緋の軌跡 (もちごめ)
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第1話『トールズ士官学院』
3月31日──。
エレボニア帝国帝都近郊に位置する《近郊都市》トリスタ。そこでは、この町の風物詩でもあるライノの花が満開に咲き乱れていた。その光景は美しいの一言に尽き、暖かくもわずかに冷たい春風が一吹すれば、大空に舞い上がった花びらが幻想的な世界を創り出す。
そんな美しい町並みの中を、緑と白の制服に身を包んだ者たちが目を輝かせながら歩いていた。彼らは皆、今日からこの町にある帝国屈指の名門校《トールズ士官学院》に入学することになった新入生たちである。
エレボニア帝国の旧き歴史における英雄──《獅子心皇帝》ドライケルス・ライゼ・アルノールによって設立されたこの由緒ある学院は、平民から貴族まで様々な身分の生徒が通っており、緑の制服を着た平民生徒、白の制服を着た貴族生徒と分類されている。
しかし、そんな彼らの中にちらほらとだが、
学院が指定している制服は緑と白の2種類のみ──それは学院の設立当初から変わらないもはや伝統と言っても差し支えない事実である。にも関わらず、そのどちらでもない、それどころか帝国の象徴とも言える色である『真紅』を着込んだ新入生。目を引かないわけがない。
「ふう……どうにも居心地が悪いな……」
そんな好奇の視線に晒されながら、まさにその真紅の制服を着た少年──レイド・ルクソードは、ポツリと小さく呟いた。
何故こんな事に……と、この状況の原因を考え、すぐに結論を出す。
「まったく……サラも一体何を考えてるんだか」
はあ、とレイドは溜息を吐く。
自身の”仕事“の先輩であり、師匠でもある“彼女”の破天荒な行動に振り回されることは過去に何度もあったからもはや慣れっこだったが、だからと言って連絡を受けたままにせず、意図くらいは訊いておくべきだったと後悔。自分以外の同じ真紅の制服を着ている新入生を何人か見かけて、いくらか居心地の悪さが解消されたのがせめてもの救いだった。
「まあ、どうせ後で会うんだし、その時にでも聞けばいいか。それよりも、今は早く学院に向かわないと」
チラリと町の中央にある公園らしき広場に設置された時計を見やる。入学式の開始の時間にはまだ余裕があるのだが、「その前に顔を出せ」と事前に時間を指定されているのだ。
「遅れたらぶっ飛ばすわよ♪」というオマケ付きで。
「ったく、自分は時間にルーズな癖して、俺が遅れるとうるさいんだよなあ……」
やれやれと愚痴を溢すレイドではあったが、その表情は言葉に反して緩んでいた。学院に向かう足取りも心なしか軽い。鼻歌を口ずさみながら歩く彼の頭に浮かぶのは、久しく会っていない師匠の顔だった。
最後に彼女の顔を見たのは、確か2年ほど前。別れてからも手紙や通信で交流が続いたものの、レイドがいたクロスベルでは”仕事“が忙しく、この2年間は会えず仕舞いであった。
しかし一月前、そんなレイドの元に“彼女”から『4月からトールズ士官学院に入学してほしい』という手紙とそのトールズの入学案内が届いたのである。あまりに突然のことに仕事先では一悶着あったが、ちょうど大陸西部のリベール王国から“人員補充”があったのが幸いし、何とか都合をつけることができたのだった。
そう言った経緯があったため、”彼女“に会ったらまずは文句の一つも言ってやろうとクロスベルからこのトリスタに向かう列車の中で考えていたレイドだったのだが、それでも着いた途端に頬が緩んでしまうのは、やはり2年ぶりの再会というものが自分で思っている以上に嬉しいからなのかもしれない。
調子に乗るだろうから、本人の前では絶対に言ってやらないけれども。
「さてと……それじゃあ行くとするか──トールズ士官学院へ」
見つめる先に建つ学舎──トールズ士官学院を目指し、レイドは持参したトランクを肩に担ぎながら学院に続く緩やかな坂道を子供のように駆けていく。
彼の動きに合わせて揺れるトランクに刻まれた《支える籠手》の紋章には、ついぞ誰も気づかないまま。
◇
「ご入学、おめでとーございます!」
鉄柵の校門を通り過ぎ、近くで見ると一層その威厳を際立たせる校舎を見上げていたレイドは、横から聞こえてきた少女の声に意識を傾けた。そこには、ニコニコした笑顔をこちらに向ける二人の生徒がいた。
「ようこそトールズ士官学院へ! 君の名前を聞いても良いかな?」
一目で明るい性格と分かる緑の制服を着た小柄な少女と、黄色いツナギの作業服を着た恰幅の良い青年。二人は爽やかな笑みを崩さずレイドの前に立っていた。どうやら学院の先輩らしい。少女の方は先輩というには少し違和感のある容姿をしているが、彼女の左腕についている『生徒会』と書かれた腕章が何よりの証拠となった。
「えっと……レイド・ルクソードです」
レイドが名乗ると、それを聞いた二人はすぐに表情を輝かせた。
「ホントに!? そっかー! 君がレイド君なんだね!」
「えっ、俺のこと知ってるんですか?」
「まあね。君のことは、耳にタコができるくらいたくさん聞かされてきたから」
「それって……」
「──もちろん、あたしが話したのよ♪」
と、三人のものではない、大人びた女性の声が唐突に聞こえてきた。声のした方に顔を向けると、そこには2年ぶりに目にする懐かしい
「サラ!」
「ふふ、久しぶりねレイド」
サラ・バレスタイン──元は帝国で《
サラはゆっくりとレイドに歩み寄り目の前に立つと、彼を優しくその胸に納めた。
「んなっ!? サ、サラ!?」
「フフ、良いから良いから。久しぶりに再会した愛弟子を抱き締めることくらい許してくれても良いでしょ?」
「いや、良くないから! 人も見てるだろ!」
顔を赤くしながらチラリと横目で先輩たちを見れば、二人は呆れたように苦笑しながらも、どこか微笑ましそうにレイドとサラを見守っていた。
「サラ教官、気持ちは分かりますけど、レイド君が困ってますよ」
少女がそう言えば、サラは「ええ〜」と名残り惜しそうに文句を言いながらも、ようやくレイドを解放した。ぷはっ、と解放された瞬間レイドは大きく空気を吸い込んで酸欠になりかけた肺を満たす。
「ったく、全然変わってないな……」
「たった2年じゃ人はそう簡単に変わらないわよ。でも、あなたに限っては違うみたいね。一目で分かる、ずいぶん逞しくなったんじゃないかしら?」
「そりゃあ、クロスベルでこれでもかってくらい鍛えられたからな」
言いながら、レイドは自身が持つトランクに刻まれた《支える籠手》の紋章に目を向ける。
およそ50年前に大陸中央部のレマン自治州を総本部として設立し、大陸各地に支部を置く民間団体。『民間人の安全と地域の平和を守る』ことを第一にして絶対の信条とする戦闘のプロフェッショナルたち。
レイドもその一員としてサラに師事しながら帝国で活動していたが、2年前に単身クロスベルの
クロスベル自治州は、エレボニア帝国とカルバート共和国の二大国と国境を接し、両国の領土争いに晒されている緩衝地帯。議員の汚職や犯罪組織の跋扈により治安は悪く、《魔都》とも揶揄されているほど曰く付きの都市である。
故に、クロスベルにおけるギルドへの依頼量は大陸全体で見ても他の追随を許さず、所属する遊撃士は全支部の中でも屈指の実力者でなければ務まらないとまで言われている。
そんな場所に、レイドは異動することになったのだ。放り込まれたと言ってもいい。
当時のレイドは準遊撃士から正遊撃士に昇格したばかりの新米だった。当然ながら膨大な仕事量についていくのが精一杯であり(それどころか、ついていけてすらいなかったかもしれない)、足を引っ張らないよう忙しい仕事の合間を縫い、徹底的に鍛えられた。
今となっては懐かしい思い出である。
『はぁ……はぁ……も、もう、ムリ……』
『なに情けないこと言ってるんだレイド。そんなんじゃあ、いつまで経ってもヒヨッコのままだぞ? 泰斗の真髄もまだまだこんなものじゃない。さあ、行くぞ! 歯を食いしばれ!』
『ちょっ、待った! ストップストップ! 今そんなの喰らったらマジで洒落になんないって!』
『うふふ、大丈夫よレイド。私、こう見えても医師免許持ってるの。だから怪我しても優しく治してあ・げ・る♡』
『いや、そういう問題じゃ……』
『ハアァァッ!! 泰斗流奥義『雷神掌』ッ!!』
『いやだから待ってギャアァァァァッ!!!』
回想終了。
思い出というか、トラウマだった。
「………ホント、文字通り死ぬほど鍛えられたから……」
身体の芯まで刻まれた恐怖が、無意識の内にレイドの身体をガクガクと震わせる。瞳から一切の光を消し、この世の全ての絶望を凝縮したような溜息を吐きながら薄ら笑う弟子を見て、サラは顔を引き攣らせた
「そ、そう……向こうは相変わらずブラックね」
同情が身に沁みる。しかしながら、確かに仕事はブラックではあったものの、仕事仲間たちは厳しくも優しく、彼らが鍛錬に付き合ってくれたおかげで強くなれたのも純然たる事実のため、クロスベルで過ごした時間は非常に充実していたと胸を張って言うことができる。
「えーと……そろそろ良いですか?」
と、脱線して内輪話に花を咲かせるレイドとサラにすっかり置いてけぼり状態だった二人の先輩の内、小さい方の先輩が恐る恐るといった感じで訊ねてきた。
「ああ、ごめんなさい。久しぶりの再会だったからツイ」
「いえいえ、気持ちは分かりますから平気ですよ。それじゃあレイド君、君の荷物は僕たちが預からせてもらうよ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
レイドが恰幅の良い方の先輩に持っていた荷物を手渡すと、彼は「確かに」と頷いて大事そうに抱えた。どうやら中身がなんなのか把握しているようだ。
「入学式はすぐそこの講堂でやるから、始まるまで座って待機しててね。それじゃあ、これから2年間、充実した生活が送れるように頑張ってね。私たちも精一杯サポートさせてもらうから!」
激励の言葉を受け取って二人と別れたレイドは、サラに連れられて入学式が行われる講堂までやって来た。中では既に大勢の新入生が、これからの学院生活に対する期待に満ちた面持ちで、入学式が始まるのを今か今かと待っていた。
「入学式まではあと……10分ほどかしらね。それまではこの中で待機しててちょうだい。あ、そうそう。懐かしい顔もいるから、もしかしたら驚くかもね」
「?……了解」
面白そうにニヤつくサラに首を傾げつつそう返すと、途端にサラは表情を緩ませ、今度は優しい微笑みを見せた。
「……でも、本当に見違えたわ。すっかり大人っぽくなっちゃって」
その手でレイドの髪を撫でながら、優しい口調でサラは言う。レイドは顔をわずかに赤くして、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そりゃまあ、俺だっていつまでも子供じゃないし、成長すれば顔つきだって変わるだろ」
「うふふっ……今までも手紙や通信で聞いてきたけど、向こうでのこと、後で色々聞かせてね」
そう言って名残惜しそうに頭から手を離したサラは、最後の打ち合わせがあるからと校舎の方に歩いていった。そんな彼女の背を見送りながら、やっぱり変わってないとレイドは小さく笑みを溢し、講堂に入るのだった。
◇
講堂に入ってからすぐ、レイドはサラの言っていた“懐かしい顔”を発見した。
「まさかお前までいるとはな──フィー」
「うん、わたしも驚き」
入学式用にズラリと並べられたパイプ椅子に座り、レイドはその隣に腰掛ける自分と同じ真紅の制服を着た銀髪の少女を見やった。口では「驚いた」と言っときながらそんな素振りなど全く見せず、眠たそうに目を細めて大きな欠伸を溢した彼女に、こいつも相変わらずだとレイドは苦笑した。
フィー・クラウゼル。
年は確か15歳ほど。常に気怠そうで無気力な猫のような雰囲気を醸し出す少女で、年齢的にも雰囲気的にも「名門」と謳われる士官学院には不釣り合いと言っていい少女だが、決して見た目に惑わされてはいけない。これでも彼女、ゼムリア大陸最強と謳われる猟兵団《西風の旅団》に所属していた猟兵であり、《
まだ帝国のギルドが正常に運営されていた時、つまりサラの元で修行していた頃に何度か交戦したことがあるが、小柄ゆえのスピードと猟兵ならではのトリッキーな戦術に煮え湯を飲まされたこともある。
そんな、銃弾飛び交う戦場で生きてきた彼女が『学校』というおよそ世界の違う場所にいるという事実には、レイドも驚きを隠せなかったが……。
「大方、サラに連れ出されたんだろ?」
「……まーね」
レイドの指摘にフィーは少し寂しげな面持ちでこくりと頷いた。
彼女が所属していた《西風の旅団》は、少し前にライバルである《赤い星座》との抗争を起こした。大陸最強の猟兵団同士の衝突はかつて民間人にも犠牲者を出したことがあったためギルドも警戒したが、今回に限ってはお互いの団長同士による一騎討ちと、相討ちという形で終結したらしい。これにより《赤い星座》は活動を一時的に縮小し、《西風の旅団》は姿を消したと、両猟兵団を監視していたサラから報告を受けている。その報告時に彼女からフィーに関しての話が無かったため、てっきり他の《西風》のメンバーと共に姿を消したと思っていたが、ここにいるということは、経緯は知らないが先に言ったように、サラによって連れ出されたのだろう。
「そーゆーレイドもサラから?」
「ああ。詳しい事情とかは何も伝えられてないけど、久しぶりに会える良い機会でもあったからな」
「…………ふーん」
「……何か言いた気だな?」
「別に……《緋剣》も相変わらずだなって思っただけ」
「そりゃどういう意味だ? あと、その名で呼ぶなって何回も言ってんだろうが」
ピンッとフィーの小さな額を弾く。フィーは「あうっ」と小さな悲鳴を上げて、弾かれた額を両手で摩った。
《緋剣》とは、レイドが猟兵や遊撃士たちの間で呼ばれている二つ名である。《紫電》と呼ばれているサラやクロスベルのA級遊撃士であり、レイドもお世話になった《風の剣聖》アリオス・マクレインなど──彼らほどではないにしろ、その世界では知れ渡っている名だ。
「むぅ、その渾名知ってる人なんてここには居ないんだし、別に良いじゃん……」
「そうだが、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよ」
「? よく分かんないけど分かった。次は気を付ける」
と、言いながら大きな欠伸を溢したフィーを見て、こいつ気を付ける気ないなと呆れるレイドであった。
◇
話のネタが尽きると、フィーはこくりこくりと舟を漕ぎ始めた。どうやら、どこでも眠れるという彼女の特技は今でも健在らしい。すっかり話し相手のいなくなってしまったレイドは、特にすることもないので入学式が始まるまでの暇を持て余していた。
「──すまない、少し良いだろうか?」
そんな声がレイドの耳朶を打ったのは、フィーの寝顔に触発されてこっちも眠くなってきたと小さく欠伸を噛み殺した直後のことだった。
眼前に一人の少女が立っていた。長い青髪を後ろでポニーテールに纏め、凛とした佇まいは貴族のそれだが、着ている制服はレイドやフィーと同じ真紅の少女。
「少々、訊ねたいことがあるのだが」
「ああ、別に構わないけど」
そう返事をすると、少女は「そうか」と頷く。
「どうやら、そなたと隣の少女は私と同じ赤い制服のようだが、なぜ我らだけが他の者と違うのか知っているだろうか?」
「……どうしてそんなことを俺に訊こうと思ったんだ?」
「先程、そなたが教官らしき女性と親しげに話しているところを見て、もしかしたらそなたなら何か知っているのではと思ってな」
「なるほど……」
少女の言葉にレイドは納得する。確かに、自分が着ている制服がなぜか他の者たちとは異なっていることに疑問を覚える中で、学院の関係者と親しく会話をしている同色の制服を着た人間を見れば、その人物が何か知っているのではないかと考えるのも無理はない。
しかし、レイドは静かに頭を横に振った。
「確かに知り合いだけど、悪いな。俺も何も知らされていないんだ。だから、力にはなれそうにない」
「そうか……いや、別に謝る必要はない。私こそ野暮なことを訊いてしまってすまなかった」
そう言って丁寧な所作で少女は頭を下げた。その一分の無駄や隙のない立ち振る舞いを見て、ただの貴族ではないとレイドは予想する。
「まあ、力にはなれなかったけど、これも何かの縁だろう。俺はレイド・ルクソード。よろしくな」
「うむ、私はラウラ・S・アルゼイドという」
「アルゼイド……なるほどね」
どうやら予想は当たっていたようだった。
アルゼイドという名を知らない者は、少なくともこの国にはいない。子爵の位を冠する貴族であり、アルノール家の守護を司る《ヴァンダール流》と並んで帝国の武の双璧とされる剣術流派《アルゼイド流》の総本山。そこの現当主であるヴィクター・S・アルゼイド子爵は《光の剣匠》と呼ばれる、エレボニア帝国最高の剣士である。
レイドの反応を見たラウラは「やはり知っているのだな」と、少々気恥かしそうに頬を掻いた。
「確かに私の家は貴族だが、変に畏まらなくとも良い。話し方も先程のようなもので構わない」
「そうか、ならそうさせてもらうよ。これからよろしくな、ラウラ」
「うん、こちらこそよろしく」
握手を交わすレイドとラウラ。それと同時に、講堂内に導力マイク越しの男性の声が響き渡った。
『これより、第215回入学式を行います。立っている新入生は至急元いた席に戻りなさい』
「む、そろそろ始まるようだな。ではレイド、私の席は前方ゆえ、これで失礼する」
「ああ、また後でな」
席に戻っていくラウラを見送ってから、レイドは隣の席に目を向けた。相変わらずフィーはうつらうつらと舟を漕いだままだ。入学式も始まるしそろそろ起こした方がいいかと考えたレイドだったが、あまりに気持ち良さそうに眠る彼女の寝顔を見て、まあいいか、とそっとしておくことにした。
◇
『最後に諸君に、ドライケルス大帝の遺した言葉を伝えたいと思う』
静まり返った講堂内に、厳粛とした声が響き渡る。
整然と並べられた椅子に座る貴族、平民合わせて百数十名ほどの新入生たち。彼らの視線の先には、壇上のマイクの前で毅然と立つ巨大な老人の姿があった。
トールズ士官学院学院長──ヴァンダイク。
かつては帝国正規軍の『元帥』としてその名を轟かせた人物で、老いた今なお2アージュ以上はあろう身長と服の上からでも分かる隆々と鍛え上げられた肉体が帝国軍人の厳格さと強者の覇気を漂わせていた。
「『若者よ、世の礎たれ』──“世”という言葉が何を示すのか、何を以って“礎”とするのか。その意味をよく考えて欲しい」
こうしてヴァンダイク学院長の挨拶が終わると入学式も終了し、式前に着席を指示した教官が新入生に指示を飛ばす。それを受けて新入生白制服の貴族生徒、緑制服の平民生徒のそれぞれが事前に知らされていた自分のクラスに向かうために講堂を出て行った。そして、どういうわけかクラスの割り振りを
「はいはーい。赤い制服の子たちは注目~」
これからどうしようかと困惑し、気まずい沈黙の中で途方に暮れるレイドたちだったが、そんな彼らをサラがパンパン、と手を打って呼び掛けた。全員がその音と声に顔を向けると、サラはフフンと鼻を鳴らす。
「どうやらクラスが分からなくなって戸惑ってるみたいね。実はちょっと事情があってね。君たちにはこれから“特別オリエンテーリング”に参加してもらいます」
その場にいた全員が一瞬の沈黙の後、「はぁ?」と間の抜けた声をあげた。それもそのはずである。彼らが渡された入学案内書には、どこにも『特別オリエンテーション』などという行事は書かれていなかったのだから。
「ま、すぐに判るわ。それじゃあ全員、あたしについて来て」
困惑する彼らを気にも留めず、サラは鼻歌を唄いながら軽やかな足取りで講堂を出て行った。残された者たちは、理解の追いつかない状況に呆然と立ち尽くす。
「やれやれ、ホントなに考えてんだか……ま、こんな所で突っ立ってても仕方ないし、大人しく付いて行った方が良さそうだ」
呆れたようにレイドは肩を竦めてサラの後を追う。眠そうな顔のフィーが「そだね」とレイドの言葉に同意してその後に続いた。
「ふむ……ならば私もそなたと共に行くとしよう」
と、ラウラもレイドの隣に並んだ。そんな三人に触発されて残りのメンバーも動き出し、そうしてサラの後について行けば、やがて士官学院の裏手──古い建物がある閑静な場所に出た。
突然現れた謎の建物を前に立ち尽くすレイドらとは対照的に、サラは鼻歌を止めずに鍵を開けて中に入っていった。
「こんな場所で何を……?」
「くっ……ワケが分からないぞ」
金髪の少女と眼鏡をかけた緑髪の少年が呟いた。それにはレイドも同意する。現状、このメンバーの中で最もサラとの付き合いが長いレイドですら、彼女の行動の意味と狙いが理解できないでいた。
「まあ、考えても仕方あるまい」
「確かに。もうなるようになれだ」
ラウラの言葉に頷いて、これから始まるであろう“特別オリエンテーリング”なるものを警戒しながら、レイドたちは怪しさ満点の建物に入っていくのだった。
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第2話『落下』
「サラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね♪」
学院の裏手にある“いかにもな”雰囲気の古い建物に入り、訝しげに中を見回すレイドたちに向けてステージに上がったサラが愛嬌たっぷりに自己紹介をした。
何となくツッコんでやりたい衝動に駆られたが、そんなしょうもない事よりも彼らの記憶に残った言葉が彼女からは発せられていた。
「な、《Ⅶ組》……!?」
眼鏡をかけた緑髪の少年がその場の全員の気持ちを代弁するように声を上げる。そして、彼に続くように今度は三つ編みの少女がおそるおそる手を挙げた。
「あ、あの……サラ教官。この学院の一学年のクラス数は5つだったと記憶していますが。それも、各自の身分や出身に応じたクラス分けで──」
「お、さすが首席入学。よく調べているじゃない。そう、この学院には一学年につき5つのクラスがあって、貴族と平民で区別されていたわ。──あくまで、去年まではね」
「え……?」
「今年からもう一つのクラスが新たに立ち上げられたのよね~。すなわち君たち──
サラの言葉を受けて、静かだった空間がわずかにざわめき立った。レイドは「なるほど、だからか」と制服の色が他の新入生と違う真相を理解し、同時にため息を溢した。
「それ、事前に説明してくれよ……」
サプライズのつもりだったのだろうが、トリスタ駅を降りてから好奇の視線に晒されたこちらとしては、正直たまったものではない。とうの本人はドッキリ大成功した時みたいな満面の笑みを浮かべていた。イラッとした。引っ叩いてやりたい。
「冗談じゃない!」
すると、緑髪の少年が大声で異を唱えた。彼は眉間にシワを作り、眼鏡の奥の鋭い視線をサラに向ける。
「身分に関係ない!? そんな話は聞いていませんよ!?」
「えっと、たしか君は……」
「マキアス・レーグニッツです! それよりもサラ教官、自分はとても納得しかねます! まさか、
少年──マキアスは鋭い剣幕で言い放つ。どうやら彼は貴族に対して良くない感情を持っているらしい。彼の言葉を受け、ラウラと何人かのメンバーが反応を示した。
(しかし、“レーグニッツ”か……)
しばらく帝国を離れていたために国内の世情にだいぶ疎くなってしまったが、記憶が正しければ帝都ヘイムダルの知事をしているのがカール・レーグニッツという人物だったはずだ。
《貴族派》と《革新派》が水面下で火花を散らす今のエレボニア帝国において、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンと並んで《革新派》の代表と言える人物である。その息子が彼であるならば、貴族嫌いも納得できることではある。
「フン……」
そんな事を考えていると、マキアスの隣にいた金髪の少年が不意に鼻を鳴らした。ただでさえ眉間に寄ったシワをマキアスは更に寄せ、その少年を睨みつける。
「……君、何か文句でもあるのか?」
「別に。
「っ!……これはこれは。どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度……さぞ名のある家柄と見受けるが?」
皮肉のこもったマキアスの言葉に、金髪の少年は再度鼻を鳴らして向き直る。
「ユーシス・アルバレア。“貴族風情”の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」
「なっ!!?」
「へぇ……これまたずいぶんなビッグネームがいたもんだ」
ユーシスの名を聞いて、レイドと数人以外の全員が驚愕した。アルバレアといえば、帝国貴族の中でも特に権威のある《四大名門》の一角で、クロイツェン州を治める《アルバレア公爵家》のこと。帝国内では皇帝家に次いで発言力のある大貴族中の大貴族である。
「だ、だからどうした! その大層な家名に誰もが怯むと思ったら大間違いだぞ!」
「はいはい、そこまで!」
ユーシスの生家を聞いてなお食って掛かるマキアスだったが、サラが手を叩いて制した。不満そうに歯を食い縛りながらも、マキアスは彼女の言う通りに踏み留まる。それを見届けてから、サラは大袈裟に咳払いをし、
「それじゃ、そろそろオリエンテーリングを始めるとしますか♪」
そう言って少しずつ後ろに下がり始めた彼女は、スイッチのような物がある場所の横に立ち、それを何の躊躇いもなく押した。すると、ズシンッ、とレイドたちの足元で地響きが起こり、次の瞬間には床が大きく傾き始めた。
「うわぁっ!?」
徐々に傾斜が上がっていき、重力に引っ張られてどんどん下にずり落ちていく。そんな中でふとレイドが上を見上げれば、ワイヤーを天井の梁に巻きつけてぶら下がり難を逃れたフィーの姿が目に入った。
「あ、ずりぃっ!」
流石は猟兵と言ったところなのか、不測の事態への対処は向こうが一枚上手だったようだ。ただ、こちらを見下ろしたフィーが勝ち誇ったドヤ顔でVサインを送ってきたのが酷くムカついたので、思い切りほっぺを抓ってやりたい。
「くっ……!?」
その時、すぐ近くからラウラの声が耳に届いた。見ると、同じように下にずり落ちていく彼女の姿が目に入る。
「ラウラ!」
レイドは反射的にラウラの元まで移動し、彼女の体を引き寄せた。
「レイド……!?」
「しっかり捕まってろ!」
落ちていく中で体勢を整えてラウラの背中に手を回し、胴体を支えながら膝裏に手を入れて立ち上がる──いわゆる『お姫様抱っこ』の体勢になった。
今の自分の体勢を理解して顔を赤くするラウラに対してレイドは自分がしていることを理解しているのかいないのか、至って冷静のまま未だ暗闇に包まれる下層に目を向けている。そして、地面が見えてくると脚に力を込めて跳び上がり、そのままなるべく衝撃の無いように着地した。
「ふぅ、危なかった……大丈夫かラウラ?」
「う、うむ……」
安堵のため息を溢したレイドは、ラウラを抱えたその状態のまま顔を覗き込んでくる。数リジュという至近距離から見つめ合う形となり、また、自分の父以外で異性にここまで顔を近づけられたことのないラウラは、レイドの顔を直視することができず慌てて顔を逸らした。
「ったく、あの人はホントにいつもいきなりなんだよなあ。俺だけならまだしも、他の人にまで無茶苦茶するんじゃないっての」
「レ、レイド……」
ラウラの返答に再び安堵したレイドは、そのままぶつぶつとサラに対する愚痴を呟き始めた。
もう一度言うが、ラウラを抱えたままである。つまり、『お姫様抱っこ』である。武門《アルゼイド流》の後継者として物心ついた頃から剣に触れ、他の門下生と共に汗を流して17年。いわゆる“少女らしさ“とは無縁であることはラウラ自身も自覚している。
が、それでもラウラがうら若き乙女であることに変わりはないわけで……。
「ん? ラウラ、どうした?」
「いや、その……そろそろ降ろしてくれぬか?」
「あっ」
つまり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「わ、悪い! 危ないと思って、つい……!」
「う、うむ……」
ラウラの言葉を受けて自分がしていることを理解したレイドは、慌ててラウラを地面に降ろした。彼の行動が悪意ではなく──むしろ善意によるものであることはラウラとて重々承知している。今日初めて知り合ってそれほど時間も経っていないが、これまでの会話や行動を共にして、レイドの
それでもやはり、“知り合って間もない同年代の異性“に御伽噺の挿絵で見た『お姫様抱っこ』をされたという事実は、特大の
「……………」
「……………」
同じように落下した者たちが立ち上がり、状況を確認するために周囲を見回しているのを他所に、レイドとラウラのいる場所では気まずい沈黙が流れ続ける。
と、
「──とりゃ」
「ぐはっ!?」
そんな気の抜けた掛け声が耳に届くと同時、穴から落ちてきた銀色の影がレイドを頭から踏み潰した。突然の事態に驚いたラウラは、その銀の正体が入学式の時にレイドの隣で眠っていた銀髪の少女──フィーだと気付くのに数秒の時を要した。
いかにフィーが小柄で軽量といえど、そこに落下による重力が加算されるとその威力は甘くなく、もろに直撃を喰らったレイドはうつ伏せでピクピクと痙攣していた。
そしてフィーは倒れているレイドを一瞥して、一言。
「……
「いや『排除完了』じゃねえええっ!!!」
キリッとドヤ顔を決めた銀色の猫に万感の怒りを込めて、レイドは「ウガーッ!」と吠えながら立ち上がる。その勢いでフィーが吹き飛ばさられるが、そこは流石に元猟兵。すぐさま空中で体勢を整え、難なく地面に着地する。
「何しやがんだフィーてめーこのヤロー! めちゃくちゃ痛かったぞコラーッ!」
が、レイドも譲らず、すぐにフィーを追撃して彼女の両頬をむにーっと引っ張った。
「わふぁひはふぇいほのほふははらほのひほほはほっははへ(わたしはレイドの毒牙からこの人を守っただけ)」
「うっせーよ! 何言ってるかわかんねーよ! てか、お前、前回会った時にも同じようなことやってくれたよなあ!」
ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた二人に何人かが気づき、何故か取っ組み合っている光景を前に目を点としている。
後に「兄妹喧嘩のようだった」と語られることとなるこの争いは、最終的に見かねたラウラが止めに入るまで続くのだった。
今回少し短めですが、その分次話を早く作れると思うので、一週間以内に第3話を更新する予定です。
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第3話『特別オリエンテーリング①』
予想以上に時間が取れなかったために、一週間以内に投稿できますと言っておきながら結局一週間以上かかってしまいました。すみません。
そして今回も短めですが、引き続き『緋の軌跡』をよろしくお願いします。
パシンッ、という乾いた音がレイドたちのいる広い空間──おそらく建物の地下──に響く。
いきなりのことなので状況を説明すると、サラのトラップで床が抜けた際、レイドと同じように一人の少女を助けようとした少年がいたそうなのだが、運悪く彼は着地に失敗。転倒し少女の胸に顔を埋めてしまうという手垢でベッタベタなハプニングを起こしてしまったらしい。
もちろん少年に下心などまったく無く、純粋にただ助けたかったがゆえの行動だったのだが、そんな言い訳が胸に顔を埋められた被害者に通じるはずもなく、結果、盛大な音を響かせて少年は頬に真っ赤な紅葉を作る羽目となってしまったのであった。以上、解説終わり。
「いやはや、俺も一歩間違えてたらあんな目に遭ってたのかねえ?」
自分が彼の立場だった場合を想像してレイドは「あーこわいこわい」と首を振る。それを聞いたラウラは心外だと言わんばかりの目を向けてきたが、レイドの顔を見るやすぐにバツが悪そうに視線を外した。
「どうしたラウラ? 人の顔を見るなり視線を外すのは失礼だぞー」
「す、すまない。悪気はなかった。だが、その………」
と、そう謝罪した後にラウラは再びレイドの顔を見やり、
「大丈夫か?」
「……全然大丈夫ですけど?」
ラウラの気遣いに、
先ほどまで行われていた彼と少女──フィーの喧嘩は最終的にフィーも反撃してレイドの両頬を引っ張り、お互いがお互いの頬を引っ張ったまま膠着状態に陥るという泥仕合に発展した。そのため、見かねたラウラが二人を止めた頃には双方の両頬はまるでリンゴのように真っ赤に染まっていた。終わったら終わったで、レイドが強がる傍ら「“傷モノ“にされた」と誤解を招く問題発言を溢すフィーは、果たして意味を分かって言っているのだろうか。ともあれ、ラウラからしてみれば向こうで紅葉を咲かせた少年よりも、両頬にリンゴを実らせた二人の方がよっぽど酷い。
「……さて」
予想外のハプニングがあちらこちらで起きてしまったために出鼻を挫かれた感が強いが、ラウラは切り替えて改めて状況を確認するために周囲を見渡した。落ちたという事実から当然自分たちがいる場所は地下。それなりの広さがあり、奥には石造りの重厚な扉。広間の壁際には円になるような形で10箇所に台座が設置されていた。
「台座に置かれているのは俺たちの荷物か……あと、何か小さな箱が置かれているな」
それぞれの荷物と一緒に置かれている見覚えのない小さな箱に首を傾げていると、突然薄暗い広間に不釣り合いな電子音が鳴り響いた。音の出所は入学案内書と一緒に送られてきた
『ハロハロー、驚いたかしら? これは、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代型戦術オーブメントの一つ。All-Round Communication & Unison System ──通称《
サラの言葉──正確にはラインフォルト社という単語を聞いて金髪の少女の表情がわずかに強張ったが、それに気がついた者はいなかった。
「(ふむ……俺には《
説明を聞きながら、レイドは制服の内ポケットに入れていた“もう一つの”戦術オーブメントを取り出す。
《ENIGMA》──今年に入ってすぐの頃にエプスタイン財団によって開発された最新の戦術オーブメントである。従来の戦術オーブメントと比べてデザインが変わった以外に大きな変化はないが、特筆すべきは《ENIGMA》の端末同士での簡易通信機能だろう。最新かつ試験的な機能ゆえに導力波が届く範囲でしか通信できないという制限はあるものの、これにより相互での連絡や連携が非常にスムーズになり、活動がかなり楽になったとクロスベル支部ではかなりの好評を博していた。
そして今回の《ARCUS》だが、《ENIGMA》と見比べてみると結晶回路のスロット数が増えていたり、中央に従来のものには無かったもう一つのスロットがあったりと同世代の戦術オーブメントでありながら比較的《ARCUS》の方がより大幅な改良が施されているように感じる。そこはやはりエプスタイン財団単独での開発だった《ENIGMA》と違い、帝国最大の重工業メーカーである《
「(スロットが増えているということは、その分だけパフォーマンスや使える
どちらかと言うと前衛タイプなレイドとしては、こうした違いを見ても「よく分からないけどすごいなあ」くらいの反応しかできないが、分かる人にとっては劇的な進化と言っても過言ではないのだろう。
例えばそう、オーブメントとアーツの扱いに定評のある金髪のあの人なんかは大喜びしそうだ。
閑話休題。
サラの指示に従い、レイドたちは自分の荷物のある台座の前まで移動する。一緒に置かれていた小さな箱を開けると、中に入っていたのはクォーツだった。サラの説明によると、これは《マスタークォーツ》という特殊なクォーツであり、《ARCUS》の結晶回路の中心スロットに嵌め込めばそれだけで複数のアーツを使えるようになるという。
「なるほど……これは確かに《ENIGMA》とは違うな」
説明を聞いて感嘆の声を上げながら、レイドは《ARCUS》の中心にマスタークォーツを嵌め込んだ。すると、《ARCUS》の機体から淡い光が発生し、それに共鳴するように全員の身体からも同じ光が放たれる。
「これは……」
『あなたたちと《ARCUS》が共鳴・同期している証拠よ。他にも《ARCUS》には面白い機能があるんだけど、その説明は追々ってことで。早速“特別オリエンテーション”を始めちゃいましょうか』
サラが《ARCUS》越しにそう宣言すると同時に、それを合図とするかのように広場の奥にあった扉が重々しい音を立てながら開いた。
開いた扉の向こうでは、この広場よりも更に薄暗い直線が50アージュに渡って続き、一定の間隔で並ぶランプの灯りのみが道を照らしている。その道を風が吹き抜けるとまるで獣のように唸り声を上げ、その不気味さを一層引き立てる。
『そこから先のエリアはダンジョン区画になってるわ。割と広めで迷路みたいに入り組んでるし、ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるけど、無事終点まで辿り着ければ旧校舎一階に戻ることができるわ』
少し楽しげな声音でサラが告げた後、続けて「コホン」と咳払いが聞こえ、
『──それではこれより、トールズ士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自ダンジョン区画を抜けて旧校舎一階まで戻ってくること。文句があったら、その後に受け付けてあげるわ』
先ほどとは違い、粛々とした口調で告げられた宣言に、レイドたちも自然と気を引き締められた。
『あ、それとレイド』
「えっ?」
と、不意に名指しを受けて一瞬キョトンとするレイドに、サラは声音を再び楽しげな調子に戻し──
『終わったらご褒美にホッペにチューしてあげるから、頑張ってね♡』
爆弾を投下した。
「待て待て待ておいっ! なに
『サラだけに?』
「上手くねーんだよ!」
トンデモ発言をぶっ込んだ師匠に全力で反論するも、凍りついた空気は戻らない。
「レイド……そなた……」
「やっぱシスコンか」
「あのラウラさん!? 違いますから! そういうのじゃないですからそんな冷たい目で俺を見ないでください! あとフィー! お前は黙ってろ!」
他のメンバーからの視線──特にラウラとフィーからの冷めた視線を受けて必死で弁解するレイド。この状況に追い込んだ張本人といえば、スピーカーの向こうで笑いを堪えていた。
『ま、冗談はこれくらいにしておくとしましょうか。オリエンテーリングはもう始まってるから、レイドに限らず皆も頑張ってね~♪』
それだけ告げて《ARCUS》からサラの声が聞こえなくなり、薄暗い広場に再び沈黙が流れ始める。
「サラの奴、覚えてろよ……」
オリエンテーリング前にやけに気疲れしたレイドは、冷たい視線を背中に受けながら消え入りそうな声音で恨み言を呟くことしかできなかった。
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第4話『特別オリエンテーリング②』
お久しぶりです。前回投稿からちょうど3ヶ月ぶりの投稿となりました。前話投稿後、日常の方でかなり忙しくなってしまい、少しずつ執筆は進めていたのですが、完成までにかなり時間を要してしまいました。
ありがたくもこの小説を楽しみにしてもらっている方には大変ご迷惑をおかけしました。
これからも執筆は続けていきますので、今後とも『緋の軌跡』をよろしくお願いいたします。
レイドたちは混乱していた。
何の説明もなく連れてこられた旧校舎らしい建物の中で自分たちは今年から新たに設立されたクラスだと告げられ、かと思えばいきなり落とし穴で地下に落とされ、しまいには《特別オリエンテーリング》をやれと言われた。
驚くべきは、入学式が終わってから地下に落とされる今に至るまでにまだ30分も経っていないということである。
「まったく、相変わらずメチャクチャだなあの人は……」
ほんの僅かの間にここまでのことをやってくれやがったサラに呆れを通り越して感心すらして、レイドたちはひとまずは旧校舎の1階に出られるというダンジョンの入り口を囲うようにして集まることにした。
「フン……」
誰もが困惑と警戒心を露わにしてダンジョンに入ろうとしない中、ユーシスが付き合ってられないとばかりに鼻を鳴らして歩き出す。それをすかさずマキアスが「待て!」と呼び止めた。
「一人で勝手に行くつもりか?」
「馴れ合うつもりはない。それとも、“貴族風情”と連れ立って歩きたいのか?」
ユーシスの挑発にマキアスはあからさまに表情を歪める。そんな彼に追い討ちとばかりに、ユーシスは続けた。
「まあ、魔獣が怖いのであれば同行を認めなくもないがな。それなりに剣は使えるつもりだし、“
その言葉が決定打となり、我慢の限界を迎えたマキアスは射殺さんばかりに目をカッと見開いた。
「だ、誰が貴族ごときの助けを借りるものか! もう良い、僕は先に行かせてもらう! 旧態依然とした貴族などより上であることを証明してやる!」
そう言い残してマキアスは大股でダンジョンに入っていき、その背を見送ったユーシスも再度鼻を鳴らして続いていった。そして、残された8人の間には何とも気まずい沈黙が流れる。
「入学したばかりだっていうのに大変だな、あの2人」
「うむ……とにかく、いつまでもここに立ち尽くしている訳にもいくまい。我々も動くとしよう」
そうして空気を切り替えたラウラは数人のチームに分かれて行動しようと提案し、女子のメンバーを誘うために金髪の少女と眼鏡の少女の2人の元に向かった。レイドも男子チームと合流しようと動こうとした時、ツンツンと腰のあたりを突かれた。
「レイド、わたしは先に行くね」
「は?」
と、聞き返した頃には既にフィーの姿はなく、ダンジョンの曲がり角に消えていく彼女の小さな背中が見えただけだった。彼女の実力を知っているから特に心配はしていないものの、だからと言って一人で行かなくても良いだろうに、とレイドは溜息を吐く。まあ、それは先行したマキアスとユーシスにも言えることだが。
「む、フィーはもう行ってしまったのか?」
すると、女子組に声をかけ終えたラウラがフィーも誘おうとしていないことに気づいた。ちなみに、なぜラウラが既にフィーの名前を知っているのかというと、講堂からこの旧校舎に向かう際の道中でお互い自己紹介をしたらしい。あの無口なフィーから名前を引き出すとは、さすがはアルゼイドである。武門の娘としての胆力と貴族の娘としての社交性がしっかりと備わっている。
「ああ、悪いな。あいつは自分から進んで馴れ合いをするような奴じゃなくてな。だけど、見かけによらず戦闘力はある方だから、一人でもなんとかなると思う」
ラウラの問いかけにレイドはそう答える。どれだけ見た目が幼くともフィーは多くの戦場を渡り歩いた猟兵。単独で敵地への潜入任務も行ったこともあると聞いたし、ダンジョン探索と言えどたかが学生のオリエンテーリングで遅れを取ることはないだろう。
「ふむ、彼女の知り合いであるレイドがそう言うのならばそうなのだろうが、一応、こちらからも見かけたら声をかけてみようと思う」
「ああ、そうしてくれるとありがたい。それで、ラウラはそこの2人とか」
首を少し傾けてラウラの後ろに控える2人の少女を見やる。相変わらず不機嫌そうな表情の金髪の少女と、そんな彼女を見て苦笑いを浮かべている眼鏡をかけた三つ編みの少女。2人の手にはそれぞれ武器が握られている。
弓と杖。杖の方は
一方、金髪の少女が持つ弓である。最初はなんとも古風なといった印象を持ったが、よく見てみるとハンドル(弓の中央)部分に導力機構のようなものが備わっている。詳しくは分からないが、あれがただの弓でないことは間違いないだろう。
そしてラウラは言わずもがなだ。帝国の二大剣術である《アルゼイド流》の娘らしく武器は剣。ただし普通の剣ではなく、彼女の身の丈ほどもあろう大きさの両手剣だ。これから察するに、手数で勝負というよりは長大な両手剣による一撃必殺が主となる戦闘スタイルなのだろう。
「前衛1人に後衛2人。急拵えのパーティにしてはなかなかバランスは良さそうだな」
後衛組は戦闘経験が無さそうだが、ラウラという存在がそうした戦力的な穴も上手く補っているように思う。遊撃士としては、それでも魔獣の徘徊するダンジョンを民間人──それも女子だけで行かせるのは抵抗があるが、それを言うならマキアスとユーシス(あとついでにフィー)が先行した時点でついて行くべきだったし、そもそもこれが“オリエンテーリング”と銘打ってある以上、流石に命に関わるほどの危険をサラが用意しているとも思わない。
多少の心配があるのは確かだったが、マキアスとユーシス以外の男子組も気掛かりだったレイドは、ここは素直にラウラに任せることにした。
「それじゃあ、
「うん、では先に行く。男子ゆえ心配無用だろうが、そなたたちも気を付けるが良い」
そう言ってラウラは残る2人を伴ってダンジョンに入っていった。残されたのはレイドを含めた男子4人。先ほど金髪の少女に見事な平手を貰った黒髪の少年と紅毛の少年、そして腕に刺青を入れた褐色肌の長身の少年だった。
「さてと、じゃあ俺たちも行くとするか……と言いたいところだが、まずはお互い軽く自己紹介しよう」
レイドがそう提案すると他の3人も異論なしと頷いて、まず最初に黒髪の少年が口火を切った。
「俺はリィン・シュバルツァーだ」
「エリオット・クレイグだよ」
「ガイウス・ウォーゼルだ。よろしく頼む」
「レイド・ルクソード。こちらこそよろしくな」
そうして軽く紹介を済ませた後、今度はお互いの手の内を知っておくためにそれぞれが持つ武器を取り出した。
ガイウスの武器は十字槍。留学生である彼が故郷で使っていた得物だという。
エリオットは眼鏡の少女も持っていた魔導杖。入学時に適性があると言われたため選択したらしい。
そして、リィンの武器は《太刀》と呼ばれる東方由来の片刃の剣だった。
「うわ〜、皆の武器って凄そうだなあ……!
それでレイドは……」
と、リィンとガイウスの見慣れない武器に感嘆していたエリオットは、今度はレイドの武器に視線を落とす。彼につられて、リィンとガイウスもレイドの武器に視線を向けた。
「それが、レイドの得物か?」
「ああ、そうだ」
そう言ってレイドは一振りの剣を抜いてみせた。その刀身を見て、リィンたちは思わず驚嘆の声を漏らす。
「うわぁ……」
「“緋色”の剣……」
「凄い迫力だな」
リィンたちが真っ先に注目したのは、刀身の色。刃を除いて根元から切っ先までがくすみの無い“緋色”だった。この剣が《緋剣》と言わしめる理由の“一つ”である。
「う~ん、考えてみればレイドって実は謎だよねぇ。サラ教官とも知り合いみたいだし」
「そのことについては後々な。とりあえず今は……」
と、エリオットの問いに軽く返して、レイドは歩き出し、
「俺たちも行こうか」
剣を肩に掛けてレイドは子供じみた笑みをリィンたちに向け、4人は薄暗いダンジョンへと足を踏み入れた。
◇
「なあリィン、お前のその剣さばき……もしかして《八葉一刀流》か?」
地下のダンジョンを進むレイド、リィン、ガイウス、エリオットの4人。お互いの戦い方を把握しながら徘徊する魔獣を倒していく道中、リィンの太刀筋を見たレイドが彼に訊ねた。
「ああ、そうだが……よく分かったな?」
「俺がこの前まで世話になってた人の中に《八葉一刀流》の使い手がいてな。その人と型がよく似てたからもしかして、と思って」
レイドがつい先日まで所属していたクロスベル支部のA級遊撃士アリオス・マクレインは、《八葉一刀流》の二の型「疾風」の免許皆伝の修得者であり、更には大陸に4人しかいないというS級遊撃士の一人だった《剣聖》カシウス・ブライトも、その流派を体得していると聞いたことがある。
「あはは……確かに俺は《八葉一刀流》の教えを受けたが、きっとその人ほど凄いものじゃないさ」
リィンは気まずそうに微笑し、それ以上話題を広げることはしなかった。いささか気になる物言いではあったが、彼にも事情があるのだろうと判断し、レイドもそれ以上訊かないことにした。
「はあぁ~……つ、疲れた……」
しばらく進んだ所で襲い掛かってきた魔獣の群れを倒した直後、エリオットが膝をついて大きく息を溢した。
「大丈夫か?」
「うん、ちょっと緊張が途切れただけだから……でもは皆凄いなぁ。全然平気そうだもん」
「まあ、慣れの違いだろう」
ガイウスが答え、それにレイドとリィンも頷く。
「大丈夫か? 手、貸そうか?」
「ううん、大丈夫。一人で立てるよ」
と、エリオットが腰を上げた時だった。
「──っ!? エリオット危ない!」
「え──」
何かに気付いて視線を上に向けたレイドが叫んだ。その視線を追ってエリオットが顔を上げると、一匹の魔獣がエリオットを目掛けて飛びかかって来た。
「う、うわぁっ!!?」
「チィッ!!」
レイドがすぐさまエリオットを庇って前に出る。剣を構え、迎撃の体勢に入ろうとした時、ズドンッ、という乾いた音と共に飛びかかってきた魔獣が吹き飛んだ。その魔獣をリィンが追撃し、トドメを刺す。
「良かった、間に合ったみたいだな!」
そんな声が聞こえたので目を向けると、そこにはショットガンを構えたマキアスの姿があった。
「さっきは身勝手な真似をしてすまなかった。いくら相手が傲慢な貴族とはいえ、冷静さを失うべきじゃなかった」
マキアスは近くまで歩み寄ると、そう言って頭を深く下げた。危機を救ってもらっておきながら先ほどの件を責め立てるほどこちらも非常識ではないので、気にしていない旨を伝え、助けてもらった礼を述べる。それを受けてマキアスは安心したように息を吐いた。
今の柔和で穏やかな表情のマキアスを見ていると、頑なで険悪だった先ほどとは別人なのではないかと錯覚してしまいそうなほど正反対で、レイドたちは思わず顔を見合わせる。
しかし、マキアスは再び表情を神妙なものに変えた。
「そういえば……君たちの身分を聞いても構わないか?」
「身分?」
「その……含むところがあるわけじゃないんだが、相手が貴族かどうかは念のため知っておきたくてね」
《革新派》の代表を父に持つマキアスにとって貴族は不倶戴天の敵。それは、ユーシスとのやり取りを見れば理解できる。だからこそ彼がこの質問をした意図は分かるが、それにしたって初対面の人間にいきなり身分を聞くのはいささか過剰反応な気がするのは、レイドが2年間クロスベルにいたせいか、それとも別の理由か。
「えっと……ウチは平民出身だけど」
「同じく。そもそも故郷に身分の違いは存在しないからな」
「俺も平民だな」
ともあれ、マキアスの問いに対しては何ら支障は無いのでレイドたちは順番に身分を言っていく。そして最後にリィンが何やら考え込むように少々間を取った後、言いづらそうに答えた。
「……少なくとも、高貴な血は流れていない。そういう意味では皆と同じと言えるかな」
貴族か平民か、その2択のどちらかで済む中での言葉。貴族であるとも平民であるともどちらとも聞き取れるようなその答えにレイドもエリオットも、ガイウスさえも首を傾げる。しかし、この場合は幸いというべきか、マキアスは気づかなかったようで、リィンの答えを疑うことなく安堵のため息を溢した。
「そうか……安心したよ。見たところ女子もいないし、先を急いだ方が良さそうだ」
こうして、マキアスを加えたレイドたちはダンジョンをさらに奥へと進む。迷宮のような道を右へ左へと進んで行くと、やがて分かれ道に差し掛かり、どちらに行こうか決めあぐねていると、片方の通路からラウラたちが現れた。
「おお、ラウラ」
「む……レイドか?」
レイドの姿を認めたラウラが歩み寄ると、そんな彼女に続いて後ろに控えていた2人の少女も小走りで駆け寄った。
「ふむ、そちらの彼も少しは頭が冷えたようだな?」
「……おかげさまでね」
決まりが悪そうに呟くマキアスにラウラは柔らかく微笑み、その流れのまま自己紹介を済ませる。
「ラウラ・S・アルゼイド。レグラムの出身だ。以後よろしく頼む」
凛とした佇まいで名乗るラウラに対し、案の定「アルゼイド」という名を聞いたマキアスが噛み付いた。
「アルゼイド!? 確かレグラムを治める子爵家の名前じゃないか!」
場に緊張が走る。ここにいる者は全員、マキアスとユーシスの諍いを目の当たりにしている。マキアスにとって貴族は敵。現に今も、手に持ってショットガンの銃口を向けかねないほど敵意の込もった視線をラウラに向けている。ラウラがユーシスのように売られた喧嘩を素直に買うとは思えないとは言え、どんな危険が潜んでいるか分からないダンジョンの只中で味方同士で争うのは得策ではない。
「ふむ……確かに私の父はその子爵家の当主だが、何か問題があるか?」
レイドがマキアスを諌めようと口を出す前に、ラウラがキッパリと言い放った。マキアスが貴族に対してどんな感情を抱いているかを知った上で、ユーシスのように皮肉を言ったのでも、挑発したのでもなく、純粋な疑問として堂々と。
「そなたの考え方はともかく、私も、おそらく私の父も、今まで女神に恥じるような生き方をしたつもりはない」
「そ、それは………」
マキアスの敵意にも動じず、真っ直ぐに見つめてくるラウラの目に、そして何より、貴族として以上に武人然とした威容に圧倒されて、マキアスは二の句が継げなくなってしまった。貴族とあらば四大名門だろうと噛み付く豪胆さは尊敬するが、今回ばかりは相手が悪かったということだろう。
「す、すまない。他意があったわけじゃないんだ」
流石にマキアスもこれ以上は無意味だと冷静に判断したのか、ラウラに噛み付くのを止めて謝罪をし、軌道修正のためにラウラの右隣に控えていた眼鏡の少女に目を向けた。話の矛先を向けられた少女は、レイドたちに丁寧にお辞儀をした後、穏やかな笑みを浮かべながら自己紹介をした。
「エマです。エマ・ミルスティン。私も辺境出身で、奨学金頼りで入学しました。よろしくお願いします」
地下に落とされる前にサラがチラリと言っていたが、この少女、名門であるトールズ士官学院に主席で入学を果たした才女であった。ここでもマキアスは表情を歪めたが、これに関しては貴族云々ではなく、単純に自分よりも成績優秀な人間がいたこと──しかもそれが女子だったことに対する悔しさのようだった。成績に関して指摘を受けた当のエマは「たまたまですよ」と謙遜していたが、そんな姿勢もまたマキアスには余裕の現れに見えたのか、「むむっ…」と口を真一文字に結んだ。
「………………」
エマの自己紹介が終わり、女子組はあと一人となったわけだが、その彼女は合流してから今の今までずっと“ある人物”を睨みつけたまま微動だにしていない。その鋭さたるや、ユーシスと相対していた時のマキアスにも匹敵するほどである。そして、ずっと睨まれ続けているリィンはというと、事案が事案だけに安易に触れればせっかく腫れの引いた頬に再び紅葉を作ることになりかねないため、謝りたくとも謝れず、彼女からの射殺さんばかりの視線を甘んじて受け入れるしかなかった。
「どうした? そなたも自己紹介くらいした方が良いのではないか?」
「…………そうね」
ラウラに言われてようやく少女は視線をリィンから外し、無言の圧から解放されたリィンは安堵のため息を溢した。マキアスの時といい先程からラウラのファインプレーが輝いている。そして、ラウラに急かされた金髪の少女は不本意といった表情を隠しもせず自己紹介を始めた。
「アリサ・R、ルーレ市の出身よ。宜しくしたくない人もいるけどまあ、それ以外はよろしく」
露骨。
明らかに“特定の誰か”に対して棘だらけの自己紹介に、その場にいた全員が苦笑い(リィンはあまり笑えていない)。ちなみに、ルーレ市は帝国北部ノルティア州の州都で大陸最大の重工業メーカーであるラインフォルト社がある大都市である。
「そ、そう言えば、アリサの弓は面白い造りをしてるな。導力式なのか?」
「その通りだけど、それがあなたと何の関係が?」
何とか謝罪のきっかけを作ろうとリィンがアリサの武器について触れるが、バッサリと一言で斬り捨てられて会話は終了。再び気まずい沈黙が場を支配した。
「この二人の関係は、思ったより前途多難だな」
「うむ……」
レイドの耳打ちに、こればかりはラウラのフォローも輝かず苦い表情で頷くことしかできなかった。
「そ、それより、これからどうしようか? せっかく合流したんだし、このまま一緒に行く?」
と、今回この空気を打破したのはエリオットだった。重苦しい沈黙に耐えきれなくなった彼が話題を転換し、マキアスもそれに賛同する。
「そ、そうだな! そちらは女子だけだし、安全のためにも──」
「いや、心配は無用だ」
マキアスの言葉を遮るようにラウラが言葉を被せ、身の丈ほどもある大きな剣を抜き放つ。
「剣には少々自信がある。残りの二人を見つけるためにも、二手に分かれた方が良いだろう」
「そうですね……あの銀髪の女の子もまだ見つかっていませんし」
残りの2人──ユーシスとフィーとは、このダンジョンに入ってからまだ合流できていない。ユーシスに関しては本人が「剣には自信がある」と言っていたから大丈夫だろうが、問題はフィーだ。彼女の正体というか本職を知っているレイドからすれば、ユーシス以上に心配する必要はないのだが、その他のメンバーにとってフィーは「ここにいるのがおかしいと思えるくらい幼い“ただ”の少女」なのだ。一応ラウラには「フィーは見かけ以上に強い」と事前に伝えてあるが、実際に見たわけではないし、心配の方が優っているだろう。
そんなわけで、絶賛単独行動中であろう2人を探しやすいよう、お互い別行動を取りながら出口を目指すということで意見がまとまり、ラウラ、エマ、アリサの女子組はレイドたちとは別の道を歩いて行った。その背を見送ってから、マキアスが呟く。
「……彼女たちは大丈夫と言っていたが、やっぱり女子3人だけというのは心配だな。誰か1人くらいは向こうについて行った方が良いかもしれない」
「いや、おそらく大丈夫だろう」
マキアスの言葉にエリオットやガイウスが頷きかけるが、そこにリィンが割って入る。
「レグラムの《アルゼイド流》は古くから帝国に伝わる騎士剣術の総本山だ。そして彼女の父親、アルゼイド子爵は武の世界では《光の剣匠》と呼ばれ、帝国最高の剣士として知られている。その娘であるラウラも、おそらく新入生の中では最強クラスだろう」
ラウラに関するリィンの評価を聞き、マキアスとエリオットが息を呑む。ガイウスは「帝国にはそんな流派もあるのだな」と鷹揚に構えていた。
レイドもリィンと同じ評価である。実際に彼女が戦った姿を見たわけではないが、剣の道に携わる者ならば所作や佇まいだけでその人物をある程度把握できる。レイドが見た限り、ラウラのそれはかなり洗練されていると言っていい。物心ついた時から剣に親しみ、文字通り血の滲む努力の末に磨かれた確固たる才能だ。
ただし、あくまでそれはラウラ個人の話。
「リィンの言うことは最もだが、ここは練武場とは違う。何が起こるか分からないダンジョンだ」
「それは……確かにそうだな」
レイドの言葉を受けて、リィンたちはこれまでの出来事を思い出す。このダンジョンに出現する魔獣は、一体一体は戦闘初心者のエリオットが
それは、奴らが群れを成して襲ってくることだ。
これがサラやアリオスクラスの猛者ならば有象無象が群れを成したところで何の問題もなく対処できるだろう。その2人に師事したレイドも群れの相手をしたことは何度もあるため、別段大変なことだとは思っていない。しかし、それは守る者が“いなかった”場合の話であり、戦えない者、あるいは戦闘経験が乏しい者(今の場合はエリオット)を気にかけながら戦うことは中々に骨が折れる。そして、こちらと同じような状況に彼女たちが陥ってしまった場合、まともに戦える者がラウラしかいないならば、こちら以上に危機的な状況になる可能性が高い。しかも相手は人ではなく魔獣。魔獣は手加減などしない。学生向けのオリエンテーリングだから命の危険は少ないかもしれないが、万が一が起こらないとも限らない。サラの目的が何であれ死人や重傷者を出すことは望んでいないだろう。
ならば……。
「俺が行こう」
やはり彼女たちを放ってはおけない。それは、サラの弟子として、未来のクラスメイトとして、何より“
「そうだな。ここはレイドが適任だろう。任せていいか?」
一方、リィンはレイドの言葉に頷きながらそう返した。
リィンはレイドのことを知らない。今日初めて会ったばかりの「赤の他人」だ。だが、まるでレイドのことを知っているかのように「適任」と表現した。もう一度言うが、リィンはレイドを知らない。しかし、知らないながらも、ここまで行動を共にして分かったことがある。
レイドは強い。おそらくラウラと同等か、それ以上に。
先ほどリィンがラウラを「新入生最強」と決めつけず「最強クラス」と表現したのは、その前にレイドの戦いを、その剣を目の当たりにしていたからだ。
レイドは以前《八葉一刀流》の使い手に世話になったと言っていた。「世話になった」というのがどういう意味の「世話になった」かは分からないが、きっと《八葉一刀流》の指南を受けたのだろうとリィンは判断している。何故なら、実際にレイドの一部の剣技に《八葉》の特色が見てとれたからだ。リィン自身も教わった二の型《疾風》の特色が。
その他にも、彼の剣は一言で表すならば「多彩」に尽きた。《八葉》の型を使ったと思えば格闘術を彷彿とさせる構えで剣を振るったり、力強く真っ直ぐな剣かと思えば、今度は弧を描くような柔軟な剣を見せてくる。構え方もそうだ。普通に片手持ちで構えているかと思えば両手持ちで正眼に構えたり、逆手に持ち替えてナイフのように振るったりと、沢山のスタイルを持っていた。
《八葉》だけではない。レイド・ルクソードの剣の根幹にあるのは、幾つもの流派の型であり、何人もの使い手たちの戦闘スタイルだ。それらをレイドは自身の剣に取り入れ、技に昇華させているのだ。
そして、リィンのこの予想が正しければ、まず間違いなくレイドは新入生の中で、いや、もしかしたらトールズ士官学院全体でも「最強」と言える存在かもしれない。
「それじゃあ、
リィンが頷いた後、他の3人も同意したのを確認したレイドはリィンたちと別れ、ラウラたち女子組が歩いていった道に歩みを進めたのだった。
ちなみに、作者の主人公レイドのキャライメージが「場数をふんでいるため他の人よりも大人だが、年相応に子供らしい部分がある」と言った感じだったので、イメージCVは内田雄馬氏でした。しかし最新作の新キャラで内田雄馬氏が出ちゃいましたね。一応、第2候補が逢坂良太氏です。
執筆している時、オリキャラに声当てるなら誰がいいかなって考えたり、セリフ書く時に脳内でキャラボイス再生させながら書くと楽しいやべえオタクな作者の今日この頃。
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第5話『特科クラス《Ⅶ組》』
お久しぶりでございます。前回更新から半年以上空いてしまいましたが、執筆活動を再開しました。相変わらずペースは遅くなりますが、少しずつでも投稿していきたいと考えていますので、今後ともよろしくお願いします。
ラウラたちと合流するためリィンたちと別れたレイドは、彼女らが進んでいった方向に歩みを進めていた。ラウラたちと別れてからそう時間が経たない内に後を追ったはずだが、未だ彼女たちの姿は見えない。相変わらず眼前には薄暗い通路と等間隔に備え付けられたほとんど周囲を照らさない導力灯の灯りが広がり、魔獣たちが暗闇を這う音が耳に届く。
「……というか、そもそもの話として民間人が出入りする学院の敷地内に魔獣の蔓延るダンジョンがあるってヤバくね?」
教育機関などのその辺りに関する事情は知らないが、安全管理上あまり良しくないんじゃないだろうか。ましてやトールズ士官学院は大貴族の子女も多く通っているのだし、もし何かの手違いで地下の魔獣が外に出てしまい、彼らが怪我でもしようものなら大問題だろう。
「やっぱり、伝統校といっても“士官”学院だということが関係してるのか……?」
貴族の子女や優秀な人材が集まる伝統校と言えど、その本質は『軍学校』である。現在でもトールズの卒業生の3割は正規軍、1割は領邦軍と半数近くが軍属の道へ進んでいる。そう考えると、存外このダンジョンもそうした生徒用の訓練施設としての一面を担っているのかもしれない。そうでなくとも、このダンジョンを使用するにあたってサラが事前調査をしていないはずがない。
それを確認するためにも、まずはさっさとこのダンジョンを抜けなければならないだろう。
「そのためにラウラたちと早く合流しないと………っ!」
歩調を早めたレイドの耳に魔獣の咆哮と剣戟の音が微かに届き、その瞬間、レイドは音のした方向に全速力で駆け出した。しばらく進んでいくと、先刻ラウラたちと会った時のような少し広めの広場に出、魔獣の群れに囲まれたラウラたちの姿を捉えた。周囲には数体の魔獣の死体が転がっているが、ざっと見た限りでは敵の残りは10体以上。本来のラウラの実力であればこの程度の数はどうということはなかったかも知れないが、アリサやエマを守りながらでは戦い方は限られる。今日初めて会ったばかりの彼女たちでは連携もままならず、本来の実力を発揮できないまま徐々に劣勢に追い込まれているようだった。
「ラウラさん、危ない!!」
「──っ!?」
すると、魔獣の一体がラウラの背後から飛び掛かった。アリサとエマの援護も間に合わず、ラウラもまた眼前の魔獣を斬り伏せたばかりだったため反応が遅れた。
「──『疾風紅蓮』!」
腰に佩いた緋剣を抜き放ったレイドは、声と共に20アージュほどあった距離を
「そ、そなたは!? なぜここに──」
「話は後だ! 今はこの場を切り抜けることに集中するぞ!」
レイドの登場に驚いて構えを解いたラウラだったが、レイドに促されて剣を構え直す。後方にいたアリサとエマも合流し、それを確認したレイドは指示を飛ばした。
「俺とラウラで前に出る。アリサは援護をしながら俺たちが討ち漏らした魔獣を射抜いてくれ。エマも
「はい!」
「分かったわ!」
指示を受けたアリサとエマは力強く頷く。続いてレイドは横に立つラウラに目をやった。
「怪我は無いか、ラウラ?」
「うむ、そなたの助太刀に感謝を」
小さく笑んだ後、ラウラは息を吐いて剣を持つ手に力を込める。それを見てレイドも剣を構えた。
「よし──行くぞ!」
「承知!」「はい!」「ええっ!」
掛け声と共に戦闘を開始する。ラウラが跳び上がり、着地と同時に大剣を振り下ろすと、着地点にいた魔獣もろとも地面を砕き、その衝撃波が一直線に伸びながら少し離れた場所を群れていた2匹を吹き飛ばした。
「『疾風紅蓮』!」
レイドは先ほどラウラを助けた時にも使った戦技で一瞬で魔獣との間合いを詰め、すれ違いざまに真っ二つに斬り裂く。しかし今回はそれで終わらない。剣を逆手に持ち替えると、一回転しながら勢いをつけ、そのまま剣を振るって緋色の電気を纏った斬撃を飛ばした。
「『雷紅斬』!」
放たれた斬撃は稲妻のように猛々しい轟音を轟かせて別の群れに迫り、その紅雷に貫かれた魔獣たちは成す術もなく消滅していった。
「見事な剣技だ、レイド!」
「そう言うラウラも、さすがは《アルゼイド流》だな!」
お互いの戦技が魔獣を倒したのを確認し、レイドとラウラはお互いを褒め称える。そんな彼らに2体の魔獣が飛び掛かったが、その爪牙が届く前に、放たれた矢と火球が貫いた。アリサの矢とエマの
「へえ、アリサたちもやるな」
「うむ。ここまでの道中も2人の援護には助けられた」
こうして体勢を立て直したレイドたちは瞬く間に劣勢を覆し、やがて全ての魔獣を討伐した。周囲の魔獣の死体を見渡し、隠れた魔獣の気配がないのを確認したレイドとラウラは静かに剣を収める。
「な、何とか倒せたわね」
「はい、危なかったです……」
アリサとエマは大きく息を吐いた後、ぐったりと座り込んだ。傷は無いものの、群れとの戦いで大きく体力を消耗したようだ。
「…………アリサ、エマ、すまなかった」
すると、そんな姿を見たラウラが2人の方に近づいていたと思えば、次の瞬間には姿勢を正して頭を下げた。
「ラ、ラウラっ!? 急にどうしたのよ!?」
「あ、頭を上げてください!」
「私はアルゼイドの人間として、己の道は己の手で斬り開くべきだと考えていた。だからレイドたちに会った時、共に進もうという彼らの提案を断った。だがそれは間違いだった。戦闘経験のないそなたたちを守りながら戦えるほどの力は、今の私には無かった」
頭を下げたまま謝罪の言葉を口にするラウラに、アリサとエマは動揺を隠せず狼狽えたが、ラウラは構わずに続けた。
「私の下らぬ“矜持”のために、そなたたちを危険な目に合わせてしまった。本当に申し訳なかった」
「ラウラさん……」
「ラウラ……」
頭を下げたラウラの表情は分からない。しかし、彼女の拳がギュッと固く握り締められているのを見れば想像は難くない。
仲間を危険に晒してしまった自身の考えの浅はかさと実力の至らなさに対する悔しさと怒り。
レグラムという小さくとも一つの町を治める《アルゼイド家》の娘であるラウラにとって、領地の民は守るべき者である。父・ヴィクターにはそのように教えられたし、ラウラもまたその教えを胸に幼少から剣を振り続けてきた。アリサとエマは
そんな「守るべき者」を守れなかった。レイドの助力がなければ、アリサもエマも大きな傷を負っていたかもしれない。その事実はラウラにとって耐えがたい屈辱であった。
固く握った拳から血が滴り落ちる。爪が掌に食い込み、皮膚を切ったらしい。ポタポタと地面に落ちるその血を見て、アリサもエマも言葉を失っていた。
「それは違うんじゃないか、ラウラ?」
重い沈黙が場を支配する中、そんな言葉を投げかけたのはアリサでもエマでもなく、一歩離れた場所から彼女たちのやり取りを静かに見守っていたレイドだった。彼の発言にアリサもエマも、ラウラさえも思わず目を向ける。
「レイド? 違うとは、どういう……」
「俺はラウラとは今日知り合ったばかりだから、ラウラのことはよく知らない。けど、剣士の端くれとして《アルゼイド》のことは知っている」
《ヴァンダール流》と並んで帝国の武の双璧として知られる《アルゼイド流》。
《ヴァンダール流》が古くから皇族たるアルノール家に仕え、『皇族守護』の役目を担ってきた“護る剣”ならば、《アルゼイド流》は聖女リアンヌに仕えて眼前の敵を討ち祓い、主の道を作ってきた“斬り開く剣”。
アルゼイドはその“剣”を誇りとして今に至るまで守り続け、そして磨いてきた。
そう──『誇り』だ。
どんな人間でも持ち得るもの。その者をその者たらしめんとする“魂”とも言えるもの。
「ラウラは“下らない矜持”と言っていたが、矜持と誇りは同義。ならその“矜持”こそがアルゼイドの──ラウラの“魂”だ。それを『下らない』と否定することは、ラウラ自身のこれまでの努力や想いを無駄にすることと同じなんじゃないか?」
「……ぁ…」
レイドの言葉を受けて、ラウラはハッと目を見開いた。
そうだ、確かに先ほどの自分の発言は自らの人生を自らで否定したも同然だ。それはラウラにとって決して許せない愚行だ。
胸に手を当てて瞑目し、心の内でレイドの言葉を反芻させる。そして10秒ほどの沈黙の後、再び目を開いた彼女は柔らかい笑みを浮かべ、
「……ありがとう、レイド」
「──っ!?」
今までの凛とした姿とはかけ離れた彼女のその笑みと言葉に不意をつかれ、レイドは思わず赤面した。
勇猛で、戦闘でも力強さを見せていたラウラだが、その容姿はまごう事なき美少女である。その笑顔はまさに“美しい”の一言に尽きる。
不意打ちを喰らってしばらく見惚れてしまっていたレイドは、少女たちが不思議そうに自分を見ていることに気づいて取り繕うように咳払いをした。
「そ、その……礼を言われるほどじゃないさ。むしろ悪かったな、今日会ったばかりなのに知ったような口をきいた」
「いや、そなたのおかげで私は大切なものを失わずに済んだ」
眩しい。再び笑顔を見せられて赤面してしまうレイドとそんな彼を見て「顔が赤いぞ? まさか先ほどの戦闘で怪我を!?」と無自覚に迫ってトドメを刺しに行くラウラ。
「私たちは一体何を見せられてるの?」
「あ、あはは………何でしょう?」
そして、置いてけぼりを喰らったアリサとエマは、白い目と苦笑を向けながら2人のやり取りを見守るのだった。
◇
その後、レイドたちは共にダンジョンの攻略を再開した。その道中で再び何度か魔獣の群れと遭遇したが、戦力が増え戦術に余裕の出たレイドたちの敵ではなく、難なく魔獣を討伐していった。戦闘素人のアリサとエマも何度かの戦闘を通してコツを掴んできたのか、援護や
「やっと出口に出ることができたわ──って、な、何あれ!?」
出口を見つけて喜んだのも束の間、眼前に繰り広げられた光景にアリサは驚愕を露わにした。
そこにいたのはリィン、エリオット、ガイウス、マキアスの4人。レイドが途中まで行動を共にしていたメンバーである。しかし、彼らはレイドたちが追いついたことも、アリサが驚愕の声を上げたことにも気づいていない。その理由はすぐに分かった。
「あの威圧感……今まで遭遇した魔獣とは明らかに違うな」
「ええ、おそらく古代の伝承に出て来る
巨大な2本の角と禍々しい翼を生やし、皮膚でもなく鱗でもない、無機質な石の外殻を持つ凶暴な守護者。暗黒時代、魔導によって造られた“魔物”である。
リィンたちがその外殻に攻撃を加えていくが、痛みを感じない石造りの魔物は意にも介さず、すぐに傷を再生させていく。ダメージの与えることのできない強敵に体力の限界も近づいていたリィンたちは徐々に押され始めていた。
「リィンたちが危ない! 俺たちも加勢するぞ!」
レイドの言葉に頷き、4人は動き出した。今まさにリィンたちに襲い掛からんとしているガーゴイルにアリサとエマが弓とアーツで足止めし、その隙に距離を詰めたレイドとラウラが剣で攻撃を加える。
「レイド!?」
「リィン、遅くなってすまない!」
「いや、助かった……!」
片膝をつくリィンに駆け寄り、携帯していた回復薬を渡す。リィンが受け取ったそれに口をつけると、淡い光が彼の体を包み、細かな傷を治していく。アリサとエマも
「我らの攻撃も意に介さぬか……」
悔しそうな口調でラウラが呟く。レイドたちが与えたダメージは既に再生を始めており、突き刺さっていたアリサの矢が外殻に押し出されてカランと音を立てて地面に落ちる。
この再生能力がある以上、外殻に傷をつける程度の攻撃ではダメージにはならず、再生ができない程の強力な攻撃をぶつけるしか勝つ見込みはない。
どうにかして勝機を見出さなければと、各々が武器を構えた時だった。
「──フン、結局こうなったか」
「まあ、仕方ないね」
後方から声が聞こえると同時に、緑色の塊がガーゴイルの顔面に直撃し、その体躯を仰け反らせた。ユーシスが発動した風属性の
「もういっちょ」
着地と同時にフィーは再び加速し、今度はガーゴイルの下方を四肢を斬りつけながら駆け抜ける。小柄なフィーの攻撃力は決して高くはないが、彼女の磨き抜かれたスピードはガーゴイルの硬い外殻を砕き抉るほどの威力を生み出していた。四肢を破壊され、巨体を支えられなくなったガーゴイルは重い音を響かせながら崩れ落ちる。石でできた魔物に痛覚があるのかは知るよしもないが、痛みに喚くかのような方向が広場に木霊する。
好機だ。誰もがそう考えたその瞬間、まるでその感情に呼応するかのように彼らの身体を淡い光が包み込んだ。
「今だ!」
『応っ!!』
リィンの叫びに、全員が応えて動き出した。
エリオットとエマの
マキアスの散弾でガーゴイルの外殻が砕かれると、そこにガイウスの槍が追い討ちをかけた。
フィーは空を飛ぶかのように跳躍しながら銃弾と斬撃の雨を降らせ、その攻撃によって脆くなった両翼をユーシスの騎士剣とリィンの太刀が斬り落とした。
まるで洗練された部隊のように繋がっていく連携。先ほどまであれほど苦戦していたガーゴイルの再生能力は嘘のように障害にもならなくなっていた。
全身を砕かれ、両翼を斬り落とされた石の魔物は最後の足掻きの如く激しくのたうち回り、頭を振り上げたことで首元を露わにした。その致命的な隙を見逃さず、2つの影が肉薄した。
「「はああああああっ!!!」」
レイドとラウラ──お互いに声を掛け合ったわけでも、合図を出したわけでもなく。
まるで2人の思考が一つとなったかのように、
「「はああああっっ!!」」
四肢に力を込めて飛び掛かり、渾身の一撃を同時に放つ。狙いは振り上げられて露わになった魔物の首元。2人の斬撃はガーゴイルの硬いを外殻をものともせず、その首を胴から断ち切り、首を失い力無く地面に崩れ落ちたガーゴイルは、今度こそ元の石の姿に戻って消滅したのだった。
「や、やった……!」
「よかった……」
ガーゴイルが消滅したのを確認した後、何人かからは歓喜の声が漏れた。特にアリサ、エマ、エリオットの3人は今まで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまい、大きく息を吐いてペタリと地面に座り込む。
「それにしても……最後の“あれ”、何だったのかな?」
そして、投げ掛けられたエリオットの言葉に全員が「うーん……」と首を傾げて黙り込んだ。
ガーゴイルとの戦いで勝機を見出すと同時にレイドたちを包んだ光。次の瞬間には、お互いの行動や考えをまるで数十年来の戦友と肩を並べて戦っているかのように理解した。言葉を発さずとも、意思の疎通を測ることができたのだ。
「(あんなにも高度に洗練された連携、クロスベルの遊撃士だって出来やしない……!)」
レイドにとっても初めての経験に動揺が隠せなかった。戦闘の高揚とも違う、
唯一分かっているのは、あの時レイドたちを包んだ光が《ARCUS》から発せられたものだったということだ。
「……もしかしたら、さっきのような力が──」
「そう、《ARCUS》の真価ってワケ」
考え込んでいたリィンの言葉に続くように、頭上から聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。声の方に目を向けてみれば、旧校舎一階に続く階段、その途中の踊り場で満足そうな笑顔を浮かべたサラがいた。
「いや~、やっぱり最後は友情とチームワークの勝利よね! うんうん、お姉さん感動しちゃったわっ!」
パチパチと拍手をしながらサラは階段を降り、呆気に取られているレイドたちの前に立つ。
「さて、これにて入学式の特別オリエンテーリングは終了なんだけど……なによ君たち。もっと喜んでもいいんじゃない?」
『喜べるわけないでしょう!』
再び心が一つとなった全員の叫びが響き渡る。これは恐らく先ほどのとは関係ない。
「あらら? これは予想外の反応ねえ」
「単刀直入に問おう。特科クラス《Ⅶ組》……一体何を目的としているんだ?」
目を点にしながらポリポリと後頭部を掻くサラのおどけるような態度を無視して、ユーシスがズバリと切り込む。
身分や出身に関係なく集められたというのは充分理解したが、結局なぜ自分たちが選ばれたのかを教えてもらっていないのだ。
サラは「そうね〜」と呟いて、レイドたちが集められた理由を語った。
「君たちが《Ⅶ組》に選ばれた理由は色々あるんだけど、一番判りやすい理由はその《ARCUS》にあるわ」
サラはそう言ってレイドたちが手に持っていた《ARCUS》を指差す。
「なるほど……既に《ENIGMA》を持っている俺にも《ARCUS》を支給したのはそういう意図だったのか」
「そっ、さすが我が弟子!」
サラはグッとサムズアップしたが、レイドは無視することにした。しかしサラは慣れてるのか何なのか、気にせず説明を続けた。
「エプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発した最新鋭の戦術オーブメント《ARCUS》。様々なアーツが使えたり、通信機能を持っていたりと多彩な機能を秘めているけど、その真価は《戦術リンク》──先ほど君たちが体験した不思議な現象にある」
《戦術リンク》?。
聞き慣れない単語に全員が首を傾げる。先ほどの戦闘でお互いの行動や考えを瞬時に理解できたのは、どうやらその《戦術リンク》という現象によるものらしい。
もしサラの話が本当なら《ARCUS》がもたらす恩恵は絶大だ。例えば戦場でこれを用いれば、極論あらゆる作戦行動を可能とする精鋭部隊が運用できてしまうということだ。そんなことが出来れば、それはまさに戦場における『革命』と言っても過言ではない。
「──だけど、現時点で《ARCUS》は個人的な適性に差があって、新入生の中で君たちは特に高い適性を示した。それが、身分や出身に関わらずあなたたちが《Ⅶ組》に選ばれた理由よ。他に質問のある子はいる?」
サラの説明を受け、想像以上にスケールの大きな話にこれ以上誰も何も言うことができなかった。この沈黙をもって、サラは最後の締め括りを行うべく再び口を開く。
「トールズ士官学院は、この《ARCUS》の適合者として君たち10名を見出した。でも、この《Ⅶ組》が ”特科クラス“ と銘打ってある以上、本来各々が所属するはずだったクラスよりもハードなカリキュラムをこなしてもらうことになる。だから、やる気のない者や気の進まない者が参加できるほど気楽ではないし、予算にも余裕はない。それを覚悟してもらった上で《Ⅶ組》に参加するかどうか……改めて聞かせてもらいましょうか?」
全員の顔を一人ひとり見ながら、サラは問う。なお、辞退した場合は本来所属するはずだったクラスに行くことになるとサラは補足した。貴族出身ならばⅠ組かⅡ組、それ以外ならⅢ~Ⅴ組の所属である。制服も各クラスの色のものが後日支給される。今日が入学初日であることも幸いし、ここで辞退してもそのままクラスに馴染むことができるだろう。
冷たい風音が響き渡り、迷宮を抜けて頬を撫でる。時間にして1分ほど、無言が広場の空気を支配していた。
そして──。
「リィン・シュバルツァー、参加させてもらいます」
最初にリィンが前に出た。
「一番乗りは君か。何か事情があるみたいね?」
「いえ……我侭を言って行かせてもらった学院です。自分を高められるのであれば、どんなクラスでも構いません」
リィンの行動を皮切りに、空気が変わっていく。
「ふむ……そういうことならば、私も参加させてもらおう」
次に前に出たのはラウラ。修行中の身である自分にとって今回のような試練は望むところだ、と彼女は語った。こうして2人が名乗りを上げた後、他のメンバーも続々と名乗っていき(約1名面倒くさそうではあったが)、最終的にレイド以外の9人全員が参加を表明した。
「さて、残るはレイドだけだけど……あなたはどうするの?」
そう訊ねるサラであったが、彼女の顔には既に答えは分かっていると言うかのような笑みが浮かんでいた。
「どうするも何も、俺をこの学院に呼んだのはサラなんだから答えるまでもないだろう?」
「まあね。けど、こればっかりはあなたの口から聞きたいわ」
「はあ……分かったよ」
小さく息を吐きながら、レイドも皆と同じように前に出る。
「ま、何だかんだで楽しめそうだし、俺も《Ⅶ組》に参加させてもらうよ」
人によっては適当だと思われかねない参加理由ではあるが、実際レイドはクロスベルを去る際、アリオスにも言われている。
『
彼の言葉と、更に同時期にクロスベル支部に応援に来たリベール王国出身の2人の男女にも、学園生活の楽しさを散々教えられたこともあり、レイドは遊撃士であることは一度忘れてこの学院生活を楽しもうと決めていた。
「これで10名。全員参加ってことね!」
レイドの参加を受けて、「うんうん」と大変満足そうに頷いたサラだったが、ここで一度大きく咳払いをして、表情をキリと引き締めた。
「それでは、この場をもって特科クラス《Ⅶ組》の発足を宣言する! ビシバシしごいてあげるから、楽しみにしてなさい♪」
こうして、ライノの花が咲き誇る3月31日。トールズ士官学院にて特科クラス《Ⅶ組》が発足。
動乱の影が渦巻く旧き大国エレボニアで、いずれ“光”となり得る彼らが小さく輝き始めた瞬間であった。
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