旦那様は七武海【完結】 (苺のタルトですが)
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01

もしもこれが小説ならば、ここに一組の夫婦がおりました……と出だしが始まるのだろうか。

もし自分なら夫婦の前に(仮)を付け足す。

嗚呼、そんな言葉では、何故そんな事を言い出すのか周りは理解出来ないと苦笑する。

先ずは自身の自己紹介といこう。

とある世界の海軍と呼ばれる組織の一人の娘として生を受けた。

それから甘やかされて育ってきた。

なので、我が儘でお馬鹿で間抜けで頭のネジを生まれてきた時に落っことしたとしか思えないような頭の悪さを兼かね揃えた女--それがリーシャという性別メス、己である。

何故自分をここまでこコケに出来るのかというと、ある意味前のリーシャは別人で他人という表現に相応な人間だからだ。

そう、俗に言う前世の記憶持ちという奇っ怪のせいである。

頭がイかれた等という現実味のある事を考えるのは出来れば止めて欲しい。

なんせ切実かつ真面目なお話しだからだ。

そして、此処が一番重要なのだが、記憶が戻った時には既に既婚者でしたという笑えない事実。

もういっそ笑ってくれ!

いや、涙が出るほど泣き笑いしてしまいたい。

家事や家の事を任せているメイドがいるので心の中でしか悲しめなかった。

しかし、問題はこれだけではなかった。

神様は何を考えているのやら。

 

(七武海の生け贄に宛てがうだなんて……)

 

何故七武海に捧げたんだ海軍よ。

君達は天竜人とか言う大金持ちを独占して、契約しているからお金には困っていないだろうに。

さては海賊という犬に首輪を付ける為なのかな?

でも海賊であり無法者の彼らをそんな書類上の物だけで縛れるとは思えないのだけれど……。

バーソロミューくまみたいに弱みを握るならば話は別なのだが。

それに、お相手は自分なんて眼中にないくらい結婚なんてどうでも良かったみたいだ。

所謂、政略結婚の当日の初夜に当たる時間に相手は「夫婦の関係を望んでねェ。浮気もしたけりゃ好きにしろ。だから一切こっちにも干渉してくるな。精々(せいぜい)夜会やそっち関係のパーティーがある時くらいに夫婦って奴を演じてくれりゃあ良い。部屋も別だ。何かを押し付けるな。俺は船で寝るからお前は好きな所へ寝ろ」

 

と、言いたい事だけ言って初夜を放って脇目も振らずに帰っていった。

勿論この事は記憶が戻る前なので今世の彼女はプライドをベキベキに折られて憤慨していた。

でも、相手は海賊で四億の賞金額だった賞金首。

あれやこれやと怒鳴る勇気など無く悔しい気持ちでいっぱいだった。

だが、前世の自分にとってはラッキー以外の何者でもない。

こうして純潔を奪われずに紅茶を飲んでいられるのだ。

このまま無関心でいてくれれば尚良い。

それに、家に帰ってこないのならば好きに過ごせる。

だから離婚もスムーズに出来る、という事だ。

こんな人生はやっていられないので速やかに離婚してもらおうと今、画策している。

父親(前世の自分にとっては最早赤の他人という認識)が何と言おうと我が儘なお嬢様をある意味合いで利用して、徹底的に叩き潰すつもりで話し合おう。

 

(それにしても今世の私はよくこんな結婚我慢して出来たな)

 

我が儘な癖に何故か拒否らなかったのがとても不思議だ、と自分でも思う。

でも、今世の自分も前世の自分も己なので気持ちははっきりと分かっているし、熟知している。

自分の心、自分知らずと、今世はこんな女だ。

でも、少なくとも前世の自身はこんな鳥籠の人生は真っ平御免だと思っている。

息が詰まるし、全く遺憾だ。

 

相手は乱暴者ではないが、リーシャという地位のある存在を夫婦となって利用してしまう程には権力を欲している。

そんなに欲しけりゃくれてやる……探せ!

おっと失礼、つい思考がプロローグに飛んでしまったようだ。

休憩をちょこっと挟もう。

嗚呼、そう言えば旦那様で夫で海賊で七武海の婿(むこ)の名前をまだ紹介してなかった。

 

彼の名は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドヤファルガーだ!

 

 

 

 

 

おっと間違えた、トラファルガー・ローだ。



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02

さて、先ずは使用人を丸っと交換から行こうかな、と腕捲りをする。

目の前には書類が山詰み。

手には判子。

もうここら辺でお分かりだろうか、そう。

 

「父親の息が掛かった使用人が居ると、これからの計画の邪魔になるんだよね」

 

この屋敷にいる使用人やメイドは全員漏れなく父親の手付き(深い意味は無し)なのだ。

だから、何か不審な事をした場合即刻父親の所へ報告が行く。

そんな息苦しい屋敷で何かをするなんてとんでもない。

なので、使用人をツルッと総入れ替えする予定だ。

先ずは募集の前に使用人のクビと次の就職先を案内する。

まあ、今世のこの子に友達なんていないから、紹介先はあくまで募集を掛けているお屋敷等だ。

それと同時に此処のお屋敷の募集も掛けるつもりでいる。

 

自分で出来る範囲では自分でしたいので使用人は二、三人でいいだろう。

掃除なんて使う部屋だけでもう十分だ。

お屋敷にこんなに余分な使用人が居るのはリーシャを見張っているというのもあるが、それと同時に夫のトラファルガー・ローも逐一見張られている。

しかし、彼は賞金を無効にされたがそれでも億越えの賞金首だから簡単に使用人を撒けるし、見られないように行動する事だって朝飯前。

トラファルガーの姓を名乗るのも凄く凄く違和感を拭えないが、前世と同じ名前なのは馴染みもあってホッとする。

それにしても、彼の船の船員達も良く結婚に納得出来たな。

否、本当はしていないのだろう。

そんなのは当然だ。

利用するだけだから結婚はノーカウントだ、なんて言っているローを想像するとしっくりきた。

きっとそんな感じの台詞でも言って船員達を納得させたのだろうか。

なら、こっちだって好きにやらせてもらおう。

 

夫の居ぬ間に、と薄ら笑った。

そして、後日使用人を全員解雇したのだった。

何、今までの自分の我が儘のレベルを思えば全く違和感も不信感もない。

おほほ、と何かを言われても笑えばいいのだし。

それよりも、使用人募集の際に直ぐには集まらないだろうと踏んだのに、何故か二人も面接を希望してきた。

いきなり使用人を解雇する貴族の家で働きたいだなんて変人で物好きだな、と感想を抱く。

そして、当日に会った。

勿論使用人の主人なので直々に面接官として試す。

もう使用人は居ないので自分しか見る人が居ないというのもあったが。

 

「ペンダリオンさんに、シャンデさんね。一人ずつお好きな順で面接室に入ってきて下さい。終わったら呼びます」

 

はい、ありがとうございます。

貴女達はトラファルガー・ローの船員、シャチとペンギンですね。

二人共私服で帽子を被っていないが片鱗がある。

それに一番印象的なのはやはり名前か。

何故、名前の始めを取って格好いい名前を付けたのかと内心笑った。

そして、何故結婚相手の住む屋敷に潜り込んできたのだろうかと疑問に思う。

ローに探ってこいとでも言われたかな。

じゃあお前が帰って来いよ先に、と彼に言いたいが。

何も探る事なんてないのに。

おかしな事を始めた彼らに退屈だし、何より面白そうだから採用する事にした。

でも、海賊の一員である彼らに使用人めいた真似が務まるのか。

そこはまあやってもらうしかないかとお手並み拝見である。

ついでにメイドも二人雇った。

服もヒラヒラしているのは外出する時だけで室内様に揃えようとこれからの生活へと準備を進め始めた。

時間はたくさんある。

何せ、ローが一ヶ月毎に帰ってくるのは一回あるかないのかなのだから。

結婚したがあくまでお飾りの妻という訳だ。

初夜を無視される前から分かっていた事だから寧ろ万々歳。

好機として着々と離婚の準備を進められ、彼に捨てられるのではなく捨てる側として報復出来る。

別に嫌な事をされた事はないが、乙女の結婚を利用するなんて自分としては許すまじ、という具合だ。

貴族だから政略結婚は当たり前?

今の私は結婚を夢見る女の一人なんだよっ!

こんな結婚、結婚とは認めません!

離婚しても貴族なら結婚相手はわんさかいるだろうし、前世の性格もあれば我が儘姫なんて言われて敬遠される日々もおさらばだ。

そして相手とイチャイチャラブラブ、略してイチャらぶな人生を送りたい。

妄想は留まることを知らないのだ。 

自室で奮闘しているとノックが聞こえたのでどうぞと許す。

入って来たのはペンダリオン(本名ペンギン)だ。

紅茶を持ってきてくれたらしい。

こうして、密偵のような事をされても痛くも痒くもないのは、以前働いてた使用人が一人もいないからだ。

人の口に戸は立てられない。

これが一番の理由である。

知る者がいなければ隠す事も可能だ。

外で何かを聞いてきても家の中にいるリーシャとの性格のギャップに混乱するだけだ。

噂はあくまで噂。

信憑性なんて信用しないのが普通なのだ。

 

「紅茶をお持ちしました」

 

「ありがとう」

 

海賊の一員にしてはマメな人だ。

あ、そういえば自分は実はこの世界の作品を知っている。

そして、夢小説も網羅しているのだ。

どんな性格の彼らが来ても平気だったりする。

それにしても、彼もシャンデ(本名シャチ)も大分ここの生活に慣れてくれた。

リーシャの性格も分かり始めている。

最初はとても困惑していた。

ここでなら普通は噂で知ったのだろうかと推測するが、ノンノン。

リーシャは知識有りの転生なので分かる、きっと船長のローにここの女は我が儘だ、気を付けろよ、とでも言われたに違いない。

彼等の「え、聞いていたのと全然違う!」という変顔を見るのは大変楽しかった。

退屈を紛らわせると共に二人の性格やノリの良さも計れたので満足だ。

頬を緩ませて思い出しているとペンギンが何かを言いたそうにしていた。

面白くなる予感にどうしたの、と聞いてみる。

 

「奥様は、旦那様をどう思っておられるのでしょうか」

 

聞きにくい質問ランキング上位に食い込む質問をあっさりと聞いてくるので肩が揺れそうになる、主に笑いで。

恐らくその質問は個人の疑問なのだろう。

ローが聞いてこいと言うにはあり得なさそうだ。

 

「どうって……特に言うことはないわ」

 

なので無難な返事ランキング上位の言葉を選んでみた。



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03

ペンギンに質問されてから数日後、庭師として役割を果たしてもらっているシャチと庭でバッタリ出会った。

まあ庭師なのだから当然だが。

何故か告白される手前みたいな様子でソワソワとこちらを見ている。

まるで純情ボーイかとツッコミたくなる。

ちょっと不審な態度である事を注意すべきなのだろうが、こちらとて気になるのだ。

少しばかりせっついてみようか。

 

「シャンデさん。お仕事はいかが?」

 

「…………?……!、あ、シャンデおれだ!」

 

偽名を呼ばれ慣れていないのだろう、今彼は自白した。

と笑っている場合じゃない。

ここまで天然な彼のある意味うっかりな発言をスルーしてあげるには、天然を装わなければいけないのだ。

頬の筋肉がひくりとなる。

ほほほ、とお嬢様フェイスで聞こえなかったフリをして再度尋ねた。

 

「シャンデさん、仕事には慣れましたか?」

 

「はいっ」

 

とっても良い返事だ。

でも、次からは墓穴を掘らないで欲しい。 

そして、ローよ、何故密偵にこの子を起用した(真剣)。

ペンギンだって海賊女帝に骨抜きにされるムッツリなのを知っているんだぞ。

明らかに人選ミスだ。

もしリーシャが前世じゃなくて今世のままだったなら既にスパイとして干されていたであろう。

でも会話は普通に楽しい。

探ろうとかいう魂胆は今の所片鱗すらないので、早く聞かれないかと楽しみにしている。

こんな心の中を知られた日には、彼等は盛大に身を引くように何処かへ飛んでしまうかもしれない。

それは寂しいのでまだ止めて欲しい。

本当は心から話せる友達が欲しいのだが、貴族でありトラファルガー・ローの妻である限り疑心暗鬼は無くならないだろう。

そういえば、しょうもない父から(貶している)手紙が来ていた。

今思い出してシャチに聞いてしまおうと会話を変える。

 

「それで、先程から聞きたい事があるみたいですね。気兼ねなく聞きなさい」

 

「えっ、そ、そんな……えっと」

 

思いっきり遠慮したかと思えば聞いてくる気が満々なシャンデに苦笑する。

遠慮してる癖にしたたかだな。

 

「実は……奥様が噂と違い優しくてとても日々が充実しています。是非奥様が心を和らげた方法を俺にも教えていただきたい」

 

「まあ……それは嬉しいわ」

 

(とか柔らかく言ってるつもりでも目は鋭く光っている無自覚アサシンのシャチくんでした!)

 

その探る目は止めた方がいいよ。

貴族は特にそういう腹を探る真似に敏感だからさ、と内心あーあと勿体ない所業に溜息を付く。

変な所でミスをする癖に何故こんな事を言ってくるのか不思議だ。

そして、お待ちかねの疑心暗鬼な質問に胸をたぎらせる。

スパイっぽい事をやっと掛けてきたか。

さてさて、こんな質問が来るだろうと予期して考えておいた答えを口に出す。

 

「私はメイス家の一人であり、一人の男性の妻……と虚勢を張るのも疲れたからよ」

 

「虚勢?奥様が?」

 

普通は使用人がこんな風にズケズケと内情に入ってくるとクビとかのレベルなのだが、それに気付かない彼等には使用人と言う設定は合わないだろう。

全てが終わった後に教えて上げようと心の中の予定に書く。

女は秘密がある程魅力的、という言葉に習って「ふふ、これ以上は秘密よ」と笑顔で終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またまた数日後、ついにこの家の大ボスであるローが帰還した。

実は手のひらでコロコロと転がしているのはこちらというのに気が付いていない彼等を見ているのはちょっぴり楽しい。

例えば派手なドレスを着ていたりするのも、シャチがローに先日の事を報告しているだろうと予想してる事も全ては計算した上で仕組まれているなど。

きっと彼等は知らない。

うっかり自分を殺してしまいそうなフラグと芽はしっかり摘み取っておきたいのだ。

それを見届ける前には彼と自分は夫婦ではなくなっているだろうが。

あんな意味深な事を言ってローの興味を引かせないか、だって?

勿論それも計算通りさ。

うっかりと防止と同情を集める為の一手間だ。

 

「奥様、旦那様がお帰りになられましたよ」

 

「分かったわ」

 

「私達も紹介した方が宜しいでしょうか?」

 

彼女達は最近雇ったメイドだ。

きっと、帰って来たのが彼(か)の死の外科医だからか不安が滲み出ている。

 

「貴女達が良いと思う時で良いわ。無理にする必要はないです」

 

そう口にするとホッと息を吐き出す。

ストレスフルな事をさせる程リーシャは鬼畜ではない。

でも、ローが何か変な事を言ったのなら般若にでも鬼でも修羅にでもなってやる。

女はただ家に留まる事が使命ではない。

こんなに頑張って家を切り盛りして結婚までしてあげたのに、帰ってくるのは月一とかふざけんな。

思わず本音がおっとっと。

しかも浮気してもいいだと?

このリーシャ様を舐めすぎだ小僧。

精神年齢は貴様よりも上なんだよお。

一体どんな面下げて帰ってきたのか見てあげようじゃないか。

 

「…………」

 

無言でこっちに来ましたありがとうございます。

本当、期待を裏切らない程政略結婚感がする。

仕方なく帰ってきたオーラが凄い。

え、これおかえりーって言わないとダメですか?

 

「…………」

 

もう、なんて言うか帰って欲しい古巣に。

ほら、君潜水艦持ってるじゃん?

もうそこに帰ってくれよ。

そして二度と此処へ帰ってこないで。

あ、離婚届の判子だけ置いていってよ。

なんて心の中で清々しい未来を想像する。

無言な旦那とか誰得だよほんと。

たまに、無言で希にデレる人は胸きゅんなんて話しがあるけど、あれリアルに好きな人限定だと思う。

政略結婚で明らかに恋愛結婚してない夫婦にはブリザードしかないね。

べ、別にブリザードが不愉快とかそういうんじゃないんだからねっ、とツンデレを擬似体験してみた。

 

「…………ついに何も言わなくなったな」

 

クスリと笑うようにこちらを見るロー。

開口一番がその言葉とか、自分Mじゃないんすけど。

喜ばないんですって旦那さんよ。

貴方、お飾りの妻が望ましいんでしょ。

だからご希望に合わせてドールプレイを実行したのに。

頭の中が中学生な思春期リーシャさんたあー私のことだ!

と、一人ドヤ顔を決めてみた。



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04

さて果て、旦那(仮)が帰ってきた後はそのままお別れかと思いきや夕方のお茶会、又はティータイムに移った。

話しをしようと言われ、仕方なく付き合う事にしたのだ。

自身の中ではまだドールプレイは続行中なので無言である。

凄くない?つまりまだ一言も言ってないんだよ。

なのに、怒るでもなく涼しい顔をしてコーヒー飲んでるんですよ目の前の人。

 

お茶会なのにコーヒーなところも凄いけれど。

因みにリーシャはストレートティーはあまり好きではない。

ミルクティーがどちらかと言えば好きだ。

 

結構若くして死んだから味覚は大人使用になりかけである。

ちゃんと男女のイロハだって知っています。

けれど試す相手がおりません。

可笑しい、学生時代の保健体育の成績は悪くなかった筈なのに。

閑話休題。

ああ、そういえばこの『閑話休題』と言うのは本来の話しに話しを戻す。

それは置いといて、話しを戻そう、という感じの意味である。

別に今の説明は忘れてくれて構わない。

 

「静かだな。いつもは煩い様に何か言ってくるか怯えていただろ」

 

(それは単に結婚相手が海賊だからでしょ。ていうか、そっちこそ話しかけてくるなんて珍しいと言い返すべきか)

 

恐らく話しかけてきたのはシャンデ、もといシャチがローに何かしらの報告をした為と推測される。

十中八九当たりだろう。

 

きっとこの男はリーシャが部下をまんまと屋敷に入れた事を知らないとでも思って、良いご身分で居る。

でも、それも含めてこちらの手の平の上であって、別に困る事はない。

メイドも居るし、今の生活に不安があるとすればそれはローだけだろう。

 

でも、リーシャの野望の一つに貢献して貰ってから別れた方が無駄婚に思う気持ちが少しだけなくなる。

それに、今貴方の計画を知っていますよと囁いたらシャチとペンギンもセットでとんずらするだろう。

ローの計画といえばやはりパンクハザードのスライムの件だ。

スライムは関係なかったか。

 

まだシナリオまで一年と半年くらいはあるからそれまでにこちらの野望を完遂したい。

こんな衰退しているのか発展しているのか分からない世界だが、己が金字塔を打ち立てる事を一度はしてみたいと憧れる。

先程からローが何やら話しかけているが話を全く聞いていなかった。

 

(やば、どうしよっかな)

 

聞いてなかったと言ったら怒られて首チョンされてしまうだろうか。

は!そういえばローの能力は死なないからされても割と生きてられる。

だったら無理に聞いてなくても大丈夫だ。

 

「聞いてんのか」

 

(聞いてないって言ったのに……心の中で)

 

ふふふ、と心の中では笑い、外面は大変無表情である。

ローは比較的優しい方の海賊だと原作でも夢小説でも解釈されているし、リーシャもそう思う。

いくら興味がなくても自分は女だ。

手を出さないだなんて結構理性的な人だとは思う。

 

「旦那様。女性の部位で好きな所はどこですか?」

 

「……旦那様?……なんだその質問は」

 

凄く困惑されております。

そうだろう、女がいきなり呼んだ事のない旦那様呼びをして好きな~という珍妙な質問を掛ければ誰だってびっくりする。

ローは顔芸が大変達者だ。

訳の分からないと言う顔をしている、笑えた。

 

「手ですか足ですか胸ですかどこでしょうか?」

 

「……特にねェ」

 

「……成る程、節操なしですか分かりました」

 

「な、せっ……!?」

 

ローが何か言い掛けた時、ガチャンと音がした。

振り向くとシャンデと……名前が長くてペンギンの偽名を忘れてしまったのでもうペンギンとシャチでいいかな?

その二人が今にも死にそうな顔でこちらを見ていた。

 

「おおおお、奥様、せ、節操なしはさすがに……その」

 

ペンギンが話しかけてきた。

無闇に会話に入ると貴族なら即刻クビだからあれ程止めなさいと……心の中で言ったから伝わる訳もないけどさ。

彼等の言いたい事はよく分からないけれど。

 

「?……別に嫌味ではなく褒め言葉として言っただけですわよ?」

 

「え!?褒め言葉!?」

 

「今のが?節操なしが!?」

 

シャチとペンギンの順でツッコまれたが褒めたものは褒めた。

そっちの方向では凄く褒めている。

これで沢山妄想にひた走れるぞ。

わくわくすると顔に出ていたのかローは静かに目を閉じた。

 

「何が起こったんだ、おれの居ない間に……」

 

なにがって、がっつり前世と今世が融合しただけだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い部屋の一室でロウソクを灯す部屋でカリカリと羽ペンの刻む音が静かな場所で響く。

時折手先で零れる髪束を耳に掛け、その度に集中していた体を緩ませる。

 

「ふう……今日はこの辺にしとこ」

 

誰も居ない部屋で呟く度にふと、話し相手が欲しいな、と馳せる。

こんな世界で貴族なんぞではなく海賊とか、兎に角自由な職業に就きたかった。

まあ、海賊が職業かは不明なのだが。

 

(海賊か~。いいな、私も宴したいな)

 

入るのなら無論麦藁海賊団が良い。

確かにローも人気だからハートの海賊団に入団したいという子は現代に沢山居た。

今もその願いを持っている人だって絶対に居る。

でも、妻になって色々と現実が襲ってきたわけで。

自由も何にもない。

娯楽は貴族の嗜(たしな)みである黒いお遊びばかり。

清い貴族なんて居るのかやら。

 

(ん?待てよ……)

 

奴隷という言葉に閃きがチカリと光る。

 

「奴隷か。その手があったっ」

 

ただ特徴を捉えてメモをしているだけでは野望までは届かない。

これは幸いだと嬉しくなりながら席を立ちベッドへ向かう。

これは明日からまた忙しくなりそうだと目を閉じた。



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05

さてさて、お買い物の時間です。

私服に着替えていざ行かん!

あ、宇宙には飛び出さないのでご心配なく。

RPGで言えば始まりの町を出たばかりら辺だ。

 

「奥様」

 

シャンデにエンカウント。

接触確率九十九パーセントだったから覚悟はしていた。

 

「どちらへ行かれるので?」

 

聞かれたけれど腹を探る目という技を自動的に発動させたシャンデ。

理由は言えるには言えるけれど、そう言えばこの男はロー側のスパイだと思い出して言うのを止める。

 

「ちょっと川に洗濯に行くわ」

 

「付くにしたってもうちょっとマシな嘘吐けません!?」

 

「じゃあ山へ芝刈りに」

 

「じゃあって付いてる時点でアウトなんですけど!?」

 

ガッと勢いよくツッコむシャチにナイスだ、と笑う。

ノリの良さはハート仕込みですね。

 

「ん?奥様……その格好……凄く、普通ですね」

 

(やっぱりそこに気付くよねー)

 

いつもはドレスを来ているのだが(本当はラフな姿で居たい)今は貴族ではなく一般の庶民服と言うものを来ている。

使用人を解雇した後に沢山(たくさん)買った。

沢山と言っても今あるドレスに比べたらまだまだ少ないが。

なのでこれからも購入をチマチマとしていこうと検討している。

そんな服装を意外そうに見ているシャチは首を傾げた。

 

「たまには庶民の体験も必要だと思って」

 

(ドレス着るのって神経使うから疲れるし)

 

結構あれは大変だ。

トイレや座るのも布が分厚くて浮いている感覚がするし碌(ろく)に走れもしない。

長年慣れた部分はあるにしろ、やはり身動きの取れる物を着るのが自分的には好ましい。

 

「そうですか」

 

貴族あるあるにありそうな発言を試しに言ってみたら納得してくれたのでそのまま進む。

だが、諦めてはいないのかまた呼び止められた。

 

「奥様っ。お一人は危険です」

 

「この姿で誰も私が貴族だと思わないわ」

 

(それに海賊の妻だなんて誰も気にしないし、関係ないと新聞紙のページをめくるのが人の常)

 

誰だってニュースに親近感なんて覚えない。

感じるのは当事者か傍にいたか、或いはその内容を知っている者だけだ。

誰も彼もが関係のない事だと記憶にすら置かない。

結婚した時だって、同情されたりしただろう。

けれどそれも他のニュースによって、内容も人々の中では既に遠い記憶へと追いやられているだろうと遠い目をした。

 

(七武海の妻だから贅沢三昧が出来るか、いいや、しても特に生活は寂しいものだ)

 

貴族の結婚なんてこんなものだろうと思ってはいたが、やはり相手が海賊だとここまで悪化する。

貴族だってここまで帰ってこない事は滅多にないだろう。

嘘の仮面夫婦だって夫婦らしく装う。

それが、こんな風に放っておかれてしまうのは偏(ひとえ)に自分の夫が海賊という自由人だから。

 

「どうした」

 

話し込んでいると元締めげふんげふん。

ローがやってきた。

 

「奥様が出かけられるのですが、お一人で行くとおっしゃっておりまして」

 

おい、告げ口とか止めろよ。

ボスはこっちなんだぞ。

いや、雇い主はロー名義なんだろうけど、雇ったのはリーシャだ。

人権くらい守ろうぜ青年。

 

「一人でか……誰か付けていけ」

 

「私は一人で行きたいのです。そうだ、丁度良かった。旦那様、バストはお幾つ?」

 

「………………何?」

 

聞き間違いをしたという表情で再度聞いてきたローに今度は噛み砕いて言う。

 

「胸周りの幅はどれくらいですか」

 

「それを聞いて……どうする」

 

「今から行くのは所謂女性御用達のお店なのです。旦那様に何かを渡した記憶がないので今回は丁度良い機会ですので買ってきますわ」

 

「…………何を買うつもりだ?」

 

凄く危機混濁な声音で聞いてきている。

 

「あら旦那様ってば、そんなに嬉しいのですか?うふふ……腕によりを掛けて選んできますわ。ああ、大丈夫です。ちゃんとサイズは買ってきます。トリプルAのサイズならきっとありますから……ランジェリーショップに」

 

ピシャリと言い終えるとズガガーンとローの背後に雷が落ちた。

この世の地獄を垣間見た、と言った顔芸だ。

全くこんな風に反応してくれるから弄び甲斐がある。

良い男をからかうのが楽しいという事を知った頭の中は青春真っ只中なリーシャだった。



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06

家の玄関先、つまりRPGでいうと始まりの町を出た所でラスボス級に足止めをくらったが、そこは薬草をくれる町人の如くペンギン(偽名を忘れてしまった)が助け船を出してくれた。

 

「では旦那様と行かれては」

 

何の解決にもなっちゃいねえ。

と、心の中でどす黒く呟いた。

しかし、反論するのは亭主関白(勝手にそう思っているだけ)に反するので本当は嫌だが、付いてきてもらう事にした。

亭主関白は時々であって臨機応変にその形を変えるのだ。

 

「旦那様、お仕事は平気ですか?」

 

「……ああ」

 

凄く困惑している男に一拍置いて気付く。

そういえば結婚した当初の今世の自分はプリプリと短気で我が儘で人の予定を全く考慮しない悪い方に偏っている癇癪持ちなテンプレ悪役令嬢だった。

すっかり元の言葉遣いや気遣いが出てしまっている。

こうなったら今からでも止めよう。

 

「そうですか……今から貴方を沢山こき使うんですからそうでなくては迷惑ですわ」

 

これじゃあツンデレだ。

もうなんか墓穴と後戻り出来ない変人みたいに思われてしまう。

どうしよう、とオロオロとした後ちらりと彼を見上げた。 

そしたら震えていた。

ブルブルと震えていた。

まるでルフィに振り回された後ハッとなる時の顔でこちらを凝視している。

その目はまるで「こいつ頭大丈夫か」みたいな感じだ。

別に患っていない。

そして中二で掛かるあの病が世界規模で行われているこの世界の能力者にそんな目で見られるのはとても心外だ(褒め言葉)。

 

「今のは軽い冗談ですわ。おほほ。あ、旦那様。ランジェリーショップが見えて来ましたわ」

 

話しを変えようと見えてきた店を指すとまだ何か言いたそうなローだったが、敢えて知らない、気付かないフリをした。

てくてくと歩いて行くと大きな店を見上げてから中へ入店。

待っていると思ったがやはり付いてきた。

夢小説の設定も生きている、成る程成る程。

こういう場合は待っているパターンより一緒に入って行くパターンの方が夢設定には多い。

やはり夢小説を網羅しておいて良かった。

いらっしゃいませとお迎えしてくれる人を横目にカゴをもって品物を見る。

 

「旦那様」

 

「?……何だ」

 

こっちへ来る様に手招いて試着室へと押し込む。

何をされるのか分からないと言う顔でこちらを仰ぎ見るので「見られては困ります」と言い添える。

それで合点がいったローは大人しく試着室に入った。

そしてリーシャも入るとカーテンを閉めて品物を一品手に持つ。

 

「よいしょっと」

 

「……何故おれの胸に当てる」

 

低い声で聞いてきたローに至極当たり前だと眉を寄せた。

 

「そんなの、言わなくても分かっているでしょうに……あ、この色で宜しくて?ホワイトが殿方には人気なのでしょう?」

 

「っ、っっっ!」

 

ガタガタを震えて顔に陰を作るローにリーシャは色男を弄ぶ楽しさを満喫していた。

だから私はMではないの……と心の中で言ったので誰にも伝わらない。

Sなのかと聞かれれば臨機応変に、という回答を己の中に持っている青春真っ只中な思考を持つリーシャであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅に帰ってきた二人の夫婦(仮)は先ずシャチに出会った。

シャチもといシャンデは帰ってきたローを見てギョッとした。

 

「せっ……じゃなくて、旦那様!いかがなされたのですか!?」

 

今彼は自白した(二度目)。

明らかに船長のせ、を口にしかけた。

笑っている暇はなく彼は隈がいつもよりも濃くなった船長に歩み寄る。

そのついでにこれを渡しておこう。

 

「はい、シャンデ。日頃のお礼よ」

 

「そんな何事もなかったかのように……いえ、ありがとうございます」

 

戸惑うシャンデはもごもごと口にする。

使用人と言う立場だからか、心配だと口にしないのはまあスパイとしては次第点だろう。

いや、既に色々しでかしている数々の失敗により無効な気もするが。

ローよ、何故シャチを寄越したのだ(何度でも問いたくなる)。

 

「て、ピンヒール??」

 

「ええ。取り敢えずちょっとそこに座ってみて……そして、四つん這いに……そう、それで良いわ」

 

「あ、あの?え?え?」

 

四つん這いという従僕スタイルになったシャチ。

戸惑っているがそんな戸惑いなんて捨ててしまえば良いだろう。

 

「さ、旦那様。靴を……」

 

と、彼のブーツを脱がす。

 

「ちょっ、ちょっと待って下さい!」

 

顔を青くしたシャチがそのままの姿勢で止めてくる。

 

「何で旦那様に履かそうとしてるんですか!?」

 

「何でって……踏んでもらうからに決まっているでしょう?」

 

「ええええええ!?な、何が起こって……!」

 

「シャンデ、私はね……貴方が旦那様を見る時……とても熱い眼差しを向けている事に気付いたの……嗚呼……きっと貴方は内なる自分を必死に隠していたのね」

 

「それが何でピンヒールで踏まれる事に繋がるんですかっ!?」

 

「貴方は使用人で旦那様は主人……後はもうお約束だからよ」

 

「それはお約束であっておれは望んでな……いてててて!?」

 

片足にピンヒールを履かせたのでリーシャはローの足を持ち上げた。

重かったけれど何とか上げられたのでふう、と額の汗を拭う。

 

「何一仕事終えたみたいな仕草してんのこの子!痛い!旦那様!ちょ、退かして下さいこの足!」

 

すると、生気がなかったローが今し方気が付いた様子で声の出所を見る。

 

「何やってる……お前はそんなにピンヒールで踏まれたかったのか?」

 

「えええ!?嘘だろっ、今まで会話聞いてなかったの!?だから望んでないと言ってるでしょうがああああ!!」



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07

「ワンツーワンツー。はいそこ回ります」

 

どうも皆様こんにちは、ヒロインみたいな登場数を誇るリーシャです。

今、ダンスを練習しています。

勿論貴族ですので慣れています。

でも好きではないです。

何故かというとダンスをするという事は夜会やらパーティーやらに行く予定があるというのをひしひしと感じるからです。

 

「はい、今日はここまでにしましょう」

 

と言うのはここの使用人歴が凄く短いシャチだ。

そして、ダンスのお相手はロー。

驚いただろ?

しかも結構様になってるんだぜ?

いつから貴族の嗜みを習ったのか知りたいよね。

しかも汗り一つかいていないんだから余計に何か腹が立つ。

こちとら離婚をじきに渡す女だからね。

本当はパーティーなんて行きたくない。

だって、ローが海賊だから男の貴族には穢らわしそうに遠目でみられるし、女にはこんな色男が近くに寄っているから僻みと羨ましそうな目で射殺される。

もう血反吐な夜会だ。

ある意味ドロドロとした場所だから血反吐も違和感はないだろうが。

お腹が痛いと訴えてボイコットしようかとも考えている。

イケメン滅しろ×無限。

全国のイケメンとローのファンの皆様すみません。

でも彼は見目が良いから目の保養にはなる。

でも親の敵を見るような視線は耐えられない。

女の嫉妬は閻魔も食えないだろう。

 

「旦那様、何かお飲みになられますか」

 

「ああ」

 

休憩はコテージだ。

前は何かをする前に颯爽と何処かへと行ってしまっていたのに、近くに居る様になった。

やはり、自分が変化したからか。

それともローの思考が壊れゲフゴフ!

取り敢えずコーヒーを入れてクッキーでも摘まもう。

 

「どうぞ」

 

「…………」

 

特に何も言わない男はこちらをジッと見ている。

観察しているとも取れる。

 

「…………ふう」

 

座って一息付く。

見られているのを感じるが一々気にしていられない。

タオルを首に押し当て首筋に流れた汗を拭く。

 

「へェ、色気を感じるな」

 

「旦那様、妻をそんな目で見るものじゃありません」

 

「……お前はおれを何だと思ってんだ」

 

「え?男ですが?」

 

「まあ……間違っちゃいねェが……」

 

聞きたかったのはそんな言葉じゃないと目で言われたが、欲しがったってそんなに簡単に言葉をくれてやらない。

いずれ元旦那となる相手にそういう駆け引きめいた話しをするのは時間の無駄だ。

意味深な事を言われても、彼はリーシャを女として見放し捨てた。

だから、自身にとっても彼は過去の人なのだ。

もう人とすら思わない。

リーシャの存在を飼い殺したも同然。

勿論、父親にも償ってもらう。

一人の人間の人生を差し出してはした金で売って、甘い蜜を啜ったのだから。

もしかして少しでもローに気が合るんじゃないかと思いましたか?

いいえ、言うなればこれは無関心に近いだろう。

恨んでいるかと言われればよく分からない。

恨むというのがどれくらいの度合いで恨んだ事になるのか分からないし、それに、恨む人生よりも妻と言う契約の鎖を引きちぎるのが先だ。

 

「旦那様、次にお出かけになるのはいつになりますか」

 

彼は一度外へ行くと暫く帰ってこない。

恐らくあと半年くらいで原作に沿うならばその後帰ってくる確率は果てしなく低いだろう。

あの寒い土地へ滞在し、王下七武海の称号を剥奪される可能性もある。

ほぼ確実に予想される未来に、彼の音沙汰がなくなる前に早く婚姻関係を破棄してしまおうと決めていた。

だから、猶予は半年だ。

 

「そうだな……暫く居るつもりだ」

 

「あら珍しい。別にこちらの事は気にせずお仲間の方々とお過ごしになっても構いませんのよ」

 

お仲間とは、ベポ達の事だ。

でも、ペンギンとシャチはこっちに居るから仲間と過ごしているといったら過ごしているのかもしれない。

だから、此処に居ると言ったのかもしれない。

 

「……いや、あいつらは別に大丈夫だ」

 

こっちは凄く迷惑だけどね。

黒い太文字で呟く。

色々と作業の邪魔だ。

碌に帰ってこなかった癖に今更長期に居座られるなんて迷惑以外の何者でもない。

帰ってくれ。

心の中では大反対だが、顔には出さない。

それが妻の勤めだ(違う)。

兎に角鬱陶しいハエだと思って気にとめない事にした。

それにしてもローの発言から仲間の信頼を感じる。

ペンギン達は顔には出ていないが心の中では嬉しい涙でも流しているのだろう。

その良心がちょっとでも結婚生活にあったのならば、少しくらいこれからの冒険の手助けくらいはしてあげたのに、誠に残念だ。

別に愛してくれと言っている訳ではない。

ただ、こんなに寂しくて虚しい生活に押し込めないでと思っているだけだ。

今更何を言っても無駄なのだが。

言っても彼はこちらに笑顔も良心も向けてはくれないだろうな。

 

「ふふふ。それはそれは……さぞ楽しい居場所なのですね」

 

ひがんでないよ、羨ましいだけだから。

このクソヤロウ。



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08

血肉湧き上がる、湧き踊る……どっちが言葉として正解か忘れた。

つまり、パーティーへやってきたのだ。

この世界では夫婦なリーシャ達だから当然夜会もパーティーも多い。

やはり思っていた事態にあった。

男達は畏怖やら怯えた目で遠巻きに見ていて、女達はローに惜しみなく色目を使っている。

そんなに羨ましいなら変わってよ。

まあそれが出来ないからリーシャに彼との結婚というお鉢が回ってきたのだ。

見る分には良くて旦那にするには不良物件、野良犬物件と言った所か。

貴族が純潔の血統証付きの犬で、庶民は雑種で無法者は何者にもならない野良。

良くてボスレベルの大将か。

兎にも角にも、現代の一般庶民の時の記憶があるので貴族の世界がまるで別世界のように気味が悪く思えた。

一秒でも此処に居たくないと思わせる。

海賊が居る世界の貴族は特殊だ。

ローとてこんな場所には本来居ない筈の無法者だ。

さぞ心苦しい思いで苦渋を舐めているだろう。

元々七武海の役割は他の無法者の牽制と力の誇示を見せる役割を持つ。

なので貴族にはそこまで作用しない。

確かに一般人にはあまり害のない海軍の犬だろう、けれど違う。

鎖に繋がれていると見せかけ、いつでも牙を向く準備は整っている。

他の七武海だって、恩恵に浸かっているだけで、海軍を毛嫌いしていないわけではないのだ。

どの人間達も犬を辞めたって痛くも痒くもない強者達だろう。

ローだって一年後くらいには海軍を裏切りあの暑い国へと戦いを挑む。

それも、強力な助っ人を得て。

それに巻き込まれない為にも離婚は必然だ。

ローの弱みになると思われて命を失う事は絶対に避けたい。

出来れば完全に縁を切りたいが果たして敵はそう思ってくれるのか不明だ。

でも、出来うるならば離れた所で手の届きにくい場所に家を移して住みたい。

マリージョアとかはどうだろうか。

でも、天竜人が居るし、会うのは嫌だ。

悩んでいるとダンスの曲が流れ出した。

それに合わせて同じくパーティーの端で壁と同化していたローが「行くぞ」と述べる。

この為の妻なので仕方がないと黙って手を取った。

端に居ても人は全く寄りつかない。

ぽっかりと此処だけ周りに何もないし、誰も居ない。

まあぶつかる心配もないし、話しを聞かれないので楽ではある。

そして、誰もリーシャに話しかけてこなかったのは今世の自分の悪女っぷりのせいだ。

噂をしている者も居るに違いない。

使用人を全員クビにしたのも悪役令嬢の世迷い言だと思われている事だろう。

それでこそ計画通りだと安堵する。

踊っている間に思案にしていた事が分かったのか、ローに声を掛けられた。

 

「お前はおれの事を恨んでいると思っていた」

 

(別に間違ってないけど)

 

まるでそれは間違いだと言われているようで眉根をしかめた。

それをどう捉えたのか、見当違いの返事が来る。

 

「勘違いされて怒ったか?」

 

怒ってないし勘違いでもない。

正反対に食い違いが起こっているが、訂正するのもおかしいのでしなかった。

彼はどうやら嫌われていないと思っているらしい。

呆れる。

 

「そうカリカリするな」

 

だからしてない。

 

「旦那様、お言葉にお気を付け下さいませ」

 

暗に黙れと言うとクスクスと笑うロー。

何を笑っているのだこの勘違い大魔王は。

もしかして、恥ずかしくて黙れと言ったと思われているのか?

そうならば何を言っても墓穴を掘るのみだと内心溜息を吐いた。

ダンスが終わると水を飲みたくなってウエイトレスの格好に似たボーイに水を貰う。

ローとは少し離れてしまったが彼も良い大人だ、平気だろうと一口水を含む。

こくりと喉を動かした途端にパシャリと跳ねる水音が耳に聞こえた。

正面を見据えるとクスリと悪意の満ちた笑みでこちらを見ている令嬢が視界に入る。

パーティーお約束の洗礼、というよりただの嫌がらせだろう。

 

「あらあら、ごめんあそばせ。大切なドレスにワインを零してしまいましたわ」

 

「……お気遣いなく。直ぐに帰るので」

 

「まあ、トラファルガー様はまだ居続けるようですが?」

 

「貴女がワインを零したのなら帰る理由は分かっていますのよね?なら代わりに説明してもらえるかしら、皆様に」

 

どうやら彼女はローが目当てらしい。

謝るから夫にも会わせろという魂胆ですね、分かります。

だが、そうはいかせない。

ここまでしたのなら相応の裁きを与える。

 

「っ」

 

忌々しげに顔を歪める。

こっちが歪めたいんですけど。

何か言おうとする相手の令嬢の声を他の声が遮(さえぎ)る。

 

「貴様!誰に向かって言っているのか分かっているのか!?」

 

これはリーシャに向けての言葉ではなく、向こうの騒動の怒声だ。

こっちもあっちも今日は賑やかだ。

疲れる。

しかも、怒鳴った貴族の相手はローだった。

疲れる。

大切な事なので二回言う。

酷い日だ今日は。

もし止めなかったらローが相手にどう対処するか予想出来ない。

もし此処で不祥事が起きたら離婚が遠のくのでフォローしに行く。

やれやれと人混み、野次馬を押し退けて向かうと騒動の中心へと出た。

相手は顔を真っ赤にして中傷を言い出す。

 

「だから貴族のパーティーに野蛮な輩を入れるべきではないと唱えたのだ!」

 

「じゃあその異論を今すぐ言いに行けよ、海軍のお偉方に」

 

「ぐう!」

 

「まァそんときゃお前が潰されるだろうなァ?明日には貴族達の間で過去の存在になってるだろうな」

 

「っ、言わせておけばっ」

 

今にも殴り掛かりそうな相手に呆れる。

我を忘れているからか、彼は相手を誰だか判断出来ていない。

止めといた方が身の為だ。

攻撃したら最後、瀕死にされるだろう。

 

「失礼させていただきます」

 

一発触発の雰囲気に場違いの言葉を入り込ませる。

ん、と言うような顔でローはこちらを向く。

 

「何だ貴様は!」

 

そんな悪代官のような台詞を人はフラグと言うんだよ君。

 

「そちらに居ります彼の王下七武海、トラファルガー様の妻でございます」

 

王下七武海の言葉に肩を大袈裟な程震わせる相手にやっと話しが出来ると落ち着く。

 

「どうか今し方の粗相」

 

手に持っていた水が入ったグラスを頭上に掲げて、

 

--パシャッ

 

「なっ」

 

逆さまにして自身の頭からぶっかける。

相手の貴族の唖然とした顔が見えた。

こんな程度で驚くなんて小心者というのが丸分かりだ。

 

「これで許してもらえないでしょうか?」

 

最後に令嬢スマイルを一つ。

相手は引きつった顔で何も答えない。

無言は肯定と受け取る。

これにて終了だと息を一つ吐けば、その途端、浮遊感に見回れた。

突然の展開に上を見上げるとローが前を向いて歩き始めている所だった。

野次馬がモーゼの海のように割れるのを見ながらグラスがいつの間にか手元に無い事に気が付く。

 

「旦那様、私のグラスを知りませんか?」

 

「適当に入れ替えた。誰かが持ってるだろ」

 

入れ替えたと言う言葉に一瞬はて?となるが、そういえば彼の能力にそういったものがあったようななかったような、そんな記憶がぼんやりと甦る。

思考の波に揺られていると彼の足がコンパスだからなのか、部屋の一室へと連れ込まれていた。

 

「あら、お早いですね。パーティー会場から離れていたのに」

 

「能力だ」

 

また能力を使ったのか。

こちらも薄々蘇ったのだが、彼の能力は使えば使うほど能力者の体力が減っていくのだという事を思い出す。

夢小説にも本作にも詳しい消耗の度合いが詳しく説明されていなかったので、彼が疲れているのか疲れていないのか判断し辛い。

そうやって考えに身を委ねていると体がやっと降ろされる。

そう言えば何故此処に連れてきたのだろうか。

 

「何故あんな事をした」

 

「あの時既にドレスは汚れていたので水に濡れるくらいどうって事ありませんわ」

 

「そういう事を聞いてるんじゃねェ」

 

「はぁ……でしたらどのような理由をお望みで?理由が欲しいのならば付け加えますわよ?」

 

実は、一度でも言いたい言葉ランキングに食い込んでいた台詞だ。

かっこいいと思ったので、ローの台詞を置き換えて使用した。

ルフィを助けた時に言った言葉だと記憶しているが、結構使いどころがある。

そして、肝心のローだが、そう宣(のたま)った途端にハッとした顔になる。

流石顔芸だ。

 

「それもそうか……」

 

どうやら今の言葉は効果的だったらしい。

そりゃあローですら理由を求められる事を億劫と思っているのだから、相手から言われると納得せざる終えないのだろう。

まあそれを見越して言ったのだから計画通り、思惑通りと言った所か。

しかし、次の言葉で思考は乱れる事になる。

 

「取り敢えず脱げ」

 

「断る」

 

「…………?、早く脱げ」

 

今の『断る』と言う言葉がリーシャから出た事を怪訝に思ったようなローの顔は直ぐさま切り替わる。

でも、だからと言って従う訳ではない。

 

「旦那様、余程変態になりたいとお見受けいたします」

 

その発言にギョッとしたローは「は?」と眉を下げる。

下げたいのはこっちだバッキャロウ。



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09

ローが脱げ脱げと煩いので平手打ちしたくなるのは仕方がないと思う。

殴りたくて殴りたくて殴り倒したい。

亭主関白、今休業中なんだけど。

従う従僕な妻を演じる気力は既に尽きているのだ。

ムカつくので無視していると、あろう事か脱がしてきた。

既に手をかけている状態で、彼の手の上に手を乗せる。

 

「脱ぎません。離して下さい」

 

「風邪を引く」

 

「構いません。旦那様も私の事は気にせず寝て下さって構いませんわ」

 

寝る為に部屋へ入ったのではなかったのかよ。

苛々する気持ちを押さえて静かに言うと、今度はローが苛々した声音で言い返してきた。

 

「お前からおれはどんな鬼畜に写ってるんだ」

 

「どんなとは、今正に脱がしていますその姿以外にございましょうか?」

 

相手の言葉を取って返すとプチっという微かな音と共に留め具が壊れた。

この男はドレスを何だと思ってんだ。

確かにクローゼットには服が入ってるかもしれないが、ドレス一着幾らだと思ってんだこいつ。

おっと、つい前世の金銭感覚でものを言ってしまった。

そうだ、今の自分はお金持ちの側だった。

ついつい大昔の感覚に引きずられて内心苦笑。

 

「お止め下さい、変態の称号を与えますよ?」

 

「なんとでも言え」

 

本当にシレッと気にしていない風に言うので、此処までかと思うくらい色々口に出して、考えられる限りの言葉をぶつける。

そして、徐々に不機嫌になっていく顔に勝機は近いと踏む。

女に此処まで言われて黙っていられるかな?

ドレスは見た目以上に厄介で、着るのも脱ぐのも時間が掛かるのだ。

手間取っているらしいローに続々と変態と浴びせる。

 

「さっきからごちゃごちゃ煩ェ」

 

「!」

 

それはほんの一瞬の隙だった。

集中して脱がされ掛けている事がなければ避けられるか防げただろう。

唇を奪われた。

その単純で明快で確かな事実は数々の思考を停止させるには十分過ぎた。

止まってからは、どこに隠し持っていたのか、愛刀を手に持ち唇を離す。

 

「スキャン」

 

「?……な!」

 

服が一瞬で無くなった。

スキャンて、コピーとか取り込むとか言う意味じゃないの!?

と混乱。

 

「か、返して……!」

 

つい敬語を忘れ、ローの手の中にあるドレスを奪い返そうと手を伸ばす。

しかし、ひらりと避けられそのまま肩に担がれる。

ほぼ下着だけの姿で担がれるとスタスタと扉を開く男に目を白黒させた。

開けた先で見たのは浴室だった。

降ろされて立ち尽くしているとドアをパタンと閉められて閉じこめられる。

向こう側に居るローにドア越しで抗議すると早く入れと言われた。

 

「温めるまで此処からは出さねェ」

 

その言葉に本気だと脱力する。

風邪を引かれると困るのはローのみだ。

という事だろうか。

別にリーシャは引いたって気にしないのに。

納得出来ないままシャワーを浴びてお望み通りにお湯を染み込ませた。

染み込ませた、は可笑しな表現かもしれないが、特に気にする事ではない。

ザーッとシャワーに当たっていると、不意にローがキスした瞬間がフラッシュバックして忘れようとしていたのに思い出す。

赤面する顔やシャワーよりも熱い温度になった身体に、声にならない羞恥心の悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

転生して初めての接吻の相手が旦那だと?ロマンを詰め込み過ぎて酷い。

まだ好き同士なら良いのに好きじゃないとか絶望的過ぎる。

こうなったらキスをした過去を亡き者にしよう。

そうしよう、良い考えだウンウン。

 

「旦那様」

 

「あ?」

 

ノックをして優雅に挨拶。

今まで部屋に居なかったのに面倒だ。

 

「準備が出来ました」

 

「朝食か……まァ此処に居る間は食べるしかねェか」

 

(仕方ないならとっとと出てけよ政略婚野郎)

 

おっと思わず悪態が、私ったらおほほほほ。

 

「ささ、どうぞ」

 

妻らしく扉を引いて誘導する。

朝食が用意されているダイニングには沢山の。

 

「……一体何の真似だ」

 

怒気(どき)を含んだ声音で問うローに朝のフレッシュもぎたて笑顔で答えてあげた。

 

「メニューは朝露のレクイエムですわ」

 

レクイエム、又は死者へ捧げる歌。

ずらりと並ぶのは芳ばしい香りではなく死期の雰囲気を放つ棺桶だ。

一つだけではなく幾つもある。

色んな種類があって、丸いのから四角、定番の形まで揃っていた。

 

「なんの真似だと聞いたんだ」

 

「こちらの台詞ですわ旦那様……いえ、この泥棒虎さん」

 

これは泥棒猫とかけたのだが、猫科というのも含んだのだが伝わっただろうか?

結構良い言葉を選んだと思う。

 

「泥棒虎だァ?」

 

「胸に手を当ててよく考えて下さいませ。嗚呼、この前購入したブラジャーを付けているので心音は聞き取り難かったですわね。申し訳ございません、気付かない不肖の妻で」

 

棺桶の近くに配置していた使用人のペンギンとシャチが下着の存在を知って顔を青白くした。

それはそれは多大なダメージだっただろう。

憧れの船長が変態の趣味を持っていただなんて。

 

「下着なんて付けるかっ!あれは既に破棄した!おい!今の聞いてたか!?」

 

こめかみに汗を滲ませて使用人二人に弁解するローは見ていて面白かった。



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10

海に出るだろうと考えていたのに、未だローは家に住み着いていた。

間違えた、住んでいた。

 

(これじゃあ計画が進まないじゃん)

 

とんだ迷惑だ。

結婚してあげた恩を忘れたのか、このアンポンタンが。

 

「旦那様、そろそろ海に帰られるんですよね?」

 

「奥様、その言い方は……」

 

ええ分かってます、海に帰れは安直過ぎるから伝わればいいと言う気持ちなんです、ええ。

シャチが怖々と口に出すのを無視して相手の目を見るとローは全くこっちを見ずに本をめくって読んでいた。

こっちは紅茶を飲んでいたのだが、このダイニングへやってきて居座ったのだ、この男は。

邪魔だ、凄く邪魔だ。

今すぐ海賊船にでも空島にでも飛んで言って欲しいくらい邪魔であった。

遠回しに帰れと言うのも変に思われるので直接言ったのだが、聞いてもいない。

 

「旦那様、そう言えば言わなくてはいけない事があります」

 

「あ?」

 

そのあ?って言う返事はどうかと思うの。

君の部下でもないのにぞんざい過ぎる。

女の子に対してダメだと思う。

 

「父から手紙が届きまして実家へと顔を出すように仰せつかっておりますの。ですから明日から実家に帰らせていただきますわ」

 

恐らく使用人の解雇やらローの動向について聞かれるのだろう。

とてつもなく面倒だし、時間の浪費にしかならない茶番。

そんな時間を趣味に当てていたいからこそ離婚したくなる。

早く準備を終わらせたいものだ。

 

「ああ……あの男か。お前も難儀な家に生まれたな」

 

それが幸いして貴族の娘と結婚できたローに言われたくない、豆腐に頭を打ってしまえ。

 

「ふふ……それでは準備がありますので私はこれで」

 

ダイニングにある椅子から立ち上がると苛つく気持ちを殺して背を向けた。

 

 

 

 

 

翌日、荷物を詰めた馬車を待たせてある外へと廊下を進んでいた。

シャチとペンギン(既に偽名は忘却の彼方である)の顔を見て、家をよろしく頼むと告げる。

彼等はどこか苦笑気味の顔で見てくるのではて、と首を傾げながら玄関へと行く。

馬車の御者がどこか緊張した笑みで扉を開けてくれるのを見ていると、徐々にリーシャも背中をかける悪寒に浸食された。

 

「遅かったじゃねェか」

 

「……何故ここにいらっしゃるのですか?」

 

旦那が一番乗りしていた。

来ると聞いていないのに。

嫌な意味のサプライズならば大成功だ。

ついでにドッキリもおまけされている。

答えの質問をまだ貰っていないので再度同じ台詞を言う。

すると、彼は得意気なドヤ顔をする。

苛々を助長させるから止めてくんないかな。

 

「実家に帰るんだろ。おれも行く」

 

「では何故昨日おっしゃって下さらなかったのですか?朝食の時にも何も言っていなかったですよね?」

 

「つい五分前に決まった」

 

(おい)

 

つい単発なツッコミをしてしまう。

五分前とかどんだけ即決だよ。

言えよ先に。

告げる前に馬車で待つとか、その場過ぎる。

もう何を言っても動かないであろう男に嘆息しながら隣に座った。

馬車の業者がそれに合わせて馬を動かす。

そういえば、転生後の記憶が戻ってから初の馬車だ。

お尻が痛くないようにお尻置きを準備しといたのだが、これはなかなか快適だ。

勿論一人で行くつもりだったので一人分しかない。

ローは元々海賊だし、こんな程度で痛むヤワなお尻は持っていないだろうから、別に気にしない事にした。

ガラガラと揺れる馬車は現大力の文明である車、自転車の乗り心地には遠く及ばない。

そういえば、麦藁海賊団の船員の一人であるオレンジが好きなナミと言う女性が乗っていた、海の上を走れる乗り物はとても楽しそうだった。

あれにとても乗ってみたい。

空島編で乗っていた雲の上にも挑んでみたいと欲望がふと湧いた。

やっぱり麦藁海賊に入りたいな。

思考をあちこち飛ばしていると不意にローが声を発したので振り向く。

 

「なんでしょう」

 

「お前について考察した」

 

「はあ……?」

 

全く脈絡を得ない言葉に空気の抜ける声を出す。

考察した、と言われても。

 

「色々考えた。例えば改心した、何かを体験してしまった」

 

もしかして、悪役令嬢だった自分が普通の令嬢になった経緯の話をしているのだろうか。

 

「おれを騙す。演技をしている」

 

騙してなんの得がある。

女は皆大女優だ覚えておけ。

 

「最後に行き着いたのは、記憶喪失と入れ替わりだ」

 

「……!」

 

(図星だっていう驚き)

 

そんな風に驚いた場合、ビンゴと相手は勝手に思ってくれる。

自分としては入れ替えの方に驚いた。

影武者が令嬢のフリをしているとかいうのが人間のセオリーだが、宇宙のセオリーは転生だ。

ある意味では入れ替えというのは結構近いかもしれない。

ローはどちらに思ったのか。

記憶喪失ならば説明出来ない事も納得出来るだろう。

いきなり人が変わると不審に思われるのは当然だ。

でも、リーシャが前世の悪役令嬢の性格へとしなかったのはローがリーシャの存在を殆ど無いものとしていたからに他ならない。

なのに、リーシャの顔も碌に見たことがない癖に散々好き勝手を言ってくれる。

勿論半分正解だ。

 

(でも、ほったらかしにしといて偽物とか記憶喪失とか言われるのは案外腹が立つ)

 

「旦那様、貴方はお忘れですね。私達はただただ利益の為に結婚しただけの仮初めの夫婦と言う事を。余計な詮索はご自分に返ってきますわよ?」

 

久々に悪役令嬢の悪役顔と台詞が出た。

今世の自分も自分に他ならないから演技でもない本気の言葉である。

ロマンのある恋愛結婚を夢見ていたのにてめぇのせいでぶち壊しだよ、と今でも根に持っているのに、そんな事を言われてリーシャは今とてもご立腹です。

目がいってると言われる笑みで言うと、ローは目をを大きく見開いて「確かにそうだな」と納得した模様。

乙女の夢を返してもらうには離婚するしかない。

その為にローとの苦肉の同居生活を我慢しているのだ。

ローは自由に海へ出て、彼を慕う仲間と好きに楽しく冒険出来る。

けれどリーシャは王下七武海の一人と妻として地に居続けなければいけない。

妻なのに海にすら連れて行ってくれないのだ。

政略結婚で好きでもない女を連れていく理由など無いから。

それだけのくだらない己の満身の為の、勝手な事で自分は好きな事が全く出来ない。

どれほどそれが苦しい事なのか彼には決して分かる訳がないのだ。

誰も彼もが勝手に夫婦として添い遂げよと言う。

何不自由無い生活が出来るのならばと誰もがそう思っている。

満足なのは身体だけで心は全く空っぽな人生だ。

 

「そんなに顰めっ面をしてるとシワになるぞ」

 

「……放っておいて下さいませ」

 

急に話し掛けてくるなんて。

さっきの言葉でもう話しかけて来ることはないと思っていた。

そりゃあこんな小娘の脅しと殺気なんかで威圧される男ならば海賊をしていないか。

 

「そうもいかねェ」

 

「そうでしたわね。父に不仲だと文句を言われますわ」

 

主にリーシャが。

七武海のローに釘を刺すなんて真似が出来る父ならば娘を生け贄になんて差し出さない。

 

「それもあるが……」

 

「なにをなさっておりますの」

 

隣に座っていたローが肩が引っ付くくらいの距離まで寄ってきて肩を掴んで寄せた。

恋人がするみたいに寄り合う。

抗議を込めて声を出すとクスッと笑う旦那(仮)。

 

「今から仲が良いように見せる為の練習だ」

 

「別に必要ありません。貴方が一番面倒な事なのでは?」

 

いつローと仲が良いような事があったのか。

馴れ合いが好きではない筈のローをジト目で見た。



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11

馬車に揺られること数時間、やっと実家の豪邸に着いた。

この場所は富裕層の住む住宅街でいけ好かないお偉方がたくさん密集している。

一匹いたら百匹居ると思ってくれればいい。

出迎えたのはズラリと並ぶメイド達。

良い子になった事を知られない為には幾つか注意しなければいけない事がある。

先ずは基本的にお礼の「ありがとう」「お疲れ様」は言わない。

それを言うと「お嬢様が!」という驚きがあっという間にお屋敷に広がり、やがて父親の耳に入り聞かれるという構図。

後はあまり綺麗な笑顔で笑わない。

何を言っとんじゃと思うが、今世のリーシャの笑顔は悪役笑顔だ。

だから決して綺麗な令嬢バージョンの笑顔を出してはならない。

ローには気付かれるだろうが、結婚してから片手で足りる程しか言葉を交わした事がないので変化後の自分の事など知らないから指摘出来ない。

家だから猫を被っているんだろうとしか思わないだろう。

一々つん、と澄まさないといけないのだ。

 

「お帰りなさいませ」

 

執事長とメイド長が先頭に立って迎えてくる。

小さな事からの古株だ。

顔馴染みには変化が知られてしまうかもしれない、という不安はある。

 

「お父様は」

 

挨拶もせずに聞くのが令嬢スタイルだ。

 

「書斎にてお仕事をされております。晩餐の席にて面会が出来ますのでそれまでは用意したお部屋でお休みになられますようと仰せ遣っております」

 

執事長がスラスラと言葉を述べる。

相も変わらず放置プレイが好きな父親だ(嫌味である)。

夜とかまだまだ先だ。

一眠りする気も起きないので部屋に戻って荷を解いた後、貴族の居るお店へと行く事にした。

部屋を出て玄関に行こうとするとメイドが来て何処へ行くのかと聞いてくる。

報告を一々しないといけないのかと面倒に思いながらも言うと彼女達は慌てて「ご一緒に」と言ってきた。

そう言ってくる事は勿論分かっていたので「邪魔だから着いてこないで」とぞんざいに扱う。

これで我が儘娘っぷりを改めて感じてもらえると嬉しい。

悪役令嬢はご健在だと感じたらしいメイド達は顔を強ばらせて必死に身体をここに縫いつけている。

忍耐力は流石と言うべきか。

 

「おれが付いて行く」

 

後ろを向くとローが刀を担いで立っていた。

あの「おれの別荘に何か用か」のポーズだ。

ちなみにその時の台詞は朧気にしか覚えていないから合っているか知らない。

兎に角絶妙なタイミングでやってきたローに更に顔を強ばらせたメイド達。

相手はあの海賊なのだから当然だが。

しかし、直ぐに順応したらしく何処かへ行ってしまう。

父親にでも報告に向かったのだろう。

 

「行くぞ」

 

さっさと行ってしまうローにやれやれと顔をしかめて付いて行く他なかった。

本日二度目の馬車に揺られて着いた先は貴族がたくさん利用している店ばかりが立ち並ぶショッピングモールのような場所。

ローは立ち止まると何処へ行きたいのか聞いてきた。

 

「別行動に致しましょう」

 

それに分かったと答える素直なローに驚きながらも頷いてもらえた事に安堵。

約束の場所と時間を決めてから人混みに消えた男の姿を確認して、こちらも買い物へと歩みを進めた。

欲しい物やその他の物を求めては購入して袋を腕に下げる。

こういうのは付き従う従者に持たせるべきなのだろうが、生憎袋の中身は他者に預けられる代物ではない。

それから適当にブラリとウィンドウショッピングをしていると耳に小さな声が聞こえた。

黒服の男達が小さな男の子を追いかけている。

彼等の格好から察するにSPだ。

子供だって貴族の格好だから間違いないだろう。

子供は大人達と違ってすばしっこくてあっという間に彼等を撒く。

向こうからは目視できなかった様だが、ここからはどこへ逃げたのか見えた。

好奇心が疼いたリーシャは子供が逃げた所へと向かう。

血肉踊る所ならば、何処へでも向かう女とはわいの事だあ!

コソッと脇道へ向かうと路地裏へ出た。

犯罪の溜まり場みたいな所だ。

ウロウロとしていると子供の泣き声が聞こえた。

そこへ向かうと先程見た貴族の子供が三角座りで薄暗い所にぽつんと居る。

こっそり見ているつもりだったが持っていた袋をうっかり下に落とした。

しまった、大切な物なのに。

 

「!、誰だ!」

 

SPとでも思っていたのか、その子は姿を見せると面白いくらい目をまん丸にしてこちらを凝視した。

 

「アイツ等じゃない?お前……貴族か!?」

 

この服装で分かった子供は敵意剥き出しで吠えてくる。

 

「貴族ですわよ」

 

「何で女がこんなとこにいんだよ!あっち行けよ」

 

「はい?私が女だからと言う理由で立ち去らなくてはいけないのですか?」

 

「そうに決まってんだろ!ここはおれが先に見つけたんだ!女は入ってくるイッデエエエエ!!?」

 

生意気な男尊女卑だ。

ムカついたから頭に拳骨をめり込ませて上げてしんぜました。

貴族という立ち位置で全く握力はないが、振り下ろす力と体格差でかなり力を上げた一振りだ。

痛みに身を悶えさせる子供は涙目で睨んで来た。

これが全く怖くない、寧ろ可愛い。

だから子供は子供なのだ。

 

「な、何すんだ!貴族の癖に殴ってくるなんてよっ」

 

「貴方だって貴族でしょう」

 

「そ、れは……おれは貴族になんてなりたくねェ!」

 

「貴族はなる、ならないという物ではないですわ」

 

「うるせー!ならない!おれは貴族なんて嫌いだっ」

 

「それで逃げたのですか?ご自分のガードマンから」

 

「見てたのかよ……」

 

しょんぼりとなる子供は悔しそうに頭から手を離す。

何故彼は貴族を嫌うのか。

 

「貴族が貴方になにかをしたの?」

 

「してねェ……けど、父様も母様も皆自分の事ばっかだ。悪い事してる」

 

「……そんなのは貴族でなくともしますわ」

 

「浮気もか?」

 

「当然です」

 

「香水臭くて男に媚びてんのもか?」

 

「当然です」

 

「あんたもか?」

 

「出来るならばしたいですわ」

 

「え?」

 

子供の声にハッとなる。

願望が口から出た。

 

「貴族でも人ですもの。欲望には忠実なのです。汚い物を汚い物と認識する貴方の価値観はまだ狭くて小さい。だから、今判断するのではなく、これから吟味していきなさい」

 

「これから……でも、おれ、もう此処に居たくない。遠い所に行きたい……!」

 

「そんな世迷い言は頭の中から消し去るべきだわ」

 

「うう!お、お前だって!お前だってそう思わないか!?な、なあ!おれを連れてってくれよ!頼むよおお!」

 

また大泣きし出した子供にふう、と息を吐く。

そして、彼の胸倉をガッと掴んで顔をこれでもかと近付ける。

 

 

 

 

 

 

 

「舐めるなよ、小僧」

 

突然の事に泣くのを止めて、信じられないと瞠目する無垢な目。

 

「泣けば貴族と言う肩書きが無くなると思っているの?貴方は今のままじゃただの“世話の焼ける貴族の子供”として親に頬を打たれるだけのか弱い人間よ。本当に貴族として人生を過ごしたくないのなら今直ぐ泣くのをお止めなさい。私の様に鎖に繋がれて飼い殺されるだけ。今は小さくて力もない。貴方が大人になって誰にも手を出させないようになった時が勝機よ。分かったならもう世話が焼ける子供のふりをするのは止めなさい」

 

涙で目を腫らした子供はコクリと、唖然とした様子で頷く。

 

「それでこそよ、少年。さて、泣くのを止めた記念にこれを貴方に上げるわ。これで貴方も大人の第一歩を登るのよ」

 

にっこりと笑って例の物を差し出した。

素直に受け取ろうとしていた少年の手が不意にその物に釘付けになる。

 

「これ、父様の机の裏に張り付けてあった物と同じ……」

 

「あら、なら別の物に……」

 

「おい」

 

当然の声にそこへ向くと哀愁を帯びたローが立っていた。

何だろう、今から大切な大人の儀式を始めるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガキにヌード写真集渡すの止めろ」



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12

貴族の少年はその後、とても凛々しい顔で帰る、と言うので路地裏を出るまで付いて行き、少しだけ逞しくてちょっとだけ成長した後ろ姿はもう何かを背負ってはいなかった。

ローを見たときは七武海のローを知っていたらしく飛び上がって驚いていたが。

そして、例の写真集は残念ながら渡せなかった。

折角の機会を潰したローにがっかりだという視線を背中に突き刺していると彼が唐突に振り返るので慌てて目を違う方向へ向ける。

 

「帰るぞ」

 

行きと同じようにさっさと歩き出す男にはいはい、と歩みを始める。

少しくらい歩幅を合わせるくらいして欲しいところだ。

内心むくれているとこちらを向いたローが首を傾げる。

 

「行かないのか。歩いて帰るのか?」

 

からかう口調で言ってくる男に言い返す。

 

「とんでもない。ただ旦那様のブラジャーを買うのを忘れたと思っただけですわ」

 

「買っても絶対付けねェぞ」

 

 

 

 

***

 

 

 

LAW side

 

 

ローはかつてない程頭がカオスに満ちていた。

久々に仮初めの家に帰ってきてみれば何もかもがなくなっていた。

七武海として政府の一部となった後、仕方なく結婚をした。

その相手と言うのがまた面倒な女だったと記憶している。

家に居ない間に何があったのか、我が儘女は普通の女になっていた。

帰る前に彼女が使用人全員を一斉にクビにしたと聞いて事態の把握の為に船員のシャチとペンギンを派遣した。

相手は顔も名前も知らないから持って来いだ。

それから時々届く報告は目を疑うものばかりだった。

以前のリーシャからは想像出来ないような明るさと心にこれはしかと自身の目で確かめた方が早いと判断する。

それから家に帰ると出迎えがあったものの無口な女だった。

何も離さないので不思議に思いながら話しかけるとツンと澄ました顔で言い返してくる。

彼女は父親に何か言われて行動を起こしたのだと最初は思ったが、矛盾が生じた。

辞めさせた使用人達は全て父親と繋がっていたのだ。

辞めさせたら父親に報告がいかない。

他にも幾つか考えたが、今のままでは何も分からない。

取り敢えず長期にここへ居る事にした。

すると、徐々に女の態度が柔らかくなってきたので驚く。

こんなに雰囲気も違う。

まるで全くの別人だ。

初夜をスルーして、今まで会話したのは片手で事足りる。

かと思えばそれまでの夫婦感の無さが無かったかのように変な事を言ってきたりした。

いきなりバストのサイズを聞いてきて女物の下着をお土産に買ってくると言った時はただの冗談かと思ったが、いざ共にランジェリーショップへ行くと試着室にてローの胸に冗談抜きでサイズの合う胸当てを採寸してくる。

これほど背中に悪寒が駆けた事等、今までない。

色んな店へ連れ回されては本気か冗談か分からない事に付き合わされて、帰ってきて意識を戻すとシャチをピンヒールでいつの間にか踏んでいた。

自分の意志で履いたのではないから、彼女がローに履かせたのだ。

シャチの悲痛な叫びが今でも思い起こされる。

ダンスを練習している時だってそうだ。

終わった後に、汗に濡れるうなじに色気があると褒めたのに妻に欲情するなと言われ、ローの事を何だと思っているのだと聞くと「男」という答えが返ってきた。

合っているが、そんな事を聞きたいのではない。

目で訴えたのに敢えなくスルーされた。

これはローを男として意識していない証拠だ。

やはり、結婚したばかりの時とそんなに変わっていないようにも思える。

まだ此処に居ようと決めながら、いつ頃また海へ行くのかと聞かれた時、僅かな瞬間、その瞳が憧れにも似た光りを宿らせた様な気がした。

仲間が居て、さぞや賑やかだろうと。

だが、それを言う瞳の中には悲しみがあったような気がする。

どうしてそんなに悲しそうに、羨ましげに見てきたのか分からない事だらけだ。

 

 

 

ダンスパーティーの日、彼女はローと同じくつまらなそうにパーティーの様子を眺めていた。

こういった所が好きだと思っていたのでそんな反応に密かに驚愕する。

一体彼女は何に興味を示すのかと気になった。

そんな事を僅かにでも思った己にも驚いたが。

パーティーの音楽が始まると仕方がないといった顔でローの手を取る仕草に、密かに眉を下げた。

そして、口元に笑みが浮かぶ。

リーシャがまるで子供に見えて可愛いと思った。

ベポとは全く似ても似付かないが、一緒にいても他の貴族の様に煩わしいと思わなかった。

何となく口を次い出たのは嫌われていると思っていた内なる思い。

それに対して怒ったように目を上げる彼女の様子に拍子を少し抜かす。

当然だと、開口一番に飛んでくると思っていた。

試しに聞いてみたのだが、その次は呆れた顔をしたりして面白い。

別に答えがどうだろうと、女がローの事を嫌いでも特に不都合はなく、寧ろどうでも良かった。

ダンスの時間が終わり、リーシャは喉が渇いたから取りに行くと言って去っていく。

ローに命令して持ってこいと言う女だと思っていただけに意外だ。

前も荷物持ちをさせるとか言いながら何も言わなかったし、何を考えて言っているのか不明である。

一人になった所で貴族の一人が怖ず怖ずと話しかけてきた。

どうやら向こうに居る貴族の取り巻きらしい。

挨拶をしたいと言われたので仕方なくここから動く。

本当は挨拶もご機嫌伺いもしたくはないが、誰も放ってはくれないらしい。

例え此処で暴れてもローには口頭注意のみで許されるだろう。

ローの七武海というラインセンスはお金が集まりやすい。

だから、鬱陶しい貴族が湧いてくる。

辟易しつつ、そこへ向かうと如何にも威張り散らした雰囲気の男が居て名を名乗ってきた。

それに対して「…………」と無言で返す。

こんなのに一々返していたらキリがないし、時間の無駄だ。

今までだったら怯えて直ぐにローから離れるか、失礼な男だと言って怒って去る者が大半。

だが、今回の男は厄介なタイプだった。

無視するなと怒鳴ってきたのだ。

全く、ローを同じ貴族とでも思っているのか。

呆れて蔑んだ目を向けると更に憤慨する男。

会場の人間達が騒ぎに気付きざわつく。

恐らく今のでリーシャも騒動に気が付いただろう。

声を出し続ける暇な男に好い加減飽き飽きする。

ここいらで終いにしようと軽く嫌味を言うと思っていた通り、口が止まる。

嘲笑うと次は暴力に走ろうとするのでニヤリと笑う。

 

(こっちが本分だ……くくく)

 

内心罠に掛かった馬鹿な男に沸々と湧き上がる衝動を抑えながら避ける準備をする。

だが、相手が事を成す前に止めが入った。

知っている声に振り向くとローの妻が居た。

凛と立つ姿に一瞬目を奪われたが、彼女が相手に対して行った事にギョッとする。

なんと、貴族の令嬢である筈の女が躊躇せずにグラスの水を頭から被ったのだ!

信じられないその光景に、反射的に相手の身体を抱き上げ野次馬の間を早足に進めた。

グラスは適当に入れ替えてから。

呑気に自分のグラスの行方を聞いてくるので苛立ちを感じながら答えて能力で部屋へと急ぐ。

 

(なんであんな事をした?)

 

乱暴に部屋へ入り思った事を尋ねると既に服が汚れていたからだと全く検討違いな事を述べる。

もういいと思い、脱げと言うと彼女の口から直ぐに拒否を聞く。

だが、最初から聞く気はない。

問答無用だと服を脱がそうとすると変態と言われピクリと反応した。

濡れている女を脱がせて変態呼ばわりされるのは心外だ。

腹が立つ事はなかったが、機嫌は悪くなってきた。

意味は一緒だろうが、そんな事は既にどうでも良い。

変態やら暴言を吐くリーシャに苛立ちが募っていく。

そろそろ黙らせたいと思った時、視線の先に僅かに赤らんだ頬と唇が写る。

暴言は正に羞恥心を隠す為だと思い、ふと悪戯心が湧いて彼女の文句を塞いだ。

目先には大きく目を開ける女の顔。

油断をしている隙に能力で服を剥いだ。

すると、状況を察したリーシャは直ぐに服を返せと手を伸ばすがこの身長差では届かない。

必死に奪おうとしているが、先にやらなければいけない事がある。

取り敢えず彼女を担いで浴室に放り込む。

これでやる事はした。

扉越しに出せと言ってくる女に即答えてからローはソファに身を沈めた。

先程は一瞬だけだったにしろ、焦った事を無かった事にしたい。

思考を平常心にさせると、浴室から小さく叫びが聞こえてきた事により、それさえもどうでも良くなった。



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13

さて、今夜の晩餐はどんな料理が出るのだろうか。

皆さんこんばんわ。

特に仲良くもない父子関係を持つ皆のリーシャです。

ロー(おまけ)も隣に居ます。

 

「娘は君に迷惑を掛けていないかね?」

 

「いいえ」

 

ローが敬語を使っている。

明日は血の雨が降るのかもしれない、傘を忘れないでおこう。

ローが敬語とかレアなんじゃなかろうか。

そして迷惑を掛けるほど一緒に居ないよね?旦那様。

いいえ、で嘘が簡単に付ける簡単なお仕事で良かったね。

後でご褒美に飴でも上げようか?

黒い笑顔で同じ釜の飯を食べているリーシャは黙々と手を動かしている。

特に入るような会話でもないし、答えたらローにも支障が出るだろう。

父親の欲に塗れた目が心底嫌いだ。

海軍で貴族の癖に。

金だけで地位を買って成り上がった男。

娘を王下七武海と政略結婚させて更に地位を確立させた。

反吐が出そうだ。

 

「そうかい。不肖の娘だが自慢の子だよ」

 

「…………お父様、もう私の事は宜しいのではなくて?」

 

「はは、そうだな」

 

笑顔さえも吐き気を催す。

 

(不肖なのはてめーだよクソ野郎)

 

不肖不肖って自分も時々使うけれど、それはあくまで自分だけ使う時だ。

相手に使うとほぼ侮辱である。

ローに言うということは「駄目な娘だけど許してね」のニュアンスだ。

我慢してるのはこっちだっつーの。

悪態をつきながら黒い笑顔で一緒に笑う。

この場は物凄く混沌としていた。

黒い儀式をして藁人に釘を刺して呪いの言葉を言うのと、父親に相槌を打つのが一緒の様なものだ。

ローはそれを見る中立的立場だろうか。

貴族の黒い思惑なんてこれから起こすパンクハザードから始まる事態に比べると全く小さな事だろう。

この男と一文字でも話すとガリガリと自身のHPが削れる。

ローだって精神的な部分が減っているかもしれない。

それを分かっていて付いて来たのだから物好きと言うか何と言うか。

 

「今夜の部屋は用意しているから是非寛いでくれたまえ。勿論二人で寝れるので安心してくれたまえ」

 

安心してくれたまえじゃねえよこのクソジジイ!

フォークとナイフを落とさなかったリーシャは偉い。

誰も褒めてくれないので自分で褒めます。

 

(嘘でしょ?今まで一緒に寝たこともないのにっ)

 

内心歯軋りしているとクソジジイが(本音がついでちゃう、テヘペロ)愉快そうな顔で酒は飲めるかいトラファルガーさんと言う。

一応リーシャもトラファルガーなんだけれど。

 

「ええ、飲めます」

 

明らかに作ったへりくだりの台詞に父親はまんまと上機嫌になる。

その会話に混ざる気も出ない。

食事を終えると二人に「お先に失礼致します」と断って宛てがわれた部屋にいそいそと戻る。

ローを父親と居させても特に弊害はないので安心して眠れた。

 

 

 

朝起きるとかつて今まで体験した事のない状態に晒されていた。

そう、夢小説では鉄板シナリオとなっている『朝起きたら彼が私を抱きしめて眠っていた。だから重いし身体に腕が巻き付いて起き上がれない。キャッ!』という乙女がムネキュンするだろうシチュエーションだ。

 

(というか本当に重いこの人……!)

 

リーシャにはまだ父親との面倒臭いお話しが待っているというのに。

グッと身体を遠心力で動かしてもビクともしない。

身長が百九十以上あるから包容力が半端ないのだ。

押し潰されるという恐怖をこの男は塵にも考えていないのだろう。

こんな状態にムネアツとなるのは何も知らずにいつの間にか既婚女性だったという体験をしていない人だろう。

まあそんな女性が世の中に居るのかは定かではないが。

思考の海に浸っていると相手が身じろぐのを感じた。

こういう時のローのパターンは幾つかあるのを実は知っている。

一つ、実は起きている。

二つ、本当に寝ている。

どっちかのタイプだ。

幾つかあるとか言っときながら、二つしか上げられないのは……許してねっ。

リーシャが疑っているのは、実は起きているという説だ。

この世界のローは見ている限り原作に近い。

原作のローが結婚しているという事実は矛盾している。

となれば、考えられるのはパラレルワールドという理論だ。

もし、その理論があったならば性格も多少変わってくる。

でも、その違いをリーシャは絶対に知る事は不可能。

原作を知っていても、彼の全てを知っている訳でもない。

だからこの世界は別れた道だとしか知る事は出来ないのだ。

 

「もう起きて下さい。意識は既に覚めておられるのでしょう?」

 

カマをかけるなんて初めての行為だが、それは功を成した。

 

「気付いてたのか、驚いたな」

 

「貴方様は海賊。私が身体を僅かにでも動かすだけでその浅い眠りを浮上させる事は簡単なのでしょうね」

 

「流石は海賊の妻だな」

 

「鬱陶し(おっと!)、それよりも解放して下さいませ」

 

「………………なにか言い掛けたか」

 

「寝ぼけただけですわおほほほほ」

 

 

 

 

 

 

 

朝の支度を長い時間をかけていれば、あっという間にお昼前。

父親に指示されていた時間に行くと書斎の椅子に座って手を組んでいた。

仕事はどうした仕事は。

 

「お父様、ご用とは何でしょう」

 

「言わなくても分かっているだろう」

 

「言ってもらわなくては分かりませんわ」

 

「使用人を解雇した件だ」

 

「あれは使用人が無能だったからの単純な事です」

 

「私が選んだんだ。無能なわけがあるまい」

 

「お父様の前では有能なフリをしていただけなのでは?それに私の言ったことをちっともしなかったわ」

 

「また見繕うから使用人を取れ」

 

「嫌ですわ」

 

「もうお前は役人の妻なのだ、我が儘は……」

 

「でしたらトラファルガーの姓はいらないです」

 

「!」

 

我が儘って便利だな。

 

「こんな窮屈なお願い。私耐えられませんわ」

 

「はあ……分かった。そのままでいい」

 

「流石はお父様。貴族の娘として誇らしいですわ。うふふ」

 

してやったりだ。

 

「トラファルガー、あの男についてなにか言うことはあるか」

 

お、次の本題に入った。

 

「いいえ、相変わらず全く家に帰りませんので」

 

その言葉で父は苦い顔をして部屋を出るように言った。

本当は言う事がたくさんあるのだが、言うかバーカ!!



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14

父親に報告にもならない報告をした後、直ぐに家路への帰路を進めた。

再び馬車へと乗るとローは寝息を立てて寝始める。

実家ではどうやら熟睡出来なかったようだ。

当然と言ったら当然だろう。

カタカタと馬車の車輪が回る音と馬の蹄の音が心地よく耳に届き、いつの間にかリーシャも眠ってしまっていた。

起きたらローの腕に体重を掛けて枕にしてしまっていたので慌てて起きる。

 

「すみませんっ」

 

「この程度で怒らねェよ」

 

「……そうですか」

 

確かにルフィの破天荒な行動にも怒りながらも行動していた事を思えば納得だ。

それからポツリポツリと途切れながら時間が過ぎていき、漸く家に着いた。

出迎えたシャチとペンギンとメイド達にお土産を渡す。

 

「お帰りなさいませ!」

 

「ああ」

 

シャチが嬉しそうに言うのを見ながらお土産を差し出す。

 

「はい、シャンデ」

 

「ん?……ここここれっっ!?」

 

「はい、ペ、ペンダ……これ」

 

ダメだ、偽名が長すぎて言えない。

誤魔化す様にペンギンへ渡す。

震えるシャチを不思議そうに見ながら受け取ると彼も肩を震わせた。

 

「どうした」

 

ローが二人の様子に歩み寄ってくる。

 

「な、なににもありません!」

 

「え、ええ!なにも!なにもありませんからっ!!」

 

「?、そうは見えねェが……」

 

「旦那様、無粋な事は主人として知らぬフリをするのが優しさですわ」

 

クスリと笑って言い添えると同調して首を縦に動かす部下二人。

禁忌に触れてはいけない。

 

(喜んでもらえた様で何より。ここに居てたら色々大変だろうから、買ってよかった)

 

「ペンギン……お前のは」

 

「違う写真集だ……シャチ、それ後で見せ合おう」

 

「分かってるっつーの」

 

おいそこの二人、本名で呼び合ってますよ。

致命的なミスが浮き彫りだ。

 

「なんなんだ……!……まさか……」

 

ローには一度悩める少年に渡そうとした物を見られてしまっている。

だから、彼等に渡したお土産が何か行き着いたのだろう。

二人の緩んだ鼻の下を見れば分かる。

ローは心底冷めた目で溜息を付いた。

 

「旦那様も欲しかったですか?」

 

「まかり間違っても買うな。おれはいらねェ」

 

「旦那様は節操なしでしたわね、そう言えば」

 

「おれは一度も言った事はない……その話しはもういい。数時間後に出掛ける。帰るのは数週間後だ」

 

凄く急なスケジュールだ。

別に良いけど。

 

「そうですか、いってらっしゃいませ」

 

スッと頭を下げて階段を上がった。

ローがこちらを見ているのを感じながら。

 

 

 

 

 

数週間後と言いながら二週間もしない内に出戻ってきた。

一体何の為のアナウンスだったのか。

それに、一番驚いたのは刀の他に手に持ってきた物を渡された。

お土産とは言わなかったが「珍しい物らしい」と述べて無表情で受け取らせる。

やはり、意味が不明だ。

 

(………………!!ままま、まさかっ!好感度が上がってるの!?)

 

ふと立ち止まって考えてみれば、そうとしか思えない。

どうでも良い相手に物なんて普通買わないし、話しかけてきたのだって何よりの証拠だ。

大変な事になったと冷や汗をかく。

このままでは離婚計画が無くなるどころではない。

リーシャの人生に邪魔が入る。

完璧にミスを犯したのであろう己に叱責した。

 

(なにやってんだろ!こうなる事は薄々可能性もあったのにい!)

 

好かれるなんて望んでいない。

自由になりたいだけなのに。

 

「…………いりませんわ」

 

「そうか」

 

あっさりと納得するローに歯を噛む。

不機嫌になるかと思ったのに。

 

「今日は気分が悪いので話しかけないでもらえますか」

 

そう言うとローは特に表情を変える事なく去っていく。

うう、これじゃあ罪悪感が半端ない。

でも、これも自由への投資だと思えば我慢するしかないのだ。

顔を歪めて首を振ると自室に籠もった。

せめてローが海へ出るまで顔を合わせなければいい。

此処は彼のテリトリーの船ではないし、強要される要素はないと思った結果だ。

 

(もうっ。とっとと離婚したい!なんでこんな世界に生まれてきちゃったんだろ)

 

トリップしてきたなら帰れる宛てもあったのに。

溜め息を付いてはカリカリと羽ペンを動かす。

こんな事では上手く頭も働かない。

家に居続けるのも飽きてきたし、ローに合わないまま過ごすのも彼がこの場所に滞在している限り避け続けるのさえ難しいと思う。

 

(バイトしようかな……もう煩わしい使用人達も居ない事だし)

 

リーシャがどこで何をしていたって文句を言わないだろう。

憂鬱になっていると扉越しにノックの音が聞こえて返事を返す。

入ってきたのはワゴンを押したペンギンだった。

彼はハーブティーは如何(いかが)かと聞いてくるので頭を切り替えようと頷く。

少しして入れ終わったカップを手渡され口に運ぶ。

何も言わずに出て行くペンギンに首を傾げて見送ると再びカップを傾ける。

ただ入れに来ただけなのかと拍子抜けした。

凝った肩をグルリと回すと視界にある筈のない物が写る。

二度見したらそれはローの買ってきたというお土産だった。

驚いて暫く放置してからソッと立ち上がり袋を開けて見る。

中身はチョコレートのタルトだった。

賞味期限は今日までなので慌てて袋から出して食べた。

ハーブティーはこの為に入れたのだと知ったのは食べ終わった後だ。

なかなかキザな事をしてくれるじゃないかペンギン。



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15

屋敷にただただ籠もっていてはカビが己に生えてしまうと懸念したので屋敷を漁って何か面白いものが無いかと探した。

これと言って暇な時間を潰せるものもなくガッカリしているとそれを見かねたメイドが買い物でもしてきてはどうですか、と言うのでお言葉に甘えて外へ外出。

今は好都合にローも出払っている。

海軍の収集が掛かったとかで行かなければと至極面倒臭がっていた。

アレに真面目に参加する海賊なんてほんの少しなのに勤勉な事だ。

それに、ローの本来の目的とは随分かけ離れていると思う。

そう考えれば別に収集など無視してしまえば良いのではないだろうか。

頂上戦争の七武海の参加は七武海の称号の剥奪という致命的な物だが、今回はそんな切羽詰まったものではないと考えられる。

そんな事を暇人故にのんびりと思考していると前方に町が見えてきた。

貴族というのは楽だ。

何せ馬車で手間も掛けずに町へ乗せて貰える。

既に駄賃も払い終えているし帰りも楽。

しかし、それでも海の海賊への憧れはなくならない。

刺激のある人生が羨ましい。

リーシャも暴れたかった。

こんな風に屋敷を行ったり来たりするだけの時間が勿体ない。

鬱憤らへんが溜まっているのだろうと深呼吸する。

このままだと死んでしまいそうだと悲観した。

ガタガタと振動がお尻に響く。

馬車を操っている業者の着きましたよ、という声に降りた。

やっと着いた、と体を解していると業者の男が笑顔で帰りはいつ頃に、と聞いてくるので二時間後にすると告げる。

そして、店のある道へ歩みを進めた。

進んでいくともう見慣れた町が目に入る。

とても小さな世界だな、と感傷的になりながらもお店を覗き込んで冷やかしていると不意に視線がある物を捉えた。

これは面白そうだと直感が働いてそれを購入。

帰ってこれを見せたらさぞ皆、驚いてやりたくなるだろう、と頬を緩ませる。

業者に二時間後と言ってしまった事を後悔しながら直ぐに帰りたい気持ちを我慢して買い物の続きをした。

今世のままの自分ならば我慢など縁遠い言葉だっただろう。

リーシャはふと思う時がある、自分が前世を思い出したのは幸福なのか、それとも不幸なのか。

今は幸福だったと言える。

けれど、ローに放って置かれて何もかもに押し込められている生活だと気付かなくても良かったんじゃないかと思う時もあった。

どちらも正解で、不正解。

まだ今がどちらなのかは判断出来ない。

何十年後かにどちらかだと分かるだろうと物思いに更(ふ)けった。

 

 

 

二時間後、屋敷に帰るとまだ日は高かったのでまだ大丈夫だと安堵する。

彼等と直ぐにでもこれでやりたいとうずうずしてきた。

お迎えをしてくれた四人にただいまと告げてからシャチとペンギンに相談。

 

「実は町でとても面白そうな物を買ってきたの。よければ一緒にしない?」

 

そう言って物を見せる。

やはり、二人は困惑してそれを見た。

 

「奥様……それはアウトレットのものですが」

 

「いくら奥様でも無理な気が」

 

シャチ達がそう告げても意地としてやることは決めた。

なので、ドレスから着替えて汚れても良い様にズボンに履き変える。

その姿で出てくると二人には流石に本気だと伝わった。

それを手にして三人は森へと進む。

入った森は私有地で、メイス家の管理する土地だから問題はない。

 

「奥様、私とシャンデ、どちらと組みますか」

 

組むの前提なのか、余程弱いと思われてるな。

かなり不服だが、彼等は海賊だからハンデが必要だと自身を納得させてペンギンを選ぶ。

それから十秒を数えてそれは始まった。

 

「奥様、私が撃つので奥様は援護をして下さい」

 

「分かったわ」

 

背後を狙われないようにと注意して周りを見なくては。

いよいよ始まるバトルに闘志が燃える。

リーシャが買ってきたのはアウトドアグッズのカラーボールが弾というおもちゃの銃だ。

ペインティングボールなので当たるとペンキが付く。

他にも罠などあったが、次回にしようと思っている。

ニヤニヤと笑みが浮かんでいれば程なくリーシャの肩にペインティングボールが掠った。

背筋がヒヤッとしたが、気を取り直す。

一発で死んだ事になるのは流石に早く終わるのと同じなので、五発当たったら死んだ事、というルールだ。

折角初めてのバトルだというのに早死には面白くないと銃を構える。

視覚の何処にもシャチの姿が見当たらず流石だと冷や汗が背中を伝う。

 

「ペンダ、シャンデが何処に居るか貴方は分かる?」

 

「ええ、気配が漂っています。アイツ、余裕ぶってるな……」

 

余裕なのはきっとリーシャと言う荷物をペンギンが抱えているのが分かっているからだろう。

そこまで思われているのなら、こちらとて容赦しない。

ペンギンと相手の動きを見るために木の幹へ隠れて小石を拾う。

何処に居るのか分からないのなら、誘き出すまでだ。

小石を投げて落ちる時と同時に声を出す。

 

「きゃ!」

 

「!」

 

ペンギンはこちらの行動が見えていたので助けに行くフリをして隙を与える。

それに対してシャンデも動きを見せた。

小石が落ちたところへと銃口を見せた時、一発のペインティングボールがシャチの背中へ当たる。

シャチが間の抜けた顔をすると罠だった事を知ったらしいその目に火が宿るのが見えた。

 

「お嬢様、やりますね」

 

「此処までしないと勝てないので」

 

「おれ達をそこまで買って下さっているようでとても嬉しいです」

 

敵側のシャチは闘志に火を付けたからか、口調が海賊っぽいものになりかけていた。

ペンギンにも挑戦的な笑みを向けてまた三人は隠れる。

どうしよう、と次の作戦を考えるがダミー作戦はもう通用しないと考えてから、ペンギンの方へ向く。

すると、彼は上を指しているので頷いて上へ登る。

銃を片手に登るのは結構キツかったが、何とか登り切ると下を見た。

ここならシャチを見つけられる、と思ったのだが、どうやら相手も此方の位置を把握してしまったようだ。

目が合う、ニヤリと笑う男。

身動きの取れない女、銃口を向けるシャチ。

逃げられないとそれを受ける。

破裂音の次に服へベタリと付く音に一度目の攻撃を受けた。

二発目を受ける前に相手が頭へ食らう。

それは、味方のペンギンが放った攻撃。

それに当たったシャチは悔しそうにペンギンへ当てるが彼は避ける。

リーシャもシャチが気を取られているうちに一発シャチに向けて撃つ。

当然、避けられてしまった。

銃口を向けて当てられるのは彼等が海賊でこれらを扱いなれているからという他ない。

初心者の自分は恐らく目の前に行かなくては当てられないだろう。

そうだ、それがあった。

己が唯一出来るであろう事は特攻。

それだと行き着いた答えに木から降りる。

ペンギンとシャチがリーシャの存在を放置して撃ち合いをしているのも気にならないくらい今は興奮で頭が一杯だった。

撃つか撃たれるか、それならば後三回撃たれたらシャチは負ける。

その事実ならば、それだけがリーシャの思考を占めた。

撃ち合いに思考や気配を持って行かれているシャチに背後から忍び寄る。

シャチに気付かれた時が勝負だ。

ほふく前進で前へ進む。

明日はきっと筋肉痛で悲鳴を上げるこの体に今だけは頑張ってくれ、と言い聞かせる。

 

「?……!……なっ」

 

シャチが気付いた時には目の前に迫っていた。

そして、相手が驚いている隙に一発、二発と撃ち込んでいく。

シャチも一発二発と相撃ちでこちらにぶつける。

奇襲しているのに正確にここへ撃ち込んでくるのは悔しいがそれが海賊故の反射的対応だろう。

 

「後、一発!」

 

まだ自分は三発まで撃たれても平気だ。

これでチェックメイト、と心の中で呟いて最後の一発をシャチへと放つ。

 

--パァン!

 

その音を最後に静寂が辺りを包んだ。

 

「嘘だろ……」

 

シャチが肩を落としてリーシャは確信する。

 

「おれが、負けた……なんて……」

 

勝利した事を。



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16

LAW side

 

前の時は二週間と立たずに帰ってきたのだが、今回は海軍からの収集という七面倒臭い物に参加しなければいけなくなったので参加した。

予定よりも長引いた事に苛つきながら屋敷へ帰ると屋敷の中はほぼ無人だったことに更に苛立ちが募る。

メイド服の女にリーシャの居場所を聞くと怯えられながら教えられた。

そんなに怖いのならばここで働かなかったらいいのだと虫の居所が悪い機嫌で女を後にする。

しかし、何故森なんかに居るのだろうと疑問に思う。

探索したくなったのだろうかと理由を並べていると森へ近付く事に銃声よりも軽い音が森から聞こえてきている。

鹿狩りでもやっているのかと思った。

だが、シャチとペンギンの姿を確認した時に、その事は頭から綺麗に忘れる。

何故なら、シャチの背後にリーシャが忍び寄っている、這い寄っているとも言う。

そんな思わず唖然としてしまう光景を前にシャチが彼女の接近に気付いた時にはかなり近くに来ていた。

彼女は気付かれたと知るや迷わずシャチをおもちゃと思わしき銃口を向けて発射する。

どうやらペインティングボールだと周りのカラフルな光景に知った。

あっと言う間にシャチとリーシャの撃ち合いは終わって勝者が立ち上がる。

ペンギンもリーシャの所へやってきて二人で喜び合う。

シャチはガクリと膝を付いて負けに浸っている。

 

(一体俺の居ない間に何が……)

 

その気持ちにデジャヴを感じた。

己の妻が別人になった時と同じく似たような心境だ。

シャチとペンギンがそれに付き合っている時点で何となく展開は読める。

しかし、リーシャがシャチの背後に忍び寄って捨て身の特攻をした事が大きくローの全ての根底を覆させていく。

貴族なんじゃないのか?

その服は何なんだ。

何故ゲームにあんな捨て身な技を用いたんだ?

その笑顔は何なのだ、と。

様々な出来事がローの頭を混乱させていく。

冷や汗と言っても過言ではないものが額から出ている事も気にならない程見つめていると、最初に気付いたのは負けた男だった。

 

「あ、旦那様……帰ってきたんですねー!」

 

シャチがよく分からないテンションで立ち上がって此方へ来る。

それに続いてペンギンも来るが、リーシャは何かをペンギンに伝えてから屋敷の方へ歩いて行く。

 

「アイツは何処へ行くんだ」

 

ペンギンに問う。

 

「服が汚れているから身を綺麗にしてからお出迎えすると伝える様に言われました」

 

(……!)

 

ペンギンやシャチの前ではあんなにボロボロでベタベタで破格な笑顔を見せるのに、ローを前にして二人と真逆な対応に己も気付かない憤りを感じた。

 

(おれには本当の姿を見せられないのか)

 

偽りの夫婦、偽りの結婚、偽りの生活。

彼女がそういう態度になる要素がローにはあるという事は良く理解している。

けれども、頭では理解しているが、何故か納得する事が出来なかった。

 

 

 

***

 

 

 

シャチ side

 

初めてその姿と性格を間近で見た時はギャップにかなり苦しめられた。

屋敷に潜伏する事になったのは、彼のトラファルガー・ローの書類上『嫁』が以前まで沢山いた使用人を一斉に解雇した事が主な理由だ。

ローはとても多忙な身であるが故に船長の船員であるシャチとペンギンに内情を探る密偵として白羽の矢が立つ。

特にすることもなく、刺激的な事も起こらないところで身体を鈍らせるよりはずっとマシだから参加する事にした。

面接をするという訳で先ずは偽名を考えなくてはいけないと思って、ペンギンとカッコイい名前を考える。

密偵と言えばやはり偽名は必需品。

それを得てからいざ面接へ。

何というか、キャプテンからは「我が儘な女で煩い」と聞いていたので拍子抜けした。

即採用なのも驚いた。

ペンギンもだ。

お互いに大きく頷いたのもローに報告出来るからだ。

 

「つーか、マジキャプテンが言ってたイメージと……」

 

「正反対だな、今の所」

 

対面した時も改めて思ったし、ペンギンも混乱したように腕を組む。

こうして二人揃って潜入する事に成功した。

キャプテンは喜んでくれるだろう。

しかし、その日だけの驚きでは済まなかった。

庭師になるように言われたので外に居る事が多くなる。

そして、何日も経過した後でも特に身構えていたような事態は起こらなかった。

例えばローが言っていたような我が儘も癇癪もなく、寧ろかなり自由に屋敷を歩いていても咎められる事もない。

数日してからやっとローが屋敷に帰ってきた。

既に使用人として雇われている事は伝えてある。

外に居てると奥様がラフな格好で出てきた。

とても貴族が着る様な服ではない。

驚いていれば外へ出ようとする。

一人もメイドを連れていないし、川へ洗濯へ……なんて出てくる言葉に思わずツッコむ。

押し問答を繰り返しているとローが後ろに居てリーシャ達にどうしたと聞いてくるので訳を述べる。

全てを理解したらしいローは付いて行くと言うので見送った。

だが、帰ってきたローはぐったりしていたので何があったのだろう、と目を白黒させる。

その間に彼女は袋から箱を取り出す。

そして、シャチに四つん這いになるように指示をするのでその通りにした。

そうしていると意気消沈しているローにピンヒールを履かせ出すので嫌な予感を覚える。

本能が逃げろと言う。

ローに履かせ終えたリーシャはその大きな足をシャチの背中に勢い良く乗せた。

ピンヒールの尖った部分がめり込んで痛い。

痛いという悲鳴を上げていると意識を戻したローが何をやっているんだと言ってきたので救世主等何処にも居なかった。

それから数日後、ローとリーシャは夜会のパーティーへ行く為にダンスをしているのを眺める。

貴族の令嬢と結婚したからってこんな面倒な事をしなければいけないなんてローがとても不憫に思えた。

でも、彼は嫌な顔せずに綺麗に踊っているし、踊りのことは全く分からないが完璧に見える。

この調子なら貴族の鼻を明かしてやれる、と一人で盛り上がった。

けれど、パーティーから帰ってきた二人、詳しくはリーシャの様子が変だった事が気になる。

翌日、彼女から手伝うように言われた作業をこなして朝から働くと箱から出てきたのはなんと様々な形をした棺桶だった。

ペンギンも仰天していて互いに顔を見合わした。

けれども、そんな事はお構いなしで何処か怒ったオーラを纏う奥様はローを呼びに言ったのだが、まだ朝食も用意出来ていない。

ローが此方へやってきた時、良い笑顔の女と顔を引き吊らせた男の二人が棺桶の目の前に立つ図が朝から出来る。

これにはペンギンと苦笑いせざるおえなかい。

一体に二人の間に何があったんだろう。

そして、衝撃的な事にキャプテンが女物の下着を付けているという疑惑が浮上した。

キャプテンは否定していたからないと信じたい。

それにしても奥様はとても怖いもの知らずな性格をしている。

前からそうだったのだろうか。

それにしてはローの態度に違和感を覚える。

彼は彼女を嫌っているようにも鬱陶しく思っているような素振り等していない。

それについてはペンギンも同じ意見だった。

またまた数日後、リーシャが実家に帰る事になった。

何でも父親から手紙を渡されて帰ってくるようにと一時的な帰還らしい。

奥様が留守なんて暇になる。

貴族の家で護衛と監視なんてつまらないと思っていた当初に比べたら予想よりも楽しく過ごせた。

堅苦しい生活になると踏んでいたのにかなり自由に過ごせた事は幸運だ。

当日の朝になって突然ローも着いていくと言われて、驚く。

確か彼女の父親は海軍で貴族だという男だ。 

一番会いたくない部類だろう人間に会いに行こうとするなんてローの考えは今のところ不明。

それよりも一人で行くつもりだった彼女の反応が知りたい所だ。

二人が居ない間に変化等は特になかった。

夫婦の二人が帰ってきたので出迎える。

何処か雰囲気が緩んだような緩んでいないような気がするが、笑顔で対応。

すると、リーシャがとあるお土産をくれた。

それに、この屋敷に仕えていて良かったと思った事を記そう。

ペンギンと交換しあった所謂男達のロマンの詰まった本は女性が買ったからかセンスが良かった。

奥様、あんた最高だぜ。



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17

またローとお出かけする事となった。

特に理由など無いのだが、ロー本人から買い物に行くぞ、と言われたのだ。

一人で行けよ、と内心毒を吐きつつ笑顔で「分かりました」と言う良い妻をして上げる。

この苦労を誰かに分かって欲しくなる時があるが、今は我慢だ。

七武海の称号を手に入れたのに一人で買い物くらい行って欲しいと凄く思う。

シャチもペンギンも清々しく送り出すし、この世にリーシャの味方など居ないのだ。

納得出来ないと不服になっているとローがクスリと笑うのが聞こえた。

横を見るとこちらを見る目と合う。

何故笑うのだろうと眉根を寄せるも彼はその表情を崩さない。

 

「なんで機嫌が悪いのか知らねェが、着くまでには機嫌直せよ」

 

「悪くありません」

 

「好きなモン買ってやるよ」

 

「自分で買えますので構わず」

 

自分勝手な人間にやる親切は持ち合わせていないのだとツンケン。

それでもローは不機嫌になる事も機嫌を損なわせる事もなかった。

短期とは思っていないが、こういう態度をされて怒られないとは思わなかったので少し意外に思う。

暫くすると町に着いた。

馬車から降りるといつもりより空気が賑やかな気がする。

もう少し先を歩いていると、どうやら出店の数が多いようだ。

他の店が外からやってきてフリーマーケットの様に売られていた。

その賑やかさに目を輝かせる。

やはり客もいつもより多くて人混みは暑いの一言だが、楽しめそうだと思った。

前回と同じくローと別れると店を一つ一つ見ていく。

ブレスレットもネックレスも可愛い物や珍しい物まで沢山あった。

こういった物は海を渡らないと得られない物ばかりだと思う。

そう思うと今の生活が窮屈に感じて、俯く。

売り子の声で意識を戻して前を向いた時視界に、ある帽子が写り込む。

 

(嘘!二年後の帽子っ!?)

 

ローがパンクハザード島で被っていた帽子と良く似ている。

それから目が離せなくなり、ついつい手に取って眺めてしまう。

 

「それをお買い求めで?」

 

店の店主が笑顔で聞いてくる。

値段を聞くとなかなかに良心的な値段だったので衝動的に購入してしまう。

これはローに渡すのではなく自分の観賞用だ、と決めて箱を袋に入れてもらったので手に下げる。

そこそこ重い……と日頃の体力不足に苦笑。

帽子を手に持ちながら他の必要な物を購入していく。

その時、道の途中で何処かの令嬢と思わしき女性が目の前に立ちふさがる。

 

「あらあら、これはこれは。リーシャ様ではありませんか」

 

「初めまして、私を存じておいでなようで。して、貴女は?」

 

「私はアスキー家の娘、レースと申しますわ」

 

如何にも悪そうな頭と顔をしている人が何の用だろうか。

 

「これはご丁寧にどうも。それで、私に何か入り用ですか?」

 

「ええ。少しお話がしたくて。あちらにご一緒に来ていただけないでしょうか」

 

「あら、私は人妻ですのでそういったお誘いは基本的に駄目なんですの」

 

明らかに人気の居ない場所に連れ込まれそうになっている。

それを回避する為に言うと途端に令嬢の目が嫉妬に燃える。

そういう事か、と納得。

つまり、この子はローを狙っていた令嬢の一人だ。

それとも何処かのパーティーでローを見かけて惚れたとか、色んな可能性がある。

ローは権力もあって容姿も整っているから、女の子達には格好の相手だ。

だから、リーシャも毎回パーティーで令嬢達に羨ましい目で見られて絡まれる。

迷惑も甚だしい。

 

「トラファルガー様と別れて欲しいんですの」

 

「別れたら私の父は怒りますわ、きっと……父に貴女に言われて別れると言ったらさぞそちらの家はとてもとても困る事になりますわよね?」

 

「っ、この雌狐!」

 

今やリーシャの実家はなかなかの地位でそこそこ権力もある。

彼女にそれを暗に言うとそんな言葉が返ってきた。

リーシャだって好きで結婚した訳じゃないのに此処まで言われる筋合い等ない。

 

「分かりました。お父様にアスキー家のご令嬢にそう暴言を吐かれた、とお伝えしときますわ。それではごきげんよう」

 

笑顔で去ろうとする視界の端で顔を蒼白にして震える令嬢の姿が見えた。

権力が上の人間に盾を付くとどうなるか分かっていた癖に、何て愚かなお嬢さんだろうと残念に思う。

すると、目の前に彼女の使用人らしき人物が立つ。

進路の邪魔をされて眉を顰める。

使用人がそんな事をするなんて自殺行為に等しい。

 

「どうか、お嬢様の失態を許していただけないでしょうかっ」

 

使用人が頭を下げる。

止めてくれ、これじゃあまるで#name1#が悪いみたいじゃないか。

現に周りの観光客達もこちらを非難する目で見てくる。

これはこれで腹が立つ。

使用人のお前が甘やかすからこんな事になったんだろうが、と内心悪態を付く。

何故町中で侮辱されたこちらが悪いように見られなくてはいけないのか。

この女には使用人という助けてくれる存在が居て、#name1#は一人でしか守れないし、攻撃するのも一人。

途端に全てが虚しくなってきた。

泣くもんか。

 

「リーシャ」

 

名を呼ばれてまさか、と振り返ると、思った通りの人物が居た。

いきなりのトラファルガー・ローの登場に令嬢が黄色い声でトラファルガー様!?、と叫ぶ。

ローは少し令嬢を一別してから此方を見る。

使用人の顔色が凄く悪くなっていく。

端から見ればリーシャに詰め寄っている様に見えるのだから。

使用人は怖ず怖ずとリーシャから離れる。

それと同時にやってくるローに令嬢の娘がローへと媚びた声で自己紹介をした。

それを聞いても、うんもスンも答えないローに令嬢が次はリーシャがとても意地悪な事を言うのだと意味の分からない告げ口をする。

 

「トラファルガー様、お噂は耳に入れていますわ。さぞ窮屈な生活をなされているんでしょうね……どうですか、今度我が家で」

 

「一つ、言っておく」

 

「え?」

 

令嬢の赤く熟れた頬など目に入っていないかの様に淡々と発言するローに令嬢の期待が上がった。

何を言うのだろうとこちらもローを見ていると彼が突然リーシャの肩を抱く。

ギュッと狭められた距離に息を詰める。

 

「おれのものにそんな目を向けるな」

 

呆れる。

誰がローの物だ、と密かに憤慨した。

令嬢は言われた事がまだ飲み込めていないのか目を丸くしている。

使用人が今にも倒れそうな程泡を吹きそうな顔をしているから早く連れて帰ってあげれば良いと後ろを見て思う。

ローは放心している女性を置いて肩を抱いたまま彼女達を後にした。

そこそこ離れた所でベンチに座る。

肩も離してもらえて息を吐く。

するとローは此処で待ってろと告げてから人混みの中へ入っていった。

手から下げていた帽子入りの袋を離して待っているとローが戻ってきて、手に不似合いなアイスを持っている。

その思わぬ光景に目をぱちりとさせた。

 

「食え。どれが好きか知らねェから適当に選んだ」

 

そう言って差し出されたアイスを受け取る。

ゆっくりと口を近付けて食べると美味しさに頬が緩む。

こういったものを食べるのは令嬢となってから初めてだが、前世では時々食べていたので懐かしい。

夢中になって食べているとローが子供みたいだな、と言う。

それに反論しようと上を向くと優しい笑みでこちらを見る顔に虚を付かれる。

見なかった事にしてアイスを食べる事に専念した。



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18

メロディー家というそこそこ地位が大きい貴族から手紙が届いた。

中を開封して見ていると内容はパーティーを開くのでトラファルガー夫妻にも出席して欲しいというもの。

メロディー家の返事を出す前にとある人間を雇い情報を集めさせた。

どうやらメロディー家は婿養子らしく当主は小さな頃から令嬢特有の傲慢で欲しい物はお金で買うような貴族だという。

そして、今彼女の欲しいものの一位は彼の男、トラファルガー・ローである事も知る。

その事実に手紙の招待状を照らし合わせると焦(きな)臭さが漂う。

胡散臭いし、どうにも何かありそうだ。

行ったら一騒動起きそうな予感にこれは出席しない事に決めてローにもそれを朝の朝食に伝えた。

昨日帰ってきたばかりなので丁度タイミングが良かったと笑う。

笑ったのは面倒な手紙をわざわざロー宛に書く必要がなくなったからである。

それと、探偵(極秘)から追加の情報があった。

トラファルガー・ロー本人を欲しがっているのは七武海の権力を欲しているからという権力絡みの面倒な事。

それも含めてローに伝えると彼はニヤリと笑みを浮かべる。

その顔は危険だ、と嫌な予感に頬がひくりとなり、行きませんわよね、と言う。

 

「面白そうじゃねェか……おれのことを舐めにかかってる女に思い知らせておいて損はねェ」

 

「私は嫌ですわ。何が起こるのか分からない向こうのテリトリーに入るなどというのは」

 

「クク……そう早く切り捨てるモンでもないだろ。それにお前の実家に取っても悪い話しじゃない」

 

「家はどうでも良いのです」

 

「…………じゃァ、お前にとっても良い話になる」

 

「今思い付いた言い方等止めて下さいませ」

 

「別に取って付けた訳じゃねェ」

 

彼はこちらを見てからそう述べる。

どうだか、と内心疑う。

自分の実家など遠の昔にどうでも良いレベルで見放している。

昔と言うのは大体前世の記憶が戻った時の事だ。

今世の自身は実家を恨みながらも義務だと言い聞かせていた節があるが、もう違う。

言いなりになんてさせないし、従う気も皆無だ。

 

「家はどうでも……な」

 

「なにか言いまして?」

 

何かを呟いた声に聞き返すとローは笑って別に、と返してきた。

少し気味が悪く感じ………ゲフン。

 

「はァ……ではパーティーに出席すると手紙を出しておきますわ」

 

どう足掻いてもリーシャの意見など聞きはしないだろうと海賊のローに完敗を示す。

たまには他の貴族の生活を見てみるのも勉強になるだろうと言い聞かして、パーティーの場所を確かめながら馬車も荷物も用意せねばと朝食を味わいながらグルグルと思考を回した。

 

 

 

 

 

 

二週間後、ローが不在だったり、不在ではなかったりを繰り返しながら迎えたパーティーがある場所へ向かう当日。

メロディー家もメイス家の土地も広く、一日掛けても着かない。

住んでいる屋敷はメイス家の土地に建てられているのでそこそこ距離が空いている。

此処から二日掛けて行かねばメロディー領へ着かない。

トラファルガー・ローへ嫁いだのにメイス家の土地へ居るというチグハグさなのは、彼が海賊という異質な存在で七武海という地位だからこそなせる事。

リーシャも結構楽なので文句はない。

 

「外泊……」

 

ローが目を閉じている時を見計らって呟く。

ローとは今馬車の中で二人きりだ。

荷物も馬車の後ろへ積んでいるので音は馬の蹄(ひづめ)くらいか。

何故こんなにも混乱というか、困っているというと、メロディー家へ着く前に一泊外の宿へ泊まらなければいけない事が理由。

つまり、一部屋に二人で泊まらなければいけないのだ。

ほんの稀にローと二人でベッドを使っている時が我知らぬ間にあるが、それはそれで何もないからというもの。

場所が違えば嫌という程意識してしまうのは仕方がない。

出来るなら敷居を立てさせて欲しいと祈る。

 

(というか、よく寝てられる……)

 

海賊は寝ない時もあるのではないか、と想像する。

不寝番、というんじゃなかったか。

見張りが寝ない事は普通だし、賞金首だったローも早々に寝る事は出来ないだろう。

暇だから想像していられるリーシャはローの寝顔を見ながら思った。

帽子を被っていてあまり見えないが。

よく見てみようと顔を下に下げて目を動かす。

 

「…………ぐー」

 

「!」

 

イビキをかいている事に驚く。

そっと周りを見て幻想でない事を確認する。

本当に鼾をかいていた。

この耳で今聞いた事が信じられない。

油断しているのか、どうなのか、と考えつつ前は鼾なんてかいていなかった事を思い出す。

少しは信用してくれている、と思ってしまうではないか。

いやいや、信用しないと決めたのは自分で、ローがこっちを信用しようがしまいが関係ない。

 

(好感度、微量ずつ上がってるのかな、やっぱり……)

 

困る、それは困る。

 

(嫌だな、離婚してもらうには……嫌われないと……えっと)

 

ローに嫌われる為には、彼の嫌いな食べ物を作ればいいのか。

夢小説のマンガの知識を生かしてどうにか考える。

確か、彼の嫌いなものは、と思い出す。

 

(パン……これは意外っていうか、聞いた事ないから印象強かった……梅干し、だっけ?)

 

好きな物は焼き魚……食べていたのはおにぎりだった筈。

全て思い出すと安堵する。

大丈夫だ、まだ記憶は覚えていた。

時間が経つと覚えていた物が朧気になるのは夢小説の課題的問題の時もあるので何かに綴るのも良いかもしれない。

 

「さっきから青くなったり、変な顔したり、忙しい奴だな」

 

「!ーー何時から起きてましたの?」

 

驚いたが、顔に出さずに無表情で言い抜く。

よくやった自分。

ローもローでポーカーフェイスが得意だから時々何を考えているのか判断出来ない時がある。

 

「二分前だ」

 

(考えている時真っ最中じゃんか)

 

恥ずかしさと何で見るんだ、という疑問にそうですか、と素っ気なく答える。

今更素っ気なくしても意味はないんじゃ、という言葉は是非言わないでくれ。



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19

それから夜になり予約していた宿屋へと辿り着く。

夜盗に襲われなくて良かった。

襲われたらか弱いリーシャはあっという間にお陀仏だ。

まな板に乗る動けない魚だ。

儚い事を想像しているとローが声をかけてくる。

一応部屋が同室なのは伝えてあるので抜かりない。

彼の方へ足を動かして後を追う。

今は亭主関白を推薦しているバージョンだ。

なので素直に従う。

此処で何かを言っても二人で泊まる事は無くならないのだ。

悲しきかな、現実よ。

 

「此処か……そこそこ広いみてェだな」

 

言い忘れていたが、今回は使用人を連れていない。

たった四人しかいないので連れて行くと寂しい事になる。

それと、自分で出来るので誰かを連れて行く必要等感じない。

メロディー家にはメイドも執事も居るだろし、構わないなと思った。

ローも何も言わない。

そもそも、どうでもいいのだと思う。

 

「シャワーはどうする」

 

「ではお先に入らせてもらっても?」

 

「一人で入れんのか?」

 

(……これって、メイド無しで入れないと思われてる?)

 

ローの貴族の女のイメージはそうなのか。

しかし、実際記憶が戻るまでは一人ではなく沢山居たメイドに毎日恥ずかしげもなく洗われていたので正解ではある。

入れます、とちゃんと言うとローはそうか、と述べて刀を近く置いた。

それからシャワーを浴びて上がる。

さっぱりした、と色気のないパジャマを着てから部屋へ戻った。

 

「お次、どうぞ」

 

そう伝えるとローはリーシャを上から下まで見てから立ち上がった。

こうなる事を予期して色気のないものを選んだ。

ふふふ、と内心笑って庶民の知恵舐めんなよ、と勝利に浸る。

まだ眠くなかったのでソファに座って持ってきていたトランプで一人神経衰弱をした。

こういう旅行となるとついつい持ってきてしまう物だ。

でも、やはり一人では味気ない。

神経衰弱三回目の途中でつまらなくなってきた時、ガラ……と浴室の扉が開く。

 

(…………夢小説にもこんな展開あったなー)

 

上を向くと半裸のローが居た。

ズボンを履いただけの状態を見てからあー、となる。

まさか見る事になるとは思わなかった。

屋敷でも半裸で出歩く事もなかったので見ることはなかった。

遠い目をしているとその視線に気が付いたローが何を勘違いしているのか口元を弓なりに上げる。

 

「誰かの半裸を見るのは初めてか?」

 

「……そんな訳ありませんわ」

 

そのしたり顔がムカッときてつい見栄を張る。

男を知らないと言うのは憚れて、嘘を付いてしまう。

しかし、前世ではあるので強ち嘘ではないかもしれない。

今世ではカウントにならないかもしれないが。

胡乱に思い出していると部屋の空気がヒヤッとなった気がした。

周りを見回しても窓を見ても開いていなかったので、今度は寒くなっただけかと布団を被ろうとベッドの方へ行こうとするとローが呼び止める。

どうしたのかと立ち止まりローの方を見上げると彼はもう一つの向かい側にあるソファへ座りトランプを見てやるぞ、と言う。

 

「へ?」

 

反射的に口から出てしまうのは仕方ないと言おうか。

ローがトランプを自発的にやると言うなんて誰が予想出来ただろうか、とヒクつく頬に笑みを浮かべる。

彼はトランプを切り始めるので渋々座り直す。

 

「おれが勝ったら、お前が知る男って奴を教えろ」

 

「え″」

 

濁った声を出すのは当然。

そんな男などこの世に居ないのだから。

今世には少なくも。

 

(負けても言える事ない)

 

冷や汗が出る。

それを知りたがるローも可笑しい。

 

「私がそんな事を言う義理等ありまして?嫌ですわ」

 

いつもの態度でスンと横を向くとローは喉で笑って、そう言うな、と述べる。

他の人の目を見たことがないが、もしかして彼の目は瞳孔が開いているのではないのか。

うむ、分からない。

けれど、目を見ているだけで何故か背筋がゾクッとする。

なにかのスイッチでも押してしまったのかと考えるが、覚えのない。

あれやこれやと考えている間にローがカードを配り始める。

夢小説では大体ゲームや賭事に強いという可能性が高く、こちらが負ける可能性が高い。

このままでは勝てない。

ポーカーフェイスを駆使するしか……。

 

「嫌ですわ、拒否しますわ」

 

「……なにか望みはあるか」

 

断ったら次は聞いてきた。

 

「なんですの?望みなんてありませんわ」

 

「ない?そりゃありえねェ。お前が欲しい物がないわけ」

 

「無い物は無いです……」

 

ローの言葉を遮りながら言う。

 

「次出かける時になにか買ってきてやる」

 

ローは思案顔でそう言うとリーシャは笑う。

 

「そうですわね、強いて言うなら……本が欲しいです……冒険物の」

 

「冒険……?……分かった」

 

賭けすら関係なくなっている事を彼は気付いているだろうか。

 

「まぁ良いですわ、始めましょう」

 

「嫌何じゃねェのか?」

 

嫌だったが、一人で神経衰弱をするのも飽きたので二人でするのも悪くないと思ったのだ。

ただそれだけだ。

 

「折角なので楽しむ事にします」

 

笑って答えた。



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20

夜が明けてから出発してお昼前にメロディー家に着いた。

どうやら自分達の他に五組の夫妻、又は夫婦も招かれているらしい。

顔を合わせるのはお昼の食事とティータイムの時だろう。

因みに主催者のメロディー家の奥方はキャロルという女性だ。

女性というか、少女という年齢。

だから欲しい物は手に入れられると思っている。

かく言う自分も嘗(かつ)てそうだった。

気持ちは分かりたくないが分かるのが悲しい。

この世は私が中心よ、の心だ。

メロディー・キャロルの夫は妻の方が権力が強いので逆らえないカカア天下。

 

(色々と強い私の夫とは正反対)

 

私の、と言うにはお互いの心が通っていないが。

嘲とい気持ちになって、気持ちを切り替えようと首を振る。

今は夫婦一組の一部屋に宛てがわれたソファに座っていた。

 

「あら、お帰りなさいませ」

 

「あァ」

 

何処か散歩へ行っていたらしく、フラッと出て行ってフラッと帰ってきた。

お茶を飲みながらのんびりと言う。

彼はソファに座るとこちらを見て何か飲みたい、と言うのでリーシャはソファから立ち上がってティーポットのあるローラー付きの机みたいな上の前に立つ。

名前はど忘れしたので割愛だ。

ティーポットを手に取ってもしかして、飲むかもしれないと思ってメイドに頼んでおいたコーヒーを注ぐ。

豆は良いのを使っているらしく、良い香りが鼻を擽(くすぐ)る。

 

「どうぞ」

 

「コーヒーか」

 

そう述べるとローはそれに口を付ける。

一応妻の役目としてローの好きなコーヒーが上手く入れられるように練習をしていたのだが、こんな所で役立つとは。

 

「お菓子も貰いましたの。どうですか」

 

聞くと貰う、と言うのでソファの前に持って行く。

持ってきておいた本を閉じてリーシャもミルクティーを飲む。

美味しい、やはり少し家のと違うのも良い。

場所で味が違うのが通という感じだ。

ほんのりとした空気が漂う部屋にメイドがやってきてお昼の用意が出来たのでお集まり下さい、と言いに来た。

ついに来たか、と息を整える。

 

「楽しみだな」

 

含み笑いをするローの顔は悪い。

悪役の顔だ。

楽しみなんて、まるで何かが起こるとでも言いたそうである。

実際メロディー家の我が儘さんがローの権力を欲しがっているし、呼んだのはメロディーの家の者なのだから、起きないと言える保証は無かった。

帰りたい、今すぐ回れ右をして帰りたい。

食事の席に現れると既に三組の夫婦が居た。

メロディー夫妻も座っていて談笑している。

こちらの姿が見えると一時静かになる。

 

「ようこそ、我がメロディーの領土へ」

 

およそ完璧ではない笑顔で言うメロディー・キャロルの目は正確にローを捕らえていて、どう見ても肉食獣の瞳をしている。

横のローを見てみると無表情だった。

楽しみだったんじゃないのか、と思いながらお招き云々と返す。

それから隣同士にある席に座ると再び談笑が、始まらない!

 

きっと七武海のローのオーラと無法者という情報が頭にあって上手く空気が緩まないのだと思う。

なんと不器用な者達だろうか。

内心笑いながら無表情でローに話題を振る。

部屋の中は静かなので良く聞こえるだろう。

 

「旦那様、これはお魚ですわね」

 

「ああ」

 

(…………お馬鹿!話題を振ったのに即終了にさせる奴がいるかあ!)

 

ああ、の一言で終わらせるつもりのなかった会話に慌てて別の話題を作る。

 

「これは上等なワインですわね、ねえ旦那様」

 

「そうだな」

 

「まあ、旦那様もワインがお好きなのですね」

 

「普通だ」

 

「そうですの。私の父もワインを嗜むので家にワインセラーもありますのよ」

 

辛い、会話を無理矢理繋げるのが辛過ぎる。

しかもローの言葉が短くて話題の片鱗を探す事も出来ない。

 

「それは知らなかったな……お前も酒を飲む方だったのか」

 

今、言うべき事は違うと思う。

そして、リーシャだって大人なのだからお酒くらい飲める。

顔をローの方へ向けて相手の本気度を確かめた。

どうしてこうちゃんと会話をしようとしないのだと目で訴える。

見ている筈なのに涼しげな顔をして何食わぬ顔でワインを飲むローに額がピクッとなった。

出来るだけ平常心でいようとすればローの態度に眉を潜めてしまう。

周りの人達全員あんたのせいで緊張さてるんだよ、と言いたい。

海賊だとか七武海だとか、貴族には免疫等ないだろう。

今もローの一挙一同を見つめている幾つもの目。

だから此処のパーティーには行きたくないと思ったのだ。

こうなるかもしれないと予想して反対したのにローが行くと言って聞かないから。

恨めしくなって料理を食べる手を早める。

 

「このオードブルも美味しいですわね」

 

「ありがとうございます。トラファルガー夫人」

 

ローへ言ったのにメロディー・キャロルが答えた。

キャロルは臆する事なくこちらを見ている。

ローが怖くないのだろうか、と思う。

権力が貰えるならば何者も厭わないのだろうか。

ローにも彼女は目をやって「気に入って下さると嬉しいです」と言う。

何とまあ分かりやすい態度だろうと内心呆れる。

隠すくらいしろよ、と思わなくもない。

隣に居るキャロルの夫は妻の言う事に何の関心も抱いていないように思える。

女性の方が家の権力も夫婦関係も上だという情報は当たっているようだ。

それにしても、トラファルガー夫人と呼ばれると違和感をバリバリに感じる。

恥ずかしいとかではなく何か違うな、という違和感。

まあ、それは置いておこう。

それからの食事は何となくポツリポツリと話の声が聞こえて残りの夫婦が揃うと静かさは無くなった。

その状態になって良かったと安堵する。

次の顔合わせはお茶会だ。

こんな調子で終わるならば自分の屋敷でのんびりとしている方が有意義だろう。

鬱蒼となる気分に宛てがわれた部屋で寝転ぶ。

ローも部屋にあるソファで寛いでコーヒーを飲んでいる。

この人は全く何もしていない。

一体何をしに来たのか思い出して欲しいと思いながら見ていると相手も気付いて見てきた。

 

「思い知らせるのではなかったのですか」

 

「お前の慌てる顔が面白くて忘れていた」

 

(うわうわうわ!悪趣味!)

 

慌てている顔を見て楽しんでいたと言うのだ、この男は。

ムッとなりもう話し掛けてやるものか、と決めてローが見えない様に顔を移動させた。

お茶会は三時からなのでそれまで少し仮眠しておこう。

 

「おい」

 

声が聞こえたがどうでもいい。



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21

ざわざわと声が交差する。

夫婦達の会話や五組とメロディー夫婦の声も耳に入ってきた。

 

『で、当然お茶会で何かをするおつもりなんでしょう?』

 

お茶会に参加する前に会話をした内容を思い出す。

 

『ああ……オシドリ夫婦の良さをあいつらに見せつけてやらないか?』

 

愉快そうに笑うローは隈に縁取られた目を真っ直ぐ向けて聞いてきた。

メロディーの奥方がローを欲しがっているのなら嫌味よろしくな夫婦関係を見せようと思っているらしい。

成る程、夫婦のオシドリ具合がどんな感じなのか全く分からないが頷いて協力する事にした。

暇で退屈だから気分的にも持ってこいな作戦に思えたのだ。

取り敢えず隣に居るローが椅子を此方へくっつけるように寄せて何食わぬ顔でリーシャの腰を触る。

抱き寄せて親密さをアピールか。

それにしても見えもしない位置で腰を艶めかしく撫でるのはどうなのだろう。

屋敷でなら避けているのだろうが、此処では動けない。

まさか、妻のエロえろしい顔を見せる為に行っているのかもしれないと考えた。

 

(うーん、どっちなんだろ?……え)

 

不意に視線を感じてちらりと見てみればメロディー・キャロルがこちらを怖い顔で見ていた。

しかし、それは一瞬の時だったので見間違いかと勘違いしてしまいそうになる。

いやいや、今のは確かにこちらを睨んでいた筈。

女の嫉妬は恐ろしい。

何ともない顔を浮かべながら思った。

 

(にしてもそろそろ離れて欲しい)

 

十分仲良しアピールは出来ただろうとローを見ると彼は紅茶を飲んでいた。

 

「トラファルガー夫人」

 

ボーッとしているとキャロルが話しかけてきた。

 

「このお菓子はウエストブルーから取り寄せましたの。お味はいかが?」

 

聞かれてにっこりと笑う。

一方的な火花がヒリヒリと顔に散る。

視線というより殺気に近い。

頬が引きつらないように頑張って「美味しいですわ」と答える。

なんと偉いのだろうか自分は。

勝つつもりもない戦を受けるなんて。

それに比べてローはさっきから腰や#name1#の髪の先端を弄んでいるだけで一向にオシドリっぽくしてくれない。

 

「旦那様、このお菓子、食べません事?」

 

「あ?……ん」

 

食べさせろの仕草にイラっとした。

自分で食べろよ、と鬱陶しく思いながらも健気な妻をしなければ見せつけられないので仕方なくお菓子をローの口へ運んだ。

パキッと折れる音と共に咀嚼した後、彼は紅茶を飲む。

 

「……食べられなくはないな」

 

美味しいと言ったこちらの言葉を見事に潰してくれたロー。

手の中にある食べかけの跡が付いたお菓子を粉砕しかけてしまいそうになる。

 

(人にやりたくもないアーンさせといて……)

 

真っ黒に塗り潰した言葉を投げつけながら魔のお茶会に参加し続けた。

 

 

 

 

 

 

部屋へ戻るとすっかり夜へとなった外を見てからベッドへ行く。

苦行と言っても過言ではない夜の食事を済ませて眠気を感じながらのお風呂。

ローが先に入ってから入ったのだが彼はテラスの椅子に座っていた。

声を掛けるとこちらを向いた顔と合わさって、リーシャがお風呂から上がった事を知ったローはこちらへやってくる。

別にやってこなくてもいいのに、と思いながらベッドの中へ入ると欠伸をした。

 

「………………旦那様、ベッドはもっと広いですわよ」

 

このベッドは二人か三人用らしくとても大きい。

こういうのをキングサイズとでも言うのだろう。

まだ場所に余裕はあるのに密着度が変に高い。

背中とお腹が触れている。

ローは背が高いので正確には彼の胸が触れているのだが。

離れてくれと遠回しに言ってみても彼は「今日は寒ィ」と言う。

そうだろうか、別に暑くも寒くもない。

 

「ではもっと掛け布団を持ってきましょうか」

 

「必要ねェな……これで良い」

 

衣擦れの音と共に抱き締められる。

その格好は初めてではないが、ここまで胸が脈動する事は無かった。

今までの比ではない感情が身体の熱を上げる。

心なしかポカポカしてきた。

頬や瞼の裏が熱くなった気がしたが、気のせいだと何度も何度も言い聞かせた。

その内に寝落ちしたらしく、微かな物音に目が開く。

寝る前には居た男が隣に居なくて、トイレにでも行ったのかと思考。

しかし、二度寝をしようとした時、耳に僅かな話し声が聞こえて寝れなくなる。

何なのだろうと起きあがって静かに床へ足を付けると月の光りを頼りに扉へ手をかけた。

 

「だから……様……私を……」

 

「必要ない」

 

「いいえ、そん……だって……なんですもの」

 

扉から見えたのはメロディー家の令嬢だ。

その横にはローが居た。

 

「私……貴方が……自由で」

 

所々聞き取れない会話に耳を済ませている間に身体が前のめりになっていて廊下に出ていた。

遠ざかる二人を眺めていると後ろから声が掛けられる。

 

「トラファルガー夫人?」

 

「!……メロディー様」

 

メロディー家の婿養子の男だった。

優しげな顔で気遣うように見てきた彼はどうしましたかと聞いてくる。

貴方の妻と私の夫が逢い引きしてましたよ、なんて言えない。

 

「いえ、少しお水を飲みにと思いまして……」

 

誤魔化すように言うと相手はこちらへ笑みを向ける。

 

「ははは、では私が持ってきましょう」

 

「いいえ、そんな事を貴方様にお願い等出来ませんわ。お気遣いだけいただきます」

 

家主にしては気を遣いすぎやしないか。

 

「そうだ。お水ではなく温かな飲み物をどうでしょう」

 

「メロディー様。本当に良いですから……それよりも少し歩きたいので失礼致します」

 

ある一つの仮説が頭に浮かぶ。

断ってから歩き出そうとするとメロディーの男性は後ろからぶつかるようにリーシャを抱き締めてきた。

ベッドでローに後ろから包まれた時とは比べ物にならない程の鳥肌と嫌悪を感じた。

 

「なんのつもりですか」

 

至極冷静に努めようと尋ねた。

不倫みたいに見える。

スキャンダルは勘弁してくれ。

せめて自分以外の人間を相手に選んで欲しい。

 

「どうか行かないで欲しい」

 

「貴方の妻と私の夫の邪魔をしてほしくないからですか」

 

「!」

 

男は息を飲んだのか空気が一気に張る。

 

「私とて、こんな真似はしたくないのです……トラファルガー夫人」

 

(やっぱりか)

 

仮説はこうだ。

ローとキャロルを二人切りさせて、邪魔が入りそうなら引き留めろと言われているのだろう、という事を。

もう一つは夫婦仲を引き裂く為に互いが別行動をしているか。

結構名推理だと思う。

 

「メロディー様。こんな事は無意味ですわ。奥様は貴方を好いていない事を貴方が良く分かっているのではなくて?」

 

「っ!」

 

相手の身体が揺れるのを感じた。

実はお茶会の席でも食事の席でも男の女を見る目は慈愛があったと感じる。

好きなんだろうな、とちょっとした仕草でも分かった。

そして、ローへ嫉妬と羨ましげな目を向けていた事も。

彼が己の事故犠牲を行う時は恐らくキャロル絡みなのだろうとぼんやり思った。

今だってきっと彼女の事が好きで愛しているから虚しい行為をやっているのだろう。

全てリーシャの考えなので当たっているのかは謎である。

 

「メロディー様。貴方が苦しむ限り彼女は何も気付きませんよ。こんな無駄な事をしている時間なんてあったらキャロル様を探してはどうですか」

 

「リーシャ様……私は……」

 

相手の心理に問いかけてから身体に絡み付いている腕を解く。

既にリーシャを止める程の力は入っていなかった。

スルッと解かれた身体を正面に向けて笑う。

 

「貴族だろうと、愛しているのなら手を抜かない事ですわね」

 

男は目を見開いて泣きそうな顔をする。

止めてくれ、男を泣かせる趣味なんてない。

 

「貴女を好きになれば、私はきっと……」

 

「おい」

 

「「!!」」

 

突然の掛けられた声に揃って後ろを向けば、キャロルと消えた筈のローが立っていた。



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22

ローはこちらを見て冷たく言う。

 

「向こうの庭でお前の女が泣いてたぞ」

 

「!……まさか」

 

夫の顔が蒼白になる。

 

「なにもしてねェよ……焦る前にちゃんと首輪を付けとけ……それと、お前におれを責める資格が有るのか考えてからものを言え」

 

ローのイエローブラウンの瞳が男を射抜く。

彼はゴクッと唾を飲み込んで恐怖に滲む顔をしたまま庭へ走り去った。

それを見送っていると陰が目の前に近付いたのが見えて上を見る。

 

「目の前で堂々と浮気か?」

 

口を引き結んで言われた事がそれ。

ローだって令嬢と逢い引きみたいな事をしていた癖によく言えたものだ。

 

「貴方こそ好き勝手に浮気しているのでは」

 

「してねェ」

 

「どうだか」

 

それにローは結婚した時に宣言した。

 

「浮気しても構わないと言ったのは貴方ではなくて?」

 

「……チッ」

 

絶対に反論出来ない事を述べて相手が舌打ちしたのを聞くとフン、と勝利に息を荒くした。

海賊、七武海、そんな称号を持つ男に言われるままになんてさせない。

そう息巻いているとカツン、と音がして視界が相手の瞳を写す。

 

(ちか)

 

「……!」

 

相手の距離の近さに違和感を覚えた途端、唇が相手と合わさる。

頭に手を当てられて髪の中へ指先が差し込まれた。

角度を変えて何度も摩擦が唇を熱くする。

声を出す間もなく繰り返されるそれに離れる度に息がかかって文句を言う前に塞がれた。

いつの間にか身体が浮いて爪先で立っている格好に腰を抱き寄せられているからだと経緯を知る。

 

「余所見するな」

 

息も絶え絶えになっているのに、ローはとても普通だった。

僅かに胸が上下しているくらいか。

 

「も、や……!」

 

苦しくて離れようもしても腰を離さないせいで動く事も出来ない。

ローは苦しがっている事を知ったからか部屋の扉を器用に片手で開けた。

 

(これはヤバい)

 

この流れはベッド行きだ。

それだけは阻止しなければ。

首筋にキツく吸い付かれながら霞む思考。

 

 

 

翌朝、全く眠れなかったので目がシバシバするのを感じて横に居るローを見た。

結論から言わせてもらうと純潔は守った。

方法は、あれだ、兎に角相手のお腹を殴った、殴って萎えさせた。

寝る前に額が青筋で浮き上がっているローを見たからか夢に出てきて眠れなかったのだ。

隣にローの姿は無い。

安堵しつつ朝には帰る予定となっているので身支度を始めた。

 

 

 

***

 

 

 

LAW-side

 

 

お茶会も終わり部屋に戻ると面白いくらい反応が返ってきた。

 

「何故上手く言葉を返してくれなかったのですか?夜の食事の時もそうでしたわ」

 

「だが、周りには影響はあるだろ」

 

「私だけ一人でペラペラと話していたようなものでしたわ。とても虚しかったのですが?」

 

少し怒ったように目を吊り上げる女に内心笑みが出そうだと思った。

こんなに子供のように怒る等、想像する事も出来ないようなプライドの高い女だったのに。

そもそも、一泡吹かせてやろうと企んで、それさえもまさか協力してくるとは思わなかったので密かに驚いたのだ。

期待していなかったのに期待を裏切る形で話しを振って仲良しアピールをしてくるとは、と食事会の時に思った。

必死に話を繋げようとする態度と様子に楽しんでいた事を認める。

そして、それを見ていて独り占め出来ない事を残念に思った。

こうして、共に寝床を共にしているが一度も相手を抱いた事はない。

だから、厭らしい雰囲気もないがそれなりに楽しいのは事実。

こんなにも女と居て、ただ話しているだけなのに全く苦ではない。

 

「そう言うな……くく」

 

取り敢えず宥めておこうと取りなすがつい笑ってしまう。

 

「まあ!……もう、分かりましたわ!反省するまで貴方とは口をききません。私は休憩に入ります。邪魔しよう等と思わないように。旦那様はシャワーを浴びてきて下さい。嗚呼、案ずらなくとも貴方の裸を覗く事など絶対にしませんわ」

 

最後に嫌味というよりバカにした言葉で締め括る女を見送る。

 

「覗くか……フフフ」

 

なんて拙い反抗なのだろう。

思わず声を出して笑ってしまう。

彼女に聞こえたならまた怒らせてしまうだろうと、気持ちを一度リセットしようとコーヒーを入れる。

それから脱衣場に向かう。

先に入って部屋へ戻るとまだプリプリしている状態のリーシャが居た。

彼女が浴室へ入るのを見るとテラスへ向かい、またコーヒーを飲んだ。

 

それから数分して彼女がシャワーから上がったのはとっくに知っていたがテラスから見てくる視線にゆるりと振り向いて、さも今気付いたように装う。

私はローにシャワーを使った事を伝えてくると直ぐに寝室へ向かった。

怒っていた事など頭から既に無くなっているのだろうと直ぐに悟る。

ローも寝室のある方向へ行く。

機嫌の直った妻の居るベッドにこっそり忍び込んだ。

 

「旦那様、ベッドはもっと広いですわよ」

 

直ぐに思っていた反応が返ってくる。

 

「今日は寒ィ」

 

本当は寒く何てない。

普通だ。

それを彼女も気付いているのだろう、解せないという声音で「ではもっと掛け布団を持ってきましょうか」と述べる。

 

「必要ねェな……これで良い」

 

そう理由を付けて彼女の柔らかい体に腕を通して体を寄せた。

脈を測らずとも早いのが分かる。

ローも共鳴するが如く心臓の脈動を感じた。

そのまま様々な感情に浸りながらリーシャの寝息と寝顔を見ているとこちらも眠くなってくる。

それから微かな音で目を覚ます。

海賊という職業上、そんな些細な音でも起きてしまう。

否、起きなければ死活問題だ。

 

その物音は一度や二度ではなかった。

なんだ、と思いながら彼女を起こさないように起きあがると足音を消して夜の部屋を移動する。

扉を開けると傍にメロディー・キャロルが居た。

いつかは近付いてくる事は分かっていたので、薄く口元が上がっていくのを感じる。

明日の朝には帰るので今日のうちに何か仕掛けてくる事を予期していたのだ。

 

「トラファルガー様、少し宜しい?」

 

相手の女の愚かさと迂闊さに頷いた。



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23

LAW-side

 

 

廊下に呼び出されたロー。

開口一番にキャロルはとても憐れみを含んだ言葉を投げ掛けてきた。

 

「貴方様のお噂は私の耳にも届いております。貴方は捕らわれのお人……貴方を救ってさしあげたく思います」

 

笑える、と笑みを浮かべる。

何から救おうと言うのだ。

別に捕らわれた覚えはない。

 

「だからトラファルガー様……私を……愛人にして下さいませ」

 

「必要ない」

 

そんな言葉しか出てこないのかとこの女のボキャブラリーの低さにがっかりした。

呼び出したのだからもう少しマシな会話をして欲しいものだ

 

「いいえ、そんな事はありませんわ。だって貴方はあの女に騙されているのです。その姿はまやかしなんですもの」

 

微かな音と気配を後ろに感じた。

 

「私……貴方が七武海として、自由で居る姿を見たいだけなのですわ」

 

良くある、男なら言われてみたい台詞や甘い言葉を散りばめてくる。

ただの男ならコロッと落ちるかもしれないが生憎ローは海賊だ。

そんな陳腐な文句で落ちているのなら笑い話しである。

何故この女はそんな言葉で自分が靡(なび)くとでも思ったのか、頭の中を執刀してみたい。

それよりも、視線の元がリーシャだと確信したので場所を移した方が色々と都合が良い。

ここでこの令嬢を逃せばまたちょっかいをかけてくるかもしれないと分かっていたので庭に行こうと笑う。

相手に皮肉の笑みを向けたというのに女はそんな意味の視線すら気付かずに嬉しそうに行きましょうとつられる。

馬鹿な女だとことごとく思った。

 

 

 

庭に移動すると胸に身を寄せてくるキャロルに今直ぐ引き離したい衝動に駆られた。

 

「トラファルガー様。私を愛人にして下さいませ。その方が貴方の為なのです」

 

(自分の為の間違いだろ)

 

クッと聞こえないように笑う。

ローも権力を得る為だけに結婚したから権力がどれ程重要かは熟知している。

だが、こんな貴族の権力上昇に協力してやる程の魅力はメロディー家にない。

もし、リーシャの家の権力よりも上だったのなら利用仕返す事も考えた。

 

「おれには妻が居るんだぞ」

 

「貴女はあの女に無理矢理結婚させられましたのよね」

 

夫の居る身で無理矢理等とはかなりの無茶な台詞だろう。

おまけに婿養子だから結婚させられた気持ちがこの女に理解出来るとは思えなかった。

 

「可哀想な人、私なら貴方をあの女から守れますわ。あの女性は悪魔なのです。噂でも彼女は様々な事をやってきましたわ。その行いのはしたなさと言ったら……」

 

ローは愛人にしろと言って己の事を棚に上げるキャロルの言葉を遮る。

 

「黙れ」

 

リーシャの何を知っているのだ、と睨む。

この女は噂のローを手に入れたいが為だけに彼女の事を口にしているのだ。

もう脅す事が一番だろうと判断する。

愛刀の鬼哭を能力で出して抜き身を女の首に近付けた。

 

「金輪際おれ達に近付くな。少しでも陰がチラツいたら徹底的に潰す。こっちはそれを出来る力を持っている」

 

それだけで呆気なく顔を青白くして震え出す身体。

 

「その事を忘れるな」

 

刀を鞘に収めると泣き崩れる女が視界の端に見えたが気にする価値もない。

話す時間を無駄にした徒労感が漂い、さっさと寝てしまおうと宛てがわれた部屋の近くに行くとメロディー・キャロルの夫とリーシャが何かを話していた。

しかも男の方は目に期待を秘めて相手を見ていたので内心沸々と知らぬ感情が胸から溢れてくる。

自分には妻が居る癖に他に手を出すなど身の程知らずか。

ローが折角目を付けた女に対して他の男が目を付け掛けているというのは解せない。

そして、許せない。

男が彼女に何かを言い掛けて本能的に言葉を遮る。

彼女は男の言い掛けた言葉の最後が分かっただろうか。

分かったとしても手放さない。

その男には惜しい女である。

高望みし過ぎる男にお前の妻が泣いていると言えば変な方向に想像して顔を青くするつまらない反応。

そんなに嫌なら首輪を付けてちゃんと見張っていれば良いものを。

心の中で呆れ果てながら男を見ていると奴は庭へ去っていく。

そんなに心配なら余所見などするな。

ローはリーシャに向き直ると彼女ヘと皮肉を歌う。

 

「目の前で堂々と浮気か?」

 

なんて言ったら彼女は何と返してくるのだろう。

リーシャは考え方が聡明で頭が良く回るらしい。

それで時々ロー自身を翻弄する。

 

「貴方こそ好き勝手に浮気しているのでは」

 

結婚するのも億劫なのに浮気をしている暇など無い。

 

「してねェ」

 

「どうだか」

 

返してきた言葉に心底イラつきながら彼女を見ていると、とても言い返せない事を言ってくる。

 

「浮気しても構わないと言ったのは貴方ではなくて?」

 

「……チッ」

 

確かにローは結婚をした日に言った。

言った事は無くならない。

どうすれば言葉の意味が緩くなるのか考えた。

今は夜で相手は寝間着だ。

その気にさせれば乗せられてくれるだろうか。

乱れる彼女を想像して高揚感を感じた。

近付いて上を向かせると瞠目するのが見えて口元を上げる。

驚くのはまだ早いとばかりに何かを言われる前に相手の赤く熟した色の唇を塞いだ。

色んな事が頭に渦巻いて思考が乱れている様子のリーシャがこちらだけに集中しないのが釈然としない。

 

「余所見するな」

 

相手の抗議の意志が宿る瞳を無視してその唇を堪能した。

彼女に今まで何度も翻弄させられてきたから意趣返しとでも言おうか。

何度も何度も合わせては足りないと感じる。

首元に噛みつく頃にはいけそうな気がしたのでそのままベッドに運ぶ。

捕食しようと腰に手を這わせた所で彼女の珍妙な動きに目を丸くする事になる。

最初は抗っているのだと思って小さな抵抗を無視していたのだが、その動きが的確に阻止しようと動いているのを知った。

ローの腹にグーパンをしてきたり髪の毛を躊躇なく引っ張ったりと微かに痛い地味な攻撃をしてきたのだ。

数分で体力切れになるだろうと思って気にも止めなかったのだが、それから二時間と経っても攻撃は無くならない。

 

「……そんなに嫌か」

 

「私達は政略的に結婚しましたわっ。ですので私は貴方の妻としてこれまでやってきました。貴方は結婚した日に干渉してくるなと言いましたわよね?でしたら改めて私から言わせていただきます」 

 

あれ程絶え間なく攻撃してきたのに良く話せるものだと関心する。

 

「私に一切個人的に干渉をしてこないで下さい」

 

リーシャは真面目にそう宣言した。



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24

それから帰りもいつローに体を求められないかドキドキしながら夜を迎えた。

けれど、特別何かをしてくる事はなかったのでぐっすり寝ていたのだが、稀に朝になって起きようとすると日課になりかけているローとの添い寝に寝ぼけているのか胸に手を当てて軽く触れてくる。

揉むとまではいかないかもしれないギリギリの行為に必死に手を退けて朝から体力を削られるのが辛い。

一緒に寝ないとソファーで寝たのに朝になるとベッドに寝ていてローも寝ていたなんて事も最終日にあった。

帰りは行きより少し遅め移動していたのであと少しという所には夕方になって日も落ちてきている頃。

そんな時、目を閉じていたローが唐突に目を開いた。

 

「囲まれてる……おい!」

 

馬の手綱を引いている男に声を掛けた。

男はローに馬を止めろと言われて慌てて手綱を引いて移動する事を止める。

 

「お前は此処に居ろ。直ぐに終わらせてくる」

 

ローはリーシャに言い付けると音もなく扉から出た。

御者も困惑しているが、ローの言葉を信じて待つ。

彼は七武海だ。

信憑性はずっと高いと確信しながら目を閉じると男達の声が聞こえて脳裏に小説や新聞の内容が思い出される。

残念な事だが、前世よりも治安の悪い世界だから夜盗も追い剥ぎも居るのだ。

考えに浸っていると騒動も何も聞こえなくなっていたので目を開ける。

きっともう片付けたのだろう。

彼の能力は人を殺すものではないので気絶でもさせたのだと自己完結。

扉が開いて馬車へ乗るロー。

やはり、夜盗では敵にも運動にもならなかったらしい。

少し息を吐き出して馬車の御者に馬を動かすように言う。

全く息も乱れていない。

パンクハザードの戦いがどれほど激しかったのか分かる気がした。

息も乱れて血も流れて、心臓を握られる度に呻き声を上げていたのだ。

さぞかし激戦だったのだろう。

ローはリーシャが見ている事に気付いてこちらを向く。

目が合うと、視線で何だと問いかけられて「別に」と窓に目をやる。

此処はもう暗くて周りが見えない。

やられた夜盗も見えないので少しだけでも見たかったような見たくなかったような気持ちに内心笑う。

表面上では無表情でいた筈なのに、いつの間にか隣にローが座っていて驚く。

 

「気になるなら言え」

 

「ありませんわ」

 

「おれとの結婚が政略的だから言えないのか」

 

唐突に始まるなにかに「は」と呆ける。

今更何を言い出すのかと思えば。

失笑したくなる衝動を抑えてニコリと笑う。

 

「とんでもありません。旦那様。私は旦那様と結婚できて嬉しく思っていますわ。ええ」

 

(真っ赤な嘘ですけどね)

 

きっとローもその嘘に気付いているのだろう。

だって今まで散々彼に政略的結婚だの、干渉してこないで、等という言葉を言ってきたのだから。

ローは少し黙ってから改めてこっちを見てから見つめてきた。

 

「全部、無かった事になればいいのにな」

 

そう述べる声音はいつもよりも沈んでいるように聞こえた。

 

 

 

眠りこけていたらしく、起きたら自分の部屋に居た。

どうやら運ばれたようだ。

丁寧に布団もかけてある。

呼び鈴を鳴らしてメイドを呼ぶとお風呂の用意をしてきて欲しいと頼む。

メイドは畏まりました、と頭を下げて部屋を出ていく。

それを見送ると周りを見回して自分の荷物を見つけて近寄る。

まだ荷を解いていないので中に色々と入ったままだ。

 

「奥様」

 

部屋をノックする音と呼び掛けに答えるとシャチが現れた。

室内に入るとシャチは「おかえりなさいませ」と言ってくれる。

その言葉は何度も言われているけれど、今までと比較してからその声音が本当に帰還を喜んでいるのだと感じられた。

彼が嬉しそうなのはローが帰ってきたからだろう。

決してリーシャに向けての声ではない。

気落ちしているのか、疲れているのか、後ろ向きな考えが浮かんでくる。

それをどうにか隠して「ただいま」と告げた。

家は何のトラブルも無かったかと聞くと肯定が帰ってくる。

そりゃ、シャチとペンギンが居ればそこら辺の警備よりもずっと心強くて頼りになるだろう。

 

「シャンデ。貴方にお願いがあるの」

 

ふと、前々から考えていた作戦を思い出してから彼に頼む。

とある物を用意するようにと頼むと彼は疑問の顔をしながら了承する。

部屋を後にするシャチも見送ると荷物を整理する為に体をグッと解した。

 

 

 

翌日、リーシャは朝から忙しく働いていた。

前に思っていたバイトではなく、屋敷のキッチンで作業を繰り返していた。

シャチに予め言っておいた材料を揃えてから腕まくりして、せっせとレシピを間違えないように作っていく。

とある料理なのだが、ローへと渡すつもりである。

この数日、確実に距離を縮めてしまうという失態を繰り返した汚名返上だ。

好感度を兎に角下げなければと意気込むと出来上がった物をキッチンに並ぶお皿に並べた。

ふう、と滲む汗をハンカチで拭くと我ながら力作だと微笑む。

ふふふふ、と不気味に笑えてしまう自分。

周りに誰も居なくて良かった。

出来上がったものをメイドとシャチ達に運んでもらおうと彼等を集める。

こういう時の電伝虫というのは便利だ。

未だにそれを体内に入れるという事は生理的に出来ないが。

ナミが胸の中に入れているのを見たときは驚いたものだ。

電伝虫は小さくて持ち運びも楽である。

自分なりのマイ電伝虫も作れるし。

 

「これを運んで貰えるかしら」

 

皆に言うと彼等は嫌な顔をせずにいそいそと運んでくれる。

最後の一皿は自分で運ぼうと手に抱えるとキッチンを出て廊下を進む。

五歩程歩いた時に靴がつんのめって転びそうになった。

 

「あ!」

 

お皿も作った物も駄目になる。

と、半ば諦めて転けるのを待つと誰かに抱きかかえられた。

お腹に圧力が掛かってフワリと立たされる。

 

「気を付けろ」

 

助けてくれたのは、なんとローだった。



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25

さて、此処で今更なのだが、ローの好感度を下落させようと思う。

もう結構ポイントが溜まってきたので減らさなければ。

正直に言おう、べらぼうに焦っている。

かなり好感度が高まってしまって焦りに焦っている。

いっそフラグっぽい浮気の一つや二つくらいをしようと考えなかったわけではないが、メロディー家の一件でそれをするとタダでは済まない気がした。

生きて帰れない的な悪寒。

 

正しく死にフラグである。

という訳もあって、死にフラグではない比較的生還率の高い方法をしてみる事にした。

という、諸々の事情によりパン計画を立てた訳だ。

もうローは席に着いているので後はこれを出すだけだ。

ほくそ笑んで誤魔化しつつ出すとローは期待通りの反応を示してくれた。

 

「旦那様。私が丹精込めて作ったものですわ」

 

「こんなに沢山……?」

 

好感度が高いので食べてくれる事を期待して相手がパンを摘まむのを待つ。

 

「おれはパンは嫌いだ」

 

「え!?そ、そんなっ」

 

と悲しそうに演技、ここポイント。

そうすれば、ほら。

困った顔をして眉間に皺を寄せるロー。

内心ほくそ笑んで外面は悲しげにをモットーに。

しかし、この反応では食べないし、好感度も下がらないかもしれない。

 

「そうだわ!私が旦那様に食べさせてさしあげます」

 

名案だと手放しで提案するとローは更に顔の表情筋を使う。

険しくなった。

怖くない、そんな顔をしたって。

何せ嫌われるのが目標なのだから。

笑みを浮かべてローの止めろ、という視線をスルー。

椅子に座ってサンドイッチを手で摘まむと#name1#は彼の口へ持って行く。

大丈夫、美味しいから、と告げてまた笑う。

 

「七武海ともあろう方が……まさかこれを食べれないとでも……?」

 

嫌な女を演じる事にした、これなら嫌われるかもしれない。

 

「だから俺はパンが嫌いだと言った筈だ」

 

「すみません、お耳が休業中なのでよく聞こえませんわ」

 

わざとそう言って嫌な態度を取る。

あくまでも表面は笑顔を節度に頑張った。

ローは口角をへの字にしてギラッと睨んでくる。

しかし、そんな事を怖がっていても何ら目的を遂行出来ない。

しっかりとした意志で挑んでいるので逃げ腰に等にはならないリーシャ。

 

それを凄いという目で見ている使用人達の視線を一心に背負い、果敢にローへとパンを進める。

ローは何でこんな事をする、と聞いてくるが、理由なんて色々有りすぎて言えない。

例えば離婚して欲しいからだとか、嫌われたいだとか。

どれも言ったら叶えてくれるだろうか。

いや、ローは微かにリーシャという存在を認識しているから言わないし、叶えないだろう。

それらを口に出すのは賭事に近い。

 

「ほら、早くお食べになって?」

 

ローの質問には答えず微笑みでグイグイ押す。

しかし、ローは嫌な顔をしてパンを押し返した。

パンをリーシャの手から取り上げたので「あ」と行方を追う。

パンの入っている籠に戻したのでまた取ろうとするとその腕を掴まれる。

口を開く前に椅子から強制的に立ち上がらされ、引かれた。

遂に嫌われたのか、と期待に瞳を輝かせる。

どこへ連れていかれるのだろう。

ローの自室として宛てがわれた部屋に付くと部屋へ入れられて問われた。

 

「さっきのあれは何だ」

 

腕を掴まれたまま問われて考えていた答えを提示。

 

「旦那様の為にと作ったパンですけれど」

 

シレッと言うとローは声を出さずにリーシャの顔を見つめる。

一応目を合わせてみると探っているらしく目を細めていた。

真意を覗こうとしているみたいだ。

生憎、それを見破られるようなヤワさは持ち合わせていない。

ニコリと笑って誤魔化すとローは溜め息を一つ吐いた。

 

「もういい」

 

「では部屋を出てもよろしくて?」

 

ローはそれに待てと言う。

まだ他に何かあるのだろうかと彼を見ると一瞬で目の前に距離を縮められる。

驚いて下がろうとすると彼の腕が腰に回されて身動きが出来なくなった。

離して、と言っても聞く耳を持たない。

恐々と上を見上げるとやはり口元を上げたローが居たので嫌われたのは錯覚だったのかとうなだれる。

 

「朝の挨拶がまだだっただろ」

 

いつ、そんなものをするように言ったのか、と思案していると朝の挨拶なのであろうキスを受けた。

 

 

ぐぬぬ、どうやら好感度を下げられなかったし、失敗したみたいだ。

なんと難易度が高いのか。

恐るべしトラファルガー・ロー。

狡猾に計画的に人生を歩んできただけはあるらしい。

こうなったら作戦変更である、プランBと名付けている。

 

因みにパンの計画はAだった。

と、いう余談は池に投げ入れておこう。

プランBはローが嫌いそうなものを選んだ、さぞ退屈で欠伸を出すだろう。

貴族の嗜みの一つ、鑑賞会。

簡単に言えばオペラを見に行くのだ。

海賊にとっては、つまらないし退屈なオペラだ。

それを承知で連れて行き、明日も明後日も一週間連れ回せばいくら好感度が上がったローだろうと我慢等出来まい。

 

内心覚悟しやがれとほくそ笑んで誘う。

渋るなり嫌な顔をするなりと何かアクションを起こすかもしれないと予想していたのだが、どうやら何とも思っていないようだ。

小憎たらしい事この上ない。

ついでにオペラで殺人事件的な何ちゃって事件でも起きて欲しいなと密かに思っている。

オペラ関係者、ごめんなさい。

ちょっと内なる獣を吠えさせたいだけだ、尚、別に厭らしい意味ではないので悪しからず。

ちょっこし暴れたいだけである。

ウズウズするのはローの好感度を下げられるからだ。

オペラも転成してから初めてなので少し楽しみでもある。

 

(確か恋人の話し……だっけ)

 

夫婦で仮初めな自分達が見るにはかなり不相応な内容だ。

逆に世の中にはこんな恋も出来るのかと惨めになるかもしれない。

そんなどうでもいい事を考えながらローを見てみる。

全くの無表情だ、眉一つ動かさない。

面白くないな、の卑屈になっているとオペラ会場に着いたらしく馬車が止まる。

扉を開けて降りるとローがいつの間にか先回りして手を取るというレディファーストをしていた。

サンジなら分かるが、ローがすると違和感有りまくりである。

 

まさかするとは思わなくて目を丸くして固まっているとククク、と笑う男。

からかわれたのか、間抜けな顔を笑ったのか定かではないが手を借りずに自力で降りた。

オペラ会場は貴族御用達の場所で民間人は入れない。

愛人を連れて密会というのもあるので仮面着用オッケイだ。

なのでローは馬車から降りる前に仮面を付けている。

妻であるリーシャも顔バレするとローというのもバレるので同じく仮面を付けていた。

端から見れば訳ありの二人であった。

不本意だが下手に騒がれるのも嫌だから我慢。

中へ入ると外装も凝っているが内装も同じくお金が掛けられている。

落としてくれるお金の桁が違うので当然かと納得。

ボーイが行き交う中で指定された席に座る。

あまり人が居ない所を探してどこが良いかと訊ねられ、好きな場所を言ってチケットを買うというのが方式だ。

だからまあ行き易いといえばそうだろう。

ローだと分かる程人の近くに居るのを避ける為だ。

有名人を隠すのも大変である。

息を吐いてやっと座れたと一息。

 

隣のローはやはり無表情。

何とも思っていない顔だ、何故良いと許可をして付いてきたのか不思議な程。

パンフレットと小さな双眼鏡を渡されていたのを思い出してパンフレットを開くと簡単な説明が書いてあった。

双眼鏡を一応ローに進めると、必要ないと言われた。

目が良いのか、それとも見る気等塵も無いのかもしれない。

元々は見せかけの夫婦なので当然付き合ってくれているだけのようだ。

ローを観察するのを終えると幕の前に人が現れ、幕がこれから開くという合図と司会進行を宣言した。

彼はそれではお楽しみ下さいという言葉を掛けて消えると幕が開く。

わくわくしてきた。

 

オペラが始まってからは随分と引き込まれていたらしくいつの間にか拍手に会場が包まれていた。

どうやら終わったようだ。

気付かなかったと隣を見るとローは真っ直ぐ見ていたので内心見てたのか、と少し意外に思った。

拍手を少ししてから幕が下がるのを見てパラパラと会場に居た人達が席を立つ。

最後ら辺でいいや、と思いながら人の流れを眺めているとローが帰らないのか、と声を掛けてきた。

今日はあまり話さなかったので無口な日なのかと思っていたが、どうやら違うようだ。

話しかけてきたローに自分の考えを伝えると分かった、と一言頷いて席へ座り直す。

こちらの意見を聞いてくれた事に至極驚くとローはこちらの雰囲気を感じたのか口角を上げた。

仮面を付けているので妖しさMAXだ。

オペラの雰囲気に溶け込んでいる。

 

(舞台に居ても違和感ないね)

 

感想を抱くと周りを見てから人が大分減ったと感じて席を立つ。

ローに行きましょう、と声を掛けると彼は立ち上がりコキッと肩を鳴らした。

馬車に乗り込むとフリーマーケットをやっているらしく、人が行き交っているのが見えた。

 

楽しそうだと見ているとローが馬車を止めて#name1#にも降りるように言う。

何か考えがあって言っているかもしれないので素直に従う。

それに、あわよくばフリーマーケットで沢山買って我が儘令嬢を演じられる。

ニコニコと笑みを貼り付けて馬車を降りるとローは迷い無くフリーマーケットの中へ入っていく。

人混みが嫌いそうな感じなのに意外に思う。

 

「旦那様、何か買われるのですか」

 

その為に馬車を止めたのだと思って尋ねたのだが、彼は「見てから決める」と言って淀みなく前を向く。

何となくという意味だろうかと思っているとスイスイと進む体躯。

男の背は高く威圧感もあるので人が避ける。

仮面を此処でも被りたくなるのは仕方ないだろう。

出来れば他人を装いたくなる。

しかし、考えてみてくれ、女で背も対して高くない自分が人混みに紛れるとどうなるか。

流されて揉まれてはぐれる。

 

「だ、旦那様……」

 

呼んでみても人の雑音にかき消される。

 

「あ?」

 

しかし、ローはちゃんと聞こえたようでこちらを見てから少しだけ止まった。

アプアプと海から顔を出すような感覚で人混みを掻き分けるとやっとの事でローの元へ辿り着く。

 

「……行くぞ」

 

「あ」

 

ぶっきらぼうに言ったのに腰を抱いて歩き出す。

突然の行動に呆気に取られながらも付いていくしかない。

ヨタヨタとおぼつかなかった足がローのエスコートが加わった途端にサクサクと進めるようになる。

例えるならばそう、満員電車で連れがさり気なく苦しくないように空間を作り出してくれる感じだ。

自分でも何を言っているのか分からない、今のはなかった事にしてほしい。

 



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26

あちこちを見てから可愛い物や雑貨を購入したりしてなかなかに有意義だった。

人が多いので人通りの少ない道へ避ける。

ローも向こうに行きたいと顔に書いている感じ(多分)だったので提案に乗ってくれた。

そこにはポツリとあるテント、中から夫婦らしき男女が出てきた、エンゲージリングを填めている。

何やら困った様子で声を潜めて話している、ソワソワと己の中にある好奇心レーザーが反応していた。

是非話していただきたいと生唾を飲み込んでから深呼吸、意を決して話しかける。

最初はやはり警戒心を露わにしていた民間人の夫婦はお節介と化したリーシャに誤魔化すように話してきた。

ローはお人形のように喋らずただ立っているだけだ。

 

「大丈夫です。貴女達の事も話された事も他言無用とします」

 

「……だがしかしですね」

 

「分かりました」

 

「マーベラ!?」

 

男の人が驚いたように女性の名らしき声を発する、マーベラと呼ばれた方は気にする事なく男性を一瞥する。

 

「この人は大丈夫。信じて賭けて見るしか私達は出来ないでしょ」

 

どうやら彼等の悩みはお手上げ状態らしい、悩ましげに溜息を吐いた女性は冷静にまとめて簡潔に話してくれた。

内容をまとめるとつまり、此処の近くに家を建てているのでこの場所の治安はとても良い。

だが、ここ数ヶ月、とある事件が近所で噂となっている。

その事件は事件と言うには薄く、怪奇といったもの、とどのつまり幽霊騒ぎであった。

それを聞いて成る程、と頷くリーシャ。

まだローはなんの反応もしていない、意見も反論もないのだろう。

命令されるのも勝手に決められるのも嫌な筈の彼が何も言わないのなら好きにさせてもらおうと決める、リーシャのターンだ。

幽霊騒ぎは基本夜中に起こるので夜になる前に目撃情報がある場所へ向かい隠れるという事にした。

この事件へ首を突っ込む事に関してローは仕方がないと言いたげにして付いてきた。

 

「別に無理に付き合おう等と気をつかわなくとも良いのですよ?旦那様」

 

「夜中にお前が人に襲われたらどうするる?防衛手段はあるのか」

 

夜中は襲われやすいから付いて来てくれたらしい。

こういうさり気なさに赤面しているから夜で良かったと思う。

顔の色も見えないし、いくら彼の夜目がある程度効くといってもここまでは分かるまい。

好感度の上がり具合をとことん感じたのでそこは焦らなくてはいけないが、今は兎に角張り付いて犯人を見つけなくてはいけないし呼吸を数回。

 

「どうやら来たみたいだぞ」

 

「え。人?」

 

何やらゴソゴソしている妖しい人影が動いている。

彼の目には僅かに何をしているかを知ろうとしている雰囲気を感じた。

 

(やっぱり犯人は本物の人か……呆気ないカラクリ)

 

本物の幽霊だったならば楽しそうだったのに。

残念に思いながらこんな子供の悪戯みたいな真似をする人物を捕らえる事にする。

持っていた魚を捕獲する網目の捕獲縄を手に持って、密かに練習していた手順で捕まえた。

これは屋敷に賊が入ったときに防衛と攻撃手段を得る為の自己防衛だ。

決して、ローにこれで嫌がらせしようなどとは思っていない、思っていない。

大事な事なので二回言わせてもらう。

 

「おい……いつの間にそんな技術身に付けたんだ…………」

 

ローの呆けた声音を聞きながら悪戯をする犯人の叫び声の場所へ向かう。

なかなか良い筋だと思う、自分でも上手くなったと言える。

 

「え?大人?幽霊騒ぎを起こしたのって…………嘘でしょう……」

 

子供ではなくちゃんとした大人だった。

網に入れた状態のまま脅す。

 

「黙れ。痛い目に遭いたくなけりゃ今すぐその煩い口を閉じな」

 

その辺を通りすがった通り魔みたいに見せかけて吐かせようと決めていたが堂に入っているらしくローのギョッとした雰囲気がこちらを突き刺す。

 

「ひいい!どうか命だけはっ……金ならやるからあ!」

 

「聞こえなかったのかい?黙れって言ってるだろう?」

 

犯人はそれで泣きそうな声音を押し殺して黙る。

あまり叫ばれると人が出てきて尋問が出来なくなってしまう。

 

「あたいの聞いた事だけ答えな」

 

「は、はい……!」

 

盗賊か何か、兎に角危害を加えられると思われているのでスムーズに事が運ばれる。

 

「ここ最近幽霊騒ぎが近辺で起きてるって聞いてね。これはあんたの仕業かい?」

 

そうだ、と答えたのを聞いて理由を聞く。

けれど、後ろに恐い相手が居るからかなかなか口を割らない。

 

「仕方ないねえ。あんまり服を赤く染めたくないんだけど……足から風穴を空けてやるよ」

 

脅す、脅し文句に重ね、相手が慌てて誰の指示かを吐く。

 

「今日の事は好きに報告しな。精々これから背後には気を付けるんだねえ……ははははははっ」

 

不気味な高笑いでフィニッシュ。

最後、相手に持ってきていたクロロホルムで眠らせて網を回収して証拠隠滅。

最後の最後に相手の額から顎下にかけて『怪盗R』と書く。

屋敷へ速やかに帰還し、ローと少し居間で今日の疲れを癒す。

真夜中のティータイムだ。

ローは一息付くや否や、凄く聞きたそうにこちらを凝視してくる。

 

「お前はなに者だ」

 

「あらやだ。私の顔をもうお忘れで?お早い病にかかられたのですね」

 

嫌味を乗せてそれに返すとローの鋭い目が射抜く。

 

「ただの貴族の女にしては何もかも可笑しい」

 

「でしたら別れるなり何なり、私と縁をお切りになされれば良いのでは?貴方がこの結婚を望んだのですけれどねえ」

 

これを機に離婚してくれるのなら嬉しいが。

疑うのなら調べてから結婚すれば良いではないかと呆れる。

最も、結婚したての頃はまだこの人格はないので調べても何も出ない事は己が一番良く知っているけれど。

茶目っ気のある目でローを見やると先程の鋭い目はなくなっていた。

 

「そう言われたらそうだな。だが、別れる予定はない。益々目が離せないだけになった」

 

また知らずの間に好感度を上げてしまったらしい。

 

「そうですか?私は逆の事を推奨するだけですわ」

 

つまり別れろと言ってみてもローは聞いている素振りもなく口元を上げただけだった。

 

「それにしても、まさか犯人があそこを狙う土地の奴だったとはな」

 

「あそこに居る人達は皆民間人。貴族の沢山来る娯楽施設の近場であったなら狙われるのも当然な立地ですものね」

 

犯人の言った内容は幽霊騒ぎを起こして土地に曰く付きというものを貼り付けて値段を土地事下げさせてから買い取る。

貴族にそこへ住んでもらい腕利きのゴーストを倒す人間を招いて脅威は去ったと大々的に貴族に売り出す。

 

「おれはお前の網捌きと女盗賊の演技に目から鱗だったけどな」

 

「私から言わせてもらえば貴方は男性なのにただ立っていただけだったのは期待外れでしたわ」

 

つまり、何もしなかった男だと認識させてもらったという事だ。

ローはフフフ、と笑うと「あまりに演技が凄過ぎて自分の入る隙がなかっただけだ」と言い訳してくる。

あの程度で驚くなんてローはやはり若い証拠だ。

 

「で?これから何かやるのか?まだ立ち退かせる気があると思う」

 

「ええ。それは私も同じです」

 

やれる事は僅かしかないが、しないよりは効果があると思っている。

リーシャは高揚感の残るまま、寝室へ向かった。

 

 

 

後日、幽霊騒ぎがあった町では『地主が町おこしをしようと盛り上げる為に幽霊がランダムに出るというイベントを行った(という噂であり本人も非公認の噂)』が流れて、逆に幽霊が出ても嬉しい、楽しい悲鳴が起こる町となった。

それにより娯楽施設が近いという、他にもイベントを定期的にする町と有名になり土地を奪おうとする機会が永遠に奪われたという。

 

 

 

 

 

それ日は生まれて初めて長いと感じた一日だった。

後になって思えば、いつ破滅しても可笑しくない男の隣に並んでいたのだ。

 

 

リーシャはその時間、ひたすらローの好感度を下げる方法を探していた。

日記に書き溜めては悩み、頭を捻る。

 

(食べ物に全部唐辛子入れるとか?)

 

地味だけれど嫌われるのは必然な方法だ。

 

「奥様っ!」

 

メイドの二人が慌ただしく屋敷の中を走りこの部屋へやってきた。

その顔は鬼気迫る感じで、何かヤバい事態があったのだと思うのに時間はかからなかった。

 

「どうしたの?」

 

こちらも慌てるとパニックになると冷静を努め聞くとメイド達はこちらに盗賊の姿をした人間達が押し寄せているらしいと受ける。

シャチとペンギンにそれを伝えてこいと言われたのでここまで来たのだと言う。

彼等は何をするつもりなのかと思ったら想像に難しくない。

電伝虫を取ると慌てて電話を掛けて二人を召集する。

 

「奥様!私達はどこに!?」

 

「ええ。隠し部屋があってそこから見つからない出口に行けば今なら囲まれる前に脱出出来るわ!こっちへ来て!」

 

実は作ってあった。

いつからか、その部屋を作るのが貴族の間に恒例となっていたので迷う事なく案内する。

その道すがら、シャチとペンギンもやってきてこの屋敷に集う人間達の事を教えてきた。

 

「どうやら彼等はせ、じゃなくて旦那様の留守を狙って来たみたいです」

 

ペンギンは落ち着いた様子でシャチと言い合う。

 

「人質にしようとしている可能性があります!」

 

その言葉に蒼白になるメイド。

まだ若いし、死にたくないと顔に出ている。

彼等の言葉を纏めるとどうやら七武海として制裁した海賊達の残党が報復をする為に手を組んだのでかなりの人数らしい。

リーシャを人質にして首を取るつもりらしい。

それか、妻である自分を殺してローに絶望を味遭わせようという目論見らしい。

隠し部屋兼隠し通路のある所まで急いで行くと先にメイド達を行かせる。

 

「ですが奥様はっ」

 

私も後から直ぐに行くわ、と宥めて振り返るなと行ってから背中を押す。

それから使用人のシャチとペンギンへ向かい合ってから彼等をこちらへ手招きする。

 

「どうしたのですか奥様」

 

「早く逃げないと!」

 

二人の意見は無視をしてもう一つの扉に手を掛けてそこへ通す。

その部屋を見た二人の反応に笑えてくるが、今は盗賊、みたいな海賊達の対処が先決だ。

 

「この部屋は監視とトラップを発動させる部屋よ」

 

「トラップ?」

 

「監視電伝虫を置いてあるのは知っていましたが、こんな所まで……驚いた」

 

敬語が抜けてしまっているペンギンを後目に海賊達が中へ入ろうとしている映像が沢山のモニターに映っている。

もしかしてこういう事態を想定して設置したのかとシャチに言われたが首を横に振ると笑う。

 

「旦那様で遊ぶ為に罠を仕掛けたの」

 

「「え」」

 

二人の呆気に取られた顔は見なかった事にして一つのボタンを躊躇なく押す。

監視カメラには次々と倒れていく外にある像。

バリーン!と派手な音がしてそうだが、お金の問題も関係なく次々ボタンを押していく。

そうしていくとトラップが仕掛けられている事に気が付いた海賊達が集団となって固まる。

 

「こういうのはタイミングが命よ」

 

ポチッとな。

 

「「えええええ!」」

 

集団が落とし穴にハマった。

結構大きめに作ったので力作だとは匠談。

しかし、そろそろ防衛機能も限界になってきた。

元々一人用だったので回数や量はこんなに大人数には対応出来ていない。

すると、シャチとペンギンが戦うと言ってきた。

そう簡単に言うが相手が多くて捕まるだろう。

 

「駄目よ。貴方達は腕に自信があるようだけれど、人数が圧倒的に多いわ」

 

「大丈夫です!」

 

「勝てます!」

 

ペンギン達は意気揚々と言うが首を振る。

 

「貴方達が命を捨てる事はいけないの。私の為に尽くす必要何てないわ。貴方達は彼の為に命をかけているのでしょう?」

 

「!?」

 

二人の目がこれでもかと見開かれて動揺しているのが理解出来た。

 

「だからここで出て行く事は許しません」

 

「いつからその事を……」

 

シャチは気まずげに聞いてくる。

ペンギンは険しい顔をしてこちらを警戒しているようだ。

 

「そうね。取り敢えず使用人としては有り得ない事ばかりするからバレバレだわ」

 

すると、二人は肩の力が抜けたように脱力する。

バレていないと思っていたのがびっくりだ。

 

「嘘だろ……はあ」 

 

ペンギン達は再度肩を下げてしょげる。

ふふ、と笑っていると脳裏に買い物の時の出来事が浮かぶ。

 

「あ、しまった……!」

 

ローに上げようと思っていた筈の帽子の事を思い出す。

二年後バージョンのあの帽子。

 

(置いてきちゃった!)

 

それを見つけた途端にこれはフラグだと、嬉しくなってついつい買っていた。

まだローに渡せていないので取りに行こうと、彼等に直ぐ戻ると言って帽子を探す。

 

「外は危険だから出るな!」

 

制止の声を振り切って外へ出る。

海賊達にバレないように這ってから自室へ行く。

帽子が入っている箱をクローゼットから取り出してから安堵。

その瞬間、窓が割れる音が聞こえて恐怖に立ち竦む。

叫び声すら出せないような恐さから後ろを反射的に向くと如何にもな風貌な男がこちらを見ていた。

その口元を醜く歪められる。

 

「見つけたぜ!」

 

その視線に負けじと対峙しつつ後ろへ下がって出口へと足をゆるりと動かす。

捕まるものか、意地に掛けても人質になんてならない。

刃が足に向けて攻撃されるのを感じて、足を封じ込める気だと戦慄を覚えながらなんとか避ける。

 

(まさか避けられるとは)

 

自分でも避けられるとは思わなかった。

海賊は怪訝にこちらを見て真顔になると喋り出した。

 

「お前、トラファルガーの女だろ?」

 

「いいえ?所詮は政略的に結婚した愛も何もない仲ですわ」

 

そう言うと見逃して貰えないかと考えた末に男は腹立たしい顔で上から下まで舐めるように見てから「じゃあおれが味見しても良いんだな」と肯定の言葉に鳥肌が立つ。

 

「いいえ。貴方と結ばれてもメリットはないので無理ですわ」

 

あくまで冷静に振る舞ってからニッと笑うと出口に掛け出した。

その後を男が追ってくる。

今日はラフな服装ではないので走り辛い。

はっはっ、と息を吐き出して走るが、海賊と令嬢では出来レースも同然だった。



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27(完結)

追いつかれる、追いつかれないの距離で頑張って逃げていたが、とうとう捕まってしまう。

髪を遠慮なく引っ張られて苦痛に呻く。

みなさん、髪を引かれるのってヤバいくらい痛いようですよ。

それから仰向けに投げ出されて上に跨がってくる男は服に手を掛けて胸元の開いている所から片手でビリリリリ!と横に力の限り裂いた。

破いたに近い裂き方に握力ヤバい、と内心引く。

 

「ヘヘヘ、大人しくしてりゃあ可愛がってやるよ」

 

下品な口でそう宣う。

純潔のこの身を汚されるくらいならローにあげた方がずっとずっとマシだ。

 

(て、なに考えてんの私!?)

 

呆気なく殺される方を想像していたので、こういうイヤーンな展開に焦る。

人質か殺すのかという作戦ではなかったのか。

上も下も明け透けに見えてしまっている。

辛うじて下着の次に付けるコルセットが下着を隠しているが、コルセットも取られる。

暴れても体力的に負けてしまう、だとしたら、勝てるのは順応に従ってこの男をつけあがらせて操ってしまう。

この作戦はやられてしまう前提なのだが……。

やはりローにやれば良かった。

内心悔しさに挫けそうになるがフッと肩の力を抜いて男の首に手をやる。

腕を掛けてシナを作り自分なりの艶やかな顔を作った。

 

「あ?」

 

海賊はこの行動に怪訝になって、リーシャは艶めかしく誘う仕草をする。

 

(もう、やるしかない)

 

所謂ハニートラップだ。

 

「私、実は×××好きなのですよ?だからするのに反対は致しませんわ?でも、此処は固いのです。出来ればあそこにあるソファーまで運んで下さらない?」

 

腰をクネらせて男の頬に手を当てて触りたくもないのに滑らせる。

全部終わったら消毒してやると決めた。

男は突然態度が変わったこちらに何も疑わずに嬉々としてソファーに運ぶ。

襲われるのではない、逆にこいつを懐柔してやるつもりでやろう。

 

「でも、実は一人でしかしたことがないのです。宜しければ、指南して下さる?この逞しい貴方の×××で」

 

放送禁止用語を使って言ってみれば男は喜んで顔を緩めた。

気持ち悪い。

キスしようとしたのでスッと指先を押し当てて「それは後にして、貴方のを×××たいですわ」と目線を男の足と足の間に向けてみる。

それだけでゾクゾクとしたらしく早急にベルトを外し出す男、バカめ。

 

「ぐああああ!!?」

 

突然男が目の前から消えた。

鈍い音を立てて吹き飛んだらしい。

横を向くと壁にめり込んでいるのが見えて反対を向くと青筋を立てている男、ローが居た。

どうやら帰還したらしい。

密かに息が上がっているし汗もかいているらしい。

セクシーだ。

やがてローはこちらを向いて、変な事を言った。

 

「お前も死にたいらしいな」

 

そんな訳ないだろうと呆れるとどうして隠し部屋から出たのだと言われて言葉に詰まる。

まさかローにあげようとしていた帽子を取りに行ったからとは言えない。

 

「男に抱いてもらう為に出たんだろ。言わなくても分かる」

 

「もしかして聞いてらしたの?」

 

あまり聞かれたくない内容だ。

ローは頷く事もせず先程の男のように乱暴に腕を引く。

痛い。

怒られる言われもない気がした。

今回の騒動の発端、原因は完全にローにある。

この屋敷にずっといて、逃げる手段も碌に持てず、仲間も居ない自分に対して、ローは自由に外へ出られる。

どうして自由なローに自由じゃない自分が責められなければいけないのか。

抗う方法だってないのに、抵抗しても襲われてたのは理解していたからこそ自分なりに頑張った。

ローに初めてをあげてもいいとさえ思ってしまった事が嫌で、認めるわけにいかない。

 

「聞いてんのか、尻軽みてェな真似しやがって……!」

 

「煩いこの野郎!」

 

「っ!」

 

突然言い返したので呆気に取られるローに、帽子の入った箱を投げつけて逃走する。

制止の声が聞こえた、今日で何度その制止の声を聞いただろう。

メイド達は無事に逃げられただろうか。

頭の中に次々と疑問、悲しみが湧いてきてはその度に涙腺が緩むのを感じた。

最後には大泣きして、ワンワンと泣いてしまう。

いつの間にか外にいて、海賊達が地に伏していた。

どうやら殲滅したらしい。

 

「恋愛結婚の夢を返せええええ!」

 

海賊の倒れている姿しかないと思うと自然と愚痴や溜まっていた不満が口から出た。

 

「結婚式上げてやるううう!」

 

願望だ、大爆発した。

 

「旦那は優しいのがいい!」

 

「普通の仕事の人がいいよおおお!」

 

「でもガリマッチョが良いです!」

 

と途中から神様に頼み事!の類を叫んでしまっていた。

次を叫ぼうとすると、ローらしき腕が腰に回り、ギュッと後ろから抱きつかれた。

叫んだそれらを聞いたのだろうローは「おい」と呟く。

無視をしながら不満は本人の方が良いと思った。

なので、ローに向かって今度は文句を言う。

 

「離婚したいから後で離婚届にサインしろお!」

 

願っていた内容を暴露する。

 

「賠償金払え馬鹿!」

 

訴えてやる、捨ててやる、こっちから捨ててやるわ!

 

「バツイチになりたくないけど己むを得ない!」

 

ローも「おれも同じバツイチになるんだぞ」と言い返してきた、知るかそんな問題。

彼に投げつけた箱の中に仕舞ってあった帽子をローが被ってる事を知ると、その瞬間キスされる。

 

(はっ!?)

 

ぴたりと涙が止まったリーシャにローは優しい顔で言う。

 

「政略結婚から始まる恋愛だってロマンじゃねェのか」

 

問われて唸る。

 

「そんなハードな恋愛嫌だ!」

 

「おれだってまさかお前がこんなんだとは夢にも思わなかったからお互い様だろうが」

 

クスクスと笑うロー。

 

「う、じゃ、じゃあ、このまま離婚しなかったら我が儘沢山言うんだから!」

 

これじゃあ子供みたいだ。

 

「ほォ?例えば?」

 

予想外の切り返しに言葉が詰まる。

苦肉の顔で案を捻るが、上手く頭が回らない。

 

「海に連れてって!海賊になりたい!」

 

「……海賊?」

 

これにはローも戸惑ったらしい。

リーシャは敬語がなくなって暴走する程混乱していた。

 

「麦藁海賊団の。これ凄い重要!」 

 

「何でまたそんなとこに入りたいんだ……?」

 

ローの疑問なんて些細な事だ。

 

「麦藁海賊団が世界一イケてる海賊だから!」

 

「そこは俺のとこだろ普通」

 

「潜水艦ってジメジメしてるから嫌。あと貴方も居るから」

 

「あ”?」

 

凄い眼孔で見られた。

 

「ほら!そんな風に脅すからだ馬鹿!」

 

「……染み付いたもんはなくならねェ」

 

「染み着いてんの!?それってそういうものじゃないでしょ!」

 

「兎に角おれのとこだ」

 

「やっぱり我が儘に答えられないんでしょ!……もういい」

 

「夫婦が違う海賊団所属とかあり得ねェだろ」

 

「そういう狭い偏見が野望の邪魔をするんだよ!?それにさ別に私達」

 

言ってはならないワーストフラグの上位に食い込む事をこのいけないお口は言ってしまった。

 

「本当の夫婦じゃないじゃん!」

 

初夜をスルーされた記憶は確かだ。

でも、言ってはいけなかったのかもしれない。

発言をした瞬間、リーシャは見た。

彼の口元がつり上がるのを。

 

「だったら……」

 

嗚呼、その先は。

 

「やっぱいい。何も言わなくいい。ほら服破けてるし私帰らなきゃ」

 

棒読みになる台詞を言っても彼は止まらない。

 

「本当の夫婦になればいいだけだ」

 

言うな!

 

「簡単な解決策があって良かったじゃねェか」

 

良くねええ!

 

 

 

***

 

 

 

ハローこんにちわお早うございます。

貴族令嬢のリーシャです。

ついに我が夫で七武海のトラファルガー・ローと……し/ょ/やなるものを、一線を確実に越えてしまいました。

なかなか熱うございました、ええええそりゃもう。

恐らく昨日の海賊に襲われていた事が後を引いていたせいもあったのでしょう。

ええええそりゃもう。

え?今はどこに居るのかって?ベッドの中です。

今は朝なのでお隣に寝ている筋肉が程良くついたお方が目に嫌でも写ります。

嫌でも嫌でも「昨日はこの人の……」と恥ずかしさにやられてしまいます、ええ。

あ、起きてしまいました。

まだ目がとろんとしてる。

寝ぼけてるのかな?なんて言うか!

ええい!寝ぼけたフリをして尻を触るな!胸も触れるな!

楽しそうに笑いやがって!

ムカつくので足で蹴ってみた所藪蛇をつついたらしく、厭らしい手付きで体を触り出す。

抵抗して外へ行こうとしたらまたシーツの波に沈められ……中継強制終了。



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番外編:1その後のご令嬢

本当の夫婦(強制的)となった後、彼はリーシャの叫んだ願いを次々と叶えてくれた。

例えば土地を離れて海へ連れ出してくれた。

 

「どうだ?海は」

 

「広い、青い、綺麗」

 

「海だからな」

 

ククク、と笑う隣に居るロー。

此処は彼の船であるハートの海賊団の船員達が集う海賊船だ。

そこに初めて乗せてもらう。

夫の船に乗るなんて不思議な感じだ。

 

「で、願いは叶ったか?」

 

「叶ってない」

 

「あ?」

 

また凄んでくるので無視してボソリと言う。

 

「麦藁海賊団の船に乗りたかったって私は言った気がする」

 

そう言ったのに、と言うとローはハッと鼻で笑ってくる。

リーシャはローに外で文句を言ったあの日から色々吹っ切れたので令嬢特有の~ですわ、という言葉遣いを使うのを一時的に止めてみた。

なんというか、ローに使うには敬う気に到底なれないからだ。

 

「お前、本当遠慮も態度もなくなったな。令嬢の欠片も残ってねェな」

 

「それを言うならシャチとペンギンだって態度も敬語もなくなってるけど?」

 

「そりゃ、密偵だからだ。元々おれの部下だったからな」

 

知ってる。

 

「あっそ。なんというか、貴方にはもう恭しく従う気がなくなったというか、兎に角、なんだか余所余所しくするのが馬鹿らしくなってね」

 

「へェ、そりゃ光栄だ」

 

彼はからかうように言ってからこちらを向いてそっと顔を近付けてきてキスをした。

その秒刻みの行いにパッと離れて口を拭く。

 

「なにするの!許した覚えないから!気安く触れないで、金輪際ね!」

 

「夫が妻の許しが無い限り手を出しちゃいけねェなんて法律ねェよ」

 

勝手にするのは許さないと言う自分にそう言ってくるロー。

青筋が浮かびそうになる。

肌を合わせてからというもの、彼には節操という物が欠落してしまった気がしないでもない。

元々キスも隙があればやってきたので今更な事だが。

 

「うるさい!」

 

揚げ足を取られるのがなにより腹立たしい。

これならシャチやペンギンと居る方がまだ楽しい。

彼等は今どこに居るのだろうか、と探そうと歩き出す。

これ以上一緒に居たら破廉恥な事をし出す可能性があるので逃げた。

それを追ってくる素振りもなかったので内心安堵して船内へ戻る。

廊下を縫って元使用人の二人を探す。

彼等は船へ戻るとツナギを着た、それからリーシャに謝った。

騙していてすまなかったと言われたので慌てて気にしていないと言った。

それに、スパイと知っていながら採用したのだと言うと、彼等は目をパチパチとしばたかせて驚いていたので笑った。

 

「シャチー、ペンギン?」

 

呼び掛けても返事がない、昼寝でもしているのだろうか。

それともゲームでもしていて盛り上がっているのだろうか。

彼等は屋敷に居たときより遙かに顔が活き活きとしていたので、やはりこの船が好きで、仲間やローが居るこの場所が好きなのだろう。

自身には用意出来ないこの場所へ帰ってきた時、仲間達が返ってきた事を喜んでいたのを見た時、言いようの無い寂しさを感じた。

友達が親友と出会って喜んでいた、そんな類の寂しさだ。

 

「はぁ、よく考えたら、私、友達居ないなあ」

 

考え無くても居ない。

胡乱になる思考を止めて、彼等を探し出す為にまた呼び掛けを開始。

しかし、出てくる様子もなく彷徨いていると廊下の曲がり角でローとぶつかる。

 

「いった!」

 

鼻をぶつけてしまい相手を見ると「まだこんな所に居たのか」と言われムッとなる。

 

「この船は構造が複雑なので疲れただけですわ?」

 

嫌味を言う為に令嬢口調へチェンジ。

ローはそれを聞いてジィっと見てきたので怯む。

 

「な、なんですの?不躾な視線は紳士としてあるまじき行動ですわよ?」

 

「いいや?口は不器用なのに体は素直だと思っただけだ」

 

「なっ!?破廉恥!スケベ!節操なし!」

 

こんな誰に聞かれるとも分からない場所でそんな発言をするローに赤面。

数々の罵倒を浴びせて、浴びせ終わる頃にはこちらの息が乱れていた。

 

「暇ならおれと過ごせ」

 

「暇じゃありませんわ!」

 

「暇だろ?うろついていると報告は来ていた」

 

誰かに見られていたのだろうか、それにしては会わないが。

疑問を感じていると彼は徐にリーシャの腰を引き寄せて熱烈な口付けをしてきた。

相手の瞬発力には驚かされる。

こちらが何か反応する前には行動を全て終わらせているから何も出来ずじまいだ。

酸素がなくなりかける感覚にクラクラした。

ローの微かな香水の香りが鼻を刺激して心臓を高鳴らせる。

 

「嫌がってても分かる。おれの事、言う程嫌いじゃないだろ?」

 

「ご冗談!」

 

(くそ、バレてる……)

 

好きか嫌いかと言われれば……好きに傾いている。

ローはそれを見透かしているという事だ。

ぐぬぬ、と悔しく思いながら顔は馬鹿らしいという仮面を張り付ける。

 

隙を見せたらいけない男だ、こいつは。

ススス、と太股をズボンの上から撫でつけてくる相手にビクッとなる。

なんて厭らしい触り方なのか、止めさせようと蹴りつけるが足をキャッチされて寸止めされた。

片足がぶらついてバランスが保てなくなり反射的にローの肩へ掴まる。

 

「お前も結構乗り気だな、くくく」

 

了承した訳ではないと知っている筈なのに意気揚々と身体を持ち上げて移動し出すローに慌てて降ろせ、離せ、と叫ぶが本人はそれを総じて無視した挙げ句、部屋へと直行して気が付いた時には船長室の扉がパタリと閉まる音が耳に聞こえ、自分の行く末を垣間見た。

 

 

夜、呼び出されたので行くと眠い目をこすりながら手を掛ける。

お化けでも用意して何か驚かそうとしているのかもしれない。

ごくりと喉を鳴らしてバッと開けると視界にカラフルな物が散らばる。

呆気に取られていると男達の集大成が聞こえた。

 

「入団を記念してェ」

 

「「「宴を催しまーす!」」」

 

入ってきた時に聞いたのがクラッカーの音だと理解してからの言葉に言葉が出てこない。

もしかして、今日まで周りが余所余所しかったりあまり接触をしてこなかったのはそういう事だったのかもしれないと頭が回るまで時間が掛かった。

 

「これ、えっと、え?」

 

令嬢言葉をど忘れしてしまい混乱する。

 

「お前の歓迎会だ」

 

ローはシレッと言う。

更に混乱しながらも理解して、この歓迎会の意味を見出していく。

 

「シャチもペンギンも、私の事なんてもうどうでも良いんだとばかり……」

 

目に涙を溜めてグイッと拭う。

すると、シャチが近寄ってきて頭をポンポンと叩くようにクシャクシャにする。

 

「お前、ほんと令嬢っぽくねーのな。んな事、気にしてたなんてよ」

 

「するっての。普通。私の近くにまともな人格者なんて居たかったし、寂しかったんだからっ!」

 

シャチに愚痴ると船員達は面白い令嬢だと笑う。

その笑いは嘲りではなく愉快であるという空気である。

 

「ていうか、私入団しないよ?麦藁海賊団に入るから」

 

ケロッと言うと船員達がずっこけた。

ローに空気読めと叱られたが、訂正する気は毛頭無いので無視。

でも、歓迎会は嬉しかったのでありがとうと言うと皆はホッとした顔で仕切り直しだと騒ぎ出した。



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2夫婦という言葉の弊害

バタバタと足音がする。

護身用にと持たされたクレイモアと小さめの拳銃(それでも重い)の取り付けた場所を触った。

今現在、ハートの海賊団は物資を得る為に海賊へ攻撃を仕掛けて略奪行為をしている。

七武海になるとやってきたり挑んでくる同業者が居なくて、こうしてこちらから襲わなくては相手は逃げるらしい。

シャチに聞かされた。

シャチは屋敷に居た時と何も変わらず能天気で少し抜けている男性である。

隠密行動に長けている訳でもなく、ドヘタであった。

ペンギンはそこそこ隠密出来ていたが、慣れない事をしていたのだろうから穴抜け状態だ。

ローにそれを後から指摘して上げたら「勉強だと思って肝に命じさせとく」と言った。

その前にスパイを送ってごめんなさいはどこいった!

まだ謝罪を聞いていないぞ。

回想をしていたら船長室の扉がガチャガチャと煩い。

ローが出て行く前に鍵を掛けておけと言っていたので掛けておいたが、どうやら敵のお出ましのようだ。

隣にある魚取り網をスタンバイして扉が嫌な音を立てて亀裂を入れて壊れていく様を見る。

この部屋はローの部屋なので当分は寒々しい事になるなと他人事に思う。

というか、とっとと麦藁海賊団と会わせろと直談判しているのに聞く耳を持たない。

言ったらその後に寝室に連れて行かれるし、嫌な思いしかしないので最近は偶に言うだけに留めていた。

しかし、そろそろローがパンクハザードに行く日も近い。

付いて行けば漏れなく会えるのは理解している。

 

「此処、すげェ厳重だぜ?お宝があるかもしんねェな!」

 

「おっし、体当たりかませ!」

 

頭脳が筋肉の会話が聞こえてきた。

この船には沢山部屋があるから此処が船長室だと分からないのは仕方ないとして、船から宝を持ち出してバレずに自船に帰れるかとなれば難しい。

それに、ローが貰うと踏んで襲った船の相手だ、壊滅一直線だろう。

ついに、扉が破壊された。

 

 

 

部屋に帰ってきたローは自分の部屋の異質さに驚いていた。

何がどうなっているのだと椅子に座っていたリーシャに問いかけてくる。

そんなの見れば分かるだろうと眉を顰めたくなるのを抑えて捕らえたのだと簡潔に言う。

 

「本当に、お前、貴族の中で育ったのか?」

 

「だから……はァ……それを教える義理はないって言ってますでしょう?」

 

一々聞かれるのがとても面倒だ。

 

「大体ねえ、私を頭の悪い性格最悪な令嬢だから結婚してもどうせとか思って私を選んだんでしょうが、そっちが勝手に想像して私の本性、見ようとしてなかっただけなのですわ。私ではなく貴方の目が節穴ってこった」

 

「お前、口調。後、サラッと色々言ったな」

 

「うっせーですわ。とっととそのこそ泥を向こうに持って行きやがれですぅ」

 

お淑やかに笑うと口元をピクピクさせたローは能力でこそ泥二人をどこかへやった。

それからローは刀と共にリーシャの横に座る。

それを合図にもう行こうと立ち上がると腕を引かれて目を眇めて相手を見た。

 

「もう戦闘は終わったんですよね?じゃあお暇させていただきますんで、腕、離して下さる?旦那様」

 

「その旦那っつーの止めろ」

 

「は?今更なにを?ていうか、私のロマンスウエディングを汚い政略婚で済まされた事、まだ許してないんですけれどー?ていうか、離せ!」

 

ブゥン!と腕を外すために自分の腕を振るうとローは無表情でグッと引いて、その反動で椅子に倒れ込む。

咄嗟の事で声も出ず、目を瞑る。

次いで直ぐに目を開けると見下ろされている状態で相手の輪郭がボヤける程近くあって、キスされていた。

 

「っ、なに、す!」

 

退けようと力むけれど、七武海の男を退けられるなんて奇跡は起こらない。

呼吸も息も全て奪われる。

何を考えてキスしているのか分からない。

少し前まで全く興味もなさげにこちらを見ていたのに。

地位を強固にしたくて結婚したのはそっちなのに。

夢心地な結婚生活も奪い、自由も奪った癖に。

今まで泣くまいとしてきたのに、色々な思いが胸からせり上がってきて、ポロリと涙を零してしまう。

彼が微かに動揺するのが見えた。

困ってしまえ、なんて毒づく。

 

「確かに、お前は恰好の女だった」

 

泣いた女の前でデリカシーの無い事を言う。

モテないだろうなこいつ。

 

「泥だらけで遊んだり、幽霊の騒動の犯人を捕まえたり、おれに嫌いなもん食わそうとしたり……都合の良い女じゃいつの間にかなくなっていたがな」

 

それはそれは良い事である。

この男の悔しがる心情にスカッとした。

困らせられたのは出来ていたらしい。

 

「いつの間にか、お前を目で追うようになって……あの屋敷に帰るのが義務だと思わなくなっていた」

 

その前までは義務だと思っていたと白状したぞ。

締めてやる、ボコボコにしてやる。

ジトリと睨むと頬をゆるりと撫でられてくすぐったさに身を捩った。

甘やかされているみたいで何だか嫌だ。

 

「くく、照れてんのか?可愛い奴」

 

(なにこの外科医!?)

 

可愛いなんて言葉が出てきた事の方が衝撃だ。

驚いて目をぱちくりとしているとローがまた近付いてきた。

きっとキスするつもりだと気付いて手でガード。

これで接吻出来ない。

接吻って古いとかそこ突っ込まない!

ローはガッとガードしている手を外しに掛かり、攻防が開始する。

ぐぬぬぬう、と踏ん張っていると彼が耳に息を吹きかけてきたせいで背にゾクッとした感覚が流れ込む。

そのせいで「うあ!」と力が緩み腕を退かされてしまう。

 

「あ、あっち行け!」

 

「その命令は聞けねーな」

 

「命令じゃないし!決定事項だし!」

 

頬に赤みが差しているだろう。

 

「もう、解放してよ!貴方、どうせ私じゃなくても良いんでしょ!?」

 

たまたま丁度良い地位の女が結婚し易く、白羽の矢が立った生け贄である。

というか、離婚届はあるのでそこにサインしてくれたら良いのだ。

 

「そ、そうだ!丁度離婚届あるからさ、サインしてよ!」

 

名案だと提示するとローが凄まじい眼孔でこちらを見て腕の力がとても強くなり痛みが発生。

いたっ、と声を出しても緩められない。

これだから海賊はと悪態を付く。

 

「離婚届?サインするか、馬鹿」

 

嘲る様に笑うローを見て歯を噛む。

 

「良いですわ。貴方がそう言うのなら、実家に帰らせてもらいますので!」

 

いくら海賊であれ、監禁なんて真似、出来ない。

これは双方の利害の一致で行われた結婚なんだから。

無体な真似は晒せまい。

 

「フフ、ほんと、頭の良さが別人だな」

 

(笑う所じゃ無いしー!)

 

何が面白いんだか、と呆れる。

まだ腕は離されていない状態で抱き起こされた。

恥ずかしいと暴れるが、意に介していない。

 

「生意気な女には調教が必要だと思わねェか?リーシャ」

 

その単語に嫌な汗を感じつつ「必要無いですわ」とポーカーフェイス。

此処で動揺したり慌てふためくと相手の思う壺である。

努めて何でもない顔をすると益々笑みを深めるロー。

 

「知れば知る程、手放せなくなるな、お前は……」

 

ニヤッと笑うと頭に手を添えて深く口付けてきた。

引っ掻いてやろうと爪を腕にギリギリと立て付けるとローが口を離して言う。

 

「そんなに立ててェなら思う存分背中に立てりゃあ良い」

 

目が濁ったのは言うまでもない。

やっぱり、可愛く甘えるなんて到底出来そうにないと憎々しく思った。



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3私、令嬢。今、貴方の後ろに……

暇暇だと連呼していたシャチに業を煮て良くある暇つぶし用の提案をしてあげた。

提案する前に令嬢なんだから何か特技あんだろと言われたから偏見の罰として魚取り網で捕らえて吊してやった。

上を見上げて彼に「ほら、ご所望の特技だよシャンデくん」と過去の偽名を使って笑ってあげたら泣いて謝ってきたのでまあ下ろして上げた。

 

で、話しは戻すとその暇つぶしは怪談話。

という奴である。

コックリさんとかは危険なのでしない。

あれを気軽にすると案外ヤバいというのはそれなりに有名な話しであろう。

怪談話ならば船員達も参加しやすいだろうしと提案すると傍に居たベポが皆を呼んでくると嬉しそうに部屋を去ったのだが、どこに集める気なのだろうか。

そして、何人集める気なのか。

 

もしかして食堂…………いくら何でも場所を選ばないと雰囲気も何もない。

一旦集まってもらってまた移動するしかない。

人数も数えて場所の広さを査定しなければいけないだろうし。

少し暇を潰すつもりが考える事が増えて今日は忙しくなりそうだと内心歓喜。

シャチも暇だったらしいが、陸ではない船の中では誰でも暇である。

つまりはリーシャも暇であったという訳だが、別にそれを言う必要も無い。

暇と言って何か起こった時に怒られるのはシャチ一人で十分だろう。

 

狡いけれど生き残る術なので致し方有るまいと黒い笑みを浮かべた。

歳を重ねるとずる賢さが出てくるんだなあと思いつつ、ローはずる賢さだけは高いので見習おうとそこだけは認める。

ベポが連れてきた(かき集めた)のは全部で八人。

何てこった、ローと見張りを抜いてもほぼ全員と言っても過言ではない人数だ。

 

「ここより広い……二番目の部屋の場所を知っている人は居る?」

 

六人も居て、プラス四人なので十人である。

聞くと出てきたのは倉庫、又は宝や酒がある場所と言われたのでそこへ向かおうと言うとベポが嬉しそうに蝋燭も!と言う。

ベポ、ノリノリであった。

アザラシを食べたとかいうグロ系でなかったら良い。

蝋燭を持って大移動すると輪の形に座る。

 

「んじゃ、始めるぞ……スタートはお前からな」

 

シャチが取り仕切り出して指名したのはリーシャで、それに抗議する。

暇と言うから催して上げたのに恩を仇で返そうとしている不届き物が居るようだ。

 

「普通シャチだと思う。暇ならそれなりの順序って奴を示してよ……先輩様」

 

新入りらしく言うと彼は新入りだから一番初めなんだろと返してきた。

仕方のない我が儘だ。

どっちが貴族みたいなのか分かったものじゃない。

此処はこちらが大人になってあげようではないか。

 

「それじゃあ……」

 

蝋燭を顔の近くに寄せて雰囲気を作る。

 

「とある女の身の毛もよだつ、実話」

 

薄く笑って目元は軽く俯かせてから声は低く。

それが上手く出来ているようで誰かの喉を上下に揺らす音が僅かに聞こえた。

君達怖がるのが早いよ。

 

「ある朝、いつものように目を覚ました女はいつものように一日の始まりを開始させて」

 

ジジジ、と蝋燭の蝋が火で溶ける音がする。

 

「いつものように部屋を歩いたの」

 

この話しは実話。

 

「そしたら、足がつまずいて、転けて頭を強打。そして、気絶した」

 

その恐ろしさ、一押し。

 

「頭の痛さに目が覚めると、怖い事に気が付いたの。崖から飛び降りたって足りない事実を知ってしまうわけ」

 

「それ、どんな事だよ」

 

怖々と聞いてくる一人に待ってましたと眼力を眇めて一呼吸。

 

「その事実っていうのはね」

 

ごくり、また息を呑む音が聞こえて口角を弓なりに上げる。

 

 

 

 

「その女は王下七武海の妻にならされていたの」

 

 

 

 

「…………………………………………って、おいいい!!!!」

 

「それお前の事だろーが!それ違う!」

 

「怪談じゃねーしいい!」

 

「確かに冷や汗ものだけどな!でも、そういう話しを期待してたんじゃねェよォー!」

 

その周りの反応に少しガッカリだ。

共感してもらえるかなー、と思っていたのに。

ふてくされると船員達は冷や汗を拭う。

 

「あ、皆汗出てる!これ立派な怪談じゃない?ね?ね?」

 

指摘するとそっちの汗じゃない!とまくし立てられる。

とか言いつつも楽しんで聞いていたのできっとそれなりに怖かったと思っているに違いない。

リーシャは皆に想像してみてよと語る。

王下七武海、そう、たった一人の女の七武海で、確か名前はボア・ハンコック。

彼女の夫になってしまっていたらと想像させる。

 

「…………って、例えが駄目かこれ」

 

確かハンコックは絶世の美女で、絵も見たことがあるから美しさは絶景で最強。

やはり、それを想像した船員達が鼻の下を伸ばし出して呆れた。

 

「…………………………………良い」

 

周りの男達の全ての声だ。

 

「はいはい、私が悪かったから皆、叶わない夢から覚めて覚めてー」

 

パンパンと手を叩いて意識を戻らせようとするけれど、それでも戻って来ない腑抜けた奴らが居る。

そんな人達には魚網攻撃で覚まして上げると「ぎィえええ!」と現実に帰ってくる声。

 

「じゃあ、改めて怪談始めるよ」

 

全員が帰還したので仕切り直して大勢を整えてコホンと一つ咳払い。

 

「じゃあ、今度は難易度が高い怪談……」

 

「どうした?いきなり黙り込んで」

 

「外科系の男の気配が近くにしたような気が、して」

 

そう言うと船員達は笑ってなんだそれと言うけれど、この鳥肌は嘘を付かない。

本能が察知している。

 

「後ろに這い寄る外科医…………なんてね」

 

そんなジョークに周りは笑う。

面白いと笑う。

 

「…………こんなとこでなにやってんだ」

 

「「「ぎゃあああ!外科医!」」」

 

「いや、外科医だけど、船長だ!」

 

「マジで当たった……リーシャすげーよ」

 

来る事を予知した事に驚いた一人に言われてにっこりと笑う。

ローが真後ろに居たのは今知ったが、その予感が的中。

船員達は驚き、ローはその反応に額に皺を寄せる。

確かに騒がれる理由も無いのにオーバーリアクションだ。

ローが来たというだけで輪の間を少し開けて座れるように距離を詰めていく。

ロースキーが本当に多いな此処は。

アウェイを少し感じている間にもローは居座るつもりなのか座る。

帰ったりこの集まりに興味なんて無いと思っていたので残るだなんて少し意外であった。

一人増えた程度で何かが変わる訳も…………ある。

 

ローはちゃんと怖がってくれるのか。

怖がらないだろうけれど、揚げ足を取る真似をしないか不安だ。

疑っている目で見ていると船員達が何をして此処に集まっているのかを説明している。

粗方理解したのだろう男は「怪談ねェ……」と無表情。

下らないと思っているのか興味を感じているのか相変わらず分かり難い。

やる事をやろうと咳払いして蝋燭を手に持つ。

 

「前髪焦げるからもっと距離を離せ」

 

(…………やり難いなあ)

 

さっきは誰も指摘しなかった事、しかもこちらの身を案じる内容に気が飛散しそうになる。

雰囲気を大切にしてもらいたい。

こういうのは空気が大切で命なのに。

少し蝋燭の距離を離すと唇を湿らせた。

 

「唾液で唇を舐めると乾燥した時に荒れるからリップクリームを塗れ」

 

「っ…………、ちょっと宜しいですか、旦那様」

 

(だから空気読めよ!)

 

「なんだ?」

 

「今から怪談を話すので関係の無い言葉は謹んでもらえます?今から怪談話します、か、ら!」

 

青筋を立てないように笑みを作り頼む。

ローは意味を理解してくれたのか口を引き結ぶ。

やっと再開の目処が立ったので改めて今度こそはと蝋燭を抱え直す。

次の話しはちゃんとした国民に有名なホラー。

決して、シャチとペンギンの隠密生活を赤裸々に話すなんて事はしない。

まあいつかネタとして語らせてもらおうとは思っているが。

本人達に全力で止められそうだから心の中で温めておく。

 

「普通の一軒家に住む男のお話です」

 

少し記憶が曖昧なので細かい所は適当に自作で設定を言っておく。

この世界は所謂電伝虫なので電伝虫を持っているという設定でいく。

男の家にある日、ブルブルブルブルと電話が鳴って、それに気付いた男が電話に出る。

 

「『私、メリーさん。今、どこに居るの?』と聞かれたから、家に居る、と男はつい口にしてしまうの」

 

何故口にしたのかも曖昧なので適当にやる。

家に居ると言うと女の子の声は今からそっちに行くわ、と言って一方的に電話を切ってしまう。

切れた後に誰だったのだろうと遅い疑問を抱く男。

また電話が鳴って受話器を取ると先程の女の子で。

 

「『私、メリーさん。今、貴方の家の前に居るわ』と言われるの…………そして、また切れて、また掛かってきて『今、玄関の扉の前に居るの』と言われて、そこで男の背中に冷や汗が伝う」

 

船員達が真剣に、目や身体、はたまた拳を強ばらせているのが見えてシメシメと優越感に浸る。

 

「また電話が掛かってくると……リビングの扉の前に居ると言われ、男は自分から電話を切ってしまう。けれど」

 

それでも掛かってくる電話。

取りたくないけれど、好奇心と探索心、知りたいという気持ちのせいでまた受話器を取ってしまう。

いつの間にか外は雨が降っていて、カーテンを締めていないのに薄暗くなっていた。

あまりの恐怖に男の顔は汗が滴っていた。

 

「受話器を取ると耳に声が聞こえて、でも、受話器越しじゃなくて…………二重に聞こえたの」

 

『私、メリーさん。今、貴方の後ろに居るわ』

 

「男の恐怖心がゆっくりと振り向かせるの。後ろを見ると……一週間前に捨てた筈のビクスドールが真っ直ぐ男を見抜いて、人形なのに、口は不気味なくらいに笑っ」

 

「「ぎゃああああああ!!?」」

 

ていた、と言い終わる前に叫ばれた。

ローがその煩い声の合唱に耳に手を当ててシャットアウトしていた。

リーシャもその音量にビクゥ!と肩を揺らしてしまう。

どうやら怪談は成功らしい。

ベポも怖がっていたし、シャチも周りもガタガタと震えていた。

構造のオリジナル八割だったけれど、上手く話せて良かったものの。

此処って、海賊船……だったよね?

後日、船員の一人の肩に埃が付いていたから肩に付いてるよ、と言ったら「うわああ!おれメリーさん捨ててねェよォ!」と泣かれた。

いくらメリーさんだって、異世界に出張して海賊にホラーを体験させる程ハイスペックじゃないと思います。



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4思惑は差程思い通りにならないものだ

手配書を手にルンルン気分で足取り軽く部屋へ向かう。

偶に挟んであったり海兵が撒いているらしく、手配書には事欠かない。

手に入れたその手配書を一度見てニヤニヤする。

何となく察した人はもうお分かりになったかもしれないが、そう、話題の超新星達と嘗(かつ)て騒がれた麦藁海賊団のものである。

彼等が復活するのはまだ先だが、生きている事を知っている身としては活躍を見逃したくない。

 

「……なんか、私みたいな熱狂的ファンのキャラが居たような居ないような……うーん」

 

もう、すっかり凡キャラは忘れてしまったのだったらもう思い出さなくても良いか。

そう完結させてせっせとベッドの上に紙を置いていく。

鼻歌が思わず出てしまう。

 

「なんだ、上機嫌じゃ…………お前……それ」

 

ガチャッとなんのお触れもノックも無しに唐突に扉を開けて顔を覗かせて現れたローはとても驚いた顔をしてベッドに並べられている手配書を凝視している。

というか、色々言いたい事があるが、取り敢えずノックはしろと言う。

冷たい目を向けているとローは気を取り直して改めてこの手配書について聞いてきた。

ノックについては無視されたようだ。

無視されたのにローに構う何てしない。

ツンと横を向いて手配書を庇うように移動する。

するとツカツカとやってきて彼は顎をクイッとして、あのイケメンあるあるお家芸をされた。

心底イラッとしたので振り払う。

 

「お止め下さい“旦那様″」

 

「旦那様何だから別に良いだろ?」

 

「いいえ。良くありませんわ」

 

この令嬢口調は最早癖になってしまったので、直ぐにパッと口調を普通に変えられない。

ムカムカと青筋を浮かべつつ睨みつけると彼は楽しそうにクスッと笑う。

可笑しい事なんて言っていないし、此処で笑う何て空気読めよ、と思う。

というか、手配書の事はもう忘れてさっさと部屋を出て欲しいのだが。

念じていても出て行く訳がなく、ローはベッドの上をまた見始める。

そして、何か言いたそうに口をへの字にしている。

言いたい事があるのなら言えと言いたいところだが、何を言いたいのか既に何となく予期している身としてはあまり口を開かせたくない。

というか、さっさと出て行ってくれないかと何度目の思いを感じつつも知らんぷりをして手配書に向き直る。

 

「もしかして、前々から入りてェと言っていた理由は……好きな奴が居るからか?」

 

(……ああ、そう捉える訳ね)

 

どうしてそう飛んでいるのかと飽きて溜め息を吐く代わりに嫌味を言う。

 

「あらあら。旦那様は私のお言葉を覚えてらしたしたのですねぇ。すっかり忘れているのだと思っていました」

 

嫌味な顔をして嫌味な雰囲気で言うとローはそこで眉を顰めてギュッと眉間に皺を寄せる。

とちらに反応したのだろう。

嫌味か、覚えていたけれど再び言われた事か。

 

「別に最初から覚えてる。だからと言ってあの麦藁海賊団に入りてェ何て……箱入り娘であるお前には、あそこは難易度が高すぎる。あそこは政府すら敵に回す事を厭わない」

 

「貴方だって、政府に取り入って何を考えていらっしゃるのかしらね……きっと麦藁海賊団と全く違わない事を考えているとお見受けします」

 

「……こりゃァ、随分と馬鹿げた邪推をされてるらしいな」

 

そう言って口を大げさに歪めているけれど、内心鋭いなこの女、とでも思っているに違いない。

ローの計画も過去も知らない筈のリーシャがパンクハザードとドレスローザについて知る訳もなく、何故そう思うのだろうと頭の中の混乱が透けて見える。

 

「この一年……貴方は只単に七武海に入ってその生温い制約と鎖を甘んじて受け入れるように思えませんでしたわ」

 

こんな風に言われればローだって満更でもないだろうと考えておいた理由である。

食らえ『正論』!

どうだ、我に死角等有りはしないのだっ。

 

「成る程な……貴族にしておくには惜しい頭脳だ」

 

「海賊の妻ですけどね。勝手に結婚させられましたからね。拒否権の無い結婚届けを押させられましたからね」

 

「……そんなに鬱憤を溜めてたのか?かなり今更過ぎるが」

 

「前々からたっくさん溜まってましたの……これからは出し惜しみ無しのブースト込みで行きますわ」

 

ふふふ、笑み付きで言うとローはムスッとしてから再び手配書を見る。

まだ話しは終わっていないようだ。

こっちもこっちでムスリとなる。

それはそうと、と話を変えてローの気を紛れさせようと考えた。

そんな事は分かっているのかローは話題変換させないようにとジリジリ近寄ってくる。

鼻と鼻がくっつきそうなくらいの距離である。

追い込まれている気持ちになるのは気のせいだろうか。

 

思わず汗が出そうになるけれど、我慢する。

此処は耐えろと歯を噛み締めて笑顔を浮かべるとローはニヤニヤと笑う。

何と憎たらしい顔なんだ。

ムカムカと胃が縮まる気持ちで関係ない事だと突っぱねて見る。

これでどうだと息を吐くと彼は益々不機嫌になっていくので部屋の空気が段々と悪くなっていく。

そうなったら最終的に秘技を使わせて貰おう。

 

「旦那様。私少々気分が優れませんのでお休みさせて頂きますわ」

 

これで出て行ってもらえる口実が出きたと笑う。

外面はあくまでも頼りない弱々しい女であるが。

ローは、なら風邪かどうか診察してやるよと言い出すが、そんな隙は与え無い。

憎たらしくなるのは仕方ないとして、問題は手配書の件を逃れられそうにないという事だ。

 

「お医者にわざわざ見ていただくようなものでもありませんわ」

 

にこやかにノーと言うと、彼は逃さないとばかりに、また先程のように同じ事を聞いてくる。

だから、好きな男など居る訳もないので居ないと言って安心させてあげるしかない。

やっと少し間を開けてくれたので遠慮なく離れる。

リーシャはササッと手配書を集めて腕に抱えるとローの視界から守るように抱き締める。

決してこれには触れさせない。

 

「おい、それをどうする気だ」

 

ローが不機嫌そうにしていても素知らぬ顔で飾るんです、と当たり前の事を返す。

部屋に飾るのが目的で九枚集めたのだから。

早くローがパンクハザードに行かないかと期待して会えますようにと祈る。

別にローが会えなくても自分が会えるのならどっちでも良い。

 

ローが構われなくなったのがそんなに嫌だったのか、こちらに付いてくる。

張っているのを助けてくれる訳でも手伝ってくれるわけでもなさそうだ。

というか、いつまでこの話しを続ければならないのかと飽きてきた。

 

そろそろちゃんと眺めて楽しみたいのだが。

ローにそろそろ出ていってもらっても良いかと訊ねると彼は当分この部屋に居ると言って設置してあるソファーに座る。

いやいや、出ていって欲しいのたがと思いつつも、邪魔しないのならば良いかと放置決定だ。

そのまま大人しくしていてと念じてから至福の時間を堪能。

 

可愛いからカッコイイまで何でもありな一味はサンジの手配書を除くとそれぞれ癖がある。

というか、彼に只々居座られるのは初めてかもしれない。

何故長居されるのか、恐らく監視の意味もあるのだろう。

なんて素直で無い居座り方をされているのだと笑いそうになるものの、耐える。

素直に言えば良いののに。

 

「もう五分くれェ眺めてるが、飽きて来ないのか?」

 

全然このくらい余裕である。

彼の言葉を否定してからまた手配書を見始めると耐久レースのような雰囲気が漂ってくるのでローの仕業だなと思う。

そんなに待てないなのなら此処に居続けなければ良い。

 

ローは物好きな奴、と不機嫌そうに、面白くなさそうに言う。

確かに同じ世代としても賞金首だった海賊としてもあまり愉しくないと思うが、ローの目的はワンピース、秘宝ではなく、とある男の為に本懐を遂げようとしているので、競う意味が分からない。

 

「旦那様。そろそろ部屋から去ろうと思いませんの?」

 

「………前から思っていたが、その令嬢言葉はわざとか?癖か?」

 

「癖ですわ。人生の九割はこの口調で生きていましたので………急には変えられません」

 

こっちだって早くこの口調を改めて普通の話し方をデフォルトにしたいが、なかなか切り替え出来ないのだ。

無理矢理変えようとすると僅かに時間が掛かる。

少し考えてから言うのは当然の事だ。

ローが部屋から出ていかないのならば、こちらから出ていこうと、手配書を集めて抱えるとそそくさと扉へ向かう。

 

「え、あっ」

 

パッと手を引かれてその反動で手から手配書が抜けるとハラハラと頭上に舞う。天井とローの頭が視界を埋めていて、彼が近付いてきて顔が視界を独占。

息を詰めて頬を叩こうとすると手を止められて絡められる。

 

「退いてください、節操無し」

 

「くくく、酷ェ言いようだ」

 

そう言う割には笑っている。

というか、何故押し倒すなんて真似をしたのだろう。

聞いてもどうせ欲情したからとか何とか言うに決まっている。

付き合ってなんかいられない。

早く退いて欲しい、今後の時間も予定(手配書鑑賞)が詰まっていて忙しいのだ。

手を取られたので噛み付いてやろうと歯を見せてカチリと鳴らす。

 

女として褒められた行為ではないが、やるしかない。

この男には常識が通じないのならば獣道の方法でやる。

今の自分にはそれが出来るのだから、躊躇しないで突撃。

 

「!?」

 

唐突に目を見開いて肩に噛み付こうとした令嬢の行動を察したのか避けてしまう。

流石は七武海だ。

瞬発力も並外れていくものなのだなと感心。

肩を外してしまい舌打ちをする前に、違う箇所を狙うとついにローが退いた。

 

「令嬢じゃなくて猛獣だな」

 

「あらあらまあまあ。海軍の犬と呼ばれている貴方に言われるなんて光栄ですわ。ふふっ(ざまあっ)」

 

内心せせら笑っているとローが再度近付いてきたので咄嗟に後ろへ下がって小型のビーカーを投げる。

海水入りなので能力者には効果抜群であるが、当たればの話しだ。

ローはそれを直ぐに理解したのかビンを避けてしまうので第二の追撃をお見舞いする。

彼は丁度良い所に立っているので罠が仕掛け易い。

これで追い出せれば手配書を見られる。

 

「チッ、地味にやり辛ェ」

 

「なら、とっとと、一昨日、来やがれっですわっ」

 

ローにヒュンヒュンと投げていると相手はついに撤退した。

男、旦那、それに勝てたのはかなり優越感を感じる。

これでじっくり見られると地面に落ちた手配書に目を向けると唖然となった。

 

「なくなってる!」

 

直ぐにローが回収したんだと脱力すると、負けるものかとローの部屋にダッシュして捕まる未来は予測出来なかった。



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5テンプレ模様

船に居ると暇過ぎて発狂しそうになるから、出来るだけ交流も兼ねて魚釣りとカードゲームに積極的に参加している。

今日は晴天なのでクルー達は我先にと甲板へ行き、強くなる為に鍛錬や修行を始めた。

勿論、そんな事をしても強くならない#name1#はポツンと一人になるので、暇な時間を埋める為に考えなくても良い事を考え出す。

自分は謂わばガラの悪い性格の女で、貴族という地位を持っている典型的なこの世界での勝ち組。

 

悪役令嬢とゲームや小説に出てくる言葉を当て嵌めて引用してはいるものの、もう自分は悪役でも性格がネジ曲がっていない。

真っ白の綺麗な令嬢である。

そもそも、悪役悪役と言われている子達は大体ヒーロー、又は攻略対象者の何らかの関係を持っている事が多い。

そんなヒーローにちょっかいをかけるなんてあまりにも理不尽で横暴なのではないか。

しかし、ゲームでは婚約者という人間はあまり見かけない。

横取りに近いものならば精々が幼馴染くらいだ。

 

しかし、それでも抜け駆けにも等しい。

合コンで一抜けレベルであろう。

それと、そもそもこの世界は漫画であって、ヒロインというのが居ない。

誰の邪魔をするというのだろう。

この船にはヒロインっぽい同性すらいないのに。

なんて考えていたからだろうか、その思考を嘲笑うというか、おちょくっているとしか思えない事件が起こった。

これはあんな事を長々と考えたのがいけなかったのか!?

 

「大変だ!大事件だぞリーシャっ!」

 

慌てて食堂へやってきたシャチの様子に首を傾げながら振り返る。

ローも居たからか居住まいを正す。

そんな事よりも気になるから要件を言って欲しい。

大変ならもっとそれっぽくすれば良い物を。

残念系な男に内心溜息を吐いているとローが足す。

そりゃそうだ、彼だって何があったのか知りたいだろう。

シャチはそれに今思い出したという、うっかり仕草をして絶対忘れてなんかいないんだろうなとノリの良さを感じていたが彼の為に黙っておく。

 

ボケというのは暴いてしまうと途端に虚しくなるし恥ずかしくなるものなのだ。

それを知っているリーシャは生暖かい目だけを向けるだけに留めた。

それも傷付けるだろうという言葉は誰も言わなかったのでこれで合っているだろう。

シャチの慌てている原因を聞くと脳内にテンプレやお約束という単語が流れる。

 

「んで、今ペンギン達が引き上げてます。このまま船内に入れても良いですか船長」

 

彼の話しを纏めると空から何かが落ちてくるのが見えて、目を凝らすとそれは何と人で。

慌てて飛び込んだ船員が浮上してくると今度は女だったという事実に周りも動揺する。

見張りはどこにも船は見当たらないし、空を見上げても何もない。

何もない所から落ちてきた可能性と能力者の可能性があるという指摘を提示。

というか、それは……トリップだー。

転生もここには紛れているのにトリップも混ぜてくるなんてなかなかお目にかかれない設定である。

もしかして、この世界は誰かが二次創作として考えたパラレルワールドの可能性もあるという訳か。

という事は、こういうお約束の場合、元からこの世界に居る、この世界で生まれた#name1#が悪者になる(頼まれてもならないけど。でも、離婚出来る可能性があるなら……)可能性もある。

嫌なヒロイン(トリップしてきた人)だったらどうしよう。

そんな人に此処から追い出されるのも癪に触る。

 

「入れるわけねェだろ」

 

ピシャリという効果音が尽きそうなくらい軽快な言葉。

この展開はもしかして出会う事も難しいハードモードだろうか。

だとしたらヒロインドンマイだ。

手引しないのかと疑問に思うだろうが、面倒臭いというのと、ヒロインならば底辺から這い上がってこられるだろうという期待を込めてそれはしない。

それに、良いヒロインならば確実にトリップ体験者から邪険にされる事間違いなしだ。

トリップしてきた女が横取りのシナリオはやはり二次作品に多くある展開で、殆ど悪役側が社会的にか生命的に消されるのも良くある。

けれど、そこでふと考える。

小説では婚約者から奪う場合、どんな理由があろうと婚約者の居る相手から奪うというのは何事にも変えがたい不貞なのではないか。

たとえそこに背徳的関係がなくとも、チョロチョロ動き回り男の気を引くような真似をするヒロインがやはり原因を作るから、色々アウト。

嫉妬しても、されても仕方のない事をやっているのだ。

 

そりゃそうだろう。

女が取られる相手を好きならば尚更男の心の浮つきに敏感になって、先に好きになったのに、婚約者でもないのに、取られたくないと思うのは当然。

婚約破棄という展開についてもかなり問題がありありで、婚約破棄をする理由がどれも男に過失があるとしか思えない。

嫉妬してしまうくらい女の事を放っといて、仲睦まじく他の女と居た訳で、ちゃんと婚約者を気にかけてケアを怠らなければ疑われたりする事もなかった筈。

そういう理由を考えて、自分はやはり悪役が全て悪いわけではないと結論付けた。

そもそも社会的に抹殺するのもやり過ぎなものもある。

 

婚約者が取られそうになっていて、しかも、女の婚約者には見せない素顔なんてものをヒロインに見せていたと知ったら更に傷ついて誰だって自暴自棄になると思う。

まあ悪役の存在についてはここまでにしといて、ロー達が立ち上がるのを見送る。

只座っているだけだが。

その様子にローが首を傾げて行かないのかと言う。

今から尋問するらしい。

確かにいつものリーシャならばなんらかのリアクションを起こすところだが、今出ていくとややこしくなる気配がする。

 

「ええ。今回は見送ります。それと、私の存在はバレるまで内密に頼みますわ」

 

「なにか面白い事でもやろうとしてるんなら声をかけろ。おれもあやかる」

 

「まるで私が気品のない問題児みたいに言うのは止めて下さいませ」

 

それを言うならば自分達に返ってくる。

何か面白い事をするのではなく、自ずと何かが勝手に起きるだけなのだ。

ヒロイン(多分)が厄介を持ってきたりするのは良くある展開のものだ。

どんなに良い子でも違う海賊に絡まれたりと運に見放さているのか好かれているのか分からないシナリオ。

 

そんな中でヒロインは相手と恋に落ちるのがセオリー。

だとしたらローと上手く破局に持っていけるかもしれない。

ローとは婚姻しているのでこちらに非があってもなくても相手にされなくなればこちらの勝ちである、シメシメ。

問題は物理的に消されないかという事を気にして、そのフラグをへし折らねばなるまい。

難しいが、やってみる価値はある。

やはりヒロインが良い子かどうかで判断が決まり、方針も決まる訳だ。

部屋で待って、裏でこっそりヒロインの反応や出方を探ろう。

お昼を過ぎている時間だったのでお披露目は夜だろうと考えて、自室に篭もる事にした。



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6テンプレ模様2

夜ご飯はカレーだと噂に聞いて心臓が歓喜に踊る。

カレー好きな国民性と名高い故にリーシャも洩れず好きであった。

勿論転生前は好きでも嫌いでもなく庶民の食べ物なので口にする機会事態がなかった。

なので、記憶が戻った後も含め初カレーなのだ。

嬉しくない訳がない。

海軍カレーなるものがあるのは知っていたが、当然父がそんなものをメニューにする訳もない。

改めてつまらない親だったな。

今更そう感じつつ食堂の扉を開けると一つの席に人が殺到している。

まるで有名人が居るとでもいうような興奮であった。

多分例の女だろう。

リーシャの時だってここまで集まられなかったのに、少し面白くない。

恐らくローの妻という肩書を持っているから近寄り難かったのだろうというのは分かっているものの、やはり、線を引かれるのは寂しかった。

今は普通に接してくれているし、気さくに話しているから構わないのだが。

それにしても、女は此処にもう一人居るのに、その緩み切った顔は何なのだろう。

リーシャの時には緊張に孕んだ顔しかしなかった癖にと地団駄を踏見たくなる。

そんなキャラではないのでやらない。

見ているのも飽きたので定位置に座る。

どこでも良いのだが、今日は何となく定位置に、つまりはベポの横に座る。

ローが隣に座れと先程から視線で足しているのは感じていたが、今日はそんな気分じゃない。

だから睨みつけるように見ながらカレーにスプーンをトントンと叩きつけるのは止めてくれ。

子供に見えてきて仕方ない。

噂のヒロイン(最早決め付け)はどんなお顔なのだろう。

船員達がワラワラと群がる隙間から見ようとするが、些か密集し過ぎじゃないか?

これじゃあ見るに見れないと眉をハの字にしていると僅かながらに露出する女の顔の一部。

ほんの少しだけしか見ても分かる筈もなく、項垂れる。

というか、ロー達はもう警戒態勢を解いているのだろうか。

 

海賊は謂わば日向ではなく日影の存在。

そう安安と部外者を中に引き入れる訳もない。

ローは傍に居なくても構わないと思っているようで、彼女に話しかける様子もないようだ。

もしかして既に色々話しているのだろう。

いつものように船員達に崇められているように見える位置でカレーを食している。

彼の食事の仕方が意外と豪快なのはその道(オタクとかエトセトラ)では有名だったが、本物を目の前にして更に驚いた。

暴食と言っても差し支えなさそうだ。

モグモグと咀嚼しているのを尻目に相手の女性をちょっと見た所に船員から尋ねられる。

 

「お前どう思う?同姓から見た意見聞きてーわ」

 

「あ、おれもー」

 

お気楽な声で賛同する周りにやれやれとなる。

まだ一言も会話していないのにプロファイリング(詳しい事は専門家では無いので知らないが、当てはまる系統の行動をする人間を心理学的に分析する技能……だと思う。記憶がちぐはぐで多分適当)出来る訳が無い。

船員達にそんな事を言われてもと困り顔をする。

半分本心で半分偽った気持ちだ。

知らない女にこちらの情報を気軽にホイホイ渡す無神経さは残念ながら持ってきていない。

 

「彼女、尋問の時は何と仰っていたの?」

 

「んー、それがなあ……少し信じらんねーかもだけど……おれらの載ってる本とやらが存在するチキュウとかいう星からこの世界にやってきたらしい。事実かどうか」

 

「えっと、そういうのは世間では電波系と言うのですが……」

 

落ちてきた人は随分ペラペラ喋るという暴挙に出ていた事に少しショックを受ける。

少しは冷静に考えてから話せば良いのに。

脅されたならば致し方ないと思っていたが、話によれば進んで色々意味の分からない事までバンバン言ったという事だ。

口が軽いのはあまり褒められたことでは無いが、彼等にとっては警戒するような人間でないと判断される材料と決め手になったようである。

それは良かったと他人事。

どこまでいっても他人事で傍観者に徹しておく。

今回は離婚云々と考えていたが、あまり賢明そうでない事が良く良く分かって諦めようと決めるのは難しくない。

話しかけるのも億劫なので仲良くは期待されたくないし、ローに後でそれを含めて頼んでおこう。

ローがこの船の船長で良かったとこの時だけは珍しく思えた。

それを聞いたら本人は泣くだろうかと少しワクワクしたが、そんな奇跡は起こらないだろう。

カレーを食べだして数分後、ローが女を前にこさせて紹介を始めた。

彼女の名前は『アラキ ココロ』と言う。

ぶっちゃけヒロインに有りそうなネームだなと頬杖を付いて思っていた。

ココロという名前に良く合っている雰囲気を纏って美人よりも小動物系、可愛い系だなー、と他人事(以下略)。

船が波に揺れてキャッという小さな悲鳴と共にローの方へ倒れたのをスローモーションで見ていたのだが、それを普通は夢小説等では躊躇なくキャッチするでしょ?

でもね、倒れたらローはなんとなんと!

避けたんだよ!

もうびっくりしたね、色んな意味で。

普通は避けないじゃんとか、普通は支えてあげるんじゃ……とか。

兎に角ヒロイン云々の問題があるって事は十分分かった。

倒れたら勿論床に激突した訳で。

船員達もローの予想外の受け身しない行動に驚いていた。

彼等にとってもローの行動は不可解であったという証明。

前にローにパンを復讐心から食させようとした際に床に躓いた時のビジョンが脳内に展開されて慌てて違うだろうと消す。

あれは只単にローの気紛れだ。

そうに、そうに決まっている!

断じて特別扱いされているなんて事はない。

そう!

 

(ふうふうふう。落ち着けえー)

 

浅い呼吸をしてから己に言い聞かせて何とか身を宥める。

多分、今しがたトリップ主に転けさせたのはきっと相手が一般人か違うかを試す為だ。

マヌケなフリをしているという可能性も含めて吟味しているのだろう。

リーシャ的には空から降ってきた時点で一般人だと断定しているが、そのお約束な事柄を知るわけもない彼等は疑心暗鬼中だと予想。

全員が全員彼女に好意的な訳がないと推測して改めて激突して痛そうに体育座りをして肩や膝を擦る女。

痛そうにしているのはほんきっぽい。

船員達が平気かと近寄るのをローが鋭い鋭利さの光る目で止めた。

来るな、と目が物語っているのを見て立ち上がっていた男達が椅子に座り直す。

ローには流石に逆らう人間は居ない。

此処はロースキーの溜り場だし、女は未だ不審者の域の中。

狙われたりするのはローというのは皆一様に分かっているのだろう。

嫌われたくないとも思っているに違いない。

この船に乗った船員達は例に洩れずローの船に乗ったという意味で、つまりは命を掛けている。

それ程までに厭わないと思っている相手に見捨てられたり見放されたりするのは誰でも嫌だろう。

船長と正体不明の女を比べた場合、最早比べるまでもない。

 

「あれ?女性?」

 

(ちっ、やっぱり気付かれたか)

 

一応後ろ方面で船員達の背に隠れるような位置に座っていたのに、見つかってしまう。

宜しくするのも悩みものだ。

何せ、この世界では一応貴族の令嬢なのだ自分は。

地位的にも高い身分というのを縦にして回避しよう。

あ、別に貴族だから貴族って勝ち組!という事を思っているのではなく、関わり合いたくないから貴族の仮面を被ろうとしているだけだ。

ええええ、勿論、関わり合いたくない女と認定しましたとも。

ローもこちらの居場所を把握していたのかちらりと見ると女に説明する。

 

「おれの部屋で寝てもらう」

 

「えっ、せ、船長さんの部屋で、ですか……?迷惑ではないのですか?」

 

満更でも無さそうに言う癖に遠慮の言葉。

矛盾した声音にあーあ、とがっかり。

この人はローの事を嫌いでは無いようだ。

少なくとも嬉しそうに言っているのだから、ローとリーシャが夫婦だと知った時、どのような事になるのか。

そこはかとなく面倒くさい展開になりそうだと内心幻滅。

 

「嗚呼。おれの部屋にシャワーとトイレが備え付けてある。部屋には鍵をしておくから出たかったら見張りを付けておくからそいつを呼べ」

 

「……………は?」

 

女、ココロは唖然と笑みを貼り付けたまま固まる。

今の言葉が信じられないといった反応だ。

当然だろう、ローは自室に軟禁すると言ったのだから。

船員達も納得していなくても納得しなくてはいけない。

リーシャも特に意義ないので何も言わない。

ココロは次に顔を変えたのはどんな心境かは知らないが、こちらを一目散に見てからダッと駆け出した。

 

「ねえ!貴女はここの仲間?それとも違う?」

 

と、話しかけてきたのだ。

ええい、馴れ馴れしい。

トリップしてきたが軟禁されそうな空気にリーシャを使ってなんとか回避させようとする魂胆が見え見えだ。

そんな軟禁なんて適当に過ごして時間を掛けて無実を証明してけばいいのに。

ココロは軟禁も甘んじれないトリップ主らしい。

ヒロインならば泣き落としでもすりゃあいいのにと割りと酷いかもしれないが、そう思う。

折角可愛い小動物系を演じているのに無駄な設定作りでアラが見え見え。

 

「私は客人みたいなものですわ。それと、少しの辛抱ではなくて?島には後四日で着くと言うし、四日経てばその島へ降ろしてもらえるわ」

 

「え!お、降ろす!?そんなっ、私、折角っ、此処に落ちてきたのにっ」

 

(ちょいちょい、口が滑ってる)

 

トリップをしたという自覚はあるようだ。

加えてやはり色々考えないで話すタイプ。

残念である。

ローは女に飽きれた声音で離れろと言う。

 

「無闇に歩き回るな」

 

「で、でも、私、軟禁なんてっ」

 

余程嫌らしい。

しかし、ローがそれを許す事はなく、泣きつつあった彼女に動揺するなんて事もなく連れて行く。

最後まで縋るように見ていたので面倒過ぎる、と疲れた。

そんなに嫌なら信頼を勝ち取ればいいのに。

お約束な展開ならばやり方は様々で、先ずは懐に入りやすいベポから懐柔していくなんて方法すらある。

なんて、他人事(以下略)。

だというのに、翌日から思わぬ展開が待ち受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おれと離婚してくれ」



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7テンプレ模様3

「おれと離婚してくれ」

 

「イエスイエスイエスっ」

 

興奮し過ぎて息が乱れた。

この時を、その言葉をどれ程待ち侘びた事か。

ついについにと手がわななく。

公開処刑の如く甲板のど真ん中で言われたが、そんなもの気にする必要はない。

これが学園だったら校舎の外の玄関付近、現代であったならファミレスだったりと何故か公共の場という非常識の場所で言われるそれに当然、船員達だって注目している。

結婚しなくても十分地位を確立させているローは別れる決心をしたのだろう。

何となく彼の目が正気でない、濁ったような淀んだ目をしていて、操られている人間に有りがちな生気の無い顔をしていたとしても知らぬが仏。

そこにどんな理由や、言わされているという事実か例えあったとしても、言った事は変えられやしないのだ!

やったやったと過剰に喜び、それを出来るだけ表に出さないように淡々と順序を踏む。

返事が元気過ぎたのは少し致命的だったかもしれないが、ここからが勝負。

いつ正気に戻るのか分からない今、素早く判子を押してもらおう。

生き生きと隠しきれない高揚を全身に感じながら判子を押してもらう為と名前を書いてもらう為に常備三枚ある内の離婚届の用紙を一枚取り出す。

 

「「「なんで入ってるんだ!?」」」

 

あーあー、船員達の声何て聞こえない。

 

「ちょっ、待て待て待て!待てっ」

 

慌てて駆け寄ってくる船員の一人を鬱蒼と眺める。

邪魔だてしてくれるな。

 

「お、お前が船長の事あんま好きじゃないのは周知の事実だけどよ!でもよ、そんな簡単に決めて良いモンなんかじゃ」

 

「しかし、お宅らの船長は別れようって言いましたけれど?」

 

反論を正論で返すと物申してきた男が口を噤む。

いやいや、そんなに簡単に引き下がるなら言わないで欲しい。

少し苦笑いが洩れる。

そんな空気の中でまたまた一人の違う男がローに向かって問うた。

余計な真似をしないでいただきたいものだ。

 

「正当な理由があるんですよね、船長」

 

少し怒り気味で、信じたくないと顔に書いてある。

 

「ああ」

 

そのローの問い返しに一層彼等の視線が強くなる。

理由ならまあ、一応聞いておいて損はない。

当然ながらこちらに非があるわけもないが。

あってもないと断言するのは決めている。

 

「ココロを愛しているからだ」

 

「え!?」

 

ローの言葉に反応したのは船員の誰でもリーシャでもなく、ローの後ろに居て気付かなかったココロ本人。

わざとらしく驚愕に目を開いているのが僅かに苛ついたが些細な事だ。

ローに向けられていた視線がココロに向くのは自然な事。

ローはというとココロの方に顔を向けて言わないであろう言葉を吐く。

 

「ココロ、今丁度お前を如何に愛しているかを話していた所だ。こいつにも離婚を請求した。ほら、こっち来いよ」

 

まるでゲームのパッケージの裏に書かれている台詞の「ほら、こっち来いよ」という甘い音。

うむ、操られている。

しかし、都合が良いので無視して進めた。

 

「では゛トラファルガー゛さん。離婚届を書いてもらえますか?」

 

「ああ」

 

さっきから返事が棒読み、しかし、無視無視。

 

「ちょっ、ローさん。皆が見てる前で恥ずかしいよ~」

 

いや、お前は取り敢えず目の前で離婚が成立しかけている事に注目しろよ。

普通はそっちの反応が先であろう。

船員達も同じ事を思ったのか冷ややかな目を彼女に向けて刺す。

恥ずかしいとは何の事かと言うと、ローの腕が腰に周り、恋人のように片腕で抱擁されている事である。

腰を引き寄せられているココロは至極恥ずかしそうに言っているが、言葉の割に引き剥がそうとか、抗っている素振りもなく、寧ろ大人しく片腕に収まっているのだから更に船員達の視線が鋭くなっていく。

 

「っ、船長!目を覚まししてくれよ!」

 

(よっけーな事を言うなっつの!)

 

羽ペンをツラツラと動かしている手が一瞬ブレる。

止めるな!そのまま動かせや!

 

「うっ………」

 

軽く呻いたのは近くに居たリーシャにくらいしか聞こえない。

頭痛でもするのかな。

洗脳されている人が良くやる仕草だけども、早く書けー。

念じていると再び羽ペンを動かし出す手に安堵。

そうそうそれで良いんだよ。

内心ほくそ笑み、事の流れに気持ちが上向きになる。

ヒロイン(厄災だが)が来てくれて本当に良かった。

正気に戻ってもローから別れを切り出したという現実は凄く証拠になるし、誰も反対等出来ない。

これをローがぼんやりしている間に出してしまえばこれで縁も含めておさらば。

書き終えた紙を上から順に書き漏れが無いか確かめて大切に懐へ入れる。

周りはオロオロするばかりで成り行きを見ているしかない。

別に止められても困るので大いに助かる。

紙を大切にしまうと次は荷物の整理。

出ていく準備を整えて三日後に着く島へこの離婚届と共に出す。

なんと今日は良き日。

上機嫌で「離婚成立です」と手を合わせてニコリと微笑む。

それに対してココロはやっと「え?離婚したの?やった、じゃあ今日からローさんとの仲を裂く邪魔者は居なくなったのね!」何て空気の読めていない発言に船員達は殺気立つ。

人と人が別れて悲壮感を口にしないのはいくらなんでもマナー的にも人間的にも可笑しい。

船員達が「なに言ってんだてめー!」と現に彼女に怒鳴りつけても仕方のない事なのだ。

本当、少しは黙れば良いのに。

 

「だって、ココロ……ローさんからこの人の事なんて好きじゃないって聞いたんだもの」

 

良い歳した女が自分の名前を言うなんて、頭緩いな。

今時そんなのアイドルや芸能人がキャラ付の時にしか聞かないんですけど。

 

「それがなんだって言うんだ?本人を、妻を目の前にして褒められた言葉でない事くらい常識的に判断も出来ないのか?」

 

シャンバールが腕を組んで咎めた。

常識ある淑女の振る舞いではないよねー、確かにー。

 

「シャンバールの言う通りだ。お前、ちゃんと勉強してきたのか?おれだってそんな事、デリカシーのない言葉、いくらなんでも言えねーわマジで」

 

引くわー、と最後に言い出した男に次いで船員達が言いたかったのだろう事を吐き出し始めた。

退場しても良いですか?

この場が混沌としてきた。

すると、ココロがその場の空気に萎縮の様子を見せ始め、ローに怖いと泣きついてから空気は変わる。

なんとローが刀を抜いたのだ。

 

「ココロをキズツケルヤツハ、許さねェ」

 

台詞的にも精神が異常をキタしている。

ローが船員達に攻撃をするという致命的な事を仕出かす前に素早く動く。

ローの事を思ってではない、船員達を思っての行為である。

それに、元夫だからもう開放感が凄くて何かをしたい気分なのだ。

海桜石を練り込み、制作を特別にしてもらった魚取り網をローに向けて後ろから放つ。

後先考えずにやったから余計な物(ココロっていう優越感に浸っていた女)も一緒に掛かったが、構わず絡めて取る。

ココロが喚いていてて煩い。

 

「なんなのこれ!?出しなさいよ!痛い、痛い!」

 

引き摺った程度で痛がるなんて海賊の恋人は無理なんじゃなかろうか。

飽きれながらズルズルと引く。

船員達も今何をするべきか分かっているのか、戸惑いながらもローから網の目を目掛けて刀をスッパ抜き彼から引き離す。

海桜石の鎖でグルグル巻きにされたローを横に放おってココロを手錠で済ませる。

彼女は一般市民に引けを取らないひ弱さであるのでこれで十分。

ローはもう能力を使えないし、何らかのせいで脳もマトモに機能していないので脱走なんて更に無理だろう。

二人を引き離すように違う部屋へ閉じ込めて、となる予定だったが船員達の強い希望により、各自一部屋数人に割り当てられている寄宿部屋のような大部屋へせめて寝かせてあげてくれと頼まれて、渋々許した。

攻撃、危害を加えようとしたのによく一緒に寝られるな、とある意味その勇姿に免じたのだ。

そして、肝心のココロの方だが、餓死させようという意見も然ることながら、どっちにしろご飯の面倒はリーシャが行うと自ら言った。

彼女に対して警戒せねばならない事があるからだ。

それは、ローに行われた何らかの精神的、思考、判断力を低下させる媚薬というものに効果が近い事をやった可能性。

リーシャは此処で更に夢小説で養った教訓を活かすのだ!



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8テンプレ模様4

船員達に何が原因でローがこうなったか分からないから、耳栓と鼻栓と目を合わせないように、女の方に目を隠す物を被せる事を絶対として、彼女にも触れないようにと通達すると船員達は力強く頷く。

壁の向こうに居る彼女を今にも殺さんという視線で見ている。

ローを誑かした悪女であろうから。

そして、最後に島に着いたらリーシャは船を降りると言っておく。

勿論引き止められて、今のローは正常じゃないし、お前を好きじゃないと言ったのも、女が何か錯乱作用のする事を仕出かしたせいだと言うが、そんな事は言われる前から承知している。

承知しているからこそ離婚届を押させたのだ。

早く日にちが過ぎないかなー、とルンルン鼻歌を歌う日々を堪能する。

楽しくて楽しくはっちゃけているのだ。

どんなに楽しい事をしているかというと指揮を取れないローの代わりにご飯をゲッチュの為に、魚取り網を使って魚を大量捕獲をしている。

ローは本当に役に立たない。

あの乙女ゲー女も今も懲りずに騒いでいる。

特に空腹が堪えているらしい、煩いとクレームが来ている。

煩いのならもう海に沈めてしまおうという意見がちらほら来ているので困っていた。

別に命を奪おうというのは何ら否定もしないが、リーシャに意見を言わないで欲しい。

関係ないのだもう。

ローとは夫婦でも何でもない。

ということは真っ赤な真っ赤な真っ赤な!他人、た!に!ん!だ!

と声を大にして言わない代わりに態度で示す。

やはり、もう夫婦でないと彼等にもしっかり通達して示しておかないと、ロー絡みの面倒事に巻き込まれそうで。

何よりも面倒を嫌う自分にとって、最も避けたい事例。

兎に角、此処までしたのだから、ローにはしっかり正気に戻った後の説明をしておいて、と全員に念押ししておく。

ローが居なかったせいでこちらにも迷惑がかかったし、その前にも精神も心も傷付いたので離婚を止めないようにと、言っておけよ!みたいな感じで周りを巻き込んで、ローを納得させておいて欲しい。

彼は嫌でも今回の事にプライドが割れて、船員達に攻撃しようとした事に罪悪感を伴わせるだろうと予想。

 

そうでなくても、離婚されても仕方が無いと思ってもらい、円満にジ・エンドを迎えたい。

別にローの意識が戻らなくても出しに行くが、寧ろそっちの方が何事もなく離婚を弊害なく受理されてくれるだろうから、睡眠薬でも一服盛りたくなる。

室内で延々と夢見ていると、船員の一人がドアを叩いて、ニセヒロインがローに何をしたのか自白したから#name1#にも来て欲しいと言ってきた。

だから、そんな事知ってるってば。

しかももう自白したのかい。

やはり現代人には質素なご飯と目隠し耳隠しの耳栓と、口輪の生活はハードモード過ぎたんだなあ。

ぷっ、そんなんで良くまあローの相方をしようなんて考えられたよね。

絶対無理だ。

人質に取られる可能性も低くないのがローの海賊という生活なのである。

それくらいの度胸が無いのならば、早々にリタイアするのをお勧めしよう。

度胸の無さに心の中でこっそりたっぷり馬鹿にする。

ここまで生活をバラバラにしておいて少しも反省していないのだからそれなりにお灸を据えたくなるが、因縁を付けられるのも面倒だ。

しかし、僅かに湧く苛めたいという衝動に薄ら笑みを作る。

別に水を掛けようだとか馬鹿丸出しの、犯人丸分かりのセンスがない事なんてしない。

仮にも貴族令嬢がそんな事を踏襲する訳も無い。

 

只精神病院にでも入ってもらおうかなーと思っているだけだ。

なあに、船員達にほんの少し仄めかせば何よりの報復だと彼等はその頭脳で考えて、より良い罰を行いたいとなれば自ずと行動は伴う。

自分の手を汚すなんてとんでもない。

全く関係が無い身なのだからこのまま清い生歴でいたいと思う、普通。

何故あのかき回しエセヒロインの為に順風満帆な気持ちを穢されにいかなくてはいけないのだろう。

馬鹿馬鹿しいにも程がある。

ローとも金輪際関わる事はないだろうし、荷物を纏めて、きちんと忘れ物が無いか確認。

辺りを見回して使っていた部屋を眺める。

あれこれ騒いでいる間にもう時間が経過してもうすぐ陸に着く。

ローは意識がはっきりしている訳ではないが、正気を取り戻したりしなかったりするらしい。

出来れば陸に着く前にはまだ正気になってほしくない。

スムーズに離婚届けを出せなくなる。

しかし、役所関係無しに離婚はサインされた瞬間自他共に認められた。

撤回なんて出来ない。

いくらあの時は正気じゃなかったと常套句を口にしたってローの言った内容は取り消せないのだ。

やーいやーいとローに、ざまあみろと念を飛ばす。

 

ついでにあの、ローを誘惑した子の供述ではローには私が必要なの、私しか彼の本当の心の解放をさせられないの、だとかロマン女がナニか言っていた。

時間の無駄である女の言葉に部屋へ早々に帰って寝た。

スヤスヤ。

起きると島に着く前だったので黙々と用意をして終わらせた。

ローとは一応挨拶を済ませたがまだあの子に執着している。

こちらがわざわざ来て上げたのにやれ「あいつの様子は」「俺から引き離すなんて何様だ?」等などリーシャを睨みつける始末。

そっちが何様なんだか。

はっ、と内心鼻で笑って落ちぶれた男だと嘲笑う。

政略結婚までして何かをやろうとしたのにこの体たらくではもう後先もなさそうだ。

最後にお見舞いと称したものを終えて部屋を出ると甲板へキャリーバッグをコロコロと動かして外へ出る。

手には離婚届を握り締めて役所へゴーだ。

早足にスタスタと向かう。

その頃、幻覚作用のある原因の香水が割られて、正気に戻っているとは知らずに。

 

 

 

***

 

 

 

ローside

 

事の発端はベポ達や船員達によって甲板へ連れ出されて、詰め寄られているロー達問題者達の尋問のせいである。

ローを元に戻せという事を言う為である。

従わないのならば海王類の餌にするつもりで、海に投下するつもりであった。

殺気立っている中、鼻が効くベポが くんかくんかと鼻をひくつかせて何かを感じ取る。

何か香水臭いという熊の本能での発言に女の方へ視線が集中。

その視線に女はビクッと肩を揺らして、明らかに何かに動揺したと、誰から見ても解った。

隠しているのが分かれば女の身体を調べる以外無い。

海へ投下するつもりなのだから、身体を調べる事には何ら躊躇なかった。

ローは女を助けようとして藻掻いていたが、海楼石のせいで上手くいっていないようだ。

その間にも船員達は例の香水を見つけ出して女に問い質していた。

 

「それ、只の……香水で……返して下さいっ」

 

香水一つで些か頓着し過ぎな気がすると船員達の何人かは不審に思い、香水を観察する。

そして、船員の一人が感情に任せて船員から奪い地面に叩きつけた。

その瞬間、女が悲惨な悲鳴を上げる。

まるで親が目の前で殺されたような悲劇な表情をしていた。

何をそんなに……と皆思う。

 

「いやああああ!酷い!」

 

「どっちが酷いんだよ?てめーが来てか最悪だっつの!」

 

「マジ疫病神」

 

船員達が溜めたストレスと不満が爆発している。

リーシャ(ストッパー)が居なくなった今、女を異性だと思い、女を気遣う必要も無い。

リーシャが居たからこそ相談も不安も安らかであったが、もう彼女は船に居ない。

ローが別れろと馬鹿な発言をしたせいで離婚が正式に成立してしまい、その原因を作ったのは女だ。

船員が敵視しない理由がない。

さあ海に突き落とそうと女を立たせた時、ローが頭を抱えて痛いと唱えだして周りは気色ばむ。

女が何かしたのかと船員達はナイフや銃を女に突き付ける。

温室育ちの女にはその刺激は強く、涙を流して鼻からも鼻水が溢れてむせび泣く。

船員達から凶器を突きつけられたらよっぽど神経が図太くないと精神を正常に保てないのは当然だろう。

うぐうえええ!と赤ちゃん並に呻き出した女に船員達は構わず凶器を頭や身体に押し付ける。

此処が海賊船だとココロは漸く実感し、死の恐怖を抱いた。

しかし、もう手遅れなのだ。

彼らの敬愛するローを狂わかし、船員達の仲間兼船員達の目から見ても口説いていた妻を間接的にせよ追い出した憎き対象になっているのである。

周りを見回したココロは船員達から憎悪や怒りに満ちた目で見つめられているのが分かり、恐さに身体が震えてきた。

ローに攻撃されたのだから許される訳もない。

死ぬのだと心の中で思っていると男の声が緊迫した雰囲気を飛散させる。

 

「リーシャは今どこに居る」

 

 

 

***

 

 

 

役所に行く前にバイトの求人誌を眺めてどれにしようかな!と楽しんでいた。

そんな中、歩いていると前からきた子供にぶつかられてよろける。

いくら子供でも痛かったので痛かった事を声に出して分かるように言うと、相手の子供は立ち止まり、そこでごめんなさいと謝ってきた。

反省の態度で直ぐに謝罪してきた事を関心してあげてからもう一つの謝るべき所業を問う。

 

「謝ったのは許してあげる。でも、財布を盗った事についてもこっちに引き渡してからその謝罪をして欲しいですわ」

 

子供の襟首を掴んだまま笑顔で言う。

盗んだことがバレたと知るや、子供はとても抵抗してきた。

けれど、船の中でも毎日欠かさず軽い運動をしていたし、相手はこちらよりも力の弱い子供なので逃げられる隙など無い。

子供だからで許すような心の広さはなく、お金も取られた財布がなければこっちだって無一文で路頭に迷うハメになるのは分かっていたから逃がすつもりは絶対にない。

ほら返しなさいと再度告げると観念したのか財布を返してきた。

子供の襟を掴んだまま懐に入れると再び歩き出す。

自ずと繋がれている襟首の向きのまま同じように進む足や行動に、子供は戸惑ったように離して欲しいと懇願してくる。

そんな言葉は無視して「君は一人でこういう事してるの?大人に命令されているの?」と質問すると意図が理解出来ないのか黙り込む。

 

「言うか言わないかは自由だけどこれは別に聞いてるのではなくて話せと命令しているの。この意味分かる?」

 

ストリートチルドレンは過酷さを知っているからか大人の駆け引きも心得ている。

青白くさせた顔を更に白くしてくる子供に理解している事を察すると、彼は一人でやっていて大人の指示でもなんでもなくやっていると言ったのでふむ、と顎を上げて思案。

 

「なら、お腹が空いているようだし、そこのハンバーガーを奢ってあげる」

 

「えっ?」

 

「一回で聞きなさい。二度目を必ず教えてくれるなんて甘い考えも捨てる事ね」

 

ズルズルと引き摺っていきハンバーガーを売っている野外の店舗に注文。

魚のフライのバーガーを頼むと子供の方へ向く。

視線に気が付いた子はビクビクとしていて何か裏があるんじゃないかと考えているのが透けて見えた。

 

「そうやって警戒して、今日ハンバーガーを奢られるという機会を逃すのかしら?後で後悔しないと断言出来るのなら別に無理強いしないわ」

 

「…………トマト」

 

「トマトのバーガーもお願い。飲み物は紅茶とオレンジジュース」

 

「畏まりました。少々お待ち下さい」

 

そう言われて数分待っていると店員にバーガーが入ったバスケットを渡されて近くにあるベンチへ座る。

その頃には襟首を掴んでいなくても子供は逃げなかった。

賢い選択だ。

今逃げたら次はいつちゃんと胃に食べ物を入れられるのか分からない。

子供にバーガーとジュースを渡すと今度は食べるか食べないか葛藤している様子だったので、顎を掴んでバーガーを口の中に押し込んだ。

一口食べてしまえば後は勝手に口が動くだろう。

初めはえづいたものの、こちらを非難の目で見つめて、直ぐに食べ出しあっという間に全てを食べる。

ジュースもごくごくと飲んで喉が乾いていたのだなと思った。

彼のやっている事を悪いとも良いとも思わない。

そういう人間が居るのは普通と思うだけ。

食べ終えた子供は立ち上がるとお礼を言って去ろうとしたので襟首をぐわし。

 

「ぐえ!やっぱ何か裏があるのか?」

 

罠に掛かったと悲壮感に言う男の子に笑みを向ける。

 

「君、海賊には興味ある?」

 

「!、ななな。何で俺の憧れてるやつ知ってるんだ?」

 

「だって君、私の降りてきた船を見てたし?あと付いてきてたし?あれ程食い入るように見てたらバレるって」

 

苦笑して言えばバレていたのかと観念してシュンとなる。

 

「子供を虐めるなんて最低!この人でなし!」

 

言葉の続きを言おうとすると違う声音が空気をブチ壊してきた。

煩いし耳に悪影響を与えるレベルだ。

横を向くとそこにはあの乙女ゲー勘違い女が居た。



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9テンプレ模様5(完)

貴様こそが今この場の有害な音を発しているのだと今直ぐ現実を晒して恥をかかせても自業自得な発言をされて、私の何を知ってるんだこいつ、というか此処に至るまでの経緯を知らないその言葉で勝手に決め付け避難してくるその態度は人でなしと同レベルなのではないか。

頭をかち割って気を狂わせて精神病院にぶち込みたくなるから我慢しろと己に言い聞かせる。

てか、良く生きてたね。

生きているの恥ずかしくないのか?

人を何かで狂わかせておいてよく此処に顔を見せられたとすら感心。

まだ何か喚き出す女に男の子は何だあのヒステリックはと聞いてくるのであんな大人は見習ってはいけないのだよと学ばせておく。

此処まで邪魔する存在ならば少しくらい役に立たせてからやり返した方がスッキリする。

とことん叩きのめして二度と何も言えないくらい滅茶苦茶にしてやると薄ら笑う。

側らに居る少年は危機として此処を見ていながらその笑みに戦慄を感じているのであった。

ローや船員達はこの女が自由の身なのを知っているのだろうか。

好い加減煩いのを黙らせねば。

ズキズキする頭を振り被り男の子を後ろにやり、まだ言う女と対峙。

うるっさいての!

 

「貴方、この私に言っているの?」

 

この世界では彼女は何の身分も無い只の浮浪者である。

或いは頭の可笑しい電波女。

現に後ろに居て様子を見ている子供は怖がっている。

怖がっているのが見えないのか男の子を解放しろだとか、こっちへおいでとか見当違いなのが分からないのか、判断出来ないのか。

 

「ほら、怖くないからこっちにおいで?悪者から私が守ってあげる!」

 

彼女は馬鹿なんだろう。

守ってあげると言っているが、彼がそれを望んでいないことを察せていない上、彼は孤児みたいで、自分の力で生きているのに、守ってあげるなんて無責任過ぎやしないか。

今彼を保護して育てるつもりなのか、いや、ないな。

自分勝手で己の価値観を相手に決め付け、押し付け、見ても無い周辺の状況を解析出来ない女は子供を保護するだけして、満足したら放り出すと簡単に想像できる。

男の子は食べ終えた手をペロリと舐めて怪訝そうに「なに勝手に言ってんの?」と投げ掛けていた。

 

「だって?え?その悪役令嬢に今カツアゲされてたんでしょ?でも、もう大丈夫よ!私が海軍まで連れてってあげるから」

 

うわ、傍迷惑だ。

 

「は!?海軍なんて頼りになる訳ねーだろうが!あんな奴らの溜り場なんて言ったら死にに行くようなもんだ」

 

きっと何かされたのかもしれない、体験したような口ぶりで言う内容に、彼女は怪訝そうに顔をしかめて首を傾げる。

 

「確かに腐った人達も居るかもしれないけれど、良い人だって居るんだからね」

 

いやいや、居てもこの島にはいないでしょうよ。

ほんと救いようのない頭の理解力である。

居ないから海軍の駐屯所に行きたくないって言ってるのはリーシャにだって分かるのに、女は諭すように良い含め、まだ馬鹿な事をひけらかしていた。

本当に頭がキリキリしてくる。

ぎゃいのぎゃいのと騒ぎ出す前に秘奥義を繰り出そう。

 

「先程から私に抗議をしているよですけれど、私には非がございません事よ?」

 

「さっき幼気な子供を問い詰めていたじゃないの!本当信じらんない。人としてどうなの?」

 

それってローを狂わせて船を混乱させた人間にもブーメラン!なんじゃないの?

胡乱な眼で眺めてから反撃。

 

「問い詰めていたのではなく、話していただけですわ。それに、良い歳をした大人が外で声を上げるなどはしたないですわよ。もう用は無いでしょう?もう私達は貴女に付き合う義理はなくてよ」

 

うーん、改めて悪役令嬢っぽいけど、正論である。

逆ハー女は去ろうとする後ろ姿に呼び止めてくるが、構わず足を進める。

後ろから子供も付いてくる気配に、この女と同じ空間に居たくないという心情が伺えた。

役所は目の前、出しに行く。

若干寄り道したが、漸くーー。

 

「言っている事は至極馬鹿だが、時間稼ぎとしては、まあ上出来だな」

 

聞き覚えのある声音にビギっと固まる。

何でこの声の主が此処に居るんだ。

というか、呪いは解けてしまったのか、それともまだ洗脳は解けていないのか。

判断を急いではいけないと分かってはいるものの、やはり色々推測して探偵みたいに邪推してしまう。

ローを船員に攻撃させる程の呪いを受けた身で、こちらを敵とみなされたら勝ち目はほぼ無い。

どうしよう、ローに網投げ攻撃をして先手を打つべきか。

 

「馬鹿女の手先に用はないわ!」

 

シュバっと手網を投げつければ影は捕まらず、空振りの感触にチィ!と舌打ち。

 

「ねーちゃんあんたほんとに貴族か!?」

 

後ろで坊やが何か言っているが、それに応える余裕も時間も生憎無い。

心の中で見た目は貴族だけど中身は平凡な凡人だよと言っておく。

尚、それを言ったら言ったで大勢から「それは平凡とは言わない」と突っ込みを貰う事間違いなしだ。

そんな事になるとは露知らずにローへ攻撃を追随していく。

戦場と言っても過言ではない戦いに人々はサアァ、と逃げていくと残るのは男の子と電波女と夫婦(離婚寸前)のみだけ。

ここで破壊的行為が起きても全部ローがやったことにしてやろうと企む。

自分までローの妻だからという理由で海軍から眼を付けられたくない。

至極正当な理由を付けて駆け出す。

ヒールなんて随分前におさらばしているし、ドレスも今回はローの妻だと一目で分かるように拵えてきた服。

おかげで戦いにくい事この上ない。

ローが何やら話し出した。

 

「争う為に来たんじゃねェ。落ち着け」

 

「その台詞、正気の時に言ってよね。この女の下僕があ」

 

相手の罪悪感に響かせるよう言う。

今のローに通じるのか定かではないが、相手は苦いものを噛んだかのように顔をしかめる。

 

「もう正気に戻ってる。あの女にはお前を探すように命令したんだっ」

 

「へえー。そんなの、もうどうでも良いんです。問題はなぜ私の前に立ちはだかるのかという問いでも答えろですわ」

 

「おれは弁解させてくれと言いたい」

 

鉄の網を追加してローに投げるとビュッと相手が姿を消して能力を使用したのかと歯噛みする。

いつの間にサークルを広げていたのだろう、気付かなかった。

悔しくなりながらも背後を気にしてジリジリと周りを見て、耳を澄ませる。

こっちは生身の女で、平凡な戦闘能力なのに、能力使うだなんて……七武海の癖して遠慮ってものが足りていない。

きっとそれを声に出していたら外野であり唯一の突っ込み役である男の子が「お前も遠慮してねーかんな!あと、何度も言うけど戦闘能力も平凡じゃねーから!?」と言われる事請け合いだ。

そんな事を言われるなんて塵にも思考に無い。視線を鋭くして五感を研ぎ澄ませ、息も最大限に抑える。

心臓の音が煩い事が懸念された。

こういうドキドキはあまり好きではないのだけれどな。

少しだけ煩悩を浮かべてから砂利を踏む足の音が斜め横から聞こえ、反射的に足を振り上げる。

握力と腕力を考えたら、きっとローには網なんて簡単に避けられると思い、不可抗力の足を繰り出した。

きっと思っていた攻撃じゃないから不意打ちで当てられるかもそれないちょっとの希望を乗せて遠心力をかけて爪先に力を入れる。

ブゥン!と風を切る音と共に足がどこかに掠る感触。

当たりそうだったのにと思う前に第二次足攻撃の続きで、足を横に振り下ろす。

攻撃を止めると思わせておいての騙し。

 

「っ!……………これは流石に予想外」

 

ローは痛がってはいないが、蹴りが入った箇所を見て笑う。

当然だ、何の訓練もしていないリーシャが漫画のように人を蹴り潰せる事など初めから無理だ。

只、報いたかったのだ、一回だけ。

騙された間抜けさと、酷い言葉を言った事と。

少しでも意趣返ししたかっただけ。

結婚したのもリーシャを好きだと嫌がるのに口説いていたのもローだ。

そんな物好きな男はどこを見てもローだけだった。

なのに、慎重派であるローがコロッと女の策略にハマり、所謂ヒロイン補正に掛かってしまい、コロッと鞍替えしたのがとても嫌で、ムカついた。

あれだけ口説いていたのにと許せなかった。

その時、ローに惹かれていると自覚していた気持ちが恋になっていたと気付いて、気付いても関係ないと頑固になって。

ローは相変わらず女と一緒に居て、あまつさえ、その女にリーシャを愛していないと言わされていたとしても………そんなのは言い訳に過ぎず、言い訳にもならない。

消しようの無い言葉を吐いておいて騙されていたから無効だなんて陳腐な思考、その簡単に許されると思っている思考が、もっとムカつく。

許すわけない、絶対に許さない。

 

「貴方は離婚に同意しサインも喜んで記入し、後はこれを届けて終わるの。これにペンを入れた時点で貴方との関係は白紙になりました」

 

淡々と平坦とした声音で伝えてローの言葉なんて聞く気は無いと暗に示す。

それとついでに、トラファルガーさん、と苗字で締めくくれば男の顔は焦ったように見受けられた。

そんな事はスルーして、リーシャは手を振り上げそのまま勢いを殺さずローの頬を叩き上げた、のだが、予想に反し彼は避けることもなく受けたので逆にこっちが驚いて、そして困惑してしまう。

彼程の力量ならば受け流す事は簡単だったし、こちらの腕を掴むことなんてもっと容易だった筈。

パシン、と乾いた音がしても暫く空間は制止して、誰かが何かを言うことはなく、静かに時間が過ぎていく。

 

「なんで、避け……なかった?」

 

思わず聞いてしまった。

後に問うたことに対して後悔が渦巻き、いや、ローがそもそも悪いのだと向き直る。

彼はやや赤くなった頬を擦るでもなく、放置してこちらを見るとその瞳には怒りが一切無く、寧ろ喜びの情が汲み取れて更に混乱が増した。

どうしてそんなに嬉しそうなんだろう、マゾなのか、と疑問を抱いているとローが先行して話し出す。

 

「嫉妬の暴力に怒る訳がねェだろ?それがこっちに非があったなら尚更だ」

 

「………!…………そんなの、貴方の勝手な価値観ですわ……それで許されるとお思いで?私は許しませんから」

 

罪悪感でも持たせる気かと身構えるとローは溜息を吐いて眼を伏せる。

 

「んなことは承知だ。せめて……謝る猶予をくれたって……良いだろ?」

 

「断ります」

 

ビシッとそれを言うと周りが「えー!?」と騒ぐがそんなものに振り回される己ではない。

 

「そんなに許しを得たいのなら。そうですわね……足を解放すれば、考えないことも無いですわ」

 

「役所に出す気だろ」

 

「それに応える義務はない」

 

冷たく言うとローが足を解放して刀を構えスキャンと口にする。

前にもその技で服を盗られたのを思い出してまさか、と顔が強張った。

 

「返してこのーー、ーー!」

 

放送禁止用語を連発すると近くに居た海賊志望の子供が顔を引くつきだしたが、気にならない、というか気付かない。

ローは聞き慣れているからか別に気にしていないからか、特に顔の筋肉を動かす事無く紙を引き裂きカウンターショックで燃やした。

その動作を見て足をフラフラとさせる。

目眩がした、主に愉快過ぎて。

 

「なんて……事を」

 

(ぷぷ!ばっかじゃないの!それが本物なわけないじゃない!ふふっ、笑えるぅ)

 

実は偽物を巧妙に幾つも作っておいてダミーをローに燃やさせたのだ。

本物は細かく折りたたんでいる。

ローはそうとは知らずに座り込んたリーシャに近寄り抱きすくめてきたのでまた頬を叩く。

 

「最低最低最低最低最低」

 

バシバシ!と叩く。

それを甘んじているローが世間では恐れられる七武海だと信じられるだろうか。

殺されても可笑しくないリーシャの暴力に何もせず抱き締めているのは第三者から見れば恐怖以外の何者でもない。

だが、それ程までにローの謝罪の気持ちは本物だと理解できる。

 

「次はないからね、浮気者」

 

「ああ。勿論だ。埋め合わせはする」

 

そう言ってキスをしてきたローの尻を抓った後、仲間にして欲しいと男の子を推薦する切り替えの速さにローは内心、もう少し甘い雰囲気で部屋に連れ込まさせてはくれないのかと残念に思ったものの、今回の謝罪と共に子供の仲間入りを私情無しで海賊の船長として判断して承諾。

逆ハー女は勿論陸へ置いていった。

勿論、お金など持たせる訳もなく。

こうして、再びハートの海賊団に平和が訪れたのであった。



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10お待ちかねのショータイム

シケのせいで己が遭難するなんて思いもしなかった。

しかも、そのお陰でこんな幸運にありつけるなんて。

主にシケで流されたのはローをパンクハザードへ送ってから半年以上経ち、とある島の帰りに見舞われた嵐のせいだ。

パンクハザードにはいづれルフィが来るから行きたかったからけど、あそこで起こる出来事について行けないと判断したから諦めた。

 

「じゃあ、この部屋を使ってね」

 

「はい、ありがとうございます。ナミさん」

 

「やーね。年下なんだからナミって呼びなさいよ」

 

オレンジ色の髪色が特徴で笑うとトルネード美人なナミ。

聞いたことあるって?

当然だ、何せ彼女は麦わらのルフィの船員が一人、航海士のナミなのだから。

事の発端は釣りをしていたウソップに釣り上げられた事から遡る。

まさかの出会いに当初は借りてきた猫の如くモジモジとしてしまったものだ。

というか、これはチャンスなのではなかろうか。

主にクルーとして立候補したい。

だが、いざ言おうと思っても頭の中が白くなって言いたいことが霞む。

そのまま夜になったので寝ることになる。

まだ警戒されているのか一人部屋を案内されて仕方ない事なんだなあ、と半目。

でも、めげない!

めげない!

大切なことなので二回言った。

麦わらの一味に気に入られるように頑張る。

目標はまずチョッパーから取り入る。

え?図太い?

当然、だって七武海の妻だったのたもの。

過去形?

過去形でも良いと思います。

ローのこと?

ローのことも構わないと思います。

え?怒られないかって?

怒られるかもだけど、それが何か?

って感じだ。

今のところ妻という肩書きがあるものの、ローに束縛される理由も義理も無い。

ローのことなんてこの際どうでも良い。

今は麦わらの一味の事だけを考えておけば万事オッケーだ。

後にローに会うとかそういう事がすっぽり忘れて抜けていたのは浮かれていたせいだと言い訳させて下さい。

 

「一人で寝させちゃってごめんね。一人で平気?」

 

「はいっ。平気です。お気遣いどうも」

 

ぺこりとお辞儀をすると戸惑ったように対応される。

そんな困惑顔にもうお姉さんメロメロですわ。

此処に骨を埋めたい。

 

「また明日ね、リーシャ」

 

「は、はい」

 

(名前呼ばれた~!幸せー!)

 

ファンにとっては至上最高の瞬間、ファンならば夢に見る場面というものではないか。

やはりお約束とは良いものだ。

ナミちゃんににお別れとお休みを済ませると直ぐに隅に配置されているベッドに身体を沈ませる。

おお、ふかふか。

ふふふ。

あっとあまりに良い匂いでついつい肺いっぱいに吸い込んでしまった………。

この船で変態になってしまいそうだ南無南無。

というか、絶対になっちゃダメだぞ自分!

ごみを見る目で粗大ごみの日に出されてしまう本当に。

ブルリと震えてしまい余計な邪を出さぬように辛抱しなければ。

流石に四億の船長もいるのでまかり間違っても変な顔は阻止しなければいけない。

でもロビンとか見てしまったら、チョッパーをみてしまったら。

特にチョッパーはモフリスト(モフモフが大好き)ならば抱きつかずにいられない魅惑なボディーをしているから。

恐ろしい子だっ。

思考の波にたゆたっているといつの間にか目を閉じていてしまっていた。

 

 

 

起きてダイニングに行くと料理をしている金髪の男性ーー否、青年が居た。

年齢と見た目と戦闘力がいまだに符号しないサンジ。

彼の腕に見とれていると彼が最初から分かっていたかのように声をかけてくる。

凄い、自分にも女性のように話しかけてくれるようだ。

初対面の時はパニクっていたから良く見ていなかった。

因みにハートの海賊団では男友達のような、部活仲間みたいな感じでそれはそれで楽だったけれど、女だからと気を使うのなんて特に何もなかった。

精々が戦闘の時に隠れるように指示されているくらい。

一応、非戦闘員の肩書きだしコックも同じ立ち位置なので女だから云々はほぼ関係ないかも。

妻だからとちょっかいを掛けてくるローがなけなしの女扱いになるかもしれない。

あー、ローを今すぐ殴りたい。

それにしても昨日の夢は変な夢だった。

まるで転生してくる前に読めなかった漫画の続編を見たような夢だったのだ。

ドレスローザとかなんとか。

ドフラミンゴを云々。

良く分からないけれど。

まだ続きがありそうな夢。

予知夢だったのなら可能性は無きにあらず。

軽い気持ちで覚えておこう。

そもそも夢をこんなにはっきりと覚えている時点でお察しだろうけれど。

これは思し召しなのだろうなあ、とは若干フラグが設立されたらしい。

ああ、しかもローもドレスローザに居た。

出会ってしまうのかも。

それだけは嫌だ。

 

多分出会ったら彼の事だ、麦わら一味と引き離そうとするかもしれない。

それだけはぜっっっっったいにさせてはーーさせるわけにはいかないと胸に拳を置いて握る。

ローの感情でどうこうなるものなんてこの世にはほんの一握りしかないことを教えてさしあげなければ。

こういうときはどちらかの決着が付かなければいけないようなシチュエーションを作らねばならない。

でないとあの男はどうにもならない。

倒さないといけない。

物理的に不可能たど分かっていたので今までローがやってきた罪悪感を抱くだろうものを上げ連ねていく。

例えば散々放っておいたり、パンクハザードに言ったっきり全く音沙汰無しだった事だとか。

まあ色々ある。

あいつを抉るには良い刃を多数所持しているのでいつでも戦えよう。

戦果は勿論自由である。

ふふふふ、と自分が令嬢だと忘れてしまいそうになる笑みを浮かべて手をわきわきさせた。

勿論外面は完璧なスマイルなのでサンジにはバレてもいないし平気。

彼が朝食を作るというので一人遅れておきてきた事を謝る。

やはり慣れない事に身体が疲れていたせいもあるとの自己診断。

彼は謝ったら気にしていないとの言葉をくれてほわわんと心が潤う。

 

やっぱり女扱いされると色々楽だ。

ハートには女が己しかいないのに、もっと言えばこの船のように全く女らしい施設もない。

もう人形などは置く歳でもないが、それでも花の一つや二つ、ガーデニングくらいしたい。

言ってないから仕方ないのだが、何だか言ってからそれが叶うと良いように丸め込まれたり対価に似合わない要求をしてくる船長が居るから頼みにくい。

皆みたいに何の対価もなく快く良いよと言ってくれればーー言っておけば良いのにあの狸が余計な知恵を働かせるからムカつく。

嗚呼、勝手に滞在でも別荘にでも住んで余生を過ごせば良いさ。

こっちだって好きに生かせてもらいますから。

 

「じゃあ椅子に座って待っててね」

 

嗚呼、レディ扱い万歳!

唯一向こうでもコックがなけなしのデザート追加という項目があったものの、それだけなので涙がチョチョ切れそうだよ。

ぐ、シャワールームが付いていたとはいえ、あのローのノック無しで入ってくるデリカシーの無さ。

見習わせたいよ畜生ー。

もう会うことはないという事もないから残念だ。

それに、これから起こることを考えれば自分はどちらのチームに行けば良いのか。

ルフィ達と行けば漏れなくローと出会う。

ナミ達と行けば漏れなくローと出会う。

あれ、どっちみちフラグが出来ていた。

結局は足枷にならない程度のチームならば、やはりナミ達と一緒に船へ残る方が内部に勝手に運ばれていく。

やはり手早く動くには眠ってしまうしかないのかも。

悔しいがこうなればやけくそに近い。

どこまでも流されてやろうではないか。

膝が震えるが見ない振りをする。

ウソップなら同じ境遇に同調してくれるだろうが、流石に原作を言うのはタブーだと理解しているので安易に口を滑らせる真似は出来ない。

物分かりが良い己の質が嫌になるが、これはこれで進ませるしかないのだと言い聞かせる。

どうせ勝利するんだし。

主人公だし。

主人公の傍に居ておけば少なくとも命を落とす事はしない筈。

リーシャは例えローと逢っても何でも無い風に話しかけたりする事が出来ないかもしれない。

極力話さないようにしよう。

怒りで頭を叩いてしまうかもしれないから。

皆が寂しがっていたとか、連絡全く寄越さないとか、責める言葉は無くならない程ある。

でも、それを言う権利があるのかと自問すると自答で弾き出されたのは否。

彼等とローの方が長年の付き合いは断然あるのに、こっちだけがあーだこーだと言うのは如何なものなのだろうと思ってしまう。

いつもの自分らしさが出せる自信はなかった。

いつもの余裕は簡単に言えば生々しさがこれまでになかった他に無い。

人が重い十字架を背負う。

それだけで何も言えなくなる現代っ子なのだ。

今の所は話しが長くなりそうだからこの件は横に置いておこう。

今考えるべきはパンクハザードへの道筋を決める事だ。

仮にとは言え、ローに会う確率が高いのでローに遭った後のことをシミュレーションしてみる事にした。

 

「捕まる、そして尋問は必須………ルフィ君達の所へ行かせてもらえないなあこれは」

 

ということは彼に捕まる前にナミ達と走って逃げれば良い。

体力的に怪しい部分があるけど。

ちょっと汗をたらりと垂らして、ではなく全力疾走で走る事になる。

 

「もう能力で飛ばされたい。でも、精神が入れ替わったら誰となるんだろう」

 

楽しみである。

普通は嫌だとごねたくなるかもしれないが、己の場合は未体験でファンタジーな経験になるかもしれないのでそれをしたいと思っている。

一応ローはその能力を開花させた上で船を去ったが自分にかけてくれる事はしなかった。

頼んでもしてくれなかった。

それをハートの船員達に言うと皆口を揃えて「愛されてるんだ」「好きな女に精神を入れ替えさせるなんて俺でも出来ねェ」と言う。

取り敢えず逃走が出来るように準備体操をしておこう。



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11恋と変って似てるよね

準備体操を済ませると眠るなんて勿体ない事はせずにその時を待った。

そして、その時はやってきた。

麦藁海賊団が緊急時のSOSの信号を受信しパンクハザードへと行く。

それに伴い海兵等も来てしまうことをすっかり失念していたのは単に記憶が曖昧であっただけだ。

パンクハザードに着くと当然捜索班と留守番に振るい掛けられ、リーシャは見た目が一般人で尚且つまだチョッパーからドクターストップが解けていないので自動的に留守番である。

医者でなくても遭難者である女が一時間ちょっとで体力が回復するとは思えないので妥当。

初めから留守番組で行動を供にする予定だったので安堵する。

違ったら過激ハードな濃い一日を過ごすことになるのだ。

 

「皆さんいってらっしゃい」

 

チョッパーは話の筋と理由が違い、リーシャがまだ万全でないので残ると言った。

嬉しかったが予定が変わってはいないが、話と違うことになったとは申し訳なく思う。

これで眠らされる組になるのは決まった。

その間意識が無くなるのが些か不安だが、どうする事も出来ぬので眠るしかない。

 

「体調に違和感を覚えたら言うんだぞ」

 

チョッパーに何度も言われ苦笑に変わる。

此処まで世話をされたのははじめてかもしれない。

なにせ、ハートの人達は医者気質なので病気になったりするのも滅多にない。

怪我をしても己達で補う上に自分は戦闘に出ない非戦闘員、怪我をしない身の上。

 

「ほら、サンジがデザート作ってくれたぞ」

 

差し出されたのはゼリー。

プルンとしていて食べやすい。

ソレを有り難くモグモグとして租借。

美味しい、流石だ。

 

「苺味ね」

 

「ナミはオレンジ味だった」

 

船医が話し相手になってくれているので暇にならない。

大変助かる。

原作に沿える喜びがあるが、付いていけるか不安なのだ。

付いていてもらえると少しユトリを持てる。

その間に少しでも覚悟を決めておく。

 

「サンジさんにお礼を言いたいのだけれど………」

 

キッチンに居るのであろう青年に向けて礼を言おうとベッドから降りようとするとチョッパーがサポートして支えてくれる。

医者らしい行動に微笑ましく思う。

皆忘れているだろうけど精神年齢だけは年長者だからね。

ローよりも年上でロビンよりも年上なわけなのです。

サンジの所へ行くと丁度キッチンを出た廊下でタバコを吹かしていた。

こちらに気付くと気遣わしげにやってきて「出歩いて平気なのか」と聞いてくる。

 

「優秀な船医さんのお陰です」

 

褒めるとチョッパーが照れて例の変な格好でお尻をフリフリさせている。

有名な仕草にときめく。

 

(可愛い!)

 

チョッパーはマスコット的な存在で前世では商品化されれば人気が出るキャラ。

可愛くない訳がない。

ベポはキャラとして結構な人気があったがチョッパーの方が人気で、私はチョッパー派であった。

 

「素敵」

 

心の中でチョッパー好きに頬を緩める己を恥じるなんて事はなく、寧ろ広々として寛げる気持ちで接せられる。

これも麦藁海賊団の人徳、雰囲気の成せる技であろう。

 

「サンジさん、ゼリーありがとうございました」

 

サンジにお礼を言う為に此処まで来たのだ。

それを言うために、でなく船の中を見たくてそれを言い訳にして出歩いている。

皆優しいから見て回っても怒らない。

ルフィ達はさっきパンクハザードに降りたったので、居ないから静か。

 

「わざわざそれを言いに来てくれたんだね」

 

サンジは優しく微笑み王子ようだ。

彼の壮絶な過去を知っている身としてはルフィ達と笑いあっていたり戦っていたりすると、嬉しくなる。

彼に椅子を進められて話をする空気になって内心「やった」と嬉しくなった。

やはりメインキャラと交流するのはテンションが上がる。

 

「ーーーで、ーーあはは」

 

それに、憧れの人達。

謁見をした様な高揚感と緊張感だ。

 

(あーっ、もうたまんない)

 

あまりに焦がれていたからちょっとキャラが壊れているが平常に戻るといつものようになる筈。

彼等にドン引きされぬ様にこの内は知られてはならないのだ。

ルフィは気にしないだろうが常識を持っている面々には好かれなくなるだろう。

細心の注意をせねば。

此処から戦闘になるし、食らいついていかなければ置いて行かれる。

どこまでも付いていくつもりなのだ。

 

「ん?あう」

 

眠くなってきて、コレは催涙ガスの仕業、と直感する。

シーザーの部下が漸くお出ましということ。

眠たくなるのに逆らえず瞼を重く閉じた。

結構強めなガスだ。

 

 

揺り起こされて意識がふんわりと浮く。

心地良い眠りを妨げられて僅かにイラッとしたが、視界にボヤケたオレンジ色を写して微かに覚醒する脳。

ナミだと認識するまで一分程掛かったが、起き上がるとガヤガヤしている場に漠然とそう言えばそうだったと思い至る。

今は捕らえられているのだろう。

彼等も身に起こった事は分からないが兎に角脱出するつもりで試行錯誤をしているようだ。

その間、その場に声が辺りを巡りそこに顔を向けると変な顔が、生首が話し出すではないか。

嗚呼、確かにこの人もキャラとして出ていた、と記憶を探る。

斬られて話している所を見るとこれをやったのは外科医様々(適当)であるよう。

まー、此処までしておいて生かしているのは情けなのか、たまたまなのか。

さてはて、どうでも良いが。

 



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12さぁ、サクサク行こう

フランキーのビームにより壁は壊れ脱出する事が出来、サムライの言葉やらで共に行くことになる。

暫く走り辿り着いたのは子供部屋。

うん、原作に通っている。

次いで子供を助けたいという仲間の言葉に皆賛同する。

こういう所が好きなんだ。

ほんわかとする気持ち。

走ってまた違う部屋に行くと今度は寒くて子供達が怯えている。

思い出せぬその場所は氷付けのーー皆怯えて走り出すのを慌てて追いかけるとゼエゼエと肺が悲鳴を上げた。

皆若いし元気があるね。

おねーさん付いていくのが精一杯。

 

(あ、出口…………じゃない)

 

皆一様に出口だと喜ぶが正確には入り口にあたるそこ。

扉がバン!と開かれて、その前に脳裏に過ぎる知識。

これアカン奴や。

 

「ホアチャー!」

 

方言に付いては突っ込むのは無しにして欲しい。

ワーワーとなる皆に空気は冷たいが、気にするべきなのは正面。

ローと海軍が対峙しているのを見てしまいフランキーの影に隠れる。

幸いまだ気付かれていない。

ナミがローを責めてる。

プー、クスクス!

怒られてやんのー!

草を生やして内心笑う。

あっちに逃げるぞとサンジが言うので慌ててフランキーの背中に飛び付く。

これ以上はもう走れないのだ。

 

「海軍が何で居るんだ」

 

海軍の方をチラリと見ると皆こちらを見ていてこっちに来る気配がする。

若干ローと目がかち合ったような。

 

「あいつが何で此処にっ」

 

と言っていたらしいが距離的に聞こえ無かったのは凡ミスだったかな。

だって、来る技が避けられなかったのだから。

ルームを展開したローは皆の精神を入れ替えたが、リーシャは何も変わらなかった。

疑問になり首を傾げているとヒュッとフランキーの硬いボディが目前から消えて雪の上に立っていた。

 

「あああ!」

 

雪と入れ替えられたと秒速で理解し、いつもよりアドレナリンが出ていたので彼等の後を追う為に即座に動けた。

しかし、それは行く手を阻む者により行けなくなる。

 

「何故此処に居る」

 

「あら?どなたかしら、貴方?」

 

すっとぼけた顔できょとんと訊ねる。

 

「ふざけてんじゃねェ」

 

「乱暴な殿方ですこと。離しなさい、無礼よ」

 

内心三文芝居を繰り広げる己に満足してローを見ないまま、手を振り払う。

死を望み仲間の元に帰る気がなかった船長ーー元船長になど微塵も心は動かない。

 

「野蛮ねぇ」

 

死んだのだ、もう自分の中では。

仲間に責められぬからと言って許す真似等しない。

 

「もし、そこの海軍の方々!助けて下さらない?酷い事をする気よ、この人っ」

 

「!、てめ」

 

「もう、離しなさい!止めて!いや!」

 

猛烈に芝居だが激動を意識して海軍に助けを求めるとGー5の人達はトラファルガー!といきり立つ。

それに彼は煩わしくなったのかルームで氷山と海軍の軍艦を滅茶滅茶にしていく。

今頃壮大且つ残酷な音楽がBGMとして流れている事だろう。

逃げるのに忙しくてこちらを助ける余裕はなさげだ。

助けられるのを期待していても援護は望めないのでリーシャの攻撃を唸らせるしかない。

 

「お退きなさい」

 

ーービシャアン!

 

魚取り網を叩きつけて威嚇。

その後、ローに掛けるがそれはダミーでもう一束の網を振り回す。

おりゃあああー。

荒ぶるままにワンワンと動かしているとたしぎという人がローに向かって走ってくるのが見えて邪魔にならぬように避ける。

多分二つにぶった切られるので尊く散ってもらうとして、問題はスモーカーの攻撃の最中、どこまで遠くに行けるか、だ。

皆を追いかけるよりルフィを待った方が早いだろう。

スモーカーの前にたしぎがまたローに斬られそうになるが、そこへスモーカー。

十手を刀にぶつけてたしぎへの攻撃を中断させる。

やった。

ローなんか倒してしまえー。

 

「スモーカー氏、頑張って下さいまし!」

 

「………あ?なんなんだ、あの女」

 

スモーカーが怪訝になる中、己が応援されないという理不尽にローは少し機嫌が悪くなりながらも彼に吼えた。

 

「おれの妻だが」

 

「っ、何ィ!?そういやァ、結婚してたなてめェ。上に見合いを押しつけられたか?」

 

「てめェが独身なせいでおれまで余波を受けたんだ」

 

ローの挑発にスモーカーは下らんと一蹴し再度武器を構えて叩きつける。

スモーカーの記憶では妻のプロフィールという程の物は無く、小さな隅に令嬢という程度しかなかった。

それでも一般人にカテゴリーに分けられる。

その令嬢が何故この島に麦藁達と居たのか、ローと共犯のか、それとも別の口か。

 

「スモーカー氏、岩が出てきますわよ!」

 

「!」

 

スモーカーはその言葉と共に岩に突かれてしまう。

助言をしたと言うのに活用されなかったがっかりは生半可な物ではなかった。

折角教えたのに。

やはりローには勝てぬのかと惜しくも負けた。

 

「スモーカー氏!」

 

「メス」

 

ローにより例の技が繰り出されスモーカーは惨敗し地面に転がる。

リーシャは駆け寄ろうとしたが片腕に阻まれるので、睨み付けた。



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13冒険だー

ブラウンイエロー、ミルクティー色の瞳がこちらを射抜く。

そんなの慣れてるから怖くなんてないもんねっ。

暫くするとたしぎが戻ってきてスモーカーに絶望しまたローに迫った。

しかし、ローはまた例の技でやり過ごし難なく済ませる。

本当、乱暴だ。

こんなのと紙の上では縁を結んでいるなんて、あーヤダヤダ。

ふう、とわざとらしく溜息を吐き彼に向けて再度言い放つ「で、どこのどなた?」を発動。

漸く苛立つ顔でなくなり冷静になったのか腕をグイーンと握ってくるので無礼者だと罵る。

 

「まさか、本当に覚えてないのか」

 

そんなわけあるか。

記憶喪失にはそんな都合良くなりませぬ。

 

「離しなさい、不敬ね」

 

蔑む眼を向けて振り払う動作。

やはり離さないつもりなのか離れない。

嫌がってるんだから離せよ。

 

「トラ男ー!」

 

あ、ルフィのご登場だ。

ローは麦藁屋、とぼそりと言う。

ルフィにとっては彼はもう友達の認識だ。

そこでルフィはこちらも見つけて名前を呼んでくれる。

名前を呼ばれて有頂天になる。

だって、あの、ルフィに、呼ばれるのだ!

こんなに幸せな事はない。

 

「ルフィさん!ルフィさーん!」

 

様と付けたいが嫌がられるだろうから。

 

「おー、なんでお前も此処に居るんだ?」

 

ルフィに説明をして納得された。

ついでにリーシャも茶髭の背中に乗る。

ロー?ローは間抜けな瞬間に抜け出したので知らん。

どうでもいい。

ルフィより上はないので放っておく。

今の最優先は麦藁である。

リスペクト必須。

何が何でも付いて行くし見逃さない。

 

「麦藁屋、その女は」

 

「トラ男、おれの仲間の行方知らねーか?」

 

プークスクス遮られてやーんの!

ローは話し掛けて問うのを止め、ルフィにあっちへ行く様に言う。

茶髭が助けてくれの顔をするが彼は全てを無視。

当然だ、別に仲間でも、慣れ合ったりした事も、するつもりもないのだろうし。

茶髭は虚しくまたタクシーになる。

ほら、働け働け。

真実を知るその時まで。

ローがこちらをちらりと見たがそんなの気にする様な繊細さは持ち合わせていない。

向こうへ行くとナミ達がパニックを起こしていた。

何せ、精神が入れ替わってるんだもん、同然だ。

 

「なはははは!」

 

ルフィは笑った、ナミは怒った。

混沌としている。

和やかな一コマ、そこに這い寄る影。

あー、そういや居たな、雇われた二人の巨人が。

些細な事過ぎて記憶から抜けていた場面。

 

「フランキーさん!あ、じゃなくてナミさんー!」

 

叫んでも助けられないので大人しく奪還を待とう。

暇である故に残りのメンバーとで待つ。

あー、あれ何か忘れてるような。

此処に居ては本末転倒な事を忘れているせいで何故此処に居てはいけないと思うのだろうと必死に思い出そうとするが七十巻以上の一冊分の詳細を事細かに覚えている程読み込んでいない。

ましてや、マンガは誰かから借りたような記憶があるので己の持ち物ですらなかった。

モヤモヤとした不確かな記憶であるがそう思うくらいには読み込んでない。

放送されている分も加えて覚えているので辛うじて対応出来るのだ。

思考に耽っているとルフィ達が戻ってきた様で居残りメンバーが声をかけるのが聞こえた。

それに習い顔を上げると笑顔から堕落した天使の如き破顔を構築。

突き落とされる感覚とはこの事か。

目に写るのは疲れ切ったナミ、ルフィ、チョッパー、そして、ロー。

現実逃避したーい。

そうだ、だから離れていた方が良いと記憶が揺れたのだ。

うっかり失念し過ぎだ自分。

ルフィが合流した仲間にこいつと同盟を組むというので辺りは騒然となる。

それは知っていたがどうこうなるものでもないので放置。

ローをバッシと叩くルフィ。

もうペースに呑まれているのやもしれん。

こちらを一瞥しないままこのまま計画を話すのかと思いきや、相手と眼が合う。

忘れていたのかと思いきやな行動に次いでローの口から「この女のことをどこまで知っている」と言い始め背筋にイヤーな物が這う。

ヤメロ言うな。

 

「海で釣ったら釣れたんだ。にしし」

 

得意気に経緯を話されたローは眉間に皺を寄せて苦悶な声音で言い放つ。

 

「そうか。妻が世話になったな」

 

げ!言いやがったぜこいつぅ!

そして声が合わさりカエルの合唱一味。

 

「妻~!?」

 

そりゃそんな反応になるよね。

今や王下七武海にまでのし上がったんだもの。

皆の視線を一心に受けてオヨヨ、とハンカチというアイテム片手に語る。

 

「涙無しには語れない話なんです。その男とは仕方なく結婚しました。有り体に言えば政略結婚ですぅ」

 

涙声で演出。

それに同情を寄せてくれる人ーーいやかなーり同情してくれる人が一人居た。

 

「なァにィ!?許せん!女の結婚を無理矢理なんて!」

 

皆さん想像通りのサンジでござい。

そーなんだよね、ローの独壇場ではないのだよ。

ルフィに振り回されている上にサンジまで相手に彼は好き勝手こちらを操れない。

成り行きの行動だったとはいえ強力な後ろ盾が出来たのは幸いだ。

ローはこちらをねめつけて僅かに怒気をたゆらせて見てくるがそれさえも震えてみせる。

逆効果逆効果。

これで麦藁達はローと私の関係を察して、接触させぬ様に計らってくれるだろう。

くひひ、演技勝ち。

魔女みたいな声が出るが許してほしい。

ローに対して上手に逃げられればそりゃあ高笑いもしたくなるのだから。

後で反撃される確率は格段に高いが今の所は彼等を防波堤にしておくから安全に行ける。

彼等に引っ付いて居ればローからの言及はないだろう。

彼を知り尽くしている訳ではないがそれなりにプライドを持っているのは知っている。

ふふん、これぞ女であるが故に使える技だ。



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14令嬢、煌びやかに

一騒動を経てロー達は子供達を置いていくか置いていかないという台に乗っかる。

勿論リーシャだけだったならば苦々しくも置いていく一択。

しかし、彼等はその能力も技量もある。

子供達を抱えたまま脱出も可能だろう。

彼等が白というのなら白だ!

つまり、子供達を連れて行くというのならば小さいことしか出来ないが手伝いたい。

ルフィにはその行動をする程の器も感じるし人を引き付けるという感覚は何とも心地良い。

 

「はぁ、分かった」

 

ローが同盟についてウソップに指摘され唖然とした後、諦めた声音で了承、否、妥協。

リーシャも同盟については利害の一致という知識しかないのでルフィの態度がなんの問題も無いように思える。

まあ、ローからすれば、世間から見ればルフィの同盟の受け取り方は有り得ないのだろうけれど。

しかし、今の己は麦藁のイエスマン。

ハートの輩のフォロー等しない。

此処に彼等が居ても麦藁を説得する事は不可能だ。

味方はゼロのローに内心良い気味だと思った。

今の状況はリーシャがかつてローを待つ為だけに居させられた屋敷の状況に少し似ている。

味方も無し、試みられず一人で居たあの時間。

思い出す度に仄暗い気持ちにさせられるのはもう一人の今世の自分が尾を引いている故。

全く、メンタルが弱いんだから。

貴族の箱入り令嬢なら当然逆行に弱いのは当たり前なのかもしれんが。

前世にお任せあれ状態なのだから何も感じる必要も苦労もしない。

勝手にやらせてもらいます。

ローにルフィ達が動けないチョッパーを頭上に括り付けている最中で、出来上がったとばかりに皆笑い出す。

それに彼はプルプルとなっていて私は笑みよりも憐れみを感じた。

あの、ローがこんなのになってしまったのだ。

ルフィ達によって。

あんなにハートの中ではトップらしいもの見せていて頼もしいと慕われている彼が今やその威力を失っている。

輝きがくすんで見えるのも間違いではなさそうだ。

生暖か~い眼で済ませてローを見送る。

自分はロビン達に付いて行く事にする、のだが、苦しい思いをするのだから今から憂鬱だ。

はぁ、溜息。

鬱に苛まれているとチョッパーを刀の紐に括り付け(許し難い仕業)立ち上がるとこちらを見て向かう。

さっさといけいけ。

犬を追い払う気持ちで見送ると周りも動き出す。

シーザーの誘拐だ。

皆、シーザーって嗚呼見えて強いんですよ?

なーんて口が裂けても云々、付いて行くだけの人形だ、なるんだ。

自身に言い聞かせて後ろを負う。

 

「よし、行くぞ!」

 

ナミ達と残れとルフィに言われたが痛い目に合う。

シーザーにエンカウントしたら棒で子供に殴られる、嫌だ。

痛いのは勘弁。

苦い顔をしてルフィ達に付いて行くと言う。

無理に願っているし足手纏いな実力なのは分かっているが、そっちに行かなくてどこに行けば良いのか。

困る、ヤバい、無理、無理ゲームだ。

難易度が高いパンクハザードなのだ、ヤダ、とひたすら痛い目に遭いたくないので懇願も力が入る。

お願いしますと頭を下げているとルフィが止めろと止めてくるので顔を上げる。

必死さ故か許可してくれた。

わ、嬉しいなあ。

 

「ありがとうございます」

 

礼を述べて付いて行く。

廊下を行くとどんどんスピードが上がる。

ローと離れる時、曲がり角でちらりと振り返ってみた。

まだ、彼はあの例の悪魔の実(?)の部屋には居かないから危険ではないが勝手に進めば行くことになる。

目が合った。

見ていないと思っていたから少し驚いた。

彼の目は確実にこちらを射抜いていて、何か言いたげだったけれど、それに目で応えることはない。

そもそも目で語り合える程シンパを感じていないし、通じ合えないので。

怒ってる?うーん、怒ってない?分からん、程度しか、見ても分からない。

船員達だってそもそも何もかも分かっているわけでは無さそうなのでリーシャが駄目な子ではないのは知っている。

麦藁達に付いていくのに集中する為に前へ進む。

皆に出遅れないように必死にそれだけを考える。

外に出ると覇気とやらでシーザーを見つけている中、ルフィがフワフワと膨らんでいく。

風船になって飛んでいこうとする。

どこに乗れば良いのかと悩んでいるとフランキーがガッシと掴んでくるので、甘んじた。

これなら安定性もあって掴まるところもある。

そのままシーザーに向かって直進していくと突撃。

シーザーに対して叫び声を上げていた。

シーザーとスモーカー達が驚く顔が見えて、そういえばこの人達も居たな、と思う。

彼らが驚いている間にローも建物を移動している事だろう。

そして、モネにまんまと騙されている事だ。

リーシャも直にシーザーにより酸素が無くなり失神する。

皆檻の中。

土の中ではないからまだマシだろう。

殺されずに実験台として扱われるのだから逃げる時間は出来るし。

皆がシーザーに攻撃する。

最初は不意を付かれたりしてシーザーはやられていたが、時期に反撃されていく。

ルフィもシーザーに近寄り過ぎて酸素が供給出来なくなり意識を失う。

ロビンが呼びかけるが遅し。

スモーカー達もリーシャも酸欠で意識を失う。

ああ、酸欠ってまるで眠るように感じる。

起きたらローと同じ檻になるか、モブに混じり外に捨て置かれるか。

海賊として認識されていないので捨て置かれる可能性も高い。

出来るのなら建物内が良いな、外は寒いし。

 

ぱちり、と意識を取り戻すと隣にローが見えて、やっぱりかと嘆息。

こういう時くらい隣にいさせないくらいの配慮をして欲しい。

周りを見ると皆既に起きていて例のスマイリー映像を見せられていた。

写る悲劇はおいて置いて、今はその後、どう行動するかに掛かっていた。

 

「うう、出遅れた」

 

「あ、起きたか!」

 

ルフィがこの場に似合わない声音で話しかけてきた。

話し掛けられた、キュン。

 

「お役に立てず無念です」

 

俯いてルフィに詫びると応えたのはルフィでなくモネ。

貴方ローの妻なのね、と言われてハテ?と首を傾げる。

 

「誰かと間違えてますよ?私はこの人とはあまり話した事もありませんから」

 

半年以上話さない人とは親しい仲にはならない。

どちらかといえば知人に戻る。

少なくとも私はそう思っているからそうなるのだ。



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15令嬢、体験

モネが令嬢の回答に怪訝な顔をするので尚更面白く感じた。

なんと言うか、モネは新聞だけの情報を便りにしている臭いので押し通せる気がする。

世の中にこんなにアグレッシブな令嬢が居ると思ってる人はとっても少ない。

なので、さらっとぺろっと嘘を言い彼女の問いに答えておいた。

しかし、私の言葉も立場にも興味がないのか、直ぐにシーザーの指示に従うと映像を写す準備をする。

なんとも思いのままに動かすシーザーにドフラミンゴの命令なのだろうなと考えて当然な答えに納得。

肝心のローはリーシャをすっごおおく睨み付けてきている。

どういうこと?何か文句でもおありなんですかー?

 

「ちっ。後で覚えておけ」

 

近くなのでよおく聞こえる。

きゃーこわあい、なんて。

 

「ルフィさん。この人が私の事を苛めてきます」

 

せんせー、告発しますぅ。

ルフィ(せんせー)にチクればローの睨みと威圧感が増す。

麦藁船長はローに「おれのダチと仲良くやれよートラ男~」と言われて歯をギリィ!とさせる。

へへへーん。

ルフィはヒーローポジなので無敵なのだよロー。

分かったかね?おーっほっほっほ!

シーザがローの心臓を持っていてぎゅっとして彼がうわあと喚く場面は軽く飛ばし、ゾロ達が映像で写されてルフィが叫び、シーザーがお前らも云々で檻が丸ごと外に出される。

スモーカーの生存に外に居て中へ入ろうとしていた面々のGー5がスモーカに向けてスモやんと叫ぶのが聞こえた。

それにしてもモネのビジュアルが結構好きだったかも。

展開がこれから動いていくので今のうちに散るモネの事を浮かべて内心眠れよ、と合掌。

 

「あいつ………!」

 

ルフィの独断行動にムカついた顔を浮かべるロー。

え、まだお宅ルフィを操れると思ってたの?有り得ないし無理だし。

 

「待て」

 

鎖から解き放たれた猟犬が、あ、間違えた、スモーカー氏が話しかけてきたので振り替える。

 

「お前はトラファルガーの妻、だな?」

 

「貴方になんの関係があるの?まさか、結婚していたとして、私も海賊とかって暴論でもかますの?なにそれ?大体政略結婚の意味理解してます?という言葉を前提にして言葉を述べよーね」

 

「ヤケに、突っかかるな、オイ」

 

「あー、分かっちゃいます?私、海軍嫌いっすから。父親と同じ人間なんて尚更。で?私になんのご用?」

 

妻と人から連呼されて機嫌が悪くならないわけがないし、今問う事でもない。

令嬢の仮面を殴り捨て一気に言いまくる。

 

「っ、やりずれェ」

 

「スモーカー准将!その方は民間人なのですよ。八つ当たりのような態度はいけませんっ」

 

たしぎが庇ってくれる。

たしぎ可愛いハスハス!

はっ、ちょっと落ち着け己。

 

「たしぎさん。今度私とお高いスイーツを食べにいかない?ん?あ、うん。口説いてまあああ!」

 

アイアンクローを受けて最後まで言えず後ろに引っ張られる。

それをやったのはスモーカーではなくロー。

 

「おれは誘われたことが無い。誘えるのなら誘え」

 

嫉妬?……………はんっ!

ローがこちらに気を取られているのなら理はこちらに、あり~。

 

「何故毎日嫌でも顔を会わせ、会う度に身勝手な口説き文句を嫌々聞かされている人をなんで誘うんです?どこの物好き?ふん」

 

「て、めェ」

 

ローは怒りで戦慄いている。

殴るのなら殴れよ、それで正式に離婚申し立てしてやんよ。

 

「おい、此処で痴話喧嘩は止せ」

 

スモーカーの台詞に二人揃いギロッと睨む。

しかし、理由が異なっていた。

 

「いつもの事だ、口を出すな」

 

「仲が良いと言われているようです。訂正を要求します」

 

ムカついたので早口で捲し立てる。

しかし、彼は訂正しようとしない。

あれだけ無関係を貫いたというのに、まだ理解出来ないのか、と思ってしまう。

というか、彼らは遠にローとの関係を察しているのなら、更に気を遣ってくれればいいのに。

身勝手だが令嬢だものー。

多少の我が儘は仕方ないと見られるから。

結局スモーカーは放って建物内に入り海軍の者達が中に入ってくるのを眺めて過ごす。

私は周りを見渡しつつ入り口が閉じられるのを見届けた。

ゾロ達により切り裂かれた壁は毒ガスが入ってこれないように塞ぐ。

いや、これ笑えない、下手したら皆死ぬし。

皆が出揃った後、漸くそれぞれ話し合ったらしく動き出す。

こちらも動こうと自分も前へ進もうと歩き出したがーーどうにも進まないので原因を睨み付ける事にした。

ムカつくから睨む、山があるから睨むのだ。

あ、間違えた、登るのだよ。

腰をぐわっと腕にかけて囲っている男に合わせて身を高く反らして目を上に伺わせる。

疲れるし、背が高すぎるのだそもそも。

これじゃあなにも出来ないし一緒に居たくないのだが。

ルフィにSOSを送りつけてみるが、彼は早速敵を蹴散らしているので見てくれそうにない。

代わりにスモーカーを見るとモクモクしていて、こちらへやってきた。

今鳴っているこの音は何だと聞く彼に対するローの台詞は閉じ込められるという事実。

酷い、こんなに助けてくれアピールをしているのに、一向に助けてくれぬ。

絶対に絶対に許さないっ。

海賊嫌いとか言っときながら、こうやって助けを求めても助けてくれないとか、ふん!

もういいや、自分でやっておく。

 

「離せ、節操なし」

 

「節操がないのはお前だけの時だ。知ってる、だろ?」

 

クスッと副音声が聞こえてきそうな滑らかな声音にゾクッとする。

ヤバい、鼓膜危険。

レッドカラーがピコンピンコンガンガン警告が鳴り響いている。



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16令嬢、ダンスはタップ派

ローから離れようと必死にかかとで靴を踏みつけてみるがノーダメらしくケロッとしている。

仕方がないので言葉で交渉といこうではないか。

ぺっぺっ、交渉とか得意じゃないから嫌なんですがねえ。

リーシャはローに媚びた様子を形作り無理矢理笑みを張り付ける。

頑張れマイメンタル。

 

「というか、貴方誰ですか?見知らぬ男に触られて私はとっても不愉快です。海賊って色欲が幅広いんですね。誰でも良いなんて、そこに居る人をオススメします。その手を放しなさい」

 

たしぎ、ごめん。

 

「はァ?っ!」

 

ローの思考が迷路に進みかけたのを隙と見て、にやっとなり思い切りお腹に肘鉄を掛ける。

体の体重を乗せた。

今のにや、は見られてないな、セーフ。

 

「クソ、何しやがる………」

 

何しやがるって、不届きものに制裁を与えただけですが、何か?

素知らぬ顔で汚いとものを見る視線に留め、ローからソッと離れ、ルフィの元へ行く。

あ、大分離れちゃったなー。

仕方ないとナミ達の方へ転換し後を行く。

ローを見るまでもなく例の部屋へ行こうとしていたし、ここはやはり原作の強制力なんだろうなぁ、と感じた。

いつもの知るローならこちらへやってきたと思う。

それにしてもなんでこんなに付いてきたがるのでしょうか。

半年以上も離れていたから積もる話しもあるんだよって話したがっている様にも見えない。

彼がビービー!と鳴る警報を物ともせずに歩いていくのを後ろから見やり、ナミ達の後に付く。

もうトラ男は良いのかとロビンが言ってくるが、関係ないとにっこり笑みを渡す。

しかし、麦わら一の頭脳を持つ女はその追求よりも先を行く。

 

「私思い出したの。彼が結婚したという記事をね」

 

それにどんな表情を浮かべたのか自分でも分からないが、ポーカーフェイスはもう意味をなさないだろう。

 

「ロビンさん。世の中には望んで物事を筒がなくするって事を出来る人は何人くらいだと思います?」

 

ロビンは真面目な顔で聞いている。

 

「私は望んでこうなった訳ではないです。全てを権力者に奪われてばかりの人生」

 

ロビンもその気持ちは少しくらい分かる筈だ。

自分の事を理解してもらえると思うが、ロビンの闇は自分には絶対に分からないところにある。

汚れ仕事もしたことがない女だもの、#name1#は。

海賊とは名ばかりの。

 

「漸く自由になれそうなんです」

 

結婚をさせられ、あのクソな父親を出し抜けたと思うだけで身体からアドレナリンは溢れ出す。

ローはあくまで過程にある存在だ。

自分の意思でここにいて麦わらに付いていっている。

それだけで、もう良いのだ。

 

「貴方達は命の恩人だし、貴方達を応援する心は本物です」

 

カッコ良くはいかないが、ロビンはそう、と納得したかは分からないが呟く。

綺麗な人に疑われるのは辛いから早めに疑いは晴らしたい。

 

「トラ男に付いていかなくて良いの?」

 

「ええ。彼はそもそも半年も前から私達の前から居なくなりまして、傍に居ないのは慣れてます」

 

皆はローがいきなり帰ってきてもきっと船長と言い喜んで迎い入れてしまうだろう。

たがしかーし、リーシャはそうは簡単に受け入れぬ。

 

「貴方、実は彼に怒っているのかしら」

 

いつの間にかクスッと笑みを浮かべている人に指摘されてふふっと笑う。

 

「怒っているというより、無関心でいるように努めたいんですけれどね」

 

ロビンは大人だから少し波長が合う、あ、ごめんなさい、石投げないでぇ!

え、誰も投げてないって?

ファンだよ、視線という石に顔面が変形するよきっと。

ロビンとお前を一緒にするなってクレームが来るだろう。

そんな事を行ってしまった自覚があるもの。

全部想像なんですけどね。

 

「あ、ビスケットルーム」

 

ほぼ独り言の小声。

あったのは子供部屋を突っ切った先にある部屋。

その先にある部屋でモチャという子がアメを持っていってしまったり残りの子達がモチャを追いかけ、モネが登場し部屋が一面銀色になってしまう。

凄く寒い。

ナミも良くあの格好でこの部屋を動けたなぁ。

感心しているとゾロがナミを助ける。

モネは一向にこちらを攻撃してこない。

弱い者を狙うといっていたのに可笑しいな。

もしかしてリーシャは認識しにくくなっているのではないか。

ゾロが雪を切り道を作ってくれたので先に行く。

そういえばこの先はーー。

 

 

場面が変わり、今居るのはローとスモーカーが引いてきた巨大なトロッコ。

中に鎮座しているとローがルフィに急がないと毒ガスが云々と言い含めようとしている。

真面目だから致し方ない。

 

「よっと」

 

「!、おい、勝手に降りようとするんじゃねェ」

 

ローがブラッとした間抜けな姿で降りようとしているリーシャを中に押し戻す為に頭上にあるヒップを手で押し上げてくる。

思わぬ感触にカチコチと固まるとルフィが呆れた声音で「トラ男は変なところを気にするなァ」と言う。

 

「ちょ、や、やめてよ。へ、変態っ」

 

止めてほしさに小さく罵る。

凄い力が下から伝わってきて慌てて横にズレた。

ルフィなら兎も角、サンジやナミに見られたらからかわれると言うフルコースになりかねない。

それは流石に嫌だ。

まだ女をそこまで捨ててないもん。

足をバタバタさせて、やりずらいのかローが「止めろ」「暴れるなっ」と言う。

その前にお尻を離せよな!

 

「くぉらァ!なに女の尻触ってんだ!?羨ましけしからん!」

 

「そうだぞトラファルガー・ロー!」

 

海軍の人達が援護射撃してくれる。

邪な気持ちたっぷりな声援に追随する己。

 

「犯罪歴に変態が加えられますわよ」

 

「加えられるか、しかもだせェ」

 

ダサいからやめろって言ってんだよこいつぅ!

足をバタフライ化させてうにゃうにゃさせていると、トロッコに遂に押し込められて中へ倒れた。

 

「いったぁ!ゆるざんっ」

 

口も痛くて濁ってしまったが、怒りは育っていく。

さっきから色々邪魔されているのがムカついてムカついて嫌だ。



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17特技は高笑い

ムギぃと憤っているとモチャという子供を担いだ集団がトロッコに来て漸く毒ガスだらけの空間を移動出来るようになった。

外へ出るといつの間にかドフラミンゴの部下が来ていて科学者を持って行こうとしたが、ナミ達が活躍して部下を倒せ、ルフィはローの言葉を聞かずに宴を催してしまう。

その時のローを見てケラケラ笑った。

ルフィはローに制御出来ない存在なのだとまだ分からないから、それだけ思えたのなら胸がすく思いだ。

でも、リーシャだって本当はローの言うとおりドフラミンゴが来る前に船へ言ってしまいたかった。

怖いんだもんあのサングラスな人。

狂気を現実にさせたような人格者。

 

「大丈夫?顔色が悪いけれど」

 

ロビンが話しかけてくれた。

その笑顔を見るだけで精神的な部分が癒されますよ。

 

「だ、大丈夫です。はい、きっと」

 

「何か悩みがあるのかしら」

 

「私はまだ貴女達と居ても、その、構わないのかと思いまして」

 

これから更に激化する戦い。

 

「私は皆様の足元にも及ばないので、死んでしまうのではないかと」

 

「まだ時間はあるわ」

 

「いえ、多分、これは勘ですが、あまりないと思うんです」

 

「悩んでいるのなら、ルフィに聞いてみれば良いわ」

 

「え?ルフィさんに?」

 

目をぱちくりさせる。

 

「彼を見ていたら何でも出来ると、思えてくるわ」

 

「っ、そうですね、そうでしたね」

 

今までだって、不可能と言われてきた事を成し遂げてきたのだ。

彼に不可能は存在しないのだ。

 

「すいません。私なんかの愚痴を聞かせてしまい」

 

「自己評価が低い事は悪いことではないけれど、ルフィは怒るかもしれないわ?」

 

「口、閉じておきます」

 

「ふふ、いつでも相談しに来てね」

 

ロビンが去っていくのを見届けた。

凄い、沢山話せた。

悲しいのが一割嬉しいのが九割平常心が八割、残りは冷静さがある中での感情だ。

ローが来たら激動に九割転換する。

 

「ふ、ふふ、やった、やったぞ私は」

 

自分の中の目標に麦わらの誰でも良いから沢山話すが達成出来て内心躍り狂う。

誰かに見られて気が狂ったとでも勘違いされると後々困るから態度には出さない。

遠目でスモーカーとローが話しているのを見てローがスープの入ったお椀を捨てる。

勿体ないと読者が感じたシーン。

ほんと勿体ない真似するなぁ。

 

「おい、小娘」

 

「っ!うやう!?」

 

渋くて格好良い声に振り返る。

相手も驚いていて目を丸くさせているので、嗚呼、なんか可愛いと欲が出てしまい危ないと心へ仕舞う。

スモーカーだってその層には人気なのだし。

欲目が出て近くで見たいと思うのは仕方ないでしょ。

 

「トラファルガー・ローの妻であるかはこの際置いとく。お前はおれ達と来い」

 

「でも、それは私の立場が………それに、貴方はその(ドフラミンゴにアレされるしなぁ~)」

 

なんていうことは言えない。

この場に居たくないのに。

更に、その時まで命の保証をされるか。

全て万事やり遂げられる可能性は五分五分。

怖くって耐えられない。

ローに怯えているのかと言われてとんでもないと言いそうになるが、ここは良い理由となると思いその路線にする事にした。

最もらしい。

ローに悪いという気持ちは全くなく、息をするように顔を神妙にさせる。

 

「そうか、だが、今なら乗せられるかもしれん」

 

「いえ、賭けはまだ出来ません」

 

スモーカーは思うところがあるのかそれ以上は言ってこず電伝虫の番号を渡してきた。

この人大丈夫?絶対結婚詐欺をされそうでヤバい。

女に騙されたりほだされたりするんじゃなかろうか。

 

「あり、がとう」

 

悲痛で悲劇な役をやり通す。

 

「いつでもかけてこい」

 

「はい」

 

アナタの怪我が治る頃にかけるよ。

彼から離れてルフィ達の所へ向かうとローが睨み付けていたので睨み返した。

サンジもスモーカーを睨み付けていたが何も反応はしないでおいた。

ローから納得いかねェみたいな視線もあったが、無視しておく。

ルフィくん達のところへゆっくりと向かい、その間今のうちに色々見ておこうと回りをぐるりと見回しておく。

ここにくる事はもう無いだろうから。

本にもあった場所へ行ったというのは、感慨深い。

いや、本というより正夢を見た場所か。

正夢が当たるだなんて異世界(?)人たる何かの見えざる能力のように感じる。

神秘的に思えた。

ローには自分の本当の事は何も言っていないが、普通ではない女とでも思っているのでそれで良いと思う。

それ以上知ろうとしても意味の分からない単語が沢山あるしエラー的なもので訳がわからなくなると思うのだ。

実際自分が第一の人生を過ごした文明を説明しても理解できるのは機械工学だけだろうし。

麦わら帽子を被る彼の元へ辿り着くと皆海軍船を見ていた。

送り届けてくれるという律儀な海軍達は素行の悪い人達だけれど、根は良い人達だな、と想いに耽った。

今だって子供達を脅したのに涙を流していて、ナミ達が笑みを浮かべている感動的なところ。

リーシャも混ざりたいがドフラミンゴが来ないかとヒヤヒヤしているので味わえない。

 

「何をそんなに焦る」

 

話しかけられた知った声に無言をプレゼント。

話す道理はない。

たかが紙の上に成り立つ関係で頭を突っ込んでこないで欲しい。

ふんっ、と鼻息を吐いてルフィ達が乗り込んでいく船へ行くとその渦中で腕を取られる。

 

「気安く触んないで」

 

目を細めて心底嫌がってますな声で答えるが、海賊というせいか、離す気はなさげだ。

話すことなどこちらは何もない。

心配しますっていう風に言われるのは、もっと嫌な気分にさせられる。

今までほったらかしにしていた癖に、船員達は温かく迎え入れてくれるんだから、これ以上何かを得ようとするなんて我が儘だし、生意気な男だ。

手を振り払っても力負けしてしまうので、無駄な体力は使わずに、相手へ口攻撃のみを行使する。

 

「貴方の事は知らないと言っているでしょう。もしこのことを彼らに言えば貴方とて彼らは容赦しないでしょうね」

 

虎の威を借りる行為であるが、口八丁なので許してくれと皆に心の中で謝っておく。



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18アンコールは断固拒否(完)

だが、ローは怯むなんて事はなく、心底バカらしいと言わんばかりにニヤッと広角を上げた。

 

「お前の中でおれはどうやら死亡しているらしい」

 

何を当たり前の事を言うのだろう。

それに、命を打ち捨てようとしているのはローの方だろうに。

ローの言い方に納得出来ぬリーシャは彼をキッと睨み付けて、彼から顔をフイッと背ける。

 

「お葬式は済ませたよ」

 

「派手なのを頼む」

 

「地味なのやった」

 

「へェ。あいつらは納得していないだろ」

 

「石積んで終わるだけだから誰も知らないもの」

 

言葉の応酬にイライラしてきた。

もう止めろと言わない代わりにローを見ずに腕を振り払う。

しかし、グッと引っ張られて寄せられる。

近くになり顔が間近に。

余りの近さにのけ反るとそれも構わず彼は歪ませた口元を寄せる。

 

「離しっ、止めて!」

 

声を荒げると彼は漸く言ったなと口にした。

どうせ記憶が初めから無くなっていなかった事なんてバレているだろうし、もういいやとなる。

ここまで来たのなら麦わらの船へ滞在するのだし。

船へ居てもローは歓迎なんてしてやらないもんねっ。

 

「おい、こっち向け」

 

「いや」

 

「何故?」

 

「貴方の言葉に従う理由がない。命令しないで」

 

「フフっ、嫌がるから苛めたくなる」

 

最悪だ。

嫌な男だとしかめる。

 

「ふん、今の私は麦わら一味の友人になったの。だから私の精神状態はマックスよ」

 

ローに何をされたって何ともない。

鋼の盾のような、それを持ち物に出来た程高揚感は上がっている。

今までの己は初心者冒険者並みの装備で、心もとなかった。

 

「無敵?どこがだ」

 

くくく、と笑ってバカにするので嫌みを言う。

すると、彼は笑うのを止めて真剣な顔になって頬へキスを落としてきた。

どこか寂しげで、悲しげで、悲鳴を上げる前に気付いてしまい、何も言えなくなる。

 

「酷い隈」

 

ポツッと言うと彼は嬉しそうに顔を緩める。

会話出来たのがそんなに嬉しかったのかとポジティブに受け取る。

ローはやはり勝手だ。

皆はローの事を想って帰りを待っていると言うのに、当の本人は帰らないつもりという体たらく。

人の心を弄ぶも同然の身勝手な行為だ。

そんなに引き離して関わるなと思うのなら初めから仲間など作らねば良い。

だというのに、仲間を作るという矛盾した行動には嘆息しか出ない。

 

「何故私に拘るの?貴方は今までのものを全て打ち捨てる覚悟で此処に居るのではなくて?」

 

「?………お前にその話をしたことはない」

 

そりゃそうだ。

船員達だって知らされていないのだし。

 

「女の勘ってとこ。で?私に話しかけてどうしたいの?」

 

「自分でもどうして関わるのか未だに解らないんだ。聞かれても答えられない」

 

信じられないぞこいつ。

こっちがそれを聞きたいのに知らないとか。

今更それを言うならもっと前に自問自答して、答えを出して干渉してこなければ良いのに。

 

「あ、そう。なら、もう話しかけないで」

 

「無理だ」

 

「即答すんなし」

 

思わず荒々しく突っ込む。

上品とは真逆な言葉にローは一瞬目を丸くして、きょとんとすると、やがてフッと息を吐く。

 

「おれは思っているよりもお前に夢中らしい」

 

次はこちらがきょとん、いや、ぎょっとする番であった。

 

「ふんっ、白々しいっ」

 

赤面しそうになる顔を押し隠す。

バレてはダメ。

バレたらローが調子に乗るもの。

頬を擦っていると吐息が耳に当たり、一時の空気を作りだす。

甘ったるいわ!

 

「バカ離して」

 

「酷いな」

 

全く、まっっったく酷い言葉を受けた男の顔をしていない。

余裕ぶってる。

 

「生きる、と約束して」

 

一寸の望みにかけて、吐く。

彼の動揺はなかったが、数秒の間。

 

「無理だ」

 

分かっていた。

聞く前からそんな答えは分かりきっていた。

夫婦の二年より、恩人の年数が彼を今生かせている事も。

 

「知ってるわ」

 

「………そう、か」

 

白い息を吐き出す様は黄昏ている。

 

「ええ、知ってるわ」

 

全てが終わってまだ生きていたのなら、その顔に向かって言う言葉も、決まっている。

 

 

 

 

 

『そらみたことか!』ってね。



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19もう一波乱

何故?何故何故なぜ?

何故私は変な男の前に居るの?

ペロペロだかペタペタだのという能力者が麦わらの船を襲撃しローやルフィの奮闘を空振りさせマッドサイエンティストな羊を拐った。

原作にない!

なかった!

だというのに、なぜ?

ルフィを困らせるなんてこれは由々しき問題。

処刑に処されることかもしれない。

ルフィは世界の良心。

それ以外、ルフィを悪者としようとする人達が悪い人達。

お前のすることは間違っている。

楯突いて無事に云々という吹き出しを幾度もなく見てきた。

現代の感覚からして、ルフィと敵対していた勢力の問題は近しくも多々ある。

だから、海賊達が人気になる、というループもあるのかもしれない。

漫画の中で苦しんでいる人が居て、その人達の元凶をぶっ飛ばすのはヒーローの漫画にも通ずる。

 

ーーブルブル

 

「許さない」

 

震える拳。

目前ではローとルフィが喧嘩をさせられている。

 

「ペトペト!どうだ?夫がボロボロになる様は!?」

 

ビックリマークつけりゃなんでも迫力が出ると思ったら大間違いだ。

睨む真似はせず、相手に向かって述べる。

 

「ルフィくん、体格差でハンデあるからダメージが多く入るのよ」

 

ペトペトなんたらに言うと相手はは?と言う感じで怪訝に見てきた。

 

「てめ」

 

ーードカ!

 

外科医がなんか言いかけたけどルフィのパンチをくらい言えなかった。

というかローが負けてくれたら平和的に終わる気がする。

体力的にまだまだ長引きそうだ。

 

 

 

ペトなんたらを倒して無事船へと帰った。

夜がまだ明けないがローに無人の部屋へ歩いていたら引っ張りこまれた。

おい、お前は暴漢かよ。

前も同じような事があったようななかったような。

 

「あら女の肌に気安く触る変態さんがなんのご用?」

 

飛ばしてみたら相手は絶句した。

 

「………お前の夫はおれだ」

 

え、それが、何?

今更何を言うかと思えば。

 

「なぜあの時麦わら屋を支持した」

 

あの時って何だろう。

てか、ほぼ24時間ルフィを指示しているから。

24時間なのでその中でローを指示した覚えはどの日もない。

言った方が良いのだろうか。

 

「私の心のオアシスルフィさんですもの」

 

なにを驚いているのか知らぬがルフィが初めから目的だ。

船に乗れたのだから黄色いポーラタング号とかなんとかいう船にはもう乗るつもりはない。

あと、前々から思っていたけどローも知っていて言わないだけだと思っていたのを説明する。

 

「貴方、ドフラミンゴ氏に喧嘩を売って、未来にはきっと政府は貴方の称号を剥奪するわ。そうしたら、私達の契約結婚、無効になるのですけれど?」

 

いくら、婚姻届があっても、父の意向で好きに離縁させられるのだ。

 

「つくづく勘が鋭い女だ」

 

忌々しいと言わんばかりに指摘部分で不快な顔をされる。

でも、それでもやるのは彼の意思だ。

 

「だが」

 

ニヤリと悪い笑みを浮かべられる。

 

「おれの知るお前の父はお前が純潔をなくしたと知ればお前を捨てるんじゃねェか?」

 

この、男。

成る程、ローでも父の性悪さは知っていたわけだ。

ふうん、そっちがそう言うのなら喧嘩を買おう。

 

「別に私は捨てられても困らないわ」

 

決して虚言でもない言葉を返す。

 

「むしろ、捨てられるのではなくてスパイとして潜り込めとか言われそうね」

 

クスッと笑う。

それに対する反応はとっても複雑な顔で、ギ!と睨まれる。

 

「あまり怖い顔をするとわたくしルフィさんに泣きついちゃいますわ~」

 

きゃあ、とソプラノ。

 

「その減らず口……!」

 

白々しくお茶目にはしゃいだだけなのに感情的に成りすぎー。

からかい易くて結構です。

内心ニヤニヤする。

眺めているとローがちらりと空間を見て、こちらを見て、ガバッと抱き締めてきた。

 

「えっ」

 

突然の行動に目を白黒していると部屋の扉が開かれる。

 

ーーガチャ

 

目が合うのは黒い瞳。

なぜ、今?

 

「あら、お邪魔かしら」

 

ロビンはそう言って石像と化すリーシャを見てにこ、と笑みを渡す。

お邪魔ってなんのことだと一瞬本気で分からなかった。

あ!まだ抱き締められている。

 

「ああ、悪いな」

 

ローはこちらが話す前に顔を胸元へ押し付け口封じしてきた。

こいつ、力つええ!

去っていくロビンに「これは違うんだ」と弁解も出来ない。

足音が遠くなるにつれて腕の拘束力も緩くなり素早く距離を取る。

 

「よくも!」

 

あれじゃあ喧嘩中だった夫婦みたいな話の流れになるっつーの!

 

「なにかおれがお前にしたか」

 

くつり、と悪どい笑みで疑問を堂々と口にする図太さにくっ、と唸る。

調子こいてやがるぜ。

近くに接近すると彼は下がった。

木の揺れる音でローが端まで下がり切ったのを知る。

 

「また勘違いさせるぞ」

 

たのしそーに口角を緩ませる男。

男に迫る女の図に間違っていないのに、勘違いさせそうな態勢を指摘されグ!と体を力ませた。

お前が勝手に下がったんだろうがぁ。

 

「ふん、もう誰も来ないわよ」

 

悪態をつく。

 

「フフ、どうだろうな。次はおれだけにしとけ」

 

彼は言いたい事を言い終わったからか満足げに部屋を後にした。

リーシャも眠たい目を何回か閉じて椅子に座った。

ロビンに拡散されないように直ぐに走ることになるけれど。



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20ウェディング1

とある島、そこはウェディングの最も盛んな場所として有名だ。

仕方なく、とローは嫌な顔をしながらもログポースを貯めねばならないので立ち寄るのだと言った。

勿論、リーシャはもろ手を上げて賛同した。

やった、日々の行いの良さにお天道様が気をきかせてくれたんだ。

緩む頬は隠しきれず船員達から良かったなー、と緩いエールを貰った。

なにを言っとんだこいつらはとじと目になった。

女心を一ミクロンも理解してない。

リーシャがこんなに喜んでいるのは夢の結婚をお前らの船長にぶっ潰されたからだよ、なんて、言う意味もないな。

言ってもどうせ許してあげろよとなに目線だと罵りたくなる回答しか帰ってこない。

断言してやる。

この船員達は海賊であるが完璧に宴を楽しむタイプだ。

繊細で配慮に欠けたことしか言われまい。

唯一言ってくれるとしてもそれはそれで言われたら殴っちゃいそうな頭脳派なローだけだ。

きっと「お前が言うな」と熱いパトスが砲撃となってこの船を襲う。

と、つらつら考えている間に島に着いたので早速向かうことにした。

が。

 

「え?なんで来るのです?」

 

「おれもこっちに用事がある」

 

「え?あっち行って下さる?」

 

びっくりな言葉に苦虫噛むの巻き。

 

「買ってやる」

 

なんの脈絡もない。

呆気に取られていると、ローが先に行ってしまう。

私の手を引っ付かんで。

半ば引きずられていると過言ではなく、それをみたカップルの男の方が三度ほど大魔王から救おうと試みてくれたが魔王の眼光によりその勇気が表に出ることはなかった。

あーあー、今彼女の好感度激下がった!

100の愛情があるとすればマイナス40は下がったな。

女から助けられないモヤシが、と心のうちで罵られていることだろう。

ローに連れ回された結果着いたのはジュエリーショップだった。

男が来そうにない所へこさせられて目からブドウが落ちる思いだ。

無理矢理連れて入られてガラスケースの前へ立たせられて一言。

 

「好きなのを選べ」

 

とだけ言われ、彼はそのまま壁の横へ刀を持ったまま腕を組んでしまった。

無表情なのでここで茶番を口にする気力もない。

助けを求めようとしても無駄だが、店員はスマイル1万円を輝かせて無言の応答拒否をしている。

笑顔って言葉いらないんだなー。

こちらは笑みを浮かべる余裕もない。

ならば、ここは適当に。

 

「この中で一番」

 

店員の鼻がひくりと広がる。

 

「安いものを」

 

店員の未来に慈悲はない。

見捨てたのを忘れるわけがなかろう、バカめ。

それに高いから欲しいとは思わないので無くしても心が痛まないものが好ましい。

高すぎても絶対に付けない自信がある。

ガラスケース前でがっくりした姿をしている店員を見送る。

お持ちしますと言われ待機するとローがマスターソースとケチャップをかけたような顔をしていた。

 

「ちゃんと選べ」

 

わあ、スパイシー。

 

「選んだ結果です」

 

しんなりと頷く。

だが、納得していないのかムスッとしている。

 

「なら、貴方が選べば済んだ話では」

 

男はキツく睨んでから店員の持ってきた宝石付きの指輪を、ぶんどるとお金が詰まった袋を投げた。

 

「あら、渡しすぎよ旦那様。お金は大事にしなきゃ」

 

店員に投げたものをすかさず先にキャッチしてしっかり金額分だけを渡す。

店員は貰える予定だった袋を死んだ目で見てから枯れたスマイルを張り付けてまたのご利用云々を言った。

なんて心に残る悲しい音色なんだろう。

という喜劇は置いといてさくっと指輪持ちの旦那の後ろを付いていく。

ふて腐れた空気を纏うローにもうそろそろメインへ行きたいのだが、と述べる。

 

「おれを乱れさせてさぞ楽しいだろう」

 

恨み言が溢れたので拭かずに。

 

「ええ。とっっっても」

 

ふきんで汚れを拡大させる。

綻ぶ笑顔を見せた途端、刀の方からガチャガチャガチャガチャ、と震えた音が聞こえた。

必須イベント震えるトラ男さんがおいでなすった。

ああ、震えてる震えてるとにやつき、一通り観察するとローを追い抜く。

タッと走れば「おい」と呼び止めてくる。



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21ウェディング2

今にも追いかけてきそうなローに早くしないと行きたい店が閉まる、と告げた。

何度も人にぶつかりそうになるが目当ての場所、ウェディングドレス試着所へ急ぐ。

夢にまでみたドレス!

何度着たいと思ったか。

着せてもらえそうになかったので諦め気味だった。

自分の意思で自分の着たいものを選ぶ。

想像しただけでたまらん。

試着出来る会場へ着くとローを待たずして入った。

何人かいるが、支障なし。

うふふ、と笑いドレスを見る。

向こうには教会があるので簡単なものではあるが、挙式が出来るらしい。

なんて幸せな時間なんだと選ぶ。

絞りに絞ってなん着か着てから一番しっくり来たものに決めた。

教会へ行くとローと船員達が居た。

合流するほど時間が経っていたのだと思えば納得だ。

近寄るにつれて別件でなにか騒がしい。

ロー達はロー達で固まっているので無関係な感じだ。

巻き込まれぬように見ていると男が女を宥めている。

 

「お、似合ってんじゃねェか」

 

船員にほめられて満更でもない。

やっぱりウェディングを着たらこうでなくては。

盛り上がっていると一際甲高い声がこだまする。

 

「なんでよ!今日しなくちゃもう来れないかもしれないでしょ!」

 

「だから、頼むよ。無理なんだ」

 

「今になってなんでそんなこと……もしかして!他の女なの?だからやめようなんて言うの!?」

 

「違うよ」

 

「もう信じられない!最低!浮気者!」

 

なんだなんだと周りも見始めた。

花嫁らしきウェディングドレスを身に纏う女がこちらへやってきた。

リーシャにぶつかりたたらを踏む。

女はこちらを見て、ローも見ると追いかけてくる男を振り返る。

 

「浮気者!貴方がそのつもりならっ。私はこの人と」

 

ローの腕を組んで。

 

「結婚するわ!」

 

あろうことか、真横からこんにちはしたのだ。

なので。

 

 

 

「お前が言うな!」

 

――ビュ

 

――ドス!

 

リーシャの特注品武器、チェーンが純白の花嫁のべんけいの泣き所を激しくワンキルしたとしても、顔を狙わなかっただけ感謝してもらいたい。

 

「ひぎいいい!」

 

女にあらずな声を出して地面にはらりと白い布を広げ、落ちる様を冷えた瞳で見る。

うぎゃあああ。

あしがー、とのたうち回る花嫁にタキシードを来た花婿駆け寄る。

 

「なんてことを!」

 

「なんてことを?」

 

チェーンを鳴らして懐にしまう。

もう必要ないだろう。

 

「人の旦那と浮気します宣言は、なんてこと、の範囲には入らないとでも言いますの?」

 

ど正論に花婿のお口は閉口。

 

「だ、だが、それは勢いで」

 

「お黙りになって?」

 

ピシャリと有無の言えぬ言葉で言わせない。

 

「荒ぶった自分の女一人に手こずる貴方では私の敵ではなくてよ」

 

花嫁のブーケが側にあったのでそれを手に取りくるくるとまわす。

 

「あ、それは私の」

 

弱々しく呟く女に視線をやらない。

さっき男を女は詰った。

 

「先程、貴方たちの痴話喧嘩を聞いておりましたら、貴方は彼を詰っていましたが、人の男をかっさらおうとした時点で立場が入れ替わったのはお分かり?」

 

花嫁はハッとした顔をして花婿の顔を窺うように見る。

 

「僕は気にしてな」

 

「甲斐甲斐のない男の声が聞こえるのは不愉快だわ」

 

男が完全に膝を着く。

 

「おい、それくらいに」

 

船員達が挟まってきた。

そんなに挟まりたいのなら洗濯して干してやろうか。

 

「それに、花嫁なんだからもうちょっとだな」

 

気をつかったらどうだ。

その宥める声にぶちギレた。

 

「お前らが言うな」

 

ブーケをくくりつけてチェーンを振り回して船員達がぎゃあぎゃあと逃げる。

おれ、花粉症なんだと鼻水を出し始めたのを見て冷静になった。

ローの花嫁に優しくなかったのにブーメランじゃね?となる。

最初、絶対にローの結婚相手を良く思ってなかっただろう。

 

「人のものを取る前に言いわけくらい聞きなさい。貴方も貴女もどちらも浮気済みなのよ」

 

「いや、僕はしてな」

 

「それもそうね」

 

花婿の言葉を花嫁がぶったぎり始めた。

花婿の精神が試される。

 

「ねえ。なんで結婚式をやめようなんて言ったの?」

 

漸く弁解を聞いてもらえると弱々しい声で話し出す。

ローはというと聞かなきゃダメなのかという顔で見ていた。

 

「指輪が用意出来なかったからだ」

 

「え、でも」

 

「君がよろこぶものを選ぼうとしたらどんどん深みにはまってどれを買えば良いのか分からなくなって」

 

ダメな男さ僕は、と最後にいうのでなにを当然のことを言っているのだと言おうとしたらローが口を塞いできた。

 

「お前がなにか言うとややこしい。もう言うな」

 

そう咎めると彼は花婿におい、と声をかけてピンっと指先で何かを飛ばす。

それをヘタレ男が掴む。

あ、あれは、買った指輪。

 

「えっ。いや、え?」

 

「もう必要なくなったんでな」

 

ローはかっこよく告げて花婿は返そうとするので付け加える。

 

「男ならこれよりも良い指輪をやるから僕と結婚してくれますか、くらい言いなさい」

 

男はその言葉にスッと表情を引き締めるとその場で躊躇なくひざまずく。

周りから野次馬がきゃああと黄色い声を上げる。

うんうん、わかるよ。

憧れのシチュエーションだもん。



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22ウェディング3(完)

男は皆が見ている中、ステンドグラスに照らされて公開プロポーズバージョン2をする。

彼女はそれに涙を流して受けた。

それを見続けるのも流石に疲れたので試着室へ行き着替えた。

外へ出るとローが待ち伏せしていた。

待ってなくても良かったのにと言うと彼はなにも言わずに能力を展開し、どこか知らない建物の上へ移動させた。

突然のことに驚いていると彼はスッと指輪を出してきた。

最初に買ったものではない、もっと高そうなものだ。

いらなくなったというのはそういうことだったのだ。

 

「私に?」

 

「ああ」

 

「今更?もう貰ってるのに」

 

結婚した時に形式的に渡されてそれきり、指に填まっている。

 

「今と昔では違う」

 

「違う、とは?」

 

「なんだと思う」

 

ローの目を見て久々になにも言えなくなった。

その瞳は真剣で、男を感じさせた。

 

「私に惚れたとか?」

 

いつもなんだかんだで口説いてくるので。

当たりも外れもどちらでも構わない。

 

「おれにお前が惚れたの間違いだろ」

 

クッと笑みを浮かべ悪い顔をする。

 

「なにそれ!」

 

ぎろりと相手を見上げればそこには指輪が見える。

そして、己の手先を見て指輪を抜く。

 

「じゃあ、昔のものは貴方が持ってて。私を試みなかった戒めよ」

 

ローに渡せば彼はそれを受け取りしまうと、今度はリーシャに新しい方をつけさせた。

 

「これはおれのものという鎖だ。外したら後悔させる」

 

もうちょっと言い方を考えろとドツキたくなるが、この指輪に免じて許す。

なぜならば好みの形をしているからだ。

いつの間に図ったのかサイズまでぴったりなので悪くない。

 

「へぇ。やりますわね」

 

「素直な時はとことん素直だな」

 

「一言余計ですの」

 

つけられた指輪を太陽に翳してからじっくり眺めた。

 

「たまにはこういうのも悪くねェな」

 

「あら、海賊の台詞ではありませんね」

 

クスッと笑って同意した。

下で部下達がローの名を呼んで探しているのを見つけて、降りてあげたらどうだと尋ねる。

そうだな、と彼は#name1#を抱えるとビルの上から飛び降りた。

そういうところが非常識、マナーがないと思うんだ。

 

「あ、船長にリーシャ」

 

探していた人が見つかり船員達はホッとした顔になる。

 

「帰るぞ」

 

まだ船は動かせないので何日か滞在することになる。

 

「旦那様はタキシードを着てくれないのね」

 

「おれにあれを着ろと?断る」

 

確かにそれを着たら笑いながら写真を撮って海軍本部に送りつけるだろう。

ウェディングドレスを着られただけで満足ではあるが、いつか式も体験してみたいものだ。

チェーンの感触を確かめながらキラリと光る指輪を見て、密かにそれを優しく撫でた。



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