エレウシスの盃 (通りすがりのアンパン)
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第一章少年期:デメテール編
アーデ、誕生


最近異世界ものをよく見ることが多く、書いてみたいと思い勢いで始めました。

異世界転生とか、冒険とか、なんか憧れるよね


 その日、新たなる生命が誕生した。

 

「ネイラさん!産まれましたよ!元気な男の子です!」

 

 オギャア!オギャア!と産声を上げた小さな、小さな命をネイラは割れ物に触れるかのように抱きしめた。

 妻は疲労した顔で目の下にはクマができている。だが、頬は緩み安堵と、嬉しさが込み上げているようだ。

 

「……あなた」

 

 妻は俺の顔を見て微笑んだ。スッと横からこの家の手伝いとして来てくれたミュケがハンカチを渡してきた。気付けば俺は大粒の涙を流し肩を震わせていた。

 ありがとうとミュケに礼をいい涙を拭くと、妻が我が子を渡してくれた。俺がおどおどと我が子を抱き抱えるのが面白かったのか、ネイラとミュケはクスクスと笑った。

 

「ネイラさんの目に、顔立ちはクレオスさん譲りですね」

 

 ミュケの言葉通りその目は母親譲りの金色の目だ。そう、竜人族の特徴と言える目だ。ついでに髪も竜人のもので赤黒い。黒に近いが少し赤みのある髪だ。顔立ちは俺に似ているそうだ。だが、俺の顔譲りだと少々強面になってしまうのではと気が引けてしまう。

 

「よく頑張った、ネイラ。ミュケもありがとう」

 

 未だ涙が止まらない俺は嗚咽混じりの声で感謝を伝えると二人は幸せそうに微笑み、頷いた。

 

 こうして、俺たちに新たなる家族、『アーデ・デメテール』が加わったのだった。

 

 ────────────

 

 子育てとは実に大変。何をするかわからない以上気が抜けない毎日だ。

 

「いないいなぁい……バァ!」

「うぇっ……」

 

 息子は妙な顔をして引いたような態度をとる。既に俺は心が折れかけている。これまでどんな困難も乗り越えてきたが息子に早々に嫌われてしまったのではないかと思うと泣きそうだ。いや、もう何回か泣いて妻に励まされている。

 

「あなた、そう気を落とさないで。今だけよ、きっとそのうち甘えてくるようになるわ」

 

 がっくしと肩を落とした俺をネイラは眉を八の字にして励ます。今日は休日だが、基本毎日里の警備のため家にいる時間は少ない。そうなると息子と関わる時間も少なくなるため、必然的に懐いてくれないのは仕方がないことなのかもしれない。だが、俺とネイラにとってはじめての赤子、こう、なんていうかもっと触れ合いたいのだ。

 

「アーデ、パパは怖くないですよぉ〜」

 

 ネイラが息子を抱き上げると待ってましたとばかりに、にへぇと笑う。なんだろうか、息子の笑顔はどうも下心に溢れたように見えてしまう。いや、元は俺もそういう笑みを浮かべることが多いため似てしまったのだろう。ネイラもミュケも俺の下品な笑みが受け継がれたのだと苦笑していた。今はいいとして大きくなったときに無意識にこの笑みをすると周りの人に引かれてしまうのではと心配になる。いや、俺のせいなんだろうけど。かくなる上は自然な笑みを俺も意識してこの子にスマートな笑みができるように教育しよう。うん、絶対しよう。

 

 ──────────

 

 アーデが産まれて5ヶ月が経った。乳離れはあっという間に過ぎ、簡単な言葉を話すようになり、まだ不安定ではあるが一人で歩けるようになった。竜人族は成長が速いのも特徴だ。ミュケは役目を終え自分の家に帰っていった。もとよりまだ里に滞在するためいつでも会えるわけだが。

 

 この里では十歳になると里全体で祝い、一人前として認めるために儀式を行うのだ。儀式というよりはしきたりみたいなもんで、十歳になった竜人には里長が直々に剣と杖を授けるのだ。

 竜人族は古来より魔術に長けた種族であると同時に剣術においても他の種族と引けを取らない強さを誇ると言われている。そのため、三歳になると子どもに剣術と魔術を教えるのが風習だ。五歳には中級魔術と初級剣術を扱えるように育てる。なかなか骨が折れそうだ。

 

 ──────────

 

 今日はアーデの一歳の誕生日だ。里のみんなが祝いに来てくれて家では人数が収まらないということで広場で行うことにした。

 

「いやぁ!やはり子どもというのは可愛いものだな!ハッハッハ!」

 

 里長のオリオントは髭を撫でながら愉快に笑う。しかし声がでかい。アーデはビクリと体を震わせるとネイラの後ろに隠れてしまった。

 

「す、すいません、オリオント様……」

 

 里長には失礼がないようにと言っているが、こんなに大勢に囲まれるのは初めてであるため恥ずかしいのだろう。

 

「ガハハ!気にするな!この大人数だ、仕方あるまい!」

 

 軽快に笑う里長に胸を撫で下ろす。元より里長は愉快なお方だ。祭り事が好きで、よくこういう宴会を開く。ただそれは里内の全員との交流を図るものであるのと同時に子供の面倒は里民全員で見るという里長の図らないでもある。

 

「ほら、アーデ。オリオント様にご挨拶を」

「……うん」

 

 ネイラが優しくアーデの頭を撫でて挨拶を促すとネイラの服を掴んだまま前に出た。

 

「こんにちは!オリオントさま!きょうはありがとうございます!」

 

 と、元気よく挨拶をした。

 よく頑張った!さすがだ!ああ、こんな立派に育ってくれて俺は嬉しいぞ!

 

「わぁー!よく言えたね!えらいえらい!んーチュ!」

 

 ネイラは息子を抱きしめて頬にキスをする。俺もよくやったとわしゃわしゃと息子の髪を撫でる。

 

「ガハハ!良い挨拶だ!ネイラとクレオスよ、よく育てているな!」

 

 オリオントは上機嫌にガハハと笑い酒を飲む。

 

「きゃあ──!可愛い!」

「ネイラ!私にも抱かせて!」

 

 気付けば女性陣が集まりアーデに群がる。まさにハーレムというやつだ。まあ、アーデはまだ一歳だ。ハーレムなんてもんはわからないだろうが……

 

 と、アーデ見るとニヤニヤとあの笑みを浮かべ鼻を伸ばしている。どうやら、女癖は俺のが強く遺伝してしまったようだ……

 

 里全体でのアーデの誕生日会は里長が飲み潰れ倒れたのをきっかけにお開きとなった。

 

「はぁー」

 

 息子は家に帰ると疲れたようにソファーに身を投げた。息子も息子なりに立ち振る舞っていたのだろう。まだ一歳だというのに大したものだ。やはりネイラとミュケの教育の賜物だろう。それに対して俺は息子のために何かできているだろうか……

 

「アーデ!こっちきて!」

 

 ネイラは片手を後ろにちょちょいとアーデを子招きしている。それを見て俺も台所に隠していたものを取り出す。

 

「んー?なにー?」

 

 とことことネイラに歩く姿が微笑ましい。

 

「じゃーん!改めて、誕生日おめでとう!アーデ!」

 

 アーデはうおっと低い声を出して差し出されたものを見ると、興奮したように飛び跳ねた。

 

「これって……!魔術書!?」

「ふふ、アーデずっと欲しがっていたでしょ?」

「うわぁ!やったぁ!ありがとうお母さん!」

 

 アーデは俺やネイラが魔術を使った日から目を輝かせて魔術を教えてほしいとねだってきた。しかし、子どもの魔力は一歳になるまでは安定しないため、一歳を迎えるまでは魔術を教えるのはご法度となっている。また、文字を読めなければ魔術書を読むこともできない。アーデはこの日までにミュケの指導の下毎日勉強し、ある程度の読み書きができるようになった。

 それもあってか今日のアーデは朝からずっとソワソワしていた。あいにく今日は誕生日会の準備と警備の仕事で教えることはできなかったが、明日からは早速魔術に触れさせていこと思う。

 

 本を抱いてはしゃぐアーデは俺と目が合うと姿勢を正した。俺からのプレゼントを期待しているようだ。

 

「アーデ、父さんからはこれを贈ろう」

 

 俺はアーデに木刀をプレゼントした。三歳から剣術と魔術を教えるというのはあくまで基準だ。この子の成長具合を見て、里長からも早めに教えるに越したことはないと助言をもらったため、明日からは剣術の基礎にも触れさせていこうと思う。

 

「おぉ……!」

 

 アーデは両手木刀を受け取るとこれまた目を輝かせた。

 とりあえずよかった。本を貰ったあの喜びようからしたら木刀じゃ嬉しくないかと思ったが、本と木刀を持って礼を言う息子を見て杞憂に終わった。

 

 さて、明日からは朝の時間に剣術を教えていこう。

 この里は十歳になった子どもは里を出て冒険者になることになる。世界を見て、己を高め、またいつか里に戻るもよし、何処かに住居を持ち一人暮らしをするもよし、竜人族は十歳になれば一度里離れをするのだ。

 その時に備え、親は子供を鍛える義務がある。だから俺はしばらく仕事の量を減らしてもらい家にいる時間を多くすることにしている。この一年、息子に構ってあげる時間があまりなかった分、しっかりと付き合っていこう。

 

 こうして一日は終わり、家族三人で川の字になってベッドに入る。アーデはなんだかんだ疲れていたのだろう。ベッドに入るとすぐに寝息を立て始めた。

 

「一年もあっという間ね……」

「……ああ、そうだな」

 

 ネイラは優しくアーデの頭を撫でる。

 

「明日から剣術を教えるのよね。あまり……無理をさせちゃだめよ?」

「わかってるさ。アーデはまだ一歳だ。他種族と比べると成長はかなり速いが、産まれて一年でできることなんてあまりないだろう。気長にやっていくよ」

「うん……そうね。それにお仕事もあるけど今まであまり一緒にいてやらなかったでしょう?明日からはたくさんかまってあげてね」

「もちろん」

 

 それとなくいいムードになってきたところでネイラにキスをする。いつもならここから夜の戯れが始まるのだが、今回は息子がいる。またの機会にしよう。

 

 互いにそれはわかっており、長い口づけを終えるとふと、下から視線を感じた。

 

「…げへへへ……」

 

 胸元からは下品な笑みを浮かべた息子がニヤニヤとしていた。

 

 

 




今回の登場人物
アーデ・デメテール…本作の主人公。転生者。父親譲りの女好き
ネイラ・デメテール…アーデの母親。回復魔術系統が得意。息子大好き
クレオス・デメテール…アーデの父親。剣術に長けている。警備隊隊長
ミュケ・デメテール…里の元住民。ネイラの出産とその後の面倒を見た。今は世界を旅をしており、たまたまネイラの出産に立ち会うことになった。
オリオント・デメテール…里長。髭。声がでかい。


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チュートリアル

 この世界に来て一年が経った。最初は言葉も文字もわからないという状況だったが、母親のネイラとミュケというお手伝いの人が読み書きを教えてくれたおかげである程度の理解ができるようになった。

 しかし……この世界の人はみんな美人だぁ……。ネイラの程よい胸も、ミュケの巨乳も素晴らしい。昨日は俺の一歳の誕生日で里のみんなが祝ってくれたが、俺がまだ可愛いこどもということで多くの女性陣が寄ってたかってきてくれた。これはあれだ、ハーレムだ。前世の俺にはまずあり得ないこと。

 つい、女性の前では鼻を伸ばしてしまうが、父親のクレオス譲りということらしい。まあ、俺の場合は元からそうなのだが。見た目が子供!中身は中年!ってな。

 

 ちなみに俺が産まれたこの里はデメテールというらしく、皆この里で産まれた者にはデメテールという姓がつけられるようだ。所謂種族を表す名前だ。よく物語の設定であることだ。

 だが、みんなデメテールだと他所から見たらあんたら何人家族!?って感じになりそうな気もする。現に俺も誰がどの家庭の人なのかまったく分からん。みんなデメテールだもの。

 

「ふぁ……」

 

 大きな欠伸をしつつ、体を起こす。既にネイラとクレオスは起床しているらしく俺一人が取り残されていた。

 ああ、そうだ、今日から剣術と魔術を教えて貰うんだ。ここは剣と魔法の異世界だ。俺自身、魔法が使えることにかなり興奮した。いや、まだ使えるかは知らんけど。

 なんでも俺の種族は竜人という厨二心をくすぐるもので、魔術に長けた種族らしい。俺の前世の影響があるかはわからんがこっちの世界の体ならきっと大丈夫だろう。大丈夫だと、思いたい。

 

 だが、やる気は十分だ。ピョンと身軽に飛び起きて寝室を出る。ドアを開けるとリビングといえる空間だ。里の家ということで二階は無いが、十分の広さだ。土の魔術で作られているためレンガのようなものでできている。いやあ、魔法っていいね!この世界では魔術で統一されているみたいだが。

 

「おはよう、アーデ。顔を洗って着替えたら外でお父さんが待ってるわよ」

「はーい」

 

 ここには洗面所はないので、ネイラが水の魔術でタオルを濡らしたものを使って顔を拭く。

 食卓として使う机の上には昨日ミュケに貰った動きやすい拭くが置いてある。今日からの稽古のために三着ほどプレゼントしてくれたのだ。

 

 布の上着に革のズボンさながら初心者冒険家のような格好だ。

 

「わぁ!似合ってるわよアーデ!」

 

 ネイラが嬉しそうにパチパチと拍手をする。うん、この異世界って感じの服装は心躍るものがあるな。

 

「ありがとうお母さん、それじゃ稽古行ってきます」

 

 なんか普通の受け答えをしているが、実は俺、この世界ではまだ一歳なのだ。もう一度言おうと俺はまだ一歳だ。

 

 前世じゃ普通にありえない。一歳で流暢に喋り、剣を振るのだ。

 まあ、竜人族が成長がクソ早いってのは聞いたんだがな。それにしても早いだろ。一歳だぞ。中身は中年だが。まあ、俺としては変に一歳児を演じる必要がないため楽ではあるがな。

 

 玄関から出ると既にクレオスは上裸で剣を振っていた。鍛え上げられた肉体は男の俺でも見惚れるものだ。剣を振るたびに浮き出る腕の筋肉のライン、でかい胸筋、引き締まった腹筋、どれも素晴らしい筋肉だ。俺もぜひあの筋肉が欲しいものだ。

 

「おっ、来たなアーデ」

『よ、よろしくお願いします!」

 

 45度の礼をするとそんな畏まらなくていいと笑われた。最もこの世界での礼儀作法は知らん。そこんところは今はまだいいだろう。

 

「よし、じゃあまずは基本の基本、剣を持ったステップだ。これは魔術でもそうだが一回一回のステップでの移動をすることで隙を減らすことができる。敵と戦うときは如何に素早く動けるかで生存確率はだいぶ変わるぞ」

 

 無言で頷く。

 

 所謂チュートリアルみたいなもんだな。右も左も分からん状態で実戦に入っても瞬殺されるのがオチ。よく漫画の主人公なんかはこの時の教えが九死に一生を得ることもある。

 

「よし、じゃあまずは俺が手本を見せるからよく見てるんだぞ」

 

 お、まずは指導者がやってみせる教育か。なかなか良い指導じゃないか。

 

 クレオスは前、後、横、斜めとステップを入れる。が、速い、速すぎる。目で追うのがやっとで具体的な動きがわからん。てか、その動きちょっと慣性の法則無視してない?大丈夫?俺にできんの?

 

「まあこんなもんだ。まずはやってるのが一番だ」

 

 まじか……理論とか論理とか一切皆苦、体で覚えろってやつかぁ。

 

 とりあえず剣を構える。今持っているのは昨日クレオスから貰った木刀だ。さほど重さは感じず結構しっくりきている。

 

「ハハハっ、力が入り過ぎてるぞ。もっと肩の力を抜いて、まだ始めたばっかなんだし失敗なんか当たり前だろ?」

 

 うん、いい父親だ。

 

「スー……ハー」

 

 深呼吸をして肩の力を抜く。クレオスは小さく頷いて広角を少しあげる。どうやら余計な力は入ってない状態にできたみたいだ。

 

 足に力を込める。前屈みに上体を倒し直線に突っ込むイメージで思い切り地面を蹴った。

 

「っ!うおぉ!?」

「……!」

 

 想像以上に勢いが強くロケット頭突きのように飛び出した。当然ここまでとは想定しておらずコントロールができるわけもなく……

 

「……ぁぎゃっ!!」

 

 庭にある木に頭からぶつかった。あ、首が変な方向に曲がった……

 これ、首の骨逝ったな。うそ、死ぬやん。

 

「……あ……がっ……」

 

 首を押さえこれから迫ってくる死からなんとか逃れようともがく。しかし、たかが一歳にできることなど何もない。意識どんどん薄れ……

 

「…………ん?」

 

 押さえていた手を話す。上体を起こし首周りに異常がないか確認する。

 

「なんともない……」

 

 普通なら明らかに死んでた。なるほど、これがこの世界の体の耐久力か。

 

「アーデ!大丈夫か!?」

 

 遅れてクレオスはハッと我に帰り駆け寄る。今のは流石に反応できないよな。なんともないのに余計な心配をさせてしまった。

 

「ははは……失敗しちゃった。でも大丈夫。なんともないよ」

「ほ……本当か?いや、母さんに診てもらおう」

 

 一旦家に戻りネイラに回復魔術『ヒール』をかけてもらう。少しネイラはご立腹のようだ。

 

「もう!だから無茶は駄目って言ったじゃない!」

 

「申し訳ない……」

「申し訳ない……」

 

 父と息子は揃って母親に頭を下げる。その様子が可笑しかったのかそんなに怒られることはなかった。

 

 うーん、どうやらこの世界の基準を見誤っていたようだ。この世界の人は化け物なんだ。一歳がこれほどの力を持ち、言葉を話し、理解し、五歳には中学生のような扱いになり十歳じゃもう大人の扱いで一人旅だ。こりゃ呑気に気ままに生きていくのは無理なんだろうな。

 

 

 訓練を始めて三日が経った。

 

「ハッ!フッ!よっと!」

 

 ある程度ステップの制御ができるようになり、今はステップと斬り払いを組み合わせた動きを習っている。

 

「いいぞ!次は前ステップ斬り払いの直後にバックステップだ!」

「はい!」

 

 これはヒット&アウェイの戦法だ。相手に肉薄した後すぐさま敵の間合いかは離脱することで安全にかつ、一方的に攻める。基本の立ち回りだ。

 この立ち回りを何度も何度も繰り返して体に染み込ませる。同時にバックステップ後に受け身の練習もする。

 

「そこまで!」

「はぁ……はぁ……!」

 

 汗だくにあった頬を腕で拭う。

 

「いい動きだなアーデ。我が子ながらここまで出来ると逆に怖くなるほどだよ……」

 

 クレオスは苦笑しながら俺の頭を撫でる。

 

 そうなのだろうか?周りの人なんて岩をダンベル代わりにトレーニングする人なんているっていうに。あ、そうか、俺まだ一歳だわ。

 

 鍛錬は終わり家に帰るとネイラは台所で朝食の準備をしていた。

 

「あ、お疲れ様二人とも。今ご飯作ってるから水浴び済ましちゃって」

 

 もちろんこの世界にも風呂が……というわけにはいかず、この里には風呂なるものが存在しない。そのためネイラが水魔術で作った水球に飛び込み体をさっぱりさせる。いやぁ、魔術ってやっぱ有能だね。

 

 水浴びを終えた後家族揃って朝食を食べる。その後クレオスは里の警備の仕事に向かうため俺は念願の魔術をネイラから教えてもらう予定だ。

 

「アーデは逸材だな。父として鼻が高いな」

 

 俺の噂は既に里全体に広がっており一目浴びている。

 

「アーデの将来が楽しみね!きっとお父さんみたいにカッコいい男になるわ〜」

「そうだな、そして母さんみたいに素敵な女性を見つけるんだぞ」

「素敵な女性だなんて……クレオスったら……フフっ」

「ネイラはこの世界で一番の女性さ。俺は死ぬまで……いや、死んでもお前を愛すよ」

「クレオス……」

「ネイラ……」

 

 俺は一体何を見せられてるんだろうか。まあ夫婦円満なのはいいことだ。だが、一歳の息子を目の前にイチャイチャするんじゃない。ちくしょう、羨ましい……

 

「クレオス、今日の夜は?」

「ああ、やろう」

 

 どうやら今晩二人はヤルらしい。夜な夜なネイラの喘ぎ声が聞こえるのはいつものことだ。こんなに美しい女性の喘ぎ声となると俺もそそられるものがある。しかし、この体が一歳だからか俺の股にぶら下がる聖剣は反応しない。俺の脳内はフィーバーを起こしているんだがな。

 

「アーデ、今日の夜は一人でも寝れる?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 ここではそれらしい振る舞いをしておこう。夜になったらドアからこっそり覗いてやろう。ゲヘヘ……

 

 朝食を終えクレオスが出かけた後、俺はネイラと一緒に魔術書を読んだ。

 いろいろと複雑な内容であったが、それなりに理解できた。とりあえず、この世界の魔術についてまとめるとざっとこんな感じだ。

 

 ○この世界に存在する魔術の基本属性

 火、水、風、土、光、闇の六大属性が存在する。この属性の他にも派生で氷などが存在するが、それらは超級魔術にあたるため扱える者はそう多くはないとのことだ。

 

 超級魔術と説明したが、魔術には等級が存在する。一番下から順に説明しよう。

 

 下級魔術、中級魔術、上級魔術、超級魔術、賢者級、賢神級、彗星級がある。彗星級なんて神の名がつく賢神級より上とかどんだけ凄い魔術なのだろう。

 ちなみに1つでも各級の魔術を習得するとその級の肩書きを名乗ることができる。例えば、上級魔術を扱えると上級魔術士といった感じだ。

 基本的に魔術は他者に教えてもらうことで習得することができる。また魔術書に記載されている呪文を唱えることでも可能だ。

 

 剣術も同じように等級がある。

 

 下級剣術、中級剣術、上級剣術、超級剣術、剣王級、剣神級だ。剣術の方が等級の数が少ないが一つ一つの等級の差が大きいのが特徴である。あと、剣術に置いては師から認められなければ下級でも肩書きを名乗ることはできない。

 

 魔術は上級を扱うことができればパーティに引っ張りだことはネイラの話である。

 

 聞いたところ、クレオスは剣術が超級、ネイラは魔術が上級を操ることができるそうだ。

 

 兎に角、千里の道も一歩からだ。何事も地道な努力の積み重ねが成長につながる。そう信じて日々頑張っていこう。

 

 

 

 




プチ情報
クレオス……超級剣士。大剣を駆使するデメテールの警備隊隊長。彼からから放たれる一撃は巨大な魔物も一刀両断する。

ネイラ……上級魔術士。扱える属性は火、風、闇、光と治癒系統の補助魔術を使える。二年前まではクレオスと同じく警備隊であったが、妊娠してからは休隊している。クレオスとは幼馴染。


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龍神の加護

 時間の流れは早いもの。俺はこの世界にきて五年……五歳になった。

 

 五歳の誕生日会は相変わらず盛大に里全体で行われ、夜通しお祭り騒ぎだった。

 でも、俺は自分の誕生日会を心から楽しむことはできなかった。表面上はニコニコと愛想笑いで楽しんでいるように演じた。毎年恒例のイベントに飽きたわけじゃない。むしろ前世は誕生日なんてろくに祝われたことなんてないし、気付けば誕生日が過ぎていたなんてこともあった。だから里の皆、父さん、母さんにはすごく感謝している。

 それでもあることがここ最近俺を焦らせ、余裕を持つことができなくなっている。

 

 そのあることとは、俺の剣術と魔術の成長が止まったことだ。

 

 俺の剣術と魔術はどちらも中級。五歳の子どもにしちゃむしろよくやっている方なんだろう。四年前のスタートダッシュで里のみんなからは将来大物になるんだろうと期待の眼差しを向けられていた。

 それが今じゃこの体たらくだ。いざ蓋を開けてみれば、俺は天才でも何でもなく普通の子どもだったのだ。そう、どこにでもいる竜人の子ども。俺には分かる。里のみんなが徐々に期待をしなくなったのを。失望されたわけじゃない。普通の子どもとして、普通に接してくれている。アンチもいない。

 

 里のみんなは優しい。でもその優しさが俺には居心地が悪かった。この前の誕生日会、里長は俺に一族に伝わる杖をくれる予定だったらしい。そういう噂を聞いた。だが、里長は何事なかったかのように俺にその杖を渡すことはなかった。まあ、そういうことなんだろう。

 

 父さんと母さんは気にすることなんてないと言った。

 

 ある日の夜、二人がいつもの夜の営みをしている時のことだ。

 

「ネイラ、俺はあの子に上手く剣術を教えてやることができなかった。毎日毎日、いずれは剣神になるのだと。あの子にプレッシャーを与え過ぎてしまったのかもしれん。俺の責任だ」

「自分を責めないで……クレオス。私だって扱える上級魔術は一つだけ。あの子が中級で止まってしまっているのは私の実力不足でもあるんだから。でもあの子は強くならなければいけない使命なんてないのよ。家族三人でのんびり暮らせれば、それで十分じゃない」

「……ああ、そうだな。でも落ち込んでるアーデが可哀想でな……」

 

 わかってる。剣術も魔術も中級。十分じゃないか。里周辺の魔物だって中級もあれば十分相手をできる。旅に出ても問題ないレベルだ。それでも俺は強くなりたいと思っている。傲慢だろうか?強さを求めるあまり自分を見失うなんてよく聞く話だ。

 わかってるんだ。わかってるけど……何故か、俺は強くならないといけないという使命感がある。

 きっと……俺が転生者あることが理由なのだろう。理由があるからこの世界にきた。いや、連れて来られたんだと……思う。

 

 それからまた一週間が経った。

 

 今日はクレオスとネイラも休みらしいが、クレオスは用事があるからと先に朝トレを終わらせてどこかへ行ってしまった。

 まあ中身の方は三十年人生を経験しているため、クレオスとネイラが何かしら俺のために準備してくれているのであろうことは察した。二人とも朝から妙にソワソワしてたしな。

 

 俺は空気が読める人だ。何も知らないフリをするなどお手の物。なにかしてくれるというのならオーバーリアクションで喜んでやろうではないか。

 恐らくまだ家に入るには早い。先程から家の中でネイラがアタフタと何かしているのが窓から見える。ならば俺はひたすら木刀を振ろうではないか。ついでに魔術の練習もしておこう。

 

 ああ、そうだ。今俺が使える魔術を整理しておこう。

 

 俺が使える魔術の属性はネイラと同じく火、風、闇、光。

 火属性下級魔術は『火球(フレア)』『火槍(フレア・ランス)

 下級ではあるが消費魔力も少なく雑に扱えるため、俺のメイン攻撃魔術だ。

 中級は『火球爆(フレア・バーン)

 これも使い勝手がいいためよく使う魔術だ。火球爆は字の通り火球に小さな爆発が加わったもので、並の魔物はこれで倒せる。

 

 さて、次は風魔術だ。

 風魔術はまだ下級しか扱えないため、『旋風(ウィンド)』だけだ。

 下級風魔術は攻撃というよりも補助技だ。ちょっと高くジャンプしたり、素早くステップや緊急回避なんかに使う。

 

 次は闇魔術。いやぁ、闇って響きがいいね!と言っても闇魔術は基本的には妨害系だ。

 

常闇(スリープ)』『闇の呪縛(シャドウチェーン)』二つとも下級魔術だ。常闇は相手を眠らせ、闇の呪縛は拘束技だ。

 

 ラストは光魔術。光魔術には下級は存在せず、中級からだ。

 

癒し(ヒール)』『光の癒し(ライト・ヒール)』『光柱(ライト・レイ)

 

 ヒールはネイラが使っていた魔術だ。単体への回復魔術で、ライト・ヒールは複数人を対象にとる範囲回復魔術だ。これがあるだけで生存確率は段違いなんじゃ。

 

 ライト・レイは攻撃魔術。主にアンデッドとかそういう奴らに効果は抜群だ。

 

 と、今俺が使える魔術はこんなもんだ。正直言おう。大した魔術は使えない。魔術が苦手なクレオスとの模擬戦ですら単純な撃ち合いでは勝てないのだ。

 

「はぁ〜」

 

 マイナス思考はやめよう。そうだ。人生100年。まだまだ成長段階だと信じよう。

 

「おーい!アーデ!」

 

 先程出かけたクレオスが帰ってきた。なんと馬車に乗って。

 

「父さん、その馬車どうしたんですか?はっ……まさか……もう俺はいらない子だから里を追い出すのか……」

「いやいや!そんなわけないだろう!?引っ込み思案なりすぎだって!」

 

 最近気付いたのだが、俺の父親、クレオスはボケに対してなかなか面白いツッコミを入れてくれることが判明した。父親とのスキンシップとしてこれからはどんどんボケをいれていこうと思う。

 

「まったく……まあお前のことだから勘づいていると思うが最近魔術に伸び悩んでいるだろう?だから魔術に詳しい人を雇ったんだ」

「ほう」

 

 クレオスが着いたぞと言うと馬車の荷台からよいしょと可愛い声を出してローブ姿の人が降りてきた。

 

 灰色を基調としたローブを纏いひざ上までの長さの黒いスカートが女性の魅力を引き立てている。顔は魔女らしい帽子をかぶっているため見えないが、少女だろうか?身長はさほど大きくはなく、体型も美女というも美少女よりの雰囲気がある。

 

「どうも初めましてアーデさん。わたしは、超級魔術士『ニコラ・アルチーナ』といいます」

 

 帽子を取り軽く頭を下げた彼女の印象は少女と女性の境目にいるような感じだ。肩より少し長い白い髪に、エメナルド色の瞳はどこか天然っぽい。

 

「ほら、アーデも挨拶」

 

 ポンと肩に手を置かれて取り繕ったように姿勢を正す。

 

「は、初めまして。アーデ・デメテールです!」

 

 落ち着いた声色は透き通っている。この声を耳元で囁かれたらきっと俺は昇天する勢いで股下の聖剣は奮い立たされるだろう。

 

「これから少しの間お世話になります。クレオスさんから聞きました。魔術に伸び悩んでいるんですよね?私なんかで務まるかわかりませんが力になりたいと思います」

「よ、よろしく、お願いします」

 

 うん、可愛い。120点だ。異世界ってやっぱ美女、美少女の宝庫だよな。

 

「ま、立ち話もなんだし家に入ろう」

「お邪魔します」

 

 なるほど、ニコラはこれから俺の家庭教師になるというわけか。いいねぇ……こんな可愛い子に教えてもらえるならおじさん頑張っちゃうよ。

 

「なんかとてつもなく不純な視線を感じるんですが……」

 

 おっといかん、第一印象は大切にしないとな。くそーこの世界にカメラがあれば何十枚と彼女を写真に収めるというのに。

 

「ニコラちゃん!久しぶり!元気にしてた?」

「はい、ネイラさん。相変わらず冒険者ですが元気にやっていますよ」

 

 おや?ネイラとニコラは知り合いだったのか。そういえばクレオスとも見知った感じだったな。

 

「この前王都に行った時にたまたまニコラと遭遇してな。俺の息子のことを話したら力を貸してくれるって言ってくれたんだ」

「私が駆け出し冒険者の頃はお二人に助けてもらいましたからね。御恩は返さないと」

 

 恩だなんていいのに〜とネイラは久しぶりの友人との話に花を咲かせる。しかし、駆け出し冒険者か。まだニコラは若い印象だが、歳は何歳なのだろうか。

 

「ニコラさんは今おいくつなんですか?」

 

 ふっ……これが子どもの特権!大人なら聞くのを躊躇うことも無邪気な子どもならぐいぐいと攻めることができる。

 

「えーと……今年で43だったと思います」

 

 え、43……?43歳でこの体型……だと……?

 

 衝撃の事実に雷が落ちたかのような錯覚を覚えた。

 

「ニコラちゃんもまだ若いわねー私たちなんてもう90歳よ」

 

 晴天の霹靂とはまさにこのことだろうか。90歳ってもうBBA(ババア)じゃねぇか。この世界はある程度育ったら外見は変わらんとかいうルールでもあんのか?

 

「いえ、ネイラさんたちもまだまだお若いですよ。竜人族は500年以上生きると言われますからね。私たちの種族はせいぜい300年ですよ」

 

 いやいやいやいや、500年だの、300年だの、この世界の平均寿命バグってんのか?

 

「あ、もしかして私のこと人族だと思ってましたか?」

 

 ニコラは仰天している俺を見てクスリと笑った。あぁ……天使だ。貴方が何歳だろうとその美しさに嘘偽りなどあるまい。

 

「私は魔族でこの髪は私の種族の特徴です。アルチーナ族は代々魔術に長けた種族なんですよ。まあ、私はそうでもなかったのですが……ちなみにこのちんちくりんな体型も種族の特徴です。祖先は小人族の血を引いているそうです」

 

 そう言ってニコラは苦笑した。クレオスの身長が180くらいだから、ニコラの頭の位置的に150センチぐらいだろうか?もう少しあるかな?

 

 しかし彼女も昔は悩んだ時期があったのだろう。でも今は超級魔術士という立派な地位になっている。俺だって努力すればそれなりに魔術が使えるようになるかもしれない。

 

「僕から見たニコラさんは素敵ですよ」

「……!あ、ありがとうございます」

 

 前世じゃこんなストレートに言えなかっただろう。これが異世界補正ってやつだ。

 

「グ〜〜〜」

「あ」

 

 お腹が鳴った。そういえばまだ朝食を食べてないんだった。

 

「ふふっ、アーデお腹空いたのね。すぐに用意するから待っててね」

 

 ニコラもお腹が鳴ったのか恥ずかしそうに頬を赤らめていた。可愛い。

 

 ──────────

 

 朝食を食べた後、俺はクレオスに付いて里周辺の魔物の排除に出かけた。ニコラは長旅で疲れたのか朝食を食べた後ソファで眠ってしまった。王都からこの里に来るには5日かかるらしい。そうなると俺が旅に出る時は5日間の移動から始まるのか……キツイな。

 

「そうだな。普通なら5日はかかるな」

 

 どうやら声に出てしまっていたらしい。

 

「普通なら?」

 

 他にも移動手段があるのだろうか。

 

「お前はなんだって竜人族だからな」

「竜人族だから?ちょっと理解が追いついてないんですけど……」

「まあ、これからわかるさ」

 

 クレオスが立ち止まる。魔物の排除とはただの口実だったのか。場所は里の中央広場。誕生日とかのイベントをするところだ。見れば里長もいる。

 

「ガハハ!よく来たなアーデよ!」

「あ、里長。こんにちは」

 

 いつもの腕を組んで仁王立ちのポーズだ。

 

「さてアーデよ。我が里はある条件を満たした者には我ら一族の秘技を伝えることになっている」

「おぉ!なんか覚醒イベントみたいなのきたな」

「……何のことか知らんが、聞くより見る方が早いな」

 

 クレオスは俺を少し後ろに下げさせる。秘技……なんかすごい魔術か何かだろうか?結構楽しみだ。

 

「……いくぞ」

 

 カッとオリオントは目を見開く、金色の目はいつに増して輝きが増し周囲にドス黒い魔力が溢れ出しオリオントを包み込み、姿見えなくなった次の瞬間。

 

「我、竜の化身」

 

 オリオントの声と共に包み込んでいた魔力が爆ぜる。その衝撃に思わず身を構える。

 

「……ん?っうお!?」

 

 俺は目の前の光景に目を見開いた。先程までオリオントがいた場所には1体の竜が立っていた。竜人の髪と同じ色合いで典型的なワイバーンって感じだ。

 

「ガハハ!驚いたかアーデよ!これが我が一族の一部の者のみが扱える秘技『竜化』だ。この姿になれば五日かかる王都に半日で着くぞ!」

「す……すげぇ!!これが俺にもできるのか!」

 

「俺が里内の買い出しは竜化して王都まで行ってるのだ!ここはちと首都から離れてるからな!」

 

 買い出しにこき使われる里長って……

 

「アーデよ、お前は既に竜化ができる。先日の誕生日会でお前に飲ませたものがあるだろう。あれは、竜人が古来から飲んでいる秘薬。お前の場合その膨大な魔力の制御をするために飲ませたのだ」

「膨大な魔力って……俺そんな魔力あります?」

 

 オリオントは目を瞑り冷静に答える。いつもの豪快な雰囲気はなく竜の姿もあって神秘的なものだ。

 

「お前の魔力は古代龍族と同じものだ。稀に竜人の間に産まれる子どもには龍神の加護がつくことがある」

 

 オリオントにしては珍しい説明的な話だった。

 

 話をまとめると、龍神の加護がついている者は5歳を迎えると魔力の制御が不安定になるらしい。膨大な魔力が溢れ出し魔術が使えなくなるからだ。

 本来溢れ出す魔力は古代龍族のもので、竜人の魔力と干渉すると相互に打ち消しあってしまうらしい。なぜ溢れ出す魔力が古代龍族のものなのかはわからないらしいが、古代龍族は自身の魔力を代々受け継がせていく風習があったそうだ。それが今でも続いているのではないかという仮説が今のところ有力である。

 

 そして、俺は古代龍族の加護を受けながら魔術を使える。すなわち適応したのだ。かつて古代龍族の加護を受け入れることができたのはそれなりにいたらしい。その中でも特に抜き出た存在が5人いた。

 その5人は名を世界に轟かせている。もちろん今もなお健在だ。

 

 蒼龍(ソウリュウ) ティアマト

 黒龍(コクリュウ) バハムート

 白龍(ハクリュウ) エキドナ

 五頭龍(ゴズリュウ) ヴォリトナ

 そして、龍王(リュウオウ) ウロボロス

 

 どれも前世で聞いたことのある龍の名前だ。ヴォリトナだけ似たような名前を知っているが、この世界では少し違うようだ。

 

 この5人は『五龍神』と呼ばれ世界の均衡を保っているのだとか。

 

「なんだか、空の上のような話ですね」

「だが、お前も彼らと同じ龍神の加護を受け入れることのできた一人だ。胸を張るがいい!ガッハッハ!……おっとそうだ、このことは里内だけの秘密だ。理由はわかるな?」

「狙われる……とかですか?」

 

 力が欲しいとかで殺されるのだろうか。あーやだやだ。

 

「その通りだ。最も加護を受けているのに気付けるのは加護を受けた者のみだがな!お前が喋らなければ誰もわかるまい!」

 

 ん?加護を受けた者しかわからない?ってことは……

 

「里長も加護を受けているんですか?」

「そうだ!俺も加護を受けている。そして竜化は加護を受けた者のみが扱える秘技!お前に伝授しよう!」

 

 竜の姿のままポンと手を俺の頭の上に乗せる。ゴツゴツした感じが俺の頭を握り潰すのではないかと冷や汗が垂れる。

 

「若き龍神の子よ、本来の姿を表せ」

 

「……っ!うぉおぉおおおおお!!」

 

 体が弾けるのではないかというほど内なる力が溢れ出してくる。

 

「アーデよ!唱えろ!竜化の詠唱だ!」

「……!我、竜の化身!!!」

 

 黒い魔力が身を包む。熱さを感じるほど熱を帯びた魔力はアーデの姿を変える。

 

 魔力が弾け、魔力を包み込んでいた者の姿が現れる。

 

 それはオリオントと同じく金色の目を輝かせる黒紅の竜がいた。

 

「アーデ!自分がわかるか?」

 

 クレオスが心配そうに竜を見上げる。あんなに大きく見えた父親を見下ろすのは不思議な感覚だ。

 

「父さん、大丈夫。まさか5歳で父親を見下ろすなんて思ってもみなかったけどね」

「……はは、そうか……でも、おめでとう。お前も晴れて加護を受けし者だ」

 

 クレオスは感極まったのか目に涙を溜めている。

 

「ガハハ!さて、まずは竜化に慣れるがいい。後日、竜化で扱える魔術を教えよう」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 こうして俺は新たなる力、竜化を習得した。今のところ使い道は里内のお使いしかないが、今後オリオントから色々竜化で使える魔術を教えてもらえるためその時に備えてより魔術の精度を上げておこう。そのためにクレオスは俺に家庭教師をつけてくれたのだ。とびきり可愛い彼女をな。

 

 明日からまた頑張ろうではないか。

 

 

 

 

 

 

 




プチ情報コーナー
ニコラ・アルチーナ……魔術の精鋭と呼ばれる魔族、アルチーナ族の一人。好きな物は甘い食べ物。本人曰くアルチーナ族はみんな甘いものが好きらしい。また、好きなことは食べることだそうだ。


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ニコラ・アルチーナ

「ふあぁ……」

 

 目が覚めると見覚えのない天井が視界に入った。

 ああ、そうでした。私は昨日前にお世話になったクレオスさんとネイラさんの家に家庭教師をするために来たんでした。

 

 お二人は結婚してて誰が見ても夫婦円満という雰囲気でした。

 いいなぁ……私にも何か出会いがないのでしょうか。なにかこう……運命的な出会いが……

 

 コンコン

 

 ドアを叩く音が聞こえる。

 

「ネイラ先生、起きてますかー?」

 

 子どもの声だ。二人の息子のアーデ君だろう。

 

「すみません……もう少し寝かせて下さい……」

 

 彼女はかなり朝に弱い。欠点だと分かっているがなかなか直せないでいる。

 

 再び布団に包まり目を閉じる。

 

 ──────────

 

 

 

 ニコラ・アルチーナは有名な一族の生まれだ。そのため縁談もよく行われた。しかし、彼女はそれが嫌で嫌で堪らなかった。自分が好きな人は自分で決めるのだと親と喧嘩をしたのち家を出た。

 当時はまだ幼かったものの、やはり一族の血が流れるだけあって人並み以上の魔術を扱うことができた。転々と街を流れ、冒険者になってからは飯を食っていく分のお金は稼げるようになった。

 やがて彼女はその実力が周囲に知られるようになり巷で噂の魔術士として冒険者稼業を続けた。

 

 そんなある日、なかなか値の良いクエストを見つけた。

 

『ホワイトベアーの討伐依頼』

 

 ここ最近魔物の活発化が注目されるようになり、普段は人里まで降りてこない強力な魔物が姿を表すようになったそうだ。冒険者としては稼ぎになる仕事が増えやりがいがあるのだが、討伐依頼とは常に死と隣り合わせの職業。昨日話した人が翌日には腕一本の遺体になって帰ってくることなんてよくある話だ。

 

 そんて今回の依頼、Aランククエストだ。

 

 クエストにはランクがあり、D、C、B、A、Sの順にランクが上がっていく。当然ランクが上がれば内容は難しく、危険も多い。それでも冒険者は一攫千金を狙ってより良い報酬のクエストを受ける。

 

 数日前、念願のA級の杖を購入したニコラは懐が寂しかったためこのクエストを受けることにした。

 

 流石に一人で行くのは心許無いためパーティーを募集した。

 

 少々有名な彼女の下にはすぐに人が集まった。しかし、クエスト内容を知ると身の丈に合わないのか皆辞退した。流石に死ぬと分かってクエストに行く気は起きないようだ。

 

 彼女はもう一度依頼書を見る。

 

 ホワイトベアーの討伐。

 

 ホワイトベアーは雪山に生息する凶暴なモンスターだ。縄張り意識が強く、常に見張りで歩き回っている。一度縄張り内に足を踏み入れれば最後、敵を殺すまでホワイトベアーは追いかけてくるそうだ。なんと奴の足の速さは直線上だと90キロを超える。大盾を構えたタンクですら蹴散らす強さはまさにA級だ。

 対策としてはいかに行動を先読みして奇襲を仕掛けられるかが勝負になる。

 

「はぁ……仕方ないですね」

 

 一人では危険。それはわかっているものの、自分一人でもなんとかなるだろうと過信して席を立った時だった。

 

「よぉ、お嬢ちゃん。俺はクレオス・デメテール。その依頼俺()()にも手伝わせてくれないか?」

 

「もう、クレオスったら……それ、ナンパしてるの?」

「いやいやいやいや、君がいるのにそんなことするわけ……ないだろう?」

 

 そう言いつつもクレオスと名乗った男は目が泳いでいる。二人はお付き合いしている仲のようだ。いや、聞いたわけではないがそんな雰囲気がある。

 

「急にごめんね?この人変人だから気にしないであげて……。あ、まだ自己紹介してなかったよね。私はネイラ。ネイラ・デメテール。彼と同じデメテール出身なのよ」

 

 デメテール……確か竜人の里の名前だ。古代龍族の血を引く少数民族であり、剣術、魔術、両方において高いレベルの技を扱うとされる300年前に起こった龍大戦時代の生き残りだ。

 龍大戦後の竜人族は強者が多く死んだ影響でかつてほどの力は失い衰退したと聞いてはいるが……

 

「ええと……あなたの名前を聞いてもいい?」

 

「あ、すみません」

 

 いけない、ボーとしてた。

 

「私はニコラ・アルチーナと申します。お二人方は……お付き合いされているのですか?」

 

 しまったと思った。つい、興味本位でプライバシーなことを聞いてしまった。

 

「お、やっぱそう見えるか?そう見えるよな〜こんな可憐な女性をほっとく奴なんかいねーもんな」

 

 クレオスがギルド内の面子にドヤ顔を決めると悔しそうに男衆が睨んでいる。彼女は相当モテるようだ。

 

「そうね。クレオスとは幼馴染なの。でも今度他の女性に手をかけたら二度とデキないように、それ、折るわよ?」

 

 顔は笑顔のままその視線はクレオスの股下へと向けられる。

 

「ひっ……!ち、違うんだ、これは彼女が困ってそうだったから声をかけただけで……!」

「えぇ、そうよね。でも、もしもの時は……」

「は、はいぃ!心得ています!ネイラさん!」

 

 半泣きになって慈悲を乞うクレオスに他の男衆も青ざめた表情をして目を逸らした。

 

「あ、あの……それでこのクエストを手伝ってくれるのですか……?」

「ええ、もちろん!困った時はお互い様でしょ?」

 

 こうして私は二人と共にホワイトベアーの討伐に向かい、二人の圧倒的な戦闘力のおかげで難なくクエストを達成した。

 

 あの時、二人が声をかけてくれなかったら私一人でクエストに行っていただろう。そして、自分を過信した結果、きっと死んでいた。二人の実力を見て私はようやく己を見つめ直すことができたのだ。

 

 ──────────

 

(二人には恩があります。その二人の子どもの家庭教師をするならば、朝の眠気に負けてられませんね……)

 

 よし!と一声上げて起き上がる。

 

「ゲヘヘ……あ」

「…………」

 

 小さな変態がゲスい顔で私のパンツを舐め回すように見ていた。

 どうやら父の遺伝子を受け継いだようだ。

 

 ──────────

 

 

「それで、アーデは焦げているのね」

 

「すみません少々やり過ぎました」

 

 ニコラに反省の色はない。まあ、100:0で俺が悪いんだけどな。だってあんな無防備に寝てたらチャレンジしたくなるやん?欲が出るやん?手の届くところに夢があるのにそれに目を逸らすのは浅ましいし勿体無いと思わない?

 

「誰に似たんでしょうね?ねぇ?」

「いやもう俺確定って顔してるな。うん、わかってるよ?俺の子だもんね。俺の特徴引き継いたんだよな。でもそんな哀れみの視線は向けないでほしい。俺の心持たないから」

 

 すまねぇクレオス。クレオスのそれもあるが、元から俺はスケベなんだ。

 

 

朝食後、俺はニコラに魔術を教えてもらうため外に出た。

 

 

「さて、気を取り直しまして。今日から魔術について教授していきますよ」

 

「よろしくお願いします!先生!」

 

 ニコラは先生と呼ばれると照れ臭そうに頬をぽりぽりかいた。

 

「……アーデ君は既に基礎はできていると聞いています。ですが、魔術の向上が止まっている以上、もう一度基礎から固め直すのが最善だと思います」

 

 なるほど、それは盲点だったかもしれない。地盤が緩いところに家を建てようとしたら最初は問題なくても後々崩れ落ちるのは当然。俺の場合ヤケクソに中級魔法を習得しようとして余計に足下が疎かになっていたのだろう。

 

「もちろんこれは私の一論に過ぎないのでアーデ君の意見を尊重しますよ」

 

「いや、ごもっともです。俺は焦っていたんだと思います。これを機にまた一からやり直したいと思います」

 

 そう言うとニコラは微笑んで頷いた。天使か。

 

「わかりました。では、一度聞いた話でうんざりするかもしれませんが魔術の基礎について説明しますね」

 

 基本は大切だ。思わぬ聞き落としがあったかもしれないからもう一度しっかり聞こう。

 

「まず、魔術には基礎となる6つの属性があります。火、水、風、土、闇、光です。ここは大丈夫だと思います」

 

 頷き肯定。応用魔術ではさらにさまざまな属性に分岐するのも知っている。

 

「次に魔術の発動の仕方についてです。魔術は基本的には詠唱を行い発動させます」

 

「手に魔力を込めて火球(フレア)!って言うやつですよね」

 

「いえ……それは無詠唱と呼ばれる高度な魔術の使い方ですよ」

 

「……え?」

 

 そんなの初めて聞いたんだが……

 

「え……まさか、アーデ君魔術を無詠唱で使っているんですか?」

 

「そもそもこれが無詠唱って知らなかったです」

 

「はぁ〜……」

 

 ニコラは頭を抱え大きくため息をついた。

 

「なるほど、原因がわかりました。原因は貴方の飛び抜けた魔術の才能ですよ」

 

 話をまとめると俺は地盤を固めるどころか、それらの過程をすっぽかして応用をしていたらしい。何故ネイラとクレオスは教えてくれなかったのだろう。いや、そもそも魔術に関しては俺一人でやってたし、クレオスに関しては魔術については無知で剣一本で生きてきた男だ。うん、自業自得だな。

 

 一応持ってきた魔術の本を改めて読んでみる。この世界の文字にだいぶ慣れてきた今だからこそ気付いたが、冒頭のページに確かに魔術は詠唱により発動すると書いており、各魔術名の下にはちゃんと詠唱が書かれていた。

 俺がいつも読んでいたのは魔術名と詠唱の下にある具体的にどんな魔術ななかについての部分だけだった。詠唱のところはよくわからなかったので飛ばしていた。

 

「もしかして俺の4年間ってあんまり意味がなかったのか……?」

 

「それは……いえ、アーデ君は5歳で無詠唱を使いこなしているんです。それはちょっとの努力でできることじゃないのは私が身をもって知っています。私はまだ無詠唱魔術を使えないんですから」

 

 ニコラは褒めてくれるが、表情は少し曇っている。それに他人から見た俺はまだ5歳。十分これから伸びると考えるだろう。でも、それでも俺にとってのこの4年間は決して短くはなかった。

 

 ちょっと考えばわかることじゃないか……。何のための前世の記憶だ。魔法ってのは詠唱して使うのは当然なのになんでそこに気付けなかったんだ。自分が馬鹿馬鹿しい。

 

 だが……俺が魔術な行き詰まったから今こうしてニコラと会えたわけだ。ならばプラマイ0じゃないのか。むしろ朝からパンツを拝めてむしろプラスじゃないのか!?

 

「……先生」

 

「は、はい」

 

「俺、やります。今までの時間は勿体無いと思いますが、基礎を固めれば逆にさらに成長できるってことですもんね!」

 

「そ、そうですよ!その通りです!アーデ君は既に中級魔術を扱えるんです。基礎を固めれば上級なんてちょいちょいですよ!」

 

 なんかやる気出てきた。やるぞ、俺はやるぞー!

 

「アーデ君の場合初級に関しては逆に詠唱をしないほうがいいかもしれませんね。なら、中級魔術を中心に詠唱による魔術の練習をした方がいいでしょう」

 

 ニコラはまず俺がまだ使えない水と土の魔術について教えてくれた。

 最初に手本を見せてくれるようだ。どうやらイメージで魔術を使う俺のスタイルに合わせてくれるらしい。

 

『水のマナよ、清らかなる水よ、我に集え、大いなる渦潮なりて敵を呑み込まん!

 ‘螺旋水瀑(ウォーター・ハイドロボム)’!!』

 

 青い魔法陣が現れそこから強烈な水流が発射される。その威力は練習台に設置された土魔術の壁を砕く威力だ。

 これあれだな、ハイドロ○ンプだな。

 

「今のは中級水魔術です。この魔術は魔力を込めれば込めるほど威力が上がるので覚えてしまえばかなり汎用性のある魔術です」

 

 なるほど、中級であの威力なのはニコラ先生の力量もあるということか。

 

「それじゃ実戦あるのみです」

 

「はい!」

 

 今のイメージをしつつ、詠唱で魔力を水魔術に変換させる……

 

『水のマナよ、清らかなる水よ、我に集え、大いなる渦潮なりて敵を呑み込まん!

 ‘螺旋水瀑(ウォーター・ハイドロボム)’!!』

 

 手のひらに魔力が集まるのを感じると同時に青の魔法陣が出現、そこからニコラと同様の水流が土壁を貫き破壊する。

 

「……!できました!先生!初めての水魔術できました!!」

 

「中級魔術を一回で……さすが、アーデ君ですね」

 

 呆気にとられたニコラだったがすぐに表情を戻し拍手を送る。

 

「うん、やっぱりニコラ先生の言うとおりですね。詠唱をした方が断然魔力のコントロールが安定したと思います」

 

「よかったです。やっぱり詠唱による魔力掌握は魔術をコントロールする上で重要ですね。私としてはアーデ君みたいに無詠唱か、短縮詠唱でスキを減らしたいところです」

 

 ふむ、俺も教えてもらうだけじゃなんだが悪いな。無詠唱は感覚でやってた部分もあるけどイメージだけでも伝えればなにかコツを掴めるかもしれない。なんだってニコラ先生は超級魔術士だしな。

 

「なら、イメージでの話になりますが無詠唱の感覚を教えましょうか?俺は詠唱による魔力コントロールの練習、先生は無詠唱、短縮詠唱の練習って感じで」

 

 途端、ニコラの目が輝いた。

 

「え、いいんですか!?ぜひ、教えて下さい!」

 

 いつも眠そうな目をしているが、今は目を大きく見開いて感情が浮きだっている。うん、可愛い。

 

 後にこれがきっかけでニコラが名を馳せるようになるのはまだ先の話。

 

 

 

 

 

 




プチ情報コーナー
アーデは訓練後にニコラが水浴びをするのを覗き見することが習慣となった。また、ニコラも同様アーデの気配を察っすると動きを先読みしてアーデを火魔術で燃やすのが日課となった。

ニコラは水魔術を得意とし、現在賢者級水魔術を習得中。デメテール付近では度々大雨と落雷が見られるようになり新たな魔物が出たと里中騒ぎになった時は一日中頭を下げ回るニコラが目撃された。


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白雷麒麟(ジラ・ツァガコニス)

 詠唱魔術の特訓が始まって1ヶ月。首尾は上場。

 

 現在俺は全ての属性を扱うことができその中で自分と相性が良い属性魔術を厳選中だ。

 

「どうですか?私的には火と光と闇の魔術が適していると思います。個人的には師弟関係である以上水魔術は受け継いでほしいところですが……」

 

 この1ヶ月で俺は正式にニコラに弟子入りすることになった。そのこともありニコラは俺のことを君付けでは呼ばなくなった。俺的には距離が近付いたようで嬉しい。

 あと、今ニコラが特訓している賢者級水魔術が習得できたら、ニコラは王都から水帝魔術士という称号が貰えるようだ。賢者級魔術が使える者にはこうした称号が与えられ優遇されるという仕組みがあるらしい。

 

「もちろんですよ師匠!水はどんな状況でも対応できる柔軟さがあります。それに水は生活でも必需品ですからね」

 

 ニコラは感心したように頷く。アーデが水魔術を受け継いでくれることが嬉しいようだ。

 

「それに俺自身も火と光と闇の魔術が使いやすいって思ってました。無詠唱でコントロールしやすいので水も合わせてこの4つの属性に縛って特訓していきたいと思います」

 

「わかりました。私もその4つが得意ですので教えられることは全て教えましょう」

 

 現在火、水、光、闇は全て中級を扱えるようになった。ここからはこの4つを上級、超級へと上げていく。ニコラは超級を扱えるようになるまでに五年かかったらしいが俺なら1年でいけるだろうと計画を練っているらしい。師匠が五年かかったものを一年で習得なんて少々過大評価だと思うが。

 

「やるっきゃないな!」

 

 師匠の期待に応えたい。そのためにもまずは上級を習得する。

 

「私も無詠唱まではいかなくても短縮詠唱を使いこなせるように頑張ります」

 

 お互いに目標がある。いいことだ。

 

 今日はひたすら中級水魔術の無詠唱特訓だ。無詠唱の何がいいかと言うと相手が対応できないことだ。詠唱をすれば相手にどの属性の魔術を使うかがバレてしまうため多少の猶予を与えてしまう。だが、基本は短縮詠唱がいいだろう。威力とコントロールが安定するため無詠唱にこだわる必要はない。

 まあ、強力な魔術で力尽くでねじ伏せればいいのだ。

 

「よし」

 

 手に意識を集中、込み上げてくる魔力を手のひらから放出するイメージで……

 

「ふん!」

 

 魔法陣が展開、魔力が解き放たれ螺旋水瀑(ウォーター・ハイドロボム)が発動する。

 

 よし、いい感じだ。

 

『水のマナよ、我に集え!『螺旋水瀑(ウォーター・ハイドロボム)!』

 

 ニコラも短縮詠唱に慣れてきたようだ。よしっと小さくガッツポーズをしているのがまた可愛い。これは今日も水浴びを拝まなければ。

 

 次は先日習得した水魔術『水牢獄(ウォーター・プリズン)』だ。

 

 字の通り相手を水の中に閉じ込め窒息させる恐ろしい技だ。

 

 対象は対魔術人形。ニコラが持って来た魔術の練習用魔道具だ。

 魔道具についてはまた今度説明しよう。

 

 相手を水の中に閉じ込めるイメージを描きつつ、手に水の魔力を込める。

 

「……ふっ!」

 

 魔法陣が展開されたと同時に人形が水の中に閉じ込められる。この展開スピードは実戦でも使えるだろう。

 

『水の精霊よ、集え』

 

 途端、ニコラが詠唱を始めた。水の精霊から始まる詠唱ということは超級魔術だ。

 

『超級たる我が命じる。凍てつく千の氷柱似て敵を貫け!‘氷柱千針(アイシクルニードル)’!!』

 

 両手に水色の冷気を纏った魔法陣がニコラの足元に出現したと同時に無数の針の様な氷が周囲に浮かび上がった。

 

「す、すげぇ……!」

 

「はっ!」

 

 ニコラが手を振り抜くとつられるように氷の針か人形へと襲いかかる。

 俺のウォーター・プリズンは一瞬で破壊され無惨に人形に突き刺さる。あんなものを人間が食らったら酷いでは済まないだろう。

 

 しかし惜しい。魔術の勢いでスカートが捲られパンツが拝めると思ったがギリギリ見えなかった。

 いや、むしろいい……!

 

「今のが超級魔術、アイシクルニードルです。前に六大属性の他に派生属性があることを言いましたね。今のは水魔術系統の氷属性魔術。超級以上の魔術士が使えるものです」

 

「流石です。やっぱり超級にもなると周囲への影響が出るみたいですね。ちょっと肌寒いですもん」

 

 超級ほどになると環境への影響が若干出る。これが賢者級、賢王級となれば天災とも言える影響を与えるのだろう。

 

「おーい!二人とも!」

 

 声のする方を見ると今日朝から出かけていたクレオスが嬉しそうに手を振りながらこちらに歩いて来ている。その隣にはネイラもなんだか嬉しそうにクレオスと腕を組んでいる。

 

「なんだろう。めっちゃニヤけてる」

 

 ニコラと目を合わせると彼女もさあ?という表情をしている。

 

「二人とも、心して聞いてくれ。ネイラに新たな命ができた」

 

 一瞬思考が停止したが、すぐに理解した。

 

「もしかして、赤ちゃんですか!?」

 

 俺が答えるよりも先にニコラが叫んだ。それ俺のセリフな。師匠だから許すけど。

 

 ニコラの言葉にネイラが頷く。

 

「アーデはお兄ちゃんになるのよ」

 

 お兄ちゃん……俺が……お兄ちゃん……

 

「うぉぉぉおおお!!」

 

 俺は叫んだ。何故なら前世において俺は末っ子だった。友人が妹や弟の話をしているのを羨ましく聞いて俺にも下の子がほしいとどれほど願っただろう。ついにその願いが叶うのだ。

 

「はははっ!アーデがそこまで喜ぶなんてなかなかないな!今日は宴だ!既に里長に話はしてある。夕方になったらいつもの広場に行こう」

 

「俺が兄になるなら立派でないとな。よっし!やる気出てきた!今日は四属性無詠唱制覇するぞ!」

 

「アーデ、あんまり無理したらダメですよ」

 

 ニコラの忠告はあったものの、ハイになった俺を止めることができる者はいなかった。結果三時間後に俺は魔力を使い果たしぶっ倒れた。

 ニコラからはお叱りを受けたのと、三時間も魔力を放出し続けるなんてどんな魔力タンクなんですか……と驚愕された。魔力量だけは俺の自慢だからな。

 

 

 夕方。

 

「ガハハ!今日はめでたいぞ!二人の妊娠だ!」

 

 おや、どうやらネイラだけでなく他にもいるらしい。

 

「ネイラさん!レアさん!おめでとうございます!」

 

「ありがとうコレー!」

 

 妊娠したのはレアという人らしい。これまた美人な人だ。ショートな髪に里の民族衣装である黒を基調としたポンチョに似た服を着ている。俺は毎日訓練をきているため動きやすい服装であるが、ネイラは基本この民族衣装を着ている時が多い。

 

 そして二人を祝福しているのはコレー。俺の4つ上の竜人で来年から旅に出る予定だ。たまに一緒に訓練をすることがあり、その度に俺に魔術を教えてほしいとせがまれる。彼女は剣術の方が好みらしく、逆に俺は彼女に剣術を教えてもらっている。これでも毎日素振りと基本の動きは続けてやっているのだ。剣術の動きは戦場においてかなり重宝する。詠唱中も機敏に動き回ることで隙を減らせるからな。

 

 祭りはいつも馬鹿騒ぎだが、妊娠している二人を気遣ってか酒はほどほどにネイラとレアとの会話を楽しんでいるようだ。

 

「アーデ!魔術の調子はどうだ!」

 

 ガハハと軽快に笑う里長こと、(オリオント)につかまった。

 

「師匠のおかげで随分マシになったと思いますよ。明日は上級魔術を教えてもらう予定です」

 

「そうかそうか!お前はニコラの弟子になったのだったな!彼女は優秀な魔術士だ。きっとお前を成長させてくれるだろう」

 

「はい。俺もそう信じて彼女についていきます」

 

 ニコラはいい先生だ。まずは自分がお手本を見せて一つ一つ丁寧に教えてくれている。最近は魔術の他にこの世界の知識についていろいろと教えてもらっている。里の外のことを知らない俺のために簡単な計算などの勉強や、冒険者としての心構えなど、毎日俺のために夜遅くまで授業の準備をしてくれている。こっそり寝顔を拝もうとして部屋に入ろうとした時、ウトウトしながら教科書のようなものを作っているニコラを見た時は感謝で思わず涙が出そうになったものだ。

 

 ちなみにニコラは酒にあまり強くないのか、さほど飲んでいる印象は無かったものの既に酔い潰れてダウンしている。

 一応回復魔術で酔いも治せるのだが、こういう時は酔いを感じていた方がいいものだ。

 

「ああそうだアーデよ。そろそろ竜化で使える魔術を教えようと思うのだが」

 

 そういえばそのうち教えるって言ってたな。

 

「だいぶ竜化のコントロールにも慣れてきたので俺は大丈夫ですよ」

 

 夜に里を飛び回りある程度竜化に馴染んでおいたのだ。

 別に空を飛べるのが嬉しくて毎日やっていたとかではないぞ?嘘です。空飛ぶの夢でした。

 

「よし、ならば明日伝授しよう。彼女は明日は二日酔いで動けまい」

 

 なるほど意図的ってわけか。

 

「わかりました。では、明日よろしくお願いします」

 

 うむ!と頷いたオリオントは再び盛り上がっている輪の中に戻って行った。

 

 それからしばらくして宴は終わり各々が片付けを済ませ家に帰った。

 

 家に戻り毛布に包まる。しかし、俺に下の子ができるのか。俺は十歳でこの里を一度出るが、それまでに良い信頼関係を築いておきたいものだ。やはり長男としていい格好を見せたい。そのためにも魔術は超級まで扱えるようにしたい。

 

 明日も早い。今日はもう寝て体を休めよう。

 

 そう思いアーデは目を閉じ意識を手放した。

 

 

 翌日。

 

 俺は朝早くから里からかなり離れた草原に来ていた。もちろんオトモはオリオントだ。

 

「よし!さっそく始めるぞ!まず竜化しろ!」

 

「は、はい!我、竜の化身!」

 

 ささっと竜の姿になる。竜化はもうお手の物だ。

 

「ガハハ!随分と慣れたようだな!我、竜の化身!!」

 

 続いて野太い声と共にオリオントも竜化する。

 

「古来より竜は天災をもたらすと言い伝えられている。竜の現れし所、すなわち天災の訪れとな!」

 

 おお、そういう伝承的なやつ結構好きだぞ。

 

「実際、竜の扱う魔術は天候の操作、周囲の環境に影響を与えるものばかりだ。それは使用する魔力量が絶大であることが理由だ。この世の全て、森羅万象には魔力が宿っている。竜はそれらの魔力を利用し、人では扱えないほどの魔力量を従え、魔術を使用する」

 

 なるほど、元○玉みたいなもんだな。

 

「環境に影響を与えるということは、賢者級魔術ですか?」

 

 ニコラが習得しようとしている賢者級魔術は雨の水を一点に集めて超高圧力の水砲弾を地上に叩き落とすという壊れ技だ。大きさは汎用が効き、この一撃をくらった者はプレスにかけられたように潰れるそうだ。ちょっと想像したくはないな。

 

「ガハハ!賢者級のさらに上、賢王級だ!」

 

「ははは!そりゃ凄いですね!…………えぇえ!?」

 

 まだ俺上級すら習得してないんですが……

 

「心配はいらんぞ!何せ我らは竜化してるからな!ガハハ!」

 

 やっぱ竜化って凄いんだな……俺てっきり移動が便利になるくらいだと思ってた。許してちょ。

 

「よし、頭を貸せ!」

 

「え、あ、はい」

 

 突如頭を鷲掴みにされた。頭皮には優しくしてね?禿げは勘弁。

 

「我が手本を見せてもいいが、2回もこの魔術を使うと地形が持たんからな!」

 

「え、えげつないですね……うぉぉお!!?」

 

 少し鷲掴みしているオリオントの手に力が入ると全身に衝撃が走った。なんというか頭の中に記憶を直接叩き込まれる感じだ。

 

「魔術の名は『白雷麒麟(ジラ・ツァガコニス)』」

 

 脳内に詠唱が流れ込んでくる。

 

「さあ、使ってみろ!対象は草原の遠くの方だ!」

 

 オリオントは自身に防御魔術を使い俺から離れる。

 

 賢王級がどれほどの規模なのかはわからない。だが、きっと想像を遥かに凌駕するものなんだろうとは思う。そんな魔術を自分が使うわけだからか、少し怖い反面楽しみでもある。

 

 大きく深呼吸をして、詠唱を開始する。

 

『我が龍神の盟約に従い、森羅万象、全ての在るもののマナよ、集え。竜の名のもとに、雷を司る神よ我の望みを叶え給え。天より轟く豪雷よ、一閃の光となりて大地に降り注げ。奏でるは鳴神、大いなる曇天よ全てを覆いて、竪琴を奏でん!』

 

 詠唱と共に空がドス黒くなりバチバチと稲妻が走っている。これは、やばいやつだな。

 

『‘ 白雷麒麟(ジラ・ツァガコニス)’!!!』

 

 刹那、世界が瞬いた。

 

「「カァァァァアアッッ!!!!」」

 

 視界が白く包まれた数秒後耳を突き刺す轟音が響き渡る。地震が起き、空は荒れ狂い、ジラ・ツァガニコスが落ちたであろう場所は巨大なクレーターになった。

 

「…………」

 

 アーデは唖然としていた。本当に自分がこの魔術を使ったのかと。天災だ。まさしくこれは理を外したものだ。

 

「ガッハッハッハ!!さすがだ!アーデよ!」

 

 オリオントは愉快に笑いながら俺の肩を叩いた。

 

「今まで龍神の加護を受けた者にはこれを教えたが、誰一人として扱うことができなかった。ジラ・ツァガニコスを正式に受け継いだのはお前が初めてだな!」

 

「そう……ですか」

 

 果たして喜んでいいのだろうか。なんか世界征服を企んでいる魔王にでもなったような感じなんですけど。

 

「この魔術をお前に教えたのはちゃんと意味があるぞ」

 

 俺の考えを察したのかオリオントは竜化を解き竜人の姿に戻る。俺も続いて竜化を解いた。

 

「この魔術は味方を護り、敵を滅する魔術だ。今回は初めてってのもあって防御魔術を使ったが、見ての通りお前も我も傷一つない」

 

 確かに俺はあの閃光を直視してしまったが失明はしてない。

 

「つまり、これは仲間を守る力だ。むしろもっと誇れ!」

 

 そう言われるとジラ・ツァガニコスを使う恐怖が少し無くなった気がする。

 

「あ、そういえば明日ニコラ先生に上級魔術を教わるんです」

 

「ほう」

 

「賢王級魔術覚えたこと知ったらどうなるんでしょう」

 

「…………黙っとけ」

「はい」

 

 こうして俺とオリオントの男の約束が成立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プチ情報コーナー
白雷麒麟(ジラ・ツァガコニス)は古来龍族が扱っていたとされる超大型魔術。龍の形をした雷を落すというシンプルなものであるがその威力、範囲は賢者級魔術も比にならない。また、味方には一切影響が無く、使用者が敵と定めた対象にのみ効力を発揮するという効果を持つ。


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尊敬する人

 賢王級魔術士『白雷麒麟(ジラ・ツァガニコス)』を習得して数日が過ぎた。

 

『聖水たるマナよ、我に集え。恵みの雨似て降り注げ。‘聖水の雨(アクア・レイン)’』

 

 アクア・レインは上級水魔術でブクブクと膨らんだ水玉を空に打ち上げ破裂させる。これにより擬似的な小降りの雨を短時間降らせることができる。またこの水には回復効果があるため雨に当たると傷が治る。便利なこっちゃ。

 

 水魔術は主に生活に活用されることが多いため、こういう雨を降らせる魔術は農作において重宝するそうだ。

 

「どうやらアーデも魔術のコツを掴んだみたいですね。これなら超級魔術も使えますよ」

 

 この前賢王級魔術を習得したため賢者級までは習えばもう使えるなんて言えない。男の約束だからな!

 

「ではもう一度『氷柱千針(アイシクルニードル)』を見せますので続いてやってみてください」

 

「はい!」

 

 ニコラがいきますよと目を合わせる。

 

『水の精霊よ、集え。水帝たる我が命じる。凍てつく千の氷柱似て敵を貫け!‘氷柱千針(アイシクルニードル)’!』

 

 前回同様無数の氷の針が現れ、ニコラが魔力を解くとパリンと割れた。うん、綺麗だ。

 

 ニコラと目を合わせて頷く。やったろうじゃん!

 

『水の精霊よ、集え。超級たる我が命じる。凍てつく千の氷柱似て敵を貫け!‘氷柱千針(アイシクルニードル)’!』

 

 足下に魔法陣が展開し周囲に氷の針が出現。対象はニコラが放り投げた対魔術人形だ。

 

「いけ!」

 

 氷の針が一斉に人形に襲い掛かり、人形を亡き者にする。成功だ。

 

「よっしゃあ!」

 

「やりましたね!」

 

 やっぱニコラに教えて貰ってできるようになるのが一番嬉しいな。なんならジラ・ツァガニコスの習得より嬉しいぞ。

 

 ニコラとハイタッチをして俺はピョンピョン飛び回った。それをニコラは微笑んで見ていた。

 

 ん?待てよ。ニコラはさっき詠唱で……

 

 立ち止まってニコラの方を見る。俺の顔で察したのかニコラはフフンと自慢げに胸を張った。大き過ぎず、小さ過ぎない胸が微かに揺れた。

 

「先日をもちまして、ニコラ・アルチーナは水帝魔術士となりました!」

 

「おー!流石師匠!」

 

 ニコラはついに賢者級魔術を習得したのだ。竜化ありきで賢王級を習得した俺に比べてニコラは生身で、独学で賢者級を習得したのだ。彼女の魔術の才能には頭が上がらない。

 

「一週間後に王都で授章式を行ってくれるそうです。ですので二週間ほど授業はお休みです」

 

「え……あ、そうか……」

 

 王都まで馬車で5日、単純に往復10日だ。それに加えて式典やら、王都での馬車の予約などを入れると二週間はかかる。

 

 落ち込んでいるとニコラは優しく撫でてくれた。しゃがんで目線を合わせようとしたが、俺の目線が自分のスカートの方を見ていると気付いてとりあえず頭にチョップを入れられた。

 

「慰めてやろうと思いましたが、やっぱりアーデはアーデですね」

 

 ムッとした表情でニコラは立ち上がる。その瞬間も白いパンツが垣間見えた。

 

「そんなぁ……師匠、慰めてくださいよぉ。ぎゅっと抱きしめて下さいよ」

 

「嫌ですよ。そんな下品な笑みをしている人に抱きつくのは」

 

 そう言ってお腹を鳴らしたニコラは恥ずかしそうに家の中に入っていった。

 さて、朝練もここまでにして朝食を食べよう。俺もお腹空いたしな。それにしても今日もいいものを拝めた。ゲヘヘ……

 

 ネイラが朝食を作っている間、いつものように水浴びをしているニコラを覗いて燃やされた。毎日のように俺を燃やした甲斐もあってか、ニコラは火魔術をほとんど短縮詠唱で使えるようになっている。

 

 俺も俺で燃やされるとわかっている以上、服が勿体無いため全裸になって偶然水浴びをしようとしたらニコラがいたという設定で覗いている。当然そんな嘘はバレているが。

 

「ただいまー」

 

「あ、お帰り父さん」

 

 クレオスが朝の警備から帰ってきた。最近魔物の数が減っているため警備が楽らしい。まあ、オリオント曰く俺のジラ・ツァガニコスの影響らしいが。

 

「最近魔物の数が少なくて助かるな。なんでもオリオント様が賢王級魔術で魔物を追い払ったそうだ」

 

 どうやらオリオントが対応したことになっているようだ。

 

「流石里長様ですね。魔術の腕も私なんか遥かに超えているでしょうし」

 

「オリオント様は歴戦の竜人族で、龍神の加護も受けているのよ」

 

「竜人オリオント。王都でも有名ですね」

 

 へえ、あの人結構有名人だったんだな。確かにあの大柄な雰囲気は目立つしな。

 でもオリオントはあんまり龍神の加護のことは言いふらすなとか言っていたくせに自分はそれで有名になってやがるとは。まあ、強いし誰も手を出そうとは思わないんだろうな。

 

「おはようございまーす!」

 

 と、そこへ懐かしい顔がやってきた。吊り目で竜人族特有の強面に、ショートヘアから伝わるスタイリッシュな雰囲気が印象的な人だ。

 

「ミュケさん!お久しぶりです!」

 

 ネイラの出産を手伝ってくれたミュケだ。冒険者であり、手紙等の運び屋としても働いているため、世界各地を巡っているのだ。彼女の世界の話は面白いからいつも顔を見せた時は話を聞いている。

 

 実はミュケも龍神の加護を受けており、竜化できる一人だ。そのため特急便の運び屋として世界で有名である。

 

 ニコラからの話によると賢王級魔術を習得した後、王都に水帝魔術士の申請を出そうとした時、そこにたまたまミュケが来て王都に申請書を特急で届けてくれたそうだ。もちろん、承諾の書類もミュケが届けてくれた。

 

「久しぶりアーデ!また大きくなったねぇ私も成長は早かった方らしいけど、アーデはさらに早いんじゃない?」

 

「まあね!」

 

 俺は生まれた時から中年だけどな。それにしてもミュケさんも立派なものをお持ちで。

 俺の視線はずっとミュケの胸に向いている。竜人族には珍しい巨乳だ。鷲掴みにしたい。挟まれたい。

 

「ミュケ、今日も運び屋の仕事でか?」

 

 クレオスの問いにミュケは首を振る。

 

「なんとなく寄っただけですよ。強いて言うならアーデの成長を見に来た感じかな」

 

 ミュケはわしゃわしゃと俺の頭を撫でる。もちろん俺はされるがままに身を委ねる。

 

「アーデもあと5年で旅立ちねぇ」

 

 ネイラの言葉にクレオスも感慨深そうに目を細める。おいおい、まだ5年もあるんだぞ。それまでに2人目の子どもができるんだっていうのに。

 

「あ、ミュケさんって母さんが妊娠してるの知ってましたっけ?」

 

「ん?ああ、知ってるよ。アーデからして妹がほしいんじゃなぁい?」

 

「ぐっ……それは……っ!」

 

 苦しむ演技をして誤魔化したが、妹がほしくないと言えば嘘になる。できれば弟も妹もほしいところだ。

 

「はぁ、私はそういうのには全く縁が無いんですよね……まあ、自分から切ったようなものですが……」

 

「俺は先生のこと好きですよ?」

 

「フフっ、ありがとうございます」

 

 あっさり流されてしまうところやはり子どもとして見られているか。無念だ。

 

「ネイラさん、出産はいつ頃ですか?またお手伝いに来ますよ」

 

「ネイラさんってそういう経験があるんですか?」

 

 あ、何も考えないで聞いちゃった。

 

「ん、まあ170年も生きてたら色々あるよ」

 

 なるほど、その辺りは深入りはするなと。しかしミュケは170歳なのか。人族に会ってないせいで俺の中の平均寿命の感覚がバグってきてる気がする。

 

「あ、そうだ!ミュケさんに先生を王都に送り迎えしてもらえばいいじゃないですか?そうすれば式典の前日に王都に行って終わればまた戻って来ればいいし」

 

 ニコラはなるほどと納得する。しかし、ミュケは首を横に振った。

 

「いや、流石にそれは無理かな。竜化してるから猛スピードでいけるけど、生身じゃ体が圧力で潰れちゃうよ」

 

 おう、なんてこった。

 

「そ、それは困りますね……」

 

 ニコラも諦めたようにため息をついた。

 

「ま、のんびり旅をするのも悪くはないと思うよ?私はどちらかと言うと道のりをじっくり堪能しながらの方が好きだしね」

 

 ミュケは苦笑しながら言った。彼女の仕事的にものんびり旅をするというのは難しいのだろう。

 

 結局ニコラとの魔術訓練は最低でも二週間はお預けになりそうだ。寂しくなるなぁ。

 

 できれば俺もついていきたいところだが、この二週間は竜化の特訓をしよう。賢王級魔術、魔力を制御して魔物退治でも使えるようになれば冒険者になってもそれなりのランクのクエストを受けられるはずだ。あと5年、十分時間はある。

 

 

 

 話はまとまり明日、ニコラは王都に向けて出発することになった。

 ん?待てよ。

 

「え、明日!?」

 

「ごめんなさい、アーデ。今里に来ている馬車が明日出るみたいです。急な話ですが、それを逃したら式典に間に合わないんです」

 

 ニコラは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「そう……ですか。いえ、謝ることはないですよ先生。たった二週間ちょっとなんてすぐですからね。気長に魔術の特訓をして、先生を追い抜いちゃいますよ」

 

 そうだ、たったの二週間じゃないか。俺はさっきから何を心配しているんだ?前世でも一年があっという間に過ぎていたぐらいだ。それにこっちの世界じゃ毎日が充実している。何も苦なんてないじゃないか。

 

「えぇ、アーデの成長を楽しみにしてますよ」

 

 いつものようにニコラは俺の頭を撫でる。この手触りがたまらないが、今回は寂しさが勝った。

 

 その日、いつものように朝食の後はニコラから魔族の言語や、この世界の算数を習った。これから二週間授業ができないためニコラは復習用の問題集と、言語の振り返りをまとめた紙を作ってくれた。なんだか夏休みの宿題を思い出すなぁ。

 

 時間は過ぎていき、夕食はミュケも誘って食卓を囲んだ。ミュケの冒険話を聞いて笑ったり、驚いたり、ちょっと怖い話だったり、なんだか特別な時間に思えた。

 

「では、子どもの俺は先に寝ます!明日師匠のの見送りに寝坊なんてしたら弟子失格ですからね」

 

「……そんな心配しなくてもちゃんと起こすわよアーデ。おやすみなさい」

 

「あれ、もうそんな時間か。俺は夜の見回りをしてくる。おやすみ、アーデ」

 

「おやすみなさい」

 

 最後にニコラが微笑んだ。

 

 二階建てではないが、部屋分けはされているという独特な家にも慣れた。自分の部屋に入りベッドに潜る。

 

 この世界に来て5年が経った。相変わらず前世の記憶は鮮明に覚えているが、一つだけわからないことがある。

 

「この世界に来た理由ってなんだろう。そもそもなんで俺は異世界転生したんだ?」

 

 自分の手を見る。子どもの手。だがその手は毎日の素振りでマメができた努力の手だ。

 

 大抵異世界転生したら何かしら役目を背負ってるのがセオリーだ。伝説の勇者だの、救世主だの。確かにあれはフィクションだが、そのフィクションを俺は今実体験している。きっとこれから何かわかるんだろう。

 

 この里はRPGでいうところのチュートリアルで主人公にとって最初の場所だ。全てはここから始まった!とかのテロップが流れそうだ。

 

 最初の里で10年……どこぞのゴムゴムの主人公や、モンスター捕まえてジム戦だの図鑑集めるだのする主人公と同じだな。

 

「ふぁ……」

 

 色々考えてたら眠くなってきたな。

 

 朝起きたらニコラがもう出発しましたなんて割とありそうで怖いな。そうならないことを祈ろう。頼むぞネイラ。お前が頼りだ。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 翌日。

 

 無事ニコラの見送りに寝坊。なんてことはなく、みんなで朝食を食べた後ニコラの見送りをした。

 

「では、いってきますね」

 

「いってらっしゃい!ニコラちゃん」

 

「気をつけてな。って言ってもお前なら大丈夫か」

 

 おいやめろクレオス。フラグになりそうなこと言うなや。

 

「先生、いってらっしゃい」

 

「はい、いってきますね。勉強は怠らないように、帰ってきた時魔族語で挨拶するので頑張って下さいね」

 

 ある程度魔族語は理解したが、果たして話せるだろうか。

 

「え、えぇ……頑張ります」

 

 ニコラはポンと俺の頭を撫でると馬車に乗り込んだ。

 

 俺は馬車が見えなくなるまでずっと見続けた。感謝の気持ちを胸に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、あれが最後だった。

 

 その日以降、この里でニコラを出迎えることはもう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回 『終焉の時』


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終焉の時

 それは、ニコラが里を出て二週間が経った日のことだった。

 

「終わったぁー!流石俺、過ちを繰り返す」

 

 ふふっ、前世じゃ夏休みの課題は最後の日までやらなかったが、今回も最後までやらなかったぜ!おかげさま一日宿題に追われちまった。

 

 しかし、魔族語についてはそれなりに習得できたと思う。ネイラが魔族語を少し扱えるため魔族語の練習相手をしてもらった。やはり勉強はインプットとアウトプットが大事だな。

 

「にしても、やけに静かだな。クレオスも朝から出かけたままだし」

 

 宿題も終わったしオリオントのところでも行くか。

 

「あら?アーデ宿題は終わったの?」

 

 その台詞、懐かしいな。

 

「うん、終わったよ。ちょっと里長のところに遊びに行ってくるね」

 

「そう……わかったわ」

 

 ネイラに手を振って家を出る。

 

 

 

 何かおかしい……

 

 

 

 

「オリオント様〜?」

 

 オリオントの家に着くと異様な空気だった。何やら怪しい人が詠唱を行なっており床には六芒星の魔法陣が展開されていた。

 

「む、アーデか。ちょうどよい」

 

 オリオントがいつもの仁王立ちで出迎えた。

 

「どうしたんですか?なんだか今日は里も静かですし」

 

 オリオントは悩むように髭を撫でて、ゆっくりと口を開いた。

 

「落ち着いて聞け。今日『黒龍』が来る」

 

「へ?黒龍って……五龍神のですか?」

 

 黒龍バハムート。五龍神の一人にして、その力は天変地異を起こし、一人で国を滅ぼせるほどだとか。

 

「近頃魔物が活性化しているのは知っているな?」

 

「……はい」

 

 それが黒龍の来る理由なのだろうか?

 

「その原因が先日わかった。この里の上空に強力な魔力が集まっているのだ。おそらく、彗星級魔術ほどだ」

 

 彗星級だって?どういうことなんだ。

 

「黒龍はそれを止めにくるのだ。今日の朝、龍神の使いから知らせがきた」

 

 オリオントがそう言うと詠唱を行なっていた怪しい人がこちらを向いた。

 

 派手な紅の髪に紫の目、オリオントと同じくらいの長身であるが、体格は正反対といったところだろうか。いや、オリオントがゴツ過ぎるだけだろう。黒のタキシードのような服が禍々しさを醸し出している。

 

「バハムート様の命により来た『アドーニス』だ」

 

 男は手短に挨拶を済ますと再び魔法陣の方に向き直った。

 

「これは転移の魔法陣。非戦闘員はここから東方の国に逃がす」

 

「非戦闘員?ちょっと待ってください!さっきからなんなんですか!?ちゃんと説明してください!」

 

 妙な胸騒ぎがする。

 

「雲より上にある彗星級魔術。あれが今日発動する。標的はここ、デメテールだ」

 

 アドーニスは淡々とそう告げた。

 

『……は?それって何者かがここを狙って襲撃するってことですか」

 

 くそっ、判断材料が少な過ぎる。とにかく今日この里に彗星級魔術が落ちるってこと。それを防ぐために黒龍が来る。そして非戦闘員はこの転移の魔法陣から遠くに避難する。

 

 一体誰が?何のために?何故今日なんだ?

 

「アーデよ。我から一生で一度のお願いだ」

 

 オリオントが膝をついて俺と目線を合わせる。こんな至近距離で強面の屈強な男が見てきたら普通ビビり散らかすだろう。

 

「な、なんでしょう」

 

「共に、戦ってくれ。あの魔術に対抗する術を持っているのは我とお前、そして黒龍とアドーニスの四人だけなのだ」

 

 たったの4人……?でも……

 

「……わかりました。アーデ・デメテール、竜人オリオント様にお供致します」

 

 膝をついて忠誠の意思を示す。

 すまん、と一言オリオントが小さく答え外に出る。

 

「皆の者ぉ!準備は整った!避難を開始しろぉ!」

 

 オリオントの大声と共に里の皆がオリオント家にやって来た。

 そしてオリオントの家の中に入り魔法陣へと踏み込んでいく。その時、皆オリオントや俺に頼んだ、申し訳ない、と各々一言残していった。

 

「アーデ……」

 

 最後にネイラが俺を抱きしめた。力強く。

 

「ごめんなさい……まだ幼いあなたにこんな使命を背負わせてしまって……」

 

 ネイラは泣いていた。

 ああ、そうか。下手すりゃ死ぬかもしれないんだなこれ。

 

「ずっと待っているわ。お父さんと帰って来てね……」

 

 思えば魔法陣に入っていったのは女性やお年寄りばかりだ。男はみんな戦いに参戦するのだろう。

 

「うん、大丈夫。きっと大丈夫だから。だって俺、兄になるだよ?」

 

「……っ!そうね……この子をちゃんと産んで二人で待ってるわ」

 

 そう、ネイラのお腹の中には新たな命がある。

 

 こんな急展開で正直焦っているが、ゲームじゃよくあるイベントだ。このイベントで主人公が覚醒したりするんだよな。

 

「ネイラ!」

 

 息を切らして駆け込んで来たのはクレオスだった。

 

「クレオス……」

 

「ネイラ。アーデは俺が絶対に守り切る。そして絶対に生きて帰る。剣術だってまだ教えきれてないんだ」

 

 クレオスは俺の頭に手を置き決心に満ちた目を合わせた。

 

「アーデ。お前は俺の自慢の息子だ。だから……」

 

「心配し過ぎ父さん」

 

 クレオスの言葉を遮り俺はしっかりと目を合わせた。

 

「こういうのは案外なんとかなるもんだよ。黒龍様も来てくれるし」

 

 呆気にとられた表情をしたのはクレオスだけでなくオリオントもだった。

 

「ガハハ!どうやらこの中で一番肝がすわっているのはアーデのようだな!

 

 いつもの軽快な笑いで少し場が和む。

 

 ネイラが転移するのを見届けるとクレオスとオリオントの顔が険しくなった。戦士の顔だ。

 

「ちなみにその彗星級魔術ってどんな魔術なんですか?やっぱり一撃必殺的な?」

 

「彗星級はほんの一握りの者でしか扱えない謂わば秘術のようなものだ。今我々の上に展開している彗星級は『地獄の門』。門から悪魔を呼び出し己に従わせる」

 

 アドーニスが答えてくれた。彼は転移の魔法陣を閉じ新たな術式を展開している。

 

「私もまだ使えない。世界で彗星級魔術を扱えると認知されているのは四龍神様方と、龍王ウロボロスだけだろう」

 

 なんか龍王だけ当たりが強いなこの人。嫌いなのだろうか?

 

「その、龍王様はどんなお方で?」

 

 アドーニスは嫌そうな顔をして低い声で答えた。

 

「今回の件はウロボロスが引き起こしたものだ」

 

「え……?」

 

「今は流暢に話している暇はない。お前にも身体強化と魔力活性の魔術をかける」

 

 地獄の門、悪魔、ウロボロス……聞きたいことが多過ぎるぞ!?

 

「……!黒龍様がいらっしゃったぞ」

 

「うおっ!?」

 

 ズンッと地響きと唸り声が聞こえてきた。恐らく龍の声だろう。アドーニスは誰よりも早く外に出て主人の出迎えに行く。

 遅れて俺とオリオントが外に出るとそこには名前の通りドス黒い龍が佇んでいる。

 

「リュウマ様、こちら準備は整っております。なんなりとご指示を」

 

 リュウマ……?なんかこの世界には違和感のある名前だ……。

 

「ご苦労さん。向こうがカチコミしてきたんなら、こっちも黙っとらん。目には目をや、こっちも彗星級を使うで」

 

 俺はある確信を得ていた。それは黒龍と呼ばれる男の独特な話し方、服装から間違えない。彼は日本でいうヤクザだ。

 ボルサリーノ風の茶色の帽子、光加減で黒い眼光が見え隠れするサングラス、この世界には不釣り合いな紺色のボーダーのスーツ。正に漫画とかで見るあれだ。

 

「お、お初にお目にかかります。アーデ・デメテールと申し訳ます。親方様」

 

「ん?ああ、お前が加護持ちの……。大人の事情に子どもを巻き込むんは申し訳ない。アドーニス、しぃっかりその子を守れや。子ども死なせたなんてしたら黒龍の恥と思えよ」

 

「はっ!龍の使いの名に恥じぬよう命を張らせてもらいます」

 

 おいおい、こういうメチャクチャいい人感のヤクザ、漫画で見たことあるぞ!

 

「アーデと言ったな。我々は今からリュウマ様が彗星級魔術『メテオ』の準備をする時間稼ぎをする」

 

「露払いですね。わかりました」

 

 ふと、周囲が暗くなった。

 

 空を見上げると先程までの青空は消え、紫の禍々しい空間が空を覆っていた。

 

「始まるぞ」

 

【ピキィ……!!】

 

 空が、割れた。

 

 

 

 

「皆の者ぉ!我ら竜人の力を示す時!悪魔を討つぞ!」

 

「「おぉおおおお!!」」

 

 里の男衆が声を上げいよいよ戦闘が始まるのだと気を引き締める。

 

 空の割れ目に目を凝らしていると目が合った。

 

 

 

 

 

 

 ……目が合った……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グォォオオオっっ!!!」

 

 それは見間違いではなく、確かに目が合ったのだ。空の割れ目から俺たちを覗き込む悪魔と。

 

 全身血で覆われたような真っ赤な色をしており、同じく目も充血しているようだ。頭からは角が生えており、悪魔というよりも鬼に近い。

 

「アーデ!竜化だ!ジラ・ツァガニコスを使うぞ!!」

 

「はい!我、竜の化身!!」

 

「バハムート!お前も二人に加勢だ!」

 

 あ、バハムートってリュウマさんのことじゃなくて、黒龍の名前だったのか。ってそんなことは今はいい!集中……集中……

 

「我が合わせる!詠唱を始めろ!」

 

「いきます!」

 

 オリオントの顔を見て頷き合図を送る。気付けば周りには里の皆、クレオスが集まり俺たちに魔力を送ってくれている。

 

『『我が龍神の盟約に従い、森羅万象、全ての在るもののマナよ、集え。竜の名のもとに、雷を司る神よ我の望みを叶え給え。天より轟く豪雷よ、一閃の光となりて大地に降り注げ。奏でるは鳴神、大いなる曇天よ全てを覆いて、竪琴を奏でん!

 ‘白雷麒麟(ジラ・ツァガニコス)’!』』

 

 里全体を包むほどの巨大な魔法陣が展開され、そこから一閃の光が轟音と共に悪魔へ肉薄する。

 

 次元の狭間から這い出ようとした悪魔の腕を貫き破裂させ、左腕が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「ガァアアアっ!!」

 

 片腕を失っても悪魔は怯むことなく進撃する。

 

「ちっ!頭から逸れたか。アーデ!もう一撃いけるか?我は別の魔術を使う!」

 

「わかりました!頭部を狙います!」

 

 賢王級となると消費する魔力も相応のものになる。いくらオリオントほどといえども連続して使用するのは危険が伴う。だが、俺は並外れた魔力量を持っているため、3発までなら連続使用ができるのだ。

 

『────────!くらえっ!白雷麒麟(ジラ・ツァガニコス)!!』

 

 素早く詠唱を行い魔術を発動。先程よりも二分の一の大きさの魔法陣が展開され再び白い龍の形をした雷が悪魔へと迫る。

 

「ガァっ!!」

 

 しかし、悪魔の咆哮から放たれた光線により相殺されてしまう。

 さらにもう一撃悪魔の破壊光線を放つ。

 

「皆!避け───」

 

 一瞬だった。視界が真っ白に包まれ音を置き去りにした。

 

「アーデ!!」

 

 最後にクレオスの声が聞こえた気がした。

 

 

 その日、竜人の里オリオントは消滅した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 …………あ?

 

 目が覚めると辺り真っ白な空間に俺はいた。

 

 俺は死んだのだろうか?だとしたらなんとも無念だ。せっかく異世界ライフで魔法も使えてこれから冒険も始まるってところだったのに。

 

「ようこそ、この世とあの世の狭間へ」

 

 うわっ!びっくりした……

 

 一目でわかる。こいつはこの世の人間じゃない。血が抜かれたのかというぐらい真っ白な顔に真っ白な髪、そして真っ白な目をしており、執事服のような黒の服を着ている。さながらホテルマンといったような印象だ。

 

「これはこれは、驚かせてしまい申し訳ない。私は魂を導く案内人でございます」

 

 ど、どうも……こんにちは。

 

 案内人と名乗る男?は手を胸に当て軽くお辞儀をする。

 

「さて、()()()()様」

 

 その名前にドキっと心音が早くなる。

 

 なんで、その名前を……?

 

「先程申した通り、私は魂を導く者です。ですので、魂に刻まれた名前は当然把握しております。あなたの場合は少し特殊なようですが」

 

 つまりの俺の魂の名前は前世の名前というわけか……確かに前世の記憶とか引き継いでるし、中身は誰ですかとなったら中年の男だ。

 

「しかし、随分と落ち着いていますね」

 

 まあ、人生2週目だし?一回死んでるわけだし慣れたってのはちょっと違うけど異世界転生経験した身からすれば、こういうのもあるんかなって。

 

「……輪廻転生ですか。前世は……ああ、なるほど。教師ですか。うむ、子どもたちからも人気で職場のムードメーカー的存在だったみたいですね。死因は……」

 

 そこまで言って案内人の言葉が詰まる。

 

「通り魔……ですか」

 

 ……思い出した。そうだ、俺は通り魔に刺されて死んだんだ。何度も何度も刺されて……うっ……思い出したら痛みの感覚がしてきた。

 

「カズヒト様の無念と生きたいという意思を持つ魂が再び別の器に入り込んだようですね」

 

 別の器……つまりアーデ・デメテールに俺の魂が入ったってことか?まてよ……そうなるともともとのアーデの魂はどうなったんだ?まさか俺がこの人の人生を奪ってしまったのか……?

 

 案内人は首を横に振った。

 

「いえ、本来この者は死産でした。しかし貴方の魂が入り込んだことで再び生を得たのです」

 

 そう、か……じゃあ、よかったんだな、これで。

 

 ネイラの初めての子どもが死産だった。それを俺が入りこんだことで歴史が少し変わった。でも、ネイラとクレオスの悲しむ顔を想像したら俺がこの子の人生の肩代わりをしたのはよかったのかもしれない。

 

「少し話が逸れましたね。現状をお話ししましょう」

 

 この世とあの世の狭間って言ってたし、もしかしてまだ死んでなかったりするのだろうか?

 

「カズヒト様はウロボロスという者が召喚した悪魔『ベリアル』の攻撃によって瀕死の状態になりました。デメテールの里は消滅、あなたの父親を含めた里の者はほぼ全滅しました」

 

 え、クレオス……死んだのか……?

 

「……はい。文字通り消滅しました。カズヒト様を庇い里と共に……」

 

 嘘……だろ、だってネイラが……もうすぐ子どもも産まれるんだ!ネイラは待ってるんだ……クレオスを……

 

「……ネイラという者が待っているのはクレオスだけなのですか?カズヒト様も含まれているのではないのですか?」

 

 ……!

 

「カズヒト様が生きたいという意思があるのであればまだ助かる可能性はあります」

 

 ……俺は……帰る。ネイラの所に。伝えないといけない、クレオスのこと、里のこと……

 

「そうでしょう?ですので、今からお伝えすることを落ち着いて聞いてください」

 

 ……わかった。

 

「まず、あの悪魔について。黒龍とその使いによって悪魔の迎撃になんとか成功します。カズヒト様の魔術が効いていたのでしょう。その後、黒龍はあなたを回収しますが、現在カズヒト様は昏睡状態です」

 

 あ、待った。オリオントはどうなったんだ?

 

 オリオントも死んでしまったのだろうか。

 

「オリオントも消滅しましたが、そのうち復活するでしょう。何せ彼は魔王ですからね」

 

 ……ん?魔王?オリオントが?

 

「ええ、彼は竜人であり、魔王でもあります。魔王は死んでも再びどこかで復活します。封印か、何度も殺し復活までの時間を稼ぐ以外に魔王を倒す術はないでしょう」

 

 まじか、竜人と魔王って掛け持ちできんのかよ……

 

「では、カズヒト様の現状についてお話しします」

 

 なんかちょっと怖いな。今の俺って昏睡状態だよな。それ以外にあるのか。

 

「先程言った通り、カズヒト様は昏睡状態です。今ここにいる魂が此岸に帰ればあなたは目を覚まします」

 

 なるほど。で、良くないお知らせは?

 

 ここまで引き伸ばすならよっぽどなんだろうな……

 

「まずカズヒト様は左腕を失いました」

 

 おぉ……まじか。

 

 改めて左腕を見ようとしたら無かった。腕が。

 

「今カズヒト様が腕を失ったことを認知したため魂にもその影響が出ます」

 

 しかし、腕を失ったというのにこの落ち着きはなんだろうか?

 

「それは今カズヒト様が魂の状態だからです。腕がないことへの恐怖や痛みは一切感じません」

 

 へぇ……こりゃ目が覚めてからが問題だな。

 

「続いて、カズヒト様が昏睡状態になってから8年が経過しています」

 

 …………は?

 

「そう、8年です。デメテールの里が消滅して8年が経ちました。カズヒト様も13歳の見た目となっています。竜人の13歳となると既に青年の姿でしょう。おそらく最初は自分の姿に戸惑うかもしれません」

 

 8年……か。じゃあ正直もう俺って死んでるって思われてるよな

 

「はい。竜人の里は一夜にして謎の怪物により壊滅。竜人族の生き残りも僅かになってしまったというのが世間の認識になっています」

 

 ……誰が生き残ったのか、教えてくれるか?

 

「悪魔が来る前に逃した竜人族達とオリオント、ミュケ、そしてカズヒト様です」

 

 そもそも前から竜人族は少数民族だった。里から逃したのは7人。つまり竜人族は10人と他に旅に出ているかもしれない竜人だけになったのか。

 

 だが、世間は逃した竜人がいることを知らないため、ほぼ全滅したと思っているだろう。

 

「あと、8年も昏睡状態でしたから立ち上がることも困難でしょう。長いリハビリ生活が待っています」

 

 うわぁ……まじか。でも生きてるだけありがたい。クレオスが庇ってくれたからだろう。本当に……ありがとう。

 

「さて、話は終わりました。カズヒト様、心の準備はいいですか?」

 

 えっ、そんな急に?

 

「ここに長くいると帰れなくなります」

 

 案内人は指で空中に何かを描く仕草をすると俺の全身が光に包まれた。

 

 これは……

 

「今から此岸送りをします。カズヒト様、次会う時はじっくりとお話をしましょう」

 

 ははっ……なるべく来ないようにしたいけどな。

 

 光に包まれる中、最後に案内人が微笑んだのが微かに見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少年期 デメテール編 完


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