大仏の兄は飄々としている (奈良の大仏)
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序章 大仏たいき
プロローグ


勢いで書いてます。
ヒロイン募集中。
アンケートで決める方針。


 ———その男はあまりにも浅はかで、あまりにも飄々としていた。

 

 

 

「みんなー、あそぼー!」

 

 甘ったるい変声期前の子供の声。

 何が面白いのかひどくニヤついたその笑顔は、誰彼構わずあたりを明るくさせる。

 それが自分にはない一種の才能なのだと自覚するには、当時の私ではまだ無理があった。

 

「すみません。私は別にみんなと遊びたくないので遠慮します」

 

 しっかりとした拒絶の言葉を放ったのはこれが初めてのことではない。

 多分同じクラスになってから両手両足の指では足らぬ程、このやりとりは繰り返した。

 それなのに男はニヤついた笑顔を消そうともしないで、私の腕をとりそのまま運動場へと引き摺り出す。

 迷惑。鬱陶しい。面倒臭い。嫌悪。負の感情が胸中に渦巻いては私の心を犯していく。

 その度に男は「ははは」と乾いた笑みを浮かべ私の気持ちを踏み躙って弄んだ。

 

 

 

§

 

 

 

「告白すれば?」

 

 そんな昔の事を思い出してしまう程、私から話を聞いて告げた言葉は簡素なものだった。

 男は私の顔をまじまじと見つめながら、初等部の時から変わらない童顔で笑っている。

 はっきり言うと神経を逆撫でされる表情。

 園児から「お姉ちゃんの胸は小さいね」と馬鹿にされた時並に腹立たしい。

 

「話聞いてた?」

 

 不満げな感情を表に出すためにも、私はわざと声に怒気を孕ませた言い方をする。

 普段であればそんな事を人前でしないのだが、目の前の男であればそれも気にしない。

 それに今この教室には誰もいないのだ。わざわざ外壁を作る必要も感じなかった。

 そのせいか彼は私の発言を冗談と受け取ったらしく、ぴしっとサムズアップして見せた。

 

「もちろん。つまりかぐやは御行のことが好きで、付き合いたいってことでしょ?」

 

 ……やはりこの男は何も人の話を聞いていなかったらしい。

 私が彼に話したのは「どうすれば会長が私に屈服するのか」である。

 そこに「私が付き合いたいと思っている」という願望は入っていなかったはずだ。

 仮に私の話を聞いていたとしても、それは当初の話から大分趣旨が挿げ替わってしまっている。

 だから、このバカにも分かるように話の軌道修正を行わなければならない。

 

「話を変えないで。私は会長が告白してくれば付き合ってあげても良いと思ってるだけ」

「それはつまり好きってことじゃん?」

「違うわよ」

「いや絶対に違ってないよ」

「違うっていってるじゃない!」

 

 はあはあと肩で息を切らせながらふと気がつく。

 告白してくれれば付き合ってもいいと思うのは、つまり好きであることの裏返しとこの男は言った。

 であれば逆説的に私に対してそう思っている会長は間違いなく私のことが好きなはず。

 結果、そういう状況に持ち込めばこの恋愛頭脳戦は私の勝利に収まるのでは?

 妙案が閃いたとしか言い様がない。

 

「ねえ。私、今良いことを思いついたの」

「あ、通報したわ」

「なんでよ!?」

 

 バンっと机を叩けば乾いた音が鳴る。

 男はそれを見てくつくつと面白そうに笑うと、わざとらしくスマホを仕舞い、一本の人差し指を目の前で立てた。

 これは昔から彼がよくする癖のようなもの。

 意味はその時によって異なるが、今回は少し落ち着けという意味なのだと私は察した。

 

「かぐや。周りくどいやり方じゃいつまでも進展しないぞ。良いのか?」

「あなたのやり方もダメでしょ」

「いや。俺はこれでも彼女いたことあるし」

「知ってるわよ。でも長続きしていないじゃない」

 

 そうこの男、幾人の女性と付き合ってはみんな長続きしていない。

 最短記録は何と脅威の30分。中等部の時に私に報告してきたから今でも覚えている。

 正直、それは交際としてカウントするのか微妙ではあるけど。

 

「でも経験はかぐやより豊富だ。その俺が言うんだから、君の意見より重みはある」

 

 ぐうの音も出ない正論とはまさにこのことを言う。

 私の恋愛観なんて所詮、今まで彼氏がいなかったモテない女とそう変わらないのだ。

 いくら私が我が物顔で弁舌したって、実のない話に価値はない。

 だからこの男が言っている「さっさと告れ」はある意味正解なのだろう。

 認めたくはないが、こと付き合うという目標に達する最短はその工程で間違いない。

 間違い無いのだが……。

 

「私だって……されたいもん……」

 

 自分でも何を言っているのか分からなくなるほど顔が熱りだす。

 タコが茹で上がるときのような、トマトが赤く熟したときのような、真っ赤な私の顔。

 水の入ったヤカンでもおけば、一瞬にして水が沸騰しそうなほどの熱量を帯びている。

 男はそれをケラケラと笑い私の肩を何度も叩くと、目尻に溜まった涙をそっと拭った。

 

「ういやつめ。あー、かぐやはめんこいのー」

「何よ、馬鹿にして」

「馬鹿になんてしてないわい」

 

 私の反論も話半分で聞き流し、わざとらしい爺さん言葉で男ははぐらかす。

 何年経ってもやっぱりこの男は変わらない。

 出会った時から今日に至るまで、この男は飄々としている。

 

「じゃあ、そろぼち時間だし行くわ。また明日な、四宮かぐや」

 

 男は腕時計で時間を確認しながら、机の上においていたカバンを手に取り立ち上がる。

 私もそろそろ生徒会室に行こうとしていたし、今日の談義はここまでのようだ。

 

「ええ、今日はありがとう」

 

 飄々としているからこそ私は彼との関係を続けられている。

 どれだけ距離を離そうとどれだけ刺々しく接しようと彼が全く気にしない人間だから。

 今では会長との関係性を真摯に聞いてくれる唯一の男性意見者。

 そして私が唯一誇れる男友達。

 

 それが———……。

 

「また明日。たいき」

 

 大仏たいきというムカつく男なのである。

 



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四宮かぐやは決めてもらう。

早坂ぶっちぎりですやん。
最初はツバメ先輩が圧倒的だったのに。
今は白銀妹とミコちゃんが追い上げてきてはるやん。


アンケート集計終了はこれの次投稿した時にします。


 ひゅうと穏やかな風が吹く。まだ夏前ということもあり風は少し寒さを運んでいた。

 今日も今日とてこの教室にいるのは2人の男女のみ。

 それが最早このクラスで一般常識になりつつあるのか、この常識が覆ったことはない。

 開いた窓枠に腰掛けているのは大仏たいき。

 秀知院学園難題女子の1人、大仏こばちを妹に持つなんとも食えない男。

 そしてもう1人は秀知院学園生徒会副会長の四宮かぐや。

 半年前から気になる男ができた彼女は、時折アホになってしまう残念系美少女である。

 そんな彼女達が今日話していることと言えば、これまたどうしようもなく仕様もないことであった。

 

 

 

 

「とりあえずフリフリでも着ていけば?」

 

 たいきは黄金色に変わりつつある空を見上げながらそう呟いた。

 今日、私が振った話題は映画館に行くためには何を着ていけばいいのか、について。

 今度の休日、会長と”偶然”にも映画館でばったり出くわすため、その際何を着ていけば良いのか男目線からのアドバイスをもらおうと思ったのだ。

 しかし、彼はあまりその話題に興味がないらしく、先ほどから返ってくる言葉はどれも投げやりなものばかりである。

 

「フリフリってなによ。私こう見えてあんまり服について詳しくないの」

「まあお前の場合、使用人が決めてるだろうしな」

「ええそうよ。彼女、そういうのに詳しいから」

 

 彼の言う通り、私はこれまで自分の服を自分で買ったことなどない。

 そのため服についての勝手を知っている訳もなく、また流行の知識など皆無に等しい。

 今シーズンはどんなカラーが流行っているのか、着こなしは何がいいのか。

 下はズボンがいいのか、それともスカートがいいのか。

 服装について一度疑問を持ってしまえば、そこから抜け出すのは非常に困難であった。

 そのため貴重な男からの意見欲しさに、今日も私はムカつく男友達に相談している。

 

「てか今更だけど、別に御行と一緒に行くわけでもないんだろ?」

 

 ふと何か思い出したのか彼は私にそう尋ねた。

 

「当然。待ち合わせなんてしてないもの」

「え、じゃあ、待ち伏せするつもなの? 普通に引くわ」

 

 そう言って彼は大袈裟なジェスチャーで私を罵倒した。

 ふふっ、目の前にいるこの喋る無能は何を言っているのかしら。

 私は会長が素直に誘えなかったのを哀れんで、わざわざ会いに行ってあげる側。

 待ち伏せに近い事はするつもりだけど、本質的にはまったく違う行為と言える。

 決してストーカーや変質者の類などではない。

 それを彼のような無能にも分かってもらうため、私自ら優しく諭してあげましょう。

 

「少しは歯に衣を着せなさい。まだ海開きもしてないのに沈みたくはないでしょ?」

「いや、こえーし。海開きしても沈みたくねーよ」

 

 彼はそう言うと、ポケットからスマホを取り出してカタカタと何か操作を始めた。

 

「てか、かぐやは一般人として映画館に行った事あるっけ?」

「無いわ。あなたや早坂、藤原さんと見るときなんかも大抵貸切か家だもの」

「だよな」

 

 彼はそれだけを言い終わると、スマホを見せながらサッと人差し指を一本だけ立てた。

 これから何かをしようとするつもりなのかもしれない。

 

「さて問題です。映画館を見るときの一般的なマナーや、常識を貴方が知っているでしょうか?」

 

 そう言われて少しだけ考えてみる。

 私は生まれてこの方、一度も一般の人たちに紛れて映画を見たことがない。

 つまりそれは身内と見るときのルールしか知らないということになる。

 例えば目の前の男と映画を見たとき、彼は最後絶対にスタンディングオベーションをする。

 駄作であっても良作であっても、彼は関係なしに完成した作品自体を称賛する。

 それが一般的なマナーや常識かと言われれば違うと断言できるだろう。

 現に、一緒に見ていた当時(初等部)の早坂は面食らっていた。

 つまりこれは身内だけのルールみたいなもの。彼だけのルールということになる。

 ならば一般的なマナーや常識とは何だろうか。

 

「微妙なラインね。多分、分からないこともないと思うけど」

 

 まあ、結局そう答えるしかできなかった。

 もしかしたら自分の知らないところで一般的なマナーが潜んでいるかもしれないのだ。

 いくら四宮家の人間と言えど、私は全知全能の神では無い。

 知らないことは知らないし、分からないことは分からないのだ。

 こういう時は素直に認めるのが一番である。

 

「油断するなよ〜。チケットの貰い方とか座席指定とか、かぐやからすれば未知の体験がいっぱいだぞ」

「? このチケットを入り口で渡すだけでしょ?」

「ほら。もう間違えてる。それを受付でチケットと交換して、見るための座席を選ぶんだよ」

 

「ちなみにこれが座席表な」と言って見せてきたのはスマホに映った何列何行もの表。

 ざっと200人は収容できそうなそれに私は納得する。

 

「これじゃ一緒に受付しないと会長と隣同士で見れないわね」

「そゆこと。まあ、初心者なんだから最初はかぐやも誰かと一緒に行くべきだと思うけどな」

 

 そう言って彼はそのままスマホをポケットの中へと入れ込んだ。

 確かに、彼が行ったこと全て納得のいく話である。

 無知であることは恥でないけど、無知であることを許容するのは恥。

 知らずば人に問えとは、まさに良く言ったものだと思った。

 

「なら練習がてらこれでも見に行くわよ」

「え?」

「最初は誰かと一緒に行くべきなのでしょ? それとついでに当日の服装も選んで」

「わがまま娘か、お前は」

 

 彼の意見なんて聞かずに私はどんどん話を進めていく。

 どうせ彼はこれから部活に行くか、家に帰るかの二択なのだ。

 彼女も今はいないと言っていたし、何か問題になることなんてないだろう。

 それに、どうせ私と彼が友達というのは学園では周知の事実だし、下手に勘違いされることもない。

 ついでに早坂でも誘っておけば、久しぶりに3人で遊べる完璧なプランだ。

 

「そうと決まれば善は急げね」

 

 そう言って私は嫌そうな顔をする彼の背中を押して教室を後にする。

 昔とは対照的な図式。

 私が彼を押し出し、彼を無理やり遊びへと連れ出していく。

 なんだかそのあべこべな事実が面白くて、つい私は笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃の白銀……

 

「何時に行けば四宮と鉢合わせる? 何時に行けば四宮と鉢合わせる? 何時に行けば四宮と鉢合わせる? 何時に行けば四宮と鉢合わせる? 何時に行けば四宮と鉢合わせる?」

 



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伊井野ミコは思い出す。①

聞いてください。
書きだめしていた7話までの話が全て消えました。
本当です。辛いです。
死にたいです。

てことで、アンケートの結果は下に書いてあるゾ。
非ログイン勢も見れるように書いてあげたゾ。


 それはまだ私が初等部の時。

 その日、私は初めての友達である大仏こばちちゃんと家で遊ぶ約束をしていた。

 しかしなぜか彼女は家に現れなかった。

 小学生の時だから、まだ相手に電話をするなんて考えも思い浮かばず、私はいつものように家で1人、来るのか来ないのかも分からない彼女を待ち続けた。

 けれどそんな日に彼は現れた。

 

『初めまして、君が伊井野ミコちゃんだよね?』

『そう、だよ?』

 

 何が楽しいことでもあったのか、何か面白いことでもあったのか、誰もが見惚れるような笑顔を浮かばせながら、彼は言う。

 私はその顔を見てすぐに合点がいった。

 

 ———ああ、この人がこばちゃんのお兄さんか。

 

 憶測でもなく、予想でもない。私は確信を持ってそう理解した。

 それは何故かって、そんなもの顔を見れば一瞬で分かる。

 彼の目元はあまりにも彼女とそっくりで、その宝石のような瞳に私は吸い込まれるような感覚を覚えたから。

 こばちゃんからその存在は聞かされていたけど、対面するのはこれが初めての事である。

 いつも彼女からは「兄は変な人」と聞かされていたため、私は彼に少し興味を持っていた。

 

 結論から言えば、確かに彼は変な人だった。

 最初はただただ不思議な人だなという印象を覚えた。

 常に笑顔を振りまいているのも理由の一つだが、彼はどことなく浮世離れして見えたのだ。

 ここにいるはずなのに、ここにいない。

 正面で話しているはずなのに、向かい合っていない。

 言葉にできないようなその感覚に、私はつい酔いしれてしまっていた。

 

『あ、そうそう。今日はごめんね。こばちがここに来れなくなった事を伝えに来たんだった』

 

 彼は思い出したように呟くと、私の目の前にある物を差し出した。

 それは見たことのない和菓子屋の包み。彼は「お詫びの品に」と言ってそれを渡してきた。

 一つ上の人にしては妙に気が利いているというか、大人びているというか。

 こばちゃんもそうだけど、やはり子役などをしているとそういうのが身につくのだろうか。

 そこからは自然な流れで彼を家にあげ、私は彼女の兄と話すことになった。

 結論から言うと、彼はとても話し上手であり聞き上手であった。

 私の話なんて同年代の子達は誰も真面目に聞いてくれないのに、彼は真摯に聞いてくれる。

 まるでこの場の主人公は君だよ、と言わんばかりの話の引き出し方だった。

 

『ママは紛争地域でワクチン配ってて、パパは裁判所で遅くまでお仕事。とっても大事なお仕事なんだよ』

『そっか。ミコの両親は素晴らしい人たちだな。ミコも鼻が高いだろ?』

『うん。私はパパやママが大好きだよ』

 

 こんなふうにこれ以上ない独壇場を渡されれば、誰だって必然的に会話を捗らせる。

 それは私だったとしても変わることない。

 子供からすれば世界の中心は自分のようなものだ。

 それこそ、理性がまだ確立されていない小学生ならなおのこと。

 だからこそ、ついつい調子に乗って”しなくて良いはずの話”までしてしまう。

 

『だから、私もパパやママみたいになるの……。ママとパパは悪くないから』

 

 私がふと呟いた言葉。

 みんながもっとちゃんとした人になってくれるようにするのだと、そう切に願う言葉。

 そうすればきっと、私は1人じゃなくなる。私の周りに人がいっぱい集まってくれる。

 パパやママだって学校行事に現れて、誰も嫌な思いをしなくて済む世界が作り上げられる。

 だからこれは詭弁でもなければ虚言でもない、私の本音。

 両親はみんなのために頑張っている。だからパパとママは悪くない。

 周りがしっかりしていれば、それだけ誰かが損な役回りをしなくて済むはずだ。

 誰かに皺寄せがきたり、誰かが不幸になったりすることなんてない。

 幸福の格差なんて糞食らえ。不条理や不平等なんて大嫌いだ。悪人がいるから善人が困る。

 悪人のせいで善人が損をする社会なんてあって良いはずがない。

 努力したものが報われない社会なんて存在して良いはずがない。

 もしそんな社会が現実だと言うのならそんな社会、———消えてしまえばいいんだ。

 

『んー、ミコのしたいことって本当にそれ?』

 

 だけどそんな言葉を吹き飛ばすかのように、隣にいた彼は不思議そうに言った。

 

『本当だもん……。私はパパやママみたいになりたい』

『んー、じゃあそこは本当なのか。でもさー、夢って普通笑いながら話すもんだと思うんだよ。ほら、夢って希望に溢れてるだろ?』

 

 講釈を垂れるように話す彼に私は何も言えなくなった。

 将来の夢。私のやりたい事。

 彼が言うように、私はそれに対し希望なんてものは膨らませていない。

 

『それなのにさ、今のミコは全然楽しくなさそうだ』

『っ!』

 

 楽しげに私のほっぺを弄る彼の瞳は、私の視線を釘付けにする。

 ヘラヘラと笑った彼の笑顔は、私の切り詰めた感情を溶かすように咲き誇った。

 

『よし決めた! 今から映画でも見に行こう!』

『えっ、急に!?』

 

 もう決めたぞーと言わんばかりに私を着替えさせようとする彼。

 やると決めたら即行動が、彼のモットーらしい。

 確かにこれは、こばちゃんが変な人と言うだけのことはある。

 

『教えてやる。この世は善悪だけが全てじゃないってことを』

 

 そうやって楽しげに笑う彼が眩しくて、儚くて……。

 けれどどこか月のように美しくも思えてしまう。

 私が悩んでいること苦しんでいることなんてそっちのけ。

 客観的に見ても、傍若無人なその態度はまさに天災と言えるのだろう。

 まあ、それでも———……、

 

『ミコ。弱音を吐きたい時は、吐いたって良いんだ。甘えたって良いんだよ』

 

 彼が連れ出してくれたこの日、私はたしかに救われたのだと思う。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「あ、お兄さん」

 

 学校で会うのは確か三日振りの顔に私は頬を綻ばす。

 いつも、こばちゃんからはその存在を聞いてはいるが、やはり会うのが一番、心安らいだ。

 お兄さんの方も私に気が付いたのか、軽く手を振って挨拶してくれる。

 いつも通り、言葉でこそ挨拶はしてくれないが、仕草や表情できちんと返してくれた。

 今はそれだけで十分である。

 

「どうしたの、ミコちゃん」

 

 すると後ろからこばちゃんが私の体越しに階段の下を覗き込む。

 そして、兄の姿を見つけた彼女は一気に機嫌を急降下させ、ふんと鼻で笑い飛ばした。

 

「あの変態か」

 

 彼女は自身の兄を、一週間ほど前からこうやって「変態」呼称するようになった。

 曰く寝込みを襲われたとか。

 お兄さんから詳しく話を聞いてみれば、「朝たまたま早く起きたから起こしにいっただけ」とのことだったが、思春期の彼女からすればそれ自体かなりキツかったのだろう。

 兄妹とはなんとも複雑な間柄である。

 お兄さんは怒った妹を見て気まずくなったのか、そのまま左の方向へと曲がっていった。

 こばちゃんはそれを見て、右の方向へと曲がろうとする。

 一応、風紀院の見回りルートは左なのだけど、これは何を言っても無駄な気がする。

 

「お兄さん良い人なのに。そんなに嫌ったら可哀想だよ」

「良いのは外面だけ。私が妹じゃなければ多分一生関わらない人種だったよ、あれ」

「そこまで言う?」

 

 仲がいいのか悪いのか、本当にこの兄妹は分からない。

 時々、休日にはデートしてるとか言ってたが。あれか、もしかしてお兄さんは財布なのか。

 私がそんなふうに考えていると、こばちゃんは丸眼鏡を外してため息をつく。

 彼女は顔がかなり良いので、それだけで扇情的な気持ちにさせられた。

 

「まず”名前”からして気に食わない」

 

 彼女はそう言って丸眼鏡をシートで拭い終えると、それを掛け直しスタスタと歩き続ける。

 私も彼女の言葉に何か返そうと思ったが、やはりやめて置くことにした。

 夫婦喧嘩は犬も食わないらしいが、兄妹喧嘩も犬は食わないのだ。

 

「……はあ、ミコちゃん。週末って暇?」

 

 幾許の間、沈黙していた彼女は唐突に私へ問うてくる。

 

「え? うん。昼からなら」

 

 私も週末は町内の清掃活動があるだけで昼からは暇なため、とりあえず首肯で返した。

 こばちゃんが誘うってことは、多分、映画を見に行くかショッピングのどっちかだろうし。

 あー、この前、新しい口紅が欲しいって言っていたし、もしかしてそれかな?

 

「じゃあ、映画見に行かない? お兄ちゃんが面白いって言ってたから」

 

 お兄さんが面白いと言っていた映画……か。

 私はそこで少しばかり想像してみる。

 お兄さんが基本的に好んでみる映画のジャンルは、アクションとホラー・パニック。

 ド派手な演出がされているものや、緊張感ある作品が好きである。

 逆に私が好きなのは、ラブストーリーやミュージカル。あと青春映画と……。

 まあ、つまり私の好きなジャンルじゃない可能性が高そうということ。

 サスペンスホラーとかであれば、まだ免疫はあると思うけど。(大抵乙一作品のせい)

 しかしそんなもの、目の前にいるこばちゃんが好き好んで見に行くとは思えない。

 大仏家の兄妹は良い意味でも、悪い意味でも好き嫌いがしっかりと分かれているのだから。

 兄が肉派であれば、妹は魚派みたいに。

 

「一応聞いておくけど、どんな名前の映画?」

「えーと、確か『とっとり鳥の助』だったかな」

「え?」

 

 ……いやいや、それ絶対地雷の映画でしょ。

 え? どんな映画? ストーリーはどう進むの?

 まずそれ何ジャンル? ハートフルコメディとか、そういう感じの映画?

 頭すっごい悪そうな映画に聞こえたのは私だけかな。興行収入とか1億もなさそう。

 

「すっごい、つまらなさそうなんだけど」

「私も最初はそう思った。けど、一応お兄ちゃん以外の人も絶賛してたし、少し興味沸いちゃって」

「それはそれでどうなの……」

 

 と、まあそんなこんなで私たちは最終的に映画を見に行った。

 感想としては、まあ是非とも見て判断してくださいっていう感じの映画。

 映画館では、見たことある男女2人を見たような気がするけど、多分気のせいだろう。

 こばちゃんもその2人を見て微妙な顔をしていたし。

 とにかく今はそれよりも、早くお兄さんに映画の感想でも送り付けようと、私はスマホに指をかけるのだった。

 




選ばれたのは早坂でした(まあ、ですよね)

1位 早坂愛   (53票)
2位 白銀圭   (34票)
3位 伊井野ミコ (23票)
4位 子安つばめ (17票)
〃  藤原千花  (17票)
6位 龍珠桃   (12票)
〃  大仏こばち (12票)
8位 石上優   (05票)⇦なんでやねん。
9位 白銀御行  (03票)⇦いやだから、なんでやねん。


ということで、早坂メインに方向が決定。
他の子達のルートは気が向いたら、この順番で描かれる。
ハーレムルート? 知らんがな。


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石上優はゲームをする。

今回の地の分は、かぐや様のアニメのナレーションを意識しております。
あのボイスで脳内再生してください。


 高校生とは青春を謳歌するための時期とも言える。

 アオハルともよく言われるこの時期に、色恋に興味がない男女は1人もいない。

 かぐや達の通う秀知院学園もその中の一つ。恋に頭を悩ませ、愛に心を踊らせる。

 そんな多感な高校生の中で、一際モテる男がいた。

 その名も、大仏たいき。

 親はどちらも超有名な芸能人。妹は秀知院学園が誇る難題女子の1人、大仏こばち。

 誰も彼もが見惚れる容姿を持っているこの男は、まさにモテ男と言っても過言では無かった。

 今まで付き合った秀知院女子生徒の数、なんと9人!

 今まで告白してきた秀知院学園女子生徒の数、なんと100人オーバー!

 秀知院が幼稚園から大学までの一貫校であることを鑑みれば、この数は脅威でしかない。

 あの大仏の友達、サッカー部エースの神童くんもこれにはびっくり。

 しかし、この異常なモテ度には実はからくりがあったりする。

 それがこの学園に存在する2つのピラミッドのうちの1つ、家柄によるピラミッド。

 ここ秀知院学園はその99%が金持ちの子息・令嬢によって構成されている。

 順位としては上から、「特級階級」「各界トップ」「官僚、宮仕え、大企業の役員」「医者、中小企業の社長、プロスポーツ選手」「外部入学(一般人)」。

 つまり、芸能人が親である彼は秀知院の中では実は下の方の身分なのだ。

 となれば必然、他の階級の女はこう考える。「あれ、これいけそうじゃね?」と。

 その手頃そうに見えるところから、この男、表面的に好意を寄せられることが多いのだ。

 実際、すごいモテるくせに本人にまでその好意が届いていない人間などざらにいる。

 例えば彼の妹を含む難題女子とか、四宮かぐやなんかもその部類と言えるだろう。

 それに引き換え彼に対する好意は向けやすい。

 だって彼女が9人もいたのだから、フラれない可能性が高いのだもの。(母数が多いことを誰もが無視をするけど)

 となれば必然、彼にはこういった話も舞い込んでくる。

 

 

 

「先輩、誰か僕に女の人紹介してくださいよ」

 

 女の子の斡旋!

 男だけの飲み会や、カラオケなどで女の子を呼びたい時、「お前モテてるからお前が呼べよー」とか「女友達多いからよろしく」と言われる時の、あれである。

 当然、大仏たいきもこういった話はよく舞い込んで来る。

 彼からすれば、そんなの自分で探せと言いたいのだが、それよりも思うことがあった。

 

『いいけど。優は俺が紹介する女の子でいいの?』

「あー……」

 

 石上優はそれを聞いて言い淀む。

 それもそうだ。今たいきが言ったのはつまり言い換えるとこういうことになる。

「俺が紹介する女って、つまり俺目当ての女が大半だけど、俺と競って勝てる?」

 普通の男が言えばただの嫌味だが、この男が言えば圧倒的強者の自信である。

 モテる男が紹介するということはつまりそういうこと。

 これが、女友達が多いだけの奴ならば話は別であったが、相手は秀知院学園高等部の女子、凡そ1/3から告白されている強者。

 そんな男と競おうとするほど、石上も馬鹿ではない。

 

「やっぱりさっきのは無しでお願いします。先輩と比べられたら堪りません」

『懸命な判断だなー』

「蟻と象が争うようなもんですよ」

『どちらかといえば、チーターと亀が競争するようなもんだな』

 

 そうやってくつくつと笑うたいき。

 反面、石上はそんな彼の反応に呆れながら、ちょうど今キルされた自分のクリプトを眺めてさらに深いため息をついた。

 

「すみません。階段上で殺されました。1パ来てますね」

『お、まじか。とりまバナー回収するわ』

「いざとなったらアイテム漁ってください」

『おけますー』

 

 そうやって呑気に返事をするたいき。

 石上は死んでしまったため、彼の操るデブったレイスをぼーっと眺めていた。

 

「そういえば、先輩って今シーズンK D(キルレ)どれくらいですか」

『んー? あんまし確認してないけど、多分6とか5くらいじゃね? いつも通りなら』

「野良パでもやってるくせによく保持できますね、それ」

『まあ、周りが化け物多いからな』

「ああ、確か藤原先輩と同じ部活の人でしたっけ」

『そう、寺島さん』

 

 そう言って思い出すのは一回のマッチで20人キルしていた女性。

 今年度行われるF P Sの大会に出るとか言っていたし、あれは自分とは別次元の存在だと石上は感じた。

 ちなみに彼の中ではもはや崇拝対象になりつつあったりする。

 

『あー、撃ち負けたすまん』

 

 そう言ってコントローラーから手を離す音が聞こえた。

 石上が画面を覗いてみれば、そこには3人の敵がレイスのデスボックスを弄っている。

 どうやらこの3人に取り囲まれて射殺されたらしい。哀れなり。

 

「仕方ないですね。3対1で勝つ方が無理ですし」

 

 石上の言う通り、3人に取り囲まれて生き残れるのは人力チーターくらいである。

 普通は上手く遮蔽物などを入れて、できるだけ1対1に持ち込むのがセオリーだ。

 3人同時に相手する輩は、それこそ馬鹿か最強である。

 レイスのウルトでも使って安全に引かせてほしい。

 と、そんなゲームの話はいいとして石上にある質問が投げかけられた。

 

『前から気になってたけど、なんで優はそんな彼女が欲しいの?』

 

 それはモテない男達からすれば地雷を踏み抜く一言。

 彼女持ちに言われると腹が立つ言葉ランキング堂々の1位!(嘘)

 それを大仏は最も容易く言い放つ。が、逆に石上も冷静になった。

 確かになぜ己が彼女を欲しているのか、それを明確な言葉へしたことが無いからである。

 そのため石上は少しの間考えてみる。己の欲求がどこから来るものなのか頭を働かせる。

 

「まあ……、僕だって多分誰でも良いから付き合いたいとか、童貞捨てたいから付き合いとかそういうのじゃないんですよ」

『……』

 

 ぽつりぽつりと語りだす言葉。それを大仏は黙って聞く。

 

「でも、リア充っていうんですか。恵まれてる奴らっていうんですかね……。そういう人たちを見てたら、ああこれが幸福なんだろうなって思うんです」

『まあ、満ち足りてるもんな』

「そうなんです。だから僕もその気持ちを味わってみたいんだと……そう思いますね」

 

 言葉にして気がつく自分の思い。

 それと同時に湧き上がる、「めっちゃ恋人」欲しいという欲望。

 今の彼であれば、どんな女が相手でもロミオとジュリエットの関係のように燃え上がるだろう。

 さっきの「誰でもは良くない」「童貞を捨てたいからじゃない」という言葉に突然嘘が芽生えた瞬間である。

 

『じゃあ、そこまで言うなら1人紹介してやろうか』

「っ、まじっすか!!」

 

 石上の感情の変化に気がついていない大仏は、普段は絶対に言わないセリフを口にした。

 つられて石上は立ち上がる。この先輩から紹介される女子など絶対ランクが高い。

 下の下みたいな地雷女子を紹介することもなければ、中の下のような中途半端な女を紹介されることもないだろう。

 石上はそこに安堵する。

 まあ、こんな考え方をしているやつに彼女なんて一生できるはずないのだけど。

 

「ちなみにどんな子ですか?」

『んー、真面目で人の話をきちんと聞いてくれる子』

「あえて外見は聞きません。その子でお願いします!!」

『うぃー。優も知ってる子だから、すぐに引き合わせられるよ」

 

 と、そこまで聞いて石上は嫌な予感がする。

 今、彼はなんと言った? 石上も知っている子と言った。

 さてはて、何をもって知っていると言っているのか。

 その定義にもよるのだろうが、石上はそこで自分が一番嫌な答えをあえて導き出す。

 

「先輩、聞きたいんですけど」

『んー?』

「それって、もしかして”い”から始まって”こ”で終わる女子ですか?」

『あ、分かったか? 相変わらず勘がいいな』

「よし、ちょっと今から先輩の家に火をつけにいきますね。まだまだ夜は冷えますし」

 

 そう言ってヘッドホンを外し、乾電池とアルミを用意すれば大仏からスマホに着信が入る。

 プレステの方で通話をしていたため、スマホからの通話は可能なのだ。

 石上はそれに出るか一瞬、真剣に迷ったものの、流石にやりすぎかと思い通話に出る。

 

「なんですか」

『流石に悪かった。もうしない』

「分かればいいんですよ。次はないですから」

 

 そうやって石上が告げれば、大仏はからからと笑う。

 絶対にまたやるわこの男。石上はそう確信した。

 

『はいほーい。でもミコの素って結構可愛いんだぜ。優も見たら分かるよ』

「そんなに言うなら先輩がもらってあげればいいじゃないですか。伊井野もそれなら喜びますし」

『俺? 俺はs———……』

 

 と、そこまで言った瞬間に通話が切れた。

 石上は毎度のことか、と慣れた様子でスマホの画面を暗くしゲーム画面へと向き直る。

 電話回線を使った通話はインターネット回線を使ったLINE通話よりも優先される。

 設定を変えていない限り、この常識は覆されることがない。

 そのため大仏は、仕事や友人の関係上などから普段の優先順位の低い通話はLINE。

 優先度の高い電話は全て通常電話で行っている。

 多分、LINE通話が上書きされたと言うことは、今頃、いつもの後輩かLINEを使えないかぐやにでも呼び出されたのだろう。

 あと10分くらいは帰ってこないなと予想した石上は、一旦通信を切って野良パと1マッチ行うことにした。

 

 

 とまあ、そんな感じで30分くらい時間を潰していると……

『悪い悪い、仕事の話してたわ。合流する?』とプレステに繋いだヘッドホンに声が通る。

 

「大丈夫ですよ、今全滅させられましたから。僕がそっちに入り直しますね」

 

 そうやって全滅の文字と戦闘ログを適当に見終えると、ロビーに戻って合流する。

 すると見慣れないアカウントが1人、既に大仏とともにロビーで待っていた。

 

『あー、すまん。なんか勝手に入ってきてたんだわ』

『はろはろー。石上くん? だっけ。元気にしてる』

「その声はまさか……」

 

 それを聞いた瞬間、石上の脳が一気に覚醒する。

 天使の息吹。妖精たちの歌声。

 どう表現すれば良いのか分からないほどの激情に、石上はつい声を荒げてしまう。

 

「テラ子さん!!!」

 

 それは、石上の崇拝対象であった———。

 

『あははは、喜んでくれた。ほら、大丈夫だったでしょ、たいき』

『いや、いつも勝手に入らないでって言ってるじゃん』

『それは無理だよー。昨日私とマッキーの誘い断ったんだから、これくらいはね』

 

 T G部所属、秀知院学園3年生の寺島先輩。実は校長の孫だったりする、すごい人。

 そんな彼女がケラケラと笑いながら、この男臭いパーティーに入ってきたのだ。

 まさに紅一点。荒野に咲き誇る一輪の花。愛でる対象はただ一つ。

 これは流石の石上もテンションが爆上げ状態。

 クラブでダンスしている陽キャにも負けないくらいのハイテンションを叩き出す。

 さっきまで女を欲していた男というのは、この程度で喜んでしまうのか。

 

『よーし、じゃあ今日は5連ちゃんぽん取るまで寝れまテンしよっか』

『いや、俺は先に寝るぞ。オフの時は0時回ると活動限界迎える』

「貧弱ですね、先輩。僕は今メガ子さんのおかげで1日が48時間になりました」

『あはは、何それ面白いね。たいきが落ちたら石上君、2人で頑張ろっか』

「はい、喜んで!!!!!」

 

 こうして男2人と女1人の戦いは幕を開けた……。

 

 最終的な結果は9回中、7回ちゃんぽん。

 彼らが就寝したのは朝の6時である。

 ちなみにこの時の石上は、鬼神の如く力を発揮できたとか、なんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレイ中。

 

「うるせぇバーカ!! あたんねぇーんだよ、バーカ!!!」

((エンジンかかってんなー……))

 

 石上のエンジンは女の子1人で容易くかかることが分かった2人であった。

 




次回は早坂回


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早坂愛の告白、そして罪。①

満を侍しての早坂回
早坂との関係性どうするかめっちゃ悩んだ


〇〇様

 

貴方は美しい。

かつての何者も寄せ付けず、孤高で、まるで氷のようだった貴方という存在に、私の心の全ては奪われた。

 

だが、今の貴方もまた美しい。

まるで春乃雪解けのような貴方を通して、私は世界の優しさと美しさを垣間見た。

 

しかし、その美しさも永遠にはない———……

 

 

 

……———私と共に永遠の存在になるのです、か」

 

 彼はそう言うと、読み終えた私の偽造ラブレターを綺麗に二つ折りにした。

 そして目でも疲れたのか、普段よりも大袈裟に目頭を揉むと、ふっと息を漏らす。

 

「早坂。これはキモい」

「だよね〜、私もそう思うし☆」

 

 そうやって、たいきの目の前に一般人擬態(ギャルモード)で向き合う私は仰々しい反応で返す。

 確かに彼の言う通り、例え私がこれを貰ったとしても嬉しくないだろう。

 逆にこんなもの渡されて、誰が喜ぶのかと心の底から問いたくなるレベル。

 もしこの場に彼以外の人間がいたならば卒倒していたかもしれない。

 しかしこれらも主人のことを思うが故の恥辱。

 ラブレターなんて書いたことない私からすれば、偽造ラブレターを作成する際、どうしても男の人の意見が必要になる。

 何しろ、嘘丸見えのラブレターなど作る意味がないのだから。

 かぐや様のことだ。

 どうせ偽造ラブレターでも送れば、これを餌に会長の本心を引き出そうとするに違いない。

 

「じゃ〜あ〜、大仏くんはこれをどーしたら良くできると思うし?」

 

 思わずブラックコーヒーでも飲みたくなるような甘ったるい声色で私は尋ねてみる。

 

「普通にオーソドックスな感じで書けばよくね」

「とゆーとー?」

「感謝メインで伝えるとか、だな。俺もラブレターとか書かないから、勝手は分からないけど」

 

 そう言いつつも、用意していた手紙用の紙を一枚手に取り、上からボールペンを走らせる。

 具体的にどのように書くのか、実際に書いてみせてくれるのだろう。

 まあ、ここまでは予想通りの動きなので私はそれに対して何も言わずに会話を続けた。

 

「ラブレターってむっずいよね〜」

「まあな。インターネットが普及した現代において、堅苦しい長文での文通とかほぼ息してないし。文面で恋愛するとしても、みんなLINEとかのリアルタイムチャット機能でのやりとりくらい。今時、ラブレターってのはスマホ持ってない小学生か、頑張って中学生くらいしかしないんじゃね? あとは、ラブレターは渡すけど告白は会って口で言うとか」

 

 彼は口早にそう告げているにもかかわらず、目は一切手紙から逸さずに文字を書き続ける。

 一糸乱れぬその動きは、彼の語彙力の高さが窺い知れた。

 昔、マルチタスクは得意だと言っていたけど、やはりこういう事は器用だなと素直に思う。

 

「じゃあ、大仏くんはラブレター反対派〜?」

「別に反対派とまでは言わない。仕事の関係上、ファンレターとかも送られてくるし」

「あ、そっか〜。一応、芸能人だもんね〜ww」

「おい。馬鹿にしてんのか」

 

 そう言って彼は手元にあったクリアファイルで軽く私の頭を叩いた。

 

「痛ー、こんなんで怒んなし」

「別に怒ってねーし。手加減はしたし」

 

 ギャルモードの口調を真似さながらそう返す彼。

 彼の言う通り、確かに叩くために使ったものがクリアファイルだったため、全然痛くはないが、それでも髪型は少し崩れた。

 乙女の髪は命よりも大事っていうことを、彼は知らないのか。

 私はギャルらしくぶーぶーと文句を言いながらも、前髪の調子を軽く直す。

 

「まあ、でも早坂みたいなギャルがラブレターしたためるってのは、ギャップがあっていいけどな」

「え、な〜に〜。もしかして大仏くん、私に書いて欲しいの〜?」

「なわけw」

「おいこら、沈めるぞ?」

「ごめんなさい」

 

 いつもと同じ軽快なノリで会話を進めていくと、そこで彼の手が止まった。

 どうやら少し言葉のニュアンスに困っているらしい。慣れないと言っていたし当然か。

 私もラブレターを書いてて、「すごく難しいな、これ」と思ったくらいだ。

 これからは世にいるラブレター経験者の人間たちを真剣に尊敬しよう。

 

「1番の問題はあれだな。参考がないってところだな。俺もラブレターはもらったことあるけど、どれも心にこなかったせいで、良い例が思いつかない」

「あー、それ分かる〜。ウチもラブレターはもらったことあるけど、なんか全部ビミョーって感じ〜。なーんか、そーゆー体験してる人ってチョー羨まし〜」

 

 私はそう言って、ビル群に沈みかけている真っ赤な太陽を眺めた。

 そもそも私たちのグループは世間一般的に見れば、陽キャに部類される。

 そんな連中が一度も好意を向けられたことがない訳が無い。

 すばるや三鈴も誰かしらに告白された経験を持ってるって言ってたし、それでも彼氏がいないのはそれぞれ何かしらの事情があるためだ。

 私であればそれが仕事。

 一応、目の前の彼も仕事柄、恋愛N Gだったりするのだが、そこは穴をついてうまくやっている。

 閑話休題。

 ただ、ラブレターをもらったことはあるにせよ、結局のところ本当に心へ響くラブレターというものを貰ったことがない。

 そんなものを貰っていれば私も主人みたいに盛大に色恋青春ができているのだろう。

 私だってこれでも高校2年生、年頃の女の子と呼ばれる多感な時期だ。

 青春を謳歌したい。アオハルを満喫したい。学生生活を華々しくしたい。

 未だ誰かを好きになったことのない私が、何を言ってるんだって話だけど、それでも心の根底にはそれがある。

 まあ、それでも……。

 まだ男友達がいるというのは、素直に感謝して良いのかもしれない。

 

「そう言えば〜、大仏くんって彼女作るとき誰かに告ったりしてんの〜? してるならそのときの言葉書けば良くない?」

「基本、告白は自分からはしないから無理だな」

「え〜、じゃあ今までどうやって付き合ってたし?」

「大抵は成り行き。相手に彼氏のフリして欲しいって頼まれたり、ストーカー予防のためだったり、あー、あとは男嫌いを克服したいって言われたのもあったな」

 

 彼は指を折りながらそう数えると、あることに気がつく。

 

「って、”愛”なら俺の彼女事情知ってるだろ」

「まあね」

 

 名前で呼ばれたので、私はギャルモードではなく通常の自分として、そう返事した。

 

 意外と思われるかもしれないが、彼の彼女事情というのは案外簡単なものである。

 (1)告白される(2)振る(3)なぜか友達に落ち着いてる

 これが基本的に彼が行う告白を振る時の流れ。

 では次に、彼に彼女ができるときのプロセスを紹介しよう。

 (1)相談される(2)問題を解消しようとする(3)限定的に付き合う(4)別れる

 なぜそうなるのか私としても分からないが、これが彼が誰かと付き合う時の流れ。

 彼の攻略法はあまり知られていないが、その実、本当にシンプルだ。

 とりあえず上記のように、付き合う際は何かしらの事情を話せばいい。

 彼は恋愛結婚ならぬ、恋愛カップルは断固として拒否するが、擬似カップルは喜んで引き受ける性質である。

 愛のない恋人関係になんの意味があるのか私には理解し難いが、まあ、彼と付き合った女性は概ね満足しているので、恋愛観は人それぞれということなのだろう。

 私はそんな中途半端なことしたくないけど。

 とにかく、彼女の人数が多いにも関わらず、未だに大きく拗れたことがないのはこれが起因している。

 彼と付き合った子は、みんな彼と別れてからも円満な関係を続けているらしい。

 また先ほど彼は仕事柄、恋愛NGなのに彼女が〜……と言ったが、これは恋愛じゃないとのことで見過ごされているから。

 そういった点を踏まえれば、私も彼もまだ恋愛したことのない未熟児と言っても過言ではないのかもしれない。

 

「たいき、私も青春してみたい。かぐや様がうらやましい」

「すればいいじゃん」

「できない。好きな人がいないもん」

「お試しに誰かと付き合ってみれば? 案外、そこから芽生える恋もあるぜ」

「なに? もしかして今までの彼女で誰か本気で好きになった人でもいた?」

「いや、いないけど」

「じゃあ、その理論は成立しない」

「いやいや、俺とお前では感じ方違うだろーが」

「私がしたいのはそういう青春じゃないし」

 

 誰かと恋バナなんてできないから、こうやって時々彼にぶちまける。

 いつも一緒にいる彼女たちはもちろんのこと、こんなことはかぐや様にも言えないし。

 それにこうすれば、いつも自然と心が軽くなる。やはり、悩みは誰かに言うのが一番効果的だ。

 バッティングセンターも捨て難いけど……。

 

「よし”早坂”。確認よろ」

 

 そうやって彼はいつの間にかラブレターを仕上げたらしく、それを渡してくる。

 私がその紙を受け取りながら横目で廊下を盗み見れば、演劇部の女の子が歩いていた。

 なるほど、だから「早坂」呼びに戻したのか……。

 今日、彼は演劇部に用事があるって言ってたし、それの出迎えと言ったところだろう。

 合点がいった私はすぐさまギャルモードへと戻し、適当に「はいほーい☆」と返事する。

 いくら目の前の彼に擬態は不要と言えど、学校内で私の素性が知られるのはまだ厄介だ。

 とりあえず彼に迎えも来ているので用事を手早く終わらせるため、彼の書いた偽造ラブレターを早速確認することにする。

 

「えーと、なになに〜」

 

 紙へ意識を集中させてみれば、そこには相変わらず雑な文字が浮かんでいた。

 もう少し綺麗に書けないのかと思ったりするが、まあラブレター作ってもらったのにそこまで図々しいことは言えない。

 最悪、内容さえ良ければ私が清書して、あとはかぐや様の下駄箱に投函して終わり。

 それを元に、主人にはどうぞお好きに生徒会室で恋愛頭脳戦でもなんでも繰り広げてもらおうと思う。

 最近はデートまで行けたのだ。こうやって後方支援していれば、そろそろ決着が着くだろうし、夏休みにはもしかしたら生徒会カップルが誕生できているかもしれない。

 

 そんなふうに内心で主人の恋路を策謀させながら、私は丁寧に段落分けされた文章を読み始める。

 

「〇〇さんへ

 

こんな手紙を急に送ってごめんなさい。

最近は季節も変わり目で体調を崩しやすいと聞きます。

〇〇さんは体調、お変わりありませんか?

 

〇〇さん、

僕という人間は昔から他人が好きになれませんでした。

周りからいくらちやほやされようが、どれだけ好意を寄せられようが、その心構えだけは変わらなかったのです。

でも、僕は〇〇さんを見て変われました。

貴方の心の強さ、気品の高さに、僕は心を奪われたのです。

 

こんな気持ちになったのは初めてのことでした。

〇〇さんからすれば、こんな気持ち迷惑だと思います。

それでも、僕は自分の気持ちに嘘をつきたくありません。

 

これは勝手な押し付けにしかなりません。

しかし、貴方が僕にチャンスをくれるというのならば、一度、お食事に行きませんか?

 

 

……———連絡待っています、か」

 

 

 私はそう言うと、読み終えた彼の偽造ラブレターを綺麗に二つ折りにした。

 そして目が疲れたため、普段よりも大袈裟に目頭を揉むと、ふっと息を漏らす。

 

「大仏くん……。ガチすぎてキモいし☆」

「だよねw」

 

 彼はそう言うと、手元にあったクリアファイルで私の頭を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———……本日の報告は以上です」

 

 早坂愛はそう言ってスマホの通話をボタンをおす。

 主人の就寝後、自室に戻りいつも行う最後の仕事。

 それが本家の人間に四宮かぐやの言動を事細かく報告する事であった。

 

「……」

 

 それと同じく、もう1人本家へ報告しなければいけない人物がいる。

 

「……ごめんなさい」

 

 四宮かぐやにできた初めての男友達であり、四宮かぐやを唆す害虫。

 四宮家の教育に真っ向から反対し、幾度も幼少期時代、彼女を家から連れ出した四宮家のブラックリスト。

 

 

 かぐやのお付きになってからの十数年間。

 大仏たいきと友達になってからの数年間。

 裏切るために築いたとも言えるそのありふれた日常は、彼女たちの笑顔を見るたび、

 

 

 

 

 ———早坂愛の心を蝕んでいた。

 

 



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四条眞妃は嘆き悲しみ、微笑んだ。

Qなんで土日は投稿しなかったの
A遊んでたからだよ

この話を書くのが一番手こずった。


 昼休み。

 それは学生・社会人を問わず人間誰しもが気を抜ける貴重な瞬間。

 午前の疲れを吹き飛ばすべく、誰も彼もがその時間を有意義に過ごそうとする。

 しかし、昼休みの過ごし方は十人十色。その過ごし方には人の個性が色濃く表れる。

 オーソドックスなもので言えば昼食。邪道なものをあげるとすれば睡眠、読書、談話にゲームなど。

 どのように時間を浪費するかはその人次第と言える。

 そんな昼休みに2年A組のクラスではあることが起こっていた。

 

 

 

 

 

「たぁぁぁぁいぃぃぃぃきーぃぃぃぃ……」

 

 あの貞子を彷彿させるほど乾き、震えた声。

 悲哀と涙ぐましさに塗れたその声は、私の喉を通して2年A組内で一気に響いた。

 奥の方で席に座る男 たいきがこちらに気付いたのが見える。

 いつものヘラヘラとした笑顔が崩れかけている所を見ると、少し彼も焦っているらしい。

 クラスの様子や呼んだ私の顔を見て、これから起こる事の顛末を察したのだろう。

 だがそんな彼の様子など誰も知ったことではないのか、2年A組の教室は瞬く間に盛り上がった。

 

「えっ? あれって四条さん!?」

「B組の人が大仏くんになんの用だろ」

「あの2人って付き合ってたっけ?」

「いや、大仏は今フリーって言ってたろ」

「じゃあ、元カレ元カノ?」

 

 さまざまな憶測が飛び交う教室内。

 本当に高校生というのは何でも恋バナに繋げたがる生き物だからうんざりする。

 学年3位の天才にして、四条グループの令嬢であるこの私が、そんなホイホイ誰かと付き合うわけがないっていうのに。

 この私と付き合いたいなら、それこそ国の一つでも持ってこいって話よ。

 誰が好き好んで知らない人のためにチャリティー活動なんてするもんか。

 ……まあ、たいきには一度彼氏のフリをしてもらったから、「元カレ」ってのはあながち間違いじゃないけど。

 

「ちょっと、たいき。聞こえてるでしょ。なんで返事しないのよ」

 

 未だ返事をしないたいきに私は痺れを切らして、ズカズカと彼の座る席の前まで赴く。

 当然、そんなことをすればA組の連中がざわめくわけで、

 実際、「修羅場か? 修羅場なのか?」と一部の男子達は色めき立ち、残った男子どもは「おい誰か混ざってこいよ」と囃し立てていた。

 人の不幸は蜜の味ならぬ、友達の修羅場は蜜の味っていうものなんでしょう。

 私たち女子にはよく分からないノリだけど。

 

「あー……、少し考え事してた。で、B組の”四条さん”は俺に何の用だって?」

 

 そうやってたいきは相変わらずの笑顔で返してきた。

 物腰は柔らかめで、客観的に見ればどことなく紳士っぽい対応にも見える。

 だが、それは普段の彼を知らない人間からすればである。

 話すことも少なくない私の立場からすれば、彼のその異様な他人行儀さにイラッとする。

 だって彼は、度を越したレベルでフレンドリーなのだ。

 誰かとあえて距離を作ったりしない。誰かとあえて争ったりしない。

 私が声を掛ければ「よっ、ツンデレ娘」などと軽口を毎度叩いてくる。

 それなのに、今日は「四条さん」?

 人を馬鹿にするのもほどほどにしなさいよね。

 そう思ったので、とりあえずもう一度彼の座っている椅子を軽く蹴っといた。

 

「なにが”四条さん”よ。いつもみたいに”眞妃”って呼びなさい」

「……いや、いつもはツンデレ娘って呼んでるんだけど」

「あ”?」

「イエ。ナンデモアリマセン眞妃サマ」

「そう。それならいいのよ」

 

 私がそう言うと、たいきの顔は一瞬だけ緩み、そして盛大にため息をついた。

 ちらりと、どこか違うところに視線をやれば、すぐさま私の目を見て席を立ち上がる。

 

「ちょっと場所変えよう。ここじゃ話がこじれる」

「? まあ、私は最初からそのつもりだったからいいけど」

 

 彼はそう言って、自然な流れで私の持っていた弁当箱を代わりに持つと、そのまま誰にも話かけず、少し急くような形で教室を後にした。

 たいきにしては珍しい行動だと思う。

 別に弁当箱を持ってくれたのが珍しいとかじゃない。

 誰にも声をかけず、教室から颯爽と消えていくのが珍しいと思った。

 彼ならば、その辺にいる友達に一言二言くらい声をかけてから教室を出そうなものだが。

 それに、あんまり人間関係を拗らせない彼は、秀知院の生徒であれば、誰と一緒にいようと不思議に思われないキャラのはずだ。

 だから私が突然、彼のところに訪問しても大きな問題にはならないと踏んでいた。

 周りが騒ぎ立てるかもしれないが、それはただの内輪ノリである。

 誰1人として本当に「おっ、良い情報手に入ったぜ、けへへ」とか思ってないだろう。

 それなのに彼は、私と一緒にいると何か問題があると遠回しに言っていた。

 

「何をそんなに急いでんのよ……」

 

 彼のいなくなった教室で私はそう独りごちる。

 周りも彼がいなくなったことで飽きたのか、みんな思い思いに昼休みを過ごし始めていた。

 しかし、そんな中でも何人かは未だに私を見続けている。

 全く……。視線を浴びせるぐらいなら話しかけてくれば良いのに。

 私は内心そう思いながらも、とりあえずそちらへ視線を一瞥だけくれてやり、さっさとたいきを追いかけるのだった。

 

 

 

§

 

 

 

「ひぐっ、ほんと。何よ壁ダァンって……。うっぐ、それまで良い感じに距離を詰めてたのに……ひぐっ、あれのせいで全部おじゃんよ!!」

 

 私は学園の中にある「血溜沼」の側、彼と隣り合って弁当を食べながらそうやって泣いた。

 なぜ私がたいきの横で泣いているのかと言うと、あれは遡ること二週間以上は前のことである。

 私が前から気になっていた翼くんという男の子が、私の友達 渚と付き合いだした。

 最初は「勢いで付き合っただけだろう」などと考え、2人の関係を軽んじていたが、しかし日が経つにつれ、あの2人の微妙な距離感も段々と密接なものに変わっていった。

 と、言うのも先週、彼らは何を考えたのかボランティア部なるものを発足させ、2人で初めての共同作業をしてしまったのだ。

 最初はあれだけ微妙そうな顔をしていた渚も、今では彼の良いところを私たちに広めてくる始末。

 あんなのマーキングじゃない!

 他の女が寄り付かないように自分と翼くんが付き合ってるアピールしてるだけでしょ!

 ああ……ホント、友情なんて人を苦しめるだけの物なんだわ……。

 

「付き合いだしたもんは仕方ないけど、まあ、辛いよな」

 

 彼はそう言って、私の弁当箱に入ってあったおかずを箸で取り、そのまま口に放り込んだ。

 気楽そうに見えるこいつが今はとても恨めしい。

 それなのに何故、私はこのような男に自身の恋愛話を持ち込んだのかというと、こういう話を彼は率直に聞いてくれそうだったからである。

 弟に「姉貴って彼氏いないんだなw」とか言われた去年のクリスマスだってそうだ。

 腹が立ったので、たいきに春休み中、彼氏のフリをしてもらっていたのもそれが理由だったりする。

 まあ彼に恋愛相談をしている理由の一つに、そう言った経緯があったからというのもあるのだが、今はそういう話と関係ない。

 

「でもたいきは失恋なんてしたことないんでしょ。どうせ私はあんたみたいに男女関係うまくいかないわよ」

「そんな事ねーって。眞妃は優しくて美人な良い女だと思うぞ」

「あんた、それ本気で言ってて恥ずかしくないの?」

「本心だからな」

「っ、急に差し込んでくるな、ばか……」

「いや、それお前な。かわいいかよ」

 

 たいきはそれだけを言うと、私の頭を優しく撫でる。

 子供扱いされているみたいで腹立たしいが、これはこれで悪くないので放っておこう。

 別に誰かに撫でられていたいとか、弱っている時に優しくされると嬉しいからとかでは断じてない。

 私はちょろい女じゃないのだから。

 

「それにしても友情と恋愛ねー。中々難しい話だが、ツンデレ娘はこれからどうしたいの?」

 

 彼からそう問われると私はどのように返答しようか悩み、言葉を喉に詰まらせる。

 どのようにしたいのか。

 自問してみるがすぐには答えが出ない。

 渚から翼くんを奪い取りたい?

 それは違う。そんなはしたない真似、四条家の人間ができるわけがない。

 なら、このまま静観するのか?

 それもしたくない。今だって時々彼女達のイチャつきを見て死にたくなるし、心が極端に摩耗しているのが分かる。

 多分、このまま見てたら私は堕天使になってしまう。

 それはもう、さながら魔王ルシファーのように生まれ変わることだろう。

 だったら……。

 

「どっちも諦めるしかないのかもしれないわ、友達も恋愛も。どっちか片方を選ぶなんて私にはできないんだから」

 

 そう、きっとそれが正しい選択なのだ。

 友情も恋愛も人間にとっては大事なものである。

 どちらかを天秤にかけられたとき、人はその選択を放棄するのが一番の最善なのかもしれない。

 私だってできる事ならどちらも手に入れたい。

 両方を愛で、両方を育みたい。

 けれど、四条家の人間だろうが、四宮家の人間だろうが、過去を変えることはできないのだ。

 いくら願ったところで、人の力など自然の摂理には敵わないのだから。

 

「別に全てが終わったわけでもないだろ」

 

 彼は少し不機嫌そうに呟く。

 

「終わったのよ。今更何かできることもない。私があんたに話をしにきたのだって、自分の感情を整理するため。結局は変なプライドなんか持って、翼くんに告白しなかった私の落ち度なんだから」

 

 そう言って私は静かに空を見上げる。

 詰まるところ私は、彼に解決策を模索して欲しいのではなく、ただ気持ちの整理をさせてほしかっただけなのだ。

 こうして彼と話すことで、今まで溜め込んできた負の感情を発散することができるから。

 楽になりたい。早くこんな感情捨ててしまいたい。

 そのような逃避行が私を駆り立てていたに過ぎない。 

 だからこの溢れ落ちる涙も今日でお別れだ。

 大丈夫、心の傷は時間が解決してくれるとよく聞く。

 新しい恋を見つけ、新しい友情を見つれば全てが元通りになるはずだ。

 大丈夫、大丈夫。苦しいのはきっと今だけなんだから。 

 すると、隣に座っているたいきがいきなり立ち上がり、上を向いていた私の顔を覗き込むようにして視界を塞いだ。

 

「お前と渚さんが長い間友達なのは知ってる。けどさ、その程度で壊れる友情なんて、四条家の人間が築いていたりするのか?」

「……」

 

 私は首を横に振って答える。そんなの違うに決まっているから。

 私だって学校の交友関係の大事さは理解している。

 おば様ほど顕著じゃないにしても、それなりに人付き合いは精査してきたつもりだ。

 だから、渚と友達になったのは彼女が信頼に値する人間だと思ったからである。

 こんなつんけんした私にも笑顔で話しかけてくれて、嫌わないで友達でいてくれるからである。

 そんな彼女の善良な部分に、私は心底惚れ込んでいるのだと胸を張って言える。

 

「だったら大丈夫。正々堂々と勝負すればいい。辛くて苦しいけれど、その上で戦えばいい。何もしないで降参するほど俺の知っている”四条眞妃は弱くない”」

「———っ」

 

 彼は私にそう告げると、にっこりと太陽のような笑顔を浮かべた。

 何の確証も持っていないくせに、何も保証なんてしないくせに、やたら自身ありげなその表情に、私は心のどこかで理解する。

 ああ、きっとこれがこいつの良いところなんだろうなって。

 自分ですら見えていないようなところを平然と指摘してくるその姿勢に、誰も言ってくれない、誰も見ていないようなところに気がついてくれるその洞察力に、私はただただ感謝する。

 あの氷のようなおば様が唯一男友達として認め、接し続けた理由も納得だ。

 

 彼女もきっと、彼のこういうところが眩しかったのかもしれない。

 

「……簡単に言ってくれるわね。もし無理だったらどうしてくれるのよ」

「そんときはそんときだろ。大丈夫、男の数なんて腐るほどいるから、いつでも鞍替えすればいい」

「さっきと言ってたこと逆じゃない」

「誰も勝てるとは言ってないだろ。ただ勝負する前に逃げるなと言っただけ」

「屁理屈め。まあいいわ。確かにたいきの言う通りだし」

 

 私はそう言って弁当から一つ適当なおかずを箸でとり、そのまま覗き込む彼の口元へそれを運んだ。

 これはほんの少しの感謝の気持ち

 私をやる気にさせた太陽への、ささやかな復讐である。

 

「だから、もしダメだったときはあんたが責任とってね」

 

 そう言って私は涙を拭き取って笑うのだった。

 そんな光景を誰かに見られているとも知らずに。

 



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大仏たいきは断りたい。

ああ、感想でヒロイン抗争が……。
眞妃ちゃんに関しては入れるの忘れてたんです。
土下座します。


ということで初めて主人公が一人称でしゃべる回
というより、ここからは主に主人公視点で話が進んでいく。
つまり今までのは序章だったのだ。


 空が黄金色に光る放課後。

 今日も今日とて俺と彼女は会話に花を咲かせていた。

 

「フランスの交流会ねー」

 

 俺はチラシを眺めながらそう呟く。

 目の前には幼馴染と言ってもいいほど、付き合いの長いかぐやが疲れた様子で座っている。

 彼女が持ってきたのは、三日後に開催されるパリ姉妹校と交流を深めるパーティーについてだった。

 

「校長が急に準備・運営を生徒会にお願いしてきたのよ。おかげでこっちは大忙し。猫の手も借りたい気分だわ」

「あの校長は適当なところあるからな」

「今回は特に適当すぎるのよ」

 

 その言葉に俺は肯定以外の何もできる気がしなかった。

 校長の孫にあたる寺島さんですら、校長のことを「私と同じくテキトーに生きているから」と言っていたくらいなのだ、他人がとやかく言える部類ではない。

 まあ、その後先輩から「おじいちゃんとたいきってどことなく似てるよねw」と言われたのは腑に落ちなかったけど。

 え? どこが俺と似てるの? 笑えねーよ、寺島さん。

 

「でも、フランスに興味ある生徒も秀知院にはいるだろ」

「そうね。一応、参加人数は募集しているし、見窄らしいパーティーにはならないと思うわ」

「なら安心だな。よかったじゃん」

「どこがよ」

 

 俺がそうケラケラと笑いながら言ってのが気に入らないらしく、彼女はプイッと顎を逸らした。

 

「これのせいで今うちは慢性的に人不足なのよ。予算、見積もり、支出管理等は石上くんが、チラシやパーティー会場のレイアウトは藤原さんが、全体の進行管理、パリ姉妹校側の接待をするのに私と会長、先生方が駆り出されてる。正直、人が足りてないの」

 

 かぐやは不機嫌そうな声色でそう言うと、俺が持っていたチラシを指さした。

 彼女の言う通り、チラシは見たところ急造もいいところな出来栄えである。

 ざっと見ただけでも誤字・脱字が2つ見つかった。

 ろくに見直しもできていない状況なのだろう。少しばかり生徒会には同情する。

 

「それでもなんとか切り詰めて今はできているわ。あとはお土産を買いに行ったり、司会用のスピーチ原稿を各々で作成して、各自練習してくるだけ」

「ほー、じゃあ前準備はある程度できてんだ」

 

 さっきの話を聞く限り、前準備が全く終わらず詰んでるのよって言い出しそうだったのに、これは意外な事実であった。

 まあ、かぐやや御行が関わっている以上、意地でも無様なものには仕上げないだろうけど。

 だってこいつらどっちもプライド高いし。

 

「じゃあ、今日は俺に何の頼み? こんな話を振るくらいだから、愚痴だけじゃないんだろ」

 

 そう言ってひらひらとチラシを手で揺らせば、かぐやはこくんと可愛らしく頷いた。

 まあどうせ、お土産買いに行く人員が白銀と自分だから、この前みたいに服装を決めてくれと言うのかもしれない。

 そうなったら今度は愛にでも全部放り投げよう。

 一着の服を決めるのに4時間も考えられたら堪らないし。

 

「今回たいきにお願いしたいことは、このパーティーでの出し物についてなの。急で悪いんだけどお願いできない?」

「あー、まさかの当日の手伝いか……」

 

 これまた意外や意外、まさか当日の方のお願いをされるとは正直思っていなかった。

 しかも、これに関しては俺じゃなくてもできそうな案件である。

 それこそフランスに興味のある生徒にでも企画させれば済む程度のもの。

 そんなものをかぐやが切羽詰まった様子でお願いしてくるのは、実に彼女らしくなかった。

 

「頼めるのが貴方しかいないのよ、お願い」

 

 まあ、理由は分からないが、そんなふうに頭を下げられれば、初等部からの付き合いであるかぐやのため、俺は大抵のことをやってもいいと思ってはいる。

 しかし、これはあまりにタイミングが悪すぎた。

 実際問題、生徒会は人数的に各々の仕事で手一杯なのだろう。

 だから他の人材から出し物を企画・展開してくれる人が欲しいと言うのは理解できる。

 それでも来週の月曜となると、撮影とか収録とか俺にも予定があったりするのだ。

 こればかりはどうしようもない。

 

「すまんが、スケジュール的に俺が直接出るのは厳しい。とりあえず、俺も知り合いには聞いてみるよ」

 

 そう言ってスマホを取り出してLINEを開ける。

 条件としては、仏語を話せて場の空気をしっかりと読める奴なのだが、結構それだけで絞られそうな気もする。

 まあ、いないわけではないし用件を話して、頼めそうならかぐやに紹介すれば良いだろ。

 それこそ寺島さんとか、昨日、恋愛相談に乗ってやったツンデレ娘とか最適な気がする。

 あいつ多国籍企業の令嬢だし、かぐやとは遠い親戚だ。かぐやとの仲は微妙だけど、御行や千花とは同クラスなので、なんとか折り合いも付けられるだろう。

 と、そこまで考えたとき、俺のスマホを持つ手が何者かによって掴まれた。

 

「急にどした、かぐや?」

 

 掴んだ手を辿れば、案の定と言うべきか、かぐやが俺の手を握っている。

 なんだ? なんか気に障ることでもしたっけ。

 

「……んで」

「ん?」

「なんであの子の頼みは聞いて、私の頼みは聞いてくれないの」

「———はあ?」

 

 そう意味のわからないことを言われた俺は、少し微妙な間を開けて素っ頓狂な声を上げた。

 なんであの子の頼みは聞いて、とは一体なんのことか。少し記憶を掘り返してみる。

 今日かぐやと話したのは朝のS H R前と、昼食を一緒に食べた時くらいだ。

 その間、誰かの頼み事を聞いた覚えは一切ない。

 と言うより、俺とかぐやが話しているときは誰も近寄ってこなかったりする。

 さてそれを踏まえた上でもう一度考えてみよう。

 俺がいつ、どこで、どのようにして、誰かの頼みを聞いたというのだ。

 

「かぐやよ、訳が分からん。俺は誰の頼みも聞いてないぞ」

「聞いてたじゃない」

「いつ?」

「昨日よ」

「昨日?」

 

 そう言われて、再び俺は海馬に散りばめられた記憶を丁寧に掬った。

 昨日と言えば、確かツンデレ娘が俺のところへ凸ってきたことくらいしか記憶にない。

 それ以外は差し当たって男友達とだべったり、先生に使い回しされたくらいの何気ない日常である。

 頼み事、と言われて思い浮かべるのは眞妃と先生だけ。

 でも先生なんかにお願いされても、かぐやがこうなる訳ないし、かと言って眞妃との話は誰にも聞かれないように外で話をしたのだ。かぐやが知っている訳がない。

 いや、もしかして着いてきてた?

 

「お前、昨日盗み聞きしてたのか……」

 

 なるほどと言った様子で俺がため息をつけば、かぐやは少し強張った表情で俺の手に爪を立てる。

 

「なんで黙ってたの」

 

 それが何を指している言葉なのかは想像に容易い。

 確かに、今まで俺はかぐやにはあんまり隠し事をしてこなかった。

 それは彼女がそういう行為を嫌がるからであり、彼女は情報というものにすごくデリケートだからである。

 それなのに俺は今回のこと、つまり”眞妃と付き合っていた”ことは秘密にしていた。

 それは一概に、四宮家と四条家が仲悪いと知っていたからだ。

 俺としては別に他意があった訳じゃない。

 別にかぐやには眞妃のことを言ってもいいと思っていたし、なんなら眞妃も俺とかぐやは仲が良いことを知っているので気にしないだろう。

 しかし、それが当人たちだけの話で済むならである。

 そこにかぐやのお兄さんたちやら、執事やら、さらには四条家の両親やら、使いの人やらが出てくる可能性があるから面倒なのだ。

 俺としてはあくまで四宮家と四条家のいがみあいは中立である。

 どちらかに加担する気もなければ、どちらかを陥れようと思ってもいない。

 俺が好きなのはあくまで、そのグループに所属している人間であり、間違ってもそのグループ自体に関して好き嫌いなど無いのだから。

 

「あくまで俺と眞妃のプライベートな話だったから話さなかった。かぐやもプライベートな話を眞妃に知られたくないだろ?」

「……じゃあ、私の情報をたいきは流してないって言うの?」

「当たり前だ、バカたれ。噂やゴシップの怖さは俺が一番知っているだろ」

 

 俺はそう言って苦笑いを浮かべる。

 芸能人として働いている俺が、ゴシップの怖さを理解していない訳がない。

 

「だったら、私の頼み事も聞いてちょうだい」

「それとこれとは話が違うだろ。その日は仕事があるんだよ」

「なんでよ!! どうせ、あの四条の娘が気になるんでしょ!? どうせ男なんてそんなもんよ! 下半身に忠実で、欲望を剥き出しにするケダモノよ!」

「話が噛み合ってねぇな、おい……」

 

 俺はそう言ってこめかみを指で押し当てる。

 かぐやという人間は昔から聡いようで脆い人間だった。

 一度誰かに懐へ入られたら、その者に攻撃された瞬間フルボッコの開始である。

 今で言えば、千花や御行がそれに当たるだろう。

 誰かに裏切られたと分かった瞬間、こうやって稚児のように涙を浮かべて喚き散らす。

 もし、彼女の大好きな御行が「四宮が嫌いだ」とか言えば、きっと自殺するんじゃないだろうか。

 まあ、その時はその時で、なんとかしてやろう。

 とりあえずだ。経験則から言うと、こうなったかぐやは非常に面倒くさいということを俺は知っている。

 普段は凛々しく聡明な彼女であるが、そこから一転、一定以上のストレスを抱えたり、体調不良を起こした時などは、このように駄々っ子になる。

 まさに欲望の権化。幼児がなりふり構わず感情を発散させているのに近い。

 こうなった彼女を止めるには奥の手を切るしか無いだろう。

 

「仕方ない、かぐや。ならこうしよう。今回はどうしても外せない仕事で無理だが、その代わり、次にお前がする頼み事は何がなんでも聞いてやろう。仕事も、プライベートも、何も関係なく、次はお前のために動いてやる」

 

 俺はそう言って一本だけ人差し指を立てて、かぐやに笑いかける。

 あくまでもこれは問題の先延ばしでしか無いのだが、まあ、こうでもしないと彼女は引いてくれそうに無いし、仕方ない。

 かぐやも俺の言葉を吟味しているのか、先ほどから黙って目を伏せている。

 このまま大人しく納得してくれれば良いんだけどなー。

 

「……分かりました。今回はそれで飲んであげます」

 

 かぐやはそう言ってため息をつくと、仕方なしですよっと言った様子で俺の提案を飲んでくれる。

 よかった。これでダメなら、愛の力を借りるしかなかった。

 

「では、早速お願いがあるのだけど」

 

 彼女はそう言って姿勢を正す。

 約束を取り交わした瞬間にそれを執行するとは流石は四宮家の令嬢。中々の胆力だ。

 まあ、ずっとお願いを保留されるより、今その場で使ってくれる方がありがたいから良いけど。

 でもなんだろ、少し嫌な予感がする。気のせいだろうか。

 

「……一応言っとくけど、死ねとか、裸で校内走れとかは無理だぞ」

「しないわよ、そんなお願い! 私を普段どんなふうに思ってるの!?」

 

 なんだよかった。俺の人権を無くすようなお願いはされないらしい。

 これなら落ち着いて彼女のお願いが聞けそうだ。

 俺はそう思い、かぐやの次の言葉を催促させるため、スッと手のひらを向けて「ではどうぞ」と言う。

 

「簡単なお願いよ。パリ姉妹校のパーティーで出し物してちょうだい」

「うん、振り出しに戻ったね」

 

 俺はそう言って、思考を捨て去ることにした。

 



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大仏たいきは現実逃避を行う。

 衣替えの季節。それは学校であれば大抵6月の初旬に行われるものである。

 ここ秀知院学園でも、その例に漏れずみんなが半袖の制服にシフトチェンジを始めていた。

 しかし制服が変われば、当然それにあやかって制服を着崩す者も現れる。

 夏のカラッとした暑さとは違い、この時期はジメジメとした蒸し暑さが酷い時期だ。

 いくら空調設備が万全な秀知院といえど、人によっては露出を増やしたい、ボタンを締めるのが気だるい、襟なんていらなくね? と思う輩は一定数現れるのである。

 となれば、そんなだらしない生徒を取り締まるため、”彼女”の出番が増えるのは極々普通のことでは無いだろうか。

 そう風紀委員にして、ルールの申し子。伊井野ミコのことである。

 

「お兄さん、すみません。見回りを手伝ってもらって」

「かまわんよー。こばちが今日は予定あったから代わりに俺がミコをボーディガードしてるだけだし」

 

 俺はそう言って隣に並び立っているちっこい妹分を甘やかしてやる。

 いつもであれば、こういう過保護っぽいことは妹のこばちの仕事なのだが、今日はそのこばちが用事のため、代わりに俺が一緒に見回りを行っていた。

 まあ、本当は傘忘れたから雨止むの待ってるだけなんですけどね。

 

「で、どこ回るんだっけ」

「えーと、今日は雨ですので校舎を左回りで巡回します」

「了解。じゃあさっさと行こうか」

 

 俺はそう言ってミコに歩幅を合わせなが歩いて行く。

 彼女と俺の体格差がかなりあるせいで、こじんまりと歩かなければミコが早足になってしまうためだ。

 ミコもそれは分かっているのか、できる限り迷惑をかけないように少し歩くスピードを上げていた。別に上げなくても良いのに。

 

「あ、そう言えば、この前のバラエティー面白かったですよ」

 

 ミコはそう思い出したように言う。

 

「んーまあ、芸人の先輩方のフォローも上手かったからね」

「そんなことないですよ。お兄さんもきちんとコメントとかネタ振れてましたし」

「ははは、真面目なミコが言うなら間違いないな」

 

 実際のところ、自分でうまくやれていたのかどうかなんてのは十全にわかったりしない。

 主観的に見てダメだったとしても、客観的に成功していたと言われれば、それは成功なのだろう。

 だから俺はミコの褒め言葉をすんなり受け止めることにした。

 

「お兄さんは忙しくて大変そうです」

「そうでもないさ。高1の時に比べれば大分落ち着いてくれたし」

「本当ですか? 無理していませんか?」

「ほんと、ほんと」

 

 そう言って元気な証拠を見せるため、腕の力こぶを見せつける。

 現在は絶賛、減量中だったりするため、普段よりかは筋肉がついていないけど。

 

「また映画見に行きたいです、一緒に。私も息抜きしたいので」

「あー。じゃあ、映画館じゃ無いけど、またTSUTAYAで映画でも借りて見る?」

「はい!」

 

 そんな他愛もない話を繰り広げながら回ること20分くらい。

 放課後に生徒が残っていることなんてあんまり無いから、誰かと遭遇することもなかった。

 文化部の部室があるところなんか回れば、結構人がいたりするのだろうけど、部活の邪魔をしないでという苦情が来てからは、風紀委員も強気でいけなくなったらしい。

 かと言って、一切見回りをしないで良いのかと言えばそうでもない。

 ここ秀知院学園はその特色上、必ずと言っていいほど小さな火種がいくつもある。

 四宮や四条のように家柄的に仲が悪いもの、親がヤクザや警視総監といった理由で仕事柄相容れないものなど、例をあげればキリがない。

 風紀委員はそういった揉め事の仲裁も仕事のうちとしている。

 こういった部分は、秀知院学園がより良い学校生活を、生徒に送らせるための防衛機構と言えるだろう。

 

「で、お兄さんに勧められた雑誌をこの前買ったんですけど……ん? あれって」

 

 途中、何かに気付いたのかミコはそういって会話を打ち止めにする。

 俺も何か目の前にいるのかと思い、隣にいるミコから正面の曲がり角へと視線を変えた。

 するとそこには、ちょうど曲がり角を曲がる愛の姿が見える。

 愛は風紀委員で要注意人物として挙げられている1人だ。

 短すぎるスカートに、禁止のネイル、さらには付け襟を教室以外で外しているなど、校則という一側面から見れば、彼女はかなり不良な部類に入ったりしている。

 そんな彼女がなぜいまだに平気な顔で校則を破り続けているのか。

 それは簡単な話、愛は決して尻尾をつかまさないのだ。風紀委員にも教師にも。

 

「ちょっと待ってください……!」

 

 律儀に廊下を走らず追いかけるミコ。

 多分、曲がり角で見失った時点で俺たちの敗北は決してるのだが、それは言わないでおく。

 俺とミコが愛を追いかけて、ばっと曲がり角を曲がってみれば、案の定そこには制服を整え直した愛の姿があった。

 中等部時代から何も変わってないよ、この流れ。

 

「あ、女たらしの大仏くんじゃーん。今日はその小さい子を毒牙にかけてんの〜?☆」

「今、俺は絶賛お前の毒牙にかかったけどな」

 

 いつも通りの緩々な笑顔とは別に、愛の目には俺を射殺さんとばかりに力が入っている。

 なんでコイツ、こんなに不機嫌なんだ。

 

「早坂先輩。付け襟をつけてください」

 

 しかし、そんな愛の機嫌なんか知ったこっちゃねーぞと、ミコは指摘する。

 流石は風紀委員のエース。校則違反者には容赦がない。

 こりゃー、優も苦手意識を持ってしまうわな。

 

「ジメジメしてて暑いから嫌だし〜。それとも風紀委員ちゃんは私に熱中症になれって言うの?」

「なっ……、こんな気温で熱中症になるわけないでしょ。それにみんな付け襟は装着しています。早坂先輩だけ駄々をこねないでください」

「駄々じゃないし。それに冬でも熱中症になったりするの知らないの?」

「知ってますよ! でも大抵は水分を取らないことからくる脱水症状です! それに、そういった意見を考慮して教室内であれば上着を脱ぐことと、付け襟などを外してラフな格好になることを許しています! 廊下を歩く時や登下校の時くらいなどは我慢してください!」

 

 愛にしては珍しく反抗的なその態度に、ミコの怒りのボルテージが上がっている。

 まあ、基本的に付け襟はつけなくちゃいけないのだが、別にそこまで厳しくなくても良いんじゃね? と言うのが今の学校の風潮であったりするのは間違いない。

 そのため、付け襟やネクタイ不着用、染髪なんかに文句言う教師陣が少ないのが現状だ。

 それが原因でモラルの低下、秀知院のブランド力が下降の一途を辿っていたりするのは、これはまた別の機会にでも話そう。

 兎にも角にも、今はこの2人が言い争いをするのをなんとかしておけばいい。

 なんだって、そろそろ雨上がりそうだし。

 

「まあ、ミコ落ち着け。付け襟を今早坂が持っているように見えないし、ここは厳重注意だけで十分だろ。あとは担任の先生に任せるべきだ。取り締まりはするけど、生徒指導は風紀委員の管轄外だし」

「ですが……」

 

 沸騰寸前だったミコを落ち着かせながらこの場を収める。

 厄介事はあんまり好きじゃないし、この2人を放っておけばいつまでも口論が続けそうだ。

 廊下で言い争う女子2人など目も当てられない。

 しかも、どっちも俺の知人である。 

 

「はあ、なら明日また早坂を見にうちに来い。ついでに昼飯でも食べにこいよ」

「え? 良いんですか」

「後輩が混じって嫌な顔する奴いないから気にしなくていい。あいつらノリで生きてるし」

 

 特に俺の友達であれば誰も彼もが陽気な連中だ。

 きっとこの真面目で堅苦しい美人なミコも可愛がってもらえるだろう。

 それにどうせこばちも一緒に来そうだしな。

 あいつなら俺の友達ともかなり面識あるし、会話に困ったりはしないだろう。

 

「じゃあ、そういうことで早坂。明日はきちんと付け襟つけてこいよ」

「……して」

「あ?」

 

 愛がそうぽそりと何かをつぶやく。

 あ、なんだろこの既視感。どこかでこれと一緒の場面に出くわした気がするのだが思い出せない。

 

「……どうして、この子の肩だけ持って、私の肩は持ってくれないの!!」

 

 あ、これかぐやの時と一緒のパターンだ。

 俺はそう思い乾いた笑みを漏らす。

 

「ははは、めんどくさ」

 

 素直に俺はそう言って、ミコを連れて見回りを続行するのであった。

 愛は良い子なので放っておいても、そのうち機嫌直すだろうし大丈夫だ。

 それに、もうすぐ雨が上がる。

 さっさと帰って、そのまま収録に行こう。

 うん。これは決して現実逃避なんかじゃないんだからね。



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大仏たいきは体育を楽しむ。

昨日は投稿するの忘れてました。
ごめんなさい。


タイトルをつけることにしました。
見返したい時に誰の話か分からないので。


あと、大仏たいきの9人の元カノは全て原作キャラだったりします。
9人目が四条眞妃です。


 局所的に俺は体育の授業に参加しなかったりする。

 別に運動が嫌いだとか苦手とかそういう話ではない。

 単純に仕事関係で怪我をしたらダメな時期だとか、役作りのため体へ負担をかけられない時期だとか、そういうのが存在しているからである。

 まあ、こんな生活を中等部の時から続けているせいで、今更それに対してどうこう思ったりしないのだが、それでもふと部活で真剣にスポーツをしてみたいと思ったりもする。

 初等部までは何も考えず誰かとサッカーしたり、鬼ごっこしたり、野球なんかもやったりしたものだ。

 誰かとともに汗を流し、誰かとともに切磋琢磨する。

 まさに青春と呼べるような一ページ。誰もが一度は体験する汗と涙の喜劇である。

 

「ゲームセット!!!」

 

 そんな審判の轟きが聞こえれば、目の前では御行が見事サービスエースをきめていた。

 おかげで一部の女子たちは大盛り上がり、かぐやも熱っぽい視線を浴びせている。

 俺からみても、確かに白銀の動きは元バレー部だったのっていうほどの動きだ。

 普通、素人がジャンプサーブなんてできないから。

 

「やべーB組の白銀まじでつえー」

「まず、ジャンプサーブが取れねーよ」

「どうする? 女子たちがいるのに負けっぱなしとかマジで恥ずいんだが」

 

 さっき試合に負けた連中が、俺の見学しているところまで下がってきて愚痴をこぼした。

 まあ、運動神経良いやつなら取れないこともないサービスだし、多分、次回以降の体育であればコイツらも慣れてきて白銀完封時代は終わりを告げるだろう。

 だが、コイツらには男の意地というものがあるらしい。

 次回の体育に勝ったところで、今日良い思いをしているのは白銀であり、それのせいで割りを食っているのはA組の男子連中である。

 このまま引き下がっては、A組のブランドが保たれない。

 これはA組の男子たちの壮絶なモテるための戦いでもあるからだ。

 

「なあ、ちょっとだけで良いから、たいきも出ねー?」

 

 陸上部の真人が俺にそう問いかけてくる。

 まあ、1試合くらいなら出てもいいのではと思っているが、念のため首を横に振った。

 

「すまんが、後で何言われるか分からん。あいつ面倒だし」

「えー、ころもちゃんだっけー。あの子学校来てないから、ばれねーってー」

「そうだ、そうだー。いつも観戦ばっかりしやがって、お前も負けて株落とせー」

「たいき調子のんなー」

「お前ら、後半が本音だろ」

 

 クラスの男子連中に揶揄されながらも思い出すのは仕事の後輩の女の子。

 まあ確かに、妹と同じ歳の女の子にびくびくしてるとか、笑えないなと思う。

 

「でも俺こう見えて今減量中なんだが」

「はあ? 減量中こそ運動しろよ」

「いや、やりすぎはよくねーんだよ。体壊れるわ」

 

 そうここ最近俺は毎朝のランニングにくわえ、昼に食べるものはりんごひとつだけだったりする。

 これも全ては夏休みに撮る病的な患者を演じるため。

 大丈夫だ、マシューだってこのくらいしているに違いない。

 俺も見習って頑張ろう。

 

「じゃあ、ローテーションの一周分だけ出てくれよ」

「そうそう。それなら十分お前の株も一緒に下げられるからさ」

「お前ら本当に気骨だな」

 

 半分いじられながら仕方ないか、と1人思う。

 コイツらとスポーツすることなんて本当に最近では滅多にないことだ。

 上辺ではこう言っているものの、本当のところ俺たちは一緒にスポーツをして遊びたい。

 だったら友達として、A組の男として、このバレーの授業に参戦するべきであろう。

 

「はあ、しゃーねえ。一周分だけだぞ」

 

 俺はそう言って上着を脱ぎ、下に着ていた体操服になる。

 べ、別に最初から参戦する気があったから体操服を着ていたのとかじゃないんだからね!

 と、どこぞのツンデレ娘みたいに言ってみるが、気持ち悪いので今後は控えよ。

 事実、俺が体操服を来ているのは先生に、「一応着ておきなさい」と言われているからだ。

 体操服持ってこなかったとき、関心・意欲・態度の点数を消すぞと脅されたのは記憶に新しい。

 

「あれ、大仏が出るの?」

「たいきくーんがんばれー!」

「おーい、たいきー。負けたら放課後にスムージー奢ってねー」

 

 なんか出てきただけでめちゃくちゃ言われているけど、気にしないでおこう。

 俺が体育に出るのなんて、本当にいつぶりか。

 高校2年になってからは参加してないので、多分3月が最後。

 つまりこのクラスの連中で戦うのはこれが初めてということになる。

 ふむ。連携もクソもないな。

 とりあえず準備運動だけは怠らずにやっておこう。

 

「ポジションはテキトーに安定感のある住友がセッターポジで、背の高いたいがと足速い真人がM B(ミドルブロッカー)。俺はO P(オポジット)で、残った伊織と龍はW S(ウィンドスパイカー)で良いか。体育のゲームだし、それ以上決めても意味ない」

 

 そうやってテキパキと指令を下せば、みんな俺の意見に納得してくれたのか意気揚々と自身の持ち場についた。

 これは部活の練習試合なんかじゃない。

 誰も彼もが初心者で、バレーボールなんてそこまで熱を入れてしたことがない者たちだ。

 ルールなんて当然、そこまで詳しく知らない。

 戦略的にどのようなものがあるのかとかも知らない。

 それ故に、ここで必要なのは知ではなく、力。

 

 相手を徹底的にねじ伏せるだけの力である。

 

 

「まさか、お前が出てくるとはな」

 

 俺がネット越しに相手を眺めていると、この場の中心とも成りつつある御行が立っていた。

 普通に珍しい。コイツから俺に声をかけてくるなんてほとんど無いのだ。

 それこそ何か必要事項を話す時だけ声をかけてくる。

 なので、御行と俺は呼んでも、彼からは「たいき」と呼ばれたことがない。

 顔見知り以上友達未満とかいう変な間柄である。

 

「んまあ、コイツらに後押しされてな。無様を晒せと言われたんだよ」

「なるほど。しかし本当にそのまま負けてくれると嬉しいのだが、そういう気もないんだろ?」

「もちのろん。誰だって女の子にはカッコよく見られたい」

 

 俺はそう言ってにっこり笑い、ちらりとかぐやの方を見る。

 御行もその言動を理解したのか、一瞬だけ苦々しい表情をしてエンドラインまで下がっていった。

 さて、この挑発にどれだけの効果が発揮されるだろうか。

 できることなら今のあれで精神状態を崩し、サーブの精度も乱して欲しいところだが。

 白銀御行という男はそこまで弱くないと俺は知っている。

 

「じゃあ、ゲーム始めま〜す」

 

 やる気のない審判役の生徒がそう声をあげれば、まずは定石通り御行のサーブから始まる。

 大体、あいつのジャンプサーブ成功率は6〜7割。

 本番でそれだけ決まっていれば十分武器として使っていいレベルの凶悪サーブである。

 コート内に入ってしまえば、あれを綺麗に打ち上げるのは至難の業。

 手で打ち上げることばかりを考え、反応が遅れて足も動かず棒立ちになってしまうというのが、さっきまでのA組チームであった。

 しかし、俺が入ったからにはそう易々と決めさせたりはしない。

 

「住友! 龍! 真人! もうちょっと前! 御行のサーブは大抵前あたりに落ちる!」

「「「了解!!!」」」

 

 御行の下がった歩数と、トスの高さから推測。俺の言葉に反応した反射神経のいい3人が一歩だけ前に出る。

 そして放たれる御行のサーブ。

 ぱしん、と気持ちのいい乾いた音を鳴らし、俺たちの守るコート内へボールを侵入させる。

 そして……

 

「体当たりぃ!」

 

 自分の範囲内に落ちようとするボール目掛けて、真人が体を張って止めた。

 

「ナイス!」

 

 しかし、所詮は体に当てただけ。

 手でしっかりレシーブするほどの技術はまだ真人にもない。

 体で堰き止められたボールは誰も予期しない方向へと弾かれる。

 あれを取らなければ、結局御行の独壇場は変わらない。

 

「まあ、落ちてないだけで十分だけど」

 

 俺はそう言って隣のコートまで吹き飛びそうになったボールを追いかけて飛び上がった。

 

「いくぞ、伊織!」

 

 俺はそう言ってオーバーパスの姿勢に入る。

 届けるのはW Sの伊織がいる少し手前であり、彼の打点と思われる高さ。

 本来トスとは通常セッターがスパイカーにあげるものであるが、時として、このようにセッターがあげることのできないようなボールを他の人があげることもある。

 それ故に全員が思う。

 俺がジャンプトスをして伊織にあげるのだと。

 それが間違いだとも知らずに。

 

「一本っ!!」

 

 オーバーパスの姿勢から無理やり上半身をひねり、そのまま腕を振り抜いてスパイクを決める。

 誰もが唖然とする体育館。

 伊織や真人といったA組の連中も、顔をポカーンとさせていた。

 俺はそれを見てどうしようもなく笑いそうになり、ぷふっと1人声をあげてしまう。

 

「馬鹿正直にあげるわけないだろ、ばーか」

 

 減量中のせいで、妙に重く熱い体を引きずりながら俺はからっと笑った。

 あーあ、水分もろくに取ってないから、まじでさっさと勝負決めるか、一周分やらなければ倒れてしまいそうである。

 怪我はしないで済むけど、熱中症で倒れるとか洒落にならん。

 試合に勝って勝負に負けるみたいなものだ。

 

「負けるなー! B組!! A組なんか蹴散らしちまえ!」

「A組も勝ってねー!!」

「おぉ、なんかあそこのコート白熱してるぞ」

「会長! たいきくんなんかに負けちゃダメですよ! あの特訓の日々を思い出して!」

 

 ふむ。いつの間にかどんどんギャラリーが増えている気がする。

 これただの体育の授業なんだけど。クラスマッチと勘違いしてない?

 俺はそう思いながらも、渡されたバレーボールを見つめる。

 久しぶりにみんなとする競技。

 誰かと一緒に行うチーム戦。

 1人のプレイヤーに一喜一憂する観客。

 ジムで走ったり、トレーニングマシンで1人黙々と運動をつけるのとは訳が違う。

 体育祭も去年は出られなかったし、クラスマッチも去年は出られなかった俺としては、この感覚は久方ぶりに感じた高揚感だった。

 

「うん……。やっぱり、こういうのは楽しいもんだな」

 

 元々、体を動かすのは誰よりも好きだった。

 スポーツが好きで、誰かと遊ぶのが好きだった。

 だから今だけは全て忘れてこれに没頭しようと思える。

 本当は最後、御行に花を持たせてやろうと思ったが……。

 

「やるなら徹底的に、だな」

 

 俺はそう言って悔しがるあいつを見て、大いにバレーを楽しむのであった。

 



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四宮かぐやは突きつけられる。

一ヶ月ぶりに投稿とか、すんません。
さてなぜ、かぐやルートがアンケートにはなかったのか。


それは、どのルートでもかぐやルートっぽいもを入れる予定だったからだよ!!!
かぐや編の前日譚みたいなもんじゃい!!


 会長が目の前で綺麗なサービスエースを決めた。

 それだけのことなのに、私の胸は自然と弾んでしまう。

 紅潮する姿を誰にも見られていないだろうか、そんな心配が思考の隅にやられるほど、今の会長の姿は逞しいものであった。

 そんな会長を見れる試合も、数分もすれば終わってしまう。

 もう少し相手が強ければ、長く、ゆったりと会長の勇姿を目に焼き付けれたというのに。

 だが圧倒的な力で相手を捩じ伏せてしまう会長というのも、いいものである。

 あのキリッとした目つきが、さらに鋭く見えるのだ。

 猛々しいとはまさに、今の会長を切り取った姿のことを言うのかもしれない。

 

「かぐやさん……」

 

 私が思考に耽っていると、隣で感涙して拍手をする藤原さんに話しかけられた。

 え、なんで泣いてるの、あなた……。

 

「あの子、私が育てたんです」

「母!?」

 

 思わずそんな疑問を口にしてしまったが、藤原さんはそれに構うこともしない。

 会長の方に目線を向けては涙し、それを拭って見つめては涙するを繰り返している。

 見ているこっちまでどうにかなってしまいそうな気がした。

 

「あの……藤原さん。そんなに泣いてしまうのなら見ないほうが……」

「何を言っているんですか、かぐやさん!! 我が子の頑張りを見ない人なんていません!」

「だから貴方は誰目線で会話してるの!?」

「かぐやさんこそ、会長の勇姿を見なくていいんですか!?」

「え、わ、私も? そ、それは見ますけど……」

 

 思わず私は吃ってしまう。

 他人から直接、会長を見ろと言われたら気恥ずかしさが出てしまうものだ。

 しかし、そんな私の気恥ずかしさも吹っ飛んでしまいそうな出来事が、目の前で起きた。

 

「あれ、たいき君ですね……」

 

 藤原さんがそう言って指し示すのは、上着を脱ぎ取るたいきの姿だった。

 

「たいき君もバレーをするのでしょうか?」

「そんなはず無いと思います。彼、今は減量中だから無駄なスポーツはしないって……」

 

 そうだ。彼は絶賛夏の撮影に向けて減量していると聞く。

 無駄なスポーツをしない、弱った体で素人が入り混じる体育などやっていいはずがない。

 怪我をすれば一大事だとこの前も話していた。

 体が商売道具なのだと自慢げに話していたはずだ。

 ちらりと、たいきの対戦相手を見てみる。

 そこには神妙な顔つきでボールを持っている会長の姿が見えた。

 どうやら会長の一強を利用して、A組の男子たちが冗談混じりにたいきを投入したのだろう。

 浅はかな考えと嘲るのと同時に、心なしかたいきが楽しそうに笑っているのが見えた。

 もともと、誰かとスポーツや遊びをするのが好きだった彼からしてみれば、これはこれでいい口実になったのかもしれない。

 まあ、いやいや出場させられているのであれば私が止めてあげたけれど、彼が望んでいるのならそれはそれで良いのだろう。

 できれば怪我なんてせずに終わって欲しい。

 

「あれ、大仏が出るの?」

「たいきくーんがんばれー!」

「おーい、たいきー。負けたら放課後にスムージー奢ってねー」

 

 彼が試合に出るとギャラリーが盛り上がる。

 さすがは小学校の時から人気者だっただけのことはある。人望も伊達じゃない。

 しかし好かれていると言うことは、アンチもいると言うことに他ならない。

 誰からも好かれる存在など、あの神の子ですら出来なかったのだ。

 たかだか人にできることはずもないのは自明の理である。

 体育館の隅の方ではたいきが持て囃されるのを面白くなさそうに見つめる人もいた。

 

「あれ、四宮のおば様は応援してなくていいの?」

 

 そんな中、私に声をかけてくる女性が一人。

 

「四条……眞妃さん」

 

 たいきとビジネス上の元カノであり、四宮家と仲の悪い四条家の令嬢。

 ある出来事から一定の距離を今日まで保ち続けてきた、彼女がなぜか私に話しかけてきたのだった。

 

「たいきとおば様ってすごい仲が良いんでしょう? あの子達みたいに大きい声援をあげなくていいの?」

「相変わらず言うことに品が無いわね。別に声をあげなくても応援はできます」

 

 いくらか冷めた声で私はそう返す。

 彼女はそれを歯牙にも掛けないのか、「ふうん」と軽く言うとコートを見つめた。

 

「ずっと気になってたんだけど、なんであんた達って仲が良いの? どう見ても馬が合わないでしょ」

「それ、どういう意味かしら」

「言葉のままよ。あいつとおよそ一ヶ月付き合ってわかったことだけど、あれが四宮の人間とつるめる性格だと思えないもの」

 

 彼女はそう得意げに言うと腰に手を当てた。

 眞妃さんの言うとおり、たいきと四宮家の性質が会わないのは昔から分かっていることである。

 彼は自由気ままで誰からも好かれ、誰にでも優しい為人をしている。

 それこそ道端に捨て猫がいればきっと見捨てないようなお人好しだと言えるだろう。

 一方、四宮家は違う。役に立つのであれば手段も厭わない非道な面が存在する。

 それが理由で四条家という別勢力が生まれてしまった歴史を持っているくらいだ。

 彼が捨て猫を拾う人間であれば、四宮家は平気で猫を捨てられるような家柄だ。

 そんな家の令嬢である私が、なぜ彼と仲良くできているのか。

 そう聞かれれば答えを持ち合わせていないのは、実は当人である私たちの方だった。

 

「貴方には関係ないでしょ。私とたいきの間柄なんて」

「まあ、そうよね。その通りよ。でも、元カノとして気になるじゃない?」

「元カノって貴方ね……。たいきから彼氏のフリをして欲しいからって聞いたわよ。あと本命がいるんでしょう?」

「は、はあ!? 本命なんていないわよ! バカにしないで!」

 

 私の言葉があまりにも彼女の弱点だったのか、眞妃さんは思わず咽せてしまう。

 こうして見ると、意外とこの情報は良いものかもしれない。

 

「あいつ……私の情報を流したのね」

「たいきからは聞いていないわ。貴方とたいきの話を盗み聞きしただけよ」

「性悪め……」

「なんとでも言いなさい」

 

 そうやって勝ち誇った笑顔を向けると、彼女は負け犬のように下唇を噛んだ。

 

「じゃあ、逆に聞くけどおば様には本命とかいないの」

 

 眞妃さんは私の情報を探るため、あまりにも拙い攻撃を仕掛けてくる。

 どうやら私に好きな人の情報を握られて、かなり弱っているらしい。

 

「ええ、別にいな———

「かぐやさん好きな人がいるんですか!?」

「っ!!!?」

 

 私としたことが! この天然モンスターの存在を見落としていた!?

 

「えへへー、誰なんですー? やっぱりかぐやさんも年頃の女の子ですし、そういうことに興味あるんですよねー?」

 

 一応、周りには配慮しているのか、私の耳の近くで彼女は声を顰め尋ねてくる。

 

「か、勘違いですよ、藤原さん。私にそういう人は……」

「あら、それは無いんじゃない? 私だけ情報をあげておば様は何も言わないなんて?」

「あなたまで……!」

 

 藤原さんに加えて、眞妃さんまでもががっしりと私の腕を掴んで離さない。

 前門の虎後門の狼とはまさにこの状況を指しているのでは無いだろうか。

 今ここで私の好きな人が会長ってバレたら、今までの苦労が水の泡じゃない!

 

「やっぱりかぐやさんの好きな人ってあの人ですよね」

「決まってるじゃない。おば様とあいつ仲良しだし」

「ですよねー! 私もずっと怪しいと思ってたんですよ!」

 

 え? なになに? もしかしてバレてたの? なんなのこの口振りは!?

 私は早坂とたいき以外に恋愛頭脳戦の話をしたことなんてないのだけれど、もしかしてあからさますぎたかしら。

 となれば、もしかしたら会長も私の気持ち気づいている?

 そんなのあれじゃない、「四宮はずっと俺に告白してほしかったんだな、可愛い奴め」ってなってるってことじゃない!

 そんな恥辱堪えられないわ! 誰か私を殺して!

 

「かぐやさんの好きな人はズバリ———!!」

 

 やめて、それ以上は言わない———……

 

「たいき君ですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何をいうかと思えば、私の好きな人がたいき?

 言っていることの意味を理解しているのかしら、この子。

 やはり乳にばかり栄養が生きすぎて頭がろくに回っていないんじゃないかしら。

 それなら可哀想ね。もはや人間以下の思考力で生活しなければいけないなんて。

 

「え、違うんですか?」

 

 藤原さんがキョトンした表情で問いかけてくる。

 

「当たり前でしょ。私とたいきは友達です。そんな恋愛感情とかありませんよ」

 

 私はそう言って、彼女達を腕から振り解きため息をついた。

 もしかして会長のことがバレているのかと思ったけど、どうやら取り越し苦労だったようだ。

 よかった……。

 

「えー、でもかぐやさんがそうでも、たいき君はそう思ってないかもしれないですよ?」

「そうね、私もそう思うわ」

 

 藤原さんと眞妃さんが二人して、目を合わせて頷いた。

 彼女達の中でどうやら何らかの共通認識があるらしい。

 

「それはどういう事ですか?」

「もー、鈍ちんですねーかぐやさんは。ツーマーリー、たいき君はかぐやさんのこと、きちんと女の子として見てるってことですよー」

 

 その考えはこの数年間、一度も生まれることのない考えであった。

 



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白銀御行は警戒する。

七話分くらいのストックはあったりするのですが、
投稿爆撃をするか悩み中。


「よっ、御行」

「大仏か」

 

 俺が生徒会室に行く時、その男は現れた。

 大仏たいき。

 2年A組に所属し、俳優、モデル、タレントとして広く活躍している超大物有名人。

 運動神経は抜群、噂によると歌もすごくうまいらしい。

 まさに非の打ち所がないモテ要素を持っている。

 そこら辺の男からすれば、月とすっぽんくらいに男の格が違うように見えるだろう。

 

「大仏が俺に用とは珍しいな。何か四宮にでも頼まれたか?」

 

 少し声のトーンを下げながらそう呟く。

 大仏と四宮は秀知院学園でも有名なほど仲がいい。

 休日は一緒に遊んでいるところを見たと言う同級生もいるくらいである。

 それこそ、前情報がなければ2人が付き合っているのではないかと勘ぐりたくなるほどに、仲がいい。

 しかし、大仏は四宮以外の女を彼女として何人も付き合っていると聞く。

 それはつまり、四宮を彼が女として見ていないことの顕れでもあるのだろう。

 四宮も、それに関してそれとなく聞いてみたが「まあ、たいきのあれは性癖みたいなものです」との事で、どこか許容しているようにも見えた。

 そのため、この2人には特別な恋愛感情らしきものが無いのははっきりとしている。

 はっきりとしているのだが、男として、意中の女が自分以外の男と仲良くしているのは、なんかこう、イラッとくるものだ。

 

「いや、今回は個人的な要件できたんだ」

「個人的な要件か。とりあえず、立ち話もなんだ。中庭で話そう」

「え? そこの生徒会室で俺はいいぞ」

「……今は少し事情があってな。生徒会メンバー以外は入れてないんだ」

 

 俺はそうやって適当な嘘をついた。

 なぜだかわからないけど、この男を生徒会室に入れることを俺は昔から許容できない。

 だから大仏が生徒会室に入ったことがあるのは、片手の指で足りるくらいの回数である。

 それも俺がいない時などに藤原書記や四宮、石上が招いて出入りしていると聞く。

 

「ふーん。まあいいや。じゃあ、中庭に行こうぜ」

 

 大仏は俺の嘘で納得してくれたのか、鼻歌まじりに歩き出した。

 

 

 

 

 

 中庭に着いてからは俺と大仏は一つのベンチに隣あって座った。

 こうして2人きりで話すのも2年生に上がってからほとんどなかったため、どうも緊張する。

 だが、それは俺だけらしく大仏はなんとも緩み切った笑顔を貼り付けたままであった。

 この何を考えているのか分かりづらいところが、飄々としていて俺は苦手である。

 

「で、率直に聞くが何の用だ」

「いやー、その前にこれでもどうですか生徒会長」

 

 妙に畏まった物言いで大仏が渡してきたのは、資生堂パーラーの銀座本店でしか買えない数量限定のお菓子、その名も「スペシャルチーズケーキ」(3,456円)であった。

 

「は? 急にどうしたお前」

 

 あまりに唐突な差し入れに、少しばかり俺の目が眩む。

 この男が俺に手土産? しかもなかなか手に入らないチーズケーキを? なんのために?

 記憶を遡ってみるが、別に大仏に感謝されるようなことをした覚えはない。

 そもそも、こいつとの接点は隣クラスと合同で行われる授業の時くらいである。

 それ以外は基本的に挨拶もしない仲だ。

 それなのにこれはなんだ。俺の目の前で何が起こっている。

 

「いやー、普段から優が『白銀先輩は頑張りすぎなんですよね』って言ってたからさ、少しでもリラックスしてもらおうと思ってな。ほんの気持ちだよ、気持ち」

 

 あははは、と笑う彼に俺はさらに寒気した。

 あの笑顔。絶対に何かある笑顔だと察する。

 何が狙いなのかはわからない。ただわかることといえば、これを受け取ったら何かまずいことになるということである。

 もしかしたら、四宮を副会長から外せとか、かぐやは俺のもんだとか言い出すのではないだろうか。

 それだけは絶対に阻止しなくては!! なんとしでも断らなければ!!

 

「わ、悪いが大仏。俺はあまり甘いものが好きではないんだ。その気持ちはありがたいし、代わりに藤原書記なんかにあげてくれ」

 

 よし、これで完璧。

 俺は受け取らないけど、他人に譲るといえば強く出られまい!

 ここでさらに強く押してきたら、「なんでそんなに俺に食べて欲しいのか? もしかして、何かやましい事でもあるのか?」と追及できる。

 今のは後続につなげやすい完璧な返答であった。

 

「ん? じゃあ、これは千花に渡すとして、じゃあこっちを御行にやるよ」

「そ、それは!?」

 

 大仏が次にと差し出してきたもの、それは夢の国へのチケット4枚分であった。

 もしこれを手に入れれば、合法的に四宮と出かけることができる。

 4枚だ。藤原書記と石上も誘えば、四宮とデートしたいからという欲望を隠せる。

 どうする、これは受け取っていいのか?

 いやいや、大仏の目的が分からない以上、ここで易々と手に入れるのは悪手だ。

 まずは目の前にいる男が何を考えているのか当てなければ、この夢の国へは行けない。(受け取ること前提で物事を進めだした)

 

「大仏……、素直に聞くが、本当にこれは俺への慰労のつもりか?」

「いやー、まあ。それだけではないな」

 

 俺が聞けば相手は素直にそう返す。

 意外だ。ここはしらを切り通すか、嘘をつくと思っていた。

 まさかここまで率直に曝け出されるとは思ってもいない出来事である。

 

「では聞くが、目的はなんだ。何を俺から貰いたい」

 

 相手が曝け出してきたのだ、こちらも合わせてそのまま質問してみる。

 そうすれば大仏は、ふうと小さく息を吐きスマホを取り出した。

 

「俺って友達多いからさ、色々なことを頼まれるわけ」

「ふむ。知っている。お前はフレンドリーな男だからな、その分、交友関係も広いだろう」

「で、それが仇となってこういうのも頼まれるんだよ」

 

 そう言って見せてきたのは一つの写真。

 色々な物品が乱雑に置かれ、今にも机の上から溢れ落ちそうになっているのが映っている。

 俺はそれを見てなんとなく悟ることができた。

 多種多様な贈答品に、この六月も中盤にさしかかってきた時期。

 贈答品をもらったはずの大仏がなぜか俺に物品を渡してきた理由。

 

「なるほど、部の予算案か……」

 

 ここ秀知院学園はよくも悪くも頭の働く連中が揃っている。

 しかも親は政治家や社長など、それなりに社会を闊歩する重役たちの子息令嬢ばかりだ。

 そんな親を見て育っている子供が、世渡り下手なわけもなく、当然交渉する技術はそれなりに身についている。

 つまりこれは、大仏を介して渡してきた、部の連中からの”賄賂”であった。

 確かに、部の連中から直接渡してくるより、こういう関係のない奴が渡してきた方が無警戒でものを受け取るといえば受け取るのだが。

 今回は全員が人選ミスである。

 俺は個人的な理由(四宮関連)で大仏たいきを警戒しているのだから。

 

「ちなみにこの夢の国の招待券は千花からの賄賂な」

「あいつ……」

 

 彼はそう言って、はっはっと闊達に笑うとそのチケットを手渡してきた。

 

「行ってこいよ。正直、優から言われたってのも理由の一つとしてはある。それに、高校2年生の夏は、今しかないんだぜ」

 

 それは恐ろしいほどに誘惑として魅力的であった。

 彼の言う通り、この時期、このメンバーで遊ぶのは今しかできない。

 夏休みが終わって一ヶ月も経てば、すぐに新しい生徒会選挙が始まる。

 思い出作りは今しかできないのだ。

 

「……感謝の言葉は言わんぞ。賄賂だし」

 

 俺はそう言って照れ隠しを含めてそれを受け取った。

 夏休みまで残り一ヶ月。

 このチケットでも使ってみんなで遊び行こう。

 泊まりとまでは行かなくても、日帰りで遊びに行くのは中々に面白そうだ。

 

「くっくっくっ、せいぜい楽しい夏休みにしろよ」

「悪役かよ、お前……」

 

 俺はそう言って、憎き恋敵と小一時間ほど駄弁ってから生徒会室に戻るのだった。

 




白銀視点では、
大仏と四宮間に恋愛感情はない。

四条、藤原視点では、
大仏と四宮間に恋愛感情ありそう。


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番外編:子安つばめの想起

 それを見たのは数年前、私がまだ中等部の時だった。

 彼氏とひどい別れ方をしてまだ私が傷心していた時期に私は、放課後の時間を持て余しながら、ぼんやりと夕暮れに滲む公園を当てもなく歩いていた。

 

「……おい、そっちに行ったぞ!」

「やっちまえー!」

 

 ばちゃばちゃ、けらけら。

 少し前方にわいわいと遊んでいる子供達が見えた。

 水鉄砲や水風船を使っているところから、何かごっこ遊びでもしているのだろうか。

 客観的に見ればかなり重装備をした子供3人が、ひとりの少年を追いかけ回している。

 逃げている少年も水鉄砲を持っていたが、反転に転じる様子はなさそうだ。

 グループの中では気弱ないじめられ役なのかもしれない。

 しばらく様子を見ていたら、逃げていた少年が足を滑らせて盛大に転げてしまった。

 見たところ、膝からは血が滲み出てていて、かなり痛そうだ。

 頭から地面に突っ込んでしまったらしく、ゴシゴシと土で汚れた顔や髪を手で払っている

 

「だっせ!」

「うわ……お前泣いてんの? キッモ! 明日みんなに言いふらしてやろーぜ!」

 

 仲間の3人はバカにしたように笑いながら転けた男を中心に見下ろしている。

 手を貸してやる様子はない。

 下校中の生徒や、通りすがりの老人も何人かいたが、そもそも関心を持っていないのか、無視しているのか、皆速度を買えずに歩き続けている。

 まあ、いじめているつもりはないんだろうが、転けてしまった少年はいまにも泣き出しそうだ。

 水で濡らしたハンカチで転んだ子の膝を巻いて上げて、ついでにちょっとやりすぎだと3人に注意してあげよう。

 気づいてしまった以上、ここで見ないふりして通り過ぎるっていうのは私にはできないし。

 そう、私が思った瞬間———。

 

「おー! あぶねぇー!!!」

 

 どっしゃあーと大きな音を立てて、男子中学生が硬い地面にダイブした。

 なにが起こっているのか理解できず、私はぽかんと口を開けた間抜け面でその光景を眺めていた。

 戸惑う少年たちをそっちのけにして、その男子中学生は盛大に痛がる。

 制服を見るにうちの学園の学泉の生徒だ。

 

「うおー!! ちょー痛い! 思ったより痛い! 助けてくれがきんちょ達!!」

 

 先ほどまでは名も無き通行人を装っていた他の人たちも思わず立ち止まり、その喚き散らす男を見て唖然としていた。

 友達同士でひそひそと話しながらシャッターを切る者もいる。

 会話が聞こえてきたわけではないが、その雰囲気から察するに、おそらく彼はかなりの有名人なのだろう。

 私の方向からは彼の後ろ姿しか見えないため、誰までかは分からない。

 秀知院学園の生徒であれば、確かに有名な生徒が1人や2人ざらにいるにはいるのだが。

 それなのに男子中学生は、周りの視線も、破けてしまったであろう制服のズボンも意に介さぬ様子で、少年たちに泣きついていた。

 あまりにも熱の篭った演技と勢いに、細かいことなはどうでも良くなったのか、転けた少年ですら「……馬鹿じゃん」と呟いている。

 

「誰がバカだよ。転んだら痛いものは痛いだろ」

 

 男子中学生はそう言って周りを取り囲んでいた3人の持っていた水鉄砲と水風船を指さした。

 

「お、懐かしい。どうせだし俺も混ざっていい?」

 

 あっけらかんと言った様子でそう言ってのける男子中学生。

 場の空気を読めているか、読めていないかで言うと、どう見ても前者である。

 そんな様子も少年たちからすれば受け入れ難いものだったらしく、彼らは男子中学生にも聞こえる声で内談を始めた。

 

「おい、この兄ちゃん、変だぞ」

「テレビでよく見るけど、こんな奴だったの? 姉ちゃんがファンだって言ってたのに」

「どうする? 追っ払う?」

「おー、なんだやる気か? いいぜ。”4対1”でも俺は勝てるから。あんまりオトナをなめんなよー」

「いや、お兄さん中学生でしょ。オトナじゃないじゃん」

 

 ごもっともなツッコミを入れながら、最初に転けた少年も他の3人と合流して男子中学生を襲う。

 

「おい! そっちに行ったぞ!」

「やっちまえー!」

 

 ばちゃばちゃ、けらけら。

 少年たちと男子中学生の追いかけっこが始まる。やっていることは先ほどと同じはずなのに、いつの間にかその空間はきらきらとした温かい笑い声に溢れていた。

 ……なに、なにが起こったの?

 男子中学生たちはその後10分ほど遊び、なぜか元気の良い声で別れを告げあっていた。

「じゃーな、兄ちゃん! また遊ぼうぜ!」と言って、そのまま4人全員が肩を並べて元気に駆けていくのは、びしょ濡れになった少年たち。

「おう。次は手加減しないぞー」と気の抜けた返事をしているのが、思いっきり汚れた男子中学生である。

 私はそこでようやく彼の顔を見ることができた。

 全てのパーツが整った顔に、太すぎず痩せすぎず、誰もが見惚れるような洗練された体格。

 テレビを見ていれば、一度はその顔を見たことがある人物に私はふと声をかけ、水で濡らしたハンカチを差し出した。

 彼はそれを受け取った後、私の制服をじっと眺めてふと口を開く。

 

「ん? もしかして同じ学校の先輩?」

「えー、あー、うん。そうだよ。確か大仏くん、だよね?」

「俺のこと知ってるんすね」

 

 彼は何が楽しいのか、子供のようにころころ笑う。

 

「あー、かなりズボン破けちったな。こりゃ新しいの買わないとダメか。ねえ、先輩。悪いんですけど、先輩は体操服とか持ってないっすか? 俺、今日何も着替え持ってないんすよ」

 

 血が滲み出ている箇所を私のハンカチで巻きながら彼は言った。

 

「……あるけど、体育で使ったから、そのー……匂うかも」

 

 カバンに仕舞ってあった体操服を取り出して渡すと、彼は「気にしないっすよ」と言って受け取った。

 

「俺こう見えても芸能人だから、何かと注目されるんすよ。だから、こんなボロボロだと流石に、ね?」

「あー、まあ学校の体操服なら男女一緒のデザインだし問題ないのか」

「そう言うことっす。なんかすみません、ハンカチも借りたのに体操服まで借りちゃって。女の人、そう言うの嫌いでしょ」

 

 さっきまでの子供っぽい印象はどこへ投げ捨てたのやら。

 彼はあまりにも大人っぽい対応で私に頭を下げた。

 

「いいよ、気にしなくて……ただ代わりにひとつ聞いてもいいかな?」

「はい?」

「どうしてあんなことを? 普通に考えたら、転けた子を起こして、他の子を軽く叱るっていうのが正解だと思うんだけど、私もそうしようとしたし……」

 

 彼は口元に手を当て「うーん……」としばし考え込む。

 何か具体的な理由があっての行動ではなかったらしい。

 

「よく分かんないですけど、叱るって面倒じゃないですか? やった方もやられた方も嫌な気持ちになって帰らないといけないし」

「でも、自分を汚す方が面倒じゃない? 君って有名人なんだし、きっとさっきの行動はS N Sで拡散されると思う」

 

 彼はそれを聞いてもまだ微笑みながら、真っ直ぐ私の目を見た。

 なぜだか私は、心の奥まで見透かされているような気持ちになる。

 

「先輩がどうしてそんな辛そうな顔してるのかは分からないですけど……」

 

 優しい微笑みが、力強く、温かい、それでいて芯の通った笑顔に変わる。

 

「自分がしたいからそうしました。誰かにどう思われたいとか、誰かに褒めてもらいたいからとか、そんなのどうでも良いんです」

 

 ……すぐには言葉が出てこなかった。

 ほとんどの人間にとって、自分の言動や行動に伴う他者の目は切っても切れない関係にある。

 彼氏と別れたのだって、そういうのが原因だったりするし、私が女の子たちから嫉妬されているのもそれが起因してる。

 だけどこの人は、「自分がそうしたい」というシンプルでいて、他人から許容されなさそうな気持ちひとつで行動したのだ。

 まるで、自分が自分であることを誇りに思っているかのように、今俺のいる場所が俺のいるべき場所で、俺の意思が俺の道標だと言わんばかりに。

 そうして導いた結末は、私が想像していたそれよりも、もっとずっと素敵なものだった。

 

「……もうひとついいかな」

「いいですよー」

 

 彼は私の考えていることなんか気にもしないかのように、せっせと濡れた制服の上着を絞っている。

 

「友達になってください。私と」

「———うん、わかった。俺の名前は……って知ってるんだっけ」

 

 真っ赤に染まる夕焼けをバックに、彼はふわりと微笑んだ。

 濡れて頬についた髪の毛も、土で黒くなった頬の部分も、転んで破けてしまった制服のズボンさえ、なぜかとても尊く、美しいもののように映る。

 

「先輩の名前は?」

 

 だからこれはきっと運命なのかもしれない。

 迷っていた私に舞い降りた、ひとつの小さな幸運なのかもしれない。

 気がつかなければ見つけられなかった、道端に咲く小さな小さな奇跡。

 

「私の名前は子安つばめ。子安つばめだよ」

 

 そっと胸を抱きしめ、それを慈しむかのように、私は彼の目を見て名前を告げるのだった。

 



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早坂愛の告白、そして罪。②

『無理だし! こんなところから降りれないし!』

 

 数年も前の夏の出来事である。その日は茹だるような暑さだったのを覚えている。

 その日、私は主人が初めての男友達だと言って連れてきた人と虫取りをしに、家の者たちに黙って自然公園へと遊びに来ていた。

 

『降りれないって……君が俺の忠告も聞かずに登ったんじゃないか』

 

 主人の男友達は呆れた目をしながら、木から降りれなくなって泣きじゃくる私を見ていた。

 私はそれが堪らなく恥ずかしくて、さらに目頭へ涙をため嗚咽を漏らす。

 

『だって、登ってる時は下なんて見ないから……こんなに登ってるって思わなくって……』

 

 今人生を振り返っても、あれだけ人前で泣いたのはこれが最初で最後だっただろう。

 あまりの醜態さに主人も私を見ていられなかったのか、さっさと虫取りを再開してしまった。

 そのため今そこにいるのは、降りれなくなった私と、それを呆れながら見てる彼だけである。

 

『はあ、仕方ない待ってろ』

 

 少しすると男は呆れたようにため息をついて、肩にかけてあった虫カゴをそっと地面に置く。

 一体なにをするつもりなのか、そんな風に泣きながら考えていると、男は私でも降りれなくなった大木にひょいひょいと上がってきた。

 

『登れたんだから降りれるはずだ。降りれなくなったのは怖いから』

 

 男はそう言って恐怖で縮こまっていた私にそっと手を差し出した。

 

『怖いなら一緒に降りてやる。さ、行こうぜ』

 

 なんでもないような声をさせながら、さも当然のような振る舞いで私を誘う男。

 まるで風に吹かれている鯉のぼりのように飄々としていて、雄大で……。

 私はそれを見て思わず流れていたはずの涙を止めてしまうのであった。

 

 

 

§

 

 

 

 早坂愛(わたし)にとってあれは非常にレアなケースだった。

 誰かに自身の感情を爆発させる。普段、絶対にしないようなことを、あの瞬間、私は大仏たいきにしてしまったのだ。

 その理由はなんとなく察しがついている。

 ———四条眞妃との秘密の交際発覚。

 彼の情報は仕事柄、そつなく全てを集めていた私だが、この情報だけは手に入れてなかった。

 たいきであれば私やかぐや様に嘘を言わないだろうという信頼。

 さらには彼らへの後ろめたさが足を引っ張っているのは間違いない。

 今までは彼が話すことだけで全てを完結させていたのだ。

 しかし、それを差し引いても解せないこともある。

 恋愛事情を全て話せとまではいかないが、四条の娘と付き合っていたのなら、それは四宮家側の人間からすれば一報くらい入れて欲しかった。

 これは本家から情報を流すという意味ではなく、かぐや様との関係上を鑑みての感想である。

 もしかしたら友達と思っていたのは私たちだけで、彼から見た私たちはそこまで大切な友達じゃなかったのだろうか。

 そう思うと、体の芯が冷えて堪らなく辛い気持ちになる。

 それと同時、裏切り者の自分を棚に上げている私が、嫌いで嫌いでしかたなかった。

 

「こんなところにいたか」

 

 主人が帰宅する時間を手持ち無沙汰で待っているとその声は聞こえた。

 振り返ってみると、先ほどまであれやこれやと悩まされていた件の男が、ヘラヘラとしたにやけ面で立っている。

 私はそれを見てどうしようもない怒りが込み上げ、ちっと思わず舌打ちをした。

 

「なんで舌打ちされたの俺」

 

 たいきはそれでも臆することなく私のところへと近づいてくる。

 私が苛立っていることには気づいていないのか。

 

「べっつに〜。ロリコンの大仏くんには関係ないし」

「ロリコン……? 取り消せよ、今の言葉……!」

「誰もワンピースのモノマネしろなんて言ってないじゃん」

 

 素でネタをぶっこんでくる彼に呆れながら私は、頭を左右にふった。

 これじゃ色々と考えている自分が馬鹿らしい気持ちになる。

 どうせ彼は特に何も考えていないだろうし。

 

「まぁ、それは良いとして、早坂はここで何してんの」

 

 そう言って彼が見渡すのは、現在私たちがいる図書館。

 彼の手にも何冊かの本が持たれており、どれもこれも見たことのない本たちであった。

 

「ちょっとね〜。アルバイトが始まるまでここで暇つぶし? みたいな〜」

「ふーん。ならちょうどいいや。ちょっと付き合ってくれね?」

 

 そう素っ気ない態度で突き放すように言ってみるも、彼はそれを歯牙にも掛けない様子で返事する。

 やっぱり、私が怒っていることなんて彼は気づいていないらしい。

 もし気づいてれば、ここまで素っ気ない態度など取れないだろう。

 

「付き合うって何だし。そもそもウチが付き合う必要なくな〜い?」

 

 私はそう言って、気分が悪いと言わんばかりに席を立ち上がる。

 図書館には現在、司書さんしかいないため、人の目を気にせず私は彼を睨んでやった。

 どうせだ、このままかぐや様を連れて帰ろう。

 今日は生徒会もオフのため、弓道部に寄ったまま帰宅すると言っていたし。

 少し早めに帰宅するよう誘導しても、文句を言われないだろう。

 そう思って彼の隣をすり抜けるように歩き出せば、ばっと目の前に彼の体が立ちはだかった。

 

「この前のこと謝りたいと思ってな……めんどくさがって逃げたし」

 

 そう言われて私は少し黙考した。

 この前のことを謝りたい?

 さっきまでどうでも良さげに飄々と会話していたくせに、次はそんな事を言うのか。

 

「何それ。怒ってるって気づいてるなら、もうちょっと言い方あったはずだし」

「いや、まあ、そうだな。悪い」

「そもそも面倒くさがってってなに……? そんなの許せるわけない」

「はは、おっしゃる通りでございます」

 

 自分で言ってて気持ち悪くなる。

 どの口がほざくんだと思ってしまう。

 毎夜、彼らの情報を本家に流している分際で、彼に機嫌をとってもらおうなど烏滸がましいと感じてしまう。

 それなのに私の口は止まってくれなかった。

 決壊したダムのように、ダラダラと言葉の波が溢れては流れた。

 止まって欲しいのに、その感情の止め方を知らない。

 彼はそんな私を見ながら、どこか居心地悪そうに、私の汚いところを受け止め続ける。

 

「スタバでも行こう。奢る」

「だめ……、イニシャルがいい……」

「えー、表参道だろ。絶対人多いぞ」

「関係ないもん……」

 

 私がそういえば、彼は静かに口元に手を当て考える。

 

「……しゃーねー。変装するから家寄ってからでいいか」

 

 諦めたように彼はそう言うとポケットからスマホを取り出して、ぽちぽちと操作した。

 多分、かぐや様に「愛かりる」とでも送っているのだろう。

 彼女もたいきからこう言われば基本的に折れてくれるし、そう言った時は便利である。

 

「愛も制服は脱いでから来いよ」

「分かってる。ついでに寄りたいところもあるから寄っていい?」

「いいけど、遅くなるのはちょっとまずいんじゃ無いのか」

「別に……少しくらいならいいはず」

 

 私たちはそう言って図書館を後にする。

 彼と2人だけで出かけるのなんていつぶりだろうか。

 ずい分と懐かしい気がする。”あの時”から彼とは話しづらくなったため、こういう時間も減った。

 所詮、私は情報を垂れ流しにする裏切り者で、目の前にいる彼は私に裏切られている可哀想な役者だ。

 それ相応の関係を保たなければ、いつかは破綻してしまう。

 もし私が情報を流していると知られれば、彼女や彼はどのような反応をするだろうか。

 やはり軽蔑するだろうか。いいや、それくらいで済めばまだマシな方だろう。

 きっと、どうしようもなく嫌われて、どうようもなく穢される。

 私という薄汚い人間が迎えるところが、ハッピーエンドなわけないのだから。

 

「ねえ、たいき」

 

 だからこれはただのエゴだ。

 押し付けたいだけの気持ちでしかない。

 相手のことも考えず、自分だけを省みる気色の悪い自己満足。

 自慰となんら変わらないだけの汚れた考え。

 それを私は今から彼に実行する。

 

「もし私が困ってたら、またこうやって昔みたいにたいきは手を差し伸ばしてくれる?」

 

 私がそう言うと、彼は思い悩むように目線を空中へと投げた。

 1秒か、それとも1分か、時の概念がおかしくなるような感覚が私を襲う。

 それでも聞いてしまったからには、相手の答えを待つしか私にはできない。

 

「何かの謎かけは知らんけど。その言葉通りの意味で聞いたんなら、その時は多分———……」

 

 彼はそう言ってぽそりとその答えを呟いた。

 



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赤点を回避したい。

「お前ら、来週から何が始まるか知ってるか」

 

 1人の男がファミレスの席に座ってそう問いかける。

 目の前にいるのは、寺島さん、大仏こばち、石上優の3人。

 そして対面に座る男こそ、その3人の共通の関係者とも言える、変装した大仏たいきである。

 色眼鏡をかけ、制服からユニクロで売ってそうな無難の服装となり、帽子を目ぶかく被った彼は、いつも外に遊びに行くときの姿だった。

 

「どうしたんすか先輩。そんな切羽詰まった顔して。腹でも壊したんすか」

(前回の順位197位)

 

 嘘である。

 彼自身、来週から始まる行事については知っている。

 しかしそれをあえて見ないふりしたのだ。

 なぜならそれはとても過酷な行事だったから。

 彼としてはなくなってしまえばいい、消え去ってくれたら御の字としかいえないそれは、学生ならば誰もが一度は考えることであった。

 

「お兄ちゃん。実は私、来週は沖縄に行こうと思ってるの」

(前回の順位180位)

 

 マジである。

 大仏こばち(この女)はそんな非現実的な計画を立て、実際に沖縄行きのチケットを取っている。

 来週から始まる行事が嫌すぎて学校外へ逃亡。

 どれだけ休んだとしても、永久に逃れることができないと知っていながらの無謀な挑戦。

 学生生活には絶対に付き纏うそれを、彼女はそれでも振り切ろうと努力する。

 

「来週ってあれでしょ、おじいちゃんが亡くなって学校が休みになる日でしょ?」

(前回の順位187位)

 

 殺る気である。

 寺島は学校のトップを殺せば、とりあえず危険回避できるという安直な考えを持っている。

 いざとなれば親に土下座でもして、何とかしようと考えるクズな思考回路。

 それを本当に実践しようとしているところに、もはや恐怖を感じざるをえない。

 どうやればこのようなサイコパスな娘ができあがるのだろうか。

 甚だ疑問でしかない。

 

「落ち着け、皆の衆。来週のテストが嫌なのは誰もが同じだ。俺だって嫌だ。というか学校爆発しないかなと素直に思ってる」(前回の順位 最下位)

 

 進級すら危ぶまれているたいきは落ち着いた様子でそう言う。

 この中で一番危ない人間がいるとすれば彼である。

 ただでさえ、学校を休みがちであった彼は、全くと言っていいほど勉強ができない。

 ノリと勢いだけで生きてきたからこその皺寄せ。

 あのかぐやに勉強を教えてもらわなければ、一年生のままであったと噂されている。

 これには勝手に恋敵と認識している白銀も驚嘆の事実である。

 

「いやテストなんて、急に勉強してどうにかなるもんじゃないですよ。先輩はそれが一番分かってるでしょ」

「そうだ、そうだー。優くんの言う通りだー」

「倫理的に考えて、お兄ちゃんがこの中で一番馬鹿なんだから、私たちに従うべき」

 

 彼彼女らはお互いがお互いを援護すべく、共通の敵としてたいきを担ぎ上げた。

 しかしみんなは、どんぐりの背比べという言葉を知っているだろうか。

 このように馬鹿と馬鹿を競わせたところで、はっきりとした優劣がつかないことである。

 同じようなことわざとして五十歩百歩というものもある。

 とまあこのように、偏差値77を誇る秀知院学園では、一般の学校に存在しそうな勉強ノロマは全て最下層に突き落とされる。

 なぜなら周りにいる生徒はみんな、成績を気にして勉強漬けになっている人たちなのだから。

 誰しもが執念と事情があり、その高い学力を有している。

 知力のみならず、情報・人脈・財力全てを用いるのは当然の選択。

 それを怠っているこの場の4人はまさに敗北者という言葉がお似合いであろう。

 

「はい、やかましいー。現実逃避をしてるお前らが駄々をこねるのは知ってました。なので俺が強力な助っ人を呼んであります」

 

 そう言って彼がスマホをぽちぽちと操作すれば、ファミレスの奥の方から我が物顔で歩いてくる2人の人物。

 1人は学年3位にしてあの四条グループの令嬢。天才とはまさに私のことねと自尊する女の子、四条眞妃ィィィ!!

 そしてもう1人はちょっと言い寄られたらホイホイついていきそうなほどのチョロイン。学年1位をずっとキープしている秀才児、伊井野ミコォォォォ!!

 

「以上2名が俺たちに勉強を教えてくれる強力な助っ人だ」

 

 たいきはそう言って、目の前に置いてあったコーラをこくりと飲むと一息つく。

 紹介された2人は、自信ありげな表情で、たいきの横へと腰掛けた。

 

「いや、その紹介するために奥で待機してもらってたんですか?」

「お兄ちゃん、流石にきもい」

「まぁ私は面白かったからいいよ。そこの2人も、ぷっ、真顔でかっこよかったし」

 

 しかし、2人の登場の仕方がよほど面白かったのか3人の赤点組は鼻で笑った。

 

「ごめん、たいき。私何だか青木ヶ原樹海に行きたくなったわ」

「奇遇ですね四条先輩。私は東尋坊に行きたくなりました」

「おい、お前らのせいでこの2人が自殺スポットに行こうとしてるじゃねーか」

 

 席をがっと立ち上がる2人を止めながらたいきは言う。

 まあ、このファミレスに来る前から事前に打ち合わせして決めていた登場を馬鹿にされたのだ、今思い出して彼女たちが死にたくなるのも分かる。

 しかしたいきから見たら、これは大成功である。

 最初は初対面ばかりが集まるし、場を和ませる程度のギャグを入れようと思ってのやらせたこと。

 結果的に見れば、馬鹿な登場をさせられた2人以外は、緊張の「き」の字もない。

 あの伊井野ミコに苦手意識を持っている石上ですら、嫌な顔せずに座っていた。

 四条眞妃もその光景を見て、たいきの意図を察したのか、自身の羞恥心をグッと堪え席に座り直して足を組む。

 

「真面目な話、たいきから聞いてるけど、4人とも赤点それなりに取ってるんでしょ? 秀知院は基本的に補習も追試もないから、進級できなくなるわよ」

 

 赤点。

 秀知院では平均点の半分以下を赤点とし、赤点を取った時、補修などの救済措置は一切無い。

 科目ごとに2回の赤点で欠点。必修科目は落とした時点で留年が決定。

 石上は3つ、大仏こばちは1つ、大仏たいきと寺島さんはきっちり全科目でイエローカード。

 次この科目たちで赤点を取れば、彼ら彼女らの留年が決定する。

 がしかし。中等部の時代から赤点を取ってきた猛者たちに、そのような危機感が存在するわけもなく、ただ平然とした態度でいつも通り遊び、テストを受けようとしていた。

 

「大丈夫だよ、四条さん。先生によっては3回目くらい追試してくれるから。最後のあたりはほぼほぼ同じ問題だし、答え暗記しとけば終了よ。私留年してるから、そういうの詳しいの」

「数学の堀は鴨ですね。私、提出物と課題を追加でやれば良いって言われましたし」

「まじ? 僕もじゃあ数学は捨てていいや」

「おい誰だー、このダメ人間たちを開発したやつ」

 

 眞妃は目の前にいる勉強しないクズたちを蔑んだ目で見ながら、そうつぶやく。

 今日この時、たいきがこの人たちを集めた理由がようやく彼女にも分かった。

 これは放っておいたらダメなパターンだ。

 誰かが矯正してやらないと、ダラダラとこんな生活を続ける。

 人間、崖っぷちに立ったとしても中々本気になれない奴は、とことんなれない。

 それが自分の嫌いなものであればなおさらのことである。

 まだどうにかしようと動いているたいきには幾分か救う価値があるかもしれないが、それでも全教科赤点を取っている男が、そこまで真面目な訳が無い。

 彼もとりあえず頑張ってるフリでもしとこうという魂胆が丸見えなのは、長年付き従っていた伊井野ミコにモロバレだったりする。

 そのため、たいきに逃げ場を与えないように勉強会を企画させたのは、実は裏で彼女が働きかけていたからだったりする。

 

「でもね、正直。私は大丈夫だと思うの。いざとなったらおじいちゃんに頼んでテスト用紙をあらかじめゲットするわ」

「さすが、校長の孫は言うことが違うw」

「えへ、それほどでもw」

 

 寺島さんとたいき、全教科赤点組はともに地獄の所業へ手を伸ばすことを真剣に視野へ入れた。

 

「石上だっけ? あんたもこんなダメダメな男になったらダメよ。こいつ、勉強と絵と映画を選ぶセンスだけは本当にないから」

「え? あー、はい」

 

 元カレのバカっぷりを見て頭が痛くなったのか、唯一、この場でたいき以外の男子である石上にそう話しかける。

 なぜ、こんな男に彼氏のフリをしてもらうことを頼んだか。

 こういう時は真剣に過去の自分を呪いたくなる眞妃であった。

 

「でもなんで先輩はこんな面倒ことしてるんですか? 伊井野はわかりますけど先輩とたいき先輩ってどんな関係が……。やっぱり女の人だから、たいき先輩が好きだったり?」

 

 生徒会でも随一の鋭い観察眼を持っている石上は眞妃を見て何か感づいたのか、率直に尋ねてみる。

 石上から見た大仏たいきという人物は、まさにリア充の中のリア充、陽キャの中の陽キャ、モテモテ王、ゴールド・たいきである。

 理想と現実は実際に異なるものの、彼の目から見た大仏たいきは理想の塊であった。

 僕にもあんな顔と性格があれば、きっと楽しい学生生活を送れたんだろうなと、女の子に挟まれているたいきを見ながら石上はふと思った。

 

「はあ? そんなわけないじゃん。その陰気な顔面ヘコますわよ」

「え?」

「私には別に気になる人がいるもの」

 

 だからこそ、これは石上からすれば意外な反応だった。

 女の子は無条件に大仏たいきに惚れる。そんな彼の中の固定観念が、四条眞妃の言葉によって崩れたのだ。神が死亡した時のような感覚に似ている。

 四条眞妃はそんな石上の考えていることなど歯牙にも掛けない様子で、もじもじと手を弄り赤面する。

 

「ただあれよ……友達とか知り合いが一緒に進級できなかったら悲しいじゃん」

(え、何この人。かわいい)

 

 こうして石上は四条先輩をツンデレ先輩と命名することを心で誓ったのだった。

 四条眞妃はやはりかわいい。

 

「ほんじゃあ、まあ。喋ってる時間も惜しいしやりますか」

「本当にするの?」

「寺島先輩、論理的に考えてもう一年留年は洒落にならないですし、仕方ありません」

「そう言うこばちゃんはカバンを持ってどこに行く気?」

「とりあえず教えるためには私とこの子がそれぞれ割り振られるべきだし、席替えするわよ」

「あ、僕飲み物とってくるので、それぞれ欲しいもの言ってください」

「石上、ジュース取りに行くのにカバンなんていらないから、座ってて」

 

 こうして彼らのテスト大戦が始まった。

 これは辛く、長く、そして誰もが経験する苦い思い出。

 手を痛めながら、頭を悩ませながら、自身の欲望に打ち勝ち、そして結果を手にする。

 そんな青春の一ページである。

 

 

 

 

 

*結果*

3年生

寺島先輩  187位→140位

2年生

四条眞妃  3位→2位(かぐやと同列)

大仏たいき 192位(最下位)→173位

1年生

伊井野ミコ 1位→1位

大仏こばち 180位→150位

石上優   197位→174位

 

全員赤点なし

 




すれ違う大仏たいきと四宮かぐや。
お互いの存在を認識し合うように二人は、今まで考えもしなかった感情が芽生え出す。
長年連れ添ってきた二人が抱いた感情は、恋愛か、それとも違う何かか。


次章 大仏たいきと四宮かぐや


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1章 四宮かぐや
四宮かぐやは心理テストを行う。


正直ですね、最初の感想の時に思ったことは

「君のような勘のいいガキはry」

でしたねwwww


「たいき、テストをしましょう」

 

 妙に畏まった言い方で何かを始めようとするかぐや。

 俺は手に持ったファッション雑誌を眺めながら、適当に彼女に返事する。

 

「急にどしたしー。できれば期末考査終わったし、これ以上頭を働かせたくないんだけど」

「大丈夫よ。テストはテストでも心理テストだから」

「何が大丈夫なの」

 

 まあいいや、と思い読んでいたファッション雑誌を閉じて話を聞く体勢に入る。

 彼女がこんなことを言い出した時は、大抵何か訳があったりするのだろう。

 予想では御行に心理テストを使って、「好きな人は四宮」とか言わせようとしてるように思える。

 これが当たってなくても、多分、それに近いことを行う気がした。

 

「そもそも心理テストって誰でも当てはまるようなことしか結果で言わないじゃん。ガチの心理学者が用意したわけでもないし」

「でも、何か気持ちを変えるきっかけになるとは思わない?」

 

 そう言われて俺は少し考えてみる。

 心理テストの結果が仮に「あなたの一番大切なものは小学校の時の思い出です」とか言われれば、確かにそれ以降一番大切なものは小学校の思い出とかになりそうな気がする。

 普段そんなに意識していないことへの再認識。

 それへの誘導手段として使えば、心理テストもあながち意味がないわけでもない気がしてきた。

 

「ふーん。じゃあ、なんか適当に出してみてくれよ」

 

 基本的にそういったものを信じない俺は、とりあえず試しにとかぐやからの質問を促す。

 

「そうね。まずこれなんてどうかしら———……」

 

 

 

問1

あなたは、長蛇の列を並び、ようやくの思いで超有名店のお菓子を手に入れることができました。

その瞬間、あなたは何と言いますか?

 

 

 

「あー、店員から受け取っただろうし、その人に向かって『ありがとうございます』とか?」

 

 俺は「何を目的とした心理テストなんじゃ?」と疑問に思いながら、率直に答える。

 こんな抽象的な質問で何かが分かるはずも、当たるわけもないのだ。

 第一、長蛇の列を並んで洋菓子買うこと自体が俺にはありえない。

 そんなことしてたら、ファンの子とか、一般人の人から握手やサインを求められるよ。

 違う意味で長蛇の列ができてしまう。

 

「はあ、面白みがない答えね。これでわかることはズバリ『告白された時に言うセリフ』。芸能人ならもう少し、ロマンチックな言葉はないの?」

「誰が洋菓子屋の店員にロマンチックな言葉を吐くんだ」

「次ね———……」

 

 俺のつっこみなど知らぬと言いたげに、ペラりとかぐやは持っている本をめくった。

 さっきから問題をどうやって出してるんだと思ったが、あの本から出題してたいのね。

 かぐやのことだから、本の内容は全て熟知していそうだが。

 

 

 

問2

好きな人のタイプを3つあげなさい。

タイプは外見でも中身でも概念でも構いません。

その想像した3つのタイプを全て持つ女性が数人、あなたに告白したとします。

あなたは彼女たちのどこを見て選びますか?

 

 

 

 これはもう言うまでもなく恋愛系の心理テストだな。

 多分、聞いてきた最後の条件に何か秘密があるのだろう。

 しかしそれが何かというのは、あえて考えない。

 そういうの考え出したら心理テストをしている意味がないし、何より面白みにかける。

 なのでここは本能が赴くままに、自身の感情にしたがって答えるのがベストであろう。

 大丈夫、俺ならきっと変な解答はしないはずだ。

 

「一度全員振る。その上で、また告白してきた人と付き合う。いわば、愛情の深さで決める」

「へぇー」

 

 俺の答えを聞いたかぐやは、先ほどと打って変わり面白いものを見つけたように目を細める。

 なにかまずいものでも踏み抜いてしまったか。

 心の臓でも掴まれたように、冷や汗が背中に滲む。

 もう答えてしまった回答をいまさら変更することもできない。

 となれば、あとは無難な問題だったことを祈るのみだ。

 

「これはあなたが出した条件が、最も重要視している異性のタイプよ。へぇー、たいきは愛情の深さを重要視しているのね。意外と理想主義者だわ」

 

 ヘラヘラとした態度で、俺を馬鹿にするようにかぐやは感嘆符を漏らし続ける。

 それはやけに俺の心をムカつかせた。

 愛情の深さで選んで何が悪いと言うのだろうか。

 それこそ、人間は愛が無ければ生きていけないのだと思う。

 愛して欲しい人間と、愛してあげたい人間が両方出会い、そして幸せが生まれる。

 それはどんな御伽噺よりも、華麗で儚い大団円ではないだろうか。

 愛がなければいつしか破綻する。愛が軽ければ痛い目にあう。

 それはどんな家庭でも、どんなカップルでも言えることなのだから。

 

「うっせ。悪かったな」

 

 だから八つ当たりにも近い声色で俺がそう返す。当然こんなもの演技だ。

 これくらいのことで俺がイラつきを表面に出すわけがない。

 けれど、かぐやはその言葉でぴたりと止まった。

 

「ご、ごめん。少しからかっただけで、別に馬鹿にしたわけじゃ……」

 

 今にも泣きそうな声。

 普段、こんな声を絶対に出さないから、かぐやも驚いたのだろう。

 それを聞いた俺はつい吹き出しそうになりながらも必死に堪える。

 さっき人を嘲笑した罰だ。かぐやにはこれくらいのお灸を据えても問題ないだろう。

 

「ぷふっ、気にしてないから、さっさと続きしようぜw」

「え? もしかして怒ってたの嘘なの!?」

「いやいや、嘘じゃないよ、めっちゃ怒ってたよ。それよりほら、さっさと次にいこ」

 

 俺がそうやって急かせば、我にかえったようにかぐやはページをめくり出した。

 なんとか俺の笑いは気付かれずに済んだようだ。よかった。

 

「なんだか腑に落ちないけど、じゃ、じゃあこれなんて良いんじゃない?」

 

 

 

問3

貴方はいま薄暗い道を歩いています。

そのとき後ろから肩を叩かれました。

その人は誰ですか?

 

 

 

 ふむ。これまた抽象的な質問がきた。薄暗い道、というのは一体どのような場所だろう。

 例えばスリラーで出てくるような廃墟の中とかの怖い道だろうか。

 それとも、普通に下校時に通る夜道みたいなものか。

 一応どれも全て薄暗い道であることに変わりはない。

 しかし、言葉の内包する性質は一緒でも、恐怖の度合いや、その道をなぜ歩いているかというストーリーが異なってくる。

 廃墟とかであれば何かに追われているイメージ。普通の夜道であれば知り合いから声をかけられるイメージ。

 これも踏まえた上での質問なのだろうが、それでもこれによって答えが変わってきそうだな。

  んー、廃墟、夜道、廃墟、夜道。

 

「……難しいな」

「直感で答えたらいいわ。心理テストは熟考したら負けよ?」

 

 どこか急かしてくるかぐやの言う通り、心理テストは抽象的な質問に自分の思ったことを話すから、その人の深層心理がわかるというもの。

 問題のあれやこれやを考えていたら、それこそクイズになってしまう。

 となれば、適当に思いついた人間の名前をあげるのが吉なのかもしれない。

 誰が似合うとか、誰が俺を追いかけ回しそうかとか考えず、テキトーに———……。

 

 

 

「かぐやだな」

 

 

 

「へ?」

 

 彼女は俺の言葉が聞き取れなかったのか、気の抜けた言葉で返してきた。

 ん? もしかして「今貴方を嫌っている人」みたいな問題だったのだろうか。

 薄暗い道を後ろから、という少々危なげな質問ではあるし、十分ありえる。

 それならそれで、申し訳ないことをした。

 ただ純粋に、パッと想像して一番早くに出てきたのがかぐやだったから、そう言ったのだが。

 

「なんかすまんな。ついつい直感で答えたわ。許してくれ。別にお前のことは嫌いとかじゃないからな? ちゃんと好きだぞ」

「……え?」

「いや、え? じゃなくてだな」

 

 俺はそう言ってかぐや顔をじっと見つめる。

 なんだこいつの顔。すごいアホっぽい顔してるけど、大丈夫か?

 レアかぐやとまではいかないけど、それなりに脳のキャパシティが縮小してそうだな。

 レアかぐやがミカンひとつ分だとしたら、今のこいつは茄子ひとつ分くらい縮んでそう。

 まあ、どれだけ体積に差があるかなんて知らないんだけどね。

 

「その、た、たいきは私のことそう思ってたの?」

 

 いや、どう思ってたんだよ。

 そう思ってたのって聞かれても、「そう」の部分がどこに掛かっているのかが分からん。

 嫌いの方にかかってるのか、それとも好きの方にかかっているのか。

 ここはとりあえず無難な返しをするのが1番の得策かな。

 

「よく分からんが、嫌いだったらこんだけ一緒にいないだろ」

「あわわわわわわ」

 

 俺が告げた瞬間に、とうとうかぐやが壊れてしまった。

 なんなんだいったい。この心理テストの結果はそんなにまずいものだったのだろうか。

 答え確認のためにも俺は彼女の持っている本を取り上げようとする。

 けれど、かぐやは寸前のところで俺の挙動に気がつき、さっと自身の持っている本を懐へと忍ばせた。

 

「なんでだよ、見せろよ。気になるじゃん」

「だ、大丈夫! 答えはあ、あれよ『答えた人物が貴方の大切な友人』ってやつだから!」

 

 慌てふためいた様子でかぐやがそう言えば、俺は呆れたようにため息をつく。

 彼女が言っていることは絶対に嘘だと分かるからだ。

 何をそんな必死に守っているのかは知らないが、まあ、そこまで見せたくないのなら仕方ないかとも思う。

 別にかぐやが気にしないなら、それはそれで構わないことだし。

 俺からこれ以上なにかを探る気も起きない。

 なので俺はいつも通り、一本だけ人差し指を立てて言う。

 

「お前、鼻血出てんぞ」

 

 彼女は俺の指摘で気が付いたのか、急いで自分のハンカチを鼻部分に当てる。

「こ、これは違うの」と言いながら必死に己の痴態を隠そうとする彼女の姿が、なんだか昔、時々転んでいた彼女の姿と重なって、俺はつい笑ってしまうのだった。

 

 

 

§

 

 

 

 心理テストを終え帰宅した四宮別邸———

 

 

 四条さんと藤原さんに言われた言葉。

『大仏たいきは四宮かぐやを女として見ている』

 それを聞いた時、私に沸いた感情はとても不思議なものだった。

 

「なにかありましたか、かぐや様」

 

 目の前で佇んでいる早坂が私の顔を盗み見て言う。

 たいきと心理テストをして帰ってきてからというもの、確かに私は心ここにあらずという雰囲気であった。

 長年連れ添ってきた従者からしてみれば、私の精神状態なんて丸わかりなのだろう。

 だから彼女に声に少しだけ優しさが孕まれていたのは、きっと気のせいではない。

 

「ねぇ……早坂」

 

 私は彼女の顔を見ずに恐る恐るといった様子で名前を呼ぶ。

 彼女はそれに対して「はい」とだけ簡潔に答えた。

 

「もしもあなたに好きな人がいて、でもそれを相手は気づいていなくって、あまつさえ他人のことが好きなんだってその人に相談されたら、どうする?」

 

 我ながらカオスなセリフである。

 自分でもまだ考えがまとまっていないのが分かってしまう。

 いつもなら、もっと簡潔で単純な言い回しができるのに、今の私はこれが精一杯だった。

 それだけあの心理テストの結果は、私にとって衝撃的だったということ。

 四条さんや藤原さんに言われるよりも、本人から「ずっと恋愛対象として見ていた」と言われたような気がして、気が動転している。

 

「難しいですね。私ではなんとも言えません」

 

 私の質問の意味が分からないというよりは、自身の想像力では答えが導き出せないと言った様子の早坂が、申し訳なさそうにそう答える。

 

「そうよね、あなたなんかに恋愛相談してもよね」

「殴りますよ?」

 

 従者として無礼すぎる言葉を無視しながら、私は深いため息をついた。

 

「じゃあ、ずっと友達と思っていた人から告白されたどう思う?」

「ずっと友達と思っていた、ですか」

「そうよ。恋愛感情を抱いていなかった相手から好きだと言われたとき」

 

 私がそう詳しく説明してやると、早坂は下顎に手をつけて小考する。

 彼女だって普段はギャルモードをしているし、男友達くらいいるだろう。

 それこそ、たいきは彼女にとっても男友達同然の存在だ。

 この質問であれば、彼女も想像しやすいはず。

 

「……相手によりますね」

 

 早坂はそれが考え出した末の結論らしく、そう答えた。

 相手による、か。

 確かに男友達と言ってもランクのようなものはあると思う。

 あまり友達が多くない私でも、無意識に優先順位や好感度の差異は発生しているだろう。

 そのため、彼女のその結論を私は馬鹿にすることはできなかった。

 

「なんですか、たいきに好きとでも言われたんですか?」

 

 あっけらかんとした様子で早坂が率直に告げる。

 私にとって男友達と言える存在はかろうじて会長かたいきしかいないため、早坂がそう思っても仕方ないことだと思った。

 それに彼女に隠し事をしたところで意味がない。

 早坂は私の侍女であり、姉妹のような存在だ。そこまでひた隠しにすることもないだろう。

 

「ええ、そうよ。直接ではないけれど」

 

 私は思い切って全てを話すことにした。

 一人で背負いこむのが辛いというのもある。

 ただ、こればかりは私の考えだけで、どうこうできる問題ではないと思ったのだ。

 

「そうですか……しかし、直接ではないというのはどういうことですか?」

「心理テストをしたのよ」

「あぁ、そういう」

 

 どこか合点がいったのか、早坂は一人納得したように頷く。

 一時的にとは言え、私と早坂は心理テストを一通り網羅した仲だ。

 心理テストの中には、答えが意中の相手になっているものがあることも彼女は知っている。

 

「でも、それだけでは判断材料に欠けるのでは?」

 

 早坂はそう言って、今回の問題を引き起こさせた元凶とも言える心理テストの本を机の上から引っ張り出してきた。

 

「そうかもしれないわね。杞憂だったなら、私だって……別にそれで良いわ」

 

 襟足から伸びる髪の毛をくるくると指で巻きながら、私はそんな希望的な意見を言うしかできないのであった。

 



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四宮かぐやのお見舞い。①

本日連続で投稿しようかなと思っていたりする。
出来なかったらごめんなさい。




「これお願いね」

「うぃっす」

 

 俺はそう言って教師から、かぐや宛のプリント類と愛宛のプリント類、両方を受け取る。

 なぜ俺がそんなものを受け取っているのかと言うと、今日、彼女たちは昨日の雨にやられたらしく風邪を引いて学校を休んだためだ。

 昔からかぐやや愛と遊んでいた俺であれば、教師も任せやすいのだろう。

 もちろんそれは間違いじゃないのだが、ここでひとつだけ問題が存在している。

 

 俺って実は、四宮家から出禁をくらっているのだ。

 

 何かの比喩とか、冗談なんかじゃない。

 真面目に俺は四宮家からブロックされている。

 初等部から中等部にかけて、俺はことあるごとにかぐやを家から脱走させ、遊びに誘った。

 さらには、学校行事のたびに一緒に写真とか学校側に撮らせたりもしている。

 そんなことをすれば、あちらの親御さんとしては快く思ってくれるはずもなく、何度かきつーい説教を受けたこともある。

 なんなら、本邸からかぐやの兄貴が降臨したことすらあった。

 あの時は真剣にやりすぎたなと俺も猛省している。

 そんなわけで俺は「出禁」と言い渡されてからと言うもの、あんまりあいつの家に寄り付いていない。(時折、侵入してるけど)

 特に本家から別邸に移った使用人とかだと、口うるさいのである。

 はあ、今日もプリントを持っていったとして、易々と侵入できるかとても不安だ。

 なにせ今の俺は厳しい減量によって真面目に体力がないから。

 

「愛に渡せば大丈夫かなー」

 

 そう思いながらプリントの入った封筒をくるくると回す俺。

 体の頑丈な愛はどうせかぐやの看病で休んでいるだけだろう。

 ちょっと呼び出せば外に出てきてくれると思うので、そこで渡そうと画策する。

 流石に別邸に更迭された元四宮本家の使用人も俺が家に入らなければ通報したりしないだろ。

 ……しないよね?

 

「あれ? どうしたんですか、たいき君」

 

 そうやって考え事しながら廊下を歩いていると、後ろから可愛らしい声が聞こえた。

 一体誰だろうなどと考えることもなく、俺は悠長に振り返る。

 そこにいたのは2年B組の生徒にして生徒会会計 藤原千花であった。

 

「生徒会に用事ですか? 珍しいですね!」

 

 千花は満面の笑みで近づいてくると、俺の腕を持ってそのまま生徒会室に案内しようとする。

 まぁ、ここからであれば生徒会室が近いため、勘違いされるのも理解できる。

 が、別に俺はいま生徒会室に行きたいわけじゃない。

 ここは素直に理由を話して千花を振り解いた方が賢いか……。

 

「あー、千花まってくれ。俺は今日休んでるかぐやにプリントを届けなきゃいけないんだ」

 

 そう言って見せるのは先ほど教師からもらった茶封筒。

 千花はそれをみて、目をパチクリとさせた。

 

「え? かぐやさんに何かあったんですか?」

「詳しくは連絡ないから知らんが、たぶん風邪じゃね? 昨日の雨ひどかったし」

「あー、そうですねー。私もタクシーのところに行くまで相当濡れましたし」

 

 千花はそう言った後、むむむと何やら唸り声をあげて思考へ埋没しはじめた。

 長年の経験が言っているのだが、これきっところくな事じゃないと思う。

 そうとなればさっさと去ってしまおう。

 変に話を続けて藪蛇になりたくないし。この天然に構うとかなり労力が削られる。

 俺がそう考え踵を返した瞬間、後ろから肩をガシッと掴まれた。

 

「私! 私もお見舞い行きます!」

 

 振り向けばそう言って満面の笑みを浮かべている千花の顔が。

 ……アー、ナンカ未来ガ見エテキター。

 

「いや、病人のところに大勢で押しかけるのは良くないだろ」

「えー、じゃあたいき君の代わりに私が行きますよ」

「それもやめとく。お前が行ったら、かぐやの病気悪化しそうだし」

「たいき君は私のことなんだと思ってるんですか!? これでも私優等生ですよ!?」

 

 何言ってるのかよく分からない千花を置いて、さっさと行ってしまおうと俺は歩き出した。

 愛のことを知らない人間を連れて行くと、あいつに心労がたたってかぐやの風邪がうつりそうだし。

 だけど俺がそう思った矢先、これまた俺を呼びかける声が響いた。

 

「あれ、藤原先輩とたいき先輩じゃないですか。どうしました生徒会に何か用事ですか?」

 

 今日はよく声を掛けられるなと思いながら、俺はふぅと息を吐く。

 優であれば別にかぐやのところに行きたいとか駄々をこねないだろ。

 ならば軽い挨拶くらいはしておいてもいい。

 

「ああ、優ちょっと———

「聞いてくださいよ、石上くん! たいき君が私が病気のかぐやさんのところに見舞いに行くと、さらに病気を悪化させるって言うんですよ! どう思います!?」

「いや、めちゃくちゃ正論じゃないですか」

「そうですよね、そんな訳ありま……、え?」

 

 千花は、まさか優からそんな言葉が出てくると思っていなかったのか固まってしまう。

 自己評価が高いのはいいが、これが客観的事実なのだ。諦めろ、千花。

 俺はそう心の中で言うと、千花の肩をポンと叩いて早々に立ち去ることにした。

 

「待ってください! まだ認めません! 私だってかぐやさんの見舞いに行きたいんです!」

「往生際が悪いですよー、藤原先輩」

「石上君は黙ってて!!!」

「えぇー……」

 

 千花の言葉に見事撃沈した優は、「僕、間違ったこと言ってないのに……」と言いながら、そのまま生徒会室の方へと歩いて行ってしまった。

 まあ、面と向かって女子の先輩から「黙ってろ」はきついものがある。

 あれを耐え忍ぶだけのメンタルは中々身につけられないだろう。

 

「どうやったら納得してくれるんだ?」

 

 俺も千花を言葉だけで説得するのを諦めて、彼女との妥協点を模索することにした。

 

「勝負です、たいき君! 私が負けたらお見舞いの権利はたいき君にお譲りします! 私が勝った場合はお見舞いの権利を私にください!」

 

 うん。中々に理不尽な妥協点では無いだろうか。

 俺とかぐやと愛に一切のメリットが感じられないところは、流石と褒めるべきであろう。

 愛が対象Fと呼称するだけのことはある。

 まさに天災。台風とか地震とか、そういう類のものと認識を改めるべきかもしれない。

 豊実さん(千花のお姉さん)。貴方の妹は貴方に似て破天荒ですよ。

 

「わかった。それで千花が納得するなら、それで決着をつけよう。勝負内容は……」

 

 と、悩んでいるとその声は乱入してきた。

 

「その勝負待ってもらおうか」

 

 俺と千花が声のする方に振り向くと、そこには御行が立っていた。

 生徒会室が近いからって、ここまで生徒会メンバーと遭遇するものだろうか。

 誰かに嫌がらせでもされているような気さえして、俺は嫌気がさす。

 

「御行、なんの勝負か分かって言ってる?」

 

 念のため、御行がノリだけで乱入してきたのではないかと聞いておく。

 どう考えても想い人のために名乗り出たと思うが。

 

「当たり前だ。四宮への見舞いであろう? それなら俺が行くのが筋だ」

 

 普段よりも強気なその言い分に、俺は内心首を捻らざるを得なかった。

 はて、何をこんなに真剣味を帯びているのやら。

 かぐやの風邪と何か因縁があるのであれば、まあ、彼にこの茶封筒を譲るのもやぶさかではないと俺は思っている。

 それこそ、かぐやも好きな男が見舞いに来てくれた方が嬉しいだろう。

 もしかしたら、甘えん坊かぐやによって二人の仲が進展してくれるかもしれない。

 それならそれで俺としても大変嬉しいのだが……。

 

「えー! 何で会長まで私の邪魔をするんですか!?」

「藤原書記こそ。物見遊山な気持ちで見舞いに行くものはどうなんだ」

「ぎくっ、それを言われると反論がし辛いですねぇ……」

 

 どうやら千花と御行間でも話がついたらしい。

 

「分かった。なら御行も勝負に参加ということで。勝負内容は適当にじゃんけんにするか」

 

 俺はそう言って茶封筒を持っていない方の手を差し出した。

 これなら不正もイカサマも何も無いであろう。さらに言えばスムーズに決着がつく。

 御行が勝てそうな勝負にしてもよかったのだが、そうすればきっと千花が文句を言ってくるだろうし、最悪ここは俺か御行が勝てればいい。

 最悪のパターンは千花だけが勝利してしまうものだが、その時はその時でもう諦めよう。

 愛に「頑張って生き延びろ」とLINEだけしとく。

 千花に捕まった時点で、運がなかったのだ。仕方ない。

 

「それじゃ、いくぞ。じゃんけん……」

 

 俺はそう言って無気力な声を出し合図する。

 無駄に思考時間とかを与えたら、こいつら心理戦にシフトしそうだし強制的に開始した。

 俺の言葉に合わせて、御行も千花も慌てて一斉に手を振り抜く。

 こういうとき。超人などであれば相手の手の動きを見て、自身の出す手を変えたりするのだろう。

 残念なことに俺はそんな人間をやめるほどの反射神経と動体視力は持ち合わせていない。

 なのでこの勝負は本当に運任せである。

 

「「「ぽん!」」」

 

 そう言って出された三人の手を見回してみる。

 俺がパーで、御行も同様にパー。千花だけがグーを出していた。

 こうしてみると実にあっけない幕引きだ。

 結果としては上々で、一番のモンスターである千花をくだせたのは大いにありがたかった。

 

「嘘ですぅぅぅぅ! こんなのぉぉぉぉぉ!!」

 

 現実逃避からくる雄叫びを発しながら、千花はその場で崩れ落ちる。

 

「おいおい。なにも泣くことは無いだろう」

「会長は知らないから、そんなことが言えるんですよ!」

「ム……。それは聞き捨てならないな。俺が何を知らないと言うんだ」

 

 千花の醜態に呆れていた御行が、反論されたせいでなにか良からぬスイッチが入ってしまった。

 おいおい。何やら嫌な予感がしてきたんだけど。

 

「風邪を引いたかぐやさんは……」

「風邪を引いた四宮は……?」

 

 あー、千花が見舞いに行きたがってた理由はそれかー。

 

「すっごく甘えんぼさんになるんです!!」

 

 あ、御行が固まった。

 

「ちょーかわいいんですよ! 素直できゃわいいかぐやさんを見れるのは風邪の日くらいなんです! どれだけ抱きしめても怒られないですから」

 

 まあ千花の言いたいことは分かる。

 あの他人のことを全く意に返さず甘えてくるかぐやは非常にレアと言えるだろう。

 弱るときはとことん弱る。メンタル面においても、フィジカル面においても、かぐやという人間はそういう風にできている。

 本音を聞いてもいないのに話してくれる彼女なんて、早々に現れない。

 普段は強化外骨格みたいなものに包まれているのに、それを解いた時はオープンすぎるくらいだ。

 

「それなのに……それなのに……、会長のばかああああああああ!!」

「えっ!? 何で俺だけ!?」

「そりゃ俺より御行との方が千花は仲が良いからだろ」

 

 泣きながら走り去ってしまう千花を見つめながら、俺は御行にそう言った。

 生徒会メンバーは強固な信頼で結ばれているのだろうことは、第三者の俺が見てもわかる。

 そう考えると、なんだか悪いことをしてしまった気もして仕方がない。

 でもこれは、かぐやと愛の平穏のためだ。必要な犠牲とはこのことを言う。

 と、そこで俺はふと気づく。

 あれ? 御行にも愛のことバレたらダメなんじゃないだろうか。

 主にあいつのいう恋愛頭脳戦(笑)のために。

 ……まあ、いいや。御行なら変なことをしないだろうし。

 

「じゃ、行くか」

 

 俺は疲れた脳みそを休ませるために思考を放棄して、何やら考え事をしている御行を連れて行くのだった。

 

 



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四宮かぐやのお見舞い。②

お待たせしましたンゴぉ


「ここが四宮の別邸」

 

 想像していたより大きかったのか、御行はそう言ってかぐやの住まいを見上げる。

 俺としては見飽きた光景なので新鮮味はないのだが、まあ初見はそういう反応なのだろう。

 なんだか懐かしいような、懐かしくないような反応だ。

 

「な、なあ? お土産ほんとにこれで良かったのか?」

 

 御行はそう言って手に持っていた袋を俺にかざした。

 そこに入っているのは、ここに来るまでの道中で買ったゼリー飲料やらスポーツドリンク。

 俺は別に要らないと念を押したのだが、どうも行儀が良い御行は買わずにいられなかったらしい。

 不安になるのなら、最初から買わなければいいのに。

 

「いいよ、それで。そう言うのは値段じゃなくて御行の気持ちだろ?」

 

 映画のセリフでありそうなことをつらつらと並べながら俺は塀に飛び乗る。

 ふぅー。筋肉量が死ぬほど落ちてるから重労働だ。これだけで汗が吹き出してきた。

 やっぱり愛の言う通り、抜け道なんかを用意してもらったほうが良かったかも。

 

「てか、お前は何してるの?」

「ああ。言ってなかったっけ? 俺、四宮家から出禁くらってるんだ。だから一部の使用人に見つかると面倒くさいわけ」

「へぇ出禁ねー……って、はあ!?」

 

 出禁という単語がそんなにおかしかったのか、御行は思わず声を荒げる。

 

「何したんだ、お前!」

「いやー。昔よくかぐやを引っ掻き回してたら、あちらの親御さんに嫌われてしまってな」

「そんな軽いノリでいいのか!?」

 

 軽いも何も仕方ないだろう。

 かぐやを連れて山に行ったり、川に行ったり。さらには人の多い祭りなんかに連れ出していれば、そりゃー親御さんとしては俺をブロックする。

 親御さんの気持ちになってみれば、俺への対処など至極当然のことだ。

 

「あ、御行は正面からで良いらしいぞ。俺はこっちの侍女に少し用事があるから、先にかぐやへ会いにいってやれ。話はあらかじめ通してあるから」

「出禁くらってるのに、侍女に話は通せているのか……」

 

 御行は不思議そうにそう言いながら正面入り口の方へと歩き出していった。

 

「あー、御行ー。まだ話はあるんだ」

 

 俺がそう呼び止めると、御行は訝しげな顔をしながら俺の方へと振り返る。

 

「今度はなんだ」

「実は風邪を引いたかぐやについてなんだが……気をつけろよ」

「何を!!?」

 

 俺がそう言うと御行は勢いよく叫ぶ。

 

「弱っている時のかぐやはな、完全にアホなんだ。一見、起きているように見えても、実際はまだ夢の中みたいなもの。元気になったら病気の時の自分の行動さえ記憶にない」

「そんなご都合主義みたいな」

「ところがどっこい、これが真実なんだ。だから二人きりの密室で、相手が記憶に残らないし防音完璧だからと言って、変なことするんじゃないぞ?」

「いや、しないわ!!」

 

「全く心外だ!」と憤慨しながら、御行はとうとうそのまま去ってしまった。

 それを俺は眺めながら、はあと軽く息を吐く。

 さてと、俺もさっさと愛にプリントとか届けてしまおう。

 長居してたら、またなに言われるか分かったものじゃない。

 この前は元本家に勤めてた庭師の人に追いかけられたりしたっけ。

 俺はそう思いながら飛び乗った塀から別邸の庭へと着地する。

 体の芯に響くような衝撃が襲う中、持っている茶封筒だけは地面につかせまいと姿勢を整えた。

 さて、あとは電話して落ち合えばいいだろう。

 かぐやの方は少しの間、御行と二人きりにしておいた方がいいだろうし。

 ということで俺は早速、愛に電話をかけた。

 

『もしもし? 着いた?』

「おー、いつも通り裏から侵入したぞ」

『分かった。会長は違う人に任せてるから、私の部屋に来て』

「りょーかい」

 

 それだけのやりとりを交わし、俺はスマホの画面を暗くしてポケットにしまう。

 愛の部屋は小さい頃を含めて何度も訪れたことがあるので迷ったりしない。

 部屋の配置が変わったという情報も特に言ってなかったし、その点も大丈夫だろう。

 周りに人影らしきものも見えないので、そのまま堂々と歩いて行くことにした。

 歩いて数分もすれば、見慣れた部屋に辿り着いた。

 ここまで誰ともすれ違わなかったのは、もしかしたら愛が何か工作していてくれたからなのかもしれない。

 俺はドアノブに手をかけてそのまま開ける。

 扉から開閉音は聞こえない。きちんと手入れが行き届いているからだろうか。

 

「おっす。待たせた」

 

 そう軽く挨拶をすれば、これまた学園ではみることの無いメイド姿の愛が出迎えてくれる。

 昔はこの服装で遊んでいたこともあったか、いつしか彼女は私服を好むようになっていった。

 そのため、愛のメイド姿というのを見るのは俺としてもそう頻度が高くない。

 

「そんなに待ってないから大丈夫。かぐや様には?」

 

 俺が手渡した茶封筒を受け取りながら、愛はそう質問する。

 ここまでの道のりでかぐやの部屋の前は通ったが、まだ様子見はしていない。

 先に御行が部屋に入っているだろうし、ここで空気を壊すのは野暮だと思ったからだ。

 

「この後、会いに行くよ」

「そっか……それより少し聞きたいけど、かぐや様と何かあった?」

 

 愛の目つきが忽然と鋭くなった。

 ふむ、かぐやと何かあったか。

 記憶を漁ってみるが、特にこれといった情報は見当たらない。

 昨日までも普通に会話をしていたような気がするし、喧嘩などもしていない。

 最近、言い争ったのだとすれば眞妃との交際発覚の後くらいだろうか。

 

「別に何もないな」

「本当?」

「ホント、ホント」

 

 俺がそう言って両手をあげると、愛は観念したようにため息を吐く。

 

「……三日前くらいに、かぐや様が私に可笑しなことを言ってきたの」

「おかしなこと?」

「そう、それに関してたいきが何か変なことでも言ったんじゃないかって思って」

「全く身に覚えがないな」

 

 と言いながらも、思い出すのは三日前、心理テストとやらをかぐやとした日である。

 確かにあの時のかぐやは可笑しかったような気もする。

 けれど、それが俺と関連しているのかと聞かれれば、なんとも言えない事案であった。

 

「とりあえず、俺はかぐやに挨拶してくるわ。ついでに御行も回収して帰る」

「……うん、分かった。私は少し用事を済ませてからそっちに行くから、帰るときはLINEいれといて」

 

 愛はそう歯切れの悪い返事をすると、さっさと部屋から退出してしまった。

 部屋に取り残された俺も、その後を追うかのようにかぐやの部屋へと目指す。

 一応、御行には今の状態のかぐやについて話しているため、変なことにはなっていないだろうと思いながらも、少しは二人の関係が進展してたりするのかなと想像した。

 例えば、キスとかまでは言わないが、お互いの気持ちを吐露しあうくらいまではいってそうである。

 普段はA Tフィールド全開の二人でも、今のかぐやはロンギヌスの槍みたいなもの。

 きっと御行のA Tフィールドを無効化しているに違いない。

 

「まあ、でも御行も御行で強情だしなー」

 

 着いたかぐやの部屋の前で俺は乾いた笑みを浮かべながら、いつも通りの笑顔を維持する。

 友達がネクストステージに進むのが口惜しいと感じてしまうのは、仕方のないことなのだろう。

 この扉を開けば、きっとあの二人を祝福すべき光景が目に飛び込んでくる。

 初等部からの長い付き合いの女友達が、大人の階段を一歩登るその瞬間。

 それがきっと、この一枚の木製扉を隔てて存在するのだ。

 俺は意を決して、その扉をゆっくり開いた。

 

「入るぞー」

「あっ」

 

 まず飛び込んできたのはそんな阿呆な声。

 次に見えるのは、なぜか御行と同衾しているかぐやの寝顔。

 最後に……

 

「なにしてんの?」

「これ、これは違っ!!」

 

 かぐやの唇にそっと触れている御行の姿であった。

 

「ふーーーん、何もしないって言ってたのでは?」

 

 俺はニコニコとした顔で、絶賛、顔面が蒼白な御行に言葉を放つ。

 これはこれは、思ったよりも進んでしまっていたらしい。

 少しばかり入るタイミングを考えてやるべきだったか。

 

「う、うわああああああああああああああ!!!! 違う、違うんだああああ!!」

 

 そう叫ぶと御行はかぐやの部屋から脱兎の如く逃げ去ってしまった。

 少々からかいすぎただろうか。

 いやでも、女の子の唇に同衾しながら触れているというのは、誰がどう見てもセクハラである。

 これくらいの弄り方をしても問題あるまい。

 

「あれ? かいちょう?」

 

 と、そこで御行の叫びに反応したせいか、かぐやが起きてしまった。

 相変わらず、風邪を引いている時のかぐやはフワフワしている。

 言葉にいつもの覇気が感じられない。

 

「よっす、かぐや。体調はどうだ」

 

 俺は膝を折って、寝転んでいるかぐやと同じ高さの視線で挨拶した。

 かぐやも俺の顔を見て、「あー、■■■だー」とご満悦な表情を浮かべている。

 名前の呼び方が昔に戻っているところを見ると、まだまだ夢の中だな。

 

「かぐや、俺はたいきだぞ。人の名前を簡単に間違えるな」

「あれ? そうだっけ? そうだったかも……じゃあ、なんでたいきはここにいるの?」

「見舞いだ、見舞い。あと学校から頼まれてプリントを持ってきてた」

「へーわたしにあいたかったんだ」

「まあ、間違ってはないな」

 

 少しだけ成り立っていない会話に修正を加えることもなく、俺はかぐやの頭に手の甲を当てる。

 熱は思ったよりも高いわけではなさそうだ。

 これなら一晩すれば体調も回復し、明日にでも登校してくるだろう。

 

「んじゃ、俺は帰るわ。御行も行っちまったし」

「えー」

「えー、じゃないよ。俺は減量中のせいで免疫力ごみだから、すぐにお前の風邪とかもらっちまう」

 

 俺がそう言いながらいつもの癖で人差し指を立てるも、彼女は不満そうに目尻をわずかばかり上げる。

 

「ひさしぶりにきたのに、もうかえるなんてやだー」

「明日どうせ会えるだろ」

「たいきはわたしといたくないの?」

「いたいよ、そりゃ。でも今は病人だろ」

「なら、いてー。かえっちゃだめー」

「ワガママ言うな」

 

 俺はそうやって服の袖を握るかぐやの手を優しく解いてやると、さっと立ち上がる。

 ここまで甘えん坊だと、あまり強気に出れないので困る。

 

「ねえ、たいき」

 

 立ち上がった俺に、瞳を潤ませながら口を開くかぐや。

 昔から弱ったときは決まってこう言う風におねだりを繰り返しされた。

 もしかしたら、今からそのおねだりをされるかもしれない。

 例えば、花火をしようとか。

 

「なんだ? お願い事ならあんまり聞かないぞ」

「べつにおねだりじゃないもん」

「じゃあ、なんだ」

 

 おねだりじゃないのなら、一体なにで呼び止められたのだろうか。

 俺は手招きするかぐやに合わせて再び膝を折る。

 彼女はそれを楽しげに見ると、ボソボソとした声で俺にこう告げた。

 

「たいきは、わたしとけっこんしたい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず俺の口から素っ頓狂な声が漏れる。

 何を言い出すかと思えば、「私と結婚したい?」だって?

 どういう意味で言ってるんだ? お前の好きな人は御行じゃなかったのか?

 それともこれはからかっているだけで、ただの戯言だったりするのだろうか。

 いや、今のかぐやに人を意図的にからかうだけの思考能力は皆無のはずだ。

 しかし、それでも、もしかしたら何かの間違いの可能性がある。

 そう、この一見裏を返せば「私と結婚する?」みたいなセリフには、裏の裏があるかもしれない。いやそれはただの表だろ。

 

「あのな、かぐやさん言っている意味が———

「わたしもたいきのことはすきだよ。はなれたくない」

「……そ、そうか」

 

 かぐやの目から溢れる涙。それが何を意味しているのか俺にはさっぱり分からない。

 ただ俺は自分で「そうか」と言っておきながら、自身のそのセリフが信じられなかった。

 だってそうだろう。

 いま返すべきなのは「お前が本当に好きなのはみゆきのはずだ」と言う言葉である。

 そこで反論をするべきであっても、決して同調するべきではない場面だ。

 それなのに俺は「そうか」とたった一言のみをかぐやに放ってしまった。

 

「かぐや、俺は……」

 

 期待。不安。歓喜。哀愁。

 色々な感情の言葉が頭に浮かんでは消えていく。

 俺がいま胸中で抱えているこの気持ちは一体なんと言葉で表せばいいのだろう。

 どれだけ言葉を重ねても、一生、解が見つけられなさそうな感覚。

 それなのに目の前で寝ている彼女は、ゆったりと幻想的にこちらを見つめ返してくる。

 

 ああ、綺麗だ……。

 

 昔、初めて彼女を見て浮かべた印象。

 俺はそれをただ脳内で再生することしか出来なかった。




まあ、原作勢からすれば分かってた謎々ですね。
大仏たいきの過去や闇については色々用意しております。
まあ、早坂ルートに決まっているので回収するのは一部になるでしょうが。
実はルート別に開示する過去が変わっていたのですね、はい。

さて、この二人はこれからどうなることやら(早坂ルート言ってる時点であれだけど)


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大仏こばちは聞き手になる。

書き溜めを増やしていました丸


「ボケー」

 

 帰ってきてからと言うもの、兄はこんな調子で放心状態だった。

 何があったのかは知らないが、こんな蝉の抜け殻と化した兄を大仏こばち(わたし)は見たことがない。

 読みかけのファッション雑誌を手に持ち、目線は面白くもないB級映画を見つめている。

 どこからどう見ても、何かあったのは間違いないはずなのに、兄から私になにか告げることもなかった。

 側から見ていて鬱陶しいと感じるのが正直な気持ち。

 なので私は、そんな腑抜けた兄をソファから蹴り落とすことにした。

 

「てい」

「あがっ」

 

 私の蹴りによって力なく床に倒れ伏す兄。

 それがゾンビのように立ち上がると、私に覇気のない視線を送ってきた。

 

「こばちちゃん……兄に向かってなにするんですか」

「見ていて、鬱陶しい、きもい、死ねばいいと思ったから蹴っただけ」

「いつにも増して毒が強い気がするんですけど……」

 

「いてて」と兄はおじさんくさい言葉を発しながら、改めてソファに腰掛ける。

 見ていて少しだけ滑稽だなと思ってしまった。

 ミコちゃんがこの場にいれば、かなりどやされただろうが、今は兄妹水入らずの時間だ。

 家には兄と私しかいない。

 

「で、なにがあったの?」

 

 だからこうやって聞きたいことを直球で聴くことができた。

 兄も私がどう言う意味で聞いたのか察しているらしく、気まずそうな表情をしながらため息を吐く。

 人前では笑ってばかりだが、家に帰ると案外表情豊かなのだ、兄は。

 

「少し長くなるぞ」

「は? 長いの?」

「……紅茶淹れさせていただきます」

 

 私の率直な感想を聞いた兄は、そのまま台所に行って紅茶を淹れてくる。

 こう言う時に兄妹とは実に便利な存在だ。

 何を欲しているのか言わなくても、勝手に相手が心情を汲み取ってくれる。

 言わないでも分かる関係というのは家族のことなのかもしれない。

 さて、そんな訳で兄が紅茶を淹れてきて私が座っている隣に腰掛ける。

 紅茶から湧き出る湯気は、まさにこのゆっくりと流れる時間を体現しているように見えた。

 紅茶を手に取って一口飲めば、なるほど薄い。

 普段から紅茶を淹れ慣れてないことが一発で分かる味わいである。

 

「今日帰り遅かったじゃん? 実はかぐやの見舞いに行ってたんだよ」

 

 私がティーカップから口を離したタイミングを見つけて、兄が喋り始めた。

 

「四宮さんの?」

「ああ、風邪を引いていたらしくてな」

「ふーん。そうなんだ」

 

 出てきた感想なんてものはその程度のものだ。

 昔から兄と四宮かぐやが仲良しなのは知っていた。

 誰がどうみても、友達以上、もしかしたら親友以上の間柄に見える二人。

 そんな関係柄のせいか、兄が体調を崩した時は四宮さんが、四宮さんが体調を崩した時は兄が見舞いに行くことなんて、ざらにあった。

 今更、この程度の情報で驚いたりする私ではない。

 兄が悩んでいるのはきっとそれよりもっと先の話に違いないのだから。

 

「そこでな、少しトラブルがあったんだよ」

「トラブル、ね」

「ああ……かぐやが風邪を引いた時とかってアホになるだろ?」

「まあ私も二、三回くらいはそれを見たことあるし、知ってる」

 

 初めてみた時は、あんな冷たい人が弱ればこんな感じになるんだなって驚いた。

 それこそ天地がひっくり返るぐらいに。

 

「そう、そのアホ状態のせいなのかもしれないんだけどさ……あいつから 」

「四宮さんから?」

「"結婚したい?”って聞かれたんだ」

 

 数秒の沈黙。

 私は白い天井を見上げ、ゆったりとした動作で掛けている丸メガネを取る。

 いま兄はなんと言っただろうか。

 四宮さんが兄に「結婚したい?」と聞いてきた?

 ふむ。なるほど。どうやら聞き間違いではないらしい。

 では、そこにはどう言う意味が込められているのだろう。

 結婚したい、結婚したい、結婚したい、結婚したい……。

 

「意味がわからない」

 

 私の脳は完全にフリーズした。

 

「だろ? 俺もよく分からない。正直、かぐやが俺のことをそんな風に見ているとは思わなかった」

 

 兄妹というのは常日頃から一緒にいることが多い存在だ。

 さらに加え、私たちは家庭の事情的にも、歳が一つしか変わらないということからも、他の兄妹に比べて距離感が近い。

 それ故に私と兄との間に隔壁というものはあまりなかったりする。

 お互いのプライベートなんて、今までの恋人以上に知り尽くしてしまっているし、相手の癖なんかも色々と知っている。

 だからこそ分かってしまうのだ。

 兄のこの言葉が本当なのだと言うことを。

 

「でも、それはただアホになった四宮さんが適当に言った言葉じゃないの?」

「それも考えた。でも、あいつがアホになった時に出てくる言葉は全てあいつの本心だ」

 

 本心、か。

 

「まあ、でもその程度なら悩むことないと思うけど」

「うーん……そうか?」

 

 兄は私の言葉が信じられなかったのか、疑わしい目で見てくる。

 

「だって別に好きって言われた訳じゃないんでしょ?」

「残念ながら、その後に言われたんだよ」

「ほら、言われて……え? 言われたの?」

 

 私が驚嘆の声をあげると、兄は冷静な表情で「うん」とだけ返してきた。

 あちゃー、言われたのかー。

 そうなってしまっては、「結婚したい?」が求愛の意味を帯びてくる。

 今までただの友達感覚で共に接していた二人の関係が縮まってしまう。

 さて、妹としてこれは喜ぶべきことなのだろうか。

 これまでみたいにビジネスのような恋人関係ではない、本当に身も心も焼け焦がすような情熱な恋愛関係。

 それを、昔から自分のことをぞんざいに扱ってきた兄が手に入れることに、私は心から祝福してやるべきなのだろうか。

 

「仮に、仮にだけどそれらが本当に私たちの考えているようなことだとしたら、お兄ちゃんはどうするの」

「どうするって、どう言う……」

「論理的に考えて、四宮さんと付き合うのかって話」

 

 四宮さんと兄の関係は長く太い。

 流石に兄妹より長いということはないが、それの次に長いのは間違いなかった。

 そんな二人が恋人関係になる。

 第三者から見てみれば、これほど望ましいことはないのかもしれない。

 だけど、私みたいに四宮さんや兄の関係を近くから見ていた人間としては、あまりに唐突であまりにも意外すぎることである。

 今まで友達のような関係性を築いていた二人が、いきなり恋仲の関係にまで進展する。

 これによって起こる化学変化は誰にも想像ができなかった。

 

「でも、かぐやには両思いの奴がいるんだ」

「? そんなの関係ないじゃん。お兄ちゃんがどうしたいかでしょ」

 

 私はそうやって兄の顔を真剣な眼差しで射抜く。

 兄がどうして今まで四宮さんを恋愛対象として見ていなったのかなんてのは流石に分からない。

 もしかしたら、四宮さんに本命がいるため、知らず知らずのうちに身を引いていたのか、それとも最初から勝ち目がないと感じ、無意識に考えないようにしていたのか。

 どれも正しいようでどれも間違いな気もする。

 それでもこうやって出てきた問題に対し、今兄の気持ちは揺らめているのを知った。

 そうでなければこんな悩んだりしていないだろう。

 兄はきっと四宮さんに対しての感情を再設定し、新しい答えを導き出す。

 それがどんな結果になろうと、それを兄が望むのなら私は文句を言わない。

 例えそれで友達が泣くことになってもだ。

 

「お兄ちゃんは、四宮さんのことどう思ってるの」

 

 ここから始まる物語は、きっと残酷で、とても美しい物語なのだと私は信じている。

 

 

 

§

 

 

 

 同時刻。

 かぐやは寝室でゆったりと目を覚ました。

 

「目覚められましたか」

 

 四宮かぐやの侍女である早坂は、主人の目覚めに合わせて頭を下げる。

 

「あれ、どれくらい寝てたのかしら……」

「3時間は寝ておられました。喉が渇いていると思いますので、こちらで水分補給を」

「ありがと早坂」

 

 そう言って早坂の手から渡された水の入ったグラスを受け取ると、かぐやは一気にそれを煽る。

 熱が出ていたし、かなりの量の汗をかいていたに違いない。

 かぐや自身に記憶は無いが、それでも苦しかったりしたのだけは覚えている。

 見てみれば着ている服もぐっしょりと濡れていた。

 そのため、あらかじめ早坂が用意していたであろう換えの服にかぐやは着替えることにした。

 

「かぐや様、こちら学校のプリントです」

 

 かぐやが着替え終わると、扉の近くで待機していた早坂から今度は茶封筒が手渡される。

 

「あら、ありがとう。あなた学校休んだんじゃなかったの?」

「たいきと会長がお届けしてくださいました」

「へ、へー、たいきと会長が……」

 

 そこまで聞いてかぐやの顔は自然と青ざめていく。

 昔から自分は弱っている時に何かしらやらかしていることが多いと、たいきから聞かされていた。

 そんな時に今もっとも会いたくない二人と会っていたとなると、自分が何かやらかしていないか不安で仕方がなかった。

 

「は……早坂……私どこまであの二人に……!!」

 

 聞いておかなければいけないこと。

 それを真っ先に確認するべく早坂に問いかけると、彼女は持っていた端末をかぐやに見せた。

 

「一応、録音はしました。会長に対してかぐや様は同衾を強請り、たいきに対しては告白まがいのことをしてしまっていますね」

「あ、ああああ……」

 

 早坂から提示されたタブレットから流れ出る音声。

 それは全てかぐやの胸に突き刺さる現実をことごく告げるだけの物だった。

 

「私はふしだらな女だわ。死んだ方がマシかもしれない……」

「そうかもしれませんが堪えてください。まだ、なにがどうなったのか分かりませんので」

 

 あまりの事実に塞ぎ込んでしまうかぐやを、早坂はそっと肩に手を置いて静止した。

 かぐやとしては、明日からの学校生活、誰とも顔が合わせられそうにない。

 現状でも、早坂の顔を彼女は直視することができなかった。

 

「かぐや様が三日前に私に言ったこと。たいきが自分のことを好きかもしれないという話。それがもし本当なのであれば、かぐや様がおこなったこれは……」

 

 早坂の声と同時に聞こえてくる「わたしと結婚したい?」という音声。

 それに加えて「わたしはたいきのことすきよ」とまで言ってしまっている。

 誰がどう聞いたってこれだけだと勘違いしてしまう。

 

「わ、分かってるわよ……! でも、この『結婚したい?』はたいきが本当に私のことをそういう風に見ているか確認したかっただけで……そ、それに『好き』って言うのは友達とか親愛としてって意味で……離れたくないって言うのも……」

「たいきからすれば、文脈上どうやっても男として好きって聞こえてしまいます」

「う、うぅ」

 

 反論の余地も挟まさない早坂の口撃によって、かぐやは何も言えなくなった。

 普段よりもどこか攻める口調になっている気がする早坂。

 しかし、彼女はそんな感情を顔には出さず、はあと盛大なため息を漏らすだけにとどめた。

 今ここで主人を問い詰めるのは意味がないと思ったのだろう。

 

「さて、かぐや様はどうなさるつもりですか」

「ど、どうって」

「かぐや様が好きなのは会長。それは私も分かってます」

 

 そうかぐやの好きな人は白銀御行と言う男である。

 その事実だけは絶対に変わることがない。

 これまで生徒会室で繰り広げた恋愛頭脳戦だって、かぐやからしてみれば全て真剣に打ち込んできたものばかりである。

 それも、たった一人の男を落とすために。

 

「ここまでしてしまったのですから、たいきがもし告白してきたら付き合うのですか?」

「そ、それは……!!」

 

 かぐやは早坂の言葉を聞いて咄嗟に振り返る。

 反論できないけど、それでも反論しなければと言う気持ちから焦ってしまったのだろう。

 だけど、かぐやから言葉が出ることなどなかった。

 中身の伴っていない空虚な嘘も、単語を並べただけの支離滅裂な妄言も、何も出なかったのである。

 だってそこには、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる早坂の顔があったのだから。

 

「かぐや様はたいきのことを本当はどう思っているのですか?」

 

 ここから始まる物語は本当に、残酷で、とても美しいものなのだろうか。




次回はみんな大好きな白銀圭ちゃんが主役。


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白銀圭は推している。

夏休みでのエピソードについてアンケートします!
よかったら投票おなしゃす。



 ある日のことである。

 勉強の息抜きにとつけたラジオからそれは流れ出た。

 

『大仏って書いて”おさらぎ”って読みます。どうか、覚えてくださいね』

 

 最初はただの気分転換のつもりだった。

 それこそ作業用B G Mとして機能すればいいな、くらいの短慮な考え。

 しかし、私はいつの間にか彼の話すことを一言一句逃さないよう、耳をそば立てていることに気がついた。

 

『好きだからですよ。好きだからこそ、時には逃げたっていいんです。また向き合うために』

 

 だからこれは運命の出会いだったのかもしれない。

 母との生活に疲れ、心労を削っていた私に対して、優しい神様がくれた素敵なプレゼント……。

 

 

 

§

 

 

 

 秀知院学園中等部は高等部より徒歩5分の距離にある。

 近さ故にO B O Gを尋ね、高等部に訪れる後輩たちも少なくない。

 白銀圭(わたし)もそのうちの一人。

 今日は、兄が部活連会議があるのと、中等部生徒会の仕事として訪れていた。

 

「しっかり賄賂は送ってくれたんだろうな?」

「まあ、送ったけど、どうなるかは分からんぞ」

「ダメだった時はお前の給料で天文部(うち)の足しにしてやる」

「いや、それは横暴すぎな」

 

 高等部の廊下を歩いていると、そんな不穏な会話が聞こえてきた。

 今回の部活連会議は部の予算案についてらしいので、こういう話題が蔓延っているのだろう。

 事実、兄も今日の朝まで説得するための準備やら、プレゼン資料やらを作っていた。

 兄は外部入学の生徒会長なので、通常の倍は準備に手間取るらしい。

 まあ、確かに。こういう会話が聞こえてくるくらいだ。分相応以上の覚悟で挑まなければ、やはり外部入学の生徒会長は務まらないのだろう。

 それにしても、すごく聞き覚えのある声なのは気のせいだろうか……。

 女性と男性が話しているのだが、そのうちの男性の方に関してだけ聞き覚えがある。

 

「あ、それと夏休みだけど」

「あーすまん。今回の夏休みはほとんど撮影だ。暇な日が分かったら連絡する」

「またかよ。少しは休めよ、”たいき”」

 

 私がその言葉を聞いた瞬間だった。

 持っていた資料を全て廊下にぶち撒けてしまう。

 先生や中等部の生徒会長から、大事な資料だと言われていたものたちだが、今の言葉を聞いてどうでも良くなった。

 それと同時、先ほどまで会話していたであろう人物たちが、角から現れる。

 

「それじゃ、私は会議にいくわ」

「おう、ガンバー……ん?」

 

 私に気がついたのは男性の方だった。

 女性からたいきと言われていた高等部の先輩。

 その老若男女問わず見惚れてしまいそうなほど美しい造形に、私は思わず唾を飲んだ。

 

(な、な、な、生たいき君!!!!)

 

 次の瞬間、心の中でファンファーレが吹かれた。

 ずっとずっと推している芸能人が目の前で私の顔面を見つめているのだ。

 しかも至近距離で!

 これで興奮できないファンなら、いつ興奮できるというのか!

 たいき君が昔からこの学園に在籍していることは知っていた。

 兄から知り合いだということを聞いたことだってある。

 それでもファンとして彼のプライベートへ勝手に突っ込むのを嫌い、下手に見にいくのも失礼だと考え、他の子達とは違って待ち伏せはしなかったし、高等部にはわざと近づかないようにしていた。

 今日だってたまたますれ違えばいいなー、くらいの気持ちはあったものの、自分から会いにいくと言うことは全く考えなかったし、ましてや会話をしようなどと算段も立てていなかった。

 それなのに……それなのに、だ。

 なんたる偶然なのだろう。こんな至近距離で見つめ合うことができるなんて考えもしなかった。

 後で萌葉に自慢しなくちゃ。(使命感)

 

「おーい、大丈夫?」

 

 私があまりの感動に固まってしまっていたせいか、彼は困ったような笑顔を浮かべた。

 ああ、私のせいでたいき君が戸惑っている……。

 それだけでなんとも罪深いような気がして、私の気分は180度に急降下する。

 しかしそれと同時に、自分を心配してくれているという事実は実に幸福な心地だ。

 今日は間違いなく良い夢が見れる。

 

「だ、大丈夫、です……」

「? まあ、それならいいけど。はい、これ」

「え?」

 

 そうやってたいき君が渡してきたものは私が落としていた生徒会の書類だった。

 どうやら私が昇天しかけている間に拾っていてくれたらしい。

 やっぱりたいき君は優しいな。

 ……って、そうじゃない! お礼を今すぐ言わないと!

 

「あ、あの! ありがとう、たいき君!」

「え?」

「あっ……」

 

 私は咄嗟に出してしまった自分の言葉に対し絶句する。

 思わず口をもらった書類で塞いだが、出てしまった言葉は今更引っ込むことなどなかった。

 現在、秀知院学園でたいき君は私の先輩。

 ファンが推しを君付けで呼ぶのはともかく、先輩に敬語もつけず「君」付けで呼んでしまうなんて……。

 私としたことが、あまりの思いがけないアクシデントに素を出してしまった。

 いつもテレビやラジオの前でやっている自分を出してしまった。

 途端に顔が茹蛸のように火照りだしたのが分かる。

 この羞恥心を掻き消してくれるのなら、真冬のプールだろうと飛び込める。

 

「す、すみません……! い、今のは違くて……ですね! 緊張してしまったというか、あの、慣れない高等部の校舎に……!」

(何言ってるの私!?)

 

「あはは、いいよ別に。俺のこと知ってるんだ」

 

 たいき君が私を宥めるようにはにかんだ。

 その光景があまりにも美しくて、一瞬、私の口から言葉の一切合切を無くさせる。

 

「っ、それは……有名ですし」

 

 当然だが、さっきの無礼を踏まえて「ファンです」、などと啖呵切って言えない。

 こんな非常識な後輩が自分のファンと知ったら幻滅されてしまいそうだし、何よりマイナスな印象を最初に持たれたくなかった。

 いっそのことこの出会いすら記憶からデリートしてくれないだろうか。

 私は忘れないけれど。

 そんな傲慢な考えを浮かべながらも、ひとまず、私は”名前だけを知っている後輩”を装うことにした。

 

「大仏先輩はいつも放課後学校に残ってるんですか?」

 

 ついでに話題も挿げ替えよう。

 そう判断した私は、口から己の欲望を吐き出すかのようにそんな質問を投げかけた。

 弁明にはなるが、決して学校に残ることが多いのなら放課後に高等部へ突撃しようなどとは考えていない。

 時折、たいき君のファンが待ち伏せしていたりするのを見かけるが、私はあんな非常識なファンになりたくないのだ。彼のプライベートを自分の欲望で潰したくはない。

 

「んー。前までは多かったかな。話相手がいたからさ」

 

 たいき君はそう言って、にへらと力なく笑った。

 いたからさ、という表現の仕方には幾分か疑問を挟む余地がある。

 まるで旧来の親友がどこかへ転校してしまったかのようだ。

 

「今はいないんですか?」

 

 私は自慢の髪の毛を耳にすっと掛けながらたいき君に問うた。

 

「いないと言うかぁ、気まずいと言うか。なんだかお互いにギクシャクしちゃってる感じなんだ」

「それは……悲しいですね」

 

 たいき君が私の言葉を聞いて視線を空中へと投げれば、なんとも言えない空気感だけが漂った。

 少しばかり踏み込んだ質問をしてしまっただろうか。

 そんなことを考えれば、数秒前の自分を殴り飛ばしたい衝動にかられる。

 

「ごめんごめん、君が心配することじゃないよ。大丈夫だから」

 

 私が気まずさに目を伏せていたからだろうか、たいき君は私を励ますようにそう声をあげた。

 こんなんじゃダメだな。

 ファンとしても、後輩としても、私はたいき君に会ってから困らせてばかりだ。

 いつものテレビで見る笑顔のたいき君を私は取り戻したい。

 

「あ、あの」

「でも不思議だなー。俺は君とどこかで会った気がするんだ」

 

 私の言葉を遮って、そんなナンパ師みたいな言葉を吐くのは、意外にも私の推しであった。

 

「え? 私と……ですか?」

「ああ。どこで会ったんだろう? すごい見覚えがあるんだけど」

「しょ、初等部の時ならすれ違ってる可能性があるかも、しれません……ね」

 

 そうやって書類で口元を隠しながら私は言う。

 今は頑張って冷静に分析している感を出しているが、内心では心臓が張り裂けそうでやばい。

 推しが私のことを知っていた? これはファンとして光栄すぎることである。

 確かにイベントごととなれば、ほぼ毎度のこと参加していたし、色々と節約しては彼のグッズなども買い漁ったりしている。

 そんな私にとって、相手が自分のことを認知していると言うのは、神に祝福された信徒並みに嬉しい事実であった。

 

「んー、いや。最近見た気もするんだけどな」

「最近ですか?」

 

 思わず口がにやけた。

 口元を隠していなければ、今頃わたしは完全に変質者扱いされそうな顔面をしている。

 そんな私の苦労も知らず、たいき君はさらに小首を捻った。

 

「失礼だけど、名前聞いてもいいかな?」

 

 たいき君がそう言って私の顔面をじっと眺めてきた。

 あー、だめだ……。私は今日きっと死ぬんだ……。

 そうに違いない。こんな幸福なことが立て続けに起こった場合、人は死ぬと相場が決まっている。

 幸福と不幸は帳尻を合わされるものだ。

 ああ、ごめんね。おにぃ、お母さん……ついでにお父さん。

 先に旅立つ私を許して。

 

「し、白銀圭です///」

 

 私は頬を朱色に染めながら、推しに名前を告げた。

 今日からたいき君は私の名前を覚えてくれるのだろう。

 つまり、彼の脳みそに私の一部が刻み込まれると言うことになる。

 さっきまでの傲慢な考えなど最早切り捨てた。

 たいき君の頭の中から私との出会いが消え去ってほしいなど、微塵も思わない。

 今日、私が死んでもたいき君の心の中で、私は生きていけるに違いないのだから。

 

「白銀? 白銀って高等部生徒会長の白銀と同じ字の?」

 

 たいき君が驚いたような表情をしながら、私にそう尋ねた。

 ——なんだか嫌な予感がする。

 これ以上聞いてはいけないと、防衛本能がけたたましいサイレンを鳴らしている感覚。

 だけど、ここで踏み込まなければ永遠とこの蟠りが残りそうで嫌だった。

 なので私は恐る恐る、天に祈るように彼に聞いてみる。

 

「え、えーと。その白銀は私の兄ですけど……」

「あー! やっぱりそうか! どうりで見覚えがあると思った!」

 

 だめ! やめて! それ以上は言わないで!

 それなのに体が動かない。

 私の体が無意識にたいき君の声を求めているせいだ。

 動画サイトでも彼の切り抜きばかり見ているせいだ。

 それがこんなふうに仇となって返ってくるなんて……。

 

「圭さんは御行と目元がそっくりだね」

 

 その瞬間、私は死ぬよりも不幸なことがこの世にあるのだと自覚した。

 

 

 

§

 

 

 

「そういえば圭ちゃん。今日、高等部の方に来てたんだって? 藤原書記が見かけたって言ってたけど、大仏には会えた? ファンなんでしょ?」

「……さい」

「え? なに?」

「うっさい! きもい! 死ね!!」

「えぇぇぇ!? 何で!?」

 

 これからは非常識なファンと思われてもいいから、たいき君から兄のイメージを払拭させようと決める白銀圭であった。

 

「寝る前にたいき君のドラマ見よ」



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四宮かぐやと大仏たいき①

白銀妹圧倒的すぎて笑った。
とりあえず、アンケートの上位三人くらいを選ぶ予定です。
期限は、次回の投稿か、次次回の投稿です。


 一学期もそろそろ終わろうかという時期。

 柏木渚(わたし)が廊下を歩いている時だった。

 

「恋愛相談……ですか?」

 

 神妙な面持ちで四宮さんがそれを持ちかけてきたのだ。

 最初、言語能力を失いかけた私は、すぐさまいつも通りの容態を取り戻す。

 

「えーまぁ、恋愛というより人間関係と言いますか、なんと言いますか……。まあ、異性に付いての相談をしたくてですね。……恋人のいる柏木さんなら、何か有益なお話が聞けるんじゃないかと」

 

 四宮さんがあれやこれやと言葉を転がしているものの、要約すれば男女関係の相談である。

 そう言ったことはそつなくこなしてそうなイメージを持っていたため、正直に言うと私は意外だった。

 四宮さんの交友関係的に、話の対象は二択に絞られるだろう。

 白銀会長か、それとも大仏くんの方か。

 なんにせよ、四宮さんが悩んでいるのであれば、私の答えは既に決まっている。

 

「なるほど。四宮さんには一度、相談に乗っていただいてますしね。私でよければ是非」

 

 そう言って、私たちは生徒会室へと場所を移した。

 

 

 

 

 

「それで、何かあったんですか?」

 

 生徒会室に着いた私は、前座を設けることもなく単刀直入にそう聞いた。

 本来ならば、時間をかけてゆっくりと聞き出した方がいいのかもしれない。

 私含め女の子はそう言った過程を大事にする傾向にあるからだ。

 けれど、目の前にいる四宮さんに限っては、変に時間をかけないほうがいいと思えた。

 

「そうですね……」

 

 四宮さんはそう一拍置く。

 

「単刀直入に言いますと、その気もないかもしれないのに、私は男性に告白まがいのことをしてしまったんです」

 

 あー、思ったよりも重いのきたなー。

 

 それが四宮さんの言葉を聞いた私の率直な感想である。

 四宮さんのことだから、もう少しソフトな内容が飛んでくると思っていた。

 けれども、蓋を開けてみれば、入っていたのはウサギなんかじゃなく、蛇である。

 それもとびっきり大きいやつ。某魔法学校にある秘密の部屋に巣まう大蛇だ。

 ひとまず、今の説明だけでは状況判断もできないため、私は静かにうなずいて補足を促した。

 

「具体的なお話を聞いても?」

「はい……私、少し前に風邪をひいてしまいまして、その時にどうやら意識も朦朧だったせいか口から普段言わないようなことをぽろりと……それからというもの、相手の子とも話しづらくなって、今ではめっきり会話が無い状態なんです」

 

 そう言われて、なんとなくここ一週間の噂で聞いたことがあるような気がする。

 最近、秀知院で有名だった二人があまり話さなくなったらしいことを。

 それのせいかクラス内でも若干冷たい空気が流れているとか、なんとか。

 それを四宮さんは知っているのだろうか。

 いや、知らないのだろう。

 知っていたら、こんな正々堂々と私に相談はしてこない。

 かと言って、今それを四宮さんに教える必要もなければ、メリットもない。

 なるほど。確かにこれは恋愛相談というより人間関係の相談に近いと私は思った。

 

「ちなみに、どのようなことを口にしたか聞いても良いですか?」

 

 興味本位では無い、と言えば嘘になる。

 私は少しの好奇心と、四宮さんの力に成りたいという純粋な気持ちからそう尋ねてみた。

 

「そ、そのお恥ずかしい話……『結婚したい?』って聞いた後に『私は好き』と言ってしまいました……」

 

 それ、もはや告白なのでは? とは言わない。と言うよりも、口が裂けても言えなかった。

 そう話す四宮さんの表情が、色恋にうつつを抜かしている乙女なものではなく、後悔や失念からくる罪人のような陰鬱さで彩られていたからだ。

 決して、四宮さんにとってこの話は軽いものではないと改めて感じる。

 それと同時、私は決して茶化したり、曖昧に答えたりはしたくないと再認識した。

 

「なるほど、その流れですと『私はあなたと結婚したい』という風にも取られかねませんね」

「はい、そうなんです」

「実際のところ四宮さんはその彼のことを本当に男として好きではないんですか?」

 

 他人から聞かれて認識する恋もあるものだ。

 四宮さんの内情が分からない現状、今すぐ私の自意識のみで返答を出すことはできない。

 

「うぅ……はや——他の人にもそのように聞かれたのですが、どうにも言葉にしづらくて」

「つまり言葉で言い表せない感情を彼に抱いていると?」

「はい、その通りです……」

 

 んー、困ったな。

 私は下顎に指を当てながら、いくつかの思考をしてみる。

 結局のところ、四宮さんとその男の人の距離はあまりに近すぎるのが原因なのだろう。

 私には最近できた彼氏がいるが、彼氏のような男友達はいない。

 それゆえに、完全に四宮さんに同調することができなかった。

 いや、これはただの言い訳か。

 四宮さんに今必要なのは私から向けられる安っぽい共感ではなく、自分の心と向き合う機会である。

 それを踏まえた上で、四宮さんは男の人と仲直りをしたいはずだ。

 

「四宮さんは最終的にその人とどういうふうな関係になりたいと考えています?」

「どういう関係……」

「ほら、恋人関係じゃなくても何かしらの距離感を保ちたいとかはありませんか?」

 

 私が笑顔でそう尋ねると、四宮さんは何かを思い描くように視線を宙へ投げた。

 

「私は……彼とは今までみたいに気楽で、ムカついて、困った時には助けあって、休日などは一緒に遊んで、それで、それで……」

 

 四宮さんは膝の上に置いてある手にぎゅっと力を入れて私を見る。

 

「私は彼と離れたく無いんです。このまま彼との関係が終わるなんて嫌なんです。もっと話したい、もっと遊びたい。だってあの人は初めて……初めてできた友達なんだもん」

 

 それが四宮さんが出した答えなのだろう。

 愛情というものにも種類はある。古代ギリシャ人ですら8つに分類していたほどだ。

 四宮さんが男の人に向けている愛情は決して不潔なものではない。

 深い友情だって、時には恋愛や家族愛に勝るもののはずだ。

 四宮さんが思い描くその気持ちに、一体だれがケチをつけられる。

 私からすれば、四宮さんが抱くその友情に敬意を表したいくらいだ。

 

「四宮さんの気持ちはよく分かりました。きっとそれは恋よりも美しいものなのかもしれませんね。あとは彼が四宮さんの告白まがいをどう受け取っているかですけど……聞けたら苦労していませんよね」

 

 私の静かな問いかけに、四宮さんはこくりと力なく頷いた。

 腹を割って話せているなら、今頃このような暗い四宮さんでは無くなっているはずだ。

 他人に全てを見せると言うのは、それだけリスキーな行いである。

 四宮さんの言う男の人が、仮に四宮さんを心から女として愛していた場合、四宮さんが出した答えは残酷なものでしかないのだから。

 

 と、そこまで考えて私の脳裏にある考えが過った。

 

「でも、四宮さんからそんな告白まがいの言葉が出たということは、何かしらのきっかけがあったんですか?」

「そ、それはその何と言いますか、心理テストを少し」

「心理テスト?」

 

 ピコン、と頭の上で電球がついたような感覚がした。

 

「は、はい。好きな人が分かるというもので、彼から私の名前が出てしまって……」

「あぁ、それで四宮さんは意識してしまったんですね。彼はその心理テストの答えについて知っているんですか?」

「知らないと思います。その時はすぐに誤魔化しましたし、彼も帰ってから調べたとは言ってなかったので」

 

 と、そこまでの話を踏まえると、もしかしたらと私は考える。

 四宮さんが思っているほど、その男の人が意識していない可能性があった。

 このままでは四宮さん一人で解決するのは難しいだろうし、私がその男の人に直接聞いてくるのはありかもしれない。

 ただ、これには問題もある。

 私と四宮さんとの間に、それをしても許されるだけの交友関係が築けているのかという問題だ。

 

 結局のところ、この相談は他者が介入すべきことではないのだ。

 四宮さんとその男の人が腹を割って話し合う。それが一番の解決策であることは自明だった。

 聞いている限り、別に仲違いをしているわけではない。

 四宮さんは男の人に罪悪感を、そして男の人は四宮さんにきっと懐疑心を抱いている。

 友情という名の湖に投じられた一石が、いつの間にか湖全体に波紋を起こすように。

 この問題は、その石の正体を二人で見つけることが必要不可欠だと思った。

 

「私が一番怖いのは、その……もし本当に彼が私のことを好きだった場合、私は彼を傷つけたことになります……それも無意識に。そのせいで、彼が私から離れていくんじゃないかって——それが怖くて堪らないんです」

 

 そう呟く四宮さんはいつもよりも小さく見えた。

 まるで明かりのない夜道を彷徨い歩く幼児のようだ。

 ふと目を離した瞬間、そこから消えてしまっているような、そんな錯覚に襲われてしまう。

 

 結局のところ、私は四宮かぐやという人間を本当の意味では知らない。

 初等部から現在にかけて、彼女とそこまで話したことがなかったからだ。

 それゆえに、彼女とその男の人の関係性を私は言葉で表現ができないでいる。

 当然、男の人が四宮さんをどう思っているのかも、私には想像できない。

 

 けれど、ふと感じたことが一つだけあった。

 それは光明のような、閃きのようなものである。

 私が普段、眞妃(しんゆう)に感じていることだ。

 

 

「私、思うんです」

 

 私の一声にさっと四宮さんは顔を上げた。

 目尻にはやはり少しだけ涙が溜まっている。

 そんな儚げな表情を見て、私はゆったりと一本の人差し指を立てて見せた。

 

「四宮さんが大事にしているその方は、きっと四宮さんと同じぐらい、四宮さんを大事に思ってるんじゃないかって。だから、そう易々と四宮さんから離れたいと思わないんじゃないかって」

 

 それは憶測のようで、けれど確信めいた言葉のようで……。

 どこかそう願っているような言葉でもあった。

 

 ただ、私のその一言を聞いた四宮さんは、私の人差し指をじっと見つめると、

 

「……えぇ、そうよね」

 

 と安心したように笑って応えるのだった。



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四宮かぐやと大仏たいき②

かぐや様が完結するので、投稿します。
おめでたやーおめでたやー


「珍しいわね、あんたから私に相談なんて」

「別に相談ってほどのことじゃないんだが……」

「立派に相談よ。真剣な面持ちで『駄弁ってかないか』って誘う奴の大半は、なにか話を聞いてほしい奴なんだから」

 

 じぃと俺の顔を見つめながら、四条眞妃は呆れたように言う。

 普段はただのツンデレキャラのくせに、流石は四条の令嬢と褒めるべきか。

 洞察力は人並み以上に優れているらしい。

 それこそ、かぐやに比肩するほどずば抜けている。

 感情を表に出さないのは俺の専売特許だと思っていたけど、やはりまだまだ青臭いということなのだろう。

 いや、取り繕う余裕もないほど、今の俺は普段から離れてしまっているのかもしれない。

 

「で、どんな話? 仕事がうまくいってないの? それとも勉強? そろそろ、ちゃんと勉強したほうがいいわよ、あんた。素が悪いんだから」

「ハハハ、どれも違えよ。でも、最後の言葉は流石に傷ついた」

 

 傷ついた、と言いながら俺が勉強に不向きな頭をしているのは知っている。

 よくもまぁ、いまだ留年もせずこの偏差値70を超える秀知院で在籍できているなと感心する程だ。

 それこそ、かぐやや周りの助力が無かったら、まだ中等部にいたかもしれん。

 冗談じゃないことが、我ながら笑えない事実である。

 

「男がねちねちと陰気に考えてるのよくないわよ」

「わかってる」

「そう。でもあんたのことだから、やっぱり考えちゃうんでしょ、馬鹿ね」

「かもな」

 

 眞妃は俺の顔を見ずにまだ続ける。

 

「あんたはいつもそうよね。付き合ってた時も何でも一人で決めるんだもん」

「あったな、そういうことも」

「別に男が絶対にエスコートしなきゃいけない、なんて義務ないのよ」

「そうだな」

 

 眞妃は一旦そこで区切り、足を組み替えた。

 

「あーあ、見栄張らず困ったら困ったって言えばいいのに」

「……」

「飄々としてる自分がかっこいいーなんて思ってると、いつか取り返しのつかないことに」

 

「眞妃」

 

 俺の言葉が会話の終了を告げさせた。

 そこまででいい。

 眞妃は十分に俺の背中を押してくれた。

 普段は俺が押す側のはずなのに、こう言う時は目敏くして欲しいことをしてくれる。

 だからきっと、俺もこの話を持ちかける相手を四条眞妃という、優秀な友達に絞ったのだろう。

 

「ありがとう、もう十分」

「……そう」

 

 眞妃は自分の手元に置かれているティーカップを取り、そのまま口へと運ぶ。

 軽く喉を潤せば、何事もないような表情を作り改めて姿勢を正した。

 

 俺はそれら一連の動作を見終わってから、ゆったりとした速度で開口する。

 

「眞妃、恋愛感情ってどんなものだと思う?」

「…………はぁ?」

 

 素っ頓狂な声を上げたのは、間違いなくあの完璧に近い存在の四条の令嬢である。

 

「いや、今なお身を焦すほどの恋に熱をあげている眞妃なら、明確な表現ができるんじゃないかと思ってさ」

「……あんた、それ本気で聞いてるの?」

 

 呆れたように、というか、実際に呆れたらしく眞妃は軽く額に手をあてて首を横に振った。

 

「え、なに? たいき誰かに惚れたの?」

「わからないんだよな。俺が抱いている感情って何んなのか」

「はぁー、恋愛感情分からない奴が、今絶賛人気中の男優なんて信じられないわね! ファンに謝りなさい! ついでに、あんたが主人公を務めてた恋愛映画で感動したことある私と渚にも謝りなさい!」

 

 めちゃくちゃ理不尽なことで怒られた気がするが、まぁ、ひとまずは事実な気がするので俺は軽く謝っておく。

 

 だが、本当にわからないのだ。かぐやに抱いている感情が一体全体なんなのか。

 妹であるこばちは「好きってことじゃないの、女として」と言ってくる。

 某事務所の後輩は「雰囲気に当てられただけ」だと言う。

 昨年お世話になった先輩は「恋愛は人それぞれ」だと投げやりで曖昧な回答を返してきた。

 

 これら3人の共通する点は、良くも悪くも俺がかぐやに恋していると言う点だ。

 昔から好きだったにせよ、雰囲気に当てられただけにせよ、どのような感情を抱いてるにせよ。

 それらは総じて恋愛感情だと言ってくる。

 

 だが、俺としてはどうもしっくりこない部分もあった。

 かぐやのことは綺麗だと思うし、素直にいい奴だと思う。

 一緒にいたら楽しいし、これからも一緒に居続けたいのだと言う気持ちも嘘じゃない。

 でも、なぜか腑に落ちない。

 

「あんたが恋愛相談するってことは、そういう感情を抱く人がいるってことでしょ……まぁ、たいきが本気でその人と一緒にいたいと思うなら、告白すればいいんじゃない?」

「んな、投げやりな」

「後悔するからよ、誰かさんみたいに」

 

 眞妃はいつもよりも真剣な眼差しで俺を捉える。

 

「……分かってる。本当に好きなら俺から何かを言うべきだというのも。あやふやにするべきじゃないってことも」

「なら、さっさと告って、さっさと玉砕してきなさいよ」

「だから、そうじゃないんだって」

「?」

「俺が本当にその人を、異性として好きなのか分からないんだよ」

 

 今の状況が「分からない」と言う言葉で済ましてしまっていいのかすら、今の俺には分からなかった。

 それだけ、かぐやと俺は長い時間をともに過ごしてきた関係だ。

 楽しい時も、辛い時も、清濁合わせ飲むように肉親に近い距離で接してきた間柄だ。

 それなのに、いきなり自分が彼女を異性として見ていたかもしれない。

 もしくは見られていかもしれないと思うと、何とも言えない気持ちだけが胸中で渦巻く。

 まるで霧がかかった土手道を歩いている気持ちだ。

 前に進んでいるのか、横に逸れているのか、はたまた後ろにさがっているのかすら判然としない。

 自分のことのはずなのに、どこか他人の背中を眺めているような気持ちにすらなってくる。

 

「……はぁ、いいこと教えてあげるわ」

「いいこと?」

「ええ、答えになるか分からないけど、とっておきの情報よ」

 

 腕を組んだ眞妃は紅茶に沈めていた視線を、俺の目へと持ち上げる。

 

「恋ってのはね、ちょっとしたことで一喜一憂して、一緒の空間にいるだけで緊張もしちゃって、少しでも関われたらそれだけで一日中満たされたように感じなの——そういうのが積み重なって、人は『あぁー、私この人が好きなんだなー』って思うの」

「それは流石に何となく理解できるけど」

「何となくじゃないのよ。本当にその人に恋しちゃったら、そのことしか考えられないんだから」

 

 では、俺が今こうやって悩んでいるのもやはり恋していると言うことなのだろうか?

 かぐやの発言に悶々と頭を悩ませて、何となく互いに話しづらくなって。

 今の状況はあんまり好きじゃないな、と頭を抱えている俺がいる。

 四六時中、とまでは言わないが、あいつのことを考えてどうにか現状を打破できないか考えている。

 でも、やっぱり付き合ったり、キスしたり、その先に進みたいかと言われたら……。

 

 ぱんっ。

 

 そこまで考えていると、目の前に座る眞妃から軽いデコピンをおでこにお見舞いされた。

 

「頭で無理やり言語化しなくていいのよ。ただ、たいきが思ったことを口にしてみればいいの」

「口に?」

「どうせしたことないでしょ。あんた隠したがるところあるから」

 

 それとこれとは話が違うだろ、とは思ったが、眞妃の言う通りでもある。

 俺はかぐやに向けている気持ちを口にしたことはない。

 好きとか面倒くさいとか、単調な言葉ならいくらでも並べた事がある。

 でも、他人に説明せずに、自分の思いの丈をただがむしゃらに呟いたことは無かった。

 それはかぐやも同じだと思う。

 

「俺は…………俺はあいつが喜べば嬉しいし、面倒な時は面倒だなって思うけど……それでも一緒にいるだけで楽しい。強いのか弱いのか分からなくて、でもしっかりと芯は通ってて、普通そんなこと言わんだろってことも臆さず他人に言って、それで誰かと軋轢を生んだりして……たまに馬鹿になったり、弱ったりするけど、俺と違ってあいつは——……」

 

 ふと、自分の人差し指を見て思い出す。

 それはもうかなり昔の記憶。まだ自分が初等部の時、まだ四宮かぐやと言う人間をあまり知らなかった時期のことを。

 

(ああ、そうだったな……)

 

 今まで当たり前すぎて振り返ることもなかった。

 なんなら、あいつの目の前でしかやらない癖にまでなっていた。

 かぐやとの色褪せない思い出。

 

「なんか気づいたみたいね」

「ん? あぁ……気づいたというより思い出したに近いかも」

「何よそれ、まぁ、いいわ。一つだけこの四条家の才女である私からアドバイスをしてあげる」

 

 眞妃はそういって一本の人差し指を立てた。

 

「恋に落ちたらね、誰だってそれが恋ってビビッとくるもんよ。真剣に恋愛感情が分からない奴が本気で恋してるわけないの……あんまり恋を嘗めるな、たいき!」

 

 恋を嘗めるな。

 そう言われた時の俺の表情は驚くほどに、滑稽なものだったに違いない。

 鏡を用意されれば、思わず笑ってしまいそうなほど腑抜けているかもしれない。

 

 でも、なぜだろうか。

 

 俺にとっては眞妃のその一言が、この世の真理のようにも思えて。

 いや、昔の自分と重なってしまったのか。

 ちょっとだけ笑ってしまうのだった。



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四宮かぐやと大仏たいき③

 初等部の時ひとり浮いている女の子がいた。別に嫌われているとかではない、と思う。

 ただ、その子が思ったことをすぐ口にしてしまうタイプだったためか。はたまた小学生とは思えぬほど成熟してしまっていたためか。何にせよ、誰よりも清廉潔白だったが故に、その子は孤立気味になっていた。

 

『四宮さんは皆んなと一緒に遊ばなくていいの?』

『別に、私が行くと盛り下げるだけよ』

 

 何となしに俺が声をかけても、返ってくる言葉と言えば「気分じゃない」「盛り下がる」「興味がない」の三連コンボ。

 なんで何時もそんなつまらなさそうにしているのか。

 当時の俺には分からないくらい、その少女の顔には影かかかっているように見えた。

 

『楽しいと思うけどな』

『私や周りの子はそうは思わないわ』

『ふーん』

『……逆に聞くけど。なんでそんなに私ばかり誘うの、あなたは』

 

 その質問は多分、彼女の気まぐれだったのだろう。彼女から俺へ質問を投げかけてくることなんて滅多にないことだ。

 いや、今を除けばこれまで一度も無かったと記憶している。

 それくらい俺と少女の間には見えない壁があったし、別に仲がいいわけでもなかった。

 

 ただ、同じクラスの少年と少女。

 

 互いの認識はそんなものだろう。同じ教室で、同じ給食を食べて、同じ先生から同じ内容の授業を聞いている。

 かなり希薄な関係性ではあったものの、俺と少女の関係などその程度しかなかった。

 

『別に深い理由はないよ。みんなで遊んでるのに四宮さんだけ遊ばないのもどうかと思っただけ。だから誘うんだ』

『別に気にしなくていいわよ』

『そう? でも、何時もつまらなさそうじゃん』

 

 俺がそう問いかければ、僅かに彼女の瞳孔が鈍く光ったような気がした。

 

『……私からすれば、どうして貴方が常時ヘラヘラしているのか分からない』

 

 鬱陶しそうに。

 いや、本当に俺を恨んでいるかのように、彼女は顎を逸らして吐き捨てた。

 

 だが残念なことに、初等部でまだ心も発達しきっていない俺には、それが何を意味していることなのか理解できなかった。別に俺もただの子供だ。泣く時は泣くし悲しい時は普通に悲しむ生き物だ。特別なものなんて一つも持ち合わせいない。

 だから、彼女が何に苦しみ、何に怯えているのか。はたまた本当に俺のことが嫌いなだけだったのか。

 それを理解するには、5年は時を要するだろう。

 

 故に俺の回答は間抜けなもので落ち着いてしまう。

 

『んー、別に楽しいから笑ってるだけだけど』

『可笑しいことを言うのね。楽しいことなんて滅多にないわ』

 

 俺の抱いた平凡の感想を、彼女は「可笑しい」と一蹴した。

 

 けれど、本当にそうなのだろうか?

 楽しいことが滅多にないなんて人生は、本当にかわいそうに思えてくる。

 俺は友達と遊んでいる時も、両親や妹と出かける時も、食事をするときも、授業を受ける時だって、小さいが確かな幸せと楽しみを噛み締めている。

 

 だから、きっと彼女はそれに気づいていないだけだ。

 俺は一人そのように結論を出してしまった。

 

『んじゃー、四宮さん。面白いことするから、ちょっとこれを見てよ』

『? 何で、人差し指を見るの?』

『いいから、いいから。騙されたと思ってさ』

 

 俺は右手の人差し指を一本だけ真っ直ぐ立てて、それを彼女の目の前へと持っていく。彼女は訝しむようにその動く人差し指を目で追った。

 

 やがて、俺の指が彼女の眼前で止まる。拳ひとつ分くらいの隙間しか無い状態。

 それでも彼女は、律儀に俺のいった通り、指をじぃと眺め続けてくれた。

 すると、どうだろうか。

 いつもつまらなさそうな顔している彼女の目が、某光の巨人と同じく寄り目となっている。

 つまり軽い変顔だった。

 いつも教室内ですました顔をしている彼女が、ウルトラマンのような変顔をしたのである。

 

『ぷっ、はははは!』

『え? なんであなたが笑うの!?』

『いや、だって、四宮さんの顔がさ、はははは!』

 

 たまらず吹き出してしまった。

 我ながら、本当にどうしようもないくらい馬鹿馬鹿しい悪戯である。

 

『っ、もしかして揶揄ってるの?』

『違う違う、ただ俺がいつも笑ってるのはさ、こんなくだらないことなんだよって教えたくてさ……ぷふ』

 

 ひとしきり笑い終えた俺は、今度は自分の方に指先を向けた。

 

『本当にくだらないでしょ? こうやると寄り目になるだけなんだ。でも、四宮さんが真面目な顔して目で追うからさ、つい面白くって』

 

 俺は自分もお返しに寄り目の顔を披露しながら、悪気はないと弁明する。

 それだけで許してくれるとは思えないが、まぁ、これで恥ずかしい思いしたのはお互い様だと思って欲しい。

 別に彼女の寄り目の顔を写真で取って、誰かに見せたりする訳じゃ無いのだから。

 

『四宮さんは知らないだけなんだよ、多分ね。だって、面白いことなんてこんなどうでもいいことでもいいんだ。それを共に笑える人がいないって言うのかな? んー、何にせよ辛いことばかり見ない方がいいよ。楽しいことなんて、適当に見つかるんだから』

 

 子供のくせに、と大人になれば鼻で笑ってしまいそうなほど、偉ぶった態度だとは思う。

 でも、これが俺の本心なのだと、俺が彼女に伝えたいことなのだと胸を張って言えることでもあった。

 

 だからだろうか、彼女が俺の立てた人差し指を見ているのに気づかなkったのは。

 

『ふふ、何よそれ……』

 

 初めてみる四宮かぐやの笑み。

 呆れて漏れ出たものかもしれない。俺のバカさ加減を鼻で笑っただけなのかもしれない。

 でも、どんな理由でもよかった。

 

 あまりに綺麗に彼女が笑うものだから。

 俺はその時、生まれて初めて一生忘れられない光景を目に焼き付けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 A組の教室で俺は自分の席に座って黒板を眺めていた。

 眞妃と別れた後、わざわざ何の用事もないのに学校へ帰ってきたのだ。

 夕日が沈む街を見るわけでもなく、目の前に設置された黒板をボーと眺めながら、静かに時が流れるのを待つ。

 すると、がらがらと扉が開く音が耳に入ってきた。

 

「お、かぐや」

「あら、たいき」

 

 ここ少しの間、ほとんど会話をしていなかったはずなのに、俺とかぐや共にすんなりと言葉が出てきた。

 かぐやは俺の姿を発見するなり、いつもの定位置である席へと腰掛ける。

 ゆったりとした動作は四宮家の令嬢として鍛えられたが故か、とても様になっていて美しい。

 彼女は幼少期から花道や茶道なんかも一流なのだから、当然と言えば当然であるが。

 

「さっきさ、昔のこと思い出してたんだよな」

「奇遇ね、私もよ」

「ちっさい時のかぐやはいーつっも生真面目で暗い顔してたなーって」

「小さい頃のあなたはいつも馬鹿みたいに笑ってただけよね」

 

 ふふふ、ははは、とお互いの笑い声が教室に響く。

 俺もかぐやもお互いの顔を見ずに、昔あった他愛もないことを語り合い続けた。

 

「覚えてる? 昔、愛が木から降りれなくなったの」

「覚えてるわよ。主人と恥ずかしかったわね」

「お前、まじでさっさと見放したよな。その後、普通にカブトムシ取ってきたし」

「登れたのだから普通降りれるわよ。降りれないのは彼女が泣き虫だっただけ」

 

 あれはあーだった、これはこーだった。

 本当に懐かしい気持ちになりながら、俺たちは夕日が沈み切ったのも関係なしに言葉を交わし続けた。

 

 気がつけば、本当に帰らなければいけない時間だ。

 積もる話があったわけではない。証拠に、俺たちが話していたことといえば、ただの思い出話。近況報告なんて一切挟まずに、それだけの話題で俺たちはずっと会話に花を咲かせ続けた。

 

 しかし、どんなものにも終わりがくる。

 俺はかぐやに訴えるような目で見た。

 

「なぁ、かぐや。言っときたいことがあるんだ」

「ええ、私もあなたに言っておきたいことがあるわ」

 

 俺とかぐやは視線を交わし、合図もなしに同時に開口する。

 お互いに人差し指を立てて。

 

「「好きだ(よ)、親友として」」

 

 親友として、もしくは尊敬する相手として。

 

 それが俺たちが導き出した答えである。

 昔、もっと言うのなら出会った最初期であれば、俺もかぐやに恋愛感情を持っていたかもしれない。

 けれど、それでも「かもしれない」の話だ。子供の頃の好きなんて、それだけ高が知れている。

 今は彼女のことを愛おしく思う反面、やはり異性としてではなく一人の人間として尊敬している部分も大きい。俺には無いものを彼女はもち、彼女に無いものを俺が持っている。

 欠けているピースを合わせるように、なんて表現は安っぽいかもしれないが、俺とかぐやの関係性を示すのであれば、それが一番しっくりするのかもしれなかった。

 

 何にせよ。

 見事、示し合わせたかのように重なった言葉は、それだけで俺たちを笑いの渦へと誘うには十分な効力であった。

 

「ははは、まじかシンクロしたな!」

「えー……普通に気味が悪いわね。真似したでしょ?」

「違う、その理論ならお前が真似したんだ」

「私は誰かの真似なんてしないわ」

「え、でもお前。お兄さんにそっくりじゃん」

「へぇ〜、面白いこと言うのね、たいき。今度それ言ったら東京湾を泳いでもらおうかしら、ドラム缶に入って」

「それ泳いでねーよ、沈んでるよ」

 

 いずれ俺たちには互いにパートナーと呼べる存在ができるであろう。

 かぐやであれば御行がそうなると信じているし、祈っている。

 でも、そうなっても。

 やっぱり俺たちは、こうしてくだらないことで笑え合える友として、一生関わっていきたいと思えた。




かぐや様、完結おめでとうございます!
そして、たいきとかぐやの拗れ話も一旦これで終わりです!

いや、ずっと投稿していなかったので、皆さんには申し訳ない気持ちがいっぱいでした。
ストック飛んだ時は、もう萎えに萎えましたが。

まぁ、ともあれこれで「かぐや編」?みたいなのは終わり!
夏休みは 圭ちゃん、早坂、白銀パパ で決定ですので、夏休みエピソードも随時投稿していきます!

本当に原作完結おめでとう!


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