種芽吹く世界を戦争屋は駆る (ジャギィ)
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ㅤ歪みの始まり

別作品のキャラのやり取りを考えてる時が楽しいと気づいたジャギィです。マキオンでアルケーを使ってたら不意に思いついたので、急遽この作品を書き上げ投稿するに至りました

それではどうぞ


L1のスペースコロニー「世界樹」

 

地球連合軍の月への橋頭堡といえる補給基地であり、宇宙における重要拠点の1つといえる軍事施設

 

今、その「世界樹」にて、2つの勢力による熾烈な攻防戦が繰り広げられていた

 

 

 

「世界樹」の周辺宙域で2つの人型が動く

 

それは巨大な人型のロボット…通称「MS(モビルスーツ)」と呼ばれる兵器であり、トサカ状の頭部にモノアイを揺らす青い機体は「ジン」と言うモビルスーツだ

 

そしてこれで戦場を駆る勢力が、人工的な遺伝子操作によって生まれた「コーディネイター」が集まって設立された「プラント」の勢力なのだ

 

『ラグナの機体反応が消えたのはこの宙域なんだろ?』

「気をつけろミハエル。卑劣なナチュラルどものことだ、何か卑怯な手でラグナを攻撃した可能性もある」

『分かってるって…ナチュラルめ!よくも、俺の家族だけじゃなくダチまで…!1人残らず八つ裂きにしてやる!!』

 

怒りに任せてコンソールに拳を叩き込むミハエル。そんな友の声を聞きながら、ヨハンは表面上は冷静でいながらも内心はマグマのような怒気を煮えたぎらせていた

 

「──ム?待てミハエル」

 

その時、コロニー内部のある一角から点滅する光の存在に気づいた。その地点をよく見てみると…

 

「あれは…大破したジンだと!」

『それに光通信…「チョウエンキョリソゲキアリ ジンヲチカヅケルナ」だとぉ?』

「もしやラグナかもしれん…十分に距離を置いてから降りるぞ!」

 

2人はコロニーに侵入する。大破したジンからかなり離れた場所にジンを着地させると、銃を持って目的地まで近づく

 

するとそこにはコックピットが半分抉れたボロボロのジン、その足元に、緑色のパイロットスーツを着た男がいた。そのパイロットスーツはコーディネイターの軍組織「ザフト」のものであり、同じくザフトのコーディネイターである2人の友軍であることを示していた

 

「おい!大丈夫かよ!?」

「お前ら…どうして、ここに…」

 

ヘルメット越しに息も絶え絶えな声が伝わる。男が手で押さえている右脇腹には赤いシミが広がっており、周辺にも血と思わしき赤い雫が浮かんでいる

 

「怪我をしているのか!?待っていろ、救援を…」

「やめろ…自分のことは自分で分かる…俺は、もう長く持たねえ……ゲホッ」

「な…!」

 

ヘルメットの中で赤いものを吐き出す男にヨハンは絶句する。目の前の同胞が死んでいくしかない姿に、ミハエルは下等なナチュラルに対して激昂する

 

「ナ、ナチュラルのクソ野郎どもが…!絶対許さねえ!!全員ブッ殺してやるッ!!」

 

怒髪天を突くと言わんばかりの様子を横で見ていたおかげでヨハンは冷静さを取り返す。冷静になったヨハンは、男に対してここに来た目的を告げる

 

「…そうだ。この宙域に我々以外のジンが現れなかったか?私たちはその救援に来たのだ」

「ジン…?ひょっとして…ラグナって…男か…?」

「知ってんのかよ!?どこで見た!?」

 

そう問いかけると、男は緩慢な動きで口を開き…

 

 

(やっこ)さん死んだよ」

 

 

重々しい雰囲気に全くそぐわない軽さでそう言った

 

「ハ?」

 

バァン!

 

直後、響き渡る銃声。音の発信源は男の右手に握られてある、隠し持っていた一丁の銃

 

「俺が殺した」

「───」

 

グラァ

 

「な…!?」

 

そして男が立ち上がるのと対照的に、心臓を撃ち抜かれ即死したミハエルは…目を見開いた表情のまま、仰向けに崩れ落ちた

 

「ミハエルゥ!!」

「御臨終だ」

「貴様ァ!!」

 

仲間を撃ち殺された。それを理解したヨハンは即座に男に向かって銃を撃つが、男はそれを予測していたように回避すると足払いをかけてヨハンを地に叩き伏せる

 

「くっ…」

 

バァン!

 

「ぐあ!」

 

うつ伏せに倒されたことで利き腕の動きを制限されたヨハン。それでも銃を左手に持ち替えて反撃を試みるも、持ち替えた瞬間に腕を踏みつけられて押さえられた上、左肩を銃弾が貫いたことで一矢報いることすらも封じられた

 

「へっ…」

 

男が着ているザフトのパイロットスーツは、よく見てみると血で汚れているだけで傷らしきものは1つもない。ミハエルを容易く殺し、ヨハンを簡単に拘束したことから、死にかけた様子自体が演技だったのだと想像できる

 

血を暗くしたような髪色がヘルメットの中から見えるその男…アリー・アル・サーシェスはそれぞれ離れた場所に鎮座するジンを見て口角を上げる

 

スッ…

 

するとサーシェスは足を退けてから銃を蹴飛ばす

 

「!」

「早く機体に乗ったらどうだ?これじゃ戦い甲斐がない」

 

なぜわざわざジンに乗るように促したのか、理由は全く分からなかったが、このままでは殺されるだけだと悟ったヨハンは感情を飲み込んで歩き始める

 

「いい子だ…」

 

ジンに搭乗したヨハンは左肩の痛みに耐えながらも機体を浮かす

 

「ミハエル…ラグナ…仇は討つ…!!」

 

そして湧き上がる怒りを吐露しながら、見逃したことを後悔させてやるとサーシェスを探し始め…

 

ピピピッ!

 

瞬間、アラートがコックピットに響く

 

「何!?」

『ハッハァ!!』

 

ギャリィン!

 

アラートが伝えてきた緊急事態は、先ほどまで同胞(ミハエル)が乗っていたジンが分厚い実体剣“重斬刀”を、ヨハンのジンめがけて振り下ろしてきたことだった

 

ヨハンが同じく重斬刀を手に攻撃を防ぎながらも、ミハエルのジンがこちらに攻撃してきた事実に困惑していた

 

「バカな!モビルスーツが独りでに動いて攻撃してくるなど…!」

 

そこまで口にしてヨハンは信じ難い結論に辿り着く

 

「動かしたというのか!?さっきの男が!」

『慣れねェとチト扱いづらいが…武装さえわかりゃあとは何とかなるってな!!』

 

元友軍機だったことから繋がる回線。サーシェスは“76mm重突撃機銃”で弾丸をばら撒きながら、ヨハンのジンに向かって接近する

 

「何故だ!?何故ナチュラルがモビルスーツを!」

『才能なんじゃねえのか!』

「そんなことが!!」

『同情するぜ、かわいそうになァ!』

 

ヨハンは機銃を回避しながら同じように機銃を撃つが、重斬刀でガードしつつサーシェスのジンは迫り来る

 

ヨハンは自分の荒れ狂う感情の波に頭がおかしくなりそうだった。今までナチュラルに向けられた感情といえば、あまりに激しい嫉妬や劣等感から生まれた「宇宙の化け物」という拒絶、『ナチュラルではコーディネイターに勝てない』事実から目を逸らした反応だけだった

 

こんな、こんな風にナチュラルであるはずの男にMSで弄ばれ、心の底から憐れまれるなど、とてもとてもヨハンには許容できるものではなかった

 

「私たちは…コーディネイターだ!!」

 

振り下ろされる重斬刀を防ぎながら“M69バルルス改”…いわゆるビーム兵器を撃ち込むも、ミハエルが乗っていた時よりも明らかに無駄のない洗練とした動きでその悉くを回避される

 

「この世界を変えるためにィ!!」

 

突撃してくるサーシェスを返り討ちにすべく重斬刀を突きつける

 

『御託はァ!!』

 

ギャギャギャ!

 

だが、サーシェスのジンは迫る重斬刀の剣先を、手に持った大剣で振り上げながら腹で受け流し

 

『たくさんなんだよォ!!』

 

ザン!

 

──その勢いを利用した斬り上げでヨハンのジンの右腕を斬り飛ばした

 

「こんな、ことがッ!?」

『逝っちまいなぁ!!』

 

すぐさま振り返ってバルルス改を敵モビルスーツのコックピットに向かって放つサーシェス。体勢を崩されたヨハンのジンがその攻撃に対応できるわけもなく…

 

ドォォォン…!

 

コックピットを穿たれたヨハンは最期の言葉を言う時間もなく全身を削り飛ばされ、ジンは爆散した

 

ジンだったものがコロニーの壁面を落下の衝撃で破壊する。残ったのは、右側のマニピュレーターに重斬刀を持たせた状態のまま、かすり傷1つ負うことなく宙に漂うジン一機のみ

 

『フハハハハハァ!!こいつァすげぇ!!凄すぎて戦争にならねえぜぇ!!』

 

徐々に崩壊していく「世界樹」のコロニーの中……戦争狂はコックピットの中で狂笑を上げるのだった

 

 

 

のちに『世界樹攻防戦』と歴史で語られる戦争

 

初の“ニュートロンジャマー”投入やプラントのパイロット“ラウ・ル・クルーゼ”の台頭で埋もれていくその裏側で

 

“戦争屋”アリー・アル・サーシェスが表舞台に静かに姿を現していくのであった



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暗躍

コーディネイターは生まれつき強靭な肉体、明晰な頭脳、端麗な容姿を持って生まれた新人類であり、しかしその存在を認めない、遺伝子操作を受けずに生まれた天然の人種「ナチュラル」と何度も衝突していた

 

ナチュラルの地球連合軍とコーディネイターのプラント…両勢力が小競り合いを続ける中、ついにその対立を決定的にする事態が起こる

 

プラントの農業用コロニー「ユニウスセブン」が連合の核ミサイルによって壊滅し、24万3721名もの住民が虐殺される事件…のちに「血のバレンタイン」と名付けられる事件が起こったのだ

 

そして、プラントは核兵器への対抗手段として“ニュートロンジャマー”(核分裂の抑制、電波伝達の阻害を目的とした装置)を開発。C.E.70年4月1日に「血のバレンタイン事件」の報復として「オペレーション・ウロボロス」を発動。無数のNジャマーを地球全土に撃ち込んだ

 

これにより、地球連合国家に未曾有のエネルギー危機と情報網の寸断が引き起こされ、およそ10億人の餓死者、凍死者が発生した。「エイプリルフール・クライシス」と呼ばれる出来事である

 

両事件によって地球とプラントの武力衝突は本格化。地球全土を巻き込んだ大戦争の幕が上がったのであった

 

 

 

とある豪邸…そこにある大きな一室に、金髪のキザな雰囲気を醸し出す男がいた

 

その男の名はムルタ・アズラエル。国防産業連合理事、アズラエル財団経営者、そして反コーディネイター・反プラント主義を掲げる組織“ブルーコスモス”の盟主たる人物である

 

そんなアズラエルの元に通信が届く

 

「なんですか?」

『お客様がお見えになっておられます』

「ああ、彼が来たのですか。通してください」

 

通信を終えて数分後、部屋の扉が開く

 

扉の先には案内役の使用人、そして赤い髪を後ろで纏め、黒いスーツを着込んだ戦争屋…サーシェスが立っていた

 

「失礼します」

 

サーシェスがそう言い入室すると、使用人は一礼してから扉を閉める。部屋の中にいるのはサーシェスとアズラエルの2人だけとなった

 

アズラエル以外誰もいない…気配で確信したサーシェスは扉の鍵を閉めると来客用のソファーに近づき、遠慮することなくドカリと座り込んだ

 

「急な呼び出しに応じてくれて感謝しますよ、サーシェス」

「クライアントの要望だ。それに、アンタには何かと世話になってるからな、アズラエルの大将」

 

巨大な組織のトップに対する態度とは思えない様子で話すサーシェス

 

しかしそれを咎める気がアズラエルには一切ない。それほどまでに、サーシェスとアズラエルの間には深い深い…()()()()()があった

 

「今回、君を呼び出した要件は2つです」

 

アズラエルは話を始める

 

「1つ目はアークエンジェル、そしてG兵器を地球に輸送する際の護衛を頼みたいのですよ」

「護衛? ということはヘリオポリスに?」

 

アークエンジェル、G兵器。これらはオーブ連合首長国のモルゲンレーテ社と大西洋連邦が共同開発の元、開発された物であり、前者は宇宙戦艦、後者はMSである

 

どちらも対MSを想定した新兵器であり、特に新型MS…通称『G』の方は実弾などの物理攻撃を無効化するPS(フェイズシフト)装甲やビーム兵器の搭載など、その性能はザフト製のMSの性能を軽く凌駕する

 

ちなみにヘリオポリスとはL3宙域にあるスペースコロニーの名で、先に挙げた中立国オーブに所属するスペースコロニーでもある

 

「ええ。一応ヘリオポリスにはかの“エンデュミオンの鷹”もいますが、いかに彼が優秀なパイロットでも君の強さには及びません。ナチュラルでありながら数少ない()()()()()()()()()()()君には…ね」

「へっ、過分な褒め言葉だこって…」

 

アズラエルの賞賛を笑って受け流すサーシェス

 

「しかし、ヘリオポリスまで行くとなると足が必要になるが、何を用意してあんだ?」

 

地球から宇宙(そら)に上がるまではいい。しかしそこからヘリオポリスに向かうまでが面倒だ

 

サーシェス1人をヘリオポリスに運ぶために戦艦を動かすことはできない。かと言って一般の宇宙艇を使うのもアウト。万が一でもザフト軍に見つかれば、ナチュラル憎しと攻撃を仕掛けてくる可能性が大だ。そうなれば何もできずにお陀仏だ

 

どうするのか…?そんなサーシェスの問いかけに対して、アズラエルは笑いながら指を2本立てる

 

「そこで2つ目の要件です…『例の物』が完成しましたよ」

「何!?」

 

それを聞いたサーシェスは思わずソファーから立ち上がる

 

『例の物』。それはアズラエルが権力を使って建造させたMSであり、サーシェスが待ち望んでいたものに他ならない

 

「君がジンをほぼ無傷で鹵獲してくれたおかげですよ。おかげで量子通信技術が飛躍的に向上したし、それを利用した兵器の開発にも成功しました。初期GAT-Xシリーズのデータを元に開発しているMS開発も順調…完成、随分早かったでしょ?」

「…ようやく戦争ができるのか…へへへ、堪んねえぜ」

 

口の端が吊り上がっていくのが止められない。凶暴な笑みを浮かべて戦争を望むその姿はまさしく戦争中毒と言って間違いないだろう

 

引き出しから1つの封書を取り出すと、アズラエルはそれをデスクの上に置く。サーシェスは封書を手に取ると開けて、その中にある用紙の内容を流し読みする

 

「ビクトリアのマスドライバーにモビルスーツを積んだシャトルを用意してあります。最短ルートを通れば10日ほどでヘリオポリスに到着するはずです」

「──分かりました」

 

アズラエルの通達を聞いたサーシェスは、先ほどまで剥き出しにしていた獣のような本性を瞬時に隠し、封書を片手に敬礼する

 

「大西洋連邦、第4独立連合騎兵連隊、ゲイリー・ビアッジ大尉。ただいまを持って、極秘任務の遂行に着手します」

「頼みますよ…ビアッジ大尉」

 

側から見れば、軍務を全うすべく宣言する盟主と軍人のやり取り

 

その裏には、饒舌し難いほどのコーディネイターへの憎悪、そして戦争への狂気が渦巻いていた

 

 

 

マスドライバーから宇宙に上がって1週間が経過した。すでにヘリオポリスとの距離はかなり近づき、このまま1日ほど待てばヘリオポリスに到着する予定……()()()()()()

 

「ヘリオポリスがザフトの襲撃を受けただと!?」

 

地球連合軍から送られてきた情報はまさに寝耳に水だった。しかも実際にヘリオポリスが襲撃を受けてから1日経過していることも判明したのだ

 

これはサーシェスの乗る宇宙艇の連絡手段が限られていたゆえに地球連合からしか情報が得られなかったこと、ヘリオポリスから地球連合、地球連合からサーシェスへと、情報伝達が回り道してしまったことが原因と言えるだろう

 

(マズイな…アークエンジェルや『G』を破壊されるのもそうだが、最悪なのがザフトに鹵獲された場合だ。だがまだヘリオポリス付近にザフト軍が駐留しているという情報もあった。つまりアークエンジェルは生き延びていて、必死に逃げてる最中ってとこか。それにヘリオポリスは崩壊したとの情報もあった。なら全ての『G』は鹵獲されてないはずだ。全部の『G』が鹵獲されたなら、コロニー1つが壊れるほどの戦闘は起きねえからな…)

 

頭の中で情報を整理し、その果てにサーシェスが出した答えが…

 

(そして、もし俺がザフトから逃げるとするなら、逃げ先に選ぶのは…)

「“傘のアルテミス”、ユーラシア連邦の軍事要塞か…」

 

面倒なことになったとサーシェスは悟るが、どちらにせよアークエンジェルを拠点にできなければMSを補給させることもできない

 

だからサーシェスはシャトルをデブリの一部に紛れ込ませると、後部の格納庫に移動する

 

そこにあったのは横に倒れている灰色のMS。V字のアンテナ、2つ目などG系のMSに共通する特徴があるが、最大の特徴が腰部に取り付けられたサイドアーマー。ここにこの機体特有の特殊兵装が収納されているのだ

 

サーシェスはコックピットに乗り込んで電源を入れる。すると装甲に電流が流れてPS装甲が発動、メタリックグレーの機体色を深い藍色に染め上げていく

 

General

Unilateral

Neuro-link

Dispersive

Autonomic

Maneuver

(Synthesis System)

 

GUNDAM(ガンダム)…?」

 

浮かび上がるOSの文字羅列、その頭文字を思わず読み上げる。“ガンダム”…不思議なことにサーシェスにはその言葉がしっくり来ると感じたのだ

 

「まっ、なんだっていい。戦争ができりゃあな!」

 

シャトルが出てきたガンダム。そのツインアイを不気味に光らせながら、サーシェスは動き出す。他ならぬ戦争を楽しむために

 

「さあ、楽しい楽しい戦争の幕開けだぜ…!」

 

その言葉と共に、サーシェスは青いMS…「brute(ブルート)」に搭乗してアルテミスを目指すのであった



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獣と牙

キラ・ヤマトは焦燥する

 

崩壊したヘリオポリスから脱出したアークエンジェルは、数少ない軍人と民間人、そして“メビウス・ゼロ”というモビルアーマー(非人型の起動兵器)と、唯一奪取されなかった新型MS“ストライク”と共に要塞アルテミスを目指していた

 

だが、アルテミスまで一歩手前のところで襲撃してきたザフトの追撃を受けたのだ。ナスカ級とローラシア級の戦艦が1隻ずつ…そして、ザフトに強奪されてしまった4機の『G』系MSの強襲だ

 

ゆえに、民間人でありながらコーディネイターであるためにキラだけが動かせるストライクと、“エンデュミオンの鷹”の異名を轟かせるムウ・ラ・フラガのメビウス・ゼロが戦闘を行うことになった

 

作戦は至ってシンプル

 

ストライクが4機の『G』の足止めをし、その隙にメビウス・ゼロが前方にいるナスカ級を奇襲。その後にアークエンジェルで追撃を仕掛け、それで生まれた隙をついてアルテミスに逃げるという方法だった

 

しかし、ムウが奇襲を仕掛けている間に『G』と交戦していたストライクは数に押されて拘束され、そのままキラごと捕獲されようとしていた

 

『キラ、ザフトに来い!連合はお前を利用しているだけに過ぎない!』

「アークエンジェルには、僕の友達がいるんだ!」

『このままお前を連れて行かせてもらう…!』

「アスラン!!」

 

キラは、焦燥する

 

攻撃してきたザフトの中にかつての親友がいた。その親友は、赤い可変機のMS“イージス”でこちらのストライクの動きを止めている。周囲にはそれぞれ汎用性の高い“デュエル”、砲撃型の“バスター”、ステルス能力を持つ“ブリッツ”が存在して、抵抗すればすぐさま攻撃してくるだろう

 

逃げられない…!このままじゃ…!

 

『キラ!!しっかりして、キラ!!』

 

ミリアリアから回線を通して呼び掛けが聞こえてくるが、返事を返す猶予すら惜しかった

 

サイが、トールが、カズイが、ミリアリアが、フレイが、マリューさんが、ナタルさんが、アークエンジェルにいるみんなが死んでしまう!

 

「クソッ!!どうすれば…!」

 

 

『任せろやぁ!』

 

 

「え…?」

 

もはやどうしようもない絶体絶命の状況の中…連合の回線から男の声が響く。アークエンジェルの方にも聞こえてきたのか、ざわつく声が聞こえる

 

するとキラから見て右側前方の方角から、デブリに紛れていた青い影が緑光を放ちながら急接近する

 

 

 

「青いモビルスーツだと!?」

「あれは一体!?」

 

アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアス大尉と副長のナタル・バジルール少尉が叫ぶ。そしてオペレーターがコンソールを操作し、報告をする

 

「識別反応確認!“GAT-X-001 ブルート”…地球軍のモビルスーツです!!」

「“X-001”!?そんなモビルスーツを、一体どこで…!?」

 

技術士官としてPS装甲の開発に携わっていたからこそ、マリューの驚きはその場の誰よりも大きかった

 

 

 

一方、唐突に現れて攻撃してきた新しいMSの登場に、MSに搭乗していたザフトのパイロットたちも驚愕していた

 

『新手!?』

『6機目のモビルスーツ…!?』

 

“アスラン・ザラ”とブリッツに乗る“ニコル・アマルフィ”がそれぞれ呟く。新手のMSは地球連合軍、しかも自分たちが乗る『G』と同じく新型の機体だ。当然性能も五分五分と言えるだろう

 

だからこそ2人はビームを回避しながら警戒心を強めたのだが、デュエルの“イザーク・ジュール”とバスターの“ディアッカ・エルスマン”は逆に闘争心を燃やす

 

『まだ隠していたのか!!』

『新型っつっても、所詮ナチュラルだろッ!!』

 

憤怒するイザークと慢心するディアッカは、それぞれ高エネルギービームライフルと高エネルギー収束火線ライフルを撃ち放った

 

だがブルートは、迫る二条の光に対して軽く機体を傾け、当たるか当たらないかスレスレのタイミングで回避を行ってみせた

 

『何ィ!?避けただと!?』

『マグレだろ!?』

 

回避で崩れた姿勢を、その場で回転することで元に戻すと、サーシェスはブルートのサイドアーマーに隠された『牙』を解き放つ

 

 

『行けよォ!『ファング』ゥァ!!』

 

 

サイドアーマーの左右それぞれから射出された2つの物体がデュエルとバスターに突撃する。それを小型ミサイルと判断した2人は、デュエルは頭部の対空バルカン“イーゲルシュテルン”を、バスターは“350mmガンランチャー”で迎撃をする

 

グィン! グィン!

 

『なっ!?』

『曲がった!?』

 

だが、ミサイルと思ったそれは弾丸やミサイル、ビームなどでは不可能な軌道を描いて攻撃を回避し、2機に迫る

 

そして物体は一定距離まで近づくと…その先端から小型のビームサーベルを形成し、デュエルとバスターを蹂躙し始める

 

『うわッ!』

 

手始めに両機のビームライフルを真っ二つにし

 

『ミサイルじゃない…ビームサーベルだとぉ!?』

 

バスターの左腕を肩まで切断し

 

『ヤ、ヤベェぞイザーク!!』

『分かっている!…ぐおお!?』

 

デュエルの右脚を半ばから断ち切り

 

『なんてデタラメな軌道だ!!それに数も多い!』

『撃ち落とせない…!』

 

イージスとブリッツの援護射撃を全て回避し

 

『クソォ!!』

 

デュエルとバスターを分断したところで

 

『なっ──』

 

ズガァ!

 

『ぐああああああ!!!』

『ディ、ディアッカァ───!!』

 

バスターのコックピットに牙が喰い込んだ

 

突き刺さったファングが抜けると、先ほどまで動き回っていた3機のファングと一緒にブルートの元に集い、サイドアーマーに収納される

 

『こいつは便利な武器だぜ』

『キッサマアァァァァァッ!!よくもディアッカをぉぉぉぉぉぉ!!』

 

目の前で仲間が殺られたという状況に、イザークの怒りの沸点が一気に臨界点を超える。マニピュレーターでビームサーベルを握り、一気にバーニアを吹かそうとしたところでアスランが静止の声を上げる

 

『やめろイザーク!!それより早く撤退するぞ!』

『なんだとぉ…!?』

 

それを聞いたイザークは激昂する

 

『アスラン貴様ァ!!ディアッカが殺られたというのにおめおめと逃げろと言うのか!?このッ腰抜けがぁ!!』

『ディアッカはまだ生きている!!』

『何!?』

 

が、アスランから告げられた言葉を聞いたイザークは操縦桿を強く握る

 

『本当か!?』

『コックピットから僅かにズレている!だがこのままではディアッカの命が危ないかもしれない!ここは引くんだ!!』

『ぐっ…!!』

 

イザークは砕けそうなほど歯を強く噛み締める

 

本当ならば今すぐあのMSのパイロットを八つ裂きにしてやりたい。しかしここで引かなければディアッカの命が助からない可能性があることを考えれば引くしか手がなかった

 

デュエルのメインカメラがブルートを映す。藍色のガンダムは左腕に装着されたハンドガンを構えもせずにただこちらを見下ろすだけだ。ナメられてると理解して感情が爆発しそうになるが、必死に抑え込むと言葉に変えて口から吐き出す

 

『貴様は、貴様だけはこの俺の手で墜としてやる!必ずだッ!!』

 

言いたいことを言うと、デュエルはバスターを抱える。それを守るようにイージス、ブリッツが共に後退し、4機は撤退していった

 

「アスラン!!」

 

拘束から解放されたキラは思わずストライクで追いかけようとするが、目の前にブルートが現れたことで停止する

 

『やめときな、今のお前さんじゃあ追いかけても返り討ちに遭うだけだ。ここは大人しく引いたほうが身のためだぜ』

「あなたは…一体…?」

『キラくん、聞こえる!?』

「マ、マリューさん…」

『キラ、大丈夫!?返事をして!』

「ミリアリア…僕は大丈夫だよ」

 

キラは思わず安堵する。どうやらアークエンジェルは無事なようだ

 

次にナタルの声が、ストライクとブルートを繋ぐ回線に混ざる

 

『こちらアークエンジェル副長ナタル・バジルール少尉!!そこのモビルスーツ、所属と目的を述べよ!!』

『バジルール少尉、あなた!?』

『繰り返す!所属と目的を述べよ!!』

 

繰り返し指示を述べるナタル

 

そこにナスカ級に奇襲をかけて戻ってきたムウのメビウス・ゼロ。敵MSとはすれ違った様子だ

 

『おいおい、敵艦が追撃をやめて、モビルスーツも撤退していったと思ったら…どういう状況だ、これは?』

「ムウさん!」

 

ストライク、メビウス・ゼロ、アークエンジェルにそれぞれ見られている中…

 

『こちら、大西洋連邦第4独立連合騎兵連隊、ゲイリー・ビアッジ大尉。上層部の特命により、アークエンジェル護衛の任務を遂行させてもらいます』

 

サーシェスは獰猛な笑みを引っ込めて、「ゲイリー・ビアッジ」としての表情でそう告げた




GAT-X-001 ブルート
装備
・75mm対空自動バルカン砲塔システム イーゲルシュテルン×2
・対装甲コンバットナイフ・アーマーシュナイダー×2
・51mm高エネルギービームハンドガン
・ビームサーベル×2
・ファング×6
搭乗者
アリー・アル・サーシェス
 
アリー・アル・サーシェスが鹵獲したジンが大きく「G計画」を進めたことによって早期に開発された全てのG兵器のプロトタイプにあたる機体。通称「ブルート」
 
元々G兵器の標準装備であるPS(フェイズシフト)装甲やビーム兵器が実用段階の域を出なかったため廃棄予定の機体だったはずが、ムルタ・アズラエルがサーシェスを私兵として動きやすくするために機体フレームを回収し、独自に開発させたもの
 
MSそのものが開発途中な段階だったことにより、後に開発されるどのG兵器とも違う独特のフレーム「X0番台フレーム」のMSとなっている
 
名前の由来は「獣(brute(ブルート))」。ファング(牙)を装備していることからつけられた
 
試作型無線式オールレンジ兵装「ファング」
元々は量子通信技術を応用した無線式ガンバレルを開発目的とされていたが、ただでさえ有線でも大きなガンバレルは無線化するとさらに兵装が大きくなってしまう。MS、MAの機動力が低下する恐れがあることから開発は難航したが、これをビームサーベルに置き換えることで、出力は少し下がるものの大きな軽量化に成功
 
同時に兵装のコンセプトを「撹乱、陽動」に変更して開発が進められた結果、小型でありながら獣の牙のように敵に喰らいつく特殊兵装「ファング」が完成した


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アークエンジェル

アークエンジェルの格納庫内で鎮座する2機のMS。どちらもPS装甲が起動していないことで、くすんだ灰色の機体色になっている

 

1機はこの艦と共にヘリオポリスから脱出したキラの搭乗機“ストライク”

 

もう1機はザフトの追撃時に突如乱入してきたサーシェスのワンオフ機“ブルート”である

 

並んで立ち尽くすMSを見上げながら、整備長である“コジロー・マードック”軍曹は感嘆を息を吐く

 

「まさか連合が秘密裏に、もう1機モビルスーツを開発していたとはなぁ…」

「しかも乗ってるパイロットがヤマト少尉と違ってナチュラル、それでバスターを損壊させて撃退したって話だから凄いっスよね」

 

マードックの言葉を整備クルーが返す

 

「そのパイロット殿も、今頃艦長たちと話している頃か…」

 

 

 

アークエンジェルのブリーフィングルームにて、ゲイリー・ビアッジを騙るサーシェスは艦長を含めたクルーたちと情報交換を行なっていた

 

「──つまり…オーブとの開発データを元に建造されたのが、あのモビルスーツということ?」

「ええ、アズラエル財団傘下の国防連合企業体が秘密裏に建造した連合のモビルスーツです。本当ならばヘリオポリスに到着してから説明を行った後、かの“エンデュミオンの鷹”と共にこのアークエンジェルと『G』の護衛を務めるはずだったのですが、まさかザフトの襲撃で出港時間が早まってしまうとは…ゆえに、道中のデブリ帯でブルートに乗り換え、ここまで最短時間で突っ切ってきたわけです」

「いいのか?秘密裏のことを話しちゃって」

「秘密裏にしたのは、同じく軍の最重要機密であるアークエンジェルと『G』の存在を隠すためです。しかしイージス、デュエル、バスター、ブリッツの4機の『G』が強奪されてしまった以上、すでにプラントに情報が漏れてしまったと考えるべきです。ならばもっとも重要なのは、唯一残った“ストライク”

と“アークエンジェル”を守ることです」

 

地球連合軍の軍服を身に纏ったサーシェスはマリュー、ナタル、ムウにあのMSと、それに乗ってきた経緯を話す

 

そしてある程度話し終えると、サーシェスは3人に頭を下げる。驚く気配が感じられた

 

「我々の対応が遅れたばかりに、本来のアークエンジェルのクルーを死なせるばかりか無関係の民間人にモビルスーツの戦闘を強要させる事態にしてしまうなど…本当に、申し訳ありません」

「あ、頭を上げてください!ビアッジ大尉!」

「そうだぜ。G計画がザフトに漏れてるなんて誰も想定してなかったんだ。それに、坊主に戦うよう促したのは俺たちの責任だ。アンタが悪いわけじゃない」

「…ありがとうございます」

 

そう例を言うと、3人が纏っていた硬い雰囲気が和らいだように感じた。少しは心が打ち解けたのだろう…サーシェスは内心ほくそ笑んだ

 

さっきサーシェスが述べた謝罪は全て嘘だ。他人が死のうが知ったことではないし、むしろ『G』が奪われたことで、ザフトとの戦争のやり甲斐が増すと楽しんでいるくらいである

 

だが、その素性と本性に誰も気づかない。戦争を楽しむためならば自分の欲求を抑えつけて社会に溶け込んでみせる…だからこそサーシェスは戦争狂なのである

 

「ま、そういうわけだ。アンタもその()()()()()()を止めていいんだぜ、ゲイリー大尉殿」

「!」

 

しかし、ムウのその言葉にサーシェスは驚愕する

 

「どう言う意味だ、フラガ大尉?」

「どうって、単純に無理してる喋り方なんじゃないかって思ったんだよ」

 

「それに」とムウはサーシェスの顔をジッと見つめながら、言葉を吐く

 

「コーディネイターが操る『G』4機を迎撃するなんて並の実力じゃないし…軍の中でそういう(戦闘狂の)人間を()()()()()()()()()()。だから分かるんだよね、そういうの」

 

サーシェスは認識を改めた。ただ連合のプロパガンダに利用されて祭り上げられただけの男と思っていたが、ここまで生き残るだけの何かはあるらしい…と感じた

 

どれだけ隠そうとこの男の前には通用しない。だからサーシェスは観念したように手を上げ、「本性」だけを隠すことに決めた

 

「へっ…さすがは“エンデュミオンの鷹”と言ったところか。ただの祭り上げられただけの英雄じゃねえってわけか」

「おいおい、その名前で呼ぶのだけは勘弁してくれよ。どいつもこいつも好き勝手言いやがって…迷惑極まりねえぜ」

(ちげ)えねぇ」

 

唐突に口調も雰囲気も変わったゲイリー・ビアッジの姿にマリューとナタルは驚きを隠せないでいた

 

「ビ、ビアッジ大尉、あなた…」

「すまねえなぁ、ラミアスさんにバジルールさんよ。ご覧の通り俺の中身は清廉潔白な軍人とは程遠いからな、せめて外面だけでもって思ってああ言う態度を取らせてもらったんだ」

「い、いえ、自分は問題ありません、ビアッジ大尉」

 

気軽な口調…悪く言えば粗暴な口調になったにも関わらず、目上の立場の人間だからと堅苦しい態度を崩さないナタルの様子に、扱いやすそうな女だと嘲笑う

 

「とはいえ、情報交換も終えた以上、これからどうやって連合の本隊と合流するかを考えねえとな」

「ええ…そうね」

「しかし、ビアッジ大尉がザフトを追い払ってくれたおかげでアルテミスに辿り着くことができました。あとは武器・弾薬等の補給を終えてから地球に向かえばいいだけでは?」

 

普通に考えればそうだろう。だがそれは、ナタルの考える真っ当な軍人がアルテミスの司令官を務めていたらであり、サーシェスが考え得る限りそれはあり得ない

 

「いいや、アルテミスの司令官のジェラード・ガルシア少将は横暴で俗な人物と聞く。しかも(やっこ)さんはユーラシア連邦に属する軍人ときた。そんな奴のところに大西洋連邦の新兵器であるモビルスーツを積んだこの艦が、軍の識別コード抜きで入港してみろ、間違いなく自分の手柄にすべく拿捕してくるぜ」

「バカな!!そんな事が罷り通るとでもっ」

「するね、口封じに俺たちを消してな。アルテミスは最前線だ。ザフトの連中に殺されたとでも言えばいくらでも誤魔化しは利く」

 

キッパリと断言するサーシェスに閉口するナタル。それでも彼女は言葉を紡ぐ

 

「しかし…アルテミスで補給を行わなければ、間違いなく地球に辿り着くまでにこの艦の物資や弾薬は枯渇します。それにヘリオポリスの避難民も乗せている以上、食料や特に水の補給は必要不可欠です」

「分かってるよ。ようは識別コード抜きで入港して、あちらさんに主導権を握られるのがマズいんだ。…ならそれを逆手に取ればいい」

「何?」

 

何を言いたいのかいまいち理解できない3人が疑問符を浮かべる中、サーシェスは愉快そうに喉を鳴らして笑った



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アルテミスの罠

「アルテミスから臨検艦が来るらしいぞ」

 

ブリッジで連絡を取っていたムウがキラにそう告げる。ムウの隣には、キラには見覚えのない赤髪の男がいた

 

「よっ。お前さんがあの“ストライク”のパイロットらしいな」

「その声…もしかして、あの青いモビルスーツの?」

「おうよ。ブルートのパイロットをしている、ゲイリー・ビアッジだ」

「は、はじめまして、キラ・ヤマトと言います!」

 

その野性味の強い雰囲気に当てられて思わず大きな声で返事をしてしまったが、ゲイリー・ビアッジを名乗る男はそれを笑って許す

 

「おうおう、随分お元気なこって」

「す、すみません」

「構わねえさ、これから同じ釜の飯食うパイロット同士だ。よろしく頼むぜ『ストライクの坊主』」

「! …よろしくお願いします、ゲイリーさん!」

 

キラはゲイリーのその言葉に安心する。少し怖そうな人だと思ったが、ムウさんと同じで面倒見の良い人なのかなと感じたからだ

 

そうやって互いに自己紹介していると、ムウが普段とは違う神妙な顔つきでゲイリーに聞く

 

「なあゲイリー、お前が言ってたことが本当にあると思うか?」

「無いならそれで良いんだがねぇ」

「そうか………キラ」

「はい、なんですか?」

「ストライクの起動プログラムをロックしておくんだ。キラ以外誰も動かす事が出来ないようにな」

「え…どうしてですか?」

 

ムウの急な提案に、キラは質問する

 

「どうもアルテミスの司令官はきな臭いらしくてな、最悪アークエンジェルやストライクのデータを抜き出された上で奪われるかもしれん。それを防ぐためだ」

「そう、ですか……あれ?あの、ゲイリーさんのモビルスーツはロックを掛けないんですか?」

 

そう、ブルートもストライクと同じく『G』に属する最新兵器のMSだ。ならばストライクのみならずブルートにも強いロックを掛けるべきではないのだろうか?

 

しかし、ムウは首を横に振ると隣のゲイリーを見る

 

「ブルートのプログラムはロックを弱くするんだよ。ゲイリー曰くそっちの方が都合が良いらしい」

「…?」

 

キラには一体何の話をしているのか分からなかった。ゲイリーも薄く笑ってるだけだが、とりあえず言われたことはやろうと思い、キラはその場から離れて格納庫に向かった

 

 

 

格納庫に移動したキラを見送ってから数分後、アルテミスの傘──全方位光波防御帯が解除されてアルテミスに入港するアークエンジェル

 

アークエンジェルがドックに固定されたと見るや、周囲から銃を構えたユーラシア連邦の軍人達がアークエンジェルへと殺到してくる。少ししてから控え室の扉が勢いよく開き、宇宙服を身につけた男たちがこちらに銃口を突きつける

 

「よし!そのまま動くな!」

 

男の言葉に従い、静かに両手を上げるサーシェスとムウ

 

「氏名と階級を名乗れ」

 

先頭の男がそう命令する

 

「ムウ・ラ・フラガ大尉だ」

「ほう、エンデュミオンの鷹か…そっちのお前は?」

「ゲイリー・ビアッジ。階級は同じく大尉だ」

 

サーシェスがそう答えると、男は少し考えた素振りを見せる

 

「なるほど……ではフラガ大尉とビアッジ大尉は私たちと一緒に来てもらおう。言っておくが、無駄な抵抗はしない方が身のためだぞ」

「了解…」

 

静かにそう同意すると、2人は男たちと共にアルテミス内に司令室の前に連れて行かれる。そこにはすでに連行されていたマリューとバジルールがいた

 

「フラガ大尉、それにビアッジ大尉…」

「大変なことになっちまったなぁ、艦長さんよ」

 

サーシェスは白々しくそう言う

 

「本当に、このままで良いのね…?」

「ああ、さっき連中が格納庫に向かうのを確認できた。おそらくストライクとブルートのデータを抜き出すためにな…」

 

小さな声で確認し合う。そして兵士に促されて部屋に入ると、いかにも偉そうな態度の軍人が椅子に座っており、隣には副官と思わしき人物がいた

 

気味の悪い笑みを浮かべるこの男こそが、宇宙要塞アルテミスの司令官を務めるジェラード・ガルシア少将だ

 

「私がアルテミスの司令官であるジェラード・ガルシアである。アークエンジェルの艦長はどちらかね?」

「はっ!アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアス大尉です!」

 

敬礼と共に名乗り出るマリューを見て、ガルシアは驚く

 

「君が本当に艦長なのかね?まだ若い上に女性ではないか」

 

言葉は柔らかいが、そこには侮蔑と軽蔑の感情がありありと表れており、同じ女性であるナタルは内心嫌な感情を抱いた

 

「まあいい、本題に入ろう。宇宙要塞アルテミスは地球連合軍の軍事施設だ。入港は許可したが、あの艦には軍の識別コードが確認されていない。よってアークエンジェルと艦内のモビルスーツは我々が管理することにした」

「な…お待ちください!我々はヘリオポリスでザフトの襲撃を受け、やむを得なくアークエンジェルを出港させたのです!識別コードは登録されていませんが我々は確かに軍属です!」

 

マリューは焦った様子でガルシアに言う。続けてサーシェスが静かな物言いで進言する

 

「ラミアス艦長の言う通りです。それに御言葉ですが少将殿、アークエンジェルや『G』は連合軍でもトップシークレットにあたる代物です。管理が目的とはいえデータの抜き出しなどを行ってしまえば、最重要機密の漏洩に繋がってしまいますよ」

「貴様…我々を脅すつもりか」

 

副官がサーシェスを睨みつける

 

「まさか、そんなつもりはありませんよ。ただ警告させていただいただけです」

「忠告は感謝する。しかし無駄なことだと言っておこう。すで2機のモビルスーツのうち、片方のモビルスーツはデータの作業が行われているとの報告があった……もう片方の方は相当固いプロテクトを掛けていたようだが、どうやら間に合わなかったようだな」

 

ガルシアはサーシェスの浅はかな策を嘲笑した

 

だが、サーシェスはその言葉を待っていたと言わんばかりに口の端を歪める

 

「随分と行動がお早いようで。しかし、そうですか…残念です、ガルシア司令」

 

そう言うと目に見えぬ早さで懐から黒い物体…拳銃を取り出してガルシアに突きつける

 

「ビアッジ大尉!?」

「なっ…!?き、貴様!!どういうつもりだ!?」

「どうこうもありません。あなた方はやり過ぎたんですよ」

 

狼狽する副官も意に介さず、サーシェスは言う

 

「あなたはアークエンジェルや『G』には識別コードがないから軍属の兵器ではないとおっしゃいましたが…今あなたの部下がデータを抜き出したブルート、実はあれ、アズラエル財団の主導で建造されたモビルスーツでしてね」

「な、なんだと…!?」

「残念ながら、ブルートは識別コードが登録されてるんですよ」

 

そう、ブルートはアズラエル財団の手によって、すでに10日前から地球連合軍のデータベースに登録されている。私財を使ってまで造らせたMSが他国の手に渡らないようにする為、万が一に備えてアズラエルが掛けていた保険だった

 

だが、ガルシアは識別コードが登録されていないアークエンジェルをユーラシア連邦への土産にしようと目が眩んでいた。だからこそ起動プログラムのロックが脆弱なブルートも、強固なプロテクトが掛けられていたストライクと同じ未登録兵器だと都合良く認識した

 

それが仕組まれた罠であるとも気づかずに…

 

「大変不本意ですが致し方ありません。ガルシア司令官殿、あなたを機密漏洩の容疑で拘束、強制連行させてもらいます」

「貴様…!計ったなっ!?」

「何をおっしゃいますか。我々はあなたに警告しましたよ。モビルスーツからデータを抜き出すことは最重要機密の漏洩に繋がると」

 

しかし、その警告を無視して、あまつさえ銃を突きつけて脅迫してでもデータの抜き出しを強行したのは、紛れもなくガルシア自身に他ならない

 

銃をガルシアに向けつつ周囲の兵士に目を向ける

 

「銃を下ろしたらどうです?このままではあなた方もガルシア司令の機密漏洩を共謀した罪に問われることになる…一生を牢屋で過ごしたくはないでしょう?」

 

サーシェスのそのセリフには不思議な重みがあり、聞いていた兵士たちは狼狽えながらも顔を見合わせて…両手を銃から離して、上に上げて降伏の意思を示す

 

「き、貴様ら、何をやっとるか!!」

「さて、後はあなた方だけです。言っておきますが…無駄な抵抗はしない方が身のためですよ」

 

先ほど、自分たちを拘束した兵士の言葉を意趣返しと言わんばかりにガルシアに告げるサーシェス

 

今にも怒りで爆発しそうなほど顔を真っ赤にするガルシア。するとサーシェスは銃を下ろして後ろを向き、ナタルに話しかける

 

「ところでバジルールの姉ちゃん。アンタ抗命罪を犯した奴がどんな刑に処されるか知ってるか?」

「え…な、何をいきなり」

「軽罰から重罰まで色々あるが、そん中でも1番重いのが…」

 

 

パァン!

 

 

突如響く火薬が破裂する音

 

それはガルシアのその眉間に向かって、振り向くことなく銃弾を放ったサーシェスの拳銃の音

 

腰に右手を当てたままガルシアは目を見開いて硬直し、その姿勢のまま、デスクの上に倒れ伏した

 

「───強制連行に抵抗した際の銃殺刑だ」

 

ドサ!

 

「なっ!?」

「お前!?」

「し、司令!?」

 

パァン!

 

再び撃ち込まれた銃弾が副官の足元を穿つ

 

「ひぃ!!」

「おっと、動くなよ」

 

人を、しかも上官にあたる人物を銃殺したというのに、サーシェスは顔色ひとつ変えることなく言う

 

「たった今、ジェラード・ガルシア少将は機密漏洩による地球連合軍への反乱罪、及び抗命罪によって死刑に処された」

「あなた、なんて事を!!」

 

司令官を撃ち殺すという暴挙にマリューが非難の声を上げるが、サーシェスはガルシアの死体に近づき、右手を掴んで見せつける。その手には拳銃が握られ、トリガーには人差し指が添えられていた

 

「ラミアス艦長、こいつァ俺たちを殺して大西洋連邦の秘密兵器を強奪しようと試みた反逆者だ。俺が殺らなきゃ、アンタらの誰かが死んでたかもしれないぜ?」

「ッ……!」

「だからって、何も殺すことは…」

「このままこいつを放置すれば、連合内での大きな内乱に繋がる可能性がある。そんなことになったらプラントとの戦争どころじゃなくなるぜ…?」

 

サーシェスのそんな言葉に、もはや何も言い返せないマリューとムウ。ナタルに至っては未だに状況を飲み込めないでいた

 

「さてと、そこの副官殿」

「ヒッ!」

 

怯えた表情で床に座り込む副官。サーシェスはすでに銃を仕舞い込んでいるが、そんなことは何の慰めにもならなかった

 

「今のアンタには、死んだガルシア司令の代わりにこのアルテミスの指揮権を行使できるようになっている。元司令は俺たちの艦とモビルスーツを接収しようとしていたわけだが──アンタはどうする気だ?」

「───ッ!!」

 

もはや声にならない悲鳴すら上げる副官。しかし、ガルシアのような惨めな死に方だけは絶対に避けたかった副官は必死に恐怖を抑え込んで…

 

「ぜ、全兵士に通達…!ガルシア司令官は反乱罪を企てたため死刑に処された…全兵士は、アークエンジェルからた、退艦せよ…!」

 

部屋にいる兵士に震えながら命令するのであった



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傘の崩壊

アークエンジェルがアルテミスに拿捕されていたその同時刻…

 

ヴェサリウス(ナスカ級高速戦闘艦)の後方に陣取るガモフ(ローラシア級MS搭載艦)の艦内…

 

その更衣室の中でベンチに座り込んでいたイザークは、これ以上ないほどに苛立っていた

 

「イザーク」

 

そんなイザークに声をかけるのはニコルだ。水分補給のための飲料水が入った容器を手渡しながら言う

 

「少し落ち着いたらどうですか?」

「落ち着け、だとぉ…これが落ち着いていられるか!!ディアッカがやられたんだぞ!!」

 

努めて優しく諭すように伝えるニコルだが、今のイザークにはその優しさすらもストレスを溜める要因でしかなかった

 

ブルートのファングはバスターのコックピットをギリギリ掠めていたが、ディアッカの命自体に別状はなかった。しかし、コックピットの左端を貫いたファングのビームサーベルはその箇所を溶かし尽くして蒸発させ…

 

「アイツの「左腕」を見なかったとでも言う気か!お前は!!」

 

 

結果───ディアッカは肩から先の左腕を欠損する重傷を負ったのだ

 

 

イザークたちはプラントの士官学校で成績が上位10名の卒業生のみに支給される赤いパイロットスーツ…赤服を着ることが許されたエリートなのである。唯一自分より上の成績で卒業した主席のアスランは何かと気に食わないことがあるが、それでも自分たちは選ばれたエリートなのだと自負していた

 

それが先の戦闘ではどうだ?突如乱入してきた青いMSに4人がかりで翻弄され、損壊を受け、挙げ句の果てに戦友がやられたにも関わらず逃げ帰る始末…これが誇り高き赤だと?

 

「あの青いモビルスーツのパイロット…ナチュラルかコーディネイターか知らんが絶対に許さんッ!!あの青い奴は俺がやる!!」

「イザーク」

「ニコル、お前とて邪魔をするならば容赦は…」

「落ち着いてくださいイザーク!!」

「!?」

 

徐々に怒りのボルテージが上がっていくイザークをニコルが叱責する

 

もしこの場にアスランやディアッカがいたとしても、ニコルの様子に1番驚いたのはイザークであろう。普段からイザークはニコルのことを、実力はあるくせに気弱な軟弱者だと思っていたからだ

 

「イザーク、僕だってディアッカがやられて怒っているんです。でもあの青いモビルスーツは、おそらくストライクよりずっと強い。怒りに任せて、侮って戦っては次にやられるのは僕たちになります」

「何…?」

「アスランだって同じ気持ちです。いや…彼は僕たちの隊長だから、もしかしたら1番思い詰めてるかもしれない」

「…………」

 

自身の思いの丈を話すニコルの姿に、イザークも黙って聞くことを選ぶ

 

「僕たちで倒しましょう。みんなで無事に帰ってきた方が、きっとディアッカも喜びます」

「…フン、お前に言われるまでもない。奴を完全に叩きのめしてこそコーディネイターなのだからな」

 

しかし、肝心の青いMSと戦うにしても1つの問題点があった

 

「だが、あの要塞の防御をどう突破するつもりだ?

足付き(アークエンジェル)があそこに隠れている限り、こっちからは手も足も出せんのだぞ」

「その事に関してですが…実はすでにクルーゼ隊長に話を通してありまして」

「何?」

 

思いもよらぬ返答に目を細めるイザークに、ニコルは微笑みながら言った

 

「ブリッツの力を使います」

 

 

 

一方、反乱因子の排除の名目でガルシアを始末したサーシェスは、アークエンジェルのMSデッキに移動していた

 

辿り着いた格納庫は整備班の人間や前世代のMA“ミストラル”が慌ただしく動き回っており、ストライクの開かれたコックピットの中には目的の人物がいた

 

「精が出てるな、ストライクの坊主」

「あ、ゲイリーさん」

 

中にいたのはキラ・ヤマトだ。プロテクトを組み上げた後は、アルテミスに連れて行かれた4人以外のアークエンジェル艦員全員と共に銃を持った男たちに食堂に連れて行かれ監視されていたのだが、なぜか30分ほど経つと兵士たちに混乱が生じて、そのまま訳も分からないうちに解放されたのだ

 

そしてラミアスたちの帰還と同時に、酷く怯えた様子の男の指示の元、現在アルテミスはアークエンジェルの補給活動を行っていた

 

キラはストライクの起動プログラムを簡易なものに直していたところなのだが、思わず作業の手を止めてサーシェスに聞く

 

「あの…聞きたいことがあるんです」

「ン?なんだ?」

 

重い雰囲気のキラとは対照的に、サーシェスは軽い様子で聞き返す

 

「…艦の中で噂になっているんです。アークエンジェルが解放されて補給活動が行われているのは、ゲイリーさんがここの司令官を撃ち殺したから、だって…」

 

それを聞いたサーシェスは内心舌打ちする

 

いまさら人殺しがどうこう言われても毛ほども気にする気がないサーシェスだが、ストライクのパイロットであるキラに不信感を抱かれるのはマズい。人殺しを忌避する甘っちょろいガキだが、アークエンジェルではサーシェスの次に戦力になるのだ。指示を聞かれない可能性が増えるのは中々面倒臭いことに直結する

 

ゆえにサーシェスは、少しだけ考える素振りを見せてから、悩ましい感じで話し始めた

 

「あ〜………いや、間違っちゃいねえ。確かに俺はガルシア司令官殿を射殺した。ラミアス艦長たちの目の前でな」

「そんな…同じ軍人で仲間なのに、どうして」

「軍人だからこそだ」

 

悲壮感を醸し出すキラを諭すように語り始める

 

「ここだけの話だけどな、実は俺は正規の手続きで軍に入ったわけじゃないんだよ」

「え?」

「元々は傭兵として世界各地を渡り歩いていたのさ。本当ならただの傭兵として連合に参加してたんだが、気がつけばどういうわけか新型モビルスーツのテストパイロット…世の中分かったもんじゃねえなぁ」

「そうだったんですか…でも、それとさっきの話にどんな関係が?」

 

投げかけられた質問に対して、サーシェスは自嘲気味に答える

 

「俺は傭兵として多くの人間を殺してきた。敵ならば女子供だろうが命乞いしてくる奴だろうが容赦なく、な…情報を吐かせるために拷問だってしたこともある」

「なっ…!」

 

そのあまりに凄惨な事実に絶句するキラだが、サーシェスは「けどな」と付け加える

 

「ガルシアの野郎はお前さんら民間人に手を出すという超えちゃならねえ一線を越えようとした。戦えない市民を守るのが軍人の仕事であるはずなのにな…」

「………」

「いいか、ストライクの坊主」

 

サーシェスはキラの顔を真正面から見つめる

 

「世の中には超えちゃならねえ一線というものを平気で踏み越えていく奴だっている。そういう奴を野放しにしてたら、いつかお前さんの家族やダチも犠牲になるかもしれねえ」

「ゲイリーさん…」

「ダチを守るために戦ってんだろ?…負けんなよ」

「……はい…!」

 

決意を固めた表情で頷く。きっとキラの頭の中では、友達を絶対に死なせないという、戦争をナメきった甘い考えを(よぎ)らせていることなのだろう

 

(麗しい友情だな…まったく笑えてくるぜ)

 

そうやって目の前のガキを嘲笑っている、その時だ

 

ビィー! ビィー! ビィー!

 

『総員、第一戦闘配備、繰り返す。総員、第一戦闘配備』

 

アラート音と共に、ブリッジからの通信が格納庫内へと響き渡った

 

「! 敵襲だとッ!」

「どうして…?ここの要塞は、敵も攻撃も寄せ付けない防御壁で守られているはずなのに」

 

“アルテミスの傘”の話を聞いていたキラは不思議に思うが、正確には全方位光波防御帯は常時起動しているわけではなく、敵艦・敵MSの接近を確認した場合のみ動かしているのだ

 

「なるほど、ブリッツか」

 

その仕組みを理解していたからこそ、サーシェスはどうやって敵が奇襲を仕掛けてきたのかが分かった

 

「ザフトが攻撃を仕掛けてきたなら補給は打ち止めだ。ストライクの坊主!お前はランチャーストライクに乗って、艦の上で砲撃戦に備えとけ!」

「あ…ゲイリーさん!?」

 

それだけ言うとサーシェスはパイロット控え室に移動し、即座にパイロットスーツに着替えると格納庫に蜻蛉返りする。ブルートに乗り込み、出撃準備を進める

 

『ブルート、カタパルトデッキへ』

 

ミリアリアの通信が響き、ブルートがカタパルトデッキへと移動させられる

 

『ビアッジ大尉、聞こえますか?アルテミスにブリッツが張り付いているようです。それと、艦長があまり艦から離れないようにと!』

「だろうな…了解!ブリッツはこちらが引き受ける!アークエンジェルはアルテミスから脱出しろ!」

 

それが伝わるとアークエンジェルの左脚部分が開き

 

「ゲイリー・ビアッジ、ブルート、出るぜ!!」

 

リニアカタパルトによる射出で、ブルートがアークエンジェルから出撃した



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電撃(ブリッツ)

前回、あまりブリッツと関係なかったので、サブタイトルをこっちに移しました


アルテミスを囲うように配置されている全方位光波防御帯発生装置…それが次々と爆散していき、アルテミスの鉄壁の防御をボロボロにしていく

 

その出来事の元凶の正体は、漆黒のボディカラーと右腕の大きな武器が特徴のMS“ブリッツ”だ

 

ブリッツの最大の特徴。それはミラージュコロイドと呼ばれる特殊粒子を機体の表面に定着させることで、可視光線と電磁波を偏向し、視覚・電波・赤外線による探知から逃れられることができるステルス能力を持つことだ

 

PS装甲と併用できない、スラスターの熱源探知は可能、使用中は電力消費が著しいなど欠点もあるが、それを加味しても見えない敵という脅威的な機能を持つMSである

 

つまり、本来ならば襲来してくる敵に対して『傘』を張ることでザフトの攻撃を凌いできたアルテミス。だが今回はミラージュコロイド・ステルスで探知できないブリッツが接近してきたため、『傘』を張る前に侵入を許してしまった…これが今回の襲撃の全貌である

 

「よし、これでアルテミスの傘を発生させることはもうできない」

 

防御帯発生装置を軒並み破壊したニコルは、アルテミスに接近するヴェサリウスとガモフを確認する

 

「足付きが動き出す前に、アスランたちと合流しないと」

 

 

『ところがぎっちょん!!』

 

 

直後、ビームサーベルを構えたブルートが背後からブリッツを襲撃する

 

「うわっ!?」

 

突然の奇襲にも関わらず、コーディネイターとしての高い反射神経でビームサーベルを躱すブリッツ

 

ガァン!

 

しかし不意打ちのビームサーベルを回避されてもサーシェスは微塵も動揺せず、即座に膝蹴りをコックピットに叩き込む

 

いかにPS装甲によって物理攻撃に対しては絶対的な防御力を持つ『G』と言えど、その衝撃まで防ぐことはできない。それにPS装甲は物理攻撃を無効化するたびに電力を大きく消費する

 

アズラエルから提供された『G』の資料でそれを知っていたからこそ、サーシェスは武器のみならず素手での攻撃も行う。もっとも、サーシェス自身、白兵戦を好んでいるという理由もあるが

 

「ぐう!!…コ、コイツゥ!」

 

コックピットを思いっきりシェイクされたことで、吐き気が込み上げてくるのを抑えながら、複合武装“トリケロス”のビームライフルをブルートに向かって撃つニコル

 

至近距離の射撃。これをブルートは仰向けに倒れて宙に浮くことでビームが当たる面積を減らし、なんなく回避する

 

「躱した!?それに、この青いモビルスーツ…!」

 

───ディアッカを倒した奴!!こんな時に出会(でくわ)すなんて!!

 

ニコルの思考に迷いが生じる

 

ザラ隊(アスランを隊長とした4人の赤服部隊)は未だにブルートのファングへの対抗策が思いついておらず、そもそもブリッツの隠密に気づいたとしても足付きが追われていることを考えればそちらの護衛を優先すると思ったのだ

 

(それが真っ先にこちらに向かってくるなんて!)

 

姿勢を整えたブルートのツインアイがブリッツを捉える

 

このまま相手をするのは作戦上良くない…そう思ったニコルはミラージュコロイドで宇宙の闇に溶け込み、アルテミスから離れようと行動する

 

『逃がすかぁ!』

 

だが、サーシェスはそれを逃がさない。ブリッツが消えた場所に前進しながら、その方向一帯に頭部の対空自動バルカン“イーゲルシュテルン”をばら撒く

 

本来ならばMSやミサイルの迎撃用に組み込まれた砲塔システムであり、PS装甲を持つG系統のMS相手にはダメージを与えることすらできないのだが、ミラージュコロイドを纏っているブリッツなら話は別だ

 

「弾幕を!」

 

ニコルはブリッツのステルスをすぐに解除してPS装甲を起動、間一髪バルカンの雨を防御する

 

『そこかぁ!』

 

そして姿を見せたブリッツを逃すサーシェスではない。再び姿を消される前にイーゲルシュテルンでブリッツを釘付けにし、サイドアーマー外側に収納された対装甲コンバットナイフ“アーマーシュナイダー”を手に急加速する

 

「このォ!」

 

迫る青い獣に対して距離を取りながら3連装超高速運動体貫徹弾“ランサーダート”やビームライフルを撃ち放つも、三次元的な機動で全て避けられる

 

「これも避けるのか!」

『オラァ!』

 

ギャリィィィ!

 

超振動の刃がコックピットの装甲に突き刺さり火花を散らす。PS装甲がなければ、とヒヤリとしながらも左腕の“グレイプニール”をブルートに向け、内部の有線式ロケットアンカーでクローを射出する

 

『チョイサー!』

 

ガギャァン!

 

しかし素早い動きでブルートは飛んでくるクローを蹴りつけ、明後日の方向に吹き飛ばす

 

「蹴り飛ばした!?」

『オイオイ、ガンダムに乗っててもこの程度か?えぇ!コーディネイターさんよぉ!!』

 

接触回線から期待外れだと言わんばかりの声がブリッツの内部に響く

 

機体性能は互角のはずなのに、まるでライオンが兎を嬲るように、ブルートはブリッツ相手に一方的な戦いを繰り広げていた

 

しかも、相手のブルートが握っているのは物理武器のアーマーシュナイダーなのだ。もしこれがビームサーベルだったとするならば…さっきコックピットを突き刺された時点でニコルがどうなっていたかは想像に容易い

 

それに、バスターを容易く損壊させたあの飛来するビームサーベルを出す気配もない…完全に弄ばれていると気づくと、普段温厚なニコルも頭に血が上る

 

「接近戦ばかりでビームサーベルも使わないなんて…遊んでいるのか!?」

『バッテリー切れまで持たせてみろよ!コーディネイターのガキィ!』

 

ガギィン!

 

足のつま先がブリッツの頭部に激突する。両機の距離が開くと同時にイーゲルシュテルンがブリッツの機体に満遍なく命中し、強制的に発動させられるPS装甲が内部バッテリーをどんどん消費させる

 

ビームライフルで狙いをつけるもブルートには掠りもしない。無駄撃ちをすれば電力の消費量が増すばかりだ

 

「逃げられない…!こ、このままじゃ…!」

 

ピー!ピー!

 

赤いデッドラインに近づいていくコンソールのバッテリー残量表示が、ニコルには死のカウントダウンに見えた

 

まさに狩人に追われる獲物の如く、徐々に死に追い詰められていく状況はニコルの判断力を奪う

 

「う、うわあああああっ!!」

 

デタラメに近づいてビームサーベルを振るうが、躱し、往なし、確実にアーマーシュナイダーを当ててブリッツのPS装甲を発動させる

 

ピ───ッ!

 

「ハッ!?」

 

そして…ついにブリッツのバッテリー残量に限界が訪れた。持っていた光の刃は消失し、機体の黒色が鈍い灰色に変わっていく

 

「しまったっ!!バッテリーが!」

『なんだよ、もうお(しめ)えかぁ?』

 

それを見たサーシェスはつまらなさそうに鼻で笑うと、ビームサーベルを取り出してブリッツのコックピットを狙う

 

『ハッハ、あばよ!!』

 

迫る剣先、暗い操縦席。ニコル・アマルフィが死を覚悟した…その時だ

 

ビュァ!

 

赤い高出力ビームがブルートの頭上から降ってきた

 

『何!?』

 

攻撃を察知したサーシェスはブルートを大きく後退させる。続けて降り注ぐビームの雨

 

「今のは…」

『ニコル!!大丈夫か!?』

『この野郎っ!よくもー!!』

 

高出力ビームを放ったのはMA形態に変形したイージスの複列位相エネルギー砲“スキュラ”によるもので、ブルートにビームを撃っているのは右脚の修理を完了させたデュエルだ

 

4本指の手のようなMA形態からMS形態になると、イージスもデュエルと共にブルートを狙い撃つ

 

『増援か…ムッ?』

 

攻撃を掻い潜りながらどう相手すべきか考えていると、別方向から高出力のビームがイージスとデュエルに飛んでいく。攻撃を止めて回避する2機

 

『別方向からの攻撃!?』

『足付きとストライクか!』

 

そう、アルテミスから出港したアークエンジェル、その甲板の上にいるランチャーストライクの狙撃によるビームだった

 

『ゲイリーさん!今のうちに!』

『やるじゃねえか、ストライクの坊主!』

 

まだ全速力で移動していないうちにアークエンジェルに戻ろうとサーシェスはブルートのスラスターを強く吹かせる

 

『キラ…!』

『ちょうどいい!お前たちもまとめて墜としてやる!』

 

迷いを見せるアスランとは逆に、感情を昂らせてデュエルでビームライフルを構えるイザーク

 

『行けよォ!』

 

それを見たサーシェスはファングで2機のガンダムに牽制をかける

 

『この攻撃!回避に専念しろイザーク!!』

『分かっている!!』

 

さすがはコーディネイターというべきか、アスランとイザークは2度目のファング攻撃を避け続ける

 

『アンチビーム爆雷装填!!てェー!!』

 

そんな中、アークエンジェルブリッジ内にナタルの命令が飛び、多目的射出機から“アンチビーム爆雷”がブルートとすれ違う形で発射される

 

アークエンジェルとイージス、デュエルの間の宇宙空間で爆発したアンチビーム爆雷がビームを減衰させる特殊粒子を散布し、アークエンジェルに対するビーム攻撃を無効化する

 

それを確認したサーシェスはファングを呼び戻し、ストライクの真横に着艦した

 

『クソッ!』

『逃がしたか…!ニコル、無事か!?』

「え、ええ…なんとか…」

 

アスランの呼びかけに疲労困憊といった様子で返事をするニコル

 

「ありがとうございます2人とも…危うく死ぬところでした…」

『貴様、みんなで倒すと抜かしておきながら1人で戦うとはどういう了見だ!!』

『そう言うなイザーク、ニコルも必死だったんだ。動けるか、ニコル?』

「いえ、バッテリーに限界が…すみませんが手伝ってください」

『全く、世話の焼ける奴だ!!』

 

デュエルがブリッツに肩を貸しガモフまで移動する

 

そんな中、ブリッツのコックピットの中で、ニコルはブルートとの戦闘を思い返していた

 

 

『オイオイ、ガンダムに乗っててもこの程度か?えぇ!コーディネイターさんよぉ!!』

 

 

「ブルートのパイロット…あの強さで、本当にナチュラルだとでもいうのですか…?」

 

信じ難い事実に、薄ら寒さを覚えるニコルだった



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明日を生きる為に

アルテミスから脱出して約1週間

 

アークエンジェルはローラシア級の追撃を振り切るべく、息を潜めながら行動していた。そして……

 

「半径5000に敵艦の反応は捉えられません。完全にこちらをロストした模様」

 

C.I.C.の通信員からの報告に、ブリッジに安堵の雰囲気が広がる。特にミリアリアなどの民間人はずっと張り詰めていた空気を弛緩させていた

 

「アルテミスが敵の目を上手く眩ましてくれたようね」

「しかし、補給の問題が残っています。ビアッジ大尉曰くブリッツのミラージュコロイド・ステルスでアルテミスの傘を攻略したらしいですが、そのおかげで補給が中途半端な形で終わっています」

「特に水が、なぁ」

 

ナタルの緩んだ空気を引き締めるような言葉に「同感だ」と肯定するムウ

 

「整備の方にも問題が出てきています。パーツ洗浄機の使用も極力控えるようには言っていますが、それだとて完全という訳ではありません。それにストライクとブルート、メビウス・ゼロはこのアークエンジェル防衛の要です。整備用機械の節約をしすぎて実戦で使い物にならなくなっては本末転倒です」

「まいったわね…地球までまだまだ時間がかかるというのに、このままだと道中で力尽きてしまう…」

 

補給のことを考えれば、アークエンジェルが向かう次の目的地は「月」だ。地球軌道圏内に入れば、少なくとも地球軍からの援助も受けられるし、機密であるアークエンジェルの行先も定まるはずだろう

 

しかし、その航路はあまりにも険しい

 

「これで精一杯か!?もっとマシな進路は取れないのか!?」

「無理ですよ。例えばそのルートの進路上はデブリ帯と重なっているんです。でもここのルートをこう回り道すれば、時間はかかりますが確実に月に着けます」

「どうしても通れないのかしら?私たちには時間がないわ」

 

困ったような表情でマリューは聞くが、操舵手であるアーノルド・ノイマンも困った顔で言う

 

「デブリ帯に突っ込めば、この艦もデブリの仲間入りになりますよ?」

 

暗に「無茶苦茶なこと言わないでください」と答えるノイマンにマリューは深いため息を吐く

 

近道を通ろうとするとこの艦が沈むことになり、遠回りすれば間違いなく途中で行き倒れる

 

どう足掻いても詰みと言っていい絶望的な状況…しかし、そんな現状でムウはしきりに呟く

 

「デブリ…デブリねえ……」

「…? どうしたの、フラガ大尉」

「いや、思っちゃったのよ」

 

暗い雰囲気を吹き飛ばすように、ムウは言う

 

「つくづく“不可能を可能にする男”かな、俺って」

 

 

 

「デブリベルトから物資を補給する?」

 

居住区内にある食堂で、テーブルを挟みながらキラたち学生組がムウに聞き返した

 

「ああ。今、俺たちはデブリベルトに向かっている。そこには戦艦・モビルスーツ・モビルアーマーの残骸とかがあるから、弾薬や修理に必要な鋼材の補充に使える」

 

デブリベルトは小惑星が集まってできた帯状の宙域であり、周辺の宇宙のゴミが多く流れ着いていることもある。そこにあるジャンクなどを集めて地球までの必要物資とした再利用するのが今回の目的だ

 

「それに、デブリベルトにはユニウスセブンの残骸も流れ着いている。氷の塊を拾うことができれば、水不足の解決にも繋がる」

「学生のあなたたちには、補給物資の運搬をする際の船外活動を手伝ってもらいたいの」

「でも、そのためにデブリベルトを漁るなんて…」

 

マリューの提案にキラたちは互いに顔を見合わせて言う。先ほどの話、ユニウスセブンのことも考えれば、その補給活動は宇宙のゴミ漁りどころか墓荒らしとも言える行動だ

 

なかなか了承の返事を返さない中、食堂に男の独特な声が響く

 

「悪いが迷ってる暇はねぇぜ、ストライクの坊主」

「あ、ゲイリーさん」

「誰だ、キラ?」

 

そう問うのはサングラスのようなメガネをかけたキラの友人の1人“サイ・アーガイル”だ。それに答えるのは、アークエンジェルブリッジでCIC管制官の手伝いをしている女友達の“ミリアリア・ハウ”だった

 

「ゲイリー・ビアッジ大尉よ。ほら、キラの“ストライク”とは別の“ブルート”、あのモビルスーツのパイロットをしている人なの」

「パイロット?……てことは、もしかしてこの人もコーディネイターなの?」

 

ミリアリアの説明を聞いた赤髪の少女“フレイ・アルスター”が心底嫌そうな顔でサーシェスを見る。その表情には、コーディネイターへの強い嫌悪の感情がありありと見て取れる

 

「初対面の嬢ちゃんに随分嫌われちまったようで…」

「そう気落ちすんなって。お嬢ちゃんも早とちりしないことだ。ゲイリーはコーディネイターじゃない」

「えっ、本当?」

「この艦の設備で調べたことだから本当よ。ビアッジ大尉の体はコーディネイトされていないわ」

 

ムウとマリューがフォローをすると“トール・ケーニヒ”と“カズイ・バスカーク”がサーシェスに聞く

 

「じゃあ、どうしてモビルスーツを動かせるんですか?」

「しかもザフトと互角に戦えるなんて」

「才能なんじゃねえのか?」

「……ヤな人……」

 

言い切ったサーシェスをそう評するフレイ

 

「コラ、フレイ!」

「ごめんなさい、ビアッジ大尉…」

「ハハハハ!正直でいいじゃねえか」

 

婚約者でもあるサイがフレイを叱り、ミリアリアが謝るのをサーシェスは笑って流す

 

「さてと、話を戻すぜ。デブリから補給するのが嫌みたいだがよぉ、このまま補給もせずに宇宙を彷徨ってたら、俺たち全員お陀仏だぜ?」

 

無論、そんな事態になれば物資をかっぱらってブルートで逃げるだけなのだが、アズラエルの依頼はアークエンジェルと『G』の護衛だ。逃げるのは本当に最後の手段にしておかなくてはならない

 

「死んじまったら何もできなくなるだけだぜ?命あっての物種ってな」

「その通りよ。それに、失われた者たちを漁り回ろうというんじゃないわ。ただ、ほんの少し今の私たちに必要な物を分けて貰おうというだけよ……生き残る為に」

 

マリューにそう優しく諭されては学生組のみんなも首を横には振れず、結果として補給作業の手伝いを了承するのだった

 

 

 

「ったく…戦争屋のこの俺が、補給活動なんざすることになるとはな…」

 

全壊したドレイク級戦艦の一部をブルートで運びながら、通信の切ったコックピットの中でサーシェスはぼやく

 

本来ならば、サーシェスはこんな面倒事をせずにアークエンジェルで待機しているつもりだったのだが、人手が1人でも多く欲しいというマリューのありがたいお言葉のおかげでブルートを動かせるサーシェスが駆り出されることになったのだ

 

断ろうとも考えたのだが、そうすると学生組が反感を覚えて補給活動の参加を取りやめる可能性がある。「偉そうに説教垂れといてお前は何もしないのかよ」という意味だ

 

ビームサーベルでユニウスセブンの凍り付いた水を切り分けながら、ミストラル上部の作業用ポッドにパスする作業を繰り返す

 

「ん?」

 

そんな時だ。ブルートの活動宙域とは反対側の宙域でビームが何本か迸り、遅れてMSの爆発と思わしき光が見えた

 

「ストライクの作業宙域か?」

 

補給を止めて爆発の発生源へとブルートを動かす

 

目的の場所に辿り着くと、ストライクがデブリと一緒にただただ宙を漂っていた。動き出すような気配が感じられない

 

ストライクとの回線を繋ごうとするがどうも通信が切れているようで、仕方なくマニピュレーターでストライクに触れて接触回線で話しかける

 

「何やってんだ?ストライクの坊主」

『ゲイリー…さん…?』

「通信なんざ切って何してやがったんだ?」

『す、すみません。でも、ちょっと……あれ?』

「あん?」

『あの、前方に何か………救命ポッド?』

 

キラの見る方を向いてみると、確かにブルートのモニターには緑色の救命ポッドが映っていた

 

「救命ポッドだぁ?…おいストライクの坊主。お前さっきモビルスーツを墜としただろ?なんだった?」

『え?…ええっと、強行偵察型のジンでした』

「強行偵察型?…俺たちを追ってきたローラシア級の速さなら直接追いかければ良い。それをわざわざ長距離航行能力のあるモビルスーツで偵察に出すだと………ストライクの坊主」

『はい、なんですか?』

「あの救命ポッド、拾ってくぞ」

『え!?』

 

サーシェスから出てきた言葉に心底驚くキラ。ゲイリー・ビアッジとしての過去を聞いていたキラからすれば、こういう事には興味がないものだと思っていたのに

 

「なんだ?見殺しにでもしたかったのか?」

『そんな、見殺しなんて!でも、どうして急に?』

「ま、ここで見殺したら、さすがの俺も夢見が悪くなりそうだしな」

 

もちろん、そんな事は全くもってあり得ない。サーシェスが救命ポッドを拾おうとした理由はただ1つ

 

(こいつァ戦争の匂いがするぜ…!)

 

戦争屋としての勘が告げていたのだ

 

これは、さらなる戦争の火種になる()()なのだと



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プラントの歌姫

「まさか、あなたがこんな物を拾ってくるとは思いもしませんでしたよ、ビアッジ大尉」

「そいつァ悪かったな、バジルールの姉ちゃん」

 

特に悪びれた風もなく口だけの謝罪するサーシェスの姿に、ナタルはため息を吐く

 

補給の最中にブルートの手の中に収まることになった緑色の救命ポッド…それは現在、アークエンジェルの格納庫に運び出され、マードックたち整備員がポッドを開けようと作業をしていた

 

サーシェスが救命ポッドを拾ってきたというのが余程珍しいと思ったのか、キラやムウ、マリューや学生組の面子など、多くの人間が救命ポッドの前に集まっていたのだ

 

「どういった風の吹き回しだ?お前さんは身内以外には相当ドライな奴だと思っていたんだがな」

 

少なくとも、アルテミスではガルシアを躊躇なく撃ち殺したのだ。ムウの中でのゲイリー評は「敵には欠けらも容赦せず」だ

 

「俺も普通なら無視して良かったんだがな。ストライクの坊主の話を聞く限り、強行偵察型のジンとデブリベルトで遭遇したんだとよ」

「強行偵察型だと?…確かに妙だな。仮にローラシア級がデブリ帯に網を張ってたのだとしても、わざわざ強行偵察型を出す必要がない」

 

強行偵察型ジンは、2つのレドーム(自然環境からアンテナを保護するドーム状の物体)を肩と背中に装備し、索敵能力を大きく向上させた偵察目的のMSだ

 

しかしその分、戦闘能力の低下が顕著なのだ。もしローラシア級がアークエンジェルを待ち伏せていたとするのならば、こちら側の戦力を考えて『G』を投入すべきだ。そもそも待ち伏せならば戦艦の索敵だけで十分なはずだ

 

「俺の予想が正しけりゃ、あの救命ポッドにはプラントの要人かその関係者が乗っている。ストライクの坊主が見つけたジンは、差し詰めプラント本国から送られた救出部隊といったところか」

「その根拠は?」

「俺の勘だ」

(ただし、戦争屋としての勘だがな…)

 

ムウの質問の答えに対してサーシェスは心の中でそう付け加える

 

そうこうと話をしている間に作業が終わったのか、保安部隊の何人かが銃を救命ポッドの扉に向かって構える。万が一、中にいるのがザフトの兵士だった場合に備えてだ

 

「開けますぜ」

 

マードックがそう言いながら救命ポッドと繋がったキーボードを叩く。電子音が鳴り、開いた扉の中から出てきたのは…

 

「ハロ、ハロ……ハロ、ラクス、ハロ……」

 

耳と思わしき部位をパタパタ動かして宙を浮く、ピンク色で球体のロボット…ハロであった

 

予想外の物体の登場にキラたちが唖然とする中、サーシェスだけがハロが口にした『名前』に気づく

 

(“ラクス”、だと?)

 

そして、ハロに続いて出てきた人物

 

「ありがとう。ご苦労様です」

 

桃色でウェーブのかかった長い髪、吸い込まれるような水色の瞳、幼さが残った優しげな美貌

 

キラの目の前で静止したその少女こそ、現プラント最高評議会議長“シーゲル・クライン”の一人娘にして、プラントで熱烈な人気を誇る───

 

『プラントの歌姫』“ラクス・クライン”だった

 

 

 

 

ブリッジの空いていた席に座っているムウが唸るように呟く

 

「まさか本当にプラント側の要人、それも“プラントの歌姫”として名高いラクス・クラインを拾ってきちまうとはなぁ」

「そう言うな。さすがの俺だって中に入ってんのが歌姫様だなんざ思っちゃいなかったんだからよ」

「まったく、問題ばかり増えて頭が痛くなってくる…」

 

軍帽を外して額に手を当てるナタル

 

事情聴取をした結果、元々ラクスはユニウスセブン追悼式典の準備のため民間船に乗って視察に赴いていたが、地球連合軍に遭遇し戦闘に発展。ラクスは緊急避難ポッドで脱出させられ漂流していたらしい

 

「それで、結局あの娘はどうするんだ?」

 

何かを考え込んでるマリューに向かってムウが聞く

 

「そうね…やっぱり月本部に連れて行くしかない……かしら」

「このまま真っ直ぐ月本部まで向かうならそれしかないだろ?」

「でも、プラント最高評議会議長の一人娘よ。軍本部に連れて行けば恐らく政治的に利用される事になる」

「そいつァ間違いねえだろうなぁ」

 

連合軍、それもコーディネイターが憎くて憎くて堪らないブルーコスモスからすれば、プラント最高評議会議長の一人娘などコーディネイターへの最高の釣り餌に他ならない。聞くも見るも耐え難い事を容易にすることだろう

 

「出来ればそんな目に遭わせたくはないんです。民間人の、それもあんな少女を」

「…随分お優しいこって……」

 

サーシェスは皮肉の意をたっぷり込めてそう言う。その蔑みを誰も気づかない

 

「だがよぉ、俺から言わせればそいつは無理な話ってもんだぜ。ただのプラントの民間人ならばともかく、ラクス・クラインの身柄はプラントの外交に対する切り札になり得る。連合やブルーコスモスの連中が、あの嬢ちゃんをただでプラントに帰すなんて容認するとは思えんがね…」

「それは……」

 

マリューも頭の中ではその事を理解しているのだろう、悩ましげな表情で俯く

 

それを見たムウは、空気を変えるために前から気になっていた事をサーシェスに聞く

 

「そういやゲイリー、ブルーコスモスで思い出したんだがな」

「なんだい?」

「お前さん、アズラエル財団傘下の企業でテストパイロットをしてたんだろ?ブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエルの下で働いてたにしては、コーディネイターへの偏見がないように見えるんだが?」

 

サーシェスが所属している(設定である)大西洋連邦は、反プラント・反コーディネイターの思想が軍人から市民、上層部から末端に至るまで強く根強いている。地球連合軍内では「コーディネイターは宇宙の化け物」という認識が散見しているから憎悪や嫌悪を隠す必要もない

 

それにしてはゲイリー・ビアッジという人物はプラントやコーディネイターを強く憎んでいるように見えない。だからこそムウはサーシェスの態度が気になっていたのだ

 

「それはアレだ。こんな言い方しかないが、俺はこと戦いに関しちゃあコーディネイターよりもずっと強いからな。俺からすりゃあナチュラルもコーディネイターも大して変わんねえってわけだ」

「大して変わんないねぇ…ま、あんだけ自由自在にモビルスーツを動かせるんだ。そう考えるのも無理はないか」

 

ムウは表面上はそう答えた。だが、内面ではサーシェスの返答に対して強い危機感を抱いていた

 

(ナチュラルもコーディネイターも変わらない?コーディネイターだって人間なんだぞ。まるで自分は人間を超えたみたいな言い方に聞こえるぜ、ゲイリー…)

 

今のところは問題がないように見える。だが、いつかその考えが増長して傲慢なものに変わっていけば…それは争いの元と化していくだろう

 

だが、ムウ・ラ・フラガは気づかない

 

アリー・アル・サーシェスが傲りや嫉みなどとはかけ離れた思想の元、戦いを繰り広げていることを、戦争を望んでいることを

 

まだ誰も気づかない

 

 

 

そしてその数時間後、アークエンジェルブリッジに地球連合軍第8艦隊から派遣されてきた先遣艦隊からの暗号通信が受信される



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戦いの火種

ラクス・クラインを保護してから数日が経った

 

アークエンジェルは先遣艦隊と直接通信が出来るまでに距離を縮めており、目的地である地球まであと少しといったところだった

 

そんな中サーシェスはどうしていたのかというと、MSデッキのコックピットが開いたブルートの前にいた。中を覗き込んだ先にはシートに座ったキラがいて、凄まじい速度でキーボードを叩いている

 

カタカタカタカタカタカタ……

 

「どうよ、調子の方は?」

「調整はうまくいっています。…でも、こんなOSであれだけの戦いをしていたなんて…」

「鹵獲したジンのOSをそのまま流用したらしいからな。まあ、動かしやすくするように多少は手を加えていたらしいが」

 

そう、サーシェスはキラにブルートの戦闘用OSの調整をさせていた。正確にはストライクの調整をしていたキラが「ブルートも」とサーシェスに提案し、それを快諾したのだ

 

「それでも、やっぱりこれだけの機体を流用したOSだけで動かすのは並の技術じゃできませんよ。僕でもストライクのOSを自分で書き換えて、ようやく闘いになっているのに」

「戦えりゃ何でも構わねえよ。俺は戦ってナンボの傭兵だからな」

 

そうやって調整も最終段階に入ろうとした、その時だ

 

『総員、第一戦闘配備、繰り返す。総員、第一戦闘配備』

「敵襲!?」

「チッ!ザフトの野郎共、追いついてきたのか!」

「そんな…OSの調整がまだなのに!」

 

突如やってきたザフトの襲来にキラは狼狽えるが、サーシェスは落ち着いて指示を出す

 

「ストライクの坊主!俺が先行して敵を撹乱する!パイロットスーツに着替えてくる間にお前はOSの調整を終わらせておけ!」

「わ、分かりました!」

 

ブルートから飛び降り、控え室に走るサーシェス。その僅かな時間すらも惜しいとキラはモニターに向き合い、先ほどよりも早くOSを書き換えていく

 

一方、控え室に辿り着き、パイロットスーツを着替え終えるサーシェス。そこにムウがやってくる

 

「もう着替え終わってんのか。早いな」

「言ってる場合じゃねえぜ。敵さんが来てやがんだ、とっととやらねえとこの艦が沈むぜ?」

『フラガ大尉、ビアッジ大尉、聞こえますか?』

 

艦内放送からマリューの艦長としての声が聞こえる

 

『敵MSに、ジン3機の他にイージスを確認。私たちを追っていたナスカ級のものと思われます』

「クルーゼか…!」

 

忌々しげにムウが敵の指揮官の名を呟く。因縁のような何かを感じさせる言い方だ

 

「遅れました!ゲイリーさん、OSの調整は終わりました!」

「先遣艦隊が墜とされたら面倒だ。先にブルートで先遣艦隊の護衛に向かう!お前さんたちも早く来いよ!」

「おう!」

「はい。…あの、ゲイリーさん!」

 

格納庫へ向かおうとするサーシェスにキラが話しかける

 

「なんだぁ?時間がねえんだぞ」

「その、イージスなんですが………い、いえ、イージスには気をつけてください」

「? まあ、任せろや」

 

それだけ伝えると、サーシェスは控え室を後にした

 

1番の親友と頼れる上官が命をかけて戦う。その事実が、それを止められなかったことが、キラに自責の念を抱かせる

 

 

 

クルーゼ隊による連合艦隊への奇襲。イージスが3機のジンを僚機として連れて、第8艦隊先遣艦隊に攻撃を行っていた

 

変形したイージスの“スキュラ”が戦艦を容易く貫く。MSサイズでありながら戦艦を一撃で撃沈させる火力は圧巻の一言だ

 

搭乗者のアスランが通信機を操作してジンに回線を繋げて指示を出す

 

「よし!各機、聞こえるか?」

『ハイ』

「このまま地球軍の艦隊を墜とす。足付きと連携を取られると厄介だ、一つ一つ手早く──」

 

瞬間、宇宙の闇に紛れて光る何かがジグザグの軌跡を描いて3機のジンのうち1機に迫り

 

ズガンッ!

 

…そのコックピットにビームサーベルを突き立てた

 

『えっ…ジョ、ジョシュ──』

「各機、散開して回避運動ッ!!」

 

唐突に訪れた仲間の死に隣のジンのパイロットは動揺するが、アスランは有無を言わせぬ命令を飛ばして残りのジンを無理やり動かすと、マニピュレーターにビームライフルを握らせながら虚空を見つめる

 

「今の攻撃…!ディアッカをやった奴か!」

 

飛来した何か…ファングがパイロットの肉も血も涙も蒸発させてこの世から消滅させると、アークエンジェルの方向から現れた藍色のMS“ブルート”のサイドアーマーに帰還する

 

『今度はテメェが相手してくれんのか?ガンダムさんよぉぉ!!』

 

イージスに狙いをつけたブルートがビームハンドガンを撃つ。アスランは質より量で降り注ぐビームの雨を冷静に対ビームシールドで防ぎながら、反撃のビームを撃つ

 

だが、緑光の線はブルートに全く当たらない。アルテミスの時よりもずっと滑らかな動きで回避運動を行い、徐々に距離を詰めてくる

 

「バカな…!以前ニコルが戦った時よりも反応がいいなんて!?」

 

ブルートとイージスの距離が50mよりも小さくなった時、ブルートは急な方向転換をする。その先には先ほどコックピットを貫かれたジンが漂っている

 

「あいつ、何をする気だ!」

 

無闇に電力を消費できないイージスはそれを見ることしかできず、やがてジンの元に辿り着いたブルートは、その腰にマウントされた重斬刀を手に取る

 

「な、何…?」

『どうもビームサーベルってのは性に合わねえんだよ………なぁ!!』

 

まるで達人が刀の相性を調べるように軽くブンブン振り回すと……急加速でイージスに接近する

 

彼我の距離が急激に縮まっているにも関わらずブルートはビームを容易く躱し、右手の重斬刀をイージスに振り下ろした

 

ガギャァン!

 

「ぐああ!!」

 

PS装甲によってイージスは傷一つ付かないが、その強い衝撃はコックピットを貫き、アスラン本人を消耗させる

 

『アスランッ!!』

「俺の事は気にするな!!それより俺がこいつを抑えている間に敵艦を墜とせ!!」

『ッ……了解!』

 

部下たちは苦渋の決断だったが、自分たちではあの青いMSとの戦いで足手纏いにしかならないと理解したゆえ、2機のジンは先遣艦隊の方へ向かう

 

「うおおおお!!」

 

イージスはMA形態に変わると、蛸のように開かれた4本足の中央から“スキュラ”を放つ

 

ブルートはそれを回避するが、アスランは射線上にブルートと先遣艦隊が重なるように撃っていて、極太のビームが距離の遠い戦艦の1つに直撃し、撃沈させる

 

「よし!このまま…!」

 

敵艦隊と足付きを墜とす

 

しかし、目の前の戦争屋はそれを許さない

 

『行けよぉ、ファングゥ!!』

 

サーシェスは遠隔の牙を4機飛ばし、それぞれ2つずつがジンを狙う

 

「やらせるか!!」

 

それを見たアスランは、イージスの両手両足のクローに仕込まれた4本のビームサーベルを起動して、ブルートに斬り掛かる

 

しかし、腕と脚のビームサーベルによる攻撃の悉くを、ブルートは重斬刀と体術を交えた動きでサーベル部分に触れる事なく往なし続ける。さらにイージスと切り結びながらもファングの動きには一切の淀みがない

 

『クソォ!』

『こんなもの!』

 

2機のジンは重突撃機銃でファングを迎撃しようとするも、赤服が乗った『G』でさえ撃ち落とす事が叶わなかったファングをただのジンに落とせるはずもなく…

 

『ナチュラルのくせに!ナチュラルのくせにッ!』

『う、うわあああああああ!!』

 

ズガガァ!

 

最期にパイロットたちが見たのは、高速でやってくるビームサーベルの刀身だった

 

「ハワード!ダリル!」

 

再びこの世から溶けるように消えていった仲間たち。それを見ている事しかできなかったアスランは怒りに震え、目の前のブルートに語りかける

 

「お前たちナチュラルはッ!どうしてこんな物(G兵器)を作った!どうしてこんな…!!」

『分かり切った事聞いてんじゃねえ!戦争する為に決まってんだろうがよ!』

 

直後、返ってきた男の声。一度聞いたら忘れられないような特徴的な声がそう答える

 

『どいつもこいつもナチュラルだのコーディネイターだの下らねえ御託抜かしやがる!!理由がなきゃ戦争しちゃあいけねえっつうのか!ええオイ!?』

「…! そうやって、どれだけ戦争に無関係な人間が犠牲になったと思っているんだ!!」

『知ったこっちゃねえよ!死ぬ奴がいねえと楽しい戦争にならねえだろうがよォ!!』

 

アスランの胸の内に激情が迸る。これほど、これほどまでに誰かを許せないと思った事はなかった

 

後詰めのジン部隊が、クルーゼ隊長の乗ったヴェサリウスが地球軍の艦隊に猛追を仕掛ける。その攻撃を受ける敵の中にはキラの乗ったストライクもいた

 

「キラ!」

 

アスランはストライクへ向けてイージスを動かす。この男は危険だ。こんな男と一緒にいては、キラにどんな事が起きるのか想像もつかない

 

だがブルートはキラを連れて行こうとするアスランの前に立ちはだかる

 

「邪魔するな!キラを、キラを返してもらう!」

『お前、ストライクのガキの知り合いか?』

「キラは…俺の大事な友達だ!!」

 

アスランのその言葉を聞いたサーシェスは…………笑った。心の底から、腹が痛くなるまで

 

『ハハハハハハハッ!!こいつァ傑作だ!!ダチを守る為にダチと殺し合ってたってことかストライクのガキは!!おもしれえなぁ……これだから戦争はやめられねえぜ!!』

「貴様ァァ!!」

 

自分とキラの、友達と戦いたくない、だけど互いの守るものの為に戦わなければならない苦悩を、戦争を盛り上げるスパイスとして侮辱された

 

それが堪らなく不愉快だった

 

「お前のような人間が戦争を広げるというのなら…俺は、お前を墜とす!!」

 

輝く4本の光刃と共に、ブルートに向かってイージスは攻撃を再開した



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消えゆく灯火

ブルートが出撃した数分後…キラはリニアカタパルトの上に乗ったストライクに搭乗していた。装備は背部に大型可変翼と高出力スラスターを搭載したストライカーパック「エールストライカー」だ

 

『キラくん、敵はナスカ級1隻の他に3隻のローラシア級がいるわ。ゲイリーさんがイージスとジンの相手をしている間に先遣艦隊の援護をお願い』

「分かりました」

(アスラン…)

 

マリューの指示に同意する。現在攻撃を受けている地球連合軍第8艦隊。その旗艦にはフレイの父、ジョージ・アルスター事務次官が乗っている

 

『「エールストライカー」を装備します!』

 

憧れと好意を抱く少女から父を助けてと頼まれたキラは、それをなんとか叶えてやりたいと思った。彼女に頼まれたという理由もあるが、人が殺されるのを黙って見ていたくはなかった

 

それでも、1番の親友と面倒見の良い上官が命をかけて戦っている状況を聞いたキラは、味方のゲイリーや敵であるアスランにも生き残ってくれと願った

 

『ストライカーパックを装着!システム、オールグリーン!ストライク、どうぞ!』

「キラ・ヤマト!ストライク、行きます!!」

 

リニアカタパルトの加速に乗って、トリコロールカラーに染まっていくガンダムがアークエンジェルから射出される

 

眼前の宇宙で光の粒が瞬き、流星のように流れる。それら全てがMSやMA、戦艦が動き、そして散っていく命の輝きだ

 

「くっ、旗艦はどこだ!?」

 

デブリベルトなのかと疑うほど戦艦とMAの残骸が散らばる宇宙で、ストライクはスラスターとブースターを吹かせて必死に光の方向へ向かう

 

辿り着いた先は地獄だった。ジンとローラシア級のビームやミサイルを機体に叩きつけられたメビウスが次々と爆沈していき、人だった物体が全身を炭の塊に変えて宇宙に放り出される。これを地獄と呼ばずなんと言うか

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

今まさにドレイク級戦艦を撃沈させようとするジンにストライクのビームが直撃する。命が簡単に消えていく様子にキラの心は悲鳴を上げたかったが、フレイとの約束を守りたいという必死さのあまり、人を殺したという実感さえ気にする暇もなかった

 

近くにいるジンに近づきビームサーベルを抜く。こちらの存在に気づいたジンが重斬刀を構えるが、高出力の刀身は切れ味の良い重斬刀ごとジンを真っ二つにし、爆炎でパイロットごと焼き尽くす

 

背後を取ったジンが重突撃機銃でストライクを撃とうとしてくるのを、2方向から飛んできたビームがジンに穴を空けて破壊する

 

「ムウさん!!」

『キラ、後詰めの部隊が来るぞ!!通常のジンしかいないのが幸いか!』

 

助けてくれた攻撃の正体はメビウス・ゼロの有線式オールレンジ攻撃兵装“ガンバレル”によるものだ。ブルートのファングと同じように多角的に攻撃できる兵装だ。相違点を挙げるとすれば、有線式な事と遠距離攻撃ができる点か

 

ムウの言う通り、敵陣の後方に控えているローラシア級から新しいジンがどんどん出撃する

 

「ハアアアアア!!」

 

敵の密集地点にストライクとメビウス・ゼロがビームライフルとリニアガンを放つ。それぞれ1機ずつ命中し、暗黒の宇宙(そら)に花火を咲かせる

 

「ジンの残りの数は…1…2…………7!?そんな、予想以上に数が多い!?」

 

先ほど倒した5機にブルートが戦闘している機体も合わせればジン15機に加えてイージス1機

 

MS1機がMA5機以上の戦力とされている以上、地球連合軍の兵器で考えればMA60機分に相当する大戦力。そこに『G』も存在するのだから、先遣艦隊相手には過剰とも言える戦力だった

 

「くそぉ!!」

 

必死にジンを墜とそうとビームライフルを撃つストライク。だが、ジンが1機減るごとにそれ以上のMAがザフトの手によって減らされる

 

ギュィン!

 

旗艦を守るどころか探す暇すらない…そう思っていた時だった。視界の端にいたジンの銃を持つ腕が両断されたのは

 

「今のは…ファング!?ゲイリーさんか!」

 

援護攻撃の正体はブルートの遠隔武器だった。縦横無尽に動き回るファングは増援としてやってきた複数のジンを相手に、たった1機で腕や脚、スラスターを破壊して消えていく

 

(今あの人はアスランと戦っているというのに…!ありがとうございます、ゲイリーさん!!)

『頼りになるじゃないのあいつ!キラ!ここは俺に任せて、お前は旗艦の援護に行け!!』

「分かりました!気をつけてくださいムウさん!」

 

この数のMSをメビウス・ゼロ1機に任せる事に不安がないわけでもないが、ムウさんは歴戦のエースパイロットだし、ファングの援護で敵は大幅に弱体化している

 

この戦域を2人に任せて、まだ戦艦が集まっている方に向かってストライクを動かす

 

「!! 見つけた!あれか!」

 

そしてキラはようやく、ジョージが乗る先遣隊旗艦ネルソン級“モントゴメリ”の元へ辿り着くことができたのだ。外から見えるブリッジにはフレイの父親、その隣にはモントゴメリ艦長であるコープマン大佐がいる

 

回線を繋げると、キラはモントゴメリに向かって話しかけた

 

「こちらアークエンジェル所属、キラ・ヤマト!!先遣隊の人たち、聞こえていますか!?」

『識別反応確認!“GAT-X-105 ストライク”です!』

『子供だと!?』

 

絶体絶命の中、突如現れたストライクに驚きの声に包まれるモントゴメリのブリッジ

 

「聞こえていますか!?返事をしてください!」

『こちら、地球連合軍第8艦隊“モントゴメリ”艦長、コープマン大佐だ。君は民間人なのか?』

「繋がった…!そうです!もうこの宙域は危険です!早くここから離脱してください!!」

 

生き残ってほしい想いを言葉に込めて通信を送るが、コープマンから返ってきたのは拒否の返答だ

 

『残念だがそれはできない。我々が逃げれば敵艦隊はアークエンジェルに狙いを定めるだろう。そうなれば、地球連合軍最後の希望を失う事になる。ただちにアークエンジェルに帰還し、この宙域から離脱せよ』

「そんな…!考え直してください!脱出艇だってその艦にもあるはずです!!」

『脱出艇は用意されている区画ごと攻撃を受けて破壊された。我々に脱出の手段はない』

「そちらには軍人ではない人もいるんでしょう!?その人も死なせるつもりですか!?」

『アルスター事務次官殿もこの艦に乗った時点で覚悟の上だ』

「でも!!」

『良い加減にしろ!!これは命令だ!!早くアークエンジェルに帰還しろッ!!』

「僕は軍人じゃないッ!!」

 

軍人の怒号を押し退ける。キラは懇願するように、切実な気持ちで呟く

 

「お願いします…逃げてください…」

『………』

「フレイに頼まれたんです。「パパを助けて」って…でも僕は、フレイのお父さんだけじゃなくて、あなたたち全員に生きてほしいんです…ムウさんとゲイリーさんのおかげでここまで来られたのに、あなたたちを見捨てて逃げるなんて嫌なんです…!」

『フレイが、そう言ったのか?』

 

通信の声が変わる。口ぶりからして父親のジョージ・アルスターだろうか

 

「そうです…」

『モビルスーツに乗っているということは、君はコーディネイターなのかね?』

「…はい…」

『そうか…全てのコーディネイターが君のような人間ならば、こんな戦争など起きなかったかもしれんのにな…』

 

感慨深くジョージは言う

 

ジョージは穏健派とはいえブルーコスモスだ。本来ならばコーディネイターという自然の摂理に反した種族は消えゆくべきだと考えている。それでも思うのだ。それは今すぐであるべきなのか?もっとゆっくり…それこそ後世まで時間を掛けても良いのではないかと…

 

悪いコーディネイターが悪いのだ。全てのコーディネイターが悪なわけではない。目の前のMSに乗る、優しい少年のような──

 

『前方に敵艦の接近を確認!ナスカ級です!』

 

だが、現実は無情であり、何度もアークエンジェルを襲ったヴェサリウスがモントゴメリに砲撃を開始する

 

『タダではやらせん!面舵20!回避ィ!!』

『主砲、次弾装填!撃──ぐおお!?』

 

ヴェサリウスの砲撃が側面に直撃する。艦内の人間を吹き飛ばし、炎で包み込む

 

『13番ブロックから34番ブロック被弾!!』

『14番から33番ブロック閉鎖!!消火活動、急げ!!』

『第二砲撃、来ます!!』

 

モントゴメリの全員が手一杯の状況であり、追い討ちの如く撃ち込まれた極太のビームはブリッジの眼前まで迫り

 

「やらせるかぁぁぁっ!!」

 

──それをストライクのシールドが防いだ

 

『なっ、ストライク!?』

 

 

ヴェサリウス内部の白服(指揮官に与えられる軍服)を着る仮面の男…ラウ・ル・クルーゼはその光景を見て薄い笑みを浮かべる

 

「ほう?死に損ないの艦を守るというのか…ちょうど良い。部下(アスラン)の為にも、我々でストライクを墜とすとしよう!!」

 

 

砲撃はより一層激しくなり、ブリッジを守る為にビームの嵐を一身に受けるストライク。いかにビーム兵器への耐性を有する盾といえど、戦艦クラスの砲撃を何度も受ければ、ダメージは蓄積されていき、その表面はドロドロに溶けていく

 

それでも、キラはコックピットに響いてくる衝撃に歯噛みしながらも耐え続け、モントゴメリの盾として立ち塞がる

 

「ぐう、うううっ!!」

『よせキラ!!それ以上はストライクが持たないぞ!』

「ムウ…さん…!は、やく…早く、か、んの人、たちを…!」

『馬鹿野郎!!自分の命を優先しろ!!』

「それでも…それでも僕は!!」

 

しかし、現実は残酷だ。やがてシールドは上半分が消し飛び、左腕がボロボロに損壊して、胸部が融解

 

コックピット内のモニターやヘルメットのガラスが弾け飛んだ破片、漏れた電流がキラの顔面を襲う

 

「う”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!!」

 

キラ・ヤマトにとって初めてといえる激痛は喉からつぶれた声を上げさせた。ジャリジャリと音が鳴る嫌な感触が堪らなく気持ち悪い

 

『クソッ!』

 

ようやくジンの編隊を片付けてモントゴメリまで辿り着いたメビウス・ゼロがガンバレルを動かすと、有線式であることを利用して半壊したストライクに絡みつき、すれ違いざまにストライクを回収する

 

ヴェサリウスの砲撃を、ストライクを抱えつつ上下左右前後に動きまくりながら、メビウス・ゼロはアークエンジェルに向かう

 

「ダメだ…!艦が…みんなが…!」

『キラ・ヤマトくん』

 

モントゴメリの通信から、ジョージの優しげな声が流れる

 

『君のおかげで、最期にフレイと話すことができた…ありがとう』

「そんな…そんな…!!」

『娘をよろしく頼むよ』

 

その言葉を最期に

 

ヴェサリウスのビームがブリッジを貫き…キラの視界の中で、モントゴメリは爆散した

 

「あ、ああ…ああああ…ッ」

 

悲鳴のような、嗚咽のような声を吐く

 

顔の痛みも、コックピットの中での息苦しさも、絶え間なく色んな方向から掛かる強いGも、全てがキラの体を蝕む

 

だが、意識が徐々に暗闇に埋れていく中、キラが最も苦しんでいたのは肉体のどの苦痛でもなく…

 

「みんなを…約束を…守れなか──」

 

ただ1つ、心の痛みだけだった




悲しいけどこれガンダムSEEDなのよね


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目覚める刃

時は少し遡る───

 

 

「ウオオオオオオ!!」

 

4本のビームサーベルを武器にブルートに突撃するイージス。それを見たサーシェスは楽しそうに口の端を歪める

 

『いいねぇ、やる気があって結構じゃねェかッ!』

「ハァァ!」

 

3機のファングがサイドアーマーに収納されると、ブルートは重斬刀を手に迎撃の準備をする

 

振り下ろされる右腕のビームサーベル。それをブルートは重斬刀を突き出し、マニピュレーターにぶつけることで攻撃を逸らすと同時に、そのままイージスのコックピットに鋭く突き刺す

 

ガァン!

 

「がぁ!くっ…このォ!」

 

衝撃を堪えながらもアスランはイージスの操縦に集中し、変形時に胴体が若干後退するのを利用し、もはや刃が潰れて鈍器のようになった重斬刀の横薙ぎを避ける

 

そして即座に目の前のブルートに向かってスキュラのビーム砲を撃ち放つ

 

『へえ、なかなかやるじゃねえか』

 

変形を使った回避、そこから繋げた真正面からのスキュラの不意打ち。並のパイロットならば絶対に避けられない

 

だが、ブルートはバク転するように後ろに倒れ込むことで高出力ビームを回避

 

「なっ──!?」

『それなりにはなァ!!』

 

そのまま勢いを乗せた斬り上げを、重斬刀でイージスのコックピットに叩き込む

 

ガギャァン!

 

「ぐあああああ!!」

 

まるでバットで殴られた缶の中にいるような揺れと衝撃。頭の中がグワングワンと揺れ、方向の感覚が分からない

 

(ニ、ニコル…ニコルは、『G』の中で1番戦闘能力の低いブリッツで、これほどの敵と戦っていたのか…!?)

「う、あぐぁ…!」

『なんだぁ?もう終めえか?これならブリッツに乗ってたガキの方がまだマシだったぜ』

 

動きが鈍くなったイージスを見てサーシェスはそう言うが、そもそもアーマーシュナイダーと重斬刀では質量の関係上、命中時に伝わる衝撃には相当の差がある

 

加えてサーシェスはブリッツの時とは違い、悪辣なまでにコックピットを狙って攻撃しているのだ。凄まじい消耗を強いられるアスランは死の淵まで追い詰められていた

 

(ダ、ダメだ、視界がブレる…このままじゃ、戦うどころかモビルスーツを動かすことすら…)

『本当ならバッテリー切れまで遊んでやるつもりだったが、ちょいと状況が良くねえからなぁ…なに、安心しな。お前さんの最期は俺が代わりにストライクのガキに言っといてやるよ』

「ッ!」

 

それを聞いたアスランは、気持ち悪い感覚の中でキラの姿を思い浮かべる

 

優しく、穏やかで、どこか頑固な節がある親友。月面都市コペルニクスの幼年学校で出会い、共に過ごした時期。優しい母も生きていたあの頃が、間違いなく1番楽しい日々だった

 

そのキラは今、地球軍の新型艦である足付きのMSパイロットとして、ザフトである自分たちと戦っている。そして目の前の戦争を遊びにしている男は、キラのコーディネイターとしての力を利用している

 

『逝っちまいな!!』

 

戦うのが嫌いなあいつを…キラを…!

 

 

「戦争に、利用させてたまるかァァァー!!」

 

 

パキィィィィン

 

 

その時、アスランの中で()()()が割れる

 

恐ろしい速度と脅威的な軌跡でイージスに牙を剥くファング。だが、ハイライトを失ったアスランの瞳には、躱すことさえ限界に近かったファングの動きが酷く緩慢に見えた

 

(なんだ…動きが見える…?)

「──これならばッ!」

 

宙を漂うだけだったイージスのツインアイが光る

 

正面から迫り来る2機のファング。その動きを見切ったアスランはイージスの姿勢を上下逆さにひっくり返して、右腕と左脚を貫こうとしたファングを左腕と右脚のビームサーベルですれ違いざまに両断する

 

『何…!?』

 

先ほどの鈍い動きから一転、回避と攻撃を同時に行ったイージスのあまりに大き過ぎる変化に戸惑いを見せるサーシェス

 

『けどなぁ!』

 

そんなイージスを見てもサーシェスは冷静に本命──背面の下から奇襲する3機目のファングでコックピットを背後から狙い…

 

ガキィン!

 

──しかし完全に不意をついたはずのファングは、イージスが変形したことで本来コックピットがあった位置の、何もない空間を貫き…

 

ドビュゥ!

 

流れるように撃たれたスキュラの高火力ビームに飲み込まれ、ファングは光の奔流の中に消えた

 

『何だとッ!?』

「オオオオオオ!!」

 

完全な不意打ちすらも凌がれた事でサーシェスは大きく動揺し、その動揺を狙ったアスランがMA形態のまま距離を詰め、接触直前でMSに戻ったイージスがビームサーベルを振るう

 

先ほどとは違う、洗練されたイージスの動きに対応するサーシェスだが、明らかに後手に回っている

 

『このガキ!!』

「お前のような奴がいるから、戦争は終わらないんだ!消えろ!!」

 

怒涛の斬撃がブルートを容赦なく襲い、ジワジワとサーシェスを追い詰めていくアスラン…だが…

 

『ザフト軍に告ぐ。こちらは地球連合軍所属艦、アークエンジェル。当艦は現在プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している』

 

戦闘宙域全てに、アークエンジェルから発信されたナタルの声がオープンチャンネルで響き渡る

 

『偶発的に救命ポッドを発見し人道的な立場から保護したものであるが、以降当艦に攻撃が加えられた場合、それを貴艦のラクス・クラインに対する責任放棄と判断し、当方は自由意志でこの件を処理するつもりである事をお伝えする』

「ラクスが…足付きに…!?」

 

アークエンジェルから通達された内容に動きを止めて驚愕するアスラン。同じタイミングでブルートの回線が開き、アークエンジェルブリッジから命令が出る

 

『ビアッジ大尉、今のうちにアークエンジェルに帰投してください。なお、敵が再度攻撃を仕掛けてくるまで、こちらから攻撃を行うことは許しません』

『…チッ……了解した。ブルート、これよりアークエンジェルに帰投する』

『整備班!緊急着艦ネット用意、急いで!』

 

不服な態度を隠さず、しかしサーシェスは命令を受け入れ、重斬刀を手に持ったまま踵を返す

 

しかし、アスランはイージスの回線をブルートに繋げると、攻撃できない代わりにサーシェスたちを非難する

 

「救助した民間人を人質に取る、そんな卑怯な真似をするのがお前たちの正義か!」

『良い事を教えてやるぜ、イージスのパイロット』

 

それを聞いたサーシェスはアスランの言う『正義』を嘲笑いながら言う

 

『戦争に正義もクソもねえんだよ』

「ッ………彼女は助け出す!必ずだッ!」

 

決意の篭もった声で宣言するとイージスは背を向け、ヴェサリウスに帰投した

 

それを見ていたサーシェスは、コックピット以外は無傷のジンを幾つも引っ張りながら呟く

 

『全く、やってくれたぜあのガキ……さすがに肝が冷えた』

 

それはいつもの余裕で飄々としたサーシェスらしくない、疲れを滲ませた声音だった

 

 

 

パパが死んだ。アークエンジェルを追い掛けてきたザフトの攻撃を受けて、死んだ

 

胸に風穴が空いたように苦しい

 

パパとの最後の会話が嫌でも脳裏に浮かぶ

 

『パパ!!パパッ!!』

『フレイ……私はずっと、お前を家に置いて寂しい思いをさせてきた…不出来な父親ですまない』

『嫌!嫌ッ!死んじゃうなんて嫌ぁ!!逃げてよパパ!!早く逃げて!!』

『お願いがある。ナチュラルに良い人と悪い人がいるように、コーディネイターにだって良い人と悪い人がいる…相手がナチュラルだから、コーディネイターだからではなく、その()()の中身を見て仲良くしてあげて欲しい。ママもそれを望んでいる』

『パパァ!!』

『フレイ…私たちの娘でいてくれてありがとう』

 

その通信を最後に、パパの艦は墜とされた。自分が喉を痛めるほどの金切り声を上げているのを自覚できる

 

視界が滲んでいる中、ブルートに遅れて、ストライクとメビウス・ゼロがアークエンジェルに帰投したとの報告が聞こえた

 

それが聞こえた時、頭の中のゴチャゴチャした感情全てがキラ・ヤマトへの怒りに変わっていった。約束したくせに、大丈夫って言ったくせに、自分は平気で帰ってきたのか。何故か血相を変えてブリッジから飛び出して行ったサイやミリアリアの後を着いていくように、私も格納庫に向かった

 

嘘つきと、自分もコーディネイターだから本気で戦ってないと、パパを返してと、そう言おうと思っていた

 

言うつもりだった

 

 

「坊主!!しっかりしろ、坊主!!」

「クソッ、心臓が止まってやがる!!整備班、早くそこのAEDを持って来い!!心臓マッサージの準備を進める!」

「目元付近の火傷と突き刺さってる破片が不味い!このままだと失明する危険もあるぞ!」

「ピンセットを持ってきてくれ!!せめて破片だけでも取り除く!」

 

MSデッキに戻ってきた半壊したストライク…その足元付近で、大勢の大人たちが慌ただしく動き回っている。大人たちの中心にいる少年…キラ・ヤマトの命を救うべく

 

「キ、キラ…キラッ…!!」

 

パイロットスーツの上半分を脱がされ、今まさに心臓マッサージを行われようとしている…顔に重症を負ったキラの姿を見て、ミリアリアが表情を悲痛に歪ませながら泣き始める

 

「フラガ大尉、キラは、キラは大丈夫なんですよね!?」

 

サイが縋るようにメビウス・ゼロのパイロットに問うが、その返事は悲壮に満ちていた

 

「命は助かるかもしれないが、目がどうなるかは分からない…それに、あの火傷は完全には治らないだろうな…」

「そんな!!」

 

サイがそう言うが、それ以上に悔しい顔をしたフラガ大尉が壁に拳に叩きつける

 

「クソッ!!『エンデュミオンの鷹』なんて呼ばれていながらこのザマか、情けねえ…!!」

 

誰もがキラの姿を見て、嘆き、悲しみ、怒りに打ち震える。あんなキラの姿を見ては、本気で戦ってないなんて思うことはできなかったし、何より苦痛に歪んでいたキラの、コーディネイターの表情を見て湧き上がったのが…

 

何故か「可哀想」という気持ちだった



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フレイの選択

直立姿勢のブルートの足元で部下たちに指示を飛ばすマードック。その傍には軍服を着込んだサーシェスの姿もあった

 

「どうにかなんねぇのか?マードックの旦那」

「無茶言わねえでくだせえよ大尉。ブルートのファングは特殊な技術を使用したビーム兵器。環境が整っているならまだしも、俺たちゃあヘリオポリスからここまで2回の補給しかしてねえんですぜ。しかも片や中途半端に、片やデブリからの補給…整備ならまだしも、一から『製造』しろってのは無理ってもんだ」

「そうかい…クソッタレ、4()()もファングを失う事になるとは思わなかったぜ」

 

「ファング無しじゃ性能はデュエル以下だってのによ」とボヤくサーシェスをマードックは珍しいものでも見る目で見ていた

 

短い期間だが、サーシェスは超越したパイロット技術を持っている。そのサーシェスが愚痴を言うなど、よほどファングを失うのは死活問題なのだろう

 

「イージスに3機やられたって聞きましたぜ。もう1機はどこで?」

「ストライクの坊主とムウの援護に飛ばした奴が壊れたんだよ」

「まあ、確かにあんな乱戦じゃあ墜とされても無理ないんじゃないですかね?それでもまだ2機残っているんなら、大尉ならどうにか出来ると思いますがね」

「簡単に言ってくれるぜ」

 

肩を竦めてそう言うサーシェスだが、それはマードック…というより整備班全員が言ってやりたいセリフだった

 

「大体、3機のジンを鹵獲して来たと思ったら「1機予備として使えるように修理しといてくれ」なんて注文してきた大尉のせいでもあるんですよ。オマケに重斬刀も見といてくれなんて、俺らを過労死させるつもりですかい?」

宇宙(そら)の藻屑になるよか遥かにマシだろ」

「どうですかねぇ…」

 

もっとも、ジンの修理に関してはそこまで苦でもない。3機とも全部が綺麗にコックピットだけを破壊されているのだ。それ以外の箇所が新品同然ならば、コックピットブロックだけを取り除いて修理すれば済む話だ

 

「ストライクの坊主が動けない以上、用意するに超したことはないと思うぜ?」

 

サーシェスは口先だけでそう言うと、手をひらひらと後ろに振りながらMSデッキを後にした

 

第8艦隊との合流はもう目の前だった

 

 

 

自室に閉じこもっていた少女…フレイが廊下を歩く

 

目元は赤く腫れ上がり、毎日入るように心掛けてるシャワーも入っていないのか濃い赤髪がところどころ跳ね、ボサボサになっている。唯一の肉親の死はそれほどフレイの心から生きる気力を奪っていた

 

もし、帰投してきたキラに怒りをぶつけられれば、逆に憎しみを源に気力が湧いたかもしれない。しかし、あんな死にかけた状態のキラにそんな事をしてしまえば、余計自分が惨めな気持ちになる気がしてとても出来なかった

 

(キラ…)

 

ふと、あの子は生きているのか?と気になったフレイは、おぼつかない足取りで医務室に向かう。途中で何人か人とすれ違ったが、フレイにとってはどうでも良かった

 

やがて目的地に辿り着いたフレイは医務室に入る。すると中にはベッドの上で顔の殆どを包帯で巻かれた入院着を身に纏った少年と、その少年の傍で椅子に座る少女の姿があった

 

「あら?あなたは確かフレイ様…あなたもキラ様のお見舞いに?」

『ハロハロ、お見舞い、ハロハロ』

「アンタ…何してんのよ…」

 

そこにはラクスがいた。少女の傍ではピンク色の丸っこいロボットがコロコロ転がっている。何故か本来この医務室で仕事をしている医者は見当たらなかった

 

彼女が所持するハロは高度なハッキング能力を有しており、それで軟禁状態の身であるにも関わらず、ラクスは度々艦の中を自由に動くことがあるのだ

 

「わたくし、キラ様が大怪我をしたと聞いて居てもたってもいられず、こうして看病をしているのです」

 

そう言うラクスの近くの机の上には、濡れタオルと思わしき物が折り畳まれた状態で積み重なっている。どうやらキラの体を拭いているらしい

 

…こうしてコーディネイターの少女と対峙していると、心の奥底でドス黒い何かがふつふつと湧き上がってきた。キラがこうして倒れているのも、私のパパが死んだのも、全部プラントのせいだというのにこの女は…!!

 

「…フレイ様?」

 

フレイの様子がおかしい事に気づくのもつかの間

 

バシィ!

 

「キャッ!」

 

直後、顔に伝わる衝撃と共にラクスは椅子から倒れ落ちる。同時にヒリヒリと痛む左頬

 

フレイに顔を引っぱたかれたのだ。今まで誰にも、お父様にもぶたれたことがないのに。ラクスにとってそれは初めて振るわれる暴力だった

 

グイ

 

「何いい子ちゃんぶってんのよアンタ!!」

「うぅ…」

「アンタたちコーディネイターが居なければ、こんな戦争に巻き込まれなかったのに…パパも死ななかったのに!!」

 

胸ぐらを掴んで怒声を上げるフレイ。普段からコーディネイターに対して抱いていた嫌悪感、積もりに積もったそれは父親が死んだことで限界に達し…憎しみに変わった怒りはプラントの歌姫に向けられた

 

プシュゥ

 

その時、医務室の扉が開く。険しい顔つきのムウがいた

 

「何やってんだ嬢ちゃんッ!!」

 

喧騒を聞いて駆けつけたらしいムウがフレイの腕を掴んで、ラクスから無理やり引き剥がす

 

「ケホッ、ケホッ」

「離して!」

「そいつは出来ない相談だ。彼女はシーゲル・クラインの娘とはいえ、アークエンジェルで保護した民間人だぞ。その彼女に暴行を加えるなど…」

「さっきの戦いで人質にしておいて今更何よ!」

「! それは……」

 

それを突かれては痛いと言わんばかりにムウは押し黙る

 

もっとも、最初にラクスを人質にするように提案したのはフレイなのだが、そんな事も頭の中から忘却するほど感情的になった彼女は、溜め込んだ感情を一気に吐き出す

 

「こいつの父親はニュートロンジャマーを地球にばらまいて、10億人もの人間を殺した奴なのよ!?カレッジの授業で教えられて、みーんな知ってるわよ!そんな奴の子供なのに、自分は関係ないって顔しながら歌を歌ったり、追悼式典に参加したり…バカみたい!!」

 

吐き捨てるようにフレイは言い、再びラクスに憎悪の目を向けながら叫んだ

 

「この人殺しの娘!!返してッ!!パパを返してッ!!」

「………ッ」

 

飾り気のない怨嗟の言葉が、ナイフのようにラクスの心をズタズタに引き裂き、傷つける。唇をかみ締めて俯くラクスに、フレイは絞り出すように呟く

 

「パパを返してよぉ…!」

 

ポタ ポタ

 

薄いグレーの瞳から溢れた雫が床にこぼれ落ちる

 

全ての怒りを吐き出せば、心の底に残っているのは哀しみと憎しみだけだ。そして、父を失ったという事実を再び実感してしまったフレイは、涙を流したまま医務室から走って逃げ出した

 

「あ、おい嬢ちゃん!!」

 

思わずムウは追いかけようとしたが、殴られたラクスを放っておくわけにもいかなかった為、膝をついて視線を低くしてから床にへたり込むラクスに謝罪する

 

「本当に済まなかった歌姫さん。こっちの不手際で怪我を負わせてしまって──」

「わたくし…」

 

ムウの言葉を遮って、ポツリポツリとラクスは言葉をこぼす

 

「この艦の皆さんには本当に良くしてもらって…だから話し合えば、仲良くなれるのだと思っていました…」

「………」

「わたくし、フレイ様のことを…何も、分かっていなかったのですね…」

 

憎しみを初めてぶつけられて意気消沈するラクスの姿に、何も言えなくムウだった

 

 

 

「うっ、うう…ひくっ…パパァ…ママァ…」

 

一方、逃げ出したフレイは自室に戻らず、誰もいない艦の通路の真ん中で幼子のように泣きじゃくっていた

 

慰めてくれるパパも、抱き締めてくれるママもいなく、本当にこの世でひとりぼっちになってしまった現実に、フレイは心のどん底まで哀しみに明け暮れ…

 

「泣き声が聞こえてくると思ったら…なんで泣いてんだい?アルスターの嬢ちゃん」

「……?」

 

声の方に振り返る。そこには困った表情で頭の後ろを掻くゲイリー・ビアッジ大尉がいた

 

「ひょっとして、親父さんが亡くなったことが悲しいのか?」

 

偉そうな態度を感じさせないゲイリーの優しげな言葉に、フレイは小さく頷く

 

「そうか…悲しいよな。大切なパパをコーディネイターの奴らに殺されて…おかげで嬢ちゃんは天涯孤独、頼れるものは何もない」

「なんで…パパが死ななくちゃいけなかったの…?」

 

悪いことなんて何もしてないのに。ただコーディネイターという悪い奴らを地球から追い出そうとしていただけで、1人も殺していないのに

 

「でも、このまま何も出来ず野垂れ死んじまったら、嬢ちゃんのパパとママも安心できない。なら、強くならなくちゃあな」

「強くなる…?」

「そうさ、お前さんの大事なパパを殺したコーディネイター共を1人残らず皆殺しにしてやるほど強くなるのさ。そうすれば嬢ちゃんのパパとママも安心して天国で見守ってくれるさ」

 

コーディネイターを自らの手で皆殺しにする。パパを殺した憎いコーディネイターを1人残らず。弱り切ったフレイの心にとってその提案は素敵な響きに満ちていたが、即座に否定する

 

「無理よ…だって私、ナチュラルだもの…」

 

コーディネイターはMSという、コーディネイターにしか使えない兵器で戦ってくる。ただのナチュラルで学生でしかない自分に勝てるわけがないのだ

 

しかしゲイリーは肩を手を当てて、どこか安らぎすら感じる声でフレイに言う

 

「安心しな、俺が嬢ちゃんにモビルスーツの戦い方ってやつを教えてやるよ。いや、モビルスーツだけじゃない。体の動かし方、格闘術、武器の扱い…全てを嬢ちゃんに教えてやる。そうすればコーディネイターなんぞ容易く殺すことが出来る」

「本当…本当に、コーディネイターを殺せるの?」

「もちろんだ」

 

力強く肯定するゲイリー

 

「けどな、教える以上俺はお前に容赦する気はねえ。はっきり言って地獄の日々が始まるだろうな。そんな辛い思いをしてまで人殺しを覚える覚悟がお前さんにはあるか?」

「それは…」

「今ならまだ引き返せるぜ?パパの仇を諦めて普通に生きるか、俺と一緒にコーディネイターを殺すか…どうする?」

 

突きつけられる選択

 

一瞬迷いが生じるが、フレイの脳裏に死ぬ直前のジョージの顔が思い浮かぶ

 

パパを殺された。コーディネイターに奪われた。そう考えると、心の底に残った憎悪がメラメラと燃え上がり、強い意志となって彼女の背中を後押しする

 

「……やるわ」

「ほう?」

「やってやるわ!パパを殺したコーディネイターを、私の手で全員殺してやる!!」

 

そこにはさっきまでメソメソ泣き崩れていた少女の姿はない。復讐の炎で自らの身を焦がす女がいた

 

「だから、教えて!!」

「…いいだろう。そこまでの覚悟があるなら文句はねえ」

 

そんなフレイの決意を見て、笑う

 

「これからよろしく頼むぜ?フレイの嬢ちゃん」

 

黒い炎に大量の薪をくべながら、アリー・アル・サーシェスは邪悪に笑う



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それぞれの思惑

モンハンとモンストしてたら遅くなりました!ゴメンナサイ!!

あとラクスの今後の扱いに困ってました。すごく困って、迷ってます


先遣艦隊が壊滅した戦闘から数日…アークエンジェル艦内では、ある光景が日常に追加されていた

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

長い鮮やかな赤髪を後ろで1つに纏めた少女が、動きやすいスポーティーな服装で廊下を走る。余程疲れているのか(はた)から見て分かるほど呼吸が激しく、全身からも凄い量の汗を流している

 

ガッ

 

その疲労は足元がおぼつかなくなるまでに至り、限界いっぱいまで走っていた脚が(もつ)れ、勢いよく転倒する

 

ドサ!

 

「あぐっ!?」

 

強かに全身を床に打ちつけた少女…フレイが痛みと苦しみで呻く

 

「ハッ、ハッ、ハッ…」

 

うつ伏せに倒れながらも、酸素を求める脳が肺を無理やり動かし、空気を吸って吐く度に意識が遠のく

 

こうしてずっと倒れていればどれだけ楽だろうか。ナチュラルの中では上位に位置する程度には容姿も頭脳も運動も優れていて、オマケに金持ちのお嬢様であるフレイにとって、自分が苦しくなるほど物事を打ち込んだことなどないのだ

 

逃げ出したい、投げ出したい。幾度となくそう思った考えを、憎しみで形作った決意で蓋をすることで抑え込む

 

「仇を……取るのよ……絶対に…ッ!!」

 

鬼の形相で立ち上がったフレイはフラフラとした足取りでありながらも、再び床を蹴って走り出した

 

「……フレイ……」

 

彼女を見守っていた、1人の男を置き去りにして

 

 

 

「第8艦隊視認確認!アークエンジェルとの合流に成功しました!」

 

ブリッジ内で歓喜の声が上がる

 

C.E.71年1月25日のヘリオポリス崩壊から2月12日…約3週間の航路の末、ようやくアークエンジェルは地球連合軍との合流を果たした

 

「ようやく辿り着いたわ…良かった」

「まさに肩の荷が下りた気分だな。ご苦労さん、艦長」

「あなたもね。それにみんなもよく着いてきてくれたわ。ありがとう」

 

ブリッジにいたマリューとムウが大きく息を吐きながら互いに労いの言葉をかける。普段きっちり締める時は締めるナタルも、この時は野暮なことを言うことはなかった

 

先日の先遣艦隊を犠牲に脱出した時はどうなることかと思ったが、ラクスの人質は想像以上に効果的だったらしく、あの後一切の追撃がないまま、アークエンジェルは平和な航路を進むことが出来た

 

「ン〜」と声を漏らしながら背筋を伸ばすムウは、しかし弛緩しきった態度を一気に引き締めて後ろを振り向く

 

「さてと、航路もひと段落ついたし…そろそろ聞き損ねていたことを聞かせてもらおうか、ゲイリー」

 

そこには、完全にシートに体を預けてリラックスし切っているゲイリー・ビアッジ大尉ことアリー・アル・サーシェスの姿があった

 

「何か聞きたいことがあるようだな、ムウさんよ」

(とぼ)けるな!数日前のアルスターのお嬢ちゃんがラクス・クラインに暴行を起こした翌日から、あの子はお前の指示で過酷なトレーニングを行っている!しかも出された兵士志願届けの希望先はMSパイロットだと…!?お前が何か吹き込んだんじゃないのか、ゲイリー!!」

 

マードック曰く、ビアッジ大尉の要望で鹵獲したジンを予備戦力として修理するように頼まれた、とのことだ。そしてその直後に提出されたフレイの志願兵届け。疑うなという方が無理な話だ

 

ムウの表情には普段の緩い雰囲気は存在せず、「エンデュミオンの鷹」というその異名の通り、鷹のように鋭い眼光でサーシェスを睨みつける

 

「もしそうだったとしてどうだってんだ?結局あの嬢ちゃんが決めたことだ、お前さんたちには何の関係もない事だと思うがな」

 

ガッ

 

それを聞いたムウはサーシェスの胸ぐらを掴み、顔を近づけて威圧するがサーシェスは何食わぬ顔だ

 

「本気で言ってるのか…!」

「オイオイ、どうしたんだ?いつも飄々としているお前さんらしい態度じゃないなぁ」

「うるせえぞこの野郎!!」

 

もはや今にも殴り掛かりそうなほど語気を荒らげるムウを、マリューが叱責して窘める

 

「やめなさいフラガ大尉!!…ビアッジ大尉も煽らないで」

「くっ…!」

「へいへい」

 

胸ぐらを掴まれても飄々とした態度を崩さないサーシェスを目の前に、ムウは悔しげに手を離す

 

「ビアッジ大尉……アルテミスの時もそうだけど、あなたが自分勝手に起こす行動には目が余ります。しばらく自室で待機してなさい」

「ラミアスさんよぉ、暴力沙汰を起こしたのは奴さん(ムウ)の方だぜ?謹慎にするならこいつの方だと思うがね」

「ビアッジ大尉」

 

マリューがサーシェスに再度通告する

 

「…分かりました。艦長の指示に従いますよ」

 

その様子を見ていたサーシェスはため息を吐きながら席を立つと、自分の部屋に向かって去っていった

 

プシュゥ

 

ドアが自動的に閉まる際の空気の漏れる音が、嫌なほどハッキリとブリッジに響く

 

「クソッ、白々しい奴だ。何が「艦長の指示に従います」だ!」

「フラガ大尉、気持ちは分かるけど落ち着いてちょうだい」

 

未だ感情を昂らせるムウを見て同情の視線を向けるブリッジのクルーたち。一方、そんな彼らとは違う意見を持つものが1人

 

「しかし、ビアッジ大尉の言い分にも一理あります。例え大尉の介入があったとしても最終的に決めたのはフレイ・アルスター自身です。ならば、そんな彼女の行動を止める権利が我々にはないものと考えます」

「バジルール少尉、あなた何を言っているの!」

「艦長、我々はすでにキラ・ヤマトを含めた戦争に無関係な人間を大勢巻き込んでいます。しかもラクス・クラインを人質として利用もしてます。今更「民間人を戦争に巻き込むことはできない」というセリフを言うのは些か卑怯なのではないですか?」

「それは…」

 

思わず黙り込んでしまうマリュー

 

ラクスをブリッジに連れてきたのはフレイで、その作戦を強行したのはナタルだ。しかし副官の独断を止められなかったのは艦長の責任でもあり、何より彼女の判断がなければ、今頃自分たちは宇宙(そら)の藻屑となっていただろう

 

ナタルだけを責めることなどマリューにはできなかった。心優しく、それゆえに甘いマリューには

 

「我々の目的はプラントに勝つことです。その為にもアークエンジェルとストライクを何としても地球軍に届ける必要があります…例え、ボロボロの状態であったとしても」

 

 

 

一方、ザフト陣営の方では、別行動をとっていたヴェサリウスとガモフが合流を終えていた

 

「足付きがラクス・クラインを人質に取っただとォ!?」

 

そしてヴェサリウスのパイロット控え室で、イザークが驚愕の声を上げる。そばに居るニコルも驚きを隠せない表情をしていた

 

ラクスを人質にした…その情報を伝えたアスランは神妙な顔つきで答える

 

「そうだ。奴らは前回の戦闘の際、不利になった途端にこちらにラクスがいることを伝えてきた。偶然ラクスの救命ポッドを拾ったと言っていたが、ユニウスセブンの残骸跡では明らかな戦闘の痕跡と破壊されたジンを発見した…嘘の可能性も十分ありえる」

「クソッ!ナチュラル共め!人質を取るなど卑怯な真似をしおってェ!!」

 

ドゴン!

 

パイロットスーツを仕舞うロッカーの扉が大きく凹むほど、イザークは怒りを込めて拳を叩き込む

 

元来、イザークはとても真面目で卑劣な事が許せない熱血漢だ。それゆえにすぐ頭に血が上るわけだが、それだけ民間人であるラクスを人質にしたナチュラルが許せなかった

 

「貴様も貴様だアスラン!!自分の女がナチュラルに拐われたというのに何故そうも冷静でいられる!?」

「イザーク、言い過ぎです!」

 

イザークはラクスの歌のファンでもある。アスランの事を…ラクス・クラインの婚約者であるアスランの、彼女に対するどこか煮え切らない態度はとてつもなく気に食わないのだが、同時にザフトの士官学校で次席の自分を抑えて主席で卒業したアスランの実力を認めてもいる

 

だからこそ、婚約者を地球軍に奪われても澄ました顔をしているアスランの姿がイザークの怒りの感情を強く刺激していた

 

「なんとか言ってみ──」

 

ガッ!

 

だが…そんなイザークの問い掛けは、どれだけ冷静さを装っても激情が滲み出るアスランに胸ぐらを掴まれた事で中断される

 

ギリギリギリ…

 

「言葉には気をつけろイザーク…」

「うっ…!」

 

今まで見た事がないほど憤怒に満ち溢れているその様子に、普段なら何か言い返すだろうイザークも思わずたじろぐ

 

徐々に強く締め上げられ、気道が締まりそうなところでアスランはパッと手を離す

 

「ゲホッ、ゲホッ」

「大丈夫ですかイザーク?しかし、今のはあなたにも…」

「分かっている!…ゲホッ!」

「…すまない。俺も冷静ではなかったみたいだ」

 

暴行を振るってしまったことを謝罪するアスラン

 

申し訳なさそうにする優男に少し安心感を抱いたイザークは「余計な心配はするなッ」と強気に言い切ってみせる。彼なりにアスランを気遣っているのだ

 

「それで、一体どうする気だ?足付きは低軌道上の地球軍の大艦隊と合流寸前だと聞いた」

「このままでは確実にプラントに対する強力な交渉カードとして利用…いえ、それ以上のことに巻き込まれる可能性も高いです。どうするつもりですかアスラン?」

「それに関しては考えがある。クルーゼ隊長から聞いた情報では、足付きが合流したのは知将ハルバートン提督が率いる第8艦隊らしい」

 

アスランは非難されることも承知の上で、自分の考えを2人に告げる

 

「交渉してラクスを引き渡してもらう」



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ハルバートン提督

「180度回頭、減速さらに20%。相対速度合わせ」

 

マリューの指示により、アークエンジェルが180度回頭。つまり後ろを向いて第8艦隊の旗艦であるアガメムノン級…メネラオスの横へとその身を晒す

 

「しかしいいんですかね?メネラオスの横っ面につけて」

「ハルバートン提督が艦をよくご覧になりたいんでしょう。後程自らもおいでになるという事だし、閣下こそこの艦とGの開発計画の1番の推進者でしたからね」

 

マリューがノイマンの疑問にそう答える

 

「何事もなければいいのだけれど」

 

 

 

アークエンジェルの左足部分、その場所にブリッジクルー、整備員、へリオポリスの学生組が集まってある人物が到着するのを待っていた。その集団の中にはサーシェスの姿もあった

 

そして、やってきたランチ(小型の舟のようなもの)の中から現れたのは数人の将校。先頭になって出てきたのが第8艦隊の司令官であるデュエイン・ハルバートン准将ことハルバートン提督である

 

そのハルバートンが自分を出迎えるかのように集まっていたマリューたちを見て、顔を喜色に染める

 

「おお!」

 

そのまま嬉しそうな表情でランチから降り、マリューの前に立った

 

「いやぁ、へリオポリス崩壊の知らせを聞いた時はもう駄目かと思ったぞ。それがここで君達と会えるとはな」

「ありがとうございます。お久しぶりです、閣下」

 

マリューもまた、嬉しそうに返事を返して敬礼する。マリューはハルバートンのかつての教え子であり、また直属の部下でもあった。敬愛する上官との再会の喜びは誰より大きいだろう

 

「何度もザフトの追撃を受けたという報告も聞いた。大丈夫だったか?」

 

そう言って皆を見回すハルバートン。それを見ていたナタルとムウ、そしてサーシェスが一歩前に出る。

 

「ナタル・バジルール少尉であります」

「第7機動艦隊、ムウ・ラ・フラガ大尉であります」

「第4独立連合騎兵連隊、ゲイリー・ビアッジ大尉であります」

「おお、エンデュミオンの鷹と呼ばれる君がいてくれて幸いだった。バジルール少尉もよくラミアス大尉を補佐してくれたな」

「いえ、さしたる役にも立ちませんで」

「そして…」

 

それぞれに礼を言うハルバートンだが、サーシェスの方を振り向いた時…優しげな雰囲気と表情が引っ込み、歴戦の軍人としての顔つきに早変わりする

 

「君が、ビアッジ大尉か。君自身も、あのブルートの事もよく調べさせてもらった」

「かの『知将のハルバートン』閣下に覚えていただけるとは光栄です」

()()連合騎兵連隊に属する者なのだ。当然のことだろう」

 

表面上は軍人としてのやり取りだが、実際は見ている方が緊張するほどの腹の探り合いを行うサーシェスとハルバートン

 

「アルテミスの報告も聞いた。…何故あのような事をしたのかね?」

 

あのような事、とは当然ガルシアを撃ち殺した事であろう

 

「ガルシア司令のことに関しては、私も残念で仕方がありません…しかし、彼は無関係な市民を人質にして、閣下が提唱した対モビルスーツ兵器を強奪しようと試みました。口封じに我々を殺すつもりで、です…ならば、例え味方であろうと銃を抜かぬ理由はありません」

「…………」

(白々しい男だ。ならば何故、彼女をモビルスーツに乗せるように仕向けたのだ。戦争に関係のない彼女を)

 

ハルバートンは視線をサーシェスの背後に向ける。そこにいた学生組の中にいる赤髪の少女、その瞳の中にある憎しみの感情を感じて、ハルバートンは若者の未来を憂いた

 

「閣下、お時間があまり」

 

そんな中、ハルバートンの副官であるホフマン大佐がそう言う。それを聞いたハルバートンは咳払いをすると、マリューを見る

 

「ラミアス大尉、事前に連絡したようにストライクのパイロット、そしてラクス・クラインと話がしたい」

「はい。しかし、キラ・ヤマトは未だ昏睡状態から目覚めてはおりませんが…」

「構わない、会わせてくれ」

「…分かりました」

 

マリューは少し考える素振りを見せてから、まずはキラのいる医務室に案内した

 

「待っていてくれ」

 

副官との2人だけでハルバートンは入室すると、ベッドまで近づいて見下ろす。キラ・ヤマトが昏睡しているベッドを

 

「…………」

「彼が、ストライクを操縦していたコーディネイターの少年か…」

「そのようですな」

 

ホフマン大佐が答える

 

顔中…特に目隠ししていると勘違いするほど目元は多くの包帯が巻き付いており、その痛々しい姿にハルバートンは歯噛みする

 

ハルバートンは地球連合の軍人であるが、多くの軍人が持つコーディネイターへの憎しみ、偏見の感情を持ち合わせていない数少ない人間でもあるのだ。いかにキラがコーディネイターでMSを動かせようと、ハルバートンからすれば彼はただの民間人の少年でしかない

 

「本来守るべき民間人を戦争に巻き込んで、戦わせて、挙句の果てにこのような目に遭わせるなど…私は軍人失格だ…」

 

G計画を発案し、地球連合軍上層部に提唱したのはハルバートンだ。プラントのMSに対抗するため、対MS用の戦艦とMSであるアークエンジェルとガンダムをオーブの企業と共に開発させた

 

だが、その結果戦争とは無関係だったヘリオポリスが崩壊し、キラを含めた多くのオーブ市民に不安と恐怖に満ちた日々を送らせている。それだけではなく、自身の部下である連合軍の軍人も多数死なせたのだ

 

その事実がハルバートンに強い自責の念を抱かせていた

 

「お言葉ですが提督、提督の『G計画』はプラントのMSに対抗するために必ず必要なものであったと私は思います。その為に多くの犠牲が出てしまったのは確かですが、その犠牲に報いるため、もう無用な犠牲を生み出さないためにも、我々は戦わねばならぬのだと考えます」

「…その通りだ。すまないホフマン大佐、どうやら少し弱気になっていたらしい」

 

深い眠りについているキラの手を握り

 

「君のおかげで多くの命が救われた…ありがとう、キラ・ヤマトくん」

 

誠実に、ひたすら誠実に、第8艦隊提督はコーディネイターの少年に対して、聞こえないと分かっていても深い感謝の言葉を告げた



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交渉

アークエンジェルの居住区ブロックにある一室。清潔感がしっかり保たれているその部屋のベッドに、ラクス・クラインは座っていた

 

しかし、その表情はいつもの儚げで優しい笑みを浮かべておらず、何かに悩んでいる様子だった

 

「ラクス、ドウシタ?ドウシタ?」

「ピンクちゃん…」

「ゲンキナイ、ラクス、ゲンキダセ」

「心配しないで…わたくしは大丈夫ですから…」

 

そうは言うものの、明らかに空元気から出てきた言葉でしか無かった

 

ラクスの頭の中に過ぎるのは、自分を初めて殴った赤髪の少女がボロボロと涙を流す姿

 

面と向かって憎しみをぶつけられたことも、人殺しの娘と罵られたことも、目の前で泣かれたことも、どれもがラクスにとって衝撃の体験でしかなかった

 

コンコン

 

そんな時、突如ドアをノックする音が響き、ラクスはドアの方に顔を向ける

 

『失礼する』

 

続けて扉越しに聞こえてくる声。アークエンジェル内では聞いたことのない声だと思いながらも、不安な自分を微塵も感じさせない「ラクス・クライン」としての声で来訪者に答える

 

「どうぞ」

 

プシュゥ

 

そうして入ってきたのは、決して只者では発することの出来ない雰囲気と威厳を醸し出す地球連合の軍人、ハルバートン提督だった。ホフマンの姿はない

 

ハルバートンは静かに部屋の中に入ると、軍帽を脱いでラクスに挨拶をする。ラクスもベッドから立つと小さく頭を下げる

 

「初めまして、ラクス・クライン嬢。私は地球連合軍第8艦隊司令官を務めるデュエイン・ハルバートンと言う者だ」

「初めまして、ハルバートン様。ラクス・クラインと申します」

「うむ。君は気品があり、礼儀正しいな。家族に愛され、大切に育てられてきたのだと分かる」

「ありがとうございます」

 

誰もが魅了されそうな笑みを浮かべながら、ラクスはハルバートンの質問や談笑に答える

 

「時にラクス嬢」

 

すると、会話の途中にハルバートンが問う

 

「何か辛いことはあったのではないかね?」

「え…?」

 

急にそのようなことを言われ、唖然とするラクスだが、すぐに『普段』の調子を取り戻して聞き返す

 

「辛いこと…何故、そのような事をお聞きになるのでしょうか?」

「君が何か悩んでいるように見えた」

 

しかし、返す言葉で核心を突かれたラクスは思わず息を呑んだ

 

「これでも君の倍以上は長生きしているのだ、人を見る目はある方だと自負している。…君が何に悩んでいるのかを問うことはしない。しかし1つだけお節介を言わせてもらうとするのならば、君はまだ子供だ。周りの人間が求める『ラクス・クライン』で居続ける必要はない。君は君の気持ちに正直に生きなさい」

「……っ…」

 

驚きを隠せなかった。プラントの誰もが、何より父が望み、その為に演じ続けた“プラントの歌姫”という偽りの仮面を、この地球軍の軍人は僅かな時間で見破ったのだ

 

何より、周囲の人間から注がれる期待であったり好奇であったり(よこしま)であったり、あるいは憎しみの込められた視線とはまた違う、父やアスランのような心配する優しい目を目の前の人物はするのだ

 

コーディネイターである自分を憎むことが普通なはずのナチュラルの軍人が、である

 

ピピピピピッ

 

「むっ…すまない、失礼する」

 

音の発信源はハルバートンのポケットの通信機からだ。ラクスに断りを入れてから背を向け、通信機を耳に当てる

 

「私だ………何ッ!ザフトの艦隊が近くまで……通信を……?」

 

すると、ふとハルバートンはラクスの方を見る。何故こちらを見るのか、理由が分からず首を傾げていたが…

 

「ラクス・クラインの身柄を要求している、だと…?」

 

他でもないハルバートンの口から、その理由が明かされたのだった

 

 

 

アイツ(ラクス)をザフトに返すぅ!?」

 

そう叫び声を上げるのはブリッジまで呼び出されたフレイ。その出で立ちは地球連合軍の軍服を身に包んでおり、彼女が正式に地球連合軍に入隊したのだと理解できる

 

ちなみにフレイの階級は准尉である。入隊したばかりのフレイにはまず有り得ない階級だが、地球連合軍にとってMSパイロットというのは、シミュレーションでまともに動かせるだけでも本当に貴重な存在なのだ。そして約1週間近く、フレイはサーシェスのスパルタ訓練の一環でジンのシミュレーションを何度も何度も繰り返していたフレイは、その最低限の基準を()()()()()()()と判断されたのだ

 

閑話休題(それはさておき)

 

「ええ、2時間ほど前にメネラオスから連絡が来たわ。低軌道上にナスカ級1隻とローラシア級3隻のザフト艦隊が現れたらしいわ。でも4隻共MSを展開せずに静止、メネラオスに量子通信を送ってきた」

「その内容が『一時的な停戦協定を受け入れる代わりに、地球連合軍で保護しているラクス・クラインをザフトに引き渡すこと』らしい」

「何よそれ…じゃなくて、何ですかそれ。要するにただの脅迫じゃない…ですかッ」

 

慣れない敬語を使って言葉遣いを修正しながらフレイは言う。化け物みたいな奴らの癖にやる事も汚いのか、などと侮蔑し切った感情がありありと伝わってくる

 

「これに対して軍の上層部は「交渉に応じる必要なし。直ちにコーディネイター共を殲滅せよ」と指示したらしいけど、ハルバートン提督、凄い剣幕だったわ。「兵士の死を数字でしか見ていないバカな連中」って憤ってたもの…結果として提督は交渉を受け入れた。向こうは条件として『モビルスーツ同士の受け渡し』を提示してきたらしいわ…だから貴方が呼ばれたのよ」

 

ブリッジ内のクルーの視線がフレイに集まる。ここまで言われれば、どういうつもりで呼び出されたのか分からないフレイではない

 

「もしかして、その交渉を私が!?」

「その通りだアルスター准尉」

「どうして私が!?相手はプラントのコーディネイターよ!交渉なんて出任せ、絶対に攻撃してくるに決まってるわ!私じゃなくてあの人…ビアッジ大尉にすればいいじゃない!!」

 

ザフトのコーディネイターを殺せ、という命令だったらどれだけやりやすかったか。それがよりにもよってパパを殺したザフトと停戦協定の交渉など、フレイの中の真っ黒な感情が許さなかった

 

ふとフレイは気づく。そういえば肝心のゲイリー・ビアッジが何故かこの場にはいないのだ。そう考えていると、ムウがその疑問に答える

 

「ソイツは無理な相談だ。アルテミスの時といい、お前さんの件といい、ゲイリーは独断行動を起こす危険が高い。もしザフトの引き渡し人を挑発したり逆にアイツから攻撃を仕掛けてみろ。ザフトに俺たちを攻撃する口実を与えかねないんだぜ。そうなれば俺たちだけじゃない、第8艦隊全ての人間に危険が及ぶ。だから、作戦内容自体伝えてはいるが、今ゲイリーはこの場に呼んでいないんだ」

「でも…!」

 

ガッ

 

それでも尚引き下がらずにいると、急にナタルがフレイに近づき、その胸ぐらを掴み上げた

 

「ぐう…!?」

「少尉!」

「いい加減にしろ准尉。これは「命令」だ。お前がどんな理由で軍に入ったのかを今更問い質す気はないが、軍人となった以上命令は遵守しろ。それと、上官に対する口の利き方も気をつけろ」

 

そう言い切ると、掴んでいた胸ぐらをナタルは手放す。フレイは床に座り込みながら、強制的に止められていた呼吸を再開する

 

「ゲホッ!ゲホッ!」

「おい、大丈夫か嬢ちゃん?」

「だ…ゲホッ!…大丈夫…です…」

 

呼吸を整えながら返事をするフレイ

 

「バジルール少尉、やり過ぎよ!」

「そうは思いません。軍は託児所でなければカレッジでもないのです。子供の駄々に付き合う余裕など今の我々にはないのですから」

「誰が…子供なもんですか…!!」

 

どこまでも合理的で冷たい言葉は、フレイの琴線に尽く触れた

 

「分かりました…やりますよ!アイツをザフトの連中に渡せばいいんでしょ!?」

 

どう見てもナタルに対する反骨心のようなもので動いているが、ワガママを言われるよりはマシだと判断すると、ムウはマリューに内容を聞く

 

「引き渡しの期日は?」

「2月13日、10:30(ヒトマル・サンマル)よ」

「明日の朝か…しかも時間がないな。今アークエンジェルは補給の真っ最中だってのに」

 

腕時計を確認してみれば20時47分…つまり今から約14時間後の計算になる

 

「仕方ないわね…整備班には補給を急いでもらって!万が一に備えて避難民は脱出ポッドでアークエンジェルから離脱の準備を。その他の各員は14時間後の作戦に備えて十分な休息をとってちょうだい。特にアルスター准尉とフラガ大尉、ビアッジ大尉には出撃してもらうことになるから念入りにね」

「分かりました」

「オーライ」

 

その言葉を皮切りに、それぞれの人員がブリッジから出ていく。そして廊下に出たフレイにムウが話しかける

 

「ちょっといいか?」

「…なんですか?」

「さっきの作戦内容、フレイのお嬢ちゃんが不安になるのも不満になるのもよく分かる。でもまあ、安心しな!いざって時は俺とゲイリーが守ってやる!自分の出来ることを精一杯やればいいさ」

 

ムウは励ましの言葉を投げかけるが、フレイにはイマイチ効果がなかったらしく

 

「……ありがとうございます」

 

端的にそれだけ言うと、フレイはムウを置いて先に進んでしまった

 

「…まったく…子供が生き急いだってロクな事にならないってのによ…」

 

ムウは頭の後ろをかきながら呟くのだった

 

 

 

「……よう大将!かれこれ1ヶ月ぶりだな」

 

「安心しろっての。ガンダムはストライクを除いて奪られちまった後だったが、アークエンジェルを含めて無事…あん?『ガンダム』ってのは(なに)だって?『G』に搭載されてたOSの頭文字で出来た名前だ。『G』なんて硬っ苦しい名前よか余っ程良いぜ」

 

「話を戻すぜ。アンタから頼まれた仕事は順調に終わらせている。ガンダムとアークエンジェルも低軌道上で連合艦隊と合流したし、その艦隊も第8艦隊と来たもんだ。良いタイミングで来てくれたもんだぜ…ああ、問題ねえよ」

 

「それとだ大将、実は面白い拾いもんを2つ手に入れてな…1つはラクス・クライン。プラントのお姫様だ」

 

「もう1つの方はフレイ・アルスター…そう、例のアルスター外務次官殿の一人娘さ。嬢ちゃんはどうもパパの仇討ちがしたいようでな、俺自ら直々に鍛え上げている」

 

「オイオイ、これでも俺は優しくしてる方だぜ?少なくとも…敵もろとも道連れにするように洗脳するよか、ずっと優しいとは思うがね」

 

「とにかく、あのガキどもと同じように嬢ちゃんの分のガンダムも用意してくれ。あぁ、あとは…」

 

「『連中』への通信の手配もな」



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青き清浄なる世界のために

深い暗闇の底から意識が浮上してくる

 

布団の中で目を覚ましたフレイは飛び跳ねるように起き上がると、置いてあった時計を見る

 

時間は08:23(マルハチ・フタサン)…起きる時間にしては遅いが、作戦行動開始までは十分に時間があった。洗面の冷たい水で顔を洗って意識を無理やり覚醒させて、寝巻きをベッドの上に放り投げて連合の軍服に袖を通す

 

真っ暗な部屋から明るい廊下に出て、パイロットの控え室に向かって歩を進めるフレイ

 

その胸中に存在するのは不安と寂しさだった。手筈通り作業が進んでいるなら、今頃サイやミリアリアたちはメネラオスにある脱出艇まで移動し、乗り込んでいるはずだ。死ぬ気はない…でも、もう二度と会うことが出来ないかもしれない…

 

「…あ!フ、フレイ!」

「見つけた!探したわよ、フレイ」

「……え?」

 

だからこそ、曲がり角で出会(でくわ)した4人を見たフレイの反応は唖然としたものだった

 

「サイ!?それにミリアリアと、トールにカズイ、なんでまだここにいるのよ!?」

 

しかも、4人とも連合軍の軍服をその身に包んでいるのだ。その理由を前に出たサイが答える

 

「フレイ、実は俺たちも地球連合に志願したんだ」

「フレイやキラを置いて、私たちだけオーブに帰るなんて出来ないでしょ?」

「キラ…?」

 

ミリアリアから思わぬ名前が出てくる

 

「キラ、まだ目が覚めないらしくてな。あんな状態で脱出艇に乗せれば容態が悪化するかもしれないから、アークエンジェルに乗せ続ける必要があるって言ってたんだ…」

「もしかしたら一生の別れになるかもしれない。2人が心配だからみんなでアークエンジェルに残るって決めたの」

「だからって」

「フーレイッ」

 

そんな理由で死ぬかもしれないこの場所に残るのか。そう言おうとしたフレイだったが、ミリアリアが急に両手で頬っぺを挟んだことで台詞を無理やり中断させられる

 

「私にはフレイがどうして急にモビルスーツに乗るなんて言い出したのか…その気持ちは分からないわ。でも、私はフレイにもキラにも死んでほしくない。だからここにいるのよ」

「ミリアリア…」

 

ミリアリアの言葉を噛み締めるように受け入れるフレイ。これがミリアリア以外の人間だったら、或いはもしキラがフレイの立場だった場合、例えサイたち男友達が同じことを言っても話が拗れるだけで終わるだろう

 

女友達という、不思議なシンパシーを感じ取れる関係だからこそ、フレイはミリアリアの言葉を素直に受け止めることが出来たのだ

 

「もうっ、分かったってば」

「あっ」

 

手を解いて、いつまでも居たくなるそこから振り切るように、フレイは床を蹴ってその場を後にする

 

食堂で手早く朝食を済ませ、作戦時間までに少しでもMSを動かせるようにMSデッキのジンの中でシミュレーション訓練を行う。最初は動かすことすら叶わなかったMSの操縦も、今では少なくとも致命傷(コックピットなどへの直撃)を避けれる程度にはジンを動かしていた

 

…もっとも、殺気もプレッシャーもないシミュレーションでその程度の動きしかできないのだ。最前線で()()()()()()()()間違いなく死ぬことになるだろうが

 

 

 

30分後、訓練を終えて控え室に辿り着いたフレイが赤いカラーリングのパイロットスーツに着替えていると、そこに1人の人物が入室する。着替えている最中のフレイが扉を見ると、その目付きを憎悪と嫌悪に満ちたものに変える

 

「フレイ様……」

 

扉のそばにいたのはラクスだった。気まずそうに顔を俯かせる姿に苛立ちを覚えながらも、理性で湧き上がる感情を抑えながら、罵倒以外の言葉を絞り出すように吐き出す

 

「…なんでアンタがここにいるのよ」

「その…フラガ様に、着替えるならここがいいと教えていただき…」

 

着替えるというのは宇宙の作業用スーツのことで間違いないだろう。MSによる受け渡しを提案する以上、ラクスを手渡しする際に必ず宇宙空間に出る必要があるのだから

 

「だからって、なんで私なのよッ」

 

1週間ほど前にラクスを引っぱたいたのは私だ。ラクスに暴行を加えた自分にラクスの世話を任せるとは、フラガ大尉の判断には正気を疑う

 

まさかこれを機に仲良くなれば…なんて考えているの?冗談じゃない。こんな脳天気なコーディネイターの女と仲良くだなんて想像しただけで怖気がする

 

しかし、今はどうもその脳天気さがなりを潜めてるそうに見える。むしろ、どこか申し訳なさそうな様子で私を見ていて…

 

「あ、あの……フレイ様…?」

「ッ……!」

 

激情に駆られる。もう1度引っぱたいて…いや、そのコーディネイトされた整った顔と綺麗な声を出す喉を引き裂いてやればどれほどスッキリすることか

 

しかし、もしそんな事をすれば、昨日の口答えの際に胸ぐらを掴まれた時以上の処罰が待っていることは想像に難くない。最悪MSに乗せられないと言われる可能性だってある

 

「……そこのロッカー。その中に入ってるわ」

「え?」

「1人で勝手に着替えなさいよ。私は知らない」

 

だからこそ、フレイは感情を抑え込む。これじゃ拗ねた子供じゃないと思いながらも、無心になって着替えることで忘れることにした

 

「……ありがとうございます」

 

後ろから掛けられた言葉も、どうでもいい事だと聞かないことにした

 

 

 

「アスラン・ザラ、出るぞ!」

 

2月13日10:30(イチマル・サンマル)

 

それが今現在の日付と時刻であり、ヴェサリウスから飛び出したイージスの搭乗者…つまりアスラン・ザラが動き出す瞬間であった

 

母艦の周囲には複数のジンの他にもデュエルとブリッツが待機しており、眼前の地球軍に対して激しい敵意と警戒を抱いている

 

前方の展開されている地球軍の艦隊軍。10数機の戦艦と30機近くのメビウスの編隊が並んでいるが、敵艦内に存在するMAも含めれば100機以上の物量になるだろう

 

それでもこちらには多数のジンに高性能機のジン・ハイマニューバと隊長機のシグー、更にヘリオポリスで鹵獲した『G』もある。仮に戦闘になったとしても第8艦隊は問題にならない。1番気を付けねばならないのは…

 

「青い『G』か…」

『アスラン、PS装甲があるとはいえ油断は禁物ですよ』

「分かっている、ニコル」

『ナチュラル共に交渉などと日和った作戦を提案したんだ。必ず連れて帰らんと許さんぞっ!』

「ああ、任せてくれ」

 

仲間たちの説得、特にイザークを宥めるのには本当に苦労したものだ。ニコルがフォローしてくれなかったら殴られていたかもしれない

 

さて、交渉する相手は誰だとアスランはアークエンジェルを見る。現状判明している地球軍のMSはストライクとブルートだけだ。無論、ブルートのように秘密裏に建造されたMSが出てくる可能性もある訳だが、この様な交渉の場でそんな物を晒すなど愚か極まりない。確率はほぼ0%と言っていいだろう

 

そして、いよいよアークエンジェルの脚が開き、そこから人型の機体が姿を現した

 

「ジンだと!?」

 

が、出てきたのはストライクでもブルートでもなくまさかのザフトの量産MSだったのだ

 

アスランは、交渉相手をMSに限定すれば出てくるのはストライクか青い『G』のどちらかが出てくると予想していた。ストライクならばキラが来たと判断してラクスの受け渡しを行い、あわよくばキラに再度プラントに来るよう呼びかけるつもりだった

 

反対にブルートが来たならば、それはパイロットが戦争に悦楽を覚えるあの男である可能性が高い。戦争を望む奴がとても大人しく受け渡しに応じるとは思えない。交渉を台無しにしていきなり不意打ちをしてくる事だって十二分に有り得る。だからこそ、青い『G』が来た場合は最大限の警戒をするようにとイザークとニコルにも伝えておいた

 

しかし、蓋を開けてみれば出てきたのはまさかのジンなのだ。ブルートやメビウス・ゼロも続くように出てきてはいるが、決してジンに着いていくことなくアークエンジェルの守りを固めている

 

肝心のジンのパイロット、操縦自体に問題はなさそうだが、ところどころ動きが止まる事からMSの操縦ではなく()()()()()()()()()()()()()()()のような動きみたいだとアスランは感じた

 

(もしやラクスだけを乗せて操縦させているのか?いや、流石にナチュラルといえどそこまでバカな事をするとは思えない。それに全てのコーディネイターが訓練もなしにモビルスーツを動かせるわけではない…)

 

しかし、乗っているのがラクス1人だとしたらジンごとザフトを攻撃できるというメリットはある。ブルートを警戒しながら近づいてくるジンにも注意を払う

 

そしてジンがいよいよ到着すると、通信がイージスのコックピットに響く

 

『そこの赤いモビルスーツ!アンタが引き渡し相手でいいのね!?』

「女!?」

 

聞こえてきたパイロットの声は女、それも自分たちと同じ年頃と思わせる少女のものだった。アスランの驚きの声が伝わったのか、少女が苛立ちを声に乗せて言う

 

『女だったら悪いわけ!?』

「あ…い、いや、すまない、俺が悪かった…」

 

今まで出会ってきた数多くの女性をその甘いマスクで(無意識に)メロメロにしてきたアスランは、女に黄色い声を上げられても怒声をぶつけられた経験は1度もなかった。怒りの声にアスランはたじろぐ

 

「…確認させてもらうが、本当にラクス・クラインを連れてきているのだな?」

 

そう言うとジンのコックピットが開き、その中にいる人物の顔がアスランの瞳に映る

 

「ラクス…!大丈夫だったか!?」

「安心してくださいアスラン。私は何もされていませんわ」

 

本当は自分をここまで送ってくれた少女…フレイから平手打ちを受けて罵られもしたのだが、そんな事を言えばフレイの立場が悪くなる。だからラクスは1つ嘘をついた

 

「…アンタたち、知り合い?」

「アスランはわたくしの婚約者です」

「婚約……」

 

『婚約者』というワードにフレイの表情が歪む

 

「キラ…キラはどうした?俺はあいつが来ると思っていたが…」

「キラ?なんでアンタがあいつの事を知ってるのよ」

「教えてくれ!」

「……前にアンタたちと戦った時に怪我をして、それからずっと寝ているわ。1度も起きてない」

「なっ…!?」

 

前回の戦闘から1週間以上は経っているにも関わらず、未だ昏睡状態から目覚めてないという事実にアスランは困惑する

 

「そんな…!」

「そっちこそ答えなさいよ!キラ・ヤマトの何なのよアンタ!」

「キラは…キラは俺の…!」

 

アスランが口を開くその時だった

 

ドカァァッ!

 

急加速したメビウスがイージスのコックピットに突き刺さったのは

 

 

 

「何をしているメビウス4号機!即座に機体を停止させよ!」

 

一方、メネラオスのブリッジは喧騒に包まれていた。待機中のMAがいきなり動き出したと思えばイージスに向かって加速し始めたのだ

 

命令を飛ばすも止まる気配を見せないメビウスを見て、ハルバートンが直接回線を繋げて命令する

 

「応答せよ!これは重大な命令違反──」

『…これは、世界を救う聖戦である』

 

すると、回線からある声が聞こえてきた

 

「何…?」

『神が定めた、人間のあるべき自然の摂理から逸脱した異端者であり、世界を破壊する悪魔を滅ぼす為諸君らは神に選ばれたのだ』

 

聖歌を唄うように、つらつらと口上を述べる男の優しげな声

 

だが、ハルバートンは気づいたのだ。この声の主が誰なのか、この特徴的な、()()()()()()()()()()のこの「男」の声を

 

「この声…!」

「て、提督?」

『諸君らの命がコーディネイターを滅ぼす炎となり世界はあるべき姿へと戻るであろう』

「まさか…まさか、あの男がッ!!」

 

そして、イージスに密着したメビウスのパイロットはスイッチを取り出し──

 

『そう、全ては……』

 

 

 

「青き清浄なる世界のためにィィィィィィィ!!!」

 

 

ドカァァァァン!!

 

 

直後、メビウスは自ら爆散した




サブタイを見て嫌な予感がしたあなた、大正解です


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悪意の矛先

『青き清浄なる世界のためにィィィィィィ!!!』

 

ドカァァァァン!!

 

ラクス・クラインの引き渡し。それを行われる直前、突如特攻を仕掛けたメビウスはイージスに密着しながら、そのひしゃげた機体を自ら爆発させた

 

『ぐわあああああああ!!?』

 

いかにPS装甲で爆破のダメージを抑えられるとはいえ、間近で爆発を受けたアスランは、衝撃によって大きく揺れるコックピットの中で苦痛の声を上げる

 

『アスラン!!』

『アイツ、自爆だと!?』

 

離れた位置でそれを見ていたイザークとニコルだが、ダメージを受けたイージスに視線が釘付けになってしまい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『青き清浄なる世界のために!!』

『青き清浄なる世界のために!!』

『青き清浄なる世界のために!!』

 

自爆したメビウスに続くように、2機3機と他のメビウスもザフトのMSに特攻する

 

『た、たいちょ──』

『うわああああああああ──』

『おのれェ、ナチュラ──』

 

ドォン! ドォン! ドォン!

 

3機のメビウスがジン2機、シグー1機を道連れに自爆し、MS特有の桃色の花火が宇宙(そら)を色付ける

 

味方機が次々と爆散していく姿に、ザフトの兵士たちは混乱し、そして徐々に殺気立っていく

 

『マイクッ……ちくしょう!!』

『ナチュラル共め!よくもこんな事をぉー!』

『奴らを許すな!皆殺しにしろッ!!』

 

ジン、ジン・ハイマニューバ、シグーがそれぞれ武器を構え、第8艦隊とアークエンジェルに向けて攻撃を開始する

 

 

 

敵の照準がアークエンジェルをロックしたアラートがブリッジの中で一際大きく響く

 

「状況確認!!」

「ザフト軍のモビルスーツと戦艦が攻撃を開始!Nジャマーさらに拡大中!」

「フレイ!ねえフレイ!返事をして!」

 

マリューの命令にサイが大きな声で返し、反対にミリアリアは強いノイズが走る通信に向かって必死に呼び掛けを行っている

 

連合が不意打ちする形(ザフトから見た場合)で戦闘が始まり、憎悪と怒りの雄叫びを上げるジンやシグーが連合艦隊のMAや戦艦を次々と墜としていく

 

そんな中、ブリッジのモニターからノイズ混じりのゲイリーの怒鳴り声がクルーの耳を(つんざ)

 

『オイ!!こいつはどういう事だ!なんで連合の方が交渉中に奇襲を仕掛けてやがんだよ!!』

「私にも分からないわよ!!」

 

そう、本当に分からないのだ。ゲイリーの独断専行を危惧して、マリューはブルートをアークエンジェルの直近で護衛させ、さらにムウにブルートを見張らせていたのだが、結果はゲイリーが何かをするどころか連合側の行動に憤るというごく普通の反応を見せるのみ

 

ハルバートン提督は善良で良識のある人間だ。かつてのマリューの上司だったからこそ、その認識に間違いはなく、あのハルバートン提督に限ってこの様な卑劣な策を考え、ましてや実行するなど有り得ないと感じていた

 

ならばこれは末端の兵士の独断行動…しかし何故このタイミングで?しかも自らの命を犠牲にしてまでの特攻など、正気とは思えない。何か裏があるようにマリューは感じてならない

 

「ジン4機、ジン・ハイマニューバ2機、シグー2機が接近中!!」

 

だが、余計な考え事をしている暇はマリューにはないのだ。艦長である自分が率先して動かなければ、この艦に存在する全員が危機に晒されるのだから

 

「ッ!これよりザフト軍の迎撃を開始、第8艦隊の援護を行います!“ゴットフリート”“イーゲルシュテルン”照準!!」

 

艦首両舷に1基ずつ装備されている225cm連装高エネルギー収束火線砲「ゴットフリートMk.71」が格納状態からせり上がるように登場し、同時に大型のイーゲルシュテルンがMSを狙う

 

「“ゴットフリート”“イーゲルシュテルン”てェーっ!!」

 

ナタルの号令により、ビームと実弾の弾幕がジンたちの行先を阻む。無理に攻撃を仕掛けようと突入を試みたジン1機が、緑色の光線にエンジンを貫かれて爆散する

 

同じように敵を迎撃する中、ゲイリーはムウのメビウス・ゼロに近付いて通信を送る

 

『ムウ、お前さんは嬢ちゃんがアークエンジェルに帰還出来るように援護しに行け!俺は第8艦隊の方に行く!』

『待てよ!先に2人でフレイを助けに行った方が確実に帰還させられるだろ!』

『ンな悠長にしてたら第8艦隊が全滅するだろうが!!』

『けどなぁ!!』

『…せめてハルバートン提督だけでも、だ』

 

絞り出すようにゲイリーは言う。それだけハルバートンだけでもどうにかしたいという強い気持ちがあるとムウは感じた

 

『ゲイリー、お前…』

『安心しな。ちゃっちゃと終わらせてすぐに戻ってくる。それまでに嬢ちゃんを死なせんじゃねえぞ』

『……死ぬなよ!!』

『おうよ!!』

 

ブルートはバーニアを噴かせて遥か彼方の第8艦隊の方へ向かい、メビウス・ゼロは戦場の中心に突き進んでいく

 

 

 

「バカなッ!何故このような事が!?」

 

一方、メネラオスブリッジ内にて、ハルバートンは混乱の極みにあった。今までザフトが相手だろうと冷静に戦い抜いてきた部下が4人も自爆特攻を敢行したのだ。無理はなかった

 

ハルバートンはそんな状態でいながらも、冷静な部分で何が原因なのかを理解していた

 

「ゲイリー・ビアッジ…!人の命をなんだと思っているのだ!!」

 

近くのコンソールに握りこぶしを叩き込む。いつ彼らを唆したのか、どうやったのかはまるで見当もつかないが、間違いなくあの男が原因だという事は分かった

 

「やむを得ん!各艦、応戦開始!メビウスを発進させよ!リベラ二等兵、Nジャマー散布状況は!?」

「前方のナスカ級1隻、ローラシア級3隻より高濃度Nジャマーの散布を確認!アークエンジェル、複数の味方艦との通信が取れません!」

「クッ、やはりか…!!」

 

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる

 

Nジャマーには核分裂反応抑止の他に強力な電波妨害を引き起こす。その状況下では通信はもちろん、レーダー索敵やミサイル等の誘導兵器も無力と化す

 

本来地球圏外である宇宙空間までは地球に撃ち込まれたNジャマーの効果は届かないのだが、その場合はザフトが戦艦に搭載されたNジャマーを発動させMSを使用した有視界戦闘を有利に進める

 

Nジャマーが散布された戦場では、高度な通信技術を持つザフトですらも通信に多少のノイズが入るものだ。これが連合側、さらに複数のNジャマーによる電波妨害が起きればどうなるか?

 

今の状況を端的に言えば、アークエンジェルは疎かそれよりも近い戦艦とすら通信が出来なくなる

 

「アークエンジェルは我々の希望だ!!ザフトの攻撃を迎撃しつつアークエンジェルに接近!彼らの地球降下を援護しろ!」

 

クルーたちに指示を飛ばすハルバートンだが、アークエンジェルに近寄る事には当然もう1つの思惑があった

 

(ゲイリー・ビアッジの…あの男の脅威を、何としても彼らに伝えねば…!!)

 

発進させたメビウスがジンによって容易く撃墜され、周囲の戦艦も撃沈していく中、それでもアークエンジェルと同じ“ゴットフリート”や対空機関砲を駆使してMSを迎撃していく

 

少しずつアークエンジェルとの距離も狭まっていく

 

ドォォォン!!

 

だが、現実は残酷…否、『残虐』なものだ

 

「ぐう……!何事だ!!」

「第1、第2メインエンジン被弾、大破しました!!航行不能です!!」

「バカな!?我々の背後には、味方も敵もいないのだぞ!!」

 

メインエンジンが大破したとなっては、戦艦の移動に必要な大きな推進力を失い、実質メネラオスは動けなくなった

 

だが、そこでさらに追い打ちがやってくる

 

ドォン! ドォン! ドォン!

 

「周辺のモビルアーマー、戦艦、次々と破壊されて…ッ、高速で接近してくるモビルスーツを確認!!こ、これはッ」

 

連合軍を次々と壊滅させていく敵を確認していたオペレーターの顔が驚愕に染まる。その理由を問う暇もなく、ブリッジの前にMSが──ブルートが姿を現す

 

「ブルート、だと…!」

 

完全に孤立したメネラオスのブリッジに向かって、左手のビームハンドガンを突きつける

 

「何を…!」

『よお、アズラエルの大将に邪魔な()()を消してくれって頼まれててな』

 

そして急に接続された通信からサーシェスの声が流れ…冥土の土産にとハルバートンに教える

 

『すまねえなぁハルバートンさんよ………アンタを殺させてもらう』

 

「アズラエルの大将」「頼まれた」「自分も知らぬ『G』」「ガルシアの殺害」「急変した部下」……「()()()()()()()()()()()()

 

最後にハルバートンは1つの答えに辿り着いた。アズラエルに私兵として雇われたと噂される、とある『傭兵』の存在に

 

「貴様ッ…アリー・アル───」

 

しかし、気付くのにあまりに遅過ぎたその代償を

 

ドビュゥ!!

 

ハルバートンと第8艦隊全ての命でもって、強制的に支払わされるのであった

 

轟沈したメネラオスの爆炎が広がる中、ブルートが振り返ってみると怯むような挙動を見せるザフトのMSがこちらを見ていた。パイロットの動揺が丸わかりなその様子に、サーシェスは喉を鳴らすようにくつくつと笑う

 

『残念だが、目撃者は生かしておけねえんでな。てなわけでよ…』

 

目の前にいるのは雑魚ばかりだが、今頃逃げ回ってるフレイを追いかけ回してるガンダム(メインディッシュ)を相手する前の準備運動だとでも思って、ヘルメットの中で殺意を漲らせる

 

『破壊して蹂躙して、殲滅してやらァ!!』

 

背面にジョイントされた重斬刀を手に、ザフト軍を鏖殺すべくブルートは敵陣に斬り込んだ



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泥沼の戦禍

サーシェスがハルバートンを抹殺すべく動き出した同時刻、フレイ・アルスターはジンの中で目を細めていた

 

「もう!一体何が起きたって言うのよ!?」

「アスラン…!?大丈夫ですかっ、アスラン!!」

「ちょっと!?前に出てこないでよ!」

 

目の前で爆発に巻き込まれたイージスを見たラクスは、コックピットの背後から身を乗り出す

 

「邪魔だからッ下がってなさいっての!」

「キャ!」

 

それによりコックピットが狭くなり操縦が難しくなったフレイは鬱陶しそうにラクスを後ろに押し退ける

 

ボタンを押し、レバーを動かし、必死に姿勢制御を行いながら、フレイは出撃前にゲイリーとのやり取りを思い返す

 

 

『オイ嬢ちゃん、ちょっと話がある』

『何?』

『ザフトの連中は歌姫さんを取り返す事が目的だ。人質を返した途端にいきなり攻撃を仕掛けてくる可能性もある…分かるな?』

『ええ…』

『だからもし何か異常を感じたら、歌姫さんを連れてアークエンジェルに逃げろ。そうすれば少なくともお前さんが撃たれることはなくなるだろうよ』

『…あいつを人質にしろってことでしょ?』

『なんだ、分かってんじゃねえか。…いいか?何としても生き延びろよ。死んじまったら仇討ちも出来ねえんだからよ』

 

 

あの指示があったからこそ、メビウスがイージスに突っ込んだ時、即座にラクスを引っ張り込んでハッチを閉める事が出来たし、自爆も咄嗟に身を引いたおかげで機体の表面を軽く焦がす程度で済んだ

 

「本当に何なのよぉ!」

 

しかし、だからと言って今の状況が訳の分からないものであることも確かなのだ。ヒステリック気味にフレイは文句を言う

 

同じ頃、自爆による衝撃から復帰したアスランはイージスの体勢を素早く戻して、アークエンジェルに逃げようとするジンに目を向ける

 

あのジンの中にはラクスがいる。つまりジンを撃墜すればラクスも死ぬ事になる。場合によっては逃げるまでの人質としても利用されるだろう

 

「クソ!!連合め、始めからこのつもりだったのか!」

 

孤立したところを狙った不意打ち、そのままなし崩しで起こる戦闘、ラクスを抱えたまま帰還しようとするジン。攻撃が成功すればプラントとザフトに大きな痛手を与えられた事から、これらの出来事が全て仕組まれた事だというのは想像に難くない

 

アスランの中の連合ひいてはナチュラルへの不信感と嫌悪が増幅する

 

「ラクスを、ラクスを返せ!!」

 

フットペダルを強く踏み締めてイージスを前進させるアスラン…その前を、1機のジンが先んじて突っ切る

 

『よくもラクス様を!ラクス様の仇ぃー!!』

「ッ!?よせ、まだ中にはラクスがいる!!」

 

ラクスを殺されたと勘違いしている同胞に対して通信を送るが、そのジンのパイロットは…いや、ザフトの殆どのモビルスーツパイロットがナチュラルの非道を許すまじと激昂しているのだ。他者の声などロクに聞こえていない

 

ジンの機銃掃射をフレイは訓練通りに回避する

 

「動きが遅い…?しかも下手っぴね!全然当たってないわよ!」

 

デタラメな弾丸の雨を、ギリギリで躱しながらそう強がるフレイ

 

…フレイは知らない事だが、彼女がここ1週間近くやっていたシミュレーターの相手であるジン。それに使われていた戦闘データはブルート…つまりフレイは、アリー・アル・サーシェスの操作技術そのものがダイレクトに反映されたコンピューターと戦っていた事になる

 

無論、本気のサーシェスではMS初心者のフレイが勝てる見込みなど絶対にない。だからこそコンピューターレベルを最低にして訓練させていた訳だが、それでも最初は瞬殺されまくり、最終的にも致命傷を避ける事しか出来なかったあたり、サーシェスの隔絶した戦闘力の高さが分かる

 

しかし、いくら厳しい訓練で扱かれようと、フレイはこれが初の実戦なのだ。しかもシミュレーションでは結果的に回避行動しか行えていない。せいぜいマニュアルで機銃の撃ち方を覚えた程度だ

 

「クゥッ…しつっこい!!」

 

だから、しびれを切らして攻撃を行っても簡単に回避されるし

 

ダダダダダ!

 

ボォン!

 

「キャアアア!!」

 

無理やりな攻撃は敵の反撃を許すことに繋がる

 

「脚が…!?」

「やめろ!!もうやめろ!」

 

フレイのジンにトドメを刺そうとする味方機の肩をマニピュレーターで押さえ込むアスラン。イージスを振り切って攻撃を再開するジンだが、前方から飛び出してきたビームに穿たれる

 

「敵!?」

「嬢ちゃん!早く逃げろ!」

「フラガ大尉!」

 

見ればガンバレルを展開したメビウス・ゼロがフルスロットルで接近し、多方向からガンバレルの照準をイージスに向けている

 

「この程度!」

 

しかし、皮肉なことにブルートのファングでオールレンジ攻撃に慣れてしまっていたアスランにとってムウのガンバレルは緩慢で単調だった。余裕を持って射線から離れて、ビームライフルでガンバレルの1つを破壊する

 

「俺の攻撃をこうも容易く…!?」

「邪魔をするならば容赦はしないッ!」

 

あくまでジンを追い掛けながら、それでもエースパイロットのムウをあしらうように戦う

 

その様子を見ていた時、背後のラクスが急にフレイに話し掛けた

 

「フレイ様、ザフトと連合両方の回線を繋げてください。わたくしが両軍を止めてみせます」

「ハァ!?いきなり何よアンタ!」

「お願いします、フレイ様」

 

青空のように、はたまた海のように澄んだ水色の瞳がフレイを射抜く

 

「な、何なのよ…」

 

ラクスは決して強要はしていない。しかし、その真っ直ぐな目で見つめ続けられたフレイは、彼女から感じるオーラのようなものに押し負けて全回線を繋げた

 

ピッ ガ───…

 

「ザフト軍、連合軍、聞こえますか?わたくしはラクス・クラインです。双方、直ちに戦闘を中止してください」

『えっ…ラ、ラクス様』

『生きていたのか…』

『ラクス・クラインだと?』

 

無差別に繋げられた通信から困惑の声がノイズ混じりに聞こえてくる。ラクスは続けて呼びかける

 

「双方、武器をお納めください。先ほどまでザフトと連合は、少なくとも暴力を振るわず交渉をしていたはずです。果たして今、本当に戦う必要があるのでしょうか?これ以上の無益な殺し合いはやめてください」

『し、しかしッ』

「あなた方の大切な人たちを、これ以上悲しませないであげてください…」

 

すると飛び交っていた射線が次々と消え、今にも殺し合っていたザフトと連合が戦闘を止めたのだ。アスランは無意味な戦闘が終わった事実とそれを止めた婚約者の行動に微笑む。ムウもヘルメットの中で驚きながらホッと一息つく

 

しかしフレイは逆に、言い終えたラクスの表情を見て、言葉では形容できないほどの怖気を感じた

 

ラクスは本当に“悲しんでいる”のだ。老若男女、ナチュラルコーディネイター、敵味方問わず、その全員の家族の気持ちを汲んで悲しげな笑みを浮かべている。聖人みたいな、しかしあまりに人間味を感じないラクスを直視出来なかった

 

(気持ち悪いきもちわるいキモチワルイ!!)

 

コーディネイターは皆こんなイカれた奴ばかりなの!?そう思わずに居られなかった

 

「ありがとうございます…戦いをやめてくれて」

 

 

ドォォン!!

 

 

「えッ」

 

直後、ローラシア級が巨大な花火と化して爆発する

 

「何!?」

 

味方艦がやられた事実を1番先に自覚したアスランがある方向に見れば、そこにはビームハンドガンを爆散した戦艦に向けているMSが存在した

 

ラクスの行動によってギリギリ保たれるようになった均衡。それがMSのたった1回の攻撃によって、バランスが崩れ、(はかり)の上に乗っていた憎悪と怒りと恐怖の感情が宇宙(そら)の戦場にばら撒かれる

 

『地球軍め!性懲りも無くまたァ!』

『ラクス様の気持ちを踏み躙りやがって!!』

『あの女の口車に乗せられるなぁ!!』

『宇宙の化け物共め、殺してやる!』

 

フルオープンにしていた回線を通して、ナチュラルとコーディネイターの殺意がフレイの乗るジンに伝播し、収束する

 

『ナチュラルめ、死ね!!』

『コーディネイター共が、死ね!!』

『野蛮な猿が、死ね!!』

『宇宙の悪魔が、死ね!!』

 

 

『死ね!!』『死ね!!』『死ね!!』『死ね!!』『死ね!!』『死ね!!』

 

 

狂気が、2人の少女(フレイとラクス)の心を侵す

 

「ヒィ!?」

「ッ…!?」

 

思わずフレイは回線を切る。そして震え始めた体を両腕で抱き締める

 

「な、なんなのよ…なんなのよアレ…!?」

 

今聞いたのが、自分が抱いている憎悪の成れの果てなのだと、その事実を信じたくないようにイヤイヤと首を振る。その横では、毅然としていた表情が崩れたラクスが通信を再度繋げようと試みる

 

ガシッ!

 

「ちょっとアンタ!自分が何してるのか分かってるの!?」

「離してくださいフレイ様。彼らを、彼らをもう1度止めなければ…!」

 

もう戯言はたくさんだ、とでも言わんばかりに掴んだ手首をより強く握り締め、嫌なくらい澄み切っている歌姫の目を睨んで叫ぶ

 

「『アレ』が聞こえなかったの!?そんな事をしても無駄だったから()()なったんでしょ!アンタが…アンタがあんな事しなければ、皆()()はならなかったのよッ!!」

「そんな、わたくし、そんなつもりは」

 

途切れ途切れにラクスが口を開くも、そこには浮世離れした様子でも、超然とした歌姫としてでもない、ただ己の失敗に動揺する少女の姿しかなかった

 

 

 

一方アスラン・ザラは怒りに打ち震えていた。目の前の泥沼の戦場が広がるきっかけを、悪意をもって引き起こした地球軍と1人の男に対して

 

「貴様ら…1度ならず2度…いいや、3度までも!」

 

アスランの脳裏に過ぎるのは母が帰らぬ人となったユニウスセブンの悲劇。相手の心を足蹴にするナチュラルの所業には吐き気すら覚えるほどだ

 

静止したはずの戦場を再び動かしたMS…ブルートをアスランは睨めつける

 

ブルートはフレイが乗るジンに近づきながら、その道中で逃げ惑うザフトMSを嬲るように破壊する

 

『ハッハァー!(もれ)ェ!脆過ぎんぞ!』

『た、助けてくれ!!やめ──』

 

ドォン! ザザーッ…

 

通信越しに聞こえた命乞いが途切れる音。明らかに投降していたにも関わらず、あの忌々しいMSは楽しげにザフト兵を殺したのだ。その事実がアスランの怒りのボルテージを上げる

 

あの男を無視する事は出来ない。しかし、今ここでラクスを取り返せなければ、再び彼女を取り返すのは難しくなるだろう

 

「イザーク、ニコル、聞こえるか?」

『アスラン、大丈夫でしたか!?』

「俺は平気だ…今からラクスを取り返す。2人は青い『G』の足止めを頼みたい」

『足止めだと?貴様、随分と俺を低く見ているものだな!』

「奴は明らかに俺たちより格上だ。ディアッカもいない以上厳しい戦いになるだろう…頼む。奴を止めてくれ」

『…さっさと取り返してこい!さもなくば、俺の手であいつ(ブルート)を墜としてやるからな!』

『こっちは僕たちに任せて、アスランはラクスさんを』

「──済まない」

 

途切れる通信。ブルートに向かってデュエルとブリッツが加速し、眼前にはメビウス・ゼロがラクスを拐ったジンを逃がす為にこちらを向かってきている

 

「お前たちに……ラクスは渡さない!!」

 

胸の中で燃える正義の感情を原動力に、アスランはイージスを動かした



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BRUTE(ブルート)

サーシェスは自分の中の高揚感を存分に堪能しながら、ザフト軍を殺し回っていた

 

途中、不快な出来事(ラクスの説得)で戦闘を止められたことには、フレイとラクスの乗るジンを墜としてやろうと考えるほどムカついたが、それをしてはわざわざ手間を掛けてまでハルバートンたちを暗殺した意味がなくなってくる

 

「元々死んでもらう予定だったが、こりゃあプランを修正する必要がある…なぁ!」

 

ズギャギャァ!

 

邪悪な思考を張り巡らせてサーシェスは口角を上げる。重斬刀でシグーを真っ二つにしたところで次の獲物を狙おうとし…高速で迫り来る1機の反応を確認する

 

『貴様ッ!コーディネイターをナメやがってェ!』

「ほう、“デュエル”か!」

 

最も基礎的な能力、汎用性能を重視されて作られた

“GAT-X102 デュエル”。マリューたち連合技師士官が造り出したPS装甲を導入して、最初に完成されたガンダム。それがビームサーベルを片手にブルートに迫っていた

 

対ビームシールドで無ければ防ぐことの出来ない一撃、それをブルートは機体を上下に回転させる事でスルリと躱す

 

『ふざけてるのかぁ!!』

 

曲芸染みた回避に激昂するイザーク。デュエルは振り下ろした右腕を、そのまま斬り上げる形で敵機に向けて振り上げる

 

「ぎっちょん!」

 

バキャァ!

 

だが、その素早い追撃をブルートはオーバーヘッドキックのような蹴りで対処する。予想外の方向、角度から放たれた蹴りがビームサーベルを握った右拳に衝撃を与え、サーベルを失った柄が無重力の海に流れていく

 

『何ィ!?』

 

コックピット内で薄い青色の目を見開いて驚愕する

 

ブルートの機体性能自体はデュエルと同程度だと言うのが、アスラン、ニコルと戦闘データを見直して出した結論である。イザークからすれば業腹な事この上ないが、ブルートのパイロットの技量は間違いなくこちらより遥かに上だ

 

それでも、例えデュエルより性能の良いMSを渡されたとしても、今ブルートがやった芸当を真似出来るとは、自信家のイザークと言えどとても言い切れなかった。上下逆さまの姿勢で的確にMSの拳だけ蹴りつけるなど、とても

 

「ズリャア!」

『くっ!』

 

体勢を戻したブルートが重斬刀で唐竹割りの動作に入ったのを確認したイザークは、両腕とシールドを使ってガードする。衝撃を堪えていると接触回線から下卑た笑いが伝わってきた

 

「サーベルが無い程度で白兵戦も出来ねえんじゃ俺にゃ勝てねえぜ!デュエルのパイロットさんよ!」

『クソ!調子に乗りおってェ!』

「しかしお前らと違って俺は仕事で忙しいんでな」

 

ズガン!

 

拮抗した状況の中、デュエルの横っ面に叩き込むように蹴りを入れ、体勢を崩させる。そこにビームサーベルを取り出したブルートが斬り込む

 

「くたばっちまいなッ!」

 

突き刺さればイザークごとコックピットを蒸発させる一撃は、しかし闇の中から突如現れたビームによって中断させられる

 

「下から!?」

 

至近距離からの奇襲にも関わらずサーシェスは攻撃を躱してみせる。しかしコックピットなどの致命的な箇所ではなく、脚部を狙われた為に回避が間に合わず、2本の内1本のビーム光線が脚の関節を掠める

 

結果、ブルートは右膝から煙を吹き上げ、右脚の機能を十全に発揮できなくなってしまった

 

「ブリッツのミラージュコロイド・ステルスか!」

 

サーシェスはデュエルから距離を取りながらビームが現れた場所に頭部の機関砲を撃ち込もうとするが、攻撃するより先にPS装甲を展開して姿を見せたブリッツがアンカークローを射出する

 

舌打ちしながら素早く且つ的確に操縦する。頑丈なワイヤーに繋がれたまま飛び出す鋭い爪を左手の重斬刀で受け流し、そのまま右手のビームサーベルでワイヤーを断ち切る

 

『くっ…片脚だけか!』

「やってくれたな…しかし!」

 

重斬刀を納刀してハンドガンでブリッツを狙う。ニコルは右に移動して回避するが、サーシェスは回避先にもビームを撃っており、躱すことが出来ないと判断したニコルはトリケロスの盾でビームを弾く

 

『射撃の腕もいいなんて!』

『これ以上やらせんぞぉ!!』

 

コーディネイターの自分がいいようにやられてる事態にプライドを刺激されたイザークは、ビームライフルを撃ちまくりながらブルートとの距離を詰める

 

『イザーク、迂闊ですよ!』

『うるさいっ!!こいつは俺が仕留める!!』

 

仲間の制止を無視して加速するデュエルに、右手のビームサーベルで迎撃をするブルート

 

左腕に取り付けられた対ビームシールドでピンク色の光刃を受け止めるが、それはサーシェスの『誘い』だ。即座に左手のビームサーベルがデュエルを斬り刻むべく振るわれる

 

『ッ、ナァメるなあああッ!!』

 

それを見たイザークは怒りの雄叫びを上げた。ライフルを投げ捨ててマニピュレーターを開き、迫るビームサーベルの持ち手を掴むことで二振りのサーベルを凌ぎ切る

 

『ニコル、やれぇ!!』

『はい!!』

 

動きを見定めていたブルートが一瞬止まったその隙に、デュエルに当たらぬよう角度をつけてブリッツはビームを放つ

 

標的の青い『G』の動きが制限されている上、シールドの類がない以上この攻撃を防ぐ事も避ける事も出来ない。イザークもニコルもそう確信していた

 

(あめ)ェ!!」

 

バチィ!

 

『なッ!?サーベルでビームを弾いた!?』

 

だが、サーシェスはシールドで防がれていたビームサーベルを神がかりなタイミングで振ることで、光線をビームの刀身で相殺して消滅させたのだ

 

『こいつ、人間か!?』

『おのれぇぇぇぇぇ!!』

 

もはやなりふり構わずに盾でブルートを殴ろうとするイザーク

 

それを見たサーシェスはビームサーベルを仕舞ってアーマーシュナイダーに持ち替えると、サーベルとは違った小回りの利く動きでデュエルのシールドをすり抜け、コックピット付近に振動する剣先を突き立てる

 

ギャチチチチチッ!

 

『装甲の隙間を!』

『バ、バカな…!?俺たちは赤服なんだぞ!!こんな奴にィ!』

 

レッドランプの点灯で赤みが増した操縦席でイザークが信じ難いとばかりに狼狽する

 

PS装甲のおかげでギリギリ内部まで入りんでいないアーマーシュナイダーだが、何かの拍子で衝撃が加わればコックピットにまでダメージがいくことは明らかだ

 

『離れてもらう!』

 

誤射に気をつけながらニコルはビームを撃つ。対してブルートは動揺して動けないデュエルの左腕を掴み、引っ張り込む事でシールドを自身の前面に持ってくる

 

『デュエルを盾に!?』

 

幸運なことに、ビームの殆どはシールドに命中して霧散し、残りの緑光も2機のMSをすり抜け、後方の闇に消えたことでフレンドリーファイアは免れた

 

…しかし、振り回されているイザークの危機が去ったわけではなかった

 

「いただきィ!」

 

ガキィン!

 

ブルートはブリッツが受け止められるようにデュエルを勢いよく蹴飛ばした。…当然、突き刺さった超振動ナイフに脚がぶつかるように

 

ドォン!

 

『ぐわああああっ!?』

 

正面のコンソールがショートし爆発。その衝撃はヘルメットのシールドを割り、飛び散った破片がイザークの顔を切り裂く

 

『イザーク!?大丈夫ですかイザークッ!!』

『痛い…痛い、痛いィィッ』

 

ブリッツを操作してデュエルを受け止めると、ニコルは接触回線で仲間に向けて呼び掛けるが、イザークは顔の痛みでまともに返事する事も出来ない状態だった

 

『アスラン、イザークが!!』

『何!?イザークに何が…ッチィィィ!!』

 

数少ない味方機のイージスに通信を飛ばすが、肝心のアスランが戦闘に気を取られて援護は望めそうになかった

 

『ガモフは…まさかやられているのか!?ディ、ディアッカ…!』

 

イザークの負傷に続いて、母艦の反応がない事からディアッカも戦死したと理解したニコルは青褪める

 

それでも自分を見失わないように叱責しながら、クルーゼ隊長が乗るナスカ級戦艦に向かって撤退を試みる

 

ビュゥン! ビビュウ!

 

『うわっ!』

 

それを阻む者がいる。サーシェスだ

 

この青いMSを無視してさっさと戦闘宙域から脱出したいニコルだったが、片手にデュエルを抱えている以上、激しい戦闘が行えない。これを見通して、サーシェスはパイロットを殺さずにデュエルをブリッツに蹴り飛ばしたのだ

 

『こいつ、コックピットを狙っていない…!?』

『動くんじゃねえぞ。コックピットに、当たるからよォ!!』

『また遊んで、ぐぅ!!』

 

執拗な責めが体力を消耗させる。ザフト軍は連合の特攻とブルートによってほぼ壊滅寸前、イージスとヴェサリウスの援護は期待出来ず、サーシェスの悪辣な罠でブリッツとデュエルは逃げる事も出来ない

 

『ニ、ニコル…俺を置いて、お前は行け…』

『何弱気なことを言っているんですか!?あなたらしくもない!!』

『早く行け…!足手纏いになるくらいなら死んだ方がマシだ…!』

『僕は嫌です!意地でも貴方と一緒に帰ります!』

『クソッ…!』

 

時たま、デュエルを庇いながらも必死に生き残ろうとするニコル

 

しかし、不意打ちする為に使用したミラージュコロイドのツケが、死の感覚と共に訪れた

 

ピー! ピー!

 

『パワー残量がもう…!』

 

エネルギーが切れればすぐさま殺られる。目の前の敵に必要なエネルギー量を計算しながらMSを動かすニコルは、極限の疲労状態によるミスで体勢が崩れる

 

『しまっ!』

「ファングだよぉっ!」

 

それを見逃さないサーシェスは残る2機のファング全てを射出し、真っ赤な彗星の如くブリッツとデュエルに飛ばす

 

『あ…』

 

景色がスローモーションに動く中、ファングに対して何も出来ないニコルが頭の中に思い浮かべたのは…優しい母親の顔

 

『母さん…僕の、ピアノ───』

 

 

ドオォォン!

 

 

真っ直ぐ突き進んだファングは…ブリッツとデュエルに突き刺さる目前で爆散した

 

『えっ…?』

「何だと!?」

 

原因は側面からファングに向かって撃ち込まれた高出力ビーム“ 超高インパルス長射程狙撃ライフル”によるものだ

 

そしてそれを撃てるMSは、1つしかない

 

『グゥレイトォ!!我ながら良い腕だぜ!』

『ディアッカ!!』

『艦長も無茶させるぜ…そのおかげで生き残れたけどな』

 

巨大デブリと化したローラシア級…その影からバスターガンダムが姿を現した

 

ガモフ艦長であるゼルマンは艦の敗北と悟るとすぐさまディアッカに呼び掛け、バスターに搭乗させて脱出させた

 

艦の爆発には巻き込まれたものの、PS装甲で損傷を負わずに済んだディアッカは片腕でのバスターの操作を慣らし、ようやく慣れたところで飛び出してファングを撃ち抜いたのであった

 

『でも、片手でバスターを動かすのは…!』

『片手で動かすくらい訳ねえよ!赤ならなぁ!』

 

額に玉のような汗を浮かべながらもディアッカはブルートに狙いを定めて撃ち放つ

 

素早い射撃の雨を躱しながらサーシェスは呟く

 

「邪魔な野郎だ…ん?」

 

ピー! ピー! ピー!

 

見れば、ブルートのパワー残量も残り少なくなっていた。最後に使用したファングにかなりエネルギーを持っていかれたようだった

 

「チッ、潮時か…」

 

楽しい狩りを邪魔されて不機嫌なサーシェスは、しかしこのままでは分が悪いと判断するとアークエンジェルに向かってブルートを動かした

 

『に、逃げたのか…?』

『全く、片腕でモビルスーツを動かすっつうのも、疲れる、なぁ…』

 

男から向けられた邪気が消えた事で、やっと一息がつけるとニコルはシートにもたれ掛かろうとしたところで、イザークが負傷していた事を思い出した

 

『ハッ、そうだ!早くイザークをヴェサリウスに連れて行かないと!』

 

ブリッツに肩を借りる形で引っ張られるデュエルのコックピット内部

 

普段はウジウジしてる癖にどうしてこういう時は頑固になるんだと思う反面、自分を見捨てなかったニコルに、あくまで心の中で感謝するイザークだった



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そして少年は覚醒する

誰かが呼んでいる

 

 

真っ暗な闇の中で手を伸ばす。何もない。誰もいない。沼の中を泳ぎ回ってるように動きが鈍い

 

 

誰かが呼んでいる

 

 

僅かばかりの光も差し込まない。目を開けようとしても何故か(まぶた)が意思に反して開かない

 

 

誰かが呼んでいる

 

 

人を殺した。同じコーディネイターを何人も殺した。友に武器を突きつけ、突きつけられ、それでも『僕』は先遣隊の人たちを、フレイのお父さんを助けることが…

 

急に体が上昇する感覚の中、そう言えば誰かが呼んでいるような感じを覚えたが、それを知覚するより早く意識が真っ白になり──

 

 

誰かが、助けを呼んでいる気がした

 

 

 

「う…」

 

誰もいない医務室の中で、昏睡状態だったはずのキラの意識が蘇る。目覚めたキラが最初に感じた事は違和感

 

「あれ、目が…何か巻いている?」

 

目を開こうとしても顔にしっかりと巻きついている何かのせいで瞼を開く事が出来ない。視界がない中キラは目元の包帯を手探りに触れ、シュルシュルと少しずつ解いていく

 

「うっ、眩しい…」

 

1週間近く光を通さなかった瞳が刺激されたキラは思わず目を細める。徐々に光に慣れながら目を開ければ、清潔感のある真っ白な部屋が映し出された

 

「医務室…?確か…僕はストライクに乗っていて」

 

瞬間、キラの脳裏に、爆散するモントゴメリとそれを掴もうとする自分の手が映った

 

「ッ…!そうだ…僕はフレイのお父さんを…皆を…ぼ、僕はッ……」

 

助けることが出来なかった。そう考えた時、医務室ごとベッドが大きく揺れ、その勢いでキラは床に放り出される

 

「うわあ!…い、今の揺れは……ま、まさか、まだ戦闘中なのか!?」

 

ただでさえ青白くなってる顔をさらに青ざめさせる。どれだけ寝ていたのか、その間にどれほどの攻撃を受けていたのか、皆は無事なのか

 

色々な考えが渦巻く中、頭の中でリフレインするのはジョージ・アルスターの言葉

 

『娘をよろしく頼むよ』

「くっ…!」

 

グラァッ

 

「うあっ!」

 

再び揺れるアークエンジェル。寝たきりで平衡感覚が弱まっていたキラは床に伏せ落ちるが、脚の震えを抑えながら医務室を出て、手すりを頼りに長い通路を歩く

 

「僕が…僕が守らなきゃ…!」

 

心にこびりついた祈り(呪い)を呟きながら

 

 

 

『クソッタレエェェェ!!』

 

漆黒の大海を掻き分けて突き進むガンバレルが火を吹く。4方向から、3方向から、2方向から、時には一点集中のビームや弾丸が赤い獲物に放たれるが、赤いガンダムはそれらを躱し切って悠然と橙色の魚群(メビウス・ゼロとガンバレル)に狙いを定める

 

「そこ!」

 

頭部バルカンがオレンジの装甲を抉り、貫き、タダの鉄クズに変える

 

『コイツ、ゼロの攻撃に慣れてるのか!?』

「この程度、あの青いモビルスーツに比べれば!」

 

後方で破壊されたガンバレルを尻目に、ムウは残り2機のガンバレルを側面に連結させる

 

ガンバレル2機のスラスターがメビウス本体を加速させるブースターと化し、MSを超える速度でイージスを翻弄すべく動き回る。全てはイージスに自身を狙わせる為に

 

『嬢ちゃん!姫さんを連れて今すぐ逃げろ!』

「逃がさん!!」

 

メビウス・ゼロの対MS戦に於ける定石。しかし今回相手するイージスとは相性が悪かった。アスランはイージスをすぐさま高速強襲形態に移行させるとメビウスを超えるスピードで追いかけ始めた

 

『チィ!』

 

これ以上速度を落とす訳にはいかないムウは反撃も出来ないまま、焦燥で汗を垂らしながらも必死にイージスから逃げ続ける。だが連合が誇る最新鋭機の性能は完全にメビウスを上回っている。付け加えれば操縦しているアスランのコーディネイターとしての技量もあって、イージスの力は大きく引き出されていた

 

前回のブルートとの戦いではスキュラを無闇矢鱈に撃った事で帰りのバッテリー残量が切れかけていた。その時の反省を生かして、アスランはMA形態のまま先端のビームサーベルを起動させて、メビウスに突撃する

 

ドォン!

 

『くっ!?なんて速さだ!』

 

イージスの一撃は回避が間に合わなかったメビウス左側のガンバレルを抉り飛ばす。メビウスの動きが更に鈍くなる

 

『俺も年貢の納め時か…!!』

 

メビウスの要であるガンバレルが次々と破壊され、それでいてイージスの動きには一切の油断がない。この状況では流石のムウも楽観的な考えは出来ず…

 

ダダダダダダダ!

 

「何!」

 

しかしその時、メビウスにトドメを刺そうとするイージスの宙域に弾丸のシャワーが降り掛かる。あまりに精度の低いその攻撃は、ジンの76mm重突撃機銃から吐き出されたものだ

 

『フラガ大尉、早く逃げて!』

『嬢ちゃん!?やめろッ!!こいつはお前なんかがどうにか出来る相手じゃない!!』

 

コーディネイターへの憎悪が根底にあるとはいえ、人の死を無視できるほど彼女は非情ではなかった

 

「そんな腕で、どうして出てくるッ!」

 

だが、避けた方が当たりそうなほどバラバラにばら撒かれた銃弾をイージスはあっさりすり抜けていきすれ違いざまに機銃ごとジンの右腕を切り飛ばす

 

『キャアアア!』

『アゥッ!?』

『!? ちょっと、アンタ!?』

 

背後から聞こえた悲鳴と硬い何かがぶつかる音。シートの後ろを見れば、ラクスが壁にもたれかかった状態で気絶していた

 

「警告する。ラクスを返せ。そうすればこれ以上の攻撃は行わないと約束しよう」

『く…何が約束よ!アンタ達コーディネイターの言葉を信じると思ってるの!?今の攻撃で、その大事なラクス・クラインが気絶してるのよ!』

「嘘をついてると言いたいのか?お前が…お前達がそれを言うのか!?」

『このォ!』

 

残った左手で重斬刀を握り攻撃してくるジンだが、あまりに遅く、精細さが欠けた攻撃だ。軽く半身になることで突きを躱し、カウンター気味に振るわれたビームサーベルが左腕をも奪う

 

「無駄だというのが分からないのか!!」

『ああっ!!』

「ラクスの事だってそうだ…お前達が余計なことをしなければ!」

 

ガギィ!

 

イージスのマニピュレーターが無力な灰色のモビルスーツの胸部の装甲を掴み、そのパワーで無理やり引き剥がす。両腕と片脚を喪失したジンで抵抗することは不可能だ

 

バキ バキ…バギンッ!

 

緑色の眼光がフレイを捉える

 

「さあ、ラクスを渡してもらおうか。抵抗するならば…!」

『ああ、ヒ、ィィッ』

 

ジンの剥き出しになったコックピットにイージスが手を伸ばす。嫌でも死の感覚を感じ取ってしまったフレイは目尻に涙を浮かべ、必死に助けを乞うた

 

『い、いや…!誰か…た、助けて!誰かぁ!!』

 

ドビュゥ!

 

「なっ!?」

 

その指先がコックピットを抉り出そうとしたその時、アークエンジェル方面から一筋の光がイージスに迫る

 

レバーとペダルを動かしてシールドで光…1発のビーム攻撃を防ぐ。ここで戦闘を行えばラクスが巻き添えになると判断したアスランはMSを動かしながら光が飛んできた先を見て、驚愕する

 

「あれはストライク!?…キラか!!」

 

視線の先から背部に高機動装備をつけたストライク、エールストライクガンダムが現れ、アスランが戦闘不能にしたジンに近寄る

 

『キラ…?』

 

ヘルメットの中で浮く涙粒、その奥でストライクが顔を覗かせる

 

ストライクの乱入には驚いたアスランだったが、彼はそれを逆にチャンスだと考えた。ここでキラを味方につければより確実にラクスを奪還することができ、同時に連合の新型MSを全て奪取することが出来る

 

背中を向けるストライクにイージスの回線を繋げる。映った映像には目元が暗かったが確かにキラと分かる顔が映っていた

 

「聞け、キラ!連合はお前を、コーディネイターを騙し、利用することしか考えていない!この状況が何よりの答えなはずだ!!」

 

しかし、アスランは気づいてなかった

 

『……みが……』

「……キラ?」

 

キラがどんな感情を抱いていたのか

 

『君が………』

 

 

パキィィィィン

 

 

『フレイを泣かせたのか!アスラァン!!』

 

 

キラが、どんな表情をしていたのか

 

ズバァ!

 

ガギャァァ!

 

「キラ!?」

 

振り向きざまに放たれたビームサーベル。その鋭い一撃を間一髪、対ビームシールドでガードしながらアスランは親友の豹変に困惑する

 

「キラ!どうしたキラ!何故攻撃を!?」

『ハァァァァァ!!』

 

先程のジンと比べて、あまりにも苛烈で躊躇がない突きを繰り出すストライク。回避が間に合わなければ、アスランはシートごと蒸発していただろう

 

「バカな…!?」

 

自身の横を通り抜けた桃光の刀剣を見て冷や汗を流す。それほど今の攻撃には怒りが、殺意が込められていた

 

モニターに映るキラ。目元には痛ましい火傷痕と切創痕があり、ハイライトを失った目から漏れ出る怒りをより強く増幅させアスランに感じ取らせていた

 

『よくもみんなを、フレイを!!親友だろうと、僕は君を許さない!!』

「落ち着けキラ!!俺とお前は互いに戦う理由などないはずだ!」

『君にはなくても僕には理由が…約束があるッ!』

 

ストライクの右手にサーベルを握らせながらキラは叫ぶ。直後、ブリッツのニコルから通信が届く

 

『アスラン、イザークが!!』

「何!?イザークに何が…ッチィィィ!!」

 

ニコルの焦る声に気を取られるアスランだが、その一瞬の隙すらも見逃さずストライクはイージスに斬り掛かる

 

バキィィ!

 

盾を構えて攻撃を往なすも、構えた事で硬直したタイミングを突いてストライクがシールドに蹴りを叩き込む。体勢が崩れた時を狙って薙がれたビームサーベルを、スラスターを限界まで吹かす事で上昇しギリギリ回避する

 

(強い!何より迷いがない!これが、これが本当にあのキラなのか!?)

『ムウさん、何してるんですか!早くフレイを!』

『あ…ああ、分かった!お前も無茶するなよキラ!』

 

唐突に現れたストライクが繰り広げるイージスとの激しいMS戦に唖然としていたムウだったが、キラに呼びかけられることで我を取り戻す

 

前回の戦闘でストライクにしたようにガンバレルのケーブルをフレイのジンに絡めてアークエンジェルまで加速する

 

「待て!ラクスを」

『行かせるか!!』

 

メビウス・ゼロを追おうとするイージスの前に、ストライクが立ち塞がる

 

「邪魔をするなキラ!!あのジンの中にはラクスも乗っている!!」

『ラクスが…?』

「ラクスの返還に応じたにも関わらず、先に銃を抜いてきたのは向こう(連合)だ!相手を騙して民間人を人質にする!お前はそんな奴らの味方をするのか!?」

 

ここぞとばかりにナチュラルひいては地球連合という組織を非難する

 

しかし、そのセリフを聞いたキラはむしろ逆上する

 

『民間人だって…?フレイのお父さんが乗っていた(ふね)を墜とした君達が言えたことか!?』

「なんだと?」

『目の前で父親を殺されて…苦しくて、辛くて…!フレイは……フレイは今泣いてるんだぞッ!!』

「何を言っている!?」

 

ヴァイオレットカラー1色に染まった眼光がアスランを貫く

 

しかしアスランには、少なくとも士官学校を卒業してから1度も民間艇を撃ち墜とした心当たりなどなかった。それは自身が所属するクルーゼ隊も同様だ

 

『殺させない…!みんなも…フレイも…絶対に僕が守ってみせる!!』

 

歪んだ決意(呪いと化した祈り)で己を奮い立たせながら、キラは親友が乗るモビルスーツに向かって刃を振り下ろした



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脱出劇

『メビウス・ゼロ及びジン、着艦確認!!』

「フゥ、なんとか薄皮1枚繋がった感じか…!」

 

アークエンジェルの出撃カタパルトから格納ブロックに移動したゼロとジン。その内、ゼロに乗っていたムウがヘルメットを脱ぎ捨てながら一息つく

 

「オイ、嬢ちゃんら!大丈夫か!!」

 

メビウス・ゼロから降りていると、隣に配置されたほぼ全壊状態のジン。その装甲が剥がされたコックピットの前でフレイとラクスに声を掛けるマードックの姿があった

 

「軍曹!フレイ達は大丈夫なのか!?」

「歌姫さんは気絶してるだけですぜ!しかし…」

 

なんとも言えない表情でコックピット内に視線を送る軍曹。訝しんだムウが中を覗いてみると、そこにはヘルメットを外したフレイがシートの上で膝に顔を埋めていた

 

初陣であれだけ凄惨な最前線にいたのだ。恐怖で心を病んでも仕方がないと思い、フレイの肩に手を伸ばす

 

「なあフレイ、大丈──」

「触らないでっ!!」

 

が、その手をフレイは反射的に(はた)く。それ以降も変わらずシートの上で蹲りながら呻き声を漏らすだけ

 

「やれやれ…こういうアフターケアは本来あいつの仕事だろうが…」

 

今頃ザフトと交戦しているだろう少女の復讐を肯定した同僚の姿を思い浮かべながら、ムウは頭を搔くのだった

 

 

 

「メビウス・ゼロ及びジン、着艦確認!!」

「パイロットも無事とのことです」

「よかった…フレイ…よかったぁ…!」

 

一方、アークエンジェルブリッジ内にて、2人のオペレーターが告げた報告にミリアリアが涙を拭きながら安堵の声を零す

 

そんな緩み始めた空気に対してナタルが叱責する

 

「各員、気を抜くのが早いぞ!まだ事態は好転していない!敵の反応はどうなっている!?」

「ジン・ハイマニューバ1機とシグー2機が残っています!それ以外の反応はほぼ全滅して……ッ!ナスカ級がこの艦に砲撃しつつ接近してきています!」

 

その報告を聞いたマリューは敵の狙いを悟る

 

「私達を何としても地球に降下させないつもりね…至急、アークエンジェルが現地点から大気圏突入した場合のコースを確認して!!」

「た、大気圏突入?」

「分かりました!」

 

困惑するクルーもいる中、ブリッジの各員が大気圏突入コースのデータを洗いざらい調べて始める

 

「総員に通達!!これよりアークエンジェルは、敵の追撃から逃れる為にアラスカに直接大気圏突入を行う!!」

「艦長!?正気ですか!?この攻撃の中、大気圏突入などを試みれば敵のいい的になるだけです!!」

 

ただでさえ寄せ集めの人間で地球降下という危険度が極めて高い事を行うというのに、迫り来るザフトに背を向けてそれを敢行するなど、自殺行為以外の何物でもない

 

だからこそナタルは無礼を承知でマリューの決断に反対したのだが、覚悟を嘲笑うようにオペレーターが声を荒らげる

 

「第8艦隊と戦闘を行っていたモビルスーツ群がこの艦に近づいています!!」

「何!?第8艦隊は!?」

「反応は確認できません。おそらく……」

「──ハルバートン提督…」

 

理解出来てしまった現実にマリューは目をつぶって思いに耽ける。そして即座に気持ちを切り替えて、先ほど反対してきたナタルを含めた全員に言う

 

「このまま戦闘が長引けば長引くほど、我々がこの宙域から逃げ出す事は困難となる!180°転回!大気圏突入シークエンスへの準備を進めよ!!」

「やむを得ん…!総員、大気圏突入シークエンスへの準備を進めろ!砲撃手は敵の迎撃に専念しろ!」

 

絶望的状況が眼前に迫った以上、ナタルも反対意見を撤回して自分に出来ることを進める

 

 

 

上段から迫り来るストライクの剣撃を対ビームシールドで殴りつけることで弾き返す。斜めに傾いた機体の左肩に向かって黄色いビームサーベルを振るうが、ストライクもイージスと同じようにシールドで防ぐ

 

「くぅ…!」

「アァスラアァァァァァンッ!!」

 

憤怒の入り交じった雄叫びがスピーカーとアスランの鼓膜を揺らす

 

ジンを操縦していたパイロットの少女の言葉を鵜呑みにするならば、キラは前回の戦闘から先ほどまでずっと昏睡状態であったはずだ。1週間以上も寝たきりであったならば筋肉は大きく衰えるし、MSを動かす感覚も鈍るのが当然だ

 

しかし、今のストライクは昏睡から復帰したばかりの人間が操縦しているとは思えないほどの動きをしてくる。それどころか時間が経つ度に動きのキレが増す始末だ

 

「どけッ!今はお前の相手をしている暇はない!」

「どくものか!アークエンジェルを沈めさせはしない!」

 

白と赤の星が光を携えて何度もぶつかり合う

 

状況は僅かにストライクの方が押していた。キラと戦うこと自体に迷いがあるアスランと違い、ある意味で迷いが無くなったキラに軍配が上がるとは当然の結果といえる

 

『キラ、聞こえる!?』

「ミリィ!?アークエンジェルに何かあったの!」

『こっちに敵艦と敵モビルスーツが接近しているの!それで、アークエンジェルは現宙域より離脱、アラスカに直接降下を行うわ!』

「ッ!? この状況で大気圏突入を行うのか!?」

『あなたも早くアークエンジェルに帰還して!ビアッジ大尉は既にこっちに向かっているから、後はキラだけよ!』

「分かった!すぐに帰投する!」

 

そう伝え通信を切ったものの、キラの目の前にいるのはイージスに乗ったアスランだ。下手に逃げる姿勢を見せれば、逆にこちらが殺られる可能性がある

 

ダダダダダダッ!

 

極限の緊張が張り詰める睨み合いの中、突如側面から機関銃の弾がストライクを襲う

 

「くっ!別方向から!?」

 

PS装甲で実弾が弾かれる甲高い音を聞き流しながら攻撃方向に目を向ければ、ジンとジン・ハイマニューバが1機ずつストライクに銃撃していた

 

『敵は1機だ!』

『あいつを墜とせば足付きの守りは!』

「邪魔するなぁ!!」

 

増援に対してキラは2発のビームを撃ち込む。寸分もズレる事無くコックピットに命中した2機はそれだけで火を吹き上げながらバラバラに散っていく

 

不意打ちには驚いたものの、それはアスランも同じだったようでイージスが墜とされた2機の味方機を唖然とした様子で眺めている。それをチャンスと捉えたキラは、フットペダルを強く踏み締めて猛スピードでアークエンジェルに向かって飛んだ

 

「キラ!?お前ッ!!」

 

数瞬経って、キラの撤退をアスランが気づく。即座に墜とされた2機を見た後にアスランの中で湧いた気持ちは混乱と怒りだった

 

それほどキラはザフトの人間を殺すことに躊躇いがなくなり、それだけこちらに敵意を向けていることに他ならない。その事実はアスランの心に友情を裏切られたという気持ちと、同時に裏切った親友に対する怒りの感情を抱かせた

 

ピー! ピー! ピー!

 

しかしその時、警告音と共にエネルギーゲージに赤い「ALERT(警報)」の文字が浮かぶ。イージスのバッテリー残量の限界が近づいてきたのだ

 

「クソッ!こんな時に!」

『聞こえるか、アスラン』

「! クルーゼ隊長!?」

 

背後を見てみれば、アークエンジェルを追い掛けるように高速で移動するヴェサリエスの姿が見えた

 

『残念な報告がある。どうやら足付きは地球への直接降下を目的としたらしい。距離も考えればこのまま彼らを逃す事になってしまう』

「!? そんな!あれにはまだラクスが乗っているんですよ!」

『そこで、君とイージスの力を借りたい。幸い足付きはこちらに背を向けている。その隙に足付きのメインエンジンを破壊するんだ。そうすれば速度を落とした足付きは我々(ヴェサリウス)と交戦せざるを得なくなる。無理やり降下したとしても、足を失ってしまえば地球圏内での追撃も容易くなるだろう』

 

クルーゼの提案は先を見据えた最適解といえるものだった。だが同時にそれは、万が一過剰な破壊でアークエンジェルが地球の降下を失敗すればラクスも死んでしまうリスクの高い作戦でもあった

 

そんなアスランの心の迷いを感じ取ったのか、クルーゼは強い口調で諭す

 

『君がラクス嬢を助けたい気持ちはよく分かる。しかし、あの足付きをここで止めねば必ず今後の脅威になる。何よりアレを墜とそうと犠牲になった者達に報いねばならん…私の言っている事が分かるね?アスラン…』

「…了解しました……」

 

力なく項垂れてそう返答するアスラン。しかし次の瞬間には強い決意を持った表情でこう返す

 

「しかし自分は…自分は必ず、ラクスを取り戻してみせます!」

 

切れる通信。MA形態になってストライクとアークエンジェルを追うイージスを眺めながら、クルーゼは微笑みながら呟く

 

「若いな。しかし、それ故に扱い易い」

 

その言葉を拾える者は、忙しないヴェサリウスブリッジ内では誰もいなかった



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成層圏の攻防

ようやく低軌道会戦終わった…書きたいことあったからってダラダラと書きすぎちゃったな


エールストライカーの推進剤を目一杯消費させてアークエンジェルの元に急ぐキラ

 

地球に向かって前進するアークエンジェルの周囲には、第8艦隊と戦闘していたMS部隊が激しい攻撃を行っていた

 

「やめろ!それ以上彼女を傷つけるなぁぁー!!」

 

最悪のビジョンを想像したキラが喉を震わせて咆哮する。こちらに気がついて撃ち放たれるビームやマシンガンを最小限の動きで回避し、右手のビームサーベルでジンの胴体を焼き斬る

 

『い、いやだッ!死にたくな──』

 

ドォォォン!

 

「死にたくないなら、どうして出てきたんだ!!」

 

接触回線から伝わってくる断末魔がガラスのように砕け散り、破片がキラの心に突き刺さる。心の流血も厭わず、キラはアークエンジェルに近づきながら次の標的を狙う

 

「ゲイリーさんは既にアークエンジェルの中か…? ッ! そこ!!」

 

アークエンジェルに回り込み、陰に隠れていたジンをビームライフルで撃ち抜く。若干離れていたのが幸いしたのか、機体の爆発による損傷がアークエンジェルにはなかった

 

キラはストライクを甲板に着地させる。周辺には“ゴットフリート”や“イーゲルシュテルン”で撃墜されたザフト製MSの残骸が散らばっていて、中には焦げたパイロットスーツに包まれた炭の塊のようなものも発見した

 

「うっ…!」

 

思わず込み上げてきた吐き気を必死に抑え込む

 

この程度の苦しみ、フレイの痛みに比べれば、彼女の辛さに比べれば…そう思い込みながら自身の心を抑制する

 

しかし、それにより周囲の警戒を怠った代償を…

 

ドビュア!

 

ドオオン!!

 

「な、何ィ!?」

 

キラは、即座に支払う事になった

 

 

 

「第2メインエンジン、被弾!!」

「ビーム兵器による攻撃と思われます!」

「バカな!?ナスカ級の砲撃の射程には入っていないはずだ!!」

 

大気に触れつつあるアークエンジェル。揺れるブリッジの中で慌ただしくクルーが報告を上げるとナタルは不可解な攻撃に疑問を抱く

 

ノイマンが必死に舵を取ることで何とかアラスカへの航路を維持しながら地球へ降下するアークエンジェルだが、もし2度目の攻撃で更にメインエンジンが破壊されれば、航行能力が大きく低下してアラスカの直上まで辿り着けない。最悪摩擦熱でエンジンが全壊し、着地地点で立ち往生する羽目になる

 

レーダーによる探知でヴェサリウスの位置を確認し…そしてその過程である事実が判明する

 

「ナスカ級の前方にモビルスーツ…いえ、モビルアーマーを視認しました!これは、イージスです!」

「イージス…!確かにあれの高速強襲形態なら、この艦に近寄れる速さもエンジンを破壊したビームの火力も説明できる…!」

「ええいッ、ストライクは何をしている!?」

 

口ではそう言うナタルだったが、彼女は自分が思っている以上にキラに対する怒りを抱いていない。キラはつい先程まで昏睡していたのだ。むしろ良くここまで状況を維持したと褒めてやりたいくらいだ

 

そもそもの話、いくらストライクで幾度と戦果を上げたコーディネイターと言えど、寝たきりで重度の怪我人だった者を戦場に送るなど人道を無視した行動と言えよう

 

しかし、だとしてもストライクを出さねばならぬほどアークエンジェルは追い詰められているのだ。アークエンジェルが墜とされればストライクもキラを含めたクルー達も揃って宇宙の藻屑と化す。だからマリューを黙らせて(無論説得して)でもナタルはキラを出撃させた

 

「多少降下地点がズレても構わない!回避を優先しろ!」

「ッ! イージス、来ます!!」

 

だが、その決断も無駄だったのかもしれない

 

そう思わせる程イージスの行動は迅速で、スキュラも的確にエンジンに飛んで行き──

 

「ストライク!?」

 

しかし、ストライクが捨て身の盾となり、イージスとアークエンジェルの間に割って入ってきた

 

 

 

攻撃は正確だった。エンジン部のみの破壊だから足付きのクルーの被害も殆どないだろう。大気圏突入時特有の赤い膜も見える以上、下手に動く事もできない

 

作戦は順調だった…ストライクが割り込まなければ

 

「キラ!?」

 

イージスの装甲がフェイズシフトダウンしていく中アスランは目を見開いてその光景を見ていた

 

スキュラの火力に押し負けた盾は表面が飴細工の様に溶けており、そのせいでビームの衝撃を抑えきれなかったのかストライクも地球方面に吹き飛ばされていて…やがて重力が可視化したかの様に赤い膜がストライクに取り付く

 

脳内に『焼死』というワードが浮かんだ

 

「くそぉ!」

 

助けに行きたい。助けに行きたかった

 

しかしイージスのバッテリーはもはや枯渇寸前で、そんな状態で助けに向かっても黒焦げの死体が1つ増えるだけ。やるせない気持ちでコンソールに握り拳を叩きつける

 

「お、俺は……」

 

それでも助けに行くべきだというのだろうか。例え死ぬと分かっていても助けようとするのが親友なのではないのか。俺はキラを所詮その程度の関係だと思っていたのか?

 

気付けば、背後からヴェサリウスが近づいていた。通信が開き、仮面をつけた男が映る

 

『まさかこのような結果になるとはな…()()()()()アスラン』

「え…?」

『あれを見たまえ』

 

クルーゼに促されるまま、メインカメラでアークエンジェルの方を見る

 

「あれは…」

 

見れば、地球の重力に引っ張られるストライクに向かってアークエンジェルが前進し、保護壁になるように真下に移動してストライクを受け止めている様子が見えた

 

『報告ではストライクは様々な装備に換装する事が出来ると聞く。その有用性を考えば、ストライクを失う事は連合にとっても大きな痛手になるといったところか…』

 

しかし、おかげでこちら側にもチャンスが生まれたとクルーゼはほくそ笑む

 

『だが、その為にアラスカまでの航路を捨てたのは失敗だったな。少なくとも連合軍本部に直接降下されなければやりようは幾らでもある……アスラン、ヴェサリウスに帰投しろ』

「…分かりました」

 

結局ラクスを取り戻す事は出来なかった

 

しかし、キラが生きているかもしれないという事実は素直に嬉しかった。例え敵でも、例え刃を向けられても、やはり俺には墜とすことなどできる気がしなかった…

 

「死ぬなよ、キラ…」

 

親友が生きている幸運に祈る

 

それだけが、今のアスランがキラにしてやれる唯一の事だった

 

 

 

時は少し遡る

 

『テメェ、自分が何言ってんのか分かってんのか!?』

「落ち着いてください、ビアッジ大尉!」

『これが落ち着いていられるか!!』

 

ブリッジのマリューに向けて怒声が飛ぶ。ナタルが必死に宥めるも落ち着く様子もなく、画面越しにブルートの中で待機中のゲイリー(を演じるサーシェス)はマリューを必死に問い詰める()()をする

 

想像以上に熱量の籠った声は学生組を始めとする多くのクルー達を怯えさせ、マードックすらも直接ブルートから響いてくる声には萎縮せざるを得ない

 

()()()()()1()()()()にアラスカの降下を捨てるたァ正気か!?万が一ザフトの勢力圏内に落ちてみろ!ストライクどころかブルートやアークエンジェルも失う事にもなるだろうが!!』

 

そう、それが今、サーシェスが大音量で声を荒らげてる原因である

 

ストライクが艦のメインエンジンを守って地球に落ちたとアナウンスで聞いた時、サーシェスの脳裏にあったのはストライクを失った時の損失、その計算であった。本来MS単機での地球降下など自殺行為に等しい。MSの装甲では摩擦熱による摩耗に耐え切れず30秒と経たずドカンだが、『G』のPS装甲は高熱の摩耗『だけは』防いでくれる

 

摩耗だけ…つまりパイロットであるキラの事は一切気にかけていないのだ。機体が無事だろうと間違いなくコックピットは灼熱で焼かれ、良くて熱中症、最悪焦げた肉の塊と化すだろう

 

サーシェスにとって重要なのは自分の安全と依頼の遂行であり、そう考えるとこの状況はサーシェスにとっても決断を迫られるのだ。即ち、ストライクを見捨てて最短距離でアラスカに行く(ローリスク・ローリターン)か、回り道をしてでもストライクを助けに行く(ハイリスク・ハイリターン)か、だ

 

しかしだ。仮にストライクを助けに行き、降下先でアラスカに向かうまでにアークエンジェルとストライクを失ったら?ブルートさえあれば自分だけ逃げ延びる事など簡単だが、結果的に依頼は失敗となるだろう。もしそれでスポンサー(アズラエル)の機嫌を損ねれば最悪ブルートを取られかねない。流石のサーシェスもMS1機の為にアズラエル財団や連合を敵に回すのは避けたい

 

だからこそサーシェスからすれば、ストライクとガキ1人を助けに行くより、確実にアークエンジェルをアラスカに送り届けたいわけだったのだが…

 

「艦長命令です。ビアッジ大尉」

『ンなこたぁ分かってるっ!だがな、お前さんも艦長だっつうんならリスクとリターンを考えろ!ガキ1人とモビルスーツ1機、クルー全員とアークエンジェルに付け加えてラクス・クライン、どっちを取るべきか考えるまでもねえだろ!!』

「っ!!キラを見捨てろって言うんですか!?」

 

あんまりな物言いにサイが怒りの声を上げるが、サーシェスはハッキリと言い返す

 

『そうだ!!』

「なっ…!?」

『ストライクのガキもモビルスーツに乗った以上こうなる事は承知の上だろうが!それともなんだ!?俺達の為に戦った、ハルバートン提督や第8艦隊の犠牲を無駄にしろってのか!!』

「……ッ!」

 

それを聞いたマリューは「ビアッジ大尉はハルバートン提督達の死を目の当たりにしたからこそ、何としても犠牲に報いようとしているだけ」なのだと悟った。1度そう考えてしまうと、ビアッジ大尉を一方的に責めることは出来ない。いや、むしろ自分の考えの方が甘過ぎるだけなのだろう

 

マリューは小さく目を閉じて、かつての恩師(ハルバートン)の姿を思い浮かべる

 

「ビアッジ大尉…あなたの考えは分かりました…」

 

そして次に目を開けた時には…覚悟が決まっていた

 

「しかし、それでも私はキラくんを助けに行くことを選びます」

『何…!?』

「艦長!!」

 

その言葉を聞いたクルー、特に学生組の面子は眩いばかりの笑顔で喜んだ

 

「もしここに座っているのがハルバートン提督ならば、迷わずキラくんを助けるべく動くはず…だから私も、艦長として自分に恥じない決断をするまでです」

『ッ……! 勝手にしろ!!』

 

プツリとブルートからの通信が切れる。嵐が去ったかのように全員がホッと息を吐いた

 

「ラミアス艦長、ありがとうございます!!」

「お礼は後にしてちょうだい。…これよりアークエンジェルは航路を変更しつつストライクを回収!その後、地球圏への降下を開始する!」

「航路変更!大気圏突入に備え、耐熱ジェルの準備を進めよ!」

 

そして、アークエンジェルはストライクの真下に移動し、甲板でストライクを受け止める。ストライクが固定した事を確認すると、ナタルが指示を出す

 

「耐熱ジェル、展開!!」

 

艦底部から気化性の耐熱用融除材ジェルが飛び出しアークエンジェルの下部を包む

 

艦体の温度上昇を防ぎながら、大天使は母なる大地に向かって消えていった



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リベンジャー・アベンジャー

忙しなく整備員がMSデッキを駆け巡る。否、整備員だけでなく、アークエンジェルのクルーが地球への降下の最中、各所のメンテナンスや現在地の確認、ザフトの警戒など寝る間も惜しんで働いていた

 

そんな中、サーシェスは1人の少女が入っているジンのコックピットブロックの前にいた。内心では苛立ちを覚えながら

 

(ったく…コーディネイターが憎いくせにあの程度の戦場で戦意喪失とはな…ガキの子守りはこれだから嫌なんだよ)

 

サーシェスは過去に、多くの人間に教育という名の洗脳を施した経験がある。その経験上、何も知らない子供や凝り固まった価値観を持つ大人は御しやすいが、逆に中途半端な自意識や価値観を持つ人間は扱いにくいと理解していた

 

その性質上、フレイ・アルスターはむしろ反コーディネイター思想が強い…というより、嫌悪感や恐怖による差別が強かった為、それを憎悪にすげ替える事でフレイをコントロールしやすくしたのだ

 

しかし、先の戦闘でその憎悪が恐怖に戻ってしまったらしい。こうなるともう1度憎悪の感情を燃え上がらせるのは難しくなる。最も、やるのが()()()()()()()()()()()、だが

 

コンコン

 

「オイ嬢ちゃん、聞こえるか?」

『…………』

「今は地球に降下している最中だ。ザフトの連中は着いてきてねえ、そろそろ外に出てきたらどうだ?」

『放っておいてよッ!』

 

コックピットにノックしながらそう語り掛けるサーシェスに対して、フレイはMS越しに怒鳴る

 

『もうイヤ!なんであんな怖い所に皆出てこられるの!?正気じゃないわよ!』

「もう戦いたくないのか?」

『そうよ!!』

「そうか………パパの仇は諦めるのか」

『……ッ!』

 

その話題を出した途端、感覚ですぐ分かるほどフレイの雰囲気が変わった。分かりやすいガキだと内心邪悪にほくそ笑む

 

こういった仇を取りたがる人間の多くは、殺された肉親や友人、恋人に対して並々ならぬ思いを抱いている。その死者を思う優しさを利用してやれば、こんなに簡単な話はない

 

「戦いが怖いなら仕方ない。お前さんのパパはもっと『怖い』思いをして『殺された』訳だが、戦うのが嫌なら仕方がないなぁ」

『パパも…怖い思いを…』

 

そぉら見ろ。恐怖の味が憎悪という樽で熟成され、やがて殺意という銘柄の極上ワインが完成する

 

「ま、そう言うってんならお前さんとの契約はもう無しだ。モビルスーツの修理もあるんだ、いい加減そこから出とけよ」

『待って!』

 

コックピットから背を向けて離れようとした時、フレイは大声でサーシェスを呼び止める。ゆっくり振り返ってみるとハッチが開き、そこから目を腫らしたフレイが出てくる

 

「やっぱり…パパの仇を討ちたい…!私、諦めたくない…!」

 

言い放つフレイ。しかし、目を血走らせて歪ませるその表情は、他者から見れば血に飢えた悪魔のようにも見えた

 

そんな少女の姿を見てもサーシェスはブレることなく、文字通り悪魔のような笑みを浮かべた

 

 

 

宇宙の闇の中を漂う幾つもの巨大な砂時計。この巨大な建造物の集まりこそがコロニー国家“プラント”である

 

コロニー10基ごとに1市の役割を担っているプラントコロニー、その首都であるアプリリウス市。プラント最高評議会が置かれているこの市内、とある建物のとある部屋に、本国から召還命令を受けたアスランはいた

 

「連合第8艦隊の壊滅…しかし、これほどのモビルスーツと戦艦を失うとはな」

「申し訳ありませんザラ国防委員長閣下。全ては私の不徳の致すところでございます」

「構わん。第8艦隊の壊滅自体は悪い事ではない。何より奪取したモビルスーツ、その技術を解析すれば、我々プラントの更なる有利に繋がる」

「寛大な心遣い、感謝致します」

 

アスランは目の前にいる2人を見る

 

1人はアスランやイザーク達を率いるクルーゼ隊の隊長、ラウ・ル・クルーゼ。クルーゼ隊長は失態だと考えているようだが、あそこまでこちら側の意志を裏切ってきたナチュラルの愚かしさを見抜けというのは些か無理があるというものだ、とアスランは思っていた

 

そしてもう1人は、白髪で染まってきた頭髪をオールバックにしたような髪型の男。威圧感のある顔つきのこの男の名は“パトリック・ザラ”。プラント評議会国防委員長にして…“アスラン・ザラ”の父親なのである

 

ヘリオポリス襲撃から低軌道会戦までに起きた出来事を纏めた報告書を手渡し、口頭で当時の状況を更に詳しく説明するクルーゼ。20分程経った辺りで報告を伝え終える

 

「私から伝えられることは以上となります」

「ふむ、ご苦労、下がっていい…ああ待て、お前は残れ、アスラン」

「え?」

「分かりました。先に失礼致します」

 

パトリックに敬礼をするとクルーゼは背を向けその場から去ろうとし、その際にすれ違ったアスランに小さく耳打ちをする

 

「せっかくの親子水入らずの時間だ。ゆっくり楽しんできたまえ」

 

それだけ伝えると、クルーゼは退室したのだった。そこにはアスランとパトリックだけが残され、息苦しい沈黙が拡がっている

 

アスランの母親…レノア・ザラを『血のバレンタイン事件』で失ってから、パトリックはナチュラルへの憎悪を激しく燃やし、それ以来アスランとは赤の他人同然の冷めきった関係になっていた。今更どんな風に接すればいいのかまるで分からず、長い沈黙が続く中、パトリックが口を開いた

 

「ヘリオポリスの報告を受けて以来だな」

「はい、父上も壮健そうで何よりです」

 

固い口調、固いやり取り。とても親子とは思えない会話で、パトリックから親としての情を感じられないのもいつもの事のはずだった

 

だが…この直後、パトリックの雰囲気が変わる

 

「アスラン、連合のモビルスーツ使いに殺されかけたと聞いた」

「え…?」

「本当か?」

「…俺の実力が至らぬばかりに、良いようにしてやられました…」

「そうか…怪我はないようだな」

 

アスランは困惑した。普段の父であればここから感じ取れるのはナチュラル或いは裏切り者のコーディネイター如きに負けた事に対する失望のはずだ。しかし今のパトリックからは、何か…そう、かつて母と暮らしていた時の暖かい何かを感じ取れた

 

「父上…?」

「1年前、卑劣なナチュラル共の核攻撃によりユニウスセブンは崩壊し…レノアは帰らぬ人となった」

「…「血のバレンタイン」…」

「そうだ…!!あの日、私は妻を、お前は母を亡くした。いや、プラントに居る多くの者達が大切な人間を失った。その時に誓ったのだ。地球にへばりつくナチュラル共にこれ以上コーディネイターの栄光と繁栄を穢されてなるものかと!!」

「それは…」

 

かつてのアスランだったら分からなかったかもしれない。だが、あの青い『G』に乗った怪物のようなナチュラルの男と低軌道会戦で行われた卑劣な作戦…あのようにおぞましく、理不尽な死があっていいはずがないのだ

 

「父上…俺は、先の任務でこの世界の歪みを見つけました」

「歪み?」

「戦争を楽しみ、戦う事に悦楽を覚える狂人です。あの男がいる限りプラントの…この世界の未来はありません」

 

あの男は何としても殺す、そんな強靭な意志を息子から感じ取ったパトリックは喜んだ。ようやくコーディネイターとしての誇りに目覚めたと歓喜する

 

「そうか。ならば、次の任務の戦果も期待するぞ」

「はいっ!」

 

初めて父を理解出来たかもしれない。家族の温もりに飢えていたアスランにとってその事実は何よりも嬉しかった事だったが、それが戦争屋の引き起こした悲劇によって齎された結果だというのだから、皮肉な事この上ない

 

 

 

本来の正しい歴史から徐々に物語は歪に綻び、歪みは新たな破壊と再生を齎す

 

その先にどんな未来が待っているのか…それは誰にも分からない



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エンカウント

砂漠の表面を白く照らす月光。光り輝く星々の下で、まるで伏せた獣の4本脚を持つような砂色の戦艦が静かに息を潜めていた

 

艦橋から短い赤髪が特徴の褐色の青年が双眼鏡で遠くを見つめる。その先には砂漠のど真ん中に佇む、長い前足のような形が特徴の白い戦艦があった…アークエンジェルだ

 

「噂の大天使とやらの様子はどうかね?ダコスタくん」

「動きは特にありません。降下して間もないのでしょうし、報告通りメインエンジンが大破してる事で動くに動けないと言った所でしょうか」

「地上はNジャマーの影響で、電波状況が滅茶苦茶だからなぁ。彼女は未だスヤスヤとおやすみか」

 

“マーチン・ダコスタ”は後ろから掛けられた声にそう返す。その背後にいたのは、これまた焼けた肌の男がいた。鋭い眼光には歴戦の軍人でなければ醸し出せない凄みがあり、ダコスタの口調からも人を動かす立場の人間であることが推測出来る

 

男は手に持ったカップに入っているコーヒーを啜る。そして目を見開く

 

「…む!!」

「ッ! どうしましたか!?」

 

男のただならぬ反応にダコスタが振り向く。視線の先にはカップの中身を真剣に見つめる男の姿があり…緊張が走る中、男は嬉しそうに破顔する

 

「いや、今回はモカマタリを5%減らしてみたんだがね…こりゃぁいいなぁ」

「は、はぁ…」

 

…どうやら、ただ自分のブレンドしたコーヒーの出来に満足してただけらしい。いつもマイペースな司令官殿だとダコスタは内心ごちた

 

しかし、そんな呑気な雰囲気を保ちながらも、男は一切の慢心も油断もせず、部下達に指示を出す

 

「さて、威力偵察と行こうじゃあないか」

 

 

 

一方アークエンジェル格納庫では、ムウがサーシェス、マードックと一緒に2つの戦闘機を見ていた

 

「ほう…これがハルバートン提督の用意してくれた新型の戦闘機か」

「『スカイグラスパー』…最新鋭の戦闘機としてもそうですが、こいつの最大の特徴はストライカーパックを装備出来て、前線で戦うストライクにパックの換装とバッテリーの補給をさせる事が出来る点ですね」

「所謂戦える補給艇と言ったところか。さしずめ、それを操縦する俺は配達人ってか?」

 

呆れたような仕草で肩を竦めるムウ。ガンバレルがほぼ半壊状態であり、そもそも宇宙用の“メビウス・ゼロ”が地上では使えない以上、このスカイグラスパーがムウの新たな搭乗機となる

 

「それに加えて様々な物資にも融通を聞かせてくれたようですしね…」

「ハルバートン提督様々だな」

 

サーシェスは茶化すように言う。それを聞いていたムウは、1つの話題を口にする

 

「…なあゲイリー、聞きたいことがある」

「なんだ?」

「地球降下の際にマリューに逆らったそうじゃないか…なんで坊主を見捨てようとした?」

 

おちゃらけた雰囲気から一点、ムウは厳しい視線でサーシェスに問い質す。ムウからしてみれば、あの時まだ民間人であったキラを見捨てたことが許せないらしい

 

それを聞いたサーシェスは一瞬考え込むも、その心を表情に出さないように努めながら、淡々と答える

 

「…言っとくが、あの時の判断を俺は間違ったと思っちゃいねえぜ」

「お前なぁ!!」

 

その何とも思ってなさそうな態度が癪に障ったムウはサーシェスの胸ぐらを掴もうとするが、寸前に手首を掴まれ阻止される

 

「ぐっ…!」

「ストライクを助ける為にこうしてアフリカ砂漠に落ちた訳だが、それだって幸運な方だ。もし険しい山岳地帯に落ちてみろ?着地すらままならず、全員お陀仏だぜ?」

 

そう、アークエンジェルが着地した地点はアフリカ砂漠のど真ん中。そしてアフリカ共同体という国家群は親プラント…つまりザフト軍が在中し、サーシェスの嫌な予感は見事に的中してしまったのだ

 

それでも先程サーシェスが言ったようにもし山岳地帯に落ちていれば、艦底をヤスリのように削られてから爆散して死ぬか、岩山部分に戦艦が剣山のように突き刺さってから死ぬか、そんな未来も十分有り得た

 

「それはッ」

 

最も、もしそうなってたとしても真っ先に脱出できるように、アークエンジェルに帰還してすぐにブルートのエネルギーを回復させていた訳だが

 

落ち着きを取り戻したムウの手首を離す。ムウはその場から去ろうとするサーシェスに向かって聞く

 

「お前は、一体何が目的なんだ…」

「ムウさんよ。目的なんて大層なもんはねえよ」

 

それに対してサーシェスは、飾らぬ本心を語る

 

「今も昔も、俺の生き甲斐は戦いだからな」

 

 

 

「うっ…」

 

瞼を薄らと開き、キラは目を覚ます。アークエンジェルのクルーに用意された部屋にあるベッドの上なのだと朧気な意識で理解する

 

服装はパイロットスーツではなく、ランニングシャツに長ズボンという簡素な物に変わっている。一体誰が着替えさせたのか、頭痛に苛まれながら起き上がると、傍から鈴を転がすような声が響く

 

「あら、目を覚ましたのですね」

「キラ、寝ボスケ、寝ボスケ」

「え…?」

 

長い桃色の髪に2つの三日月を合わせたような髪留め。一瞬誰か分からなかったが、回転し始めた頭がすぐに誰なのかを思い出させた

 

「ラクス・クライン…」

「はい、おはようございます、キラ様…いえ、今は夜ですわね」

 

不思議そうにクスクス笑う姿は非常に絵になる可憐さがあった。しかし、キラは自分の置かれていた状況を思い出してラクスに問い詰める

 

「アークエンジェル…!皆は!?皆は無事なの!?うっ…!」

「体を動かしてはいけませんキラ様。先程まで酷い熱だったのですから」

 

医師はキラの発熱を長時間高熱のコックピット内にいた事だと判断していた。だが実際は、アークエンジェル内の人間関係、肉体の酷使、自分自身を精神的に追い詰めている事によるストレスだということに誰もが気づけていない。キラ自身さえも

 

「フレイ…僕は…僕は、フレイを守らなくちゃいけないんだ…!」

「フレイ様を…?」

 

「フレイ」というワードにラクスが強い反応を示す。直後に頭に浮かんだのは自分を叩いたフレイが泣いている姿

 

目の前で起きたおぞましいまでの憎しみ合いを引き起こす原因を作った自分を非難するフレイの姿

 

医務室で叩かれたあの日から、ラクスの中には複雑な感情が渦巻いていた。そんな矢先にあの様な事が起こり、もはや自分でも何をどうしたいのか、考えれば考えるほど思考の海に溺れていくのだ

 

ビィー! ビィー! ビィー!

 

『第二戦闘配備発令!繰り返す!第二戦闘配備発令!』

 

だが、現実はそんな迷いを置き去りにする

 

「警報…敵が来たのか…!」

 

その警報を聞いてキラは真っ先に動き出す。自分が衰弱してるにも関わらず、戦う為に部屋から出ようとする

 

「待ってください。あなたはついさっき起きたばかりなのですよ?」

 

そんなキラの自殺行為に等しい行動をラクスは止めようとする。それでもキラは行こうとするが、出入り口の前にラクスが立ち塞がる。強い視線がキラを射抜く

 

「いけません。あなたが傷つく事を誰も望んで…」

「どいてくれッ!」

「キャ!?」

 

ラクスはキラが優しい人間であることを短い期間だが理解し、だからこそハッキリを意思を告げれば止まってくれる、少なくとも迷いはするだろうと思っていた

 

しかし、明らかに正常ではない瞳をしたキラはラクスの体を無理やり押し出し、容易く廊下の外に出て行ってしまった

 

「僕が守る…!僕が…!」

「あ…」

 

走る背中がどんどん遠のいていき、やがてキラの姿は見えなくなった

 

ラクスは再び後悔の念に囚われる。今、無理やり体を掴みでもすればキラは止まったかもしれない。しかし、頭の中で力尽くはダメだという考えがキラに出し抜かれる要因となってしまった

 

力ではダメ、でも想いだけでも止まってくれない

 

「わたくし…どうすれば良かったのでしょう…」

『認メタクナーイ!』

 

その独白は、ハロ以外には届かなかった



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涙する心

「ちょっと!私は待機ってどういう事!?」

 

格納庫でフレイの怒鳴り声が響く。彼女の怒りを受けているマードックは耳に指を突っ込みながら説明する

 

「だから言ってんだろ!嬢ちゃんが使ってたジンは今ダルマなんだよ!銃を1発撃つことはおろか、自分で外に出ることも叶わねぇ…あんま文句ばっか言うとまた中尉殿の怒りを買うぜ?」

「うう!」

 

フレイの我侭っぷりの噂を聞いていたマードックの言葉にフレイは怯む。フレイもこれ以上文句を言えばモビルスーツにすら乗せて貰えないかもしれないという罰を想像したらしい

 

ちなみに現段階におけるアークエンジェル内の高い役職の人間の階級は、ハルバートン提督と合流した時点で1段昇格している。だからマードックのいう中尉殿とは、フレイが苦手意識を持っているナタル本人に他ならない

 

手足のもがれた自身のモビルスーツを見ながら、フレイは憎しみを発散出来ない現状に舌打ちした

 

 

 

一方ブリッジでは、艦長席に着いたマリューが状況確認を“ダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世”に聞く。この度軍曹に昇格したCIC電子戦担当の軍人だ

 

「状況は?」

「第一波、ミサイル攻撃6発!イーゲルシュテルンにて迎撃!」

「砂丘の影からの攻撃で、発射位置特定できません!」

「第一戦闘配備発令!機関始動!フラガ少佐、ビアッジ少佐、ヤマト少尉は搭乗機にてスタンバイ!」

 

深夜だというのに、砂漠の夜は星と月明かりが砂地で反射してかなり見えやすい。有視界戦は問題なさそうだとマリューは判断する

 

「フラガ少佐とヤマト少尉は出られるか?」

 

ナタルが部下に問う。ムウは使える機体がメビウスではなく新型のスカイグラスパーの為、使いこなせるという意味で。キラは昏睡状態復帰後の戦闘から間も経ってない為、役に立つかという意味で

 

立つ立たないに関わらず行動するのが軍人というものだが、そもそもキラに与えられた階級は、軍の最重要機密であるストライクを民間人が動かしているという立場の悪さをどうにかする為にハルバートンが便宜を図った事で一時的に与えられた階級だ

 

ルールを重んじるナタルは強制徴兵する事は間違っていると考えている為、まだ返事を返していない彼は未だに民間人な訳だ。しかし、いつまでも民間人気分でいられては困るのも事実ではある

 

「アンチビーム爆雷装填!」

「5時の方向に敵影3、ザフト戦闘ヘリと確認!」

「ミサイル接近!」

「機影ロスト!」

「フレア弾散布!迎撃!」

 

考えている間も戦闘は続く。ヘリ相手ならまだどうにかなりそうね、とマリューが考える中、ミリアリアが担当する通信から声が響く

 

『敵はどこだ!?ストライク、発進する!』

「キラ!?待って、まだ…!」

『早くハッチを開けて!』

「まだ敵の位置も勢力も分かってないんだ。発進命令も出ていない!」

 

ナタルが叱責するが知ったことかとキラは言い返す

 

『何呑気なこと言ってるんだ!いいから早くハッチ開けろよ!僕が行ってやっつける!』

「…キラ…」

 

普段大人しい彼からは想像も出来ない荒々しさにミリアリアは呟く

 

「艦長!」

「言い様は気に入らないけど、出てもらう他ないわね。艦の方では小回りが効かないわ。ストライク、発進させて!」

 

マリューの許可が出たことを確認してから、ナタルはキラに指示を飛ばす

 

「ハッチ開放、ストライク発進!敵戦闘ヘリを排除せよ!重力に気を付けろよ!」

「カタパルト接続。APUオンライン。ランチャーストライカー、スタンバイ。火器、パワーフロー、正常。進路クリアー」

 

MSデッキからカタパルトに移されたストライクの右肩に複合兵装ユニット“コンボウェポンポッド”、背中に大型ビーム砲“アグニ”が装着される

 

「ストライク、発進どうぞ!」

 

最後の言葉をきっかけに、ランチャーストライクはカタパルトから飛び出した

 

 

 

「ぐぅ!?うううっ…!」

 

電磁力で急加速するリニアカタパルト。接続されたストライクに普段とは違う重力負荷が追加され、それが搭乗しているキラにも余すことなく伝わる

 

満天の星空の下に飛び出したストライクが砂漠の大地に着地する。しかし着地と同時にストライクの脚部が1/3ほど埋まり、ストライクの動きを阻害する

 

「砂に!?しかも足が…ふ、踏ん張れない!」

 

砂漠の砂地は乾燥し切っている為、想像以上にしっかり踏み締めることが出来る

 

しかし、それは歩く時に重心を変えられる人間や動物などの生き物だからこそ出来るわけで、最初から砂漠の移動を想定していない乗り物やMSでは砂地に足を取られる。ストライクの場合、コンクリートや土の地面を想定して脚を動かした為、地面に掛ける負荷が大きく砂地が歩きにくくなっているのだ

 

そうやって移動に四苦八苦している中、6機の青い影が姿を現す。4本の脚裏にある無限軌道(キャタピラー)で移動する獣型MS“バクゥ”がザフトの艦から発進したのだ

 

その内の1機が砂漠の上を高速で滑り、背部ターレットに装着した“ 450mm2連装レールガン”を発射し、ストライクに当てる

 

「あぁ!!」

 

衝撃にキラは空気を吐き出す。更に追撃を仕掛けようと近付いてくるバクゥだが、アークエンジェルの110cm単装リニアカノン“バリアントMk.8”が側面から直撃したことにより失敗に終わる

 

自身の体たらくになんてザマだと怒りを抱きながらもキラはこの隙にキーボードを取り出し、ストライクのOSを変更しようと試みる。戦場でのOS変更は初起動時に経験済みだ、僕なら出来ると鼓舞させる

 

「接地圧が逃げるんなら、合わせりゃいいんだろ!逃げる圧力を想定し摩擦係数は砂の粒状性を…!」

 

その時だ。アークエンジェルの右足が開き、そこから蒼く染まっていくMSが射出される

 

「ブルート!?マズい!」

 

キラの言うように、砂の大地に着地したのはアリー・アル・サーシェスが駆るMS『ブルート』だ

 

しかし腰部には(ブルート)の象徴とする特殊武器“ファング”を格納する為のサイドアーマーが外された、よりシンプルな見た目をしていた。色も加味すれば、まるでシールドを持っていないデュエルそのものだ

 

ファングは現状無重力下でしか使用できない武装であり(そもそも低軌道会戦で全てのファングを破壊されているが)、地球に降下した時点でブルートはその特殊性を失われた機体になっていた(それでも『G』そのものが規格外の機体ではあるが)

 

その事を知らないキラは、まるでブルートが修理もロクにせずに飛び出してきたように見え、加えて砂漠の地形に合わせたOSを組んでいないブルートではまともに動けないと判断したのだ。足首を砂漠に埋めたブルートに向かって回線を繋ぐ

 

「ゲイリーさん!伏せて!」

 

そう警告しながら、ブルートに飛び掛かろうとするバクゥにアグニの照準を合わせるストライク

 

ズガァ!

 

…だが、キラの不安は杞憂に終わった

 

「な…!?」

『そおらッ!!』

 

見れば、バクゥは飛び掛かった姿勢のまま重斬刀で胴体を貫かれており、ブルートはそのまま重斬刀を勢いよく振り回し、突き刺さっていたバクゥを他のバクゥに放り投げる

 

ガギャァン!

 

『ぐわあ!?』

『わ、悪い!大じょ──』

 

ドォォン!

 

それ以上先の言葉を喋ることをザフト兵は出来なかった。追撃のビームハンドガンによってコックピットを焼かれ、永遠に意識が途絶えたからだ

 

『あばよ、犬ッコロ!!』

 

一連の流れを見ていた、特に最前線で戦っているキラやザフト兵は驚きを隠せなかった。ブルートの足が砂に埋まっている以上、明らかにMSが砂漠地帯に適応してないにも関わらず、砂上で動けるように作られたバクゥを一蹴する動きを見せたからだ

 

(ゲイリーさんのモビルスーツのOSは、砂漠の上でまともに動けるように最適化されていないのにどうして…!?)

 

確かにブルートは、砂漠地帯に適応したOSが組み込まれていないMSだから確実に動きにくくなる。しかし、パイロットであるサーシェスは傭兵であり戦争屋だ。戦いの娯楽を求めて多くの戦場を渡り歩いた。砂漠のような乾燥地帯も例外ではない

 

そして、サーシェスの超越した操縦技術を持ってすれば…砂漠でよどみなく動く人間の動きをMSで再現するなど造作もないことなのだ

 

キラが硬直している間にもブルートはバクゥめがけてビームを撃つ。しかしいくら動けると言っても普段よりは動きが鈍り、結果バクゥにはすんでのところで回避されてしまう

 

“400mm13連装ミサイルポッド”から放たれるミサイルをイーゲルシュテルンで迎撃しながらサーシェスは舌打ちする

 

『チッ、流石に動きは向こうが速いか…』

『奴らは動けん!近寄らずに攻撃しろ!』

 

高速移動しながら遠距離攻撃に徹するバクゥ3機。そうこうしている内に、ムウが乗ったスカイグラスパーが出撃。同時に南西の方角から砲撃が飛び、アークエンジェルに着弾する

 

「アークエンジェルッ!!」

 

その光景を見た瞬間、キラの脳裏に過ぎるのは爆散するモントゴメリの姿……

 

 

パキィィィィン

 

 

直後、キラの中で『()()』かが弾ける

 

「やめろぉおおおおおっ!!」

 

組み換えている途中だった砂地適応OSを即座に組み上げ、ランチャーストライクは恐ろしい速度でバクゥを強襲する

 

『何!?』

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

迫るストライクを見たバクゥのパイロットは冷静に距離を取りながらレールガンをストライクに向ける

 

だが、ストライクはそれよりも素早くアーマーシュナイダーを取り出し、バクゥの右脚に投擲して足を奪う。動きが鈍ったバクゥにコンボウェポンポッドから吐き出された“350mmガンランチャー”の2連装ミサイルランチャーが突き刺さり爆発する

 

『よくもアルをォ!!』

 

仲間の仇を討つべく、攻撃の隙を突いたバクゥが後ろからストライクに飛びつく

 

「ッ!」

 

その奇襲を察したキラは反射的に振り向いてアグニの銃口をバクゥの土手っ腹に打ち付ける。そしてトリガーが引かれ、悲鳴を上げる間もなくパイロットはコックピットごと光の中で溶けた

 

『バカな!?バクゥがこんなに容易く!?』

 

状況を見定めていた残ったバクゥに乗っているメイラムが驚愕の声を上げる。片や動けない中最低限の動きで、片や急に動きが良くなって、それぞれバクゥを2機ずつ瞬殺したのだ。コーディネイターとしての自信が崩れそうなほど恐ろしい現実だった

 

「あと1機ィィ!!」

 

そしてその恐怖が、ストライクというMSに乗り移ってメイラムに襲い掛かる

 

『うわあああああああ!!』

 

メイラムは後退しながら化け物に向かって背部ターレットのミサイルを撃ち込む。イーゲルシュテルンで迎撃しながら“120mm対艦バルカン砲”を撃つキラだが、バクゥの機体スピードは速く、照準が定まらない

 

そこでキラはアグニとウェポンポッドをパージし、アーマーシュナイダーを握ってバクゥを追う

 

デッドウェイトが無くなった事でストライクの走行速度が大きく上がり、バクゥの近距離まで追いつく

 

メイラムはもっと早く逃げる決断を()()()()()()()。少なくともストライクがランチャーストライカーをパージする前に後ろを向いて全力で逃げれば、まだ命が助かった可能性があったかもしれない

 

だが、もはやその『たられば』に意味はなくなった

 

ドォン!

 

『うあああああっ!』

 

詰められた距離から撃たれた頭部のバルカンが、メイラムのバクゥの左脚を破壊する。減速したことで距離が縮まったストライクのマニピュレーターがバクゥを掴み、砂埃を上げながら砂漠の上で滑る

 

やがて揺れが止まった時、メイラムのメインカメラが捉えたのは…こちらに超振動の刃を突き立てようと左腕を上げる、トリコロールカラーのMSの姿

 

『あ……悪魔……!!』

 

ズガン!

 

その言葉を最期に、メイラムは肉体が人型である事すらも忘れて死んだ

 

 

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

滝のような汗を流しながら、キラは小さく呼吸を繰り返す。頭の中にあったのは、接触回線で聞こえてきたメイラムの最期の言葉だった

 

「悪魔…僕が…悪魔…?」

 

アークエンジェルからの呼び掛けをも無視して、キラはそのワードを反芻する。シートにもたれ掛かりキラは呟く

 

「仕方ないじゃないか…皆、皆に死んで欲しくないから…だったら、だったら僕が戦うしかないじゃないか…」

 

目元を覆う腕の下から涙を零しながら呟く

 

「来なければ…殺さなくて良かったのに…」

 

キラは静かに泣いた。誰にも悟られないよう、嗚咽も漏らさず孤独に泣いた



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明けの砂漠

結論から言えば、敵の迎撃は成功した

 

敵モビルスーツ、戦闘機を墜とした後、スカイグラスパーが砲撃の方向から敵の陸上戦艦“レセップス”

を確認。そのままザフト軍は撤退していった

 

敵母艦の確認を通信で聞いたサーシェスは、動けないブルートの中で(くつろ)ぎながら小さく呟く

 

「“砂漠の虎”アンドリュー・バルトフェルドか……いきなりとんでもねえ大物が仕掛けてきたもんだなぁ」

 

そうやって呑気にMSの回収班を待っていると、遠くから砂塵を巻き上げてこちらにやってくる小さな影を見つける

 

屋根のない大型のバギーカーが影の正体であり、そこには武装した集団が乗っていた

 

「ありゃあ、レジスタンスか?」

 

集団の正体にサーシェスは当たりをつける

 

そして、バギーに乗っているゴーグルを着けた金髪の子供の姿を見つけて、サーシェスは言う

 

「こいつァ使えるかもしれねぇな…」

 

アークエンジェルに向かって声を出している連中の様子を見て、妙案と言わんばかりに笑みを深めた

 

 

 

アークエンジェルは現在、岩山で出来た谷間のような場所に身を隠していた。狭いが故に戦艦を隠すのには少し難があるが、だからこそザフトから逃れるのにはピッタリだった

 

そしてストライクやブルートがMSでなければ運べない物を動かしている中、マリュー、ムウ、ナタルの3人は峡谷に隠されたレジスタンス『明けの砂漠』の前線基地に招待されていた

 

「ひゃ〜、こんなとこで暮らしてるのかぁ…」

 

岩と石と砂、そして少々の文明機器に囲まれた隠れ家の内部を見てムウが感嘆の声を零す

 

俺じゃ我慢できんね、と思っていたところを頭に緑色のバンダナを巻いている明けの砂漠のリーダー“サイーブ”が、顔半分ほどが隠れる髭を撫でながら言う

 

「ここは前線基地だ。皆家は街にある…まだ焼かれてなけりゃな」

「街?」

「タッシル、ムーラン、バナディーヤから来てる奴も居る。俺達は、そんな街の有志の一団だ。コーヒーは?」

 

そう言って湯気が立ち込めるカップを3つ、木製机の上に置く

 

「ありがとう」

「好きなの使いな」

「ぁ……(ふね)のことも、助かりました」

 

礼を言うマリューの姿にサイーブも頷く。そして皆の視線は、部屋の角の壁に背中を預けた、明らかに不機嫌な顔と雰囲気をした金髪の少女に集まった

 

「彼女は?」

「…俺達の勝利の女神」

「へぇ〜…で、名前は?」

「……」

 

ムウが問い掛けるが、サイーブは黙りこくる

 

「ん?女神様じゃあな、知らなきゃ悪いだろ」

「…彼女は…」

「カガリだ」

 

サイーブの言葉を遮って少女…カガリが答える。その鋭い目付きが連合軍の3人を捉えて、少しするとまた不機嫌な顔でそっぽを向く

 

初対面の相手にしてはあんまりな態度に、思わずムウが聞く

 

「…俺達、なんかしちゃった感じ?」

「いや、あんた達というより…あの蒼いモビルスーツを見てから急に機嫌が悪くなってな」

「ブルートを?」

 

疑問符を浮かべる3人の態度は当然と言えるだろう。ストライクを含めたMSそのものならばともかく、ブルートだけピンポイントに悪感情を抱くなど訳が分からないのだから

 

「よお、悪ぃな、遅れちまって」

 

そう考える中、アリの巣のように広がるいくつもの通路の内の1つからサーシェスが姿を現す

 

「噂をすればなんとやらか」

「あん?」

「なんでもない。それより随分遅かったな」

「あぁ、フレイの嬢ちゃんに使わせるモビルスーツを拾ってたら遅れてな。ストライクが墜としたバクゥも傷が少ないから修理に手間は…」

「ちょっと待て」

 

サーシェスが遅れた経緯を話していると、そっぽを向いていたカガリがいきなり話しかける

 

「使わせるモビルスーツだって?まさか敵が使っていた兵器をそっくりそのまま使うのか!」

「そうだが、それが何か問題か?」

「あるに決まってるだろ!虎の使っていた武器を使うなんて、自分達では勝てないと言っているようなもんだ!そんな方法で勝って本当に虎に勝ったって言えるのかよ!」

 

マリュー達は一瞬何を怒られているのか分からなかったが、要約すればカガリは連合やレジスタンス(比重は後者が圧倒的に多いが)の仇とも言える敵MSを平然と自軍に加えようとするサーシェスの態度が気に食わなかったらしい

 

しかし、サーシェスからすればカガリの言い分は理想論ですらない幼稚な言い掛かりに過ぎない。どれだけ生き汚かろうと最後の最後まで生き延びて相手を殺せば勝ちだ

 

勝てば官軍、負ければ賊軍。死んで負けた奴は死後も弄ばれるのがこの世の真理なのだから

 

「やめろカガリ、大事な客人だぞ」

「けどサイーブ!!」

 

サイーブが言い聞かせようと注意するが、少女は聞く耳を持たない。ため息をつきながらサイーブは前に出ようとして、しかしサーシェスの行動がそれを遮る

 

「お前さんの言い分はよぉく分かった。けどよ、それを言い出したらキリがないぜ?アンタらも同じことをしてるんだからな」

「ふざけるな!我々はモビルスーツを使ってなんか」

「そのアサルトライフル」

 

指を指した先にあるのはカガリが携行している短身の銃器

 

「そいつァプラントの軍需企業“プレアデス”が開発した携行型突撃銃“P22A3 Alcyone(アルキオネ)”だ。1年程前にモビルスーツが主要兵器になり始めてからプレアデスを含む多くの軍需企業が合併・吸収され、製造された武器の多くが裏ルートでばら撒かれた…」

「あ、有り得ない!そんな、そんなバカな話が!」

「大事なお国を奪っていった連中が造った武器を片手に、お前さんらはレジスタンスに勤しんでた事になる」

 

サーシェスの話を聞いたカガリは全力で否定する

 

だが、かつてヘリオポリスで見た、()()()()()()()()()()()()が連合と共同して開発していたMS(ガンダム)の存在がカガリの中で強い猜疑心を生み出していた。もしかして、まさかだが有り得るのではないか?という疑念が脳裏に過ぎる

 

それでも、そんな馬鹿げた現実から目を背けるように、カガリは大声で叫ぶ

 

「嘘だ…!そんな話、嘘に決まってるッ!!」

「ああ、嘘だぜ」

「デタラメな事───え?」

 

しかし、その叫びをあっさり覆す事を口にするサーシェス

 

カガリは一瞬訳が分からないといった表情で硬直し…そしてある程度時間が経つと、サーシェスにからかわれたのだと理解して顔を真っ赤に怒り出す

 

「お、お前ぇ!!」

「フハハ!こんな分かりやすい嘘をあっさり信じるたァからかいがいのねえ嬢ちゃんだな!」

「このッ!」

 

追い打ちをかけるように言い放つサーシェスにカガリは掴みかかろうとするが、上体を反らすだけの動きでサーシェスは容易く躱し、次々やってくる華奢な手を指先ひとつ掠めることなく回避し切る

 

「躱すな!!」

「殴られるって分かってて躱さねえわけねェだろ?そらそら、ここだここ」

「〜〜〜〜〜ッ!!」

 

煽られてより猪突猛進気味になるカガリを翻弄し続けるサーシェス

 

最低限の動きだけで、しかも周囲の備品に欠片も触れさせず動き続けるサーシェスは息切れ1つしておらず、逆に終始追い掛けているカガリは息も絶え絶えといった様子になっていた

 

「カガリ!!いい加減にしろ!」

「うっ…!」

「ビアッジ少佐も煽らないで!!」

「っと、これ以上はマズイか」

 

そんな2人にサイーブとマリューが叱責の声を上げる。一方は怯んで、もう一方は自主的に止まる

 

しかし行動を止めたからといってカガリの怒りはちっとも収まらない。真正面からサーシェスを睨みながら、カガリはハッキリとした口調で言い切る

 

「お前みたいな人を騙す大人、大ッキライだ!!」

「そいつァ残念だな…俺はガキが好きだぜ?」

「ほざけよ!!」

 

捨て台詞を吐いてカガリはその場から去っていった

 

そんな少女の背を見ながら、サーシェスは心の中で言葉の続きを紡ぐ

 

(飯の種になるからなァ…)

 

 

(なぁ?カガリ・()()()()()()さんよ)

 

その時のサーシェスの顔は、面白いおもちゃを見つけた子供のように、いっそ残酷と言えるほど笑っていた




正直、自分でもカガリが怒ってる理由があまりにもめちゃくちゃなんじゃないかと思ってて書きました。やっぱり繋ぎの話は考えるのが大変だなぁ…


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少女達の激情

カガリが部屋から退出したちょうど同じ頃…アークエンジェルの足元で1つのイザコザが発生していた

 

「ねえフレイ!もうやめて!!それ以上続けたら、あなた本当に体壊しちゃうわよ!」

 

日が傾き始めた夕刻の峡谷。大声で止めるよう説得するミリアリアの視線の先には、フレイ・アルスターの姿があった

 

しかし、そこにかつてカレッジで注目を集めていた可憐な美少女としての面影はない。荒れた肌、ボサボサの赤髪、闇を煮詰めたようなグレーの瞳…まるで幽鬼のような変貌を遂げていた

 

ミリアリアの背後にはサイ、トール、カズイの姿もあり、特にサイはミリアリア以上に婚約者の姿に困惑していた

 

「フレイ…」

「…何よ。みんなには関係ないでしょ」

「友達を心配するのは当然じゃない!フレイ、宇宙(そら)で戦ってきてから何か変よ!!」

 

必死に訴えるミリアリアだが、再び憎悪を募らせるフレイの目に4人の姿は映っていない。自分を痛めつけるようなトレーニングを繰り返すフレイを無理やり止めようとするが…

 

「フレイ!お願い!」

「…邪魔しないでッ!!」

「きゃあ!?」

 

友人の制止を、フレイは暴力で返す。勢いよく身体を押されたミリアリアは砂の混じった大地に強かに叩き付けられる

 

「いったぁ…!」

「ミリィ!」

 

地面の上で痛がる恋人の姿を見てトールが駆け寄る

 

「フレイ!ミリィはお前の事を心配して…」

「余計なお世話って言ってるのが分からないの!?これ以上私の邪魔をするなら、アンタ達でも容赦しないわよ!!」

 

興奮した様子のフレイはサイに言う

 

「アンタと仲良くしてたのだって、パパが決めた婚約者だったから仲良くしてやったのよ!ちゃんとパパの言う通りにしてれば褒めてくれるって思って…そうじゃなかったら、わざわざ他人のアンタに甘えてやったりしないわよ!!」

「な…!?」

 

絶句するサイ

 

かつて自分に甘えてくる少女の姿はどこにもなく、それどころか嘘であるとすら断じられた。怒りよりも悲しみが湧き上がるほど衝撃的な宣告に、サイは静かに項垂れる

 

負の感情を吐き出したフレイはもう用はないと4人を振り切り

 

カツン…

 

「フレイ様…」

 

直後、ドレスのスカートをフワリと揺らしながら、ラクスがフレイの前に現れた

 

元々艦内でもハロのハッキング能力で自由に色んなところを出入りしていたが、彼女は脱走などの試みは行わなかった。それにプラント議会議長の娘でもある以上下手な扱いは出来ない

 

結果、軽い監視が彼女につくことになった。艦の外に出られているのもどこかで監視が見張っているからだろう

 

閑話休題(それはともかく)

 

突然出てきたプラントの歌姫に対して、フレイは意外なことにそこまで強い敵意をすぐに抱かなかった

 

あの惨劇を共に間近で見た親近か、惨劇のキッカケとなってしまった事に消沈していた姿に対する憐憫か、それとも…

 

そこまで考えてフレイは胸の奥の感情を抑え込む。相手は憎いコーディネイター、それも“エイプリルフール・クライシス”を扇動していた奴の娘なのだ、そんな気持ちを抱くのは無意味で無駄に他ならない

 

無視して通り過ぎようとするが、するとラクスが防ぐように前に出てきてフレイと相対する

 

「アンタ、邪魔よ」

「フレイ様、なぜあの様なことを言ったのですか?サイ様もミリアリア様も、純粋にフレイ様を心配しただけなのですよ?」

「だからなんだって言うのよ。アンタには関係ないじゃない」

 

そう吐き捨てるフレイに対し毅然とした態度で言う

 

「謝ってください」

「ハァ?」

「貴女は私が憎いのでしょう。だから貴女が私に何を思っても私は強く咎めるつもりはありません。…しかし、貴女がお二人にやった事は酷い事です。だからお二人に対して謝る責任が貴女にはあります」

「何よそれ?アンタに言われたからって謝るなんて冗談じゃないわ!まっぴらよ!大体さっきも言ったじゃない!アンタには関係──」

 

パァン!

 

フレイの端麗な顔が横を向く。左頬には赤い腫れて、ジンジンと痛みを放っている。サイも、ミリアリアも、トールも、カズイも、目の前で起きたことに一瞬唖然とした

 

──あのラクス・クラインが、フレイの顔に向かって思いっきり手で(はた)いたのだから

 

「いい加減にしなさい!!」

 

おっとりとした印象の彼女からは想像もつかないほど気迫の篭もった声が張り上げられる

 

「関係ならあります!サイ様達は艦の中で、今日という日まで色々な事を助けてくれました!貴女もわたくしをアスランに引き渡そうとしたあの時…わたくしを引っ張って命を助けてくれました!…皆様はわたくしの恩人です。その恩人が困っているならば助けてあげるのが、間違っているならばその道を正してあげるのがわたくしの出来る恩返しなのです」

 

俯いて小さく震えるフレイの前に立ち、ラクスはもう1度フレイに言い聞かせるように言う

 

「謝りなさい、フレイ・アルスター。貴女を大切に思ってくれる彼らの気持ちを蔑ろにしては…」

「……ったわね……」

 

しかし、そんなラクスの言葉を遮るように、叩かれた頬を手で押えながらフレイは呟く

 

そして上げた顔には…怒りで歪んだ表情があった

 

「よくも、よくもぶったわね……パパにもぶたれたことないのにッ!!」

 

バキィ!

 

複雑に絡み合った様々な感情が一気に爆発する。フレイは自身の真っ赤な髪を激しく揺らしながら、ラクスの顔面に向かって右拳を打ち付けた

 

「フレイ!?」

 

サイが驚きの声を上げる。ヒステリックなきらいはあったものの、こうも原始的な暴力を彼女が振るった事実にサイのみならず他の3人を思わず固まってしまう

 

ラクスが地面に倒れ伏すのを見ると、そのままフレイはラクスに馬乗りになり、両手で躊躇なく殴りつける

 

「アンタ達コーディネイターが悪いんじゃない!!全部、アンタ達が!!」

「やめろフレイ!!やり過ぎだぞ!」

「邪魔って言ってるでしょ!!」

 

サイが羽交い締めにしてフレイの動きを止めるが、華奢な少女のどこにそんなパワーがあるのか、拘束を振りほどいてサイの体を後ろに押し出す

 

グイッ!

 

そうして自由になったことで再び拳を振り下ろそうとするフレイだが、襟首を掴まれ思いっきり横に引っ張られる。唐突に横向きに引っ張られたことで姿勢を崩され、フレイもラクスと同様地面に横たわる

 

「このッ!」

 

パシィ!

 

「うッ!」

 

平手打ちが右頬を打ち抜く。見れば、先程とは逆にこちらにマウントを取ってくるラクスの姿があった

 

そこからはもう、小さい子供のようなケンカの始まりだった。相手に乗っかっては殴り、相手に乗っかられては叩かれ、しまいには髪を引っ張り合ったり頬を引っ張り合ったり…

 

お嬢様であるフレイもそうだが、淑やかさと優しさが絵になって飛び出してきたような存在であるラクスが取っ組み合いのケンカをするなど、目の前で見なければまず信じられない出来事である

 

予想外の光景にサイ達が唖然としている中

 

「おい、何やってるんだお前ら!!」

 

アークエンジェルを見に来たカガリが怒った様子でその場所に乱入してきた

 

「え…だ、誰?」

「そんな事はどうでもいいだろ!目の前で殴り合いが起きているのになぜ止めようとしないんだ!?お前達の仲間なんだろ!?」

「それは…」

 

サイ達は後ろめたさから目を伏せたが、ケンカを止めない理由には何となく気がついていた

 

そう考えてる間にカガリはフレイとラクスの間に割り込み、仲裁しようとする

 

「ええい、もうやめろ!これ以上無意味に殴り合って何になるってんだ!」

「邪魔すんじゃないわよ!!」

「どいて下さい!!」

 

だが、完全にヒートアップした2人を止めることは出来ず、同時に押し出された手で突き飛ばされる

 

尻もちをついたカガリをよそ目にケンカを続けるフレイとラクスの姿に、カガリ自身も顔色を怒りで染め始めた

 

「お前らぁ!!」

 

殴り掛かろうとするカガリをサイが羽交い締めにする。ジタバタもがいて逃れようとするが、フレイの時と違いサイの拘束を振りほどくことが出来ない

 

「この、放せコノヤロウ!」

「そっちまで殴り合いに混ざってどうするんだよ!?落ち着けって!」

「放せよー!」

「貴様ら!!何をしている!!」

 

ラクスを監視していた艦員が来ることもなく騒ぎがどんどん大きくなる中、戻ってきたマリュー達がその騒ぎに気づき、ナタルが声を張り上げる

 

「アルスター准尉!プラント国民とはいえ保護した民間人に暴行を振るうとはどう言うつもりだ!?事と次第によっては死罪も免れんのだぞ!!」

「私は…!」

「言い訳は無用だ!監視員、このバカを営倉に叩き込んでおけ!!」

 

タラップから降りてきた軍人2人がフレイの前に立つ。抵抗しても立場を悪くするだけだと悟ったフレイは振り向いてラクスを見て…少し経ってから男たちについて行くようにアークエンジェル内に消えていった



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フレイの共感

フレイがいなくなった後もナタルはさらに指示を飛ばす。ラクスを医務室に連れて行かせたり、カガリに余計なことをしないよう釘を刺す中、マリューはタラップの上を見上げながら言う

 

「降りてきたらどう?フラガ少佐」

「あらら、バレちまってたか…っと!」

 

顔を出した気さくな男を見てため息を吐く。素早くタラップから飛び降りたムウにマリューは聞く

 

彼ら(監視員)を止められるのは私達を除けば先に行った貴方しかいないわ。…ねえ、どうして2人を止めなかったの?」

 

そう、本来ならラクスが叩いた時点で止めに入るはずの監視係が動かなかった理由がこれだ。ラクス、そしてフレイの問題行動をわざと見逃したムウに嘘は許さないと視線を投げかけると、ムウもまたため息を吐きながら言う

 

「以前、フレイが姫さんを叩いた話はしただろ?…先遣艦隊が墜ちてから、お嬢ちゃんは明らかに情緒が不安定だ。そんな状態で爆発した感情を中途半端に止めたら、この先、発散されなかった気持ちが取り返しのつかない形で暴走すると思ったんだよ」

「だから見逃したと?」

「姫さんの方が先に手を出したのには驚いたがな。もちろん、本当にヤバいと判断したら俺自ら止めに行ったさ…俺達は戦争に関係のない奴らを戦いに巻き込んでおきながら、自分達のことでいっぱいいっぱいになってロクにメンタルケアもしてやれなかった。キラの奴を見たか?寝たきりになってから、ずっと飲まず食わずで痩せこけているのにギラギラした目をしてやがった」

「ええ…危ういわね…」

 

無論、間が悪かったという意見も出るだろう

 

寝たきりから目を覚ました時は低軌道上での撤退戦の最中、その後の気絶から目を覚ませば砂漠の虎の襲撃と、ほんの僅かに休む間もなく戦闘が起きたのだ。しかもキラの力が無ければ無事でいられなかった事を考えると始末が悪い

 

しかし、それを言い訳に正当性を主張するのも間違っているとマリュー達は理解していた

 

「俺達が出来るのは、せいぜい自分自身の心を整理しようとするあいつらの邪魔をせず見守ってやることくらいだ…ほんとロクな大人じゃねえぜ、俺って奴は」

「それを言うなら私もよ」

 

キラ…いや、キラとキラが守ろうとするサイ達の存在がなければ、ストライクだってヘリオポリスの時点で破壊或いは奪われていた可能性も十分にあった。そうなれば連鎖的にアークエンジェルも轟沈していただろう

 

「ま、後は若い奴らに任せて、俺達は艦の中に戻るとするか」

「待ちなさい」

 

気兼ねなくなったとタラップに登ろうとするムウを呼び止めるマリュー。振り向くとそこには美人艦長の眩い笑顔がムウの目には映っていた…いっそ、寒気を感じるほどに

 

「あなたの理屈はよく分かったわ…でも、艦の中で不和を残すような事態を見逃したあなたを放置したままじゃ、部下達に示しがつかないし艦長としても見過ごせないわ」

「マ、マリュー?」

「というわけで、あなたには3日間トイレ掃除の罰を与えるわ。もちろん、1人で全部やるのよ」

「ちょ、ちょっと待てよ、俺はむしろ皆が仲良くできるようにだな…」

「やるわね?フラガ少佐」

 

その氷の笑みはどこまでも恐ろしく、美人な分感じる恐怖も倍増だった

 

「…了解しました、艦長殿…」

(女って怒らせたら(こえ)えな…)

 

フレイ、ラクス、そしてマリューの姿を思い返しながら、力なく敬礼するムウであった

 

 

 

時は経過して夜…

 

「痛った…」

 

営倉に入れられたフレイは砂埃で汚れた身体に不快感を覚えながらも、張られた頬や引っ張られた髪の痛みに呻きながら膝を抱えて寝転がっていた

 

「…なんなのよ、アイツ…」

 

思い出すのはこの(ふね)に乗っているプラントのコーディネイターの事だ。父を目の前で失った自分と違って、ロクに辛い思いもしてない能天気な箱入り娘の癖に、自分を引っ叩いて説教してきたのだ

 

「…………」

 

愛されることがあった。羨まれることがあった。妬まれることがあった。叱られることもあったし気持ち悪い視線を受けることもあった

 

でもあんな風に叩かれて怒られることなど、今まで1度も経験したことがなかった

 

「ママがいないからかな…」

 

フレイには、フレイを産んで間もない時期にこの世から去った母親がいた。原因は当時急激に広まった流行病(はやりやまい)である

 

『S2型インフルエンザ』。C.E.56年にS型インフルエンザが突然変異したウイルスであり、従来のワクチンが通用しなくなった結果、多数の死者が出てしまったのだ

 

この多数の死者の中にはコーディネイターの存在が確認されないと報道され、結果、ナチュラルが「コーディネイターによる陰謀」と噂し、断定。C.E.58年にプラントから増産したワクチンが地球に供給されるも、身体が丈夫で疾患に罹りにくいが故に薬学に関する研究がナチュラルよりも遅れているコーディネイターがあっさりとワクチン開発に成功した事は、余計に一部ナチュラルからの上記の噂が真実なのではないのかとの疑念を煽ってしまうのであった

 

家族が1人もいない悲しみに暮れる中、カタリという音が背後からなる

 

「フレイ様、ご夕食をお持ちしました」

 

そして聞こえてきたのは忌々しい女の声。勢いよく振り向いてみれば、格子越しにラクス・クラインの姿が見えた。格子の隙間からサンドイッチの載っている皿が中に入れられている

 

「…アンタ、何のつもりよ」

「…わたくし、罰を受けましたの」

 

口元の横に貼られたガーゼが痛々しく歪む

 

「保護した民間人とはいえ今回はやり過ぎだと艦長に怒られてしまいまして…その罰として、フレイ様に食事を持っていくようにと頼まれました」

「何が罰よ。元を辿ればアンタが引っ叩いてきたのが原因じゃない」

「…感情任せに叩いたことは謝ります。ですが、あそこまでしないとあなたが話を聞いてくれないと思ったのも本当のことです」

 

その凛とした表情や態度が気に食わなかった。

自分達(ナチュラル)とは根本的に違う生物なのだと見せつけられているようで、普通の少女らしいラクスを何度も見ていた分、そのギャップが非常に気持ち悪かった

 

「だったらなんだっていうのよ!?アンタが何を言ったって、アンタ達が殺したパパも…ママも帰ってこないのよ!?コーディネイターなんかに私の気持ちなんか一生分かんないわよ!!」

「お母様も…?」

「そうよ!私が産まれてすぐ、アンタ達(コーディネイター)が広めたS2型インフルエンザでママは死んじゃったのよ!もう私には家族がいないのに…!どうしてパパとママを奪ったコーディネイターはのうのうと生きているのよ!!だから許せないのよ!!」

 

フレイが語った両親の死に、ラクスは手を胸に当てて黙りこくる

 

「まさか、そんな…」

 

憎しみの炎が再燃してきた赤髪の少女は、なんとかこの女を殺せないものかと頭の中で考え込む中…

 

「フレイ様も…()()()()()()()()()()お母様を亡くされていたなんて…」

「………え?」

 

小さい唇から出てきた言葉に、思わず憎悪の火を鎮火させてしまった

 

「ちょっと…何、言ってるの…?アンタのママも、あのウイルスで死んだっていうの…?」

「はい、その通りです」

「デタラメ言ってんじゃないわよッ!アンタ第二世代コーディネイターでしょ!?だったら両親はどっちもコーディネイターのはず…ナチュラルにしか(かか)らなかった病気がコーディネイターに効くわけないじゃない!!」

 

そんな困惑した声に対してラクスは告げる

 

「いいえ、そもそもその認識が間違っています。お父様やそのお知り合いの方から聞いた話ですが…当時、S2型インフルエンザの脅威はプラント、地球問わずコーディネイターにも襲い掛かり、少ないながらも疾患者と犠牲者が出たそうですわ」

「でもおかしいじゃない!だったら何で『コーディネイターには誰1人感染してない』なんて報道されて…」

「お父様は、連合が民衆の世論を反コーディネイター思想に染め上げる為に報道規制をしたのでは、と言っておられました」

「……うそ……」

 

フレイの中の固定概念の1つがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。それほど、ラクスから聞かされた真実は衝撃的であった

 

頭の中では嘘をついているのだと言い聞かせるフレイであったが、1度その話を聞いてしまった以上、S2型インフルエンザの原因はコーディネイターだと決めつけることが出来なくなってしまっていた

 

それに…

 

(こいつも…私と()()で、病気でママが死んじゃって1度も会ったことがないのね…)

 

婚約者のサイにも、数少ない女友達のミリアリアにも、父親のジョージにも理解されなかった母親がいない事への孤独感。そんなフレイと似た境遇である少女がコーディネイターである事には思うところが大きくある

 

が、それでも、ただの憎い敵だと見れなくなるほどに、フレイはラクスに対して()()()()()()()()

 

「…………」

 

足元に置いてある皿に目をやる。卵だけ挟まれたサンドイッチを手に取って、口に入れて咀嚼する。相変わらず保存目的に大きくウェイトが傾いた不味い艦内食だ。ボソボソとした食感を飲み込む

 

「…ねえ」

「なんですか?」

「さっきの話…やっぱり変よ。連合はウイルスの事件をプロパガンダに利用したいから黙っていたのは分かるけど、じゃあなんでプラントは黙ってたのよ」

 

そう、ラクスの語る真実はそこが矛盾しているのだ

 

今の話を本当のことと仮定するならば、丈夫な肉体を持つ故に薬学関係が弱かったプラントがワクチンを開発出来たのも納得がいく。コーディネイターの未来が掛かっているのだから当然だ

 

しかし、それならば何故プラントのコーディネイターは自分達が疑われてでも真実を公表しなかったのか、それだけが理解出来なかった

 

「わたくしも詳しくは知りません。しかしお父様曰く、コーディネイター至上主義の者達がコーディネイターの優位性を維持する為にそれらの意見を封殺した…らしいです」

 

だが、ラクスが語ったあまりにもトンチンカンな理屈にはフレイも少しの間固まってしまった

 

「…何それ?たかがインフルに罹らないってだけでプラントが有利になるとでも思ったってこと?自称新人類が聞いて呆れるわね」

 

あまりにもバカバカしい理由にそう呟いたが、笑みも浮かべず顔を俯かせる姿を見るに向こうも思うところがあるのだろうとフレイは思った

 

「フレイ様は…これからどうするつもりですか?」

「…変わらないわよ。パパの仇を討つ為にコーディネイターを殺す…殺してやるわッ」

 

自分に言い聞かせるように言う。そうしなければ、この黒い感情がどこかに霧散してしまいそうだから

 

フレイがそう考えていると、急にラクスが格子の隙間から営倉に手を入れ、フレイの手を優しく包み込んだ

 

「ッ、ちょっと、何を」

「あなたは優しい人です」

 

拒もうとした手が動きを止める

 

「あなたはご自身のお父様を深く…深く愛していたからこそ、奪ったわたくし達(コーディネイター)を強く憎むのですね」

「……」

「しかし…だからこそ、その優しさをもっとサイ様達にも向けてあげてください。あなたは、あなたは…まだ、孤独ではないのですから」

 

本当に……こいつは意味が分からない。自分達を殺そうとしている相手に、どうしてここまで優しくしようと思えるのだろうか

 

何より、今はそれに気持ち悪さじゃなく…心地良さを覚えるのは何故なのだろうか?

 

これ以上知れば溺れてしまいそうな感覚から逃れるように手を払いながら、営倉の奥に引っ込む。横になって、もう話しかけてこないようにする

 

カチャリ

 

皿を拾う音と立ち上がる気配を背後で感じ取り……最後にあいつはこう言った

 

「おやすみなさい、フレイ」

 

その言葉を最後に、ラクス・クラインは営倉の前から立ち去り、完全に気配が消える直前…フレイは口を動かす

 

 

 

「おやすみ……ラクス」

 

 

 

この日フレイは初めて、父が死んだあの日の悪夢を思い出すことなく夜を過ごした




本作ではC.E.54年に起こるはずの「S2型インフルエンザ流行」が2年ズレてC.E.56年に起こったことになっています。フレイ、ラクスの母親の死因に関しても特に詳細な情報がなかった為こちらの都合のいいように設定させてもらいました。ご了承ください


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停滞の日々

「よう、曹長殿」

「どうも、少佐殿」

 

アークエンジェル後部…メインエンジン付近に位置するブロック内にてサーシェスはマードックに顔を見せに来ていた

 

「どうだ、エンジンの方は?」

「やっぱ損傷具合が酷いですねえ。資材はあるから修理する事は出来るが、短く見積もってもあと5日程はかかりますぜ」

「5日か…ならバルトフェルドが仕掛けてくるとしたらその間だな」

「怖いこと言わねえでくだせぇよ」

 

ジェスチャーを交えながらおちゃらけてみせるマードックだが、その目は笑っていない

 

メインエンジンが半分以上損壊していれば、多少の移動はともかく長距離航海や戦闘に大きな支障が出ることはクルーの誰もが気づいていた。特にアークエンジェルの修理も担う整備班はいかに不味い状況かを嫌というほど理解している

 

「整備班以外は仕事が殆どねえから艦長を含めアークエンジェルクルー達は大体が休んでいる…羨ましいか?」

「冗談でしょう?俺達が働かなかったらそれこそこの(ふね)の最期ですぜ」

「全くだ」

 

ちなみにその大体の中に含まれないムウ・ラ・フラガは今、トイレ掃除をしている真っ最中だった

 

「しっかしあの嬢ちゃん、随分軽い処罰を受けたと聞きましたよ?」

「ま、事が事だからな」

 

マードックのいう「嬢ちゃん」とはフレイ・アルスターのことに他ならない

 

そう、フレイとラクスの壮絶な大ゲンカから数日。営倉から出されたフレイは軍法会議に呼ばれ裁判の末に判決を受けたが、その処罰の内容は厳重注意、反省文と始末書の提出というとてつもなく軽いものだった

 

これに大きな反対意見を出したのがナタルだ。民間人への暴行は最悪死罪にも至る重大な軍規違反である。最低でも曹長への階級降格の申請と1ヶ月の謹慎処分が妥当だと断固として譲らなかった

 

それでもフレイの処罰がそれより軽くなったのには当然理由がある…アリー・アル・サーシェスの綿密な根回しがあったからだ。クライアント(アズラエル)経由で軍の上層部ともコネクションがあるサーシェスだからこそ取れる手段だ

 

結果、フレイは重罰を回避。無罪放免まではマリューも許さなかった故に軽罰が与えられた。ナタルはこの判決に最後まで歯噛みしていたが、1番複雑な心境をしていたのがフレイ自身であった事はサーシェスを含めて誰もが気づかなかった

 

喋りながらも手の動きは一切止まらないマードックを尻目に、サーシェスはMSデッキにいるであろう子供を思い浮かべながら、つまらなさそうに呟く

 

「あいつらももうちょい遊びがいがありゃあ良かったんだがなぁ…」

 

 

 

幾数もの緑光が矢となってストライクに降り掛かる

 

対ビームシールドで命を削り取ろうとする(やじり)を受け止めて光へと還元するが、恐ろしいことにそれら全てが囮であり、本命のビームがシールドからわずかにはみ出ているビームライフルや頭部を正確に撃ち抜く

 

「メインカメラが!?早くサブに切り替えを!」

 

視界が途切れた事実にキラは手早く動き、ストライクの各部に備わっている予備のカメラに切り替える

 

時間にして2秒も掛からず、キラとストライクの能力を考えれば戦場でも十分復帰可能な対処だ

 

…もっとも、サブカメラに切り替えた途端映った、こちらに向かってビームサーベルを振りかぶる藍色のガンダムが敵でなければの話だったが

 

「あ」

 

ブツンッ!

 

咄嗟に操縦桿を握り締めてももう遅く、気がつけばモニターに砂嵐が流れ撃墜判定のアラートが鳴る…これでキラ・ヤマトは累計『26回』死んだ

 

「ッ……クソゥ!!」

 

ガツン!

 

悔しさのあまり拳をコンソールに叩きつける。モヤモヤした感覚だけが胸の中を満たし、決して晴れることのない事実に苛立ちだけが募る

 

事の発端は、フレイがMSに乗っている事実をムウから聞いた事だった。それを聞いたキラはサーシェスに直談判しに行ったが…

 

 

『どういうことですか!?何故フレイをモビルスーツにッ!』

『本人たっての希望だ。ストライクの坊主には関係の無いことだと俺は思うぜ?』

『アルテミスで言ってたじゃないですか!民間人を巻き込むなんて軍人のしちゃいけないことだって!』

『巻き込むって意味ならすでに軍はお前さん達を巻き込んでいるがな。…フレイの嬢ちゃんを説得するなんてバカな真似はやめとけよ?嬢ちゃんの親父さんを守れなかったお前が言ったところで逆効果になるだけだ』

『ッ……!あなたに僕の何が分かるんだ!?僕は、僕はあの子のお父さんと約束したんだ!僕がフレイを守るんだ…僕が…!!』

『なら守ってやりゃあいい』

『何…?』

『嬢ちゃんが出る幕もないくらい、お前さんがガンガン敵を倒せばいい。そうすりゃ嬢ちゃんを守れるだろ?…手伝ってやるぜ』

 

 

そう言われて渡されたのはサーシェスの戦闘データ。聞けばフレイもこれを元にMSの操縦訓練をしていると言う

 

ゲイリー・ビアッジに対してそれなりに好感度の高いキラだが、フレイを戦いに巻き込んだことと前回の戦闘で敵兵に悪魔と呼ばれたことに対する反骨心。そしてザフトのMSを墜とせている戦果と自分がコーディネイターであることから生まれた自惚れが、シミュレーター訓練の難易度をフレイの最低ランクとは真逆の最高ランク、しかもジンではなくブルートで行うという行動を起こさせていた

 

…そして今、その思い上がりは真正面からへし折られていた

 

「どうして…どうして勝てないんだ!?僕に、何が足りないって言うんだ!?」

 

スペック上ではストライクとブルートのパワーは同じ、しかも地上ではファングが使えない分ストライカーパックを装備できるストライクが大きく有利なはずなのだ

 

だが、どれだけ訓練を繰り返してもキラはブルートに傷ひとつつけられない。エールならば技量で押し負け、ソードならば狙撃で近づけず、ランチャーならば一気に距離を詰められて負け続けた

 

コーディネイターとしての高い反射神経能力も操作技術も、その全てが悉く上回られる。本当に彼はナチュラルなのか、実は周囲も隠してるだけでコーディネイターなのではと何度も考えたほどだ

 

「僕は…フレイを守れるのか…?」

 

不安で今にも押し潰されそうになるキラ。静寂がコックピット内を包む中…

 

コンコン

 

いきなり聞こえてきた音にビクッと肩を跳ね上がらせる

 

コンコン

 

再び聞こえてくる音。まるでノックのように場違いなその音は、この数日間でよく聞いた()()だった

 

ハッチを開いて、外から流れ込んでくる新鮮な空気を吸う。外に出て左を見てみれば、そこには伏せの姿勢で格納庫に鎮座する修復されたバクゥと…バクゥのハッチ付近にいる2人の少女の姿があった

 

「あーもうっ!!本っ当に動かしづらいわねこのモビルスーツ!でもホバー移動じゃどうしても動きが単純になって読まれるし…」

「お疲れ様ですフレイ。飲み物を持ってきました」

「…貰っておくわ…」

 

癇癪を起こしながら容器に入ったドリンクを飲むフレイと、彼女に飲み物を提供したラクスの2人だ

 

キラとて、フレイとラクスが掴み合いのケンカをした事は数日を通して知っている。それ以前にもコーディネイターである自分やラクスを露骨に嫌悪していたことも知っている

 

それだけに、どこかギクシャクしながらもラクスからの交流を受け入れているフレイの様子には誰もが驚きを隠せなかった。当然キラ自身もだ

 

しかしキラは驚愕の感情に加えて、どこか2人の関係性に対して羨望の気持ちを抱いているのを自覚していた

 

(…アスランは…今頃どうしているのだろうか…?生きているのだろうか…?)

 

低軌道会戦で再会したあの時

 

泣いていたフレイの姿に激昂して本気で(アスラン)を殺そうとすらしていたが、熱が冷めてみればそのドス黒い感情には強い怖気さを覚えた

 

もう戻れないのだろうか?

 

月面都市コペルニクスで過ごした、親友とただ笑って過ごしていただけのあの頃には…

 

「キラ様」

「うわっ!?」

 

ラクスが話しかけてくる。感傷に浸っていたキラが驚いて声をあげると、ラクスは不思議そうに首を傾げる

 

「…どうかしたのですか?」

「い、いや…なんでもないよ。考え事をしていたんだ…」

 

そう言いながら、手渡された容器を手に取って冷え切った液体を喉に通す。フレイのどこか訝しげな視線に罪悪感を感じて顔を逸らすが、そんなキラを見てラクスは1つ勘違いをする

 

「やっぱり、フレイもキラ様も訓練に打ち込み過ぎです。街にでも出掛けて気晴らしをした方がいいと思います」

「ちょっと、アンタ何勝手に決めてるの。敵地にいるのにそんなのんきな事…」

「わたくしではなくてフラガ様が提案なさったことですわ」

 

 

『今の俺は見ておく事が出来ないから、ヒヨっ子共に何かあったら俺に伝えてくれよな』

 

『あ、これ俺が出した命令だから、あいつらが断ろうとしたらそう伝えといてくれ』

 

 

「…とおっしゃっておられましたわ」

「……あのオッサン」

 

きっとここにムウがいれば「オッサンじゃない!」と否定したことだろう。食い気味に

 

「ラミアス様達も日用品が足りなくなってきたから、許可を出す代わりに買い出しをしてほしいらしいです」

「それ、ただのパシリじゃない」

 

とは言え、日用品が足りなくなれば生活に支障が出ることになる。生活がままならなければ戦闘時にも問題が起きるかもしれない

 

フレイはラクスとキラの顔を交互に見ながら、小さくため息を吐いて

 

「分かったわよ…!行けばいいんでしょ!どうせ命令なら断れないし!」

 

優しく微笑むラクスに根負けしたフレイは、嫌々ながらも頷くのだった



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束の間の安息

あけましておめでとうございます

長らくお待たせしました最新話です


バナディーヤ。アンドリュー・バルトフェルドが本拠地とする砂漠に囲まれた大きな街であり、その街道をキラ達は3()()()歩いていた

 

キラが苦笑いを浮かべていると、自分の前で歩いている2人の少女の内の1人、フレイがツンとした顔で言う

 

「…なんでコイツと一緒に行かなきゃいけないのよ」

「ハ、ハハハ…」

 

そんなキラの顔には思いっきり叩かれた痕が残っており、不機嫌なフレイともう1人の存在を合わせれば、傍から見れば痴話喧嘩の直後のようにも見えた

 

フレイの嫌味たっぷりな言葉に、もう1人の少女…カガリがジロっとフレイを睨みながら言い返す

 

「この街の事をロクに知らないお前たちの案内をしてやるって言ってるんだぞ?虎の住処だから死ぬ可能性だってある。なんだその言い草は」

「ま、まあまあ」

 

これ以上彼女(フレイ)を刺激しないでくれという意味を込めてカガリを宥めるキラだったが、やや遅かった

 

「初対面で案内する相手を引っ叩くのがアンタのやり方?随分野蛮なレジスタンスの案内人ってことね?」

「あっ、バカ!虎の連中に聞かれたらどうする気だ!?」

 

『レジスタンス』というワードにカガリが焦りを見せる。自分や皆を野蛮扱いしたことにも真っ先に抗議したかったが、フレイが明けの砂漠内でも徹底されているNGワードを発したことのヤバさの方が上回ったのか、一旦怒りを飲み込んで叱責する

 

ちなみにフレイの言う「初対面の相手を叩いた」という話は、案内人として合流した際に再会したキラに詰め寄り、話の流れでキラがストライクに乗っていることを知ったカガリがキラを引っ叩いたことを指す。その理由はカガリにしか分からない

 

父を守り切ってくれなかったコーディネイターのキラに対してどこか複雑な感情を抱いているフレイだが、だからといっていきなりキラを殴ったカガリに良い感情を持つことがフレイに出来るはずがない

 

「アンタにだけはバカって言われたくないわよ!このバカガリ!」

「バカガ…!?い、言って良いことと悪いことがあるだろお前!!」

「お、落ち着いて2人とも!ここ街の中だから!」

 

そのまま掴み合いの口論にでも発展しそうなところで、キラが喧嘩っ早い2人を止める

 

そして不機嫌な雰囲気を隠さないまま、フレイとカガリはそっぽを向いて歩き出していった

 

(僕、気晴らしの為に街に来たはずだよね…?)

 

だと言うのに何故こんなに疲れなければいけないのだろう?

 

そんな事を考えながら、キラは2人の後を追うように走り出すのだった

 

 

 

同時刻、アークエンジェル格納庫ではちょっとした事件が起きていた

 

「やめろ坊主!お前じゃ無理だ!勝手に動かすとどうなるか…おわぁッ!?」

 

大声を上げて「それ」を止めようとするマードックだが、「それ」の誤った挙動から次に何が起こるか察したマードックは部下と一緒に退避する

 

ズシィン…!

 

「それ」の正体であるバクゥが壊れた玩具のような挙動で動いており、歩き出そうと踏み出した前脚が着地に失敗して、MSスーツの中で横転する

 

『うわあああ!!』

 

外部スピーカーから男の悲鳴が流れる。埃と工具を撒き散らして倒れ込んだバクゥの右前脚は衝撃で装甲が凹み、これは今日の作業は徹夜になるぞとマードック含む整備班はゲンナリとした表情を浮かべた

 

やがて騒ぎが大きくなる中、バクゥを無断で動かそうとしたパイロットは悔しさのあまり涙を流す

 

『クソッ!どうして!…どうしてフレイに動かせて俺には動かせないんだよ…!!』

 

涙と共に、サイ・アーガイルは心に溜まった毒を吐き出した

 

 

 

場面は戻ってバルディーナ…

 

買い物を終えたキラ一行はパラソルがつけられた丸テーブルを囲むよう椅子に座り、床に大量に商品が詰め込まれた紙袋を置いた

 

「やっと買い物が終わったわね、疲れた〜」

「なぁ〜にが「買い物が終わった」だよ。お前が化粧品とか探すから時間がかかったんじゃないか、こんな砂漠の街にある訳ないのに。しかも荷物持ってたのコイツ(キラ)だぞ」

「僕は気にしてないから」

 

苦言を呈するカガリだが、キラは持ち前の優しさと気の弱さ、そしてフレイに対する強過ぎる罪悪感からやんわりと彼女を庇った

 

「何よ、エリザリオの乳液とか化粧水とか探さなかっただけ大分ましでしょ?これでも相当我慢したのよ」

「エリ……なんだって?」

「…バカガリには分かんないか」

「あー!!また言ったなお前!?ここに来るまで何回それ言ったんだよこの……!!」

 

売り言葉に買い言葉で、カガリが立ち上がってまた喧嘩に発展しそうになるが、道中で叫び過ぎていたのもあって喉が渇いていたカガリはそれ以上の言葉を呑み込んで、ついでと言わんばかりにお冷の水を喉に流し込むように飲み込んだ

 

そうしている間にウェイターがキラ達のテーブルにやってきて、大きい生地の上にスライスした肉、レタス、輪切りのトマト一切れが乗った3人の前に置いていく

 

一風変わった料理の登場にフレイが呟く

 

「何これ…?」

「何だよ、お前ドネルケバブを知らないのか?」

 

誰が見ても嬉しそうなのが丸わかりのカガリは赤いチューブボトルを手に取りながら説明する

 

「この店で1番美味い料理さ!あー、疲れたし腹も減った。ほら、お前達も食えよ。このチリソースをかけてぇ…」

「──あーいや待ったぁ!ちょっと待ったぁ!ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ!このヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが!」

 

そうしてチリソースをかけようとした時、テンガロンハットを被ってサングラスを掛けた怪しい褐色の男が静止の声を上げた

 

せっかくの良かった気分に水を差されたカガリは、年頃の少女とは思えないドスの効いた声で褐色の男に威圧する

 

「ああ?」

「いや、常識というよりも…もっとこう…んー…そう!ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜だよ!」

「…何よいきなり…」

 

急に話しかけてきた男にジロっとした視線を向けるフレイ

 

「なんなんだお前は!見ず知らずの男に、私の食べ方をとやかく言われる筋合いはない!ハグッ!」

 

そう言うと素早い動きでケバブにチリソースをかけ、切り分けたケバブを一息に口に放り込む

 

「あ───なんという……」

「っんま────い───!ほぅらお前らも!ケバブにはチリソースが当たり前だ!」

「だぁぁ待ちたまえ!彼らまで邪道に堕とす気か!?」

「何をするんだ!引っ込んでろ!」

「君こそ何をする!ええい!この!」

「ぬぅぅぅ!」

 

赤と白のチューブボトルを持った2人が、テーブルを挟んで取っ組み合いを始める

 

互いに忌むべき相手を押し退け合いながら、好みのソースをかけようとした結果…

 

「あっ」

 

一言漏らしたキラの視線の先…赤髪の少女に配られたケバブにチリソースとヨーグルトソースがこれでもかというほどかけられた

 

先程までいがみ合ってた2人は赤と白に彩られたケバブを仲良く眺めて、そして…

 

「アンタ達、何すんのよ───!!!」

 

フレイはこれでもかと言うほど絶叫した

 

 

 

店の近辺で、怪しげな集団がキラ達を…正確にはキラ達に混ざった謎の男を見ている

 

「そろそろ始める時間だ」

「あのテーブルに居る子供は?」

「その辺のガキだろ。どうせ虎とヘラヘラ話すような奴だ」

『待ちな』

 

銃器を手に男達が動こうとした時、手元のトランシーバーから特徴的な男の声が響く

 

『虎の近くにいるガキ…おそらく赤髪と金髪の嬢ちゃんが混じってんだろ?』

「え?どうして分かったんですか、隊長?」

『そいつァ俺が虎を(おび)き寄せるために用意した囮だ。茶髪の男の方は使えるから怪我ひとつさせんじゃねえぞ』

「はぁ…」

『だが女の方はまとめて殺っちまいな…赤髪の奴はモビルスーツを動かせるからなぁ』

「何…!?」

「あのガキ、コーディネイターか!」

 

並々ならぬ殺意を、自分の皿を男の皿と無理やり取り替える赤髪の少女に向ける面々

 

「では行くぞ、開始の花火を頼む」

「ああ。魂となって宇宙へ還れ!コーディネイターめ!」

 

 

 

「いやぁ、悪かったね〜」

「ええ、まあ…ミックスもなかなか…」

 

フレイのワガママで皿を無理やり取り替えられたキラは、特に文句も言わず赤白のソースが混ざり合ったケバブを口にする。ちなみにフレイは明らかに不機嫌そうな顔で何もかけてないケバブを頬張っていた

 

そして男はキラ達の足元にあるたくさんの買い物袋を見ながら3人に問いかける

 

「しかし凄い買い物だねぇ。パーティーでもやるの?」

「五月蠅いな、余計なお世話だ!大体お前は何なんだ?勝手に座り込んでああだこうだと…!」

 

それに対し、この不審者のせいで要らぬ怒りを受けたと思っていたカガリは質問を拒絶する

 

『!』

 

しかしその瞬間、男の方は経験から複数の気配を、キラは戦場で否応なしに培われた感覚から殺気を感じ取った

 

「伏せろ!」

 

男は唐突にテーブルを自分達の盾となれるよう倒す

 

「うわっ!?」

「キャア!?」

 

その際、テーブルの上に乗っていた皿やコップの中身をフレイは頭から被ることになったが…テーブルを倒さなかった場合の自分の末路を知れば、この程度はずっとマシだったと考えるだろう

 

ダダダダダダ!

 

「キャァァー!」

 

直後、銃声と通りすがりの女性の悲鳴が往来に響く。テーブルを素通りした弾丸や跳弾が無関係の市民に命中する

 

「無事か君達!」

「な…なんなんだ一体…!」

「死ね!コーディネイター!宇宙の化け物め!」

「青き清浄なる世界のために!」

 

突然の出来事に混乱するカガリだが、銃を乱射する男達が口にする文言を聞いてその正体に気づく

 

「ブルーコスモスか!」

「ブルーコスモス…!?」

 

フレイはそのワードを聞いて驚く

 

ブルーコスモスの事が知らないわけではない。むしろよく知っているくらいだ。他でもない、フレイの父自身がブルーコスモスだったのだから

 

「うわぁぁ!!」

「構わん!全て排除しろ!」

 

考えている間に状況は一変する。キラ達を守った男が号令をかけると、周辺から現れた武装集団と一緒にテロリスト(ブルーコスモス)を蜂の巣にする。人がゴミ屑のように死んでいく様に吐き気を覚えるキラとフレイ

 

だが、キラとフレイと男達は、死に損なったブルーコスモスの一員が拳銃を向けていることに気づくのが遅れた

 

バァン!

 

弾丸はフレイの頭部に向けて一直線に放たれ

 

「ぐぅ!」

「えッ」

 

直前にフレイを庇ったカガリの肩を貫いた

 

「うう…!」

「カガリ!?」

 

そして、それを間近で()()()()()()キラが思い浮かべたのは、ストライクのモニター越しで見ていた人の死に様

 

「…! お前ェ!!」

 

護衛にと持たされた拳銃をホルスターから取り出す。激情に駆られたキラに躊躇はなく、()()()()()()()()()銃口から飛び出した銃弾は死にかけの男の右胸に見事直撃した

 

「ぐえ!」

 

ビクン!ビクン!と生々しく痙攣しながら、ブルーコスモスの男は怨嗟の篭った眼光でこう言い残した

 

「コーディ、ネイターめ……くたばれっ」

 

血を流して地獄に堕ちるブルーコスモス。それはターゲットの男とフレイに向けられた言葉だが、何も知らないキラは自分に向けられた言葉なのだと錯覚し、その怨みを受け止める

 

「…ぼ、僕が、やったのか?……うっ!」

 

あまりの呆気なさにキラは思わず唖然とし、そして思い出したかのように込み上げてくる吐き気に身を任せ、消化しきれてない胃の中のケバブを吐瀉物として地面に吐き出す

 

ストライクに乗った時とは違う、自らの手で殺人を冒した感覚に得も言われぬ不快感があった

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫なの…?」

「初めて人を殺したんだな、少年」

 

すると、サングラスの男がキラに近づき背中を優しくさする

 

「初めて人を殺せばこうもなる。例え『モビルスーツに乗って敵を殺した事があった』としても、な」

「! なんでそんな事を知って…」

「隊長!ご無事ですか!?」

 

何故キラがMSに乗っていることを知っているのか聞こうとした時、銃を持った若い男、ダコスタがサングラスの男に近寄る

 

「ああ、私は無事だ!しかし彼らを巻き込んでしまってな…怪我人もいる。案内するぞ!」

 

そして肩の痛みに悶えるカガリは、サングラスを取った男の顔を見て、思わず呟く

 

「アンドリュー・バルトフェルド…」

「え…?」

「砂漠の虎…」

 

カガリの視線を追うようにフレイはその男を…“砂漠の虎”バルトフェルドを見るのだった



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虎との邂逅

長い期間お待たせしてしまって大変申し訳ありませんでした

やっぱり繋ぎの話は整合性とかを考えないといけないから書くのが大変です


「キラ君達が戻ってこない?」

 

明けの砂漠でカガリの付き人をしている壮年の男性

“レドニル・キサカ”の言葉にマリューはそう返す

 

「ああ…時間を過ぎても現れない。サイーブ達はそちらに戻ったか?」

 

キラ、フレイ、カガリの回収には、“明けの砂漠”リーダーであるサイーブと同行しているナタルに任せている。今頃キラ達とは別ルートを使った物資の補給を行っている手筈だ

 

「いえ、まだよ」

「電波状態が悪くて彼らと直接連絡が取れない。連絡が付いたら何人か戻るように言ってくれ。市街でブルーコスモスのテロがあったのだ。だが、何をするのにも手が足りん」

「パル伍長!バジルール中尉を呼び出して!」

「はい!」

 

“ロメロ・パル”伍長にそう指示を出すと、マリューは眉間を揉みながら先程格納庫で起きた事件を思い返す

 

「全く、どうしてこう立て続けに…」

 

苦労を滲ませる声音で彼女はボソリと呟いた

 

 

 

そんなやり取りを陰で見張っている者がいる

 

(連中からの連絡は来ねえ…)

 

ザザー……と不快なノイズが手元のトランシーバーから響く

 

捨て駒(ブルーコスモス)の連中は尽く『虎』に始末されたのだろうが、厄介なガキ(フレイ)や戦争の火種になるガキ(カガリ)の抹殺、使えるガキ(キラ)の生存が上手くいったのかが分からなくなるのが捨て駒を使う上での面倒なデメリットだった

 

(まあ、ストライクのガキが死んだって別に構わねえ。そんときゃァまた別のモンを使えりゃいいさ)

 

駒はいくらだってあるんだからな──

 

周囲を確認してから通信機を踏み潰すと、それを砂の中に軽く埋めてからサーシェスはその場を去る

 

砂の山は砂塵ですぐに埋め尽くされ、証拠とサーシェスを結びつける繋がりは砂のように消え去った

 

 

 

一方、バルトフェルドによって自らのホームに案内されたキラ達は、それぞれの対応という形で歓迎を受けていた。フレイは汚れた服や体を入浴で綺麗にして新しい服を着せられ、カガリはそれに加えて肩の治療をされている

 

そしてキラは、ソファーに座りながら机を挟んで対面する名将バルトフェルドからコーヒーをご馳走になっていた

 

「落ち着いたかね?」

「はい…ありがとうございます。助けてくれて…」

「礼はいらんよ。むしろこっちは謝るべき立場だ。敵とはいえ君達のような子供を無関係な事柄に巻き込んでしまったのだからな」

「はぁ…」

 

そう言いながら「ンン〜♪」と実に機嫌が良さそうにカップに注がれたコーヒーの匂いを楽しみ、それに舌鼓を打つバルトフェルド

 

「このコクのある風味…コロンビアを6%足したのは正解だったね。しかしちょいと苦味が強いな……もう少しグァテマラを加えてみるかな?」

「ええっと…」

「どうした?遠慮しないで飲みたまえ」

「い、いただきます」

 

敵地にご招待された状態で喉が通るとは思えなかったが、そう促されたキラは恐る恐る、コーヒーを口にする

 

「うっ!」

 

しかし、口いっぱいに広がる苦味とそれがいつまでも続く感覚に思わずしかめっ面になる。感想も言わずそのままカップを置いたキラを見て、バルトフェルドは大口を開けて笑う

 

「ハハハ!君には大人の味は少し早かったかな?」

「アンディ」

 

そう時間が経っている間に、バルトフェルドに話しかける女性が現れた

 

黒く艶やかな髪を腰まで伸ばした不思議な雰囲気を醸し出す彼女は、他の女性より高い声音でバルトフェルドを愛称で呼びながら微笑む

 

「治療と着付けが終わったわ」

 

そう言うと、後ろから見知った2人が現れる

 

1人は翡翠のドレスを身につけた金髪の少女、カガリだ。不機嫌そうにバルトフェルドを睨んでいる

 

露出した左肩に巻かれた包帯が痛々しかったが、ちぐはぐながらも綺麗な所作を感じさせるカガリの姿に、思わずキラは「本当に女の子だったんだ…」などと結構失礼なことを考えていた

 

そして、キラはもう1人の少女の方に視線を向けて

 

「───」

 

瞬間、世界が止まったような感覚に陥った

 

鮮やかな紅色のセミロングは後ろで団子状に纏めていて、たったそれだけの違いなのに普段の彼女とは違って見えた

 

そして着ているものはカガリのドレスのような意匠が施されてない簡素なブラックドレスであり、しかしそれがフレイの白い肌や赤い髪の美しさを大きく引き立てていた

 

時間にして数秒も満たない僅かな間だったが、その間キラはずっと、息をすることも忘れてしまうほどその可憐な乙女に心奪われていた

 

「ちょっと…いつまで見てるのよ」

「あ……ご、ごめん!」

 

顔を横に向けてフレイを視界から外すと、次に映ったのはニヤニヤと笑うバルトフェルドの表情

 

「いやぁ〜似合ってるじゃないか〜。特に(フレイ)とか(キラ)の視線釘付けだったし、アイシャの見立ても中々のものだろう?」

「…コーディネイターなんかに褒められたってちっとも嬉しくないわ」

 

それは敵地のど真ん中に連れてこられたフレイの、バルトフェルド達ザフトに対する精一杯の強がりだった

 

当然バルトフェルドはその虚勢を見抜いているが、キラはその言葉を『キラを含めたコーディネイター全員に対して言った言葉』と捉えた

 

(バカか、僕は。僕はフレイを守るって約束してるのに…彼女をそんな風な目で見る資格なんて、僕にはないのにッ)

 

邪な感情でフレイを見てしまった嫌悪感が胸中で渦巻く

 

キラが必死に自分の中の煩悩や欲望を押しとどめていく中、黙りこくっていたカガリが口を開く

 

「お前、一体なんのつもりだ…?」

「なんのつもり、ねぇ…一体『何』のことかな?」

(とぼ)けるな!!敵である私たちをわざわざ自分の懐に入れて…余裕のつもりか!?そうやって私たちを見下しているのか!?」

「口を開かなきゃ可愛いお嬢さんのままなんだがねえ…」

 

大声で捲したてるカガリだがそこに迫力はなく、バルトフェルドも飄々とした態度を崩さない

 

「あと見下してるとは穏やかじゃない。もし見下されてると感じているなら、それは君たちが見下されるほど弱いのを自覚していることにほかならない…だろう?」

「お前…!」

「事実君たち(レジスタンス)にはこれといった痛手を負わせられてないわけだしね」

 

ナチュラルを軽視した発言に脳が沸き上がりそうになるフレイだが、それ以上に過剰な反応を見せるカガリの姿に少し冷静になり、掴みかからんとするカガリを抑える

 

「離せよ、オイ!」

「この前、私たちに返り討ちにされたくせに随分な言い草ね」

 

ここで暴れれば確実に自分たちは殺され、コーディネイターへの復讐など出来なくなる

 

サーシェスの過酷な訓練とラクスとの対話で耐え忍ぶ事を覚えたフレイは、衝動を皮肉に変換して、バルトフェルドに吐きつけた

 

「ハッハハハハ、言われちゃったな〜。でも、あれだけで勝ったと思うのは些か早計じゃないかな?」

「何を…」

「この戦争のことだよ」

 

バルトフェルドの目が真剣なものになる。先程までのおちゃらけた雰囲気は霧散し、歴戦の指揮官足り得る男がそこにいた

 

「アークエンジェルは新型なだけあって凄まじい戦艦だし、パイロットの(キラ)が乗る『G』と呼ばれるモビルスーツもシグーを圧倒できるスペックだ」

「どうして僕がパイロットだと…」

「モビルスーツの操縦には必ずナチュラルとコーディネイターで大きな差がつく。バーサーカーと言わんばかりのストライクの戦闘は間違いなくコーディネイター、それも戦闘中にモビルスーツのOSを対砂地用に書き換えるなど、相当能力が高いコーディネイターでないとできない。そしてさっき君が外で見せてくれた反応速度に射撃…これだけ判断材料が揃えば誰だって分かる」

 

3人はバルトフェルドの観察力と洞察力に舌を巻いた。そしてキラとフレイは、1週間にも満たない期間でそれだけ自分たちの情報を集めたバルトフェルドの諜報能力に恐ろしさすら感じていた

 

「話を戻そう。要するにどれだけの武力を持とうとただ相手を倒すだけでは戦争は終わらない」

 

淡々とそう述べるバルトフェルド。だがその言葉は、父親の仇討ちを望んでいるフレイからすれば到底許容できる話ではない

 

「だから戦うなって…話し合えとでも言いたいわけ!?ふざけないで!!私はパパを殺したコーディネイターを絶対に許さな──」

 

チャキ…

 

「!?」

「なら……殺し合うかね?どちらかが滅びるまで」

 

しかし、バルトフェルドが懐から拳銃を取り出してフレイに突きつけたことで、彼女の燃え上がった怒りが一気に冷え込む

 

「やめろ!!」

 

それを見たキラの行動は早く、キラもすぐさま拳銃を取り出すとフレイとカガリを庇うよう前に出て、バルトフェルドに銃を向ける

 

「この戦争はね…狂ってるよ。両方のトップが敵を滅ぼせば全て解決すると考えているのだからな。戦争はそんな単純なものじゃない」

「………」

「片やプラントの独立と貿易の自由、片や理事国所有のコロニーの返還と独立の否認…これらの要求を通させるか互いに納得できる妥協点を見つける、それがこの戦争の本来の目的であり、この為に私たちは命を懸けて戦っているのだ」

「目的の為なら戦争していいって言うんですか!?嫌なのに戦争に巻き込まれた人達だっているのに、それでも戦うんですか!?」

「間違えるな、戦争というのは本来最終手段に過ぎん。例え一方的に勝てたところで、勝った方も大きく疲弊せざるを得なくなるのだからな」

「…ッ…!」

 

我々も全員望んで戦っている訳ではない。言外にそう言われたキラは口を(つぐ)

 

そのバルトフェルドの言葉に、ずっと黙っていたカガリが言い返す

 

「なら、なんでこの国にお前たち(ザフト)は来たんだ!?親プラント国家だからって、プラントのコーディネイターがいたら余計この国を戦争に巻き込むだけだろうが!連合が関わってたせいで襲撃された、ヘリオポリスみたいに…!」

「カガリ…」

 

あの時、あの場所で、直接悲劇を見て悲鳴を聞いたカガリは徐々に勢いが弱くなりながらも言い切るがバルトフェルドは忽然とした態度を崩さず告げる

 

「この国を、ひいてはプラントを守る為だ」

「そんな事!!」

「…これ以上は平行線だな…」

 

バルトフェルドは拳銃を先に下ろす。自分の強さと勝利を疑う者ではまず行えない行動だった

 

そのまま部下を呼び出すとキラ達に視線を向けて、仲間たちの所に帰るように促す

 

「よく考えることだ。何故私たちがこの国に居るのか、私たちが居なくなればこの国がどうなるのか…それを考えた上で戦うというのであれば、相手をしてやろう」

「戦う…」

「偉そうに…!!」

 

その横では、アイシャがフレイ達の着替えが入った鞄を手渡す

 

「これ、あなた達の服よ。血もちゃんと落ちるように洗ったわ」

「…礼なんて言わないわよ」

 

キラ達は部下に着いて行くように部屋を出ようとするが、最後にバルトフェルドが質問をする

 

「ああっとそうだった!最後に聞いておきたいんだが…」

 

 

 

「アリー・アル・サーシェスという名前の男に心当たりはないか?」

 

 

 

「アリー……アル…?」

「…私は知らないわ…アンタは?」

「知るか!知っていても教えるもんか!」

 

怒った少女の言葉を締めに、3人は完全に去っていった

 

あまりに予想通りの反応(特にカガリ)に思わずため息を吐くバルトフェルドを見て、アイシャが問う

 

「アンディ、そのアリー・アル・サーシェスという人、一体誰なの?」

「アイシャ、僕はねえ、ずっと引っかかってる事があるんだ」

 

その質問をすぐには答えずに、バルトフェルドは恋人に言い聞かせるように告げる

 

「ストライクの強さはパイロットがコーディネイターの彼で、動きにもムラがあったから納得できる…ならばもう一体の方は?青い方の『G』は純粋な戦闘力に加え、明らかに老獪な動きを見せていた。あの動きは戦闘用に調整された若いコーディネイターにはできない…かと言って第1世代コーディネイターの能力じゃ、というか第2世代コーディネイターですら極一部の者にしかできない反応速度だ」

「そんな事をできる人が、その人なの?」

 

バルトフェルドは考える。ストライクを倒し、あの化け物(ブルート)をも退けて、アークエンジェルの中にいるお姫様を救うことが出来るのかと

 

「答えようアイシャ。アリー・アル・サーシェスはおそらく最強のナチュラルであり…そして紛うことなき、最低最悪の戦争屋だ」



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過去の亡霊

『少女たちの激情』でサイがカガリを止めた理由が、今更ながら不自然だと思ったので修正しておきました。あまり本筋には大きく関わらない事柄なので、気になる方だけ確認してください

それでは本編どうぞ


トラブルに巻き込まれながらも、なんとかキラ達はサイーブ、ナタル達との合流に成功する。その際にドレスを着ている2人の少女に驚きもしたが、細かい話は後ですることになり、そのままバギーに乗って砂塵の中に消えていく

 

それを遠くから見ている者達に気づかずに

 

 

 

空がオレンジ色に焼けている時間帯に明けの砂漠の拠点に戻ってこられたキラは、アークエンジェルのブリッジにいる艦長たちと情報共有すべく対面していた。ちなみにフレイとカガリの2人はドレス姿は不味いということで現在着替えている最中だ

 

最初にムウがキラの肩を叩いて帰還を労う

 

「よく無事に帰ってきたなキラ。街でブルーコスモスのテロがあったって聞いた時は冷や汗をかいたぜ」

「ありがとうございます…」

 

そう返事をするキラの顔つきは強ばっており、それを見ただけでキラ達に何かがあったのだとムウやマリューは察した

 

「バジルール中尉から大まかに話は聞いたわ…敵の指揮官に会ったそうね」

「………はい……」

 

少しの沈黙を挟んでからキラは返事をする

 

言えない。そんな事より自らの手で人を殺してしまったと、苦しくて気持ち悪くて仕方がないと訴えたかった

 

だが、そんな訴えが取り入って貰えるとは思っていない。既にMSで人殺しを経験しているし、ただのMSパイロットでしかないキラの精神的不安より敵の情報の方が重要だという事を漠然と理解していた

 

だからキラは()()()心を抑え込み、何があったのかを事細かに説明するのだった。食事を取ろうとした店でバルトフェルドと出会ったこと、ブルーコスモスのテロに巻き込まれたが助けられたこと、彼の拠点まで招待され、今の戦争の話をしたこと…

 

そこまで話して、キラはある質問をする

 

「そう言えば、あの人が最後にこう聞いてきたんです。アリー・アル・サーシェスという名前を知らないかって…」

「アリー・アル・サーシェスだと?」

 

その言葉を聞いて、表面上唯一ムウだけが、中身も含めればゲイリーも反応していたが彼はポーカーフェイスで隠し通す

 

他の者はその名前に心当たりがなく、全員の代表としてマリューがムウに聞く

 

「知っているの、少佐?」

「…噂程度ならな… 最低最悪の戦争屋、コーディネイターを超えたナチュラル、大体はこんな感じだ」

「待ってちょうだい。そんな噂、私は1度も聞いたことがないわ」

「本官も聞き覚えがありません」

 

2人のそんな質問にゲイリーが割って入って答える

 

「噂の中じゃザフト兵を殺してジンを鹵獲したって話も聞くぜ。直接殺すところから考えるに、多分そいつァ常に最前線で戦っていたんだろうよ。それなら技術士官だった艦長やこの艦のクルーとして待機していた中尉に噂が届いてないのも納得がいく」

「随分詳しいじゃないか?」

 

「同じ最前線の兵士である俺でも知らなかったことを何故知っている?」と言外に言ってくるムウに、ゲイリーは観念したように口を開く

 

「…こいつは本来機密事項扱いなんだが、既に軍内じゃ公然の秘密だからな…俺が所属している連合騎兵連隊、その戦争屋はかつてそこに所属していた()()()

「え?」

 

苦々しい顔でそう言うゲイリーの顔は、まさに知られたくない汚点を知られてしまったと言わんばかりだ

 

男の珍しい側面を見てキョトンとするブリッジの面々だったが、ムウだけは違った。その隊に属しているにも関わらず曖昧な言葉をゲイリーが使ったからだ

 

「ちょっと待てよ。「らしい」ってのはどう言うことだ?そいつはもう機兵連隊にはいないのか?」

「………」

 

しばらく無言のゲイリーだったが、何かを決意したのか静かな口調で“真実”を告げる

 

「…死んでんだよ」

「…なんだって?」

「アリー・アル・サーシェスはとっくに死んじまってたんだよッ。俺が転属する前の、この戦争が開戦した当日にだ」

 

正確にはMIA(消息不明)扱いだがな、と説明するゲイリーにムウがあり得ない、矛盾してると叫ぶ

 

「ザフトのジンが戦線に投入されたのはちょうど開戦の時だ!噂とはいえ鹵獲したんだったら生きて帰ってきているはずだ!死んだならまだしも、消息不明ってのはどう考えてもおかしいだろうが!!」

「ンなこたァ俺も分かってんだよ!!だが上の連中(上層部)が死んだと言った以上余計な詮索はできねェ。…軍ってぇのはそういうとこだ。テメェが1番よく分かってるはずだぜ、『エンデュミオンの鷹』さんよ」

「……!!」

 

かつて、月面のエンデュミオン・クレーターにあるプトレマイオス基地がザフト軍の攻撃によって壊滅した『グリマルディ戦線』…そこでメビウス・ゼロに搭乗してザフトを迎撃したことにより、ムウ・ラ・フラガは英雄『エンデュミオンの鷹』として名を上げた…()()()()()()()()()()()()

 

事実はこうだ

 

地球連合軍側はメビウス・ゼロの精鋭部隊を投入して徹底抗戦の構えを見せたが、防衛線で地球連合軍の第3艦隊は壊滅し、施設破壊のため、レアメタルの混ざった氷を融解するために設置していたサイクロプス(原理は電子レンジにも用いられるマイクロ波によって敵を焼灼するもの)を暴走させ、ザフトを撃破する。しかし連合も基地を放棄せざるを得なくなり、結果としてグリマルディ戦線は崩壊した

 

この時の壊滅したメビウス・ゼロ部隊、そしてサイクロプス暴走から唯一逃れた生存者こそが、ムウ・ラ・フラガなのである

 

連合上層部は大敗の隠蔽と連合の戦意高揚の為のプロパガンダとしてエンデュミオンの鷹という偶像を作り上げ、真実を知るムウを口封じのため後方に追いやり、G兵器テストパイロット護衛の任務をやらされていたのだ

 

上層部の汚い部分を知っているムウだからこそ、ゲイリー・ビアッジの挑発にも聞こえる警告が理解できた

 

これ以上突っつくなという警告を…

 

「ゴホン!…話を戻していいかしら?」

「あ、ああ…悪い…」

「気にしないで。私たちが聞いたことなのだから」

 

わざとらしくマリューが咳払いをすると、話の軌道を修正する。そして休んでもらう為にキラを部屋に帰して、今後の対策を皆と練っていく

 

話し合って共有した情報は、エンジンの状態から激しい戦闘を想定した移動は現状できないこと、物資の補給はある程度目処がたったこと

 

後は航路と、砂漠の虎への対策だった

 

「航路はどうしますか?最短距離で進むことだけを考えれば大西洋方面を一気に抜ける方がよろしいですが…」

「無理だろうなぁ。そっちにはジブラルタル基地がある。強引に通ろうとすれば砂漠の虎と連携されてこの(ふね)は墜ちるぜ」

 

即座にゲイリーが否定するが、発言したナタルも同じ事を考えていたようで当然だと受け入れる

 

オーストラリアのヨーク岬半島とアーネムランド半島にまたがるカーペンタリア湾に位置するザフトの重要軍事基地。それがジブラルタル基地だ

 

ジブラルタルに建築されている基地にはザフトの地上戦力の大半、どれだけ安く見積っても1/3は現存しているのだ。最新鋭だろうと戦艦1挺とMS3体(内1体はガンダムですらない)だけでは絶対に陥落させることはできない物量が存在する

 

「それに、(宇宙)で追いかけてきた連中も気がかりだ。まだ俺達を追いかけてきているのだとすれば、間違いなくジブラルタルに降下してくるだろうよ」

「そうね、あそこにはマスドライバーもあるわ。いざという時に宇宙(そら)に上がれることを考えれば降りていると思う。大西洋を横断するのはリスクが高過ぎるわね…」

「そうなれば南アメリカ合衆国の南沿岸海域を通るルートもダメということですか…最悪カーペンタリアの戦力と挟み撃ちになる可能性すら有り得る」

 

そうなれば後はインド洋、太平洋を経由したルートしか残っていない

 

ちなみに海路以外、陸路も横断することは可能ではある。しかし、アフリカ連合国と隣接してる陸路はユーラシア大陸…つまりユーラシア連邦の縄張りである。アルテミス基地にいたガルシアの横暴を考えれば、みんなは自然と陸路を除外していたのだった

 

閑話休題(それはともかく)

 

「このルートなら道中には赤道連合やオーブなどの中立国も多い。中立国を敵に回したくないならザフトも追撃を慎重にならざるを得んし、中立国も連合と敵対したくないだろうから俺らを無下には扱えねえ。1番良いのが領海侵犯に対して警告だけで済ませることなんだが…流石にそいつァ高望みか」

「それは無理ってもんだろ。向こうにも中立国としての立場とメンツがあるんだからな」

「ったく、オーブといいスカンジナビアといい、日和見主義の癖にプライドの(たけ)え連中はこれだから」

「ボヤいてもしょうがないわ。とりあえずアラスカまでのルートが決まりね。なら、後は今の物資でどれだけ──」

 

その後も連合本部に辿り着くための話し合いは続く

 

──そして、牙を磨く虎が大天使の喉元に喰らいつこうとしている瞬間は、刻々と迫っていた…



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プラント

アークエンジェルがアフリカの脱出に苦心している一方、宇宙(そら)の彼方にあるコロニー群…プラント

 

そのプラントの首都であるアプリリウス市にある『プラント最高評議会』の査問会では、議長を始めとした数多くの議員が集まり、その中心には説明役として呼ばれたアスラン・ザラとラウ・ル・クルーゼの姿があった

 

彼らはヘリオポリス崩壊、そしてラクス返還の際に起きた状況を現場の視点から伝える役割として査問会に召喚された身だ。そうでなければ、白服と赤服とはいえ一軍人でしかない2人が評議会に呼ばれる事などない

 

「……つまり、ラクス・クラインの返還の最中に連合が奇襲を行い、結果互いに尋常ではない被害が出た、という事実に間違いはないと?」

「はい。付け加えれば、ラクス・クラインによって1度は停止した戦闘が再び激化した原因も、先ほど述べた青い新型の攻撃によるものです」

 

議長の重苦しい視線にも意に介さずアスランはスラスラと補足を付け加える

 

その言葉を聞いて議員たち…特に戦争の勝利を望んでいる「ザラ(急進)派」と俗に呼ばれる面々の熱が増す

 

「なんと卑怯で卑劣なことを…ナチュラル共め!」

「これでハッキリとした!奴らに和平の意思などない!我々が勝たねばプラントの、ひいてはコーディネイターの未来はないぞッ!」

「しかし、これをナチュラルの総意と捉えて事を起こすのはあまりにも早計な…」

「何を悠長な!!そうやって判断を先延ばしにすれば、更に奴らの好き勝手に──!」

「静粛に!!議員方、静粛に…!」

 

急進派と穏健派の討論が熱くなってゆくのを議長が鎮める。アスランはそれを冷たい眼差しで見つめながら考える

 

(会議は踊る、されど進まず…だな。なるほど、今ならば父上が戦勝に固執していた意味も少しは分かる。『あれ』はダメだ。あの男が、そしてあの男を使役する人間がいる限り、ナチュラルはいつまで経ってもこの不毛な戦いをやめようとはしない。いくらこちらが和平を唱えても…。ならばまずはコーディネイターの自由と平和を守るためにも、連合という悪を除かねば…)

 

その為にはあの大天使(アークエンジェル)を、そしてそこに潜む悪魔(ブルート)を倒さねばならない…そこまで考えて、ストライクに乗る親友をどうすべきかアスランは迷う

 

(いや、キラは連合に、あの男に騙されているだけだ。改めて説明すれば、キラだって分かってくれる…)

 

それは願望…否、懇願に近い妄想だ。そうであって欲しい、そうであってくれという過去の想い出に縋った少年の女々しい望み

 

「…ラウ・ル・クルーゼ、(くだん)の新型モビルスーツについて説明してもらおう」

 

そうこうしている間に落ち着いたのか、議長がクルーゼに、あの忌々しい青い新型に対して説明を求めていた

 

「分かりました。しかし、あの青いモビルスーツ…我々の方で『BLUE(ブルー)』と仮称させていただいてますが、戦闘データだけを見るよりも、直接戦ったアスラン・ザラの意見も聞いておくべきであると愚考致します」

「…では、アスラン・ザラ、聞かせてもらおう」

「ハッ!」

 

議長たちに敬礼すると、アスランはブルートの性能、武装、パイロットの能力…そしてあまりに危険過ぎるその思想を口にしていく

 

特にパイロットの戦争屋としての一面に対しては、気をしっかり保たねば、その危険性を伝えねばと今にも叫んでしまいそうな程だったが、その必死さは議員たちに嫌というほど伝播していく

 

更に公開された戦闘データの動画を見れば、アスランの信じ難い言葉が虚実でも誇大表現でもないと理解できた

 

「なんだこの動きは!?本当にこれをナチュラルが動かしているとでも言うのか!?」

「信じられん…」

「この特殊な武器、我々の技術部門で開発中の“ドラグーン”と同系統の物ではないのかね!?」

「ビーム砲を縮小するのではなくサーベルに変えることで小型化に成功させたのか…ナチュラルめ…」

「そのパイロット、本当にナチュラルなのか?」

「裏切り者のコーディネイターと?」

「そうでなければ説明がつかん」

「連合の子飼いか、あるいはオーブの…」

「有り()る!そもそも奴らの新型、オーブと共同して開発されたものではないか!」

「しかしそのようなパイロット、中立国が抱き込むにはあまりにも現実味がないのでは…」

「だからこそ、連合とオーブは裏で繋がって…!」

「それよりも思想が危険だ。こんな者を利用するなど、ナチュラルは何を考えているのだ」

 

ヒートアップしていく議論。合間合間に議長が鎮まるよう呼び掛けるが、投じられた一石による波紋はその程度では簡単に収まるはずもなく…

 

「心の底から戦いたがる者など誰もおらん。我らの誰が、好んで戦場に出たがる?平和に、穏やかに、幸せに暮らしたい。我らの願いはそれだけだったのです」

 

立ち上がったある者がその場の全員に問うように口を開く。この場で議長の次に発言力がある人間…それはアスランの父親だった

 

「だが、その願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です。自分達の都合と欲望の為だけに、我々コーディネイターを縛り、利用し続けてきたのは!我らは忘れない……あの、『血のバレンタイン』…ユニウスセブンの悲劇を!!」

 

その言葉は特に力強く発せられていた。アスランもギリギリと拳を握り締める。それほど、あの日あの時に奪われたモノは大きく、替えのきかない存在だったのだから

 

「24万3721名…それだけの同胞を喪ったあの忌まわしい事件から1年。それでも我々は、最低限の要求で戦争を早期に終結すべく、心を砕いてきました。だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです。我々は、我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!」

(父上…)

 

最終的に、パトリックのその演説めいた弁論によって、議論は収束していった

 

 

 

「アスラン」

 

聞き慣れた声に呼ばれてアスランは振り向く。廊下の中心に優しげな視線の男が立っており、ともすれば自分の義父になるかもしれない者だった

 

「クライン議長閣下」

 

アスランは敬礼と同時に議長…婚約者ラクスの父親であるシーゲル・クラインをそう呼んだ

 

「そう他人行儀な礼をしてくれるな」

「いえ、これは…」

 

なんと返すべきか迷う。しかしシーゲルはそれ以上の悩みと迷いを抱えている表情をしていた

 

「ようやく君が帰ってきたと思えば、ラクスは地球に降りた…か…」

「…申し訳ありません。全ては自分の甘さが引き起こした結果です…」

「自分を卑下しないでくれ。少なくとも真正面から戦っていれば今以上の被害が出ていたやもしれぬ。それにただ最新の連合艦を墜としていれば…ラクスは地球に降りることすらも出来なかった…」

「……」

「中立派だったエルスマン議員が急進派に移った。まだカナーバやアマルフィがこちら側(穏健派)にいるものの、このままでは急激な戦線拡大が止まらない一方だ」

「何故それを自分に?」

 

確かにシーゲルからすれば、アスランは愛娘の婚約者だろう。しかしそれ以上に、穏健派と対立してる急進派を率いているパトリック・ザラの子息という側面の方が強い

 

その弱みを何故自分に言うのか、理解できないアスランにシーゲルは諭すように言う

 

「確かに私と君の父は立場故に対立している。しかし、それでもパトリックは苦楽を共にしてきた盟友であるし、私に…いや、我々にとって大切なのは、敵を滅ぼすことではなく未来に何を残すかだ。もうすぐ私達の時代は終わり、君やラクス、そして多くの若者達が新たな未来を生み出す。それを君達にも分かってほしいのだ…」

「…シーゲル殿。その気持ちは俺も同じです」

 

先ほど父上が述べたように、誰だって好き好んで殺し合いたいわけではない。平穏を享受できるならそれだけで本当に良かったはずだ。しかし、連合はそれを良しとせず、プラントを骨の髄まで搾取しようとした。そしてそれが出来ない今、こちら側を滅ぼそうとしている

 

何より、許し難い(戦争屋)が足付きにいて、その男はキラとラクスを利用しようとしているのだ

 

「だからこそ、俺は連合を、あの男を倒します。そしてキラとラクスを取り戻す…!」

 

イザークの治療が終わればニコルと共に、自身を隊長としたザラ隊として足付きを追撃する。ディアッカは再生治療を受けず義手を付けることになった故に、1人遅れはするが後に合流する手筈になっている。その時こそが雌雄を決する時になるだろう

 

親友と将来の伴侶を奪還する。大天使(アークエンジェル)悪魔(ブルート)を堕として連合の戦う気力を削ぐ

 

踵を返して任務に赴くアスラン

 

シーゲルはその背中に…盟友(パトリック)の姿を幻視して、一抹の不安を感じ取るのだった…



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荒ぶる砂塵

アークエンジェルの営倉に続く通路

 

奥から聞こえてくる会話…というにはあまりに似つかわしくない怒号が響いてくるが、キラはそこに向かうのを堪えてフレイの帰りを待っていた

 

『なんでそん……カな事を……』

『バカなこ……イには分かんな……俺が、俺がどんな気……だったのか……』

『何よ……そんな事いきな……れても、分からないわ……』

『うるさ……!……っといてくれ……てけよ……』

『……! サイのバカッ!!』

 

最後の声だけが一際大きく通路に響く

 

少し時間が経てば、暗闇の奥から懐中電灯を持った赤髪の少女が怒り心頭の様子でズカズカと歩いてくる

 

正直今の状態のフレイに話しかけたくなかったが、気まずさ故に着いていけなかったキラは恐る恐るフレイに聞いた

 

「フレイ、その…サイはなんて…」

「知らないわよ!!訳分かんないままいきなり怒鳴ってきて!!どうせ私がモビルスーツを動かせてる事に嫉妬してるだけでしょ!?」

 

せっかく夜遅くに来たのにバカみたい!と怒りながらフレイは自室に向かって歩き出す。そんなフレイを見て、サイの事を聞くのは無理かなと考えながらキラも自分に割りあてられた部屋に戻るのだった

 

 

 

MSの整備の音が忙しなく響く

 

砂漠地帯での運用を想定した為か、レセップス内部の各設備には冷房装置が必ず設置されており、寒いとすら言える冷気もMSデッキで働く男達にとっては慰めにしかならなかった

 

MSにも変形できる巨大戦車とも言うべき陸戦砲撃用MS“ザウート”や砂漠で最大の力を発揮できる“バクゥ”、その他にも戦闘ヘリの“アジャイル”なども数多く配置されており、どれだけ今回の襲撃に力を入れているのかがダコスタにはいやでも理解出来た

 

「いやぁ、これを戦艦1つの奇襲に投入するっていうんだから壮観だねぇ」

 

状況の整理をしていたダコスタの背後からバルトフェルドが声をかける。手元の書類から目を離す

 

「隊長、もう仕事が終わったんですか?」

 

いつもならもっと時間をかけているはずの仕事をしているバルトフェルドが現れたことにそう問うと、バルトフェルドは普段通りの態度で言う

 

「サボり」

「……ハァ!?」

「ハッハッハ!冗談だって、ちゃんとやってきてる」

「心臓に悪い…」

 

二拍ほど置いてから叫んだ副官に向かってそう言うと、ダコスタは呆れたようにため息をつく

 

何せ普段から自室に籠ってはオリジナルブレンドのコーヒー作りに精を出す上官なのだ。そういう人ではないと分かっていても「この人なら有り得る」と思えてしまうのが始末に悪い

 

こんなコントみたいなやり取りは普通の指揮官と副官では決して出来はしない。2人の間に確かな信頼があり、プライベートでも繋がりがあると感じさせる一幕だ

 

「緊張は解けたかい?ダコスタくん」

「まぁ…先ほどよりはマシに」

 

バルトフェルドの視線の先には大量のMSとヘリ。これだけでもバルディーヤで保有していた兵器の半分はあるというのに、レセップスの周辺にはこれと同じ量のMSを保有している“ピートリー級”戦艦が

4()()もある

 

「ジブラルタルの連中もよくここまでの戦力を回してくれたもんだ。これだけのバクゥに留まらず戦艦も…大分渋ったんじゃないか?」

「例の“青い獣”の戦闘データが本国から流されてますからね。ジブラルタルも近くにある以上、他人事ではいられないのでしょう」

「『戦力は寄越すから何としてでも墜とせ』、と…使い勝手の荒い奴らだよ」

 

プラントの議会で話題となった“ブルー(ブルート)”…その情報は即座に暗号通信という形でザフト軍に拡散され、

BLUE(青色)brute()のダブルミーニングから生まれた“青い獣”の二つ名と共にザフト兵に知れ渡っていった

 

そして危機感を抱いたザラ派閥はジブラルタルに圧を掛けた…何としてでも足付きと新型MSを墜とせ、という命令に形を変えて

 

宇宙(そら)で何度も交戦したクルーゼ隊がいなければ、もっと厳しい戦力で戦うことになっていたでしょうに」

「クルーゼか。あいつはきな臭いから僕は嫌いなんだけどね…奴に助けられるとは皮肉だよ」

 

ため息を吐きながらバルトフェルドは物足りなさそうに指先を弄る。ここにコーヒーカップがあれば2杯目に突入してたであろう

 

…キラ達を屋敷から返してまる1日が経過した

 

そのキラ達には尾行をつけており、途中で明けの砂漠と思わしき人間と合流したことで上手い具合に距離を離されたおかげで敵のアジトの確認までは出来なかった。いかにコーディネイターと言えど、無数にある峡谷やオアシス、工業地帯からノーヒントでアジトの場所を特定するなど出来はしなかった。地の利は向こうにある

 

しかし、そこに戦艦1つ隠せる場所という要素が加わると、驚くほど容易くアジトの特定ができた。何せあの大きさだ、完全に隠せるとなるとたった1つの巨大な岩山の峡谷しかない

 

そして前回の襲撃から間を置かずに隠れられた事を考えれば、土地勘が働く者の手引きがあったと想定でき、アークエンジェルを隠すことに利があるのはレジスタンス以外有り得なかった。同時にレジスタンスのアジトも付近にあるだろうとバルトフェルドは当たりを付けていた

 

「しかし隊長、本当に明日にするのですか?もう少し待てばディンやグゥルや例の奪取した新型を戦力に…」

「ダメだ。奴らはただ数や質があれば勝てるという敵では決してない」

 

副官の進言をバルトフェルドは切って捨てる

 

「連合の新型艦は(エンジン)をやられてマトモな行動ができない…これはどの状況とも替えられない唯一無二のアドバンテージだ。ただでさえ過剰気味な戦力を増やす為に敵艦が動けない有利を捨てるのはもったいないだろう?」

「普通ならば過剰ですが、敵には例の化け物がいるのですよ?」

「化け物みたいなモビルスーツとパイロットだろうとバッテリーには限りがある。丸一日動き続けられるならまだしも、どれだけ長く見積っても4時間が限界だ。そして先に艦を墜としてしまえば、ブルーもストライクも補給出来ず必ず力尽きる…そこが狙い目なのだよダコスタくん。我々の勝利条件は、いかに“G”を足止めしつつ“アークエンジェル”を手早く墜とすか…そこに掛かっている」

 

その説明に、絶対に喰らった獲物は逃がさないという虎めいた執念をダコスタは感じた。つくづく味方で良かったと心の中で痛感する

 

夕方にはバルディーヤを発つ。戦いの時に備えて、コーディネイターの戦士達は準備を怠らず、休息も十分に取った

 

 

 

「曹長、エンジンの状態と補給状況は?」

『補給は今日の20:46(フタマル・ヨンロク)で最低限は済みますぜ。メインエンジンの方はあと3日は掛かりますな』

「そう…」

 

…そして、翌日の正午前の時間帯

 

ドオォォン!!

 

「え──?」

「敵襲!?」

 

戦いは…前触れもなく唐突に襲ってくる



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死にゆく者達

今までレジスタンスの隠れ家の場所を「渓谷」って書いてましたけど、それよりも「峡谷」の方が適切だと思って書き直しました


「状況確認!」

「これは…!3方向より、この峡谷に向けてのミサイル攻撃です!」

 

索敵担当の“ジャッキー・トノムラ”軍曹の報告を聞いたマリューは苦虫を噛み潰したような表情で呟く

 

「してやられた…!こちらの潜伏場所は既に把握されていたということね…総員、第一戦闘配備!!」

「聞こえているな!?総員、第一戦闘配備!!()()()()()()()()()()()()()()()()!!しかし、少佐の予想が当たっていた事だけが幸いです」

「全くね。…敵は『砂漠の虎』!少なくとも3つに分かれた部隊を展開していると想定!アークエンジェル、発進する!」

「アークエンジェル、発進!」

 

峡谷の中に潜んでいても、やがて攻撃で崩落して身動きが取れなくなる。そうなる前にアークエンジェルを発進させて、マリューは指示を飛ばす

 

「敵は必ずこちらが出てきたところを叩いてくる!それとメインエンジンが損傷したままだから戦闘しつつ動くことは出来ないわ!峡谷の出入り口を背にしつつ敵の迎撃に専念しなさい!!」

「イーゲルシュテルン及びコリントスの射撃準備を急げ!!」

「熱源反応、多数確認!!アジャイル、ザウート、バクゥです!」

「攻撃来ます!!」

 

クルーの叫びと共に降り注ぐミサイルの雨を、対空迎撃バルカンと対空防御ミサイルで次々落としていくが、如何せん数が多すぎた。アークエンジェルとその近辺を守れても、岩山の上部や奥まで飛んでいった高速物体までは止められない

 

結果として、明けの砂漠の多くのメンバーが崩落に巻き込まれ怪我を負い、死者も多数出ていた

 

「くそ、虎めぇぇ!!」

「狼狽えるなっ!負傷者を救護しつつアジトの隠し通路から脱出しろ!出る場所を間違えるな、蜂の巣にされるぞ!!」

「サイーブ!虎にこんな事をされたのにおめおめと逃げるのか!?」

 

陣頭指揮を取るリーダーだが、バルトフェルドに強い敵対心を持つ大人のメンバーが食ってかかる。他の面子、特に若者達がそれに同調する

 

「そうだ!ここまでやられて引けるものか!!」

「今まで死んでいった仲間達の弔い合戦だ!!俺達の故郷を取り戻すぞ!!」

「バカヤロウッ!!これだけ周到に用意された奇襲、量も質も何もかもが上だ!我々が奇襲しても勝つ見込みがない戦力と戦いをする気か!?何より今戦えば助かる見込みのある仲間達も死ぬんだぞ!?ここは引け、命令だ!!」

「それでいいのかよサイーブ!?」

 

死にに行こうとする仲間たちを必死に説得するサイーブだが、そこにカガリが口を挟む

 

「ここで引けば、一生あいつ(バルトフェルド)の言いなりになると言ってるようなものじゃないか!!故郷を取り戻したいから立ち上がったんじゃなかったのかよ!」

「カガリッ…!」

「私は行くぞ!例え力で負けていても、心まで負けてたまるものか!!」

「よせ、カガリ!!」

「カガリの言う通りだ!!」

「連合なんざ頼らなくったって、俺達は戦えることを見せてやるぞ!!」

『おぉっ!!!』

 

説得も虚しく、キサカの静止を無視してカガリを筆頭に残ったメンバーの半数近くが、それぞれ武器を手にバギーに乗り込んで死地に向かっていった

 

「ええい、あいつら!!」

「サイーブ、俺達はどうする!?」

「…まずは怪我人の救護を最優先!!避難が終わったら俺達も戦いに行くぞ!ただしアークエンジェルの援護だけにしろ!前線に出ることは絶対に許さんっ!!」

「了解っ!」

 

キサカを含めた残りのメンバー達は、急いで負傷者を治療して脱出させるべく動き出す

 

国の未来を担う若者達を、これ以上死なせない為に

 

 

 

一方、アークエンジェルはザフトからの砲撃を必死に堪えていた。左右前方方面にピートリー級が2隻ずつ、真正面からレセップスが砂丘を防護壁代わりにして艦砲撃とMS部隊の波状攻撃を行う

 

「2時の方向よりアジャイル2機確認!」

「“ゴットフリート”照準!てぇー!!」

 

火線が空を裂き、ビームに引き裂かれた戦闘ヘリが空気を押し出して爆ぜる

 

「左右から多数のバクゥとザウート、前方からアジャイルの部隊が接近中!」

「挟み撃ちで来たわね…!フラガ少佐は正面の敵を攻撃!キラくんとアルスター准尉は右から来る部隊を迎撃しなさい!」

『了解っと!』

『分かりました!』

『りょ、了解!』

 

命令を聞いたムウは、下部にランチャーパックを装備したスカイグラスパー1号機で正面切って戦いに挑む。キラはエールストライクの機動性で砂漠を駆け、フレイはアークエンジェル艦上で固定砲台として狙いを定める

 

「なんで私は後方支援なのよ…!」

『ボヤくなフレイ!これだけの大部隊だぞ、新兵が前に出るには危険過ぎる!』

『モビルスーツは僕がやる!君は敵をアークエンジェルに近づけないようにしてくれればいい!』

「っ……!」

 

不服極まりない発言だったが、今の自分ではどうにも出来ない現実に閉口している間に、ストライクはビームライフルを手にバクゥ達の部隊に突っ込む

 

ビームを撃ち放つストライク。回避性能が無いに等しいザウートには命中するが、バクゥにはビームが勝手に逸れる事もあって中々当たらなかった

 

「クッ!熱対流が強過ぎてまだ逸れるのか!?」

 

大気圏内では宇宙空間と違い、大気や熱、磁場による影響でビームの減衰が発生する。普通ならばライフルを多少調整すれば問題なく撃てるようになるが、生憎真っ昼間の砂漠地帯は()()()()()()()()

 

灼熱の太陽はもちろんだが、何より強い直射日光を吸収・反射し、とてつもない熱気を発する砂地が曲者だ。加えて現在進行形で敵の猛攻を受けていることもあり、限りある時間で少しずつビームの出力を調整することしかキラには出来なかった

 

最も、普通は戦闘中に機体の調整を行うなどコーディネイターでも行い難い行動なのだが、それをぶっつけ本番で実行出来るキラは、やはり非凡な能力を持っていると言えた

 

「これなら、どうだ!?」

 

今度こそと撃ったビームは逸れる事なく目標に直進し、エンジンを穿たれた四脚の獣は撃墜される

 

「よし!これなら…」

 

そう思い気を引き締め直した時だった。バクゥの軍団に向かう、砂埃を上げる複数のバギーを見たのは

 

「レジスタンスの…!?どうして!?」

 

混乱する間もなくRPGを発射する明けの砂漠だが、携行用バズーカではバクゥの装甲を凹ませる事しか出来ない

 

『鬱陶しいんだよ(はえ)が!!』

「ぐわああああっ!!」

「アフメド!?み、みんなァ!!」

 

当然、その攻撃はザフト兵を怒らせただけに終わり、ターレットのレールガンやミサイルを使うまでもなく、その軽快な脚でバギーごと逃げ惑う人間を轢き殺し、踏み殺す

 

「バカ野郎ッ!どうして出てきた!?」

 

MSに蹂躙される生身の人間を見捨てることが出来なかったキラは、爆発させては周りを巻き込むと超振動ナイフを手に取り、ジャンプしてバクゥを抑え込むようにのしかかる

 

『なんだぁ!?』

「ウアアアアアッ!!」

 

そのまま首の後ろにあるコックピットの出入り口に向けてアーマーシュナイダーを突き立てた。2秒ほど押し込んだ刃を引き抜けば、刀身にこびり付いた死体が裂け、血と臓物を撒き散らす

 

「うわっ!…ひっ!?」

 

ストライクの直近にいたカガリがそれをモロに浴び、血の滑りと臓器の感触に悲鳴を上げながら尻もちをつく

 

『裏切り者のコーディネイターが!』

「そこを退けえええッ!!」

 

飛び交うミサイルをイーゲルシュテルンで撃ち落とすと、エールストライカーの推進剤を存分に使って急接近し、バクゥの首下からアーマーシュナイダーを突き刺した

 

コックピットのザフト兵が生きているはずもなく、無理やりこじ開けられた下部の穴からバラバラ死体の残骸がオイルと共に滴り落ちる

 

臓物とガラクタと、血とオイルが、数少ない生存者達の視界に映る砂地を彩る

 

「う、あぁ…」

『…なんで…』

「え…」

『なんで出てきたんだっ!!』

 

機械のはずが、幽鬼のような生々しい恐ろしさを感じさせるガンダムの姿にカガリが戸惑っていると、ストライクのスピーカーから怒気のこもった声が流れ出る

 

『相手はモビルスーツだぞ!?手持ちの火器じゃ装甲を貫けるわけないのに、どうして無意味に死にに来た!!』

「む、無意味だと…!?」

 

最初は怯んでいたカガリだが、仲間達を侮辱したその言葉には我慢出来ず、目を吊り上げて、涙を流しながら叫ぶ

 

そんな物(モビルスーツ)に乗ってるお前に何が分かる!?みんな、みんな必死に戦ってたんだぞ!故郷を守る為に、家族を守る為に…!力がなくても勇敢に戦ったんだ!力がなければ戦えもしないお前が──」

『ふざけるなァ!!』

 

だが、それは何よりも許し難い言葉だった。戦いたくもないのに戦うしかないキラにとって

 

ストライクがあって、お膳立てされても尚、フレイの父親を守れなかったキラにとっては

 

『気持ちだけで……!気持ちだけで、いったい何が守れるって言うんだっ!!』

「………っ……」

 

血を吐くようなキラの叫びに生き残った誰もが口を閉じた。スピーカー越しに男の嗚咽のようなものが流れ、砂漠に溶けゆく

 

ピー!ピー!

 

しかし、戦いは非情である。感傷に浸る時間も与えず、砂漠の虎の眷属たちは大天使を墜とす捨て石としてストライクに迫る

 

「くそ…なんで…!」

 

カガリ達から離れるように前進して、手持ちを武器をビームライフルに切り替えながら、キラは返ってこない疑問をぶつける

 

「なんで死にに来るんだぁ───!!」

 

生き残るために、守るために

 

段々と重さがなくなり始めた引き金を、キラは再び引くのだった



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襲撃者

「アイシャ、本当に君も出るのか?」

 

橙色の角のついたバクゥ系統MSの下でパイロットスーツに身を包んだバルトフェルドが恋人に問う。視線の先のアイシャも白いパイロットスーツを着ており、兵士や戦士には似つかわしくない優しい表情をしている

 

「これだけ入念な準備をして、最後の一押しとして出撃してなお、僕たちには十分死ぬリスクがある。それを…」

「アンディを独りで死なせないわ」

 

そもそもMS操縦者としての適性がないアイシャがこの場に居ること自体が異質なのだ。だからこそバルトフェルドはアイシャにこの場から去るように説得するが、彼女はセリフに被せて言う

 

「寂しいじゃないの」

「…まっ、僕も死んでやる気はサラサラない。……こうなったら、何がなんでも生きて帰るぞお!!」

『ハッ!!』

 

自分自身が、何よりアイシャを生かして帰す為に

 

部下たちを鼓舞するついでにバルトフェルドは決意を口にMSに乗り込んだ

 

 

 

地雷原に敷き詰められた罠が次々と爆破していく

 

「イーゲルシュテルンでスカイグラスパーを援護しろ!それとウォンバットの装填を早く!!」

 

入念にアークエンジェルとブルートを潰しに来た砂漠の虎の兵士に油断は一切なく…というよりは、大半の兵士が低軌道上で仲間をやられた怒りで徹底的にナチュラルを潰そうとしている、と考えているのが正確か

 

とにもかくにも、レジスタンスの仕掛けたトラップなど歯牙にもかけず通り抜け、アークエンジェルから見て左舷方面からバクゥ部隊は迫ってくる

 

「“ウォンバット”、てェー!!」

 

側面から発射されたミサイルが大気を掻き分けてバクゥに向かう。ターレットに装備されてるミサイルとレールガンではこれらの破壊は叶わず、回避し切れなかったバクゥのパイロットはコックピットの中で絶叫しながら爆死していった

 

「バレットォォ───!!」

「構うなッ!今は敵を倒すのが先だ!…足付きを墜として、あいつらの手向けにするぞ!!」

 

戦友の死を振り切りながら、濃青の獣は砂漠を滑り背中のミサイルポッドを発射させる

 

回り込まれた事で迎撃の弾幕が薄くなり、そこを掻い潜ったミサイルが数発、アークエンジェルの側面に着弾する

 

ドォォォン!

 

ブリッジの中で全員の悲鳴が上がる

 

「くうっ…左側面上部に被弾!!損傷は軽微!!」

(同じ箇所に何度も攻撃を受けたらマズイわ!)

「左舷30度回頭しつつ迎撃!!」

 

マリューの指示にノイマンが操縦桿を切る。アークエンジェルが30度左回転する様子を見てもバクゥたちの動きに淀みはなく、砂丘による高低差を利用しながら一塊になってミサイルを撃ち放つ

 

「ちょっと!急に動かないでよ、もう!」

 

突如アークエンジェルが動いたことでミサイルのロックを外した状態で撃ってしまったフレイが文句を言うが、矢継ぎ早にストライクを取り囲んでいく敵の姿に、返答を聞かずに戦闘態勢に戻った

 

一方バクゥの編隊は開けた場所で距離を取りながら攻撃を繰り返す。大部分がアークエンジェルの豊富な武装で撃墜されるが、幾つかの攻撃はすり抜けていき、敵に軽微ながらもダメージを与えていく

 

「効いてるぞ!」

「このまま適切な距離を維持しつつ、回避を優先しろ!砂漠の戦いは我々に分がある事をナチュラル共に思い知らせてやるぞ!!」

 

 

『ところがぎっちょん!!』

 

 

ズガァン!!

 

突如、1番後ろにいたバクゥが真上にジャンプする

 

否、ジャンプしたのではない。宙に浮いている…正確には、砂の大地からいきなり飛び出してきたひと振りの大剣にコックピットを貫かれ、宙ぶらりんになっていたのだ

 

「バ、バクゥ部隊の中心から熱源確認!!」

 

レセップスのクルーが叫ぶ

 

貫通した部位からバチバチと紫電が走り、ピンクのモノアイが輝きを失う。剣がゆっくりと動き、ゴミを捨てるようにバクゥを放り投げた。落ちたバクゥが血のようにオイルを垂れ流し、灼熱の太陽で白く輝く砂地を染め上げる

 

そして、大剣を埋めていた砂が爆発したかのように飛び散って大きな布と一緒に宙を舞い…砂漠の真下から鉛色のMSが姿を現し、その身を寒色系のカラーリングに染め上げていく

 

「バ、バカな!?」

「砂の中にモビルスーツを──」

 

その言葉が最前線の兵士全員の心を代弁していた

 

確かにアークエンジェル側は一方的な防衛戦を強いられており、これを覆すには奇襲からの母艦を墜とす作戦が1番効率がいい。そして遮蔽物も砂丘もない砂地である以上、MSを隠せる場所は遥か上空か地下しか存在しない

 

『G』は宇宙空間での運用も前提とされている。だからコックピット内の環境は整えられているし、パイロットスーツを着込めば数日分酸素は確保できる

 

だとしても、一体誰が想像できるだろうか?いつ来るか分からない敵の為に、地面の中のMS、そのさらに中でずっと待機するなどという常軌を逸した作戦など

 

そして襲撃者がバクゥと睨み合うのも最初だけ、次の瞬間にブルートは防塵用のマントを踏みつけながら身を翻し、バクゥが出撃してきた方向に一目散に走り出す

 

「何……?」

「…! 奴の狙いは母艦か!行かせるかよっ!」

 

それを見た2名のザフト兵がサーシェスを追い掛けようとするのをリーダーのオリヴァーが止める

 

「待て、足付きに背を向けるな!!」

 

が、その忠告はもう遅い

 

「えっ、うっ、うわあああああ───」

「な、リナル───」

 

その忠告を聞いた直後にはバクゥに突き刺さったミサイルの信管が作動し、強烈な光と共にMSを木っ端微塵に吹き飛ばした

 

「リナルドとマルクまで…!ええいっ!!聞こえるかレセップス!?今そちらに例の青いモビルスーツが向かっているッ気をつけてくれ!我々はこのまま作戦通りに続ける!!」

『こちらでも確認が取れた!』

 

オリヴァーはコックピットの中で1人ごちる。自分を含めて2人だけになった部隊を見て心を痛めながらも、自分のすべき事を優先して実行に移す

 

そんなやり取りの最中、ブルートは砂漠をバクゥのように駆け抜け、敵艦隊の右翼側面を狙う。正面突破は艦隊の集中砲火を受け危険と判断した故だ

 

『来たぞ!』

『よくも仲間を…!仇を討ってやるッ!』

 

ピートリー級を守る為に置かれたザウートの砲塔が火を噴く。同じく近い位置の戦艦2隻もMS1機には過剰な砲撃やミサイルを撃つが、ブルートはこれらを一切喰らわないし、そもそも喰らったとしてもPS装甲に守られてる以上ダメージを与えるなど夢のまた夢だ

 

「喰らえっ!」

 

当然無傷のブルートはビームを戦艦に向かって放つ。しかし、ストライクたち前期GAT-Xの標準装備であるビームライフルよりも小口径であるブルートのビームハンドガンは火力がビームライフルに比べ少々弱い為、緑光は戦艦に届く前に熱気で掻き消され、霧散した

 

「何!?」

 

この出来事には流石のサーシェスも驚愕するが、すぐ様ビームが消えた理由に当たりをつける

 

(宇宙じゃ問題なく撃てた…前に砂漠でやった時も撃てたがあの時は夜だった…熱か?)

『ビームが撃てないのか、アイツ!』

『今だあっ!!』

 

そんなブルートの失敗を見たザウートのパイロットはチャンスと捉え、肩の2連キャノン砲、右腕の重突撃機銃、左腕の2連副砲を一斉に撃ちまくる

 

「へっ!」

 

だが、ブルートは砲弾と弾丸の雨あられを尽く躱す。着弾の衝撃でブルートの周辺に砂埃が舞い散り自然の煙幕を掻き分けてザウートの目の前に立つ

 

『ああ!?』

「どりゃァ!!」

 

ガギャアア!

 

斬る、というよりは叩きつけるように上段の構えから重斬刀でザウートを唐竹割りにする。火花が散ってから数秒後、黒煙を上げてザウートはバラバラに吹き飛んだ

 

『こ、こいつぅ!』

 

戦友が殺られた怒りに任せて突撃銃を青いMSに向けるが、次の瞬間ザウートのメインモニターはブラックアウトし

 

『何が───』

「ぎっちょん!!」

 

何が起きたのか確認する暇もなく、パイロットの意識も爆発に飲まれ永久にブラックアウトした。真っ二つになったガラクタ(ザウート)の切断面は溶けたように滑らかで、頭から腰にかけて綺麗に溶断されている

 

傍にいる振り切った姿勢のブルートの手にはビームサーベルが握られていた。サーシェスはあの一瞬でビームサーベルをザウートのメインカメラに投げつけ破壊、そのまま近づいて柄を握り、流れるように切り捨てたのだった

 

『撃て!!撃てえ!!』

 

命を次々と刈り取っていく死神を殺るべくピートリー級が攻撃するも、対戦艦用砲塔では小さい的であるMSに命中させることは困難だった

 

『何をしている!!たかがモビルスーツ1機に!』

 

無責任な艦長の言葉に反論したくなる砲撃手達だったが、その時既にブルートは艦上に着地していた

 

ガチン

 

そして甲板にハンドガンの銃口を密着させて、サーシェスは呟く

 

「これなら熱は関係ねえよなぁ?」

 

1回、2回、3回

 

引き金を引く度に無情な光が艦内を蹂躙し、やがて爆発と共に戦艦は沈黙した

 

直後、流星のような軌跡で降り注いできた砲弾。サーシェスはレバーとフットペダルを即座に動かしてブルートを横っ跳びに移動させ、ピートリー級の残骸を盾に砲撃を防いだ

 

「チッ、面倒な……」

 

だが砲撃は絶え間なくやってくる。既に残っていたもう1隻は中央のレセップスと合流してブルートを集中砲火で狙い、多くのMSとヘリを吐き出してから左翼のピートリー級2隻と共にアークエンジェルを取り囲み始めていた

 

レセップスから飛び出したMS群の中には、バクゥの発展型とでも言うべきオレンジ色の機体もあった

 

 

 

光の刀剣で両断されたバクゥが砂の大地に落下する

 

「これで、9機……!まだ…ハァ、ハァ…まだ残っているのか…!?」

 

ピー! ピー!

 

バッテリーのレッドアラートが響くコックピットの中で珠のような汗を流すキラの視界には、まだ5機ほどMSが残っていた。しかも遠くから更に新しい襲撃者(MSとヘリ)がアークエンジェルと一緒にストライクを包囲している

 

『いい加減落ちろよストライクッ!』

「ぐう…!…うおおおっ!!」

 

しびれを切らしたバクゥが飛び掛かりながら背部のレールガンを撃つ。消耗しているキラは2発受けてしまうが、着弾と同時にPS装甲の相転移が発動し、電力を消費した。その防御力で無理やりバクゥに接近し、サーベルで切り倒す

 

『うわああ───』

「ハッ、ハッ、ハッ…!」

 

まさに鬼神が如き活躍を見せるストライクとキラ。しかし、その代償はすぐに支払う事となる

 

ピ───!

 

「バ、バッテリーが…!?」

 

鮮やかなトリコロールカラーが装甲から消え失せて灰色になり、ビームサーベルの刀身もプツリと消えて柄だけが残る。“フェイズシフトダウン”が起こってしまったのだ

 

こうなれば完全な物理耐性もなくなる。無傷で耐えてきたあらゆる攻撃が致命の一撃と化す

 

ドオオオン!

 

「ああああああッ!!」

 

すんでのところでシールドでミサイルの爆風を防ぐも、衝撃が肉体と精神を摩耗させる

 

敵は未だに数多く残っている。母艦も囲まれている。援軍も望めない

 

完全に詰みの状況にされてしまった事を悟ったキラは、絶望のあまり操縦桿を緩やかに手放し…

 

「……?」

 

その時だった。メインカメラを通して映ったモニターに、見覚えのない飛行機が映ったのは

 

それは通常の飛行機よりも大型に造られた輸送機であり、機体には地球連合軍を表すマークが大きくペイントされていた

 

それが何なのかキラが考える暇もなく、殺気だっているザフトの標的になったそれはアジャイルのミサイルにロックされ、放たれた弾頭を避けることも出来ず宙で爆散した

 

「ああ…!」

 

そして…炎に包まれ崩壊していく輸送機

 

ドビャァ!

 

その中から飛び出した光の破魔矢がヘリを貫いた

 

「え───」

 

バクゥとの戦闘中にも関わらず、キラは爆散する複数のアジャイルを見て静止してしまった。いや、キラだけではなく、キラやアークエンジェルを取り囲んでいたザフトのパイロット達も予想外の光景に唖然としている

 

砂漠の地熱をものともしない高出力のビームが雲ひとつない青空の彼方まで飛んでいく。火炎を撒き散らす輸送機がモウモウと吐き出す黒煙

 

そこから──1機のMAが飛び出した

 

それは灼熱の太陽光も意に介さず反射する漆黒の体色。背には大きな翼があり、下部には猛禽類の脚を想像させる2本の大きなクローアーム

 

だが、何よりキラの目を引いたのは…

 

「ガ…ガンダム!?」

 

機首には特徴的なガンダムフェイスが…ガンダムの頭部がくっついていた

 

猛スピードで突っ込んでくる正体不明機の姿にようやく正気を取り戻したザフト兵達は、バクゥで、ザウートで空の敵機に一斉射撃する

 

しかし、その機体は全く速度を落とさずに軽い横運動で弾丸とビームとミサイルの雨あられを躱し…

 

『撃滅!!』

 

そのまま人型に、MS形態に変形すると、左手に握られた棘付きの鉄球をバクゥに射出する。高密度の質量に上半身を粉砕されたバクゥは爆炎と共に散る。鉄球は引っ張るワイヤーに従い、MSの手元に収まる

 

突然の襲撃に混乱するザフト軍を見下ろしながら、謎のMSに乗っているパイロットは通信が接続されたコックピットで笑う

 

 

『誰かなぁ?誰から死にたい?アハハハハハ!!』

 

 

“クロト・ブエル”は、型式番号GAT-X370───

レイダー(襲撃者)”の中で悪魔のように笑うのだった



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心の矛盾

『滅殺!!』

 

砂漠の戦場に現れた乱入者…イージスと同じく、変形機構を持つ黒い『G』であるレイダーはパイロットの殺意と衝動に合わせて動き、破砕球“ミョルニル”を振り回す

 

『速い───』

『ぎゃああ───』

『このお───』

 

ドグシャァ!

 

ワイヤーと繋がっている質量兵器が振り子のように弧を描いて動き、進路上にいた3機のMSを纏めて粉砕する

 

『新型だとぉ!?』

『ナチュラル共め!性懲りもなく!』

 

それでも相当数残っているバクゥやザウートが反撃を行う。実弾とミサイルの弾幕がレイダーに迫るが、レイダーは瞬時に空中で回転しながら高速変形し、MA形態の機動力を活かして攻撃を掻い潜り、振り切る

 

『なんであんな動きがナ、ナチュラルに出来るんだ!?』

『まさかあれにもコーディネイターが…!』

『食らえっ!』

 

機首に格納された大型機関砲が火を噴く。“M417 80mm機関砲”から飛び出した弾丸がザウート達を正確に捉え、それに乗っていたコーディネイターの疑問は答えられることなく火と一緒に吹き飛んだ

 

そのままアークエンジェルを狙い済ましていたピートリー級まで肉薄し、クロトはレバーのスイッチに指を押し込む

 

『抹殺!!』

 

MA時に正面を向いた機首であるガンダムの頭部、レイダーの顔面の口にあたる部位には今までのXシリーズにはなかった砲口“100mmエネルギー砲 ツォーン”が取り付けられている

 

ドオオオン!!

 

その邪悪な面構えから撃たれた高出力ビームが砂色の厚い装甲を容易く貫き、陸上艦を火の海に変える

 

『さあ、どんどんやっちゃうよ〜!』

 

クロトの胸中に人を殺した罪悪感など欠片も存在しない。まるでシューティングゲームをするかのような気軽さで、次のターゲットに狙いをつけた

 

レイダーの蹂躙劇、それをスカイグラスパーの中で見ていたムウは唖然としながら呟く

 

「なんだよあれは…」

 

G兵器に似た外見とザフトを蹂躙し回っている事から、ブルートと同じように秘匿された連合の新型MSなのだろうと予想はできる。だが、コーディネイターが乗ってたとしてもあまりにめちゃくちゃな機動と残虐性を感じさせる容赦のなさに、ムウは味方ながら戦慄していた

 

ゲイリーが担っていた敵戦艦の破壊を黒いガンダムも共に実行していることで、敵の戦線は崩壊しつつある。しかし、だからといってアークエンジェル側の危機が去ったかと言えばそういう訳ではない

 

「アークエンジェルはフレイがいるからまだ大丈夫だが、ストライクが戦っているのは……ありゃラゴゥか!?」

 

現状、最も危険なのは、フェイズシフトダウンを起こして右腕をもがれているストライクだった。ストライクの前にはオレンジの機体色、頭部から一本角が伸びたバクゥの指揮官機“ラゴゥ”が存在していて背部のターレットに取り付けられた2連ビーム砲から飛び出すビームでストライクを狙い撃つ

 

「まずい!!」

 

このままではキラが殺される!そんな未来を幻視したムウは己が直感を信じて対峙する2機に近づく。そしてポッドから吐き出したミサイルで新型機を牽制すると、下部のランチャーパックをパージしながらストライクに通信を飛ばす

 

「キラ!受け取れ!!」

『ッ…!!』

 

返事はない。しかしこちらの意思は伝わったのか、隙を見たストライクは落下するアグニをキャッチして、左肩でコンボウェポンポッドを受け止め、接続する

 

僅かに電力が回復したのか、グレーの装甲を見慣れたトリコロールカラーに染め上げていくストライクだが、あまりに左に重心が偏り過ぎてる為か大きく左によろける

 

それを見た橙色のMSが、犬が骨を咥えてるように頭部に装備された両刃型のビームサーベルでストライクに斬り掛かる。迫る脅威にキラは即座にアグニを捨ててから右膝をついてバランスを取り、左腕に残った対ビームシールドでラゴゥの奇襲をすんでのところで防ぐ

 

「なんとかなったか!しかし…」

 

こんな事は所詮時間稼ぎでしかない。元々ムウがスカイグラスパーで使っていたのだ、電力の残量もミサイルの残弾も僅かにしかない。10分…いや3分も経てば先の状況を繰り返すだけに過ぎない

 

「キラ、生きろ!!どうにかする!」

 

結局子供に頼るしかない自分に嫌気をさしながらもムウは速度を上げて母艦に向かうのだった

 

 

 

一方、大天使の戦艦も地獄の(ふち)に立たされていた

 

「近寄らないでっ!コーディネイター!!」

 

イーゲルシュテルンやゴットフリートでアジャイルの迎撃をしているアークエンジェルの上では、フレイが2機のバクゥに向かってミサイルを放っていた

 

ロックしたMSを自動的に追尾するが、内1機のバクゥが砲塔から電磁力を利用した弾を撃ち、危なげなくミサイルを迎撃する

 

「また…!?もうミサイルの残弾も少ないのに!」

 

ブルートの不意打ちを受けたバクゥ部隊は2機生き延びており、アークエンジェルへの攻撃を継続していた

 

隊長機が追い掛けてくるミサイルをレールガンで正確に撃ち落とし、追随するバクゥがミサイルでアークエンジェルを狙うというコンビプレーにより、フレイ達は未だ予断の許さない状況だった

 

『あのバクゥ、さっきから邪魔だぞ!』

 

しびれを切らしたザフト兵はフレイ機のバクゥに向かってミサイルを撃つ

 

「あ、い、イヤッ」

 

新兵のフレイにミサイルでミサイルを迎撃するなどという的確な判断は下せない。追尾から逃れる為にフレイは思わず艦上から飛び出し、直後ミサイルはバクゥが先程までいた場所に直撃した

 

「キャアアア!」

 

高い位置から着地した衝撃でフレイは悲鳴を上げる。もし地面が砂地以外で且つ衝撃を分散できる四脚のバクゥでなければ、彼女は悲鳴を上げる事もできずスクラップと化した機体の中で即死していただろう

 

「くっ、ぅう……!」

 

手首や首が痛むのをフレイは精神力で捩じ伏せ、即座にバクゥの状態を確認

 

ハイドロ(冷却水)は無事っ、駆動システムも生きてる!…ハッ!」

 

そして回避。着弾地点で砂が巻き上がる

 

眼前にはレールガン装備のバクゥ機、背後には損傷したアークエンジェル、甘ったれていた箱入り娘はコックピットの中で覚悟を固めた

 

「やらせない…!!アークエンジェルも、()()()も…!」

『墜ちろよナチュラル!!』

「私は…!私はあああぁぁぁっ!!」

 

音速の弾丸が発射される。しかしフレイはレールガンの銃口の向きから狙いを無意識に予測し、四脚による動きで躱しながら敵機との距離を詰める。あの凄まじいシミュレーターで何度も訓練していたが故の動きだった

 

隊長機は何度もレールガンを撃つが、どれだけ距離が近づこうとフレイ機のバクゥに着弾出来なかった

 

『こいつ、さっきまでと動きがッ!』

「ヘナチョコなのよ!あの人(ゲイリー)と比べたらぁ!!」

『隊長!!…あ!?うわぁ!?』

 

ドォォン…!

 

苦戦を強いられるオリヴァーに助け舟を出そうとするが、迎撃担当が居なくなったことで密度を取り戻したアークエンジェルの弾幕に飲み込まれて、名も知らぬパイロットは砂漠で散った

 

『ジャック!? なっ!?』

 

その動揺が死神を呼び寄せた。十分に接近したフレイは下から突き上げるように相手のバクゥにタックルし、ひっくり返ったバクゥの上に脚を乗せる

 

『しまった!!』

「死ねェ!!コーディネイターアアッ!!」

 

ズガァン!

 

…そして躊躇ないスタンプがコックピットの出入り口に深く突き刺さり、身動ぎひとつなく敵のバクゥは沈黙した

 

「はぁ、はぁ、はぁ…やった…やったわ…!」

 

敵がいなくなった戦場で、フレイは暗い箱の中でぽつりと呟く

 

「パパ…ママ…!私…コーディネイターを殺せるようになったわ…!本当に頑張ったよ…!褒めてくれる…?安心してくれる…?」

 

闇のように深い疑問に答えは返ってこない。少女が愛する父親も、母親も、既にこの世にはいないのだから…

 

それでも確かな充足感を得ながら、フレイは周囲の様子をモニターで確認する。少なくとも今すぐ襲ってくる敵はいない。1番近い敵は…

 

「キラ…そうだわ。キラは大丈夫なの?」

 

ヘルメットを取り、滝のように流れる汗を軽く拭いながら、疲弊した体でバクゥを操作して音のする方向へ脚裏のキャタピラーを動かす

 

砂漠の向こうから立ち上る黒煙を尻目に移動して、辿り着いたフレイが見たのは

 

 

 

覆い被さってくる形でのしかかるラゴゥのコックピットに、ビームサーベルを突き刺しているトリコロールカラーのMSの姿だった



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慟哭の空の下で

時は遡る──

 

「あれは…味方なのか…?」

 

突如乱入した黒いガンダムの姿に困惑するキラ。しかし、敵も同じように動揺しており、しかも多くのMSが新しいガンダムに狙いを定めていた

 

(今の内に──!!)

 

これをチャンスと捉えたキラは対ビームシールドを構えながら腰部の右側からアーマーシュナイダーを取り出す

 

「これで…!」

 

ピーッ!ピーッ!

 

「っ!? 左から……新型!?」

 

咄嗟に盾に身を隠しながら右腕を振り被る

 

だが通常のバクゥよりも素早いスピードでオレンジ色の機体は砂の上を滑り、そのまま流れるような動きで右腕を斬り捨てる

 

「そんなっ!?」

 

今まで目に見えた損傷を負わされた事がないだけにキラは動揺する。肘から先が背後の大空に飛んでいき、ストライクの方に機体を向き直すMSの近くに落ちる

 

ストライクの右腕を奪った下手人…バルトフェルドはラゴゥの中で複座に座る恋人に聞こえるように愚痴る

 

『あらら、墜とせなかったか…クルーゼ隊を退けただけの事はある坊やだ』

『良かったのアンディ?彼は』

『仕方なかろう、戦争なのだから。彼もその覚悟でここにいるはずだ』

「くそ…ッ!!」

 

右腕をもがれた事で重心が左に偏っている。コンピューターを操作してバランスを取り、推進剤を吹かしてラゴゥから逃れようとするキラ。しかしそれを見逃すバルトフェルドではない

 

『逃がさんよ!』

「速い!?」

 

連合の最新鋭機、それも機動力がトップクラスのエールストライク相手にぴったりと追いついてくるラゴゥの姿にキラは驚く

 

背中の砲塔から二条のビームが撃たれ、それをシールドで何度もガードするストライク。攻撃を受けたことで減速し、ラゴゥとの距離が縮まった辺りで、ラゴゥは横に逸れるように離れ出した。遅れてラゴゥがいた地点にミサイルの花火が咲く

 

『キラ!受け取れ!!』

「ッ…!!」

 

スカイグラスパーだ。ムウ・ラ・フラガが援護したことでラゴゥが一時的に距離を取ったのだ。キラは無言で飛来する“ランチャーパック”を装備する

 

しかし、右腕を失った状態で左半身に高出力ビーム砲、ミサイルポッド、シールドを装備すれば嫌でも機体は左に崩れ落ちる。キラは即座にアグニを捨て、右膝をつく事で倒れないようにし、紙一重で飛び掛ってくるラゴゥのビームサーベルを受け流す

 

『ほう!やる!』

「ッ!? え…!?今の声…」

 

だが、一瞬接触したことにより繋がった回線から聞こえた声に、キラは耳を疑った

 

互いに振り向き、睨み合う硬直状態を利用し、スピーカーをオンにして大声で呼び掛ける

 

「あなた、バルトフェルドさん…!?バルトフェルドさんなんですか!?」

『…わざわざ戦闘中に呼び掛けてくるとは、若者らしく無謀じゃないの』

「聞こえていないのですか!?それとも、実は違うのか…?」

 

敵からのラブコールなどノーセンキューなバルトフェルドだが、他でもない、コーヒーを奢ってやるほど気に入った相手だったこともあり、こちらも外部音声に切り替えて応答する

 

『聞こえているとも、少年』

「…!やっぱり…どうしてあなたがここに!?」

『不思議なことを聞くな!兵士が戦場に出ることがそんなにおかしな事かね!?』

「あなたは指揮官でしょうが!!」

『世知辛い世の中だよ。指揮官も前に出なければならないほどザフトは人員不足らしい!』

 

一閃、二閃。しゃがみ姿勢でサーベルを咥える獣を上手く往なしながら、頭部バルカンで狙うもラゴゥを捉えきれない

 

『片腕でこれか…!』

 

バルトフェルドから見ても、凶悪なシミュレーターで研ぎ澄まされたキラの戦闘力は舌を巻くレベルだ。思わぬ強敵に操縦桿を強く握ると、前方の恋人から窘められる

 

『熱くならないで、アンディ!』

 

ソプラノボイスが砂漠の熱い空気を伝って、ストライクに辿り着く

 

「…まさか……あの女の人も…?」

 

それに気づいたキラの胸中にあったのは困惑と疑問…そして怒りだった

 

「あなたは…!あなたは何をしてるんですか!?」

『ムッ?』

「あの女の人は、あなたの大切な人だろ!?そんな人をこんな殺し合いの場所に連れ出して、一体何を考えているんだ!?」

 

これほどまでに怒りを爆発させた理由は、好きな子が戦場に行くのを止められなかった自分への不甲斐なさか、バルトフェルドは恋人が安全な場所にいる事への嫉妬か、それなのに彼女を戦場に引き摺り込んだ男に一方的に裏切られたと感じる怒りか…

 

溜まりに溜まった感情がごちゃごちゃに混ざり合って、嵐のような激情がキラを突き動かす

 

「あなたはそんな人じゃないと思っていた、思っていたのにぃ!!」

『アンディを悪く言わないで…私がお願いしたの』

「でも!」

『見解の相違というやつだよ少年。君があの少女…フレイだったか?彼女をどう思っているのか想像は着くが、だからといって押し付けるのは感心せん』

 

飛び交う弾丸をすり抜けながら男はそう言う

 

「間違っていると言いたいのか…!?戦ってほしくないって、死んでほしくないって思うのが間違っているとっ!!」

『正しいさ…しかしあの館で私は言ったぞ、「この戦争は狂っている」と…狂った戦場では正しい価値観などゴミのように踏み躙られるだけだ!!』

 

連なるビームを避けて、防ぎながら、キラは思案する。館の時にはこの戦争を否定していたのに、今はこの狂った戦いを肯定しているように見える。キラにはバルトフェルドの考えが分からなかった

 

一方、バルトフェルドは危機を感じていた。自分達の命の危機に、ではない。発展途上にも関わらず、自身を屠る潜在能力を見せるこの若者の未来の行き先に、だ

 

元々、バルトフェルドは平和とコーヒーと、何より愛しいアイシャと過ごす時間が好きなだけの若者だった。当然戦争など興味もなかったし、兵士になる気も毛ほどもなかった。しかし、プラントの世論と“血のバレンタイン”の悲劇がそれを許さなかった

 

徴兵されたバルトフェルドは指揮官、そしてMSパイロットとして高い適正を有しており、最前線に送られ、その才能を開花させた。最初は銃を撃つ手も震えていたが、何度か繰り返すうちに“慣れて”しまった…

 

バルトフェルドはその「慣れてしまう」という事が何より恐ろしい事なのだとその時理解した

 

人殺しを忌避していたはずの自分でさえこうなのだ。これが人を、敵を嬉々として殺す過激派の人間が抱いたらどうなるか?そんな人間がザフトの、連合の上層部に数多くいればどうなるか?双方共に“慣れてしまった”大量虐殺を躊躇いなく行うようになり泥沼の戦禍に陥ることは想像に難くない

 

(最悪世界が滅びる…なんてのは、僕の考え過ぎかね?)

 

しかし、取り返しのつかない代償を支払うことにはなるだろう。ただでさえクルーゼという不安要素がプラント側には存在するのだ

 

そして、この()()()()()少年が戦争を通して歪んでいけば……きっとそれは恐ろしい結末に繋がるだろうという奇妙な確信がバルトフェルドにはあった

 

『隊長ッ!敵の黒い新型によって、艦が2隻やられました!今はもっていますが、このままではこの艦も…!!』

「…潮時か…」

 

そう考えていると、無線から副官(ダコスタ)の焦る声が流れてきた。それを聞いたバルトフェルドは、努めて冷静に()()の命令を飛ばす

 

「ダコスタ君、退艦命令を出せ」

『隊長…!?』

「残存兵を纏めてバナディーヤに引き上げ、ジブラルタルと連絡を取れ」

『隊ちょ──』

 

ブツッ

 

「君も脱出しろ、アイシャ」

 

無線を切り、アイシャの後ろ姿に向かってバルトフェルドは言う。しかし彼女はバルトフェルドの方を少し見ると、微笑みながらこう言い返した

 

「そんなことをするなら、死んだ方がマシね」

「…君もバカだな」

「何とでも」

 

ナチュラル(相手)も、コーディネイター(自分たち)も、なんと愚かなのだろうと自嘲し

 

「では…付き合ってくれ!!」

 

だが、優しい笑みを浮かべる彼女の顔を見て、バルトフェルドもアイシャを地獄に連れていく覚悟を決めた

 

 

 

戦闘の最中、敵艦全てを沈黙させたというCICからの報告を聞いたキラは、しかし勢いを増してこちらに迫ってくるラゴゥの姿に困惑の声を上げる

 

「バルトフェルドさん!?」

『まだだぞ!少年!』

「もうやめてください!今、敵艦が墜ちたって…勝負は着きました!!降伏を!!」

 

アークエンジェルの戦力は1つも減ってないどころか、むしろ増援で増えており、逆に砂漠の虎の陣営は戦艦もMSも軒並み撃墜されていて、残っているのはバルトフェルドのラゴゥのみ

 

抗戦しても確実に命を散らす事になり、これ以上誰かを殺すことに抵抗したかったキラは必死にバルトフェルドに呼び掛けた

 

『残念だが引く訳にはいかんよ!』

「バルトフェルドさん! ああっ!」

 

橙の獣が盾をすり抜け、エールストライカーの右翼を切り飛ばす。更に左に傾くガンダムを見つつ、ガードすらしなかったその無抵抗ぶりに対してバルトフェルドは悪魔の言葉を告げる

 

『抵抗しないならば好都合だ!君を殺し、そして死ぬまで君の仲間も存分に殺すとしよう!』

「あ、うっ……ああっ……!!」

 

それだけは許せなかった。それは今戦場で1番近くにいるアークエンジェルの、フレイ達の殺害宣告に等しい

 

そんな事を言うバルトフェルドは絶対に許せないはずなのに…“人を撃ち殺した銃を握る感覚”がリフレインし、キラの決断を鈍らせた

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…!!」

 

ドクン! ドクン!

 

(どうして戦うんだ)(許さない!)(あなたと戦いたくないのに)(戦うしかない!)(恋人も一緒なのに)(フレイは殺させない!)(殺したくない…)(殺さないと!)(撃ちたくない…!)(撃たないと!)(撃たせないで!)(撃つんだ!!)

 

 

(キラ・ヤマトォッ!!)

 

 

パキィィィィン

 

 

「撃ちたくないんだあぁぁぁぁ!!」

 

 

ガコン!

 

ラゴゥが飛び掛ってくる中、パージされるエールストライカー。そしてキラは躊躇なく左腕を引き絞らせ、腕に装着されたシールドをラゴゥの頭部めがけて、投げつけた

 

『何ッ!?』

 

投擲物が当たらないよう姿勢制御するラゴゥだが、ラゴゥの口元に当たる部分には両刃のビームサーベルがあり、投げつけられたのはビームサーベルも“弾く”対ビームシールド

 

バヂィ!

 

空中ではシールドを完全に躱し切ることはできず、電気が爆ぜたような音の後に残るのは、ストライクに向かって崩れた姿勢で落ちるラゴゥの機体

 

「うわああああああああっ!!」

 

そして…完全にフリーになったストライクの左手にビームサーベルを持たせて、キラはラゴゥのコックピットに向かって──

 

 

『その感覚を忘れるな、少年』

 

 

ピキリと

 

何かがひび割れた

 

 

 

熱い感覚がラゴゥを貫く。同時に後ろのコックピットから重たい何かが抱き締めるようにのしかかる。思わず首を振り向ければ、すぐ横にアンディの顔があった

 

(あっ…)

 

()()()()を見て、アイシャは悟った

 

アンディは…自分の誰よりも愛しい恋人は…自分を守る為にラゴゥを無理やり、ほんの僅かに動かしたのだと。例え、結果的に意味のないものだとしても

 

それを理解したアイシャは愛おしげな笑みを浮かべ

 

『アンディ──』

 

子供のように目を瞑ったバルトフェルドの()()()を抱き締め返した──

 

 

 

のしかかっているラゴゥの接触回線から、アイシャさんがバルトフェルドさんを呼ぶ声が聞こえた。そして数秒も経たない内に…

 

ドォォォン!!

 

穿たれたラゴゥの風穴から爆発が起き、そこから漏れ出る爆炎がストライクを覆い尽くす。強い衝撃がコックピットを揺らすが、機体には1つのダメージもなかった

 

そして遅れてモニターに映る“ENERGY EMPTY(エネルギー エンプティ)”の赤い文字。…どうやら最後の最後まで、ストライクの性能(PS装甲)に助けられたらしい

 

『キラ!あいつ、砂漠の虎を倒したのね!?どうなのよキラ…「僕…」…キラ?』

 

でも、敵を倒したというのに安心するどころか、胸を締め付けられる感覚が息苦しく感じるほど酷くなっていた。まるで、バルディーヤで初めて人を撃ち殺した時…あの時以上の感覚で

 

そうだ…!僕はバルトフェルドさんに死んで欲しくなかった!アイシャさんにも!戦わずに…これ以上殺さなくて済むのなら…それが1番良かった…なのに!

 

「僕は…!」

 

僕は!

 

僕はッ!!

 

 

 

 

 

『殺したくないのにぃぃー!!!』

 

 

 

 

 

今までずっと、先遣艦隊が墜ちたあの日から抑え続けていたキラの慟哭が鼓膜を揺さぶる。感情の噴出が終戦の狼煙のように響き渡り、唯一それを聞いたフレイの心に強く刻まれる

 

コーディネイターは宇宙の化け物、産まれる前から遺伝子を弄って産まれた自然の摂理に反した生き物、それがフレイの中でのコーディネイターに対する認識()()()

 

でも、ラクスは歳相応の女の子らしさがあって、バルトフェルドは戦争の止め方をずっと考えていて、そしてキラは押し殺していた心が壊れそうになっている

 

「キラ……」

 

だから最近、コーディネイターというものがよく分からなくなってきた

 

本当に、分からなくなってきていた



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弔いの歌

“砂漠の虎”アンドリュー・バルトフェルドは討ち死に、残存するザフト軍もバナディーヤまで引き上げた。多くの戦艦、MS、ヘリを破壊したことにより、今の虎の残党には反撃ましてや襲撃する戦力など残ってはいなかった

 

アークエンジェルもMSとパイロットこそ失わなかったが、決して無傷ではない。武装、装甲が少なからず破壊されたし、砲兵等の人員には怪我人も死人も出た

 

…何より、明けの砂漠は悲惨の一言に尽きた。半数以上の構成員が死亡、その殆どがアフリカの将来を支えるはずだった若者なのだ

 

戦いには勝った。しかし、この国の未来を考えると安易に勝利を喜べないサイーブたちであった

 

 

 

ノズルを閉めて、シャワーヘッドから飛び出す湯を止める

 

ティーンエイジャーの少女とは思えないほど整った体つきは扇情的に赤みを帯びており、紅潮した肌よりずっと鮮やかな赤髪から水滴が滴り落ちる

 

「何がイヤって、慣れてきちゃったのが1番イヤなのよねぇ…艦内じゃ風呂もリンスもないし」

 

バスタオルでゆっくり、優しく髪を拭きながらフレイは独りごちる。バナディーヤの“虎”の屋敷で入ったお風呂のフローラルな匂いはまだ覚えている

 

───敵の指揮官機のコックピットの中には、半身と泣き別れした男の焼けた遺体と…それを抱き締める、男か女かの区別もつかぬほど全身が黒焦げになっている遺体があった

 

それがバルトフェルドとアイシャの成れの果てだと泣きじゃくるキラから確認した時は衝撃的だったし、特にアイシャ(と思わしき)の亡骸を見た時は、初めてコーディネイターを殺した時ですら込み上げてこなかった吐き気が一気に襲ってきたほどだった

 

「…お礼くらい、言っとけば良かったかな…」

 

コーディネイターが嫌いなことは未だに変わらないし、特にパパを殺した宇宙(そら)のザフト部隊は自分の手で殺したい憎しみすらある

 

でも、バルトフェルドや、ラクスや、キラのようなコーディネイターもいるのだと思ってからは、その憎悪の決意が綻び始めてきていた

 

(ヤな女…)

 

内心、そう自嘲気味に呟きながらも軍服を身に包むと、フレイは部屋を出て、艦を出て、夜空の砂漠の砂を踏む

 

「フレイっ!」

 

篝火に人々の中から少女…ラクスが花を咲かせたような笑みを浮かべ、フレイに近づくと抱き締めた

 

「ちょっ、ちょっと…!」

「来てくれて嬉しいです、フレイ」

「分かったからっ離れなさいっての!」

 

戦闘訓練によって最近ついてきた筋力でもってラクスを無理やり引き剥がす

 

「あ……」

 

そうすると、名残惜しそうにした後、寂しそうに微笑むものだから後味が悪いったらありゃしなかった

 

「もう………何よその目」

 

ふと視線を感じて周囲を見てみると、アークエンジェルのクルーやカレッジの面子が微笑ましそうなものを見る目でこちらを見ていた。ジト目のフレイにミリアリアが揶揄うように言う

 

「べっつにぃ〜?ただ、随分懐かれちゃってるな〜って思っただけよ〜?」

 

…そう、砂漠の虎との戦いが終わってから、妙にラクスはフレイに擦り寄るようになっていた

 

先の戦いの最後の時に、フレイがラクス(とアークエンジェル)を守るという旨の発言が通信で聞かれていて、それをミリアリアがラクスに教えた結果…こうなってしまったのである

 

「ミリアリアが余計なこと言ったせいでしょ!?責任取りなさいよ!!」

「でも、今までのフレイならもっと嫌そうにするのに、今はあんまり拒絶しないじゃない」

「な…!」

「どういう心境の変化?」

「ッ…知らないっ!!」

 

その指摘が図星だったのか、フレイは拗ねたまま周囲に誰もいない岩場に座り込んだ。滲み出る怒気の凄まじさに、歌の準備を始めたラクスを除く全員が誰も近くに座ろうとしなかった

 

…今夜、この場に今日の戦いで生き残った者達が集まっていたのは、先の戦いで亡くなった者達への追悼の歌を歌いたいとラクスが提案したためであった

 

無論、厳しい戦闘を乗り越えた直後故、そんな暇はないとマリューやサイーブはやんわり断った。それに、ラクスをザフトの人間だと思っているレジスタンスの若者もわずかに居て「ザフト(お前達)のせいで仲間が死んだのに何様のつもりだ」と罵倒を投げつける者もいた

 

 

『プラントの人間であるわたくしが、プラント以外の人間を弔ってはいけない理由があるのですか?…戦うことのできないわたくしに、意志のある戦いを止める権利はございません。ならばせめて、戦い終わった者たちが安らかに眠れるように尽力する…それが、戦えないわたくしができる、唯一の責務なのだと思っています』

 

 

その強い意志…カリスマともいうべきものに当てられ、多くの者がラクスに圧倒された。(正確には、興味なさげにしていた者が2名いたのだが、何事も起きなかったため除外する)

 

とにかく、観客が1人も居なくとも歌うと決めたラクスの意志は固く、プラントの民間人を保護しているという建前もある以上1人にすることも出来ず

 

ある者は護衛の為、ある者は疑心ゆえに監視する為、またある者は興味本位で…結果として、多くの人が砂漠と岩山をバックにしたステージに集まったのだった

 

「皆様、本日はわたくしの我儘に付き合って下さり、本当にありがとうございます」

 

雲のひとかけらもない、満天の星空を背にしてラクスは頭を下げる

 

「先の戦いで、敵味方問わず多くの命が失われました。…それは本当に悲しいことです…戦う力のないわたくしに出来ることは、歌で彼らの魂を慰めることくらいですが、その為に心を込めます。どうか、皆様も聞いてください」

 

そう言って歌い始めようとするラクスを見ながら、フレイはふと1人の男の子のことを思い返す

 

(そういえば…キラ。あの子、結局来なかったわね…)

 

バルトフェルドを討ち、慟哭の悲鳴をあげた少年。トール達の方で来るよう閉じこもった部屋まで呼び掛けに行ったが、ロクに返事もなく、疲れてるのだろうと思って無理に連れてこなかったらしいが…

 

 

『殺したくないのにぃぃー!!!』

 

 

(殺したくないなら…なんで戦うのよ…)

 

ヘリオポリスを脱出した直後とは状況が違う。今はビアッジ少佐もいるし、守りたいにしても、自分の心をそこまですり減らして戦うものなのだろうか

 

なんとなく気持ちが沈んだからか、夜空でも見渡して気分転換しようとした

 

すると、遠めで見えづらいが、アークエンジェル甲板にある安全柵にもたれ掛かる少年の姿を見つけた

 

「あの子…」

 

後ろから聞こえてくる歌姫の歌声に後ろ髪を引かれる気持ちになるが、結局好奇心が勝ったフレイはその場を後にした

 

 

 

──君はなんにも言わずに──

──冷たく 振りほどく──

 

「…………」

 

冷たい夜風が沁みる中、甲板からキラは僅かに見える光源を頼りに眼下の景色を眺めていた

 

空気と共に流れ込んでくる歌は砂漠の夜と…自分の心とは真反対に温かさを感じさせ、それがキラをより惨めにさせていた

 

「…ぼくは…」

 

コツン…

 

「!? 誰!?」

 

後ろから聞こえてきた足音にキラは反射的に振り返る。気づかれた少女は一瞬体を震わせて、その少女を見たキラは思わず名前を口にした

 

「カガリ…?」

「お前…」

 

そこにいたのはカガリ・ユラという名の少女だった。砂漠の寒さに慣れているのか、薄着のままゆっくりと傍まで近寄ってくる

 

「虎を倒した奴がこんな所で何やってんだよ、あそこに行かないのか?」

 

視線の先にはラクスの歌の虜になっている多くの観客がいる広場があった

 

「君こそ…どうしてここに?」

「……別に」

 

素っ気なく返すカガリ

 

カガリがここに来た理由は、広場にはとても行けそうになくて、でも歌の話が気になったから、歌が聞こえそうで誰もいない場所を探し彷っていたからだ

 

広場に行かなかった理由は……

 

「…キレイな歌だな…」

「うん…」

 

互いにセンチになっているのか、内向的なキラはともかく、活発で明るいカガリも静かに流れてくる歌声に耳を傾けていた

 

──いつか 誓う僕ら──

──この手で 築く未来は──

 

曲もサビに差し掛かった頃合いにカガリは口を開く

 

「…ジャハルは、機械弄りが好きだったんだ。ザフトは嫌いだけど、モビルスーツはいつか触ってみたいって言って、周りの奴らに怒られてた」

「え…?」

「ラムジはケバブが大好物で、でもヨーグルトソースを山みたいに掛けて食うから、私はいつもチリソース片手にあいつとケンカしてた。ムサの奴は勉強が凄い得意で、皆が分からない事を分かるまで丁寧に教えてくれた」

 

次から次へと出てくる名前に聞き覚えはなかった。でもそれを過去のように寂しげにカガリが語るということは…その者達は全て、あの戦いで死んだ者達なのだということをキラは理解した

 

「ナセルは歌が好きでッ、私達の国の歌のカセットとかもいくつか持っててッ…アフメドはザフトを憎んでいたけど、この歌なら好きになってくれたかもしれなかったッ…!」

「カガリ、君は…」

「私は!」

 

ポタ ポタ…

 

カガリは泣いていた。そこには勝利の女神と崇めたてられていた強気な戦士の姿はなく、ただ後悔に咽び泣く女の子だけが存在していた

 

「私が軽い考えで戦うなんて言ったから、アフメドも、皆も死んで…!」

「カガリ」

「なんだよ…私は泣いてないぞ!!」

 

腕で目元をゴシゴシと擦って涙も拭き取るカガリだが、次々と溢れ出る涙を止めることは出来ない

 

「泣いていいわけないだろ…!私のせいで皆死んで、あいつらはもう泣くことも出来ないのに…!だから、だから私はもっと…」

 

そう言って強がるカガリを見たキラは、えも知れぬ感情に唇を噛んで…気がついたら、カガリを優しく抱き締めていた

 

「ッ! あっ、えっ…!?お、おいっ…」

「いいんだよ、泣いて」

 

抵抗する少女を決して離さず、しかし傷つけないように抱き締めながら、キラは心から湧き出た言葉を伝える

 

「僕も…僕も、泣きたくて、戦いたくなくて、でもフレイのお父さんと約束したから、守る為にストライクに乗って…」

「フレイって…」

「カガリの戦いはもう終わったんだから…だから、もう泣いていいんだよ」

 

沁みるような気持ちが通じたのか、カガリは震え、ポロポロ目から雫を零す

 

「な、なんだよ…!あの時はあんなに怒ってたくせに、急に泣いていいとか、言ってることがめちゃくちゃじゃないか…っ!そんなこと言われたらっ、ううっ…うあああ…!!」

 

胸に顔を埋めて嗚咽を洩らすカガリの頭を、キラはそっと撫でる。同じ年頃の女の子が抱きついているのに落ち着いていられるのは、カガリを異性としてみてないというより…

 

(妹がいたら…こんな感じなのかな…)

 

──だけど いまは二人せつなく そらした瞳──

──出逢えることを 信じて──

 

きっとこの子が聞けば怒るだろう本音を胸の奥にしまって、キラはただただ流れる歌をBGMに、目の前の子供を慰め続けた

 

 

 

「なによ…それ……」

 

その様子を、覗き見ていた者にも気づかず




インフルって怖いですね。身をもって思い出しました


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歪に絡み合う心

「私たちも同行させてくれ!!」

 

弔いの宴の2日後、アークエンジェルの点検、整備、弾薬物資の補充を終え、明日にアフリカを発とうとするマリュー達の前に、キサカを連れて現れたカガリはそう言い放った

 

これを断るのは当然規律に厳しいナタルだ

 

「何をバカな…この艦は現在、アラスカのジョシュアに向かうという重大な任務の遂行途中なのだ。無関係な人物を乗せるわけにはいかん!」

「アラスカまで着いて行くわけじゃないさ。それに、この辺の情勢なら私たちの方が遥かに詳しいし、補給の問題の解決にも心当たりがある。航海を確実にするための助けになると思うぞ?」

「ダメなものはダメだ!!」

 

メリットを提示するも、ナタルは断固として譲らなかった。2人のそんな言い争いを見てどうすべきか判断に迷うマリューが振り向けば、ムウはお手上げと言わんばかりに手を横に首を振る

 

そしてもう1人はと言うと、声を荒らげているナタルの後ろまで近寄ると、よく通った声で言う

 

「その辺にしときな、バジルールの姉ちゃん」

「ッ、ビアッジ少佐…」

「その2人を連れて行くことに関してだが、俺は賛成だぜ」

「なっ…!?」

 

驚愕するナタルを他所に、ゲイリーはカガリとキサカを見ながら言う

 

「そこの嬢ちゃんの言うように、俺たちはこの辺の情勢に疎い。ただでさえ補給も満足に出来てねえ状況なのに、情報まで不足してちゃあザフトに良いようにしてやられるぜ?アラスカまでのルートにはザフトの制海圏もある。嬢ちゃんの言う補給のツテ…当てにしていいんだよな?」

「ッ……ああ、私が絶対にさせてやる」

「カガリ…!」

「良いだろうキサカ!このままじゃ私たち、ただの恩知らずだぞ!」

「しかし…」

 

それでも言い淀むキサカを他所に、カガリはマリュー、ムウ、ナタルの3人に頼み込む

 

「お願いだ!!私に出来ることなら何だってする!だから連れて行ってくれ!」

「…………」

 

そんなカガリの必死の姿を見てどう思ったのか。マリューは軽くため息を吐いてから決断する

 

「…分かりました。私の責任で、貴方たちのこの艦への同行を許可します」

「本当か!?」

「艦長!よろしいのですか!?」

「もちろん良くないわ…でも、そんな事を言ったらキリがない事を私たちは何度もやってるでしょう?だったら使えるものは全部使ってでもアラスカにアークエンジェルとストライクを届けるのが使命だと私は思うわ」

「う……」

 

痛いところを突かれてナタルは唸る。自分が他でもないそんな事(ラクスの人質)に関与しているのだから

 

そんな中、ムウがマリューの肩に手を置く

 

「固いこと言うなよ艦長殿。何かあれば俺たちだって責任を取る。自分ばっか重荷を背負う必要はないぜ?」

「…そう…ありがとう。でも、それ(肩の手)セクハラよ?」

「うええ!?」

 

咄嗟に手を除けたムウを見てブリッジに笑い声が響く

 

これだ。この空気が自分には耐えられない。自分達は軍人、規律を重んじる組織の人間なのだから、模範となるべき行動と態度を取るべきなのに…

 

(私と彼女(マリュー)と、一体何が違うというんだ……)

 

副艦長は誰も見てない中、静かに目を伏せた

 

 

 

ところ変わってMSデッキ…

 

ヘリオポリス学生組とサボり目的の整備班の若い人間数人は、固唾を呑んでレイダーとバクゥの2機を交互に見つめていた。ラクスは静かに微笑みながら見ている

 

更に経つこと数分。レイダーから欠伸をしながらクロトが、バクゥから額に汗を滲ませながらフレイが出てくる

 

「もおおお!!ディン以上にビュンビュンビュンビュン飛び回ってぇー!鬱陶しいのよぉ!!」

『あー……』

 

その言葉で、何より2人の対比で観客全員が悟った。フレイはクロトに完膚なきまでに負けてしまったのだと

 

「あ〜、かったるかったぁ。早く部屋でゲームでもしよ」

「余裕ぶっこいでんじゃないわよっ!こっちがエールストライクに乗れてればアンタなんか!」

「犬ッコロで走り回ってる方が、1番良い的になると思うけどぉ?」

「キィィィィィィ!!」

 

舐め切った態度で煽るクロトに、もはやヒスってるというより完全に癇癪を起こした子供といった感じのフレイだが、そのやり取りを見ていたミリアリアは逆に安心していた

 

父親が死んでからのフレイは、ひたすら怒りを燃やし続けていた。コーディネイターへの憎しみも強く、キラはトール達と友達だったから避けていたのかもしれないが、コーディネイターは敵味方問わず…それこそアークエンジェルで保護してるラクスに対しては直接殴った位なのだ(直前にそのラクスに叩かれたのも原因だろうが)

 

しかし…

 

「お疲れ様でしたフレイ」

「ありがと…ビアッジ少佐程じゃないけどめちゃくちゃよアイツ。なんであれでナチュラルなのよあの2人…!」

「フレイも頑張れば出来ると思います…おそらく」

「不安げに言わないでよ!」

 

あの後に何があったのかは知らないが、2人は明らかに仲良くなっていた。それも、互いに気兼ねなく話し合える親友レベルまで、一気に

 

(妬いちゃうわね……)

 

自分はサイを通して、それもそれなりの時間をかけて今の関係を築いたというのに、2人の距離は自分達より、それこそ元婚約者であるサイ以上に縮まっていた。そのサイも営倉から出されたものの、どこかフレイを避けている様子だった

 

もはやフレイの大切な人間の中に自分達は入ってないのではないか?そんな事を考えて、寂しさを感じるミリアリア

 

それと更に、ミリアリア達には不安なことがあった

 

(クロトさん…)

 

視線の先には、我先にその場から退散しようとするクロト・ブエル…その首元に付けられた、大仰で無骨な()()があった

 

 

『爆弾!?』

『おうよ。クロトの奴は俺の雇い主であるムルタ・アズラエル殿の子飼いの兵士なんだが、実力はある分、忠誠心とかが欠片もなくてなぁ…モビルスーツに乗って脱走されても困るってんで、遠隔起爆できる首輪をコイツにつけてるってわけだ』

『そんな事が許されると思っているのですかビアッジ少佐!?こんな、子供を無理やり脅して戦わせるなど!』

『お前さんらにそれを言う資格はねえぜ。ストライクの坊主を脅して無理やり戦わせて、歌姫さんを人質にとったお前さんらにはなぁ』

『………!!』

『それにこいつぁアズラエル殿の私兵だ。彼がそうすべきと判断したことを俺らがどうこう言うのは筋違いであり、そもそもンな事をする権限が俺にはない…違うか?』

『しかし…しかし…!』

『それが嫌なら、せいぜいコイツに脱走されるようなことをしないこったな。行くぜ、クロト』

『相変わらず嫌味ったらしいねぇアリ『おい』……ゲイリーのオッサンはさあ』

 

 

1つはクロト・ブエル少尉の存在。最低限の礼儀はあるが、常にぶっきらぼうで態度も悪く、ビアッジ少佐からの指示でなければ常に部屋でゲームをしてるか寝ている問題児

 

しかし首輪につけられた…食事の時もシャワーの時も、寝ている時ですら外すことが出来ない爆弾があるからか、キラ以上に扱いが難しいらしく、あのバジルール中尉ですら強気に注意することが出来ていないほどだ

 

もう1つはサイ。懲罰が終了し営倉から出られはしたものの、フレイとキラに対してやけによそよそしいのだ。これにより学生組の雰囲気が多少悪くなっている

 

そして最後に…キラ

 

砂漠の虎を討ち取った後から、急激に元気を無くしている。活力がない、という方が適切かもしれない。同時に、フレイに対してもどこか避けている節がある。それどころか、フレイもどこかキラに煮え切らない態度をとっていて、キラとフレイとサイの3人がおかしな関係になっていると言ったところか

 

キラはフレイに特別な感情を抱いているとトールから聞いた事があるミリアリアは、痴情のもつれの類かと勘繰りつつも、その関係性の正体を明かせずにいた

 

(私の勘違いならいいんだけど…)

 

サボっていた部下達に怒声を飛ばすマードックを尻目に、ミリアリアは心の中で祈るのだった

 

 

キラは罪悪感を、フレイは疑心を、サイは嫉妬を

 

あまりにも複雑な感情の糸は雁字搦めにもつれ合う

 

そして、それを裏から愉快に眺めている男の企みに気づく者はまだ居ない…



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