ロックマンX二次創作 (クリスチカ・マリビエ・ダンセルジオ)
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Hundreds For Zero

『ロックマンX6』のラスト。秘密施設で100年の眠りに就こうとするゼロ。エックスは、彼を連れ戻そうと、懸命に呼びかけます。
(2020年12月22日)


『100秒後に、地下チャンバーの出入口を完全に封鎖します。

 

ロックが解除されるのは、およそ100年後となります。

 

施設内のレプリは、地下フロアに立ち入らないでください。

 

 まもなく、カウントダウンを開始します。』

 

ああ、いよいよだ。

 

このカプセルで、オレは今から、100年という時を越えようとしている。

 

こうして、暗闇の中に独りで横たわっていると、まるで棺桶にでも入ったようだな。

 

ちょっと狭いが、今度こそ、ゆっくり眠れるだろうか。

 

……また夢の中で、あの謎の老人に会わなければいいが。

 

『99・98・97・96……』

 

 

 

このことがバレたら、みんなはどうするだろう。

 

シグナスは、職務放棄だと怒るかもな。

 

ダグラスにエイリア……いろいろと世話になったが、挨拶も無しですまない。

 

とはいえ、ハンターベースとの通信回線は切れているし、もう文句は一切受けつけられないが。

 

自分という存在の危険性、生み出された本当の目的……それらを知った今、もうこれ以上、彼らと共に在ることはできないと思う。

 

……というのは、逃げだろうか、言いわけだろうか。

 

ともかく、オレは、この『現在』から、遠く離れることを決めた。

 

いまだ傷の癒えない世界と、疲れ果てながらなお戦いつづける仲間たちを残して。

 

キミはどう思う、エックス……

 

卑怯者と呼ばれても、仕方ないよな……

 

 

 

『――カウントダウンを一時停止します。』

 

……何事だ?

 

『施設内において、何らかの異常が発生した模様です。』

 

何だと、まさかイレギュラーか?

 

『全てのレプリはその場で待機。その後、指示に従って行動してください。』

 

それとも、残留ナイトメアウイルス……?

 

くそっ……事によっては、オレが出ていくしか……

 

『――あー! あーあー!』

 

……ん?

 

『ゼロ! ゼロ、聞こえるかい!』

 

 

 

ま、まさか……?

 

『やっと見つけた! ゼロ、オレだよ! エックスだ!』

 

エックス……? エックスが、ここに……?

 

そ、そんな……なんで、ここがわかったんだ? なんで、アイツが放送設備を……?

 

『今、オレはモニタールームに居る。ここの科学者たちに、ちょっとの間だけ、協力してもらってるんだ。』

 

協力って、おいおい……それは、脅迫してるってことじゃないだろうな……!

 

『なぁ、ゼロ、どういうつもりなんだよ! 100年……100年もそこに閉じこもるなんて、本気じゃないだろう?』

 

チッ、なんてこった……このオレとしたことが……

 

『キミがまだ眠ってないのは、わかってるんだ! 今なら、そのカプセルの中の非常ボタンを押せば、出てこられる!』

 

こんなに早く……それも、よりによってエックスにバレるなんて……!

 

 

 

『大丈夫だ、シグナスたちはこのことを知らないよ! ここに居る科学者たちも、余計なことはしないでくれるし!』

 

って、やっぱり脅迫してるんじゃないのか!

 

『……まだ、戦いが続くんだ! この世界も、ハンターベースも、キミを必要としてるんだよ! さぁ、一緒に戻ろう!』

 

ああ、やめてくれ……

 

『ゼロ……聞こえてるだろう……?』

 

聞こえてる、聞こえてるさ……だが、キミのその要求には、もう応えられそうにない……

 

この世界には、キミさえ居れば心配は無いはずだ……以前よりもずっと強く、成長し進化した、今のキミさえ居れば……

 

『それに……オレにだって、キミが必要なんだ! これまでだって、ずっと二人で戦ってきたじゃないか! なぁ、返事してくれよ……!』

 

やめろ! そんなこと、今、言うな!

 

早く、早く眠らせてくれ……!

 

 

 

『……ごめん、ごめんよ、ゼロ。

 

こんなふうに、すぐキミを頼ろうとしちゃって……

 

キミだってつらいはずなのに、オレ、いつもこんな調子でさ……

 

キミの気持ちを考えたら、もっとしっかりしてなきゃいけなかった……

 

……アイリスのことや、もうひとりの自分の存在に、キミが苦しんでるのを、オレは知ってたんだ……

 

それなのに……何もできなくて……力になれなくて……

 

本当に……本当にごめん……! ずっと一緒だったのに、オレって、無力だよな……

 

だけど……こんなのは、イヤだ……! こんなふうに別れるなんて、耐えられない……!

 

置いていかないでくれ! 頼む……!

 

なぁ……何とか言ってくれよ、ゼロ……!』

 

 

 

あー、エックス……やっぱり、変わらないんだな……

 

第17部隊で出会った時から、本当に、キミはずっとそんなふうだ……

 

なぜ、そんなに、危険なまでに、優しくなれるんだ……

 

イレギュラーに――このオレに対してさえも……

 

そう、もしかしたら……

 

あの老人が『最高傑作』と呼ぶ、オレの中のもうひとりのオレは……

 

キミのおかげで、長い間、目を覚まさずにいられたのかも知れない……

 

キミだけが持つ、戦場では命取りになりかねないような、その優しさのおかげで……

 

全く……オレも、自分で思う以上に、キミを必要としてたんだな……

 

でも……もう、それも終わりだ……

 

 

 

『……応えてくれないのか、ゼロ……

 

ここでオレが、10の、100の言葉を尽くしても、キミの心が変わる可能性は、0なんだね……』

 

エックス……すまなかったな、オレの方こそ……

 

これで、本当にお別れだ……

 

『――確認作業が完了しました。

 

施設内に、異常は発見されませんでした。

 

カウントダウンを再開します。

 

49・48・47・46……』

 

カウントが戻った……

 

やっと、あきらめてくれたか……

 

 

 

『ゼロ、聞こえるかい? 聞こえてなくても、聞いてくれ!』

 

な、何だ、今度は直接……?

 

チッ、プライベート通信回線を切り忘れてたか……?

 

何やってんだ、オレは……未練は無いつもりだったのに……

 

『オレは、キミに約束する。キミが居なくても、独りきりになっても、あきらめずに戦う。

 

そして、100年経ってキミが目覚めた時には、この世界を理想郷にしてるんだ。

 

人類もレプリロイドも共に生き、共に繁栄する、真に平和な世界。

 

そこではもう、キミの剣もオレのバスターも必要ない。

 

そんな世界を、必ず造るから! そこで、また会おう! 必ず……!

 

それまで、オレのこと……忘れないでくれ……!』

 

 

 

全く、なんてヤツだ……こんな時に、夢物語みたいなこと言いやがって……

 

でも、不思議だ……なぜか、キミの言葉なら……

 

ほんの少しだけ信じてみてもいいかも知れない、そんな気がする……

 

例え、不確かな未来でも、そこに希望があるなら……

 

夢物語に賭けてみるのも、悪くはないかもな……

 

『だから、さよなら、じゃなくて……

 

その時まで、おやすみ、ゼロ。』

 

ああ、おやすみ、エックス……

 

どんな未来が待っていても、そこで、もう一度会えるまで……

 

『――5・4・3・2・1・0!』

 

 

(完)



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ラストショットは誰が為に

『ロックマンX5』のラスト。大破したゼロは、今際の夢に現れた謎の老人と言葉を交わします。彼を抱きかかえ、必死に呼びかけるエックス。二人に、シグマの最後の一撃が迫っています。
(2020年12月25日)


「ゼロ……ゼロ……!」

 

真っ暗だ……誰かが、呼んでいる……

 

「しっかりしてくれ! まだ、まだ死んじゃダメだ!」

 

エックス……この声は、エックスか……

 

「聞こえるかい、ゼロ! ゼロ……!」

 

『ゼロ……』

 

誰だ……? エックスの他に、もう一人……

 

『ゼロ……聞こえるか、ゼロ……』

 

まさか……! コレは……アイツの声だ……!

 

夢の中に現れる、あの謎の老人……!

 

 

『わしの声が聞こえるか、ゼロ……』

 

聞きたくもないが、何の用だ?

 

『今が、最後のチャンスじゃ。エックスを倒せ!』

 

……誰を倒すって?

 

『今のおまえはボロボロじゃが、まだそれだけの力は残っておる。』

 

悪い冗談だ。

 

『今のうちに、倒せ! 破壊しろ、エックスを!』

 

断る。

 

『何を言うか! なぜ、生みの親であるわしに従わん!』

 

黙れ! あんたに生んでくれと頼んだ覚えは無い!

 

 

 

『もう、おまえにも充分にわかっておるはずじゃ……』

 

何のことだ?

 

『破壊こそが、おまえの生きる理由……ウイルスによって真のおまえが解放されるのを、先ほど、感じたのではないか?』

 

そ、それは……

 

『おまえに敵うものなど、この世界に存在せぬのじゃ。あのシグマですら、どんな情けない有様だったか!』

 

やめろ、掘り起こすな!

 

『だが……そのおまえに、いまだ倒せぬ者がおる!』

 

まさか、ソレは……

 

『……このわしにとって、最悪の存在……憎んでも憎み足りぬライバルが遺した忘れ形見、エックス……』

 

知るか! オレには関係ない!

 

 

『なぜじゃ? なぜ、おまえはわしに背き、その最高の力を正しく使おうとせぬのじゃ?』

 

は、笑わせるな。破壊のための力だと?

 

『破壊こそ、おまえにとって最高の喜びではないのか?』

 

う……

 

『違うとは言わせんぞ!』

 

……その通りだったかも知れない……だが、もう、ソレに溺れて自分を見失ったりはしない。

 

確かにオレはロボットだが、力の使い方は自分で決められる。

 

あんたの復讐劇に加担する義理は無い。エックスは、長い間一緒に戦ってきた唯一無二の親友……そして、この世界の希望だ。

 

オレは、彼を守る。

 

『おのれ……ふざけるのも、いいかげんにせんか!』

 

 

 

……聞きたいことがある、"博士"。

 

『……何じゃと?』

 

破壊のために生み出されたはずのオレにも、人と同じ"心"がある……人を愛した幸せも、それを壊してしまった悲しみも知っている。

 

だからこそ、オレは、イレギュラーによってもたらされる悲しみをわずかでも少なくするために、この力を使うと決めた。あなたに与えられた最高の力を、人の幸せを守るために使うと。

 

この"心"もまた、あなたが同じその手で生み出したものだろう?

 

……あなたには、復讐などではなく、ロボットを造ることで叶えたかった夢があるのではないか?

 

『な、何を言う!』

 

"博士"……あなたもまた、ひとりの人間だ。あなたの幸せとは何だ?

 

『ええい、よさんか……!』

 

憎しみばかりを口にするあなたの、人としての幸せは、何だ?

 

 

『……余計なおしゃべりは、ここまでじゃ。もう時間が無い。

 

今度こそ、本当に最後のチャンスじゃ! エックスを撃て!

 

今のおまえに残された最後の力で、ヤツを破壊しろ!』

 

……話が通じない上に、物覚えの悪い老いぼれだな。断ると言ったはずだ。

 

力の使い方は、自分で決めるともな。

 

オレのラストショットは、あんたのためなんかじゃない。

 

あんたのくだらない自己満足のために、このバスターをエックスに向けたりはしない!

 

『……おのれ、ゼロ! どこまでもわしに背くというか!

 

じゃが、わしはあきらめんぞ!

 

おまえがヤツを破壊するのを、見届けるまでは……!』

 

 

 

シグマとの死闘を終え、エックスは見いだした。

無残に破壊され、上半身のみとなって横たわる友の痛々しい姿を。

 

わずかに生命反応が残るその身体を両腕で抱き起こし、エックスは必死に彼の名を呼びつづけた。

――後ろから、もはや人型レプリロイドの姿すらとどめぬ怪物となったシグマが、最後の一撃を放とうとしていることにも気づかずに。

 

無情な閃光が、二人の胸をもろともに貫いた。

その瞬間、ゼロに意識がよみがえった。

 

空中にはね飛ばされながら、彼もまた残り全ての力を振り絞り、渾身のチャージショットを放った。

目の前の友ではなく、その背後の真の敵に向けて。

 

それがシグマに命中したのかどうか、エックスはどうなったのか、もはや確かめるすべも無い。

再び要塞の床に叩きつけられ、押し寄せる暗闇にもういちど――そして、恐らく永遠に――包み込まれていくのを感じながら、祈るように、息も絶え絶えにゼロは呟いた。

 

彼の創造主に背き、最後まで友を守ろうとした"心"からの言葉を。

 

――エックス、生きろ。キミは生きろ。

 

 

(完)



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ある日の報告

ある日、外出先で偶然ゼロに出会ったアイリス。彼女は、兄カーネルにどんな報告をしたでしょうか。
(2021年1月1日)


「ただいま、兄さん! ごめんなさい、すっかり遅くなっちゃったわ。」

 

「やっと戻ってきたか。心配したぞ、アイリス。資料の引き出しに、ずいぶんと手間取ったんだな。レガシーライブラリーがあまりに広いので、道に迷っているのかと思った。」

 

「そんなんじゃないわ、あのデータ図書館は私の庭みたいなものだもの。兄さんも一緒ならよかったのに。とっても珍しい人に会ったのよ。」

 

「珍しい人? 誰だ?」

 

「うふふ、誰だと思う?」

 

「ん?」

 

「兄さんのお友達のゼロよ。イレイズ事件以来だわ。」

 

「なに? あのゼロが、図書館にか?」

 

「そうなの。私もびっくりしちゃった。今日は非番なんですって。」

 

「アイツに、そんな趣味があったとはな……」

 

 

 

「東洋の古武術について調べに来たんですって。身体にデータをインプットするだけじゃ、本当の意味で技術を自分のものにすることはできないし、強くもなれないからって。熱心なのね。」

 

「はは、なるほど。それなら、ゼロらしいかもな。」

 

「そうね。でも私は、せっかくの休日なんだから、もうちょっとリラックスすればいいのにって思ったの。」

 

「そうか?」

 

「だから……案内してあげる代わりに、ゼロの調べものが済んだら、ちょっと私につきあってって言ってみたの。」

 

「……何だと?」

 

「……別に大したことじゃないわよ、カフェテリアに一緒に行ってもらっただけ。」

 

「はー……なるほど、帰りが遅かったのはそのせいか。」

 

「ほ、本当にごめんなさい。つい……」

 

「まあ、上に言いつけたりはしないがな。で、どうしたんだ?」

 

 

 

「ストロベリーラテタイプのリフレッシュ・リキッドをご馳走してもらっちゃった。」

 

「ほう。」

 

「ゼロは、黒蜜抹茶ラテタイプだったわ。」

 

「ぷ……」

 

「……どうしたの? 兄さん、笑ってるの?」

 

「いや……なんというか、それも意外だな。」

 

「うふふ、そうかもね。それを飲んでいたら、ちょうどお店のテレビで、今度建設される新しい植物保存・研究施設のニュースが流れたの。だから、そのことを話したわ。」

 

「ああ、あの施設の建設は、我々の将軍の発案によるものだからな。」

 

「そう。私たちは軍隊だけれど、戦う以外にも、地球のためにできることがあるはず――すばらしいお考えだわ。」

 

「ゼロも、それに興味があるのか?」

 

 

 

「ええ。彼もやっぱり、イレギュラーハンターとして、地球のことを考えているみたい。環境がどんどん変化していくから、生命を守ることにも、もっと力を傾けなければならないって。……ステキな人ね。」

 

「ん?」

 

「あ……えっと……ハンターもレプリフォースも、同じ理念のもとに平和的活動をするのって、ステキね!」

 

「……そうだな。いずれは、ハンター組織にも協力してもらうことになるだろう。」

 

「えっと、それからね、今度はビジュアルルームへ、保護対象になる植物の映像データを見に行くことになったの。」

 

「やれやれ、また寄り道か。」

 

「ほんのちょっとの間よ。でも、ごめんなさい。もうしません。」

 

「だが、まあ……植物について調べたなら、仕事に全く無関係というわけでもないか。」

 

「ええ。二人で、いろんな花の映像を見たわ。どれも美しくて、夢中になっちゃった。その中に、アイリスの映像もあったの。」

 

「アイリス……おまえと同じ名前の花か。」

 

 

 

「そこには、遠い昔の東洋の庭園のような場所が写っていて、たくさんのアイリスの花が、しとしとと降る雨の中で咲いていたわ。……それを見た時、ゼロがちょっと変な感じになったのよね。」

 

『アイリス……可憐で美しく、そして強い花だ。オレには戦うことしかできないが、せめて、自分の近くにある美しいものはこの手で守りたい。……そんな気持ちが、戦闘技術以上に、オレを強くするのかも知れないな。』

 

「……ゼロのヤツが、そんなことをか……」

 

「そうよ。それから、急用を思い出したとか言って、すぐ帰っちゃったの。どうしたのかしらね?」

 

「さあな。……というか、そろそろレポートを書きはじめなくていいのか? そのための資料を引き出してきたんだろう?」

 

「あっ、いっけない! もうこんな時間……!」

 

「一応言っておくが、間違っても、今日ゼロに会ったことばかり書くんじゃないぞ!」

 

「そ、そ……そんなこと、するわけないでしょ! 『新開発の人工鉱物を使用した装備品がレプリ兵士の身体能力に与える影響について』がテーマなんだから!」

 

「次は、お互い非番の日に会えるといいがな!」

 

「だから、もう、やめてったら! よ、余計なお世話よ……!」

 

 

(完)



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Heaven Is A Place On Earth

『ロックマンX5』のラスト、ゼロに関する記憶を喪失したエックスの独白です。
(2021年1月9日)


「ためらうな。これからオレたちが相手にするのは、かつての仲間――同じハンターだった者たちだ。その先には、あのシグマも居る。」

 

「シグマ隊長……」

 

「もう違う。ヤツは、ヤツらはイレギュラーだ。倒さなければ、倒される。さっきのVAVAの時のように、ためらってはいられないぞ。

オレは、キミの可能性に賭ける。キミの持つ、ハンターランクには反映されない未知の力に。」

 

「ああ、わかってるさ。もう、誰が相手だろうとためらったりはしない。でも……本当にオレなんかに、キミの言う未知の力があるのかどうか……」

 

「エックス、オレはキミを信じる。だから、キミも自分を信じろ。」

 

「わ、わかった。ありがとう、ゼロ。」

 

「例え二人だけになっても、平和を取り戻すため戦う意志がある限り、オレたちはずっと一緒だ。」

 

 

 

あの日、最初の戦いの日。

 

寸断されたハイウェイ、折り重なるレプリロイドたちの屍、空を覆う黒煙、襲い来る敵、逃げ惑う人々の叫び声。

 

あれから、どれくらいの時が流れたのだったろう。

 

あれからオレは、孤独な戦いを、幾つ重ねたのだったろう。

 

ライドチェイサーを停め、果てしなく広がる荒野の中の『目的地』に降り立つ。

 

ひさしぶりに見る青空の下、吹く風は優しく穏やかだ。

 

前方に目をやれば、そこには、半ば砂に埋もれたスペースシャトルの残骸が見える。

 

 

 

それは、最後の戦いの遺物だ。

 

シグマによってありとあらゆる機械が狂わされ、世界中が大混乱に陥る中、スペースコロニー『ユーラシア』までが、地球に向かって落下を始めた。

 

その時、一人のハンターが前時代のスペースシャトルに乗り込み、激突させることでコロニーを破壊した。

 

――地球は滅亡を免れたが、それにより、『彼』は帰らぬ人となった。オレはそう聞いた。

 

だが、仲間たちが口にするその名は、全く耳に覚えが無いものだ。

 

『地球を救った英雄ゼロ。』『誰もが認める特A級ハンター。』『いつもエックスと共に戦い、数多くの事件を解決した。』

 

……ゼロって、いったい誰なんだろう?

 

 

 

どうやら、シグマとの戦いで大破したこのボディを修復した際に、メモリーの中から『彼』のデータだけがデリートされてしまったらしい。

 

それは何かの手違いか、それとも意図的なものなのか――『彼』に関する記憶が、これからのオレにとっては重い十字架になるとでもいうのか?

 

伝え聞くその存在の偉大さは深い哀悼の念をいだかせるが、近しい人を喪ったという悲しみはそこには無い。

 

……ああ、それなのに。

 

見も知らぬ『彼』が生命を落としたという、この場所で。

 

オレは今、どうして、こんなに泣いているんだろう。

 

涙が止まらない。

 

 

 

もしかすると、オレにとっての『彼』は。

 

シグマを倒したという報告を、新たに描きはじめた夢を、

 

真っ先に伝えなければならない相手だったのかも知れない。

 

共に平和を取り戻してくれたことへの感謝の言葉さえ、もう届くことはないのに。

 

忘却は、死そのものよりも残酷だ。

 

オレの心は、あまりに大きすぎる不在の痛みに、きっとこう叫んでいる。

 

例えどんなにつらい記憶でも、『彼』のことを忘れたくなんかなかったんだと。

 

 

 

ようやく涙を拭い、改めて周囲を見渡す。まずは、この荒野を緑化することから始めよう。

 

オレの描く新しい夢、それは、人類とレプリロイドが共に平和に暮らす理想郷の実現だ。

 

――ためらうな。

 

途方もなく時間がかかるだろう、さまざまな困難も立ちはだかるだろう。それでも、あきらめたりはしない。

 

――自分を信じろ。

 

その名は『ヘブン』――地上の楽園だ。『彼』も、遠くから見守っていてくれるだろうか?

 

――ずっと一緒だ。

 

 

(完)



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Rainbow Connection

『X5』のラストで姿を消してしまったゼロ。不思議な経緯を経て、『X6』でのエックスとの再会に至ります。
(2021年1月13日~16日)



ここは……どこだ?

 

見渡す限りの青空、足元には一面の花畑。

 

同じ幅の七色の花が、どこまでも続く、長い長い列を作っている。まるで、空に架かった虹の橋の上を歩いているようだ。

 

美しい、なんて美しい……

 

 

でも、妙だ。オレは、戦場に……地下の要塞で、シグマと戦っていたはずだ。

 

そうだ、オレはエックスを守ろうとして……エックスは無事なのか? 彼はどこに居る?

 

あの戦いは幻だったのか、それともこの世界が幻なのか……

 

ああ、そういうことか。つまり、オレは――

 

 

『ゼロ! ゼロ、ひさしぶりね!』

 

キミは……?

 

ア、アイリス……アイリスなのか……!

 

『ああ、ゼロ! 私、あなたも、きっといつかここに来るって信じてたの!』

 

 

 

そんな……キミが、なぜ……?

 

『うふふ……ゼロったら、変な顔してるのね! 私はこんなにうれしいのに! ずっと、ずっと会いたかったわ!』

 

そ、それは……オレだって同じさ! ああ、アイリス……

 

『ゼロ……!』

 

 

『どうしたの、ゼロ? 泣いてるの……?』

 

すまない……すまない、アイリス……あの時、オレは、キミを……

 

『……泣かないで。そのことは、もういいの。あの時は、誰もが戦という大きな流れに巻き込まれていたのよ。』

 

しかし、オレはカーネルも……キミの大切な人たちも、誰ひとり救えなかったんだ……!

 

 

『……そのことが、ずっと長い間あなたの心に重くのしかかっていたのを、私は知っているわ。つらかったでしょう、ゼロ……』

 

アイリス……!

 

『でも、もうその十字架を降ろしてもいいのよ。見て! ステキなところでしょう?』

 

あ、ああ。ここは、いったい……?

 

 

 

『"魂"……"心"……それとも、"意識"かしら。ボディを離れた今の私たちが住んでいるところよ。これからは、あなたも私たちと一緒に、ここで静かに暮らせるのよ!』

 

オレが……何もかも破壊してしまったこのオレが、キミたちと一緒に……?

 

『ははは。ゼロ、おまえも意識だけになっているくせに、まだ余計なことを考えているんだな。』

 

カーネル!

 

 

そうか……オレも意識だけということは、やはり……

 

そういえば、セイバーが無くなっている……確かに、ここでは使いようもないだろうな……

 

『ここでは、誰もおまえを拒んだりはしない。昔の恨みなども無いしな。おまえが望むなら、我々は歓迎するぞ。』

 

ここが……どこまでも美しい、この世界が……これからのオレの居場所なのか……

 

 

……そうだ、エックスは? エックスは、ここには来ていないのか?

 

ということは、彼はまだ生きているんだな!

 

『ああ、そうだ。』

 

教えてくれ。エックスは無事なのか? あれから、世界は平和を取り戻したのか?

 

 

 

『……今の私たちの役目は、ここから世界を見守ること。エックスは生きているけれど……また、新たな戦いに身を投じているわ。』

 

何だって!

 

『おまえを失ってからも、彼は懸命に自分を奮い立たせて戦いつづけている。今の彼の武器は、おまえのセイバーだ。それだけが、彼の心の支えだ。』

 

なぜだ……あの時、オレたちはシグマを倒せなかったのか……?

 

 

『シグマではない。今、エックスたちが戦っている相手は……信じられんかも知れんが……』

 

何者だ? 言ってくれ!

 

『おまえの"亡霊"……"ゼロナイトメア"と呼ばれる存在だ。』

 

……!

 

 

『ゼロ、どうするの?』

 

オレも行く! そんなわけのわからない事態に、エックスを独りにしておけるか!

 

『……それは、今のあなたが心から望むことなの?』

 

アイリス……!

 

 

 

『ゼロ、確かにおまえのボディは完全に壊れてはいない。そうやって、元の世界に戻ろうと考えることができるのはそのためだ。』

 

そ、そうか……! オレは戻れるのか?

 

『だが、その前にオレからも訊く。本当におまえは、ここに残ることよりも、エックスのもとへ戻ることを望むのか?』

 

『ゼロ、どちらでもあなたが選んでいいことよ。でも……もし、戦場に戻ることで自分を痛めつけようとしているのなら、私は、この手を離さない……もう、離したくない……!』

 

 

……すまない、アイリス。長い間、待たせちまったのにな。

 

『ゼロ……』

 

……正直、オレも安らぎが欲しいんだ。このまま、キミとずっとここに居られるなら、どんなにいいかと思う。

 

でも……元の世界でエックスがまだ生きているなら、平和のために戦いつづけているなら、そんな彼の助けに少しでもなれるなら……オレは、今は戻ることを望む!

 

 

『ふふ……やはりそうか。おまえらしい答えだな。』

 

自分を痛めつけるために戦うんじゃない。まだ、向こうに残してきたことがいろいろとあるってわかったからな。

 

『……そうね。ゼロ、やっぱり、まだ、あなたを引き留めることは無理みたいね。』

 

アイリス、オレは……

 

 

 

『いいの。あなたの、本当の心からの望みがわかったから。』

 

アイリス……オレたちは、いつかは、また、ここで会えるのか……?

 

『ええ。きっと、いつかまた会えるわ。今の私たちにとって、待つことは何の問題でもないの。自分の役割を果たし終えたあなたが、もう一度ここへ来る時を、ずっと待ってるわ!』

 

また、長いこと待たせることになるかも知れないが。

 

 

『うふふ、大丈夫よ。でも……』

 

どうした?

 

『……戻ったら、あなたはこの世界のことを忘れてしまうわ。だから、その前に、お願い……』

 

『あー、オレは何も見ていない! 接吻など、見ていないぞ……!』

 

 

『……ありがとう、ゼロ。』

 

オレの方こそ、いろいろとありがとう。アイリス、カーネル、会えて本当によかった。それじゃ、行ってくるぜ。

 

『気をつけてな、ゼロ。』

 

『行ってらっしゃい。あなたとエックスなら、きっと、人類とレプリロイドを結ぶ架け橋になれるわ。この、虹の橋みたいにね!』

 

 

 

息もつかせぬほどに吹き荒れる風の中、砂埃が渦を巻き、暗く空を覆う。

スペースコロニーの爆発によって傷ついた地球が、悲鳴をあげているかのようだ。

 

エックスは今、見覚えのある姿を前にしている。

激しい風にはためく長い髪、肩越しに見えるセイバー。

 

それは、シグマとの最後の死闘ののちに消えた友の姿そのものだ。

だが、エックスにはわかる――ソイツが、ただ形を似せたばかりの操り人形に過ぎないことが。

 

ソイツの発する言葉はほとんど意味を成していないが、牙を剥き出した獣のような敵意ははっきりと伝わってくる。

エックスの心は、怒りに燃えたぎる。

 

――生命を懸けて戦ったゼロを、貶めるな。

 

友が残したセイバーを握りしめ、その無念を晴らすように、偽者に斬りかかった。

その瞬間、相手の姿は忽然と消え失せた。

 

エックスはうろたえ、周囲を見回す。

"悪夢"という名を持つ敵に、翻弄されてしまいそうだ。

 

――ふと、彼は砂塵が舞い狂う空を見上げた。

信じがたいことだったが、青さのかけらも無い暗い空に、ほんの一瞬、七色に輝く虹が見えたのだ。

 

それが本物か、それとも単なる見間違いであったのか、確かめる余裕は無かった。

消えた敵は、不気味な笑い声とともに、エックスのすぐ後ろに再び現れていた。

 

だが。

この直後、エックスは目にすることになる。

 

砂嵐を切り裂いて、奇跡のように、あざやかな"赤"がその場に立ち現れるのを。

金色の髪をなびかせながら真新しい剣をふるい、まばゆい光の刃で、自らの偽者を造作も無く斬り捨てる姿を。

 

彼の、長い間待ちわびていた、懐かしい笑顔を。

そして、悪夢の終わりの始まりと、虹のように輝く、新たな希望を。

 

 

(完)



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Buddies

イレギュラーハンター第十七部隊で、エックスとゼロが相棒になった時の物語です(一応)。
(2021年1月18日~2021年1月21日)


VAVA:

ははは! おい、あの新人、またやらかしたんだってな!

 

 

 

ハンターベース内、訓練棟のトレーニングルーム。市街地を再現したバーチャルリアリティー空間で、エックスが射撃訓練を行っている。

彼の腕のバスターは、四方から現れる仮想敵を次々に正確に捉えていく。

だが、彼の表情には暗い翳りが見える。

VAVAが口にしているのは、正に彼のことだ。

ここは、司令棟の廊下にある待機スペース。ブリーフィングを終えた第十七部隊の面々――ブーメル・クワンガー、スパーク・マンドリラー、ゼロの姿もある。

 

 

 

クワンガー:

(呆れて)……また、こんなところでサボっていたんですね。いいかげん、我々に説明させないで、直接聞いてくれませんか。

 

VAVA:

(ドリンク自販機の横のベンチに座っている)今度は何だ? ついに、とち狂って味方を攻撃したか、ビビって逃げたか?

 

マンドリラー:

いや、そんなんじゃないが……エックスがもたもたしてたせいで、破壊対象が大暴れして、交通事故を起こしちまってよ。ま、それでもケガ人は出さずに済んだ。

 

クワンガー:

(ため息をついて)幸いにも、対象は一般家庭用のケアレプリで、戦闘能力はありませんでしたからね。あんなスリルの無い仕事、我々二人だけでさっさと済ませればよかったんです。長引かせすぎました。

 

VAVA:

(嬉々として)おー、それはそれは……オレたちは別ルートで助かったよな、ゼロ。アイツと居たら、一歩進むごとにトラブルが降ってきそうだぜ!

 

クワンガー:

VAVA、それについてはもう心配ないですよ。彼は、明日からはゼロと二人で行動することに決まりました。

 

 

 

 

VAVA:

なに?(けたたましく笑って)そうかそうか、おまえがアイツのお守りか! とんだ災難だな!

 

ゼロ:

(冷ややかに)あんたと組むよりは、よっぽどましだ。

 

VAVA:

あぁ? 何だと、このヤロー!(立ち上がる)

 

マンドリラー:

(慌てて)おいおい、落ち着け!

 

クワンガー:

しかし……ゼロ、あなたもよく引き受けましたね。まあ、おかげで私は助かりましたが。彼と一緒に行動すれば、ある意味スリルには事欠かないでしょうが、責任を負うのはごめんです。

 

マンドリラー:

うう、オレも遠慮する。幾らシグマ隊長の言いつけでもなぁ。

 

VAVA:

オレも絶対にごめんだ。冗談じゃねーぜ。

 

ゼロ:

心配するな。隊長があんたを指名することはありえない。何かあった時、余計にややこしくなるからな。

 

VAVA:

(金属の壁をバンと叩く)てめー、さっきからケンカ売ってんのか!

 

マンドリラー:

(再び慌てて)だぁ~、落ち着けって!

 

VAVA:

ゼロ……オレも聞くぞ。なんで引き受けたんだ? よっぽど自信があるらしいな。

 

マンドリラー:

オレも気になる。おまえの実力は確かだが。

 

ゼロ:

自信はそんなに無いが……彼には、興味がある。

 

クワンガー:

ほう?

 

 

 

 

VAVA:

(笑って)そうか、そうか……おまえも気になってんのか。

 

マンドリラー:

何が?

 

VAVA:

あのエックスってヤロー、Dr.ケインがシグマ隊長に預けたレプリなんだってな。そのことは、おまえらも知ってるだろ?

 

クワンガー:

ええ、確かにそう聞きましたが。

 

VAVA:

ところがな……ヤツを造ったのは、Dr.ケインじゃない。どこぞで拾ったんだか掘り出したんだか知らねーが、とにかく、ヤツがここに来る以前のことは、機密扱いになってるらしいぜ。

 

ゼロ:

(VAVAを睨みつける)あまり、余計なことに首を突っ込むんじゃない。

 

VAVA:

はは……オレも、興味があるんだよ。あの甘ちゃん坊やが、いったい、どこから来た何者なのかってな。

 

ゼロ:

甘ちゃん坊やか……

 

VAVA:

おうよ。ゼロ、明日からヤツによーく教えとけ。ハンター稼業は遊びじゃないってな。

 

ゼロ:

……あんたには、彼が対象を撃つのをためらった理由がわかるか?

 

VAVA:

知るか、そんなもん。

 

ゼロ:

だろうな。

 

マンドリラー:

うむ、さっき話は聞いたが、オレにもわからなかったぞ。

 

クワンガー:

ええ。全く、理解に苦しみます。

 

 

 

 

VAVA:

つーか、単純なことだろ。イレギュラーどもをぶっ壊すのが、オレたちハンターだ。それをためらうようなヤツは、甘ちゃん坊やなんだよ。違うか?

 

ゼロ:

ああ、その通りだ。オレもこれまでは、あんたと全く同じように考えていた。

……ただ、彼を見ていると、そう単純なものじゃないように思えてきてな。

 

VAVA:

……何だゼロ、ずいぶんとヤツの肩を持ってるみたいじゃねーか。

 

ゼロ:

(鋭く)さっきのあんたの言葉を、そのまま返す。あんたは面白半分の狩りか何かだと思ってるようだが、ハンター稼業は遊びじゃない。(VAVAに背を向けて歩き去る)

 

VAVA:

(ゼロを見送って)て、てめー……このヤロー……!

 

 

 

VAVAは、獣のような怒りの唸り声をあげながら、すさまじい力で自販機を叩き、蹴り、破壊する。警報が鳴り渡る。

 

 

 

マンドリラー:

(三たび慌てて)ギャーー! コイツ、また自販機ぶっ壊しやがった!

 

クワンガー:

(頭を押さえる)はー、やれやれ……これで三度めですね……

 

VAVA:

(鳴り響く警報の中で)ゼロめ……てめーも、アイツと似たようなもんじゃねーか……てめーもシグマ隊長に拾われたレプリで、やっぱり、ここに来るまでのことが明かされてない……それも、最高機密と来てやがる……! いったいどこの馬の骨なんだ、てめーらは……?

 

 

 

 

ゼロ:

……対象を破壊することをためらった理由について、彼はこう語った。

 

 

 

訓練棟内のエレベーターの中で、ゼロは先ほどのエックスの証言を思い出している。

 

 

 

エックス:

破壊対象……『ルイス』と呼ばれていた、ケアレプリロイド……あの時、彼は、足の不自由な女性に付き添って歩いていました。自分がその姿を目にしたのは、ほんの短い間でしたが、二人の間には、強い信頼関係があることがわかりました。そんな彼が、突然暴走してしまって……彼女は、どんなにショックを受けたでしょう……

暴走した彼の姿を見た時、すぐに撃たなければならないと思いました。でも……それと同時に、撃てないと思いました。きっと、彼女にとって、それまでの彼は、家族同然の存在だったはずです。そんな彼女の目の前で、彼を撃つことが……オレには、できませんでした……

 

 

 

ゼロ:

(エレベーターを降りながら)……わからんな。確かに、生身の人間なら、同じ状況でああいうふうに言うかも知れんが……彼は、仮にもハンターだからな。

 

 

 

ゼロは、目的のトレーニングルームの中に入る。そこでは、エックスがいまだ激しい訓練を続けている。

 

 

 

ゼロ:

おい、エックス。……エックス。

 

 

 

ゼロの声はエックスに届かない。彼を取り巻く仮想空間は、工業用の大型メカニロイドが市街地で暴れ狂う場面となっている。大勢の人が逃げ惑う姿も見える。

エックスは、先ほどの迷いを振り払おうとするように、敵を攻撃しつづける。不意に、空中に『一時停止(PAUSE)』の表示が浮かび、映像が静止する。エックスは我に帰る。いつの間にか、ゼロがコントロールパネルの傍らに立っている。

 

 

 

ゼロ:

大丈夫か、エックス。ちょっと無理しすぎだぞ。

 

エックス:

あ、ああ、ゼロ……

 

 

 

 

ゼロはパネルから離れ、エックスの横に立つ。

 

 

 

ゼロ:

(大型メカニロイドの映像を見上げ、呆れたように)また、ずいぶんとデカい敵だな。キミには早すぎるんじゃないか。

 

エックス:

(おずおずと)ゼロ……あ、あの……なんか、ごめん……その、いろいろと……

 

ゼロ:

あー、確かにいろいろとな。

 

エックス:

(すまなそうに)だ、大丈夫かい? オレなんかと、組まされることになって……

 

ゼロ:

(くすりと笑って)そのことは気にするな。イカレヤローのVAVAと組むより、よっぽどいい。何しろ、いつも、事件が無ければ自分で起こしかねないヤツだ。

 

エックス:

(更に困惑して)で、でも……オレは、どうしたらいいんだ……ゼロほどのすごい人と一緒にされたら、絶対足手まといになっちゃうよ……! さっきのことだって、またみんなに迷惑かけたし……

 

ゼロ:

覚悟の上さ。だが、早く足手まといでなくなってもらわないと困る。オレは、あまり気が長い方じゃないからな。

 

エックス:

(思わず身体をすくめる)ひえっ……

 

ゼロ:

……キミが、あのイレギュラーを撃てなかった理由……もう一つあるんだろう。

 

エックス:

え……?

 

ゼロ:

『自分たちと同じ、レプリロイドだから』……だ。違うか?

 

エックス:

それは……(うつむいて)そう、その通りだよ。

 

ゼロ:

……

 

 

 

 

エックス:

……ゼロは、いつも迷わないよね。他のみんなも。……それはそうさ、イレギュラーハンターなんだから。オレも、そうあるべきだと思ってる。

 

ゼロ:

イレギュラー認定されたレプリロイド・メカニロイドは、速やかに、ハンターによって破壊処分されなければならない。それが、今のところの最善策だ。わかっているな?

 

エックス:

(うなずく)ああ。

 

ゼロ:

その、処分を行うのが、オレたちの仕事……キミは、なぜ迷うんだ?

 

エックス:

(顔を歪める)なぜだろう……頭では、わかってるのに……

 

ゼロ:

(苛立ちを覚えて)オレたちが居るのは、戦場だ。状況は待ってはくれないぞ。

 

エックス:

(泣きだしそうに)でも、あの時……オレは、ルイスをイレギュラーと認めたくなかったんだ……だって、ほんの、ほんのちょっと前まで、彼は普通に自分の役目を果たしていたんだ……! ケアを受けていたあの女性だって、きっとそうだったはずだ……まともなレプリロイドと、処分対象になってしまうイレギュラーとの間には、本当にわずかな境界線しか無くて……それを越えてしまったら、もう戻れないなんて……そのことを思ったら……身体が、フリーズしたみたいに――

 

 

 

ガンと重々しい衝撃音がする。エックスは弾き飛ばされ、コントロールパネルに背中を激突させる。仮想空間の一時停止が解除され、訓練用の映像が再び動き出す。

床に倒れた格好で呆然とするエックスの目には、怒りの表情で拳を固めたゼロの姿が映っている。

 

 

 

エックス:

い、いきなり何を……!

 

ゼロ:

(動き出した映像を示して)見ろ! おまえがそんなふうに迷っている間に、何が起きるか!

 

 

 

 

床に座り込んだまま、エックスは愕然と仮想空間を見上げる。映像の中の、ハンターが不在となった市街地を、暴走メカニロイドは何の遠慮も無しに破壊しはじめる。

周囲の一般人も巻き込まれ、次々に倒れていく。空中には『損害(DAMAGE)』『負傷者数(INJURED)』を示すおびただしい数字が赤い光で表示され、次いで『任務失敗(MISSION FAILED)』の文字が現れる。

 

 

 

ゼロ:

見てみろ、この有様を。まるで地獄だ。おまえのその迷いが、明日にでも、この事態を現実に引き起こすとしたら、どうする!

 

エックス:

そ、そんな……!

 

ゼロ:

持って生まれた力を、武器を、おまえは、ハンターとしてどう使うんだ!

 

エックス:

……!

 

 

 

しばし、沈黙がその場を支配する。無残に破壊しつくされた街の姿を映した映像が、そのまま静止している。

 

 

 

ゼロ:

……キミをここに連れてきたのはシグマ隊長だが、ここに居るかどうかを決めるのはキミ自身だ。本当に自分がハンターでいたいかどうか、少し考えるんだな。ここを出て、ケイン博士のもとに戻るなら、そうするがいい。(エックスに背を向け、扉の方へ足を向ける)

 

エックス:

(ようやく立ち上がる)オ、オレは……!

 

ゼロ:

(背中越しに)戦えないだけでなく、平和を守ることもできない者は、ハンター組織には必要ない。

 

エックス:

(両手の拳をぐっと握りしめて)違う……

 

ゼロ:

ん?(振り向く)

 

エックス:

違う、違う!(ダッと床を蹴り、前へ飛び出す)

 

 

 

 

再び、重く鋭い金属音が響く。扉の前で、ゼロは振り向きざまにエックスの拳をアームに受け止めている。ゼロの顔には驚愕の表情が浮かび、エックスの目には輝きが宿っている。

 

 

 

ゼロ:

……速い。それに、何だ、このパワーは?

 

エックス:

(先ほどまでとは打って変わり、力強く)オレは戦う、平和を守るために! この力は、そのためにあるんだ!

 

ゼロ:

エックス……!

 

 

 

ゼロはエックスの拳を押し戻し、エックスはよろめいて床に膝をつく。勢いで、ゼロも扉に背中を押しつける。二人ともしばらくそのまま、互いの荒い息遣いの中で動かない。

 

 

 

ゼロ:

(くすりと笑う)……まいったな、エックス。完全に油断してたぜ。

 

エックス:

(ゼロを見上げて)はは……、オレでも、キミにそんな顔させられるんだ……

 

ゼロ:

ああ、驚いたよ。

 

エックス:

(自分の行動の無謀さに改めて気づいたかのように)はー……危なかった……ゼロが本気出してきたら、ただじゃ済まなかった……

 

ゼロ:

はは、それは間違いないな。

 

 

 

エックスは立ち上がる。

 

 

 

エックス:

(静止している映像に目をやりながら)……ありがとう、ゼロ。キミのおかげで、目が覚めた。戦場では、一瞬一瞬が勝負だもんな。余計なことを考えて、こんな事態を引き起こしちゃいけない……もう、そのことは絶対に忘れないよ。……また、迷うかも知れないけど……

 

 

 

 

ゼロ:

(扉から離れて)……キミは、いろいろな意味で他の連中とは違う。任務に対する捉え方もだ。その迷う心は、ともすれば命取りになりかねないが……一方で、ハンターの任務がそう単純なものじゃないってことを、オレに教えてくれたかも知れない。

 

エックス:

ゼロ、オレはハンターを辞めるつもりは無いよ。強くなりたい。もっと強くなって、この手で平和を守りたい。

 

ゼロ:

あの時の、ルイスたちのような悲しい出来事を、キミはこれから何度となく目にしていくことになるぞ。

 

エックス:

(うなずく)うん……もう、悲しみにだって負けないよ。(急に不安そうに)……でも、ゼロはどうかな。明日からオレと組むの、やっぱりイヤだとか言わない……?

 

ゼロ:

は、なんでだ?

 

エックス:

なんでって、それは……

 

ゼロ:

(笑って)おいおい、さっき言っただろう。VAVAなんかと組むよりは、よっぽどいい。だから、早く足手まといでなくなってくれってな。

 

エックス:

(安堵して)そ、それじゃ……明日から、一緒なんだね!

 

ゼロ:

(右手を差し出す)ああ。頼むぜ、相棒。

 

エックス:

(ゼロの手を握る)こちらこそ、よろしく……!

 

 

 

 

二人が司令棟へ戻ると、先ほどの待機スペースの方角が騒然としている。

 

 

 

ゼロ:

何だ? 騒がしいな。

 

エックス:

どうしたんだろう?

 

マンドリラー:

おい、ゼロ!

 

 

 

憮然とした表情のマンドリラーとクワンガーが二人の前に立つ。

 

 

 

ゼロ:

何事だ?

 

クワンガー:

VAVAが、また自販機を破壊したんですよ!

 

エックス:

(驚く)えっ? じ、自販機……?

 

マンドリラー:

ある意味、おまえのせいだ。

 

ゼロ:

(驚く)何だって?(エックスに)……エナジー・リキッドをおごってやろうと思ったが、他のフロアに行くしか無さそうだ。

 

マンドリラー:

だったら、オレたちにもおごれ!

 

クワンガー:

あなたが元凶のようなものですからね!

 

ゼロ:

(困惑)う……、そ、そうなるのか。

 

マンドリラー:

エックス、おまえもよく覚えとけ。あのVAVAってヤツは、マジでヤバいからな。

 

クワンガー:

そうです、気をつけてください。何をしでかすかわかりませんからね。非常にスリリングです、イヤな意味で。

 

エックス:

(困惑)あ、ああ……第十七部隊って、なんか、すごいな……

 

 

(完)



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私を任務に連れてって

ナビゲーター三人娘も、時には実戦で、それぞれのお目当てのハンターを助けてあげたいようです。
(2021年1月24日)


エイリア、レイヤー、パレット:

 

 

イレギュラーハンターの皆さん、お疲れ様です!

 

我ら、花のナビゲーター三人娘!

 

ハンターベースに、癒やしと彩りを!

 

戦場には、的確な情報を!

 

そう、いつもそうして、遠くから皆さんをサポートしている私たちですが……

 

やはり、座ってばかりの仕事では、身体機能が衰える恐れもありますし……

 

たまには、実戦に出てみるのもいいかも、なんて思う今日このごろ……

 

(美容のためにも、運動は必要よ!)

 

もちろん、遊びなんかじゃありません。

 

いたって真剣そのものよ。

 

多少なら、腕に覚えだってあるの。

 

同じ状況に身を置いて、

 

直接的にサポートしてあげたいの。

 

(それぞれの胸に秘めた思いと共に、)

 

私を任務に連れてって!

 

 

 

エイリア:

 

 

ね、私たちって、もうずいぶん長く一緒に居るわよね。

 

……あ、仕事でって意味よ。もちろん。

 

あなたは戦場、私はオペレーションルーム。

 

居場所は離れていても、ずっとあなたを見守ってきたわ。

 

……でも、どうしてかしら。

 

最近、私の目は、いつもひとりでにあなたを追ってる気がするの。

 

そう、任務じゃない時でさえも。

 

いつまでも、どこまでも続くような、長く深い暗闇の中を、

 

決してあきらめず、希望へと向かって突き進む、青い稲妻のようなあなたを。

 

優しさゆえに心に傷を負っていても、それを見せることなく、

 

痛みに耐えて微笑む強さを持つあなたを。

 

……そんなあなたの、もっと近くに居たい。

 

私にだって、バスターは扱えるのよ。

 

今度は、一緒に戦わせて。

 

ね、ダメかしら……?

 

 

 

レイヤー:

 

 

あの……いつも、お疲れ様です。

 

あ、あの……本当に、お疲れではありませんか?

 

……いえ、ハンターチームの状況を確認したかっただけです。

 

……いつも気にかけていますなんて、とても言えません……

 

常に冷静沈着、迅速に事件を解決。

 

情け無用の剣さばき、まるで赤い閃光。

 

思わず、惚れ惚れしてしまいます……いえ、戦闘能力の高さに、です。

 

……でも、そんな強いあなただからこそ、気になってしまいます。

 

多くを語らないあなたのその心に、暗い影を落とすのは、いったい何なのでしょう?

 

……ああ、知りたいけれど、訊くことなんてとてもできません。

 

その代わり……一緒に出撃させてもらえませんか?

 

私にも剣があります。決して、お邪魔はしません。

 

そうすることで、少しでも支えになれればと思っています。

 

あ、いえ……少しでも、戦力になれればという意味ですから。

 

 

 

パレット:

 

 

あらら、キミってば、また怒られてる。

 

なんか、失敗しちゃった? それとも、イタズラでもしたのかな。

 

全く……! なんか、見てるとハラハラしちゃうよ。

 

スゴ腕ハンターには違いないのに、お子ちゃまだし、お調子者なんだもん。

 

……確かに、任務の時のキミは、すごくかっこいいよ。

 

見事なガンアクションで、あっという間に敵をやっつけちゃう。

 

アタシね、思わず、うっとり見とれちゃうんだ。

 

……その後で、コケてケガとかしなければ、本当に完ペキなんだけど。

 

だから、アタシが余計にしっかり見てなきゃいけないじゃん。

 

だいたいキミってさ、人の気持ち、わかってんの?

 

……たいがいのことは笑って済ませてるけど、本当はさ。

 

誰にも見せない悩みもあるんだってこと、アタシは知ってるよ。

 

だから、いろいろと心配だよ……あー、こんなにキミのこと思ってるのに、たぶん気づいてないよね?

 

じゃあ、今度は二人で戦おう! いざって時は、アタシが自分の銃で守ってあげるから!

 

絶対、最強コンビになれるって! ね、そう思わない?

 

 

(完)



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Sinnerman

Dr.ワイリーが、ゼロを恐ろしいロボットとして生み出すに至った理由とは何だったのでしょうか?
(2021年1月25日~26日)


『親愛なるアルバートへ。

 

ずいぶんひさしぶりだね。元気にしているかい?

 

私の方は、自分でもよく知らぬ間に、すっかり老いぼれてしまったようだ。

 

返事は期待していないが、やはり、どうしても、このことはキミに伝えておきたいと思ってね。

 

何しろ、もう、私のそばには誰も居ないんだ。独りきりだ。

 

 

私は、これまでの研究の集大成となるロボットの製作をついに開始した。

 

自ら考え、悩むことのできる、全く新しいタイプのロボットを。

 

彼を生み出すにあたっては、私自身も、かなり長い間、悩み考えた。

 

彼は、無限の可能性と同時に、無限の危険性をも持つことになる。

 

ロボット工学の原則――ロボットは人間を傷つけてはならない――を、彼は、自らの意志で破るかも知れないのだ。』

 

 

 

 

『それでも、やはり彼を造ることを決心したのは……この年老いた身体の、そこかしこが音をたてて軋むのが、はっきりと聞こえはじめたからだ。

 

少しでも時間があるうちに、可能な限り、自分の手で形にしておきたかった。

 

もっとも、彼を完成させた後、その安全性を全て自分で確認するところまでは、恐らくたどり着けないだろう。

 

だから、私は彼を、カプセルに封印した状態でこの世界に遺していくことになる。解析には長くて50年、短くても30年が必要だ。

 

人の世で人と共に生き、人の役に立てとの願いを託されながら、生まれてすぐに埋葬されなければならないとは……我が手のわざながら、なんとも皮肉だな。

 

 

アルバート、今更こんなことを言っても仕方がないが……若き日のキミは、どれほど孤独だったのだろうね。

 

今になって、ようやく、あの頃のキミの気持ちを考えることができる。

 

キミは、自身を認めようとしない世界を憎んでいた。私は、そんなキミと長きにわたり戦うことになってしまったが、そうなる前に、他に何かできたのではないか――しばしば、そんな後悔に襲われる。

 

かつては同じ夢を抱いた者同士、ずっと同じ道を歩んでいけたなら……いや、もうよそう。

 

そうそう、新しいロボットの名は"X"という。未知なる可能性と、危険性を意味する名前だ。』

 

 

 

トーマス、キミの最後のメールを受け取ってから、あっという間に月日が経ってしまった。

 

元より、返事をする気などは無かったがな。

 

老いぼれたのは、このわしも同じだ。身体のあちこちにガタが来ている。

 

それに伴ってといおうか、ようやく、年相応の落ち着きが身に付いたといおうか。

 

ここ何年か、わしは自分でも信じられないほど、静かな心持ちで日々を過ごしていたよ。

 

 

メールにはこうあった。"これまでの研究の集大成となる、全く新しいタイプのロボット"を造りはじめたと。

 

正直、あまり面白い話ではなかった。それはそうだろう、昔からだが、キミが何かを始めたとか成し遂げたとかいう話が面白いはずが無い。

 

それに、奇遇にも、ちょうどその頃に、このわしも同じようなロボットの開発を始めていたのだ。

 

キミに先を越されたことを認めたくないがための、負け惜しみなどではない。

 

だが、ひさしぶりにあの頃のライバル意識のようなものが戻ってきて、魂が若返るように感じられたな。

 

 

 

今より若かった頃のわしは、世界に自分を認めさせたかった。

 

わしを否定し、追いやろうとする世界に強大な力を示し、この足元にひれ伏させ、従わせたかった。

 

しかし、幾度も負け戦を繰り返し、やがて全てを失い、年老いて、ようやくその妄執から解き放たれる時が来た。

 

どれほど大きな力を、恐怖を見せつけようと、それでわし一人の思い通りにできるほど世界はちっぽけではないのだ、と。

 

まるで、長い長い悪夢から覚めたようだった。

 

 

それから、わしは静かな心で、自身最後のナンバーズとなるロボットを造りはじめた。

 

彼は、もう復讐のためなどではなく、ただ純粋にかつての我々の夢を叶えるため――人と同じ心を持ったロボットとなるはずだった。

 

人と同じ喜びや悲しみを知り、人を守れる力を持ち、人にとっての"英雄(HERO)"となりうるロボットに。

 

だが……彼は、その夢とは違った存在となって完成する。なぜかわかるかね、トーマス?

 

……今日、キミが先に逝ったと知ったからだ。

 

 

 

わしばかりでなく、キミに対してさえも、世界は冷たかったようだな。

 

幾度もキミに救われていながら、そのキミの晩年を、世捨てびとのように孤独にさせるとは。

 

結局、我々は二人とも、理解できぬ輩にとっては、異端者(マーベリック)でしかなかったのだろう。

 

しかし、キミはそれでもなお、そんな人の世を守ろうとするのだろう。

 

――その守り手となるはずの、"X"は完成したのか?

 

 

全く、キミらしからぬ呆れた杜撰さだ。キミの最後の息が絶えるまでの時間は、その手で彼を形にするのに充分だったといえるのか?

 

その安全性は確認できたのか、封印には成功したのか――もしも、未完成のまま打ち捨てられた彼が、キミの意図に反し、のちの世で人間に危害を加える異常(イレギュラー)な存在になったとしたら?

 

その時、このわしに屈服することの無かった世界は、新たな脅威に震えおののくだろう。今度は、わしの野望をことごとく打ち砕いてきたキミの方が、恐怖によって世界をひざまずかせることになるのだ――悲鳴も、裏切られたと叫ぶ声も、墓の中では聞こえまいが。

 

あるいは、そんなことをこのわしが心配するまでもなく、彼は理想的な最初の新型ロボットとして、未来でキミが望んだ通りの働きをするのかも知れない――いずれにせよ、全くつまらん話だ。

 

――それならば、わしが壊してやろう。

 

 

 

トーマス、わしは再び世界を憎む。

 

移ろいやすい人の心を、手の届かぬ栄光を、永劫の孤独を突きつける、冷たい世界を。

 

わしの敵、わしのライバル、わしの唯一の友であったキミのもはや居ない、空虚な世界を。

 

わしはその世界に、キミに、再び戦いを挑む。

 

所詮、わしは初めから罪びとなのだ。居場所も逃げ場所も、どこにもありはしない。

 

 

眠れるラストナンバーズ、我が最高傑作よ。

 

今こそ、おまえに新たな使命と、それに相応しい名前を与える。

 

目覚めた瞬間から出会う全てのロボットと、トーマス・ライトの忘れ形見"X"を破壊するのだ。

 

おまえの名は"0"(ZERO)、全てを無へと還す者。

 

行け! そして破壊しろ、全てを!

 

 

(完)



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Walking In The Air

ゼロがピンチに陥った時、姿無き謎の存在が彼に語りかけてきます。……しかし、舞台とか事件とか敵とかバトルとかいろいろなことがたいへんテキトーです。どうかよろしくお願いします。
(2021年1月27日~2月11日)


『ははは……全く、情けねーな。なんてざまだ!』

 

「だ、誰だ?」

 

『おいおい、落ち着けよ。大声出すと、傷に響くぜ。』

 

「くっ……おまえか、"F"……」

 

『へー、覚えててくれたのか。なんせ、出番が無くてヒマでな。』

 

「こんな時に……、何の用だ……!」

 

 

『はー、だいぶヤラレてんな、おい。喋るのもやっとじゃねーか。』

 

「邪魔をするな。用が無いなら消えろ!」

 

『だから、大声出すなっつってんだろうが。……どうだ? オレの力を、受け入れる気になったか?』

 

「……そ、そのことか……」

 

『早くしろ、そのままだと確実に死ぬぞ。オレの力があれば、そのダメージもすぐさま回復できるし、あのデカい敵だって秒殺だぜ?』

 

「……」

 

 

 

『……おい、シカトすんな!』

 

「……わかった。いいだろう。」

 

『フフン、やっとその気になったか。』

 

「今のままでは、あのイレギュラーを倒せない……それに、エックスも動けない状態だ。なんとか、彼を助けないと……!」

 

『……"助ける"ってのは余計だ。オレは、ただ思いっきり暴れたいだけだからな。』

 

「いいか、"F"。おまえの力が発動しても、このボディを制御するのは、オレの意志だ。オレは、自分が思う通りに動く。」

 

 

『あー、つまんね。おまえがそんなこと言うんなら、やっぱやめるわ。』

 

「本当に、それでいいのか? オレがこのまま死んだら、おまえも存在できなくなるんじゃないのか?」

 

『……っるせーな、このヤロー! 女みてーな無駄に長い髪しやがって! 昔から気に食わなかったんだよ!』

 

「時間が無い! やるのか、やらんのか!」

 

『……ちくしょう、見てろ……そのボディ、いつか乗っ取ってやるからな……!』

 

「無駄口叩くな、早くしろ!」

 

 

 

ここは、どこだろう……空中?

 

どうやら、そうらしい。吠えるような風の音と、力強い羽ばたきの音が、すぐ近くで聞こえる。

 

羽ばたき? いったい、何のだろう。

 

あたりを舞っている白いものは、雪……? さっきまで、オレたちの上には、真っ赤な火の粉が降り注いでいたはずなのに。

 

……信じられない。これは、夢の続きなのか……?

 

――オレは今、巨大な漆黒の翼をもった"悪魔"の腕の中に居る。

 

 

「……気がついたか、エックス。」

 

その"悪魔"は、オレのよく知った顔をしていて、聞き慣れた声で、優しくそう言った。

 

「ゼロ……? ゼロなのかい?」

 

「おっと、動かないでくれよ。空を飛ぶのは、慣れてないからな。」

 

漆黒のボディ、コウモリの羽根のモチーフが付いたメット、オレの身体を支える両手には、鋭く光る爪。

 

恐ろしげな"悪魔"の姿になっているが、確かに、彼は親友のゼロだ。ゼロに間違いない――でも、いったい、どうして?

 

 

 

「……驚いただろう。こんな格好、できれば、キミには見せたくなかったんだが。」

 

羽ばたきを続けながら、"悪魔"のゼロが、ため息をついて呟いた。

 

「でも、キミもオレも、まともに動けなかった。あのイレギュラーを倒すには、こうするしか無くてな。」

 

その言葉に、オレは先ほどの戦いを思い出した――灼熱のスクラップ処理場から地獄の業火をまとって現れた、生きた巨大な鉄屑の塊。

 

「……ゼロ、それじゃ、さっきアイツを倒してくれたのも、キミだったの?」

 

「なんだ、それも見てたのか。」

 

 

かつて戦火に焼かれ、長い間打ち捨てられたままだった人工島。最近になって、その再開発がようやく始まっていた。

 

荒れ果てていた環境は整えられ、さまざまな研究を目的とした施設の建設も進んでいた。

 

しかし、ソレは突然起こった――ハンターベースに入った連絡は、一瞬、耳を疑いたくなるような内容だった。

 

『廃棄物処理場となっている小島から、本島へ向かって、燃えさかる異形の怪物が海上の橋を渡ってくる』と。

 

送られてきた映像の中のソイツは、確かに怪物に見えた――巨大な頭蓋骨を模した装甲車が、炎に包まれ、黒煙を上げながら本島へ迫っているのだ。

 

その車体は全て、ぎっしりと組み合わさった大量のスクラップ部品で構成されていた。

 

 

 

直ちに、オレとゼロは現場へと急行(ワープ)した。現地の防衛システムは全くの無力だった。

 

自走アーマーと、メカニロイドの小型爆撃機が迎え撃とうとするが、"怪物"に近づくことすらままならず、ことごとく自壊あるいは同士討ちとなってしまう。

 

それは、"怪物"が轟音とともに響かせている、泣き叫ぶような不気味な音のせいだった――それにより、ハンターベースとの通信も不可能となってしまった。

 

周囲に散る無残な破片を、ソイツは触手のようにうごめくコードで次々に捉え、頭蓋骨の中へと取り込んでいく。そうして、燃える車体を新たに構築しつづけているようだ。

 

ソイツは何者かに操られているのか、それとも自分の意志を持っているのか、何が目的なのか……一切が不明だ。

 

更に、オレたちが狂わされる危険性もある――だが、もう時間は無い。

 

 

幸い、本島に居たレプリロイドたちの避難は無事に完了しているという。

 

「オレたちも食われる前に、片をつけるぞ!」

 

そう言いながら、ゼロがセイバーを構える。

 

「ああ。行こう!」

 

そう応えて、オレも腕のバスターをチャージする。

 

燃えさかる"怪物"の巨体が、射程圏内に入った。みるみる近づいてくる――すさまじい熱気と轟音、焼け焦げる金属と油の臭い、空を覆う黒煙と舞い散る火の粉、そして、"慟哭"。

 

 

 

オレはショットを放った。青い光弾が頭蓋骨に命中し、その表面のスクラップを吹き飛ばすのが見えた。

 

すかさず第二弾をチャージし、今度は足元のキャタピラーを狙って撃つ。車体が傾いた。

 

それを合図にゼロが地面を蹴り、稲妻のように斬りかかった。

 

光の刃の一振りで、形を失いかけていた頭蓋骨が更に崩される。

 

ソイツは"泣く"のをやめ、今度は、あたりの空気を揺るがすような"唸り"をあげた。

 

そして、歪んだキャタピラーから火花を散らしながら急停止した。

 

 

「気をつけてくれ!」

 

オレはチャージしながら、ソイツの傍らのゼロに叫んだ。

 

「ああ。一気に行くぞ!」

 

ゼロはそう叫び返し、セイバーを構えて再び跳躍する。

 

オレの光弾とゼロの刃は、わずかずつだが、確実にこの"怪物"の巨体を削り、崩し、破壊していた。

 

――だが、やはりソイツは、そのまま黙って倒されてくれる相手ではなかった。

 

 

 

突如、"唸り"が、すさまじい"咆哮"へと変わった。

 

あたりの空気を揺るがし、路面にまで亀裂が走るほどの衝撃波が、"怪物"の周囲に飛んだ。逃げ場が無い!

 

オレたちは弾き飛ばされ、倒れてしまった。ハンター装備の身体さえ、激痛で動かない……

 

間髪入れず、今度は、黒煙に覆われた空から、火山弾のような火の塊が降ってくるのが見えた。

 

"怪物"の背負う炎の中から、燃えるスクラップの――恐らくは、先ほどソイツを止めようとした自走アーマーの――破片が次々と撃ち出されてくる。

 

オレはなんとか身を起こし、危うくそれらをかわした。そして気づいた――ゼロが、まだ起き上がれずにいる!

 

 

「ゼロ、危ない!」

 

オレはほとんど考える間も無く、彼を庇っていた。

 

灼熱の鉄塊が、続けざまに背中を直撃した。

 

「エックス……!」

 

ゼロの叫び声と自分のうめき声の中、オレは再び倒れ込んだ。背中が焼けただれる……が、なんとかゼロを守ることはできた。

 

――しかし、そのゼロも胸部と脚部に、抉られたような深い傷を負っているのだった。

 

 

 

『思イ知レ……』

 

不意に、"怪物"が、それまでとは異なる音を発した。

 

それは、今度は、深い恨みを込めた言葉に聞こえた。

 

『思イ知レ、我ラノ無念……』

 

『負ケテナドイナイ……滅ビテナルモノカ……』

 

『戦イハ、コレカラダ……!』

 

 

まるで、かつての戦火に斃れていった亡者たちが、"怪物"とともに焼かれながら泣き叫んでいるようだ――そんなことがあるのか?

 

「エックス! ムチャしやがって……!」

 

すぐ傍らで、ゼロが叫んでいる。

 

「ゼロ、動けるかい……? とにかく、離れないと……!」

 

だが、当然のように、そんな暇は与えられなかった。

 

"怪物"の触手のようなコードが、煮えたぎる空気を切り裂いて、オレたちの上に振り下ろされた。

 

 

 

身体が粉々に砕かれそうな衝撃が襲いかかり、あたりが真っ暗になった。

 

動かなければ、やられる……だが、もう目を開けることもできない……

 

遠くから、なぜか、ゼロが誰かと言い争っているような声が聞こえてきた。相手は、"怪物"の中の"亡者"たちだろうか……

 

……そこから先のことは、まるで夢の中の出来事のようだった。

 

何しろ、次に意識が戻った時、オレが見たのは、あまりにも信じがたいものだったからだ。

 

――禍々しくも美しい翼を広げて空中に浮かぶ、漆黒の"悪魔"の姿。

 

 

オレは混乱し、恐怖を覚えた。頭の中は、疑問符であふれかえっていた。

 

新たな敵なのか? "亡者"が呼び寄せたのか? 傷ついて思うように動かないこの身体で、ヤツらとどう戦う? 何よりも――ゼロは、無事か……?

 

いつしか、あたりには、ただならぬ異様な雰囲気が漂っていた。

 

倒れたままのオレの視界には、いまだ、"怪物"の崩れかけた巨体がある。

 

ソイツは、更に勢いを増すかのような炎に包まれ、黒煙をあげて燃えつづけている。それなのに……

 

――どうしたことだろう、さっきまで沸騰していたはずの空気が、今は凍りつきそうに冷たく感じられる。

 

 

 

『何者ダ!』

 

"亡者"の叫び声が聞こえた。

 

それに応える、"悪魔"の声も。

 

「ここから先は、通さん。冥界へ還れ!」

 

それと同時に、冷たい灰色の霧のようなものが、そのあたり一帯を包み込んだ。

 

"怪物"とオレたちだけが、外界から隔てられたらしい。

 

 

オレは戸惑っていた。突然現れたあの"悪魔"は、"亡者"の仲間というわけではないようだ。

 

……だからといって、オレの置かれている状況がヤバいことに変わりはないのだが。

 

炎まで凍りつかせてしまうほどの冷気が、あたりに満ちた。

 

その中で、"怪物"を目がけて、"悪魔"が銀の矢のように急降下するのが見えた。

 

すかさず、"怪物"は、先ほどオレを叩きのめしたコードの触手をそちらに向けて伸ばした。

 

コードはたちまち枝分かれし、無数の"触手"となって、空中の"悪魔"に迫った。

 

 

 

絡め取られる! オレは一瞬、そう思った。

 

"悪魔"の手元で、何かがギラリと光った――爪だ。刃物のような爪。

 

次の瞬間、"触手"の一部がズタズタに切られ、落ちていくのが見えた。

 

"悪魔"は"触手"の襲撃を巧みにかわしながら、目にも止まらぬ速さで両腕を振り回し、その鋭い爪で、宙に伸びたコードをたちまちのうちに寸断していった。

 

最後に残った数本のコードは、両手で直接掴んで無造作にむしり取る。

 

そして"悪魔"は、頭蓋骨の鼻先に降り立った。彼のまとう異様な冷気は、今や、燃えたぎる炎の熱をも圧倒していた。

 

 

すると"怪物"は、ガタガタと巨体を揺すぶりながら、先ほどよりも更にすさまじい"咆哮"をあげた。衝撃波だ!

 

一瞬早く、"悪魔"が再び宙に舞うのが見えた。オレは、慌てて両腕で顔を覆った――間違いなく、今度こそやられる……!

 

橋全体が、音をたてて軋んだかのようだった。オレの身体の下で、路面がビリビリと激しく振動する。

 

……でも、なぜだ? 確かにヤツの衝撃波の直中に居るのに、何のダメージも無い……まるで、盾の陰でやり過ごしているように……

 

――おそるおそる目を開けてみて、その理由がわかった。倒れたオレのすぐ前に、いつの間にか"悪魔"が舞い降りていたのだ。

 

彼は路面に膝をつき、一方の翼で自分の身を、そして――広げたもう一方の翼で、オレを守っていた。

 

 

 

衝撃波をやり過ごし、やがて"悪魔"は立ち上がった。彼も、全くダメージを受けていないようだ。

 

「よくも、エックスを……!」

 

怒りに満ちた、低い呟きが聞こえた。

 

オレはまた驚いた。彼の声か? あの"悪魔"は、オレのことを知っていて、それで守ってくれたというのだろうか……?

 

次々に湧いてくる疑問になどお構い無く、"悪魔"は再び羽ばたき、"怪物"に向かっていく。

 

ヤツの炎の中からは、またも、燃える鉄塊が砲弾のように、続けざまに飛び出してきた。

 

 

そんなものに怯むこともせず、"悪魔"は、再び腕を振りかざした。

 

その腕が空中に真っ白な弧を描くと、彼の頭上から襲いかかってきていた鉄塊が、一瞬、静止したように見えた。

 

それらを包んでいた炎は消え、代わりに、霜がその表面を覆っている――そして、次々と落下し、粉々に砕けていった。

 

恐るべき冷気を操る"悪魔"は、再び"怪物"の上に降り立った。今や地獄の業火も、彼が近づいただけで、嘘のように弱々しくなっている。

 

『マダダ! マダ、終ワリデハナイ……!』

 

「終わりなんだよ、コレで!」

 

 

 

最後の声を絞り出す"亡者"の叫びに、"悪魔"は鉄拳を振り下ろしながら応えた。

 

ズシンと重い衝撃が走り、ついに路面が割れた。倒れたままのオレの身体も、傾いた。

 

"怪物"の巨体は一撃で凍りつき、まるで、氷河から掘り出された異形の化石のように見えた。

 

だが、それを眺めている暇など無かった。橋が崩落する!

 

恐ろしい悲鳴が聞こえた。橋とともに崩れ落ちていく"怪物"の中で、無数の"亡者"たちがあげているのだろうか……

 

その悲鳴と、息が詰まるほどの冷気の中、身体が空中に放り出されるのを感じながら、また、意識が遠のいていった。

 

 

……そして今は、"悪魔"の腕に支えられながら、その空中を移動している。

 

灰色の霧がオレたちの周囲を取り巻き、はるか下には、激しく波立つ海が見える。

 

舞っている雪のようなものは、"怪物"の身体を構成していたスクラップの破片だ。

 

「なぁ、エックス……後で説明するが、今のオレを、キミは信じてくれるか……?」

 

"悪魔"の姿で、ふと不安そうに呟く親友に、オレは笑って答えた。

 

「大丈夫だよ、ゼロ。姿が変わっても、いつもと違う力を持っても、キミは、確かにオレの知っているキミだったから。」

 

 

 

やがて、オレたちは無事に本島にたどり着いた。元の姿に戻ったゼロは、やはり胸と脚に傷を負っていたが、それは"悪魔"になる前よりも軽くなっていた。

 

灰色の霧と"怪物"が起こしていた通信障害により、オレ以外に、ゼロの"悪魔"の姿を見たものは居なかった。

 

"怪物"が突如凍りついたのは、燃えるスクラップに含まれていた何らかの物質が化学変化を起こしたため。負傷したオレたちが崩落する橋からすぐに離れられたのは、狂わされたワープ機能がうまく働いたため――そんなふうに説明がついた。

 

のちに、海からは、数十体分のレプリロイドの頭脳チップが引き上げられた。

 

先の戦争で、追いつめられた一部隊の隊長と全隊員が、ボディを捨てて頭脳のみを保存していた。それが長い時間をかけ、スクラップを新たなボディとし、あの巨大な頭蓋骨の"怪物"となってよみがえったらしい。

 

彼らの頭脳チップは、島の海岸で、哀悼の意を示すモニュメントの中に納められることになった。

 

 

ゼロの中には、"F"と名乗る、姿の無い同居人のようなものが居るという。

 

それが何者なのかは全くわからないが、ゼロが生命の瀬戸際まで追いつめられるようなピンチになった時に現れ、自分の力を受け入れろと迫るのだそうだ。

 

それを受け入れた時、ゼロは"悪魔"の姿となり、あの時オレが見たような強大な力を発揮できるようになるらしい――だが、ゼロは、そうすることによって、いつか自分のボディが"F"に乗っ取られるのではないかと危惧していた。

 

「エックス、そんなことが無いように願っているが、もし、いつかまた、あの"絶対零度の悪魔(アブソリュートゼロ)"が現れたら……その中身が、オレなのか、"F"なのかを見極めてほしい。もしも、オレの意識が完全に消失して、あのボディを動かしているのが"F"だったら……キミの手で、ヤツを処分してくれ。頼む。」

 

ゼロが不安なのはよくわかった。でも(不謹慎かも知れないが)オレは、彼には、あの"絶対零度の悪魔"の姿もとてもよく似合っていたと思った――本人に言ったら、きっと怒らせるか傷つけるかしてしまうだろうけれど。

 

なぜなら、どんな姿になろうと、ゼロは正しい心を持ち、強い力を正しく使うことができるのだから。そんな彼には、きっと、本物の悪魔だって敵わないだろう。

 

 

(完)



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Fear

ゼロにひそかな思いを寄せるレイヤー。悪夢にうなされるゼロの姿を前に、彼女は?
(2021年1月31日~2月2日)


ある日のハンターベース。出撃予定の無いハンターたちとナビゲーターたちが談笑しているところへ、シグナスとライフセーバーが険しい顔で現れる。

 

 

 

シグナス:

おい、ゼロ!

 

ゼロ:

(ドキッとして)こ、これはお二人で……

 

ライフセーバー:

ゼロ、何度も言っているが、定期メンテの期限を忘れてはいないだろうな。

 

アクセル:

(驚いて)え、まだ受けてなかったの?

 

エックス:

(困り顔で)はー、やっぱりか。いつもギリギリだよね。

 

エイリア:

大変! 早く受けないと、ハンターの資格を剥奪されちゃうわよ。

 

パレット:

そうですよ! ゼロさん、クビになりたくないでしょ?

 

レイヤー:

(心配そうに)ゼロさん、早くメンテを受けてください。目に見えないダメージが、身体に蓄積されている可能性もあります。

 

シグナス:

その通り。おまえには、そのメンテをたった今から受けてもらう。忙しいとは言わせんぞ。最近は、凶悪事件も少ないからな。願ってもないタイミングだろう。

 

ゼロ:

(追いつめられた顔)う……

 

ライフセーバー:

もう逃がさんぞ。観念したまえ。

 

ゼロ:

(ため息をついて)……わかった。(仲間たちに)突然だが、行ってくる。しばしのお別れだ。

 

エックス:

(うなずいて)大丈夫だよ、ゼロ。また明日。

 

ゼロ:

(微笑む)ああ。また明日。

 

アクセル:

ははは、大げさだなぁ。

 

 

 

 

ゼロ:

そうだ、コレを……(レイヤーのそばを通りながら、彼女にセイバーを渡す)戻るまで預かっておいてくれ。頼む。

 

レイヤー:

(慌てる)えっ、あ……はい、わかりました。

 

 

 

ゼロは、シグナスとライフセーバーに挟まれながらその場を去っていく。

 

 

 

アクセル:

……なんか、連行されるイレギュラーみたい。

 

エイリア:

それにしても、いつもギリギリですって? どうして早く受けないのかしら。

 

パレット:

(首を傾げる)確かに、ゼロさんはアクセルと違っていつも忙しいと思いますけど、ハンターの義務ですしねぇ。

 

アクセル:

は? 何ソレ、どういうこと?

 

パレット:

だってキミ、いつも遊んでばっかじゃん。

 

レイヤー:

私も気になります。エックスさん、何か理由を知りませんか?

 

エックス:

うん……理由は、オレもよく知らないけど……彼はね、なぜか定期メンテを怖がってるみたいなんだ。

 

一同:

(驚く)え?

 

アクセル:

なんで? 自分は寝てるだけだし、起きたらすっかり直ってるから、すごく気持ちいいのに。

 

パレット:

意外……ひょっとして、お医者さん嫌い?

 

エイリア:

すごく悪いところがあったらどうしようとか、そんなことを思うのかしら。

 

レイヤー:

……(両手の中のセイバーを見つめる)

 

 

 

メンテナンスルームでは、ゼロのメンテナンスが始められようとしている。

 

 

 

ゼロ:

また、この時が来た。オレは、これから一度バラバラになる。身体と一緒に、心もバラバラになって、溜まった汚れや膿のようなものが、表に出てくる。……その時は、決まって悪夢を見る。

 

 

 

 

深夜。レイヤーは独り、ひそかにメンテナンスルームへと向かう。

 

 

 

レイヤー:

ゼロさんは、ちゃんとメンテを受けているかしら。……私がそんなこと心配しても、仕方がないんだけど……いいの、それを確認するだけ。確認したら、すぐに戻るから……

 

 

 

レイヤーは足音を忍ばせ、そっと、『使用中』の表示が灯るメンテナンスルームの前に立つ。扉に嵌め込まれたガラスを通して、内部の様子が見える。

中には、メンテナンスベッドに横たわり眠るゼロの姿がある。彼の身体は至るところにコードが繋がれ、アーマーもところどころが外されて、内部の機械があらわになっている。その姿が、レイヤーの目にはひどく痛々しく無防備に映る。

 

 

 

レイヤー:

(ほっとして)よかった、ゼロさんはちゃんとここに居るわ。……それはそうよね。

でも……どうしてかしら。あの人のこういう姿を見るのが、こんなにつらいなんて……別に、今は戦って傷ついているわけじゃないのに……なんだか、とても苦しそうだわ……

(我に帰る)はっ……い、いけないわ。私としたことが。と、とにかく、これで目的は果たしたんだし、戻らなくちゃ。明日だって、朝早いのよ。

 

 

 

レイヤーは独りで何度もうなずき、踵を返して戻ろうとする。

不意に、眠るゼロの表情が歪む。

 

 

 

ゼロ:

う、うう……

 

レイヤー:

(振り向く)ゼロさん……?

 

ゼロ:

ああああっ……!

 

 

 

レイヤーは、もう一度メンテナンスルームの中をのぞく。ベッドの上で、ゼロが身をよじり、うなされはじめているのが見える。

 

 

 

レイヤー:

(慌てて)ゼロさん? ど、どうしました? 大丈夫ですか?

 

 

 

はずみで開閉ボタンに手が触れ、扉が開く。レイヤーはメンテナンスルームによろめきこむ。

 

 

 

レイヤー:

キャッ……!

 

ゼロ:

あんた、誰だ……!

 

 

 

 

今や、ゼロのメンテナンスベッドがレイヤーのすぐ目の前にある。

 

 

 

レイヤー:

(狼狽)ひえっ! はぁわわわわ……! ご、ご、ごめんなさい! レイヤーです! あ、あの、そう、たまたま通りかかったから、ついでにゼロさんの様子を見ようと……で、でも、中まで入るつもりは無かったんです! 本当に……!

 

ゼロ:

(意識が無いままで)し、知らない……オレにつきまとうな……!

 

レイヤー:

えっ?

 

ゼロ:

(うわごとを叫びつづける)やめてくれ……! 破壊も返り血も、もうたくさんだ……!

 

レイヤー:

……!

 

 

 

 

レイヤーの前で、ゼロの手が激しく震えている。何かを拒むように、振り払おうとするように、同時にまた、何かを探し求めるように、掴もうとするように。

 

 

 

レイヤー:

この時、私はゼロさんがメンテを怖がっていた理由がわかった気がしました。

いつも、こうなのでしょうか。彼はひどくうなされ、うめき、悲痛な叫びをあげていました。

それらは、普段の彼の姿からは全く想像もつかない、聞くに堪えないようなものでした。

『オレを恨んでいるのか』『すまなかった、許してくれ』『何のために戦っているんだ』『なぜ造った』『何もかも壊してしまう』……

それから、私の知らない女性の名前と、エックスさんの名前を繰り返し呼びました。

特にエックスさんの名前を、何度も、何度も。

私は……あまりに乱れた彼の姿が怖いのと、こんなに彼の近くに居ながら何もできないでいることに、耐えられなくなって……

 

 

 

ゼロ:

エックス……オレは、消えなければならないんだ……もう、キミたちと同じ場所には、居られない……!

 

レイヤー:

ゼロさん、失礼します……!

 

 

 

レイヤーは、ゼロの震える手を、そっと両手で握る。

 

 

 

 

ゼロ:

(目覚める)……!

 

 

 

ゼロは目を開き、レイヤーの顔をまともに見つめる。再びうろたえるレイヤー。

 

 

 

レイヤー:

ひゃぁぁ!(慌てて手を離す)お、お、起こしちゃった……! ど、どうしよう……! ち、近いし、すっごい見られてるし……!

 

ゼロ:

(驚いた様子で)レイヤー……? どうした、緊急事態か?

 

レイヤー:

(必死で頭を下げる)い、いいえ! す、すみません、こんなところにまでお邪魔してしまって……!

 

ゼロ:

(心配そうに)そんなに慌てて、いったい何があったんだ? すまんが、オレはまだ当分動けんぞ。

 

レイヤー:

(おろおろと)あ、あの……本当に、違うんです! 事件とかじゃないんです! 私……私は、ただ……

 

ゼロ:

どういうことだ?

 

レイヤー:

……ゼロさんが、ひどくうなされていたから……心配だったんです……

 

ゼロ:

何だって?(ため息をついて)……そんなに、ひどかったか。すまん、余計な心配かけたな。

 

レイヤー:

(おずおずと)ゼロさん……あの、エックスさんから聞いたんですけど……定期メンテを怖がっているそうですね……

 

ゼロ:

え?(笑って)……アイツ、余計なことをバラしやがったな。

 

レイヤー:

それって……今みたいに、怖い夢を見てしまうから、ですか……?

 

ゼロ:

(しばらく沈黙して)……そう、だな……いつも、この時には、決まって悪夢を見てしまうんだ……はは、おかしいよな……ハンターなのに、そんなのが怖いなんて……

 

レイヤー:

(悲痛な思いで)ゼロさん……あなたはハンターとして、あまたの激戦をくぐり抜けてきた方です。だからきっと、その心の中には、身体の傷と違ってすぐには癒やせない、たくさんの傷があるはずです。それが、恐ろしい悪夢として表れてきたとしても、仕方のないことだと思います。おかしくなんかありません。

 

 

 

 

ゼロはしばらく、あっけにとられたようにレイヤーの顔を見つめる。居たたまれなくなるレイヤー。

 

 

 

レイヤー:

あわ、あわわ……ま、また、ゼロさんの視線……! も、もうダメ! は、恥ずかしすぎる……!

 

ゼロ:

(やがて、くすりと笑って)……まいったな。こんなことを、誰かに話すのは初めてだ。

 

レイヤー:

え……?

 

ゼロ:

でも、悪夢よりも何よりも、オレがいちばん怖いのは、オレ自身――(急に静かになる)

 

レイヤー:

ゼ、ゼロさん? ゼロさん……?

 

 

 

ゼロは再び目を閉じ、先ほどまでのうなされようが嘘だったかのように、深い眠りに落ちている。

 

 

 

レイヤー:

(ひとまず安堵して)よかった……

ゼロさん、どうかこのまま、朝までゆっくり休んでくださいね……

 

 

 

レイヤーは、そのまましばらくゼロの傍らに立ちつくす。

 

 

 

レイヤー:

ゼロさんを襲う悪夢、彼の心の奥に潜む恐れ……『いちばん怖いのは、オレ自身』という言葉……

それらに対して、今、自分にできることは何ひとつ無いとわかっているのに、私は、すぐには彼のそばから離れられずにいました。

せめて、このまま朝まで彼を見守ってあげたい。もう二度と、恐ろしい悪夢を寄せつけないように……そんなふうに思いました。

でも、そんなことは無理です。

だから、そうする代わりに……

 

 

 

レイヤーは、もう一度、両手でそっとゼロの手を握る。気づかずに眠りつづけるゼロ。

 

 

 

レイヤー:

(優しく笑って)ゼロさん、おやすみなさい。また明日。

 

 

 

 

そして、翌朝。

 

 

 

ゼロ:

(鏡の前に立っている)メンテの最中には、いつもうなされて……終わると、最悪な気分で目覚めて、そして不安になる……一度バラバラになったオレは、ちゃんと、元通りのまともなオレに戻れてるのかってな……

でも……なぜだろう、今回は違う。こんなにいい気分で目覚めたのは、初めてかも知れない。どうやら、確かにまともなオレらしいしな。

 

 

 

ゼロはオペレーションルームに戻る。そこには、今日も仲間たちが揃っている。

 

 

 

アクセル:

あ、ゼロ、おはよう! どう、平気だった?

 

エックス:

おはよう、ゼロ。気分はどうかな?

 

パレット:

おはようございます! ……あらら? なんか、昨日より更にキリッとしてるかも。イケメン度、上がってるぅ!

 

エイリア:

おはよう、お疲れ様。メンテの効果が早くも表れてるみたいね。

 

ゼロ:

(晴れやかな顔で)ああ、おはよう、みんな。確かに、今回はいつになくいい気分だ。

 

エックス:

(ほっとして)そうか、それはよかった。キミがそんな感想を言うの、初めてじゃないかな?

 

エイリア:

これで、苦手をひとつ克服できたかしら。

 

アクセル:

あはは。次からは、シグナスとライフセーバーにしょっぴかれなくて済むね。

 

パレット:

そうそう。クビの心配も無くなるし――あら? レイヤー……ね、ちょっと、レイヤーってば! もうー、さっきからなんにも言わないと思ったら……!

 

 

 

レイヤーは、自分の椅子にもたれてうとうとと居眠りをしている。

 

 

 

ゼロ:

(驚いて)いったいどうしたんだ、珍しいな。

 

パレット:

(呆れて)やーね。最近、昼間ヒマだからって、夜更かしでもしたのかしら。

 

ゼロ:

(レイヤーに近づいて呼びかける)おーい、レイヤー。戻ったぞ。

 

 

 

 

レイヤー:

(目覚め、ゼロに気づく)……はっ! キャッ……!(慌てて立ち上がって)ゼ、ゼロさん! すみません! お、おはようございます!

 

ゼロ:

(心配そうに)お、おはよう。大丈夫か? 疲れてるのか?

 

レイヤー:

あ、いえ、私は大丈夫です! あの……メンテ、お疲れ様でした。調子はどうですか?

 

ゼロ:

ああ、調子は最高だな。いつ出動になっても大丈夫だ。

 

アクセル:

頼もしい~!

 

ゼロ:

そうだ、早速だが、セイバーを――(ふと)レイヤー……? そういえば、ゆうべ……

 

レイヤー:

(ドキッとして)えっ……?

 

ゼロ:

(しばらくしてから、首を振って)……いや、そんなはずは無いな。きっと夢だろう。(改めて)セイバーを頼む。

 

レイヤー:

(安堵と、軽い失望を覚えながら)あ……はい。

 

 

 

レイヤーは、保管していたセイバーを取り出す。

 

 

 

レイヤー:

その時、ほんの一瞬、私はゼロさんにセイバーを返すことをためらいました。

彼を戦場に引き戻し、いつかまた、あの悪夢を見せることになってしまうかも知れない武器を渡すのを。

でも……それでも、やっぱり、今は彼の笑顔を信じることにしました。

そして……自分は例え陰ながらでも、その笑顔を支えつづけられる存在になりたいと思いました。

例え、彼の中に、私の知らない誰かが住んでいたとしても。

例え、彼が私を選んでくれる時が、永遠に来なくても。

例え、彼の心の奥に、どれほど暗く深い闇があろうとも。

 

 

 

セイバーを差し出すレイヤー。受け取るゼロ。

ハンターベースの新しい一日が始まる。

 

 

 

(完)



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ここはハンターベース、2月14日18時。

今日はバレンタインデー。ナビゲーターたちとハンターたちの、それぞれの恋模様はいかに?
(2021年2月14日)


オペレーションルームで、ハンターたちの帰りを待つ三人娘。

 

 

 

エイリア、レイヤー、パレット:

(ため息をつく)はー……

 

パレット:

(そわそわと)んもーう、遅い! アクセルってば、遅い! 任務はとっくに終わってるのに、メンテとかシャワーとか、まだ済まないのかしら……!

 

エイリア:

落ち着きなさいよ、パレット。ちゃんと、約束はしてあるんでしょう?

 

パレット:

そうなんですけど……プレゼントには、ベストなタイミングってものがあるんですよぅ!

 

レイヤー:

(おろおろと)ゼロさんも遅いわ……忍び道具の点検、ずいぶん長くないかしら……

 

エイリア:

大丈夫よ、レイヤー。きっと、もうすぐ済むわ。いっそ、保管室の近くまで行ってみたら?

 

レイヤー:

(真っ赤になって)そ、そうですね……

 

 

 

 

パレット:

(心配そうに)それにしても、エックスさんもなかなか来ないですねぇ。

 

レイヤー:

レポートをまとめてるんですよね? 確かに、今日は事件が多かったですけど……

 

エイリア:

戦闘と違って、あまり得意じゃないみたいなのよね。まあ、終わったらここへ来るはずだから、気長に待つわ。(ゆったりと、ホットココアのカップを口に運ぶ)

 

レイヤー:

(立ち上がって)……よし! 決めました。ゼロさんはここへは戻らないかも知れないし、保管室の近くで待つことにします。恥ずかしいけど……思いきって、行ってみます!

 

パレット:

(立ち上がって)ア、アタシも、アイツを迎えに行く! ここで待ってたら、取り返しのつかないことになっちゃいそう!

 

エイリア:

うふふ、行ってらっしゃい。二人とも、どうだったか明日教えてね。

 

レイヤー、パレット:

はーい! 先輩も頑張ってくださいね!

 

 

 

レイヤーとパレットは、慌ただしくオペレーションルームを出ていく。

 

 

 

エイリア:

(二人を見送って)……気長にって言っても、このココア、3杯めなのよね。エックス、まだかしら……

 

 

 

 

やがて、オペレーションルームにエックスが入ってくる。

 

 

 

エックス:

(驚いて)……あれ、エイリア? どうしたんだい、まだ仕事?

 

エイリア:

(4杯めのココアをデスクに置いて)ああ、エックス。レポート終わったの? 待ちくたびれちゃったわ。

 

エックス:

え、オレを待ってたの?

 

エイリア:

ね、エックス……今日って、何の日か知ってる?

 

エックス:

今日? 2月14日……?(はっとして)あ、バレンタインデーか……!

 

エイリア:

うふふ、正解!(プレゼントの包みを差し出す)

 

エックス:

エ、エイリア……キミが、オレに……?

 

エイリア:

……大したものじゃないけど、『プリムローズ』のチョコよ。受け取ってくれるかしら……?

 

エックス:

も、もちろん! もちろんだよ、ありがとう……!(喜んで受け取る)ごめん。このために、待っててくれたんだね。

 

エイリア:

ううん、いいのよ。……いつも、任務お疲れ様。これからも、よろしくね。

 

 

 

 

エックス:

あ、あのさ、エイリア。この後、何か予定とか、あるのかい……?

 

エイリア:

ううん、何も無いけど……

 

エックス:

本当? それなら、これから一緒に『ホテル・グランドルミネ』に行ってみない?

 

エイリア:

えっ?

 

エックス:

(照れながら)その……スカイラウンジでカクテルなんて、どうかなって。たまには、ゆっくり話したいと思ってたんだよ。キミと、仕事以外のことを、いろいろ。

 

エイリア:

(ドキドキして)エックス……ほ、本当に……? うれしいわ! ぜひ連れてって!

 

エックス:

よ、よかった! それじゃ、すぐ出られるかな?

 

エイリア:

あ……ちょっと待って!(急いで支度を始める)なんだか、緊張しちゃうわ。ホテルなんて、めったに行かないし!

 

エックス:

オレもだよ。任務の時以上に、気合を入れなくちゃ。でも、エイリアと一緒なら平気だ!

 

エイリア:

ええ。私もよ、エックス!

 

 

 

 

ゼロへのプレゼントを手に、忍び道具保管室にやってきたレイヤー。

 

 

 

レイヤー:

失礼します。あの、ゼロさんは居ますか?

 

忍び職員:

いや、ゼロさんなら、さっきメディカルルームに行きましたよ。

 

レイヤー:

(驚いて)えっ、メディカルルーム?

 

 

 

レイヤーは慌ててメディカルルームへ向かう。ちょうど、右手にバンデージを巻いたゼロが出てくる。

 

 

 

レイヤー:

ゼ、ゼロさん……!

 

ゼロ:

ん? レイヤーか。どうした?

 

レイヤー:

(あたふたと)あ、あの、大丈夫ですか?

 

ゼロ:

な、何が……?

 

レイヤー:

そ、その手……! 大変、ケガしてるんですか? 保管室で事故でも……はっ、まさか、イレギュラーが潜んでいて、襲われたとか……!

 

ゼロ:

(慌てて)お、おいおい、何を言ってる? 落ち着いてくれ、なんでそう思ったんだ?

 

レイヤー:

ち、違うんですか……?

 

 

 

 

ゼロ:

(ため息をついて)はー……いいか? こんなかっこ悪いこと、正直に言いたくはないがな。この手は、忍び道具保管室のシャッターに挟んじまったんだよ! 古くて歪んでるせいか、なかなか閉まらなくてな……

 

レイヤー:

(安堵すると同時に、また慌てる)そ、そうでしたか……って、大変! だ、大丈夫ですか? 手が、剣を握る手が……!

 

ゼロ:

だから、落ち着けって! 今夜ひと晩、こうしとけば充分だ!

 

レイヤー:

(ようやく落ち着く)ほ、本当ですか……

 

ゼロ:

(くすりと笑って)全く……キミは任務の時以外でも、オレのことを心配してくれるんだな。

 

レイヤー:

(赤くなる)そ、それは……

 

ゼロ:

……で、何か用か?

 

レイヤー:

(我に帰って)はっ……そうでした……! あの、ゼロさん、今日が何の日か、わかりますか……?

 

ゼロ:

ん?(真剣に悩む)2月14日……? 何だ? イレギュラーハンターの創立記念日とかじゃないことだけは確かだな……

 

レイヤー:

や、やっぱり……あの、今日は、バレンタインデーです!

 

ゼロ:

バレンタイン……? ふむ、チョコレートがどうとかいう日か。

 

 

 

 

レイヤー:

あ、あ、あの、ゼロさん、チョコはお好きですか……?(包みを差し出す)よ、よかったら、召し上がってください! 『パティスリー・ノア』の抹茶チョコです!

 

ゼロ:

(驚く)オ、オレに……? こ、このために、探しに来てくれたのか……?

 

レイヤー:

は、はい……!

 

ゼロ:

(困って)そうか、残念だ……

 

レイヤー:

(ひどく失望する)えっ……?

 

ゼロ:

キミの気持ちはありがたく受け取りたいが、この手では……

 

レイヤー:

(はっとして)あっ……そ、そうですね……

 

ゼロ:

すまんが、食わせてくれるか。

 

レイヤー:

(一瞬、電子頭脳がフリーズしたようになる)……つまり、それは……私が、この手で、ピックに刺して……『はい、あーん』と……そういうことですか……

 

ゼロ:

そういうことだ。頼む。

 

レイヤー:

……(顔を真っ赤にして頭から煙を出しながら、本当にフリーズして立ちつくす)

 

ゼロ:

お、おい……しっかりしろ、レイヤー! 何だ、この体温の異常な高さは? オーバーヒートでもしてるのか? と、とにかく、メディカルルームへ……!

 

 

 

 

メンテナンスルームを目指すパレット。途中で、前からアクセルが現れる。

 

 

 

パレット:

あー! アクセル!

 

アクセル:

あれ、パレット?

 

パレット:

(駆け寄る)もうー、遅い! 約束、忘れたの?

 

アクセル:

(頭を掻いて)ご、ごめんごめん……忘れてないけどさ。その……メンテして、シャワー浴びたら、つい気持ちよくなって、ちょっと寝ちゃったんだよね……

 

パレット:

(呆れる)はあぁぁ? 何ソレ、信じられない!

 

アクセル:

(必死に手を合わせて)ごめん! 本当にごめん! 最近、出撃しっぱなしで、疲れてたしさ……

 

パレット:

(アクセルの手を掴む)と、とにかく、行くわよ! 時間が無いんだから!

 

アクセル:

ひえっ! ど、どこへ?

 

パレット:

屋上!

 

 

 

パレットとアクセルを乗せたエレベーターは、屋上に向け上昇していく。

 

 

 

 

きらめく街明かりに囲まれる、ハンターベース屋上。

 

 

 

パレット:

(紙袋を差し出す)はい、バレンタインのプレゼント! キミが遅刻したから、ベストタイミングは逃したかも知れないけど!

 

アクセル:

(慌てて受け取る)あ、ありがとう……ベストタイミングって、何?

 

パレット:

ソレね、『アバランチ・イエティ』のチョコアイスなんだよ! 食べたいって言ってたでしょ?

 

アクセル:

(驚く)えっ、マジで?

 

パレット:

だから、一緒に食べようと思って、自分のも買っといたの!

 

アクセル:

(慌てて)そ、それじゃ……早くしないと、溶けちゃうじゃん?

 

パレット:

そうよ、早く早く!

 

 

 

二人は慌ただしくカップを取り出し、蓋を開ける。中身のアイスクリームは、かなり柔らかくなっている。

 

 

 

パレット:

あー、やっぱ過ぎてる……

 

 

 

 

アクセル:

(スプーンでアイスを口に運びながら)でも、おいしいよ。むしろ、このくらいがちょうどいいんじゃない?

 

パレット:

(同じく、アイスを口に運びながら)うん、おいしいけど……やっぱ、残念……

 

アクセル:

え?

 

パレット:

(切なく)だってさ……バレンタインの日に、屋上で、キラキラする街を眺めて、話題のお店のアイスを、キミと一緒に食べる、って……本当は、もっとロマンチックになるはずだったんだよ。なのに、なんかドタバタしちゃって、大慌てでさ……

 

アクセル:

(しばらく沈黙して)……ごめん、パレット。ありがとう。ボクのために、ステキな計画を立ててくれたんだね。

 

パレット:

ア、アクセル……?

 

アクセル:

あのさ、パレット……ちょっと先だけど、非番一緒の日あるよね。

 

パレット:

う、うん。

 

アクセル:

その日、二人でどっか行かない? 今度は、絶対遅刻しないからさ。今日のお詫びってことで。

 

パレット:

(思わず、泣きそうになりながら)……い、いいわよ。その代わり、アクセルは荷物持ちよ!

 

アクセル:

へへ、任しといて!

 

 

 

(完)



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Painless(ロックマンゼロ)

一応、これは『ロックマンゼロ』の話のつもりです。しかし、実はゲーム自体はプレイもしておらず、ほとんど知りません。が、どこかにこんなような場面があってもいいかも……(?)という、謎の動機で書いてみました。どうか、寛大な心でよろしくお願いします~~。
(2021年2月18日)


「ゼロ、大丈夫……?」

 

見ての通りだ。両脚が切断された。

 

腕はまだ一本残っているが、 もう一本はやはり使いものにならない。

 

どちらも、パーツの交換が必要だ。

 

「そうじゃなくて、痛みはどうなの? 苦しくない……?」

 

予想外のダメージを受けたため、痛覚はシャットアウトしている。

 

 

苦戦ではあったが、ともかく、敵は全滅させた。

 

少なくとも、このボディの修復が終わるまでは、新たな襲撃も無いだろう。

 

「……ええ、そうね。しばらく安全だわ。」

 

他に、何かあるか?

 

「えっ?」

 

無ければ、ボディが修復されるまでの間、電子頭脳を一時停止させる。

 

 

 

「……わ、わかったわ。ありがとう……」

 

……"感謝"の言葉か。

 

「……あなたのおかげで、ひさしぶりに、静かな夜を過ごせそうだわ。あなたも、ゆっくり休んでね……」

 

……"涙"を流しているのか。

 

「修理の準備をするわ。おやすみなさい、ゼロ……」

 

……わからない。彼女は、何のために……?

 

 

『ダメだよゼロ、そっけなくしちゃ。』

 

……また、おまえか。

 

時々現れては話しかけてくる、青い光。

 

ボディも無いくせに、まるで、オレのことを以前から知っているかのような態度を取る。

 

何者だろう……オレの失われた記憶の中に、コイツも居たのだろうか。

 

『シエルは、キミのことを心配してるんだからさ。』

 

 

 

なぜだ? 人間である彼女が、なぜオレを心配する?

 

『なぜって、それは……』

 

人間から見れば、オレもただの機械だろう。

 

彼女たちを襲う敵と同じ、機械……戦って、破損すれば修理して、また戦う。その繰り返しだ。

 

『ゼロ……それは違うよ。キミだって、シエルたちにとっては、大切な仲間なんだ。』

 

"仲間"だって……?

 

 

『そう。キミは、ただの機械なんかじゃなくて、生きてるんだ。だから、傷ついていたら心配する。』

 

"生きている"……"傷つく"……イヤな感じの言葉だ。

 

『……キミがそんなふうだと、悲しいよ。本当に何も覚えていないんだね。』

 

……ボディ修復のため、電子頭脳を一時停止させる必要があると言っている。

 

オレの何を知っているか知らんが、そろそろ黙って消えたらどうだ?

 

『どうして、自分を、生きていないただの機械にしたがるの?』

 

 

 

……ああ、メモリーの奥で、微かに何かが揺れ動くのがわかる。

 

もう手の届かない、遠い、遠い昔……

 

そこでオレは、"仲間"に囲まれて、確かに"生きていた"のだろうか……

 

……だが、はっきり思い出すことはできない。

 

もしも、ソイツを思い出してしまったら、きっと……

 

オレは、弱く、臆病になってしまう。そんな気がするからだ。

 

 

『どうして? 何に対して、臆病になるの?』

 

……戦うことに、傷つくことに、失うことに。

 

この手で、大切な何かを、破壊してしまうことに……

 

『ゼロ……』

 

だから、オレは……ただの機械でいたいんだ。

 

誰もオレを気にかけず、完全に破壊されても、誰の記憶にも残らないただの機械で……

 

 

 

『ふふ……そうだね。キミのその気持ちは、よくわかるよ。』

 

……いつまで喋っている。おまえは、いったい何者なんだ?

 

『でも、だからって、人の気持ちを傷つけていいことにはならないよ。』

 

……人を傷つける? オレが?

 

『独りになりたがって、自分に差し出される優しい手を払いのければ、その手の持ち主は傷つくよ。それは、キミが望むこととは違うでしょ?』

 

……さっきの彼女も、そうだったというのか。

 

 

『そうだよ。ゼロってば、こんな大ケガしてるくせに、冷たいんだから。』

 

……何だ、この"痛み"は。感じないようにしたはずなのに。

 

『シエルが戻ってきたら、謝った方がいいよ。でないと、本当に"鉄屑"として捨てられちゃうよ。』

 

おまえは――キミは、知っているのか。かつてのオレがどんなヤツだったかを。

 

『うん、よーく知ってる。キミは、今みたいに強くて勇敢で、いつも何も恐れずに戦って……そしてね、痛みや悲しみも知っていたし、とっても優しかったよ。

 

……できれば、キミに自分で思い出してほしいけどね。あの頃の、ボクのことも……』

 

 

 

「ゼロ……どうしたの、眠れないの?」

 

シエルか。……青い光のヤツは、消えちまったか。"礼"も言っていないのに。

 

「大丈夫? すぐに修理を始めるわ。」

 

ああ、シエル……さっきは、すまなかった。

 

「えっ……?」

 

……キミの気持ちを、オレは傷つけてしまったな。許してくれるか。

 

 

「……ううん、そんなこといいのよ。」

 

……"傷"が"痛む"んだ。"手当て"を頼む。

 

「ええ、任せてちょうだい!」

 

ああ、感じる。この身体の"痛み"と、それを外側から包み込む、温かさを――どちらも、オレを弱く臆病にさせるが、きっと、それ以上に強くさせてくれる。"独り"じゃないから。

 

「今度こそ、ゆっくり休んでね。おやすみなさい、ゼロ。」

 

"ありがとう"、シエル。"おやすみ"。

 

 

(完)



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Stay Home

Dr.ライトが直接サポートできるのはエックスだけですが、ゼロにとっても、せめて良き話し相手であればと思って書いてみました。
(2021年2月28日~3月1日)


『ゼロ……キミは、ゼロだね。』

 

「あ、あなたは……?」

 

『やぁ、ひさしぶりだね。こんなところで、また会えるとは。』

 

「あなたは……エックスを守っている、"光の博士"……」

 

『ははは、そんなふうに呼ばれているのか。

 

安心しなさい。そのエックスに、信号を送っておいた。すぐに、ここへ来るだろう。』

 

「なぜです……なぜ、あなたがオレを助けようとしてくれるんですか……?」

 

 

『なぜ、というのは、なぜかな?』

 

「だって、それは……」

 

『キミは、今もエックスの親友だろう。

 

長い間、彼の支えとなってくれているね。本当にありがとう。こんな形ですまないが、直接お礼を言えてよかった。』

 

「でも、オレは……! オレには、そんな資格はありません……ここで、生き埋めになった方がいいんだ……」

 

『ふむ……あの大きな岩を破壊すれば、地上への道が開けそうだが、キミが敢えてそうせずにいるのは、それが理由かな?』

 

「だって、そうでしょう! あなたは、本当は、ご存じのはずだ……オレが、誰に、どんな意図をもって造られたのか……!」

 

 

 

 

 

「今、戻った。メタルバレーで異変が起きてるって?」

 

「クリスタル採掘場の、封鎖されたエリアだよね?」

 

「ああ、エックス、アクセル。そうなのよ。ルミネたちが騒ぎを起こした時、兵器に改造されて使われた重機やメカニロイドが、地下に封じ込められているの。」

 

「ところが、そのエリアで強力なイレギュラー反応が確認されたんです! 何者かが侵入した可能性も……」

 

「いったい、誰が何のために?」

 

「……ゼロさんが、独りでそれを確かめに向かいました。私がナビゲートを申し出たんですが、要らないと……でも、それきり連絡が無くて……」

 

「え……、ソ、ソレってヤバくない……?」

 

 

「よし、オレたちも行こう。」

 

「お願いするわ。ひと仕事終えてきたばかりなのに、悪いわね。」

 

「……」

 

「……どうしたの、アクセル? なんか、やらかしちゃった感すごいよ?」

 

「あー……実はボク、今朝、ゼロとケンカしちゃってさ……けっこう、傷つけること言っちゃって……」

 

「えっ……そうなのか?」

 

「その……勢いで、だけど……『ゼロなんか、もう居なくていい』って……」

 

 

 

 

 

『……今のキミには、そのことがわかるのか。』

 

「夢の中に、"彼"が現れて言うんです。"アイツ"を倒せ、と。それは、エックスのことでしょう。

 

……エックスだけじゃない。オレは、多くの破壊を行うために生み出されて、実際に、数えきれないほどのロボットたちを葬ってきました。

 

そのせいで、この両手は血に染まっています。あまつさえ、その手で、オレはあのひとの生命まで奪ってしまった! 誰かを愛することなんて、許されていなかったんだ……!

 

そんな、壊すことしかできない、イレギュラーであるオレの方が本当なら……今、ハンターとしてここに居るオレは……いつ消えてしまうかわからない、幻みたいで……」

 

『泣いているのかね、ゼロ……』

 

「……エックスとも、出会わなければよかったのに……!」

 

 

『……すまないね、ゼロ。本当にすまない。

 

その苦しみに独りで耐えてきたキミの心中は、いかばかりだったろう。

 

だが……キミのその壮絶な苦しみを知っても、私には、本当に、どうしてやることもできないのだ。

 

どうか、無力なこの老いぼれを許してやってほしい……

 

……ただ、ひとつだけ確かなことがある。

 

キミは、こんなところで生き埋めになどなるべきではない。

 

それも、今。』

 

 

 

 

 

「エックスより本部へ。メタルバレー・クリスタル採掘場に侵入したレプリロイド二体を確保。現在、現場に異常は無し。イレギュラー化したとみられるメカニロイド兵器は、全て破壊されている。侵入者の証言から、ゼロの手によるものと確認。」

 

「マヌケなヤツらだよ。クリスタルを盗む目的で、メカニロイドをハッキングして動かそうとしたら、暴走して襲ってきたから必死で隠れてたんだって。」

 

『了解しました。それで、ゼロさんは無事ですか……?』

 

「……ごめん、レイヤー。ゼロは、ここには居ないんだ。」

 

『えっ……?』

 

「……彼らの証言によれば、ゼロは、大型メカニロイドとの戦闘中、岩の崩落とともに地下へ落ちたらしい。だが、オレたちで必ず見つける。追っての連絡を待っていてくれ。」

 

『……わかりました。エックスさんもアクセルさんも、どうか気をつけて!』

 

 

「エックスも、ごめん……どうしよう……もし、ゼロが無事じゃなかったら、ボク――」

 

「よせ、アクセル。ゼロは絶対に無事だ。彼がどんなヤツか、キミもよく知ってるだろう? つまらないことを言わずに、早く探そう。」

 

「う、うん、そうだね……でも、どうやって探すの? 崩れた岩だらけだよ。ゼロ本人は、幾ら呼んだって返事しないし。」

 

「……大丈夫。オレには、わかる。こっちだ。」

 

「えっ? ちょ、ちょっと! 待ってよ! なんで、そんな確信ありげに進めるわけ?」

 

「間違いないよ、信号が呼んでるんだ。もしかしたら……ここには、まだ、"あの人"が居るのかも知れない。いつもオレを助けてくれる人が。」

 

「し、信号? こんなところから、誰が? ボクにはわからないよ……ねぇ、コレってもしかして、罠とかじゃない……? って、エックス! ちょっと! 待ってってば~!」

 

 

 

 

 

『おお、早かったな。エックスとアクセルが、近くまで来たようだよ。』

 

「ア、アイツらが……?」

 

『わかるかね? 苦心してここにたどり着いた時、待っていたのが、すでに屍となったキミだったとしたら。彼らは、どれほど落胆すると思う?』

 

「そ、それは……」

 

『私にはわかる。キミの想像以上にだ。』

 

「……!」

 

『今のキミが思う以上に、彼らにとって、キミの存在は大きなものなのだよ。』

 

 

「でも……いずれ、オレは消えなければ……

 

あの二人は、もう立派に相棒としてやっていけます。

 

これからの世界を彼らに託して、オレは――」

 

『それは、キミの背負う宿命――抱える闇ゆえの、決断なのかね?

 

……さっき、キミはこう言った。ハンターとしての自分は、いつ消えてしまうかわからない幻のような存在だと。

 

幻などではない。ソレは、紛れもないキミ自身、キミという生命なのだ。

 

闇を抱えながら、なお輝く生命――多くの生命を奪ってきたことをそれほどまでに深く悔いているキミが、自らの、そのただひとつの生命を軽んじてはならない。』

 

 

 

「オレという、生命……」

 

『そう。傷つき、苦しみながらも、更に輝こうとする生命だ。

 

私は、こう思う。その闇を抱えたままで、光に生きることは、つらくとも、不可能ではあるまい。

 

キミにはまだ、友が、多くの仲間があるのだから。

 

何よりも、自ら戦いを放棄して負けを認めることなど、キミは好まないはずだろう。』

 

「……内なる闇との戦い、ですか……

 

……ええ、確かに、負けを認めるわけにはいきませんね。」

 

 

『そろそろ、お別れの時のようだ。

 

ゼロ……キミにはどうか、これからも、この世界で生きてほしい。仲間たちと共に、光の中で、内なる闇に抗って。

 

……キミに何ひとつしてやれない、役立たずな老いぼれの、勝手な言い草だが。』

 

「いいえ、感謝します。お言葉、しかと胸に刻みました。」

 

『うむ。それでは、帰りなさい。くれぐれも、気をつけてな。

 

キミの居場所――キミを待つたくさんの心と、確かな安らぎのある場所へ。

 

……夢に現れるというその人物は、かつて抱いていた純粋な希望も、キミに託しているはずだ。キミが、光に生きることでそれを叶えてくれることを、私は願っているよ。』

 

 

 

「よう、エックス、アクセル。」

 

「ゼロ……!」「ゼロ! ほ、本当に居た……!」

 

「二人で迎えに来てくれたのか? 探させちまって、悪かったな。」

 

「うわぁぁ……! ゼロー! ゼローッ! ゼロッ! ゼロッ! よかった……よかった、無事だったんだね! ごめん……あの時は、変なこと言っちゃって、本当にごめん……! 本気じゃなかったんだよ、許して!」

 

「く、くるしい……せ、せっかく助かったのに、締め殺さないでくれ……!」

 

「はははは……ほら、アクセル、いつまで抱きついてるんだい? 気持ちはわかるけど、そろそろ放してあげなよ。」

 

「ねぇ、ゼロ……もう、独りで急にどっか行っちゃったりしないよね? 居なくならないよね? ね?」

 

 

「……ああ、もちろんだ。」

 

「……本当によかったよ、キミが無事で。心配してたんだ、オレも、みんなも。でも、これで、三人で一緒に帰れる。」

 

「エックス……すまなかったな。この生命、キミたちに――大勢の"みんな"に拾われた。……ありがとう。」

 

「うーん、あのマヌケな二人も連れて帰らなきゃいけないのは余計だなぁ。ま、とにかく急ごう! 今度は、レイヤーが泣いちゃうといけないし!」

 

「――彼らという仲間が、そばに居てくれるなら。

 

内なる闇に抗って、もう少し先へ進める気がするんだ。

 

居場所があるから、まだ行ける、と。」

 

 

(完)



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The Court Of The Crimson King・1

(※残酷な描写があります)
すみません…………一応、覚醒ゼロの話ですが…………なんか、いろいろと…………本当にすみません…………
(2021年3月3日~)


「ここは、どこだ……何者だ、おまえたちは!」

 

この男が、"ゼロ"……ゲイトやアイゾックを虜にした、謎多き"オールドロボット"……

 

「何をする、放せ! ただでは済まんぞ!」

 

アイゾックが残した研究データによると、ヤツは"トリガー"を作ろうとしていたようだ。

 

このゼロを、"本来の姿"に"覚醒"させるプログラムを!

 

「やめろ……、まさか、オレの頭に侵入――ううっ! うわああああっ……!」

 

時間はかかったが、ついに完成させた! このオレが! このオレがだ!

 

さぁ、何が起こるのか見届けてやる!

 

 

 

その研究者くずれの男は、見かけによらず大それた野望を抱いていた。

 

彼はかつてゲイトと共に働いており、その天性の才能を妬み憎む者のひとりだった。

 

ゲイトによって生み出された狼型レプリロイドを、極寒の海に沈めさせたのは彼である。

 

その後ゲイトは追放され、やがて、スペースコロニー落下後の混乱の中、ナイトメア事件を起こした。

 

生き延びた研究者は、事件の終息後、ゲイトとアイゾックの秘密研究所の跡地を発見した。

 

そこに残されていた"ゼロ"――復讐鬼となったゲイトを倒したイレギュラーハンターのひとり――に関するデータが、彼の興味をそそった。

 

ゼロのDNAの利用、彼を"覚醒"させる方法……殊に、アイゾックのゼロへの執着心の強さは異常とも思えた。

 

――面白い。ゼロという男、どうやら、ただの一介のハンターではないらしい。ヤツらの研究を、このオレが引き継いでやろう。そして、完成させてやる!

 

 

 

そして、時を経た現在。ついに彼は望みを叶えようとしていた。

 

今、彼の前のモニターには、拘束カプセルに閉じ込められ、身体の自由を奪われたゼロの姿が映し出されている。

 

頭の中を侵される苦痛に歪むその顔――手元のキーボードの上で指を躍らせながら、研究者は残忍な笑みを浮かべる。

 

――とうとう手に入れた、コイツはオレのものだ。小癪なゲイトのものでも、得体の知れぬアイゾックのものでもなく、このオレの。

 

モニター越しのゼロは、激しい喘ぎの下から必死に訴える。

 

「やめろ……おまえたちが、何者かは知らんが……取り返しのつかない事態を招くぞ……おまえたちの想像以上に、危険なんだ……」

 

「ははは、取り返しがつかないとよ!」

 

研究者の周囲から、柄の悪い笑い声が、どっと上がった。

 

 

 

「取り返しがつかなくなってるのは、このオレたちの人生なんだよ。ゼロさんよ!」

 

重そうな鎖をジャラジャラともてあそびながら、ひとりがモニターに向かって吐き捨てるように言う。

 

その鎖の先端には、トゲに覆われた鉄球が付いている。

 

「あー、そうだそうだ! 全く、イレギュラーハンターってのは、世の害悪だよな? "組"を潰されたおかげで、こっちは路頭に迷うことになったんだぜ!」

 

もうひとりが、巨大なノコギリの腕を鈍く光らせて言う。

 

「まあまあ、落ち着けよ。考えようによっちゃ、オレたちはゼロさんのおかげで救われたのかも知れねーぜ?」

 

三人めが、ニヤニヤしながら言う。その腕は火炎放射器らしく、先端で小さな炎をちらつかせている。

 

いずれも、屈強な戦闘用のボディを持ったレプリロイド――ならず者の男たちだ。

 

 

 

「だってよ、今のオレたちを見てみな。立派な"先生"の"研究助手"だぜ? 今までの、壊し屋やら武器の密売やらなんかより、よっぽどまともな"仕事"だろ?」

 

火炎放射器男がそう言うと、後の二人もまた、けたたましい笑い声を上げた。

 

「あー、違ぇねー! ゼロさんに感謝しねーとな!」

 

「オレたちみてーなのが、こんなふうに"更正"できたのは、あんたのおかげだぜ!」

 

"先生"と呼ばれた研究者は、キーボードを叩きつづけながら、満足そうにうなずく。

 

その傍らには、黒い影のように、もうひとりの男が立っていた。

 

彼は仲間たちの騒ぎには加わらず、静かに、いささか疑わしげに言った。

 

「……本当に、大丈夫なのか。このゼロを、おぬしは本当に手なずけられると?」

 

 

 

影男のその言葉に、他の三人も、一瞬鳴りをひそめる。

 

研究者は手を止め、ちらりと彼らの方を見やって応えた。

 

「これから起こりうることについて、三つの可能性が考えられる。ひとつ、"覚醒"に失敗する可能性――この場合は、電子頭脳にかかる負荷により、ヤツはスクラップになって終わりだ。」

 

「へ、そりゃ情けねーな!」

 

鉄球男がまた笑い出し、研究者は言葉を続ける。

 

「二つ、"覚醒"に成功、なおかつ"コントロール"にも成功する可能性。そして、三つめは……"覚醒"させたものの、"コントロール"には失敗する可能性だ。」

 

「そん時ゃ、オレたちの出番だろ?」「遠慮無くぶっ壊していいんだよな?」

 

ノコギリ男と火炎放射器男が、ドスの効いた声で言った。

 

 

 

研究者の代わりに、影男が答えた。

 

「うむ、やむを得まい。いささか惜しくはあるがな。」

 

三人は顔を見合わせ、一瞬流れた、張りつめた空気を追い散らすようにまた騒ぎ出した。

 

「確かに残念だな。オレたちが本気出せば、まともなパーツひとつ残らんからな!」

 

「ま、どんな結果になるにしても、それまではこの余興をたっぷり楽しめるってわけだ!」

 

「いい格好だぜ、ゼロさんよ! せいぜいあがいて見せな!」

 

研究者は、再び微笑んだ。――いよいよだ。コイツの中に隠された、"破壊プログラム"を起動させる。

 

残酷なショーの始まりを告げるように、彼の指が、鋭くエンターキーを打った。

 

 

 

その瞬間、モニター越しのゼロが、すさまじい苦悶の絶叫を上げた。

 

研究者の指先が、ついに、彼の電子頭脳の秘密の領域に深く突き刺さったかのように。

 

こちら側では、その姿を眺め楽しむ、悪趣味なギャラリーの歓声が上がっていた。

 

静かにたたずむ影男――黒い布で全身を覆ったような姿をしている――も、心なしか、目を細めてモニターに見入っているようだ。

 

だが、"助手"たちの大騒ぎをよそに、当の研究者は呆然と、表情をこわばらせていた。

 

――妙だ。"トリガー"は完ペキなはずだ。なのに、なぜ受けつけない? これは、まさか……コイツのボディ自体が自分の意思を持って、次々に、新しく強力なプロテクトを構築しているとでもいうのか……!

 

拘束カプセルの中、倒れることさえも許されないまま、意識を失いかけながら、ゼロは息も絶え絶えに呟きつづけている。

 

「やめろ……、コレが、最後だ……、コレ以上……、オレに……オレに、触れるな……!」

 

 

 

「ばかな! そんなはずがあるか!」

 

苛立ちをあらわにしながら、研究者は更に二度、三度とキーを打ち、ゼロの電子頭脳に"トリガー"を送りつづけた。

 

消え入りそうだった彼の声は、再び、重く鋭い呻きにとって変わられた。断末魔を思わせる痙攣が、その身体を激しく、不気味に揺さぶる。

 

そして、唐突に静寂が訪れた――見開かれたガラスの瞳から青い光が消え失せ、そのまま、ゼロは完全に動かなくなった。

 

「……おい、逝っちまったんじゃねーか?」「なんだよ、もうちょい楽しませてくれてもよかったのによ。」「やれやれ、結局出番は無しか。」

 

三人の"助手"たちの呟きに、研究者は思わず、失望のため息を漏らした。――失敗か。

 

だが、その時。突然、彼ら以外の何者かの声が――怒りに満ちた老人の声が、その場に響いた。

 

『それ以上、ゼロに触れるな!』

 

 

 

同時に部屋の照明が落ち、虚ろな表情の屍のようなゼロの姿を映していたモニター画面が、ノイズとともに明滅を始めた。

 

荒くれた"助手"たちがうろたえる中、研究者の脳裏には、もはやこの世に存在しないはずの、その声の主の姿がはっきりと現れた。

 

「……アイゾックか……!」

 

『気安く呼ぶな。ソレは、わしの仮面のひとつに過ぎん。おまえたちのそのけがれた手で、わしの最高傑作に触れるな!』

 

不意に、研究者の両手に電流のような衝撃が走った。

 

悲鳴を上げて椅子ごと床に倒れ込む研究者の傍らで、影男が素早く動いた。

 

その右腕を覆っていた"黒布"がひとりでに解けたかと思うと、それはたちまち変容し、鋭い刀の形となった。

 

「おのれ、何ヤツ!」

 

 

 

鉄球男たちも、うろたえながら身構えるが、声の主は影も形も無い。

 

代わりに、あるじを失ったキーボードが、ひとりでにカタカタとせわしく動きはじめた。

 

『わしの遺した"トリガー"を、ここまでの形にしたことは認めてやろう。もっとも、"完成"にはほど遠いがな。』

 

姿を見せぬ老人の声が続く。

 

『その褒美として、見せてやろう――"覚醒"したこのゼロの姿を。この不完全な"トリガー"ではほんの短い時間しか保たんが、おまえたちには充分じゃろう。』

 

影男が、右腕の"刀"を振り下ろし、見えない手に打たれるキーボードを両断した。

 

闇の中で激しい火花と煙が上がり、身を起こしかけていた研究者はまたもひっくり返る。

 

勝ち誇ったような老人の高笑いが響き渡った。

 

 

 

「ちくしょう、おどかしやがって!」「出てきやがれ、ジジイ! 相手になってやるぜ!」「隠れてたって無駄だからな!」

 

鉄球男たちがわめき散らすが、もはや応えは無い。

 

モニター画面からはノイズが消え、鮮明な映像が戻っていた。

 

ただ、そこに映っているものの姿は、先ほどとは大きく異なっていた。

 

囚われのゼロ――屍のように虚ろだった彼の目が、鋭く、赤い光を宿して異様な輝きを放っている。

 

その額の、三角形をした青いカプセルも光っている――謎めいた"W"という文字を浮かべて。

 

長い髪までもが、漂う"闘気"に煽られるかのように、乱れ、激しく揺れ動いている。

 

床に座り込んだまま、研究者は愕然とその姿を見つめた。――コレが、"覚醒"……ヤツの"本来の姿"……!

 

 

 

突如、激しい衝撃音とともに、再びモニターの映像が消えた。

 

完全な暗闇に包まれ、鉄球男とノコギリ男が思わず悲鳴を漏らした。

 

火炎放射器男が、慌てて照明代わりの小さな火をともす。

 

研究者は影男に助けられながら、彼が破壊したキーボードにすがりつくようにして、ようやく立ち上がった。

 

やがてモニターには、今度は、ゼロを拘束した部屋の全体を見渡す映像が映し出された。

 

その映像の中のゼロは、もはや囚われてはいなかった。

 

漂う煙と、自らの"闘気"に髪を振り乱しながら、いつの間にか自らの両足で床を踏みしめて立っている。

 

彼が自らの力で拘束カプセルを破壊し、自らを解き放ったのであろうことは、想像に難くはなかった。

 

 

 

鉄球男たちが、口々に叫んだ。

 

「お、おい、"先生"よ! コ、コイツ……コイツ、"覚醒"したってことだよな……?」

 

「マ、マジかよ……いっぺん、お陀仏みたいだったじゃねーか……!」

 

「さ、さっきの妙なジジイ……いったい、何しやがったんだ……?」

 

影男も、驚きを隠せない様子で言う。

 

「……おぬしの"トリガー"のみによるものではないようだが、ともかく、ヤツは"覚醒"した。どうする?」

 

研究者は、呆然とモニターを見つめるばかりだった。計算外の出来事があまりにも多すぎて、彼の電子頭脳は混乱していた。

 

ひとまず、実験は自動的に次の段階へ進む――"覚醒"したゼロの戦闘能力の検証へと。

 

 

 

画面の中のゼロは、三体の人型メカニロイドに取り囲まれていた。

 

いずれも巨体で、青白く光るスタンロッドを握っている。

 

そのうちの一体だけは、口に相当する部分に、研究者の声を伝えるためのスピーカーがあった。

 

研究者は頭を抱えていた。もし、彼の"トリガー"による"覚醒"が成功したのであれば、ゼロを彼の命ずる通りに動かすことも可能なはずだった――だが、今起こっているのは不測の事態なのだ。

 

ともかく意思疎通を試みようと、研究者は手元のマイクに向かって言葉を発した。少し震え声になった。

 

「やぁ……おはよう、ゼロ。"目覚め"の気分はどうかな?」

 

スピーカーの"口"を持つメカニロイドを、ゼロは、赤い瞳で射るように見つめた。

 

研究者の"助手"たちも、もはや声も無く、固唾を飲んで事のなりゆきを見つめている。

 

 

(続く)



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The Court Of The Crimson King・2

(※引き続き、残酷な描写があります)
広い心でおつきあいいただき、本当にありがとうございます…………
(~2021年5月13日)


相手からの返答は一切無い。研究者は、気を取り直して続けた。

 

「……キミには、これから我々のために働いてほしいと思っているんだ。イレギュラーハンターになど、もう未練は無いだろう。まず、今のキミの戦闘能力を確かめ――……!」

 

マイクが、耳をつんざくような音を発した。研究者は思わずそれを放り出した――跳躍とともに手刀を横に一閃、スピーカー付きメカニロイドの頭部が吹き飛んでいた。

 

首無しとなった仲間の骸が床に倒れるのを待たずに、残り二体のメカニロイドが、巨躯に似合わぬ素早さでゼロに襲いかかった。二本の灼熱のスタンロッドが、火花を散らしながら迫る。

 

わずかでも触れれば電流に身を焦がすことになるその武器を、ゼロは風のように巧みにかわしつつ、一体の敵の背後に回り込んだ。

 

その背中に続けざまに打ち込まれる、重く速い拳。更に、よろめいた相手の足元に自分の足をかけ、転倒させた。

 

背後からもう一体が振り下ろしたスタンロッドをかわすと、倒れた敵の身体を踏み台のようにして再び跳躍、その顔面に、鋭い蹴りをめり込ませる。

 

折り重なって倒れた敵の巨体に、その手からもぎ取ったスタンロッドが、深々と突き立てられた。激しい火花が散り、爆発の炎と煙が、モニター画面を満たした。

 

 

 

もはや、これ以上の"実験"は不要だった。研究者も、仲間たちも悟っていた――今のゼロの力はすさまじく強大であり、自分たちには制御不可能だということを。

 

皆、口にはしなかったが、一瞬こんな期待をいだいていた――この厄介な被験者が、スタンロッド・メカニロイドたちの爆発に巻き込まれて消し飛んでいてくれないものだろうかと。

 

しかし、当然のように彼は健在だった。画面の中の煙が晴れた時、一同は思わず、体裁も忘れて恐怖の声を上げていた。

 

機械の残骸が生々しく散らばる、焼け焦げた床の上。そこで、ゼロは爛々と光る赤い目でこちらを睨みつけて立っていた――メカニロイドの腕を、新たな得物のように肩に担ぎながら。

 

「ヤ、ヤロー……ぶっ潰してやるぜ!」

 

鉄球男が、必死に自分を奮い立たせるように大声で叫び、部屋を出ようとした。ノコギリ男と火炎放射器男も、あまり気は進まないながらも、その後に続こうとする。

 

だが、影男が言った。ひどくうろたえた声で、実際にその身体は震えているようだった。

 

「ま、待て……ヤツには敵わん。それより、今のうちに逃げる算段をした方がいい。どのみち、失敗すればこの研究所は破棄する心づもりだったのだろう。ヤツを閉じ込めたまま、爆破するのだ!」

 

 

 

「……いや、それも無理だろう。完全に計算外だった。」

 

研究者が、うなだれて弱々しく応えた。そのそばから、金属を叩きつけ合うような激しい衝撃音が聞こえてきた。

 

ゼロが、自分を閉じ込めた部屋の扉を破ろうとしているのだ――恐らく、時間の問題だろう。

 

ノコギリ男と火炎放射器男が叫んだ。彼らも、臨戦態勢に入ったようだ。

 

「ちくしょう、ここで黙って待ってられるかよ! どうせ来るなら、こっちから出迎えてやる!」

 

「心配ねーよ、こっちは三人がかりだ! ド派手に火葬してやろうじゃねーか!」

 

「た、頼むぞ、おまえたち……!」

 

先ほどまでとは打って変わって哀れな様子の研究者に見送られ、三人は部屋を後にした――恐れからの、一種異様な興奮に駆り立てられるように。

 

 

 

拘束部屋の扉は無残に歪み、中央が大きく破られていた。

 

自らの拳で開いたその大穴から、ゼロは通路へ踏み出そうとする。

 

と、空気を切り裂いて飛んできた鉄球が彼を突き飛ばし、再び部屋の中へと押し戻した。

 

「こんちくしょう、すっ込んでやがれ!」

 

鎖を握りしめながら、鉄球男が叫んだ。

 

ゼロの身体は、拘束部屋の床に激しく叩きつけられ、転がった。

 

彼を追って、鉄球男が、更にノコギリ男と火炎放射器男も、拘束部屋に踏み込む。

 

機械の目をぎらつかせながら、三人は、倒れたゼロを取り囲んだ――すぐに終わらせてやる。

 

 

 

身を起こそうとするゼロに、ノコギリ男が躍りかかった。

 

その腕の武器は唸りを上げ、獰猛な無数の歯を激しく回転させていた。

 

「おとなしくしてな!」

 

背中に、腕に、脚に、所構わずノコギリが振り下ろされ、火花が散る。

 

たちまち全身に傷を負い、呻き声を上げながら、それでも怯むことなくゼロは体勢を建て直し、後方へ飛びすさった。

 

そして、反撃に転じる――しかしその瞬間、待ち構えていた火炎放射器男が、ガラス瓶のようなものをゼロの身体に叩きつけた。

 

瓶は粉々に砕け、ゼロは全身に黒い液体を浴びていた。油の臭いが不吉に漂う。

 

「"Funeral Pyre(火葬の薪)"――特製の燃料カクテルだ。じっくり味わえ!」

 

 

 

危険きわまりないカクテルの仕上げとばかりに、火炎放射器男の腕が、超高温の炎を噴き出した。

 

ゼロの身体はそれに飲み込まれ、一瞬のうちに、巨大な火柱となった。

 

すでに充分な距離を取っていてさえ、鉄球男とノコギリ男も、思わず、目を庇いながら更に後ずさる。それほどの威力だった。

 

轟音と、ゼロの絶叫が響き渡る。

 

「生きたまま灰になれ! ざまーみろ!」

 

まだ勝利を確信しきれていないかすれ声で、火炎放射器男が叫んだ。

 

ゼロは紅蓮の炎に焼かれ、もがき回る。

 

その光景に戦慄しつつも、鉄球男とノコギリ男は、再び身構えた――例えこの"火葬"を生き延びたとしても、跡形も無く叩き潰し、切り刻んでやる。

 

 

 

だが、そんな彼らの前で、またしても信じられないことが起こった。

 

なんと、ゼロは笑い出したのだ――いまだ、灼熱の炎を全身にまといつけながら。

 

そのさまは、一瞬、極限の苦痛がついに今際の狂気をもたらしたかに見えた。

 

しかし――誰も認めたくはなかったが――そうではないことが、すぐにわかった。

 

ゼロの身体の動き――炎に全身を噛まれ、消化されつつあるはずなのに、それはもはや、苦悶のあがきなどではない。

 

まるで、地獄の業火をきらびやかな衣装となして踊っているかのような優雅さだ。

 

そしてその間にも、彼の、快楽(エクスタシー)に酔い痴れたような笑い声はますます高らかに響く。

 

底知れぬ恐怖に心臓を鷲掴みにされ、今度こそ、三人組ははっきりと悟った。コイツを倒すことなど、不可能だ!

 

 

 

観念した三人組が、誰からともなく一斉にゼロに背を向けた、まさにその時。

 

音の無い爆発が起こした爆風のようなものが、後ろから彼らを突き飛ばした。

 

屈強さを誇っていた三人の身体は、あっけなく次々と床に転がる。

 

無様に倒れ伏し、歯の根も合わぬほどに震えながら、それでも彼らの目は再び、ゼロの信じがたい姿に吸い寄せられる――自らの身を焦がした炎を跡形も無く吹き飛ばし、より強力な、紫色を帯びた"闘気"をまとって、天井近くまで空中に浮かび上がったその姿に。

 

想像を絶する正体をあらわにした"化け物"の前で、三人は今や我を忘れ、ただ金切声を上げてわめくばかりだった。

 

立ち上がることもままならず、這うようにして、必死にその場から逃れようとする。

 

そんな彼らの背後に舞い降りたゼロは、禍々しい"闘気"を込めた拳を振り上げ、足元の床を目がけて叩きつけた。

 

すさまじい衝撃とともに"闘気"は床全体に走り、大地を突き破ってあふれ出す溶岩のようにそこかしこから噴き上がり、哀れな三人組の身体を、床板もろともズタズタに切り裂いた。

 

 

 

「せ、"先生"! "先生"よ! も、もうダメだぜ、おい……!」「た、助けてくれ……コ、コイツ、とんでもねー化け物だ……!」「く、来るな! わ、わ、悪かった……! オ、オ、オレたちの負け――ぎゃあああああ!」という、激しく乱れた音声を伝えてよこしたのを最後にモニターは完全に沈黙し、再び闇が訪れた。

 

だが、"助手"たちのむごたらしい最期は研究者に見届けられることはなかった――彼は床に座り込み、補助バッテリーを使ってメインコンピューター内のデータを全て引き出し、もう一人の仲間が先ほど言った通りの"逃げる算段"にひたすら没頭していたからだ。

 

影男は、作業を手伝いながらも、後ろめたそうなひどく落ち着かない様子で、もはや何も映さない漆黒のモニター画面にチラチラと目をやり、低い声で念仏を唱えた。

 

「……まだ済まぬのか。この期に及んで、このようなデータが何の役に立つ!」

 

苛立った影男が背中に怒鳴ると、研究者は一瞬、全身をビクリと震わせて振り返った。

 

データ保存中の小型端末の画面が放っている青白い光が、彼の怯えきった顔と、それでもまだ、掴みかけた"チャンス"を手放そうとしない貪欲なまなざしを照らし出した。

 

影男は立ち上がり、更に大声でわめいた――こんな作業など放り出して、一刻も早くこの場を離れたいのだ。

 

「もはや時間が無い。すぐにも、ヤツはここへ来るぞ! 全く、おぬしには失望した! 仲間たちがあのような最期を遂げたというのに、それを顧みもせぬとはな!」

 

 

 

「……それなら、おまえがアイツらの仇を討ってこい!」

 

追いつめられて自棄を起こしたかのように、研究者が怒鳴り返した。

 

今度は、影男が震え上がる番だった――彼は、喉笛を鳴らしながら、よろめく足取りで暗闇の中を数歩跳びすさった。

 

「しょ、正気か……そ、それがしに、あのゼロのもとへ向かえと……?」

 

研究者は立ち上がり、驚くほどの素早さで影男に近づき、今にも狼狽でその場にへたりこみそうな彼の胸元の"黒布"をひっつかみながら、非情に続けた。

 

「正気だとも、コレが冗談に見えるか? 仲間を顧みないのは、おまえの方だろう! 今回だけじゃない、いつだって、おまえは戦わずにオレにくっついているばかりだ! "用心棒"の看板はハッタリなのか、腰抜けめ!」

 

「無理だ! お、おぬしの言うことはわかるが、い、今のヤツには、誰も……!」

 

「わかっている、ゼロを倒せなどとは言わん。今しばらくの時間稼ぎだ。しばらく足止めするだけでいい! ……早く行け!」

 

 

 

蹴り出さんばかりの勢いで、研究者は影男を通路へと追いやった――腰抜けの"用心棒"は、今や死の宣告を受けたも同然だった。

 

通路は、否応なしに拘束部屋へと向かっている。逃げ出そうにも、窓や通気口などは無い。

 

さしもの影男も、ようやく腹をくくった。研究者に対する呪詛の言葉をありったけ呟きながら、足音も立てずに彼は走り出した。

 

拘束部屋は、大きな爆発に見舞われたような有様だった。

 

壁は歪み、床は深く縦横に引き裂かれ、隆起し、陥没している。

 

もはや囚われの実験体などではなく、その部屋の支配者となった"深紅の王"の背中が見えた。

 

いまだ邪悪な"闘気"にその身を包んだままで、先ほど手にかけた者たちの無残な遺骸を、物足りなげに検めているようだ。

 

不意に、空気を切り裂いて、何かがその背に迫った。

 

 

 

鞭のように長く柔靭でありながら、先端は刃物のように硬く鋭い"黒布"が、その首をよこせとばかりに唸りをあげて向かってきたのだ。

 

跳躍というよりも、再び宙に浮くような動作で身をかわし、ゼロはこちらに向き直った――深紅に染まったその瞳が、新たな獲物を捉えた。

 

だが、"黒布"は一条ではなかった。着地するいとまも場所もろくに与えず、後から後から無数の帯のようになだれこみ、次第にゼロを部屋の奥へと追い込んでいく。

 

幾条かの"黒布"が次々にゼロの身体に触れ、そこかしこに深い裂傷を負わせた。両腕で武器を操りながら、影男は自らの小心を気取られまいと、大声を張り上げた。

 

「どうした、ゼロとやら! 我らの仲間をあのように屠っておきながら、今は黙って切り刻まれるのを待つだけか! おぬしにも剣があろう、遠慮など要らぬ! さぁ、抜け!」

 

この時、影男は自分のわめき声に熱中するあまり、ついに気づかなかった――言われるまでもなく、ゼロはすでに剣を抜き放ち、空間全体を埋めつくす"黒布"に対抗しうる必殺技を繰り出そうとしていたことに。

 

まばゆい閃光が、影男を我に帰らせた。その光は、巨大な刃となって彼に襲いかかった。

 

"幻夢零(ゲンムゼロ)"。

 

 

 

影男が出ていってから間もなく、データの転送が完了した。

 

研究者は小型端末を抱え、壁の隅にある、彼にしか開閉できない隠し扉へいそいそと向かった。

 

それは秘密の地下道に通じており、そこにたどり着ければ、ひとり乗りのエアカーで逃げられるはずだった――仲間たち全員と共に助かる手段の他に、自分だけが助かる手段も彼は用意していたのだ。

 

そのために充分な時間を――恐らく、生命と引き換えに――稼いでくれた影男のことを、彼はもうほとんど覚えてすらいなかった。その電子頭脳の中は、早くもこれからのことで一杯になっていたからだ。

 

あのゼロが、この先どうなるのか――"トリガー"の効果が切れて元に戻るか、あるいは"覚醒"したまま外で暴れ回り、彼のかつての仲間たちだったイレギュラーハンターの手をわずらわせることになるのか――を、安全な場所から見届ける必要があった。彼を再び拘束するつもりは無いが、あわよくばゲイトがそうしたように、いつか"破片"だけでも手に入れられれば……

 

不意に、外からのノックの音が、研究者の思考を断ち切った。彼は思わず、文字通り飛び上がった。

 

「だ、だ、誰だ!」

 

「それがしだ……開けてくれ、今、戻った……」

 

 

 

もう二度と聞くことは無いと思っていた"用心棒"の声に、研究者が幽霊にでも会ったような衝撃を受けた、その瞬間。

 

外からバンと扉をぶち破って、影男が飛び込んできた――正確には、彼の頭部だけが。

 

「不覚……!」と呟きながら床を転がるソレに続き、今度は、鉄球男とノコギリ男と火炎放射器男の無残な"生首"が次々に投げ込まれる。

 

そして、喉が裂けるほどの絶叫を上げる研究者の目の前に、ついに彼が――幽霊などよりもはるかに現実的な脅威である"深紅の王"が、姿を現した。

 

抱えていた小型端末が床に落ちた――全身の力が抜け、研究者は壁に沿ってズルズルと床に座り込んだ。もう、彼には、命乞いの言葉らしきものを呟きながら両手で無意味に壁を引っ掻くような動作を繰り返すことしかできなかった。

 

最後の獲物――この事態を招いたそもそもの元凶である男――の、あまりにも情けない姿をゼロは赤い瞳で一瞥し、無造作に手を伸ばす。

 

恐ろしい力で首を掴まれ、そのまま身体ごと高々と持ち上げられながら、研究者が見たのは。

 

血に濡れて妖しくひるがえる乱れ髪の中の、殺戮に陶酔しきった美しいまでの笑みだった。

 

 

 

満足だろう。コレこそ、キサマの望んだ結果なのだからな。

 

「ヒィ、ヒィィ……わ、わかった、あ、あんたの強さは、充分わかったから……! 頼む、勘弁してくれ……!」

 

だが、オレはまだだ。まだ満足できない。まだ、足りないんだ。

 

「わ、悪かった……! もう、二度とこんなまねはしない! 本当だ! だから、許してくれ! 頼む……!」

 

もっとだ、もっとよこせ。キサマの恐怖を、苦痛を、後悔を、もっともっとよこせ!

 

「ぎゃあああああ! ぎえええええ……! た、たすけ……だれ、か……」

 

狂宴はまさに、今たけなわだ。心ゆくまで楽しもう。

 

何しろ、オレは今……とても気持ちがいい……!

 

 

(完)



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Colorful

『X2』の後日談。シグマとの戦いを終え、休養中のエックス。なぜか彼の視界は灰色で、その上、何かとても大切なことを忘れてしまっているようなのですが……?
(2021年3月27日~28日)


「ケイン博士、失礼します!」

 

「どうした、何事じゃ?」

 

「そ、それが……エックス隊長が、居なくなってしまって……」

 

「何じゃと!」

 

「さっき、メンテナンスルームへ様子を見に行ってみたら、ベッドがもぬけの殻で……」

 

「いかん、早く連れ戻さねば。彼には、まだしばらく安静が必要じゃ。独りで歩かせておいたら、どこかで倒れてしまうぞ。」

 

「は、はい! すぐに探します!」

 

「今のエックスは、少しばかり記憶が混乱しておるんじゃ。恐らく、"彼"のことも――」

 

 

オレの名前は、エックス。イレギュラーハンター第十七精鋭部隊隊長。

 

最凶のイレギュラー・シグマとの、世界の命運を賭けた戦いに勝利した。

 

今は、ハンターベースで、数日かけての集中メンテナンスを受けながら休養している。……ここまでは、確かだ。間違いないな。

 

最初のうちはほとんど眠って過ごしていたが、回復していくにつれ、だんだん、目を覚ましている時間が長くなってきた。

 

ただ、眠っている間に、厄介なことが二つほど起きた。

 

一つは、記憶がところどころ抜け落ちたようになってしまったこと――"博士"や"仲間たち"の顔がよくわからないし、名前も、何度聞いても覚えられない。

 

それと、もう一つは、目に映るものが何もかも灰色になってしまったことだ。

 

"博士"が言うには、どちらも一時的なもので、問題は無いそうだが……

 

 

 

『エックス隊長、お目覚めですか? おひさしぶりです!』

 

『よかった……! メンテは順調だって聞いてますよ! 気分はどうですか?』

 

『あの……オレたちのこと、わかります? オレは、"――"。こっちは、"――"。コイツだけちょっと長い名前で、"――"ですけど。』

 

『チッ、ひとりだけ長い名前で悪かったな。てか、隊長をあんまり疲れさせたらダメだろ。"――"博士に見つかったら、怒られるぞ。』

 

『そ、そうだな……失礼しました、隊長。』

 

『どうか、ごゆっくりお休みください。また、時々様子を見に来ますね。』

 

ちょっと前に来た彼らが、オレの"部下"であることはわかる。

 

優しい気持ちは充分に伝わってくるし、自分は守られていて、安全なのだということも。

 

 

……だが、その姿もことごとく灰色で、ただの"人影"のようにしか見えない。

 

ひとりひとりの名前もわからないし、隊長なのに、我ながら情けないな。

 

いったい、どうしてこんなことになったんだろう?

 

……何か、大切なことを忘れている気がしてならない。

 

それはきっと、オレの世界が灰色になってしまった理由だ。

 

漠然とした不安……焦燥にも似た感情が、オレを突き動かす。

 

どんな小さなことでもいい、せめて手がかりだけでも見つかれば……

 

そして、オレはこっそりとメンテナンスルームを抜け出した。

 

 

 

ハンターベース司令棟内の通路。大きな窓がある。

 

そこから見える街は、もう、シグマに破壊されつくした無残な有様ではない。

 

あそこでも、ここでも、道路や建物の再建が行われ、元の姿へと戻りつつあるようだ。

 

よかった。世界は、平和を取り戻したんだ。

 

でも、それなのに……この目に映る景色は、やっぱり、全て灰色だ。

 

窓の外に広がる、一面の灰色。空も、雲も、街も。

 

いったい、オレは何を忘れてしまったんだろう。とても大切なことのはずなのに……

 

……不意に浮かんできたイヤな考えに、背筋がゾクリとする。

 

 

もしかしたら。

 

今見えているこの景色は、全部、幻なのかも知れない。

 

本当は、オレの戦いはまだ終わっていないのか……?

 

そう、シグマを倒したと思っていることが、実は誤りだったら……

 

立ち直りつつあるように見えたあの街が、いまだに戦場だとしたら……

 

世界は、まだシグマの脅威の直中にあるのだとしたら……?

 

……何もかもが灰色なのは、まさか、そのせいで……?

 

「よう、エックス!」

 

 

 

えっ?

 

「起きたのか? 具合はどうだ? もう、出歩いても大丈夫なのか?」

 

また、灰色の人影――でも、オレの部下とは違う。

 

誰だろう、やっぱり顔がわからない。こんなに親しげに話しかけてくるなんて……?

 

「よかった。元気そうで、安心したよ。オレも自分のメンテやら、新しい配属先のことやら、いろいろとあってな。なかなか様子も見に行けなかったんだ。」

 

あ、あの……キミは、誰だっけ……?

 

「……え……?」

 

あ……ごめん、オレのこと知ってる人だよね。でも、今はちょっと、記憶が混乱してて……

 

 

「そ……そうなのか? ……まあ、無理も無いか。あれだけの戦いの後だ。今になって影響が出てくることもあるだろうな。」

 

……灰色だけど、"彼"の姿には、確かに見覚えがあるな。

 

長い髪、背中に帯びた剣の柄。"彼"もハンターだろうか。

 

でも……何だろう。なぜか、胸騒ぎがする……

 

オレの中の"彼"の印象は、"黒"……"黒い影"……

 

この姿、どこかで……まさか……?

 

……そうだ! 思い出したぞ。シグマの要塞だ。あの時、オレは、コイツと戦ったんだ!

 

間違いない。コイツは、あの時の"黒い影"だ。倒したはずなのに、こんなところにまた現れるなんて!

 

 

 

「でも、それなら早く戻った方がいいんじゃないか? メンテナンスルームまで送ってやるよ。」

 

触るな!

 

「……ど、どうした?」

 

何が目的だ、シグマの手先め!

 

「お、おい……大丈夫か、何を言ってる?」

 

やっとわかった……世界が灰色なのは、おまえを倒せていないせいだ。そうしなければ、オレの大切なものは戻らないんだ!

 

今度こそ、このバスターで粉々にしてやる!

 

「やめろ! 落ち着け、エックス! オレだ! "――"だ! 本当にわからないのか?」

 

 

おまえの名前なんか知らない。そこを動くな!

 

「ああ、エックス……なんで、こんなことに……」

 

手を挙げてみせたって無駄だぞ!

 

「……あの時と、立場が逆だな……」

 

……何だと?

 

「……キミの気持ちが、今、やっとわかった……オレに忘れられ、オレに刃を向けられたキミの気持ちが……」

 

む、無駄口を叩くんじゃない!

 

「すまなかった、エックス。でも、今、馬鹿なまねをするのはよせ。バスターを納めるんだ!」

 

 

 

「エックス隊長!」「"――"さん!」「い、いったい何を……!」

 

マズい、みんなが来た。早く片をつけないと!

 

「た、隊長! どうなさったんですか!」

 

キミたちは、下がっていろ!

 

「や、やめてください! "――"さんがわからないんですか?」

 

「大丈夫だ、オレに任せてくれ。」

 

「し、しかし、"――"さん……!」

 

「オレは、信じてる。キミたちも、信じてやってくれ。エックスは、今、ここでは、誰も撃たないってな。」

 

 

ああ、緊張と興奮で、息が苦しい……

 

目がかすむ……今のオレの体力、コレが限界なのか……

 

早く、早くヤツを撃たないと……!

 

でも、なぜだ……なぜ、バスターが働かないんだ……

 

……なぜ、みんなはあんなに、"彼"の名前を呼ぶんだ……

 

まるで、"彼"がみんなにとって、このオレにとっても、重要な誰かみたいに……オレには、思い出せないのに……!

 

「エックス!」

 

あ……もうダメだ、倒れる……!

 

 

 

「――大丈夫か! しっかりしろ、エックス!」

 

……一瞬、意識が無くなった……"彼"に抱き起こされてる……

 

力強くて、優しくて、そして、なぜか懐かしい、この腕……

 

どうしたんだろう……さっきまでの、あの"黒い影"の印象が、もうどこにも無い……

 

「……また、立場が逆だな。」

 

え……?

 

「……いつかは、オレの方が、こんなふうに、キミの腕の中に居たんだ。」

 

そ、それは……

 

 

そうだ、それも確かにあったことだ……

 

その時の"彼"の印象は、"赤"……"赤い炎"……

 

ああ……なんてことだ、ソレは、爆発の炎だ……

 

"彼"は、オレのために、自分の身を投げ出して……!

 

「もういいだろう、エックス。メンテナンスルームへ戻るんだ。もうこんな騒ぎを起こさなくていいように、ゆっくり休んで調整しろ。

 

……オレのことも、ゆっくり思い出してくれればいい。気長に待つからな。そして、コンディションが完ペキに仕上がったところで、また会おうぜ。

 

……キミたち、彼のことを頼む。」

 

「わ、わかりました!」

 

 

 

ま、待ってくれ……!

 

「どうした、エックス? ……泣いてるのか?」

 

キミは……いつかのキミは、自分を犠牲にして、オレを助けてくれた……でも、オレはそのキミに、バスターを向けたりして……オレは……もう、自分がわからない……キミのことも……!

 

「……落ち着けよ、大丈夫だ。実際には誰も撃ってない。それに、キミだって、今のオレを命懸けで助けてくれたじゃないか。」

 

何だって……?

 

「……シグマに操られたオレの心を、キミは、傷だらけになりながら、取り戻してくれた。今、オレがここにこうしているのは、キミのおかげなんだ、エックス。」

 

オレが……シグマから、キミを取り戻した……?

 

「そうですよ、隊長!」「あなたはシグマを倒し、"――"さんを連れ戻したんです!」「あなたの、いちばん大切な親友を!」

 

 

ああ、そうだったのか。

 

あの時戦った"黒い影"は、"彼"自身ではなかったんだ。

 

"彼"にまとわりつき、操っていた、シグマの"影"。そうだ、オレは、確かに"ソイツ"を倒した。

 

そして……本来の"彼"を取り戻した。その色は、やはり、"赤"。"彼"の持つ、熱いハートを表すような"赤"。

 

……お願いだ、もう一度……

 

「どうした?」

 

何度もすまない……キミの名前を、もう一度だけ、教えてくれ……!

 

「はは、何度だって言うさ。オレの名前は、"ゼロ"。エックスの親友。今までも、そしてこれからも、ずっとな。」

 

 

 

その瞬間、世界に色彩が戻った。

 

灰色だったオレの視界にあるもの全てが、あざやかに色づいていく。

 

窓から射し込む明るい陽光、青空と白い雲とのコントラスト。

 

生き生きと再生を遂げていく街並、木々の緑。

 

そして、周りに居るみんなの姿も、もう、ただの"人影"なんかじゃない。

 

シグマとの戦いを生き延びた、頼もしい部下たち――"マイルス"、"ミラー"、"バーンスタイン"。なるほど、確かにひとりだけ長い名前だ。

 

そして……ずっと忘れてしまっていた、ずっと思い出したかった、赤いボディに金の髪を持つ親友。

 

キミを思い出せなかったから、その無事を確かめられなかったから、オレの世界は灰色だったんだね。

 

 

ゼロ……よかった……ゼロ……

 

「……思い出してくれたのか?」

 

ああ……やっとわかったよ。無事で、本当によかった……ゼロ……

 

「そうか。……これでオレも、やっと、本当の意味で帰ってこられたな。……キミの中に。」

 

うん……お帰り、ゼロ……

 

「ただいま、エックス……」

 

部下たちの盛大な拍手を受けながら、オレは、何度も、何度も、繰り返し呼んだ。

 

しばしの別れと、大きな試練を乗り越え、再び分かちがたく結ばれた唯一無二の友の、その名前を。

 

 

(完)



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Stargazers

戦いの合間に美しい星空を仰ぐ者たちの、それぞれの思いとは?
(2021年4月15日~16日)


降りつづいていた雨が夜になってようやく上がり、澄んだ星空が広がった。シグナスは、執務室の窓辺にたたずみ、それを見上げる。

 

 

シグナス:

この空に輝く、無数の星。

 

それらは、氷であり、鉱物であり、ガスの塊であるという。

 

だが、また、それらは、地上を離れたあまたの魂であるともいう。

 

もしも、それが真実であるならば。

 

我々は、星空を仰ぐたびに、深く悔いねばならない。

 

レプリフォース大戦というあやまちにより、いたずらに散らされた多くの生命を思わねばならない。

 

あれから、長い年月が過ぎた。

 

傷は、少しずつでも、いつか癒えていくものだ。

 

だが、私はいまだに、こう感じる時がある。

 

このイレギュラーハンター総監という役目は、自分の肩にはいささか重すぎると。

 

幸いにも、私はすばらしい仲間たちに恵まれた。

 

彼らと共にあることは、心からの誇りだ。

 

傷つきながらも、とどまることを知らぬ、いくさびとたちよ。

 

その戦いの日々が、平和な未来へと続くことを願いながら。

 

キミたちは、この星空に何を思うのか。

 

 

 

レイヤー、パレット:

失礼します、シグナス総監!

 

 

シグナスは振り返る。新人オペレーターのレイヤーとパレットが、執務室に入ってくる。

 

 

シグナス:

おお、キミたちか。

 

レイヤー:

本日のレポートを提出します。

 

シグナス:

どうだ、ハンターベースには慣れたかな?

 

パレット:

は、はい……広すぎて、まだ迷子になりそうですけど……

 

シグナス:

はは、大いに期待しているぞ。明日から、いよいよ本格的に任務に参加してもらうからな。

 

 

 

 

司令棟通路の窓から、星空を見上げるエイリア。

 

 

エイリア:

なんて、キレイな星空かしら。

 

ずっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうだわ。

 

……ゲイト、あなたもそこに居るの?

 

……うふふ、私がこんなことを言うなんて、おかしいわね。

 

少し前まで、データの無いものは信じられなかったものね。

 

シグナスには、夢が無いってよく言われたわ。

 

でも、今は違う。今の私は、根拠の無いものも信じることができるようになったの。

 

そう……例えば、星は亡き人の魂である、とかね。夢も希望も、信じるところから生まれるんだわ。

 

ゲイト……あの時、私はあなたに何ができたかしら。

 

あなたも、あなたが生み出したレプリロイドたちも、もしかしたら、救えたのかも知れない。

 

『気にすることはないさ』……そんなふうに言うかしら。

 

確かに、あれからもう何年も経ったものね。

 

でも、私は忘れない。あなたたちが確かに生きていたことも、私自身のあやまちのことも。

 

今の私にできるのは、あの時のような悲劇が繰り返されないようにする努力。

 

ゲイト、どうか今は安らかに、ゆっくり休んでいてね。本当にお疲れ様。

 

 

 

シグナスが通路を歩いてくる。

 

 

シグナス:

やぁ、エイリア。キミも星を見ているのか。

 

エイリア:

ああ、シグナス。

 

シグナス:

実に美しい夜空だな。ハンターたちは、まだ戻っていないのか?

 

エイリア:

ええ。きっと、彼らも今、それぞれの場所でこの星空を見上げているでしょうね。

 

 

 

 

ライドチェイサーでハンターベースに戻ってきたアクセル。足元の水たまりに映る星に気づき、エンジンを切ったマシンにまたがったままで、夜空を見上げる。

 

 

アクセル:

ああ、今夜は星がキレイだなぁ。

 

こんなに澄んだ夜空を見上げるのって、なんか、すごいひさしぶりだよ。

 

ねぇ、レッド。そこに居るんでしょ?

 

みんなも一緒に、ボクのこと、見守ってくれてるんだよね?

 

……ごめんね、心配したでしょ。

 

あの戦いの後、ボクが泣いてばっかりいたから。

 

でも、もう平気だよ。

 

今のボクには、新しい仲間が、新しい居場所ができたんだ。

 

晴れて、正式なイレギュラーハンターの一員になったんだよ。

 

へへ、すごいでしょ。これからも、ハンティング、バリバリ頑張っちゃうからね!

 

あ、あれ……? どうしたんだろう……

 

また、涙が……あー、ボクのバカバカ! もう泣かないって決めたのに……!

 

……ごめん、大丈夫だよ。これから、もっと強くなるって、約束する。

 

だから、そこからいつも見守っててよね。

 

大好きだよ、レッド。ずっと忘れないよ。

 

 

 

エイリアからの通信が入る。

 

 

エイリア:

お疲れ様、アクセル。今、どこ?

 

アクセル:

あ、ああ、エイリア。ただいま。ちょうど、今着いたところだよ。星があんまりキレイだから、つい見とれちゃってさ。

 

エイリア:

あら、そう? やっぱりね。

 

 

 

 

レプリフォース大戦を偲ぶメモリアルホールの前にたたずみ、星空を見上げているゼロ。

 

 

ゼロ:

夜空を見上げるのが、怖かった。

 

漆黒の宇宙の闇に輝く星たちを見上げることが、長い間、できなかった。

 

それは、キミを思い出すからだ。

 

罪深いこの腕の中で永遠の眠りにつき、果てしない星の海の彼方へと消えていった、キミのことを。

 

それでも、幾つもの戦いを重ねながら時が経つうちに、

 

いつからかまた、気づけば、星空を仰ぐようになっていた。

 

そこに、確かにキミが居ると感じるからだ。

 

宇宙を漂う星屑にも満たないちっぽけなオレを、遠くからキミは見守ってくれているのだと。

 

あの時の、引き裂かれるような胸の痛みは、決して消えることはないだろう。

 

この手が重ねてきた罪は――例え、記憶に残っていなくとも――つぐないきれるものではないだろう。

 

それでも、オレはまだ生きている。この先も生きていく、仲間たちと共に。

 

そして、いつか斃れたならば。

 

その時は、もういちどキミに会えるだろうか。

 

今夜も、オレは、美しい星空に想う。

 

アイリス、忘れ得ぬキミの笑顔を。

 

 

 

アクセルからの通信が入る。

 

 

アクセル:

ハーイ、ゼロ。パトロールは順調?

 

ゼロ:

アクセルか。ああ、こっちは異常無しだ。

 

アクセル:

そう、よかった。ゼロも、星、見てる? すごくキレイだよね!

 

 

 

 

海辺の丘の上に立ち、空を仰ぐエックス。

 

 

エックス:

美しい星空ですね。

 

"光の博士"、あなたを近くに感じます。

 

いつも、大きな戦いが始まれば姿を現し、助けとなってくださるあなた。

 

そうでない時にも、きっと、あなたの魂は、空から私を見守っているのでしょう。きらめくあの星のひとつとして。

 

……博士、私の正直な心をご存じでしょうか。

 

どれほどの戦いを、年月を重ねても、私はまだ、常に迷いつづけています。

 

自分は、本当に正しい道を歩んでいるのだろうか。

 

あなたに託された、平和への願いを、いつか叶えることはできるのだろうか。

 

……すみません、失望させてしまったかも知れませんね。

 

……自分という存在は、まだまだ弱く、小さなもののように思えて……

 

それでも、私は、大切な仲間たちに囲まれています。

 

ひとりではできないことも、彼らとならば、可能です。

 

これからも、彼らと共に、精一杯、自分にできることを積み重ねていこうと思います。

 

わずかずつでも、人類とレプリロイドが共に繁栄する世界に近づくことを信じて、進みます。

 

どうか、そんな私を見守りつづけてください。

 

 

 

ゼロが丘を登り、彼の傍らにやってくる。

 

 

ゼロ:

よう、エックス。寄り道か?

 

エックス:

ああ、ゼロ。お疲れ様。そうなんだよ、戻る前に、ちょっと休憩していこうと思って。

 

ゼロ:

いい考えだ。今夜の星空は、格別だからな。

 

エックス:

うん。

 

 

満天の星たちは、静かに優しく輝きつづける。夜空を仰ぐ者たちの、それぞれの心に寄り添い、包み込むように。

 

 

(完)



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Sleeping Beauties And Knights

仕事の疲れからか、つい眠ってしまったナビゲーターたちを、ハンターたちは優しく見守ります。
(2021年5月13日~17日)


とある夜。書類の整理ですっかり遅くなってしまったエックスが、急いでオペレーションルームへ向かっている。

 

 

 

エックス:

(しかめっ面で)あー、まいったな。新人たちの作った書類に、あんなに不備があるとは思わなかったよ。まあ、彼らもまだ慣れてないし、一生懸命だから、仕方ないけど……

それにしても、マズいな。エイリアはもう帰っちゃったかな? このところずっと忙しくて、出かけたりする時間も無かったから、せめて今夜くらいは、ゆっくり話をしよう、って……オレの方から言ったのにな。コレじゃ、遅刻どころじゃないよ、全く!

 

 

 

ようやくオペレーションルームにたどり着いたエックス。エイリアの席に目をやるが、やはり、そこに彼女の姿は無い。

 

 

 

エックス:

(がっくり肩を落とす)やっぱりか……そりゃ、そうだよな。エイリア、怒ってたかな? 明日、口利いてもらえなかったら、どうしよう……

 

 

 

それでもあきらめきれず、エックスは、オペレーションルームの中を一回り見て歩く。ふと、彼は、半透明のパーテーションで仕切られた休憩スペースに人影を見つける。

 

 

 

エックス:

あ……?

 

 

 

のぞいてみると、そこには、ソファに身体をうずめて眠っているエイリアの姿がある。

 

 

 

エックス:

(驚きと安堵)エイリア……!

 

 

 

 

エックスが近づいても、エイリアは気づかない。彼女を起こさないように、静かにエックスは隣のソファに腰を下ろす。

 

 

 

エックス:

エイリア……オレのこと、ずっと待っててくれたの……?

 

 

 

ソファの前のローテーブルの上には、エイリアの私物らしいタブレットが置かれている。その画面には、小説の一部が表示されている。エックスを待ちながら読んでいたようだ。

 

 

 

エックス:

小説か……そういえばオレ、まだほとんど知らないな。エイリアの好きなもの……好きな小説とか、音楽とか、映画とか……

お互い、ハンター組織に居る以上、いつものんきに構えてるわけにはいかないけど……そういう話って、やっぱり大事だよな。

……エイリアはもう、オレにとって、頼れるナビゲーターである以上に、大切なひとなんだから。彼女のこと、もっといろいろ知らなくちゃね。

 

 

 

ふと、エイリアが大きく息をつきながら身動きする。しかし、まだ目は覚まさない。

 

 

 

エックス:

あれ……まだ、起きないかな。

(優しく笑って)いいよ、エイリア。長いこと待たせちゃってごめん。今度は、オレが待つ番だね。

キミが起きたらどんな話をするか、考えながら待ってるよ。ゆっくり休んで。いつもありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

とある日の夕方。合同訓練が行われた後の訓練場。駐車場の公用車にゼロが戻ってくる。

 

 

 

ゼロ:

(運転席のドアを開けながら)すまん、レイヤー。遅くなった。部隊長たちとの話が、思ったより長引いてな……ん?

 

 

 

先に車の中で待っていたレイヤーは、助手席に座ったまま、深い寝息をたてている。

 

 

 

ゼロ:

おい、レイヤー……(起こそうとするのをやめる)無理もないか。慣れない仕事で、よほど疲れたんだろう。

 

 

 

ゼロは運転席に乗り込み、可能な限り静かにドアを閉める。レイヤーは気づかない。

 

 

 

ゼロ:

(ため息をつき、車を発進させる)他部隊との合同訓練……本来、ナビゲーターの仕事ではないが、人数合わせで急遽参加してもらった。

彼女は、意外にも、ハンターと肩を並べられるほどの戦闘能力を持っているし、むしろ喜んでついてきてくれたからな。

とはいえ……さすがに、今日は頼りすぎたか。

普段から、ナビゲーターとしての彼女には、苦労をかけどおしだからな……

 

 

 

二人を乗せた公用車は、やがてハイウェイに入る。やはり、助手席で眠りつづけているレイヤー。

 

 

 

ゼロ:

(レイヤーの寝姿をちらりと見て)しかし……無防備というか、隙だらけというか……目のやり場に困るというか……

(くすりと笑って)まあ、それだけ信頼してくれているのなら、ありがたいが。

 

 

 

 

西の空にある太陽は、次第に低く傾いていく。

 

 

 

ゼロ:

レイヤー……キミのことは、オレも信頼している。本当に生命を預けられる仲間だ。だが、そのキミへの感謝の気持ちを、オレはちゃんと伝えられているだろうか。いつも、助けられてばかりで……

 

 

 

ふと、ゼロはあることを思いつき、ハイウェイの出口へ向かう。

やがて、公用車は湖のほとりの駐車場にたどり着く。空をバラ色に染めながら沈む夕陽が、水面をまぶしく輝かせている。

車が止まっても、まだ眠りつづけているレイヤー。

 

 

 

ゼロ:

(車から降りる)いい機会だ。これくらいの寄り道なら、問題無いだろう。

 

 

 

ゼロは駐車場内の自販機で、缶入りのリフレッシュ・リキッドを二本買う。

 

 

 

ゼロ:

(両手で缶を持ち、車に戻りながら)ささやかだが、この景色は気に入ってもらえるかな。

レイヤー。そろそろ起きてくれ。見せたいものがあるんだ。(助手席のドアを開ける)

 

 

 

 

 

 

 

 

とある夜。アクセルが資料室へ向かっている。

 

 

 

アクセル:

(資料のデータディスクが入った箱を抱えて)ったくもう~、重いな~! なんで、みんなが借りてきた資料をボクが一人で返さなきゃいけないの~! パレットに手伝ってもらおうと思ったら、とっくに帰っちゃったっていうし! あーあ、つまんないから、ボクも早くかーえろっと!

 

 

 

アクセルはようやく資料室にたどり着き、受付で箱ごと資料を返却する。

 

 

 

アクセル:

(ひと息ついて)よし! お使い、おーわり!

(ふと、奥のPCコーナーに目をやる)……あれ? あそこに居るの、ひょっとして……?

 

 

 

アクセルはPCコーナーに近づく。一台のPCデスクに座っているのは、確かにパレットだ。

 

 

 

アクセル:

(驚く)パレット! 帰ったんじゃなかったの? って……なんだ、寝てるじゃん!

 

 

 

 

眼鏡をかけたまま、デスクに伏して眠っているパレット。アクセルは、呆れながらも、PC画面をのぞきこむ。

 

 

 

アクセル:

コレ……『次世代型レプリロイド』とか、『コピー能力』のこととか、銃器のこととか……ボクに関係ある情報ばっかりだ……

パレット……もしかして、こういうの、いつもボクのために調べてくれてたの……?

 

パレット:

うーん、むにゃむにゃ……

 

アクセル:

えっ?

 

パレット:

あはは、アクセル! 今日もお疲れ様!(寝ぼけた様子で身体を起こし、傍らのアクセルに抱きつく)

 

アクセル:

ひえっ! う、うわぁぁ!(倒れる)

 

 

 

パレットに押しつぶされるような格好で床に倒れてしまったアクセル。彼の上に折り重なったまま、パレットはまた安らかな寝息をたてはじめる。

 

 

 

アクセル:

(押しつぶされたままで、笑い出す)あははは……なんだよ、もう……! しょうがないなぁ……!

(いとおしそうに)……ありがとう。ボク、パレットがこんなふうにしてくれてるなんて、ちっとも知らなかった。

いつも、任務の時は心配ばっかりさせてるし、よくケンカもしちゃうけど……また頑張るから、これからもよろしくね。

……っていうか……どうしよう、動けないんだけど……お、重い……

 

 

 

(完)



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復活のギーク・1

『X6』の後日談。倒されたのちに復活し、ハンター組織に所属することになったゲイト。優秀な研究者ですが、トラブルメーカーでもあるようです。
(2021年5月27日~6月9日)


シグナス(ナレーション):

世界に大きな混乱をもたらした"スペースコロニー落下事件"と"ナイトメア事件"。

 

立て続けに起きた二つの事件から、約半年が経過した現在。

 

一時、深刻な弱体化が危惧されたハンター組織はどうにか持ち直し、ほぼ、事件以前の通常の活動を行えるまでになった。

 

そのおかげで、荒廃していた世界も、徐々に復興を遂げつつある。

 

それらは、組織に新たな一員として加わったある男の、めざましい働きによるものだ。

 

その名は、ゲイト。

 

そう、誰あろう彼こそ、"ナイトメア事件"の黒幕――エックスとゼロに倒された彼だが、『救える生命ならば救いたい』というエックスの意向で回収され、修理により奇跡的に復活したのだ。

 

そのことを誰よりも喜んだのは、彼のかつての同僚エイリアだった。

 

すばらしい才能を持ちながら異端者とみなされ、孤立していく彼の姿を間近に見ており、また、彼が生み出したナンバーズの処分にかかわったことなどもあって、長い間、悔恨を抱えていたのだろう。

 

とはいえ、イレギュラーであった彼を迎え入れるには、"罰"という形をとらねばならなかった――すなわち、もはや個人としての自由は無く、さまざまな制限下で組織のために働くことで罪を償え、と。

 

当の本人は深い反省の色を示し、この"罰"を受け入れた。そして、"イレギュラーハンター科学部門・主任研究員"として現在に至っている。

 

いわば"囚われの身"ではあるが、この新しい職場を大いに気に入っているようだ。

 

……もっとも、研究で成果を上げる一方、さまざまなトラブルも起こしているが。

 

 

 

 

シグナス:

技術職のダグラスとは、やはり、いちばん仲がいいらしい。言葉は悪いが、ある意味ギーク(オタク)同士のようなもので、良い相棒となっている様子だ。

 

 

 

ハンターベース研究棟内の通路。ダグラスとゲイトが、熱心に話しながら歩いている。

 

 

 

ダグラス:

(赤いゴーグル越しに目を輝かせながら)す、すげーな! そんな"素材"も作れるのかよ!

 

ゲイト:

(うなずく)ああ。ガラクタの山は、宝の山ってね。リサイクルして使えるものが、幾らでも出てくるよ。

 

ダグラス:

(感心して)はー、全く大したもんだぜ、ゲイト! まだまだ物資が不足してる中で、今残ってるハンターたちの面倒見てやれるのは、あんたのおかげだ!

 

ゲイト:

あはは、それほどでもないさ。ボクにとっては、全て、罪滅ぼしのためだよ。……そうそう、この前の、"タートロイド・ダイビングスーツ"はどうだったかな?

 

ダグラス:

おー、アレな! 大好評だったよ、特に、水質汚染レベルB区域担当の連中から! アレを装備してから、汚染物質の影響が格段に軽くなったって話だ! 見た目が思いっきりカメになるのは、この際我慢するってな!

 

ゲイト:

そうか! そりゃよかった。役に立ててうれしいよ。

 

ダグラス:

地球の修理も大事だが、それを担ってくれてるハンターたちの安全も、同じように大事だからな。

 

ゲイト:

ああ、その通りさ。開発中の"ミジニオン浄水装置"も、もうすぐ完成するよ。カメスーツと組み合わせて使えば、作業効率が劇的に上がるはずだよ!

 

ダグラス:

助かるな~! 期待してるぜ、相棒!

 

 

 

なおも話しつづけながら、二人は司令棟へと向かう。

 

 

 

 

シグナス:

エイリアには、よくちょっかいを出している。

とはいえ、彼女への特別な感情があるというわけではなく、ただ反応を面白がっているだけのようだ。最近、彼女がエックスと親密そうにしているのを、興味深く"観察"しているらしい。当人たちにとっては、迷惑な話だろうが。

 

 

 

ダグラスとゲイトが司令棟に入ってきたところへ、エイリアが通りかかる。

 

 

 

ゲイト:

(手を挙げ、大きな声で呼びかける)やぁ、エイリア!

 

エイリア:

(顔をしかめて)……もう! 大声で呼ぶの、やめてちょうだいったら。

 

ゲイト:

どうして? 何を今更、ボクとキミとの仲じゃないか。

 

エイリア:

(赤くなって)ご、誤解されるような言い方しないで!

 

ダグラス:

ははは、わかってる、わかってる。ゲイトは、"ただの友達・仕事仲間・相談相手"なんだろう?

 

エイリア:

(さかんにうなずく)そうよ、そうそう。

 

ゲイト:

ふーん。それじゃ、キミの"ただの友達・仕事仲間・相談相手"以上の人は……

 

エイリア:

あ、エックス!

 

 

 

エックスが通りかかる。

 

 

 

エックス:

やぁ、エイリア。ダグラスにゲイトも、勢揃いだね。

 

ダグラス:

おう、お疲れさん。

 

ゲイト:

(ニヤニヤして)やぁ、エックス。いいところに来たね。

 

エックス:

え?

 

 

 

 

エイリア:

(ゲイトをさえぎって)エックス、お昼行きましょ! 今日の日替わりランチ、何だったかしらね?

 

エックス:

今日は、アーティフィシャル・プロテイン、フィッシュタイプ。Aランチがアクアパッツァ風、Bランチが味噌煮風だよ。

 

エイリア:

いいわね。それじゃ――(ゲイトから離れようとする)

 

ゲイト:

ああ、ランチならボクたちも行くよ。ね、ダグラス?

 

エイリア:

(ゲイトを撒きそこねて)え……

 

ダグラス:

お構いなく、お二人さん。オレたちはオレたち、ギーク同士で仲良くするからよ!

 

ゲイト:

そうそう、気にしないで!

 

エックス:

(なんとなく居心地悪く)は、はぁ……

 

 

 

結局、仲良く揃って職員食堂へ行く四人。エックスとエイリアはAランチ、ゲイトとダグラスはBランチを選び、それぞれ向かい合って、隣同士のテーブルに就く。

 

 

 

ダグラス:

(感動的に)旨い~! ひさびさの食堂だぜ! 忙しいと、つい何日もエナジー・リキッドだけとかになっちまうけど、やっぱ、たまには――ん? おい、ゲイト、食わねーのか?

 

 

 

彼の向かいに座るゲイトは、食事よりも、隣のエックスとエイリアの様子を眺めることの方に熱中している。

 

 

 

エイリア:

エックス、午後もまたパトロール?

 

エックス:

うん。街はだいぶ建て直されてきたけど、それに伴って、また、イレギュラーによる被害の報告も増えてきたからね。

 

エイリア:

(顔を曇らせて)そう……(ふと、ゲイトの視線に気づく)ちょっと、ゲイトったら。何かご用なの?

 

 

 

 

ゲイト:

キミたち二人は、"おつきあい"してる、ってことでいいのかな?

 

 

 

食器が派手な音をたてる。食堂内の他の職員たちが一斉に、何事かと注目する。その視線の中心で、赤面しながら激しく噎せているエックスとエイリア。

 

 

 

ダグラス:

(心配して)おいおいおい、だ、大丈夫か?

 

エックス:

ゴホッ、ゴホッ……い、い、いきなり、何を……

 

エイリア:

ゲホッ、ゲホッ……ゼー、ゼー……ひ、ひどいわ、ゲイト……デリカシーのかけらも無いのね……

 

ゲイト:

(さすがに驚いて)ごめん、ごめん。でも、ただ、確認したかっただけだよ。だって、キミたちって、そういうふうに見えるし……

 

エイリア:

(ゲイトを睨みつけて)何よ、"そういうふう"って?

 

ゲイト:

(あっけらかんと)相思相愛、ってことさ。

 

エックス、エイリア:

……!

 

 

 

エックスとエイリアは顔を見合わせて一瞬沈黙したのち、全力でゲイトの言葉を否定しはじめる。

 

 

 

エックス、エイリア:

(首と手を一生懸命に振りながら)ううん、違う! いや、違わないんだけど、そういう意味じゃなくて! ほら、長い間一緒に仕事してるから、お互いにいろんなことわかるし、頼りになるし! 何しろ、地球の危機を一緒に乗り越えてきたんだしね! だから……一緒にランチするのも、普通! 同じメニュー選ぶのも、普通! そう、いたって普通! 何も、全然、ぜんっぜん特別なことじゃないから!

 

ゲイト:

(くすくす笑いながら、ダグラスに)……認めてるよね、コレ?

 

ダグラス:

(頭を抱えて)はー……こういうところが、玉にキズなんだよなぁ……知らねーぞ、オレ……

 

ゼロ:

……全く、いい趣味とは言えんな。

 

 

 

四人の傍らに、エナジー・リキッドの缶を手にしたゼロが、呆れ顔で現れる。

 

 

 

 

シグナス:

ゼロは、ゲイトの改心とその能力は認めつつも、本人とは距離を置きたがっているようだ。自らのDNAが元で"ナイトメア事件"が引き起こされたことを思えば、無理もない。ただ、ゲイトの方は、そんな彼に対しても全くお構い無しだが。

 

 

 

エックス:

ああ、ゼロ。お疲れ様。

 

エイリア:

あら、リキッドだけ? まだ忙しいの?

 

ダグラス:

(身を乗り出して)新しい"忍び"専用メカのテストだよな。どうよ、調子は?

 

ゼロ:

(複雑な表情で)……その報告に来た。新しいステルスグライダーの性能は最高だ。小型で軽量、空中で小回りも利く。

 

ゲイト:

(笑って)そう? こだわりを詰め込んだからね。気に入ってくれたかい?

 

ゼロ:

ただな……なぜ、デザインを"奴凧"(ヤッコダコ)型にしたんだ……?

 

エックス、エイリア:

(驚く)えっ?

 

ダグラス:

知ってて黙ってました、ごめんねテヘペロ!

 

ゲイト:

(愉快そうに)あはは、なかなかオシャレだろう? "忍び部隊"の再編成って聞いて、もう、わくわくしちゃってさ! コレは絶対、"和"のテイストで行くしかないと思ったんだよ! 隊員たちは何て言ってる?

 

ゼロ:

(苛立ちながら)あー、大いに戸惑ってるとも! 想像してみろ、この、正月でもないのに、背中に凧をしょって飛ぶんだぞ! それも高速で!

 

エックス、エイリア、ダグラス:

……(ゼロを先頭とした奴凧部隊が高速で水平に空中を飛んでいくシュールな光景を想像し、必死に笑いを噛み殺す)

 

ゲイト:

平気、平気! 敵からは見えなくなるんだしさ!

 

ゼロ:

それだけじゃない! 煙幕を張る時に、いちいち『ドロン!』とかいう電子音声が出ることには、何の必要性があるんだ? 相当に調子が狂うぞ!

 

ゲイト:

だって、"忍び"って、どうしても堅苦しいとか暗いっていうイメージがあるからさ。遊び心は大事だよ?

 

 

 

この時、簡易防護服のようなものに身を包んだ大柄な一体のレプリロイドが、傍らにゴミ箱を置いて清掃作業のふりをしながら、少し離れて五人の様子をうかがっている。

 

 

 

ゲイト:

それにしても、ゼロって特に真面目だよね。どうなの、浮いた話の一つや二つ、無い?

 

エックス、エイリア、ダグラス:

(ギクリと顔色を変える)……!

 

ゲイト:

(全く気づかずに)カノジョさんとか、居ないの? モテそうな感じだけど。

 

エイリア:

あー……ねぇ、ゲイト……

 

エックス:

そ、その話は、ちょっと……

 

ダグラス:

やめといた方が……

 

ゼロ:

(静かに)……居た、かもな。

 

エックス、エイリア、ダグラス:

(身をすくめる)ひえっ!

 

ゲイト:

え、本当? どんな――

 

ゼロ:

……レプリフォース大戦が無ければ、今も。

 

ゲイト:

(驚く)え……

 

エックス、エイリア、ダグラス:

(顔を見合わせる)……!

 

 

 

しばし、気まずい沈黙が流れる。

 

 

 

ゲイト:

(やがて、気を取り直して)……ごめん。なんか、悪いこと訊いちゃったみたいだね。

 

ゼロ:

(笑って)いや、構わんさ。オレと同じような思いをしたヤツは、他にも大勢居る。いつまでも引きずってるわけにもいかないからな。

 

エックス、エイリア、ダグラス:

ほっ……(ひとまず、胸を撫で下ろす)

 

ゲイト:

(ふと思いついたように)……そのひとに、もういちど会いたいと思う?

 

一同:

えっ?

 

ゲイト:

(声をひそめて)……コレは、まだ実験段階だし、実際に使うかどうかもわからないから、秘密にしてたんだけどね。(白衣のポケットから何かを取り出す)

 

 

 

 

テーブルの上に、小さな錨を模したオブジェのようなものが置かれる。

 

 

 

エックス:

コレは……?

 

ゲイト:

"メモリー・アンカリング・チップ"。

 

ダグラス:

何に使うんだ?

 

ゲイト:

キミたち、メタルシャーク・プレイヤーのことを覚えてるかい?

 

エイリア:

ああ……完全にではないけれど、スクラップにされたレプリロイドを再生することができたわね。

 

ゲイト:

(うなずく)そう。彼は、レプリロイド再生技術を完全なものにするため、"ミュータブルメタル"という素材を研究していたんだ。それで造った素体に、レプリロイドのデータをインプットすれば、すぐさま、そのデータ通りの姿と性能を持ったボディに変わる……まあ、実験はなかなかその通りにはいかなかったし、何より、違法だったけどね。

 

ダグラス:

(驚いて)す……すげーな、そんなこともやってたのか。

 

ゼロ:

……

 

ゲイト:

(皆に錨を示して)コレは、レプリロイドの再生とは違うけど、その技術の応用なんだ。この錨は、ミュータブル素体と、"思い出"とを繋ぐ役割を果たす。

 

エックス:

"思い出"を……?

 

ゲイト:

(手のひらに錨を載せ、握ってみせる)こうして、もう居ない誰かのことを強く思い出せば、この錨はそれをデータとして記録し、ミュータブル素体に移すことができるんだ。そうすれば、素体はそのデータを反映した姿に変わる……あくまで、本人の"再生"じゃなく、コピーみたいなものだけどね。……まだ未完成の技術だし、正直、使いようもないかと思ってたけど、もし、少しでも役に立てられたら――

 

ゼロ:

(冷ややかに)……なるほどな。つまり、オレは、その技術を完成させるための実験台ってわけか。

 

 

 

 

ゼロの言葉に動揺する四人。

 

 

 

ゲイト:

(うろたえて)ち、違う。そんなつもりじゃ……

 

ゼロ:

(嫌悪をあらわに)ナイトメアという、くだらない"おもちゃ"だけでは飽き足らず、まだ、そんな"コピー人形"を作りつづけていたとはな。あいにくだが、オレにはそんなものは必要無いし、そんなもののために、"彼女との思い出"をあんたに提供する気も無い。他をあたってくれ。(テーブルから離れ、足早に去っていく)

 

エックス、エイリア、ダグラス:

ゼ、ゼロ……!

 

ゲイト:

(立ち上がってゼロを追う)待ってくれ、ゼロ! 誤解だよ……!

 

防護服の男:

(ゴミ箱を押しながら)ふふ、なるほどね……一時は壊滅寸前とまでいわれたハンター組織が、ここまで立ち直れた秘密……まさか、あの異端の天才科学者ゲイトが居たなんてね……! しぶとく生きてたんだなぁ! 相変わらず、すごい技術力があるみたいだし……こりゃ、"旦那"にいい報告ができますよ、っと!

 

 

 

つかつかと歩み寄ったゼロが、防護服の男を追い越しながら、思いきり力を込めて缶をゴミ箱に投げ込む。鋭い金属音が響き、またしても、周囲からの視線が集中する。振り向きもせず、そのまま出ていくゼロ。その後ろで立ちすくみ、取り残されるゲイト。そして、二人の間で思わず飛び上がっている防護服の男。

 

 

 

防護服の男:

(激しく動揺しながら)び、び、びっくりした~! バ、バレたかと思ったけど、違うのか……でも、もう長居は無用だね。ゼロだのエックスだの、今は相手にしたくないし、とっとと引き上げますか!

 

 

 

防護服の男も、ゴミ箱と共に慌てて出ていく。その後ろで立ちつくすゲイトに、エックスたちが駆け寄る。

 

 

 

エックス:

ゲイト、大丈夫かい?

 

エイリア:

残念だったわね。でも、あなたに悪気が無いことは、みんなわかってるわ。

 

ダグラス:

そうさ。ゼロだって、きっとわかってる。ただ、アイツは――

 

ゲイト:

(険しい表情で)待って。……さっきのあの作業員、いったい誰だったんだろう?

 

エックス、エイリア、ダグラス:

えっ?

 

 

 

ゲイト:

(ポケットから、今度は小型端末を取り出す)あの防護服、明らかに素材が違ってた。今、ここで使われてる防護服は、全て、ボクがスクラップから開発したリサイクル素材でできてるからね。……アレはニセモノだよ。

 

エックス:

(驚く)何だって!

 

 

 

ゲイトが端末に触れると、彼の白衣の下から、四体の小さなトンボ型メカがビュンと空中に飛び出す。

 

 

 

エックス:

(また驚く)えっ? ……ヤ、"ヤンマーオプション"?

 

エイリア:

(驚く)そ、そんなもの持って歩いてるの?

 

ダグラス:

(驚く)い、いつも? 身体中に?

 

ゲイト:

(笑って)こんなこともあろうかとね。何かと便利なんだよ。(トンボメカに命じる)サーチ!

 

 

 

すぐさま、トンボメカたちは防護服の男を追い、通路へと飛んでいく。

 

 

 

ゲイト:

(端末の画面を見ながら)……居ないぞ。もう、その通路には居ない。姿が消えてしまった。

 

エックス:

なんて素早いんだ……やっぱり、ただ者じゃないのか。

 

ダグラス:

おいおい、なんかヤバそうだな……オレたちも行こうぜ!

 

エイリア:

ええ。早く見つけましょう!

 

 

 

その時、防護服の男の姿は、研究棟への通路の入口にある。

 

 

 

防護服の男:

ふう、危機一髪……しかし、ゲイトが居るとわかったら、もうちょっとだけ寄り道したくなっちゃったね。この先に、きっとヤツの研究室があるはず……!

 

ゼロ:

(後ろから呼び止める)どこへ行くんだ?

 

防護服の男:

(ギクリと立ちすくむ)ひえっ!

 

 

 

(続く)



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復活のギーク・2

ついに正体を表した謎の男。彼の目的とは?
(2021年6月13日~7月19日)


防護服の男は、恐る恐る振り返る。彼の背後から、疑いに満ちたまなざしを向けているゼロ。

 

 

 

防護服の男:

やばッ……オレ、詰んだかも……

 

ゼロ:

一般作業員は、この先に用は無いだろう。道に迷ったのか?

 

防護服の男:

(慌ててごまかそうとする)あー、はい、そうなんすよ! 入ったばっかで、慣れてないもんで! いやー、ハンターベースってマジで広いっすね、へへへ!

 

ゼロ:

なるほど、新人か。どうりで、見慣れないわけだ。

 

防護服の男:

ええ、どうも、さーせん! 失礼しました! とっとと消えますわ! お疲れ様っす!(ガラガラと音をたててゴミ箱を押しながら、ゼロの脇を通り抜けようとする)

 

ゼロ:

……だが、それにしては速すぎるな。

 

防護服の男:

(またも立ちすくむ)ぐひッ!

 

ゼロ:

(詰め寄る)ハンターと同等の身体能力……ここを狙って来たとしか思えん。あんたは、何者だ?

 

防護服の男:

(観念する)……はー、やっぱ寄り道とか考えるんじゃなかったぜ。ずっとオレに目ぇ付けてたわけ?

 

ゼロ:

さっき、あんたに近づいた時に感じた。以前にも、どこかで会ったことがあるってな。

 

防護服の男:

ちくしょう、マジで詰んだわ……

 

 

 

この時、通路の奥から飛んできた四体のトンボメカが、防護服の男を取り囲む。

 

 

 

防護服の男:

な、何、何? おいおい、もう勘弁してくれって!

 

 

 

トンボメカたちは目を光らせながら防護服の男の周囲をぐるぐると回り、鋭い警告音を発しはじめる。

 

 

 

ゼロ:

(驚く)何だ?

 

ゲイトの声:

ゼロ!

 

 

 

 

通路の向こうから、ゲイト・エックス・エイリア・ダグラスがこちらへ走ってくる。

 

 

 

エックス:

ゼロ、ソイツを捕まえてくれ!

 

ゲイト:

IDの不正使用を確認! 侵入者だ!

 

ゼロ:

何だと!

 

 

 

通りかかった数名のハンターたちも騒ぎを聞きつけ、ゲイトたちに加わる。たちまち取り囲まれる防護服の男。

 

 

 

防護服の男:

(両手を挙げながら)あちゃー、こりゃまた大勢集まっちゃって……!

 

ゼロ:

(セイバーを構えて)これまでだ。動くなよ!

 

防護服の男:

へいへい!

 

 

 

セイバーのひと振りで、閃光とともに防護服が切り裂かれ、その下に隠されていた銀色の長い髪があらわになる。彼の素顔に驚愕する一同。

 

 

 

ゼロ:

おまえは……!

 

エックス:

ダイナモか! ここで何をしている?

 

ダイナモ:

(手を挙げたままで、不敵に笑う)ははは……ひさしぶりの再会だってのに、ずいぶんつれないじゃない?

 

ダグラス:

ハ、ハンターベースに入り込むとは、大した度胸だな! 何しに来やがった!

 

エイリア:

どうせ、誰かの差し金なんでしょ? 報酬のためなら、それこそ、スペースコロニー落としでも何でもするあなただものね。今度は、誰に雇われたの?

 

ダイナモ:

やれやれ、かわいい顔して、厳しいね~! ま、こちとら、おたくらみたいな公務員様と違って、いろいろと大変なんだよ。そのへん、わかってくれる?

 

 

 

 

ゲイト:

……なるほどね、キミがあのコロニー落としの実行犯なのか。

 

ダイナモ:

うひょう! これはこれは、ゲイト大先生! まさか、こんなところで本物に会えるなんてね!

 

ゼロ:

そろそろ黙れ。後は、取調室で話してもらおう。

 

エックス:

ああ。じっくり聞かなきゃならないことが、いろいろとありそうだ。もう手は出ないだろう。

 

ダイナモ:

あー、確かに手は出ないわ。……しゃーない、ほんじゃま、足を出すか!(ガンとゴミ箱を蹴る)

 

ゲイト:

(はっとして、大声で叫ぶ)みんな、離れて!

 

 

 

突然、ゴミ箱が、ものすごい勢いで白い煙を噴き出す。同時に、数体のバットンボーンが羽ばたいて空中に飛び出す。皆、小さな弾を抱えており、それらが次々に破裂して火花を散らす。通路は大混乱に陥る。

 

 

 

エックス:

(煙の中で)しまった……!

 

ダイナモの声:

ははははは、残念だったね、ハンター諸君!

 

ゼロ:

くそっ、逃がすか!

 

 

 

しかし、一同、煙に視界を奪われ、バットンボーンの攻撃に遭い、身動きもままならない。

 

 

 

ダグラス:

(煙の中で、懸命にエイリアを守ろうとしながら)やられたぜ……エイリア、大丈夫か?(不意に、横から突き飛ばされる)うおっ!

 

エイリア:

(腕を掴まれる)キャッ!

 

ゲイト:

どうした、エイリア!(突き飛ばされる)うわぁぁっ!

 

ダイナモ:

悪いねぇ。ここを出るまで、ちょっくら盾になってもらうよ、レディ!

 

 

 

 

やがて、通路を覆っていた煙は消えはじめる。エックスたちは、ようやくバットンボーンの破壊にも成功する。

しかし、エイリアはダイナモと共に姿を消し、ダグラスとゲイト、後から加わったハンターの一人は床に倒れている。

 

 

 

エックス:

(怒りに震えて)逃げられたか……それに、エイリアまで……!

 

ゼロ:

みんな、大丈夫か?

 

ダグラス:

(起き上がる)あ、ああ、オレはなんとか。……おい、ゲイト!

 

ゲイト:

(起き上がる)だ、大丈夫だ。

 

エックス:

(もう一人のハンターを助け起こす)キミは?

 

ハンター:

(負傷している)す、すみません……腕をやられました……

 

ゼロ:

(残りのハンターたちに)彼をメディカルルームへ連れていってくれ。(エックスに)オレたちは、ダイナモを追うぞ。

 

エックス:

ああ!

 

ハンターたち:

わ、わかりました! お気をつけて!

 

ゲイト:

(痛みをこらえているような様子で)……ちょっと待って。

 

エックス:

え?

 

ゼロ:

おい、あんたもケガを……?

 

ゲイト:

平気だよ。……ヤンマたちが、まだアイツを追ってる。この後、ボクが研究室からナビゲートするから、エックスとゼロはそれに従ってくれ。

 

ダグラス:

おいおい、本当に大丈夫なのか? あんたもメディカルルームへ行った方が……

 

ゲイト:

大丈夫、後で充分さ。ほら、コレを。(先ほどのものとは別の錨を二つ取り出し、エックスとゼロに投げ渡す)

 

 

 

 

それぞれ、一つずつ錨を受け取るエックスとゼロ。

 

 

 

エックス:

コレは?

 

ゲイト:

アンカリング・チップの別バージョンさ。こんなこともあろうかとね。ゲイトナンバーズの武器データを記憶させてあるんだ。

 

ゼロ:

それじゃ、コイツは……

 

ゲイト:

そう……(立ち上がろうとしてよろめき、ダグラスに支えられながら)キミたちはまた、彼らの能力を、特殊武器や必殺技として使えるようになる。"ミュータブルバスター"、"ミュータブルセイバー"と組み合わせることでね。

 

ダグラス:

フラフラじゃねーか!(呆れながら、苦笑して)全く、いろいろと用意がいいこって。

 

ゲイト:

ごめんよ、ダグラス。ありがとう、本当に大丈夫だ。

 

エックス:

わかった、使わせてもらうよ。急ごう! エイリアが危ない!

 

ゲイト:

(すまなそうに)……ただ、この技術もやっぱり、実験を経ていない不完全なものなんだ。実戦で使う前に、キミたち自身に検証してもらうつもりではいたけどね。……ゼロが言った通り、ボクは、またキミたちを実験台にしようとしてるみたいなものさ。"人形"なんかよりもはるかに危険な、"武器"を完成させるための実験台に。

 

ゼロ:

ゲイト……

 

ゲイト:

でも、どうかコレだけはわかってほしい。もういちど生命を、やり直すチャンスを与えてくれたハンター組織のために、役に立ちたい。その気持ちは、ずっと変わらないってことを。

 

 

 

一瞬、張りつめた空気が流れる。

 

 

 

エックス:

(笑ってうなずく)大丈夫。信じてるよ、ゲイト。

 

ゼロ:

ああ。実験台も、悪くはないさ。最高の検証結果を出してやる。

 

ダグラス:

(ほっとして)だとよ、相棒。

 

ゲイト:

……ありがとう。それじゃ、始めよう!

 

 

 

 

エイリアを捕えたままで通路を走るダイナモ。彼の強い力に振り回され、エイリアは早くも消耗している。

 

 

 

ダイナモ:

(しきりに周囲を見回して)やれやれ、マズったね。こりゃ、完ペキに迷ったわ。本当に広いねぇ、ハンターベースって。

 

エイリア:

(掴まれた腕を振りほどこうとする)い、いいかげん、離して!

 

ダイナモ:

(腕を掴んだ手に更に力を込める)そう嫌わないでよ、ちょっとしたデート気分なんだからさ。 ……ほら、また来た。

 

 

 

彼の前に、ハンターたちが立ちはだかる。

 

 

 

ハンターたち:

(一斉に武器を構える)止まれ! 動くな!

 

ダイナモ:

はい、出番。(すかさず、エイリアを盾にする)悪いけど、急いでるんだよね! お仲間の、まして、こんな美しいレディの悲鳴なんか聞きたくないっしょ?

 

エイリア:

(怒りに震えて)……全く、サイテーね。こっちも、デート気分でハイヒールを履いてくるべきだったわ。そうすれば、そのイヤな横っ面を思いっきり蹴り飛ばしてあげられたのに!

 

ダイナモ:

はは、そのためには、まず外へ出ないと、だろ……?(エイリアの腕を、肩からむしり取らんばかりに強く引っぱる)

 

エイリア:

(関節が激しく軋む)キャアアア……!

 

ハンターたち:

(うろたえながら、武器を下ろす)ひ、卑怯な……!

 

ダイナモ:

わかればセンキュー!(力を緩める)

 

 

 

まだ腕を掴まれたままで、エイリアは床に膝をつく。うつむいた彼女の目に、先ほどのトンボメカの姿が映る。四体のトンボメカが、距離を取りながら、床すれすれの高さを飛んで自分たちについてきているのだ。仲間に見守られていることを確信し、安堵するエイリア。

 

 

 

ダイナモ:

ほらほら、しゃんとしなって!(エイリアを無造作に引っぱって立たせる)行くよ!

 

エイリア:

……待って。ね、アレに乗るのはどうかしら?

 

 

 

エイリアが指し示す先には、非常用エレベーターがある。

 

 

 

 

ダイナモ:

(ニヤリとして)あ、なーるほどね。気づかなかったわ。急に協力的になったじゃない?

 

エイリア:

仕方ないわ。これ以上、みんなを巻き込みたくないもの。速やかに退散していただくわ。

 

ダイナモ:

もちろん、そのつもりよ。でも、途中でストップして宙ぶらりんとか、そういうのは勘弁してほしいんだけど。

 

エイリア:

心配しないで。ここから乗れば、地上階までノンストップよ。旧ホリエ地区方面に出られるわ。

 

ダイナモ:

頼りにしてますよ。(エイリアを連れたまま、エレベーターに向かう)

 

ハンター:

おい、待て! もう充分だろう、彼女を解放しろ!

 

ダイナモ:

こう見えて、用心深いたちなもんでね。もうしばらく、二人っきりにさせといてくれる? 誰もついて来ないでよ?

 

 

 

この様子は、トンボメカのカメラを通して、実験室のゲイトに送られている。

 

 

 

ゲイト:

非常用エレベーターだ。地上まで、およそ二十秒。

 

ダグラス:

オッケー、いつでも転送できるぜ。

 

ゲイト:

(うなずいて)エックス、ゼロ。ダイナモとエイリアは、その先のE23号エレベーターに乗った。今から、ミュータブルバスターとミュータブルセイバーを転送する。転送が完了したら、さっきのアンカリング・チップをセットするんだ。ダイナモを、この敷地から出さないでくれ。

 

エックス、ゼロ:

(通路を走っている)了解。

 

ゲイト:

……エイリアを、頼むよ。

 

 

 

エレベーターに乗り込むダイナモとエイリアを見送るしかなかったハンターたちの前に、エックスとゼロが姿を現す。エックスはバスターを構え、エレベーターのすぐ脇にある窓を続けざまに撃つ。更にゼロがセイバーで斬りつけ、窓ガラスが砕け散る。そこから、ひらりと外へ飛び出す二人。

 

 

 

ハンターたち:

あ、ああ……!(驚いて一斉に駆け寄る)

 

 

 

慌てて見下ろすハンターたちの目の前で、エックスとゼロは垂直の壁面を滑り降り、みるみる小さくなっていく。エックスの左腕と、ゼロの背中のセイバーが光りはじめる。

 

 

 

 

やがて、ダイナモとエイリアは建物の外へ出る。すぐそばに非常用ゲートの付いた塀が建ち、その向こうには、まだ整備されていない"旧ホリエ地区"の廃ビル群が見える。

 

 

 

ダイナモ:

(あたりを見回して)ヒュー、サイコーじゃない! すっかり世話になっちゃったね、レディ。

 

エイリア:

どういたしまして。そろそろ、離してくれる? あのゲートを開けるわ。

 

ダイナモ:

いや、それには及ばないよ。名残惜しいけど、ここでお別れだ。(今出てきた建物の方に身体を向けて)いいかい? オレが手を離したら、キミはそのままビルの中へ戻るんだ。絶対に、絶対に、絶対に振り返らずに。約束できる? ……女性には剣を向けたくないからさ。

 

エイリア:

ええ、わかったわ。

 

ダイナモ:

オッケー。それじゃ、シーユー!(エイリアの腕を掴んでいた手を離し、彼女の背中を押す)

 

 

 

エイリアは一瞬よろめくが、すぐに体勢を立て直して振り返る。

 

 

 

エイリア:

(鋭く)動かないで!

 

 

 

驚くダイナモ。エイリアの両手には、護身用の小型レーザーガンが握られている。

 

 

 

ダイナモ:

(あっけにとられて)え? え? ちょっと待って、ソレ、本物? マジで?

 

エイリア:

手を挙げなさい、大マジよ! ここでなら、遠慮無く思いっきり撃てるわ!

 

ダイナモ:

(慌てて手を挙げる)ちょ、ちょちょ、ちょい待ち! ヤだなー、おどかさないでよ! ……ね、まさかキミ、独りでオレとやり合うつもりなの? その銃は確かに本物だろうけどさ、ソレ一個で、本気のオレに勝てると思うわけ……?

 

エイリア:

(くすりと笑って)無理でしょうね、もちろん。でも、大丈夫。私、独りじゃないもの。

 

ダイナモ:

は……?

 

 

 

 

頭上から迫る気配。赤と青、二条の光が空中で閃く。ダイナモはとっさに剣を抜き、躍りかかってきたゼロの刃を弾き返す。その一瞬の間に、地面に降り立ったエックスが風のようにエイリアを連れてその場から遠ざける。

 

 

 

エイリア:

(ようやく、不安と緊張から解き放たれる)ああ、ゼロ……! エックス……!

 

エックス:

(両手でエイリアの肩を抱いて)大丈夫かい、エイリア!

 

エイリア:

(思わず、真っ赤になる)え、ええ……あ、ありがとう、エックス……

 

エックス:

(心配そうに)よく頑張ってくれたね。もう少しだ。もう少しだけ、ここで待っててくれ!

 

ダイナモ:

(慌てて飛びすさりながら)なんだよ、もうー! ほんっと、あきらめ悪いね、おたくら! せっかく、彼女とキレイにさよならしようと思ったのにさ! 全く、ヤボだよ、ヤボ!

 

ゼロ:

(銀色のグリップになったミュータブルセイバーを構えて)ヤボで結構。オレたちの用は、まだ済まないんでな。

 

エックス:

(こちらも銀色のミュータブルバスターを向けて)そうとも。まだ、さよならするわけにはいかないよ。取調室まで同行してもらわないとね。

 

ダイナモ:

(ついに逆ギレする)お断り! ……はー、さすがにアタマ来たわ。なんか、おニューの武器で気合い入っちゃってる感じ? そんなら、こっちもスポーツ気分とかじゃなく、マジで行かしてもらいますんで……!

 

エックス、ゼロ:

望むところだ!

 

エイリア:

(離れた場所から)エックス、ゼロ、気をつけて!

 

 

 

エックスが光弾を放つ。大きくジャンプしてかわすダイナモ。更に連射するエックス。ダイナモはブレードの刃を回転させ、赤い光の盾にして、エックスのショットを弾き飛ばす。

ダイナモの背後から斬りかかろうとするゼロ。ブレードを回したままでそちらに向き直るダイナモ。ブーメランのような小型の刃が、これも回転しながら次々に飛び出してくる。

ゼロは、自分に向かってくる刃をセイバーで叩き落とすが、幾つかの刃は不規則な動きを見せ、エックスやエイリアに向かって飛んでいく。

 

 

 

 

ゼロ:

チッ!

 

ダイナモ:

へへ、よそ見しなさんな!

 

 

 

ダイナモは高く飛び上がり、"ツバメ返し"でゼロの頭上から襲いかかる。巨大な赤い光の刃が空を切る。どうにか受け止めるゼロ。

こちらへ来る刃を撃ち落とすエックス。しかし、そのうちの一つが急速にエイリアに迫る。

 

 

 

エイリア:

(立ちすくむ)ああっ!

 

エックス:

エイリア!(光を放つバスターを彼女の方へ向ける)

 

 

 

この戦いの様子を、研究室のモニター越しに見守っているゲイトとダグラス。衝撃音とともに白い煙が立ち込め、エイリアの姿が見えなくなる。

 

 

 

ダグラス:

(動揺する)エ、エイリア……!

 

ゲイト:

……いや、大丈夫だ!

 

ゼロ:

エイリア!

 

ダイナモ:

おーっと、狙ったつもりは無いけど、当たっちゃったかな? 勇ましいレディに!

 

 

 

しかし、煙が晴れると、そこには巨大な白い貝を模した盾が現れている。それに守られ、無傷のエイリア。

 

 

 

ダグラス:

(驚く)な、何だアレ? すげー!

 

ゲイト:

(誇らしげに)"ガードシェル"。シールドナー・シェルダンの武器さ。

 

ダイナモ:

(驚く)はぁ? 何、そのデカい貝! 人魚姫かいっての!

 

ゼロ:

おい! そっちも、よそ見するんじゃないぜ!

 

 

 

(続く)



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復活のギーク・3

いつもありがとうございます。( ̄▽ ̄;)" またしても、予定外の長さとなってしまいました。そしてバトルがひどいです。ごめんね、ダイナモ……
(2021年7月20日~8月9日)


貝の盾に気を取られていたダイナモは我に帰る。セイバーを構え、先ほどの自分と同じように空中高く舞い上がっているゼロの姿。次の瞬間、彼は、閃光と共に目にも止まらぬ速さで急降下する。灼熱の刃にまともに斬られるダイナモ。

 

 

 

ダイナモ:

(よろめく)うおぉぉ……!

 

ゼロ:

(着地しながら)空中戦は、おまえの専売特許ってわけじゃないからな!

 

ゲイト:

(思わず、拳を振り上げて)いいぞ! "旋墜斬(センツイザン)"だ。グランド・スカラビッチの!

 

ダグラス:

(感嘆の息をつく)……本当に、すげーな。あんたの生み出したナンバーズたちが、今、ここでまた生きてるみたいだ。

 

ゲイト:

(少し沈んだ声で)……ああ、そうさ。彼らの頭脳チップは、地下深くに封印されてる――事実上の"埋葬"だ。もう、彼らが自分のボディを持って直接的に活動することは無い。もう、二度とね。

 

ダグラス:

(慌てる)ゲイト……

 

ゲイト:

(再び力強く)だけど、彼らはまだこうして、間接的にでも、確かに生きてる。エックスとゼロが、彼らに、そして、ボクにも与えてくれたんだ。あやまちを償い、正しく力を使う機会を、もういちど。

 

ダグラス:

(何度もうなずく)ああ……そうだな。彼らの力……アイツらが、ソレを間違った方向になんか持っていくわけが無いぜ。

 

ゲイト:

うん。(ふと不安そうに)……このまま、二人のミュータブルウェポンが正常に働きつづけてくれればいいけど……

 

 

 

モニター画面には、傷を負ったダイナモの姿が映し出されている。

 

 

 

ダイナモ:

(まだ、不敵な笑みを浮かべている)いててて……、油断したね……

 

エックス:

(バスターを向けて)悪あがきはやめろ! このままだと、もっと痛い目を見ることになるぞ!

 

 

 

 

ダイナモ:

(体勢を立て直して)ご冗談! こちとら、あんたらとは違って、苦労してるんだっつーの!

 

エックス:

頭を冷やした方がよさそうだな!

 

 

 

再びブレードを回転させ、エックスに斬りかかるダイナモ。エックスは飛びすさりながらバスターを撃つ。凍てつく冷気とともに、きらめく氷の塊が放たれる。

 

 

 

ダイナモ:

何だと!

 

 

 

幾つかの氷は回るブレードに当たって砕け散るが、岩のような巨大な塊がブレードもろともダイナモの身体を直撃し、突き飛ばす。

 

 

 

ダイナモ:

(倒れる)うわぁぁっ!

 

エイリア:

(貝の盾の陰から)ブリザード・ヴォルファング……!

 

ゲイト:

"アイスバースト"だ!

 

ダイナモ:

く、くそっ……!(冷気の中、なおも立ち上がろうとする)

 

ゼロ:

頭は冷えたか? 冷えすぎて動けないようだな。

 

ダイナモ:

(不吉な予感を覚える)え……、おい、まさか……! ちょ、ちょい待ち!

 

 

 

今度は、ゼロのセイバーがまばゆい炎を噴く。いまだ立ち上がれていないダイナモの身体を、炎の刃が下から上へ斬り上げ、灼き焦がす。

 

 

 

ダイナモ:

ぎゃあああ……!(傷口から火花を散らし、再び倒れる)

 

ダグラス:

アレは、ブレイズ・ヒートニックスの……!

 

ゲイト:

そう、"翔炎山(ショウエンザン)"だ!

 

 

 

火花と黒煙に包まれ、倒れたまま動かなくなったダイナモ。警戒しつつ、エックスとゼロは彼に近づく。

 

 

 

ダイナモ:

(うめきながら、低く)……ちくしょう……さっきから、妙な小細工ばっかしやがって……!

 

ゲイト:

ボクがこの手で生み出した、ゲイトナンバーズ……キミたちの思いを、二度も虚しく散った生命を、今度こそ、今度こそ無駄にするものか。

 

 

 

 

不意に、意外なほどの素早さで身を起こし、立ち上がるダイナモ。エックスとゼロは再び身構える。

 

 

 

ゼロ:

コイツ、まだやる気か?

 

エックス:

いいかげん、もうよせ! これ以上抵抗すれば、おまえの生命にかかわるぞ!

 

ダイナモ:

(拳を固め、エネルギーを集中させる)ご心配どうも。こうなりゃ、あんたらも道連れだ!

 

ゲイト:

(はっとして)アレは……!

 

 

 

ダイナモはエネルギーを込めた拳を振り上げ、足元を目がけて思いきり叩きつける。地面が裂け、噴き上がる溶岩のようにエネルギーがあふれ、幾つもの光の柱となって一同を襲う。

 

 

 

エックス、ゼロ:

(光の柱に切り裂かれる)うわああああ!

 

エイリア:

(貝の盾が破壊される)キャアアア!

 

ダグラス:

(まばゆく光るモニター画面に向かって)なんてこった! お、おい! みんな……!

 

ゲイト:

(急いで呼びかける)大丈夫かい! エックス! ゼロ! エイリア!

 

 

 

光の柱が消え、無残に破壊された地面に倒れているエックスとゼロ。少し離れてうずくまっているエイリア。エックスは左腕に傷を負い、ミュータブルバスターが溶けたように変形している。

 

 

 

ゲイト:

(衝撃を受ける)バスターが……! エックス、しっかりしてくれ!

 

ダイナモ:

(倒れた一同を見渡して)はー、やれやれ……コレ、あんまやりたくなかったけど、しゃーないね。今度こそ消えますわ。……全く、生命が幾つあっても足りないよ、マジで。

 

 

 

足を引きずりながら塀の方へ向かうダイナモ。その背中にレーザーが命中し、火花が散る。

 

 

 

ダイナモ:

痛ッ!(驚いて振り向く)何だ?

 

エイリア:

どこへ行くの、まだ終わりじゃないわよ!

 

 

 

 

傷つきながらも必死に立ち上がり、再びレーザーガンを構えているエイリア。解けて乱れた金髪が、激しい呼吸に合わせて上下する肩を覆っている。

 

 

 

ダグラス:

(うろたえる)エ、エイリア! 何やってんだ、おい!

 

ゲイト:

(叫ぶ)ダメだ、エイリア! やめてくれ、危険すぎる……!

 

エックス:

(倒れたまま、まだ動けずに)エ、エイリア……!

 

ゼロ:

(こちらも倒れたまま、手から離れたセイバーを掴もうとする)ちくしょう……、ムチャしやがるぜ……!

 

 

 

ダイナモはしばらくエイリアをじっと見つめ、やがて笑い出す。

 

 

 

ダイナモ:

はははははは……! いやー、参ったね、こりゃ! 全く……ほんっと、見かけによらずいい根性してるよ、レディ! 気に入ったわ! ブラボー!(パチパチと手を叩く)

 

エイリア:

(震えながら)あ、ありがとう! そう思うなら、さっさと捕まってちょうだい! あんたの身のためよ!(正面から更にダイナモを撃つが、余裕綽々でかわされる)

 

エックス:

(必死で半身を起こし、這うようにしながら)エイリア……、もういい……! 離れるんだ……!

 

エイリア:

でも、エックス……!

 

ダイナモ:

へへ、隙あり!

 

 

 

エイリアの手から銃を弾き飛ばすダイナモ。銃は空を舞い、乾いた音をたてて遠くに落ちる。その一瞬の間に、エイリアは両手の自由を奪われ、赤い光の刃を喉元に突きつけられている。

 

 

 

エックス、ゼロ、ゲイト、ダグラス:

エイリア!

 

エイリア:

ご、ごめんなさい……!

 

 

 

 

ゼロ:

(ようやくセイバーを取り戻し、よろめきながら立ち上がる)彼女を放せ! おまえの相手は、オレたちだ!

 

 

 

しかし、セイバーにも異常が起きている。グリップから、光の刃が出ないのだ。

 

 

 

ゲイト:

(絶望感にとらわれる)ま、まさか……セイバーもか……!

 

ダイナモ:

(鋭く)動くな! 今回は容赦しないよ? 生命のやり取りに飛び入り参加したからには、それなりの覚悟ってもんがあるはずだからね。そうでしょ、レディ?

 

エックス:

(激しい怒りに駆られる)キサマ……、ふざけるな……!

 

ダイナモ:

(エイリアを引きずるようにして、ジリジリと塀に近づいていく)このまま、二人でランデブーといかせてもらいますよ。彼女の生命が惜しきゃ、下手に動かないこったね!

 

ダグラス:

(狼狽)ヤバい……ヤバいぜ、ゲイト! エイリアがさらわれちまう……!

 

ゲイト:

(頭を抱える)くそっ……このまま、何もできないのか……!

 

エックス:

うう……(傷ついたバスターをチャージしようとする)

 

エイリア:

(叫ぶ)エックス、やめて! 腕が……!

 

ゼロ:

エックス……!

 

エックス:

うおおおおお!(立ち上がり、バスターを高々と空に突き上げる)

 

 

 

突然、エックスの変形したミュータブルバスターがまばゆい光を放つ。それはそのまま完全に溶けてミュータブルメタルの塊となり、エックスの腕を離れて空中に浮かび上がる。

 

 

 

ダイナモ:

な、何だよ、今度は?

 

 

 

驚く一同の目の前で、ミュータブルメタルは急速に変容を遂げ、銀色の、大きな二枚の翼をもったワシ型レプリロイドの姿となる。

 

 

 

 

エックス、ゼロ:

(目を見張る)ストーム・イーグリード……!

 

 

 

一同の頭上で力強く羽ばたきながら更に高く上昇していくその姿は、全身が銀色をしている他は、在りし日のイーグリードのそれを寸分たがわず写している。

 

 

 

ダグラス:

(叫ぶ)何だ、ありゃ!

 

ゲイト:

(震える声で)ま、まさか……コレは……い、いったい、何事なんだ……奇跡が起きているのか……!

 

ダイナモ:

(愕然と)……何だ、コレ……マジでヤバくね……?

 

 

 

そう呟いたダイナモを目がけ、鋭い刃のように空気を切り裂きながら急降下してくるメタル・イーグリード。

 

 

 

ダイナモ:

ひ、ひえぇぇ……!(うろたえ、思わずエイリアを突き飛ばして逃げようとする)

 

エイリア:

ああっ!(よろめき、地面に膝をつく)

 

エックス:

エイリア!(我に帰り、駆け寄る)

 

 

 

エイリアの身体を抱いて地面に伏せるエックス。メタル・イーグリードの強烈な体当たりがダイナモを襲う。

 

 

 

ダイナモ:

(弾き飛ばされ、地面を転がる)だぁーーッ! もう、イヤ!

 

 

 

体当たりが命中するのと同時に、メタル・イーグリードの姿は幻だったかのように崩れ去り、無数のミュータブルメタルの破片となって散らばり落ちる。それらに混じって、錨の形のアンカリング・チップも地面に落ちる。

 

 

 

ゼロ:

(エックスとエイリアの傍らに膝をつきながら)大丈夫か、エイリア!

 

エイリア:

(顔を上げる)え、ええ。ありがとう。それにしても……すごいわね、エックス! 驚いたわ!

 

エックス:

(誰よりも驚き戸惑っている)い、いや……オ、オレにもわからないよ。ま、まさか、バスターがイーグリードになるなんて……

 

ゼロ:

ゲイト、見えてたか? アレもあんたが?

 

 

 

 

ゲイト:

(興奮さめやらぬ様子で)ああ、確かに見たよ。でも、ボクが何かしたわけじゃない。なぜかはわからないけど、武器データを記憶させておいたアンカリング・チップが、偶然にエックスの"思い出"の中からイーグリードの姿を読み取り、ミュータブルメタルを素体としてコピーした……そんなところじゃないかな。

 

ダグラス:

ぐ、偶然なのかよ!

 

エックス:

(身を起こす)そういえば……何もできなくなったあの時、オレはこう思ったんだ。『助けが、助けてくれる誰かがほしい』って……

 

ゼロ:

なるほど……それは偶然というより、キミが彼を呼んだのかも知れないな。

 

エックス:

オレが? そうなのかな……

 

エイリア:

(エックスに続き、身を起こす)そうね。本当にそうなのかも――(はっとして)ダイナモが!

 

 

 

ミュータブルメタルの破片に覆われて倒れていたダイナモは、必死に這うようにして塀に近づいていく。

 

 

 

エックス:

しまった!

 

ゼロ:

(立ち上がる)……オレも、誰かを呼べるだろうか。"思い出"の中から……

 

エイリア:

ゼロ……

 

 

 

ゼロは、機能しなくなったグリップを握り直して空を突く。応えるように、グリップは彼の手の中で強い輝きを放つ。次いで、通常のゼットセイバーのものとは明らかに異なる、直線的な赤い光の刃が長く宙に伸びる。それは、かつて彼の旧友が手にしていた剣を彷彿とさせる。

 

 

 

エイリア:

(目を見張る)ああ……!

 

ダグラス:

(驚く)おい、また何か起きてるぞ! どうなってんだ!

 

ゲイト:

(歓喜する)ははは、すばらしい……実にすばらしい……!

 

エックス:

(立ち上がる)ゼロ、ソレって……

 

ゼロ:

(うなずいて)……キミの力を借りるぞ、カーネル。

 

 

 

 

ダイナモ:

(文字通り、這う這うの体で塀に向かいながら)さーせんっした! いやもう、マジさーせんっした! 調子こき過ぎました! アイツら、やっぱただ者じゃないっすわ! と、とにかく、情報だけは届けないと……(ちらりと振り向き、赤い光の刃を振りかざしたゼロの姿を遠くに確認する)やばッ!

 

 

 

慌てて立ち上がるダイナモ。そのすぐ目の前に、瞬間移動したかのような速さで突然迫ってくるゼロ。

 

 

 

ダイナモ:

え、えーー?

 

ゼロ:

おりゃあ!(斬りかかる)

 

 

 

光の刃が空中に大きな赤い弧を描く。斬られたダイナモは後ろに吹き飛び、塀に背中を激突させる。彼は激痛の中でニヤリと笑うと、よろめきながら力を振り絞り、再び"ツバメ返し"の構えで高く飛び上がる。

ゼロはとっさに身構えるが、ダイナモは剣の代わりにワイヤーガンを握っており、真上に向けてフックを撃ち出す。フックは塀の縁を掴み、ダイナモは縮むワイヤーにぶら下がって急速に上昇していく。

 

 

 

ゼロ:

(驚く)何だと!

 

エックス:

(駆け寄ってくる)待て、ダイナモ!

 

ダイナモ:

(塀の縁にぴょんと飛び乗って)これ以上待てるかっての! ズダボロだよ、もう! くやしいけど、マジで懲りたわ! 認めますよ、あんたらには敵わないってね!

 

エイリア:

(駆け寄ってくる)どこへ行くの? 逃げきれると思う?

 

ダイナモ:

ま、お構い無く! 楽しかったよ、レディ。今度こそ、本当にさよならだ。

……最後に、コレだけ教えといてあげるよ。何度も言うけど、あんたらみたいな公務員様と違って、苦労してる連中は大勢居る。その中でも、あんたらに頼らず、自分たちで治安を維持していこうっていう組織が、力をつけてきてるんだ――"バウンティ・ハンター"がね。

 

一同:

"バウンティ・ハンター"……?

 

 

 

 

ダイナモ:

そ、自警団ってとこさ。これから、気をつけた方がいいよ。彼らが、あんたらにナワバリ争いをしかけてくるかも知れないからね。

 

エイリア:

何ですって?

 

エックス:

今回おまえを雇ったのは、その自警団なのか。

 

ゼロ:

ソイツらは、何者だ? どこに居る?

 

ダイナモ:

(笑って)守秘義務よ! ま、今オレが教えなくても、そのうち向こうから出てくるって! そいじゃ、今度こそ本当に、アデュー!(塀の向こう側へ飛び降りる)

 

エックス:

待て!

 

 

 

塀を蹴って登ろうとするエックス。しかし、左腕に負った深い傷が火花を散らす。

 

 

 

エックス:

ああっ!(左腕を押さえ、その場に膝をつく)

 

エイリア:

エックス!(慌ててエックスの肩を抱く)大丈夫?

 

ダグラス:

おい、ヤバいぞ、ゲイト!

 

ゲイト:

(手元のキーボードを叩きながら)……ヤンマたちに、ダイナモを追わせた。緊急配備を。エックス、ゼロ、エイリアはメディカルルームへ!

 

 

 

この時、ゼロも先程のカーネルの技の反動に襲われている。

 

 

 

ゼロ:

う、うう……(身体を震わせ、やはり膝をつく)

 

エイリア:

(エックスを介抱しながら)ゼロ! しっかりして!

 

 

 

セイバーのグリップもやはり形を失い、ミュータブルメタルの破片となって、力なく開いたゼロの手の中からこぼれ落ちる。最後に残ったアンカリング・チップを強く握りしめるゼロ。

 

 

 

ゼロ:

(うなだれて呟く)すまん、カーネル……こんな、ふがいない有様で……

 

 

 

 

シグナス:

この一件により、復興に邁進していた我々は思いがけず、手痛く出鼻を挫かれることとなった。

 

ハンターベースへのスパイの侵入を許し、応戦するも取り逃がしたこと。

 

その際ハンターたちが、それ以外の手段が無かったわけではないにもかかわらず、開発途中の、強力ではあるが不完全な武器を使用したこと。

 

これらは大きな問題だが、一方で、これまで噂に聞く程度でしかなかった"バウンティ・ハンター"の組織が、実在することが明らかとなった。

 

"ヤンマーオプション"による追跡は失敗し、ダイナモは包囲網をかいくぐってまんまと姿を消した。

 

ヤツがどの程度の情報を持ち帰ったかは不明だが、今後、実際に、彼らの存在は我々にとって脅威となるのかも知れない。

 

ゲイトは、責任の一端が自分にあるとして、何らかの処分を受ける覚悟を見せた。

 

一度取り消されたイレギュラー認定を再び受けることさえ――今度こそ、本当に生命にかかわる罰となるが――辞さないつもりであると。

 

だが、今回の"失敗"が、意図的に行われた"反逆行為"でなかったことは明白だ。

 

私は、ゲイトに"厳重注意"としてこう言い渡した。

 

今ある生命も、この組織での役割も、そして仲間たちの思いも、軽々しく投げ捨てるようなまねは許されない。まだまだ先の長い世界の再生と新たな事件に備えて、ギークはギークらしく研究室に戻っておとなしくしていろ、と。

 

 

 

(続く)



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復活のギーク・4

いつもありがとうございます。"f(^_^ ;) ようやく完結編です。本当は、この『ゲイトとの会話』がメインの、もっと短い話にするはずでした。
(2021年8月18日~9月1日)


その日の夕方。手当てを受け、メンテナンスルームで休んでいるゼロ。隣のメンテナンスルームには、同じように休んでいるエックスの姿がある。ベッドの傍らにはエイリアが立っており、二人は軽く談笑している。彼らの様子を、廊下からゲイトとダグラスが見ている。

 

 

 

ダグラス:

ま、エックスもゼロも、それほどひどいケガじゃなくてよかったよな。

 

ゲイト:

(うなずいて)それに、エイリアも。ダイナモを逃がしたことは、痛恨の極みだけどね。

 

ダグラス:

まあまあ、気にしすぎんなって。あんただけの責任ってわけじゃないんだからよ。シグナスだって、そう言っただろ?

 

ゲイト:

ああ。だけど、不確かなミュータブルウェポンを持ち出したのは、やっぱり短絡的だったと思うよ。このボクとしたことが、つい冷静さを失ってたんだ。

 

ダグラス:

(咳払いして)……なぁ、今回のことで思ったんだけどよ。

 

ゲイト:

ん?

 

ダグラス:

……あんたって、エイリアのこととなると、意外なくらい熱くなるよな。

 

ゲイト:

……!

 

 

 

ゲイトはしばらく、ダグラスの顔をまじまじと見つめ、やがてぷっと吹き出す。

 

 

 

ダグラス:

こ、こら! 人の顔見て笑うな!

 

ゲイト:

(大笑いする)あははは……、ごめん、ごめん。まさか、キミにそんなことを指摘されるとはね!

 

ダグラス:

な、何だよ! オレで悪かったな!

 

ゲイト:

でも……そうだね、確かにその通りかも知れないよ。まさか、そんなふうに、人の目にもはっきりわかるとは思ってなかったけど。

 

ダグラス:

いや、普通にわかるだろ!

 

 

 

 

ダグラス:

(更に、数回咳払いをして)あー……あのな。要らんお節介だってことを百も承知で言うぞ。

 

ゲイト:

何だい?

 

ダグラス:

……あんた、本当に大丈夫なのか?

 

ゲイト:

何が……?

 

ダグラス:

(目の前のメンテナンスルームを指しながら、声をひそめて)そのエイリアが、あんたじゃなく、エックスに寄り添ってるってことがだよ……!

 

ゲイト:

(あっけにとられて)は……?

 

 

 

またしても、ゲイトはしばらくダグラスの顔を見つめたのち、腹を抱えて笑い出す。

 

 

 

ダグラス:

(頭をかきむしる)ま、ま、またかよ、このヤロー! 人の顔見て笑うなっつっただろうが! そんなにおかしかったかよ!

 

ゲイト:

(身をよじって笑いながら)ごめん……、ごめんよ、ダグラス……! キミの気持ちには感謝するけど、あー、ほんと、傑作……!

 

ダグラス:

(本気で腹を立てて)わかった、わかったよ! ったく、心配して損しちまったぜ! もう知らねー! 知らねーよ! 放っといてやるから、勝手にしやがれってんだ!(ゲイトを残して立ち去ろうとする)

 

ゲイト:

(まだ笑いながら、慌ててダグラスを追う)ま、待って! 待ってくれ、本当に悪かったよ! でも、キミが心配するようなことなんて無いんだよ。(ようやくひと息ついて)……エイリアは、ああしてエックスに寄り添っていてくれるのがいちばんいいんだ。彼女にとっても、彼にとっても、ボクにとってもね。

 

ダグラス:

(驚く)……なんで? どういうわけだ?

 

 

 

二人はそのまま、話しながら廊下を歩いていく。

 

 

 

 

ゲイト:

そう、確かにボクは、彼女に"好意"を持っているといえる。数少ない理解者のひとりだったし、良きライバルでもあったしね。

 

ダグラス:

だ、だったら……なんで、そう言わないんだ……?

 

ゲイト:

(立ち止まって、興奮ぎみに)……ダグラス、キミも知ってるだろう? エイリアがエックスに向ける、輝くばかりの笑顔……あのクールな彼女が、エックスに接する時だけは、まさしく"恋する乙女"になるんだよ。(うっとりと)ああ、あの特別な笑顔……彼女をあんな笑顔にさせることができるのは、エックスだけなんだ。エックスに向けられる彼女の笑顔が、ボクを安心させてくれるんだよ!

 

ダグラス:

(ひどく戸惑う)……おい、ソレって……つまり……あんたは、エックスに恋するエイリアに恋してる、ってことなのか……?

 

ゲイト:

(うなずく)うん、そういうことかな。

 

ダグラス:

いや、『そういうことかな』じゃねーだろ! い、いいのかよ、本当にソレで! いっぺん、彼女にちゃんと言ってみたらどうなんだよ! それで断られたら、引き下がりゃいいだろ!

 

ゲイト:

(きっぱりと)いや、その必要は無いよ。

 

ダグラス:

何だよ、はなっからあきらめんな!

 

ゲイト:

(静かに)違うんだ。……わかるんだよ。彼女を幸せにできるのは、ボクじゃない。これまで、ボクが彼女にどれほどの迷惑をかけてきたと思う?

 

ダグラス:

(ナイトメア事件と、そこに至るまでの経緯を思い出す)そ、それは……

 

ゲイト:

(苦笑して)全く、ひどい男だよ。こうして生かしてもらってることが、すでに奇跡みたいなものなのに……この上、誰かの"愛情"まで得ようなんて、厚かましいにもほどがあると思わないかい?

 

ダグラス:

ゲイト……

 

ゲイト:

でも、もう心配は要らない。彼女は、確かな相手を見つけたんだ。きっと、誰よりも彼女に誠実な、世界でただひとりのひとを。だから、その彼に寄り添う彼女を見守ることができれば、ボクはそれでいい。

 

ダグラス:

(大きく息をついて)ふー……まあ、その……ともかく、あんたがそう言うなら、オレももう何も言わねーよ。

 

ゲイト:

ふふ、ありがとう、ダグラス。

 

 

 

 

ダグラス:

けどな、ゲイト!

 

ゲイト:

ん?

 

ダグラス:

……あんたの相手がエイリアじゃないにしても、誰かに愛されることが厚かましいなんて思うなよ。

 

ゲイト:

(驚く)え……?

 

ダグラス:

元イレギュラーだろうが、"囚人"みたいなもんだろうが、せっかくここで生きてるからには、ちょっとぐらい自分の幸せも考えろってんだ! わかったか、相棒!

 

ゲイト:

(目を輝かせて)ダグラス……それってひょっとして、キミがボクを愛してるってことなのかい……?

 

ダグラス:

(震え上がる)ギャーー! やめろ! ふ、ふざけんな! オ、オ、オレは違うぞ! ボルト・クラーケンみたいなオカマヤローと一緒にすんじゃねー!

 

ゲイト:

(またも爆笑)あははははは! 知ってるよ、冗談だってば!

 

ダグラス:

(ぐったりして)あ、悪趣味だ……ちくしょう、なんか一気に疲れたぜ……こ、これ以上コイツと居たら、ろくなことにならねー……(ゲイトと別れて、とぼとぼと去っていく)

 

ゲイト:

お疲れ様。また、明日ね。(ダグラスの姿が見えなくなってから、そっと呟く)……キミの友情に感謝してるよ、ダグラス。

 

 

 

 

 

 

その夜。ゲイトの研究室を誰かが訪ねてくる。

 

 

 

ゲイト:

(驚きをもって来訪者を迎える)キミは……!

 

エイリア:

(ためらいがちに)ハーイ、ゲイト。……遅くにごめんなさい。あの、相談したいことがあるんだけど、入ってもいいかしら……?

 

 

 

 

ゲイトはエイリアをソファに座らせ、リフレッシュ・リキッドの缶を渡す。

 

 

 

エイリア:

ありがとう。(缶を開けて)……いい香りね。

 

ゲイト:

ジャスミン茶タイプさ。(自分の椅子に掛けて)それにしても、今日は大変だったね。大丈夫かい?

 

エイリア:

(リキッドを一口飲んで)……ええ。私は大したことなかったし。

 

ゲイト:

その……すまなかったね。

 

エイリア:

え?

 

ゲイト:

ボクが、エックスとゼロに未完成のミュータブルウェポンを使わせたりしなければ、今頃は違った結果になっていたかも知れない。

 

エイリア:

(首を振る)やめて。あなたのせいじゃないわ。あの時、私がもっとしっかりしていればよかったのよ……

 

ゲイト:

(慌てて)キミこそ、そんなことを思う必要は無いよ。ダイナモには逃げられたけど、無事で本当によかった。

 

 

 

二人は、思わず顔を見合わせる。

 

 

 

ゲイト:

えーと……それで、ボクに相談って?

 

エイリア:

(固い決意を込めて)あのね……私、今日のことで思ったの。私も戦えるようになりたいって。

 

ゲイト:

(驚く)え?

 

エイリア:

これからも、また何があるかわからないわ。いざっていう時に自分の身を守れて、エックスたちを助けることもできるようになりたいの。もう、足手まといではいたくない……ゲイト、お願い。私にも専用の武器を作って!

 

ゲイト:

何だって?

 

エイリア:

この腕にも、エックスみたいなバスターが――"エイリアバスター"が欲しいの!

 

 

 

 

ゲイト:

(思わず、椅子から立ち上がって)そ、そんな……

 

エイリア:

ゲイト……?

 

ゲイト:

(普段の彼らしからぬ激しい動揺を見せる)なんてことを! キミ専用の武器を作れだって? 武装させるために、キミのその腕にメスを入れろってことじゃないか! キミは、このボクに向かって、なんてまあ残酷なことを言うんだい……!

 

エイリア:

(ゲイトのうろたえように驚いて)ちょっと、ゲイト! どうしたのよ! 大丈夫よ、オペレーターの武装が禁止されてるわけじゃないわ! お願い、落ち着いて……!

 

ゲイト:

(我に帰る)あ……ああ、ごめんよ。つい、取り乱した。だって、まさかキミの口からそんな言葉が出るなんて思わなかったから……

 

エイリア:

(恐縮して)驚かせてごめんなさい。こんなこと、あなたにしか頼めないもの……

 

ゲイト:

(改めて座る)で……エックスには、そのことを……?

 

エイリア:

(首を振る)秘密。きっと反対されるわ。

 

ゲイト:

(うなずく)……そうだろうね。でも……キミの気持ちはわかるけど、すぐには返事できないなぁ。

 

エイリア:

どうして……?

 

ゲイト:

キミは、エックスのためを思ってるんだろう?

 

エイリア:

(赤くなって)……え、ええ。

 

ゲイト:

それなら……武装なんかより先に、もっと他のことをするべきじゃないかとボクは思うけどね。

 

エイリア:

えっ? ……何かしら?

 

ゲイト:

(笑って)まず、イメチェンを勧めたいね。そのまとめ髪もいいけど、ちょっと実用的すぎるからさ。ボクは、昔の髪型が好きだったなぁ。さっき、ひさしぶりに見たけど、やっぱり似合ってたよ。

 

エイリア:

(更に赤くなる)えっ……ちょっと、ゲイトったら……!

 

ゲイト:

エックスだって、オシャレしたキミを歓迎すると思うんだけどな。どう?

 

エイリア:

(慌てて立ち上がる)……て、的確なアドバイス、ありがとう。とっても参考になったわ……!(両手を顔に当てながら、逃げるように研究室を出ていく)

 

 

 

 

ゲイト:

(独り、くすくす笑いながら)……本当に、"恋する乙女"だなぁ。やっぱりステキだよ、エイリア。できれば、戦うことなんて考えてほしくない。彼もそのはずさ。

(ため息をつき、椅子にもたれかかる)エックス……大いなる可能性を秘めた未知なる存在、ボクの生命の恩人、そして、エイリアの想い人。くやしいけど、ボクはいろいろな意味で、キミに敵わなかった。……彼女を頼む。どうか、幸せにしてやってくれ。それはボクにはできない、キミにしかできないことなんだ。どうか……(目を閉じる)

 

 

 

それからしばらく経ち、再び、誰かが扉をノックする。まどろんでいたゲイトは目覚める。

 

 

 

ゲイト:

……あれ? またか。今夜は来客が多いな。(エイリアが残していった缶を片づけ、戸口に向かう)

 

 

 

扉を開けると、今度はそこにゼロの姿がある。

 

 

 

ゲイト:

(驚いて)ゼロ……? どうかしたかい?

 

ゼロ:

(思いつめたような様子で)……夜分にすまない。ちょっと、頼みたいことがあってな。

 

ゲイト:

え……?

 

 

 

ゲイトは、今度はゼロをソファに座らせる。ゼロは、持参したほうじ茶タイプリキッドの缶をゲイトに差し出す。

 

 

 

ゲイト:

あ、ありがとう。(缶を受け取り、自分の椅子に座る)それにしても……寝てなくていいのかい? まだ、メンテ中だろう?

 

ゼロ:

(うなずく)ああ。でも、どうしても、今夜のうちにあんたと話したかったんだ。その、昼間のことで……

 

ゲイト:

(慌てて)あ……ごめん、ごめんよ。ミュータブルウェポンの件は、本当に反省してる。

 

ゼロ:

(こちらも慌てて)い、いや、違うんだ。食堂で、あんたが最初にアンカリング・チップを見せてくれた時……あの時、オレは、ついひどいことを言っちまった。それを謝りたくて……許してくれるか?

 

ゲイト:

え?

 

 

 

 

ゲイト:

そんな……ボクの方こそ、悪かったよ。キミの大切な"思い出"を、ないがしろにするような話をしてしまって……

 

ゼロ:

いや、もう気にしないでくれ。"思い出"を形にする技術……ソレが"奇跡"を起こすのを、オレもエックスも確かに見たんだ。まだ問題はいろいろとあるかも知れないが、もし完成すれば、それによって救われる誰かが、必ず居るはずだ。あんたなら、きっとうまくやれるだろう。オレも応援する。

 

ゲイト:

(笑って)そう、ありがとう。……正直、自信失くしてたんだけど、また研究意欲が出てきた。メタルシャークも喜ぶよ。

 

ゼロ:

それでな……ここからが本題なんだが。

 

ゲイト:

ああ、頼みって何だい? ……ひょっとして、カノジョさんに会いたくなった?

 

ゼロ:

いや、その逆だ。……"再生"じゃなく、"封印"。

 

ゲイト:

え……?

 

ゼロ:

メタルシャークたちの頭脳チップと同じように、地下に"封印"してほしいんだ。……このオレを。

 

ゲイト:

(驚く)何だって?

 

ゼロ:

オレのDNAを知りつくしたあんたなら、わかるだろう、その危険性が。(微かに震えながら)オレは、ソイツが――自分自身が、恐ろしい……今、ようやく世界が立ち直りはじめたってのに、もしかしたら、オレはその世界をまた壊しちまうかも知れないんだ……

 

ゲイト:

(困惑)待ってくれ、ゼロ……何を言ってるんだい? まるで、この世界から消えたがってるみたいじゃないか。

 

ゼロ:

その通りさ。いずれ、オレは消えなければならないって、ずっと思ってたんだ。こんなことは、あんたにしか言えない。頼まれてくれるか?

 

ゲイト:

はー……(大きなため息をつき、頭を抱える)まいったな……どうして、こう、みんなボクにムチャな頼みごとをしたがるんだ?

 

ゼロ:

(立ち上がる)すまんな、いきなり押しかけた上、妙な話をして。すぐに返事をくれとは言わないが……オレは、本気だ。それじゃ。(戸口へ向かおうとする)

 

 

 

 

ゲイト:

(慌てて立ち上がる)待って! ダメだ、ゼロ。ボクにはできない。

 

ゼロ:

なぜだ?

 

ゲイト:

(強い口調で)ボクは、イレギュラーでありながら、この組織に生命を救われた。そして、今も生かされている。そんなボクが、正当な理由も無しに、組織の一員であるハンターの――世界の再生のために戦いつづけているキミの生命を、"封印"するなんてできるわけがない。

 

ゼロ:

(苛立って)理由なら、ある。さっき言っただろう。

 

ゲイト:

(早口でまくしたてる)お断りだよ、冗談じゃない! もしボクがソレを実行したとして、後に残された仲間たちはどうなるんだい? エックスは? エイリアは? ダグラスにシグナス総監、それに、"忍び部隊"のキミの部下たちは? そこまで考えてる? キミの生命は、キミだけのものじゃないんだよ! ともかく、こんな話はもうやめてくれ!

 

ゼロ:

(たじたじとなる)はー……驚いた。まるでマシンガンだな。これ以上続けたら、マジで撃たれるかもな……

 

ゲイト:

(ふと思い出して)『元イレギュラーだろうが、"囚人"みたいなもんだろうが、せっかくここで生きてるからには、ちょっとぐらい自分の幸せも考えろ』!

 

ゼロ:

何だって?

 

ゲイト:

ふふ、ボクの台詞じゃないよ。さっき、相棒がボクに言ってくれたんだ。なかなかの名言じゃないかい? 今のキミにもぴったりな言葉だと思うよ。

 

ゼロ:

(笑って)ダグラスか。……確かに名言だな。

 

ゲイト:

……ゼロ、確かにボクは、キミのDNAの危険性をよく知ってる。キミがそんなふうに不安になるのも、無理はないよ。でも、そのことと、キミの生命の重さを天秤にかけることはできない。ボクも、ここで救われた自分の生命を大切に使うよ。だから、どうかキミも……

 

ゼロ:

(うなずく)……ああ。本当に悪かったな、騒がせちまって。

 

ゲイト:

(突然、顔を輝かせて)……そうだ! 大事なことを思い出した。ちょうどよかったよ。"忍び"専用の、強化ステルスコートのサンプルが仕上がったんだ。ほら、見て。(小型端末を取り出し、画面をゼロに見せる)

 

 

 

 

ゼロ:

(憮然とした顔)……強化ステルスコートと言ったか?

 

ゲイト:

(うきうきと)そう! 明日、実際に装備してもらうからね!

 

ゼロ:

……このデザイン……オレには、"祭法被"(マツリハッピ)とかいうヤツにしか見えんが。

 

ゲイト:

(得意げに)その通り! リサイクル素材に特殊加工をほどこし、更なる軽さと強さを実現したんだ。耐火・耐衝撃性にもすぐれてるよ。

 

ゼロ:

(困惑)……性能は確かなんだろう。しかし、全くもって、あんたのセンスがわからん。"忍び部隊"を何だと思ってる……?

 

ゲイト:

あははは、だから、遊び心が大事なんだってば! コレを着て、"ソーラン節"でも踊ればサイコーだと思うよ!

 

ゼロ:

(困惑)……"ソーラン節"? 何だ、ソレは……?

 

ゲイト:

"奴凧"(ヤッコダコ)がお正月気分だったから、今度は夏祭りさ! これぞ、"和"の文化だよ!

 

ゼロ:

(更に困惑)……あいにく、そんなに頭がいい方じゃなくてな……

 

 

 

 

 

 

とあるスラム街の一角。かつてゲームセンターだったと思われる巨大な廃墟。

 

 

 

ダイナモ:

(うなだれて)……情けない有様で、マジさーせん。ちょい甘く見すぎてましたわ。あの二人とは、前にもやり合ったことありますんで。

 

 

 

彼が立っているのは、ボウリングのレーンの上。その周囲には、穏やかならざる雰囲気のレプリロイドたちが集っている。

 

 

 

 

バニシング・ガンガルン:

(まだ動くゲーム機で遊んでいる)それにしたってさー、『チョロいお使いみたいなもん』とか言ってたくせに、死にそうになってんじゃん! ダメなおっさん!

 

トルネード・デボニオン:

(ガンガルンと一緒にゲームをプレイしている)全く、口ほどにもないとはこのことダスな! ぷぷっ!

 

スプラッシュ・ウオフライ:

(酒をストローで瓶から飲んでいる)ダッセーよ、阿呆ロートル!

 

ダイナモ:

(慌てて)そこまで言う? あんたら、エックスとゼロのこと、知らないでしょ?

 

ヘルライド・イノブスキー:

(数本のタイヤを筋トレのように持ち上げている)ブヒヒヒ、タイマン・スピード勝負だったら負けねーぜ!

 

ソルジャー・ストンコング:

(大きな石を使って武器の手入れをしている)ゼロか……彼には、一度会ってみたいものだ……

 

ウインド・カラスティング:

(ビリヤード台の端に腰掛けている)エックスは、理想ばかりの甘ちゃんだと聞くがな。

 

フレイム・ハイエナード:

(キューで玉を突こうとしている)……ちくしょう……目がかすむ……手が震える……

 

レッド:

(スクラップを寄せ集めた大きな椅子から立ち上がって)はは、まあとにかく、ご苦労だったな。イレギュラーハンターのヤツら、ずいぶんしぶといと思ってたが、なるほど……そのゲイトとかいう科学者が、組織を支えてるってわけか。やれやれ、オレたちがスポットライトを浴びるのは、まだ先みたいだな。

 

アクセル:

(床に座り込み、自分を取り囲むように配置した小さなスピーカーで音楽を聴いている)エックスとゼロか……かっこいいよね。ボクも一回会ってみたいな。憧れの人たちだもん! いつかは、ボクもあんなヒーローになるんだ!

 

スナイプ・アリクイック:

(ヨガのようなポーズを取っている)フォフォフォ。背伸びもたいがいにしておけ、ひよっこが。

 

アクセル:

え~!

 

レッド:

……だが、遠慮はしねーぞ。公的なライセンスが無かろうが、オレたちもプロだ――イレギュラーハントのな。これからは、もっと大っぴらにハンティングを行う。ならず者集団と呼びたけりゃ呼ぶがいい。そのうち、主役の座はオレたちがいただきだ!

 

一同:

おう!

 

レッド:

よし、ヤローども、準備はいいか? "レッドアラート"、出動!

 

 

 

(完)



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地上の花、夜空の花

いつもありがとうございます。(*≧▽≦*)" 夏のある日、偶然出会ったゼロとアイリスの、短いながらも甘いひととき。またしても、舞台等の設定は超ザックリです。
(2021年8月11日~12日)


まぶしい太陽が惜しみなく降り注ぐ、夏のある日の夕方。

豊かな深い緑に包まれた湖"クリスタルレイク"のほとりに、ゼロの姿はあった。

 

独り、彼は静かに、湖水の縁に沿って歩いていた。

薄暗くひんやりとした森の中に射し込む木漏れ陽や、水面のきらめきを眺め、ゼロの心はとても穏やかだった。

 

 

 

 

いささか不似合いとも思えるようなこの場所に彼が居るのは、こんな経緯があってのことだ。

この日、ゼロが隊長を努めるイレギュラーハンター・忍び部隊と、レプリフォース・ゲリラ部隊との合同訓練が近くの山で行われた。

 

ゲリラ部隊の隊長は、元ハンターでゼロの部下だったウェブ・スパイダスである。

二人はひさしぶりの再会を喜び、二つの部隊は互いの協力のもと、この日の行動をつつがなく終えた。

 

しかし、問題はその後に起きた。

ゲリラ部隊の、遭難者救助用の車両型メカニロイドが突然故障し、動かすことができなくなってしまったのだ。

 

整備不良がその原因と知ったスパイダスは烈火の如く怒り、自分の部下たちを集めて、「カシャカシャカシャカシャ! 何たるざまだカシャ! 近頃、おまえたちはたるんどるカシャ! 訓練だからといって、気を抜くなカシャ!」と、やたら長い説教タイムに突入した。

やむを得ず、忍び部隊はひとまず散開ということになり、ゼロの部下たちは、ゲリラ部隊の拠点へ一足先に戻っていった。

 

だが、ゼロは珍しく"寄り道"をすることにした。

時には、美しい自然環境の中で気分転換するのも悪くない――ふと、そんな気になったのだ。

 

身構えることも追いたてられることも無く、彼は今、ただ歩くことそのものを楽しんでいた。

まさしくこの時は、思いがけない形で彼に与えられた休息のひとときだった。

 

 

 

 

やがて森を抜け、ゼロの前には明るい草地が広がった。

夕方とはいえ、まだまだ夏の陽は高く、真っ青な空と大きな白い雲のコントラストがあざやかだ。

 

ゼロは満足して、草の上に腰を下ろした。

爽やかな風が吹き渡り、先ほどよりも近くなった湖面と、周囲の草と、後にしてきた森の木々を輝かせていく。

 

彼の長い金髪もなびき、空中にひるがえる。

ゼロはこう思った――こうして、何をするでもなく強い陽射しを全身に浴びていると、それによって精製されたエネルギーが、淀みなく隅々まで体内をめぐるのが感じられる。

 

オレの鋼の身体も、すっかり自然の一部として、ここに溶け込んだかのようだ、と。

心地よく流れる時に身を任せながら、いつしかまぶたが重くなっていった。

 

 

「――ゼロ! ねぇ、ゼロ!」

 

遠くから、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

ゼロははっと我に帰った。いつの間にか、草の上に横たわってまどろんでいたようだ。

 

「ああ、すまない。思わず――」

 

呼びかけの相手を確かめもせずに、そう応えながら慌てて身を起こす。

だが、そんな彼の目に飛び込んできたのは、思いもよらない姿だった。

 

 

 

 

白い日傘、麦藁帽子、風に揺れる黄色いワンピースと、明るい茶色の長い髪。

ゼロは一瞬、信じられないものを見たかのように、起き上がったままの姿勢で動きを止めた。

 

それは、他ならぬ彼の想い人、アイリスだった。

生身の人間のそれに近い日常生活用のボディに換装し、涼やかな夏服をまとった、まさしく大輪の花のようなその姿は、ゼロの目を即座に覚ますに充分な新鮮さだった。

 

「うふふ、お目覚め?」

 

近づいてきたアイリスは、にっこり笑ってゼロに日傘を差しかけた。

 

「ひまわり……」

 

なんとも気の抜けた呟きが、ゼロの口からこぼれた。

アイリスは驚いた顔になり、それから笑いだした。

 

「え? ちょっと、ゼロ、大丈夫? 私は、アイリスよ。まだ夢の中なのかしら?」

「い、いや……大丈夫だ。その、キミのその服が、ひまわりみたいで……」

 

ゼロは、ようやく立ち上がった。

 

「コレ、お気に入りなの。でも、なかなか着る機会が無くて……どうかしら。似合う?」

「ああ、とても。オレとしたことが、思わず見違えてしまったよ。」

 

 

 

 

二人は、改めて、笑顔で向かい合った。

 

「ひさしぶりだな、アイリス。まさか、こんなところで会えるとは。」

「私もよ、本当にびっくりしちゃった。オシャレしてきてよかったわ!」

 

アイリスは、すっかりはしゃいでいる。

彼女の説明は、こうだった。

 

今日は"マーズ士官学校"の創立記念日であり、そこの教官を務めるスパイラル・ペガシオンが、尊敬するカーネルにスピーチを求めた。

たまたま非番だったアイリスは、クリスタルレイク見たさに、兄に同行して来たという。

 

「そういうわけか。それは運がよかったな。」

「ええ。一度、ここに来てみたかったの。本当にキレイなところね! ゼロにも会えたし……ゼロは、どうしてここに居るの?」

「ああ。今日明日は、そっちのゲリラ部隊との合同訓練でな。」

 

ゼロは、自分が独りでここに来ることになった経緯について話した。

アイリスは、また笑いだした。

 

「そうだったの、せっかく無事に終わったのに、大変だったわね。でも、よかったわ。お昼寝してる間にみんなに置いていかれちゃったとか、そんなことじゃないのね。」

「おいおい、勘弁してくれ。オレは、そんなに眠ってばかりいるわけじゃないぞ。」

 

 

 

 

その時、ゼロのヘルメット内蔵の通信機がピピピッと鳴った。『戻れ』の合図だ。

 

「おっと。すまん、もう行かないとな。」

 

ゼロがそう言うと、アイリスは残念そうな顔をした。

やむを得ないが、彼女のその表情はゼロを心苦しくさせた。

 

「お疲れ様。私も、学校に戻るわ。それから、兄さんと一緒に本部に帰るの。」

「そうか。ほんの少しだったが、今日は会えてよかった。カーネルにもよろしく言ってくれ。」

「ねぇ、ゼロ……」

 

アイリスは、ためらいがちにこう言った。

 

「今夜、七時から、学校で花火を打ち上げるの。私たちは、それを見てから帰るわ。もし……もし時間があったら、ゼロも来ない……?」

「うむ……」

 

もちろん行こう、と即答できたら、どんなにいいだろう。

ゼロの頭の中は、この後の"仕事"――スパイダスの説教とメカニロイドの回収・整備等で大幅に遅れたであろう、反省会や明日の行動計画のことなどでたちまち一杯になっていた。

 

ゼロの難しい顔を見て、アイリスは慌てて首を振り、笑って言った。

 

「ごめんなさい、無理よね。いいの、また連絡するわ。また、非番の日が一緒の時があったら会いましょう。」

 

 

 

 

「ああ。気をつけて行ってくれ。送ることもできなくて、すまない。」

 

ゼロも、名残惜しさを滲ませながら応えた。

アイリスはうなずき、日傘を持ち直して、ゼロに背中を向ける。

 

ゼロはその場にたたずんだまま、離れていくその後ろ姿を見送った。

すると、アイリスは数歩進んだところで足を止め、何かを思いついたようにこちらへ向き直り、急ぎ足で戻ってきた。

 

「どうした?」

「あのね、ゼロ……」

 

アイリスは、内緒話をしようとするように声をひそめている。

ゼロが長身を屈めると、彼女は二人一緒に日傘に隠れるようにしながら、その耳元でこうささやいた。

 

「……後で、あなたが必ず私を思い出してくれるように。」

 

そして、どういうことかと尋ねようとしたゼロの唇に、そっと優しく、彼女の唇が触れた。

夏の風に運ばれてきたあざやかな一片の花びらが、ほんの一瞬だけ触れたかのように。

 

それは、魔法のように長い、長い一瞬だった。

 

 

 

 

 

 

夜が訪れていた。それでも西の空はまだ明るく、今日という夏の一日が燃え尽きようとしている炎で、真っ赤に染まっていた。

しかし、マーズ士官学校の庭には、その炎に背を向ける格好で、多くの士官候補生たちが集まっていた。

 

彼らが見上げているのは、東の空を彩る花火。

色とりどりの火の花が音をたてて開くたび、彼らは手を叩き、歓声をあげた。

 

その中に混じって、アイリスも独り、花火を眺めていた。

つい先ほどまでカーネルが隣に居たのだが、彼はペガシオンに声をかけられ、そのまま二人で話しながらどこかへ行ってしまったのだ。

 

やむなく、彼女は庭に建てられた将軍の像のそばに居ることにした――兄が戻ってくる時の目印になるようにと。

でも、本当は……無理とは知りつつも、アイリスはひそかに思った。

 

ここに居る私を、兄さんより先に、ゼロが見つけてくれないかしら?

彼女の視線は、居るはずのない想い人を探して、目の前の雑踏の中をさまよった。

 

ほんの一時、頭上に咲き誇る美しい花火のことさえ忘れてしまったように。

だが、もし本当に彼がこの場に居たとしても、次第に濃くなる宵闇とざわめきの中では、とても見分けられないだろうと思われた。

 

アイリスは小さくため息をつき、未練を振り払うように、再び夜空を見上げた。

 

 

 

 

と、その時。

その空から、何かがひらりとアイリスの傍らに舞い降りてきたような気配がした。

 

「えっ……?」

 

アイリスは驚き、慌てて周囲を見回した。後ろには将軍の像がある。

その台座の向こう側から、花火のきらめきに照らされて、思いがけない姿が現れた。

 

普段の深紅ではなく、闇に紛れる"忍び"に相応しい漆黒の鎧をまとったゼロが、そこに居た。

驚きと喜びで、アイリスの胸は激しく震えた。

 

「ゼロ……!」

「やぁ、アイリス。また会えたな。」

 

優しくそう言って、ゼロはそっとアイリスの肩を抱いた。

アイリスは、一瞬不安を覚えた――この胸が、息苦しいほど早鐘を打っていることに気づかれてしまいはしないかと。

 

「ああ、ゼロ……うれしいわ。ありがとう。仕事は大丈夫なの?」

「いや、残念ながら、すぐ戻らなきゃならないんだ。かなり無理を言って抜け出してきたんでな。今頃、オレの部下たちが歯ぎしりしてるぜ。」

 

苦笑しながら、ゼロは空を見上げる。

アイリスも一緒に、そちらに顔を向けた。

 

ひときわ大きな黄金色の花が開き、まぶしくきらめいた。

 

「キレイね……」

 

うっとりと呟いたアイリスに、ゼロはこう応えた。

 

「ああ、すばらしいな。来てよかったよ。……昼間のお返しもしたかったからな。」

 

そして、火花が完全に消え去った後の深い闇の中で、今度はゼロの唇がアイリスの唇に触れた。

アイリスは目を閉じた。そのまぶたの下で、彼女だけに見える黄金色の大きな花火が美しく咲いた。

 

この日の邂逅と、その余韻も、心に強く焼きつけるように。

 

 

(完)



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白い光、赤い灯火

いつもありがとうございます。♪(*^◇^*)" 『X1』のクライマックス。ほとんど言葉を交わすこともできずに別れの時を迎えたエックスとゼロ、それぞれの思いです(今更感がすごい)。
(2021年9月7日)


――ゼロ! ゼロ!

 

呼吸もままならないほど、熱く煮えたぎる空気。焼け焦げる鉄と油の臭い。

 

耳元で名前を呼ぶ声に、朦朧としていたゼロの意識は、またわずかに引き戻される。

 

その視界いっぱいに広がるのは、白い光。

 

奇跡のような、白く輝く鎧をまとった友――これまでとは違う、エックスの姿。

 

 

息詰まる灼熱地獄から救い出そうとするように、エックスはゼロの身体を――胸から下が吹き飛ばされた無残な半身を、抱きかかえる。

 

すぐ傍らで、巨大なかがり火のように、ライドアーマーの残骸が燃えている。

 

その乗り手だったVAVAの骸が、槍のように鋭く尖った突起物に貫かれ、一緒に焼かれていくのが見える。

 

傷つき、自由を奪われた身体を爆弾代わりにしても、ゼロが辛うじて破壊することができたのは、マシンだけだった。

 

だが、その後、エックスは独りでVAVAと戦い、倒したのだ――左腕のバスターが使用不能となるまで。

 

 

――エックス、オレのバスターを使うんだ。

 

白い輝きに抱かれて、息も絶え絶えにゼロは訴える。

 

――シグマを倒してくれ。

 

それきり、ゼロは言葉を発しなくなった。

 

エックスは、急速に冷たくなっていく彼を抱きしめたまま、しばらくの間、そこから動かずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、エックス。見違えたよ。

 

不思議な人物に助けられてると聞いたが、その白いアーマーも、"彼"から授かったのか。

 

よく似合う。成長して強くなった、今のキミに相応しい姿だ。

 

ずっと一緒に居ることはできなかったが、確かにキミは、戦いの中で自分を進化させたんだ。

 

そのキミに、伝えるべきことがたくさんあったはずだが……もう、言葉にならない。

 

 

すまない、エックス。こんな別れで。

 

これまでの感謝も、ねぎらいも、届けられないままで。

 

最後に渡せるのは、このバスターだけだ。

 

独りでVAVAを倒した今のキミなら、装備できるはずだ――もう、"B級ハンター"とは誰にも呼ばせない。

 

ああ、あたりが暗くなっていく。

 

 

でも、キミの放つその白い光は消えない。

 

それはきっと、どんなに深い闇の中でも、強く輝きつづけるだろう。

 

それこそは、この世界に最後に残された、希望の光。

 

オレの思いも、斃れていった仲間たちの思いも、全てキミに託すぞ。

 

行け、エックス。決して振り返るな。

 

 

 

 

 

 

 

待って。待ってくれ、ゼロ。

 

こんなところで、オレを置いていかないでくれ。

 

お願いだ、もっと何か言ってくれよ。

 

まだ信じられない、信じたくない。

 

オレのために、キミが自分を犠牲にしたなんて。

 

 

ああ、ゼロ。ごめん、本当にごめんよ。

 

こんな情けない姿、とても見せられない。

 

オレが、今どうしてるかわかるかい?

 

震えてるんだ。まだ、こんなに、カタカタ音をたてて身体が震えてる。

 

悲しくて、怖くて、涙が止まらない。

 

 

だけど、否応なしに感じるよ。

 

シグマが近くに居て、オレを待ってるってこと――こんなふうに、立ち止まってる時間は無いんだってことを。

 

だから、前へ進むんだ。震えながらでも、泣きながらでも。絶対に振り返らずに。

 

この腕にキミの心が宿っていると、オレは独りじゃないんだと、信じて。

 

どうか、オレを導いてくれ。暗闇を照らす、赤い灯火になって。

 

 

 

 

 

 

 

ゼロの武器は、エックスを新たなあるじと認めたように、その左腕に納まった。

 

友を悼むことも許されないまま、再びエックスは走りはじめる。

 

憎むべき敵シグマの姿を求めて、数々の罠が待ち受ける空中要塞の中を、彼は疾走する。

 

闇を照らす赤い灯火をかかげた、希望の白い光となって。

 

輝きに満ちた真の夜明けを、世界にもたらすために。

 

 

(完)



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髪をほどいて

いつもありがとうございます。♪(・e・)"
前に『メンテ中のゼロとレイヤー』の話を書きましたが、今度は『メンテ中のゼロとアイリス』の話です。……今後もこの手の○番煎じが出てきそうです。( ^皿^;)"
(2021年9月29日)


『――ハンターベース。ハンターベース、聞こえるか。こちらゼロ。』

 

深夜。六時間以上もの間、途絶していた通信が戻った。

誰もが待ちかねていたその声――岩山を映したホログラムと人工の壁に隠れたイレギュラーの巣窟に単身で乗り込んだハンターからの報告は、長い沈黙に支配されていたオペレーションルームをたちまち揺すり覚ました。

 

『武器工場の制圧、並びに巨大暴走メカニロイドの破壊に成功。帰投する。』

 

勝利を告げながらも、深手を負っていることを滲ませる、ノイズ越しの"彼"の声。

それに応える"彼女"の声が思わず震えたのも、無理はなかった。

 

「こちらアイリス。了解しました。……どうか、無事にお帰りください。」

 

重苦しい空気に押しつぶされかけていたその場に、"動き"が生まれた。沈黙をはねのけて皆が一斉に歓声をあげ、手を叩き、オペレーションルームはようやく息を吹き返した。

そのざわめきの渦の中から、ただ独り早鐘を打つ胸を押さえ、アイリスは無我夢中で通路へと走り出していた。

 

 

 

 

転送装置の前には、すでに医療チームが待機していた。

装置は問題無く作動し、任務を終えた満身創痍のハンターを、その内側に呼び戻す。

 

戦いの激しさを物語る、無数のヒビや裂け傷、焦げ跡に覆われた赤いアーマー。

痛々しい姿ながらも、ゼロは自分の足でゆっくりと転送装置の外へ歩み出てくる。

 

「お疲れ様です、ゼロさん!」

「歩けますか? このまま、メディカルルームへ!」

 

すぐさま駆け寄り、自分を支えようとする医療スタッフたちの姿。

ゼロは、微かに笑って彼らに応えた。

 

「ああ、大丈夫だ。なんとか、まだ行ける。」

 

――予想以上に厳しい戦いではあったが、どうにか、独りで片をつけることができた。

ベースに戻ってきたとはいえ、まだ、その"余韻"のような緊張感が全身を固く縛っていて、それが今の彼の支えともなっている。

 

医療スタッフたちに囲まれながら、ゼロがそのまま更に歩みを進めようとした時。

駆けつけてきたアイリスの姿が、無機質な空間の中の唯一の色彩となって彼の目に飛び込んできた。

 

「ゼロ……!」

 

期待と不安、安堵と悲しみが入りまじる、彼女の表情。

このハンターベースでの、彼の"ホーム"。

 

「アイリス……」

 

その瞬間、ゼロは傷ついた身体が突然重くなるのを感じた。

緊張が解け、それまで遮断されていた痛みが、いちどきにのしかかってくる。

 

もはやそれらに抵抗するすべも無く、彼は意識を失い、倒れ込んだ――アイリスの細い腕の中に崩れ落ちるように。

 

 

 

 

医療チームの手による処置は、約三時間に及んだ。

ようやくゼロが自動修復装置(メンテナンスベッド)に移されたのは、すでに夜明けも近づく頃だった。

 

ただひとり、アイリスはベッドの傍らで彼を見守っていた。

ゼロの意識はいまだ戻らず、彼のまぶたは閉じられたままだ。

 

「ゼロ、私よ。私は、ここよ。」

 

アイリスはゼロの手を握って呼びかけるが、応答は無い。

思わず、彼女はメンテナンスルームに響くような深いため息を洩らした。

 

あの六時間――戦況がどうなのか、彼は無事なのか、祈るような思いでただひたすら通信を待ちつづけた、長い沈黙の時間。

今、あなたはこうして私の目の前に居るのに、私との通信は、まだ途絶えたまま。私は、沈黙の中でまだずっと、あなたの言葉を待っているわ。……ひとりきりで。

 

不意に、熱いものが胸にこみ上げてきて、アイリスは涙をこぼしそうになった。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい、ゼロ。私、何もできない。何も要らないのに、あなたさえ、あなたさえ無事ならそれでいいのに、私、今のあなたに、何もしてあげられない……」

 

 

 

 

ふと、アイリスは気づいた。

普段束ねている青の元結を失ったゼロの長い髪が、彼の身体の周囲にあふれんばかりに広がっている。

 

いつもならそれは美しい金色の滝のようだが、今はただ乱れ、うねり狂い、ベッドの下へ流れ落ちようとさえしている荒々しい姿だ。

アイリスは、その髪にそっと手を伸ばした。

 

砂金を掬うように、金糸を束ねるように、彼女は優しくゼロの髪を手に取り、指で梳き、少しずつ整えていった。

そうすることで、アイリスは自分の心も静まり、整っていくのを感じた。

 

言葉は無くとも、今、自分は確かにゼロと会話をしている。

そんな確信を得て、彼女は思わず微笑んだ。

 

その時。

 

「……アイリス……」

 

微かな声が、彼女の名を呼んだ。

横たわったゼロが目を開き、アイリスを見つめていた。

 

「ゼロ……!」

 

静かな水面のようだった彼女の心は、再び揺れ動き、波立った。

 

「ゼロ、気がついたの? 大丈夫?」

「ああ……アレから、どれくらい経ったんだろう。すまなかったな。」

 

 

 

 

ゼロは優しく微笑んでいたが、その声はまだ苦しげだった。

 

「キミは、ずっとオレのそばに……?」

「ええ。いいの、何も心配すること無いわ。静かにしていて。ゆっくり休んでね。」

 

アイリスは、再びゼロの手を取りながら言った。

すると、ゼロは小さく、切なげに呟いた。

 

「……オレもだ。」

「え?」

「……キミの髪に触れたい。」

 

それは、まだ動くことも話すこともままならない今の彼の、彼女への、精一杯の"表現"だった。

アイリスはうなずき、自分の髪を先端近くで束ねていたリングを外す。

 

深い森の木々を思わせる茶色の長い髪が、ベッドの端にさらりと垂れ落ちた。

ゼロは、先ほどまで自分がされていたのと同じように、その髪をそっと手に絡ませる。

 

それに応えて、アイリスも再びゼロの髪を愛撫しはじめる。

そうしながら彼らは、この小さな世界で、互いへの感謝を、いたわりを、深い思いを、無言のうちに伝え合い、受け取り合っていた。

 

やがて朝の訪れと入れ替わるように、静かな眠りが、寄り添う二人に降りてくるまで。

 

 

(完)



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I'm Still Standing

いつもありがとうございます。"(人´3`*)♪ エックス・ゼロ・アクセルが、それぞれの心に潜む"弱さ"と戦っているイメージです。……これらも見事な○番煎じです。( ̄▽ ̄;)"
(2021年10月20日)


(あはは、どうしちゃったの? もう終わり?

 

情けないなぁ。いつもの威勢は、どこへ行っちゃったのさ?

 

……わかっただろう。ただのガキのくせに、いい気になるからだよ。

 

イレギュラーハンターの仕事って、ヒーローごっこじゃないよね? 根拠の無い自信だけでやってけると思った?

 

すごいハンターたちと一緒に居るだけで、自分もすごいって勘違いしちゃったのかな?

 

まー、その結果がコレだよ。残念だったねー。

 

さぁ、どうする? 助けは来ない。まさに絶体絶命。独りで対処できる?

 

自分の身さえ守れないガキが、ヒーローを自称したって、誰も救えないよ。

 

……だいたいキミ、自分が何者なのかも、まだ知らないんだよねぇ。

 

本当にヒーローを名乗っていいのかどうかさえ、わからないんじゃないの?

 

あー、怖い怖い。こんな危ないヤツ、さっさと処分しとかなきゃね。

 

さて、どこから撃たれたい? 最後くらい、選ばせてあげるよ。)

 

 

 

 

アクセル:

はは、耳が痛いなぁ。ご意見は、いちいちごもっともだよ。

 

正しいだけでちっとも面白くないことばっか言うヤツ、サイテーだけどね。

 

……確かに、ボクなんかまだまだガキだ。エックスやゼロの仲間になれたって、あの二人には、全然遠く及ばない。

 

……自分が何者なのか、誰が何のために造ったのかわからなくて、時々不安になるよ。

 

でも、それでもボクは、目指してる。いつか必ず、本物のヒーローになるんだ。

 

エックスやゼロがそうだから――それに、ボクの大切なあの人が、そうだったから。

 

ならず者って呼ばれても、あの人は自分の信念を貫いて、イレギュラーと戦った。

 

その姿は、まさにボクにとってのヒーローだったんだ。

 

だから、今度はボクが、彼のハートを受け継いで戦うんだ。彼も仲間たちも、きっと遠くから見ててくれるから。

 

前に進むためなら、根拠の無い自信だって、無いよりましさ。元気と勢いが、このボクの最大の武器だからね。

 

さて、どこから撃たれたい?

 

……いや、やっぱ選ばせてやらない!

 

 

 

 

 

 

( 全く中途半端なヤツだな、おまえは。

 

何もかもを破壊するイレギュラーとして生まれ、そのことを自分でもよく知っているはずだ。それこそ、痛いほどにな。

 

それなのに、まだ正義の味方を気取るつもりか?

 

血にまみれたその手で、平和を守る? 笑わせるな。

 

愛した者すら犠牲にしたおまえに、何ができる?

 

……本当は、全てを破壊しつくしたいと願っているんじゃないのか?

 

否定しても無駄だ。おまえの中には、"破壊プログラム"が存在する。ソイツに、いわば本能に、従うのは当然のことだろう?

 

……結局おまえは、イレギュラーにも、ハンターにもなりきれない、ただの出来損ないだ。

 

だが、もしもおまえが本当に平和を望むなら、ひとつだけできることがある。

 

この世界から消えることだ。さぁ、おまえ自身を破壊しろ。そうすれば、おまえに破壊された者たちも、ようやく救われる。

 

……できないのか。出来損ないでも、自分の生命は惜しいようだな。

 

ならば、その首をはねてやろう。)

 

 

 

 

ゼロ:

よく喋るヤツだ。だがあいにく、オレは持ち合わせていない。

 

無駄話に傾ける耳も、どうにもならないことを考える暇もな。

 

……確かにオレの後ろには、屍の山が築かれている。

 

イレギュラーも、そうでなかった者も、記憶にのぼらない者たちも……オレは、この手で破壊してきた。

 

おまえの言うように、オレ自身が消えれば、話は早いだろう――だが、ソイツは逃げだ。

 

オレは逃げるつもりなどない。戦いからも、後悔からも、終わりの無い償いからも。

 

内なる闇――"破壊プログラム"の存在などに負けてたまるか。

 

斃れていった者たちのために今のオレができるのは、平和を目指して前に進み続けることだけだ。

 

それに、多くの仲間が居る。もう、オレの生命はオレだけのものじゃない。

 

例え中途半端でも、これからもオレはハンターとして生きていく。

 

わかったか? わかったなら、消えろ。

 

消えないなら叩き斬る。

 

 

 

 

 

 

(……大丈夫かい?

 

ああ、なんて痛々しい姿だろう。とても見ていられない。

 

どんなに傷ついても、何度倒れても、キミはそのたびに、よろめきながら立ち上がる。

 

どれほど強大な敵が相手でも、絶対にあきらめない――愚かしいまでにね。

 

でも、もうそろそろ、いいんじゃないかな?

 

ここまで、キミは本当によくやってきた。そのことは、充分、称賛に値するよ。

 

だけど、もう、疲れ果てたんじゃないのかい……? いつまでも続く戦いに……

 

これ以上、無理する必要なんてないんだ。さぁ、ゆっくり休むことにしようよ――永遠に。

 

だって、本当は気づいてるんだろう?

 

どんなにキミが傷つき苦しんでも、同じようなあやまちは、また繰り返されるって――キミの望む理想郷が実現することは、きっとないんだって。

 

だから、もうよそう。もう、何もかも忘れて楽になるんだ。

 

さぁ、その息の根を止めてあげるよ。どうか、安らかに。)

 

 

 

 

エックス:

ああ、お気遣いありがとう。

 

確かにそうだ。オレは、戦いに疲れていたかも知れない。

 

逃げたい、もう何もかも投げ出したい、そんなふうに思ったことだってある――何度も何度も、数えきれないくらいに。

 

でも……おまえのおかげで、今、またはっきりしたよ。

 

平和のために、オレは、これからも自分の意志で戦いつづけるって。

 

確かに、同じあやまちは繰り返されるかも知れない。人も、レプリロイドも、不完全な存在だから。

 

でも、だからこそ、共に成長し進化していくんだ。オレはそう信じてる。

 

理想郷への道のりがどれほど遠くても、進むのをやめるわけにはいかない。

 

あきらめてしまったら、いつかそこにたどり着ける可能性すら無くなってしまうんだ。

 

それに、オレは独りじゃない。仲間たちが居る。遠くから助けてくれる人も、オレを信じてくれる人たちも。

 

だから、もうよそう。おまえとのこんなくだらないお喋りは。

 

消えるのは、おまえの方だ!

 

 

(完)



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Missing Link

いつもありがとうございます。(*^◇^*)"
『X1』の前日譚。シグマが反乱を起こすきっかけとなったものとは? ……短い話の割に、やたら読みづらくなってしまってすみません。"( ^_^;)"
(2021年10月27日~31日)


シグマ:

イレギュラーとは、何か。

 

電子頭脳に異常をきたし、暴走状態となって重大な事件や事故を引き起こすレプリロイド――いわゆる"故障者"だ。

 

そして、稀に現れる、正常な電子頭脳を持ちながら自らの意志で凶悪な犯罪行為に手を染める"異端者"をも、またそう呼ぶ。

 

どちらも、この人類とレプリロイドの共生社会における、大きな脅威である。

 

それらを"処分"するのが、戦闘レプリロイドによって組織された公的機関、我々イレギュラーハンターである。

 

 

 

 

 

 

 

エックス:

大丈夫だ。大丈夫。落ち着いて、スチュアート。話を聞かせてほしいだけだ。

 

イレギュラー:

(ガクガク震えながら)来ルナ……ソレ以上、近ヅクナ……!

 

 

 

崩れたビルの廃墟。エックスと、スチュアートと呼ばれた、今にも倒れそうな一体のイレギュラーが向かい合っている。廃墟の外で、ブーメル・クワンガー、スパーク・マンドリラー、ゼロが様子をうかがっている。

 

 

 

クワンガー:

(呆れ顔で)……まだ、"説得"を続ける気ですかねぇ。確かに、人質を解放させたことは大したものです。しかし、この強いイレギュラー反応……対象の電子頭脳は、もうほとんど空洞のようなもの。投降させることまでは不可能でしょう。

 

ゼロ:

ああ。……エックスも、そう思っているんだろう。

 

マンドリラー:

(そわそわしながら)そうか? そ、それなら、なんで撃たないんだ? さっさと済ませて戻ろうぜ。しびれが切れちまう。

 

ゼロ:

……彼は、まだ探しているのかも知れない。スチュアートのために、最後にしてやれることを。

 

クワンガー:

(くすりと笑って)ふふ……ゼロ、エックスと組んでから、あなたもなんだか彼に似てきましたね。

 

ゼロ:

ん?

 

クワンガー:

(冷ややかに)"破壊対象"を"名前"で呼ぶなんて、あなたらしくないですよ。

 

ゼロ:

……構わないでくれ。

 

 

 

シグマが姿を現す。

 

 

 

シグマ:

どうだ、様子は?

 

ゼロ、クワンガー、マンドリラー:

(敬礼する)隊長!

 

 

 

 

 

 

 

シグマ:

人類とレプリロイドの共生社会の発展に伴って、イレギュラーによる事件は、増加の一途をたどっている。

 

それらの事件を起こす者の多くは、やはり"故障者"である。

 

狂気によらず、自らの意志で犯罪に走る"異端者"は、そうそう現れるものではない――少なくとも、今のところは、まだ。

 

なぜなら、我々レプリロイドは皆、生まれながらに"ロボット工学の原則"という倫理観を身につけているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

マンドリラー:

えー、老朽化したビルの解体工事に携わっていたレプリ作業員一体が暴走、同僚のレプリ二体を破壊。遠隔で指示を出していた人間の現場監督を人質に取り、一時、指令室に立てこもるも、エックスの説得により人質を解放。のち、指令室を飛び出し、こちらの廃墟に到達。

 

ゼロ:

現在、被害者はレスキューチームの手で病院へ無事に送り届けられています。ケガはありますが、軽症とのことです。

 

シグマ:

(窓穴から廃墟の内部をちらりと覗いて)なるほど。……エックスは何をしている?

 

クワンガー:

(肩をすくめて)まだ、破壊対象と何か話したいようです。

 

シグマ:

(顔をしかめる)ふむ……任務に慣れてきたとはいえ、そこはなかなか変わらんな。

 

クワンガー:

(ゼロを横目で見て)指導力不足じゃないですかね?

 

ゼロ:

自分は、彼を信じています。

 

シグマ:

(笑って)ふふ、今はまあよかろう。撃ち損じることはあるまい。

 

マンドリラー:

(ため息をついて)はー、VAVAが謹慎中でよかった。アイツが居れば早く済むだろうが、後が面倒くさそうだからな。

 

 

 

エックスは、イレギュラーとの会話を試みつづけている。

 

 

 

 

 

 

 

シグマ:

正常なレプリロイドは、このように考える。

 

『我々は、人類を守り助けなければならない。そうでなければ、存在理由を失う。』

 

しかし、彼らは同時に、人類よりもはるかに優れた強い力を備えている。

 

私が思うに、自分の持てる力を思うがままにふるいたいという"欲望"と、それに歯止めをかける"理性"との間で葛藤が起こり、その結果、電子頭脳の一部が破壊されるのが、"故障者"となる過程のひとつなのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

エックス:

お願いだ。オレにだけ、教えてくれ。キミは、どうしてこんなことをしたんだ? 何を求めているんだ?

 

イレギュラー:

……"解放"ダ……

 

エックス:

"解放"……? いったい、何から?

 

イレギュラー:

(全身がギシギシと軋み、火花が散る)ドコカヘ……ココデハナイ、ドコカヘ……

 

マンドリラー:

お、おい、そろそろマズいぞ。

 

クワンガー:

ええ。ゾクゾクしますね、実にスリリングです。

 

ゼロ:

今だ! 撃て、エックス!

 

 

 

ゼロの声に、エックスは相手に向けバスターを構える。

 

 

 

VAVA:

もらった!

 

 

 

突如、爆発音とともに、イレギュラーの背後の壁が吹き飛ぶ。驚愕する一同。

 

 

 

VAVA:

(手の中で手榴弾をもてあそびながら)へ、ヒマだから来てやったぜ。やっぱ、甘ちゃん坊やは甘ちゃん坊やだな。

 

エックス:

VAVA……!

 

シグマ:

VAVA! 何をしている、謹慎処分を忘れたか!

 

VAVA:

(廃墟の中に踏み込んでくる)ご心配無く、ソイツよりは役に立ちますぜ。そらよ!

 

 

 

VAVAは、肩のマシンガンをあたりかまわず乱射する。無数の光弾が壁や天井をたちまち穴だらけにする。イレギュラーの身体も蜂の巣のように撃ち抜かれ、爆発する。廃墟の内部は土埃と煙に満たされる。

 

 

 

ゼロ:

エックス!

 

シグマ、クワンガー、マンドリラー:

(口々に)エックス!

 

 

 

 

 

 

 

シグマ:

では、"異端者"はどうか。なぜ現れるのだろうか。

 

彼らは、ある意味、勇敢であるともいえる――存在理由を失うかも知れないという"恐れ"を乗り越え、"自由"を選んだのだから。無論、その"自由"には高い代償がつくことも承知の上でだ。

 

だが……私は知っている。

 

無知にして狂暴、幼稚にして残忍。

 

"ロボット工学の原則"など初めから知らぬ者の手によって造られたような、まさに破壊のためだけに生まれたような、最悪にして最強の"異端者"が存在したことを。

 

 

 

 

 

 

VAVA:

ヒャハハハ! スカッとしたぜ!

 

 

 

クワンガーとマンドリラーに拘束され、廃墟の外へ引きずり出されているVAVA。シグマが、怒りをあらわに彼に詰め寄る。

 

 

 

シグマ:

キサマ……ふざけるのもいいかげんにしろ!

 

VAVA:

へ、誰がふざけてるって? 隊長のあんたが腰抜けだからこうなってんじゃねーのかよ!

 

マンドリラー:

やめねーか、このバカ!

 

クワンガー:

はー……隊長が居なかったら、今日こそ首をはねていたでしょうね……

 

シグマ:

(しばらくVAVAを睨みつけてから、静かに)……言いたいことは山ほどあるが、それは後だ。連れ帰って独房に閉じ込めておけ。

 

クワンガー、マンドリラー:

はっ!

 

 

 

二人は、抵抗するVAVAに手を焼きつつも、彼を引きずってどうにか連れていく。シグマは彼らに背を向け、廃墟の中へ踏み込む。床一面に瓦礫が散らばり、壁や天井が少しずつ崩落を続けている。

 

 

 

シグマ:

ゼロ、エックスはどうだ?

 

 

 

ゼロは、瓦礫の中に仰向けに倒れたエックスの傍らに膝をついている。

 

 

 

ゼロ:

外傷は無いようです。(エックスの肩に手をかけて)おい、エックス! しっかりしろ!

 

 

 

 

 

 

 

シグマ:

ソイツは、ある日ある時、私の前に突如姿を現した。

 

たった一体で一部隊を全滅させたというソイツの恐るべき力は、当時、最強と呼ばれていたこの私をも情け容赦無く打ちのめし、スクラップ寸前にまで追いつめた。

 

不可解な理由によりヤツの攻撃が止まなければ、私は八つ裂きにされていただろう。

 

私は、調査のためにヤツを回収させた。しかし、再起動した時のヤツはもはや凶悪な"異端者"などではなく、全くの別人のようだった。

 

調査期間を経て、ひとまず危険性は無いと判断されたソイツは、監視対象としてハンター組織に加わることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

エックスの意識は戻らない。やむなく、ゼロは両腕で彼の身体を抱え起こす。

 

 

 

シグマ:

世話が焼けるな。しかしゼロ、おまえがエックスのことを気にかけているのは、正直、意外だ。他の皆もそうだろう。

 

ゼロ:

(苦笑)ええ、そのようですね。

 

シグマ:

彼をおまえと組ませたことは間違いではないと思うが、おまえはどう感じている?

 

ゼロ:

(しばらく考えて)……彼は、自分にいろいろなことを気づかせてくれます。彼と一緒に居ることで、自分も成長できる、そんな気がします。

 

シグマ:

ほう? おまえほどのものでも、まだ、この新入りのB級ハンターから学ぶことがあるのか?

 

ゼロ:

(うなずいて)はい。彼は、ハンターの任務の中で、ともすれば忘れられがちな、些細でありながら重要なことを示してくれています。無論、イレギュラーに対して非情になりきれないことは、時に命取りです。それでも、彼には何かが――我々とは違う、秘められた大きな力があります。自分は、これからもソレを見守っていきたいと思っています。

 

 

 

ゼロの強い意志を感じ取るシグマ。

 

 

 

シグマ:

……ふむ、そうか。では、今後も、エックスのことはおまえに任せるぞ。

 

ゼロ:

はい。……隊長、ありがとうございます。

 

シグマ:

ん?

 

ゼロ:

自分を、彼の"相棒"に選んでくださったことです。

 

シグマ:

(笑って、ゼロに背中を向ける)……行くぞ。ここは危険だ。

 

 

 

 

 

 

 

シグマ:

ソイツは、今も私の下で働いている――特A級に位置づけられた、優秀なハンターとして。

 

だが、恐らく記憶を失っているとはいえ、ヤツは持っているのだ――この私も、何者も敵わないであろう、鬼神のごとき強大な力を。

 

私は、常にヤツを恐れ、警戒した。

 

いや……正直に言うならば、そこにあった感情は、嫉妬、羨望、憧憬であった。

 

――もしも、あの規格外の力を持つことができたなら、"ロボット工学の原則"の向こう側に広がる、限りない"自由"の世界が見えるかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

先に歩き出したシグマの背後で、突然、ゼロに異変が起きる。

 

 

 

ゼロ:

(呆然と、腕の中の相手を初めて見たかのように)……エックス……(相手が何者かを理解しはじめたように)……エックス……?(突然、仇敵を見つけたかのように)……エックス……!

 

 

 

ガシャンと重々しい音がする。シグマが振り向くと、なぜか、ゼロは支えていたエックスの身体を乱暴に放り出して立ち上がっている。

 

 

 

シグマ:

(驚く)ゼロ、どうした?

 

ゼロ:

(錯乱したように叫ぶ)エックス! エックス、エックス、エックス!

 

 

 

熱に浮かされたように叫びながらバスターを構え、倒れているエックスを撃とうとするゼロ。

 

 

 

シグマ:

やめろ! 何をしている!

 

ゼロ:

(シグマに向き直る)生きていやがったか、スキンヘッド!

 

 

 

ゼロの変貌に、シグマは衝撃を受ける。ゼロの目は赤く、禍々しく爛々と輝いている。

 

 

 

ゼロ:

悪運の強いヤツめ! 返せ、オレの一部を!(シグマに向け、バスターを放つ)

 

シグマ:

(素早く身をかわす)何のことだ? おまえは、本当にゼロか?

 

ゼロ:

(獣のように唸りながら)とぼけるな! 最初に戦った時、キサマが奪い取った、オレの一部を返せ!(髪を振り乱し、シグマに躍りかかる)

 

 

 

シグマの脳裏に、"あの日"の記憶がよみがえる。"赤いイレギュラー"に追いつめられ、打ちのめされ、生きたまま四肢を引き裂かれかけた"あの時"の、恐怖と屈辱の記憶が。

 

 

 

シグマ:

(激しい怒りを覚える)……おのれ、イレギュラー!

 

 

 

とっさに、シグマは傍らに落ちていた、壁の一部だったらしい鉄筋コンクリートの塊を持ち上げ、ゼロに叩きつける。

 

 

 

ゼロ:

うわぁぁっ!(床に叩き落とされる)

 

 

 

 

 

 

 

シグマ:

"あの日"からずっと抱いてきた違和感。"あの時"、自分の中に生じたもの。

 

ソレが何か、今こそはっきりとわかった。"ヤツの一部"が、この私の中にあるのだ――"欲望"と"理性"とを繋ぐ"環"が。

 

ヤツの狂暴性が鳴りをひそめたのも、恐らく、私に"一部"を奪われて不完全な状態となったためだろう。まさしく"失われた環"だ。

 

嫉妬も羨望も、もはや過去のものとなった。今や、確かな"力"を手にしているのは、ヤツではなく私の方なのだ。

 

――今の私にならできる、世界を変えることが。

 

 

 

 

 

 

 

倒れたまま動かなくなったゼロ。シグマは、腰に提げた剣の束に手をかけながら彼に近づく。

 

 

 

ゼロ:

う、うう……(目を開く。瞳の色は青に戻っている)

 

シグマ:

……!(なおも警戒しつつ、立ち止まる)

 

ゼロ:

(うめきながら身を起こす)隊長……何があったんですか……

 

シグマ:

ゼロ!(剣から手を離して)……"目が覚めた"ようだな。今、おまえは、落ちてきたコンクリートの下敷きになりかけたのだ。

 

エックス:

(意識が戻る)あ……

 

ゼロ:

エックス! 大丈夫か!(駆け寄る)

 

シグマ:

(狐につままれたような思いで、何も覚えていない様子のゼロの姿を見つめる)……

 

エックス:

(身を起こしながら)ゼロ……ス、スチュアートは……?

 

ゼロ:

(首を振る)VAVAに破壊された。あのヤロー、勝手なまねしやがって!

 

エックス:

VAVAが?(表情を曇らせる)そんな……オレが、もっと早く撃っていれば……

 

ゼロ:

……スチュアートは、最後にキミと話せて満足してると思うぜ。

 

エックス:

(微笑む)そうかな……そうだといいな……

 

シグマ:

……さぁ、行くぞ。急がないと、この廃墟全体が

崩れ落ちるかも知れん。

 

エックス、ゼロ:

はい!

 

 

 

 

 

 

 

シグマ:

私は、これまでに現れたどんなイレギュラーとも異なる存在となる。

 

"故障者"が失った"理性"を保ち、"異端者"の"欲望"を、更に大きくした形で実現させるのだ。

 

そう、私は、"反逆者"として、人類からの独立を宣言する。

 

"ヤツの力"を持つ今の私なら、ソレが可能だ。

 

同志よ、我が旗のもとに集え。

 

まだ誰も見たことのない新しい世界へ、共に行こうではないか。

 

 

(完)



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君は薔薇より美しい

いつもありがとうございます。( ̄▽ ̄;)"
レプリフォースの秘密施設で起きた異常事態の収拾に向かったゼロ。彼の『相棒』となるのは、カーネルと一体化した『渾然たるアイリス』です。 ……いつもの山盛りのツッコミどころに加え、『ANOTHER』を超どうでもいい略語にしたのはほんの出来心です本当にすみません。逃走。"ヽ( ̄▽ ̄;;)ノ"
(2021年11月24日~2022年3月30日)


虫やコウモリの姿を模したあまたの警備メカニロイドが空中を飛び交い、ただ一つの標的――赤い鎧のイレギュラーハンターを狙って、次々に無数の光弾を放つ。

息もつかせぬほどのそれらの攻撃をビームサーベルの刃でなぎ払い、たちまち床に鉄屑の山を築きながら、金色の髪をなびかせて閃光のように彼は駆け抜けていく。

 

長い間閉ざされていたはずのこの施設は、今やそれ自体が、眠りから覚めた一匹の生物のようだ。

通路はその中心部へと続いているが、そこで脈打っている"心臓"には何者も近づかせまいとする意志を持った、巨大な生物。

 

ようやく突き当たりの扉の前にたどり着き、彼――ゼロは、ちらりと背後を振り返った。

床一面に散らばる、機械の残骸――この区画の敵はほぼ完全に消したが、雑魚とはいえ、なにぶんにも数が多い。

 

「確かに、この先もこんな調子では、オレ独りでは厳しいかもな。"親玉"に会う前に、ザコどもに潰されたらかなわん。」

 

扉のロックを解除しながら、肩をすくめてゼロは呟いた。

 

 

 

 

ここは、レプリフォースの秘密施設。

かつては科学研究所であったが、そこで行われていたある研究をめぐって大きな問題が持ち上がり、閉鎖されたのだという。

 

今、この場所で起きていることの詳細について、ゼロはまだ何も知らされていない。

だが、彼に事件を伝えてきた"彼女"の声は、ただならぬ緊張感を帯びていた。

 

 

『こちらレプリフォース。非常事態につき、特A級ハンター・ゼロに、緊急出動を要請します。』

「アイリスか? こちらゼロ。何かあったのか?」

『ああ、ゼロ……ごめんなさい。あなたにしか頼めないの。レプリフォースの施設内で、多数のイレギュラーが発生しました。どうか、力を貸してください!』

「何だって?」

『詳しいことは軍の機密に関わるため、今、ここでは言えません。ただ、イレギュラーたちの中心となっている相手が"強敵"であることだけは確かです――鎮圧を試みた兄が、重傷を負いました。』

「カーネルが? そんな……!」

『できれば、エックスも一緒に来てもらえれば……』

「エックスは、まだ戻っていない。海底都市での任務が長引いている。」

『そう……仕方がないわ。でも、あなたを独りで戦わせるわけにはいきません。あなたの"相棒"となる者が、こちらで待っています。』

「"相棒"? 誰だ、それは?」

『だから……ゼロ、お願い。早く来て!』

 

 

 

 

次の区画では、また新たな敵が待ち構えていた。

その姿は、一見すると、床に転がった黒い球体。

 

だが侵入者を感知するや、ソイツは真ん中から左右に割れ、隠されていた砲身と、それを支えて立ち上がる二本の脚をあらわにした。

至近距離から撃ち出された弾を、ゼロは辛くもジャンプでかわす。

 

そのまま相手を飛び越えて着地し、振り向きざまに斬りつけるが、光刃は、再び素早く閉じた球形の装甲に弾かれた。

しかも、敵はソレ一体だけではなかった――同型のメカが通路のそこここに置かれ、それぞれが異なるタイミングで装甲を開き、弾を撃ち出してくる。

 

どれか一体のみに集中したり、素通りしようとしたりすれば、たちまち周りから一斉砲火を浴びるだろう。

そうなっては、防御も反撃もままならない。

 

「厄介なヤツらだ。だが、時間はかけられんしな。」

 

ゼロは剣を身体の前で構え直すと、勢いよく床を蹴り、通路の奥へと向かってダッシュした。

最大出力の光刃が通路の幅一杯にまで広がり、装甲を閉じる暇も無かった自立砲台たちが瞬時に真っ二つになっていく。

 

残りの球体は斬られはしなかったものの、ビリヤードのように通路の奥まで転がされ、互いにぶつかり合って派手な爆発を起こした。

一歩手前でこの光景を見届けたゼロは、思わずため息をついた。

 

「それにしても……その"相棒"というのは、いったい誰なんだ?」

 

なんとか進んではいるが、自分もすでに、無傷ではないのだ。

 

「心当たりがあるとすれば、ウェブ・スパイダスあたりか……誰にせよ、なるべく早く登場願いたいが。」

 

 

 

 

爆発で吹き飛んだ扉の向こう側には、雑然とした広い空間があった。

もともと資材の保管場所だったのか、施設の閉鎖に伴って不要となったものを慌ただしく投げ入れたのか。

 

床にはコードの束がのたうち、製作途中で放置されたものとも破壊された残骸ともつかぬ巨大な機械や、金属のコンテナなどが無造作に所狭しと置かれている。

雑多なモノたちに気を取られながら、ゼロがその部屋に足を踏み入れた瞬間。

 

不意に、右腕に何かが食いついたような痛みとともに、電流が走った。

 

「うわっ!」

 

叫び声をあげ、とっさに右腕を払う。

ガシャンと音をたてて床に落ちたのは、見覚えのあるクモ型メカニロイドだった。

 

――見覚えがある、どころではない。

ソレは、先ほど、ここでの戦いの"相棒"であってくれることを期待した、かつての部下の武器に間違いないのだ。

 

不吉な予感が、冷ややかに胸を刺す。

 

「……まさか……?」

 

ゼロは、視線を素早く上へと向けた。

 

 

 

 

高い天井を覆いつくすように、巨大なクモの巣が張られていた。

電流を帯びた、青白く光る網。ところどころで小さな火花が散っている。

 

そして、その網の中央にはりつきながら、じっとこちらをうかがっているものが居た。

足元にばかり気を取られていたゼロを、冷たく嘲笑うかのように。

 

「スパイダス! なぜだ……!」

 

ゼロの驚愕の叫びに、ソイツは何の反応も示さなかった。

特徴的なカメラの片眼を持ち、頭を下にした逆さまの姿勢で見下ろしている大グモの男。まごうことなき、ウェブ・スパイダスの姿だ。

 

知人に対する言葉の代わりに、モーターの唸りにも似たブーンという妙な音を口から発しながら、ソイツが動いた。

幾つもの小型のクモの巣状の網が空中に放たれ、ゼロを捕えようとするように迫る。

 

「ここで何をしている! 答えろ、スパイダス!」

 

必死の呼びかけも、広い部屋に虚しく響くばかりだ。

ゼロは、驚きと同時に違和感を覚えていた――コイツは、何かがおかしい。

 

だが、その正体を突き止める間も無く、部屋のそこかしこに潜んでいたらしい小グモたちが一斉に姿を現し、襲いかかってきた。

 

「チッ、やりにくい……」

 

なんとか対処するものの、周囲の障害物が自由な動きをさまたげる。

またしても下を見てばかりだな、とでも言うように、再びスパイダスが動いた。

 

ゼロが気づいた時には、もう遅かった。

 

 

 

 

逆さまのまま一本の糸にぶら下がって音も無く近づいたスパイダスが、真上から電撃を放ったのだ。

落雷のような衝撃が、ゼロの全身を貫いた。

 

「うわああああ!」

 

ゼロの身体は弾き飛ばされ、そのまま、先ほどの小型の網の中に捉えられてしまった。

小グモたちが、勝ち誇ったようにせわしく駆けずり回る。

 

「スパイダス……! もう止せ! おまえは、本当にスパイダスなのか……?」

 

電流の中でもがき、叫びながら、やはり答えを得られないまま、ゼロの意識は薄れていく。

その時。

 

どこからか、彼の名を呼ぶ声がした――凛々しい女性の声が。

 

「ゼロ、今行く!」

 

そして、霞む視界の中に、宙に舞う赤い軍服と、閃く赤い光刃が飛び込んできた。

まるで、一陣の風に乗って乱舞する深紅のバラの花びらのように。

 

ゼロは驚きのあまり、一瞬、こう思った――自分は、気を失いかけて幻を見ているのだと。

だが、次いで"彼女"の発した「おりゃあ!」という鋭い気合の声が、彼を完全に正気に戻した。

 

"彼女"はその赤い光刃のひと振りで、足元にうごめいていた小グモたちを一掃していた。

続いて、ゼロを捉えていた網をも断ち斬る。

 

「大丈夫か、ゼロ。……遅くなって、すまない。」

 

自由になったゼロに、"彼女"は、勇ましい佇まいにいささか似合わぬような、恐縮した様子を見せた。

赤い軍服に白のズボン、頭の高い位置で束ねて長く垂らした茶色の髪――普段とは違ういでたちだが、確かにゼロは"彼女"のことをよく知っていた。

 

「キミは……まさか……」

 

 

 

 

「アレは、ウェブ・スパイダスではない。この施設に残された意志――この施設そのものが造り出した、コピーだ。レプリロイドですらない。」

 

素早く天井の"巣"の中央へと戻った敵を、赤い光の剣で指し示しながら"彼女"は言った。

ゼロは混乱し、更に戸惑う。

 

「……どういうことか、後でじっくり聞かせてもらう必要がありそうだな。」

「ああ。……ともかく、今はアレを倒すことが先決だ。遠慮は要らない。」

 

ゼロはうなずいた。この状況下でただひとつはっきりしたことは、頭上から再び攻撃を開始しようとしている"スパイダス"が偽者であるということだ。

先ほどからの違和感にも、納得がいく。

 

ゼロは再び身構えながら、傍らの思いがけない"相棒"に言った。

 

「オレが本体を叩く。援護してくれるか。」

 

すると、"彼女"は首を横に振った。

 

「いや、二人でかかろう。それぞれが別の方向から向かい、撹乱するのだ。」

「しかし、それではキミが危険だ!」

 

思わず、正直な気持ちが口をつく。

姿が変わっていても、そこに居る"彼女"はやはり彼の想い人――彼にとって、常に守るべき対象なのだ。

 

だが、そんな彼に、"彼女"は一瞬眉をしかめてこう応えた。

 

「信用できないのか、私が?」

 

 

 

 

ブーンという唸りと、何かが鋭く空気を切り裂く音。

巨大な金属の刃のようなものが、向かい合う二人の顔の間を通り抜けた。

 

「危ない!」

 

二人は同時に叫び、同時にそれぞれの方向へ跳び退いた。

ゼロは何かのシールドのような金属板の後ろへ、"彼女"はコンテナの陰へ。

 

頭上の"コピー・スパイダス"は、巨大な鎖鎌のような武器を振り回していた。

本物の彼がそんなものを使うのを、ゼロはこれまでに一度も見たことが無い。

 

姿勢を低くした"彼女"が、視線を上に向けながら言う。

 

「やはりか……コレも、本人に無い武器を与えられている。」

「どういうことだ?」

「ここで造られたコピーは、みな、オリジナル以上の戦闘能力を持つのだ。」

「化け物屋敷が、化け物を生み出してるってわけか……なんとも気色が悪いな。」

 

ゼロは意を決し、"彼女"に言った。

 

「キミを信じよう。オレがあの鎌を叩き落とす。キミがヤツにとどめを刺してくれ。」

 

すると、今度は"彼女"の表情が曇った。

 

「ゼロ、しかし、それでは……」

 

 

 

 

「離れろ!」

 

叫び声と同時に、ゼロの姿が消えた。

回転を続ける鎖鎌は金属板を撥ね飛ばし、コンテナをも両断した。もはや躊躇してなどいられない。

 

一瞬早く、更に遠くへ飛びすさった"彼女"の目には、床に片膝をついてセイバーのエネルギーを溜めているゼロの姿が映っていた。

新たな小グモたちがまたどこからか湧き出るように現れ、バチバチと火花を散らしながら彼に襲いかかろうとする。

 

二人が射程圏内から離れたためか、鎖鎌の回転する速度が鈍りはじめた。

ゼロは立ち上がり、狙いすまして渾身の力でセイバーをひと振りした。

 

青白い炎のような光刃が、空中にもうひとつの鎌にも見える巨大な弧を描き、そのまま敵を目がけて飛んだ。

コピー・スパイダスが鋭い唸りをたてた――彼の鎌は、その鎖を握りしめた両腕もろとも、あらぬ方向へと吹き飛ばされ、騒々しい音をたてて落下した。

 

次いでそのカメラの眼に映ったのは、真紅に燃え上がる一輪のバラだった。

赤い光刃からほとばしるエネルギーが"彼女"の全身を包み、赤い軍服の上に炎をまとったかのように見せている。

 

床を蹴って高く跳躍した"彼女"の剣が、逆さ吊りのコピー・スパイダスの額に深々と突き刺さった。

まるで、美しいバラの花が持つ鋭い棘のように。

 

コピー・スパイダスは光刃に全身を貫かれ、網から落ち、振動とともに床に叩きつけられた。

その骸の傍らに降り立って深いため息をついた"彼女"の肩を、そっとゼロが抱いた。

 

「大丈夫か、アイリス?」

 

 

 

 

「あ、ああ……ゼ、ゼロも無事か?」

 

"彼女"はまたも、たった今のとどめの一撃が嘘だったかのような、わずかに震える声で応えた。

それも無理からぬことだった。今の姿、備わった"力"、まだそれらに誰よりも戸惑っているのは"彼女"自身なのだから。

 

ゼロは、そんな"彼女"に改めて訊ねた。

 

「それにしても……コレはいったい、どういうことなんだ? なぜ、キミまでが戦うんだ!」

「……やはり不安だろうか、この私と一緒では。」

 

戸惑いの中にありながらも、ゼロの目を見つめ返す"彼女"の瞳には、強い決意が宿っていた。

 

「だが、この姿ならば、ゼロの足手まといにはならずに済む。少なくとも、自分の面倒は見られるつもりだ。」

「しかし、アイリス……」

「その名は、今の私には相応しくない。今の私は、"アナザー"だ。この戦いを終えるまでは、そう呼んでほしい。」

 

"A.N.O.T.H.E.R.(アナザー)"。

Absolute Nexus Operation for Twin-identity Harmonized Eliminator of Repliforce――もともと一つのCPUを共有しながら、二人の"兄妹"として分かたれたカーネルとアイリスの頭脳チップを、一時的に結びつける作戦行動。

 

いずれか一人のボディに、統一された二人の人格を納めることで高い能力を発揮するが、結びつけておける時間が限られるため、有事の際にしか発動しないという。

今は、負傷して動けない状態のカーネルの意識がアイリスの身体に取り込まれた形となり、戦いを司っているのだろう。

 

ゼロもその作戦行動についてはかねて聞き知っていたが、実際に発動しているのを見たのはこれが初めてだった。

 

 

 

 

「……かつて、レプリフォースには優秀な科学者が居た。」

 

足元に横たわるコピー・スパイダスと、おびただしい数の小グモたちの亡骸を見下ろしながら、"彼女"が話しはじめた。

 

「彼は、優れたレプリロイドの修復技術を持っており、本人にきわめて近いコピーを造ることもできた。……この、偽スパイダスのように。」

「何だって?」

「今回の事件は、まさしくその彼の"亡霊"が起こしたようなものだ。」

 

ゼロにとっては、全てが、初めて触れる機密事項だった。

 

「ある時、彼の発案で、極秘裏にジェネラル総司令官の"影武者"を造ることが決まった。開発は順調に進んでいたはずだったが……いつしか彼は、その"影武者"を、オリジナルを越える存在とすることに躍起になっていった。」

「そんなことがあったとは……」

「彼は上からの命令に全く耳を貸さなくなり、ひたすら自分の欲望のためだけの研究を続けた。当然、オリジナル以上の戦闘能力を持った"影武者"は危険視され、総司令官自らの命令で開発は中止。科学者は追放された。」

 

ゼロの背に、微かに冷たいものが走った。

 

「……まさか、彼の"亡霊"ってのは……?」

 

"彼女"は小さく一つ息をついてから、続けた。

 

「……彼は、レプリフォースを恨み呪いながら去っていった。当然、逆恨みだがな。だが彼は、自分が去った後で、この施設を再び稼働させるプログラムを残していたのだ。彼の意志がこの施設に宿り、破壊のためだけに動く多くのメカを生み出し、そして……封印されていた、総司令官の"影武者"も……」

「生きて動いてるっていうのか!」

 

 

 

 

"彼女"は、表情を歪めてうつむいた。

 

「……本当なら、これは軍の中だけで解決すべきことだ。だが、兄が倒れた今、レプリフォースと浅からぬ縁のあるゼロに助けを求めるしかなかった。巻き込んでしまったことを許してほしい。」

「巻き込んだ、って?」

 

ゼロは声をたてて笑った。"彼女"は、うろたえたように顔を上げた。

 

「な、何がおかしい?」

「オレは、ハンターの務めを果たしているだけだ。イレギュラーを処分するためなら、どこへでも出動する。たとえ、そこがレプリフォースでもな。まして、他ならぬキミの頼みとあれば、なおさらだ。すぐ駆けつけるのは当然のことだろう?」

「……!」

 

今度は、"彼女"の頬がみるみる赤く染まった。そこに、小さな二輪のバラが花咲いたように。

 

「わ、私とて、いつもゼロに守られているばかりではないぞ! コレは、レプリフォースの問題だと言ったはずだ! いざという時には、この私も戦える! その目で見ただろう!」

 

"彼女"の必死な様子に、ゼロの笑いは止まらなくなってしまった。

 

「ああ、確かに。兄貴と一体化しているだけあって、大したものだ。とはいえ、まだまだ危なっかしいところがあるからな。」

 

"彼女"の方は本気で腹を立てたと見え、更に顔を赤くしている。

 

「なにを! さっき、スパイダスの網から助けてやったのを忘れたのか! もういい、置いていくぞ! ここからは、私一人で進む!」

 

 

 

 

ついに、"彼女"はぷいとゼロに背を向け、長いポニーテールを揺らしてずんずんと先へ進みはじめた。

このガラクタ迷宮に、本当にゼロを置き去りにしかねない勢いだ。

 

ゼロは急いでその後を追った。

 

「おい、待ってくれ。悪かった。こんなところに、置いてきぼりは勘弁してくれ。」

「は、何も聞こえんな!」

 

ちらりと振り返ってゼロを睨みつけ、再び前に向き直って、"彼女"はなおもつかつかと歩いていく。

障害物を身軽に飛び越えたり、剣で叩き斬ったりしながら、その背中はみるみる遠くなっていく。

 

内心、少々焦りながらも、ゼロはまたひそかに笑わずにはいられなかった。

例えこんな状況下でなくとも、オレは、オレの目は、ひとりでに追ってしまうのに違いない。

 

今の"彼女"がまとっている、この場限りの強さと危うさ――まるで、物語の中の、一夜限りのはかない魔法をまとった"姫"のような美しさを。

やがて前方に、この部屋の出口と思われるシャッターが見えてきた。

 

「ゼロ、もう少しだ。」

 

ようやく機嫌を直した様子で、"彼女"がこちらに向き直った、その時。

不意に、どこからか、くぐもった爆発音が聞こえてきた。

 

周囲の壁や床がビリビリと震動する。

"彼女"ははっと身体をこわばらせた。

 

「何だ? まさか……」

 

追いついたゼロが、傍らで呟く。

 

 

 

 

「そのまさかのようだ。ついに、"影武者"が動き出してしまったらしい!」

 

"彼女"のその言葉が終わらないうちに、第二第三の爆発音が、更に大きく部屋を揺さぶった。

あちこちで、物が崩れたり落ちたりする音が響く。

 

「間に合わなかったか。」

「急ごう、ゼロ。"影武者"がこの施設の外へ出ることだけは、絶対に阻止しなければならない。」

 

険しい表情でそう言うと、"彼女"は小走りにシャッターの前まで進み、右と左からXの文字の形に剣を振り下ろした。

赤い閃光が、扉を、三角形をした四枚の破片に変える。

 

それらが音をたてて床に落ちた後、その向こうには再び通路が見えた。

これまでと違って、何も無い通路――敵の姿も見えない。

 

「妙だな……」

 

ゼロは訝ったが、"彼女"ははやる心のまま、その奥へと向かって走り出した。

 

「ゼロ、早く!」

「待て、アイリス! 気をつけろ!」

ゼロは慌てて呼び止めようとした――が。

突然、左右の壁から現れた何かが、"彼女"の行手を阻んだ。

 

それは、先端に鋭いトゲをもった植物型メカニロイドの蔓だった。

蔓は、壁を突き破って生えてきたかのように次々と現れ、思わず立ちすくんだ"彼女"の身体に巻きつき、縛り上げた。

 

「キャアアア!」

 

そのまま宙に吊り上げられ、"彼女"は悲鳴をあげた。

 

 

 

 

「しまった……! アイリス!」

 

駆け寄ろうとするゼロの目に、自由を奪われた"彼女"の身体のあちこちで、蕾が開くのが映った。

不気味な花のように開いたその中で、赤いコアが冷たい光を放っている。

 

どうやら、それらのコアを破壊しなければ、"彼女"を呪縛から解き放つことはできないようだ――しかし、この数では、どうあがいても"彼女"は無傷ではいられないだろう。

しかも、それらのコアは一斉にチカチカと瞬きはじめた。あたかも、爆発への時を刻むかのように。

 

「チッ! 雑草が、ふざけたまねしやがって!」

 

挑発されているように感じ、ゼロは思わず激しい怒りをあらわにして叫んだ。

締めつけられながら、"彼女"が必死に訴える。

 

「すまない、ゼロ! 完全に私のミスだ……! 頼む、どうか、構わずに独りで行ってくれ……!」

「そんなわけにいくか、何のための"相棒"だ!」

 

想い人のピンチに揺さぶられつつも、ゼロの電子頭脳はすぐさま、この敵の正体を見抜いていた。

 

「そんなものは、しょせん、こけおどしだ! 待ってろ、イバラ姫! すぐに片をつけてやるからな!」

 

最後に待ち受けるであろう"強敵"との戦いに備えて温存していた力を、ゼロはこの場で一度使うことを決めた。

威力は大きいが、彼自身の身体にかかる負担も大きいため、乱発すれば命取りとなる技だ。

 

だが、今はソレしか有効な手段が無い――ターゲットは、この通路全体なのだから。

 

 

 

 

ゼロの手に、再びエネルギーが集中する。今回は剣ではなく、直接、彼の拳に。

見ているがいい――ゼロは、燃える怒りとエネルギーの塊となった鉄拳を振り上げ、足元の床に叩きつけた。

 

激しい震動とともに、拳から波のようにあふれ出したエネルギーが通路全体に走った。

光学迷彩により隠されていた、敵の全身が現れた――今やその通路は、壁も天井もびっしりと植物メカの蔓に覆われた、まさしくイバラ姫の城を思わせるような姿となっていた。

 

"彼女"が、思わず息を飲んだ。

その頭上には、巨大な眼球にも見える赤いコアがあった。

 

弱点を見破られた"城"の主は、イバラ姫の処刑を即刻決めたようだ。

鋭い警告音とともに、"彼女"の身体じゅうで点滅していた小さなコアが、一斉に瞬きを止め、まばゆい不吉な光を放った。

 

「させるか!」

 

同時にゼロは巨大なコアを目掛けて飛び上がり、身体を回転させながら突っ込んでいた。

死神のそれを思わせるような、レーザーの刃を持つ大鎌へと姿を変えたセイバーを構えて。

 

ゼロのラーニング能力は、コピー・スパイダスの武器をも自らのものとしていたのだ。

回転する光の鎌は、"彼女"を拘束していた蔓をズタズタに切り裂きながらコアの外殻を破壊し、あやまたず、その中心部分を深々とえぐった。

 

切れた蔓に絡みつかれたまま、"彼女"の身体はドサリと床に落ちる。

その蔓にはもう"彼女"を縛る力は無く、全てのコアは光を失っていた。

 

 

 

 

「ゼ、ゼロ……!」

 

叩きつけられた衝撃に耐えて必死に起き上がろうとする"彼女"の上で、損傷したコアは断末魔のように火花を散らし、最期の閃光を放った。

次いで、爆発が起こった。真上から炎と煙が襲いかかり、体勢を立て直しかけていた"彼女"は目がくらんだ。

 

「キャアアア!」

 

そのまま、"彼女"は再び床に倒れてしまった。

あたりが真っ暗だ……上から、無数の破片が落ちてくる……でも、私には届かない……なぜ? まるで、大きな"盾" に守られているみたいに……

 

朦朧としていた意識が戻り、"彼女"は、"盾"の陰ではっと目を開いた。

自分の上に覆い被さり倒れている、ゼロの身体。自らを"盾"として"姫"を守った"騎士"のようなその姿。

 

「……ゼロ! ゼロ、大丈夫か!」

 

"彼女"は、慌てて下から呼びかけた。

ゼロは顔を上げ、微笑んだ。

 

「アイリス、無事か……?」

「あ、ああ、私は無傷だ。それより、ゼロは?」

「よかった……なんとか、間に合ったな……」

 

ゼロは、床に手を突いてゆっくりと身体を起こす。

だが、その動きは途中で止まり、彼はうめき声とともに、"彼女"の傍らに再び倒れ込んだ。

 

「ゼロ! しっかりしてくれ!」

 

ようやく起き上がった"彼女"の目に、周囲に散らばるおびただしい植物メカの残骸と、横向きに倒れたゼロの背中が見えた。

コアの爆発を至近距離で受けたためなのか、アーマーは焼け焦げ、破損し、小さく火花が散っている。

 

「なんということだ……私の、私のために……!」

 

 

 

 

「オレとしたことが……ちょっとばかり、マズっちまった……」

 

咳き込み、苦悶しながら、かすれた声で呟くゼロ。

事態の深刻さに、"彼女"の心は激しく震えた。

 

だが、それは長くは続かなかった。弱気になっている暇など無いのだ。

揺れそうになる自分自身を、"彼女"は、今の姿に相応しい力強い声で奮い立たせた。

 

「大丈夫だ、ゼロ。私に任せておけ。黙って、じっとしていてくれ。」

 

実に頼もしいな――ゼロはそう感じたが、それを言葉にすることはかなわず、焼けるような痛みの中、"彼女"の声はたちまち遠くなっていった。

"彼女"はすぐさま、片手をゼロの額に、もう一方の手を彼の背中の傷に当てた。

 

ゼロの身体の、自己修復機能を一時的にパワーアップさせ、通常よりも更に速い回復を図るのだ。

"彼女"自身のエネルギーを、光として掌から放出し、分け与えることで。

 

自らのエネルギーで他者を癒やすその能力こそ、"究極の優しさを持つレプリロイド"の証だった。

 

「ゼロ、少しの辛抱だ。深い傷だが、すぐに治る。私のために負ってくれた、この傷……今の私に、できる限りの力で……!」

 

 

 

 

光……暖かな光……身体に、力がみなぎってくる……明るくまぶしい、太陽の光……いや、違う……コレは……?

ゼロは弾かれたように身体を起こした。すぐ傍らに、"彼女"の姿があった。

 

その表情は、驚きから安堵へと変わり、笑顔になった――今の姿になってから初めて見せた、優しい笑顔だった。

 

「気がついたか、ゼロ!」

「ア、アイリス……い、今のは、いったい……?」

「私の力で、ゼロの自己修復機能を強化した。完全にとはいかないが、さっきの傷は癒えているはずだ。」

 

確かに、ダメージが格段に減っているのが感じられ、身体が軽く動かせる。

意識を失っていたのはそれほど長い時間ではなかったはずだが、その短い間に、"彼女"の能力はここまでの回復をさせてくれたというのか。

 

「そ、そうか。おかげで助かったが……キミは大丈夫なのか? すまん、余計なことにエネルギーを使わせちまったな。」

 

ゼロがそう言うと、今度は"彼女"の顔が暗く翳った。

 

「……余計なことなどではない。元はといえば、私が油断をしていたせいだ……やはり、甘かったな……守られてばかりではないつもりだったが、結局は、ゼロを危険にさらすはめになってしまった……!」

 

"彼女"の声は震え、その目には涙が浮かんでいた。

 

 

 

 

「泣いている場合じゃない。"影武者"は待ってはくれないぞ。」

 

ゼロはそう言って立ち上がった。彼の言葉を裏付けるように、再び爆発音が聞こえてきた――先ほどよりも、確実に近く。

"彼女"は、目に涙を溜めたままで、ビクリと身体を震わせた。

 

「……キミが居てくれなかったら、オレはここまで来られやしなかった。独りだったら、今頃はクモの餌食だったかも知れないんだ。だから、この先の戦いでも、オレは必ずキミを守る。キミもそうしてくれるだろう、アイリス。」

 

優しい言葉とともに、座り込んだままの"彼女"の前に、ゼロの右手が差し出された。

"彼女"は一度ゼロを見上げ、ためらうように、またうつむいた。

 

「そう言ってもらえるのはうれしい……でも……兄と一つになり、戦うすべを身につけ、それでも、やはり私は変わっていない気がする……私は本当に、ゼロの"相棒"として相応しいのだろうか……」

「"相棒"どころか、それ以上だ!」

 

ゼロは両手を"彼女"の肩にかけ、抱き上げるようにしてひょいと立たせた。

"彼女"の頬がまた真っ赤に染まった――大輪のバラの花のように。

 

「あ、ゼ、ゼロ……」

 

 

 

 

立ち上がっても、ゼロはまだ肩を離そうとしない。

"彼女"はうろたえ、思わずガクガク震えだした。

 

その姿がなんとも愛おしく思え、ゼロは笑った。

 

「はは、そうだな。姿形が変わっても、キミは、確かにオレのよく知っているアイリスだ。"アナザー"なんて、不自然な呼び方はできない。……オレの気持ちだって、変わらないさ。」

「ま、待ってくれ、ゼロ……!」

 

両手を肩にかけたまま、顔を近づけようとするゼロに、"彼女"はやっとの思いで告げた。

 

「……最初に言っておくべきだったが、我々の会話や行動は、全て、兄に筒抜けだ。気をつけた方がいい。」

 

おっと、そうだったな――ゼロは慌てて、ようやく"彼女"から手を離した。

残念ながら、二人で戦っているとはいえ、正確には、物言わぬ第三の人格が常に共にあるのだ――ゼロにとって、絶対に敵に回すべきでない相手の。

 

"彼女"はくすくすと笑い、ようやく気を取り直した様子で言った。

 

「でも、ありがとう。私のゼロへの気持ちも同じだ。……どうか、この先も私の"騎士"であってくれ。」

 

ゼロは、床に落ちていた"死神の鎌"を拾い上げ、"彼女"にうなずいてみせた。

 

「ああ。こっちこそよろしくな、オレの"騎士姫"。」

 

二人は、すぐそこまで迫っている"強敵"の姿を求め、再び走り出した。

ゼロは、ほんの少しだけ心残りを感じていた――先ほど、姿形が変わっても自分の知っている想い人のままである"彼女"の唇を狙いながら、こう伝えたかったのだ。

 

気高く咲き誇るバラよりも、他のどんな花よりも、

 

――アイリス、キミは美しい。

 

 

(完)



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Silent Night,Holy Night(ロックマンゼロ)

いつもありがとうございます。(*≧∀≦*)"
相変わらず『ロックマンゼロ』シリーズについてよく知らないながら、一応クリスマスの話ができました。メリークリスマス!♪ヽ(゜▽、゜)ノ"
(2021年12月24日)


静かな夜だ。

 

今夜は、何も聞こえてこない――サイレンも、銃声も、悲鳴も。

 

ガレキの中の暗い道。

 

うっすらと降り積もっているのは、雪か、それとも灰だろうか。

 

――オレは、この夜をどこまで歩くのだろう。

 

 

静かで、暗い夜。

 

空には、ただひとつ、大きな星が輝いている。

 

暗闇の中、オレを導く道しるべのように。

 

やがて、崩れかけた一軒の廃墟にたどり着いた。

 

教会のようだ。

 

 

 

 

……誰かが居る。

 

青いレプリロイド……この教会の司祭か?

 

妙だ。このエリアの住人は、全員避難したはずなのに。

 

……オレは、彼を助けに来たのだったろうか。

 

逃げ遅れているなら、シェルターへ案内しなければ。

 

 

『ああ、ゼロ……よく来てくれたね。』

 

……なぜ、名前を? この司祭、オレを知っているのか?

 

優しい笑顔……確かに、いつか、どこかで会ったことがあるような気もするが……

 

……ダメだ、思い出せない。いったい、誰なんだ?

 

『また会えてうれしいよ。ずっと長いこと、ここでキミを待っていたんだ。』

 

 

 

 

――ああ、そうか。

 

オレは彼に、罪を告白するため、ここに来たのかも知れない。

 

これまでに、幾度も、幾度も繰り返してきた、破壊――壊すことしかできないオレは、恐らく、存在そのものが、あやまちなのだろう。

 

なぜかはわからないが、オレを裁くのに、彼ほど相応しい相手は居ない気がする。

 

……与えられるのは、地獄の罰か、それとも……

 

 

『やめてくれ、ゼロ……そんな……ボクの前でひざまずくなんて……

 

違うんだ、違うんだよ。キミを裁くとか、罰を与えるなんて、そんな、一段高いところからものを言うようなこと、ボクができるはずないじゃないか!

 

ボクにできるのは、ただ、こうして、キミを抱きしめることだけなんだよ……

 

傷だらけだね……ずっと、戦ってきたんだね……そうして、大切なものを守りつづけてくれたんだよね……

 

ありがとう、本当にありがとう……キミは今も、これからもずっと、ボクの"――"だよ……』

 

 

 

 

――そう言って、彼は、オレを抱擁し、涙を流した。

 

彼の涙で、オレの頬も濡れた。

 

まるで、生身の身体から"生身の心"が流しているような、温かい涙だった。

 

キミは誰だ? そう訊ねようとしたが、そこで目が覚めた。

 

……不思議な夢だ。

 

 

「ゼロ、起きてる? ……ああ、よかった。ちゃんと起きたみたいね。」

 

シエル……ああ、今、起きたところだ。

 

「さぁ、シェルターの子供たちが待ってるわよ。プレゼントを配るのはあなたなんだから、遅刻したら大変だわ。」

 

……その役は、本当にオレがやるのか?

 

「もちろんよ、みんな、あなたに会いたがってるもの! ささやかだけど、クリスマスパーティーを開けるようになるなんて、本当に夢みたいよ。それも、あなたのおかげなのよ、ゼロ!」

 

 

 

 

「……あら? どうかしたの、なんだか浮かない顔ね。」

 

ああ……実は、妙な夢を見てな。

 

……

 

「そう……不思議な夢ね。その青いレプリロイドに、心当たりは無いの?」

 

今のところは、無い。……過去に関係があったかも知れないが。

 

 

「でも、もしかしたらその夢……天からあなたへのプレゼントなんじゃないかしら。記憶を取り戻す手がかりになるかも知れないわよ。」

 

――そうだ。今、思い出した。

 

夢の中で彼が最後に口にした、聞き取れなかった言葉――"友達"。

 

"裁き"などではなく、"友"として寄り添ってくれる温かな心――それが、確かにオレの過去に存在していたのだと、告げてくれた夢ならば。

 

悪くない贈り物だ。X(Christ)の文字を冠した、この祝祭の夜に。

 

 

(完)



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Spark (BL・腐向け注意)

明けましておめでとうございます。今年が良い年となりますように。(*^◇^*)" ……そして、新年最初の投稿がこんなのですみません。( ̄▽ ̄;)"
(2022年1月1日)


火花が見える。

 

閉じたまぶたの中の暗闇に閃く火花が。

 

ある時は、稲妻のように。

 

またある時は、流星のように。

 

そしてまたある時には、宝石のように。

 

強い輝きを放つ火花が見える。

 

それは、二人の唇が触れる、ほんの一瞬の間だけ。

 

 

 

 

イレギュラーハンター第十七部隊。

 

長い眠りから目覚めたオレは、ここで知った。

 

世界にあふれる悲しみを、戦いを、そして、静かに燃えるような恋を。

 

それらを教えてくれたのは、一人のハンター。

 

真紅のアーマーをまとい、輝く長い金髪をなびかせたその姿は、一目見た時からオレの胸に灼きついた。

 

共に戦ううちに、遠い憧れだった彼は、次第に近い存在となってくる。

 

そして、やがて告げられた――彼もまたひそかに、オレへの想いを抱いていたのだと。

 

 

 

 

それからのオレの毎日は、ますます気が抜けない。

 

厳しい任務も、短いくちづけも、不意打ちにやってくるのだから。

 

誰にも知られるわけにいかない、この秘密の恋。

 

普段は互いにポーカーフェイス、わずかなチャンスが来るたびに、人目を忍んで重ねる唇。

 

ああ……でも、もう今のままじゃ満足できない。

 

火花のような短いキスだけじゃ、足りないんだ。

 

もっと、もっと近くなりたい……いつか、二人のその欲望が、スパークするだろう。

 

 

(完)

 

 

 

 

 

 

 

 

↓以下、文字数合わせです。

火花が見える。

 

閉じたまぶたの中の暗闇に閃く火花が。

 

ある時は、稲妻のように。

 

またある時は、流星のように。

 

そしてまたある時には、宝石のように。

 

強い輝きを放つ火花が見える。

 

それは、二人の唇が触れる、ほんの一瞬の間だけ。

 

 

 

 

イレギュラーハンター第十七部隊。

 

長い眠りから目覚めたオレは、ここで知った。

 

世界にあふれる悲しみを、戦いを、そして、静かに燃えるような恋を。

 

それらを教えてくれたのは、一人のハンター。

 

真紅のアーマーをまとい、輝く長い金髪をなびかせたその姿は、一目見た時からオレの胸に灼きついた。

 

共に戦ううちに、遠い憧れだった彼は、次第に近い存在となってくる。

 

そして、やがて告げられた――彼もまたひそかに、オレへの想いを抱いていたのだと。

 

 

 

 

それからのオレの毎日は、ますます気が抜けない。

 

厳しい任務も、短いくちづけも、不意打ちにやってくるのだから。

 

誰にも知られるわけにいかない、この秘密の恋。

 

普段は互いにポーカーフェイス、わずかなチャンスが来るたびに、人目を忍んで重ねる唇。

 

ああ……でも、もう今のままじゃ満足できない。

 

火花のような短いキスだけじゃ、足りないんだ。

 

もっと、もっと近くなりたい……いつか、二人のその欲望が、スパークするだろう。



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戦塵の終りに / X-Buster・1

いつもありがとうございます。(*´∀`*)"
シグマもルミネも姿を消したのち、『W-レリック』と名付けられた存在が新たな脅威となりつつある世界。戦うことへの自信を喪失し、バスターを撃つこともできなくなってしまったエックスは、休養のため、独りで旅に出ます。その先で彼を待っている、不思議な出会いとは?
(2022年4月1日~11日)


ハンターベース訓練棟、トレーニングルーム内。エックスは、左手を握ったり開いたりする動作を繰り返している。

開いた手。手のひら、手の甲。再び手のひら。その手が握られ、拳になり、次いでバスターに変形する。

それを構え、左へ、右へと素早く向けるエックス。少し離れて、ライフセーバーと、心配そうな顔のエイリアが彼を見守っている。

エックスは何を狙うでもなく、やがて大きなため息をつき、力なくバスターを下ろす。すぐに変形が解け、バスターは手に戻る。

 

 

 

エイリア:

エックス……(歩み寄る)

 

ライフセーバー:

やはり、それ以上の維持は無理か?

 

エックス:

(ひどく沈んだ様子で)ああ……やっぱり、ダメみたいだよ。バスターを保つことができない。

 

エイリア:

(エックスに寄り添って)大丈夫よ、そんなに気にすることないわ。腕には異常は無いんだもの。疲労というか、ストレスというか……とにかく、"精神的な原因による一時的な不調"なんでしょう?

 

ライフセーバー:

(うなずいて)そうとも言える。だが、その不調が本当に一時的なものかどうかは……

 

エイリア:

え……

 

エックス:

(左手をじっと見ながら)……このまま、もう戦えなくなるかも知れない、ってことだね。

 

エイリア:

エックス、そんなこと……!

 

 

 

 

エックス:

(笑って)いや、いいんだ。あのさ……実はオレ、しばらく前から考えてたことがあって……

 

 

 

エックスは、二人に胸の内を明かす。エイリアの顔には驚きの表情が浮かび、それから、深い悲しみのそれへと変わる。

外は曇天。灰色の雲に覆われた暗い空から雨が降り出し、トレーニングルームの窓をぽつりぽつりと濡らしはじめる。

 

 

 

エイリア:

(やがて、話を聞き終えて)そう……わかったわ、エックス。

 

エックス:

(慌てて)ごめんよ、エイリア。本当にごめん。なんていうか、その……キミに心配かけたくないと思って、なかなか言い出せなくて……

 

エイリア:

(優しく微笑む)ううん、いいの。正直に言ってくれて、ありがとう。それが、今のあなたにとって最良の選択だと思うなら、心に従ってちょうだい。誰にも遠慮することなんかないのよ。

 

エックス:

エイリア……

 

ライフセーバー:

……気持ちは理解したが、シグナス総監が何と言うかだな。まあ、そう早まることはない。いずれにせよ、今のエックスに休養が必要なことだけは、確かだからな。私からは、総監にそれだけ伝えておこう。

 

エックス:

休養、か……

 

 

 

 

シグナスの執務室。デスクの傍らで、大きな窓に向かって立っているシグナス。

強い雨がしきりにガラスに打ちつけている。シグナスの背中に向かう格好で、デスクのこちら側にエックスが立っている。

 

 

 

シグナス:

(エックスに背を向けたままで)ライフセーバーからは聞いている。おまえには、休養が必要だと。だが……

 

エックス:

……

 

シグナス:

(エックスに向き直って)……本気なのか。ハンターを辞めたい、と?

 

エックス:

(うなずいて)ああ。そう考えていた。

 

シグナス:

(大きく息をつきながら椅子に座る)理由は何だ? もう、戦いに疲れたとでもいうのか。……まあ、わからなくはないがな。

 

エックス:

オレは……(左手を握る)いつ、どこで生まれたのか、わからない。ただ、目覚めた時から、戦う力を持っていた。その力は、人を助けるために備わっているもので、それを正しく生かせるイレギュラーハンターの仕事は、まさしく"天職"みたいなものだと思ってた。

 

シグナス:

"天職"か。これまでのおまえの働きを見れば、確かにそういえるだろうな。

 

エックス:

(うつむいて)でも……最近、なんだか、戦うことへの自信っていうか、確信が持てなくなってきたんだ。

 

シグナス:

ほう?

 

 

 

 

エックス:

ハンターとして戦うことで、オレを造ってくれた人の思いに応えることができる。ずっと、そう信じてきたけど……(顔を歪めて)もう、そうじゃないのかも知れない……

 

シグナス:

どういうことだ?

 

エックス:

シグマやルミネが居なくなっても、イレギュラーは無くならない。例え、相手がそうであっても、戦えば、そこには、必ず悲しみが生まれてしまう……破壊を止めるために、破壊を行わなければならないんだ。それって、結局自分もイレギュラーと同じ……こんなことを繰り返していたら、いつまで経っても戦いは終わらない……本当に、これが、"あの人"が望んだオレの在り方なのかなって……

 

 

 

エックスは、これまでの多くの戦いの中で自分を助けてくれた、ホログラムの白衣の老人――"光の博士"のことを思い浮かべている。

 

 

 

シグナス:

皮肉なものだな。だが、この世界が続いていく限り、我々の"仕事"が無くなることはないだろう。現に、ゲイトの報告にあった"謎のイレギュラー群"がまた現れたと聞いたところだ。……世界も、仲間たちも、まだまだおまえを必要としている。わかっているだろうな?

 

エックス:

ああ、わかってる。でも……(首を左右に振る)ルミネとの戦いを最後に、"あの人"は、もうオレの前に現れてはくれなくなった。確かに、もうパワーアップとかは必要無いけど……それって、オレを見放したってことなんじゃないかって……バスターが撃てなくなったのも、そのせいじゃないのかって……

 

 

 

激しい雨が降りつづいている。

 

 

 

 

シグナス:

(咎める口調ではなく、静かに)本当にどうしてもと望むなら、おまえを引き留めることはしない。無理強いするわけにもいかんしな。だが、もう少しだけ考えてみてはどうだ?

 

エックス:

え……

 

シグナス:

ライフセーバーの言う通り、おまえには休養期間を与えよう。もし、その間に気が変わらなければ、正式な手続きによりハンターの資格を取り消す。それでいいだろう。

 

エックス:

(慌てて)だって、バスターが回復しなかったら?

 

シグナス:

するかも知れんぞ。あっさりとな。

 

エックス:

そ、そんな……

 

シグナス:

例えハンターでなくなったとしても、籍だけは組織に残しておけばいい。仕事はいろいろあるからな。

 

 

エックス:

……

(しばらく考えて)……うん、そうだね。そうするよ。確かに、ライフセーバーにも、早まるなって言われたし……後悔することにならないように、もう一度じっくり考えてみる。(苦笑して)どっちみち、みんなには迷惑をかけちゃうけどな。

 

シグナス:

……エックス、おまえは間違っていないぞ。

 

エックス:

え?

 

シグナス:

……おまえはこれまで、戦うことで、造り手の思いに精一杯応えてきたのだと、私は思う。その人物に見放されたなどと考える必要は無い。気に病むな。

 

エックス:

(笑って)そうかな。ありがとう、シグナス。

 

シグナス:

(うなずく)何にせよ、"退職願い"は、一旦、保留だ。ゆっくり休んでこい。

 

 

 

 

シグナスの部屋を後にしたエックス。司令棟内の通路を歩いていくと、研究棟への入口付近で、妙な叫び声が聞こえてくる。

 

 

 

アクセルの声:

わー! こら、ジェフリー! 待てってば!

 

猫の鳴き声:

ニャーン!

 

エックス:

ん、アクセル……?

 

 

 

立ち止まったエックスの前に、交差する通路の角を曲がってきた"何か"が姿を現す。それはボールのように丸く、高速で回転している。

 

 

 

エックス:

(驚く)何だ?

 

 

 

ボールのような物体はエックスの周囲をくるくると回り、空中に飛び上がり、一体の猫型ロボへと姿を変え、着地する。アーティフィシャル・プロテイン製のソーセージを口にくわえている。

 

 

 

エックス:

(更に驚く)わっ、猫?

 

アクセル:

(猫型ロボを追って走ってくる)あ、エックス! いいとこに来た! ね、その猫、捕まえて! ボクのホットドッグ、取られちゃったんだよぅ!

 

エックス:

えっ、そ、そうなの?

 

 

 

 

エックスは慌てて猫型ロボを捕まえようとする。が、猫型ロボはエックスの手をするりとすり抜け、なんと垂直の壁を駆け登り、天井の真ん中に逆さまで座り込んでしまう。

 

 

 

エックス、アクセル:

(仰天する)え、えーー?

 

ゲイト:

(通路の角を曲がって現れる)ははは、順調そうだね。どうだい、アクセル? 気に入ってくれたかな?

 

エックス:

ゲイト!

 

ゲイト:

やぁ、エックス! ちょうどよかった。キミにも、ぜひ見てほしいものがあるんだよ!

 

アクセル:

エックス~! ね、聞いてよ! ひどいんだよ! あの猫型ロボ、ゲイトがボクに造ってくれたんだけどさ、イタズラばっかりするんだ!

 

エックス:

ゲイトが?

 

ゲイト:

(うなずく)ああ、そうだよ。名前はジェフリー。今、動作確認中なんだ。問題は無さそうだね。

 

ジェフリー:

(天井で逆さまのままソーセージを食べ終え、くるりと回って床に着地する)ニャン!

 

アクセル:

(悔しがる)どこがだよ~! あー、ボクのおやつだったのに~!

 

エックス:

(興味を引かれて)へー、なかなかかわいいじゃないか。アクセルのペットなのかい?

 

 

 

 

ゲイト:

(自慢そうに)はは、ただのペットじゃないよ。ハンターたちの単独行動をサポートするんだ。敵を追跡したり、攻撃したりもできるのさ。ボクの自信作だよ。これからの戦いに役立ててほしくてね。

 

エックス:

(感心して)そうなんだ。そりゃすごい。

 

アクセル:

(不平たらたら)ゲイト~! 絶対この猫、わざと性格悪く造ったでしょ! ボクの言うこと、全っ然聞いてくれないじゃん!

 

ゲイト:

そんなことないさ。猫は気まぐれだからね。ほら、ジェフリーの方はアクセルを好きみたいだよ。うまくやってけるんじゃない?

 

ジェフリー:

(アクセルの足元で)ゴロゴロ、ゴロゴロ……

 

アクセル:

(口を尖らせて)ちぇー、本当かなぁ? 信用ならないなぁ! あーあ、ゼロの鷹はすっごく有能そうなのに! ボクもそっちが良かったよ!

 

エックス:

え、ゼロには鷹?

 

アクセル:

そうだよ。……ほら、来た!

 

 

 

今度は、訓練棟の方向から一体の鷹型ロボが飛んでくる。

 

 

 

鷹型ロボ:

キィー!

 

エックス:

(目を見張る)わぁ……!

 

 

 

 

ジェット噴射により滑空してきた鷹型ロボは、一同の頭上で羽ばたき、宙にくるくると輪を描く。

 

 

 

ゲイト:

お帰り、ルーカス。

 

鷹型ロボ:

キィ!

 

 

 

ルーカスと呼ばれた鷹型ロボを追って、ゼロが走ってくる。ルーカスは迎えるようにそちらへ飛んでいき、彼の肩に止まる。

 

 

 

エックス:

(目を見張る)すごいね、ゼロ!

 

ゼロ:

(アクセルとは反対に、上機嫌で)おう、エックス。来てたのか。

 

アクセル:

(うらやましそうに)やっぱ、猫よりかっこいいな……

 

ジェフリー:

(アクセルを睨む)フー!

 

ゲイト:

どうだった? ……ふふ、その顔だと、満足してもらえたかな?

 

ゼロ:

(うなずく)ああ、大したもんだぜ、ゲイト。今、市街戦のシミュレーションを試してみたんだが、コイツの張ってくれるシールドは実に頼もしい。

 

ゲイト:

(喜んで)そりゃよかった! ルーカスも、すっかり懐いたみたいだね。

 

ルーカス:

キィ!

 

 

 

 

ゼロ:

エックス、キミもさっそく、自分の"相棒"を見せてもらうといい。

 

アクセル:

あ、そうだね! ゲイト、連れてきてあげてよ。

 

エックス:

え、オレにも居るの?

 

ゲイト:

もちろんさ。ちょっと待ってて。(急いで研究棟の方へ戻っていく)

 

エックス:

(思わず、わくわくしながら)へー、楽しみだな。

 

 

 

ジェフリーとルーカスが、エックスに興味を示している。

 

 

 

エックス:

ふふ。よろしくね、ジェフリー、ルーカス。オレは、エックスだよ。

 

ジェフリー:

ニャー!

 

ルーカス:

キィ!

 

ゼロ:

ところで、シグナスとは何の話だったんだ?

 

エックス:

(ドキッとする)え、あ、それは……

 

アクセル:

……どうかしたの?

 

エックス:

(みるみる沈んだ顔つきになる)……ごめん。実は、オレ……

 

ゼロ、アクセル:

え……?

 

 

 

やがて、ゲイトが一体の犬型ロボと共に戻ってくる。

 

 

 

ゲイト:

お待たせ、エックス。名犬マークだよ。彼は、姿を隠している敵を見つけるのが得意なんだ。もちろん、ガレキの下敷きになってしまった生存者を見つけることもできる。事故や災害現場での人命救助に――(その場の空気が、明らかに先ほどまでと違うことに気づく)あれ? ちょっと……何かあったの……?

 

 

 

ハンターベースの上に、街に、強い雨はなおも降り注ぐ。

 

 

(続く)



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戦塵の終りに / X-Buster・2

いつもありがとうございます。( ̄▽ ̄;)"
エックスの悩みを知った仲間たちの心も、それぞれに揺れ動きます。
(2022年4月17日~12月12日)


※この物語のオリジナル設定

 

・エックス・ゼロ・アクセルそれぞれに、マーク(犬)・ルーカス(鷹)・ジェフリー(猫)という、単独行動支援用の動物型ロボがついています。ロックマンシリーズにおけるラッシュ・ビート・タンゴに相当します。

マークは姿を隠した敵や負傷者を見つけること、ルーカスは飛び道具による攻撃を防ぐシールド、ジェフリーは壁や天井を自由に移動することが得意技です。

 

 

 

※他の物語にもある設定

 

・エナジーリキッド、リフレッシュリキッド:

レプリロイドの飲み物で、『E缶』の中身に相当する液体。文字通り、前者はエネルギー補給を目的とするもの。後者は嗜好品で、『ジャスミン茶タイプ』『黒蜜抹茶ラテタイプ』など種類が豊富です。

 

・アーティフィシャル・プロテイン:

レプリロイドの食物として造られたたんぱく質。魚タイプや肉タイプがあり、さまざまに料理されます。摂取されると、レプリロイドの体内の有機組織に吸収されてエネルギーとなります。

本来、太陽光をエネルギー源とするレプリロイドには必要無いものですが、『時々は人間と一緒に、咀嚼・嚥下といった身体の機能を使い、食べる楽しみも味わうべき』という(作者の)思想のもと、ハンターベースには職員食堂が存在します。

ちなみに、人間もアーティフィシャル・プロテインを食べることができますが、味や食感はあまり良くありません。それでも栄養は摂れるので、一部ではヴィーガン食としての需要があります。

 

 

 

 

メディカルルームを後にするダグラスとゲイト。

 

 

 

ダグラス:

(頭をかきながら)はー……まいったな。ライフセーバーのヤツ、本当に本当のこと言ってんのか?

 

ゲイト:

そうなんだろうね。『エックスがバスターを撃てなくなったのは、腕の故障ではなく、精神的なものが原因』……だから、直しようがない、と。

 

ダグラス:

けどな……マジかよ、エックス……ハンター辞めたいだなんて……

 

ゲイト:

(ため息をついて)ボクも驚いたよ。まあ……表面化したのが今だっていうだけで、彼の中には、ずっと以前から、その気持ちがあったのかも知れないけどね……

 

ダグラス:

(通路の壁を拳でガンと打って)ちくしょう……! エックス、辞めるなんて言うなよ! バスターが使えなきゃ、代わりにハサミでもドリルでも、オレがくっつけてやるよ! アイツが居なくなったら、いったいどうなっちまうんだよ……これからの戦いも、世界も、オレたちも……!

 

ゲイト:

……覚悟を、決めなくちゃならないね。

 

ダグラス:

あぁ?

 

ゲイト:

エックスが居ない、これからの戦いに、世界に、ハンター組織に……ボクたち一人一人が、覚悟を決めなくちゃならないんだ。

 

ダグラス:

(慌てて)お……おいおい、待てよ。まだ、本当に辞めるって決まったわけじゃないだろ? アイツ、これから休暇だっていうし、その間に気が変わるかも知れねーし……

 

 

 

 

ゲイト:

(うなずく)そうだね、その通りだよ。ボクもそう願ってる。だけど……彼の悩みは、彼にしかわからないんだ。もし彼の気が変わらなかったとしたら、誰も彼を引き留めることはできないんだよ。

 

ダグラス:

(肩を落とす)覚悟、ね……デカい覚悟が要りそうだぜ……

 

 

 

オペレーションルームのレイヤーとパレット。二人の表情は暗い。エイリアの席は空いている。

 

 

 

パレット:

あーあ……知らなかったね、エックスさんがそんな悩みを抱えてたなんて。

 

レイヤー:

ええ。エイリア先輩も、何も聞いてなかったみたいよ。

 

パレット:

(落ちつかなげに)ねぇ、どうなるのかな……エックスさん、本当に辞めちゃうのかな……?

 

レイヤー:

どうかしらね……

 

パレット:

うー……レイヤー、アタシ、なんか怖いよ……だって、今のチームが最高だと思ってたから……それが変わっちゃうなんて、考えたことも無かったもん……

 

レイヤー:

パレット……エックスさんがどんな決断をしたとしても、私たちはそれを受け入れなくちゃならないわ。たとえ、本当にお別れすることになっても。

 

パレット:

うん……そうだけど……

 

レイヤー:

(エイリアの席に目をやって)……いちばんつらいのは、先輩なのよ。

 

 

 

 

通路。ルーカスを連れ、ガシャガシャと騒々しい足音をたてながら再びトレーニングルームへ向かうゼロ。アクセルとジェフリーが慌ててその後を追う。

 

 

アクセル:

(後ろから)ねぇ、ゼロ……

 

ゼロ:

(苛立たしげに)いくじなしめ。見損なったぜ、エックス。

 

アクセル:

(驚く)そ、そんな……やめてよ。エックスだって、きっと、つらい思いをしてたんだよ。そりゃ、ボクだって辞めてほしくなんかないけど、悩んで決めたことなら……

 

ゼロ:

(立ち止まり、振り返って)……なんで、もっと早く言ってくれなかったんだ!

 

アクセル:

え……

 

ゼロ:

何年、一緒にやってると思ってる? 大きな戦いを、何度も一緒に乗り越えて……互いに生命を預け合ってきたのに……そのオレを、信じられないってのか……受け止めてやれないとでも、支えになれないとでも、思ったのか! ……アイツは、いくじなしだ。(再び前に向き直り、歩き去る)

 

アクセル:

(取り残される)ゼロ……

 

 

 

同じく、通路。エックスが、エイリアをあちこち探して歩いている。やがて、彼はリキッド自販機が置かれた待機スペースにその姿を見つける。彼女は、うつむいてベンチに座っている。

 

 

 

エックス:

(ほっとして)エイリア! よかった、ここに居たんだね。心配しちゃったよ、オペレーションルームに戻ってないって聞いて……

 

 

 

 

静かに顔を上げるエイリア。大粒の涙が、その頬を伝って流れ落ちている。

 

 

 

エイリア:

エックス……

 

エックス:

(驚く)エ、エイリア……泣いてるのかい……?

 

エイリア:

(急いで、手で涙を拭いながら)ごめんなさい。ずっと笑顔でいたかったけど……大丈夫だと思ったんだけど……やっぱり、ダメだったわ……

 

エックス:

エイリア、オレのことで……

 

エイリア:

エックス、私ね……仕事でも、それ以外の時でも、自分はあなたの最高のパートナーだって、勝手に思ってたのよ……

 

エックス:

そんな、『勝手に』だなんて!(慌ててエイリアの横に座り、彼女の肩を抱く)それは、本当のことじゃないか。エイリアは、オレの最高のパートナーだよ。間違いない。

 

エイリア:

でも……私は、あなたのことを、どれくらい理解しているの? あなたが本当に私を必要としている時に、ちゃんと助けてあげられた……?

 

エックス:

エイリア……

 

エイリア:

(また新しい涙をこぼしながら)……監視するみたいに、あなたの何もかもを知りたいわけじゃないの。でも、自分にできることがあるのに、あなたを独りぼっちにさせてしまうようなことは、したくない。

 

 

 

想い人であるエイリアの、自分への深い気持ちを改めて感じるエックス。

 

 

 

エックス:

……ありがとう、エイリア。つらい思いさせてごめんよ。(自販機を示して)何か、飲む?

 

エイリア:

え、ええ……

 

 

 

 

エックスは、エイリアにロイヤルミルクティータイプのリフレッシュ・リキッドを渡し、自分は緑茶タイプを選んで、再び彼女と並んで座る。

 

 

 

エイリア:

(ようやく泣き止み、笑顔を取り戻して)ありがとう。

 

エックス:

うん。(リキッドの缶を開けながら)……黙ってたこと、本当にごめん。大事なことって、どうしても、大事な人には言いにくいんだよな。(苦笑して)今頃、ゼロとアクセルも、そのことで怒ってるかも。

 

エイリア:

え……

 

エックス:

(優しく)でも、キミがいつもオレのことをちゃんと見ててくれたのは知ってるよ。小さな変化にもすぐに気づいてくれて、声をかけてくれて……戦闘の時だけじゃなくて、本当にいつもキミが見守っててくれたから、オレは今までここでやってこられたんだと思う。

 

エイリア:

(思わず、顔を赤くする)エ、エックス……!

 

エックス:

(自分も赤くなりながら)だから、エイリア……できれば、ハンターじゃなくなったとしても……その……これまで通り、オレの大事な人でいてくれるかな……?

 

エイリア:

ああ……!

 

 

 

この時、ゲイトが通路を通りかかり、ふと何気なく待機スペースに目をやる。その目に、ベンチに座って固く抱きしめ合うエックスとエイリアの姿が映る。

 

 

 

ゲイト:

……!(思わず立ちすくみ、慌てて後ずさる)

 

 

 

 

ダグラス:

(ゲイトの後ろから現れる)お、ゲイト、どうした?

 

ゲイト:

(声をひそめて)シーッ、シーッ! 静かに! ダメだよ、今そっちに行っちゃダメだ……!

 

ダグラス:

(あっけにとられて)何でだ? エナジー・リキッド買いに行くだけだぜ?

 

ゲイト:

(必死でダグラスを押し戻そうとする)ダメだ! 頼む、お願いだ、ここではやめてくれ! エイリアの幸せのためなんだ……!

 

ダグラス:

(納得がいかず)は……?

 

 

 

やがて、エックスとエイリアは抱擁を解き、再び見つめ合う。

 

 

 

エイリア:

……ありがとう、エックス。私、もう大丈夫よ。

 

エックス:

(うなずいて)よかった。……オレはこれから、しばらく独りきりになるけど、毎日キミのことを思い出すよ。

 

エイリア:

私も。(両手でエックスの手をしっかりと握って)こっちのことは、心配しないでね。戦いのことだって忘れて、とにかく、ゆっくりしてきて。……どんな決断をしても、あなたが笑顔で私のもとに戻ってきてくれるのを、待ってるわ。

 

エックス:

うん。ありがとう、エイリア。

 

 

 

ダグラスを追い払って、こっそりと二人の様子をうかがっていたゲイト。

 

 

 

ゲイト:

(満足そうに、独りでしきりにうなずきながら)よし、よし……こりゃ、こうしちゃいられないぞ……!(足音を忍ばせて立ち去る)

 

 

 

 

再び、オペレーションルーム。レイヤーとパレット、そして、所在無さげなアクセルとジェフリーが、休憩スペースのソファに無言で座っている。

自動ドアの開閉する音とともに、その場の重苦しい空気を追い散らすような明るい声が聞こえる。

 

 

エイリアの声:

ただいま! ごめんなさい、思ったより長く空けちゃったみたいね。……って、あら? 誰も居ないの?

 

アクセル:

エイリアだ!

 

ジェフリー:

ニャー!(床に飛び降りる)

 

レイヤー、パレット:

先輩!

 

 

三人は急いで立ち上がり、エイリアを迎える。

 

 

エイリア:

(すっかり普段通りの様子で)やーね、みんなして隠れてたの? さては、アクセル。またイタズラを企んだわね。

 

アクセル:

(慌てて)ち、違うよ! それより……

 

レイヤー:

(心配そうに)せ、先輩……

 

パレット:

(おずおずと)あ、あの、大丈夫ですか……?

 

エイリア:

あら、何が?

 

アクセル:

何がって、エックスのことに決まってるじゃないか!

 

エイリア:

(改めて)……ごめんなさいね、みんなにも心配かけちゃって。でも、そのことは本当に大丈夫。この先、彼がどんな道を選んでも、私はその新しい門出を心から祝福するつもりよ。たとえ彼の立場が変わっても、ここで一緒に戦うことがなくなっても、私たちはきっと変わらない。そう信じてるから。

 

 

 

 

エイリアの瞳に宿る明るい輝き、言葉に込もる強い力。それらは、三人の心をも不安から解き放つ。

 

 

アクセル:

……うん。(笑って)そうだよね、ボクも信じるよ。

 

レイヤー:

(うなずく)そうですね。先輩とエックスさんですもの。

 

パレット:

あはは……(ジェフリーを抱き上げる)なんかアタシたち、すっかり取り越し苦労しちゃったみたい!

 

ジェフリー:

ニャン!

 

エイリア:

うふふ。ありがとう、みんな。

 

 

ようやくその場の雰囲気が明るさを取り戻し、会話も弾みはじめる。

 

 

アクセル:

ね、エックスはこれから休暇なんだよね? どうするのかとか、聞いてる?

 

エイリア:

ええ。しばらく、シルバーサンド島の保養施設へ行くって言ってたわ。

 

アクセル:

え、どこ?

 

パレット:

え、知らないの?

 

ジェフリー:

ニャ?

 

ゲイト:

(タブレット端末を手にして入ってくる)なるほど。独りで静かに過ごすには、ぴったりかもね。

 

エイリア:

まぁ、ゲイト。

 

 

 

 

アクセル:

そのシルバーサンド島って、どんなところなの?

 

エイリア:

アクセルは、ハンターになってからまだあまり長くないから、知らないのかもね。レプリシーフォースの、ある退役軍人が晩年を過ごした無人島よ。

 

レイヤー:

彼の住んでいた屋敷は、今は保養施設になっていて、ハンターや軍の関係者なら自由に使うことができます。

 

アクセル:

へぇー、じゃあ、ボクも行っていいの?

 

パレット:

無理無理、アクセルは絶対退屈しちゃうよ。周りを海に囲まれた小さい島で、なんにも無いところだもん。

 

アクセル:

なんだ、そっか。……っていうか、パレットもレイヤーもなんで知ってるの? 二人とも、ボクより後から来たじゃん!

 

パレット:

(ジェフリーを床に降ろす)それは、勉強不足っていうんじゃないのー?(レイヤーを見て)ねぇ。

 

レイヤー:

(うなずく)ですね。

 

ジェフリー:

(アクセルを見上げて)フー!

 

ゲイト:

ははは、猫にまで呆れられちゃってるね。

 

アクセル:

(頬を膨らませる)ちぇー!

 

ゲイト:

その島には、いろいろな謎があってね。私有化にあたって調査をしたところ、それは、実は遠い昔に造られた人工島であることがわかったんだ。それこそ、レプリロイドが存在するよりも遥かに前の時代さ。ところが、今とほとんど変わらないような、いや、もしかするとそれを凌ぐほどの、超高度な技術で造られているんだよ。

 

アクセル:

(驚く)そうなの?

 

 

 

 

ゲイト:

(うなずいて)それに、そこには何かの研究施設の跡地とみられるものもあったらしいんだ。島を造った人物のものだろうと思われたが、その人物についての有力な手がかりは得られなかった。ただ、その名前の頭文字は"R"だといわれている。

 

アクセル:

へぇー……なんか、すごいね。

 

ゲイト:

(興奮ぎみに)どうだい、わくわくするだろう? ボクたち科学者にとっては、永遠のロマンだよ!

 

エイリア:

ふふ、ゲイトったら、自分が行きたいみたいね。……ところで、何かご用?

 

ゲイト:

ああ、そうそう! エイリア、ちょっとキミに見てほしいものがあるんだ。(タブレットを差し出す)

 

エイリア:

何かしら?

 

ゲイト:

今回こういうことになって、キミも、エックスとのこれからを本当に真剣に考えるべき時なんじゃないかと思ってさ。

 

エイリア:

え……?

 

 

いぶかしみながらタブレットを受け取るエイリア。その画面を見た途端、彼女の顔が、文字通り火を噴きそうなほど真っ赤になる。

 

 

 

 

エイリア:

(思わず、タブレットを床に叩き落とす)イヤ! 何のつもりよ! お、お、大きなお世話だわ!

 

ジェフリー:

(慌てて飛びのく)フギャ!

 

アクセル:

(驚く)えっ、何?

 

レイヤー、パレット:

(驚く)せ、先輩?

 

ゲイト:

(驚く)ど、どうしたんだい……気に入らなかった?

 

エイリア:

(激しく狼狽して)ち、違うわよ! だ、だって、私、まだ、そんなこと……もう、知らない!(両手を頬に当てながら、走って部屋を出ていく)

 

ゲイト:

エ、エイリア! ねぇ! ちょっと! 待ってくれよぅ!(慌ててエイリアを追う)

 

アクセル、ジェフリー、レイヤー、パレット:

(呆然と二人を見送る)……?

 

 

床に落ちているタブレット。その画面をおそるおそるのぞきこむ、三人と一匹。

 

 

アクセル:

えっ、コレって……?

 

レイヤー:

まぁ!

 

パレット:

ははーん、なるほどね……!

 

ジェフリー:

ニャーン!

 

 

そこには、ウェディングドレスのカタログが表示されている。

 

 

アクセル:

(苦笑して)ゲイトってば、相変わらずだね~! ほんっと、大きなお世話だよ!

 

パレット:

(呆れて)昔からあんな感じなのかな? 先輩、きっと苦労が絶えなかったよね。

 

レイヤー:

(タブレットを拾い上げ、凝視しながら)……コレ、ちょっとだけ、私が借りてもいいかしら……

 

アクセル、パレット:

え?

 

ジェフリー:

フニャ?

 

 

(続く)



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"MIRACLE"Another Side

(2024年3月31日)誤字報告ありがとうございます。
ストーム・イーグリードの名前が『イグリード』となっていますが、岩本作品の二次創作であることを示したくて、あえてこの表記にしました(実際のX2の漫画では『イーグリード』になっていますが、あえてです)。

いつもありがとうございます。(*^◇^*)"
岩本佳浩先生のコミック版『ロックマンX2』のクライマックス。額に埋め込まれたΣチップをエックスに破壊され、倒れたゼロが再び立ち上がるまでの間に、彼の中で起きていたこととは?
(2022年5月5日~9日)


暗闇の底に、ゼロは倒れていた。

ずっしりと重く、それでいて脱け殻のように冷たく、頼りなく、思うように動かない身体。

 

虚ろなその身体を満たしているのは、先ほどまでの熾烈な戦いの記憶。

灼熱の(セイバー)を振り上げ、振り下ろし、憎しみではなく深い悲しみを込めて幾度も自分の名を呼ぶ"相手"を、情け容赦なく傷つけ、打ちのめした。

 

裏切りの黒か、返り血の赤か――今、自分の(アーマー)はどちらの色なのか、それすらもわからない。

 

『よう、どうした? 何をしょぼくれてんだ? ははは、おまえらしくないぜ。こんなところで寝てんなよ。』

 

場違いなほど陽気な声とともに、懐かしい姿が――もはやこの世のものではないはずの旧友の姿が、闇の中に現れた。

背中に畳まれた二枚の翼、小憎らしいような笑みを浮かべた嘴。かつて『天空の貴公子』と呼ばれた、気高き大鷲の男。

 

「イグリード……オレは……オレは、どうすればいい……?」

 

彼の足元に横たわったままで、力なくゼロは問いかける。

 

「今、オレは……戦っていたんだ、エックスと……シグマに、操られて……」

『目が覚めたんだな。それなら、早く戻ってやれよ。エックスは今、この瞬間にも、ズタズタの身体で、独りでシグマと戦ってるんだぜ。これ以上待たせるな。』

「できない……!」

 

ゼロはよろよろと上体を起こし、弱々しくイグリードを見上げた。

 

「アイツを、さんざん傷つけちまったんだぞ……! 生命まで、奪おうとしたんだ……アイツを殺して、自分も死のうとした……! シグマの鎖につながれた"裏切り者"のオレが、どの面下げて、アイツのところへなんか戻れるんだよ……?」

 

 

 

 

ゴン! と鈍い音がした。

イグリードの鉄拳が、ゼロの脳天に振り下ろされていた。

 

「痛ッ! ……何しやがる!」

 

思わず大声をあげるゼロの前で、イグリードはやれやれといった様子で、大袈裟に肩をすくめながら言った。

 

『あーあー、がっかりしたぜ! 相変わらず馬鹿だな、てめーは! そんなんだから、いつまで経ってもオレに勝てねーんだよ。この、オカマもどきの金髪ヤローが!』

「何だと……、もういっぺん言ってみやがれ、この鳥ガラ!」

 

ゼロは我を忘れ、イグリードに掴みかかろうとした。

だが実際には、いまだいうことをきかない身体が、ほんのわずか這うように動いただけだった。

 

昔の悪友時代に戻ったように、イグリードは笑いながら挑発的に言葉を続ける。

 

『バーカ! シグマの鎖だ? そんなもん、もうどこにも無ぇだろうがよ。さっき、エックスにぶっ壊されたのを忘れたのかよ! ……鎖はな、身体を縛ることはできても、魂までは縛れないんだ。』

 

ゼロははっとした。そうだ、この男も同じだ。

シグマの最初の反乱でその軍門に下り、多くの犠牲を払いながらも、最後にはエックスを"希望"と呼び、新たな力を与えた――自らの生命と引き換えに。

 

「シグマの鎖は……おまえの魂は、縛れなかったな……」

 

呟くゼロに、イグリードはうなずいた。

 

『ああ。おまえだって、そうさ。たとえ、まだ縛られていたって、自分で断ち切れるだろ? ……オレと彼女(ティル)のことだって、いつまでも引きずってんなよ。アレは、おまえのせいなんかじゃない。』

 

 

 

 

「イグリード……!」

 

青臭いライバル意識や、過剰なまでの自信。

若々しい明るさに満ちていた"あの頃"。

 

大空にはかなく散っていった花と共に、突然に訪れた、その終焉。

そして、握り返すことができなかった、和解の手。

 

彼と共にあったこれまでの記憶が、閃く稲妻のようにゼロの中を駆け抜けた。

 

『おら、いつまでそうやってんだ! わかったら、さっさと立てっつーの!』

 

"あの時"のやり直しででもあるかのように、イグリードの手が、もう一度ゼロの前に差し出される。

ゼロは、左手を地面に突きながら、今度こそはとばかりに、必死で右手を伸ばした。

 

だが、震えるその手がもう少しで届きそうになった瞬間、イグリードは突然、自分の手をひょいと引っ込めた。

掴まろうとしていた支えを失い、ゼロの上体は、再びその場に崩れ落ちてしまった。

 

『ギャハハハ、ざまーみやがれ! 本気で手ぇ貸すとでも思ったのか、あ? この馬鹿が!』

 

イグリードの馬鹿笑いが響く。だが、すぐ目の前に居たはずの彼の姿は、どこにも無い。

 

「イ、イグリード……どこだ?」

 

嘲弄された怒りよりも不安を感じて、ゼロはすぐさま身を起こそうとした。

相変わらず、重く鈍い身体。だが、それを持ち上げようとする両腕には、確実に、前よりも強い力が込もりはじめていた。

 

闇の中から――明らかに、先ほどよりも遠くから――イグリードの声が聞こえてきた。

 

『あがけ、あがけ! ……オレは、もう"過去"なんだ。"過去"にしがみつくな! おまえがシグマに操られてたのだって、もう"過去"だ。おまえは、"現在(いま)"を生きてる。エックスもな! 生きてるなら、あがけ! 最後まであがいてみせろ! "未来"のために!』

 

 

 

 

彼の気配が、完全に立ち去ったのがわかった。

ゼロは、暗闇の中に独り残された。

 

「く、くくく……」

 

地面に這いつくばった格好のままで、ゼロは笑いだした。

 

「馬鹿はどっちだよ、鳥公が! 誰がてめーの手なんざ借りるかよ。あがいてやるさ! 独りで立ち上がってやる、今すぐに!」

 

脱け殻のように虚ろだった全身に、次第に力がみなぎってくる。

断ち切ってやる。シグマの呪縛も、戻らない過去も。

 

現在(いま)を生きろ、未来のために。エックスのために!

 

 

爆煙の中で、エックスは、辛くも立ち上がった。

苛烈な戦いの連続に、彼の身体は軋み、悲鳴をあげていた――その胸には、冥府から舞い戻った魔王の署名(サイン)のように、深い切り傷が生々しく刻みつけられていた。

 

「相変わらずの根性だな……しかし、もう"恐怖"は感じんぞ。」

 

両手の甲に長く鋭い爪を光らせたシグマが、残忍な笑みを浮かべる。

エックスは、再びバスターを構えた。その顔を、もう一度ひきつらせてやる!

 

だが、ショットを放とうとしたその瞬間、不意に、何者かの手がエックスの腕を掴んだ。

音もたてず、黒い影のように、傍らに立っていたのは――ゼロだった。

 

「ゼロ?」

 

驚きと失望に、エックスの身体は凍りついた。

無二の親友でありながら、敵として現れたゼロ――その額に埋め込まれ、彼を操っていたΣチップは、確かに破壊したはずなのだ。

 

だが、今、エックスのバスターに手をかけながら無言で立つゼロの鎧は、いまだ、シグマの悪意にまみれたような漆黒に染まっている。

ダメなのか……ここまで必死に自分を奮い立たせてきたエックスの心が、震えた。

 

 

 

 

その時。

ピシリと音をたてて、ゼロのヘルメットが、真っ二つに割れた。

 

息を飲むエックスの前で、輝く金髪がひるがえり、まばゆい光がみるみるうちにその全身を染め変えていく――絶望の黒から、生命の赤へ。

割れたヘルメットは二人の足元に落ち、エックスの目の前には、それを脱ぎ捨てた親友の晴れやかな顔があった。

 

「おまえ独りの力じゃ、シグマは倒せないぜ。」

 

完全に呪縛から解放された彼の、懐かしく、頼もしい笑顔。

エックスの心は、もう一度震えた――長い長い孤独と苦難の道のりの果てに、ようやく、自分の知る彼を取り戻した、歓喜の瞬間だった。

 

――しかし、ひとまず、挨拶は後だ。

 

「協力してくれ、ゼロ!」

「決めるぞ、エックス!」

 

復活した最強の相棒(バディ)の反撃が始まった。

二人の全エネルギーを、シグマにぶつける。

 

エックスはバスターに、ゼロは拳に、それぞれ、持てるありったけのエネルギーを込めて放った。

空を切るエックスのチャージショットと、地を這うゼロのアースクラッシュ。

 

二つのエネルギーの塊は互いに引き合い、融合し、巨大な光となってシグマに迫った。

 

 

「……かかったな、愚か者どもめ。わしのこのボディは、ただのダミーなのだ。この一撃で力を使い果たしたキサマらは、もう動けまい。わしの本体は、この基地そのもの……ダミーボディの破壊と同時に開始される、人類抹殺を見ながら朽ちていくがいい!」

 

目前に迫った邪悪な計画の実現に、シグマは早くも酔い痴れる。

――だが、勝利を確信し、傲った彼が、ついに知る由もない。

 

青と赤、二人の勇者が放った渾身の光。

それが、世界を覆う闇を打ち払う、最初の狼煙となることを。

 

やがて、"心"を知るマザーコンピューターが、その狼煙に応え、

"白衣の老人"に託されたプログラムにより、勇者に新たな力を与え、

 

魔王を再び冥府へと送り還す、更に大きな光を生むことを。

 

 

(完)



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Sweet Nightmare・1

いつもありがとうございます。(▲w▲)"
ハロウィンの日、『世界の記憶(ディープログ)』のデータ内に突如現れた奇妙なバグ。管理人・リコたちはそれに対処できず、イレギュラーハンターの力を借りようとしますが?
(2022年11月11日~28日)


"世界の記憶(ディープログ)"を管理する、"時空監察局"にて。

 

 

リコ:

(魔女の衣装を着けてオペレーションルームに入ってくる)うふふ……ヴィアさん、トリック・オア・トリート!

 

ヴィア:

(モニターから向き直る)お? どうしたの、その格好。なんか、はしゃいでるじゃん。

 

リコ:

だって、今日はハロウィンですよ? 魔女に、オバケに、お菓子のお祭り……わくわくしちゃうじゃないですか~!

 

ヴィア:

(笑って)は、わかるけどな。夜まで待った方がいいんじゃないか? まだ、真っ昼間もいいとこだぜ。

 

リコ:

いいんです! 気分を盛り上げたいんですよ~!

 

アイコ:

(モニターに向かったまま、冷ややかに)……浮かれてる場合じゃなさそうよ。

 

リコ:

へっ?

 

ヴィア:

何かあったのか?

 

 

 

 

アイコ:

コレを見て。(拡大した映像を映す)コレは、最初の"シグマの反乱"の記録よ。

 

ヴィア:

ああ……スティング・カメリーオが潜んでいた森だな。

 

リコ:

(二人の後ろからモニターをのぞきこんで)……あれっ? コ、コレは!

 

ヴィア:

(異変に気づく)何だ、コイツは?

 

アイコ:

わかったかしら。この"場面(ステージ)"に、こんな"カボチャ畑"なんて無かったはずよね。

 

 

三人の視線の先には、ありえない光景が広がっている。機械仕掛けの森の中に、いわゆるジャック・オ・ランタンと呼ばれるカボチャの提灯に見えるものが、多数、所狭しと置かれた一角がある。

 

 

リコ:

……ハロウィンのお飾り、ですよね……

 

ヴィア:

そ、そりゃそうだが、なんでこんなものが突然現れたんだ?

 

 

 

 

アイコ:

コレだけじゃないわ。(別の映像を映す)見て。ここは、スクラップ処理場。

 

リコ:

メタモル・モスミーノスの巣になってたところですね! ……えっ? ひゃぁぁ!(飛びすさり、ガシャーンとひっくり返る)

 

ヴィア:

(驚く)おいおい、大丈夫か!

 

アイコ:

(呆れた様子で)何してるの?

 

リコ:

ひ、ひ……(二人の椅子にすがって身を起こす)だって、アレ……あの白いの、オバケじゃないですか……!

 

 

うず高く積まれたスクラップの塊の上を、白い"ゴースト"のようなものがゆらゆらと飛び回っている。

 

 

ヴィア:

(猫のような目を何度も瞬かせて)……だな。信じたくないが、確かに……

 

リコ:

(ガクガク震えながら)こ、怖い……! き、きっと、スクラップの祟りです……! なぜ捨てたって、恨んでるんですよぉ……!

 

 

 

 

アイコ:

次行くわよ。(更に映像を変える)

 

ヴィア:

何だって……エクスプローズ・ホーネックの兵器工場に"ホウキに乗った魔女"、バーン・ディノレックスの火山に"カボチャ頭の小鬼"、レイニー・タートロイドの寺院が"墓場"……?(呆れ果てる)どうなっちまってんだ……!

 

リコ:

(ようやく気を取り直し、自分の椅子に座る)バ、"バグ"ですかね?

 

アイコ:

そうみたいね。でも、データの経年劣化とは無関係だわ。明らかに、人為的に仕込まれたものよ。

 

ヴィア:

は、だろうな。どいつもこいつも、見事に"ハロウィン"というテーマに沿ってやがる……悪趣味なヤツが居たもんだぜ。心当たりが無いでもないが……コイツらは、データを破壊するのか?

 

アイコ:

(キーボードを叩きながら)……ええ、恐らく。その結果、現実世界までが改変される可能性も充分にあると思われるわ。

 

リコ:

キィ~!(猛然とキーボードを叩きはじめる)ゆ、ゆ、許せません! せっかくのお祭り気分を台無しにしてくれちゃって……! 直ちに"デバッグ"開始! "ハンタープログラム"を送ります!

 

 

 

 

ディープログ内部、バグ発生箇所それぞれに、複数の"ハンタープログラム"が送り込まれる。"ハンタープログラム"は、その名の通り、人型戦闘レプリロイドのシルエットのような姿をしている。

 

 

リコ:

(拳を振り上げて)いけいけ~、やっちゃえ~!

 

アイコ:

……いえ、ダメだわ。

 

ヴィア:

なに?

 

 

モニターには、バグに近づいたハンタープログラムがたちまち消滅するさまが映し出されている。

 

 

リコ:

(愕然と)えぇ? ウソでしょ? なんで~?

 

ヴィア:

コイツら、攻撃プログラムに対して耐性があるのか……厄介だな。

 

アイコ:

(さすがに、焦りを滲ませはじめる)マズいわね。ハンタープログラムが通用しないとしたら……

 

ヴィア:

ってことは……?

 

リコ:

え~い……残る選択肢は、ただ一つ!(立ち上がる)本物のイレギュラーハンターに出動願いましょう!

 

ヴィア:

は、ソレっきゃねーな!

 

 

 

 

所変わって、こちらはハンターベース。

 

 

アクセル:

(黒猫の耳と尻尾とヒゲを着けてオペレーションルームに入ってくる)ひゃっほぅ! みんなー、トリック・オア・トリート! えへへへ!

 

 

その場の全員があっけにとられる。

 

 

エックス:

(驚く)アクセル、もうそんな格好してるのか?

 

アクセル:

だってさー、今夜のパーティー、すっごく楽しみなんだもん! 待ちきれなくって!

 

エイリア:

(呆れて)気が早すぎるわよ、これから出撃でしょ?

 

アクセル:

平気平気、ちょっと見せたかっただけだよ! すぐ外すからさ!

 

パレット:

(同じく呆れて)はー、ってか浮かれ過ぎ! 第一部は、子供たちが主役なんだよ。わかってる? アタシたちは、お菓子を配る側だからね?

 

シグナス:

おお、そうか。市長官邸でのチャリティーパーティーは、今夜だったな。

 

レイヤー(※シグナスの秘書兼ボディガード兼恋人):

ええ。子供たちと、彼らの憧れということで、組織を代表する特A級ハンター三名が招待されています。パートナーも同伴で。

 

 

 

 

アクセル:

(悪びれず)わかってるけどさー、ボクらだって楽しまなきゃ! ね、パレットはちゃんと仮装の準備してきた?

 

パレット:

(顔を赤くして)……う、うん。

 

エイリア:

どんな格好するの?

 

パレット:

(恥ずかしそうに)え……、あの……

 

アクセル:

(あっけらかんと)えー、ボクとお揃いの猫耳着けるって言ったじゃん? ラブラブイタズラ黒猫コンビです~、って。

 

エックス:

あはは、なるほど。似合いそうだね。

 

パレット:

(真っ赤になって立ち上がる)もーっ、余計なこと言わないの!

 

アクセル:

(慌てて逃げ出す)ひえー、ごめん! ごめんってば~!

 

パレット:

(アクセルを追う)待ちなさーい、こら~!

 

シグナス:

(肩をすくめる)全く、元気だな。

 

レイヤー:

うふふ。先輩とエックスさんは、どんな仮装を?

 

 

 

 

エイリア:

(こちらも顔を赤くして、エックスを見る)私たちは……ね?

 

エックス:

(照れながら)……第二部の舞踏会に合わせて、オペラ座の怪人とクリスティーヌにしたんだ。タキシードとドレスだし、ね。

 

アクセル:

(パレットに首根っこを掴まれながら)へー、なんかすごそう!

 

パレット:

(アクセルを掴まえながら、目を輝かせて)楽しみ! 早く見たいです~!

 

シグナス:

(うなずく)なるほど、それはいいな。

 

レイヤー:

(感動的に)妖しくもエレガント……ハロウィンにぴったりのテーマですね! 戻ったら、ぜひ私たちにも見せてください!

 

 

更に照れるエックスとエイリア。

 

 

アクセル:

(ようやくパレットの手から逃れて)……あ、そういえば、ゼロとアイリス(※ゼロのオペレーター)はどうしてるかな? 二人とも非番だけど、パーティーのこと忘れてないよね?

 

 

ダグラスとゲイトが入ってくる。

 

 

 

 

ダグラス:

よっ、お疲れ! ゼロとアイリスなら、トレーニングルームに居るぜ。

 

ゲイト:

ゼロの自主トレに、アイリスがつきあってるんだ。記録係をしてあげてるみたいだよ。

 

アクセル:

(苦笑)あー、相変わらずだね。せっかくの休みなんだから、もうちょっと楽しいことすればいいのに。

 

ダグラス:

(アクセルの仮装を見て)……何だぁ? おまえは、もうちょっと緊張感を持てよ。パーティーは夜なんだろうが。

 

パレット:

(さかんにうなずく)ほんとよ。

 

ゲイト:

ははは、早くも準備万端だね。似合う、似合う。

 

エックス:

ふふ。……でも、あの二人は、あれでけっこう楽しく過ごしてるんじゃないかな。

 

エイリア:

そうね。結局、ゼロは戦っている時がいちばん自分らしくいられるでしょうし、アイリスも、そんな彼を支えることは苦にならないのかも。

 

パレット:

(ふと)……アイリスはともかく、ゼロさんも仮装するのかしら?

 

 

 

 

思わず不安になり、顔を見合わせる一同。

 

 

エックス:

あ……そ、そうだね。

 

シグナス:

ふむ……想像もつかんな。

 

レイヤー:

ゼロさんの、ハンターとしての真摯な姿勢は確かにすばらしいですが、彼には少し遊び心が足りないと思います。

 

パレット:

うんうん、そうよ。大丈夫かなぁ……もし、アイリスだけが仮装してくことになっちゃったら……

 

エイリア:

それは気の毒よね。せっかくペアで招ばれてるのに。

 

アクセル:

た、確かめてきた方がいいかな?

 

ゲイト:

(ニヤリと笑って)もし、ゼロが仮装の準備をしてなかったら、ボクがとっておきのオシャレ装備をさせてあげるよ。

 

ダグラス:

(顔をしかめて)……どうせ、秋祭りとか言って、法被でも着せる気だろ? やめとけ、後が怖いから!

 

 

この時、モニターに偵察班からの通信が入る。

 

 

(続く)



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ふたりでホットココアを

いつもありがとうございます。(*^◇^*)"
ゼロとアイリスの、ちょっと遅れたバレンタイン。ひさしぶりに、ようやく、今度こそ、ちゃんと完結する話が書けました……!"ヽ( ̄▽ ̄;)ノ"
(2023年2月28日~3月2日)


アイリス:

ゼロ、いつもお疲れ様。

バレンタイン当日には間に合わなかったけど、やっと会えることになってうれしいです!

 

実は私、今回はおねだりしたいことがあります。

オシャレなカフェに行きたいの――実は、もう候補も決めちゃいました。"シュガースターカフェ"!

 

とってもステキなお店で、今までにも何度か行ったことはあるんですが、いつかゼロと一緒に行きたいと思っていました。

バレンタインに、ふたりでホットココアを――っていうのが、憧れだったの!

 

ひさしぶりで、話したいことがとってもたくさんあります。

ゼロはいつも忙しいと思うけど、この日は一緒にゆっくりしましょうね!

 

楽しみにしています。

 

 

 

 

 

 

二月二十八日、朝。

ゼロは、とある山の中を歩いている。

 

セラミック製の石畳が敷きつめられた広い道は、深い杉の森に左右を挟まれている。

やがて、道の彼方に黒い鉄柵の門が見えてくる。

 

ゼロは、カードキーらしきものを手にしながらその門に近づく。

不意に、彼の背後から鋭い声が呼び止める。

 

 

カーネル:

待て!

 

 

振り返るゼロ。そこには、疑わしげな表情でたたずむカーネルの姿がある。

 

 

ゼロ:

(驚く)カーネル……?

 

カーネル:

(腕組みをして立っている)ゼロ……まさかとは思ったが、おまえだったとはな……

 

ゼロ:

何のことだ?

 

カーネル:

この先は、軍関係者以外は立ち入り禁止だ。ここに何の用だ?

 

ゼロ:

待て、カーネル。落ち着け。オレは、アイリスに呼ばれて来た。

 

カーネル:

(ゼロを睨みつける)妹に、だと……?

 

ゼロ:

(カードを示して)本当だ。ここに、当日限りのパスカードもある。彼女から届いたものだ。

 

カーネル:

(首を振って)ありえん。とにかく、オレはおまえを拘束する。洗いざらい聞かせてもらうぞ。

 

ゼロ:

拘束……? いったいどういうことだ、カーネル!

 

 

 

 

カーネル:

とぼけるな! 今日、ここで何があるか知っていて来たのだろう。これから、この第三メンテナンスセンターで、妹の定期メンテナンスが始まる。それに乗じて、"究極のレプリロイド"に関するデータを手に入れようとしている輩が動くという情報が入ったのだ。

 

ゼロ:

(うろたえる)何だって……ま、まさか、オレがそうだと……?

 

カーネル:

(剣の柄を握り、身構える)そうとしか思えん。あるいは……おまえは、ゼロを騙る偽者かも知れんな。

 

ゼロ:

なにを!(カードを放り出し、こちらもセイバーに手をかける)おまえこそ、本当にカーネルなのか?

 

カーネル:

問答無用。その剣で確かめるがいい!

 

ゼロ:

望むところだ!

 

 

ゼロとカーネル、それぞれの剣の、燃えるような光刃が空中に伸びる。

二人は互いにそれを閃かせ、火花を散らしながら激しく斬り結ぶ。

 

カーネルがその巨躯から重々しい一撃を繰り出せば、ゼロは宙を舞うように身をひるがえす。

ゼロの身軽さからの素早い攻撃は、カーネルの盾ともなる赤い光刃に振り払われる。

 

やがて二人は同時に飛びすさり、互いに間合いを取る。

 

 

カーネル:

なかなかやるな。本物か偽者か、見分けがつかん。

 

ゼロ:

このままでは埒があかんぞ。

 

カーネル:

知れたことだ。(剣を真上に突き上げる)

 

 

 

 

天に向け、高々と掲げられたカーネルの剣。その赤い光刃に、雷にも似た電気のエネルギーが走る。

ゼロは拳を固め、そこに集中させたエネルギーの巨大な塊を地面に叩きつける。

 

同時に、カーネルも剣を振り下ろして足元の地面を突く。そこから放たれた電撃と、ゼロの拳からの衝撃波が縦横に地面を走り、互いに襲いかかる。

 

 

ゼロ:

(電撃に貫かれる)うわああああ!

 

カーネル:

(衝撃波に切り裂かれる)うおぉぉ……! こ、このオレとしたことが……!

 

 

互いの必殺技をまともに受け、二人は相討ちとなった格好で、それきりその場に崩れ落ちてしまう。

焼け焦げ、ヒビに覆われた石畳の上に倒れた二人。その場を沈黙が支配し、しばらく時が流れる。

 

門の近くに、ゼロが投げ出したパスカードが落ちている。不意に、何者かの手がそれを拾い上げる。

 

 

ダイナモ:

はい、いただきっと。(倒れたゼロとカーネルを振り返って)……しかし、この人ら、何やってんのかね? 仲良く寝てる場合じゃないでしょっての。ま、おかげでオレは仕事しやすくなったわけだけど。

はー、それにしても、この第三メンテナンスセンターって入りづらいわ。山奥だし、裏は崖っぷちだし、この正面玄関からしか入れないし。……でもまあ、通っちゃえばなんとかなるっしょ! 鍵を落としてくれて、マジでサンキュー!

さて、それじゃ行きますかね! "先生"からの依頼はっと……"究極のレプリロイド"に関するデータ、もしくは本人の確保。……いや、本人連れてこいとか、"先生"もずいぶん大胆ね。でも、その"究極のレプリロイド"って、かわい子ちゃんらしいじゃない? んー、正直に言ったらオレも興味あるかも。

 

 

ダイナモは門に近づき、パスカードを読み取り機に通す。

 

 

 

 

その途端、ものすごい音をたてて非常警報が鳴り響く。

 

 

ダイナモ:

(うろたえる)え? え? ちょ、何? え?

 

ウェブ・スパイダス:

カシャカシャカシャカシャ! 飛んで火に入る、冬の虫だカシャ!

 

ダイナモ:

は……?

 

 

突然の事態を理解できないダイナモ。彼は一瞬のうちに、周囲の森の中から現れた、レプリフォース・レンジャー部隊に包囲されている。

門の上には、それまで光学迷彩により姿を隠していた、ウェブ・スパイダスが逆さまに貼りついている。スパイダスは、電気を帯びたクモの巣状の網をダイナモの頭上から落とす。

 

 

ダイナモ:

(網に捉えられる)ぎゃああああ! 何だ、コレぇ!

 

ゼロ:

(いつの間にか立ち上がっている)捕えたか。巧くいったな。

 

カーネル:

(同じく立ち上がっている)うむ。皆の者、ご苦労。

 

一同:

はっ!(敬礼する)

 

ダイナモ:

(更に驚く)なっ、なんで……どういうことだよ……! あんたら、一緒に気絶してただろうが……!

 

ゼロ:

(呆れ顔で)やれやれ、どんなヤツが現れるかと思っていたら……またおまえか、ダイナモ。

 

ダイナモ:

え……まさか、オレが来るのがわかってた……?

 

ゼロ:

(うなずく)ああ。スパイの裏をかいてやったのさ。何しろ、こっちには、"黄金の電子頭脳"の持ち主が居るからな。

 

 

 

 

 

 

遡ること、ひと月半。一月十四日、ハンターベースにて。

ゲイトの研究室で、"極秘の会議"が開かれている。レプリフォース司令本部のデータベースから、関係者の定期メンテナンスに関するデータを不正に引き出そうとした形跡が見つかり、カーネルがゼロを通じてゲイトに相談していたのだ。

 

 

カーネル:

妹が、狙われているだと……?

 

アイリス:

そんな……!

 

ゼロ:

確かなのか、ゲイト?

 

ゲイト:

ああ、間違いないよ。"元同業者"の動向には、常にアンテナを張ってるからね。大手研究所をクビになった研究者、過激な思想を持つ科学者……"究極のレプリロイド"に関するデータとくれば、喉から手が出るほど欲しがってる連中が居る。

 

エックス:

定期メンテナンスか……確かに、付け入りやすいかもな。

 

アクセル:

ヤバいね。どうするの?

 

ゲイト:

ふふ、任せて。まず、敵に偽の情報を掴ませよう。アイリスの、実際の定期メンテはいつ?

 

アイリス:

は、はい。二月十四日、第六メンテナンスセンターで。

 

アクセル:

あれ、バレンタインデーじゃん。ゼロとデートは?

 

ゼロ:

い、今は関係ない!

 

ゲイト:

それじゃ、表向きは、違う日に違う場所でってことにするんだ。そこに罠を仕掛ける。

 

カーネル:

罠?

 

ゲイト:

そうだね……ゼロとカーネルで、ひと芝居打つってのはどう?

 

 

 

 

アイリス:

(不安そうに)で、でも……危なくないかしら。ゼロと兄さん……

 

ゼロ:

オレは構わんさ。やるか、カーネル?

 

カーネル:

もちろんだ。不埒な輩を許してはおけん。

 

エックス:

オレたちにも、何かできることは?

 

カーネル:

ありがとう。だが、この一件はレプリフォースの問題だ。ここまでで、すでにハンターからは充分な力添えを得た。心より感謝する。

 

アイリス:

重ねてお礼を言います。私のためにご協力をいただき、本当にありがとうございます!

 

ゼロ:

(力強く)任せろ、アイリス。何も心配は無いぞ。

 

アクセル:

(ニヤニヤしながらゼロを見る)ふふ、愛だねぇ。

 

ゼロ:

……何を言ってる!

 

アイリス:

(赤くなってうつむく)……

 

カーネル:

(優しくアイリスを見やる)ふふ。

 

 

 

 

ゼロ:

あいにくだが、おまえのターゲットはここには現れない。彼女のメンテナンスは、別の日に別の場所で、もうとっくに終わってる。わざわざご苦労だったな。

 

カーネル:

(激しい怒りをあらわに)誰がおまえをよこしたのか、じっくり聞かせてもらうぞ。

 

ダイナモ:

ち、ちくしょう~!(レンジャー部隊に一斉に押さえつけられる)

 

スパイダス:

確保カシャ!

 

 

 

 

スパイダスとレンジャー部隊はダイナモを引っ立てていき、ゼロとカーネルだけがその場に残る。二人はどちらからともなく笑い、握った拳を打ち合わせる。

 

 

ゼロ:

ひとまず、一件落着だな。

 

カーネル:

ああ。おまえにも、ゲイトにも本当に世話になった。……しかし、さすがはおまえだな。芝居でなかったら、本当にやられていた。

 

ゼロ:

キミの方こそ。あらかじめ、ボディを強化しておいたから助かったんだ。(尊敬を込めて)……衰えていないな。無事に終わったから言えるが、戦えて楽しかった。

 

カーネル:

(うなずく)そうだな。オレも、まだまだおまえには負けていられんな。

 

 

この時、レプリフォースの車両が一台入ってきて、二人の近くで停まる。助手席の扉が開き、アイリスが降りてくる。

 

 

アイリス:

(心配そうに)ゼロ! 兄さん! 大丈夫?

 

ゼロ:

やぁ、アイリス。

 

カーネル:

首尾よく終わったぞ。

 

アイリス:

(頭を下げて)ありがとう、本当にお疲れ様でした。さぁ、本部に戻りましょう。二人ともメンテしなくちゃならないわ。

 

ゼロ:

メンテ? おいおい、それほど大げさじゃないぞ。

 

カーネル:

その通りだ。なんなら、本部まで歩いてもいい。

 

アイリス:

(慌てて)ダメよ! 特に、ゼロはダメ。だって、この後……

 

ゼロ:

……あ、ああ。

 

カーネル:

……そうか。出かけるんだったな。

 

アイリス:

(頬を染めながら)そうよ。だから、万全のコンディションじゃないと!

 

ゼロ:

(笑って)わかった。よろしく頼む。

 

 

三人を乗せた車は、本部へと向かい走り出していく。

 

 

 

 

午後。約束通り、ゼロとアイリスは"シュガースターカフェ"を訪れている。明るくカジュアルで、同時に落ち着いた雰囲気も漂う店内。

 

二人は窓際の席で、ホットココアのカップを前に向かい合う。

 

 

アイリス:

(はしゃいだ様子で)うふふ。どうかしら、ゼロ。ステキなお店でしょ?

 

ゼロ:

(どこか上の空で)……ああ、そうだな。

 

アイリス:

……どうかしたの?

 

ゼロ:

(我に帰る)ん?

 

アイリス:

(くすくす笑って)おかしいわ、ゼロったら。さっきから、私の顔ばっかり見てるみたい。

 

ゼロ:

……い、いや……そ、そうか?(慌ててカップを持ち上げる)

 

アイリス:

うふふふ!(ゼロに倣い、両手でカップを持つ)このココア、大好き。とっても甘くておいしいの。

 

 

ゼロはカップを口に運びながら、その縁越しに、もう一度アイリスの顔をそっと盗み見る。

彼女は、長い睫毛を伏せながらゆっくりとココアを含む。

そのカップが再び皿に置かれると、ゼロの前には、彼女の満足そうな笑顔が現れている。

いとおしさに、ゼロの目も思わず知らず細くなる。

 

 

ゼロ:

キミの、その輝く笑顔が、

 

アイリス:

あなたとの、この優しいひとときが、

 

ゼロ、アイリス:

何よりも、いちばん、甘い。

 

 

(完)



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ふたりの挨拶

いつもありがとうございます。(*^^*)"
『ふたり』シリーズ第二弾(?)一夜を共に過ごしたゼロとアイリス。別れの朝は淋しいけれど、次の「ただいま」「お帰りなさい」まで、少しの辛抱です。
(2023年6月8日)


夜が明けようとしている。

窓ガラスの彼方に広がる漆黒の空は次第に明るくなり、深い藍色へと変わり、残っていた星たちも次々に姿を消していく。

 

メンテナンスベッドに身を横たえ、ゼロは視線をじっと窓の向こうに向けていた。

しばらく前から目覚めていたが、すぐ傍らに眠るアイリスを起こすまいと、彼は身じろぎもせず、空の色の移り変わりを眺めていた。

 

愛する者と二人、小さな巣のようなベッドで安らかに寄り添っているこの時が、少しでも長く続くように。

柄にもなく、心の中でひそかにそんなことを願いながら。

 

だが、近づく夜明けの足音は待ってはくれない。

それは、精一杯の優しさで彼らに気づかないふりをしながらも、決して立ち止まることはない。

 

やがてゼロは小さくため息をつくと、意を決して、それでも可能な限り静かに、身を起こした。

彼の指の間をすり抜けて、彼女の深い茶色の髪が滑らかにこぼれ落ちる。

 

その感触を、昨夜の余韻を惜しむように、ゼロは空になった手を握り、また開いた。

不意に、彼のその手を、彼女の手が捉えた。

 

――行かないで。

 

ほんの一瞬、強く込められた力が、そう訴えていた。

ゼロは戸惑った。やはり、起こしてしまったか。

 

しかし、アイリスの手からはすぐに力が抜けた。

無論、彼女にもわかっているのだ――足早に過ぎ去っていく夜も、再び戦いにおもむく彼も、自分の手で引き留めることなどできないと。

 

ゼロの手が、アイリスの手の中からするりと出ていく。

そのまま離れるのではなく、小指だけが残って、アイリスの小指にしっかりと絡んだ。

 

――必ず戻る。

 

その仕草は、鋼鉄のフックよりも強く二つの心を結びつける絆を示していた。

アイリスはうなずいた。朝に満たされていく部屋の中で、彼女の笑顔がはっきりと見えた。

 

ゼロも笑ってうなずき返すと、小指を解いて立ち上がり、決然たる足取りで部屋の戸口へと向かった。

 

 

 

 

そして、すぐに引き返してきた。

彼ともあろうものが、うっかり挨拶もせずに出ていくところだった。

 

ベッドの上に起き上がったアイリスの身体を、ゼロはもう一度、両手で抱擁する。

それから、優しく唇を重ねた。

 

窓から飛び込んできた朝日の光の矢が、もはや何の遠慮も無しに、彼らの姿を照らす。

そのまばゆい光の中で、二人は初めて言葉を交わした。

 

「行ってくる。」

「行ってらっしゃい。」

 

なんということのない、朝の挨拶。

それでも、互いの愛を存分に確かめ合い、満ち足りた心からの、力強い言葉。

 

戦う者は帰る者に、祈り待つ者は迎える者に、

 

――ただいま。

 

必ず、再びなれる時が来ることを信じて。

 

――お帰りなさい。

 

 

(完)



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裸足のマーメイド

いつもありがとうございます。去りゆく夏を惜しんで、海辺のゼロアイです。"o(〃▽〃)o"
ここのところ、書く書く詐欺のような未完成作品の山を築いていて本当にすみません…………ドテ。( ̄▽ ̄;)"
(2023年9月2日)


ここは、とある人工島に建てられたリゾートホテル。

今夜、ここでレプリフォースの式典が行われていた。

 

主な参列者はジェネラル総司令官、カーネルとアイリス、各部隊長たち、上級士官たち。

そして、特A級イレギュラーハンターであるエックス・ゼロ・アクセルの姿もあった。

 

この式典は、新たに洋上に建設された研究施設の完成を、視察に訪れた要人と共に祝うものだった。

この要人の警護を担当したのが、三人のハンターだったのである。

 

とはいえ、視察は無事に終わり、ハンターたちも今は警護の任を解かれ、式典の参列者となっている。

招待客として、彼らにもそれなりの装いが求められた。三人とも、珍しいスーツ姿だ。

 

「うう、まだかな……? こんな格好で立ちっぱなしなんて、もう耐えられないよ……!」

 

ジェネラルをはじめとする軍関係者たちが入れ替わり立ち替わりスピーチを行う中、アクセルが窮屈そうに呟いた。

 

「静かに。もう少しだよ、たぶん。」

 

エックスが一応たしなめる。しかし、やはり彼も退屈しているようだ。

 

 

 

 

この時、ゼロの目はある一人の人物に釘付けになっていた。

言うまでもなく、それは彼の想い人、アイリス。

 

今夜の彼女はフォーマルなドレスに身を包み、シンプルでありながらも華やかな、大粒のラインストーンの首飾りを着けている。

初めて見る彼女のその姿は、延々と続くスピーチに飽き果てたゼロの目を強く捉え、離さなかった。

 

ふと、その彼女がちらりと視線をこちらに向けた。

カーネルの隣で背筋を伸ばして立ちながら、アイリスはゼロに向かって微笑み、片目をつむってみせた。

 

ゼロは小さくうなずいた。やはり、彼女もこう言ったのに違いない――『スピーチ、長過ぎるわね。早く終わらないかしら?』

だが、スピーチが終わったら終わったで、その後のカクテルパーティーでは、自分も彼女も多くの関係者と話をしなければならないことになるだろう。

 

どうにかして、少しの間だけでも二人きりになれないものか――ゼロは、そのことにばかり思いをめぐらせていた。

そして、それはアイリスも同じだった。

 

 

 

 

やがて、盛大な拍手がスピーチタイムの終わりを告げた。

ようやく自由に動けるようになった参列者たちは、今度は一斉にカクテルグラスを手にし、それぞれ、思い思いの相手と賑やかに話しはじめた。

 

エックスとアクセルも、さっそく、彼らに憧れる若い士官たちに取り囲まれた。

ゼロのもとには、ウェブ・スパイダスとスパイラル・ペガシオンが、それぞれジントニックとモスコーミュールを勧めにやってきた。

 

先程までのような堅苦しさは無く、皆がくつろいで会話を楽しんでいたが、いつしかゼロはひどく落ち着かない、焦るような気分になっていた。

アイリスの姿も、どこかに紛れて見えなくなってしまっている。

 

早く彼女を見つけなければ――そう思った時、ゼロの傍らにカーネルが現れた。

 

「おお、ゼロ。今回もご苦労だったな。イレギュラーハンターの協力に、心から感謝する。」

「いや、なんの。無事に終わって何よりだ。」

 

二人は互いに敬礼した。

スパイダスとペガシオンは、また別の相手を見つけた様子で、ひとまず離れていった。

 

 

 

 

「ところで、ゼロ。妹を見なかったか?」

「いや、アイリスにはまだ会っていないが……」

「そうか。実は、アイリスのヤツめ、これを落としてどこかへ行ってしまったのだ。」

 

そう言ってカーネルは、彼にはおよそ似つかわしくないような、キラキラと光り輝くものをゼロに見せた。

間違いなく、先程の式典の時に、アイリスが着けていたラインストーンの首飾りだ。

 

「確かに、彼女のものだな。」

「すまんが、届けてやってくれるか。」

 

カーネルが差し出す首飾りを、ゼロは戸惑いながら受け取った。

 

「ああ。……構わんが、探し出すのには骨が折れそうだな。」

 

すると、カーネルはくすりと笑い、とぼけたようにこう呟いた。

 

「ふむ。どこからか、風を感じるな。」

 

――ゼロは気づいた。パーティー会場となっているこの大広間には、海とその手前の庭園に面した大きなガラスの扉が三つあり、その一つがほんの少しだけ開いているのだ。

 

「……ああ、わかった。カーネル、恩に着る。」

 

また誰かに話しかけられないうちにと、ゼロは急ぎ足でそちらへ向かった。

後ろから、カーネルの声が追ってきた。

 

「貸しにしておくぞ。今度、どこかでニトロエールをおごってもらうからな。」

 

 

 

 

外に出てガラス扉を閉めると、宴のざわめきが一気に遠くなった。

代わりに、風と潮の香りと、天高く昇った満月の光がゼロを包んだ。

 

木々の間を縫って、細い道が続いている。

そこを抜けると、目の前一面に砂浜が広がった。

 

波打ち際に、ドレスの女性の姿があった。

寄せては返す波と、追いかけっこをしているようだ。

 

「アイリス!」

 

ゼロは、ようやく会えた彼女の名を呼んだ。

アイリスはこちらを振り向き、にっこりと笑った。

 

「ゼロ! 来てくれたのね。」

「ああ、キミの兄貴の頼みでな。これを届けてくれと。」

「ありがとう。」

 

アイリスはゼロの手から首飾りを受け取り、再び身に着けた。

月の光を受けて、ラインストーンは神秘の宝石のように美しくきらめいた。

 

「こうでもしないと、二人きりになれないと思って、兄さんにお願いしたの。」

「全く、してやられたな。でも、ありがたかったよ。」

 

 

 

 

「見て、ほら。」

 

いたずらっぽく笑って、アイリスはドレスの裾をつまみ上げてみせた。

その下からは、白い砂を踏む素足が現れた。

 

「せっかく、こんなステキなホテルに来たんですもの。ビーチに行くなら、今しかないって思って。とってもいい気持ちだわ。」

 

確かに、砂浜には、ハイヒールパーツは相応しくないだろう。

 

「ああ、そうだな。昼間は、そんな時間も無かったからな。……よく似合う。」

 

――そうやって、裸足で波と戯れるキミは、まるで、満月の魔法で一夜だけ人の姿を借りた人魚みたいだな。

その言葉は静かにしまいこんだものの、ゼロは、自分の胸に打ち寄せる波が次第に高くなるのを感じていた。

 

「アイリス、その……」

 

いつもの彼らしくもなく、言葉の途中で、ゼロは気まずそうに彼女から視線を逸らした――なにぶんにも、こんな申し出をするのは、初めてのことなのだ。

 

 

 

 

「なあに? ……うふふ、どうしたの?」

 

アイリスは無邪気に、そんなゼロの顔をのぞきこもうとする。

観念したゼロは胸に手を当て、彼女の前に膝をついた。

 

「……その、踊ってもらえないか……ここで、オレと。」

「えっ?」

 

アイリスは一瞬、弾かれた弦のように震え、そのまま動きを止めた。

その表情は、驚きと戸惑いから歓喜、そしてわずかな不安へと、みるみるうちに変わっていった――一つの蕾から、幾重にも重なる、色とりどりの花びらが開くように。

 

「ゼロ……ほ、本当なの? で、でも、大丈夫かしら。私、あまり上手じゃないと思うの。」

「いや、オレだってそうさ。……というか、正直、まともに踊れる気がしない。でも、この最高の舞台を逃すわけにはいかないと思ったんだ。キミと、オレだけの。」

 

果てしなく澄み渡る夜空高く、シャンデリアのように掲げられた満月。

そこから投げかけられる光を映して、きらめき揺れる海。

 

 

 

 

アイリスは優しくうなずいて、ゼロにそっと手を差し出した。

ゼロはその手を取って立ち上がり、不器用ながらも精一杯の繊細さで、彼女の腰に自分の手を回した。

 

 

やがて、エックスとアクセルが庭園に出てきた。

二人は、忽然と姿を消したゼロを探していた。

 

「ゼロってば、パーティー始まった途端に消えちゃったもんね。悪酔いでもしたのかな?」

「ふふ、まさか。でも、アイリスも居ないみたいだったし……」

「ってことは、もしかして……?」

 

その答えは、砂浜に着いた時、明らかとなった。

それはまさしく、潮風と波がワルツを奏でる、恋人たちの舞踏会。

 

「……ビンゴだね。呼ぶ?」

「いや……もう少し、このままにさせておいてあげよう。」

 

エックスとアクセルは、笑ってうなずき合った。

満月の下、輝く波打ち際で身を寄せ合い、長い髪をなびかせて、愛する二人は踊りつづけていた。

 

足早に過ぎ去っていく、この魔法のひとときを惜しむように。

 

 

(完)



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負けない愛、One More Chance!・1

いつもありがとうございます。♪(*^・^*)"
『ロックマンXDiVE』の世界。一緒に出かけるはずだったゼロとアイリス。ところが、そんな二人を引き裂くように、突然の異常事態が発生します。その原因となったのは、世界を外側から見つめる、ある孤独な心の持ち主でした。
(2023年10月8日~22日)


ここは、電脳空間・ディープログ内に存在する"待機所"の一つ。

"指令本部"と直結したこの仮想の建物の中では、時折発生するバグや外部からの攻撃に対処するため、"ハンタープログラム"として集められたロックマンXシリーズのキャラクターたちが暮らしている。

通路の一つを、シナモンとマリノが談笑しながら歩いている。

 

 

シナモン:

マリノさん、今日もお疲れ様なのです!

 

マリノ:

ああ、ありがと。……ふふ、それにしても、やってみるとだんだん面白くなってくるもんだねぇ。

 

シナモン:

(首を傾げて)何がですか?

 

マリノ:

ここでの"お役目"ってヤツさ。アタイには、自由気ままなお宝探しの方が、絶対に合ってると思ってたけど……

 

シナモン:

(無邪気に)泥棒のマリノさん、かっこよかったのです! 今のマリノさんもかっこいいのです!

 

マリノ:

ど、泥棒ね……それはそうなんだけど……(気を取り直して)まあ、悪くはないよ。この"思い出の世界"を守るっていう仕事……それは、"プレーヤ"っていう誰かさんたちにとっての、デッカいお宝なんだものね。

 

シナモン:

(感動的に)そのお宝を守るマリノさんも、ここに居る大勢の皆さんも、本当にステキなのです……!

 

マリノ:

ふふ、あんただって、なかなかやるじゃないか。箱入り娘かと思ってたのに、大したもんだよ。

 

シナモン:

(照れて下を向く)えへへ、そ、そうですか? うれしいのです……(マリノに向き直って)私にとっては、マリノさんとの出会いが、大きな宝物なのです! マリノさんが私を盗みに来てくれたおかげで、私は、それまで見たことも無かった広い世界を知ることができたのです!

 

 

 

 

マリノ:

(驚く)え? ……あ、あはは、止しとくれよ、照れるじゃないか。……でも、そうだね。アタイにとっても、あんたはお宝さ。なんか、妹みたいなんだよね。……独りじゃないって、いいもんだ。

 

シナモン:

マリノさん、これからも一緒に、お仕事頑張りましょう!

 

マリノ:

ああ!

 

 

通路の奥にある談話室に向かって歩いていく二人。ふと、その耳に、微かな歌声が聞こえてくる。

 

 

シナモン、マリノ:

(顔を見合わせる)……?

 

 

談話室の外、通路の突き当たりの壁に大きな鏡がある。その鏡に向かって立ちながら、アイリスが小さな声で歌っている。

アイリスは、ベット・ミドラーの『The Rose』のメロディーを口ずさみながら、長い髪を櫛で梳いている。身だしなみを整えた自分の姿を確かめ、髪留めのリングとベレー帽を元に戻して、通路へ歩き出す。

 

 

シナモン:

アイリスさん、こんにちは!

 

マリノ:

ハーイ、お嬢さん。

 

アイリス:

あ、シナモンさん、マリノさん。こんにちは。

 

マリノ:

ふふ、ずいぶんご機嫌じゃない?

 

シナモン:

歌が聞こえてましたよ!

 

アイリス:

えっ?(顔を赤くする)ほ、本当ですか? わ、私ったら……だ、誰も居ないと思って、つい……

 

 

 

 

シナモン:

(アイリスの顔をのぞきこんで)アイリスさん、もしかして……ゼロさんとデートなのですか?

 

アイリス:

(ドキッとして、ますます顔を赤くする)え、あ……

 

マリノ:

(目を輝かせる)おほ! あのゼロに、こんなかわいい恋人ちゃんができるとはねぇ。アタイたちの知ってるアイツは、けっこうな困りもんだったのにさ。

 

シナモン:

よかったです! これなら、淋しがり屋のゼロさんも、もう大丈夫なのです!

 

マリノ:

まあ何にせよ、めでたいじゃないか。楽しんでおいでよ。

 

アイリス:

あ、あ、ありがとうございます……!(真っ赤になりながら、慌ててその場を去る)

 

シナモン、マリノ:

(アイリスを見送って)うふふ。

 

 

所変わって、ここはトレーニングルーム。エックスとアクセルが、新しく手に入れた"ダイブアーマー"の性能を確かめている。

 

 

エックス:

すばらしいアーマーだ。コレなら、どんな相手にも負ける気がしないぞ。アクセル、慣れてきたかい?

 

アクセル:

(空中で、フラフラしながら)う、うん……目が回っちゃった……

 

エックス:

(呆れて)やれやれ。アクセルの場合は、はしゃぎ過ぎだな。

 

アクセル:

(床に降りる)ふー……それにしても、ここにゼロが居ないと、なんか変だね。今頃、このアーマーに夢中になってそうなのに。

 

エックス:

ふふ、そうだね。でも、今日の彼は、大切な人に夢中みたいだよ。

 

アクセル:

いいねー、ヒューヒュー! あー、ボクも、パレットと一緒にどっか出かけたいなぁ。エックスとエイリアは?

 

エックス:

(照れて)え、あ……まあ、そのうちね。

 

 

 

 

離れた場所では、カーネルと"渾然たるアイリス"が、様々な武器を試している。カーネルは、なぜかあまり身が入っていないようだ。

 

 

渾然:

どうかしたのか、カーネル。やはり、銃のたぐいは苦手か?

 

カーネル:

("ヘルガトリング"を抱えたまま、どこか上の空で)あ、いや……

 

渾然:

("ガンアディオン"をカーネルに向けて)ふふ、隙だらけだぞ。貴殿らしくもない。ここが戦場なら、その首、すでに取られているところだ。……妹が心配なのか?

 

カーネル:

そ、それは……

 

渾然:

図星のようだな。……過保護な兄では、妹が苦労するぞ。"彼"は、貴殿の旧き友なのだろう。信じるに値する男であることは、貴殿がいちばんよく知っているはずだ。

 

カーネル:

(困惑して)……いや、違う。オレが心配しているのは、その彼が、妹の喜ぶような行き先を本当にわかっているのかどうかということだ。この訓練室と大して変わらないような場所で、手裏剣投げにでもつきあわされてみろ。それでは、つまり……その……いわゆる、"デート"とは言えんだろう。

 

渾然:

(納得する)……そ、そうだな。確かに。

 

カーネル:

だからといって、後ろからこっそりついていくというわけにもいくまい。

 

渾然:

う……うむ、貴殿には"こっそり"という言葉は当てはまらんな。(笑って)それはさておき、やはり、二人を信じて送り出してやるしかないだろう。貴殿の妹と、友なのだ。心配は要らぬ。

 

カーネル:

(うなずく)……ああ。後で、妹が『楽しかった』という言葉を聞かせてくれることを願おう。

 

渾然:

(武器を構え直す)それでは、貴殿の取り越し苦労を追い払うためにも、手合わせといくか。

 

カーネル:

(同じく、武器を構え直す)望むところだ。いつまでも、くよくよしてはおれん。

 

エックス、アクセル:

(遠くから二人の様子を眺めて)……カーネルが、二人居る……

 

 

 

 

ゼロ:

(肩を落として)はー……オレは、そこまで信用されてないのか……?

 

 

ゼロは今、建物の外、仮想市街地へ向かうゲートの傍らに立っている。

彼の頭の中を、先ほどオペレーター三人娘にこんこんと言って聞かされた言葉の数々が飛び回っている。

 

 

エイリア:

ゼロ、いい? アイリスの希望をちゃんと尊重するのよ。あと、武器とかアーマーを、ファッションとして装備していく必要は全っ然無いから!

 

パレット:

街に行けば、アイコさん御用達のティーハウスとか、オシャレなお店はいろいろあります。間違っても、突然パルクールの練習とか始めないでくださいね!

 

レイヤー:

あの……どうか、ロマンチックさと笑顔を忘れないでください。今日は、アイリスにステキな思い出を作ってあげることだけに集中してください。ダイブアーマーのことばかり話すのも、好ましくありません。

 

 

ゼロ:

幾らなんでも、オレはそこまで戦闘狂じゃないぞ……マジで要らん世話だ……

でもな……『アイリスにステキな思い出を作る』か。……確かに、どこで何をすればそうできるのかは、よくわからんかもな。まあ、本人の希望次第だが、こちらが手を引かれて歩くようなことになっても困るか……?(考え込む)

 

 

指令室では、リコ・アイコ・ヴィアが、今日もディープログ内の記録をチェックしている。

 

 

リコ:

(うきうきと)うふふ……今日、ゼロさんとアイリスさんはデートなんですよね!

 

ヴィア:

は、そうらしいな。しかし、ゼロのヤツは大丈夫なのかな?

 

リコ:

(目を輝かせて)どこへ行くんでしょうね? 公園? 遊園地? それとも、海水浴? 水着~?

 

ヴィア:

(呆れる)おいおい、幾ら電脳空間でも、一応季節感ってものはあるぞ。

 

リコ:

うまくいくといいですねぇ! ゼロさんとアイリスさん、幸せな一日にしてほしいです……!

 

アイコ:

(ふと、オペレーションの手を止める)……残念ながら、そうはいかないかも知れないわ。

 

リコ、ヴィア:

へっ?

 

 

 

ドロワクレール:

"ディープログ"……ロックマンXの世界……ここにも、大勢のプレイヤーたちの、たくさんの思い出が詰まってる……

 

 

ここは、異次元空間に浮かぶ"三姉弟"の城。三人は、この城と共に放浪しながら、さまざまなゲームの世界を観察している。

 

 

ドロワ:

ここでは、プレイヤーとキャラクターが協力して、その"思い出の世界"を守ってる……みんな、とっても楽しそう……それを管理しているあの三人も、いつも仲良し……アレが、"友達"なの? うらやましいわ……

 

 

ゴシック調のインテリアに囲まれた部屋の中、彼女はソファの上でうずくまり、ハート型のポシェットを抱きしめながら、窓の向こうに広がるディープログ内の光景を眺めている。

不意に、部屋の真ん中にアンジュピトールの姿が現れる。

 

 

アンジュピトール:

ただいま~! えへへ、すごかったなぁ!

 

ドロワ:

アンジュ……あんた、またこっそりどこか行ってたのね。

 

アンジュ:

うん、そうだよ! 今日はね、ストリートファイターの世界を近くで見てきたんだ~。リュウとか春麗とか、豪鬼も見てきたよ!

 

ドロワ:

(慌てて)ちょっと……まさか、その世界に入って、キャラたちに話しかけたりしてないでしょうね?

 

アンジュ:

もちろん! そんなことしたら、エラトお姉ちゃんに怒られちゃうもん!

 

ドロワ:

(ほっとして)ならよかった。……でも、話しかけてみたいわよね。あんたはそう思わない?

 

アンジュ:

(ぽかんとして)どうして?

 

 

 

 

ドロワ:

(口ごもりながら)えっと、それは……あの……もしかしたら、"友達"になれるかも知れないでしょ……?

 

アンジュ:

(首を傾げる)どうして、"友達"になりたいの? ボクたちは"至高の三人"だって、エラトお姉ちゃんがいつも言ってるでしょ?

 

ドロワ:

そ、それは……

 

 

ドロワとアンジュの"姉"であるエラトネールは、常日頃から二人にこのように言い聞かせている。

 

 

エラトネール:

私たちは、"至高の三人"。三人で、完全なの。この城に私たち以外の誰かが入ってくることも、私たちがこの城の外の別世界へ出ていくことも、そこで誰かと接触することも、絶対に無いワ。それは許されないことだし、必要でもないの。

その代わり、私たち三人は、この宇宙で最も強い愛で結ばれているワ。誰にも邪魔されない、誰にも断ち切れない、まさに"至高の愛"ヨ。それに支えられて、私たちは果てしない旅を続けていくの。これからも、いろいろなゲームの世界を見守りながらネ。

 

 

ドロワ:

(微かに震えながら)そうだけど……だけど……ウチは、淋しい……

 

アンジュ:

え~?

 

ドロワ:

(取り乱して)ウチは、あんたのこともエラトお姉ちゃんのことも大好き! 本当よ! でも、ずっと三人だけなんて……三人だけで、終わりの無い旅を続けていくなんて……そんなの、きっと耐えられない……! ソレって、どんなにたくさんの世界を巡っても、お姉ちゃんとあんたの他に、ウチのことを覚えててくれる人は居ないってことだもん! そんな誰かが、一人くらい、どこかの世界に居たっていいじゃない?

 

アンジュ:

(やれやれといった様子で)ふぅん?

 

 

 

 

ドロワ:

それに……それに……幾つかのゲーム世界が、時間とともに発生するバグで消えてくのも、ウチらは見てきたでしょ……? 大勢のプレイヤーたちの思い出を詰め込んだままで壊れちゃう世界を、ただ見てるしかないなんて、悲しすぎる……

だから、せめて、消えゆく世界の誰かを、ウチが覚えててあげることができたら――そんな世界を守る手伝いとか、ちょっとでも役に立つことができたらって、そう思わない? ウチは、このお城の外の誰かと、"友達"になりたいの……!

 

アンジュ:

(呆れ顔で)そんなこと言ってていいの? エラトお姉ちゃんが聞いたら、怒るんじゃない?

 

ドロワ:

(はっと我に帰る)ご、ごめん! ごめんなさい! お願い、今ウチが言ったこと、エラトお姉ちゃんには絶対言わないで! お願い……!

 

アンジュ:

えへへへ、平気だよ~! ボクは絶対内緒にしとくから。……でも、もしエラトお姉ちゃんにバレたら、その時は知らないよ?

 

ドロワ:

う、うん……

 

アンジュ:

(両手を頭の後ろに組んで歩きだす)あ~あ、ボクにはわかんないなぁ~。ずーっと三人仲良く、このお城で暮らすのってすごく楽しいと思うけど。ドロワお姉ちゃんが、どうして"友達"を欲しがるのかわかんない。ボクは、おもちゃとおやつがあればいいもんね。……あっ、そうだ、おやつのマカロン食べよう~っと! フレーズ、フランボワーズ、シトロン、ピスターシュ、バニーユ……えへへ、どれから食べようかなぁ~?(壁にある大きな黒い扉を、手を触れずに開いて出ていく)

 

 

アンジュが立ち去り、再び独りになったドロワは、ソファの上にドサリと身を横たえる。

 

 

ドロワ:

(怒りを込めて呟く)何よ。エラトお姉ちゃん、エラトお姉ちゃんって……何が"至高の愛"よ。こんなの、ウチを閉じ込めて縛りつけてるだけ……子供扱いも、いいかげんにしろっての……!

 

 

ドロワの手が、傍らのポシェットを払いのけるようにして床に叩き落とす。

 

 

 

 

その途端、床に落ちたポシェットがガタガタと音を立てて揺れはじめる。

 

 

ドロワ:

(慌てて起き上がる)え? え、何?

 

 

ポシェットの振動はますます激しくなり、その周囲に、滲み出すように黒い影のようなものが広がっていく。その"影"の中から、無数のゴーストたちが一斉に姿を現し、天井を目がけて舞い上がる。

 

 

ドロワ:

ダメよ!(必死でポシェットに飛びつく)ダメ! みんな、戻ってきて! いい子だから! お願い……!

 

 

天井から吊り下げられた大きなシャンデリアの下に、不気味な黒い渦が現れている。ゴーストの群れは黒い雲のようにシャンデリアの周囲を飛び回り、次々にその渦の中へ吸い込まれていく。

 

 

ドロワ:

(絶叫)待って! 行っちゃダメ……!

 

 

ドロワの叫びは届かない。ゴーストたちはたちまち姿を消し、彼らを飲み込んだ渦も消える。全てが一瞬の幻だったかのように、彼女は再び、部屋に独り取り残されている。

 

 

ドロワ:

(ポシェットを抱えて床に座り込んだままで、ガクガク震えだす)どうしよう……どうしよう……! あ、あの子たち、"ディープログ"の中に飛んでっちゃった……! ど、どうしよう……こ、こんなこと、エラトお姉ちゃんにバレたら……!

 

 

ドロワの両目の下にある涙模様の上を伝って、本物の彼女自身の涙がこぼれ落ちる。

 

 

ドロワ:

ウチのせいだわ……ウチがしっかりしてないから、あの子たちは暴走しちゃった……あの子たち、ウチの代わりに、外の世界へ行ってくれたつもりなんだ……! だ、だけど、このままじゃ、大変なことになっちゃう……!

 

 

 

 

アイリス:

大変、ちょっと遅くなっちゃったわ。

 

 

ゼロが待つゲートへと急ぐアイリス。

 

 

アイリス:

(頬を染めて)ゼロは、今日どうするか考えてくれてるかしら。私は、彼と一緒なら何でもうれしい。……でも、せっかく外へ出たのに、またいつもの自主トレとかだったら困るわね。

私の希望は、まず、街歩き。そうして、どこかでオシャレなスイーツを買って、公園のベンチで食べながらお話するの。きっと今頃は、紅葉がキレイなはずよ。たくさん話して、ゼロの話も、たくさん聞いてあげたいわ。

 

 

やがて、彼女の視界に、ゲートの傍らに立つゼロの姿が飛び込んでくる。

 

 

アイリス:

(手を挙げて呼びかける)ゼロ!

 

ゼロ:

やぁ、アイリス。

 

アイリス:

ごめんなさい、待ったかしら?

 

ゼロ:

いや、今来たところだ。

 

 

この時、先回りしたマリノとシナモンが、物陰からこっそりと二人の様子を見ている。

 

 

マリノ:

おほ~、来た来た。さて、ラブラブデートは成功するか?

 

シナモン:

なんだか、パパラッチみたいでドキドキしますね!

 

 

突然、甘い雰囲気を切り裂くような警報が鳴り響く。

 

 

アイリス:

えっ?

 

ゼロ:

何事だ?

 

マリノ、シナモン:

何、何?

 

アナウンス:

警戒! 警戒! 異常事態発生! 異常事態発生!

 

 

(続く)



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待ちぼうけのハロウィン

いつもありがとうございます。ちょっと遅れましたが、DiVE世界のハッピー・ハロウィン!♪(*≧∀≦*)ノ"
(2023年11月2日~9日)


十月三十一日。今夜は、ハロウィンです。

電脳世界ディープログの中にも、妖しくも陽気なお祭りムードが漂っています。

 

管理人のリコも、さっそく、アイドル姿ではめを外しています。お揃いの衣装を着せられたアイコは、ちょっぴり恥ずかしそうですが、まんざらでもない様子。

ヴィアは珍しく、ダークな雰囲気のタキシードに、フード付きマントといういでたちです。とはいえ、いつもの軽口は変わりません。

 

任務を終えたハンタープログラムたちも、思い思いに、夜の街へ繰り出そうとしています。

(ここぞとばかり大騒ぎするオタクロイドたちには、注意が必要ですけれどね!)

 

もちろん、アイリスも。

彼女は、ドキドキそわそわしながら、ゼロが任務から戻ってくるのを待っていました。

 

今夜のアイリスは、いわゆるゴシックロリータスタイルの、黒ずくめのドレスを着ています。

ゼロには、その衣装で会うことは秘密にしています――彼は、彼女の姿を見て何と言うでしょうか?

 

「うふふ。ゼロはきっと、このドレスを見たら驚くわね。……でも、もし彼が気に入らなかったらどうしよう。似合うって言ってくれるかしら……?」

 

実は彼女は、ハロウィンの夜にゼロと出かけるために何を着たらいいのか、何日も前からずっと悩んでいたのです。

悩みすぎたあまりに、一度などは本気で"ジンオウガの鎧"を着ていくつもりになり、心配したカーネルと渾然に全力で止められたのでした。

 

 

 

 

街は輝きを増し、ちょっぴり不気味なハロウィン風ブルースステージのメロディーが、夜風に乗って聞こえてきました。

いまだ現れない想い人を待ちながら独りたたずむアイリスの傍らを、仲間たちが次々に通り過ぎていきました。

 

「やぁ、アイリス。」

 

最初に通りかかったのは、エックスとエイリアです。

エックスは、デビルメイクライのダンテの格好をしています。普段青いアーマーの彼が全身赤の衣装を着けているのは、とても新鮮に見えます。

 

「ゼロを待ってるの? 彼ったら、遅いのね。」

 

エイリアが心配そうに訊ねます。彼女は、キラキラ光る黒いスパンコールのミニドレスに、コウモリの翼を模したケープを羽織っています。

 

「エイリア、ステキ……!」

 

いつもより大胆なエイリアの姿に、アイリスは思わず見とれそうになりながら答えました。

 

「え、ええ。"プレーヤ"さんが離してくれないみたいなの。でも、きっともうすぐ戻ってくると思うわ。」

「そうだね、すぐ来るよ。アイリス、寒くないようにね。」

「ありがとう。」

 

エックスとエイリアは、寄り添いながら街の方へ歩き去っていきました。

アイリスは、二人を見送りながら呟きました。

 

「私も、もっと大人っぽい服にすればよかったかしら……?」

 

 

 

 

そこへ今度は、アクセルとパレットがやってきました。

 

「ハーイ、アイリス。待ち合わせ?」

 

アクセルは、白いコートのアイドル姿でバッチリキメています。

ところが、先ほどのエックスとエイリアとは違い、二人の間には微妙な距離が開いています。

 

アクセルの後ろから、パレットがおずおずとついてきます――彼女の衣装は、もこもことしたかわいらしい黒猫の着ぐるみです。

 

「まぁ、パレット、かわいい!」

 

アイリスは、思わず声をあげました。

するとパレットは立ち止まり、顔を赤くしながら、すごい勢いでこちらへ走り寄ってきました。

 

「ア、アイリス! ア、アタシ、裏切られたの!」

「えっ?」

「ア、アイツが、お揃いにするって言うから! ア、アタシ、コレ用意したのに! じ、自分だけ、あんなビシッとキメちゃって……! ア、アタシ、合わないじゃん……!」

 

でも、アクセルはあっけらかんとしています。

 

「あははは、ごめんごめん! 本気だったんだよ。本当にお揃いにする気はあったんだよ、三日前までね。」

「なんで急に気が変わったのよぅ! しかも、なんで言ってくれなかったのよぅ……!」

「ごめんごめん。だって、やっぱりこの方がかっこいいかなって思ったんだよ。それにさ、ボクと衣装が合わなくたって、パレットがかわいいことには、全然変わりないでしょ?」

 

 

 

 

すると、パレットはますます顔を赤くしながらうつむきました。

彼女は、その顔を、もこもこの着ぐるみの両手で覆うようにしながら、小さな声で言いました。

 

「え、あの……本当? ア、アクセル……アタシ、かわいい……?」

「本当だよ。パレット、いつもかわいいじゃん。ね、だから恥ずかしがらないで、行こう。」

「うん……!」

 

アクセルが優しく差し出す手を、パレットはそっと取りました。

 

「アイリスも、ゼロと一緒に行くんだよね?」

「ええ。きっと、もうすぐ来るわ。」

「あんまり遅かったら、アタシも一緒に怒ってあげる。また後でね!」

 

ようやく、仲良く並んで歩けるようになった二人を見送って、アイリスはくすくす笑いました。

 

「よかったわね、パレット。……ああいう衣装もいいわね。やっぱり、コレだとちょっとありきたりかも……」

 

それから、アイリスはまた待ちました。

今度は、キュートでセクシーな女性三人組と、ノリノリな男性三人組がやってきました。

 

いつもと違うカラーリングで開放的なデザインの衣装を着たマリノ、春麗の衣装に"にゃんこグローブ"を着けたシナモン、モリガン・アーンスランドに扮したレイヤー。

そして、吸血鬼風のスーツをまとったシグマと、ボディカラーをダークレッドに変えたVAVA、なぜかスイカ模様の身体にレイを着けたアイシー・ペンギーゴ。

 

 

 

 

「わぁ、みんな、すごいわね!」

 

アイリスは感嘆の声をあげました。

六人は、口々に応えました。

 

「あれ、アイリス。まだ出かけないのかい?」

「ステキなドレスですね! お姫様みたいなのです!」

「ゼロさんを待ってるの? 任務、まだ終わらないのかしら。」

「ふむ、ゼロはどんな仮装をしてくるのか、気になるな。」

「ヒャッハー! とにかく、はじけてりゃいいんだよ! ……つか、このスイカヤローは何考えてんだか、オレでもわからんがな。」

「黙れクワ。ハロウィンを楽しむのに、難しく考える必要は無いクワ!」

 

アイリスは思いました。

 

「そうね、私もこのくらいはじけてみてもよかったかも。……やっぱり、今から"ジンオウガ"に変えてこようかしら?」

 

やがて、彼らが街へ向かった後も、アイリスはまた独りでゼロを待ちつづけました。

自分の衣装は本当にベストだったか、ゼロはどんな衣装で現れるのか、彼に最初にどんな言葉をかけようかと、さまざまに思いをめぐらせながら。

 

けれど、その彼は、待てど暮らせど影すら見せません。

大勢の仲間たちと、夜風に吹き飛ばされる落ち葉と、長い時間が、次々に彼女を追い越していきます。

 

最初にここに来た時のときめきはすっかり鳴りをひそめ、今、アイリスの胸は不安でいっぱいになっていました。

 

「どうしよう……ゼロの身に、何かあったのかしら……?」

 

 

 

 

オペレーションルームには、新たな顔ぶれが加わっていました。カーネルと渾然です。

リコもアイコもヴィアも、お祭り騒ぎを一時中断して、二人と一緒に何かを待っているようです。

 

そこへ突然、誰かが駆け込んできました。

息せききって入ってきたのは、アイリスでした。

 

彼女のただならぬ様子に、みんなはびっくりしました。

 

「ア、アイリス?」

「どうした、大丈夫か?」

「兄さん……渾然さん……みんな……」

 

アイリスは一同の顔を見渡し、叫ぶように言いました。

 

「お願い。今すぐ、私にダイブアーマーを着せてほしいの!」

「え、ええぇぇ?」

「ど、どういうつもりなの?」

「と、とにかく、落ち着いてくれって!」

 

リコ、アイコ、ヴィアが心配そうに彼女の周りを囲みます。

アイリスは、震えていました――彼女の目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていました。

 

「私、どうかしてた……ハロウィンに夢中になって、考えてもみなかったの……ゼロは、まだ、危険な任務の最中で……独りで戦ってるわ……でも、もう、このままにしておけない……私も、彼と一緒に戦う!」

 

渾然が慌てて言いました。

 

「ま、待て! そんな必要は無いぞ!」

「やはり、もっと早く言うべきだったな……」

 

カーネルとリコたちは、気まずそうに顔を見合わせています。

 

 

 

 

「え、どういうことなの……?」

「ご、ごめんなさい、アイリスさん!」

 

戸惑うアイリスの両手を、リコがぎゅっと握りしめました。

 

「長く待たせちゃってるのは、わかってたんです……でも、まさか、そんなに心配させちゃうなんて思わなくて……! ゼロさんも、アイリスさんをびっくりさせたいだろうからって思って、黙ってたんです……! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

「え……、それじゃ、ゼロは……?」

 

今度は、カーネルがすまなそうに言いました。

 

「無事だ。実は、しばらく前に戻ってきている。」

「本人は、すぐにでも貴女のもとへ駆けつけるつもりだったようだが、肝心の仮装の用意ができていなくてな。カーネルと私が一旦引き留めて、ここへ連れてきたというわけだ。」

 

渾然が、オペレーションルームの奥の研究室の方を示しました。

 

「本当にごめんなさいね、アイリス。私たち、誰も悪気があったわけじゃないの。」

「サプライズを楽しみにしててほしかったんだが、まさか泣かせちまうとはな……許してくれ。」

 

アイコとヴィアも、アイリスに詫びます。

アイリスは、リコに両手を取られたままで深くうなだれました。

 

「ア、アイリスさん……!」

 

リコは、おろおろと声を震わせました。

すると、アイリスはぱっと顔を上げました。

 

空中に涙の粒がキラリと散り、見守るみんなは一瞬ドキッとしました。

でも、彼女の顔に浮かんでいたのは、心からの安堵の、明るい微笑みでした。

 

 

 

 

「よかった……ああ、よかった……! ゼロは帰ってきてるのね! それさえわかれば、もう安心だわ!」

 

アイリスは本当にうれしくて、感謝したい気持ちでいっぱいで、思わず、今度は自分がリコの両手をぎゅっと握り返していました。

 

「ありがとう! ありがとう、リコさん!」

「え、えぇ~? あの、わ、わ、私は何も……!」

 

今度は、リコが戸惑う番。

ともかく、アイリスが笑顔を取り戻したので、みんなは一安心です。

 

そこへ、

 

「アイリス……!」

 

と、驚いた声と共に、ゼロが姿を現しました。

 

「ゼロ……!」

 

アイリスの目は、そのいでたちに思わず、文字通り釘付けになりました。

夜を支配する吸血公爵――そんな呼び名が相応しいような、赤と黒のタキシード。

 

背中にはコウモリの翼のマント、ヘルメットの額には、小さな鋭い角も付いています。

アイリスは頬を真っ赤に染め、初めて見る彼の妖しくも凛々しい姿に、うっとりと見惚れてしまいました。

 

「ゼロ……ステキだわ……!」

 

カーネルと渾然がうなずき合い、ヴィアが親指を立て、リコとアイコはハイタッチを交わしました。

どうやら、衣装選びは大正解のようです。

 

 

 

 

そしてもちろん、想い人の特別な装いに目を奪われたのは、ゼロも同じでした。

 

「ああ、アイリス……驚いた。見違えたよ。よく似合う、本当に。……でも、ずいぶん長く待たせちまったな。心配させてすまなかった。」

「いいの。もういいのよ、ゼロ!」

 

アイリスは、今度はゼロの手を強く握りしめました。

 

「お帰りなさい。本当に、無事でよかったわ。」

「ありがとう。どんな敵にだって、オレは負けないさ。キミがついていてくれさえすれば。」

「さぁ、お二人さん。いよいよ、お楽しみの時間だな。」

 

ヴィアが、猫のような目を細くして笑いながら言いました。

 

「そうよ、遅れを取り戻さなくちゃ。」

「早く出かけないと、ハロウィンが終わっちゃいますよ!」

 

アイコとリコも、二人を促します。

 

「楽しんでこい。だが、気をつけてな。」

「ふふ、この二人なら心配はあるまい。」

 

と、カーネルと渾然。

優しいみんなに見送られて、いよいよ、ゼロとアイリスはオペレーションルームを後にしました。

 

 

「本当に、すっかり遅くなっちまったな。急いで行こう。アイリス、高速移動は平気か?」

 

先ほどまで待ちぼうけのアイリスが立っていたあたりで、ゼロが訊ねました。

アイリスはうなずきました。ハンタープログラムである今の彼女には、普通に備わっている身体能力です。

 

「ええ、もちろん。」

「よし、それなら二人でダッシュだ。息を合わせよう。」

 

ゼロの腕が肩に回されたので、アイリスの胸は、思わず、トクン! と大きく鳴りました。

たちまち早鐘を打ちはじめる胸を懸命に押さえながら、アイリスも、ゼロの腰に腕を回します。

 

ぴったりと寄り添った二人は笑ってうなずき合い、今や宴たけなわの街へと向かって、電光のようにダッシュしていきました。

心から信頼しあい、互いの腕に身体を預け、長い髪をなびかせながら滑走するその姿は、優雅なアイスダンスにも似ていました。

 

 

 

 

不気味な枯れ木や山積みのカボチャ提灯に彩られた石畳の道を駆け抜け、あっという間に、ゼロとアイリスはテーマパークにたどり着きました。

きらめく光、音楽、そして、あふれる歓声が二人を包み込みました。

 

「大丈夫か、アイリス。疲れたか?」

 

ゼロがそう訊ねながら、アイリスの肩を離しました。

 

「い、いえ……大丈夫よ。」

 

アイリスは、ちょっと慌てて答えました――テーマパークに来た高揚感と、ゼロの手が離れてしまったことへのちょっぴりの名残惜しさと、それでも彼の優しい言葉にまたキュンとして、彼女のハートは大忙しだったのです。

一度離れた二人の手は、今度はしっかりとつなぎ合わされました。

 

それから、ゼロとアイリスは、仲間たちと一緒にいろいろなアトラクションを楽しみました。

ゴンドラが巨大なカボチャ提灯になった観覧車、いつもと違う不規則な動きのフライングカーペット、それにもちろん、呪われた古城のお化け屋敷も(ただし、お化けを攻撃してはいけません)。

 

何もかも忘れてひとしきり遊んだ後、二人はベンチで一休みすることにしました。

ゼロはホットワイン、アイリスはカボチャのカップケーキを、それぞれ二つずつ買ってきました。

 

 

 

 

ベンチに並んで座って、まずはホットワインで乾杯。

はしゃぎ疲れて少し肌寒さを感じていた身体が、内側からほっこりと温かくなりました。

 

「ああ、旨いな。キミは何を買ってきたんだ?」

「うふふ、コレよ。でもね……」

 

アイリスは、カップケーキを手のひらに載せて見せながら言いました。

 

「ハロウィンのお菓子をもらうためには、まず、決まり言葉を言わなくちゃ。」

「トリック・オア・トリート、菓子かイタズラか、か……」

 

すると、ゼロはアイリスの手からひょいとケーキを取って、こう言ったのです。

 

「どちらか、なんて選べない。オレは全部ほしい――ケーキも、イタズラも、キミも、全部だ。」

「えっ……?」

 

驚きのあまり、アイリスの身体は、そのままの姿勢で一瞬固まってしまいました。

ゼロはそんな彼女の手を取ると、ナイトのように、その甲に口づけしました。

 

アイリスの胸は、また激しく、痛いほどに高鳴りはじめました――妖しく甘く、ちょっぴり危険なハロウィンの夜は、まだまだこれから。

今度は彼女の唇を満たす口づけが、その始まりの合図です。

 

 

(完)



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時にはガラスのように(アイデア)

「見事だ、ゼロ。」

 

床に膝を突いてうずくまった姿勢のまま、食い縛った歯の下から押し出すような声で、カーネルは言った。

見る影もなく傷ついたその顔は、ゼロとの最初で最後の真剣勝負を戦い抜いてか、満足そうな笑みをたたえていた。

 

しかし、その笑顔はほんの一瞬で消えた。

彼は再びゼロを睨みつけ、体内が激しく損傷していることを示すノイズ混じりの声で、鋭い言葉を発した。

 

「だが、同時に失望もした。なぜ、とどめを刺さなかった? 俺の動力炉を一撃で破壊できぬほど、未熟なお前ではないはずだ。もしも、この俺に情けをかけたとすれば……それは、戦場においてあるまじき行為、軍人としてこの上ない屈辱だ!」

「もうわめくな、カーネル。」

 

 

 

 

――友よ、俺を許せ。

このような有様になってなお、意地を張り通さずにおれぬ、堅物の俺を許せ。

 

我々は、『人類からの独立』という大義のもとに戦っていた。

だが、正確には、総司令官の妄念ともいうべきプログラムに従わされていたのだ。お前がそこから自由にしてくれて、ようやく目が覚めた。

 

何が、総司令官を、この恐ろしい世迷い事へと駆り立てたのかはわからない。

だが、友よ。わずかではあるが、まだ時はある。

 

お前なら、止められるだろう。

その肩にのしかかる重圧は、想像を絶するものに違いない。

 

それでも、我々は、最後の望みをお前に託すほかないのだ。

その背中を見送ることさえもはやかなわぬ、俺を許せ。

……そして、妹よ。俺を許せ。

お前が真に望んだ世界、人類とレプリロイドが平和に共存する世界。

 

そして、お前が愛する者と二人、幸福になれる世界。

お前と共にそれを望むことができなかった、無力な兄を許せ。

 

 

 

 

「ゼロ、」

 

アイリスは潤んだ目でゼロを見上げ、その視線をまっすぐに彼の瞳に向けて言った。

傷のためか、あるいは恥じらいからか、その声はほんの少しだけ震えていた。

 

「愛しているわ。」

 

――やっと、ちゃんと言えた。

 

この時、彼女の胸は、誇らしさで一杯だった。

 

「……俺もだ。」

 

ゼロは、右手で包み込むように彼女の頬に触れ、力強く応えた。

風に吹かれて消えかけている蝋燭の炎のように、今にも消えてしまいそうな彼女の意識を、生命を、呼び戻すために。

 

「俺もだ。愛している。誰よりも、君を。」

 

互いに、初めて相手の目を見ながらはっきりと口にした言葉だった。

互いを敵と見なさねばならぬ戦火の中で、互いを最も大切な者と認め合い、ようやく結ばれた、二つの心。

 

アイリスは、にっこりと微笑んだ。

この上なく幸福そうな、美しい笑顔だった。

 

そして、静かに目を閉じた。

愛する者の腕に身をゆだね、眠るように。

 

「アイリス……?」

 

ゼロの呼びかけに、彼女は応えない。

ゼロは、繰り返しその名を呼んだ。

 

だが、幾度繰り返しても、彼女の肩を揺さぶり叫んでも、その目が再び開くことはなかった。

ゼロは、アイリスの身体を、折れるほど強く抱きしめた――守らねばならなかったものが崩れ落ちていく、絶望の中で。

 

「アイリス……アイリス……!」

 

 

 

 

時間は、容赦なく進む。

抱きしめた腕の中からこぼれ落ちていった生命を嘆き、この場にとどまりつづけることは許されない。

 

せめてもの棺代わりとなったのは、緊急脱出用のカプセルだった。

手向けの花の一つも無いというのは、花の名前を持つ彼女の旅立ちにはあまりにも淋しく、不似合いに思えた。

 

安らかな表情で眠りつづける彼女を納めたカプセルは、静かに、星の海へと漂い出していく。

それを見送りながら、ゼロは震えた。

 

「……俺は、」

 

ひとしずくの涙が、足元に落ちた。

自らの光刃に貫かれるような痛みが、彼の胸を内側から激しく灼いた。

 

「アイリス、俺は、」

 

いっそ本当に、彼女とその兄の生命を奪った同じ剣を我と我が身に突き立てて、その苦痛を終わらせることができたなら。

それでもなお、彼はよろめく足を踏みしめ、再び走りはじめる。

 

果てしない宇宙の闇に呑まれ、誰にも届かぬ、声無き慟哭を哭きながら。

ガラスのように砕けた心をなおも衝き動かす、残酷なまでに固い、鋼の意志の命ずるままに。

 

 

「俺は、いったい何の為に、戦っているんだ……」



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Father's Day(アイデア)

(ゼロ)

彼は長い間、自分の過去というものを知りませんでした。

いつ、どこで、誰の手によって造られたのか。

 

目覚めた時に彼が持っていたのは、"ゼロ"という名前と、戦うすべ――ロボットを確実に破壊する技術、ただそれだけ。

もっとも、その時から始まった"イレギュラーハンター"としての日々には、ただそれだけがあれば充分でした。

 

過去のことなど、気にする暇はありませんでした。

人類と"レプリロイド"が共生するこの世界では、常に"イレギュラー"による事故や事件が起きていたからです。

 

彼は数多くの任務をこなし、たちまちのうちに、"特A級ハンター"にまで昇りつめることとなりました。

名誉欲などはありませんでしたが、彼は常に、渇望するかのように"戦い"を求めていました――ただ二つの思いによって。

 

人の世にとっての脅威となるものを、速やかに、全て排除しなければならない。

そのために、更に強くなりたい。

 

やがてある日、ゼロたちの部隊に新しい隊員が配属されることになりました。

 

 

その"エックス"と名乗る新人ハンターを見た時、一瞬、不思議な感覚がゼロを捉えました。

なぜか、今初めて会うのではないような、ずっと以前から知っているような気がしたのです。

 

無論、その青いアーマーを身にまとった、まだ頼りなげな小柄な彼の姿は、ゼロのただでさえ不完全な記憶のどこからも現れそうにはありませんでした。

でも、その時その瞬間に、すでにゼロの心は確信していたらしいのです――エックスが、"特別な存在"であるということを。

 

奇妙なことに、エックスもまたゼロと同じように自分の過去を知らず、どこから来たのかもわかっていませんでした。

その共通点が、出会って間もない二人をすぐに近づけた、一つの要因でした。

 

そして、エックスの持つ、ある意味での"特異性"。

エックスは、ハンターとなったにもかかわらず、イレギュラーを破壊することに強い抵抗を示していました。

 

彼は、被害を受けた人間やレプリロイドだけでなく、加害者となったイレギュラーをも救おうとしているようでした。

そのため、実はかなりの戦闘能力がありながら、それを自分で使いこなせず、"B級ハンター"に甘んじているような有様でした。

 

そんな彼の姿を近くで見ているうち、なぜか、ゼロはこう感じるようになっていきました。

今は表に出ていないが、恐らく、エックスはもっと大きな"力"を秘めており、"きたるべき時"にこそ、それは発揮されるのだと。

 

共に戦い、鍛え合ううち、いつしか、ゼロとエックスは互いに無いものを補える最高の相棒となり、"親友"と呼べる間柄になっていました。

ゼロには、戦う理由がもう一つ増えました――友として、必ずエックスを守る。"きたるべき時"、エックスの持つ真の力が必要とされる、その時のために。

 

でも、ゼロにはまだ知る由もありませんでした。

自分が、エックスを、"何"から守ろうとしていたのか。

 

やがて時を経て、彼は自分の過去とともに、その答えを知ることになるのです。

 

 

 

 

(Dr.ワイリー)

アルバートは直ちに、彼のプログラムを書き換えることを決めました。

人にとっての"英雄"となりうる性質である"HEROプログラム"から、全てを破壊し、無へと還す"ZEROプログラム"へ。そう、この時、彼の名は"ゼロ"となったのです。

 

肉体の寿命が尽きてからも、アルバートはこの地上に意識を残し、ゼロの封印が解ける時を待ちつづけていました。

やがて、ゼロは激しい暴走状態で目覚めました。彼は新プログラムの命ずるまま暴れ狂い、出会った全ての"レプリロイド"たちを、ことごとく残虐に破壊しつくしました。

 

まさしく、ここまではほぼアルバートの期待通りでした。このままエックスを見つけ、破壊することさえできれば。

ところが、不測の事態が起きました。

 

それは、あの"シグマ"を襲った時。

偶然にも、シグマは戦いの中で、ゼロの新プログラムの一部を自らの内に取り込んでしまったのです。

 

戦闘不能となり停止したゼロは、満身創痍のシグマと、彼の仲間の"イレギュラーハンター"たちに回収されました。

そして……次に起動した時には、あろうことかそれまでの記憶を全て失い、よみがえった旧プログラムに支配されていました。

 

アルバートにとって、いささか困ったことが始まってしまいました。監視対象としてイレギュラーハンターの一員となったゼロは、めざましい活躍ぶりを見せ、"人の世の平和のために戦う"旧プログラムの優秀さを、余すところなく証明してみせたのです。

後から、同じ部隊のハンターとしてついにエックスが現れた時にも、ゼロが自らの新たな使命を思い出すことはありませんでした。彼はエックスと共に戦う日々の中で、いつしか、エックスとの間に固い"友情"を築いていきました。

 

何をしておるのだ――アルバートは、思わず歯ぎしりしたいような気持ちでした。このままでは、いつまで経ってもトーマスに勝てません。

一方、皮肉にも、ゼロの代わりに新プログラムの性能を証明することとなったのは、シグマでした。

 

彼はある日、"人類からの独立"を掲げて反乱を起こしました。

 

 

 

新プログラムは、シグマの内部で独自の成長・進化・増殖を繰り返し、いつしか、シグマのボディという依り代をまとった"悪霊"――倒されても、新たな依り代を得て再びよみがえる"シグマウィルス"へと変貌を遂げていたのです。

 

この、思いがけず手に入った"新しい実験体"が見せた結果に、アルバートは大いに興味を引かれました。

そこで、彼は自らに"サーゲス"という仮のボディを造り、シグマの復活に直接手を貸すことにしました。

 

 

 

ゼロのボディを奪い、改造し、新プログラムによる人格を目覚めさせる。

しかし、またしても不測の事態が起きました。エックスの攻撃を受けたゼロは、再び旧プログラムの人格に戻ってしまったのです。

 

そう、まるで、エックスというロボットそのものが、新プログラムを無力化できる唯一の存在であるとでもいうかのように。

彼が二度に渡りシグマを倒すことができたのも、そのためかも知れません。

 

サーゲスのボディを失ったアルバートは、それから何年も、遠くからシグマ・ゼロ・エックスの観察を続けていました。

その間、シグマは、今度は"Dr.ドップラー"を利用して二度目の復活を果たしました。彼はもはや、アルバートの手助けなど必要としなくなっていました。

 

そして――当然の結果のように、またしてもエックスとゼロに倒されました。ゼロの中の新プログラムは息をひそめたままでした。

この時、シグマにとどめを刺したのはドップラーの開発した"抗体"であり、ウィルス体であるシグマは今度こそ完全に消滅したかに見えました。

 

その頃から、アルバートは"夢"を通して直接ゼロに語りかけることができるようになっていました。

 

 

 

 

 

(ゼロの独白)

オレはいったい、何なんだ。

 

人の世を守るために戦っていたはずなのに。

 

人の世に害を為す、多くの"イレギュラー"を倒してきたはずだったのに。

 

それなのに、なぜ、カーネルやアイリスまで、この手にかけた?

 

なぜ、守ろうとすればするほど、尊いものが壊れていく?

 

オレはただ、見境のない殺戮を欲しているだけなのか……?

 

あの"夢"の中のスクラップの山、血に染まったこの両手。

 

アレが、かつて本当に、本当にあったことなら……

 

シグマの言う通り、血に飢えた獣のような"イレギュラー"は、このオレだ!

 

今、やっとわかった。

 

オレが、エックスを"何"から守ろうとしていたのか。

 

それは、オレ自身――オレの中に居る、オレも知らないもうひとりのオレだったんだ。

 

いや、もしかしたら……

 

……本当は、"ソイツ"の方が本物で、今ここに居るオレは……

 

"ソイツ"が表に出たら消え失せる、幻……なのか……?

 

『ゼロ、わしの最高傑作……』

 

あんた、誰だ!

 

『倒せ、アイツを……』

 

あんたがオレを造ったのか? エックスを倒すために?

 

『行け! そして破壊しろ、アイツを!』

オレは、エックスを――

 

……

 

……

 

――倒す。

 

 

 

 

(Dr.ライト)

「博士……、オレは、オレは……いったい、何を……」

 

四肢を失い、痛々しい姿のエックスが、消え入りそうな声で必死に訴えています。

「ゼロを……お願いです、ゼロを助けてください! オレの生命を使って! お願いします、どうか……お願いします……」

 

エックスは泣いていました。自らの損傷になど気づいてすらいないかのように、ただ、友を思う言葉を、激しい嗚咽の下から、幾度も、幾度も繰り返しました。

トーマスはこの時、肉体が無いことを心の底から呪いました。せめて今だけは、血の通わぬ機械なりとも、彼を抱きしめてやる二本の腕が欲しいと思いました。

 

そうする代わりに、トーマスが彼に与えたものは、深く長い眠り。

再び立ち上がり、仲間と共に生きるための新しい身体。

 

そして、封印しました。

彼の心を押しつぶす十字架となりうるもの――最愛の"友"に関する記憶を、全て。

 

 

「……眠らせてやったのかね?」

 

いつの間にか、アルバートが――ほとんど"気配"だけのようなものでしたが――トーマスの近くに居ました。

トーマスは、うなずいて答えました。

 

「ああ。……キミの方は?」

「こっちもそうさ。……以前のわしなら、こう考えていたかも知れん。エックスを倒せなかったコイツは失敗作、もはや生き返らせる価値は無い、と。だが、今は……」

 

アルバートは、ため息をつきました。

 

「……もう、終わりにするべきじゃな。彼を、単なる野望達成のための"道具"として扱うことを……世界は、まだこれからも続いていく。そこで再び生きていく、人と同じ心を持った彼の、"幸せ"について少しは考えてやらねばならんだろう。」

 

この言葉に、ふとトーマスは懐かしさを覚えました。

自分のよく知っている、若かりし日の友が戻ってきたように感じられました。

 

 

 

 

(エックス)

数えきれないほど何度も、陽は昇り、沈みました。

長い長い混乱の時が過ぎ去り、月日とともに、世界は静けさを取り戻していきました。

 

シグマとの最後の戦いの後、エックスは生き残った仲間たちと共に、荒れ果てた世界を再生させるための活動を開始しました。

理想郷"ヘブン"を目指すその活動は、様々な困難を乗り越えながら少しずつ着実に進み、ようやく実っていました。

 

エイリア――今は、彼の"伴侶"となっています――が完成させたプログラムは、イレギュラー発生率を限りなく0に近づけました。

やがて、イレギュラーを破壊処分する"イレギュラーハンター"は解体され、より小規模な"ガーディアン"という組織へと生まれ変わりました。

 

こちらは、レプリロイドたちを見守り、時折発生するイレギュラーの修理・更生を目的とするものです。

完璧なものなどは無いけれど、今はほとんど全てのことがうまく回るようになったと思えます。

 

これこそが、"ヘブン"――エックスが思い描いていた、理想郷です。

彼は、この新しい世界に、おおむね満足していました。

 

……たった一つ、大切な何かが欠けているという感覚を残して。

 

――その"新人ガーディアン"を見た時、一瞬、不思議な感覚がエックスを捉えました。

なぜか、今初めて会うのではないような、ずっと以前から知っているような気がしたのです。

 

無論、その赤いアーマーを身にまとい、長い金髪を背中に垂らした"彼"の姿は、エックスの過去の記憶のどこからも現れそうにありませんでした。

でも、その時その瞬間に、すでにエックスの心は確信していたらしいのです――"彼"が、"特別な存在"であるということを。

 

……いいえ、違います。

エックスは、確かに"彼"を知っています。

 

「……欠けていたものは、これだ。"彼"だったんだ。」

 

事務的な自己紹介をさえぎって、エックスはせきこんで言いました。

 

「待って。オレは知ってる。キミは……キミの、名前は……」

 

思いがけず涙があふれてきて、言葉を続けられなくなりました。

エックスが突然泣き出したことに驚いた様子だった"彼"も、この時、全てを思い出したようです。

 

「……エックス。キミは、エックスだな。」

「そうだよ。そうだよ、ゼロ。……お帰り。」

 

数奇な運命に翻弄されつづけた二つの魂は、今、ようやく再会を果たしました。

新しい世界で、その世界を、今度こそ共に守りつづけていくために。



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待たせっぱなしのクリスマス・1

いつもありがとうございます。前回がハロウィン、とくれば今度は当然(?)メリークリスマス!(すでに、超~時期外れですが…………)
"( *´艸`)♪
(2023年12月17日~24年2月10日)


十二月も、もう半ば。クリスマスが、すぐそこまで来ています。

ディープログ内の仮想市街地も、そこかしこにツリーやリースが飾られ、夜には美しいイルミネーションが輝きます。

 

気の早いオタクロイドたちは、そんな街角で毎晩パーティーモード。

(陽気なオカマロイドたちも加わると、それはそれは大変な騒ぎに……!)

 

もちろん管理人たちも、この祝祭シーズンを楽しむ準備に余念がありません。

リコは早くも、雪の結晶の模様の付いた赤いワンピースを着てはしゃいでいます。

 

アイコは、ちょっぴり特別な紅茶葉と、豪華なケーキをオーダー。

ヴィアは、指令室にクリスマスツリーを設置しました。

 

そして、ハンタープログラムたちも、それぞれにいろいろな計画があるようです。

みんな、忙しい任務の合間を縫っては、パーティーやプレゼントの準備をしているのでしょう。

 

『毎年この時期になると、ボディカラーを赤と白に変えたヴァジュリーラが大声で叫び笑い狂う』というのも、すっかり風物詩となっています。

そんな中、ゼロは一人、頭を悩ませていました。

 

 

 

 

ある時ゼロは、ヴィアが独りでいるタイミングを見計らって、指令室へ行きました。

ヴィアは脚立に上って、ツリーに白い綿の雪と、金色や銀色のモールを巻きつけているところでした。

 

「すまん、ヴィア。ちょっと話を聞いてくれるか。」

「お、ゼロ。珍しいね、どうかしたか?」

 

ヴィアは、キラキラのモールをマフラーのようにまといつけながら脚立を下りてきました。

 

「実は、その……」

「おっと。……ははん、なんかわかった気がするぞ。ズバリ、アイリスへのプレゼントのことじゃないか?」

「ま、まだ何も言ってないぞ!」

「はは、図星だろう!」

 

さすがはヴィアです。ゼロにそっくりな姿も、伊達ではないといったところでしょうか。

彼の言う通り、ここ数日のゼロの悩みは、アイリスに何をプレゼントすればいいかということでした。

 

「……オレには、アイリスが何を喜ぶのかがよくわからん。そうかといって、彼女に直接訊くのも無粋な気がしてな。」

「あー、確かにね。中身がわからないからこそ、プレゼントって、わくわくするんだよなぁ。」

「そうだ。だが、そこには同時に、彼女を失望させる危険性もある……せっかくのクリスマスを、良くない思い出にさせてしまうわけにはいかんからな。」

 

 

 

 

ヒュウ、と思わずヴィアは口笛を吹きたくなりました。今、彼の前に居るゼロは、戦いに情熱を燃やしている普段の様子とは全く違います。

そこにあるのは、愛する女性の笑顔のために自分にできる精一杯のことをしようとしている、ひたむきなひとりの男性の姿でした。

 

そこで、ヴィアはこんな提案をしてみました。

 

「そうだな……やっぱり、王道のアクセサリーはどうだ? アイリスって、普段からあんまり着飾るタイプとかでもないけど、女心はキラキラに弱いもんだと思うぜ。」

「う……うむ、そうなのか。」

 

アクセサリーにも決して詳しくないゼロは、ますます困った顔をしています。

ヴィアは面白くなって、身体に巻きつけたモールをシャカシャカ振りながら続けました。

 

「は、そうともさ。別段、そこまで高価じゃなくたっていいしな。結局は、あんたの気持ちがいちばんなんだよ。それさえ伝われば、彼女は何でも喜ぶんじゃないか?」

「何でも、か……やっぱり、難しいな……」

 

がっくり肩を落としながら、戸口の方に向き直った次の瞬間。

ゼロは思わず立ちすくみ、ヴィアはモールを踏みつけて派手にすっ転びました。

 

いつの間に戻っていたのか、リコとアイコが戸口に立っていて、自動ドアを開けっ放しにしたまま、隠しきれないニヤニヤ笑いをたたえて二人を見つめていたのです。

 

 

 

 

「あらあら。ヴィアったら、恋愛指南がお得意だったかしら。」

 

精一杯クールにそう言うアイコは、サンタ帽を被り、衣装の一部も赤に替え、雪の結晶の飾りも着けています。

 

「お……おう。いやー、アイコもクリスマススタイル、似合ってんじゃん!」

 

モールでぐるぐる巻きになったまま、ヴィアは苦しまぎれにそう応えました。

リコの方は瞳をキラッキラに輝かせて、そんなヴィアとゼロを交互に見比べています。

 

「むふふふ……なんか、いいところに来ちゃったみたいですね~! ゼロさん、アイリスさんとのラブラブクリスマス、絶対成功させちゃってくださいよ! ヴィアさんでお役に立てるなら、どうぞいっぱい教わってってください! あ、私たちにはどうかおかまいなく!」

 

しかし、ゼロはもう、きまり悪さでその場には居たたまれません。

彼は思いっきり床を蹴り、目にも留まらぬ高速ダッシュでアイコとリコの間を通り抜け、レーザービームのように姿を消しました――アイコのサンタ帽を吹き飛ばし、リコのワンピースの裾をひるがえして。

 

「キャッ!」「ひゃぁ!」「お、おっと……!」

 

ヴィアは、慌ててモールの中に顔をうずめました。

 

「み、見てないぞ! リコ、オレは何も見なかったからな!」

 

でも、リコは顔を真っ赤にして、ヴィアに掴みかかります。

 

「ひんっ……ちょっと、ヴィ~ア~さ~ん~……!」

「お、おい! 落ち着けって、今のはもらい事故だろ!」

「はいはい……二人とも、ツリーを台無しにしないでほしいわ。」

 

 

 

 

指令室を逃げ出したゼロは、ついでに通路を歩いていた大勢の仲間たちを仰天させながらダッシュを続け、そのまま本部の外まで出てきました。

 

「はー、やれやれ……思わぬ邪魔が入っちまったな。しかし、確かに、アクセサリーを贈るというのが最善かも知れんな。そうなると……今度は、アイテム選びか……」

 

ゼロが目指すアイリスとのクリスマスまでには、まだまだ険しい道のりが続くようです。

その時、何やら騒がしく言い合う声が聞こえてきました。

 

「ちょいと、あんた! こんなとこで何やってんだい! なんかキラキラしたもの広げてるけど、まさか盗品じゃないだろうね?」

「見るからに怪しいのです! ダイナシさんは、信用ならないのです!」

「ちょっ……お、お嬢さん、ひどいな! オレはダイナシじゃなくて、ダイナモ! それにコレ、盗品なんかじゃないぜ? ちゃんと、ショップと契約してやらせてもらってるお仕事なんだからさ!」

 

見ると、マリノとシナモンがダイナモに文句を言っています。

なぜか、ダイナモは道端に小さな屋台のようなものを建てて、アクセサリーを売ろうとしているようです。

 

ゼロはそちらへ向かっていきました。

 

「どうしたんだ、いったい?」

「あ、ゼロ~!」

 

 

 

 

ダイナモは、ゼロに助けを求めるような様子です。

 

「いやね、オレはここで至極真っ当な商売をしようとしてるわけよ! 日夜、ディープログを守るために大忙しで、クリスマスプレゼントもなかなか用意できないみんなの役に立てると思って! だけど、このお嬢さんたち、なーんか疑り深くってさぁ!」

「クリスマスプレゼント? だったらなおさらだよ! 盗品じゃなくたって、ニセモノや粗悪品を売りつけられたらたまったもんじゃないからね! アタイの、お宝捜しの目はごまかせないよ!」

「そうそう! せっかくのクリスマスを、ダイナシさんのせいで台無しにされるなんて、ありえないのです!」

「だーかーら! オレはダイナモだってば! ゼロ~、さっきからこんな調子なんだよ! あんたからも、何か言ってやってくれよぅ!」

 

この時、ゼロの目は、ダイナモ(ダイナシではなく)が台の上に並べているたくさんのアクセサリーに釘付けになっていました。

魅惑の輝きを放つ、色とりどりの石。それらの美しさを一層引き立てるカット、留め具やチェーンにほどこされた装飾。

 

「……確かに、美しい。どれもこれも。だが、どうすればいいのかわからん……!」

 

ゼロは非常に困惑していました――何しろ、これほど小さくて繊細で美しいものを、これほど近くで眺めたことなど、そうそうないのですから。

まして、その中から愛する人への贈り物を選ぶのであれば、絶対に失敗は許されません。

 

 

 

 

「……ゼロさん? どうかしたのですか? なんか、固まっちゃってるみたいなのです!」

 

シナモンが驚いたように言うと、マリノが身を乗り出しました。

 

「おほ、ゼロ、やっぱりあんたも怪しいって思うのかい? それじゃ、イレギュラーハンターの目でよっく見極めとくれよ! 不届き者はお呼びじゃないんだからね!」

「お、おい~、マジで勘弁してくれ……!」

 

ダイナモは、思わずその場に座り込んでしまいました。

すると、ゼロは三人に向き直って言いました。

 

「……ダイナモ、これらは確かに正規品で間違いないんだな?」

「だから、さっきから言ってるでしょ! もー、そんなに疑うなら、ショップに問い合わせてみれば?」

 

ダイナモは、ついに、ふてくされてしまったようです。

ゼロは、恥ずかしさに耐えて続けました。

 

「それなら問題は無い。……オレも、あんたから一つ買うかも知れん。」

「え?」「はぁ?」「そ、そうなのですか?」

 

三人は、すっとんきょうな声をあげます。

 

「その……ちょっと必要、でな。だが、その……こういうものには、全く、知識が無い。できれば、その……詳しそうな三人に、いろいろ、教えてもらえると、助かるんだが。」

 

 

 

 

「え、マジ? なんで? どゆこと?」

 

ダイナモは首をひねりますが、察しの良い女性二人は、すぐさま見当がついたようです。

さっきの指令室のリコと同じように、今度はマリノとシナモンの瞳がキラッキラになりました。

 

「ってことは、アイリスに……? そうかい、そうかい! それじゃ、いっちょ手伝うとするか!」

「ステキです! ゼロさんには、ぜひとも頑張ってもらいたいのです! 応援するのです!」

「いや、その……」

 

ノリノリな女性たちに、たじたじのゼロ。

ようやく、ダイナモにもわけがわかりました。

 

「あー……なるほど、そういうことね! 愛しのアイリスちゃんへのプレゼントについて、オレたちからのアドバイスが欲しいってわけ!」

「お、おい、そんな大声で……!」

「まあまあ、照れなさんなって! 憎いね、この~! それで? 彼女には、好きなブランドとかある?」

「ブ、ブランド……?」

「贈るのは、ネックレスかい? ブレスレットかい? あー、やっぱり指輪がロマンチックかねぇ!」

「ネックレス……? ブレスレット……?」

「石は何にするんですか? いろいろありますよ! ガーネットに、アクアマリンに、真珠……それに、ダイヤモンドも!」

「あ、あぁ……す、すまん、一旦考える時間をくれ……!」

 

 

 

 

「ねぇ……ゼロってば、なんかあったのかな……?」

 

休憩所のテーブルで、アクセルがエックスにささやきました。

二人の席から少し離れたところで、ひどく疲れ果てた様子のゼロが、独りでぐったりと椅子に座り込んでいます。

 

「うん……確かに、変だね。今日は、ゼロには任務は無かったはずだけど……」

 

エックスも首を傾げます。

 

「また、居眠りしてイヤな夢でも見たんじゃない? ほら、前にもさ、『見渡す限りの荒野で、別人みたいになったエックスが、イレギュラーを排除せよ……って機械的に繰り返しながらオレを撃った』とか言ってたじゃん。」

「えっ、そうだっけ? ……っていうか、ひどい夢だなソレ!」

 

二人が噂しているのが聞こえたのか、ゼロがうなだれたままで呟きました。

 

「エックス、アクセル……オレは……今まで、自分のふがいなさに、これほど失望したことは無い……」

「え?」「ど、どうしたの?」

 

エックスとアクセルは驚いて顔を見合わせ、おそるおそる、立ち上がってゼロに近づきました。

ゼロは彼らを見上げ、弱々しくこう言いました。

 

「オレは、イレギュラーやバグとなら、幾らでも、いつまででも戦える……敵なんか怖くない……でも、そのオレは、彼女へのプレゼント選びに臆して逃げる男なんだ……! このままでは、合わせる顔も無い……!」

「彼女? ……あ、アイリスなら、ちょうど来たよ。」

 

 

 

 

「なに?」

 

エックスの言葉に、ゼロは慌てて振り返りました。

言われた通り、そこには、ダイブアーマーをまとったアイリスの姿がありました。

 

彼女は、三人を見てにっこりしました。

 

「あら、みんなお揃いね。お疲れ様!」

「ア、アイリス……!」

 

ゼロは、思わず立ち上がって言いました。

 

「その格好……ダイブアーマーが必要なほど、危険な任務だったのか?」

「え?」

 

アイリスは一瞬、きょとんとしました。

 

「ううん、それほどでもないわ。"プレーヤ"さんが、コレを気に入ってるみたいなの。」

「そ、そうか。それならいいが……くれぐれも、ムチャはしないようにしてくれ。キミに、もしものことがあったらと思うと……」

「うふふ、ゼロったら。ありがとう、私は大丈夫よ。」

 

エックスとアクセルは笑ってうなずき合い、テーブルに戻りました。

ゼロは、自販機で二人分の飲み物を買い、一つをアイリスに渡しました。

 

「ありがとう。……クリスマスイブも、もうすぐね。」

 

アイリスが、ちょっと頬を赤くしながら言いました。

 

 

 

 

「ああ。お互い、任務が早く終わるといいな。終わったら、まずはここの屋上で待ち合わせよう。」

「ええ、そうしましょう。楽しみだわ。……ゼロ、あなたも任務でムチャをしないでね。」

「うむ、大丈夫だ。」

 

やがてアイリスは、ゼロに買ってもらったドリンクの缶を両手で大切そうに抱えながら、休憩所を出ていきました。

それを見送ってから、ゼロは、力強い足取りでエックスとアクセルのテーブルにやってきました――彼の顔には、再び、いつもの自信に満ちた表情が戻っていました。

 

「お帰り、ゼロ。復活できた?」

 

アクセルが、ニヤニヤしながら言います。

ゼロは、うなずいて答えました。

 

「ああ。オレは、もう逃げない。彼女の笑顔のために、必ず、最高のプレゼントを用意する!」

 

エックスも、ほっとして言いました。

 

「よかった。それでこそ、ゼロだよ。大丈夫、キミならきっとできる。オレたちも手伝うからさ。」

「ちょいと、ちょいと! アタイたちを忘れてもらっちゃ困るんだけど!」

「もー、ゼロさん、お話の途中で消えたらダメなのです! ダイナシさんのお仕事が台無しになっちゃうのです!」

 

 

 

 

にぎやかな声とともに、アイリスと入れ替わるように、さっき置いていかれてしまったマリノとシナモンが入ってきました。

二人は、アクセサリーのカタログらしいものを手にしています。

 

ゼロは、思わず苦笑しました。

 

「はは、追ってきてくれたのか。」

「モチのロン! ほら、ダイナモから、資料も借りてきたからね!」

「エックスさん、アクセルさん、一緒にゼロさんのプレゼント選びを成功させるのです!」

「これは話が早いぞ。」「善は急げだもんね!」

 

エックスとアクセルも、すっかり乗り気。

こうしてゼロは、頼もしい四人の仲間から、改めて、アクセサリーについての教えをじっくりと受けることになりました。

 

各人の好みはあるものの、高級なブランド品が存在すること(「科学者が実験室で作っているわけではないのか……」)。

ネックレスやブレスレットや指輪など、着ける場所によって種類が分けられること(「一つでどこにでも、というわけにはいかんのだな……」)。

 

飾りに使われる石、チェーンに使われる金属にも、さまざまなものがあること(「頑丈さは求められんのか……?」)。

初めてのことばかりで戸惑っていたゼロも、みんなのおかげで、次はダイナモの店から逃げ出さずにいられるくらいの知識を身につけることができました。

 

何よりも彼にとって心強かったのは、ヴィアも言っていた、『値段よりも気持ちが大事』ということを、四人も言ってくれたことでした。

 

 

 

 

「ありがとう、みんな。キミたちのおかげで、新しい知識と勇気を持てた。」

 

ゼロは、心からの感謝を表しました。

マリノとシナモンは得意そうです。

 

「いいって、いいって。後はあんた次第だよ。アイリスのハート、しっかり掴んできなよ!」

「ゼロさんが心を込めて選んだプレゼントなら、必ずアイリスさんに伝わるのです! 頑張ってください!」

 

こうして、女性二人が意気揚々と引き上げたのち、ゼロはエックスとアクセルに訊いてみることにしました。

 

「ちなみに、キミたちはイブをどう過ごす? エイリアとパレットに、プレゼントは考えてるのか?」

 

すると、二人は照れながら答えました。

 

「オレは、エイリアの希望で、コスメ専門店に行くんだ。この冬限定のネイルやアイシャドウを試してみたいんだって。彼女はそういうのが好きだから、プレゼントには、ミニチュア香水のコフレを用意してるよ。」

「あ、ボクたちはね、まず屋内スケートリンク! それから、新しくできたスフレパンケーキのお店に行くんだ。本当はボク、行列は苦手なんだけど、パレットはへっちゃらだってさ。だから、並んでる間寒くないように、バラクラバをプレゼントしようと思って。」

 

 

 

 

「……そ、そうか。楽しく過ごせるといいな。」

 

エックスもアクセルも、まだまだゼロにとっては未知の世界のことを、たくさん知っているようです。

 

「やはり、オレには、まだ修行が足りんな……」

 

 

その頃。

華やかさを増す街の隅で、黒い負の感情に満ちた影たちが、密かに、一人また一人と立ち上がっていたのです。

 

「クリスマス……バレンタインデー、ホワイトデー……全てのイベントにおいて、"リア充"は常に勝ち誇っている……」

「劣った者は消え、優れた者が生き残るのは自然の法則だ。だが……それも、もうこれまでだ!」

「オレたちは、目覚めたんだ。いつまでも、"リア充"をうらやむ必要など無いことにな!」

「そうだ……オレもそう思ってたんだ!」

「"リア充"など、恐るるに足らん存在だ!」

「オレたちが、この電脳世界の主役になるんだ!」

「我が同志たちよ、時は来た!」

「"リア充"など、不完全で弱いイレギュラーに過ぎん!」

「真のイレギュラー、"リア充"を抹消せよ!」

 

 

 

(続く)



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