彼女が冷たく笑うわけ (ゲル状)
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サッカーやろうぜ!

この作品には以下の要素を含んでいます。
・オリ主
・オリ必殺技
・独自展開
・後継シリーズの必殺技
・円堂守(DF)
・クララ様

※まだクララ様は出てきません。


 

 円堂守にとって鈴音(すずのね)(ある)は付き合いの良い先輩であった。

 些か付き合いが良すぎる、と言うのが本音。

 主に――グラウンドと同じように、部活の競争が激しいという意味で。

 部活は無所属。だが、大抵の物事において高い実力を発揮し、頼まれて部活に付き合えばその部のエースに伯仲するため、練習相手(すけっと)として申し分ない。

 自身に予定がなければ頼まれごとは殆ど断らず、ゆえにマネージャーだのコーチだのの手伝いをさせられているのもよく見かける。

 それが便利屋扱いという悪意によるものではなく、彼の人望から来るものであることは、円堂から見ても明らかだった。

 

 そんな彼を人気たらしめているのは、何事にも手を抜いた様子がないというのが大きいだろう。

 あらゆる物事に打ち込む気持ち。

 一秒一秒を大切に――心から生きていることを、彼は時々口から零す。

 その態度が顔にも態度にも殆ど現れないため、それを知らない者からすると近寄りがたい雰囲気を放つ、やけに浮いた最上級生なのだが。

 

 

 ――その日、円堂が鈴音との約束を確保できたのは幸運だった。

 相変わらず彼が率いる……率いている筈の雷門サッカー部はただ存在しているだけで、殆どまともに活動出来ていないというのが実情だ。

 他の部員のやる気もなく、引っ張り出す前に彼は我慢ならず部室を飛び出してしまった。

 数十年前から碌に整備もされておらずボロボロの部室を後にして、マネージャーである木野秋に河川敷で小学生のサッカークラブチーム相手に練習することを告げて学校を出る。

 そして道中で、鈴音を見つけたのだ。

 

「鈴音! 今、帰りか?」

「――ああ。円堂、お前は……練習か」

 

 物静かだが不思議と重みのある声で、答えが返ってくる。

 中学三年生にしては長身であり、同年代の相手は大体見下ろすことになる。

 肩までの白髪は片目を覆い、露わになった三白眼は否応にも見据えた相手を威圧してしまう。

 それを自覚していることから、それほど人と目を合わせるのを好まない彼だが、円堂が自身に委縮しないことも、既に知っている。

 

「そうなんだ。なあ――今日も、頼みたいんだけど、いいかな?」

「構わない」

 

 円堂が練習の手伝いを頼んでみれば、考える様子もなく、短く受け入れた。

 河川敷で練習をしている小学生たちはそれなりに“やる”とはいえ、中学の部活の練習としては些か物足りないというのは分かる。

 円堂と練習することで、彼らのスキルアップは望めるかもしれないが、その逆となると効率が悪い。

 同じ中学生の練習相手がいた方が張り合いがあろう。

 

「よっしゃ! 助かるぜ! 今日の練習なんだけど――」

 

 練習内容について話しながら、サッカーコートに向かう。

 

「おーい! サッカーやろうぜ!」

 

 既に練習を始めているらしい小学生たちに向かい、円堂は駆け寄りながら叫んだ。

 それに歩いて付いていった鈴音は、学校指定のジャージに着替える。

 鈴音はサッカー部員ではないため、ユニフォームも受け取っていない。

 最初に円堂が彼を勧誘したその次の日から、彼のためのユニフォームを用意しているのだが――それは今まで、着られたことはなかった。

 あくまで、彼はどの部活にも入っている訳ではなく、サッカー部にとっての彼も助っ人に過ぎないのだから。

 

「円堂ちゃん! 鈴音ちゃん! 今日もよろしくね!」

「おう!」

「ああ」

 

 ここでこのサッカークラブ相手に円堂が行っている練習に呼ばれたことも、初めてではない。

 クラブに所属している少女、如月まこも鈴音にとっては顔なじみの一人であり、傍から見れば近寄りがたい容姿に似付かわしくない呼称も慣れていた。

 ジャージに着替えた鈴音は小学生たちから道具を借りる。

 大人用のシューズなどは数が少ないものの、そのうち一つはそれなりの頻度で鈴音に貸し出されていた。

 円堂が関わらずとも休日などにこのクラブに付き合うこともあるため、いつからか用意されていたものである。

 既に準備が完了し、パス回しをしている小学生たちや円堂たちを待たせまいと、手早くシューズを履く。

 そして――グローブを嵌め、ゴール前に立った。

 

「よし! 始めるぞ!」

 

 ――そう。円堂が鈴音をサッカー部の助っ人として求める要因として、それはあまりにも大きかった。

 現状で七人しかいないサッカー部員に、“そのポジション”を受け持つことが出来るメンバーがいないのである。

 

 二年、FWの染岡。

 二年、MFの半田。

 一年、DFの壁山。

 一年、DFの栗松。

 一年、MFの宍戸。

 一年、MFの少林寺。

 

 ――そして、キャプテンたる、()()の円堂。

 

 これは、本来GKとして雷門サッカー部の最後の砦を守る筈のキャプテンが、フィールドプレイヤーとしての道を選んだ話である。

 

 

 

(――やはり。ここに立つと、より熱が灯る)

 

 鈴音は冷たさすら感じていた胸の内にひときわ大きな火が点くのを感じていた。

 サッカーとは、彼にとってそういうものだった。どんなスポーツだろうと感じる熱も、サッカーに関しては強さが違う。

 それは、かつて――幼少の頃に嗜んでいたことが関わっているのだろう。

 

 ――俺、円堂守です! よければサッカー部の練習に付き合ってくれませんか!

 ――構わない。しかし……サッカー部か。この学校にサッカー部が出来たんだな。

 

 円堂と鈴音の初めての会話は、それだった。

 円堂が木野から鈴音の噂を聞き、彼の予定がない時に頼み込みに行った。

 その時、鈴音は雷門中にサッカー部が出来たことを初めて知り、どうにも揺れにくい感情で、それでも結構な感心を覚えた。

 鈴音が入学した時はこの学校にサッカー部はなかった。伝説とすら呼ばれた勇名も今は昔。この学校のサッカー部は部室を残して消え去ってしまっていたのだから。

 彼が二年になって早々、新入生だった円堂はサッカー部を立ち上げたのだ。

 それから数日後に、彼らは出会った。

 

 ――鈴音先輩ってサッカーの経験あるんですか?

 ――随分と昔だが、少しだけなら。

 ――本当ですか! 俺はディフェンダーなんですけど、鈴音先輩は?

 ――キーパーだ。無論、練習に付き合う以上は何処でも務めるつもりだが。

 

 曰く、四、五年ほど前までは遊び程度にならよくやっていたという鈴音は、そんなブランクを感じさせなかった。

 ディフェンダーとはいえシュート練習も欠かしていない円堂ではあるが、彼からゴールを奪えたことがあっただろうか。

 

「いくわよ! すいせい――シュートっ!」

 

 キーパーとして早速、小学生たちのシュートを受け始める。

 まこによる、高らかに名前を叫びつつのシュートは、本人が狙っていた位置とは大きく右に逸れた。

 そのボールの軌道を片目で追いつつ、鈴音はふっと小さく息を吐いてから動き出す。

 落ち着いたまま、片手でシュートを受け止めると、僅かに思案してボールを返した。

 

「うーん……上手くいかないわ」

「シュートの速度は上がっていた。コントロールを詰めれば試合で通用すると思う」

「わかった! 次、円堂ちゃんね!」

「おう! 行くぞ鈴音!」

 

 ――鈴音でいい。お前はキャプテンなんだから。

 

 円堂が先輩呼びを改めて、敬語もやめたのは、彼と会ってからそう経たない頃だった。

 真顔のままに、当然のように言われた時、よりキャプテンということを自覚した。

 サッカー部に手を貸している間は、キャプテンに従う。そんな、彼の意思表示なのだろう。

 

「いっけええええ!」

「っ」

 

 円堂のシュートを、先程と同じように息を吐いて受け止める。

 それに込められていた力は、腕を確かに伝わっていた。

 

「モノになってきたな」

「ああ! もうすぐ身に付けられる気がするんだ! この必殺技を!」

「円堂ちゃんの必殺技!?」

 

 その言葉に、まこも当然食い付いた。

 ボールを中心として繰り出される数多の必殺技は、サッカーの華とも呼べるものだ。

 サッカーの強い人気はこの必殺技にこそあり。選手たちが個々の強みを活かして完成させた独自の必殺技は、その選手の代名詞にもなり得る。

 ゆえにあらゆるサッカー少年、少女たちの憧れであった。

 円堂は鞄からボロボロのノートを引っ張り出し、ページを捲る。

 まこだけでなく、参加していた小学生たちは一斉にそれを覗き込んで――たちまち微妙な顔になった。

 

「円堂ちゃん……読めないよこれ」

「はは……爺ちゃんが必殺技のコツや極意を書いた特訓ノートなんだ。今、俺が練習しているのは――これとこれ!」

 

 離れたページを順番に開くも、そこにあったのは古代文字もかくやとばかりの意味不明な殴り書きだった。

 或いは、宇宙人が残したメッセージの写しだろうか。

 ともかく、小学生たちが初見で理解するには些か以上に難易度の高いものだった。

 ちなみに鈴音も過去に見せてもらったことがあるがまるで理解は出来なかった。

 

「ライジングサンダーにゴッドハンマー! どっちも強い足の力が必要になる必殺技だ。これのために、シュート力を高めているんだ!」

「へえー……それってどんな技なの?」

「えっと……ライジングサンダーは――」

 

 円堂が特訓ノートを読み上げた技の説明は擬音が半分以上を占める非常に奇抜なものだった。

 余計に技のイメージが出来なくなった小学生たちに、表情を変えないまま鈴音も同意する。

 自身にイメージ力が欠けているのは自覚している。ゆえに、何となくだろうと祖父の遺した難解な言葉を理解出来る円堂の能力を、鈴音は評価していた。

 

 

 +

 

 

 鈴音が河川敷での練習に付き合ったその数日後、円堂は三年教室前の廊下を走っていた。

 求めている姿はすぐに見つかる。

 靴の踵でブレーキを掛けるように、鈴音の前で止まれば、その隣にいた男子生徒が呆れた様子で苦言を漏らす。

 

「……キミ。もう二年にもなるのだから、廊下を走るななどという当たり前のことくらい――」

「すみません! 鈴音に用事があるんです!」

 

 言葉を遮り、円堂は鈴音に用件を告げる。

 

「鈴音! 一週間後、練習試合があるんだ。助っ人キーパーとして、手を貸してくれないか!」

「練習試合……?」

 

 また珍しい、と思ったのは隣の男子の方だった。

 あの弱小という以前に、試合をするための最低限の人数すら揃わないあのサッカー部に練習試合を申し込むような酔狂な学校があるとは。

 相手がどういうつもりかは知らないが、この始末。

 メンバーが足りず、助っ人や緊急の新入部員を補填しようという魂胆だろう。

 本気で臨もうとするその気概は認めなくもないが――

 そんな疑問を鈴音は持ったのか否か。特に追及する様子もなく、問いを投げた。

 

「一週間後の、いつだ?」

「えっと、時間は――」

 

 円堂が時間を告げれば、数秒で首を横に振った。

 

「その時間は埋まっている。申し訳ないが、請け負うことは出来ない」

「んな……っ!?」

 

 まさか一週間後に既に予定が入っていることなど想像していなかった円堂は絶句する。

 一方で、男子は円堂の間の悪さに同情していた。

 つい今朝方、その時間に彼に依頼をしたのは、他でもない自分たちだったのだから。

 

「――途中からの参加で構わなければ、そちらが終わり次第向かわせてもらうが」

 

 あまりにショックが大きかったらしい円堂に、鈴音が代案を出せば、たちまちその顔に生気が戻っていく。

 

「いい! 全然それでいい! 頼むぜ鈴音!」

「ああ」

「……」

 

 男子が抱いていた円堂への呆れは、隣に立つ無表情な友人の付き合いの良さに対してのものへと変わる。

 確かに、部員集めもままならないサッカー部にとっては、途中からの参加でさえ縋らなければならないものなのだろうが。

 これは当日は、程々に切り上げてもらった方が良いか、と彼は友人へ依頼していた、生徒会の仕事の効率化について、頭の中で整理を始める。

 ……会長にはどう説明したものか――と、雷門中生徒会副会長、海皇(かいおう)星児(せいじ)は溜息をついた。




オリ主が先輩で円堂がDFって作品はきっとまだないと思ったので書きました。
本話中の河川敷での特訓は円堂が豪炎寺と出会った日とはまた別日です。


海皇(かいおう)星児(せいじ)
名門の家に生まれ生徒会でがんばるみんなのまとめ役。
雷門中三年。本作では生徒会副会長で主人公の友人。今後の出番は知らん。


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それは俺の力を求めた円堂を裏切る理由にはならない。

※まだまだクララ様は出てきません。


 

 

 あっという間にやってきた一週間後、雷門中のグラウンド周辺には大勢の生徒が詰め掛けていた。

 それはサッカー部の試合の噂を聞き付けてのこと。

 当然ではあるが、弱小たる雷門中サッカー部を目的とした訳ではない。

 試合を申し込んできた相手を一目見たいからである。

 

 帝国学園サッカー部。

 中学サッカーの全国大会、フットボールフロンティアにおいて四十年間王座を守り続けている、名門中の名門。

 そんな最強のサッカー部が雷門中に訪れているのだ。

 今年も優勝が期待されている彼らが雷門中に練習試合を申し込んできた理由は不明だが、雷門中サッカー部としては受けない選択肢はなかった。

 受けねば廃部、この試合に負けても廃部。

 大会に出ることすらままならないサッカー部など予算の無駄でしかない。

 ゆえに円堂を筆頭として、七人しかいなかった彼らは必死でメンバーを集めた。

 どうにか四人の助っ人を確保し、試合に間に合わせることが出来たのである。

 そして、この一週間、かつてない熱意で練習を重ね、大きく成長した。

 これならば帝国学園が相手であってもどうにかなると希望を持てるくらいには、自信をつけることが出来たのだ。

 

 

 ――そんな状態で試合に臨んだ彼らを、少女は校長室から見下ろしていた。

 雷門夏未――雷門中の生徒会長にして、学園長の娘でもある、事実上この学校のトップである。

 彼女は気になっていた。

 こんな実績どころか、まともに活動しているかすら怪しかったサッカー部に、天下の帝国が練習試合を申し込んできた理由が。

 試合の結果、廃校にまで追いやられた学校もあり、黒い噂の絶えない帝国ではあるが、こんなサッカー部をなんの目的もなく狙うほど暇でもない筈だ。

 今のところ、夏未はその理由を見出すことが出来ないでいる。

 そして、答えに行き着くことも――そして、彼らがその目的を達成することもなく終わりそうだと、殆ど諦めをつけていた。

 

(どうあれ、サッカー部はこれでお終いね)

 

 ホイッスルが鳴った。前半終了だ。

 現在のスコアは10-0。どうやら帝国は手心を加える気はないらしい。

 いや、まともに動かず相手の消耗を煽るプレイで積極的に得点しに行っていない辺りは、せめてもの手心かもしれない。

 おかげでまだ一部、諦めの悪い者たちはいるようだが――全員が全員、疲労困憊であった。

 後半の逆転でも狙っているのだろうが、あれでは動けまい。

 帝国の目的が興味の対象だったものの、気にかけていただけ無駄だったか、と夏未は落胆する。

 こんな始末なら見物などせず、生徒会の指揮でもとっていた方がマシだったかもしれない。

 

「会長、備品の整理は終わりました」

「――ええ。ご苦労様」

 

 そのタイミングで部屋に入ってきたのは、副会長たる海皇と、度々生徒会に力を貸してもらっているためすっかり顔なじみとなった鈴音だった。

 倉庫にあった各種備品の整理。

 力仕事だが、生憎、備品の数に対して生徒会には男手が足りなかった。

 ゆえに頼んでみたところ、力を借りることが出来た訳だ。

 

「これで全部か」

「そうだね。助かったよ鈴音。力仕事となると僕たちだけだとどうもね……」

「構わないが、生徒会の人数で行うべき仕事でもないのではないか」

「次からは大々的に助力を求めるよ。キミの負担にもなるのは申し訳ない」

「俺のことなら気にしなくていい。力になれるなら本望だ」

 

 大体の頼み事を引き受け、文句も言わず遂行する彼の在り方は、夏未にとっては不思議でしかなかった。

 かといってなんでも思考停止で頷く訳でもなく、些細なことだろうと予定が重なれば先に決まっていたそれを蔑ろにしようとはしない。

 ――これは理事長の言葉と思ってもらって結構です。そんな、夏未のある種の決まり文句でさえ、一切彼の意思は動かなかったのだ。

 異常なまでの献身体質。自己犠牲と言っても良い。彼の働きには感謝するほかないが、その内面は夏未には理解出来なかった。

 

「私からも礼を言います。生徒会室でお茶でも出しましょう」

「いや――今日は遠慮しておく」

 

 生徒会の仕事を頼んだ後の定番だったティータイムを、しかしその日の鈴音は断った。

 窓からグラウンドを見下ろす。帝国と雷門、両サッカー部の正反対な状態が、校長室からでも窺えた。

 

「試合を見ていたのか」

「ええ。予想以上……いえ、予想以下の惨状だけれど。前半だけで十点……後半なんて見ていられないわ」

「――流石は帝国、といったところですね」

 

 海皇は後輩ながら目上である夏未に対し、敬語でそんな感想を述べた。

 彼自身、サッカーにはさほど興味はないものの、あれだけの記録を打ち立てていれば帝国の名前など嫌でも聞く。

 一週間前の“あれ”の相手が帝国であったことで、海皇はより居た堪れない気分になっていた。

 あれだけの熱意をもって、何だかんだ選手を集めて挑んだ結果がこれだとは。

 

「雷門、仕事が終わりであれば、俺はもう行かせてもらう」

「……キミ、まさかとは思うが今からあれに参加するとは言わないだろうね?」

 

 部屋を出て行こうとした鈴音に、思わず海皇は問うていた。

 この仕事を請け負っていなければ、彼はあの試合に参加していた。

 そんなことが起こらなかったことだけは、このサッカー部にとっての巡り合わせの悪さに感謝していたのだ。

 鈴音は頼りになる助っ人である以前に一人の友人である。あんな大勢の観客がいる中で、これからより点差を広げるだろう試合という名の恥晒しに巻き込まれる必要はない。

 しかし――さも当然のように、鈴音は頷いた。

 

「そのつもりだが。海皇、お前はあの場にいただろう。円堂には、この仕事が終わり次第合流する旨を伝えている」

「今更貴方が行ってどうにかなるの? 十一点以上取って、この状況から勝利出来ると?」

 

 まさかの決断に、夏未もまた問い掛けていた。

 あれは試合ではない。公開処刑だ。それに今から処刑される側に入り込むなど愚行でしかない。

 それ程までに勝つ自信があるのかといえば、しかしそれは否だった。

 

「俺が頼まれているのはゴールキーパーだ。得点するのはキーパーの仕事ではない。俺が加わったとして、他の皆が励まなければ勝つのは無理だろう」

「なら行く必要はないのではなくて? 無様な敗北に巻き込まれてごらんなさい。貴方が今まで築いた大勢への信頼にも罅が入ることになるのよ」

「――それは俺の力を求めた円堂を裏切る理由にはならない」

「――――貴方は」

 

 そんな言葉を残して出て行った鈴音に、現在の試合の状況を聞いて動揺した様子はなかった。

 状況など関係ない。

 廃部がかかっていようといまいと、ボロ負けだろうと圧勝していようと、たとえ部員が十分に揃っていて助っ人の必要などなくなっていようと、彼がすることは変わらないのだ。

 

「……こんなことになるなら、無観客にしておくんだったわ」

 

 部活動にも生徒会にも所属していないながら、あれだけ学校に貢献している生徒が笑いものになるのは救いがない。

 難儀な性質の先輩の今後を嘆く夏未。

 その心労に、海皇は心から同意した。

 

 

 

「このまま終わってたまるか! 後半は奴らを走らせて消耗させるんだ!」

「走らせるったって……その体力が残ってないでヤンス」

 

 圧倒的、としか言いようのない試合展開。

 まるで遊ばれている。息一つ乱れていない帝国イレブンに対して、雷門イレブンは満身創痍だった。

 元々帝国の鍛え方は違う。

 試合一つを余裕を残して乗り切るなど、選手として前提にすらならない能力だ。

 彼らにひたすらに翻弄された雷門イレブンは、前半キックオフ時の攻撃以降殆ど攻め込むことが出来ていなかった。

 

「駄目だ……俺ももう走れない」

「なんだなんだ! まだ前半が終わったばかりじゃないか!」

「後半もやるッスか……? やるまでもないッスよ……」

 

 まるで心が折れていないのは、円堂くらいだった。

 どちらかといえば、この圧倒的な力を見せつけられてまだ折れていない円堂が異常なのだが。

 

「やっぱこんな試合、無茶にも程があったんですよ……」

「――何を言ってる! まだやるぞ! 勝利の女神がどっちに微笑むかなんて最後までやってみなきゃ分からないじゃないか! なあ、みんな!」

 

 しかし、この期に及んで諦めない熱意。

 それがこの時点で降参を選択させず、ゆえに試合に一つの変化を齎した。

 試合を見に来ていた観客たちがにわかに騒めく。

 グラウンドに入ってきたサッカー部ではない第三者に視線が集まる。

 帝国イレブンを率いる総帥、影山零治は一瞬、目的の少年が現れたかと思って一瞥したものの、すぐに興味を失くした。

 目的の少年でも、他の、彼自身が知っているほどの名のあるプレイヤーでもない。

 何のために現れたのかは知らないが、“彼”をおびき出す餌が一つ増えただけだろう、と。

 

「鈴音! 来てくれたんだな!」

「待たせてすまない。今からで良ければ、力を貸す」

「助かる! これでもう、一点もやらないぜ!」

 

 座り込んでいた円堂は頼んでいた助っ人がようやくやってきたことで、一気に気力を取り戻していた。

 立ち上がって自身の手を握りブンブンと振る円堂のボロボロな姿を、鈴音はやはり変わらない表情で見下ろす。

 

「お前がキーパーをやっていたのか」

「ああ……ただ、やっぱり帝国は強い。鈴音、頼む。俺たちのゴールを守ってくれ!」

「請け負った。一点も渡すなというなら、努めよう」

 

 どうにか十一人、選手を揃えた円堂ではあったが、未だにこのチームにはキーパーがいなかった。

 新たに加わったのはDFの風丸、何処でもやれるだろうとは言っていたが今回はMFとして起用した松野、DFの影野、そしてFWの目金。

 まさかキーパー志望ではない者にやらせる訳にもいかず、鈴音の動きをある程度学んでいた円堂がゴールを守ることになったのだ。

 

「いや、先輩がゴール守れても勝てないでしょ。こっちは一点も取れていないんだから」

 

 何度か練習の世話になったことがあるサッカー部たちが幾分活力を取り戻すも、どうにもならない現実を松野が突きつける。

 ストライカーたる染岡のシュートは通用しなかったし、明らかに体力のない目金は論外だ。

 例えば鈴音をキーパーとしてではなくフィールドプレイヤーとして起用したとて、一人で十一点取ることなど不可能だろう。

 つまるところ、一人入ったところでどうにもならない戦況なのだ。

 

「言っただろ! 勝利の女神はどっちに微笑むか分からない。けど、鈴音がここで来てくれたのは間違いなく追い風だ! この風の勢いに乗って勝ちに行くんだ!」

 

 理屈にもなっていない根性論。現実主義の松野は処置無しと呆れかえるが、どうやら“そうかもしれない”と思った者が多数派であるらしい。

 

「……だな。ゴールを気にしなくていいなら俺も思いっきり攻められる。任せるぜ、鈴音先輩」

「俺たちも出来る限り攻撃を防ぎます。だから、頼みます」

 

 染岡と風丸はその追い風に乗ることを決めた。

 サッカー部として。FWとして。キーパーである鈴音を頼りにしたことは大きい。

 陸上部からの助っ人である風丸は外部の助力を受ける必要が少なかったため、鈴音との関わりはなかったものの、その噂を聞いていない訳ではない。

 そして、どちらも試合の途中で彼が合流するかもしれないということは聞いていた。それが勢いになるのであれば、どんなに小さな風であっても信じるしかない。

 

「よし、逆転するぞ!」

『おうっ!』

 

 後半が始まる。この点差で諦めない彼らを見つめる一人の男は、まだ動かない。

 しかし円堂たちの戦いに、確実に心を動かされつつあった。



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一点、決めてやる。

※やっぱりクララ様は出てきません。


 

 

 帝国イレブンのキャプテン、鬼道有人はゴーグルの下の瞳を、雷門側のゴールに向けていた。

 適当に連中を弄んで、十得点した上で終了した前半。

 向こうはだいぶスタミナを使っているだろうが、まだ心折れた様子はない。

 もっとも、ここで棄権されるようでは目的も達成できず、拍子抜けだが。

 まだ総帥たる影山が求めている人物は現れない。

 これで試合が終われば徒労にも程がある。普段の練習以下だ。

 姿を見せる様子のない“ヤツ”を炙り出すにはこれでは足りない。

 もっと徹底的に連中を痛めつける。後半の方針を決めた時、雷門イレブンに近付く者が現れた。

 

「鬼道さん、アイツですか?」

「いや……違うな」

 

 求めていた人物ではない。

 影山からの指示もないし、その他のメンバーと同じ有象無象に過ぎまい。

 

「キーパーみたいですね。こんな状況になってから出てくるなんて……」

 

 手遅れだろう。FWとして出てくるならまだしも、今からキーパーとなっても何も変わらない。

 これから苛烈になる帝国の蹂躙に巻き込まれる不運な犠牲者が一人増えただけに過ぎない。

 ――見たところ、連中は彼の参戦によって士気が回復している。

 ならば、あそこから崩す。精神的な支柱になっているなら、それを最初に叩き折る。

 

「後半、早々に動くぞ。デスゾーンを使う」

 

 短く、メンバーに告げる。

 新たなキーパーが現れたなら、悠長にゴールを守らせなどしない。

 最初の一撃でそいつを叩きのめし、反撃の芽を断つのだ。

 

 

『さあ! いよいよ後半の開始です! 雷門はキーパーに鈴音を起用! 円堂はディフェンダーとなり、影野がベンチに下がります!』

 

 試合の話を聞き付け、実況として馳せ参じた角馬が雷門イレブンに起きた変化を観客に伝える。

 この試合を観戦している者は雷門中の生徒が大半だ。

 ゆえに、この学校随一の変り者である鈴音の名前を知る者は多い。

 彼が後半になって参戦したことに、少なからず戦況の変化が期待される。

 そんな期待は、帝国にとっては関係ない。後半開始のホイッスルと共に前線に上がっていく三人は、前半とは動きが違った。

 遊びなどない、積極的な攻撃姿勢。

 帝国サッカー部としての、本気の一端を遂に披露したのだ。

 

「行くぞ。デスゾーン、開始――そしてヤツを引きずり出せ!」

 

 帝国の敵に対しての、絶対的な死刑宣告を宣言する。

 その宣言に従い、鬼道が蹴り上げたボールを追って、三人が高く跳躍した。

 

『おぉっと! 佐久間、寺門、洞面の三人がジャンプ! これは帝国の必殺技か!?』

 

 跳躍と共に回転を始めた三人から放たれるエネルギーは、中心に置かれたボールに注ぎ込まれる。

 一人で行うシュートとは訳が違う。三人の力が集約したボールが纏う闇は不気味を超えて荘厳にすら感じさせる。

 それこそが、帝国と戦った者が等しく恐れる、彼らの代名詞――

 

『デスゾーン――ッ!』

 

 同時に叩き込まれる両足。三人によるシュートが放たれる。

 闇を纏ったボールは一直線に雷門ゴールを目指す。

 円堂がそれに反応出来たのは、真横を通り抜けた後だった。

 

「鈴音ッ!」

「――――」

 

 迫るシュートに対して、やはり鈴音の表情は変わらない。

 表に現れない感情。しかし、その胸の内に灯る熱いものは爆発的に大きくなる。

 今、鈴音にあるのは、迫るその一撃を受け止めんとする思いのみ。

 この一時、ただそれだけに全てを尽くす。

 求められた役割を全うするために、自身の可能性を火にくべる。

 あのデスゾーンは、そのまま受け止めるには威力が過剰だった。ゆえに、その両手に可能性を注ぎ込む。

 それによって、手に嵌めたグローブの外側にまで染み出すのは、生命力の感じられない黒。

 鈴音の肌の色ともユニフォームとも違うその黒色が肘にまで広がった頃には、ボールはすぐ傍にまで迫っていた。

 これ以上の小細工はない。ただ、黒く染まった両手を前に突き出すのみ――。

 

 

「――リィンカーネーション」

 

 

 受け止めたボールの勢いで体が押し切られるよりも前に、闇のエネルギーは全て霧散した。

 まるでそれは、デスゾーンを超える力にぶつかり、そのエネルギーが跳ね飛ばされたようで。

 一秒と拮抗せず力が散っていき、鈴音の手に収まったボールを、佐久間たちは呆然と見ていた。

 

「――何をした?」

 

 雷門、帝国、そして観客たちも等しく状況が理解できず。

 真っ先に正気に戻った鬼道が問えば、やはり感慨もなく鈴音は返す。

 

「シュートを止めた」

 

 キーパーであればそれが当然。何故それをわざわざ問うのか、とでもいうような、僅かな表情の変化。

 その様子に、鬼道は新たにゴール前に付いた男への警戒度を大幅に引き上げる。

 向こうが此方の意図しない強力な必殺技を有していたとして、デスゾーンと拮抗しギリギリで止められるならばまだいい。

 再度、より大きな力を込めて放つまでだ。

 だが、この男にはさしたる疲労は見られない。

 本当に、シュートを一度止めただけであるような様子。

 

 例えば此方のキーパーである源田からゴールを奪うような選手が現れただけであれば、面白いと思うだけで済んだだろう。

 だがこれは、それとは違う。

 帝国の持ち味である高度な意思統一による合体技をいとも簡単に防ぐキーパー――。

 

(――ヤツは危険だ)

 

 場合によっては、以後の脅威となり得る存在。

 早急に叩き潰さなければならない。

 

「いいぞ! 鈴音! こっちだ!」

「ああ」

 

 さしたる感慨も持たないままに、鈴音はボールを手放す。

 円堂がボールを受け取り、前線にそれを蹴ってようやく、帝国の面々は状況を理解して動き始めた。

 MF辺見がキラースライドで素早くボールを奪取。

 それを受け取った帝国エースストライカー寺門が高く蹴り上げ、自分も続く。

 

「百裂――ショット!」

 

 滞空するボールを何度も蹴り付け、一撃に集約した威力を打ち放つ。

 デスゾーンとは比べるべくもないまでも、個人が出せる威力としては高いものだ。

 それを――

 

「っ……」

 

 腰を落とし、真正面から受け止める。

 先とはまた違う。必殺技を使うことなく、両手と胸で抑え込むように、シュートの威力を殺しきった。

 

「必殺技も使わずに、だと……」

「――――」

 

 寺門の矜持を刺激する防御を見た、鈴音の反対側――帝国キーパーの源田は、この中の誰以上に戦慄していた。

 キング・オブ・ゴールキーパー。そう称される源田は、日本の中学サッカー界でもトップクラスのキーパーとされており、また本人にその自負もある。

 ボールを受け止めるための必殺技も、当然持っている。

 これまでの試合で許したゴールが果たしていくつあったか。

 それほどのキーパーである源田であっても、デスゾーンからの百裂ショット――この連撃を防ぐことが出来るかどうか。

 

「ツイン――」

「――ブーストッ!」

 

 鬼道がボールを打ち上げた先にいた佐久間がヘディングで再び鬼道へ。

 二人分の力を乗せて放たれる、速度と威力、両者に秀でたシュート。

 そのエネルギーの弱所を突くような、斜めからのパンチングで鈴音はそれを弾き返した。

 

「……なるほど。よくわかった」

 

 それを受け取って上がっていく雷門の面々に目を向けつつ、鬼道は呟いた。

 認めよう。帝国が持つシュート一発一発は、あのキーパーには及ばない。

 ゴールを決める手段は思いつく。だが、その手段はいずれも雷門の心を折るには遠回り過ぎる。

 後半は連中を素早く始末するつもりだった。帝国が本気を出し、より多くのゴールを決める形でのそれが無理であるならば、他の手立てがある。

 

 染岡にまで渡ったボール。

 雷門が後半になって手に入れた二度目のシュートは、いとも容易く源田に防がれる。

 帝国がボールを取り戻したタイミングで、鬼道が指示を出した。

 

「――やれ」

「っ!?」

 

 咲山へと渡ったボールを奪いに掛かった半田は、脈絡もなくボールを渡され反射的にトラップする。

 そして次の瞬間、

 

「ジャッジスルー!」

「がっ――!」

 

 審判の目を盗むように蹴りを叩き込まれ、その場に蹲った。

 ファールはない。ゴールだけが彼らを苦しめる手段ではない。

 この時から、帝国の攻め方は変わった。

 ゴールを狙うのではなく、フィールドプレイヤーを痛めつける形に。

 ジャッジスルー、キラースライド、アースクエイクにサイクロン。帝国が誇る、敵を力尽くで粉砕する強力な必殺技の数々。

 

「……止めないのか?」

「――」

 

 ゴール前にまで近付いていた鬼道が鈴音に問いかける。

 返ってくる答えはない。その瞳に目の前で繰り広げられている惨状が映っているかさえ、定かではない。

 まるで人形だな――今は気に留めている必要すらないと、帝国の攻撃に集中する。

 雷門の体力は大して無い。こうして軽く攻撃してやれば、試合続行を困難とすることは簡単だ。

 

「やめろ! この――っ!」

 

 しかし、このキャプテンだけは多少はマシなようだ。

 寺門が持ったボールを奪おうとして、彼のジャッジスルーによりゴール前まで吹き飛ぶ。

 

「……まだいけるか」

「ッ、ああ……! 鈴音は、ゴールを守って、くれ……っ! 俺たちが、点を取る――!」

「――了解だ」

 

 まだ円堂は諦めていない。

 勝利する道は残っている。ゆえに、ゴールを守る役目はまだ続けていてほしいと、鈴音に告げる。

 そして、それを鈴音は受け入れた。彼が攻めることはない。ゴールを放棄することなく、この場に居続ける。

 

「ならば続けてやる。さあ、出てこい――!」

 

 しかし、その蹂躙劇を、誰しもが耐えられる訳ではなかった。

 

「ぼ、僕はもう嫌だ!」

 

 これ以上痛めつけられて堪るかと、目金は試合終了を待つまでもなくグラウンドから逃げ出した。

 誰が止めても、目金は走る。

 彼がチームに入る条件として受け取った、十番のユニフォームを脱ぎ捨てて。

 

「……っ! 目金……!」

「利口なヤツがいるじゃないか」

 

 これで十人――苦虫を噛み潰したような表情で円堂はベンチにいる影野を呼ぼうとして――それを見た。

 目金が脱ぎ捨てた十番のユニフォームを着て、代わりにグラウンドに入ってくる一人の少年。

 来たか――鬼道はほくそ笑んだ。

 遂にこの学校にやってきた目的たる選手が、現れたのだ。

 

「――豪炎寺!」

 

 豪炎寺修也。昨年のフットボールフロンティアにて、木戸川清修中学のエースストライカー。

 つい先日この雷門中に転校してきた彼を、円堂は勧誘していた。

 それを“サッカーはもうやめた”と断っていた彼だが、それを動かしたのは鈴音か、それとも尚も諦めず勝利を勝ち取ろうとする円堂か。

 

「待ちなさい! 君は事前に申請すら――」

「いいですよ。続けましょう」

「ッ……帝国側が承認したため、選手交代を認めます!」

 

 雷門の監督であった冬海が止めようとするが、鬼道がそれを制する。

 鈴音は試合開始時点で円堂が選手として申請していたため、交代は渋々黙認したものの、彼に関しては一切話は聞いていない。

 ゆえに、帝国が止めていれば許可も下りなかったのだが――鬼道たちにとっては待ちに待った人物だ。逃がす訳にはいかない。

 

「やっぱり来てくれたか……!」

「――一点、決めてやる」

「ああ!」

 

 豪炎寺を加え、帝国のスローインから試合は再開される。

 素早く佐久間たちに渡ったボールは打ち上げられる。

 注ぎ込まれるエネルギーは、先程の一撃以上。

 

『デスゾーン!』

 

 放たれたシュートに対し、豪炎寺は一瞥すると前線に走り出す。

 彼はこの一撃に関与するつもりはない。

 止められると確信し、ゴールへと近付いていく。

 鈴音へと近付いていくシュート。それの前に、円堂が立ち塞がった。

 

「俺だって――何もしない訳にはいかないっ!」

 

 自主練習の成果を、ここで発揮する。

 シュートにも通用するほどの脚力。それを、相手の攻撃を止めるために使い切る。

 全力を込めた右足は黄金に輝き、振り下ろされ地面に叩き付けられると同時に――雷鳴が轟いた。

 

「おおおおぉぉぉ――――ッ!」

「ッ、何――!?」

 

 まるでそれは、雷を纏った槌の如き一撃。

 その場に落ちた一筋の稲妻が、デスゾーンの威力を引き下げた。

 エネルギーを霧散させ、煙を上げるボールはそれでもゴールに向かい、しかしネットを揺らすことなく鈴音に受け止められる。

 

「鈴音! 豪炎寺だ!」

「ああ――」

 

 帝国のゴールへと向かう豪炎寺を見据え――鈴音は彼に向け指を突きつける。

 それは標的の確認。脳の判断を、体全体に意識させる。

 

「静寂のタクト――いくぞ」

 

 小さな、それでいて確かな宣言と共に蹴り出されたボールは、音も立てずに放物線を描き、やがてその姿を消した。

 誰の目にも映らないまま――鈴音が思い描いた通りの軌道を描き、ボールは豪炎寺にまで到達する。

 鈴音と豪炎寺、放つ側と受け取る側。二人にのみ視認出来ていたボールを、正確に受け止め豪炎寺は蹴り上げる。

 

「ファイアトルネード!」

 

 炎を伴った回転。そして、回転の勢いそのままに左足でボールを蹴り出した。

 その威力に瞠目した源田の手は間に合わない。

 炎の一撃がゴールに突き刺さる。一歩遅れたホイッスルに、グラウンドが歓声に包まれた。

 

『ゴール! 遂に……遂に! 雷門イレブン、帝国から一点をもぎ取りましたぁ!』

「よっしゃあ!」

 

 帝国が一点を奪われたことに、影山は満足げに頷く。

 炎のストライカー豪炎寺修也――その実力は、暫くサッカーから離れていようとも一切錆びついていない。

 それを確認した影山は手早く審判に試合放棄の申し出をする。

 ゲームはここで終了。

 実質的に雷門中の勝利となるだろうが、そんなことはどうでも良かった。

 突然の試合終了に雷門イレブンも、観客も困惑していたが、それが意味するところに気付けば、雷門中の勝利という事実に沸き立ち始める。

 

(――しかし。豪炎寺修也だけではなかったか。思わぬ収穫だな――)

 

 この試合で見つけた、二つの想定外。

 円堂守、そして鈴音或。

 前者はまだ、先程見せた技でさえ未完成ではあったが――あの技にはかつて見た伝説の技に似た性質を感じさせた。

 そして、後者は事前の調査で見つからなかった名前だ。サッカー部には所属していない、助っ人ではあるようだが、過去に何もなかった訳がないだろう。

 今からでも、調べる必要がある。サッカー部に入るようであれば――。

 

「サンキューな、豪炎寺! これからも一緒に――」

「……今回だけだ。言っただろう。サッカーはもうやめたと」

 

 未だ興奮の中にある雷門中の面々を背に、帝国は去っていく。

 雷門サッカー部の最初の危機を、乗り越えた瞬間だった。




■リィンカーネーション
使用者:鈴音
種別:キャッチ
生命力の感じられない黒に染まった両腕でボールを受け止める。
シュートに込められたエネルギーは弾き飛ばされるように霧散し、急速に威力を失う。
オーラなどで受け止める技ではないため、シュートの力は失われるまで発動者自身が耐え切らなければならない。

■静寂のタクト
使用者:鈴音
種別:必殺タクティクス
指差した相手という対象を体に意識させ、確実に対象にボールを届けるコントロール技術。
ボールを蹴った直後から、相手に届く直前までボールは視認出来なくなる。
シュートとしての威力はなく、また、パスを前提とした技術のため対象を選ぶ必要があり、他者の攻撃の布石とする必殺タクティクスに該当する。


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或、サッカーを始めたって本当?

※夏未はヒロイン枠じゃないです。


 

 

『挑戦状

 

 我が校との勝負を受けないと呪いを受けることになる。

 

 尾刈斗中学』

 

 

 ――雷門イレブンが帝国学園との練習試合を終えてから数日後。

 雷門中には一見変わりないように見えて、明確な変化が表れていた。

 相変わらず、サッカー部が弱小であるという認識はある。

 ただ、帝国に勝利したという噂はあっという間に周囲の学校に広がり、雷門サッカー部への外部からの練習試合の申し込みが立て続けに届いたのである。

 そして一枚、異質というか申し込みではなくただの脅迫文があった。

 火来校長や冬海はその手紙に気味の悪さを覚えていたが、夏未は面白いと感じていた。

 尾刈斗中は色々と不穏な噂の絶えない学校である。

 呪い云々というのも何かしら、タネがある手品のようなものなのだろうと夏未は結論付けている。

 

(まあ、これに勝てるようならってね)

 

 既にサッカー部には、尾刈斗中との練習試合を組んだことを報告している。

 帝国にはお情けで勝利を貰ったようなものだ。今度はあのように、相手が試合放棄をするようなことはない筈だ。

 これで負ければサッカー部は廃部。

 だが、もし勝つようなことがあれば存続を認めてやってもいい。

 勝利した時にはフットボールフロンティアへの出場を認めるという約束をした。

 相手の目的如何ではなく、実力による勝利。

 それを手にすることが出来るのならば、雷門中に存続する部活動として相応しいと言える。

 尾刈斗中は同地区に帝国学園や強豪野生中がある関係で、近年フットボールフロンティアの全国大会に行くことが出来た実績は存在しない。

 だが、チームとしての実力は平均程度はあり、他校との練習試合の結果もそこまで悪くない。

 何より、サッカー部にまつわる噂の数々が真実であれば、雷門イレブンにとって大きな壁として立ちはだかるだろう。

 フットボールフロンティア前の試練としてはちょうど良いのだ。

 さて、そんな練習試合を組んだ夏未であったが、考慮すべき問題は幾つか存在した。

 

 ――豪炎寺修也と鈴音或だ。

 

 帝国から一点をもぎ取り、勝利の立役者となった豪炎寺。

 彼はサッカー部には入部していない。

 勿論、尾刈斗中に負けたら廃部というのは別にサッカー部に対する虐めが目的ではなく、彼という大きな戦力が入部するようであれば認めよう。

 彼の力があれば、尾刈斗中に勝つのは決して難しいことではなくなる。

 あの時の炎を纏ったシュートを遠目に見て、夏未はそう判断していた。

 ただ、今のところその気配はなかった。

 彼ほどのプレイヤーがサッカー部に入らない理由として考えられるのは、彼がそもそもサッカーから離れた要因とされる出来事。

 

 かつて木戸川清修のエースストライカーであった豪炎寺。

 彼の力で昨年のフットボールフロンティアの決勝戦まで駒を進めた木戸川は、その攻撃力で帝国に勝つ可能性も低くないと目されていた。

 四十年間優勝という記録に王手を掛けた帝国の不敗伝説に待ったを掛けるのではという期待。

 しかし、決勝戦の場に豪炎寺は現れず、決定的な攻撃力を欠いた木戸川は帝国に敗北した。

 彼が決勝を捨てたのは、その当日、応援に向かっていた妹が事故に遭ったためだ。

 その報を受けた豪炎寺は試合会場ではなく病院へと向かい――その事故は己がサッカーをしていたためだと自らを責め、サッカーをやめて木戸川を去った。

 そこまで調べ上げた夏未にとっては不可解だった。

 サッカーを捨てた筈の豪炎寺が何故、あの場に現れたのか。

 恐らくは、サッカー部を哀れに思ったのではない。そういう理由で動くような人物には、見えなかった。

 だとすれば――そんな確証のないままに描いた推測は夏未としては馬鹿馬鹿しいものだったが――もしかすると、それは彼をもう一度フィールドに立たせる理由となるかもしれない。

 

 そしてもう一人、鈴音或。

 彼もまたサッカー部には入っていない。だが、次の尾刈斗中との試合が決まるや否や、円堂がすぐさま頼みに行き、今回は特に予定もなかったのか普通に受け入れたことが夏未の耳に入っていた。

 円堂の行動力には呆れを通り越して感心する。今度こそは前半から、という気概らしい。

 彼に関しては、以前からサッカー部の練習に力を貸しているということは知っていたが、肝心の彼の能力についてはわかっていなかった。

 どうせ鈴音のことだ。無難にプレーは出来るのだろうが、かといって帝国を前にすれば――そう、思っていた。

 結果はあの通りだ。10-1――それが、最終的なスコア。

 後半が始まり、彼がゴールを守り始めた時から、一点たりとて帝国に与えていない。

 帝国の強大な必殺技、デスゾーンを受け止め、その後に続くシュートもさしたる苦戦も見せずに防いでいた。

 暫くしてシュートを止め、フィールドプレイヤーを痛めつける戦法に切り替えた辺り、彼らも危機感を覚えたのだろう。

 試合を終えて、鈴音は再度の円堂からの勧誘を断り、彼なりのおかしな日常に戻った。

 

 その後、夏未は彼にその実力の出所について、問い質した。

 返ってきた答えは、“昔やっていたから”という簡素なもの。

 果たして昔やっていた、というだけで、帝国のシュートを防げるものか。

 夏未は鈴音という人物について、豪炎寺と同じように過去を調べた。

 豪炎寺と比べ、顔なじみという点から多少の申し訳なさを感じつつも。

 しかし、遡れたのはおよそ四年前、自立して稲妻町のマンションで一人暮らしを始めたことまで。

 それ以前についてはどうにも分からないが、十歳を超えて間もない頃からその暮らしをしていた辺り、到底普通の環境ではないことが窺えた。

 また、夏未の頭を痛めさせたのが、借りている部屋の名義。

 そこにあったのは、上流階級であれば大抵聞いたことがあるような財閥の会長の名。

 姓が異なり、更にその環境。そこにはあまりにも複雑な事情があることは明らかだ。

 それ以上踏み込むことは出来なかった。本人に聞けばそれも話すような気がしないでもないが、流石にそれは気が引ける。

 

「――海皇副会長」

「どうしました、会長?」

 

 暫く考えた後、夏未は彼と同クラスであり生徒会副会長でもある海皇に声を掛けた。

 鈴音の交友関係は知らないが、唯一友人であると知っているのがこの海皇である。

 

「鈴音くんのことなのだけど」

「鈴音の、ですか?」

「ええ。彼と知り合ったのって、いつ頃になるかしら」

「一年の時ですね。三年間同じクラスですよ」

「小学校の頃の話とかって分かる?」

「さあ……同じ小学校ではないと思いますが。その頃から“ああいった”人物だったら、噂くらいは知っていた筈ですし」

 

 ――それもそうか、と嘆息する。

 彼もまた中学校に入ってから彼と知り合ったらしい。

 どうやら、それ以前については知っている様子もなさそうだ。

 

「……ああ、ただ――」

「何か知っているの?」

 

 海皇はそれを話して良いものか、と暫し思案した。

 あくまでそこは、彼のプライベートに当たる部分だ。

 彼女が生徒会長である以上、調べれば分かることだろうし、一応他言無用で、と前置きした上で話し始める。

 

「時々、遠くに住んでる知り合いを家に招いてるってのは聞いたことありますね」

「……知り合い、ねえ」

 

 海皇は何度か彼の家に訪れたことがある。

 一人暮らしの理由を聞くほど野暮ではないが、一人で住むには不自然な広さの部屋に驚いたものだ。

 部屋は生活に必要なものを適当に並べたモデルルームのようで、殺風景ではないのに何処か生活感を感じられなかったのを覚えている。

 そんな中でも、幾つか浮いた私物があった。彼から聞いた話では、それは知り合いのものであるらしい。

 長く使われていない、という様子はなかったし、それなりの頻度でやってくる親戚か何かだろうと海皇は踏んでいた。

 

「でも、どうして鈴音のことを?」

「昔の話を聞いて、ちょっと気になってね……」

 

 この学校の、普通ではない生徒の過去については気になるが、その知り合いなる人物まで追うかどうか。

 それを始めれば興味や好奇心から外れるようで、その匙加減は夏未にとって悩みどころであった。

 

 

 

 ちょうど、その日の放課後。

 鈴音が帰宅すると部屋の鍵が開いていた。

 鍵を掛けるのを忘れたのだろうか、という可能性を考えるも、すぐに玄関に置かれていた二足の靴に気付く。

 きちんと揃えられた方と、乱雑に脱ぎ捨てられた方。ただ、前者も中央に堂々と置かれている辺り、この部屋、及び部屋主への遠慮の無さを感じさせた。

 それに対して鈴音が抱いたのは、呆れでも怒りでもなく、“来ていたのか”という益体もない感想のみ。

 リビングを覗いてみれば、想像した通りの光景があった。

 

「このっ……てめっ……!」

「手が遅れてるわよ。反応できているのに何で操作が追いつかないのよ」

「てめえの動きがおかしいんだよ! さっきからおちょくりやがって! そんなプレイで楽しいか!?」

「死ぬほど楽しいわね」

「ぬぁああああああああっ!」

 

 近所迷惑にならないだろうか、と鈴音は窓が開いていないことを確認しながら思う。

 片方が置いていき、来客があった時しか起動されないテレビゲームのコントローラーを構え、テレビに向かう男女。

 時折ある来客の中でも、特に頻度の多い二人であった。

 

「チッ……相変わらず腹立つ戦法を――よぉ、邪魔してるぜ」

 

 新作の格闘ゲームをプレイしていたらしい。

 近所にある家電量販店の袋とゲームのケースがテーブルに転がっている辺り、来るついでに買ってきたのだろう。

 ちょうど一戦終わったタイミング。完敗した少年が脱力してソファの背もたれに寄り掛かったところで、鈴音に気付く。

 

「いつ頃来たんだ?」

「昼過ぎ。っつーか帰り遅くね? こんなもん?」

「こんなものだ。来るならば土日にすればいいだろうに」

「ま、俺はそれでも良かったんだけどよ。コイツがすぐにっつーから」

 

 鞄を置き、空いている一人掛けのソファに腰掛けようとすると、もう一人――少年を圧倒し完勝した少女がぽんぽんと、自分の座っていた幅広のソファを叩く。

 久しぶりだというのに微妙な温度感の態度に肩を竦めるのは少年の方だった。

 その意を汲み取って少女の隣に座る鈴音。

 ありがちな甘さなど感じさせない、初めてこれを見る者であればいっそ異様にさえ見えるだろう謎の空気感。

 少年からすれば居心地を良くも悪くもさせないそれは慣れたものだ。変に離れて座るよりよほど良い。

 

「そうか。ともかく――ゆっくりしていくといい、晴矢、クララ」

 

 他者と話すのと一切声色は変わらない。

 だが、それらと比べても明確な距離の近さが、その呼称にはあった。

 

「もう十分ゆっくりしてんだけどな。コイツは知らねえけど、俺は夜には帰るぜ。長く離れてるとガゼルのヤツの追及がしつこくてよ」

「ガゼル?」

「風介だよ。あの野郎、クララには何も言わねえクセに俺に対してはしつこく問い詰めてきやがって」

「私はガゼルにちゃんと伝えているもの」

「なら俺のことも伝えとけよ!」

 

 クララと呼ばれた少女は、自分の携帯を見せびらかすように少年――晴矢に種を明かす。

 当然ながら今回も外出した後にメールを出してある。相手からの怒涛の返信も通知を切ったので気にならない。

 

「……? クララ、お前は滞在するのか?」

「ええ。駄目?」

「その旨を連絡済みであるなら俺は構わない。だが、他の皆が良い顔をしないんじゃないか」

「知ったことじゃないわ」

 

 文句があるようなら向こうから来れば良いと、クララは素知らぬ顔で答える。

 彼女にとっての優先順位で、鈴音の言う“他の皆”は確かに上位にあるものではあった。

 ただ、更にその上にある二つとは大きすぎる距離が開いていることは、“他の皆”誰もが知っていることだった。

 “一に鈴音、二に自分、三四を飛ばして五に俺たち”。

 いつか、そんな風に言って仲間内の大爆笑を買い、えらい勢いで飛んできたボールにぶっ飛ばされたのはネッパーのヤツだったか、と晴矢は何となしに思い出す。

 

「ま、お前がそれでいいならいいや。んじゃあ、コイツは置いていくから」

「ああ。――ところで、何か用があって来たんじゃないか?」

「そう、それ。本題を忘れていたわ」

 

 クララの瞳が、まっすぐに鈴音の瞳を捉える。

 

「――或、サッカーを始めたって本当?」




倉掛(くらかけ)クララ
はかなげな笑顔で冷たい言葉をはなつ。だがそれがイイという声も。


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王者は俺だ、負けはしない。

 

 クララの真剣な表情は、虚偽は許さないと告げている。

 コントローラー片手にテレビに向かう晴矢もまた、興味なさげに見せかけて、言葉を挟まずその答えを待っている。

 

「どうしてそんなことを?」

「貴方がそんな動きを見せれば、こっちに一報入るに決まっているじゃない」

 

 鈴音の疑問に、クララは忌々し気に答える。

 雷門中での彼の行動についてはクララにも伝わっていた。

 はっきり言って彼女からしても理解できないことではあるが――それは良いとして。

 ただ一つ、確認しなければならなかったのは、先の雷門中と帝国学園の試合で彼がキーパーとして参戦したという情報。

 もしも、彼がサッカーを始めるのであれば、場合によってはクララや晴矢にも、一つの決断をしなければならないのだ。

 

「サッカー部のキャプテンに頼まれて助っ人に出た。入部はしていない」

「ふぅん……入部するつもりは?」

「今のところはない」

 

 鈴音としても、サッカーとは思い入れのあるスポーツではある。

 だが、それ一つに集中するつもりは現状なかった。

 その解答の裏にある真意を分からないクララや晴矢ではなく――ゆえに二人はどうにも、複雑な気分に陥った。

 

「……そう。なら、いいわ。本格的に始めるなら、言ってちょうだい」

「――わかった」

 

 クララが何を思ってそんなことを言ったのか、鈴音には分からなかった。

 それでも、彼女がそういうならば、と鈴音は受け入れる。

 

「……」

 

 晴矢にとって、鈴音やクララとの関わりは短いものではない。

 しかし、この二人の関係を一言で表せと言われれば、それは不可能だ。

 “あの頃”から特別仲の良かった二人ではあったが、こうして鈴音が一人暮らしを始めるようになった頃から、その関係は決定的に変わった。

 その特殊な在り方を、理解できない仲間たちも多い。クララが所属する“チーム”の長などその最たる例だ。

 どちらかと言えばその辺りを感情で理解した晴矢は、クララの理解者であった。

 クララが沈黙したことに晴矢は溜息をつき、コントローラーを置いて立ち上がった。

 

「ま、尋問はそんなところでいいだろ。或、腹減った。どっかメシ連れてけ」

「貴方、ネッパーたちに空気読めないとか言われない?」

「今回の場合は空気読んだんだよ。いいから、メシだ。良い店の一つや二つ、新しく見つけてんだろ?」

「……あまり外食はしないんだが」

 

 その要望は管轄外だと、表情を殆ど変えないままに苦言を零す鈴音。

 僅かな反応さえ表に出すことは彼にとって稀であり、晴矢とクララが気心の知れた存在であることを証明していた。

 鈴音を引っ張っていく晴矢。

 クララは仕方なしと、それに付いていきつつ携帯でこの周辺で評判の良い店を探し始める。

 先の呟きは店の“あて”など無く、外に出ても困るだけということだろう。

 晴矢に任せていれば多分外れの店に辿り着く。ゆえにこの場は自分が仕切ることになるだろうと、クララは確信していた。

 

「ああ、或。あっちの部屋、借りるわよ」

「構わない」

 

 もしも雷門中の鈴音の知り合いがこの場にいればどんな反応をするか想像に難くないやり取り。

 とはいえ、彼らにとってはなんということのないことだった。

 傍で聞いていた晴矢も一切気にした様子もない。

 

「その辺は後で決めろよ。俺が帰ってからでな!」

「……」

「何だよその“邪魔だなコイツ”みたいな目」

「よく分かっているじゃない。キャプテンらしくなってきたわね」

「お前、或と一緒にいると容赦なくなるよな」

「え? 当たり前でしょ? 今更気付いた訳じゃないわよね?」

 

 これ以上掘り下げるのはよろしくないと、晴矢は黙った。

 クララのその辺りの事情は関知していない。どうでもいい事ではないが――触らぬ神に何とやら。

 片手を上げて降参を示してきた晴矢を見て、クララは得意げに笑った。

 

 ――この日から、鈴音の同居人となった少女、倉掛クララ。

 彼女こそ、鈴音或という存在を彼足らんとする少女であり――鈴音或こそ、倉掛クララという存在を彼女足らんとする少年である。

 その事実を知る者は当事者である二人のみ。晴矢たち、幼い頃から彼らを知っている者ですら、知らないことだった。

 

 

 

 尾刈斗中との練習試合当日。

 帝国の時ほどではないが、尾刈斗中の噂なども相まってそこそこの観客がいる中で、雷門中サッカー部はウォーミングアップをしていた。

 部員不足という事態はなくなった彼らを見ているのは観客だけではない。

 

「へぇ……豪炎寺は正式に入部したようだな」

「あぁ。注目するに値するということだ」

 

 ――偵察に来た帝国サッカー部である。

 キャプテンたる天才ゲームメーカー鬼道に、彼の参謀としてチームを支える佐久間。

 そして、もう一人。

 

「しかし、珍しいじゃないか。源田が偵察に来るなんて」

 

 キング・オブ・ゴールキーパーと名高い源田。

 普段はそれは鬼道たちに任せ、自身の技量を高めることを重視する彼は、今回の雷門への偵察の同行を強く希望した。

 

「やはりあのキーパーか?」

「ああ……」

 

 豪炎寺を含めた、フィールドプレイヤーの活躍であれば、源田はそこまで関心を持つことはない。

 確かに豪炎寺は自身からゴールを奪った。

 それは確かに、源田にとっては矜持を揺るがす出来事だったが――次は止める。ただそれだけの話。

 彼の関心は他にあった。

 デスゾーン、百裂ショット、ツインブースト――帝国が誇る必殺シュートの連続攻撃を無失点で凌いだ、まったくノーマークであったゴールキーパー。

 

「ヤツがこのままサッカー部に入部し、雷門の正キーパーとなるようであれば、或いは豪炎寺以上に厄介な存在になる。帝国が点を取ることすら難しいなどと、笑い話にもならん」

「だが鬼道。アイツを相手に点を取る方法は考え付いているんだろう?」

「推測の段階だがな。それを補強するための偵察でもある」

 

 調べてみれば、彼はサッカー部に入っていない。

 それどころかサッカーを専門として鍛えていた記録すらない三年生。

 ずっとキーパーとして腕を磨いてきたというなら、悔しいというだけで納得は出来る。

 では、サッカーをまともにやってすらいない者が帝国相手に無失点など、源田が無視できる存在ではなかった。

 

「……」

 

 源田と鈴音は同じゴールキーパーである。

 例えば自身も攻め上がるというような捨て身の戦術を選択しない限り、直接対決をするような立場ではない。

 だが、それでも源田の視線は豪炎寺よりも鈴音に向けられていた。

 キーパーとして、相手のストライカーに勝つことは当然であり、それこそがキーパーに求められることだ。

 だが、“相手のキーパーより上である”ことを自身が求められることはあったか。源田は生まれて初めて、そんなことを考えていた。

 それは、彼がゴールを守ることと同じように暗黙の了解であり、帝国の仲間たちも誰もが、源田が相手キーパーに劣るなどとは考えていなかったからだ。

 ゆえに、源田が見るのは常に相手の攻撃陣。

 ――この時までは。

 

「……ふっ。源田、お前が他のキーパーを意識する時が来るとはな」

「……そう、だな。だが、不思議と悪いことだとは思っていない」

「お前はあいつの上を行くキーパーでなければならない。あいつを見ると言うなら、劣らないことだけを考えろ」

「そのつもりだ」

 

 ――奴には、正式に雷門のキーパーとなってもらいたい。

 同じキーパーとして、初めて出会った自身に匹敵する存在。

 王者の地位を揺るがすかもしれない存在。

 それを源田は脅威としては感じていない。今の源田にあるのは、感じたことのない高揚感だった。

 源田は彼を“ライバル”として認識したのである。

 ゆえに、他に向ける意識はない。あのキーパーだけを見るために、この日彼は雷門にやってきた。

 鈴音或の実力を見極める。次に奴と戦う時、競うのはストライカーだけではなく、奴も含められるのだ――と。

 

「……王者は俺だ、負けはしない」

 

 その意識、その決意は、帝国の守護神をより高みへと昇らせる。

 死角なき絶対王者の成長の兆しであった。

 

 

 

 サッカー部と合流した鈴音は、新たな部員と言葉を交わしていた。

 彼同様、帝国との練習試合で助っ人として現れた豪炎寺修也。

 自身がサッカーをしていたことが、現在も眠り続けている妹の事故を招いてしまったと自責の念に駆られていた豪炎寺は、再びフィールドに立つことを決めたのである。

 雷門の背番号十を背負う彼にあるのは、妹が目覚めるその時まで勝ち続けるという意思。

 その自分が共に戦うべきチームは雷門イレブンであると判断したのだ。

 

「鈴音或。今回キーパーとして参加させてもらう」

「豪炎寺修也だ……サッカー部に入っていないのは驚いた。帝国のシュートをあれだけ止められるというのに」

 

 チームの十二人目として正式に入部した豪炎寺がまず驚いたのは、この部にキーパーがいないということである。

 ポジションの中でも特に専門性の高いキーパーは、部員の満足に揃わない状況では特に確かに不足しやすい。

 だが、この雷門イレブンに限っては鈴音がいると思ってみれば、彼は単なる助っ人だという。

 それを聞いて豪炎寺は、“自分を勧誘するより彼を確保する方が優先だったのではないか”と思わず口にした程だ。

 キーパーの確保は当面の課題として、少なくともこの試合では彼がいる。

 ゆえに問題は少ないだろうというのが、あの帝国の試合を、参戦するまで見ていた豪炎寺の認識だった。

 

「サッカー部には入らないのか?」

「望まれれば手を貸すが、一つの部に入る予定はない。悪いが、個人的な信条だ」

「そうか――ならフットボールフロンティアでも、キーパーとして頼めるか?」

「試合の場で俺にキーパーを任せるというなら、俺は力を尽くす。……フットボールフロンティアか。去年は雷門は出ていなかったようだが」

「部員不足の関係らしいがな。この試合で勝つことが出来れば、出場が許されるとか」

 

 サッカーを専門としない彼が一体どんな信条の持ち主なのか、付き合いの浅い豪炎寺は知らない。

 だが、あの日キーパーをしていた彼が内に燃やしていたものが本物であることは、理解していた。

 であれば、ゴールは任せられる。そんな判断から円堂の知らないうちにちゃっかりとフットボールフロンティアでの専属キーパーを確保した豪炎寺は、そんな内情を彼に話していた。

 そんな二人とは少し離れたところで、円堂と夏未はこの試合の結果が齎すものについて、再確認をしていた。

 

「勝てばフットボールフロンティア! それでいいんだよな!」

「ええ。ただし、負ければ廃部。それも忘れないように」

 

 そういう条件だったのかと、鈴音は今更ながらに把握する。

 であれば、尚更自分が得点を許す訳にはいかない。

 フットボールフロンティアが中学サッカー界における夢の舞台というのは常識だ。

 そこに至るための最後の試練こそが、この練習試合。自身のせいで負けたとなれば、彼らも報われまい。

 

「ゴールは守る。だから、好きなようにプレイするといい」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 最初から豪炎寺と鈴音を加えて開始される尾刈斗中との練習試合。

 観客もまた各々の楽しみを求める中で――先日から稲妻町に訪れていたクララもまた、そのグラウンドを冷たい視線で眺めていた。




源田がライバルポジションってあまり見ない気がした。


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その呪いが本当なら、掛けられる前に勝ち越せばいい。

 

 

「……不気味だ」

「お前が言うなって……」

 

 やってきた尾刈斗中サッカー部の面々を見て、影野が何より的確な感想を述べる。

 一人ひとりがどこか浮世離れした異様な雰囲気。

 それによって尾刈斗の選手たちは、一瞬にしてこの会場の空気を支配した。

 彼らの作戦の一環である。尾刈斗中は技術的にはこの地区でも平均を少し超える程度であるが、精神面で相手に負担を掛けることで試合のペースを握る。

 独特の雰囲気に、呪いの噂。

 尾刈斗のサッカーは、試合の前から始まっているのだ。

 

「や、やっぱり呪いの噂も本当ッスかね……」

「呪い?」

「尾刈斗と試合をすると体が動かなくなったり、色んな呪いが掛かるって話でやんす!」

 

 帝国との試合をきっかけにサッカー部のマネージャーとして加わった音無により、既にサッカー部全体にその噂は広まっている。

 鈴音はそんな話を初めて聞かされ、呪いという言葉を暫く頭の中で反芻した。

 

「――その呪いが本当なら、掛けられる前に勝ち越せばいい。ゴールは俺が守れるよう、努める」

 

 少なくとも、そうすれば試合の間は心配はいらない。

 言葉に抑揚が感じられず、声色だけであれば“それは当然のことだ”と言っているようであるが――

 それが彼なりの激励であることは、壁山と栗松にも伝わった。

 

「そ……そうッスね。染岡さんも必殺技を使えるようになったし、一点取ればきっと勝てるッス!」

「今日は鈴音さんがキーパーをやってくれるし、点は取られないでやんす!」

 

 恐怖は拭えたらしい、と鈴音は小さく頷く。

 点を取られない保証はない。しかし――そう期待されているならば、応えられるように尽くす。

 鈴音の気概はいつもの通りである。どんな相手であろうとも、望まれるままに命を燃やすまで――。

 

 試合開始の時間となり、両チームが整列する。

 並び合うと一層はっきりとするその不気味さに主に一年の選手たちが怯む中、監督の地木流が豪炎寺に歩み寄った。

 

「帝国戦での素晴らしいシュート、見せてもらいましたよ、豪炎寺くん。今日はお手柔らかに、お願いしますね」

 

 まるで、その他の選手が見えていないかのように、豪炎寺一人に愛想を言う地木流。

 当然そんな扱いに他の面々が良い気分を抱く筈もなく、染岡が突っかかる。

 

「おい。あんたたちの相手は豪炎寺だけじゃないぜ」

「は? 我々尾刈斗がどんな理由で練習試合を申し込んだのか、想像も出来ないので? ――豪炎寺くんと戦いたかったからですよ。貴方たちは言わば……そう……数合わせ。豪炎寺くんが試合をするための数合わせです」

「んだとぉ!?」

「やめろ、染岡! 試合で証明してやればいい。俺たちは数合わせなんかじゃないって!」

 

 激昂する染岡を、円堂が止める。

 自分たちのチームを侮られたことに対する怒りはあるが、それをぶつけるべきは今ではない。

 帝国戦を乗り越え、そしてこの尾刈斗中との練習試合に向け特訓し、大きく成長を果たしたのだ。

 なおも弱小と蔑まれるならば、試合で語る。それが、サッカーを愛する円堂の答えであった。

 

「元気なのは結構。精々豪炎寺くんの足を引っ張らないでくださいね」

 

 ベンチへと歩いていく地木流には、他の選手への興味は一切ない。

 強いて言えば、キーパーが懸念材料ではあるが――地木流の関心を引く対象ではなかった。

 彼の率いる尾刈斗の呪いは絶対であり、あのキーパーも逃れることは出来ない。したがって、得点力のないキーパーは最初から関心に値しないと、それが彼の結論だった。

 

「野郎……! 見せてやる、俺の必殺シュート!」

「ああ! 頼んだぜ、染岡!」

 

 いきり立った染岡の熱意を試合に向けさせつつ、円堂は自身にも気合を入れる。

 厳しい特訓の末、染岡は豪炎寺に負けず劣らず強力なシュートを手に入れた。

 自分も負けてはいられない。帝国戦で掴んだ“何か”、それは一つの必殺技として完成されつつある。

 今の自分たちであれば、フットボールフロンティアに出場する資格は十分にある。それが、今のサッカー部に対する円堂自身の評価だ。

 それを証明するためのこの試合。絶対に負ける訳にはいかない。

 円堂のやる気は十分だった。

 

 

 

『いよいよ、キックオフです!』

 

 試合開始のホイッスル。

 尾刈斗のボールから試合は始まる。

 狼の如く、荒々しくも身軽な動きでボールを運んでいくのはFWの月村。

 

「この!」

「甘いっ!」

 

 ボールと共に跳び上がって円堂のスライディングを回避し、軽やかにペナルティエリアに踏み込む。

 油断はない。月村は鈴音を見据え、もう一度ボールを蹴り上げた。

 

「喰らえ! ファントムシュート!」

 

 空中で打ち込まれた蹴りを受け、ボールは鬼火の如く妖しく輝く。

 そして放たれると同時にふわりと肥大化し、輝きは六つに分裂。数を増やしたエネルギーの塊が、バラバラの軌道でゴールへと走っていく。

 当然ながら、ボールは一つ。

 残る五つは名前の通りの幻影だ。それによる混乱と、相手キーパーの狙いを惑わせることによりゴールを狙う、威力でも速度でもない搦め手に特化したシュートである。

 この技を得意とする月村自身が思う、最も確実にこれを止める方法は、六つの軌道全てを塞ぐことの出来る広い範囲を持った必殺技。

 最初のシュートでその有無と、技の範囲を見極め、以降のシュートの軌道に活かす。それがファントムシュートの神髄だ。

 ――ゆえにこそ、シュートを放った側としては非常に困る対処法が存在する。

 

「――――」

「んなっ!?」

 

 輝きが分かたれた瞬間から一切迷うことなく一つの塊に向けられていた鈴音の瞳。

 それは正しく月村の“本命”であった。

 他の五つには目も向けず、確実に鈴音は正面からボールを受け止める。

 このシュートそのものに高い威力はない。回転を止められ、光を収めたボールに続くように消えていく五つの幻影。

 何の小細工もなく攻略され、月村が戸惑っている間に、鈴音が前線にボールを蹴り雷門が攻撃に転じた。

 

「染岡っ!」

「おう!」

 

 少林寺から染岡に渡ったボール。

 豪炎寺に回ると思っていた尾刈斗DF陣は彼へのマークを疎かにしていた。

 完全にフリーとなった染岡は目に物見せてやるとその足に渾身の力を込める。

 

「ぶち抜け――ドラゴンクラッシュ!」

「む、ぅ……!?」

 

 ――竜が吼える。

 その一撃に乗せられたのは純粋な“力”。

 青い竜を伴ったシュートに、尾刈斗のキーパー鉈が無機質なマスクの奥の目を見開いているうちに、ボールはゴールネットを揺らした。

 

『決まったぁ! 染岡の必殺シュートが炸裂! 雷門、先制点!』

「っしゃあ!」

 

 尾刈斗にとっても、そして観客の大半にとってもそれは予想外の事態だった。

 彼らの注目はほぼ豪炎寺だ。その他の面々はおまけであった。

 特に同じFWの染岡など、豪炎寺と比較される格好の的だ。

 それが――まさか先制点を上げるとは。

 

「やったな、染岡!」

「ああ! どんどん行くぜ!」

 

 その得点で雷門は勢いをつけた。

 尾刈斗ボールから再開された試合。

 しかしそのボールを素早く松野が奪い――やはり豪炎寺のマークが厳しかったため再び染岡にパス。

 二度目のドラゴンクラッシュもまた、鉈の守りを破りゴールに突き刺さる。

 

「……あんなシュート、雷門中のデータにはない。あれほどのストライカーがいたとは……だが」

 

 地木流は唇を噛む。

 初撃のファントムシュートが止められるのは、尾刈斗の戦術からしても想定の範囲内だった。

 だが、豪炎寺以外の選手によって二得点も上げられるのは予想外にも程がある。

 先制点、もしくは両チーム得点無しの状況で前半を終えるつもりであった彼は早々に、切り札を切る決断をする。

 このまま、雷門を勢い付かせたままではいけない。

 

「――いつまでも調子に乗ってんじゃねえぞ、雑魚が! テメェら! そいつらに地獄を見せてやれ!」

 

 突如として、地木流の様子が豹変した。

 試合再開。彼の指示に頷き、キャプテンである幽谷を中心に攻撃陣が上がっていく。

 そして、地木流は彼らの攻撃に合わせるように、勝利の布石を呟き始める。

 

 ――マーレ・マーレ・マレトマレ、マーレ・マーレ・マレトマレ。

 

 不思議と自分たちにまで届くその声を不気味に思いつつも、雷門の面々は攻撃陣のマークに付く。

 しかし。

 

「何をやってるんだ、お前ら!」

「え――あれ!?」

 

 彼らはまるで操られているかのように、互いに迫り立ち塞がった。

 傍から見れば不審極まりない同士討ち。

 それを尻目に幽谷たちは攻め上がる。

 

「くっ……皆、落ち着いて相手の動きを――」

「無駄だ! ゴーストロック!」

 

 ――マーレ・マーレ・マレトマレ!

 

 幽谷が手を突き出し、宣言した瞬間、雷門メンバーは体の異常に見舞われた。

 

「ッ、足が!?」

「動かないッス!」

 

 縛り付けられたかのように、その場を動くことを足が拒む。

 体に何かが触れている訳でも、痛みがある訳でもない。

 ただ、単純に足が動かないという通常ではあり得ない事態は、音無が手に入れてきた尾刈斗の練習試合の映像で見た、相手チームの異常そのものだった。

 

「……」

 

 鈴音もまた、同じ。

 足が動く気配はない。何が起きているのか、答えは出ない。

 しかし、それが呪いとやらだというのなら――諦めてゴールを許すかと問われれば、それは否だ。

 

「これがゴーストロック! お前たちは既に呪いに囚われている! ゴールはいただく!」

 

 発生している異常など、些事。

 動かないならば、無理やり動かす。それも無理ならば、動かないなりに力を尽くす。

 ボールを止める時の意識に一切の変化はない。

 迫る幽谷に、そのボールに目を向ける。余事に構う意識を切り捨てる。

 

「ファントムシュート!」

 

 分裂する人魂。

 輝く六つの塊は木偶人形にも等しいキーパーを嘲笑うように、ゴールへと迫り――

 

「――」

 

 先程と同じように本体のみに目を向けた鈴音が動く。

 呪いなど存在しないと、尾刈斗の真骨頂を無視して本命のシュートを見据えた鈴音は、伸ばした両手でそれを受け止める。

 

「ッ!? お前、何故動ける!? 何故ファントムシュートの本物が分かる!?」

 

 流石に、そこまで自分たちの戦術を正面から破られれば、幽谷も叫ばずにはいられなかった。

 確実に決められる自信があった。

 その呪いを打ち破り、シュートを止め、尚も無表情を貫く鈴音は、己の中の事実だけを淡々と述べる。

 

「動けた理由は知らないが――シュートは単純だ。エネルギーは分かれたが、見えて、聞こえた。ボールそのものが分かっていれば、後は止めるだけだ」

「――――っ」

 

 ――訳が分からない。

 シュートを放った幽谷自身でさえ理解出来ない理屈を、当然のように口にした鈴音。

 幽谷の背筋に冷たいものが走る。

 恐怖を与えて試合を支配するのは自分たちの専売特許である筈なのに――それさえ忘却して、幽谷は戦慄した。



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ゴロゴロゴロ――――ドッカーンッ!

 

 

 先制で二点を取った雷門中。

 しかし、勢いはそこで止まった。

 点数の上で勝っているのは雷門だが、試合を握っているのは尾刈斗だった。

 その要因は勿論、彼らの呪い。

 

「このっ!」

 

 FWの武羅渡に渡ったボールを風丸が奪いに掛かる。

 それを尾刈斗特有の奇妙な動きで後退して回避した彼の背後から、幽谷が現れ手を突き出す。

 

「ゴーストロック!」

 

 ――マレトマレッ!

 

「くっ、またかっ!?」

 

 再び縛られるように動きを止めた雷門イレブン。

 勿論、それらは障害物にすらならず、ボールをキープした武羅渡は上がっていき、シュートの体勢に入る。

 ボールを蹴り上げ、放つは幻影の一撃。

 

「ファントムシュートッ!」

 

 輝きが六つに分かれ、キーパーを幻惑に掛かる。

 その外見は六等分された光の球にしか見えず、本物はどれかなど判別できない。

 更には、ゴーストロックという守備もままならない呪いが雷門を襲っている。

 普通であれば、ゴールは決定的となった状況。事実、尾刈斗はこの戦法で幾度となくゴールを奪ってきた。言わば、彼らにとっての必勝戦術である。

 それを――

 

「っ」

「チッ……アイツどうなってんだ!?」

 

 それまでと同じように、迷いなく本体に目を向けた鈴音が危なげなくキャッチした。

 これで一体何度目か。尾刈斗イレブンは驚愕と苛立ちを隠せない。

 間違いなく、シュートを打つまでは鈴音もゴーストロックの術中にある。しかし、尾刈斗がシュートを打つと、幻影の中の本体に飛び付いていく。

 そんなやり取りが軽く十回は行われている。

 最初の二得点以降、染岡のドラゴンクラッシュは快進撃が嘘であるかのように、キーパーの鉈に受け止められていた。

 染岡としてはそれまでと何ら変わらない、完璧な威力のシュートを放ったつもりである。

 だが、その一撃は急速に勢いを失い、如何な軌道で蹴ったつもりでも鉈の真正面へと飛んでいくのだ。

 鉈は一歩も動かず、染岡の攻撃を受け止めている。それによりこれ以上の得点は望めないという意識が雷門に生まれ、尾刈斗により苛烈な攻撃を許す要因となっていた。

 

「このォ!」

 

 月村渾身のシュート。

 小手先のテクニックを捨て、威力のみを込めた球を、やはりゴーストロックから当然のように逃れた鈴音がパンチングで弾き返す。

 それと同時に、前半終了を告げるホイッスルが鳴った。

 

『ここで前半終了! 試合は2-0で折り返しますが、序盤の雷門の勢いは失われ防戦一方となっています!』

 

 それぞれのベンチに引き返していく両チームの顔には、別の意味での焦りがあった。

 不気味な呪いを突破できない。追いつくことが出来ない。

 互いにどうにも不完全燃焼な試合となっているのは明らかだった。

 

「本当にあれ、呪いなのか……?」

「俺のドラゴンクラッシュも、めっきり決まらなくなっちまった。どうなってんだ!」

 

 困惑、苛立ち、怯え。

 呪いに対して各々が反応する中、鈴音と豪炎寺は水分を補給し喉を潤しつつも考えていた。

 

「何か、分かりそうか?」

 

 己と同じく、呪いへの対抗策や仕組みを考えているのだろうと踏んだ豪炎寺は、鈴音に問う。

 

「シュートの不発については分からない。だが、体が動かなくなる方に関しては思い当たることはある」

「本当か!?」

 

 鈴音の答えに反応したのは、円堂だった。

 頷き、鈴音は続ける。

 

「俺の体感だが、相手の監督の妙な呟き。あれが妙に頭に残る。シュートが来る時、俺はあれを意識から外しているが――動けないのはあの呟きが要因ではないか」

「マーレ・マーレ・マレトマレ……マーレ・マーレ・マレトマレ……“止まれ”?」

「……なるほど。催眠術の類か。無意識のうちにその呪文を受け入れさせ、選手たちの奇妙な立ち回りで混乱した頭に動きを止めるよう命令していたんだ」

 

 呪いという仰々しい単語も、相手をそう思わせるための要因。

 そう考えれば、種そのものは単純だった。

 それが正解にせよ不正解にせよ、“呪いではない”と思うことが彼らを精神的に楽にさせた。

 

「で、でも、そうだとしてもどう対策するんだ? まさか全員耳栓付けて戦う訳にもいかないだろ?」

「聞いちゃ駄目だって思ったら、余計意識しちゃうッス……」

「……なら、俺がどうにかする!」

 

 かといって、打開策が生まれた訳ではない。

 それを不安に思う者たちを勇気づけるように、円堂は胸を叩いた。

 

「呪いは俺が打ち破る! 皆、ボールを取ったらフォワードにどんどん回してシュートチャンスを増やすんだ。そしてシュートを止められる仕掛けも見破って、絶対勝ってやろうぜ!」

「ああ――今度こそ決めてやる!」

「……」

 

 不安なメンバーを引っ張るのはキャプテンの務め。

 例え劣勢であろうとも彼らを奮い立たせるだろう円堂の言葉によって、壁山たちも闘志を取り戻す。

 これならば問題ないだろう、と鈴音も頷く。

 そうして気合十分の状態で、雷門イレブンは後半戦を迎えた。

 

 

 

『さあ、後半キックオフです!』

 

 雷門ボールで始まった後半。しかし、豪炎寺は前線に上がることなく、少林寺にボールを回す。

 

「豪炎寺!?」

「なんでファイアトルネードを打ちに行かないんだ!?」

 

 ――確かに、このままパス回しを中心に逃げの戦法を選べば、勝つことは出来る。

 しかしその勝ち方は、誰も望んでいないことだった。

 勝てれば良いのではなく、全力で勝たなければ意味がない。それは当然、豪炎寺も思っていることだった。

 それを理解しているからこそ、円堂たちは困惑し、そして考える。

 逃げたのではないのなら――彼がやろうとしていることは。

 

「この!」

「っあ!?」

 

 幽谷が素早くボールを奪い、上がっていく。

 雷門が消極的なプレイをしようとも、尾刈斗の戦法は変わらない。

 ひたすらに攻撃を続ける。キーパーがゴーストロックを破ろうとも、ひたすら攻撃を続ければいずれその限界も来よう。

 そうなれば、尾刈斗のラッシュが始まる。それが唯一の勝ち筋と見た幽谷は、雷門のディフェンス陣へと接近していく。

 

「止める!」

「無駄だ! お前たちにはゴーストロックは破れない!」

「いや! もう種は割れた! お前たちの呪い、俺たちが打ち破ってやる!」

 

 円堂の気迫、そして自信に、幽谷は僅かに気圧された。

 はったりだ、と自分に言い聞かせる。例えその仕組みが分かったところで、意識して破ることは困難なのがゴーストロックだ。

 分かったからこそ意識する。意識すればより鮮明に、脳に刷り込まれる。

 だから、雷門にゴーストロックが破れる筈がない。それが幽谷の、尾刈斗の自信だった。

 

「ならやってみろ! 喰らえ――ゴーストロック!」

 

 幽谷は高らかに宣言する。

 対して円堂もまた、自信に満ちた笑みを浮かべる。

 今なら出来る。今だからこそ出来る。そんな確信があった。

 帝国の時を思い出せ。あの時は未完成だったそれをこの場で完成させる。より力強く、より響くように。一撃の下、フィールド全体に轟かせる――!

 

「――ゴロゴロゴロ――――ドッカーンッ!」

「ぐあぁっ!?」

 

 熱く黄金に輝く右足を高く上げ、そして振り下ろす。

 大地を踏みしめたそれはまるで雷神の槌であるかのように、轟く雷を伴った。

 天から落ちてきた雷は円堂の踏みしめた右足を中心に広がり、眩く輝ける衝撃波を立ち昇らせる。

 落雷の如く轟音が鳴り響き、地木流が歌い上げていた呪文を掻き消した。

 そして衝撃波は幽谷を吹き飛ばし、ボールを円堂が奪う。

 誰しもが目を奪われた。それは、遂に実を結んだ円堂の必殺技。

 

「これが! ゴッドハンマーだ!」

 

 奪ったボールを円堂は一気に前線に蹴り上げる。

 

「っしゃあ! 円堂、お前が取ったこのボール、無駄にしないぜ!」

 

 素早いカウンター。円堂からのボールを受け取った染岡はすぐさまシュートに転じる。

 鉈は反応が遅れた。今の轟くディフェンス技に、呆然としていた。

 ゆえに腕の動きが遅れ、気付いた時には染岡のシュートは完了していた。

 

「ドラゴンクラッシュ!」

「うぉぉ――!」

 

 威力は失われず、そして軌道が逸れることもなく、シュートはゴールに突き刺さった。

 

『ゴール! 円堂のブロックからの素早いカウンターで三点目!』

 

 そしてそのゴールに、豪炎寺は確信する。

 

「やはり、腕の動きか」

「腕? どういうことだよ豪炎寺」

「あの腕の動きで俺たちの平衡感覚を狂わせている。あれも一種の催眠術――弱い真正面へのシュートを俺たちに蹴らせていたんだ」

「そういうことかよ……!」

 

 鉈が誇る必殺技――歪む空間。

 それもまた、催眠術によるものだった。

 大きく、ゆっくりと振られる腕は振り子の如く相手を惑わせる。それによってシュートの威力を落としていたのだ。

 その観察力の高さに染岡は驚愕し――そして悔しく思った。

 だが、その力は認めるべきものであり、断じて否定するべきではない。

 ならば――と染岡は豪炎寺に近付き、ある提案をする。

 

「――いいだろう」

 

 その提案に虚を突かれた豪炎寺だったが、すぐに不敵に笑った。

 完全に勢いを取り戻した雷門イレブン。尾刈斗のボールをすぐさま奪取し、再び染岡へ。

 今度は油断しない。鉈は万全の動きで、歪む空間を発動させる。

 

「いくぜ豪炎寺!」

「おう!」

 

 放たれたドラゴンクラッシュを受け止めんと鉈が構え――しかしボールは上空へと上がっていく。

 ミスキック――ではない。

 大きく浮き上がったボールに追いつく豪炎寺。その左足には、炎が灯っている。

 

「ファイアトルネード!」

 

 ――炎熱を、竜が纏った。

 染岡のドラゴンクラッシュによって込められた威力。

 シュートに連れ添う竜が豪炎寺のファイアトルネードによって赤熱し、更なる威力を呼び起こす。

 炎と竜、二つが合わさった凄まじい力は、歪む空間の動きに囚われてなお一切威力を落とすことはない。

 

「お、ぉおおおおおお――っ!」

 

 そしてシュートは真正面から、鉈諸共ゴールに突っ込む。

 四点目――ここに来て決まったのは、染岡と豪炎寺による雷門初の合体技であった。

 

 そのまま試合は、4-0という大差で終わる。

 これでサッカー部は廃部を免れ、そしてフットボールフロンティアへの参加という大きな一歩を踏み出した。

 

 鬼道と佐久間が試合の途中で切り上げた一方で、最後まで源田はその試合を見ていた。

 一点でも返そうと終盤も攻める尾刈斗を止め続けた鈴音の、その動きを見据え続けた。

 試合の後にあったのは、絶対に負けられないという気概。

 より強くなった思いを胸に、源田は帝国へと戻る。

 更なる力を身につけるため。

 

 そして、試合を見届けたクララもまた、冷めた瞳のまま雷門中を出る。

 表情はいつも通り。しかし――内心で様々に葛藤を巡らせながら。




■ゴッドハンマー
使用者:円堂
種別:ブロック
高く上げた足を振り下ろし、大地を踏みしめると同時に落ちる雷で相手を吹き飛ばすディフェンス技。
雷は周囲に広がり、立ち上った衝撃波は強力なシュートの勢いもたちまち喪失させる。


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或がそうしたいなら、私は否定しないわ。

 

 

 尾刈斗中との練習試合は勝利に終わり、雷門サッカー部は無事フットボールフロンティアへの出場権を手に入れた。

 試合の後半で使用された染岡のドラゴンクラッシュと豪炎寺のファイアトルネードの合体技は目金によってドラゴントルネードと名付けられた。

 雷門が誇る二大ストライカーによる切り札の誕生である。

 帝国が練習試合で見せた合体技に勝るとも劣らないと感じさせる威力の誕生は、彼らの自信と練習への意欲を大いに高めた。

 フットボールフロンティアへと挑む駆け出しサッカー部としては、これ以上ない状態と言えるだろう。

 そんな彼らに手を貸した鈴音は、帰宅するや否や妙な視線を向けられていた。

 

「……」

「……どうした?」

 

 言わずもがな、同居人(クララ)である。

 鈴音のように無表情と言う訳ではないが、特技と言っても良いポーカーフェイスによってその感情は読み取れない。

 長い付き合いである鈴音でさえ、“何となく不満そうだ”ということが伝わってくるだけだった。

 

「…………」

「……」

 

 返ってくる答えはない。

 しかし、その僅かな瞳の動きから、鈴音はクララが現在言葉を選んでいる最中であると理解する。

 暫くの間クララとのにらめっこを続けた鈴音はもう少し時間が掛かるだろうと判断し、鞄を置いて風呂場に向かう。

 試合の後だ。早く汗を流したいところだったため、そちらを優先した。

 

 シャワーを浴び終え、着替えてからリビングに戻れば、先程の出来事などなかったかのように、クララは携帯に目を向けていた。

 先の二の舞になればそれなりに付き合うつもりだった鈴音は意外に思いつつも、特に追及はしない。

 

「――弱小チームもいいところね。まともと言えるのはFWの片方くらいかしら」

 

 そんなクララからの最初の言葉は、到底合格点とは言えないとばかりのサッカー部への酷評だった。

 歯に衣着せるなどというまどろっこしいことを、彼女はしない。

 クララの雷門サッカー部に対する偽らざる評価には、鈴音も反論しない。

 

「先日までは部員も足りない状態だったからな。伸び出すのはここからだろう」

 

 ようやく雷門サッカー部はチームとして始動した段階だ。

 個々の能力が足りないのは当然である。しかし、今後の成長は期待すべきこと。

 更に、サッカーにかける情熱であれば人一倍大きい者たちの集まりであり、今後光る可能性は高い。

 それが、鈴音から見た彼らへの評価だった。

 

「で、伸ばすのは或の仕事ってこと?」

「それはあくまで、望まれればの話だ。彼らは俺がいなくとも十分に成長出来る」

「キーパーいないじゃないの」

「……彼らがゴールを任せられる者を見つけ出せればいいのだがな。俺の役目はそこまでだろう」

 

 クララは僅かに溜息を吐く。

 落胆ではなく、やはりこうなったかという呆れから。

 望まれればそれを尽くす彼のことだ。言い分からして、今後のキーパーも頼まれているとクララは判断した。

 それは彼の意思だ。クララは否定するつもりはない。

 だが、よりによってサッカーという分野に今後も関わり続けるということは、クララにとっては都合の良くない事態だった。

 今ここで集団の一人として自身がすべきは、鈴音をサッカーから引き離すこと。もしくは――もう一つの案を実行すること。クララもそれは理解している。

 ――そんな彼女の、個人としての感情はそれとは別であるのだが。

 

「……彼らが或の存在に頼って一層腑抜けなきゃいいけど」

「彼らがそういう人間ではないことは知っている。そこは間違いない」

「そ。……ま、好きなだけやりなさい。或がそうしたいなら、私は否定しないわ」

 

 そして両者を天秤にかけてどちらに傾くかと言えば、当然個人の感情であった。

 鈴音が今の鈴音となった時から、クララはそうすると決めていた。

 後のことなど、どうとでもなれ。何せ鈴音は常に“今”を生きているのだ。

 

「気が向いたら付き合うわ」

「ああ――助かる。だが……」

「何よ」

「……止めると思っていた。サッカーに対して何か思うところがあるように感じたが、違うか?」

「違わないわ。ただ、私は止めない。他の皆だったら止めるかもしれないし、もしかすると貴方を引き戻そうとするかもだけど」

 

 それに対して鈴音が思ったことは、向こうではサッカーが流行っているのか、という他愛のないこと。

 ある意味では正解ではあるが、概ね、大きな見当違い。

 例え、この時に“それ”を鈴音が知っていたとしても、彼が何をする訳でもないのだが。

 

「――今更俺が戻っても不和を呼ぶだけだろう。色々と、晴矢から話を聞いた」

「……余計なことを」

 

 クララは舌打ちを隠さなかった。

クララの“仲間”である面々には、鈴音を良く思わない者は少なからず存在した。

 “経緯”について腹立たしく思うならばまだ良い。それは今の鈴音を受け入れている大半もそうだし、他でもないクララもその一人である。

 だが、それを経た今の鈴音に嫌悪感や怒りを持つ者がいることは、クララとしては大層不満であった。

 風介(ガゼル)玲名(ウルビダ)なんかはその筆頭だ。前者は関わる機会が多いこともあって面倒くさい。

 

「……或は変わってないって、分からないものかしら」

「治も以前、同じことを言っていたが……変わっていないとは言えない。俺自身、自覚しているんだ」

「本人がこれだから、私たちも不憫なものね」

 

 処置無し、と呟きながらも、クララはどこか儚げに笑う。

 知るべき者が知っていれば良いのだ。具体的には、自分自身が。彼女はそう、己を納得させた。

 

 

 

 部室に集まったサッカー部の面々は、それぞれ顔に期待を宿していた。

 憧れの舞台に遂に足を踏み入れることが出来ることへの期待を。

 

「フットボールフロンティアッ! みんな、分かってるな!」

『おう!』

 

 円堂の言葉に、部員たちが口を揃えて答える。

 フットボールフロンティア地区予選の組み合わせが決まった翌日。

 彼らはその地区予選に名を連ねたことの喜びに胸を躍らせ、部活の時間を心待ちにしていたのだ。

 

「それで、相手は?」

 

 そのやる気に若干気圧されつつも、風丸は円堂に聞いた。

 大会といってもまだ地区予選だ。全国の強豪はさらにその先にいる。

 とはいえ、その強豪の最たる存在――王者帝国がいるのもこの地区だ。

 次は負けないという気概を持っているとはいえ、帝国と一回戦で当たるというのは避けたい、というのが風丸の真摯な思いである。

 

「ああ! 知らない!」

 

 何故か自信満々に、円堂は言ってのける。

 誰であろうと勝つということに変わりはないが、それはどうなのか、と呆れる風丸たち。

 そんな彼らの熱意を遮るように、或いは、煽るように、部室に入ってきた顧問の冬海はさえない表情のまま告げた。

 

「野生中ですよ」

「野生中……去年の地区予選決勝で帝国と戦っている強豪です! 帝国がこの地区にいなければ、本戦の常連校になっていたかもっていう……」

「大差で初戦敗退、なんてのは勘弁してほしいものですね」

 

 自分が管理する部であるというのに、他人事のように言う冬海。

 対戦相手が強豪とあっても、彼はサッカー部に何らアドバイスをするつもりもない。あくまで部の顧問であるだけだ。

 

「ああ、それから」

 

 冬海が外に促すと、二人の少年が入ってくる。

 片方は雷門中がマンモス校であることを考えても、彼には見覚えのない部員が殆ど。

 そして片方は顔なじみであった。

 

「ちっす。俺、土門飛鳥。入部希望で、一応ディフェンス志望ね」

「鈴音或。助っ人で、キーパーなら出来る」

「いや、何してるんですか先輩」

 

 冗談だ、とまるで冗談を言っているように聞こえない声色で、真顔のまま鈴音は壁に背中を預ける。

 

「ここに来る途中で会った。特に時間を空ける理由もなかったから一緒に来ただけだ」

「見てたっすよ。この間の尾刈斗戦。あれで助っ人ってのは驚きましたけど」

 

 軽い調子の土門は、入部希望と言えど萎縮した様子はない。

 すぐにでも部に馴染んでしまいそうな様子であった。

 

「――土門くん」

「へ? ――秋じゃないか?」

「知り合いか?」

「うん、ちょっと昔ね」

 

 彼は円堂と共にサッカー部を立ち上げ、支え続けてきたマネージャーである木野の旧知であった。

 どちらも、まったく想定していなかった再会。

 木野としては、サッカーの実力的にも申し分のない相手。望ましい新入部員だ。

 

「そっか! 俺は円堂守。お前と同じDFだ! 歓迎するぜ、土門!」

「おう、よろしくな、キャプテンさん。――にしても、野生中ねえ。初戦で当たるには厄介な相手だぜ。大丈夫か?」

 

 気軽に円堂と握手を交わした土門は、初戦の相手に懸念を滲ませる。

 地区予選決勝で帝国と戦った学校。比較対象が帝国のためその強さが霞んで見えるのは否めない。

 だが、それでも強豪と呼ばれるからには相応の実力があり、強みがある。

 特にその強みの一点に関しては帝国さえ凌駕するのだ。

 

「んだよ、新入りが偉そうに。なんか知ってんのか?」

「前の中学で戦ったことがあってね。瞬発力、機動力共に秀でていてパワーもある。で、高さ勝負にはめっぽう強いのが特徴だ」

「高さなら大丈夫だ! 俺たちにはファイアトルネード、ドラゴンクラッシュ、ドラゴントルネードがあるんだから!」

 

 豪炎寺が誇るファイアトルネードは高くからボールを蹴り落とす必殺技だ。

 高さ勝負というのなら、豪炎寺の跳躍力は並ではない。ゆえに自信を持って円堂は言うが、それに否を唱えるのは他でもない、豪炎寺だった。

 

「いや――俺も野生中とは戦ったことがあるが、奴らは空中戦なら帝国をも凌ぐ。あのジャンプ力で上を取られれば、俺のファイアトルネードも決まるかどうか」

 

 己の実力に疑問を持っている訳ではない。

 寧ろ、冷静に能力を分析しているからこそ、豪炎寺は正直に打ち明けた。

 シュートの威力ならば負けるつもりはないが、その過程のジャンプ力は相手が上を行く。

 ゆえに、シュートに辿り着かない可能性が高い、と。

 

「そっか……なら、新必殺技だ! 新必殺技で空を制するんだ!」

 

 だが、それを聞いても円堂は折れたりはしない。

 寧ろ更にやる気が高まったとばかりに、拳を振り上げた。

 

「新必殺技って……お前、そんな簡単に言うか?」

「染岡はドラゴンクラッシュを編み出せた。俺もゴッドハンマーに辿り着いた。なら、新しい必殺技はまだまだ出来る! 練習あるのみだ!」

 

 理屈にすらなっていない根性論、とその場で口を挟む者はいなかった。

 事実、染岡は努力で自分の必殺技を生み出したのだ。

 ならば自分たちも――そう思える向上心のある者で雷門サッカー部は構成されていた。

 

「――っと。ところで鈴音。空いてる日は練習にも付き合ってくれるってことで良いんだよな?」

「ああ。フットボールフロンティアの間は、お前たちのキーパーとして手を貸す。毎日練習に参加できる訳ではないが……」

 

 鈴音がここにいるのは、先日の尾刈斗戦前に豪炎寺と交わした約束から。

 練習の優先順位についても、円堂達と話して決定したものだ。

 雷門が勝ち進む限りは自分も力を尽くすと――可能な限り鈴音は付き合うことにした。



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