受難の魔王 -転生しても忌子だった件- (たっさそ)
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第1話 イジメられっ子から転生。どうやら忌子として産まれたみたいだ

「ギャハハハハ!! 死ねよお前!!」

 

 

 僕の名前はスバル。

 僕はいじめられっ子だ。

 

 

「い、いやだよ! なんでこんなことをするの!? ギッ! 」

 

 

 抗議したら、殴られた。痛みにも、もう慣れてしまった

 口の中を切ったのか、鉄の味が口内に広がる

 

「『なんでこんなことするのぉ?』だってよ! ギャハハハハ! マジウケる!」

 

 

 目の前で僕を殴った憎きクラスメイト、篠原銀介(しのはらギンスケ)が変な顔をする。

 僕のマネをしているようだけど、全然似ていない

 

 

 銀介の、その変顔を見て他のクラスメイトが笑い声をあげる

 

 

 不快だ。

 

 不快だけど、僕にはどうすることもできない

 僕には、彼らをどうこうできる力が無いのだから。

 

 思えば、散々な人生だった。

 小学4年生の頃、両親が事故で死んでしまい、引き取られた伯父は借金まみれで働きもしない。

 伯父の借金はヤクザ組織から借りている闇金で、返す当てがない無職で、借りたお金もすべてギャンブルにつぎ込んで。

 

 運悪く、僕のクラスメイトはそのヤクザ組織の組長の息子。

 当然、その後見人である伯父の借金にかこつけて、銀介は僕に対して苛烈なイジメを繰り返していた。 

 

「さて、おーいてめえら、仕上げるぞー!」

 

 銀介が目くばせをすると、クラスメイトが僕の身体をがっちりとホールドする

 

「うそでしょ………侍刃(たいが)………?」

「………すまねえ、すまねえ、スバル………! オレにはどうすることもできなかった………」

 

 僕を拘束していたのは、親友の十文字侍刃(じゅうもんじタイガ)。

 低身長の僕に対し、中学生とは思えない程にガタイのいい身体。

 身長は180cmくらいだろうか、いつもその大きな身体でいじめられている僕を助けてくれていた侍刃が、目を伏せて、辛そうに顔を歪めながら僕から顔を背(そむ)けた

 

 彼の頬を伝わる雫が、その無力感を表しているようだった。

 

「よーし! この三階の窓から放り投げろ! 俺たちは『遊んでいたら、ふざけて勝手に落ちていた』」

 

「「「ふざけて勝手に落ちていた」」」

 

 銀介が大声で叫ぶと、クラスメイト達が銀介の言葉を復唱する。

 クラスメイト全員がそう証言してしまえば、事実なんて簡単にねじ曲がる

 

「や、やめっ!」

 

 度重なるイジメで、僕の骨格は歪んでいた。

 戯れに抉られた右の眼球。

 度重なる骨折に歪んだ足。

 ギプスの右腕。

 すでに感覚の残っていない左腕。

 切り落とされた小指。

 

 こんな状態になっても、警察は動いてくれなかった。

 マフィアと警察が癒着しているんだ。銀介の暴走を、学校の先生も止めることはできない。できるはずがない

 

 痛む身体に鞭を打って、無い筋力を総動員し、侍刃の拘束から転がるように抜ける。

 侍刃が力を緩めたのだろう。でも、すぐに他のクラスメイト達が僕を拘束して窓際まで引きずられて、持ち上げられてしまった

 力の入らない身体で暴れてみても、たいした効果をなさない

 

「せーのっ!」

 

「やめて―――――――!!!」

 

 

 

 教室の窓から放り投げられ、僕はなすすべなく頭から地面に叩きつけられた。

 頭蓋が砕け、校庭に朱い紅い華が咲く。

 

 途切れ行く意識の中、クラスメイトたちの歓声と銀介の嘲笑、そして侍刃の叫び声が聞こえてきた気がした

 

 僕の最悪の人生は、13年という短い期間で、ここで幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

                   ☆

 

 

 

 

 体が締め付けられるような感覚があって頭が覚醒した

 

(なんだ? 苦し、息、も………)

 

 

 目も開けられない。 あ、そっか。僕、死んだんだっけ。

 

 でも、なんで意識があるんだろう。もしかして、病院?

 声も出せない、息もできない。

 

 ああ、意識不明の状態なんだろうか。3階の窓から放り出されて、頭から落ちちゃったもんね。

 

(うぐっ! なんか締め付けられる!)

 

 体全体が再び強く締め付けられ、痛みが走る 痛み? 慣れ親しんだ感覚だ。

 痛みがあるってことは、生きてるってことなのかな

 

 ずるりとなにかから吐き出され、ふと目を開けると、チカチカとぼやける視界の中で、体がべっとりと血の色を見せているのがわかった

 目を開けることができた感動よりも、最初に見たものが自分の身体についた血によるショックの方が大きかった

 

(あ、そっか。あの高さだから、僕の身体なんて、ぐちゃぐちゃになっちゃうよね)

 

「ひっ! おぎゃああああ!!」

 

 痛みと恐怖から、叫び声をあげると、何とも不思議な感じだ。

 痛い! と言おうとしたのに、おぎゃー! という声しか出せなかった

 

 体がうまく動かせないでいると、銀髪のお姉さんが僕の身体をひょいと持ち上げた

 

 

(な、なんで!? 僕の身体ってそんなに軽い!? まぁ、たしかに僕の背は小さくてガリガリだけど、お姉さんが簡単に持ち上げられるような体重じゃないはずだよ!? 四捨五入すれば30kgはあったもん!)

 

 あれ? やっぱり軽い? と思っていたら

 自分の身体がタオルで血と、よくわからないベタベタした水を拭われ、温水に着けられた

 

 ぼやける視界の中、眼を細めてよく見ると、お姉さんたちはすごくでかい。

 ここは病院だろうか。 でもこんな銀髪の居る病院なんて近くにあっただろうか

 

 僕が殴られて骨折した時も、おばあさんしかいない病院にしか行ったことないからよくわからないや

 

 きょろきょろとあたりを見回すと、ここにいるのは巨人のお姉さんだけじゃない

 

(あ、銀色の髪で巨人のお兄さんがいる)

 

 どことなくぎこちない表情をしているのがわかった

 

 さらに目を巡らせる

 

 

 ベッドに横たわり、苦痛の表情と慈愛に満ちた表情を同時にするという器用なことをこなしている美少女がいた

 美少女といっても、巨人だったけど。

 

 年は14歳くらいだろいうか。僕と同い年かも?

 

 全身が汗だくですこし色気を孕んでいた。

 でも、その表情はすぐに歪むことになった

 

 

「ふっ、んんんんんんんんん!! はぁ、はぁ、」

 

 

 いきんでいた。

 その瞬間、僕はすべてを悟った。

 

 この人は、出産している最中だと。

 

 

 そして、僕は自分の身体を見回す。

 

 

 あまりにもミニマム。

 自分の身体じゃないみたいだ。

 

 

 ああ、なるほど。僕は転生したのか

 

 

 おそらく、あの女の子が、僕のお母さん。

 

 長い金髪。整った顔。美人だ。

 それと、自分と同い年くらいの子から産まれたというなんとも不思議な感じがする

 

 そして、また悟った。今いきんでいるということは、まだ居る。

 双子だったんだ、僕は。

 

 

 しばらく金髪の美少女がいきんでいると、一人の赤ん坊が取り出された

 

 

 

「んぎゃああ! おぎゃあああああ!!」

 

 

 よかった。元気な子だ。

 でも、ここからだと、性別もわからない。

 

 

 僕は生前は軟弱な男だったけど、今自分の性別すら確認できていない

 

 ………。しかたないじゃないか。

 全身羊水や胎盤の血にまみれていたんだからショックの方が大きかったんだよ!

 

 

「――――。―――、――――。」

「―――――、――――――!!」

 

 銀髪のお姉さんと、銀髪のお兄さんが何かを話すけど、日本語じゃないから、よくわからないや

 

 

 銀髪の女の人が、僕をベビーベッドに寝かせると、さっきまで僕が浸かっていた産湯に、取り上げたばかりの赤ん坊を入れて身を清める

 

 しばらくすると、布に包まれて、僕の隣に寝かしつけられた

 

 

 僕は隣の赤ん坊に手を伸ばす。

 あはは、顔が皺くちゃだよ。って今の僕もそうなんだろうか

 

「アー! ニャー!」

 

「あうー!」

 

 僕が伸ばした手をぎゅっと握って元気な返事をしてくれた

 

 

 銀髪のお姉さんと、銀髪のお兄さん、それに金髪の美少女が僕たちの様子を見守った

 

 僕は眠気に誘われ、手を握ったまま、目を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

                   ☆

 

 

 転生して半年がたった。

 

 どうやらここは地球ではないらしい

 

 

 なぜ、そんなことが言い切れるのか

 

 この世界には魔法があったからだ。

 

 

 そんなものを見るまでは僕はここがヨーロッパかどこかだと思い込んでいた

 

 どいういう魔法があるのかを見てみよう

 

 

 まずは元素魔法

 火水土風の4つだ。

 

 そして光魔法、闇魔法。無属性魔法というものがあるっぽい

 

 

 7つ。

 この7つだ。

 

 この世の人々は、なにかしらの魔法の属性を持っているらしい。

 なぜそんなことがわかるのかというのは、近くの魔法屋のおばあちゃんが教えてくれた。

 

 負け犬の人生を歩んできた僕は、あまり期待していなかった

 

 異世界に転生してテンションが上がった?

 いやまさか。

 

 僕はどこまでも卑屈になれるよ。

 異世界に転生してなお、負け犬の人生を送るに決まっている。

 だからおそらく、僕には何の魔法の才能もない

 

 

「やーう! きゃー!」

「だうー、うあー」

 

 生まれてから半年もすれば、首も据わる。一日中その土地の言語を浴びせられ続ければ、言葉だって理解できるようになった。

 それで、僕は動けない体で精一杯情報を集めることにしたんだ。

 

 転がってベッドから妹の所へと行くことができるようになった

 体力がついたんだ。

 

 妹。

 妹だよ。

 妹だったんだよ。

 

 そして、僕はお兄ちゃん。

 

 ひいき目なしに、僕の妹はかわいい。

 なんせ赤ちゃんだから。

 

 でも、すこし不思議なんだけど、この子、パパンともママンとも似ていない。

 

 髪の色が銀でも金でもなく、真っ白なんだ。

 最初は銀色なのかと思ったけど、輝きが無い。なにもない真っ白だった。

 

 対して僕の髪も、妹にすら似ていない。

 真っ黒だ。

 

 妹と対極に存在する。

 

 何もかも正反対。

 

 妹はまるで天使のような美しさ。

 パパもかわいがり、ママもかわいがり、パパのお姉さんもかわいがる。

 

 対して僕はどうだ。

 

 真っ黒い髪は忌子として扱われるらしい。

 僕の扱いは酷かった。

 

 夜泣きをしたら叩かれ、おもらしをすれば叩かれ、ぐずったら叩かれた。

 

 一度は左腕が折れた。

 

 赤ん坊だからよかったものの、ヘタしたら僕の腕に関節がもう一つ増えるところだったんだぞ。プンプンだよ。

 

 僕を叩くのはパパのお姉さん。

 名前は“ピクシー”。妖精? とんでもない。

 

 彼女は悪魔だよ。ストレス発散のために弱いもの、つまり生まれたばかりの僕をいじめて泣かせて笑っているんだ。

 黒い髪が忌子として扱われることを知って、僕は転生したこの世界にも絶望した。

 

 僕をよくしてくれるのはママしかいない。

 ママの名前はローラ。幸薄そうな顔立ちながらも、美しい金髪の女性だ。

 自分を生んだ張本人なんだ。

 優しく僕を抱っこしてくれる

 

 

「リオ。あなたは悪魔なんかじゃないよ。ごめんね。」

 

 

 でも、泣きながらそういうから、僕は自分が忌子なのだとすぐに理解した。

 

 僕の名前は“リオル”。名字は無い。

 

 妹の名前は“ルスカ”。みんなはルー様って呼んでいる。

 

 妹の髪の色は白。白は天使の色なんだって。

 僕が黒で悪魔の色なんだと。

 

 髪の色が黒だとわかった時、村の人たちは僕を間引きしようとしたらしい。

 それをローラが必死で止めたんだってさ。

 

 なんてことをするんだと思った。

 

 死にたいよ。でも、自殺させてもくれないんだよ。

 舌を噛もうにも歯が生えていない。

 

 赤ん坊の身体だから体力が圧倒的に足りない。やだやだ。

 死なせてもくれないなんて、拷問だよ、まったく。

 

 痛いのには慣れてる。生前からそういう扱いを受けていたからね

 

 父さんからのDV。クラスメイトからのイジメ。

 痛みに対する耐性はつよいよ。ただ、赤ん坊の身体だからなんの抵抗もできないけどさ。

 

「やうー! きゃっきゃっ!」

 

 まだ自我のないルスカ。

 この子は僕の味方だ。

 理解していないんだ。この状況を。

 

 正直、妬ましいよ。

 なんで僕が冷遇されて、妹のルスカが優遇されるんだってね。

 

 生前からそういう理不尽には慣れてる。

 だから、僕は何も言わない。

 

 というか言葉を話せないから言えない。

 

 

 ルスカも僕もハイハイはできる。

 元気すぎていろんなところに行くんだ。

 

 

 ルスカがハイハイしていろんなところに行くと

 

 

「ルー様は元気でちゅねー♪」

 

 

 なんて言ってピクシーがルスカを抱っこする。

 

 そんで、僕がハイハイしてテコテコと歩いていたら

 

 

「ちっ、あんまり動き回るんじゃないよ!」

 

「ぎゃっ!」

 

 

 このピクシー、この僕を蹴りつけるんだ。

 おかげで僕はいまだにベビーベッドでしか生活できない。

 

 そんなだから、最近はルスカの方が体力腕力がある。

 

 僕の手を握り締めると、僕の指がミシミシと音を立てるんだ。

 不思議だね。赤ん坊って意外と握力が強くてすごく痛いんだよ。

 

 赤ん坊だから加減を知らないんだよね。

 でも、うれしそうに笑うから、僕は我慢する。

 痛みには、慣れているから。

 

 

 じゃあ、ベビーベッドで何をするのか。

 

 もちろん、ベッドの上でできる筋トレだ。

 生前のようにナヨナヨした体ではまたいじめられるのが関の山だ。

 すでに虐待を受けている僕は、辛い事にはもう慣れている。

 

 ハイハイができるが、足腰の筋力は弱い。

 自由に歩き回れるルスカよりも、僕の方が成長速度が遅い。

 

 手をグッパっと握ったり開けたり

 

 膝立ちで腕立て伏せをしようとしてみたり

 

 結局、自由に移動できるルスカには負けるんだけど、そうでもしないと、僕の身体は弱いままなんだから。

 

 

 一通り運動が終わると、僕は瞑想の時間に入る。

 これは最近の日課だ。

 

 魔法があるのなら、魔力っていうものが存在するはず。

 

 僕はルスカの手を離して、ベビーベッドで瞑想をする。

 たしかに、血液の流れに乗って、魔力が流れるのを感じる。

 

 魔力の流れを操作したり、魔力の塊を目の前に放出してみたり

 

 何も起きないけど、日々続けることによって、自分の魔力の量が爆発的に増加するのを感じた

 

 赤ん坊の成長速度に合わせて、魔力を消費すると回復する魔力の量も桁違いになる。

 

 魔力とは、筋肉みたいなもの。僕はそういう風に認識した。

 筋肉は、痛みつけるとより強くなる。

 

 爆発的に成長する今だからこそ、鍛えておかないと後悔する。

 僕はそれを魔力でしているだけだ。

 集中すると、魔力を目で見ることもできるようになった。

 

 ルスカの中にある魔力の量も、ローラやピクシーに比べると、とんでもない量を持っている。

 それでも、日々努力し続ける僕ほどではない。

 大人の人たちは魔力を目で見ることはできるだろう。

 僕は自分の魔力を練って体内に隠し、魔力を外に漏らさないようにした。

 

 ただ、僕は筋力が圧倒的に足りない。

 今だ、満足にハイハイもできない体なんだ。

 

 

 筋トレも続けよう

 せめてルスカに追いつけるように。

 



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第2話 属性鑑定 → 闇属性

 1歳になった。

 

 

「りおー」

「るー。よぅいえあしらー」

 

 よく言えました、とは言えなかった。

 

 不憫だ。体が幼いと、口も満足に動かせないとは。

 

 ルスカが僕の名前を言ってくれた。

 お兄ちゃん、じゃなくてもいい。

 そんなものは望んでいない。

 僕が望むのは、ただ、僕の味方でいてくれることだけだ。

 

「えらい、えらいじょー!」

「きゃー! りおー! りおー!」

 

 僕の魔力は、すでにとんでもない量になっている。

 

 しかし、練って凝固にし、ひた隠す。

 

 成長したら、まずはピクシーを殺そう。

 僕にはその力がある。

 でも、僕は自分の魔力が何の属性を持っているのか、まったくわからない。

 

 そんなある日、ルスカと僕を、ピクシーがいやいやながらお風呂に入れてくれた。

 

 僕の事はほったらかし。ルスカを念入りに洗っている。

 

「ん? これは………」

 

 ピクシーが声を上げる。僕はそろそろとそちらを窺う。

 

 ルスカの背中から、羽が生えてきていた。

 1㎝くらいだけど。

 

 

「ろ、ローラ! ローラ! こっちに来なさい! ローラ!!」

 

 ピクシーが立ちあがてお風呂場から駆け出した

 

「っ! 邪魔だよ悪魔!!」

 

「ふぎっ!!」

 

 ついでに僕を蹴っ飛ばす。

 この頃には、僕は立てるようにはなっていた。

 腕をクロスさせ、魔力を腕に覆わせる。

 

 ガード成功。

 

 でも、踏ん張りが足りなかった。壁に背中を打ちつけて咳き込む。

 僕は這いながらルスカのもとへと向かう

 

「りおー、りおー! きゃーう!」

 

 僕は蹴られたんだぞ、なにを喜んでいるんだい?

 

 状況を理解していないルスカは、僕が近くに来ると、どういう状況であれ、喜んでくれる。

 僕はそれで十分だ。背中を打ちつけた痛みも、もう飛んで行った。

 僕は生前から怪我の治りが早い。

 今は赤ん坊ということもあるだろうし、日々痛みつけられている。

 僕の細胞が怪我に対して相応の進化をしているようだ。

 

 赤ん坊のくせに、生前よりも化け物みたいな体になってしまった。

 

「ピクシー、どうしたの?」

「ルー様のお背中をご覧ください! ほら、邪魔だよリオル!」

 

 僕を片手で持ち上げるピクシー。猫じゃないんだから、首を掴まないでよ

 

 結構痛いんだから。

 

 

 ローラはそれを注意もしない。黙認しているんだ。

 ローラは今年で15歳。 高校生くらいの年齢だ。

 対してピクシーは28歳。  ローラとは一回りほど差がある。

 

 単純に年齢差で逆らえないんだ。

 

 ありがとう、ローラ。僕の心配をしてくれて。

 いいんだよ、痛いのはなれてるから。

 

 

「まぁ、羽が生えてきてる………やはりこの子は天使なのでしょうか」

「ええ、そうに違いありません。」

 

 うむ。僕もそう思う。

 ルスカは天使だ。なんせ、かわいい。

 

「では、リオはどうなのでしょう?」

 

 ローラが僕を抱っこして、背中を確認してみる

 

「あら、この子にも、黒い羽が生えてきていますよ」

 

「ふむ、やはり悪魔なのでしょう。今のうちにこの子を殺した方がよいのではないでしょうか」

 

 え? マジで? ルスカと同じなのに、僕は悪魔ですか

 

 僕にも羽が生えている事には驚きだけど、マジなんなの。

 この差別はなんなの?

 そしてパパ。あんたはなんで育児を全くしないの?

 

 ピクシーがあんたの息子を蹴ったり殴ったりしているんだよ

 なんで何も言わないの?

 

「殺すのはダメよ。私の息子なのよ!」

「では、リオルの羽は毟りましょう」

「ちょっとピクシー! なにをするの!?」

「離れてください、ローラ! この子は悪魔なのですよ!」

 

――ブチッ

 

「いぎゃあああああああああああああ!!」

 

 いってぇ! せっかく生えてきた羽を毟られてしまった!

 このアマ、なんてことをしやがる!

 

「リオル、リオルー! 」

「いっ、へへっ、うー………」

 

 涙を眼に浮かべで、僕はローラに微笑んだ。大丈夫だよ。

 痛いのは、慣れてるから。

 部位欠損なんて、よくあることだよ。

 僕は生前だって、クラスメイトのお父さんがヤクザの人でさ

 そのクラスメイトに左手の小指を落とされたこともあるし。

 そのくらい、平気だよ。

 

「リオル………だいじょうぶよ、私が守ってあげるから。」

 

 ありがとう、ローラ。僕の味方でいてくれて、本当にありがとう

 

 

 

 お風呂から上がってリビングで一休み。

 ちなみに、羽はちぎっても力を込めたらすぐに再生した。不思議な羽だ。

 

 この家は貧しい

 というか、村が貧しい

 

 家も広くはない。

 

 僕はローラの前でルスカと抱き合ってきゃあきゃあやっていた。

 

 ローラの目の前では、ピクシーは僕を蹴らないからね。

 僕だって、いくら慣れているとは言っても、痛いのは嫌なんだよ。

 

 そんな時だ

 

 

「そういえば、そろそろ属性鑑定しないといけないわね。」

 

 

 ローラがそんなことを言いだしたんだ。

 

 

 おお、遂に僕の魔力の属性がわかる時が来たのか、僕はテンションが上がった。

 もちろん、僕は無表情を貫く

 

「りおー! きゃあきゃあ! りーおっ♪」

「にゃー、ぶー、るー♪」

 

 のは不可能だった。ルスカがかわいい。

 僕は将来、この子と結婚するんだ。

 

 えへへ―――んむぅ!?

 

「あらー、ルスカは本当にお兄ちゃんが大好きなのねー」

 

 

「ぷはぁ!」

「きゃあー! りおー!」

 

 キスされた。やったなこの野郎!

 むちゅー

 

「やっ!」

 

 やなのかよ!

 

 

 それはそうと、属性鑑定ってのはどうするんだ?

 

 なんか変な水晶のようなものに自分の魔力を注ぎ込んで、水晶の中に映った色で属性を調べるの?

 そういうラノベを読んだことがあるけど。

 

 

 

「リオ。ルー。ちょっとお出かけしましょうか」

 

 

「うぁ~~い♪」

「きゃあ、りおー!」

 

 僕は元気よく返事をした

 

 

 

 さて、

 やってきたのは、魔法屋のおばあちゃんの家

 

 

 魔法屋ってなに? 魔導具とか売ってんの?

 それとも属性魔法を教えてくれるの?

 

 

「おお、よく来たね、ローラ。それに、リオルとルスカ」

 

 僕たち二人はこの村での異端児。

 とくに、ルスカは天使扱いで、僕は悪魔扱いで忌み嫌われている

 

 ローラも大変だね、優遇されすぎる子と冷遇されすぎる子が一緒に居てさ。

 

 でも、蹴られ続ける僕が一番つらいよ。

 そこんとこわかってる?

 

 もちろん、このおばあちゃんとて例外ではない。

 というか、このおばあちゃんが表立って差別してくるのだ。

 

 それでも、このおばあちゃんも、あと10年もしたらぽっくり死んでしまいそうだもん。勝手に死んでくれとおもうよ。

 

「おばあちゃん、今日はこの子たちの属性鑑定に来ました」

「おお、そうかい。そういや、最近1歳になったんだってねぇ」

 

 そうだよ、1歳になったんだよ

 通常は1歳ごろから魔力が増え始めて、体から滲み出すらしいよ。

 

 ま、僕とルスカは生まれた時から漏れ出していたみたいだけど。

 

 僕ら異端児は通常よりも魔力が強いらしい。

 そして、幼いころから魔力の訓練をすると、普通の子でも爆発的に魔力量が増えるそうだ。

 じゃあ、僕のしていた行動は正しいわけだ。

 つっても、普通の子供で魔力量を増やす訓練をするのは、早くても6歳かららしい。

 僕は生後半年からやってるから、もともとバカみたいな魔力量だったのに、それはもうバカみたいな魔力量を誇っているとか。

 

 それにしても、僕は一度死んでから自称神様とか転生の案内人なんかには出会っていない

 自称神様に出会ってチート能力をもらった記憶もない。

 だから、魔力量は多くても、結局僕は負け犬の人生を歩むだろう。

 僕は、そういう人間なんだから。

 

 期待なんて、最初からするだけ無駄なんだよ。

 ずっと友達だと思っていた人も、僕を裏切って、最後には僕を窓から突き落とした。

 期待なんて、最初からするものじゃない。

 

「そうかそうか、では、ルスカから鑑定しようかね」

 

 ルスカを抱き上げるおばちゃん

 

 目の前には水晶が置いてある。

 あ、ほんとに水晶で属性を鑑定するんだ

 

 

「ルスカ、水晶に手を置いてごらん」

「にゃー! きゃあ~♪」

 

 水晶の色が変わる

 

 

「おお、やっぱりこの子はすごい才能があるようじゃ。桁違いの魔力量じゃ。水と風、光と無属性の才能があるようじゃな」

「まあ、光! 本当ですか!?」

「うむ。属性を二つ持っている時点で希少(レア)じゃというのに、光属性と無属性も持っておるとは。末恐ろしいものじゃ」

 

 おお、さすが我が妹。天使なだけある

 

 それじゃ、妹がそれだけ才能にあふれているなら、と期待せずにはおれない

 

 僕は妹と対極に位置する存在だ

 

 僕も水晶に手を乗せる

 

「ふむ、リオルは………魔力量がルスカより少ないのう。少々見づらいようじゃ。」

 

 

 当然だ。僕は自分の魔力を練って体内に隠しているから。

 本当は僕はルスカの5倍は魔力がある。

 

 ルスカは赤ん坊の時点で常人の20倍は魔力があるらしいけど。

 

 ただ、練って隠しているから、魔力量の低いピクシーよりも薄い魔力しか纏っていない。

 

「ふむ、見えた。火と土………後は、無属性じゃな。」

 

 あれ、闇属性は無いんだ。

 

「む、この色は………初めて見るのう。もしや、キエエエエエエ!!」

 

「おばあちゃん! どうしたんですか!?」

 

 

 突然ヒステリックに声を上げる魔法屋のおばあちゃん

 なになに、持病の痔だったりするの?

 ご愁傷様だね。僕には関係ないよ。

 

「うー?」

 

 おばあちゃんの膝の上で首を捻る僕。

 もしかして、闇属性あった?

 

「この子は闇属性を持っておる! 悪魔じゃ! ここ、殺すのじゃ! 災いが、災いがおきるぞい!!」

 

 えー、闇属性があったのはいいけど、そんなに言われるようなものなの?

 というか、なんで闇なの。

 

 どっちかというと、ルスカの属性の方が、僕が好きな属性なんだけど。

 水とか風ってかっこいいじゃん。

 

 ほらほら、ローラ。また僕がいじめられてるよ。

 早く僕をかばってよ。

 

 

「な、本当ですかおばあちゃん! まさかとは思っていましたが、本当に闇属性だったなんて………」

 

 

 …………………え?

 

 

           マジで?

 

 

   うそだろ

 

      なんで、かばってくれないの?

 

 今まで、ずっと庇ってきてくれたじゃん

    それが、闇属性だったってだけで?

 

   あは、うそだぁ

 

 

       私が守ってあげるって、言ったじゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日から、ローラまでも僕に虐待をするようになった。

 

 



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第3話 ドラゴンが現れたぞー!!

 3歳になった。

 

 ローラは衣食住については一応してくれる。

 でも、基本的に、僕にノータッチになっていた。

 

 闇属性があるって知ったローラはすごかったよ

 僕のおむつ、3日も変えなかった。

 

 離乳食も、食べさせてくれなかった

 

 

 おかげでほら、僕はもう生前みたいにガリッガリだよ。

 

 体力もないし、筋トレしようにもエネルギーが足りない。

 

 栄養が足りないならどうするか。

 僕は魔力はバカみたいにあるから、それをエネルギーに還元してなんとかギリギリ生き繋いでいた

 

「りお、だいじょうぶ? くるしくない? 」

「るー、だいじょうぶだよ。ごめん、そこのリンゴ、とってくれるかな。」

「うん♪」

 

 

 僕の味方は、ルスカだけになった。

 体力の落ちた僕は、数日に1回くらいしかご飯も食べさせてもらっていない

 

 『一応育てるけど、死ぬなら死んだでその時考える』

 そんな感じで、僕を放置し続けた。

 ローラは多感な17歳。もはや僕がかわいく見えないようだ。

 

 ローラもピクシーも、僕を蹴った。

 

 それでも、僕は二人に笑いかけた

 

 気味悪がられた

 

 

 僕に接してくれるのは、ルスカしかいない。

 ルスカは僕を好いていてくれる。

 申し訳ないけど、ルスカに、3歳の妹に介護されている状態なんだ。

 

 ルスカが取ってきてくれたりんごをかじる。

 

 ああ、久しぶりに食べた。

 もったいないからと、種や芯、ヘタまで食べる。

 味気はないけど、胃は膨れた。

 

 胃が膨れると、体力が戻ってきた。

 

「るー、ありがと。」

「やんやあん♪」

 

 

 鏡を見てみる

 

 痩せ細った顔。痣だらけの身体。

 黒い髪。生前とは似ても似つかない顔立ち

 

 だけど、生前によく似た胡乱な表情

 

 やっぱり、異世界に来ても、僕は負け犬の人生を歩むことになるんだ。

 

 

 

 

 午後、ピクシーが僕の部屋に怒鳴り込んできた

 

 なんでも、パパが魔物に襲われて死んだらしい。

 

 

 そんなことは知らない。

 あの男は僕がこんな状態でも無関心を貫き、ルスカをかわいがり続けた

 

 

 死んでもなんとも思わない

 

 

「この悪魔! あんたのせいで、ニルドは!」

「ベッ! ウゥ! うギっ!」

 

 僕もあんたのせいで、今まさに死にそうだよ。

 涙を流しながら僕を殴るピクシー。

 パパの名前はニルドというらしい。

 

 あまりにも僕に接点がなかったから、パパの名前を知らなかった。

 

 

 この村では僕は孤立した。

 

 日照りが続いてしまえば僕のせい

 大雨で土砂崩れが起きれば僕のせい

 魔物が現れれば僕のせい

 何か嫌なことがあれば、悪魔である僕がすべての元凶ということになった

 

 

 

 日々、殴られ続けた。ローラはそんな僕を見ても表情を変えず、抱きしめることもせず、ただ『あんたなんか生むんじゃなかった』と言い放つ

 

 

 よかったね、ストレスをぶつけられる相手がいて。

 

 ローラ、お前も死んじゃえ

 

 

 

 

 僕は一人になると、こっそり魔法の練習を始めていた。

 

 1歳の属性鑑定の時からだ。

 

 火魔法

 土魔法

 無属性魔法

 闇魔法

 

 この4つが僕の属性

 念じると火を起こし

 念じると土を練る。鉱物とか作れた。

 闇魔法は、念じるとその場に重力がかかった。

 無属性魔法についてはよくわからない。

 

 魔力を練ると、なんか薄い糸みたいなものができた。

 僕はこれを『糸魔法』と名付けることにした

 

 

 もちろん、魔法を使っているところを人に見られるわけにはいかない。

 3歳児が使っていいものではないだろう。そのくらいはわかる。

 

 体力が衰えても、魔力の訓練だけは毎日続けた

 

 それに、ルスカも言葉がわかるようになったので、僕が魔力の操作について教えてあげ、魔力量を増やす特訓をしている

 

 日々成長を実感できるのか、ルスカは僕を慕っていた

 

 

「みてりお、『をーたーばれっと』!」

 

 ルスカが水弾を前方に発射する。

 威力は高い。高すぎる。

 

 だから人目につかないところで訓練は行う。

 ルスカにも、人前では使わないように厳命している。

 

「えらいよ、るー。」

 

「えへへ~♪」

 

 

 この子だけが、心の支えだ。

 

 

 7歳になったら、この村を出よう。

 この世界には、冒険者とかいう職業があったはずだ。

 

 冒険者は迷宮に潜り、魔物を狩り、生計を立てる。

 

 僕は荒事は好きじゃないけど、しょうがないと割り切った。

 というか、殴られ続ける日々に、辟易していた。

 

 もしかしたら僕は、ストレスを発散する場を欲しているのかもしれない。

 

「あ、りお。けがしてるの。」

 

 ルスカは僕が怪我をしているのを見つけると、すぐに光魔法を使う。

 光魔法は治癒の力があるようだ。

 

「ありがと、るー。」

「どういたしましてなの♪」

 

 

 ルスカのほっぺたを撫でてあげると、くすぐったそうに身をよじり、僕に抱き着く。

 僕が村を出る時、この子はこの村に置いて行こう。

 そうしたほうがいい。ルスカはこの村では天使のような扱いを受けている。

 充分優遇されているんだ。

 

 それまで、僕は生きているかどうかわからないけど。

 

 

             ☆

 

 

 

 僕は一人で村を歩いていた。

 なぜって? 虫をさがしてるんだよ。食べるために。

 ふらふらと道端によって草むらをかき分ける。霞む視界。その中で動く物体を見つけた。コオロギだ。

 

 手を伸ばすと僕の存在に気付いたのか、コオロギはとび跳ねて逃げた。

 ああ………。

 

 

「あ、あくまだー! しねー!」

「ほんとだ、いしなげよーぜー!」

「うわ、きっちゃねー、むし食おうとしてるぞこいつー!」

 

 すると、近所の子供たちから石を投げられる始末。

 

 ちょっとでも反撃したら、『悪魔が打った』ということになって、その親から、僕が殴られる。

 だから、石を甘んじて受け入れる。

 

 避けない。

 頭に当たる。

 血が出る。

 しかし、石を投げるのをやめない。

 

 

 

 

「ちっ………」

 

 家にかえると、ローラは舌打ちした。

 僕が血だらけで帰ってきても、舌打ちをするようになった。

 

 熟年夫婦か。

 

 冗談はさておき、理由は家の中が僕の血で汚れるからだろう。

 血まみれになった今日の収穫はバッタ一匹だけだ。

 口の中内入れても逃げようとするから、頑張ってかみつぶした。

 

 ローラは村で石を投げられてもかばいもしない。一応、衣食住を最低限くれるから、他の村人よりまだ救いがある。

 

 

 というか、3歳児の息子が勝手に家を離れているのに、特になんのアクションも起こさないなんて、親としてどうなん?

 ま、そういう親も、生前は慣れてたけどね。

 

 いーよいーよ。

 この世界に絶望しかないし、むしろ僕がこの世界を滅ぼしたいくらいだよ。

 

 怪我はルスカに治癒してもらった。

 

 そんなある日、僕の日常をぶち壊してくれる出来事が起きた。

 

 

 

 

 

「ドラゴンが現れたぞー!!」

 

「また悪魔の仕業じゃあああ! リオルはどこじゃあああ!」

 

「ドラゴン!? ここへ向かっているの!?」

 

「そうだ、この村めがけて、群れで飛んでいるのが見えた!」

 

 

 

 この時ばかりは、さすがにテンションが上がった。

 



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第4話 食われる覚悟があるなら、かかってこい

 村にドラゴンが攻めてきた

 

 未曽有の大ピンチ。

 

 それでこの村を僕の力で救って崇められる?

 

 はっ、ふざけるな。

 こんな村の連中なんて、全員死ねばいい。

 

 もちろん、ルスカ以外だけど。

 

 

「あぅ~~、りお~~。」

 

 びくびくと体を震わせるルスカ。

 

「大丈夫。ここにかくれていて。」

 

 ルスカのほっぺを撫でて落ち着かせ、村の外れまで二人で歩き、土魔法を駆使して作った穴倉に押し込む。

 地面に向かって土魔法を施し、穴をあける。ふたを閉める。

 

 僕もその中に入る。

 この土魔法で作った穴倉。実はオリハルコンでできているんだよ。

 土魔法ってすごいね。魔力を込めれば込めるほどものすごい硬い鉱物になるんだもん。

 

 オリハルコンみたいな伝説の鉱物なんて見たことない。

 でも、なんか魔力を込めたら光の反射でいろんな色に変わる鉱物ができた。鉄パイプみたいなのを作って叩きつけても壊れなかったから、これが多分オリハルコン。

 

 ミスリルも作れたよ。最初はなんか軽い鉱物が出来て、失敗かと思ったけど、丈夫だしよく伸びるし、でも頑丈だし。だからこれはたぶんミスリル。

 

 

 サファイアとかルビーとか作れた。コレで生計を立てようかな。

 冒険者なんかしないぞ、簡単にお金持ちになることができる。

 それまで生きていたらの話だけどね。

 

 

 というか、この穴倉程度でドラゴンの攻撃を防ぎきれるのかはわからないけどさ。

 

 村人の連中がドラゴン来襲の知らせをきいて慌ただしく動き回る。

 

 

「リオルとルスカはどこだ! あの子たちを生贄にささげれば、ドラゴンたちは怒りを鎮めてくれるやもしれん!」

 

 おい魔法屋のババア。あんた最低だな。

 自分が助かるためなら保身に動くのか。

 出ていくもんか、死んでたまるか

 

「あ、おばあちゃんがよんでるよ、りおー」

「だめだよ。ドラゴンに食べられちゃうよ」

「たべられるのー?」

「うん。たべられちゃう」

「そーなんだー。」

「しばらく、ここで魔力の特訓をしよう」

「うん♪」

 

 ルスカは3歳。 爆発的に魔力の量が増えるっぽい。

 

 最初から化け物じみていた魔力に、さらに磨きがかかったわけだ。

 僕も充分化け物だ。この村を滅ぼすくらいは簡単にできるかもしれない

 

 でも、僕は肉体的に子供だ。そして悪魔扱いという社会的弱者だ。

 体が成熟するまでは耐え忍ぶしかあるまい。

 

 

『グルルルゴギャアアアア!!』

 

 

「ドラゴンが現れたぞー! 逃げろ! 散れ! 生贄をささげろ!」

「ぎゃあ! こっちに来た! にげ―――ブヂュル」

「ピクシー! あ、あああああああああ! 神様天使様どうかお助けくだ――」

 

 どうやらピクシーが死んだらしい。

 

 僕がなぜ蓋のしまった穴倉の中から外の状況がわかるのか

 

 簡単だ。僕の無属性魔法『糸魔法』の効果だ。

 

 穴倉から村全体に糸を張り巡らせ、糸の振動を直接耳に届けさせている。

 

 ローラは生きているだろうか。

 死んでいるだろうか。できれば生きていてほしいな。

 なんせ衣食住が保障されるから。

 

 死んだなら死んだで、冒険でもしてみるけど。

 

 とりあえず、ルスカだけでも守らないと。

 

 

『GYAOOOOOOOOOOO!! GAAAAAAAAAAA!!』

 

 うっさいトカゲ。

 

「りお。のどかわいた。」

 

「ん? はい。」

 

 僕は土魔法で作り出したコップをルスカに渡す。

 ルスカは水魔法で少量の水を作り出し、コップに注ぐ。

 

「んく、んく、ぷはぁ、えへへ。りおものむ?」

「そうだね、ありがとう、るー。気がきくね」

「にゃー! えへへ~」

 

 土魔法と水魔法は便利だ。

 水や氷を作り出せるというのはそれはすごいアドバンテージとなる。

 

 ローラは水属性の魔術師だ。

 ピクシーは風属性

 親父(ニルド)は水属性と火属性。

 

 あのクソ親父、2つも属性を持っていやがったとは。知った時はびっくりしたよ。

 ランクとかは知らんけど、Cランクの冒険者をしていたらしいよ。

 生前は狩人だって。接点なかったけど、もう死んだしどうでもいいや。

 

 

 この世に対して絶望しかしていなかったけど、魔法に対しては信頼している。

 自分がどれだけ異常なのかもわかっている。

 この無駄魔力こそが、僕とルスカの持つチートだと考えられる。

 

 修行は怠らない。継続は力なり。

 

 

「ん? 外で音がやんだみたいだ。」

「でるの? たべられない?」

「んー。ちょっと待って。」

 

 糸魔法に視覚情報を組み込む。

 

 糸を通して、村全体の様子を脳裏に映してみた。

 糸は僕の身体から出ている。糸の情報はすべて僕のもとへとやってくる。

 

 糸魔法、便利だ。

 

「あー。村人全滅。ママもピクシーも魔法屋のババアも全員、たぶん死んでる。」

「ママも、ぴくしーも? えぅ………うえええええええええええ!! 」

「………ま、元気出して。僕がいる。」

「びええええええええええええええ!!」

 

 

 穴の中では反響してルスカの声が響いて脳にガンガンと響く。

 ルスカを抱きしめて背中をさすりながら、ルスカをあやし続ける。

 

 逃げ出した村人も居るけど、大半はドラゴンたちのおなかの中。

 

 “たち”。

 ドラゴン“たち”である。いっぱいいるよ。実は6匹いるんだよね、ドラゴン。

 

 

 怖い。

 怖いよ。

 勿論怖い。

 

 でも、僕たちは子供。

 子供だけで生きていけるわけがない。

 

 ということで、ヘタレのお兄ちゃんがドラゴン相手にひと肌脱いでみる

 

 

「りお、りお! いかないでぇ、おいてかないで!」

 

 

 穴倉からよっこらどっこいぽんぽこりんと這い出ると、ルスカが手を伸ばしてきた

 

 少し考える………。

 

 ま、ルスカなら死なないだろう。いざとなったら僕が絶対に守る。

 穴倉からルスカを引っぱり出す。筋力が足りないから、ルスカを大根のように引っぱり出したら尻餅をついてしまった。

 

 

『GIIIIIIIYAAAAAAAAAA!!!』

 

 だからうっさいトカゲ。

 

 

 ルスカを引っぱり出すと、ルスカを後ろに隠して正面を向く。

 そこには6匹のドラゴンが口元から血を垂らして僕たちを見下ろした。

 

 村人たちの血だろう。

 

 足が震えた。

 どんなに魔力の訓練をしても、生前でも現在でも、忌子でしかない。

 どんなに繕っても、僕はヘタレでただのいじめられっこでしかない。

 

「僕を食べる?」

 

『グルルルアアアアアガガアアアアア!!』

 

 

「日本語でおk」

 

 

『GYAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 ドラゴンがこちらに向かって走り出した。食うつもりらしい。

 僕は唇を三日月型に歪めて右手を上に掲げる

 

「そっかそっか。僕を食べる気か。いーよ。食われる覚悟があるなら、かかってこい、トカゲ共。 こちとら昨日腐りかけのりんごを食べた程度しか胃に物を入れてないんだ。」

 

 

 僕が右手を降ろすと同時に、闇魔法を発動した。

 僕を中心に、重力が10倍になった。

 

 6匹のドラゴンが這いつくばって地に伏せた。

 

 絶景絶景。

 

 中心である僕とルスカを除く、全てが地に伏せる。

 見ているだけで愉快痛快。

 

 僕にひざまずけ。

 ひれ伏せクソトカゲ。

 

 

 

「あは、アハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「きゃあん♪ りお~~~~♪」

 

 

 ルスカが泣きそうな表情から一転。僕に抱き着いた。

 爽快な気分に浸っていたんだけど、自分でもこんなに楽しくなるとは思わなかった。

 心を落ち着かせるために、ルスカの背中に手を回してから深呼吸する。

 まだ興奮は残っているけど、やるべきことがある

 

 

「るー。あのトカゲの翼、ちぎって。」

 

「うん♪」

 

 言うや否や、ルスカは右手に光を溜める。光魔法を使って右手に溜まった光を指先から打ちだして光線を放つと、一匹のドラゴンの翼をもぎ取った。

 

『GUGYAGAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 だまれ。

 

 僕は無言で右手を上に掲げて魔力を放出。ドラゴンの上空に土魔法で鉄塊を作り出す。

 10倍にした重力を受けて、鉄塊が音を立てながらすごい勢いで落ちてくる。

 

 鉄塊がドラゴンの頭をつぶした。

 

 

 贅沢に魔力を使おう。

 僕は頭をつぶしたドラゴンによじ登る。

 

 解体したい。

 

 解体して肉を食べたい。

 久しぶりに肉を食べたい。

 

 頭の中を占めるのはそればっかりだ。

 

 そういや、転生してから肉を食べた記憶がないな。

 

 ルスカは食べているだろうか。希少だしなぁ、でも食べてるだろうなぁ。

 ぼくはリンゴを芯と種とヘタも食べるほど栄養が足りないんだ。

 家族が貴重なお肉を僕なんかに食べさせるはずがない。

 動物性蛋白質が欲しい。

 

 ドラゴンの肉だったら、相当栄養価は高いだろうか。

 

 もはや爬虫類の肉だろうが知ったことか。

 

 水だけじゃ腹はふくれないんだよ。

 そもそも、ここ最近はネズミだろうが虫だろうが、構わず口に入れたんだ。

 爬虫類の肉なんてまともなものを食うのは、垂涎ものだ。

 

 

 土魔法で上空にギロチンを作り出し、羽がもげ、頭の潰れたドラゴンの首を断ち切る。

 

 

 闇魔法を操作して、ドラゴンの足から持ち上げる。

 

 首から大量の血が出てきた。

 首が落ちても体が動く、このドラゴン、そうとう生命力が高いみたいだ。

 

 まだ心臓が動いているのか、勢いよく、ドピュドピュ、時折ビクンと身体を痙攣させながら、大量の血を出していく。

 

 やがて、血が出なくなった。

 

 あたりはドラゴンの血で真っ赤だ。

 

 

 土魔法でオリハルコンの包丁を作り出し、ドラゴンの解体を試みる。

 

 関節を見極め、闇魔法を駆使してドラゴンの銃弾すら弾くであろう鱗を穿つ。

 包丁がドラゴンの肉を裂いた。

 

 

 自身の身体を血に染め、腰骨まで包丁を入れ、左足の解体に成功した。

 

 

 ルスカの水魔法で僕の身体に付着した血をすべて蒸発させた。

 気化熱で少々肌寒くなったけど、そんなことよりもお肉だ。

 

 ドラゴンのもも肉をブロック大に切り分け、火魔法で肉を焼く

 

 

「りおー。りょうりー?」

 

「うん。るー。調味料を取ってきてもらえるかな。」

 

「ちょみりょー?」

 

「うん。お塩とか、コショウとか。」

 

「えへへ、わかったの♪」

 

 ルスカが僕の闇魔法の有効圏内に入ろうとしたため、慌てて闇魔法を打ち切る。

 ルスカが闇魔法の10倍重力を受けたら一瞬で潰れてしまう。

 

 そういや、そもそも塩とかあるのだろうか。

 僕は料理らしいものを一口も食ったことがないからわからないや。

 胡椒だって、希少なモノなのかもしれないし、こんな片田舎の村にはある方が珍しいかもしれないね

 

『GURURURUU』

 

 闇魔法を打ち切ると、ドラゴンたちが動き出した。

 襲い掛かってくるようなら、僕は糸魔法でドラゴンの首を切断するつもりだったけど、ドラゴンたちは知能が発達しているようだ。

 

 僕には勝てないと判断したようだ。

 日ごろの努力が報われた。

 

 前世でも努力は報われなかった。

 僕は自分を虐めてきた連中を殺す妄想ばかりしていた。

 この状況こそ、まさにそれだ。

 

 

 

 そして、このドラゴンは、僕をいじめていた連中を食べたんだ。

 

 そう思ったら、不思議な昂揚感が体を突き抜けた。

 

 ドラゴンたちは僕を地獄から救い出してくれた恩人ともいえるだろう。

 僕らを食べようとしたのは事実だけれど、こんなクソッタレな世界をぶっ壊してくれたこのドラゴンたちに、感謝の念をささげたくなる

 

「僕はこのドラゴンを食べる。文句は言わないでね、弱肉強食。いや、強肉弱食とでもいうのかな、この状況は。勝負に勝ったものの特権だよ。」

 

 これを言ったのは生前のクラスメイトだったかな。

 皮肉なものだ。

 

 ドラゴンたちは、襲い掛からなかった。

 かといって逃げもしなかった。

 

 はて、ドラゴンたちは何を考えているのやら。

 

 

「りーぃおー♪」

 

 ルスカが両手いっぱいに調味料を持って現れた。

 

「ありがと、るー。」

 

「えへへ~♪ やあん、きゃはっ♪」

 

 ルスカを撫でまわす。

 親が死んだというのに、そんなに僕が好きか。

 うれしいなこのやろっ♪

 

 

 ドラゴン肉のブロック焼きに塩をまぶしてかぶりつく。

 コショウはやっぱりなかった。

 

 3歳児の、栄養失調のおなかには重い。

 筋張っていて硬い。

 だけど、うまい。久しぶりに肉をたべた。

 生前も肉を食べたのだって、数えるくらいしかないと思う。

 

 だから、僕は栄養が足りなくて、背が低くて、ガリガリにやせていたんだ。

 いまだってそれは変わらないか。

 うまい。ドラゴンの肉がうまい。

 涙が出てきた。

 

 

「だぅー………」

 

 ルスカの方を見れば、指をくわえてよだれを垂らしていた。

 

「ん? ルスカも食べる?」

 

 涙と鼻水をすすってから、ルスカに聞いてみると、ルスカは眼を輝かせて

 

「うんっ!」

 

 大きく頷いた。

 僕のお腹もだいぶ膨れて来たし………

 

「はい、たべていいよ。」

 

 

 僕はもう、おなかいっぱいだ。

 三歳児にしては、食べた方だろうか。

 なんせ、僕は1歳からほとんど何も食べていないんだから。

 でも、栄養失調の身体にいきなり重いものは入らないし、元々の胃が小さいからあまり食べたような気もしない。食べないよりはマシか。

 

 魔力をエネルギーに変換するのだって、大変だったんだ。

 それをする必要がなくなった。だけでも良しとしよう。

 

 

「んふふー、おいしい♪」

 

 

 そうだね。でも、ルスカはいつもローラからおいしいものをたくさんもらっているだろうに。

 塩だけの肉なんて、単調でおいしくないだろうに。

 

 

 さて、ルスカもお肉を残してしまった。

 

 しょうがない。その辺にポイ。

 脂まみれになったルスカの顔を僕の服の袖で拭う。

 

 

『グルルル………』

 

 

 うっさくない。

 でも、このトカゲたちが何が言いたいのかはわからない。

 

「もうおなかいっぱいだ。トカゲさん。もう帰っていいよ。僕のおなかは膨れたし、キミたちのおなかも膨れたでしょ。」

 

 

 5匹のドラゴンは顔を見合わせ、ガルガルとなんか会話をする。

 ぐるる。とか、ぐがが、とかよくわからないけど、文法がありそうだ。

 竜言語とでもいうのだろうか

 

 

『グルゥ、グルアル。』

 

 一匹のドラゴンが背を向け、尻尾を僕の近くの地面に置いた。

 グルアルってなに。こっちにくるアル、みたいな?

 

 ざけんなクソトカゲ。

 

「っていっても、こいつ等………」

 

 逃げない。 襲い掛かってこないとあれば、それは僕を認めているということにならないだろうか。

 

 だとすれば万々歳だ。

 

『グルルアウ』

 

 よくわかんないけど、そうっぽい気がする。

 

「るー。このトカゲさんたち、僕たちの親代わりになってくれるみたいだよ。」

「おやー? ろーら?」

「いや、ローラではないけれど………とにかく、この土地に残っても、僕たちは生きていけない。」

「りお、どこかいくの?」

「うん。るーも行くんだ。」

「りおといっしょ♪」

 

 

 ルスカは僕に抱き着いた。

 僕と一緒ならどこだっていいらしい。

 

 涙が出てきた。

 ありがとう、ルスカ。

 

 よじよじと二人でドラゴンの尻尾によじ登って、背中までロッククライミングならぬ竜鱗(ドラゴスケイル)登乗(クライミング)でドラゴンの背中に貼りついた。

 

 僕の土魔法でドラゴンの背中に鎌倉を作成。

 しっかり固定。

 そして、シートベルトをしっかりつける。

 

 どーせ飛ぶんでしょ。わかってたわかってた。

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 

「うっせ!」

 

『ギャァ!』

 

 

 小さく鳴くと、ドラゴンは飛翔を開始する。

 

 どこに向かってるかなんて知らん。

 竜の里とかじゃないの?

 

 鎌倉だし、外は上空だから寒いし、とても外を見るなんてできない。

 

「りお、さむい………」

 

 

 着の身のまま村を出てきたからね。上空の装備なんてしていないし、鎌倉を作っているとはいえ、寒いもんは寒いだろう。

 

「んー。これでどう?」

 

 手のひらに小さな火をともす。

 火を強くすると、鎌倉の中の酸素が無くなっちゃうよね。

 だからこの程度しかしてやれない。

 

「………さむい。」

 

 やっぱり寒いか。

 シートベルトを解除。ルスカの肩を抱いて温める。

 

 僕も寒い。

 鎌倉は密閉してある。

 

 このドラゴンは上空3,000mとか平気で飛ぶんだよ。

 僕は人間だし、そんな酸素の薄くて気温が低くて気圧も低い所なんて生きていけない。

 

 それに、この状態になれば、鎌倉に空気穴を作ったところで、酸素を持っていかれておしまいだ。

 ルスカを抱きしめる。

 抱きしめて肌を擦る。

 

 するとルスカは、にへ~♪

 

 と、うれしそうに笑った。ルスカが笑うと、僕もうれしい。

 これが恋なのだろうか。そうに違いない。

 

 でも3歳児で妹だ。僕は転がりトウモロコシじゃない。

 断じてローリングなコーン的なアレではないんだ。

 僕はシスでコーン的なアレである。

 平常心。

 

「りーおっ♪」

 

「るー♪」

 

 抱きしめてすりすりを続けた。

 

 

 

 

 はて、僕たちはどこに向かっているんだろうか。

 



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第5話 紫竜族長 ゼニス

 

 ドラゴン族の里についた。

 

 ドラゴン族とはなんぞや。

 

 龍人族(ドラゴニュート)となんかちゃうのん?

 

 ちがった。

 竜の里だった。

 人っぽいものなんて居なかった。

 そりゃそうだ。

 

『ギャオー! グルーア!』

 

「うわーお」

「おっきいねー」

 

 

 見渡す限りのドラゴンちゃん。総勢55匹。

 見飽きた。

 

 ドラゴン族の里でルスカと二人ぽつんと佇んでいると、一匹のでかいドラゴンが僕たちの前にやってきた。

 なに? 僕たちになにか用?

 

『私は、ここで紫竜族の族長をしているゼニスだ。』

 

 びっくらこいた。ドラゴンってしゃべれたのね。

 

 人間語で話してくれた。

 助かるよ。

 

『お前たちは神子(みこ)であろう?』

 

「巫女? 知らないよ、巫女さんがなんだってんだよ。僕たちはただのショタとただのロリだよ。」

 

『ええい巫女ではない。神の子だ。その髪と背中の翼がそれを物語っているではないか』

 

「知らないよ。3歳児にそんなん聞かれてもわからないよ! 僕たちをなんだと思ってるの?

 特別な何かだと思ってるの? 言っとくけど、神子(ミコ)卑弥呼(ヒミコ)邪馬台国(ヤマタイコク)だなんだって言ってるキミの方が僕より持ってる情報は多いんだからね! 」

 

 情報を貰うにしても一気に貰っては困る。

 それに、一方的に知っているていで離されてもこっちには理解もできないよ

 

 

『む、それはすまないことをした。神子とは、数百年に一度生まれる神の子の事だ。』

 

「へー、どうでもいい。おなかすいた。まずごはんにしようよ。」

 

『なんと! 今私はすごく大事な話をしているのだぞ!』

 

「知らないよ。勝手にそっちの事情を押し付けるから、僕だって僕の勝手な事情を押し付けてるんだよ。文句あるの?」

 

『む、むぅ、ああいえばこういう。』

 

「ここんところ2年くらいまともにご飯食べていないんだ。まずごはんをちょうだい。話はそれから考えるから。」

 

『お主、3歳と言ったではないか。なぜ食っておらぬのだ』

 

「僕が忌子として産まれたからだよ! 母親にも叔母にも父にも殴られ続ける生活だよ!

 今まで生きていたのが不思議なくらいだ! もう黙ってごはんにしてくれないかなぁ!

 イライラしてこの辺のもの全部ぶち壊しちゃいたいんだけど!」

 

 うがーっ! と言いたいことを言い続ける僕。

 お腹がすいてイライラして眉間にシワがよる。

 どうしても話を続けるというなら、僕はこの族長とかいうドラゴンをミンチにして食べるつもりでいる

 

 

『ま、待てわかった。メシにしようぞ』

 

 わかればいいんだよ。

 あー、もう!

 

 僕はこんな攻撃的な性格じゃなかったのに、力を持つと人格が狂うって本当なんだね

 

 落ち着こう。ひっひっふー。

 

 

「りおー。ごはんー?」

「そうだよ。ごはん。一緒に食べようね」

「うんっ♪」

 

 ルスカと手を繋いでゼニスの後ろに続く。

 ゼニスは僕の歩く速度に合わせてくれているみたいだ。

 子供の歩調は凄く遅いのに。意外と優しいところがあるね。

 かなり大きなドラゴンなのに。

 

「ゼニス。ドラゴンって何食べるの? 人間?」

 

『人間も食うが、家畜がほとんどだな。ドラゴンはあまり腹が減らぬ。故に腹が減っては人里へ降りるのだ。まぁ、私の場合はむしろ人間のことは好きなのでな。好んで食おうとは思っていない』

 

「へー。ここはどこ?」

 

『標高8000mのアルノー山脈だ。』

 

「僕はだれ?」

 

『知らん。』

 

 そういや名乗ってなかった。

 

 というか標高8000mって、酸素大丈夫かな。ちょっと息苦しいんだけど。

 頭もかなり痛いし。

 高山病じゃないかな、これ。

 

 アルノー山脈。ここは標高8000mにしては暖かい。肌寒い程度だ。

 地球みたいに丸い世界なんだろうとは思うけど、多分、この山脈は赤道に近い場所なんじゃないかな。

 

「りーぃおー。おなかすいたの~。」

「うん、もうちょっと待ってね。るー。」

「うん………」

 

 もう歩くのも辛そうだ。

 子供だから我慢の限界が早いのか

 

 そんなんじゃ校舎の3階から1階の購買まで焼きそばバトン一人パシリレーを走破できないぞ。

 あいつらは2分以内に戻ってこないと殴るんだぞ。

 それを4往復させられるんだ。

 

 かといって、生前の僕の鈍重な足は速くても4分はかかったけど。

 

 足ひっかけなどの妨害活動も活発で最初から一人障害物パシリレーだよ。

 

 とはいえ、僕も栄養が足りない。

 足元がおぼつかないし、酸素も足りない。

 

 足腰に力が入らない。

 

 ふらりとよろけそうになると、ルスカが僕を支えてくれた

 ありがとう、ルスカ

 

「ごはんってどこまで行くの? 人里まで食いに行くんだったら、僕は無理だよ。体力がない。」

 

『安心するがいい。人間の胃に優しいものを馳走してやる。ほら、着いたぞ。』

 

 ゼニスが案内した場所。

 それは林だ。

 

 標高8000mの山の上で林を見た。

 

 その林は果物がなっていた

 

 

「おお。たしかに胃にやさしいね。たすかるよ」

 

 

 ゼニスが屈んでくれたので、よじよじとよじ登る。

 ゼニスを踏み台にしてようやく果物を取ることができた。

 

 なんだこれ。変な形。§←こんな形の果物なんだけど、食えるの、これ?

 そもそも、本当に胃にやさしいの?

 

「ゼニス。この果物ってなんなの?」

 

『コレはアルノー。』

 

「アルノー山脈だから?」

 

『うむ。特産品だ。アルノー山脈の高い標高と温暖な気候でしかならん実だぞ。』

 

 へー。

 

 一口かじる。

 

 ジュワリと果汁がしみ出した。

 おいしくない。

 おいしくないが、虫やネズミよりは100倍マシだ。

 

 

 3個4個と手を伸ばして全部食べる。

 

 ルスカはおいしそうに頬張った。

 ルスカは僕と違って舌が肥えているだろうに、なんでもおいしそうに食べるなぁ。

 

 

 あ、食べたら元気が出てきた。

 

 頭痛もだいぶ薄らいだような気がする。

 

 アルノーはもしかしたら痛みどめの材料にでも使えるかもしれない。

 

 薬は摂取しすぎると毒になる。

 食べすぎには注意しよう。ドラゴンと人間では耐性に差があるだろうし。

 

 

「むにゅぅ………りぃお。るーねむい」

「ん、こっちにおいで」

「えへへ………りお、あったかいの。」

 

 眠気を訴えるルスカを抱きしめる。

 僕より少し背が高いのに、甘えんぼさんだ。

 

 僕にしがみついたまま、気持ちよさそうに寝息を立てるルスカに気を遣いながら、小声でゼニスに聞く。

 

「で、神子ってなに?」

 

『うむ。神子とは、その名の通り神の子である。神子は生まれながらにして膨大な魔力を持っており、純白の髪と翼をもっておる。』

「へー。じゃあゼニスの目は節穴だね。僕のどこが純白なの? 心は純白のつもりでいたけど、この世界の人間のせいで僕の心が歪んじゃったよ。」

『む、そういやお主は真っ黒の髪だな。内包する魔力のみを見ておったから気づかなかったぞ。』

 

 内包する魔力のみ? 僕は魔力を体内に隠して普通では見えないようにしているはずだけど………

 まぁいっか。問答を続けよう。

 

 

「黒い髪は悪魔なんでしょ。わかってたわかってた。」

 

『うむ。黒い髪は魔王と同じ、悪魔の髪だ。神子とは正反対だな“魔王の子”とも呼ばれておる。』

 

「へー。」

 

 それはなんとなくわかってたよ

 

『神子が生まれる時、すなわち、魔王を討伐する時である。』

 

「じゃあ、ルスカが生まれたってことは、魔王を討伐する時期だってことだね。」

 

『そうだ。そして、魔王の子が生まれる時、すなわち神を地に落とすときである』

 

「知らんし。興味ないし。僕たちをそんな面倒くさいものに巻き込まないでくれるかな」

 

『私に言われてものう。それで、だ。お主は神を討伐し、神子は魔王を討伐するために衝突する、と言われておる。』

 

「なに、僕がルスカと戦ってどっちかが死なないといけないの?」

 

『そうは言っておらぬが、そういう言い伝えがあるということだ。だが―――』

 

 ゼニスは一拍置いて

 

『神子が魔王の子とこんなに仲が良いとは思わなんだ。心配あるまい。』

 

「そだね。あと、僕は神とか魔王の討伐とか、めっちゃくちゃどうでもいいから、何もしないよ。」

 

『これは冗談だが、この世界が崩壊するとしてもか?』

 

 

 魔王とか神とかが討伐されないといけないってどういうことだよ。

 今のままで世界が成り立っているなら、そのまま現状維持でいいじゃん。

 どうせ言い伝えが強く脚色されて誇張されただけだろう。

 

 それに―――

 

「あは、変なことを聞くね。こんな世界なんて崩壊しちゃえばいいんだよ。むしろ僕が崩壊させてやりたいよ。」

 

 

 僕はこの世界が大っ嫌いだ。

 

 

「あと、聞きたいことが一つあるんだけど」

 

『なんだ?』

 

 

「闇属性ってなに?」

 

 

『闇属性とは、悪魔の持つ属性だ。通常、人間が闇属性を持つことはない。強力な属性だぞ。お主も闇属性の魔法を使って、私の子を地に伏させたのだろう?』

 

 

 我が子って………あいつ等、ゼニスの子だったのか。

 ゼニスの息子だか娘だかを食べちゃったよ。

 うん、後悔はしていない。あの時はおなかがすいていた。

 

「うん。重力の魔法だった。でも、そっか。闇属性は人間が持つものじゃないんだね。」

『うむ。しかし、光属性なら、稀に人間にも発現するようだぞ』

 

 

 光属性ってのは治癒の光もあったから、教会とかあったら、引っ張りだこなんだろうな。

 光属性の破壊光線もそうとうな破壊力があったし。

 

 ルスカが軽く光線を放っただけでドラゴンの翼がちぎれたんだもん。

 

「わかった。ありがとう。だいたい知りたいことを知れたよ。」

 

 

『聞きたいことがあったら、また聞きに来るがいい。』

 

「うん。じゃあ聞くね。」

 

『うん?』

 

 でかい首を捻るゼニス。

 

「そもそも、僕たちはなんでこんな山脈に連れてこられたの?」

 

『それはだな、我が息子たちがお前の村の人を食ったであろう。そして、お主は奴らを下した。竜族は強いモノに従うからのう。お主たちに行くあてもなさそうだったから、連れてきたそうだ。』

 

「そっか。それは素直にありがとう。じゃあ、僕たちはしばらく、ドラゴン族の里に住めばいいんだね」

 

『ああ。しかし、ドラゴン族とまとめられるのは好かんな。『紫竜(しりゅう)の里』と呼んではくれまいか』

 

 ドラゴンたち、体が紫っぽいと思ったら、紫竜っていうのか。最初に言ってたっけ。忘れた。

 他にも色のついたドラゴンとかいるんだろうか。

 いるんだろうな。

 

「ん、わかった。あ、そうだ。順序がめちゃくちゃになっちゃったけど、自己紹介をするよ。僕はリオル。忌子のリオル。で、この子はルスカ。神子のルスカだね。」

 

 

『うむ。わかった。我が一族に伝えておこう。』

 

 

 ありがとね。ここがあの村じゃないというだけで、紫竜に囲まれていたって、ここは天国だよ。

 

 

                   ☆

 

 

 

 アルノー山脈、紫竜の里。

 ここは紫竜が55匹住む里だ。

 

 ドラゴンに囲まれていたって、迫害しかなかったあの村じゃないというだけで天国だ。

 

 そう思っていた時期が僕にもありました。

 

 

『グルガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

 

「うわああああああああああああああああああああああああ!!!」

「きゃあ~~~~~♪」

 

 状況を分析。

 

 ゼニスが僕たち兄妹が紫竜の里に住むことを紫竜たちに話したようだ。

 そしたら、里に住むことに反対する竜が居るわいるわ。

 

 

 僕を認める竜、15匹

 僕だけを認めない竜5匹

 僕たちを認めない竜30匹

 僕たちに干渉しない竜5匹

 

 こんな具合でさ、必死にルスカの手を引いてちょこちょこと逃げ回っているわけ。

 でも体力がない。30秒くらい走ったら限界が来た。

 

 

 当然か。赤ん坊のころからまともに運動をしていないんだから。

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 うっさい

 

「もうやめてよー!!」

 

『GURAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 ああ、生前もこういうことってあったな。

 

 クラスメートに追い回されて、蹴られて殴られて。

 

 あの時と違うのは、立ち止まったら暴力じゃなくて死が待っているということくらいか

 

 

 限界をちょっと超えて走る。

 35秒くらいはダッシュしたと思う。

 でももうだめだ。3歳児の体力で、栄養失調の身体。

 

「りお、やすむ?」

 

「はぁ、ごくっ………うん。はぁ、ふぅー。」

 

 現在、僕を追いかけ回すのは3匹の紫竜。

 

 体力もない、栄養もないただの3歳児にしては、45秒も逃げ続けられたことは奇跡だろう。

 というかルスカは無尽蔵に体力がある。

 さすがに元気にハイハイしていただけのことはある。

 

 僕とルスカは走りをやめて立ち止まり、後ろを振り返る。

 

 ドスドスとゆっくり追ってくる紫竜。

 その表情は嗜虐心に染まっている。

 いたぶって食べるつもりだ。

 

「いくよ~、『ぶりーず』」

 

 そよかぜとか言いながら突風を呼び出すルスカ。

 

 1匹の紫竜を後方へふっ飛ばし、転倒させた。

 

「おお、るー。すごいじゃないか」

「にへへ~♪ りお、ほめてー」

「えらいえら―――」

 

『GYAAAAAAAAAA!!!』

 

「―――逃げようるー!」

 

「きゃあ~~~~~~♪」

 

 

 僕は必死なのに、るーは楽しそうだ。

 僕だって、少し余裕がでてきた。

 

 

 僕が通った跡に、土魔法で落とし穴を作成―――躱された

 

 火魔法を発動。ファイヤウォール。火の壁だ。

 一瞬でも動きを止めてくれれば―――

 

 

『GOGYAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

―――突っ切ってきた。意味ない!

 紫竜の鱗って頑丈だなぁちくしょう!

 

「ああもう! 『降りろ―――!!』」

 

『グラッ!?』

 

 二匹に向かって闇魔法を発動。

 周囲の重力を5倍にした。

 

 

 追ってきた2匹の紫竜を地面に伏せさせる。

 

 重力5倍だってのに、巨体をギリギリと動かす2匹。

 その気になれば闇魔法だけで竜を潰すことはできるけど、それはしない。

 僕もこの状況で、体を鍛えている最中なんだから。

 

 それに、ゼニスにはお世話になっているんだ。

 紫竜の里の中に、紫竜の死体を作る気は無い。

 

 10倍だったら身動きは取れないっぽい。

 それだけ、ドラゴンってのは筋力が強くて鱗の鎧が強いってことなんだろうね

 

 

 一般人が10倍重力なんて喰らったら一瞬でぺちゃんこだよ。

 一般人にするのであれば最高で3倍くらいが妥当かな。

 

 

 

 

「ふぅ、ちょっと休憩………るー。水を………」

 

 

 紫竜の動きを止めつつ、土魔法で鉄製のコップを作り出す。

 

「はい、りお♪」

 

 

 火照った体を冷ますように、ルスカは氷水を入れてくれた

 

 ああ、キクキク。

 陸上部って、毎日こんなに走っているんだろうか。

 昼休みの購買パシリレーと同じくらいキツイよこれ

 

 あと、鉄製だからコップが重い。

 

 でも土で作ったら泥になるからしかたない。

 

 火魔法と土魔法をつかってガラスとか作れないかな。

 成功したらいい金儲けになりそうだ。

 

 土魔法で作ったコップは土魔法により塵にする。土って結構便利だ。

 火は飯時くらいしか使わない。なんでや。

 

 

『グルルルルルルル………』

 

 

 未だに敵意を向けてくる紫竜。

 

 どこまで行っても、僕は忌子。理由もなく敵意を向けられることなんて慣れてる。

 

 

「さて、今のうちに逃げるか。」

「うんっ!」

 

 

 息を整えて、歩き出す。

 走るのは疲れた。

 

「行くよ、3,2,1」

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 闇魔法を解除して走り出す。

 3歳児のダッシュなんて所詮ポテポテ走る程度の速度でしかない。

 

 ああ、生前の身体が欲しい。 手足が短い。あ、生前もそうだった。

 

 でも、親の庇護下に居るよりもこの野生のような生活をしているほうが、僕の身体がふくよかになっていく。

 やっぱり、虫やネズミなんかじゃなくて、ちゃんと果物や肉を食えているんだ。

 魔法さまさま、ドラゴン族さまさま、野生さまさまだ。

 

 魔法が無かったら僕は今ごろ虐待されて死んでるか、ドラゴンのおなかの中なんだ。

 

 

「あ、いた! ゼニス!! やっと見つけた!」

 

「ぜにすー! 見つけたのー!」

 

『ん? どうした、リオル。ルスカ』

 

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

『なるほど、全部わかった。』

 

 

 僕の唯一の味方、ゼニスは追いかけてくる紫竜と僕たちとの間に立ち

 

『グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

 

『グッ………』

 

 

 悔しそうに僕たちを睨みつけ、しずしずと下がった。本気で殺そうと思っているわけではないかもしれないが、いたぶろうという気がヒシヒシと感じるからね。

 

 ふぅ、これで一安心。

 

 ゼニスは僕の事もルスカのことも守ってくれる。

 人間よりも大好きだ。

 

 人間なんて醜いよ。

 

 偏見だけで人を捨てるし、すぐ保身に走る。

 醜い人間よりも、本能に忠実に生きているほうがよっぽどいい。

 

「ふぅ、ありがとう、ゼニス。」

 

『よいのだ。それより、どうしたのだ、追いかけられたりして。』

 

「いつものだよ。どうせ僕がゼニスに媚びへつらってるとか勘違いしてるんじゃないかな。まぁ、ちょっと合ってるけど。」

 

 ゼニスの事は今のところは信用してる。

 でもいつ裏切るのかわからない。

 

 だから僕は油断はしない。

 生前だって、僕は友達だと思っていた人に窓から突き落とされたんだよ

 結局、なにがどう転ぶのかわからないし、心を許すことはしない。

 

 心を許せるのはルスカだけだ。

 

「そういや、ゼニスはなんで人間語が話せるの?」

 

『む、そういえば私も言っていなかったな。』

 

 

 別に興味があったわけでもないけど、ふと立ち上がり、紫色に発光し始めた。

 

「まぶし………」

「ぜにす、すごいすごーい!」

 

 発光を続けているうちに、シュルシュルとゼニスの身体が縮んでいく。

 なんだそりゃ

 

「ふむ。こんなところかの。」

 

 そこには、竜の翼を持った紫色の髪のお姉さんが居た。

 紫色の髪はサイドでまとめてあり、ドリっている。

 

 ドリルロール、初めて見た。

 

 見た目は18歳くらいかな。

 身長は160cm程度。それより少しだけ高いくらい。

 美人だ。若い美人を見るとローラを思い出す。なんだか腹立ってきた。

 

 でも、ゼニスの息子たちが村を滅ぼしてくれたから、たぶんローラも死んでるだろう。

 

「へえ、人型になれたんだね」

「うむ。上位の竜なら、当然だ。」

 

 声も滑らかになっている。

 腕や足には竜鱗の名残がある。

 

「下位の竜ってなんなの?」

「下位の竜は擬態能力を持っておらず、プライドばかりが肥大した竜だ。私の息子たちはまだ救いがあるが、リオルたちを追い回す奴らがまさに下位の竜だ。群れでの序列も当然低い。」

 

 群れの序列争いもあるんだね、ドラゴンって。大変だ。

 

「上位の竜は擬態できるんだ。」

「うむ。とはいっても、上位の竜は族長、戦士長クラスだろうがな。」

「人型になったら戦闘力は?」

「少し落ちるが、さほど変わらん。」

 

 それはすごい。時々は人型になって小回りの利く仕事なんかをするのかな。

 

 というか、ドラゴンも人と仲良くしたいと思うこともあるのか。

 わざわざ擬態しようなんて思うくらいだし。

 

 ゼニスの好感度がちょっと上がった。

 

 本来の竜の形に戻ったゼニスによじ登り、お昼の果物を取りに行く。

 紫竜の里に来てから、もう2週間くらいたったかな。

 

 

 ゼニスの息子たちが人里に下りたついでに、ヤギや羊を持ってくるから、お肉についても困ることは無い。

 本当に助かるよ。ドラゴンって光物が好きだったよね。

 だったらお礼になんか綺麗な宝石とか、土魔法で作り出してみようかな。

 ゼニスの寝床を見てみたこともあるけど、金銀財宝や宝石がたくさん置いてあった。

 やっぱりこのお礼で間違いないな。

 

「ゼニス。これ、小さいけど、僕たちによくしてくれたお礼。あげる。」

 

『む? なんだこれは。』

 

「僕の魔法で作ってみたエメラルド。小さいけど、純度は高いよ。」

 

 

 ゼニスの頭までよじ登って、エメラルドをちらつかせてみた。

 ダイヤで58面体(ブリリアントカット)とかしてみたかったけど

 技術もないから、エメラルドを原石であげることにする。直径2㎝のエメラルドだ。結構でかい。

 

『ほう………たしかに綺麗だな。』

 

「ダイヤを土魔法で作れたらいいんだけど、さすがに炭素の塊は作れなかったよ。いつかは作れるようになりたいね。」

 

 オリハルコンは作れるのに、ダイヤを作れないとはこれいかに。

 

 でも、ダイヤよりもオリハルコンの方が固いんじゃないかな。どうなんだろ。

 ダイヤは金剛石って言うくらいだし、いつかは土魔法で本当にできるようになってみたい。

 

 修行してみよう。いつかはできるようになるさ。

 



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第6話 人里へ降りよう

「今日は人里へ降りるぞ。」

 

 人型になったゼニスに、そんなことを言われた。

 ドリル………。

 

「やだ。」

「りおがやーなら、るーもやー」

 

 即答した。なんでわざわざいじめられることがわかっている人里まで行かないといけないんだ。

 僕はいかないよ。

 いじめられるのはつらいんだ。

 

 ルスカだけでも行かせるっていう案もあるけど、それもヤダ。

 

 だって、信用しているゼニスであっても、僕を、僕たちを裏切る可能性があるんだもん。

 完全には信用しないよ。

 

「ふむ………こまったのう。」

 

「なにが?」

 

 顎に手を当てて視線を上に向けたゼニス。

 何が困るのだろうか。

 とくに不自由はしていないつもりなんだけどなぁ。

 

「いや、リオルたちの服だ。その年だと、すぐに成長して着れなくなるであろう?」

 

「ん………」

 

 確かにそうだ。服も一着しか持っていない。

 今までは適当に水浴びしたら同じ服を着ていたけど、もう2,3着は欲しい所だ。

 

「………わかった。人里に下りる。」

 

「うむ。では行こう。」

 

 紫竜の里の入り口へと歩いていくゼニス。

 

「………? ドラゴンになって飛んで行かないの?」

「阿呆。そんなことをしたら人間たちがパニックを起こして討伐体が組まれ、私が滅ぼされてしまうではないか」

 

「ああ、そっか。でも、ここは標高8000mのアルノー山脈なんでしょ?」

「うむ。もちろん。歩いて下山するのだ。」

 

「ひえええええ」

「ひゃああん♪」

 

 

 驚きついでにルスカを抱きしめたら喜んでくれた。

 ルスカはかわいい。

 

 僕は生前よりはかっこいい顔立ちなんじゃないかな。頬はこけてガリガリだけど、生前よりはマシだ。

 でも、この黒い髪と翼のせいでどこに行っても忌子になるだろうけど。

 

 

 3歳の体力で下山、登山はキツイ。

 でも、僕は今圧倒的に体力が足りない。

 

 修行のひとつとでも思おう。

 

 何事も、死ぬよりはマシなんだから。

 

 

 アルノー山脈の気温は10度。

 

 普通に寒い。

 でも、標高8000mにしては暖かい。

 紫竜の里がある場所は標高5000mくらいのところだろうか。

 頂上に近づけばもっと寒くなるんだろうな。

 

 寒い気温には慣れた。でも、やっぱり暖かい服も欲しい。

 ………糸魔法で作れないだろうか。でも機織りの知識がないから無理か。

 

 ということで、ゼニスと一緒に下山を開始する。

 

 

「ゼニス。人里にはなにがあるの?」

「うむ、キラキラするものが多い。」

 

 聞いても意味がなかった。

 

 ゼニスはでかいリュックを背負っており、それを軽々と持ち上げている。

 人型になっても、パワーは竜とさほど変わらないか。

 すごいな。そっちの方が圧力がかかって威力の高いパンチになりそうだ、

 

 リュックの中には、僕たちように果物がいっぱい入っている。

 水はルスカが魔法で作り出せるからおっけー。

 

 お手数おかけします、ゼニス。

 

「あ、こんにちはー」

「こんにちはー。」

「うむ。こんにちは。」

 

 しばらく進むと、登山する人たちとすれ違った。

 趣味だろうか。ここ、紫竜の巣が近いけど。

 

「ゼニス、大丈夫なの? 紫竜の里とか近いけど、卵とか盗まれない?」

 

「盗まれることもあるが、大して気にしておらんな。

 大抵は私の息子たちが始末するし、あまり心配はしていない」

 

「盗まれたら?」

 

「盗まれたら、ほとんどは騎士や研究所に売られるらしい。

 竜騎士用に育てられるのだそうだ。」

 

 竜騎士! なんかかっこいい響きだね!

 

「それって、紫竜の背中にのって戦うの?」

 

「いや、紫竜が生まれるのは、竜の卵をアルノー山脈で紫竜の手によって暖められたものが紫竜の子となる。

 人の手によって育てられた竜は他の竜と違い、格段に弱い『灰竜』となる。そのぶん、人間には従順だがな。」

 

「じゃあ、ゼニスのタマゴを、別の竜が居る里で育てたらそれはその種類の竜が生まれるってことなの?」

 

「うむ。私の子でありながら、種類の違う竜が生まれることもある。稀に紫竜の里で赤竜が生まれることもあるが、それは赤竜の里へと送ってやるのが通例だ。」

 

 竜の種類によるすみわけですか。

 

 そっか。そういや海亀の卵って、砂の中の温度によってオスかメスかが決まるって聞いたことがある。

 爬虫類っぽいドラゴンも卵の環境によって生まれる竜が異なるのかもしれないね

 

「誰との子?」

「赤竜の族長だ。名前はジン。」

 

 族長同士の熱い恋。赤竜の族長のジンさん。尻に敷かれないでね。

 

「ちなみに、赤竜の里ってどのあたり?」

 

「ずっと東の大陸にあるケリー火山だ。」

 

 よくわからん。大陸を跨ぐって言われても、僕は世界地図すら見たことないからよくわかんないよ。

 

 とりあえず、タマゴの環境が暖かいと赤竜が生まれて、おそらく寒いと氷竜(ヒリュウ)だとか水竜(スイリュウ)だとか青竜(セイリュウ)だとかいうんだろうな。

 たぶん気圧が低かったら紫竜?

 

「紫竜って竜の中じゃどれくらい強いの?」

 

「紫竜はかなり弱い部類だ。とはいっても、一番弱いのは人間に育てられた灰竜だがな。灰竜は人間化できない。ちなみにだが、種族的には赤竜と紫竜では赤竜の方が強いが、族長同士の戦いであれば、私の方が強い。」

 

 戦い方次第ってことですか。

 こりゃあ赤竜族長のジンさんは尻にしかれるな。

 

「じゃあ、一番強い竜は?」

「神の使いと呼ばれる『白竜』と悪の化身と呼ばれる『黒竜』だな。仲は悪い。ひとたび暴れれば街の一つは簡単に消滅するだろう。」

 

 また白黒。この世界は色による差別が多いね。

 それに、消滅だとか崩壊だとか多いねこの世界。でも言い伝えレベルだし関係ないだろう。

 いや、街ひとつ程度なら、やりかねないか。現に紫竜が僕の住んでいた村を滅ぼしたわけだし。

 ここは“色”というのが、特に大事な世界なのかもしれないな

 

「とはいっても、灰竜ですら、人間の冒険者でいうAランク(オレンジ)の強さらしいぞ。」

「ふーん」

 

 階級も色分けされているらしい。

 じゃあ他の竜はSランク(レッド)なのかな。

 僕はずいぶん簡単に地に伏さしたけど、普通の人―――闇魔法が使えない人だったら、まぁ苦労するんだろうな。

 

 僕だって、闇魔法を使わなかったら紫竜から逃げきれなかったし。

 

 

 

 

 下山中にホワイトベアーとかいう熊に襲われた。

 3mはあったよ、かなりデカい。

 

 僕は怖くて失禁するかと思った。

 ドラゴンを食しておきながら熊で失禁とはこれいかに。

 

 

「ふむ。邪魔だな。」

 

 ゼニスはホワイトベアーを適当に蹴ると、ゴキン! という鳴ってはいけない音が首から聞こえ、ブッ飛ばされた勢いを付けたまま樹にぶつかって絶命した。

 わお

 

 

「あのホワイトベアーって、強さは何ランク?」

 

「ふむ。Bランク《イエロー》ってところだろう。」

 

 

 普通の冒険者なら、相手にならないくらいかな。

 それすら倒せるソロの冒険者ってかなり強いんだろうな。

 

 やっぱり体を鍛えよう。

 

 そういう風にかっこよくなりたい。

 

 さっきすれ違った登山客はあのホワイトベアーを倒せるのだろうか。

 倒せなそうだ、趣味で登山をしているようだし、雪も降っていない山で白熊に出会っても、すぐに見つけられるだろう。

 ということは、白熊は強いけど、わざわざ戦わないなら、保護色にならない白熊の対処は簡単だということか。

 

「あ、ゼニスさん。お久しぶりです。」

 

「うむ。久しいな。今日はホワイトベアーが現れた。気をつけろよ。」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 すれ違うたびにゼニスに挨拶をする登山者。

 ゼニスはこのアルノー山脈では有名人なんだろう。

 

 人型は。

 

 

「ゼニスが紫竜だって知ってる人は居るの?」

 

「それなりに知られておる。が、あくまで噂程度だがな。人間に温厚な私がドラゴンのはずがないと、そう信じておるようだ。滑稽よの。私だって竜型で遊牧民の家畜を堂々とを襲うというのに。」

 

 

 ふははと笑いながらそう語るゼニスにとって腹が減っている時は人間も食料でしかないようだ。

 

「じゃあ、僕たちはゼニスにとっては非常食?」

「む、ははは! そうだな、腹が減ってはリオルとルスカを食べるとしよう!」

「ぜにす、るーをたべるの? ふえ………やだよぉ、たべないよね………?」

「うむ、もちろん冗談だ」

 

 ルスカがかわいい。

 涙目でゼニスに懇願するルスカ

 

 ゼニスは豪快に笑ってルスカの頭を撫でた。

 

 聞けば、人型の時は腹が減ったら普通に飯を食うらしい。

 人型と竜型の違いはなんだろう。

 

「まぁ実を言うと、私達は距離を置かれたらリオルたちに勝てる自信がない。私がリオルに襲い掛かったら、リオルはどうする?」

「ま、その時はぶっ殺すけど。」

「うむ。つまりそういうことだ。」

 

 なるほど、僕の魔力はSランクに相当すると。

 無敵じゃないか。

 

 とはいえ、それでも僕は卑屈になる。

 僕は忌子だよ。Sランクになったって忌み嫌われるのが目に見えている

 

 冒険者はあきらめようかな。

 宝石商人にでもなろう。充分金儲けできるはずだ。

 あー、でもこの髪のせいでいわれのない罪を問われて詐欺扱いされそうだな。

 

 髪の色はどうしようもないから、バンダナでも巻くとしよう。

 

「りーおー。つかれたー。」

 

 ルスカが疲れたと言い始めた。

 僕より体力があるのに、情けない。

 

 僕は疲れても我慢できるよ。

 というか、生前から我慢しかしたことないもん。

 でも、ルスカが疲れたというから、僕も休むことができる。

 

 ………ん?

 

 そうだよ、ルスカが休むと言わないと、僕はいつまでだって歩き続けるはずだ。

 ルスカは休憩中も草木に身体を突っ込んで木の実を食べたり食べられる草を探してみたりして走り回る。

 疲れていないんだ。

 

 ルスカが僕に気を使っていたんだ

 

 うわぁ、情けないな、僕。

 

 

 3時間くらい歩き続けて、ようやく休憩する。

 

 ここは紫竜の里から10kmくらいだろうか。まだまだ先は長いね。

 ドラゴンの姿になったらすぐに着くだろうけど、ドラゴンは寿命が長い。

 

 特に急いでいないなら、ゼニスにとってこの下山は単なる余興だろう

 



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第7話 ガウルフ VS ルスカ

 

 下山開始から2週間ほど過ぎた。

 歩きっぱなしでルスカの機嫌がわるい。

 

「ぜにすー。まーだー?」

「もうすこしだ」

「それ、きのうもいったのー」

 

 

 不機嫌だ。そのたびに撫でてあげるけど、やはり不機嫌だ。

 

「ゼニス。正確にあと何日かかるかわかる?」

「うむ。山のふもとまで行くだけだからな。この速度ではあと4時間程度だろう。」

 

 ならあと8時間くらいだと思って気長に行こう。

 

 そういえば、ここはもうほとんど下り坂がない。

 紫竜がアルノー山脈の頂上で飛んでいるのが米粒みたいに見える。

 

 あそこらへんから歩いてきたのか。3歳児、頑張った。

 

 高度が下がると気温が上がる。

 すでに気温は30度くらいで、結構暑い。

 

 もしかしたら山のふもとって砂漠地帯じゃないだろうな。

 

 

「む、喜べ。ガウルフが現れた。人里は近いぞ。」

 

 

 なんか灰色のオオカミが現れた。

 人里で悪さするようなオオカミなんだろうな。

 

 今までのランクから推測すると、このオオカミの強さはDランク。

 普通の………駆け出しを抜け出した冒険者がソロでなんとか勝てるレベルかな。

 

 アルノー山脈は結構強い魔物やら動物やらが多いみたいだ。

 

 そして、魔物であろうと動物であろうと、僕にとっては『肉』が現れたとしか認識していない。

 

 

 焼肉は偉いよ。うまいから偉い。

 これはなんのセリフだったかな。

 

 胆嚢(タンノウ)以外の部位は余すところなく僕が食してあげる。

 胆嚢や脳みそは食わないけど、食べられるものは食べないと損なのだ

 

 ここ最近、ホワイトベアーの解体とかでかいイノシシの解体とかばかりしてたから、僕の解体の腕が上がっていくよ。

 なんでだろうね。僕はどこに向かっているんだろう。

 

 今の僕だったら、前世で生肉(せいにく)の解体係をしても一目置かれそうだ。

 

 5分もあれば、鶏程度ならすべての部位を解体できそうだ。

 えっと、まず血を抜いてから熱湯にさっと付けて羽を落とすでしょ。

 

 肛門に切れ目をいれて、食道を切断。

 ケツの方から内臓を全部引っぱり出すでしょ。

 

 胆嚢を傷つけないように砂肝や肝、心臓、腸、胃を部位ごとに分けるでしょ

 首をどこかに引っ掛けて宙に浮かせた後に背中に縦断する切れ目をいれて、右足を腰から解体。そのあと左足。

 

 腰骨を切断して、つぎは肩からムネ肉を引っ張って骨と肉を離す。

 残った鶏がらからはササミと胸小間(ハラミ)を取り出す。

 さらに残った首ガラから首小肉(セセリ)を取り出す。

 

 最終定期にあまった鶏の骨だって、鶏がらのスープにしてしまえばあら不思議。

 

 どこも余すところなく鶏を食べることができましたー

 

 ちなみに、胸の中央にある消波ブロック(テトラポット)みたいな形のナンコツがあるんだけど、それはヤゲンって言うんだよ。から揚げにしたいおいしさ。

 ヒザナンコツもコリコリしておいしいの。

 

 はぁ、なんで僕は解体ばかりやっているんだろう。

 

 まぁ、おかげで下山しているだけなのに、僕に肉が付いてきた。

 3歳児のガリガリ体系から、ちょっと痩せすぎている3歳児くらいにはなったかな。

 

 解体もけっこう筋肉つかうから、鍛えることもできたよね。

 筋肉、ついた………かなぁ。

 

 でも、ルスカほどじゃないだろうな。

 

 

 あ、ちなみに、イノシシの毛皮やホワイトベアーの毛皮は僕がなめして乾かして、量の少なくなってきたゼニスのカバンに入れてある。

 

 苦労したのはなめした皮を乾かすとき。日干しするのか陰干しするのかよくわからない。

 しょうがないから僕の火魔法とルスカの風魔法による温風ドライヤーで一気に乾かした。

 今の時点では生臭い。

 

 人里に着いたら売ろうと思う。

 

 

「りお~、ぜにす。あのおおかみさん、るーがおいはらってみたいの」

 

 おや、暇を持て余した我々の天使がそんなことを言い始めた。

 なんてことだ。

 普通の冒険者がようやく討伐できる狼を、自らの手で追い払いたいと。

 過信のし過ぎだ。

 

 いままで、ルスカは怪我らしい怪我をしたことがない。

 ゼニスがポンポンと蹴飛ばしているのをみて、自分だってと思っても不思議じゃあない。

 

 だが、それは甘い考えだ。世の中を舐めすぎている

 

「あぶないから、ダメ」

「ぶー。りおがそういうなら、がまんするの」

 

 ただ、ちゃんと僕の言うことを聞いて、やっていいことといけないことの分別はついている。

 だからこそ、僕にやっていいかを聞いてきたのだから。

 

 だからといって、危険なところにルスカを放り出すほど、僕は甘ちゃんじゃない。

 当然、ルスカの提案は却下である。なんてったって3歳児だ。

 

 牙で噛まれたら、それだけで喰い千切られる。間違いなく。

 

「まてまてリオル。ルスカが危なくなったら私がヘルプに入る。やらせてみたらどうだ?」

 

 だというのに、子供の成長を見る親にでもなったつもりなのか、ゼニスがそんなことを言い出した。

 

「………ルスカに怪我させたら、僕は怒るよ」

「わかっておる。私もリオルを怒らせたくない。全力でサポートするとしよう」

 

 

 ということで、ルスカの戦闘を見よう。

 

 

「りおー、ほうちょうちょーだい」

「ん、あぶないから、気をつけて使うんだよ」

「はぁーい♪」

 

 僕が土魔法で作り上げたミスリル包丁。

 職人が鍛えたわけじゃないから、切れ味は保証しない。

 

 でも僕がいつも解体できているから、相当な切れ味はある。

 ミスリルだから軽いし、ルスカにも扱えるだろう。

 

「ガルルルルル……」

 

 ガウルフが警戒してルスカから距離を置く。

 そして、僕とゼニスもすこし離れる。

 ゼニスはすぐにでも駆けつけられる場所にいる。

 

 僕は怖いからかなり離れて糸魔法であたり一面に危険はないか索敵(サーチ)をかける

 

 

「やー!」

 

 ルスカがパタパタと走り出してガウルフに駆け寄る

 

「ガウ!」

 

 

 それに警戒したガウルフは、向かって来るわけでもなく、逃げ出した。

 

「あ、まってー!」

 

 野生のオオカミって、警戒心が強いからなぁ。

 いきなり近寄ったら、なんであれ逃げるんだね。

 

 人間だって、いきなりネズミが向かって来たら逃げるもん。小動物が敵をもって向かって来たら、油断なんかできるわけがない。こちらの実力が上だとわかっていても、『向かってくる』というのは、相応のプレッシャーを相手に与えることができるのだから。

 

 そういや、前世でもズンズンと人が歩み寄ってくるのは怖かったなぁ。その時は十中八九、実際にぶん殴られていたけどね。

 

 

「きゃん! ふぇ………ああああああああああああああん!!」

 

 さすがにオオカミの脚力に3歳児の足は追いつかない。

 ペタペタと走って追いかけるが、短い脚をうまく使えず、石に躓いて転んでしまった

 

「ああ、ルスカ!」

 

「ふぁああああああああん! りおー! りぃお―――!! あああああああああん!!」

 

 急いでルスカに駆け寄る。

 すると、ルスカは僕に抱き着いてきた

 

「ぐす、いたかったの………」

「大丈夫だよ。そのくらいで泣いたらダメだよ。よく追い払えたね、えらいよ」

「にへへ、るーえらい?」

「うん、だから、泣かないで」

 

 

 そう、そのくらいで泣いてたらダメだ。生前、僕は小指を切り落とされても泣かなかった。

 泣いたらあいつ等の思うつぼだ。僕を痛みつけて泣かせて、人の不幸を笑うんだ。

 

 ルスカは手と足を擦りむいた。

 すぐに光魔法で治癒する。

 

 本当に便利だね、光魔法。

 

 生前、その魔法があったら、どんなによかったことか。

 いや、治った側から怪我するだろうな。

 ああ、ここが前世やあの村じゃなくてよかった。

 

 野生の生活をしているほうが、幸せだなんて。

 

 

 

 

………

……

 

 

「グルルル………」

 

 しばらくすると、もう一匹ガウルフが現れた。

 

 ルスカはまたも自分がやると言い出す。

 

「仕方あるまい。」

「………そうだね。ルスカも、窮屈な思いをしてるだろうし。」

 

 これがストレス発散になるなんて。

 天使の子? 神子? そんな子が生き物を殺すことでストレスを発散するなんて、なんて皮肉だよ。

 

 

「やー!」

「バウワウ!」

 

 今度はガウルフは腹を空かせていたのか、ルスカを餌と判断して向かってきた。

 

 

「ふにゃー! ひゃー!」

 

 ポテポテと走りながら、Dランク(グリーン)の獣と戯れるルスカ。

 危なっかしいけど、3歳児にしては動きがかなり早い。

 ルスカは魔法よりも、運動能力の方が高いのかもしれないね。

 

「ガルァ!」

 

 ガウルフはルスカに飛びかかった。

 

「にゃー!」

 

 ルスカはびっくりしてしりもちをつく。あ、やばい

 

「ゼニス!」

「うむ。ん?」

 

 

 ルスカの方に踏み出そうとしたゼニスが、ピクリと動いただけで助けに向かわなかった。

 

 

「おい、助けに」

「大丈夫だ」

 

 その言葉を聞いて、ルスカの方を注視する。

 

 ルスカは地面に仰向けで倒れており、ガウルフはルスカが倒れたことにより、ルスカの上を飛び越えてしまった。

 しかし、その瞬間、ルスカはペロリと唇を舐めると、ガウルフのおなかにミスリル包丁をスッと突き入れて、手を離した。

 

 

 ガウルフは毛皮が固い。しかし、おなかは柔らかいという話をゼニスから聞いた。

 ルスカはそれで、おなかを狙うタイミングを計っていたのか。

 包丁は一発で心臓を刺したようだ。

 

 心臓を刺せたのはたまたまだろう。

 ルスカはそこが動物が生きるために重要な器官だとは知らない。

 

 着地と同時に地面に崩れるガウルフ。

 

 

「えへへ、りおー♪ できたのー♪」

 

 まさか、Dランクの獣を一人で倒す3歳児だったとは。

 魔法も使わないで、とんでもない強さのようだ。

 

 普通の3歳児ならFランク(インディゴ)のウサギとかでも逆に殺されそうなのに。

 ちなみに僕は魔法がなかったあのオオカミには近寄りたくない。

 ヘタレのチキンだよ。安全第一。

 

「えらい、えらいよ、るー!」

「えへへ、きゃあんやあん♪」

 

 

 ほめて撫でてあげると、くねくねと喜びを表すルスカ。

 もう、なんだこのかわいい生き物!

 

 ま、そういうわけで、今日の晩御飯はガウルフの焼肉となりました。

 もちろん、毛皮はなめしてルスカの水魔法と僕の火魔法の熱湯で消毒して、火魔法と風魔法のドライヤーで無理やり乾かす。

 

 乾かすと縮むから、土魔法で釘を打っておくことは忘れない。

 イノシシの毛皮をなめした時に学んだ。

 

 毛皮のなめし方なんてよく知らないから、この程度でいいだろう。

 

 

 

 夜は寒い。ここらへんは雨が降らず、ちょっと空気が乾燥している。

 水属性の魔法使いは重宝されるだろう。

 

 ガウルフと白熊の毛皮の毛布に(クル)まって就寝。

 

 どうせ売るから、使っておく。

 

 

 さ、明日には人里に着くぞ。

 



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第8話 では、服屋に行くとしよう

 

 

 人里に着いた。

 

 活気づいている。

 ちょっと暑いけど、快適そうだ。

 

「りーおー! みてみて! みずがぶしゃーって!」

「るー。それは噴水って言うんだよ」

「ふんすー!」

「ふんすい」

「ふんすいー!」

「そうそう、えらいねー。」

 

 噴水が空気中に水を撒くことによって、あたりの温度を下げているのだろう。

 近くに川とかがあったら、電力のいらない噴水とかを作れるのかもしれない。

 

 原理とかは知らないけど、物理学の世界ってすごいな。

 

 

 パタパタと走る白髪の女の子を、里の人たちは微笑ましく見守った。

 

 でも、ゼニスと並んで歩くぼくは、やはり奇異の目で見られる。

 どこに行っても、黒い髪は悪魔の髪なんだ。

 

 黒っぽい髪の人はいるけど、ここまでツヤのない炭のように真っ黒な髪は僕しかいない。

 灰色や黒っぽいブラウンなどはちらほら居る。

 

 でも黒はいない。

 

 それに、この世界は赤い髪や緑色の髪をした人もいる。

 

 黒系は少ない。

 

「るー。もどっておいで。」

「うん♪」

 

 ルスカが僕に抱き着いて蕩けた笑みを浮かべると、周りの人も、頬を緩ませた。

 

 最初から忌子だとわかっていなければ、少しは受け入れてもらえるのかな。

 

 

「ゼニス。お久しぶりです。」

「おお、クロ―リー。老けたな。」

「そういうゼニスは、変わらんな。」

「当たり前だ。」

 

 そうこうしていると、ゼニスに話しかけてくる青い髪の男が居た。

 どこか兵士っぽい

 なんだこいつ。

 

「ゼニス。この子たちは?」

「私が保護した神子と忌子だ。」

 

 そうだよ、忌子だよ。文句ある?

 

「魔王の子だと!? ここで叩き切って」

「やめておけ。この子には敵わん。それに、この子たちは双子。リオルの方も、危険な思想は持っておらん。信用していい。」

「しかし………」

「この子は生まれながらに虐待を受けてきた。3歳の子に人並みの幸せを与えてはやれんのか、貴様は。」

 

 そういって僕をだっこするゼニス。

 ゼニスは優しいから安心する。でも心は許せない。

 

 裏切られるのなら、最初から信用なんかしない方がいい。

 

「ぐ、わかった。危険なようなら、切り捨てるぞ。」

「好きにするがいい。」

「痛いのはいやだよ。」

「りおをいじめないで!」

 

 頬をふくらますルスカ。

 おお、まい、エンジェル。

 

「神子様がそうおっしゃるのであれば………」

 

 しずしずと下がる兵士。

 剣を扱う人なんだろうか。

 

 魔法があるといっても、剣を使う人だっているはず。

 冒険者なんて、魔法よりも剣士の方が多いっぽいし。

 

 剣士は魔法使いを見下しているそうだ。

 

 僕は魔法にロマンを感じるから、魔法の方が好きだな。

 

 でも、剣も振るってみたい。

 どっちもできるようになりたいけど、僕は筋力が足りない。

 全部ピクシーとローラのせいだ。

 

 普通の3歳児の半分くらいしか動けないんじゃないかな。

 今は成長中だし、鍛えれば普通にはなりそうだ。

 

 

 そういや、七つの龍の玉を集める物語では、10倍重力の部屋で特訓したりしてたんだっけ。

 

 僕の無駄魔力なら、それくらいできるだろう。やってみよう

 

 ゼニスに降ろしてもらい、1.5倍の重力を自分に掛ける。

 

 転んだ。

 

 あきらめた。

 

 

「なにをやっているのだ、リオル。」

「僕は体力が圧倒的に少ないからさ。鍛えようと思ったんだ。」

「ふむ。たしかに軟弱な体よの。膨大な魔力があるというのに………精進するがいい。」

 

 

 じゃあ精進する。

 1.1倍の重力で生活してみよう。

 

 ちょっと体が鉛のように重いけど、それだけだ。

 体重計と言うものはないけど、僕の体重が9.2kgから10kgくらいになった。

 

 体が重い。

 1kgでこんなに変わるものなのか。

 僕の身長は85cm平均と比べたら低いんだろうか。このくらいが普通なんだろうか。よくわからない。

 

 

「ゼニス。お金って持ってるの?」

「うむ。お前たちの服を買いに来たのだぞ?」

 

 この世の通貨を、僕は知らない。

 

 聞けば金貨や銀貨、銅貨を使っているらしい。

 価値の低い通貨から紹介しよう。

 

 鉄銭(てっせん)――1W(ウィル)

 銅貨(どうか)――10W

 大銅貨(だいどうか)―100W

 銀貨(ぎんか)――1,000W

 大銀貨(だいぎんか)―10,000W

 金貨(きんか)――100,000W

 大金貨(だいきんか)―1,000,000W

 白金貨(はっきんか)―10,000,000W

 

 

 こうなっているらしい。

 

 大銀貨から上はあまり流通していないんだって。

 そりゃそうか。金持ちが持っているんだろうね。

 

 10枚ずつで通貨が変わるらしい。

 日本じゃ5枚ずつで変わってたね。

 5万円札とか10万円札とかあったら、金持ち連中は楽できたんじゃない?

 ………偽札とか出回っちゃうか。ここは日本じゃないし、どうでもいいけど。

 

 ちなみに、銀貨と大銀貨を見せてもらったけど、100円玉と500円玉くらいの大きさだった。

 

 白金貨とか、なくしちゃいそうで怖いね。

 でも、ふとした時に机の下から見つかったら奇声をあげて喜びそうだ。

 なんせ一千万だよ。そんなもんが机の下から出てきたらそれはそれでおかしいけど。

 

「とりあえずさ、毛皮とかを換金できる場所に行きたいんだ。クロ―リーさん。場所わかる?」

「む………思いのほか礼儀正しい。」

「教えてよ。」

「わかった、なら、冒険者ギルドへと行くがいい。そこに換金所がある。」

 

 おお。この里にはそういうのがあるらしい。

 魔法ギルドとか魔術ギルドみたいなものもあるのかな。

 

 でも、今は無縁だろうな。紫竜の里で暮らす方が楽だ。

 成長したらなにかお礼をしてから出て行こう。

 

「だが、付近にはダゴナン教会が近くにあるから、まずは服を買いに行って、その頭を隠してやるといいかもな。その髪を見ただけで、教会の連中はお前を殺しに来るかもしれんから。」

「わかった。ありがとう」

 

 

 ダゴナン教会ってなに? 怖い。

 僕は忌子じゃないよ、人間だよ。

 

 イタゾアクマダソッチニイッタゾトラエロシバリアゲロー

 

 見てよこの髪この翼。どう見ても人間でしょ

 

 アクマノカミニアクマノツバサダコロスノダー

 

 ルスカだって居るよ、僕の妹だよかわいいでしょ

 

 アクマガミコヲセンノウシテイルゾナンテコトヲスルンダー

 

 

 みたいな? 教会の人って頭悪そう。

 勝手なイメージだけどさ。

 

 でもま、黒い髪、それに闇属性を禁忌とする、そんな宗教があることは……うん。

 その話だけでよく分かったよ。

 おそらく、広くに浸透している宗教なんだろうな。

 そんな宗教がある状態で、僕のこの黒髪、そして漆黒の翼があるのなら………抹殺対象にならないわけがないか。

 

 それに………ローラや魔法屋のババア。それにピクシーが僕に暴力を振るってきたのも、おそらくその宗教が無関係とは言えないだろう。

 

「では、服屋に行くとしよう。」

「やったー!」

「やったのー♪」

 

 

 ちょこちょこと歩きながらゼニスを追う。

 周囲の視線はゼニスが受けてくれるが、それでも好奇の視線をよこされる。

 漆黒の髪の男の子と、純白の髪の女の子が歩いているのだ。それは目立つのだろう。

 

 ひそひそとこちらを窺って話す、小さなささやきが聞こえてくる

 

 ………いい気分はしないな。

 初めから髪を隠させてくれたらいいのに………。

 なんでゼニスはこんなところを歩かせるんだ。

 

「堂々と前を向け、余計に怪しまれるぞ。服屋についたらバンダナを買ってやる。それまでの辛抱だ」

「………うん」

 

 服屋に着いた。

 思ったよりも近いな。

 多くの人に見られたわけじゃないが、それでも嫌悪感の残る視線を受けたのだ。

 僕の心のトラウマを刺激されて心がささくれ立つ。

 

「この子たちに服を。」

「あらぁ、ゼニス。久しぶりね。5年ぶりかしらー。変わらないわね」

「うむ。リンは老けたな。」

「まぁ、殴るわよー」

「構わん。どうせ効かんわ! ワハハハハ!」

 

 ダスダスとゼニスの脳天にチョップをかます茶髪の店員さん。

 

 仲いいな。人間と仲良くするドラゴン。

 ゼニスは信用してもいいかもしれない。

 

「この子たち………あら?」

「うむ。髪のことか? この子はこの髪のせいで虐待を受けていてな。触れないであげてくれ」

「まぁ、わかったわ。」

 

 途端に同情の目をする店員さん

 ありがとうゼニス。こういう目を見るのは久しぶりだ。

 

 でもどこかローラに似てる。ああ、ローラも同情の目をしていたのか。

 同情するなら現状をどうにかしてくれ。

 金じゃなくていいから。

 

 

「頭の髪を隠せるバンダナが欲しい! 何枚か!」

 

「うふふ、わかったわ。待ってなさい」

 

 簡単に僕たちの寸法を測っていく店員さん。

 

「こんなところかしら。好きなのを選んでね」

 

 僕たちの寸法に合うものから、少し大きめの物をまとめて持ってきた。

 わお。

 

 選んでいいの?

 服にサソリとか入っていない?

 大丈夫?

 

 よし、じゃあ選ぼう!

 

「うわぁーーーい!」

「きゃあ~~! りおー! るーも、るーもえらぶー!」

 

 僕たちに合いそうな服を選んだ。

 

 フードつきの物。

 バンダナ。

 髪飾り。

 

 ズボン

 パンツ

 タオル

 

 あと財布。

 

 財布は余った生地で作ったんだって。

 本当はただの小物入れ。これはタダでもらった。

 

 

 できるだけ僕が持っているお金で払いたかったけど、8万W(ウィル)くらいかかった。

 服って高いんだね。まぁ、それだけいっぱい買ったし………それに二人分だしね。当然ながら僕たちはお金を持っていないから、ゼニスが払ってくれたよ。

 

 ゼニスってばお金持ちさんだね!

 

 

「ありがとう、そろそろ帰るぞ。」

 

「ゼニス。また来てね!」

「うむ。10年以内には来よう。」

 

「「ばいばーい!」」

 

 ルスカと二人でリンさんに手を振って帰る。

 

 服はゼニスのリュックに入れた。

 せっかく毛皮や果物が無くなったのに、またパンパンになっちゃった。

 でもゼニスは重くなさそうだ。

 すごいや。

 

 

………

……

 

 

 

「リオル。着いたぞ。ここが冒険者ギルドだ。」

 

「りお、いこ?」

「あ、うん」

 

 なんか酒場みたいな建物に入るゼニス。

 ぼうっとしていたようだ。ルスカに手を引っ張られてギルドに入る。

 

 中は喧騒で溢れており、男たちが酒を飲みながら今日倒した魔物がどうだ、明日の仕事はどうだと話し合いをしている。

 

―――ゾクリ

 

「―――っ」

 

 ゼニスが冒険者ギルドに入った瞬間、突然、僕たちを値踏みするような視線を全身に受けて身震いしてしまった

 僕の緊張に気付いたのか、ルスカが僕の手をぎゅっと握って先導してくれる

 

 ああ、なさけないお兄ちゃんでごめんね、ルスカ。

 

「あ、ゼニスさんだ! こっちに帰ってきたんですね!」

「うむ。出迎えご苦労。」

「今度パーティ組んでくださいよ!」

「うむ。断る。」

「ゼニスさん、結婚してください!」

「うむ。貴様にはドブネズミの嫁がお似合いだな。」

 

 

 ゼニス、大人気。

 

 そしてゼニス。すっげー毒舌。

 入ってきたのがゼニスだとわかるや否や、むさくるしい冒険者たちがゼニスを囲んで話をし始めた

 いきなりの状況に僕もルスカも蚊帳の外だ。

 

「ところでゼニスさん。その子は?」

 

 めざとく、ゼニスの足元についてくる僕たちを見つけた冒険者がゼニスに聞いてくるが、それに対しゼニスは、周囲の冒険者に対しての爆弾を投下することになる

 

「うむ。私の子だ。」

 

 と。

 

「「「なにいいいいいいいいいいいいいい!!!」」」

 

 

 大賑わいの冒険者ギルド。

 まさかゼニスさんに子供がいたとは、と驚く冒険者たち。

 奇遇だね、僕もゼニスの子供だったとは知らなかったよ。

 

「リオルです! よろしくねー!」

「うー………」

 

 

 ルスカは僕の服の裾を握って俯いている。

 こんなにいっぱい初対面のこわもてさんが居たら、恐縮しちゃうよね

 

 でもね、僕も足が震えているんだよ。

 

「るー。ごあいさつ。できる?」

「う、ん………」

 

 ルスカの頭を撫でてやり、手を握る。

 

「るすか。さんさい!」

 

 ビシッとスリーピースが決まった

 

「「「かわええええええええええ!!」」」

 

 

 おい貴様ら。僕との差はなんだね。

 不愉快だ。髪を隠したところで、ショタのかわいらしさは幼女の愛くるしさには勝てないのか!

 

「ええい、貴様らどけ。私は換金所へ用があるのだ!」

 

 紫色の髪《ドリル》を揺らしながら冒険者たちをかき分けるゼニス。

 よっぽど人気なんだね、ゼニス。

 

「ゼニスって、冒険者なの?」

「うむ。私はこれでもソロでSランクの冒険者をしているのだ。私の種族は竜人族ということになっている。有名人だぞ。すごいだろ。」

 

 だから人型で、魔物のランクにも詳しくて、人間にやさしいのか。

 

「本人がSランクの紫竜なのにね。」

「言うなよ?」

「だったら僕を人前を黒髪で歩かせないでよ」

 

 自分だけ正体を隠して、バンダナをまだ買っていなかったとはいえ僕らの頭を晒したまま歩かせるのは卑怯なんじゃないの?

 『魔王の子です』って宣伝しながら歩いているようなもんじゃん。やだよそんなん

 ゼニスのセリフに、真っ向から噛みつく。

 

「む………すまないことをさせてしまったようだな」

 

 形のいい眉を寄せて謝るゼニス。単純にそこまで考えが及んでいなかったんだ。

 竜であるゼニスは、人間の宗教に興味を示していない。だからこそ、僕とルスカを差別しないで接してくれるのだから。

 

 でも………。

 それでも!

 

 未だに信用ができないのだ。親代わりに育ててくれることは感謝しているけれど、僕にだってトラウマはあるのだから。

 

「もういいよ。ゼニスのおかげで視線は少なかったし。まあでも、ゼニスも僕が忌子だって公言しないならね。この視線は変わんないだろうけど。」

「まあ、そうだな。」

 

 と、そんなこんな話しながら、換金所に到着。

 換金所のお姉さんは苦笑いだ。

 子供をこんなところに連れてきて武勇伝の自慢かしら? みたいな表情だ。

 

「おい、この毛皮を換金したい。」

 

 まあ、そんなお姉さんの事情はどうでもいいので、ゼニスもリュックに仕舞ってある毛皮の換金をお願いするのだ。

 

 毛皮ってかさばるからなぁ………。見た目よりも容量がある魔法のバッグとかないのかな………

 あったらいいなぁ、そういや、魔法屋ってのもあるらしいし、面白い魔道具とかも売ってあるみたいだし、そういう便利な道具も売ってるかもしれないね。

 お値段は張りそうだけどさ。

 

「はい………まぁ! Bランクのホワイトベアーですね! 大銀貨5枚と銀貨7枚で買い取らせていただきます」

 

 五万七千

 

「オサイノシシの毛皮二枚ですね。一枚につき、大銀貨2枚で買い取らせていただきますが、一枚、状態が悪いので、半値で買い取らせていただきます。」

 

 八万七千

 

「ガウルフの毛皮は状態がいいようなので、大銀貨1枚と銀貨2枚で買い取らせていただきます。」

 

 九万九千

 

 おお。毛皮だけでそんなに儲けられるものなのか

 

 

 でも物品の相場がよくわからないから、多いのかどうかよくわからないな。

 

「ガウルフの分は、リオルが持っておれ。」

 

 ということで、一万二千W(ウィル)は僕があずかることになった。

 

 いただいたばかりの財布にお金をいれて、ゼニスのバッグに入れてもらう。

 どうせ買うものとかないし、3歳児の僕が買い物に行っても相場とかわからないからぼったくられるよ。まちがいなく。

 というか、とくに買うモノとかもないしね。

 

「討伐依頼を達成すれば、その報酬ももらえるぞ。」

「ふーん。討伐のほかに、採取ってあるの?」

「うむ。ある。だがそれは採取部門だ。窓口はあっちだな。」

 

 討伐と採取は別物らしい。

 つまり………どういうことだ?

 

「討伐と採取で分かれているの?」

「ああ。危険の種類がまるで違うからな。採取の場合は危険な崖などに生息する花や木の根、渓流で獲れる魚などを採取することもあるから、剣よりもそういった危険な場所を渡るための道具に比重を置かれる。山を下るときに見た登山者を見ただろう。あれがそうだ」

「ふぅん、でもさ、街や村の外って魔物が居るんでしょ?」

 

 白熊にも出会ったし、狼にも出会った。イノシシだって出たんだよ。

 採取っていっても、魔物が全くいない訳じゃないはずだよね

 

「もちろんだ。採取部門の者たちも、最低限の自己防衛はできなければならない。Dランク(グリーン)にもなれば各上の魔物を追い払ったりうまく隠れる術も持っているはずだ。無用な戦闘は避けるのだよ、そういった者たちは。」

 

 へー………。

 採取で竜のタマゴの依頼が来たらどうするんだろうね。討伐の冒険者を雇うのかな。

 

「もしかして冒険者をしていると、身分証明になる?」

「む、そうだな。ギルドカードがあると、何かと便利だ。」

「たとえば?」

「立ち入り禁止の火山に入れる。」

「ケリー火山?」

「うむ。」

 

 赤竜さん逃げてー

 

 冒険者ギルド。

 今は僕は幼すぎるから関係ないか。

 

 将来的に、最低ランクでもランクを取っておいた方がいいかもしれない。

 

 僕は自分の身元を保証するものを何一つ持っていないもん。

 

「街での治療費など施設の利用料金は高くなるが、冒険者には納税の義務はなくなる、という利点もある」

「なるほどねー」

「まあ、さすがに子供になれるような職業ではないのでな、15歳からと年齢制限がついている。それ以下で冒険者になろうと思うのなら、Bランク(オレンジ)以上の冒険者からの推薦が必要となる。こちらはBランク(オレンジ )が太鼓判を押すのだから年齢の下限はない。極論でいえば、赤子でさえ冒険者になることもできる。ただ、そいつがDランク(ブルー)になるか、15歳を過ぎるまでは何か問題が起こった際、推薦したものが責任を持たねばならないがな」

 

 なるほどね、推薦するにも責任が付随するのは当然か。既定の年齢以下で冒険者になるなんて、普通なら無理に決まっているし、プロの冒険者が大丈夫だと言ってくれないとそりゃあ任せることはできないだろう。

 むやみに人を死なせるのは、ギルドとしても儲けにかかわってくる話だからね。

 

 

「ま、身分証はいつかは欲しいけど、今はいらないし、帰ろうか」

「おなかすいたのー」

「そうだな、里に戻るとしよう」

 

 

 今度はあの山道を登るのかな………などとげんなりしながらギルドを出ようとしたところで、またトラブルが舞い込んだ

 

 

 

 

 

「ゾンビドラゴンがでたぞー!」

 

 

 青い髪の兵士さん。クロ―リーが慌てて冒険者ギルドの中に走ってきた。

 緊急依頼ってことかな?

 

 それに、ゾンビドラゴン? なんてこった。

 

 いったい誰がドラゴンの死体を放置したんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 ………僕かな?

 

 

 



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第10話 ブースト

 

 ゾンビドラゴン討伐に向かって1日目の夜。

 

 さすがにくたくただ。

 

 一日中走り続けた

 

 3歳児でも、24時間マラソンとかできるかもしれない。

 

 さくらーふぶーきのー♪

 

 あとは根性の問題かな。

 

 

 野営の準備をする。

 もちろん、僕もできるだけ手伝う。

 

 Cランク(グリーン)の冒険者たちは僕たちに気をかけてくれた

 まぁ、それでも僕の髪を見たら気味悪がられるんだろうけど。

 

 Cランク(グリーン)パーティ 『ガーディ』

 

 彼らは獣人のパーティだ。

 

 獣人とはなんぞや。

 獣みたいな奴らだった。

 

 顔がそのまんま雉《キジ》みたいなのもいれば、ネコミミを生やした男もいた

 

 毛深い犬そのままの顔の女の人もいた。

 

 猿もいたよ。でもそれは人間だった。ルパンみたいだった。

 

 聞いたら名前もルパンだった。もみあげぇ

 

 

「ルパン。僕になにか手伝えることってある?」

 

「手伝えることかい? うーん。あ、薪を拾ってきてもらえるかな。スープを作るから」

 

「おお、なにのスープなの?」

 

「Fランクのファンクックさ。たまたまその辺を歩いていたから、捕まえてきたんだ」

 

 

 ファンクック。鶏のファンなのかな。それとも船長?

 

 見たところ朝になったら『コケコッコー』となくあいつにそっくりだ

 ただしでかい。一匹で10kgはあるんじゃないかな。

 普通の鶏の2倍くらいの大きさだ。

 

 鶏ガラのスープ。期待しよう

 

「るー。薪を拾いに行こう!」

「まきー?」

「うん、えっとね木の枝のこと。」

「まきー!」

 

 ルスカはポテポテと走り出す。転んじゃうよ、気をつけて

 

「えへへー《さいくろ~ん》」

 

 ルスカは小さなつむじ風を呼び出し、その辺から木の枝を集めてきた

 

「Oh………わざわざ木から折らなくてもよかったのに」

 

 

 全体の3割くらいが、木が折れたものだ。もちろん、湿っている。

 

 ま、いっか。

 

 ここから乾いたものだけを持って行こう

 ルスカのおかげでわざわざ拾いに行く手間が省けた

 

 

「持ってきたよ、ルパン」

「あ、早いね。えっと、火魔法を使える人っているかな。俺のパーティ、火魔法を使える人っていないんだよね」

 

 じゃあいつもどうやって料理をしているんだい?

 

 そう聞いたら、マッチがあるそうだ。

 じゃあマッチ使えばいいじゃない。

 

 火魔法を使える人が居たら、それだけで節約できるから、消耗品はあまり使わないようにしているらしい。

 マッチってちょっとお値段高いんだって。

 

 日本だったら100円でライターが売ってあるのに。

 

 

「火魔法が使える人っていたかな………」

 

 いないな。

 Aランク(オレンジ)にはいたけど、Aランク(オレンジ)のあいつら嫌い。

 

「俺たちは一番弱いパーティだから、野営くらいでは役に立ちたいんだけどな………」

 

 

 だけど僕は自分の魔法は使わない。

 

 だってまだ3歳だし。

 

 魔力の訓練をするのが早くて7歳から。

 

 3歳から魔法を使っていたら異常だ。

 

 魔法の才能がない人は、剣を使う。

 この世界はそういう風になっている。

 

 剣士もそうとう強いよ。誰でも魔力を持っているから、剣士は剣士の魔力があるっぽい。

 ブーストって言うんだろうか。身体能力を瞬間的に増加するんだって。

 

 

「しかたないか………マッチを使おう。」

 

 

 ごめんねルパン。本当は僕、火属性なんだ。

 

 あ、ゼニスなら火くらい吹けるかもしれない。

 

 

 でももう遅いか。

 鍋に水魔法で水を入れ、かき混ぜる

 

 

 土魔法で鍋を作らないのかと聞いたら、それは7歳くらいから魔力の訓練をしているような化け物じゃないと無理だと言われた

 

 あれ、僕3歳でミスリルとか作れるんだけど。

 

 まぁ、魔王の子として魔力は最初からいっぱいあったしね。

 

 

 鍋なんかは常に持ち歩くから、かさばって大変らしい。

 僕はその場で作れるよ。大丈夫。

 

 ファンクックをさばいているところを見させてもらった

 

 さばき方は僕よりうまい。

 当然か。僕なんて1か月前に始めたばっかりなんだから。

 

 ガラを投入。そして、具材を投入

 

 

 おいしいスープができましたー

 

 Aランク(オレンジ )の人たちは自分たちで料理を作り、自分たちでテントを張った。

 

 Bランク(イエロー)の2パーティはテントを張り、くつろいでいた

 

 まぁ、この討伐隊にも序列はあるだろう。がんばれCランク(グリーン)

 

 

 料理が出来上がったら食べるとしよう。

 僕は歩きとおして疲れたよ。おなかは常にぺこぺこだ。

 

 

 Aランク(オレンジ)のソールは僕たちの方を恨めしそうに見ていた。

 僕たちは3パーティに交じって楽しく食べているよ。

 

 よかった。バンダナ買っておいて。

 

 

 

 討伐隊出発二日目。

 

 僕はAランク(オレンジ)冒険者に腹が立っていた。

 

 理由? あいつら、昨日ルスカを蹴ったんだよ。

 それだけで万死に………いや、億死に値するよ

 

 

 ということで、僕の有り余る魔力を消費するために、僕に1.1倍の重力を掛けつつ、Aランク(オレンジ)パーティ『グレイ』のみなさんには1.25倍の重力を体験して貰っている

 

 僕よりも筋力があるからね。自分の体重がそれだけ増えたら、体調不良を疑うだろう

 

 

「なんか体が重いぞ」

「ソールはゼニスの一撃を受けたからだろう」

「くそっ、ゾンビドラゴン討伐前だってのに………」

 

 

 鈍感らしい。まったく変化に気付いていない。

 

 

 でも、これ以上重力を増やすこともしない。

 

 

「お? ガウルフの群れだ。」

 

 ソールが声を上げた。

 群れとなると、遠回りしても意味ないかもしれないな

 

 

「ゼニス。どうするの?」

「うむ。ガウルフは所詮Dランク(ブルー)だが、群れでの行動はBランク(イエロー)に相当する。

 Cランク(グリーン)Dランク(ブルー)相当のクロ―リーが居るなら、避けるべきだろう。」

 

「………すまない」

 

「うむ。お前のせいだクロ―リー。」

 

 

 軽口をたたいてガウルフを回避しようと遠回りを選択する。

 

 しかし

 

「おいおい、Sランク(レッド)様が甘ったれたことを言ってんじゃねェよ。俺たちがあいつ等全部狩ってくるからよ。そこで黙って見てな!」

 

 ソールだ。

 相変わらずウザい。

 

「ゼニス、いいの?」

「構わんだろう。狩るというなら、任せよう。」

 

 

 僕は闇魔法を1.25倍のまま使用し続けた

 

 どこまでやるんだろう。あの連中。

 

 

「うらあああああああ!!」

 

 ザクッ!

 

「こいやああああああああ!」

 

 ドスッ

 

「《石弾《ストーンバレット》!》」

 

 バキッ

 

「《火球《ファイヤボール》!》」

 

 ゴウ!

 

 

 見た感じ、力のゴリ押しでこいつらAランク(オレンジ)に上がったっポイ。

 

「くそっ! やっぱり体が重い!」

「体調悪いなぁ………」

 

 何度か危ない所があったものの、しかしさすがにAランク(オレンジ)

 切り抜けやがった。ちっ

 

 怪我くらいすればよかったのに

 

 

 毛皮を剥いで牙を抜き、火魔法で灰にして終了。

 ここまでしないと、ゾンビガウルフになっちゃうんだって

 僕たちの時は、毛皮を剥いで肉を全部食ったからゾンビにはならないよ。

 

 ここからは何かが現れればAランク(オレンジ)に任せて、僕たちはのんびりと先に進むことになった

 

 もちろん、1.25倍の重力でAランク(オレンジ)を常に圧迫してるけど。

 

 

 Cランク(グリーン)の豚頭族《オーク》が20匹で現れた時に、ようやく怪我した。

 

 いいぞ豚どももっとやれ。

 

 

「りおー………」

 

 ルスカは戦ってみたいらしい。

 

 でも、ごめん、ここでルスカの異常性を知られるわけにはいかない。

 まぐれとはいえ、単体で魔法抜きでガウルフを狩れたんだ。そんな幼女が居てたまるか。

 

「ごめんね、ルスカ。我慢して。」

「………うん」

 

 できればルスカには暴力的な子には育ってほしくない。

 ローラやピクシーみたいになったら嫌だ。

 

 僕はああいう人たちが大っ嫌いだ。

 

 生前を思い出す。

 

 

 でも、僕も少し暴力について抵抗が無くなってしまっている。

 生きるためには、殺すことは必要なことだから。

 

 Aランクの戦い方を見ていると、剣士のリーダー。ソールはかなり早い。

 

 踏み込んだ一瞬で時速80kmくらいは出してるんじゃないかな。1.25倍の制限を受けてなおだよ。

 どうやってるのか聞いてみよう

 

「ねえねえ」

「なんだクソガキ」

 

 なんだとはなんだクソ剣士

 

 

「はやく走るのって、どうするの?」

 

「速く走る? ああ、《ブースト》だ。」

「ブースト? どうやるの?」

 

 思った通り、ブーストだった。でもやり方がわからない。

 

「はん、魔力の扱い方も知らないお前に教えても無駄だ。」

 

 

 そっか。魔力を扱うのは、早くても7歳か

 

 それ以外は、結局10歳くらいから魔力について習って、そこで才能があるのかどうかを調べるのかな

 

 1歳で属性判定をするのは、この世界での通例か。

 どうせ、子本人より、親の方が自分の子供の属性を知りたいからだろう。

 1歳って自我ないし。

 

 ということで、ゼニスに聞いてみることにした

 

「ブーストってなに?」

 

「うむ。ブーストとは、一部の身体能力を瞬間的に上げることだ。」

「ソールとかいうのを蹴るときにも使ったの?」

「いや、使ってはいない。あれはもともと私の身体能力だ。」

 

 ドラゴンの脚力ェ

 

「まぁ、その時にブーストをしていたとすると、地面を踏む瞬間と、ソールを蹴る瞬間。2回発動するのだ。部位ごとにな。」

「ブーストってのは、本当に一瞬で終わるんだね」

 

 じゃあ、Aランク(オレンジ)の冒険者になるには、そのブーストってのを鍛えないといけないんだね

 

 自然と踏込の瞬間とインパクトの瞬間に、別々の箇所にブーストを入れられるようになってこそ、Aランク(オレンジ)にたどり着けるだろう。

 

 それができるなら、ホワイトベアーくらいなら頑張れば倒せそうだ。

 もちろん、僕に筋力がついて18歳くらいになったらだけど。

 

「しかし、ブーストを使うのは前衛職の連中だな。」

「そっか。じゃあ、魔法使いの人たちは使えないのかな」

「使えるものもいるかもしれんが、剣士の連中の、一握りしかできんだろう」

「ゼニスはできる?」

「当然。」

 

 つまり、性格はあれだけど、Aランク(オレンジ)パーティ『グレイ』は本当に優秀な冒険者ってことなんだろうな。

 

 ゼニスにブーストを使わせたら、僕も殺されるだろう。

 普通の脚力だけで見失いそうになったし

 

 やり方についてはよくわかんない。

 よくわかんないのはいつもの事。

 火魔法や土魔法、闇魔法糸魔法を探った時と同じだ。

 

 なんとかやってみよう

 

 

 



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第11話 吐露

 

 

 ゾンビドラゴン討伐、5日目

 

 僕が住んでいた村まであと少し。

 

 《ブースト》をようやく覚えた。

 

 体内に循環する魔力を必要な個所で膨張させて筋肉を刺激すると、一瞬だけパワーが膨れ上がるようだ。

 

 試行錯誤の末、やり方も覚えたからすぐさまルスカにも教える。

 ルスカは一発で使えるようになった

 

 なんだこの子、化け物か

 

 

「りおー!」

 

―――ひゅん!

 

「――――りお!」

 

「おかえり。」

 

「ただいまなの♪」

 

 いいや違う、天使だった。

 

 しかも僕よりも慣れてしまっているようだ。

 ドップラー効果を残して行ったり来たり。

 

 ワンジャンプで木に登り、Bランク(イエロー)パーティの人たちに怒られたりした。

 どうやって登ったんだ降りてきなさい!

 ってね。

 

 どうやらルスカは魔法を使うよりも体を動かすのが好きらしい。

 

「にゃんにゃんにゃん、ぴゅー! やー!」

 

 いきなり《ブースト》で茂みに飛び込んだと思ったら、灰色のウサギを捕まえてきた

 僕のように糸魔法で周囲を警戒しているわけではないにもかかわらず、索敵能力も高い。

 気になるところには顔を突っ込みたくなる性格なのはわかる。幼いから好奇心が強いもんね。

 

「おお、えらいぞ、るー!」

「にへへ~♪ にゃー」

 

 まるで捕まえた獲物を自慢しにくる猫のようだ

 

「お? フラビットじゃないか」

「ふらびっと?」

 

 Cランクの猿顔、ルパンがルスカの捕まえたウサギを解説する。

 なんかフラフラしてそうな名前だね

 

「どういうウサギなの?」

「そいつはな。意外と美味い。」

 

「ほう?」

 

 

 今夜の晩御飯、いただきました

 

 

 フラビットはルスカの頭に乗っけて、ルスカは上機嫌で歩いていた

 

「きょうのばんごはんなの♪」

 

 ペットにする気はないらしい

 

 思考が僕に似てきてないだろうか

 僕は虫や動物を見つけたらまず肉と考えるし。

 

 ちなみにフラビットはFランク(パープル)ですらない。ただのウサギだ。

 ただ、結構素早いので、捕まえることは難しいんだそうな。

 罠を張ったら簡単に捕まるけど。

 

 村にいた時よりも、肉が付いた。脂はないが、筋力もついた。

 

 頬はこけているし、肌色も悪い。だけど生前よりはマシ。

 村にいるよりもマシ。

 

 野生さまさま。

 

「ふーちゃーん♪」

 

 どうやらルスカはウサギに情が移ったようだ

 本当に食えるのか?

 

 

 そんなこんなでまた移動を開始する

 

 Bランク(イエロー)のゴーレムが現れた

 

「レムゴーレム。火魔法に耐性が合って、剣も通りにくい。」

 

 ルパンの解説、ありがたい。

 ポ●モン図鑑が近くにあるみたいだ。

 

「チッ、おいゼニス! 何とかなんねぇか!」

「うむ? 貴様らはAランク(オレンジ)なのであろう? Bランク(イエロー)くらい、軽く討伐してやれ」

「相性ってもんがあるだろうが!」

「ふん、小物よの。」

 

 ゼニスはリュックからいくつもの棒を取り出し、組み立てた。

 

「ゼニス、それは?」

「これか? 私の武器だ。」

「ただの棍棒?」

「ふん、斧槍(ハルバード)(ツカ)だ。」

 

 つまりただの棍棒じゃん

 

 剣が通りにくく、魔法も効きにくいなら打撃か。

 

 

「では、参る。」

 

『ゴアアアアアア!!』

 

 

―――バァアアアアン!!

 

 

「「「 え? 」」」

 

 

 

 何が起こったのかわからなかった。

 だからなにも描写できなかった。

 棍棒が触れたらゴーレムが爆発した。

 

 爆発させた本人は、ドリルロールを揺らしながら優雅にたたずむ。

 くるくると棒を回して地面にダスンと突き刺した。

 

「ふむ。チョロイのう。」

 

 いやゼニス。あんたほんとに何者なんですか。

 

 Aランク(オレンジ)の『グレイ』たちも口をあんぐりしているよ。

 

 Bランク(イエロー)の魔物を一瞬で破壊するなんて………

 そういや、同じくBランク(イエロー)の白熊はただの蹴りで仏になったっけ。

 

「ぜにす、なにしたのー?」

 

 ルスカの動体視力をもってしても、ゼニスが何をしたのかわからなかったようで興味津々にゼニスに問う

 

「うむ。ちょっと魔力の乱れに棒を突っ込んで魔力を押し流してやっただけだ」

 

 ふむ。意味が分からん。

 僕の目には魔力の乱れなんて見えなかった。

 

「む? ああ、私は魔眼持ちだからな。」

 

 さらにゼニスはふんぞり返って爆弾を投下した。

 魔眼ってなんぞや。

 

 ゼニスの目は紫色じゃないか。

 なにが魔眼やねん

 

 聞けば、他人より詳しく魔力の流れを見ることができるらしい。

 僕もよく見える方だけど、さすがに纏う魔力の乱れなんてわからない。

 

 実際、普通の人が僕の身体をみても、ほとんどの魔力を感じないだろうけど、ゼニスの魔眼なら僕の潜在的な魔力量も見えているらしい。

 

 そういや、ゼニスはぼくの頭の髪じゃなくて、魔力量で神子だと思ったって言ってたっけ。僕の魔力は隠しているからなんでわかったのか不思議だったんだよね。

 

 見えないように練っている僕の糸魔法も、ゼニスには見えているようだ。

 

 ちなみに、糸魔法は実体化と非実体化の二つができる。非実体化の場合は物理的な干渉はできないけど、今までは僕以外の視界には映らなかった。

 

 つまり、ゼニスに糸魔法は通用しないということか。

 

「では、先に進むとしよう。」

 

 ここまでレベルが違うんだ。

 頼りになる。

 

 

 フラビットは今日の晩御飯としておいしくいただきました。

 草食系なだけあって、胃は野菜みたいな味がした。ポン酢が合うかもしれない。

 

 

 

 

 ゾンビドラゴン討伐。6日目。

 

 僕が住んでいた村にたどり着いた

 

 

 ヒドイ惨状だった。

 

 目の当たりにしていたけど、村は壊滅。

 あたりには血が黒く変色してへばりついていた

 

 村人たちの血だ

 

 

「なんだこれは………」

 

 

 Aランク(オレンジ)のソールが呟くのは、ドラゴンの首が落ちている場所。

 

 土魔法による鉄塊で潰された頭。

 もちろん鉄塊は塵に戻してある

 

 そこは、僕がドラゴンを解体した場所でもある

 

 あたりは真っ黒だ。

 

 20mに渡り、ドラゴンの流した血で真っ黒に染まっている

 プールが一面赤黒くなると言ったら血の多さのほどがわかるだろう

 

 近くには左足。

 僕が解体したやつだ

 

 

「誰が、ここまでしたんだ………ドラゴンだぞ。Sランクだぞ………。」

 

 呆然と呟くソール。

 ごめん僕ですとは名乗り出られるわけがない

 

「あ、ぴくしー!」

 

 ルスカが声を上げ、僕はビクリと反応する

 僕に執拗に暴力を振るってきた叔母の名前だ

 

 ピクシーは確か死んだはずじゃ………

 僕はこの目で………いや、あの時は糸魔法で音だけを聞いていたっけ。

 

「りおー! ぴくしー!」

 

 僕を引っ張ってどこかを指差すルスカ。

 

 その様子を、冒険者たちは静かに見守った

 そして、そこを見て冒険者たちはギョッとする

 

 人の、生首が落ちていた――――

 

 腐食が始まり、ハエが飛んでいる。

 

 あたりは腐臭が渦巻いている

 

 その顔は、ピクシーだった。

 

 長い銀髪。絶望の表情

 

 

 ルスカはその生首を両手で持ち上げた

 

「ぴくしー!」

 

「るー」

 

「ぴくしー!」

 

「ルスカッ!!」

 

「うゅ? りお? ぴくし」

 

「………わかってる。それを置いてこっちにおいで。」

「うん♪」

 

 ルスカはピクシーの首を置いて、こちらに走ってきた。

 

 この子も、親が死んで、どこか精神を病んでしまっているのかもしれない。

 この年でこの光景を見て平然としているのは、異常だ。

 

 ピクシーのほかにも、誰かの腕や胴体。

 子供の服の切れ端などが落ちていた。

 

 ドラゴンに蹂躙されたあと、復興されていないんだ。

 

 

「お、お前たちは………」

 

 

 Aランク(オレンジ)のソールが聞いてきた。声にいつもみたいなウザさがない。

 あるのは、困惑。

 

 それに答えたのは僕やルスカではなく、ゼニスだ。

 

「うむ。………この村の生き残りだ。私が保護した。」

 

「「「……………」」」

 

 Aランクだけでなく、クロ―リーやルパンも、息をのむのが伝わった。

 

「だったら、ドラゴンを倒したのはゼニス、お前なのか?」

 

「………いや」

 

 ゼニスはチラリと僕を見た。

 いいよ。この状況じゃ仕方ない。

 

 僕はルスカの頭のバンダナをずらして白髪をあらわにする

 

 息をのむ声が聞こえた

 

「神子様………」

 

 

 僕もバンダナをずらして漆黒の髪を見せる。

 

「っ! 魔王の子!」

 

 

 やっぱりこれか。

 

 クロ―リーは知っていたけど、ルパンは僕の髪を見て、剣を抜いた。

 仲良くなれたと思ったのに、忌子ってのはこれだから………

 

 はぁ、ルパン。がっかりだよ。

 

 僕はもうルパンを信用できなくなった。

 

「聞いたことがある、たしかに、この付近の村で、神子が産まれたって………」

「俺もだ、冗談の類だと思っていたが」

「俺はどっかでドラゴンの生贄になったと聞いたぞ。まあ、魔王の子なんてのが実在するなんて思わなかったが、これは………」

 

 黒髪を見た途端、抜剣するルパンと警戒を顕にする面々。

 Aランク(オレンジ)の『グレイ』も、いつでも剣を抜けるようにこちらを睨みつけていた。

 

 なんなんだよ、これ………。

 

「村を襲った紫竜を撃退したのはこの子たちだ。悪いのは竜であってこの子たちは自分を守っただけだ。責めてやらないでくれ。」

 

「………じゃあ、この落ちている左足は………」

 

「………僕が解体して食べた。1歳の時から2年くらい、ほとんど食べていなかったから、おなかすいてた。」

 

「1歳から? なんで」

 

「闇属性だったから、親にもほっとかれた。」

 

「「「………………」」」

 

 

 本当のことを話しているのに、同情されていない。

 むしろ気味悪がられている

 

 それどころか『なぜ始末していなかったのだ』とひそひそと会話しているのが、僕の糸魔法から伝わってくる。

 結局はこれだ。

 

 僕の性格うんぬんなんかより、勝手な意識の押し付けと差別意識だけで、この扱い。

 ふざけるな、ふざけるなよ!

 

 闇属性っていうのは悪魔が持つ属性。

 どこに行っても忌嫌われるんだろう。

 

 もうわかった。闇属性については絶対誰にも言わないぞ。

 

 髪の色は真っ黒だし、はあ。嫌になるな。

 

「その首の女の人は………?」

 

 絞り出すように聞いたのは、やはりルパン。

 

「生まれたての僕を執拗にいじめて、ルスカを異常にかわいがってきた、僕の叔母さん。」

 

 思い出したら腹が立ってきた

 僕は土魔法で鉄塊を作り出して、首だけになったピクシーの頭を潰した。

 

「っ………」

 

「言っとくけど、この村に関しては僕は何もしていないよ。

 外に出たら石を投げられて………食べ物を探して虫をたべたら気味悪がられて………。土砂崩れが起きたら僕のせいになって………。日照りが続いたら僕のせい、ッ………魔物が出たら………僕のせい! 作物が不作だったら僕のせい!! 僕を感情の捌け口にして、なんでもかんでも僕のせいにしたがる村なんか、ない方がいい!!」

 

 途中から感情を押さえられなくなって、大声で泣きながら叫んでしまった

 視界が歪む、とめどなく涙が溢れてくる

 

 叫んで、泣いて、スッキリすることもない。

 不完全に燻ったまま、僕の心の中で煙を上げ続ける害悪。

 そんな村なのだ、ここは………

 

 思い出すだけで、暴力を受け続けた日々を思い出し、身体が震える。

 喉の奥からすっぱいものがこみ上げてくる

 

「りお、どこかいたいの?」

 

 ぺたりと膝をついて座り込む。前世でのこと、現世での暴力。それらがフラッシュバックして身体を縛り付け、力が入らない。

 そんな僕をルスカが心配して光魔法を使おうとするけど、それを拒否。

 

「紫竜が村を滅ぼしてくれて、本当によかったよ………。」

 

 目元を服の袖でこすりながら力無くそう言う僕を、ゼニスが抱きしめてくれた。

 

「………そういうわけだ。この子を嫌わないでやってくれ。」

 

 僕とルスカはバンダナを頭に巻く。

 

 やっぱり、この髪がトリガーになっているんだ。

 外すわけにはいかない。

 

「さあ、例のゾンビドラゴンを探そう!」

 

 

 暗い雰囲気を吹き飛ばすために、ゼニスが声を張り上げる。

 自分の息子だというのに、強いな、ゼニスは。

 

 この村でゾンビになったんだ。近くにいるはずだ。

 

 

「………。」

 

 

 



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第12話 私には二人も子供ができた。リオルとルスカだ。

 

 ゾンビドラゴンは一体どこにいるんだろう。

 

 まったっく見当もつかないので、適当に散策する。

 適当といっても、痕跡を辿ってゾンビドラゴンに追いつこうとしているだけだ。

 

「ゾンビドラゴンが見つかったって報告を受けてから、何日たったの?」

 

「そうだな………10日くらいだな。」

 

「首も翼も左足も無いドラゴンが、どうやって移動しているの?」

 

「腕と右足だろう。ただただ破壊活動を行いながら動いてるだけの、ただの屍だ。」

 

 

 クロ―リーに話しかけるけど、言葉がすこし硬い。

 やっぱり、僕の髪のせいか。剃ろうかな………

 

「10日も前だったら、ここから10日分くらい離れた場所に居るんじゃないの?」

 

「いや、そうでもない。

 ゾンビドラゴンやゾンビ系は、死んでから一定の範囲しか移動しないんだ。

 おそらく、今日中には見つかる。」

 

 ゾンビの習性とか、そんなものは知らない。

 この世界の常識なんだろうか。

 

 なんだっていいやと思い直し、

 僕はルスカと手を繋いで、冒険者のみんなを追った

 その時。

 

 

―――ズズゥゥゥゥゥゥン!!

 

 

 この音は………

 

「いたぞ! 討伐対象だ!」

 

 

 やっぱり、ゾンビドラゴンが見つかったようだ。

 

 

Cランク(ガーディ)は後退! 神子を守れ! Bランクは散開! 魔法使いは遠距離射撃! 俺たち剣士で直接叩く!」

 

 

 Aランク(オレンジ)パーティ『グレイ』のリーダー。ソールが指示を飛ばしてゾンビを素早く囲んだ

 同時に、『グレイ』の皆さんにかけていた闇魔法を打ち切る。

 

 急に体が軽く感じて動きにキレが増してしまった。

 ドラゴン討伐がしやすくなるならそれでいっか。

 

「お? 調子出てきたぜ!」

「いつもより急に体が軽くなったわ!」

「やったるぜぇ!」

 

 やるなら早くしてくれ。

 

「《土槍(アースランサー)!》」

 

 『グレイ』の土魔法使いの土槍がゾンビの腹へと向かうが、腐っても竜。

 鱗に弾かれた。

 

「《水弾(ウォーターバレット)!》」

「《氷河期(アイスエイジ)!》」

 

 

 今度はBランク『モモルモン』の水魔法使いがゾンビに水を浴びせ、Cランク『ガーディ』の水魔法使いがその水を凍らせた

 

 あの連携なら、ルスカもできるかもしれないな

 

 左足が無いから動きも鈍い。

 頭がないから何も見えず、暴れることしかできない。

 体を凍らされて、暴れることすら許してもらえない

 

 あれじゃあSランクのゾンビだとしても、ただの的だろう。

 

 チラリとゼニスの方を窺ってみる。

 

「っ………!」

 

 

 少し離れた場所で斧槍(ハルバード)を握り締めて、歯を食いしばっていた。

 自分の息子のなれの果てを見て

 

 さらに自分の子を攻撃されて、いい気分ではないだろう

 

 

 

 ―――パキパキ! ドゴォォォォォン!!!

 

 

 どうやら氷は破ったようだ。

 首があったら咆哮でもしていそうだ。

 ゾンビなのに。

 

 動けるようになったゾンビドラゴンは、無作為に暴れまわる

 動きを止めても刃が通らず、魔法も通らない。通ったとしても痛みを感じないため、動きが変わらない。

 厄介だ。

 

 Bランクのモモルモンの(タンク)の前衛が吹き飛ばされた。

 肩から血が吹き出す。

 

 素早くポーチから回復薬を取り出して傷口に塗りたくる。

 血が止まった。

 

 治癒術師(ヒーラー)が少ないこの世界では回復薬の存在は貴重だ。

 効力も高い。すごいな。

 

 ゾンビドラゴンが暴れながら走り出した。

 でも、暴れる方向は、ゼニスが立っていた場所。

 

 

「ルーン………許せ。」

 

 

 ゼニスは右手に斧槍(ハルバード)を構え、ゾンビドラゴンの突進に迎え撃った

 

 ゾンビのタックルを躱し、懐に潜り込むと

 

「ふっ!」

 

 

 斧槍(ハルバード)の斧部分でも槍部分でもなく、斧部分の反対側のただのトゲを、ゾンビドラゴンに深く突き刺した

 そのトゲには『返し』が付いているため、簡単には抜けない

 

「ぅおらァ!」

 

 バゴォォオオオン!!!

 

 そしてゾンビドラゴンが刺さった斧槍(ハルバード)を振り回し、持ち上げ、反対側に叩きつけた。

 爆音が響く。

 

 突進する勢いを利用して逆に叩き伏せたんだな

 勢いを利用したとはいっても、ドラゴンを持ち上げる筋力は自前の物だ。バカ力すぎでしょ、ゼニス!

 

 地面に叩きつけたゾンビドラゴンの腹に向かって二度三度、斧槍(ハルバード)を振るって肉を裂く

 

「っ………楽になってくれ。」

 

 

―――バキィン!

 

 

 という何かが砕ける音が聞こえた。

 

 糸魔法による空間把握で状況を確認する。

 

 斧槍(ハルバード)がゾンビの腹に食い込んでいた

 

 

 Aランクの連中すら鱗に傷をつけるのがやっとだったのに、腹を抉って竜核を破壊したようだ

 おそらく、《ブースト》を使っている。

 

 

「ふっ!」

 

 

 力を込めて斧槍(ハルバード)を抜き取ると、ゾンビドラゴンは力を無くし、倒れた。

 

 完全に斧槍(ハルバード)がゾンビドラゴンの竜核を破壊したんだ。

 斧槍(ハルバード)の槍部分に砕けた水晶の欠片みたいなものが付いている。

 

 あれが竜核なのだろう。

 

 

 ゾンビドラゴンが動かなくなったことを確認した冒険者たちが声を張り上げて喜んでいた。

 

 その中で、ゼニスだけは顔色が暗い。

 仕方のない事だろう。

 

「ゼニス………ごめんね。僕が煽ったりしたから、こんなことさせちゃって。」

 

「………よい。気にするな。それに、ゾンビドラゴンにまでなった私の息子を、見ておれんのだ。これが最善手であろう。」

 

 

 ゼニスは竜核の欠片をそっとリュックに入れた。

 

 

「後の素材は好きにするがいい。持ちきれない分は放置せずに焼いておけ。私達は先に帰る。行くぞ、リオル、ルスカ。」

 

「うん」

「は~い」

 

 

 Aランク(オレンジ)たちの、ゼニス気前いいな! という声を無視して歩く。

 

 ゼニスは涙目だった。

 

 

 

 冒険者たちが見えなくなると、ゼニスは僕たちを抱えてから翼を広げ、人型のまま飛行した。

 

 僕たちが住んでいた村を通り過ぎ、一直線にアルノー山脈のふもとの人里へと向かった。

 

 3時間程度で人里に着いた。

 僕たちの1週間の旅はいったいなんだったのか。

 

 

「おかえりゼニス。ゾンビドラゴンの討伐は成功したのか?」

 

「………ああ。ほら、竜核だ。」

 

 

 冒険者ギルドに着くと、討伐窓口へと向かい、依頼の完了を知らせる。

 

「あいよ。本物みたいだが、一応ギルドカードも確認させてもらうぜ」

 

 窓口の兄ちゃんは慣れた手つきでゼニスからカードを受け取り、水晶にかざした。

 

「たしかに、依頼の腐竜を討伐したようだな。さすがだな、ゼニス」

「もう二度と紫竜の討伐をさせないでくれ」

「そうならないように祈ってるよ。ほらよ、ドラゴン討伐にしちゃちと少な目だが、金貨10枚。依頼達成の報酬だ。受け取っておけ。素材があるなら、まだまだ金は貰えるが………まぁいいや。」

「ああ………」

「今回の討伐のおかげで、Bランク(イエロー)の『モモルモン』とCランク(グリーン)の『ガーディ』はランクアップ試験の資格を得た。お前のおかげか?」

「知らん。私はもう帰る。ではな。」

 

 

 ゼニスは金貨を受け取ると、すぐに踵を返した。

 

 

 また僕たちを抱え、人里から離れるとすぐに飛翔して4時間くらいで紫竜の里に戻った

 

 

「すまない、リオル。しばらく一人にしてくれ。」

 

 

 腐竜の討伐は、ゼニスにとって苦痛だったんだろう。

 

 僕はゼニスに、とんでもないことをしてしまったのではないかと考える。

 

 なぜ、僕はドラゴンの核を壊さなかったのか。

 しっかりと解体していれば竜核だって見つかったはずなのに

 なぜ僕はゼニスを煽って腐竜討伐に参加させたのか。

 

 その時に何を考えていたのかもわからない。

 たぶん、何も考えていない。

 

 今はゼニスをそっとしておいてあげよう。

 

 出てきたら謝ろう。

 許してもらえるかわからないけど。

 

 

「りお………ぜにす、どこかわるいの? いたいいたい?」

 

「ううん。るー。ゼニスはどこも悪くないよ。悪いのは………たぶん僕だ。」

 

「りおが? んー、んー? わかんない。」

 

「そうだね。僕にもわかんないよ。今はゼニスを一人にしてあげよう。明日か明後日に、もう一度ゼニスと話してみようよ」

 

 

 ゼニスが買ってくれた暖かい服に身を包み、ルスカと手を繋いでゼニスの住処(すみか)のすぐ近くに鎌倉を作成して、そこで寝ることにする。

 

 糸魔法で周囲を警戒したまま、目を閉じた。

 

 ルスカは僕に抱き着いて暖を取る。暖かいから僕もそれを拒まない。

 

 

 ゼニス、大丈夫かな

 

 

 

 

                  ☆

 

 

 

 腐竜討伐の翌日。

 

 ゼニスは吹っ切れた様子で自分の住処から出てきた。

 

 竜型だ。

 

 

『うむ。心配をかけたようだな。』

「うん………何度も言うようだけど、ごめんね」

『いや。私も言ったであろう。あれが最善手だと。気にかける必要はない。』

 

 

 やっぱり、ゼニスはやさしい。

 

『私とて、いずれは死する。ルーンはそれが早かっただけなのだ。』

 

 ゼニスの息子の名前はルーンというらしい。

 たべちゃったけどね

 

『それに、私には二人も子供ができた。これは喜ばしい事だろう』

「それって僕たちの事?」

『うむ。それ以外に何があるというのだ。』

 

 ゼニスは、僕たちの事を自分の子供のように思ってくれているらしい

 

『いざとなったら私の名を出すと言い。いろいろ融通してもらえる場面が来るだろう。』

 

 ならお言葉に甘えさせてもらおう。

 

 僕たちは幼い。

 若くして両親を失った。

 

 親代わりに育ててくれるゼニスの存在は大きい。

 

 それに、ゼニスは僕たち二人を差別なく平等に接してくれる唯一の存在だ。

 それはすごくありがたいことだ。

 

 

「りおー。あっちいこー?」

「ん? うん。ゼニス。僕たちはちょっと遊んでくるね」

『うむ。心配いらぬとは思うが、気をつけるんだぞ』

 

 

 ちょいちょいと腕を引くルスカに連れられ、ゼニスを残し、ルスカと一緒にアルノーが生(な)る林に向かった。

 

 ゼニスは、息子に手を下したが、決して無感情というわけではなかった。

 僕の居た村の人たちよりも人間らしい反応に、僕の方が戸惑ってしまうくらいだ。

 

 さらには息子の敵である僕が煽り、息子を屠らせるという、鬼畜の所業ともいえることを、(ゆる)した。

 そのうえで僕たちのことを『自分の子供』だと認めてくれた。

 

 なんだよ、それ。

 ずるいよ。優しすぎだよ、ゼニス………。

 

「りお、ないてるの? いたい?」

「ううん。うれしいんだ。ゼニスが………こんな忌子である僕を受け入れてくれたことが………」

 

 ずっと嫌われ続きて来た。

 前世でも、 現世でも。

 絶望の先にあるのは、いつもさらなる絶望だった。

 

 ゼニスは、僕に一筋の光を見せてくれた。

 まぶしすぎるくらいに。

 

「ふーん。るーはずっとりおのことだいすきだよ?」

「ありがと、るー。僕もるーのことは大好きだよ」

「にへへ~♪」

 

 

 花咲く笑顔とともに、好意を寄せてくれる妹をもって、忌子のくせに、村にいたころよりも恵まれているな、と苦笑した。

 悲観してひねくれてばっかりじゃ先には進めない。

 前を向こう。ゼニスを信用して、僕らのすべてをゼニスに預けよう。

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「るー。ここで遊ぶの?」

「うん♪」

 

 

 そういうとルスカは《ブースト》を使って跳びあがった。

 

「にゃー!」

「おー………じゃあ僕も!」

 

《ブースト》を使って跳びあがる。

 

 

 ちょっと慣れてきた。

 まだ連続使用とかはできないけど、一瞬力をためればタイミングよく跳びあがるくらいならできる

 

 ルスカに至っては、効率よく《ブースト》を発動して時速50kmで30秒くらい走り続けることができるようになっている

 本気を出したらもっといけそうだが。

 

 右足に《ブースト》をかけて地面を踏み、左足で地面を踏む瞬間に左足に《ブースト》を掛けることによって、《ブースト》の速度で走り続けることができる

 

 目を離すとkm単位でどこかに行ってしまうことがある

 

 でも帰省本能があるとでもいうのか、30秒以上僕のそばを離れることがない

 すぐに戻ってくる

 

「よっと」

 

 ルスカが乗っている木につかまってぶら下がる。《ブースト》のおかげで、僕も充分人間離れしているな

 

 もともとの筋力が少ないから、この《ブースト》はかなり重宝されるよ。

 

 僕はルスカと違って普通より栄養の足りない貧弱な体だから、木にぶら下がっても自分の体重を支えられる握力がない

 闇魔法で体を少し浮かせて木に座る

 

 重力の魔法って本当に便利だな。

 

 

 おなかがすいたので果物を取るんだけど、木の上で行動しようと思ったら危険すぎる。

 だからルスカにも木の上ではあまり動かないように言いつけてある。

 僕の言いつけは守ってくれるから、素直ないい子だ。

 

「ちょっと待ってね」

 

 僕は糸魔法で果物を捕えると、それを引き寄せる。

 

 糸魔法も便利だ。

 なんだかんだで魔法は生活に使う方が有用だ

 

 ルスカと二人でアルノーをかじる

 

 おいしくない。

 

 おいしくないが、まずくはない。

 何も食べないよりはいい。

 

「えへへ、おなかいっぱいなの」

「僕もだよ。次、どこに行く?」

「んっとねー。こっちー!」

 

 またも《ブースト》を使って木々を猿のように伝っていく。

 ヒュンヒュンという音を残して姿が見えなくなる

 

 途中で余裕をみせて空中で後ろ宙返りをしたように見えたのは気のせいかな。

 危ないからやめてほしい

 

 僕はそこまで無尽蔵に体力があるわけではないので、糸魔法でゆっくりと地面に降りてから地を走ってルスカを追った

 

 

 アルノー山脈。標高8000mの過酷な土地。

 

 薄い酸素。低い気温。

 そこを自分の庭のように走ることができるルスカ。

 

 本当にすごい

 

 僕もがんばって肉を食べて筋力が付いてきた。

 でもまだ痩せこけている。

 

 しかしながら《ブースト》を使える時点で、普通の子供よりは素早く移動できるだろう

 

 《ブースト》を使わなかったら僕はただの栄養失調の忌子なんだし。

 

「りーおー! おそいのー!」

「もう、るーがはやいんだよ」

「むー!」

 

 僕はルスカほど上手に《ブースト》を使いこなせていない。

 基本スペックも違う。

 

 なんせルスカは3歳児でありながらDランクのガウルフを一人で倒せる才能を持っているんだから。

 

 アルノー山脈の頂上へと向かっているようだ。

 

 ある程度進むと、林を抜けて崖になっていた。

 

 絶壁。10mほどの壁がある。

 

「るー。さすがにここは危ないからやめよう。」

「うん」

 

 物わかりがいい。

 

 上りたそうにもじもじしていたけど、メリットがない。

 

 

 さらにその辺を適当に見て回る。

 

 

 逆に落ちたら危ない崖があった

 

 下を見ると、雲が浮いていた

 

「りお! わたわた! わたわたがあるの!」

 

「るー。それは雲だよ。」

「くも?」

「そう。」

 

 

 ルスカは雲が崖に当たり、形を変えて散らされる様子を見守った

 

 標高が高いと、下に雲があるんだよな

 

 今日の気温は5度くらい。

 ちょっと寒い。

 

 

 今度は僕たちが居る高さに雲がやって来た

 

「きゃあ~~~♪」

 

 視界が真っ白に塗りつぶされる

 

 こういうのってロマンがある。

 一度は雲の中に入ってみたかった。

 

 でもあまり感動がない

 

 感触がないからだろう

 

 実際、濃い霧の中にいるくらいの感想しかない。

 うっとおしい

 

 

 でもルスカは気に入ったみたいだ

 

 

 

 紫竜の里がある場所は、地上から5000mほどの場所。

 

 頂上へ行けば気温はさらに下がるだろう

 

 

 

 林に入ると追いかけっこが始まる

 

 ルールは《ブースト》禁止

 

 ブーストが有りでも無しでも、結局は基本スペックで負けている僕が不利なんだけどね

 でも、勝てない相手を追いかけ続けるのは、僕の訓練になっていい。

 

 ちなみにだけど、闇魔法の1.1倍は常に自分に掛け続けているよ

 

 1.1倍になれたら、今度は1.2倍にするつもりだ

 

 

 こうして訓練を続けていたら、普通の子供くらいにはなれるだろう

 ガリガリではダメなのだ。

 よく食べてよく寝て、筋肉をつけないとこの世界では生きていけない

 

 

 がんばれ、僕!

 

「きゃあきゃあ~~♪」

「つーっかまーえった♪」

 

 

 

 



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第13話 紫竜序列最下位 ミミロ

 

 4歳になった。

 

 生まれた時からすると、だいぶ体が大きくなったことを実感できる

 

 さて、今日はなにして遊ぼうかな

 

 

『グルアアアアアアアアアアア!!』

 

 歩いていたら、紫竜が僕に向かって体当たりを食らわせようと突っ込んできた

 

「ほいさ!」

 

 《ブースト》は使わずに横っ飛びで躱す

 

『グ………ガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

 横っ飛びで躱したはいいけど、足腰がまだ少し弱い。

 着地と同時に足首をひねってしまった

 

 でも、一年ちょっとの修行で平均4歳児よりは動きがいいだろう。

 もちろん、自分の身体にかけている1.2倍の重力を解いたらの話だけど。

 

 まだ体の線は細いし肉も少ないけど、運動量はバカにならない

 

 今の僕だったら、生前の購買パシリレ―も難なくクリアできそうだ

 まぁ、相手も同じ年齢だったら、だけどね。

 

 

 転んだ僕は紫竜の恰好の的だ

 

『グル………グルアウ………』

 

 

 でも、紫竜は僕を食べようとしない。

 心配そうに僕を見下ろした

 

 このドラゴンの名前はミミロ。

 

 紫竜のメスだ。

 僕とルスカの修行によく付き合ってくれる、若い竜。

 

 紫竜としての序列は最下位。

 

 最初に僕たちを毛嫌いしていた竜の一人なんだけど、どういうわけか僕たちの事を気に入ってくれている

 

 理由なんかどうでもいい。長く一緒に住んでいたから、情でも移ったのかもしれない

 

 そう思っていたんだけど、実はそうじゃない。

 ちゃんと理由があったんだよ。

 

 この子は紫竜の序列最下位だから、ミミロは、実はいじめられていた。

 

 それに気づいたのはルスカだ。

 ルスカが紫竜がいじめられているのを見て、僕に助けを求めてきた

 

 このミミロが以前見た絶壁に追い詰められ、紫竜に体当たりを喰らっていたのだ

 

 ルスカがそれを僕に知らせてきた。

 僕は、僕を嫌うやつはどうでもいいので傍観者になろうと思っていたんだけど、ルスカが助けるように懇願してきたから、仕方なく紫竜たちを追っ払ってミミロを助けてあげた

 

 そんな感じ。

 今のルスカだったら、ピクシーに蹴られる僕を守ってくれたのかな。

 

 ん? どうやって助けたかって? 闇魔法って便利だね。はい終わり

 

 それから、ミミロを虐めていた竜には嫌われたけど、ミミロは僕たちに懐いてくれたんだ

 

 それからというもの、ミミロがいじめられている現場を見たら、とりあえす助けてみることにしている。

 ミミロは紫竜の中でも若く、体も小さい。

 序列が最下位となれば、まぁそうなってしまうのもしかたないけどね。

 

 前世の僕と同じだ。

 体が小さくてガリガリで学校内序列(スクールカースト)も最下位《シュードラ》。

 

 この子は生前の僕と同じなんだ。

 

 とりあえず、自分を見ているようでイライラする。

 僕はミミロのことはそれほど好きではない。

 

 僕は自分の事が嫌いだから。

 

 

「ミミロ、今日は頂上に行ってみようよ!」

『ガル!』

 

 ミミロがパシリをしていない時は、よく僕とルスカのところに遊びに来るようになっていた

 紫竜は高い所を飛ぶことができる。

 

 飛行能力が高い竜らしい。

 だから他の竜と比べると、戦闘力では劣るとか。

 

 

 ゼニスの場合は魔眼を持っているからなのか、色竜(カラーズドラゴン)の中でも最強である赤竜(せきりゅう)の族長よりも強いっぽい

 

 竜の種類は大きく分けると7種類。ほかにも細かい種類がいるようだけど、大雑把に説明すると

 

 赤 橙 黄 緑 青 藍 紫 この7色らしい。

 

 虹の色だね。

 強さなんだけど

 

 赤 > 橙 > 黄 > 緑 > 青 > 藍 > 紫 

 

 やっぱりこうなっているらしい。

 

 ゼニスは戦闘力では最下位の紫竜なのに、赤竜の族長に勝てるというのは、本当にすごい。

 

 ちなみに、竜の細かい種類って言ったけど、それは亜種ってことになるのかな

 

 

 突然変異で進化とか変な風に生まれたりした竜の事

 

 赤竜だったら紅竜(くれないりゅう)という深い赤色の竜となる

 

 ちなみに紫竜の亜種だと紫紺竜(しこんりゅう)という濃い紫色の竜になるっぽい。

 

 紫竜の里にはいないから、本当に希少なんだろう

 

 

 でも、ゼニスが青竜(セイリュウ)の族長に聞いたところ、群青竜(ぐんじょうりゅう)は色違いとして下位青竜にいじめられていたそうだ。

 可哀想な話だ。

 

 群れで生きる以上、そこにカースト制度は生まれる。

 イジメはなくならないってことか。

 

 それに、白竜とか黒竜とか、灰竜とかがいるから、色竜(カラーズドラゴン)の種類は多いだろう。

 主だった7色の竜がおさを務めているってところなのかな?

 

 Sランク(レッドクラス)がはびこるこの世界。なんとかならんかね。

 

 

「きゃあ~~~~~~♪ みみろ、すごいの! たかいのーーー!」

 

『ガルル♪』

 

 

 飛行能力が高い紫竜。雨雲さえぶち抜き、晴天の空を仰ぐ。

 

 いっちゃなんだが、かなり寒い。風も強い。

 5000m位の酸素濃度には慣れたけど、さすがに8000mオーバーは息ができないレベルだ。

 なぜルスカは元気なんだい? その元気を僕に分けてくれ。

 

 暖かい服に身を包み、ミミロの背中に土魔法と糸魔法で僕とルスカが抱き合った状態で固定する。

 風圧で簡単に転げ落ちちゃうからだ。あと寒いし。

 

 上空から下を見ると、人がというより、人里がゴミのようだ。

 

 

 それに、この紫竜、その気になれば2万8千メートルまで飛行できるっぽい。

 なんそれきもい

 

 アルノー山脈を旋回して、頂上へと降りる。

 頂上ともなると、もうその辺は凍っている。

 

 そんでもって、頂上には紫竜の卵が隠してある。

 

 やっぱり、紫竜の卵は高度が関係しているようだ。

 

 稀に赤竜が生まれることもあると言っていたのは、おそらく紫竜の里で、特に暖かい場所で中途半端な標高で暖められた卵がそうなるのかな

 

 もしかしたら、この里でも赤以外の竜が生まれることもあるかもしれないね

 ここは寒いし、氷竜(ヒリュウ)とか。

 

 詳しくは聞いてないから知らないけど。

 

 

 登山者では紫竜の卵は見つけられないであろう場所だ。

 巧妙に隠してある。

 

 僕は盗む気はないけど、もしかしたら冒険者ギルドでは『竜の卵の納品』みたいなクエストがあるのかもしれない

 

 登山者は、あんがい採取部門の冒険者である可能性もあるな。

 

 

 登山者以外にも、どこかに犯罪ギルドみたいなところがあれば、盗んだ卵を育てて灰竜を孵らせ、犯罪者に従順なドラゴンが出来上がってしまうだろうし、

 

 もうちょっと頂上の管理をした方がいいんじゃないかな。

 一応交代で頂上を巡回しているようだけどさ。

 

 

『ガルルルル!!』

 

 

 頂上付近を飛んでいたミミロが、何かを発見したみたいだ

 

「どうしたの、ミミロ?」

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 

 いきなりの大絶叫に僕は思わず耳を塞いだ

 

 

 ミミロの絶叫を聞きつけた他の紫竜がどんどんこちらに集まってくるのがわかった

 

『グル、グルルーガルー』

 

 

 ふむ。ミミロが僕に話しかけてきた。

 

 1年紫竜の里に住んでいたから、大分竜言語がわかるようになってきている。

 

 ミミロが言うにはこうだ。

 

『リオ、タマゴ泥棒が居る。』

 

 こんな感じ。

 

 ほとんど適当なニュアンスであてずっぽうだけど、だいたい合っている気がする

 

 

「タマゴ泥棒? 採取の冒険者かな」

 

 モコモコフードからひょっこりと顔をだしてミミロの背中に作った鎌倉を解除。

 糸魔法のみで体を固定し、立ち上がって下を見下ろす。

 

「いた、あの人たちか。」

 

 

 防寒装備で山を下る登山者たち。

 

 そこは、紫竜の卵が一つ隠してある場所だった。

 

 紫竜の卵は頂上に4つ、里に2つある。

 それ以外は、おそらく忘れ去られたタマゴだと思われる。

 

 紫竜は個体数が55匹なため、卵は貴重だ。

 そもそも生殖活動をあまり行わないんだ。

 

 里にあるタマゴは、あともうすぐで孵化するタマゴ。

 頂上に置いてあるタマゴは、紫竜として確定させるためのタマゴなんだろう。

 

 頂上はマイナス20度くらいかな。

 

 痛いくらいに寒いし酸素が薄い。

 息を吸ったら肺を痛めそうだ。

 

 

『でかしたミミロ。タマゴを盗みに来た輩だろう。排除するぞ』

 

 人間語でそう言うのは、紫竜の戦士長『テディ』

 テディは上位の竜らしく、人間に擬態することはできるが、人間をあまり好きではないらしく、擬態はあまりしない。

 

 僕とルスカのことは結構気に入ってくれている。ありがとう。

 

『グルル、ギャアア!!』

 

訳すと『はっ、お褒めに頂き光栄にございます!』こんな感じ。

 

「あは、今日の晩御飯は人肉かな」

 

『リオルは人間ではないか。共食いとは解せんな』

 

「だから、僕は人間とか大っ嫌いなんだって。僕を人間じゃなくて悪魔扱いするんだよ?

 だから僕は悪魔でいいの。それなら共食いじゃないでしょ」

 

 テディに注意されても、開き直る。

 僕も物騒なことを考えるようになったものだ。

 

 殺すことにためらいを持つことが無くなってしまった。

 

 といっても、本当にタマゴ泥棒だったら殺す。

 登山者だったら、一応見逃す。

 紫竜には世話になっているから、紫竜の敵は僕の敵だ。

 

「るーは? るーもきらいなの?」

 

「るーは天使だよ、僕はるーのことは大好きだからね」

 

「にへへ~ るーもりおのことすきー!」

 

 うれしいことを言ってくれやがるね。

 ルスカの頭を撫で繰り回す。

 

 眼前の事に集中しよう。

 

「僕が連中の動きを止めるよ」

 

『うむ。頼りにしている。リオルが居ると狩りが楽になる』

 

「ありがと。いくよ、《重力倍加(ダブル)》」

 

 

 闇魔法を一瞬だけ発動させる。

 

 頂上で薄い酸素。

 重い登山用の装備。

 頂上まで登ってきた疲労により、一瞬だけ体重を倍にしたら、簡単に転んだ。

 

 

 その隙に、ミミロとテディ。あと二匹のドラゴンで登山者を囲んだ

 ズズンと音を立てて雪に足をつけて着地する紫竜たち。

 

「さーって。狩りの時間だね」

 

 僕はミミロの背中から降りる。

 ぼふっと雪に足を突っ込んだ。うひい、冷たい。

 

 登山者たちは転んだ体を起こすと、自分たちが紫竜に囲まれているということを知ったらしい。

 遅いね。

 

「ひっ! きゃぁあああああああああああああああ!!」

 

「ご、ごめんなさい! 食べないでええええ!!!」

 

「あわわわわわわわわ!!!!」

 

 

 登山者は7人。

 武器の類は見当たらない。

 

 登山者っぽいな。

 服装が分厚いからかな、冒険者にはあまり見えない。

 

 

 怯える登山者たちに向かって、僕とルスカはミミロの足元からひょこひょこと歩いていく。

 

 

「ふぇええええええええ・・・・・・・・え? こ、子供がいるぞ!」

 

「な、なんだって!? そこの子! どうしてこんな頂上に!? そこは紫竜の足元だぞ! 早く逃げなさい!」

 

 意外とやさしい。キミたち、今絶体絶命なんだよ?

 

 チラリと白い防寒具のジャンパーから顔を除くことができた。

 あ、この人たち、冒険者だ。

 

 というか、知ってる顔だ。

 猿顔だった。

 

「逃げないよー。ここは僕の庭だもん。」

「にわなの~♪」

 

 ルスカが僕にピッタリと寄り添った。

 ルスカはなんでここにいるのかな? ミミロの背中でじっとしていれば安全なのに。

 

「は? ど、どういうことだい!?」

 

「んっとね、答える気はないかな。それより、こっちから質問。」

 

「手短に頼む! 紫竜の相手なんてしたくない! 君も一緒に早く逃げよう!」

 

 

 僕は、僕をここから助けようとしてくれている猿顔の男に向けて、一言だけ聞いた。

 

 

 

 

 

「そもそも、どうしてここにいるの? ルパン。」

 

 

 

 

 僕はCランク冒険者の猿顔に向かって、そう言った。

 

 

 

 



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第14話 ★天才採取冒険者 フィアル・サック

 

 

 

「どうしてここにいるの? ルパン」

 

 アルノー山脈の頂上で僕は猿顔の冒険者に問いかけた。

 

 1年前、ゾンビドラゴンを討伐しに行った時に知り合ったCランク冒険者だ。

 

「な、なんで俺の名前を………」

 

 

 紫竜に囲まれて体を震わせながら口を開くルパン。

 

 ルパンの方は僕の事を覚えていないようだ。

 まぁ、あのときとは違うバンダナしてるし、成長もしてるから、わからないのも仕方のない事かもしれない

 

「おい、ルパン! 早く逃げるぞ!」

「逃げるって何処によ!」

「紫竜に囲まれて逃げ場なんてねぇよ!」

 

 ルパンの愉快な仲間である(キジ)顔の人と犬顔の女とネコミミの男が騒ぎ出す

 今はあんたらみたいな桃太郎御一行に用はないの。

 

 

「ま、別に僕の事を覚えていなくてもいいんだけどね。

 アルノー山脈の頂上になにか用事?」

 

「………あ、ああ。依頼でな。」

 

 ルパンは眉を片方ピクリと上げて、口を開いた。

 

 さっきまで紫竜から僕を助けようとしていたにもかかわらず、こんどは素早くリュックから剣を抜いて僕を警戒し始めた。

 リュックに短剣を入れていたのか。わからなかった。

 

 剣を向けられるのは好きじゃない。

 好きになってたまるか。

 

 悪意を向けられるのは慣れている。

 

「へえ、依頼かぁ。なんの依頼なの?」

 

 ルパンはチラリと紫竜を見ると、ふっとため息を吐いた。

 紫竜は今はルパンたちを食べる気は無いよ。

 

「護衛だよ。」

「誰の?」

 

 間髪を入れずに聞く。

 ルパンの眉がさらにピクリと動いたのを、僕は見逃さなかった。

 

 僕の言い方が気に障ったんだろう。

 

 ルパンはチラリと横を見る。

 

 そこには一人の女の人。白いフードをかぶっていて、表情は読めない

 

「彼女がアルノー山脈の頂上にのみに()る『キングアルノー』を取りに来た。それだけだ。」

 

「そっかー、そっかー。採取依頼の護衛かー。なるほどねー」

 

 

 採取といってもここは紫竜の住むアルノー山脈。難易度はそれなりに高いだろう。

 だけど、『キングアルノー』とやらが本当にあるとして、それを採取するだけなら、僕たちはわざわざここに降りたりしない。

 

 ここは、紫竜のタマゴが隠してある場所だから。

 

 女の人がなにかしらの採取の依頼を受けたのだろう。

 本当に『キングアルノー』採取かもしれないし

 竜のタマゴの採取かもしれない。

 

 

「そっかそっか。じゃあ、キングアルノーを取りに来たんだったら、そのリュックのなかにある竜のタマゴはいらないよね」

 

「っ!! みんな、走れ!!」

 

 適当にカマ掛けただけなのに、こいつらはあからさまに慌てた。

 

 

「テディ、ミミロ。みんな。こいつら黒だよ。タマゴ泥棒だ。容赦はする必要ない。ぶっ殺しちゃおう!」

 

『『『『 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!! 』』』

 

「ああああああああああああああああああ!! 《氷槍(アイスランサ)ァァァアア》!!」

 

 

 紫竜の絶叫に対し、錯乱気味に僕へと向かって魔法を放つCランク。

 ゾンビドラゴン討伐の時よりも威力が上がっているようだ。

 

 

 僕はバックステップで距離をとってミミロの()に隠れる。

 

 

 ミミロは氷槍を鱗で弾いた。

 生きた竜鱗は硬い。生半可な攻撃じゃ傷一つつけることはかなわない。

 

 

「《影拘束(シャドウバインド)》!!」

 

「なっ!」

 

 僕は闇魔法でミミロの影を操り実体化。7人の冒険者を縛り上げた

 

 闇魔法、重力の他にも影を操ることができた。

 水魔法が水と氷を作り出せるなら、闇魔法でも重力の他になにかできることがないのかと考えた結果、影を操ることができるようになったのだ

 他人の影を操るときは、直接触れていないとできないのが難点だ。

 あと、まだ慣れていないから、すごい勢いで魔力を消費する。要改良だね。

 

 闇魔法は、重力、影、そしてオカルトにかかわる魔法だ。珍しい属性だし、消費魔力も多いが、それでも効果が高い魔法が多いね。

 

「くそ! いやだ! 死にたくない!」

「だれか! だれか助けてくれ!」

 

「ダメだよ。先に剣を向けたのはそっちじゃないか。

 殺される覚悟がないのに剣を向けるのはダメだ。

 僕はいつだって死なない覚悟ならできているけどね」

 

 

 しっかりと影で縛り上げてから冒険者たちのリュックを確認する。

 

 7つのリュックの内、一つに肌色(・・ )の竜のタマゴが入っていた。

 どうやら竜のタマゴを採取した帰りだったようだ

 

 僕は慎重に取り出してわきに抱える。

 肌色ってことは、このタマゴはまだまだ竜の種類が確定していないってことだね。

 

「さ・て・とー。なにがでるかなっ?」

 

 ルパンのリュックの中から“黄色”のギルドカードが出てきた。

 

 見てみると、ルパンのランクがBランク(イエロー)になっている。

 なるほど。あの時よりはランクが上がっていたのか。

 

 現在受けている仕事は、『竜のタマゴ採取の護衛』となっていた。

 

 決定的だ。

 

「糸魔法・処刑《執行(イクスキューショナー)》」

 

 糸魔法で冒険者6人の首を落とした。

 

 

「ひっ! きゃあああああああああああああああああ!!」

 

 

「あとはキミだけだね。ギルドカード出して」

 

 

 やさしく言ったつもりだったんだけど、竜のタマゴの採取にきた女の人は、恐怖から錯乱しているみたいだ

 

「ひっ! 来ないで! 悪魔、悪魔あああああああああああああああ!!!」

 

 

 僕の傷口を抉る言葉だ。

 わかってたけどね。

 

 もう慣れたよ、悪魔って罵られることも。

 

「しかたないか。」

 

 影で縛ったまま、僕は女の人のリュックを漁る。

 

 “黄色”のギルドカードには『フィアル・サック Bランク』と書いてある

 現在受注中の竜のタマゴの採取ランクはB+

 プラスってなんだ?

 あと、この人はファミリーネームがある。サック? うーん、知らない。

 

 ま、紫竜に見つからなかったら取って帰ってくるだけだしね。

 

 でもこのランク、間違っているよ。紫竜は高高度の飛行能力を持っている。

 つまり広い範囲の索敵ができるんだ。

 

 この人たちは白い防寒具を着ているから雪の保護色になっていて見つけにくいのもあるけど。

 

 それに、タマゴは竜の宝だ。おいそれと渡していいものではない。

 紫竜のタマゴは採取のSランクってところなんじゃないかな。なんでB+?

 

「ねーねー、なんでたまごをぬすんだの?」

 

 ルスカが僕の前にやってきて、女の人に聞いた

 

「ひ、ひぃ―――――! ひぃ―――――!」

 

 

 ダメだこりゃ。

 僕とは正反対のルスカが聞いてもこれじゃあ、たいした反応をしないかもしれない。

 

 

「ミミロ、死体、全部食べてもいいよ。」

 

『ガル♪』

 

 訳すと『やったぁ♪』

 

「ただし、この女の人は見逃そう。里に連れ帰って、人間の情報を聞き出すよ。」

 

 影ではなく、糸の拘束に切り替え、ミミロの背に乗せる。

 僕とルスカと女の人がミミロの背に乗ると、ミミロは死体をむさぼり始めた

 

 テディも死体を食っている。

 ここに死体を残すようなことはしない

 荷物は他の紫竜が里に持って帰る。

 

 死体が無くなると、女の人は呆然としながら僕を見た。

 

「ん、なに?」

 

「ひっ!」

 

 聞いたら怯えられた。

 そりゃあそうか。

 

 Sランクの紫竜に命令を出したり背中に堂々と乗ったり、6人の冒険者の首を一瞬で落としたりしていたら、そりゃあ怯えられて当然だわ。

 もはや涙と鼻水で顔がひどいことになっている。

 

「りおー、おねえさん、なんでないてるの?」

 

 ルスカは女の人に近づいてペタペタと触る。

 女の人はルスカにも怯えていた。

 

 竜の背中で平然と立ってちょこちょこ移動しているんだ

 

 お姉さんはガタガタと震えながらルスカにされるがままだ。

 糸魔法で動けないようにしてるから逃げることもできない。

 

「そっとしておいてあげよう。いろいろショックが大きいんだよ」

「しょっく? わかんない!」

「とにかく、るー。こっちにおいで。」

「にゃー!」

 

 ぴょーん と跳ねるように僕に抱き着くルスカ。

 こらこらハニー。人が見てるよ。

 

 涙目で僕たちを呆然と見守るお姉さん。名前はフィアルさんだっけ。

 

 

 フィアルさんを紫竜の里に連れて行くために、ミミロに飛翔するように指示を出した

 

 

                 ☆

 

 

 

 フィアル・サックは困惑していた。

 なぜ、こんなことになってしまったのかと。

 

 自分はただ、竜のタマゴを取りに来ただけであったのに

 

 紫竜のタマゴの採取はB+ランクに設定してある。

 彼女はBランク(イエロー)に上がって、浮かれていた。

 

 採取部門とは言え、彼女はBランク冒険者(イエロークラス)

 腕には自信があった。

 

 B-ランク魔物や害獣なら、ソロで討伐できるレベルの冒険者だった。

 

 Cランク(グリーン)からプロ冒険者と呼ばれるようになり、Bランク(イエロー)から一流冒険者となる。

 

 Aランク(オレンジ)の超一級冒険者やSランクの伝説級冒険者はほとんど化け物揃いだが、

 彼女はAランク(オレンジ)に上がれるだけの才能があった。

 

 だが、まだ発展途上。

 彼女はまだ18歳なのだ。

 

 彼女が住んでいた国では、18歳から成人と認められる。

 

 それゆえ、18歳から冒険者を目指すものは多い。

 

 しかし、彼女は14歳から採取の冒険者をしている。

 貴族の家で生まれた彼女だったが、借金を背負ってしまったからだ。

 

 18歳で冒険者をしている人はそれなりにいるが、彼女ほど短期間でBランク(イエロー)までランクを上げたものは数少ない。

 それどころか、歴代最速クラスとまで言われたほどだ。

 

 彼女と同年代で冒険者をしている人たちは、いまだにEランク(インディゴ)を彷徨っているのだ。

 

 

 彼女と同時期に冒険者になった人もいるが、4年でCランク(グリーン)。もしくはDランク(ブルー)がせいぜいだろう。

 

 フィアルは増長した。

 自分は才能がある。

 短期間でBランク(イエロー)にまでのし上がった。

 

 それゆえに、彼女は判断を誤った。

 Bランク(イエロー)になって初めての依頼で、受けることは自由だが、身の丈に合わない、B+ランクの『竜のタマゴの採取』へと向かったのだ。

 

 紫竜は色竜(カラーズドラゴン)の中で最下位の戦闘力を持っている。

 性格は温厚。腹が減っている時はそうでもないが、人を襲うことはあまり無い。

 

 それに、今の季節は冬。アルノー山脈の頂上は氷点下20度。視界は悪い。

 

 タマゴを採取するのには絶好のタイミングだった。

 ゆえに、B+ランクの依頼であった。

 

 増長しているとはいっても、彼女は採取の冒険者。

 

 アルノー山脈はBランク(イエロー)のホワイトベアーが出現する。

 

 さすがに一人でBランク(イエロー)を相手にするのは分が悪い。

 そのため、討伐部門の冒険者を雇った。

 

 

 それが、Bランク冒険者(イエロークラス)の『ガーディ』

 

 Cランク(グリーン)でありながら、ゾンビドラゴンを狩ったことのある、凄腕の冒険者だ。

 ゾンビドラゴンを狩ったときに得た経験と資金で武具を整え、Bランク(イエロー)の依頼を、失敗することなくこなしている。

 

 Aランク(オレンジ)に上がるのも近いだろう。

 

 リーダーであるルパンは、剣術を使い、微量だが、水魔法を使うことができる。

 《ブースト》という一部の身体能力を一瞬だけ強化する術も身に着けていた。

 

 《ブースト》を使える人数は極めて少ない。

 Aランク冒険者(オレンジクラス)ともなると、パーティで一人が使えるだけでB-ランクまでならほぼ無双できる。

 使える人材が居れば、すぐさま引き抜きされ、取り合いになるほどだ。

 

 《ブースト》は、それほど希少なのだ。

 

 

 Bランク(イエロー)の『ガーディ』は強かった。

 Bランク(イエロー)のホワイトベアーはおろか、A-ランクのブラッドベアーまでも無傷で倒して見せた。

 

 彼らなら、Sランク(レッド)の紫竜ですら倒すことは可能なのではないか、とフィアルは考えた。

 彼らはSランク(レッド)下位のゾンビドラゴンを倒した経験もある。

 

 彼らならもしかしたら、と。

 

 しかし、フィアルは知らない。

 ゾンビドラゴンを倒したのはSランク冒険者(レッドクラス)のゼニスであるということを。

 翼と頭と左足がすでに存在しなかったということを。

 

 

 

 そして、タマゴを採取した帰りに、それは起こった。

 

 

 急に眩暈がしたと思ったら、いつの間にか、地面に倒れていた。

 

 高山病かと思ったが、頭痛は無い。

 顔を上げると、4匹の紫竜が、フィアルたちを囲んでいた。

 

 

 フィアルは才能あふれる上級火魔法使い。それに、中級風魔法。希少とされる二つの属性も持っていたのだ。

 6歳から魔力の操作を習い、訓練をして使う魔力の量を減らし、より効果的に魔法を使う《最適化》という魔法使用法も独学で編み出していた。

 

 彼女は自分の魔力を他人に分け与える高等技術《魔力譲渡》も使用することができた。

 

 フィアルは天才だったのだ。

 

 さらに、50人に一人という希少な属性、《無属性》も持っていた。

 三つの属性を持つ彼女は、強かった。

 

 自分と『ガーディ』が居れば、せめて紫竜の一匹くらいは倒せるのでは、と。

 そう思った。

 

 だが、Bランク(イエロー)の『ガーディ』は錯乱した。

 そこで初めてフィアルは自分の増長に気付いた。

 紫竜はSランク(レッド)。それが4体。

 

 手負いのゾンビドラゴンを倒したのは4つのパーティ。

 

 一つのパーティでは分が悪いことに、やっと気づいた。

 

 ましてや今は4匹の紫竜に囲まれている状況。

 

 気づいても、もう遅い。

 彼女たちの命のカウントダウンは、すでに始まっていたのだ。

 小柄な紫竜の背中から、一人の小さな子供が降りたのが見えた。

 その子は、頭に赤いバンダナを巻いていた。

 

 理由はわからない。

 ただ、この場に子供がいるというのは、異質だった。

 

 

 その子供は、ルパンと知り合いらしかった。

 ルパンの方は覚えていないようだったが、ルパンに剣を向けられた時、その子供は悲しそうに笑った。

 

 その子供は、なんでこんなところに居るの、と聞いた。

 

 今は紫竜に囲まれている状態。

 竜は知能が発達しているため、人間の言語を理解することができる。

 

 馬鹿正直に『タマゴを盗りに来た』などと言ってしまえば、フィアル達は殺されてしまうだろう。

 

 そこで、ルパンが『キングアルノー』を取りに来た、と言った。

 うまい躱し方だと感心した。アルノーは魔力回復薬になる貴重な果物だ。

 アルノー山脈にしかなっておらず、紫竜のテリトリーゆえ、アルノーの採取がB-ランクの依頼となっている。

 頂上にのみ生る『キングアルノー』は、Bランクとなっている。これなら躱せる!

 

 

 しかし、その子供は敏く。『なら、リュックの中のタマゴはいらないよね』と言ってきた。

 

 ばれていると悟ったときのルパンは早かった。

 私達に散るように指示を出し、犬顔の女が時間稼ぎに《氷槍(アイスランス)》をその子供に放った。

 

 獣人は身体能力は高いが魔力は少ない。だが、犬顔の女も魔法に関して、ものすごい才能を持っていたのだ。

 

 直撃すれば、大人でも死んでしまうだろう。それほどの威力だったのだ。

 それを、子供に向けて放った。一番異質な存在だったからであろう。

 子供に向かってその魔法を放つのはどうかと思ったが、紫竜に囲まれているいま、犬顔の女も錯乱していたのだ。

 

 だが、紫竜が予想外の行動を取った。

 

 子供を庇ったのだ。

 

 竜鱗を穿つこともできぬまま、《氷槍(アイスランス)》を弾かれてしまった。

 

 そこからの事はよく覚えていない。

 

 自分はよくわからないうちに縛り上げられ、少年はBランク(イエロー)の冒険者の首をいとも簡単に落とした。

 自分もすぐにそうなるのだと思い、恐怖した。

 

 だが、そうならなかった。

 

 現在は紫竜の背に乗り、飛んでいる最中だ。

 自分の無属性魔法で逃げようとしても、それは発動に少々時間がかかってしまうため、使用することはできないし、いまここでヘタな動きを見せれば、間違いなく自分は殺されてしまうだろう。

 フィアルはそう考えた。

 

 自分の事をペタペタと触ってくる愛らしい少女。

 5歳くらいの女の子だ。

 

 目の前にいる少年も、5歳くらいで、痩せぎすの幼い子だった。

 こんな小さな子供が、温厚とはいえSランク(レッド)である紫竜の背に乗って指示を出すなど、普通ではない。

 

 他の仲間は全員死んだ。

 

 生きているのは自分だけ。

 それを喜ぼう。

 

 半ば自分の命もあきらめたまま、フィアルは紫竜の里まで連れて行かれた。

 

 ここで、彼女の運命が大きく変わることとなる。

 

 

 

 

 



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