異世界♨︎紀行 (名水)
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異世界♨︎紀行

疲れていたのでゆっくりお風呂に入りたくて書きました。


「うはぁぁぁぁ」

 

お湯につかった瞬間。

思わずおっさんみたいな声をあげてしまった。

ちょっと恥ずかしくなって周りを見渡す。

誰も俺のことなんて気にしていない。

そりゃそうか。

ここは銭湯。

気持ちよくなっておっさんみたいな声を出しちゃうことは致し方ない場所。

たとえそれが美少女であってもだ。

え?

美少女って誰のことって?

俺だよ、俺。

俺のこと。

ご近所じゃ有名な美少女で通ってるんだぜ。

お察しの通り、中身は男なんだけどさ。

でも肉体は完全に女。

大体16歳ぐらいかな。

金髪碧眼、お肌つやつやの美少女だ。

いや、ほんと運がよかったよ。

現実世界じゃ疲れたおっさん(30代)だったんだけどさ、ふとしたきっかけで異世界転生。

生まれ変わったら美少女になってた。

どういう理屈かはよーわからん。

ってなわけで、俺が今入っている風呂は女風呂。

見渡す限り女ばっかだ。

ラッキー……ってな気分になりたいもんだけど、そうはいかない。

勃たないんだよなぁ。

無いから当たり前なんだけど。

 

「はぁ……」

 

ため息をついた。

ま、しゃーないか。

何はともあれ、今はこの湯を楽しもう。

 

 

 

 

俺がご近所の銭湯に興味を持ったのはごく最近だ。

異世界に転生して、1年目。

生活費を稼ぐために請け負った慣れない仕事をぶっ通しでやった深夜にふらふらとふらついていて、ふと看板が目に留まった。

 

「ん、なになに? 『みんなに愛される下町の温泉・新地湯』? 3種類の薬湯、サウナ?」

 

ふむ。

いつもは素通りしていたけど、そういえばこんなんあったな。

外見は、古いレンガ風。

とはいえ、古民家リノヴェーションとかそういうのじゃない。

本当にボロい。

普段なら別に興味ないのだが、その時はすごく疲れていた。

お風呂に入ってさっぱりしたい。

 

「よし、入ってみるか」

 

建付けのわるい扉を開き、暖簾をくぐった。

中に入ると、ダークエルフの女の子が「いらっしゃい」と言った。

不愛想だ。

なんか、新聞に目を落としたままこっちを見もしねぇ。

受付嬢だよな、こいつ。

これでいいのか。

っていうか、初めての銭湯だ。

勝手がわかりゃしねぇ。

一体いくら払えばいいのか、そもそも先払いなのか後払いなのか。

 

「あの」

 

下駄箱のカギをぶらぶらさせて俺は言った。

 

「いくら払えばいいんですか?」

「んっ」

 

ダークエルフの女の子が指さした。

壁に赤茶けた張り紙。

 

「なになに、大人350バルツ、子供150バルツ?」

 

バルツってのはこの世界のお金の単位だ。

安っ。

こんなに安いのか。

 

「ほらよ」

 

向こうが横柄な態度なので俺も横柄に350バルツ払ってやった。

 

「んっ」

 

ダークエルフの女の子は手の中で小銭を転がし、そのまま巾着に入れた。

触っただけで正しい金額か把握してるって感じだな。

ちょっと感心した。

脱衣所で服を脱ぎ、お湯場への扉を開けた。

 

「う、お、ぉぉぉぉぉ」

 

思わず感嘆のセリフを吐いてしまった。

結構広い。

湯気でどことなくもやがかかっているお湯場は、奥行きがあった。

洗い場が前方にあって、奥に3つの異なるお風呂があるみたいだ。

色がそれぞれ違う。

入口の看板にあった薬湯ってやつか。

 

「ひょーっ、すげーな!」

 

ウキウキ気分でそのうちの一つに足をつけようとすると。

 

「殺す」

 

可愛い声で物騒なことを言われた。

驚いて声の主を見ると。

目の前で湯船につかっている中学生ぐらいの女の子だった。

めっちゃくちゃ可愛い。

さらさらの銀髪で、肌は真っ白。

これぞファンタジーのヒロインって感じだ。

ちょっと子供すぎるけど。

そんな女の子が湯船につかりながら、俺をにらんでいる。

 

「ど、どうしたの?」

 

恐る恐る聞いた。

 

「かけ湯もせずに風呂に入るのダメ。殺す」

 

女の子が舌打ちをした。

か、かけ湯?

かけ湯ってなんだ?

俺、銭湯に入ったことないから知らねーんだけど。

 

「ご、ごめん。実は私、初めてで。かけ湯って何?」

 

下手に出て問いかける。

すると女の子はため息をついた。

 

「これだからヒューマンは……。お風呂に入る前に、汚れた体を清める。ほら。そこにあるでしょ」

 

よくよく見ると、女の子は耳がとがってる。

この子もエルフか。

この世界では、エルフさんはみんなお風呂好き。

きれい好きなのだ。

一方ヒューマン……人間的なやつは、わりと野性的だ。

あんまりお風呂にも入らない。

あ、でも中世とか人間、そんな感じなのかも。

一応親切に教えてくれたので、そんなに悪い子でもないのかなとか思いつつ、頭を下げて「かけ湯」の場所へ。

大きな壺に満たされた白湯を、風呂桶ですくって頭からジャバっとかけた。

これでいいのかな?と、女の子をチラ見すると。

 

「おまた」

 

なにか、つぶやいた。

 

「え?」

 

聞き返すと、なんか頬を赤くして、答えてくれた。

 

「だから、おまた! よ、汚れやすい場所でしょ。念入りにっ」

 

お股という単語をいうのが恥ずかしかったのか?

可愛いところあるじゃん。

そんなことを考えつつ、しっかりと股間を流す。

転生して女の子になってから、一物が無くなったので変な気分だぜ。

ちなみに自分のワレメ触っても興奮はしないぞ。

これでいいか?ともう一度女の子を見ると、まだ赤い顔でうなづいた。

 

「ふぃー」

 

ざばっとお湯に体をつける。

めっちゃくちゃ気持ちいい。

なんだろう、こう、体がゆっくりとほどけていくような感じだ。

現実世界にいた頃、俺は湯船に浸かっていなかった。

いやもちろん、毎日体は洗っていたけどさ。

狭い都心のアパートで、湯船に湯をためることもせず、シャワーを浴びていただけ。

仕事から帰ってきて、お湯を張る気力がわかなかったんだ。

一人暮らしを始める前は、実家で湯船につかっていた。

そんな日々、もう記憶のずっと彼方だなぁ。

そういうと、昭和育ちのうちの爺さんは、熱いお湯が好きだったっけ……。

そんなことをぼんやりと考えていると。

 

「ねぇ」

 

いつの間にか、例の銀髪の美少女が俺を見つめていた。

ち、近い。

ってか、近くで見ると本当に可愛いなおい。

 

「な、なにかな?」

 

ちょっと焦った声で問いかけると、女の子は、不思議そうに俺をじぃと見つめて、言った。

 

「珍しいね。人間さんはお風呂嫌いなはずなのに」

「え?」

「あなたは、すごく気持ちよさそう」

 

まぁ、元が日本人だしね。

って言ってもわからないだろうから、無難な答えを返しておいた。

 

「それは人によるんじゃないかな。少なくとも、私は気に入ったよ、お風呂。入ってみたら、本当に気持ちよかった。疲れが消えていくみたいだよ」

「……そう」

 

お風呂を褒められてうれしいのか、ちょっとだけ微笑んで、女の子がつぶやいた。

 

「人間さんにも、あなたみたいな人いるんだね」

「え?」

「なんでもない」

 

女の子が、ざばっと立ち上がった。

うわわわっ!

きれいな肌が、ま、丸見えだ。

 

「あっち」

 

照れくさそうに、横の湯舟を指さした。

 

「あっちの薬湯、月下草っていう薬草が入ってる。疲れてるなら、よく効く」

「あ、ありがとう」

 

正直この時の俺は、女の子の真っ白なお尻しか見ていなかったね。

うわの空でうなづいて、隣の湯舟へ移ってみた。

うあ、こっちも気持ちいいわ。

じわじわぽかぽかと温まる。

あまりの気持ちよさに、15分ほどうとうとしてしまった。

 

「はっ」

 

いかんいかん。

そろそろ上がろう。

洗い場に移動するのだが。

 

「げ。ボディソープとかシャンプーとかないのか」

 

そうか。

持ってこなくちゃいけなかったのか。

どうしよう。

あたりを見回す。

さっきの女の子は、もう風呂を上がったらしく、脱衣室で瓶牛乳を飲んでいるところ。

こりゃ、助けを求められねぇな。

しゃぁない。

今日はこのまま上がるか。

白湯を頭からざばっとかぶって、薬湯を流して、湯場を後にした。

脱衣所に足を踏み入れて、ふと気がついた。

そういえば、バスタオルってどこにあるんだ?

きょろきょろと見渡すと、壁に張り紙が。

 

『貸しバスタオル 300バルツ』

 

マジか。

お風呂代と変わんねーじゃねーか。

ってか、先に借りとくべきだったな。

しょ、しょうがない。

ロッカーで財布出して、借りるか。

と、足を踏み出した瞬間。

 

「殺す」

 

また、可愛い声で物騒なセリフが飛んできた。

 

「え?」

 

脱衣場のマッサージ機に腰かけていた、さっきの銀髪エルフちゃんが、鋭い目でにらんでいる。

あれー。

打ち解けたと思ってたんだけど。

 

「濡れた体で脱衣場に上がるのダメ。殺す」

 

な、なんか呪文斉唱っぽいポーズとってるんですけど?

 

「な、なななんで?」

「足元」

 

指さされて足元を見ると、俺の体から滴る水滴でずくずくだ。

あ、そうかあ。

そういうことか。

とはいえ。

 

「た、タオル忘れちゃったんだ。ど、どうすれば」

「……」

 

溜息を一つついて、銀髪エルフちゃんが自分のロッカーへ。

ふかふかのピンク色のタオルを差し出してくれた。

ちょっと恥ずかしそうに呟いた。

 

「きょ、今日だけ。これ、使って」

「あ、ありがとう!」

 

俺は土下座せんばかりの勢いだ。

しっかりと体をふき、来ていた服に着替えた。

ちなみに、エルフちゃんのバスタオルは彼女も使用したものらしく、ほのかに水分が残っていて、いい匂いがした。

 

「ご、ごめんね、迷惑ばかりかけて」

 

頭を下げるとエルフちゃんは、少し照れたようにプイと顔をそむけた。

あまり他人と接するのがうまくないのかもしれない。

 

「べ、べつに。お風呂が非常識な人のせいで不快になるのが嫌だっただけ」

「め、面目ない」

「でも」

「え?」

「人間さんなのに、銭湯ののれんをくぐった勇気は認める。のれんをくぐったら、みんな友達」

 

よっぽどこの子にとっては、お風呂というものの価値観が強いらしい。

 

 

「じゃ」

「あ、ちょっと待って、タオル」

「あげる」

 

小さな体で颯爽と、銭湯を出て行った。

 

「シロ。またきてねー」

 

番台のダークエルフの女の子が、女の子に手を振っている。

シロって名前なのか。

ぴったりだな。

ってか、あの子に対しては不愛想じゃないのか?

疑問に思いながら、俺も番台を抜ける。

 

「いい湯でした」

 

ひとことそう言うと。

 

「あっそ」

 

番台のダークエルフは俺には塩対応だ。

……。

はたと気が付いた。

この異世界、人間とエルフってあんまり仲良くないんだったか。

日本で暮らしていたときは、ほとんど意識したことなかったが、この世界には、階層差とか、種族差とか、そこそこ色濃く残ってるっぽい。

なんかこう、差別みたいなのも。

うーん。

望まれざる客だったのかな。

とはいえ。

 

『人間さんなのに、銭湯ののれんをくぐった勇気は認める。のれんをくぐったら、みんな友達』

 

さっきのシロの言葉が頭でリフレインする。

少なくとも、あの子とは友達になれそうだ。

それに。

正直、銭湯、気に入った。

体の芯が、ポカポカしていた。

お風呂を上がった後でも、まだ温かさが残っている。

 

「また、たまには入ってみようかな」

 

つぶやきながら、夜道を歩く。

見上げると、月が真ん丸だった。

 




もしかしたら続き書くかもしれません。


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