見て! 束ちゃんが踊っているよ (かわいいね)
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ばんがいへ
番外編『If.』──1


マンネリ防止に番外編
あと、束ちゃまがギャン泣きしてたので……

こちら、プロットを番外編向けに加筆修正したものであります
ただ、こうするとあんまり話が膨らまない(長続きしない)なこれと思い、今の形に変更されたんですね
続きの有無は不明


 君は病人なのだと人は言う。

 幼い頃から様々なことを禁止されて、人と同じように生きることも許されず、無駄に長い時間を布団の中で生きてきた。

 

 体を蝕む熱病の苦しさよりもつらいのは、自分に残された時間を無駄にしながら過ごすこと。ただひたすらに退屈で無益な日々。

 自分はこのままつまらない人生の幕を閉じてしまうのだと、一人残された病室の中で幾度となくため息をついたものだ。

 

 でも、それでも自ら終わらせてしまおうと考えることだけはしなかった。

 むしろその逆。ある存在のお陰で、もっと生きてやろうと思えたんだ。

 

「ゆっきー、おはよ」

「やあ、おはよう。……今日は早かったね」

「日曜日だもん。学校はお休みなんだよ」

「ああ、そうだっけ。……早くから来てくれたのは嬉しいけど。開けた窓、閉じておこうか」

「えへへ、閉めるの忘れちった……」

 

 と、まあそんな感じで。簡単な紹介をしておこう。

 母親に次ぐ頻度で見舞いにやってくる女の子、束だ。

 彼女は僕と同い年で親戚、関係は従姉妹にあたる。

 昔から泣き虫の甘えん坊で、僕がここに入院した時は自分も行くと言って聞かなかったそうだ。

 

 けれど、束が世界中で天才と持て囃されている大人の誰よりも賢い子なんだと、僕は知っている。

 束は途方もなく大きな夢を持っているし、それを自力で叶えられる力が十二分にあった。

 生きながら死んでいた僕は、束の夢の先を見てみたいと思った。大きな映画館を貸切にして、新作を見るように。純粋に応援もしたかったんだ。

 

 だからせめて束が夢を叶えるまでは死なないと誓った。誰に? 自分自身にかな。日記に書いたくらいで、人には話してないからね。

 

 あれから九年。束は高校二年生になり、夢に向かって日進月歩、頑張っているという。

 短い入退院を繰り返しながら、年々容態が悪くなっている僕も、今日は比較的調子がいい。

 そんな日に束が見舞いに来たのは、僕にとっても幸運だった。

 

「ねえゆっきー。……いい?」

「いいよ。はい、おいで」

 

 窓を閉めた束に、僕は自分の膝元を叩いて応じる。

 普通ならその前に、窓から入ってくるのはやめなさいとでも言ってあげるところなんだろうけれど、束に今以上の我慢を強いるのは忍びない。

 束が自分に懐いてくれてることは知ってる。

 それでなくても寂しい思いをさせているのだ。

 今年は束の誕生日を一緒に祝うこともできなかったことだし、そのぶん自分に可能な範囲で望みを叶えてあげたかった。

 

「ふわ……久しぶりのお膝だあ……。気持ちいい……」

「僕の骨ばった膝でいいなんて、束は変わり者だね」

「ゆっきーのお膝がいいんだもん」

 

 痩せ細った太ももに頭を乗せる束の顔は幸福一色。信じられないことに、本気でこれがいいと思っているみたいだ。

 自分の薄い肉と骨に、束の頭がくい込んで鈍い痛みが走るけれど、それだけ慕われているのだと思えば安いもの。愛おしさすら感じるこれは、ある種の親心のようなものなのかもしれない。

 片手を添えながら、もう片方の手で頭も撫でてやる。

 

「んふー、もっと撫でるがよいぞー」

「はいはい……。いつもお疲れ様」

「むー、本当だよお……。毎日毎日、退屈な学校に行ってくだらない授業を受けて、煩わしい人付き合いなんてしちゃってさ……」

「それは大変そうだ」

「あ、ご、ごめん……無神経だった?」

「ん、なんのことだい? ……ちーちゃんって子とは、変わらず仲よくできてるのかな?」

 

 今から八年ほど前。束が小三に上がった頃、珍しく興奮した様子であるクラスメイトの話をしてくれた。

 それまでの束は極端に排他的で他者との関わりを嫌う子だったから、ちーちゃんというお友達ができたと聞いて、ひっそりと安心したものだ。

 

「ちーちゃんがね、去年うちの道場に弟くんを連れてきたんだよ。いっくんていうんだけど──」

「いっくん?」

「うん。でね、そのいっくんと箒ちゃんがね、なんだかいい感じなんだあ」

「そう、いい感じね……」

 

 赤裸々に実妹の浮いた話をする束。

 若い世代の微笑ましい話を聞きつつ、僕は久しぶりに有意義な時間を過ごせた。

 けれど楽しい時間はすぐに去ってしまうもの。

 

「束……」

「んーう?」

「そろそろ先生が来るよ」

「…………」

 

 背中をぽんぽんと叩き、束の体を揺する。

 一体どれくらいの時間をこうして過ごしたのだろう。

 窓の外を見ると、すっかり明るくなっていた。

 

「……もう、そんな時間なんだ……」

 

 太ももに顔を埋めていた束が、僕のお腹に抱きつく腕に力を込める。

 毎回毎回、僕も断腸の思いで話を切り出すんだ。

 実際、本当にはらわたを切ったことはまだないけど……。

 

「今日はもう帰るか、一旦病院を出て、面会の予約を入れて戻ってくるか……どうしたい?」

「……離れたくない」

 

 か細い声が返ってきた。いつもより力が強い。

 でも、それでも僕は束に言わなければならない。

 なにせ束がお見舞いに来るたびに、こうして帰る帰らないの問答がおこなわれているのだ。

 もしここに束がいることを誰かに知られたら、どうなるか想像に難くない。

 他人の規則なぞ知ったことじゃないものの、束まで怒られてしまうのはなんとしてでも避けたい。

 

「そっか……そうだよね。でも、僕がこれから検査をしないと、病院の人たちも困ってしまうんだよ」

「ゆっきー、そうやっていつもあの人たちの肩を持つよね……」

 

 ふと、不穏な空気を察知する。

 いつもならこれで離れてくれる束が、今日は抱きついたまま動こうとしない。

 じわりじわりと、さらに強く力が込められていっているように感じた。

 

「別に肩を持つわけじゃないさ。ただ、彼らも仕事だから……」

「……あんな人たち、ゆっきーのことなんてなにもわかってないよ!」

 

 突然大きな声を出した束に、目をぱちくりとさせる。

 

「待っても待っても、ゆっきーはぜんぜん元気にならない。それどころかどんどん悪くなってる。ねえゆっきー、ゆっきーの病気はよくなるの? ここにいたら、あの人たちがゆっきーを見ていれば、本当に元気になるの?」

 

 ……痛い!

 僕のお腹に頭をぐりぐり押し当てながら、束が腕を万力のように締め上げはじめた。

 こんなに声を荒らげるなんて、今までに見ない豹変っぷりだ。

 それにしても痛い!

 

「っ──そうだね、それが彼らの仕事だから」

「ゆっきー、うそついてる……」

「嘘じゃないさ」

「なんで、どうしてうそつくの?!」

 

 悲鳴のような声。

 非難の真意を汲み取ろうと四苦八苦していると、束が冷ややかな一言を放った。

 

「日記読んだの」

「……え?」

 

 どういうことか聞き返す前に、

 

「私が夢を叶えるまで死なないってなに? どういうことなの? ねえ、元気になったら私の夢を叶える手伝いをしてくれるって約束じゃんっ。ねえ、元気になるんじゃなかったの? どうなの?」

「それは誤解だ。僕は──」

「……ゆっきー、もういっかいこっち向いて」

 

 顔を埋めたまま、束は僕の言葉に耳を貸さない。

 

「……ずっと見てるよ」

「ううん、そうじゃなくて……」

「……? いつっ──」

 

 傾げた首筋に、鋭い痛みが走った。

 乾いた音と、束の匂いがふわりと香る。

 

「な、にを……?」

「ちょっとだけ眠たくなるかもだけど、次に起きた時にはきっと元気になってるはずだよ……」

 

 意識が薄れる中、針のない注射器のような筒を握る束の姿がぼんやりと視界に入った。

 

「起きたらもっとお喋りしようね、ゆっきー……」







後書き

本編との違いは雪夫が大人組と同い歳かそうでないか、学園に入学するかどうか、束以外との面識の有無はどうなのかくらいなものです

で、こんな具合の設定を箇条書きしてる内に、これじゃ鈴ちゃん出せないじゃん!? と、白目を剥いたわけですな

さて、本編書きましょうっと
前の上中と、次話の下を統合して修正する予定ですので、しおり登録されてる方はご注意を。

作者は随時感想を募集中でございます


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本編
プロローグ


みんなが天災だの真っ黒だのと呼んでばかりいるので、束ちゃんはメンタルよわよわクソザコメクジなヘビー級お姉ちゃんになってしまいました
お前のせいです
あ〜あ

※あらすじよりこっちのが重点な。


 ××月××日

 母さんが退屈なら日記でもつけてみたらって。

 ノートも貰ったけど、何を書けばいいんだか。

 

 ××月××日

 学校に行った。──行っただけ。

 体育には参加できないし、授業もつまらない。

 こうして書いたはいいけど、なんだか違う気がする。

 

 ××月××日

 ししゃもを食べた。美味しかったです、よ。

 これも違うか。

 

 ××月××日

 今日は僕の従姉妹について書いておこうか。

 名前は箒と束、箒が妹で束姉さんが姉だ。

 二人とも近所に住んでいる。けれど、同い年の箒とは会うことも少ないし、あんまり話さない。

 束姉さんはよく遊んでくれて、話が面白い。ただ、たまにお医者さんごっこをするのがくすぐったくて少し苦手だ。

 

 ××月××日

 今日は身近な人について書こう。

 名前は一夏、僕より箒と仲がいい男の子。

 箒のお父さんが剣道場の師範をしていて、一夏とそのお姉さんが門下生のひとりなのだ。

 ちなみに一夏のお姉さんは束姉さんの幼なじみで、よく姉さんの部屋にやってくる。僕とは挨拶を交わすくらいだ。

 これで身近な人って、僕の交友関係せまいな……。

 

 ××月××日

 今日も姉さんの部屋にひとりで遊びに行った。

 姉さんが夢を詰め込んだ和室のひと部屋は、いつか僕がテレビで見た秘密基地みたいでかっこいい。

 ここで月に行くマシンを作ってるんだって、姉さんは言っていた。

 僕が大きくなったら一緒に月面旅行する約束もしてるから、その日が楽しみだ。

 

 ××月××日

 今日は一日中、姉さんの部屋で姉さんがパソコンカタカタしてるのを見ていた。

 布団から外の雲を眺めてるよりも、こっちの方が好きだ。

 人といると、自分が生きてる、ここにいるんだと実感できる。

 

 ××月××日

 今日も姉さんと夕飯を食べた。

 お母さんたちには内緒だよって、唐揚げをひとつくれた。

 

 ××月××日

 箒が一夏とまた喧嘩していた。

 二人はよく喧嘩してる。どうせなら、もっと仲良くすればいいのに。

 箒ちゃんはいっくんラブなんだけど素直になれないんだよって、姉さんは言ってたけれど……まあ、元気なのはいい事なんだよな。

 

 ××月××日

 熱が出て、また学校に行けなかった。

 おじさんの道場から、賑やかな声が聞こえてくる。

 つまらない。退屈な人生は、死んでるのと同じだ。

 おにぎり型の雲を八つくらい数えてやめた。

 

 ××月××日

 つまらない。退屈で死にそう。

 寝床を抜け出して姉さんのとこに行ったら、少しして母さんに見つかってむちゃ怒られた。

 風邪っぴきなんてよくある事なのに、母さんも皆もいつも大袈裟だと思う。

 

 ××月××日

 熱が出てると姉さんとご飯が食べられない。

 おかゆは美味しくないし、ハンバーグが食べたい。

 

 ××月××日

 元気になった。

 学校に行って、半分を保健室ですごした。

 もう平気なのに……けど、先生は心配するのが仕事だから仕方ない。

 箒と一夏はまた喧嘩して、その日のうちに仲直りしてた。そんなんなら喧嘩しなきゃいいのに。

 

 ××月××日

 久しぶりに姉さんが遊んでくれた。

 手術台みたいな椅子に座って、仮面ライダーごっこ。

 見てて楽しいから特撮好きなんだよね。

 

 ××月××日

 熱が出た。

 いつもより高いらしい。

 布団は退屈だ。

 

 ××月××日

 近くの病院に入院する事になった。

 大した事ないのに母さんたちは心配しすぎだと思う。

 けど、いろんな機械が並んだ病室は悪の組織みたいでちょっとだけワクワクした。

 

 ××月××日

 七歳の誕生日。母さんがお祝いしてくれた。

 

 ××月××日

 起きたら髪が白くなってた。

 知ってる、これ若白髪ってやつだ。

 頭いいやつがなるって、上級生が言ってるのを聞いた事がある。

 ……つまり僕も頭がいいって事? 姉さんが言ってること、たまにわからない事があるのに?

 

 ××月××日

 つまらない。

 ベッドから抜け出すと、すぐに大人がやって来る。

 雪夫くん寝てなきゃダメでしょーって。

 あの人たち、ちょっとヒステリーだ。

 

 ××月××日

 姉さんが酷く落ち込んだ様子で部屋に来たので、どうにかこうにか励ました。

 日記に書いてもわからないかもしれないけど、姉さんならきっと大丈夫だ。

 

 ××月××日

 姉さんが今度はお見舞いに来てくれた。

 いいとこに連れてってあげる、そう病院から連れ出されて、姉さんが作ったロボットがミサイルを落とすショーを一緒に見た。

 夕方戻った時にめちゃ怒られたけど、こないだと違って姉さんが楽しそうだったから、まあいいか。

 

 ××月××日

 家に戻って来た。一夏たちと久しぶりに会った。

 

 ××月××日

 テレビで姉さんを見た。

 本人が隣にいたので、すっごい驚いた。

 姉さん、いつ有名人になんてなったんだろう……。

 

 ××月××日

 九歳の誕生日。今年は家でお祝いをしてもらえた。

 

 ××月××日

 神社の方に参拝する客が増えたのか、最近家の周囲が騒がしい。

 神主のおじさんや母さんは、どこか怒っているようだった。

 おばさんも疲れてるみたいだし、忙しくてイライラしてるのかもしれない。

 

 ××月××日

 姉さんが怒った。

 学校から帰ってきた僕が家の前に集まっている大人に押されて、転けたのを気にしてるらしい。

 怪我そのものは膝を擦りむいた程度で、大した事ない。

 それなのに母さんたちも怒ってたし、みんな大袈裟だ。

 

 ××月××日

 姉さんが消えた。

 箒や、おじさんとおばさんもどこか遠くに行ったらしい。

 神社には管理人の母さんと、僕だけが残された。

 

 ××月××日

 五年生に学年が上がった。

 まあ、だからって特別な事は何もないんだけども。

 

 ××月××日

 昨日の夜から降ってた雨が、家を出る前にやんだ。

 春の雨上がりは好きだ。夏は嫌いだ。

 

 ××月××日

 今日も変わらない一日。

 心なしか、前より一夏といる事が多くなった気がする。

 

 ××月××日

 僕のクラスに海外から転校生がやって来た。

 中国人の女の子で、名前は鈴音。元気な子だ。

 迷っているところに鉢合わせた一夏が、その子を見た目で下級生だと勘違いして顔面にグーパンされてた。

 

 ××月××日

 今日はうちで勉強会。

 本当は一夏が勉強教えてくれって頼み込んできただけなんだけど、そこへつい最近仲良くなった鈴音がねじ込んできた。

『あんた意外と勉強できるのね』って、それはちょっと酷くない?

 

 ××月××日

 家庭科の調理実習でカレーを作った。

 誰が作ってもおいしい定番のカレー──のはずが。

 ここ最近になって織斑家の家事全般を担うようになったらしい一夏が見事なカレーを錬成し、我が班の鈴音が鍋を爆発させた。

 お陰でC班はカレーから急遽炒飯もどきにシフトチェンジさせられた。

 

 ××月××日

 卒業式。

 式の途中に泣き出す子もちらほら……。

 僕は高学年になる前はとにかく休む事が多かったし、あんまり思い出とかはなかった。

 一夏たちとは同じ中学に進学する予定だ。

 

 ××月××日

 束姉さんから小包が届いた。

 届いたというか、庭に突き刺さったというか。

 きっと『入学祝いだー』って、勢い余ってやったんだろうな……姉さんらしい。

 近未来的なデザインのブレスレット、色は白とマゼンタピンク。

 ……それで、お姉ちゃんはいつも近くにいるよってどういう意味?

 

 ××月××日

 今日、一夏たちが新しい友達を二人も連れてきた。

 名前は弾と数馬。弾は食堂の子で、数馬はサラリーマンの子。

 忘れない内にここに書いて覚えておこう。

 

 ××月××日

 久しぶりにちょっとした風邪を引いた。

 まあ、タイミング的にはよかったのかもしれない。

 千冬さんの大事な試合があるとかで、一夏はひとりで小旅行。

 弾と鈴は実家の手伝いがあるとかで予定が埋まっていて、数馬は数馬で『じゃあ、俺も予定があるって事で……』とか言い出すし。

 今回くらいは大人しく寝ておく事にしよう……。

 

 ××月××日

 猫とのにらめっこ。

 決着が着く前に待ち合わせの約束をしていた鈴が来たので、今回は引き分け。

 これで全309試合109勝107敗93引き分けだ。

 あのまま続けてれば多分、僕が勝ってた。

 

 ××月××日

 今日も暑い。ムカつくくらい、暑い。

 出かける時に必ず母さんも一夏たちも人をいつも以上に病人扱いしてくるから、夏は嫌いだ。

 

 ××月××日

 一夏たちとスイカを食べた。

 弾の妹がスイカの種を飲み込むとお腹の中で芽が出るという迷信を信じてたみたいで、種を飲んだー夏を見て大騒ぎをしてた。

 誤解はすぐに解けたものの、今度は弾がボコボコに……。

 安易に人に嘘を吹き込むのはやめよう。

 

 ××月××日

 今日は誕生日。

 今年も束姉さんからボイスメールが届いた。

 内容はいつも通り誕生日のお祝いと、世間話が少々。

 最後に姉さんが泣きながらぐだぐだと垂れ流し、そこでいつものようにメールは締めくくられる。

 プレゼントは不思議な味のカップケーキだった。

 

 ××月××日

 今日から中学二年生。

 中学に上がってから、病欠で学校を休む事が減った。

 前ほど熱も出なくなってるし、体の調子もいい気がする。

 となれば、今年こそ海に行ってやるぞ。

 

 ××月××日

 ししゃもを食べた。美味しかった。

 ……なんかデジャブを感じる。

 

 ××月××日

 僕の靴箱にまた手紙が入ってた。

 多分、ラブレターってやつだ。

 上が一夏の靴箱だから、みんな間違えて入れてしまうんだと思う。

 見た瞬間、ピンと来たね。

 きっとドジっ子だったんだな……。

 一夏はイケメン……とはまた違うと思うものの、千冬さんに似ていてキリッとしてるからな。

 髪伸ばしたら千冬さんそっくりになりそうだし、そういうとこも人気の一助になってるのかもしれない。

 去年の文化祭で男装女装喫茶をした時の一夏は、弾たちが口をあんぐりと開けるくらいにはウィッグと割烹着が似合ってたっけな。

 

 ××月××日

 鈴がいつかのリベンジをすると言い出して、家にやって来た。

 何をするのかと思ったら、台所に入るなり始めたのは料理。

 そういえば昔、調理実習で派手に失敗してた記憶が……。

 完成したのは八宝菜。また今度練習して酢豚を作ると息巻いていた。

 美味しかったけど。……え、うちで食堂でも開くおつもりですか?

 

 ××月××日

 今日は期末前の勉強会。

 弾がヒーヒー言いながら数学のドリルをやっていた。

 一夏も中学に上がってからアルバイト三昧で成績が暴落してるとかで、ちゃぶ台にかじりついて勉強漬け。

 最後の方、頭から白い煙が出てたけど大丈夫なんだろうか。

 ちなみに数馬はこつこつやるタイプで、鈴は一夜漬けでどうにかするタイプに見せかけて、実はこっそり努力してるタイプだ。

 

 ××月××日

 鈴と海に行った。

 一夏たちも誘ったのに、用事があるとか夏休みの宿題が終わらないから無理とか、友達がいのないやつら。

 いいよ、鈴が付き合ってくれたし。

 ……母さんはついて来なくてもよかったんだけどな。

 

 ××月××日

 さっき久しぶりに流れ星を見た。

 消える前に願い事三回……は、無理。

 でもまあ、せっかくだから雲に乗ってみたいという願望を込めて祈っておいた。

 乗れないとわかってても、人は雲のベッドに憧れるものなのだ。

 寝具に口うるさい僕が言うんだから間違いない。

 

 ××月××日

 鈴がまた転校するらしい。

 本人から聞いたので、これは確実だと思う。

 二年の冬に国に帰ってしまうのだそうだ。

 せっかく仲良くなったのに、また寂しくなるな……。

 

 ××月××日

 今年も文化祭がやってくる。

 僕のクラスは例によって喫茶店、それも去年と同じ男装女装喫茶。

 クジで選抜された接客係が、それぞれ男装と女装をするのだ。

 前回同様に一夏が当たり──ハズレくじを引いて、絶望してた。ドンマイ。

 ちなみに僕は客引き係で、教室の前に椅子を設置して座ってるだけでいいらしい。やったね。

 

 ××月××日

 おい、僕までエプロンドレスを着せられるなんて聞いてないぞ。

 

 ××月××日

 一部の生徒の犠牲により、今年の文化祭も大成功を収めた。

 記念撮影の最後に撮られた一夏とのツーショット、あれは一生ネタにされそうな気がする。

 

 ××月××日

 そういえばあれ、どうなったんだろう。

 弾たちが言い出した、私設・楽器を弾けるようになりたい同好会ってやつ。

 結局何もしないまま、ずるずるともう中学も二年が終わりそうになってるんだが……?

 

 ××月××日

 今日は鈴に誘われて買い物に出かけた。

 今生の別れみたいで嫌だから、特別な事とかはしない。

 ただ、帰り道の途中で鈴が──

『あんたいっつもボケーっとしてるけど、うっかりあたしの事忘れたり、ぽっくり逝ったりするんじゃないわよ!』だって。

 失礼な、流石に友達の事まで忘れたりしないって。

 

 ××月××日

 二年の後期が終わり、同時に鈴は国に帰ってしまった。

 またいつか会えると信じて、僕らは鈴を見送る。

 それはそうと、私設・楽器を弾けるようになりたい同好会での僕の担当が決まった。横笛だそうな。

 

 ××月××日

 最近、手紙の誤投函が増えてるような気がする。

 週一とかザラだし、もはや嫌がらせを疑うレベル。

 ただ一夏の謎すぎる競走倍率を考えると、これでも妥当なとこだと思えるからこれまた不思議だ。

 弾の妹さんもそうらしいし、このところ一夏と一緒にいるだけでめちゃくちゃ視線を感じるようにもなった。

 恋する乙女って怖いわ……。

 

 ××月××日

 三年も前半戦が終了。

 僕らもいい加減、進路を決めとかないといけないわけだが。

 やたらと一夏が推してくるので、とりあえず第一志望は藍越学園ってとこにしておこうと思う。

 

 ××月××日

 母さんが僕の将来について訊いてきた。

 とりあえず大学卒業まで寄り道をしつつ、母さんの跡を継ぐのが無難なとこなんじゃないだろうか。

 束姉さんとの約束もあるし、サイバー神主なんか目指しちゃったりしてもいいかもしれない。

 

 ××月××日

 夜更かししすぎて体壊した。油断した。

 

 ××月××日

 入試に向けての追い込み勉強会。

 一夏は当然として、弾たちも参加した。

 定期的に──特に期末前なんかは必ず勉強会を開いてる事もあって、アルバイト三昧の一夏でもなんとかなりそうだ。

 

 ××月××日

 IS学園の入学要項なんてものを、自宅で黒服の男たちに聞かされた僕と一夏。

 ……あれ、僕ら藍越学園の入試受けに行ったんじゃなかったっけ?

 

 ××月××日

 家に帰ったら姉さんが踊って出迎えてきた。

 いや、何事?




みんなが酢豚だの二組だのと呼んでばかりいるので、鈴ちゃんはデレ増量世話焼き系ヒロインになってしまいました
お前のせいです
あ〜あ

※ついでに雪夫も二組にシューーーッ!


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入学式

閲覧者に感謝感激。


 俺には目の離せない、危なっかしい同い歳の幼なじみがひとりいる。

 

『探したぞ、雪夫』

『あ、一夏……。やっほー』

『こんなとこで、何してたんだ?』

『これ、たんぽぽの綿毛……数えてた』

 

 そう言ってたんぽぽに息を吹きかけるのは、件の幼なじみ。宮田、旧姓篠ノ之雪夫だ。

 線が細い上に肌は色白く、ある日を境にすっかり色が抜け落ちてしまった髪を、短すぎず長すぎない程度に切り揃えている。

 あいつを見て『触れると溶けて消えてしまいそう』なんて言ったのは、誰だったっけな。

 

『108本』

『……え?』

『そこから数えてからわからなくなった』

『あ、おう?』

 

 雪夫と出会った頃の記憶は薄い。というか、ない。

 昔通っていた道場の帰りに、神社の境内で寝ているのを見たことがあった程度。

 小二の頃に同じクラスにもなったが、当人の病欠が多くて話す機会もあまりなく。

 俺たちが本格的に話をするようになったのは、箒たち一家が引っ越してからだった。

 環境が大きく変わった事で、ふと、ひとりぼっちになった幼なじみの姿が目についたのだ。

 

『もう外に出て平気なのか?』

『……病院でずっと寝てたから平気』

『つまり黙って抜け出してきたんだな』

『今日は調子もいいし、大丈夫』

 

 あれは、小学三年の終わり頃の事だったと思う。

 何を言っても『平気』『大丈夫』の一点張りで、結局おばさんが連れ戻しに来るまで、雪夫はそこに居座っていた。

『心配させないで』と表情を強ばらせた雪子おばさんに、あいつが珍しくきまりの悪そうな顔をしていたのをよく覚えている。

 なんとなく見ていてやらないといけない、そんな気持ちにさせられた。

 

『あ、おはよ』

『うわ……すごい格好だな、何枚着てるんだ?』

『五枚くらい……暑い』

『お、おいおい脱ぐなよ?!』

『心配しすぎ。汗かいて冷えたら意味ない……』

 

 いつだかの冬に、そんな会話をした事もあった。

 雪夫はよく心配しすぎだと言うが、みんなが揃ってあいつの体調に気を遣うのも無理はない。

 実際のところ雪夫は決して少なくない数の入退院を繰り返しているし、酷い時には会う度にやつれていってた程だ、見る影もなく。

 高校に上がった今はそこそこ元気な方だし、病気で学校を休んだりする事も格段に減ってるけどな。

 で、この頃にはもうそれとなく目の届く範囲にいることが当たり前になっていた。

 

『これ、学校のプリント。……大丈夫か?』

『平気、平気、ちょっと熱が出てるだけ』

『……しっかり寝て、治せよな』

『大袈裟。大した事ない』

 

 中学校に上がる頃も、俺が幼なじみの鈴と交代で学校で配られたプリントを持っていく事はそれなりにあった。

 病弱というわけではなくて、ただ本当にあの頃はとことん体が弱かったんだと思う。

 それでいて普段は表情が乏しく、あまり饒舌とも言えず、何を考えてるのかもよくわからない。

 辛いとか、苦しいとか。あいつはそういった事を何も言わない。

 

『平気』

 

 怪我をしても熱が出ても、死にそうになっていても。

 あいつは顔色ひとつ変えないし、それどころか何でもない事のように言いやがる。

 何度も死にかけてる内に、髪の毛の色と一緒に感情まで抜け落ちてしまったんじゃないか。

 そして元気になった今でも、抜けてしまったものが一切戻らないままなんじゃないか。

 そんなはずがないのに、俺はそう思えて仕方がなかった。

 だから、鈴が転校してまたひとりになる事が多くなってからは、俺が鈴の分まであいつの近くにいるようにした。

 けど、それは間違いだったのかもしれない。

 

『ごめんな、雪夫。俺が試験会場間違えたばっかりに……』

『気にするなよ。()は気にしてないし』

『本当、悪かった』

『いいよ。()は大丈夫だから』

 

 きっかけは俺が道に迷った事。そして、不用意に設置してあった機材に触れてしまった事。

 そうしてIS学園への強制入学が決まった時も、俺の隣で黒服の男たちの話を聞いていた雪夫は何も言わなかった。

 俺への文句も、責めるような事も。何ひとつ。

 いっそ、恨み言のひとつでも言ってくれればよかったんだ。

 なのに、あいつは大丈夫と言って家に帰っていった。

 そして次の日から学校に来なくなった。

 突然やって来た束さんに連れられてどこかに行ったようで、雪子おばさんも居場所を知らないらしい。

 心にできた小さなしこりは、雪夫と別れた後も俺の中に残り続け……。

 結局、次にあいつと会ったのは、入学式の日だった。

 

 

 

 

 

 ××月××日

 家に帰ったら姉さんが踊って出迎えてきた。

 いや、何事?

 あの謎の歌唱力といい、さすが姉さんといった感じなのだが。

 油断して近寄ったところをロボうさちゃんに捕獲されてしまい、改めて姉さんが一通り踊り終えたところで詳しい事情を訊いてみたら。

 どうやら姉さんは僕がISを動かした事をどこからか聞きつけて、慌てて駆けつけて来たらしい。

 そのまま僕の体をぺたぺた触りながら『大丈夫?』、『具合悪くなってない?』と、死にそうな顔しながら訊いてきた。

 僕はやつれてる姉さんの方が心配だよ。

 で、触診? の後、僕は姉さんに拐われた。

 荷物の支度をする時間はもらえたので、着替えと日記を鞄に詰めて、母さんには行ってきますと一言だけ。

 準備をしてる間、ずっと姉さんが腰にしがみついてたものだから、母さんがすんごい顔してた。

 

 ××月××日

 ここにきて、起きたら三日も日が経っていた。

 驚いたのは姉さんが僕が昔に使っていたお古のレコードと小さなプレーヤーを持っていた事……随分前に無くしたと思ったらそういう事だったのか。

 それから、憧れの秘密基地には知らない女の子がいた。どうやら姉さんがどこからか拾って育てていた女の子らしい。

 名前はクロエ。姉さんが命名したにしては普通の名前だ。

 いきなり襲われたのに驚いて、つい叩き落としてしまったのは悪かったと思ってる。

 どういうつもりか姉さんは、警戒するクロエに僕の事を彼女の父親だと紹介した。

 白髪頭とはいえ僕はまだ高校生なんですが?

 

 ××月××日

 膝枕しながら、束姉さんとIS学園の入学式に備えて勉強をする。

 ISは姉さんが作ったものなので、これほど最適な先生はいない。

 つまり僕はとても運がいいということだ。

 でも、姉さんさ……。

 お腹に顔を埋められたら、何言ってるかわかんないんですけど。

 

 ××月××日

 今まで姉さんって食事どうしてたんだろうか。

 心配になってくるから、僕が用意したごく普通の三食とおやつを号泣しながら食べるのは正直やめてほしい。

 クロエもドン引きしてるし、泣き虫と甘え癖が前より酷くなってるのも少しでいいから直してくれると嬉しいんだけどな……。

 でも姉さんが頼ってくれるのに、悪い気はしない。

 

 ××月××日

 クロエが僕と目を合わせて話をしてくれるようになった。

 口調はまだぎこちないものの、少しだけ仲良くなれた気がする。

 

 ××月××日

 今日までのお礼だと、姉さんが特製のリクライニングシートとやらに座らせてくれた。

 僕用に前々から作ってくれていたらしく、体温と血圧まで測ってくれるスグレモノなのだとか。

 お礼なんて、勉強に付き合ってもらった僕の方がしたいくらいなのに。

 

 ××月××日

 リクライニングシートに寝て、気が付くと四日も日が経っていた。

 やだ、効果覿面過ぎ……?

 

 ××月××日

 今日も今日とて膝枕しながら勉強。

 クロエが興味深いものを見る目をしていたので、少しだけ膝を貸した。

 除かされた姉さんがクーちゃんにゆっきーのお膝盗られた! とマジ泣きして騒ぐので、時間的には本当に少しだけ……。

 よくわからなかったそうだが、どうやら満足できたみたいだった。

 

 ××月××日

 昨日のアレがよくなかったのか、今日は姉さんが丸一日離れてくれなかった。

 僕ももう高校生なんだから、さすがに姉さんとお風呂は恥ずかしい。

 

 ……でもまあ、よくよく考えてみれば姉さんは大きな赤ちゃんみたいなものなんだから、あんまり恥ずかしがるような事でもなかったか。

 そもそも家族だし、知らない人じゃないものね。

 

 ××月××日

 入学式の予定日も迫って来ている事だし、クロエに料理を一通り教える事にした。

 何でもかんでも消し炭やゲルに変えてしまう才能には驚かされたものの、最初は火を使わないおにぎりから始めて、日が沈む頃にはなんとか綺麗な目玉焼きが焼けるところまで持っていけた。

 また近い内に、今度は焼き魚に挑戦してみよう。

 

 ××月××日

 姉さんが今朝突然、僕に専用機を用意すると言い出した。

 突然といっても計画自体は前々から練っていたらしく、遡る事十年前には既に僕と遊ぶついでに手をつけていたという話だ。

 それで結局、ISには女性しか使えないという姉さんでも理由がわかってない仕様同然の欠陥があり、ゆっきーが乗れないんじゃ意味ないじゃん! と計画は今日まで封印されていたのだそう。

 ……え、じゃあ、あのお医者さんごっことか、仮面ライダーごっこも全部、計画の一部だったって事?

 

 ××月××日

 入学式まであと三日。

 明日には家に帰らなければならないので、直前までにクロエとも別れの挨拶を済ませておこう。

 結局最後の最後まで姉さんはごねてたけど、こればっかりは仕方ない。

 

 ××月××日

 家に帰った。ちょっぴり疲れ気味……。

 母さんがどうだった? と訊いてきたので娘ができたよとだけ返しておいた。

 別れ際にお父さん呼びはズルいよなぁ……。

 

 ××月××日

 今日は入学式。

 式が終わったら教室で自己紹介をして、後は普通に授業をした。

 どうやら一夏は一組に、僕は二組にクラス分けされたらしい。

 なので、周りは本当に女の子ばかりだった。

 寮の部屋もバラバラだったし、そこは少しだけ残念。

 

 ××月××日

 一組に箒がいた。

 一夏は昨日、クラスメイトの女の子と早速揉め事を起こしたらしい。

 我ら二組は平和そのものだ。

 とても静かで、お隣の騒ぎがよく聞こえてくる。




みんなが一夏をめぐって争ってばかりいるので、クロエちゃんはファザコンになってしまいました
お前のせいです
あ〜あ

自分よりダメな人間がいると、本領発揮というか意外な甲斐性を見せるダメ人間の図。

束(ゆかりんボイス)にバブみを感じる読者には本当に申し訳ないのだが、この作品での束(ゆかりんボイス)の扱いは、大概赤ちゃン(常習的に赤ちゃんプレイをするヒロインの略)なのだ……。

???「本当に申し訳ない。」


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マッドネスお姉ちゃん

 それは、突然の出会いだった。

 おばの雪子が我が家に連れて来た男の子。

 空き部屋に寝かせていると聞いていた筈の子が、私の部屋に近い中庭に倒れていた。

 見かけた瞬間、肝を冷やしたのは言うまでもない。

 地面に伏せたまま、ぴくりとも動かないのだ。

 従弟の体がとても弱い事は、両親とおばの会話から察していた。

 なので“これはもう死んでる”と、そう思った。

 でなければ、それの一歩手前か……。

 

『お、おーい。い、生きてる〜?』

 

 倒れている男の子に歩み寄り、小さな体を怖々と揺する。

 いくら他人に興味がないとはいえ、目と鼻の先で倒れてる親戚を無視出来るほど腐ってはいない。

 これは親友のちーちゃんの影響かな。

 さすがに声をかけざるを得なかったとも言う。

 初めて触れた異性の体は驚くほどか細く、火傷してしまいそうなほどに熱かった。

 

『……お姉ちゃん、誰?』

 

 と、髪や頬に土埃をつけながら、顔をぐるんっとこちらに向ける男の子。

 まだ小学校にも上がっていなさそうな幼い見た目でありながら、既に整っている顔立ち。

 吸い込まれるような深い黒と、目が合う。

 瞳の奥に、顔を真っ赤にさせた私がいる。

 その瞬間、胸が跳ねた。

 

『ず、ずっきゅん……』

 

 ……煩い。

 どっどっどっ──、と忙しなく動く自分の心臓の音が、痛いほど耳に届く。

 生まれて初めての感覚、未知の感情。

 今にして思えば、わかりやすい一目惚れだ。

 

『お姉ちゃん、誰?』

 

 男の子の再度の問いかけにはっとする。

 いけない、いけない。この私が取り乱すなんて。

 冷静に、冷静にならなくちゃ。変な人だと思われないようにしないと……。

 

『わ、私? 束さんだよ、親戚だよ、従姉だよ、お姉ちゃんだよぉ〜。君は、君は? 何歳? ここで何してたの?!』

 

 うん、無理だね。無理、無理。

 頭は冷静なつもりでも、心が追いついてくれない。

 ハートをすっかり鷲掴みにされてしまったのだ。この私が、初めて会った年下の異性に。

 詰め寄る私に男の子は目をぱちくりとさせ、地面を見る。

 

『……雪夫。篠ノ之、雪夫』

『へ、へー。雪夫くんは何してたの?』

『アリを数えてたの……』

 

 囁くような声に釣られて、地面に目を向けると。

 確かに雪夫くんの鼻先には、アリの行列があった。

 点々と列をなして、草陰から巣穴へと行き来している。

 倒れてたんじゃなくて、うつ伏せになってこれを数えてたんだと理解するのは、さほど難しくなかった。

 

『──あっ。どこまで数えてたか、わからなくなった』

 

 きゅぅぅぅぅ──ん!

 しょんぼりしてる! 可愛い! 可愛い可愛い!

 苦しくはない。けれど胸を締め付けられるような高揚感に、私の心は二度目の暴走をはじめる。

 はっきり言って、この時から私はバカになっていた。

 でも、この脳がゆっくり溶けるような感覚は不快ではなくて、むしろ心地がよかった。

 

『ね、ねぇ雪夫くん。お姉さんの部屋に来ない?』

『……束姉さんの部屋?』

『う、うん。すぐそこにあるんだけど……。アリさんを数えるより、きっと楽しいと思うよ?』

 

 雪夫くんの手を取って、起き上がらせる。

 事案? 逆光源氏計画? し、親戚の子だしセーフセーフ!

 

(お姉さんの魅力で、絶対にこの子をメロメロにしてみせるぞ──!)

 

 

 

 

 

 あれから数年──。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ ゆ゛っき〜〜〜〜〜! 行かないで〜〜〜〜〜!!」

「よしよし……」

 

 泣きながらゆっきーの腰にしがみつく私。

 いつの間にやら、私は泣きながら背中を撫でてもらうのが、もうすっかり癖になってしまっていた。

 ゆっきーは拒まないし、こうしてると安心する。

 ダメだとわかっていても、やめられない。

 

「決まってしまった事だから、もう仕方がないんだ」

「でも、寂しいんだもん……」

「そうだね、僕も寂しいよ」

 

 こうして優しく、諭すように囁かれるのも好き。

 私はもう、ゆっきーにメロメロだ。

 ……あれ、おっかしいなぁ……。

 結構早い段階で、私は精神的に弱くなっていた気がする。昔は子守唄で寝かしつけてあげたり、もっとお姉ちゃんっぽい事を沢山してあげられていたはずなんだけど……。

 かといって以前の私には戻るつもりはないし、戻れと言われたところで戻りたくもない。

 

「……背中、もっとよしよしってして」

「そしたら、頑張れそう?」

「……わかんない」

「そっか。よしよし……」

 

 向かい合う形で膝に座ると、ゆっきーが優しい手つきで撫でてくれる。

 世の中はつらい事ばかり。なかなか思うようにいかないし、それでいて要求ばかりされて、どんどんストレスが溜まっていく。

 私の可愛い愛娘たちはバカな連中の玩具になってしまっていて、惑星開拓だって全然進んでいない。

 宇宙の神秘は? 人類の宇宙進出は? 星間旅行は? こんな状況で月に大都市なんて、夢のまた夢……。

 

「夏休みにまた帰るから、ね?」

「やぁだぁ〜」

「ちょっと我慢するだけ。少しだけだよ」

 

 その我慢が嫌なんだもの。

 無理やり行動を起こしたせいで追われる身になっちゃうし、離れ離れになった箒ちゃんにも嫌われちゃうし、手伝ってくれたちーちゃんだっていい顔しないし。

 私が面倒な性格してるのはわかってるけど、なんだかもう、全部が嫌になってしまった。

 よって私はこうして、ゆっきーに甘やかされながら一生、生きていくと心に決めたのだ。

 明日の事なんかもうしーらないっと。

 

「大丈夫。姉さんは強いんだから」

 

 はぁ好き……。もっと甘やかして。ふやかして。

 全身を預けるようにしながら、顎をゆっきーの肩に乗せる。

 ゆっきーはあれからぐんぐん成長して、格好イイ男の子になった。

 昔は、可愛い! って感じだったけど、今は断然イケメンさん。

 私よりも大きくなって、簡単に抱き締められちゃう。

 ゆっきーの包容力に、私はキュンキュンしっぱなしだ。

 本当に、ここまで生きてくれてありがとうって言いたい。

 

「ううん、強くない。強くないよ。ゆっきーに何かあったら、お姉ちゃん耐えられないもん……」

「心配しすぎ。僕も昔よりは体、丈夫になってる」

「ふふん。お姉ちゃん、頑張ったからね!」

「うんうん。姉さんは頑張り屋さんだ」

 

 本当だよ。

 免疫力の方は、私のお薬入りカップケーキで順調に改善されつつある。

 無理をして体を壊してしまっては元も子もないから、ゆっきーの誕生日に合わせて毎年少しずつ投薬していった。

 大きくなるにつれ、薬の量を増やしてみたり、ナノマシンを導入してみたり……。

 そうやってちーちゃんもそうそう食べてくれないような私のプレゼントを、ゆっきーは何の疑いもなく美味しいって食べてくれるし、身に着けてくれるから、お姉ちゃんとして発明しがいがあるというものだ。

 丈夫にするついでに今日ここに来て、経過観察をしながら小分けにしてちょびっとずつ体を弄ったりもしたけど、それもこれもゆっきーに長生きしてもらうため、

 

 

『そしたらさ、ゆっきーはどうしたい?』

『んー……。あ、月でうさぎさんとお餅つきかなぁ』

『つ、月にうさぎさんはいないと思うけど……』

『……いないの?』

『ど、どうだろう? ……じゃあ雪夫くんがお外で沢山遊べるようになって、今よりずっと大きくなったらさ。そしたら一緒に宇宙に出て、お姉ちゃんとうさぎさん探すところから始めよっか!』

『うん、指切り……』

『ゆびきりげんまーん!』

 

 

 そして約束のため、計画のため。

 あ……。でも、純粋なのはいいけど、私以外の人から貰った物も疑わずに食べちゃうのは、お姉ちゃんどうかと思うな。

 お姉ちゃん、嫉妬しちゃうぞ。

 

「だから、僕も学園で頑張ろうかな。姉さんもクロエと仲良くね?」

「……うん、頑張る……」

 

 涙を飲んで……。

 これからは束さんの計画も第二段階。導入したごにょごにょ……ごほん、ナノマシンの活性化と定着、そしてこれから用意するISに慣れてもらう事。

 私もちーちゃんの……弟の、いっくんならもしかしたら、とは思ってたけど、ゆっきーにまでISの適性があったのは、正直嬉しい誤算だった。

 一度諦めてしまったスーパーゆっきーウルトラゆりかご計画も再始動させられるし、お姉ちゃん万々歳。

 最初は不信感すら抱いていたクーちゃんへの刷り込みも上手くいってるし、ゆっきーのパパ化も順調。

 それに、これからちょっと忙しくなるから、まだきっと耐えられる。

 計画のために色々とやらなきゃだし、箒ちゃんへの誕生日プレゼントと、遅めの入学祝いも用意しなくっちゃ。

 

 頑張れ私、頑張れ!!

 

「あ……。なでなでやめちゃ、や!」

「はいはい。ごめんね」

「んふぅ……」

 

 ……頑張るのは、もうちょっと後でもいいよね……。



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クラス代表決定戦

明日やろうは馬鹿野郎だって友人に抓られました。


 ××月××日

 一組に箒がいた。

 一夏は昨日、クラスメイトの女の子と早速揉め事を起こしたらしい。

 我ら二組は平和そのものだ。

 とても静かで、お隣の騒ぎがよく聞こえてくる。

 

 昼には一夏たちが二組まで来たので、学食に行ってお昼を一緒に食べた。

 今日見た感じ、一夏はまだこうなった事を気にしてるっぽい。

 箒もせっかく久しぶりに会ったのに、嫌なタイミングで邪魔が入ったみたいな顔するのは勘弁して。

 なんだか、ギスギスしてるよなぁ……。

 

 英国の代表候補生と、一夏が勝負するって話。

 一夏は昔から直情的なところがあるから、つい売り言葉に買い言葉で話が勝負にもつれ込んでしまったんだろう。

 もう上級生にまで話が広まってるらしいし、試合の様子が生徒に公開されるとか、アリーナの観客席を予約制にするとかしないとか。

 結構大事になってきてるな、と。

 

 上級生が一夏に個人指導の話を持ち掛けていたものの、一切合切の面倒は箒が見るつもりなんだとか。

 お前たちは手を出してくれるな、って目が本気だったなあれ。

 もれなく僕までハブられちゃったし。

 僕も一夏の幼なじみだし、箒とは親戚関係なんですが……ま、いいや。

 

 そんなこんなで放課後、風の噂によると一夏は剣道場で箒にボッコボコにされたらしい。

 なんでまた剣道場? てか、ISどこ行ったの? 基礎知識のお勉強は? 疑問は尽きない……。

 

 ××月××日

 今日も二組は静かだった。

 多少視線は気になるものの……女子校のクラスに男子がひとり居るんだからこれは仕方ない。

 姉さんのお陰で授業にも難なくついていけてるし、慣れない環境で生活する上での、精神的な疲労もあまり感じていないからモーマンタイ。

 

 ただ、こないだまで姉さんたちと生活していたからだろうか。

 ちょっとだけ寂しくもあったりして……。

 これじゃあ姉さんに甘えん坊なんて言えないな。

 

 こっそり様子を見に行った感じ、一夏たちは昨日と変わらず剣道場でバチバチやってるっぽい。

 剣道の稽古を通して基礎的な動きを体に覚えさせておけば、IS戦でもある程度は有利に働きはするだろうけれども、それをぶっつけ本番でどこまで生かせるのやら……ちょっと心配だ。

 

 ××月××日

 さっきそこで千冬さんに会った。

 一夏のお姉さんが学園で教師をやってるって話は、姉さん経由で知ってたから驚かない。

 ただ、昔まだ千冬さんが道場の門下生だった頃は、たまに軽い世間話をするくらいあったけど。

 改めてああしてばったり鉢合わせたりすると、なんだか気まずいものがある。

 

 長い沈黙の後、千冬さんに姉さんの様子を訊かれたから、相変わらずですよと率直な意見を述べておいた。

 相変わらず泣き虫で、甘えん坊で、けれど人一倍頑張り屋で頼りになる、とても強い人だ。

 僕の中の姉さんは、昔からあまり変わっていない。

 そしたら千冬さんは額に手を当てて、そうか相変わらずかって渋い顔をした。

 

 変わらないって、そんなに悪い事なんだろうか。僕はそうは思わない。

 あれがたまらなく可愛いんじゃないですかって言ったら、すごく変な顔をされた。なんだか釈然としないな……。

 

 ××月××日

 夕飯の後に暇してたら、姉さんが電話をくれた。

 相変わらずの涙声で、何を言ってるのか飲み込むのに時間がかかったものの……どうやら姉さんもクロエも、一応元気でやっているらしい。

 まあ、当然といえば当然か。少し前までは姉さんたちも僕抜きで生活していたわけだし……してたんだよな?

 

 二人とも三食しっかり食べてるか、ちゃんと夜に寝てるか……心配だ。

 特に姉さんなんて飲まず食わず寝ずで案外やってけちゃう人だから、平気で三食抜いちゃうし睡眠だってとらないし……昔、僕が寝なかった時に子守唄なんて歌って寝かしつけようとしてくれたのはどこの誰だったんですかね。

 

 通話を切る前に、明日も電話していいか訊いてきたのは、意外にも姉さんではなくクロエだった。

 話せたのは就寝までの短い時間だったが、いい息抜きになった気がする。

 自分で思っていたよりも、ストレスがそこそこ溜まっていたのかもしれない。

 

 ……子守唄か。

 声を聞いたらなんだか僕も姉さんたちに会いたくなってきた。ちょっぴりホームシック。

 

 

 

 

 

 入学初日から早くも一週間が経って、月曜日。

 放課後、僕はIS学園の第三アリーナにいた。

 

 アリーナの観客席は僕を含めて、生徒でいっぱいになっている。

 なんといっても今日は、一夏がセシリア・オルコットさんとクラス代表の座を賭けて勝負する日。

 

 この春に入学してきた代表候補生の実力や、噂の男子生徒の勇姿を一目見てみたい……。

 そんな生徒たちの期待と熱気で、満員の観客席は盛り上がっているのだ。

 かくいう僕も幼なじみの初陣という事もあり、なるべく見届けてやりたいという気持ちがあった。

 

 まあ、ね。せっかくだし、これを機にスポーツができる友だちが身近にいる気分を味わってみたいじゃない。

 一夏が篠ノ之道場の門下生をやっていた頃は、まだそこまで僕らも仲良くなかったし、そもそも試合を見に行けなかったから。

 そういう意味だと、親戚なのに箒の試合も見た事なかったんだよな……。

 

 ちなみに姉さんが語る一夏の評価は、やっぱり男の子だよね〜ってあまり参考にならない。

 ただ、僕も一夏が逆境に強いのは知ってる。

 文化祭の追い込みとか、凄かったし。

 今回も結局、一夏は昨日まで剣道の稽古以外何もやってなかったみたいだから、そこからどう試合を運んでいくのかちょっと楽しみだ……楽しみなんだけど。

 

(一夏、遅いな……)

 

 開かないピット・ゲートに視線を向ける。

 もう試合開始なのに、一夏がまだ出てきていなかった。

 対戦相手のオルコットさんが既に入場して、ステージの中央でスタンバっているのに対し、一夏のいるAピット側ではまだ何の動きも見られない。

 周りの席から、どうしたんだろうと心配する声がひそひそと聞こえてくる。本当にどうしたんだろうね。

 

 ひょっとしたら準備が出来てないのかもしれない。

 というのも、どこかの研究機関から専用機が用意されるって一夏本人から聞いてはいるんだけど、それがいつ届けられるかもわからないって話なのだ。

 試合当日には間に合うって言ってたのが、まさかまだ届いていないんじゃ……。

 

「見て、織斑くんが出てきたよ!」

「本当だ!」

「うわー、織斑くんの専用機真っ白で綺麗!」

 

 と、思っていたらピット・ゲートを抜けて一夏が出てきた。

 飾り気のない純白の機体をまとい、ステージ中央へ向かって飛翔する。

 

「白……騎士……」

 

 ぱちり、瞬きをする。

 あれおかしいな。今、変なのが見えたような……。

 

 白騎士は十年前、僕を病院から連れ出した姉さんが見せてくれたISの長女。

 一夏のISとは、似ても似つかないはずなんだけど。

 

 首を傾げていると、試合開始のブザーが鳴った。

 対峙する真っ白い機体と、鮮やかな青色の機体。

 二人ともすぐに動く事はなく、何か会話をしている。

 

 どんな話をしているのか、観客席にいる僕らにはわからない。

 けれど、どうやらお互いに譲れない結果に終わったみたいだ。

 

 キュイン──ッ!

 

 オルコットさんが動く。

 瞬く間もなく閃光が走り、一夏の体を貫いた。

 二メートルを超す銃による、エネルギー弾の射撃。

 

 辛うじて回避しようと体を捻り、空中で姿勢制御を行う一夏だが、左肩の装甲を撃ち抜かれていた。

 ダメージの処理が行われ、電子掲示板に表示されている一夏のゲージが減る。

 

 ISには操縦者を守るバリアーがあって、ダメージを受けるとシールドエネルギーが消耗される。

 大抵の攻撃はバリアーが防いでくれるんだけど、さっきの一夏みたいに、バリアーを貫通する攻撃を受けると機体そのものにダメージが入ってしまう。

 このバリアーを貫通してしまう攻撃を受けてしまった時、特に当たり所が悪くて操縦者が死んでしまいかねない場合は、膨大なシールドエネルギーと引き換えにあらゆる攻撃を無効化する、絶対防御というISの能力が発動するんだって。

 

 ただ今回の場合は、攻撃がバリアーを貫通してダメージを受けてしまっても問題ないとシステムが判断したに違いない。

 バリアーによる防御を貫通したエネルギー弾は無効化されず、命中した左肩の装甲は吹き飛び破損した。

 

 先手を取ったオルコットさんは勢い付き、狙いの絞られた攻撃に次ぐ攻撃を一夏へと繰り出す。

 降り止まないレーザーの集中豪雨を前に、あっという間にシールドエネルギーを消耗していく一夏。

 ちなみにISの試合は、基本的に相手のシールドエネルギーを先に0にした方が勝ちというシンプルなルールだ。

 つまりこのままだと一夏は負ける。

 

(どうするのさ、一夏?)

 

 僕らが見守る中、ようやく攻勢に出ようとする一夏。

 オルコットさんの激しい攻撃を回避しつつ、専用機の拡張領域から呼び出したのは、

 

「……刀?」

 

 片刃の近接ブレード、たった一本だった。

 

 

 

 

 

 ××月××日

 今日は一夏とオルコットさんの試合。

 結果から書くと、一夏は負けた。

 

 オルコットさんが使う大型のレーザーライフルで序盤にかなり削られて、試合の途中に展開してきたビット兵器でもっと削られて……。

 さっすが、代表候補生に選ばれるだけあるなぁオルコットさんはって感じ。素直に尊敬。

 

 一夏の真っ白な専用機も格好イイけど、僕はオルコットさんの青い専用機の方が好きだ。

 でもどうして一夏は刀みたいなデザインのブレード、それも一本しか使わなかったんだろうか?

 

 オルコットさんは色々と出てたし、詰め寄られた時に切り札として使った隠し武器も格好よかった。あれはミサイルだな。ISにミサイルがいるのかどうかっていう疑問はさておき……。

 

 一応、ブレード一本でオルコットさんのビット兵器を撃破したり、形態移行から不意打ちをしてみたりと頑張ってたんだが……そこで発動したワンオフ・アビリティの仕様をイマイチ理解していなかったみたいで、あっという間にシールドエネルギーが尽きてしまった。

 

 ギューン、ギュイーン、バーン、ドーンッ──て。

 うおー、こっから逆転勝ちだぁ! みたいな、少年漫画なら完璧な流れだっただけに……本当に残念。

 観戦してた皆、何が起こったんだろうってぽかーんとしてたけど、あれって自滅じゃないかな。自滅でしょ。

 

 一夏が使った単一仕様能力なら僕も知ってる。

 姉さんが教えてくれたんだけど、あれは千冬さんが昔使っていた専用機のものだ。

 本来、別々の専用機が同じ単一仕様能力を発動させる事はないんだけど、どういうわけか一夏たちは姉弟で同じ能力が発動したらしい。

 

 ちなみに能力名は零落白夜。バリアーを無効化する攻撃、文字通りの必殺技。

 代わりにエネルギーをバカみたいに消耗するので、連続使用するとすぐガス欠になってしまう、名実共に諸刃の剣なのだ。

 つまり一夏は光の刃を垂れ流しにしてガス欠、試合終了という流れ……。

 

 まあこればっかりは仕方ない。ぶっつけ本番だったんだし、最適化も出来てない状態で戦ってたわけだし。

 結果的に不完全燃焼になってしまっただけで、試合運びや演出は最高だったと思う。

 

 特にあのミサイルで迎撃された時、そこからの形態移行、形勢逆転の流れは完璧だった。

 あの瞬間のアリーナの歓声といったらもう、これって世界大会の決勝戦だったかな? って感じだったし。

 

 一夏もオルコットさんも凄かった。

 勝ち負けとかもう、どうでもいいんじゃない。

 

 あ、駄目か。あれってクラス代表の座を賭けた試合だったんだよな……。

 

 ××月××日

 鈴が来た。




げえっ張飛!?


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鈴襲来

 夜風も暖かくなってくる四月の下旬。遅めの夕飯を頂いた僕は、ひとり食後の散歩をしていた。

 

 コースは一年の学生寮から学園の正面ゲート近くまでを往復する、本当に簡単なもの。

 寝る前に姉さんたちと電話する時間がなくなってしまうので、あんまり長いことは歩かない。

 

 姉さんやクロエと何を話そうか考えていたら、時間なんてあっという間だ。

 ゲート前にあるベンチに着いたら、とりあえず腰を下ろして少し休憩。

 

 今日は天気もいいし、雲ひとつない夜空に綺麗な月が浮かんでいるのが見える。

 都会の明かりが強くて星があまり見られないのは残念だけど、これも都会ならではの風情なんだと思えばガッカリも薄れてくるでしょ……しないか。だよね。

 

「ユキオ!」

 

 不意に名前を呼ばれて、体がびくんと反応する。

 というか今の声って……

 

「まったく、こんなところでボーッとして……風邪ひくわよ」

 

 暗闇に目を凝らして、真っ先に目につくのは大きなボストンバッグ。

 次に呆れ顔とセットでため息をつく女の子。うん、ちょっと懐かしい感じ。

 僕が次に言うべきなのは──

 

「あれ、鈴?」

「久しぶりね。元気にしてた?」

 

 バッグからマフラーを取り出し、ごく自然な流れで首に巻いてくる。ちょっと肌寒いとはいえ、もうすぐ五月なんですが……。

 

「お陰様で。久しぶりに会えて嬉しい」

 

 強いて言うなら今、チャームポイントの長いツインテールが顔に触れてちょっとこそばゆい。ああ、もう大丈夫。

 

「そう。ならひとまず安心ね」

 

 ふっと柔らかく笑うと、鈴は僕の二の腕を軽く叩いた。ポンッと軽く手で触れる感じ。

 

「鈴は、どうしてここに? その大きな荷物は?」

「どうしてって……。アンタがここにいるって聞いたからに決まってるじゃない」

「……え、と?」

 

 どういうこと?

 

「察しが悪いのも相変わらずね……」

「え……なんかごめん?」

「……もう」

 

 ため息をついて、僕の肩を掴む鈴。加減してくれてるのかあんまり痛くない。

 

「いい? IS学園は女子校なのよ、女の子しかいないの!」

 

 鈴の言う通り、IS学園は女子校だ。何故ならISは女の子にしか使えないから。

 

「う、うんまあそうだね……でも一夏もいるし、従妹もいたよ?」

 

 学園にいる男子生徒は僕だけじゃない。

 一部の例を除き、原則男には使えないIS。けどまず一夏が、次に僕が。立て続けにその例外となってしまったというわけ。

 

「……へえ、そう。それで、同じクラスなの?」

「え、いや……違うけど」

 

 本当は僕も同じクラスがよかったんだけど、僕は二組で一夏と箒は一組。寮の部屋割りも別々。

 ……そういえば僕の部屋に急遽新しく生徒が入って来るって担任の先生からお達しがあったけど、もしかして鈴?

 

「そんな事だろうと思った。つまり見知らぬ女の子しかいないも同然なわけ。これはアンタにとって大きなストレスの元だわ!」

「……ま、まあそうかも?」

 

 今はそうでもないけど、知らず知らずの内に溜まってる可能性はなくもない。姉さんとの電話を日々の癒しにしちゃってるくらいだもんなぁ……。

 あれ……。でも、僕のストレスがどうして鈴の転入に繋がるんだろ。そりゃあ、いたら心強いけどさ。

 

「今まで大変だったでしょ。でも、もう大丈夫よ。なんてったって、このあたしが来たんだから!」

「うん。頼もしい」

 

 ま、いっか。

 入学のきっかけを負い目に感じてた一夏との蟠りはこないだの試合のすぐ後に一応は解消したんだけど、今度は箒が僕を微妙に敵視してる理由がわからなくてむちゃ困ってるとこだったし。

 

「どーんと任せなさい!ㅤ……ところでさ」

「うん?」

「本校舎に総合事務受付ってのがあるみたいなんだけど」

「……ああ、あるね」

「道わかるなら案内してくれない? この紙っきれからじゃイマイチよくわかんないのよねぇ……」

 

 鈴が上着のポケットから取り出したくちゃくちゃの紙には、学校に到着したら本校舎一階の総合事務受付に来てください(超意訳)と書いてあった。略図なし。……なし?!

 ただでさえこの学校、敷地がバカみたいに広くて建物もいっぱいあるから迷いやすいのに……。これじゃ鈴が可哀想だ。

 

「いいよ。行こう」

「本当?ㅤじゃ、行きましょ!」

 

 僕の手を握って歩き出す鈴。

 そうして先導する鈴を口頭で簡単に案内しながら、学園内の敷地を足早に横断する。

 時刻は午後八時を過ぎ、どの校舎も灯りが消えていてちょっぴり寂しい雰囲気だ。

 この時間帯は大抵の生徒も寮にいるし、他に出歩いている人の気配は感じられない。

 

「…………」

「…………」

 

 黙々と歩き続ける。

 

「だから……でだな……」

 

 と、ISの訓練施設から生徒が出てくる。

 鈴も話し声に気付いたようで、歩きながら視線をそちらに向けていた。

 あれ、ちょっと待てよ……。やっぱりそうだ。

 よくよく見ると、二人とも見覚えのあるシルエットだった。

 

「鈴、一夏とさっき言った従妹だよ」

 

 一夏と、箒。こんな時間まで特訓してたのかな。

 二人は仲良く……仲良く?ㅤ寮の方へ歩いていく。

 

「……あっちはあっちで相変わらずみたいね」

「鈴、挨拶してかない?」

「もう遅い時間だもの。いつまでもアンタを連れ回すわけにはいかないでしょ」

 

 それもそっか。……いや、僕がどうとかじゃなくて。

 ほら、鈴も長旅で疲れてるだろうし。それならまた明日にでも、鈴が転校してきたよーいちかーって一組の教室に行った方がいいのかもしれない。

 

「このまま真っ直ぐ行って、アリーナの裏手に回ったら本校舎」

「あの灯りがついてる建物?」

「うん、そう」

 

 一緒に受付に行くと、愛想のいい事務員さんがいた。

 

「……はい。ええと、それじゃあ手続きは以上で終わりです。IS学園へようこそ、凰鈴音さん」

 

 ふぁん、りんいん。それが僕の幼なじみのフルネーム。

 引っ越してきた小学四年から、引っ越す中学二年まで学校もクラスもずっと一緒だったのは僕の中で結構自慢だったりする。一夏は何回かクラスが別れちゃったからな……。

 今度も鈴は僕と同じクラスだから、記録更新だね。去年は引っ越したからノーカン。

 

「ところで、二組ってクラス代表もう決まってるの?」

「……まだ決まってはいないかな」

 

 こないだ一組のお二人さんがクラス代表の座を巡って大騒ぎしてたけど、それと打って変わって僕ら二組は静かに事が進んでいる。

 どんな手段を使ったのかはわからないけど、学校の先生方には姉さんが僕に専用機を用意してる事が既に伝わっているらしくて、二組の担任が出処をぼかしつつそれを言っちゃうものだから、今は僕が暫定クラス代表という事にされているんだ。

 あくまでも暫定でまだ決定してないのは、肝心の専用機がまだ届いてないから。今度のクラス対抗戦に間に合わないなら実技の得意な子に代わってもらうように、僕からお願いしてあるんだけどね。

 

「そう」

「うん。それが?」

「ちょっと……ほら、行くわよ」

 

 ──結局のところ。

 予想通り僕の部屋に新しく入ってくる生徒っていうのは鈴で、全く知らない人が入ってくるわけじゃなくて一安心したのもつかの間。

 いつもより電話するのが遅くなって、いつもより数倍何言ってるのかわからなくなっちゃった姉さんと、いつもより少しだけ不機嫌なクロエを相手に僕はお喋りする事になるのだった……。











後書き


宮田雪夫(旧姓篠ノ之雪夫)
篠ノ之姉妹のおば、雪子の息子。つまり束たちとは従姉弟妹関係。
病気がちで、母親の仕事の関係から姉妹の自宅がある篠ノ之神社の離れ(空き部屋)にいる事が多く、隙を見て抜け出しては姉と慕っている束と遊んでいた。
この時点では健康優良児そのものだった一夏、箒、千冬ら門下生組とはあまり交流がなく、束と幼なじみだった千冬とでさえたまに世間話をする程度だった。
当初は極めて普通の姉弟だったものの、いつの間にやら立場が逆転し弟の方が姉を甘やかすようになっていた。
白騎士事件以降、篠ノ之家が一家離散した後は母親と共に残された神社の管理をしている。また、一夏とはこの頃からよく顔を合わせるようになった。
高校受験の折に一夏の迷子に巻き込まれ、運命のIS学園入試会場へと足を踏み入れてしまう。以上。
現在は束の努力()によりまずまずの健康体。


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幼なじみの野望

信長ではない。


 朝。体をやんわりと揺すられて目が覚めた。

 目覚まし時計のアラームはまだ鳴っていない。

 だからいつもよりまだ早い時間なんだろうけど、昨日は早めに寝たからつらくなかった。

 ……あれ? でもなんで早く布団に入ったんだっけ……。

 

「雪夫、起きなさい」

 

 わあ、母さんみたいだ……。

 起きろなんて久しぶりに言われた気がする。いつも自分で起きてるし。

 目を僅かに開けると、鮮やかなターコイズブルーが視界に広がる。鈴が僕の顔を覗き込んでいた。鼻と鼻がくっついてしまいそうだ。

 朝日に照らされた長い髪から、ほんのりシトラスの香りがした。これ、僕が使ってるシャンプーの匂い? 近いけど、ちょっと違う。もっと甘い匂いがする。

 

「おはよう、鈴」

「おはよう。ちょっとしたら準備はじめなさいね」

 

 僕がまばたきしてる間に、テキパキとドレッサーの前で身支度を済ませていく鈴。ブラシで髪をとかしながら、微かに鼻歌も聞こえてくる。

 ああ、そっか。今はルームメイトなんだ。昨日も鈴に早く寝なさいって、ベッドに寝かせられたんだっけ。

 これまで一緒に生活していたわけじゃないから当然なんだけど。朝から鈴が近くにいるなんて、なんだか不思議な感じがする。

 

「……ん、なによ。着替え手伝ってほしいの?」

「自分で出来る」

 

 ブラシを置いて、仕方ないわねとでも言うように振り向いた鈴を慌てて止める。今のは流石に冗談だよね、冗談だって言って。

 

「あ、そう。まあそりゃそうか……」

 

 なんで心底残念そうな顔するのさ、そこで……僕にだって羞恥心くらいあるんだからな。

 鈴がいつもの髪留めを手に取るのを見届けて、遅ればせながら僕もベッドから出る。

 

「お、ちょうどいいわね」

「んあ」

 

 シャワールームで洗顔と着替えを済ませた後、鏡を見ながら歯を磨く僕の後ろから、朝の身支度を終えた鈴がにゅっと手を出してきた。ちょうどいいって、何が?

 

「貸しなさい。仕上げやったげるから」

「……?」

「ほーら、早く」

 

 差し出した手をフリフリさせる鈴に、手にしていた歯ブラシを渡す。

 すると鈴は僕の手を引いて、ベッドに腰掛ける。

 促されるまま膝枕の体勢になり、あれよあれよという間に小さな手が僕の顔に触れていた。

 

「あたしがいない間に、虫歯なんて作ってないでしょうね?」

「ない」

「ふーん、どうだか……まあいいわ。口開けなさい」

 

 おずおず口を開くと、歯ブラシと小さな指がすっと口の中に入ってくる。なんでこんな事になってるんだろ。

 僕も姉さんにせがまれて歯磨きする事はあるけど、人にされるのは久しぶりだ。

 最近だと、歯医者さんの歯磨き指導? ……ならそんなに久しぶりでもないか。

 

「ま、アンタにしてはよく磨けてるわね。この調子で頑張んなさいよ」

「ん゛ー」

 

 唸って抗議するも、大した効果は見られない。というか鈴はこの程度の威嚇なんて気にしない。

 そもそも鈴の中の僕ってどうなってんだろ。そんなに虫歯が出来そうな感じなの? ぱっと見て不衛生って事? ……それはなんかちょっとショック。

 

「……こんなとこかしら。はい、お疲れさま」

「…………」

 

 無言で洗面台に向かう。だてに歯磨き指導を受けてはいないのだ。……まだ褒めてもらった事ないけど。

 歯医者さんと同じで、口をゆすいだら歯磨きは終了。

 シャワールームを出ると、鈴が待ち構えていた。

 

「さ、朝ごはん食べに行くわよ」

「わかった」

 

 昨日事務員さんから簡単な案内はされたものの、今朝も僕が手を引かれながら鈴を学生食堂まで案内する事に。

 まあ一階に行けば、探さなくてもすぐ見つかると思うけど。ここは一緒に行く事にも意味があるはず。

 

「あ、あれ宮田くんじゃない?」

「ほんとだ宮田くん」

「一緒にいる子だれだろ〜?」

 

 見知らぬ生徒が気になるのか、転校生だと気付かれたのか。すれ違う生徒がみんな鈴を二度見してる。

 もっとも、廊下に出てる生徒の数自体が少ないから騒ぎにはならなかった。小学五年に鈴が転校してきた時は凄かったからな……。

 そのぶん無用ないざこざとかもあったけど。お陰で鈴とは仲良くなれたから、ある意味いい思い出なのかもしれない。

 

「あ、そうそう。あたし二組のクラス代表になったから」

「……そう?」

「そうなの」

 

 しれっとそんな事を言う鈴。いつの間に……。 

 

「……一夏、いなさそうね」

 

 食堂の中を覗いて、鈴が呟いた。

 時間的に僕らが来たのがまだ少し早いくらいなので、いつもは生徒で賑わっている食堂も今だけは空いている。当然ながら一夏の姿はないし、箒もいない。

 

「この後、一組に軽く顔出しておこうと思ってるんだけど」

「ん。なら僕も行く」

 

 僕が券売機から好きなメニューを選んでる間に、横から鈴の手が伸びてきて、あっという間にボタンを押してしまう。そのまま出てきた券二枚を、鈴は担当のおばちゃんに渡した。

 

「朝は白いご飯と焼き魚とお味噌汁がいいんでしょ」

「よく知ってるね」

「……アンタが言ったんじゃない」

「そうだっけ?」

 

 待っている間に昔話に花を咲かせる。昔って言っても、古いものでほんの三〜四年前くらいの話なんだけど。

 

「あ、出てきたわよ」

「本当だ。ありがとうございます、いただきます」

 

 お盆を受け取って、テーブルに移動する。

 鈴が選んでくれたのは鮭の塩焼き。こんがりと焼けた大きな切り身が、お皿の上で圧倒的な存在感を放っている。

 ちなみに鈴は朝からラーメンだ。

 

「時間はあるんだし、アンタはゆっくり食べなさいよ」

「うん。そうする」

「魚の骨、取ったげようか?」

「大きいから大丈夫」

「……そ」

 

 そんな会話を交えつつ、箸を進める鈴。ラーメンだけどレンゲは使わない派なんだって。僕も使わないかな。

 

「本当に手伝わなくて平気?」

「……平気、平気」

 

 鈴に押し切られて小骨を除いてもらうまで、あと五分……。

 

 

 


 

「織斑くん頑張ってね!」

「フリーパスのためにもね!」

 

 SHR前の空き時間。鈴と二人で廊下を歩いていると、一組の教室からそんな会話が聞こえてくる。クラス対抗戦の話かな。

 一位のクラスには学食デザートの半年フリーパスが優勝賞品として配られるんだ。優勝の栄誉はさておき、僕もフリーパスは気になってるんだよね。

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

「おう」

 

 そんな楽しそうな声を聞いた鈴は弾かれるように早足になり、ささっと入り口前に滑り込んだ。ちょろちょろって、オコジョみたいで可愛い。

 

「──その情報、古いよ」

 

 腕を組み、ドア枠にもたれかかりながら言い放つ。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝させないから」

 

 そうドヤ顔で言う鈴。え、鈴も専用機持ちなの?

 それは僕も知らなかったな……あ、だからクラス代表になったのか。納得。

 

「鈴……? お前、鈴か?」

 

 鈴の背中を歩いて追いかける僕の耳に、困惑した様子の一夏の声が届く。まあそうなるよね。僕もびっくりしたし。

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

「何格好つけてるんだ? すげぇ似合わないぞ」

「んなっ……!? なんて事言うのよ、アンタは!」

 

 これこれ。いつもの二人って感じ。

 ……と、僕のすぐ隣を誰かが通り過ぎようとする。

 

「あ、織斑先生」

「おはよう……もうSHRの時間だ、教室に戻りなさい」

「おはようございます。鈴を連れて行きます」

 

 鈴に駆け寄り、肩を指でつつく。

 

「鈴、もう時間。教室に行こう」

「え、もう? ……仕方ないわね」

 

 物足りなさそうな鈴だけど、僕の後ろからやって来る千冬さんを見て口を噤む。

 

「お昼に学食で集合ね! わかった、一夏!」

「幼なじみ再集結……うん、いい感じ。一夏、またね」

「ほら、早く行くわよ!」

「あ、うん」

 

 何が何だか理解出来てない様子の一夏に手を振っていると、鈴に空いてる方の手を掴まれてまた引っ張られる。あっという間に二組に着いた。

 

「でも鈴、なんで宣戦布告?」

「決まってるじゃない。自分に活を入れるためよ」

「本気で優勝を狙ってるんだ」

「……まあね。あたしは強くならなくちゃいけないんだから」

 

 言いながら、鈴が僕の手を握る力を強くする。

 

「そういえば。雪夫、甘いもの好きなんだっけ?」

「人並みには。ここのデザート、美味しいから」

「……ますます負けられないわ」

「……?」

 

 こうして、今日が本格的にはじまっていく。

 この後鈴がSHRで簡単な自己紹介をして、朝に僕らが一緒にいるところを見かけたクラスメイトに質問攻めを受け、それに対して鈴があっさり幼なじみだと答えてちょっとした騒ぎになるのはまた別の話……。

 席も僕の後ろだし。よろしく、鈴。









後書き

しばらく幼なじみパートが続きます
デレ増し鈴ちゃんヒロインの作品も少ないから自給自足しようと思ってたのよ。

作者はいつでもどこでも、感想を受け付けております。
あ、毎回の感想もそうですが、誤字報告ありがとうございます。ここ好きも確認してます。


{|}< おやおや。おやおやおや。鈴はオコジョみたいでかわいいですね。


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【悲報】幼なじみ再集結記念【失敗】

「待ってたわよ、一夏!」

 

 お昼休み。食堂に入ってきた一夏を見て、鈴がこっちこっちと手を振る。

 本当は券売機の近くで待つつもりだったんだけど、僕ら二人があそこにいたら邪魔になりそうだったし、それなら先に席を確保しておいた方がいいかなって事になったんだ。実際、この時間帯の食堂は人の行き来が多いからね。

 

「おう。待たせたか?」

「まあまあね。……にしてもアンタ、ぞろぞろと連れて来すぎよ。幼なじみ再集結記念だって言ったじゃない」

 

 呆れた様子で一夏に視線を向ける鈴。

 日替わりランチのお盆を持って席にやってきた一夏の後ろから、一組の生徒数人がついてきている。箒やオルコットさんも一緒だ。

 

「まあそう言うなって。飯は大勢で食べた方がうまいだろ?」

「……ま、いいわ」

 

 口ではこう言ってるけど、実は最初からこうなる事を予想していて、僕らはテーブル席を確保していた。お陰でちょっと白い目で見られたりもしたけど、まあ必要経費かな。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

「元気よ。そっちも元気そうでなによりってとこね」

「まあ、元気なのが取り柄みたいなもんだからな……」

 

 お、一夏の今の返しは僕が一度でいいから言ってみたい日常会話のフレーズベストスリーに入るやつだ。ちなみに一位は我が生涯に一片の悔い無し──。

 

「いつこっちに帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見た時びっくりしたじゃない」

 

 お互いの近況について話が弾むのは、きっと仲がいい証拠。一夏も鈴も、表情がいつもより輝いて見える。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明して欲しいのだが」

「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」

 

 と、蚊帳の外にされて面白くなさそうな箒にオルコットさん。顔が険しくてちょっと怖い。

 二人が特別なお付き合いをしてるって事はないと思うけど。オルコットさんや他の生徒は、興味津々といった様子で一夏を見ている。

 

「一夏とあたしが? ……ないない、ありえないって」

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼なじみってだけだし、それに鈴は……」

「…………」

「ぅおっとと。……なんでもない」

「……命拾いしたわね」

 

 ……? なんだろ、今の変な間は。

 

「幼なじみ……?」

 

 あ、そっか。箒は会った事ないんだよね。

 

「えっとだな。箒が引っ越していったのが小四の終わりだったろ? 鈴が越してきたのが小五の頭で、中二の終わりに一度国に帰ったから、こうして会うのは一年ちょっとぶりだな」

 

 首を傾げる箒に、一夏が掻い摘んで説明をする。

 

「で、鈴。こっちが箒。ほら、前に話したろ。小学校からの幼なじみで、俺の通ってた剣術道場の娘。あと、まあ一応雪夫の従姉妹だな」

「ふぅん、雪夫のね……。そうなんだ?」

 

 興味なさげな返事をする鈴だけど、その目はしっかり箒を見ている。箒はなんだか居心地が悪そうだ。

 

「初めまして。これからよろしくね」

「……ああ。こちらこそ」

 

 二人の間にちょっと歪な空気が流れる。

 

「ンンンッ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

「……誰?」

「なっ!? わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさかご存知ないの?」

「うん。あたし、()とか興味ないし」

「な、な、なっ……!?」

 

 あらら……。みるみるうちに顔が真っ赤になっていくオルコットさん。鈴が涼しい顔してるから、そこがすごく対照的。

 

「い、い、言っておきますけど、わたくしあなたのような方には負けませんわ!」

「そ。でも戦ったら勝つのはあたしだよ。悪いけど」

 

 にべもなく言い切る鈴の表情には、僅かな陰りもない。こういうとこがすごいんだよなぁ鈴は。でも、同時にその自信が敵を作りやすくもあるんだ。

 

「…………」

「い、言ってくれますわね……」

 

 箒が手を止め、オルコットさんも苛立った様子で拳を握りしめる。

 二人ほどあからさまではないけれど、相席した一夏の連れも思う事があるのか神妙な表情を浮かべていた。

 鈴は二人から決して目を離さない。

 

「あたしは負けられない。負けないほど強くなるの。雪夫のためにもね……」

 

 え、僕?

 

「……そうでした、ところでそちらの方は? さっきから一言も喋っていませんけれど……」

 

 オルコットさんにつられて、この場にいる全員の視線がこっちに向く……なんだか照れちゃうな。

 っと、照れてる場合じゃない。誰って訊かれたんだから簡単な自己紹介くらいしとかないと。

 

(え、と……)

 

「こいつは宮田雪夫。俺の幼なじみで、箒の従兄弟だ」

「……よろしく」

「む、無口な方なのですね……」

 

 うどんを一口すする。

 あーあ、一夏に言いたい事全部言われちゃった。

 僕が特別無口ってわけじゃなくて、単に言う事がもうないだけなんだよ。

 皆、僕が何か言う前に話を進めてくんだから。

 

「篠ノ之さんの親戚……。という事は、篠ノ之束博士の……」

「ん、姉さんなら元気だよ。それが、どうかした?」

「あ、いえ、なんでも……」

 

 とか言いつつ、箒をちらちらと見るオルコットさん。重たい空気をそっちから感じる。

 うわ、嫌だ……。

 

「…………」

 

 なんで僕は箒に睨まれてるんだろ……あれかな、実妹を放ったらかしにして姉さんが僕にばっかり構ってるから不貞腐れてるのかな。

 ああ、でもそう考えると理屈が通る気がする。姉さんにもっと妹の相手をしてあげてって言っとかないと。

 

「あーっと。り、鈴、親父さんは元気にしてるか? まあ、あの人こそ病気とは無縁だよな!」

「……うん、元気──だと思う」

 

 僕からどんぶりを掠め取って、勝手に具の餅を箸で切り分けはじめる鈴。

 ああー、力うどんのメインがぁ……ちょっと、今大事な話してたんじゃなかったの?

 なんかそんな雰囲気してたよ、一夏たちも目が点になってるよ。

 

「それよりさ、今日の放課後って時間ある? あるよね。久しぶりにまた、三人でどこか行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ」

「鈴、そこ潰れたよ」

「あ……。そう。そうなの……」

「去年ね」

 

 いつもの四人で勉強会とかに結構使ってたんだけど、いきなり閉店のお知らせが出て、そのまま潰れちゃったんだよね。

 あの時はびっくりしたな……で、その後は結局僕の家に落ち着いたんだっけ。

 

「ふぅん。意外と寂しいわね……。はい、これちゃんと噛んで食べるのよ」

「介護かな?」

 

 だから、白髪頭だけどまだおじいちゃんじゃないんだってば。

 そりゃ油断してたら若い人でも詰まらせるよ、でも僕そんなうっかりじゃないと思うんだけどなぁ。

 

「それなら、最悪学食でもいいから。……ほら、ここ一年の事を一夏、アンタから聞いときたいの」

「うーん。去年は俺も受験勉強で忙しかったしな……。でもまあ、それくらいなら」

 

 お、一夏も乗り気になってきた?

 

「──生憎だが、一夏は私とISの特訓をするのだ。放課後の予定は埋まっている」

 

 と、箒。

 あらら……一夏ってばすっかり箒のおしりに敷かれてらっしゃる。

 

「そうですわ。クラス対抗戦に向けて、特訓が必要ですもの。特にわたくしは専用機持ちですから? ええ、一夏さんの訓練には欠かせない存在なのです」

 

 おや? 様子が変だと思ってたけどこれ、もしかしてオルコットさんも? 

 やるねぇ、一夏。さすがいい男だ……怖い女の子に挟まれてるのには同情するよ。

 

「じゃあそれが終わったら行くから。予定空けといてよね。……雪夫、口開けて」

「……?」

 

 餅がもっちもち……なんてくだらない事を考えつつ、細切れにされた餅を食べながら会話がまとまっていくのを眺めていると、横から鈴が箸を出してきた。

 

「……!」

「はい、ナルト好きでしょ。食べたら行くよ」

「ん」

 

 本当、鈴って僕以上に僕の事を知ってるよね。

 

 

 

 

 

 五月。来週からいよいよクラス対抗戦だというそんな平日の夕方に、顔を真っ青にさせた先生たちが僕の周囲を行き交っている。

 

(誰かの特訓以外でピットに入るのは何気にはじめてだな……)

 

 僕がいるのはとあるアリーナのAピット。今日はここだけ生徒に解放されず、アリーナには先生しかいない。

 本当は鈴もついてきたがっていたんだけど、あんまり先生に無理を言ってはいけないから今日は一夏たちの方に行ってもらった。

 

「こ、この中です……」

「ありがとうございます」

「い、いえ。……わ、私はもう行きますが、質問などはありますか?」

「大丈夫です」

「そ、そうですか。な、何かあったら近くの先生に訊いてみてください!」

 

 いや、先生、この辺に人いませんけど……?

 ここまで案内してくれた先生が足早に立ち去り、ひとまずここ一帯には僕と大きなコンテナだけが残された。

 ……そう、なんでも今日のお昼頃に姉さんから僕の専用機が届いたというのだ。

 

(姉さん、言ってくれればよかったのに……)

 

 昨日の電話ではそんな事ひとっ言もなかった。

 多分、姉さんなりのサプライズだったんだろうけど、思いっきり時間ズレちゃってるよ……先生にも迷惑かけちゃってるし、謝っとかないとね。

 なんていうか、生徒宛の大切な荷物を預かる気苦労ってやつなのかな。ここに来るまでにすれ違った先生の顔みんな蒼白だった。

 きっと責任感の強い先生ばかりで、生徒の荷物に何かあっちゃいけないって、お昼から神経すり減らしたんだろうな。お疲れ様です。

 

「…………」

 

 目の前にあるのは、一般的なのものより一回り近く大きな金属のコンテナ。正面に液晶パネルがあって、その下にあからさまなタッチパネルがある。──というか、『← Touch me !』って張り紙がされてる……。

 

「……オープンセサミィ」

 

 冷たいパネルに手のひらを合わせると、カシュッカシュッと空気の抜ける音がした。同時に中からモーターが唸る音も聞こえてくる。

 高まる期待感……ロマンだね。

 

『パ、パカパーン! サプラァ〜イズゥ!』

「……姉さん?」

 

 パッと液晶にご機嫌な姉さんが映し出された。

 おー、開幕一言目がマトモな姉さんを見たのはかなり久しぶりだ。

 

『おっひさー、ゆっきー! やーやー、愛しの束さんだよ〜元気してた〜?』

「う、うん……?」

 

 姉さん、なんか様子が変だな。

 機嫌がいい時は大抵テンションが高い方だけど、こんな他人行儀な感じじゃないし……ていうか、久しぶりって毎日電話してるじゃん。

 

『さて、挨拶もそこそこにしとこっか。──で、まだそこにゆっきー以外の人間がいるなら出てってもらえるかな? 今、束さんとゆっきーが家族水入らずでお話しようとしてるんだけど? ねえ?』

「……いないけど」

 

 金属の箱からニュッとうさぎ耳のような装置が飛び出して、回転しながら淡い光を照射し辺り一帯を照らしはじめた。──で、何これ?

 一通り舐め回すように光を浴びせた後、うさぎ耳はまた箱の中に引っ込む。何だったの今の……。

 

『うんうん。賢い選択だね……はふぅ』

「お?」

『──うえ゛え゛え゛え゛え゛え゛……』

「えぇ……」

 

 あ、いつもの姉さんだ……。

 さっきまでとは打って変わって、堰を切ったように泣きはじめる姉さん。ダムの決壊も川のせせらぎに感じられる勢いで、大粒の涙を絶え間なく流し続ける。

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……』

「姉さん、結構周りに響いてる」

『ゆ゛っきぃ゛……゛。これ録画だよぉ゛……゛』

 

 液晶画面に姉さんの顔が頬から張り付く。

 これがカートゥーンアニメとかなら、姉さんの上半身が画面から出てきてるとこだ。

 ……というか録画だったのね、これ。

 

『ボリュ゛ームは……タッ゛チパネル゛で調節できるよぉ゛……イ゛ヤホンジャックもある゛よぉ……』

「あ、うん……」

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん……゛』

 

 本当、姉さんは泣き虫だなぁ……。

 そっとスピーカーのボリュームを下げながら、僕は号泣する姉さんのお話を気長に聞くことにした。

 クラス対抗戦の日程では、一回戦の組み合わせは鈴と一夏。

 なんだか波乱の予感がする……なんてね。









後書き

こいつは大きいですね……。
予定通り、次回は専用機のお披露目になるはず。
はたして、束ちゃんのスーパーゆっきーウルトラゆりかご計画とは?

作者は感想を24時間いつでも受け付けております。
毎回の感想、誤字報告ありがとうございます。


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クラス対抗戦

 クラス対抗戦初日の朝。いつもの制服に着替えた僕は、学園の正面ゲート前にいた。

 ちょっと早めに目が覚めたから、ご飯の前に朝の散歩。傍には同じくらいに起きた鈴もいる。二人して夜は早く寝たもんな。

 

「今日も晴れそうね。いい事だわ」

「そうだね」

 

 対抗戦初日だし、なんなら一回戦から出場する鈴だけど、『頑張って』とか『いよいよだね』とか。そういう特別感のある話はもう昨日までに沢山してるから、今朝は僕たち二人とも普通の会話を楽しんでいた。

 

「今度の休み、二人で買い物にでも行かない?」

「買い物?」

「アンタの服を見に行くの。ついでにあたしも新作チェックしとこうかな……」

 

 女の子は買い物好き。それは、鈴でも変わらない。

 転校してきた時に見た、大きなボストンバッグひとつでどこにでも行けるフットワークの軽さを誇る鈴は、買うよりも見るのが好きなタイプの女子だ。荷物は増えないからその分普通の子より楽だと思う。

 まあ、あくまで弾たちと見た映画の女の子から学んだ感想だけど。あれ、付き合わされてる男の子が可哀想になる勢いだったからな……。僕は幼なじみが鈴でよかった。

 

「服ならあるよ」

「……それ、いつも着てる上下黒のシャツとチノパンの事?」

「駄目?」

「ダメではないけど、ちょっとくらい冒険してもバチは当たらないはずよ」

 

 腕組みをして、片目を閉じながら僕を見る鈴。うーん、そういうものなのかな。

 でもあのセット、安いから気に入ってるんだよね。洗濯機に放り込んでちゃちゃっと洗えるし。

 

「じゃ、週末は買い物に決定って事でいい?」

「うん。楽しみにしてる」

「あたしもよ」

 

 そんなわけで週末の予定が決まった。

 それはクラス対抗戦初日の、朝の事だった。

 

 

 

 

 

 一回戦、一組『織斑一夏』対二組『凰鈴音』。

 開始から既に十分。試合は二組、鈴音の優勢で進行していた。

 

「よくかわすじゃない。あたしの衝撃砲《龍咆》は砲身も砲弾も目に見えないのが特徴なのに」

 

 仕切り直しとなったタイミングで、鈴音が感心した様子で一夏に語りかけた。

 実際その通りだった。甲龍(鈴音)の衝撃砲は、対戦相手である白式(一夏)をたしかに苦しめている。

 が、しかしそれ以上に、鈴音の操縦者としての能力が想像していたよりも遥かに高い。操縦者と機体が想像以上に噛み合っているのだ。

 武器の相性、機体の性能というカンタンな言葉では、決して片付けられない格差が二人の間にあった。

 

「鈴」

「……なによ?」

「本気で行くからな」

 

 そんな状況の中、折れる事なく覚悟を決めた表情を浮かべる一夏。

 絶望的な戦況だが、気持ちでは負けていない。相手を見据える瞳には、そんな熱い思いが込められていた。

 

「はっ、当然でしょ。ここで手を抜くなんて絶対に許さないわ。全力でかかって来なさい。その上で叩き潰してあげる……」

 

 両刃の青龍刀をバトンのように一回転させ、言葉通りに迎え撃つべく構え直す鈴音。

 不敵な笑みに妖艶さを滲ませ、幼い容姿からは想像もつかないほど大人びた雰囲気を漂わせる。

 

「あたしにはね、背負いたいものがあるの。今のままじゃまだ全然、頼りないかもしれない」

「ああ、よく知ってるぜ」

「そうね……それにきっとこれは、あたしたちの独りよがりな望みね」

 

 それはオープン・チャネルの通信を聞いている、対戦相手や教師にしか聞こえない告白。

 きっとアリーナのどこかで自分たちを見ている想い人へ抱く気持ち、その再確認。

 日を追う毎に高まる“してあげたい”、“やってあげたい”気持ちに果てはない。

 

「──けど、その願いのためにあたしは強くなる。何にも、誰にも負けないほど強くなる……!」

 

 同時に己への発破でもある独白は鈴音の心を確実に、しかし冷静さを見失わない程度に昂らせた。

 

「行くわよ! 今は雪夫が、あいつが見てるんだ……勝ち負け以前に、こんなところで無様は晒せないっ!!」

「それなら俺だって、あいつの前でダサいとこは見せられねえよな!!」

 

 鈴音が吼え、一夏が加速姿勢に入る。

 先に動いたのは意外にも一夏。ここ一週間で身につけた『瞬時加速』という加速テクニックを利用し、この技能を一夏が使える事をまだ知らない鈴音に奇襲を仕掛けたのだ。

 繰り出されるのはシールドを無効化する必殺の一撃、名は『零落白夜』。

 

「うおおおおっ!」

 

 鈴音に一夏の刃が届く、その瞬間、

 

 ズドオオオオンッッ──!!!

 

 突然、大きな衝撃がアリーナ全体を揺らした。

 

「な、何だ? 何が起こって……」

 

 困惑する一夏の目の前で、もくもくと濃い煙がたち上る。

 アリーナの遮断シールドを貫通し、“何か”がステージに飛び込んできた。

 

「雪夫……っ」

 

 煙の中に熱源、それは所属不明のIS。ISと同じ性質の遮断シールドを貫通する攻撃力を有した不明機が乱入してきたのだ。

 咄嗟にハイパーセンサーを使い、想い人の所在を探る鈴音。どう動くにしても彼の位置を知っておきたい。

 

『一夏、試合は中止よ。ピットに戻って早く!』

 

 同時に混乱する一夏へ、冷静にプライベート・チャネルを飛ばす。

 

「なっ──お前はどうするんだよ!?」

 

 返ってきたのはオープン・チャネルによる通信。一夏はプライベート・チャネルの開き方がわからなかったのだ。

 

「あたしがあれをどうにか──時間を稼ぐから、その間に逃げなさい!」

「逃げるって……。女を置いてそんな事できるか!」

「馬鹿、わからない事言わないの! アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

 

 ステージ中央から目を離さず、鈴が諭すように突き飛ばした物言いをする。

 

「別に、あたしも最後までやり合うつもりはないわよ。こんな異常事態、すぐに学園の先生たちがやってきて事態を──っ」

 

 途中、言葉を切った鈴が上空に緊急回避する。

 その直後、煙の中から空間にかけて熱線が走る。ビームの砲撃だ。

 

「思ったより出力が高い……っ。一夏、早く!」

 

 セシリアのレーザーライフルよりも破壊力のある攻撃……。

 ハイパーセンサーの解析結果を確認し、軽く歯軋りをした鈴音だが、すぐに体勢を立て直して衝撃砲を構える。

 

「アンタに何かあったら雪夫が悲しむでしょうが!」

「それは……! 来るぞ!」

「──ああっ、もう!」

 

 次の瞬間、煙を晴らすようにビームが連射され、所属不明のISがふわりと浮かび上がってきた。

 

「なんなんだ、こいつ……」

 

 姿を目視した一夏。不明機は手が異常に長く、そのシルエットはまさに異形のそれだった。

 まず『全身装甲』が目を引き、次にその大きさ、肩と頭が一体化し首のない上半身、各部オプションが歪さを演出している。

 

「お前、何者だよ」

「…………」

 

 一夏が呼びかけるが、当然ながら不明機は応答しない。

 警戒する二人を剥き出しのセンサーレンズに捉え、不気味に沈黙を貫く。

 

『織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に向かいます!』

 

 そう通信を入れたのは管制室にいる副担任の真耶だが、足止めを提案した鈴音よりも先に首を横に振ったのは一夏だった。

 

「──いや、先生が来るまで俺たちで食い止めます」

 

 鈴音の言葉を借りるわけではないが、時間を稼ぐ。

 シールドを突き破るほどの火力があるISが乱入してきたのだ。それこそ自分たちが相手をしなければ、観客席にいる人間──鈴音に言わせれば彼に被害が及ぶ可能性がある。そう判断しての返事だった。

 それに、一夏にはある思いもあった。

 

「鈴、俺に何かあったら雪夫が悲しむって言ったよな」

「……言ったけど。当然でしょ。つらい時も楽しい時も一緒にいた、幼なじみなのよ?」

「馬鹿だな。それ、お前も同じだぜ? 鈴に何かあったら、雪夫はきっと悲しむ。そんなの許せねぇよな?」

「それは……」

「──だから、俺はお前に背中を預ける。お前は俺に背中を預けろ」

 

 二人で仕留めるぞ。暗にそう言い、一夏は雪片を構える。

 

『だ、ダメですよ織斑くん!? 生徒さんにもしもの事があったら──』

 

 二人が続きを聞く事はなかった。不明機──敵ISの突進を回避し、横並びに位置取りをする。

 

「一夏、やると言ったからには最後まで付き合ってもらうわよ。あたしが衝撃砲で援護するから、合わせて突っ込みなさい。他に武器、ないんでしょ?」

「その通りだ。じゃあ、それでいくか」

 

 互いの武器の切っ先を当て、作戦通りに飛び出す。

 

 ドオオオオンッッ──!!!

 

「何がっ!!?」

「──っ雪夫!」

 

 落雷のような音と共に降り注いだのは、絶望。上空からアリーナ目掛けてビームの砲撃が落ちてきた。

 不明機は二人の目の前にいる。だが今の攻撃は、()()()()()()()()()()()()行われていた。

 つまり、それらが意味する事は、

 

「新手! それも数が多い!」

「あいつだけじゃなかったのか……!」

 

 ゆっくりと降りてくる複数の不明機。数は四、最初の機体を含めて五。

 いずれも似たようなデザインだが、中には一部形状の違う機体も混ざっている。

 一機でも厄介だというのに、まさかの増援……。

 

「鈴、一機抜けた!」

 

 一夏の焦った声が、鈴音の冷静さをかき乱す。

 

「こなくそ、どこへ……っ!?」

 

 咄嗟にハイパーセンサーを使って機影を追う鈴音だが、その行き先に目を疑った。

 さっき自分が確認した、雪夫の席がある位置だ。

 頭部が歪に肥大化した不明機が、気味の悪いレンズで雪夫をじっと見ていた。

 

「雪夫、雪夫がっ!」

「鈴、あぶねぇ!」

 

 意識がそちらに向いた瞬間、襲い来る光の砲弾。

 神がかり的な反応速度で回避する鈴音だが、既に平静を失いつつあった。寧ろ僅かにでも冷静な思考が出来ている方がすごい。

 

「やってくれるじゃない……。どこの誰だかは知らないけど、あいつを狙うなんて目だけは利くみたいね……」

 

 ふつふつと湧き上がる怒り、焦り。

 目の前の障害を排除しなければ──。そう考え、鈴音が鋭く切り込む。

 次の瞬間、

 

 ガギン゛ッッッ──!!

 

 鈴音の背後から物凄い勢いで黒い塊が飛来し、立ち塞がる不明機の内、一機を諸共吹き飛ばす。

 

「……何?」

 

 塊の正体は、あの頭でっかちな不明機だった。

 同士討ち? いや、違う。それでは直前の凄まじい質量が機体にぶつかるような音の説明がつかない。

 意識をめぐらせる鈴音。と、視線が止まる。

 その先にいたのは──

 

「あれは……」

 

 目を見張るような純白の全身装甲に、毒々しい真っ赤な光を放つライン。足がない、見る限り腕もない。

 

 巨大かつ、縦にスラリと伸びるボディ。

 広い胸のような部位に、単眼のレンズセンサーを備えた頭らしきユニット。

 

 肩の位置にはスラスターや砲口を備えた大きなバインダーがあり、ボディの両サイドを隠すように閉じている。腕がない。

 

 スカートのような装甲から生えた腰から下はミノムシのようで、改めてそれに足がない事を物語る。

 

 さらにその上から、花弁のようにも見えるがそんな可愛らしいものではない五機の巨大な非固定ユニットが、盾のようにゆっくりと旋回を続けている。

 

 全体的に、乱入してきた不明機らとはまた違うシルエット。

 しかしおおよそISとは思えない機体が、そこにはいた。









後書き


さくしゃはウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです……。

鈴株が急上昇? 自給自足のためにヒロインにするって決めた以上、手を抜いたりはしないよ。可愛くて熱いヒロインだよ。そして贔屓してるから原作より強いよ。
束ちゃんには後で鈴ちゃん株を上げたぶん頑張ってもらうよ。部門別だからね。今はロリおかん部門のパート。

これを投稿した時点ではまだ感想の返信が終わってないと思われます。というか終わってないね、きっと。
皆さんの感想を待ちながら、前回の感想の返信をしていくので、なにとぞよろしくお願いします。

前回も沢山の感想と誤字報告、ありがとうございました。



最後に一言。

作者が好きなタイプのメカは次回発表します。
それか、感想の返信かですな。

……あ、これ一言じゃねぇや。


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月の兎(前)

土日なのに時間がない!
さすがに酷いから後で修正します。


「な、な……っ」

 

 観客席のシールドを突き破るようにして現れた純白のISに、ピットからアリーナの様子を見ていたセシリアの表情が驚愕の色に染まる。

 

「なんですか、あれは!?」

「……宮田の専用機だ」

 

 その呟きに千冬は答えた。モニターを見つめる目は険しく、表情も優れないまま。

 実際見ていてあまり気分のよいものではない。無関係を装うにはあまりにも知りすぎている千冬にとって、あれはそういう類いのものだ。

 

「『玉兎』。あいつ……篠ノ之束が手がけ、構想の段階で凍結させていた機体──」

 

 先週近海に投下され、極秘裏に学園へと運び込まれた。それも、IS委員会を脅しに束本人が直に訪れるという、最悪なオマケ付きで……。

 自分のお気に入りに下手な真似をしたら、もれなく全てのISコアを機能停止させる。そう、笑いながら束は言ったらしい。

 雪夫は自分の物だと。どの国にも所属しない、縛られない存在なのだと、そう世界に認めさせたのだ。

 

『束、どういうつもりだ?』

『んふふ。……私の最高傑作をなにとぞよろしくね、びしっ!』

 

 念のために連絡を入れてみれば、そんな言葉ではぐらかされた。

 

(最高傑作とは、どちらを指して言ったのか……)

 

 千冬の脳裏に浮かぶのは食えない少年の後ろ姿。白騎士事件という度を過ぎた茶番を束と共に企て、今もなお連絡を取り続ける世にも珍しい()()()()

 再び世界レベルの茶番に付き合わされていると哀れに思うべきか、過去の共犯者としての側面から目を逸らさず直視するべきか。

 ……いや、()()を可愛いと言い切る神経をまず疑うべきだろうか……。よもや洗脳ではあるまいな。

 

「篠ノ之束博士の……」

 

 束と聞いてごくりと喉を鳴らすセシリア。この少女がどういう認識であれを見ているのかは知らないが、今回の不明機襲撃を含め、あの機体は凶兆に違いなかった。

 

 

 

 

 

「大変な事になってきたな……」

 

 鈴と一夏の試合中、アリーナの外から見知らぬISが飛び込んできた。それも遮断シールドを破って、次々と。参っちゃうよね。

 観客席にいた生徒はみんなパニックでもう大変。我先に逃げようとするけど、どういうわけか扉がロックされてて開かないときてる。

 まあ、僕は元から人酔いしてて急には動けそうにないんだけど。まさか一夏とオルコットさんの試合以上に席がすし詰め状態になるだなんて……。学校行事の盛り上がり方をちょっと甘く見てた。

 

(……なんて、反省してる場合じゃないか)

 

 あの数を相手に鈴たちが長く時間を稼げるとは思えない。現に今、二人の隙をついて一機こっちに向かってきて……。うん?

 

「…………」

 

 頭の大きなISが、僕の目の前で静止する。

 ……大きな隙を晒していた。

 

「うわ……。俺に興味あるの?」

「…………」

 

 返事はない。けれど、センサーがチカチカと明滅してる様子から僕を観察しているのはわかった。

 こんな状況で人を観察するのって、今から悪い事しようとしてますって言ってるようなものだよね、そうだよね。……じゃあ有罪って事で。

 

「あ、そう。俺はないよ──っ!」

 

 姉さんがくれた専用機を展開、装備する。……普通はこの表現でいいんだけど、僕の場合は乗るの方が正しいのかな。ま、いっか。

 

 ガギン゛ッッッ──!!

 

 周囲をゆっくりと旋回している盾のような非固定ユニットを加速させ、目の前のISにぶつける。これ正式名称はハードスケイルっていうんだけど、相手がこれを知っておく必要はないよね。

 肝心の攻撃はなかなかいい当たりだったのか、頭のでかいISはその頭をへしゃげさせながら元いた方向へ吹っ飛んでいった。……あ、味方にぶつかった。

 

「雪夫! 雪夫なの?!」

「わ、鈴……」

 

 ああそっか。今ので学園に登録していた玉兎の識別情報が鈴たちのISに確認されて、無接続状態の回線がオープン・チャネルに繋がったんだ。……びっくりした。

 

「よかった……。怪我はない、大丈夫?」

「平気。怪我したのは向こう」

「みたいね。……その機体はどうしたの?」

「専用機。姉さんが用意してくれた」

「……そう、束さんが……」

 

 会話しながら三機のISを相手取る姿は素直にすごいと思うけど、あんまり無理しないでよ。本来は戦闘中に喋ってる余裕がない一夏の方が普通なんだからね。

 

「あの人が雪夫のためだけに用意したのなら、ヘタな代表候補生が乗るISよりは動けるはずよね。……いけそう?」

「不意打ちだけど、一機落とした」

「……そうね。雪夫、援護頼める? なんならあたしたち囮にして倒しちゃって!」

「任せて」

 

 機体を少し傾けて、敵ISを正面に捉える。ついでに搭載されている武器の安全装置も全て解除しておこう。解禁解禁。

 味方がいる状況でも使えるシンプルな武器は、左右のバインダーに搭載されているビーム砲のみ──。

 

「鈴、一夏。当たらないように」

「了解。一夏、全力でいくわよ!」

「お、おう。了解?」

 

 直後、収束されたエネルギーが青白い筋を引いて閃き、敵ISの装甲に突き刺さる。……シールドバリアーがない?

 僕が抱いた違和感を他所に、胸や腹の装甲を貫かれたISはそのまま沈黙し、地に落ちる。絶対防御が発動した気配もない。

 ……うん。機能停止したのに解除される様子もないのは、やっぱり変だ。

 思えば、さっきの頭の大きなISもいくらハードスケイルのチャージングが強烈とはいえあっさり壊れすぎだし、ぶつかった敵も沈黙したまま動きそうにないのはどういう事なんだろう。

 

「雪夫、反撃に気をつけて!」

 

 今の攻撃で脅威度がグンと上がったのか、鈴たちを一旦無視する残りの二機。

 こちらに向けてきた両腕からビームが迸り、これを回避する事に全神経を集中させる。

 

(不思議と苦はないけど、難しい……)

 

 ISは基本的に人体を延長した感覚で操作するものなんだけど、僕の専用機『玉兎』は違う。自分がどうしたいかをより明確にイメージする必要がある。

 何故なら、玉兎には人のような手足がない。形も大きさも違えば、逆に人にないものがあったりもする。ハードスケイルも盾としての役割があるとはいえ馬鹿みたいに大きい。

 その上で自分が空中をどう動いて装備をどう操作するか、頭の中で思い描かなければならないと。……なんでこうなっちゃったの?

 

「ぜあああああっ!」

「はあああっ!!」

 

 ともあれ、敵が僕に集中しているのであればその他に意識が向かないわけで。

 この隙に一夏が零落白夜を、鈴が青龍刀と衝撃砲を使いそれぞれが狙った敵に攻撃を仕掛ける。

 

「逃がさない」

 

 敵が人間離れした反応速度で二人の攻撃をかわそうとしたところに突進、そのまま轢殺する事も視野に入れつつ行く手を遮る。

 通常のISより一回り以上大きなサイズは伊達じゃない。加えて全身装甲という特性上、玉兎はその質量だけでも十分な武器となるのだ。

 

「逃がさないって」

 

 それでもなお逃げようとする敵の内一機を、計五機のハードスケイルから展開した簡易アーム──隠し腕を使って拘束し、その上でバインダーのビーム砲を至近距離から浴びせる。

 薄々わかっていた事だけど、貫通した装甲の奥はがらんどうで、操縦者の姿はない。襲撃してきたISはみんな無人機だった。

 

「お前、エグいな……」

「手加減いる?」

「馬鹿言ってないで、いくわよ一夏!」

「なんで俺ばっかり……」

 

 ぼやく一夏だけど、目から闘志は消えていない。

 そうして五月の襲撃事件は、一旦の終息を迎えるのだった。









後書き


答え合わせをすると、作者はザカート(ZOE)、無印ノイエ・ジール(ガンダム)が好き。

意外にもノイエ・ジールコメがあったのには感動。

デザインはザカート、素敵性能は無印ノイエ・ジールが個人的なジャスティス。
特にザカートが好き。だってあの個性的なオービタルフレーム勢の中で唯一あの見た目よ?
性癖に刺さるわぁ……。

玉兎の見た目はGUNDAMCONVERGEのノイエ・ジールをザカートに寄らせつつ、バインダーを折りたたんでザカートの包容力を足した感じ。
あくまで見た目の話なので、武器がまんまというわけではないし、作者の中のイメージという話なので読者諸君の中に好きなイメージがあればそれを当てはめてもらっても構わない。

休日なのに時間ない。つらい。活力を、感想をください……。


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月の兎(後)

「……で、いつ連絡するの?」

 

 と、テーブルにコップを置いた鈴が僕の隣に座る。

 夜。早めに夕飯を済ませた僕らは、日課の散歩をせずに寮の自室にいた。

 お互い気持ちは沈み気味。

 まあ、はしゃげるような気分でもないよね……。

 今回の襲撃事件は無人機を全て撃破した時点で解決した事になっているけれど、ここにいる僕ら二人の中ではまだ生きているんだから。

 話はまだ、終わっていなかったんだ。

 

「しなきゃダメ?」

 

 と、いうのは嘘と本当半々くらい。実際のところ、僕らはそこまで落ち込んでいない……落ち込んではね。

 あの戦闘が終わって、改めて敵ISが無人機だと確認した僕の頭によぎったのは、今も世界のどこかにいるであろう姉さんの顔だった。

 篠ノ之束博士。世の中的にはそっちの方が馴染み深い呼び方なんだけど、まあとにかく姉さんは天才さんだ。

 ISを世に出したのは姉さんだし、その心臓部であるコアを作れるのも姉さんただ一人。

 だから大人たちは姉さんを血眼で探すし、無理難題を要求する。

 で、それが嫌だから姉さんは全力で逃げる。その結果が今の悪循環。世の中終わってるね。

 人が乗らなきゃ動かないISの無人機なんてものを作れるのは姉さんくらいなものだし、今回の襲撃事件に姉さんがどこかで絡んじゃってるのは火を見るよりも明らかなのだ。

 鈴も相手が無人機だとわかった時点で、これが姉さん絡みだとわかったみたいだった……とはいえ。

 ぶっちゃけもう終わった事だし、こうして僕らは怪我もせず五体満足で生きてるんだから事件解決って事でいいんじゃないかなって、僕はそう思ってるんだけど、

 

「ダーメ。そうやって甘やかしすぎるとこ、アンタの悪いとこよ……ま、そこがいいんだけど。とにかく今回はダメ」

 

 鈴は気にしてないようでいて、とりあえず追及だけはしておけと言ってくる。なあなあにしておくのが許せないみたいだ。特に、今回の件に関しては……。

 

「それに、別に怒ろうってわけじゃないでしょ。話を聞きましょうって言ってるだけなんだから……」

「……わかった」

 

 ええい、うだうだ言ってても仕方ない。

 嫌な事は早め早めに済ませてしまおう。そしたら、さっさと寝て忘れると。

 携帯電話を取り出して、姉さんがくれた拡張ツールを繋ぐ。これで世界のどこかにいる姉さんといつでもどこでも通話できるのだ。

 ……え、電波法? 姉さんと気軽に連絡できない世の中が悪い。

 

「モシモシ、姉さん?」

 

 今日は珍しく数コール間があった後、ぶつり──と相手が電話に出た。

 いつもは掛けた瞬間に姉さんなりクロエなりが出るんだけど……うたた寝でもしてたのかな。

 

「……はい。こんばんはです、お父さん」

「ん、クロエか。こんばんは。それで、姉さんは?」

「……その、束様は現在、ぽんぽんぺいんなので出れません」

「ぽんぽん……何?」

「ぽんぽんぺいんです。お布団の中でうんうんと唸っています」

「……大丈夫?」

 

 心配する僕の隣で、鈴が鼻を鳴らす。

 

「見え透いた仮病ね、まったく……大方雪夫に怒られるのが怖くて出れないんでしょ」

「仮病って、見てないのにわかる?」

「腹イタはね、仮病の常套句なの。こんな都合よくお腹だけ痛くなるわけないじゃない。クロエ、アンタも隠してるとタメにならないわよ!」

「束様は今、私の隣にいます」

「え、布団の中じゃなかったの?」

 

 途端に向こうが騒がしくなる。

 なにやら争っているような音がして、時折『裏切りものー!』や『化けて出てやるー!』といった声も入ってきた。

 姉さん……。

 

「お待たせしました、お父さん」

 

 しばらくして出てきたのは、やっぱりクロエだった。

 

「今から束様に代わります」

「ん、よろしく」

「……束様、お父さんから電話です」

「知ってるよぅ、だからクーちゃんに出てもらったんじゃん!」

 

 ほら、仮病だったでしょと鈴がドヤ顔を浮かべる。

 まあ僕の心配が杞憂で済んでよかったよ。ご飯食べられなくなるから、腹痛ってただの熱よりつらいんだよね……。

 

「……姉さん、声もろに入ってる」

「え、ウソ……あっ」

「急にお腹痛くなったフリして逃げるのはナシだからね、束さん」

 

 すかさず鈴が言うと、『ぎくりっ』と返ってきた。

 姉さん……。

 

「今日、学園に無人機が迷い込んで──」

「殴り込みの間違いでしょ」

「きた。……まあ、それは姉さんも知ってると思う」

「あうう……」

「単刀直入に訊くけど、あれはなんだったの?」

「怒らないからちゃんと説明してよね」

 

 鈴、その言い方は怒るやつだよ。

 

「……本当に怒らない?」

「怒らないよ」

 

 姉さんによると、事の顛末はこうだ。

 

 数年前からとある組織──便宜上、組織とする──からコンタクトがあり、IS技術の提供を要求されたのだという。

 それ亡……ファント……げふん。

 

 もちろん提供してやる義理も興味もない姉さんは丁重にお断りしたものの、組織の人間は手を替え品を替え交渉してきた。

 ……よく姉さんを何度も探し出せたね。そのド根性だけは称賛するよ。

 

 で、遂には交友関係にまで手を出し、あろう事か一夏を拉致監禁して交渉の材料にしようとしたらしい。

 これ、この話は僕も知ってる。千冬さんが世界大会二連覇を逃した事件だ。

 

 一線を越えた報復としてボコボコにするも、それでもなおゴキブリ並にたかってくるしつこさにストレスが限界に達した姉さんは、遂に面倒臭くなって組織に技術提供をしてしまった。

 

 技術提供といっても、完璧なISコアは自分でなきゃ作れない。結果として誕生したのが、凡人でも作れちゃう最も十全なISコアの劣化コピー品、そのレシピ。凡人でも作れちゃうというのがミソなのだそう。

 

 コアネットワークがなく、武器やPIC、ハイパーセンサーにエネルギーを回すと、シールドバリアーや絶対防御といったエネルギーを消費する防御機能が一切使えなくなるという致命的な欠陥を除けば、概ね本家と同程度のパフォーマンスを発揮できるらしい。カタログスペックだけはいっちょ前なのが意地悪なところ。

 

 くれてやるから金輪際自分に関わってくれるなと提供してやったのがこれまた数年前なので、組織の存在そのものから今の今まですっかり忘れていたというのが、姉さんの言い分だ。

 

「ごめんね、ゆっきー。お姉ちゃん、あの時はこんな事になるとは思ってなくて……」

「……僕はいいよ」

 

 僕はね。だって、ちょっと楽しかったし。

 徹底的に壊しておいたから、直して再利用なんて事もできないと思う。

 でも()()()()()()をするなら、その劣化コピー品が出回っちゃってる事は大問題なわけで……。

 その辺は軍人さんとか、IS委員会の人が姉さんの代わりにどうにかしてくれるんじゃない。そのためにコアを無償提供させて好き勝手にIS使ってるんでしょ。

 

「百歩譲って学園に殴り込んでくるとは思わなくても、悪用されるのは簡単に想像できるでしょ!」

 

 あれ、怒らないんじゃなかったの?

 

「うえぇ、怒った……怒らないって言ったのに!」

「雪夫はね。あたしが怒らないとは言ってないわ」

「ひいいいん……おに! あくま! ひんにゅう!」

「あ゛、今なんて?」

 

 鈴の顔が一瞬で般若のように変化した。

 あー、今のはさすがに擁護できないよ、姉さん。

 口が滑るにしても、もっと他にあったでしょうに……。

 

「……雪夫、ちょっと束さんと二人でお話がしたいんだけど」

「ん、わかった」

「え、ちょ、ちょっとゆっきー、置いてかないでっ! ゆっきー!?」

 

 ごめん姉さん、いくら姉さんの頼みでもそれは聞けないや。

 鈴に携帯を渡して、部屋を出る。

 その辺を歩いて五分くらいしたらまた帰ってこようかな……。

 

 

 

 

 

「……行ったみたいね」

「ねえ。束さん、お腹痛いの本当なんだけどな?」

「変な悪巧みするからでしょ……で、どこまでが計画だったの?」

 

 扉に耳を当て、雪夫が廊下を歩いていくのを確認した鈴音は、元いた椅子に戻るなりそう訊ねた。

 理由は、一夏が倒した無人機はシールドバリアーがきっちり発動していたという点と、最初に乱入してきた無人機と後から来た無人機の動きの差。

 後続はさておき、最初の無人機は束が送り込んできたもの。それが、鈴音の立てた仮説だった。

 

「私が送り込んだ無人機を使って、実戦形式でゆっきーと玉兎を馴染ませておこうかなぁ……って。これを機にナノマシンも少しずつ活性化させておきたかったし、後はいっくんの成長を促す副次効果も期待してみたり、学園の警備がどれくらい甘いのかも知っておきたかったし……場合によってはクーちゃんを潜入させちゃおうかなとか……」

「欲張りすぎ。それで雪夫に怪我でもさせてみなさい、アンタを地の果てまで追い回すわよ」

「私だって嫌だよ。でも計画のためにはやらなきゃだし……うう、ストレスでお腹痛い……吐きそう……」

「片付けるクロエちゃんが可哀想だから、やるならトイレでしなさいよ」

「うぁー! もっと優しくしてよ、甘やかしてよっ!」

「おあいにくさま。あたしがやったげたい、してあげたいのは雪夫だけなの」

「……知ってる。私だってゆっきー以外は願い下げだよ……」

 

 疲れきった様子の束に、鈴音はため息をつく。

 共通点を知らない者が見れば意外な組み合わせかもしれないが、雪夫にべったりな束と鈴音の間に面識がないはずもない。

 衝突は小さいものでも片手で数えられないほどしてきたが、結局は棲み分けに成功し、危うくも絶妙なバランスで平和が保たれているのが現状だった。

 もっと言えば、互いに相手の熱量にドン引きしたのである。『え、そこまでするの?』『頭大丈夫?』『正気?』と、まあ特大ブーメランだったが……。

 片や赤ちゃんプレイを希望し、片や授乳プレイ希望なのだから仕方ない。聞いてる方がドン引きするわ。

 

「私が無人機を送り込んで少しした後に、便乗するようにあれが出てきてね。そういえばそんな事もあったなーって。まさか無人機にしてくるなんて、束さんも予想外だったよ」

「ふうん……じゃ、示し合わせたわけじゃないんだ」

「するわけないじゃん。束さんにちょっかい出してくるんじゃないぞーって、言ってあるんだから」

 

 まあそれはないだろうと鈴音も考えていた。

 

「で、どうするつもりなの?」

「んー、勝手に自滅してくれる分にはいっくんたちのいい経験値になってくれそうだし、ギリギリまで搾ってポイかな?」

「そ、じゃああたしも利用させてもらうわ。強くなれるなら大歓迎よ」

「スライム叩いても美味しくないよ?」

「すら……?」

 

 凰鈴音、十五歳。家庭用ゲーム機をピコピコとか言っちゃうタイプである。

 

「どうせ自分が手を汚さなくても計画が進むやったー! ……とでも考えてるんでしょ」

「言い方言い方! まあそうなんだけどね……」

 

 利害関係にある二人の間で、雪夫には到底聞かせられないぶっちゃけトークが飛び交う。

 

「あ、今週末にね……」

「っえー、いーなー……」

「あんた外出しないじゃない……」

 

 こうして夜の女子会は、雪夫が帰ってくるまで続くのだった。









後書き

実は全員、他人に興味がない。

あと、雪夫が毎晩誰かに電話してるのに鈴が気にしないのはそういう事。知ってる相手なんだからアンテナ張る必要はないよねっていう……。

作者は感想を募集しております。


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野望のご褒美

 六月に入って最初の日曜日。

 貸切状態のアリーナで、僕はひとり黙々と玉兎の慣らし操縦をしていた。

 

「…………」

 

 実技の授業で先生が手本に見せてくれた基本的な飛行操縦。上昇と急降下、それから完全停止。

 それが終わったら仮想ターゲットを表示させて、射撃訓練も少しだけやっておく。

 シミュレーションだから本物の弾は出ないものの、あたかも本当にビームが迸っているかのようなエフェクトがあるから結構派手だ。

 

「……つぎ」

 

 本当ならここに誰かしら専用機を持ってる人なり呼んで、訓練に付き合ってもらうのがいいんだろうけど。

 一夏は弾の家に行くって話をこないだ聞いたし、鈴は用事があるって言ってたから今日はひとり。

 それなら量産機でもって思うんだけど、箒は相変わらず僕を避けてるみたいだしなぁ……。

 

「ふう……」

 

 最後までしぶとく残っていた標的の撃破判定が下り、姉さん監修のシミュレーションが終了した。

 その場で止まると、思っていたよりも自分が疲れていることに気付かされる。

 

(ちょっと動いただけなのに……)

 

 加減速や制動の負荷からくる肉体的な疲労よりも先に、頭が疲れてくるのが玉兎だ。

 初陣は短期決戦で終わったからよかったものの、今後もそうとは限らない。強敵が相手だと、長引くかもしれない。

 

(疲れて動けませんなんて言ってられないもんな)

 

 それにまだ、この機体のポテンシャルも最大限に引き出せてないことだし。こんなもんじゃないのだよ玉兎は。

 だからこうして慣らし操縦をしていって、少しでも継戦能力をつけておきたいところ。……なんだけど、

 

(ただ、今日はここらで終わりにしとかないと……)

 

 鈴との約束があるので、僕はピットに戻ることにした。

 頑張るのもいいけど、疲れたらやめること。無理はしないこと。

 その点については僕も賛成だ。無理して倒れちゃ元も子もないし。

 

(人には人のペースがあるんだ)

 

 ピットゲートを通過後、玉兎を展開解除する。

 

「おっとと……」

 

 自分を覆っていた膜が消えると、ISの補助がなくなって足元がすこしふらついた。

 特に玉兎は普通のIS──僕が乗った中だと量産機の打鉄よりも体が浮かんでる感が強いから、乗り降りした後はしばらくふわふわするんだよね。

 

「雪夫、ちょっと時間ちょうだい」

 

 ベンチに腰掛けると、鈴がピットに入ってきた。いつもいいタイミングでくるよなぁ……。

 で、なんだっけ。僕の時間?

 

「いいよ」

 

 汗を拭き取りながら答える。ちょっとだけなんて言わずに、いくらでも。

 

「じゃ、先にお昼ね。着替えたら行きましょ」

「もうそんな時間?」

「知らなかったの。とっくの昔にいい時間になってるわよ。まったく、あたしがいなきゃダメなんだから……」

「面目ない」

 

 いつものように鈴に手を引かれて、制服に着替えた僕は、足早にアリーナを後にした。

 

 

 

 

 

 一方その頃、友人の五反田弾とお昼を済ませた一夏は……。

 

「一夏お前、すぐに彼女作れ。すぐ!」

「はあ!?」

「はあじゃねぇ! すぐ作れ! 今年──いや、今月中に! お前ならできんだろ!」

 

 弾に迫られていた。……ではなく、彼女を作るように説得されていた。文言はかなり無茶苦茶だったが。

 弾の妹、五反田蘭が一夏に惚れており、一夏との関係を深めるために来年、IS学園を受験すると言い出したためである。兄として複雑な心境があったのだろう。

 

「別に、今はそういうのに興味ねぇよ」

「相変わらずお前は……枯れた老人かっつーの。そんなだから中学の頃は……」

「……? なんかあったっけ?」

「いや、なんでもない。……ていうかだ、誰でもいいから付き合え。な? な!?」

 

 必死に説得を試みる弾だが、この手の話題を前にした一夏の反応は大概おざなりだ。

 

「大体お前、そう言っていつ女に興味が湧くんだよ。アレか? モテスリム気取りか? ふざけんなよコノヤロウ!」

「なんでキレてんだよ」

「キレてねぇよ! バカ! なんでお前は男に生まれてきやがったんだ!!」

「理不尽!!?」

 

 説得力皆無だが、実際のところキレてるというよりは必死極まりないだけという……。

 一夏はモテる。異性に、それはもうおモテになる。

 弾の脳裏にふと浮かんだもう一人の幼なじみもモテていた方だったが、実質一人を選んでいたというか独占されていたというか。

 自分宛のラブレターを本気で一夏宛のものと勘違いして流すような天然だったし、告白されたらされたできっちり理解してその場で即オコトワリを入れるような男だったので、実害は少ない方だった。

 ただ一夏は酷い。この男は素で思わせ振りな態度をとったりするものだから、女子の惚れた腫れたが長引くのだ。

 それで女子に興味ないとか言うもんだから、弾たちモテたい男子からしてみれば、お前ふざけんなよなマジといった具合なのである。

 |文化祭の天使事件《女装一夏(千冬似)がことのほか似合っており、事情を知らない客が物の見事にメロメロにされた事件を指す。》を知ってる者からすれば、こいつがマジで男じゃなけりゃよかったのに、と血涙を流す勢いだった。

 

「お兄」

 

 と、妹の蘭が一夏たちの前に戻ってきた。途端に弾の体が震え出す。

 

「お、おおおお、おう。ななななんだ?」

 

 弾の尋常ではない様子に、気になった一夏も蘭を見る。見てしまった……。

 

『余計ナコトヲスルナ』

 

 目は口ほどに物を言う。正にそう兄を脅す蘭の瞳の奥には、凄まじい力が秘められていた。

 某海賊漫画の特殊技能かな。思わず一夏も、なんだこのプレッシャーは!? と、声を出しそうになったがこれを堪える。

 

「で、では私はこれで」

「……おっと、せっかくのご飯が冷めるといかん」

 

 蘭が立ち去り、食事を再開する一夏。

 

「…………」

 

 弾は物言わぬ彫像になった。

 

「……んで……えが……」

「うん?」

「なんでお前ばっかりモテるんだ!? ええい、この顔か!? この顔がモテスリムか!? スリム分はやるからモテ分を寄越せ!」

 

 かと思えば、一夏の首を絞めてやると言わんばかりに身を乗り出す弾。

 

「うるせぇぞ弾!」

 

 厨房から弾の祖父、五反田厳の一喝が飛んでくる。これ以上騒ぐと言葉ではなく、物理的に中華鍋が飛んでくるだろう。

 これには堪らず弾もはいっすみませんでしたっと、お行儀よく椅子に座る。

 

「くぅ……冗談はさておき、マジでどうなんだ。ファースト幼なじみ……? 部屋も前まで一緒だったんだろ、いいな、とか思ったりしないのか?」

「……そんな暇なかったな。あいつ気難しいんだよ。出てく時もいきなり怒り出すし……」

「お前……。同じ幼なじみでも雪夫と鈴のやつはあんななのに、どうしてお前たちはそんな違うんだ……」

「いや、どうしてって言われてもな……」

 

 

 

 

 

「──ヘプッ」

「大丈夫? 体冷えちゃったのかしら──ックチュン!」

「……誰かが僕らの噂してるのかもね」

 

 お昼すぎ。僕らは食堂で昼食を済ませて、席が空いてるからちょっとのんびりさせてもらっている。

 

「じゃ、デザートにしましょうか」

「……デザート?」

「はい、これ」

「わ、なんだろ」

 

 テーブルに置いた手提げから、タッパーを取り出す鈴。

 

「結局、クラス対抗戦はあのままうやむやになっちゃったでしょ?」

「そうだね」

 

 六月の行事が迫る中、五月の対抗戦は無期限中止になったままだ。

 ちなみに、襲撃事件のことはあれからすぐに学園から箝口令が敷かれている。直接戦闘に関わった僕らは誓約書まで書かされた。

 

「中止になって、優勝賞品の話もなくなったわ」

「うん」

「優勝して、アンタにデザートのフリーパスをプレゼントするつもりだったんだけど……」

「そうだったの?」

「そうだったの。だから、これ」

 

 鈴がタッパーの蓋を開ける。

 

「あ、ゴマタマだ。好きなやつ」

「ふふ。……知ってる」

 

 目を細めて笑う鈴に、自分でも目を輝かせているのがわかる。

 中身は、鈴の手作り胡麻団子だった。

 

「食堂デザートみたいに華やかじゃないけど、対抗戦で頑張ったご褒美ね」

「頑張ったのは鈴じゃないの?」

 

 一夏との試合もその後も、一番頑張ってたのは鈴だ。

 

「……その顔がご褒美なの」

「……?」

 

 言葉通り、にこにこと笑う鈴。

 意味はわからなかったけど、鈴の胡麻団子は食堂のデザートより美味しかった。









後書き

年に一度の手作り胡麻団子が、雪夫は好きだったようです。

作者は感想を募集しております。
何卒よろしくお願いします。


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幼なじみと噂話

 時刻は六時を回って夕飯時。

 休日の午後をのんびり過ごした僕らは、食堂に行く前に一夏の部屋を訪れていた。暇してるなら一緒に食べようって誘うつもりだ。

 問題は一夏がまだ部屋にいるかどうかなんだけど……。

 

「一夏、いる?」

「おう」

 

 鈴がノックするのと同時に、ドアを開けて一夏が顔を出した。

 

「鈴、それに雪夫も……どうしたんだ?」

「夕飯の時間だから」

「あんたが部屋で一人寂しくしてるだろうと思って、こうして誘いに来てあげたのよ。結局幼なじみ再集結祝いも、やらないままだったからね」

 

 そうそう。

 

「そりゃどうも。じゃあ食堂に行こうぜ」

「ええ。ほら雪夫、行くわよ」

「わかった」

 

 一夏を後列に、鈴と並んで歩き出す。寮の廊下を進んでいると、同じように食堂に行こうとしている寮生とすれ違う。

 

「…………」

「一夏?」

「あ? いや、なんでもない……」

 

 気まずそうな様子で目を泳がせる一夏。本当に大丈夫?

 

「おっ。織斑くんだ。やっほー」

「ええっ!? お、織斑くん!?」

 

 廊下に立っていた女の子が、こっちを見て手を振る。あれは一夏のクラスにいる子だね。僕も名前までは知らないけど、いつも寮で見かける時はブカブカのパジャマを着ていて、のんびりとした子だからよく覚えてる。

 

「やー、おりむー」

「その愛称は決定なのか?」

「決定なのだよー。それよりさあ、私とかなりんと一緒に夕飯しようよ〜」

 

 とててっと一夏に近寄り、じゃれつくようにひっつくパジャマさん。むむ……。これは、箒に新たなライバルの登場なのか……?

 

「残念、一夏はあたしたちと夕飯するの」

「わー、りんりんだあ。勇気が出そうだね〜」

「その呼び方はやめてちょうだい」

 

 過去に苦い思い出のある鈴がぴしゃりと言う。

 けどこの様子だと、パジャマさんはきっとまたそう呼ぶんじゃないかな。悪気がないだけに、どうして鈴が嫌がるのかもわかっていなさそう。

 ちなみに小学生時代、鈴はクラスの男子から名前をからかいのネタにされてたんだ。

 あの頃の流行りだったのと、鈴が中国人だったのも手伝って、『リンリンってパンダの名前だよなー。ほら笹食えよ』……みたいな。

 音が同じだからってヒドいよね。あれは雄パンダの名前なんだよ、鈴は女の子なのに。

 ……って、論破したら僕も茶化されるようになった。君らよりは好きだよって返したら黙っちゃったけど。

 

「ゆっきぃも、こんばんは〜」

「こんばんは」

「ちょっと、話終わってないんだけど?」

「ま、まあ鈴。落ち着けって。別に、五人で食べてもいいだろ?」

「よくないっ……けど。いいわよ……」

 

 ぶすっとした顔で了承する鈴。可愛い。

 まあ幼なじみ再集結祝いは、やろうと思えばいつでもできるものね。ここは一夏のお友達付き合い優先で。鈴もたぶん、僕と同じ考えなんじゃないかな。

 

「ところで、そのかなりんって子はどこかに行っちゃったぞ?」

「おわー。ほんとだーいないー」

 

 そそくさと廊下の先へ消えてくかなりんさん(仮)。

 

「あー……待って〜」

 

 そしてそれを追いかけるパジャマさん。見てるとちょっと心配になってくる……。

 

「行っちゃった」

「行っちゃったわね」

「行っちゃったな」

「……不思議な子だった」

「そうね。さ、あたしたちも行きましょ」

「そうだな。行くか」

 

 気持ち早足で食堂に向かう僕ら。

 パジャマさんたちと夕飯するのはまた今度ってことで。

 

 

 

 

 

「ねえ聞いた?」

「聞いた聞いた!」

「え、何の話?」

「だ、か、ら。あの織斑くんの話よ」

「いい話なの? それとも、悪い話?」

「最上級にいい話」

「え、聞く聞く!」

「まあまあ落ち着きなさい。いい? 絶対これは女子にしか教えちゃダメよ? 女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで――」

 

 女の子は噂好き。まあ男子でもゴシップ好きはいるだろうけど、でもやっぱり女の子の方がいつでもどこでも噂話に耳を寄せ合ってるイメージ。

 学食はそんな女の子たちの情報共有の場として活用されていたり、されていなかったりでいつも賑やかなんだけど。なんか、今日は奥の方で露骨な集会がはじまってるなぁ……。

 

「ん? なんだあそこのテーブル。えらい人だかりだな」

「トランプでもやってんじゃないの。それか、占いとかさ……」

 

 集まりに気付いた一夏に、鈴はなんとなしに答える。

 

「えええっ!? そ、それ、マジで!?」

「マジで!」

「うっそー! きゃー、どうしよう!」

 

 きゃいきゃいと女の子っぽい騒がしさが食卓を彩る。

 ところで僕、結構耳がいい方なんだ。だから会話がそこそこ聞こえちゃってるんだけど……。

 え、一夏がまたなんかやっちゃったの。あの中の誰かが織斑くんがどうとか言ってたよね、今。

 そんなに盛り上がれるほどのなにかが、今月の学年別トーナメントと一夏にあるのかな。

 

「一夏」

「おう」

「なにか年寄り臭いこと考えてんでしょ」

 

 鈴の指摘を聞いて、僕も一夏を見る。

 夕飯の煮物をつつきながら、細い目をしていた。遠い目ってやつ。

 

「失礼な」

「いや、絶対そうね。なんか一夏ってそういうこと考えてるとき目細めてるじゃない。なにあれ? 思い馳せちゃってるの?」

 

 薄く微笑み、鈴は元から切ってある鶏の焼いたのを、さらに小さく切り分ける。

 

「う、うるさいな……」

「あんたにボーッとされてちゃ困るわよ。あたしが不在の時には、雪夫を見ててもらわなきゃなんだから」

「鈴、どっか行くの」

「もしもの時よ、もしもの。それに、男の子は男の子といた方が気持ちも楽でしょ。頼むからね、男子生徒!」

「おう」

 

 幼なじみ再集結祝いらしい会話もそこそこに、楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。

 夕飯がお腹の中にすっかり収まったところで、鈴が席を立った。

 

「お茶取ってくる。番茶でいいわね?」

「サンキュ。手伝おうか?」

「ありがと。でもいいわ、自分のついでだし。雪夫見ててちょうだい」

「おう、任せろ」

「おかしくない?」

 

 え、そこからお茶取ってくるだけだよね。鈴の不在判定なのこれ。もしかしてお茶っ葉摘んでくるの? ……なわけないか。

 小柄だけど頼もしい後ろ姿を見送りながら、僕は軽く首を傾げた。

 

「あー──っ! 織斑くんだ!」

「えっ!? うそ、どこ!?」

「ねえねえ、あの噂って本当──もがっ!」

 

 一夏に気付いた女の子たち数人が、押し寄せてくる。

 勢いのままなにか訊こうとした子はすぐ別の子に取り押さえられたけど、一夏のアンテナにはばっちり引っかかったみたいだ。

 

「なんだ?」

「い、いや、なんでもないの。なんでもないのよ。あははは……」

 

 ひとりが大の字で後ろの子を隠してる陰で、二人が小声で話をする。

 

「──ばか! 秘密だって言ったでしょうが!」

「えー、でも本人だし……」

 

 聞き耳を立ててるつもりじゃないけど、そんな会話が聞こえてきた。

 でもまあ、難聴さんな一夏にはばっちり効果があるから大丈夫。本人の前でひそひそ話するのはどうかと思うけどな……。余計気になるよ。

 

「噂って?」

「う、うん!? なんのことかな!?」

「ひ、人の噂も三百六十五日って言うよね!」

「な、なに言ってるのよミヨは! 四十九日だってば!」

 

 一年だし追善供養だし……。

 翻弄しようとしてるのか本気なのか、さっぱりだけど。一夏は誤魔化されてないみたい。

 

「なんか、隠してないか?」

「そんなことっ」

「あるわけっ」

「ないよ!?」

 

 そう言って撤退した女の子たちと入れ替わりで、鈴がお盆を持って戻ってきた。

 

「なーに? またなんかやらかしたの?」

 

 テーブルに湯のみを置きながら、鈴が生ぬるい顔をする。

 

「なんで俺が問題児扱いなんだよ」

「ふーん、問題児じゃないつもりなんだ?」

「…………」

 

 遠い目をしてお茶を啜る一夏。

 

「ああ、お茶がうまい」

「逃げたわね」

「……一夏らしい」

「仕方ないんだから……」

 

 ため息をついた鈴は、僕の前に置いていた湯のみを手に取り、

 

「ふーふー……はい、ヤケドに気をつけて」

「ありがとう」

「まだ熱かったら言いなさいね」

「わかった」

 

 と、僕らをじろじろ見ていた一夏が口を開く。

 

「そういえば──」

 

 なにかと思ったら、今日弾のとこに遊びに行った話だった。鈴もそうだけど、入学してから弾たちには会ってないから、懐かしい気持ちになれた。

 向こうも相変わらず元気にやってるみたいだけど、弾の妹がIS学園の受験をするという話にはちょっとびっくりだ。

 

「ああ、あの子IS学園に入学するつもりなの」

「そうらしいな」

「へえ、あの妹ちゃんが……」

 

 あの子、一夏のことキラキラした目で見てたもんな。

 妹ちゃんの話を聞いても、鈴は意外そうな顔はしなかった。よく相談に乗ってあげてたからかもしれない。

 

「で、入学した時は俺が面倒見ることになったんだよ」

「ふーん……できるの?」

「……反面教師がいるからな」

 

 擬音とか、感覚で説明したりはしないし、小難しくだらだらやったりもしないと一夏。この場にいなくてよかったね。言われても仕方ないけど、殴られてるよ。

 

「あんたさ、そうやって色んな女の子と軽々しく約束するの、よくないわよ。あんたにその気がなくても、期待しちゃうものなんだから……」

「期待って?」

「……頼むから痴情のもつれで刺されたりしないでちょうだいね。あんたには友人代表の枠を埋めてもらうつもりなんだから……」

「だからそれどういう──あ」

「あ」

「あってなによ、あって……。──あ」

「……箒」

 

 皆して動きが固まる。

 

「…………」

 

 我が自慢の、自慢の? 自慢できるほど仲良くない……。いや自慢の従妹、箒が僕らのテーブルを横切ろうとしていた。

 

「よ、よお、箒」

「な、なんだ一夏か……」

「…………」

「…………」

 

 あ、なんかあったねこれ。また喧嘩したのかな。一夏もそうだけど、箒は気難しい頑固さんだからなぁ……。

 

「なに、あんたたちなんかあったわけ?」

「「いや、別になにも!」」

 

 こういうとこは息ぴったりなんだけど……。仕方ない、ここは従兄である僕がひと肌脱ぎましょうぞ。

 

「鈴、行こう」

「雪夫?」

「箒、いっちーの隣が空いてますよ?」

「お、押すな!」

「ほら一夏も、もっぴーと仲良くディナらなきゃゆっきーが目潰しをお見舞しちゃうぞ?」

「おい雪夫待てって!」

「待てませーん、あとはお若い二人でごゆっくりどぞーさらだばッ!」

 

 いつもとは逆の形で、僕が鈴の手を引いて食堂をあとにする。

 

「雪夫ってやっぱり束さんの弟ね……そこんとこ疑いようがないわ」

「ふう……まあね」








後書き

一応、従姉妹の恋路を応援してる雪夫くん。露骨な贔屓は滅多にしないけど。一夏が親戚になることに関してはそこそこ乗り気。

押しの強さや根っこの性格は母親譲り。そんな雪夫の母、雪子の活躍がひと足早く見たい諸君は原作四巻の三話を読もう!

あの母にして子なのだ。そして束の従弟でもある……。


作者は感想をいつでもお待ちしておりますぞ。


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月曜日の朝

「あ、宮田くん、凰さんおはよう!」

「おはよう」

「おはよう」

 

 月曜日。休み明けだけど、二組の教室は朝から賑やかだ。憂鬱そうな生徒はいない。

 特に今朝は、学園から配布されたカタログを手に談笑する女の子たちの姿をそこかしこでよく見かける。ISスーツの申し込み開始は今日からだっけ……。

 

「うーん、どれにしよっかなあ」

「沢山あって迷っちゃうよね」

「あれもこれも可愛いくて目移りしちゃう……」

「そうそう! あっ、ねえ、これとかよくない?」

「え、どれどれ?」

「んー、それちょっと高くない?」

 

 ひと口にISのパイロットスーツと言っても、ISスーツはデザインひとつ取っても多種多様で、みんなどれを購入しようか迷ってるみたいだ。

 元から学園指定のISスーツもあるんだけど、やっぱり自分が選んだ好きなスーツを使いたいのが女の子の心理なんだと思う。……はい、鈴の受け売りです。

 

「雪夫のスーツって、やっぱ束さんが用意したの?」

「うん」

 

 姉さんの話によると、普通のISスーツじゃあんまり意味がないらしい。これがどういうことかというと、両者のスーツには役割に明確な違いがあるんだ。

 従来のISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知し操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、そのままISの動きに反映されるという仕組みなんだけど僕らじゃそうはいかない。なんてったって、普通じゃないから。

 対する僕のスーツには特定のナノマシンの働きを補助増幅させる役割があって、これが結果的に僕や玉兎の性能向上に繋がるらしい。取説が付いてなかったから詳しいことはわからないけど。

 要するに姉さんが特別に用意してくれた世界でたったひとつのISスーツってこと。それも、玉兎専用の。逆に僕のスーツを着てISに乗ると性能がガックンと落ちるんだって。

 

「スーツも僕専用」

「ふうん……着にくいんじゃないの、あれ」

「ん、解決済み」

「あら、可愛いドヤ顔ね」

「…………」

「ふふ、ごめんごめん」

 

 本格的なパイロットスーツのデザインを踏襲した僕のISスーツは、ひとりで一から着ようとすると鈴の言う通りとても着づらい。

 パーソナライズ済みの専用機持ちなら、展開装着時に私服or制服からISスーツにフォームチェンジできるんだけど、それだとエネルギーを消耗してしまう。

 そんなわけでちょっぴり困ってたところを、姉さんがブレスレットの機能を拡張して、変身ヒーロー顔負けの早着替えを実現してくれたんだ。これで問題解決。

 

「でも、まあそれなら安心だわ。もしあれなら着替えるの手伝おうかとも考えてたんだけど、必要なさそうね」

「困ってたら言う」

「約束よ?」

「うん、約束」

 

 小指を絡めて約束はするけど……。

 できることなら、同い歳の女の子に着替えを手伝ってもらうなんてことにはならないでほしいかなぁ。

 

「スーツといえば」

 

 鈴がポンッと手を叩く。

 

「午前は一組と合同授業だから、更衣室に行く時は一夏と一緒に行きなさいね」

「わかった」

「寄り道しないこと、ちゃんと一夏についてくこと。困ったら一夏を頼るのよ?」

「うん……心配ありがと」

 

 今日のIS基礎は一組と二組の合同で、指導するのは一組の担任と副担の先生。つまり千冬さんたちだ。

 六月末の学校行事、学年別トーナメントは全生徒強制参加の一大行事。代表候補生や専用機持ちも一般生徒と同じように参加ってのはどうかと思うけど。

 で、これに向けて授業はいよいよ訓練機を使った本格的な実戦訓練になっていくらしい。今年は専用機持ちが多いから、結構激しめな授業になるかもというのがうちの先生の予想。

 ついでに先週末のホームルーム中、絶対にISスーツを忘れないようにって言ってた。もし忘れたら水着か下着で参加させられるぞって。担当が千冬さんなら有り得るかもしれない。

 

「先生、遅いわね」

「そうだね」

 

 言われてみればたしかに遅い気がする。

 

「けど、もう来る頃じゃないかな……ほら」

 

 話してるそばから教室のドアが開いて、先生が入ってきた。

 

「みなさん、おはようございます……」

 

 そう挨拶する先生はどこか、元気がない。なにかあったのかな。

 

「先生、疲れてる?」

「そうみたいね。なにがあったのかは知らないけど、嫌な予感がするわ……」

「嫌な予感?」

「ええ、とびっきりのね……」

 

 嫌な予感なんて当たらなきゃいいんだけど。鈴が言うところの女の勘って、よく当たるんだよね。

 

「はい、ちょっと静かに。先生疲れてますから……こほん。お隣のクラスに転校生が入ってきました」

「え?」

「……それも、二人です」

「「「えええええっ!?」」」

 

 ホームルームが始まるなり、先生の話に一同騒然。転校生、それも二人。おまけにその話を誰も知らなかったのだというのだから、みんなが驚くのも無理はないか。

 鈴が来た時だって、転校生が来るらしいよくらいの話はあったんだから、今回の情報統制は先生たちの苦労がうかがえる。

 

(でも逆に、学園がそれだけ気を遣うってどんな転校生なんだろう……)

 

 そんなことを考えていたら、先生がパンパンと手を叩いた。

 

「はい静かに、静かに。気が重いなこりゃ……。ええっと、それでですね、二人の転校生の内、ひとりはその──」

 

 きゃあああああああー──ッ!

 

 耳を塞ぎたくなるような黄色い悲鳴が突然、隣の教室から聞こえてくる。ハウリング発生してない?

 

「……男の子でして。三人目ですね、はい」

 

 転校生のひとりは男子生徒。酷く気が乗らない様子で、先生がそう発表する。言ったら最後どうなるかを考えたらそうなるよね……。

 転校生くんか。ひょっとしたら今頃、一夏はもう友達になってるかもしれない。そんなふうに考えながら、僕は窓の外に意識を向けた。

 

 直後、うちのクラスで二度目の騒音災害が発生したのは言うまでもない。

 

「嫌な予感?」

「長い目で見れば吉兆だったのかしらね……男子か」

 

 

 

 

 

 先生がホームルームを早めに終わらせてくれて、鈴と別れた後に階段の踊り場で待っていると、程なくして一夏と噂の転校生くんが駆け足でやってきた。

 

「一夏」

「──雪夫か! 今日は第二アリーナ更衣室だ、急ぐぞ!」

「うん」

 

 一夏は鈴と違って、僕の腕を掴む。大きな手でがっしりと。そうして、ぐいぐい力強く引っ張ってくれる感じだ。

 別に引っ張ってもらわなくても駆け足くらいできるし歩けるんだけど、幼なじみ組のどちらかと出かける時にはこうするのが、いつの間にかお約束になっていたんだ。……受験の時もね。

 

「雪夫……じゃあ君が宮田くん? 初めまして──」

「よろしく。行こ」

 

 挨拶もそこそこに。転校生くんの手をとり、僕も一夏と足並みを揃えて走る。自分から人と手を繋ぐなんて初めてだ。

 我ら男子生徒にのんびりしている時間も、お喋りしてる時間もない。残念ながら。それがなぜかというと、

 

「ああっ! 転校生いた!」

「しかも織斑くんも一緒!」

「やっぱり! 宮田くんのいるとこに男子生徒あり!」

 

 二階から女の子たちが駆け下りてくる。中には同じクラスの子もいるし、上級生もいるような……。

 あの子たちがどういう集団なのかというと、一年一組に入ってきた転校生くんの姿を一目でいいから見てみたい、あわよくば質問したい、というかする! といった気概を持つ女の子たちだ。

 捕まったが最後、遠慮のネジが数本飛んだゴシップ女子の質問攻めに打ちのめされ僕らは授業に遅刻、待ち構える千冬さんに恐ろしい目に遭わされる……らしい。

 ちーちゃんは鬼なんだよお! by姉さん

 鬼教官の特別カリキュラムが待っている! by一夏

 ……なにしたの、千冬さん。

 

「いたっ! こっちよ!」

「者ども出会え出会えい!」

 

 続々と出てくる女の子たち。

 

「……ごめん、抜かった。一生の不覚」

「待て、いつからここは武家屋敷になったんだ?」

 

 まさか追っかけられてることに気づけなかったとは……。

 

「織斑くんの黒髪、宮田くんの白髪(はくはつ)ときて、今度はナチュラルな金髪!」

「しかも瞳はアメジスト!」

「きゃああっ! 見て見て! 手! 手繋いでる!」

「違うわ、織斑くんは宮田くんの腕を掴んでるのよ!」

「突然現れた転校生の略奪愛! 略奪愛なのね!」

「それに対して織斑くんが『俺以外のやつと仲良くするなよ……』きゃー!」

「日本に生まれてよかった! ありがとうお母さん! 今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」

 

 なんか今、変な人いなかった? それもいっぱい……。

 

「な、なに? なんでみんな騒いでるの?」

 

 珍しい重みを感じてると、転校生くんがキョトン顔でそう訊いてきた。

 

「そりゃ男子が俺たちだけだからだろ」

「転校生」

「ああ、そうだな。転校生もいるしな」

「……?」

 

 あれ、わかんないかな?

 転校生の反応に一夏も変だと思ったのか、

 

「いや、普通に珍しいだろ。ISを操縦できる男って、今のところ俺たちしかいないんだろ?」

「あっ! ──ああ、うん、そうだね」

「それとあれだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」

「ウー……なに?」

「メキシコ原産のサンショウウオ」

「そう、それ。昔日本で流行った珍獣なんだと」

「へ、へえ……」

 

 うちも飼ってるよ、今ので三代目。お亡くなりになる度に悲しむのに、だって可愛いじゃないって母さんは懲りずにまた飼うんだ。

 

「しかしまあ助かったよ」

「なにが?」

「いや、やっぱ男一人はきついからな。ほら、学園に二人いるっていっても、雪夫とは別々のクラスだし。仲間がいるってのは心強いもんだ」

「そうなの?」

「……そう?」

「いや、なんで雪夫まで首傾げるんだよ……」

 

 うーん、僕は鈴がいるから気にならないのかも。箒も素直になればいいのに……あ、そういえば昨日はあの後どうなったんだろ。お昼休みにでも訊こっと。

 

「ま、なんにしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

「雪夫でいい」

「うん。よろしく一夏、雪夫。僕のこともシャルルでいいよ」

「わかった、シャルル」

 

 そんな話をしてるうちに校舎を出た僕らは、真っ直ぐ第二アリーナを目指した。

 

「よーし、到着だ!」

 

 一夏がタッチパネルを操作し、未来的なドアを開けて中へと駆け込む。その先にあるロッカーの並んだ部屋は第二アリーナ更衣室。……僕はロッカー使わないけど。

 

「うわ! 時間やばいぞ、すぐに着替えちまおうぜ」

 

 時計を見るなり、一夏が制服のボタンを勢いよく外しはじめる。脱いだ上着をベンチに放り投げ、下のTシャツも一息に脱ぎ捨てて上半身をあらわにした。

 

「わあ!?」

「……わ」

「?」

 

 そんな様子をやっぱり男らしいなあと見ている僕の横で、転校生くんが可愛らしい悲鳴をあげる。

 

「荷物でも忘れたのか……って、なんで着替えてないんだ? 早く着替えないと遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないが、うちの担任はそりゃあ時間にうるさい人で──」

「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、あっち向いてて……ね?」

「??? いやまあ、別に人の着替えをジロジロ見る気はないが……あ、シャルルはジロジロ見てるな」

「み、見てない! 別に見てないよ!? ほら、雪夫も!」

「わかった」

 

 そんなやり取りをする二人だけど、時間は刻一刻と進んでいる。

 

「まあ、本当に急げよ。初日から遅刻とかシャレにならない──というか、あの人はシャレにしてくれんぞ」

「そうかな」

「あー、お前は束さん枠だからな……参考にならんかもしれん」

「ん、そっか」

 

 姉さん枠? そんな褒められ方したの初めてかもしれない。

 

「…………」

 

 二人に背を向けて、僕の中で壁の時計とのにらめっこ開始のゴングが鳴ってから少し。

 

「シャルル?」

「な、なにかな?」

 

 慌ててジッパーを上げる音がした。

 

「うわ、着替えるの超早いな。なんかコツでもあんのか?」

「い、いや、別に……って一夏まだ着てないの? あ、あれ? ゆ、雪夫は制服もまだ脱いでないし……体調悪い? もしかして、具合悪いのに僕を引っ張ってくれてたの? ご、ごめんね……? 大丈夫?」

「平気」

 

 強いて言うなら一夏がスーツを着るのに手間取ってるの、見てて面白いなって。今は下が腰を通したとこで止まっちゃってるとこ。

 

「ああ、雪夫はちょっと特殊なんだ。俺の場合は……っとと。ふう……。これ、着る時に裸ってのがなんだか着づらいんだよなぁ。……引っかかって」

「ひ、引っかかって?」

「おう」

「…………」

 

 あーあ、顔が真っ赤。シャルルはそっちのネタが苦手なのか。まあたしかに、それで盛り上がっちゃうのも褒められたものじゃないけど。

 

「──よし、行こうぜ」

「う、うん」

「わかった」

「ふえ? ……雪夫、いつ着替えたの?」

「ん、今」

 

 ブレスレットの表面をタッチして、即変身。なんと所要時間は僅か0.03秒なのだ。気分とお好みでポーズと掛け声もどうぞ……今日はパスで。

 全員が着替え終わったところで更衣室を出て、揃ってグランドに向かう。

 

「そのスーツ、なんか着やすそうだな。どこのやつ?」

 

 ふと、シャルルを見た一夏が会話をふる。一夏から僕のは参考にならないみたいな思念が飛んできてるんだけど……? そりゃそうか。

 

「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品」

「デュノア? デュノアってどこかで聞いたような……」

 

 え、そうなの? 僕知らない……。

 

「うん。僕の家だよ。父がね、社長をしてるんだ。一応フランスで一番大きいIS関係の企業だと思う」

「へえ! じゃあシャルルって社長の息子なのか。道理でなあ」

「うん? 道理でって?」

「いや、なんつうか気品っていうか、いいところの育ち! って感じがするじゃん。納得したわ」

「いいところ……ね」

「僕のは姉さんのお手製」

「雪夫、そこ張り合うとこじゃないと思うぞ……?」

 

 あれ、違うの。

 

「……じゃあ、雪夫が篠ノ之博士の親戚って話は本当なんだ」

「ん、自慢の姉」

「正確には従姉妹だろ」

「血の繋がりって大事?」

「……ま、当人たち次第だわな」

 

 大事なのは他人同士ではないということ。だから姉さんが姉である必要はないし、僕が弟である必要はないんだ。

 実際、僕が姉さんって呼びたいからそう呼んでるだけだし、それを姉さんが嫌って言うなら別の呼び方に変えたっていい。

 入学当初もそうだけど、みんなして僕と姉さんが親戚なのか気にするのは、やっぱりちょっと滑稽だよね。

 宮田くんって篠ノ之博士の血縁者なの? ……みたいな。血の繋がりがなきゃダメなのかなってさ。

 

「……一夏もすごいよ。あの織斑千冬さんの弟だなんて」

「ハハハ、こやつめ!」

「へ?」

「――いや、なんでもない。まああれだ、皆して地雷を踏みあって一機ずつ減ったってことで」

「……??? よくわからないけど……」

 

 一夏は一夏でつらい事情があるってこと。

 僕は背中を押して支えたい派だけど、一夏は前に出て守りたい派だからね。乗り越えるべき背中が大きすぎると苦労するんじゃないかな。

 

「一夏、千冬さんこっち見てる」

「げっ、マジ? よく見えたな……」

「……急ご」

「お、おう。シャルルも行こうぜ」

「う、うん……」

 

 話もそこそこに、僕らは駆け足で第二グラウンドに向かうのだった。








後書き


姉(束)が嫌と言うなら姉じゃなくてもいい。
……奥さんこれ、言質っすよ。実質。


雪夫のISスーツは、お好みのフレームランナーのパイロットスーツで想像してくだされ。作者は無難なとこでディンゴかな。ノウマンでもいいけど、ちょっと狙いすぎ感出ちゃうから……。

作者は随時感想を募集中でございます。
何卒よろしくお願いいたします。


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月曜日の午前

予告通り投稿済みの上中、予定だった下の三話を統合
上中共に修正版


「遅い!」

 

 第二グラウンドに到着した僕らを出迎えたのは、腕組みをした千冬さんだった。

 

「うへぇ……」

 

 一夏すごく間の抜けた顔してる。おかしなこと考えてる時のあれだ。

 

「くだらんことを考えてる暇があったらとっとと列に並べ!」

「いてっ!」

 

 ふわ、一夏叩かれたっ。ひえー……。

 僕は二人と別れて、一組の後ろに並んだ二組の列に加わる。ええと、鈴はどこだろ。合流しときたいな。

 

「ここよ、ここ」

「……?」

 

 あれ、鈴の声だ。後ろかな?

 

「千冬さんじゃないけど、遅かったわね」

「……鈴」

 

 おお、もっと後ろだったか。うっかりうっかり……。

 ううん。僕の気の所為かもだけど、ISスーツ着ると距離感がちょっぴり狂うんだよね。ハイパーセンサーがぽわぽわしてるみたいな感じ。なんか変。

 少し動いて横に並ぶ。と、鈴は眉を下げて僕を見た。

 

「なにかあったの?」

「シャルルの案内してた」

「シャルル? ああ、そっか転校生……」

 

 そのまま首をこてんと曲げる。

 

「仲良くできそう?」

「わかんない」

 

 まだそんなに話したわけでもないし。でも、いい人だとは思うよ。悪い人じゃないんじゃないかな……多分。

 

「ふうん。どんな子なの?」

「……面白い」

「そっか……やば、千冬さんが来るわ。静かにしときましょ」

「うん」

 

 ずんずんと歩く千冬さんの動向をじっと見守る。

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

「はい!」

 

 一組と二組の合同実習が始まった。千冬さんが先生だと空気がピリッとするなあ……。

 でも変だ、一組の副担さんがどこにもいない。合同実習は千冬さんと副担さんの二人で指導するって、うちの先生から聞いてたんだけど。

 

「近くに起動済みの訓練機がいるわね」

「鈴、部分展開してる?」

「センサーだけ、もう解除したわ。……ったく、なに企んでるのかしら」

 

 腕を組んでぶすっとする鈴。稼働中の訓練機は、姿の見えない副担さんかな。多分鈴も気付いてるはず。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうどやる気に満ちた専用機持ちもいることだしな。──凰! オルコット!」

「……へえ」

「わたくしですか!?」

 

 獰猛な笑みを浮かべるオコジョ──鈴に対し、同じように千冬さんから名前を呼ばれたオルコットさんは不満そう。僕が交代してもいいけど、千冬さんは曲げないだろうな……。ちぇ。

 

「専用機持ちはすぐにはじめられるからだ」

「だからってどうしてわたくしが……」

「織斑は汎用性がないし、宮田は特殊すぎて参考にならん。わかったな、わかったら前に出ろ」

 

 真っ当な理屈を述べる千冬さんだけど、それでもオルコットさんは首を縦にふらない。ごめんね、参考にならなくて。

 

「それって消去法ってことじゃ……」

「さっさとはじめるわよ」

「ちょ、ちょっと鈴さん!?」

「なによ。……セシリアは一夏にいいとこ見せるチャンスでしょ?」

 

 鈴がオルコットさんになにやら耳打ちをする。

 ちらちらと一夏の方を見てるから、多分一夏をダシにしてオルコットさんを焚き付けてるんだろうけど。

 

「やはりここはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットの出番ですわね!」

 

 恋する女の子ってすごい……。

 

「……単純で助かるわ」

「あら、なにか?」

「いーえ、別になんでも。まあ、あたしも似たようなもんよね……」

 

 いきなりやる気を出したオルコットさんの姿に、一夏は首を傾げている。僕は鈴が生暖かい目をしてる方が気になるかな。どうしたんだろ。

 

「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」

「そうね。相手がなんでも、誰でも、あたしは勝つだけよ」

「……慌てるなバカども。対戦相手は──」

 

 キイィィィン──……

 

「……?」

 

 千冬さんの次の言葉を遮るように。どこからか、ここ最近よく耳にするような音が聞こえる。

 これはISが滑空してる音だ。こっちに近づいてきてるみたいだな。

 

「雪夫!」

 

 返事をする間もなかった。鈴の声が聞こえた瞬間、突風が吹いたかと思うと、体がぐんっと空中にさらわれる。

 それとなにかが地面に激しく衝突したような、派手な音が下の方から聞こえてきたのはほとんど同時だった。

 ちなみに突風の正体は鈴。僕は宙に浮かぶ甲龍に抱っこされていた。これは知ってる。姫抱きってやつだ。

 

「鈴?」

「危ないわね……雪夫、大丈夫?」

「平気」

 

 これくらいならまだちょっとしたジェットコースターみたいなものだ。一度も乗ったことないけど、絶叫マシン……。こんな感じなのかな。

 

「そ、よかった。……ルート上にいた一夏には悪いけど、万が一を優先させてもらったわ」

「なにかあったの」

「ちょっとね、訓練機が墜落したの」

「墜落?」

「大したことないのよ、大したことは。ただ、ちょっと……うわあ……」

 

 そんなふうに話されると、地上でなにがあったのか気になってしまうもの。僕の知識欲と好奇心は姉さんでも止められない。そんなわけで……。

 少しでもいいから下を見ようと、軽く体をよじる。

 

「あ、ダメ!」

「むぎゅ……」

 

 すると、鈴が僕の頭を抱き込むような形に姿勢を変えた。なんという不覚……。物理的にとめられてしまった。

 

「雪夫は見ちゃダメ。……目が腐るわ」

「腐るの?」

 

 なにそれ怖い。鈴とか、他の人は見ちゃって大丈夫なの?

 

「腐るわね、確実に。どうしても見たいなら束さんのでも見ときなさい」

「……?」

「っとに、あいつどうなってんのよ。あーあ、心配して損した気分……」

 

 どゆこと?

 

「……ごめん、あたしがどうかしたわ。今のは忘れて」

「うん、忘れる」

「ごめん。いやほんと……ごめんなさい」

 

 鈴がどうして謝るのか意味がわからない。

 けれど、ここ数分で鈴の表情がどっと疲れたものに変わっているのはわかる。授業が終わったら、お昼休みに労ってあげないとな。

 

「凰、さっさと降りてこい」

 

 千冬さんに急かされ、鈴は渋々地上に降下した。

 

 

 

 

 

「ごほん……。というわけで、三人には模擬戦をやってもらう。──では、はじめ!」

 

 千冬さんの号令と共に飛翔した鈴たち。それを一組の副担さん──山田先生が追いかける。

 甲龍、ブルー・ティアーズ対ラファール・リヴァイヴ。生徒対教師のIS戦闘、その実演が始まった。

 

「手加減はしませんわ!」

「手を抜くんじゃないわよ!」

「い、行きます!」

 

 強気な二人に対して、控えめな調子の山田先生。

 僕は詳しく知らないのでなんとも言えないけれど、千冬さんが対戦相手に先生を紹介した時、列の中から少なくない驚きの声があがっていたから、普段は千冬さんのようなバリバリの武闘派って感じじゃないのかな。

 千冬さんが言うには、山田先生も元代表候補生だったのだそう。ちなみに鈴も代表候補生。なら先生も強いんだ、きっと。

 

「鈴、頑張れ」

 

 だからといって、鈴が負けるとは思わない。

 生徒組は自然と鈴が前衛、オルコットさんが後衛の手堅いフォーメーションを組み立てて、山田先生に先制攻撃を仕掛ける。

 鈴が一対の大型ブレードで目眩しを兼ねた攻撃を繰り出し、背後から狙うオルコットさんの射線を紙一重で通す。というか通している。山田先生には惜しいところで避けられてしまってるけど。

 

「さて、今の間に……そうだな。ちょうどいい。デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみせろ」

「あっ、はい」

 

 圧巻の空中戦を観戦しながら、僕もシャルルの話に耳を傾ける。リヴァイヴのことはあまりよくわかってないから、ちょうどいい機会だ。

 

「山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後期の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装が特徴の機体です」

 

 衝撃砲を起点にして格闘戦へ持ち込もうとする鈴を、山田先生は手を替え品を替え突き放す。なるほど、道理で純粋な手数が鈴たちよりも多いんだな。スペックが高いと言うだけあって、逃げ足もそこそこ早い。

 

「現在配備されている量産型ISの中では最後発でありながら世界第三位のシェアを持ち、七ヵ国でライセンス生産、また十二ヵ国で制式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばないことと多様性役割切り替えも両立しています」

 

 言われてみれば、山田先生は相手との距離によってアサルトライフルやショットガン、盾に切り替えて応戦している。

 主に射程距離のない鈴から逃げつつ、接近戦に不慣れなオルコットさんを先に落とそうとしているように見えた。

 比較的低燃費な鈴にはまだ余裕がありそうだけど、オルコットさんのビット兵器は随分前に動かなくなっている。多分ガス欠かな。第三世代型の特殊兵器はどれも燃費が悪いんだ。

 

「豊富な選択肢、装備によって格闘・射撃・防御といった全てのタイプに切り替えが可能で、参加サードパーティーが多い事でも知られています」

「ああ、いったんそこまででいい。……見ろ」

 

 山田先生がオルコットさんを射撃で誘導、鈴にぶつけたところでグレネードランチャーを取り出し、二人に擲弾を撃ち込む。

 

「鈴……」

 

 予想外の衝突に目を見開く鈴。

 けれど即座に左腕を前に突き出し、擲弾を腕の小型衝撃砲で迎撃。

 二人の目と鼻の先で爆発が起こる。

 

 キュイィィィンッ──!!!

 

 一拍置き、突然煙の中から飛び出してきた鈴が山田先生に斬り掛かった。

 

「瞬時加速……!」

 

 一夏が呟いた通り、今のは正しくクラス対抗戦で一夏が披露した瞬時加速だった。鈴も使えるようになってたんだ。

 

「──!」

「でああああああ──ッ!!!」

 

 鈴の不意打ちは功を奏し、連結したブレードの刃が山田先生をしっかり捉える──も、

 

「……っち、あたしの負けか」

 

 寸前でぴたりと止まり、悔しそうに白旗をあげる鈴の後ろで、オルコットさんが地面に落ちた。

 先の爆発により、オルコットさんには撃墜判定が降りたらしい。

 まだ動けるんだから粘ってもよさそうなものなんだけど、それでも鈴が降参したので今回の実演は山田先生の勝利ということで終了。

 鈴がまとっていた、鬼神じみたオーラはどこかへ散った。

 

「……お見事でした。完敗です」

「は、はいっ、恐縮です……」

 

 山田先生に軽く頭を下げ、甲龍を解除して列に戻ってきた鈴を出迎える。

 こういう時は下手に話しかけることはしないで、黙って寄り添う方がいい。

 

「…………」

「……ありがと」

 

 僕の判断は間違っていなかったようで、ほどなくして鈴に笑顔が戻ってきた。

 こっちに寄せてきたのか、二の腕に鈴の頭が触れた。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 ぱんぱんと手を叩く千冬さん。

 

「専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、宮田だな。では六〜七人グループになって実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな? では分かれろ」

 

 千冬さんが言葉を切るのと同時に一夏やシャルル、鈴と僕に向かって大きな人の流れが生まれる。

 二クラス分の人間が、僕らに押し寄せてきたのだ。

 

「織斑くん、一緒に頑張ろう!」

「デュノアくんの操縦技術を見たいなあ」

「凰さんも格好よかったよ、さすが代表候補生!」

「み、宮田くん、よろしくね!」

「ね、ね、私もいいよね? 同じグループにいれて!」

 

 なんだろう、女の子にここまで詰められたことがなかったからかな。キャピキャピした圧にちょっぴり困ってしまう。鈴も同じく、戸惑っているみたいだった。

 この状況を見かねたのか、それとも一夏のSOSを受信したのか、難しい顔をした千冬さんが重たいため息をつく。

 

「この馬鹿どもが……。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ! 順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンドを百周させるからな!」

 

 おお、これが鬼のちーちゃん……。千冬さんの低い声を聞いて、女の子たちはさっさっと各々のグループに散って整列まで済ませてしまった。

 

「最初からそうしろ。馬鹿どもが」

 

 苦労が透けて見えるから、あんまりバカって人に言っちゃいけないんだよとまではさすがに言えない。

 そんな千冬さんの様子を伺いながら、各グループの女の子たちがひそひそとお喋りしているのが聞こえてくる。

 

「……やったぁ。織斑くんと同じ班っ。名字のおかげねっ……」

「……うー、セシリアかぁ……。さっきボロ負けしてたし。はぁ……」

「……デュノアくん! わからないことがあったら何でも聞いてね! ちなみに私はフリーだよ! ……」

「……凰さん、よろしくね。あとで専用機の話聞かせてよっ……」

「……宮田くんがこんなに近くにいるなんて……。わ、

私も話しかけてもらえたりするのかな? ……」

「…………」

 

 ふと、静かなグループがあることに気付いた。

 そこだけが冷ややかな空気と、重たい雰囲気に包まれている。グループの女の子たちの表情も暗い。まさに貧乏くじを引かされたとでも言いたげな顔。

 その中心にいるグループリーダー、千冬さんがボーデヴィッヒと呼んでいた子は、

 

「クロエ……」

 

 僕の娘ということになっている女の子に、どこか似ているような気がした。

 

「み、宮田くんどうかしたの?」

「……ん、なんでもない」

 

 誤魔化すように右手で目をこする。

 どこがと訊かれると返しに困るけれど、雰囲気がどことなく。よく見たら全然似てないし……。

 親バカと言われても構わないし、どうだっていいけれど。これだけは言わせてもらおう。クロエは可愛いのだ。

 親の贔屓目に見ても頑張り屋で、努力家で。僕を父さんと呼んで花のような笑顔を向けてくれる。ちょっぴり不器用なのもまたプラスに働いてるのでいい。

 

(……気のせいかな)

 

 他人の空似ということもある。なにせ、世界には同じ顔の人間が二・三人はいるという話なんだから。

 このことはもう忘れて、今は授業に集中しよう。

 

「ええと、いいですかー皆さん。これから訓練機を各グループ一体取りに来てください。数は『打鉄』と『リヴァイヴ』が三機ずつです。好きな方をグループで決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー」

 

 と、リヴァイヴを降りた山田先生が指示を出した。

 自分のグループにどれがいいか訊く前に、他のグループの様子が目に入ってくる。というか一夏のグループがね。

 箒、一夏の足を踵で踏むのはダメだよ。僕はオルコットさんも応援してるんだからね……。

 

(でも心配だな)

 

 一夏はなんとか歩み寄ろうとしてるみたいなんだけど、箒が意固地になってるのと他の子の押しが強いのもあってなかなか上手くいってないみたいだ。

 この様子から見るに、二人は昨日の内に仲直りできなかったんだろうな。

 

(世話の焼ける幼なじみたちだ……)

 

 と、そんな具合でよそのグループにも目を向けながら、僕は自分のグループのことも進行させていく。

 

「早い者勝ち。……どうしたい?」

「え、えと……どぅ、おうしようかな……」

「あ、あんたテンパりすぎよ……」

「……そっちこそ、震えてるじゃん」

「これは武者震い!」

 

 ええと、僕は打鉄とリヴァイヴのどっちがいいのか訊いてるんだけど……。

 なかなか話がまとまらず、結果的に出遅れた僕らは残された打鉄を使うことになった。

 

『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。全員にやってもらうので、設定でフィッティングとパーソナライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね』

 

 山田先生の指示に従い、さっそく僕のグループも訓練機を動かすところからはじめることに。

 するとシャルルのグループから、

 

 スパーン──!

 

「痛いっ!」と悲鳴が聞こえてくる。変なことしてた女の子たちが、修羅と化した千冬さんに叩かれたらしい。

 わちゃわちゃしてるのを見て、似たようなことしてた一夏のグループの子たちもピシッと授業に集中しはじめた。

 

(っと、見てる場合じゃなくて……)

 

 いい加減始めとかないと、僕のグループだけ時間までに終わらないかもしれない。放課後居残りはしたくないし、てきぱきやっていこう。

 

「……最初は誰?」

 

 こういう時は番号順がいいんだろうけど、生憎この中の誰がどんな名前なのか僕は知らない。

 

「は、はい!」

 

 と、元気よく出てきた女の子を運んできた打鉄の前に連れていく。

 

「まず装着と起動。歩行も軽く、簡単な往復を」

「わ、わかった。やってみるね……」

 

 別にそこまで難しいことをこれからしようとしてるわけでもないのに、女の子は緊張した面持ちで頷いた。

 

「焦らなくていい。ゆっくり、着実に」

「はう……う、うん!」

 

 ISに乗ること自体は授業で何回かやっているはずなので、よほどのことがなければ装着と起動までは全員問題なくこなせるはず。

 

「で、できた!」

「よくできました。じゃあ次は少し歩いてみよう。さあ、いち、に……」

「い、いち、に……」

「……そう、その調子……」

 

 こんな具合で一人、二人、三人と次々済ませていく。

 

「……ね、ねえどうだった? ……」

「……す、すごい……。み、耳の奥が溶けちゃうかと思った……」

「……距離感がえっちすぎる。男女の壁を容易に越えてくるのズルい……」

「……お、降りる時に手を握ってもらっちゃった……」

 

 終わった子からひそひそ話をしてるけるど、今のところ千冬さんから私語を咎めるような視線は飛んできてない。

 

「次の人、準備してて」

「は、はい!」

 

 ……こんな感じで。僕のグループでは特に問題が発生することもなく、月曜日の午前は平和に過ぎていった。

 

「織斑くんの班、織斑くんにお姫様抱っこで訓練機に乗せてもらってる……いいなあ……」

「あっ、こらやめなよ」

「うちはうち、よそはよそ!」

「授業とはいえ、宮田くんと会話できるなんて滅多にないチャンスなんだよ。絶対に織斑くんのお姫様抱っこより貴重なんだから……」

「深窓の佳人の異名は伊達じゃないのよ!」

「……そもそもあそこの真似して、どうやって宮田くんにお姫様抱っこしてもらうつもりなのさ?」

「「「ああ……」」」







宮田グループの女子全員の脳裏に、ハードスケイルの簡易アームに四肢+頭を拘束された挙句、最後は穴だらけにされた例の一夏がエグいと評した無人機の姿がよぎったという……。

お姫様抱っこというよりは、処刑スタイル?
タイタンフォールだったらトドメ演出で見れそう。

そんな雪夫のテーマソングは霧時計。
本編はやってないけど曲は好き。

ちなみにハードスケイルのイメージは、クシャトリヤ(ガンダムUC)の象徴とも言える四枚羽根のバインダー。
Lady in Vortex(ACVD)のプレートでも可。
個人的にMODEL FANS Steel Legendの1/100シャトリヤのビジュアルが好き。
簡易アームもあんな感じで展開されるのだ。

鈴は一夏抜きの純粋な株が上昇中。

次はお待ちかねの弁当回。

作者は随時感想を募集中でございます。


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