もしBanG Dream!のヒロインと付き合っていたら… (エノキノコ)
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もし紗夜さんと付き合っていたら…
8月も終わるという日の夜、
これが9月の半ばまで続くとニュースキャスターが朝のテレビで言っていた時は、冷房が充分に行き渡ったリビングにいたのでなんとなく聞き流していたのだが、実際に外に出て被害を受けると暑さが去る9月に…いっそのこと過ごしやすい10月くらいが早く訪れるのを願わずにはいられない。
そんなことを熱でダウンしかけた頭で考えながら、さっき自販機で買ったばかりなのにもう温くなった飲料水を
去年までの自分なら、そんなことは意に介さずにバイトを入れたり、部屋で
「こんばんは」
かたんかたん、という足音とともに、待ちに待った声が聞こえてくる。
遠くからでも見える祭りの光から視線を切り離して声のした方を向くと、そこにはちょうど1年前に付き合い始めた彼女、
「もしかして待たせてしまいましたか?」
気が早まりすぎて約束の30分前には来ていたが、漫画の主人公のように今来たところと言うことを、この場に着いてすぐに決めていた。
そんな用意していた台詞を口にするに絶好のチャンスである問いかけは、右から左に流れてしまった。なぜなら、彼女の服装が見慣れた私服や彼女の通う高校の制服ではなく、夏の風物詩とも言える浴衣だったからだ。
淡い水色に黄色や青で
どんなモデルや女優が同じ浴衣を着ても、絶対に彼女よりは着こなせない。そう確信できるほどに調和された美しさにただ見惚れていると、彼女は少し心配そうな表情でこちらを覗き込んだ。
「・・・汗も酷いですし、顔も赤いです…もしかして熱中症!?今救急車を呼びますから座って安静に—」
持っていた巾着からスマホを取り出す彼女を慌てて制し、羞恥心を押しやって着物姿に見惚れてたと素直に伝える。
焦りでいっぱいだった彼女の顔が一瞬きょとんとしてから、みるみる赤に染まっていく。
「そ、その…ありがとう、ございます…」
結果、彼女を見つめる形で動きを停止してしまい、耳まで朱色に染めている彼女はこちらの視線に困ったように瞳を左右させる。
「じ、時間もありませんし、屋台を回りに行きましょう!」
我に返ってこくこく頷くこちらに、紗夜さんは
実はこのように手を繋ぎ始めたのはわりと最近で、その時は例外なく表情が固くなってしまっていた彼女が慣れつつあることに内心ホッとしてから、楽しげな声と太鼓の音が混じって聞こえてくる商店街中央へ、どこか浮き足立っている彼女と並んで歩き始めた。
祭りのために設置されていたテーブルが使えればよかったのだが、どこも満席で空く気配もなかったため、
ここまでの
そのため、比較的空いていた焼きそばとたこ焼き、わたあめにラムネをふたつずつ買って可能な限り迅速に戻ると、射的で手に入れていた大きな犬のぬいぐるみを抱きしめていた彼女は、少し大きく開いた瞳でこちらを映した。
「そこまで急がなくても…そんなにお腹が空いていたんですか?」
ここで君が心配だったから、と言ったらさっきのように顔を赤めてお礼を言ってくれそうだと気付いてかなり葛藤したが、そこまで恩着せがましくはなりたくないので代わりにひとつの頷きを返すと、彼女は呆れを混ぜた苦笑を優しい微笑に変えた。
「それでは早速食べましょうか。貰ってもいいですか?」
紙袋に入れてもらった長方形のプラスチックパックと、プラスチックの蓋がされた
「ちょっと失礼しますね」
どうやって割り箸を割ろうか四苦八苦していた時、紗夜さんがこちらの膝に乗っていた焼きそばを左手に持ち、さっきまで自分のを食べるのに使っていたであろう割り箸で茶色い中華麺を掴んでこちらへと向けてきた。
普段の彼女からは想像できないほど大胆な行動に、周囲の人々から容赦なく視線が降り注いでくる。嫉妬と憎悪が大多数を占めるその視線に気付いていないと思われる紗夜さんは、不思議そうにしながらも体制を崩さずこちらが食べるのを待っていた。
この行為がいかに大胆なことかを伝えるべきか否かを、コンマ数秒の中で考えた。多分無意識のうちにしている行動なのだから、少し触れればすぐに頬を赤くして手を引っ込めることは想像に
しかし、その場合は彼女が食べ終わるまで左手が空かない関係上、こちらが焼きそばやたこ焼きにありつけない。彼女のためならば1時間も満たない時間くらい空腹など耐えれないわけないが、空っぽの胃袋が行儀良く待っていられるかは確証がないし、盛大に鳴ってしまえば彼女は多少なりとも罪悪感を感じてしまう。別にそんなことで心を痛めなくてもいいと思うのだが、小さなことでも負い目に感じてしまうほど、彼女が真面目で優しい性格なことを知っている。
そんな思考を重ねた結果、羞恥心を蹴り飛ばして彼女の差し出す焼きそばを
濃いめのソースが絡まった細麺とキャベツや豚肉は
「美味しいですか?」
彼女の問いかけにこちらが深く頷くと、嬉しそうな笑みを溢してから再び焼きそばを差し出してくる。
周囲の天井無しに登っていく
それから、焼きそばがたこ焼きに変わり、再び焼きそばになったところで彼女の手は止まった。
正確にはこちらが、これ以上食べたら紗夜さんの分がなくなるからと必死に制止したからなのだが、少し不満げな彼女の表情を見ると、止めなかったら全部自分が食べさせられていたのではと思わずにはいられなかった。
肌から黒い感情が外れていくのにほっとしつつ目の当たりにした紗夜さんの音を立てない上品な食べ方は、とてもじゃないが屋台の焼きそばを食べる作法ではなく、高級レストランにいるお金持ちを連想させる。彼女の貴族のような綺麗な風貌ならなおさら—
そんなことを考えながら彼女の横顔を見ていると、突然紗夜さんの動きが止まった。じっと見られるのが嫌だったのかと思って視線を外そうとしたが、彼女の視界がこちらを映すことなく箸を見つめ続けていることで全てを察し、使われないと思っていた右手の割り箸をそっと差し出す。
彼女は小さな、とても小さなお礼を呟いてからそれを受け取り、代わりにさっきまで使っていた箸をこちらに渡す。
彼女の手に握られた箸は、こちらの手にある綺麗に割れた箸とは違い、頭の部分が
紗夜さんは黙々と箸を動かし、デザートとして取って置いたわたあめを受け取ったあとも、ひと言も話すことはなかった。
それが不機嫌だからではなく、十数センチの間に流れる濃密な気まずい空気の所為なのを、同じ理由で白い綿菓子を頬張ることしかできないこちらも理解しているが、せっかくのデートがこのまま終わるのも嫌なのでなんとかできないかラムネを飲みながら考えていると、遠い
「あの…これはどうやって開けるのでしょうか」
紗夜さんは青い半透明の瓶を両手で控えめに持ち上げて訊ねてくる。
瓶を受け取り、小学生の頃よく飲んでいただけあって覚えている開け方を披露して再び紗夜さんの手元に戻すと、お礼を述べた彼女は
「あ、あの…!さっきはすみませんでした!こういうお祭りに来るのは初めてで舞い上がってしまって…」
今日彼女のテンションが高い理由に得心しつつ、子供の頃に行かなかったのかと訊ねてみる。すると彼女は、少し
「私が小学1年生の時、運動会や遠足が雨で延期になったり、振替日にも雨が降って中止になったりしたんです。でも、2年生の遠足は私は熱で行けなくて…その日は雲ひとつ無い晴天で…その時から、私がなにか行動を起こしたら雨が降ってしまう、そう思うようになったんです」
黒い過去を告白した紗夜さんは、自身の手を膝の上に下ろす。その手を、気付かぬうちに握っていた。
驚く紗夜さんの顔をしっかりと見据えながら、瓶を握っているせいで少し冷えている手のひらを温めつつ、言う。
──じゃあ、今日は雨降らなくて良かったね──と。
この言葉のあとに流れた静寂と、きょとんとした紗夜さんの顔を見て、自身が盛大に滑ったことを自覚させられた。
顔が人生最大級に熱くなるのを意識しながら、彼女から目を逸らす。肝心なところで上手くやれない自分に心底嫌気が差していると、短い笑い声が隣から聞こえてきた。
「ふふっ、そうですね。本当に晴れてよかったです」
悲しそうな顔をしていた彼女を、笑わせられただけでも上出来か。そう納得しかけた時、大きな炸裂音が響く。
雲ひとつ無い星空を見上げると、そこには赤と黄の花弁を持った大輪が咲いていた。
その
それからも次々と夜空を彩る花たちに見入っていたが、ふとした時に、隣の彼女が気になり視線を揺らす。
今日、彼女はよく笑っていたが、花火を瞳に映す彼女は大人びた笑みではなく、子供のようなあどけなさを含んだ笑顔を咲かせていた。
そこから音が止むまで、エメラルドグリーンの髪の少女の横顔にただ見惚れていた。
花火が打ち上げ終わると、祭りの活気は急速に収束していった。片付けを始める屋台の
今までずっと聞こえていた太鼓の音が止んでいることに
「来年も来ましょうね、その時は貴方も浴衣を着て欲しいです」
そんな要望を聞き、思わず苦笑いしてしまう。ひとつ目の願いはこちらこそと即答できるが、残念ながらふたつ目は、家の押し入れに小学生の頃に着ていたものしかない以上難しい。
そんな事実を包み隠さず伝えると、彼女は笑みを深めて言った。
「じゃあ私が選んであげます。今週にでも買いにいきましょう」
それに対しても、こちらは苦笑を浮かべるほかなかった。今年はもうこの手の祭りは近くで開かれないし、来年の浴衣を今買うのは気が早過ぎる。
でも案外今の時期は安売りしているかもしれないとあっさり納得して、今日割と使ったせいで心配な財布の中身を思い出しながら互いの予定を確認しているうちに、あっという間に彼女の家の前に着いた。
真反対にある自宅に帰るべく
紗夜さんは少し迷ったように瞳を揺らしたが、意を決したように頷くと、少し離れていた距離を普段より近い場所まで詰めた。彼女の瞳に映る自身の顔さえ確認できる近さにドギマギしていると、少し早口で彼女が
「きょ、今日は本当にありがとうございました。雨が降るのが怖かったですけど、貴方のおかげで一歩踏み出すことができたんです」
ここでイケてる奴なら
「ですから…これは、お礼です…!」
お礼?サヨさんはなにも持っていない—
そんな思考は背伸びした彼女との触れ合いに、
唇に触れた一瞬の柔らかさに硬直したこちらには目もくれず、「さ、さよなら!」という言葉と共に彼女は家に逃げ込んでいった。ばたんとドアを閉める音が耳に届いても、しばらく思考能力は戻らなかった。
そんな状態で帰路に着いたのにも関わらず事故に遭わなかったのは、幸運以外のなにものでもなかっただろう。
しかし、その代償か、今日の戦利品を全て持って帰ってきたことに寝る直前に気付き、次の日彼女の家に届けに行って死ぬほど気まずかったのはまた別の話。
初めまして、エノキノコです。まずは、この小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
人生初めての小説なので色々欠点はあるでしょうが、少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
次の投稿予定は未定ですが、Roseliaのメンバーは全員やりたいので最後まで付き合ってもらえると嬉しいです。
では、2話目で会いましょう。
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もし友希那さんと付き合っていたら…
若い緑が
普通なら外に出るのが若干
周囲の人たちから変な目で見られていそうだが、そんなことはほとんど意識することもなく、先週から一緒に出かける約束をしていた人物の家に到着する。
急かす気持ちを抑えてインターホンを鳴らし、
風と遊ぶ髪をなだめるように撫でる彼女は絵画のような美しさを
「天気が悪いわね…日を改める?」
その提案に、頭が飛んでいくのではないかというほど大きく首を振った。
彼女は超絶的な実力と人気を併せ持つバンドのボーカルで、練習やライブでスケジュールはほとんど埋まっている。
実際、今日を合わせても一緒に出かけた回数は片手の指の数にも満たないし、今日無理だと次行けるのは来月末辺りになってしまう。
そんな根拠の上必死に拒否するこちらが面白かったのか、彼女は短い笑みを
「冗談よ。私もこれくらいで貴方との時間を先送りにするのは嫌だもの」
ほっと胸を撫で下ろすこちらをもう一度笑ってから、「行きましょう」と一言かけて歩き出す友希那さんの隣に並ぶ。
濃い灰色の
今日行く場所は決めてあると言う友希那さんの案内の元、会話を交えながら駅へと向かう。しかし電車を待つホームや、天候が影響しているのか少し空いている車両の中でも、話題は変わらず音楽関連のものばかりだ。
真剣に音楽と付き合う友希那さんらしいのだが、どれだけ甘く見積もっても素人に毛が生えた程度の知識しかない自分では、
その時は毎回わかりやすい説明をしてくれるが、言葉を選ぶように話す彼女を見ると、どうしても考えてしまうことがある。なぜ、彼女は告白を受けてくれたのか。
彼女は多忙だし、
だからこそ、考えてしまう。そんな輝かしい彼女に、特にこれといったものを持たない自分はふさわしい存在なのかと。
「・・・どうかした?」
彼女の言葉で我に返り、どうにかして口元に笑みを浮かべてかぶりを振る。彼女は一瞬心配そうな顔をしたものの、追求することなくドアの方を指差した。
「次の駅で降りて少し歩くのだけど…平気かしら」
頷きで答えると彼女は下車のために立ち上がり、揺れる車内をドアに向かって進み始める。それを追うために腰を上げた瞬間—
「きゃっ!」
急な減速がかかり、目の前の少女がバランスを崩す。肩を押す大きな重力に逆らって彼女に手を伸ばし、なんとか転倒直前の彼女を抱きとめることに成功した。
大丈夫か訊ねると、腕の中の少女は
慌てて腕を
「謝る必要なんてないわ、貴方は私を助けてくれたんだもの。・・・ありがとう」
穏やかな笑みを浮かべて言われたお礼にぎこちなく返事をすると、それと同時に電車も再び動き出し、緩やかな振動が車内を包む。
今度こそドアの前に移動する彼女の隣に立つと、次の駅が近いことを機械的な声が車内全体に伝えた。
それから駅を出て、ラーメン屋や八百屋などを素通りして歩くこと10分ちょい。猫の肉球やしっぽのデザインが特徴的な看板が屋根の上に立てられている建物の前で、彼女は止まった。
道中あったライブハウスも
しかし、こういう可愛い系統のお店は彼女には少し意外なように思えた。お品書きに書いてあるものを見る限りカフェっぽいが、ここにも猫を
一応、本当にこの場所であっているのか訊ねると、彼女はしっかりと首を縦に振った。
「ええ、ここよ。大丈夫、貴方もきっと気に入るわ」
そう言うとなんの
猫の小物がいっぱいのカウンターを挟んだ女性店員さんは一瞬こちらを見たのち、友希那さんと小声でなにかを話し始めた。
緊張しつつ待機すること数分、話し終えた友希那さんがこちらの
彼女がドアノブを回したのと、自分が彼女の隣に立ったのはほとんど同時で、そこに広がる光景は、なぜこのお店のデザインが猫に
弾力性に
そう、ここはただのカフェではなく、猫カフェだったのだ。
「にゃーんちゃん…!お出迎えしてくれたの?」
そんな思考を、彼女の口から聞いたことのない
ばっ、と音が出る勢いで右を向くと、そこには慣れた手つきで猫を持ち上げて口元を
硬直したこちらを置いて、彼女は猫を抱いたままクッションに座ると、自身の膝に乗せた猫の背中をゆっくりと撫でた。膝の子は嫌がる
「貴方も入っていいのよ」
声をかけられたことでようやく正気に戻り、彼女の近くにあったクッションに腰を下ろす。とはいっても、この手の動物と触れ合う系の場所に来るのは小学生の時に行った動物園くらいなので、どうすればいいのかまるでわからない。
しかし、猫は丸っこい体からは想像できないほどの俊敏さでこちらの手を避けると、低い声で
中途半端に手を伸ばしたままのこちらに、彼女は苦労を思い出すかのような笑みを浮かべる。
「いきなり触ろうとしたらダメよ。にゃーんちゃんのことをよく見て、撫でてもいいか確かめないと」
そう言うと彼女はさっきの猫、彼女で言うところのにゃーんちゃんの頭を数回撫でただけでたちまち白いお腹を
店員さんと親しそうに話していたり、猫が異様なほどに寄ってきていることから考えるに、彼女はきっと常連なのだろう。
経験ゆえの凄技を捉えていた視線が、ほぼ無意識に彼女の横顔へとフォーカスされる。
そこには、彼女が音楽に向けるものとは違う、しかしどこか似ている感情があった。歌っている時の
「・・・どうしたの?」
時間を忘れて彼女を見ていると、流石に視線に気づいた友希那さんが首を
なんでもないと首を振り、彼女の助言を実践するべく周囲に視線を飛ばす。しかし、この部屋にいる猫は全員友希那さんに集まってしまっているのか、彼女の周囲以外には1匹も—
そう確定しかけて
だが、こちらの視線に気付くと、すぐさま部屋の
もしかして猫に嫌われる人種なのかと、軽くへこんでいる自分の隣に、猫1匹を抱いた友希那さんが腰掛ける。肩が触れ合いそうなほどの距離に心拍数が少し上昇し始めたこちらに、彼女は
「・・・あの子は、
沈んだ表情で呟く友希那さんにこちらがなにかを言う前に、彼女の腕の中にいる子が心配するかのようにひと鳴きする。
それにより柔らかな笑みを取り戻した友希那さんは、言葉をかけることもできなかった情けないこちらより、何倍も気が利く猫を差し出した。
「ごめんなさい、暗い話をしてしまって。私が言いたかったのは、あの子に嫌われてるのは貴方のせいじゃないってことよ。反対にこの子は人懐っこい性格だから、すぐに仲良くなれるはずだわ」
じっとこちらを見つめる黒い瞳には、敵意の色は
確かに、この子とならすぐに打ち解けることができそうだ。でも—
彼女に謝罪の言葉を口にしてから、隅に固まっているあの子と仲良くなりたい
拒絶されなかったことに安堵しつつ、部屋の隅で縮こまる灰色の子へと歩み寄る。
少し距離を空けたところに座ると、その子はびくりと体を震わせたものの、逃げ出そうとはしなかった。
・・・やはり、この子は根っこでは誰かと関わりたいのだ。だが、それを今までの恐怖が許容しないのだろう。
でも、この子はさっき勇気を振り絞ってこちらと関わろうとした。恐怖を乗り越えようとした。その小さな勇気を、取りこぼさないようにしてあげれば、もしかすれば。
背を壁につけ、両足を伸ばした体勢で、正面に視線を固定したまま待機する。すると、左側からなにかが動くのを感じれた。
それは本当にゆっくりな速度で、しかし確実に近づいてきて…いる気がする。自分の目で
やがて隣にたどり着いたと思われる灰色の子は、しばらくそこに留まり続けた。
触ってもいいのかわからず動かないままのこちらの膝に、なにやら柔らかいものがわずかな重量を伝えてくる。それが触れていいサインなのかどうか考えるこちらの耳に、控えめな、しかし、今まで聞いたどんな同種の動物のものより綺麗な鳴き声が届いた。
音源である膝元に視線を下ろすと、小さな金色の瞳がこちらを見上げていた。もう一度同じように鳴くと、少しだけ頭を下げる。
なにを要求されているのかなんとなく汲み取れたので、右手を持ち上げて頭を撫でてみた。
自分でもわかるほどぎこちない動きだったが、灰色の子は気持ちよさそうに眼を細めると、ごろりと横たわった。
右手を今度は丸くなった背中の
「貴方…やっぱり凄いわね」
あのあと、いつのまにか窓から差し込む陽光が純白から
その意味がわからず首を傾げてしまうこちらを見た彼女は、どこか悔しそうな笑みを浮かべた。
「あの子、私がいくら頑張っても懐いてくれなかったのよ。それなのに貴方はすぐに仲良くなるなんて」
そうぼやく彼女に、友希那さんでもできたと、掛け値ない本音を口にするが、彼女はさっとかぶりを振った。
「わかるの。あの子はきっと、優しく寄り添ってくれたから心を開いたんだと思うわ。・・・昔の私に、貴方がしてくれたように」
夕陽に照らされた銀色と微笑は、息を呑むほど
立ち止まった彼女は、少し遅れて止まったこちらに、瞬きひとつで真剣な光を纏わせた瞳でしっかりこちらを
「・・・だから、私も貴方の力になりたいの。なんで時々思い悩んだような顔をするのか、教えてくれない?」
・・・自分的には隠し通せていた気でいたのだが、どうやら彼女にはバレていたらしい。本当のことを言うべきか悩んだが、残念ながら彼女が納得できそうな理由を思いつくことができなかったので、意を決して口を開く。
そうして、自身が友希那さんの相手として釣り合うかどうかで悩んでいたことを打ち明けると、彼女は呆れたような、怒っているかのような顔をした。
「・・・貴方は自分を無能だと決めつけてるけど、少なくとも私は、貴方がどんな人よりもすごいものを持っている人だって知ってる。だから貴方が私と釣り合ってないなんて
それに思わず、友希那さんよりかと、他ならぬ本人に訊ねてしまう。
彼女は少し驚きながらもすぐに首を縦に降るので、立て続けにそれがなんなのかも訊いたが、今度は左右にきっぱりと振られてしまう。
「さあ、なんなのかしらね」
そう言って駅の方へ歩いて行ってしまう友希那さんに再び訊ねようと思ったが、しばらくは彼女の隣で考えてみようと思い直して、揺れる銀色を追いかけた。
オレンジ一色の空のように、胸の中にはもう濁った色はかけらもなかった。
こんにちは、エノキノコです。まずは最後までこの小説を読んでいただきありがとうございます。
嬉しいことにたくさんの人の目に前回の話が留まっていただけたので、それに応えるべく頑張って執筆したのですが…いかがだったでしょうか?前回と比べるとラブコメ成分が薄めですが、少しでも楽しんでもらえれば幸いです。
そして、前回の話でひとつ謝罪したい件があるのですが…ヒロインである氷川紗夜さんの名字の振り仮名を《ひかわ》ではなく《ひょうかわ》と間違えてしまう渾身のミスをしました…。誠に申し訳ございません!次からは気を付けます…!
次の投稿は遅くても来週の同じ時間にできると思います。
最後に、星9という高評価を付けてくれたkasasiさん、むら₂₄_(๑˃̵ᴗ˂̵)و♥♥♥さん(期待に添えるよう頑張ります!)、お気に入り登録をしてくださったみなさん(想像以上に多かったので、失礼ながら名前の表記は割愛させていただきます。ごめんなさい…!)、紗夜さんの名字を指摘してくれたハリさん(指摘されなかったら絶対に気付きませんでした…)、そして、長くなってしまった後書きに最後まで付き合ってくれたあなたに、この場を借りてお礼をさせてもらいます。ありがとうございました!
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もしりんりんと付き合っていたら…
今日の気候は雲ひとつない
理由はいたって単純、黒に近い茶色の岩肌が、
眠気を誘ってくる
その代わり、地面は人の手が全く加えられていない証に
今日のように天候が良好な日くらい、じめじめした洞窟に潜るのではなく街でのんびりしたかったと、未練がましい思考を頭の中に漂わせていると、まるでそれを見抜いたかのように、隣を歩く黒髪の少女が口元に苦笑を滲ませた。
「そんな、わかりやすく…拗ねないで、ください…。今度…一緒に、ピクニック…行って、あげますから…」
旅のパートナーであり、人生の伴侶でもある少女、
ここの最深部には
言ってしまえばただの石っころにそんな値段が付いているのは、単純に希少性が高いことがひとつ。ある場所でその鉱石が取れると、そこでは2度と入手できなくなり、一定の時間を置いたあと世界のどこかに音もなく現れる。
そして2つ目の理由に、鉱石とこちらを挟む形で、必ず
その怪物は龍だったり巨人だったり獣だったりと様々な見た目をしているのだが、唯一の共通点として鬼のように強いという特徴を持っている。どれくらい強いかというと、50人の
そんな相手にたった2人で挑むのは自殺行為に等しいのだが、決して勝算が無いわけではない。隣の女性が持つ1本の杖がなによりの証拠だ。
もちろん守護者とも出くわしたのだが、あの時は本当に幸運だった。
相手が単純な物理攻撃しかしてこなかったこと。それを自分1人で
それが、旅の経験と実力を上回る方、りんりんの方が持つべきだというこちらの意見と反発して、最終的にこちらが折れたふりをして武器屋に鉱石を持ち込み、魔法使いである彼女の
杖を見せた時彼女はすごく怒り、丸1日口を聞いてくれなかったが、なんとか謝り倒して怒りの炎を
それだけで守護者相手に
どうやら彼女は、こちらに内緒で鉱石が次現れる場所を探していたらしい。冒険に行こうと言われるまま彼女に付いて行き、ここの入り口で鉱石の話をされた時にはまさかと思ったが、ここを見つけるまでの道のりを聞かされたら納得せざるを得なかった。
・・・まあ、もらえるなら両手を上げて受け取りたい。あの鉱石で作った武器はその希少さに見合った性能をしているので、欲しくない奴などいるはずがない。
しかし、欲しいと思ったら手に入るほど、あれの価値は軽くない。いくら場所を突き止めたところで、守護者の形状によっては軽く
それをりんりんに
型はオーソドックスな人型だが、大きさが
さっきの
「あのゴーレムの…攻撃、パターンは…両手の、パンチ…と、足による…スタンプ…あとは、正面に、留まり続けると…足で払ってくる…ので…気を付けて…ください…」
お礼を言いつつ、もらった情報を頭の中で反復する。確かにこれなら、自分が引き付け続ければ遠距離の魔法で
それを訊ねる前に彼女は部屋へ踏み込んで行ってしまうので、戦闘が終わったあと訊こうと疑問を頭の
まるでこちらが部屋に入るのを待っていたかのように、ゴーレムが眼を赤く輝かせて大きな
それに
ゴーレムは口を閉じ、
左に飛んで回避すると、文字通りの鉄拳が地面を
揺れがある程度収まったと同時に着地し、転ばないようしっかりと地面を踏みしめながら、挨拶代わりの軽い攻撃を左ふくらはぎの側面に繰り出す。
鉄筋コンクリートを素手で殴ったような手応えの無さに思わず短く舌を鳴らした直後、後方から赤い熱の塊が複数飛んでくる。それらは全てゴーレムの顔にぶつかり、ゴーレムは数歩
魔法はある程度効いているのを感じつつ、敵の隙に半ば勝手に身体が動いて、自身が使える中でかなり高等な技を放つ。
さっきよりかはかなりマシな手応えと共に、赤い眼が憎らしげにこちらを見下ろした瞬間、氷の
今度は手を顔に持っていくことも、下がることもなかった鉄の巨人は、視線を遠くで呪文を唱える女性へ向けた。
基本的に相手の攻撃対象の決定方法は、<攻撃の種類>と<ダメージの量>によって決まる。
普通は魔法より物理の方が相手の意識を奪えるのだが、魔法ダメージの割合が高く、物理のダメージが低いと今回のように
慌てて小技を数度連続して左足に打ち込むと、敵の意識がこちらに戻る。ほっと一息つく
先の魔法と同じく基本的な魔法なのだが、杖のおかげでそこらの魔法使いが使える最大魔法と同等以上の威力が出ている。しかしこの場合、倒す時間は大幅に短縮される代わりに、敵の意識がこちらから離れることが増えることを意味している。
普段より攻撃の回転を上げる必要があることを感じながら、後方の魔法使いに向かって右足を踏み出す巨人へと、攻撃を繰り出した。
それからは何回か敵の意識がりんりんに向いてしまうことがあったが、遠距離技を持たないゴーレムが彼女を
そして、あと少しで倒せる、ゴーレムの焦るような動きからそう感じ取りつつも、油断せず武器を握り直した時、リンリンから鋭い指示が飛んできた。
「下がってください…!!」
珍しい彼女の大声に内心驚きながら、指示通りに後ろへ下がる。
急に距離を開けたこちらに鉄の巨人が怒号を上げながら踏み出した右足に、左足が続くことはなかった。
奴の足元に巨大な魔法陣が
おそらくりんりんは、大技を当てれば倒し切れると踏んだのだろう。実際、さっきまでの怒りの
しかし、こちらが理想的な想像をし過ぎたのか、それとも守護者たる者の意地なのか、竜巻を
強者が死に
りんりんは接近してくる前に魔法の追撃でとどめを刺すつもりなのだ。なら、前衛の自分は少しでも相手の進行を遅らせ、詠唱の時間を稼ぐ。
瞬時にそう判断し、思い切り地面を蹴り飛ばそうとした直前、とてつもない違和感が足を
こちらが思考に費やした数秒のあいだに、ゴーレムは次の一歩を踏み出すどころか身動きひとつしていない。そもそも、りんりんに襲いかかろうとした時は奴は必ず右足から入ったはずだ。しかし、踏み出されたのは左足、そして両眼から放たれている血のような赤色が洞窟を包み込んでいく…。
鉄の巨人がなにをしようとしているのかわかってしまい、すぐさま進路を前方から背後に変えた。彼女も敵の異変に気付いたのか、詠唱の速度が急減速していくが、声を張り上げて詠唱を続けるよう伝える。
彼女との距離が5メートルを切ったところでゴーレムと相対すると、それを待っていたかのようにひときわ激しい光が瞬き、こちらへと凄まじい速度で迫ってくる。やはり、危惧した通りの熱線攻撃だった。回避するなら、今すぐ左右どちらかに跳ばなくては間に合わない。
しかし、そんな選択肢は頭の中に存在すらしなかった。
彼女を守る、それが自身がすべき唯一のことだから。
盾代わりにした武器に高熱の弾丸が触れた瞬間、爆発が身を焼き、身体が天井まで吹き飛ばされる。上昇は音のように早かったのに、落下はやけに遅く感じた。
なによりも安らぎを与えてくれるその声を、最後の瞬間まで魂に刻みつける。長い長い降下が終わり、地面に叩き落とされるのを最後に、意識がブラックアウトした。
ぎしりと音を鳴らして背もたれに寄りかかると、完全なる漆黒に塗り潰されたPCの画面、そこに赤いフォントででかでかと表記された[You are dead]の英文にちらりと視線をやってから、
MMORPGである<ネオ・ファンタジー・オンライン>、通称<NFO>の死亡画面を見るのは結構久しぶりだ。操作に慣れ、装備も上質なものを揃えた頃からめっきりと見る機会は減っていた。
『ご、ごめんなさい…!!わたし、のせいで…』
今にも泣き出しそうな彼女に慌てて大丈夫だと伝え、鉱石は手に入ったか訊ねる。
『ちょっと、待ってください…』
そう呟いたあと、少し間を置いてヘッドホンから歓喜の声が漏れ出てくる。
ちゃんと入手できたと喜ぶりんりんと武器屋の前で合流するのを約束して、
街を移動するこちらとは違い、りんりんはフィールドから戻ってくるので少し待つと思っていたのだが、なぜか彼女の方が先に着いていた。
どうやって戻ってきたのか訊ねると、最近転移魔法なるものを取得したのだと、少し自慢げに教えてくれた。
それならこちらより早かったのは納得だが、同時に、なんで行きにその魔法を使わなかったのだろうと新たな疑問が浮かんでくる。
消費MPが多いのかなと、勝手に想像しているうちに彼女は武器屋に入り、杖を手がけてくれたプレイヤーに例の鉱石を渡す。その人はチャットで、この鉱石を2度も仕事で使えるとは思わなかったと驚いていた。
それに対してりんりんが、[彼が一緒だったおかげです( ´ ▽ ` )]と答えるものだから、思わず口元が緩んでしまう。
幸い、ビデオ通話をしているわけではないので顔を見られる心配はないが、そうやって油断していると文章に
自室の時計は午後8時を過ぎたことを示していて、いつもならレベリングやスキルの熟練度上げにフィールドへ繰り出す時間帯なのだが、今日はボス戦で少し疲れているし、自主的に言い出す気にはならなかったのでリンリンに合わせようと、これからどうするかマイクを通して訊ねた。
すると、彼女は少し黙り込んでから、やや
『あ、あの…!今から…会えません、か…?』
いきなりの誘いに驚いたが、特に予定もないので承諾する。
安心したように息をつく音が聞こえたのち、『じゃあ…いつもの、場所で…待ってます…!』という言葉を最後に、画面の女性が姿を消した。
こちらも彼女と同じように自身の分身を異世界から一時的に消滅させると、適当に上着を羽織って待ち合わせ場所まで走る。
彼女と夜に会うこと自体は初めてなわけではない。人混みを好まない彼女は、静かに過ごしたい時に夜の公園で話そうと誘ってくれる。
その時間は2人の空間を邪魔されない自分も好きな時間なのだが、いつもは3日前くらいに、遅くても前日には予定を訊ねてくるので、当日の、しかも直前にお願いされたのは初めてだった。
わりと距離のある公園までの道のりをバテるぎりぎりの速度で駆け抜けて、たどり着いた小さな公園のベンチには、画面の中にいた少女が魔法使いのロープではなく、白いワンピースを着て座っていた。
目立った柄はなにひとつないが、白いフリルが膝下まで丈のあるスカートなどを効果的に飾り付けていて、ドレスのような印象を感じさせる。星夜のわずかな光に照らされた横顔は、画面の中にいた彼女の分身の何倍も美しいが、どこか悲しそうな色が浮かんでいた。
少し乱れた呼吸を整え、彼女の名前を呼ぶ。弾かれたようにこちらを向いて立ち上がったりんりんは足早に近づいてくると、限界まで腰を折り曲げた。
「ご、ごめんなさい…!!わたしの、わがままに…付き合わせてしまって…」
いきなり過ぎてついていけないこちらに、彼女はよくわからない謝罪を口にする。
混乱した頭でなんとか考えてみるものの、わがままなんて言われた覚えはない。強いて言うのならこの呼び出しが該当するのだろうが、こちらはそんなふうに捉えていないし、そうじゃないとしてもちょっと大袈裟すぎる気がする。
それを伝えても、彼女は顔を上げてはくれなかった。代わりに、
「今日の、戦いも…わたしが…無理やり、連れ出した…のに…わたしが…決着を、急いだせいで…あなたが…死ん、じゃって…迷惑、だって…わかっても…直接…謝り、たかった、んです…あなたに…嫌われたら…わたし、わたし…!」
それ以上は言葉にならないと
だから代わりに、彼女の肩に触れて上体を起こさせると、濡れた紫の瞳を
—どんなことがあっても、自分は燐子のことを嫌いになんてならない—と。
彼女は止まりかけていた大粒の涙をぽろぽろと溢しながら、胸に飛び込んでくる。
子供のように泣きじゃくる少女の背を、ゆっくりと撫でた。胸を濡らす涙が枯れるまで、夜に響く嗚咽が止むまで、ずっと。
泣き止んだりんりんの手を引き、さっき彼女が座っていたベンチに並んで座ってから、彼女との間には会話どころか言葉のひとつすら行き交わなかった。
理由は、さっきの言動が今更恥ずかしくなってきたからだ。
もちろん、彼女に伝えた言葉は掛け値無しの本心だが、よく考えたら…いや、そんなに考えなくてもかなりクサい台詞だったのは明白で、さらには今までりんりん呼びだったのを勢いで下の名前で呼んでしまった。
そして、1番怖いのは彼女もさっきからひと言も喋らないことである。もしかして気付かぬうちに
謝った方がいいのか頭を悩ませていると、しばらく続いていた沈黙が、隣の少女によって破られた。
「・・・あの、ひとつだけ…お願い、してもいいですか…?」
なにを要求されるかまるでわからないままなし崩し的に頷くと、彼女は少し
「もう、一回だけ…下の名前で、呼んで…くれませんか…?」
予想だにもしていなかった願いに変な声が出てしまう。それを拒否と受け取ったか、彼女は顔を真っ赤にして座ったまま頭を下げた。
「すみません…!やっぱり、嫌…ですよね…」
みるみる
ぎこちなく発された名前が耳に入った
そんな密かな企みを知らない彼女は
いくら春とはいえ、夜はまだ冷える。大して
彼女に着せるために上着を脱ごうとすると、燐子はそれを察して大きく首を振った。
「だ、大丈夫です…これくらいなら、我慢でき…へくちっ!」
可愛らしいくしゃみをする彼女に言わんこっちゃないと思ってしまう。
脱いだ上着を彼女に渡そうとしたが、再び吹いた風に今度はこちらが盛大なくしゃみをしてしまった。彼女は「だから…大丈夫…って、言ったのに…」と呟いたのち、少し考え込んでから赤くなりつつも真剣な眼差しをこちらに向けた。
「ふ、2人で…温まる、方法が…あるんですけど…手伝って、くれますか…?」
そんな方法があるのかと、深く考えずに頷く。すると彼女は、なぜか足を少し開いてくれとお願いしてくるので、疑問に思いながらも注文通りに足を開く。
彼女はお礼を言ったものの、迷ったように視線を左右させたが、やがてガタリと立ち上がり、再び座った。隣ではなく、スペースの空いたこちらの前に。
胸を彼女の長い黒髪がくすぐってきたが、そんな
こちらを向いた燐子が、頰に朱色を宿しながら期待するかのような瞳を向けてきたからだ。彼女がなにを期待しているのかは、なんとなくわかる。わかるのだが…下の名前も呼ぶのにひと苦労している自分が、それを実行できるかどうかはまた別の問題だった。
どうしようか悩んでいると、彼女が2回目のくしゃみをするので、ええいままよと両手を持ち上げ、
彼女は一回大きく身体を震わせたが、幸い嫌がる様子もなく目を細めた。彼女の髪から香るフローラルの香りや、女子特有の体の柔らかさから意識を遠ざけるべく、NFOのスキル構成やイベントの走る予定などを全力で考えていると、思考の海に潜る自分を燐子のひと言が引きずり出す。
「温かいですね…」
むしろ暑いくらいだということは口にせず、こくこく頷くと、彼女は赤い頰を
少しだけこの状況に慣れてきたので、回した腕の力を強めてみる。短い吐息が間近で響き、心拍数を限りなく上昇させる。
もう随分な
こんにちは、エノキノコです。まずは通常の倍近くの量になってしまったこの小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
そして前半、いえ、物語の8割がラブコメ皆無の戦闘描写ですみません!作者的にNFOを舞台にして書きたい欲求があったんですが、現実世界でキャラがPCをかちかちするだけだと迫力に欠けますし、だからといってゲーム内のアバター視点のみで進めるのもどうかと思ったので、前半NFO、後半は現実でのラブコメを書こうと思ったのですが…書いているうちにこんな惨状になってしまい、ガルパ4周年に間に合わせたかったため書き直すこともできず(実際半分ぐらいは作者の貧乏性のせいです…)、こんな偏ったものになってしまいました…。次はラブコメを目一杯詰め込むので大目に見てもらえると幸いです。
次回は3月20日に投稿予定ですが…これも間に合うかは微妙です。ただ間に合うよう全力を尽くしますので、待っていてもらえると嬉しいです。
最後に、星9という充分過ぎるほどの高評価を付けてもらった通りすがりの
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もし日菜ちゃんと付き合っていたら…
ただでさえ冷える1年最後の月、年の瀬という実感などほとんど湧かない時期でも、夜は一層冷え込み体温を奪おうとする。
しかし、
「おーい!早く早くー!」
厚着してきたことを後悔しつつ、荒い呼吸を繰り返しているこちらに、昨日急に出かけようと誘いのメールを送ってきて、説明無しにここまで引っ張ってきた、付き合い始めてある程度
開いた距離を詰められる声量を出すべく息を整えていると、その隙に彼女は「先行くねー!」と疲れを感じない声を響かせてあっという間に背中を小さくした。
そんな彼女に負けじと荷物を背負い直し、疲労が溜まった身体を
そこから実に30分以上かけて頂上に達し、割と混雑している展望スペースの
近くの邪魔にならない場所に望遠鏡を横たえて
「はい、これ」
水分を求めて自販機を探そうと持ち上げられた視界に、透明な水が入ったペットボトルが割り込んでくるので、キャップを持つ指を
なぜ受け取らないのか不思議そうに首をかしげる彼女に文句のひとつでも口にしようか悩んだが、原始的な衝動に
ただのミネラルウォーターがここまで美味く感じるのに軽い感動を覚えていると、隣に座った日菜がいたずらな
どうせ遅れたことに対することでなにか言われるだろうと、
「それ、あたしの飲みかけだよ」
完全に予想外の言葉に、口に出す予定だった反論は意味のない叫びに
「あはははっ!相変わらず面白いな〜」
顔に
頰の
「君は意識し過ぎだってば。あたしたち付き合ってるんだから、間接キスくらい普通でしょ?」
それはそうなのかもしれないが、こちらはさして恋愛経験が豊富なわけではないので、どうしてもドギマギしてしまう。
出したら間違いなく追撃を
右腕に集中した熱が逃げ場を求めるように全身へと回り、それでもなお余りあるエネルギーは肌の色素へと変換される。
赤く染まっていくこちらを見た彼女は再び声を出して笑ったのち、なぜか周囲を見渡した。
「まだ平気っぽいし、しばらく話そうよ。・・・そういえば、前の撮影現場で面白いことがあってねー…」
日菜が楽しそうに話し始めるが、右腕に彼女の身体の感触が
なんとか右腕から意識を外そうとするこちらの努力を、日菜は両手に込める力を強めることで粉々に打ち砕いた。
実に1時間以上の間、右腕は異常な熱を
それから、アイドルの話から星の講座に変わっても、一向に意識の大半は右腕に集中したままだった。
なんとかしようとは思ったものの、話の流れによって不規則に変化する感触をシャットアウトするのは
だが、なんとかこの状況にも少しずつ慣れ始め、彼女が指差す星の光を楽しめるようになってきた頃。日菜は今までの会話でも何度か挟んでいた周りの様子を確認する挙動を見せたのち、急にこちらの腕を解放して立ち上がった。
一度はそれを頼んだはずなのに、いざそうなると
「ちょっとお腹減ったから、なんか買ってくるねー。・・・心配しなくてもちゃんと君の分も買ってくるから平気だって〜」
今回は心情を読まれなかったことに胸を撫で下ろしつつ、これ使ってとポケットから財布を取り出す。
お礼を言って、来た頃より密度を増した人波に飛び込もうとしていた彼女は、なにかを思い出したかのような顔をしてこちらに戻ってくる。
小走りの勢いを落とさずに両手を背に回してきた日菜は、
「戻ってきたらまた腕組んであげるから、それまでこれで我慢してね」
吐息混じりの
身体に
しかし、無意識に残っていた彼女の解説が
時間が過ぎていることすらほとんど意識せずに頭を抱えているうちに、袋片手に戻ってきた日菜がこちらに財布を返したあと、
一向に落ち着かない心臓を
「あたしたちもう付き合って結構経つんだよ?そりゃ無反応よりかは今の君の方がいいけど、もうちょっと慣れて欲しいなー」
昨日だったら反発していたであろう言葉が、
今までは彼女の距離が近過ぎることが原因だったと思っていたが、単純に自身がヘタレなこともあるのかもしれない。
小さく謝罪の言葉を呟くと、彼女は慌てた素振りで首を左右に振った。
「あ、謝って欲しかったわけじゃないよ!ほら、ポテトでも食べて元気出して!」
彼女は袋から取り出したフライドポテトの一本を差し出してくる。ジャンクフード、特にフライドポテトが大好きな彼女が最初の一本を食べさせようとしてきたあたり、自分は相当
少しの気恥ずかしさはあったものの、彼女の
「美味しい?元気出た?」
日菜がこちらの顔を
あっという間に紙で出来た容器を空にした彼女は、袋から新たなポテトを取り出す。ちらりと見えた中には同じような容器が6つほど
緊張で
お礼を言って受け取り、何本か
「そっちも美味しそー…あたしにもちょーだい!」
特に断る理由もないので、瞳を輝かせる彼女の方に入れ物を差し出すが、彼女は自身で取ろうとせずに口を開けて待っている。
食べさせられるのと比べればなんてことないと自身に言い聞かせ、ぎこちない動作でポテトを一本引き抜き、口の近くまで持っていってやると、彼女はこちらの指ごとぱくついた。
指先に今まで感じたことのない感触が襲いかかり、思考が完全に停止する。
首を傾げる少女と見つめ合う形で硬直した意識を引き戻したのは、周囲の歓声だった。「あっ!始まったよ!」とはしゃぐ彼女が指差す空を見上げると、
あっという間に夜空を埋め尽くした光の雨は、今日
最後の一粒が夜空に溶けても、しばらく紺碧を見つめていた自分は、ふと我に返って日菜の方を向いた。
ずっとこちらを見つめていたであろう彼女は、視線が
いつもは赤くなる場面でも、さっきの風景のおかげか、自然に握り返すことができた。
「・・・帰ろっか」
存在を忘れられていたことを抗議するかのような重量感を背に預けていると、日菜は少し残念そうな顔をした。
「結局それ、使わなかったね。せっかく使えるチャンスだったのになー」
学校から引っ張り出してきたと言っていた彼女がちぇー、と口をとんがらせる。
その様子に苦笑しつつ、また来ればいいと伝えると、日菜は意外そうに瞳を見開いた。
そんな彼女の手を急かすように引っ張り、行動とは真逆の
ビックイベントが終わってある程度時間が経過していたからか、
来たばかりに見たものよりずっと強く光って見える星々を見上げているうちに、いつもは話しかけてきそうな日菜が口を開きすらしないことに違和感を感じ、どうかしたのか訊ねると、彼女はほんのりと熱い手のひらをこちらの手に重ねながら、表情の全てを見せないようにそっぽを向きつつぼそりと呟いた。
「なんかいつもと雰囲気違うじゃん。望遠鏡のこととか絶対なんか言われると思ってたのに、調子狂っちゃうよ…」
確かに、いつもの自分なら小言のひとつでも口にすると思うが、そう指摘されても特に怒りや呆れは湧いてこない。
さっきの流星群の効力?本当にそれだけなのか、立ち止まり、自身に問いかけてみる。いつもなら言い逃れする本心は、誤魔化すことなく答えをくれた。
自身の心に深く刻まれたあの夜空は、彼女がいなかったら見れなかった。あの風景を見るきっかけをくれた感謝の念が、いつも以上に彼女に優しくしている理由なのだ。
その思考を流れるままに言葉として紡ぎ、最後に改めてお礼を口にする。それを聞いた彼女は突然手を離すと、真正面から抱きついてきた。いつもの勢いのついたハグではなく、
落ち着いていた鼓動が、徐々に速くなるのを感じる。日菜の顔はこちらの胸に
「ずるいよ…そうやって不意打ちして…」
現在進行形で不意打ちしてきているそちらには言われたくない。そんな反論をしようとしても、口がぎこちなく開閉するだけだった。
思考を声にするのを諦めるのと、彼女が
「でもね、あたしは、カッコいい君も、優しい君も、恥ずかしがってる君も、全部好き。大好き…!」
振り絞るような告白をした彼女は、背に回している腕に力を込め、こちらの胸に顔を隠してしまう。
そんな彼女に、こちらも言うべきことがあった。星の
溶接されたかのような喉から、最初に伝えた時と変わらぬ彼女への想いを告げる。たった一言、それを途切れ途切れになってしまっても、どうにかして繋げ終えると、日菜はばっとこちらを見つめ、続いて大きな笑顔を咲かせる。
散々と輝く太陽のような笑みが胸に満たしてくれた温もりは、流星群がもたらしたものと少し似ていたが、星の群れには感じなかった狂おしいほどの愛おしさを
その感情に突き動かされるまま、彼女の背に腕を回す。少し
冬の寒さを感じさせない温かさを胸の中に収めながら、しばらくのあいだ、
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回は色々初めてのことに挑戦しています。Roselia以外のキャラを書いてみたり、主人公の性格を今までとは違う感じにしてみたり、暗い雰囲気を極力避けてみたりしましたが、成功していたかどうかは読者の皆様に委ねます。もしよければ感想などで教えてもらえると嬉しいです。
今回で3月の分の投稿は一区切り付けようと思っていますが、もしかしたら今月末に1話くらいなら上げられるかもしれません。気長に待ってもらえると助かります。
最後にこの作品に星9を付けてくれたグルッペン閣下さん、依空千夜さん(おかげさまで評価バーに色が…!)、お気に入り登録をしてくれた皆さん(久々に見たらすごく増えていてびっくりしました!)、感想を送ってくれたゆぎさん(執筆の励みになります!)、そして後書きまで全て読んでくれたあなたに感謝を!ありがとうございました!
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もしあこちゃんと付き合っていたら…
穏やかな陽気と柔らかい風は季節の移り目と共に過ぎ去り、空気は水気を存分に吸い始めた。空は日を
こんな日に遊びに出かけようとするなど、普段の行動模範からはあり得ないのだが、今日は例え槍が降っても行かなければならない理由があった。
幸い天気予報は小雨を
道中少しだけ
奥に位置付けられた待ち合わせ場所である映画館の前には、落ち合う人物の姿は見られないので、映画館と隣の雑貨店を区切る白い
「あっ!おーい!!」
待ち人が訪れたことを
身長は150cmに少し届かず、紫の髪を左右に結んだ実年齢より
だが、服装があまりにも様変わりしている。普段は赤や黒を基調とし、チェーンなどの金属アクセが付いた服装を好んで着ているのだが、今日彼女が身に
「どうどう?似合ってる?」
その場でくるくる回る少女に頷き、言葉でも感想を伝えると、彼女は
「わわわっ!」
彼女は腕をバタバタさせてバランスを取ろうとするが、
見た目通り軽いなーと、
「むぅ…せっかくいい感じだったのに…」
尖った口から
「・・・デートは始まったばっかだし、まだチャンスはあるよね」
さっきまでの機嫌が嘘だったかのように彼女は表情に明るさを取り戻すと、こちらの手を取ってぐいぐいと引っ張った。
「早くチケット買いに行こっ!今日もあこが選んでいい?」
その提案に頷きで返すと、彼女は笑みを深めてお礼を言い、手を繋いだまま券売機へと向かってそのパネルを操作する。
映画館に来た時は、基本的に見る作品は彼女に
そんな
それは、超王道のファンタジーアニメの劇場版で、あこが大好きな作品なのだ。
彼女が作品を選択する画面をスクロールし、予想通りの名前をタップ…する寸前、不自然に指を宙に止める。
悩むように
実際あまり納得していなさそうな彼女に、アニメの方を見なくていいのか訊ねると、未練がべったり張り付いた顔で頷く。
「あ、あこだってアニメばっかじゃなくてこういう映画もみるもんっ!」
言葉の勢いのまま彼女は席を選び、こちらが財布を出す前に2人分のお金を機械に入れてしまう。
・・・まあ、本人がそう言うならこれ以上は水を差さないでおこう。
余計な口出しをしてしまったことと、チケット代を出させてしまったことに対するお詫びに、ジュースやポップコーンなどの出費をこちらで出し、同じ映画を見ようと並んでいるであろう人たちが作る列の最後尾に並ぶ。
入場の際にチケットを見たスタッフさんが驚いた顔をしつつ口頭で案内してくれた5番スクリーンの扉を開け、指定された席に座ると、まだ広告すら流れ始めていないにも関わらず、あこはキャラメル味のポップコーンを
幸せそうに目を細める彼女に、こちらも自然と口元が
「あこのキャラメルあげるから、そっちの塩も食べていい?」
その提案を快諾すると、彼女は「やった!」と左右の髪を揺らして喜んだ。
プラスチックで出来たふたを開けて容器の口ぎりぎりの中身を彼女が取りやすい位置に持っていく。ポップコーンをこれまた美味しそうに食べている
大音量で流れる広告映像にはあこを
飲み物を入れるために開けられている穴を意図通りに利用し、背もたれに寄りかかると、肘掛けに放置していた手に小さな温もりが重ねられた。
視線を振った先にいた少女は、暗闇で息を
普段映画を見る時とは違う心拍数の上昇に少しだけ戸惑いつつも、しっかりと小さい手を握り返し、本編を映し始めたスクリーンへと視線を戻した。
あまりこういうジャンルの映画は見ないのだが、冒頭はすんなりと頭に入ってきたので、この調子なら楽しめるかも—そう思っていたのだが…
中盤から年齢制限ギリギリを攻めているのか疑わしくなるほど登場人物の愛情表現が過激になり、見てるだけで恥ずかしくなってくる。
この演出を知っていてこの映画を選んだなら、自分の彼女は見た目と反してずいぶん進んでいるが、耳まで真っ赤な顔を見る限り、その可能性は低いだろう。
内容的にはおそらく半分を折り返したくらいなので、途中で退室するか彼女に訊ねたが、小さく首を振ってストローを
こちらはまだ中身は残っているので、
徐々に顔の赤みが薄れていく彼女の様子を見てとりあえずほっとひと息つきつつも、大々的に流れ続ける映像の過激さが落ち着いていくことを願わずにはいられなかった。
自身の願いは残念ながら届かず、あれからも同じように物語は続き、スタッフロールが流れてきた時には、彼女の顔はゆでだこのように真っ赤だった。
出口周辺が落ち着いてから席を立ち、とりあえず彼女の手を引く形でフードコートに流れ着くと、適当な席に座らせてからハンバーガーショップで照り焼きバーガーとポテト、ドリンクのセットを注文する。2つずつ頼んだそれを持って彼女の元へ戻り、ひとつを彼女の前に、もうひとつを自分の前に置いた。
いつものあこなら喜んでハンバーガーを頬張るのだが、今はちまちまとポテトを
どうすれば彼女をいつもの調子に戻せるか、喉に冷たい液体を流し込みながら考えていると、周囲の雑音に消えてしまいそうな声で彼女が呟いた。
「ほんとはこれ、見ようと思ってたの…」
剣のキーホルダーが付いたスマホの画面を見ると、そこには確かに映画館の壁にあったポスターと同じ画像が表示されていた。見たところ、ジャンルは青春ラブコメといったところか。
だとしてもさっきの映画とタイトルが似ているわけでもないので、選択し直せばよかったのではないかと思ったが、それを阻害したのは操作の途中で口を挟んだこちらだと気付く。
すぐさま謝罪の言葉を口にすると、彼女は首を思いっきり左右に振った。
「ち、違うの!ほんとに悪いのはあこで…」
そこまで言うとばっと両手で口を塞ぐ彼女にどういうことか訊ねると、彼女は赤色の瞳をわかりやすく泳がせたのち、
「だって君はあこのこと全然意識してくれないじゃん!だから頑張って女の子っぽくしようとしたのに…結局あんま変わんなかったし…そんなんじゃ、本当にあこのこと好きでいてくれてるか、自信なくなっちゃうよ…」
徐々に言葉が速度を落とし、それに
—出会った当初から、彼女は色々な表情を見せてくれた。それは日を重ねるごとに深く色鮮やかになり、いつしか、誰よりも近くでもっと彼女を見ていたいという感情が胸の中に芽生えていた。
だから、彼女が告白してきた時は嬉しかった。彼女も自分と一緒にいたい気持ちは同じなんだと、安心することができた。だが、自分は今の今まで好意を伝える言葉を口にしたことは一度もない。それがどれだけ彼女を不安にさせたか知らずにここまできてしまった。しかし、まだ間に合うはずだ。
小さな手を両手でしっかり包み込むと、見開いた瞳にこちらを映しながら「え…えっ、えっ!?」と
そこでようやく、ここがフードコートという第三者の視線に晒され放題な場所だったことを思い出した。
周囲の人たちはさっきの一部始終を見てカップルができたのかと、手を鳴らして盛大に祝ってくれているのだろうが、ただただ恥ずかしいので出来れば控えてほしい。
しかし、相手は善意でやっていることなので声を出して指摘することはできず、代わりに苦笑を滲ませていると、目の前の少女は顔を隠すように
それから拍手はすぐ止んだものの、この場にいると生温かい視線を受け続けてしまうので、自身の分を胃袋に詰め込んだあと、Sサイズのポテトをテイクアウトで購入する。
最初にセットを買った時より自然な笑みを浮かべた店員さんから袋を受け取ると、未だ突っ伏したままのあこの分を袋に入れ、俯く少女の手を取って席をあとにした。
とりあえずフードコートから距離を置こうとしたが、その前にあこがぼそりと呟く。
「今日はもう帰ろ…」
肉体的な疲れではなく、精神的な疲労が溜まってしまったのだろう。
そのまま近くの出口を跨ぐと、数量はそこまでないものの、しっかりとした
備えておいて正解だったと、こんな時のために用意していたものを取り出す。傘を開く間は気を利かせて離れてくれたあこは、こちらの腕に再びくっついた。
「・・・さっきの、ほんと?」
しばらく動かずに黙り込んでいた彼女は少し不安そうな瞳でこちらの顔を見上げ、小さな声で訊ねてくる。
さっきというのがフードコートで言った、場所に似つかぬ発言のことだと察し、安心させられるよう同じ内容を反復すると、顔に纏わりついていた暗い感情を拭いながら、彼女はなお問いかけてきた。
「ほんとにほんと?嘘じゃない?」
真紅の瞳をしっかり見つめ、強く頷くと、あこは今までの中でも一番輝いた笑顔を見せてくれた。
「うん!ずっと一緒だよ!」
腕と同化してしまいそうなくらい密着してくる少女が小さな傘でも濡れないように、こちらも身体を彼女の方へ寄せて歩く。
未だ灰色に染まった空の隙間から、一瞬だけ陽光がこちらを照らしたような気がした。
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
月末に投稿するかもと言いましたが、思ったより筆の進みが良かったので投稿しました。あこちゃんらしさが出ているかどうかはわかりませんが、楽しんでもらえたなら幸いです。
そして、謝罪…というよりかは自身の力不足への嘆きと言いますか…。この小説の投稿日である3月25日はパレオちゃんの、2日前の23日はりみちゃんの誕生日だったわけですが、彼女らメインの小説を一度は検討したものの、前回の日菜ちゃんと合わせると恐ろしいハードスケジュールになる関係で断念してしまいました…。来年リベンジを…と考えてはみたのですが、そこまでの期間で2人を上げてないのは、それはそれで執筆ペースに問題があるので何とか代案を考えているところです。
そして、投稿日のうちに活動報告の方でキャラのリクエストも募集しているはずですので、覗いていってもらえると嬉しいです。次回は31日〜4月最初の週辺りに投稿できたらと思っています。
最後に、星9を付けてくださったたく丸さん、弱い男さん(高い評価を裏切らないよう頑張ります!)、お気に入り登録をしてくださった皆さん(いつも割愛してしまってすみません…!)、そして、後書きを最後まで読んでくださったあなたに感謝の言葉を送ります!ありがとうございました!
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もしましろちゃんと付き合っていたら…
年を越してからそれなりの月日が経った頃、昼間でも充分に強力だった冷気が陽の光から解放されたことによりさらに鋭く研ぎ澄まされ、こちらの熱を奪おうと窓の隙間から侵入しようとしてくる。
それを全開の暖房で
画面には今やほとんどの人が使っているメッセージアプリのトーク履歴が映り、短い文章やスタンプが積み重なっている。最下段は[明日、予定ある?]というこちらの発言から変化しておらず、まだ気付いていないだけという
画面の右上に表記された[
倉田さんは、1週間前に告白した女の子だ。出会った頃は常に周囲に怯えているような子で、守ってあげなきゃいけない印象が強かった。
でも、ここ最近でみるみる強くなっていく彼女を間近で見続けているうちに、押し付けがましく
そして、
・・・別れるなら、この想いを伝えてからにしよう。そう決心してからは早かった。
彼女から空いた時間を聞き出し、人生で一番長く感じた時間を過ごして訪れた約束の日、オレンジで染め上げられた無人の公園で半ば
どうせ失恋するだろうと、
まるで予期していなかった結果に思考が完全にフリーズしてしまい、まるで会話がないまま彼女を家に送り届けたものの、どうすればいいのかまるでわからなかったことと、2人の予定が合わなかったこともあり、一度も会う機会がないまま1週間経ってしまった。
さすがにこれじゃマズいと、それとなくデートの約束を取り付けようとしたのだが、人類の
今倉田さんは、どう断るか考えているのだろうか。彼女は優しいから、こちらを傷付けまいと頭を悩ましているに違いない。
そんな思考が頭をよぎり、彼女に助け舟を出そうとしたその時、音もなく画面の一番下に文章が追加される。
[大丈夫、空いてるよ]
たった一言で落ちていた気分がV字回復していくのをはっきりと感じながら、明日の10時頃に駅前で落ち合おうと約束する。
[楽しみにしてるね]という最後の一文で限界まで引き上げられた
そして次の日、あっさり寝坊した。
休みの日はアラームをかけない自身の
近くに倉田さんの家があることを考えられるほどには落ち着いてきたところで、ハッとしてスマホを取り出した。ロック画面に設定された、青みがかった白色の髪の少女とのツーショット写真に奪われそうになる視線をどうにかして時刻へと向ける。4つの数字の羅列は、約束の時間を30分以上過ぎていることを
揺れが止まり、ドアの開閉音が車内に響くなか、メッセージアプリを開いて倉田さんに遅れる
まさかと思い画面から視線を引き剥がし、見上げた先には、もう駅前でこちらを待っているはずの少女が、驚いた様子でこちらを見ていた。
なぜここにいるのか
「実は、昨日夜更かししちゃって…。昨日誘ってくれたから、早く寝れるよう頑張ったんだけど…」
「そっか…なんか嬉しいな」
そう
このままでは言葉を
「そういえば、なんで夜遅くまで起きてたの?」
デートの計画を誘ったその夜に考えていたという、無計画なことこの上ない事実を伝えるかどうか悩んだが、
「っ!?そ、そっか・・・デート、なんだ」
顔の色度を急激に上昇させた彼女は、えへへと短く笑った。
デートだと思われていなかったのは少し
胸を満たす温かな気持ちが冷める前に、終点の駅前が窓の外から見え、同時に機械めいた女性の声が到着を予告する。車体が止まった瞬間、列を作って下車していく集団の最後列に位置取ってレンガ造りの地面を踏んだ。
「じゃあ、どこ行こっか」
自分より先に出ていた彼女はどこか弾んだ声で行き先を
黒い
ドアと同じ素材で出来たカウンター席の奥にある棚にはボトルが綺麗に並べられていて、未成年が入っていい場所か不安になるが、グラスを拭く女性が好きな場所に座るのを勧めてくるので問題無い…はず。
ネットで下調べをしたのだから平気なことはわかってはいるものの、それでも入口近くにある4人掛けのテーブルに遠慮気味に座ると、隣に座った倉田さんがしばらく店員さんをぼーっと見たのち、
「・・・すごいきれいな人だね…」
そのコメントに全面的に肯定の意を示してから、彼女の視線を追う形で店員さんの方を向く。
大人っぽさを
そんな
声をかけると我に返ったように店員さんから視線を外した倉田さんは、メニューにビーフシチューの名前を見つけると、パアッと表情を明るめた。そんな彼女を見ると、嬉しくなると同時に血の巡りが少しだけ早くなる。
本当に好きなんだなと思いながら、メニュー表の上部分を大きく占拠しているこのお店の看板メニューであるスペアリブを頼むことを決めると、そんな思考を読んでいたかのように、店員さんはカウンターの向こうからお
途端に表情を強張らせる倉田さんの分もまとめてしたこちらの注文を、女性はきれいに反復したあと
「ごめんね、私の分まで頼んでもらっちゃって」
気にしてないとかぶりを振ったが、彼女は鏡写しのように髪を左右に揺らす。
「ううん、私はあなたに助けてもらってばかりだから、少しでもそれを減らして、今度はあなたに返していきたいの」
まっすぐにこちらを見て笑う彼女に
しかし、それを知ったあとに浴びせられるであろう彼女の
喉の奥まで出掛けていた
あっという間に骨だけになった皿を一瞥してから、満足感で満ちたため息をつくと、同じような意味が含められた吐息と重なった。
「美味しかったね…」
そう呟いた彼女の手元にある
それもそのはず、今日ここのお店を選んだ理由は、彼女の好物であるビーフシチューに、他のお店では大なり小なり存在する彼女が苦手とする野菜類が写真で見た限りでは確認できなかったからなのだ。
いつも残すことに罪悪感を感じている彼女に
周囲を見回してもレジっぽいものは見つけられないので、もしかしたら会計かもしれないと、ポケットから財布を取り出そうとしたが、その前に女性はテーブルに、二等辺三角形に切り分けられたチーズケーキと赤と紫のベリー系フルーツが
注文した
財布の心配をせずに済んで胸を撫で下ろしつつ、コックさんの分も合わせてお礼を口にすると、
今日は他にも回ってみたい場所があったが、ここまでサービスされたのにパッパッと移動するのもどうかと思うので、倉田さんにこれからどうするか委ねると、彼女は迷うように視線を
「えっと…あなたが退屈じゃなかったら、ここでお話ししたいな」
その提案に
それから、タルトを食べながら
ケーキは確かに絶品だったのに、酸味だけがやけに強く口の中に残った。それを喉越しのいいコーヒー風味の生クリーム、カフェ・シェケラートと言うらしい飲み物で消そうとすると、今度は
結局彼女の話を半分も意識に残せないで時間が過ぎ、会計の時にまた来てねと微笑む店員さんに気の抜けた返しをして店の外に出ると、オレンジと
彼女がなにかに夢中になっている時のみ見せる、
彼女は少ししてからこちらに気付き、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ご、ごめんね。私が財布忘れちゃったせいで全部払わせちゃって…」
平気だと伝えても、彼女の表情は晴れない。実際払ったのはスペアリブとビーフシチューの分のみなので、これくらいなんの問題もないのだが、彼女が気にしているのは金額の方ではあるまい。彼女はこちらに支払わせたこと自体に負い目を感じているのだ。
どうすれば彼女のそれを消せるか考えていると、方法を思いつく前に彼女が苦笑いを浮かべる。
「これじゃあ、いつになったら恩を返せるようになるかわからないね」
・・・違う、返すべき立場なのはこちらだ。
喉を
そんな彼女に、いつも通り
— ・・・恩なんて感じなくていい、ただ助けたいだけだから—
その言葉に、彼女は顔に
バスに乗り込み、彼女が乗ってきた停留所で2人で降りたあとも、会話らしい会話はなかった。
終わりのない
後方を映した視界には、こちらの手を握った少女が、そのスカイブルーの瞳に強い意志を
「・・・私、頑張るね。早くあなたを助けられるよう、頑張るから。・・・だから…えっと…」
言葉の勢いを急減速させた彼女は続く言葉を探し始めるが、それでも握る力を緩めない彼女の手からこちらの手に流れ込んでくる温もりだけで、自分は充分過ぎるほど救われていた。
逆の方の手も持ち上げて彼女の手の甲に触れると、少し冷えた白い手をぎゅっと握る。
今日までのあらゆる場面で、助けているつもりが本当は助けられていた少女に、ありがとうと、胸に湧き上がる感謝の念を言葉にして伝えると、彼女は湯気が出そうなくらい真っ赤になりながらあわあわし始め、やがてプシューという音が鳴っていそうな様子で下を向いて顔を隠した。
彼女の手が発する熱が増加すると同時に、さっき胸を満たしていた自己嫌悪も溶けて沈んでいく。いつか、もしかしたら近いうちにまた顔を出す時が訪れても、彼女が隣にいてくれるのなら大丈夫に思えた。
そして、今までの分とこれからの分、彼女に助けてもらった以上に、自身のためではなく彼女のために倉田さんを助けることを心に強く決めてから手を離すと、彼女はいつになく
今更熱くなる頬を冷たい夜風が撫でる。いつのまにか浮き上がってきていたいくつかの星と
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
先日初めてリクエストをいただいて、減少気味から一気に跳ね上がったモチベーションをリクエスト作品に注ぎたいと思い、書きかけを放り出して執筆しました。
そんな今回のお話なんですが、過去最大レベルで(といってもまだ6話目なんですが)暗い&恋愛要素が薄い回になってしまいました…。誠に申し訳ございません!ただ、あらすじにもあるように、この作品は作者の妄想を書き綴ったものでして、そして作者は一度は暗くなるけど最後はハッピーエンドみたいな構成が大好きっぽいです。いままでの5話も、上下の振り幅には差がありますが、大体がそんな構成で出来ていることに最近気付きました。しかし、リクエスト回でこんな重い話をするなと言われてしまえば返す言葉もありません…。本当にごめんなさい…!
次の投稿は4月6日の予定です。後書きを書いている今現在ではヒロインくらいしか決まっていないので、間に合うかはわかりませんが、なんとか間に合うように頑張ります!
そして最後に、お気に入り登録をしてくださった皆さん(たくさんの方々にしてもらえて嬉しい限りです!)、リクエストを送ってくださったラウ・ル・クルーゼさん(おかげさまでまた頑張れそうです!)、そして、後書きまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました!!
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もし千聖さんと付き合っていたら…
のしかかるような暑さは最近徐々に重量を下げていったが、日中は充分と汗が肌を
未だ緑が多いものの、着々に黄色や赤の割合を増やしている周囲の
ここからある1人を探し当てなくてはならないのは普通なら
改札近くの壁に寄りかかり、群衆をどこか
少女がちらつかせた感情が
「大丈夫、私も今来たところだから」
一見気遣いに聞こえるが、以前5分遅刻して小言を
そこまで考えたところでなにか引っかかるものを感じたが、その正体が明らかになる前に彼女が
こちらを追いかけるように手に込める力を強めた彼女は、今日初めて
彼女に行き先を
そんな思慮を置き去りにして半歩先を行く彼女の迷いのない足取りが止まったのは、長方形のガラスを白い木で
なぜここで足を止めたのか訊ねても、彼女は口元に
金色の髪が反射した光の
予期していたものとは真逆の対応に戸惑ってしまっている様子を見た彼女は、耐えられないかのようにくすくす笑い声を
「安心して、ちゃんとお店に話はつけてあるから」
その言葉にようやく緊張が解けていくのを感じつつ、なぜ教えてくれなかったのか、ささやかな講義をしたところ、慌てる
「ほら、そんな顔しないで。好きなもの頼んでいいから」
その発言にとりあえず胸の気持ちを押しやって、
「いいえ、こんな時間に無理言って呼び出したのは私なんだから、そのお
いつもと同じ
彼女が
そんな口にするのが大変恥ずかしい思想を聞いた彼女は、しばらくのあいだ表情が変えずに固まってしまう。
本心を告げた
「あなたってたまにそういうキザなことを言うわよね。・・・もしかして、狙って言ってるのかしら」
浮ついた言葉を意図して口にしている
「わかってるわよ、ただ、ちょっとからかってみたくなっただけ」
遅まきながら、またしてもしてやられたことを認識し、この手のやりとりでは彼女には敵わないという、何度したかわからない確信と共にテーブルに沈み込む。
そんなこちらに彼女が向けてきた笑顔は、一緒に差し出してきたメニュー表で顔を隠すことを強要させた。
注文してから十分足らずで、店員さんが同じケーキと紅茶をふたつずつ、テーブルに並べてくれた。
店員さんに一礼してから
長く考えたが熱に冒された頭では中々決められず、千聖と一緒のものを頼む形で運ばれてきたケーキは、生クリームを塗られたスポンジの
三角形に切られたケーキの半分ほどにフォークを落とし込むと、
続いて飲んだ紅茶が甘さの
「そんな
彼女がなにを頼んだかは、少し考えればすぐに思い当たった。閉店した喫茶店でお茶できているのは、彼女が事前に話をつけてくれたおかげなのだ。
店長の人と交渉してまでここに案内してくれた彼女にお礼を口にすると、彼女は首を左右に振る。
「お礼なんていいわよ。私、ここの常連だから結構顔が
そう言う彼女の声は、少し、ほんの少しだけ沈んだ感情が含まれてる気がした。それを裏付けるように、笑顔にも薄い
そんな
「・・・あなたに、隠し事はできないわね。・・・大したことじゃないのよ、ただ、女優の肩書きを外した私に、価値があるのか考えちゃう時があるの」
隠していた感情を徐々にあらわにしていった彼女は、瞳を伏せながら続ける。
「今ここでお茶できてるのも、私が女優だからこそなんだと思うの。それに、あなたが私を好きになったのも…」
その先の言葉を察して、すぐさま否定の声で続きを遮った。
確かに、女優の彼女は魅力的だ。手を伸ばしても絶対に届かない場所で見せる彼女の微笑みは、
しかし、様々な色を混ぜながら隣で咲く笑顔が一番好きなのは、なんの迷いもなく断言できる。後者が、決して前者に劣るものではないことも。
でもおそらく、揺れる
「でも、私は…んっ!?」
なにか言おうとした
彼女は小さくお礼を
それから、残ったケーキと紅茶を食べ終え、店を出て駅へと向かう間、千聖と言葉どころか視線すら交わらなかった。理由は間違いなくあの出来事だというのは、事後から今現在まで流れている気まずい空気からも明らかなのだが、空気が変わってから襲いかかってきた羞恥心の対処のせいで、謝罪する余裕など残っていなかった。
「ねえ…一緒に帰りましょう…?」
すごく久しぶりに聞いた気がする彼女の声は、いつもの
「じゃあ、お願いね」
手の繋がりをぎゅっと強める彼女の顔が直視できないまま、右手に伝わる温度や柔らかさに耐えつつ、彼女の家の方面の電車に乗り込んだ。
しかし、帰宅時間と多少被っていたのか、小さい
こうなった以上電車から降りる前には謝罪できたらと思っていたが、半ば抱きつかれるような体勢では、謝るどころか心臓が飛び跳ねるのを
次いつ会えるかわからないので、せめて謝罪だけはしておこうとこちらが口を開く前に、赤紫の瞳がこちらを見上げてくる。
「さっきはありがとう。ちょっと驚いたけれど、本当に嬉しかったわ」
上目遣いにドキッとしてしまうこちらに、頬にまだ
「でもあれ、私のファーストキスだったのよ。もう少しロマンチックなムードでしたかったわ」
残念そうに呟く彼女に周囲に聞こえないぎりぎりの声量で謝ったものの、彼女は表情を明るめてくれない。
どうしようか悩んでるうちに電車が止まり、ドアが開くので、外に流れる人々に合流するため、彼女はこちらから離れる—
寸前に、彼女と顔を合わせる関係上
接触を終えてもまっさらなままの思考に、彼女が甘い言葉を
「これで許してあげる。・・・私も大好きよ」
それによって転びかけたものの、意識は未だ唇に残る彼女の熱に持っていかれていた。
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を読んでいただきありがとうございます。
今回は普段よりかなり短く、さらに誕生日祝いと言いつつ日付が過ぎてしまって申し訳ありません!納得いくまで
次回の投稿は4月の10日に出来たらいいな…と思っていますが、こちらも多分間に合いません!間に合わないとわかっているのに無茶な目標を掲げているのは、その日が次書く予定のヒロインの誕生日だからなのですが、もう千聖さんでこの有様なので、本当に期待せずにお待ちください。もちろん間に合うように努力はします!
最後に、お気に入り登録をしてくださった皆さん(名前の方は今回も割愛させてもらいます。すみません…!)、星8をつけてもらいました如月刹那さん(高評価ありがとうございます!)、感想をくださったなかムーさん(評価の方もありがとうございます!)、星10をつけてくださったrain/虹さん(小説、いつも楽しく読ませてもらっています!)、そして最後に、本編と反比例して長くなった後書きを読んでくださったあなたにこの場を借りてお礼をさせてもらいます。ありがとうございました!!
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もし美竹さんと付き合っていたら…
普段なら間違いなく布団の中にいる身体が引き起こした軽い
ここだけ違う時代を切り抜いてきたかのような、周囲の家とは
ゆっくりと戸を閉める女性が
彼女の和服姿自体は今までも何回か見たことがあるのに、未だ最初と同じく圧倒的な
「・・・あけましておめでとう」
無愛想に投げかけられた挨拶にこちらが苦笑しつつ返事をしたあと、なぜか彼女は黙り込んでじっと見つめてくる。
赤が強い紫色をこちらも覗き込んで10秒、見つめ合うのが恥ずかしくなったのか、
「・・・なんかないの」
その
それでもどうにかできないものか、
「もういい、さっさと行くよ」
早足で進んでいってしまう彼女の右手を慌てて掴むと、不機嫌さを全面的に出した表情が
「次からそんな短いこと言うのに時間かけないで」
彼女は急激に顔色を赤く変化させ、こちらに顔が見られないよう首を
そんな感情を頭を左右に振って落とすと、距離が空いてしまった彼女の隣へと
近くにあるそれなりの規模の神社は、元旦のわりには人の密度がなかった。
初日が出てから時間が
だとすれば、人付き合いが不器用な彼女がこんな時間を指定してきたことも納得なのだが、それでも少なくない人数はいて、テンションが多少下がってしまうのは避けられない。これが1人で来ているのであれば、人混みに巻き込まれてまで
自分が考えを行動に移さず、
「・・・これ以上長くなる前に並んどこう」
反対する理由はないので
そんなことを考えていると、
重い足を慌てた
別にリア充
・・・でもまあ、もし自分があんな目に毒な行為をしたいと思っても、あの人たちのようにはならないだろう。
隣で後方にちらちら視線をやっている蘭を見ながらそんなことを考えていると、忙しなく動く
「ち、違うから!!」
頬をメッシュと同じ色の染めた彼女はそう叫んでから、ぷいっと顔を背けてしまう。
なにが違うかはまるでわからなかったが、彼女の大声に驚き、後ろのカップルが黙り込んだので、待ち時間ずっと後ろでアツいやりとりをされると覚悟していた分少し楽になった。時間が経てばまた同じようにいちゃつき始めるかもしれないが、ぶっ通しでやられるよりかは
だが、その引き換えとして隣の少女が一気に不機嫌になってしまった問題に気づいたのは本殿が見えてきた頃で、そこからはどう彼女の機嫌をどう取るかに思考の全てを費やしていたせいからか、正面の人たちが
「・・・もう順番来たけど」
服の袖を引っ張り、
なんで機嫌が悪かったのかはわからないが、とりあえず普段の彼女に戻っているならその疑問は
特に考えず財布から取り出した10円玉を
その
しかし、びっくりするぐらいなにもない。昔はやれこれが欲しいや、お金が足りないなど
そんな無欲無心の精神が宿った理由には心当たりがある。多分、隣の少女と付き合い始めてから、出会ってからの日々が充実しているおかげで、余計な物欲がぼろぼろと
—だとしたら、彼女が隣にいるこの日々が、永遠に続きますように—
ようやく見つけた願いを強く念じてから隣に視線を振ると、下ろしている
なにか言いたげな彼女が言い出すのを待ってあげたいのはやまやまだが、背後にはすっかり静かになったバカップルを含めてたくさんの人が順番を待っているので、この場に長居するのは周囲の迷惑になってしまう。
未だ同じ状態で思考の整理が出来ていない蘭の手を引いて、邪魔にならないような場所まで誘導してからどうしたか
「・・・なんでもない」
それが嘘なのはさすがにわかるが、ここで無理やり口を開かせようとしてもへそを曲げられるだけなのも知っている
「・・・お守り買うのとおみくじ引くの付き合って」
こちらが了承すると、彼女はすぐさま人混みの
しかし、いつもの倍とも言える歩行速度で簡単に見失ってしまい、迷走しつつもなんとか彼女を見つけた時には、蘭は販売所でなにを買うか検討していた。
長い黒髪を持つ巫女さんに相談しながら真剣な眼差しでお守りを見比べる彼女に話しかけるのは
赤い瞳を普段より少し大きく開いた彼女は、まず頬を
来いと問答無用で
「・・・なんで隠れてこっち見てたの」
正確には隠れていたわけではなく、ただ距離を置いていただけなのだが、周囲の人の邪魔にならないように道の
「変な
下から
そんな心情を知らない彼女が怒りの切先を収めると同時に、巫女さんがふたつの
「なっ!?なに言ってるんですか!?」
蘭の赤くなりながらの反論を
しかし、思わず
もしかしたら今までの彼女の中で一番鋭い目つきで睨んでくる蘭が、いきなりこちらの
「なに赤くなってるの」
鋭い視線を深々と身体に刺しながらの指摘に、いきなりあんなことされて緊張しない人なんていないと反論すると、彼女はこちらの顔を両手で確保して自身の方へと引き寄せた。
普段なら絶対にしないであろう彼女の行動に、さっきより感情が色濃く顔に現れたことを意識させたが、目の前の少女は間違いなくこちらより羞恥をあらわにしている。
「・・・まあ、これならいいよ」
なにがいいのか、そんな言及は残念ながら叶わなかった。自分と彼女が、周囲が妙にざわざわし始めたのに気づいてしまったからだ。
しかし、周囲が反応するのも当然だろう。こんな
そのことをこちらに遅れて気付いた蘭は耳の先まで朱色で固め、こちらの手を問答無用で引っ張ってこの場から
引きずられるように走らされる直前、ちらりと後方にやった視界では、巫女さんが
神社を出てすぐの場所にあった公園のベンチに腰掛ける彼女の隣に座り、近くの自販機で売っていた微糖の缶コーヒーを差し出す。
小さくお礼を言ってから控えめに口をつける彼女に、なにかあったのか訊ねた。参拝したあとからというものの、明らかに様子がおかしいので、それが自分のせいなのなら、解決はできなくても謝罪くらいはしておきたい。
「・・・あんたが変なこと言うからでしょ」
そんな真意がある問いに対する返答は、半分は予想した通りのものだったが、彼女の言っている変なことというのにはまるで心当たりがなかった。
首を
「・・・あれ、無意識だったの」
あれとはいったいなんなのか、そんな疑問が頭に浮かんだ瞬間に訊ねると、彼女は視線を逸らして呟いた。
「ずっと、私と一緒にいたい…みたいなこと」
彼女のその言葉にしばらく放心したのち、ひとつの答えが湧き上がってきた。
つまり、あまりに強い思念が
それを認識した
「変なこと願わないでよ」
そんなこちらに投げられた
「・・・神様なんかに頼らなくても、ずっと一緒にきまってるじゃん」
思わず振り向いた先には、蘭がこちらに負けず劣らずの熱を顔に帯びさせ、ぎこちなく手を差し伸べている。
彼女が要求していることを感じ取り、白く細い指に自身の指を絡めると、彼女はびくりと体を振るわせたが、合っていたことを示すように確かに握り返した。
そういえば、こんなふうに改まって手を
「あんたがなにもしてくれなかったからね。・・・まあ、あたしが恥ずかしがってたこともあるけど…」
こちらがなにもしなかったのも、彼女が拒絶するかもしれないからという
彼女は最初、完全に忘れていたような反応をしたが、すぐになんの未練もない笑顔を浮かべた。
「まあいいや、来年また一緒に来ればいいから」
そう言うと彼女は、声は無くとも視線だけで、そうでしょと問いかけてくる。手に伝わってくる熱が強まるのを感じながら、
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。
危惧していた通り、4月10日に上げるという掲げた目標を達成できませんでしたが、まさか+3日もかかるとは思いもしてませんでした…。ちょっとだけ言い訳をさせて貰えると、4月に入ってからリアルがそこそこ忙しくなり、徹夜という手段が使えなくなってしまったのが原因だと思います。多分これからは今までより更新ペースが下がりますが、週に1話は上げられるよう頑張りますので、ご理解の方よろしくお願いします。
次回の詳しい日時は未定ですが、ヒロインはリクエストをもらったひまりちゃんの予定です。
最後に、お気に入り登録してくださったみなさん(たくさんの方々にしてもらい、嬉しい限りです!)、星1をつけてくださったナコトさん(精進します…!)、星7を付けてくださったチルッティドラグーンさん(誤字報告や、感想でのご指摘、助かりました!)、星10を付けてくださったtamukazuさん(数少ない最高評価をこの作品に使ってもらい、ありがとうございます!!)、そして、待たせてしまった読者のみなさんに、最大限の謝罪と感謝を!!!
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もしひまりちゃんと付き合っていたら…
冷えた風が鮮やかな
いつもならこの現象を目にすれば
普段なら女子の視線を集めているなんて妄想は、
なんせ他の人たちからしてみれば、自身の通う高校の前に、どこから
そんな危険を背負いながらも、校門近くで
深夜帯にかかってきた着信にたたき起こされた頭が思考能力を取り戻す前に、放課後にデートがしたいという熱量に押し切られて
「あー…き、
そんな多数の視線に晒されて得た教訓を心に
彼女こそが自分を呼び出した人物、
ここで普段のとは違う
そのことを指摘すると、彼女はわかりやすく目を泳がせる。
「ご、ごめん!今日部活あるのすっかり忘れててた!」
深々と頭を下げる彼女に
「だって、夜中に電話かけて頼んだくせにやっぱ無理なんて言ったら、嫌われると思って…」
彼女の言い分に今度こそ長い
彼女が
そんな思考を呆れをふんだんに混ぜ込んだ声伝えると、手刀を落とされた
ちょうど1週間後の日は今度こそなんの予定も無いらしいので、その日にもう一度約束を取り付け、帰ろうとしたこちらの手が、背を向けたひまりによって
「あ、あのね…もし予定がないなら、部活終わるまで待っててくれる?」
「じゃあ2時間待っててね!帰ったりしたら許さないから!」
あまりの待ち時間に思わず大きな声が出てしまったこちらを気にせず、彼女はまっすぐ走っていってしまう。
振り返る
だとしても信頼を裏切るのも論外なので、どうすればいいかしばらく考え込み浮かんだ案は、今はどこかで時間を潰し、約束の時間前に戻ってくるというものだった。充分現実的な案を特に迷うことなく採用することにして、もうかなり遠ざかっている桃色を
それから、体感では倍以上に感じた時間をなんとか
そんな不安そうな表情を見た
「もー!なんでどこかいっちゃうの!心配したじゃん!」
丸めた手をこちらの胸にぶつけてくる彼女の瞳は、
「まあ、ちゃんと反省してるならいいけど…。・・・でも今度からはちゃんと私に伝えること!」
こちらの鼻先に人差し指を突きつけて注意してくる彼女に、思わず人のこと言えないからと指摘する。
「うぐっ…!と、とにかく!ちゃんと反省しなさい!」
言葉を詰まらせ、無理やり話を着地させようとするので、呆れの混じった苦笑を飛ばすと、彼女は完全にヘソを曲げてしまった。
そっぽを向き、頬を
色々と検討した結果、一番確実な手段を取ることにして、コンビニでスイーツ
「・・・私の機嫌がスイーツだけで取れると思わないでね」
じゃあいらないのかと言った瞬間にもらうと即答する彼女が単純すぎて、そのうち詐欺に引っかかりそうだなというこちらの思慮を読み取ったように、ひまりは表情に懐疑を色濃く反映し、
「なんか失礼なこと考えてるでしょ」
いきなり言い当てられるものだから少し片言になってしまったこちらの返答に、彼女はさらに感情を深くするので、さらなる
そんなこちらの反応を知らずして、彼女はほとんど引っ張る形でさっき逃げようとした方向へと歩き始め、それから目的地のコンビニに着くあいだ、普段の2割増しで血流が良かった。
「えーっと、まずは
入店から5分も経たずして彼女は迷うことなく手に取ったスイーツを、こちらが持ったカゴに放り込んでいく。その数、実に4つ。しかも恐ろしいことに、そのペースは
コンビニに入った瞬間に腕が解放されたことで回数を減らしていた
「え〜、どうしよっかな〜。私的にはまだまだいけるんだけどな〜」
普段とは完全に逆転してしまった立場に、金額の上限を設けておくべきだったと
「まあ今回はこれくらいで
そう言ってチョコケーキをカゴに入れた彼女はカフェエリアへと向かっていくので、今月はかなりの節約を
店員の人が最終的に提示した金額は、5千円札を余さず
プラスチックのフォークで分けた半分を一口で頬張る彼女は実に幸せそうで、それだけで出費のことはどこ吹く風…にするには少し額がでかすぎるが、ある程度損失との相殺はできた。
あんな
「そんなもの欲しそうな顔しても上げないから!」
別にたかるつもりはないのだが、金銭への未練が顔にでも出ていたのだろうか。
しかし、こんな理由を言ったらどう転んでも悪い未来しか見えないので、そんなに食い意地張ってたら太るぞと
「今日は部活で体動かしたから、だ、大丈夫だもん…!」
彼女の述べた逃げ道は、流石に苦しいと思う。2時間の運動で9個のスイーツ分のカロリーを消費しようとすれば、プロのスポーツ選手のプランでもやらなければとても追いつかない。少なくとも、学生の部活で完全にカバーできるとは思えなかった。
それは彼女もわかっているのだろう、
「そもそも君が言わなきゃこんなふうに悩んでないから!」
確かにそうだ。見事に納得したこちらを置いてさらに悩んでいた彼女は、なにか思いついたのか右手を再び持ち上げる。
吹っ切れたのならよかったと思ったのだが、彼女は刺さったままだったケーキの
「ほら、あげる」
さっきまで意地でも渡さない様子だった彼女の変わり身に
「だって私が食べれないなら、君に食べてもらうしかないじゃん。ほらほら、わかったら口開けて」
押し付けられる形で食べさせられたチョコケーキは、数多のコンビニスイーツを食べてきたらしい彼女のお眼鏡に叶っているだけあって普通に美味しかった。スポンジもクリームも、ビターなチョコレートの味をしっかり舌に伝えてくる。
これならいくらか高めの値段設定も納得なのだが、問題は、まだ未開封のスイーツが4つほど残っているということだ。甘味類は嫌いではないものの、あそこまで食べると
「どう?美味しい?・・・やっぱりそうだよね!じゃあ次はこれなんだけど…」
しかし、味に対する素直な感想を
残っていたスイーツの中には、甘味料のくどい甘さで誤魔化されているものがなかったので、舌が飽きてしまうこともなく、彼女の手によって胃袋に収まったあとの
「ほんと!じゃあ今度の日曜日もスイーツ食べに行こうよ!」
そんな感想をすっかり暗くなった帰り道で何気なく呟くと、隣の少女はものすごい速度で食いついてくる。
今日一番の笑顔を見せながらされた提案に、今日自分がスイーツに関心を持った根本的な理由を忘れているように思えたが、こちらも行ってみたいので今回はなにも指摘せずにひまりの案に賛成の意を示した。
「じゃあ決まりね!予定空けておいてよ!」
それから、嬉しそうにはにかんだ彼女が矢継ぎ早に繰り出すスイーツ話を聞いているうちに、彼女の家の前に着いたので、軽く挨拶して立ち去ろうとしたのだが、なぜかひまりに呼び止められる。
どうかしたのか訊ねたこちらに、彼女は強張った声で指示した。
「す、少しのあいだだけでいいからしゃがんで、あと目も閉じて!」
明らかに急いだ様子で言われた要望だけで、彼女がなにをしたいかはなんとなくわかったが、
「今日色々わがまま言っちゃったからそのお
いっそう
しかし、彼女がやろうとしていることは、勢い任せではなく、もっとちゃんとした場面で行いたい。それになにより…
—するなら…こっちからしたい—
「!?…そ、それなら、やめとく…」
今拒む最大の理由を恥ずかしながら口にすると、彼女は顔を一瞬
「じゃあ、待ってるから…!」
それを最後に、ドアの開閉音が辺りに大きく響いた。しばらくその場に立ち尽くしたあと、深々と呼吸をおこなって、肺に冷たく
どんな理由であれ、勇気を振り絞った彼女の行動を
新たな決意を胸に歩く道の先の空は
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
そして、かなり期間が空いた投稿になってしまってすみません!ひまりちゃんのキャラを掴むのにかなり苦戦してしまい、話の構成も四苦八苦していたらものすごい時間が過ぎてました…。
そんな今回の話ですが、作者的にはあまり納得してません。リクエストで頼まれたのを中途半端にするのはどうなのか、そう考えはしたのですが、そうなるといつ出せるかわかったものじゃないので、納得できるかできないかはひとまず置いておいて、今書ける精一杯を上げさせてもらいました。いつかリベンジ・・・できたらいいなぁ…。
そして、この小説の投稿日の前日はRoseliaの映画上映日ですね。作者はこれを上げたら映画館に行ってきます。できれば4月中にするであろう次の投稿の後書きか、活動報告の方でネタバレしない程度の短い感想を書きたいなーと思っていますが、おそらく次の投稿は5月になる気がします…。気長に待ってもらえると幸いです。
最後に、お気に入り登録をしてくださったみなさん(名前の表記は割愛させていただきます。ごめんなさい…!)、星9評価をつけてくださったくりとしさん、なかムーさん、たく丸さん(評価に見合った作品を書けるよう頑張ります!)、ひまりちゃんのリクエストをくださったエイダタイセルプスレクス(元エイタイ)さん(こんな微妙な感じになってしまってすみません…!)、そして、かなりボリューミーになってしまった後書きに付き合ってくださったみなさん、本当にありがとうございました!!
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もしリサ姉と付き合っていたら…
雲ひとつない空で唯一浮かぶ太陽は、直視するのが不可能なほど
夏真っただ中の
周囲が暑さに
そして、
「さ~、君の後ろにいるのはだれでしょ~か♪」
その問いに頭に浮かんでいた人物の名前を即時に答えてやると、眩い光が瞼越しに押し寄せてくる。
またもや急な出来事に軽く
「お~、流石、大正解☆」
細く開いていた目を徐々に
「う~ん、そりゃそうかもしれないけどさ~…もうちょっと違う言い方がよかったな」
違う言い方とはいったい、そう訊ねたこちらに、彼女はいたずらな笑みを浮かべる。
「オレのリサの声を間違えるわけないだろ、とかだったらドキドキしちゃったかもな~」
作った低い声で挙げられた例を、熱に
そんなキザなセリフを口にできるのは、よほどな天然かイケメンくらいだろう。少なくとも、容姿も能力も平凡な自分にはどちらにも当てはまらない。
「はははっ!そんな顔しなくても、キミがそういう性格じゃないことくらい知ってるから。ただ、ちょっと言ってみただけ」
自分の考えは全て筒抜けかのように、彼女はすぐさま先の発言を取り下げたが、
不確かな直感でしかないそれが本当なのか確かめるべく、彼女の笑顔を
「すごい汗かいてるし、水分
差し出された水筒をお礼を言ってから受け取り、一気に
遅いとわかっていても謝罪しようとしたこちらに、なぜかリサはにこにこと笑みを浮かべて視線を送っていた。
「美味しかった?」
こんな
「じゃあもうあんまり残ってないと思うけど、それいる?」
その提案に、こちらは瞬時にかぶりを振った。半分飲んでおいてなにをいまさらと思うが、さすがにこれ以上、彼女の
しかし彼女は、こちらよりもさらに大きく首を振り、
「平気平気!駅のホームに自販機あるから、そこでいいなにか買えばいいだけだし」
・・・確かに、今返しても水筒の中には大した量が残っているわけでもないし、結局どこかで飲み物を購入しなくてはならない状況に陥るはずだ。彼女もこう言っているし、早いうちに新しいものを用意したほうが、
ならばせめてその飲み物代はこちらが出そうと決め、改めてお礼を言うと、彼女は優しく
「どういたしまして。さっ、そろそろ行こっか」
くるりと回り、早い
あまりの面影のなさに違和感を様々と感じてしまうが、見間違いだったのならそれに越したことはないだろうと自身の納得させてから、少し離れた場所でこちらを急かす彼女のもとへと走った。
それから、出発時間ぎりぎりで滑り込めた電車の中で、隣に座るリサは最近のバンド活動のことなり作ったお菓子のことを楽しそうに話していた。
特に彼女の幼馴染である湊さんのことについては相変わらず細かい仕草まで詳しく話すので、よく見てるんだなぁという、いつも心の中で抱いている感想が、今日はうっかり口から零れる。
耳に入ったこちらのぼやきに彼女は
「まあ友希那とは付き合い長いからね~。でも」
そこで彼女はいったん言葉を区切り、遅れて腰を上げたこちらと腕を
「今は友希那と同じくらい、キミのことも見てるよ☆」
いきなりの不意打ちに
どう返答すべきか困って硬直してしまったこちらを開いたドアの先に連行した彼女は、外へ踏み出した途端、あまりの温度差に眉を
そのまま改札を抜け、続く道の先に広がっていたのは、終わりを知らない深い青だった。
「じゃあアタシ着替えてくるね。待ち合わせ場所は…あそこの海の家でいい?」
彼女の提案に遠くなっていた意識が呼び戻され、ぎこちない
束ねた
すっきりとしたライチの味も、少し痛いくらいの冷たさもさっきとまるで変わらないのに、身体に
あまり混雑していなかった更衣室で、丈の長めのサーフパンツとパーカーに着替えて訪れた海の家は、ちょうどお昼時だということもあり、更衣室とは真逆の賑わいを誇っていた。
栗色の髪を持つ少女の姿を探すが、外から覗ったばかりでは店内はもちろん、かなりの全長がある
おそらくここで昼食を取るのだろうから、彼女が来る前に列に並んで席を確保しておこうか考えたが、それまでテーブルひとつを占領するのは、この
そう結論付け、邪魔にならないような場所で昼食になにをを食べようか考えようと辺りを見渡した際、1人の少女が視界に映った。
赤みの強い
多くの人に
しかし、彼女がこちらの方向へ足を踏み出そうとした時、突然現れた男がリサの目の前に立ちふさがった。筋肉質の両手で彼女の手をしっかりホールドしている状況に、どう動けばいいか無駄に考えてしまい、足が砂に埋まっているかのように動かない。どう動くべきかなど、考えずとも決まっているのに、自己保身の思考がいつまで経っても足を
胸に込み上げてきた、あまりにも情けない自分への
困った表情を浮かべた彼女を見た途端、
—人の彼女に手出しするな—
腹の底から
あっさり過ぎる反応に
重苦しい陽光のせいではない汗が背に流れるのを感じながら、
・・・これはあとから聞いた話なのだが、この男性は待ち合わせ場所に指定した海の家、[see cafe]の店長で、リサは以前see cafeのヘルプに入ったことがあるらしい。
今日はただでさえ忙しい期間中に病欠の人が出たせいで人手が足りず、てんやわんやしていた時に、以前凄まじい仕事ぶりを見せたリサを見かけたので、
しかし、その背景を知っていようが知らまいが、自分が盛大な勘違いをしたということに気づくのには少しのタイムラグがあるのみで、時差に思考が追いついた瞬間、間違いなく人生で一番の
日中多くの人々を苦しめた熱源は空から姿を消し、代わりを務めている満月は
さざ波の音色だけが
あれから、2人で楽しんでという店長さんを無理やり丸め込み、海の家の手助けをした。
元々店長さんは本気で困って頼んできているので、彼を説得させることはそこまで難しくないと見込んでいたが、リサまでこちらの意見に同調してくれたのは嬉しい誤算もあり、想像以上に早く話を進めることができた。
依頼主の店長さんが一番納得していないという奇妙な終着点だったが、あの雰囲気ではリサと恋人らしく過ごすどころか、目を合わせることすらできる気がしなかったので、彼女と関わるには少し時間が欲しかった。
そういう意味では彼女がキッチン担当で、こちらが裏方の力仕事だったのは助かったのだが、今度は逆にどう話しかければいいかわからず、夕食をふるまってくれると
いつの間にか
声のしたほうへ顔を持ち上げると、そこには今一番顔を合わせづらく、一番言葉を
「もう料理できたって。一緒に戻ろ」
彼女の言葉に対してはなにも返さず、なんでここに自分がいるのがわかったのか
この場は海の家からそれなりに距離があるので、話題逸らしの意図がなくとも
「う~ん…キミの彼女だから、かな」
その発言にしっかり頬が発熱するのを感じながら、視線を彼女からできる限り遠ざけると、僅かな笑い声のあとに、くすぐったいほど優しい声が
「お昼の時は、助けてくれようとしてありがとね。カッコよかったよ」
にこりと笑っているだろう彼女のお礼を、
だから、喉を
だが、彼女は最後まで聞き終えたあとも、
そっと手を伸ばし、こちらの頭を自身の胸に預けさせた彼女は、
「・・・それでも、アタシは知ってるよ。キミが困ってる人のために動ける人だって。周りの人が、キミがどれだけ自分を
彼女の言葉は、心にじんわりと
彼女の評価は
でも、今日は、今だけは、弱い自分を受け止めてほしい。
温かさ伝わる胸の中で小刻みに震え、短い
波が静かに寄り添いあう音が、辺りにゆっくりと流れていた。
こんにちはエノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
またもや大きく期間が空いてしまいましたが、とりあえず1話の後書きで掲げた《Roselia全員を書く》という目標をようやく達成できました。これもこの作品に目を通してくださる読者のみなさんのおかげです!ありがとうございます!
次は各バンド1人ずつ書くことを目標にしようと思っていますが(そうは言っても、あと書いていないバンドは3バンドのみですが)、実はPoppin‘Party以外のバンドは、誰を書くかなんとなく決まってたりします。次の投稿までにポピパのキャラでリクエストがなかった場合、アンケートをやってみたいと考えていますので、その時はご協力してもらえると幸いです。
次回は近々誕生日で、リクエストもあった花音ちゃんがヒロインの話になる予定ですが、千聖さんや蘭ちゃんのように、誕生日に上げられる確率はかなり低いです…。作者も可能な限り頑張りますので、気長に待ってもらえると助かります…!
最後に、お気に入り登録をしてくださったみなさん(おかげさまで200人を突破することができました!)、星4をつけてくださった桜咲く季節♪さん、(もっといい作品を書けるよう頑張ります…!)、リサ姉のリクエストをくださった栗おこわさん(少しでも楽しんでもらえたなら嬉しいです)、そして後書きを最後まで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました!!
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もし花音ちゃんと付き合っていたら…
春の象徴といえる桃色はどこかに吹き去り、若々しい緑がようやく日常に定着し始めた頃。
休みの日にしては相当早い時間に
連続して空模様が
この調子だと強い引力を放つベットに倒れ込んでしまいそうなので、昨日に
壁に掛けられた時計をちらりと
道中見つけた自販機で買ったコーヒーをぐびぐび飲んで、睡魔を強い苦みで追い払っているあいだに着いた一軒家のインターホンを押したあと、指を伸ばしたまま硬直させる。
予定していた時間より早めの来訪は、今日出かける少女にとって迷惑かもしれないと遅まきながら気付き、軽いパニック状態の思考が落ち着きを取り戻す前に、ドアの
鳴らしたインターホンに反応して出てきてくれた水色の
先の
「約束の時間よりちょっと早いね。なにかあったの?」
彼女の問いを聞いた
「あ、謝って欲しかったんじゃないんだ。私、今日早く起きちゃって、
結果的に迷惑になっていなかったことにホッと胸を
しかし、そんなこちらの決意を、続く彼女の言葉は粉々に打ち砕いた。
「それに、私は君と一緒にいられる時間が長くなるならむしろ嬉しいな」
しかし、ずっとこちらが照れていれば
そして照れた花音はさっきの発言など
「うん。せっかくのお出かけだし、楽しもうね」
そこそこ無理のある
他者と比べて圧倒的に道に迷いやすい花音は、こちらと
それから休日ゆえに混雑していた電車に詰め込まれ、人の流れのまま吐き出されて改札を通り抜けた頃には、体力を最大値の半分程度ごっそり持っていかれていた。そんな状態でも決して解けなかった手を少し
「わあ…!すごい人だね!」
高めのテンションが滲み出ている彼女を見て微笑ましく思いつつ、入場券を買って長い列に並ぶ。
ある程度待つであろうあいだに、なぜここに来たかったのか花音に
「ここの水族館はね、くらげの飼育数が日本で一番多いんだよ。他の場所じゃ見れないような子もいるから、絶対1度は来てみたかったんだ」
「もしかして君もクラゲに興味を持ってくれたの?嬉しい!ここには本当にいろんな子がいるんだけど、その中でも代表的なのは…」
あっという間に置き去りにされた解説に終止符を打ったのは、列の終着点である水族館の入り口にいたスタッフさんだった。
入場券の確認を求めるスタッフさんにまとめて買った2枚を差し出すと、代わりに
一度途切れた流れを再び
「行きたい場所あったかな?もしあるなら、先にそっちに行ってもいいよ」
特に行きたい場所があるわけではないが、あんなに楽しみにしている彼女よりこちらの意見を優先していいものかと、思わず訊き直してしまったこちらに、彼女は
「私1人じゃ絶対ここまで来れてないし、私の
その言葉を聞いた時に湧き上がった極小の感情の名前を、自分は知らなかった。怒りや悲しみでもない、確かな熱を帯びる感情のまま、力なく笑う少女の手をほとんど無意識で握り直す。無理して一緒に来たわけじゃないからお詫びなんていらないと、少し強めな声が
「・・・そうだよね。変なこと言ってごめんね。…ありがとう」
こちらの発言を受け止めた彼女との
抑えることのできない生理現象のタイミングの悪さを心底恨んでいると、花音は小さな子供に向けるような優しい笑顔を浮かべた。
「見て回るより先にご飯にしよっか」
その提案に顔を赤くしながら黙って頷くこちらにもう一度微笑みかけた彼女は、しっかりと繋がれた手を引いて歩き始める。しかし、彼女が絶大なる方向音痴だったことを思い出したのは、さまざまな魚が行き交う水槽に囲まれた道をしばらく
案内してくれたスタッフさんが置いていったお冷を口につけるものの、満足する
水族館らしく、魚の形を型どったものが多い料理の写真を見つめ、片面の大部分を
紫の瞳とぶつかった視線を咄嗟にずらしつつ、さっきからこちらに同じような温かい視線を送ってくる彼女に、自分を見てて楽しいか訊ねると、彼女は簡単に首を
「うん、好きな人ならずっと見てても飽きないよ」
ドストレートな理由に頬を
空腹のスパイスが効いたはずのオムライスも、舌への味覚の伝達は
こちらに少し遅れて食事を終えた花音と、次どこに行くかで話し合ってからレストランを出る。行き先がこの水族館に来る第一の理由となった場所なのに関わらず、彼女が浮かない顔をしている原因を、またもやこちらに対しての罪悪感のせいだと
「無理して付いて来てないのは、さっき言ってもらったからわかってるよ。でもだからこそ、私は君にも楽しんで欲しいんだ。・・・だから、私に
かつてないほど真剣味を増した表情で問いただしている彼女に、こちらも躊躇いなく首を振った。
別にこちらは、水族館にいる生き物で特段好きな生き物がいるわけではない。それに、見て回る分にはレストランまでの長い道のりで充分満足できている。
・・・そんな理性的な言い分は、正直そこまで大きな割合を占めているわけではない。本当の理由は、それとは真逆の直情的なものだ。
口にするか散々葛藤したが、前者の理由を述べても彼女の思慮を払うには足りない気がしたので、腹を決めて口を開いた。
—・・・花音と一緒ならどこでだって楽しい—
思ったよりずっと小さくなった声量を拾った彼女がなんらかの反応を示す前に、
飛び交う雑多な声に紛れていた微笑の
しばらく囚われたままだった思考を手繰り寄せてなんとか取り返したあと、隣の少女に同意を求めるべく口を開こうとした。しかし、未だ幻想の世界に
周囲の存在や流れていく時間も忘れて、目の前の光景へと沈み込んでいるあいだも、手のひらから伝わってくる温もりだけは鮮明に感じ取れた。
「ご、ごめんね…。こんな時間まで居残っちゃって…」
夜の帳が下り切った街を背景に、電車は微々たる揺れをベースに大きな揺れを織り交ぜながら走る。
振動の
あれからどんどん人がいなくなっても、集中力の切れたこちらと違い、彼女は旅立った世界から帰ってくる兆しすら見えなかった。
閉館時間が迫っているのを知らせるアナウンスが館内に流れてもそれは変わらず、やむなく声をかけ、
今日初めて見る彼女の
2人並びには座れないものの、吊り革に掴まっている人は自分たち以外いない現状が大きく変化しないといいなという理想は、扉のガラス部分から
「ひゃっ!」
正面から押し付けられる柔らかな感触と
彼女からもこちらを抱きしめているという事実が頭を
「あ、あのね…。吊り革、空いてないし…、しばらくこのまま掴まってても、いい、かな…?」
赤一色に頬を染め、少し
ぼそりとお礼を言ってから胸に顔を埋めてきた花音とその
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
そして、この小説史上最も間隔の空いた投稿になってしまって本当に申し訳ありません…!!当初の予定ではゴールデンウィークに花音ちゃんとマスキさんのお話を書いて連投しようと淡い希望を抱いていたのですが、まさか誕生日から6日経って投稿することになるなんて思いもしてませんでした…。連休全てをリサ姉に取られたなんて事実、GW前の自分に言っても絶対に信じないと思います。
次のヒロインは美咲ちゃんの予定で、投稿日は来週までには出せるように頑張る所存です。執筆速度撃遅の作者ではありますが、愛想尽かさず待っていてもらえると幸いです。
最後に、お気に入り登録をしてくださったみなさん(たくさんの方にしていただき、嬉しい限りです!)、星9を付けてくださったDottperuさん(高評価に恥じない作品を書けるよう頑張ります!)、花音ちゃんのリクエストをくださったShun1114さん(リクエスト告知のアドバイス、本当に助かりました!)、そして後書きに最後まで付き合ってくださったみなさん、本当にありがとうございました!!
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もし美咲ちゃんと付き合っていたら…
ある秋の月末、法に触れない限りどんな格好で外を
しかし、やる気も集中力もままならず、今日一日で何度も見た敗北を告げるリザルト画面ににうんざりしてゲーム機を
周囲の
そんな祭典に、自分も最近できた彼女、
なので
彼女の言いつけを守るべきという考えと、少しぐらい
目指す場所に近づくごとに増していく黄色い声たちに引っ張られるように、歩調は自然と速くなっていった。
予想以上の
込み上げてくる
なんと、ピンクのクマがDJをしていたのだ。
バク転しながら平然と歌を歌い続けるボーカルや、一挙一動で女性からの黄色い声援を飛び交わせるギターなど、明らかに他の人たちとは一線を分けた人物がいるが、ステージに立つ5人中4人が
だがしばらく経ち、
着ぐるみの人が扱っている
自分は音楽にそこまで流通しているわけではないが、それを
己の
ボーカルのぶっ飛んだ発言に
聞き覚えがある、どころの話ではない。その声は、つい昨日この場に来ないよう告げてきた声と
半信半疑の自身の予想によって湧き上がった、
最高潮に沸き上がった観客の中で
アンコール曲も終了し、大盛況のままステージは幕を降りた。
どうやら全体的な出し物もこれが最後だったらしく、機材を片付けるスタッフたちを背に、人々は出店を回り直す、または帰路に着くため、まばらに散っていく。行き先はバラバラなのに、その面々には決まって満足げな笑みが浮かんでいた。
魔法にかけられたかのように、周囲が一糸乱れぬリアクションを見せるのに対して、自分だけはその
夕色を
・・・なぜ、ステージの上から彼女の、美咲の声が聞こえたのか。それについては、予想だけならなんとなくできている。
しかし、彼女の言動を見る限り、自分がそこまで踏み込んで良かったかがわからない。もしかしたら彼女は、すっぱり全て忘れることを望むかもしれないという予知が、こちらの頭を
しばらく考え込んでいると、夜風に肌を
「・・・なんであんたがここにいるの?」
真正面から浴びせられた問いを、回しに回して
「・・・ちなみに、いつ来た?」
不気味な
「そんな終わるギリギリの時間に来てなにするつもりだったの…」
確かに、今
先の2問とは違う理由で伝えることを
勢いはほとんどゼロだったが、いきなりの
音となってそれを示したこちらに彼女は、呆れた声でやっぱりと呟いた。
「まったく…、その様子だと、どうせろくなもの食べてなかったんでしょ」
普段なら返答に
すぐさまかぶりつきたい欲求をなんとか抑えてパンを半分に割くと、
口の中に
「いやお腹空いてるんでしょ。私の分はいいから」
そう言ってこちらが差し出していた左手を押し返した美咲に、本当にいらないのかもう一度確認を取ったところ、さっき違うもの食べさせられたから大丈夫と、苦い顔をして答えるので、あまり深く追求はせずにふわふわもちもちのパンと
「あんたって…、変なところ
「無理して私の約束守ろうとしたり、自分のもの分けようとするやつのこと。・・・別にそこまで私に気を
・・・確かに、今日のことを
それを伝えるべく、彼女が送ってくる視線をしっかり受け止め、キッパリとかぶりを振ったのち、掛け値ない本心を宙に
—好きな人に喜んでもらえるのなら、少しくらい無理したくなる—
言い終えたあとに小っ恥ずかしいセリフが口から飛び出していったことを
一瞬で
いつもの呆れた表情をしているだろうと、脳裏になんとなく浮かび上がっていた想像は、耳の先まで真紅に染めた彼女を見て跡形もなく消滅した。
予想と180度違った代償で身も心も
「み、見んな!ていうかいきなり変なこと言うな!」
さっきまでの
再び訪れた声のない時間はしかしして、両者のあいだに吹く夜風の温度は完全に別物だった。
それから
彼女の家の延長上にこちらの自宅があることを知っているからか、自分が隣を歩くことに彼女は特段言及を飛ばさなかったが、相変わらず肌を撫でる風の冷たさは変わらぬままだった。ご機嫌斜めな彼女を放置してこの空気を明日
「・・・じゃ、またね」
唸り声を喉に秘めながら考え込んでいるうちに、いつの間にか彼女の自宅前まで歩いてきてしまったらしく、美咲はこちらにひと言投げかけるのみで、視線すらくれずにドアの方へと
結局策などひとつも浮かんでいないが、このまま別れるのが1番マズイのがわからないほど思考能力は死んでないので、彼女が
せめてもの誠意を見せるために、限界まで腰を折ったこちらの頭上に、しばらくしてから今日何度も聞いた大きなため息がのしかかった。
「・・・別に怒ってない。いきなりあんなこと言われて驚いただけだから」
彼女の声が途切れてから、少しずつ視線を上昇させていく。長い時間をかけて前を映した視界の中には、いつも通り呆れに内包されて見えづらくなってはいるものの、優しい光を確かに宿らせた瞳でこちらを見つめていた。
気付かぬうちに強張っていた全身がゆっくりと
振り返り様にどうしたか
「・・・今はまだ言えないけど、いつか、あんたに伝えたいことがあるからさ。その時は、お願いね」
こちらがなんらかの反応を示す前に、パタンという音に続いてドアの施錠音が僅かに鼓膜を揺らす。
美咲がなにを伝えようとしているのか、それを知るのは彼女本人のみで自分は漠然と想像することしかできないが、夕焼けに照らされたステージを見ていた時から胸につっかえていたなにかは、今はその存在を
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
そして、またもや更新間隔が大幅に空いてしまい誠に申し訳ございません…!!流石に次の投稿はここまで期間が空かないようにします…!ヒロインは沙綾の予定です!
そしてもうひとつ謝罪したい件が…。作者の活動報告で募集していたリクエストを、この話の投稿日から一時的に締め切らせていただきます。
理由は主にふたつありまして、ひとつは送られてくるリクエストの数が作者の想像以上に多く、このまま募集し続けると、応えるのが大幅に遅れてしまうリクエストが増えてしまうからで、とりあえず今は送られてきているものを書き終えようと思っています。これから送ろうとしていた方には大変申し訳ないのですが、どうかご理解の方をよろしくお願いします。
そして2つ目は、この作品以外で新たに新連載を上げたいなー…と、漠然とした願望を叶えたいからです。これに関してはまだどんな内容にするか、原作をBanG Dreamにするかも定まっていないので、年内に叶うかも疑問ですが、もしよかったら楽しみにしてもらえると幸いです。
最後に、お気に入りに登録してくださったみなさん(名前の表記は割愛させていただきます。本当にすみません…!)、星9評価を付けてくださった鋼のムーンサルトさん、斉藤努さん(おかげさまで評価バーがまたひとつ長くなりました!)、美咲ちゃんのリクエストを送ってくださった天呆鳥さん(1ヶ月以上待たせてしまい、本当にごめんなさい!)、そしてこの作品に目を通してくださったみなさんのおかげで、UAが40000を突破しました!本当にありがとうございます!!これからも応援よろしくお願いします!!
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もし沙綾と付き合っていたら…
実際、休日なのにも関わらず、
外からにじり寄ってくる湿気が
晴れていればジョギングや犬の散歩をしている人たちが数回横切るのだが、雨雲が空を支配している日は決まって、
人の温かさが
決して嫌いではない
取って代わられたものに
腹の虫を鳴かせる原因の発生源であり、空の機嫌が悪いなか歩いてきた理由でもあるパン屋の、青みが深い緑色の屋根が作った水を知らないレンガ造りの地面にくっきりとした足跡をつけると、
「おはよう。こんな天気の中お疲れ様」
まだら模様をレンガの上に
「前から言っているけど、少しでも都合が合わなかったら手伝わなくても大丈夫だからね」
もう何度聞いたかわからない彼女の
しかし、それを伝えて今以上に心の底を
「ここじゃ
特に考えることもなく首を上下させて
雨の
外に用があるなら自分と一緒に中に入ってくるわけがないし、それなら外に出てくる理由なんてないのでは、そんな問いかけに彼女は、何故か少し
返答を
「好きな人を出迎えたかったから…かな」
認識するのに多少のラグがあったその発言が思考に溶けた
普段なら軽い会話を挟みつつこなす開店前の
モップを握る両手を動かすと並列に、自らの
結局、有効な思想など手にすることすらできずに床を
見つめ合う状況に
目の前の少女見せた予想外のリアクションに置いてけぼりにされたこちらに向かって、沙綾はさっきまで
「君、さっきのこと気にしすぎだよ。そんなに好きな人って言われたのが恥ずかしかったの?」
軽く口にされただけで少しテンポが上がる胸の
「まあ、否定しないけど…。そもそもあれは、出来れば自分で気づいて欲しかったなぁ…」
こちらの言葉への返答ついでに投げられた彼女の
・・・確かに、あんな少し考えればわかるようなことを気付けないなんて、彼氏彼女の関係上なら
この開店前の作業を手伝うと名乗り出たのが自分であれば、持続を望んだのも自分だ。そのくせしてこっちの都合で放り出すことなど許されないと、自らの心の奥から絶えず湧き上がってくる感情を
前から差し伸べられた手が、
なされるがままになり、完全に正面を見た途端、純粋に誰かを心配する真っ直ぐな優しさを
「・・・ごめんね。そんな顔させるつもりで言ったわけじゃないんだ」
ゆっくりと言葉を
「・・・もし辛いことがあったなら、言って欲しいな。解決することはできなくても、寄りかかってもらえるくらいなら、私にも出来るから」
そんな
喉に詰まっていたものが、口をほどいた風船のように
「ねえ、今日は上で一緒に食べない?」
上、2階建てとなるこのお店で、彼女とその家族が暮らす
家族の人たちとは、
それに、行き着く先は赤の他人である自分が、家族の時間に割り込むことに対して言い難いほどの
「遠慮しなくて大丈夫だよ。さっ、こっちに階段あるから」
しかし、こちらがなんらかの
真っ直ぐ伸びる
「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ作っちゃうから」
こちらの言い分を聞かずして、沙綾は台所の方へ向かってしまう。台所と居間は壁で
当てもなく周囲を
「じゃあ鍋見ててくれる?私、
弟と妹の名前を出す彼女の頼みを、一瞬
ドアの開閉音が
彼女の
2人の少年少女が母親と
あれから沙綾は、起こすと言っていた弟と妹はもちろん、それに加えて彼女の母親を連れて戻ってきた。
慌てて機械的に味噌汁をかき混ぜていた手を止め、わかりやすいくらい体を
流石に純と紗南は驚いていたが、完成した朝食が食卓に並んだ頃には、すっかりいつもの調子でじゃれてきて逆に戸惑っていたこちらに、少し遅れてやってきたお父さんに毎日食べに来ていいと言われた時には、頭が取れるんじゃないかと思うくらい強くかぶりを振ってしまい、大人の2人には笑われ、未成年組はわりと真剣に残念がっていた。
食事中にもう一度同じことを言われた際には、とりあえず保留にさせてもらったが、果たしてどう答えるのが正解なのだろうか。
「手伝おうか?」
あとは拭くだけだから大丈夫と断るこちらに、彼女は
「でも、拭いたあとどこに食器しまうか分からないでしょ?」
的の中心を正確に貫いた指摘に言葉を詰まらせ、力なく頷いたこちらを見て短い笑みを零す彼女に、なら自分が拭くからそれをしまっていってと伝えたのだが、なぜか彼女は隣に居座って食器を拭き始める。
「2人でやった方が効率いいよ」
効率
一旦手を止め、段々とくすぐったくなってくるそれを注ぐ少女にどうしたか訊ねると、彼女は飾り気のない笑顔を
「いや、さっきよりは元気そうで良かったな〜って」
特に
彼女はひどく情けない顔をしていたであろうこちらの心情を察し、案じてくれたのだろう。胸のうちに広がっていた
そんな強引な行動の裏を読み解けたあと、真っ先に口から零れたのは、彼女の優しさに対する感謝でも、申し訳なさからくる謝罪の念でもなかった。
—沙綾は強いな—
彼女は強い。1人で自分が背負いたいものを背負えるくらいに。悪意など
「・・・強くないよ」
そう強く思い込んでいたからか、彼女がすぐに否定のかぶりを振ったことには
「私は1人だと弱いまま。それでも強くいられるのは、みんなが、家族が、そして君が隣にいてくれるからだよ」
彼女の言葉に思わず、自分も入っているのかと
「まあ、分からなくてもいいよ。ただ、知っててね。私の隣には君が必要なこと」
そう言って微笑む彼女に頷き返してから、
ちゃんと気持ちを伝えることができたことには少量の
「・・・なんかさっきの、プロポーズみたいだったね…」
吹けば飛んでいくくらいの小さな声の呟きによって危うく食器を落としかけたこちらに、普段なら投げかけられるであろう零れ落ちた微笑は、いつまで経っても空気を揺らさない。
静まり返ったこの状況をどうにかして打破したい気持ちがあるものの、さっきの働きが幻だったかのように、喉は言葉を発する機能を停止させていた。
「そ、そっか、うん…。・・・私も、同じ」
隣同士でどう頑張っても視界に収まってしまう、耳の先から首元まで一部の隙もなく赤くなった彼女と、同等以上に赤面してるであろう自分とのあいだを
未だ去らない雨の足音や、居間で響く黄色い声をやたら遠くに位置付け、自らの心臓が忙しなく飛び跳ねるリズムだけが強い印象を刻んで再来した無音の時は、一度立ち去る前に持っていた息苦しさを捨て、代わりに倒れそうになるほどの熱を持ち帰ってきた。
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
そして、更新が大幅に遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした…!!普段の超遅行執筆もひとつの理由としてはあるのですが、1番の戦犯は、データが吹っ飛んだというわけではなく、納得いかないゆえにこの話を一度丸々書き直したからです。
・・・はい、なに馬鹿なことしてるんだと言われることはわかっています。しかし、山吹 沙綾ちゃん、本当に書くのが難しかったんです…。具体的に言うと、恋人同士というより夫婦感が出てしまい、この2人結婚してない?みたいな感想しか湧かず、流石にそれはタイトル詐欺もいいところなので、やむなく書き直したわけですが、筆を動かしているうちに話がどんどん長引き、いつのまにか作者の想像を遥かに超える8700文字オーバーまで膨らんでしまい、それと比例して執筆日数も増えていってしまいました…。作者の勝手でみなさんを待たせてしまい、本当にすみません…!
そしてもうひとつ謝罪を…。前回の後書きでリクエスト終了の理由をふたつと書いたのにも関わらず、ひとつしか書いていませんでした…!完全に書き忘れです!ふたつ目の理由は新連載を書きたいというもので、ジャンルどころか原作をなににするかも定まっていませんが、もしよければ楽しみにしていてもらえると幸いです。
そして次の投稿なのですが、間違いなく来月になってしまうと思われます…。せめて上旬までには出せるよう頑張りますので、気長に待っていてもらえると助かります…!ヒロインはこころちゃんになる予定です。
そして最後に、お気に入りに登録してくださったみなさん(たくさんの人たちにしていただき、本当に嬉しいです!)、星9を付けてくださった希望光さん、天下不滅の無一文さん(付けてもらった評価に恥じぬものを書き続けられるよう頑張ります!)、感想を書いてくださったポッポテェ… さん(久々の感想にテンションが上がってしまい、返信が長文になってしまいました…。申し訳ありません…!)、沙綾ちゃんのリクエストをくださった春採 慎吾さん(待たせてしまった分、少しでも楽しんでもらえていたら幸いです!)そして、後書きまで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました!!
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もしこころんと付き合っていたら…
そんな明度がスタンダードな街の中央には、壁より1段と豪華に飾り付けられているステージの上にいる5人組のバンドが、人の子ひとり入り込めない密度で並び立つ観客を
自分も、金色の
正確にいうと両親には自分も誘われはしたものの、チケットの抽選の結果がまだ出ていなかったので断ってしまい、その次の日に
そんな事情により見事に予定が無くなった自らの運の無さを呪いつつ、空白の時間を埋めるようにケーキショップの日雇いバイトに精を出しているのだが、さすがクリスマス当日ということあって、行列は絶えぬわケーキは飛ぶ勢いで売れるわで仕事の手が一向に止まらず、遠くから
正直、恐ろしい仕事量に処理能力が追いつかなくなりそうだが、その分入ってくる額は日雇いにしては破格の金額なので、
数字に
あれから、まるで遠のくことを知らなかった客足は全てのケーキが売れるまで
この現象はケーキショップに訪れていたお客さんの種類で、なんなら情報としてはずっと前から知っていたのだが、ケーキを買いに来た人たちの中には家族連れも多かったし、そもそもクリスマスのこの時間帯に外に出ることなど今の今までなかったので、ここまで胃もたれしそうな空間だったなんてまるで想定していなかった。
自然と足取りが早くなるなか、聞いているだけで恥ずかしくなってくる言葉がするりと耳に忍び込んで来るたびに、胸から
こういう日はさっさと帰って寝るに限ると、
疲労が溜まりに溜まった足がその負担に耐えられるはずもなく、呆気なく地面にうつ伏せたこちらに、歌声を聞けなかったのを悔やみに悔やみ、先の
「どうしたの?もしかして疲れていたかしら?」
コンクリートに叩き付けられ、訪れた長い痛みの
「それは大変だわ!そうだ、歌を歌いましょう!歌えばきっと元気になるわ!」
胸にはジリジリとした痛みが残っているが、冬の中でも今日は特に寒さが激しい
「パーティなら昨日やったわ!とっても楽しかったわよ!」
それはよかったなと返答しかけてから、なぜにここにいるのかという問いに対する答えが手にできていないことに気付き、もう一度
あんな派手に押し倒された現場を目撃されれば、無意識下でも視線がそちらに固定されてしまうのは自然な事象なので、周りの人たちに文句を言うつもりはないし、イロモノを見るような不快な肌触りのものは一切ないのだが、流石にここまで注目の的になっているのにも関わらず、立ち話ができるほどハートが強くはない。目の前の少女は、まるで意に介さずに笑顔を浮かべ続けているが。
とにかく、この状況に自分は耐えられないので、彼女の手を引いてとりあえずこの場を去り、人目を
自分のような一般人なら気にしすぎだと
しかし、あとのことはもうどうにもならないので、せめてそれを繰り返さないよう、彼女がこの場にいる訳を知るのは少し
「もちろんいいわよ!早速行きましょう!」
拒否するわけないと言わんばかりの眩しい笑顔で即答する彼女と一緒に駅に向かうべく、頭の中にここ周辺の地図を広げていると、突然、右手のうちにあった心の手のひらから伝達していた温もりが、一層強く伝わってくる。
ここ最近でもわりと寒い部類に入る今日に、なんの対策もせずに白い肌を晒す
先の周囲の目を気にする云々を
普段通りの元気な振る舞いでこちらに話しかけてくる、こちらの胸の
何故かやたら気疲れしたように思える帰路を最後まで歩き終えて自宅に着いた頃には、夜はすっかり更け、目がチカチカするほど壁を
「お邪魔するわよー!」
バイトの肉体的疲労ものしかかってすっかり
「
少し残念そうに首を傾げる彼女の言葉に苦笑いしつつ、両親の不在とその理由について話すと、こころは金色の長髪を飛び跳ねさせながらこちらの前に駆けてきた。
「じゃあ私たちも同じことをしましょう!そうね…、まずはなにか食べましょう!私、ケーキが食べたいわ!」
こちらの
突然のリクエストに少々面を食らいつつも、現在進行形で
しかし、それで彼女が他のなにかをしようと言い出すとは思わないので、なるようになるだろうと、若干の
なにか作る気なのであろうこころが冷蔵庫を開けるのと僅かな差で彼女に追いついた自分が、それなりの期待を持って中を覗くと、そこには予想を遥かに
・・・なにもない。肉も、魚も、野菜も、
今すぐ電話して問いただしたかったが、そうしてもこの
「・・・なにもないわね」
ここ最近どころか彼女と出会ってからでも片手で数えられる程しかない感情の沈みを
調味料や
「・・・ホットケーキミックス?一体なにかしら?」
まさかのホットケーキを知らないこころに驚愕を覚えたが、よく考えてみればホットケーキは
しかし、名前にケーキと付いているだけで、彼女の下向きになっていた気持ちを持ち上げるには充分だったらしく、瞳のうちには未知への好奇心が
その期待に少しでも応えられるポテンシャルが、ホットケーキに秘められていることを祈りながら、冷蔵庫の中にあった食材へと手を伸ばした。
最初は絶望的だと思っていた晩ごはんは、自分が見つけたホットケーキの他にも、こころの興味を
時より大きなあくびを挟みながら、頭を支えるので精一杯になっている自分がソファの背もたれに体を預けていると、まだまだ元気そうなこころがすぐ隣にどさりと腰掛ける。楽しそうに舌鼓を打つ姿が
いくら寝ぼけていても、年頃の女の子がこんな時間に異性の家にいるのがマズいことだと判断する知性は
「今日は泊めさせてもらおうと思うの!家にはさっき電話したから大丈夫よ!」
もう
「そうだ!見せたいものがあるの!」
それより先に急に決まってしまっている宿泊の件についてしっかり
彼女の無茶振りに巻き込まれるのはもう慣れ切っているし、何なら楽しいことも多いので許容可能なのだが、今回ばかりは実行する前に相談してくれと、彼女にお願いする目的で吸い込んだ息は、一気にカーテンを取り払われたことにより
しばらくのあいだ、突然訪れたホワイトクリスマスに見入ってしまっていたこちらに、こころは大きく
「ようやく笑顔が見られたわね!」
彼女にそう指摘されてから、自らの口角がわずかながら上がっているのを意識し、思わず恥ずかしさに囚われてしまっていると、こころはにこにこしたまま、すっかり忘れていた疑問を
「今日はあなたの笑顔が見たかったの!最近、元気がなかったじゃない」
ライブの抽選が当たらずに
「ええ!だからあなたを笑顔にしてあげたかったんだけど、逆に私が笑顔にさせられちゃったわ」
笑顔を
「他のみんなと遊ぶのも楽しいのだけれど、あなたと一緒にいると、みんなといる時とは違う気持ちになるの」
なんでかしらね。そう
抗うのは不可能だと悟り、隣の少女にもう寝てもいいか
「おやすみなさい…、大好きよ」
彼女の
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
そして、前回までとはいかないものの、2週間強も待たせてしまい、本当にすみません…!連載当初は週1ペースで投稿できていたのにも関わらず、ここまで間が空くようになってしまった理由を自分でも考えてみると色々出てきてキリがないのですが、来月にはどうしてもやりたいことがあり、余裕のあるスケジュールにしたいので、今月はあと2話は上げたいとは思っています。次のヒロインはパレオちゃんの予定です。
最後に、お気に入り登録をしてくださった方々(名前の記載は省略させてもらいます。申し訳ございません…)、星8を付けてくださった敬助さん、星9の評価をしていただいた神埼遼哉さん(高評価に応えていけるよう、これからも努力させてもらいます!)、リクエストをくださった春はるさん(遅くなってしまい、本当にごめんなさい…!)、そして、後書きまで最後まで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました!!
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もしパレオちゃんと付き合っていたら…
肌を
行き交う人々の進行を邪魔しないよう
彼女の笑顔に釣られて口元が
しかし、令王那はそこから次なる会話に
最初のデートから毎回されるこの行動に、初めての時はどう対応すればいいか分からずフリーズしてしまったが、流石に何回か経験を重ねてきた今なら、何を要求されているかわかっているので、ひとつ
「ふふっ、ありがとうございます♪」
いくら言っても
玲於奈が
「今日はゲームセンターに行きたいんです!バンドメンバーが話していたゲームをやりたいんですけど、2人で出来るものだから、キミとやりたいと思って」
いいですかね?そう確認してくる少女に
これも、彼女と出かけている時には毎回していることなのだが、自分が
「じゃあ、いきましょうか」
いつになったら慣れることかわからぬ自分に苦い笑みが
入り口付近に設置された両替機で、2人して一枚の札を10枚の金貨に変えたのち、
「あっ!ありました!」
バンドやってるし音ゲーとかなのかな、などと、安直な予想しかできない自分の隣の少女がどこか
「はい、そうですよ。・・・もしかして、ゾンビとか苦手でしたか?」
彼女の問いにすぐさまかぶりを振ってから、なんか意外だったからと、胸の中になった感想を率直に
「ははは…、まあ、確かに私のイメージとは合わないですよね…。でも、私も意外とこういうのに興味があるんですよ」
たどたどしく
盛大な電子音と共に切り替わった画面を見たのち、振り返った少女の瞳は、強めの光が飛び交うこの施設の中でも、確かに煌めいて見えた。
言葉にせずとも、早くプレイしたいと物語っているその視線に
ざっと見てみたが、十字キーや決定ボタンの類は存在せずに銃型のコントローラーが2つあるのみだったので、この手のゲームをやったことのない身としてはどうするべきがわからずに令王那へ視線を送ると、彼女は銃をホルスターから引っこ抜いて画面に向け、赤色のターゲットを銃口の先に出現させた。そのまま2人プレイのアイコンへターゲットを合わせて引き金を引くと、銃声と共に画面に操作説明が表示される。
令王那が進行方法を知っていたことにほっと胸を撫で下ろしつつ、操作説明を食い入るように凝視すると、特に複雑な操作が必要になるわけではなく、敵に弾丸に当てればダメージが与えられ、頭に当てればさらに大きくHPを削れる、残弾の6発を打ち切るとリロードされるまで攻撃不可というものだけで、全部で5つあるステージの奥に存在するボスを全て倒せばゲームクリアの、初見の人にもやりやすい設定となっていた。
「もう進めてもいいですか?」
ルールが飲み込めたところで、頷いて令王那に
「ふふーん♪下調べはしっかりしてきましたから!全部のステージをクリアするつもりで行きますよ!」
自分の想像よりずっとやる気だった令王那が、 銃を握っていない
・・・しかし、実力とは気合ではなく、経験や知識と直結するもので、どちらも持ち得ていない自分は彼女より先にHPが尽きてしまい、大部分を令王那1人で戦わせる事態となっている。
それはチャレンジ回数5回目となり、初めて
しかし、元々2人プレイのゲームとして敵の数が設定されているため、1人で全てのゾンビを
「あー…。負けちゃいました…」
画面に向けていた銃を下げる彼女が、回数を重ねるほどにしょんぼりしていくのを目の当たりにしていくと、罪悪感が
「いえいえ!むしろ知らないゲームにここまで
助けた10倍は救われているのにも関わらず、優し過ぎるフォローをかけてくれる少女が直視できずにいる
「一旦休憩にしませんか?私、少しお腹すいちゃいました」
その提案を聞いた瞬間、こちらがお金を出して少量でも負債を返済しようと考え、
「いえいえ、今日付き合ってもらってるのは私ですし、
自分が訊ねたのは食べたいものなのに、出費を
「・・・わかりました。なら、食べるものは君が決めてくださいね」
2度目の質問で今度こそ食べたいものはなにか訊き出そうとしていたこちらに、令王那は予想外の条件を突きつけてくる。正直、そんなことを言われても自分は今特段食べたいものがあるわけではないので、出来れば彼女に決めてもらったほうがこちらとしても助かるのだが、ここで彼女から無理に意見をもらおうとして勘定
ジャンクフード特有の空腹の自覚を誘う
こちらが選んだものでいいと言ってくれたのだから、その通りの采配を振るのが正解なのかもしれないが、どうせ食べてもらうなら、玲於奈がより喜んでくれるものを選びたいと思ってしまうので、自分の
そんな自分勝手な疑いのある思考に
しかし、休日の小腹が空いてくる時間帯だからか、短くない列がレジ前から伸びていて、さらにそれを形成するのは自分とは異性の人のみという、なかなかに違うお店を選ぶ理由を考えたくなる状況だが、あの場所以上に令王那を喜ばせられるような出店は見つけられないので、
結論から言えば、周囲の反応は予想していたものよりずっと軽度なもので、自分の思慮が無駄に
もしかしたら、令王那への
とりあえず足を止めて様子を
少し前まで顔に目いっぱい浮かべていた感情とは反転するその顔色に、床に張り付いていた
周りの視線が集まってくるのを肌身で感じながら、追い打ちをかけるように煌めく赤色の瞳と目が合ってしまい、じっとりとした汗が背に
確かに大きな音を響かせたのはマズかったかもしれないが、別に故意でした行為なわけではないしと、誰に言うものでもない言い訳を胸の内で零してから、口元を意識的に湾曲させて右手を振ったが、
自分の直感が針を刺す場所を探している
「すみませんいきなり…ってええっ!?」
いまだ選定途中の謝る理由のうち、どれに対して彼女が苦い思いをしているのかがわからないまま頭を下げていると、困惑と焦り混ざり合い、どこか呆れがほんのり帯びた声が落ちてきた。
「・・・え、えっと、とりあえず顔を上げてください」
その通りに元の高さに戻した視線の先にいる少女は、声質と同じ感情が顔に示されており、続く言葉は隠し味程度だった色が幅を利かせている。
「なんであなたが謝ってるのかは割と予想がつきますけど…。私、別に怒っていませんよ」
完全に
いきなり距離を縮められて顔に熱を籠らせるこちらの瞳に対し、少女は一ミリたりとも目を逸らすことなく口を開く。
「私に気を遣ってくれるのは嬉しいです。でも、私のことを気にしすぎて自分の声を飲み込むのはだめですからね」
わかりましたか?そうひと
「あの、すぐに連れ出してしまった私が言うのは変かもしれないですけど、・・・さっき鳴っていたアラームは確認しなくて大丈夫ですか?」
ほとんど意識の外に追いやられていたことを指摘され、硬直、焦りの思考の
「なら、早く受け取りに、他にも楽しいことをいっぱいしに行きましょう!」
ついさっき同じように連れられたのにもかかわらず、重心が前のめりになるこちらへ、ちらりと見せた少女の表情は、目を細めるほどまぶしい笑顔だった。
「はぁ~、今日は楽しかったですね~…」
すっかり紺色に染まった空の下で、一人の少女は月に背を向けて器用に歩きながらぼそりと呟く。
文末に若干の
ゲームオーバー画面の前で令王那と約束を交わした時を、
「今日は私に付き合ってくれて、ありがとうございました。すごく連れまわしてしまったので、迷惑だったかもしれないですけど…」
乾いた笑みを響かせる令王那に、大きくかぶりを振る。連れ回されたと言えば二重の意味でそうかもしれないが、それで迷惑なんてことは絶対になく、むしろ今日一日楽しめたので、むしろこっちが感謝したいくらいなのだから。それに元はといえば、バタバタした理由を作ったのは自分で…。
そんな思考を
「またなにか我慢しようとしていますね!」
若干の痛みを与えながら左右への伸び縮みを繰り返させて令王那は自白を強要させてくるが、こればかりは本当に言っていいのか断言できない以上、
「・・・まあ、そこまで言いたくないならいいです」
そう腹を決めかけた矢先、眼前の少女はやけにあっさり手を降ろした。同時に口から飛び出た
閉ざしていた口をすぐさま開き、思いっきり頭を下げながら謝罪をするが、少女はあくまで変わらぬトーンの声を頭に投げかけた。
「・・・あなたがここまで気を遣うってことは、何か理由があるってことですから。別にそこまで気に病む必要はないですよ」
だから頭を上げてくださいという、少し柔らかくなった声のままにしたのち、どこかで話せたら話したいというセリフの代わりに、謝罪の言葉を重ねるこちらへ、令王那は呆れと諦めがブレンドされた吐息で返答する。
本当は一度飲み込んだ言葉を伝えたい。しかし、彼女の優しさに甘えた結果、彼女を傷つけることだけは、絶対にしたくないのだ。
—本当に、ごめん…—
それでも、本質は令王那を想っての意思決定だとしても、彼女からしてみれば交わしたばかりの約束を破られたわけなのだから、こちらが責められてもなんの不条理もない。
そんな思考だけが頭の中にぽつんと残っている状態で零れた声は、泣きじゃくる子供のように情けなかった。それでも、それでも、ただ謝罪の言葉を重ねるしか、彼女に誠意の伝える方法を、今の自分は思いつかない。
「・・・ごめんなさい。ちょっと意地悪でしたね」
突如ぐいっと顔を持ち上げられ、もう一度同じように震わせようとした喉にあった空気が、胸の奥へ還っていく。視界の全てを独占する少女の表情は、胸に詰まる感情が涙になってしまいそうなくらい優しいものだった。
「私がキミに意見を伝えて欲しいのは、キミに苦しくなってほしくないからです。口に出すのが嫌なら、無理やり言葉にしないでも大丈夫。私は、キミに笑ってて欲しいだけですから」
そう言う少女の微笑みに連れられるまま、自分も口元に笑みを宿す。それは酷く不恰好なものだったが、令王那は満足気に大輪の笑みを見せると、こちらの腕に自らの手を絡めて身体を預けてくる。
寒さ引き立つ夜でさえ、強い熱を分けてくれる、少し駆け足気味で、とても愛おしいリズムが、ずっと隣にあるよう願いを込めて、少女と手を強く繋いだ。いずれ大輪へと成る未熟な
こんにちは、エノキノコです。まずは、この小説を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
そして、本当にお久しぶりです…!前回の更新が7月11日ですから、実に40日も待たせてしまい、誠に申し訳ございませんでした…!!お気に入り登録も減ってるだろうと覚悟しておりましたが、むしろ増えていてびっくりしました…。こんな筆の進みが遅い作者を見捨てないでくれた読者の方々には、本当に感謝の念でいっぱいです。本当にありがとうございます!
そして、次の投稿なのですが、おそらく来週中には上げます。色々と初の試みをしてみているので、皆さんのニーズに合うかは分かりませんが、良ければ楽しみにしていてくれると幸いです。
最後に、お気に入り登録をしてくださっている皆さん(これからもよろしくお願いします!)、星8を付けてくださったテレフォン31さん、春はるさん(高い評価を付けていただき、光栄です!)、星10評価を付けてくださった碧翠さん、でっひーーさん、おたか丸さん(投票できる数に限りのある星10が知らないあいだにここまで増えていることに驚いてます…!)、感想をくださった春はるさん、ポッポテェ…さん(作者の励みになっています!)、そして、久々の後書きを最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました!!
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もしリサ姉が付き合っていたら…
最初に浴びた時には早く終わるよう願った
「はぁ…」
今日だけではなく、1週間前から何度も
このまま1人で悩んでも状況は好転しない、それは分かっているし、なら誰かに助けを求めればいいということも理解してはいるのだが、この悩みを誰かと共有するのは少し、いやかなり恥ずかしい。
「彼氏に会えなくて
他者のいる空間では絶対声に出来ない悩みをぼそりと
—最初は、ただ彼と一緒に出かけたいだけだった。アタシにはRoseliaの練習やコンビニのバイトがあり、夏休みと言えど無くなることのない予定は彼と過ごす時間を確実に
目の
幸いすぐに誤解は解けたものの、
「・・・でもまあ、無理だっただろうなぁ…」
あんな空気感では間違いなく場が持たず、ただ時間を
しかし、
わざわざ毎日電車を乗り継ぐわけにもいかないため、店長の家で寝泊まりすることになる
それでもメッセージも届くし電話も通じるので、最初のうちは今までとあまり変わらないと自分を
だが、いつまでも
しかし、何度
結局あんまり寝た気になれないまま夜が明け、
家なら
切り替えがしっかりできたおかげか、今日は集中力が短いスパンで途切れることはなかったが、それでもふとした時に彼のことが頭によぎる。そのたびに仕事に
「ご来店ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております!」
所有権の
仕事のかき入れ時の関係上、お昼ご飯が入っていないお腹は、少し力を入れていないと大きな音を響いてしまいそうで、遅めの昼休憩を検討するも、仕事に集中していた時には
「・・・いけないけない!今は仕事中だし、集中しないと!」
どんどん
重ねるたくて重ねたわけじゃない経験は、止まる予兆もなく育ち続ける不安をこの場でどうにかできないものか四苦八苦しながら考えるより、無難に仕事に打ち込んだほうが意識を逸らせるという結論にたどり着かせるのみだった。
「もうひと働き、しちゃいますか~…」
「・・・つーっと」
「ひゃわっ!?」
気を紛らわせるべく商品の品出しをしようとした直前に、背後からいきなり首筋をなぞられる。身構えていなかった自分は思わず変な声を出してしまい、その様子を同じ学校の1学年下の後輩で、同僚の中でも特段気を許せるバイト仲間の青葉 モカが、後ろに向けた視線の先でしてやったりとほくそ笑んでいた。
「だめですよリサさーん。モカちゃんの前でそんなぼーっとするのは、いたずらしてくれって言ってるようなものですから~」
「えっ、そんな気が抜けてた?アタシ」
言われるほど集中力を欠いていた自覚のないアタシが、つつかれるや否や間髪入れずに問いを投げかけると、モカはゆったりとした口調とは裏腹に、すぐさま答えを投げ返す。
「はいー。何度か声かけても反応が返ってこないくらいぼーっとしてましたよー」
「ほ、ほんと?無視してごめん…」
どうやら仕事に集中するあまり、他のものに気を
「モカちゃん傷ついちゃったなー。これはリサさんのお弁当のおかずをひとつ、いや、ふたつはもらわないと立ち直れないな~。・・・というわけで」
「ちょ、モカ!?」
こちらが返事をする前に、するりとこちらの背後に回ったモカに背を押され、問答無用で休憩室へと歩を進ませる。彼女の咄嗟の行動にあたふたしている合間に、誰もいない部屋に足を踏み入れたアタシへ、マイペースな少女は
「さあさあ、早くお弁当出してくださいね~」
未だ整理をつけられていないアタシを差し置き、モカは自分のロッカーを開け、自身の昼食を両手に抱えてこちらを向くと、胸に抱く4つのパンを近くにある机に散りばめ、席に着く。いくらパンが好物とはいえ、女性にしてはだいぶ多い昼ご飯を映していた緑色の
「おー、相変わらずおいしそうですねー」
「そ、そうかな」
あまり手の込んだものは入れられなかったお弁当の中を
口端を仄かに持ち上げる彼女の表情からして、失敗せず作れていたのをくみ取れて内心ほっとしながら麦茶を
「それで…彼氏さんとなにかあったんですか~」
「んんっ!?・・・な、なんのこと…?」
今胸の内にある悩みを的確に撃ち抜いた質問により、口に含んでいたお茶が気道へと舵を切りかける。それをなんとか阻止して本来の進路に戻したのち、もはや手遅れな素面に
「前にリサさんバンドのことで悩んでたじゃないですかー。ここ数日のリサさん、あの時のすごい思いつめた顔と似た表情してるなーと」
普段は
「リサさんは、もう少しわがままでもいいと思いますけどねー」
「えっ…」
すぐ空気に溶けて消えてしまった言葉は、アタシの意識の奥深くで大きな
「今日何日か、覚えてますか?」
「えっと…、8月の24…だっけ」
さっきの
焦りが背を
「大丈夫ですよリサさん、あたしの予想では遅くても明日には、彼氏さんの方からコンタクトがあるはずですから」
「え、えぇ〜…、ほんとに…?」
「はい〜、モカちゃんの推理は百発百中ですよ〜」
今の質問からなにか得たらしいモカが、やけに自信満々のドヤ顔と共に
「・・・ありがと、モカ」
「いえいえ〜、また彼氏さんとの
「うん、わかっ・・・え?」
自然と口にしたお礼の要求に対し、流れのまま
「ねえ、モカ…、惚気話って…」
「ああ、リサさんってバンドやメンバーの話題以外だと、彼氏さんとの話しかしなかったんですよー。でも最近、めっきり話題に上げることがなくなったので
チョココロネの
・・・そこから先の事象を、熱暴走した脳はほとんど記憶しなかった。ただ、過去最高に集中が
「お母さん~…、ただいまー…」
バイト終わりの帰り道。いつにも増して押し寄せてきた気疲れを見ないふりして駆け抜け、ドアに背中を預けたまま浅い呼吸が落ち着いたのちに絞り出した声に、空腹をくすぐる香りを漂わせながらリビングのドアから出てくるなり、
夕陽が溶けた空を瞬く
外とほぼ変わらない高温高湿度の場所なのに、不快感など入り込む余地のない空間でひと
冷たい雨水がみるみる温水に上書きされていくのを感じながら、今日1日で
「ふ〜…」
無意識に脱力しきった声が出てしまうほどの幸福感が身体を包み、溜まった疲れも一気に溶けていくのだが、まっさらになった胸の内から、近年稀に見るレベルで恥ずかしかった指摘が浮き上がってきた。声にならない叫びがお風呂場に短くこだまし、お湯に顔の半分ほどを沈めながら物思いにふける。
・・・確かにモカの言う通り、話の内容が
そこからあーでもないこーでもないと頭の中で
なら自分で考え出すほかないと思い直した矢先、頭に熱がこもっていることを自覚した。思ったより早く時間が流れていることに気づき、このままじゃのぼせてしまうと慌てて湯船から体を起こす。
続きは部屋で考えようと水玉を滴らせながら浴室を出ると、すぐ近くにある棚からつまみ出したタオルで拭き、湿った髪をドライヤーで乾かすこと数分、予め置いてある寝巻きに袖を通して脱衣室を出て真っ先に視界に映ったのは、ドアを開ける寸前のお母さんの背中だった。
「お母さん、どこいくの?」
「あ、リサ。今日はいつもより長かったわね」
「あー…、今日は普段より疲れてたからかも」
恥ずかしい思想の全容を伝えるわけにもいかず、茶色の長髪をたなびかせながら振り返ったお母さんの指摘に引きつった笑みを浮かべる。幸い母はアタシの反応を「あらそう」のひと言で片付けると、自身の質問で上書きしていた問いに答えた。
「それが交通機関が止まったらしくて、お父さんが職場から帰ってこれなくなっちゃったのよ。だからちょっと迎えに行ってくるわ」
「そっか、雨ひどそうだし、気をつけてね」
アタシの
「・・・そうだ。ご飯はラップしてあるけど、さっき出来上がったばっかだから温めなくても食べれるから」
かなり荒れた空の
甘塩っぱいタレを纏った絶妙な焼き加減の鰤をおかずに、白米に手を伸ばす。付け合わせの
手のひらを合わせて食後のあいさつを小さく呟き、さて食器を洗おうかと腰を持ち上げた瞬間、インターホンが鳴り響く。
お母さんが忘れ物でもしたのかと一瞬考えたが、それならわざわざインターホンを鳴らさずとも自前の鍵で開ければいい。僅かな
「えっ!?」
画面越しに確認した玄関前には、本来そこにいるはずのない人物の姿があった。驚愕の声を溢しながら抱いていた懐疑心を放り投げ、慌ただしい足取りで玄関へと向かう。
鍵を開けるのもまどろっこしく感じながらドアの先には、右手に持つ傘が意味をなさなかったのか、服の所々が色濃くした思い人が、こちらの姿を見てぎこちない笑みを浮かべた。
「き、着替え、ここに置いておくね」
さっきまで自分が入っていた浴室でシャワーを浴びる少年に言葉をかけつつ、すぐ見つけられそうな場所にお父さんの服を置く。返ってきたお礼の言葉にぎこちなく口を動かし、足早に脱衣所を後にした。歩幅を縮めることなくリビングへと逃げ込み、放置していた食器を流しへ持っていくが、泡立たせたスポンジをいくら食器に擦り付けていても、気が紛らう予兆はない。
—あのあと、遠方にある海の家に泊まり込みで働いているはずの少年に対して色々な訊ねようとした直前、彼が大きなくしゃみがこちらの出鼻を挫いた。のちに少年が大きく身体を震わせるものだから、とりあえず疑問を棚上げして、すぐ帰ると言う彼を無理やり家に向かい入れて有無を言わさずお風呂に入れたのだが、もしかしたらこの行動は変な誤解を招くのではないだろうか。
着替えを借りる
慌てて全ての泡を排水口へ向かわせ、拭いた食器を棚に戻すと、ソファに横たわる。相変わらず忙しない働きを響かせる心臓をどうにかしようと思考を深めていると、全く
「い、いやいや、入るよう言ったのはアタシだし、お礼なんて…あはは〜…」
ぎこちない口調で
「は、はい!」
「・・・これは…?」
状況が飲み込めないアタシが零した疑問に対し、彼は緊張感を
「でも、なんで今日に…?」
しかし、なぜ当日ではなく今日なのか。悪天候に見舞われてもなお、遠方から時間をかけてでも渡しに来たのには、相応の理由があるはず。今この瞬間まで誕生日を忘れていた
「・・・そういうの、イヤ」
疑問が解けた今、本来ならプレゼントくれた彼に伝えるべきお礼の代わりに零れた言葉は、少年の表情を驚愕、焦りの順で浮き彫りにさせてみせる。そんな彼のわずかに揺れる瞳をしっかり見つめながら、胸に
「アタシは、キミとの時間を前座みたいにして終わりにしたくない。アタシにとってキミとの思い出は、家族やRoseliaのみんなと作るものと同じ、ぞんざいになんて扱いたくないから」
・・・彼の気遣いは、きっと的外れなものではない。
—・・・ごめん—
しばらく|漂[ただよ》った沈黙を破ったのは、数度の瞬きで揺らぎを消した視線を真っ直ぐこちらに向けた少年だった。先の自分勝手な
「い、いやいや!アタシも久しぶりに会えたからってちょっと変なこと言っちゃったし!」
撤回する寸前にこんな反応が返ってくるとは
ひと月足らず会わないだけで会話がここまで難しくなることに
「そっか…。玄関まで送るね」
まだ行かないで、もう少しだけ一緒に。喉の奥まで出掛けて飲み込んだ願望の代わりに、せめてもの願いを言葉にしたアタシは、口を閉めたリュックを背負い直す少年を見送るため、胸に袋を抱いたままソファから立って彼のすぐ背後をついて行く。どれだけ足取りを遅くしても数十秒で辿り着いてしまった玄関に座り込み、
「ううん、仕事だから仕方ないよ。頑張ってね」
少なくとも別れを
「・・・・・」
彼の言葉が皮切りとなり、抑えつけていた感情が隙間から一滴ずつ溢れ出していく。最初は返事や頷きをさせないよう口と首を固定するに止まっていた感情は、やがてある行動を指し示すことで、アタシを大きな葛藤に
・・・この行動は、今日の彼の努力を無に還してしまうものだ。さらには目の前の少年に更なる苦労を与えてしまうものであり、それを口にするのはどうしても
彼に対する気配りと、自身の本音。ぶつかり合う二つの感情どちらを優先すればいいか分からず、
『リサさんは、もう少しわがままでもいいと思いますけどねー』
・・・いいのかな、少し、わがままになっても…。
友人の言葉に後押しされて大きく
「これは、明日渡してほしい。どれだけ時間がかかってもいい、一瞬会うだけでもいいから…。だから、お願い…」
彼にこちらの行動を訊ねられるより先に、自分から口を動かし喉を
そうしてしばらく顔を持ち上げることができなかったアタシの手のひらを、音もなく温もりが触れた。続いて了承を伝える言葉が、強い意志を含んだ声に乗せられて耳に届く。
まるで予想していなかった結果に動揺を隠せなかったアタシが、持ち上げるだけにも時間がかかった視線の先にあった瞳は、アタシ1人が寄りかかったところでびくともしなそうなほど、力強い意志が灯っていた。
「あの、えっと…」
なにか言うべきだと思ったが、伝えるべき言葉は形にならずに口から零れて、大した意味を持たない字面を並び立てる。なかなか考えを固められない自分に歯痒さを覚えながらも、必死に想いをまとめようとしていたアタシに、眼前の少年は微笑みかけ、言った。必ず明日、リサに会いに行くと。
「・・・うん、待ってる」
こねくり回していた感情を置き去りにしてひとつ頷くと、自然と口元は緩やかな曲線を描いた。久しぶりに浮かべた作り物じゃない笑顔に対して、彼は強く頷き返し、アタシの手から袋を受け取る。類を見ない悪天候の中、わざわざここに足を運んでくれた意味を無に帰されたのにも関わらず、少年は不満など一挙一動にすら
相変わらずの空模様が広がるドアの向こうが、ひとつの音が鳴り響くと同時に視覚から完全に姿を消す。雨音をしばらく
滞ることなく流れる記憶の本流を止めようとして、思わず軽く頭を振ると、いつもは空振りで終わる行動が、暗い
「・・・お礼、言えてなかったな…」
荒れた天候にも怯まずに足を運んでくれ、アタシのわがままを嫌な顔ひとつせず受け入れてくれた少年に対し、謝罪の言葉を重ねていれど、感謝の一つも口にできていない。
自分の意志を押し出すかについてしか考えられず、簡単な、しかしなによりも重要なことを言葉にするのを忘れていたアタシ自身に対し、強烈な嫌悪感が湧いてくる。あったはずの言うタイミングを何度見逃した鈍感さにも、確かな怒りを抱く。
だが、いつもなら頭の中を支配するはずの黒い靄は、こちらの思考を惑わすことはなかった。
それはきっと、未だ耳に残った少年の言葉のおかげ。明日会えるという約束が挽回の機会があることを示唆して、凹んでいる暇などないと教えてくれる。
—明日は絶対、感謝の気持ちを伝えよう。今日の分はもちろん、今までの分も全部、届くように。
そう強く決意してから踏み出した足は決して軽くなかったが、前を覆う靄が無き歩みは、少しだって遅くなることはなかった。
こんにちは、エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
そして、またもや投稿期間が大幅に空いてしまい、誠に申し訳ございません…!現実の方で色々あり、精神的に少しきつい状況だったので、執筆する気力が湧かない期間がありまして、そこから回復しても、ただでさえ遅い筆がしばらく書いていなかったツケでさらに遅くなり、こうして作品を一つ書き上げるのにもかなりの時間を要する事態になってしまいました…。さらには連絡も
そしてもう一つ、謝罪すべき事が…!前回のパレオちゃん回で、ヒロインの苗字である鳩原の振り仮名を、《にゅうばら》ではなく、《はとはら》と表記していました…!完全に知識不足です…。紗夜さんに続いて2回も同じミスをしてしまい、すみませんでした…!そしてそのことを教えてくださったラウ・ル・クルーゼさん、本当にありがとうございました!
そんな多大な迷惑をかけてしまった身として図々しいかもしれませんが、小説本編の方にも触れさせてください。
このタイトルの他のお話を読んでくださっている方々にはお分かりでしょうが、今回のお話はタイトル初のヒロイン視点となっております。さらには前書きに書いております[もしリサ姉と付き合っていたら…]の続きだったり、ヒロイン以外にもセリフに「」が付いていたりと、かなり風呂敷を広げて書いてみました。結果、地の文とセリフの接続やキャラの言動に違和感を感じた方もいるかと思います。そういう方は感想などでご指摘して頂くと、おそらく次があるであろうヒロイン視点の話へ反映できるので、もし良ければお願いします。
そして次の投稿ですが、ヒロインはモカちゃんになると思います。もう半年以上前に募集したリクエストをこれ以上待たせるわけにはいかないので、年中には全て書き終えたい願望があるのですが、なんせこの作者の筆の遅さは投稿の間隔でお察しの通り激遅なので、達成できるかはかなり怪しいところではあります…。しかしここで挑みすらしないのは、待ち続けてくださった読者の皆様に失礼だと思うので、できる限りの手は尽くします!期待はしないでお待ちください!
最後に、こんな長い間音沙汰がない小説をお気に入り登録してくださった皆さん(減るどころか増えていて感謝の思いでいっぱいです…!)、星9評価をつけてくださった武大563さん、藤木真沙さん、智如さん(評価に恥じない小説を書いていけるよう、頑張ります!)、星6評価をつけてくださった月の向日葵さん(これからも精進します!)、感想をくださったポッポテェ…さん(毎回書いていただき、嬉しい限りです!)、そして、過去最長の後書きを最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました!!
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