こいしと死にたいお兄さん (鴇と戯れるこいしちゃん)
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狼と雛

こいしちゃんの短編が書きたいなぁと思っていたらいつの間にか出来てた。妄想をひたすらぶつけた作品です。


 

「何してるの? お兄さん」

 

 俺とその少女の出会いは唐突だった。締め切ったはずの部屋に、何の前触れもなく現れたのは、緑髪の、胸の前に青色の球体を浮かべた少女だった。

 

 

 

 

「驚いたわ。まさか外の世界に出ちゃうなんてねー」

 

「……外? ここは室内なんだが」

 

「外来人なら知らなくても無理ないわね。いや、外来人じゃないか。どちらかというと私が外来人? じゃあ、貴方は何て呼べばいいの?」

 

「……まぁ、名前くらいはいいか。俺のことは『ユウト』とでも呼んでくれ」

 

「分かったわ、ユウト。私は古明地こいしよ。こいしと呼んでちょうだいなっ」

 

「こいし、か……それで、こいし、聞きたいことが山ほどあるんだが」

 

「ええーっ! 人間がみんな石像に!?」

 

「人の話を聞け。勝手に人の本を読むな。で、まずあんたはどっから入ってきたんだ? 窓も扉も全部閉めてあるんだが。あと、その青色の丸っこいのは何だ?」

 

「気が付いたらここにいたの。で、青色の丸っこいの、っていうのは第三の眼(サードアイ)のこと?」

 

「第三の眼、か。なるほど。親御さんが心配してるから早く帰った方がいいぞ。送ってやるから、どこに住んでるか教えてくれ」

 

「家の場所を知って、私をどうするつもり!?」

 

「どうもしない」

 

「つまんないの。それと、親なんて居ないわ。お姉ちゃんはいるけど」

 

「あー……そうか。ごめん」

 

「謝るなんて変なの。悪いけど、お兄さんにはどうしようもできないわ。だって、貴方、結界越える方法知らないでしょ? 私も知らないし、しょうがないからしばらくこっちを楽しむことにするわ」

 

「……は? 結界? 冗談を言って、あんまり困ることを言わないでくれ」

 

「本当よ。私の家は幻想郷──山奥の結界に隔たれた場所にある。普通の人間には視えない、地上最後の楽園……って、お姉ちゃんが言ってた」

 

 

 訳が分からない。

 

 

 

「あら、今はこんなカラフルなお菓子があるの。割ったら中から蛹が出てきそう」

 

「可哀想に。この人たち、こんな狭い箱に閉じ込められちゃって。動物虐待反対! あ、人間は動物じゃないか。じゃあ、人類虐待?」

 

「道を歩いてる人間はどれも変な恰好してる。しかも、ちっちゃい板をずっと見てる。あの中には夢が詰まっているのかも? ……え?すまほ? なにそれ。新種の木?」

 

 

 本当に世間知らず。

 

「お兄さんって、あんな風も通らない部屋に一人篭って何してたの? もしかして、一人で……え、違う? つまんないの」

 

「霊夢っていう頭のからっぽな巫女がいてね。それが中々強いの。でも頭はからっぽなんだって。私もからっぽなの。同じルールで同じ頭で戦ってるのに、どうして差がつくのかな」

 

「お兄さん、仕事しないの? 素敵な会社が貴方を待っている筈よ。……やめたの。それはそれは、晴れて無職になれたと。不労所得、万歳! ……生活保護は貰ってない? 生活保護って何? お手伝いさんでも来るの?」

 

 独り言が多い。知らないことも多い。

 

「え、私は結局誰なんだって? うふふ、私はお兄さんの幻覚よ。……ちょっと、触らないでよ。幻覚に触るなんてルール違反よ。ちなみに、私は妖怪よ。覚妖怪。心は読めないけどね」

 

「お兄さんやつれてるねー。その辺歩いてる人間でもとっ捕まえて来ようか? まぁまぁ美味しいよ、人間」

 

「ねぇ、そろそろ外に出てもいいよね? もう丸二日もこの部屋に居るんだけど。私はお姉ちゃんと違ってアウトドア派なんだから、引きこもってなんていられない!」

 

 その双眸は俺を写しているようで、しかし何も見ていない。満面の笑みにみえるその表情は、どこか仮面のよう。

 

 

 

「第三の眼、閉じちゃったからもう心は読めないの。けどね、何百年も読んでたからある程度は読めるのよ。お兄さん、私が来たとき、死ぬつもりだったんでしょ。今もそう。食事を摂らないで、餓死しようとしてる。餓死ってとっても辛いのよ。森をさまよって、食べれるかどうかも分からない果実を探して、足の皮をすり減らして、その内動けなくなって死んだ人間を何人も見た。今は状況が違うけど、皆苦しそうだった。お兄さんもそうなりたいのなら、止めはしないけど、とーっても苦しくて、惨めで、孤独で、救いのないバッドエンド。それでも、餓死したい?」

 

 俺の眼を真直ぐと見つめて、笑みを浮かべたままこいしはそう言う。こいしは続けて「肉の付いてる内に私の胃袋に入る方がいいかもよ?」と言った。

 

 それでも、いいかもしれない。出会って二日の少女の胃袋に入るのも、滑稽だ。まるで俺の人生のように。

 

 

「こんなところに七輪があるわ! 練炭を焚きながら、肉を焼いて食べれば、お腹いっぱいのまま死ねるわ。焼肉しながら死ぬなんて、なんてロマンチックなの!」

 

 ロマンチックか。たしかに、焼肉は情熱的かも知れない。

 

 

「ねぇ、お兄さん。覚悟は決まった? そろそろ骨と皮だけになっちゃうよ。私は赤身が好きなんだけど」

 

「……外に飯を食いに行く。こいしも来るか?」

 

「あれ、死ぬのが怖くなったの? もちろん、私はお腹いっぱい食べるけど」

 

 

 必死に働いて貯めた貯金を使わずに死ぬのも何だかもったいない。俺の話し相手になってくれたこいしには何か恩返しをしよう。そう思って、外食に行くことにした。

 

 

「ここの蕎麦も中々イケるね。立ち食いっていうのが良い味出してる。団子もあったらよかったんだけど」

 

「たぴおか? ……こんな泥水に入った蛙の卵なんて、食べられるわけないじゃない。……牛乳の入った紅茶に加工した芋を入れた飲み物? 何でそう書かないのかな。判るわけないじゃん」

 

「牛肉って聞いて、どうせ大した物じゃないだろうなって思ったけど、意外と美味しい。人間の次の次くらいには」

 

 俺は一口も食べていない。こいしの食べそうなものを片っ端から買い与える。食べ物に対する反応はほとんどが奇怪なものだった。

 

 もう、腹の虫が鳴くことも無くなっていた。

 

 

「ねぇ、食べてよ。本当に骨と皮だけになってきてるし。ほら早く。あーんしてあげるから」

 

 俺は無意識に肉を食べさせられていた。某有名焼肉チェーン店の牛カルビだ。こんな美少女に食べさせてもらっているが、味覚も無くなっていたようで、特に感じる事は無かった。

 

 

 

 一週間。こいしに半ば無理やり食べさせられて、骨ばっていた身体に多少肉がついた。今なら走っても倒れる事は無さそうだ。こいしに商店街を連れまわされているうちに体力切れで動けなくなってしまったことがあった。その時は、引きづられながら家に帰ることとなった。人の視線が、もう潰えたと思っていた心を抉ったのが分かった。

 

 

「ようやく食べれそうになって来たね! あとちょっとでゴールだから、頑張ってね」

 

 そう言いながら、こいしは俺の口に食べ物を運ぶ。基本的には筋肉の付きそうな赤身とプロテインを交互に無理やり飲まされている。その程度でも効果が表れているあたり、基礎レベルの筋肉すら残っていなかったのだろう。元運動部の末路としては非常に情けない。あれだけ鍛えた腹筋はどこへやら。腹と背中はくっつきそうになっていた。脂身はほとんど食べさせてもらえないので、結局腹は極端に凹みっぱなしである。

 

 

「……こいし、幻想郷ってどんな所なんだ?」

 

「人間と妖怪が共存してて、霊夢とかお姉ちゃんが住んでるところ。コンクリートで出来た建物なんて無いし、昼も夜もお構いなしに人間が出歩いてることもない。こっちとは真逆だよ」

 

 でも、とこいしは続ける。

 

「どっちにも良さはあるの。幻想郷は毎日が楽しいよ。退屈しないし、変なルールとかしがらみもほとんど気にしなくていい。里の人間を襲わなければ誰も私に見向きなんてしない。こっちの世界は、そんな幻想郷に住んでる私達から見ればとっても浪漫溢れる所なの。テレビとか、ねっと? とか。家から一歩も出ないでも買い物ができちゃったりとか。幻想郷が絶対にそんなこと出来ない。外の事を知ってる人はね、表に出さなくても結構気になってるの。外のコンクリートジャングルが。私は幻想郷の皆が知らないような事も知れて、実際楽しかった。……話が逸れちゃったね。まぁ、とにかく、幻想郷は良いところもあれば悪いところもある。こっちの世界の良いところをなくして不便にしたけど、その代わり変わり映えのしない日が何十日も連続するような事は無い。みんな違ってみんないい、っていうのは綺麗事だけど、唯一当てはまるものがあるとすれば、それは幻想郷と外の世界との関係だね」

 

 長くなっちゃった、と舌を出して軽く謝るこいし。

 

 少しだけ、違う視点を持てたような、そんな気がした。

 

 

 次の日。

 

「お兄さん、死ぬ前にさ、幻想郷行こう? 昨日の夜ね、幻想郷の管理者さんから連絡が来たの。私は妖怪としてのほとんどを精神が構成してるから、もうそろそろ帰らないと消えちゃうんだって。管理者さんからしたらどうでもいいみたいだけど、お姉ちゃんから抗議が来たんだって。最強とか言ってる割にそういう所弱いよね」

 

「幻想郷に、行けるのか?」

 

「うん! 管理者さんに聞いたらね、どうせ外来人が一人入ってきた程度で何も変わりはしないんだから好きにすればいいって言ってた。……今日の夜、この家に入口が開くから、そこに入ればもう幻想郷だって」

 

 俺は、死ぬ前に旅行に行くことになったらしい。幻想郷という、日本最後の秘境へ。

 

 ずっと昔、友達と隠れ家を作って遊んでいたことを思い出した。こうちゃんは今元気にしてるだろうか。今は結婚していると聞いたし、華やかで幸せな生活を送っているのだろう。

 

 

 俺と違って。

 

 

 遺書を書いた。親族宛てに数行程度。友達に遺書を書いても迷惑なだけだろうからやめておいた。

途中でこいしに落書きをされた。俺の似顔絵だというが、そこに描かれているのは一匹の小鳥だった。こいし曰く、『巣から落ちた小鳥』なのだと。幸せを掴めずに終わった俺の人生と似ているということだろうか。その隣にこいしは『自分の似顔絵』を描いた。そこに描かれていたのは──

 

 

 

 

 

 夜。洗面所に向かったこいしに着いていくと、そこに架けてあった鏡には大きな亀裂が走っていた。その亀裂は最早穴というべきで、その穴の中からは無数の目玉がこちらを見つめている。

 

 この中に入らなければ幻想郷には着かないらしい。何とも悪趣味だ。管理者ってのはきっと、白雪姫に出る魔女の様なヤツなのだろう。

 

 そう思っていたのが向こうに伝わったのか、俺の頭上から金タライが落ちてきた。首の骨がゴキリと鳴ったが、幸いここに来て半身不随になることは無かった。

 

 

 

 

 薄気味悪い空間から抜けると、そこには草原が広がっていた。後方には森があり、遠い前方には高い高い山がある。富士山よりも高そうだ。

 

「おー、着いた! 久しぶりに吸うこの空気は美味しいなぁ! ね、お兄さん……って、名前教えてもらってたのに忘れちゃってた。ヒロシだっけ?」

 

「ユウト。……まぁ、本当はユウトじゃないんだが、もう今更本名なんて教えなくてもいいか。……しかし、本当に綺麗な空気だな。高尾山の空気よりも全然美味しい」

 

「高尾山が何かわかんないけど、美味しいよね! 人の血の匂いが乗ってるとなお良し、なんだけど」

 

 

 

            『じゃ、色んなとこ見て回ろっか』

 

 

 

 こいしの差し出した手を握った途端、俺の身体がふわりと浮いた。こいしを見ると、ニコッと笑って、言ってなかったけど、空飛べるんだ、と言った。驚いたが、もうこいしが何をしても驚きそうもない。彼女はいつも突飛な行動ばかりしていたから。

 

 

 そして、幻想郷の空中散歩が始まった。最初に見たのは人の集落。今は夜なので寝静まっているらしい。人が出歩いている様子はない。

 次に見たのは神社だった。かなり寂れた様子だったが、一応人が住んでいるらしい。その住人というのが、度々こいしが(無意識だろうけども)頭が空っぽだと揶揄していた博麗霊夢なのだという。会ってみたかったが、夜に行くと不機嫌になるので昼になったら行くそうだ。

 

 次に見たのは真っ赤に塗られた大きな館と、その近くにある美しい湖だった。

 

 

            『出たな無意識妖怪! 今日こそあたいの手下にしてやるぞ!』

            『残念でした、先手必勝!』

 

 最強を名乗る妖精にこいしが絡まれていたが、戦いが始まりそうな所でこいしが薔薇に見える光る玉を妖精に高速でぶつけて撃墜していた。

 

 今はお兄さんを気にかけてるから、無意識に動けないのよね、とこいしが言っていたが、意味はよく分からなかった。いつもは無意識に行動して、自分でもどこに行っていたのか、とかが分からなくなっているらしいが、今は多少意識して行動しているらしい。こいしは、自分で自分に驚いているらしい。

 

 赤い館には門番が居た。こいしによれば、あの門番はかなり強いらしいが、まれに寝てしまっていて、館に侵入されてしまっているらしい。ただし、寝ていても誰かが近づいてくれば分かるらしいので、別にサボっているわけじゃないらしい。それでいいのか。

 あの中は危険なのであまり入らない方がいいと言われたので、辞めておくことにした。

 

 

 少し遠くまで飛んで、太陽の畑という場所に来た。ひまわりが大量に茂っていて、夜であってもなお太陽のような花に思わず近づいてみたくなったが、こいしに止められた。うっかり花を傷つけるとそれはもう恐ろしいことになるという。呪いでもかかっているのだろう。

 

 その近くの林で夜を明かして、神社に行くことにした。神社に行った後、遠くに見える山からこいしの家まで戻るのだそう。

 

 

 相変わらず寂れている神社に到着した。掃除は行き届いているが、やはり人の住んで居る場所とは思えない。賽銭箱があったが、生憎と入れるお金は持っていなかった。

 

 

「……あれ、こいしじゃない。あんたの姉が探してるからとっとと帰った方がいいわよ」

 

 そう言われたこいしは、俺を食う前に観光に来たと一言。

 

「あんた、外来人ね。それも自殺志願者のタイプ。どうせ拒否するだろうけど、一応仕事として訊くわ。……外、つまりあんたの居た世界に帰りたい?」

 

 俺は丁寧に断った。一瞬迷ったが、どうせ金も底をついている。今更戻っても待つのは死か、不労所得で駄目人間になることだけだろう。

 

「本当にいいのね? 外の世界が嫌になったなら、こっち(幻想郷)で暮らすっていう手もあるけど……あっそう。じゃ、さっさと行きなさい。これから死ぬって人間なんて見たくも無いわ」

 

 そういう割には嫌そうな表情を見せる事も無く、淡々とそう告げられた。こいしが俺の手を引いて、山へと飛んだ。

 

 

 

 山の中腹、そこに空いた大穴にこいしと俺は入る。穴の途中でとても大きな蜘蛛の巣が張られていたりしたが、こいしは俺を抱えて、器用に穴の隙間を通り抜けた。

 

 穴の向こう、地底にあったのは街だった。人間の街と違うのは、居酒屋が異常に多いのと、そこら中で殺し合いが行われていることだろうか。

 その辺で酒を飲んでいる、角の生えた人のような何かは、こいしを見るなり露骨に嫌そうな顔をして去っていった。

 

「私ね、嫌われ者なんだ。もう心を読んだりできないのに、この(サードアイ)があるからってだけで、ほとんどの人妖は私を嫌いになる」

 

 

 そう言いながらも笑みを絶やさないこいしに引かれて、ついたのは巨大な屋敷だった。

 

「ここが私のお家よ。地霊殿っていうの」

 

 つまりは、俺の死に場所だ。

 

 

 お姉ちゃんとは会わない方がいいと言われた。ここまで世話をしたりされたりした人物の家族に会わずに終わるというのは何とも、俺の心の中がかみ合わないが、こいし曰く心を読んで兎に角嫌がらせをしてくる人物ということなので、会わない方が正解かも知れない。

 

 

 

 その後は地霊殿に住むペットと触れ合った。どう見てもペットでは無い動物や妖怪が殆どだった。

人になれる妖怪鴉や猫、ライオンだとか……手なずけられているようで襲われることは無かったが。

 

 

 こいしの部屋に入った。中には、色々な物が無造作に大量に積まれていたり、白黒の、こいしと誰かが写った写真が置いてあったりした。幻想郷中を歩いて回って、気に入ったものを持って帰ってきているらしい。

 

「で、ユウト。覚悟は出来た? 私に食べられる覚悟が。私ね、今なら分かるの。家畜を育てている人の気持ちが。少しでも自分の関わった生物が最終的に食肉として誰かに食される。この場合は私が食べるんだけどね。ほんのちょっぴりは罪悪感も感じちゃったりするけど、結局、嬉しいの。子供が結婚して孫を産んでくれるのと同じなんじゃないかな」

 

 一呼吸おいて。

 

 

            『私、とっても楽しかったよ! じゃあね、ユウト』

 

 

 

 俺の視界は静かに暗転して、そのまま明るくなることは、無かった。

 最後に見た走馬灯は、こいしが俺の遺書に描いた、こいしが自分(こいし)の似顔絵と称する、(捕食者)の絵だった。




今日の二十一時に、続きというか、IFというか、そんなような話を次話として投稿して、この作品は完結です。この話の続きからスタートするのでボリュームはこの話の三分の一って程度です。


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[IF?]優しい誰か・冷徹な誰か

IFっぽいナニカ。
前話を読んでいないと初っ端から話が分からないです。あと短いです。さらに言えば読まなくてもいいです。読まない方がいいかもしれないにゃあ。


 

 

 最後の食事を済ませて、遺書を書いている途中でこいしに落書きをされた。俺の似顔絵だというが、そこに描かれているのは一匹の小鳥だった。こいし曰く、『巣から落ちた小鳥』なのだと。幸せを掴めずに終わった俺の人生と似ているということだろうか。その隣にこいしは『自分の似顔絵』を描いた。そこに描かれていたのは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──微笑みを浮かべた人間の女の子だった。

 

 

「山はとっても怖いところ。小鳥が巣から落ちてしまったら、そのまま死ぬか、狼に食べられてしまう」

 

 こいしは悪戯っぽく笑う。

 

「でもね、ごくまれに、そこに優しい誰かさんが通りかかるの。その優しい誰かさんは、小鳥を拾い上げて、巣に戻すか、自分の家に持って帰って、飛べるようになるまで世話をする。飼い殺しにするかもしれないけどね。……その優しい誰かさんは、加減をよく知らなくて小鳥を殺してしまうかもしれないの」

 

 ねぇ、とこいしは俺に緑の双眸を向ける。その目には、優しさと、嗜虐心が含まれているように見えた。

 

            「お兄さんは、どの結末がいい?」

 

 

 

 

 それは選択だったのだろう。俺には最後の最後まで、自己決定権があったのだ。惨めで、職も無い、生きる価値も無いような、こんな俺にも。

 

 

 そして、俺は幻想郷の様々な場所をこいしと共に見て回った。夜を明かして、神社の巫女と話をして。元居た世界に一人で帰るか、と聞かれたが、お断りしておいた。既に、俺の選択は決まっているのだから。

 

 

 

「ユウト、覚悟は決まった?」

 

 こいしの実家、こいしの部屋で、俺にそう問いかけるのもまたこいしだ。彼女の目から窺えるのは、食欲というより──

 

 

「俺は──」

 

 

 俺がどんな行動を取るかだった。

 

 

「──死にたくない」

 

 俺がそう答えると、こいしは目をそっと閉じた。笑っているようだ。そして、手をぱち、ぱちと叩き始める。

 

「……正解よ、ユウト。貴方は、家畜なんかじゃなかった」

 

 

 

 後日、人里に一人の外来人が定住した。その者の家に、数回ほど影の薄い少女が出入りするのが見つかっている。

 

 

 

 

 

 今は昔。ある一人の外来人は、人里で、豊かな心を持った人と暮らす内に、一人の妖怪少女と触れ合っていく内に。その目に光を取り戻しました。心に希望を持つことを許されました。ある程度の自由も得ました。

 しかし、外来人には一つ、足りていないものがありました。

 

 それは『恐怖』です。彼から恐怖という感情は失われていました。自分を食い殺そうとする妖怪を見ても、冷静に対処をするだけで、怖がることはありませんでした。

 

 その態度は、妖怪を恐怖させたのです。彼ら(妖怪)は人からの恐れを糧に生きるのだから当然です。どれだけ人を食おうとも、食った人間が全く恐怖を覚えないのなら、その妖怪の存在は、ただでさえ安定しないというのに、ちょっとの刺激で消え失せてしまうほど脆弱になってしまいます。

 

 賢者は危惧しました。いくら一人とはいえ、人里の人間がもしも、自分たち恐怖を覚えなければ妖怪がいずれ消滅する、と気づいてしまったら、妖怪の存在は無くなってしまいます。人里の指導者の一部は、そうならないように、徹底的に妖怪の恐怖を人間に叩き込むよう立ち回ります。

 

 しかし、革命とはいつの時代も起きるものです。このままでは、いずれ人間が気付きかねない。そうなる前に、その外来人を排除しなければ、という結論に、幻想郷の賢者達は至りました。

 

 

 そうして、誰にも見られない内に、外来人は静かに死にました。賢者達の温情で、苦しまずに、寿命が尽きたように死ぬよう仕向けたのです。

 この外来人と仲の良かった人妖は悲しみました。緑髪の妖怪少女もその一人です。彼女は姉を通して賢者達に抗議をしました。

 

 ですが、彼女は言いくるめられてしまいました。どうしようもない摂理なのです。無意識だろうと、故意だろうと、幻想郷の敵となる存在は排除しなければならなかった。彼女も妖怪である以上は納得せざるを得ませんでした。

 

 

 それから、緑髪の少女は、居なくなりました。しかし、そこに居ました。彼女は覆らない理不尽に気づき、脆く、砕け散りそうになったその心を自分の無意識のさらに向こう側へと押し込んでしまったのです。

 

 

 彼女は、最早無意識ですらない、天上の星の様な、『どこかに在る』ということしか分からない存在となったのです。彼女の姉以外は皆彼女の存在を忘れてしまいました。覚えていた人間は全員死に、妖怪は別れに慣れているからか、すぐに忘れてしまいました。

 

 

 彼女はあてもなく彷徨います。いつしか彼女は次元の壁を越え、気が付いた時には、いつか見たような部屋と、人間を見ました。その人間は、外来人ととてもよく似ていたどころか、全くの同じ人物でした。

 

 彼女は決めました。外来人が、理不尽に遭わないために。自分自身が理不尽に遭わないために。

 

 

 

 

 

 

 

 人間を、自分の腹に納めることにしました。






こいしちゃんはきっと、自己防衛(物理)の出来る女の子。だけど、メンタルは見た目相応。そんな気がします。


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