シンフォギアの世界に転生し……って、こいつかよ!? (ボーイS)
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プロローグ

あのキャラが主人公のシンフォギア作品無いなーと思って思いつきました。悔いはない


 最後に残っている記憶は空が赤く染まる光景だった。

 

 楽しそうに家族に手を引かれる子供に向かってトラックが勢いよく突っ込んで行くのだからびっくりしたね。ありゃ完全に居眠り運転だ。運送会社、かは分からないが社員の体調とシフトくらいキチンと管理しないからこうなるんだ。まぁ、子供の方は俺が押したせいで膝に怪我を負っちゃったけど他は特に大きな怪我が無くて良かった。

 

 んで、肝心な俺はというと……まるでアニメかよ!ってくらい見事にはねられたね。

 

(やべ。身体全く動かないのに全然痛く無い)

 

 あまりの痛みのせいか意識はハッキリしてるし痛くもない。だが全然身体が動かない。

 無理もない、手足の感覚はないが少し顔を動かせば視界に入るのは人体の構造上絶対そっちに向かんだろ?というくらい明後日の方向に向いた関節と、なんであんな所に俺の腕があんの?と思うぐらい遠くに吹っ飛ばされた俺の千切れた腕があるんだから。

 

「──────!」

 

 頭の上で誰かの声が聞こえるが何を言っているのか分からない。どうやら耳もやられているようだ。そう言えばまだ朝だというのに視界も赤い。

 

(あ、こりゃ無理だ)

 

 何か思いついたみたいに自分がもう無理だというのが分かる。いやーあまり良い人生だったとは言えないが、こうもあっさり終わるものなんだなぁ。

 

(あー……やべ、眠たくなって来た)

 

 突然強い眠気が襲ってくる。こりゃ眠ったら完全にOUTなやっちゃ。まあ抗えそうに無いが。

 

(ああくそう。まだやり残した事があるのに)

 

 やり残した事。そう。

 

(今月はコミケでマリセレ本とキリシラ本が出るって言うのに!)

 

 戦姫絶唱シンフォギア。歌で世界の危機に立ち向かう少女たちの物語。その中で出てくる俺の押しキャラであるマリア・カデンツァヴナ・イヴとその妹のセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。そして暁切歌と月読調の同人誌(R18)が今月のコミケで発売するというのに!こんな所で死んでしまうとは情けない!

 

(ふ、次の人生は四人に囲まれる世界で……いや、あの世界モブには厳しいから俺どの道死ぬか?)

 

 なんて馬鹿な事を考えている間にも少しずつ意識が遠のいていく。走馬灯ってやつが流れてくるが、そのほとんどシンフォギアの事って俺の人生どうなんよ?しかも同人誌(R18)って俺終わってんな!

 

(まあ、出来るのなら本当にシンフォギアの世界に転生して装者たちと戦って、笑って仲良くなりたいなぁ)

 

 ついでにフィーネとかキャロルとかオートスコアラーとかの敵キャラ達まで全員と仲良くなりてえ。あの世界は色々悲しすぎるからなぁ。もっと報われてもいいと思うの。

 

(そういえばオートスコアラーって最初「オートス・コアラ」って新種のコアラか何かと思……た……な)

 

 そこで俺の意識はプツリと途切れたのだった……




さあ、誰に転生するかなぁ?


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一話 目が覚めると……

 ──せ。

 

「ううん……」

 

 ────かせ。

 

「あと5分……」

「博士!」

「へあ!?」

 

 耳元で大きな声が聞こえてビックリして目を覚ます。しかも結構近かったから耳が痛い……

 

「もう、今会議中ですよ?」

「え……は?」

 

 まだ覚醒していない頭で周りを見回すと見知らぬ白衣を着た人達の目が俺に向いていた。

 ……いや、知らないはずなのに何故か知っている。

 

「はぁ、研究一筋なのは良いが少しは周りに合わせたまえ」

「えっと……」

「まだ目が覚めていないようだし、顔を洗って来なさい」

「あ、はい」

 

 会議中なのでは?と思ったが凄く違和感を感じている頭をスッキリさせるために俺は席を立って近くの洗面所に向かう。確か会議室から出て左の突き当たりを右だったな。

 

(……あれ?なんで俺、ここに詳しいんだ?)

 

 俺はしがない会社員だったはず。何不自由なく、だけどこれと言った得意な事もなく、趣味といえばアニメ鑑賞のごく普通の一般人だったはずだ。

 今の白衣の人達だってそうだ。会社にもあんな服装の人達はいなかったはずだ。それにこの施設だって初めてのはずなのに何故か構造を知っている。てか研究?なんの?

 

(いや、そうだ()は聖遺物の研究を……)

 

 ……んん?聖遺物の研究?僕はいったい何を言っているんだ?ただの会社員が聖遺物に関わるなんてあろうはずがございません。

 

(ダメだ、何かおかしい。まるで二人分の記憶があるみたいだ……)

 

 知ってるようで知らない記憶。

 研究だとか聖遺物だとか、僕には一生関わり合いの無い事のはずなのに何故かその言葉がすんなりと頭に入ってなんの迷いもなく受け入れている。本当にどうしたっていうんだ?

 あまりよろしくなかった、はずの頭を働かせるが何も分からないまま洗面所に到着して中に入り、付けてなかったはずの()()()()()()顔を洗う。冷たくて気持ちええわぁ。

 

「ふぅ、スッキリした……は?」

 

 顔を洗ってから眼鏡をかけ直し、目の前の鏡を見て僕は絶句した。

 鏡に映る自分のと思わしき顔を触れる。ついでにつねってみるが凄い痛い。

 

「え……は?」

 

 目を擦ったり、もう一度顔を洗ったりして何度も鏡を確認する。だがそこに映る結果は何も変わらない。

 鏡には白い髪の毛で薄青い瞳、そして人によってはイケメンと言われそうな顔が映し出されている。

 何も知らなかったらイケメンでええやん?と思うかもしれない。だが僕はこの顔を知っている。僕の好きなアニメである戦姫絶唱シンフォギアに出てくる敵キャラ。

 僕の推しキャラであるマリアと調と切歌が出たG編にて三人を脅したり騙したりとしたキャラで、一部では変態英雄(笑)眼鏡と言われるが次編のGXのラストで少し活躍したキャラ。

 

なんでよりにもよってウェル博士なんだよ!!??

 

 鏡に映し出されたのはジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスの顔を見て絶句する僕であった。

 

(いやいやいやいや。ちょっと待て。なんで僕はウェル博士になってる?そもそも事故で死んだはずじゃ……)

 

 トラックに轢かれる寸前の記憶は確かにある。仰向けに倒れた格好から見る空が赤かった事も全て。なんなら会社員だった頃の記憶もある。

 だけどそれと並行して知らないはずの記憶もある。

 

(ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。男性。専門は生化学。菓子類しか口にしないが聖遺物と生体を繋げることに関しては天才であるものの、無類の英雄好き)

 

 ここまでは合ってる。だがウェル博士側の記憶ではまだそこまで狂ってはいないし、シンフォギアに関しての記憶はあるもののまだ翼さんが適合したという情報は無い。もし適合しているのならフィーネになった了子さんが何かしらコンタクトを取って来てもおかしくは無いはず。

 それが無い、という事はまだ原作開始前、シンフォギア自体が完成する前だろう。

 

(なぁんでそんな前から?しかもウェル博士って……)

 

 ウェル博士になった事は一億歩譲ってまぁ理解しよう。二次創作系転生もののよくある事だ。

 でもシンフォギアが完成するもっと前とはどういう事だ?時期的には奏さんの両親とか救えるけどここがF.I.Sの研究所なら日本までどれくらいかかるか分からないし、それにシンフォギアって詳しい日付とか分からないからあと何日後に〇〇が起こるとか分からないし。

 

「って、大事な会議だったんだよな。とりあえず戻るか」

 

 まだ混乱しているものの迷っていても何も変わらないと思い急いで会議室に戻る。

 戻ってみれば会議は案の定進んでおり、申し訳なく思いながら部屋に入る。

 

「遅れて申し訳ありません」

「別に構わんよ。丁度いち段落ついたところだったからな」

 

 強面ながらも子供好き(深い意味はない)の議長の優しい笑みに更に申し訳なく思いながらそそくさと用意されていた席につく。

 

「さて、ウェル君が帰ってきて早速だが、反対する者はいないかね?」

 

 議長の言葉で他の白衣の人達は無言で頷く。おおう。やっぱり話し進んでるぅ。なんの会議かすら分からないのに置いてけぼりにしないで!

 僕が席についた事を確認した議長はそのまま話を進める。いや、ほんとになんの話してたの?そこんとこ話してくれないのは流石に酷くない?

 

「賛成多数により、本日をもってこの研究所を一度解散。後日、米国連邦聖遺物研究機関『F().()I().()S().()』として再稼働するものとする」

「「「「異議なし」」」」

 

 ……前言撤回。結構肝心なところまで話進んでるやないか!

 




良いウェル博士って想像しにくいな……


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二話 予想以上に展開早いな!?

ウェル博士に転生した主人公。はてさてどうなる事やら(他人事)

作中の会話の一部は英語だと思ってください(作者は英語弱者じゃけぇ…)


 元の聖遺物研究所が一度解体され米国連邦聖遺物研究機関『F.I.S.』として再結成されてから早一ヶ月。

 いやぁ、さすがウェル博士。変態英雄(笑)眼鏡と言われてるけど腐っても天才と言われるだけあるね。見た事も聞いた事もない単語とか図形とか見ても一発で理解しちゃうもん。まるで僕じゃないみたい。……ある意味そうか。

 

 ウェル博士に転生してから気づいたが、結構こっちに引っ張られている気がする。いつの間にか一人称が俺から僕に変わってたんだよね。しかも無理矢理「俺」に変えようとしたら違和感感じるレベルで。

 決定的なのは「あれ、僕錬金術使った?」って思うくらい前世の記憶がいつの間にか消えていた事かな。

 シンフォギアの事とか両親の事とかある程度の記憶は残っているけど、前世の自分の名前や会社員だったのは覚えているけどどんな仕事をしていたのかとか、一部の記憶が虫食いというより丸っと消えてた時は一瞬恐怖したね。

 

 でも一番恐ろしかったのが()()()()()()()()()って思っちゃった事かな。

 ウェル博士が元から研究一筋だった事も相まって、自分に不利益が無いなら別に構わないという考えに浸食されている事に気づいた時はまた別の恐怖があったね。

 

 まぁそんなこんなでF.I.S.として再結成されてからというもの研究が捗る捗る。

 遺跡とか古代文明とかあんまり興味がなかったっていうのにウェル博士になってからもう興奮が抑えきれない!聖遺物とか見たら思わず舌舐めずりしちゃうくらいに!

 ……我に返った時自分でもクソ気持ち悪いな!と思うくらいに。

 

 そして今日はまた原作に一歩近づく事になる日がやって来た。

 

「ええ、諸君。今日は日本から遠路遥々、我々の協力者である櫻井了子女史がお越しになってくだされた」

「はぁい。皆さん。今日はよろしくね」

 

 パチパチと集会室に集まった研究員の拍手が飛ぶ。

 最近になってだが、世界で初シンフォギアを初めとする異端技術「聖遺物」を動作させた事によって櫻井理論の提唱者として有名になった人物だ。ここら辺は原作に沿ってるね。

 

(まぁ、この時点でもう了子さんじゃなくてフィーネなんだけど)

 

 F.I.S.として再結成されるという話を聞いた時に一緒に聞いたのだが、その話の数週間前に日本でノイズに対抗しうる、聖遺物を使った新兵器「シンフォギア」の起動実験が成功したらしかった。

 という事はだ。確かフィーネは強いフォニックゲインによって身体の中にある遺伝子構造に埋め込まれた記憶が反応し、元の人格を塗りつぶしてフィーネとして蘇る(だったよな?)。つまり翼さんがシンフォギアを起動させた瞬間、了子さんは死んでフィーネが出てきたはずだ。

 F.I.S.自体、表では出来ないような内容の実験をするためにフィーネが作ったようなもんだし。

 

「今日は貴方方に提供する物があって来ました」

 

 そう言ってフィーネは持っていたアタッシュケースを開く。中には赤いクリスタル状のペンダントが三つ並べられているではありませんか!

 

「シンフォギアへの加工が成功した『アガートラーム』『イガリマ』『シュルシャガナ』。この三つのシンフォギアの適合者を貴方達に見つけて欲しいの」

(展開早いな!?)

 

 おいおい、最初のシンフォギアである天羽々斬が起動してまだ二ヶ月ぐらいしか経って無いぞ!?あの三つってこんな早い段階で完成してたのかよ!?ガングニールが第二号聖遺物って言った奴誰だ!……あれ三号だっけ?二号はイチイバルだっけ?まぁいいや。

 

(秘密裏に作られたから正式なナンバリングされてないのか?てか日本政府に隠れてフィーネは何処でシンフォギアなんて作ったんだよ)

 

 まぁ聖遺物の知識に加えて了子さんが最初に作ったシンフォギアの知識もあるのなら難しくは無い……のか?

 

 あれこれ考えている内に話はどんどん進んでいく。

 要約すればこうだ。

 ・アガートラーム、イガリマ、シュルシャガナのシンフォギア装者を見つける事。

 ・適正しそうな人物は既にピックアップ済み(ほとんど身寄りのない孤児や乳児)

 ・例え装者になれなさそうでもすぐには処分しない事。

 

 だそうだ。

 そして集められた子供は「レセプターチルドレン」として管理と観測をすると決定された。

 

(あれ、多分これはフィーネの保険である器候補探索の為に集められるって事だよな?原作のウェル博士は知ってたかのような口ぶりだったけどこの時点では話さないのか)

 

 レセプターチルドレン。フィーネによって自分に何があってもすぐさま次の器に乗り移れるようにするためだけに集められた哀れな子供達。後にナスターシャによって助けられる事は知ってるけど……

 

(この時点ならウェル博士もいたのか。全然そんな描写無かったな……自分の研究以外に興味が無かっただけか)

 

 もしかしたら来たばかりの頃のマリアさんやセレナちゃんと一目会ってるのかもしれないな。ただ一方は訳もわからず連れてこられ、一方は興味の無い研究内容。覚えてなくても当然か。

 

「既に集められたレセプターチルドレンは捕獲しており、別室にて待機させております。この後は皆様の好きにしてください。以上」

 

 フィーネが一度お辞儀をして教壇から離れる。原作のニ課にいた時、櫻井了子を演じていた元気の良さがなく、何処かクールな雰囲気があるがどちらかというとこっちの方が素のフィーネに近いかもしれない。猫を被る相手がいないだけだろうがね。

 

(にしてもレセプターチルドレンねぇ。もしかしたら早速ロリマリアさんやロリセレナちゃんが拝めるか、も……)

「……っておるやんけ」

 

 配られたレセプターチルドレンの名簿をサラッと見ていると何という偶然か自分でも驚くぐらいの速さで件の二人の名前を発見してしまう。しかも予想通り押し倒しryゲフンゲフン幼くて可愛い見た目ではないか。

 

 皆がまだ資料を見ている中、僕は早速マリアさん、いやまだマリアちゃんか。の元へ駆け足で向かうのだった。

 

 

 

 




フィーネが遺伝子に細工した仕掛けはフォニックゲインではなく、正しくはアウフヴァッヘン波形に触れる事ですが、主人公の地味な知識の間違いはよりそれっぽくなるかなぁと。よく「なんでそんな細かい事覚えてんねん……」という話の流れがあるのでなんとなく……ね!


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三話 まずは好感度を上げ……たいが子供の扱い方が分からぬ

ウェル博士って変顔しなければイケメンですよね。
……変顔しなければ。


 ロリマリアちゃんとロリセレナちゃんに会えるとウキウキワクワクムラムryして集められた子供達のいる場所に向かっていた僕は早速さっきまで無駄にテンションが高かった自分に筋肉バスターでも食らわせたくなった。

 

「なんだよ、これ……」

 

 思わず前世のような口ぶりになってしまったのだが許して欲しい。何故なら目の前の光景があまりにも悲惨だったからだ。

 一部は傷一つ無い姿の子供はいるものの、中には直視しづらいような大きな怪我や生きているのか不安になる程何処か遠くを見つめたまま身動き一つしない子供、薬漬けにでもなったかのような終始目の焦点が合わずに不気味に笑っている子供が所狭しと無理矢理押し込められるようにその部屋にいたのだ。その数は百人は下らないだろうか。

 

(なんだよ……ここにいる子たちはレセプターチルドレン、フィーネの次の器になる可能性がある子なんだろ?何でこんな……あ)

 

 そこで無駄に頭の良いウェルの頭脳が嫌な事にすぐに答えを出す。ほんと、こんな時はすぐに機能するのな。

 よくよく考えたら分かることだ。もしこんなにもシンフォギアに適合する可能性のある子を集められるのならマリアちゃんとセレナちゃんの他にリンカーを使う奏さんや切歌ちゃん、調ちゃんがいてもおかしく無いのにいないのは変だ。それにそこまでピックアップ出来るのであればこの場にクリスちゃんがいないのは尚更おかしい。

 なら考えられる事は。

 

「賄賂のつもりかよ……っ!」

 

 恐らく傷一つ無い子たちがフィーネの次の器になる可能性のある子だ。そして他の子たちはフィーネが適当に集めた身寄りの無い子。つまり聖遺物とシンフォギアの研究のためと称して体の良い実検体を提供したつもりなのだろう。そう考えたら無傷の子たちも本当に身寄りの無い子なのか怪しいものだ。

 

 僕は嫌な気分になりながらも子供たちを見回していると部屋の端で固まっている無傷の子供たちの集団の中に混じる目的の二人を見つけることが出来た。まぁ片方は目立つようなピンク色の髪色だから目についただけだが。

 ゆっくりと他の子を踏んだりしないように丁寧に歩き目的の子、マリアちゃんとセレナちゃんの元へ近づく。

 

「ひっ!」

 

 分かりやすくセレナちゃんが涙目で震え出してしまう。それを見て僕は怯えさせないように腰を下げてゆっくりと手を伸ばした。

 

「ほら、怖くないよ。こっちに──」

「ッ近寄るな!」

「うっ」

 

 伸ばした僕の手をマリアちゃんは勢いよく跳ね除ける。少し伸びていた爪が手の甲をカスリ少し傷が出来たけどそれほど痛くはない。でもそれ以上に一応大人である僕を相手にセレナちゃんを守るために自分も震えているのに反撃して来たマリアちゃんを見て僕の心が痛くなった。

 

「ここは何処!?私たちを元の場所に帰して!」

「それは……」

 

 出来る事ならそうしてあげたい。

 マリアちゃんたちが連れてこられた経緯についてアニメでは描写は無かったが、これはあまりにも悲惨すぎるとさすがに思う。しかし貴重な会議に呼ばれたとしてもウェル博士である今の僕の地位はさほど高くない。多少の意見は耳を傾けてくれるかもしれないが、耳を傾けてくれるだけで終わる可能性が高い。

 この時代が元の世界の技術よりも劣っていたのなら前世の記憶チートで地位を上げるのは難しくないだろうが残念ながら技術は同レベルどころか物によってはこちらの方が上だ。それにそれほど頭は良くない方だったからどのみちさほどチート行為は出来ないだろうけど。

 

「ひぐ、おとうさんとおかあさんのところにかえしてよぉ!うわあぁぁん!」

「な、泣かないでセレナ!貴女が泣いたらお姉ちゃんも、うう、ひっく……うわあぁぁん!」

「……」

 

 セレナが泣き出してしまった事に釣られてマリアも泣き出してしまう。更にその波は広がり、恐らくフィーネに拉致されて来たであろう無傷の子たちも泣き出してしまった。

 

 あまりにも無力。

 大人でありながら二人を助ける事ができず。

 涙を拭いてあげようにもその資格は無い。

 目の前に広がる凄惨な光景に出来る事は何も無い。

 ウェル博士に転生した意味は何もなく、もうこのまま原作通りの流れで生きていくしか無いのだろう。そしてジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスとして生き、最早自分の名前すら覚えていない僕は消えていくのだろう。

 そんな無力な僕は……

 

(ふざけるな!)

 

 自分の顔面を思いっきり殴った。

 

(まだだ、まだ終わってない!いや、始まってすらない!)

 

 そうだ、ここはまだ原作が始まる更に昔。まだ助けられる命があって。これから助けることの出来る命のために準備が出来る!無駄に頭の良いウェルの頭脳を使えば救える命なんて五万とある!

 

 ウェルは確かに変態英雄(笑)眼鏡と言われているが、原作ではシンフォギアを作った了子さんやフィーネとは別のシンフォギアの真理に辿り着いているし、はた迷惑ながらも彼の英雄像は飽くなき夢を見て、誰かに夢を見せるものとして真っ当なロマンチズム的なのがあった。

 それに残虐だし非道と言われているけど、テロ行為なんていう世界に向けて敵対行為をしたマリアさんたちは肝心な時に迷ってたのに対し、ウェル博士は目的のために自分の手が血で汚れることも厭わなかった。それはきっと自分勝手な夢だったとしてもそのために真剣に向き合っていたからに違いない。

 

 そんな生き方さえ間違えなければ本当に英雄になっているかもしれない器をウェル博士はきっと持っている。それだけの頭があるのだから。

 

(そうだ、うじうじ考えるより頭を働かせろ!こんな所で立ち止まる時間は無いだろうが!)

 

 強く殴りすぎて鼻血が出て来たけど痛みを我慢して立ち上がる。マリアちゃんとセレナちゃんがポカンと涙目のまま口を開けて呆然としてて可愛いけど、今はそれどころじゃ無い。

 

「──今すぐに僕を信じてくれなんて言わない。そんな資格は無いからね。だけど、君たちを不幸にしないと約束しよう」

 

 本当は指切りでもしてあげたいけどそれほど心を許してくれても無いし、今は小指を立ててジェスチャーだけの指切りをしてから僕は二人に踵を返して部屋から出ていく。

 

 キャラ崩壊もいいところだが、原作ではなれなかった英雄になってやろうじゃないか!




サブタイのポップさと内容の空気の差よ_(:3 」∠)_


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四話 色々割愛するけど……頑張りました(遠い目)

ギャグ路線の作品……のはずなんだがなぁ


 あれから更に三ヶ月が経ちました。

 いや、三ヶ月も、と言うのが正しいか。

 

 あの後僕は前世の記憶の中であった、G編でシンフォギアの適正がなかった未来さんを神獣鏡の装者に仕立て上げたウェル博士が開発したシステム、「ダイレクト・フィードバック・システム」を早々と作り上げた。

 いや、本当に分からない。どんなものかは少し分かっていてもどういう構造なのかさっぱり分からないシステムをウェル博士の無駄に良い頭脳が全て理解して作り上げてしまったのだ。まるで自分では無いみたいだったよ。……ある意味そうか。……これ二度目だな?

 

 んで、予想以上にそのシステムの存在は大きいものだったらしく、そこからお偉いさんの目に留まりあれよこれよと昇進が決まって重大なプロジェクトとかに参加出来るくらいのそれなりの地位に着く事が出来た。

 ちなみに、システムはまだプロトタイプで仕上げてある。何故かって?今の時点で完成させたら最悪誰でもシンフォギア使えて尚且つ命令通りに動き、更に替えの効く装者が大量生産される可能性があるからだ。もっと言えばニ課側の装者が負けて天羽々斬、ガングニール、イチイバルもこっち側に来たらギャラルホルンも真っ青な事になりかねない。

 

 僕はすぐさま局長にレセプターチルドレンの生活や待遇の改善を提案したら結構あっさり提案が通った。幸いだったのはあの強面の子供好きな議長をやってくれた人が局長だった事だ。あの人も子供を実検材料に使う事に異議がある人で良かったよ。

 予想外にも局長以外に子供を実検材料にする事に忌避する人たちが多かったのも幸運だった。まぁそのほとんどが観察対象として接している内に情が湧いたって感じだったけど。

 

(でも、救えなかった命もある)

 

 結果的に言おう。最終的に元の半分くらいの人数しか生き残っていなかった。

 

 フィーネが裏で手を回したらしく、傷一つ無い子たちは全員無事だった。でもそれ以外、大怪我や正気でなかった子たちのほとんどが実験の過酷さに耐えきれず死亡。あるいは精神を病んで使い物にならなくなって()()された後だったらしい。

 

(フィーネがすぐに処分しないようにって言ってたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の事であって、それ以外は好きに使っていい=死んでも問題ないとか外道だな)

 

 無傷の子たち以外の生き残っていた子たちも全員まともかと問われれば否としか答えられない。正直に言えば五体満足で精神がまともな子は一人もいない。五体満足で精神が狂っているか、精神はまともだが手足が欠損しているかのどちらかだ。

 無傷だった子たちもその子たちの惨状を見て精神がおかしくなった子もいる。処分されなかったのはその子たちが装者候補だったからだ。

 

 マリアちゃんとセレナちゃんが生き残る事は確定として半分は守る事が出来たが、反対に半分は守る事が出来なかった事には変わりない。しかもいくら待遇を改善したとは言え実検の内容はあまり変わっていない。いまだ実検に犠牲は付き物と考える者は多く、「死なないように実検するが死んでしまったら仕方ない」という精神の者が多い。

 

(この辺りもキリシラコンビが来るまでに改善してあげなくては。ですがこれ以上僕の地位をあげるのは難しいですねぇ)

 

 まだ切歌ちゃんと調ちゃんは来ていない。というより第二のレセプターチルドレンも来ていない。でも三ヶ月という事はもうそろそろ来てもおかしくないはず。それまでに二人が少しでも暮らしやすいように改善しなくてはなるまいて。

 

「ドクター!」

んおう!?

 

 タブレットPCを使って色々とメモを取っていたらいきなり背中に何かが飛びついて来て腰と首が逝きかける。まだ若いとは言え急な腰と首への衝撃は致命的なのよ(震え声)

 

「セレナ!ドクターは今お仕事中でしょ!」

「あう……ごめんなさい……」

「だ、大丈夫ですよマリア。死んではいませんから……」

「結構重症じゃない!?」

 

 産まれたての子鹿のようにプルプルさせながらマリアに無事を伝えるけど逆に心配させてしまったみたいだね。

 

 一ヶ月ほど前の事だ。実験としてセレナを何処かへ連れて行かれそうになり、それを必死に止めようとしたマリアが邪魔になって研究員に殴り飛ばされた光景を見て、当時まだ地位が上がったばかりの僕が止めに入り二人を助けて僕の権限で二人を実験に参加させないようにした。なんかその時の僕を見る研究員の目が完全にロリコンを見る目だったのが気に食わなかったが僕はYESロリータNOタッチの人間だ。手を出すなんてあろうはずがございません。

 

 どうやら二ヶ月の間に将来的に装者になる二人もかなり辛い実検を強要されていたらしくかなり人間不信に陥っていたようだ。その頃はやっと僕の提案が研究所内に広がり始めた頃だったからレセプターチルドレンに優しくする研究員も少なかったから仕方ない。

 結果、F.I.S.に来て初めて優しくされたからか何故か懐かれてしまった。

 

(二人を特別扱いして他の子を見捨てたようなものなんだけどなぁ)

 

 そんな事を思っているのを顔に出さずに少し痛めてしまった首と腰を庇いながらわざわざ来てくれたマリアちゃんとセレナちゃんの頭を撫でる。セレナちゃんは嬉しそうに笑顔を見せてくれるがマリアちゃんはツンデレよろしく顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。可愛い。

 

「二人ともあまりはしゃぎすぎはダメですよ?」

「はぁい!」

「な、なんで私も言われないといけないのよ!」

「でもおねぇちゃんもドクターにはやくあいたいっていってたよ?」

「せ、セレナァ!?」

「ふふふ」

 

 否定するけど顔を真っ赤にしているから全然騙せてない。むしろ可愛いすぎる。それにまだ幼いセレナは更に可愛い!むしろ愛おしい!※例の変顔になりかけるがギリギリ抑える。

 

 まだまだやらなくてはならない事はあるけど、今は二人を少しでも安心できる時間を作らなくては。

 

 でも僕はこの頃の多忙さとマリアちゃんとセレナちゃんの可愛さに忘れている事に気づいていない。まだ本編に入ってすらいない事と、原作に入る前にこの場所で大きな事件がある事を。




みんなに好かれるウェル博士……うん。想像出来ないね。(真顔)


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五話 時が経つのは早いものですなぁ

もう原作のウェル博士とは別人と考えるべきですねぇ!


 F.I.S.にマリアちゃんとセレナちゃんが拉致ry、引き取られてレセプターチルドレンとなり、彼女たちの待遇を改善するために地位を上げるため四苦八苦したり内部から改革したりと大変だったけど、まぁあれから色々頑張って二年が経っていた。時間が経つのは早いね。

 

(前世でなんの仕事をしていたか分からないけどかなり黒い会社だった覚えがあるから楽だったなぁ)

 

 そう言いつつパソコンを一度切ってから少し離れてコーヒーという名の黒砂糖水とでも言おうか、取り敢えずコーヒーに砂糖ぶち込みまくったもうコーヒーじゃなくてただの黒い砂糖水を飲もうと手を伸ばすが、既に中は空っぽだった。

 

「はい、ドクター」

「おや」

 

 面倒だが自分で入れに行こうかと思った瞬間、後ろからスッとコーヒーが置かれる。

 ビックリしすぎて内心心臓がヤバいくらい鼓動しているのを顔に出さずに後ろを振り向く。まぁ僕の部屋にノックも無しに無断に入って来れるのは今のところ二人だけだからね。

 

「ありがとうマリア」

「別にいいけど……糖分の取りすぎは注意してよね?」

「はははは」

「笑い事じゃないのだけど!?」

 

 マリアちゃんには悪いが了解と何も言わずに笑いながらせっかく淹れてくれたコーヒーにありったけの砂糖をぶち込む。うむ。マリアちゃんもよく分かってくれているよ。だいたいカップの半分くらいしか入ってなかったコーヒーが溢れるギリギリくらいまで砂糖入れると丁度いいんだよなぁ。

 

(前世なら絶対糖尿判定なのになんでこの身体健康体なのだろう)

 

 マムも肉ばかり食べて不健康かと思えば全然そうでもない、と思ってたらウェル博士の身体の方がおかしいのよ。

 いやね、この身体になった当初は普通に食べれたんだけどね、時間が経つにつれていつの間にかもう菓子類しか口にしなくなってたのよね。しかも間食とかオヤツじゃなくて朝昼晩含めて。むしろ普通の食事があまり美味しく感じなくなって来たのよ。今ではポケットの中に飴玉か角砂糖入れてないと落ち着かないし。

 

 まぁ取り敢えずそれは置いといて。コーヒーという名の黒砂糖水を一口飲んだ後椅子から立ち上がり衝撃に備えた。

 

「ドクター!」

ふぅんぬ!!!

 

 予想通りマリアちゃんの後ろからセレナちゃんが現れ僕の腹に向かって飛び込んでくる。それをセレナちゃんが怪我しないようにしっかりと受け止めてあげた。僕の腰を犠牲にして……。

 

「ゴフッ。せ、セレナ?危ないから飛びついたらいけないよって何回も言っているではありませんか」

「でもドクターなら受け止めてくれるって信じていますから!」

「あまり身体は強くないんですがねぇ……」

 

 頬をすりすりとさせながらくっついてくるセレナちゃんが小動物みたいで可愛すぎて僕も頬をすりすりさせたくなるけど絵面的にOUTだから辞めておく。まぁ少し前ならしてあげてたんだけどね。だからマリアちゃん、セレナちゃんから見えない位置で僕を睨みつけるのは辞めてくれない?興奮するじゃないか!

 

 将来美人になると分かっているマリアちゃんとセレナちゃんだけど、既にその影が見え始めていた。

 シンフォギアの研究内容も前よりはかなり改善されているし、二人を含めたレセプターチルドレンたちをなるべく健康に過ごせるようにある程度の運動や娯楽、食事が出来るようにしているため二人は生き生きとしている。そのため肌艶も良く、身体の発育というか成長も……うん、本当に小学生中学生か?アニメの描写と違うくないか?特にマリアちゃん。なんでその歳で胸周りは兎も角もうクリスちゃんに負けず劣らずなナイスボディになってるの?ロリ巨乳、とまではいかないがそんな体型だったっけ???セレナちゃんも明らかに小学生ボディじゃないぞ?本来のF.I.S.はどれだけ劣悪な環境だったんだよ!!??てか二人の血筋どうなってはるん???

 

 まだ僕以外には人間不信な部分は残っているものの初めて会う人間じゃない限り人間関係は良好だ。

 

(初めて会う人間じゃなければ、ね)

 

 セレナの頭を撫でながら電源を切ったパソコンをチラリと見る。中々上手くいかないものだねぇ。

 

「どうしたのドクター?」

「うん?いや、なんでもないよ。ただ二人とも美人に育ってくれたなぁ。と思ってねぇ」

「び、美人なんてそんな……」

 

 顔を真っ赤にしながらコーヒーのカップを乗せていたお盆で顔を隠すマリアちゃん。んーこう、僕の急所を的確についてくるようなそんなあざといポーズ……いいんじゃないかな(ルシ◯ェル風)。それとそろそろセレナちゃん?離れてくれないかな?歳的にはまだ小学生だけど君の身体は十分成人男性にもクリティカルヒットするよ?僕でなければ襲ってても仕方ないからね?

 

「ドクター!ドクターは私とマリア姉さん、どっちが美人だと思いますか!」

「セレナァ!?」

 

 おっとぉ?セレナちゃん?そんなギャルゲの選択肢みたいな事聞かないでくれるかい?このセーブの無い世界でそんな選択肢は悩ましすぎるよ……

 

「ははは。これは悩ましいですねぇ。でも、二人とも良いお嫁さんにはなれますよ」

「お、お嫁さん!?」

 

 今度はマリアちゃんが強く反応しちゃったよ。でも僕も心配なんだよね。美人でアイドルでカッコいいから貰い手がいないって悲しい人生が……おっと涙出そう。

 

 二人と長くいたからかな。息子(意味深)を使う暇なく死んだから独り身のはずだし、転生してからもウェル博士の方に引っ張られすぎて研究一筋になってからというもの恋愛の「れ」の字もない生活してたから相手なんていないのに娘が出来たみたいだ。そんな娘の将来に相応しい相手がいないと思うと……お父さん泣けてきちゃう。

 

「そそ、そう言えば!最近ドクターはきちんと寝ているの?昨日も夜遅くまで起きていたみたいだけど」

「んーあまり寝ていませんねぇ。でも、今回はそんなに時間は経っていないでしょう?」

「……ちなみに最後に寝たのはいつ?」

「え?えっと確か水曜日だったから……おや?今日は水曜日じゃないですか。一日も経っていないようで──」

「「早く寝なさい(寝てください)!!!」」

 

 二人に大声で怒鳴られながら僕はベットに連行されてしまった。

 

 ……何故?

 

 

 

 




ウェル博士もあの狂ったような英雄願望が無ければ十分愛されキャラになるスペックはあったと思うの。XDUのおかげであれでも愛されキャラ(笑)になってますけどね!


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六話 色々我慢せねばならないのも辛いねぇ

「ふぁ〜〜」メキメキメキメキメキメキャ!

 

 長い欠伸をしながら身体を伸ばすと身体のあちこちから音が聞こえ……最後明らかに身体から聞こえたらダメなヤバい音聞こえたな?

 

 いやぁビックリしたね。確か最後に寝たの水曜日だったなぁと思って電波時計にあった曜日確認したら水曜日だったから一日も経っていないと思ったらまさか一週間も経ってたなんてね。全然気づかなかった。

 後でマリアちゃんに聞いたらベッドに入ってものの数秒で寝息を立て始めたんだって。意識自体は全然大丈夫でも身体は限界みたい。そりゃもう心配になるくらい死ぬようにグッスリだったみたい。実際セレナちゃんは僕が死んだと思って泣いたみたいだし。悪い事しちゃったなぁ。

 

「おはようございます。ドクター」

「ん?ああ。おはようございますナスターシャ」

 

 まだ疲れていたのかな。後ろから近づいてくる老技術者であり、そしてシンフォギアのG編にてマリアたちを導いたナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤに気づかず挨拶が遅れてしまった。僕の方が偉いとはいえ彼女の方がここに所属して長いのだから先輩には違いないのに……失敗したかな?

 

「はぁ、セレナが泣いていましたよ」

「ははは……すみません」

「謝るのであればこれからはもっと睡眠時間を取りなさい。それから菓子だけでなく身体に栄養があるものを食べるべきです」

「それならナスターシャも肉料理ばかりでなく野菜を摂るべきでは?マリアが言っていましたよ。マムがお肉ばかりで野菜を食べないから他の子たちも真似して困ってる……ってね」

「むっ」

 

 互いに軽口を叩きながら長い廊下を歩く。

 

 彼女との出会いはまぁ、当然と言えば当然だった。

 前世でナスターシャはマリアちゃんたちと共に世界に向けて宣戦布告するのだから、思いもよらなかったとはいえマリアちゃんとセレナちゃんと深く関わりあっている僕と何処かで出会うとは予想出来ていた。それが予想以上に速く、そして好感度が高めだったのは意外だったけど。

 

 あれはフィーネが第二、いや第三だったかな。のレセプターチルドレンを送って来た時だ。

 その頃にはかなりレセプターチルドレンたちの扱いは丁寧になり、子供たちも過ごしやすい環境になっていたとはいえ、この場所に連れてこられる以上やはり最初はあまり僕たちに良い印象はない。

 最初は僕だけが連れてこられた子供たちになるべく優しく接して警戒を解いてあげていた。マリアちゃんやセレナちゃんがそうだ。

 それから僕の改革が始まるに連れて僕と同じ子供たちを想いやる人たちが増えたおかげで送られてくるレセプターチルドレンと最初に接触する人たちも増えてくれた。そしてナスターシャはその一人だ。

 

 最初ナスターシャはマリアちゃんたち最初のレセプターチルドレンたちの教育係をやっていたらしいが、一緒にいる事で子供たちに情が移り、今では教育係というよりも保母さん的な位置に付いている。まぁ厳しい時は厳しいみたいだけど。

 

「……それで、ドクターはどう思いで?」

「何がですか?」

「とぼけるのはおよしなさい」

 

 ピシャリと言い切られてしまう。んーやっぱりあの事かな?

 

「レセプターチルドレンの皆が身寄りの無い子というのは本当なの?それに、あれだけの子を世間にバレずに櫻井了子はどうやって手に入れているのでしょうか」

「……さぁ。僕には分かりませんねぇ」

 

 やっぱりナスターシャ教授は鋭いなぁ。って言っても、身なりはともかく明らかに身体の健康さ不健康さの差が目立つから気付くのは当たり前か。

 

「櫻井了子は『シンフォギアを扱える可能性のある子供』としてレセプターチルドレンを連れて来た。ですが実際は数人を除いてここの実験のモルモットにするための賄賂代わり。しかし、その数人ははたして本当にシンフォギアを扱える可能性があるとして連れてこられただけなのでしょうか?私には櫻井了子が別の──」

「ストップですよナスターシャ」

 

 思わずナスターシャの言葉を食い気味に遮る。うん、これはまずいね。

 

「ナスターシャ、貴女の疑問はもっともだ。櫻井了子が連れてくるレセプターチルドレン。身寄りの無い子供から連れて来たにしても不自然な部分は多い」

「分かっています。でしたら」

 

 ナスターシャが言いたい事は分かる。即刻局長に問い合わせて櫻井了子を問い詰めようと考えてるのだろう。でも僕は首を横に振って否と答える。それをするには今立っている場所があまりにも悪すぎた。

 

「仮に今僕がその事を話したとしましょう。おそらく、いや絶対と言っていいでしょう。()()()()()

「貴方のような人でも子供の命より自分の命だと?」

「そうではありませんよ。ですが僕がいなくなった後の後釜があの子たちを大切にすると言い切れますか?」

「それは……」

 

 そう、僕が懸念している事はそこなのだ。

 アニメではそんな描写無いのは当たり前だとして、なんだかんだでマリアちゃんたちを想っていたナスターシャがレセプターチルドレンたちの事を気に掛けない訳ないし、勘の良いナスターシャなら櫻井了子がフィーネだとは気づかないにしても何か秘密があると気付くだろう。

 でもあの一期のフィーネの事だ。自分の秘密に勘づいた人間は消すか自分の言いなりにさせるだろう。おそらくアニメのナスターシャは自分がいなくなる事でマリアちゃんたちに被害が行かないようにしていたに違いない。僕の改革も無いからもしかしたら今の時期は二人とも目も当てられない状態だったかもしれない。だったら尚更二人や他の子たちを置いて消える事なぞするはずがない。

 それは今のナスターシャも同じだ。マリアちゃんとセレナちゃんは主に僕に懐いてくれているが、他の子たちをはナスターシャに懐いている。幸い他の研究員もいるがその中でも筆頭は間違いなくナスターシャだ。

 

 そして僕なのだが。

 

(あのOTONAの気持ちが分かりますねぇ)

 

 OTONA……装者たちの司令であり、倒せるのはノイズと父親にあたる風鳴訃堂のみだと思うシンフォギア屈指の最強キャラ「風鳴弦十郎」。

 キャロルやアダムとかあんたが出ればええやん?と思うけどあの人は「司令官」。現場に行く事は難しい立場ではあるが、もし彼が命令違反して司令を解約、その後ニ課やS.O.N.Gに別の司令が来ていた場合、もしかしたらもっと悲惨な未来になっていたかもしれない。まぁ勿論良い未来になってた可能性もあるけどね?

 

 そして奇しくも僕も似たような立場になっている。

 可能ならナスターシャに今の地位を譲渡したいけど、残念ながらそれを局長に言ってもその上が許可を出さず、別の人間が僕の後釜になるだろう。そいつがマリアちゃんとセレナちゃんに酷い事をしないとは言い切れない。もしかしたら今までの僕の頑張りを全て壊してしまうかもしれない。そうなれば、下手をしたらG編にマリアちゃんも切ちゃんも調ちゃんも出てこないような最悪のルートに入る可能性すらある。

 

「今のあの子たちを守る為には今が最善です。自信過剰かもしれませんが、僕と貴女が最後の防波堤のようなものなのですよ」

「……()()我慢しろ、と言うのですね」

「ええ」

 

 ま、僕の言う我慢はG編が始まるまで、という事ですがね。

 

「さて、長話をしていたら少し時間が危ういですね。少し急いで」

「ドクター!」

ハンニバルッ!?」ペキン

 

 完全に油断していた背後からの突然の衝撃!ウェルの首と腰に致命的なダメージ!!!後絶対折れた!?

 

「セレナ!急にドクターに飛びついたらダメでしょ!?大丈夫、ドクター?」

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと首と腰が死んだだけです

「大丈夫じゃないでしょ!?」

 

 おおぉぉ……やっべ首が動かねぇ、腰は背筋伸ばしたままじゃ無いと少しでも曲げたら砕ける。うん、さすがセレナちゃんだ。僕になんの恨みがあるのかな?

 

「せ、セレナ?きょ、今日はどうしたんだい?」

「ドクター!今日は私も新しい子たちに会いたいです!」

 

 セレナちゃんから僕やナスターシャの役に立ちたいという気持ちが伝わってくる。後ろにいたマリアも控えめだけどセレナちゃんと同じだ。

 

「ですが今日来たばかりの子供たちは急にここに連れてこられて混乱した子ばかり。貴女たちに危害を加えるかもしれませんし、見たくも無いものを見ることになりますよ?」

 

 痛みで話せない僕の代わりにナスターシャが喋ってくれる。

 今日来たばかりの子は中には気性の荒い子もいる。たまに研究員の中から怪我人が出るほどだ。それに、情緒不安定で不快にしてくる子もいる。僕は慣れたけどね。

 そして中には、目を逸らしたくなるほどの大怪我や病気を持った子もいる。そんな子たちを見て二人がトラウマにならないか僕は心配で仕方ない。

 でも、二人の瞳は全く揺るがない。

 

「分かっています。私たちもその中の一員だったんですから」

「私たちみたいだからこそその気持ちも分かる。だからお願い、私たちもドクターやマムのお手伝いをさせてください!」

 

 二人揃って頭を下げてくる。んーこれは負けたかな。

 

「しかし……」

「いいじゃないですか。二人が望んでいるのですから」

「……はぁ、貴方はマリアとセレナには甘いですね」

「ははは」

 

 ナスターシャの言葉を聞き流すように僕は笑う。

 そして僕たちは新しいレセプターチルドレンたちがいる場所へ向かった。

 

 ……なんでマリアちゃんとセレナちゃんは僕の両サイドで僕の手を繋いでくるんだろうか?




ウェル博士じゃなくて良くね?と思う方々。確かに今はウェル博士ではなくてオリキャラでも良いですね。

……今は。


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七話 嫌いって言われるとへこむなぁ……

作者はギャグ寄りの小説を書こうとしているんだ……


 マリアちゃんセレナちゃんの手を繋ぎ、ナスターシャと共に目的の場所、もう何回目か忘れたフィーネから送られてきたレセプターチルドレンたちの集まる部屋に辿り着く。

 

「さて、では入りますよ?」

「「はい」」

 

 さっきまで遠足気分、とは言いすぎですがあまり緊張していない様だった二人も部屋の前に着いてから少し落ち着きがなく、僕の手を強く握ってくる。

 

 扉が開くとそこには何度も見た光景が広がっていた。

 既に何人かの研究員が連れてこられたレセプターチルドレンたちと接触しており、話しかけては落ち着かせていた。

 怪我の無い子と見るに耐えない姿の子というのは変わりないが、最初よりかはフィーネが連れてくる人数は減っている。それが救いかと問われれば疑問ではあるけどね。

 

(あの子はまだ助かる。あの子は治療は少し難しいか。あの子は……もう無理だな)

 

 僕は簡単に見渡す限りで治療が可能か不可能か判断してしまう。こんな考えをしてしまう自分をハンマーか何かで力一杯殴りたいけど、残念ながら近くにハンマーはないし、両手は強く握られた小さな手で塞がっていた。はは、命拾いしたな僕?

 

 最初は見ただけで治療可能かどうかなんて分からなかったし、一人一人の症状の差関係なく心を痛めていたさ。でもフィーネが何度も送ってくるからかいつの間にか一人一人に気を配る事をしなくなり、事務的になってしまっていた。多分、脳が僕の精神が壊れるのを防ぐためにそんな処置をしたのだろうけど……

 

(それを理解しちゃってるから余計に腹が立つなぁ)

 

 ウェルの無駄に良い脳が本当に恨めしく思ってしまうよ。まったく。

 まぁ、前世の僕の精神だと二回目くらいで壊れてたと思うけどね。あとナスターシャみたいな子供たちに気を配る人が沢山いてくれたのも幸いかな。

 

「マリア、セレナ。君たちはナスターシャと一緒に周りなさい。君たちの方が歳は近いから落ち着かせやすいでしょうから」

「分かったわドクター。セレナ、行きましょう」

「はい。無理をしないでくださいね、ドクター」

 

 セレナちゃんが心配げに僕を見てくる。根っからの優しい子だ。きっと僕の心が色々ごっちゃごちゃになっているのを察しているのかもしれない。

 

(そんな君だから、助けてあげられる子がいるんですよ。さて)

 

 本来はいつも通りに一人一人に声をかけて落ち着かせていくのだが、今日はそれに加えてもう一つ目的があった。それは。

 

(お、いましたね……早速問題ですかね?)

 

 部屋の端に数人の白衣を着た研究員が腰を低くしてその先にいる金髪で緑の瞳の女の子と、金髪の子の背に隠れて震えている黒い髪に赤い瞳の小さな二人の子供に向けて手を伸ばすが、金髪の子が黒髪の子を守るように手を振り回して大人たちを遠ざけようとしていた。

 

「あっちいけ!こっちにくるな!」

「こわいよぉ……」

「っ!だ、だいじょうぶ!わたしがまもるからね!」

「うん……」

 

 震える黒髪の子に健気に笑顔を見せる金髪の子だが、彼女も前から見たら可哀想なくらい震えてしまっている。知らない場所に連れてこられて大の大人数人が詰め寄って来ているのだから仕方のない事なんだけど……やっぱり辛いですねぇ。

 

「どうしたんですか?」

「あ、ウェル博士。いえ、いつものように私たちに警戒している子がいたので困っているんですよ」

「そうでしたか」

 

 話しかけた女性研究員も慣れているのだろう。少し困った、というか悲しそうな顔をみせたがそこまで悲観しているようには見えなかった。まぁ僕も今回みたいなケースは何度も見たから同じですがね。

 

 ここに来たばかりのレセプターチルドレンには大きく分けて三種類いる。細かに分けたら面倒だけどね。

 一つは大きな括りになるけど、薬や精神衛生面的に生きる気力を無くしてしまった子。

 一つは死にたくないと思いながらも僕たちにただ震えて身を縮こまらせる子。

 そしてもう一つが、マリアちゃんや金髪の子みたいに震えながらも大人である僕たちに反抗しようとする子だ。

 

(多分、三つ目の子がきっとシンフォギアに選ばれる可能性が高いんだろうけど……それは後ですね)

 

 話しかけた女性研究員にお礼を言ったあと、僕はいまだ頑張って金髪の子を説得しようとしていた男性研究員の肩に手を置いた。

 

「選手交代です」

「……すみません。お力になれず……」

 

 申し訳なさそうに男性研究員は下がる。少し強面だから余計に怖がらせてしまっていたのかもしれないがそれは言わないでおいてあげようかな。さて。

 

「こんにちは」

「っこっちにくるな!おまえみたいなうそくさいやつはキライ!」

「おうふ……」

 

 ウェルのメンタルに致命的ダメージ!こう見えて豆腐メンタルなんだから……しかも幼いとはいえ推しキャラにハッキリと嫌いと言われるのはドMじゃ無いから正直に言ってキツイっす_(:3 」∠)_

 

(この頃はまだ「デス」語じゃなかったのか)

 

 挫けそうになるけどなんとか思いとどまり、もう一度こちらを凄く警戒している金髪の子と震えている黒髪の子に目を向ける。やっぱり小さくなっても面影はあるねぇ。

 

 金髪の子はあの独特な語尾で「デス子」とか密かに囁かれる自称常識人の暁切歌。そして黒髪の子は切ちゃんLOVEで敵にはちょっとジェノサイドな思考の部分がある月読調だ。

 まだ二人とも幼いというのもあって元から子供っぽいところがあったのにさらに幼くなっちゃってるよ……だからこんな敵意剥き出し恐怖丸わかりなんだろうなぁ。仕方のない事だけど。

 

 僕はゆっくりと中腰になって切歌ちゃんに手のひらを見せて何も持ってない事を確認させながら手を伸ばす。犬か猫なら背中の毛が波打っているだろうな、という想像が出来るくらい凄く警戒しちゃってるよ……

 

「んん、少なくとも僕たちは敵じゃない。君たちに危害を加えないよ」

「うそだ!」

 

 んー何処ぞのひぐらしがないている作品に出てきそうな言葉ありがとうございます。……包丁で滅多刺しにされないよな、僕?不意をつかれたらカナーシミノー状態になる自信しかないね!

 

 それはさておき。困ったな。予想以上に警戒が強いな。切歌ちゃんの場合後ろにいる調ちゃんを守るために必死になっているんだろうけど……ここで二人初めて会うんじゃなかったっけ?もうそんな仲になっているの?会った時からラブラブとは……キリシラ好きからしたらご褒美ですな。

 

(じゃなくて。……このままじゃ二人の警戒心が増すだけか。ナスターシャ、は女性とはいえ大人だから同じ、ならマリアかセレナに二人を任せるべきですかねぇ……おや?)

 

 中腰で手を伸ばしてるけど、そろそろさっきのセレナちゃんの奇襲によって受けた腰と首の致命的なダメージが我慢の限界に来たから諦めてマリアちゃんかセレナちゃんに頼もうと考えていた。今から何年後になるか分からないけど仲良くなるのは分かっているからね。

 でも、その考えも不要になりそうだ。

 

「あ、しらべ!?」

 

 ずっと切歌ちゃんの背中に隠れていた調ちゃんがまだ少し震えながらだけど切歌ちゃんの前に出てトテトテと音が聞こえてきそうな歩き方で僕の目の前まで来た。

 

「(じーーーーー)」

「大丈夫。怖くないよ。怖くない」

 

 某風の谷に住む少女が小さな生き物を宥めた時のようななるべく優しい声を調ちゃんにかける。

 調ちゃんは少し迷いながらもそっと手を伸ばして、そして僕の手の指を握った。手小さいなぁ。

 

「このひとはだいじょうぶだよ、きりかちゃん」

「……ほんとう?」

「うん」

 

 何故かもう震えていない調ちゃんが切歌ちゃんに手招きする。それを見て今度は切歌ちゃんが疑いながら恐る恐る近づいてくる。そこまで怖がられると豆腐メンタルの僕にかなりのダメージがあるけど、今はただ切歌ちゃんが近づいてくるのを待った。うん、ごめんだけどそろそろ腰がヤバい。

 

 今にでも(物理的に)砕けそうな腰の痛みに我慢していると切歌ちゃんも本当に指の第一関節くらいの先を軽く握ってくる。まだ少し怯えていたので軽く頭を撫でようと空いている手を伸ばす。腕を動かした際凄くビクッとしていたけど頭を撫で始めると安心したのか気持ちよさそうに目を細めてなすがままになった。

 

(可愛いなぁ。可愛いなぁ。可愛いなぁ!!!)

 

 これでロリコンだと言うのならばその名で呼ばれる覚悟はある。というかこの可愛さに耐えられるやつはいない!いるならそいつはホモだ(確信)。

 

「ははは。まだ少し怖いかもしれないけど、何かあれば僕を呼びなさい。すぐに駆けつけ……られたらカッコいいんだけどね、でも出来るのならすぐに駆けつけてあげるからね」

「「ほんとう?」」

「ええ。だからみんなと仲良くしてあげて下さいね?」

 

 二人を安心させるため出来るだけ笑顔を見せる。二人のあまりの可愛さにまた例の変顔になりかけたけどギリギリ耐えられた。あの顔になったら切歌ちゃんと調ちゃんどころかマリアちゃんとセレナちゃんにもドン引きされそうだからね。そうなったら立ち直れる自信は無い。

 

 二人は安心したのか更に僕にくっついてくる。気を許してくれたのはありがたいけど少し人を信じすぎな気がして心配になるけど、今はそれで良いと思って二人の好きなようにさせようかな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「やっぱり凄いなぁ」

「ふふ。そうね」

 

 新しく来た二人の女の子の頭を撫でるドクターの姿を私とマリア姉さんは少し離れた所で見ていた。

 大きな怪我をしている子を見るのは初めてじゃなかったからあまり抵抗は無かった。でもいざ慰めてあげる側に立つとその難しさがよく分かる。

 初めて会うとはいえ、歳が近い私や姉さんでもみんな警戒心が強くって一人を安心させるのに凄く時間が掛かっちゃった。

 マムたち他の研究員の皆さんは手慣れていてさっきまであった暗い雰囲気がだいぶん良くなっています。これも全てドクターが頑張ったからだと思うと私も嬉しくなります。

 

「……私も、ドクターみたいになれるかな」

 

 みんなに優しく、他の人のために必死になって頑張れるような人になりたい。みんなを笑顔に出来るような、そんな凄い人になりたい。そうなったらきっとドクターの隣にいても恥ずかしく……

 

(って私は何を考えているのですか!?)

 

 いつかドクターの隣で沢山の人を救いたい、と思っていたら何故かふと浮かんだイメージが少し違って顔が熱くなってしまいました。何故でしょうか、とても恥ずかしい……うう。

 

「どうしたのセレナ?顔が赤いわよ?」

「え!?あ、だ、大丈夫だよマリア姉さん!少し疲れただけだから!」

「そ、そう?」

 

 困惑する姉さんだけど私の頭もあまり正常じゃないみたい。さっきから顔が熱い……熱でも出たのかな?

 取り敢えず私は姉さんに心配かけないように、誤魔化すように次の子たちの元へ走った。

 

 姉さんが、少し悲しそうな顔をしているのにきづかないまま。




切ちゃんはまだ語尾にデスをつけず、調ちゃんはまだ切歌ちゃん呼び。これから仲良くなるから大丈夫だ。問題ない。


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八話 原作だと今どのへんなのかねぇ?

主なギャグ要素が今のところ首と腰に致命的なダメージを負うくらいというね。


 切歌ちゃんと調ちゃんがF.I.S.に連れてこられて一週間が経とうとしていた。

 

 二人や二人と共に連れてこられたレセプターチルドレンたちは既にここに慣れ始めているようで何よりです。ナスターシャたちの頑張りには脱帽ものですよ。僕だけじゃ到底出来ない事です。僕が治療は無駄だと判断してしまった子たちも最期まで幸せを感じながら逝って欲しいものですねぇ。

 

 そして。

 

「ウェル……さん」

「おや。どうしたんだい、調ちゃん?」

 

 僕は自室でパソコンをいじっていたところに調ちゃんが後手に何かを隠し持って少しそわそわして視線を逸らしながら話しかけてくる。でもなんだろう、幼女がそわそわしながら部屋で二人きりとか警察案件待った無しな気がするけど気のせい……じゃないよね。うん。

 

 調ちゃんは何度か僕を見て何か喋ろうとして、でも言えなくて俯いてを何度か繰り返すけど僕は気長に待ってあげる。こういう時はあまり急かしたらダメだし折角仲良くなり始めてるのにまた離れちゃうからね。

 

 それから五分ほどして調ちゃんがやっと決心がついたのか、少し顔を赤くしながら持っていた物を僕の前に突き出して来た。一瞬包丁か何かかと思ったけどこれは……確かレセプターチルドレンたちのオヤツのクッキー?

 

「ウェル、さんがおかしがすきだってセレナさんが言ってたから……」

 

 お礼の代わりか何かのつもりかな?まだ幼いのによく出来た子だ……客観的に見たら幼女に赤面させながら物を貢がせているクズ野郎に見えなくもないですね、これ。

 

「ありがとうございます。ですがこれは貴女の分ですから僕の事は気にしなくて良いんですよ?」

「でも……」

「それとウェルさんじゃなくてみんなと同じようにドクターと呼んでくれても構いませんよ。むしろ僕自身そちらの方で呼び慣れすぎていましてね」

「うん……ありがとう、ドクター」

 

 調ちゃんの頭を優しく撫でながらそう諭すけど、最後に原作でも切歌ちゃん以外には見せないような、極稀に見る笑顔を僕に向けてくる。天使かな?お迎えが来たのかな?昇天しちゃうのかな僕?

 

「ドクター!」

 

 調ちゃんの頭を撫でていると勢いよく扉を開けながら切歌ちゃんが入ってくる。危ないのでもう少しゆっくり来て欲しいんですが何度言ってもハイテンションで行動する切歌ちゃんを止められる気がしない。というより僕に懐いているのを良い事に押しつけられているような気がしないでもないんですよねぇ。

 

「こらこら。もう少し落ち着いて入って来なさい。僕は逃げませんよ」

「えへへぇ」

 

 切歌ちゃんの頭をセットが乱れるくらいくしゃくしゃっと撫でてあげる。今の切歌ちゃんはワンパクガールだから調ちゃんみたいに優しく撫でるよりこっちの少し雑な撫で方の方が嬉しそうなんですよねぇ。

 まだ幼いから男の子と言われても十分頷けるくらいワンパクなんですよ。セレナちゃんに負けず劣らず不意に突撃してくるから最近首と腰へのダメージが甚大で……まだ小さいから衝撃が小さいから助かってると思いたいけどセレナちゃんと違い全身で体当たりするから実際あまり変わらないんだよね(遠い目)。

 

「ドクター!ドクター!これあげる!」

「おやおや、貴女もですか」

 

 切歌ちゃんも調ちゃんと同じく……ちょっとまってこれどう見ても調ちゃんより多いよね?調ちゃんのと比べると五、六倍くらいの量があるんですけど!?

 

「はぁ、切歌ちゃん。食欲旺盛なのは分かりますがちゃんと決められて配られた分で我慢しなさい。貴女だけがわがままを言ってはダメですよ?」

「あう……ごめんなさい……」

 

 ああ、切歌ちゃんが分かりやすく落ち込んでるぅ!?ごめんね!?でもさすがに他の子もいる中で君だけが沢山貰うのはダメだから!だからそんな涙目にならないで!!??あ、これヤバい、大声で泣き出しそうだ!?

 

「ん、んん。でも、気持ちは有り難く貰います。ありがとう、切歌ちゃん」

「……おこってない?」

「ええ。怒るわけがないでしょう?」

 

 若干震え声になっている気がするが今は切歌ちゃんを落ち着かせるのが先だ。ここで泣かれたら事案だ。G編どころか原作開始前にウェルが檻の中だ!!!

 

 切歌ちゃんのご機嫌を取るためにゆっくりと優しく、丁寧に頭を撫でてあげる。調ちゃんもだけど持って来てくれるだけでありがたいのは本当だからちゃんとお礼の気持ちも込めてね。

 

「むー。きりかちゃんだけずるい!」

「おっと、これは失礼しました。おいで」

 

 頬を可愛く膨らませて怒ってますアピールをする調ちゃんに空いていたもう片方の手で撫でる。調ちゃんも子猫のように頭を僕の手に擦り付けるようにくっついてくるから可愛い。天使だな(確信)。お迎えが来たんですね(確信)。昇天してしまうんですね、僕(確信)。

 

「ドクター!ここにいたんですね、って」

「ハァ、ハァ……せ、セレナ?貴女ってそんなに早く走れたかしら……?」

 

 またもや僕の部屋にお客さんが訪れたようだ。というか走って来たみたいだけどセレナちゃんは全く息が上がっていないのにマリアさんが今にでも死にそうなのは何故だ?そんなにセレナちゃんって体力あったっけ……。

 切歌ちゃんと調ちゃんが来てからというもの、身体が休まる時間が少ない気がしますよ……よくよく考えたら一週間完徹とかしてるからあまり変わらないか。それよりもセレナちゃん。そんなハイライトOFFな瞳で僕を見ないでもらえます?マリアちゃん助けて!……マリアちゃんの方が助けが必要か。

 

「どうしたんですか二人とも。そんなに慌てて」

「え、あ、えっと、今日はオヤツにクッキーを貰いましたのでドクターと一緒に食べようかな、と……」

「おやおやそれは嬉しい事を。ですが今二人にも言いましたがそれは貴女の分なので貴女が食べなさい。ああ。ここで食べるのなら特に問題はないですよ。マリア。水ですよ」

「あ、ありがとう……」

 

 セレナちゃんに笑みを向けながらこの部屋に来てからセレナちゃんたちに振る舞う時以外使っていないキッチンに用意されているウォーターサーバーの水をコップに入れてマリアちゃんに渡す。ちょっと顔が青くなっているのが心配だ。どれだけ走ったんでしょうかねぇ。

 

「おや、コップを間違えたようですね」

「えっ」

「どうやらそれは僕がコーヒー(という名の黒砂糖水)を入れるのに使っているもののひとつのようですね」

 

 セレナちゃんとマリアちゃん、そして最近来るようになった切歌ちゃんと調ちゃん用のコップも僕の部屋にあるので種類が多いんですよね。前世から一人暮らし(おそらく)が長かったので誰かといる生活というものになかなか慣れないものです。

 

「な、え、そ、それってかかか間接っ!?」

「え、関節がどうかしたのですか?」

 

 走って何処か痛めてしまったのだろうか。青かった顔も急に赤くなってしまいましたし……最近は無理をさせるような実験などは無かったはずなので病気か何かにかかってしまったのでしょうか?

 

「……姉さん。私も喉が渇いたのでお水を貰えますか?出来ればそのコップで」

「い、いやよ!わ、私もまだ喉が渇いてるし……」

 

 セレナちゃんはニコニコと笑みを見せながらマリアちゃんの持つコップを物凄い勢いで奪い取ろうと手を伸ばしますがそれをマリアちゃんはギリギリで回避。回避されたのでセレナちゃんは追撃し、それを、マリアちゃんは回避……っていつの間にか戦闘訓練みたいになってる!?ふむ。どうやら姉妹の空気が悪くなってしまいましたね。なにかありましたか、今の会話の中で?

 

「クッキーおいしいね、きりかちゃん」

「うん!とってもおいしいね!」

「天使か!天使だった……ハッ!」

 

 少しずつ激化していく姉妹喧嘩、か分からない謎の攻防が目の前で繰り広げられている中、切歌ちゃんと調ちゃんは空いている椅子ではなく、何故か椅子に座っている僕の両足に腰掛けてお互い美味しそうにクッキーを頬張っている姿に、思わず心の声が表に出て来てしまったけど幸い誰も聞いていなかったようだ。

 

(……もうすぐセレナちゃんとマリアちゃんの定期審査、か)

 

 今の楽しい空間を味わいながらも僕の頭の中では別の焦りがあったが、今はそんな暗い気持ちを抑えて笑おう。それがこの子たちの為になると信じて。




5〜7歳くらいの子供の表現の為に平仮名使ってましたが、さすがに幼すぎる雰囲気かな……?


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九話 物語開始前の準備が進むようで

F.l.S組の四人とハーレム紛いな状態のウェル博士とか非純情系の薄い本のイメージしかないな……催眠とか媚薬調教的なそういう系。


「……脳波に異常なし。意識レベル正常。脈拍、心音共に正常」

「……聖遺物の活性化の兆候は軽微」

「……非検体に異常無し」

「……『アガートラーム』並びに『イガリマ』『シュルシャガナ』『ガングニール』に目立った反応はありません」

「分かりました。テストを終了してください。君は次の子を連れて来てもらえますか?」

「了解しましたドクター」

 

 男性研究員が僕の一言で次のレセプターチルドレンを連れにこの沢山の機械に囲まれた部屋から出ていく。その間、強化ガラス一枚で隔たれた向こうの部屋では四種類のシンフォギアペンダントが台座の上に置かれており、その前には頭に脳波を計測するためのヘッドギアや脈拍を計測するためのリストバンドやら沢山の機器を身体につけたレセプターチルドレンの子が立っている。先の他の研究員の知らせの通り目立った不調は見られないのが幸いかな。

 

 今日は定期的に行われているシンフォギアの適正審査の日だ。

 まだ翼さんしかシンフォギアに適合していないため比較することが出来ない。そのためレセプターチルドレンのような身寄りの無い子から一人一人手探りで探している状態だ。

 身体のコンディションや精神状態、そして身体の成長具合によって適合率に影響したりするらしいのですが、やはりそこには個人差があるのでいつどのタイミングで装者になれるほど成長しているのか分からない。それを確認するための審査だ。

 実際映し出されたグラフを見れば今審査した子は前回の審査よりもイガリマへの適性が少し上がっていた。まぁ、もちろん装者になれるレベルにはほど遠いですがね。

 

 ああ、あとガングニールに関しては先々月くらいに日本で開発されましたが、発見された聖遺物の欠片的に二つ作れたようで、その一つをフィーネが秘密裏にF.I.S.に流してきました。日本政府の記録もガングニールは一つだけのようです。手が早いなフィーネ。

 

「ドクター。今日はあと二人で終了です」

「おや、もうそんなに経ちましたか」

 

 時計を見れば既に夕飯時を大きくまわっていました。やはり研究している時のウェルは時間の感覚がおかしいですねぇ。

 

「あと二人は誰ですか?」

「マリアちゃんとセレナちゃんです」

「ああ、あの子たちですか」

 

 研究員の言葉に少し不安になってしまう。

 セレナちゃんはもうすぐ十一歳になる。という事はだ、そろそろアガートラームを纏えてしまうという事になる。そうでなければ原作に繋がらないのだ。

 

(確かセレナちゃんは十三歳でネフィリムの暴走を止める為に絶唱を使って死亡する。十三歳になっていつかは分かりませんが、あと二、三年で事は起きるという事。そう考えればそろそろのはずですが……)

 

 ネフィリムに関して先に手を回そうと考えているのですが、実はまだネフィリムが見つかっていないんです。この時点でネフィリムに関しての情報を上に伝える事なんて逆に怪しまれるだけなので出来るはずもなく、ネフィリムが手に入ったという情報待ちなのですが、それが遅れれば遅れるほどあの日を回避出来る可能性が低くなってしまう。

 

 と色々厄介事がありますが、セレナちゃんがアガートラームを纏うという事はそれだけ原作の流れに乗っている事となり、そしてネフィリムとの戦いも近いという事になるんですよ。

 

(セレナちゃんを生き残らせるためにはネフィリムをなんとかしないといけないのは必須。でも見つからなければ待つしか出来ないのは歯痒いものですねぇ)

 

 色々後回しにしないといけない事が多すぎて最近はお菓子しか喉を通りませんよ……いつもの事か。

 

「マリアちゃんの準備が出来ました」

「ん。分かりました。開始してください」

 

 僕の合図で機械が起動。そこからモニターに映し出されたさまざまなグラフが不規則に動いたりして今のマリアちゃんのシンフォギアへの適性が表示される。まぁ結果は分かっているんだけどね。

 

「イガリマ、シュルシャガナへの適性は依然無し。ですがアガートラームへの適性が少し上昇しているようですねぇ。リンカーを投与すればあるいは」

「はい。ガングニールもリンカーの規定値に近いようですが」

「んーそちらの方はリンカーの投与量を増やさねばならないのでなんとも言えませんねぇ」

 

(リンカーを大量に投与すればあるいは、というレベルですね。そんな事しませんが)

 

 いやぁ、前からある程度の適性あるならリンカーを投与すれば装者になれるんじゃ?と思ってましたがそんな甘い事はありませんでしたよ。もはやあれは薬じゃなくて毒ですね。

 

 あれは確かマリアちゃんたち最初のレセプターチルドレンが連れてこられて間も無くしての事でした。

 本当の実験としての最初の数人は思ってた通り適合率が足りなかったのですが、ある日フィーネがリンカーを開発して持ってきました。

 リンカーの実験も兼ねて完全に使い捨てる為に一人の男の子が選ばれました。その子は親に捨てられてまだ十にもならないままストリートチルドレンとして貧しい暮らしをしていましたが必死に生きていたらしく、その子と同郷の子からは兄のように慕われていてらしい。

 ですがその子にリンカーを使って実験したところ適合率が上がり、そのまま適合率が規定値になるまで投与し続けた結果、なんとシュルシャガナを纏う事に成功しました。

 その時は多分ウェルの部分が出て来たのでしょう。存外早かったな、と思う部分がありましたが装者が見つかった事にその場にいた研究員は子供のように喜びましたよ。

 しかし喜んだのも束の間、シュルシャガナを纏う事に成功した男の子は纏って数秒後に苦しみ出し、そして絶叫を上げて助けを求めながら身体の穴という穴から血が流れて死亡したのです。その光景を思い出すだけで……

 

(ああ、やっぱりウェルの方に頭が持ってかれますねぇ。()()()()())

 

 さらっと軽い感じで言いましたがあの光景は僕に強いトラウマを刻ませるものでした。ですがそうなる前にウェルの頭に切り変わり、男の子がそうなった理由をすぐ考え出したのです。

 恐怖を感じる瞬間でしたよ。普通の人間なら絶対トラウマを刻まれますし、実際ショックで研究員を辞めた人もいるレベルのものでした。なのにウェルの頭に変わったらそんなトラウマレベルの出来事があれは実際のものではなく、まるでTVのワンシーンのような気分でした。「気持ち悪いけどTVのワンシーンだから観れる」そんな感じですかね。でなければ前世の僕のままの精神なら自殺ものですよ、あれは。

 

 まぁそんな事もあったのですが、その時の悲惨な光景と僕の改革も合わさってレセプターチルドレンにそんな無理な実験をする輩はいなくなり、リンカー投与もまずは無しで確認してから、次に投与しても大丈夫なのか計算しながらと投与して人体に影響が少ないように細心の注意をしながらの実験になっています。

 それでもやはり個人差はあるので規定値を超えて少々身体に異常をきたす子が出てきてしまうのですが、今のところ後遺症が残ったり死亡した子はいません。

 

(たまに秘密裏に無理矢理リンカーを多く投与しての実験を行おうとする輩もいますが、その人は翌日この研究所からいなくなっているのは不思議ですねぇ?ふふふ……)

 

 おっとマッドな部分が出てきましたね。注意注意。

 

「取り敢えず、マリアはアガートラームと一応ガングニールの適正有りと記録してください」

「分かりました」

「よろしい。ではテストを終了してください。……出来るのならガングニールの事は話さない方が良いですかねぇ」

 

 最近マリアちゃんも僕の研究に凄く協力的でとても助かってはいるものの、シンフォギアに関してはまだまだ至らない部分が多く、何が原因で後遺症や死亡に繋がるか分からない。原作でも沢山の犠牲者が出た、という程度で実験の途中経過は全然分からないからこの辺りもまだまだ手探り状態。そんな状態でマリアちゃんに無理なんてさせたくはないのですが……

 

「ですがマリアちゃんもセレナちゃんもドクターの助けになりたいから頑張っているのですよ。それを無下にするのは……」

「その結果マリアに何かあればどうするつもりです?多少の怪我なら良いかもしれませんが、今後に関わるような後遺症や死亡なんて事になったら僕は自分を許せません」

 

 本来のウェル博士ならともかく、今のジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスである僕はあまりにも今のマリアちゃんたちに関わりすぎている。これで情が湧かない奴はそれこそ悪魔と言っても過言じゃない。それくらい、今の僕は彼女たちを愛してしまっている。

 

「マリアだけではありません。セレナや切歌、調たちレセプターチルドレンが元気でいられるのなら、僕の事を嫌いになっても構いません。生きているだけで、なんて言うのは嘘です。沢山の仲間を作り、沢山の思い出を作り、仲間と夢を目指し、そして元気に生きていて欲しいのが僕の想いですよ。間違っていますか?」

 

 考えが甘いのは十分分かってる。ましてやこの世界はモブに厳しい世界と言われるくらい、人間の命が失われる。それも何も遺していけない灰にだ。まだ身体が残ったまま死ねるのは、もしかしたら良い死に方の部類なのかもしれない。

 それでも、知らない人が不幸になるよりも自分の知っている人が幸せになって欲しいと願うのは間違った事なのだろうか?

 

 僕はチート主人公でもないし、全員助ける確実な方法がないのなら大切な人たちを選び、知らない人を殺す選択をする。その結果大切な人に嫌われる事になっても。

 この考えは、歪んだ考えなのだろうか?

 

「……そうですね。誰しも親しい人には元気でいてもらいたいものですからね」

「はい。だからマリアには無理をしてほしくないのですよ」

「ドクターはマリアちゃんたちに甘いですね」

「ははは。かもしれませんねぇ」

 

 部屋内にいる研究員の空気が和む。みんな上司である僕を恐れて隠れて笑いを抑える……なんて事をするそぶりすらなく、むしろ僕に見えやすいように笑みを浮かべる者もいる。

 

「はっはっはぁ!ドクターは本当にお人好しというか何というか」

「非合法的なやり方で集められた子たちに非人道的な実験をしているというのにここまで愛情を持って接せられるドクターも変わり者ですな」

「ですな!しかしあそこまで愛されるのも事実」

「頭もよくて優しくて子供に好かれ、そして顔も良いとは!何故こんな所にいるのか不思議ですね」

 

 おおう。なんか予想以上にみんなのウェルへの印象が良いな?てか頭顔も良くて優しくて子供に好かれるとか何処のイケメンだよ。どう考えてもラノベとかの主人公じゃないか。

 まぁ実際、前世での僕は特に悪い事をした事もないし、何処にでもいる一般人的だったからその精神とウェルの天才的頭脳とイケメンな顔がカオスフュージョンして出来たのが僕だからね。バグな結果が今の僕のようなものか。

 

「もしマリアちゃんやセレナちゃんが彼氏を紹介するなんて事になったらもう──」

「は?マリアとセレナが誰かと付き合う?ちょっとその男を連れてきてもらおうか

「い、いえ!もしもの話でして……」

「ああ。もしもですか」

 

 思わずドスの効いた声が出てみんなビビってしまいましたが、もしもの話だと効いて安堵する。いけませんね。あの子たちの事になると冷静になれない僕がいます。あんな良い子たちを射止めるとはさぞかし良い男なのでしょうが僕自身の目で見定めなければ認めるつもりはないね!

 

「マリアは料理も出来ますし、気配りの出来る良い子です。セレナの姉という事もあって他の子たちよりも一段と大人びています。それに加えて美人とくれば彼女に言いよる男もさぞかし多いでしょう。ですが僕が認めた相手ではない限り付き合う事は許しませんね」

 

 元から二人とも、いや切歌ちゃんや調ちゃんも美人で良い子になると知ってるから余計にただのモブに簡単に渡す気はないね。ちゃんと二人の気持ちを確かめ合って……なんか面倒な父親みたいになってますね。僕。

 

「……あ」

 

 僕が言い切るのと同時に先程までモニターを確認していた研究員の一人が固まる。何か問題でもあったのでしょうか?

 

「どうかしましたか?」

「あ、いえ、その…………マイクを切っていませんでした」

「え……」

 

 その言葉に僕はゆっくりと強化ガラスの先にある部屋にいるマリアに目を向ける。そこには顔を真っ赤にしてプルプルと震えながら嬉しいような恥ずかしいような、感情がごちゃ混ぜになって面白い顔になったマリアがガラス越しの僕を涙目で睨んでいた。

 

『ッ────バカ!』

 

 それだけ言い残してマリアは走り出して部屋から出て行ってしまう。付き添いとして部屋にいた研究員も出て行ったマリアと僕を交互に見てあわあわと焦っていた。

 

「ん────────────────────……秘蔵のプリンで許してくれますかね?」

「「「「「正直に謝ってあげてください」」」」」

「はい……」

 

 こういう時はウェル博士の頭に切り替わってくれないんですね!分かっていましたが!!!

 

「で、では次に行きましょうか」

「「「「「(逃げたな)」」」」」

 

 ああ!みんな声出してないのに「逃げたな」って思ってるのが分かるうううぅぅぅ!!!こぉれは恥ずかしいぃ!穴があったら入りたい!

 

 何処かに頭をぶつけたい衝動に駆られながらも次の被験者であるセレナが入室し、中の研究員に身体に様々な機器を取り付けてもらっていく。その間終始僕に向けて笑顔でジッと見つめているのが何故か怖かった。天使のような悪魔の笑顔とはこの事か。

 

「んん。それでは開始してください」

「「「「「分かりました」」」」」

 

 さっきまでの軽い雰囲気から急に空気が変わり、みんなの顔が真剣なものとなる。流石はプロだ。その辺のスイッチの切り替えは早い。まぁ、シンフォギアの起動実験というのは細心の注意をするもののためそれは当たり前な事なんですがね。

 

「……脳波に異常なし。意識レベル正常。心音共に正常。脈拍は若干早め」

「……『イガリマ』『シュルシャガナ』『ガングニール』、全て反応は微弱」

(ここまではいつも通り)

 

 セレナちゃんは元からアガートラームの適性は高かったんですが、実は意外な事にマリアちゃんより若干高い程度でリンカーが必要なレベルだったんですよ。

 リンカー無しの完全適合には無理があるくらいでした。ですが原作やゲームではセレナちゃんはアガートラームの完全適合者のはず。もしかしたら僕のせいで何か致命的に原作との乖離が……

 

『あの、すみません……』

「ん?身体の調子でも悪くなりましたか?」

『あ、違います!その……歌が聞こえてくるんです』

 

 セレナの言葉に研究員全員の頭の上に?が浮かぶ。

 普通であればみんなが真剣に行なっている実験中になにをふざけた事をと思うのが一般的だ。だが僕は皆と違ってシンフォギアというものをよく知っている。だからセレナちゃんの言葉の意味が良く分かる。

 

「──セレナ、その歌を気持ちのまま歌い上げてください」

『え?わ、分かりました』

 

 僕の言葉にセレナちゃんは一瞬困惑しましたがすぐさま落ち着くために深呼吸して、一拍置いてから口を開いた。

 

 

 ──Seilien coffin airget-lamh tron (望まぬ力と寂しい笑顔)──

 

 

 セレナちゃんの綺麗な声から発せられた短い歌はガラス越しの僕の耳まで届く。その瞬間、セレナちゃんの身体とアガートラームのギアペンダントが白銀の光を放ち始めた。

 

「こ、これは!?アガートラームの適性率が上昇中!!??」

「脳波、意識、脈拍全て正常!バイタルに変化ありません!」

「な、フォニックゲインが急激に高まっています!!!」

 

 みんな腰を浮かせる程の驚き、目の前の光景とモニターを交互に見ては絶句する。かくいう僕も歴史的な瞬間に立ち会えてテンションが天井を天元突破していた。

 

 そしてほんの僅かな発光の後、白銀の光は徐々に収まっていき、最後には完全に消え去った。そして残ったのは。

 

『な、なんですか、これ?』

 

 アニメのワンシーンで、そしてゲームでは何度も見たアガートラームを纏ったセレナちゃんを少し幼くした姿がそこにはあった。

 




作者は!もっとギャグ路線の!!話を書きたいんだよ!!!
でも今後の展開もギャグ要素ががが……

何故セレナちゃんの適合率が急に上がったのか。それは嫉妬から自分が相手へ向ける気持ちに気づいたからなんですよ……シンフォギアは愛の物語ですからねぇ!


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十話 F.I.Sは予想以上にアットホームなようで

ギャラルホルンでマリアたちがこの世界に来たらどんな反応するかな……


 セレナちゃんが定期審査中にアガートラームを纏えるようになって一週間が経ちました。

 あれから研究員が最初にシンフォギアを纏えたセレナちゃんの身体を隅々まで調べる為に様々な検査をしてまるでモルモットのように……

 

「ドクター!」

ぶぅるるるるるぁ!

 

 なりませんでした!

 

 僕は腹に力を入れて部屋の扉から急に現れ笑顔で飛び込んでくるセレナちゃんを受け止めるために踏ん張り、そしてセレナちゃんが怪我をしないように優しく受け止める。なんとか衝撃も抑えられて首と腰は死守できました。

 

 あの後実際にその場にいた研究員は全員喜びましたよ。ですが直後最初の被害者である男の子の事を思い出していつセレナちゃんに何かあっても救えるように待機しました。

 ですが結果は何も起きる事なく、晴れてセレナちゃんはアガートラームの完全適合者として登録されて研究所内はお祭り騒ぎ、は大袈裟ですがセレナちゃんの無事と研究が上手くいった事で明るい雰囲気になったのは確かです。

 

 後日、その事を知った局長は報告書をまとめて上に提出し、セレナちゃんの今後がどうなるのか僕もハラハラして報告を待ったのですが、意外な事にセレナちゃんはこのままF.I.S.に残る事になった。

 というのも、セレナちゃんはアガートラームをなんの反動もなく纏えるのだがまだ安定して使えないからだ。まぁいきなり使えるようになった力を自由自在に使えるようになるほどシンフォギアは甘くない、という事だ。

 局長はその事を報告書に残し、他のシンフォギアの比較対象だとかリンカーの件とか色々適当に理由をつけてセレナちゃんが残るように取り計らったようです。いくら子供が好きだからと言って局長も危ない橋を渡るものですねぇ。

 

「ふ、ふふ……そう何度も僕の不意をつけると「「ドクター!」」両脇腹にハリケーンミキサー!!??

 

 な、なんだと……?セレナちゃんが僕の動きを封じ、隙の出来た僕の脇腹に向かってセレナちゃんの背中の影に隠れていた切歌ちゃんと調ちゃんが追撃……!?な、何というコンビネーション!完全に僕を殺しに来てる!?

 

「そ、それは読めませんでし……た……」

「「「ドクター!?」」」

「貴女たちいったい何を騒いで、ってドクター!?」

 

 しゃ、洒落にならない痛みに僕は思わず近くの机に両手をつく。うん、ヤバい。折れてると言われても納得できる痛みだ。というより少しでも動いたらギリギリ折れてない骨が折れてしまうような気がする痛みだ。

 僕は後から来たマリアちゃんに脇腹辺りを慰められながらピクリとも出来ずに脂汗を流すしか出来なかったんですよ……

 

「ほら!貴女たちちゃんと謝りなさい!」

「「「ごめんなさいドクター……」

 

 セレナちゃん、切歌ちゃん、調ちゃんが同時に頭を下げて僕に謝ってくる。すごく申し訳なさそうに、特に切歌ちゃんと調ちゃんなんて今すぐにでも泣き出しそうで逆に僕の方が申し訳なくなりますよ。風鳴弦十郎なら余裕で受け止められるのに……僕も少しは鍛えるべきですかね?

 

「グフッ……だ、大丈夫ですよ……み、皆さん、今日はどうし、オウフ」

 

 痛みに耐えて四人を安心させようと笑みを向けようとしますが首を動かしたらまた脇腹に痛みが……後で医務室で診てもらおうかな。

 

「はぁ、今日は久しぶりにセレナに時間が出来たから切歌と調がはしゃいじゃってね。マムや他の子も呼んで小さなパーティーでも、という話になったのよ」

「そうなんですか」

 

 あの日からシンフォギアを纏えたセレナちゃんはこの一週間、いつもの実験の内容を変更して身体を調べられたり色々忙しかったですからねぇ。その間僕の首と腰は……切歌ちゃんと調ちゃんという別の敵がいたので安全ではありませんでしたね。

 それにしても、F.I.S.が予想以上にホワイトな場所になりましたね。普通なら被験者たちが自分たちで楽しくパーティーを開くなんてあり得ませんよ?下手したら殺処分とかあり得ますからね。それが今や勉強や運動ができる、学校のような場所になっているとは誰が想像出来ますかねぇ?

 

 ちなみに、検査と託つけてセレナちゃんに不埒な事をしようとした輩がいましたが、その人も翌日にはこの研究所内からいなくなっていたのですよ。不思議な事もありますねぇ……フフフ。

 

「そうデス!だからドクターにも来て欲しくて呼びに来ました!デス!」

「そうですか。それはありが……うん?」

 

 んん?なんか切歌ちゃんに違和感を感じたぞぉ?

 最近ナスターシャの教育もあって切歌ちゃんも調ちゃんも話し方がキチンとしたものになって来ていますが、それ以上に違和感があったぞぉ???

 

「えっと……切歌ちゃん?」

「なんですかデス!」

「んん、その喋り方はいったい……」

 

 な、何故だ。何故いつの間にか切歌ちゃんがデス語を話すようになっている!?前まで少し舌足らずな喋り方だったけど、それが無くなったと思ったら何故今度はデス語なんですか!?

 

「えへへぇ、ドクターの真似デス!」

「僕の?」

「はいデス!」

 

 僕の頭の上に?が浮かびましたが、自信満々に後光が見えるくらい眩しい満面の笑みを浮かべる切歌ちゃんに浄化しかけてしまいます。いや、ほんと天使やでこの子。

 

「……僕ってそんなに「です」って付けていますか?」

「え?うーん……そうね。他の人より比較的に多いかもしれないわね」

「そんなつもりはないんですがねぇ……あ」

 

 そんなつもりは無いと言った直後に舌の根も乾く隙もなく言っちゃいましたよ僕。

 

(えぇ……つまり僕のせいで切歌ちゃんがデス語に目覚めたという事ですか?……あ)

 

 また言っちゃったよ。これは僕も意外と重症かもしれませんね。

 今考えたらウェル博士になってから〇〇です、とか〇〇ですねぇとか結構言ってましたね。無意識って怖い。

 

「そんな事よりも早くドクターも行くデスよ!」

「マムも他の子も待ってるよ?」

「分かりました。マリア、セレナ。行きましょうか」

「ええ。こら!切歌、調!廊下を走ったらダメでしょ!」

 

 子供らしく切歌ちゃんと調ちゃんが廊下を走っていく。元気ですねぇ。二人を注意するマリアも二人を追いかけるために走っているので本当は注意するべきなのでしょうが、周りに人もいないので大丈夫でしょう。多分。

 

 廊下を走っていく三人を追いかけようと僕も歩き出そうとしましたが、その前に袖が何かに引っかかったように引っ張られたのを感じ後ろを振り向く。するとセレナちゃんが俯いた状態で僕の白衣の袖を摘んでいるではありませんか。

 

「どうしたんですか、セレナ?」

「……」

 

 話しかけてみますがセレナちゃんは黙ったまま動こうとしません。たまに遠慮しながら顔を上げて僕の顔を見てきますが何かに迷っているのかすぐ目を逸らされます。ちょっと可愛いと思ってしまったのは不謹慎ですかね。

 

「ど、ドクターは……その……」

 

 やっと喋ったと思ったらまだ迷っているのかちゃんと言葉になっていません。というよりいつの間にか涙目になっているので僕の方が焦って……いや、本当に今にでも泣き出しそうなんですが!?

 

「……ドクターは、シンフォギアの装者を探す為にここにいるんですよね?」

「ん?まぁ厳密に言えばそうではないんですが、その解釈でいいですかね」

「なら、シンフォギアを纏えた私の前からいなくなったりしませんか……?」

 

 涙目で僕を見上げる瞳には不安という感情がハッキリと映し出されていた。

 おそらく、セレナちゃんは僕がシンフォギアの装者を探すためだけにレセプターチルドレンの子たちに接触していて、装者が見つかれば次の子を探すためにセレナちゃんを放っておいて離れていってしまうとでも思ってあるのでしょうかねぇ。まったく心外ですね。

 

「わ、私はドクターと離れたく……痛ッ!?」

 

 なにかそれ以上言ったら事案になりそうな雰囲気があったのでそれを中断する意味も含め、それなりの力を込めてセレナちゃんの綺麗なおでこにデコピンを当てる。ちょっと強くしすぎましたかね?

 

「もしそうなら最初から貴女たちに優しくなんてしませんよ。心配しないで下さい。貴女が僕の事を嫌いにならない限り、僕は貴女の味方ですよ」

 

 僕は少し屈んでセレナちゃんの頭を優しく撫でる。うん。前より少し身長が伸びたかな。それはそれとして涙目のまま自分のおでこを抑えるセレナちゃん……可愛いですねぇ!

 

「な、ドクターを嫌いになるなんてありえません!」

「ははは。ありがとうございます」

 

 いつもの調子が戻ってきたようなので少し雑にセレナちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でる。別に恥ずかしいのを誤魔化した訳ではないですよ?断じてそんな事があろうはずがございません。

 

「ドクター!セレナー!早く来ないと始まっちゃうデスよー!」

「ほら切歌ちゃんもああ言っているので僕たちも行きましょうか」

「むぅ……分かりました」

 

 納得いかないのか頬を可愛く膨らませて怒っていますアピールのセレナちゃん……控えめに言ってカワイイ!(MODブ◯リー感)

 そしてその日の夜はマリアちゃんたち以外のレセプターチルドレンの子供たちも集まり、夜遅くまで楽しく過ごさせてもらいました。

 

 後日談となるのですが、例のパーティーには僕の他にもレセプターチルドレンの子と仲良くなった研究員が多々おり、それなりのお酒も出て翌日の常務に支障が出てしまいました。そしてその責任は知らぬ間に主催者になっていた僕が取るはめになりました……理不尽だ!!!

 

 

 




F.I.Sが少しずつリディアンみたいになって行ってる気がするのは……多分気のせいですよね!


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十一話 おいおい、こんなギリギリなのかよ……

さて、そろそろ物語を進めますか…


 セレナちゃんがアガートラームを纏えるようになってからというもの、シンフォギアの研究はかなり進みました。

 元々日本の天羽々斬しかデータが無かったので一つでも比較になるデータがあるだけでも捗る捗る。

 今ではフィーネが開発したリンカーよりもより安全なリンカーの開発も成功しています。まぁ、勿論原作のウェルが開発したレシピのリンカーよりかはまだまだ劣りますがね。むしろわざとしていますからね。物語終盤に使うアイテムを物語序盤で手に入れるなんて不正行為になってしまいますし、何より上に目をつけられてレセプターチルドレンの子たちの負担が増える事になったら目も当てられませんからね。

 

 とまぁ、順調に研究は進みセレナちゃんも安定してアガートラームを纏えるようになりました。激しい戦闘は厳しくともアスリート並みの動きは出来る様になって凄いですよ。

 マリアちゃんも新型のリンカーを使えば身体への負担をなるべく減らしてガングニールを纏えるようにもなりました。ただまだ安定はしていませんがね。戦闘なんてもっての外です。まだ銃火器を持った生身の人間の方が戦えるレベルですね。

 切歌ちゃんと調ちゃんも順調にイガリマとシュルシャガナの適性が上がっています。年齢的にリンカーは危険なので投与はしませんが、規定値ライン付近なのでリンカーを使えばシンフォギアを纏える可能性は十分あります。成長しましたねぇ。

 

 色々ありましたが、特に目立った事故や出来事も無く平和に時間が過ぎていき、そしてセレナちゃんが先日めでたい事に十三歳の誕生日を迎えました!!!

 いやぁ、あの時は凄かったですよ。マリアちゃんはケーキ作りに気合を入れてましたし、切歌ちゃんと調ちゃんも自分たちで用意出来るプレゼントを探していましてからね。こんな隔離されたような場所でなく、デパートにでも連れて行ってあげたかったのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。もっと僕の地位を上げればもしかしたら……。

 ナスターシャも何故か気合を入れてセレナちゃんに簡単なお化粧を教えていましたよ。「貴女も乙女なのだから自分を大切にしなさい」とナスターシャの口から出た時は目を疑いましたね。そして僕のその考えを察知したのか、ナスターシャのGOサインで僕の両脇腹に切歌ちゃんと調ちゃんが突撃してきたのも良い思い出です(遠い目)。

 

 楽しかった。ええ楽しかったですよ。それは間違いありません。娘のように思って来たセレナちゃんがまた一つ大きくなるのですから。お化粧をしたセレナちゃんもまた一段と美人になっていて思わず泣いてしまうほどでした。悪い虫が寄って来ないか心配ですよ。

 

 ……でも、一つ問題があるのです。それも今後を左右するような大きな問題が。

 

(……ネフィリムはまだ見つかっていない、か)

 

 そう、セレナちゃんが十三歳になってもうすぐ一ヶ月が経とうとしているのにまだネフィリムに関しての情報が一つも僕の耳に入って来ないんですよ。

 

(十三歳の時、という情報しか無いので十四歳の誕生日前の可能性も十分あるのですが……それにしても遅すぎる)

 

 この研究所であの暴走事件が起きるのは確定している。そしてセレナちゃんはもう十三歳。既に見つかっているもののまだここに送られて来ていないのならともかく、本国のデータベースを調べてもネフィリムの記録は無い。という事はまだ見つかっていないという事に他ならない。

 ……まぁ、上が隠している可能性も十分あるんですがね。

 

 原作のセレナちゃんは過酷な環境でアガートラームという力を手に入れた自分だけがネフィリムを止められる唯一の存在として、家族を守るためという願いのためにネフィリムと戦い、そして絶唱を使って死んでしまう。これが本来のあるべき未来です。

 ですがここはそんな劣悪な環境でも無いし、アガートラームを手に入れても自分がまだまともに戦えないと理解しています。ネフィリムとの戦いもきっと無理をせずに逃げる事を選ぶでしょう。

 それ以外にも前日にあらかじめデータを改竄したり、実験に必要な器具をいじってネフィリムが起動しないようにするなど時間があれば色々出来る。

 

(なのに、まだネフィリムは見つかっていない)

 

 不安だけが積もっていく。ですがセレナちゃんとネフィリムとの戦闘を回避すればセレナちゃんは生き残れる。まだその希望の可能性はあります。

 今はまだいつでも行動出来るようにするだけ。

 

「──おっと、局長に呼ばれているのでしたね」

 

 時間を見て少し急いで用意をして自室から出る。まだ時間はありますが早めに行って損はありませんからねぇ。

 

 局長のいる部屋に行く前に軽く他のレセプターチルドレンの様子も見に行く。みんなこの時間は勉学に勤しんだり、運動をして体力作りをしたりとまるで学校のような事をやっています。まぁこの辺りは僕の政策なんですがね。

 将来、シンフォギアの実験が終了してF.I.S.が解体する事になり、子供たちが外の世界で自由に生きていけるようになった時のための準備です。

 年齢に合わせているとはいえ、まだ小学生くらいの年齢もいるのでキチンとした施設か養子として受け入れられる場所も探しておくべきとは思いますが、それはさすがに気が早いですね。

 

 みんな僕に気付くと手を振ってくれます。小学生の時にたまに廊下を歩く校長の気分ですなぁ。微笑ましいですよ。あ、よそ見して先生(実際はナスターシャのような教育係の女性研究員ですが)に怒られていますね。申し訳ない事をしてしまった。

 

 なんだかんだで時間を潰していると局長のいる部屋までたどり着く。うん。回り道し過ぎて結構ギリギリでした。危ない危ない。

 

「ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスです」

『入りたまえ』

 

 中から聞きなれた声が聞こえて入室する。結構な回数呼ばれているため局長ともそれなりに顔見知りなっているので気が楽です。……勿論、怒られてばかりではありませんからね?

 

「局長。今日はどう言ったご用件で?」

「うむ。早速本題だが、実は最近本国で新たな聖遺物が発見されたのだ」

 

 ……なんだが凄い嫌な予感がするのですが。

 

「それの起動実験をこの研究所でやると決まった。実験日は一週間後。君には現場で指揮を「お話の途中ですみませんが」……なにかね?」

 

 いや、そんなはずはない。もしそうなら急すぎるし何の準備も出来てない。事前に準備しなければ回避出来ない未来が準備する暇無く来るなんて理不尽があるはずがない。

 

「その聖遺物の名称は?」

 

 お願いだから違っていてくれ。

 

「そんな事かね?まぁいい。上がどういうつもりで考えたのか私は知らんが、その聖遺物の名前は『ネフィリム』と名付けられたようだ」

 

 その名前を聞いて僕は意識を失いかけるが、そのギリギリのところで踏みとどまって気絶しなかった。

 出来るなら、今日が夢であって欲しい。

 

「僕は反対ですね。何の情報もない聖遺物をいきなり起動させるのはあまりにも危険かと」

「何も情報がないからこそ起動させるのだよ」

「更に言えば最悪の場合大規模な爆発やそれに類する災害が起こり得るかもしれません。そのような危険性がありますが」

「発見されたネフィリム単体では発せられるエネルギーは微弱だったらしく、あれは聖遺物の一部として上は判断したのだ。欠片ならそのような大規模な事態も起こるまい」

「ですが……」

「ウェル博士」

 

 こんな時に限って上手く機能しない頭脳をフル回転させてなんとかネフィリムの実験を回避出来ないか模索しますが、それを無理矢理押さえ込ませるように局長の圧のかかった声がそれ以上の言葉を言わせなかった。

 

「君が何を懸念しているのか私には分からない。だがこれは……上からの命令なのだよ」

 

 言葉だけ聞いていれば局長が無理矢理僕を従わせようとしているように聞こえるかもしれません。ですが机の上に置く握り拳から僅かに血が流れているのを僕は見逃しませんでした。

 局長も危険なのは分かっているのでしょう。しかし上からの命令は絶対。もしそれを無視して局長を解任するような事になれば最悪レセプターチルドレンたちにもあまり良くない事になる可能性もある。

 

 ああ、ほんと、中間管理職みたいな立場は辛いですねぇ。

 

「……分かりました。我が儘を言って誠に申し訳ありません」

「いや、構わんよ。とにかく一週間後は頼むよ」

「承知しました」

 

 それだけ言って僕は部屋から退出しようとしましたが、後ろから局長が小さな声で「すまない」と言われて逆にこちらが申し訳なくなってしまいましたよ。

 

(あー……クソッタレ)

 

 部屋から出た僕は真っ先に自室に向かって早歩きで歩く。早く何かにこの気持ちをぶつけないとおかしくなってしまいそうだ。

 

(分かってる。今の人たちがネフィリムの危険性を知らない事なんて。あの日までネフィリムのコアがあんな巨大な怪物になるなんて知るはずがない。それは分かっているさ)

 

 実際ネフィリムのコアは奇妙な形こそしているもののその状態では特に危険性はない。だが一度コアが活性化して起動してしまえば自律型完全聖遺物ネフィリムとして破壊の限りを尽くしてしまう。それが原作の流れです。

 

(今から出来る事はなんだ?設備をいじるのは僕一人だと怪し過ぎる。データの改竄はまず何の実験も始めていないから無意味……いっその事当日盗みだすか?)

 

 いや、無理でしょうね。発見されたばかりの新たな聖遺物を何の見張りもなく放置するはずがありません。それを掻い潜って盗み出せる技能は僕には無い。こんな時に限ってウェルの頭は全然助けてくれない……使えませんねぇ!

 

 一週間後にネフィリムの起動実験を行うという、明らかに上の連中は馬鹿じゃないの?と思うような突然な命令に、僕は僕のあまりよろしく無い頭をフル回転させてなんとか出来ないか考えるのでした。

 

 自室に帰った僕はこの怒りやら焦りやら色んな感情がごちゃ混ぜになってまともに考えられない頭をスッキリさせるのと頭の回転を速くするために取り敢えず隠してあった菓子類を全部食べ切る勢いで食したのですが、その中に切歌ちゃんのオヤツも混ざっていたらしく、そのお菓子を食べに来た切歌ちゃんが僕が食べてしまった事に気づいて大泣きしてしまってマリアちゃんとセレナちゃんからお菓子の食べ過ぎも含めて怒られてしまいました……大泣きする切歌ちゃんをあやす調ちゃん可愛いなぁ(色々と現実逃避)。

 




誰かの策略、なんてものは何も無くただただ運の悪い主人公です……


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十二話 逃れられない運命(さだめ)ってか?

ギャグさんが息をしていない件について


 あれから僕は僕の考えられるネフィリムの対策をギリギリまでやりました。

 避難経路の確認やレセプターチルドレンの子たちが付近の区画に立ち入らないように話したり、信頼出来る研究員たちに念のため避難できる用意をするように慣れない命令を出したりと色々やりましたよ。

 本当は一日でも早くネフィリムが輸送されて来たら少しでも妨害出来る様に小細工をしようと思ったのですがかなり機密な実験らしく、まさかの当日に到着してそのまま起動実験を行うとか、ほんとバッカじゃないですかねぇ?仮にネフィリムが危険性の無い聖遺物だったとしてももう少し考えて欲しいものですよ……クソッタレが。

 

「ドクター。顔色が優れないようですが……」

「ん?ああ、なんでもありませんよ。貴方も集中してくださいね」

 

 いけないいけない、不安が顔に出ていましたか。ポーカーフェイスのつもりでしたが、今回の実験のメンバーは皆僕がウェル博士になってから同じ研究をしたり、レセプターチルドレンの子たちの面倒を見たりした親しい人たちだ。僕の僅かな変化も見逃さない。

 

 ……本当は彼らにはここに来てほしくなかった。いや、可能ならこんな馬鹿みたいな起動実験を決定したお偉いさん方以外、ここにいてほしく無い。みんな良い人たちだからね。

 彼らをメンバーに選んだのは、彼らならきっと無茶な事をせずに慎重に事を進めてくれると信じているからです。ネフィリムの起動するかしないかのラインギリギリを見極めてくれるでしょう。

 

 まぁ、それは置いておいて。

 

「……なんで貴女たちがいるのですか、マリア、セレナ?」

「シンフォギア以外の聖遺物を見てみたかったので!」

「私はセレナが暴走しないように見張り役よ」

 

 僕は少し頭が痛くなりながら後ろを振り向く。そこには場に似合わない少し背伸びした格好をしたマリアちゃんとセレナちゃんが立っていた。うん、この付近の区画に来たらダメって言ったはずなんですけどねぇ。それにセレナちゃんってこんなにテンション高い子でしたっけ?

 

「私が許可を出しました」

「ナスターシャが?」

 

 マリアちゃんとセレナちゃんの後ろからナスターシャが現れる。実験開始は間も無くというのに遅れているとは思いましたが、二人を連れて来ていたからでしょうね。まぁ、一応上司である僕になんの話も無かったのは気になりますが。

 

「(上からの指示です。今回は国の重鎮もいるため装者を護衛の一つにするよう命令がありました。マリアはセレナの精神を少しでも安定させるために同行するのを許可しました)」

「(なるほど。上の連中は馬鹿ばかりのようですね)」

 

 耳打ちして来たナスターシャの言葉を聞いて僕はこめかみに血管が浮き出しそうになるのを我慢する。うーん、最近キレそうになる事が多いですねぇ。もう少しカルシウムも取るべきですかね。

 

 今僕たちがいるのはネフィリムが仰々しく装置に置かれている部屋から強化ガラスを挟んだ部屋にいます。そこから遠隔で装置を操作する仕組みです。まぁ有事の際にすぐさま行動出来るように装置のある部屋にも数人研究員が配置されています。……この後どうなるのか知ってる僕からしたらその人たちも離れていて欲しいのですが僕にはその決定権はありません。出来るのなら生き残って欲しいものです。

 そして今強化ガラスの前でネフィリムの起動実験を今か今かと待つすっっっっっごく邪魔な人たちが国の重鎮の人たちです。お気楽ムードなのが腹立たしいですが僕が何を言おうとも聞かないでしょうね。クソッタレが。

 

「──各部機材チェック……全て問題なし」

「──ネフィリム、特に反応無し」

「──エネルギーバイパス接続完了。いつでもいけます」

「分かりました。マリア、セレナ。大人しくしていてくださいね」

「はい!」

「分かったわ」

 

 元気よく頷くセレナちゃんと淡々としながらも少しワクワクしているのがバレバレなマリアちゃん。いつもなら微笑ましいのですが、今の僕にそんな余裕はない。

 

「いいですか。少しでもネフィリムに不可解な反応があれば即座に知らせてください。場合によっては個々の判断で操作を中断する事を許可します」

 

 可能ならコアが動き出す直前、最悪あの大型になる前、原作でシンフォギアの主人公であるビッキーたちが初めて出会ったあの小型サイズのネフィリムになるかならないかくらいの弱い状態ならセレナちゃんでもなんとか出来るかもしれない。最悪マリアちゃんがガングニールを使って援護という方法もありますが、それならまだ僕が重火器を持って援護した方が安全だ。

 とにかく、ギリギリを見定めないと。

 

「では、実験を開始します。エネルギーの出力を一%ずつ慎重に上げてください」

「分かりました」

 

 僕の指示でネフィリムのコアに聖遺物から抽出された特異なエネルギーを少しずつ送る。まぁ、これくらいならネフィリムが起動する事はないでしょう。最初は、ですが。

 

 それからも少しずつ少しずつ、瞬きを忘れて目が痛くなるほどネフィリムのコアを見つめ、少しでも何か反応があればすぐに対応出来るように慎重に観察をする。それはナスターシャを含めた他の研究員の人たちも同じで自分の持ち場に何か不明な反応が無いか緊張しながら真剣にチェックしている。

 

「……何も変化が無いではないか」

「ほんと、地味ですわねぇ」

 

 エネルギー注入率がおよそ二〇%くらいに来た時、お偉いさん方が口を開き始めた。また嫌な予感がしますが、お願いだから静かにしていてください。もうこの時点で吐きそうなくらい緊張しているのですから余計な事を言うのは無しでお願いしますよ。

 

(ネフィリムに依然異常なし。ですが油断出来ませんねぇ)

 

 いつ動き出すか分からないネフィリムに神経質になり過ぎている気はしますが、ですがこの後起こるかもしれない悲劇を考えればそうなるのは当たり前でしょう。仮にここにいるのが僕で無くとも知っているのならきっとそうなるはずだ。

 

「おい君。もっとエネルギーを送る事は出来ないのかね?」

 

 ほら来た。

 

「大変申し訳ないですがこの聖遺物の情報は何も無いため慎重に行動しなければなりません。下手な事をやって皆様を危険な目に合わせるのは私共めも望む事ではありませんので」

「だがあれは聖遺物の欠片だ。完全な物ならいざ知らず、あの程度でこの施設まるごとどうにかなる訳があるまい」

(それがなるから慎重になってるんですよ!!!)

 

 ネフィリムが暴走したらそれこそ風鳴弦十郎を呼ばないといけないだろう。爆撃……はクリスちゃんのミサイル受けてピンピンしてたはずなので期待は薄い。核なんて落とされたら最悪だ。しかも下手したら核爆発すら耐える可能性がありますし、なんなら核エネルギーを吸収するなんて事もあり得ます。そこまでの耐久力があるかは不明ですが、最終的にネフィリム・ノヴァという、地表に落ちたら大変な事になる形態まで進化するのです。あり得ない話ではない。

 

「しかし、当方にも責任というものが……」

「ええい!いいからもっとエネルギーを送れ!これは命令だ」

 

 んー殴っていいですかね?いいですよね?誰か鈍器持ってましたっけ?え、拳?嫌ですよ。もし痛めたりでもしたらセレナちゃんたちの頭を撫でられなくなるじゃないですか。

 

「(ドクター。ここは穏便に)」

「(…………分かりました)」

 

 近くにいたナスターシャに小声で言われて僕は渋々お偉い方の命令を聞いてエネルギー注入量を一%から一.五%ずつに上げた。三秒毎に一%だったのが二秒毎に一%になるだけで僕の心臓に悪い。

 

 あれから少しずつゆっくりと心臓に悪い時間が進み、ネフィリムへのエネルギーの注入率が四〇%を超えました。ですが意外な事にまだネフィリムに変化はありません。

 

(……もしかして僕がこの世界に来たせいで何かが狂ったのか?ゲームで並行世界なんてものがあったんです。もしかしたらこの世界はネフィリムが目覚めない世界の可能性があるのではないでしょうか?)

 

 希望的な観測だと分かっていても今のネフィリムの具合を見るとそう考えてしまうのも仕方がないです。既に四八%と半分に近いくらい聖遺物のエネルギーが注入されているのに何も起こらないのですから。

 

「……あれ?」「……あら?」

 

 このまま何事もなく終わって欲しいと心の中で願っているとセレナちゃんが声を上げたのが聞こえて振り向きます。セレナちゃんもマリアちゃんもネフィリムのコアを見つめたまま固まっていました。

 

「どうかしましたか二人とも」

「い、いえ。気のせいかもしれませんが……こう、一瞬光ったような気がして」

「ええ。あの赤い部分が点滅したように見えたわ」

「ふむ……エネルギー注入量を減らしてください」

「分かりました」

 

 身長差か注視する所が違っていたのか二人は僕や他の研究員でも気が付かなかった何かに気づいたようでした。

 本当なら子供の言う事、と無視するのでしょうがそう言うわけにはいかない。それに気のせいなら気のせいで笑い話になるんですから。

 

 ですが、僕もあれだけ注意していたのに「もしかしたらネフィリムが目覚めない世界かもしれない」と言う楽観的な気持ちから油断していたために気づくのが遅れてしまった。

 

「……!?エネルギー注入量が減らない!?」

 

 研究員のその言葉に僕の嫌な予感は急激な勢いで膨れ上がり、そして頭の中で警告音が鳴り響き出した。

 

「ッ今すぐにエネルギー注入を停止してください!」

「そ、それがシステムが言う事を聞きません!」

「なら主電源事落としてシステムを停止しなさい!」

「ダメです!主電源を落としてもエネルギーが勝手にネフィリムに注入されて行きます!」

「いや、これはネフィリムが吸っているのか!?」

 

 遅かった。気付くのが遅かった。

 ネフィリムはまだ起動していなかったんじゃない。既に起動していたんだ!エネルギーを効率的に得るためにあえて仮死状態になり、自分で吸い上げられるようになるまで待っていたんだ!

 

(人を欺く程度の知能はあるって言うのか!)

 

 ネフィリムのエネルギー注入率がどんどん上がっていく。その速度は蛇口でコップに水を入れるが如くの速度だ。そしてそのような速さなら必然的にネフィリムが完全に起動するまでのエネルギーを得るのにかかる時間は極めて短いものとなる。

 

 つまりに、何が言いたいかと言うと。

 

「ッ!?ネフィリムが!!!」

 

 誰かの悲鳴にも近い叫びに僕はネフィリムのコアに目を向ける。そしてそこに映ったのは、コアを中心に触手のような管が周囲の機材を引き寄せ、自身に接触した機材から順にスライムのような液状に変形させたかと思うと少しずつエイリアンのような人型の形を形成していく姿だった。

 その人型は少しずつ、最初は人間の子供くらいの大きさだったが徐々に人間の大人くらいになり、二メートルを超え、三メートルを超え、なおも大きくなり最終的には研究室の天井付近まで大きくなってしまう。その姿まさしく化物や怪獣という名が相応しいだろう。

 

『──────!!!』

 

 強化ガラス越しの僕の心臓を握りつぶす程の圧が乗ったネフィリムの雄叫びが僕の耳を貫いた。

 




F.I.Sがホワイトになったためマリアちゃん、セレナちゃんへの対応というか接し方がみんな完全に親戚の子に接するあれなので……そのうち下心無しで服とか日常品を送る輩が……


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十三話 未来は変えられないのか……

なんか登録者急に増えたなぁと思ったら日間ランキング二位を取っていてお茶を吹き出して危うくスマホが水没するところでした……みなさんウェル博士が好きですねぇ!

誤字報告ありがとうございます。小さなミスが多すぎますね_(:3 」∠)_


 最悪だ。

 

 最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ!!!

 

 くそ!こうならないように出来るだけの準備をしていたのに!やっぱり足りなかった!時間があまりにも少なすぎだ!僕になんの恨みがあるっていうんだよ!?アニメと違ってこちとら百人単位で子供救ってるんだぞ!?なのにこの仕打ちかよ!なんでここで最悪なカードを引いてしまうんだ!!!

 

(ッだめだ!冷静になれ。冷静に)

 

 焦りと自分の不甲斐なさに冷静さを失いかけますがギリギリのところで踏み留まる。正直誰かに殴って欲しいほど自分が許せませんが、今はそれどころでは無い。

 周りを見れば皆ネフィリムの咆哮によって圧倒され固まってしまっています。まぁ、それも無理が無い事ですね。なんせノイズ以上の化物が強化ガラス越しに目の前にいるようなものなんですから。

 

「何をぼさっとしているのですか!早く避難の準備を!」

 

 いち早く正気に戻った僕の号令で研究員の皆も我に帰り、前日に連絡していた通り素早く行動を開始する。お偉い方さんたちも我先にと待機していた研究員を突き飛ばしながら逃げていきます。こんな時は見事と思えるほど逃げ足が速いのは腹が立ちますが、今はそんな事どうでもいい。

 

「レセプターチルドレンたちと他の区画の研究員に報告して避難の手助けをしてください!それと少しでも時間が稼げるように隔壁を全て降ろして!」

「ドクター!主電源をONにしてもシステムが回復しません!」

 

 おそらくネフィリムがまだ聖遺物からのエネルギーを得るためにシステムに介入しているのでしょう。アニメでフロンティアのコアと融合する事でフロンティアのシステムを操っていたはずですから、年代の単純なシステムではネフィリムの介入を阻止する術はありません。

 

「なら非常用電源に切り替えて再度行ってください!それでも無理なら諦めて早く避難を!」

 

 念の為とは思いましたが元々隔壁もあまり意味を成さないとも思っています。現にネフィリムのいる実験室の壁は実験中に何が起こってもいいように特殊な金属で出来ており、ダイナマイトでも傷一つ付かないような硬度があるはずだった。

 それが今ではネフィリムの振り下ろした巨腕によって脆い鉄板のように大きく歪んでいる。このままでは壁も破壊されてしまうでしょう。その前に早く安全な場所に避難せねば。

 

「きゃっ!?」

 

 そう焦っていると今度は大きな爆発音と共に部屋が揺れてセレナちゃんが倒れかけますがギリギリで肩を持ってあげて倒れないように支えてあげる。今の爆発、かなり近いですねぇ。

 

「今度はどうしたんですか!?」

「ね、ネフィリムのエネルギー吸収がシステムの限界を大きく超えてなお続行中!そのせいでシステムがオーバーロードを起こして施設全体の電子機器に過負荷がかかっています!各区画でも火災が発生中!」

「なんですって!?」

 

 嫌な事は立て続けに起こるものですねぇ!やってられませんよ!

 

 現在ネフィリムが施設の限界以上の力で聖遺物のエネルギーを保管している場所から取り込んだ機材を通して無理矢理吸収しています。その吸収速度に施設のシステムは耐え切れずに過負荷によってショートしていくつもの区画で小規模な爆発や火災が起こっているようです。先程の爆発音と揺れもこの場所に近い何処かの配線がショートして起こったのでしょう。

 僕も急いで近くのモニターから現在の被害状況を確認したら本当に施設全体のシステムが異常を起こしていました。あまりゆっくりしていられる時間はありませんね。

 

「手遅れになる前に貴方たちも早く避難を!それから」

「ドクター!」

「ッ!?」

 

 ナスターシャの叫びに僕はハッとして強化ガラスの先にあるネフィリムに目を向ける。すると僕の視界に映ってのはもういつ崩れてもおかしくない研究室の真ん中で、取り込んでいない機材を片手に持ち、その巨腕を持って全力で僕に向かって投擲しようとしているネフィリムの姿がありました。

 ネフィリムはそのまま機材を投擲。それは前世で僕の命を奪ったトラックとは比にならず、最早スペースデブリと呼んでも過言では無い速度だった。

 気付くのが遅れた僕は恐怖で身がすくんでしまい、このままでは直撃してしまう。

 

 ですが、そうはなりませんでした。

 

 ネフィリムが投擲したのに少し遅れて僕は肩を強く押されて横に飛ばされてしまいます。そしてその際に僕の目に映ったのは。

 

「な、ナスターシャ!?」

 

 ナスターシャが必死な顔でいる姿でした。

 その直後、ネフィリムの投擲した機材は強化ガラスに直撃。僅かに勢いを殺せましたが完全に殺し切ることは出来ませんでした。

 強化ガラスを突き破った機材はバラバラになりながら部屋に侵入し、その破片のいくつかがナスターシャに当たって吹き飛ばされてしまいました!

 

「「マム!」」

 

 マリアとセレナが急いで吹き飛ばされたナスターシャに近寄って行きます。僕も行こうとしましたが肩に痛みが走り倒れそうになりました。どうやら僕も少し掠っていたようです。ナスターシャよりは軽傷ですが。

 

「あ、貴女たち、……怪我はないで、う、カハッ!」

「「マム!?」」

 

 喋ろうとしたナスターシャがいきなり吐血して苦しそうに悶えて始めます。

 

(……命に別状はない。ですが呼吸が不規則。吐血もしている事から内臓が出血した可能性がありますか!)

 

 医師免許なんて無いので僕の全く頼りない知識からの判断ですが、どのみち軽傷では無いのは明らかでした。

 立ち上がって周りを見る。どうやらナスターシャだけでなく、先程のネフィリムが投擲した機材の破片は他の研究員にも当たってしまっているようで怪我人が出てしまっていた。そして少なからず死者も出てしまっています。……あの方は気さくで優しい方だったのに……

 

「くっ、誰か手の空いている人は急いでナスターシャを連れて行ってください!他の方も怪我人に手を貸して避難を急いで!」

「分かりました!」

 

 最近身体を鍛える事にハマっている女性研究員がナスターシャを優しく抱き上げるとすぐさま研究室から出ていきます。あの方ならナスターシャを治療できる人の所まで連れて行ってくれるでしょう。

 怪我人が出たせいで避難は遅れています。お偉いさん方はとうの昔に姿は見えませんがね。

 それにさっきの機材の投擲によってこの部屋のコンピューターが破損してしまい、ほとんどのシステムが停止してしまったようでただのガラクタになってしまった。もうここから出来る事は何も無い。

 

「僕たちも早く避難しますよ!」

「わ、分かったわ!セレナも早く!…………セレナ?」

 

 急いで避難しようとした僕とマリアちゃんでしたが、セレナちゃんだけは破損した強化ガラス越しにいまだ暴れるネフィリムの方に身体を向けたままこちらに来る気配が全くない。

 

「……ドクターと姉さんは行ってください。私はここで時間を稼ぎます」

 

 そう言ってセレナちゃんは首にかけていたギアペンダントを取り出す。その顔は死ぬ覚悟が決まったかのように真剣であった。雰囲気だけで僕が何を言っても止められないと分かってしまうほどに。

 

「な、何を言っているの!?あんな化物に敵うはすがないじゃ無い!」

「でもネフィリムをまともに相手に出来るのは私だけ。倒す事は出来なくても時間稼ぎぐらいは出来るよ」

「で、でも!」

 

 マリアちゃんもセレナちゃんを止めようと必死だが、肝心のセレナちゃんはマリアちゃんに微笑んだままで辞めようという気配は無い。

 

「ギアを纏う力は私が望んだものじゃないけど、この力でみんなを守りたいと思ったのは私なんだから。それに失敗しても姉さんやドクター、F.I.S.の人たちがいるからきっとなんとかしてくれるって信じてるから」

 

 胸が痛くなる。

 まだ十三歳になったばかりの女の子が何故そんな事を言うのか。

 僕に、僕たちに力が無いからセレナちゃんが仕方なく戦う。それなら僕は自分の弱さに憤慨すればいいだけの話だ。それに説得次第では一緒に避難をする道もあったでしょう。

 でもセレナちゃんは、仮に自分よりも強い人が近くにいてもきっとネフィリムに立ち向かうでしょう。僕たちを守るために。そこには仕方ない、なんて感情はなくセレナちゃん自身が決めた事だ。それを止められるはずがない。

 

「ッセレナ!」

 

 マリアちゃんはネフィリムに立ち向かおうとしているセレナちゃんに手を伸ばす。だがその手が届く事はなかった。

 

 ──Seilien coffin airget-lamh tron──

 

 セレナちゃんがシンフォギアを纏うための合言葉である聖詠を歌う。するとセレナちゃんの身体を思わず目を覆い隠してしまうほどの白銀の光が包み込む。そして光が止む頃にはアガートラームを纏ったセレナちゃんが立っていた。

 

「姉さん、ドクター。今までありがとうございました。

 

 

 

 

 さようなら」

「ッ!?」

 

 最後に聞こえたセレナの言葉を僕はハッキリと聞こえた。それは戦闘の心得なんてまったく無いはずの僕でも分かるくらいの決死の覚悟を持った声だ。

 

「ダメ……ダメよセレナ!待って! !!」

 

 マリアちゃんも嫌な予感を感じて届かなかった手をもう一度伸ばす。ですがセレナちゃんは胸が苦しくなるような寂しい笑みを僕とマリアちゃんに向けたかと思うとネフィリムの投擲によって空いた強化ガラスの穴からネフィリムに向かって跳びたって行ってしまった。

 直後に大きな鈍い音が研究室内に鳴り響く。急いで強化ガラスの近くに向かいネフィリムを見れば、その近くでセレナちゃんがアガートラームのアームドギアである短刀を手に持って対峙していた。

 

 そしてネフィリムはというと……おそらくセレナちゃんが先程の飛び出た勢いを使って飛び蹴りでも放ったのか、ネフィリムはバランスを大きく崩して壁に腕をついていた。ですが見たところ目立ったダメージは無い。

 

(やはり現時点ではネフィリムを倒すのは……)

 

 セレナちゃんの動き自体は日々の訓練のおかげでネフィリムも捉え切れないほど俊敏なんですが、予想した通り今のセレナちゃんではネフィリムの硬い体表を貫くには圧倒的に火力が足りない。

 それにネフィリムはとても巨大ですがまだ産まれたてのようなもの。という事は成長もする可能性も十分ある。その成長速度によっては……

 

「セレナ!」

「な、待ちなさいマリア!」

 

 完全に油断していた僕の横を抜けてマリアは壊された壁の隙間から瓦礫をつたって一階に降りようとしていた。 

 僕は急いでマリアの通った壁の隙間を……狭いな。ウェルが元々細身だったからよかったのですがそれでもギリギリですね。

 

「ドクター!何処へ!?」

「マリアを追います!貴方たちは早く避難を!」

 

 早く避難をしろと命令をしているのにみんなも最後まで残っていて……まったくお人好しですね。でも彼らならきっと安全に避難してくれると信じていますので大丈夫なはず。それよりも今は早くマリアを!

 

 崩れそうな瓦礫をつたってマリアを追いかけ、なんとか一階に降り立つ事ができました。地味に先程機材が吹き飛ばされた時の破片が掠って出来た傷が少し痛みましたがまだ耐えられないほどでも無い。

 僕はすぐさまマリアを探そうと痛む身体に鞭打って歩き出そうと思ったのですが、そう思った直後大きな衝撃音と共に近くの壁に何かがぶつかる音が耳に入って来ます。

 

「あ、ぐうう……」

「ッ!?セレナ!」

 

 音が聞こえた方向を見れば壁に叩きつけられたのか、壁に深くめり込んで苦しそうにうめき声をあげるセレナちゃんの姿があった。しかも今のでかなりダメージを受けたのかギアの装甲がボロボロな上に額から血が流れていた。

 

(くっ、やはりネフィリムも成長している!これでは……)

 

 というよりもアニメよりも酷い状況だ。結局は死んでしまうが、ここまでセレナちゃんがボロボロにならなかったはず。

 ですがその理由は知っている。

 

 

 僕はセレナちゃんに絶唱の事を教えていない。

 

 

 確かアガートラームの絶唱はエネルギーのベクトル操作に長けていたはず。アニメの台詞的にセレナちゃんはアガートラームの絶唱特性を知っていたからネフィリムを止める事が出来た。でもその際のバックファイアで動けなくなり、そのまま崩落に巻き込まれて死んでしまった。

 なら絶唱自体を知らなければセレナちゃんはネフィリムに勝てる手段は無く、戦う選択肢をしないと思っていたんだ。だから絶唱の存在を隠していました。

 その結果、よりセレナちゃんを苦しめる事になってしまっている。ほんと自分の浅はかさには呆れるしかない。

 

「セレナ、セレナァ!」

 

 声が聞こえた方を見ればマリアが必死でセレナを名前を呼んでいる。ですが火災によって広がった炎で道を塞がれてその先に行けずにいた。炎の勢い的に立っている場所も安全ではない。

 

「マリアそこから離れなさい!」

「ドクター!?お願い、セレナを助けて!」

「それは……」

 

 僕に気づいたマリアちゃんは僕の服にしがみついて涙を流しながらセレナちゃんを助けて欲しいと頭を下げてくる。アニメでも見た事が無いほど必死で今にでも崩れて落ちてしまいそうだ。

 ですが僕にはなんの力もありません。シンフォギアを纏える、なんていうチート能力もなければネフィリムの体液を身体に入れてもいないので戦える手段は何もありません。仮に手元に重火器があったとしてもネフィリム相手には蚊に刺さされたレベル以下です。正直に言えばガングニールを纏えるマリアちゃんの方が戦闘能力的には上かもしれません。

 

Gatrandis babel ziggurat edenal

 

「なっ!?」

 

 僕がマリアちゃんへの返事を悩んでいると僕の耳にあり得ないはずの歌が聞こえて来た。そう、セレナちゃんが知るはずのないシンフォギアの絶唱が。

 

Emustolronzen fine el baral zizzl

 

(まさか……まさかお前が教えているのか!エンキ!!!)

 

 実際にはアガートラームの中にエンキはいない。ですがアガートラームがエンキの左腕である以上、そしてシンフォギアが人の意思によって力を与えるのならエンキの残留思念か何かが教えた可能性がある。

 勿論そんなのアニメにない内容だし、僕の勝手に考えたものだ。まったく百八十度違う考えかもしれない。むしろエンキも全然関係ない可能性が高い。

 ですがセレナちゃんが絶唱の事を知っている以上誰かの介入は間違いない。そしてこの状況でその可能性があるのはエンキのみ。

 

Gatrandis babel ziggurat edenal

 

(そんなこと考えている暇はない!)

「やめるんだセレナ!その歌を歌うんじゃありません!」

 

 届けと想いを込めて僕は叫びます。セレナちゃんは僕の方に一瞬顔を向けますがこちらが悲しくなるような笑みを浮かべるだけで歌をやめる気配が無かった。

 

Emustolronzen fine el zizzl────」

 

 絶唱の最後の詠唱が終わってしまう。

 その直後、セレナちゃんの身体が眩しく光輝いたかと思うとかなり離れた位置にいる僕たちの所までセレナちゃんを中心に強力な衝撃波がおそってくる。

 僕はマリアちゃんのそばに近寄るととっさに瓦礫の影に隠れてやり過ごしますが、それでも身体が吹き飛ばされてしまいそうになる。怪我も相まって身体に激痛が走りましたが、なんとか耐えました。それでももう倒れそうです。

 

「セレナ!」

 

 僕の腕の中にいたマリアちゃんが炎の中でギアを解除して立っているセレナちゃんに気づいて声をかける。周りにはネフィリムがおらず、マリアちゃんもセレナちゃんが生きていたが嬉しかったのだろう。声に喜びを隠しきれていない。でも、僕は今彼女がどのような状態か知っている。

 

「……よかった……マリア姉さん……ドクター……」

「ッセレ、ナ……!?」

 

 炎の中でゆっくりと振り向いたセレナちゃんはネフィリムとの戦闘で負った額の傷からだけではなく、目や口や耳から血が流れていた。その目は虚で、生気が感じ取れない。

 絶唱によるバックファイアだ。シンフォギアの完全適合者であるセレナちゃんでも戦闘訓練を始めてまだ短期間な上にまだ十三歳の少女が耐えられるものではない。その反動はきっと僕の前世の最期であるトラック事故より上かもしれない。

 

「セレナ、セレナァ!」

「危ない!」

 

 セレナの元に駆け寄ろうとしたマリアの腕を掴み引き寄せる。直後天井から大きな瓦礫が落下してくる。もう少し遅れていればマリアが先に死んでいたかもしれない。

 でも瓦礫の落下のせいで炎が噴き上げられ、更にセレナちゃんに近づくのが困難になってしまった。

 

 セレナちゃんの周りがどんどん火の海になり、天井の崩落も激しくなっていく。もう、残り時間は少ない。

 

「お願い……お願いします……誰か、誰かセレナを助けて……誰かぁ……」

 

 マリアちゃんも本能的にもう無理なんだと分かってしまったのかその場で崩れ落ちてしまう。その後ろ姿を見て僕は燃え盛る炎の中で立つセレナちゃんを助けることの出来ない自分の無力さに絶望する。

 

 結局のところ、僕がどれどけ前世の記憶があるからうまく立ち回って頑張ろうとしても大きな運命の波に逆らう事が出来なかった。多少流れが違うだけでセレナちゃんを救えないのだから笑うしかない。

 ウェルの頭でセレナちゃんを救う方法を考えますが、炎の海と天井が崩落して落下する破片の雨からしてセレナちゃんの元に辿り着くことはほぼ不可能。助ける事が出来ない。

 

 そんな現実に僕は──

 




誰か、誰かお笑い要素を!ギャグさんの心臓が止まってるんだ!

セレナさんも色々覚悟決めすぎぃ!


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十四話 頭でダメなら身体を使え!

ギャグさんの霊圧が……消えた……?


 初めて出会った時、セレナちゃんは当たり前だが僕を凄く怖がっていた。いきなり知らない場所に連れてこられて、知らない人間が笑顔で近づいて来たのだから仕方ない事なんですがね。

 

 ウェル博士となった僕の改革が進み、レセプターチルドレンの子たちが住みやすくなるに連れて少しずつマリアちゃんとともに僕への警戒を解いて笑顔を見せるようになっていった。少し人を信じすぎて心配でしたが、あれが本当の幼いセレナちゃんの姿なんだと思うと内心、涙で溺れかけましたよ。

 

 それから僕はマリアちゃんとセレナちゃんを中心にレセプターチルドレンの子たちと共にいる事であの子たちにとって兄であり父親のような存在になっていったんだと思います。何度かお父さんと呼ばれた時がありましたからね。セレナちゃんなんて顔を真っ赤にしてた割にとても嬉しそうでしたよ。嬉しい反面独身で父親はすごい違和感がありましたがね。

 

 その頃になるとセレナちゃんは菓子類ばかり食べ、一週間の平均睡眠時間がゼロという馬鹿の権化みたいな記録を出した僕の周りの世話をマリアちゃんと共にやってくれるようになりました。

 まだまだ幼かったためやる事やる事一つずつの行動にハラハラして研究に専念出来なかった時もありましたが、もうシンフォギアの事以外が朧げになって来た前世での寂しい生活を考えたらそれも刺激的でした。

 セレナちゃんが成長して簡単な料理が出来るようになり、その料理を僕が美味しく食べる度にセレナちゃんが笑顔になるのを見て余計に料理が美味しく感じましたよ。もうセレナちゃんの笑顔だけでご飯三杯はいけたね。間違いない。

 

 新しく入ってくるレセプターチルドレンの子たちに優しくする姿は僕に見せていた元気な姿とは打って変わって、聖母は言い過ぎですが聖女くらいなら容易にイメージが出来るほどとても神々しいものがありました。天の光がセレナちゃんを照らす幻影まで見えましたからね。

 

 切歌ちゃんと調ちゃんが来てからもその姿は変わらず、むしろ年長組として姉のように振る舞いながらも元気で優しくて、本当に美人に育ってくれたと思います。父親代わりのような僕も涙が止まりませんよ。

 

 きっとセレナちゃんはいつか良い異性を見つけて幸せな家庭を築くでしょう。あの優しいセレナちゃんの子供となればきっとまた可愛らしくて優しい子に違いない。そんな僕にとっての孫みたいな子を抱いてみたいというのも密かな夢だったりします。相手の男がどんな奴か見極める為にも簡単に死なないと心に誓いましたよ。

 

 セレナちゃんはここで死ぬべきではない。あんな良い子が幸せになれないなんておかしい。もっと平和な世界で幸せになって死ぬべきなんだ。だから。

 

「ッドクター!?」

 

 マリアちゃんの声が聞こえましたけど僕は振り返らずに目の前の火の海に向かってほぼ無意識に駆け出していました。

 

 ウェルの頭では僕が何をしようともセレナちゃんを助ける手段が思いつかない。火が危険だとか天井の崩落が危険だとか、安全なルートがまったくないという答えを天才的頭脳が出す。その答えはきっと間違いがなく、このままでは僕もタダでは済まないでしょう。

 

(それがどうした!)

 

 出来る出来ないじゃない、僕がやると決めたんだ。そこにどんな障害物があろうとも可能不可能は関係ない。頭で考えて答えが出ないなら、身体を使って無理矢理答えに突き進むしかない。

 

 目の前で燃え上がる炎の壁に向かって僕は腕で顔を守りながら飛び込む。守りきれない部分や素肌の部分が熱でチリチリとして痛い。

 

(防火性の白衣を着ていて正解でしたねッ!!!)

 

 防火性、といっても少し燃えにくい程度でこの炎の中ではあまり長く持ちませんが、それでもセレナちゃんの所に行くのには十分です!

 

 瓦礫で足場の悪い床を躓きながらも一直線にセレナちゃんの元に走る。たまに眼前に炎が燃え上がって僕を燃やそうと襲って来ますが、まだ防火性の白衣は生きているので無理矢理突破します。 

 

「がッ!?」

 

 いきなり肩に激痛が走り倒れそうになりましたがギリギリで耐えます。おそらく崩落してきた天井の破片が肩に当たったのでしょう。しかも負傷した肩に。なんでそんなピンポイントに当たるんですかねぇ?

 痛すぎて目の前がチカチカ点滅しますが歯を食いしばって走る。さっきよりもフラフラで速度も落ちていますが、走りを止めるわけにはいかない。

 

(あと少し、あと少しだ。それまで……っ!?)

 

 嫌な事というのは立て続けに起こるものですねぇ。

 呆然と虚な目で立ったままのセレナちゃんの頭上の天井が大きく傾き、今にでも砕けて落下しそうになる。どう考えても今のセレナちゃんではあの大きさの瓦礫を回避する事は不可能だ。いや、不意であれば元気な状態でも回避は難しい。それくらいの大きさです。

 僕はもう火傷や降ってくる瓦礫で身体中痛めようが構わずセレナちゃんに向かって走る。眼鏡の片方のレンズが取れて視界が悪くなりますが、もう片方あれば十分です。それにまだ足も無事です。死んでもいません。ならそれだけで僕の走る理由に異を唱える必要はまったくない。

 

 そして等々セレナちゃんの頭上の天井が大きく砕け、セレナちゃんを圧殺しようと落ちてくる。予想よりも大きい瓦礫ですが、まだ間に合う!

 

「ッセレナアアアァァァ!!!」

 

 僕はギリギリで思い切りセレナちゃんに飛び付いてセレナちゃんを守るように抱き締め、僕の身体を盾にして転んだ先にある瓦礫でセレナちゃんが怪我をしないように守る。僕?瓦礫の鋭利な部分に二の腕や脇腹が刺さりますがアドレナリンが分泌されているのか痛くないんですよね。

 直後、さっきまでセレナちゃんが立っていた場所に大きな瓦礫が落ちてくる。その風圧で火が燃え上がりましたがそれも僕が身を盾にしてセレナちゃんを守りました。うん。あっつい。

 

(ですがセレナちゃんは守れた!後は動けるうちにここから……ッ!)

 

 どうやら僕はビッキー以上に、あの有名なツンツン頭の不幸体質な少年に並ぶくらい運が悪いんですかね?

 僕の足が瓦礫とさっき落ちて飛んできた瓦礫の破片によって脹ら脛辺りから挟まってしまっていました。ウェルの筋力と今の体勢的、そして挟んでいる瓦礫的に一人で退かせる事は不可能だ。

 

「ど……くたぁ……?」

 

 さすがに気づいたのかセレナちゃんが虚な目で僕を見る。僅かに光はありますがとても儚いものに感じます。

 

「ッ……喋らなくていいよ。僕が君を助けるから、ね?」

 

 なるべくセレナちゃんに心配かけないように笑みを浮かべる。この間にも周りには天井からの瓦礫が落ち、火も広がっていく。この状態で助けるなんて寝言は寝て言えと言われても仕方がない。

 

(うぐっ!?)

 

 背中に激痛が走るどうやら瓦礫が僕の背中に命中したようだ。小さい欠片だから助かったけど、もう少し大きかったら危なかった。

 

(はは、セレナちゃんや切歌ちゃん、調ちゃんのせいで首と腰をよく痛めていましたが、そのおかげで強くなったのですかね?)

 

 たびたび小さな欠片が僕の背中を襲って来ますが、首や腰は全然平気で逆に笑えますね。まさかあれが特訓になっているなんて誰も思いませんよあははは!

 白衣の防火性もとっくに突破されて袖とかほとんど無くなっています。もうなんか前衛的なファッションみたいな格好ですよあははははははは!!

 それに瓦礫の中の鉄針が火で炙られ、その鉄針が背中に押しつけられてもう熱いったらありゃしない。これはまたカッコいいタトゥーみたいな背中になっているかもですねあははははははははは!!!

 

(笑え、笑え!こんな痛み、セレナちゃんを守る為ならどうって事ないってくらいに全力で笑え!!!)

 

 多分背中の火傷は見るに耐えないものになっているでしょう。骨も折れるのでは無く砕けている箇所もあるでしょう。足の感覚もありません。もしかして気づかない内に出血してしまっているのかもしれません。

 それでもセレナちゃんを安心させる為に後ろの炎が見えないように身体で隠し、笑みを絶やさないようにする。

 

「ね、ふぃりむ……は?」

「大丈夫です。貴女のおかげでネフィリムは無事停止。みんな守られました。よく頑張りましたね」

「よかっ……た……」

 

 なんとか動かせる右手でセレナちゃんの頭を撫でる。安心したのか少しずつセレナちゃんの瞼が閉まっていき、力が抜けて行っているのが分かります。左腕?それがどれだけ力を入れても動かないんですよね。

 

「……どく、たーって、あたたかい、んですね…………」

 

 それだけ言い残してセレナちゃんは完全に力を抜いてぐったりとしてしまう。かなり心配しましたが、少し不規則ですが寝息を立てているのが分かって少し安心しました。

 

 セレナちゃんは本当によく頑張りました。本来なら装者六人で辛くも倒したネフィリム、といってもあれはネフィリムの進化形態なので今回の形態だとあの頃の装者たちなら簡単に倒せるでしょうが、それでも僕たちを守るために慣れないシンフォギアを纏い、得意じゃない戦闘をし、傷だらけになっても戦ってネフィリムを打ち倒したんです。頑張り過ぎなくらい頑張りましたよ。

 

「だから、あとは僕が頑張る番だ……!」

 

 それから僕にとっての長い長い、その地獄のような時間を耐えました。

 止まらない背中への衝撃と焼きごてを無理矢理押しつけられているような激痛に意識を何度も失いかけますが、その度に唇や舌を噛んで耐えます。下手をすればそのまま舌を噛みちぎってしまいそうで怖いですねぇ!

 

 そして何時間、あるいは何日も経ったかのような感覚に襲われていた僕は朦朧とする意識の中で急に誰かに触れられ、助け出されるような感覚を感じ、視界に見知った人たちの顔が映ったのを見てから意識が遠くなっていきました──

 

 




誰だこのただのイケメンは?え、ウェル博士だって?そんな馬鹿な……


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十五話 頑張った結果

原作マリア&切歌&調「「「誰これ???」」」
うちのマリア&切歌&調「「「ドクターです!!!」」」

そしてウェル博士(オリ)を中心に現実を受け切れない原作組との激しい戦いに繋がっていく……なんてね!


 ドーモ。皆=サン、ウェルデス。

 あれから何と二ヶ月も経ちました。

 

 え、僕ですか?絶賛ミイラ男ですが何か?

 

 というより、僕が目を覚ましたのは昨日なんですよね。だから二ヶ月も眠ったままだった僕が急に目を覚ましたのを見て驚いた看護してくれていた女性の反応は面白かったですよ。きゃあああ!じゃなくてぎゃあああ!でしたね。絶対女性が出してはいけない声でしたよ。

 

 ええ、自分でもビックリでしたが辛うじて生きていました。

 いやぁ予想以上に身体がボロボロでよく生きてたなと思いましたよ。手足は複雑骨折しているわ、左肩は脱臼しているわ、背中の火傷は激しい戦いの怪我みたいで厨二病をくすぐられますが、人によっては引くどころか吐き気を催すもので皮膚移植が必要なレベルだわ、熱気を吸ったため内臓も無視できないレベルでダメージ負っているわ。喋ろうとしたら軽く吐血するわ、他にも挙げたらなんで死んでないの?と思うくらい酷い有様でしたよ。

 目が覚めたら包帯でぐるぐる巻きにされてミイラ男になっててそれはそれでビックリしました。医師が言うに普通なら四、五回くらいは死んでたらしいです。ゾンビか何かと思われて異常なまでに脈とか呼吸とか見られましたよ。

 キャロルちゃんには悪いですが、これは奇跡以外になんて言うんでしょうかね?今なら勝てる自信ありますよ(なんの勝負か分からない)。

 

 セレナちゃんですが、僕の頑張りもあって絶唱のバックファイアによるダメージだけで無事でした。まぁ、それでも未成熟な身体にはかなりの負担だったらしく、今でも松葉杖や介護など補助が無ければまともに歩くのは難しいらしいです。ですが特に目立った後遺症は無いようで、リハビリを頑張れば元通りになるそうです。その話を聞いた時はホッとしましたね。

 

 全部僕が目覚めてから落ち着いたあとに聞いた話のみなのでセレナちゃんの事も話だけで分かりませんし、マリアちゃんたちレセプターチルドレンの子もどうなったか分かりません。研究所は多分無事では無いでしょうが……

 

(んーセレナちゃんたちが無事なだけでも嬉しいのですが、やはり会いたいですねぇ)

 

 自分の方がボロボロだというのに何を言っているんだ。とも思いますが、やはり元気な姿が見たい。本来の未来を変え、僕の頑張った結果をこの目で見たいというのは間違いでしょうか?

 

 声も出せず、動けない身体でボーっと天井のシミを数えていると廊下で慌ただしく走ってくる音が聞こえたかと思うとガラガラと病室の扉が勢いよく開かれます。扉壊れていませんかね?

 怪我のせいでほぼ目しか動かせませんが、見ればマリアちゃんと切歌ちゃん、調ちゃんが涙目になって扉の前にいました。……あれ、嫌な予感が……

 

「「「ドクター!!!」」」

ぎいいいいいいいいやああああぁぁぁぁ!!!???

 

 骨とか色々ボロボロだというのにトドメとばかりに三人とも僕に飛びついて来ました。前世も含めて今まで出した事が無いくらい大きな悲鳴が出ましたね。ネフィリムと良い勝負になりますよきっと。ついでに無理に声を出した事で漫画みたいに吐血しましたね。ただでさえ血が足りないのに本当に失血死しますよ。死因が守った子たちの飛び付きとか……悪意も殺意もない純粋な喜びで殺されるとか僕可哀想過ぎませんかね?

 

 僕の悲鳴を聞いた看護師の方に三人は引き剥がされて叱られ少し可哀想でしたが、僕から離れる際に特にマリアちゃんが僕の左腕を掴むものだから腕が千切れたかと思うくらいの激痛が走りましたね。もう痛いのか身体が感度三千倍なのか分からないですよ。それくらいあちこちが痛い。なんなら瞬きすら億劫ですよ。

 

「ドクター、怪我は大丈夫デスか?」

「切歌ちゃん。どう見ても大丈夫じゃないよ」

「あう……ごめんなさいデス……」

 

 ありゃりゃ、切歌ちゃんそんなに悲しまなくていいよ。命に別状はないから大丈夫と言えば大丈夫だから。身体は異常だらけだけどね。

 身動きするだけで全身に痛みが走る身体を無理矢理動かして右腕を挙げて切歌ちゃんの頭を撫でます。マリアちゃんが焦っていますがまぁこれくらいで死にはしないので平気平気。身体は平気では無いですがね。

 ギプスなり包帯なりでいつもと撫で心地が変わっているでしょうが、撫でられている事に気づいた切歌ちゃんが涙目で必死に笑顔を作ります。自分が悲しいから慰められているとでも思ったのでしょうかね。まぁ、その気持ちがあるのは本当ですが、単純にみんな無事だったから嬉しくて撫でただけなんですけどね。

 

「ドクター、無理しちゃダメだよ……あ」

 

 心配した調ちゃんでしたが、今度は調ちゃんの頭を撫でてあげる。なんだかんだ言っても撫でられて嬉しいのか、嬉しそうに頬を緩ませています。将来的になんであんな無表情寄りになってしまうんでしょうか?

 

「もう、貴方の方がボロボロなんだから落ち着いて……って」

 

 マリアちゃんが少し怒りながら僕に注意して来ますがそんなのお構いなしで今度はマリアちゃんの頭を撫でる。なんだかんだ言って自分もして欲しかったのか、最初は顔を赤くして口をパクパクしていましたがすぐに素直に頭を出してなすがままになりました。うん。可愛い。

 

「み、んな、ぶじでよかった、です」

「ええ。貴方のおかげでセレナも無事よ。本当にありがとう」

 

 本気で感謝しているのでしょう。頭を撫でられたままですが涙を流しながら何度もありがとうと繰り返しています。

 僕も生きていてくれてありがとう。と返してあげたいですがどうやらもう体力の限界のようです。さっきの三人の飛び込みが効きましたね。あれでごっそり持っていかれましたよ。

 

「さすがにセレナは体力的にこっちにはまだ来れないけど、多分近々来ると思うわ。だからその時は……ドクター?」

 

 段々と眠気に襲われた僕は三人に見守られながらそっと目を閉じました……

 

 ────────────────────

 

「寝ちゃったデスか?」

「うん。すごくぐっすりしてる」

 

 力が抜けるように目を瞑って寝息を立て始めたドクターの顔を切歌と調が覗き込んでる。少しベットが高いからあのままバランスを崩してドクターの身体にダイブしそうで少し怖いわ。

 

(……こんなにボロボロになって……)

 

 今さっき撫でてくれた右手を見る。いつも暖かく感じていた手は包帯でぐるぐる巻きにされていて分からなかったけど、お医者様の話だと動かすだけでも全身に激痛が走るほどドクターの身体は限界みたい。それなのに私たちを安心させる為に無理するなんて……ほんと、馬鹿なんだから。

 

 二ヶ月前。セレナが、たった一人の血の繋がった私の妹が炎に飲まれて、あるいは瓦礫に潰されて死んでしまうかもしれない、でも私には助ける力は無いと、他の大人たちもみんな退避する事にいっぱいいっぱいでセレナを助け出す事は無理なんだって絶望している中、ドクターだけがセレナを助ける為に火の中に飛び込んでいった姿が瞼の裏に焼きついて離れない。

 ほんの数十秒のはずなのに、何度も何度も天井から落下した瓦礫に打たれて、燃え立つ火の柱に身を焦がされていくドクターを見て私は悲鳴をあげてしまった。でもそれも仕方のない事でしょう?だって目の前で知っている人が死にかけているのだから。

 

 そしてとても大きな瓦礫がセレナとドクターのいた場所に落下するのを見て、私は二人が死んでしまったと思った。そして自分のせいだと思ってしまった。

 私がセレナの手をちゃんと握っていれば、私がドクターにセレナを助けて欲しいと懇願しなかったら、二人は死なずに済んだのにって思った。

 心が砕けるような音がしたわ。もし本当に二人が死んでいたなら、きっと私は心が壊れて自暴自棄になってたと思う。

 

 救助が来てくれたのは二人の姿が見えなくなって三〇分くらい経った時だった。もうその頃には火もかなり鎮火されて、崩落もなくなってたわ。それと同時に、そんな中で人間が生きているはずもないと思った。

 でも二人は無事、とは言えないけど生きていてくれた。それがとても嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。

 あの時のドクターはダメだと思っていても見るに堪えない姿だったわ。見た目も合わさって生きた人の肉が焼ける匂いってあんなに吐き気を催すものなのね……忘れたいけどきっと忘れられないと思うわ。

 その他にも背中や足にも痣どころか大きく腫れている場所、血が周りの瓦礫にこびり付いていたりと私のトラウマになるのは十分だった。あの時私の目を覆ってくれた救助の人には感謝してる。

 

 助け出されたドクターは目が見えているのか分からないくらい虚ろな目だったけど、私の顔を見てなんて言ったと思う?

 

『あぁ、セレナ、ちゃんは、助けられた、よ……』

 

 やっぱり自分のせいだった。という気持ちとセレナを助けてくれて感謝したい気持ち、そしてもしドクターが死んじゃったら?とか色んな感情が合わさってあの時自分がどんな顔をしたのか分からない。

 でもドクターが笑みを見せてくれたのは覚えてる。いつも私やセレナに見せてくれた優しくて、目が離せなくなっちゃう笑みよ。

 

(神様なんて信じないけど、でも今は感謝してる。セレナとドクターを救ってくれてありがとう)

 

 眠っているドクターの右手に自分の手を添える。火傷のせいなのか少し熱を帯びてるような暖かさがあったけど、逆にそれが心地よかったりする。出来るならもう離したくないくらいに。

 

「……今はゆっくりしていてね。元気になったらまたみんなで遊びましょ。ドクター」




ウェル(オリ)「死んだみたいな終わり方ですが、生きてますし続きますからね!?」


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十六話 感動の再会!……ですよね?

自分で書いてて思いましたが、ウェル博士(オリ)よ……アンタはバケモノか?


 元気百倍ウェルパンマン!

 

 あ。元気よく身体を動かしたせいで治りかけた肋骨や脱臼した左肩やらまだキチンと繋ぎきれていない神経とかに激痛が走ります。なんならまだ完全にくっついていない骨がまた外れたかも知れませんねぇ。うん。スゴクイタイ。

 

 いやぁ、この世界の医療技術凄いですね。ネフィリムの暴走から早四ヶ月経ちますが、あんないつ死んでもおかしくないくらいボロボロの死にかけだったのに今では松葉杖ありきですが歩けるようになりました。僕の体力の都合上治療が遅れているようですが、四ヶ月で歩けるようになるのは凄いですよ。前世ならまだ包帯ぐるぐる巻きに違いない。

 

 僕が一度目覚めからマリアちゃんたちが毎日遊びに来るようになって僕の担当医の人も困ってましたよ。毎回僕が遊びに応じて治療中の部分を酷使してしまうからね!!!

 だって仕方がないじゃないですか。マリアちゃんは思っていてもそれを顔に出しませんが、切歌ちゃんと調ちゃんは捨てられた子犬のようなウルウルとした瞳で僕と遊ぶのを我慢しているんですよ?ここで答えねば大人じゃねぇ!!!

 

 セレナちゃんは順調に回復しているらしく、もう補助無しでも歩けるようになっているらしいです。マリアちゃんいわく、早く僕に会いたがっているらしいのですが僕のいる病棟は重傷者専用の病棟らしく、セレナちゃんは別の病棟のようで完全に退院しているわけでは無い為、病人同士の行き交いは難しいらしいですね。中々来れないみたいです。個人的には元気な姿を見たいものですねぇ。

 

 それとこの間局長が僕の見舞いに来てくださりましたよ。局長も右手にギプスをしていました。どうやらお上の人たちを避難させる時に負ったようでした。

 

 どうやら局長は最初ネフィリムの暴走の全責任を負うはめになっていたらしいですが、何やら今回の急なネフィリムの実験は見学していたお上の方たちの独断専行だったらしいですね。

 ネフィリムの研究成果で自分たちの地位を上げようと画作し、裏工作までして秘密裏にネフィリムを運び込んだとのこと。そしてネフィリムの暴走が自分たちの責任にならないように局長に押し付けようとしたらしいですが、そもそもな話F.I.S.どころか発掘したチームともっと上の人しか知らないような、本国のデータベースにもまだ記入前だったネフィリムの存在を何故局長が知っているのか?という話になり、そこから調査した結果アッサリとそいつらが無断で持ち出したという事が分かったらしいです。

 その話を聞いて僕も局長も大笑いですよ。ほぼ自爆のようなものですからね。心の底からアホだと思いました。自業自得だざまぁみやがれ!(例の変顔)

 

 他にも、僕の心配をしていたレセプターチルドレンたちですが、なんと誰も死んではいませんでした。喜ばしい事です。多少の怪我をした子がいて入院が必要な子もいるようですが、命に別状はないと聞いて安心しました。まだまだ未来有望な子たちですし、外の世界を知らない子も多いですからね。あんな場所で死ぬのはあまりにも可哀想なので全員生きていて嬉しい限りです。

 

 ですがこの話はそんな嬉しい話ばかりではありません。

 

 レセプターチルドレンの子たちが誰一人死ななかった代わりに、沢山の研究員が身代わりになって亡くなったようです。勿論、中には火災に飲まれたり崩落が原因の人もいますが、死因の殆どがレセプターチルドレンの子を守るために身を挺したという話です。

 瓦礫に押し潰されそうなった子を助けた代わりに自分が押しつぶされたり、数人で自らが肉の壁になる事で炎を割って道を作って逃したり、システム異常で閉まろうとしていた隔壁を一人で支え、みんなが通ったあと力尽きてしまったりと、みんな文字通り命を賭けて子供たちを守ったとの話です。

 

(まったく。死んでしまっては意味も無いというのに。いえ、あの子たちを守った事自体に意味があります、か)

 

 亡くなった研究員の中には何度か同じ研究チームになった人や、レセプターチルドレンの子たちの世話をする時に一緒になった人もいました。研究面や生活面でも惜しい人たちを亡くして……

 

(あぁ、どうやら予想以上に参ってしまっているようですねぇ)

 

 人が死んだというのに案外そこまでショックを受けていない事に、いつの間にかウェル博士の頭に切り替わって自分の精神を守っている事に気付きました。

 

 惜しい人?そんなはずがない。彼らは僕の良き友人であり、仲間であり、ライバルでした。何度か共に笑ったり研究に勤しんだりした仲です。そんな人たちが死んで「惜しい人」で済ませるのは明らかにおかしい。

 ですが今はウェル博士の頭に切り替わった事に感謝しています。切り替わってなお憂鬱な気分ですよ?身体もボロボロな事も加味すれば多分、自暴自棄になるか下手をすればマリアちゃんたちに当たっていたかもしれません。そうなればきっと僕は自分が許せなくなってしまう。

 

(……はぁ。本当に、貴方は腹が立つくらいに役に立ってますよ)

 

 本来のウェル博士に向かってつい嫌味的に言ってしまうが、まぁこれは許して欲しい。そうでもしなければこのイライラが爆発してしまいそうですからね。

 

「……おや?」

 

 ベッドで座っていると病室の扉が遠慮がちに開きます。検診には早いですし、マリアちゃんたちならもっと扉を壊す勢いで開くはずです。実際二回ほど壊しましたからね。主に切歌ちゃんが。

 開けられた扉からは人の影はなく、不思議に思っていると見覚えのあるオレンジ色の髪がチラリと見えました。

 

「どうしたんですか?入って来ても良いですよ。セレナ」

 

 ビクリ!と擬音が聞こえて来そうなほど分かりやすく身体を震わせているのが見えました。実際できるんですね。あんな動き。

 

「(ほら、はやく行きなさい!)」

「(で、でも私まだ心の準備が……)」

「(いいから早く!私一人じゃ切歌と調を抑えきれないのよ!?)」

「なんでマリアもセレナも入らないんデスか?」

「入らないなら私と切歌ちゃんが先に……」

「二人は静かにしてて!?」

 

 ……賑やかですねぇ。それにマリアちゃん?貴女が一番大きな声出てますからね?

 

 僕が声をかけてから数秒後、視線を逸らして少しオロオロしながらセレナちゃんが部屋に入って来ます。どうやらこの辺りに来ても大丈夫なくらいには回復していたようですね。くそう、マリアちゃんめ。セレナちゃんはまだここに来れないって嘘の情報を僕に教えましたね?

 その後ろではマリアが必死に切歌ちゃんと調ちゃんを止めようとしているのが分かります。何故かって?さっきより大きな声でマリアが二人を静止させようとしているからですよ。今度病院では静かにする様に言わなくてはいけませんね。

 

「えっと、お元気ですかドクター?」

「んー僕的には元気なつもりですが身体はどうにも」

「あ……ごめんなさい……」

 

 あら?何故かセレナちゃんにとても悲しそうな顔で頭を下げられました。何か謝られる事されましたっけ?

 

「私が、私がもっと戦えていればドクターがこんな怪我をせずに済んだのに……」

「あぁ。その事ですか」

 

 んーどうやら僕のこの大怪我を自分のせいだと思っているようですね。ほんと、マリアちゃんといいなんでこの子たちは全部自分のせいにするんですかね?

 

「確かに、あの時貴女を助けようとしなければ僕はこんな大怪我をしなかったでしょうね」

 

 僕の言葉にセレナちゃんが更に悲しそうに俯きます。人の話は最後まで聞いてくださいよ。まったく。

 僕は俯くセレナちゃんの頭にまだ痛む左腕を伸ばして優しく撫でてあげます。よくよく考えたらセレナちゃんの頭を撫でてあげるのは実に四ヶ月ぶりなんですよね。

 

「ですが、貴女を助けようと思ったのは他でもない、間違いなく僕の意思です。なのでこの怪我は僕の責任ですよ」

 

 言葉を選ばないのであれば、もしあの時セレナちゃんが死んでも世界になんの影響もなかった。ただアニメと同じ流れになるだけでむしろ助けない方が良かった可能性もある。ゲームのように並行世界になる可能性もありましたが、それが破滅の道の可能性もあると考えれば円満に終わると確定しているアニメ通りに進んでラスボスのえっと、ジャム・ハム?違う、シェムハザ?じゃ無いな。誰だっけ?まぁいいか。を倒すのがベストのはずです。

 ですが僕はそれでもセレナちゃんを助ける道を選びました。それが破滅の道への一歩だったとしてもこの選択に悔いはまったくありません。ウェル博士ではなく、僕が僕の意思で選んだ道なのですから。

 

 セレナちゃんは僕の話を聞いて少し嬉しそうに頬を緩めますがまだ陰りがあります。まだ納得がいってないようですねぇ。前みたいにテンション高めのセレナちゃんに見慣れてしまっているせいで余計に小さく感じます。んーどうしましょうか?あ、そうだ。

 

「そうですねぇ。それでも納得いかないのであれば、いつか貴女が大きくなって子供が産まれたらその子を抱かせてもらえませんかね?」

 

 我ながらなんの脈絡も無いなぁと思います。

 ですがこれは前世の記憶が残っていて、セレナちゃんの小さい頃から知っている僕の一つの夢でもありますからね。勿論、セレナちゃんだけでなくマリアちゃんや切歌ちゃん、調ちゃんの子供とかも抱いてあげたいです。そしてその幸せな人生を歩んでいるみんなの姿を見てみたい。それが僕の細やかな夢です。

 それにこれでセレナちゃんが「簡単に死ねない」とだけでも思ってくれたらこれからも無茶せずに生きてくれるだろうという打算的な部分があります。やっぱり僕の娘みたいなセレナちゃんには無茶してほしく無いですからね。

 

「えっ!?私のこど、え?それって、え、え?」

 

 んん???何故でしょうか。セレナちゃんが顔を真っ赤にして惚けてしまいます。視線も分かりやすくあっちこっちに行って混乱しているようですね。何か僕の求めていた反応とは違うような……

 

「ドクター?」

 

 そう思っていると病室の入り口の方から声が聞こえました。そしてそっちの方に振り向くとそこにはマリアちゃんが立っていました。手にかけた扉に指を食い込ませて。

 いや、うん。扉ってあんな簡単に指がめり込むような柔らかい素材でしたっけ?安全面の考慮かな?この世界の技術って凄いですねぇ。あとマリアちゃんの雰囲気が怖過ぎて切歌ちゃんと調ちゃんが涙目なのでもう少し落ち着いてくれませんかね?

 

「今のは……どういう事かしら?」

「?どういう意味もこういう意味も、僕は純粋にセレナの子供を抱いてみたいなーと」

 

 思っただけ。と言う前にマリアちゃんがズンズンッ!と音を立てるような幻聴が聞こえるほど睨みながら近づいて来ます。え、怖。助けてセレナちゃん!……顔が赤いペンキでも被ったかのように真っ赤になっているのは何故でしょうか?

 

「わ、私だって!あ、貴方に子供を抱かせる事も出来るのよ!?」

 

 アニメではそう言う相手が見つかるかどうかすら怪しいマリアちゃんですが、今から頑張るのならきっと良い相手が見つかるでしょう。勿論、父親代わりの僕が一度見極めますがね。でも不思議ですね。何故かマリアちゃんの独身の姿しか思い浮かばない……もう少しお淑やかになるように教えるべきですかね。

 それにしても、やけに食い気味というか挑戦的ですね?

 

「?ははは。そうですね。楽しみにしています」

「なっ!?」

 

 マリアちゃんが幸せになれるのならそれはそれで楽しみだと思って言ったのですが、何故かセレナちゃんが驚いていました。

 

「ね、姉さん!それって……」

「ふふ。セレナ。貴女だけじゃないのよ?」

「……そうですか。なら今度からはライバルですね」

「ええ。負けないわよ?」

 

 何故か二人の間で火花が散っているように見えるのは何故でしょうか?

 ……何かとてつもない地雷の上に乗ってしまった気がしますが、気のせいであって欲しいと心の底から願いますよ……




うーん。誰だコレ?
そして何だコレ?


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十七話 平和なのは良い事だ

やっとギャグ路線に戻せる……はず。


 マリアちゃんとセレナちゃんが謎の対抗意識を燃やしてから早くも一ヶ月が経とうとしています。

 

 僕の身体はどうやら峠は越えたようで色んな治療が施せるようになったおかげで順調に回復して来ています。先日から松葉杖無しの歩行練習が始まりましたよ。やはりこの世界の医療技術は凄いです。半年ぶりに松葉杖なしで歩くのは中々厳しかったですがね……でもやはり自然体で歩くのは気持ち良いものですよ。

 今もその歩行練習のついでに病院の中庭で読書でもと思って歩いています。完治しないとまともに研究に関われないので読書くらいしかやる事が無いんですよね……たまにアドバイスを求めに来る人はいますが僕は自分で実施したい派なので退屈です。

 

「こんな所でどうかしましたか、ドクター」

「おや、ナスターシャですか」

 

 廊下を歩いていると横道から車椅子に乗り右目に眼帯をしたナスターシャが現れました。もうアニメ通りの姿でビックリですよ。まだあのパワードスーツになる車椅子ではなく、普通の車椅子ですがね。

 怪我自体は僕の方が重傷ですが、ナスターシャの傷はどうやら僕以上にあまり良くない所に出来てしまったようで、足を元のように動かせるようになるのはほぼ不可能のようです。

 そうですねぇ……例えば足や手といった身体の部位に体力があるとして、ナスターシャの足と右目の体力がゼロになってしまったため回復してもゼロのままなのです。体力ゼロは死んでいますからね。

 え、僕はどうなんだって?全身の部位の体力が(いち)で死んでいないからギリギリ回復出来たような状態です

 うん。何度考えてもよく僕生きてたな?

 

「いえ、少し中庭で読書でもしようかと」

「そうですか。まぁ、今の我々では出来る事は少ないですからね」

「はい。早く現場復帰したいものですねぇ」

 

 廊下を二人並んで歩きながら世間話に花を咲かせる。最近マリアちゃんたちとばかりで聖遺物関連の会話をしていなかったため少し口が軽くなってしまっていますね。ナスターシャもですが。

 

 ちなみに、ナスターシャは車椅子生活を余儀なくされていますが退院後もF.I.S.で働くそうです。アニメ通りと言えばそうですが、ナスターシャもレセプターチルドレンの子たちを守って亡くなった研究員たちの意思を継いで、自分が死ぬかせめてマリアちゃんたちがレセプターチルドレンとしてではなく、一人の人として外の世界で生きていけるようになるまでは面倒を見る気のようです。歳も歳で身体もこうなってしまったのに、やはり凄い人だ。

 

「そう言えばドクターは新しくなったF.I.S.の事はご存知で?」

「ああ。話だけは、といったところですね。実際の建物を見ていないので僕も詳しい事は分かりません」

 

 ネフィリムの暴走のせいで建物は半壊、システムはほぼ全滅してしまったF.I.S.の施設は現在改装・修理をしており、それももう間も無く完了するようです。

 どうやら今回のやらかしたお偉いさんの尻拭いをするために、良心的なお偉いさん方が結構融通してくれたそうです。

 理由を聞けば、兎にも角にも「シンフォギア装者を見つけ出した」という実績があるためです。

 僕からしたら既に誰が纏えるか知っている答えなのですがこの世界の人にはそれが分かるはずがなく、ノイズに関する案件はまだまだ色々なサポートが必要ですが、現在世界で唯一のシンフォギア装者である風鳴翼を保有する日本に頭を下げなければならなかった状態から自分たちで防衛、あるいは派遣出来る可能性も出てきたので十分すぎる成果のようらしい。

 まぁ、まだ四人とも、特に切歌ちゃんと調ちゃんはシンフォギアを纏うのにリンカーが必要なのに、適正年齢に達していないのでまだまともに戦闘なんて出来ない。なので育成のための施設を建設するついでにシンフォギアに関する功績とネフィリムに関する謝罪代わりにF.I.S.の施設が新しくなるとの事です。

 ついでに工事費等の金額を聞いたら前世だと成人から定年までを十回くらいはやり直さないといけない金額が動いていて気絶するところでした。太っ腹過ぎないですかねぇ?

 

 それと関係ないですが、特に使い時が無くて今まで貯まる一方だった僕の口座を確認したら今回の慰謝料や感謝料など色々込みで新F.I.S.の施設建設に必要な金額と同額まで貯まってたので卒倒しかけました。まぁ使い時は今でもないんですけどね!!!小さな島を買い取って自分の研究所作って人員を雇っても余裕で余る金額ですよ……まぁ、マリアちゃんたちだけでなく、他のレセプターチルドレンたちが結婚する時用に殆ど回すつもりですが。

 寄付?大きな金額が変に動いたらキャロルやパヴァリアの御三方やアダムに目を付けられてオワタ\(^p^)/になりそうなので出来ないんですよ……少しずつなんて僕が生きている間に全部無くならないし。

 

 レセプターチルドレンで思い出しましたが、生き残ったレセプターチルドレンの特に年長組は研究員見習いとして働く事が決定されています。

 勿論強制ではありません。むしろ僕や局長を含めた大多数の職員みんな拒否していたくらいです。

 ですがレセプターチルドレンの子たちから自分たちを守る為に命を賭けた研究員たちの後を継ぎたいと強くお願いされました。マリアちゃんたちにとっての僕のように、生き残ったレセプターチルドレンの子たちにも亡くなった研究員たちの中に親しくしていた人がいたのでしょう。僕はただ運が良かっただけだ。

 今回のネフィリムの件で突然死ぬかもしれないという事も口酸っぱくして言ったのですが、何を言っても引く気がない子たちにとうとう僕たちは折れてしまいました。そして今では研究員見習いとして働いているそうです。まだ幼い子たちはお手伝いとして軽い仕事も徐々に任せていっている状態ですね。

 

 いやぁ、半年で色々変わりましたねぇ。僕にとって一度目の激動の時代ですよ。でもこの後もこれと同等な出来事が盛り沢山なんですよね……たーのしいーなー!(遠い目)

 

「そうだ。ナスターシャ、一つ頼みがあるのですが」

「私に出来る事であれば」

「いえね。最近マリアとセレナのスキンシップが激しいのですよ。年頃の乙女なのにこんなおじさんにベタベタしていては将来が心配なのでね」

 

 あの日から二人のスキンシップというか、何故かやたらと一緒にいる事が増えましたね。切歌ちゃんと調ちゃんも多かったのですが、あの日を境に二人の顔を見ない日が無いくらいに毎日遊びに来て少し困ってしまっています。大怪我をしている僕が心配で介護してくれるのはありがたいのですが、もう少し自分の時間を持って欲しい。それにこの歳で歳下の子に「あ〜ん」をされるのはキツイんですよ。周りの目が痛いんですよ!しかも二人とも美人な上に更に成長してるのだから余計に色々キツイ。

 

 結構真剣になんとかしないと良い人を見つけられずにアニメのように独身になる可能性が出て来てしまいます。いやXV編終了後、マリアさんはあの戦いの後に良い人見つけられた可能性もあると言えばありますがねぇ。

 

「はぁ?本気で言っているのですか?」

 

 んん、何故かナスターシャが怒気を含んで聞き返してくる。表情は変わっていないというのになんでしょうか、ナスターシャの後ろに般若が見えます……

 

「本気も何も、あの二人がF.I.S.に連れてこられてもう五、六年経ちますからね。その間面倒を見ていた僕に妙な愛着のようなものが湧くのは仕方ない事です。ですが二人にもいつ運命の人、と言ってしまったらロマンチストみたいですが、そんな相手が現れるか分かりません。突然現れて僕と板挟みに、なんていうのは彼女たちのためにも御免被りたいですね」

 

 彼女たちの幸せを後方で見守るのなら僕は何も言いませんよ?ですが二人の良い人と僕で板挟みになって苦しむ、なんて事になりかねない。

 別に選ばなかった方と交流を完全に断ち切らなければならないわけでは無いのですが、二人とも優しいですからね。あっちを立てればこっちが立たず、みたいな事になりそうで心配なんですよ。僕とはたまに話してくれれば満足なんですがねぇ。それに変なところで頑固でもありますし。

 

 なんて考えていたらナスターシャが急に止まって天井を見上げて片手で顔を覆っています。何の儀式でしょうか?

 

「……これは、あの子たちの子供を見るのはまだまだ先のようね」

「何か言いましたか?」

「いえ、何でもありません」

 

 何故か呆れられているように感じますが、何故でしょうか?

 その後は何故かナスターシャから好きな色やどんな人と一緒にいたら楽しいだとか色々質問攻めされましたよ。もしかしてナスターシャは僕に気でもあるのですかね?でもさすがの僕でももう少し若い人が……

 

「何か失礼な事を考えませんでしたか?」

「キノセイキノセイ」

 

 一瞬で脱水症状になりそうなくらい冷や汗が出ました。女性って怖いね……

 

 そんなこんなで少し話し込んでいるとあっという間に目的の中庭に続く扉の前に来ました。やはり話していると時間が経つのが早いですね。

 

「では、私はこれで」

「ナスターシャはこの後何処へ?」

「私は貴方ほど全身にダメージは負っていませんが、まだ治療が終わっていないのでこれから検査があるのです」

「そうでしたか。それなのに時間を割いてもらいありがとうございます」

「いいえ。少し時間を持て余していたので。それでは」

「はい。また後ほど」

 

 最後に軽い会釈だけしてナスターシャは僕から離れて来た道をひきかえしていく。わざわざここまで来てくれたのは感謝しかありませんね。

 

(確かに、ナスターシャは僕みたいに生きるか死ぬかのギリギリまでダメージを負ってはいない)

 

 ですがその代わりに右目と両足を失ったも同然。むしろ僕の方が軽傷と言っても過言ではないでしょう。

 ……生死の境を彷徨った僕がこんな事を思ったとマリアちゃんたちが知ったら怒られそうだな。

 

 さてさて。僕は予定通り病院の中庭に設置されたベンチに座って読書に耽るとしましょうか。ここは日当たりもよくて風通しも良いので結構快適そう──

 

「ドクター!!!」

バルス!!??」ペキリ

 

 油断していたところにウェルの首に致命的なダメージ!!!僕は死ぬ!しかも絶対にヤバァイ音聞こえた!?あ、ヤッバイ。治りかけてる骨がまた折れたかもしれない(真顔)

 

「き、切歌ちゃん!ドクターが!」

「ふぇ?あ!ご、ごめんなさいデスドクター!」

「だ、大丈夫大丈夫……あれ、何故か目の前に川が見える

「「ドクター!!??」」

 

 ハッ!い、今のはヤバかった。葬式まで済ませたネフィリムの暴走で亡くなった研究員の方々が川の向こうにいる光景が見えましたよ……何故か僕に向かって石を投げて来ましたがね。そんなに嫌われてたっけなぁ……

 

「き、切歌ちゃん、ごめんだけどもせめて退院するまでは飛び付きは禁止にしてください……」

「うう、ごめんなさいデス……」

 

 切歌ちゃんが泣きそうになりながら謝ってきます。そんな顔されたら怒れないじゃないですか。これが嘘泣きだったらこの子は女優になれますよ。男の事分かっていらっしゃる。まぁ、頭を少し撫でてあげたら小動物みたいにふにゃりとして可愛すぎたのでどのみち何も言えませんがね!

 

「えっと、ドクターはここで何を?」

「ああ。歩行訓練のついでにここで読書でもと思ってね」

「絵本ですか!?」

「いいえ。少し難しい本ですよ」

「えー」

 

 難しい本と聞いて切歌ちゃんが可愛く頬を膨らませます。不意に少し頬を突いてみたら空気が抜けて可愛かったですねぇ!調ちゃんも切歌ちゃんのそんな姿を見てニコニコして可愛いですよ。

 残念ながら切歌ちゃんが好きそうな本じゃ無くて結構難しい、というよりも読書と言ってはいますがほぼ過去の聖遺物の研究資料を漁るようなものなので読書ではありませんね。でも何故か落ち着くんですよ……とうとう脳までウェル博士に侵食されて来たか!早々に対策を打たねばならぬなぁ。

 

 二人は僕を挟んで同じベンチに座ります。見てきた限り二人の仲は良好なのになんで僕を間に挟む意味があるのでしょうか?

 

「むぅ、もっと遊んでくださいデスよぉ!」

「あははは。怪我が完治したら遊んであげますよ」

 

 医者にも言われてますからね。激しい運動は控えてって。多分三桁行くくらい。何故そんなに言われてるかって?切歌ちゃんの要望に応えていたら自然とそうなってしまいました……僕は悪くねぇ!

 まぁ、心配性なセレナちゃんやマリアちゃんを安心させるために少し無理をする事がありましたが、残念ながら裏目に出て心配させてしまう事も多かったですがね……

 

「切歌ちゃん。ドクターも困ってるからそれくらいに「調もデスよ!」えっ?」

 

 急に矛先が調ちゃんに向きました。切歌ちゃんも結構自由人ですね?自称常識人はどこへ行った……この頃はまだ言ってないか。

 

「ずっと距離がある感じで寂しいデス!もっとこう、ブラック?に接して欲しいデスよ!」

「(フランクって言いたいのかな?)」

 

 ブラックに接して欲しいって、なんか裏の仕事任されそうですね……いや、どちらかと言うとワーカーホリックかな?

 なんて考えていると反対側にいた調ちゃんが助けを求めるように上目遣いで僕をチラチラ見てくる。可愛い。

 

「んーそうですねぇ。試しにあだ名で呼んでみてはどうでしょうか?」

「あだ名?」

「ええそうです。相手の名前を少し変えて呼んだら意外と愛着が湧いたりしますよ。それに呼ばれた方も嬉しいですからね。切歌ちゃんなら最近デスデス言ってもいるので「デス子」とか「デス歌」とかどうでしょうか?」

「絶対に嫌デスよ!?」

 

 少々ふざけ気味に言ってみましたが切歌ちゃんが秒で反応してきます。そういえば切歌ちゃんってムードメーカーなところはありますが意外とツッコミ役をしている場面もあるんですよね。笑いになってないだけでもしかしたらボケよりツッコミが多いかも?

 

 僕が切歌ちゃんをなだめていると隣の調ちゃんは頭を捻りながら真剣に悩んでいます。そこまで深く考えなくてもいいんですがねぇツインテールがユラユラ動いて可愛い(真剣)。

 

「………………切ちゃん、とかどうかな?」

 

 結構な長考の後出た答えが僕の知る調ちゃんの切歌ちゃんの呼び方だ。んん、やっぱり調ちゃんは切ちゃん呼びが似合います。ずっと「切歌ちゃん」だったから違和感が半端無かったんですよね。これじゃない感にずっと襲われていましたよ。

 肝心な切歌ちゃんはと言うと、後ろに後光が見えるくらい目をキラキラさせて笑顔になっていました。いや、ほんとに何故か眩しいな!?それだけ僕の心が濁っているのか……?

 

「良いデス!とても良いデスよ調!もっと呼んでくださいデス!」

「ふふふ、落ち着いて切ちゃん」

 

 なんだこの小動物は?飼っていいかな?

 もう切歌ちゃんが\(>▿<)/って感じで分かりやすく喜んでますよ。そんな切歌ちゃんを見て自分でも意外としっくり来ているのか調ちゃんも笑顔になっています。キリシラの誕生を見た気分で僕は満足ですし、目の前でてぇてぇを見れて天にも昇りそうですよ。でももし一つ文句を言うのなら。

 

(なぁんで僕を間に挟んでいるんですかねぇ!)

 

 どちらかと言うと僕は「てぇてぇの間に挟まるやつは馬に蹴られて死ね」派の人間です。なのでこの場合僕が馬に蹴られて……病院の中庭に馬なんていないですよね?

 

 それからやけにテンションの高くなった切歌ちゃんと、切歌ちゃんとの距離が近くなった調ちゃんが終始笑みを浮かべて楽しく会話する間に僕がいるという謎の光景になりつつも、楽しい時間が過ぎて行きます。研究資料なんて見る暇ないですよ。この光景を目に焼き付けねばと必死なんですよ!

 

「それから、ふぁ……」

「うんん……」

 

 不意に切歌ちゃんが欠伸をしたらそれに釣られて調ちゃんも眠たそうに目を擦り始めます。まぁ、日差しが良くて暖かいので眠くなるのは分からないでも無いですね。それに切歌ちゃんは元から元気な子で調ちゃんはそんな切歌ちゃんに頑張ってついて行くので疲れてしまうのも仕方ないですかね。

 

「無理せず寝なさい。いつでも話は聴いてあげますから」

「うん……」

「はいデス……」

 

 もう二人とも今にでも眠りそうでフラフラして可愛いですよ。そんなに我慢しなくてもいいのに。なので僕の事は放っておいて早く仮眠室か何処か眠れる場所に行ってゆっくり寝ても別に構わないですよ。と思って言ったのですが。

 

(何故僕の膝を枕にするんですかねえええぇぇぇ!!??)

 

 二人はそのままコテンッと僕の膝を枕代わりにして横になりました。うん。推しキャラ二人に膝枕するというのは普通であればとても幸福なんでしょう。ですがね。

 

(ウェル博士なんですよ。真ん中にいるのがウェル博士なんですよッ!)

 

 絵面が解釈不一致過ぎて、イラストなら叩かれませんかねこれ?もう親指が下に向いた評価いっぱい来ますよ絶対。だって自分ならそうしますから!

 でもだからといって二人を起こすなんて無理です。だって寝顔が天使すぎなんですよ!こんなに幸せそうに寝息を立てて可愛すぎる二人を起こすなんて僕には……出来ないッ!

 

「……仕方がありませんね。少しゆっくり「「ドクター?」」ハッ、殺気!?」

 

 なんでしょうか、後ろに死神でも立ったかのような、確実な死を感じました。おかしい、ここは安全な病院のはずなんですがねぇ(震え声)

 振り返ってみればもう不気味なくらい貼り付けたようなニッコニコな笑顔なマリアちゃんとセレナちゃんが立っていました。うん。笑顔なのにめっちゃ怖いです。ダレカタスケテ。

 

「なんでドクターが切歌と調に膝枕をしているのかしら?」

「い、いえ、二人とも眠たそうでしたので」

「ならドクターが二人に?」

「こ、これは眠気に負けた二人がやった事で僕は何も……」

「「ふーん」」

 

 め、目が笑ってない……!二人とも笑顔なのに目が全く笑ってない!むしろ冷え切ってる!?

 

 それから切歌ちゃんと調ちゃんを膝枕している状態から謎の説教コースがスタートしましたよ。

 話を聞けば、まだ松葉杖無しの歩行訓練が始まったばかりだというのに病室に行けば僕の姿は無く、補助無しで散歩した僕を心配して探していたとのこと。

 それは悪い事をしたと思いましたよ。そりゃ僕だって大怪我をした人が病室にいなかったら焦りますね。心配かけたくないと思っていましたがマリアちゃんとセレナちゃんには予想以上に心配かけていて反省しかありません。二人が怒ってしまうのは致し方ない。

 

 ……でも内容の割に二人が物凄く怒っているように見えるのは何故だったのでしょうか……?

 

 ちなみに、切歌ちゃんと調ちゃんは説教の途中で起きていたらしいのですが、マリアちゃんとセレナちゃんが怖くて起きられずに狸寝入りをしていたとの事でした。ずるいけど可愛いな!

 




主人公は別に鈍いわけではない……つもりです(ボソッ)
でも想像してください。特にアニメのウェルを知っている方々。マリアさんたちと和気藹々としていてみんなに慕われるウェル博士を。
……後で信じていた人に裏切られてみんなが絶望に染まる顔を見て悪魔のようなに笑う系の敵キャラにしか見えねぇ。


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十八話 知らぬ間に進む物語ってね

少しずつ原作に入っていきますよぉ

誤字報告ありがとうございます。
くだらない間違いが多すぎる_(:3 」∠)_


 ネフィリムの暴走から早一年。

 

 あんな死にかけだった身体もすっかり良くなり、怪我を負う前までようやく回復しました。まぁ、痕が残る傷は多少ありますがね。でも痛みはありません。何度も言いましたがこの世界の医療技術は凄いですねぇ。

 いやはや一年というのは早いようで短かったですよ。それもこれも毎日のようにマリアちゃんたちがお見舞いに来ては身体を休める時間が無いくらい遊んだりしましたからね。看護師の方に何十回注意されたか……百は超えてるか。

 

 新F.I.S.の研究施設も前とは全然違いますよ。

 ネフィリムの件で懸念された施設全体に同一のシステムを使うのを廃止したり、壁も以前の物より硬い物質で出来ているようです。その辺りは専門外なので詳しい事は知りませんが。

 それに新しく派遣された研究員もかなり入ってきました。一回レセプターチルドレンの子たちに対する教育をしなければならなかったので面倒でしたが、ほとんどの人はキチンと聞いてくれましたよ。優しい人たちで助かりました。

 え?「ほとんど」から除かれた人たちはどうなったかって?それが僕が戻って来る頃にはその人たちの姿は無かったんですよね。不思議な事もあるものですね(満面の笑み)

 

 何より一番変わったのは、もう完全に学校というかそういう施設も合わさった区画が設けられた事ですね。広さも大きな学校くらいの広さがありますよ。

 もうなんでしょうね。F.I.S.って確か聖遺物を研究する施設のはずなのに小さな子供が遊べる場所や勉強出来る場所が広くあるって……いったい何を目指しているんですかねぇ?

 

 まぁ何はともあれ、ネフィリムの暴走から特に大きな事件もなく平和な時間が過ぎましたよ。セレナちゃんも絶唱によるダメージも癒えて元気でいますしね。相変わらず何故かマリアちゃんと競い合っていますが……あんなに仲の良かった二人が何故争いあっているのでしょうか?

 

「──おっと、もうこんな時間ですか」

 

 時計を見ると約束していた時間が迫っているのに気付きます。資料の整理もやっていたら中々辞められないものですねぇ。

 今日は局長に部屋に来るようにと言伝をもらっています。退院してから目立った失敗や何かやらかした覚えは無いはずですが、何故僕は呼び出されたのでしょうか?

 

(あれー?何か前にも同じような事があったような……)

 

 とてつもないデジャビュを感じながらも僕は局長のいる部屋に向かいます。

 寂しい事に、新しくなったF.I.S.はレセプターチルドレンの子たちのいる区画と研究施設は完全に別々になっているため寄り道しようにも遠回り過ぎるのですよね。その代わり、キチンと整備されているので妙に散らかったりはしないので廊下は綺麗ですがね。それに子供たちの声が無いので寂しいですが静かでもあります。

 ちなみにセレナちゃんたち年長組や一部の研究者志望の子は専用のセキュリティカードを持っていて、それがあれば自由に出入りが出来たりします。なのでセレナちゃんたちったら悪用しまくって毎日僕の所に来るのですよ。別に構わないのですが、二人は何が楽しくて毎日僕の所に来るのでしょうか?

 

「あれ、ドクター・ウェル?」

「ん?」

 

 僕は今やっているリンカーの改良案やセレナちゃんとマリアちゃんの訓練案、それに切歌ちゃんと調ちゃんが近々シンフォギアを纏えるか否かの定期検査など、まだまだやる事が沢山ある中で予定を立てていると目の前から一人の女性研究員が近づいてきます。一年前のネフィリムの暴走の時、負傷したナスターシャを抱えて避難した人です。なんか前よりガタイが良くなっている気が……

 

「お久しぶりです。今日は何処へ?」

「いえ、ちょっと局長に呼ばれてね」

「……また何かやったんですか?」

「君も失礼ですねぇ……」

 

 一応僕の方が地位は上なんですがね。何故かみんな気安く接して来るんですよ。僕個人はそれでも構わないんですが許可も出した覚えはないんですがねぇ。

 

「そういえば聞きましたか?」

「何をです?」

「日本で新たな装者が見つかった事ですよ」

「ッ!」

 

 その言葉に絶句してしまいます。まぁた結構大事ですよ。

 普通の研究員からしたら興味を抱く対象でありますが、僕にとって意味合いが違って来ます。なんせ日本で天羽々斬の後のシンフォギアといえばガングニールのみ。

 そしてガングニールの初代装者といえば、その瞳に怒りを携えて血反吐を吐いてノイズを打ち倒す力を手に入れ、翼さんと共にアーティストとして世界的に有名になり、主人公であるビッキーに事故のような形ではありますがガングニールを託す役で、彼女がいなければ翼さんもあそこまで強くならなかっただろうし、ビッキーもガングニールを手に入れなかったであろう、物語の結構重大な役割を持った少女。天羽奏に他ならない。

 

(そうか、奏さんの両親はもう……)

 

 一年近く入院していたし、時期も分からなかったから仕方がないとはいえ亡くなると分かっている人を救えないのは中々キツイものがあります……

 

「まだ中学生くらいの歳のようですがリンカーを、しかも旧式も旧式な古い型のリンカーで無理矢理適合者になったようです」

「……よく耐えられましたね」

「詳しい事は分かりませんが家族をノイズによって……」

「そう、ですか」

 

 知っていますよ。櫻井了子、というよりフィーネが発掘チームが見つけた神獣鏡を横取りするためにノイズを召喚して襲わせたんでしたっけね。そして奏さんは唯一の生存者。

 ああ。レセプターチルドレンの事といい奏さんの事といい、そして今後起きるであろう出来事を考えたら全部無駄でエンキの想いを知らないからってフィーネって擁護出来ますかね?正直一発殴りたいのですが。

 

「何かあればこちらに話が回って来るでしょう。その時は力を貸してあげなさい。レセプターチルドレンでは無いとはいえその子も被害者なのですから」

「はい」

 

 真剣な顔で頷く女性研究員。ガタイの良さも相まってすごい信頼出来ますね。僕も少し鍛えようかな。

 それにしても、この人少し機嫌が良いな。地味に鼻歌が僕の耳に入って……この世界に何故プリ◯ュアの曲がある?いや、偶然似ているだけか?

 

「何やら機嫌がよろしいようですね」

「えっ!あ、いえ!その……」

 

 顔を赤くして俯いてしまいます。これはまさか僕に?

 

「じ、実は昨日結婚の約束をしまして……」

 

 どうやら僕では無いらしい。べ、別にガッカリなんてしてないんだからね!いや、本当に強がりじゃなくて何故か結婚願望がないんですよ。これも研究一筋のウェル博士のせいなんですかねぇ?

 

「ほほぉ、それは盛大に祝わないといけませんね。式はいつですかね?」

 

 僕の口座にはレセプターチルドレンの子たち全員の結婚資金にしても余裕で余るくらいの額があるので、研究仲間に振る舞っても全く問題ないのです。なのでここで無理矢理にでも大金を積んで盛大にしなくてはいけませんね。

 彼女の相手がどんな人か知らないですが、ナスターシャを救ってくれたのでお礼代わりに僕も祝ってあげようと思うのですが……何故焦って目を逸らすんですかね?

 

「えっと……五年後、です……」

「……なんですって?」(真顔)

 

 んん、空耳かな?今この人なんて言いましたか?何かあり得ないような言葉が聞こえたような気がしますが……気のせいですよね?誰か気のせいと言ってください。言え!

 

「も、勿論清い関係ですよ!……チューくらいはしましたが」

「そうですかそうですか警備員!ここに変態がいます!!!

「待ってください!?」

 

 いいや待たないね!!!この辺りの結婚可能年齢は男女共に確か十八歳以上のはず。それなのに五年後。その情報だけでもう裁判から逃げられませんよ!仮に目の前の彼女が五年後に結婚可能な年齢だとしても裁判は免れない!

 

 なんという冗談は置いといて。

 

「はぁ、何故それを僕に言うのですが?」

「何故って、それはドクターがあの子たちの父親のような存在ですので親御さんにご報告する義務はあるかなぁ、と」

「その理屈で言うと僕は百を超える結婚報告を受けなければならないのですが?」

 

 そりゃレセプターチルドレンの全員が全員結婚するとは限りませんよ。ですがお年頃の子もいれば僕から見ても青春しているなぁと思うような男女がいますからね。一日開けたらやけに互いに照れながらも距離が近くなった子もいますしねぇ!!!

 それに目の前の彼女がヤッてしまった、じゃない。やってしまったので他はいないとは限りません。いつそんな子が出てきても不思議ではない……いや不思議に思わないといけませんけどね!子供に出会いを求めるなよ!?(本音)

 

「まぁ、とやかくは言いませんが節度あるお付き合いをしなさい。僕は応援しますよ」

「はい!ありがとうございます!お義父様!」

「誰がお義父様ですか」

 

 彼女ってこんなにボケる人でしたっけねぇ。身体を鍛える前は結構痩せていてちゃんと食べているのか心配になるくらいだったのに、今は元気の塊ですよこれ。

 

 結婚(というより婚約?)報告を受けたあと僕と女性研究員の人は別れました。嵐のような人でしたよ……。

 その後は黙々と歩いていましたがあっという間に局長のいる部屋にたどり着きます。以前の時よりも扉が質素にはなりましたが、不思議と圧を感じるのは何故でしょうかねぇ。

 

(さてさて、今日はどんな厄介事ですかねぇ)

 

 何かやらかしたのならともかく、今回僕はそんな記憶はない。その時は大体何か厄介事を持って来た時です。ネフィリムの件がそうでしたからね……

 

「ジョン・ウェイン・ウェルキンゲリトクスです」

『入りたまえ』

 

 中から聞き慣れた局長の声が聞こえて来ます。ですが今回は何処か疲れているような、いや、どちらかというとどうすればいいか悩んでいるような感じの声ですね。いったい何が?

 そんな疑問を持ちながら部屋に入れば案の定局長は自身の頭を抱えてひどく悩んでいました。あまり考え過ぎているとハゲますよ?既にその兆候があるんですから。

 

「何か失礼な事を思ったな?」

「キノセイキノセイ」

 

 僕って顔に出やすいんですかね?ナスターシャにもすぐ見破られましたし……もう少しポーカーフェイスの練習をするべきかな。

 

「それで、今日はどんなご用で?」

「ああ。うむ。実は先日櫻井了子からある物が届いてな」

「ある物、ですか」

「そうだ」

 

 局長が短くて言うと机の下に隠していたのか、アタッシュケースを取り出して机の上に置く。また嫌な予感がしますよ……

 

「まだ機密情報なのだが、日本でガングニールのシンフォギアの装者が見つかった。いや、作りあげた、と言うべきか」

「そのようですね」

「む、知っていたのかね」

「噂程度でしたがね。今確信を得ましたけど」

 

 そう、確か奏さんのご両親はなんとかっていう遺跡を探索している時にノイズに襲われて亡くなった。ですがそのノイズは僕の記憶が正しければ……

 

「そしてそれと同時期に新たなシンフォギアを彼女は開発した。その装者を探し出すようにという依頼だ」

 

 アタッシュケースの中にあるのはセレナちゃんたちの持つギアペンダントと同じ赤いクリスタルのペンダント。

 そして未来でF.I.S.が保有していたというのは全部で五つ。その最後の一つはG編で初登場し、そしてXV編でとても重大な役割のあったシンフォギア。

 

「『アガートラーム』『イガリマ』『シュルシャガナ』『ガングニール』に続く新しいシンフォギア。『神獣鏡』だ」

 

 ええ。知ってますとも。何せ僕は何気にシンフォギアの中だと神獣鏡のビジュアルが一番好きでしたからね。特にG編で出てきたあの動きにくそうな脚部の装甲とか結構好きなんですよ。

 なんていう現実逃避をしていましたが、やはり僕の知らない内に物語は進んでいるようですね。

 

「残っているイガリマとシュルシャガナの適合者候補がほぼ決まってやっとあの子たちを解放出来ると思っていたのですが、ここで新たなシンフォギアですか」

「ああ。櫻井了子はあの子たちを道具としか見ていないらしいよ」

 

 ははは。と笑う局長でしたが額に分かりやすく血管が浮いています。そりゃ子供好きな局長もレセプターチルドレンの子たちに色々心を痛めていて、それがもうすぐ終わるかも知れないという時に新たなシンフォギアだ。また一から適合者探しを始めなければならないと思うと僕も嫌になりますよ。

 それに神獣鏡は結局のところビッキーの親友である小日向未来さんがリンカーで無理矢理適合者にして、更にウェル博士の作ったダイレクト・フィードバック・システムで初めて起動したようなもの。言わばそれまで適合者は現れないという事です。現れないと分かっている適合者を探すのに無駄な時間をかけると考えると余計に嫌になりますよ……

 

「君には悪いがこの神獣鏡の適合者を探し出してくれ。これは腹が立つ事だが上からの命令だ」

 

 また上からの命令ですか。フィーネがお偉いさん方を軒並み抱き込んでいるのか、それとも阿呆ばかりなのかは分かりませんがあまりストレスの溜まるような仕事を持って来て欲しくないものですねぇ。

 

「確約は出来ませんが、出来る限りは頑張りましょう」

「よろしく頼む。……そしてすまないな」

「謝らないでくださいよ。貴方が上を説得してくれなければレセプターチルドレンの子たちはもっと劣悪な環境にいたかもしれないのですから。一介の研究員では出来る事は少ないのでね」

「ふっ。君が一介の研究員なら皆劣等種になるだろうよ」

 

 そんな軽口を互いに叩き合って僅かに和んだ空気のまま僕は神獣鏡のギアペンダントが入ったアタッシュケースを受け取り、急いで部屋から出る。正直空気が重いんですよね。局長の強面な顔も合わさって尋問を受けているようなので耐えられないんですよ。

 

「とは言うものの、どうしますかねぇ」

 

 アタッシュケースを開いてもう一度神獣鏡のギアペンダントを見る。まぁ、僕からしたら他のギアペンダントと大差ないので違いが分かりませんが。

 

(……確実にアニメと同じ流れになっている)

 

 実際はセレナちゃんが生きていますし、ウェル博士も僕になって歴史は変わっています。ですがそんなものは誤差です。小さな小川の行き先を変えたところで海に行き着く事には変わりません。セレナちゃんを救った事だって、「ネフィリムが暴走したが、それをセレナちゃんが絶唱を使って再度封印した」という事実は変わっていません。これから起きるであろう数々の大事件と比べたら路傍の石と大差ありません。

 つまり、この神獣鏡も流れは変わろうとも未来さんの手に渡り、ビッキーの体内からガングニールの欠片を消し去り、そしてXV編でファウストローブとして再登場するでしょう。

 

(……本当にそうなるのだろうか)

 

 ふと思うのは僕の存在。

 アニメではクズで変顔英雄(笑)メガネと言われていましたが、腐ってもG編、GX編でキーとなるキャラでもありました。彼の迷惑な頑張りの結果が世界を救い、そしてマリアさんたちに安全なリンカーが渡る事になりますが、今のウェル博士は僕です。僕の一存でG編もGX編も敵にならずに最後までマリアちゃんたちの味方になり続けることもできます。

 

 ですが、アニメのウェル博士の行動が世界を揺るがすような一手となっていたら?

 

 僕の勝手な行動によってその大切な一手が狂い、もっと悲惨な未来に繋がってしまったら?

 

(ゲームの並行世界の話もこんな感じだったのでしょうね)

 

 ただ川に流されるだけの石ころだと思ったらそれが川を止めてしまうような大きな何かに繋がっているかもしれないと思うと僕の今までの行動が本当に正しいのか不安になって来ます。

 

「……いえ、セレナちゃんたちがあんなに幸せそうに笑っているんです。間違いなはずがない」

 

 僕は自分にそういい聞かせながら神獣鏡のギアペンダントを持って局長室を後にしました

 




女性研究員はお笑い要素と情報提供のために出演したので別にキーキャラとかではないです。モブです( 'ω')


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十九話 キレそう

タイトルに深い意味はないので気にせずに(ニッコリ)


 神獣鏡の装者探し面倒くさいです。

 

 おっとすみません。思い切り心の声が出ましたね。失敬失敬。

 

 いやぁ、だって原作で神獣鏡の装者が見つかるのはG編の後半で未来さんだけですよ?雑に計算してもあと五、六年先です。答えを知っている僕からしたら正直に言って無駄なんですよね。最初から分かっている問題をやる意味が無い。

 ですが僕は組織の人間。上からの命令には逆らえないんですよね。だから結構惰性でやっています。あ、勿論実験の際には細心の注意を払っていますがね。

 

「……脳波に異常なし。意識レベル正常。脈拍、心音共に正常」

「……聖遺物の活性化の兆候は軽微」

「……被検体に異常無し」

「……神獣鏡に目立った反応はありません」

「分かりました。テストを終了してください」

 

 強化ガラスの先ではアガートラームやガングニールの適合者を探す際に使われた機械から伸ばされたケーブルと椅子に座ったレセプターチルドレンの少女とが繋がっていましたが、僕の合図でケーブルを外されて少女は自由の身になります。そして研究室から出ていく際に僕に向かって笑顔で手を振って来ましたので僕も手を振り返してあげます。ますますニコニコになって僕も自然と笑みが浮かびますよ。

 

「さて、今日は終わりですかね?」

「はい。お疲れ様でした」

 

 僕と同じ機械を操作する部屋にいた研究員の方々が取り敢えずは今日のノルマを達成して気が抜けたのか背伸びや机に突っ伏したりしています。ちょっと気が緩みすぎではありませんか?

 

 局長から神獣鏡のシンフォギアを受け取ってから今日で二ヶ月が経とうとしています。その間僕は研究メンバーを集めて再び装者探しを決行していたのですが、まぁ分かっていましたが装者が見つかりません。

 ほとんどのレセプターチルドレンの子が神獣鏡の適性が全く無いです。辛うじて若干適性がある子はいましたが、計算上みんな致死量超えて確死量というレベルのリンカーを注入しても全然足りませんね。そう考えたら未来さんの適性値ってかなり異常なのかもしれません。まぁ、あれは本来のウェル博士が何やら小細工をしていたようですが。

 

「全然見つかりませんね。神獣鏡のシンフォギアの適合者」

「まったく、やっとあの子たちを解放出来ると思ってたのに……」

「こっちも神経を研ぎ澄ましすぎて神経が擦り切れてしまいそうですよ」

「ですね。それにあの子たちにも負担が大きいですし……」

 

 メンバーのみんなもあまり気乗りしていないようですなぁ。僕もですが。

 この時点で神獣鏡の適合者はいないと分かっている僕ですが、やはりこの実験を受けるレセプターチルドレンの子たちの負担は大きいです。ある程度成長している子ならともかく、まだ幼い子までとなると僕たちもかなり辛いものがあります。まぁ、そのおかげで多少の目眩を起こす子はいますが何かしらの大きな症状が出る子はいないのが救いですね。

 

「皆さん、今日はお疲れ様でした。次の定期検査の時は事前にお知らせしますのでその時はよろしくお願いします」

 

 それだけ言い残して後の処理は皆に任せて僕は部屋から出ます。この後とてつもなく嫌な事があるのでね。

 

 今日はなんと櫻井了子、いやフィーネがここに来ているんですよ。

 詳しくは僕も伺っていないですが、多分神獣鏡の装者探しの進捗を聞きに来たんじゃないですかね?それかマリアちゃんたち装者を資料じゃなくて自分の目で確かめに来たとか。すっごく嘘くさい。

 

 とても憂鬱ですよ。だってフィーネがこれから起こす事は全部無駄だと分かっているのに止める手立てが無いんですから。

 これから起こるであろう大惨事も僕が先回りして対処しようにも残念ながらそんな力はありません。誰かに協力を乞うにしても頼りになる人はここの研究員たちだけ。フィーネの古代文明の力を使われたら塵芥ですよ。僕たち。

 風鳴弦十郎にコンタクトを取る方法も考えましたが、何を言えば納得して貰えますかね?面識が無い僕がいきなり「貴方のところの櫻井了子は実は悪者です」と言ったところで、いくら人外な力を持ってるのにビッキーに並ぶくらい甘々な風鳴弦十郎でも信じて貰えると思います?

 考慮くらいはしてくれると思いますが、今のフィーネは別段悪さをしている様子は無いため、無印編が始まるまで僕の言葉を信じないでしょうね。

 

(……ああ。本当に無力ですねぇ)

 

 実はネフィリム暴走の前にクリスちゃんをなんとかして助けられないかというのも考えてました。今も考えています。ですがこれも上手い理由が見つかりません。

 僕がバルベルデに行く理由が無いですし、行ったところでテロリスト対策に武装した警護を連れていくのはあまりにも不自然です。装者がいる気配がする!なんて話は通じないでしょうし、レセプターチルドレンを捕獲しに行くという理由も今のF.I.S.で僕が行うとこれも不自然極まりない。よくて風鳴弦十郎にクリスちゃんの居場所を教える事ぐらいですが、残念ながらテロリストたちの居場所……知らないんですよね。

 

(やっぱり僕はビッキーみたいに世界を救えるような人間では無いようですね。手の届く範囲を救うのすら手が足りないくらいなのに)

 

 決して「手の届く範囲を救う」なんて言わない。人から見ればセレナちゃんたちを助けられている時点でそうだろう、と思うかもしれませんが、いくら待遇が良くなって研究員たちが優しく接しようともレセプターチルドレンが檻の中でモルモットのように扱われている事には変わらない。ただ丁寧に扱われているか否かの違いです。

 

 対してビッキーは手の届く範囲しか、と言っていますが結局世界を救っています。命を天秤にかけるつもりはありませんが、守れなかった命以上の沢山の命を救った事には変わりませんからね。

 

 僕はあまりにも弱い。それは他でも無い僕が一番分かっています。

 本来のウェル博士は完全に迷惑で自分勝手な夢のため大事件を起こしましたが、逆に言えば夢のためにどんな手でも使っていました。この世界の人からしたらはた迷惑でしょうが、この世界の未来を知っている僕からしたらその手も悪手とは思いません。特に僕のように何の力も無い人間はね。

 

「まぁ、そんな手は使う気はありませんがね」

 

 すでに考えている手は一つありますが、それは出来れば使う事が無いように願っています。その手を取る事態にならないように出来る事は色々やりますがね。

 

「──目的地に到着っと」

 

 考えごとをしていると目的地である会議室に到着です。正直このままスルーするか回れ右して帰りたい……

 

 意を決して部屋の中に入ります。時間にはまだ余裕があるはずなのに中には僕以外の招待された方々がすでに自分の席に着いていました。皆さん早すぎませんかね?

 

「申し訳ありません。遅れました」

「いや。時間にはまだ余裕がある。気にするな」

 

 局長顔怖いのに優しいなぁ。やはり人は見かけによりませんね。なんせ局長の横には無印編ラスボスが人畜無害みたいにニコニコしているんですもの。

 

「それでは今回の会議は事前に知らせた通り久方ぶりに来訪してくださった櫻井了子女史を交えて行う」

 

 局長のそれを合図に今回の会議が始まります。

 とは言っても、会議とは名前だけで定期的に行われるこの会議では各部署の研究の進捗具合の報告会のようなものなので特に何か大事が無い限り一時間もかからずに終わる会議です。いつもなら。

 

「──────では、今日の会議はこれにて終了とさせていただこう」

 

 その言葉で今回の会議は終わりを告げます。

 まぁ、今回も特に題材にするような大きな事故や報告はありませんでしたね。みんな各部署の研究の進捗を話すくらいでした。いや、会議になるような大事が起きない事に越したことはないのだけどね。

 それと勿論の事神獣鏡の装者は現時点では見つかっていないのと、マリアちゃんとセレナちゃんは最近やっとシンフォギアを纏ってそれなりに動けるようになって来たという事にして、切歌ちゃんと調ちゃんの件はもうじきリンカー有りで装着可能というのは敢えて伏せて候補の一人という事にしましたがね。フィーネ以外のその場にいた全員僕の意思を組んでくれて黙ってくれたのはありがたい。

 

「──ちょっといいかしら」

 

 やっぱり来たかフィーネ。

 

 そう口に出しそうになったところをギリギリで飲み込んで黙ります。他の皆も同じように黙ってフィーネの方に身体を向けていますが、何人か変に警戒している人がいるんですよね。僕の隣の男性とかさ。

 

「何かありましたかね?」

「んー何か、というより単純な疑問なんだけどね……ウェル博士、だったっけ」

 

 おっとぉ?いきなり名指しですか。何かやらかしたかな?それとも僕が嘘の報告をしたのがバレました?いや、あのフィーネなら古代文明のなんらかの力で僕が本物のウェル博士じゃないとか、魂が違うとかなんか言われても信じられそうで怖い。

 

「そんなに警戒しなくてだぁい丈夫よぅ」

「すみません。いきなりの名指しでビックリしてしまいまして」

 

 貴女の正体知ってたら誰でも心臓が爆発しそうなくらい驚くでしょうがね!

 

「貴方って確かシンフォギアに関する研究メンバーの一人よね?」

「……ええ。一応チームの責任者の一人ですよ」

「うんうん。貴方の事は聞いてるわ。まだ日本では二人しか見つかっていないというのに、私が渡した四種のシンフォギアの装者と候補を見つけるなんて凄いじゃない!」

「お褒めにあずかりありがとうございます」

 

 ニコニコしながら褒めてくるフィーネに僕は事務的なお礼を言います。ですが警戒しないといけない相手でもやはり褒められるとくすぐったい部分はありますね。正直に嬉しいと言えないのが歯痒いところですが。

 

「でぇも」

 

 フィーネは芝居がかったあざといポーズを取ると今さっきまでニコニコだった笑みが、いや、笑みはずっと浮かべたままですね。何も変わってはいません。もし変わっているとしたら、例えるのならさっきまでの目が櫻井了子だとして、今は完全にフィーネの目になっています。他の研究員の方は気づいていませんが、僕には分かりますよ。

 

「なんでこんな回りくどい事やっているのかしら?」

 

 空気が一瞬にして変わる。

 

「……それはどういう事でしょうか」

「だってそうじゃない?確かに完全適合者、準適合者がいれば()()を一々交換する手間はいらないわよ?でもこれまで私が何度も送ったのだから()()は沢山あるでしょう?ならシンフォギアに合う()()を一々見つけたり手入れしたりするよりリンカーで一人一人無理矢理適合者にすればいいんじゃない?壊れても代わりはいるんだし」

 

 ………………何を言っているのだろうか、コイツは。

 

「ッ貴様!いくらゲストとはいえそんな……ッ!」

 

 今のフィーネの言葉を聞いて顔が歪むくらい怒りを持って立ち上がろうとした隣の男性研究員を手で制して止める。だって、今男性研究員を見るフィーネの目はまさしくゴミを見る目、いやゴミをどう処理しようか考えている目だ。

 まぁ、正直言えば僕も同じ気持ちですがね。この場で僕がフィーネに殴り掛からなかった事を誰か褒めて欲しい。いやぁ、この辺りの地域は銃社会であるのに持って無くて良かったですよ。持ってたら身体が勝手に動いて脳天にぶちかましてましたよハハハハ。

 

 きっと本来のウェル博士なら今の言葉に賛成するかもしれません。研究者として見たら替えの道具が沢山あるのに一つ一つを丁寧に使うというのは僕からしても馬鹿げていると思いますから。一から育てるのも時間がかかって仕方ないですしね。

 ですが、そんな人の命を簡単に消費させようとするのは非人道的を超えて悪魔の所業では無いのだろうか。それを行う人間は果たして本当に人間なのだろうか?

 

(今の僕は冷静さを欠きそうだ。だからあとは任せましたよ、()()()()())

 

 短く息を吸って身体に入っていた力を抜く。すると頭の中でスイッチが切り替わるような気がしました。

 皆がフィーネを睨む中、僕は今のフィーネが浮かべている笑みと同じくらい嘘くさい笑みを張り付けてニッコリと笑った。

 

「──ええ、確かに貴女の言うようにあんなガキ共を一々育てるのは面倒ですよ。時間がもったい無くて仕方ありません」

「なら何故?」

「そりゃそうでしょ。いくらガキ共を送ってこようと、いくら時間制限があるとは言えノイズは無限に湧いてくるんですよ?ノイズとの戦いに終止符を打たない限り消費し続けていたらその内弾切れになってゲームオーバー。

 それに貴女がこれから他のシンフォギアを開発しないとは言い切れないでしょう?消費したガキの中に新たなシンフォギアの適合者がいたら目も当てられませんよ?消費するガキの量が増えるよりかは減った方が後々楽になるのではと思い、僕はこんなクッッッッッソ面倒な子育てを行なっているんですよぉ」

 

 フィーネを除くこの場にいる全員が僕を信じられないような目で見て来ます。ふふ、僕の演技上手すぎでは?まぁ、取り敢えずはさっさと会議を終わらせたいですねぇ。

 

「……そう。ありがとうね。確かに、ノイズがもう出てこないという確証も新たなシンフォギアを作らないという確証も無いわね」

「はい。なので未来を見据えたら今は面倒でもやらなくてはいけないのですよ」

 

 フィーネは腑に落ちないという顔をしながらも僕の言っている事に言い返せなくて肯定するしか無い。だって今自分で言ったように何の確証も無いんですから。最悪な事を考えて弾数は多い方が良いに決まっています。

 

「貴方の考えは理解したわ。私も少し軽率だったわ。ごめんなさいね」

「いえいえ。かの天才櫻井了子から一本取れただけでも僕は嬉しいですよ」

「もう、そんな天才だなんて……もっと言って良いのよ!」

 

 僕とフィーネは互いに張り付けた笑みのまま楽しそうに談笑する。周りから見てもとても異質な光景かもしれませんが、今の僕は最適な行動を取っているまでですよ。

 

 それから無理矢理作った和やかな空気のまま会議は終了。終わり次第、フィーネは櫻井了子モードになってみんなに礼を言って退出しました。

 残された研究員たちは僕に何か話しかけようとして来ましたが、それらを全て無視して僕も会議室から退出します。今の僕の心は荒れに荒れまくっていますからね。僕自身でも何をするか分かりませんよ。

 

(ああ。マリアちゃんたちに会いたい)

 

 そう思いながら、僕は自分の部屋に競歩並みの速さで向かうのでした。




原作ブレイクが原作より最良の結果になるのか、それとも詰みとなるのか……実際そんな状況に立った時、私たちはどんな行動を取るんですかねぇ?

それとフィーネが予想以上にクソヤロウになっているのは気のせいですかね……?

そして……作者はギャグを書きたいんだよ(血涙)!!!


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二十話 やっぱり子供は最高だぜ!

当初はギャグ:シリアス=7:3くらいの割合で行くつもりだったのに数値が反転したなぁ……




 フィーネが来日した翌日の朝。

 自室の部屋のベッドで眠りについていた僕はカーテンの隙間から漏れる太陽の光で目を覚まします。少し陽当たり良すぎませんかねぇ。

 

(気持ちよく眠れたかは置いといて、久しぶりに長く眠れましたね)

 

 前にマリアちゃんやセレナちゃんから注意されたので最近は一日一時間は寝るようにしていたのですが、今回は八時間も寝てしまいましたね。

 長時間眠ったせいで身体がバキバキですよ。服どころか白衣も着たままなのでしわくちゃです。マリアちゃんに見られたら怒られますね……

 

「……朝食にでもしますかね」

 

 時間的には朝食には良い時間です。人もそこまで混雑するような時間でもありませんし、丁度良いでしょう。

 僕は顔を洗って着替えだけ済ませてすぐさま食堂へ向かいますが、身体がバキバキで痛いのに何故か意識はスッキリしていて、ですが内心は疲れているというボロボロ具合を感じて自分がかなり疲れていたのだと自覚します。

 

(フィーネ……)

 

 廊下を歩きながら思い出すのは昨日のフィーネとの会話だ。

 いつもは僕の心が大きなストレスやダメージを受けそうな何かが起きた時に、僕の心を守る為なのか勝手にウェル博士の頭に切り替わっていましたが、昨日はそれを無理矢理僕の意思で切り替えてフィーネと会話しました。そうでなければ僕はフィーネを殴り飛ばしていたでしょうからね。

 ですが、いつもはウェル博士の頭に切り替わった時は画面越しに見ている光景のように感じていましたが、あの時は僕の意思では無いのに僕の意思で話しているような奇妙な感覚に陥りましたよ。

 なんて言っているのか分からないでしょうが、頭は一つなのに意識が二つあるような、とにかくあれは気持ち悪かったですよ。今までのウェル博士の頭に引っ張られるようなものとは比べものにならないくらい。

 

 おそらくはいつも自動的に切り替わるスイッチを手動で動かしたから起きた現象でしょう。実際本来のウェル博士の意識に乗っ取られる、みたいな事にはなっていませんし。

 

(まぁ、そう思っているだけで実は少しずつ浸食している、なんてのはよくあるパターンなんですがね)

 

 深く考えてもなんの情報も無い今では憶測しか思い浮かびません。考えるだけ無駄と思ってスッと頭の片隅に追いやります。こういう時はウェル博士の頭は便利なんですよ。意外な事に片隅に置いてもすぐ取り出せる感じで前世でも欲しかった……

 

「そう言えば、もう前世の事ほとんど覚えていませんねぇ」

 

 親の顔も友人の顔も、自分が本当にサラリーマンだったのかも怪しく思うくらい記憶が曖昧です。何故かシンフォギアに関しての事はハッキリと色褪せる事なく残っているのが不思議ですがね。これから起こる事もアニメ基準ですがキッチリ覚えていますよ。ついでにゲームの方もね。

 よくよく考えたら怖いですよね。前世の記憶が消えて行っているのに特に問題に感じていないんですよ?「まぁ、いっか」程度になっちゃってるんですよ?僕の前世ってどれだけ中身なかったんだ……。

 

 なんて考えていると食堂に着きました。僕の予想通り人は少なく、席もたくさん空いていましたよ。

 僕はもはや顔馴染みになった食堂の人に頼んでお気に入りのハニートーストの上に乗っている大量のバニラアイスにチョコソースを引くくらいかけて最早パン:アイス等の甘味=二:八くらいになった僕専用のハニートーストを持って席に……

 

「またそんな不健康なものを……」

「ん?」

 

 席に着こうとしたら後ろから聞き慣れた声が聞こえます。振り返れば案の定黒い髪のツインテールをひらひらさせた調ちゃんが立っていました。

 

「ドクター。おはようございます」

「はい。おはようございます、調ちゃん」

「……朝からよくそんなの食べられるね」

「何を言っているのですか。ちゃんとトーストがあるでしょう?」

「そういう事じゃないんだけど……」

 

 調ちゃんは困ったというように頬を掻きます。

 ふむ、おかしいですねぇ。朝はキチンと主食のトースト(全体の二割しかない)と野菜(イチゴやメロン等の果物野菜)を摂取しているのですよ?それに生クリームにもカルシウムも含まれているはずです。主食と野菜とカルシウムを一気に摂取出来るなんて、なんて健康的なのでしょうか!

 

「それ絶対違うよ?」

「貴女はいつから人の心を読めるようになったのですか?」

 

 いつの間にかエスパーになっていた調ちゃんにビックリですよハハハハ。

 

 僕が軽く笑っていると調ちゃんがジ──っと見つめて来ます。そんな情熱的に見られても僕のポケットの中にはキャンディしか入ってませんよ?それともこのハニートーストですか?仕方がない……もう一つ注文しますか。

 なんて思っていると調ちゃんが僕の横までトコトコと歩いてくるとおもむろに背伸びをして僕の頭を撫でて来ました。……なんで?

 

「えっと、いきなりどうしたんですか、調ちゃん?」

「ん。なんだかドクター疲れてそうだったから」

「なら何故僕の頭を撫でるんですかね?」

「私も切ちゃんもドクターに撫でられると落ち着くから……」

「……そうですか」

 

 んーなるべく平然としていたつもりですがバレてしまいましたね。

 言わずもながら、僕はまだ昨日の自分の言った言葉に自己嫌悪を感じています。

 あの場を無事に切り抜けるには僕がフィーネを納得させる事しかありませんでした。あのまま行くと僕の隣にいた同僚がフィーネに殴りかかっていたでしょう。そうなれば国際問題です。

 ……いえ、もしかしたらそれが狙いだったのかもしれませんね。国際問題を盾に脅すか、又はあの場で誰かを殺して自分が古代文明の巫女であると力で示して僕を含めたF.I.S.の重鎮を脅して掌握しようとしていたのかもしれませんね。今になっては分かりませんが。

 

 まぁとにかく、あの場で僕が調ちゃんたちレセプターチルドレンの子たちをあたかも道具のように思っていると思わせた方が都合が良かったのです。あの場で子供たちを庇えば人質にされる可能性もありましたからね。ああ言っておけば僕と出会って間もないフィーネでは嘘か本当なのか判断がつかないと思ったからの言動です。本心なわけが無い。

 

 ですが、やはり子供たちと親身に接したため嘘でもあんな言葉でしかあの場を切り抜ける方法が無かった事に腹が立っています。血は繋がっていないとはいえ愛する子供たちを救うために暴言を吐いて自己嫌悪に陥るとか……いつから僕はそんな聖人になったのですかねぇ。

 

「ありがとうございます」

「うん。でも無理しちゃダメだよ?」

「ははは。ええ、肝に銘じておきますよ」

 

 少しだけ心が軽くなって自然に笑みが漏れます。そんな僕を見て調ちゃんも安心したのか笑顔になってくれました。うん。眩しい笑顔だ(浄化)

 

「そういえば切歌ちゃんやマリアたちはどうしたんですか?」

「切ちゃんが少し寝坊してマリアとセレナが起こしてる。私は先にみんなの席を取っておこうかなぁって」

「なるほど」

 

 また切歌ちゃんは寝坊ですか。まだ精神的に幼いからなのか、一度眠ったらなかなか起きないんですよね。それだけ安心して幸せに眠れている証拠なのでしょうが、目覚まし五つ用意して全部壊れていた時は頭が痛くなりましたね。少し寝相が悪すぎやしませんか?

 

 見渡せば席はまだチラホラと空いてはいるものの四人が座れる空きテーブルは残念ながら無さそうですね。今僕が座っている席を除けば。

 

「ふむ。仕方ないですね。行儀は悪いですが少し急いで完食しますので少し待っていてください」

 

 僕が席を立てば四人が座れるテーブルが空くので提案しました。余っている椅子を追加する手もありますが僕みたいなおじさんがいたら折角の四人での食事の邪魔になりそうだった、という考えの提案です。やっぱり女の子同士の方が色々気が楽でしょうしね。

 

「ううん。その必要はないよ」

「?それはどういう……って、ちょ!?」

 

 調ちゃんは僕の提案を却下すると何を思ったのか椅子に座る僕の膝に座って来ました。……何故?

 

「えっと……調ちゃん?」

「こうすれば五人で食べられるね」

「……さいですか」

 

 良くないですよ。ええ良くない。

 そりゃ調ちゃんはまだ十歳になったばかりですよ?かなり長い時間一緒にいたという事もあって父性が芽生えているのでそんな性対象になんて見れませんよ。むしろそんな想像した奴は僕がぶっ飛ばしますね。

 それなのに僕にこんなにくっついている姿を想像してください。次の瞬間には警察のお世話になっていますよ。ぶっ飛ばされるのは僕ですよ!というかウェル博士の膝の上に乗る調ちゃんなんてどう考えても催眠か何か掛かってますよね?

 

「「ドクター?」」

「さよなら僕の人生」

 

 後ろから並々ならぬ殺気を感じて思わずこの世に別れを告げてしまいましたよ。振り向くのが怖い。振り向いたら絶対に殺られる!そんな気配がビンビンに感じていますよ!ダレカタスケテ!!!

 

「や、やぁ。マリア、セレナ。遅かったじゃありませんか」

「はい。切歌ちゃんを起こしていたので」

「なのにこれはどういう状況なのかしら?」

 

 ニコニコと笑う二人の背後に般若が見えます。なんでそんなに怒っているのか分かりませんが、謝っても許してもらえなさそうですね。やっぱり死ぬのかな?

 

「ああ!調だけズルいデス!」

「切ちゃんも座る?」

「大好きデスよ調!」

 

 調ちゃんが僕の膝に座っているのを見てちょっと怒っていたのに変わり身早いな切歌ちゃん。手の平ベアリングの如しですよ。というか、何故二人して僕の膝にわざわざ座ってくるんですかね?席ならいっぱい空いていますよ?重くは全然無いんですが周囲からの視線が痛い。それにマリアちゃんとセレナちゃんが何も知らなければとても魅力的に見えるほど綺麗な笑顔を浮かべているのに何故か冷や汗が止まりません。切歌ちゃんと調ちゃんが僕の膝に座っているので逃げる事も出来ません。万事休すとはこの事ですね(諦め)。

 

「ドクター。お話があります」

「い、いえ。僕はこの後用事が「まさか断ったりしないわよね?」ア、ハイ」

 

 お断りを入れようとしましたがマリアちゃんが食い気味で割り込んで来ました。ますます笑顔になっていくマリアちゃんとセレナちゃんの圧力に負けて何故か説教を受ける事になりましたよ……うん、勝てるわけが無い……

 

「これ意外と美味しいデスね!」

「少し甘過ぎるけどね」

 

 僕が怒られている間に切歌ちゃんと調ちゃんが僕の膝に乗ったまま僕のハニートーストを無断で食べてしまいます。美味しそうに食べている姿を見ると微笑ましいですねぇ。やっぱり少女は最高だぜ!(現実逃避)。……あとでもう一つ、いやマリアちゃんとセレナちゃんにお詫び代わりにもう一つ頼んでおきますかねぇ。

 

 ちなみに、僕専用のハニートーストをマリアちゃんとセレナちゃんに奢った結果かなり好評で、それをコンパクトにした物が食堂のメニューに追加された事と、そのコンパクトにしたハニートーストを二人が良く食べるようになった故に体重が増え、何故かその怒りの矛先が僕に向いた事は別の話でしょう。

 ……理不尽じゃありませんかねぇ?




作者「ウェル(オリ)や。一日に一時間の睡眠は仮眠と言うんやで。ついでに言えば八時間は長時間じゃなくて健康的な睡眠時間なんやで」
ウェル(オリ)「なん、ですと(゚∀゚)」

何故か同じ話が三話も載るという謎の現象が起きましたが問題は無いです。
……何故載ってたのだろうか( 'ω')?


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二十一話 原作が始まるようで

一応ギャグなので時間経過なんてあってないようなものなので気にするな!

毎回誤字報告ありがとうございます。細かいところまで修正してもらい誠に申し訳ない_(:3 」∠)_
…………タリアちゃんって誰だよ。オリキャラ出した覚えはないぞ……


 三年経ちました。

 

 いや、うん。何をいきなり。と思うかもしれませんが、本当に三年経っているんですよね。ネフィリムの暴走から数えたら四年ですね。

 いやぁ、この三年間特に大きな事故や事件も無く無事に生き延びれました。別の国ではノイズの被害がニュースになっていたりしますがこの辺りではノイズが出た、という情報はありません。他の国には悪いとは思いますがやっぱり平和が一番ですよ。

 

 あれからフィーネから送られて来るレセプターチルドレンの子たちの数自体は大きく減っていますが、それでも定期的に送られて来ます。ほんと何処から集めて来ているんですかね?もう送られてきた子たちはとっくに百人は超えているので何かしらの問題になっていても良いはずなのにまったくそんな気配無いんですよね。

 まぁ、大きくなったレセプターチルドレンたちの手伝いもあって数日したら慣れてくれるので楽ですがね。もうF.I.S.は聖遺物研究所よりも孤児院や学校的な存在の方が大きくなって来ていますよ。隠れ蓑としては良いんですがね。でも研究員の三分の一くらいが子供たちの面倒を見る状態なのは些かどうなんだとは思いますがね。

 

 レセプターチルドレンの子たち、特にマリアちゃんたち初期の子達は大人になって立派な研究員の一員として働いている子も多くなりました。

 勉強や運動も継続して行なっているため、成長した子なら研究所の外に出しても十分一人で生きていけるだけの知恵と体力は身につけていますよ。なんなら才能が開花してアスリートや学者として生きていける子もいますよ。専門によっては僕より頭の良い子もいますし。

 

 ですが、それでも残念ながら外に出す事は現在でも出来ません。僕や局長含めて研究所の人間の殆どが子供たちを外に出しても良いと思っているのですが上の人たちの許可が降りないんですよね……組織というものは面倒ですねぇ。まぁ、人体実験のような事をやっているのにある程度の自由どころかみんな協力的なここが異常のような気がしますがね。

 みんな何不自由も無く、とは言えませんがそこまで不満に思っている子がいないのが救いですかね。

 

 マリアちゃんたちシンフォギア装者の四人も装者として大きく成長しました。

 

 切歌ちゃんと調ちゃんはリンカーの適応年齢を超えたのでリンカーを投与してギアを纏わせたところ無事後遺症も何も無く纏う事に成功しました。まぁ、ここはアニメを知っていたので僕はそこまで問題視していませんでしたが、それでも二人とも無事でいたのはとても嬉しい事です。

 戦闘面も長く二人でいたためか息が合っていて、切歌ちゃんと調ちゃんがペアとなった時の戦闘能力には驚きを隠せませんでしたよ。ネフィリムを倒す事は出来ずとも一方的に押される事は無いだろうと思うくらい高い戦闘能力がありました。

 個人で見たらまだ危なっかしい部分はありますがね。特に切歌ちゃん。そりゃ前まで一般人だった子があんな大鎌を扱えるのがおかしいんですよ。何回か扱いをミスして切歌ちゃんの手から離れた大鎌が回転しながら強化ガラスに突き刺さった時は生きた心地がしませんでしたよ……。

 調ちゃんは可もなく不可もなくシュルシャガナを操れていましたね。ただまだあのローラーシューズのような移動方法には慣れていないため少し動きがぎこちないのが問題点ですかね。

 

 マリアちゃんとセレナちゃん、もうちゃん付けするような外見では無いですね。もう立派な大人ですよ。姉妹でモデルとして食べていけるくらい美人に育ちました。たまに新しく入ってきた研究員に言い寄られているらしいですがいまだ良い人は見つけられていないようですね。嬉しいような悲しいような……

 装者としても十分鍛え上げられてきました。今なら切歌ちゃんと調ちゃんと協力したらあの時のネフィリムを倒せるかもしれませんね。鍛えすぎて原作のビッキーたちの方が心配なレベルですよ。

 

 ちなみに何故かセレナちゃんが十七歳の誕生日を迎えた時にマリアちゃんに「抜け駆けは禁止です!」と大声で言っていたのを聞いたのですが……はて、何の事でしょうか?

 

 神獣鏡はやはりというか何というか、適合者を見つけられずにいます。多少適性のある子はいましたがリンカーを使ったら確実に死んでしまうレベルです。ですが見つからないことは全然問題無いので無視していい案件ですね。え、適当すぎるだって?だって実際G編の時期まで神獣鏡の装者は見つからないですからねぇ。皆には悪いですが僕はやる気が出ませんよ。フィーネから特に催促も無いので気が楽ですよ。

 

 何も知らなければこのまま平和な時間が過ぎていくのだと思うでしょう。レセプターチルドレンの子たちもいつかこんな檻のような場所から飛び立って行くのだと思って僕も頑張ったでしょうね。

 でも、残念ながら違うのですよねぇ。

 

「突然だが二週間後日本に飛んでもらう」

「内容をすっ飛ばさないで下さい」

 

 局長に呼ばれた僕は部屋に入って開口一番に日本へ行くように命令されました。

 いきなり呼び出されてまた何かやらかしてしまったと……ここに来るたびにそう思っていますね僕。心当たりがあるので実際は何も言い返せないんですがね。ほとんど僕が原因じゃないのに……

 

「おっとすまない。日本に行って欲しいのは櫻井了子が君を指名したからだ」

「フィ……櫻井了子がですか」

 

 危ない危ない。危うく憎しみを込めてフィーネと呼んでしまいそうでした。局長を信用しているのでフィーネと繋がっているとは思っていませんが、念には念をと言いますからね。それに何処にカメラがあるか分かりませんし。

 それにしても……はて、何故僕を指名した?それに日本?何かイベントがあったっけ……。

 

「これは機密なのだが、どうやら日本は新たに発掘した聖遺物の起動を行うらしい。なんでも世界でも数少ない完全聖遺物らしく、ノイズとの戦いに大きな進歩をもたらす代物らしい。そしてその完全聖遺物を起動する為に大量のフォニックゲインが必要なようでな。そこで聖遺物だけでなくシンフォギア関連の事ではおそらくここで一番理解している君の意見を聞く為に来てもらいたいそうだ」

 

 機密……日本……完全聖遺物……起動にフォニックゲインか必要?

 フォニックゲインといえば歌ですよね?それに完全聖遺物を起動させるにはシンフォギアよりも遥かに高いフォニックゲインが必要のはず。でもそんな大量のフォニックゲインを何処から……あ。

 

(あああああぁぁぁぁぁ!!!そうです、そうですよ!)

 

 前世でも、現在の日本やF.I.S.内でも密かに人気で有名なツヴァイウィング。その片割れである天羽奏は確か十七歳の時に戦姫絶唱シンフォギアの始まりと言える第一話の戦いで命を落としました。そして設定ではそんな奏さんと同い年であるセレナちゃんは現在十七歳。

 あの始まりのライブがいったい何時やっていたのか分かりませんが、タイミング的に考えてあのライブしかない。

 それが示すものはつまり。

 

(アニメが開始する時期じゃないですかああああぁぁぁぁ!!!)

 

 奏さんが十七歳で完全聖遺物の起動といえばもう無印編のキーアイテムの一つであるネフシュタンの鎧しかない。という事はあとニ週間後のライブで奏さんはビッキーにガングニールを託して死んでしまうという事です。

 

(ぬわあああぁぁぁ!!!最近平和すぎてすっかり忘れてたあああぁぁぁ!!!)

 

 いや確かに忙しかったですよ?ですが見つからないと分かっている神獣鏡の装者をそれっぽく探しているように見せたり、マリアちゃんたちの負担を減らすためにリンカーの改良に勤しんだり、レセプターチルドレンの子たちと遊んだりしていたらあっという間に三年経っていたんですよ?

 他にも別の聖遺物の研究や調ちゃんと日本の遊びをやったり、勉強をしてくれない切歌ちゃんの面倒を見たり、やけにくっついて来る機会が増えたセレナちゃんに連れ回されたり、最近何処で覚えたのか何故か色っぽく話しかけるようになってきたマリアちゃんを注意したりと、いくらウェル博士の脳をもってしても追いつきません!

 

 あ、ちなみにマリアちゃんに何か吹き込んだ輩は僕がキッチリと成敗したのですが、何故かその輩は同輩に向けて悔いのない笑みを浮かべていました。それを見た他の研究員たちも涙を流しながら綺麗に敬礼していたのはなんだったんだ……。

 

「どうしたのかね」

「何がですか?」

「いや、なんというか……君が一度も見たことが無いような奇怪な顔を作っていたから気になってね」

 

 あ、やばい。顔に出ていましたか。恥ずかしい……あの変顔を目の前で見て引いている様子が無いのはありがたいですがこれから僕はどんな顔で局長と顔を合わせたらいいか分かりません……。

 

「んん。いえ、急なお話だったので驚いただけですよ」

「驚いた……?まぁいい。それで、行ってくれるかね?」

「拒否権はあるんですか?」

「あると思うかね?」

「聞いただけですよ」

 

 局長も疲れているようですね。いつもより老けているように見えます。

 人の事は言えませんが数日は休暇を取るべきだと思うんですがね。この方に何かがあって局長が変わってしまう事があっては一大事ですからね。まぁ、そう簡単にはいかないのが辛いところですが。

 

「チームのメンバーは君に任せる。だが一応は機密性の高い依頼だ。本当に信用出来る数人に絞ってくれたまえ」

「その辺りはご心配無く。僕の一番信用出来る人たちを連れて行くのであちら側にスパイがいない限り漏れる事は無いかと」

「はは。それは頼もしい」

 

 軽く笑い合いますが、僕の心の中は穏やかではありません。

 あの大事件の事を考えれば会場内の何処にリンカーがあるのか把握しておかねばなりませんが、もし会場に持って来ていないなんて事になったら奏さんを救える可能性がガクッと下がります。あまり無理をして欲しくはありませんが、奏さんを救うにはリンカーによってシンフォギアの安定性を維持して戦ってもらうしか方法はありません。マリアちゃんたちを連れて行ければ良いのですが、研究所の外へ行く許可は降りていないので諦めるしかありません。

 となれば、こちらからリンカーを持参していけば良い。しかも汎用では無くて奏さんの身体に合った優しいリンカーを。

 

(そうと決まれば奏さんとガングニールのデータからこちらで奏さんの身体に適応したリンカーを製作しなくては。幸いマリアちゃんたちのおかげで必要なデータはありますのでそう時間もかからない……はず)

 

 他にも避難経路やチームのメンバーの選定を急がなくては。ネフィリムの時と違いまだ二週間もあるため、ある程度はこちらで出来る事をしなくてはいけませんね。

 

「……毎回毎回、すまないな」

 

 用意のために色々考えながら部屋から出ようとすると局長が申し訳なさそうに頭を下げてきます。僕の方が謝らなければならない件が多いと思うのですが……はて。

 

「……当初レセプターチルドレンたちの事は君にここまで任せるつもりはなかった。上からの命令がある以上、そして研究員たちを一つに纏め上げる事の出来ない私だけではあの子たちが笑える日々を作ってあげる事は出来なかった。

 シンフォギアの件に関しても君には酷だとは思ったさ。あの子たちにあそこまで寄り添える君に子供たちを実検体として扱えと言っているようなものだったからね。

 ネフィリムの件もそうだな。あの時君の忠告を真剣に受け止めていればあのような大事件も起こらず、死人も出なかっただろう。

 優しい君には辛い事を私は命令してばかりだが、これからもよろしく頼む」

 

 局長は更に深く頭を下げます。もう机とおでこが触れる距離ですよ。歳的にもそこまで頭を下げられたら腰をやってしまいますよ?というか逆にそこまでやられると僕の方が申し訳なくなってきてしまいますよ。

 

「別に構いませんよ。好きでやっている事ですから」

「……すまないな」

 

 その後も何度も局長は謝ろうとして来ますが、このままでは永遠にループしてしまいそうなので僕は早々と逃げるように部屋から退出しました。謝られている方が逃げるってどういう事なんでしょうね?

 

「さて、第二の波乱となる時代の幕開け前の準備と行きますかね」

 

 僕の出来る事は少ないですが、出来るだけ死人が減るように頑張るとしましょうか。と言っても、どうやって奏さんにリンカーを渡すかという簡単であって難しい点だけが問題なんですがね。下手にリンカーを持たせようとしたら何故必要なのか怪しまれますからねぇ。特にフィーネに。

 

 僕は色んな言い訳を考えながら実験の日になるべく沢山の命が救えるように備えるのでした。




ギャグ「実家に帰らせてもらいます」
作者「そんなぁ!まだアナタの仕事は終わっていないんですよ!」
シリアス「代わりに私が頑張りましょう」
作者「お前はお呼びじゃねええええぇぇぇぇ!!!」


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二十二話 いざ決戦の地 日本へ!(違う)

無印編に突入。
とは言ったもののF.I.S.組は無印編に出て来ていないのであまり介入はしない……予定。

これからの展開的に局長の名前を出したらキーキャラになりそうな雰囲気なので出しません。一応はモブ枠なので。ですので文章に違和感がかなりありますが申し訳ない_(:3 」∠)_


 戦姫絶唱シンフォギアの第一話が始まる運命の日であるあのライブ会場に行くように命令されて早二週間。

 

 その間に実験場になるライブ会場の避難経路や脱出口などを今回連れて行くチームの皆さんの頭に叩き込ませました。皆ネフィリム事件の生き残りなので万が一を考えて真面目に覚えようとしていて助かりましたよ。

 密かに奏さんとガングニールのデータを元に彼女の身体に適したリンカーの作成も成功しています。まぁ、実際にはまだ使っていないので最適とは言えませんが、それでもおそらくアニメよりも負担の少ないリンカーを作る事には成功しました。これを投与すれば絶唱を使用しない限り奏さんが死ぬ事はないでしょう。使用を止められるかはさておいて。

 結局良い言い訳が思い浮かびませんでした。持参しては怪しまれるのでライブ会場にフィーネが作成したリンカーを持って来ていればどさくさに紛れて奏さんに渡す事も可能でしょうが……それかノイズが現れる可能性をフィーネに怪しまれずに提示すればいいのですがね。

 

 まぁ、つまるところ行き当たりばったりですね。

 幸い、と言っては不謹慎すぎますがフィーネがノイズを呼び出すのはほぼ確定でしょう。なので僕はいつでも奏さんの元にリンカーを渡せるように準備すれば良いのでまだ気が楽です。始まってしまえば生きた心地はしないでしょうが、その時はその時の自分に任せましょう。

 

 それはそれとして。

 

「そろそろ離してくれませんかね?」

「いーやーデース!」

「私たちも行く」

「困りましたねぇ」

 

 もうすぐ研究所の敷地内にある滑走路から日本へ向けて飛行機が飛び立つというのに切歌ちゃんと調ちゃんが僕の白衣に張り付いて離してくれません。まだ時間に余裕はあるとはいえあまり長居はよくないんですがねぇ。

 

「切歌ちゃん、調ちゃん。ドクターを困らせてはいけませんよ」

「そうよ。すぐに帰ってくるから留守番していなさい」

「貴女たちも残るんですよ」

「「えっ?」」

 

 セレナちゃんとマリアちゃんもそんな切歌ちゃんと調ちゃんを宥めようとしてくれます。その姿だけ見ればちゃんとお姉さんをやっているように見えるんですがキッチリ二人とも飛行機に乗る組に混ざっているんですよね。しかも自然に混ざれるように白衣を上に羽織ってね。自然すぎてそのままスルーするところでしたよ。

 

 奏さんの事を考えすぎてマリアちゃんたちの事をすっかり忘れていましたね。局長から話を聞いて一週間後くらいに四人に話したらさも当然というように急いで遠征の準備を始めた時は僕も焦りましたよ。

 それからというもの何かと一緒に連れて行ってもらえないかしつこいくらいにお願いされて困ったものでしたよ。切歌ちゃんなんてトイレに突撃して来たから凄く焦りました……少しずつ常識人のはずが先頭に非がつく人になりつつあって少し心配です。

 

「予定では一ヶ月もせずに帰って来るのでそれまで待っていてください。その間の事はナスターシャが「「「「嫌(デス)!!!」」」」綺麗に声がハモりましたね……」

 

 ええ……なんか凄く四人の息が合っていますよ。でも息が合いすぎてマリアちゃんとセレナちゃんの精神年齢も下がってしまっているような気がするのは気のせいですよね?特にマリアちゃん。貴女モラルに欠ける人間だと絶対ちょっかい出してくる容姿しているのにそんな幼い子供みたいな事をしないでください。亡き者にしなくてはいけない人間が増えてしまいますよ?

 

「お願いしますデス!」

「ダメです」

「どうしてもダメ?」

「ダメです」

「迷惑はかけませんから!」

「ダメです」

 

 とうとうセレナちゃんまで僕の白衣を掴んで離さなくなりましたよ。年齢の割に幼く見えるというのにシンフォギアの訓練で見た目以上に鍛え上げられているのでこのままでは白衣が破れてしまいそうです。まぁ、すでに腕力で負けている僕を無理矢理押さえつけないだけの理性は残ってありますかね。無かったら……あれ、何か身の危険を感じる?

 

「ドクター……」

「貴女もですかマリア。何を言っても連れては──」

 

 マリアちゃんも参戦しそうになりますが、元から連れて行く気のない僕はそれでも否と答えようとマリアちゃんの方を向きましたが、その続きの言葉が出ませんでした。

 

「……ダメ?」

 

 マリアちゃんは何処で覚えて来たのか、着ていた服を少しだけはだけさせて上目遣いで目をウルウルさせながら僕を見上げるという、自身のモデルのような体型を遺憾無く発揮してきます。でも完全に目的を間違えている誘惑ですよね、これ。

 

「んん〜〜〜〜〜……………誰がこれを教えたのですか?」

「私です!」

「そうですかいっぺん死になさい!

 

 マリアちゃんに余計な事を教えた男性研究員の頬に右ストレートをかまします。とは言っても全然鍛えていない僕のパンチなんてさほど痛くないと思いますがね。

 

「取り敢えず海に沈められるか山に埋められるか選びなさい」

「ど、どちらも嫌です……」

「よろしい。なら山の土で身体を固めてから海に沈めます」

「それほぼ海に沈めるのと同じでは……?」

 

 ちょっと本気でお仕置きが必要か迷いますが、まぁ今は良いでしょう。帰って来てからのお楽しみです。他のメンバーもこのコントで笑っていますが中に絶対協力者がいるはずなので見つけ出したら……フフフ。

 と、ふざけてはいるもののどれだけおねだりされてもマリアちゃんを連れて行く選択肢はありません。これが僕の責任だけで済めば良いんですがね。

 

「良いですか?貴女たちは敷地内ではかなり自由に過ごせています。ですがどう取り繕うとも貴女たちはレセプターチルドレン、本当は言いたくありませんが実検体のようなものです。本来は自由なんてあり得ません。そんな貴女たちが研究所から出た、という事実が出来てしまった場合最悪局長かシンフォギア関連でチームのリーダーをやっている僕が責任を取らなくてはいけません。ただの降格なら良いですが、もしここから立ち去らねばならなくなった場合、次に来る人が貴女たちに優しくするか分からないんです」

 

 多分、局長も広くパイプを持っているのでそう簡単にクビにはならないと思いますが僕は違います。

 マリアちゃんたちシンフォギア装者を見つけ出した僕の功績は大きく、それなりの立場にはいますが、言ってしまえばそれだけです。あの手この手で僕の功績を帳消しにする事なんて可能でしょう。チームのリーダーと言いながら切り捨てられる可能性は十分にあります。

 かなり前にナスターシャに言いましたが、僕や局長がいなくなった後に来る人が優しい人間とは限りません。特に成長した今のマリアちゃんやセレナちゃんは酷い目に遭う可能性は十分にあります。考えただけで反吐が出ますね。その時は問答無用でフィーネと手を組んででもネフィリム復活させますよ。原作崩壊?そんなものよりマリアちゃんたちの方が優先順位は上に決まってるでしょ!

 なので仮に可能性は低くともマリアちゃんたちが外に出て心無いお偉いさん方の付け入る隙を与えないのが一番なのです。

 

「貴女たちがついてくる、という事はこれからのレセプターチルドレンたちの未来を左右するかもしれない。しかも悪い方に傾く可能性もあります。それでもついてくると言うのであれば止めませんよ」

「「「「…………」」」」

 

 四人とも黙ってしまいます。可哀想ですが僕も出来るのなら外の世界に連れて行きたいです。でも出来ないものは出来ないですからね。諦めてもらうしかありません。

 

「……早く帰って来てね」

「お土産がないと怒るデスからね!」

「怪我をしないように気をつけてください」

「また怪我でもしたら許さないから」

「ははは。分かっていますよ。ちゃんと」

 

 心配してくる四人に僕は安心させるために笑みを見せます。ですが残念ながら奏さんを救うために上手く立ち回ればそこまで被害は出ないでしょうがかなり無理をしなくてはいけないかもしれませんからね。マリアちゃんの説教はほぼ確定です。……また身の危険を感じるのは気のせいですよね?

 マリアちゃんたちは一応日本へ行くのは諦めたようですが離陸の時間が近づいて来ているのに離れようとしません。いや、ほんとそろそろ離してくれませんかね切歌ちゃん、調ちゃん?ずっと白衣にしがみついたまま離れないんですが。

 

 それから研究所に残る人たちの手伝いもあって切歌ちゃんと調ちゃんを引き剥がしてもらって僕は飛行機に乗ります。窓から下を見下ろせば切歌ちゃんが泣いていました。うん。一ヶ月で帰って来ますし切歌ちゃん自身確かもう中学生くらいの歳なので泣かないでほしいんですが。ちょっと精神年齢低いような……あれくらいが普通なのか?

 

 マリアちゃんたちに見送られながら飛行機が離陸します。日本に着けばもうライブの日まですぐでしょう。その日が来ればウェル博士が登場するのがもっと後だとしてもアニメに関わって来ます。なら派手に改変してやろうではありませんか。

 

(まぁ、フィーネの目をどう掻い潜るかが問題ですがね)

 

 いまだまともな言い訳を思いついておらず、見た目以上に焦り散らかして早くなっている心臓の鼓動を落ち着かせながら僕は日本へ向かった。

 

 

 

 ────────────────────

 

「……行きましたか」

「ああ。今な」

 

 ウェルが日本へ出発した頃。滑走路が見える部屋から車椅子に乗ったナスターシャと強面のF.I.S.の局長の座にいる男が空へ飛び立つ輸送機を見送っていた。

 

「しかし、ウェル君には悪い事をしてしまったな」

「ええ。ドクターは優秀ですが彼に頼り切りなのはいかがなものかと」

「ハッキリ言ってくれるよ……」

 

 本来なら立場に違いがある二人だがその間には緊張感はなく、仲の良い友人のふざけ合いに見えていた。

 二人はF.I.S.の研究員として同時期に訪れてから長い間共に研究や研究内容を競い合ったりと続けていたため互いに認め合うような仲になっており、上司からの命令に従わなくてはいけない男の唯一愚痴が吐ける相手がナスターシャであった。

 

「さて、君が私を訪ねるという事は何か用事があるのだろう?」

 

 男が真正面にいるナスターシャに近づき、身長差のため見下ろす形でナスターシャの前に立つ。男の身長は二メートルを超えているため彼を知らない者からしたら威圧感は大きいだろう。

 しかし、ナスターシャはそれをどこ吹く風かの如く向き合っていた。彼の性格を知っているからこそ出来るのだが、まず知っている者が少ない為その光景は異様に見える。

 

「あの子たち、レセプターチルドレンを外に出す事はできませんか?」

「その件は前々から言っているだろう。上が禁止している以上私の一存ではどうにもならん」

「まだ幼い子たちは無理でしょうがある程度成長した子なら目立つような事はしないと思うのですが」

「だが上は外に出せば脱走し、シンフォギアの事や研究内容を他国の諜報員に奪われると考えているようだ。脱走なんてする子たちではないと言っても話を聞く耳すら無いのだからな」

 

 実はナスターシャ以外にもウェルや他の研究員も同じくレセプターチルドレンを外に連れ出せないか相談しに来た事は多々あった。

 男自身もレセプターチルドレンたちがこんな狭い所ばかりではなく、外に連れ出したいと思ってはいるもののそう簡単に出来ないのが組織というもので、男も何度も上に打診しているがいまだ許可を得ていない。何か上手い理由があれば話は別だが。

 

「……見張りを一緒につかせれば良いのでは?」

「考えつかないと思うかね?」

「なら装者の精神の安定のための実験とでもいえば良いでしょう。外に連れ出して装者たちのシンフォギアの適正値に変化があるのかどうかと理由をつければ研究の一環になるのでは?」

「むっ」

 

 ナスターシャの言葉に男は一瞬言葉に詰まってしまった。

 強面で昔から小さな子供に怖がられているが、彼は子供が大好きで研究員として多額の給与を貰えば生活費以外は孤児院に寄付していた。給与の使い道が無いのはウェルと同じのようだ。強面すぎて何度か通報されかけた経験もある。

 レセプターチルドレンたちも彼からしたら保護する対象であり、特に職場に一番近い所にいるため余計に子供たちを守らねばと自分の立場が危うくなるのを顧みずにかなりの無理をしていた。

 それほど子供が好きな為にウェルと同じくまるで実験道具のように扱う事を忌避していたが故に、ナスターシャのような「実験の一環」という言い訳が思いつかなかったのだ。

 

「貴方がドクターのようにお人好しなのは知っています。ですがあの子たちの為にもう少しだけ骨を折ってくれませんか?」

「むぅ……」

 

 男は更に唸る。

 彼自体は子供たちのために苦労するのは苦では無いのだが、自分がやろうとしている事は一筋縄ではない上に下手をすれば局長の椅子を降りなくてはならなくなる。別にそこまでその椅子に拘りはないが、ウェル同様自分の立場が分かっているが為に無理をするのを恐れていた。だが。

 

(……彼があれほどの感情に耐えたのだ。ここの責任者である私も耐えねばならないか)

 

 思い出すのは三年ほど前に櫻井了子が研究所に訪問して来た時のことだった。

 神獣鏡のシンフォギア装者を探していたウェルに向かって遠回しに「替えの子供なら沢山いるからリンカーで大量に死んでも良いのではないか」と言った時の事は鮮明に覚えていた。

 あの時あと数秒遅ければウェルの隣にいた研究員が了子に手をあげていたかもしれない。子供好きな彼からしたら了子の言葉に怒りを通り越して殺意すら湧き上がらせる物だった。

 それに対し、レセプターチルドレンの子たちに親身になり、ネフィリムの暴走時に戦闘不能になったセレナを守る為に自分が重症を負ってでも守り通したウェルが子供たちを「ガキ」呼ばわりして、あたかも自分が「仕方なく」子供たちの面倒を見ているような口調になった時は信じられないモノを見た気分でいた。それはその場にいた全員が同じで、皆同じような顔をしていただろう。

 それにいつも子供たちに向けていた微笑んでいたウェルの笑みが本当に仮面でもつけているかのような貼り付けた笑みに変わった時は心底驚いていた。元から了子の笑みも不快に感じる笑みだったが、その時のウェルの笑みはそれに負けず劣らず奇妙な笑みに見えていた。

 しかし了子が去ったあとのウェルは今まで誰も見た事が無いほど怒りで歪んでいた。声をかけようにも躊躇うほどに。

 それほどまでに自分の心を押さえ込んだのだ。下手をすればあの瞬間は自分以上の殺意を抱いていたかもしれない。そんな彼の上司である自分も頑張りを見せなければ上司とは名乗れまい。

 

「……分かった。私ももう少し上手い言い訳を考える。だがあまり期待はしないでおくれよ?」

「ええ。これでもダメなら潔く諦めましょう」

 

 言葉では納得したが眼帯で片方は隠れていようとも残った片目で「絶対成功させろ」と言っているのがバレバレなナスターシャの視線に、男はため息を吐くが、昔馴染みの言葉に少し本気を出そうと思い、重い腰を持ち上げるのだった




マムと局長の間に恋愛感情は無い……私の中ではね!



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二十三話 生のツヴァイウィングが目の前にいるこの感動よ

原作第一話さんがクラウチングスタートの体勢に入りましたぁ!


 輸送機に揺られて数時間。

 僕と同僚たちは無事日本に辿り着きそのまま即移動を開始。そして目的地であるあのライブ会場まで余裕を持って到着しました。スマホ的なデバイスは結構ハイテクなものになってるのに車とかその他の製品は特に進歩していなくて結構前世と似ていてビックリしたような安心したような……

 道中何かしらイベントがあるかなーと思っていましたが特に何もなく、数時間とはいえとても平和な時間を過ごせましたよ。マリアちゃんたちと会えなくて少し寂しいですが、久しぶりにゆっくり出来る時間が来て手持ち無沙汰です。

 

(まぁ、ゆっくり出来るのは今だけですが)

 

 僕たちが持ってきた機材の中には奏さん専用に調整されたリンカーがあります。それをいかに上手く、そして自然に奏さんに投与出来るか。それは実は言うとまだ何にも思いついておりません!

 強いて言うなら奏さんがシンフォギアを纏った直後くらいなら良いのですがね。それなら絶唱を使わずに翼さんと戦ってなんとかなる可能性は高いです。

 ……こればかりはまだ色々情報も足りませんしその時にならねば分かりませんね。最悪アニメ通り奏さんにはお亡くなりになってもらうしかありませんが……出来るなら救いたいものです。

 

「ドクター。あの方たちでは」

「ん?」

 

 まだ準備途中のライブ会場の廊下で後ろを歩いていた今回のチームの研究員の一人が廊下の先の少し広がった休憩スペースのような場所で立っている二人の人影を指を指します。人に指を指すのはやめなさいな。

 

「はぁい。元気にしてた?ドクター」

「ええ。おかげさまで。そちらも元気そうで何よりですよ。Ms.櫻井」

 

 一人はもう顔を見るだけでウェル博士に切り替わってしまいそうなほど嫌いな櫻井了子ことフィーネです。ニコニコ笑って手を振っていますがこれから起こる事を考えると「今始末するべきでは?」と思ってしまいますが、そうなった場合ビッキーの説得もされていない状態で調ちゃん又は他のレセプターチルドレンの子たちの誰かに憑依してしまうため出来ません。命拾いしたなフィーネ。

 

 お互いに笑みが張り付いた仮面を被って多分異様な雰囲気があるでしょうが一見友好に見える態度を取って握手をします。ふむ、後でこの手切り落とそうかな。

 

 そしてフィーネの横に立つのは筋骨隆々で赤い髪とシャツの大柄の男性が仁王立ちして立っていた。

 

「お初にお目にかかります。俺は了子君の……上司になるのか?」

「んー……一応組織の司令になるから上司になるんじゃないかしら?」

「そうか。という事で了子君の上司に当たる風鳴弦十郎です。今日はよろしくお願いします」

 

 アニメの初期からずっと重大な役割を持った作中屈指の大人でありOTONA、風鳴弦十郎その人だった。遠くから来たから良いものの近くで見るとほんと赤い熊ですね。巨大な熊の無駄な脂肪を全部筋肉に変えたのが弦十郎と言われても信じてしまいますよ。

 まぁ、取り敢えず隣の女性の顔面に持てる全ての力を込めた全力パンチをお願いできますか?

 

「ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスです。ウェルとお呼びください。それとかしこまらなくても良いですよ」

「む、すまん。あまりこういうのには慣れていなくてな」

「いえいえ。今回は()()()()()()協力したまでですのでどうぞお気になさらず」

 

 これは事前にフィーネとの打ち合わせで決めていた言い訳です。

 F.I.S.の事はもちろん、公にはガングニールと天羽々斬の二つしかシンフォギアは存在していない。という事になっているので僕たちがその他に四つ、もう一槍のガングニールを合わせたら五つ所持している事は極秘中の極秘なため、僕たちはあくまで「櫻井了子と繋がりのある海外の聖遺物研究者」という立場です。

 少し突っつけばボロが出そうな設定ですがそれだけ了子さんを信じているのでしょうね。それでももっと相手の事調べなさいな弦十郎さん。まぁ、今回の情報もF.I.S.のデータベースとかに全て乗るんですがね。その辺りは局長に任せるしかありません。

 

「早速で悪いが今回の依頼内容や設備の説明をしたいのだが」

「おや、確か実験は一週間後のはずでは?」

「そうなんだが……まぁ、説明するのが早いか」

 

 弦十郎さんが苦笑いを浮かべて言葉を濁しますが意を決したかのように今回の実験の内容を話してくれました。そして話を聞いてからよくよく考えたら僕は前世の記憶があるためこれからツヴァイウィングのライブを利用した完全聖遺物ネフシュタンの鎧の起動実験を行う事を知っていますが、この世界だとまだその話を全く聞いていない事を遅ればせながら気付きました。

 でも第三者の目線で考えると中々無茶な実験ですよ。だってこれ、期間は開いていますし、完全聖遺物だと分かってはいるもののネフィリムの時と似ていますからね。弦十郎さんも警戒はしていますがこの実験を安全なものだと思っている雰囲気があります。

 あの時もネフィリムは聖遺物の欠片だと油断していました。その結果があの事件です。故に僕のチームの皆はあの時の事を思い出してより一層警戒を強めていますね。

 日本政府というか弦十郎さんを信じていない訳ではありませんが、確かこの時は特に役に立って無いので過度な期待は厳禁です。

 

「──以上が今回の実験の内容だ」

「なるほど。ライブを利用してフォニックゲインを高め、ネフシュタンの鎧という聖遺物の起動を」

「ええ。既にフォニックゲインに反応する事は確認済み。今度のライブでフォニックゲインを高めれば未覚醒のネフシュタンの鎧が起動する可能性が高いのよ」

「そんな簡単に上げられるものなんですかねぇ」

 

 成功すると知ってはいますが念のためここは本当に成功するのか疑うフリをします。ここで簡単に「成功します」なんて言えば不自然ですからね。目の前に厄介な存在がいるので下手な事が言えません。

 取り敢えず成功させようとするけど疑っているように見えていれば上出来ですかね。一般的な意見に見えそうですし。

 

「そこはアタシらの腕の見せどころさ」

 

 弦十郎さんと憎っくきフィーネと話していると通路の先から声が聞こえてそちらの方に目を向けます。そこには長く赤い髪をした活発そうな少女がこちらに近づいて──。

 

(天羽奏来たあああぁぁぁ(゚∀゚)!!!)

 

 おっとテンションが上がってしまいましたね。失礼失礼。

 でも目の前にあの天羽奏が現れたんですよ?アニメ第一話以降まともな出番は無く、あっても五分もない短い時間、しかも重要な場面のみ。

 ゲームなら結構いろんな所で活躍がありましたが、こうやって生の天羽奏を見られるのは貴重ですよ!

 ……おや。奏さんの後ろに見覚えのある青く長い髪が。

 

「ほ〜ら。翼も挨拶しな」

「あ、ちょっと奏!」

 

 奏さんの影に隠れていたもう一人の少女が奏さんに手を掴まれてオロオロしながら前に出てきます。オロオロ具合がまだちょっと昔のセレナちゃんを思い出しますね。まだ周りを信じ切れていなかった頃です。懐かしいですねぇ。

 

「えっと……風鳴、翼……です……」

 

 そう簡単に自己紹介をした後、秒で奏さんの背中に隠れてしまいます。そして奏さんの背中から顔だけ出して僕の顔色を伺っては再び奏さんの背中に隠れるを繰り返しています。

 

 んー……誰これ?

 

 いや、うん。見間違うはずが無いくらい僕の記憶の中の風鳴翼と姿は一致していますよ。本人だから当たり前なんですがね。でもね、でもね。

 

(しおらしすぎじゃありませんかねぇ???)

 

 こう、小動物みたいに僕を怖がって奏さんの背中に隠れながら服の袖をギュッと握って……え、何この娘可愛いすぎじゃありません?狙ってやっているのなら天性の小悪魔ですが、そうじゃなくても庇護欲というか、昔のマリアちゃんたちとは別で守ってあげたくなるんですけど。これがあの悪即斬みたいな防人になるんですか?そんなぁ……。

 

「んん。風鳴、ですか」

「ああ。俺の姪だ。少し人見知りなところがあるが……悪い娘では無いんだ。気分を害してしまったのなら申し訳ない」

「いえいえ。知らない人間がいきなり現れたんですからビックリするのも仕方ありませんよ。お気になさらずに」

「何から何まですまない」

 

 弦十郎さんが軽く頭を下げてきますが特に謝られる事をされた感じはしませんねぇ。むしろ貴重な翼さんの昔を見れた気分で役得ですよ。初めてマリアちゃんたちに会った時以来ですね。久しぶりに転生者である事に感謝したのは。もう八割くらい前世の事忘れていますけど。

 

 しかし……弦十郎にとって翼さんが本当は姪じゃなくて妹なのは知っていますがやはり歳の差があって兄妹には見えませんね。見た目だけなら親戚か親子がしっくり来ますよ。

 そう考えたらあのGEDOUはお盛んですね。お国のためとか言っておきながらやる事やってますし。褒められたやり方じゃ無いですけどね。マリアちゃんたちの目に入る前にネフィリムの餌にしてやろうか。ビッキーの腕の代わりにモグモグされてしまえば良いのに。でも何故か生身なのにネフィリムがヤバイ方向に進化しそうで怖いですね。

 

「この二人が我々が保有するシンフォギアの装者だ」

「おや、それは機密なのでは?」

「これから共に仕事をする間柄だ。それにそちらも知らない訳ではあるまい」

「まぁ、それはそうですよね」

 

 もっと言うと個人的には翼さんが装者になる前から知っていますが、それは今言う必要性はないですね。

 それにしてもやはり弦十郎さんはお人好しですね。僕たちが秘匿している装者の事を知っているという事は各国に提示されているシンフォギアの情報以上の事とニ課についても僕たちがある程度把握していると分かっているはず。合法か非合法かも恐らく分かっていないのにこんなにも信用してくれるとは……フィーネ補正高くありませんかねぇ?

 

「よろしくお願いしますね。天羽さん。風鳴さん」

「よ、よろしくお願いします……」

「任せとけ。って言ってもアタシらは全力で歌うだけだけどな」

 

 自身満々な割には適当ですね。まぁ、奏さんは決して頭が悪い訳ではありませんがどちらかと言うと身体を動かすタイプなので元からそこまで期待はしていませんがね。

 それと翼さん?会って間もないというのは分かっていますがもう少し警戒を解いてくれませんかね?マリアちゃんたちのおかげで小さな子供に嫌われる耐性はついていますが貴女くらいの女性に避けられるのは個人的に色々キツイんですよ。こう見えてメンタルは豆腐並みなんですから……。

 

「さ〜てと。こんな所で長々と話をしている時間は無いわ。一週間なんて長いようで短いんだから早くしないと予定に間に合わないわよ?」

「むっ。そうだな。ウェル博士も後程詳しい実験の内容や予定の打ち合わせをしたいのだが」

「はい。先に建物の構造や機材のある場所を回ってからお伺いしますね」

 

 オメーが元凶だろうが。とツッコミたくなりますがそこはグッと抑えて僕も頷きます。フィーネの近くにいるとボロが出ないようにと神経を使うので中々疲れが溜まります。でもそれを我慢しないと殺されるかもしれないのですよね。ストレスが溜まる一方ですよ。なのでお願いですから弦十郎さん、腰の入った全力の正拳突きをフィーネの顔面に叩き込んでください(切実)。

 

 それから話を一旦切り上げた僕たちは実験場となるライブ会場の裏でノイズに有効打を与えられるかもしれないネフシュタンの鎧の覚醒のための実験に、持てる知識を全て使うつもりで挑む準備を進めていきます。

 ウェル博士に引っ張られているのもあって聖遺物の起動実験となるとワクワクとした感情が浮き上がってきます。どうなるのか分かっていてもこのドキドキ感は抑えられませんね。

 

 ツヴァイウィングのお二人の歌もリハーサルの状態でモニター越しにですが聴かせてもらいましたが、やはり生で聞くと迫力が違いますね。世界で人気になるというのも納得の出来る歌でしたよ。僕の場合別の感動がありましたけどね。

 それにリハーサルの時点でもネフシュタンの鎧が覚醒には至らないくらいに微弱ではありますが反応しています。本番で全力で歌う二人と観客たちの熱気が合わさったら覚醒するレベルまでフォニックゲインが上昇するのも分かります。

 

 フィーネは目立った行動や何か工作をした形跡はありませんが、ライブの日にあの大事件が起こるのはほぼ確定ですので油断なりません。説得出来れば良いのですが説得できる可能性があまりにも低すぎますし、説得出来る材料も全く足りません。

 なにより、この時点のフィーネに僕がこの後の展開を知っていると知られると何をされるか分かりません。殺される可能性も十分ありますがフィーネなら洗脳して自分の命令に思うがままの人形にする可能性もあるので下手に行動できないのが悔しい。

 

 こうして、僕はフィーネを警戒しながら機材のチェックや当日の予定を話し合い、そしてどうやって奏さんにリンカーを投与させるか必死に考えながらこの一週間を日本で暮しました。

 

 そして、物語の始まりの日がやって来る。

 




翼さんをちょっと乙女というかか弱くしすぎて防人さんと比べると風邪引きそうなくらいの差が……


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二十四話 肝心な時に運が悪いにもほどがありますよねぇ!?

原作に第一話に突入!果たしてウェル(オリ)は奏さんを救うことが出来るのか!


 日本にやって来て一週間が経ちました。

 

 いやぁ、最初は国が違うしお偉い方たちは延々と互いの腹の探り合いをしてそうで想像しただけで吐きそうでしたよ。しかもその中にGEDOUも混じっていると考えるともうどうにでもなれって思いそうでした。下手をすればアダム辺りも一枚噛んでそうですし。

 でも蓋を開けてみれば向こうも僕たちに対して友好的ですし、予想以上に打ち解けあってしまいましたよ。噂によれば少し良い関係になった人もいるようですし。あくまで僕たちは、ですがね。

 とまぁ順調にライブ当日までの間に機材や当日の日程などを詰め込み、万全とも言える体制でその日を迎えました。

 結局奏さんにリンカーを渡す良い口実は思いつきませんでしたがね!

 

(直接渡す事は出来ないでしょうが、その場の雰囲気でなんとかなりますかねぇ……)

 

 もうあと数分でライブが始まってしまう時間まで迫って来ていますが、いまだにまともにここから離れる言い訳すら思いついておりません。

 一応考えたのは、ライブが始まってから僕がネフシュタンの鎧の起動実験している場所から離れて、最初の一曲が終わる前にスタッフ専用の通路を経由してステージの裏手にスタンバイし、ノイズが出始めたら即奏さんに持ってきたリンカーを渡す。という流れです。その際に何故リンカーを持っているのか質問されるでしょうがその場の雰囲気で誤魔化すしかありませんね。頑張れその時の僕。

 とにかく、不確定要素が多い今は最低限の対策をして後は成り行きに任せるしか方法がありません。僕が無理をしてなんとか出来るのなら良いんですがさすがにノイズかフィーネに当たると完全に役立たずですからね。無理してどうにかなる問題かどうかも分かりません。

 

 ネフィリムの時もそうですが、ウェル博士ってネフィリムの細胞取り込まないと戦闘面で役に立ちませんねぇ。まぁ、頭脳以外は一般人ですし。むしろまともに運動もしていないので一般人の平均より体力もありませんし。ギアを纏っていないクリスちゃんと良い勝負かもしれませんねぇ。

 

「何か考え事ですかな、ウェル博士」

 

 ネフシュタンが映し出された大きなモニターがある、実験室から離れたF.I.S.の研究員とニ課所属の研究員の方々が合同で様々な機械を操作している部屋で司令椅子、になるんですかね?の前で立っている弦十郎さんが隣にいる僕に話しかけてきます。椅子の意味無いですよね?

 

「いえ。まだ確定ではありませんが完全聖遺物の起動する瞬間に立ち会える事に感動していたんですよ」

「その割には心ここに在らず、と言った具合だったが?」

 

 意外と鋭いですねこの人。ポーカーフェイスのつもりでいたんですが……あれ、僕って意外と顔に出やすいのですかね?

 ですがこれはチャンスです。

 

「いえですね。実は僕もツヴァイウィングのファンでしてね。時間があれば彼女たちの歌をモニター越しではなく生で聴けるかもしれないと思っていたんですが……」

 

 自分で言っておいて途中で気づきました。この言い訳ダメじゃないですか。

 仮にも僕は派遣されて来た今回の研究員のメンバー、しかもメンバーのリーダーです。トイレで数分離れる事は許されても皆を放っておいて自分だけツヴァイウィングの生歌を聴きに行こうなんて出来るはずがありません。

 それによく考えたらここで離れたら凄く怪しくないですか?別に敵対している訳ではありませんが、ここで僕が席を外したらスパイ工作とかされているように見えなくもありません。緒川さん辺りに尾行されたら気付く自信は存在していませんよ。

 

「ふむ。ならスタッフの通路を使えばステージの裏手に着くぞ」

 

 完全にチャンスを棒に振ってしまい、焦る僕でしたが他ならぬ弦十郎さんが何でもないかのように観に行っても良いと遠回しに許可が出ました。……なんで?

 

「えっと……良いのですか?」

「良いも何も貴方は了子君が信用して連れてきた人だ。信用している部下が信用する人間なら、俺も信用するさ」

(フィーネの補正半端ないな!?)

 

 いや、実際は了子さんの補正ですか。そうだとしても了子さん経由で知り合った赤の他人である僕をそこまで信用しますかね?スパイ工作とかする危険性とか全く考えていませんよ、彼。まぁ、物理的に勝てる要素はありませんけど。

 

「そ、それに!僕も部下を置いて離れるわけには……」

「あ、それには心配及びませんよー」

「今回は日本の方々が協力してくださっているので案外仕事はありませんし」

「ドクターがいなくても問題ありません」

「むしろたまには仕事を忘れて楽しんで来てください」

 

 離れなければならないのに、予想外の弦十郎さんの反応に思わずここに残ろうとする僕でしたが、チームのメンバーたちがこれまた予想外の援護射撃をして来てくれます。ちょっと優秀過ぎやしませんかね?

 

 確かに、皆が言うように今回は日本側主体の起動実験なので僕たちはあくまでサポート。基本的には全てニ課の方々がやってくれますので僕たちの仕事はあまりありません。そんな中でチームのリーダーである僕は一応現場監督的な立ち位置ですが、僕の教育の賜物か弦十郎さんの指示でもみんな素直に聞いているので僕の出番はほとんどありません。

 それにここの避難経路の把握も済んでいるので心配もありません。爆発による崩落の危険性は残っていますが、みんなその時の避難訓練も行っているのであとは彼らの判断のみです。

 ……これ、僕必要でした?

 

「良い部下を持っているではないですか。ウェル博士」

「優秀過ぎて困ったものですよ」

 

 前世が多分ブラックな会社で働いていたはずなのでみんなの気持ちが眩し過ぎますよ。眩し過ぎて本当に行って良いのか迷ってしまいます。ほとんど前世の事を忘れても刻み込まれた社畜根性は中々消えていないんですかね?

 ですがここを離れられる最後のチャンス。時間的にもこれを逃せば絶対に間に合いませんよ。

 

「ここまで言われて時間を取らないのは逆に失礼になりますよ」

「……そうですね。お言葉に甘えますかね。何かあれば連絡を下さい。すぐに駆けつけますので」

「ええ。楽しんで来て下さい」

「ありがとうございます」

 

 男らしい余裕を持った笑みの弦十郎さんに一度お辞儀をしてから部屋を出て急ぎ足で移動します。弦十郎さんは生き残るのは確定として、あの爆発で死人がでない事を祈るばかりです。

 

「……さて、確かこの通路を真っ直ぐ行って左でしたね」

 

 ステージ裏へ続くスタッフ専用通路の場所はちゃんと記憶しています。しかも幸いな事に現在地からさほど遠くありませんしライブが始まる時間もまだ余裕がありますが、アクシデントを考えて余裕を持って行動しませんとね。

 

 ライブ開始までもう五分を切りました。

 時間はギリギリになりそうですが懐にはちゃんと奏さん専用に調整したリンカーもありますし、スタッフ専用の通路を通ればこの速度だと一分ほどでステージ裏にたどり着けるのでまだ余裕はあります。

 

(最良はアニメ無視ですが奏さんがシンフォギアを纏う前に。最低でも奏さんが絶唱を使う前かビッキーの体内にガングニールの欠片が埋め込まれた瞬間にリンカーを渡すのがベストですね)

 

 本当の最高はビッキーの体内にガングニールの欠片が埋め込まれて、そして奏さんが絶唱を使う寸前くらいにリンカーを渡せばアニメの流れを大きく変えずに進める事は出来ますが、その場合万を超える人間が死にますし、何よりあんなノイズだらけの中を上手く回避して近づく自信がありません。どう考えても格好の的ですよ。ボーナスパネルどころか一ポイントになるか分からないくらいのハズレのパネルレベルで僕は弱いので生き残れる自信はこれっぽっちもありませんよ。

 ですがここまで来たのならもう後戻り出来ません。成り行きに任せるしか無いとはいえ、惰性でやるつもりは全くありません。僕がそんな人間ならセレナちゃんも生きてはいないはずですから、ね。

 

「確か次の別れ道を左……なっ!!??」

 

 記憶にある地図を頼りに進み、あとは目の前の別れ道を左に入ればステージ裏にたどり着く通路に入る予定でしたし、弦十郎さんからもその道を使えば良いと言われたのだ何の問題も無いと思っていました。思っていたんですよ。

 

「通行禁止!!??」

 

 デカデカと「通行禁止!」と書かれた紙が貼ってある囲いと警備員が無ければ。

 

「す、すみません!」

「?何でございましょうか?」

「ここを通る事は出来ませんでしょうか!?」

「ごめんなさい。通すなと言われているので残念ながら」

 

 警備員は申し訳なさそうに顔を下げてきますが、目は断固としてここを通すつもりはないと言う目でした。

 おかしい。他ならぬ弦十郎さんがここを通れば良いと言ったのです。それなのに通行禁止になっているのはタイミング的にも明らかにおかしすぎます。

 

「……ちなみに誰に言われたんですか?」

「ああ。櫻井了子さんですよ」

(あの女の仕業かあああぁぁぁ!!!)

 

 最悪な事にステージ裏への一番の近道はフィーネの手によって塞がれていました。

 僕のやろうとしている事をフィーネは知らないはず。仮に知っていたのならもっと早い段階で僕を殺すチャンスはいくらでもあったのにここでアクションを起こすのは少し違和感があります。

 

(…………そうか!ここに爆弾が!)

 

 フィーネがいつ設置したかは分かりませんが通行禁止のエリアの何処かに、ツヴァイウィングが最初の一曲を歌い切った後に起きた爆発の原因の爆弾がここにある可能性が高いです。爆発の威力は分かりませんが、頭の中の地図的にもこの場所付近ならネフシュタンの鎧の起動実験が行われている部屋に近いです。

 

(解除出来ればこれから起こる惨劇を事前に止められるかもしれない。でも)

 

 解除出来たのならばフィーネの計画は大きく狂い、奏さんだけでなく沢山の命を救う事が出来るでしょう。

 ですが残念ながら僕には爆弾を解体する知識はありません。漫画のように赤と青の線のどちらかで、という爆弾の可能性もありますがそんな簡単なものじゃないかもしれません。解除出来ないほど難しい物なら完全に無駄足だし、そもそもここを通る事が出来ない。無理矢理通ったらスパイ判定をもらってしまいますし、何より爆弾がある場所へ行った僕がフィーネに怪しまれてしまいます。

 会場の方もまだ歌は聞こえて来ませんが盛り上がっているのか歓声が聞こえて来ます。時間ももうあまりありません。迷っている暇も無いです。

 

「ッすみませんでした!それでは!」

 

 警備員にそれだけ言い残して僕は急いで一般通路の方に向かって走り、会場に向かいます。今いる階層からは二階席に通じていたはずですが、今から一階席に向かっては間に合いません。こうなったら観客席から奏さんに向かってコントロール皆無の僕の投球センスに任せてリンカーを投げ渡すしか方法がない。ノイズが現れたらそれこそ直接渡す事は不可能だ。

 

(ああくそう!爆発による崩落は頭にあったのに何処に爆弾を設置するのか考えてなかった!油断していないつもりが完全に油断しているではありませんか!)

 

 今更言ってもどうにもならない事ですが自分の不甲斐なさに怒りを覚えます。これじゃぁアニメの知識があっても意味がない。宝の持ち腐れとはこの事ですよ。

 

「ッまずい、ライブが始まったっ!」

 

 まだ通路の途中ですが観客の地面が揺れていると勘違いしてしまうような盛大な合いの手が響いて来ます。それは悲劇へのカウントダウンが始まった事を意味しています。

 

 もっと走りこんでいればよかったと思うくらい、口の中が鉄の味がするくらいに全力で走り、やっと会場の入り口が見えて来ます。焦り過ぎて今自分がどの場所にいるか分かりませんが、早くどうにかして奏さんの元へ行かねばなりません。

 

 ですが、こう言う時に限って嫌な事は重なるものなんですよ。

 やっとの事で会場へ入った僕でしたが、その場所は奏さんと翼さんのいるステージの対角、そして二階席の出入り口でした。つまり。

 

「よりにもよって一番遠い場所ですか!?」

 

 見晴らし的にはとても良いでしょう。かなり遠いですが奏さんと翼さんの歌と踊りを正面から見られるのですからね。でも、今の僕には最悪なほどのハズレを引いた気分ですよ。しかも観客用の移動通路もテンションの上がった人たちで埋め尽くされています。これを掻き分けて進むのは至難の業ですよ。おまけに一曲目のサビに入るところですし!

 でも、ここで僕だけが逃げるわけにはいきません!

 

「すみません!ちょっとどいてもらえませんか!」

 

 至難の業と言っていながら僕は人を掻き分けて少しでも奏さんたちの近くに寄ろうと必死でもがきます。凄く迷惑な目であちこちから見られていますが、今はそんな視線を気にしている場合ではありません。

 

 まずい。ドームが割れて夕陽を背にした奏さんと翼さんが一曲目のラストスパートに入りました。

 焦る僕は必死になって人混みを掻き分けて進み続けますがあまりにもゴールが遠過ぎて最初の位置からドーム半周の四分の一も進まずに曲が終わってしまいます。それは惨劇の始まりを意味していました。

 

「ダメだ、間に合わない!みなさん!早く逃げ──」

 

 ダメ元で周囲に退避するように呼びかけようとしますが、最後まで言い切る前に会場の一階席の一画で大きな爆発が起きます。その付近にいた観客は残念ながら助かる見込みは……。

 

 爆煙が濛々と立ち上がり、爆発した地点を中心に舞い上がった砂煙で視界を悪くします。観客たちも何が起こったのか分からずに静かになりました。それに不自然に()が空を舞っています。

 僕には分かりますよ。分かっているからこそネフィリムの時にも感じた、自分の命の危険が迫っているというのを知らせるように強い悪寒を感じるんですよ……っ!

 

「ノイズだあああぁぁぁ!!!」

 

 誰かの悲鳴を合図に、地獄のような惨劇の幕が上がってしまった。




フィーネが通行禁止にしたのは偶然です。ほんと運が悪いよねえええぇぇぇ!!!


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二十五話 運命は変わらな……えぇ……

前半ウェル(オリ)目線。後半奏さん目線でお送りします。


「ノイズだあああぁぁぁ!!!」

 

 誰かの叫びを合図に爆煙の中から沢山のカラフルでポップな見た目の悪魔が次々と現れます。

 見た目はふざけているんですよ。ギャグアニメとかに出て来そうなギャグ要員のような見た目でパッと見ただけでは恐怖を覚えるようには全く見えません。人によっては可愛く見えるのも納得ですよ。ゲームでのイベントで面白おかしくピックアップされるのも頷けますね。

 

 ですがそんな見た目に反してその能力は恐ろしいの一言なのも事実。

 自分も灰になる代わりに組みついた相手も灰にするというなんとはた迷惑な能力でしょうか。しかも現代兵器ではノイズという種が固有で持つ特殊な能力によって太刀打ち出来ずほぼ効果なし。作中最強格の弦十郎さんですら人間なため直接触れたらOUTなのでお手上げな、シンフォギア無しでは太刀打ちできないチートな雑魚敵。それがノイズです。チートな雑魚敵ってなんなんでしょうね?

 

「って!そんな冷静に分析する暇ありませんでした!」

 

 事前に知っていた事のはずなんですが、ネフィリムの事件を経験してもやはり何処かでこの世界を現実と見ていなかったんでしょうね。何故か分かりませんが楽観視していた僕がいるのは認めます。

 ですが眼下で次々とノイズに組みつかれて灰になっていく人たちを見てやっと今が現実なんだと、僕はシンフォギアの世界に来たんだと理解させられます。

 しかし、今は僕の事なんて些細な事。今はやるべき事をしなくては!

 

 我先にと出入り口の方に避難する人混みに飲み込まれそうになりながらも必死で抗って奏さんたちがいたステージの場所に向かいます。ですがいかんせん遠すぎます。その間にも次々と観客がノイズに組みつかれて灰に変わっていく姿が視界の端に写り続けています。

 二階席はまだ被害は少ないですが、一階席はほとんど全滅です。飛行型のノイズにいたっては既に二階席の観客に狙いを定め始めていますよ。

 

 そうこうしていると一階席の中心に急に空から無数の槍の雨が降り注いでノイズを屠ってしまいました。その直後、今度は大きな横向きの竜巻が発生して小型のノイズを飲み込み、巨大な四足歩行のノイズの一体を空に持ち上げながら貫いて灰へと還しました。

 

「奏さんがシンフォギアを纏いましたかッ。という事はもう時間が!」

 

 アニメが端折っていたのか、それともあの放送時間のままの戦闘時間なのかは判断できませんが奏さんの戦闘が始まった以上タイムリミットはあと僅かです。

 人の波が途切れてやっと走れるようになりましたが、その頃には二階席にも小型のノイズが侵攻し始めて今僕がいる辺りも安全では無くなっています。油断すれば僕もそこら辺に落ちているかつて人間だった灰たちの仲間入りですよ。

 まだ奏さんと翼さんは奮闘していますが、翼さんはともかく奏さんはまもなくリンカーが切れてしまい、まともに戦えなくなってしまいます。そうなったらアニメ通りの流れになって本当に最後です。いえ、僕が気づいてないだけで既にリンカーは切れているかもしれません。

 

「ッあれは!」

 

 二階席の一部が戦闘に耐えきれずに一階まで崩れ落ちていきます。そしてその落ちていく瓦礫の中に混じってこの世界に来てからは初めてですが前世ではよく知っている、シンフォギアの世界の我らがヒーローであり、しかし現段階ではただの一人の無力な少女、立花響の姿がありました。

 このシーンはよく覚えています。そしてこの後起こる出来事も。

 

 予想通りビッキーの元に獲物を見つけた獣のようにノイズが集まっていきますが、その間に奏さんが割り込んで襲いかかるノイズを薙ぎ払ってなんとか防ぎました。

 

(まずい、まだここからじゃ遠い!)

 

 やはり気付かないうちにリンカーは切れていたのでしょう。動きも反応も悪くなって防戦一方になっている奏さんがガングニールのアームドギアである大槍を振り回してノイズの特攻と大型ノイズの謎の液体のような攻撃を防いでいます。タイミング的におそらく奏さんが絶唱を使うまであと数十秒といったところですか。

 一瞬経った後、遠くからでも分かるくらいの鮮血が宙に舞うのが見えました。回避出来るならしたかったのですが、やはり運命は変えられないのかビッキーの胸に砕けた奏さんのガングニールの破片が埋め込まれてしまったようです。

 

 そして、とうとうあの瞬間が来てしまいました。

 

 やっとハッキリと奏さんの姿が見えるくらいの距離に近づけましたが、そこには血溜まりの中瓦礫にもたれ掛かるビッキーの姿が見えます。アニメ通りならあの状態からまだ生きているはずなのでまだそこまで心配はないですが、問題は奏さんです。

 奏さんの纏うギアはボロボロで装甲のあちこちが砕けていて、装甲やギアインナーの色もかなり色褪せて本来の力を出せていないのが一眼でわかります。

 

「それを歌ってはダメです!」

 

 僕はノイズに見つかると分かっていてもビッキーを置いてノイズの方向に身体を向け、アームドギアを天に向かって掲げる奏さんに大声で絶唱を歌わないように叫びますがさすがに距離があって届きません。僕に野球選手並みの投球能力があればリンカーを投げ渡せるかもしれませんが、残念ながらそんな能力はありません。

 

 結局この惨劇を止める事は出来ず、歌い始めたらきっと止めることの出来ない絶唱を奏さんが歌うだろうと思った僕は無力な自分に殺意に近いくらいの怒りを向けますが、それでも奏さんの勇姿をこの目に刻もうとその後ろ姿を見つめた。その時でした。

 

「──え?」

 

 ────────────────────

 

 あたしがシンフォギアの装者になるのを決めたのは、家族がノイズに殺されたからだった。

 母さんも父さんも、あたしを守るために身体を張って助けてくれたけど、ノイズはそんなのお構い無しにあたしの家族を何も残さない灰に変えやがった。

 

 憎かった。

 怒りなんて言葉ですら安っぽく感じるくらい、あたしはアイツらを憎んだ。

 この身体がバラバラに砕け散ってでも、アイツらを倒せる力が手に入るのならどんな辛い事でも乗り越えてやると誓ったさ。それくらい、あの頃のあたしは荒れていた。

 

 そんなあたしを救ってくれたのが、弦十郎のダンナや翼、ニ課の人たちだ。

 命令無視はするは、自分の身体の調子よりもシンフォギアの訓練を優先して何度も身体を壊した事もあった。その度に翼が見舞いに来てくれた事は今では良い思い出だ。

 でも、きっとあたしを一番救ってくれていたのは、あたしの歌を聴いてお礼を言ってくれるファンたちの存在だ。

 ノイズ共をぶっ飛ばせられる道具にしか思ってなかったあたしの歌を聴いて生きるのを諦めなかった人たちがあたしの思う以上に沢山いて、そしてそんな人たちに支えられているんだと気づいた時あたしの見ていた世界が変わった。

 

 勿論今でもノイズに対する怒りや殺意みたいな感情はあるさ。でもそれと同じくらいあたしの、あたしと翼の歌を世界中に広めたいっていう夢も出来た。あたしたちの歌で沢山の命を救ってやるってそう思ったんだ。

 今回のライブはノイズに対抗出来るかもしれない聖遺物の起動を兼ね備えたライブだったけどさ、正直あたしはそんな事よりも翼と一緒に歌いたいって思った。あたしたちの歌をみんなに聞かせてやりたかったんだ。

 

 でも結局は奴らに邪魔されてライブは地獄絵図だ。

 あたしたちを見に来てくれたファンが無惨に灰になっていく。そんな姿をただ見ているだけなんて出来るはずがない。だから血反吐を吐いて手に入れたこのガングニールで守るために槍を振るったさ。

 でも聖遺物の起動の為に出来るだけ不確定要素は取り除くっていう了子さんの提案で事前にリンカーを使ってなかったのが仇になっちまったかな。早々にリンカーが切れてどんどんギアの出力が落ちていっているのが自分でよく分かる。

 それでもなんとか観客の避難の為に戦ったけど、会場の崩落に巻き込まれた女の子を助ける為にノイズを相手に踏ん張った結果、耐え切れなかったギアの破片が女の子の身体に刺さっちまう事態になってしまった。

 

「おい死ぬな!目を開けてくれ!生きるのを諦めるな!!!」

「……あ、う……」

 

 まだ血は流れている女の子は空ろな目だけどあたしを見る。かなりの重症のはずなのに、あたしは女の子が生きてくれていた事に感謝した。

 本当は急いで病院か悪くても簡単でいいから治療はしてやりたい。怪我の具合から見ても命に関わるレベルの怪我だ。でもそれを許してくれるほど奴らは甘くも無い。

 結構な数を減らしたと思っていたのに、まだノイズは残っている。あたしと違って時間制限がない翼でもこの数を一人で相手にするのは不可能だ。それくらい分かる。

 

「……いつか、心と身体、全部空っぽにして、思いっきり歌いたかったんだよな」

 

 だから、あたしは残されたたった一つの方法を使う。

 

「今日はこんなに沢山の連中が聞いてくれるんだ。だからあたしも出し惜しみ無しで行く。とっておきの……絶唱を」

 

 絶唱。歌で上がったギアのエネルギー全部を一気に放出してノイズを薙ぎ払う技。

 了子さんの推測だと、放出する時のエネルギーは莫大でノイズを一掃出来るらしい。でもその際にかかる身体の負担は測り知れないみたいで、天羽々斬のシンフォギアの適合者の翼でも命に関わるレベルらしい。ならリンカーで無理矢理装者になったあたしへの負担はそれ以上。加えてリンカーがほぼ切れた今の状態で歌えば……。

 

(翼、旦那、了子さん、ニ課のみんな。今までありがとう。後は、任せた)

 

 いつも隣にいてくれた翼に、厳しくても決して見捨てなかった弦十郎の旦那に、無茶振りは多かったけど面白かった了子さんに、こんなあたしを支えてくれたみんなに、あたしのせいで怪我した女の子に明日を託してこの命を燃やす。

 やり残した事ややりたい事はまだまだ沢山ある。でもきっと両翼揃ってツヴァイウィングである、あたしの最強の好敵手(ライバル)で最高の相棒(パートナー)の翼ならそんな願いも叶えてくれると信じて未来を託せる。

 

 あたしは決死の覚悟で目の前に迫り来るノイズに向かって最後の歌を歌おうとした。その時だった。

 

「──なっ!?」

 

 絶唱を歌おうと口を開いた瞬間、目の前のノイズの大群に向かっていきなり白いナイフが雨のように飛来して次々とノイズ共を貫いたんだ。

 デッカい奴も倒せてるところからあたしや翼も似たような技はあるけど、ここまでの広範囲と威力は無い。

 

「何が起こって……っ!?」

 

 いきなりの事で油断したあたしに向かって空から生き残っていた飛んでるノイズが急降下しながら襲いかかってくるのが見えたけど、リンカーの切れた今の身体では迎撃するほどの力が残っていない。

 正直もう槍を持っているのすら結構キツいのを我慢して槍を盾代わりにしてガードしようと構えた瞬間、今度はあたしの背後から人影がいきなり飛び出した。

 

「やぁ!!!」

 

 可愛い掛け声と共に鋭い一閃が急降下してきたノイズを一刀両断。そのまま綺麗に地面に着地。ただそれだけなのにかなりの練度だとあたしでも分かる。

 着地したその人影は、背中にデッカい花みたいなのをつけた白銀の装甲を纏った女だ。だけどあたしには分かる。あの白銀の装甲はガングニールと同じシンフォギアだ。確証は無いけど、何故か分かる。加えておそらくあたしや翼よりも……強い。

 

「とう!」

「ん」

「はぁ!」

 

 いきなりの展開に呆然としていたあたしは翼のいる場所とは別の場所で声が聞こえてそっちを向けば、多分目の前の女の仲間なのか緑ででっけぇ鎌を持った奴とピンクでツインテールみたいな装甲から鋸みたいなのを飛ばしてる奴がノイズと戦っていた。そして。

 

(あれは……ガングニール!?)

 

 あたしのより黒の面積は広いけどあの槍状アームドギアはあたしのガングニールのアームドギアとそっくりだ。そいつも次々とノイズを薙ぎ払ってる。しかもあたしより扱いが上手い。

 

「お、お前たちは何者だ!?」

 

 ノイズと戦ってるから味方なんだとは思うけど、ダンナや了子さんからはこのガングニールと天羽々斬以外のシンフォギアがあるなんて聞いてない。だから最大限に警戒しての質問だった。

 

 白銀のシンフォギアを纏った女がゆっくりと立ち上がって振り返る。どんな顔なのか覚えようと睨むように見つめていたあたしの目に映ったのは──。

 

 

「の、ノイズは絶対許さない!し、シンフォギアシルバー!」

「同じく!シンフォギアグリーンデス!」

「きりちゃ……グリーンと同じくシンフォギアピンク」

「シンフォギアオレンジよ!……オレンジって微妙じゃないかしら?」

 

 何故か四人とも今回のライブで特別に子供用に作られた、お祭りの出店で売り出されてるようなデフォルメされたあたしの顔の仮面を被っていた

 

 ……あたしはなんて言えばいいんだ?




白銀の短剣を使う女戦士シンフォギアシルバーの正体とは!

大きな鎌を振り回し、語尾に謎の「デス」をつけるシンフォギアグリーンの目的とは!

ツインテールのようなアームドギアを駆使するシンフォギアピンクの強さは!

奏さんと同じような大槍を使う、他の三人よりも大人びているシンフォギアオレンジは敵か味方か!

そして奏さんの運命は!

次回を乞うご期待!

ちなみに現在ウェル(オリ)博士はすっっっごいジト目で四人を見つめております。


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外話 ライブ開始前

みなさん。データ上の仕事やレポートは小まめな保存を心がけましょうぞ。(1から保存せずに完成したのを保存せずに閉じたため全て消えてモチベが消失してしまった……なんで機能してないんだ自動保存君……)

本当は普通に続きを載せるつもりでしたがモチベ回復のために間話を一つ、と言った感じです。続きはキチンと描きますのでしばしお待ちを_(:3 」∠)_


 ──ライブ開始一時間前

 

「わぁ!人がいっぱいデスよ!調!」

「うん。でも落ち着いてね切ちゃん」

「はいデス!」

 

 切歌ちゃんが沢山の人の注目になるのも構わずに大きな声で嬉しそうにおしゃべりするのを調ちゃんが止めますが、それでも切歌ちゃんは大きな声で返事をします。周りの目が集まって少し恥ずかしいです……。

 

 今私たちはF.I.S.の中でも有名になってる、ツヴァイウィングと呼ばれている日本のボーカルユニットの方たちのライブに来ています。理由はなんの実験かは分かりませんが、このライブ会場の何処かにいるドクターに会うためです。

 一週間前に私とマリア姉さん、切歌ちゃんと調ちゃんは日本にお仕事をしに行くドクターを泣く泣く見送りましたが、ドクターが出発してから四日後にマムが私たちも日本に行ける許可を貰って来てくれたんです!

 いつもお世話になってる局長さんがとても疲れた様子だったのでかなり無理をしてくれたのは分かりましたが、折角ドクターの元に行けるのだからありがたく貰っておこうと姉さんと相談して日本に行く決意をしました。

 日本へは私たち装者四人と付き添いでマムが来てくれました。しかも移動用に開発部でしたか、の人たちが試作型の自動で動いてくれる車椅子も用意してくれていたのでマムもそれほどストレス無く移動出来て私たちも嬉しかったです。

 

 そして私たちはその日中に急いで用意し、昨日の夕方頃に日本へ到着して局長さんが用意してくれたホテルで一泊してから、ドクターがいるというライブ会場に来た、というのが現状です。

 

「ほら、二人とも。ライブが終わるまで大人しくしてなさい!」

「はーい!でも、ドクターって何処にいるんデスかね?」

「早く会いたいね切ちゃん」

「そうねぇ……多分関係者として呼ばれているからここにはいないんじゃないかしら?」

「私たちは一般人としてここにいますからライブが終わるまでは難しいと思いますよ」

「「えー」」

 

 ふふ。切歌ちゃんと調ちゃんが二人揃って残念そうに肩を落としています。ドクターじゃありませんけど頭を撫でてあげたくなりますね。姉さんもあのネコミミみたいな髪の部分が心なしか垂れ下がっているように見えます……どうやって動いているんでしょうか?妹の私にも分かりません。

 

「ほら。四人ともそこに固まっていては迷惑ですよ」

「「「「はーい」」」」

 

 少し遅れてマムが周囲の目線が集まるのを気にせずに自動で動いてくれる車椅子に乗って近づいてきます。

 自動で動く車椅子自体は存在しますがマムの乗る物はF.I.S.の人たちが作った最新式のものだから音も小さいし、何より本当は浮いているんじゃないかって思うくらい揺れずに移動出来るみたいだから珍しいんだと思います。

 

「でもまだ少し時間があるね」

「あ!ならさっきのお店に行ってみるデス!」

「さっきの……確かツヴァイウィングだったかしら。そのグッズを売っていた所かしら」

「はいデス!初めて見るものもあったから見に行きたいデス!」

 

 もし尻尾があれば千切れるくらい振っていそうなくらい目をキラキラさせて上目遣いでマリア姉さんをジッと見つめています。姉さんも切歌ちゃんの目を見て後退りしてしまっていますよ。ドクターだったら迷う事無く連れて行っているのが目に見えてしまいます。あの人は切歌ちゃんに、いえ、私たちに弱いですから。

 

「連れて行ってあげなさい。調とセレナも一緒に」

「え。でもマムを一人にするわけには……」

「私の事は構わなくても良いです。その代わりキチンと見ててあげるのですよ」

「……分かったわ。みんな、行きましょうか」

「やったデス!」

「あ、待って切ちゃん!」

 

 切歌ちゃんったら、マムに言われたばかりなのにはしゃいで一人で走って行ってしまいました。調ちゃんも切歌ちゃんの後を追って行ってしまいます。人混みが大きいので姿がすぐ見えなくなってしまい困ってしまいました。

 

「……どうしましょうか姉さん。取り敢えずさっきのお店に……」

 

 どうしようかなって迷って隣にいた姉さんの顔を見て、私は言葉を失ってしまいました。

 姉さんとマムは笑顔で切歌ちゃんたちが消えて行った方角を見たまま固まっているのですが、目が笑っていません。マムに至っては何故か笑顔のまま首を回してコキコキと鳴らしていて怖いです……。

 

「……マリア。頼みましたよ」

「分かったわ。マム」

「えっと、お手柔らかにしてあげてくださいね?」

 

 二人が心配になって姉さんにそう言いましたが、姉さんは黙って静かに笑みを浮かべるだけで何も言いません。それが余計に怖く見えて私も何も言えませんでした……。

 

 それから、私と姉さんはマムを取り敢えず人混みから少し離れた場所へ連れて行ってから切歌ちゃんと調ちゃんを探しに行きます。とは言っても、人が多いですが切歌ちゃんが言っていたお店の場所は分かっているのでそう時間は掛かりません。その場所を移動していなければですが。

 

「まったく、切歌ったら本当に……」

「落ち着いて姉さん。調ちゃんも一緒だから大丈夫だよ」

「でもあの子はあの子で切歌には甘いのよね……」

「あぁ……」

 

 そういえば調ちゃんはいつも私や姉さんのお手伝いとか率先して手伝ってくれる真面目な子なんですが、切歌ちゃんの事になるとドクターみたいになんでも許してしまうんですよね。たまに暴走した切歌ちゃんを止めるどころか感化されて一緒に暴走してしまう事もあるので困ります。

 

「ねぇいいじゃないか。俺たちと一緒に行こうぜ?」

「あの、友達を待っているので……」

「そんなつれない事言わなくてさぁ」

 

 ライブが始まる前に二人を見つけるのは難しいかもしれないなーって考えていると少し離れた、通路とは影になっている壁際で三人の軽薄そうな男の人が一人の女の子を逃さないように取り囲んでいました。

 普通は知らない人ですし関わらないのが正解なんでしょうが私は、私と姉さんはそんな知らない人相手にも手を伸ばして立派になるまで育ててくれた優しい人を知っています。命がけで私たちを守ってくれた事も。

 だからでしょう。そんな光景をただ見ているだけなんて出来るはずがありません。

 

「あら、こんな所にいたのね」

「探しましたよ」

「ふぇ?」

 

 姉さんと私は笑みを浮かべて親しい仲のように振る舞って女の子に近づきます。男の人たちは驚いていますが無視です。むしろ姉さんは男の人たちを邪魔そうに押しのけています。さすが姉さんですね。私には真似できません。

 それに近くによれば分かりましたが、男の人たちは体格は良くても顔も雰囲気もドクターの方が断然良いです。私たちよりも裕福な生活をしていそうなのに何故このように成長してしまったのでしょうか?

 

「おいおいおい!いきなりなんだよアンタたちはよぉ!?」

「あら、聞こえなかったのかしら?ならごめんなさいね。この子は私たちの連れなの。だから早く何処かに行ってくれないかしら?」

「んだとぉ!?」

「待てよ。……お姉さんたちも美人だねぇ。俺たちと一緒に遊ぼうよ。この子も一緒にさ」

 

 一人は分かりやすく怒っていますがもう一人はすかさず止めて少しは良い人なのかもしれないと思いましたが、あまり大差はありませんでしたね。これが日本のことわざの……類は友を呼ぶ、でしたっけ?

 怒っていた人も男の人の言葉で動きを止めて私と姉さんの身体を見てニヤニヤしはじめました。F.I.S.でたまに新人として入ってくる研究員の人たちもたまにそういう目で私たちを見てきましたが、ここまで不快になった事はありません。

 シンフォギアの実験のために私たちは色々トレーニングをしているのでこれくらいの相手なら負ける事はありませんが、それでも不快感が勝って手を出してしまいそうになります。これがドクターなら良かったのに……。

 

 男の人の一人がニヤニヤしたまま私の肩に手を伸ばしてきます。なので私は触れる前に相手の手を取って────

 

キュインキュインキュインキュイン

 

 捻りあげようとした瞬間、少し離れたところでけたたましい音が耳に入って、その音のする方に振り返れば切歌ちゃんと調ちゃんが二人並んで手に何か機械のような物を持って、ピンのような物を引き抜いている姿がそこにありました。

 

「マムが変な人に会ったら迷わず使えって」

「言ってたデス!」

 

 マムがいつの間にか二人に防犯ブザーを渡していたようですね。少し扱い方を間違えている気がしますが、今は助かりました。

 周りの人も防犯ブザーの音を聞いてどんどん集まってきます。それに気がついた男の人たちもさっきまでの威勢はどこへ行ったのか慌てて走って逃げて行きました。逃げる時は速いですね。

 

「ふぅ。ナイスよ、切歌、調(キュインキュイン)」

「日本は治安が良いと聞いていたので必要ないと思っていましたが、何が起こるか分からないものですね(キュインキュイン)」

「うん。マリアとセレナが変な人に絡まれていたから(キュインキュイン)」

「早速使うとは思ってもみなかったデスよ!(キュインキュイン)」

 

 防犯ブザーを鳴らさなくてもどうにか出来ましたが、一応は相手は男の人です。ドクターよりも局長さんとまでは行きませんが鍛えられていそうな身体だったので二人のおかげで怪我や余計に目立つ事もなく平和的に……。

 

「……ねぇ二人とも。そろそろそれ、止めてくれるかしら?」

「「止め方分からない(デス!)」」

「「えぇ……」」

 

 そ、そういえば私も防犯ブザーというものがあるというのは知っていましたが実物は初めて見ました。見たまま音で周囲に自分の位置を知らせる物なのだとは分かりましたが、知識が無いから止め方が分かりません!

 横目でマリア姉さんを見れば、姉さんも私と同じで止め方が分からないのか目が泳いでしまっています。

 

「えっと……そのピンを元の所に刺せば止まりますよ?」

「「「「えっ?」」」」

 

 私と姉さんが助けた茶髪の女の子が切歌ちゃんと調ちゃんの持つ防犯ブザーを指差しながら恐る恐るといった風に発した言葉に私たちは一瞬固まってしまいました。

 切歌ちゃんと調ちゃんがお互い目を合わせてからそっと持っていた防犯ブザーのピンを元の場所に刺すと耳が痛くなるくらい大きかった音が消えてしまいました。

 

「えっと……ありがとう?」

「あ、いえいえ!私こそ助けてくださってありがとうございました!」

「ふふ。大変な事にならなくて良かったですね」

 

 ちょっと気まずい雰囲気になってしまいましたが、女の子に怪我がなくて良かったです。それに偶然とはいえ切歌ちゃんと調ちゃんも見つかりましたしね。早くマムの所に戻らないと怒られてしまいます。

 

「それじゃ、私たちは行くわ。貴女も可愛い顔しているのだからああいう男には注意しなさい」

「あう、分かりました……」

 

 姉さんが軽く女の子に注意して、女の子が少ししゅんとしてしまいました。

 庇ってあげたいですが、日本にもあんな軽薄な人がいると分かってしまった今、目の前の女の子も自分が可愛いことを理解してもらわないと今後もあんな風に話しかけられてしまいます。いつでも誰かが助けに来てくれるとは限りませんから注意するに越したことはありません。

 

(でも、ドクターなら私たちが危険な目に遭ったら助けてくれるでしょうね)

 

 安易な想像だと分かっていますが、どうしてもドクターが私たちを見捨てる姿が想像できません。むしろ私たちの方がドクターに迷惑をかけてしまう事の方が想像出来てしまいます。

 彼女にもそういった信頼出来る人がいればと私は心の中で密かに願います。現実では難しくても、そう思える人がいれば私たちは強くなれますから。

 

 それから私たちはマムの所へ戻るため女の子と別れました。最後まで頭を下げてお礼を言ってくるのできっと優しい子なんだなぁと容易な想像が出来ます。これからもその優しさを忘れないでくださいね。

 

 ────────────────────

 

「……すっっごく美人だったなぁ」

 

 マリアたち四人が人混みに消えたのを見て少女はため息を吐いた。

 

(背も高いし髪も綺麗だし胸も大きいし……何処かのモデルさんだったのかな?)

 

 ファッションにあまり詳しくない少女だったが、マリアたちの美貌からモデルか芸能人なんだと勝手に決めつけてしまうが逆に何が当てはまるのか分からず、少女自身もそれが正解だと思い込んでいた。

 

 今日は大の仲良しである友人と共に興味はなく、有名なのは知っていても詳しくは知らないアーティストのライブに誘われて仕方なく来ていたのだが、知らない男からナンパされて身の危険を感じていたところに颯爽と現れたマリアとセレナに助けられたのは幸運だったと少女はニヤニヤを隠さないでいた。それだけ少女の目に映る二人の姿は同じ女性からしても魅力的だったのだろう。

 

「あっと、それどころじゃなくて」

 

 少女は思い出したかのように携帯端末を急いで取り出して友人の電話番号にかける。もう約束の時間は当に過ぎているのにまだ誘ってきた友人の姿を見つけられずにいるため心配の方が勝ってきたのだ。

 

「未来〜?今何処?私もう会場だよ?……ええぇぇ!!!」

 

 ────────────────────

 

「──まったく、貴女たちは……もう少し自分の立場を理解しなさい」

「「ごめんなさい……」」

「まぁ二人も無事に戻って来たのだから許してあげましょうマム」

 

 切歌ちゃんと調ちゃんがマムに怒られてしゅんとしてしまいました。でも可哀想だけど勝手に行動した切歌ちゃんが悪いですので仕方ありません。

 

 切歌ちゃんと調ちゃんと合流した私たちはライブが始まるまで少し会場にあるお店を見て回りました。

 詳しくは知りませんでしたが一部とはいえF.I.S.までこのツヴァイウィングと呼ばれる二人の名前は広がっていましたからね。実際私も姉さんと一緒に二人の曲を聴いたら聞き惚れてしまいました。私たちもシンフォギアを使用するので歌に関しては少し自信がありましたが二人はお仕事というのもあるのでしょうけど、キチンと歌を楽しんでいました。きっとそこに私たちも惹かれたのでしょうね。私たちは何処か歌を道具として見ていたのかもしれません。

 

 そんなツヴァイウィングの二人はやはり日本では凄く有名でいろんなグッズが沢山ありました。ですがマムは切歌ちゃんの持っていた物を見てため息を吐いてしまいます。

 

「……貴女が何を買おうが貴女のお金なのだから何も言いません。ですが一つだけ……何故同じ物をそんなに買ったのですか?」

 

 マムが言った事は分からなくもありません。だって切歌ちゃんはあの赤い髪の天羽奏という人の顔を可愛くしたお面を五つ持っていたのですから。あの青い髪の風鳴翼という人も人気のはずなんですが……。

 

「えっとデスね。本当はみんなの分を買おうとしたんデスが」

「丁度青い髪の人のお面が売り切れてて赤い髪の人しか残ってなかったの」

「それでも同じ面を五つはどうなのよ……」

「ははは……」

 

 姉さんが頭を痛そうに押さえます。マムも顔に手を置いて空を見ていました。かくいう私も笑うしか出来ませんでした。

 切歌ちゃんの気持ちは嬉しいのですが私も姉さんも大人ですのでこのようなお面は恥ずかしさの方が優ってしまいます。あ、切歌ちゃんが悲しそうに俯いてしまいました。……ドクターが切歌ちゃんを構いたくなるのも分からなくはないですね。

 

 それから被りはしませんでしたが切歌ちゃんからお面を貰った私たちはみんなで局長さんが用意してくれた特別な部屋にたどり着きました。

 そこは本当に特別な人しか入れないような場所で、かなり遠いですがステージ全体を見渡せる位置にあるので眺めは凄いです。まだライブは始まっていないのに何がなんだか分からないくらい人が沢山いて、ここまで沢山人がいる場所に来る私には圧迫感も大きいです。

 

「うわぁ!人がいっぱいデスよ!」

「そうだね切ちゃん。人がまるでゴミのよう……」

「調!?」

 

 ちょっと暗い笑みを浮かべた調ちゃんに切歌ちゃんが迫真の驚き顔をしてマムも姉さんも笑みを浮かべます。私も釣られて笑ってしまいました。

 これだけ沢山人がいる中で歌を歌うのはかなりの度胸が必要です。私や姉さんも親しい人たちなら囲まれても問題ないですが、ここはそれ以上の規模な上に知らない人ばかりです。とてもではありませんが真似出来る気がしません。恥ずかしすぎて歌える自分の姿が全く想像つきません……。

 

「ドクターと一緒に観たかったですが……」

「仕方ないわ。ドクターも大事なお仕事なんだから。ライブが終わった後なら多分会えるからそれまで我慢しましょ?」

「……はい」

 

 姉さんはそう慰めてくれますが素直に受け入れる事が出来ません。

 うぅ、ドクターを追いかけて日本まで来たのに、このライブ会場の何処かにいるのに会いに行けないのはとても残念です。一週間も会っていませんので早く会いたいなぁ。

 

「四人とも、もうすぐ始まりますよ」

 

 マムの一言と同時に会場の照明が全部消えて一瞬だけ視界が真っ暗になります。ですがその直後ステージのセットが光り出してライブのスタートの合図かのようにBGMが流れ始めました。

 会場に舞う白い羽根と一緒に二人の女の人がステージの中央に舞い降ります。舞台の演出の一つだと分かっていても本当に空を飛んでいた天使が舞い降りる姿のようでした。

 そして、私たちは生まれて初めて訪れたライブ会場で、初めての見るツヴァイウィングの歌を聴きます。その歌声に、私たちは震えてしまいました。

 

「す、凄いデス!」

「うん。聴いてるだけで熱くなってくるっ!」

 

 切歌ちゃんと調ちゃんは早速二人の歌に釘付けになっています。あまり大きな反応をしない調ちゃんもツヴァイウィングの歌を聴いて心なしか身体でリズムを取るくらい真剣になっています。

 かくいう私と姉さんも歌を聴いていて何も思わないわけがありません。

 

「これが、心の底から歌を愛する人の歌……」

「私たちに足りない、とは思わないけどここまで歌で熱くはなれないわね……」

 

 シンフォギアは私たちの歌に反応して力を貸してくれます。そのためなのでしょうか、いつの間にか私たちは歌を何処か道具のように扱っていたのかもしれません。今の私たちではここまで人の心を動かす歌は歌えない。そう確信してしまうほど、目の前で舞い歌うツヴァイウィングの姿は情熱的で目が離せないくらい全力です。二人の熱さがここまで伝わって来ますね。世界的に有名になるのは当たり前です。

 ツヴァイウィングの歌に魅了された私たちは歌い終わるまで完全に意識が歌に寄っていて時間が経つのが怖くなるくらい早かったです。また聴きたい、のではなくてもっと聴きたいという気持ちがどんどん膨れ上がっていきます。

 

(歌は、ここまで人を惹きつけるものなんですね!)

 

 全然イメージは出来ませんが、私もいつか人を魅了出来るくらいの歌を歌えたら。なんて夢を見てしまいます。そんな歌を歌えるようになればきっとドクターに伝えたい事を伝えられる勇気を持てると思いますから。

 ツヴァイウィングの聴き手も熱くさせるような一曲目が終わってしまいます。少々残念ではありましたがライブはまだ始まったばかり。これからきっともっともっと熱くさせてくれるような歌を聴かせてくれると私たちは楽しみにしていました。

 

 ですが、心地の良い時間は突然終わりを告げてしまいます。

 遠くから見ていても分かるくらい大きな爆発が突如観客席の一画で起きたのです!

 

「ななな、なんデスかいったい!?」

「これも演出?」

「そんなはずないでしょ!明らかに演出にしては爆発が大きすぎる!」

 

 突然起きた事態に切歌ちゃんも調ちゃんもあたふたしてますし、姉さんも何が起きたのか分からないから挙動不審になっています。かくいう私も目の前で起きた惨劇にさっきまでの高揚感が嘘のように冷えて無くなっています。

 でも、まだ事態は終わっていませんでした。

 

「ッあれは!」

 

 最初気が付いたのはマムでした。

 マムが窓の外の空を驚愕を隠し切れていない顔で睨んでいるのを見た私たちはマムの視線の先を追って空を見上げます。すると視界にかなり遠いですが、見たこともない変な形と色をした鳥のような何かがライブ会場の空を所狭しと飛んでいました。

 本物は見た事はありませんでしたが、私たちはそれが何かをドクターやF.I.S.の人たちに何度も何度も教わり、そしてその恐ろしさを口酸っぱく聞かされてきたので空を飛んでいる鳥のような何かの正体はすぐに分かりました。

 

「あれが……ノイズ」

 

 一瞬何が起こったか分かりませんでした。現実味を感じていない、というのが正しいかもしれませんね。だってそもそも防ぐ手立てがないから被害が大きくなりますが、ノイズ自体世界的に脅威な存在とはいえ現れる確率はとても低く、場所によっては出現を確認してから向かうまでに制限時間が来て自壊する事も多いらしいですから。

 なので資料でしか見た事のないそれがノイズだと分かっていても理解するまでに何秒か掛かってしまいました。

 

 それからはまさに地獄のような光景でした。

 

 見た目は可愛らしい姿をしているのに、一般人は一度組みつかれたら生きる術はありません。あとはただ灰になるのみ。というのを話でしか聞いていませんでしたが、目の当たりにすれば話が変わってきます。

 爆煙から次々とノイズが現れて近くにいた老若男女関係無しに組みついて自身ごと組みついた人を灰にしていきます。人の命がこうもあっさりと何も残さずに消えていく光景は現実とは思えません。中には研究所に残してきた切歌ちゃんたちよりも小さい子供もいますが、それも関係無しです。

 

「ッマリア、セレナ!こんな時こそ私たちの出番デスよ!」

 

 切歌ちゃんの言葉に目の前の非現実的な光景をただ呆然と眺めていた私と姉さんはハッとして意識を切り替えます。

 確かにそうです。最初こそ無理矢理でしたが、今はドクターやマムの期待に応えるべく私たちはノイズと戦うために辛い訓練をしてシンフォギアを扱えるようになったんです。それにもうネフィリムの時のような力が足りなかった頃の私ではありません。ですが。

 

「でも切ちゃん。肝心なギアが無いよ?」

「あ。忘れてたデス!!!」

 

 そう、今回はお忍びで日本に来ている状態です。そんな状態で研究所からギアを持ち運べるはずが……。

 

「……マリア。少し後ろに回ってくれませんか?」

「えっ?」

 

 マムが近くにいた姉さんに話しかけて自分の後ろに回るように指示します。姉さんは困惑しながらもマムの背後、車椅子の背もたれの背面に回り込みました。

 姉さんが移動した事を確認したマムは何やら車椅子を操作します。すると背もたれの背面が急に小さな簡易テーブルのように開きます。そしてその中には私たちが見慣れた、四つの赤いクリスタルのペンダントが並んでいました。

 

「これ……もしかしてギアなの!?」

「ええ。既にアガートラーム、イガリマ、シュルシャガナ、ガングニールの必要なデータはF.I.S.で保管済みです。よってギア自体を研究所で保管する必要性は皆無。もし何かあった時のため、念のために持って来ていて正解でした」

 

 まるで最初から分かっていたらのようなタイミングで、まだ聞きたい事はありましたが今はそんな事を言っている暇はありません。こうしている間にもノイズは次々と無関係な人たちを襲っているのですから。

 

「ありがとうございますマム!」

「後は私たちに任せて早く安全な場所に避難を!」

「ノイズは壁をすり抜ける能力もあります。下手に逃げ回るより貴女たちが殲滅するのを隠れて待っていた方が安全でしょう」

「あう、責任重大デス……」

「でもやるしかないよ」

 

 私たちは自分のギアのペンダントを掴んでマムに部屋の隅に隠れるように言ってから急いで部屋から出て会場に繋がる道を走ります。VIPルーム、と言うのでしょうか?とにかくライブの関係者しか入れない場所だったのと先の爆発のせいで通路に大きなヒビが入っていたりして全然人がいません。一般の人たちは他の通路へ退避しているとは思いますが、今は好都合です。

 

「でも、私たちの顔を見られても大丈夫なの?」

「「あっ」」

 

 通路を走っている途中で発した調ちゃんの疑問に姉さんと私は肝心な事を忘れていました。

 私たちのシンフォギアは日本政府には秘密で作られた物だとドクターは言っていました。ならここで下手にシンフォギアを纏えば今後どうなるのか私たちには分かりません。緊急事態だから、という言い訳は装者である私たちの言い訳であってドクターたちの言い訳にはなりません。それこそ、日本へ向かう前にドクターが言っていたように今後のF.I.S.と日本政府の関係に大きな亀裂を作ってしまうかもしれません。

 

「ならこれを使うデス!」

 

 そう言って切歌ちゃんが見せて来たのはさっき会場の外で買った天羽奏さんのお面でした。

 ……とても嫌な予感がします。

 

「これを被っていればバレないデスよ!」

 

 嫌な予感が当たってしまいました……。調ちゃんも呆れているのでしょうか、目を細めて切歌ちゃんをじ──っと見つめています。この場合何か言ってあげた方が私も気が楽なんですが……。

 

「……素顔さえバレなければそれでいいかもしれないわね」

「姉さん!?」「マリア!?」

 

 一番反対しそうな姉さんの意外な言葉に私と調ちゃんは思わず声を出していました。

 ですがよくよく考えたら私たちは素顔を見せられない状態で、ですが今は私たちしかこの状況を打破する事が出来ません。私たちのシンフォギアの存在は日本政府にバレるかもしれませんが素顔さえ隠せられたらきっとドクターが上手く言い訳をしてくれるかもしれません。

 その考えに行き着いた私と調ちゃんは少し迷いながらも切歌ちゃんから受け取っていたお面を取り出します。顔を隠すのなら布か何かでもよかったのでは?と思いますが、今は仕方がありませんね。

 

「いい?戦闘中は名前を言ってはダメよ。名前から私たちの存在がバレるかも知れないんだから」

「でも、それじゃ連携が取れないですよ?」

「ノイズの数もかなりいるからそれじゃ……」

「ならいい考えがあるデス!」

 

 ……また嫌な予感がします。

 

 ────────────────────

 

「の、ノイズは絶対許さない!し、シンフォギアシルバー!」

「同じく!シンフォギアグリーンデス!」

「きりちゃ……グリーンと同じくシンフォギアピンク」

「シンフォギアオレンジよ!……オレンジって微妙じゃないかしら?」

 

 事前に切歌ちゃんが提案して話し合った名乗りで私たちの存在を誤魔化すためのお芝居をします。これがなんのカモフラージュになるのか分かりませんが一つだけ言えます。

 

(……ドクターの苦労が少し分かった気がします)

 

 取り敢えず、この状況を打破したら切歌ちゃんとは少しOHANASIが必要のようですね。




F.I.S.組は原作以上に家族のような絆があるためセレナちゃんのみんなの呼び方が非常に親しいものになっております。
……ロリセレナちゃんかIFセレナさん以上に呼び方に迷って地味に扱いにくいな!ちゃん付けが一番自然なんや……あ、切ちゃんみたいにウェル博士の丁寧口調真似てる感じにすれば自然ですねぇ!

ちなみに途中で出てきたDQNどもはノイズと仲良く抱き合っていましたよ(ニッコリ)


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二十六話 何をやっているんですかあの娘たちは

URAファイナルズ決勝。ウォッカ13番人気。
作者「すまねぇウォッカ……すまねぇ……」
       ↓
ウォッカ、1着でゴール!
作者「ウォッカああああぁぁぁぁ!!!」

しかし12番人気だったゴルシが2位にいた事に地味に恐怖を覚えました。しかもリプレイしたら終始ゴルシとあんまり差が変わらないままゴールですし、なんならウォッカとハナ差なのに3位とは3馬身離れてましたし……さすがゴルシやで。あと伏兵スキル、侮れん。

今回も前半ウェル(オリ)目線、後半奏さんの目線でお送りします。


 何をやっているんですかあの娘たちは。

 

 ちょっと自分の頬を引っ張ったり、軽くビンタします。痛い。

 ついでに眼鏡を拭いたり目も擦ったり、深呼吸したり、色々やってからもう一度目の前の光景を見る。うん。何をやってるんですかあの娘たちは。

 大事な事なので三度……あれ、二回しか言って無いですよね?まぁいいか。

 

 何故マリアちゃんたちがここに?いや、非常に助かりましたよ?どう頑張ってももうアニメと同じ流れで奏さんが絶唱で死ぬ未来しか無かったのにそれを回避出来たんですからね。もう心から感謝しますよ。大人気なくマリアちゃんたちに抱きついて撫でてあげてからこれでもかと褒めてあげたいですよ。

 でもね……。

 

(もっとマシな登場は無かったんですかねぇ!?)

 

 仮面のおかげで顔は隠れている為正体は隠してはいるのでそこは良いんですがね。というよりちゃんと正体隠して奏さんを助けたんですからこれ以上はないのかもしれませんが……何故そんな登場したんですかね?

 と考えていたら切歌ちゃんがピースサインを僕に向けて来ます。なるほど、これは切歌ちゃんの提案ですか。あとでお仕置きですね。

 

(ですがこれは僥倖(ぎょうこう)。本来あるべき戦力の三倍になりました。これなら奏さんが無理をする事はないはず)

 

 アニメでは奏さんと翼さんの二人だけだったからノイズの数の暴力に負けて最終的に奏さんが絶唱を使う事になりましたが、今はその数の暴力もマリアちゃんたちが加勢に来てくれたおかげでなんとかなっています。時間はしばしかかるでしょうがこのままならノイズの殲滅も可能でしょうね。なので僕は僕のやるべき事をするだけです。

 

「と言っても足場が悪すぎますがね!」

 

 一階に続く道の階段を探すよりも今し方ビッキーがいた崩落した区画を足場に降りようとしますがそう簡単には行きませんね。完全に足場の数が足りないですよ。ロッククライミングの経験者でもなければ無理ですって!あ、ヤバい足踏み外したぁ!?近くの出っ張りいいぃぃ!!!でも今度は肩がピキッた痛みで手を離してしまいました!ふっ、終わったな。

 

「……地面近っ!」

 

 落ちて死んだと思いましたがまさか足がつく位置でした。さっきまでの緊張感はなんだったのだろうか……。ってそんな事をしている場合ではありません!

 僕は急いで崩れるか分からないほどボロボロなアームドギアを杖にした今にでも倒れそうな奏さんの元に駆け出します。ビッキーを守るようにノイズを警戒はしていますが、今の状態だと単体で襲って来ても命が危ないかもしれません。遠目でもそう思えるくらい奏さんの疲労は目に見えていますよ。

 

「天羽さん!」

「っアンタは……!」

 

 僕の声に気がついた奏さんが振り返りますが警戒を解いていないのでしょう。折角の美人が台無しなくらい顔が強張っています。それに身体の痛みもあって小さくうめき声もあげています。これは見た目以上にダメージを負っていそうですね。

 

「ゼェ、ハァ……こ、これを!」

「こいつは……リンカー?けどなんでアンタが……」

「避難の途中に崩落した通路で瓦礫に挟まれたリンカーを持った研究員に託されました」

 

 苦しい言い訳ですがパッと思いついたのはこの程度です。後から追及された時のために詳しい理由を考えなくてはいけませんがそんなのは後回しです。ここを乗り越えて生き残らねば意味がありません。

 

「……サンキュー。これで戦える」

 

 あまりのタイミングの良さに奏さんは少し訝しんでいましたが意を決してリンカーを受け取ってくれました。奏さんも今はそれどころでは無いと分かっているようです。ある意味命拾いしましたよ……。

 

「すまねぇけどアンタはその娘を連れて避難してくれ。息も意識もあるけど血を流し過ぎてる。早く応急処置でいいから手当しねぇと!」

「分かりました。僕が責任を持って連れて行きます。なので天羽さんは風鳴さんと……あの謎の四人と共にノイズの殲滅を優先してください!」

 

 正直マリアちゃんたちに一言言いたいけどね!ちょっとキツめの説教をしてあげたいくらいですよ。

 僕は早々と奏さんから離れてビッキーの元に駆け寄ろうとしますが、その前に立ち止まって奏さんの方に振り返ります。

 

「奏さん。貴女の事を思っている人は沢山います。なのでそれしか手段は無いと思っても簡単に生きるのを諦めないで下さいね」

「……善処するよ」

 

 ほんとかなー?奏さんってビッキーと同じで達観してそうに見えて結構無茶する人ですからねぇ。曖昧な言い方は詐欺師の信じろレベルで信じられませんよ。まぁ今はこの場を任せるしかないんですがね。それにしても。

 

(よくこれで生きていられたな)

 

 近寄ってビッキーの胸元を見ます。決して下心はありませんよ?というか仮に下心あったとしてもこれを見て興奮する奴は相当な変態ですよ。

 血で汚れていますが何かの破片が身体に直撃したと素人でも分かるレベルで見えている肌の部分がズタズタです。多分肉も多少抉れていますね。そのせいで余計に血が流れ続けています。普通なら既に失血死かショック死していても不思議じゃないくらいの大怪我ですよこれ。むしろ生きている方が不思議ですねぇ。治療が間に合ったのは奇跡です。生き残るって分かっていても安心なんて全く出来ない。

 白衣が血で汚れるなんて構わずにビッキーを抱き抱えます。正直言って運動をしていない僕からしたら腰とか既に逝きそうですがなんとか持ち上げられました。こりゃ明日筋肉痛決定ですね。

 

 僕はそのままビッキーを抱き抱えたままマリアちゃんたちの奮闘のおかげでそちらに集中するノイズの目を盗んで会場を後にします。調整したとはいえリンカーがキチンと作用してくれるのかだけが心配でしたが、今は奏さんの生還を祈るだけです。

 

 ────────────────────

 

「……行ったか」

 

 ウェル博士が走り去って行くのを見送ったあたしはアームドギアでなんとか支えている今にでも倒れそうな身体を起き上がらせてノイズの群れを睨む。悔しいけどあのあたしのお面を被ったふざけた四人のおかげでなんとかノイズが会場から溢れる事態は防げている。あたしと翼だけじゃとっくに会場の外にまで被害は広がっていただろうからありがたい。ふざけた連中だけど。

 

(それにしても『生きるのを諦めるな』、か)

 

 あたしのせいで大怪我させちまったあの娘にも同じ事言ったけど、言われるとまるで呪いだね。苦しくても諦めちゃいけないって思っちまう。約束したわけじゃないのに約束破るみたいだな。あの娘、変に呪縛にならなきゃいいけど。

 

「んじゃ、そろそろ休憩は終わりだ」

 

 リンカーが切れたせいでギアが、いや身体が重い。正直今すぐにでもベッドにダイブして寝たいね。でも博士が新しいリンカーを持ってきてくれたおかげでまだ戦える。まだ翼の背中を守ってやれる。

 

「さぁ。続きを始めるぞ!」

 

 受け取ったリンカーをあたしは躊躇なく注入する。そんでいつものように副作用の一つで身体中が破壊されるような痛みの後にギアの出力が上がって──。

 

「……ん?」

 

 おかしい。

 何かがおかしい。

 別に何か身体に異常が出たわけじゃない。手足の感覚もあるし意識もハッキリしてる。いたって正常、だけど正常だからおかしい。

 

(な、なんだ?身体の痛みが無い……ギアもいつもより軽いというか動く時の違和感とかが無いっていうか……)

「──ぐあっ!?」

「ッ翼!」

 

 しまった。自分の身体の異常に目をやりすぎて今の状況を忘れてた!

 翼のうめき声が聞こえた方に目を向ければ翼が大量のノイズに翻弄されて僅かに出来た隙を偶然ノイズの体当たりが当たってバランスを崩している姿が映った。しかも最悪な事にデカいノイズの足が味方ごと翼を踏み潰そうとしている。怪しい四人もそれに気付いてるみたいだけど、アイツらもノイズの相手してて救援に行くのは難しいのはあたしでも分かる。

 

「翼にぃ!手ぇ出すんじゃねえええぇぇぇ!!!」

 

 少しでもデカいノイズのバランスを崩せれば翼なら逃げれるだろうって思って足を強く踏み出して全力でアームドギアを投げる。最悪注意をこっちに向けさせれば御の字だ。そう思ってたんだけど……。

 

「えっ?」

 

 あたしは自分の目の前で起きた事に一瞬理解が出来なかった。

 だってよ。あたしは特にギアの力を使った技を放ったわけじゃ無かったんだ。そんな暇なかったからただ投げただけなのにさ、なんでガングニールの大技使ってやっと一体倒せるデカいノイズをただおもいっきり投げただけのアームドギアで三体も簡単に貫くんだよ?ついでに投げた時の風圧がなんかヤバい事になって地面を大きくえぐるわ余波で翼の周りにいた小さいノイズ共は粉々になるわ。何が起きてんだ?

 

「奏、後ろ!」

「ッ!」

 

 あまりの衝撃に呆然として隙だらけになってたあたしだったけど翼の声で我に返る。そしたら今度はあたしの斜め後ろの頭上から飛行型ノイズが雨みたいに降り注いで来やがった。

 

「うぉぉぉりやあああぁぁぁ!!!」

 

 直撃は防ごうと振り向きざまにアームドギアを横薙ぎに振るう。アイツら特に狙いもつけずに突撃してくるから取り敢えず初撃だけ防げればよかったんだ。

 なのになんで、近くのデカい瓦礫ごと吹き飛ばすくらいの衝撃波をついでに生み出すくらいの威力があるんだよ!今のであたしの頭上にいた飛行型ノイズが綺麗にいなくなったんだが!?

 

「ど、どうなってるんだ?なんかパワーが制御出来ねぇくらいにギアの出力が上がってる気がするんだけど」

 

 明らかに今までのあたしじゃない。今の芸当なんてあたしどころか翼でも出来っこない。弦十郎のダンナくらいだ。

 でも特に身体に異常は感じられねぇ。むしろもっと暴れたいくらい、力が有り余ってるのが分かるくらい絶好調だ。さっきまで勝てる見込みが無いって思ってたふざけた四人とも戦える自信はあるぞ。

 

「奏!」

「翼か」

 

 翼が肩で息をしながら走ってくる。ギアはボロボロだし、翼自体結構疲労してるのが顔を見れば分かるけど、無事みたいで安心する。……さっき投げたアームドギアがもう少し翼に近かったらヤバかったかもな。

 

「奏、今のは……?」

「さぁね。あたしにも分からない。でも今は」

 

 翼と一緒に前を向く。あの四人が奮闘してるみたいだけど目の前にはまだまだ大量のノイズがうじゃうじゃといやがる。こりゃ骨が折れそうだ。

 

「いけるか、翼」

「うん。奏こそ、休んでていいのよ?」

「言ってろ!」

 

 あたしと翼は同時にノイズの群れに向かって駆け出した。

 

 そこからはあっという間だった。

 なんでいつもより動けるようになったか知らないけど、いつも以上にノイズの殲滅スピードは速かった。なんせギアの技を使わなくてもアームドギアを適当に振るえば笑えるくらいあっさりノイズを倒せるんだからな!

 あたしらが戦えるようになってあの四人も動きやすくなったのか更にノイズの殲滅スピードは上がった。悔しいけどチームワークっていう点では勝てる気がしない。一対一ならともかく、連携されたら一方的にやられちまうだろうな。味方で良かったよ。

 

 ノイズを殲滅し終えたあたしと翼はさっそくあの四人を問い詰めようとしたけど、その頃には既に姿はなかった。万が一も無いと思うけどダンナに連絡しても繋がらないから向こうでも何かあったんだろう。あたしらだけじゃ追跡は無理。

 

「結局アイツらはなんだったんだろうな」

「うん……」

「?どうしたよ、翼?」

 

 ボロボロになった折角のライブ会場の中心で翼は空を悲しそうに眺めていたから思わず話しかける。なんかとても哀愁漂うって言うのか?そんな感じで心配だ。

 

「……四人もいたのに私のお面、一人もしてなかった……」

「そこかよ!!!」

 

 咄嗟に翼の頭を漫才みたいに叩いちまった。あんなに悲しそうに空を眺めてたのに理由がくだらな過ぎる!だからあたしは悪くない……よな?

 

 

 

 




奏さんは切歌ちゃんや調ちゃんよりもギアの適性が低く、旧式で粗悪レベルのリンカーでギリギリギアを纏っていた。適合率とギアを纏った時の戦闘力がイコールならウェル(オリ)の調合した奏さん専用のリンカーで適合率を安全に上げたら戦闘力上がるのでは?という考えから生まれたのが今話の奏さん。

……この考えだとマリアちゃんたちリンカー勢が適合者勢を簡単に倒せてしまいそうなんてそんな事があろうはずがございません(目逸らし)


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二十七話 ある意味ピンチです。タスケテ。

さぁ、ウェル(オリ)博士のお腹キリキリタイムの始まりだぁ!


 突如発生したノイズによって多大な被害を出して最悪とも言える結果になってしまったツヴァイウィングのライブが幕を下ろした翌日。

 

 まだまだ全然情報は整理されていませんが、やはりかなりの犠牲者は出たようですね。確かな数字は出ていませんがそこは謎の奏さんのお面をした四人の少女ことマリアちゃんたちが加わった事で少しでも被害が少なくなっていると信じたいものですよ。

 ネフシュタンの鎧はどうやらアニメ同様、会場の爆発とノイズの出現による大混乱に紛れて何者かに奪われてしまったようですね。いったい誰なんだー!(棒読み)

 

 それはそれとして。実は僕はちょっとピンチなんですよ。どんな状況かだって?それはですね……。

 

「それでぇ?詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 

絶賛無印ラスボスに壁ドンされております。

 

 いやね、多分身長的に僕の方が高いので何も知らない人からしたら彼氏より身長の低い彼女が少々無理をして背伸びしている様子に見えなくもありませんよ。同じ白衣と眼鏡キャラでもありますしね。見た目だけならタイプも同じなので似合っていると思いますよ。あくまで客観的に見れば、ですがね。

 

 昨日瀕死の重傷を負ったビッキーを駆けつけた救急車に任せたり、会場に残った人の救助活動の手助けをしたりだとかで何故か頭脳労働専門なのにほぼ徹夜で動き回りましたからね。用意されたホテルに着いては即ベッドにダイブしてそのまま眠ってしまいましたよ。久しぶりにぐっすり眠れた気がします。まぁ、起きたら身体中筋肉痛でバッキバキでしたけどね!

 そんなフラフラで体力レッドゾーンで危険を知らせるアラームが有ればうるさいくらい鳴っているであろう身体に鞭打って昨日の事件のその後の事を聞きに行こうと部屋を出て廊下を歩いていたらばったりフィーネに出くわしてしまいましてね。向こうも僕に気づいてニッコリ笑った後そのまま壁ドンされました。人生初(転生前も含め)の壁ドンが女性(ラスボス)からなんて……きゃあああぁぁぁ!!!(全力の悲鳴)

 

「詳しくも何も何の事でしょうか?」

「あら、とぼけるの?」

 

 ニッコリとしたままなのに怖い!マリアちゃんやセレナちゃんもそうですが何故女性ってニッコリ笑ったまま恐怖を覚えるような笑みを浮かべられるのでしょうか?最早命の危険を感じますよ。いや、実際選択を間違えれば即刻バッドエンドですね。ハハッ。

 

「途中で乱入して来た謎の四人のシンフォギア装者、あれって貴方たちの所の装者よね?」

 

 んーまぁでしょうね。その質問絶対来ますよね。分かってましたよええ。

 なんせフィーネは実物を見た事がなくともシンフォギアを制作した人間です。姿形は変わろうともガングニールと天羽々斬のギアの酷似点から予想出来るでしょう。ついでに経過観察の資料もこちらから何度も送っていますので把握していて当然です。なのであれが僕たちに渡したシンフォギアだとフィーネなら一目で分かりますよねぇ。

 そこで取る僕の行動は一つ。

 

「そのようですね」

 

 しらばっくれる事さ!

 

「そのようですねって、貴方の指示じゃ無いの?」

「ええ。僕は何も聞いていませんよ。共に来た他の研究員なら何か知っている可能性もあるので僕も聞きに行こうとしていたところです」

 

 んー苦しい。苦しいぞこの言い訳!

 マリアちゃんたちとの関係を知っていれば誰がどう見てもF.I.S.の独断でマリアちゃんたちを連れて来たと思うのは当たり前の事です。むしろそれ以外にあり得ないでしょう。フィーネが疑うのも仕方がありません。というより疑わない方がどうかしているレベルですよ。逆の立場でも僕は思いますね。

 でも知らないんですよ。なんでマリアちゃんたちが日本に来ているかなんて!かなり真剣に研究所に残るように言ったのになんで来たんですかねぇ!?助かりましたけどね!

 

「ふーん……」

 

 あ、ヤバい。信じていませんね。むしろ警戒レベル上がってますね。下手したら「怪しいから殺しとくか」とか思ってるレベルですよこれ。しかも多分この頃のフィーネだとそれが冗談で済まない可能性極大ですよ。さらばマリアちゃん、セレナちゃん、切歌ちゃん、調ちゃん。元気に大きくなるんですよ(諦め)。

 

「──私が連れて来ました」

 

 ほぼほぼ生を諦めていた僕とそんな僕を今だにジッと見つめているフィーネは声のした方向に目を向ける。そこにいたのはなんかもうG編で使ってた強化スーツにもなる自動の車椅子に酷似している車椅子に乗ったナスターシャがそこにいました。いや、まぁあの娘たちがいる時点で多分ナスターシャがついて来ているとは思っていましたけどね。

 

「私が独断であの娘たちをこの国に連れて来ました」

「……理由は?」

「たまには外の空気を吸わさせねばギアの運用に悪影響を及ぼすと考えたからです。ギアは装者の精神に影響しますからね」

 

 ナスターシャの言っている事は決して嘘ではないでしょう。いくら本来のF.I.S.よりも自由度が高くなっているとはいえあの娘たちは研究所に来てから外の世界に行った事がありません。なるべく不自由無いようにしていますが偶には外へ出すのも悪い手ではありません。むしろ精神衛生上外へ息抜きさせた方が適合率的にも有用でしょう。もちろん、それが全てでは無いでしょうけど。

 

「ふむふむ。なるほどなるほど」

(ッまずい!)

 

 側から見れば気の良い笑みを浮かべて頷くフィーネですが、僕の位置からだと薄い紫色の瞳の色が一瞬だけフィーネの元の色である金色に変わっています。そして、その瞳は僕に向けていないのに背筋が凍るほど冷めきっていました。

 

 嘘か本当かはさておき、フィーネにとって本来なら外の世界に出て来るはずのない装者があまりにもタイミングよく現れて、その手引きをしたのが他でもない、ナスターシャ本人が言っているのです。まだナスターシャはフィーネの正体を知っていないはずなので偶然なんでしょうが、フィーネからしたらナスターシャを怪しむもしくは警戒するのには十分です。そして今のフィーネなら有能な手駒でも邪魔な存在なら消すでしょう。それはつまり、先程僕に向けたようにナスターシャを「怪しいから殺しておく」対象に入った事に他なりません。

 

(まずい!この時点でナスターシャがいなくなると今後どうなるか分かりませんよ!何よりナスターシャが殺されるなんて黙って見ていられるか!)

 

 今ナスターシャが死ねばG編で何が起こるか分かりませんし、そもそも長年一緒にマリアちゃんたちを守り、成長を見守って来た仲間です。本来の物語もそうですが、僕個人としてもナスターシャは死んでほしくない。

 

(ですがなんて言い訳すればいい!?今更僕も知っていた、なんて言ってもそれらしい理由がなければ二人仲良くフィーネの抹殺対象ですよ!)

 

 知らないと言ってしまっている以上、今更言い訳したところで何故さっき言わなかったのかという話になれば隠したい事があったから黙っていたと捉えかねない。そうなれば怪しさ倍増ですよ。それに下手な答えだとマリアちゃんたちに被害が及ぶかもしれません。最悪僕たちの繋がりを警戒してF.I.S.の皆もフィーネの抹殺対象として始末される可能性すらある。

 

(ああくそ!誰かに全部押し付けたいですよ!!!……ん?)

 

 ムシャクシャして心の中で頭を掻きむしっているとウェル博士の頭からピンっ!と閃きました。

 そうですよ。全部押し付けてしまえばいいんですよ。居もしない誰かに。

 

「──ああ。ナスターシャ。もうお芝居は良いんですよ」

「ドクター?」

 

 ナスターシャが意味がわからないという風に僕の顔を見て来ますが既に僕の心臓はバクバクですよ。なんせ失敗すればその場で即殺されるかもしれませんからね。でも一か八か二人共が助かり、なおかつ怪しまれないようにするにはこの手しかありません!

 

(信じますよ、ウェル博士!)

 

 ゴクリッと生唾を飲みながらも平静を装ってフィーネの顔を見ます。うん。美人だけど目が笑ってないから怖いですねぇ!

 

「お芝居?」

「はい。話は長くなりますが、実は今回の実験のお誘いを受けて数日が経ったある日、謎の電子メールが届いたんですよ。その内容が『ライブを使った実験を即刻中止しろ。さもなくば後悔するぞ』という一文だけでした。勿論、そのメールを見たほとんどの人間が何者かの悪戯だと思いましたよ。その場にいた上司もそう判断を付けました」

「……それで?」

「知っていると思いますが、僕たちは完全聖遺物であったネフィリムを上の命令ではありましたがそうとは判断せずに起動実験を行いました。

 その結果大勢の犠牲が出る大惨事に発展。なので僕たちは例え安全だと上が判断しても最大限の注意をはらおうと判断しました」

「それが貴方の所のシンフォギア装者っていう事?」

「はい。もしテロに類する何かでもシンフォギアならただの銃弾程度なら問題ありません。さすがにガス類を使われたら危ないでしょうが全身にまわる前に退避する事は可能。早期の制圧も出来るという判断の元彼女たちを護衛として連れて来ていたのですよ」

「……そんな情報こちらには何も無かったのだけど?」

「それはそのメールの送り主が何処の国の者か分からなかったからですよ。

 もし貴女方に報告せずに黙って対策をした場合、これで何も無ければこの情報は研究所内にしか渡っていないため研究所内に裏切り者が、もし事が起きれば僕たちの対策を知らないためそちらの国か通信を傍受でもした他国が、という風に範囲を絞れますからねぇ」

「……なるほど。ならそのメールを後からこちらで閲覧出来るかしら?」

「それが残念ながらメールを開いて数分後に自動的に消去されてしまったんですよ。あまりの用意周到さと仮にも機密の塊でもある研究所のネットワークに侵入して来た事もあって警戒度は高かったですね」

 

 多分深く突っ込んだら穴だらけの言い訳でしょうね。でも、大切なのはそこではありません。大切なのはフィーネに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という可能性を感づかせる事です。

 

 本来、フィーネのやろうとしたネフシュタンの鎧の奪取はフィーネ本人かおそらく既に捕まっているであろうクリスちゃんくらいしか知っていないはずです。そこでノイズによる陽動作戦を予め知っていたかのようにいきなりいないはずの装者が現れる。この時点で何者かが自分の計画を知っていると勘違いしているでしょうが、そこから更に謎の電子メールが来たという事でその信憑性は増すでしょう。

 これがもし本当の事だったとしたらわざわざ僕やナスターシャが怪しさ増し増しな話をするわけが無い。なら他の誰かが、そうフィーネなら結論づけるでしょう。

 

「本当は何かあったらナスターシャが全責任を背負う予定でしたが相手がまさかノイズを使って来るなんて思いもしませんでしたからね。事は予想外にも大きいようなので小芝居を挟む余裕は無いかと思った次第ですよ」

「……なるほどねぇ」

 

 ふぅ。なんとなくそれっぽい言い訳で締めました。嘘八百を並べて一気に喋って疲れましたよ。

 どうやら狙い通りフィーネは僕の即興で考えた言い訳を信じてくれているようです。全部を信じていないとはもちろん分かっていますが、それでも懸念すべき箇所はあるんでしょう。とても深く考え込んでいます。

 

(僕が持参したリンカーも奏さん経由で知っているはず。居もしない誰かから都合よくリンカーを貰ったという事も含めてね)

 

 ええそうですよ。頭の良いフィーネならここで存在しない謎の敵に警戒するはずです。なんせノイズの出現もネフシュタンの強奪も全てフィーネ本人が自作自演で行った事なのに、そこで都合よく僕にリンカーを渡して来たという不自然な存在がいるのですから。

 

(電子メールはネフシュタンの強奪を知らせるカモフラージュ。マリアちゃんの助太刀と奏さんにリンカーを渡して戦闘続行可能にさせる。普通に考えて不自然な流れですよねぇ)

 

 未来を知っているかフィーネの計画を知らなければ出来ない事を知る何者かの妨害。そんな謎の存在の可能性をフィーネなら考えつくでしょう。そんな非常識な、と思っても本人がリンカーネイションなんていう非常識な事をやってのけているのです。そういった考えも持ちやすい……と願いたい。

 

「相手はノイズを使役するなにかの聖遺物を所持していると思われます。そんなものがあれば世界はあっという間にその者の支配下でしょうがその様子はありません。何か制約があるのか、それとも何か別の目的があるのかは分かりませんが、これは装者を所有する僕たちだけでもどうにもならないと思い、話させてもらいました。不快な思いをさせていたのなら申し訳ありません」

 

 あくまでこちらは秘密裏に動いていましたが被害者、そう思われなければなりません。怪しいと思われようが最悪取り敢えず敵では無い判定を貰わねば命が危ないですよ。

 細かい設定などは即興なため全くありません。予想外のところを突かれたら一気に崩壊して怪しさ倍増更にドン!です。その前にここまで言っても僕らが怪しいと思われているのなら残念ながらその時点でゲームオーバーです。僕一人のせいで世界崩壊待った無しですよハッハッハ……。

 

「……まぁいいわ。取り敢えず納得しとくわね。でも、貴方が言うようにネフシュタンの鎧を奪った何者かはノイズを使役している可能性もあるの。これからはそっちでも何か情報を入手したら他の誰にも言わずにまず()()()()()()()()

「分かりました」

「よろしい!それじゃ、またねん♪」

 

 そう言いながら何故か軽やかなステップでフィーネが遠ざかって行きます。あのちょっと面白いおBry……お姉さんキャラの仮面の下では大量虐殺を行なっても涼しい顔していると考えると怖いですね。最後の一言もその情報をフィーネに伝える=死、の定番パターンですかやだー。

 

「……どうしてあのような嘘を?」

 

 フィーネの気配が消えて、ってそもそも人の気配なんて僕は読めないんですけどね。まぁ近くにはいないと分かってホッとしていると隣にいたナスターシャが話しかけて来ます。正直緊張しすぎて存在自体忘れていましたよ。

 

「別に深い意味はありません。ただあの場で本当の事を言えばあまり良くない事が起きる気がしたので。いわゆる勘というやつですよ」

「研究者としてそれで良いのですか?」

「まぁ、誰も不幸にならない嘘ならついても良いんじゃないですかねぇ?それよりナスターシャとマリアたちは何故日本へ?」

「ああ。それは──」

 

 ナスターシャからマリアちゃんたちと一緒に日本に来た理由を聞くと、建前はさっきフィーネに言ったように装者のストレス解消の為に研究所の外へ出したのと、今のレセプターチルドレンたちなら外に出しても良いのではないかという実験を兼ね備えて許可が降りたようですね。

 確かに、今のマリアちゃんたちレセプターチルドレンたちと僕たちF.I.S.所属の研究員との仲は良好。中には外にいた時よりも居心地が良いと言う子もいますので脱走や問題を起こす事なんてありませんが、上の許可を中々得られない状況でした。

 

「そうですか。やっとあの娘たちにも外の世界を見せてあげられるのですね」

 

 まだ確定とは言えませんし、今回の件で登録されていないシンフォギアの存在を日本と各国に知られた可能性がある以上取り消しになる可能性もありますが、それでもマリアちゃんたちが自由になるかもしれない第一歩です。その事が僕は大変嬉しい!

 

「……それだけではありませんが(ボソッ)」

 

 ナスターシャが何やら言っていますが分かりません。ですがナスターシャがマリアちゃんが不幸になる事を率先してするとは思えないので特に問題は無いでしょう。

 

「先程の件、局長に話して話を合わせた方がよろしいのでは?」

「あーその方が良さそうですね」

 

 事実確認でフィーネが局長に連絡する可能性は十分にありますね。そこで話の食い違いがあれば確実にバッドエンド直行ですよ。なんなら即殺された方がマシな拷問が待っている可能性もありますねぇ。クリスちゃんが受けたネフシュタンの細胞の活動抑制のための治療の言い訳に使ったあの電撃なんて絶対食らいたくありません。痛いの苦手なんですよ……痛いどころでは済みそうにありませんが。

 

「ならこちらでそのように説明しておきます」

「すみませんね。っとっと。しまったもうこんな時間ですか」

「何か用事でも?」

「いえいえ。今回の件についてニ課の司令と少し会う予定だったんですよ。なので僕はこれにて」

 

 ネフシュタンの事とか自体はアニメで知っているので問題無いんですが、その他の犠牲者やあの時通路にいた人や残していった今回の実験のメンバーの安否を聞かねばなりません。うちの研究員で死亡した人はいないとの事ですが詳しい事は分かりませんからね。僕個人としても知らない人たちの事よりも長い間共にいた仲間たちの状態の方が気がかりです。

 

 ああ。でも。

 

「ナスターシャ。マリアたちに伝えてもらいたい事があるのですが」

「?なんでしょう」

 

 僕は無駄にイケメンなウェル博士の顔でなるべく人畜無害な正統派主人公のようなニッコリスマイルをナスターシャに向けて伝えます。

 

「『帰ったらOHANASIがあるので全員大人しく待っていなさい』、それと『逃げたらOSIOKI追加』ともね」

「……分かりました」

 

 一瞬ナスターシャが気まずそうに目を背けたのを見逃さない。

 うん。やっぱり言うべき事は言わないとね。いくらナイスタイミングで助けに来てくれて手放しで褒めてあげたくても約束を破った事には変わりありませんからね。そこは大人としてきっちりやっておかなくては。……マリアちゃんたちに嫌われたらどうしよう。嫌われたら生きて行けますかねぇ、僕。ショックで寝込む自信ならあるんですがねぇ!

 

 僕はナスターシャと別れて日本が核を持たない理由とも言われるニ課の司令である風鳴弦十郎さんの元へ駆け足で向かうのでした。

 ……フィーネのせいで遅刻は確定ですがねえええぇぇぇ!!!

 

 




自分の立てた計画なのに何者かに良いように使われているフィーネ。まるで最初から計画を知っているようなその手際の良さにその何者かに警戒度を強めるのであった……

まぁ、そんな敵いないんですかね!


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二十八話 辻褄合わせが面倒ですねぇ!

ウェル(オリ)の博士の災難はまだ終わらない。そう、まだ……


 ナスターシャと別れて数分後、僕はニ課所属の黒服の人に車を回してもらって弦十郎さんがいるらしい昨日の事件現場に向かいます。どうやら弦十郎さんも現場の後処理の手伝いをやっているみたいですね。組織の一部とはいえニ課のトップが何をやっているんでしょうかねぇ。まぁ、そんなお人好しというか甘いというか、それが風鳴弦十郎なんですがね。

 

 なんて考えながら待っているとライブ会場に到着しました。

 外観は特に大きな異常はありませんが出入り口は厳重に封鎖されており、沢山の警備員や政府関係者らしき人も多々見られます。あんな事があった後なので仕方ない事なんですけどね。

 僕は運転手さんに一言お礼を言ってから会場の警備員に事情を話して中に入ります。入り口付近は特に問題はありませんでしたが、ライブをしていた会場に近づけば近づくほどあの爆発の影響か床や壁に大きなヒビや天井が崩落している部分が見られてます。どれだけ爆薬仕込んでいたんですかフィーネ……。

 それに加えてこの場では不自然な灰や既に固まって赤黒くなっている部分もあります。大分綺麗にはなっていますが、おそらく今の見た目以上に悲惨な状態だったんでしょうねぇ。

 

(おっ。早速目標発見っと)

 

 かなり歩いたところで前方に会場の捜査をしているであろう人と話している弦十郎さんがいました。頭に包帯を巻いていますが大丈夫なんですかね?

 

「む、ウェル博士?」

 

 僕に気がついた弦十郎さんは捜査員らしき人に断りを入れて近寄って来ます。うん。そこまで大きな身長差は無いはずなのにでっかい赤い壁が近づいて来るみたいな圧迫がパないですね。

 

「こんにちは司令さん。頭の怪我は?」

「ああ。特に異常は無いが少々切ってしまっているようでな。医者が念のためにと巻いている。もう塞がってはいるんだがな」

 

 んー多分昨日怪我したはずだと思うんですがなんでもう塞がってるんですかね?……深く考えてはいけませんね。うん。

 

「それで、被害の方は」

「……まだ、調査中だ」

 

 若干目を逸らして言葉を濁している様子から多分おおよその被害は分かっていそうですね。それを口にしないという事はそれだけ被害が大きいんでしょうね。

 アニメでの死者の詳しい数字は忘れていて分かりませんが、確か一万人を超えていたはず。そこからマリアちゃんたちの加勢で多少は減ったでしょうが、それは僕が知る元の世界のアニメの中の死者数であってこの世界では現実で、仮に半分の死者だったとしても沢山の人が亡くなった事には変わりません。

 

(まぁ、死者の数を「数字」として見てしまっている時点で僕も相当毒されてきてますかね)

 

 これからもっと沢山の人が死ぬんだからこれくらい、と思っている僕がいるのは事実です。描写が少ないだけでアニメではこの数十倍以上の人間が亡くなっているでしょう。その中のたかが一万人、と思ってしまっている自分を殴りたくなりますよ。

 

「……ありがとう」

 

 ちょっと考え事をしていると弦十郎さんが頭を下げてお礼を言ってきます。はて、僕何かしましたっけ?

 

「博士の部下たちの迅速な避難行動と誘導、救助活動によって重傷者はいるがニ課での死者は少ない。観客の避難も滞りなく進められたようだ。ノイズの規模を考えれば被害は多少抑えられたと思っている。それもこれも博士の教えの賜だと」

「……聖遺物の研究をしている以上そういった事態に見舞われるのはよくある事なので」

 

 また知らないうちに僕の株が上がってたようですねぇ。

 ネフィリムの件があったので避難訓練は続けさせていましたがまさかこんな場所で役に立っていたなんて……やっていて良かったですよ。

 

「それと同時にすまない」

「ん?ああ。別にネフシュタンの鎧が奪われたのもノイズが現れたのも全て予測できる事ではありませんのでお気になさらずに」

「いや、それもそうなのだが……」

 

 んん?まだ弦十郎さんの歯切れが悪いですねぇ。被害が出ている以上全て上手く、とは言えませんが起きてしまった事を悔いていても仕方ありません。それに弦十郎さんにはこれからビッキーたちを導いてもらわねばならないのであまり気落ちされても僕が困るんですが。

 

「さっき博士の部下たちのおかげで被害は抑えられたと言ったが、実はその際、貴方の部下たちがかなりの大きな怪我を負ってしまったんだ」

「……なんですって?」

 

 おっと、予想外の事に声が低くなってしまいました。これではウェル博士のイメージが壊れてしまう。

 少し深呼吸して弦十郎さんから詳しく聞けば僕が会場であれこれやっている間にメンバーのみんなは逃げ遅れた観客や爆発で怪我を負ったニ課の研究員たちを必死で救助していたようです。そこはさっき聞いたので想像は出来てました。

 ですが爆発の際の火災や天井の崩落から守る為に己の身を犠牲にしてみんな大怪我を負ってしまったようです。しかもネフィリムの時の僕のような回復の余地がある大怪我では無く、四肢を切断しなくてはならないほどなどこれからの生活に支障を来たすレベルの大怪我のようです。

 

(死んでいないだけで儲けもの、と考えるのは第三者だから言えるものですかね)

 

 後でキチンと話を聞きにいくつもりですが、どうやらメンバーのみんなそこまで悲嘆しているわけでもなく、ナスターシャのように車椅子や義手義足を使ってでもF.I.S.で働くつもりのようですね。

 個人的には見知った顔がいなくならないという事で嬉しい反面、給料は良いですが何故こんな命の危険がある職場に残ろうとするのか分かりませんね。まぁ、人の事は言えませんけどね!

 

「そうですか」

「本当にすまない……」

「いいですよ。これも彼ら自らやった事なんですから。お礼の言葉は嬉しいですが謝罪は彼らの頑張りを無にする事と思ってください」

「すまな、いや、ありがとう」

 

 若干ですが弦十郎さんの強張っていた顔が緩んで幾分か優しい顔つきになりました。ガタイが良くて漢の中の漢なのに心も優しいから余計に守るべき対象の内である僕たちに守られて申し訳ないんでしょうね。でもこれから世界規模の大騒動に巻き込まれるんですからそんなメンタルで本当に大丈夫なんですかね?そっちの方が心配ですよ。

 

「そういえば、奏さんのご容態は?」

「うむ。少し無理をし過ぎて今は安静にしてはいるが特に目立った異常はまだ確認はされていないな。だが」

 

 おう……なんかすっごい真面目な顔になってただでさえ少し強面な顔が更に怖い顔になってますよ弦十郎さん。なんか下手な事を言えばフィーネより先に弦十郎さんに豚箱送りにされそうな凄みがありますねぇ。

 

「奏から聞いたのだが、ウェル博士、貴方は何故リンカーを所持していたのだ?」

 

 でーすよねー。そりゃ奏さんから聞きますよねぇ。特に秘密にしてほしいとも言っていませんし。それに()()()()を見たらなおさらですよねぇ。

 確認されている奏さんの戦闘能力を大きく超えた力。そんな都合の良いものを手に入れる瞬間なんてありませんでした。見た目も変わっていませんですしね。

 もしそんな力を手に入れる瞬間があったとすれば僕が奏さんにリンカーを渡した時のみ。

 

(でも僕も良くわからないんですよねぇ。なんですかあの馬鹿げたパワーアップは。火力のみに限定すれば一撃でもマリアちゃんたちの命に関わるレベルでしたよ……)

 

 ただアームドギアを振るうだけでノイズが面白いくらいあっさり消えていくのですから思わず固まってしまいましたよ。一人だけ無双ゲーやってるようでしたね。むしろノイズが可哀想なくらいでしたよ。

 考えられる可能性としては粗悪品とも言えるフィーネ製のリンカーによる適合率の上昇よりも僕の作ったリンカーの方が上昇する適合率の割合が高く、その上昇率の差が今までの奏さんと今回の奏さんの戦闘能力の差を生み出したってところでしょうか。そう考えたらどれだけ適当に作ってるんですかフィーネよ……。

 

「んん。実はさっき櫻井女史にも話したのですが、ノイズの出現を聞いてライブ会場の方に向かう途中に崩落した瓦礫の間に一人の研究員が巻き込まれていたので、助け出そうとしたんですがリンカーを託されたんですよ」

「む?その時には既に会場にいたのでは?俺の教えた道ならそう時間は掛からんと思うのだが……」

「ああ。貴方に教えられた道は通行止めされていたんですよ。なので遠回りしていたら警報が、ってな訳です」

「……通行止めなんて俺は知らんぞ。知っていたらわざわざ貴方にその道を教えん」

「そうなんですか?」

 

 おほう。また弦十郎さんの目が鋭くなりましてよ。ちょっと戦闘態勢に入ってませんかね?嘘を嘘で固め過ぎて何処が破綻しているのか分からなくなってきているんですが。いえ、大事な研究中にライブを生で見たい、とか教えられた道ではない所を通れば怪しまれるのは重々承知なんですがね。

 

「……実は会場全ての監視カメラのデータが消されていたらしい。しかも人為的にな。ノイズの現れたタイミングも考慮するとこの件はノイズを操る何かしらの手段を持った者の犯行と考えている」

 

 やっば監視カメラの存在忘れてました。多分フィーネの仕業ですね。監視カメラが作動していなければ好き放題動けますし。だから爆弾を設置したり勝手に通行止めなんて出来たんでしょうね。抜け目ないですが正直今回は助かりました。僕が映っていたら完全に不審者ですからね。

 

「なら貴方は僕たちの中に犯人がいると?」

「いや、最初はそう思ったがノイズの件は兎も角、ネフシュタンの鎧の強奪のためにあれだけの爆薬を会場に設置する暇は君たちには無かった。前日までの機能していた監視カメラにも爆弾が設置されたと思われるエリアに立ち入った不審者は映っていない。映っていたのは俺や了子君の所属する二課の者とスタッフだけ。だから()()()()()安全だ」

「……そうですか」

 

 もう答え言ってるんですがね。犯人の名前言っちゃってるんですがね!それを今言っても僕の立場が危うくなるので何も言えません。推理、サスペンス系の漫画や小説で犯人が分かっているのに主人公と仲良く話している犯人を見ている気分ですよ!そいつが犯人なんだと教えてあげたい!

 ですが今フィーネを捕まえようとしても下手したらまだ解析していないネフシュタンの鎧をフィーネが纏ってヤバァイ事になる可能性もなきにしもあらず。解析出来ていない分暴走の恐れもある。

 アニメ通りの性能のままなら弦十郎さんが戦えば楽勝でしょうが……今はフィーネ、というより了子さんを仲間と信じている状態ですからねぇ。覚悟も無く対峙したら迷いに迷いまくってあっさり負けてしまう可能性もあります。そうなったら詰みですよ。

 

(結局ビッキー頼りか。まったく情けないなぁ、僕は)

 

 これから起こる事を知っているのにどうにか出来る術がありません。なにせ僕はまだただのちょっと頭の良い研究者なんですから。戦闘能力なんて皆無です。

 

 それから弦十郎さんから教えられる範囲の今回の詳しい被害状況や怪我をしたメンバーの所在などを聞いて僕もお見舞い代わりに彼らに会いに行こうと弦十郎さんと別れます。彼も忙しいですからね。僕ばかりにかまけている暇はないはずです。

 ですが、これだけは言っておかねば。

 

「司令さん」

「なんですかウェル博士?」

「……今回はニ課の装者とあの謎の装者たちのおかげで被害は、不謹慎ですが、あれだけで済みました。しかし、生存者の今後はどうなるか分かりません。それを視野にいれておいてください」

「……分かった。肝に銘じておこう」

 

 それだけ言って今度こそ僕と弦十郎さんは別れます。

 これで弦十郎さんも今後起こる生存者バッシングの事を考えてくれるでしょう。あとの事は彼に任せます。というより日本を離れる僕には何も出来ませんしね。

 

(でも、マリアちゃんたちのおかげで死者はある程度抑えられたはず。そう悪い事にはならないでしょう)

 

 死んでいった者たちの冥福を祈りながら僕はライブ会場を後にし、その数日後F.I.S.に帰還しました。

 

 

 後日談と言うほどでもないですが、僕はF.I.S.に帰還後マリアちゃんたちに約束していた通り少し長めの説教をしました。

 本当は許してあげたいんですがね。マリアちゃんたちのおかげで沢山の命が救われたので怒るのも可哀想だとは分かってはいるんですが、約束を破った事には変わりませんからね。その辺りはキッチリしないと今後の彼女たちの成長に支障をきたすかもしれませんし。大人としてガツンと言ってやりましたよ。

 ですがその割にはマリアちゃんたちは少し嬉しそうにしていました。その理由を聞いたら初めて僕が彼女たちを叱ったからですって。

 たしかに、叱るのはナスターシャや他の研究員の役目であって僕は基本的にマリアちゃん達レセプターチルドレンを甘やかしていましたからね。僕が怒るのは彼女たちにしたら新鮮だったようです。

 

 完全に毒気を抜かれた僕は軽い罰と思って「一週間僕の部屋に立ち入り禁止」と命じました。僕の部屋に来る理由なんて遊んでほしいだけでしょうからね。特になんの問題もないでしょう。

 ……と思っていたら四人ともまるで示し合わせたかのように同時にどこで習ったんだ!?と思うレベルの綺麗な土下座をして。

 

「「「「ごめんなさい(デス)」」」」

 

 と謝られました。

 ……何故?

 




ウェル(オリ)よ、もう少しマリアちゃんの事を分かってあげなよ……


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二十九話 予想以上の悪い結果で笑えない

人によってはちょっと胸糞かもしれない。


 日本からF.I.S.に帰還して二週間が経ちました。

 

 重傷を負った研究員たちも無事、とは言えませんが本国に帰って来れましたよ。その後の生活資金も国で負担してくれる予定でしたが、なんとみんなそれを断って本気でF.I.S.に残留する事を決めていた事に驚きましたよ。さすがに冗談と思っていたのにみんな本気で説得しようとしていた局長やナスターシャが折れる姿は圧巻でしたね。

 今後は彼らの義手義足、ナスターシャと同タイプの車椅子等の生活補助具が支給されるようです。上手くいけば手足を失う前と寸分狂わないほどの性能にもなるらしいですね。この世界の技術怖っ。

 

 まぁそれはそれとして、帰って来てからというもの残されたネフシュタンの鎧のデータを解析しようにもほとんど破損していたため有益な情報はほぼありません。なので今回の実験は完全に失敗に終わりました。

 日本の損害とこちらのメンバーの負傷による賠償とか色々騒いでいたようですがその辺りは僕の管轄ではありませんからね。なるようになれです。その代わり、局長がここ最近寝不足で少し痩せてしまっているような気がしますがね……。

 

 そんなこんなで色々ありましたが徐々に元の生活に戻って……いたら良かったんですがねぇ。

 

(これは予想外でした)

 

 僕はコーヒーという名の黒砂糖水を飲みながらモニターに映る日本語で書かれたニュースを目で追います。そして読めば読むほど僕の感情が死んでいくような錯覚を感じていますよ。

 

「どうなさったのですか、ドクター?」

 

 話しかけて来たのはあのトレーニングにハマって鍛えている筋肉女性職員が飲み物を持って……ちょっと待って知らないうちに弦十郎さん並みのガッシリとした体格になっているんですが。よく見たら持ってる飲み物もプロテインって書いてありますし。この娘どこまで行く気ですか……もう胸が比喩表現的なのではなく本当の大胸筋ですよ。見た目で石より硬そうなんですが。

 

「んん。いえ、ちょっとあまり良くないニュースを見てしまいましたねぇ」

「……これは先日のライブ事件の?」

「おや、読めるので?」

「はい!私日本の伝承にあるような聖遺物が好きなので日本の文献を調べるために勉強しました!」

 

 おお。少し意外ですね。これだけ筋肉ついてるのに脳みそは筋肉じゃないようです。というか転生する前から僕は日本神話とかあまり詳しくないので下手したら僕より知ってそうですね。また日本人として不覚っ!

 

 なんて僕が心の中でガッカリしている中、僕の肩越しにモニターのニュースを見ていた彼女は最初こそウキウキした様子でニュースを読んでいましたが、その顔も徐々に曇っていきます。まぁ、このニュースを見れば誰でもそうなりますよね。

 

「……これは本当なのですか?」

「じゃなかったら良いなと思っていますよ」

 

 ニュースには先日のライブ事件の事が書かれた記事がデカデカと張り出されていました。それだけならまだ良かったんですよ。それだけなら。

 

『死者およそ七千人。その七割以上が逃走中の将棋倒しによる圧死や避難路の確保を争った末の暴行による傷害致死である』

 

 死者の数だけ見たらアニメと比べて多分三、四千人は助かった計算ですかね。マリアちゃんたちの活躍でそれだけの人数が生き残ったんですから大活躍とも言えなくもありません。

 ですがアニメではたしか三分の一が人の手による死でしたが、その数値が反転しています。もうこの時点で嫌な予感しかしませんよね。もう少し記事を読み進めたらその数値すら可愛く見えて来ますよ。

 

『現在、生存者一〇万人のうちおよそ一万人がライブ後消息不明』

 

 ……最初見た時は僕でも意味が分かりませんでしたよ。

 正直に言いましょう。ある意味最悪のくじを引いてしまったようです。

 

 記事にはまだ詳しく書かれていませんが、既に生存者のバッシングが始まっているようです。しかもアニメ以上の惨劇になってね。

 ちょっと無理をして日本のデータベースにアクセスしてみればこの一万人の行方不明者の一部はバッシングによる酷いイジメによって既に自殺又は行き過ぎたイジメによって殺されていました。

 その他の行方不明者は誘拐とか逃亡と言ったものでしょうが、その中の幾人が生きているのか。

 多分まだ明らかになっていないだけでもっと死者は出ているでしょうね。下手をしたら一万人というのも嘘でもっと上かもしれません。

 政府や警察もこれといった大きな動きもありません。まるでこの事態を傍観しているように見えます。いや、実際そうなんでしょうねこれは。

 アニメよりも沢山の人を救えたというのにアニメ以上に死者が出ています。もっと調べてみればバッシングによる波風は僕の予想以上に大きく、日本では大きな社会現象にまでなっています。

 ニュース番組を観ればその事を取り上げているチャンネルがほとんどですね。しかもキャスター全員生存者を非難する者ばかり。

 

「すぐそこまで死が近づいているのに後ろの人に『はい、どうぞ』と道を譲る人はこの中にどれだけいるんですかねぇ」

「それは……」

 

 ノイズというほぼ確実な死が迫っているんですよ?よほど人生を諦めている人くらいしかそんな事しません。そうでなければあの状態になればみんな同じ行動を取るでしょう。まぁ、それを言っても「自分はそんな事しない!」とかぬかす輩はいるでしょうがね。他人を救って満足できるのはそれこそアニメのビッキーのようなお人好しくらいですよ。

 

(何故こうなった……)

 

 マリアちゃんたちが頑張ったのに何故こんなあまりにも無情な結果になったのだろうか?

 ……いや、その理由は既に検討がついています。

 

 考えたくありませんが、可能性としてはおそらくはマリアちゃんたちの持つシンフォギアが原因でしょう。

 あれは国の機密の塊のような存在ですからね。シンフォギア自体は数年前から存在していたはず。なので一般市民がシンフォギアの存在を知らないという事はそれだけ国のお偉いさん方の情報操作は巧妙なんでしょう。

 ですが今回はマリアちゃんたちが、彼らにとっては登録されていない謎のシンフォギア装者が四人も現れたんです。そりゃ日本にしかないはずのシンフォギアが急に現れたらお偉いさんは大パニックでしょうよ。うちのお偉いさんがマリアちゃんたちの事を話していなければ。

 

(いまだにマリアちゃんたちの招集や詰問がないので他国には秘密にでもしているんでしょうね)

 

 伏せられている手札は多いほど良い。それがマリアちゃんたちの事なんでしょう。

 知らぬ存ぜぬを通すとなれば必然的に各国が互いに腹の探り合いが始まります。そしてその探り合いに巻き込まれた日本は自国の問題に手をつける暇なんてないでしょう。

 結果、極秘であるシンフォギアの情報が動画サイトなどで世間に露呈してしまう。一度漏れた情報を全て封鎖する事はほぼ不可能。同レベルの問題でもなければ、ね。

 

「……『ライブ事件で謎の美少女ヒーロー登場!?』、ね」

 

 モニターの一つに映し出された動画のタイトルを読みますが、その動画は既に消されています。探してみればおそらくシンフォギアを纏ったマリアちゃんたちを指すであろう動画は沢山見つかりましたが、僕が見た限りその全てが削除されて視聴できませんでした。

 他の情報サイトや掲示板でも探しますがそう言ったサイトもすべて削除済みです。

 全てのシンフォギアに関する情報が削除されている。そんな事、いったい誰が出来るんでしょうかねぇ。

 

 ええそうですよ。日本政府かあのGEDOUの野郎はライブ事件の生存者を生贄にしてシンフォギアの情報を消していたんですよ。少し調べればそんな痕跡なんていくらでも出てきて笑えてきますね。消すのに必死で自分の足跡が消えてませんでしたよ。

 

 倒す手段がないとされるノイズに対抗出来るシンフォギアという存在は世間にとって大きな存在でしょう。ですがシンフォギアは国の最重要機密。簡単に公にできません。

 なので政府のとった手段が生存者へのバッシングなんでしょう。その証拠にアニメ以上に生存者への当たりが強い記事ばかりです。これも政府が裏で手を回しているんでしょうね。

 結果はご覧の通り。シンフォギアに関する情報は生存者への非難の海に呑まれて全員が興味を失っています。これなら記事を削除するのも容易いでしょうね。

 

(弦十郎さんは何をやっているのか)

 

 行き場のない怒りが沸々と湧いてきますよ。一言とはいえ注意したのに何故弦十郎さんは動いていないのか。

 ……勿論分かってはいますよ。弦十郎さんはニ課という組織の司令とはいえどもニ課は政府の組織の一つ。しかもあまり風当たりがよろしくもないようなのでいくら怪物とか「日本が核を持たない理由」と言われる弦十郎さんでも発言権はあまりない。なのでバッシングの抑制も出来ないのでしょう。あのビッキー並みにお人好しな弦十郎さんが現状を見捨てるはずがない。

 

 全て前世の記憶と今のニュースを見比べて推測しているので本当は全く別の問題が日本政府で発生しているかもしれませんので確証はありませんよ。まぁ、既にセレナちゃんと奏さんが生存する世界なのでアニメのような歴史の流れにはなりませんでしょうがね。

 

「この事をあの娘たちには……」

「言うと思いますか?」

 

 言えるはずがない。マリアちゃん、切歌ちゃん、調ちゃんの三人もですが特に人一倍優しくて争い事が嫌いなセレナちゃんなんて自分たちのせいで救った数よりも多くの人間が死んでいると知ったらどうなるか。最悪気を病んで自殺する可能性も大いにありますよ。自殺しなくても装者として精神に致命的なダメージを負う可能性の方が高いかもしれませんね。

 

(……ビッキーも大丈夫でしょうかねぇ……)

 

 マリアちゃんたちもそうですが、このバッシングの渦中の中にいるビッキーも気がかりです。

 アニメよりも規模が大きいのなら必然的に生存者への当たりも大きくなっているのでビッキーに何があるか分かりません。未来ちゃんと一緒にいたとしてもアニメ通りのビッキーになるとも限りませんし、最悪本編が始まる前にお亡くなりになる可能性も存在しています。

 

(個人的にはグレビッキーはゴメンこうむりたいですねぇ)

 

 グレビッキー自体は好きですが目の前であの性格のビッキー相手にするのは骨が複雑骨折しますよ。元気なビッキーを知っている分、あの冷たい感じを実際僕に向けられたら泣きますよ。こう見えてクソ雑魚豆腐メンタルなんですから……。

 

 可能性を上げればキリがないですねぇ。既に歴史が変わっているのでグレビッキーになる可能性もビッキーが亡くなる可能性も、もしかしたら歪みに歪みまくって人類の敵になる可能性だってあります。

 なるようにしかならないとはいえ、あまり良くないルートに入った気がして頭が痛い……。僕のせいでシェム・ハやアダムに負けてバッドエンドとか嫌ですよ。

 

「……少し歩いてきます」

「分かりました。こちらで出来る事はやっておくのでごゆるりと」

「ありがとうございます」

 

 色々な事があって頭がパンクしそうなので断りを入れてちょっと部屋の外に出ます。変に空気が悪くなってもいたので居心地も悪かっですしね。頭を冷やすのにも丁度良いでしょう。

 

 まだまだシンフォギアという物語は始まったばかり、いや始まってすらおりません。それなのにまだこんな所でつまづいていてはG編が始まる前にまいってしまいますよ。ここは落ち着いて深呼吸を──

 

「「ドクター!!!」」

「メガンテッ!?」メキャ

 

 ぬおおおお!?久しぶりなのと完全に油断していたので衝撃をもろに食らったあああぁぁぁ!?身体が逆海老反りになっていると言っても過言ではありませんよ!?(過言)

 

「グフッ、き、切歌ちゃん、調ちゃん……そろそろ自分たちが成長しているという事を考えて下さい……ガクッ」

「「ドクター!?」」

 

 ゆ、揺らさないで……腰が……首があああぁぁぁ……。

 僕が逝きかけていると少し離れた所からマリアちゃんとセレナちゃんが慌てて走って来る姿が見えます。うん、走るたびに揺れる二人の大きな果実に目が行きそうになりますが今はそれどころじゃありません。

 

「大丈夫ですかドクター!?」

「あれだけドクターに飛び付くのは禁止って言っているでしょう!」

「「ごめんなさい(デス)……」」

 

 マリアちゃんとセレナちゃんに叱られて切歌ちゃんと調ちゃんはしゅんとしてしまいます。ここは僕が怒らないといけないのに許してしまいそうだ。まぁ、もう慣れた事なので既に許していますけどね。痛みには慣れませんが。

 

「ドクター!今時間はあるデスか!?」

 

 ひとしきり叱られた切歌ちゃんは説教が終わった途端満面の笑みで言いました。ちょっと情緒不安定と思うくらい感情の切り替え早いなあ。そこがまた切歌ちゃんらしいんですがね。それと調ちゃん?そんな僕の白衣の裾を引っ張って僕をどこへ連れていく気ですか?

 

「どうしたんですか?」

「みんなで育ててた花が咲いたみたいなのよ」

「切歌ちゃんと調ちゃんったら、ドクターに早く見てもらいたくて走っていってしまったので私たちも焦りました」

「そう言う事ですか」

 

 レセプターチルドレン専用の区画にある庭で花を育てていると聞いていましたが、どうやら無事咲いたみたいですね。それを僕に見せたくて急いで来たんですか。可愛いなぁ。

 

「んー。でもまだやる事が残って「こっちはお気になさらずにー!」……無いみたいですね」

 

 何処から聞いてたんだあの筋肉娘……耳まで筋肉によって強化されているんですかね?筋肉怖っ。

 

「なら早く行くデス!」

「早く早く」

「こら!ドクターも迷惑してるでしょ!」

「二人とも焦って転んではダメですよ?」

「「はーい!」」

 

 ……平和だなぁ。

 ここはこんなにも平和なのに、日本では醜い魔女狩りが起きているなんて考えれられませんね。

 やはり今はまだこの娘たちに日本で起こっている生存者バッシングの事を言わない方が良いでしょうね。いつか知る日が来るにしてもそれは今じゃなくて良いはず。もっと精神的にも肉体的にも成長して真実を受け止められるようになるまで黙っていましょう。

 ……その頃まで僕が生きていれば。

 

「ドクター!はーやーく!」

「はいはい」

 

 僕は切歌ちゃんに急かされながらも今の平和な時間を噛み締めて歩みます。

 

 ──そう遠く無い未来で訪れる別れの日まで。

 




何度でも、何度でも私は言いますよ。声が枯れるくらい!

私は!ギャグを!書きたいんだよぉ!

それと下手に期待されると私の胃が消えてしまうのでネタバレですが、一応ビッキーはアニメ通りのビッキーの予定ですはい。
これ以上ギャグ要員を減らされては終始暗い話になってしまいますのでねぇ!(ほぼ手遅れ)


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三十話 また僕何かやっちゃいました?

一応ギャグだから時間経過に関しては気にするな!
やっとギャグ回ですよ……



 あのライブ事件から早くも二年経ちました。

 

 大々的に取り上げられていたライブでの生存者のバッシングはなんと事件から半年も続き、最終的にニュースでは二万人となっていますが日本のデータベースによれば四万人という数の人間が「消息不明」となっています。しかもその中の七割くらいは既に死亡が確認されています。残りの三割の行方は今でも分かっていませんが、その中でまだ生きているのはどれくらいなのか、考えただけで吐き気がしますね。

 半年もの間あのバッシングを生き抜いた人たちも中には精神が病んだままの人や大きな怪我を負った人もいるようです。もしかしたらまともな人の割合の方が少ないかもしれない。そんなレベルですよ。

 

 調べたら弦十郎さんが頑張っていたようですね。上の人や政府にほぼ毎日のように問い合わせていたらしいですよ。まぁ、結果は芳しくなかったようですがね。

 中々良い返事を貰えなかった弦十郎さんは最終手段としてツヴァイウィングの奏さんと翼さんの名声を使い、別の大きなライブでファンを説得するという少し強引な手を使って事態を収拾したようです。

 ツヴァイウィングのライブで起こった事件というのもあり、最初はかなり大きな反発もあったようですが懸命に続けた結果なんとか魔女狩りじみた生存者のバッシングは減っていき、今ではなんとか落ち着いていますよ。

 ……まぁ、アニメと違い、というか描写が無かっただけで実はあったのか分かりませんが、全ての人間が生存者を許したわけでなく、事件から二年経った今でも燻っているようですがね。個人個人の思想が違うのでこればかりは仕方がありません。

 

 ちなみにビッキーの安否を確認したら今も生きているようです。未来ちゃんも別の県に引っ越し、とかはしていませんね。それを知った時は心の底から安堵しましたが……まだビッキーがどのような状態か分からないんですよねぇ。グレビッキーや闇落ちビッキーだったら胃が痛いどころか胃が消失しますよ。それに未来ちゃんとも仲良しのままなのか分からないですし。

 

 とまぁ、まだ重っ苦しい雰囲気が日本ではありますが、概ねライブの事件は終息したと言ってもいいでしょうかね。油断出来る状況ではないため完全ではありませんが。

 

 そして今僕のいるF.I.S.では。

 

「セレナは援護!調、行くわよ!」

「うん!」

「後ろは任せてください!」

「三人いっぺんはズルいデスよ!?」

 

切歌ちゃん vs マリアちゃん、セレナちゃん、調ちゃんが行われています。 

 

 勿論イジメだとか仲違いしたわけではありませんよ?

 現在、マリアちゃんたちには一対一や二対二の戦闘訓練だけでなく、二対一や三対一での訓練もしてもらっています。一対多の戦闘訓練は今後必要になる可能性がありますからねえ。そのための訓練ですよ。

 やはりというか何というか、一対三での戦闘はやはり三人側の勝率が高いですね。当たり前と言えば当たり前ですが。

 特に切歌ちゃんの戦績が一番悪いです。誰かとペアを組めば切歌ちゃんの突破力は強いのですが単体になると少々対応が遅れ気味なんですよ。そこをなんとか勘で補っているようなのが現状ですね。

 

 結果は想像通り、切歌ちゃんが終始押される形となって反撃する暇も少なくなり、あっという間に勝敗が決まりました。まぁ、マリアちゃんたちは切歌ちゃんの癖を知っているので三人で対応していれば見える展開ではありましたけどね。

 

「大丈夫、切ちゃん?」

「あう、全然歯が立たないデス……」

「でも前回よりも私たちの攻撃に対応出来ていますよ」

「あとは戦い方ね。単体の火力だけ見たら貴女が一番あるのだから知っていれば警戒するのは当然。あとはどうやって相手の懐まで行くか、ね」

「うう……難しいデス」

 

 セレナちゃんの言う通り、前回の同じ形式の戦闘訓練の時よりも戦闘時間は長くなりましたし善戦はしましたよ。調ちゃんの広域攻撃を回避しながらマリアちゃんとセレナちゃんのコンビネーションから目を離さずに少しは対応出来ていましたからね。十分成長していますよ。むしろ成長しすぎですね。ビッキーと翼さんとクリスちゃん、あといるかもしれない奏さんの四人ではかなり厳しいと思いますよ。キチンとした数値はありませんが、アニメと比べて見たところマリアちゃんたちの方がレベルは高そうですね。ビッキーたちの方が心配ですよこれ。

 

「四人ともご苦労様です」

「「「「ドクター!」」」」

 

 四人の戦闘訓練が終わってトレーニングルームにお邪魔しましたが、四人の声が完全にハモリました。しかも結構な大きな声だったので耳が痛い。

 

「ドクタぁ、また負けちゃったデスよぉ……」

「ははは。仕方ありませんよ。でも頑張りましたね」

「えへへへ」

 

 負けてしょんぼりしている切歌ちゃんの頭を撫でます。負けてはしまいましたが頑張った事には変わりありませんからね。

 相性的にも遠距離技はあるとはいえ基本的には近距離型の切歌ちゃんには辛いのによく戦えている方ですよ。切歌ちゃんの援護が出来る子がいればマリアちゃんたち三人相手でも勝てる見込みはあります。

 

 頭を撫でてあげてへんにゃりしている切歌ちゃんを見て僕も和んでいると平和な世界をぶち壊すような恐ろしい殺気が背後から感じました。

 

「何をやっているのかしら、ドクター?」

「グッバイ僕の人生」

 

 おおぅ。振り向けば目を吊り上げて明らかに怒っているマリアちゃんと無表情でじ────っと見つめてくる調ちゃんとニッコリしているのに目のハイライトがお留守のセレナちゃんが僕を見ていました。特にセレナちゃん?君下手したら何人か殺っちゃった雰囲気があるんですが。「もう一人くらい……良いよね?」とかサイコパスな言葉が似合ってそうだなぁ。スッと包丁とか取り出しても違和感なさそうだ(現実逃避)。

 

「んん。勿論、みなさん頑張っているのは分かっていますよ。切歌ちゃんの成長もそうですが貴女たちの連携もかなりの練度になっています。もしここにネフィリムがいても今の貴女たちなら余裕を持って打ち倒せるでしょう」

「本当にそう思っていますか?」

「ええ。嘘はつきませんよ」

 

 実際今のマリアちゃんたちのレベルならまだ生まれたばかりで殴るくらいしか攻撃方法がなかったネフィリムなら余裕で倒せるでしょうね。仮にまともなダメージを与える事が難しくとも簡単には負けないでしょう。それくらいレベルを上げすぎた感があります。現在の強さの四人がかりならGX編のオートスコアラーの誰か一体と良い戦いが出来るのではないでしょうか?

 

「むぅ、やっぱり勝ちたいデスよぉ!」

「でも切ちゃん。三人相手だとマリアやセレナでも勝った事無いんだよ?」

「ノイズ相手ならともかく、敵が考えて動く相手だと死角から攻められたら私でも対処が出来ないのよ?落ち込む事ないわ」

「むしろ私たちより切歌ちゃんの方が一番成長していると思いますよ?今日なんてアガートラームでは対処が難しい場面を切歌ちゃんは上手く回避していましたし」

「うう……でもぉ」

 

 まぁ、人間何事も勝負事になれば自分が不利な条件でも勝ちたいと思うものですからねぇ。切歌ちゃんは性格的に正直な分そういった感情が抑え切れないんでしょう。そういった部分も切歌ちゃんの長所で可愛いところなんですがねぇ。

 なんなら何かご褒美を用意してやる気を出させますかね。

 

「そうですねぇ……それならもし三対一の時に勝利出来たら僕が出来る範囲でなんでもお願い事を聞いてあげましょうか」

 

 ライブ事件の時、マリアちゃんたちが試験的にナスターシャと共に日本へ来た時の行動なんですが、実は上からかなり色良い返事を貰いました。

 正直機密中の機密のシンフォギアを世の中に曝け出してしまうという失態を起こしてしまったので下手したらマリアちゃんたちに何かペナルティを課せられると思っていましたが、局長が上の人と話し合った結果あの時の出来事は何やらプラスになる事があったらしくむしろ褒められたそうです。上の人の考えはいまいち分かりませんねぇ。

 とにかく、マリアちゃんたちの活躍のおかげでマリアちゃんたちを含めたレセプターチルドレンたちも今では研究員の付き添いというのは絶対条件ですが研究所から出て外へ行く事が許されるようになりました。中には一ヶ月くらい外にいた子もいますよ。……多分研究員と子供たちの間に何も無かった。と思いたい。

 なのでもし三対一の訓練で勝利出来たら外へ出て何か欲しいものでも買ってあげようと思ったのです。経費が落ちなくても僕のポケットマネーでなんでも買えますよ。

 

 なんて、軽い気持ちでいたのが運の尽きでした。

 

 ズンッと何故か一気に空気が重くなります。悲しくて重い雰囲気とかじゃなくて殺伐とした重い空気が。

 

「……ドクター。それは本当?」

「え?え、ええ。僕に出来る事なら多少難しくとも叶えてあげますよ」

「そうデスか。()()()()()()()()()()()デスか」

 

 あっるうぇ?なんか思ってたのと違うのですが。僕が思ってたのはお祭りに行く小学生的なイメージで切歌ちゃんは\(>▿<)/っていう感じで喜ぶと思ってたのに何かこう、画風が変わったというかなんていうか……ラブコメ画風からいきなり北斗◯拳みたいな劇画風な感じに変わったというか……。

 

「それは私たちにも権利はあるのかしら?」

「んー。そうですねぇ。切歌ちゃんだけだと不公平なのでマリアたちも同じく三対一の戦闘で勝ったご褒美に、ですかね」

「……聞きましたからね?言質は取りましたからね?嘘はダメですよ?」

 

 なんだ、なんだこの綺麗な花畑を歩いていたらいつの間にか一個爆発したら全部連鎖式に爆発しそうな地雷原に足を踏み入れた気分は!?冷や汗が止まらねぇ!!!それと同時に何故か身の危険をとてつもなく感じるうううぅぅぅ!!!

 

「マ〜リア〜。もう一回やりましょうDeath!」

「ええいいわよ。その代わり三人で本気で()()()()()()?」

「ごめんね切ちゃん。凄く痛いけど我慢してね?」

「死なない程度に手加減しますので安心してくださいね」

 

 おおう!?なんかマリアがまるでランサーの兄貴みたいにカッコよく槍を片手で回してスタイリッシュに構えてる!?

 調ちゃんのツインテールみたいなアームドギアの鋸も殺意増し増しで回転してますよ。何故か血塗られているように見える!?

 そしてセレナちゃん?パッと見貴女が一番まともそうですが何故か笑顔で嬉々としながら相手の臓物引き摺り出しそうなサイコパス感があるのですが!!??

 

「良いDeathよ。でも……」

 

 切歌ちゃんは今までみたいにあの大鎌を無闇矢鱈に回転するのではなく、ゆっくりと余裕を持って回転させて肩に担ぐポーズを取りました。

 ……なんだろう。このちょっとおちゃらけた雰囲気のキャラが実はえげつないくらいの、終盤に出てくるクッソ強い強キャラ感を醸し出しています。それと何故かいつもの「デス」が死を意味する「Death」に聞こえるのは気のせいですよね?

 

「怪我しちゃったらごめんなさいDeathね?」

 

 なんというのでしょうか、画風が戦闘に入った時のヒ◯コー並みに濃い感じになっているのですが。なんで顔の半分が影で隠れて、その隠れた方の目が赤く怪しく光ってるんですか?これはあれですか、誰か死ぬんですかね?

 

 なんて現実逃避気味に思考を別の方向に持って行っていたらいきなり三対一の戦闘訓練が始まりました。いや、もう訓練じゃありませんね。さっきまで本気は出していなかったのがよく分かるくらい殺意増し増しな戦闘ですよ。てか明らかにマリアちゃんたち切歌ちゃんを殺しにかかってますよ!?なんですかそのカスっても致命傷並みの殺意ある技は!?

 それに対して切歌ちゃんは飛来する大量の槍やら短剣やら鋸をまるでバターを切っているかのように大鎌で難なく切り裂いていくんですが!?しかも回避力上がってませんかね!?よく見れば地味に残像残していますし!?イガリマにそんな機能無いですよ!?

 

(あ。ネフィリムのパンチでも壊れない(推定)と豪語していた技術班の開発した壁が障子のように穴だらけの傷だらけになっていますねぇ)

 

 火力がバグりすぎてよくわからない事になってきていますよ。思考が考える事を放棄してきていますよ!

 これをビッキーたちが相手するんですか?え、大丈夫かな。()()()()()()()()()()()()()()?生き残っても五体満足かも怪しいですよ?というか僕がここにいるの忘れてませんか?さっきから衝撃波が凄過ぎて現実味がなくなってきているのですが。

 

『……ドクター。なんとかしてください』

「無理です」

 

 別室で四人の戦闘データを取っていたメンバーの一人から無茶振りが来ましたが……うん。無理ですね。巨大ロボットのバトルに一般人が巻き込まれるかの如しの無茶振りですよそれ。

 

『新調してからほぼ無傷だったトレーニングルームの損傷が僅か五分で二〇%超えました。計算によればあと三〇分もあればそこから青空が見れるようになるかもですね』

「僕に死ねと?」

『ドクターが戦火の種火なので責任を取ってください(乾笑)』

 

 通信機の向こうから他のメンバーの乾いた笑い声が聞こえてきます。中には「俺、この実験が終わったら結婚するんだ……」とか呟いている人がいるのでやめてほしいですねぇ!

 

 結局、四人の戦闘訓練という名のバトルロワイヤルを中々止める事は出来ず、トレーニングルームの損傷が八〇%を超えた辺りで偶々マリアちゃんたちの訓練風景を見に来たナスターシャが静かにマイクに向かって「おやめなさい」と一言言った事によってマリアちゃんたちは正気を取り戻したかのようにあっさり戦いをやめました。やはりナスターシャは凄いですねぇ。まぁ、その一言が何故か凍ってしまうかと思うくらい冷えたものだったのは気のせいだと思いたい。

 

 こうして、ナスターシャの活躍によって研究所の一角がネフィリムの再来と言えるほどの大規模な損傷が起こる前に強制的に終わらせる事が出来てトレーニングルームだけの被害に終わりました。

 翌日、マリアちゃんたちはナスターシャの説教と反省文と再教育(という名の注意)で丸一日潰れてしまったのは仕方のない事でしょう。むしろ甘過ぎる罰とは思いますが……誰も怪我をしていないので今回は許します。

 

 ちなみに、今回の損害の第一の要因が僕にあったとされて局長に酷く注意されました。

 ……何故?

 




でぇじょうぶだ。このバーサーカーマリアさんたちは本編に出てこない……はず。

次から本当の無印シンフォギア編に突入!
……なんですがF.I.S組は関係無いのでバッサリとカットする事になりそうですなぁ……


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三十一話 「シンフォギア」が始まるまであと……え?

生きてます\( 'ω')/


 この前の何が原因で起こったのか分からない、マリアちゃんたちの殺意増し増しな殺し合いとも言える戦闘訓練からはや一ヶ月。

 あの後四人はいつものような仲良しに戻ってホッとしていたのですが、あれから定期的に行なっている三対一の戦闘訓練の際には再びあの殺伐とした空気になってしまい、そのうち死人が出そうで不安ですよ……冗談抜きでその時のマリアちゃんたちの画風が変わっているように見えて怖いんですよ!あの戦闘力ならサンジェルマンさんたちとも良い勝負しそうですね。このまま成長したら未来さんの事考えずに殺す気満々ならシェム・ハにも通用しそうなまでありますよ……。

 

 まぁ、それは置いておいて。

 

「おかしいですねぇ」

 

 廊下を歩きながら手元のタブレットを操作して世の情勢を色々と調べているのですが、僕が求める情報が一切ないんですよ。

 

(時期的にもとっくに情報があっても良いのですがねぇ)

 

 僕が欲しているのはそう、「風鳴翼の初回特典付きCD」の事です。

 初回特典の事は別に良いとして、確かビッキーはライブ事件から二年後に自身を助けてくれた翼さんに会うためにリディアンに入学。お礼を言えない日々が続いていたある日に翼さんのCDを買うために商店街に行った時にノイズに遭遇してピンチになった時にシンフォギアを手に入れた、確かそんな感じの流れだったはず。

 肝心のビッキーがリディアンに入学したのは日本のデータベースで分かっています。個人情報にまでたどり着くのに結構危ない橋を渡りましたが、この世界の未来がかかっているんですから目を瞑ってください。

 細かな詳しい情報までは分かりませんが、どうやらビッキーはなんとかあの生存者バッシングを生き残り、未来ちゃんと仲良くリディアンに入学して普通の学生生活を送っているようですね。取り敢えず、グレビッキーや闇落ちビッキーじゃなくて良かった……いや、まだアニメにはない爆弾抱えてしまった可能性はありますか。

 

 そんなストーキング紛いな日々を過ごしていたのですが、どうもおかしいんですよ。

 

「なんでいまだに翼さんのCDの情報がないんですかね?」

 

 もうリディアンの入学式から一ヶ月が経っています。

 詳しい日付は分かりませんがビッキーがリディアンに入学からシンフォギアを纏うまでそんなに日は経っていなかったと思うので、最低でもCDの発売の予告くらいは出回っていても良いはずなのにそれが全くありません。

 

(奏さんが生き残った事によってズレたんですかね?)

 

 その場合、ちょっと洒落にならない問題が出てきますよ。

 仮にアニメのCD発売日より一ヶ月ズレたとしましょう。一ヶ月ズレた程度では何も変わらず、全体的な物語の時間が一ヶ月くらいズレるだけなら多少季節の違いはあろうともなんの問題もありませんよ。

 ですが逆に言えば一ヶ月ズレた事によって何かが変わってしまってビッキーがシンフォギアを纏わなかったり、纏う前に死んでしまったりしたら最悪中の最悪ですよ。ゲームの世界みたいに並行世界に入ったらアニメの知識がほとんど使い物にならなくなってしまいます。それはマリアちゃんたちの生死にも関わってきますよ。

 

「そんなに唸って、何かありましたか?」

「んー?いえいえ。大した事では無いですよ」

「そうですか。あ、この前の実験によるシンフォギアに関するデータどうしますか?」

「んーそうですねぇ。取り敢えず後で僕のPCにデータを送ってください。こちらでも確認しますので」

「分かりました」

 

 これからの事をあれこれ色んな想像をしているとあの筋肉女性研究員が僕に話しかけて……あれ、少し筋肉が少なくなっているような気が……はて?

 彼女の言うシンフォギアのデータとは今やってる神獣鏡を主としたものですね。でも進歩がほとんど無いので書くことなんてほぼ変わらないんですがね。良くてもレセプターチルドレンの中にいる神獣鏡の適合率がある子たちの事を書いているくらいです。まぁ、まだまだリンカーを使っても規定値まで届かないんですよねぇ。未来ちゃんの特別性が良く分かりますよ。

 

「そう言えば、貴女最近あまり運動をしている姿を見ていないのですが」

「あー。それがですね、最近ちょっと体調が優れないのか気怠いのが続いているんですよ。それに変に眠気もあったりしてあまり出来ていないんです。でも食欲は不思議とあるんですよね。酸味の効いた物が美味しくて美味しくて」

「おやおや。ですが無理はいけませんよ?確か貴女には婚約者、と言って良いのか分かりませんがいるんですから」

「分かってはいるんですけどね……」

 

 彼女がまだ少年だったレセプターチルドレンの子との婚約してもう五年ですか。早いものですねぇ。それに清い関係を続けていたようなのでここで彼女に何かあれば少年も可哀想です。

 

(……はて、彼女の症状何処かで聞いたような……)

 

 まぁ気のせいでしょう。ただでさえ同性でも体調の変化を気づきにくいというのに女性の体調の変化なんて特に分かりませんよ。医師免許持っているか目に見えて何かあれば良いのですがね。多分気のせいでしょう。

 

「あ、ドクターは知っていますか?」

「何をです?」

「今日ツヴァイウィングの特典付きのCDが日本で発売されるんですよ。私も予約はしているのですが届くまで日がかかるんですよ」

「そうなんですか」

 

 ふむ。やはりツヴァイウィングの人気は凄いですねぇ。

 実はF.I.S.の研究員のおよそ七割くらい彼女たちのファンなんですよね。世界的に有名ですからしたかないと言えば仕方ありませんが、それでも凄いですよ。国内ならともかく、外国までここまでの人気があるのはなかなかありませんね。それだけ彼女たちは歌が好きなのとこれまでの頑張りが評価された事というわけです。ほぼアニメとゲームの知識しかありませんが、このまま二人でもっと世界を目指してほしいです。

 

「そうですか。今日がツヴァイウィングのCDの発売……日……」

 

 ……んん?なんか、なんかとても嫌な引っ掛かりを感じましたよ。とてつもない見落としをしていた時の嫌な予感が。

 

「えっと、すみません。少し意識が飛んでいたので少し聞きます。今なんて言いました?」

「はい?ですから今日はツヴァイウィングの特典付きCDが日本で発売される日と言ったんですが……?」

 

 あーなるほど。そういう事ね。理解理解。いやーさすがウェル博士の頭脳。下手に頭に引っかかるのではなく最速で僕の引っ掛かりが何かを見つけ出してくれるとは。ありがたいったらありゃしませんね。本当に助かりました。

 何が分かったって?それはですね、僕は今まで翼さんのCD発売日=ビッキーがシンフォギアを纏う日と思っていたんですが、よくよく考えればアニメでは奏さんがお亡くなりになっているから翼さんはソロのCDを出していました。

 ですがこの世界では奏さんは生きています。そりゃ翼さんのソロのCDも存在はしているでしょうが、基本的にはツヴァイウィングとして翼さんと奏さんの二人の曲が多いです。片翼だけでは飛べないとはよく言ったものですよね。

 そこから考えれば本来翼さんのソロCDが発売する日がツヴァイウィングのCDが発売する日に変わってもなんの不思議はありません。

 簡潔に何が言いたいのだと言いますと。

 

「今日じゃねえかああああああぁぁぁぁぁ!!!」

「ふぇ!?どうしたんですかいきなり!?」

 

 はぁい賢者タイム終了ですよ!!!すみませんが貴女に構っている暇はありません!

 完っっっ全に失念していましたねぇ!奏さんが生きているのですからその可能性も十分ありましたよね!少し考えれば翼さんのCD発売日がツヴァイウィングのCD発売日に変わっていてもなんの不思議もありませんよ!なのになんで今の今までその考えに至らなかったのか不思議で仕方ありませんねえ!

 

(ああもう!直接にはマリアちゃんたちに関係ないし、アニメ通りなら僕がいなくてもビッキーたちならフィーネをなんとか出来るから失念していたんでしょうねぇ!)

 

 いや、もう二年前に奏さんを助ける為に僕とマリアちゃんたちは介入してしまってはいますがね!序盤とはいえ結構物語変わってしまっているのにちょっと楽観的過ぎましたよ。これくらいのズレは可愛い方かも知れませんねぇ!

 

「ッちょっと用事が出来たのでこれで失礼!あ、データの方はもしかしたら提出が少し遅れるかもしれせんが期日までには提出するのでお構いなく!それじゃ!」

 

 それだけ言い残して僕は急ぎその場から離れて自室に向かって全速力で走ります。子供たちがいなくて良かったですね。廊下を走る姿を真似されたらたまったもんじゃないですよ。局長とナスターシャの説教タイムはもう嫌ですからねハハハ。

 

 自室にたどり着いた僕は慣れないダッシュで口の中が若干鉄の味がするのを我慢して急ぎPCを起動させて、先日ビッキーの事を調べる為に危ない橋だと分かっていても使ったプログラムを再び使って日本のサーバーに侵入し、室外に設置されている監視カメラの映像を映し出します。時間的には一般の学校はまだ終わっていないのでリディアンの方もまだ授業中なんでしょうね。商店街はいつものように賑わっていて何の変わりもない平和な日常が広がっています。今から悲劇が始まるなんて誰が思うんでしょうかね。

 そこでふと気付きました。

 

(僕に何ができるのだろうか)

 

 アニメ通りではないかもしれませんが、これからほぼ確実にここで悲劇が始まります。描写が無いだけで百人を超える人々がノイズによって灰になってしまうでしょう。ですがそれを伝える手立ては僕にはありません。

 二年前と同じですね。ノイズが現れる事を誰に伝えれば良いんだって話ですよ。しかもあの時と違いマリアちゃんたちはF.I.S.にいます。今から何が起こるか分かっているのに僕に出来る事は何一つありません。出来るのは監視カメラの映像からノイズに襲われて灰に変わっていく人々の姿を見ている事だけ。

 僕の精神的な安全を考えればここでそっとPCの電源を切った方が良いでしょう。何も出来ないのなら最初から見なければいい。僕がそれを選択したところで僕以外これから起こる事を知る人はいません。誰かに責められる心配もない。

 

「……って諦められる性格ならセレナちゃんや奏さんを救っていないんですよねぇ」

 

 んー前世でもこんな性格だったかなぁ、僕。流れに身を任せてもっと色々諦めやすい性格だった気がするんですがねぇ。それともウェル博士ってやり方があれだっただけで意外と正義感のある人だった……わけないですね。うん。

 何と言うんでしょうかね。僕しか知らないのに何も出来ないからせめて灰に変わっていく人たちをこの目に焼き付けておこう、と思っている自分がいますよ。頭ではやめておいた方が良いと分かっているのに何故かその考えを辞められないんですよね。ウェル博士と混ざって変な化学反応でも起きたんですかね?

 

 なんて関係ない事を考えながら次々と監視カメラの映像を切り替えていきます。時間はそれなりに経ってはいますがまだ何も変わったところはな──

 

「ッ!」

 

 ちょっと油断していたところで違和感のある映像が出てきます。

 一見何の変哲もない映像ですが、夕方の商店街なのに人が映っていません。それに自転車やバックといったものが不自然に道路に倒れていたりします。

 

 そして何より……映像のあちこちで灰の山が無造作に落ちているのですから。

 

 急いで別の監視カメラに切り替えますが、多分タイミングが悪かったんでしょうね。さっきまで賑わっていたはずのカメラから次々と人の姿が消えて代わりに灰の山が沢山落ちていました。

 

「始まりましたか!」

 

 とうとう切り替えた監視カメラの映像にノイズが写り出されます。相変わらず、あんな物騒極まりない能力を持っている割に何処のご当地キャラだと思うポップさの見た目のせいで恐ろしさがいまいち伝わりませんが、その見た目に反して頭がおかしくなった犯罪者に爆弾のスイッチを持たせているが如くの恐怖の対象ですよ。

 次々と一般市民がノイズに襲われて灰に変わっていきますよ。そりゃもう拍子抜けするくらいにアッサリと呆気なくね。死体が残らないというのはこんなにも恐ろしいものなんですね。

 

(…この時のノイズはフィーネが呼び出したものなのでしょうか……いや、この時点ではビッキーがシンフォギアを纏えるとは分かっていないはず。わざわざ危険を犯してソロモンの杖を使う必要はありません。ならこれは自然発生した……?)

 

 そう考えたらほんとご都合主義な展開ですねぇ。ノイズが現れる可能性は通り魔事件に巻き込まれる可能性より低いと言われる程度。偶然とはいえそんな確率を引き当てた上にシンフォギアを纏う事になるビッキーも中々運が悪いですよ。自分で呪われていると言っていますがあながち間違いではないでしょうね。

 

 そうこうしていると時間は経ち、徐々に画面に映る景色が茜色に染まっていき、一部空も暗くなっていきます。時間的にはそろそろですね。

 気分が悪いなんてレベルじゃありませんよ。何も出来ないから見る必要はないと分かっていても次々とノイズに襲われて無情にも灰に変わっていく人たちの姿を見るのはかなり心臓に悪いです。時々灰に変わっていく人とカメラ越しに目が合ったような気がするのも気のせいだと思いたい。

 

 そしてとうとうあの瞬間が来ました。

 

 何処かの工場の監視カメラに高い建物の上で何かが空に向かって眩く光り輝いているのが画面に映ります。残念ながらその光が何かまでは分かるほど近くにカメラはありませんが、僕はそれが何を意味するのかよぉく知っています。

 数秒してから光が徐々に弱まっていき、カメラからあの光が見られなくなった瞬間、さっきまで光っていた場所から何かが別のビルに向かってかなりの速さで跳んでいくのが見えました。急いで追ってみれば案の定小さな女の子を抱えたビッキーがシンフォギアを纏っていました。

 

 そこからの展開は早いものですよ。

 突然変身ヒーローのような謎の鎧を纏って混乱していながらもビッキーは女の子を守りながら戦い、ピンチになった瞬間に颯爽と現れる翼さん。残念ながら奏さんの姿は見えませんねぇ。まぁ、本編でも翼さん一人でどうにかしていたので問題は無かったですがね。

 そして戦闘が終わり、二課の後処理班が色々動いている合間に黒いベンツに乗せられたビッキーはそのまま何処かへ連れて行かれました。その後の事はさすがに監視カメラで追っていては弦十郎さんたちにバレてしまうのでここでおしまいですね。この後の事は知っているので取り敢えずは安心です。

 

「……ここまではアニメと同じ流れですね」

 

 監視カメラ越しだったのでこの世界のビッキーがどんなビッキーか判断出来ませんでしたが、小さな女の子を救っていた事を考えれば多分アニメのお人好しビッキーでしょう。グレビッキーや闇落ちビッキーの線が消えたのでひとまず安心ですよ。まぁ、完全ではありませんがね。

 

(無印では僕たちの出番はない。G編突入まではそこまで気構えなくても良い……んでしょうかねぇ?)

 

 奏さんが生きている事がアニメと比べてどのような差異が起こっているのか分からないためまだ油断出来る状況ではありませんが、恐らく無印編は上手く行くでしょう。ビッキーがアニメ通りの「主人公」なら多少の差異はあれどもそこまでアニメと大きな変化はない……と思いたい。

 というか大きな変化があったらしわ寄せでマリアちゃんたちに何かあるほうが怖いですよ。僕の心は間違いなく、シンフォギアの主人公であるビッキーたち二課の装者たちよりも長年一緒にいたマリアちゃんたちの方に傾いています。ぶっちゃけビッキーたちに何かがあってもマリアちゃんたちが無事なら良いとも思っていますからね。まぁ、ビッキーたちに何かあったらマリアちゃんたちに……堂々巡りですねぇ。ですが人間なんてそういうものですよね。

 

「……さて。ここから僕はどう動くべきか」

 

 無印編で僕のやる事は無くとも、G編に入るまでにネフィリムを手に入れるためのルートの模索にリンカーの改良案、逃避行時の物資や資金の管理等やれる事はありますよ。まだフロンティアに関する情報も何も見つけられていませんしね。アニメではいったい何処からフロンティアの情報を手に入れたんだ……。

 他にもやれる事はあるので出来るのなら無印編が終わるまでにある程度は片付けておきたいですねぇ。マリアちゃん、セレナちゃん、切歌ちゃん、調ちゃんがG編終了後もスムーズに表の世界に立てるための準備もしなくては。

 

(弦十郎さんの連絡先も確保していますし。あとは上手く動くだけですか)

 

 先ほど述べたように奏さんが生きているのでアニメとは別の流れになる可能性もあるのでまだ監視は続けますが、基本的なこれからの行動方針を決めた僕は今できる事をする為に行動を開始しました。




筋肉女性研究員はモブですから!なんか登場が多いと思われてもモブですから!!物語に介入してこないモブですから!!!


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三十二話 着々と物語が進むようで

無印編はマリアさんたちの出番無いのでダッシュじゃ\( 'ω')/


 ビッキーがガングニールのシンフォギアを纏って早一ヶ月。

 

 やっぱり、というか既定事項ではありますがビッキーが二課に入ってからノイズの発生率が上がって来ていますね。一ヶ月でもう四件もノイズ事件が起きています。月に四回も通り魔事件に巻き込まれてたまるか!というかフィーネの仕事早いな。その仕事の速さをもっと別の事に使っていれば……。

 

「んーそれにしても見るに堪えない戦い方ですねぇ」

 

 監視カメラの映像でちまちまとビッキーの戦闘を見るんですが……マリアちゃんたちと年期が違うとはいえまぁ酷い。

 当たり前ながら素人丸出しで取り敢えずノイズを殴ったり蹴ったりしてるだけですよ。あのカッコいいビッキーとは雲泥の差ですね。一般人からしたらノイズを倒せる時点で英雄でしょうが、マリアちゃんたちの戦闘訓練を見て来た僕からしたら見ていられませんね。完全にシンフォギアのカ頼りの戦い方ですよ。喧嘩殺法のようなものですね。特に蹴りなんて何度かバランスを崩して倒れそうな場面もありました。まぁ、そこはまだギアの扱いに慣れていないで済ませられなくも無いですが。

 仕方がないというのは分かっているんですがね。この前までただの女子高生だったのにいきなり世界の脅威に立ち向かえる力を手に入れるとか、まるでアニメの主人公のようですねぇ!……アニメの主人公でした。

 

(今の姿だけ見ていると誰がここから世界を救う英雄になる姿を想像できるのでしょうか)

 

 まともな有効打はありませんが、マリアちゃんとセレナちゃんなら生身でも今のビッキーと良い勝負出来そうなレベルですよ。ノイズ相手ならともかく、対人戦なら武闘に長けた人なら多分誰でも勝てるのではないでしょうか?勿論、ビッキーから直撃をもらわない限りですよ。戦闘訓練していないとはいえシンフォギアの蹴りや殴りはそれだけで脅威ですから。

 

「あ。また翼さんに無視されてますねえ」

 

 何か翼さんに話しかけようとしていますが一瞥するだけで見事に無視。ビッキーが可哀想に見えてきますよ。監視カメラ越しでもビッキーが落ち込んでいるのがよくわかります。

 

 奏さんが戦闘現場に現れた事は今のところ一度もありませんが、ライブとか日本のテレビでは普通に出て来ているので生きてはいますね。画面越しではありますが無理している様子もありませんでしたし。

 恐らく、二年前のライブ事件かその後のノイズとの戦いで身体への負担が限界を超えたのではないですかね?元からガングニールの適性があまり高くない上にあの事件でかなり無理をしていましたからね。奏さんの意思とは関係なく、ガングニールの適性値がリンカーで補強しても足りないレベルまで落ちてしまったのかもしれない。その場合、翼さんがピンチになった時に死を覚悟してリンカー大量注入とか自殺行為とほぼ同義の事をやらないか心配です。

 

 まぁ、奏さんの事は今後の動向を注意しつつ今は観察に回るとして。

 

(そろそろクリスちゃんが出て来る頃ですかねぇ)

 

 確証はありませんが、記憶の中のシンフォギアでは無印編の期間はあまり長くないかと思われます。

 普通に考えて学校の入学式は三月か四月くらい、そこからビッキーがシンフォギアを纏って一ヶ月経っています。そしてGX編で海に行く描写があったはずなので八月か早くても七月後半。短くても三ヶ月は期間がありますがその間にマリアちゃんたちが動き出すG編があります。その辺りを考えたらそろそろ無印編も大きく動き出さないと色々おかしくなってしまいますよ。てかよくよく考えたら半年もしないうちに三回も世界の危機が訪れるとかこの世界怖いですねぇ……。

 

(まぁ、セレナちゃんと奏さんが生きている事で僕の知る正史とどう変わっているのかが問題ですがね)

 

 まだこれと言って目立つ変化はありません。いや、ビッキーがシンフォギアを纏った期間にセレナちゃんと奏さんが生きている時点で大変目立つ変化ではありますがね!ですがそれを考えても特に大きなアニメとの変化は見られません。安心出来る段階ではないので気が気じゃありませんよ……何か変わっているのなら早くそれが判明して欲しいですねぇ。

 

「はてさて、どうなる事やら……ん?」

 

 この後二課の方々がビッキーを回収に来るので今日のところはもう観察する事は無いと思ってPCの電源を落とした直後、部屋の扉を叩く音が聞こえました。はて、こんな時間に誰かな?

 

「すみません、ドクター」

「少し時間はありますか?」

 

 扉の前にいたのは確かマリアちゃんとセレナちゃんと同時期にF.I.S.に来たレセプターチルドレンの男性と女性ですね。確かセレナちゃんと同い年くらいだったはず。残念ながらシンフォギアへの適正は下から数えた方が早いレベルですが、二人とも今は研究員として働いていてとても優秀ですよ。分野によっては僕よりも上です。

 

「別に構いませんよ。何か困り事でも?」

「えっとですね……」

 

 んん?何か話があって来たというのにやけに言いにくそうな、いや、どちらかと言うと恥ずかしさで言いにくそうな感じですね。二人とも何度も互いの目と僕の方と交互に見ているだけで中々喋りませんねぇ。

 落ち着かせる為に中でコーヒー(お客様なのでちゃんとした苦いコーヒーですよ。自分の好みを押し付ける嫌な人では無い……はず)を入れようかと思い部屋に一度戻ろうとしましたが、その前に男性の方が意を決したのか顔を真っ赤にしながら背をピンと伸ばして見るだけで緊張していると分かるくらいカチカチになりながらも真っ直ぐ僕の方を見て来ました。

 

「こ、この度!彼女と!け、けけ結婚を前提にお付き合いする事になりました!!!」

「……あ、はい」

 

 いや、ここ廊下なんですが。普通に他の研究員が歩いているんですよ。なのにこの子は大声で何を言っているんだ?

 

「えっと、おめでとうございます……?」

「「ッありがとうございます!」」

 

 何故か二人とも満面の笑みを浮かべて僕に向けて頭を下げてきます。はて、なんでそんな嬉しそうにしているんですかね?すっごく幸せそうですね?なんですか、年齢<彼女いない歴(前世合わせ)の僕に対する当て付けですか?よろしい、ならば戦争だ。

 

「んん。二人とも僕が注意するほどの年齢では無いのでとやかくは言いませんが……何故そこで僕が出てくるのですかねぇ?」

「ドクターは私たちが小さい時にここに来てからずっと優しくしてくれました。捨てられた私たちにとって本当の父親以上の人です」

「ドクターがいなければ彼女にも、他のみんなにも会えませんでしたし、そもそも生きてここに立っているのかも分かりませんでした。こうやって僕も彼女も幸せになれるのはドクターがいてこそなんです」

「これから他のみんなにも報告して来ますがやっぱりドクターには……お父さんには最初に報告したくて」

「……そうですか」

 

 おうふ。純粋な目が眩しい……。

 二人の言葉は僕にとってもとても嬉しい言葉ではありますよ。初期のレセプターチルドレンたちはまだ僕の政策がF.I.S.内で全く広がっていなかった頃の子たちですからね。ほぼ生体実験とも言える実験やかなり劣悪な環境で死者もいた中生き残り、こうやってすくすくと育って自分たちの幸せを手に入れたんですから。嬉しくないわけがありませんよ。まぁ、最初はマリアちゃん、セレナちゃん、切歌ちゃん、調ちゃんの装者になる子たちだけ守って他の子は切り捨てようと考えていた僕がこの子たちから父親と呼ばれる権利があるのかと聞かれたら悩むところではありますがね。

 

「まったく……君は研究熱心でいつも僕や他の研究員の手助けをしてくれましたね。他人の為に動けるのは立派な事ですが夢中になると周りが見えなくなる時があります。それが悪い事とは言いませんが、これからは奥さんになる人を一番よく見てあげなさいね。

 

 貴女は少々人見知りで中々自分の意見を言う事が出来ませんでしたが、みんなにも分け隔てなく優しく、年長組の良いお姉さんとして小さな子たちの面倒を見てあげていましたね。その優しさを忘れないでいなさい。ですがもし彼が暴走したら貴女が止めるのですよ。大丈夫、困ったら僕に相談に来なさい。いつでも話は聴きますよ」

 

 二人の頭を小さかった頃のように優しく撫でる。ふむ。確かに身長も高くなって大人びてはいますが変わっていませんね。二人とも恥ずかしそうに、でも嬉しそうな笑みを浮かべていますよ。大きくなっても小さかった頃の面影はありますね。

 

「まぁ夫婦になるにしても節度は守るんですよ?他の子たちもいるんですから。僕が二人だけの部屋を手配出来ないか局長に相談しますのでそれまで我慢しなさい。色々と」

「な、ななななっ!?が、我慢するも何も僕たちはいいい今が幸せだからっあの!」

「ッ……」

 

 はっはっはぁ。二人とも顔がリンゴのように真っ赤ですよ。初々しいですねぇ。いつになるのか分かりませんが二人の子供がどんな子かたのしみですよ。取り敢えず末長く二人で仲良くして孫、ひ孫たちに囲まれて幸せの絶頂の中二人同時に安らかな最期を送る呪いでもかけますか……。

 

(……僕がこの子たちの子供を見る事が出来なくても、二人には幸せになってほしいものですね)

 

 その後少しだけ話をした後二人は他の仲の良かった人たちに話をしに行くと顔を赤くしたまま離れて行きます。あらあらまぁまぁ。恋人繋ぎなんてしちゃって。甘すぎて口の中が砂糖ぶちこんだみたいに甘ったるいですよ。末永く爆発しやがれコンチクショウ(血涙)!

 

「にしても知っているんですかね?結構な大声で部屋の前で話をしていたので通行人に二人の関係が筒抜けな事」

 

 まぁ、これから話をしに行くのですから広まるのは時間の問題なので別に良いですね。

 

「あら、ドクター」

「何をしているのですか?」

「ああ。マリアとセレナですか」

 

 二人の姿が見えなくなった辺りで示し合わせたかのようにマリアちゃんとセレナちゃんが現れます。今日はシンフォギアの戦闘訓練は無いはずなのに若干シャンプーの匂いがするので恐らく自主トレーニングでもしていた後なんでしょうね。

 

「いえなんでも無いですよ。ああそれともし後でここに来る予定があるのならコーヒーを淹れてくれませんかね?」

「別にいいけど……確かお砂糖切れていたわね」

「後で一緒に持ってきますね」

「あー。今日は砂糖はいいですよ。たまには苦いコーヒーが飲みたいので」

 

 さっきの甘々な二人を見てまだ口の中が甘いんですよ。甘いのは好きなんですがこの甘さは種類が違うのでさっきから胸焼けしそうなんですよね。だから苦いコーヒーを飲めば丁度良くなるのでは、と言う狙いだったんですが。

 

「えっ!!!???」

「だ、誰か!早くドクターを医務室へ!!!」

 

 砂糖はいらないと言っただけなのに何故かセレナの短い悲鳴とマリアの切羽詰まった声を聞きつけて近くにいた研究員と医療班の方がすっごい焦った顔で走って来たと思ったらそのまま担架に乗せられて医務室まで運ばれて行きました。

 ……なんで?

 

 ────────────────────

 

 ──同時刻 日本。

 

 所変わって日本の特異災害対策機動部二課のメインルームでは司令である風鳴弦十郎とツヴァイウィングのマネージャー兼奏と翼の護衛である緒川慎次、その後ろにはニ課専属の研究者である櫻井了子、その他のオペレーター複数人である作業をしていた。

 

「──それで、何か有力な情報はあったのか?」

「いえ。中々尻尾を掴ませないどころか影も形も分かりません……」

「そうか」

 

 弦十郎はオペレーターの一人である藤尭朔也の返答にがっかりしながらも「やはりか」と言う言葉が出かける。

 

 シンフォギアの装者は現在日本で奏と翼の二人しか確認されておらず、他の装者どころかシンフォギアが開発された情報もない。第二号聖遺物であるシンフォギアも存在はしているが現在は行方不明となっている為、それを合わせても三つしか存在していない……はずであった。

 二年前のツヴァイウィングのライブで起きたノイズ事件、あの時に奏と翼を助けた謎の四人のシンフォギア装者を今でも弦十郎たちは探し続けていたのだが二年経った今、奏のガングニールが破損時に飛散した欠片を身に宿した立花響という一人の少女が一ヶ月前に突如覚醒した。

 ライブ事件の際にもガングニールらしきギアを身に纏った者がいた為三槍目のガングニールなのかと騒がれたが、実際は身体の中にあるガングニールの欠片の反応によってシンフォギアを纏うというイレギュラーだった。

 

 ここまでなら二年前のライブ事件の被害者で、偶然ガングニールの破片が身体に埋め込まれた立花響が生命の危機を目の前に偶然装者に覚醒した、と言う話で済ませられるのだが。

 

「一ヶ月でこの付近にノイズが四度も現れただけで異常事態だと言うのに、その全てを何者かが監視しているのならば」

「ああ。それも響君がシンフォギアを纏ったタイミングからだ。まるで最初から全て分かっていたかのようだ」

「このところのノイズ被害もその「何者か」が犯人なのかしらねぇ」

 

 了子は少々気が抜けてはいるものの、弦十郎や慎次は逆に気を抜かずにジッとモニターを見ていた。

 

 一ヶ月前の響がシンフォギアを纏ったタイミングで周辺の監視カメラが何者かにハッキングされた形跡が発見された。しかもその後四度のノイズ被害全てに戦闘区域に配置された監視カメラがハッキングされていた。相手はよほど狡猾なのかハッキング経路が世界中に散らばっており、その上毎回経路が変わっているため中々ハッキング元にたどり着けないでいた。

 ノイズ被害の急激な増加と響がシンフォギアを纏ったタイミング的にその者が直接な関係は無いにしても何かしらの関係はあると弦十郎は睨んでいる。

 

 しかし、弦十郎や慎次とは違う考えを持っている人間が一人いた。

 

(これは米国の差金か?だが私がノイズを放つ事も立花響がシンフォギアを纏う事も誰にも分かるはずがない。元からそうなると知らない限り、な)

 

 偶然にしては出来すぎている、と了子ことフィーネは思っていた。そして同時に二年前の自身が起こしたライブ事件で聞いた話を思い出す。

 あの時、まるで見計ったかのようなタイミングでF.I.S.にいる四人のシンフォギア装者が現れ被害をかなり抑える結果となった。その結果だけを見れば何も知らない人間からしたら奇跡でしか無いだろう。

 だがフィーネはまるで何者かが自身の計画を知っていてそれを利用されたかのように見えて仕方が無かった。しかも響の件についてもまるで最初から分かっているかのように監視カメラをハッキングしていたのも気になっているところでもある。

 

「(仮に私の計画がバレているにしても米国でも機密であるF.I.S.に謎のメールを送れるほどの腕を持ち、さらには上手くあの場に装者四人を集めさせるとは。それに加えて二課の情報収集能力を用いても未だに姿形すら見えぬか。侮れんな)……それじゃ、私はそろそろ響ちゃんのデータを整理しに研究室に戻るわね」

「ああ。君も無理しすぎるなよ」

「わぁかってるわよぉ!弦十郎くんったら心配しすぎ!」

 

 計画自体の変更は出来ないがある程度修正は必要であると判断したフィーネは適当な理由を述べてその場から立ち去る。姿が見えない第三の敵の妨害に怒りが込み上げてくるが今は大人しくしなければならないと自分を律していた。

 メインルームから出て行くフィーネを弦十郎は横目でジッと見つめていたのだが、計画の修正を考えているフィーネがその事に気がつく事はなかった。

 




ウェル(オリ)が夫婦誕生に口から砂糖を吐いている頃、ニ課の方々は勘繰りしすぎてシリアスになり一周回って正解に近いというね。そしてウェル(オリ)博士はみんなのお父さん……独身なのに子沢山ですな。

ウェル(オリ)「100人以上いるレセプターチルドレンのみんなが毎回僕に報告とか疲れますよ……」
作者「そうですね(レセプターチルドレン同士だけとは限らんがなぁ!)」
ウェル(オリ)「(今嫌な予感を感じた)」
作者「(せやで)」
ウェル(オリ)「(こいつ直後脳内に…!)」


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三十三話 そろそろ無印編も後半ですかねぇ。

シンフォギアの時系列を勘違いしていたためどうしようかなぁ、と思いましたがこれもウェル(オリ)博士の勘違いという事で全て丸く収めようかと。ウェル(オリ)博士を「シンフォギアは好きだがそこまで深く詳しくは無い」という設定で命拾いした_(:3 」∠)_


 ビッキーが翼さんに無視されて意気消沈した戦闘から三日が経ちました。

 いやぁ、昨日は戦闘の中でビッキーを認めない翼さんがブチ切れてビッキーに殺意増し増しで刀を向けた時はビビりましたよ。カメラを拡大して少々画像は粗かったですがキレているのは丸わかりでした。

 アニメだからあの仲違いというか、戦う覚悟が弱いビッキーにキレた翼さんの戦いは面白く観ていられましたが現実で起こっているとなるとハラハラドキドキがヤバくて心臓に悪いですよ。

 あのシーンは確かビッキーが初陣くらいで起こった戦闘なのに既に一ヶ月経っていますからね。奏さんが生きているために起こった差異なんでしょうが、アニメと違う道を進んでいるのは確かです。なのであそこで翼さんがうっかりビッキーを殺してしまう事も、あるいはあの戦いでビッキーの戦う意思というか心がポッキリ折れてしまう可能性もありましたからね。結果は何事も無く物語通り進んで良かったですが本当に心臓に悪いですよ。

 

(にしても弦十郎さんは本当に人間なんですかねぇ……)

 

 翼さんの放った天ノ逆鱗を生身の拳一つで止めるどころか粉砕した時は分かっていても自分の目を疑ってしまいましたね。訓練とはいえマリアちゃんたちの戦闘を間近で見ていたから分かります。あれを生身で止められるはずがありませんよ……しかも殲滅力よりも一撃の火力に振り割った天ノ逆鱗ですよ?いくら無印時代の翼さんだったとはいえ生身で止めるとは……人間じゃねぇ!……人間じゃなかったですわ……いや人間でしたね(遠い目) 。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 ビッキーがシンフォギアを纏って結構経っていますが翼さんとの仲違いシーンも終わりました。という事は近日中に二年前にライブ事件で盗まれたネフシュタンの鎧を身に纏った、全身ピッチリとしたネフシュタンインナーを着て身体のライン丸わかりの変態と言われても言い逃れ出来ない姿のクリスちゃんが出て来ますねぇ……。

 

 なーんて考えていたんですが。

 

「ふ、ふふふ……今回の僕は一味違いますよ」

 

 今度はビッキーがシンフォギアを纏う日をうっかり間違えていた時の反省を活かして、今回はきちんと調べています。

 確かあの時は未来ちゃんと一緒に流れ星を見に行く約束をしていたはずなので、気象情報や星の観測情報などの色々な情報を調査して計算した結果、日本で流れ星が観れるのはなんと!

 

「今日じゃねぇかあああぁぁぁ!!!」

 

 んんデジャビュ!しかも最近!でも今回は僕は悪くないですよね!?

 調べていて思ったのですが、よくよく考えたらアニメより一ヶ月も日にちがズレているのになんで流れ星が降る日はアニメと同じなんですかね?ご都合主義にもほどがありましょうよ!?

 

「やっば。という事はビッキーは今頃……」

 

 急いでビッキーの様子を確認する為に日本の監視カメラに無断で侵入します。そろそろ日本では日が落ちる頃合いなので多分今の時間帯だと市街地か丁度駅地下に降りる頃だと……。

 

『おおおりゃあああぁぁぁ!!!』

「おっふ!?」

 

 映し出されたカメラにめっちゃ怒ってるビッキーが映り出されて危うく椅子から転げ落ちるところでした。

 

(そうでした。確か未来ちゃんと流れ星見に行く約束してたのにノイズが現れて行けなくなりそうで暴走しかけてたんでしたっけね)

 

 いつもの素人のような戦い方ではありますがいつも以上に荒々しく、まさにノイズをサーチ&デストロイ状態でカメラ越しでも威圧されてしまいますよ。うっわ、今ノイズを引きちぎりましたよ。血とか飛び出ませんが実際この目で見たら中々エグいように見えますね。これで人間のように赤い血が噴き出るものなら大惨事ですよ……。

 そのまま追いかけて駅地下の監視カメラから見続けていると予定通りブドウみたいな爆弾を引っさげたノイズがビッキーを襲い、その直後追撃もせずに地上に逃げていきますがその後すぐタイミング良く現れた翼さんの蒼ノ一閃にて難なく撃破。爆弾を撒き散らすというちょっと厄介そうな性能してながらアッサリやられすぎではないですか?

 

 ビッキーと翼さんの間であまりよろしく無い空気が流れる中、ここで現れるのが二年前にフィーネによって強奪されたネフシュタンの鎧を身に纏ったクリスちゃん!うん。やっぱり下乳はエロいですねぇ。うら若き女性がしていい格好じゃありませんよ!……いえ、シンフォギアの方も大概ですけどね。なんという格好をマリアちゃんたちにさせてやがるんですかフィーネは。余計に腹が立って来ましたね。

 あらら。ビッキーったらあの首が長いノイズが吐く白い糸で身動きが取れなく……放送禁止ですねこれ。アニメと違い艶かしいというかなんというか、明らかに不健全なアニメの特殊プレイみたいになっているんですが。これでギアが、またはインナーが溶けるなんて事になったら満場一致でアウトですね……。そんな薄い本ありそうだ。

 

 クリスちゃんはネフシュタンの鎧の性能を十分に使い、身動き出来ないビッキーを置いて翼さんを追い詰めていきます。二人のギア無しの基礎的な戦闘能力を比べると翼さんの方に片寄りますが、纏っている物のレベルが違うからでしょうね。身体能力の差をカバーどころか大きく抜けています。有効打どころか手足も出せていませよ。

 

「んー、それでもマリアちゃんかセレナちゃんなら対応出来そうな……」

 

 実際出来るわけではありませんが、さすがに苦戦はするでしょうけど二人なら例え一対一でも十分ネフシュタンクリスちゃんと良い勝敗出来そうに見えますねぇ。

 切歌ちゃんと調ちゃんも合わせた三対一での訓練が身を結んだんでしょうね。一撃の威力はともかく攻撃の密度はクリスちゃんの方が負けてますので回避は余裕でしょう。

 鞭での範囲攻撃も翼さんは苦戦していますが、あの程度の速さならセレナちゃんのアームドギアである短剣が変形して蛇腹剣みたいになった形態の方が早いですよ。マリアちゃんも戦闘センスはセレナちゃんより高いので難なくクリスちゃんの懐に潜り込めそうですねぇ。なんなら調ちゃんのあのツインテール型のアームドギアの先端に馬鹿みたいにデカい鋸に変形したアレの方が脅威ですよ。避けても追撃してくるんですから。

 

 アニメ通り奇跡的な逆転劇も無く、戦闘は翼さんは劣勢の状態で追い込まれて行きます。そして翼さんは秘策として自爆技でもある絶唱を使ってクリスちゃんは大きなダメージを受け、クリスちゃんがソロモンの杖で召喚していたノイズたちは綺麗さっぱり消えてなくなりました。

 ネフシュタンの鎧が大ダメージを受けて焦ったクリスちゃんは絶唱によってほぼ戦闘不能になった翼さんを放っておいて戦線離脱。まぁ、ここでもし冷静だったらネフシュタンの鎧の回復を待って、ビッキー連れて行かれてフィーネの実験台にされていた可能性もあったのでホッとしましたがね。

 その後は車で現場に急行した弦十郎さんが現れてかつてのセレナちゃんと同じ目やら耳やらから血を流す大怪我した翼さんを緊急搬送。その時一緒にいた奏さんも顔が真っ青になって目を瞑ったままの翼さんに呼びかけ続けている姿は痛々しかったですね。

 ビッキーは無事救出されてますね。拘束はされていましたが目立った外傷は無さそうですので一安心。ですが意識を失っている翼さんを見てかなりショックを受けている様子。見ていて心配ですよ。

 

「……今回はここまでですね」

 

 この場での戦闘は終わり、後は事後処理班の仕事ですね。もう得られるものは無いでしょう。

 アニメ通りなら翼さんは無事ですし、ビッキーも色々追い込まれますが弦十郎さんとの特訓で覚醒して一気にパワーアップを果たすはず。そうなれば安心して今後の戦いを見ていられますよ。まぁ、強敵もどんどん出てきますが。

 

「それにしても……改めて見るとネフシュタンの鎧はかなり強力ですねぇ」

 

 今は無印時代なのでギアの強さは一番弱い状態ですしビッキーたち装者もある意味一番レベルが低い時です。それでも翼さんよりも一段も二段も上の強さを誇っていますから、仮にXV編でネフシュタンの鎧を纏ったらシェム・ハとどれくらいのレベルの戦いになるんでしょうか。ああでもそこまで物語が進むと逆にギアとの親和性というか適合率というか、装者たちとの相性が更に上がってギアからの補正も上がりネフシュタンの鎧よりも強くなっていたりしますのですかね?ちょっと気になるな……。

 G編から使うS2CAによって改善されますが、やはり現時点の絶唱は使用者の負担が大きいようですね。セレナちゃんもそうですがシンフォギアの適合者である翼さんでも数週間は安静にしていないといけないほどのダメージを受けるんですからね。調律して絶唱の負担を軽減させるビッキーは凄い。さすが主人公です。まぁ、今は普通のノイズにも苦戦するような初心者ですがね。

 

(ふむ。ネフシュタンの鎧の性能と絶唱による装者の身体への負担は今後のために要研究案件ですね。ビッキーを拘束したノイズはG編に入ったら足止めに役に立ちそうですねぇ。でもあのタイプってG編に出ましたっけ?あまりアニメと違う動きをしない方が……いやでもセレナちゃんや奏さんが生きてるから手遅れか。しかしそう考えてもあまり乖離を起こさない方が……)

 

 んんー。ゲームのような別世界として認定されているのなら問題は……色々ありますが、本来のアニメの世界線から抜け出せていないのであればアニメと同じような流れに戻そうという歴史の修正力的なのが働いてセレナちゃんと奏さんが死んでしまう可能性はまだありますか。

 何度も言いますが、闇落ちビッキーやビッキーが途中で死亡する可能性もあるような世界線は絶対嫌ですよ……。みんな幸せハッピーエンドな世界なら良いんですが、それが分かるのはまだまだ先の事のような気がしますねぇ。

 

「……さてさて、これからどうしたものか」

「何か困ってるの?」

「うおう!?」

 

 今後の事を色々試行錯誤していると後ろからいきなり声をかけられて思わず声を上げて驚いてしまいます。完全に意識外からでしたので余計にビックリしましたね。

 後ろを振り向けばいつの間にか僕の部屋に入って来ていた調ちゃんと思いっきり目が合います。そのまま手元に目をやればトレーの上に湯気の立つ、コップの半分くらいまで入ったコーヒーとスティックの砂糖(未開封大袋)が置いてありました。

 

「ごめんなさい。マリアみたいにどれくらいお砂糖が必要か分からなくて……」

「別にいいですよ。その辺りは僕の匙加減ですから」

 

 いつもマリアちゃんかセレナちゃんが持って来てくれるので、初めて調ちゃんが持って来てくれた事が嬉しくて頭を撫でてあげます。調ちゃんは嬉しいのか少し顔を赤くしながらもなすがままにされていてとても可愛いですねぇ。

 ちなみに一度だけ切歌ちゃんが持って来てくれた事があるのですが、それはもうギャグ漫画レベルの見事な転倒からの僕の顔面に熱々のコーヒーがぶっかけられるというアクシデントからマリアちゃんとセレナちゃんに持ち運び禁止をされています。少し可哀想ですがまぁ、仕方ないですね。

 

「……それで、何かあったの?」

「いえいえ。ちょっと日本のシンフォギア装者の戦闘を拝見していただけですよ。見ますか?」

 

 なんだかんだで調ちゃんもマリアちゃんたちF.I.S.の装者以外知りませんからね。興味があるのでしょう。少しソワソワしていましたので少し移動して調ちゃんがパソコンの画面を見やすくしてあげます。

 

「うん。ありが、と、う……」

 

 しかし、少し嬉しそうに身を乗り出して今日のビッキーたちの戦闘シーンがいくつか映し出されたパソコンを見た瞬間、調ちゃんの動きが止まります。はて、何かありましたかね?

 

「どうかしましたか?」

「……ドクターはこういうのが好きなの?」

「はい?」

 

 ジト目というか、少し非難するような目で見られて益々分からなくなります。おかしいですねぇ。特に何か不自然な事はなかったはずですが……それに「好き」とは何を指すのだろうか?

 不思議に思って調ちゃんの横からさっきの戦闘映像と映像から抜き取った一部の静止画が写っている画面をよく見ます。ふむ。映し出されたのは今も再生している戦闘映像を除いて四つの静止画があります。

 

 一つ目は、液体のような白いものが身体全体にまとわりついて動けなくされているビッキー。

 

 二つ目は、下乳と脇を主張した身体のラインがよくわかるピッチリしたネフシュタンの鎧のインナーを纏っているクリスちゃん。

 

 三つ目は、クリスちゃんの攻撃でギアやインナーが傷つき、切り傷と共にその下の地肌が見え始めている翼さん。

 

 四つ目は、翼さんの絶唱によってネフシュタンの鎧が大ダメージを受けて胸元の装甲や下腹部の装甲が大きく破壊され、インナーも大きく破れながら地面に倒れるクリスちゃん。

 

 ……ふむ。

 

「調ちゃん。これは違います」

「何が違うの?」

「とにかく違います」

「ふーん」

 

 取り敢えず無罪だと主張します。だってこれは事故ですよ。故意ではありません。たまたま映っていたのがビッキーや翼さん、クリスちゃんのギリギリスリーアウトな映像だっただけだ!大事な部分は写っていないのでギリギリセーフなんだ!(矛盾)

 真顔で違うと言う僕と真顔でジッと見つめてくる調ちゃんというよく分からない状態ですが必死に目で違うと訴えかけ続けます。調ちゃんならきっと分かってくれるはず!でも完全に調ちゃんは疑ってますねぇ!?僕は悲しい!!!

 

「……それじゃぁ、マリアたちに内緒にする代わりに、私のお願い聞いてくれる?」

「僕に出来る事ならなんなりと!」

 

 何も悪い事はして無いはずなのに思わず土下座する下僕の勢いで調ちゃんに笑みを向けます。多分、今の僕の笑顔は色んな意味で眩しい笑顔でしょうね。自分で分かっていますので調ちゃん、そんなに引かないで下さい。そろそろ泣きますよ?

 

「それじゃ……」

 

 少し引き気味ながら嬉しそうに何かを言おうとした調ちゃんでしたが、そこで何かを思ったのか急に黙って何か考え出します。調ちゃんはとても良い子なので悪巧みとかではない……はず。

 

「どうかしました?」

「ッ!う、ううん。何も……」

「そうですか。それより、お願いとは?」

「……今は内緒」

「ええぇ……」

 

 微笑みながら人差し指を口元に持っていって小悪魔チックにウインクする調ちゃん。おかしいなぁ。調ちゃんはこんな物静かなメスガキっぽい事あんまりしなかったはずなんですがねぇ。不覚にもちょっとドキッとしてしまいました。可愛いさと少しの妖艶さを持ち合わせいて反則じゃありません?僕でなければ危ういですよ?ついでに僕も色々危ういですよ……。

 

 調ちゃんのお願いが何なんのか気になりましたが、この直後マリアちゃん、セレナちゃん、切歌ちゃんが遅れて遊びに来てしまい結局有耶無耶になってしまいました。勘違いは解けたのだろうか。

 僕は悶々としたまま調ちゃんのお願いが僕に叶えられる無理のないもので、僕が生きているうちに叶えられてあげられるものであれと祈りながら、僕は静かに切歌ちゃんの久し振りな不意打ち飛びつきを喰らって腰が死にながら気を失うのでした。




まだウェル(オリ)博士は疑心暗鬼ですが、基本的には原作通りに進みます。大幅な原作改変と過度な期待は作者が耐えられねぇ_(:3 」∠)_


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三十四話 特にアクシデントもなく平和にやって来て平和に終わる無印ラスボスバトルってね。

取り敢えず今回で無事無印編終了\( 'ω')/


 調ちゃんに勘違いされたままさらに数週間が経ちました。多分、まだ誤解は解けてない_(:3 」∠)_

 

 あれからは奏さんがちょくちょく顔を出す以外では特に原作と相違点も無くつつがなく(?)物語は進んで行きました。

 戦う決意をしたビッキーがパワーアップしてネフシュタンクリスちゃんと良い勝負をしたのはともかく、搬送途中のデュランダルを手にして暴走したビッキーの一撃は凄まじいの一言でしたよ。監視カメラが一瞬真っ白になった後壊れてしまい、付近の別の監視カメラにアクセスすれば戦闘のあった場所が大きく削られていたんですからね。今のビッキーでそのレベルならXVでデュランダルが登場したらとんでも無い事になりそうですよ。無印編で破壊される運命で良かった……。

 

 その後もネフシュタンではなくイチイバルでクリスちゃんがビッキーと戦ったり、フィーネの元から去ったクリスちゃんがノイズに襲われたり、復活した翼さんと奏さんがビッキーと未来ちゃんと一緒に休暇を楽しんでいたりと、僕の記憶の中のシンフォギアの物語の流れと大きな差はなく進んで行きました。

 そして今日、元フィーネのアジトだった荒地と化した古城でクリスちゃんと弦十郎さんが出会い、一時的な協力体制を取る事になりました。

 さすがに対ハッキングがされており、フィーネのアジトの監視カメラに潜入するのに骨が折れましたが少々遅かったようですねぇ。

 

「まぁ、決戦の日である事は変わらないんですがね」

 

 既にビッキーと翼さん、援軍として現れたクリスちゃんの共同戦線によって市街地に現れた大量のノイズ群を相手に戦っています。お、空を飛ぶ大型ノイズに向かってクリスちゃんが巨大ミサイル撃ちましたね。やっぱり殲滅力という点ではクリスちゃんが頭一つ飛び抜けています。

 

(さてさて、この後確かリディアンにもノイズが現れるんでしたっけね)

 

 もうじき市街地でのノイズ掃討は終わりますが、そのタイミングでリディアンにノイズが出現。ノイズによる混乱に乗じて二課で保管されているデュランダルを奪取しカ・ディンギルのエネルギー源にする。それがフィーネの考えたこれから起こるシナリオ。

 

 そして、おそらく今がフィーネを説得出来る最後の瞬間。

 

(んー。正直説得するメリットはあまり無いんですがねぇ。むしろこのまま退場してもらいたい)

 

 レセプターチルドレンを道具扱いした事や誘拐して来た事、そして今起こっているノイズによる事件、二年前のライブ事件もそうですね。これらを考えたらフィーネを生かしておく必要性はありません。個人的にマリアちゃんたちを道具扱いしたのが一番許せませんですがね。

 そりゃ、仲間にすれば後でやって来るエルフナインちゃんと一緒に二課、その頃にはS.O.N.G.ですか、の助けに大きく貢献するでしょう。ああ見えて研究者、科学者としての腕は最高峰には変わりありませんし。

 ですがアニメでは一期で退場後、フィーネがいなくても問題無かったのも事実。無理に助けてその後の流れを変に変えてしまうよりかはこのままお亡くなりになった方が……。

 

「……なんて考えていたらマリアちゃんたちに嫌われますかねぇ」

 

 特にセレナちゃんですね。あの娘はビッキー以上に敵でも手を伸ばそうとする優しい子ですからねぇ。押しが弱いだけでフィーネの事を知れば多少の無理をしてでも助けようとする姿が目に映りますよ。まぁ、もしマリアちゃんたちに万が一があればバーサーカーになってしまうかもしれませんが……。

 G編を迎えるに当たって、XVで判明するエンキの関連以外のフィーネの事を知る事になるため、フィーネの事を知ったセレナちゃんは自分たちを誘拐した張本人であってもきっと悲しむでしょう。ですが出来るのならそんな悲しい思いしてほしくありません。例えそれが一時的なものであっても父親代わりに彼女たちを育てた僕個人が嫌なのでね。

 

「自分勝手にやらせてもらいますよっと」

 

 監視カメラを切り替えたら丁度リディアンがノイズに襲われている場面でした。仕方がないとはいえ既に多くの犠牲が出ていますね。

 

 僕はこの隙を狙って二課内部に配置されている監視カメラにアクセスします。本当はずっと前からできていたのですがさすがに本部内の監視カメラは逆探知される可能性が大き過ぎたためやっていませんでした。

 しかし今は本部の真上で突然のノイズの出現によって混乱中。今ならあのオペレーターの二人……やっべ名前ど忘れしました。んん。とにかく、今の二課なら僕の行動に気付ける可能性は低い……はず!

 

「……お。これまた丁度良いタイミングですねぇ」

 

 ある場所の監視カメラにアクセスすると、そこにはフィーネと対峙する弦十郎さんが映っていました。その後ろには緒川さんと未来ちゃんがいます。というか何故クリスちゃんの時にあったインナーが消えて露出増えてるんですか。

 電波障害なのか会話の内容まで聞き取れませんでしたが、直後弦十郎さんとフィーネの戦いが始まって……んー鞭って確か音速超えませんでしたっけ?ネフシュタンの鎧のあれが厳密には鞭状の武装であって鞭ではないかもしれませんが、何故そんなものの攻撃をあっさり避けられるんですかね?先端なんてカメラに映らないくらい速いのに。しかも何故そんなものを簡単にキャッチ出来るんですかねぇ?音速で振られる上に痛そうなトゲトゲが付いてるのにその僅かな結合部に。うわ、弦十郎さんのボディーブローが見事にフィーネの腹部にヒット!手加減しているんでしょうが、弦十郎さんが本気でボディーブローしてたらこの時点できっとフィーネは倒されていたんだろうなぁ。まぁ本気でやったら跡形も無くなりそうですが。

 

 弦十郎さんの一撃を受けてダウンするフィーネに止め(気絶)をさそうと大きく振りかぶった弦十郎さんでしたが何故か一瞬硬直します。確かこの時一瞬フィーネが了子さんの真似をして動揺を誘ったんでしたっけね。そして逆にフィーネの一撃で腹部を貫かれるというか大ダメージを負ってしまいました。普通これで死んでますよね?なんでこの人生きてたんだろうか。頭吹っ飛ばすか心臓破壊しないと死にそうにないですよね。弦十郎さんって。

 

 ダウンした弦十郎を放っておいてフィーネは弦十郎さんのポケットから携帯端末を取り出すと近くにあった扉に当てて開け、中に入って行きました。残念ながら中の様子は監視カメラが壊れているのか、そもそも無いのか分かりませんが見る事が出来ませんでした。しかし中にデュランダルがあるのは明白。そしてこの後はカ・ディンギルのチャージ完了時間までビッキーたちと戦う流れですね。

 

「てなわけで、ここで僕が介入っと」

 

 フィーネが扉の先に行ったのを確認して僕は自分用の携帯端末、ではなく別に用意された未使用の携帯端末でとある番号に連絡を取ります。

 

「はっは〜!こんにちは〜!ど(↘︎)お(↗︎)も(↘︎)ど(↘︎)お(↗︎)も(↗︎)〜!」

『…………』

 

 ……滑ったな。なんか怒られる気がする。てか消される気がする。

 

 僕だとバレないようにちょっとテンション上げて見たんですがなんの返事もないので本当に繋がっているのか確認しますがキチンと繋がっています。はて、なんで反応しないんですかねぇ?まぁ別に良いんですが。

 

「んん。別に貴女の邪魔をする気はありませんよ。フィーネ?」

『…………』

 

 敵意がない事を示しますがまだ反応が無い。もしかしたら向こうの声を拾えてないのかな?せめてこちらの声が向こうに届いているのなら良いんですが、届いてもいないのに独り言のように喋ってたら恥ずかしいですよ。

 

「まぁ、色々聞きたい事はあるんでしょうが大切な計画の途中で無駄な事はしたくないと思うので僕のただの独り言だと思って聞いてください」

 

 さぁて。説得タイムといきましょうか。

 と言っても、エンキの真実を隠したまま説得は不可能でしょう。なら真実を全部言えば良いじゃないかと思うかもしれませんが、計画完遂直前で今やっている事は無駄な事でエンキの意思に反していると言って信じると思います?特に今はフィーネの長年の悲願が達成される直前なんですよ?僕だったら適当な事を言って止めさせるための嘘だと思いますね。タイミング的にもあまりにも都合が良過ぎますしね。

 なので少々捻くれたやり方で止めようと思います。

 

「貴女のやろうとしている事は失敗しますよ。何故かって?貴女がやっている事は完全に悪役がやる事です。悪の野望を阻止するのに正義のヒーローは付き物ですからね。そこで多分、貴女はこの世界にヒーローなぞいないとでも思うでしょうが、別にヒーローは一人だけとは限りませんし、ヒーローはみんなの思いを力に変えて、とかよくありますからねぇ」

 

 実際、シンフォギアじゃなくとも良くある物語の展開ですね。ラスボスとの戦いで窮地に陥った主人公が味方やこれまで会って来た人たちの思いを受け取って勝利っていうのは。テンプレってやつですよ。あれ、でもこれを言ったらフィーネが警戒してビッキー殺しちゃったりしませんよね?

 

「それに仮にカ・ディンギルが無事放たれても別の意味で貴女の計画は無意味ですしね。まぁ、頑張ってください。エンキと再会できる事を願っていますよ。もし生きて出会えれば僕の正体を明かしても良いですね。それでは」

 

 言いたい事だけ言って通話を終了します。

 不思議ですよねぇ。誰にも言っていなかった計画と悲願を知っていそうな言い方に疑問を持たないはずがありません。それに加えてエンキという名前を出せば余計ですよ。そして悲願達成目前で失敗を断言されれば正体が気にならない訳がない。

 フィーネの性格からしてここでカ・ディンギルは止めないでしょうし、上手くいく可能性は限りなく低いですが、この電話で僕の正体が多少なりとも気になってあのまま消滅する運命を取らなかったら大成功。失敗したら仕方がない。まぁ、アニメで今後の活躍は無い人ですから退場しても問題ないですから少々気が楽ですね。

 

(……どう転ぼうともこれで一期は終了。多分フィーネは負けて月が落ちて来るでしょう。となればその数ヶ月後にG編が始まって僕たちの出番ですか)

 

 いや、奏さんが生きている事によって何かしらのアクシデントが起きてビッキーが敗北してしまう可能性もまだありますがね。そうなったらアニメ通りの流れは諦めてマリアちゃんたちと共に戦うしかありませんかね。

 だけど不思議とそうならない予感がします。アニメ通りフィーネが負けて月が落ちて来ると確信を持って言えます。んんー不思議!

 

 その後はアニメ通りの展開でビッキーたちはなんとかフィーネを打ち倒し、フィーネは置き土産として残していったカ・ディンギルによって砕かれた月の破片を引き寄せましたがエクスドライブしたギアの力を使ったビッキーたちの活躍によって地球に迫っていた月の欠片は破壊され、未曾有の大災害にならずに済みました。

 ルナアタックと名付けられた大事件は無事に幕を下ろし、予定通りビッキーと翼さんとクリスちゃんは行方不明という名の軟禁状態に。ビッキーたちがすぐに出て来れると知っていますが、せめて未来ちゃんにはビッキーが生きていると知らせても良かったと思うんですがねぇ。まぁ、死んだと思った主人公たちが生きていたという感動的なシーンといえばそうなんですがね。

 

 取り敢えずこれでアニメ一期は終了です。結構長い間監視カメラでビッキーの様子を見ていましたが、特に僕の覚えのあるアニメのシンフォギアと大きな違いはありませんでしたね。奏さんが生きているという時点で大丈夫かかなり心配でしたが問題無くて一安心ですよ。でもよく考えたら奏さんが生きている事でつばクリ展開がガッツリ減ってかなつば展開が増える気がしますねぇ。でも叶うなら個人的にはクリスちゃんと奏さんから激しく責められる翼さんとかゲフンゲフン。

 

(……さて、僕も念のため計画の確認と準備をしておきますか)

 

 一瞬襲って来た邪念を振り払って僕は頭の中で考えている計画と必要な準備を再確認します。必要な物は多く、やる事も山のようにありますがマリアちゃんたちの為にもやっておかなくてはいけません。それにF.I.S.から僕が居なくなる前に色々怪しまれないように引き継ぎとかもやらなくてはいけませんしね。ふふふ。

 

 と、その前に今日は久しぶりにマリアちゃんたちと共にめいいっぱい遊んでおきますかね。まだ時間はありますがこれで最後になるかもしれませんし、何よりG編が始まるまでマリアちゃんたちとの思い出を作っておきたいですからね。彼女たちには色々と悪いですが、せめてこれから縁を切る事になる彼女たちの笑顔を脳裏に刻み込んでおきたい僕の我儘ですよ。

 

 僕はそう遠く無い未来にやって来る最期に背を向けたくなる思いを抑えて計画を進めていく──




G編からまたウェル(オリ)博士の活躍が……あるかもしれない(ぬ〜◯〜感)。

次回はG編に入る前日談という名の日常回……のはず。


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外話 フィーネ

G編入る前の日常回と言ったな?あれは嘘だ( 'ω')

かなり端折りますし、ウェル(オリ)博士には関係ないですしなんなら読み飛ばしても良い話ですがちょっと入れたい場面でしたので短め。


『────もし生きて出会えれば僕の正体を明かしても良いですね。それでは』

「……切れたか」

 

 フィーネは連絡が切れた事を確認すると再度掛け直す事もせずに弦十郎から奪い取った携帯端末を放り投げる。どのみち掛け直したところで先の弦十郎との戦いで一部が壊れており、何度呼び掛けてもこちらからの声が届かず向こうからの言葉しか受け取れなかったため意味が無いのだ。

 

(それにしても、私の事だけでなくあのお方の事さえ知っているとは……何者だ?)

 

 人間の遺伝子情報内に施された「刻印」を持つ者を器とし、 未来永劫にフィーネを再誕させ続ける「リインカーネイション」と呼ばれるフィーネの作った輪廻転生システム。

 器に宿ったフィーネの魂には、人格の他これまでに得た能力、および記憶が残されているため転生を繰り返すことで肉体の枷に囚われない、無限の寿命を実現している。

 自分を止める為の嘘だと言いたいところだが、まだ誰にも話していないはずのカ・ディンギルの正体を知っているような口ぶりや遥か遠い過去から生きているとも言えるフィーネには現代で生きている者には決して知るはずのない、フィーネの想い人の名前を知っていたため簡単に嘘だと決めつける事は出来ない。それ故に今の電話の主が何者なのか気になっていた。

 

(錬金術師共の差金か?いや、仮に彼奴らが何かであのお方にたどり着いたとしてもわざわざ私を止める必要はない。止められるかはさておいてそんなまどろっこしい真似をしなくとも直接私の元に来れば良いだけの事。

 なら他の組織か何か?だが私とあのお方を繋ぐ情報は現代に残っていないはず。仮にあったとしても都合良く発見出来るとは考えられん)

 

 遥か昔の同胞がフィーネのリインカーネイションシステムと似た、又は同類のシステムを使用して当時の記憶が蘇ったという線や偶然が奇跡レベルで重なった悪戯電話という考えもあったが、どれをとっても納得のいく答えに辿りつかなかった。むしろ未来や過去が見えていると言われた方が信憑性があったとさえ思えてくるほどだ。

 

「まぁいい。何を言われようとカ・ディンギルの起動を止めぬ。私の目的はあのお方にもう一度会い、この想いを伝える事だけなのだから」

 

 迷いを振り切って程なくしてやってくるであろう装者の迎撃の準備をするためにフィーネは歩き出す。最大の難所であった弦十郎も戦闘不能になったため後はカ・ディンギル発射まで不確定要素であるシンフォギア装者を押さえておけば良い。それも完全聖遺物であるネフシュタンの鎧の力があれば容易な事であった。

 

 ──それに仮にカ・ディンギルが無事放たれても別の意味で貴女の計画は無意味ですしね。

 

 先の言葉が頭の中で再び引っかかる。

 そもそも何が無意味なのか。別の意味という事は自分のやろうとしている計画は二重の意味でやっても意味がないという事だが、その無意味とは何を指しているのだろうか。

 しかもそれが予めわかっているかのような物言いが計画を進めようとするフィーネに違和感としても残るのだった。

 

 ────────────────────

 

 

 ──────────────

 

 

 ────────

 

 

 ────

 

 

 

 フィーネの計画は抜かりがないはずだった。

 カ・ディンギルは発射されたが雪音クリスの決死の絶唱に一度は斜線をずらされたのは予想外ではあったものの、再度放てるだけのエネルギーはあったためボロボロの装者二人では止められないと思っていたからだ。

 しかし立花響の暴走によってフィーネは大きく隙を見せ、その隙を突いて風鳴翼も決死の特攻によりカ・ディンギルは致命的に破損。再び撃てるように修復するのに何年かかるか分からないレベルだった。

 計画を阻止されて怒りに震えるフィーネだったが、そこで生き残っていた立花響に奇跡が起こる。

 リディアンの生徒たちの想いのこもった歌によって立花響、風鳴翼、雪音クリスは再び立ち上がり、自身たちの纏うシンフォギアの限定されていた能力を解除された強化形態「限定解除(エクスドライブ)」を発動させたのだ。

 

 フィーネはソロモンの杖と呼ばれるノイズを召喚する事が出来る聖遺物を使って街を侵食するレベルでノイズを召喚するが、限定解除化した三人の前ではただのノイズでは歯が立たず、驚異的なスピードで殲滅していった。

 そこでフィーネが次に打った手が大量のノイズを身に纏う事で巨大な赤い竜のような姿になり、圧倒的な戦闘能力も再生能力で再び立花響たちを再び追い詰めた……はずだった。

 

 確かに立花響たち三人の装者は簡単に負ける気は無いとはいえ赤い竜の姿になる前のフィーネであれば逆に太刀打ち出来なかった可能性すらあるほど、 限定解除により戦闘能力は向上しているのは事実であった。その可能性を考慮して少々無理をしてでも確実に倒せる手を打ったつもりであったのだ。

 現にフィーネの予想通り、ネフシュタンの鎧による高い再生能力とデュランダルによる無限のエネルギーの供給によって限定解除化した装者たちの半端な攻撃なら厚い装甲で完全に遮断し、それすらも超える強力な一撃を受けても瞬時に回復する事が出来た。この時点で、装者たちが自分を打ち負かす事なぞ出来ないとフィーネは思っていた。

 

 だかしかし、まともなダメージを受けていないというのに装者たちは諦める事なくフィーネの攻撃を回避し、執拗に攻撃を繰り返して来る。いまだにその一撃がフィーネには届いてはいないが、何故かフィーネは自分が焦っている事を自覚していた。

 

 

 ────貴女はこの世界にヒーローなぞいないとでも思うでしょうが、別にヒーローは一人だけとは限りませんし、ヒーローはみんなの思いを力に変えて、とかよくありますからねぇ

 

 

 装者たちが今まで扱う事の出来なかった限定解除を発動させた時のことを思い出しながらあの謎の人物からの電話を思い出す。

 ヒーローは一人だけとは限らない。それはヒーローではなく単純に戦力が増えるという風に見れば納得いく説明だ。ここまでならフィーネも不思議には思わない。

 だがみんなの思いを力に変えて、つまり他者からの思いを文字通り自身の力に変えるなぞ、非科学的な現象をフィーネは認められなかったのだが、限定解除化しただけではあり得ないほどの苦戦に、認めたく無いと思いながらも頭の中ではそれが正解だと告げていた。なにより、自身もたった一人の愛しい人への想いの為にここまでやって来たのだ。自分の気持ちが負けているとは思わないが、思いの強さというものは認めるしかなかった。

 

 そんな一瞬とも言える僅かな思考の揺らぎが勝敗を決した。

 

 風鳴翼の強力な一撃により赤い竜の装甲を一部破壊。破壊された部分から侵入した雪音クリスが内部でミサイルを放ち、その衝撃でフィーネはデュランダルを手放してしまう。

 宙を舞うデュランダルを手にした立花響は一度は暴走しかけるが、風鳴翼と雪音クリスの支えによって正気を取り戻し、内部にエネルギーを溜めていたデュランダルの強力な一撃を赤い竜に放ち、その巨体を()()()()()()()()()()

 

 デュランダルの一撃はネフシュタンの鎧の再生能力を遥かに凌駕しており、再生不可となって崩壊していくレベルであった。その代わりに、エネルギーの溜め過ぎにより容量を超えたデュランダルも既に崩れて消えてしまったが。

 

 ネフシュタンの鎧の崩壊にともない徐々に色が消えて崩れてゆく真っ二つになって倒れた赤い竜の残骸の中心部で夕日を背にして、フィーネは倒れ伏していた。

 

「もう終わりにしましょう。了子さん」

「私はフィーネだ……」

「でも、了子さんは了子さんですから」

 

 これまでノイズを使い沢山の人間を殺めて来たフィーネは自分の死を覚悟していた。だが止めを刺すのではなく、この戦いを辞めようと、目的の為に人と繋がる事をやめて人の命を奪ったフィーネに言葉では無くとも人は繋がれると言う立花響の言葉にフィーネはあまりのお人好しさに心底呆れていながらも一つの決心をした。

 直後にギリギリのところで保っていた赤い竜の崩壊は限界に達していき、フィーネたちのいる場所にもその被害は起きる。今にでも崩れ落ちそうだった天井となっていた場所がボロボロと崩れ、落石のように降り注いで来たのだ。

 

「ッ逃げましょう、了子さん!」

「……」

「了子さん?」

 

 崩壊前のネフシュタンならともかく、既に装甲の半分以上が砕けて本来の機能がほぼ機能しなくなったネフシュタンの鎧ではこの落石に耐える事は不可能。自身も直撃したら危険だという考えもあって立花響は即刻この場所からの退避をしようとするがフィーネは動かずにどんどん落石の量が増えてゆき、シンフォギアでも助けに行くのが困難なレベルになって行く。

そんな中で、フィーネはフラフラとしながら近くの瓦礫に手をかけてゆっくりと立ち上がり、立花響に笑みを向けた。

 

「胸の歌を……信じなさい」

 

 風鳴翼や雪音クリスに引きずられながらもなお助けに向かおうとした立花響にたった一言だけ残して崩壊に呑まれて消えていったフィーネ。僅かに微笑んでいたその姿を思い出して赤い竜だった物の残骸を前に立花響は涙を流して崩れるが、事態はそう簡単に収まる事はなかった。

 

 カ・ディンギルによって一部破壊された月の欠片が破壊された際の衝撃によって最悪な事に地球に向かって落下する軌道を取ってしまっていたのだ。

 このままでは自分たちが必死になって守った物が何もかも破壊されてしまう事態を前に、立花響は涙を拭いて立ち上がり、風鳴翼と雪音クリスと共に月の破片を破壊する為に飛び立ちシンフォギアの全力によって破壊に成功。一時的に行方不明となるが、それは日本政府の処置であり命の心配は何もなく、程なくして無事日常生活に戻るのであった。




ちなみにこの世界線のフィーネとの戦いがどうなったかウェル(オリ)博士は知りません。だって本来フィーネが消えるであろうシーン付近に監視カメラが無いので観測出来ておりませんからね。フィーネが倒された、という事しか知らない状態ですね。日本政府(GEDOU)が事細かく他国にフィーネの事を説明するわけがないですしね。ふふふ。


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三十五話 迫り来るG編の前の一時ってね

日常回だあ\( 'ω')/


 フィーネが倒されてから一か月が経ちました。

 

 日本から特にフィーネに関する情報の提供はありませんでしたが、局長から聞いた話ではやはりアニメ通り上の方たちは結構フィーネに対して色々やっていたみたいですね。というかフィーネに良いように使われて手足となっていた人たちと、フィーネの研究成果を横取りしようとしていた人たちがいたみたいですね。

 フィーネのせいで残ったお偉いさん方の真面目でまともな人たちは比率的にもとても少なく、全体の三割程度のようですね。全体が何人いるのか知りませんが急遽辞めた人が多すぎて色々と引き継ぎが出来ておらず、後処理や代役としても四苦八苦しながら動いてかなり大変だったらしく、過労で倒れて入院した人もいたようですね。ご愁傷様です。

 結果、フィーネの手足になっていた人たちは職務放棄として軒並み解雇。研究成果を横取りしようして過激な手段を取っていた人たちは一部残りましたがその他は裁判沙汰になり、中には死刑にまでなった人がいるようです。死刑になるとかいったい何をやったんだ……。

 ちなみに、その報告を受けた真面目なお偉いさん方は自分たちの仕事が増えるという事実に阿鼻叫喚したらしいですが、自国の安寧の為にと頑張っているようです。そのせいで過労で倒れる人が続出して更に過酷な職場になっているようですがね。用事で一度顔を出しに行った局長いわく、まるでゾンビが蔓延る屋敷にでも迷い込んでしまったと思ったとのこと。いやいや、真面目な人たちのとばっちりが大きすぎません?どんだけ上は腐ってたんですかね?

 

 そんなこんなでF.I.S.の今後についてはお偉いさん方のゴタゴタが終わり次第ですね。いつになるかはわかりませんがね。まぁ、シンフォギアに関してはともかく、それ以外の聖遺物を保存、研究をしているためそんな簡単に解体はされないと思うので言うほど焦りは無いですね。局長もフィーネに関しては何も関与していないようなので解雇処分もないでしょうし、他の研究員もどちらかと言えばフィーネを毛嫌いしていたので安心していられますよ。

 

 フィーネが倒された事によって一期が無事に終わり、次は夏までにG編が来るんだと身構えていた僕なんですが、一つ重大なミスが発覚してしまいました。そのミスとはなんと!

 

「よくよく考えたらビッキーたちが今一年生なのにGX編で切歌ちゃんと調ちゃんが後輩として一年生になるのなら一年の差があるではありませんか」

 

 ええそうですよ。詳しい事は忘れてしまっていますが、確か二人はフロンティアの戦いの後一時的に拘束されて、その後リディアンにビッキーの後輩として転入になったはずでした。なら今ビッキーが一年という事を考えたらGX編の夏は来年の話となります。完全に勘違いでしたね。なんで結構肝心な事を忘れていたんだ僕は。

 

(んー。て事はG編はこの夏か秋辺りですかねぇ。あ、確かアニメではリディアンで学園祭があったはずでしたねぇ。学園祭といえば秋くらいとは思いますが……後で調べておきますか)

 

 んんー。G編始まるまであまり時間が無いと思ってかなり急ピッチで色々準備しましたが予定が狂いましたね。夏休みの初日に宿題を全て終わらせてしまったかのように時間が余ってしまいました。まぁ、一研究員である僕に休みなんてあってないようなもんですがね。というかもう休日の過ごし方なんて忘れましたよ。決められた研究じゃなくて自分の好きな聖遺物の研究が出来る日になってしまってますよ。睡眠時間?なにそれ美味しいの?

 

 それに、フィーネが倒されて一ヶ月経ってから一つ気がかりな事が出来てしまいました。

 

(フィーネは調ちゃんの中に転生しているのだろうか)

 

 いやね。アニメ通りなら多分既に調ちゃんの中にフィーネはいるんだろうけど……よくよく考えたら本来なら大半は死んでしまうであろうレセプターチルドレンの子たちは逆にほぼ全員生きてるんですよね。そしてレセプターチルドレンは元からF.I.S.への実検体提供という名の賄賂であったのと同時にフィーネ自身に何かあった時用の次の器の確保として集められた子たちです。という事は下手をしたらフィーネは調ちゃんではなく、別の子の中にいる可能性が出て来てしまったんですよ。

 こぉれはまずいですよ。アニメと同じ流れにはするつもりは無いんですが、最悪物語終盤で切歌ちゃんの絶唱して魂を攻撃する(……んでしたっけ?)イガリマの一撃から調ちゃんの魂を守る為に調ちゃんの中にいたフィーネが身代わりになる、という流れが無くなって調ちゃんの魂に直撃してしまう可能性が生まれてしまったわけです。もし切歌ちゃんが誤って調ちゃんを殺すような展開になったら狂う自信がありますよ……僕が。

 

(あー。良い事をしようとすると何処かで必ずと言って良いほど問題が出てきますねぇ。今はまだ小さな問題ですがそのうち思ってもみなかった大事件が起きたら洒落にならないですよ……)

 

 戦場になる場所や多少の時間のズレくらいなら全く問題無いんですがね。いや、何かしら立つはずのフラグが無くなる可能性はありますけどそれは置いておくとして、ビッキーたちの命に関わる可能性もあります。僕の行動一つ一つにビッキーやマリアちゃんたちの命に関わるとかふざけないでほしいですよ。割とガチ目に。

「戦姫絶唱シンフォギア」の世界の主人公は装者たち、その中でも筆頭はビッキーでしょうが。なのになんでG編の敵キャラのウェル博士である僕が地味にこの世界の命運を握っているような立ち位置にいるんですかねぇ?運命の神様にガングニールぶち込みたい気分ですよ。

 

(……取り敢えず、ネフィリム・ノヴァ撃破後の僕に出来る処理の準備は問題なし。後は僕の演技力のレベルがどれだけのものか、と言ったところですかね)

 

 アニメ通りに行けばマリアちゃんがフィーネの次の器になった演技をするはず。そのせいでG編終了まで世間からあまり良い目で見られなくなるでしょう。ですが僕の計画がうまく行けば最終的なヘイトはかなり低減されるはず。あー、でも下手にアニメと違う流れにしない方が……んんー。頭痛くなってきた。

 

(同じような事ばかり考えて先に進まなくなってきましたねぇ。G編への準備とかしていたせいで最近眠れてもいませんし……少し休憩でもしますか)

 

 本当は神獣鏡やマリアちゃんたちのシンフォギアの戦闘データの整理や休眠状態のネフィリムの経過観察の報告書とか色々やらなければならないんですが、今は休みたい気分の方が優っています。

 最近シンフォギアに関係の無い聖遺物の研究が出来なくてちょっとストレスになってるんですよね。ウェル博士の趣味だったのか、一度始めたらもうやめられない止められないで、しかも僕自身もとても楽しくなっているので趣味としては変わっていますがストレス発散には丁度良かったんですよ。それが出来ないのがツライ_(:3 」∠)_。

 

 気分転換に外の空気を吸おうと自室から出ます。廊下は特に変わった様子はなく、一部の研究員が移動するだけの僕にとっての極々普通で平和そうですね。

 

(お昼時でもあるのでこの時間だとマリアちゃんたちは戦闘訓練終わっていますかね。それか食堂かな?)

 

 時計を見れば一時を過ぎた辺りでした。時間的に今なら食堂も空いていますかね?今はとにかく甘味を欲しているので久しぶりに僕専用に作ってもらった生クリームとか果物野菜増し増しのホールケーキ並みの大きさの特大パンケーキ(パンケーキ自体は通常サイズ)を頂きますかね。甘い物は別腹だからいけるいけ……嫌な予感が急に!?

 

「ドクター!」

「るまんどっ!?」

 

 嫌な予感のようなものを感じましたが反応が遅れましたね。後ろを振り向く頃には死角に入り込んだ切歌ちゃんの強烈なタックルが僕の腰に直撃してしまいました。切歌ちゃん、結構細身で小柄ですがシンフォギアの訓練のために鍛えていますから見た目と違って意外と力強いんですよね。笑顔で殺人タックルレベルです。そんな切歌ちゃんのタックルは一般人が無防備に受けたら十分病院送りですよ。僕?ふふふ……無事だと思うかい?

 

「グフッ……き、切歌ちゃん?もう僕もそれなりの歳になって来ているので貴女を受け止めるのは中々難しいんですよ……」

「でも受けて止めてくれたデス!」

「うっ」

 

 うわあああぁぁぁ!!!やめてください!!!眩しすぎて浄化するうううぅぅぅ!!!なにか後光のような光が見える気がするほどすっごいニッコニコで屈託の無い純粋な笑みは僕には眩しすぎて目が焼けるうううぅぅぅ!!!んんんん可愛いですねぇ!!!(考えるのをやめた)

 よくよく考えたら切歌ちゃん、まだ中学生なんですよね。中学生の女の子ってこんなに異性にくっついて来るんですかね?前世から女子中学生どころか女性の「じ」の字も無い人生でしたので分からん……いや、良い歳のおじさんに抱きつく女子中学生って絵面がもうOUTですね。ハハハ……。

 

「切ちゃーん?いきなり走ってどうし……あ」

「調ちゃん?切歌ちゃんは見つかりました、か……」

 

 切歌ちゃんの走って来た方向から今度は調ちゃんとセレナちゃんが現れます。ですが僕に抱きつく切歌ちゃんを見て固まってしまいました。はて、別に切歌ちゃんが僕に抱きつく事なんてよくあるのに何故?

 

「もう、お昼の前にシャワーを浴びたいって言ったのは貴女でしょう……って何やってるの!」

「ふぇ?ドクターがいたから抱きついてるだけデスよ?」

 

 最後に現れたマリアちゃんは首にタオルを巻いて暑そうに手で仰ぎながら現れましたが、僕を見て顔を赤くしながら切歌ちゃんを叱ります。よく見ればマリアちゃんだけでなく、セレナちゃんや調ちゃん、切歌ちゃんもトレーニングウェアを着て汗だくでした。若干白衣が湿っぽい気がしたのは切歌ちゃんの汗を吸収したからだったんですね。なるほどなるほど。

 おそらくさっきまでシンフォギアの戦闘訓練をしていたんでしょう。そして時間も丁度お昼時となって昼食前に先にシャワーを浴びようとしたところに偶然僕が現れた、ってところでしょうかね。

 

「あー……僕は気にしていませんよ?それより、先にシャワーを浴びるのが先決なのでは?」

「えっ?」

 

 僕に言われて初めて気がついたんでしょうかね。今の四人の姿はトレーニング後と言う事で汗だくになり、身体も少し熱で火照っているのか赤みを帯びていて妙な色気が出ていますね。とても健全な青少年には見せられない状態ですよ。新たな扉が開かれてしまいますよこれは。特に調ちゃんは絵面が犯罪です。大人になっているマリアちゃんとセレナちゃんの二人でも色々危ないのに、まだ幼さの残る調ちゃんは大人のお兄さんたちとポリスメンたちが争う事になるきっかけになりそうでヤバい。切歌ちゃん?今の状況だと僕は今頃パトカーの中ですね。間違いない。

 

「「「……い」」」

「い?」

「「「いやあああああぁぁぁぁぁ!!!」」」

「ひ、で、ぶ!?」

 

 見事に腹部と胸と顔面に命中!ボクノカラダハボドボドダ!

 羞恥で顔を真っ赤にした切歌ちゃんの除く三人が一斉に首に巻いていたタオルを僕に向かって投げて来ました。

 うん。人によってはご褒美なんでしょうが…汗を吸って重くなったタオルとトレーニングで鍛えたパワーが合わさって十分人が死ねる威力になっているんですよね。球の速さだけで十分野球の名選手になれそうなスピードですよ。それが三球。緊急回避?ふ、僕にそんな運動神経あると思いますか?

 

「あわわ。ドクター大丈夫デスかry」

「「貴女(切歌ちゃん)はこっち!」」

「あう」

 

 唯一心配してくれた切歌ちゃんはマリアちゃんとセレナちゃんに首根っこ掴まれて引きずられながら離れていきます。でも僕は見ていましたよ。マリアちゃんたちがタオルを投げたのを見た瞬間、常人を超えた速度でタオルの軌道上から避難したのを。なんならバトル漫画みたいに目から切歌ちゃんの動きに合わせるように光が追っている幻視もありましたよ。お馬鹿を演じる強者みたいな雰囲気でちょっとカッコいい、なんて思って油断してたら全弾ヒットしてしまいましたがね……。

 マリアちゃんたちを追って調ちゃんも走って行きますが、少し離れた場所で立ち止まると僕の方を向いて振り返りました。少し顔が赤いですがどうしたんで──

 

「……エッチ」

 

 それだけ言い残して今度こそ走り去って行きました。

 ……ああ。ふむふむ。なるほど。これがラッキースケベというやつですか。なるほどなるほど。はいはい一度落ち着いて、心を落ち着かせて、はい深呼吸。スーッ。

 

(違うでしょうがあああぁぁぁ!!!こういうのは主人公にあるべき展開でしょう!?シンフォギアの主人公は女の子のビッキーだけども!でもそれを抜きにしてもよりによって敵の、しかもウェル博士相手に起こるんですかあああぁぁぁ!!!んんん、解釈違い!!!)

 

 僕は笑顔のまま心の中で頭を掻きむしったり近くの壁にひたすら頭を叩きつけたり、地面を転げ回ったり、エクソシストもビックリな見事なブリッジをしながら大声で叫びました。現実で叫ばなかった事は誰か褒めて欲しい。多分、現実で叫んでいたら色々暴走していたと思います。そりゃもう見ていられないくらいに。口に出さない事でギリギリ押さえ込めました。伊達に十年くらいウェル博士をやって来ていませんよ。

 ダメだ……ウェル博士が主人公のラブコメ?なにそれワラエナイ。絶対裏で危ない薬作ってマリアちゃんたちを薬漬けにする非純情系同人誌の匂いしかしませんねぇ。最初から狂ったキャラだったから余計にまともなイメージが出来ませんよ。自分がウェル博士になって周りのイメージは良いでしょうが、僕自身はアニメ通りの英雄狂いのイメージしかありません。なので余計にマリアちゃんたちと仲が良いウェル博士なんて想像出来ない……いや、今の状況がその状態なんですけどね!ビッキーが主人公でラッキースケベが発動する同人誌、面白かったなぁ(現実逃避)。

 

「あの……ウェル博士?」

 

 荒れ狂う心を落ち着かせていると一人のオロオロとした男性職員に話しかけられました。遠くには他の職員もいますが何故か彼以外僕に近寄ろうとしません。何故でしょうか?

 

「ん?これはこれは。どうしたんですか?」

「あ、いえ、その……博士こそ、大丈夫なんですか?」

「はい?」

「えっと……イヴさんたちが立ち去られたあと無言のままとても良い笑顔で頭を掻きむしったりひたすら壁に頭を叩きつけたり地面を転げ回ったり、エクソシストもビックリするような見事なブリッジをしていたので……」

「────」

 

 ……うん。きっと僕は疲れているんでしょうね!昼食は無しだ!今日はもう寝ましょうか!

 

 その後妄想と現実がごっちゃになって出来ないはずのブリッジをして腰を痛めてしまった僕は医務室に向かい処置をしてもらいますが、その数十分後にシャワーを浴び終わった切ちゃんに再び奇襲タックルを食らってヤムチャってしまいました。腰だけサイボーグ手術でもするか本気で考えましたよ_(:3」z)_




ギャグ成分補給中……章の合間でしかギャグが挟めねぇ_(:3」z)_


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三十六話 イベントの同時発生とかやめてよね!

ソシャゲとかでよくあるじゃないですか。復刻と新イベントが重なって、更に色々キャンペーンとか乗っかってイベントが同時にやってくる事。そんな感じっす( 'ω')

あとちょっと今回はちょい長め。切り所見失った_(:3」z)_


 僕が切歌ちゃんの奇襲タックルで腰がクリティカルダメージで死んだその翌日。

 あれは……今までで一番痛かった。なんせ一回タックルをくらって致命傷を受け、その後医務室でちょっと処置してもらって安静にする様に言われてものの数分後に再び奇襲タックルですよ?しかも切歌ちゃんも大きくなって勢いが増した挙句、装者として鍛えているため日々成長しているんですよ?小さい時のただ抱きついてくるレベルじゃないんですよ。もう何処かでアメフトの練習でもしてたの?と聞きたくなるくらい見事なタックルなんですよ。腰がだるま落としのように飛んで行っても不思議じゃない。おふざけじゃなくて本気で腰だけサイボーグ手術でもしてもらおうかな……。

 

 とまぁ、僕の腰だけピンポイント大ダメージを受けて気絶してしまいましたが生きています。まだ少し痛いですが日常生活にはまだ支障はきたしていませんね。きたしていたら大変なんですけどね!

 今日も今日とて未来ちゃんしか適合しないであろうほぼ無意味な神獣鏡の装者探しを行っているのですが……レセプターチルドレンの中に何人か結構神獣鏡の適合率高い子がいて焦ってます。

 まだリンカーを使っても規定値届かない計算なので行いませんが、年齢による適合率の上昇率的に後二、三年くらいしたらリンカー有りで届くんじゃね?ってレベルなんですよ。

 ついでに調べたらガングニール、アガートラーム、シュルシャガナ、イガリマへの適合率が中々高い子も何人かいますし……下手したらマリアちゃんたちの立ち位置が危うくなりますが、まぁG編が始まればシンフォギアを纏えるか試す機会が多分無くなるのでこれは問題無いですかね。レセプターチルドレンが沢山生き残っている事は喜ばしいですが、まさか物語に影響があるかもしれないレベルにまで成長するとは思いもよりませんよ。

 

(んー今のF.I.S.だと「予備の装者」、みたいな考えをする人はいないのでどのみちマリアちゃんたちに影響はないでしょうが……ちょっと注意しなくてはなりませんね)

 

 これがアプリの世界線だと(ある意味既にその状態なんですけどね)レセプターチルドレンの誰かがマリアちゃんたちF.I.S.組のシンフォギアを盗んで、ビッキーと翼さんとクリスちゃんが戦ったり。明確な敵意を持ったメックヴァラヌスみたいな物語がありそうですよね。それで最後はマリアちゃんたちが自分のギアを取り出して黒幕と戦うとか。……ちょっと面白そうだ。そんな事はさせませんけどね!

 

「どうぞウェル博士」

「ん、ありがとうございます」

 

 考え事していたら僕の番が来たようですね。

 今は丁度昼時で食堂で昼食を取ろうと並んでいたところなんですよ。いつもはここに来ずにお菓子で済ませるかもう少し遅いんですが今日はちょっと楽しみでしたね。早く来てしまい中々混んでいたんですよね。

 施設自体がとても良くなっているので調理場も最新式の物になっているようです。詳しくは知りませんがそんじょそこらのレストランどころか三ツ星レストランでも滅多に手に入らないような食材もあるようですね。シェフたちもかなり気合が入っているようです。僕はほとんど利用しませんが。

 

「今日はまた自信作を作らせてもらいました」

「ふふふ。貴方にはいつもお世話になっていますよ」

 

 かなり前から仲良くさせてもらっている一人のパティシエがそう言ってトレーに受け取ったのは一見薄切りのベーコンと胡椒、そして見ただけで濃厚だと分かるソースがたっぷりかかった少し多めのいたって普通の美味しそうなカルボナーラ。ちょっと味が濃そうな見た目ですね。

 しかし、その実態は……。

 

「ドクター!」

「ん?」

 

 丁度空いている席を見つけて席に着いた直後、聞き覚えのある声が聞こえました。

 後ろを振り返ればトレーを持っている切歌ちゃんとその後ろにマリアちゃんとセレナちゃんと調ちゃんが同じくトレーを持って立っていました。でも切歌ちゃん?僕は逃げないのでそんなに急いで走って来ないで下さい。貴女何度かそうやって走ってきて僕の顔面に食べ物ぶちまけた事あるんですからね?

 

「一緒に食べるデスよ!」

「ええ良いですよ。マリアたちもどうですか?席は空いていますよ」

「はい。ではお言葉に甘えて」

「うん。ありがとう」

 

 相変わらず元気な切歌ちゃんを先頭だったのですぐさま何故か僕の横に座りセレナちゃんと調ちゃんもこっちに近寄って……なんでしょうか。セレナちゃんの最初の一歩が見えないくらいの速度だったのに対して調ちゃんはまるでスケートをしているかのように滑らかな動きで近づいて来るんですが!?二人とも笑顔なのに何か圧が凄い!

 ほんの二、三メートル程の距離なのに物凄いデットヒートを繰り広げた結果、調ちゃんが僕を挟むように切歌ちゃんの反対側に座り、セレナちゃんは調ちゃんの向かい側に座りました。

 悔しそうにする頬を膨らませるセレナちゃんに調ちゃんが無言で勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべています。可笑しいなぁ、調ちゃんはもっと落ち着いた性格だったような……。

 

「貴女たち、人の目もあるんだからもっと静かにしなさい!」

「まぁまぁ落ち着いてくださいマリア」

「ドクターは甘過ぎなのよ!もっと厳しくしないと切歌みたいに調子に乗る子が出て来るわよ?」

「なんでそこで私の名前が出るんデスか!?」

 

 んーマリアちゃんの言ってる事は正論なんですが……今更厳しくするのは難しいですねぇ。今のセレナちゃんと調ちゃんの競走も娘たちのちょっとした小競り合いみたいな感じで微笑ましいんですよ。周りに迷惑がかかるなーって思うくらいで叱ろうとは全く思わないんです。切歌ちゃんは僕の腰の為にももう少し落ち着いて欲しいとは思いますが。

 

「今日は珍しく普通の食事なんデスね!」

「珍しいとは失敬な。僕でもたまには普通の食事を取りますよ」

「そのたまにが珍しいんですよドクター……」

 

 むむむ。セレナちゃんもそう思っているんですか。心外ですねぇ。これでもこの前の健康診断では全くの異常の無い、診断した医師ですら引くくらい健康優良児だったんですよ。前日に朝昼晩はお菓子&砂糖たっぷりコーヒー&八徹目だったんですがね!やったね記録更新しましたよ!最高に「ハイッ!」ってやつさ!

 ……さすがにどうなんだろう、この身体?ネフィリムと融合してないのに弦十郎さんとは別ベクトルでちょっと人外じみてません?まだ人間辞めてないはず……

 

 まぁそれは置いといて、どうやら僕の狙い通りこの料理がなんなのか気付いてないようですね。そりゃそうでしょうね。見た目はなんの変哲もない美味しそうなカルボナーラなんですから!なんの不自然もありません!これで心置きなく食べられ──

 

「(じ────)」

「ど、どうしたんですか調ちゃん?」

 

 何か視線を感じると思って隣を見れば座っていた調ちゃんが僕の顔と僕の前にある料理を交互に真顔で見ていました。

 

「(じ────)」

「あっ!」

 

 しまった!油断していました!調ちゃんが僕の皿に乗っていたカルボナーラを目にも止まらぬ物凄い速度で一口をすくいあげるとそのまま口に含んでしまいました!というかあのスピードでソースが周りに飛んでないとかどんな技使った!?

 何度か咀嚼して呑み込んだ後、調ちゃんはゆっくりと僕の方に向くと再び僕の顔を今度は<◎><◎>って感じでジッと見つめてきます。うう、視線が痛い!

 

「どうかしたんですか調ちゃん?」

「何かあったのかしら?」

「ん。マリアもセレナも食べてみて」

「ちょ、待っ!」

 

 調ちゃんを止めようと僕は手を伸ばしましたが嘲笑うかのように華麗に避けて僕のカルボナーラを奪い取ると綺麗に二人に差し出しました。だから何故そのスピードでソースが全く飛ばないんですか!?

 セレナちゃんとマリアちゃんは不思議がりながらもフォークで麺を絡めとり、口に含んでしまいました。ふ、終わったな。

 

「……ドクター?」

「はいっ!」

「これは……なんなのかしら?」

「な、なんだと聞かれてもここの食堂のパティシエが作った普通のカルボナーラですよ!?」

「「ふーん」」

 

 ニッコリと笑うセレナちゃんが怖い!可笑しいな、貴女可愛らしい娘だったはずでしょ!アプリの大人版のセレナちゃんも幼い時の笑みが見える可愛らしい顔だったはず!なのに今は目が笑ってない!正直怖い!

 マリアちゃんはなんだろうか。「取り敢えず言い訳は聞いてあげるわ。許しはしないけど」と思っているのが分かる笑顔を浮かべています。

 ダレカタスケテ!

 

「ところでドクター」

「な、なんでしょう?」

「パティシエって普通お菓子を作る人の事を言うんですよ?これが普通の料理ならなんで今パティシエって言ったんですか?」

「ハッ(゚Д゚)!」

 

 セレナちゃんの的確な指摘に僕は思わず反応してしまう。仮に鎌掛けだったとしても完全に僕のリアクションで見事に鎌にかかってしまいましたよ。

 

(くっ、焦り過ぎて反応してしまった!何とかしてこの麺は長いグミ、ベーコンは見た目を工夫したキャラメル、胡椒はバニラビーンズ、ソースはホワイトチョコを溶かした物を使った見た目カルボナーラに見える完全なお菓子である事を隠さねば!」

 

 このままでは二人にOSIOKIされてしまう!なんだか最近の二人の説教、たまに身の危険を感じるんですよ。たまにニッコリと笑って「次は身体に教えますからね?」と言った時のセレナちゃんの顔はあれだ、完全に獲物を狙う時の猛獣の目だった。いったい僕はどんな罰を受けてしまうんだろうか。一週間お菓子禁止とか研究禁止を言い渡されたら生きていける気がしませんよ。僕たらしめる事を禁止するとか……そんな鬼畜な事はやめてほしい!

 

「ドクタードクター」

 

 僕がウェルの頭脳をフル回転させ、ほんの一瞬が何分も何十分にも感じられるほどに集中していると不意に隣にいた切歌ちゃんに白衣の裾を引っ張られて現実に戻って来ます。でも現実に戻っても目の前にニッコリしたままのセレナちゃんとマリアちゃんがいて気が気ではありませんがねぇ!ついでに調ちゃんもジッと見つめて来る視線を感じるのでそっちを向く事が出来ません。

 

「んん。なんですかね切歌ちゃん?」

「これってお菓子だったんデスか?」

「……何故それを」

「?今ドクターが言ったデスよ?」

「…………ハッ(゚Д゚)!」

 

 なん、だと?

 そんな馬鹿な。いくら焦って汗が滝のように流れている僕とはいえそんなギャグ漫画のようなミスを……ミスを……。

 恐る恐る二人方にゆっくり目を向けると更に笑みが強くなっています。それに伴って二人の後ろに般若の面を被った何かがデッカい包丁……いや、あれは銀の短剣とオレンジっぽい色の槍かな?を持っているように見えてしかたがない。

 

「あ、ここにいたんですねDr.ウェル」

「救世主っ!」

 

 半ば自分の死を受け入れていた僕でしたが、思わぬ助けが現れてくれました。

 振り返れば何度か聖遺物の研究で同じチームになった事のあるそれなりに仲の良い男性職員が急足で近づいて来る姿が見えます。九死、いや九十九死に一生を得た気分でちょっと泣きそう。

 

「?あ、Dr.ウェル。局長がお呼びでしたよ。急ぎでは無いが時間があるのなら早めに部屋に来てくれと──」

「そうですか!急ぎなんですね!?これは食事をしている場合じゃない!というわけで皆さんこれで失礼させてもらいますね!それでは!」

「あ、ちょっとドクター!」

「待ちなさい!まだ話が──」

 

 二人に呼び止められましたが局長がお呼びですからね!申し訳ありませんが仕方のない事なんですよ!上司に逆らえないって辛いなぁ!可愛い二人の娘の話を聞いてあげられないなんて!なんて僕は無力なんだー(棒)

 

 二人に物理的に止められる前に局長がいる部屋に向かうために立ち上がって僕は急いでその場を去ります。しかしあのカルボナーラ(風お菓子)、勿体無いなぁ。

 近頃厨房にいる一人の料理人に迷惑と思いながらもマリアちゃんたちの目を欺く為に見た目が普通の料理に見える甘味を作れないか相談して色々試行錯誤した結果出来たのが今回のこのカルボナーラ風のお菓子だ。調理場の無駄に設備が整った調理器具だからこそ出来たらしい。才能があったのか料理してくれた人も本気でパティシエを目指そうか相談してくるほど楽しかったようですねぇ。

 しかも既に料理の得意なレセプターチルドレンの何人かが彼の技術に魅入られて弟子入りしたようです。勿論、シェフじゃなくてパティシエとして。

 

 

 

 

食堂から逃げるように局長室についた僕は少し荒くなった息を整えるために何度か深呼吸します。うん。運動不足が祟ったかな?口の中が鉄の味です……。

 

「(さてさて。今回は何故呼ばれたんでしょうねぇ?)…… ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスです」

『入りたまえ』

 

 なんとなく想像はついていますが取り敢えず息を整えてからノックをして中に入ります。んーなんだろう。空気は澄んでるけど重いような……

 中に入れば局長が高そうな机と椅子の上に沢山乗った書類に囲まれている状態で座っていました。この人、また髪の毛の後退が広がってる気が……良いカツラと育毛剤でも今度渡しますかね。別の職員の名前で。

 

「今日はなんの説教ですか?」

「ほう。よく分かってるじゃないか」

「え。本当にそれで呼ばれたんですか?」

「違うぞ」

(違うんかい!)

 

 心の中で芸人のようなツッコミを入れますが現実ではしません。一応同じ子供好き(深い意味はない)なので多少の無礼は許されますが今はそんな時ではなさそうですね。

 

「さて。突然ですまないが君に仕事の話が二つと、それとは別に良いニュースと悪いニュースがあるのだが」

「また唐突な」

「別に同時にやらなくてはいけない仕事でもない。それにこういうのは早めに動く方が良いだろう?それで、どれから聞きたいかね?」

 

 同時にやらなくても良いけどやる事は確定なんですね。というか仕事をやるかやらないかの選択肢すらありませんし……職権濫用だ!というか全てでは無いですが、局長が持ってくる仕事ってなんだかんだでシンフォギアの物語に介入するような仕事の確率高いんですよね。ネフィリムの件や日本でのネフシュタンの鎧の件、そういえばシンフォギアの装者の捜索も局長からでしたね。うん。もう嫌な予感しかしない。

 

「……では仕事の話で」

「うむ。それでは一つ目だが」

 

 そう言って局長は机の引き出しから何やら書類を出します。結構な厚さがありますね。人殴ったら殺せそうな分厚さですよ。

 

「これは引退して行った元上司たちがフィーネの残した聖遺物資料から秘密裏に所持していたある聖遺物、いや、遺跡の資料だ」

「遺跡、ですか」

「ああ。君にはこの研究を進めて欲しい。少々専門外かもしれないが、今は手荒い真似をしてでも様々なアプローチが必要な段階なのでな。それに君は頭も良い。専門家たちでは考えつかない別角度から何か発見できるかもしれない」

「……拝見しても?」

 

 僕の質問に局長は無言で頷いた。

 了承を得たので僕は早速出された資料を読もうと開きますが、最初の一ページ目から変な声が出そうになりましたよ。予想していたとはいえ耐えられるとは言ってないんですよ。

 なんせ、開いた途端にデカデカと「フロンティア計画」って書かれていたんですから。ついでに隅の方に「櫻井了子」とも書かれています。

 

「『フロンティア計画』ですか」

「ああ。既に存在自体は確認されているようだが何か結界のようなものが張られていてな。フロンティアはその内側に封印されており、 通常の探査方法では突破どころか特殊な道具を使わねば知覚することすら不可能だ」

 

 うっわヤバいですね。G編に関してはアニメで映っていた辺りの知識しか僕は持っていませんよ?何処にあるとかは幸い資料に添付されていましたが、この資料にある事以上の事はほとんど分かりません。あ、そういえば未来さんが纏う前のギアペンダントのままの神獣鏡を機械的に使ってたんでしたっけ。結局失敗しますが。その辺りを提案すれば良いかな。

 

「この件は急ぎだが、その理由は後で話そう。そして次の仕事なのだが……こっちはまだ予定の段階でね」

 

 もう一つ別の書類が僕の前に置かれます。ふむ。フロンティア計画の名前が出た上にその時期のウェルの仕事といえば……やっぱり。フィーネが使っていた完全聖遺物のソロモンの杖の事のようでした。

 

「日本とアメリカの『ソロモンの杖の共同研究』ですか」

「うむ。だがこれはまだ企画段階でね。向こうがソロモンの杖を全て解析出来たのならこの計画は無くなる。それにもし出来ずに計画通り日本との共同研究を行うことになっても色々と準備があるため早くとも二ヶ月先だ」

「二ヶ月……」

 

 結構時間があるな。その頃にはもう秋に……まぁ、アニメと比べても時期的にはそこまでズレは無いか。

 あれ待てよ?ならあの彗星の如く現れてソロで活躍して翼さんに並ぶくらい人気急上昇したマリアちゃんはどうなるんだ?共同研究が始めるのが最短で二ヶ月ならそろそろ何か言ってきても良いはずですがねぇ。さすがに何の準備もなく人気が急上昇したわけでは無いでしょう。きっと何かしらの動きがあったはず。事前にアイドル活動的なちょっと地味だけど足掛かりになるような努力が。まぁ、マリアちゃんの実力という線は十分ありますがね。

 

「これに関しての詳しい内容は共同研究が決まったら君に報告するよ。ただあるかもしれないとは思っていてくれたまえ」

「分かりました」

「うむ。では仕事の話は取り敢えず終わりだ。それで、どちらのニュースを先に聞きたいかね?」

「……悪いニュースの内容によっては良いニュースを聞いてもやる気が回復しないと思うので先に良いニュースを聞いておきますかねぇ」

 

 後から良いニュースを聞いてやる気が回復する程度なら全然問題無いんですがね。でも……うん。多分悪いニュースってあの事だろうね。G編の本編始まっちゃうあれだろうからね。それはつまりウェルの終わりが始まるって意味もあるんですよ。そう考えたら今から憂鬱になりそうですが、それを抜きにしてもこの時点での「良いニュース」とは何なのでしょうか?

 ソロモンの杖かフロンティアの事かと思ってたんですがね。ウェル博士、というか僕って結構聖遺物の研究好きなんですよ。そのせいで食べる事や寝る事を忘れてしまう事もたまにあるんですよね。それは局長も知っているのでそれを含めて良いニュースと思ってたのに、まさか仕事の話として処理されてしまいました。なので単純に良いニュースの内容が気になるんですよ。

 

「少し意外だがまぁ構わん。君は二年前、無理矢理とはいえレセプターチルドレンであるイヴ君たちが外に出たのは知っているな?」

「ええまぁ。あの時初めて頭が割れるくらいの頭痛を感じましたからねえ」

 

 実際あの時は助かりましたけどね。あのままだと奏さんの命が無かっただろうし、アニメよりもその時の観客たちの命を救えましたからねぇ。その後の結果は後味が悪いどころか吐き気を催すレベルで悪化してしまいましたが。でも顔が隠れていれば派手にやっても良いでしょ!みたいな登場は……う、また頭が……。

 

「あの後に研究員の随伴でなら外へ出る事が出来るようになっただろう?その時予想以上に随伴したレセプターチルドレンたちが色々頑張っていたようでな」

「その話は子供たちから聞きました。みんな嬉しそうに話してくれてましたよ」

 

 小さい時からここにいたので外の世界を知らない子供たちばかりですからね。車や高層ビルのような誰でも知っているような一般的な物の事を目をキラキラしながら話してきました。とても微笑ましいと同時にそんな事も知らないのか、と思うレベルのもので悲しくなりました。フィーネが元凶だとはいえ子供たちを閉じ込めている事には変わりありませんからねぇ。

 

「実はその話が上層部にも広がってね。それで上層部、勿論信頼出来る真面目な方々だ。その方々たちと話し合ってあの子たちを「卒業」させる事になった」

「ッ本当ですか!?」

 

 僕は思わず局長に詰め寄ってしまいました。あと数秒身体にブレーキするのが遅れたらブチュっていくところでした。僕のファーストキス(前世合わせて)がいい歳したおじさんとかもう一回転生してやり直したいレベルですよ。

 

「ああ。勿論、卒業するにはこの場所の事を誰にも言わないことは当然として他に色々と試験を受けてもらわねばならないがな」

 

 確かに、あの子たちをの知識はF.I.S.内で教わってきた事しか知りませんからね。一応一般的な知識は教えているつもりですがそれでも知識の偏りは大きいです。これでは外に出たら生活に支障を来してしまいます。それも含めた試験なんでしょうね。

 

「年齢や生活態度などの観点で合格を受けた者から卒業試験を受ける権利を得る。その試験で合格すれば卒業。晴れてここから出れて外の世界に行ける手筈だ。だが今はまだこちらも試験段階でな。政府の方も戸籍や住む場所の用意、場合によっては就職のサポートもするとなると中々難しいらしい。そのせいで試験も相当難しいものになっている。勿論、調整はしていくがな」

 

 聞けば聞くほど今のお偉いさん方は良い人ですね。お人好しのレベルですよ。

 言葉を選ばず言ってしまえば、レセプターチルドレンは彼らの前任となる方たちのせいで生まれた汚点に近いものですよ。なんせフィーネという悪に加担して各地から拉致して来た子供なんですからね。しかも一人二人じゃなくて百人を超えているんですよ?ちょっとした事件なんてレベルじゃありません。政府が絡んでいたとなれば暴動が起きますよ。

 全て前任の役員がやった事だと言っても人はそんな簡単にやらかした人と同じ組織の人間を信じられません。これが目の前で罰せられたら多少は反応が変わるでしょうが、知らない内に処理されていたとなれば懐疑的になっても仕方ありません。

 そんな彼らにとっての爆弾のような子供たちを少しずつでも普通の生活に戻そうとしているんです。これが悪い人、あのGEDOUの野郎なら秘密裏に始末するか自分の駒にしようとするでしょう。実際何人か優れた能力を持つ子もいますから上手く洗脳か言う事を聞かせられたら役立つでしょうしね。

 

「それでも嬉しい事ですよ。しかし、なぜ僕に?」

「ふっ。君はあの子たちに良くしている。親のいないあの子たちからしたら父親のような存在だ。そんな君には知る権利があると思ってな」

「僕はまだ独身なんですがねぇ」

「奇遇だな。私もだ」

 

 局長は冗談めかしで言っていますが、局長があの子たちの事を思ってくれているのはよく分かりました。

 それにこれは僕にとってもとても喜ばしい事ですよ。こんな閉鎖的な場所ではあの子たちの才能が無駄になりますし、そうじゃなくとも僕たちのせいで不自由な思いをさせてしまっている事は僕以外の職員でも悩みの種でした。一時はレセプターチルドレンたちを脱獄、ではありませんね。なんというんでしょうか?とにかく秘密裏にF.I.S.から逃がそうと考える人もいましたからね。結局はこの後政府に追われる可能性や外へ出た後の暮らしの事を言って説得しましたけど。

 そんな色々厄介だった問題がやっと解決するんですよ?しかも僕たちも子供たちも不利益にならずに。むしろ何のしがらみもなく、とは言えませんが今よりももっと自由な生活を送れるようになるんです。嬉しく無いわけがない。

 

「──さて、良いニュースはこれで終わりだ。次に悪いニュースだが」

 

 おっと。今の衝撃で忘れていました。そういえば悪いニュースが残っていましたね。

 

「……君はフィーネが日本で最後に行った事を知っているか?」

「最後……確かカ・ディンギルでしたっけ?それを月に向かって発射し、そのせいで月の破片が地球に向かって落ちてくる事件になった『ルナアタック』の事ですか?」

「ああ。実はその時は月本体には影響は無いと言われていたんだが最近になって月の軌道が変わったと計測結果が出たらしい」

「それは……」

 

 分かっていた事なのでわざと驚いた風に演技をします。ですが前世だとアニメの中の出来事として思えていましたが、僕にとっては今が現実です。そんな中で月が落ちてくると聞けば結果的にこの後無事に終わると分かっていても焦りが出て来ますよ。

 しかもですよ?月の落下を止めるためにはフロンティアの浮上が絶対条件ですが、その為にはウェル博士である僕が動かないといけません。失敗するとそのまま月を止められずジ・エンド。ゲームオーバーです。

 実際月が落ちるとなるとキャロルちゃんやサンジェルマンさんたちが何とかしてくれそうですが……確証が無い以上過度な期待はダメですね。

 

「これを回避するための方法がフィーネの残した聖遺物資料にあったフロンティアにあるらしいのだが、詳しくは私にも分からん。何故フロンティアにそんな事が出来るのかもまだ解読出来ていない。しかし、今はそのような事に構っている暇はない。一刻も早くフロンティアを浮上させて月をなんとかせねば恐竜が絶滅した原因である遥か太古に落ちた隕石による氷河期よりも更に酷い災害によって人類は絶滅してしまう危険性もあるのだ」

「だからこの件は急ぎだと」

「うむ。本当はすぐにでも行ってもらいたいのだが、各国でこの事を知っている者は極僅か。情報漏洩による世間への余計な混乱を避ける為に今は秘密裏に各国に協力を依頼しているところだ」

 

 おおう。中々難しい事になってきましたねぇ。

 僕からしたら大々的、とは言い過ぎですが早く月の現状を各国に提示して協力を仰いだ方が良いのでは無いかと思うのですが、どうやら話はそう簡単では無いようですね。

 聞けばすでにいくつかの国に助力を秘密裏に頼んでいるようですが、どこの国もこの事を「情報の誤り」だとか「他国へ侵略するための何かしらの罠」だとか「前政権の失態がある以上信じられない」とか言って中々協力を取り付けられない状態のようです。世界の危機を前に人類一致団結、とはいかないようです。

 

「──そして最後に」

 

 話を聞いて人類の馬鹿さ加減に頭が痛くなっていたタイミングで局長がまた新たな書類を机の引き出しから出して来ます。今度はなんだ?

 

「先ほどの月の落下に関する事でもあるのだが、実は政府は最悪を考えて優秀な人間を地下シェルターに退避させる計画も同時に進んでいる。その中に私や君が選ばれた」

「シェルター、ですか」

 

 マントル近くくらいか月の落下する場所の真反対くらいじゃないと月が落ちたら地下シェルターなんてあってないようなものでは?と思いますがねぇ。だって欠けているとはいえ月が丸ごとですよ?仮にダイヤモンドで地下シェルターを作っても耐えられないでしょう。

 まぁ、気休め程度にはなるでしょうね。もしかしたら助かるかもしれませんし。ですがそれよりも気になる事が一つ。

 

「僕が選ばれた事は嬉しい事ですねぇ。優秀な人間の一人と認めてもらえたんですから。でも一つ聞かせてください」

「何かね?」

「あの子たち、レセプターチルドレンはどうなるんですか?」

「……全員は難しいな。なんせどれだけの規模の災害になるか分からんからな。レセプターチルドレン全員となると大きく定員を取ってしまう。良くて……二割と言ったところか」

「そうですか」

 

 おっとしまった。ちょっと語気を強めてしまった。なんなら出せるか分からない殺気なんかも出してしまったかもしれませんねハッハッハ。

 こんなにキレたのはフィーネが子供たちを道具扱いした時以来ですよ。僕が理性的で非力じゃなかったら怒りに任せて局長の顔面に一発お見舞いしていたでしょうね。

 

「案ずるな。直前になるまで分からんが、私や上層部の人間の殆どはシェルターに入るつもりはない」

「ん?」

 

 怒りで燃え上がった炎に水をぶっかけられたような言葉を浴びせられました。今、局長は何て言いましたかねぇ?

 

「私より優れた人間なぞ山ほどいる。それにこういうのは若い者や家族のいる者に渡すのが歳上という者だよ。上層部も私と同じ考えの者は多い。「国が滅ぶのならせめて人を救おう」、これが現政権の考えだ。全員ではないのが残念なところだがね」

 

 うっわなんだそのお人好し集団は?

 ええ……つまり今の上層部って自分が犠牲になって一人でも多く人を救おうとしてるというわけですか?なんだその聖人の集まりは。この考えだと国民全員の命を救えない事に血涙を流してそうですよこれは。僕が知らないだけでプライド捨てて各国に頭下げている可能性もありますよ。

 元お偉いさん方だと自分の命を最優先で他は蹴落としそうですね。多分局長の「全員ではない」、というのはそういう事でしょう。確か何人か解雇されずに今も残ってる人がいるみたいですし。

 

「別に我々の考えに賛同しろとは言わん。君の命は君だけの物だ。それにレセプターチルドレンの皆の枠が無いというのも他の職員の枠を取っているからだ。彼らに子供たちの枠が無いと言えば恐らく殆どの職員が子供たちに譲るだろう」

「あー、想像出来ますね」

 

 なんせネフィリムが暴走した時、自分が大怪我や今後の生活に支障をきたすレベルで身体を壊してしまった人たちばかりですよ?奇跡的に生き残ったというだけで下手をすれば死んでいた方なんてどれくらいいるかわかりません。

 結構な人数が補充要員として加わりましたが、彼らも子供たちと楽しそうに接しているところから同じような事件が起きても自分の身を盾にして子供たちを守るでしょうね。それくらい簡単に想像出来るくらい皆優しい方たちですよ。

 

「はぁ、皆さんお人好し過ぎますねぇ」

「そのお人好し筆頭の君が言うのか」

「失敬な。僕のどこがお人好しなんですか?」

「君がお人好しで無いのであればレセプターチルドレンは今の半分、いやもっと少なかっただろうさ」

 

 局長が久方ぶりに笑みを見せます。最近険しい顔で眉間に皺がより過ぎて固定されていましたからね。怖い顔が更に怖くなっていましたよ。この間なんかまだ幼いレセプターチルドレンの子と廊下でばったり会って目が合った瞬間大泣きしてましたからね。なんなら今さっき人一人殺して来たと言われても納得できるくらい怖かったですから。

 月の落下や他の件で肩の力をずっと入れっぱなしだったんでしょう。まだ陰りはありますが若干表情が柔らかくなっています。それでもまだ顔は怖いですが。

 

 その後はフロンティア計画について現段階で分かっている事や今後の研究についてを話し合った後解散になりました。月の落下の件と地下シェルターの件はまだ上層部しか知らない情報なため無闇に広げる事は厳重に注意されました。まぁ、事が事なので誰かに言う気はしませんが。

 

 部屋から出て廊下を歩いていた僕は前世のwikiでもっと詳しく調べていればと後悔しましたね。フロンティアについて知らない事だらけで不安ですよ。ここからどうやって調べたんだウェル博士ぇ……。

 ソロモンの杖に関しては今は保留状態ですね。多分アニメと同じ流れなら共同研究を実行する事になるとは思いますが、取り敢えず今は待機です。準備はしておきますが。

 

(……さて、マリアちゃんたちをどうするか)

 

 正直お偉いさん方が軒並み変わったせいで米国がめっちゃお人好し集団になってしまいましたのでアニメと同じ流れになる可能性がかなり低くなっている気がします。マリアちゃんたちは会った事ないですが、自惚れでないなら僕が信頼出来る人の言葉ならマリアちゃんたちも信用してくれると思います。そうなったらマリアちゃんたちが強行手段を取る必要はありません。

 まぁ、何故か他の国が全然協力してくれない状況らしいですからねぇ……中々厳しいとは思います。

 

(お偉いさん方のほとんどいなくなったから裏で繋がっていた他国との繋がりも切れた。裏の繋がりが切れたという事は国の内情を知る術を無くした又は減ったという事。自分の身が可愛い人からしたら相手が何を考えているのか分からないから手を出すのを躊躇われる、と言ったところでしょうか)

 

 これが戦時中なら一時の平和とか他国への牽制とかになるんでしょうが今はそんな事を言ってる場合ではありません。各国が協力して月の落下の阻止を考えなくてはいけないのに……。

 

 取り敢えずここまで政府の考えが変わってしまった以上、自然にアニメ通りの流れになる事はほぼ無いでしょう。言ってしまえば国のあり方を大きく変えてしまったようなもんですしねぇ。

 今後の展開は気になりますが、僕がフィーネに最後の連絡をした時には使った別端末を使って弦十郎さんに月の落下の事を伝えれば僕と勘づかれずにあの人なら独自に調べて対策してくれるでしょう。ついでに神獣鏡の事も言って繋がりを持たせてから偶然を装って未来ちゃんを装者にし、フロンティアを復活させるのも手ですね。

 頼りたくはありませんが日本が消えるかもしれないとなればあのGEDOUも何かしら手を貸してくれるでしょうし、そうなれば無理にマリアちゃんたちを世界に向かって宣戦布告させなくても済みます。もしかしたら余計なしがらみ無しで翼さんと奏さんと一緒にマリアちゃんがアイドルになるかもしれませんね。あっ、宣戦布告しないのならアイドルになる必要性がないのか。んー……残念ですがこっそり仲間内だけのアイドルにでも担ぎ上げましょうか。マリアちゃんの曲、かなり好きでしたし。

 フィーネがどうなるのか分かりませんが、そこはビッキーが上手く改心させて敵としてしゃしゃり出ない事を祈るばかりです。なんならXVでエンキの真意を聞かせてあげる事も出来ますね。マリアちゃんたちを道具扱いした事は許しませんが(鋼の意思)。

 

「……大幅なプランの変更どころか破棄して新しく作った方が良いレベルですねぇ。ふふふ、吹っ切れたらなんで今まで悩んでいたのか馬鹿らしくなりましたね」

 

 もうアニメ通りなんて辞めです。ええそうですよ。今セレナちゃんが生きている時点でアニメ通りなんて夢のまた夢なんですよ。しかもF.I.S.どころか米国が正義の味方のような存在になっているので僕が何もしなくとも勝手に装者たちの戦闘に介入して世界のために命張りそうなんですよねぇ。んーなんでレセプターチルドレンたちを守っただけで一国のあり方変えてしまう事態になったんだ……。

 

 取り敢えず最低ラインはせめてアニメと同じエンディング。最終目標はマリアちゃんたちが全員が無事に生き残って平和になる事。勿論その中にはナスターシャや翼さんのお父さん、実際は腹違いのお兄さんになるのかな?(GEDOUへの殺意が上がる上がる)である風鳴八紘さんも含みますよ。可能であればキャロルちゃんやサンジェルマンさんたちも生き残れば良いですがそれは贅沢すぎますかね。

 

「育ての親として、娘たちの幸せのために頑張りますか…… こぉれは睡眠時間を減らしてでも頑張らないといけませんねぇ(メキバキゴキメチョブチ!)……最後何か千切れるような音がしたような……」

 

 ウェル博士として死なねばならない運命から抜け出せる道が見えて俄然やる気が出てきた僕は、軽く身体を動かしたら明らかに聞こえたらダメな類の音が身体から聞こえた気がしましたが多分気のせいですよね。

 

 

 ──────────────

 

「──よし。マムー?ここで大丈夫?」

「ええ。ありがとう。マリア」

 

 現在、マリアは一人ナスターシャの部屋の引っ越しの手伝いをしていた。

 改良型の車椅子に乗るようになったナスターシャではあったが、やはり足が使えないというのは何かと不便なため局長の計らいにより車椅子でも生活しやすい部屋を用意し、その部屋に移動している途中だった。

 

「ですが良かったのですか?セレナたちは今頃ドクターと共にいるはず」

「良いのよ。マムにもこれまで沢山迷惑かけて、いえ、沢山お世話になっているのよ?こんな時くらい力になるわ。それにドクターなら後でキッチリとOHANASIするしね」

 

 ウェルが局長に呼ばれる前、見た目カルボナーラに似せたお菓子で自分たちの目を誤魔化そうとした件についてキッチリマリアとセレナ、調はお話をしようとしていた。だが昼食が終わった直後にナスターシャから部屋の引っ越しを手伝うようお願いされたのだ。

 実際マリア本人もドクターの元へ行きたかったのだが、お世話になっているナスターシャの頼み事を断る事は出来なかった。その際セレナと調も手伝いを申し出たのだが引っ越しの為に最低限の物と重量物は既に運んでいるらしく、後は小物を少し移動させるだけだったので自分一人で十分だと思ったマリアはお姉さんぶりたくて少し強気で二人を先に行かせたのだ。その時既に切歌はウェルの元へ走って行って姿は無かったが。

 

「頼もしいですね。セレナたち、特に切歌に少しでもその心得があれば……」

「あははは……それにしても結構重要な書類とかあるけど……私が見て良かったの?」

 

 チラリと見えた運んできた荷物の中には聖遺物の研究資料や報告書、中には上級職員でもあまり見られないであろう貴重な資料が整理されて入っていた。それは本来、装者とはいえF.I.S.の研究員ではないマリアでは一生お目にかからないレベルの代物だ。下手に広めようとしたら二度と陽の光を浴びる事が出来なくなってしまうかもしれない。そんなレベルだ

 

「本来はいけませんが貴女なら下手に情報を漏洩しないと信じています。それにもしそんな事になればもうドクターに会えないでしょう」

「絶対に言わないわ」

 

 ナスターシャの言葉に即座にキリッとした顔で返事をするマリア。この瞬間、今の記憶を無くさなければならないというのであれば喜んで全力で頭をぶつけて記憶を消そうとする気迫さえ今のマリアにはあった。

 

(これほど分かりやすいというのに……ドクターもハッキリすれば良いものを。いえ、マリアやセレナがもっと積極的になれば……)

 

 そこまで考えるが二人とも肝心な時にヘタレになってしまうとナスターシャは知っているので孫娘を見るのはまだまだ先になりそうだとため息を吐く。ウェルに関しても二人を自分の娘のように思っている為なのか少々のアプローチでは全く反応していないためマリアたち以上に期待は薄い。むしろ積極性の高い切歌やマリアとセレナよりウェルと接触する機会の多い調の方が可能性が高いくらいだ。いっその事四人とも娶れば全て解決するのでは?と最近思っているほどだった。

 

「──ん?マム。何かPCにメールが届いたわよ」

「誰からですか?」

「えっと……政府の人ね。しかもかなり偉い人の。そんな人と関わりがあるの?」

「女には何かしら秘密があるものですよ」

「そ、そうなのね」

 

 顔は知らないが名前は何度か見た事のあるものだったためマリアはナスターシャに軽い気持ちで聞くが、ナスターシャが返したのは長年ナスターシャと共にいたマリアでさえも見た事のない底冷えするようなニッコリとした笑みを浮かべていた。その秘密の内容を聞けば自分は消されるかもしれないとマリアは思い、その先を聞くことが出来なかった。

 

「それで、どうする?」

「そうですね……読み上げてくれますか?」

「え、別に良いけど……」

 

 政府のお偉いさんのメールを自分が見ても良いのだろうか?と思いながらもマリアはPCを動かす。よほどの内容でも自分がその内容を忘れるなり周りに言いふらさなければ良いだけの話で、マリアからしたらウェルやセレナたちと離れ離れになる方が何倍も回避したいものだった。

 

「……二通あるわね。えっと、『月軌道の変化とそれに伴う被害』『シェルターへの避難希望書』?」

 




嫌な雰囲気がする?キノセイキノセイ


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三十七話 どうやら物語は変えられないようだ

嫌な雰囲気なんて無いよ。ナイナイナイナイ(ニッコリ)。今日もF.I.S.は平和だじぇ(遠い目)。




 えー、局長から月が落下して来ている事を聞いて早一週間が経ちました。

 

 この一週間の間に局長はF.I.S.内の職員たちに例の地下シェルターへの案内をレセプターチルドレンたちに気づかれないように秘密裏に説明したんですが、まぁ予想通りの結果でした。

 職員も結構な人数がいますからね。時間をかけて少人数を何十回にも分けて話をしたみたいです。そのおかげで子供たちには気づかれていませんね。今のところは。

 

 いやー、昨日局長に用事があったんで部屋にお邪魔したら少しやつれていましたし一週間前まであった局長の机が何故か新品になっていたのでちょっと聞いてみたらなんて返ってきたと思います?壊れたんですって。

 詳しい話は聞きませんでしたが、どうやら僕のように子供たち全員はシェルターに入れないと聞くや否やその何十ものグループの全てが局長の机をガンッ!と台パンしたらしいんですよね。しかも怒りでなのかかなりの力が入っていたらしく、とうとう机が真っ二つに壊れてしまったんですって。しかも今使っているのが四台目だとか。物を大事にしなさいな……。

 怒りをあらわにしていた皆だったらしいですが、局長や政府のお偉いさんが自分たちはシェルターに入らない事を聞くと怒りを抑えて落ち着いたらしいです。大事にならなくて良かった。

 

 色々もめてもめてもめまくり、最終的にはF.I.S.全体の七割は自主的にシェルターは行くのを断る結果となりました。

 ちなみに残りの三割の内二割は家族がいるため泣く泣くシェルターに入る事を決心した人たちですね。自分だけが安全な所に逃げる事を目の前で土下座されながら本当に涙を流して謝られたのは初めてでしたね。あんな時、どんな顔をすればいいのかわかりませんよ……。

 

 それで残りの一割はというと──

 

「僕たちも残りますドクターウェル!皆がここに残るのに僕らだけが助かるなんてあまりにも!」

「そうです!私たちにもあの子たちと最期を共にするくらい……」

 

 ……家族がいる又は家族が増えるというのにそれでも残ろうとした大馬鹿ですね。

 お腹の中に新しい命を抱えた女性職員まで言ってくるとか頭が狂ったのかと思いましたね。しかも彼女たちだけじゃなくて結構いるんですよ。ここに残るって言っている夫婦が。説得するのにどれだけ時間がかかったか……最後はみんな納得、はしていませんがシェルターに入る事にしたようですがね。もう自分だけの身体では無いんですから大人しくしてほしいんですがねぇ。

 

「いやいや。まだ月を止められる可能性もありますし、それに貴女の身体は既に貴女だけのものでは無いんですよ?」

「ですが!」

「ダメです。貴方は自分の家族を一番に考えなさい。独り身ならともかく、これからは貴方が彼女を支えなくてはいけないんですからね」

「……分かりました。ですがギリギリまでお手伝いしますよ」

 

 すっっっごく納得いかないという顔をして二人はその場から去って行きます。

 この一週間でこんな事がほぼ毎日あったため局長ほどではありませんがすっごく疲れましたよ。なんで誰一人私利私欲でシェルターに入ろうとする人がいないんですか!自己犠牲の塊みたいな人が集まりすぎてませんかね!?そもそも僕って一般職員よりかは偉いですが別に副局長みたいな凄く偉い立場じゃありませんからね!?なのになんで僕の所に話が来るんですか!

 おかげでまだ不安は残りますが子供たち全員がシェルターに入れる目処は立ちましたがねぇ。なんならシェルターに入る組が出来るだけ多くの子供を養子にして連れて行こうとする始末でしたよ。数十組ほど百人くらい養子にしようと考えていた馬鹿がいましたので全員に鉄拳制裁を食らわせましたよ。ナスターシャが。

 何はともあれアニメ通りに行けば必要はありませんが、守り切れるかは考えないものとしてもレセプターチルドレンたちを地下シェルターに退避させる目処が立ちました。そのおかげか施設内の空気が少し柔らかくなりましたね。みんな子供たちだけでもどうにかして逃がそうとそれはもう鬼気迫る顔でしたからね。顔に出やすい人なんて今さっき誰か殺して来ました?と思うくらい怖い顔してましたし。

 

 あ、そういえば月の落下に関しては神獣鏡のシンフォギア(正式にはペンダント状態ですが)を用いた機器を使ってのフロンティアの封印解除作戦は近日実行が認定されましたよ。なんの根拠もない思いつきという体で提案したらアッサリ通って拍子抜けでした。しかも開発班の行動が早すぎです。もう試験段階まで完成しているようで、既に日時とかも話し合っているようです。多分失敗はするでしょうが色々仕事が早すぎてワラエナイ。

 なんでも、当初は核を打ち込んでの月の破壊や日本政府経由で月の欠片を破壊したビッキーたちに協力を仰いで月の破壊など、とにかく月の破壊を前提にした話し合いがあったらしいんですが、そんな事をすれば月が無くなった影響で地球は重力崩壊を起こして酷い天変地異に見舞われますよ。下手をすればシェム・ハ復活と同等です。むしろ倒せば終わりのシェム・ハと違って天変地異はどうにも出来ないので厄介度は遥かに上ですし。

 そんなこんなで信憑性は劣りますが、結局フィーネの残した聖遺物資料を頼りにフロンティア計画を進める方が確実性はあるという考えになったようです。

 

 今のところアメリカ政府の団結力えげつないですよ。上層部の一部はフロンティア計画の為に自分の資産をF.I.S.だけじゃなく、他の研究機関や地下シェルター建設に投資しすぎて破産した人もいるようです。余裕が出来るまでシェルターに入らないという人も増えているようですね。ついでに研究員含めてまた過労で倒れた人もちらほらと……まだ死人は出ていませんが過労死の人がそろそろ出て来そうですよ。

 それなのにですよ?アメリカがこんなに頑張っているのに他国が全然協力的じゃない、というか自国の国民放っておいてアニメ通り他国のお偉いさん方は既に地下シェルターに逃げる準備を始めているようです。ニュースや新聞に月の落下の事とかあがっていないところから完全に情報シャットアウトらしいですね。それらしい情報は無い事もないですが、全部面白半分のネタ扱いでまともに取り扱っていません。

 各国の現状を教えてくれた局長は終始笑っていたんですが話が終わって離れていくまでずっと笑っていたのがほんと怖かった。しかもずっと同じトーンで。何故か壁に反響して妙な不気味さがありましたよ……。

 

 まだまだ色々不安材料は山のようにありますが、取り敢えずはマリアちゃんがフィーネの器になってしまったという演技をする必要は無さそうですね。なんてったってマリアちゃんの周りには頼れる大人は沢山いるんですから。

 仮に僕がいなくなってもナスターシャや局長に頼れば万事解決でしょうし、あのGEDOUは知ったこっちゃありませんが日本政府とアメリカが手を組めばAXZ編やXV編もなんとかなるでしょう。今のF.I.S.なら聖遺物に関しての情報共有や共同研究くらい快く受けそうですし。しかも悪意なしで。

 

 まぁ、そんなこんなでアニメとは逸脱し始めましたが、他国との協力が得られない事を除いて順調に事態は進んでいますね。一番除いたらいけない事なんですけど!

 

(さてさて。他国への協力要請が得られない場合、アメリカのみでフロンティアを浮上させなければいけませんか。キーになる神獣鏡の装者候補である子は順調に成長していますが、リンカー使用時の安全圏内に入るまで計算上早くて三年、仮に僕の頭の中にあるリンカーのレシピを作成しても調整と安全性の面を考慮しても二年と言ったところ。その頃にはもう月が落下してるかもしれませんねえ)

 

 今のままではもしその子が自分の死を覚悟して神獣鏡を纏ったとしてもフロンティアを守る結界を解除するほどの出力は出せないでしょう。そりゃリンカーを複数投与したら出力は上がるかもしれませんが、その前にその子の身体が耐えられないですね。まずやらせるつもりはありませんが。そんな事をするくらいなら僕がリンカーを十本くらい投与して無理矢理神獣鏡を纏いますよ。……同じ考えをする人が多そうだ。

 最悪僕が悪者になるつもりで未来さんを拉致するという手もありますね。フロンティア起動と月の落下を食い止める、そしてマリアちゃんたちが悪者にならないのなら全て終わった後死刑になっても悔いはないです。あ、その前に脱獄してGX編でチフォージュ・シャトーを止めないといけませんね。それならアニメ通り僕の最期は落石に押し潰されて死亡になるのでなんとか帳尻が合いますね。

 

「……いや、少し急ぎすぎですか。もう少し人類を信じるべきですね」

 

 って何様のつもりですか僕は。僕もその人類の一人なのになぁに神様みたいな上から目線で語っているんだか。あー恥ずかしい恥ずかしい。

 

(結局は他国の反応次第ですか。G編用の準備が無駄になったから深く考え過ぎてまた無駄な準備をする羽目になるのは嫌ですよ……)

 

 今は手一杯ですが月の落下を阻止した後くらいには徐々にG編に入った時用の準備を解体していかないといけません。局長やナスターシャなら言い訳次第で納得してくれそうですが、問題はマリアちゃんたちなんですよね。あの子たち、根は優しいので僕がやろうとした無茶の事を知ったら凄く怒られる気がします。

 

「はぁ、取り敢えずはフロンティアの起動が最優先で後は……ん?何か走ってくる音が……ハッ!」

 

 今後の事を考えていると不意に何かが走ってくる音が聞こえてきました。一瞬何か分からなかった僕はそれが何かを即座に理解して振り返りながら足と腰に力を入れました。

 

「ドクター!」

「ふんもっふ!!!」

 

 ぐおぉぉ……切歌ちゃん、ほんと遠慮というものを知ってくれませんかねぇ!なんで倒れないように、そして腰を砕く(物理的に)事が無いように力を入れたというのに数メートル引きずられるんですかね!?手加減どころか日に日にタックルの威力が増して来てるんですが!?貴女そんなパワー系女子でしたっけ!?あ、ヤバい。靴の底減りすぎて無くなったかも。足の裏の感覚がさっきまでと違って床に直に当たっているのかちょっと冷たいや……。

 

「切ちゃん落ち着いて」

「はっ!身体が勝手に!」

「もう……ダメですよ切歌ちゃん。急にドクターに飛びついたらいけないっていつも言っているでしょ?」

「うう……ごめんなさいデスぅ……」

 

 後からセレナちゃんと調ちゃんが追いかけて来ます。今日は普段着……今更ながら完全にF.I.S.が普通の一般家庭みたいなこの娘たちの実家になっている気がするんですが。一応名目上セレナちゃんたちって研究のための被検体というか、悪い言い方をすればシンフォギアのためのモルモットのような存在のはず。

 あらー、また切歌ちゃんがセレナちゃんに怒られています。まぁ何度もダメだと言っているのにやめない切歌ちゃんが悪いんですけどね。ですがセレナちゃんも甘いですね。もう何年も切歌ちゃんのタックルを受けて来ているんですよ?頭以外凡人の僕では奇襲タックルに反応は出来ませんが、僕がなんの成長もしていないと思ったのか!

 

「ま、まぁまぁ落ち着いて。僕は大丈夫ですから」

「……本当ですか?」

「ははは。ええ大丈夫ですよ。ちょっと致命傷寸前のダメージで済んだ程度ですよ

「絶対にそれ大丈夫じゃないですよね!?」

 

 結構成長したと思っていたのにセレナちゃんに怒られました。んーおかしいなぁ。去年までの僕なら今のタックルを受けて腰が砕けてる(物理)のに。耐えられただけ成長してるはず……。そうか防御力が上がるのに比例して受けるダメージが増えたら意味ないという事ですか(遠い目)。

 

 と、少々過激ですがいつも通り切歌ちゃんたちと戯れて笑い合います。ちょっとアットホーム過ぎやしませんかね?切歌ちゃんは特に僕がいる時はほぼ終始\( >▽<)/って感じでテンションがやたら高いですし、アニメだと感情表現が少々乏しい調ちゃんもずっと笑みを浮かべていますよ。セレナちゃん?もはや何処のお嬢様ですか?と聞きたくなるくらいの上品さと子供たちや切歌ちゃんたちと一緒にいる時に見せる年相応の顔、時折見せる小さかった頃のような楽しそうに無邪気に笑う姿なんて僕ですら目が離せない事がありますからね。ギャップ萌え最高っ!

 でもF.I.S.がただの善人の集まりとなってセレナちゃんのストレスや成長の阻害になりそうなものが無くなってから身体付きは年相応なんてものじゃないんですね。しかもまだ成長しているという。そのせいで下着も結構な頻度で変えているようですが……何故その話を毎回僕にするんですかねぇ?身体能力的にもセレナちゃんには勝てませんがこれでも男なんですよ。それも成人男性。なのに下着の相談なんて、相手を間違っていませんかねぇ……ナスターシャに相談しますか。

 

「……おや、マリアはどうしたんですか?」

 

 引っ付き虫並みに張り付き始めた切歌ちゃんを宥めながら話をしているといつもなら大体四人で一緒に行動するはずのマリアちゃんがいません。まぁ、マリアちゃんも大人の仲間入り(純粋に年齢の事ですよ?イヤらしい想像をした人はネフィリムにムシャってもらいますからね?)しているのでお手伝いを頼まれる事もたまにあるので別段珍しい事ではないんですがね。でもここ一週間ほど訓練の時以外話どころか顔をまともに見てないんですよね。

 

「マリアなら用事があるから、って」

「最近付き合いが悪いんデス……」

「ふーむ?」

 

 んーそんなに忙しいんですか。僕が見た限り誰かに何か依頼されている様子は無かったんですがねぇ……マリアちゃんを無理して酷使するような輩は今のF.I.S.にはいないので自主的にやっているとは思いますが、疲れているのに何か頼まれて断れないんでしょうか?そんな前世の世界のNOと言えない日本人のような精神でしたっけ。

 

「……実はマリア姉さん、最近様子がおかしいんです」

「ん?何がおかしいのですか?」

「それが聞いても教えてくれないんです。ただ何か私たちに隠しているのは確かです」

「あ。そういえばこの前マリアとマムが険しい顔で話してたよ」

「マムも最近怖い顔でいる事が多いデス!」

「んん?」

 

 はて、ナスターシャはこの前職員全員のPCに月の落下の件に関しての資料を送ったので、その事で深く考えているとは思うのですが何故マリアちゃんまで様子がおかしくなるんですかねぇ?女の子特有の月のものですか?もしそうだったら僕に出来ることなんて何もないんですが。でもそれなら妹であるセレナちゃんに言うはず……遅めの反抗期で誰かに言うのが出来ないとか?

 んー考えたら沢山可能性はありますが、マリアちゃんが誰にも相談しないと言う事はマリアちゃん自身が解決しないといけない事ですかねぇ?ならそれが解決するか誰かに相談してくるまで待った方が良さそうか。

 

「取り敢えずマリアが何も言ってこないのなら僕たちも待ちましょう。大丈夫。本当に困ったら頼ってくれますよ。なんせみんな家族のようなものなんですから」

「そう、ですよね。分かりました。マリア姉さんを信じて待ちます」

「そうしてあげてください。でも、無理してそうなら無理矢理理由を聞いてあげなさい。ああ見えて頑固なところもありますからね。言いたくても言えないのかもしれません。何処かで爆発する前に話を聞くだけでも良いガス抜きになるでしょう」

「うん。わかった」

「がってんしょうちのすけデス!」

「何処で習ったんですかその言葉……」

 

 ちょっと切歌ちゃんに不安を感じましたが僕たちはそこで別れました。

 まだセレナちゃんはマリアちゃんの事を心配していましたが、今は待つ事しか出来ないのが歯痒いですねぇ。

 

 再び歩き出し僕はたまに通る同僚と話をしながら自室に向かいます。ほとんどの同僚が月の落下に対してどうやって止めるのか、というより子供たちをどうやって守るのかというばかりで困っていますよ。

 みんなも分かっているんでしょうね。地下シェルターであっても月が落下したら耐えられる可能性は低い事に。だからと言って諦めているわけではないようですが。

 

「(んーなんとか日本にだけでも協力出来たら未来ちゃんを神獣鏡のシンフォギア装者にするチャンスはあるんですがねぇ。上手くいけばG編まるっと省略してしまいますがマリアちゃんたちがビッキーたちと戦う展開は回避できる。その後のアニメとの戦闘力の差は僕のリンカーでなんとか補えれるはず。でもビッキーたちのレベルアップイベントを丸々消し飛ばしますからXV編が不安ですがねぇ……)って、うおっ!?」

 

 少々考え事をし過ぎて上の空になっていた僕は通路の曲がり角で誰かにぶつかってしまいました。

 

「とっとと。すみません。ちょっと考え事を……ってマリア?」

「っドク、ター……」

 

 ぶつかったのは今さっきまで話題になっていた本人であるマリアちゃんでした。

 ですがなんでしょうか、いつものマリアちゃんと違って余裕が無いというか、僕の顔を見た途端心配になるくらい目が泳ぎまくって動揺しているのが丸わかりです。むしろ怖っ。

 

「丁度良かった。マリア、貴女最近──」

「その、ま、マムに呼ばれてるから!話はまた今度!」

「あ、ちょっと……」

 

 呼び止めようとしますがマリアちゃんは走って行ってしまいます。はて、何かマリアちゃんにしましたっけ?あんなあからさまに動揺させて避けるような何かをした覚えは無いんですが……知らない間に何かセクハラでもしてしまいましたかねぇ?

 

「おや、ウェル博士ではありませんか」

「こんなところでどうしました?それにイヴさんは何処に?」

 

 ちょっとマリアちゃんに避けられて致命的なダメージを受けているとマリアちゃんが現れた曲がり角から今度は同僚の男女の職員が現れました。

 

「ああ。マリアなら向こうに走っていきましたよ。何か用事があったのですか?」

「いえいえ。実はほんと今さっきとても真剣な顔でイヴさんに謎の質問をされたんですよ」

「その意味を聞こうとしたら走り出してしまったんですよ。彼女、私たちにその質問の意図も何も話さなかったので不思議だったので」

「なるほど。それで、その謎の質問というのは?」

「それがですね。『もしレセプターチルドレンと自分の命、どちらかしか助けられないならどうするか』という内容でしてね」

「ふむ?」

 

 確かに謎の質問ですね。アニメや漫画でよく聞く質問ではありますが。しかし、マリアちゃんがその質問をする意味が分かりませんねぇ。

 

「……それで、お二人はなんと?」

「それは勿論僕たち二人ともレセプターチルドレンの命を優先する方を選びましたよ」

「簡単に死ぬつもりはありませんが、あの子たちをこんな狭い所に閉じ込めている悪い大人である私たちよりも未来がある子供たちの方が助かってほしいですからね」

 

 うわ、この二人もお人好しですね。まあ、僕もその選択肢なら子供たちの命を助けますがね。

 

 その後少し話した後二人と別れます。お二人とも何気に忙しいようですしね。僕も暇ではありませんし。

 聞けば僕が知らないだけでどうやらマリアちゃんは他の職員にも同様の質問をしているようです。二人が知っている中で自分の命を選択した人はいないようですね。本当にお人好しの軍団だなF.I.S.は。

 

(……よくよく考えればおかしな質問ですねぇ)

 

 自室にたどり着いた僕は椅子に座ってマリアちゃんについて考える。

 

 改めて考えればマリアちゃんの質問はまるで今起きている月の落下による地下シェルターの人員問題の事を聞いているようにも感じられます。

 今はなんとか不安は残っていますがギリギリここの職員全員とレセプターチルドレン全員が地下シェルターに退避出来る段階にはなっていますが、それはあくまで月の落下の速度や時間の計算上の結果であり、もし何か問題があれば間に合わない可能性が高い。その場合、職員たちはまず間違いなく自分たちは残って子供たちを地下シェルターに退避させるでしょう。マリアちゃんの質問はその確認にも感じ取れます。

 

(……ですがその質問に何の意味が?本来のF.I.S.、というより政府の人間は全員国民を置いて自分たちだけ地下シェルターに逃げようとしていたため、アニメのマリアちゃんは世界を救う為に自分たちだけでフロンティアを動かそうと行動しました。しかし、他国はともかく今のアメリカはその真逆で自分たちの命をかけて月の落下をなんとかしようと動いています。他の職員への質問の回答からも大人たちに絶望する要因は無い。むしろ何もする様子がない他国に敵意を向けても仕方のないレベルだ)

 

 そもそも、マリアちゃんが月の落下を知っているはずがない。ええ、知るはずがない。

 例の月の落下と地下シェルターについてのデータは職員たちのPCか携帯端末に送られてましたが、重大なデータもあるのでいくら信頼できる可愛い子供たちでもそう簡単にPCや携帯端末を見せないと思うのでマリアちゃんが月の落下について知った可能性は低いはずです。むしろ内容が内容なので職員たちもそう簡単に見せないでしょう。知っていれば切歌ちゃん辺りから聞かれそうですし。

 

 ますますマリアちゃんの質問の意図が分からなくなって頭が痛くなる。無理矢理聞き出すつもりは毛頭ありませんが、それでも解決できるかは別にしても何か悩みがあるのなら相談してほしいですねぇ。セレナちゃんたちにも言っていないとすれば余計に心配です。

 日本の協力を得られずにアメリカだけでフロンティア計画を進めるとなれば神獣鏡以外にもきっとマリアちゃんたちのシンフォギアが必要になるでしょう。確実な手段として未来ちゃんが神獣鏡を纏うというだけで、可能かどうかはさておいてペンダント状態の神獣鏡に四人のギアのエネルギーを集めて照射したりだとか。他にもやり方があるかもしれません。

 

(アニメ通りの流れにならない以上、なるべく多くの選択肢を残す為にもマリアちゃんには安定してガングニールを纏ってもらわねば……ん?誰か来たようですねぇ)

 

 マリアちゃんの事と今後どうするか頭を捻っていると扉をノックする音が聞こえます。別に誰かが来てもおかしくない時間ではありますが……誰でしょうか?

 

「はいはい今開けますよ……おやおや」

「……」

 

 扉を開けると目の前には絶賛悩みの種になっているマリアちゃんが立っていました。

 マリアちゃんは扉が開いた瞬間ビクッと身体を震わせているのを見逃しませんでしたよ。いつもは気兼ねなく入ってくるのに今日は変に緊張している様子。もしかしたらマリアちゃんは僕に何か相談しに来てくれたんですかね?そうだったら僕としては嬉しいですねぇ。親代わりでも娘同然の女の子から頼りにされるのは個人的にも嬉しいです。でも出来るのなら僕が聞いても良い内容でお願いしますね?

 

「……今、時間はあるかしら?」

「そうですねぇ。暇では無いですが特段急ぎの用件はありませんね。話を聞く時間くらいは余裕がありますよ」

「そう……なら、入ってもいい?」

「どうぞどうぞ」

 

 なるべくいつも通りを装ってマリアちゃんを部屋に招き入れます。ポットのコーヒーもまだあるので入れてあげますかねぇ。勿論普通の人が飲めるものですよ。インスタントも中々馬鹿に出来ないんですよ。ついでに僕のも入れときますかね。僕のは砂糖は入れますが。

 今考えたら年頃の女の子が成人男性の部屋に入ってくるって色々危ないですよね?娘同然のマリアちゃんにそんな不埒な事をする気は毛頭ありませんが、それでも危機感を持って欲しいですよ。セレナちゃん共々ナスターシャに相談しなくては……。

 

「ありがとう」

「いえいえ。それで、何か僕に用があるんですか?」

「それは……」

 

 ふむ。来たのはいいけど実はまだ決心がついていなかったのかな?何度も僕の顔を見ては目を逸らし、口を開いたかと思えばすぐ閉じての繰り返しです。さっきからずっと「あっ……」とか「その……」とかばかりで時間だけが進んでいきます。そんなに言いにくい事なんですかねぇ?もう少ししたら別の日に話しても良いと言いますか。

 

「ッドクター。話が、あるの」

 

 おや。意外と早く決断したようですね。

 ですがなんと言いますか、頭を上げたマリアちゃんの顔には決断したという割に後悔というか、これを言ったら後戻り出来ない、それでも言わなければならないという追い詰められているような若干の焦燥感が混ざっていて本人は決意したと思っていても僕からしたら血迷って勢いで何かを言おうとしているように見えます。

 ちょっと精神的によろしくなさそうなのと嫌な予感がしたためマリアちゃんを止めようと声をかけようとしましたが少し遅かった。

 

 

「私の中に……フィーネがいるの」

 

 

 ……oh、神よ。僕はアナタの存在を心から信じております。なので僕の前にどうかその神々しいお姿を現しくださいませ。さすれば僕の全身全霊を込めて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その心臓にガングニールをブッ刺してやる。

 

 

 

 




マリアちゃんは何を思って行うのか……ウェル(オリ)にはまだ分からない|ω')

ウェル(オリ)「許さねぇぞ……よくもマリアちゃんをここまで追い込んでくれたな。殺してやる……殺してやるぞ。アダム・ヴァイスハウプト」←関係無い。
アダム「」(例の顔&コーヒー逆流)


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三十八話 物語は僕の意思を無視するようだ……

生きてます\( 'ω')/


 えーっと。昨日マリアちゃんから話を聞いたその翌日です。

 

 掻い摘んで言えば、マリアちゃんは自分の中にフィーネがいていつ自身の心を殺して表に出てくるか分からない。だから自分の意思が残っている間に月の落下を止めたいんだそうですね。そんな文字に起こせば二、三行で終わりそうな言葉を長々と二時間くらい話していましたよ。何故か面接官か何かになった気分でしたねぇ。

 説得しながら色々マリアちゃんの話を聞いていたのですが、結局僕はマリアちゃんに協力する事にしました。え、何故アニメ通りのマリアちゃんが傷つくような選択肢を選んだのに止めもしなかったのかって?それは……おや。どうやらウェルタイムが終わるようです。それでは終わる前に深呼吸をば。すー……

 

(いやいや。あんな切歌ちゃんでもマリアちゃんが嘘ついていると分かるような分かりやすく目が左右に動いているの初めて見ましたよ。目が泳ぐってあの事を言うんですね。なんですか本当は僕に何か気づいて欲しかったんですか?残念ながら僕にそんなアイコンタクト解読能力なんてありませんよ。途中からでしたが言葉が詰まる事も五十回くらいありました。どれだけ隠し事が下手なんですか!しかも二時間のうち一時間五十分くらいは「あれ、その話さっきしなかったっけ?」って思うような、同じ事を言葉を変えて何度も言っていただけでしたし)

 

 ああ。落ち着いたら(?)昨日の僕を殴りたくなってきました。

 

 話している時にF.I.S.とアメリカが現在進行形で積極的に落下してくる月の対策を練っている事をマリアちゃんには説明しましたよ。アニメ通りなら自分勝手な大人たちを信用出来なかった結果、周りに流されたとはいえ行動を起こしていましたからね。もしかしたら考え直してくれるかと思ったんですよ。

 実際アメリカ政府は子供たちのために自分の命すら犠牲にする勢いで事態の収拾にあたっています。これで大人を信じられないと言われたら逆に何をしたら信じてくれるのか聞きたいレベルですよ。その事は月の落下の事を知っている事からおそらくナスターシャから聞いているでしょう。こういった事は僕よりも先にナスターシャに相談しそうですし。

 なのにマリアちゃんは頑なに自分にフィーネが宿ったと言い続けて自分が月の落下を止めたいと言っていました。僕が色々とアニメを無視した動きをしたため本当にマリアちゃんの中にフィーネが宿ってしまったのか、それとも何か別の理由があるのか分からなくなり、混乱してしまった僕は思わずマリアちゃんに協力する事になってしまったのですよ。

 

(フィーネがマリアちゃんの中に宿ったのは真実なのか?だとしてもあまりにも焦り方が妙なんですよね)

 

 フィーネが宿った云々の話の時は嘘ついているのが丸わかりな焦り方だったんですが、マリアちゃんが責任を負うような事はしなくても良いと伝えるとそれだけは絶対に譲れないと真剣な眼差しで僕を見てきました。あの時はアニメの頼れるイケメンマリアさんの顔でしたよ。ちょっとキュンと来てしまいましたね。

 故に、そこまで分かりやすい感情の差が生まれている要因が全く分かりません。僕個人の勘ではフィーネに関してマリアちゃんの言っている事が嘘だと言っているんですがねぇ。何故月の落下を止めるために無理矢理にでも動き出そうとしているのか全く見当がつかない。何がマリアちゃんをそこまで突き動かしているのか……。

 

「……マリアちゃんに協力する事を約束した以上本気で事に当たらないといけませんねぇ。可能ならマリアちゃん自身が傷つかないように行動したいものですが……」

 

 本来の歴史ではすでに亡くなっているはずのセレナちゃんと奏さんが生きている以上何がきっかけで物語が大きく崩壊するか分かりません。半端な気持ちでいればとんでもない事になる可能性がありますからねぇ。

 今のマリアちゃんもアニメのマリアさんと見た目は同じでもセレナちゃんが生きているのに加えて幼少期から僕を含むF.I.S.の職員たちに愛されて来ているので比較すれば精神面に大きな余裕はあるでしょう。

 しかし、それ故に本来セレナちゃんが亡くなった事でマリアちゃんが得るはずだった覚悟とか決意が弱くなっている可能性も大いにあります。それが今後の物語に決定的な痛手を負わせるものでなければ良いのですが……。

 

(取り敢えずは破棄する予定だった準備を再度整えなくては。僕の知るアニメ通りの流れなら不測の事態は起きないはずですがどうなるのか分かりませんからねぇ……)

 

 頭が万力で絞めつけられるように痛くなるのを感じながら色々計画の修正を考えます。

 マリアちゃんがフィーネとして動き出す事を決意してしまっている以上、神獣鏡とネフィリムを盗み出さないといけないのですが……どうやって盗もうか。というよりマリアちゃんとまだ出てきていないナスターシャは神獣鏡とネフィリムがフロンティア起動に必要な事を知っているのでしょうか?

 

(あーくそ。日本がもう少し協力的だったらもっと簡単にフロンティアを起動されたかもしれないのに!なぁんでマリアちゃんが重荷を背負わなければならないんですかねぇ?)

 

 そりゃ、ネフィリムの時同様僕しか今後の展開を知らないから考えられる事なので、未来なんて分からないこの世界の人からしたら仕方の無い事なんですがね。誰が神獣鏡の起動に未来さんが必要と分かるのか、フロンティア起動に忌まわしき存在であるネフィリムを再起動させないといけないと分かるのですか!

 しかもXVのシェム・ハの事を考えて未来さんとビッキーには神獣鏡の光線で浄化してもらわないといけませんし。え、シェム・ハ復活を阻止できるかもしれないのに何故わざわざそんな事をするかですって?だってもし未来さんの身体以外でシェム・ハが復活したらビッキーが浄化されていないので詰みですよ?その前にビッキーの体内からガングニールの欠片を消さないと続くGX編でどのみちビッキーが危ないですし。というか侵食されて亡くなってしまう可能性もありますし。

 僕の発言権だけであのGEDOUを始末、じゃない、亡き者にできるのなら良いかもしれませんが、その場合でも別の誰かがシェム・ハを復活させるというなんとしてでもアニメ通りの流れにしようとする謎パワーが発動するかもしれませんしね。

 考え出したらキリがないので取り敢えずアニメ通り行動してればなんとかなるかもしれません。そんなか細い希望に賭けるしかないのが歯痒いですねぇ。

 

(ふむ。神獣鏡はナスターシャとマリアちゃんに任せるとして、問題はネフィリムですか)

 

 装者であるマリアちゃんなら適当な名目で神獣鏡のギアペンダントに近づくタイミングはあるでしょう。肝心な「適当」の部分はきっとナスターシャがなんとかしてくれるでしょう。うん。

 ですが大の問題はネフィリムですよ。なんせF.I.S.内ではあれを「特一級危険聖遺物」として厳重に保管されていますからね。そりゃ、当時のF.I.S.の施設の八割くらい使えなくして死傷者もかなり出た事件の元凶ですから当たり前です。

 しかも再びネフィリムが復活して暴れる可能性を考慮して新素材で出来た隔壁を何重にも、それこそ弦十郎さんやGEDOUレベルの超人でなければ越えられない程の最早過剰と言えるレベルで封印されていますからね。中に入るには簡単ではありません。まぁ、もしネフィリムが復活したらそれでもただの時間稼ぎにしかならないでしょうけど。

 

(ん〜……偽物とすり替える用意や監視カメラに細工するためのプログラムは既に出来ていますがまずどうやってネフィリムに近づくか。僕が局長レベルの権限の持ち主なら簡単なんですがねぇ)

 

 既にG編の事を考えて工作用の偽物やプログラムは作ってはいるんですよ。アニメ通りならウェル博士が盗み出すのは分かっていた事なので色々用意は完了しています。昨日マリアちゃんの話を聞いて急いで破棄しようとした計画を掘り出して用意は完了しています。時期的にも動き出すのそろそろなのでね。

 ただ、警戒レベル高すぎて一介の研究員よりちょっと偉い程度では近づくどころか扉さえ開けてくれないでしょう。というか局長レベルの権限でもそう簡単に出入り出来ない可能性は高い。なんせ稼働して物の数分で軍隊が必要なレベルまで成長した化け物ですからね。正直前世のアニメの記憶が無ければこのまま封印しておきたい代物ですよ。だぁれが好き好んであんな化け物を持ち運ぼうと思うんですかねぇ!ウェル博士の正気を疑いますよ!

 

(何をしようにもまずはネフィリムを手に入れなくては。シンフォギアを使ったマリアちゃんなら余裕で盗めるでしょうけど……出来るならマリアちゃんにはなるべく無理をさせたくありませんねぇ)

 

 自分は年長者だからと頑張っているだけでマリアちゃんもセレナちゃん並みに争い事が苦手ですからねぇ。現在のアニメと環境が違い過ぎて保育士とか凄く似合いそうなくらい小さい子たちにも好かれていて更に優しくて良い娘なので余計にこの役目は辛いでしょうね。ここにネフィリムを盗むために研究員の誰かを傷つけたとなればメンタルブレイク不可避ですよ。セレナちゃんが生きている事と環境が良い事への弊害がここに出てますよ。言わば本来セレナちゃんが亡くなった事による強化イベントを逃している状態ですね。自分で言ってこの考えに反吐がでますが。

 

「……まぁ考えても何ですし、取り敢えずは行ってみますか」

 

 計画の修正をしようにもネフィリムが現在どのような状態か分かりませんし、まずは見に行ってみますか。警備員や担当員の話を聞けば盗み出す糸口が見つかるかもしれませんからね。

 

 という訳でネフィリムが管理という名の封印されている場所に直行、する前に一度部屋に戻って念のためかなり前に作っておいた監視カメラへの細工プログラムの入ったUSBとネフィリムレプリカ(3Dプリンターで作った本物そっくりなネフィリム)を懐に隠しておく。白衣の下だから分かりにくいけどこの大きさ凄く邪魔だな!

 

 そのまま懐にネフィリムレプリカを隠したまま目的の場所に向かいます。そこは施設の中でも一般の研究員が入れる地下区画から更に下の区画です。ネフィリム暴走事件の後から入った人はまずここの場所を知らないでしょう。なんせネフィリムがもし復活した際、時間稼ぎの隔壁を突破された際にそれでも避難が間に合わない時の時間を稼ぐために区画ごとネフィリムを生き埋めにするために自爆装置が付いているという凄く危険な区画ですからね。それでどれだけ時間が稼げるか。

 

 この区画の存在を知っているのは当時生き残った研究員の極一部で、ほとんどはネフィリムを別の場所に移して然るべき手段を持って破棄されたと聞かされているはずです。

 まぁ、ネフィリムの危険性を考慮して本当に破壊する方法で話は進んでいたのですが、実際問題ネフィリムコアは既存の方法での破棄は見つかりませんでした。下手に刺激して暴れる可能性もありましたしね。その辺り僕のアニメ知識にもありませんでした。ウェル博士が丁寧に扱っていたのは覚えていたんですが……多分そんなに頑丈じゃなかった気がするんですがねぇ。

 

(──っと。ここですね)

 

 考え事をしていると目的地に到着しました。

 目の前には実に機械的な扉が設置されており、その中へ入ると一人の見知った男性研究員がPCをいじったり監視カメラを確認しています。更に部屋の奥にはダイナマイトでも傷つかないほどの頑丈さが売りの扉があり、その奥にはネフィリムが封印されているんですよ。でもその扉を何重にもする事で更に強度を増しているようなんですが、それでもネフィリムは突破してくるでしょうねぇ……

 

「こんにちは」

「ん?おお!ドクターではありませんか!」

「お久しぶりです。ところで、何故一人なんですか?」

「ああ。本当は四人なんですが一人は親戚の結婚式があるらしく今日は休みなんですよ」

「それはめでたいですね」

「ええ。そして二人は昼食のために先にとってもらっているのです。昼食に行った二人が帰ってきたら今度は交代で私が昼食に、といった風にやっているんです」

「なるほど」

 

 さすがに休眠状態のネフィリムとはいえ一人で監視する訳ありませんよね。心臓に悪いですよ。

 それにしても……なかなかタイミングが良いではありませんか。

 

「それで、ドクターはいったい何故ここに?」

「いやなに、ネフィリムがどうなっているのか気になりましてね。中に入ってもよろしいですか?」

 

 まぁ無理でしょうけどね。さすがにF.I.S.内で顔が広い僕でも事が事なのでそんな簡単に入る事は出来ないでしょう。なのでこれはちょっとした話の切り口です。ここから他の方の勤務時間や今のような昼食交代のおおよその時間、そして隙を見せそうな研究員が担当する日はいつなのかなど後日ネフィリムを盗む計画を立てるための情報を出来るだけ聞き取らなくては。

 ですがあまり突っ込んだ話をすると怪しまれてしまいます。そうなれば無用な警戒を与えてしまう可能性もなきにしもあらず。何処から計画が発覚するか分からない以上必要最低限の情報を聞き出さなくては。

 

「ええ。良いですよ」

「ですよね。そんな簡単に……なんですって?

 

 んん〜僕の聞き間違いかな?なんか「消しゴム貸して!」「いいよ!」的な軽い感じで入っても良いと言われた気がしたんですが。

 

「えっと……本当に良いんですか?」

「?だから入っても構いませんよ」

「……一応理由を聞いても?」

「理由と言われましても……ドクターはネフィリムの起こした事件の被害者であり当事者。私はすぐに退避しましたが、強化ガラス越しでも凄まじい恐ろしさでした。イヴさんを助けるためとはいえ先に逃げた我々よりも間近であの恐ろしい怪物が暴れる姿を見た貴方ならアレを悪用なんてしないでしょうからね!はっはっは!」

「ア、ハイ」

 

 うわ、ウェル博士の好感度高過ぎい!全くこれっぽっちも疑われてない!?余計に良心の呵責があああ!!!

 いやいや、F.I.S.の施設をほぼ全損させ、現在既に記録上廃棄処理されたはずの超極秘で超危険な存在である特一級危険聖遺物に認定されているネフィリムをなんの知らせもなくいきなりやってきた僕が突然ネフィリムの様子を見たいって言ったら普通怪しむでしょうよ!なんで警戒すらしてないのですか!?どんだけウェル博士の信頼度高いんですか!?

 

「どうかなさいましたか?胸なんて抑えて」

「い、いいえ!なんでもないですよあはは……」

「そうですか。あ、すいませんが私少しお手洗いに行って来ますのでついでにその間のネフィリムの監視もお願いできますか?」

「(超ご都合的な展開だな!?)わ、分かりました……」

「よろしくお願いしますね」

 

 ニコニコしながらもちょっと急足で男性研究員は部屋を出て行きます。昼食に行ったという二人が帰ってくるまで我慢でもしてたんでしょうね。我慢は身体に毒ですよ。はっはっは。

 とはいえ。

 

(なぁんですかこの漫画みたいなご都合的な展開は!ありがたいですけど!!!)

 

 もう恐ろしくなりますね。

 監視もいる事を考えて短期間でネフィリムを手に入れる方法なぞ無いに等しいですし、最悪強行手段に出るしか無いと色々計画を練っていたのにそれが良い意味でパァになりましたよ。今後の準備に余裕が出来て僕にとってはありがたいんですが……なんですかね本当に。こう、見えざる手によって僕のやる事を都合良く、そしてスムーズに動かされているみたいで気持ち悪いですよ。アダムやシェム・ハと関係無いですよね?不安です……。

 

「ま、まぁ。この展開は好都合。やるべき事をさせてもらいますかねぇ」

 

 僕は早速ネフィリム・コアが厳重に保管されている部屋に入ります。さっきの男性研究員の方が予めロックを解除してからトイレに行ったみたいなので拍子抜けするくらいアッサリ中に入れましたよ。中に入るため色々プランを立てていたのに全て無駄だったとは……泣けてきますよ。

 軽く涙が出そうになるのを我慢して部屋の中枢に備え付けられた強化ガラスで出来たボックスのロックを外します。その他にも防衛システム的なのも存在していましたが、それらのロックも既に解除してくれていますね。それだけ信頼されているのにこれから裏切るんだと考えると胃に穴が開きました(過去形)。

 そっと開けば中にはお目当てのネフィリム・コアがあります。妙な脈動とかもなく、宝石のような赤い部分も今は完全に光が失われて赤錆っぽくなっています。これだけ見たらただのコンクリートの破片の中に錆びた鉄が埋め込まれたようなガラクタですね。というかアニメで出てきたネフィリム・コアってこんな色でしたっけ?あ。あれは小型とはいえ一応復活した後のコアだからなんですかね?分かりません……

 

「……というか、これ素手で触れて大丈夫ですかね?」

 

 いきなり動き出して僕に寄生してくるとか無いですよね?アニメでも確か暴走ビッキーに乱暴に引き抜かれた後のコアをウェル博士は素手で持っていたのでそんな機能はない……はず。

 恐々と軽くネフィリムを指先でつつきます。うん。反応は無し。大丈夫だ。問題ない(自分に言い聞かせ)。

 

 問題ないと判断した僕は白衣の下に隠していたネフィリムレプリカとすり替えて部屋を出ます。大きさはほぼ同じですが重いなこれ。重さも相まって更に歩きにくいな!

 次に予め用意していた監視カメラの細工プログラムの入ったUSBを使って監視カメラに細工します。とは言っても、本当は秘密裏にここに来て僕がネフィリムとネフィリムレプリカをすり替えた瞬間の映像を丸っと切り取り、監視カメラの映像データを捏造する簡単なプログラムだったんですがね。

 ですがあの男性研究員の方は僕が部屋の中に入ったのを知っています。みんなからの僕の信頼度から考えて無理矢理誤魔化すのも無理では無いでしょうが、あの人に悪いのでちょっとプログラムをいじって僕が居る映像はそのままで入れ替えた瞬間だけ切り取りました。これで記録上、僕は「ネフィリムが保管されている部屋に入ったが何もしなかった」という映像が出来上がるというわけです。こういったプログラムは専門外でしたが、そこまで難しくなくてよかったですよ。

 

(これで一応任務終了、ですかね?)

 

 監視カメラのデータの改竄も済み、後はここから立ち去るだけ。なんですが、まだあの男性研究員の方が帰って来ないため帰れません。今帰ったら怪しいでしょうしね。取り敢えずは帰って来るまで待たないと。

 

(……まだ休眠状態とはいえ懐にネフィリムを仕舞うのは怖いですねぇ!)

 

 動き出すのはまだ早いと分かっていても一度目の前で暴れたネフィリムの姿を思い出すと震えてきますよ。セレナちゃんの命を賭けた絶唱がなければあの場にいた全員、いやあの場にいなかった他の研究員やレセプターチルドレンたちの命もありませんでした。ネフィリムを倒せるのなら核兵器や弦十郎さんでもアダムやキャロルちゃんでもなんでも良いですが、どれをとっても動き出す前にどれだけの命が失われたか。

 そんな危険な物のコアが僕の懐に丸裸の状態であるんですよ?生きた心地がしない。冷や汗が止まらないいい!

 

 生きた心地がせず、冷や汗流しすぎて軽い脱水症状になりかけたくらいでさっきの男性研究員と恐らく昼食に出ていたという二人の研究員が帰ってきたので僕は挨拶を少しした後急ぎ足で自室に戻ります。いやほんと懐に爆弾抱えてるような物なので怖いですよ!

 戻っている途中でセレナちゃんが生き残って本来のアニメの流れから逸脱してしまった事によってネフィリムがこのタイミングで復活してしまう可能性もあると思いついてしまって心臓が止まりましたよ(過去形)。怖っ、マジで怖っ!!!

 

 なんだかんだで無事(?)ネフィリム・コアをゲットできました。ちょっとここまで都合が良すぎる気はしますがこの際気にしません。運が良かったという事にしましょう。うん。気にしたらダメ。

 まぁ、まだどうやってF.I.S.から出るのか、そもそもあのヘリのような飛行機を何処で手に入れるのかとかまだまだ考える事は山ほどあるので安心は出来ませんがね。というかネフィリムを起動させる場所とか復活させたあとのネフィリムを何処にどうやって保管するかとかも考えねばなりません。半端な素材の檻ではいくら幼体のネフィリムの力でも突破される可能性もありますからね。

 それでも、一番厄介そうなネフィリムの入手は出来たので気が楽ですよ。

 

(まったく。頭脳労働専門ですがこれは僕の専門外なんですけどねぇ。とりあえずいち段落ついて──あ)

「──何故ネフィリムがいるのかマリアちゃんたちに何の説明もしてなかったああああ!!!

 

 フロンティアの起動とシステムの掌握にネフィリムが必要とはいえ、マリアちゃんとセレナちゃんにとってのトラウマを使うそれらの理由を何一つ説明していない事を思い出した僕は厄介事の種がまた一つ増えて胃が消失しました(過去形)。




シリアス「(呼んだ?)」
作者「呼んでねぇ!……おや。なんだこの手紙?」ペラ
ギャグ「(実家に帰らせてもらいます)」
作者「行くなギャグうううぅぅぅ!!!」
シリアス「(呼んだだろ?)」
作者「だから呼んでねぇ!!!だから帰りやがれくださいお願いします!!!」



※途中の見えざる手〜という部分は単にウェル(オリ)にとってアニメだったシンフォギアの世界に入ったせいで自身が「アニメの中の人物」となり、物語通りになるように作者(私)に都合よく動かされているような感覚を未来を知っているため第三者目線で見ているような状態なのでアダムやシェム・ハは関係無いです。
………ウェル(オリ)め、私を感じ取っているな!?


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