けていた響だったが、突然攻撃の手が止まったことでその動きを止める。顔の前に構えた腕を下ろして前を向くと、眼前の少女は自身を睨んでいた。ように感じた。視線はバイザーに隠れて見えないものの、その口元は不愉快げに歪んでいたから。
「なんで、なんで攻撃してこないッ!」
「私は、ノイズを倒すために戦っているの!あなたと戦うためじゃない!」
「だったら、戦わなきゃいけないようにしてやるってな!」
少女が振り上げたのは、見たことのない造形の杖。何事かと構える響と、復帰して隣に並んだ奏と翼。三人の耳に、本部からの通信が入る。
『三人とも聞こえるな。眼前の少女が纏っているそれは、完全聖遺物、ネフシュタンの鎧。
「——へえ。聞こえたか翼。」
「ええ。しっかりと。」
「響、お前はそこで見てな。翼、最初は私だ。」
「は、はい!?」
「奏。それでは私の仕事がなくなってしまうわ。」
「何をごちゃごちゃと——」
「ちょっくら本気出してやるって言ったんだよ。あ?」
突如、空気が震えた、ような気がした。奏が大きく槍を振るい、激しい突風を生み出す。今まで感じたことのない、本能的な恐怖。響が見ていた『天羽奏』とは全くの別人のような、『何か』がいた。快活な笑みを浮かべていたはずの彼女は、ただただ冷たい、無感情な瞳で白銀の少女を見ていた。
ぐるん、と槍を回して構える。奏の身の丈ほどの巨大な槍は、その重さを一切感じさせない軽快な動きを実現している。二年前のライブから適合係数が急激に上昇した奏、その真価はここにあった。
「言うじゃねえか。たかだか欠片風情が!」
「そっちこそ完全聖遺物手に入れた程度で思い上がってんじゃねえぞガキ。そいつはな。」
隙を見せない。奏の集中力は研ぎ澄まされ、放たれる直前の矢のように鋭く練り上げられていく。ギアの出力が上昇し、歌ってもいないのに溢れ出したフォニックゲインがキラキラと粒子化する。その粒子に流され、長い赤髪を靡かせる彼女は、槍が砕けんばかりの力をその手に込める。
思い出すのは、二年前の大惨劇。確かにネフシュタンの起動実験も兼ねていたが、自分たちにとっては大きなステージだったのだ。姉に、これまで以上、ベストを超えたその境地まで見せようと誓ったあの場所。そんな舞台を台無しにし、響に戦う運命を背負わせ、あまつさえ姉を生死不明に追いやった原因。己たちの失態の具象が、そこにいる。
「私と翼が、観客のために…
「なんも知らねえガキが、そいつを使ってんじゃねえぞ——!」
だからこそ、奏は叫んだ。眼前の少女が何者だとか、そういったことは一切合切無視だ。翼から感じる思いも、同じのようだ。しかし彼女は『奥ゆかしい風鳴翼』を演じているのか、ただ黙って響の隣で刀を構えている。
叫んだ己に冷たい視線を向け、少女は振り上げた杖を起動させる。光が放たれ、収まった時。三人を囲うように現れたのは無数のノイズ。本部が慌ただしく分析を始める声が煩い。眼前の少女が杖を掲げて勝ち誇ったような声で言う。
「こいつは、ソロモンの杖。これさえあればノイズを出したい放題って訳だ。これでも、勝つって?」
「ああ。この程度で、私たちが止まると思わぬことだ。」
絶刀一閃。
響が慌てて周囲のノイズを攻撃し始めた時、既にノイズの半数は消し飛んでいた。半身を切り裂かれ、両手足を叩き斬られ、首に当たる部位を吹き飛ばされる。一瞬でそんな芸当を為して見せた張本人は、炭素が舞う中、一人刀を下ろして佇む。
「貴様は完全聖遺物を二つも持っているようだ。」
再び呼び出されたノイズを切り捨てながら、翼は能面のような表情で言い放つ。
「だが、教えてやろう。」
さらに追加された大型ノイズを優先目標とし、勢いよく跳躍した翼はアームドギアを巨大化させて振り下ろす。対象だけでなく、周囲の小型もまとめて吹き飛ばしたその技の残滓であるエネルギーを揺らめかせて翼は言う。
「
ノイズに相対するは、翼。
ネフシュタンに相対するは、奏。
そして…
「あわ、わわわわわ…」
何も知らない、立花響。
今、激闘が始まる——!
「待ってくださいよぉ〜!」
………ただ一人を除いて。
ど、どうも。小日向未来です。最近響がツヴァイウィングに関わるボランティアで忙しいらしくて…構ってくれないんですよね。どうしちゃったんだろう…
次回、第15話。「ネフシュタンの鎧(後編)」。
作者さんも頑張ってみるそうなので、感想、評価などいただけると励みになる…そうです。
本当なんでしょうか。
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第15話 ネフシュタンの鎧(後編)
今回もネフシュタンヤローとの戦闘だ!よろしくな!
「うらァッ!」
最初に動いたのは奏。身を屈めた彼女は、最初の一歩を踏み込み、その場所を窪ませ粉砕しながら飛び出す。二歩目、三歩目。一歩毎のストライドを大きくしていき、跳ねるように突っ込んだ彼女はそのまま両手で構えた槍を大きく振りかぶり、ネフシュタンの少女に向けてぶん投げた。己の武器を自ら手放すようなその行為に、銀髪の少女は口角を上げる。
鞭で槍を弾き、もう一方で奏を攻撃して終わり。対応策を考えるのに半秒も必要ない。半ば脊髄反射めいたその思考の通りに動いた彼女の身体は、間違いなく槍を弾いた。しかし確かに弾いたはずのその槍は──
「なんだとぉ!?」
その真後ろに隠された二本目、さらに分裂して三本目、四本目と増えていく。にやりと笑う奏は、己の判断が間違っていなかったことを確信。さながらフレシェット弾のように飛来するそれを、鎧の少女は片手の鞭だけで捌いていく。
慌てたように対応する少女を視界に入れながら、奏は槍の真後ろを疾走する。引き戻した二本目を用いて全ての槍を防ぎきった少女、その懐に奏はぬるりと
「ッ…どこに」
「ッッッッッッ、セイ…ハァ!」
最後の一歩。右足を力強く踏み込み、その衝撃で地面を割りながら少女の体勢を崩す。弦十郎より習得したその震脚は、間違いなく少女の行動を阻害した。
奏から伝わった衝撃を受けて膝から崩れ落ちる少女の、その鳩尾。上体を極限まで捻って引き絞られた奏の右拳は、風を切り裂きながらそこに突き刺さった。
「えっぐ、あ…!」
身体をくの字に折りたたんだ少女は、木を数本巻き込みながら砲弾のように吹き飛んだ。土煙を上げながら倒れていくのは、少女を受け止められずに折れてしまった別の木だ。
ベキバキと嫌な音を立てて倒れる木を見つめながら、奏は再び槍を形成する。
「…ッチ、来ねぇのかよ。」
「お前と違って慎重派なんでね。」
け、と吐き捨てる少女は五体満足のまま立ち上がる。足元がふらつく様子もなく、至ってピンピンしたままの少女は腕を振るって土煙を晴らす。忌々しげに奏を見ながら、彼女はソロモンの杖を突き立て、叫んだ。
「だったら他のやつからやってやるよ!」
しかし奏は隙を見せない。むしろその逆。少女への圧を増しながら近づいて行く。例えソロモンの杖によってノイズが出現しようとも、それに顔向けすらせずに。
それは何故か。理由は至ってシンプル。戦っているのは、奏一人ではないからだ。新進気鋭の新米装者と、己の片翼。もう一振の無双の槍と、全てを切り払う絶刀が彼女の背中を守っている。だからこそ、彼女はただ前へと進む。
右手に槍を持ち、表情を消した奏の姿。さながら戦鬼のようなその立ち振る舞いは、紫羽を失ってからの二年間、文字通り血の滲むような鍛錬の中で身に付けたもの。
「お前は、なんなんだ…」
「私は、槍だよ。」
奏のリーチの、ほんの少し外側。気圧された少女が攻撃すらしないままそこまで近付いた奏は、右手の力を少し緩めて槍を構えた。煌めくフォニックゲインを揺らめかせ、撃槍は光を照らし返す。
「全てを貫く、無双の槍だ。でもそれ以前に、私は歌を歌って、誰かに希望を届ける歌姫様だ。だから、負けねぇし、負けられねぇ。」
ぎしり、と軋んだのは奏の足元か、それとも少女の口内か。何れにせよ奏を睨む少女の目に映るのは、昏い憎しみの炎だけ。両親を失い、歌を嫌う彼女の前に立つのは、姉を失い、それでも歌を歌う歌姫。
決して相容れぬ二人は、それぞれの得物を構え睨み合って動かない。どちらかが動けば、どちらかが後の先を取る──そんな覚悟で向かい合っていた。
(なんだよコイツ!?フィーネから貰った情報以上じゃねぇか!?)
──わけでも、なかった。
クリスが
長期戦になっても疲弊する色すら見せない。加えて、適合率の急上昇によるガングニールの性能上昇が効いている。完全聖遺物と比べると天と地程の差がある彼女の聖遺物は、その差を埋めんばかりの出力を誇っていた。
(…しまった。クリスに渡した資料、少し古いやつだったわね。)
内心、フィーネは焦っていたりする。
ここ二年で天羽奏の適合率が上昇した理由は定かではない。ガングニール以外のギアには依然として反応しなかったため、それ専属の装者として戦っているだけのこと。LiNKERを服用すると天羽々斬への適合も認められたが、起動には遠く及ばないものだった。
原因不明の適合率急上昇。この現象を解明するため、了子は日夜データと睨み合い、お供のコーヒーだけでは飽き足らず緑の爪痕付き飲料を大量服用している。ぶっちゃけ死にかけである。
彼女が分析し、ようやく分かったのは上昇し始めたのがライブの後であること、そして感情の昂りで上昇すること、それだけであった。しかもその感情の昂りも、ある特定条件─風鳴紫羽に関する事─でしか認められなかった。
だがこの現象を偶然と断ずるまでの胆力を、二課は持ち合わせていなかった。事実として奏の適合係数は上昇し続け、現在では翼に並ぶ水準…ぶっちゃけLiNKERなんていらないレベルまで到達している。絶唱、シンフォギアの奥の手を使う時はバックファイアの軽減のためにLiNKERを服用する時もあるらしいが、ギアを使った戦闘も難なくこなせるのが現在の奏である。
「──響。退避するわよ。」
「翼さん?」
剣鬼の如き神速の刃を振るい、無数のノイズを叩き斬っていた翼は、丁寧に敵を倒していた響の首根っこを引っ掴んで跳躍する。途中で形成した巨大な剣を足場に、奏から距離を置く。
腕の中の響が奏を助けようと暴れるが、万力のような締めつけから抜け出すのは不可能だと感じたのか諦めてその手を下ろした。後詰の一課と合流した二人は、ギアを解除して待機する。
「あの、翼さん!どうして急に…」
「奏は、歌うつもりよ。────絶唱を。」
その言葉に、一課の男たちが動きを止める。急いで映し出された映像は、空撮用ドローンからのものだ。首筋に何かを打ち込んだ奏は、手にしたものを放り投げて槍を構える。
何を言っているか、こちらからは聞こえない。だが、ゆっくりと巻き起こるエネルギーによって風が荒れ、ドローンの体勢が崩れる。風を感じ、空を見上げた響はそこに──竜巻を見た。
「なんですか、あれ。」
「あれは奏の絶唱。二年前とは違う、今の奏の絶唱よ。」
ドローンからの映像は既に途切れたものの、肉眼で観察できるその巨大な竜巻の存在は異彩を放っていた。今頃街には竜巻警報が出されているのだろうな、と考えつつ響は走り出す。
翼の制止の声も振り切り、未来と共に鍛えた脚力を遺憾無く発揮して響は駆ける。向かい風は強く、進めない。しかし彼女は諦めず、その足を愚直に動かし続ける。
「響!どうして…」
「資料で読みました。絶唱は、装者に大きなダメージを残すって!だったら、奏さんを助けないといけないじゃないですか!」
その瞬間、翼は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
追い付いた彼女の腕を振り払って、弱くなった風をかき分けるように走り去る響。その背中に、翼は弱々しく手を伸ばす。この二年、姉の為に戦い続け、弱い自分を隠し続けた翼にとって、久しく忘れていたその感情。
「奏さん!」
だが自分はどうだ。確かに人見知りも無くなった。泣き虫だって直した。舞台の上に立つために、誰かの前で歌うために、姉の協力で必死に練習を繰り返した。
疲れて倒れた自分に手を差し伸べ、介抱してくれた姉。仕事に支障が出てはいけないと、たった一人で戦った姉。ライブには全て欠けずに出席し、なんとファンクラブにまで入っていた姉。全て、自分と奏という『妹』を守るためのものだ。
「へっ、このくらい…効かねえよ!ネフシュタンを舐めるなァ!」
そんな姉を失い、それから自分は変わってしまった。何度慎次が諭してくれても、自分は変わらなかった。変えられなかった。愛しき姉を奪った、憎きノイズ。奴らを全て切り伏せるまで、己は防人であろうと。そんな覚悟を決めたから。
父からも言われた。『その程度ではお前の姉に届かない』と。故に歯を食いしばり、弦十郎の訓練を受け、ただひたすらに剣を振り続けた。アーティストとしての職務、シンフォギア装者としての戦闘、そして訓練。高校生として大切なものを全て捨て去り、彼女はただ一振りの『剣』となった。
「響ッ!」
「大丈夫です!このくらい…紫羽さんならきっと!」
「たかだか素人が一人増えたところで!」
伸ばした手は落ちていく。俯き、目の前が暗くなる。ただ我武者羅に、かつての奏のように紫羽の背中を追って走る響が、ひたすらに眩しく見えた。確かに奏が絶唱を歌うことは分かっていた。巻き込まれないように退避したのも間違っていなかったはずなんだ。
膝を着く。座り込む。響が来てから、より一層強くあろうと、彼女を守れるようになろうとした。危なっかしいところもあるが、彼女は強い。きっと強くなれる。故に自分は先輩としてその先を行き、彼女の成長を手助けしてやろうと思った。
「まって…」
しかし、そんな思いは無駄だった。狭窄した己の視界は、いつしか大切な片翼すら見捨てられるまでになってしまっていたのだから。結局自分は、一つしか守れないのだと。姉のように全てを守ることは出来ないのだと。
頭を殴られたような気分だった。この二年の、己の行動全てが無駄であるように思えてきてしまう。まだ装者になって間もない響の方が、自分よりもよっぽど
「どうして、あなたはたたかえるの…響。」
弱い自分が顔を出す。隠してきた、弱い自分が。仮面が剥がれ、強き大和撫子である『風鳴翼』から、泣き虫で人見知りな『風鳴翼』へと。本当の自分へと戻ってしまう。
ゆっくりと上げた視界は暗く、誰かがそこに立っているのだと分かった。溢れ出る涙で視界は歪み、縮こまった翼はその人影を見上げた。赤い髪に、オレンジのギア。
「かな、で。」
「何してんだよ、翼。」
「ちがう、ちがうの。わたしは…響を守ってあげようとして…」
「分かってるさ。そんなこと。」
「でもわたしは、奏を見捨てようと…」
ふわり、と。翼の頬で光の粒が弾けた。未だ奏から溢れ出すフォニックゲインは、絶唱の残滓か。膝を抱えた翼は、暖かい温もりに包まれていることに気が付いた。
LiNKERを服用し、アームドギアを介した絶唱は、奏の身体に掛かる負担を限界まで軽減したらしい。衰弱しているものの、奏の温もりは健在だった。懐かしいその温もりに包まれ、翼の目から何かが零れていく。
「私は…わたし、はっ…!」
「いいじゃないか、響を守ってやろうとしたんだろ?十分じゃないか。」
「でも、奏が…」
「私は大丈夫さ。少なくとも、紫羽が帰ってくるまでは死ぬつもりは無いからな。」
温もりが離れ、勢いよく両肩に手が置かれた。痛みに顔を顰める翼だったが、そんな彼女を見て奏は笑う。ギアを解除し、疲れたように座り込む奏。彼女は片手を上げて翼に微笑んだ。
「だからさ、これからもアイツを助けてやってくれ。私はちょっと休憩だ。頼むわ、翼。」
「これ、から?」
「ああ、これからだ。やっちまったもんはしょうがないからな。だから、これから。先輩として、な。」
ほれ、と背中を叩かれて翼は立ち上がる。目の前では、響が拙いながらもネフシュタンの少女と戦っている。握った拳は決して少女に当てず、歌を歌って舞っていた。時折苛立ったように振るわれる光の球を、あろう事か拳に集中させたエネルギーで相殺さえしてみせた。
「すごい…」
「ああ、凄い。でも、そこまでなんだ。」
案の定、その直後の隙を狙われて鞭が振るわれる。土手っ腹に一撃を食らった響は、地面に叩きつけられながら吹っ飛んだ。勝ち誇ったように笑うネフシュタンの少女は、なおも立ち上がろうとする響に向けて鞭を振り上げた。
震えながら、土に塗れながら、それでも響は膝を突く。拳を突き立て、上体を起こし、決意の籠った視線で少女を見据える。諦めないと、きっと分かり合えると、彼女はそう呟いて。
「だからさ…」
「行けッ!翼ァ!」
「───────ああ。分かった。」
後輩が、痛みに震える体を奮起させている。片翼が、弱った自分の背中を押してくれている。ならば、後は自分だけだ。
錆に塗れ始めていた刀は、その輝きを取り戻す。切っ掛けとなったのは、二振りの撃槍。何処までも羽ばたく相棒と、誰かと手を繋がんと願う後輩。
「こいつで──」
「くっ…」
起きろ。
起きろ、そう念じてギアを再起動。何かが解除されたような感覚とともに立ち上がり、青と白のギアを纏う。拳を振るう姉のような、透き通った青。振るう刀は細く、鋭く。
「終わりだッ!」
「────ッ、」
「なんだぁ!?」
「翼さん!」
振るわれた鞭は、当たらない。少女と響の間に吹いた青の旋風は、逆立ちして足を振るう翼だった。高速で振り回したその脚、新たなブレードを用いて響に振るわれた鞭を弾き飛ばす。
「御免なさい。響。」
「え?」
「いえ、これは自分へのケジメよ。気にしないで。─行くわよ。」
「──はい!」
軽やかに降り立った翼は、響の隣に並んで刀を構える。形成されたそれは、丁寧に刃引きされたもの。彼女の願いを汚すまいと、翼の思いが反映された刀だ。
「馬鹿にやがって…ッ、そうかよ!」
激昂しかかった少女だが、どこからか連絡が来たのか冷静さを取り戻す。そのまま鞭を振るって目隠しの為の土煙を形成。それが晴れた時には、その姿は忽然と消え去っていた。
「逃げられた、か。」
「逃げられちゃいましたね…」
「仕方ないわ。彼女の狙いは響だから、また来るわよ。」
「そうですね…って、なんか翼さんの口調変わりました?」
「これが素なのだけど…やはり、こちらの方が良かったか。」
「いいや、翼はいつもみたいなのが似合ってるよ。」
「「奏!/奏さん!」」
よろめきながら現れた奏。
そして、そこに駆け寄る装者二人。
きっと、どこかの世界では有り得なかった光景が、今ここでは繰り広げられていた。それは、一人の少女が全てを変えたから、なのかもしれない。
防人としてでは無く、普通の女の子として歩むことを決めた風鳴翼。
歪な想いではなく、恩人のようになりたいと願う立花響。
そして、何よりも。
「おいおい、二人とも心配しすぎだっての。」
二人に挟まれて笑う、天羽奏。
その光景を作り出した彼女は、まだ、目覚めない。
彼女が目覚めるまで、あと───────
頑張っております、作者です。
劇中の補足説明ですが、今までの翼さんのギアは無印編よりも簡略化されたデザインだったイメージです。脚部ブレードが無く、全体的なアーマーも少しシンプルにした感じ。
今回でようやく進化したようですね。ところで自分で書いてて思ったんですけど、これ装者組かなり強化されてないかな?大丈夫?かな?なな?
では次回、第16話。「デュランダル移送作戦」
感想、評価お願いします。このままではモチベがFF7Rに…ズブズブ
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第16話 デュランダル移送作戦
戦闘描写難しいです。次回は日常編予定。
「という訳で、今日は永田町まで行くぞ。」
「『色々』、用事ありますもんね。」
「ええ。叔父様の忘れた『荷物』を届けないといけないから。運転は奏なんだけど…本当に大丈夫なの?」
大丈夫だっつーの、と片手をひらひら振って奏はバイクに跨った。サイドカーを追加し、そこに竹刀袋を抱えた翼が乗る。本体は奏が運転手、響がその後ろに乗るといった具合だ。
奏の運転を知らない翼からすると、不安でならない。時々この青のバイクを乗り回しているのは知っているものの、出発する姿も帰ってくる姿も見たことがない。いつの間にか免許を取得していた奏の運転。それが如何なるものなのか、まだ誰にも分からない。
ちなみに奏と翼が過ごす弦十郎の家では、時折バイクを磨くトップアーティストの姿が見られると言うが、それはまた別の話。姉の残したそれを愛おしそうに撫でた奏は、エンジンを始動させる。
「そんじゃ行くぞー。荷物落とすなよ、翼!」
「事故だけは起こさないでよね…」
弦十郎が立てた作戦とは、広木防衛大臣が会談している最中にデュランダルを移送するもの。仮にアメリカが狙っていたとしても、情報を得るのは難しいはず。そう予想した彼は、秘密裏に装者達に輸送を依頼。
より確実性を増すために三人全員を動員し、真昼の街を突っ走る──そんな荒唐無稽な作戦だ。だがデュランダルを狙う者が、白昼堂々攻撃を仕掛けられるとも思えない。人混み、大量の車。木を隠すには森の中と言うが、まさしくその通りだ。
「あれ、意外と安全運転。」
「そうね。奏はもっと荒いと…」
「よーしお前らが私のことをどう思ってるかは分かったぞ。」
ヘルメットを被りながらもインカムで会話する三人。真昼の街は、大勢の人で賑わっていた。昼休みだろうか、数人で連れ立って歩くサラリーマン。休日故かやたら目に入るカップル。楽しげに談笑している家族。そして、こちらを見つめる白銀の少女。
その視線に最初に気付いたのは響だった。過去の経験から人の視線に敏感だった彼女は、自らに向けられる好意的ではない視線を感じ取る。初めは考えすぎかとも思ったが、バイクで数キロ走っても離れないその視線に怪しさを感じて二人に報告する。
『すみません、誰かがこっちを見てます。』
『お友達になりに来たのかね。』
『響、場所とか方向、分かる?』
ええと、とヘルメットを振って周りを見る響。街の外周に近付くにつれて少なくなっていく人出の中、変わらずこちらを見つめる視線がある。それを、ただ感じ取る。
疾走するバイクの後部でヘルメットを外し、靡く髪も気にせずに響は目を閉じた。外界からの情報を遮断し、向けられる視線一つ一つに意識を向ける。全て遍く精査し、その中に一つだけ発見した。どこか懐かしい、数日前に感じたようなその視線。嬉しいような悲しいような、羨ましいような妬むような、そんな視線を。
「──まさか、」
「なんかあったか?」
奏の腰に回した手はそのままに、響は首のみを動かして後ろを見る。自分の予想が正しければ、恐らくその視線の主はすぐ傍でこちらを監視しているはず。
果たしてその判断は、間違っていなかった。響が振り向いた先、出発してから暫く後からずっとこちらを追いかけている車の助手席。反射した光でうまく見えないが、確かに見間違えようもないその銀髪に響の背筋が凍る。
「奏さ──」
口を開いた彼女の警告は、間に合わない。ちょうど差し掛かったのは廃工場地帯だ。数年前に閉鎖され、無人のまま放置されているそこで、三人の乗ったバイクの真下が突如爆発する。正確には爆発したのではなく、アスファルトの下の土壌が吹き出したのだが。
サイドカーとの接合部が吹き飛び、ボディに傷を付けながら跳ね上げられたバイクの上で、奏と響が聖詠を唱えてギアを纏う。空中で両手を振り、腰を捻って姿勢制御。ヒールをめり込ませて着地した響と異なり、奏はバイクから降りることなく着地。衝撃で俯いたままの彼女に駆け寄った響は、先日と同じ雰囲気を感じ取った。
「あのう…」
「──響、翼んとこ行ってろ。」
はい、と頷いて響は大破したサイドカーの元へ向かう。
「──ッ、翼さん!」
「私は、間に合わなかった…みたいね。」
デュランダルの入った竹刀袋を抱え、翼は頭から血を流して倒れていた。サイドカーに足を挟まれているのか、その動きは緩慢で、見るからに痛々しい。響にデュランダルを手渡すと、彼女はそのまま気を失う。
慌てて響は翼を引っ張り出し、建物の陰に凭れ掛からせる。頭部外傷、右足の裂傷。腕も痛めたのか、顔を顰めていた。翼ほどの装者が、対応もできない?
響は考え込む。二人に比べて明らかに劣ると自覚する己の頭脳を限界まで酷使し、トンチキな発想ですら貪欲に取り込んであらゆる可能性を思考する。
(吹き飛んだ時、何が起こっていた?)
思い返すのは衝撃の瞬間。跳ね上がったバイクとサイドカーは、耐えきれなかった接合部が砕け散ってそれぞれ別方向に吹っ飛んだ。インパクトが伝わったのは確かにバイクの下側から。しかしそれは僅かにズレ、サイドカー寄りの場所だった。
ならば接合部のみが砕けた理由は?あえてそこを脆く作っている筈がない。そして、劣化という線も有り得ない。毎日メンテナンスを欠かしていないなら、尚更に。
(あれは、翼さんを狙ったものなのか?)
向ける視線の先、珍しく感情を顕にして激昂する奏が、ネフシュタンの少女と激しい戦闘を繰り広げている。背後にあるのは大破したバイク。破壊された痕跡から見ると、少女の仕業だろう。
そこで響は思い出す。少女との初交戦時、彼女が持っていた杖のことを。自由自在にノイズを操るその杖は、彼女の意のままにノイズを出現させることも出来た。
(まさか、ノイズの仕業?)
ノイズに存在するなんたら障壁。翼の説明によると、自分が攻撃する時以外はこちら側の攻撃を受けないとか。それを利用して、地中に出現させたあと攻撃させたなら?突然現れたノイズの分、同体積の土が盛り上がってくるはずだ。一体ならまだしも、数体、数十体なら?数が増えれば増えるほど、巻き上げられる土の量は増えるはず。
むしろそれ以外は有り得ない。ルートも決めていないこの作戦において、事前に爆弾などを設置するなど不可能に近い。ノイズを出現させることが出来るソロモンの杖ならば、追跡中であっても攻撃が可能だ。
(じゃあ、あの子はどうやって私たちの作戦を知ったの?)
自分たちへの攻撃はノイズによるものである─そんな仮定のもとに響は思考を続ける。襲撃の方法はそうとして、なぜこの日と分かったのか。ダミーの情報として、数日後に移送作戦を決行する案も流していたというのに。
考える。考える。
ハッキング。有り得ない。かの天才、櫻井了子が作り上げたファイアウォールは完璧だそうだし、彼女に並ぶ手腕のハッカーがいるとも思えない。
では潜入。無理だろう。まず髪の色が特徴的すぎる。銀髪など彼女ぐらいしか見たことがない。それによしんばウィッグを着用していたとしても、あの日聞いた声は忘れられない。身長、体型。ある程度は変えられるかもしれないが、完璧な偽装は不可能だ。何より不審者がいるならば慎次が見落とすはずがない。
ならば、と考えた時。
『──ん!響くんッ!』
「し、司令!」
『すまない、こちらの作戦が読まれていたようだ。』
「そう、みたいですね…」
『だが何故だ…この作戦は俺と慎次、了子くんを始めとした一部職員しか知らないはず…』
とにかく弦十郎には自らの無事と翼の負傷を伝える。それまで翼の護衛として控えるよう伝えられた響は、己の考えを整理し始めた。一部職員しか知らない作戦を嗅ぎつけ、戦闘前から翼をリタイアさせる方法。
何かを掴んだかのような、そんな感覚を覚えた。その瞬間、響は目を閉じる翼に駆け寄り、首元のペンダントを手に取る。赤い円筒状のそれは、昨日メンテナンスに出したばかり。曇りなく輝くそれを、彼女は穴があくまで見つめていた。
「まさか、これは…」
///
「うらァ!」
「はッ!効かねえって、言ってんだろ!」
一方、奏と少女の戦いは熾烈を極めていた。高まるフォニックゲインを粒子として撒き散らし、奏はその槍を振るう。対する少女は、回転し貫通力の上がった槍を交差させた鞭で受け止め、そのまま押し返す。
完全聖遺物に届かんとする撃槍を、本来のポテンシャルを無理やり引き出してなんとか圧倒するネフシュタン。対等に見えるその戦いは、心理的余裕という面で見れば奏の圧倒的有利のまま進んでいた。
「
「テメェいっぺん死んどくか?」
一瞬の睨み合いは、少女の軽口で崩れ去る。無惨に大破し炎上するバイクを背に、奏の撃槍は唸りを上げながら突き出される。ガードは間に合わず、そのまま右腕を抉っていく槍。少女は、左手をコンパクトに折って鞭を振るう。大ぶりではなく、手首のスナップだけで放たれた一撃は奏の脇腹を抉る。
少なくない血を流しながら、互いを食い合うように戦う二人。廃工場の建物をいくつか崩壊させながら、最後に向かい合うのは建物の間、少し広い空間だった。
腰だめに槍を構え、その腹をぶち抜かんと狙う奏。
右手を庇うように後ろに下げ、腰を落として鞭を握る少女。
「やっぱなぁ…」
「お前は…」
「「気に入らねぇ!」」
踏み込んだのは奏。少女は突き出された槍を
「貰ったァ!」
「んな…ッ!」
「ま、お前も動けねぇだろ。これ。」
「ちっくしょ…!」
奏と少女。聖遺物のサイズが違うとはいえ、ここまで接近すれば後は本人の筋力次第。鍛え上げられた奏のパワーは、ネフシュタンを以てしても敵わない。絡め取られた腕を逆に利用し、彼女は千日手へと持ち込んだ。
「こいつで…」
『響くんッ!』
通信機を唸らせるのは、弦十郎の叫び声だ。首だけを捻って後ろを見ると、その瞬間、竹刀袋からデュランダルが飛び出した。眩く光るその名剣は、それが起動した証である事を示していた。
そんな剣を奪わんと動く少女を、奏は無理やり力で抑え込む。ぎしり、と軋んだのはアーマーか、それとも己の骨格か。いくら地力が違おうと、いくら瞬間的なパワーが優ろうと、一度起動した完全聖遺物はフォニックゲインを必要としない。徐々に押される奏は、遂に少女に押し負けた。
「ぐっは…ッ、逃げろ、響ィ!」
「今回はお前じゃねえ!その剣がお目当てでなぁ!」
奏の拘束から離れた少女は、呆然とする響…ではなくその眼前に浮遊するデュランダル目掛けて走り出す。鞭を振りかぶり、黄金の剣を確保しようとした彼女の動きは、金縛りのような感覚とともに止まった。
「行かせるかよ…!」
「なん、だこりゃあ…!」
『影縫い』。本来ならば二課の誇るNINJA、緒川慎次の持つ忍術の中の一つだが、奏と翼はそれを習得している。翼ならは小刀を投げる技だが、奏は槍を用いてしか使えない。それ故に奏は好んで使わないものの、少女が目を離した隙に槍を影に打ち込んだのだ。
身体が幾重もの鎖によって縛られているかのような、そんな感覚に苛立ちながら少女は少しずつ身体を動かし、デュランダルへと近づいて行く。
『響くん!』
「響!それ持って逃げろ!早く!」
「邪魔すんじゃねぇ!」
槍を砕き、自由の身となった少女はデュランダルへ向けて飛び出した。鞭によって絡め取ろうとしたその動きは、空振りに終わる。
「は?」
「よし!これで…ッ、ぁ?」
デュランダルを抱えて飛び退いたのは、復帰した響。輝く剣を握り、背を向けて走り出そうとした彼女の動きは、突然止まる。握った剣をだらりと下げ、その場に棒立ちになった響。チャンスを逃すまいと近付く少女は、異様な空気を察知する。
「なんだ、お前…何をしようとしてる!?」
「ゥ、ア…、あぁ!っ…ぐぅぅぅぅ…」
半身を黒く染め上げ、頭を抑えてよろめく響。手に握るデュランダルは光量を増やし続け、直視できない程の輝きを放っていく。響の放つ威圧感は膨れ上がり、本能的に危機を察知した奏は翼を庇う。
「うぅぅ、アァぁぁぁぁぁ、ッ、ア゛ぁ゛!」
彼女が振り上げた剣は、計り知れない光と共にエネルギーを放つ。黄金の光の中で、廃工場は爆炎に包まれた。
●
「っつ…くそ、なんだよあの力…」
誰かが去っていく気配。
「奏さん!しっかりしてください!奏さん!」
誰かが叫ぶ声。
「あっぶ、ねぇな…」
誰かが、私の上にのしかかる。
「かな、で…」
次回、第17話!
「目指すもの」
会いに来なさい、翼。
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第17話 目指すもの
禁断のトレーナー業に手を出したり色々事務作業があったりと忙しく、なかなか時間が取れませんね。御簾です。
では第17話、どうぞ。
デュランダル移送作戦の失敗から数日後。複数箇所を負傷した翼は入院し、軽傷とは言えない奏も検査入院していた。つまり二課の装者の中で実働可能なのは響しかいない訳なのだが、移送作戦襲撃以降、ノイズの出現はぱったりと止まった。
響にとってそれは、ある意味救いでもあった。デュランダルを掴んだあの時感じた、強烈な破壊衝動。ツヴァイウイングと出会う前の己ならば容易く飲み込まれてしまっただろうそれは、己が抵抗してもなお凄まじいエネルギーを放出したから。ネフシュタンの少女、動けない翼、そしてそれを庇った奏。
三人を無差別に攻撃し、なおかつ工場地帯を破壊し尽くした一撃を放った、その後。激しい悪寒に包まれた響はメディカルチェックを受けたものの、異常はなし。大事をとるべきとの弦十郎からの提案により、彼女には暫くの休暇が与えられたのだ。
よって、響は久々の日常を謳歌しようと張り切っていた。彼女は舞い上がり、未来と二人で街に繰り出している。既に時刻は放課後。ちらほらと学生も見える街の中を、手を繋ぐ二人は楽しげに歩いていく。
「響、最近忙しそうだったよね。ツヴァイウイングの二人が交通事故に遭った、って聞いた時びっくりしたんだよ?」
「いやー、心配掛けてごめんね未来!私は
ちくりと刺すような胸の痛みを隠すように笑顔の仮面を被り、そっか、と胸を撫で下ろす己の陽だまりを見る。司令に言われた言葉の通り、未来を危険に晒す訳にはいかない。故に響は、何も話さない。ツヴァイウイングのボランティアマネージャーという嘘を吐き続け、彼女は事実をひた隠す。
己の親友に隠し事をしている、という罪悪感を忘れるように響は笑顔を保ち続けた。今は未来との外出を楽しむべきだろう。彼女は意識を戻し、楽しげに笑う未来を眺めた。響がシンフォギアを発現して以来、共に過ごす時間が減っていた未来はとても嬉しそうだ。
二人で談笑し、時に雑貨を冷やかしながら歩いた先。突然、未来のテンションが上がり響の手を引っ張って走り出す。意外な行動に驚いた響は、なすがまま未来に着いて走り出した。
そしてたどり着いたのはとあるカフェ。テラス席に存在する緑と、内装の赤のコントラストが美しい。おやつ時はとうに過ぎているにも関わらず、大勢の客で賑わっていた。
「響!見て見て!」
「なにこれ…っ!?未来、これまさか…」
「そう、そうだよ響!カップル用特大パフェ!」
「特大パフェ…だと…!?まさか、未来…!」
こくり、と頷く未来。真剣な面持ちの彼女は、いつの間に取り出したのか財布を握りしめながら響を見る。その雰囲気に気圧されたのか、響は一歩後ずさる。
未来が示したのは、店頭掲示されたブラックボード。店員の手書きだろうか、鮮やかなペンで描かれたイラストは、イチゴとチョコが美しいパフェだった。カップル用パフェと銘打たれたそれは、特大サイズであることを示すためだろうか。使用する器を展示していた。
「み、未来?」
「響。私はやるよ。響となら、何処へだって飛んでいけるもの。」
「それ翼さんのセリフだよ!…はっ!?私は何を…」
「行くよ。パフェが私を待っているの。今まで過ごせなかった時間を取り戻す。これはその為の第一歩…そう、響にとっては小さな一歩でも、私にとってはとっても大きな一歩なの!」
「なんか今日の未来、テンションおかしくない?」
日頃鍛えているはずの響を軽々と引きずりながら、鼻息荒く未来は進む。その先に待つのは、カップル用特大パフェ、『ロマンシア』。店主の男性が二人を見てメガネを光らせ、隣に立つ女性にアイコンタクト。
今、未来と響の愛が試される──!
●
「ん…」
「目ぇ覚めたか?」
「奏?私は…デュランダルを…」
「失敗しちまった。私のせいだ。悪い。」
目を覚ました翼。最初に目に入ったのは白い天井。点滴と機械音が鳴り響く病室には、奏がいた。椅子に腰かけてこちらを眺めている彼女は、露出する肌の至る所に包帯を巻いた痛々しい姿でこちらを見ている。
翼が上体を起こすと、作戦の失敗と己のミスを伝えに来たのか、奏は頭を下げ、そのまま動かない。普段はおちゃらけているものの、責任感は人一倍強い奏のことだ。自分が眠っている間、ずっと一人で考え込んでいたに違いない。
「はぁ…奏だけのせいじゃないわ。私なんてギアが展開できなかったのよ?だから負傷したし、戦力にもなれなかった。謝るのは私の方よ。」
「…じゃあ、お互い様か。結局、響がデュランダル使って工場吹き飛んじまったし。怒られる時は一緒だぞ?」
「待ってそれは聞いてないわ」
「いやー、知らね。知ーらないっと。」
それじゃーなー、と気まぐれな猫のように去っていく。翼に背を向け、手を振る奏。扉が閉まる前に見えた彼女の顔は、信じられない何かが聞こえたかのような、目を見開いたものだった。
「奏…」
恐らく彼女も辛いのだろう。いつものような快活さが失われているのはその証拠だ。奏が残した端末を取り、翼は作戦報告書を読み進める。
乗っていたバイクが大破してしまったこと。作戦途中にデュランダルが起動したのは、爆発的なまでの奏のフォニックゲインが影響したこと。そして、それを敵に奪われまいと回収した響が、強大なエネルギーを放出したこと。廃工場一帯を焦土と化したそのエネルギーは、拙いながらも制御されていたかのように放出され、大部分が空へと放出されたこと。
「デュランダルは、そこまで強大なエネルギーを秘めていると言うのね。まさしく完全聖遺物だわ。」
端末の電源を落とし、翼は大人しく身体を倒した。
聖詠を唱えても起動しないギアを握り、彼女はあの瞬間を思い出す。
衝撃を受けて吹き飛び、反転した己の視界。これだけは離さぬと握りしめた剣の感触。激しい衝撃。途切れ途切れの意識。そして、その後。
奏はデュランダルのエネルギーから自分を庇ったのだろう。意識を失い、動けない自分を。響が今どうしているかは分からないが、少なくともいい思いをしているとは思えない。
響の成長速度は目覚しい。どこか抜けている部分もあるが、装者としてのポテンシャルに加えて、紫羽に救われたことから来る憧憬の念が大きい。そのうち守られる側になりそうだ、と自嘲して、翼は未だ目覚めぬ姉を想う。
「姉さん。私は…」
●
「久しぶり、紫羽。」
病院から抜け出した(常習犯である)奏は、いつの間にか修復されていた青のバイクを用いてある場所へ向かっていた。関係者以外立ち入り禁止の看板を立てられた、巨大な建物の中。
一課が管理し、警備するその場所で、きらきらと光を反射させながら輝く、巨大なガラスの柱。まるで天然の水晶のように不規則に生え揃ったそれは、二年前のまま変わっていない。雨による侵食も、風化もしないまま、その中心に風鳴紫羽を抱き続ける。
「どうか響を責めないでやってくれ。あいつはあいつなりに、紫羽に憧れて戦ってんだ。つい最近まで素人だったんだ。許してやってくれよ。な?」
あの時から変わらないのは、その柱だけ。いつかまた、この場所でライブをしよう。翼と交したそんな約束を守るため、このライブ会場は綺麗に修繕されている。避難経路も増設され、ノイズが出現しても二年前のような人災は起こらないはずだ。
そんな会場の、ステージの上。眠るように目を閉じたまま、老いることも朽ちることもしない己の姉を見ながら奏は座り込む。その背後に居るノイズは、分裂増殖型と名付けられた。通常攻撃では分裂してしまい決定打を打てない個体。紫羽は自らと共にそれを封印した。
「なぁ、紫羽。私さ、LiNKERいらなくなったんだ。」
二年前から無意識に避けていたこの場所に、奏は足を踏み入れた。それはいかなる心情の変化なのだろうか。それを推し量ることの出来る者はここには居らず、広い会場の中たった一人、奏は空を見上げた。
未だ展開された紫羽のギアは、紺青の輝きを失わないまま。角度によっては深みを変えるその青は、まるで見上げる空のよう。真紅に変わればその空を羽ばたく翼となる、天の玉座ヴィマーナは、紫羽と共に封印されたままだ。
「原因が分かんねぇって了子さんは言ってたけどよ。私には何となく分かるんだ。たぶんこれは、親愛とかそういうやつだ。」
自分たちを庇うために、珍しく全力を出して戦った紫羽。慣れないアームドギアを扱ったからか、蓄積されたダメージは長引く戦闘の中で顕になっていき、そして、天翔る翼は手折られた。
あの時から、奏が紫羽に向ける感情はおかしくなっていった。姉、という分類からは外れて言ったそれは、彼女が気付かない内に歪に肥大化し、紫羽を崇拝するかのように捩くれる。
「紫羽みたいになれたらなぁ、って思ってた。ずっと、ずぅっと。全部背負って戦えるような、全部を倒しきれるような…そんな強さが欲しかった。」
彼女が無意識に渇望していた身内への愛だろうか。ノイズへの憎しみと、ようやく出会えた新たな家族を失った悲しみは、奏を一つ上のステージへ引き上げた。
LiNKERが不要になるほどの適合係数。急激な上昇は、その証左だ。戦闘スタイルも変化し、徒手空拳を用いるようになった。二度と会えないかもしれない家族を、忘れぬようにと。
「無理だよなぁ…やっぱ紫羽は違うんだって、思い知らされたよ。きっとアイツにだって、紫羽なら負けないだろうしさ。」
しかし、それは無理な話だ。生きている限り、人間とは何かを忘れていくものだから。それが人であるなら、最初は声から。現に奏は、紫羽の声を忘れ始めている。
「なぁ紫羽。私も翼も強くなったんだ。知ってるか?あいつ、女子力が足りないっつって部屋の整理とか料理とか始めたんだぜ。」
だからこそ、姿形は忘れぬようにと、奏はここに来た。今頃病院は大騒ぎだろうなと苦笑し、彼女は返事が返らぬと分かっていても話しかける。きっといつか、会える日が来ると信じながら。
「っし。そろそろ帰るわ。…また来るな、紫羽。」
バイクの鍵を取り出して、奏は最後に振り返る。
「今度はさ、私たちの歌声、特等席で聴かせてやっからな。」
無音。しかし奏は、紫羽が笑ったような─そんな感覚を覚えた。
「よーし、明日から頑張るかぁ!」
決意を新たに、口の端を釣り上げた奏は大きく伸びをして歩き出す。背を向けた先、決して動かないはずの紫羽の口元は、微かに笑っていた…そんな気がしたから。
●
「…で、そう言った次の日にこれかよ。」
「つ、翼。なんだこれは…」
「叔父様、奏。今度は自信作だから、食べてみて。」
うげ、と後ずさる奏と、冷や汗を流して腕を組む弦十郎。二人の前には、料理の置かれたテーブルが一つ。それを挟んで向かい側には、若干煤けたエプロンを着た翼が立っている。
「今回は、『鮭のバターホイル焼き』よ。」
「これが、鮭…?」
「つーかお前、ホイルはどこ行ったんだよ!」
「ホイルは…あれ?おかしいわね。ちゃんと包んで焼いてたはずなのに。確か途中で燃えていたから、それじゃないかしら。」
((溶けている…!))
命の危機を感じる、二課準最強装者と歩く憲法違反。外側を鍛えられても身体の中身までは鍛えられていない。特に奏。ダークマターと化した鮭のバターホイル焼きを前に、ただ震える二人。
「何はともあれ、今回は食べられる作品よ。」
「作品って!作品って言ったぞコイツ!」
「うぅむ…ここは腹を括るしか…」
しかしそこに、救いが舞い降りる。インターホンが鳴ったのだ。慌てて飛び出す二人だったが、玄関を開けた先で目をぱちくりさせる響を見ると、一瞬で罪悪感を覚えてしまった。
(おっさん、響にはアレを食わせるわけにゃいかねぇ。)
(ああ。ここは仕方ないが、俺たちが…)
「あの、翼さんに呼ばれて来たんですけど…」
「「お前か翼ァ!」」
「えぇ!?どうしたんですか二人とも!?」
ふーふーと唸る奏を宥めながら、弦十郎は響を帰らせるための手段を模索する。しかし彼の思考が確定するまでの僅かな間に、奴はやって来てしまった。
「あら、響。よく来たわね。」
「「翼さん!」」
「「ん?」」
何故か二重に聞こえたその声に、弦十郎と奏は揃って首を捻る。響だけではないのか?疑問に思った奏が響の後ろを見ると、黒髪の少女が一人。
「小日向…」
「確か、響くんの知り合いだったか。」
「はい。いつも響がお世話になってます…」
「ああいや、こちらこそ。俺は風鳴弦十郎。一応公務員だ。二人の保護者みたいなもんでね。響くんとはよく関わらせてもらっているよ。」
「つっても響は良い子だからなぁ。問題もないし、このままマネージャーやってもらおうか?」
「ふええええ!?」
「ひ、響がマネージャー…?」
わいわい、がやがや。楽しげに談笑する四人は、後ろからやって来た人物に目を向ける。エプロンを外してニコニコと笑う翼は、響と未来を迎え入れてテーブルへと案内する。
「つ、翼さん…これって…」
「消し炭…です…か?」
「失礼だな。鮭のバターホイル焼きだ。」
「「…は?」」
その日、正座したまま石を抱えるトップアーティストというとんでもない絵面が生まれた。首から下げたプレートには、『私は料理が出来ません』の文字。
結局、晩ご飯は未来が作ったものになったとか。
「何故だろうか。私には…料理は…くっ…」
「ほーれ翼。小日向の唐揚げだぞー?」
「んな…奏ェ!」
「んー…うめぇ!流石だな小日向!」
「ああ。紫羽に勝るとも劣らない。」
「え、紫羽さんって料理出来たんですか?」
「紫羽さん…ああ、今は出張で居ないんだっけ。」
「いやー、紫羽のは格別だぞ!!」
「かなでぇ…」
一人寂しく、何故かSAKIMORIと化した翼を放置しながら。
今回は比較的日常編です。
紫羽さんが出ないと甘々は書けないんや…許してくれ…
感想ありがとうございます。励みになるのでどんどん送ってやってください。多分執筆スピードが上がります。
次回は第18話です。
気長にお待ちくださいね。
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第18話 ウィッシュアポンアスター
てことで、久しぶりの奏さんだ!作者はまだ頭痛が抜けないらしくてな!スマン、これからも隔日投稿になるけどよろしくな!
そんじゃ第18話!行くぞぉ!
「流星群、ですか。」
「流星群、ですよ。」
「見るの?」
「見るよ。」
「誰と?」
「響と。」
「ほんとに?」
「ほんとに。」
●
「ほわぁ…」
「──────い。」
「はふぅ…」
「───おーい。」
「うぇひひひ…」
「ダメだこりゃ。」
「響。行くわよ。響?」
「うぇへへへ…」
「「なんだこいつ/この子」」
ある日のお昼時。腹を空かせた生徒が行き交うリディアンにやって来たツヴァイウィングの二人は、響を見つけるとそちらに向かって歩いていく。しかし、いつもなら子犬のように走ってやってくる響の様子が変だ。具体的には挙動が。
呆れてしまい、響の笑い声を聞いて腹を抑える奏はさておき、比較的冷静な翼は響の様子を改めて観察する。一体どうしたのか。ちらりと隣の少女たちに目線をやると、キョドりながらも説明をしてくれた。感謝。
「あ、あの…ビッキー、じゃなかった響はその…」
「今日の夜、流星群を見に行くとか。」
「しかもヒナとだよ!?女の子同士で流星群…アニメっぽい!」
「ああ、なるほど…道理で。」
「くくく…げほっ、んで、ぷぷっ、なんだって?」
「小日向さんと流星群を見に行く予定があるんですって。」
「あー、浮かれてるのかぁ…」
「うぇひひひ…」
壊れたラジオかテレビのようにニヤニヤと笑いながら変な笑い声を上げる響から距離をとりながら、二人はジリジリと下がっていく。ぶっちゃけ気味が悪いのだ。浮かれているとかそういう次元ではなく、いつもの響とのギャップが凄まじいために。
さて、三人娘に軽く挨拶してリディアンを去った二人。慎次の運転する車に揺られながら、奏は携帯を取りだした。静かにそれをいじり始めた彼女を見ながら、翼は目を閉じる。
「流れ星、か…」
途中で聞こえたそんな声は、どこか寂しそうで。
何かを諦めてしまったかのような、声だった。
●
「なぁ、翼よ。」
「…ん。」
沈んでいた意識を浮上させ、翼は目を開く。少し眠っていたようだ。若干乱れた髪を整えながら、己の相棒を見る。ただ外を見ながら、奏はこちらに視線を向けることなく話していた。
「昔聞かなかったか?流れ星が消えるまでに願い事三つ言えたら、願いが叶うって。」
「…ああ、確かに、そんな迷信もあるわね。」
翼が迷信と言った時、奏の肩がピクリと動いた。外に向けられたままの表情は分からないが、顎を支えるその拳は硬く握られている。
「でさ。今日の流星群、響が見るって言ってたけど…」
「見たいの?」
「見たいってわけじゃない。ただ一瞬でいいんだ。」
未だ視線は車外に向けられる。しかしその向きは変わった。
「戻ってきますようにってさ。」
「奏…」
「紫羽が、戻ってきますようにって。そんなちっぽけな願いでも良いから、私は祈ってみたいんだ。」
見上げる空はまだ明るい。段々と橙を含んできたその空は、憎たらしいほどに澄み切っている。絶好の流星群日和。そんな感想を抱いた奏だったが、鳴り響く警報に顔を引き締める。
『奏、翼。ノイズが出現した。響くんにも…』
「ダメだ。今回は私と翼で行く。」
『…理由を聞いても?』
「奏、どうして…」
「あいつを巻き込んだのは私なんだ。」
思い出すのは、幸せそうな笑顔の響。数日前に家を訪ねた彼女と、その隣に佇む少女、小日向未来。彼女達の話の中で、久しぶりに二人で外出したと聞いた。それは、本来ならば戦いとは全く関係のなかったはずの少女たちを巻き込んでしまっているということを示す。
「あいつらの日常すら守れなくて、紫羽に顔向けできるかっての。」
「そういう、こと。」
『…確かにな。では響くんにはこちらから伝えておく。』
「ありがとな。」
弦十郎の返事を最後に、一時的に切れた通信。ただ己の手を見つめる奏と、静かに闘志を高める翼。二人を乗せた車の中、慎次がハンドルを切った先、ノイズの群れがいた。
「二人とも、準備は。」
「できてるよ。」
「いつでも。」
では、と慎次が手元を操作する。開いた扉の中から飛び出した二人は、聖詠を唱えてギアを纏う。今までとは違う、以前と同じようなツヴァイウィングだけの戦場。取り回しを重視した中型の刃を閃かせ、翼はノイズを叩き切る。
対する奏は、両拳を合わせてアームドギアを生成し、槍を回して構える。対峙するのは、ノイズだけではない。幾度となく矛を交えた、白銀の鎧を纏う少女。不敵な笑みを浮かべているはずの彼女は、どこか不機嫌そうだった。
「フィーネの野郎…わざわざあたしの食べ方なんて指導しなくても良いだろうが…ッ!」
「よそ見とか、舐められたもんだな私も!」
「──ッ、たかだか欠片で完全聖遺物に勝てるわけがねぇだろうが!」
生成した光球を叩きつけるように投げた少女の先、走り去る車を背に立つ奏は、ただ不敵に笑う。それは少女のいつも通り。そっくりそのままし返した奏は、構えた槍の先端を開いて光球を受け止めた。
ともするとどこかで見られたかもしれないその光景は、紫電と共に弾かれた光球の爆発によって終わりを告げる。決して軽くないはずの負荷を受けた奏だが、その表情は変わらない。
「何、笑ってんだよ。」
「さぁな。もしかしたら、今日流れ星が見られるから…かもな。」
「流れ星ぃ?んなメルヘンなもんで笑えるのかよ…幸せだなぁテメェはよぉ!」
「だったらお前もこっちに来いやァ!」
「あたしが、そっちに?有り得ないな!パパとママが、大人が嫌いなあたしに!あの時助けてくれなかった奴がいる場所に行けってか!冗談言うのも程々にしとけよテメェ!」
「頑固なのも程々にしとけよゴラァ!」
やはり合わない。青筋を浮かべた二人は、互いの武器を振るって弾き飛ばす。再生できるはずの鞭を再生せず、ただ無手のまま少女は一歩踏み出した。意図を察した奏は、ニヤリと笑って右足を踏み込む。
「だったら、」
「やっぱり…」
「「殴るしかねぇな!」」
およそ少女が放っているとは思えない威力の一撃は、互いの鳩尾に突き刺さった。防御性能で優れるネフシュタンと、発勁でダメージを最小限に留める奏。有効打とならないその一撃を放ち、至近距離で二人は睨み合う。
「いい加減に落ちろや!あと
「融合症例見つけたら帰ってやるよ!あと
「あァ!?響なら居ねぇぞ!?」
「…なん、だと…!?」
●
「…何してるのかしら、あそこ。」
殴りあったと思ったら急に崩れ落ちたネフシュタンの少女。さめざめと涙を流す彼女の肩を叩きながら、奏がハンカチを手渡した。意外と仲がいいのでは無いのかお前ら。
そんな感想を飲み込み、半数が塵と化したノイズを見据えて翼は刀を構える。その切っ先はブレることなく、
「──流れ星すらも切り捨ててしまおう。」
ふと胸に去来したのは、そんなフレーズ。流れ星に願いを。ただの迷信と切り捨ててしまうのは簡単だ。それでも、願わずにはいられない。自分だって、姉を想う気持ちは同じだから。
故に、叶わぬならば斬る。そう思いながら落ちる星を眺め、塵となったノイズを踏みつけながら翼は刀を下ろす。初めは一つ。それが二つ、三つと増えていき、いつしか空を覆う星の雨となる。
「響。貴方の日常は、守れたのかしら。」
そして。
「姉様。また、戻ってきてください。私も、奏も、貴方よりも年上になってしまいますよ。」
願いを告げる時間が足りるはずは無い。一つの願いを言う間に、いくつもの星が消えていく。しかし翼は構わない。なぜなら三度唱えたなら良し、などとは思っていないから。
ただ強く、彼女はひたすらに祈り続ける。今は目覚めぬ姉のことを、ただ一心に。強く、強く、星に届くように。
「んでな…フィーネの野郎…」
「なんだよそりゃ…そんな酷いことあんのかよ…」
だがとりあえずは、あそこで体育座りしながら黄昏れる二人を何とかすべきではないだろうか。翼は頭を抱えた。敵味方の枠を超えて、何かを感じ取ったのだろうか。奏と少女は空を見上げながらルールー歌い始めた。なんだアレは。
「…って!ちがぁう!!こんなことしに来たんじゃねぇ!」
「んな…帰っちまうのかよ!?」
「帰るよ!!融合症例居ねぇだろうが!」
「メシマズ身内同盟は破棄するのかよぉ!!」
「『ぶふぉ!?』」
奏の一言に、翼と、何故か通信機の向こうの了子が吹き出した。げほごほと咳き込みながら翼は思い返す。己の料理はいかほどだったか。全て思い返した。レシピ通りに作ったが黒焦げになってしまっている。ならばこれは己の責任ではない。セーフ。
『せ、セーフよ…セーフ…』
何故了子も必死に言い聞かせるように呟いているのか。翼は首をひねった。そういえば了子が料理できるという話を聞いたことがない。専ら昼は食堂、朝と夜は食べているかすら不明という生活を送る彼女のことだ。きっと料理が不得手なのだろう。翼は自己完結した。
「いや、確かにフィーネの手料理は不味いけど!」
『ぐはぁ!?』
『了子くん!?どうした了子くん!』
やはり了子にダメージが飛んでいく。もしかして料理が不得手とかではなく本当にできないのではないか。翼は確信した。了子は包丁すら持てないのだと。フィーネ某はともかく、他のオペレーターの苦悶の声が聞こえる以上はそうに違いない。
「ちくしょう、お前と戦ってると調子が狂うんだよ!」
「そりゃドーモ。」
「褒めてねぇ!…くっ!」
ゼーハーと肩で息をするネフシュタンの少女は、手にしたソロモンの杖を一閃。ノイズを目眩し代わりにして逃げ出した。放出されたノイズは、翼の千ノ落涙によって殲滅されて一件落着。降り注ぐ星の雨は止んでしまっていたが、それでも二人は空を見上げて願う。
『どうか、姉が目覚めますように』
止まった歯車を動かすのは容易ではない。しかしそれでも、錆つかないようにと願う。完全に動かなくなってしまう、その前に。再び会えますようにと、もう一度抱きしめられたいと、思うから。
「あ、流れ星。」
「おいおい、みんな行っちまった後だぜ?」
「遅れてやってきたのかしらね。」
「そりゃヒーローだけだろ?」
「でも、姉様はヒーローみたいなものなのよ。」
「んじゃああれは紫羽か!」
「やめなさい叩くわよ」
「んだよ空から降ってきてるイコールあっちから戻ってきてるってことだろ!?」
「なるほど、そういう解釈もアリね。」
願い終えて目を開いた二人の視界、そのど真ん中をぶち抜くように、一際大きな星が煌めく。光る尾をたなびかせ、徐々に消えていくその星が落ちる先には、二年前のライブ会場があった。
●
「…貴方、何をベラベラ話しているのかしら。」
「い、いや、それは…」
薄暗い…訳でもなく割としっかり明るい部屋の中で、金髪の美女と銀髪の少女が向かい合って座っている。丁寧に手当てされた少女は、眼前の美女…フィーネの視線を受けて肩を震わせた。
話していたのは、今日の戦いについてだ。食事中に唐突に、『ちょっと今から街を襲撃してきて』という無理難題を押し付けた挙句、目的地に到着するまでひたすらマナーについての指摘をしてきた。愚痴も言いたくなる。
「だってフィーネがうだうだ言ってっから!!」
「フィー、ネ?」
「うぐ…」
「私はそんな風に呼んで欲しくないわ…」
よよよ、と泣き崩れる(真似をする)フィーネを見ながら、顔を赤くしたり唸りながら、少女はようやく言葉を捻り出した。
「お、おかぁ…さん…」
「………まぁ、いいわ。それで、今日は融合症例が居なかったこと、分かってたのよ。それでも貴方に行かせたのは、あの『ガングニール』の性能テストのため。」
「分かってるっての。…でも、ありゃ
「やはり、そうか。たとえ融合症例であっても完全聖遺物には及ばない…か。正規装者の天羽奏なら、と期待してみたのだが。」
黄金に輝く瞳を細めながら、フィーネは手元の端末を弄る。何が表示されているか少女からは確認できないものの、不機嫌そうに皺の寄る眉間は物事が彼女の思惑通りに進んでいないことを示している。
ヒヤヒヤしながらそれを眺める少女だが、不機嫌そうなのはフィーネだけではなかった。鳴り響く少女の腹の虫も、ご機嫌斜めだ。その音に気が付いたか気が付かなかったか、フィーネはちらりと少女を見る。
「…空腹か。」
「おっ…おう!なんか悪いかよ!」
今日一日でフィーネからのヘイトを稼ぎまくった少女は、こうなればいっそ、と開き直って豊満な胸を張る。気持ち肩の下がったフィーネは、夕食の支度をしようと立ち上がる。
「あ、いいって。あたしが作ってやるから。」
「…なんだと?」
「ほら…あれだよ。前のケーキのお礼だよ。」
そういえばそんなこともあったな、と思い出してフィーネは上げたり腰を下ろし、彼女の料理の手並みを拝見することにした。少なくとも己よりはマシであろうと信じながら。
『うわちっ!』
「…」
『え、えっと…これがこうなって…きゃあ!?』
「…」
『み、みりんってなんだよ!?これか!?』
「待て!みりんは今切らしているところで…」
「出来たぞフィーネ!」
「…ああ、そうか…」
ほくほく顔でお盆を持って来た少女を前に、フィーネは疲れきった顔を向ける。結局二人の合作のようになってしまった、その料理は。
「へ、変…だよな?」
焦げているものの、少女でも大丈夫だろうと手渡したレシピ通りに作られた手ごねハンバーグだ。フィーネのように変なアレンジを加えることもなく、しっかり基本に忠実に作られたそれは、不格好ながら香ばしい(香ばしすぎる)匂いを放っていた。
「………」
「やっぱいいや、これはあたしが…」
「いや、いい。」
しょんぼりした少女の手元から皿を奪い取り、フィーネは手早く肉を口に運ぶ。苦味があるものの、中身はまだ無事のようだ。しっかり肉汁も溢れてくるし、初めてにしては上出来だろう。
「ど、どうかな…」
「…まぁ、私よりはマシだろうさ。」
「そっか。良かった。」
そっぽを向きながらも、フィーネの手は止まらなかった。
フィ「ふむ、このレシピならもう少し砂糖を入れても…」
そうして出来上がるのが、フィーネ特製甘口カレー。
砂糖の甘さで食べられたものじゃないらしい、ですよ?
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第19話 赤きシンフォギア
読者の皆さんは体調崩してないか?作者は黄砂やら花粉でダウンしてるみたいだぜ。
???「てな訳であたしが登場、第19話だ!」
あ、こらセリフ取るんじゃねぇ!!
「こんばんは!!!」
「あら、響。どうしたの?」
「いやー、未来が風邪ひいちゃって…看病しようとしたんですけど、響にうつっちゃうからって部屋を追い出されたんですよね。」
「え、じゃあ小日向はアレか、一人だけで留守番してんのか。」
そうですねー、と笑う響は、大きなカバンを手に提げている。晩御飯時に突然やってきた彼女に聞けば、なんと保護者的な立ち位置の未来が風邪をひいたと言うではないか。
なぜこちらに来たのか、と頭を抱えながら翼は響を招き入れ、奏が慣れた手つきで来客用スリッパを出す。そこに響が足を入れようとした瞬間に、三人の端末から呼出音。
『三人とも、今すぐその座標に向かってくれ。』
「ここは?」
「…たしかここ、少し前にお二人が戦った公園じゃ?」
『ああ。たった今、ノイズの出現が確認された。夜遅くに悪いな…というか、響くんはウチに来ているのか?』
「ええ、まぁ…」
「タイミングが良いのか悪いのか…なんにせよ、さっさと向かうに限る。行くぞ翼!」
意気揚々と駆け出した奏は、すぐさまバイクに飛び乗って走り去る。呼び止める間もなく行ってしまった彼女に伸ばした手を下げ、翼は響と二人で走ることにした。
●
「────っと、うおらぁ!!」
到着早々奏はガングニールを展開し、アームドギアを生成する前に一撃ぶん殴る。インパクトを与え、ノイズの動きが止まった一瞬の隙を突いて槍を作り出した奏は、そのまま一点を目掛けて槍を投擲した。
「─っち、バレてたか。」
「バレてるもクソもねーよ。そんな目立つ格好してりゃ──なっと!」
背後から突っ込んでくるノイズに裏拳を叩き込んで崩壊させ、進路を塞ぐ別の個体は前蹴りで粉砕。左右から押し潰さんとする物は身を引いて自滅させ、そのまま二体纏めて吹っ飛ばす。ならばと行われる全方位からの同時攻撃に対しては、一瞬のズレを見抜いて脱出。再び槍を形成して一掃する。
視界を極彩色に埋め尽くされながらも奏は進んでいく。まるで重戦車が突き進んでいくかのようなそのパワーに怖気付いたのか、少女はソロモンの杖を振り回してさらにノイズを増やしていく。
「なんで止まらないんだよ!」
「こんぐらいで私が止まるかぁ!」
お、と声を上げて奏は前進。もはや槍を形成する時間すら惜しい。前から一体、左右からそれぞれ二体、後ろから二体。瞬時に敵の位置、数を把握して対処。最初に接敵する左と後ろの敵に、あえて近づく。位相差障壁を逆に利用しそのまま透過、一歩踏み込んで五体を殴り飛ばす。
今度は上からの飛行型。味方の犠牲すら厭わないそれらに対する攻撃は、ただ避けること。接触の瞬間に実体を持つのならば地面に衝突した段階でダメージを受けるはず──奏が編み出した飛行型への対処法は間違っていないのか、攻撃に失敗したノイズはそのまま自壊する。
「この程度かお前は!」
「まだだ、フィーネはまだッ──!」
杖を投げ捨て、ついに少女は鞭を構える。ノイズと少女に囲まれながらも、奏は笑みを崩さない。全てを打ち砕くだけの自信があるのか、彼女の拳は固く握られたまま開かれない。物量で優るはずの少女が気圧されるのは何故だろうか。
「お前は何のために戦ってんだ。」
「は…?」
「私は、紫羽みたいに死にかけになってまで家族を守るなんて出来ないから、せめて一体でも多くノイズを倒そうってな、決めた。この命は紫羽に救われたんだ、捨てるなんて考えちゃいけねぇんだよ。でもお前はどうなんだ。ただ指示されるままに戦ってるようにしか見えないな。」
「 あたしは…あたしは、世界から争いを、戦いを無くすために、フィーネに従ってるんだ。パパとママを奪った戦いを無くすために…ッ!歌なんて紛い物なんだよ!それで世界が救われるわけない!だからあたしは、歌なんて大っ嫌いだ!」
「お前の、親は…」
「歌で世界を平和に出来るなんて、幻想なんだよ…そんなの、出来るわけないんだよ…」
いつの間にか到着していた翼と響がノイズを蹴散らす中、二人はただ睨み合う。歌を歌って戦う者と、歌を嫌って戦う者。共に家族を失いながらも、歪んだ少女はただ吠える。
「だからさ…もう諦めろ。お前たちがどんだけ頑張っても無駄なんだって。歌で世界は救えないって。いい加減分かれよ。」
「やだね。私は紫羽の背中を追うって決めたんだ。
「──は、そうかよ。」
全てを諦めたかのような顔で笑いながら、少女は鞭を振るう。辛うじて視認できる速度で振るわれたそれを、奏は辛うじて回避する。以前とは比べ物にならないその威力に、冷や汗を一筋。
「お前、そんな実力あったのかよ。最初から出せってな。」
「──────────。」
「あ?何言って─」
俯いた少女は何かを唱える。訝しんだ奏の前に立つ彼女は、頬に一筋の銀線を残しながら勢いよく顔を上げた。
「ぶっとべ、アーマーパージだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「んだとぉ!?」
「響!危ない!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
慌てて地面に伏せる三人の頭上を飛び去っていくのは、銀の鎧。いくつものパーツに分解されたネフシュタンだ。土煙が晴れていくと同時に明らかになる少女の姿を見て、三人は絶句する。
「まさか、お前…」
「赤い…」
「シンフォギア!?」
「教えてやるよ。あたしはな、パパとママが嫌いだ。でもそれ以上に、あの二人が信じた歌が大ッ嫌いなんだ!」
「歌わせたな!あたしに!雪音クリスにッ!」
「もう手加減しねぇ。本気の弾幕ってやつを見せてやるよ!」
歌いながら身体を回し、クリスと名乗った彼女は両手にアームドギアを生み出した。ボウガンのようなそれは瞬く間に変形し、巨大な二連装ガトリング砲へと姿を変える。
「うぉあああああああああ!!!」
「くそっ、響!奏!私の後ろに!」
「翼さん!?」
巨大な剣を天から投下し、即席の盾とする。鉛玉と剣がぶつかり合うけたたましい金属音が鳴り響き、公園が眩い光に照らされる。ただ頭を抱えて蹲る響だったが、奏の顔はまだ諦めてはいなかった。それに翼が気付くも、既に遅い。
「奏、何を…」
「ってことは、こっちも物量戦術だよなぁ!」
「奏さぁん!」
「わざわざ蜂の巣になりに来たってか!有難いこったな!」
クリスは歌いながらガトリング砲を連射する。圧倒的な弾幕に身を晒した奏だったが、その姿はただの丸太へと変貌する。瞬く間に木っ端微塵となる丸太から視線を外し、クリスは片手のガトリング砲をハンドガンへと変化させる。
「そこか!」
「勘のいい奴だなぁ!」
そして、後ろから飛びかかろうとした奏へと、脇の下を通したノールックショット。的確に額を狙うそれを、奏は上体を後ろに大きく逸らすことで回避。跳ね上げた身体の反動を生かして奏はクリスに近づいて行く。
「しまっ─」
「近接戦闘はこっちの方が有利だろうがよ!」
ハンドガンを連射するクリスだったが、奏には余りにも薄い弾幕。一瞬にして距離を詰めた奏だったが、一撃を叩き込む前にバックステップ。一瞬前に彼女の身体があった場所を、勢いよく飛行型が飛んでいく。
「なんだ、突然!?」
「この感じ…まさか、フィーネ!?」
『もういいわ。クリス。貴方は用済みよ。後はその子たちとじゃれ合ってなさい。』
「──────────は?」
「言ってくれるじゃねぇか。クリスはお前のこと、嫌ってはいなかったみたいだがね?」
『…その子は私の道具なんだもの。殺す…壊す手間が勿体ない。ネフシュタンは回収したし、もう要らないの。さようならクリス。ああでも、ここで四人で死んでおけば楽かしら?』
四人を囲むように出現したノイズ。クリスが扱っていた時よりも遥かに多いバリエーションが現れ、不快な音を立てていく。その音に顔を顰めながら、奏と翼はそれぞれの獲物を構える。
「────い。」
「は?どうした響。」
「許さないッッッッ!!」
呆然とするクリスに襲いかからんとするノイズに向かってロケットスタート。突き出した膝をめり込ませ、体を捻って回し蹴り。両手足のジャッキを引き絞り、その反動で無理矢理身体を制御して拳を叩き込む。
瞬きの間にそれを行った響は、これまでに見たことがない程に『キレて』いた。ギアの一部を黒く染めながら、彼女は姿見えぬ声の主に向かって声を張り上げる。
「クリスちゃんは、貴方のために私たちと戦ってたのに…不要になったら捨てるだなんて、それが保護者のやることですか!」
『私は保護者でもなんでもない。役に立つ道具があったから拾っただけ。目的が達成されたならその子はただの『ゴミ』となるの。それを分からないクリスでは無かったはずなのだけど?』
「……ああ、うぁ…フィー、ネ…」
激情に駆られた響ではクリスを守ること能わず。倒し損ねたノイズが次々とクリスに攻撃を加えていく。未だへたりこんで動かない彼女を引きずって響は戦線離脱。それを守るように奏と翼がその場を離れていく。
『そう、それでいい。貴方は──』
●
「…あたしは、まだお前らとつるむ気はねぇ。」
「あっ、ちょ!」
ようやく逃げおおせた、と響が安心した隙を狙ってクリスは走り去っていく。突然のことに反応できなかった響は、その背中に虚しく手を伸ばすことしか出来ない。
「クリスちゃん…」
「あいつ、シンフォギアの適合者だったんだな。」
『ああ。数年前、バルベルデで起きた爆弾テロに巻き込まれた音楽家夫妻の娘…行方不明になっていたはずが、まさか…』
「叔父様、彼女のことを知っているのですか。」
『ああ。その辺も含めて、帰ってから話そう。了子くんもそろそろ帰ってくるはずだからな…なんだと!?』
「どうしたんですか!?」
●
「広木防衛大臣が…」
「殺された!?」
「了子さんは!」
「無事、だといいんだが…」
帰還してから聞かされたのは、防衛大臣の死。あまりにも唐突すぎるその連絡は、二課全体に小さくない衝撃を与えた。
「先程からコールしてみているものの、返答は無し。まさかとは思うが…」
「た、ただいま…」
「「「了子さん(くん)!」」」
乱れ、解けた髪を結い直しながら了子が慌ただしく帰還する。汗を流しながら、珍しく憔悴しきった彼女の姿に誰もが目を丸くする。
「追手とか、大丈夫だったんですか!?」
「なんとかね…あと少しで私も…」
「とにかく、無事で何よりだ。それで、デュランダル輸送の件は?」
「流れちゃったわ。弦十郎クンのお兄様と話せるならそれが一番なんだけれど…無理よね。」
「ああ。仕方ないか…しばらくはここで保管を続けよう。」
デュランダルは二課本部に保管することに決めた弦十郎。広木防衛大臣を悼むムードではあったものの、割り込んできた了子によって話は雪音クリスの方へと向かっていった。
「彼女は、確かにシンフォギアへの適正があった。しかし行方不明となっていたはずなんだが…紛失した
「しかも、そのバックには『フィーネ』とかいう…保護者?が居るんですよね。さっきの戦闘を見てる感じ、用済みになって捨てられた感じはしましたけど。」
余計な事を言うな。そんな視線が朔也に向けられ、隣に座っていたあおいが彼の脇腹に肘鉄を一発。ぐへぇ、と崩れ落ちる彼にゴミを見るような視線を向けながら、あおいは少し考え込む。
「でも変なんですよね。彼女、しばらくの間はイチイバルを展開したまま逃げたんですよ。」
「──!最後に確認されたのは!」
「ここです。」
映し出されたのは、荒れ果てた廃ビル。
「…行くか。」
「いや、おっさんが行っても逃げられるだけだろ。あいつ、大人嫌いだと思うぜ。たぶん。」
「奏、憶測で物を話すのは良くないわよ。」
「…フィーネ、さん。あの人、クリスちゃんを物みたいに扱って…」
握られた響の拳がぎり、と音を立てる。
「そういや、なんであの時、響はあんなにキレてたんだ?」
「ああ、いえそんな…ごめんなさい、少しお手洗いに…」
あはは、と髪を掻き乱しながら彼女は去っていく。
「こりゃ、クリスだけじゃなさそうだ。」
「ええ。響にも、何かあったようね。」
●
「…逃げたか。仕留め損ねたのは痛いな。」
広木防衛大臣が殺された現場、米軍の特殊部隊の死体が転がる中で、力無く横たわる彼の遺体を眺める一人の女性がいた。
「フィーネ…先史文明の巫女ならば、あるいはと思ったが。」
「アレではダメだな。」
手にした結晶を地面に叩きつけながら、彼女は何処か遠くを眺める。
「まだ、
「だが待っていてくれ、響歌。」
──必ず、助けてみせる。
次回、第20話。
またいつになるか分からねぇけど、よろしくな!
え?どうした?最後の人が誰か、だって?
だいたい分かんだろ、アイツだよアイツ。
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第20話 新たな装者
帰省したりトレーナーしたりタワー登ったりしてました。
んじゃ、第20話、どうぞ。
「フィーネは、なんであたしを拾ったんだよ。」
幾度となく繰り返した、己への問いかけ。答える相手は自分で、けれど答えなんて出るはずもない。答えが分からないからこそ問いかけるが、その答えが分からない。思考のループにハマったクリスはただ一人、廃ビルの中で膝を抱える。
「わっかんねぇなぁ…」
テロリストに誘拐され、女としての尊厳を全て奪われる直前だったクリスを助け出したのは、乱暴にも建物の屋根を吹き飛ばしてやってきたフィーネだ。如何なる手段を用いたかは分からないものの、突然差し込んできた日光に驚いたのは覚えている。
『お前が…いや、貴方が、雪音クリス?』
『う、あ、はい。』
『そう。』
こちらに視線を向けながら不思議な光の障壁で次々とテロリストを倒していくフィーネ。その瞬間だけは、彼女はクリスにとっての救いだった。全員が動かなくなると、彼女は羽織っていた白衣で裸のクリスを包んで持ち上げた。
『帰るわよ。ここは貴方の居るべき場所じゃないのだから。』
『悪いけれど、今日から貴女は──』
「なんだっけ、なぁ。」
不自然に途切れた記憶。その次に覚えているのは、暖かいベッドの中で眠っていたこと。思えばあの頃から、フィーネの『道具』としての扱いは始まっていたのだろう。そこまで考えて、クリスは誰かが近付く気配を察知した。
「誰だ。場合によっちゃ脳天ぶち抜くぞ。」
「あ、あの〜…出来ればやめて欲しいかなって…」
「お前は、融合症例…立花響か。」
「え!?名前知ってるの!?」
無邪気に喜ぶ響のテンションに着いていけないのか、クリスは若干引き気味になりながら頷いた。フィーネから話は聞いている。シンフォギアの欠片を体内に保有する彼女を捕獲するのが、本来のクリスの役目。何を目的として彼女を捕獲するのか一切説明はされなかったものの、フィーネの真剣な表情を見て断る訳にはいかなかった。
「じゃあ、私がなんでここに来たか…分かる?」
「分かるかよ。あたしはお前じゃない。お前の考えが読めるなんて芸当、出来るわけねぇだろ。」
「そうだよね。だから、話に来たの。」
は、と目を見開いた。こいつは何を言っている?敵だった自分と、シンフォギアを纏わずに『話す』だと?馬鹿げている。底抜けの馬鹿だ。話だけで、全てが解決すると思っているのか。
「あたしは、お前の敵だ。だから話は聞かねぇ。」
「ううん。もうあなたは…クリスちゃんは敵じゃない。私はそう思う。」
にっこりと笑いながら響はクリスに近付いた。手を差し伸べ、隠したクリスの手を引っ張り出して無理やり繋ぐ。久しく忘れていた、『人』の温もり。フィーネとは違う暖かなそれを感じて、クリスは小さく声を漏らした。まるで、──みたいだ、と。
「ん?何か言った?」
「なんも、言ってねぇよ。」
「そっか…」
良い雰囲気になりかけたところで、響の腹の虫が鳴った。空気を読まないのは響だけではなかったようだ。えへへ、と照れたように笑いながら頭をかき乱す響は、クリスの手を握ったまま歩き出す。
「ど、どこ行くんだよ!」
「ふらわー。私の行きつけのお店なんだよ!」
「なんでだよ!はーなーせ!」
「やーだーよ!お腹すいたんだもん!クリスちゃんも来てくれないと美味しくないでしょ!?」
「なんでそうなる!」
「だって、ご飯はみんなで食べた方が美味しいでしょ?」
『クリス。食事というのは、一人で食べると味気ないものだぞ。』
いつか、誰かから聞いた言葉と被って聞こえた。彼女は素直に言わなかったけれど、でも言っていることは響と同じ。誰かと一緒に食事する方が、美味しい──らしい。正直どう食べても味は一緒だろうに、とその時は一蹴していたが、今なら、あるいは。
「……そうかよ。」
握られた手を振り払い、そっぽを向きながらも響の後を追う。
「それでねぇ、未来がねぇ…」
「お前、まさかずっと一人で話してたのかよ…?」
「うぇ!?あれ、クリスちゃんいつの間に横にいたの!」
「今だよ!お前が一人で話してんのが悪いんだろうが!」
「えぇ〜…クリスちゃんが分からないみたいだったからご飯の美味しさについて語ってあげようかなって思って…」
「分かるわ!あたしだって人間だから食事ぐらいするわ!」
「──────えっ」
「今の間はなんだ!?あたしはサイボーグか何かだと思われてたのかよ!?その顔やめろ!『私はちゃんと分かってるよ』みてーな顔やめろ!ちゃんと味も分かるっつーの!なんだよ!」
「よかった。フィーネさんは、クリスちゃんのこと大切に思ってたんだね。」
「──は。」
「こうやってクリスちゃんのこと捨ててたけど、きっとフィーネさんは貴方のこと大事に思ってたんだと思うよ。そうじゃなきゃ、美味しくないご飯でも自分で作ったりしないし、そもそも食事なんてあげたりしない。」
「なんで、フィーネが飯作ってるって…」
「ほら、戦ってる時奏さんと話してたんでしょ?メシマズ同盟。」
「その話はやめろぉ!」
後にこの会話を聞いたS氏はこう語った。
『鍛え直さねばならぬ』
と。
●
「いらっしゃい!おや、今日はお友達も一緒に?」
「はい!おばさん!いつもの!!」
がらがらと戸を開けて入った店の中には、ソースの濃厚な香りが充満していた。今まで嗅いだことのない初めての匂いに、クリスは思わず息を漏らす。野菜とフルーツの味が濃縮されているであろうそれは、彼女の嗅覚だけでなく腹の虫にも刺激を与えたらしい。
「う」
「ありゃ、お腹すいてたの?」
けたたましい腹の虫の鳴き声に赤面し、それを聞いてにこにこと笑う響の対面に慌てて座るクリス。珍しく黒ではなく白主体の服を着ていたクリスに差し出されたのは、紙製のエプロンだ。
「なんだこれ。あたしはガキじゃねぇんだぞ?」
「あー、ほら。ソースって服に付いちゃうと洗濯大変なんだ。」
声の主はクリスの後ろ。学校帰りだろうか、鞄を提げて立っているのは黒髪の少女。彼女を見た響は、その笑顔をより明るくして手を振る。
「未来。」
「今日もボランティア?ごめんね、私が風邪ひいちゃってたから…」
「それは大丈夫だよ!それで、ボランティアのことなんだけどさ…」
話しながら鞄を下ろし、流れるような動きで響の隣に座る未来。彼女のジャケットを受け取って畳むのは響で、そんな響の跳ねた髪を直すのは未来。
「大変みたいだね。寝癖、今までこのままだったの?」
「あれ、もしかしてそのままだった?あちゃー、道理で翼さんが微妙な顔してると思った…しまった、次は気をつけてく…」
「響は頑張りすぎだよ。それで、ボランティアの事って?」
(こいつら夫婦みたいだなこれ。)
対面のクリスを置き去りに、二人だけの世界に没入していく。まるで仕事から帰ってきた旦那を迎える嫁か。見ているこちらが砂糖を吐きそうだ。手に持った紙エプロンを所在なさげに右往左往させていると、また後ろから手が伸びてそれをクリスに掛けてくれた。
「あ、ありがと…ございます。」
「いいのよ、あの子たち昔っからああでねぇ…置いてけぼりにされちゃったでしょ。ほら、お腹すいてるだろうし、先にお食べ。」
答える間もなく、声の主─ふらわーの店主は手早く鉄板の上に生地を広げ、一枚目を焼き上げていく。トッピングやらソースやらを慣れた手つきで乗せて、それをクリスに差し出した。
「い、いいのかよ。あいつらは…」
「あの子たちの分はまた後で。自分たちで焼けるしね。」
差し出されたお好み焼きを一口。その熱さに目を白黒させ、涙目になりながら、彼女はなんとかそれを咀嚼していく。美味い。やはりフィーネも自分も知らない味だ。もっきゅもっきゅと頬張りながら、彼女はこちらを見つめる視線に気が付いた。
「…なんだよ。」
「いや、クリスちゃんってなんかこう…ハムスターみたいだなって。」
「そう?野良猫じゃないかなぁ。さっきまでツンケンしてたのに、今はご飯食べてて笑ってるし…」
「あたしは愛玩動物じゃねー!!!」
箸を握りしめて叫ぶクリスと、笑いながらそれを眺める二人。誰も指摘はしなかったけれど、確かにクリスの顔には笑顔が浮かんでいた。
●
「…んで、なんであたしはここにいるんだよ。」
「ほ、ほら。帰る場所がないって話したらこうなっちゃって…」
その後。日も沈んでしまい、夜の帳に包まれた街の一角。ある家の玄関先で困惑するクリスと、苦笑いする響の姿があった。
「ま、まぁ響が言うなら大丈夫でしょうし…なにより叔父様が許可を出したなら私は歓迎するわ。私は。」
「…………………(がるる)」
(((奏/奏さん/こいつ、犬みたいになってる)))
対するのは、弦十郎から連絡を受けてクリスを受け入れることになった風鳴翼と天羽奏。翼も奏も、事情は分かっているため素直に受け入れられる…はずだったのだが、奏の方はそうはいかないらしく…
「か、奏?そこまで威嚇しなくても…」
「別に威嚇してねえよ。因縁の相手だからガン飛ばしてるだけだ。」
「それを威嚇というのではないでしょうか…」
「いや、あれあたしも望んで戦った訳じゃねぇから。」
「がるるるる…」
「「「犬か!?」」」
結局、奏は翼が引きずって去っていった。響と二人で寝ることになったクリスだったが、初めての布団に慣れない彼女は少し寝不足だったらしい。
「おはようございます!」
「あら、おはよう響。…と、クリ、ス…大丈夫!?」
「あ、ああ大丈夫…こんくれぇ…なんてことはねぇ…ぐぅ。」
「なんでこいつ寝不足なんだよ…っと。」
食卓に着くなり眠ってしまったクリスを抱えあげ、奏は一人歩いていく。
「寝かせてくるわ。どうせ今日は響が非番だろ。面倒見といてくれな。」
「あ、はい了解です!」
ひらひらと手を振って奏は去っていった。昨日とは打って変わって大人しい彼女の態度に首を傾げながら、響は差し出されたご飯を片っ端から胃に放り込むのであった。
●
「今日は確かに、響は非番ね。」
「というか関係ないもんな。休ませてやんないと。」
「そうだな。響くんは響くんなりに頑張ってくれているし、それにこればかりは俺たちの仕事だ。彼女を関わらせる訳には行かない。」
『それじゃ、いいかしら?』
答える三人が立っているのはステージの上。ガラス柱が屹立するそれは、二年前から変わらない。奏と翼、そして響。三人の装者の運命が変わった始まりの場所で、弦十郎は中に眠る己の娘を見る。
「紫羽め、いつまで寝坊する気だ。」
「きっと疲れてるんですよ。ほら、叔父様も早く待避を。」
「そうそう、私たちだけでなんとかすっから!」
シンフォギアを纏って立つツヴァイウィングの二人は、目を閉じて動かない己の姉に最も近い場所にいた。透き通ったガラスに手を当てながら、奏は弦十郎を追い払うように反対の手を振った。
「…頼む。恐らくこれが最後のチャンスだ。」
「その気持ちで臨みますが、まだ最後ではありません。」
「私たち、ここでまたライブするって決めたからな。」
そうして二人は歌い出す。あの日歌った、全ての歌を。
●
「…なぁ、勝手に連れ出してもいいのかよ。あたしは今捕虜なんだぞ。」
「司令から許可もらってるし、平気平気!」
ふんふーん、とご機嫌な響と、それに連れられて街を歩くクリス。未来は響と手をつなぎながら歩いている。最近の響の多忙故になかなか一緒に外出できなかったというのもあるのだろうか。未来の放つオーラは幸せそのものだ。しかし、そのオーラが一気にどす黒く染まった。原因は、鳴り響くノイズ出現の警報だ。
「………」
「な、なぁ。この音って…」
「ノイズが出現したってことだよ。クリスちゃん、知らないの?」
足元に血が集まっていく感覚。顔が青ざめるとはこのことか。唇を噛んだクリスを見て首を傾げ、未来は響とクリスの手を掴んで走り出した。陸上部の健脚を生かした疾走に半ば引きずられるような形になりながらも、二人はシェルターへと向かっていく。
「──っ、あたしは、いい。お前らだけで逃げてな。」
「え、あ、ちょ…」
「未来!早く逃げないと!」
手を振り払い、クリスは来た方向へと引き返す。人の波をかき分けながら走る彼女に追いつけるはずもなく、あっという間にクリスの姿は消えてしまった。
「クリスちゃん…響が言う通り、訳ありなんだね。」
「うん。きっと、今のも…」
未来に連れられて、響はシェルターへと避難する。しかしその視線は絶え間なく周りへと向けられており、いつノイズが襲ってきても対応できるように警戒心が高められていた。
●
「あたしは…何をしてたんだろう。」
人の気配が無くなった街で、逃げ遅れた人を襲うノイズ。抗う術を持たない人間は、容易く炭化し、その命を散らす。フィーネから渡された完全聖遺物、ソロモンの杖の仕業だろう。あの時己が起動したそれが、今こうして人々を襲っている──平和の為ではなく、その逆。平和を脅かすものとして。
「歌なんて、嫌いだ。」
改めて、呟いた。
両親は歌で、音楽で、世界を平和にしようとして、死んだ。結局歌も音楽も、世界を平和にする力など持たないのだ。若年ながらもクリスは学んだ。故に、彼女は歌を憎む。母が、父が、死んだ原因。光に塗れた偽りの理想。歌では、世界を救えない。
「でも、あいつらは…
それでも、ほんの少しの交流でも。繋いだ手は無駄ではなかった。陽だまりは、冷えきった少女の心を温める事ができた。
先程まで感じていた、暖かい感覚。まだ手に残るそれを胸に抱き、そして彼女はふと気づく。街並みのガラスに写る自分の頬には、お好み焼きのソースが付いていたことに。
「……ぷっ、あははは!なんだよこれ、あたしこのままで歩いてたのかよ!滑稽だな!腹痛てぇ…くくく…」
笑うなど、何年ぶりだろうか。久しぶりに使った表情筋。明日は筋肉痛になりそうだ。ひとしきり笑い終えた後、彼女は頬を拭って前を向く。自分が向く先、通りの奥からやってくるのは極彩色の化け物だ。
「あー畜生。うだうだ悩んでたのが馬鹿みてぇだ。」
ちゃり、とペンダントが音を立てる。
「やってやるよ。自分の仕出かしたことに、他人を巻き込む訳にはいかねぇしな。…ケリ付けてやる。フィーネッ!」
握りこんだペンダントが光を放つ。やはり久しい、胸の中から溢れる歌。少しばかりの嫌悪感と、それを上回る高揚感を得ながらクリスは声高々に叫ぶ。
「Killter Ichaival tron─!」
赤い鎧を纏いながら、彼女は右手を銃の形に構えてノイズに向ける。
「Are you ready?」
全てのノイズを打ち倒し、その先へ。これらを操っているであろうフィーネの元へたどり着き、そしてその真意を聞き出すのだ。
故に、『準備は良いか』。己だけではない。恐らくこの状況を見ているであろう、己の保護者であり──新しい、母へ向けて言い放つ。
「どうだいフィーネ。──あたしは、出来てるよ。」
イチイの弓の聖遺物、イチイバル。失われたそれを身にまとい、銀髪の少女はただ吼える。痛々しい、誰かに助けを求める声ではなく。
「行くぞ…これがあたしの──!」
「シンフォギアだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
過去との訣別。未来へ向かうための、新たな力として。彼女は歌う。きっとそれは、彼女だけが引き起こした変化ではないのだろう。それは姉を取り戻さんと歌う二人が原因でもあり、しかし最大の要因は、助けを求めていた彼女の手を掴んだ二人が原因なのかもしれない。
いずれにせよ、雪音クリスという少女の新たな物語は、ここから始まるのだ。絶望と闇に満ちた、悲しみの歌ではない。希望と光に満ちた、よろこびの歌を、彼女は歌う。
「さぁ、雪音クリス様のお通りだ!レッドカーペットの準備は出来てんだろうな、ノイズ共ッ!」
にやりと笑って、クリスはガトリング砲を向けた。
次回。
「なんでだよフィーネ!」
『貴方に話す舌など持たないわ。』
「I love you SAYONARA…?」
「危ない!クリスくん!」
「フィーネのやつ…不器用なんだよなぁ…!」
「お前を娘だと思った日は、一度もない。」
第21話。『フィーネとクリス』
壮大な親子喧嘩が始まる。
感想、評価、よろしくお願いします。感想貰えるだけで作者のモチベーションはグンと上がりますので…なにとぞ…なにとz(殴
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第21話 フィーネとクリス(前編)
作者は通学に1時間半掛かるらしいからまた毎日更新出来るかもって喜んでたぜ。マジかよ。
っつーわけで、長くなっちまった。前編だ!
「まとめて逝っちまえや…!」
放たれた銃弾は、どこまでも鋭くノイズを引き裂いていく。以前とは違い、狙いを定めて全てを撃ち抜くクリスのイチイバルの輝きに気圧されたのか、ノイズの一部が別方向へと向かっていく。
視線は前に固定したまま、視界の端でそれを確認。腰から展開したマイクロミサイルは、一匹残らず別働隊を爆散させる。装者たちと敵対していた時とは比べ物にならないほどの身体の軽さ。吹っ切れた雪音クリスを止められる者など、ここには居ない。くるりくるりと回って、周囲のノイズに向けた一斉射撃。
「っつ…げほ、やりすぎたか?」
気付けばノイズは全て消え去っており、辺りに広がるのはノイズだった炭素の塊だけ。少しばかり煙たい空気を吸って咳き込みながら、クリスはガトリング砲をハンドガンへ変化させる。二丁拳銃を構えながら、彼女は街を歩いていく。
「誰もいねぇわな。」
「いいや、私がいるとも。クリス。」
「──ッ!フィーネェェ!」
激情と共に放たれた弾丸を軽々と避けながら、金髪の美女は妖艶に笑う。必死に威嚇する子猫を見るかのような、余裕ぶったその笑み。ぷち、と何かが切れるような音が聞こえたかと思えば、クリスの両手に握られていた拳銃がガトリング砲へと再び変化。
「余裕じゃねぇかよ。」
「余裕なのだよ。今の精神状態でシンフォギアを自在に扱えるとでも思っているのか?いいや不可能だ。今のお前は、私には勝てない。」
若干下にズレた照準を直しながら、クリスは叫ぶ。
「なんでだよ、フィーネ!!」
「何故、とは?私が貴様を捨てたことか?先も言った通りだ。それ以上でもそれ以下でもない。ああそれとも、己が私に勝てないことか?」
「────っ、馬鹿にして…!」
がしゃり、と構えたガトリング砲が弾丸を吐き出す寸前に、クリスはその場を飛び退く。空間から突然現れたノイズの攻撃はクリスの喉元を掠め、そして降り注いだコンクリートによって粉砕された。
「風鳴弦十郎…やはり、来ていたか。」
「っ、待てよフィーネ!」
『それじゃあね、私の可愛い玩具。もう会うことは無いでしょう。』
「お前が、フィーネとやらか。」
手を払って
「あんたは…」
「答えろ。」
『──貴方に話す舌など持たないわ。』
「おい待て!」
不明瞭になりブレて消えていくフィーネの姿に、それでもクリスは手を伸ばす。何故己を捨てたのかと。本当にそれが理由なのかと。真意を問いただすためにここに来たというのに、フィーネは消えてしまう。
結局なにも掴めないまま空を切った手を眺めて、クリスは歯を食いしばる。ノイズは倒した。市民も守った。でも本当にしたいことは…フィーネと話すことは、出来なかった。
「…何でだよ。フィーネ。」
「…………」
「あんたは、誰なんだよ。あたしを助けるなんて言わねぇよな。」
「いや、そうだな。響くんの…上司と言ったところか。」
「良い回答だ。司令なんて言った日にゃ、そのドタマに風穴空けてたよ。」
弦十郎に向けた片手の銃をくるりと回して消し去りながら、クリスは彼に背を向けて去っていく。白いワンピースに姿を変え、彼女の姿は道の向こうに向けて、段々と小さくなっていく。
「それじゃあな。」
「待ってくれ、君の親御さんのことを…」
「今のあたしの親は、フィーネだけだ。」
振り返り、彼女は弦十郎に射抜くような視線を向けた。口を真一文字に引き結び、雪音クリスという少女は再び歩き出す。
「弱いあたしとは、さよならだ。もう、過去は振り返らねぇ。」
今はただ、フィーネと話すためだけに彼女は歩く。
「…一体、どうして。どうして…そこまで強くあれるんだ。」
彼女を変えてしまったのは、一体何なのだろう。考えても答えが出る訳もなく、彼はコンサート会場へと踵を返すのだった。
●
「…げ、またお前らかよ。」
「クリスちゃん!大丈夫だったの!?」
「おう。雪音クリス様を舐めるなよ。あたしにかかればノイズぐらい朝飯前ってもんだからな。」
「く、クリスちゃん?
弦十郎と分かれて歩くクリスの前に現れたのは、未来と響。やたらとこちらを心配してくる未来に向けて、クリスは胸を張って応える。
しかし何故か焦ったようにそう言う響に、彼女は何を言ってるんだと呆れたような顔を向ける。その次に飛び出してくる言葉を予測したのか、響の対応は早かった。
「だからとりあえず家に帰ろ!?ね!」
「お、おう…でもあたしは…」
「ね!」
「わ、わかったわかった!」
響の威圧に負けたのか、クリスは面倒くさそうに手を振って彼女を引き剥がす。それでもぐりぐりと頭を押し付けてくる響に向かってヘッドロックを掛けながら、クリスは沈む夕日を眺める。
「あたし、フィーネと話してくる。」
「ふぃーね?それってクリスちゃんの家族なの?」
「そんなもんだ。っと。」
「いてて…でも、いいの?
「大丈夫だっつーの。フィーネも、あたしの事殴ったり蹴ったりする訳じゃねぇしな。ただ普通に、お…親子として、話すだけだよ。んじゃあな!もう追っかけてくんなよ!」
親子。そんな一言を絞り出したクリスは、顔を赤くして走り去っていく。みるみるうちに小さくなる彼女の背中を見つめながら、未来と響は手を繋ぎ歩いていく。
「今日の晩御飯〜ばんごっはん〜」
「あっ、下準備…」
「え゛っ」
一瞬にして響のテンションが下降したのは、ご愛嬌というところか。
●
「…フィーネ。」
がちゃり、と屋敷の扉を開く。意を決したように顔を上げたクリスの視界に入ってきたのは、床一面を彩る真紅だった。
赤い海の中で横たわるのは、物々しい装備に身を包んだ男たち。そしてその中心に佇むのは、金髪を靡かせる長身。
「なんだよフィーネ、これって…」
「フィーネ、確かに奴の仕業であろうが…私と似たような容貌でもしているのか?」
振り返ったその姿は、クリスの知るフィーネとは似ても似つかない。くせっ毛を弄りながら、眼前に立つ女性はクリスに向けて何かを投げよこす。
「おっ、と…これは…」
「さてな。貴様に向けた手紙か何かではないのか?」
「あたしに?」
確かに、封筒に入った何かを感じる。それから目を離し、目線を正面に戻した時には女性の姿は既になかった。フィーネとは確かに異なっていた彼女はどこかへ去ってしまい、残されたのはクリスただ一人。
「I love you SAYONARA…?なんだそりゃ。」
封入されていたのは意味不明なメッセージカードただ一つ。首を傾げながらクリスはカードを裏返すも、何も書かれてはいない。正真正銘の怪文書。訳が分からんと両手を掲げ、クリスは転がる死体を見る。
「こいつら、まさか本当にフィーネに殺されたんじゃねぇよな。」
『私の邪魔だったのだ、殺されても文句はあるまいよ。』
「フィーネッ…の、ホログラムかよ紛らわしい。」
ホログラムのフィーネに用はない。部屋を漁ってみるものの収穫は無し、クリスは途方に暮れる。ベラベラと語り続けるホログラムに対してカードを投げつけ、彼女は部屋を後にし、探索を続ける。
『ああそうそう、この映像が止まった時、この屋敷は吹き飛ぶからそのつもりでね。』
故に、その後のメッセージを聞くことは無かった。
///
「ったく、フィーネの奴…ほんっとに何も残してねぇな。」
ガチャガチャ扉を開きながらクリスは毒づく。まだ数分しか探索していないのにこのザマである。
「…あ?」
そして新たに開いた扉の先、
「っっっっっっそだろオイ!」
ノブから手を離して回れ右、脱兎のごとく逃げ出した。急に鳴り響く、アナログ時計のような針の音。明らかに狙ってやっているとしか思えないその演出に慌てることなく、クリスは出口へ向かって一直線に走り続ける。
クリスが外に飛び出した後、屋敷は爆発。クリスが見た部屋以外からも爆炎が飛び出した所を見ると、アレはクリスへの警告だったのだろうか。
「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
しかし彼女にそれを気にする余裕はなく。比較的小柄な彼女は、後ろからの熱風に煽られて軽々と空を舞った。あいきゃんふらーい、などと死んだ目で呟きながらクリスはシンフォギアを起動させようとして。
「危ない!クリスくん!」
「なんでまたお前が居るんだよぉぉぉぉ!!」
先程突き放したはずの男が、吹き飛ぶ瓦礫を足場にしてこちらへやって来るのを見た。なんだお前は。
「いや、やはり君を一人にする訳にはいかないと思ってな。事後報告になるが、尾行させてもらっていた。」
「全然気付かなかったんだけど。何なんだよお前…」
はて、と肩を竦め、とぼけてみせる弦十郎。下手くそな口笛でも吹くのかとジト目を向けたクリスは、案外上手かった彼の口笛に膝から崩れ落ちた。
「も、もういいや…んで、なんであたしを追い掛けるんだよ。」
「それはな…うむ、その。」
「容疑者か。」
言い淀んだ弦十郎に対して鋭く切り返したクリス。予想外に淡々と返されたために意表を突かれたのか、彼は目を見開いてオウムのように聞き返す。
「容疑者、だと?」
「ああ。ソロモンの杖に、ネフシュタンの鎧。それにシンフォギアと、フィーネへの繋がり。あたしを捕まえる理由なんてごまんとある。」
「──鋭いな。」
「やっぱりか。こんなのガキでも分かるっての。」
乱暴に膝を抱え、クリスはぎろりと弦十郎を睨む。
「でもあたしは話さない。これはあたしと、あたしの…母親、が引き起こした出来事なんだ。親のケジメは、あたしがつける。」
「フィーネが、母親か。捨てられたのに?」
「ああ。…あの時、攫われたあたしを誰も助けてくれなかった。でもフィーネは、たとえ道具としてても、あたしの事をすくい上げてくれた。」
「─君は、本当に。」
「カ・ディンギル。これだけだ。あたしが言えるのは。」
離れた場所からこちらを見る弦十郎の答えを聞くことなく、彼女は一人で歩き去る。投げられた端末を後ろ手でキャッチし、そのままに。
「カ・ディンギル…なんだ、それは…」
『櫻井博士にでも聞いてみます?』
そうだな、と返事を返す。
●
「フィーネのやつ、何がしたいんだか…」
公園のベンチで黄昏ながら、ガシガシと頭を掻きむしる。考えても答えが出ないのは分かりきっている。どこか静かな場所で思考したいところだがそんな場所は無い。
クリスの居場所はとうの昔に失われたまま。フィーネの屋敷も爆散して使えない。金も無い。故に、根無し草の彼女が選んだのは…
「…クリス、ちゃん?」
「その…なんだ、頼む!あたしを匿ってくれ!」
「匿うって…フィーネさんは?」
「家は吹き飛んじまったよ!」
「え、えっと響?とりあえず部屋に入れてあげようよ?」
リディアン音楽院の学生寮に忍び込むことであった。
///
「あー、雪音クリスだ。」
「ちゃんとした自己紹介はまだだったよね。小日向未来です。よろしくね、クリスちゃん。」
「お、おう。」
差し出された右手は予想外に暖かく、陸上部だという彼女の体温の高さに驚かされた。気付けば響は未来の膝枕で爆睡していた。殴りそうになる拳をグッと堪えた。偉いぞクリス。あたしは我慢出来る良い子だ。
「それで、どうやってここに忍び込めたの?結構セキュリティは厳しいと思ったんだけど…」
「そうか?入り口で誰にも止められなかったし、そのまま入ってきたぞ?」
「え?」
「え?」
弦十郎の根回しである。
「おっほん、それじゃ、よろしくね。」
「い、良いのか?自分で言うのもなんだけど、押しかけてきたんだぞ?」
「えーと、響が入れてあげてってうるさくて…」
「コイツが?」
ぐーすかぴー、と呑気な寝顔を晒す彼女の頬を突っつきながら、未来はにっこりと笑って見せた。
「いつも自分のことなんか二の次で、誰かのために〜って言ってる響が珍しく真面目だったんだもん。しょうがないよ。」
「誰かのために、か。」
無防備な寝顔は、そんなことを考えているようには見えないが。
「…ありがとな。」
自分の事を思ってくれている人がいるというのは、嬉しかった。
次回後編!乞うご期待!
【今作のクリス】
・原作よりもマイルドなフィーネに保護されたので他人への警戒感は薄め。(特に未成年)
・ちゃんと過去を受け止められている。前話で393とビッキーがあれこれ世話を焼いてあげたらしい。
IFクリス+原作クリスみたいな。
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第22話 フィーネとクリス(後編)
んじゃ後編、行ってみようか!
「カ・ディンギル、とは何だ…」
「こんな時に了子さんが居ればねぇ…まだ連絡付かないのかよ?」
「ええ。電話しても留守電に繋がるだけ。全くの音信不通ね。」
「GPSも反応無し。何があったんだか…」
「そもそも了子さんってどこに住んでるんですか?僕も知らないんですけど。」
「「「「えっ」」」」
「うぅむ…」
頭を抱えて悩むのは二課の大人たちと、奏と翼。さらっととんでもない情報が出てきた気もするが気にしない。
「最後に確認されたのは、仮称『フィーネの屋敷』か。」
「はい。ちょうど、司令が一人で勝手に出ていった日ですね。」
「あー、アレだろ?アイツ。えーと…」
「雪音クリスね。彼女を追っていたのですか?」
「ああ。だが彼女は…全て一人で解決するつもりらしい。」
あの時感じたのは、不退転の覚悟。少女には不釣り合いなまでのそれは、生半可な気持ちでは曲げることが出来ないだろう。最近では響と未来の部屋に居るらしいが、それでもノイズの出現警報が鳴り響く度に一人で出撃しているようだ。
「あんな戦い方じゃ身体、壊しちゃうわ。」
「あおいの言う通り。なるべく彼女のサポートをすべきてはないかと思ってな。通信機は渡してあるから、二人にはクリスくんの援護、または彼女との共同戦線を任せたい。」
いつになく真剣な彼の顔。そこには理由がある。
クリスが攫われた時、真っ先に飛び出したのは弦十郎だった。少女が攫われて、みすみす見逃せと言うのか。そう叫んでいた彼の姿を、翼はよく覚えている。結局、彼がバルベルデまで行くことは叶わずクリスはそのまま行方不明となった。つまりはクリスへの負い目だ。
「俺には…戦う力が無い。だからお前たちに任せるしかない。すまない。」
心底から悔しそうに拳を握り、彼は頭を下げる。自分よりも年上の男性に頭を下げさせる趣味は二人には無く、慌てて頷いてみせる。
「任せてください。私も、奏も、共に戦う
「ま、翼がそう言うならしょうがねぇな。…まったく、どいつもこいつも事情持ちで嫌になっちまう。」
「それは…」
「────お客様のお出ましか?」
司令室の入口に視線を向け、奏は突然ガングニールを起動させる。槍は形成せずとも、両手を構えてそちらを睨む。未だ開かぬその扉に不審感を抱いたのか、翼が近づいて行く。
「どうしたの奏、ここには誰も…」
「そこを退け、翼ァ!」
奏の叫びが、彼女の命を救った。
扉の向こう側から突き出た
「翼!…慎次!応急処置だ!」
「了解しました!」
「なんだなんだぁ!?」
「言ったろうが。
表情は消え、両手を合わせて槍を形成。室内戦でも取り扱いやすいようにショートスピアとし、奏は扉の先を見やる。
「──流石は、天羽奏。」
「昔っから野生のカンはあるんだよ。悪いな。」
「
「──は、私の正体を理解して尚、そう言うか。」
「んじゃこう言えばいいのか?フィーネ。」
「そう。それでいい。私の名は櫻井了子などでは無い。フィーネ、終わりの名を持つ者である。」
ざわり、と空気が蠢いた。そんな気がした。気を失った翼と職員を守るように立つ弦十郎は、こちらに背中を向ける奏の存在感が一回り大きくなったような錯覚を得る。
「ってことは、お前が全ての元凶なんだな。」
「そうかもしれん──」
びゅん、と音が鳴った時には、朧気なフィーネの身体の輪郭に槍が突き刺さっていた。ノーモーションでの投擲。的確に胸元をブチ抜いたまま、ガングニールは廊下の壁に突き立つ。
「悪いな、もうテメェの顔見たくねぇわ。──紫羽をやったのも、テメェって訳だもんな。」
「ふ、はは。迷いなく人を殺すか、天羽奏。」
「黙れよ。人間やめてるくせに。」
ゆらり、と立ち上がるのはフィーネ。その身に纏うは、黄金の鎧。カラーリングこそ違えど、その形状は見間違えるはずもない。
「ネフシュタンまで使って、本気かよ。」
「この身をネフシュタンと同化させるまでには至らんかったがな。」
クリスが使い、フィーネが奪い去ったそれ。持ち主を巻き込んだ再生能力を持つ不滅の鎧、ネフシュタンを携えてフィーネは奏の前に立ちはだかる。
完全聖遺物と、聖遺物の欠片。どちらが勝るかは一目瞭然であるはずなのだが、奏には原因不明の出力上昇がある。文字通りの限界突破は、クリスの操るネフシュタンと同等のパワーを発揮するに至っていた。
「ってことは痛みもあるって訳だ。えぇ?」
「──ふ、は。この程度で、私は止まらぬ。」
「その割にはフラフラしてんなぁ。」
槍を回収せんと奏はフィーネとの距離を詰める。再生による痛みが存在するのは、クリスと響の会話で確認済みだ。フィーネが人間である以上、再生時の痛覚は避けては通れない道である。
「言ったであろうが。私は止まらぬと。」
「……キッめェな!」
殴りかかった奏は、直感を頼りに上体を反らす。喉元のあった場所を通過するのは、こちらも再生した鞭だ。涼しい顔でそれを振り回すフィーネは、痛みを感じている様子が無い。
「ほんとに人間やめてねぇかよ──っと!」
「無論。私の意識が覚醒した段階で、
「この肉体…?何言ってんだお前。」
投げ返された槍を掴み、そのままバックハンドで叩きつける。片手を犠牲にそれを防いで、フィーネはそのまま奏を廊下へ放り投げた。背中を強打──するはずもなく、奏は両手を突いて倒立。足を大きく回してフィーネの顔面に爪先を抉り込む。奇しくもその技は、翼が使う逆羅刹と同じであった。
「こんだけやって、まだ効かないとか…マジかよ。」
「私は、私であることを捨てた。『櫻井了子』という人間こそ居れど、『櫻井了子』の魂は既に無い。」
「オカルト方面の話はゴメンでね。」
話はスルー。いつの間にか生成したスピアを回して握り直し、奏はフィーネに向かって突き進む。その突進を避けようともせず、フィーネは
「今になって痛くなりました、なんて言わないよな?」
「いいや、狙い通りだよ。」
「言ってろカスが。」
戦闘中に口が悪くなるのは奏の悪い癖だ。紫羽を失ってからはそれが顕著になっている。スピアを構えて奏はフィーネを睨む。まだ何かを隠している…そんな確信めいた予感があったから。
「ふはは、弱い犬ほど何とやらだ。」
「──殺す。」
だん、と音を立てた時には、奏の姿はフィーネの眼前にあった。容赦なく叩きつけられたスピアを防いだフィーネは、そのままエレベーターシャフトへと落ちていく。
「呆気ねぇな…」
くるりと背を向けて奏が歩き去ろうとしたその時。
『起動せよ。』
「…まさか、まだ生きてッ!」
聞こえた声に反応し、振り向けただけでも僥倖だった。
突然本部が振動し、エレベーターシャフトから音を立てて何かが上昇していく。内側からそれを見ることは出来ず、奏はただ司令室へ向かうことしか出来なかった。
●
「ふへぇ…」
時は少し遡る。だらしない顔をしながら床に転がるのは雪音クリス。豊満な胸部装甲を揺らしながら、彼女は昼寝に勤しんでいた。ぶっちゃけ暇人である。ノイズの出現が分かれば飛び起きるものの、それ以外はこんな感じで惰眠を貪っている。
「うまぴょい…はっ!?」
尻尾と耳を生やして髪を下ろした自分が、響と同じかそれ以上の食事を食べる──そんな恐ろしい夢(クリスの意見であるが)を見た彼女は、顔を若干青くしながら跳ね起きる。なんだあの恐ろしいまでの食事量は。おぞましいものでも見たかのような反応であった。
「夢かよ紛らわしい!…ふわ、ぁ…ったく、昨日のは何時だったんだよ…眠くてしょうがねぇじゃねぇか…くぁ…」
寝不足の原因は深夜に現れたノイズ。的確に深夜を狙ったノイズの出現は、まるで1人で戦うクリスを嘲笑っているようだった。
「ねみ…い…ぐぅ。」
ここ数日、信頼出来る友人たちと出会えたことで安心したのだろうか。クリスはひとしきり唸った後にまた眠ってしまった。
「ん、お、わぁぁぁぁぁぁ!?」
だがそんな平穏は一瞬で崩れ去る。リディアン付近で発生した局地的地震(大本営発表)によって叩き起されたクリスは、眉間に皺を寄せながら部屋の隅で震えていた。地震は初めてであった。子猫のように身体を丸くして頭を抱える彼女だったが、振動が収まったところで部屋の中心に仁王立ち。
「へ、へへ。あたし様はこんなの怖くねぇからな。」
無論嘘である。足は産まれたての小鹿のように小刻みに震え、青い顔をしながら脂汗を垂らしている姿は到底余裕があるようには見えなかった。
「なんだよさっきの…」
「クリスちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
「響、早く!」
「んん!?」
しょぼしょぼした目を瞬かせ、クリスは部屋に飛び込んできた二人を受け止める。その胸は豊満であった。ガイアのような包容力、そしてまるで低反発クッションであるかのような柔らかさ。宇宙の真理、その一部を悟ったかのように真顔で黙り込んでしまった響と未来。
無言で胸を抑える二人だったが、しばらくすると我に返ったように叫び始めた。キラリと光る涙が見えたような気もするが、クリスには何のことか分からなかった。
「違うの!学院の中にノイズが出てきて…」
「クリスちゃんも早くシェルターに…」
「──ああ、そうか。」
「え?どうしたのクリスちゃ…ッ!」
「響、クリスちゃんを連れて早く──」
目の前で騒ぐ二人。行くあてのない己を引き取って部屋に置いてくれた、命の恩人だろうか。この国には一宿一飯の恩、という言葉があるらしいから、そのぐらいは働かねばなるまい。
二人の間をすり抜け、部屋を飛び出して彼女は駆ける。通り抜ける時、響の泣きそうな顔が目に入った。悪い、と呟いて彼女は走り続ける。
「カ・ディンギル…月を穿つか、フィーネ…!」
屹立する塔を見上げてクリスは赤いギアを纏う。時々こちらを援護しにやって来る青とオレンジは居ない。正真正銘、たった一人だけの戦場だ。誰を襲うわけでもなく蠢くノイズは、彼女の到来を待っていたかのように動き始める。
「やっぱりあたしは一人なんだ。誰かと一緒に、なんて考えちゃいけなかったんだ。そう、あたしは、どこまでも、一人。」
ガトリングを形成して横薙ぎ一閃。
「高嶺の花には誰も届かねぇ…一輪で咲き誇るんだ。」
ミサイルを放って、校舎へ向かおうとしたノイズを撃破。
「だから、あたしは──ッ!」
「いいえ、貴方は何者にもなれないまま、ずっと一人なの。」
「ようやくお出ましか、フィーネ。」
ぎろりと睨むのは銀の少女。
何処吹く風と佇むのは金の美女。
「あたしは…あんたのこと、母親だと思ってたんだ。拾ってから今まで、どっかでそう思ってたんだよ。なぁフィーネ。あたしのこの思いは、間違ってるのかよ。」
「ああ。間違っている。」
「お前を娘と思ったことは、一度もない。」
「……そうか。」
けたたましい音を立てながら、構えるガトリング砲がノイズを粉砕する。文字通りの面制圧。一筋だけ、銀のラインを頬に付けながらもクリスは進む。響のように一直線ではなく、翼のように流麗ではなく、奏のように苛烈でなく。彼女はただ無感情に、全てを粉砕していく。
「一人でもよくやるものだ。──だが、私には届かない。」
振るわれた鞭を避けることは出来なかった。
「うっぐ…げほ!」
「そこで座して見ているが良い。私の悲願が成就する瞬間をッ!」
カ・ディンギル。二課本部のエレベーターシャフトを用いた巨大な荷電粒子砲は、ただ月を破壊するというフィーネの野望のために作られた。
「させっかよ…」
「何故。何故立ち上がる。無駄と分かって何故。」
「無駄だって、分かってないよ。あたしは、あたしの母親の仕出かした事、あたしが仕出かした事、全部ひっくるめて背負っていくんだ。」
『クリスちゃんが、今したいことって何?』
『ああ、お母さんに…』
『だったら!最短で、最速で、真っ直ぐに!』
『うん。そうだね。』
『『想いをぶつけてしまえばいい!』』
「あたしは、あんたを止める。これがあたしのしたいことだ。」
「──ほう。」
「頭の中ぐちゃぐちゃだ。何がしたいのか、もうわっかんねぇ。でも、フィーネがあたしの母親みたいなのは確かなんだ。だから、あたしは
迷いはある。でも、ここで止まってはいけない。
「フィーネ!あたしと戦えよ!」
「断る。私にその理由は無い。」
「──怖いのか。」
精一杯の挑発。口の端を釣り上げ、いつもの挑発的なクリスに戻ってから。彼女はフィーネを、煽ってみせる。プライドだけは一人前どころか無駄に高い女だから。
「なんだと?」
「来いよ。近接戦ならそっちのが有利だろ?それとも何だ、私に近接戦で負けるのが怖いっての?」
「ふ、ははは。ははははは。ははははははははは!」
顔を覆ってフィーネは笑う。
「怖い?馬鹿め。貴様など路傍の石にすら及ばん。」
「その割にはあたしから距離取ってるように見えるなぁー???」
ぶちん。
「貴様など怖くないといっておろうが!!ええい鞭など不要ッ!!」
「クリスッッッッ!!ブチ殺してくれるッッッッ!!」
「あっ、やべっ」
憤怒に染まった顔を向け、鞭を引きちぎったフィーネはクリスに突っ込んでくる。
「素直じゃないなぁ、フィーネ。」
対するクリスは好戦的な笑みを浮かべる。
決して冷や汗などかいていない。
決して。
「誰が素直じゃないだ貴様ァ!」
「聞こえてんのかよ…」
「ようやく戦場から引きはがせたと思ったのに!」
「えっ」
「あっ」
次回。
「クリスちゃん!お待たせ!」
「待て、何だそれは」
「これが、私の、シンフォギアだぁぁぁぁぁぁ!」
「さよなら。」
第23話、「母娘」
翼(私、どうなったの?)
奏「お前ずっと寝てんじゃん」
響「あれ?無印のシナリオって…」
未「そもそも奏さんが生きてるからね。」
弦「かなり変化してないか。」
ク「あたし、丸くなってねぇか…」
フ「私はこんなにポンコツじゃない…」
慎「僕の諜報能力舐められてませんか。」
朔「なんで全員集合なんだよ。」
あ「気にしないの。小さい男は嫌われるわよ。」
紫「そうそう、もっと余裕を見せなさい。」
ん?
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第23話 母娘
すまん!作者のモチベが低下気味なんだ!
シリアル&駆け足だけど許してくれな!
なにせ唐突に書き始めた無印編なんだ。プロットも何もあったもんじゃなくてなぁ…G編はまだマシな展開になるかと思ってるから、許してやってくれ。
追記
展開の関係上、最後の会話を改変。
「フィーネ。」
「知らぬ。」
「なぁ。」
「知らぬ。」
「今なんて」
「知らぬわ!黙れ!」
クリスは生ぬるい視線をフィーネに向ける。彼女がぽろりと零した一言を聞き逃すはずもなく、クリスは変わらずフィーネを見る。鋭い眼光は保たれているものの、その威圧感はいくらかマシになったように感じられた。
「なぁ、フィーネ。」
「──穿て、ディンギル。」
呟く声に呼応して、屹立する塔が光を放つ。クリスには知る由もないが、そのエネルギー源は不朽の名剣デュランダル。完全聖遺物のポテンシャルを遺憾無く発揮し、デュランダルは莫大なエネルギーを供給し続ける。
「まさか、本当にやるつもりかッ!」
「これこそ我が悲願故に。」
眩いまでの光が、月に向かって放たれる…直前。
「逃げんなァァァァァァァ!」
「うわぁぁぁ!?」
「しつこい奴め!」
カ・ディンギルの先端から飛び出したのはもう一人のシンフォギア装者。特徴的な橙の髪を靡かせ、本来の大きさに生成し直した槍をぶん投げた奏は勢いのままにクリスの真横へ着地。
「なぁ、槍防がれてんぞ。」
「マジか…」
「この程度で私を止めるなど笑止千万!欠片が集まったところで完全聖遺物には勝てぬと…」
「たりゃあああああああ!」
どご、と人体から聞こえてはいけない鈍い音を響かせ、フィーネは縦回転しながらディンギルに突っ込んだ。そんなギャグのような光景を作り出したのは、奏のガングニールを胸に宿す少女、立花響だ。
「あれ?今の人って…」
「お前、そんなパワー型だったのか…」
「何してんだよ!未来はどうし──」
「未来はシェルターにいる。大丈夫、私と居るよりも安心出来る。私は避難誘導とかって言って抜けてきたよ。」
案外しっかり考えていたらしい。どこかの響とは大違いだ。
「んで、どうすんだよ。」
奏が親指で示す先、瓦礫の中から顔を引っこ抜いたフィーネが居た。その表情は怒りを通り越して虚無。全くの無表情で響たちを見つめながら、フィーネは無言で親指を下に向けた。
「あ、あの…なんか違うような気がするんですけど…」
「あのぐらいでいいや。ざまぁないぜ。」
「フィーネが限界越えるとこうなるんだな…」
「私を弄ぶのもいい加減にしておけよ小娘共が…!」
身を震わせ、瓦礫を弾き飛ばしながらフィーネが膝立ちになり──
「動けぬ、だと…!?」
「まさか、影縫い!」
「緒川さんですか!」
「私を忘れてもらっちゃ…困るわね…!」
弦十郎が肩を貸しているものの、重症を負ったはずの翼がそこに立っていた。巻かれた包帯が痛々しいものの、顔色は悪くない。フィーネに視線を向けて歩きながら、彼女はギアを起動する。
「翼さん、その傷じゃ…」
「大丈夫。」
「紫羽はもっと酷かった…ってか。はぁ…しょうがねぇな。無理だと思えばすぐ退けよ。」
「ええ。」
「ああああああ貴様らぁぁぁぁぁぁぁ!」
「本当にキレた。」
「あたしでも初めて見たぞ。」
「え、えーと、フィーネさん?覚悟です!」
「響…まさか知らないの?フィーネは櫻井女史なのよ?」
「えっ」
〜
という訳で
「誰と話してんだよバカ!」
「いや!なんか電波を受信しちゃって…」
「話す暇があったらノイズをぶっ倒すんだよ!!」
「奏ェ!」
「なぁんだよ翼!」
半ギレの翼が示したのは、リディアンに集まっていくノイズたちの姿。限定解除を果たした装者たちが見据える先、巨大な龍となっていくフィーネ/櫻井了子が、その手に携えた不朽の名剣デュランダルを振るう。彼女の逆鱗に触れてしまったらしいが、特に何も覚えのない四人は容赦無く攻撃を繰り返す。
『効かぬと言っておろうに!』
「知るか!」
「姉様なら、こんな所で退きなどしない!奏!」
「おう!行ってこい翼ぁ!」
奏は限定解除されたガングニールの槍を構える。穂先に飛び乗るのは、刀を構えた翼。呆気にとられる響とクリスを置き去りにして、二人は容赦無く攻撃を続ける。奏がぶん投げた槍から、多段ロケットのように飛び出した翼は竜の胸元を切り裂いた。
「二人とも!」
「は、はい!」
「ちょっせえ!!」
ミサイルを発射し、ガトリングを連射するクリス。対して遠距離攻撃手段を持たない響は、弾かれるようにフィーネとの距離を詰めていく。ついに飛び出したデュランダルを掴み取り、響はそのままそれを振り下ろし——
「待ってくれ!響ッ!」
フィーネを完全に断ち切る寸前で、その刃を止めた。彼女を止めた声の主は、赤いギア、イチイバルを身に纏う装者。フィーネの子飼いとして二課と敵対し、幾度となく刃を交えた雪音クリス。その人だった。
「どんな姿で、どんな性格でも、そいつは…フィーネは!あたしの家族なんだ!だから頼む!そいつを…フィーネを!殺さないでくれ!頼むから…!」
「クリス…」
「クリスちゃん…」
フィーネも、響も、呆気にとられて動きを止める。両親を失い、テロリストに拉致されたクリスを(目的達成の道具としてだが)保護し、ここまで育て上げたのは間違いなくフィーネだ。愛憎入り混じった複雑な表情で二人を見るクリスは、それでも目に涙を浮かべていた。
痛みだけが人を繋げると言われ、ネフシュタンの欠片の除去に痛い思いをした/冷たいコンクリートと薄い毛布じゃなく、暖かい布団とベッドをくれた。
最後には捨てられたかもしれないが、彼女にとって最も近い位置にいたのはフィーネ。そしてそのフィーネ自身も、クリスのことを娘のように感じていた部分はあった。遠い遠い昔、まだ『フィーネ』が先史文明の巫女であった時のこと。己の寿命が尽きるその前に、思い人との娘を得ようとした結果生まれた、己のクローン。娘と呼んだこともあったその個体は、己と思い人との恋を成就させた後。
『い、きて——』
アヌンナキの一柱に、無残にも殺された。なまじ己もパートナーも可愛がっていただけに、その悲しみは大きかった。大きすぎた。故に二人は、彼女を殺した相手に復讐を誓い、そして、負けた。パートナーは致命傷を負い、この星を去ってしまった。
娘を殺した、憎き相手。奴はこの星を改造し己のものにしようと考えていたのだ。それに反発した者たちと戦い、
フィーネがカ・ディンギルを建設したのは、奴を殺すため。己のパートナーを退去させ、娘を殺したその神は、
クリスは、復讐の準備、その前段階に過ぎない。その第一段階として荷電粒子砲を用いた。そして第二段階目として神殺しのガングニールを用意し、奴を殺す。そのためのシンフォギア・システムだ。すでに種は蒔いた。芽吹くのを待っていた時に『これ』だ。
「私は親ではない。——私を生かしたところで何になる。もはや後には退けぬ。私は私の悲願を成就するだけなのだから。そして私に必要なのは、もはやガングニールのみ…融合症例のデータは十分に集まった。
「
「いいや違う。天羽奏、お前のガングニールこそが、我が計画の本懐なのだから。」
「奏の、ガングニール?」
「私は!私の娘を殺した彼奴を許さない!だからこそ必要なのだ!貴様の持つ神殺しが!」
「私は、神を殺すのだ!それが、私の娘への葬いとなるのだから!」
「——むす、め?」
「私のクローンでもあったが、
「そう、私の娘も、お前のようだったのだよ。
フィーネが浮かべたのは、今までとは全く異なる笑み。家族に向けるはずの、柔らかな微笑みがそこにはあった。
「いつからだったかしら。貴方の事を、本当の娘のように思ったのは。」
「雪音が、フィーネの…」
「だったら!」
剣を構え、その切っ先をフィーネに向けたまま響が叫ぶ。己の家族は、一度崩壊しかかった。持ち直したとは言え、その関係は冷え切ったものとなり、しばらく未来の家に逃げたこともあった。そんな響だからこそ、親と娘という関係には敏感なのかもしれない。
「だったら!どうしてあんな仕打ちを!」
「不要だったからだ。」
「違う!そんなはずは無い!」
「いいや不要だったからだ!これは、私の復讐なのだ!誰かに関わらせる?以ての外!」
「——もういいです。」
剣を後ろにぶん投げる。回転しながら飛んだ剣は、棒立ちだった装者たちの真ん中に突き刺さった。ぎ、ぎ、ぎ、と油の切れた人形のようにデュランダルを見た三人は、揃って響を見た。
「ちょっと、痛い目、見てください。」
地獄の底から響くような、おどろおどろしい声を出した響。ガチンガチンと両拳を打ち付けあってフィーネを睨む。ともすると暴走状態よりも恐ろしいまでの覇気を放つ彼女に気圧されたのか、ネフシュタンを纏っているはずのフィーネですら、顔を青くした。
「…………………なぁ響、手加減ぐらい、頼むな?」
「出来たらね。」
にっっっっっっっこりと笑ってクリスを見た響。目を細めて口角を上げる。笑顔の基本であるはずなのに、笑顔に見えない不思議。響を怒らせるとどうなるか分からない──後に未来が語った言葉である。
「小娘一人で私に勝てると。」
「おぉっとここで立花響、まさかの全力右ストレート!」
「思い切りの良い一撃ですね。あまりのスピードに、さしものフィーネも対応が遅れたようです。」
「なんか始まったぞオイ。」
鳩尾に重い一撃。人の身で出せるとは思えないその拳を食らいながらも、フィーネの有利は変わらない。ネフシュタンによる再生能力と、カットされた痛覚。人外の領域に足をかけた彼女にしか耐えられないだろうそれを放った響は、引き絞った左手を突き出す。
「見えてい…」
「ん!?立花響ここで左手の一撃を外した!?」
「違うわね。そのまま頭を持って…」
「うわぁ、膝入ったな…」
左手で頭を抱え、突き上げた左膝を顔面に叩き込む。常人よりも頑丈に出来ているのか、さしたる外傷も受けないフィーネだったが、その足元が覚束無い様子だ。脳震盪だろうか。
「待て、なんだそれは…」
「はい次いってみよう。」
「奏、武器の譲渡はレギュレーション違反よ。」
「うわぁ…」
奏がぶん投げたガングニールのアームドギアをぶんぶん振り回し、響はフィーネに飛びかかる。鞭を振るって近づけまいとした時には既に遅く、手加減など考えていないであろう響の鋭い一撃が彼女に突き刺さる。
「これが私の…シンフォギアだぁぁぁぁぁぁぁ!」
「勝ったッ!無印編完ッ!!」
「あなたは何を言っているの。」
「めちゃくちゃだぁ…」
何故か締まらない結末であったが、ようやくフィーネは倒れた。力尽きて地に臥せる彼女を見て、クリスは愛憎入り混じった複雑な表情を向ける。
「フィーネ…どうしてあたしを…」
「私は、月を…穿てなかったか。」
仰向けに手を伸ばす。伸びる腕の先、伸ばせば掴めそうな場所に月がある。月が欠けているかどうかは、フィーネにとっては些事。彼女にとって大事なのは、月面のとある場所を破壊できているかどうか。さしもの彼女でもそれを確認する術はなく、しかし未だに装者たちが話し合っているのを見る。つまり。
「失敗したか…まぁ、もう良いかもしれんな。」
「何をしようとしたんだよ。なぁ。教えろ。早くッ!」
「まだその時じゃない。貴女に教えるのは
「じゃ、じゃああたしを拾った理由は…」
「娘に、似ていたのよ。」
「フィーネに」
「娘が」
「居たってか」
「フィーネさん、結婚してたんですか!?」
「いや、少し違うな。あれは──」
〜
「じゃあ、クリスちゃんはその子にそっくりだったと。」
「面影を勝手に重ねていただけよ。私のエゴに過ぎない…ッ!」
「フィーネ!?」
先程までの気迫はどこへやら、穏やかな表情で横たわるフィーネだったが、突然身体を捩らせる。ネフシュタンの再生能力はあれど痛覚は存在しないはず。ただただ考えてクリスは両手をぐるぐると回し続ける。
「ネフシュタンは、再生する度に…持ち主の身体を侵食していく…っ!痛みが
「ど、どうすんだよ!」
「クリスちゃーん!みなさーん!デュランダル持ってきましたよ…」
片手に持ったそれを振り回しながら走り寄る響。嫌な予感がした奏と翼は慌てて響を止めようとするが、時すでに遅し。お約束の展開であるかのように、響は何も無い場所で足をもつれさせた。
「あっ」
「「待てぇぇぇぇぇ!!」」
「ん?」
「えっちょっ待っ」
結論から言うと、デュランダルとネフシュタンは破片を残して対消滅を起こし大部分が喪失された。後日、響はめちゃくちゃ怒られた。
●
「なぁ、結局さ。あたしのことはどう思ってたんだよ。」
カ・ディンギルから放たれた一撃はクリスと奏が全力で食い止めたため、月への被害は無し。実質的にはフィーネの一人負けだろうか。事態の収束のために、二課は大忙しだった。翼の父、八紘の力がなければ今頃職員たちはエナドリ漬けの日々を送っていただろう。
しかしその中でも特徴的なのが、ぎゃあぎゃあと叫ぶ電話越しの高官たちを宥めすかす弦十郎と、その後ろで正座させられている響。先程までありとあらゆる人物から説教を受けていた彼女だったが、やはりと言うべきか大トリは二課司令の弦十郎。しかし最後は『事故だからしょうがなかったな』で済ませてしまうあたり、彼の懐の深さは計り知れないのだろう。
「それを言うのは、もう少し先かしらね?」
「先延ばしかよ。」
翼と奏は今日も今日とてアイドル活動中。先日のステージでは海外ライブの計画もカミングアウトし、その人気は留まることを知らない。今や世界に羽ばたく二人の背中を初めに押したのが一体誰なのか…それは、クリスと響には分からない。
「歌、好きになれたの?」
「──まぁな。少なくとも、嫌いじゃなくなったよ。」
そう、と返して差し出されたマグカップを呷る。話し込んでしまって冷めているが、むしろこのくらいが丁度いい。喉を鳴らし一息に飲み干して、フィーネ──櫻井了子は隣でぴこぴこと動く銀髪を撫でる。
「それは良かった。」
「良かった、じゃねぇよ。──まだまだ、これからだ。」
ぐっと握った拳を見下ろす、
「本当に、良かった。」
──貴女に、普通の暮らしをさせてあげられそうで。
苦い記憶から、素直になって向き合うことを止めていたクリスへの包み隠さぬ感情。それはただただ、娘の多幸を願う母親のものだった。
しかしクリスは、まだまだ幸せな世界を知らない。故に、私が何とかしてやらねばならぬ。ふと、家族を守ると言っていた、今は会えない彼女の言葉が少しだけ分かった気がした。
「なるほどね。弦十郎クンや二人だけじゃなくて、私もすっかり毒されていたってこと。罪作りな女ねぇ。紫羽ちゃん。」
今日の仕事が終わったのだろうか、翼と奏がエレベーターから飛び出してくる。素直になったクリスのことを妹のように可愛がる二人は、やはり以前とは異なっていた。家族には良い思い出がほとんど無かったクリスには、新鮮に写っているのだろうか。
「ん?クリスお前…ちょっと太っ」
「違ぇよ!」
「奏、これは違うわ。恐らく装者の中では最強レベルなのよ。」
「…おぉ、ほんとだ。」
「おいこら止めろ!女同士でもセクハラってあるんだぞ!」
「奏さん…それを堪能していいのは私と未来だけなんですよ…!」
正座から開放された響も乱入し、クリスは三人の中でもみくちゃにされてしまう。楽しげな声が響く中、了子は遠目から四人を眺めていた。
「〜〜〜〜〜〜っ!もう!いい加減にしろぉ!」
「あっ逃げやがった。」
「私より、おっきかった。」
「つ、翼さん!?」
顔を真っ赤にしたクリスが走り去り、残された三人が意味不明な言葉を呟く。内容を聞いた途端、フィーネは全力でクリスのフォローに走った。その後、正座する響たちが見られたとか。
「本当にやるんだな。」
「ええ。月によって崩壊する世界を救うのが、私のような英雄の仕事ですからねぇ。」
「ならば止めはしない。だがな。」
「彼女たちに害を与えてみろ。
「ヒィッ!?」
「世界を救う為、世界を脅かしたフィーネの力を奪い取るか…これだから人間は愚かなのだ。永遠に身内食いでもしているのかと思ってしまう。後は頼んだぞ、
「はい。頑張ります。」
「二課の装者は
「ええ。後はコレを使ってしまえばジ・エンドです。」
「いつ見ても醜悪な怪物だな。ネフィリム。」
次回、G編突入の第24話。
無印はみんな書いてるからモチベが上がらなかったんや…あと紫羽ちゃんはよ出したい(願望)
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第四章 再臨、ヴィマーナ
第24話 新たなる
よろしくお願いね。
「…なぁ、あたし達ってさ。」
「うん。」
「ソロモンの杖、護送作戦してる途中だよな。」
「そうだね。」
「やたら豪華じゃないかここ。」
「なんか…了子さんが手配したらしいよ。」
「そっかぁ…」
死んだ目のクリスと、虚ろな表情で斜め上を見る響。二人は今、ソロモンの杖をアメリカへ引き渡すための護送作戦中である。フィーネは最後の最後まで引渡しを渋ったものの、上からの圧力と弦十郎が頭を下げたことで渋々ながら認めることとなった。
そんな訳で二人は貨物列車の中、ある車両の中に腰を下ろしていた。連結されているのは、何故か客車。やたらと振動が伝わってこない上に応接間のような内装だった。翼や奏ならともかく、場馴れしていない二人にはあまりにも絢爛すぎた。
「あー、ウェル博士…だったっけ?あんたはそれを、何に使うつもりなんだ?自在にノイズを操れるっつっても、出しちまえばそれだけで犯罪者になるんだぞ。」
「それについては問題ありません。完全聖遺物そのものを研究しようと考えていますから。本音はネフシュタンの再生能力も調べてみたかったのですが…まぁ無いものは仕方ありませんからね。」
「その研究内容ってのは。」
「申し訳ないのですが、守秘義務がありまして。お教え出来ません。」
間違いなく世界を救う研究なんですけどねぇ、と彼はため息と共に頬杖をつく。物憂げな表情と相まって、その仕草は彼が本当に残念に思っているように見えた。
専門的な知識は無い響と、保護者の影響で僅かながらそういった知識を持ち合わせるクリス。ウェル博士が何をしているかは理解できないが、世界を救うという言葉を放った瞬間の雰囲気は、間違いなく本気だった。
「まぁ、平和利用するという条件で日本も引き渡した訳ですし…」
「そうですね。これで安心というわけで…」
弛緩した空気を咎めるか、または引き締めるように二人の通信機が鳴り響く。ノイズ出現の報だ。ソロモンの杖を狙っているのか、飛行型と思われるその反応は一直線にこの列車目掛けてやって来ているらしい。
慌てて立ち上がってギアを纏い、ウェル博士を護衛するように二人は立ち上がる。彼の手に握られたアタッシュケースの中には、サクリストS…ソロモンの杖が収められているのだから。
「博士は響が。ノイズはあたしがやる。」
「合点承知ッ!」
今までの訓練で生まれたフォーメーションは使えそうにない。瞬時の状況判断に優れるクリスは、飛行型には有効打を持たない響を後衛に置く布陣を取る。慌てて列車前方へ走っていく三人だったが、貨物車の途中でノイズが車両に突き刺さる。
「ひぃぃぃ!?」
「博士、早く前へ!」
(何かおかしい…さては位相差障壁使ってねぇな。)
扉を開いてガトリング砲を斉射。いくつかのノイズを叩き落としてから、クリスは違和感の正体を確かめんとミサイルを発射した。いずれも近接信管で、直撃せねばダメージを与えられないノイズには意味の無い物だが…
「やっぱりな!」
『クリス、何か分かった?』
「フィ…了子さんか!」
通信機の向こう側、恐らくクリスにだけ繋いできたであろう了子の声に顔を綻ばせる。今も忙しなくキーボードを叩いているのだろうか、と考えながらクリスは響と合流せんと走り出す。
「あいつら、位相差障壁を使ってねぇんだ!あくまで目的はあたし達じゃねぇ!この列車の破壊とかそんな感じだあれは!」
『ありがとう、位相差障壁が無いならただの的よね。」
「え、ちょフィーネ!?なんでここに!」
「心配だったのよしょうがないでしょう!?」
両拳を握って上下に振る。駄々っ子のようなその仕草に頭を抑えたクリスは、こちらに接近するノイズの群れを発見。
「起きなさい、
「えっ」
背後から聞こえた声と、自分の真横をすり抜けて伸びていく見覚えのある鞭にその動きを止めた。デュランダルとネフシュタンは欠片を残して対消滅を起こしたはず。ならばどうして。そう考えてからクリスは笑みを浮かべる。
「シンフォギアか。」
「無論、そうなるな。」
並び立つのは金の鎧。以前のように刺々しい姿ではなく、クリスのようにインナースーツとアーマーといったシンフォギアらしい洗練を受けている。そう、欠片が残っているならばシンフォギアにしてしまえばいい。理論上はそうなのだが、実際にそうしてしまうあたりフィーネ/櫻井了子の技術力の高さが見え隠れしている。
「前に出る。」
「ま、そうだよな。任せろよ。」
ほとんど何も言わずとも、フォーメーションは決まる。フィーネとクリス、かつて敵対し、しかしその本心から母娘となった彼女たちがシンフォギアを纏ってノイズに相対する。
金は鞭を軽く振る。赤は拳銃を回転させる。長く一緒に居たからこその、無言のシンパシー。ひとたび関係が良好になってしまえば、そのコンビネーションは凶悪の一言に尽きるのだ。
「「行くぞ。」」
●
「それでは、任務はここで終了となります。
「ああ。──その力、間違っても戦いに使うなよ。」
「約束しましょう。」
少女と、博士。体格も知識も違うその二人は、互いに真剣な面持ちで握手を交わす。よく分かっていない響は、それでも神妙な顔を精一杯維持してクリスの隣に立ち続けた。
「終わった…のかな!」
「ああ。帰って寝たいなぁ…」
「ダメだよ!ツヴァイウイングのライブがあるんだから!」
迎えのヘリの中、疲れきったクリスは座席に身を沈めて目を閉じる。フィーネが居たとはいえ、ノイズの数は多かった。クリス一人では対処出来なかったかもしれない。
「ありがとな、フィーネ…」
「はぁい、クリス?呼んだかしら?」
「うわぁ!了子さん!?」
ヘリの助手席から顔を出したのは、茶髪に眼鏡の才女。ちろりと舌を出した彼女は、目を閉じて寝息を立てるクリスに柔らかな視線を向ける。
「頑張ったものね。二人ともお疲れ様。」
「…はい。お疲れ様、でした…」
慣れない護送作戦で疲れたのか、響の意識もそろそろ限界だ。こくりこくりと船を漕ぐ彼女は、それでも気合いで目を開いていたものの眠気に敗北。すぴょりと意識を落としてしまった。
「…弦十郎クン、どうしたの?」
『最悪の知らせだ。』
『ソロモンの杖が、何者かに奪われたらしい。米軍基地は大混乱、ウェル博士は死亡が確認された。』
「…本気なの。」
『ああ。現場に残されていた血痕や頭髪、服が彼のものと一致した。』
入ってきたのは予想外の知らせ。ウェル博士の内包する英雄願望は知っていたし、それが歪であることも理解していた。しかしその才能は間違いなくこの世界基準では天才の部類に入るし、フィーネも一目置いていた存在だった。それ故に今回の事件は、彼女に少なくない動揺を与えた。
「誰かが杖を狙ったと。」
『ああ。帰還し次第、緊急ミーティングを始める。』
切れてしまった通信機を握りしめながら、彼女は再び後ろを見る。互いに体重を預け合うように寄り添って寝る響とクリス。彼女たちに安息の日はあるのかと。そう、思って。
●
「はっきりした情報が分かるまでは待機命令…か。」
「ノイズの出現も少なくなってきているし、もしかすると杖が壊されたのかもしれないわよ?」
「だといいけど。」
数ヶ月前にアメリカでデビューし、一躍トップスタァ(何故かこう言わねばならない気がした。by翼)となったマリア・カデンツァヴナ・イヴ。彼女とのコラボレーションが実現したツヴァイウイングだったが、その心には暗雲が立ち込めている。
「響とクリスに任せっきりってのは…なぁ。」
「ええ。仕方ないのは分かっているのだけれど、それでも歯がゆいわね…何も出来ないままというのは。」
本番前、控え室で二人揃ってため息を一つ。一度舞台に立てば、その瞬間から二人はツヴァイウイングだ。こんな事でクヨクヨしている余裕はない。ぱちんと頬を叩いて意識を切り替え。ライブ前のルーティンをしようとした時、控え室の扉が鳴った。
「ん?どちら様かな?」
「どうぞ。」
「失礼するわ。」
入ってきたのは、今回のライブのもう一人の主役。デビュー数ヶ月で全米トップに躍り出た大型新人、マリアだ。圧倒的歌唱力で瞬く間にファンを獲得し、ツヴァイウイングの背を追うどころか並び立ったその才能には二人も感服している。
「マリア・カデンツァヴナ・イヴ…」
「おう、天羽奏だ。よろしくな。」
「もう名前は知ってもらえてるのね。嬉しい限りよ。改めて、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。今回はよろしくお願いするわ。」
「風鳴翼。こちらこそよろしく。」
ファーストコンタクトは上々といったところか。少しばかりの世間話をしたところで、ついに時間がやってきた。先の出番であるツヴァイウイングが走り去っていくのを見送って、マリアは一人胸に手を当てる。
「…ええ。やるのよマリア。」
●
「今日はありがとう。世界に名高いツヴァイウイングと共に、この舞台に立つことができて光栄だったわ。」
「私たちは、またいつでもOKだぞ?」
「ええ。」
割れんばかりの歓声が響くライブ会場。既に三人のパフォーマンスは全て終了し、アンコールの声がちらほらと聞こえてくる中で、マリアは首元から何かを引っ張り出した。
「そうね。ならアンコールは、こんな物なんてどうかしら。」
「それは──」
走り出した翼は間に合わず。見覚えのある赤いペンダントを握りしめたマリアは、何かを呟いて光を放つ。同時にステージの一部が爆発し、観客も含めた全員の視界が一時的に遮断される。
「なんだなんだ!」
「──奏。あれは。」
派手な爆煙が晴れた先、つい先程までマリアが立っていたはずのその場所に居たのは、黒い鎧を身に纏うシンフォギア装者。手に持つ何かを投げ捨て、先程までとは装いを変えたマリアが声高々に叫ぶ。
「私たちは、フィーネッ!」
「──は?」
「何を言っているのかしら。」
爆発したステージも、彼女の出現のための演出だと言うのだろうか。凛とした表情を保ったままただひたすら前を向くマリア。固く握るアームドギアは、小刻みに震えている。
しかしおもむろに奏はインカムを三つ取り出して装着。残る二人にそれを投げて着けるように無言で指示する。そのまま装着したマリアは、我に返って何かを言おうとするが…
「さぁ、私と──」
「こんな大衆の前でシンフォギア使うバカが何処にいるんだよ!」
「しょ、しょうがないでしょ!?台本にはこうやって書いてたんだから!アドリブには弱いのよ…!」
「台本って…」
困惑する三人だが事態は留まることを知らない。今度は突如として会場にノイズが出現。観客に向けて襲いかかろうとする。これは織り込み済みなのだろうか、マリアが動じることは無かった。
「─────っ、分かったわ。だけど会場の人達は無傷で解放する。」
「なんだと?」
ノイズの動きは止まったまま。我先にと観客たちは逃げ出し、会場の中に残るのは三人だけになってしまった。あまりにも早い展開に困惑し続ける翼と奏。一体何がしたいのか理解に苦しむ二人だが、周りをノイズが囲むことでその意図を察したらしい。
「ここで、私たちを消そうってか。」
「ええ。私と、ノイズだけで十分よ。」
「へぇ…」
舐められている。というかマリアはこちらの実力を知らないのではないだろうか。怒りというより若干の呆れを含みながら、二人はギアを起動。カメラは既に停止しているから問題なし。
「んじゃ、翼。
「ええ。あの程度なら、大丈夫かも。」
「何を言って──」
マリアは動かない。否、動けない。知らぬ間に放たれた影縫いによって身体の動きは縛られていた。資料でのみ知っている技だったが、いざ自分で受けるとなるとこうも厄介な技なのだ。マリアは、己の目測が誤っていたことを今更ながらに理解する。
「さぁて、とっ!」
「張り切りすぎよ。」
広域殲滅戦なら、イチイバルの次に優れているのは奏のガングニール。数多の槍が敵を穿ち、貫き、灰燼に帰す。翼も似た技を持っているのに、奏のそれは明らかに洗練されている。
「っへへ、なんてったって──」
「後ろには紫羽がいるんだ。負ける訳にはいかねぇんだよ!」
「──はは、そうだった。」
笑う翼に殺到するノイズ。奏よりも対処しやすいと思われたのだろうか。不愉快だな、と眉をひそめて一言。奏が広域殲滅型ならば、翼はそのフォロー。テクニックとスピードを併せ持つ彼女の技量は、二課の中でも随一だったりする。
「私も、同じ気持ちなのよ。奏。」
手にする剣はそのまま。瞬く間に振るわれたのは、果たして何だったのか。奏にも、ましてマリアにも見えぬ程の高速の一撃。凄まじいまでの風を巻き起こしながら、その剣は全てを両断した。
「──は?」
「だから言ったろ。軽めで行こう、ってな。」
「まぁね。響やクリス、まして姉様にすら届かないのよ。数で来られると厄介だけど動きは単調だし、木偶の坊だったかしら。」
煽るような奏と、ただ淡々と事実を述べる翼。どちらもまだ本気を出していないと宣う。一体どれほどの鍛錬を積めば、この基準まで達することが出来るのか。マリアの頬を冷や汗が伝う。
「いいえ、まだ、まだよ。貴方たちはまだ、真実を知らない。」
「あん?」
「真実、ね。含みのある言い方じゃない。」
「遅れましたぁ!」
「大丈夫か!先輩!」
合流したのは響とクリス。寝起きだろうか、目を擦りながら立つ二人だったが、迷いもブレも無くマリアを見据えていた。しかし彼女は、四人に相対しても尚余裕の表情を崩さない。
確かに、その技量を見誤っていた。だが、時間は稼いだ。後は
「これでも余裕か。」
奏とマリア、互いに槍を構えたところで──
「当然。」
「頂き──デス!」
「不意打ち気味ですが…ごめんなさい!」
頭上からの声。三通り響く声は、風切り音と共に。気付くのが遅れた四人に、その凶刃が襲いかかる──!
「はい、そこまで。」
しかしこの場には、
次回、第25話。
「──おはよう、みんな。」
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