異世界転生したけどチートなかった (ナマクラ)
しおりを挟む

第一話

 気付けば新たな生を受けていた。よく物語とかで見る異世界転生という奴である。

 

 経緯は全くわからない。何せ転生と言っても前世での具体的な記憶はなかったからだ。

 

 前世での常識だったり知識だったりは一部覚えていたりするが、自身の記憶に関してはほぼほぼ覚えていなかった。死に方はもちろん、その時の年齢や性別すらもわからない有様である。とりあえず男だったと思うのだが……確信は持てない。

 

 まあ思い出せない事は置いておこう。

 

 転生した世界はどうやら創作でよくあったファンタジー世界に近いようで、魔物や魔法なんて心くすぐる存在もある。この辺りもよくあるラノベのようである。冷静に考えるとゾッとしてしまうが、考えるだけならワクワクするので深く考えないことにする。

 

 ただラノベなどでよくあった異世界転生物とは違って、俺には所謂転生特典と呼ばれるような特別な能力や才能などは与えられなかった。

 いや、もしかしたら神様から与えられると言われている【天恵(ギフト)】と呼ばれる能力を一応は授かっていたのでそれが転生特典だったのかもしれないし、家庭環境も平凡だが時代背景を考えれば十分に恵まれたものだったから、まったく優遇されていないというわけではないのかもしれない。その辺りに転生が関係しているかまではわからないが。授かった【天恵】もそんなに使えるようなものでもなかったし。

 

 

 が、それ以上に俺の幼馴染がずば抜けていた。

 

 

 剣を習えば俺が剣を振るのに少し慣れた頃には教師役と剣を切り結べるようになり、魔法を習えば俺がライターくらいの火を出せるようになった頃には火の玉でお手玉をできるようになっていた。

 さらに恐ろしいのはまだ発展途上でソレという辺りだ。

 ちなみに【天恵(ギフト)】も俺がそんなに大したものじゃなかったのに対し、幼馴染の天恵は【雷光】。電気や雷を操る凄まじいものだった。将来ザムデインとか使いそう。

 

 おそらくコイツはこの世界におけるバグみたいなものなのだろう。そう思わなければやっていけなかったとも言う。

 

 そんなバグな幼馴染を相手にただ腐らない程度には俺も負けず嫌いだったようだ。

 もちろん無理な努力はしたくない。適度に頑張って適度に裕福に生きて行ければそれでいいとは思うものの、幼馴染に負けっぱなしというのは悔しい。負けたくないという対抗心が芽生えるほどには童心に戻っていた。

 とはいえ真っ向からの競い合いで勝てるわけもないので、前世の知識をフルに活用して卑怯・奇策を駆使して対抗していた。まあ奇策とはいっても子供だまし程度のものだが、相手はまだ子供なので何とか通用した。

 なお心が折れていないとは言ってない。何度心を折られたことか。まあ慣れれば問題はない。なぁにかえって耐性が付く。

 

 ちなみに幼馴染のアルことアルフォンスは男で、もちろん俺も男である。

 異世界転生物ならばここは異性の幼馴染がくるべきではないだろうか。そう考えてしまう俺は少しダメなのかもしれない。

 

 

 ◆

 

 

 生まれ故郷は周りを山の一部を切り拓いて作られただろう田舎の農村だったのだが、学校というものは当然のごとくない。

 ただ村にある教会で日曜学校みたいな感じでたまに村の子供が集められて神父から勉強を教わったり、村に住む魔女の婆ちゃんが魔法について教えてくれたり、どこかの兵士だったらしいおっちゃんが戦い方を教えてくれたりと、環境には恵まれていた。もしかするとここは魔王に対する勇者(抑止力)を育てるための隠れ里ではないかと疑う時期もあったくらいだ。

 

 さて、村長がやり手なのか領主が善良なのか、そもそも支払っていないのか、この村が税で苦しいという話は聞いた事がないが、そろそろ将来の事も考えていかねばならない時期だろう。

 俺の家は先祖代々猟師として生計を立ててきたらしい。俺も猟師の息子として親父たちと共に狩りに出てそれなりの経験を積んでいるので最初は漠然と俺も猟師として生きていくんだなと思っていたのだが、最近になってこのまますんなり猟師になれるとも思えなくなってきたのだ。

 というのも猟師は野生の動物を狩るのが仕事だが、生態系にはバランスというものがある。その場限りならばともかく、狩場は脈々と未来の子孫にも受け継がれていく以上、獲物が狩場からいなくなるなんて事は避けねばならない。故に獲る数は調整する必要がある。獲物は自然と増えるが、全てを狩りつくせばさすがに増えられなくなるからだ。……そんな考え方が今の時代にあるのかはわからないのだが。

 しかしそれはつまり稼ぎの上限が決まってしまっているという事であり、猟師の数が増えればその分取り分が減っていく事になる。

 ちなみにだが俺の家は四人兄弟で兄兄俺弟という構成だ。つまり子供だけで男が四人いる。さらに言えば一番上の兄は既に結婚もしていてさらには子供もいる。そこも含めると結構な大家族である。

 すでに狩場に対する利益の限界が見え始めているんじゃないかという中で、将来的にさらなる競争相手が来ることが目に見えている。

 このご時世、生まれた子供が全て成人するとは言わないが、そこで食い扶持を取り合う事になるのはやめておいた方がいいだろう。

 

 ならば村長とかに他の仕事を斡旋してもらうかになるのだが、森を切り拓いて作った隠れ里じゃないかと思えるような村である以上、農地自体そう多くないし、基本自給自足で成り立っていて経済自体ほぼほぼ回っていないような村だ。手の足りない仕事というのもそう多くないだろう。それでも何かしらの仕事の紹介はしてもらえるだろうが。

 となると村を出る事になるが……正直将来への魅力や選択肢が一番多い道だが、具体的に何をするかが問題である。

 この中からだと、どうするかと考えていると、幼馴染のアルが一つの道を提案してきた。

 

「なあ、俺と一緒に冒険者になって旅に出ないか?」

 

 冒険者────採集依頼から討伐依頼など幅広い仕事が舞い込んでくる、よくあるファンタジー世界における何でも屋みたいな職業だ。前世の職業で例えるならフリーターが一番近いのかもしれない。

 

 なので成功するかしないかでその立場に雲泥の差が生まれるのだが……まあ確かにアルであれば大成できるような気がする。この世界の広さを知らない身としては断言はできないが、コイツなら勇者みたいな存在にもなれるんじゃないかとも思う。それくらいには信頼している。

 というかアルが実は大した事がないとなると世界の基準がどうなるのか怖くて仕方ない。

 

「冒険譚にある勇者みたいになりたいってのもあるけど、それより俺は世界がどれだけ広いのか見てみたいんだ」

 

 アルには両親がいない。赤ん坊のころに森で捨てられていたのを神父が見つけてそのまま引き取ったのだそうだ。

 親子同然の関係である以上、村の教会を継ぐこともできるだろうに。

 

「俺は別に神父って柄じゃないしな。そこまで神の教えってヤツに熱心にはなれないんだよな」

 

 まあ、昔からアルは物語に出てくる冒険者に憧れていたのでそう考えるのはわからなくもない。

 しかし何故俺を誘うのか、それがわからない。俺は別に特別スゴイというわけではないし、アルならば何だかんだで人が寄ってきそうな気がする。

 

「何でって、昔っから冒険者になるなら絶対お前は欠かせないって思ってたからだよ。俺の冒険にはお前が必要なんだ」

 

 こういう恥ずかしい台詞を臆面もなく口にできる辺り天性のイケメンである。顔だけでなく性格までイケメンとか、やはり勇者かコイツ。

 しかし嬉しいことは嬉しいのだが、出来ればそういう台詞は異性から言われたかった。

 

「異性って……この村じゃ相手のいない女は俺たちより年下のちっこいこどもばっかだろ」

 

 わかっている。村の女性で年上は既婚者ばかりである。同年代の女子などおらず、一番年の近い女子も手を出せばロリコン認定間違いなしだ。村から出た事のないアルにとって手の届く異性=幼女の方程式が成り立つわけだ。さらにアルはチビ共にすごく懐かれている。……つまりアルはロリコンという事では? 

 

「失礼な事を言うな。違うに決まってるだろ」

 

ええー?ほんとにござるかぁ?

 

「当たり前だろうが。というかそういうお前はどうなんだよ」

 

 村を出た事のないアルと違い、肉や毛皮を街に卸しに行ったことのある俺は決してロリコンではない。どちらかといえば年上趣味である。

 ちなみに俺の初恋はお姉ちゃんと慕っていた教会のシスターで、「将来お姉ちゃんと結婚するー」とまで公言していたくらいだ。割とガチだった。

 なおそのシスターは神父とくっ付いた。今では一児の母である。クッソっっっ! ちなみに昔に比べて色気は増している。艶やかというか何というか……シスターと人妻が交わり最強に見える。エッッッッッ!! 

 

「おい、人の姉貴分兼母親代わりをそんな目で見るなよ……せめて口には出すなよ」

 

 心の中まで規制させられるのはヒドイと思うのだが…………まあ安心してほしい。俺の嗜好にNTR属性はない。せいぜいシスターの妄想で自身を慰め、その後枕を涙で濡らす程度だ。

 

「むしろそっちの方が嫌なんだが……というか吹っ切れてないだろ」

 

 そんなことはない。幸せそうなシスターの姿を見て彼女を祝福する感情と一緒に胸の奥から名状しがたい感情が湧きだして来て無性に泣きたくなるくらいだ。大丈夫だ、問題ない。

 

「うん、何かさっきとは別の理由でここから連れ出した方がいい気がしてきたわ」

 

 それは一体どういった理由なのか問い質したい。小一時間ほど。

 

 ……まあそれはそれとして、一つお前に伝えなければならないことがある。

 

「ん? 何だ?」

 

 冒険譚などでも出てくる『冒険者』だが…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────この世界には存在しない。

 

 

「…………えっ!?」

 

 普通に冒険譚とかの物語とかにも当たり前のように出てきたりするが、実際に冒険者という職業は存在しないのだ。

 

「ないの!?」

 

 ない。

 

 そもそもとして国の後ろ盾もなしにあらゆる国の境界を越えて身元を証明しその権利を行使する事ができる団体がない。

 強いて言えば教会ならできるだろうが、その教会もそれぞれの国の権力やら根強い信仰やらと結びついているからこそ認められているに過ぎない。そもそも教会も本拠地を聖教国として樹立しており、国としての権力を振るう事で信徒を守っているとも言える。

 身元不詳の集団を国関係なく率いている団体など、国としては権利を認めるどころか叩き潰す対象でしかないだろう。テロ組織的に考えて。

 

「うーん、夢が崩れる……!!」

 

 とはいえ物語の冒険者に近い事は出来る。街や村を巡って、日雇いの仕事やら商人の護衛やら傭兵の真似事などをしていけば、それで旅を続けて行けるだろう。

 自分の好きなように生きていけるという辺りは自由で好感が高いが、リスクは物凄く高い。

 大きな後ろ盾がない分苦労は多いだろうが、

 

「うーん……ならそれでいいや」

 

 かるいな。いや、いいのか。

 

「いや、さっきも言ったけど俺は世界を見て回りたいってのがデカいし……で、お前はどうする?」

 

 まあ……それも面白そうだし、着いていく事にしよう。

 アル一人だと外で騙されてひどい目に遭いそうだし、そうなったらシスターに顔向けできない。あ、でもシスターとも会えなくなるのか……。それは精神的に堪えそうだ。

 

「おうちょっとそこから離れようか」

 

 

 そんな馬鹿話をしながらも、俺はアルと共に世界を巡る旅人となる道を選ぶのだった。

 

 

 ◆

 

 

 世界を巡る旅人(無職)となる事を選んだ俺たちは成人と認められる年齢になると、村を出てまず近くの街に向かう事にした。

 俺たちの村から近くの街までは徒歩で2日ほど歩いた所にある。獣道を通って山を下り森を抜ければ街と街を繋ぐ街道が見えてくるので、そこで運よく馬車に相乗りさせてもらえれば多少の時間は短縮できる。……やはりうちの村、隠れ里では? 

 

 今まで村から出た事のなかった完全におのぼりさんなアルに対し、俺は狩りで得た肉や毛皮などを卸しに街に来た事が何度かあったので、その辺りまでは社会の先輩面して案内できるだろう。

 

 今回は運よく行商の馬車が通りかかったので、交渉をした所、乗せてもらえることになった代わりに護衛を頼まれた。

 今は積み荷とともに荷車の一つに乗り込み、後方の警戒を任されている。

 

「流れるように馬車の護衛に……さすがというか……」

 

 これくらい普通普通。とはいえ何やら不審な点が多い気はする。

 

「というと?」

 

 街から街へ渡り歩く行商として、規模があまり大きくないとはいえそれでも護衛の数が少ない。魔物や野盗があまり出てくる地域でないにしろ商人が金になる物を運んでいるわけだ。もしもの時を考えるとこれでは対応できそうにない。

 かといって警戒心が低いわけではなかった。最終的に護衛を頼まれたが、最初は声を掛けてきた不審者の俺たちに対して警戒心バリバリだった。

 

「不審者って……いや彼らから見たらそうなのか?」

 

 あとペースが早い。急いでいるにしても大分ハイペースだ。

 このペースでいけば今日中に街に着く可能性すらあるが、馬車を引く馬がもたないだろう。ちなみに基本的に日が沈んだ後は街には入れない事が多い。

 旅慣れていないにしてもこんなミスはしないだろうし、そもそも話をした感じ旅には慣れているように見えた。替えが効くとはいえ、馬もタダではない。にもかかわらず、馬を潰しても構わないという考えなような気もする。

 

「……よくわからないな。結局どういう事だ?」

 

 厄ネタの気配だよ、やったねアルちゃん! 

 

「どういうテンションだ」

 

 

 ────……ォォォォ…………

 

 

「……ん? 今何か聞こえたような……」

 

 ……ああ、成程。そう言う事か。

 俺は『遠視』の魔法を使ってその存在を確認した。

 

「どういう事だ?」

 

 護衛が少なかったのではなく、少なくなってしまっただけで、俺たちを雇ったのも数合わせ的な苦肉の策というヤツだったわけだ。

 そして彼らは逃げ延びたが、追い付かれる可能性を考えて無理をしてでもペースを上げて街に着こうとしていたわけだ。例え馬が潰れたとしても命あっての物種だと考えて。今回は運悪く追いつかれてしまったというわけだが……

 

「つまり?」

 

 

 ▽ ゴブリンライダー の 群れ が 現れた ! というヤツだな。

 

 

 まだ距離はあるが、野犬を乗りこなしたゴブリンが群れ成してこちらに向かってくる。明らかにこの隊商が狙いを定められている。速度は奴らの方が上だ。

 いくらゴブリンがそこまで強くない魔物とはいえ、あれだけの数になれば腕自慢の護衛でもどうしようもなかったというわけだ。

 しかし何でこんな所にあれだけの数のゴブリンライダーが……? 

 

「なるほど。で、どうする?」

 

 ここは任せた。俺は御者と雇い主にこの事を伝えてくる。

 

「了解。任された」

 

 アルが剣を抜くのを確認した後、俺は馬車の中を通って御者の後ろから顔を出し、前方の馬車にも聞こえるように大声で要点を伝える。

 

 ────後方より敵襲! 敵はゴブリンライダーの群れ! 数多し! 距離はまだあるモノの相手の速度の方が速し! 

 

「ひぃっ!? く、くそ、まさか追いつかれたのか!? せっかく生き残れたと思ったのに……!!」

 

 御者のこの反応を見る感じだと俺の推測はそう外れていないようだ。

 しかしそこまで悲観的になる必要はない。敵の数は多いが何とかなる。

 

「あれだけの数に勝てるわけないだろ!? それとも何か!? お前ら広域魔法でも使えるのかよ!?」

 

 俺は使えない。アルもそこまでの魔法は使えない。だが何とかなるだろう。

 その事を他の馬車にも伝えるためにもう一度声を張る。

 

 ────これより殲滅を開始する! 轟音に注意されたし! 

 

「はぁ!? それどういう────」

 

 

 

「────雷よ、降りそそげ────!」

 

 

 

 その時、後方のゴブリンライダーたちに向かって、どこからともなく雷の雨が降り注いだ。

 

 落雷の直撃を食らって黒焦げになる者、雷鳴に驚き暴れる野犬に振り落とされたりゴブリンどもは阿鼻叫喚の渦に陥った。

 

 うーん、圧巻圧巻。まるでゴブリンがゴミのようだ! 略してゴミリン。

 

「な、何が……!? お前の連れ、魔法使いだったのか……!?」

 

 否である。これこそがアルの天恵(ギフト)である【雷光】、の一端である。

 

 殲滅力もさることながら応用性も実は非常に高い。痺れさせるだけに留めたり、嫌がらせに静電気でバチンとかもできる。なお出力に関してはアルの匙加減次第なので怒らせすぎないように注意しよう。

 

「あ、アイツ、天恵持ちだったのか……」

 

 とはいえゴブリンの中でも雷を避けてこちらに向かってくる根性のあるヤツもいる。よくやるものだ…………この場合、根性があるのはゴブリンの方なのか、それとも実際に走っている野犬の方なのか、どちらになるのだろうか? 

 

「いやどうでもいいわ! そんな事言ってないで何とかしてくれ!!」

 

 もちろんそのつもりだ。俺も仕事をするとしよう。

 とはいえ俺は遠距離からの攻撃に使える魔法や天恵を持っていないので、弓矢を構えてアルの討ち漏らしを狙撃していく。

 

 

 

 

 ────こうして俺たちの冒険は幕を開けたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

 アルと二人で村を出て自称・冒険者(無職)になってからしばらくが過ぎた。

 

 旅立ちの日に戦ったゴブリンライダーたちとの戦いも今では懐かしく感じる。

 あのゴブリンライダーの集団は国中を荒らしまわる悪名高い集団だったらしく、その頭領である大型の狼に跨るゴブリンナイトは国から名を付けられて賞金首になっている程の魔物だったのだ。

 まさか初っ端から、しかもゴブリンを相手に死闘を繰り広げることになるとは思わなかったが、最終的にアルの剣によってその首を落とされる事となった。

 

 あの時の行商を率いていた商人ゴッフとはアレが切っ掛けで懇意となり、色々と頼り頼られの関係を築くことができた。

 あの後、後ろ盾どころかこれからの展望も定まっていなかった俺たちにこれからも護衛として雇われないかと提案してくれたのだ。しかも辞めたくなったらやめてもいいという破格の条件で、だ。

 事前にアルの世界を巡る自由気ままな旅をするという目的を話していたというのもあるだろうが、お人好しすぎないかとも思う。

 そんなわけで厚意に甘えてゴッフたち商隊に付いて街から街を巡り、その途中で彼らと離れる事となったのだが、それでも未だにやり取りするくらいには信頼関係を築けた。今ではゴッフたちの商業圏は国を跨いで広がっているらしい。

 

 その後も各地を転々と巡りながらトラブルに巻き込まれたりもしたが、今はまた別の新しいパトロンもとい雇い主の依頼を熟しながら世界を巡っている。

 村から出た事のなかったアルもだが、村と近くの街くらいしかこの世界の事を知らなかった俺としても新たな発見が多くあり、退屈という言葉とは無縁であった。

 

 ……ちなみに余談ではあるのだが、この世界には俺以外にも転生者がいるみたいだ。それも結構な数が。

 とはいえ明確に遭遇したわけではなく、過去の痕跡から転生者がいただろうという推測ができる程度のモノなのだが、これがちょっと探せば見つかるくらいには散逸している。これ明らかに前世知識の代物だろ、というモノが多数存在しているのだ。

 長さや重さの単位だとか衛生観念だとかはともかくとして…………何だよ『極東から来たりし西の名忍者・義賊ハットーリくん(本名不詳)』って……どこからツッコめばいいんだ……

 

 

 閑話休題。

 

 そんなこんなで誘われて旅についてきた俺も何だかんだで楽しんでいるし、アルも心から楽しんでいるからまだしばらくこの旅は続いていくのだろう。

 

 

 

 

 

「そろそろ拠点について考えるべきだと思うんだよ」

 

 

 

 

 

 ……なので酒場でアルがそう口にした時には驚いたものだ。

 

 拠点、というとどこかの街に根を生やすという事だろうか? 

 てっきりアルはしばらく世界を渡り歩くことを望むと思っていたので意外である。

 

「いやそうじゃなくてさ。どっかに根付くんじゃなくて、あの飛空船ってヤツを手に入れようぜ! で、それを拠点にするんだ!」

 

 また人手と金とコネと幸運の必要なものを欲しがる幼馴染だ。

 

 飛空船とはその名の通り空を飛ぶ船で、主に先史文明の遺跡から出土することのある遺物で現行文明では作る事の出来ないオーパーツの塊である。その資料的価値または戦略的価値などから現状個人での所有はできない。ほとんどの場合国が接収する事になる。

 風の噂でどこかの国やら工房やらが現行技術で飛空船を再現しようとしている……なんて話もあるが、実現できているかも定かではない上に実現していてもこれまた個人で所有するのは難しいだろう。

 

「飛空船で自由に世界を飛び回る! 考えただけで楽しそうじゃないか!」

 

 まあ夢物語だとしてもそれを語るアルはとても楽しそうだし、その辺りを指摘するのはやめておこう。酒の席で冷や水をかけるのは流石に気が引けた。

 

 なので話題を変えるついでに、一つ聞いてみたい事を思い出した。

 俺たちは今までただ漠然と世界各地を巡ってきたわけだが、その中でもひときわ興味を引いたものはあったのだろうか? それもまた今後の旅の指針の一つにはなるわけだし是非とも聞いておきたい。

 

 というわけで訊いてみた。

 

「うーん、やっぱり一番心惹かれたのは先史文明の遺跡関連かな」

 

 先史文明……飛空船を始めとして今の技術では再現が難しいオーパーツを生産・利用していたというかつての文明だ。

 具体的にどんな文明だったのかはほとんどわかっていないらしい。

 原因は不明だがこの文明が滅んだことによって人類は絶滅の危機に陥り、そんな中で何とか立ち直ったのが今のこの世界らしい。

 まあ今の時代、歴史を学ぼうと思えるのはお偉いさんとか専門の学者くらいなもんだからその辺りの話が俺たちにまで降りてきてないだけかもしれない。どこまで正確な話かも疑わしいものだ。

 

 そんな超文明を誇る先史文明の遺跡は世界各地に遺っており、それの発掘は様々な方面から需要がある。そういう意味ではアルの興味は将来の方針としては十二分なものだ。

 まあアルの場合、それで飯を食っていこうと思うなら歴史の勉強が絶対的に必要になってくるだろう。

 

「うぐっ! そ、そういうお前はどうなんだよ? 何かやりたい事はあったのか?」

 

 俺は……特にこれといったのはないな。だが、強いて言えば……この旅自体楽しい。いつまでも、というのは難しいだろうが、出来る限り続けられたらとは思うくらいに。

 

「そう言ってもらえると誘ったかいがあったってもんだ」

 

 ……何か今の俺のセリフ、ヒロインっぽくなかった? 

 

「やめろ……やめろ……!」

 

 話題を変えよう(露骨)

 そういえば今この街に王女様が滞在しているらしい。

 

「王女様?」

 

 クロリシア王国の第三王女であるクリスティーナ・クロリシア。【浄化】の天恵(ギフト)を天から授かり、教会においてシスターとしての知識と治癒魔法を含めた神聖魔法を修め、将来は教会を取り仕切る巫女になると目されている才女だ。

 

「王女なのに教会にいるのか?」

 

 王国には彼女より上位の王位継承者たる兄弟もいるし、せっかくの才能を活かすという事も考えての選択なのだろう。何だったら降嫁なりする際にも一つのステータスにもなるわけだし。

 

「降嫁ねぇ……結婚相手も自分で選べないとか、俺には耐えられそうにないな」

 

 王族とか貴族とかはそういうものだ。とはいえ、権力にせよ武力にせよ財力にせよ、力を付けるのに色々と画策するのは上も下も変わらないだろう。その手法や規模が違うだけだ。

 

「そういうもんか……?」

 

 話を戻すが、その王女は今ここの領主とお付きと一緒にどこかに行っているらしい。そう遠くない内にまた戻ってくるだろうし、なんだったら出発を後らせて一目見ていく事もできるがどうする? 

 

「別にいいだろ。それより依頼を先にこなそうぜ。遺跡とかワクワクする」

 

 何ともストイックな。お前に野次馬根性はないのか。

 

「俺は貴族とか王族とかは別に興味ないし」

 

 アルがいいのならいいのだが……ちなみに美人らしいがそっち方面でも興味はないのか? 

 

「見た事も会った事もない女性に美人かどうかってだけで興味持つのは失礼じゃないか?」

 

 うーん、この言動、心からの発言だから困る。どこの主人公なのだろうか。

 

「あ、でもお前が見たいなら別に待ってもいいぜ?」

 

 いや、正直俺もそこまでして見たいわけではない。タイミングが合うならいいが、わざわざ待ってまでとは……

 

「ちなみにそのクリスティーナ王女も広義的にはシスターになりそうだけど、お前的にはどうなの?」

 

 ふむ……さすがに姿を見た事はないから何ともいえないが、シスターというだけで少しそそられるものがある。しかし噂に聞く人柄から推測するに少し何かが足りないように感じる。何というか、包容力というか年上力というかバブみというか……そういった言葉に出来ないようなナニカが足りないような……

 

「うーん、まだまだ引き摺ってるのな……」

 

 ちょっと待て、それは何の話なのか詳しく聞かせてもらおうか。

 

 

 ……そんな感じのいつもの酒の席だった。

 

 

 ◆

 

 

 今回の依頼は、言ってみればお使いだ。

 

 内容としては、とある遺跡に以前設置したらしい魔素だか何かの計測器を回収するのと、そこの遺跡から取れる魔鉱石を採ってきてほしいというものだ。

 一応言っておくが盗掘ではない。その遺跡は既に目ぼしい物は調査・接収が終わり国の管理から解放された跡地だ。

 こういうのは国が管理すべきだと思うのだが、国は今新しく発掘された先史文明の遺跡の調査に夢中である。目ぼしい成果を掘りつくした遺跡に人員やら予算を割いていられないという事なのだろう。

 そんな国にとって価値の無くなった遺跡でも研究者視点ではまだ価値を見出せるらしく、こうした依頼は意外とあったりする。

 

 というわけで酒場で優勝した次の日、街を出て遺跡に向かう俺たち。

 無理をすれば今日中に遺跡に付けるだろうが、そこまで急ぎの旅でもないのでのんびり休みながら進む事にした。

 空は晴れ、心地良い風が吹き、魔物にも遭遇しない穏やかな道のり。まるでピクニックみたいだ。

 そうして日が暮れ始めた辺りで丁度良さそうな場所を見繕った後、野営地の設置をアルに任せ、俺は今日の晩飯の調達へと一旦別行動をとる事にした。

 

 ウサギでも取れないかと思ったのだが、予想外のモノが取れたので戸惑っている。

 まさかの甲殻類、蟹だ。それもデカい。形状も特殊だったし色も黒というか紫というか……正直食べられるのかわからない。正直毒々しかった。夕食は保存食で我慢する事になりそうだが仕方ない。

 ただ殻は凄まじく硬かったので何かに使ったり売ったりできそうだったので持ち帰ることにする。詳しくは野営地でゆっくりと調べよう。

 そう思っていたのだが……

 

 

「お、おかえり。遅かったな」

「お、お邪魔しております」

 

 野営地に戻ると、アル以外にそこにフード付の外套で顔を隠した推定女がいた。

 まさかこのタイミングで女を連れ込むとは……連れ込むならせめて時と場所を考えてやってもらいたい。

 

 ……少し席を外した方がいいか、二時間くらい? 

 

「いや待て。何でそういう話になるんだ」

「えっと……? この方が先程お話になっていた……」

「あ、ああ。俺の相棒さ」

 

 ふむ。何故か俺の紹介は既に終わっているようだ。どんな紹介がなされたかはわからないが、俺がソイツの相棒なのは間違いない。

 それで、何故か俺を警戒しているらしいそっちの女性は一体誰なのか。そろそろ教えてもらえると助かるのだが。

 

「私は……クリスティーナと申します」

 

 クリスティーナ……確かあの街にいたという第三王女と同じ名である。先日話題に上がったばかりだったが、まさか同じ名前の人物に遭遇するとはスゴイ偶然だな。

 

「……私が、その第三王女です」

 

 彼女はそう言ってフードを外し、その中に隠されていた銀色の髪とその顔を晒したが……その事実に思わず絶句してしまった。

 前々からずっと主人公属性の勇者ポジだとは思っていたが、まさか本当にお姫様を拾ってくるとはさすがに思わなかった。

 一体どこで拾ってきたのか……元の場所に戻してきなさい。

 

「おい、犬猫拾ってきたみたいな言い方するなよお前」

 

 ちなみに今回における元の場所は国である。

 まあ冗談はともかく、王女なんて真面目にどこで見つけたのか。

 

「そこの木の洞の中にいたんだよ。そこで隠れていたらしい」

 

 ……ふむ。そこはかとなく厄介事の匂いがする。

 

 ああ、聞きたくない……でも聞いちゃう。ビクンビクン。

 どうして王女がこんな何もない森の中の木の洞に隠れていたんですか……? 

 

「俺もそれ訊きたかったんだ。何があったんだ?」

 

 お前もまだ聞いてなかったんかい。

 

「あの……その前に、一つお伺いしたいのですが……その、貴方が引き摺られているそれは……」

 

 ああ、これは────と説明しようとした所で、話を中断して俺は腰の鉈へ手を伸ばす。それと同時にアルも傍に置いていた剣を手に取った。

 

「待て。何か来る……!」

 

 気配の感じる先を注視していると、そこから現れたのは何と、先程倒して引き摺ってきた蟹と同種の群れだった。

 

「ひっ!?」

 

 王女が悲鳴を上げる。もしや蟹が苦手なのだろうか? 確かにカニやエビなどの甲殻類の見た目が生理的に無理だという人もいるらしいが、王女もそうなのだろうか。

 しかしまさか群れで行動する蟹だったとは……まさか一匹狩った俺の跡を追って……にしては来た方向がまた違う気がするのだが、一体……? 

 

「いや、あれは蟹じゃないでしょう!?」

 

 ……? 蟹じゃないか。あの殻の感じといい手足の数といい鋏といい、まさしく蟹だ。

 

 ――――首があったり人に近い造形をしているという点を除けば。

 

 つまり、人型の蟹だ。

 

「何ですか人型の蟹って!?」

 

 有体に言って、魔物の一種だろう。きっと。

 

「とりあえずどう見ても友好的な感じじゃないなら、悪いが……!」

 

 先手必勝と言わんばかりに振り抜いたアルの剣は、何とその強固な甲殻によって弾き返された。

 

「かった……!?」

 

 言うのが遅くなったが、この蟹の甲殻は非常に硬い。並の剣じゃ刃が立たないぞ。

 あと力も強い。まともに食らったら安物の防具ごと拉げかねないから気を付けろ。

 

「それ早く言ってくれよ!?」

 

 まあ甲殻類の類に漏れず関節は柔いのでそこを狙っていけば問題ない。

 そう言って振り抜いた俺の鉈が蟹の首を切り落とした。

 

「……え?」

「なるほどな。そうすればいいの、か!」

 

 俺の言葉と見本を見たアルは同様に剣を振るい一息で蟹の四肢、いや八肢を切り落とした。

 達磨になった蟹がじたばたするが、もはやどうしようもない。凄まじい速さの斬撃、俺でも見逃しちゃうね。

 

「……にしても数が多いぞ」

 

 正直まともに相手していると武器が持たないだろう。だが雷撃は徹ると思う。

 

「なら……! ────来たれ、稲妻────!!」

 

 振るった剣から放たれた指向性を持った雷が蟹の軍勢を貫いた。いくら甲殻が硬かろうと関係なく内部すら焼き殺していく。

 

「あの魔物たちを一蹴……!」

 

 王女様はその光景を見て絶句している。アルの実力に驚いているのか、あるいは蟹の死骸の山に引いているのか……

 しかし焼け焦げた臭いからして、食べられそうにない……。

 

「食べる気だったのかよ」

 

 食べれそうならそのつもりだったが……やはり無理そうだ。

 

「というかやっぱりコイツら蟹の分類に入れちゃだめだろ。何かもっと別の何かじゃないか……?」

 

 確かに、蟹じゃない……な。

 

 蟹は鋏を除いて八本足でコイツらは六本足だ。これは明確な違いだ。

 例えるならタラバガニとズワイガニのような関係だと言えるだろう。

 では六本足の蟹は何なのかというと、蟹ではなくヤドカリの仲間に分類されるそうだ。

 つまり、六本足のコイツらは……人型のヤドカリだ。

 

「違う、そこじゃない」

 

 とりあえずこの蟹……ヤドカリを片付けよう。特に焼け焦げた死体の異臭がヒドイ。

 一箇所に纏めて……火でお焚き上げでもしたらいいだろうか? 

 

「火事になりそうじゃないか? あと毒っぽいから燃やしたら毒の煙とか出そうじゃないか」

 

 かといってその辺りに埋めるのも土地が汚染されそうで怖い。

 はてさて、どうしたものか……。

 

 

「────光よ、穢れを清め給え────」

 

 

 ヤドカリの処理方法で悩んでいると、クリスティーナ王女の手から清らかな光が溢れ出し、ヤドカリたちの死骸から溢れ出る異臭や毒々しさが薄れ、そして消滅した。

 残ったのは毒々しさや異臭の消えたヤドカリの死骸だけだった。

 

「今のは……?」

 

 今のが彼女の天恵(ギフト)【浄化】だ。あらゆる穢れや汚染を清めると聞き及んでいたが、ここまでの効力を持つとは驚きだ。これならこのヤドカリも食えるかもしれない……! 

 

「おい」

 

 冗談だ。ちょっとあのヤドカリが蟹の味がするのか気になっただけだから。

 

「本気じゃないか」

 

「────あの!」

 

 そんな俺たちの掛け合いを断ち切り、王女は何かを決意したかのような表情を浮かべ、こちらに向き合い、口を開いた。

 

「……貴方がたにお願いがあります」

 

 

 ……その言葉に、俺は厄介事の気配を明確に感じた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

「……順を追って説明します。私は普段王都にある教会で巫女の修行をしているのですが、ここの領主から教会に依頼があったのです。『地方の遺跡より【穢れの瘴気】が発生したので何とかしてほしい』と」

「……穢れの瘴気?」

 

 簡単に言うと、よくわからない黒い毒の煙だ。

 原理も発生条件もわかっていないがそれに触れると生物として変質を起こしたり理性がなくなって狂暴になったりするらしい。放置しているとその周辺地域が人の住めない地になりかねない。瘴気を祓おうと思ったら現状では神聖魔法くらいしか対処法がないという厄介なモノだ。

 

「へぇ。そんなものがあるのか……」

 

 教会の大事な仕事の一つだぞ。何故知らないんだ神父の息子。

 とはいえ、厄介ではあるがわざわざ王都の教会にまで話がいくモノとは思えない。王都程ではないがあの街にもなかなかの規模の教会はあったし、そこの聖職者に要請すれば済む話だと思うが。

 

「概ねその通りです。ですが、今回の瘴気はあの街にいた聖職者でも祓い切れなかったらしく、より強力な神聖魔法もしくは浄化の使い手が必要になったのです」

 

 なるほど。それで【浄化】の天恵(ギフト)を持つお姫様が選ばれたと。

 

「ん? ちょっと待ってくれ。俺たち近くの遺跡に行く予定だったんだけど、別にそんな危険なものがあるなんて話聞いてないよな?」

 

 その通りである。その【穢れの瘴気】が発生した遺跡が俺たちの目的地と同じかはわからないが、この辺りの遺跡で穢れの瘴気が発生しているという話は一切なかった。というかこの辺りに他に遺跡があるという話も聞いた事がない。

 

「……困った話ではあるのですが、領主であるクチーダ卿は、事なかれ主義というか……あまり大事にしたくないと、秘密裏に浄化をしたいという希望がありまして……」

 

 臭い物に蓋をする輩なわけですね、わかります。

 

「ま、まあ早期に解決できれば問題にはなりませんし、時間もなかったので私たちもそこまで追求しなかったのですが……」

 

 そううまくはいかなかった、と……

 

「はい……実際にその遺跡に着くと【穢れの瘴気】は見当たらず、代わりにあの魔物の大群がいて……護衛としてクチーダ卿率いる兵士の方々もいらしたのですが、兵士たちもあの魔物たちの殻の硬さとパワー、そして数の暴力にやられてしまったのです」

 

 ふむ。もしかするとあのヤドカリ、【穢れの瘴気】で汚染された魔物だったのかもしれないな……。

 

「そのクチーダだっけ? 領主はどうなったんだ?」

 

 普通に考えて、お姫様を守るためにその命を散らした可能性が高いのでは? 

 

「クチーダ卿は、その……気付いたらその場からいなくなっていまして……」

 

 おっ、敵前逃亡かな? …………どうみても敵前逃亡だな。

 

「彼は、その……保身に長けた方らしいので……」

「別に無理に庇おうとしなくていいんだぜ」

 

 実際、国のトップで自分の主君の娘を見殺しにして逃げ出すとか、首が飛んでもおかしくない案件だ。もちろん物理的な意味で。つまり打ち首だ。

 主君の血筋を守る気が一切なく逃げるとは騎士の風上にも置けぬ。俺は騎士ではないけども。

 

「私はアンナ……従者の手引きで共に遺跡から逃げ出す事ができたのですが、それでも追いつかれそうになってアンナが私をここに隠れさせた後……何故か魔物たちはアンナを捕まえて引き上げていったのです」

「ちょっと待った。連れていかれた? 殺されたとかじゃなくて?」

「はい。少なくとも、アンナがその場で殺さずに連れていかれた事、それは事実です」

 

 それが本当だとすると一撃で鎧ごと兵士を殺せる力を持った魔物が、それよりも柔いはずの女性を殺さずに連れていく知能を持っていたという事になる…………あのヤドカリにそんな知能が備わっていたようには見えなかったが……? 

 

「もしあの魔物たちが【穢れの瘴気】ってヤツに侵されてたとしても、魔物は魔物だろ? 特定の人間攫ったら退いていくみたいな計画的に行動するとか、あり得るのか?」

 

 俺もそれは考えにくいと思う。魔物と一括りにすると範囲は広くなるが、どちらにせよ知能は人ほど高くない。【穢れの瘴気】に汚染された所でそこは変わらないと言われている。

 

 

 だが、実際の所【穢れの瘴気】に関して詳しい事はわかっていない。

 

 

 人間・動物・魔物問わず、生物自体に影響を与える厄災、という事は確かだが、それ以上の事は何もわかっていないのだ。汚染される事で生物として変質する以上、俺たちの予想もしない変化をしていてもおかしくはない。

 もしかすると国のお偉いさん方は知っているのかもしれないが……お姫様の横に首を振る様子を見る限り、この場で答えが出ない事だけは明白である。

 

「でも連れていかれたって事は、まだそのアンナさんが生きている可能性もあるわけだよな?」

 

 その通りだ。しかし国がそのアンナ嬢の救出に動く事は難しいだろう。

 

「何でだよ?」

 

 お姫様がここに来た理由が【穢れの瘴気】である以上、完全放置というのはないと思われる。

 ただ、【浄化】の天恵(ギフト)でも浄化できなかった【穢れの瘴気】が存在すると判断された場合、どんな手段が取られるかわかったものではない。神聖魔法の使い手を国中あるいは世界中から掻き集める、というのなら現実的に可能かどうかは別としてまだ穏当だが、それまで監視するだけに留めて手を出さない可能性も十分にある。何だったら浄化不可能と判断されて完全な隔離地域にされる可能性だってある。

 いくら一国の王家の血筋とはいえ、人類の生存圏の喪失の可能性と比べるとお姫様の救出の優先度は落ちてしまうだろう。

 救出対象がお姫様ではなく一従者ともなればさらに下がるのは間違いない。

 

「このままだと、アンナは間違いなく命を落とす事になります。その前に私は彼女を助けたいのです」

 

 助けたい。お姫様はそう口にしたが、それに軽々しく頷く事はできなかった。

 

 もちろんそのアンナという女性を助けたいという気持ちはわからなくもない。しかしこうしてお姫様が無事であるのなら、普通に考えれば従者を見捨てるのが正解なのではなかろうか? 影武者的に考えて。

 そもそもその従者が既に死んでいる可能性も十分にある。というよりその可能性の方が高い。であるなら無理に救出に向かおうとする必要性は低い。さらにそれをお姫様自らがする必要性はもっと低い。

 

 というよりもまずこんな森の中で雇われ冒険者(自称)と議論すべき内容ではない。お姫様が城に戻った上で国が動くべき事案である。領主が信用できないのならまた別の所に避難させてもいいだろう。教会経由でもいい。そっちの方が現実的だ。

 

「いやそうかもしれないけど、そういう言い方は……」

「……王女としては、確かにそうすべきなのでしょう。ですが、アンナを助けられる可能性が少しでもあるのなら、私はそれにかけたい……いえ、もっと単純に、私は彼女を失いたくないのです。アンナは、私の友だちだから……!」

「クリス……」

「このままでは彼女は間違いなく死んでしまう……! だから……お願いです……! 彼女を……助けて下さい……!」

 

 そう言って、どこの馬の骨かもわからないただの平民である俺たちに、王女様は頭を下げた。

 

 

 ……普通に考えれば、俺たちは彼女のお願いを聞く必要はない。

 

 国のことを考えれば一旦街まで連れて帰って無事を伝えた方がいいに決まっている。それだけでも俺たちは功績を認められるし、逆にこのお願いを聞けば危険に足を踏みいれることになるかもしれない、というか間違いなくなるだろう。

 

 その上で、アルはどうしたい? どうするべきだと思う? 

 

 

 

「────助けよう」

 

 

 

 …………こういう場面でこう断言できる辺り、やはり勇者らしいと思ってしまう。

 

 

 

 

 

 ……あと、いつのまにかお姫様の事を親し気に名前、しかも愛称で呼んでいるアルに軽く驚愕したのは黙っておこう。

 

 

 ◆

 

 

 お姫様の証言などを確認しながらヤドカリたちの足跡から追跡を試みる。

 故郷で狩りの手伝いをしていた時代から獲物の足跡などから移動場所を割り出す事はよくしていた。勝手は多少違うのだが、こういった追跡は冒険者になってからも何度かしていたので何とか成功した。

 その過程でヤドカリの群れ──おそらくお姫様の捜索をしている群れ──に何度か襲われて退治したりしたが、まあ問題はない。

 

 嬉しい誤算だったのはお姫様が【浄化】以外にも神聖魔法が使えた事だ。主に回復・支援魔法で攻撃には向かないが回復役としてはこれ以上ないほどの腕前だ。さすがは教会の巫女である。

 

 そうして辿り着いた先は、生い茂る木々が急に拓けて土が続いていた足場は石畳に変化し、レンガか石かで組み上げられていたりするなど、人類かあるいはまた別の存在かはわからないが、明らかに何らかの文明の手が入った遺跡であった。

 

「ここは、私たちが浄化のために赴いた遺跡です」

 

 同時に俺たちの目的地でもあった。

 

 遺跡の手前、ここから先は森が木々がなくなっているため、これ以上近付けば相手に悟られる可能性がある。

 木の上に登り、『遠視』の魔法を用いてそこからその遺跡を視認する。

 

 大分古くて朽ちてしまったのか、あるいはもともとそういう構造なのか、その遺跡は屋根で遮られている事もなく、小規模なものだったため、そこから全容を見渡す事ができた。

 

 その最奥らしき場所で、例のヤドカリたちと鎧兜を身に付けた兵士っぽい集団、そしてローブを纏った人物が、手枷と鎖によって壁面に繋がれている赤い髪の女を取り囲んでいる様子が見えた。

 

 おそらくあの手枷で繋がれている女がアンナ嬢なのだろう。聞いていた特徴にも合致する。不幸中の幸いと言うべきか、既に殺されているという事態にはまだなっていないようだ……が、力なく地面に膝を突いて半ば手枷の鎖でぶら下がっているように見える程にぐったりとしている辺り、体力はそんなに残っていないのかもしれない。

 

 少なくとも一目で体力を消耗しているのが明らかなアンナ嬢を助ける素振りを見せないのを見るに周りの連中が味方である線は消えたと判断していいだろう。

 

 鎧兜を身に纏った集団はぱっと見兵士のように見える。というか装備を見るにお姫様たちの護衛だった兵士じゃないかとも思える。ただしその鎧は明らかに致命的なまでに拉げているし、鎧兜の合間から見えるその肌は人のモノとは思えないほどに毒々しい。ヤドカリと同じような配色をしている。というかゾンビ? 

 推測でしかないが、あの兵士たちはヤドカリに殺された兵士たちの死体が【穢れの瘴気】に侵された結果なのかもしれない。それで何故動くのかは理解できないが。

 

 そして見た限り、あのゾンビ兵士とヤドカリたち以外に魔物や伏兵などがいる様子はない。そもそもローブの人物も魔物なのか人間なのか、そこも定かではない。……ヤドカリの痕跡を追跡して、実際に攫われたアンナ嬢がいる以上、あのローブが黒幕だと思うのだが……

 

 ……これに関しては今一人で考えたところで答えはでない。今すべき事に集中すべきである。

 

 とりあえず敵地の状況がある程度確認できたので一度アル達の元へ戻り、二人に俺の見解を伝えた。

 

「な、何でも出来るんですね……」

「ふふふ、自慢の相棒さ」

 

 いや何でもは出来ない。できる事だけだ。

 

 しかし状況的には拙いかもしれない。消耗はしているもののアンナ嬢はまだ生きているようなのは良い事なのだが、奴らが何の目的で彼女を生かしているのかがわからない。何が切っ掛けで凶刃が振るわれるかわかったものではない。実際リーダーと思わしきローブの人物は何やら苛立っているようにうろうろと歩き回っていたので、その苛立ちの矛先がアンナ嬢にいつ向いてもおかしくはない。

 

「なら急がないと!」

 

 まあ待て。敵の数を見るにアルだけでも何とかなるだろうが、最悪なのは俺達が突っ込んで勝ち目がないと理解した相手がアンナ嬢に危害を加える事だ。いや、まだ殺されていない事を考えれば生贄を生かしたまま儀式を完遂させる必要があるのかもしれない。ならば人質にされてこちらの動きを牽制されるのが最悪の展開だろう。

 

「じゃあどうするんだよ!?」

 

 ……対応策はないわけじゃない。上手くいくかはわからないが、やれるだけの事はやろう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

 ここで【天恵(ギフト)】について説明しよう。

 

 天恵(ギフト)とは、一部の人間が生まれつき持っている才能あるいは異能の事を指す。

 昔の人はこれを神様からの贈り物、天恵だと考えてギフトと名付けたらしい。呼び方は地域や国によって変わるようで、天恵、恩寵、加護、贈り物、異能、超能力……などなど多岐に渡るが、ここでは【天恵(ギフト)】に統一しておこう。

 

 天恵(ギフト)は通常人に起こせない事象を手足を動かすように引き起こす事が出来る。

 

 一説によれば現在広く使われている魔法も、元は天恵(ギフト)を解析して編み出された技術であるとも言われている。だからなのか、天恵持ちは魔法を修得しやすいなどとも言われている。

 

【天恵】は言ってみれば身体の一機能だ。本能的にどのように使えるのか、どういう効果が発生するのか、使い手は理解できる。

 

 さらにいえば使い込んでいけば【天恵】は鍛えられるのだ。

 

 決まった規格があり威力がそこまで個人によって変動しない魔法と比べ、天恵は同系統の使い手でもその練度によって威力は大幅に変化する。

 とはいえ魔法が天恵に劣るというわけではない。鍛え上げられた天恵よりも上級魔法が勝るという事も少なくないし、魔法は規格が決まっているために指標として設定がしやすい。軍隊なんかの組織運用ならば天恵よりも魔法の方が向いているかもしれない。

 

 簡単に言えば、天恵は感覚的な機能、魔法は理論的な技術と言った所だろうか。まあどちらも使えるという人もいるが、そんな認識で問題ないだろう。

 どちらも一長一短あるという事だ。

 

 さて、俺も天恵持ちであるが、そもそもとして天恵=戦闘力というわけではない。

 戦闘に不向きな天恵も当然のようにあるし、何なら戦闘に使えない物だってあるし、使用条件が極めて限定的なものもある

 俺の持つ天恵はその使用条件が限定的なものである。基本的に戦闘にしか使えないが、戦闘能力に直接関係するものではない。

 

 だが、まったく使い物にならないという物でもない。

 

 

 ◆

 

 

「────そこまでだ!!」

 

 天恵(ギフト)による電撃を周囲にまき散らし厄介なヤドカリどもを蹴散らしながら、フードで正体を隠したお姫様の支援魔法とともにアルは敵陣へと乗り込んだ。

 

「敵襲だと!? な、何奴っ!?」

「問答無用!」

「あれは……第三王女か!?」

 

 お姫様の支援魔法もあり、アルは瞬く間にその場にいる連中を無力化していく。ゾンビもヤドカリも数は多いもののアルの敵ではない。

 しかしその中の一人……おそらくこの集団のトップだろう男は意思が明確にあるようで、『人語を喋る』『第三王女』……奴が人間社会に精通しているのは間違いないようだ。しかもフードで顔が見えにくいはずのお姫様の正体を的確に見抜いた辺り、上流階級にも通じている……? 

 

「くっ!? だ、だが好都合だ……!! 貴様ら侵入者を食い止めろ!!」

 

 ここでおそらくこの場でのトップだろう男が動き始めた。向かう先は祭壇に繋がれた女────アンナ嬢だ。というかやはりあの男、魔物を従わせている。……一体どうやって……? っと、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

「くそ、数が多い……!」

 

 数多くいる敵の対処に追われているアルは男の動きを止められない。王女も【浄化】以外にも支援魔法を使えるものの距離のある男の足を止める術を持たない。

 

 このままだとアンナ嬢を人質に取られてこちらの動きを封じられてしまう。

 

 

 こういう時のために、敢えて俺は二人とは別に隠れて突入をしたのだ。

 

 

 現状、俺は敵に気付かれていないため妨害を受けない上に、遠距離からの攻撃手段も持っている。

 

 

 気配を隠したまま、弓に矢を番え、弦を引く。

 

 

 放つ前に中る、なんて領域には至っていないし至れる気がしないので、狙いを定めて────放つ。

 

 弦の撓る音とともに矢が空を切り裂き、そして────見事に命中する。

 

 

「…………あ?」

 

 

 何が起こったのか理解できないのか、男はそんな間の抜けた声を出しながら、額から矢を生やして力なく地面に倒れ込んだ────────────()()()()の姿を見ていた。

 

「………………え?」

 

 王女の声が、やけにその場に響いた。

 その場にいた全員が、予測もしなかった事態に動きを止めてしまっていた。

 

 そんな隙をついて俺は二射目を放ってリーダー格らしき男の心臓もぶち抜いた。

 

「……はっ!? 呆けてる場合じゃないよな!」

 

 リーダー格らしき男が倒れたのを見てアルが最初に我を取り戻し、敵残党の掃討に取り掛かる。

 

 ふむ、少々不安もあったが、見事に命中した。ヘッドショットとは我ながら見事なものだ。決してミスではない。ミスではない。

 

 

 人質がいて手が出せない。ならどうするか。

 

 

 簡単な事だ。人質の価値を失くしてしまえばいい。

 

 

 そうすれば人質を気にする事なく戦える。

 そもそも人質を盾にしようとした時点で敵がそれ以外に優位点が存在していないと主張しているようなものである。よしんば奥の手があったとしても人質を肉の盾として機能すると信頼しきっているという事になる。

 つまりその盾がなくなればそこに隙が生まれ、瓦解させることは容易である。今回はトップらしき男を無力化しただけだが、指示役がいなくなった事でゾンビとヤドカリたちの動きはより単調となり制圧は容易になり、あっという間にアルが一人で敵勢力の制圧を完了させた。

 

 その辺りでようやくお姫様が再起動したらしくこちらに詰め寄ってきた。

 

「あ、あなっ!? あなた!? な、なんてことを……ッ!?」

 

 見事なヘッドショットである。成し遂げたぜ。

 そう言ってお姫様に親指を立てる。

 

「あ────あなた! ご自身が何をしたのか理解しているのですか!?」

 

 このお姫様は何を怒っているのだろうか? きちんとオーダーは守ったというのに……? 

 

「いやそりゃ怒るだろうよ。友達の頭に矢をぶち込まれたんだし」

「アルフォンスさんも何でそんなに落ち着いているんですか!?」

「何でってそれは…………あ、そういえばクリスにお前の天恵の事説明してなかった」

 

 ああ、成程。つまり人質になっていたアンナ嬢が死んでしまったと思い込んでいるのか。

 

「思い込んでいるも何も、頭に矢が……ッ!!」

 

 心配ご無用、峰打ちでゴザル。

 

「……はっ?」

 

 突然の台詞に、訳がわからないと呆けるお姫様が怒りで再起動する前に額から矢を生やしたアンナ嬢の手を握らせる。

 

「……えっ? 脈が、ある……?」

 

 そう、彼女はまだ生きている。頭を矢で射抜かれてはいるが、適切な処置をすればその傷も治るだろう。何なら矢が刺さったままでも死にはしない。

 

「あ、頭に矢が刺さってるのに?」

 

 心配ご無用、峰撃ちでゴザル。

 

「よしんば首を落としても?」

 

 心配ご無用、峰打ちでゴザル。

 

 

 これが俺の天恵『峰打ち』もとい【不殺】である。

 

 俺が殺さないように意識すれば全力で攻撃して致命傷を与えたとしても、相手を殺さずにダメージを与えることができるのだ。

 その際の攻撃手段は問わない。剣だろうが弓矢だろうが魔法だろうが罠だろうが、この天恵は適用される。

 ダメージの程度も関係ない。たとえ内臓が吹き飛ぼうが矢が貫通しようがミンチになろうが、この天恵は適用される。

 この天恵による負傷であれば適切な処置さえすれば治るのだ。逆にこの天恵は戦闘能力の上昇には全く結びつかない。致命傷を与える時に殺さないように効果を発揮するものなのだから当然である。

 きっと生き物を殺す事に忌避感があるだろう俺に対する天恵なのだろう。

 

「いや、それはない」

 

 そう推測する俺の意見をアルにバッサリと否定された。何を根拠に言うのか……。

 

「俺子供の時にお前の仕掛けた罠に故意にかけられて死にかけたんだけど」

 

 あれは調子に乗っていたアルが悪いのだ。凡才である俺に純粋で残酷な天狗になっていた天災少年のアルを止めるにはああするしかなかった。

 地力で完全に劣っていた俺にとって、大型の魔物用に作っておいた、丸太を吊るして破城槌みたくした『峰打ち』罠で天災少年アルをブッ飛ばすのが最善だった。アレの設置にとても苦労したが、当時の俺が当時のアルを止めるためには仕方なかった。思った以上にアルがバラバラに飛び散ったので集めるのに苦労したが。

 

「あれ、治癒魔法がなかったらそのまま死んでたぜ」

 

 それはない。何故ならアレは峰打ちだからだ。あの時は確かにまるでポップコーンのように肉片が至る所に飛び散っていたが、それでも峰打ちである以上死なない。

 

「そうだな。死なないんじゃなくて死ねないんだよな……」

 

 何やら遠い目をして虚空を見始めた。どうしたというのだろうか? 死ななきゃ安いだろうに。

 

「え……え……!?」

 

 どうやらお姫様は未だに混乱していて現状を把握できていないようだ。仕方ないので実際に彼女の意識を取り戻してみよう。

 持ち物から液体の回復薬を取り出してアンナ嬢の身体……主に頭部辺りに振りかける。さすがに瞬時に傷が塞がるようなことはないが、自己治癒力を促進して云々という効能がある事に加えて単純に液体を顔にかけられて失った意識を覚醒する一助にはなるだろう。

 

「あれ……クリス……?」

「アンナ!? 大丈夫!?」

「……ちょっと頭痛いけど、多分……」

 

 額から矢を生やした女性が普通に会話をしている。その光景が何とも現実味がなく少しシュールで笑えてくる。そうは思わないだろうか。

 

「平然とそう言うお前に、引くわ」

 

 えっ? 

 

「……変な、夢を見たわ……魔物に捕まって、クリスが、物語に出てくる勇者みたいな人と……私を助けに来て……その過程で頭に、矢が刺さって死んじゃう、夢……」

「え……えっと、その……」

 

 ふむ、お姫様が返答に困っている。だがどうやら命に別状がない事は理解してもらえたようで何よりだ。

 感動の再会の所、申し訳ないがそれは夢ではない。アンナ嬢にも状況の説明をしたいのだが。

 

「え? アンタたちは……?」

「か、彼らは私を助けてくれた旅のお方です。彼らは私たちを助けてくれたんです、アンナ」

「助け……って、あれ……? そっちの人、夢で出てきた……?」

 

 だから夢ではない。キミは魔物に攫われて、お姫様とアルがそこに助けに来て、首魁らしき男に人質にされかけて、俺の矢が頭に突き刺さった。紛れもない現実である。

 確認したければ目線の上の辺りに手をやるといい。矢に触れる事ができる。なにせ現在進行形で刺さっているから。

 

「……えっ?」

 

 アンナ嬢はまさに恐る恐るといった感じで震える手を自身の目の上、額の辺りに持っていき、そこから突き出ている矢に触れ、その出処を確認すると、顔色が一段と悪くなって声を上げた。

 

「────ああああああああッ!?!?」

 

 女性の叫び声が辺りを響かせる。森に住む魔物なり動物なりがこの声で寄ってくるのは避けたい。

 なのでひとまず落ち着いてほしい。何、死ぬことはない。何故ならそれは峰打ちだからだ。

 

「みねっ、峰打ちって!? フザケてるのアンタ!? 峰って矢のどこが峰なのよ!? というか突き刺さってたら峰あっても関係ないじゃない!!」

 

 そういう天恵なのだ。何、命に別状はないし、脳に痛覚はないから大丈夫だ、安心してほしい。

 

「そういう問題じゃないでしょうがッ!! ええ!? 何これ何これ!?」

 

 うーん、混乱しているようだ。どうも頭に突き刺さった矢というのが受け入れられないらしい。

 ならとりあえず頭の矢を抜いておこう。

 幸い鏃は頭を貫通して外に出ている。矢羽側を切り落としてから抜くとしよう。

 

「…………え?」

 

 大丈夫。さっきも言ったが脳に痛覚はない。ちょっと経験がないのでどんな感触かはさすがにわからないが、再度天恵を使用しながら抜くので死にはしない。

 王女様は矢を抜いた後に傷跡に治癒魔法をかけてほしい。さすがにこのまま治癒すると頭部と矢が一体化してしまう可能性がある。

 

「ちょ、ちょっと待って。普通こういうのって意識ない時にやるもんじゃないの……!?」

 

 本来はそうなのだが、お姫様が頭に矢が刺さっているのに本当に生きているのか不安がっていたのでやむなく先に起こした次第だ。あのままだと理不尽に怒られることになっただろうから仕方なかったのだ。

 

「それは当たり前の反応よね!?」

「というか私のせいにされてませんか!?」

 

 というか手順が逆になっただけで特に問題はない。一応暴れられないように手枷の鎖もまだ壊していないから大丈夫。

 

「手枷外してなかった理由ってそれ!?」

 

 大丈夫、先っちょ、先っちょだけだから。

 

「や、やめ────」

 

 

 ────この後、声にならない声が響いた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

「ひ、ひどい目にあった……」

「だ、大丈夫、アンナ……?」

 

 頭部に生えていた矢がなくなり手枷から解放されたアンナ嬢が荒げた息と共にそんな言葉を洩らした。

 何と。まさか俺たちが来る前に連中にヒドイ事をされていたとは……それには気付かなかった。女性に対する配慮が足りなかったようだ。

 

「違うわよ! 私が言ってるのはアンタの所業よ!」

 

 ……? 何を言っているのかよくわからない。俺はそんなヒドイ事をしたのだろうか? 

 

「ちなみに今回鏃は貫通してたけど貫通してなかったらどうするつもりだったんだ? その状態だと矢を抜こうにも鏃とか頭に残るだろ?」

 

 もちろん『峰打ち』を使って頭を開いて摘出するつもりだった。治癒魔法の使い手もいた事だし、峰打ちならば死なないから問題はない。

 

「  」

「  」

「うーん、この…………」

 

 おや? 何かおかしなことを言っただろうか? 至極当然のことを言っただけなのだが。

 

「…………ひどい目にあったのは確かだけど、アナタ方のおかげで助かったのも事実です。本当にありがとうございました」

「いいよ。君が無事で本当によかった」

 

 俺も構わない。俺個人だけならおそらく見捨てていただろうし。

 というか、ただでさえ鎖に繋がれて体力を消耗していた上に、峰打ちとはいえさっきまで頭に矢が刺さっていたのだ。もう少し休んだ方がいい。

 

「矢を打ち込んだアンタが言うの、それ……?」

 

 それは関係ないだろう。実際に傍から見ていて立っているのもきつそうに見える。

 

「何か調子狂うわね……」

 

 そう言いながらもやはり疲労が溜まっているのかふら付いているアンナ嬢を一先ずその場で座らせた所で、続いて黒幕の男にも話を聞く事にしよう。

 

「え? 黒幕ってあの男よね。胸に矢が刺さってたけど死んでないの?」

 

 死んでいない。あれも峰撃ちだから生きている。一体どういう目的があってお姫様を狙ったのか調べない事にはまた同じような事が起きる可能性もある。あとどうやって魔物を操っていたのかも気になるしな……っと? 

 

「どうした?」

 

 いつのまにか黒幕の男が目覚めていたようで、這って逃げようとしている。

 

「ちょっ!?」

 

 胸に刺さっていたからまだしばらく痛みとショックで目を覚まさないと思っていたのだが、もしや悲鳴のせいで目覚めてしまったのだろうか? 

 

「私のせいみたいに言うな!!」

「それより追わないと!」

 

 その通りだ。このまま逃がすわけにもいくまい。

 とりあえず弓を引き搾り、男の往く手を塞ぐように矢を放った。

 

「────ひぃっ!?」

 

 飛んでいった矢がちょうど這っていた男の目の前に刺さり、驚きのあまり男の身体は飛び跳ねるように起き上がりそのままの勢いで尻餅をついた。その際に男の頭部を隠していたフードがはらりと外れ、その顔が曝け出された。

 その顔を見て、お姫様が驚愕の声を上げた。

 

 

「────クチーダ卿!?」

 

 

「クチーダ……? その名前、どっかで聞いたような……?」

 

 何度か話に出てきていたここの領主の名前だ。それくらい覚えておけ。

 しかし……経緯はわからないが、どうやらその領主様が今回の一件の黒幕のようだ。

 

「くそっ……どうしてこうも上手くいかない……! 途中までは完璧だったのに……! アイツラがちゃんと姫を連れてきていれば……!!」

「クチーダ卿、どうして……!?」

 

 風評を聞く限り、保身に長け、臭い物に蓋をする、事なかれ主義の領主が、誘拐目的なのかはわからないが王女を害そうとするなどという大それたことを計画するとは予想外だった。てっきり敵前逃亡して彷徨っているものとばかり思っていた。

 しかしまあ動機はどうあれ、主君の血筋を害する行為が露見した以上これで領主はほぼ確実に打ち首。その財も地位も命さえも全て奪われる事になるだろう。まあ自業自得だ。こうなる可能性も考えなかったわけじゃないだろう。

 とりあえず大人しく捕まるか、峰打ちで身動き取れない状態になるか選ばせてやろう。どっちがいい? 

 

「峰打ちで動けない状態にするって……うわぁ」

「考えたくねぇな……」

「あ、あの……あまり残虐な事は……」

 

 ……何故味方側である三人がそんなに引いているのか、これがわからない。

 

「い、いやだ……捕まりたくない……捕まって死ぬくらいなら……!!」

 

 精神的に追い詰められたのか顔を青くして震えていたクチーダだったが、起死回生の方策でも思いついたのか、何かを懐から取り出した。

 

 それは、禍々しい色をした宝石がついたペンダントだった。

 

「そうだ……! 貴様らがここで全員死んでしまえば問題ないのだ!!」

 

 ペンダントの石が光ったかと思えば、どこからか毒々しい瘴気が湧き立ちこの場を占めていく。

 

「これは、【穢れの瘴気】!? 一体どこから!?」

「皆さん、私の側に! ──光よ、穢れを祓い給え──」

 

 幸い、お姫様が展開した【浄化】の結界によって俺たちの周りの瘴気は消えていくが、浄化してもしても瘴気は一向に減る気配を見せない。むしろどんどん増加していく一方だ。

 同じ空間にいるあの領主もただでは済まないはずなのだが……

 

「おい、何でこの煙、アイツの方に向かわないんだよ!?」

 

 領主の周囲に瘴気が発生する様子はない。それどころか発生した瘴気が風も吹いていないにも関わらずこちらを取り囲むように渦を巻いて集まってきている。

 

「ふはははははっ! さすがは『浄化の姫巫女』と称される事だけある! 素晴らしい力ですな! だがいつまで持つかなぁ!!」

 

 あのペンダントによってクチーダが瘴気を操っているように見える。さっきまでガクブルしていたのが嘘みたいに勝ち誇ってる辺り間違いないのだろう。

 であればもう一度矢をその身体に撃ち込んでやろう。どうやら峰打ちで徹底的に動けなくなった状態で捕まるのがご希望なようだしな。

 という事で弓で矢を撃ち出したのだが……

 

 

 

 ピキッ、という小さな音が不思議と空間に響いた。

 

 

 

「…………は?」

 

 音の発生源は、領主が掲げていたペンダントからだった。

 俺が放った矢がヤツの身体ではなくペンダントに当たったのだが、その結果、矢は弾かれたもののペンダントの宝石に亀裂が走っていた。

 その軽快な音とともにペンダントから光が消え、俺たちの周囲を渦巻いていた瘴気はまるで清浄な結界を嫌うように離れていき、まるで引き寄せられるようにクチーダの方へと殺到した。

 

「ひっ、やめっ、助けァアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 それを防ぐ手段を持ち合わせていなかったのか、クチーダの身体は大量の【穢れの瘴気】に呑まれ、ヤツの絶叫と身体が無理やり組み変えられるかのような異音がその場に響き渡る。

 

 そしてヤツを包んでいた瘴気が薄れていくと共に、その変わり果てた全貌が明らかとなった。

 

 肌が毒々しい紫に変色し、体の部位自体はまだ判別がつくものの、まるで内側から肉が膨張したようにも見える。その肉体は先程までと比べても倍以上に膨れ上がっておりその膨張は今も進んでいるように見えた。

 顔があったはずの頭部も肉で膨れ上がり、内側から肉に押し出されて今にも飛び出さんとしている眼球と声にならない騒音を洩らし続けている口がなければ、そこがもともと人の顔であったという事すらも判別がつかなかっただろう。

 

 まだ人の姿であったゾンビ兵士とは違い、今のクチーダには先程までの面影……いや人としての残滓すらも歪められ残されていなかった。

 

「なんだよ、これ……!?」

 

 これが【穢れの瘴気】によって引き起こされる生物としての変質だ。とはいえさすがにこれは行き過ぎだと思うが…………というか質量保存の法則はどこにいった……いや、今さらの話だった。

 これを相手にするのは、正直勘弁してほしいのだが……さて、どうしたものか。

 

「だったら……クリス! 奴に【浄化】の天恵をかけてやれ!!」

「はい!」

 

 あっ、その手があったか。

【穢れの瘴気】でこうなったのなら、それを浄化して失くしてしまえば元に戻るだろう。いや元に戻っても既に死体になっているかもしれないが、今は置いておこう。

 少々ズルイ気はするが、これも戦法の一つだ。勝ったなガハハ、風呂にでも入るか。

 

 お姫様が【浄化】を発動させ、さきほどまで俺たちを覆っていた結界をヤツに展開したのだが……。

 

「■■■■■■■■■■■■■!」

 

「そんな!? 浄化できない!?」

 

 浄化に包まれたヤツの叫び声とともに一瞬、肌の毒々しい色が少し薄くなったように見えたが、それがすぐさままた染まり直したように見えた。叫び声を上げた辺り、全く効いていないわけではなさそうだが……つまり浄化するための出力が足りていないのか……? 

 ともあれ裏技で倒す事が出来ない以上、正攻法で倒すしか方法がないわけだ。……正直逃げた方がいい気はするのだが……。

 

「こんなの放っておけないだろ! もし街にでも来たら大惨事だぞ!!」

 

 アルならそう言うと思った。

 それに体力的に消耗しきっているアンナ嬢を連れて逃げ切れるかという問題もある。

 であれば、お姫様には【浄化】や補助魔法でサポートしながらアンナ嬢と一緒にいてもらって、俺たちでヤツを引き付けて倒すしかない。

 

 ヤツの肥大化した身体から放たれる攻撃は当たれば一撃で圧し潰されそうだが、その動きは緩慢で動きの予測も容易い。相手の攻撃を躱しつつ、引き抜いた鉈で斬りつける。

 

「■■■■■■■■■■■■■!?」

 

 紫色の肌を切り裂き、内側から毒々しい血液が噴き出し、その内側から肉が盛り上がってきて傷が塞がった…………は? 

 

「うおっ!? 斬ってもすぐに治りやがる!?」

 

 その奇怪な現象は、アルの方でも同じだったらしい。

 何というか、治った、というよりは内側から肉が盛り上がって塞いだという方が適切な気がする。傷は塞がっているので結果として変わらないが。

 

「だったらこれならどうだ……! ──雷よ、ヤツを貫け──!!」

「■■■■■■■■■■■■■!?」

 

 剣が効果的でないならと、アルから放たれた雷撃が敵に直撃する。肉が焼ける音と異臭が漂うが、しかしヤツの動きは止まらない。

 

「効いてない!?」

 

 いや、効いている。効いてはいるが、それ以上に回復、というより増殖(?)能力の方が高いのだ。

 

「結局意味がないことには変わらないだろ!」

 

 いや、攻撃を無効にしているのならともかく、増殖量がダメージ量を超えているだけなら、増殖量を上回るダメージを与えてしまえばいいのだ。

 つまり、アレを倒すために必要なのは増殖する間もなくすべての細胞を一撃で壊し尽くす程の大火力である。

 

 当然俺にはそんなもの出せないし、お姫様にも無理だろう。であればアルの【雷光】の最大火力をぶち込むくらいしか可能性はない。

 

「わかった……けど、威力最大で撃とうと思ったらそれだけに集中しないと無理だぞ。この状況でできないだろ……!」

 

 今も俺とアルの二人で接近戦を仕掛けているからこそヤツの攻勢を抑え込めている状況だ。今のこのやりとりも攻撃を捌きながら交わしている。

 二人掛かりで何とか拮抗している状態だが、アルが抜けるとなると俺一人でヤツを抑える必要がある。

 

「さすがにそれは無茶が過ぎるだろ……! できるのか……!?」

 

 さて。だがまあ、それしか方法を思い浮かばないならやるしかないだろう。できるだけ早く最大火力で打ち込んでくれ。それまでは何とかやってやるさ。

 

「……わかった。ちょっとの間だけ頼む」

 

 そう言って後方に下がってアルが意識を集中させるとともに俺は一人で前に出る。

 

 傷が塞がるとはいえどうやら痛覚はあるように見える。なので注意をこちらに向けるためにひたすらに鉈で斬りつけていく。

 相手の大振りの攻撃を躱したついでに切り付け、接近して切り付け、距離を取って相手の動きを見て……というのを繰り返していく。

 一発でもまともに食らえば挽き肉になりかねない攻撃だが、動きが鈍重なためか今のところは何とか躱しきれている。とはいえ何か一つミスをすれば崩れてしまいそうなバランスの下でだが……と、そんな事を考えた矢先の事だった。

 

 鉈が、肉に食い込み抜けなくなった。

 

 引き抜こうとするが、その前に傷口を塞ぐように新たな肉が盛り上がり、鉈が肉の中に埋まっていく。

 

「■■■■■■■■■■■■■!」

 

 それに気付いてか気付かずにか、足を止めた俺目掛けて凄まじい質量だろう腕が降ってきた。

 

 さすがに命には代えられないため、すぐさま鉈から手を放してその場から離れる。手放した鉈はそのまま取っ手ごと肉の中に取り込まれてしまった。

 あの鉈、気に入ってたんだが……仕方ない。それよりも今は得物をどうするかの方が重要だ。

 さすがに素手で戦うのは無理だし、弓矢も敵を引き付けるという目的には適さないだろう。というより近距離で相手の攻撃を躱しながら矢を番えて弦を引いて狙いを定めて放つ、という一連の行為をできる自信がない。

 仕方ない。あまり得意じゃないんだが……

 

「■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 攻撃を飛び避けるとともに、床に散乱していた元兵士の剣を拝借して切り付けた。

 

「■■■■■■■■■■■■■!?」

 

 うん、切れ味は悪くはない。

 とはいえ使い慣れない、しかも得手としてない得物である以上さっきみたいに切り裂くのは難しい。

 使い慣れている鉈でさえ肉の壁に捕らえられてしまったのだ。剣でも結局同じようになるだろう。

 

 なので、そうする前提で使うことにした。

 

 剣で突き刺し、切り込み、そのまま肉の中に置き去りにして新しい剣を拾い上げる。幸いというべきか、代わりの剣はそこら中に転がっている。

 しかしサイズ感は全く違うが剣を突き刺していくこの感覚は、何というか海賊危機一発を思い出す────

 

「────危ない!」

 

 お姫様の声で自らに振るわれる肉塊の存在に気付いた。

 回避────は、間に合わない。咄嗟に傍に落ちていた物を掴み上げ、迫る肉塊と自身の間に滑り込ませた。

 

 瞬間、全身を凄まじい衝撃が襲い掛かり、吹き飛ばされた。

 

 回る視界とともに地面をバウンドしていき…………勢いを殺して何とか体勢を整えた。

 盾にしたのが硬いヤドカリの死骸だったおかげか、命拾いした。側にあったのがゾンビ兵だったら、今頃ゾンビ兵の残骸との区別がつかなくなっていただろう。

 まあヤドカリを掴んでいた左腕から痛み以外の感覚が消えたが、足は動くし右手も無事だし意識もはっきりしている。問題ないな。

 まだまだ、戦闘継続可能だ。剣を拾い上げ、再びヤツへと駆け寄っていき────

 

 

「────三秒!」

 

 

 ────その声が聞こえたとともに手に持った剣を投げつけて後退する。

 投擲した剣が突き刺さり、叫び声と血と肉をまき散らしながらヤツはこちらへと向かってくる。

 

 だがもう遅い。三秒経った。

 

 

 

 

「────雷光の剣よ、敵を撃ち滅ぼせ────!!」

 

 

 

 

 宣告違わず、雷光の柱がヤツを呑み込んだ。

 

 

 目も開けていられないような閃光と、ヤツの断末魔すらも掻き消すような轟音がこの場を支配する。

 それらが納まった頃にその場に残っていたのは、焼け焦げたクレーターのような跡と、ヤツの肉片だっただろう小さな消し炭だけだった。

 

 あー、終わった……何とかなったか……。

 死と隣り合わせだった緊張感からようやく解放され、思わず地面にへたり込んだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 大丈夫だ。左腕の感覚が痛みしかないくらいだから問題ない。なぁに、死ななきゃ安い。

 

「それは大丈夫とも安いとも言いません! すぐに治癒魔法をかけますから、じっとしててくださいね!」

 

 お姫様が俺の左腕に治癒魔法をかけるためにこちらに駆け寄ってきてくれるのを横目に、先の一撃の跡地を目にやる。

 アルはこれだけの一撃を放ったわけだが、反動とかはないのだろうか? 

 

「ああ、問題ない。強いて言えば【雷光】の出力に耐えきれなかったのか剣も消し飛んだくらいだ」

 

 鉄製の剣が消し飛ぶって相当だと思うんだが……まあそれだけで済んだのならよかった。

 そういえばヤツに突き刺していた剣の類も跡形もなく蒸発してしまっている。当然俺の愛剣ならぬ愛鉈もだ。肉塊に呑み込まれた時点で諦めてはいたが、実際に跡形もなくなると虚しい気分になる。

 あれだけの巨体があんな消し炭しか残らないほどの威力を人一人が出せるとか、冷静に考えると恐ろしい話だな……と改めてその残骸に目を向ける。

 

 

 

 

 

 ────その消し炭の内側から、新たな肉塊が溢れ出てきていた。

 

 

「なっ!? コイツ、まだ……!?」

 

 ────撤退だ! 考える間もなく俺はそう叫んでいた。

 

 復活した肉塊はさっきまでとは比べ物にならないほどにその膨張速度が速まっていた。瞬く間にさっきと同じくらいの大きさにまで迫り、さらにそれを越えて膨れ上がろうとしている。

 今すぐさっきのアルの一撃を超える大火力を今すぐにぶち込まないとどうしようもなくなるのは想像に難くなかった。

 そしてそれは現状の手札では不可能な事だった。もはやこの場から逃げ出すしか俺たちに取れる手はない。

 

 ……とはいえ、疲弊しきっているアンナ嬢を連れてこの肉の波から逃げ切れるかどうか……! 

 

「だけど……!」

 

 正義感の強いアルならこの選択に難色を示すのはわかっていたが、今は問答している時間すら惜しい。

 

 

 

 

 

 

「────さっき以上の大火力があればいいのね?」

 

 

 

 

 

 そんな中でそう口にしたのは、アンナ嬢であった。

 

 

 一体何を……そう思い彼女の方に目を向けると、小さな杖を両手で握り、額に汗を浮かべ、幾重もの魔方陣を周囲に複数浮かべているアンナ嬢の姿がそこにあった。

 

「────開かれたるは地獄の門────召き喚びたるは地獄の業火────かの罪人の魂を薪とし────その罪架すらも灼き尽くせ────」

 

 彼女が詠唱を口にする毎に複雑な紋様の魔方陣が膨張し続ける肉塊の周辺に浮かび上がり、そして────

 

「──── イ ン フ ェ ル ノ ────」

 

 

 その宣告と共に、黒き地獄の業火が顕現し、ヤツの身体を呑み込んだ。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■!?」

 

 黒い業火はその圧倒的な熱量によってヤツの肉体の爆発的な膨張スピードすらも超えて灼き尽くしていく。

 しかしその熱がこちらに届く事はなくそれほどまでにあの業火が精緻に制御されていることが窺えた。

 そうして黒炎に呑まれた肉塊は、先程までの膨張速度が嘘だったかのようにその体積をみるみる内に減らしていき、先程と同程度のサイズを通り越し、わずかな消し炭すら残すことなく燃やし尽くされ、役目を終えた黒炎はそれと同時に鎮火した。

 

 

 今度こそ、領主クチーダだったモノはこの世から完全に消え去ったのだった。

 

 

 復活した肉塊とそれを瞬く間に焼き尽くす圧倒的な黒炎を目の当たりにした俺たちは、火の粉一つなくなった頃にようやく、大きく息を吐く事ができた。

 

「何だ、今の炎……【天恵(ギフト)】……!?」

 

 違う。今のは、魔法だ。

 天恵という生れついての才能ではなく、人が歴史とともに研鑽し積み重ねてきた技術の粋。

 その極みとも言える一つが、あの炎の正体である。

 

 

 つまりアンナ嬢は、凄まじい腕前を持つ魔法使いだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

 蠢く肉塊と化した領主が灰塵すら残さずに消滅した事によって、今度こそ危機は去った。

 

「スッゲェ……! あんなにスゲェ魔法使えるなら言ってくれたらよかったのに」

 

 というかあれほどの腕前ならどうして捕まったのだろうか? ヤドカリもまとめて消し去れたのでは? 

 

「……………………」

 

 賞賛と疑問を向けられている当の本人はというと、杖を突きだした状態でうつ伏せに突っ伏していた。

 ……返事がない。ただのしかばねのようだ? 

 

「勝手に殺してやるなよ」

「アンナ!?」

 

 思わずお姫様がアンナ嬢の下へと駆け寄っていく…………俺の左手の治癒を途中で放っぽって。

 半端に治っているのか腕の感覚は戻っているのだが、下手に動かせるせいかそれが逆に絶妙に痛みをひどくしている気がするのだが……もしかして嫌がらせかな? 

 

「……だぃ……じょ……ぶ…………」

「……ふぅ…………意識は朦朧としていますが、命に別状はなさそうです。おそらく先程の魔法で力を使い果たしたのでしょう。よかった……」

「大丈夫なのか? それ本当に大丈夫なのか?」

 それはよかった。命に別状がなく治療の必要もないのなら何よりだ。まずはゆっくり休ませてあげよう。

 なので俺の方も完全に治してもらえると助かるんだが……。

 

「え……あっ!? ご、ごめんなさい! ちょっと待ってくださいね!」

 

 お姫様は自身の羽織っていたローブを地面に敷き、アンナ嬢をその上で寝かせる。

 ……まあ意識が定かでない相手をぞんざいに扱うわけにもいかないので仕方ないのだが、もう少し早くできないだろうか? 左腕がものすごく痛いんだが……。

 

「うん……?」

 

 俺が痛みに苛まれていると急にアルが森の方へ視線を向けた。別に物音がなったり気配を感じたりはしなかったと思うのだが……。

 

「どうかされましたか?」

「いや……向こうの方から視線というか、よくわからないけど何かを感じたというか……?」

「え、何かいるのですか……!?」

 

 アルに言われて意識を集中させるが、やはり特に魔物などの気配らしきものは感じない。一応『望遠』で見てもみたが何かがいる様子もないが……。

 

「いや、お前が感じてないんなら俺の気のせいだろ。悪い」

「いえいえ、先程まで戦闘していたわけですし多少気配に過敏になるのも仕方ないと思います」

 

 その通りだ。むしろ俺の感覚に全幅の信頼を置かれるのも困るのだから、違和感があれば言って欲しい。

 

「おう、わかった……あれ?」

「どうかされましたか?」

「いや、さっきヤツがいた辺りで何か光ったような……?」

 

 言った側からこれである。狩人あるいは斥候役としての自信がなくなる。

 しかし考えたくもないが、まさかの三度目の肉塊復活の可能性もあるから警戒した方がいい。

 

「いや、さっきの爆心地から少し離れてる。これって……」

 

 そう言って無警戒にその場所に近付いたアルが拾い上げたのは、先程クチーダが掲げていたペンダントであった。

 禍々しい色をしていた宝石部分は色が抜けていて表面に走ったヒビが目立っていた。

 しかしよく無事だったものだ。てっきり肉塊に取り込まれてアルの【雷光】やアンナ嬢の業火で消滅したと思っていたのだが……

 

「瘴気に呑まれた時に取り落としたのかもな」

「宝石の色が抜けているのはどうしてなのでしょう……?」

 

 解らない事だらけだが、さっきの状況から考えるとこのペンダントには【穢れの瘴気】を操る能力が備わっているかもしれない。とりあえず持ち帰って調べてもらった方がいいだろう。

 それで……あの……俺の左腕はいつになったら治してもらえるんでしょうか……? 

 

「え……あっ!? ご、ごめんなさい!!」

 

 ……こうして俺の左腕は完全治癒を果たした。

 

 

 ◆

 

 

 焚き火の番をしながらその側で眠るアンナ嬢の様子を見守っていると、意識が覚醒してきたのか彼女の身体がわずかに身じろいだ。

 

「……んん…………ここは……」

 

 どうやらお目覚めのようだ。こちらを見た目の感じからして意識もしっかりとしているようだ。

 ……何故俺の顔を見て自分の額に手をやったのだろうか? もしやまだ体調が優れないならもう少し眠っているといい。

 

「いや、もう大丈夫……それより私、どれくらい寝てたの……?」

 

 君が肉塊を燃やし尽くしてからだいたい一、二時間くらいだろうか。そんなに時間は経っていない。

 

 あの後だが、アンナ嬢が眠ってしまった事を抜いても、俺たち全員が疲労困憊ですぐに街に向けて出発というわけにもいかなかった。

 なので今日はここで一夜を明かす事にしたのだ。もちろん遺跡の周囲は軽くではあるが探索して安全の確認はできているので安心してほしい。

 

「それでクリス……姫様はどこに?」

 

 お姫様ならアルと一緒に浄化した元兵士や魔物の埋葬をしている。アレらの処理には【浄化】が必要なのでお姫様にお願いしている。アルは護衛兼力仕事担当だ。

 あと無理に敬称を付ける必要はない。君たち二人が気の置けない仲である事は十分にわかっているし、何だったら会ってから一日も経っていないアルは既に愛称呼びをしている。何だったらタメ口も利いているぞ。

 

「そう、無事なら良かっ…………え、タメ口なの? おかしくない? 知り合って間もない王族相手に平民が敬称抜きでタメ口って……?」

 

 アンナ嬢が混乱している。やはりあの凄まじいまでの魔法は相当な負担が掛かるのだろうか。

 

「今混乱してるのは別の理由よ……! 負担がヤバかったのは確かだけど……」

 

 しかしあの炎の魔法は凄まじかった。これでも事情通だと思っていたのだが、あんな魔法見た事も聞いた事もない。

 

「でしょうね。獄炎魔法って言うんだけど……まあ、禁呪の一つだし」

 

 獄炎魔法! それなら聞いた事がある。燃え盛る地獄の業火を召喚するという火炎魔法における極みの一つだという話だったが、まさかアレがそうだったとは……! しかし俺の知っている獄炎魔法と違うように思えるのだが……? 

 

「えっ、何で聞いた事あるの? 限られた人にしか口伝されていないはずなんだけど……禁呪の意味わかってる?」

 

 本来は万全の体力・精神を整えた状態で、複数の魔法使いの補助を得ながら愛用の杖を用いて術式を安定させてようやく行使できるかできないかという難易度の、本来の対象は軍勢や砦などの戦略兵器的役割である獄炎魔法。

 それほどまでに難度の高いソレを、今回はただでさえ体力的にも精神的にも消耗していた状態で、周囲に被害を出さないように完璧に制御した上で、予備の杖(破損済)で、たった一人で行使した……つまりはかなりの無理をしたという事で、息も絶え絶え、意識も朦朧な状態になってしまったらしい。

 

 ……控えめに言っておかしい。

 複数人で体調・装備など万全の準備を整えた上でようやく使用できるかどうかという魔法を、たった一人で体調も装備も準備も何もかもに不備がある状態で使用できている辺り有り得ないレベルの天才だと思う。

 

 ……ちなみに何の制御もせずにさっきの魔法をただぶっ放していた場合、どうなってたんだろうか? 

 

「そうね。今回はあの肉塊を何とかするためにちょっと術式を弄って使ったんだけど、大元のを無制御にぶっ放したら、とりあえずこの一帯全て焼野原になるのは間違いないわね。生物も植物も全部燃やし尽くすから不毛の大地にもなるし、通常手段じゃ消えないから生物が足を踏み入れられなくなるわね。あ、気候も変わると思うわ」

 

 被害があの肉塊放置よりもヒドイ事になってた予想なんだけど、どうして……? 

 どれだけ危険な魔法を使ってるんですかねぇ……というかさらっと禁呪の術式を弄ったって言ってるけどそんなさらっとできる事じゃないのでは? 禁呪の意味わかってる? 

 

「もう使わないわよ……多分極限状態だったからこそできた奇跡だったって自覚してるから……」

 

 まああの魔法で助けられた身からすると何も言う事が出来ないのだが、まあ無理はし過ぎないように。でないとお姫様がまた心配するだろうし。

 

「わかってるって……ところで、アンタ何してるの……?」

 

 何って……わからないのか? 

 焚き火の上に鍋を設置し、火にかけながら中身をかき混ぜる。これが料理している以外の何に見えるのか。

 

「ちょっとイメージが合わなくって……どっちかというと毒とかの調合って言われた方が納得できる」

 

 失礼な。言っておくが旅の道中での料理担当は俺だぞ。

 一応アルの名誉のために言っておくが、アイツは料理ができないわけじゃない。最初は交代制だったが、アルに任せたら食糧の管理がヒドイ事になって後々大変な目にあってから俺が担当する事になったのだ。主に栄養とか食料とかの管理という点で。

 俺もちゃんと出来ているとは言いにくいがアルのあれは酷かった。塩分過多で早死にしかねなかったし、限りのある食料も遠慮なく使うから旅の途中で飢え死にしかねなかった。この俺が『何とかしなければ……!』という使命感に駆られたほどだ。なおよく駆られる。

 

「アンタは親か」

 

 アイツの親……。義理の父親にはなりたかったのかもしれないが実際は違う…………いや、まて。例えばアイツの義理の母親と結婚したとして、それは果たして義理の父親になるのだろうか? 義理の母親と本当の父親との縁が切れている時点で、たとえ義理の母親と結婚したとしても俺とアイツは親子関係にはならない……? これは実際の所どうなるんだ? いや、そもそも俺はアイツの親になりたいわけではなく、出来る事ならアイツの義母になる前に何とかしたかったのだ。うっ……胸に穴が開いたような感覚が……! 

 

「ちょっと何言ってるかわからないわ……」

 

 …………話題を変えよう。お姫様があの領主に狙われた理由、心当たりはあるのか? 

 

「話変わりすぎじゃない?」

 

 気にするな。俺は気にしない。

 それで、お姫様自身はわからないと言っていたが、もしかすると本人の知らない所で何か理由があるのかもしれない。お姫様に近いアンナ嬢であれば思い浮かぶ事もあるのではないだろうか? 

 

「……正直、本当にわからないわ。クリスの立場があやふやっていうのは確かだけど、それでクリスを害する理由にするとは思えないもの」

 

 一国の王族という血筋でありながら、【浄化】の天恵持ちで教会の巫女候補としての立場を有するクリスティーナ王女。

 いざという時に国と教会のどちらに付くのかと教会嫌いの貴族から疑念を持たれている、みたいな話も聞いた事があるが、実際どうなのだろう? 

 

「確かに教会勢力を嫌っている貴族も中にはいるけど、クリスには教会と国の仲を取り持つ役割もあるからどっちに付くっていうのは的外れでしかないのよね。王族が輿入れして他国の人間になる事だっておかしな事じゃないんだし、教会嫌いの貴族たちだってそこの所は理解してるはずよ。そもそもクチーダ卿は親教会寄りの立場だったはずだから、それが理由って事はないわね」

 

 なるほど。国と教会、二つを繋ぐ架け橋の象徴でもあるお姫様を害する理由にはならないわけだ。あるいはその二つの仲を裂くことが目的だと考えても、むしろそれが切っ掛けで両者の団結を促しかねない。

 そもそもとして現人類の宗教において最大勢力であり国教でもある教会と縁切りする事など、国益や統治を考えるとどうしたって出来ないのが現状である。

 であれば、少なくとも政治的意図が絡んだ犯行ではないのは確かなのだろう。

 

 となると、恋愛的な動機が絡んでいるのだろうか? 確かクチーダは独身だが愛人は多くいたらしいし、色好む性格ではあったと聞く。そういった性的な観点でお姫様を求めたという事はないだろうか? 

 

「確かにそうらしいけど……それだと誘拐って手段は取らないんじゃない? もしも明るみに出たら普通に国家への反逆だってみなされるだろうし、保身に長けてるはずのクチーダ卿が取るとは思えないわ」

 

 確かに、石橋を叩いて渡るタイプだったクチーダが取る手段としては少々杜撰すぎる。

 関係がバレるとまずい愛人を手放す際に、口封じのために多額の金を握らせたり、秘密裏に処分したり、関係解消後のケアまでしていたにもかかわらず、その噂すら流させなかったほどの周到さを備えていたヤツが、こんな誘拐などという短絡的な手段をとるとは思えない。

 

「……何でその辺りの事まで把握してるの? アンタ本当に平民……? どこぞのスパイとかじゃ……?」

 

 …………そんなわけないでゴザル。拙者、ただの平民でゴザルよ。ニンニン。

 

「急に胡散臭い口調になるな!」

 

 とまあ冗談は置いといて、それを言うならアンナ嬢もお姫様との距離が驚くほどに近い様子だが、どういった関係なのだろうか? まさかアンナ嬢もやんごとなき血筋……!? 

 

「違うわよ。一応貴族の末席にいるけどそれだけだし。私の母が貴族の生まれで王家での使用人として奉公に出てて、その流れでクリスの乳母をやってたってだけ。その繋がりで私はクリスの同世代の付き人みたいな感じで過ごしてきたの」

 

 なるほど。母親がお姫様の乳母でそこから仲良くなったのか。所謂乳兄弟というヤツだな。

 

「クリスとは姉妹みたいなものよ」と言うアンナ嬢の口振りからするとアンナ嬢が姉ポジションのように聞こえるが、見た目だけなら妹のように見られる気がする。お姫様と比べると身長も低めであるし、スタイルもアンナ嬢はこう……何というか……聖なる数字がちらつくというか……

 

「……何考えてるかは知らないけど、急に魔法の実演したくなってきたわね……」

 

 くっ……アンナ嬢の攻撃的な視線がこちらに突き刺さってくる。このままだと実演の魔法も突き刺さってきそうなので話を変えよう。

 

 魔法といえば、あの魔法などは王宮で学んだという事だろうか? そうなると王宮は第三王女と同年代の一付き人にやべー魔法を教え込んでいることになるのだが……。

 

「……違うわ。魔法は父の関係ね。父さんは魔法の研究者で宮廷魔術師を務めてた時期もあるんだけど、クリスが教会に行ってから私は父さんの下で魔法を学んだの」

 

 なるほど。宮廷魔術師と城の侍女がくっ付いてアンナ嬢が生まれたわけだ。

 幼少時は侍女であった母親の影響でお姫様の遊び相手兼付き人として過ごし、お姫様が【浄化】の天恵を見出されて教会での活動が増えてきたころから宮廷魔術師の父親の下でその腕を研鑽したということだな。

 

「私にはクリスと違って【天恵】とかなかったから誇れるものが………………」

 

 うん? 急に黙ってどうしたのか? 

 

「…………私の周辺情報、今まさに抜かれまくってるけど、アンタ本当にスパイじゃないわよね……?」

 

 ……………………チガウヨー。ワタシ、スパイチガウヨー。スパイ、ウソツカナイ。

 

「何その間!? って今スパイって言ったぁ!?」

 

 

 

 とりあえずアンナ嬢との距離は縮まったと思う……多分。

 

 

 ◆

 

 

【浄化】した死体の埋葬を終えた二人が戻ってきたので食事にする事にした。

 

 今日の献立は、手持ちの食材を色々と煮込んだスープと固いパンだ。

 正直手持ちの水だけだとスープにするには足りず固いパンに食材を挟み込んだものくらいしか用意できそうになかったので、近くに川があって助かった。

 

 とりあえず旅仕様の男飯なので口に合うかはわからないが、俺が味見した限りでは美味かったので安心して食べてくれ。

 

「ありがとうございます」

「……変な物入ってないわよね?」

「アンナったら、何を疑っているんです?」

「さすがのコイツも自分も食べる物に変なことはしないって」

 

 何故かアンナ嬢から俺への信用度が低いんだが。どうして……? 

 

 ともあれ、俺たちはそれぞれ食事の祈りを済ませてからスープを口にした。

 

「あ、このスープ美味しい」

「……本当に美味しいわね」

「中に入ってる肉もうまいな。でも何の肉だ?」

「普通のお肉……にしては歯ごたえが違うような……? ちょっと繊維っぽい気も……?」

「でも干物っぽさはないですよね? どっちかというと魚介系ですかね……?」

 

 スープが好評なようでうれしい限りだ。あとその肉は多分蟹だと思う。たまたま手に入ったので試してみた。

 

「蟹? こんな海もない所に蟹なんているんですか?」

「いないわけじゃないだろうけど、いても川とかで見るようなちっこいヤツくらいじゃない……?」

「……………………まさか」

 

 どうやらアルが察してしまったようなので勿体ぶらずにはっきりと言ってしまうが、これは先程【浄化】してもらったあのヤドカリの肉だ。

 

「…………えっ?」

「ちょっ!?」

「おまっ!? 何食わせてんの!?」

 

 毒はないはずだ。何せお姫様にちゃんと【浄化】してもらっている。念のため毒味もした。むしろ美味かった。そうだろう? 

 

「クリス何で協力してんのよ!?」

「ち、違いますよ!? 確かに【浄化】しましたけど、それはこの辺りを汚染せずに埋葬するためにしただけであって……!」

「一応、言い分を聞こうか」

 

 手持ちの食糧にも限りがある。今回は遺跡での予定滞在期間が短かったのもあって、あまり持ってきてなかった。ある程度は現地調達する予定だったのだ。さらに人数も予定外に増えた。

 であれば食べられそうなものを食べるのは当然のことだ。

 

「で、本音は?」

 

 味がものすごく気になった。あと狩りに行く気力がなかった。

 

「おい! 後者はともかく前者!」

 

 それに種別はヤドカリの仲間かもしれないが、どうみても蟹だった。なら味も蟹だろう。あるいはエビ。

 

「見た目蟹じゃないだろ。何だよ人型の蟹って」

 

 実際、殻からもいい出汁が出ている。ちゃんと毒を【浄化】さえできれば超優秀な食材だぞ。

 

「ハードル高いなぁ」

「というか殻もいれてるの……!?」

「確かに美味しかったですが……」

 

 ちなみにここに今から焼こうと思っていた蟹の身があるのだが……いらないのなら俺だけで食ってしまうが…………どうする? 

 

『……………………』

 

 

 

 

 

 

 ────その後、焼きガニも美味しくいただいた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

「で、こっからどうする? クェスの街に戻るか?」

 

 食事を終えた後、そう切り出したのはアルだった。

 

 それがいいだろう。たださすがに今から出発するのはやめておこう。

 少し前まで倒れていたアンナ嬢の事はもちろんだが、俺たちも少なからず疲弊している。そんな状態で夜の移動はできれば避けたい。

 お姫様の無事と領主の乱心を伝えるのは早い方がいいだろうが、無理して街に辿り着けませんでしたでは意味がない。

 ……お姫様たちもクェスの街に戻るって事でよかっただろうか? 

 

「はい、そのつもりです。クェスはこの遺跡に一番近い街ですから」

「まあ行きは馬に乗ってきたんだけど……」

 

 馬は蟹の餌食になったのか……いや蟹の速度を考えれば逃げた可能性の方が高いか。まあどちらにせよ馬は戻ってこない事に変わりはないが。

 とりあえず夜が明けたら出発するという事でいいだろうか。

 

「ああ、二人もいいよな?」

「私は構いません」

「別にいいんだけど…………当たり前のように四人で街に戻る話になってるけど、アンタたちはいいの?」

「……? いいって、何が?」

「何がって……」

 

 アンナ嬢が、コイツ本気で言ってるの? と目で訴えかけてくるが、俺が言える事は二つである。

 アルは俺ほど上流階級の事情に通じていないから何の事を言っているのか本当にわかっていない。そして何だったらお姫様も首を傾げている。

 

「クリスはわかってなさい!」

「ふぇっ!?」

「で、アンナさんは何の話をしてるんだ?」

 

 アンナ嬢は俺たちに『厄介事に巻き込まれている彼女たちと一緒に行動しても問題ないのか』と言っている。

 今回の事件……敢えて『事件』と表するが、目的はわからないが領主であるクチーダが王女を害そうとした以上、貴族の一部が王家に反旗を翻したと認定される可能性は十二分にある。

 最低でもクチーダの一族には何らかの処分が下されるだろうし、芋蔓式にクチーダと繋がりのあった貴族たちも処罰されるかもしれない。領地が丸々一つ空くわけだからそれを巡って争いになる可能性もあるし、これ幸いと別件に飛び火していく事になるかもしれない。

 なんだったらこれを切っ掛けにしてこの国を割る内乱が起きる可能性だってなくはない。

 

「長い。簡潔に言ってくれ」

 

 程度の差はあれど、国内の権力争いが起きる。最悪戦争案件だ。

 

「なるほど……?」

「……さすがに大雑把すぎない?」

 

 大丈夫だ、問題ない。ここはまだ本題じゃないから大雑把でもいいのだ。

 

 それでそんな火種になり得る案件に、被害者であるお姫様とその侍従以外にどこの馬の骨かもしれない平民が二人関わっているわけだが、権力闘争の当事者たちの目から見たらそれがどう映るのか……見方はそれぞれ変わってくるだろうが、面倒事に巻き込まれるのは火を見るよりも明らかだ。もしかしたらどこかの貴族から命を狙われるようになる可能性もなきにしもあらず。

 もちろん褒賞やら名誉やらは貰えるだろうが、それ以上の政に関わる厄介事や柵に翻弄されることになるだろう。

 

「そんな……!?」

 

 アルは今驚きの声を上げたお姫様と異常に馴染んでいるが、俺たちは本来部外者だ。出会って一日も経ってない。

 面倒事を避けるためにこの遺跡で別れてもいいのに、そんな面倒事に巻き込まれてもいいのか……といった所だ。

 ……ところで、お姫様の理解具合が王族として少しマズイ気がするのだが、そこの所どうなのだろう。

 

「クリスは権力闘争とは縁遠い所にいたから……というかただの平民でそこまで頭が回るアンタもどうなのよ」

「……ああ、そうか! つまり……」

 

 少し遅れてようやく話を理解したアルが、この話の結論を口にした。

 

 

「────アンナさんは俺たちを心配してくれてるってことか」

 

 

 ────その通りである。

 

「違う!」

「えっ、違うの?」

「いや違わないけど、重要なのはそこじゃないでしょ!」

「え? じゃあ何を言いたいのかわからないんだが……?」

「今コイツが言ってたでしょ!? 面倒事に巻き込まれるのに一緒に行動してもいいのって!?」

「確かにアルさんたちに迷惑がかかるなら……」

 

 

 

「いや、面倒事が嫌だから誰かと行動しないって、おかしくないか?」

 

 

 

 当然のようにそう言ったアルの言葉に、アンナ嬢とお姫様の動きが止まった。

 

「俺は面倒事とか苦手だし厄介事もごめんだけどさ。そういう面倒がどうのっていうのでやりたいとかやるべきだと思った事をやめるのはちょっと違うと思うんだよ。アンナさんだってクリスと一緒に行動してるのは面倒事を避けたいから、みたいな理由じゃないだろ?」

「それ、は……そうだけど……」

「クリスだって、何だったら先に街に逃げていればよかったのに、アンナさんを助けようと危険を承知でここまで来たんだ。それは面倒事になるとかそういう理由じゃないだろ」

「もちろんです!」

「それと同じだよ。俺も同じようにお前たちの手助けがしたい。そう思ったからそうするつもりだ。面倒事がどうとか関係ないんだ」

 

 アルが言いたい事は正しい。だが言うのは簡単だが実際にするのは難しい事だ。

 自分が正しいと思った事でもうまくいきそうにないならやめておく、というのは一般的に行なわれている事である。

 正しい事だけやろうと思っても、実際にそうできることではない。

 だがこの男は当たり前のようにそれをやろうとする。そういう男なのだ。

 

「……で、アンタはどう考えてるの?」

 

 俺はアルならそういう結論になるだろうと思っていたので心構えくらいは出来ている。伊達に一緒に旅をしていない。というかそれが嫌ならそもそも君を助けていない。

 

「……アンタたち、お人好しにも程があるわよ……」

「ありがとうございます」

 

 とはいえ俺たちに出来る事といえば街まで一緒に行く事くらいだ。街までいけば後は衛兵……は念のため避けて教会に助けを求めればそれで大体解決するだろう。教会経由で王都まで連絡を付けるなり向かうなりすればそれで終わりだ。

 

「そういえばお二人はこの遺跡に何かの依頼で来られたと仰っていましたが、それはいいのですか?」

 

 ああ、俺たちの用事の計測器はさっき遺跡の安全確認をした時に回収済みなので問題ない。

 

「いつの間に……」

「手際良すぎない?」

「さすがだろ?」

「何でアナタが誇らしげなの……?」

 

 ちなみに武器も元兵士の剣を拝借している。まだ槍の方が使いやすいんだが残念ながら剣しか残ってなかった……まあない物ねだりは仕方ない。

 

「俺の剣も完全に溶けちまったからなぁ……とりあえずこれで代用するしかないよな」

「自分の攻撃で剣が溶けるって……やっぱり【天恵】持ちっておかしいわ」

 

 それ以上の火力持ちが何を言っているか……。

 

「ちなみに剣は苦手とおっしゃっていましたが、何が得意なんですか?」

 

 ナイフとか鉈とか鎌とか……あとは斧とか。弓もいけるぞ。

 

「何というか、その……」

「見栄えは悪いわよね。騎士には向いてないわ」

 

 実用的と言ってくれ。というか猟師の息子的には間違ってないのだ。あと弓は見栄えいいと思います。

 

「で、こっちは剣に盾にと騎士然としているわけよね」

「兜とかはしてないけどな」

「お二人は同郷なのですよね?」

「幼馴染だぞ」

「なんでこうも違うのかしら……?」

 

 故郷が同じだからといってそれで得手不得手は左右されないという証明だな。ちなみに受けた教育もそんなに変わらないはずだからその差でもないぞ。

 

「そうよね。こんなのがいっぱいいる村とか考えたくもないもの」

 

 おっと、アンナ嬢さすがにちょっと辛辣すぎませんかねぇ……? 

 

 むしろ猟師の息子と神父の息子と考えるとアルの方が学があってもおかしくないはずなのだが……そこは触れないでおこう。

 

 

 ……話を戻そう。

 

 

 一先ずは俺たちもいたクェスの街に戻るのが一番だろう。ここから一番近い街なわけだし。

 

 問題があるとすれば、クェスを治める領主こそが今回の黒幕だったという点だ。もしかすると領主の手の者がまだあの街にいる可能性もあるが……これもそこまで深く考える必要はないだろう。

 

「それはどうして?」

 

 この国の王女の証言を覆せる程の信用を領主の協力者が持っているとは思えないからだ。

 

 こういう時は互いの信用勝負になるが、今回重要になってくるのは大きく分けると国、民衆、教会の三勢力になる。これらに如何に信用してもらうかで勝敗が決まってくる。

 

「勝敗? 俺たちは本当の事を言うだけなのにそういうのが必要なのか?」

 

 本当の事が真実になるとは限らない、という事だ。とはいえ今回のケースで言えば問題にならないだろう。

 

 領主側は、はっきり言うと領民からの信用度は高くない。保身に走りやすいという点から税をため込む傾向にあった彼はあまり領民にその恩恵を返す事はなかったらしい。いざという時にも頼りにならない領主というイメージが強いらしく民衆からの支持率はそこまで高くない。あとは仮にも領地を任されている貴族だが、第三王女という肩書にはかなわないし、親教会派という立ち位置も教会の巫女には遠く及ばないだろう。

 対してお姫様の信用度は途轍もなく高い。単純に第三王女というだけでなく、教会の巫女として今まで様々な慈善事業や浄化作業に従事してきた事もあって国民人気も高い。教会も巫女であるお姫様に付くと考えたらどうやっても負けはない。

 

「だからどうして裏事情まで知ってるの……?」

 

 信用さえ得られればこちらの言い分は簡単に通るだろう。あとは国の威信を掛けられた騎士やら貴族やらがこの事件の全貌を明かしてくれることだろう。俺たちはある程度今回の一件が解明されたら国から褒賞を貰ってお終いだ。その後の事はまたその時に考えればいい。

 

「ちょっと他力本願すぎないか?」

 

 だが俺たちに出来るのは事実そこまでだ。少し腕っぷしに自信のあるぐらいのただの平民にそれ以上を求められても困る。

 

「そうね…………そうよね?」

 

 何故そこで疑問形? ただの旅人にこれ以上を求められても困る。

 

 とはいえそこまで心配することはないだろう。俺たちも王都に同行を求められるかもしれないが、それくらいは何ら問題ない。これ以上の事は今の時点ではどうにも予測できない。

 

「むしろ平民でそこまで考え付くだけでも大したものよ」

「クリスわかった? 俺よくわかんなかったんだけど」

「言おうとしている事は。ただ、信用勝負、というのがよく……?」

 

 ……お姫様純粋すぎない? 大丈夫? 

 

「け、権力闘争とは縁遠いから……!」

 

 お姫様本人が縁遠くても向こうから絡みついてくると思うんですが……あっ、これわかってる顔だ。アンナ嬢が代わりに何とかする覚悟をしてる顔だ。幼馴染が王族だと大変だなぁ。

 

 

 ……ところで、お姫様のアルの呼び方が名前から愛称に代わっていたんだが、いつの間に……? 

 

 

 ◆

 

 

 夜が明けてからの街までの帰り道は平和そのものだった。魔物とも遭遇することなく俺たちはある種ピクニック気分で歩みを進めていた。

 

 あまりに平和すぎて、長旅の際の荷物の持ち歩きが大変という話から、空間収納系の天恵・魔法の研究が進んでほしいという願望、そこからさらに話が飛んで通称『青狸』と呼ばれてる童話の結末が地域によって違うという話にもなったのだが、本当に些細な話である。王都周辺での『相棒の独り立ちを見守り去っていく』エンドが『青狸』の王道展開なのだが、俺たちの地域での『ネズミに喰い殺される』エンドはあまり知られていないらしく二人に大層驚かれた…………転生者視点からしてもネズミエンドは異端なのだが。

 

「『青狸』にそんな結末があったなんて……」

「ああいう童話って大元だと残酷な描写が多いって言うし、もしかしたらそっちが原話なのかも……?」

「俺は『実は青狸は黄猫だった』エンドが好きなんだけどなぁ」

「あれは流石に突拍子なさすぎない?」

 

 そんな雑談をしている内に街道に出てあとは道なりに行けば街までもう少しという辺りで、どこかの商隊が野営の準備をしているのが見えてきた。

 

「……あれ、ゴッフさんじゃないか?」

 

 そのアルの言葉に目を凝らしてみると、確かに恰幅のいい小太りのチョビ髭のすごく見覚えのある男が野営の指揮を執っているのが見えた。間違いなくかつて世話になった商人のゴッフだった。

 

「ゴッフって確か最近力を付けてきているっていう商会の?」

「確か『ライン商会』でしたっけ?」

「有名人じゃないかゴッフさん」

 

 まあ客や目上の相手には別として基本態度は悪いのだが、悪い人ではない。むしろお人好しの部類だ。人呼んでお人好しのゴッフだ。

 

「先読みのゴッフじゃなくて?」

「敏腕のゴッフじゃなかったでしたか?」

「俺たち以外にその呼び方してるヤツ見た事ないぞ」

 

 丁度いい。一休みしたかった所であるし、扱いやすい武器もあったら融通してもらいたかった所だ。何だったら茶でも入れてもらおう。

 

「えっ、そんな扱い方でいいの?」

 

 という事で声を掛けることにした。

 

「ゴッフさん! お久しぶりです」

「むっ? ……なんだお前たちか。こんな所で奇遇だな。相も変わらず二人でふらふらとほっつき歩いているようだがいつまでもそんな気ままな生活ができると……………………人数増えてない?」

 

 目敏いさすがゴッフ目敏い。とはいえそれは置いておいて、ゴッフは今度はどこに商売に? 

 

「私たちは王都へ向かっている途中だ。そういうお前たちはクェスの街に向かっているのか?」

「ああ。できれば今日中に街に入りたいんだけど」

「……悪い事は言わん。もしあの街自体に行く理由がないのなら今はやめておいた方がいいぞ」

 

 本当に嫌そうな顔でゴッフは俺たちに忠告してくる。

 悪態付きだがお人好しのゴッフがわざわざこう言ってくるとは……何かあったのだろうか? 

 

「検問が酷くてな……おかげで街に入るのにも出てくるのにも大分時間を取らされたのだ。ちょっとした補給で寄っただけだというのに……! 合わせたら丸一日だぞ! おかげで道中捌いていく予定だった足の早い商品の一部を処分する事になった!」

「検問?」

 

 俺たちも先日あの街にいたが、入る時も出る時も何の問題もなく通れた。検問と言うほどの事はしてなかったように思うのだが……? 

 そもそも目敏いゴッフが時間の取られる検問を計算せずに足の早い商品を処分する羽目になるとは思えない。おそらく突発的に始まった事なのだろう。例えば何か事件が起きたとか……

 

「……とはいえ事情が事情なだけに文句も言えん」

「事情? 何か事件でもあったのか?」

「……詳しいことはわからんし、あまり大きな声で言えんのだが……」

 

 あまり言いふらす話でもないのか、ゴッフは周囲を気にしながら小さな声で教えてくれた。

 

 

 

「────何やらあそこの領主が殺されたらしい。その場にいた第三王女も重傷を負って聖都の治療院へと運ばれたとか……」

 

 

 

 ……ゴッフのその言葉に俺たちの視線は思わず一箇所に集まった。

 

「…………はい?」

 

 俺たちの視線の先で、負傷して聖都に運ばれたらしい第三王女が首を傾げていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

 ゴッフから告げられたまさかの事態に俺たちが困惑していると、お姫様の顔を見たゴッフが「ファッ!?」と何かに気付いたかのような声を上げ、慌てたように俺たちを自分用の大き目なテントの中に案内した。

 その際に商隊の部下たちにしばらくは絶対に入らないように厳命していた辺り、必死さが垣間見えた。

 

「ゴッフさん、急にどうしたんだ……?」

 

 商人として顔が広く頭も回るゴッフはおかしな状況に陥っている厄介な事態に巻き込まれた事に気付いたのだろう。実際自分用だと思われる座り心地のよさそうなふかふかな座布団をお姫様に勧めていた。

 ゴッフ自身とアンナ嬢には来客用なのか予備なのか普通の座布団を準備しているのに何で俺たちにはないんですかねぇ……

 

「座布団云々は置いといて……さっきの話、詳しく聞いてもいいかゴッフさん」

「私も又聞き程度の事しか知らんのだが……」

 

 そういう前置きで始まったゴッフの話によれば、だいたい俺たちが遺跡にいた頃くらいに街に重症を負った第三王女が死に体の兵士によってクェスの教会に保護されたらしい。

 教会で応急手当を行ないながら事情を聞くと、遺跡に【穢れの瘴気】を浄化すべく向かったが浄化が済んだ後に襲撃を受け、クチーダ卿率いる部隊が王女を逃がす代償として全滅したらしい。

 王女は懸命の治療によって一命を取り留めたものの後遺症などが残る可能性もあるとのことで、より高度な治療を受けさせるために聖都の治療院へとその日のうちに搬送された。

 しかし教会としても街としてもこれで終わりというわけにはいかなかった。

 

 何せ王女たちを襲い領主と兵士を亡き者にした下手人をこのまま放置するわけにはいかないからだ。

 

 あの遺跡の近くにまだ潜伏しているのならばクェスの街にその下手人が何食わぬ顔でのうのうとやってくる可能性もあるために検問を強化したのだという。

 

「いや、どういう事だよ……!?」

「襲撃を受けたのは確かですが、内容が全く違っています……!」

「そもそも領主が主犯なのに……」

 

 というか襲撃犯の犯人像が『赤髪の女魔法使い』という辺り、アンナ嬢に近いような気がして仕方ないのだが……どうですか赤髪の女魔法使いさん。

 

「わかってて言うのやめなさい! 冗談じゃないわよ……!」

「というか俺たちも下手したらアウトなんじゃないか……?」

 

 座る際に脇に置いた剣に目を向けながらアルが言った言葉に同意する。

 この状況でクェス兵士の武器を持っている旅人とか黒以外の何物でもない。

 

「あー、その……さっきから気になっていたのだがね、君らが持ってるその剣、クェスの兵士が使っているのと同じ物のように見えるんだが、まさか……?」

 

 誤解だ。確かにこれは元兵士のものだが、俺は兵士と戦ってなんかいない。兵士と戦ったのはアルである。

 

「お前っ!? 変な言い方するなよ!?」

 

 嘘は言っていない。襲ってきた兵士たちをアルが返り討ちにしたのだ。

 

「ヒェッ!?」

 

 ゴッフがアルに対して恐怖を感じてしまっているので、兵士と言ってももう【穢れの瘴気】に侵されて死んでしまっているゾンビ兵でありアルに非はないことを、簡単に事情を説明する。

 

「な、成程、それならおかしくは……いや瘴気に侵されてるとか明らかに拙いヤツなのだが……つ、つまりお前たちが領主を殺したとかそういう話ではないのだな……?」

 

 その通りだ。俺は領主を殺してなんかない。領主を亡き者にしたのはそこのアンナ嬢の魔法だ。

 

「ちょっ!? その言い方はおかしくない!?」

 

 嘘は言っていない。アンナ嬢の魔法によって跡形もなく消え去ったのは間違いない。

 

「あ、あばばばばば!?」

 

 ゴッフが完全にアンナ嬢に対して恐怖を感じてしまっている。どうして……? 

 

「アンタわざとやってるでしょ!?」

 

 ……怒られたのでそろそろきちんとゴッフに事情を説明する事にした。

 

 

 ◆

 

 

「な、成程……それならば安心……いや安心できる要素がこれっぽっちもないのだが、お前たちの事情は理解できた……できたが……ぐぬぬ……!」

 

 話を聞いて現状を理解したゴッフは頭を抱えてしまった。

 まあ『街で保護された王女は偽者で、実際には領主が王女を魔物を操って攫おうと画策していた』などと聞かされたら誰だって頭を抱える。俺だって抱える。

 

 しかしただ頭を抱えているだけでは状況は好転しない。考えて整理する必要がある。

 

 今のゴッフの説明によって、一つ確定してしまった事がある。

 

「どうかしてたわ……可能性としては考えられたのに当たり前のように除外してしまってた……!」

「……? どうしたんですか?」

「何かわかったのか?」

 

 どうやらアンナ嬢も気付いたようだ。俺自身何故最初に気付けなかったのか謎でしょうがない。可能性としては十分にあったのに……。

 

 俺は自分で、クチーダは()()()()だったと言っていたのに、何故気付かなかったのか……! 

 

「おい……まさか……!?」

 

 ここまで言ってアルも気付いたようだ。そう、今回の一件────

 

 

 

 

 

 ────教会の勢力が関わっている。

 

 

「教会が……!? そんなはずはありません!」

 

 否定したくなるお姫様の気持ちもわかるが、これはほぼ確定事項だ。

 

 でなければ教会が偽王女を王女だと証言する理由にならない。

 

 教会の巫女でもある王女の応急処置に街の教会の責任者が関わっていないはずがない。とりあえずはクェスの教会は敵側だと考えていいだろう。

 というより黒幕はクチーダでなく教会の人間だと考えた方が辻褄が合う。保守的なクチーダがやるとは思えない誘拐も、誰かからの指示、あるいは命令だったと考えればしっくりくる。

 

「領主であるクチーダに命令できる人物って考えると……王様とか?」

 

 この国で考えれば国王や派閥の上流貴族だが、クチーダ自身の地位が塵屑同然になりかねない指示を出しておいてそれに対する報酬を与えられるとは思えない。

 ならば何らかの秘密の繋がり・派閥が教会に存在していてそちらでの地位向上などを約束されていたのかもしれない。

 ……今のはあくまで推測に過ぎないので断言はできないが、そこまで的外れではないと思う。

 

 

 それよりも問題なのは、黒幕に教会が絡んでいるという点だ。

 

 

 教会こと『星光教会』は世界最大の宗教組織だ。当然一枚岩というわけじゃない。三人集まれば派閥ができるなんて言葉があるように、権力争いは存在する。

 

 事実、教会が『彼の方』と崇める主神こそが至高という『主神至上主義』、主神の言葉を民衆に伝えたという預言者『メシア』と『彼の方』を同一視あるいは同格だとする『メシア同一主義』、開祖も『彼の方』やメシアと同一だとする『三位一体主義』辺りの主張がメジャーどころで、他にも【天恵】こそ天からの贈り物であり天に選ばれし者であるという『天恵優性主義』、メシアの残した預言を記した聖書こそ至高という『預言原理主義』と言ったものから『祈祷信仰主義』『偶像最推し主義』『カワイイは正義主義』などなど、把握しきれないほどの様々な派閥があるらしい。派閥が……派閥が多すぎる……! 

 

「今何か変な派閥混じってなかった?」

「確かに主義主張は多岐に亘っていますが、それぞれ仲が悪いというわけではないですよ」

 

 確かに外から見ている分にはいがみ合いだったり派閥違いによる敵対というのは見られない。正直表面上は派閥を感じられないくらいだ。そのうえでお姫様がそう言うのならばそうなのだろう…………実際の裏側がどうなっているのかはわからないが。

 それだけ多くの主義主張が教会のトップである聖王によって纏められているわけだ。というかこの主義主張の坩堝を纏められる聖王が凄まじい。

 

 ……話が逸れてきているから教会の派閥内容は一度置いておこう。問題は、今回が教会の一派閥の暴走なのか、あるいは教会全体の意向なのかだ。

 

 クェスの教会だけの暴走なら話は簡単だった。お姫様を伴って街に凱旋して迫りくる敵をひたすら峰打ちしていけばいいだけだ。やはり暴力……暴力は全てを解決する……! 

 

「それ、峰打ちの恐怖で抑え付けてるだけでは……?」

 

 峰打ちはたとえで出しただけだから……とはいえ今回はおそらくこれでは無理だろう。

 

「何で?」

 

 今回重症を負った王女は聖都の治癒院に送られた。つまり、協力者が聖都にも存在するわけだ。教会のお膝元、それも教会直轄の治癒院に偽者の王女を送り込むなど、教会の中枢に通じていないと不可能だ。

 

 偽者が街にいるのならまだ街に乗り込んで王女同士で直接対決という事もできたのだが、いなければそれもできやしない。何せ偽者はすでに教会によって本物の第三王女だと証明されてしまっている。お姫様が王女本人だと証明するのは難しいだろう。

 

「証明って、本物の王女はクリスなのになんでそうなるんだよ」

 

 事実かどうかは重要ではない。大衆がどう認識するかこそが重要なのだ。昨日言った信用勝負というヤツだ。

 

「だったら昨日言ってた通りクリスが勝つんじゃないのか?」

 

 昨日の想定では、お姫様と領主の勝負だったが、その前提が狂ったのだ。

 

 教会は民衆からも多大な支持、というか信仰を受けている。人々は心のどこかで『教会のやる事は正しい事』だと思い込んでいるのだ。故に民衆は基本的に教会を支持する。

 お姫様も今までの活動から民衆からの支持は高いが、それもお姫様が王女であると証明できてこその話で、『教会が証明した偽者の王女』がお姫様が王女であるという前提を揺るがしてしまう。

 

 故に今回でいえば、『自称・第三王女』と『教会が証明した第三王女』の信用勝負になる。

 そうなった場合、客観的にみれば後者に軍配が上がるのは当然だろう。

 

 民衆がお姫様を第三王女だと知っていてくれれば話は変わるのだが、普通の平民は王族の顔なんて見た事がない。遠目から見たという人がいればいい方だろう。お姫様は教会の巫女としての活動で多少顔を知られているだろうが、それでもきちんと覚えているヤツは少ないだろう。

 

 ゴッフのようにちゃんと知っているヤツもアルのように無条件で信じるヤツもそうはいないのだ。

 

「ちなみにアンタはどっち?」

 

 俺は知っていたに決まっているだろう。普通に考えてただの自称・王女の言う事など信じるはずもない。

 

「えぇ……」

「そういうヤツよねアンタは」

 

 しかしクチーダが死んだ事が既に漏れていたとは……まさか戦闘直後にアルが何かを感じていたのは、誰かの視線だったのだろうか? 

 

「それにしたって対応が早過ぎないかしら。ゴッフさんの話だと偽王女は遅くても昨日の夜までには保護されているわ。もしかしたら私たちがクチーダ卿と戦っていたのと同じくらいの時間でもおかしくないくらいの時間なのに、もうクチーダ卿が死んだ事になっているのはおかしくない?」

 

 確かに。まるで領主が死ぬことがわかっていたかのように思えるタイミングである。

 

「あるいは、本当に死ぬ予定だったのかも……」

 

 自分の保身を最優先にしていた男が自身が死ぬことを許容していたと? 流石にそれは考えにくいのではないか? 

 

「正確には、自分を死んだ事にする、かしら。領主であるクチーダ卿という存在を死んだことにして、第二の人生を歩む的な……」

 

 ……それも考えづらくないだろうか? 保身大好き人間が今まで築き上げてきた地位を全て捨ててまで新たな人生を歩もうとするとは思えない。ああいう男は新しい力を求めつつも今までの立場に固執する気がするが。

 

「それだけ指示を出してきた相手と力の差があったとか」

 

 つまりクチーダは下っ端だった可能性が……? …………普通にありそうだな。

 

「で、これからどうするんだ?」

 

 おっと、ちょっと本題から離れすぎていた。アルの言う通りまず直近の事も考えなければならないので気を取り直そう。

 

 とりあえずこのままクェスの街に行くのはなしだ。

 

 このまま街に戻っても最悪お姫様が偽物扱いされて捕縛されてもおかしくない。ついでに俺たちも捕まって処刑あるいは私刑にされるかもしれない。そうなったら本当に詰みだ。ここでゴッフに出会えたのは本当に運がよかった。

 

「ではどうすればいいんでしょう……?」

 

 黒幕がどこまで教会内で力を持っているかはわからないが、教会全体にも対抗できるほどの力を持つ人物を頼る必要がある。

 

「教会全体に対抗って……」

「そんなの本当に限られてくるぞ」

 

 その通りである。選択肢としては、国か教会のどちらかくらいだろう。そして教会のどこまでに敵の手が伸びているかわからない現状であれば、頼るべきは国となる。つまり……

 

「クロリシア国王……お父様ですね」

 

 今代のクロリシア国王。先史文明技術に目を付け、その発掘と解析に力を入れ、王国史上最も文明を発展させたであろう賢王。そしてお姫様の父親だ。今回頼るべき相手として彼以上の人物はいないだろう。

 ……正直、クロリシア王を頼るのは少し懸念があるのだが……もう四の五の言っている状況でもない。

 

「懸念?」

 

 今代のクロリシア王は軍拡にも力を入れている。先史文明技術に目を付けたのもそれが理由だという話もある。

 これはあくまで噂でしかないが、どこかに戦争を仕掛けるのではないか……なんて話も出てきているくらいだ。

 俺の話はあくまで噂で聞いたくらいだが、その辺りはそこで頭を抱えているゴッフの方が詳しいのではないだろうか? 

 

「……確かに、最近のクロリシア王国での物の流れを見るにそういう傾向が見られるのは確かだ。断言はできんが、戦争準備と言われてもおかしくはないな……」

 

 頭を抱えたまま律儀に答えてくれた。さすがゴッフ。

 

「つまり私がお父様を頼る事が、戦争を仕掛ける切っ掛けになりかねないと心配なされているのですね」

 

 その通りだ。とはいえ、そもそも教会が第三王女の誘拐あるいは殺害を企てていたという時点ですでに戦争案件だ。今回の一件を解決するためにはどうしたって国と教会一派の争いは避けられないだろう。逆にお姫様を王様の下へ連れて行く事が被害を最小限に抑えることになる可能性もある。なのでそこに関しては気にする事はない。

 

「……わかりました。では王都へ向かいましょう」

「でも、その前にもう一度訊かせて」

 

 目的地が王都に決まった所で、アンナ嬢が真剣な声色で問い掛けてきた。

 

「協力してくれる流れになってるけど、昨日までとは前提が全く違うわ。面倒事に巻き込まれるとかじゃなくて、確実に命を狙われることになる。今なら何も知らないふりをして別れたらそんな事態も避けられるかもしれない。それでもアナタたちは私たちを助けてくれるの?」

 

 アンナ嬢の心配ももっともだが、その問い掛けへの答えは昨日となんら変わりない。

 そもそも俺たちの存在も相手に見抜かれている可能性もある。昨日アルが感じたナニカが黒幕側の偵察だったと考えれば十二分にあり得る。もしそうなら命を狙われ続けるのに変わりはない。であれば解決の手段として重要なお姫様たちを手助けする方が理に適っている。

 

「まあ色々と言ってるけど、コイツもクリスやアンナさんを放っておけないんだよ。もちろん俺も」

 

 ……協力する理由としてはアルがこう言って聞かないだろうからというのが一番なのだが。

 というよりもさすがに二人だけで王都まで向かうのは厳しいと思うがその辺りは如何に考えている? 

 

「……そうね。確かにその通り。私だけじゃ、クリスを王都まで守れない」

「アンナ……」

「……はぁ。とりあえず、言いたい事が二つあるわ」

 

 色々と思案していただろうアンナ嬢は何かを諦めたかのようにため息を吐いて身体から力を抜いた。そして改めて俺たちに視線を向けて

 

「クリスはこれでも王族なの。普通平民が口を利く事も出来ない相手なの。それを愛称呼びにタメ口とか……無礼にも程があるわ。弁えなさい」

「えっ、それ今言う事? というかアンナさんもクリスにタメ口じゃないか」

「私だって周りの目がある場所なら敬語とか使うわよ!」

「アンナ、私は別に構いませんよ。むしろ今から敬語を使われると悲しいです……」

「だとしても公私は分けさせないとダメでしょ。コイツら下手したら公の場でもタメ口が出かねないし…………それで、もう一つだけど……」

 

 俺たちやゴッフは周りの目じゃないのかとか、俺はお姫様がそうして欲しそうだと察したからこその対応だったとか、確かにアルならそうした場でもポロっとタメ口出そうだななどと思っていると、アンナ嬢は少し恥ずかしそうに視線を横に向けながら、こう言った。

 

「……私も、アンナでいいわ。一緒に行動するんだから、さんも嬢も別につけなくていいわよ」

 

「────! わかった。よろしくアンナ!」

 

 デレた! アンナがデレた!! 

 

「デレてない! というかいちいち茶化すな! ……ちょっとクリス、何でそんな優し気な眼差しでこっち見てるの?」

「いえ、アンナが嬉しそうで何よりと……」

「どこが嬉しそうなのよ!?」

「ふふふ。まあそれはともかく……お二人とも、私たちに力を貸してくださってありがとうございます」

「……そうね、本当に助かるわ」

「別にいいさ。俺がクリスたちを助けたいっていうのもあるんだし」

 

 さて、アンナがデレたのはめでたいのだが、とはいえ王都に向かうにしても問題はある。

 

「デレた言うな」

「で、問題って……?」

 

 王都に向かっている間にも今回の話はどんどんと広がっていく。王都になどはすぐさま連絡がいくだろう。

 つまり俺たちが王都に付く頃には第三王女は襲撃に合い聖都に運ばれたという話が噂として出回る事になってしまう。

 

「つまりその間に私たちが逆賊として手配される可能性もあると」

 

 具体的に手配されるかはわからないが、少なくとも『赤髪の魔法使い』であるアンナはその最重要容疑者としてマークされているだろう。

 さらに黒幕側もこれ以上何もしてこないとも思えない。俺たちの目的地が王都であるとバレる事も十分にあり得る以上、何らかの妨害を仕掛けてくることも考えられる。

 

 一応案はあるのだが……ゴッフがまだ頭を抱えたままになっているのが気になる。大丈夫? 

 

「……うむ。頭を抱えている間にも厄ネタが追加され続けてさらに頭を抱えることになったので大丈夫とは言えん……だが、考えは纏まった……!」

 

 そう言うとゴッフは座布団から立ち上がり、お姫様の方へ跪いて宣言した。

 

 

「クリスティーナ王女殿下! 今回の一件、微力ながらこの私、ゴッフも協力させていただきたく存じます!」

 

 

 何と、ゴッフからの協力の申し出だった。

 

「ちょうど我が商隊も王都を目的地としております。我ら商隊の一員に扮していれば殿下たちの存在も敵側に察知されにくくなるかと」

 

 確かに四人の旅人として王都に向かうよりも商隊として王都に向かった方が個人個人は目立たない。理に適っている。というか俺が考えていた案とほぼほぼ同じだ。さすがゴッフ。

 

「でも急に四人も隊商に加えるなんて、それはそれで不審がられないかしら……?」

「その点でしたらこやつら二人は今回のように旅路の途中で我が商会に雇われた事が何度もありますので変に怪しまれることはないかと。少なくとも部下たちから疑問の声が上がることはありますまい」

 

 しかし案として思い付いてはいたが、まさかゴッフが自分からこんな提案してくれるとは……どうやって説得しようかと思っていたのに、どういう心境だろうか? 

 

「というより、こんな話聞かされて王女殿下を見捨てるなんぞできるか! もしそれがバレたらこの国で商売なんぞできなくなる!!」

「確かにその国の王族を見捨てたりしたら国からの信用なくなるよな」

「それに私の協力によって今回の一件が解決すれば、クロリシア王家に対して大きな貸しを作れるではないか! ふははは! 巻き込まれてもただでは起きない! 悪辣のゴッフとは私のことだよ!」

 

 さすがは、お人好しのゴッフ。ド正論だがその発言や考えに善性が滲み出ている。

 

「確かにこれは『お人好しのゴッフ』ね」

「さすがゴッフさんだぜ」

「ありがとうございます。その申し出ありがたく受けさせていただきます」

 

 

 こうして俺たちはライン商会の一員として王都へ向かう事となった。




▽浄化の巫女 クリスティーナ が 仲間になった。
▽魔法使い アンナ が 仲間になった。
▽ゴッフ率いるライン商会 と 協力関係になった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話

 ゴッフたちライン商会とともに王都へ向かう事、数日。

 

 道のりとしては順調と言うほかない行程を進めている。

 

 

 そんな中で、向上心の高い護衛たちの声に応えた休憩時間における訓練が日課となっていた。

 

 

 今日も今日とて訓練は行われる。

 

 

 

 ────訓練中は話しかけられた時以外口を開くな。口でクソ垂れる前と後にサーを付けろ。わかったなクソ虫ども!! 

 

『サー! イエッサー!』

 

 ────この訓練を乗り越えた暁には貴様らは一端の戦士と言えるまでには成長できるだろう。

 

 ────それまでは貴様らはクソ虫だ! この星において最下等の生物だ! 貴様らは人間ではない! 家畜のクソをかき集めた値打ちしかない! 

 

 ────俺は厳しいが公平だ。人種差別は許さん。

 

 ────男、女、子供、老人、貧民、貴族……これらに優劣はない。全て平等に価値がない! 

 

 ────俺の使命は役立たずのゴミ屑を刈り取る事だ、この護衛隊の害虫を! 

 

 ────わかったかクソ虫ども!! 

 

 

『サー! イエッサー!』

 

 

 ────よろしい。それでは訓練を開始する!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────ではアル先生、お願いします。

 

「おう。じゃあ訓練始めようか」

 

 

「────いや教官アンタじゃないの!?」

 

 そしてアルにバトンタッチした瞬間にアンナのツッコミが炸裂した。

 

 えっ……? 

 

「えっ、じゃなくて、アンタが教官じゃないならさっきまでの演説は何だったのよ!?」

 

 訓練を始めるアル達の邪魔にならないように移動しつつアンナの質問に答えることにする。

 

 あれは護衛兵の訓練に対する士気を整えるためのものだ。

 こういうのは変に増長しているヤツもいるからそういう思い上がりを叩き潰しておくことも重要になるのだ。アルはこういう事が苦手なので代わりに俺がやっただけである。

 

「士気を整える……? さっきの人格否定みたいなのが……?」

 

 突出しすぎているのも問題なのだ。ある程度足並みを揃えさせる事もまた共同鍛錬としては重要なのである、多分。

 というかさっきの罵詈雑言など程度が知れている。あんなもの本職の教官からすれば砂糖にはちみつと練乳をかけたくらいに甘々な言葉でしかない。

 心根の優しい俺ではあれが限界だ。

 

「はい、ダウト」

 

 解せぬ。

 

「じゃああんな前説しておきながらなんでアンタが教えないのよ?」

 

 剣での戦い方は俺よりもアルの方が優れている。というか俺は剣の取り扱いは苦手である。もちろん教えろと言われればできるが、相手としても普段剣を使ってない相手に教わるのはモチベーションが下がる。であれば得意なヤツに任せるのは当然だろう。

 

「それはそうだけど……何か納得いかない……そもそもなんでアンタたち、いやアルフォンスが訓練付けてるの?」

 

 それには山のように高く谷のように深いわけがある。

 

 俺たちがゴッフと出会った時、隊商がゴブリンナイト率いる強盗団に襲われて専属の護衛の数が著しく減ってしまったのだ。

 信用できる護衛というのも見分けるのが困難である以上、しばらくは今いる護衛だけで隊商を守っていく必要があったのだが、練度としても不安があった。

 そこで少しでも早く護衛としての力を身に付けてもらうために俺たちが稽古をつけることになったのだ。その名残でこうして商隊に世話になっている時は手の空いた時に稽古をつけるというのが習慣になったというわけだ。

 

「ごめんなさい、最初の言い回しからして大した事ない理由だと思ってたわ」

 

 ちなみに俺の稽古は何故か不評のため開催されなくなった。痛くなければ覚えませぬ。

 

「不評の理由はわかったわ」

 

 解せぬ。

 

「それにしてもこの商会の連中もお人好しが多いというか……私たちの素性を探ろうともしてこないなんて……」

 

 俺たちの連れという辺りで何かを察しているというのもあるのだろうが、確かにお人好し比率は多いと思う。おそらく類は友を呼ぶというやつである。

 それを踏まえてもお姫様……もといクリスもこんな短期間でここまで馴染んでいるのに驚いた。

 今や商隊の面々は料理番と化したクリスに胃袋を掴まれている状態である。実際美味い。王族だからそういう雑事には疎いものとばかり思っていた。

 

「クリスも教会の炊き出しとかで料理とかしてたみたいだから、それに近い感覚で出来ているのかもしれないわね」

 

 さすが教会の巫女。思っていた以上に旅慣れているように見えるのもその辺りが起因しているのだろうか。妙な所で逞しいものである。

 

「でもアルフォンスの胃袋が中々掴めないって悩んでたわね」

 

 知っている。何故か俺に料理を教わりにきたからな。俺の料理など素材を焼く・煮る・茹でるくらいしかしない男飯でしかないのに……正直教える事なんかないぞ。

 

「彼の胃袋を一番掴んでるのがアンタだって思っているんでしょうね、私もそう見てるけど……本当にただの幼馴染なの?」

 

 それ以上に何があるというのか……親友、悪友、腐れ縁、相棒……言い方は多くあれ、本質は大きくは変わらないとしか言いようがない。

 というか料理に関しては単純にアルが子供舌なだけだ。アイツは複雑な旨味よりも単調で濃い味が好みというだけなのだ。クリスの料理の味がそうなると個人的に困るのでクリスには伝えていないが。

 それより一度クリスから間違えて『お義母様』って呼ばれたんだが、どういう事だ。この一言だけでツッコミ所が多すぎる。

 

「……ノーコメント、というか聞きたくなかったわ…………そういえばクリスの事、お姫様呼びじゃなくなってるわね?」

 

 クリス本人にお願いされたのだ。アンナも敬称なしで呼ぶのなら自分もクリスと呼んでほしいと。

 まあ偽装のために商隊に潜り込んだのにお姫様呼びでは本末転倒だ。いざという時に不敬にならなければ問題はないだろう…………アルには難しそうなので何とかしておきたいが……

 

「確かに、アルフォンスには難しそうね……」

 

 それで、何か用でもあったのでは? 

 

「ああ、そうだったわ。ゴッフさんがちょっと話したい事があるって」

 

 ふむ、今後の予定の事かな? それともまた新入りに帳簿の付け方を教えろとか? あるいはゴッフが隠してたおやつのプリンを食べたのがバレたか? はたまた……

 

「……呼ばれる心当たり、幅広過ぎない?」

 

 

 ◆

 

 

 商隊の道行は快調で、王都までもあと少しという所まで来たのだが、アルやクリスにも今後の予定を改めて説明する事にした。

 

「え、ゴッフさん一緒に王都まで行かないの?」

 

 その通りである。これはもしもの時を考えての措置……ではなく、単純にライン商会側の都合の問題である。

 

 王都には荷物を納品するだけなのでゴッフ自身がいく必要がなく、魔導都市には商談のためにゴッフ自身が向かう必要があるので、元々ここから二手に分かれる予定だったらしい。

 魔導都市に向かうということでついでにちょっと頼み事をしておいた。

 

「頼み事?」

 

 ちょっと魔導都市に手紙と届け物をお願いしたのだ。所謂お使いクエストである。

 

「商会のトップについでだからお使いを頼むとか、普通しないわよ……」

 

 ゴッフとしても悪い話じゃないはずだから問題ない。

 

 ともかく、今日の内に商隊を二つに分けて、明日の朝にはゴッフ率いる魔導都市組とは別行動となり王都組と行動を共にする事になる。

 改めて言っておくが、俺たちの事情をちゃんと知っているのはゴッフだけなので彼らは俺たちが王女誘拐の容疑者になっているかもしれない事やそもそもクリスが王女様だという事も知らないので注意してほしい。

 

「さすがにわかってるって」

「無暗に巻き込めないですもんね」

 

 王都に入った後の予定としては、商品の納品までは彼らと共に行動し、その後に別れて王城に向かうことになる。

 

「そんな悠長で大丈夫なのか?」

「すぐに王城に向かった方がいいのでは……?」

 

 着いた途端に急に離れる行動に出る方が目立ってしまう。それに話を聞いた所によれば王都組も納品が終わればすぐに王都から出て次の街へ向かう予定らしい。もしもの時を考えれば彼らが巻き込まれないようにした方がいいだろう。

 

「もしもの時って……?」

「王都側にも黒幕の手が伸びている場合ね」

 

 その通りだ。もしその時に彼らが王都にまだいると敵に利用される可能性も考えられる。さすがに彼らまで守れるとは言い切れない。なので先に王都から脱出してもらおうというわけである。万が一彼らも巻き込まれた場合でも共にいる時にきたら対応もしやすいし。

 

 これからの流れとしては以上である。その後の事はその時になってみないとわからないが、まあ国同士でもう一騒動くらいはありそうだ。

 

「あの……話は変わるんですが、そもそも王国が教会に戦争を仕掛けるというのはあり得るんでしょうか?」

 

 戦争を仕掛けるというと……ああ、ゴッフと合流した時に話した、クロリシア王への懸念などの話だろうか? 

 

「そうです。王国としても戦争を仕掛ける相手としてはあまり好ましくないと思うんですが……」

 

 確かに、教会相手であれば戦争まで行かない可能性も高い。今回に関してはおそらく教会全体ではなく一派閥の企みだろうから教会としてもその膿出しのためにクロリシアに協力することだろう。

 

 それでも戦争になる可能性も十分にあると俺は思う。あくまで素人の過激な想定の一つになるが、それでもよければ説明しよう。

 

「お願いします」

 

 俺にはクロリシア王がどういう意図で軍拡をしているかはわからないので、例えば領土の拡大を目的としているという前提での話になるのでそこは了承しておいてほしい。

 

 軍拡を進めている王国とはいえ、信者数世界最大の教会を敵に回すのはさすがに厳しいだろう。王国にも信者はいるので士気にも関わってくる。

 

 しかし教会を実質的に支配できてしまえば、『クロリシア王国のする事は教会の意向に沿ったものである』という認識を信者たちに植えつけられることになる。つまり教会信徒がクロリシア王国の支持者になる、という事だ。

 

 実際に戦争になった際も、教会側の唯一の領地とも言える聖王国の聖都を占領できれば勝利になるわけであるし物理的な勝利条件として難しいものではない。

 

 心理的ブレーキがかかるという点を除けば、やろうと思えばやれてしまえるのだ。リターンも大きいわけであるし、覚悟を決めてしまえばすぐだろう。

 

 万が一にもそうなると困るのはクロリシア以外の国だ。何せ大概の国家も大半が教会信徒で占められている。教会の意向に大なり小なり揺れてしまう以上、その裏に別の国の思惑が存在するというのは見過ごすことはできない。何かしらの形で阻止しようとしてくるだろう。

 

「それが抑止力となって王国もより仕掛けられなくなるのではと思うのですが……」

 

 なのでその動きを逆に利用してその国に戦争を吹っ掛けるのだ。

 

「えっ?」

 

 つまり、教会を乗っ取ろうとするクロリシアを止めようとする他国の動きを、クロリシアに対する敵対行動・宣戦布告だと解釈して戦争を始める、というわけだ。

 他国が武力を以って止めに来れば相手が先に矛を向けたと言えるし、経済を以って止めに来れば相手が先にこちらを弱らせにきたと言える。

 これであれば平和を謳いながら向こうから手を出してきたのだと世間的にも嘯ける。

 

 そうしていくつもの国を打ち倒して支配していき、最終的に教会も王国に従わざるを得なくする、というのが過激だが理想の一つなのではないだろうか? 

 

 最終的に勝ってしまえば正義として都合のいい真実へと捻じ曲げてしまえるのだ。多少の無茶くらいはするだろう。

 俺の想定としてはこんな所だが、どうだろう? 

 

「何と、言うべきでしょうか……」

「頭脳派の脳筋思考……」

「インテリチンピラって単語が頭に浮かんだ……」

 

 何だインテリチンピラって。

 ともかく今のは一平民の少々過激な妄想に過ぎない。実際にどうなるかはなってみないとわからないのだ。

 

「一平民の妄想……?」

「平民とは一体……」

 

 平民の概念に疑問を持たれても、困るんだよなぁ。

 

 

 ◆

 

 

 商隊を二手に分けてからしばらく、俺たちは王都クロリスに辿り着いた。

 

 ライン商会として何の問題もなく王都に入り、取引先に商品の納品も無事終え、王都まで共に来たライン商会の連中が王都から発つのを見届けた。

 別に俺たちの指名手配もされておらず、追手の気配も特に感じる事はなかった。

 

「順調だな」

「そうですね。ちょっと考えすぎだったのかもしれないですね」

 

 これが嵐の前の静けさでなければいいのだが……

 

「不吉な事言うなよ……」

「大丈夫ですよ、きっと」

「じゃあさっさと王城へ向かうわよ」

 

 まあ悩んでいても仕方ないのでクロリス城へと向かう。

 城門の前には兵士が二人見張りとして槍を片手に立っていた。

 

 

「止まれ! これより先は王城である!」

 

 

 城門に近付いていく俺たちに兵士の一人が警告してくる。まあ不審者……かはともかくただの旅人が門に近付いてきて怪しまない警備はいない。とはいえ今回に関しては事情が少し違うので容赦してもらいたい。

 

「私はクロリシア王国第三王女クリスティーナ・クロリシアです。お父様に伝えたい事があります」

 

「く、クリスティーナ姫様!? 聖都で療養されておられるはずでは……!?」

「し、しばしお待ちを!」

 

 王城務めである兵士たちは王女の顔をよく知っている。彼らは『第三王女は聖都に運ばれた』という事前情報との齟齬に戸惑いながらもクリスが本物の王女であると認識している。

 見張りの一人が城の中へと走っていき、もう一人が少し待っていただきたいとクリスに頭を下げる。

 ……この様子を見る限りだと兵士は敵側ではなさそうだ。少しホッとする。

 

 少し待つと、城内から戻ってきた兵士が一人の男を連れてきた。騎士っぽいと思ったが、アンナによると第一騎士団長だそうだ。

 

「クリスティーナ姫……! ご無事で何よりです」

「それよりもお父様はどちらにおられますか? 伝えなければならないことがあるのです」

「案内します。ところで後ろの二人は……?」

「彼らは私たちの命の恩人です。できれば共にお父様の下へ連れて行きたいのですが」

「仰せのままに」

 

 騎士団長の先導で城内へと足を踏み入れる。向かうのは謁見の間……ではないらしい。

 

「謁見の間を使うのは基本的には公の行事とかの時だけよ」

「なるほどなー」

 

 しかし俺たちまでいきなり王に謁見する事になるとは予想外なのだが……心の準備ができてないし礼儀作法にも自信がない。そしてそれをアルができるとも思えない。何か別の意味でヤバい気がしてきたぞ……! 

 

「こちらです」

 

 悩んでいる間に着いた部屋の扉を騎士団長がノックをして声を掛ける。

 

「失礼いたします。クリスティーナ姫をお連れしました」

「────わかった。入ってきて構わない」

「はっ!」

 

 中からの声に騎士団長が扉を開ける。

 その先にいたのはまさしくクロリシア王その人であった。

 

「お父様!」

 

 王の姿を見たクリスが嬉しそうに駆け寄っていく。俺たちはというと王の御前という事で跪いた方がいいのか、それとも頭を下げた方がいいのかわからずに動けないままにいた。

 

「皆さまもどうぞ中へ。公の場というわけでもないのでそこまで畏まる必要はないですよ」

「とはいっても最低限の礼儀作法は気を付けなさいね」

「ああわかった……りました」

 

 既にアルが怪しいのだが……。俺たちは無事に帰れるのだろうか……不敬罪的な意味で。

 部屋の中に入ると私室というよりは応接室のようにも見える。あるいは王族たちや貴族たちの憩いの場として使っているのだろうか? さすがにその辺りは見ただけではわからない。

 

 部屋の中にいたのは王の他に側近らしき騎士が侍っており、扉の横にも護衛の兵たちが複数人いる…………素性のしれない俺たちを警戒しているのかもしれない。

 

「クリスよ、まずは其方の無事を祝おう」

「はい。ですがそれよりも伝えなければならない事があるのです」

「ああ、だがその前に……」

 

 そこでクロリシア王が俺たちに目を向けた。いや、今見たのは俺たちではなくその後ろにいる兵士たちだ。

 続いてこちらに向けられた王のその視線は、明らかに冷え切っており────! 

 

 咄嗟に懐に手を入れ────瞬間、背後から地面に叩きつけられた。

 うつ伏せに上から取り押さえられて、身動きが取れない上に腹部が特に痛む。

 

「なっ……!?」

「一体なにをっ!?」

 

 

 

「────姫以外を捕えよ」

 

 

 

 その王の一声によって兵たちがアルとアンナを取り押さえにかけるのが見える。

 既に俺が兵に取り押さえられているのもあってか二人とも抵抗らしい抵抗もできないままに捕らえられてしまった。

 

「どうして……!? お父様っ!!」

 

 お姫様も王の側近らしき人物に保護という体で捕まってしまい、声を上げることしかできずにいる。

 

 ああ……考え得る中でも最悪の展開だ……予想の一つではあったが、まあないだろうと思っていた可能性の一つ。それが、現実となってしまった。

 

 

 

「────王女の誘拐犯だ。牢へ連れて行け」

 

 

 

 ────クロリシア王も、敵だったのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話

 王様の前で取り押さえられた俺たちは兵士に連行されて城の地下牢へと連れ込まれていた。

 地下牢自体そこまで広くなく、牢屋の数もそう多くないようだが、一箇所に三人をぶち込むには狭かったためか、俺とアル、そしてアンナはそれぞれ隣同士の牢屋に押し込まれたのだった。

 

「くそ……こんな牢、ブッ飛ばしてやりたいけど……!」

天恵(ギフト)か? やめとけやめとけ! この牢には天恵や魔法を阻害する魔術結界が施されてる。無理に使おうとしても発動するんだかしないんだか……暴発して自分に戻ってくるだけさ」

 

 苛立つアルに二人いる看守役の兵士の内の一人がわざわざ説明してくれる。なるほど。道理で。アルが大人しくしているわけだ。

 アルの天恵であれば鉄格子を消し飛ばすくらいできるだろうが、この魔術結界の中だと制御が上手くできずにアル自身はともかく俺たちまで消し炭になりかねない。

 

「くそ……武器さえあれば……!」

 

 武器があれば鉄格子を切り裂く事くらいアルならできそうだが、武器も持ち物も取り上げられた以上どうしようもない。アルは完全に封じ込められていた。

 ……とはいえ、俺たちが取り押さえられたあの場でアルが武器を抜けていたとしても切り抜けるのは難しかっただろう。

 多勢に無勢、さらには俺を瞬時に押さえ付けた騎士団長やら側近の騎士がクリスを抑えていたのを考えれば攻めきれず逃げきれず結局捕らえられていた可能性が高い。

 

 ……しかしこのままここにいてもこの看守たちから有益な情報は出そうにないし、そろそろ限界も近い。行動を開始しよう。

 牢屋の奥の方に移動し、鉄格子に背を向けて懐に手を入れる。

 あえてごそごそと音を立てた事で看守の一人がこちらに目敏く気付いた。

 

「おい、そこのお前何してる?」

 

 その声に動きを止める……が、それ以上反応しない。あたかも疚しい事をしていたかのように。

 その位置からでは俺が何をしているのかわからない。確認するためにはどうしても中に入らなければならない。

 

「一人で行く気か? やめとけやめとけ! 王女誘拐犯の一人で、天恵も持っているんだかいないんだか……牢屋の中で後方強者面している読み切れない男だぞ」

「はん、俺だけで十分だ。そもそもフル装備の俺に丸腰で勝てるわけないだろいい加減にしろ!」

 

 もう一人の看守が止めにかかったものの、聞く耳持たずに牢の扉を開けてこちらに歩いてくる看守。

 その足音のタイミング、そしてそこから推測できる歩幅からして口で言っていたほど慢心はしておらず、俺が何らかの抵抗をしてくることを警戒していることが窺える。

 そして俺の手元が見えるくらいの位置に来た瞬間────口内に溜まっていた液体を看守の顔面目掛けて噴き出し、それに怯んだ隙に手にしたナイフでヤツの首元を切り裂いた。

 

「……う”ぁ?」

 

 自身の首元から噴き出た鮮血に思わず声にならない声が漏れ出た看守の頭部を掴み地面に思い切り叩きつけ、意識を飛ばす。

 

「なっ!? 貴様どうやっグェッ!?」

 

 続けてもう一人の看守目掛けてナイフを投げようとする前に、どこからか飛来した光の球体が看守の頭部に直撃し、その意識を奪っていた。

 

「全く……! アンタ何したのよ……!」

「え? 何? 何が起きてるんだ……?」

 

 その言葉とアルの状況がわかっていない様子からして、今の球体はどうやらアンナの仕業らしい。姿が見えず声しか聞こえてこない辺り、おそらく牢の中から鉄格子の隙間を縫って魔法を撃ち出したのだろう…………? 

 

 ……ちょっと待った。今どうやって魔法使ったんです……? この魔術結界って魔法を阻害するのでは? 

 

「掌の間に空間ができるようにして手を合わせることで、その空洞を一つの界として定義して魔術結界の阻害効果から除外したの。その界の中で魔法を発動さえさせてしまえば阻害結界は関係ないからあとは撃ち出すだけ。まあこんなのできる人の方が少ないだろうけど、理屈だけなら簡単でしょ?」

 

(簡単じゃ)ないです。

 

「というかやってみたけど手間も多いし効率的じゃないわね。時間があったらこの結界の魔術式書き換えて無力化する方が簡単そう」

 

 魔法の阻害結界をその効果範囲内で魔法で書き換えて無力化って……何言ってるのかわからないですね。

 うーん、何でカニに捕まってたんだろうこの女……? 

 

「で、ずっと黙ってたと思ったら何したのよ……?」

 

 ちょっと怪しげな動きをして看守に牢を開けさせるよう誘導しただけだ。不審がってわざわざ近付いてきた看守をナイフで一閃、と言った所だ。さすがにアルのようにナイフで鉄格子を切るのは出来ないのだ。

 

 そう説明しながら、血塗れで地に臥した看守から鍵束を拝借し、牢屋から出る。

 

「ちょっと待って。そのナイフはどこから……?」

 

 部屋で俺が取り押さえられた時があっただろう。あの時に懐に手を入れたのだがその際にナイフを一本隠したのだ。

 

「隠したって、武器なんて荷物と一緒に全部取り上げられただろ。よく見つからなかったな」

 

 ナイフを隠した場所は腹の中だからな。

 

 そう言って俺は腹と口から血をダラダラ垂らしながらアンナの牢屋の鍵を開ける。

 

「は…………っ!? あ、アンタ何やってんの!?」

「というかそれこそいつの間に……!?」

 

 あの時、床に叩きつけられた時にだが? 

 

「まさか脱獄を見越してそこまでしたと……!?」

 

 ………………もちろんさ! 

 

「……うん? 今の間は一体……?」

 

 決してひと暴れしてやろうと武器を手にしてその前に叩きつけられた時にたまたま腹に刺さったとかじゃないから。『峰打ち』はちゃんと発動してたから。あえてだから。

 

「まあその真偽は置いといて、それじゃあクリスを助けに行こうぜ」

 

 そうだな。そのためにもまずは情報を整理しよう……アンナ? どうかしたのか? 

 

「……アンタたち、逃げてもいいのよ?」

 

 アンナのその問い掛けに、俺たちは問い掛けで返す。

 その問答何回目だ? 

 

「……そうね。そうだったわね。ほんとお人好しなんだから」

 

 それにクリスを助ける理由が一つ増えてしまっている。

 腹部の刺し傷をクリスに治してもらわないといけない。

『峰打ち』なので死なないとはいえ、物凄く痛いのだ。

 こうなったらもうクリスを助けて助けてもらうしかないのだ。

 

「それは自業自得じゃ……いや違うの……?」

 

 何はともあれまずは脱獄である。

 

 アンナによって昏睡している看守から装備を剥ぎ取りアルに渡す。これで封じられしアルフォンスが無双兵士アルフォンスへと早変わりである。

 ついでに衣服も剥ぎ取り、破って一枚の布にして腹部に巻き付ける。止血代わりだ。

 そして剥ぎ取られた看守を血塗れ看守と同じ牢に放り込み鍵をかける。

 

「……何か剥ぎ取るの手馴れてない?」

 

 人聞きの悪い事を言わないでほしい。こんな追剥強盗のような真似をしたことなど……1……5……11…………そんなにあるわけないではないか。

 

「十分に多そうだけど!?」

 

 そんなにあるわけないではないか。せいぜい両手の指で数えられないくらいだ。

 

「十分に多いけど!?」

 

 そんなにあるわけないではないか。と繰り返して誤魔化すしかない状況での事だった。

 

 

 

「その声、アンナか……?」

 

 

 

 どこからともなく、アンナを呼ぶ声が聞こえてきた。幽霊かな? 

 

「何か奥の牢から聞こえてきたな」

「こ、この声は……!?」

 

 暢気な俺たちとは対照的にアンナはその声が聞こえてきた方へと駆け出していった。

 俺たちも仕方なくついていくと、そこには牢の中を見て驚くアンナの姿があった。

 

「ど、どうして!? 貴方様がこんな所に!?」

「誰か知っているのかアンナ?」

 

 牢を覗き込んだアルに続いて俺も中を窺い……思わず絶句した。

 

「あれ、知らないの俺だけ?」

 

 ……そうだな。俺も知っている。

 

 彼の名はクロード・クロリシア。

 

 クロリシア王国の第一王子、つまり次期王位継承者だ。

 

「第一王子……つまり、クリスのお兄さんか?」

「いやそうだけど食いつくのそこなの?」

 

 いや、それよりも牢から出した方がよさそうだ。俺は看守から拝借した鍵で囚われの王子を牢から解放した。

 

「大丈夫ですか殿下!?」

「……おかしいな。牢屋に入れられて私は幻覚でも見ているのだろうか……? アンナの横に血塗れの動く死体がいるように見える……」

 

 あ、お構いなく。

 

「……っ!? 幻覚が喋った……!?」

「その幻覚は気にしないでください。それよりも一体何が……?」

 

 ……最近アンナからの扱いがぞんざいになっている気がするんだけど、どう思う? 

 

「出会った時にやった事を考えればいい方じゃないか?」

 

 せやろか? ………………せやな。

 

「そこ、ちょっと黙ってなさい」

 

 はい…………いや待て。それよりも先に移動した方がいいだろう。

 もしここで交代要員なり兵士が来たらこの阻害結界が張られた逃げ場のない狭い場所で戦わなくてはならない。そんな中でハラキリゾンビ状態の俺に天恵の封じられたアル、そして魔法使いのアンナで切り抜けられるかと問われると……………………あれ、別に問題ない気がしてきたぞ……? 

 ここから出て見つからないという保証はないわけだし、人心地つける場所に辿り着けるとも限らないわけだし……? 

 

「で、どうするんだ?」

 

 …………ここでいいや。

 

「幻覚が一喜一憂している……それともアンナが死体操作術(ネクロマンシー)すらも修得したと……?」

「違います」

 

 

 ◆

 

 

「父上は、変わってしまわれた……」

 

 まず敵側であるクロリシア王の目的を知るために、クロード王子が何故投獄されていたのか、話してもらう事になった。

 

「元々父上が先史文明の発掘と解析に力を入れ始めたのは技術の発展のためだった。先史文明が崩壊した後、人類はその文明の残骸をかき集める事で生き延びたと言われている。それと同じように遺物を集める事で今の文明も先に進めると信じていた。軍拡はその一部にすぎない」

 

 かつての王は国のため理想のために周囲の協力を仰いでいた。多くの臣下たちとも意見を交わし、時に自身の考えを修正しながら、理想の国家にするために周囲と力を合わせて進んでいた。

 

「だが、いつしかその目的はすり替わっていた。父上は人が変わったように先史文明の発掘と軍拡に力を入れるようになった。それ以外の責務は臣下などに放り投げるようになり始めてな。その事を私は、父上から後継として任せてもらえるようになったのだと喜んだものだ。そこから父上とあまり接する機会が減ったというのに……愚かなものだ。ようやく父上の変化に気付いた時には……既に遅かった」

 

 人を近付けず、全てを己が独断で決め、それを押し通す。気付けばそんな暴君へと変じてしまっていたのだという。

 

「その末に父上は正気とは思えない事をしようとしていた。それを諌めようと直談判しにいって…………このザマだ」

 

 自身の後継であるはずの第一王子ですら秘密裏にとはいえ軟禁ではなく投獄している辺り、その凶行は度を越してきているのが察せられる。

 

「その、王は何をしようとしているのですか……?」

 

 

 

「────全世界への宣戦布告」

 

 

 

「…………は?」

 

「クロリシア王国は武力によって世界統一を目指す、とのことだ」

 

 段階的な領土拡大ではなく急速な世界統一……確かに、これは正気とは思えないな……。

 

「なあ、実際この国だけで世界と戦うとかできるのか?」

 

 普通に考えれば、無理だ。最初の近隣諸国までなら順調に進むかもしれないが、どうしても多方面戦争になり、兵糧や武器などの物資、派遣する兵士、それらを送る時間などあらゆるものが足りなくなる。占領した現地で徴収するにしても限度がある。

 先日俺が言った止めに来た国に吹っ掛けていくパターンでも同時に相手ができておそらく2、3か国が限界だろう。それをいきなり全方面に戦争を仕掛けるなど不可能だ。全てを打ち倒すよりも先に干からびてしまうのは目に見えている。

 

 

 だが、先史文明の遺産の中でそれが可能になり得るものを俺たちは知っている。

 

 

 

 飛空船だ。

 

 

 

 今の文明において、飛空船の他に空を自由に移動する手段はほとんど存在しない。あっても天恵などの個人による物になるだろう。

 

 空飛ぶ魔物たちとの戦いならともかく戦争となると平面的なものしかしたことがなくそれ用の戦力しかない国が、空高くという全く想定もしない場所から一方的に攻撃を食らうのだ。こちらの攻撃は届かず相手は攻撃し放題……もはや戦争ではなくただの蹂躙だ。

 

 もちろん飛空船を持っている国もあるだろうが、あって一隻か二隻程度。先史文明遺跡を率先して発掘・研究を進めていたクロリシア王国はその何倍もの数を所持している。それこそ飛空船団を組織できるほどには確保しているのではないだろうか。

 

「……その通りだ。クロリシアが保有している飛空船の数は、私が把握しているだけでも最低八隻……おそらくは十を超えているだろう…………それにしても本当に大丈夫なのか? 今にも死にそうというか何故死んでないのかというくらいなのだが……」

「ほら、無理して喋らないの」

 

 ぬーん…………

 

「というかクリスが狙われた理由がわからないよな。今までの流れからして王様が黒幕って事だろ? 実の娘を誘拐させるってどういう事だよ?」

「クリスを欲しがっていたのは父上ではなく、父上が懇意にしていたエルロン枢機卿だという……今思えば父上が変わり始めたのもヤツが来てからのような気がする……」

「枢機卿?」

 

 簡単に言えば、教会のお偉いさんだ。もっと言えば聖王が指名した自らの補佐役にして次の聖王候補でもある。

 

「つまり教会のナンバー2じゃないか!」

 

 とはいえ枢機卿は一人ではない。代々聖王は枢機卿に複数人指名するのが通例になっている。今も確か五人ほどいたはずだ。

 

「へぇ、そうなのか……」

 

 だから何故知らないんだ神父の息子……

 ちなみにエルロン枢機卿だが政治手腕は優れているものの『主神絶対主義』の中でも過激派として知られており、他の信徒からは嫌厭され気味だとかで現状だと次期聖王に最も遠い枢機卿とされている人物だ。黒い噂もいくつか流れていて、教義を無理やり曲解して教育を施した私兵団とやらも実際にいるようだ。

 

「だから何でそんな事まで知ってるの……?」

「でも教会の人間ならクリスをわざわざ要求する必要性があるのか……?」

「おそらくだが、秘密裏に、というのが重要なのだろう。表立った活動のためではなく、後ろ暗い目的のために、利己的に利用したいと言った所か」

 

 目的は何にせよ、つまりクリスはこれから改めて聖都へと送られることになるだろう。であればどのように聖都へ送られるかだが……陸路か、海路か、あるいは……

 

 

「おそらく空路────飛空船だ」

 

 

 王子はそう断言するが、飛空船で移送するにはさすがに目立ち過ぎるのでは……? 

 

「どちらにしてもクリスは聖都の治癒院にいることになっている。そこまでならたとえ目立ってしまっても問題はない。それよりも一度失敗している以上確実に送り届けることを優先してくるだろう。それに全世界に飛空船で戦争を仕掛けるのだから、飛空船の一隻が聖都に向かったからといって注視される前にそれ以上の衝撃で有耶無耶にすることも可能だ」

 

 確かに、一理ある。確実に早くと考えれば飛空船以上に適した手段はないだろう。

 

「問題があるとすれば、現時点でクリスがどこにいるのかわからないという事だ」

 

 私室で軟禁、というのが鉄板だが……すでに飛空船に乗せられている可能性もある。あるいは王子のようにこことは別の牢屋に投獄されている……? 

 

「ここからクリスの私室まで大分距離があるわ。案内できるけどどれだけ慎重に動いても絶対にどこかで見つかるわね」

「飛空船の保管場所なら私が案内しよう。だがそこを抑えてしまえばどれだけ隠そうがさすがに父上たちにも伝わるだろう」

 

 アルは……っと、ここでのんびりする時間は終わりのようだ。

 

 言葉も途中に口元に人差し指を持っていき沈黙を促す。こちらの意図をくみ取って話が途切れた辺りでより耳を澄ませる。

 地下牢の入り口の方から足音と話し声が聞こえてくる。おそらく見張りの交代だろう。数は……2。

 微かに聞こえてくる歩調と話からこちらへの警戒はほとんどしていないだろう。

 なので不意を打って二人ともナイフで無力化した後、鎧を剥ぎ取り牢屋へぶち込み鍵をかけておく。

 

「というか躊躇いなく殺すのだな……いや、責める気はないのだが……」

 

 俺のダイナミックなアン・ブッシュに若干引いてしまっている様子の王子に対して弁明する。

 

 心配ご無用、『峰打ち』なので。

 

「峰打ち……峰……?」

 

 血がドクドク出ている看守たちを見ながら王子が混乱しているが、峰打ちは峰打ちでそれ以上でも以下でもないし時間もないので説明は省く事にする。

 

「……この魔術結界、天恵も阻害するみたいだけど、なんで使えてるの?」

 

 あくまでこの結界は阻害・抑制するだけで無効化ではない。制御が難しくなるだけだ。であれば制御さえきちんとできていれば使用に問題はないということだ。

 

「俺、この感覚が乱されてる空間の中でまともに使える気がしないんだけど……」

 

 アルは天恵制御の修行が足りてないのだ。カラテだ、カラテあるのみである。

 

「ぐっ、カラテが何かわからんが言い返せない……!」

「……それって天恵の使用頻度どれだけ多いかって話になるんじゃ……?」

 

 まあ今はそれどころではない。

 変装用に鎧を剥ぎ取ったがこれで完全に誤魔化せる程甘くはないだろう。血もついているし。

 

「ついてるというか血塗れよね」

 

 それにどれだけ順調に進めたとしても選択を誤れば間に合わなくなることも十分にあり得る。

 アルはどう動くべきだと思う? 

 

「なら……────」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話

「じゃあ────まずはクリスを助けよう」

 

 アルならそう言うと思ったが……違う、問題はそこじゃない。

 

「え?」

「クリスがどこにいるのかわからないっていうのが今の問題なの。話聞いてた?」

「可能性としてはクリスの私室、別の牢、飛空船……上げればいくらでも増えてくる。絞るには情報が足りない」

 

 アンナとクロード王子がさらに補足してくれたが、今決めなければならないのはクリスを助けるためにどこへ向かうかだ。ただしどこにいるのか候補が多すぎて絞り切れないのが現状だが。

 

「情報が足りない……なら誰かに聞けばいいんじゃないか?」

「誰かって……誰に?」

「そりゃ、その………………王様とか?」

「…………あのねぇ」

 

 そりゃ王様ならクリスをどこにやったか知っているだろうが、俺たちを豚箱にぶち込んだ張本人が教えてくれるわけ……………………

 

「どうしたの?」

 

 …………案外、アリかもしれない、のか……? そう思いながら、俺は王子の方に目を向けた。

 

「何か思い浮かんだのか?」

 

 その前に、殿下にお伺いしたい。今回の一件で、殿下はどこまでの覚悟をお持ちなのかを。

 

「覚悟……何に対しての覚悟を問う?」

 

 この国の王が、自身の娘を拉致させそれを他者の仕業に偽装し、世界に対して戦争を起こそうとしている。それを止めようと動かれた殿下は、そのためにどこまでの事をする覚悟があるのか……それを問いたい。

 

 

 即ち、王を諌めるにとどめるか、いっそ反旗を翻すか。

 

 

「……っ!」

「ちょっ……! アンタ何言ってるのかわかってる……!?」

 

 もちろん。端的にクーデターを起こせなど、時と場合によってはこの首を落とされても仕方ない発言だろう。

 

 だが今回の一件は既に話がそこまで進んでしまっている。

 

 俺たちの状況を差し引いても、王に対し反論を述べた次期後継者を牢屋に投獄するなど通常では考えられない事態だ。十分に反旗を翻す理由にはなるし、理解も得られるだろう。

 もちろん王子のお考えを尊重するつもりではあります。その場合は逃げの一手になりますが。

 

「……直談判に行った当初はそこまで考えていなかった。説得すれば考えを改めてくれると信じ込んでいたからだ。だが、現実は違った。もしこのまま父上が戦争を起こせば、この国はただでは済まないだろう。勝っても負けてもだ」

 

 たとえ世界を相手取って勝利を掴んでいっても、それまでの間この国は世界中から敵意を向けられ続けることになるだろう。そんな状態が続くことになれば正気ではいられない。国に戦争中心の生活を強いられ、それが常識になれば、元の生活に戻るのにどれほどの時間が必要になるのか、わかったものではない。

 

「父上は変わってしまわれた。その行いが民にどのような責を背負わせることになるのか、考えすらしなくなってしまわれた。故に……その前に父上には、王位を退いてもらう。必要とあれば、その命も……!」

「殿下……」

 

 どうやら殿下も覚悟を決められていたようなので、アルの言った王にクリスの居場所を聞きに行くという手段も可能となった。ただし質問が尋問や拷問になる可能性もあるが。

 

「……俺、そう言うつもりで言ったんじゃなかったんだ……親子で争え、なんてつもりじゃなくてさ……」

 

 アルが少し沈んだようにそう呟いた。

 アルの発言が元とはいえ、そういうつもりで言ったんじゃない事はもちろんわかってる。アルは悪くないさ。ただこの状況で俺が思いついたのがそれだったというだけだ。

 

「そうだ。そして君も悪くない。本来であれば私が最初に自ら口にしなければならなかった事だ」

 

 ……お心遣い感謝します。

 

 それに旗頭になってもらう必要はあるが、争うといっても王子が直接手を下す必要はないのだ。

 いざという時は俺が『峰打ち』で済ませるようにするから安心するといい。

 

「安心……安心……?」

「……峰打ち……頭部に矢……うっ、頭が……!」

「峰打ち……? さっきも言っていたが、峰打ち……?」

 

 何故か三人とも少し混乱しているようだが、いつまでもここにいるわけにはいかないので、移動しよう。

 ついでに王子に俺の天恵に関する注意点も含めた説明もしていこう。

 

 

 ◆

 

 

 俺の天恵【不殺】について改めて説明しておこう。

 

 知っての通り、この天恵による『峰打ち』を使えばたとえ致命傷を与えたとしても死ぬことはない。

 だが死なないという事は生きているという事であり、生きているという事はエネルギーを消費していくという事である。

 例え頸動脈を切り裂いたとしても心臓は血液を身体に送り続け身体に巡らそうとする。例え体外に大量に噴き出していようとも動き続けるのだ。

 言うなれば穴の開いたバケツに水を注ぎ続けるようなもの。いつかは水を送るエネルギーさえ枯渇し、それでも送ろうとエネルギーを消費し続け、ゼロになる。それでも死ぬことなく生き続ける。

 

 つまり、行き着く先は仮死状態である。

 

 獲物に使えば短時間なら鮮度を保てるが、長期保管の場合エネルギーを消費し続けるため肉は痩せ細り瑞々しさは失われ肉は硬くなる。狩りにもそこまで使えない。そもそも血抜きしようにも出続けるのでできないという始末。

 ミイラや即身仏作りには超絶便利だがそんな趣味も需要もない。

 

 そしてこの天恵の使用対象は『人物』ではなく俺が振るう武器・物、もっといえば『俺の攻撃行為』そのものである。いくら『峰打ち』で死なないとはいえ別の追い打ちを食らえば普通に死ぬ。

 頭部を峰打ちでかち割っても生きているがそれとは別に心臓を刺されたら死ぬし、極端な例になるが峰打ちで生きたままミイラ状態で血を垂れ流している相手が蚊に血を吸われても死ぬ。

 そして俺自身が『俺の攻撃』だという認識を持たなければ【不殺】は付与できない。アルの天恵やアンナの魔法に俺の【不殺】を付与する事はできないということだ。

 

 イメージとしては攻撃対象に薄い保護膜が張られるような感じだろうか? あるいは魂というモノがあるのならそれを肉体に繋ぎ止めておくイメージの方が近いのだろうか? 口で説明するのが難しい。

 

 色々言ったが要するに峰打ちをした対象にはそれによる保護が働くので何の問題もないというわけだ。

 

 

「今の説明を聞いて大丈夫な要素が一切ないのだが……今も口から血を噴き出しているが……?」

 

 大丈夫です。俺よりも牢屋に幽閉されて体力が落ちておられるだろう殿下自身をご自愛ください。殿下が倒れられるとそれで全て終わりなので。

 

「確かに多少体力が落ちている事は否定できないが……それよりも君の方がよっぽど重傷に見えるのだが……」

「確かに絵面は動く死体みたく見えるもんな」

「それよりコイツの敬語、違和感がハンパないわね……」

 

 何を言うか。俺はちゃんと使うべき時に敬語を使える人間だぞ。でも多少の言い間違えくらいは平民だと思って甘く見てもらいたい。

 

「でも今の説明聞いた感じだと、【不殺】って系統としては防御型の天恵なのかしら……?」

「ええ? あれどうみても殺しにかかってるし防御とは結び付かない気がするけど……?」

 

 殺しにはかからないぞ。『峰打ち』だから。

 

「私も天恵に関しては詳しくないから正しいかはわからないんだけど、魔法の場合は人それぞれ適正があって、大雑把に攻撃系の魔法に適している人は防御・治癒系の魔法は修得し辛いっていう傾向があるの」

 

 私も治癒系の魔法は使えないし、というアンナ。なるほど、道理で治癒魔法を使ってくれないわけだ。

 

「それと同じように考えると、【不殺】は特殊過ぎる。今の話を聞く限りだと対象を守るための天恵ととれるけど、発動のために攻撃を仕掛けないといけない。存在自体が矛盾している。たぶん普通の魔法適正もそんなにないんじゃない?」

 

 うーむ、否定できない。一応俺も魔法は使えるが、火の玉を出す初級魔法やら生活魔法くらいしか使えない。治癒魔法も使えるがそれもあくまで応急措置程度で時間をかけないと使えない。

 まあ如何に特殊だろうと重要なのは如何に使えるかだ。使い勝手という意味ではアルの【雷光】という比べるまでもない相手がいたのでもう諦めているが。

 

「珍しいのはそっちもなんだけど……まあ今はいいわ」

「ところで、何故峰打ちで済ませているのだ? 話を聞くに峰打ちするのも天恵による労力があるのだろう?」

 

 他人の命を奪うという事に慣れると碌な事がない。なので出来る限りしないようにしているというだけです。

 

「それとは別の慣れちゃいけない何かには慣れちゃってる気がするけど……峰打ちだから大丈夫とか……」

 

 あと生きている重症者というのは単純に重荷になる。

 きちんと対応すれば助かるかもしれない、という可能性は治療に人員を割く必要性を生み、相手に新たな選択肢を生む。

 そこに人員が割かれればこちらに割ける人員も減る。余計な戦闘を避けられるというわけだ。

 それに事が終われば彼らも味方になる。国力を徒に減らす必要はない。そして誰も殺してないので不要な遺恨も残らない。つまり、俺は悪くない。

 

「発想が物騒」

「さっきの慣れ云々絶対建て前だったぞ。俺にはわかる」

 

 

 ◆

 

 

 王子は覚悟した。必ず、かの邪知暴虐の王を取り除かねばならぬ……そう決意して普段この時間にいるという政務室にアンブッシュを仕掛けようとしたのだが……

 

「いなかったな、王様……」

「以前であればこの時間は間違いなく政務室にいたのだが……」

 

 なんと空振りであった。幸い、ダイナミックエントリーする前に中にいるかをこっそり確認したのでこちらに気付かれて騒ぎになる事はなかったのだが、いきなり当てが外れてしまった。

 ひとまず仕切り直そうという事で、俺たちは近くにあった人気のなさそうな食糧庫にて小休止していた。

 

「で、結局王様ってどこにいるんだ?」

 

 さあ? これが物語(ゲーム)なら謁見の間で待ち構えていたりするんだろうが……

 

「今の父上だとどう動くか予測しにくいな……来客があれば謁見の間や応接用の部屋にいるだろうが、あるいは私室に籠っている……?」

「選択肢が多いなぁ」

 

 だがクリスの居場所よりかは絞れている。大まかにではあるが残りの候補としては、謁見の間、応接室、あとは王の私室あたりか。そのどれかで王の首が飛ぶことになるわけだ。

 

「首を飛ばす前提で話さないでくれないか……?」

 

 とりあえずこの食糧庫にあったハムとかの食べ物を拝借したので簡単にだが腹に入れておこう。腹が減っては戦はできぬともいうし。

 

「……ちょっとハムの塊そのまま渡されても困るんだけど……」

 

 ハムを切るのに丁度いい刃物が俺の腹の中に入れてた血塗れナイフくらいしかないから仕方ないね。切り分けたいならアルが持ってる兵士の剣とかになるが……

 

「どっちも不衛生……ちょっと待って。魔法で切るわ……っと」

 

 そう言うとアンナの持っていたハムの塊が瞬く間にハムのスライスに! これが、ハム切りの魔法……! 

 

「変な名前付けないでくれない?」

「というかお前は腹にいれて大丈夫なのか? 腹に穴開いてるけど」

 

 今から治癒魔法で応急措置してから食べるから大丈夫だ。というか死なないとはいえ栄養は取らないと血液不足で動けなくなるから、今動けなくなってお荷物になるのは避けたい。

 

「治癒魔法使えたのね」

 

 使えはする。ただ時間をかけて集中する必要があって、それだけやってもあくまで応急措置程度にしかならない。

 ちなみにだが、峰打ちでの傷は通常自然治癒しないものでも傷口をくっ付けておけば自然治癒するようになるので、牢屋に転がした兵士たちも放っておいてもいずれ復活するだろう。まあ何日かかるかわかったものではないが。

 

「治った所で栄養失調で動けない……巧妙な罠ね……」

 

 そういう意図はない。ないったらない。そう否定しながら応急措置が完了したので栄養補給がてらスライスされた高級そうなハムを齧る。

 うーん、血も滴る肉の味がする。これが高級肉の味……? 

 

「それは君の吐血の味だ」

 

 せっかくの高級な肉の味が血の味で台無しに……ガーンだな。

 

「普段の肉とそう変わらないぞ」

「いや全然違うわよ」

 

 アルの子供舌と同じにしてはいけない……と、足音が聞こえる。ここに誰かが入ってきたようだ。

 

 その意図を汲んでくれたのか声を潜める。少しして二人分の足音と共に話し声も聞こえてきた。

 

 

「……というかどうしてわざわざここの食糧庫まで取りに来なきゃいけないんだよ……ここの中って希少品ばっかなのに、今日って何かあるのか?」

「ああ、何でも教会からエルロン枢機卿が来られているとかで、謁見の間でのやり取りが終わるまでに少しでもいい食材を準備しとけって料理長が言ってたよ」

「マジかよ。あのエルロンって人嫌いなんだよなぁ。味のことなんかわからないくせに食材とかもっといいものを使えってうるさいし……」

「客人に下手なもの出すわけないのにねぇ……」

「その上で通ぶって話すもんなぁ。こっちとしては間違ってても違いますとも言いにくいし……」

「王様もあんなのの相手しないといけないとか大変だよねぇ……」

「王様と言えば最近…………」

 

 そんな雑談と共に足音が出口の方に遠ざかっていく。どうやら峰打ちをする必要はなさそうだ。それを確認してから目配せをする。

 

「……今の、聞いた?」

 

 ああ。やはりここの食材、高級品ばかりのようだ。吐血のせいで味がわからないのが悔やまれる……! 

 

「そこじゃないわよ!」

「エルロン枢機卿が来ているという所だな」

「しかも謁見の間で何か話してるって話だったし、今ならそこに王様がいるって事だよな」

 

 しかもエルロン枢機卿と言えば王の方針が変わったのに関わっている可能性があり、クリスの身柄を欲しがっていたらしい人物だ。そのままエルロンにクリスが引き渡される可能性も十分にある。

 

「つまり……?」

 

 一網打尽の時間だ……! 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話

 食糧庫にて王と黒幕らしきエルロン枢機卿が謁見の間にいるという情報を得た俺たちは、見つからないように移動し、その扉の前まで辿り付いた。

 

「じゃあ、手筈通りに……」

 

 アルの言葉に頷きで返すと、勢いよく音を立てながら扉を開け放った。

 

「……ぬ?」

「何だ……!?」

「何奴ッ!」

 

 部屋の中には玉座に座る王にそれに向かうように立つカソックを身に纏ったスキンヘッドの男、そして扉から玉座までの道の両脇に沿うように警護のための兵士たちが並んでいる。

 その全員が、こちらに意識を向けた。

 

 

「──雷光よ、迸れ──!」

 

 

 その瞬間を狙って、先頭にいたアルの【雷光】が彼らの視界を奪った。

 

「ぎゃっ?!」

「目がっ!? 目がぁ!?」

 

 謁見の間が閃光に染まり、その場にいた人たちの視界を白く染めていく。当然俺たちは対策済みなので問題ない。

 そのまま突撃したアルが追加で雷撃を放ち、目がくらんで動けずにいる兵士たちを痺れさせて無力化していく。

 

 そうして雷光で眩んだ目が視界を取り戻す頃には、玉座に座る王とエルロン枢機卿の二人以外室内にいた人間は地に臥せる事となった。

 

「こ、これは……一体何がどうなって……!?」

 

 狼狽えるエルロンに対して、王は冷静に状況を把握し、乱入者の中にクロード王子がいる事を認識すると、彼に向けて口を開いた。

 

「クロード……この場でのこの狼藉、どういうつもりだ?」 

「言わずとも知れた事。父上、私は貴方のやり方に改めて異を唱えるためにこの場に参ったのです」

「王に異を唱える……実の息子とはいえ不遜であるぞ。しかもよく見れば一緒にいるのはクリスを攫った誘拐犯ではないか? 国を害する反乱分子に成り下がったか」

「おかしなことをいう。彼らと同じ牢に私を閉じ込めたのは他ならぬ父上ではないですか。そもそも彼らは誘拐犯ではなくクリスの命の恩人だというではありませんか」

「違うさ。奴らはクリスの恩人ではなく王女誘拐の実行犯である。私がそう決めた。そういう事にした方が王国にとって都合がいいからな」

「事実を歪める事が為政者のする事だと?」

「それが、王というものだ」

「違う! 王であればこそそれは許されない行為のはずだ!」

「……殿下、熱くなりすぎないでください」

「……そうだな。すまない」

 

 王とのやり取りで冷静さを失いかけた王子をアンナが諌める事で軌道修正する。時間をかけていると城の兵士が異常を嗅ぎ付けて押し寄せてくる可能性もある。

 

「ど、どういう経緯かはわかりませんが、王国内の権力争いに無関係の私を巻き込まないでもらいたいですなぁ!」

「無関係とはどの口が言うのか。さすがに白々しすぎやしないですかな、エルロン殿」

「うっ……!」

「貴殿にも問い詰めたい事は山ほどあるが、それよりも先にしなければならぬこともある。そこで少し黙って待っていろ」

 

 王子の圧に言葉を失うエルロン。何とかこの場から逃げ出そうと唯一の出入り口に目をやるがそこには先程兵士たちを無力化したアルの姿がある。逃げ場はない。

 

「王よ、最後にもう一度問います。全世界に対して宣戦布告を行なうという愚行、そしてありもしない罪で民を利用する愚行……考え直す事はできませんか?」

「何を言うかと思えば……これは決して愚行などではない。世界に必要な事なのだ。お前にわかる必要はないが」

 

 王子の最後の説得に王は冷たく返す。実の息子の言葉であろうが、もはや聞く耳持たないと改めて宣言した。

 

「……もういいです。貴方はもはや王として相応しくない。その王位、私に譲ってもらう」

「はっ! 力を以って世を制する事を否定するお前が、力を以って王位を奪うか! 片腹痛いわ!!」

「だとしても、国の未来を想えば、誰かがやらねばならぬ事だ! 止めねばならぬ事だ! であれば私がその役目を負うのは当然だ! たとえそれが汚名となろうとも!」

「一丁前に吼えるではないか。だがそれだけで世界が────」

 

 王と王子の舌戦が盛り上がってきて、誰もがその行末に注視していく。アルやアンナ、エルロン、そして痺れて倒れた兵士たちも。

 

 

 

 

 

 

 ────その最中に、一人の兵士が王の首を切り飛ばした。

 

 

「…………はっ?」

 

 頭が転がっていく音が響く中で、その漏れ出た声は誰の声だっただろう。痺れて倒れた兵士のものかもしれない。少なくとも王子の声ではない事は確かだ。

 

 何せこれは打ち合わせ通りの行動なのだから。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 結論からいえば、王の首を切り飛ばした兵士の正体は兵士の装備を身に纏った俺である。

 

 簡単にネタ晴らしすると、最初のアルの目晦ましのタイミングで、兵士に扮した俺は脇にいた兵士たちに紛れ、倒れた振りをして機を窺っていたのだ。

 しかしやろうと思えば開幕すぐさま王とエルロンの首を飛ばすという事も出来たにもかかわらず、その手段を取らずにこんな手間をかけたのかいうと理由がある。

 

 食糧庫から謁見の間へと向かう最中、王子から一つ頼み事をされたのだ。

 

「最後にもう一度王の説得を試したい」

 

 仮にも父親に危害を加えるというのに抵抗が湧くのは理解でき、王子の希望も強かったため、条件付きで了承した。

 

 その条件は、時間をかけない事と、説得が失敗した場合すぐさま王を無力化する事だ。

 

 時間をかければそれだけ援軍がくる可能性が高まる。非戦闘員である王子を除けば三人しかいない現状で、大量の兵士相手に謁見の間という袋小路に追い込まれるのはご免被りたい。

 

 そして説得に希望を持ち続けてズルズルと続けられても同様に時間切れになる可能性がある。というかそれを狙ってくる可能性もあったので、説得のチャンスは本当に一度だけにしてもらった。

 

 そもそもとしてクリスがすでに飛空船やらに乗せられていないとも限らない状況で、時間をかけることは避けたかった。

 

 要するに俺たちには圧倒的に時間がなかったのだ。

 

 なので決行するのはまさしく電撃作戦だった。

 

 アルの天恵による閃光と雷撃で敵戦力を無力化。その隙を縫って本来は王とエルロンを峰打ちする予定だった代わりに、兵士に扮した俺が倒れる兵士たちに紛れて機を窺う事となった。

 

 王子による説得フェイズが失敗したタイミングで王の首を飛ばすために。

 

「き、貴様!? 自分が今何をしたのかわかっているのか!?」

 

 エルロンが慌てたようにこちらを捲し立ててくるのを聞き流しながら、俺は王の首を切った剣を片手に次の獲物の首(エルロン)へと狙いを定める。

 

 安心するといい、峰打ちだ。死んではいない。まあ血は噴き出して見た目は死んだように見えるかもしれないが…………? 

 

 剣に付いた血を振り払おうとしながら、そこまで口にした所で何か違和感を抱いた。

 何だ、何かがおかしい……どこに異常を感じた……? 

 違和感を拭おうと意識を集中させて、考えて、改めて切り払おうとした剣身を見て気付く。

 

 血が、ついていない……? いや……そもそも、血は出ていたか……!? 

 

 その事に気付き玉座の体の方を向いた瞬間、王の体から何かがこちら目掛けて飛び出してきた。

 咄嗟に剣の腹で受け止めるが、その勢いと力に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 受け止めた剣は砕け、金属でできているはずの兵士の鎧もその圧力にミシミシと異音を発している。

 腹部が圧迫され傷口が痛むが、そこでようやく俺を壁に押し付けている物体の全容を把握できた。

 

 

 首のない王の体から飛び出していたのは、木の根のように太い肉でできた触手のようなナニカだった。

 

 

 その触手は今も王の体と繋がっており、意志を持って力を込めて阻む鎧ごと俺を押し潰そうとしてくる。

 いや待て、何が起きている……!? 王は天恵を持っていないはずで、普通の人間にこんなことが起きうるはずがない。

 攻撃を食らった俺をはじめ、アルやアンナ、クロード王子ももちろん、痺れて動けない兵士たちすらも。誰一人として状況がつかめない。

 

 

 

 

「────全く……とんだ失態だな、ダニーよ」

 

 

 

 

 そんな中でたった一人、動揺する事すらなく口を開いた人物がいた。

 

 先程までの動揺が嘘のように冷静な様子でエルロンが首のない王の体に向かってそう語りかけた。どう見ても死んでいるように見える相手に話し掛けるのもおかしいし、話しかけるにしても王の頭部はまた別の方向に転がってしまっている。いや、そもそも王の名前はダニーなどではない。

 

 

 

「────ごめんごめん、だけど王子と会話している中でノータイムで王の首を切り落としてくるヤツがいるなんて思いつかないでしょ」

 

 

 

 だというのに、エルロンの言葉に対して返事が返ってきた。その声は、首のない王の体から発せられていた。

 

「うーん、この状態だとちょっと話しにくいなぁ……もういっか」

 

 その声とともに王の体に変化が起きる。切られた首の辺りから、徐々に少年の頭部が浮かび上がってきたのだ。その顔は、王とは似ても似つかないものだった。

 

「貴様、誰だ……!?」

「誰だとは悲しいなぁ。さっきまで親子として国の行く末を討論し合ってたじゃないか。まあ親子じゃないんだけどさ」

「誰だと聞いている!?」

 

 ……想定外だった。王は黒幕との共犯か、あるいは洗脳されたのだろうと思っていた。

 人が変わったと言っても、それはあくまで例えであると思い込んでいた。

 

 違った。王は、まさしく人が変わっていた。他人に成り代わられていたのだ。

 

「……で、どう責任を取るつもりだ?」

 

 王子の詰問を気にする事なく、エルロンはその少年に問い掛ける。

 

「エルロンがボクを呼ばなきゃもっとやりようはあったのに……というかどうするかなんてもう決まっているような物じゃないか」

「お前の口から聞く事が重要なのだ」

「仕方ないなぁ。筋書きとしては、そうだな……乱心したクロード王子は謁見の間に向かい、その場にいたエルロン枢機卿とともに王を打ち倒して王位を簒奪する事に成功する……って所かな?」

「わざわざ私を巻き込むな。私が退室後に起こった事にすればよい」

「何だよ。それってボクだけで片付けろって事? ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃないか」

「お前の不始末だ。私は聖女を連れてさっさと聖都に帰る」

「ちぇー。あ、じゃあちょうどいいし計画を早めておいてよ。騎士団長に言えば進めてくれるだろうし」

「ではそうしよう」

 

 俺たちの存在など気にもかけないとも言うかのように二人で淡々と話を進めていく。

 

「何を……一体何の話をしている……!? いや、それより父上は…………貴様ら、父上をどこにやった!?」

「んー? キミのお父さんの体なら目の前にあるじゃないか。まあ命はもうなかったしダメ押しで首も切られちゃったけどね」

「……っ!?」

「で、何の話をしてるか、だっけ? ま、簡単に言ったらね…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────この場にいる全員、皆殺しって話だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 その宣言と共に少年の、正確にいえば王の体部分の肉体が膨張し少年の頭部を覆い隠しながらその形を変化させていく。

 玉座には球状の肉の塊が鎮座していた。俺を押し潰そうと伸ばしていた触手も収縮していて球体に吸収されたが、その球体の一部が波打つような変化を始めた。

 

 まるで水面から何かが飛び出してくる前兆のような…………!? ────避けろ!! 

 

 

「────ッ!!」

 

 

 瞬間、球体からまさしく発射された触手が、王子目掛けてまっすぐ飛来した。

 咄嗟にアルが王子を押し倒した事で難を逃れたが、射出された触手はそのまま扉を塞ぐかのように広がり、玉座に残っていた肉塊も触手を経由してそちらへと移動していった。

 

 

「────まあ守るよねー。そう思ったからまずは逃げ道を塞がせてもらったよ」

 

 

 謁見の間、唯一の出入り口をふさがれてしまった。これで王が偽物だと城の兵士たちを援軍を呼ぶ事は叶わなくなった。

 ……押さえ付けられていた俺に止めを刺さなかったのもどっちにしても殺すから構わないという事なのだろう。

 

「では私はお暇させてもらうよ」

 

 そしてエルロンもまた、いつの間にか触手の向こう側、扉に手をかけていた。

 

「待てエルロン!!」

「では王子、次に会う時には手を携えられる事を祈っておりますよ、まあ私が会うのは貴方ではないでしょうがね」

 

 そう言ってエルロンは扉の向こう側へ姿を消した。

 

「殿下、危険です! 御下がりください!」

「これは……」

 

 逃げたエルロンも重要だが、それより今は目の前の脅威を何とかしなければならない。

 

 扉の前にあるのは、蠢く肉の壁、肉の網……表現はどうであれ、こちらへと殺意を向ける化け物とも表すべき存在だ。

 

 

 

「────さあ、キミたちはどれだけ粘るかなぁ?」

 

 

 

 その目は、捕食者のソレであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話

 王の姿から肉の壁と化したダニー少年。

 肉の壁とかアルの【雷光】とかアンナの魔法で楽勝やろ、と内心どこかで思っていたのだが、そんな事はまるでなかった。

 

 

「────ははっ! すごいすごい! まだ死なないんだね!」

 

 

 俺たちは現状、防戦を強いられていた。

 

 コイツの厄介な所は、手数の多さだ。

 

 手数の多さと言っても、種類の話ではない。

 攻撃パターンとしては、肉の壁から触手が射出され、それを躱せばそこから触手による薙ぎ払いに移行するか壁に戻っていくかのどちらかだ。実際に対応するとなると別だが、言葉にするだけならそこまで多くない。

 

 問題は、文字通りその数の多さだ。

 

 当たり所によっては鉄の剣すら圧し折る威力の触手が休む間もなく襲いかかってくる。

 その攻撃が、ヤツの正面に立つアル、壁付近に飛ばされた俺と、王子を庇える位置にいるアンナ、そして散逸して痺れて動けずにいる()()()()、それぞれ()()()向けられるのだ。

 

「くそ……数が多い……!! ──飛べ、雷刃──!」

「くぅっ……!」

 

 さすがにナイフや折れた剣であの触手の攻撃を捌くのは無理なので俺は倒れている兵士の斧槍を借りて攻撃を受け流す。使い慣れない武器使いづらいです。あと口の中からまた血の味がしてきた。

 

 アンナは魔法で氷の壁を作り出して盾にすることで何とか攻撃を凌いでいる。が、鉄の剣を折り鉄の鎧すら歪ませる触手の攻撃の連打に対して氷壁の補強を繰り返し続ける事で対応しているため攻勢に出る余裕はなさそうだ。

 

 一番奮闘しているアルも自身への攻撃の対処を剣で、兵士への攻撃の対処を天恵によって防ぐので手一杯で攻撃にまで手が回らないのが現状だ。普段やる事を口に出す事でより正確に天恵を発動させているのだが、それがどんどんと省略されていっているほどだ。天恵の制御が上達していっているのか、あるいは杜撰になっているのか……どちらとも判断がつかない。

 

 兵士を見殺しにするのが一番手っ取り早い気もするが、何も知らなかっただろう彼らをただ見殺しにするのも後味が悪いのだが、それ以外にも見捨てられない理由がある。

 

 既に何人か兵士が犠牲になっているのだが、その際に兵士を殺した触手がその体に突き刺さり、何かを吸い取るかのような動作をしたかと思えば、兵士の死体が身に付けていた鎧などを残して消えてしまったのだ。

 

 そしてそれと同時にヤツの攻撃の威力が上がった。別に力やスピードといった話ではなく、単純に質量が増えたのだろう。おそらく、兵士を吸収して文字通り自らの血肉に変えたのだ。吸収、あるいは同化したと言うべきか。

 

 そういう理由もあって兵士たちも守りながら戦わなければいかないため、決定打を打てずにいた。兵士たちが一箇所に固まっていない状態で動けないというのが不利な状況に拍車をかけていた。

 兵士たちが足手纏いすぎる……せめて兵士が動けたら対抗……は無理でも一箇所に集まってもらって守りやすくなるのに……! 誰だよ兵士を念入りに痺れさせとこうって提案したヤツ…………俺だったよチクショウ!! 

 

「ば、化け物……め……!」

「化け物? ヒドイ言い草だなぁ。これでもボクは人間だよ? まあキミたちとは違って『選ばれた』って言葉が頭に付くけどねっ!」

「ぐぎゅっ!?」

 

 麻痺から回復してきた兵士が口にした言葉を、ヤツはアルの妨害を掻い潜ってその頭部を潰し、喰らいながら否定する。

 

「くそっ、また一人……! みんな生きてるか!?」

「私は、無事だ……。アンナが守ってくれている……!」

「私と殿下の事は気にしないで大丈夫! でもゴメン、防ぐので手一杯で加勢できそうにない!」

 

 ポンポンペインです。

 

「全員無事っぽいな! 何か手はないか!?」

 

 俺の言葉無視されてるぅ……。でも今はそれどころじゃないのも事実である。

 とりあえずはコイツの能力についての考察はできたぞ。

 

「へぇ……ボクの能力がわかったって? 答え合わせしてあげるから言ってごらんよ」

 

 余裕がありふれたような口ぶりだが攻撃が緩まる事はない。こういう場面では攻撃がやむものだと思うのだが……仕方ない。情報共有も大事なので攻撃を捌きながら口を動かすことにする。

 

 コイツの能力、おそらく天恵だが、他人の肉体の吸収で間違いないだろう。ただし、()()()()だ。

 もし生きている人間も吸収できるならわざわざ兵士に致命傷を与える必要はない。俺だって最初の一撃で吸収されていただろう。

 そして切られた触手を操作する事はできない。おそらく身体の一部として動かしているんだろう。そして時々攻撃が外れたように見せかけてアルや俺が切り落とした肉片を再吸収している辺り、見た目通りの質量ではないにせよその上限は存在する。無限に生み出せるのならばわざわざ回収する必要はないからな。

 兵士たちを狙うのも俺たちの行動を縛るためだけではなくコイツ自身の肉体の補充の意味合いも含まれている。

 

 そして、王子をこの触手で殺すつもりはないように見える。

 

「何で!?」

 

 庇っているアンナへの攻撃を除くと、王子本人へと向かった攻撃の回数がいやに少ないからだ。

 おそらくだが、コイツの天恵は肉体を精密かつ細やかに動かすのは不得手なのだろう。たとえば、他人の体を一から模す事とか。

 故に王子は綺麗な状態で殺したいのだろう。後々成り代わって利用するために。

 

「……驚いた。正解だよ。ボクの天恵は【同化】。死体を同化して自分の一部にする事ができる。その延長でボク自身の体を自在に操作してるわけだね。あとボクが成り代わる時の条件も大体合ってるね。ガワを一から作ろうと思うとうまくいかなくてねぇ。まあ粘土で鏡も見ずに他人の顔とか体型を表現するとか難易度高すぎだしね。ボクは別に芸術家じゃないから仕方ないよね」

「やけに、あっさり答える、んだな!」

「まあね。だってそれがわかった所でどうしようもないからね。王子だって何だったら顔さえ綺麗に残っていれば問題ないわけだし」

 

 まあ、その通りではある……アンナの魔法で焼き払うのがベストなのだろうが、室内故に火炎魔法などの周囲に被害が広がりかねない攻撃はできない。こちらが先に焼け死んでしまう。

 

「で、どうする!? このままじゃジリ貧だぞ!」

「だからさー……どうする事もできないよ。キミたちはもう狩られる側で、遅かれ早かれボクの一部になるんだから」

 

 この口振り……俺たちとの戦いを狩りと思っているのか。

 そして、コイツは今、その狩りを楽しんでいる。

 俺たちという獲物を、狩人として甚振り仕留める事を心底楽しんでいる。

 

 ……気に入らないな。

 

「えー? 何が?」

 

 お前は狩りというモノがどういう物か理解していない。故に、俺が本当の狩りというモノを教えてやろう。

 

「だからぁ……どうやってって話をしてたんでしょ?」

 

 …………アル、切り札を出す。少し時間を稼いでくれ。

 

「切り札……?」

「…………! アレをやるのか!?」

 

 ああ、暫くの間だ。頼んだぞ。

 

「わかった!」

「……切り札ってのが何かわかんないけど、そんな大っぴらに話しておいてボクが放っておくわけないよねぇ!!」

 

 俺たちの会話を聞いてこちらに向けられる触手の数が増える。アルも多少カバーに入ってくれているが、それでもなお俺に届きかねない触手は数多く、それを躱し防ぎながら意識を集中させていく。

 しかし、慣れない装備に負傷した身体では無理があったのか、触手の一本を捌き損じてしまった。

 

「さっきのでキミの鎧、ヒビ入ってるよね? もう一発耐えられるかなぁ!」

 

 そんな楽し気な声と共に腹部へと触手を叩き込まれた。宙に砕けた鎧の破片が飛び散り、口から血が漏れた。

 

「勝った! 【同化】だ!」

 

 血を吐いたのを確認したヤツは触手で俺の体をその身に取り込み、確かな手応えを感じて────その触手を俺の斧槍によって切り落とされた。

 

「なっ……!?」

 

【同化】に成功したと確信した相手が問題なく動いているという矛盾がヤツの意識に隙を生み出し、その僅かな隙を縫って俺は詠唱を始める。

 

 

 ────主よ、裁きの力を我が手に与え賜え────

 

 

 その()()と共に俺の手にする斧槍が白銀の光を纏っていく。

 

 

「神聖魔法……!?」

 

 

 ────主よ、かの罪人から我が法を護り賜え────

 

 

 その()()と共に斧槍に纏う白銀の光は強まっていき、そして────完成する。

 

 

 鉄でできているはずの斧槍は白銀の輝きによって染まり、その輝きは一つの光源として玉座の間を照らし出している程に強かった。

 

 

 

 

 これなるは────法を護る断罪の銀光(ロウ・アバイディング・シルバーレイ)

 

 

 

 

「そんな馬鹿な……!? 死んでなかった!? 確かに同化した感覚があったのに……!?」

 

 どうやら肉を突き刺す感触と、同化した感触に騙されたようだな。しかし危なかった……。

 お前が俺だと思って同化したのは、懐に仕込んでいたハムだ。

 

「ハムだって!? …………ハム……??? …………何でお腹にハム仕込んでるの……?」

 

 急に真顔になられても、困る。

 それよりもコレが発動した以上、お前はもうおしまいだ。

 

「それは、武器強化の魔法……!? いや、属性の付与……!?」

 

 その通りだ。この神聖なる銀光は、不浄を祓う退魔の力。死体という不浄を纏ったお前には特に効くだろうさ。

 

「…………ッ!!」

 

 俺の言葉にヤツの息を呑む音が聞こえたような気がした。俺の言葉を聞き、間違いなく自身に対する脅威だと認識したのだろう。

 

「……ははっ、確かにボクにとっての切り札だね。でも……当たらなければ、どうという事はないよなぁ!!」

 

 射出された触手全てが俺に向かって放たれる。間違っても斧槍に当たらぬように操作するためか本数は先程までと比べて少ないが、それでも十分に脅威だ。

 こちらも確実に当てるために無駄に武器を振るうわけにもいかない。もう一度腹に食らえば今度こそお陀仏なのは間違いないのだから。

 どちらの攻撃が先に当てられるか、その勝負となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────故に、俺たちの勝利である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────雷撃よ、蹂躙し尽せ────!!」

 

 

 

 

 ────全ての攻撃を俺に向けた事でノーマークになっていたアルによる雷撃がダニーの肉壁へと襲い掛かった。

 

 

「────ガァァァァアァァァアッァアァっ!?!?!?!!?」

 

 雷撃は肉壁から触手まで、余すことなく伝播してヤツの体を蹂躙する。

 そしてその雷撃による蹂躙は、アルが肉壁に手を向け雷撃を流し続けるため途絶えることはない。

 

 ……作戦は、上手くいったようだ。

 

「どどう゛い゛う゛ごごごど!?!?!?」

 

 感電している最中なのにうまく喋るものだ。せっかくだからネタ晴らしをしてやろう。

 

 この光る斧槍に不浄を祓う力が宿っていると言ったな。あれは嘘だ。

 こんなもの、俺にとってただの武器を光らす魔法に過ぎない。

 

「な゛な゛んだだだどどど!?!!?!?!!?」

 

 切り札、というのは俺が銀光で目立って囮になりその隙にアルが強力な一撃を叩き込むという符丁、合言葉のようなものだ。

 

 

 お前が一番警戒すべきだったのは俺じゃなくアルだったのだ。

 

 

 そして……さきほどの説明ではあえて言わなかったが、俺たちにとっての一番の問題は、攻撃のための手数が足りない事よりも、お前の本体がどこにいるのか把握できないという事だった。

 

 今の状態が人間から逸脱しているとはいえ、元が人間であるのなら脳なり心臓なりの機能を有した本体、核とも言うべき箇所が存在しているはずだ。それがどこにあるのか、見た目だけではわからなかった。

 

 だが雷であれば関係ない。雷は肉の経路を伝ってお前の体全てに伝導する。

 操作を全て有線で行なっている以上、どこに隠れていようがその線を通じて確実に本体へと届く。

 

 先程までのアルは無数の攻撃を防がなければならなかったため、伝導性よりも物理的な側面を重視した天恵の使い方をせざるを得なかったが、防ぐ必要がなくなれば話は別だ。

 

 そして、雷撃の光をたどっていけば、本体をどこに()()()()()()わかる。

 

 そう言って、ある場所に向かって手にした斧槍を投擲した。

 

 

 放たれた斧槍が突き刺さったのは────最初に切り飛ばした、()()()()

 

 

 そこに、いつの間にか肉壁から伸びている細い肉の線が繋がっていた。

 

「あ゛あ゛ぁ゛っぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 

 斧槍の突き刺さった王の頭から夥しい量の血が噴き出してくる。

 

 なるほど。万が一肉の壁が打ち破られたら、王の頭を回収しにきた誰かに成り代わるつもりだったのだろう。

 

 本体への攻撃のためか、肉の壁と触手が形を保てずに溶けるように崩れていく。そして王の頭部も形を変えていき、さきほどの少年の姿へと変化した。

 

「ぞ、ぞんな゛、ばがな゛……ボグッがま゛ける゛、な゛んで……!?」

 

 アルが電撃を流していた肉壁が溶けた事で本体である少年の身体が電撃から解放されたものの、もはや天恵を維持する力すら残っていないのだろう。姿を変えられるはずなのにその胸に斧槍が突き刺さったまま血が止め処なく溢れ続けている。肉体もアルの電撃に焼かれたためか所々火傷のような跡が見られ、それが体外に留まらず体内にまで至っているのか体から煙が発生していた。

 

 とはいえ油断をするつもりはない。

 他人の体に寄生する事ができる相手を生かしておくつもりはない。情報を引き出すために拷問をしようにもその隙に身体を乗っ取られる可能性を考えればリスクがあまりにも高すぎる。

 なので今回は、峰打ちを使っていない。じきに死に至るだろう。

 

 ……最後に問おう。お前たちの狙いはなんだ? 

 

 俺の問いかけを聞いて、ヤツは最早死に体にも関わらずこちらを見下すような笑みを浮かべた。

 

「……ははは……お゛ま゛え゛だち゛は、勝でな゛い゛ざ……! ボグを゛、斃じだどごろ゛で、どう゛じよ゛う゛も゛な゛い゛ごどに゛……がわ゛り゛は、な゛い゛ッ、んだ……! お゛ま゛え゛、だち゛に゛訪れ゛る゛未来は、がわ゛ら゛な゛い゛……! ぜい゛ぜい゛自ら゛の゛頭上に゛青空が広がってい゛る゛事を゛天に゛い゛の゛る゛んだな゛……!!」

 

 ……もういい、喋るな。

 ヤツにまともに話すつもりはないと判断して、投げたナイフがヤツの喉へと突き刺さった。

 

「がっ……ッ……ッ……!」

 

 ……ああ、最後に教えてやろう。

 

 狩り、というものは強者が弱者を食らう行為、ではない。

 

 狩られる側も命がかかっている以上全力で抵抗してくる。それこそ命懸けでの反抗だ。

 

 狩る側が絶対に安全な状態で相手を食らう事ができるなどという事は絶対にないのだ。

 

 なんだったら狩る側が、狩られる側に殺される事だって当然ある。今のようにな。覚えておくといい。

 

 

「…………ごふっ!」

 

 

 俺の言葉を聞き届けたかのようなタイミングで血を吐き出して……王に成りすました敵、ダニーは息絶えたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話

 ダニーが息絶えたのを見届けて、一息吐く。

 

 想定以上に厳しい戦いだった……食糧庫からくすねていたハムがなかったら本当に死んでいたかもしれない。ハムに救われるとは思ってもみなかった。それとは別にハム食われたのが地味に悔しい。

 

 ハムの恨み……ではないが、念のため死体を焼いて……いや、氷漬けにしておいた方がいいか。アンナ、頼めるだろうか? 

 

「わかったわ……でもどうして氷漬け?」

 

 念のため、だ。コイツの天恵からして、万が一まだ生きていた場合、核の部分だけをこの死体から分離する事も可能だろう。だが、これまたコイツの天恵の特徴からして分離後に形を保つには核と肉を有線で接続しておく必要がある。

 仮に焼いて処理した場合そういった予兆に気付けない可能性があるが、氷漬けにしておけばもし生き残っていたとしても有線で繋がっていた形跡は残る。なんだったら氷をたどって核を見つけることもできるかもしれない。あと焼いたら城まで燃える可能性もあるし……

 

「心配しすぎじゃない? とりあえず凍らせたけど」

 

 まあ今のはオマケの理由でもある。本命はこのダニー少年の顔からその出自を辿れないか、という辺りなのだが……というか氷漬けにするの早くない? 

 

「理由が理由だから早くした方がいいでしょ?」

 

 確かに。ということで早速確認………………うん、特に肉の線は出ていない。どこかに逃げた形跡もない。もし生きていたとしても凍死か窒息死するだろう……問題ないな、ヨシッ! 

 

「……うん、大丈夫そうね」

 

「つまり、終わった、のか……」

 

 俺とアンナの死亡確認発言によって、王子の口から漏れた言葉が、この場にいた人間の心境を物語っていたように聞こえた。しかし……

 

 

「まだだ! まだクリスを助けられていない!!」

 

 

 そう、まだ終わってなどいない。

 クリスの事もそうだが、このままエルロンを逃がせば敵の全貌を明かす機会すらなくしてしまう。姿の見えない敵に怯え続けるのは御免である。

 

「だがエルロンがこの場から去ってから結構な時間が経ってしまっている。間に合うのか……?」

 

 ヤツはまだこの城での協力者としての立場を失うとは思っていないはずだ。だから常識の範囲を超えて強引に事を運ぼうとはしないだろう。

 横柄な態度で出立の準備を急かしたとしても、それは度が過ぎたものではないはずだ。この国の姫を連れて行くのならばなおさらだ。

 であれば、今ならまだ間に合うかもしれない。可能性は、まだある。

 

 問題があるとすれば、俺たちが少しでもミスをすればその可能性すらなくなると言う事だ。

 エルロンが聖都に戻るのに使う移動手段を読み間違えれば取り返しがつかなくなる。俺たちが飛空船を抑えに行ったとして、奴らが海路を使っていれば、もうどうしようもなくなる。

 

「だから早くクリスを助けに行かないと!」

 

 そう、少しの時間のロスも命取りになる。そんな状況なのだが……

 

 

「────ご無礼! ご無事ですか陛下……ッ!?」

 

 

 このタイミングで、騎士たちが玉座の間に侵入してきた。

 

 

「殿下!? この惨状は、一体……!?」

 

 さっきまで肉の壁で塞がっていて入りたくても入れなかった玉座の間。いざ入ってみれば王の姿はなく、入口付近には肉が溶けたような脂がそこら中に散らばり、兵士たちは地面に這い蹲っていて、玉座の近くで斧槍とナイフで串刺しにされ氷漬けにされた少年の死体に、王子と共にいる見慣れぬ不審者が数名……誰だって混乱する。というか悪い想像をしてもおかしくないだろう。

 

 想定外の惨状、状況が全く分からず最悪な想像が各々の中で膨らんでいき、騒めきが広がり大きくなっていく。

 彼らが敵の手の者の可能性もあるが、そうでなくても敵対してくる可能性も十分にある。

 これは……一波乱起こりそうだ。時間がないというのに……! 

 

 

 

 

 

 

 

「────全員、聞け!!」

 

 

 

 

 

 

 ────そんな空気が、クロード王子の一声によって一掃された。

 

 

「我が国は気付かぬうちに外敵に蝕まれていた。父は……王は敵の手の者によって亡き者にされ、成り代わられていた。我らは奴らの都合のいい様に操られていたのだ!」

 

 王子によって告げられた王の死は彼らに衝撃を与えた。一度静まった騒めきが再び蘇る。それでも王子は言葉を続ける。

 

「敵の全貌は未だわからぬ。だが、敵の一派の一人はわかっている。エルロン枢機卿だ! ヤツの手の者が王を害し、成り代わり、我が国を操り……そしてヤツは今まさに我が妹クリスティーナを連れ去ろうとしている!」

 

 続けられた王子の言葉に騎士たちがざわつく。それは先程までのどうしようもない無力感からくるものではなく、いい様にされていた事への怒りか、あるいはさらに行われようとしている狼藉への義憤か……定かではないが、しかし騒めきの種類が変わった事は確かだった。

 

 それを確認した王子はさらに語気を強めて騎士たちに命じる。

 

「これ以上ヤツらにクロリシア王国を好きにさせるな! 敵の全貌を掴むためにも絶対にエルロンを逃がすな! 良い様に利用された我らの誇りを取り戻すのだ!」

 

『はっ!!』

 

 その命令に、騎士たちの士気が上がったのが肌で感じ取れた。困惑や迷いよりも忠誠心や義憤や使命感が上回ったのだろう。

 

「ハンス! 私は飛空船の保管場所へと向かう! 部隊を選別してついてこい! それ以外の者には今すぐ陸路と海路を封鎖させろ! エルロン枢機卿をこの王都に閉じ込めるのだ!」

「はっ! すぐに!」

 

 先頭にいた騎士に指示を出し、その騎士が他の騎士や兵士に指示を出し始めたのを見届けた王子が俺たちの元へと

 

「これで万が一移動手段が飛空船ではなかったとしてもエルロンを捕捉する事ができるだろう。だがヤツが他に隠し玉を持っていないとも限らない。三人とも、力を貸してもらえないか?」

「もちろん!」

「当然です!」

 いいですとも! 

 

 ここからは、俺たちの攻勢(ターン)だ! 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 王子に率いられて俺たちは騎士たちとともに城内を移動する。

 城内は早くも王の死が広まり始めているのか、あるいはエルロン陣営の工作なのか、多少の騒ぎになっているが、それも王子の人望によるものか瞬く間に鎮静化していっている。おそらく城内に関してはもう問題ないだろう。

 

「というか空路なのに下に進んでいる気がするんだけど……」

「城の地下に飛空船用のドックがあるのだ。もうすぐそこだ」

 

 王子の先導の元、辿り着いた先にあった扉を開けると、そこにあったのは何らかの金属でできた『船』だった。

 

 一見すると帆船のような外見だが、しかしマストには本来あるはずの帆がなく代わりにプロペラのような機関が付いており、さらに船体の左右にはそれぞれ魚のヒレのような装置もついていた。もっといえばここに海や河などの水場はなく、広がっているのは青空だった。

 

 

 つまり、海を行く船ではなく空を行く船、飛空船だ。

 

 

 それが、ざっと見た限りで10隻ほど、ずらりと並んでいた。

 

 

「まだ飛んでいないがハッチが既に開いている! いつ飛び立ってもおかしくないぞ!」

「……いた! あそこにクリスが!!」

 

 アルの指差す方向を見ると、飛空船の一隻に騎士に付き添われて乗船させられているクリスの姿があった。よく見つけたな。

『望遠』の魔法で見ると、衣服で隠れているが抵抗されないようにちょっとした手枷を付けられているようだ。力のある人間なら無理矢理抜け出せそうだが、クリスには難しいだろう。というか横に付き添っている騎士は俺たちが捕まった時に偽王の横にいた付き人ではないだろうか……? 

 幸いというべきか、俺たちが今いる位置から一番近い飛空船だ。ここからなら一番乗り込みやすい。

 

「今ならまだ間に合う……!?」

 

 そう言ってアルが駆け出そうとした瞬間、この場にあった全て飛空船のプロペラが回り出し、船体についたヒレのような物体が動いて空気を掻いた。

 それによってか、飛空船が宙へと浮き上がった。いや絶対あれじゃ船浮かばんやろ────浮いとるやろがい! と思わず心の中でセルフツッコミを入れてしまうくらいには非常識(ファンタジー)な光景であった。

 

 駆け出した俺たちが飛空船の乗り込み場へとたどり着いた時には既にクリスを乗せた飛空船はドックの外へと船体を乗り出そうとしていた。

 

「間に合わなかったか……!」

「いや、まだだ! まだ何か手があるはずだ!」

 

 そうは言うが、何か手は思いついているのか? 言っておくが俺に手はないぞ。アルかアンナがあの飛空船を撃ち落とすくらいしか思い浮かばん。

 

「………………アンナ、何かあの飛空船に飛び乗れるような魔法はないか!?」

「何その無茶ぶり!?」

 

 完全に人任せのくせに本当に無茶を言う…………で、ないの? 

 

「~~~~っ! もう、どうなっても知らないわよ……!! ────風を纏え────エアロベール────!」

 

 その詠唱とともにアルと俺は風の球体に包まれた。球体の中は無風状態だが球体上に風が吹き流れる事で保護されているのだろう。

 …………で、何で飛空船に乗り込むために保護の魔法がいるんですかねぇ……? 

 

「飛ばせるのは時間的にも精度的にも二人が限界だから、あとは任せるわ! 舌噛まないように気を付けてね────暴風よ舞い上がれ────天高く吹き飛ばせ────エアロツイスタ────―!」

 

 俺の問いにアンナは行動を以って返答してくれた。

 アンナの発動させた魔法によって生み出されたのは強烈すぎる竜巻。それが俺たちを風のベールごと呑み込み、俺たちを天高く巻き上げていったのだ。

 

 視界に映る風景が恐るべき速度で後ろへと流れていく。風のベールによって守られているとはいえ、竜巻に呑まれながら猛スピードで上空へと運ばれていくのは恐怖以外の何物でもない。というかこれは運ぶとは言わないだろうがと小一時間ほど文句を言いたいというかアイツは俺が仮にも怪我人だという事を忘れているのではないだろうかそうだろうなじゃなきゃこんな暴挙には及ばないだろうあるいはこれも俺なら大丈夫だろうという信頼の形だとでも言うつもりだろうかそれ信頼って言わないから!! 

 

 豪く長く感じたがあっという間に何かにぶつかって竜巻と風のベールが解除され、その場に身を投げ出されて地面に身体を叩きつけられた。

 

 グエー! 死んだンゴ! 

 

「っと、着いた! そっちも……大丈夫そうだな!」

 

 どこをどう見たら大丈夫に見えるんだ。真面目に瀕死だぞ。というか吐きそう……うっぷ。

 吐き気を何とか抑え込みながらも周囲を見渡すと、何らかの作業をしていた兵士たちがこちらを警戒しているその背後に青空が広がっている。

 どうやら飛空船の甲板のようだ。何とか滑り込みで間に合ったという所だろうか。

 ……というかこの飛び込み乗船、下手するとバードストライクならぬヒューマンストライクが起こっていたのではないだろうか……!? 今さらになって怖くなってきた……! 

 

 

 

「────ここまで追ってくるとはな、反逆者ども」

 

 

 

 その声とともに悠然と現れたのはエルロン────ではなく牢屋にぶち込まれた際に俺を抑え付けた騎士団長であった。

 最初に会った時に感じた柔和さを今は感じられずただ只管に冷酷さが前面に出ているように思える。お仕事モードなのか、あるいはこちらが素か……。

 

「一応聞いておこう。どういった用向きでここに?」

「クリスを助けにきた」

 

 ついでにエルロンをシバキにきた。

 

「ふむ……確かにこの船に姫様は乗っておられる。だがエルロン殿は別の船だ。残念だったな」

「クリスが乗ってるならひとまずは問題ないさ」

 

 クリスを助けた後に飛空船ハシゴしてエルロンの所に向かえばいい……それにしても、やけにあっさり言うんだな。

 

「死に逝く者に話したところで何の問題もない」

「待て! お前たちと俺たちが戦う理由は本当はないんだ!」

 

 戦闘に入るかと思われたタイミングでアルの説得フェイズである。俺はちょっと吐き気がヒドイのと腹が痛むので治癒魔法で腹の傷を応急措置し直しながら傍観している。

 

「王様は偽者だった。本物の王様はエルロンたちによってもう殺されていたんだ! お前たちがヤツに従う理由はないんだ!」

 

 アルのその言葉に周囲の兵士たちに動揺が走る。当然の反応である。あの場にいた兵士すらも皆殺しにしようとしたくらいだ。王が成り代わられていた事など本当に限られた人間しか知らされていないのだろう。

 

 

「────それが、どうした」

 

 

 ……そして目の前の騎士団長は、その限られた人間の一人だったようだ。

 

「何……!?」

「王が偽物だったとして、私には何の関係もないことだ」

「アンタ、この国の騎士団長じゃないのか……!?」

「我が忠義を捧げる相手は既に王にあらず。真に捧げるべき方に捧げている」

「エルロンの事か……!」

 

 アルの言葉に騎士団長は沈黙したまま腰の剣を抜いて切先をアルに向ける事で返す。

 

「まずは貴様から処理するとしよう。兵たちよ、お前たちはもう一人の男を相手にしておけ」

 

『は……はっ!』

 

 騎士団長の号令の下、俺の周りを兵たちが困惑しながらも距離を保ちながら囲ってくる。まさか囲まれて棒で叩かれる側になるとは思っても見なかった……

 

「くそ、やるしかないのか……!」

「安心しろ。お仲間もすぐに貴様の後を追わせてやる」

 

 そして、騎士団長とアルの剣が甲高い音を立ててぶつかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話

 騎士団長とアルの剣が甲高い音を立ててぶつかり────何かを感じ取ったのかアルが咄嗟にその場から飛び退いた瞬間、先程までアルがいた空間がいきなり爆発した。

 

「あっぶな……!」

「ほう、初見で避けるか。勘がいいな」

「今の爆発……天恵持ちか……!」

「然様。我が天恵は【爆破】。天恵としての出力が低いのか、規模は小さく威力もそこまでない。だが、それも使い方次第だ。こんなふうにな」

 

 そして再び始まる剣戟、その合間を縫うように何もない場所から爆発が起きる。

 いつどのタイミングで、どこに爆発が襲ってくるかに意識を集中させないといけないアルは攻撃に集中しきれず、防戦を強いられていた。

 

 うーん……外から見ている感じだと使用者である騎士団長の指定した場所を爆発させる天恵と言った所だろうか。座標の指定は視線によって決めていると考えれば、タイマン戦闘においてあまり意識せずとも相手に爆発をお見舞いする事もそこまで難しい事ではない。と、まあ言うは易いが実行するのは難しい。やるにしてもある程度の慣れは必要だろうし、剣を振るう事と天恵を発動させる事、そのどちらも意識が疎かになっていない事も経験の賜物と言えるだろう。

 

「お、おい……お前あれに加勢するつもりはないのか……?」

 

 二人の戦いを眺めていた俺に話しかけてきたのは剣を構えて俺を包囲している兵士たちの内の一人だった。兵士たちは今もこちらに向けて剣を構えてはいるもののこちらに襲い掛かってくる気配はない。

 ふむ……そういうお前たちは俺に切りかからなくてもいいのか? 

 

「そ、それは……」

 

 どうやら兵士たちはどちらに付くべきか迷っているようだ。まあ主君が死んでたけど直属の上司に気にせず戦えと命じられたら、迷うのも仕方ない。何が正しいのかも判断できない状態で、盲目的に襲って来ないだけまだ理性的だと言えるだろう。

 

 ならとりあえず向こうの決着が付くまで待たないか? お前たちにデメリットはないと思うが。

 

「お、俺たちにはいいかもだけど、お前はいいのかよ、加勢しなくて……このままじゃ仲間が死んじまうぞ?」

 

 ……こんな状況でこちらの心配をしてくれるとは、良い奴だなお前。

 確かに騎士団長は強い。単純な力というよりも技量や経験によるもので、中々手に入るものではない。

 

 

 だが心配ご無用。勝つのはアルだ。

 

 

「は……? 何でそう言い切れるんだよ。今アイツ押されてるじゃないか……」

 

 理由はともかく、結果なら見てればわかるさ……っと危ない。

 

 そう兵士に話しながら今いる場から飛び退くと、さっきまでいた場所が爆破された。

 やっぱり視線で座標設定しているみたいだ。見ていてよかった。

 とはいえ、目の前の相手に集中せずに勝てる相手だと思っているのならなおさらアルの勝ちは揺るがなそうだな。

 

「い、今の爆発を難なく躱した……!?」

「こ、コイツもタダものじゃない……!?」

「まさかあっちで団長が戦っている奴よりも強いんじゃ……!?」

 

 ……何かいい具合に兵士たちが勘違いしてくれているので、このままにしておこう。正直腹の傷が開いて痛いのであんまり動きたくないのだ。腹に刃を受けてしまってな……。

 

 後方強者面しながら二人の戦いを見ているが、アルも剣撃の合間に発生する爆発に完全に慣れてきたようで、防戦一方だったのが反撃を繰り出せるまでに拮抗し始めている。

 

「成程、これでは仕留めきれんか……では趣向を変えるとしよう……!!」

 

 騎士団長がそう口にしたかと思えば、次の瞬間ぶつかり合った剣が爆発を起こし、アルの剣が大きくのけぞる事となった。

 

「ぐっ……!? 剣が、爆発した……!?」

 

 天恵の範囲を自身の剣身に設定して触れたモノを爆破させたのか……! 

 

「『爆破剣(エクスプロード)』。これを以って削り殺してやろう」

「くっ……!」

 

 剣戟が交わされるたびに爆発が起きる。爆発はアル本人にまでは届いていない程度の規模だが、アルの剣に少しずつ確実にダメージを与えていくとともに、剣を伝って襲ってくる爆発の振動がアルの手に痺れを残していく。

 このままあの爆破剣を受け続ければ剣が折れるのが先か、痺れで握力がなくなるのが先か……まさしく削り殺すという言葉に遜色ない戦法である。

 距離を離そうにもそれを許す相手ではなく、よしんば離せたとしてもその時は座標指定爆破が襲ってくる。

 厄介な戦法である……あれ? 結構まずいのでは……? 

 

「あっ……!?」

「もらった!!」

 

 そしてついに幾度となく食らい続けた爆破によってアルの剣身が砕けた。

 アルは咄嗟に距離を取ろうと一歩下がるが、それを読んでいたように同じく一歩進んだ騎士団長の間合いから逃れることはできなかった。

 

 振り下ろされる爆破剣に対しアルは咄嗟に受け止めようとするがすでにその剣身はない。

 

 騎士団長の腕であれば、切り傷とともにその傷口を爆破して治癒しにくくするという事もできるだろう。そうなれば俺が使える程度の治癒魔法ではどうしようもない。アルは死ぬ事になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「──形為せ、雷光剣──!!」

 

 

 

 

 

 

 ────―アルの手にする折れた剣から、雷で編まれた剣身が出現し、騎士団長の剣を受け止めなければ、の話だが。

 

 

「なっ!? ぐぁっ……!」

 

 雷でできた剣に、【爆破】の天恵を纏わせているとはいえ鉄の剣で触れてしまった騎士団長に電撃が襲う。さすがというべきかすぐさま剣から手を放して感電し続ける事態を避け、さらに視界による座標指定爆破を試みようとしたようだが、それを見越していたアルは雷光を発生させて騎士団長の視界を塞ぎ、そのまま無力化させるべく雷撃を浴びせた。

 視界を封じられた騎士団長にそれを避ける術はなく、雷撃の直撃によって膝を折り、勝敗は決したのだった。

 

「あ、アイツ、本当に騎士団長に勝ちやがった……!?」

「コイツの言った通りだ……!?」

「まさか一目見ただけであの男と騎士団長との力量差を見抜いていたというのか……!?」

「やっぱりコイツら、タダものじゃない……!」

 

 ふっ、と軽くドヤ顔をしながらも勝負の決め手に関しては多くを語らない。アルの勝利を信じていた根拠が正直今までからの無条件の信頼だけだったとか、『爆破剣』が出てきた辺りでちょっと焦ったとか……その辺りは別に言う必要はない。

 もしアルが負けていたらどうなってたか……? アルが勝てないヤツに俺が正面から戦って勝てるわけないだろいい加減にしろ! 

 

「ガハッ……で、電気……いや、雷の天恵、だと……!?」

「降伏しろ! お前の負けだ!」

 

 死なない程度に雷撃を食らい膝を突く騎士団長にアルは降伏勧告をする。もはや勝負は付いたのは誰の目から見ても明らかだった。問題は負けた騎士団長がどう動くかだが……

 

「……認めよう。私では貴様は倒せんようだ…………だが…………危険だ、ああ危険だ……貴様はいずれあの方の敵となり得る…………今ここで、確実に殺すべきだ……!! たとえあの方の命に背く事になろうとも……!!」

 

 負けを認めているもののこちらに降伏する様子の見えない騎士団長に、何か嫌な予感がする……! そう判断して俺は峰打ちを付与したナイフを騎士団長目掛けて投擲した。

 飛来したナイフは騎士団長の喉元に突き刺さった。峰打ちとはいえ喉元への一撃を食らえば少なくとも怯むだろうと思ったのだが……

 

「ごぶっ……!? いい、判断だ……だが、遅い……!! ────臨界爆裂(メルトアウト)────!!」

 

 

 

 ────次の瞬間、ヤツの体が内側から膨れ上がり先程までとは比べ物にならない爆発が起きた。

 

 

 二人のいた場所から距離のあった俺たちにも爆発の熱気が爆風とともに襲ってくる。それほどの爆発だったわけだが……無事か、アル! 

 

「────俺は大丈夫だ! だけどアイツが……!」

 

 騎士団長は自爆した。もう死んでいるだろう。

 

「……くっ、死なせるつもりはなかったのに……!」

 

 感傷はあとだ。騎士団長(情報源)が木端微塵になったのも問題だが、それ以上の問題がある。

 

「問題……? ……っ!? なんだ!?」

 

 アルの疑問に答える前に、飛空艇が不気味に振動し始めた。さきほどまでは全く揺れなかったというのに今では油断しているとこけてしまいそうなくらいに揺れ続けている。

 アルの疑問に答えると、今の自爆の被害が飛空艇にも出ているのだ。この揺れもその一つだろう。というか見る限り甲板の一部が抉れているし、船体の横についていたヒレのような装置も片側が折れ曲がってしまっている。さらにプロペラの付いたマストにも爆破された船体の欠片が突き刺さっていたり……見るからにマズイ状態である。

 というかさっきの自爆はそれも狙いか……!! 

 

「つまりどういうことだ!?」

 

 自爆でアルを殺せなかった時のために飛空船を墜落させるのが目的だったんだ……! 既に高度を上げていた飛空船が墜落すればいくらアルとはいえ死ぬだろうからな。だがこのままだと拉致対象のクリスも死ぬぞ……!! 

 

「くっ、じゃあどうすれば……!!」

 

 飛空船が持つかどうかわからないが、このままだと確実に墜落して全員死ぬ。飛空船を何とか墜落させないようにするにしても脱出を画策するにしても一先ずクリスを解放するのが先決だろう。

 

「わかった。なら俺はクリスを助けてくる! 飛空船の事は俺じゃわかんねぇし……その間にお前は飛空船を何とか墜落させないようにしてくれ!」

 

 ああ……と返事を待つ事なくアルは飛空船の中へと駆け出していった。

 飛空船の船内へと駆けていったアルを見送った俺も行動を開始する。とりあえず向かうべきは操縦室だろうか…………何かアルの言い方に引っかかりを感じたが……まあいいか。

 

「お、俺たちも手伝うぜ!」

「このままじゃ俺たちだって死んじまう!」

「いくらアンタが何でもできるって言っても、人手はあった方がいいだろ」

 

 お、おう。

 何やら兵士たちからの俺に対する信用が驚くほどに高くなっていて少しビビる。とはいえこの非常時に助力が得られるというのはとてもありがたい。この感じだとこちらが指示しても文句なく従ってくれそうだ。後方強者面していた甲斐があったというものだ。

 

 ではとりあえず操縦室へ向かおう。案内頼めるか? 

 

「ああ。こっちだ!」

 

 こうして俺は兵士たちとともに操縦室へと駆け出した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 兵士の案内によって辿り着いた操縦室だが、中に入るとそこは悲惨な状況だった。

 

 比較的甲板に近い場所に位置しているため、さっきの自爆の被害を直に受けてしまっているようで、ガラスか何かがあっただろう壁面は完全に破壊され、そこから外気が絶え間なく入り込んできていた。

 

 何故か人の姿が見えないが、計器などの機械類が壊れている様子がないのが不幸中の幸いか。

 

 

『────こちら機関室! 操縦室、誰でもいい! この声が聞こえているか!? 応答しろ!!』

 

 

 どこからか声が聞こえてくる。おそらく内容からしてこの部屋の人間じゃない。通信機能が生きているのだろう。

 声の音源へと近付き、音源だろう通信装置(推測)を発見。返事をしたが、こちらの音が向こうに聞こえていない様子なのでこちらの声を向こうに届けられる状態にしなければ……となれば、通信のボタンは……多分これだな。ぽちっとな。

 

 あー、聞こえるか。こちら操縦室。

 

『ようやく出やがったか! この非常時にそっちは何やってやがる!』

 

 こちらも今操縦室に着いたばかりだ。今から操縦室内の確認を始める。そっちの状況を教えてくれ。

 

『こっちは不幸中の幸いだが、動力部にはそこまでの被害は出てない! 他の機関には多少の被害が出てて無傷とはいかないが人手があれば何とかできる範囲だ!』

「じゃあなんで飛空船の高度が落ちているんだよ!?」

 

 兵士の疑問ももっともだが、おそらくさっきの爆発で船体のバランスが崩れているんだろう。さっき見た限りだと船体の横についていたヒレも片方折れていたし、揚力が足りていない、あるいは片方だけ強く揚力が発生しているせいで船体が傾いてバランスを崩しているのかもしれない。あとマストにも船の破片が突き刺さっていたからそのダメージで浮力自体が弱くなっているのかもしれない。

 

『そっちの状況はわからんが多分正解だ。この揺れ自体は飛空船がバランス崩すのと飛空船の自動でバランスを取る機能が絶え間なく繰り返してるのが原因だろうさ。浮力に関しても大体合ってるんじゃないかね?』

「よくわかんねぇけど、だったらどうしたらいいっていうんだよ!?」

 

 逆に言えばそのバランスさえ取れれば少なくとも着陸くらいはできるかもしれない。そしてそれができる場所はこの操縦室だ。ここをきちんと機能させれば何とかなる可能性も出てくる……! 

 

 

「大変だ! 操舵士たちがさっきの爆発で軒並み意識飛んじまってる!!」

 

 

 ……そんな僅かな希望も潰えてしまった。

 何と……おそらく爆発に巻き込まれた際に意識も吹っ飛んでしまったのだろう。爆発と、飛散してくるガラス片、そして急激に吹き込んでくる外気という名の暴風、意識が飛んでしまうのも仕方ないだろう。

 それはわかるのだが…………もう、これじゃ……

 

「もうアンタに頼るしかないみたいだな……!」

 

 ダメみた…………うん? 

 コイツ、何を意味の分からない事を言っているのだろうか……? と、思ったら、周囲の兵士が全員同意を示すように頷いていた。

 えっ? どういう事? 

 

「さっきのお仲間さんの口振り的に、飛空船にも詳しいアンタがいてくれてホント良かったぜ。何でも超人ってのはいるもんだな」

 

 えっ? 

 

「俺たちは操縦とかその辺りはてんでわかんないからな! 多少の整備くらいだったらできるんだが……」

 

 えっ? 

 

「操縦に関してはアンタに任せるしかないから、俺たちは他の乗組員とか怪我人がいないか確認してくるぜ!」

 

 えっ? 

 

「部外者に任せるのもどうかと思ったんだが、もう背に腹は代えられないしな……!」

 

 えっ? 

 

『待て待て! 動力部には問題ないって言ったが他の機関に問題がないとは言ってないぞ! こっちの補修にも人を回せ!』

 

 えっ? 

 

「じゃあここはアンタに頼んだぜ! アンタが、俺たちの希望だ!!」

 

 えっ? 

 

 いや、俺は飛空船の操縦なんてできない……なんて言う前に、兵士たちはそれぞれが自身が決めた持ち場へと移動していた。迷いのない動き、これも兵隊としての訓練の賜物か……思わず見送ってしまった。

 

 えっ? 

 

 何? まさかアイツラ全員俺が飛空船の操縦技術持ってると思い込んでるの? いや本当に何で? 

 まさかさっきまでやってた後方強者面によって高まった信用が、俺は何でもできる万能超人だとご認識させたと? そういえばアルの言い方も俺なら何とかできるみたいな言い方だったな……アルのあれは『コイツなら技術なくても何かやってくれるんじゃないか』という特に根拠のない信頼関係から来る発言だったのにその発言を万能超人説への根拠にされたって事か? 

 いや、そうはならんやろ……なっとるやろがい!! …………思わずセルフツッコミしてしまったぜ! HA☆HA☆HA! 

 

 

 

 ………………………………えっ? 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話

 物心がつく、という言葉がある。

 

 意味としては世の中の色んな事がわかり始める時期、ということらしいけど、思い出を明確に記憶し始める時期とも言えると思う。

 

 個人差はあってもそれは大体3歳くらいらしいが、私が覚えている一番最初の記憶は、父と母が嬉しそうに私の顔を覗いていた、生まれたばかりの時の記憶だ。

 

 

 

 

 小さい頃の私は好奇心旺盛で、そのくせ臆病で泣き虫だった。

 

 色んな事に興味を持って、色んな事をしたいのに、一人で何かをする勇気は持てず、姉妹のような幼馴染の手を引いて色んな事に突っ込んでいって、帰りはその幼馴染に手を引いてもらっていた。

 いたずらしたり、見た事ないものを追いかけていったり……理由は様々だったけど、帰りはいつも幼馴染が手を引いてくれていた。

 泣いていた時もあったし、何かに怒っていた時もあった。大抵は笑っていた気もする。

 手を引く幼馴染も笑っている時もあったし、怒っている時もあった。一緒に泣いていた時もあったはず。でも大抵は呆れていた気もする。

 

 それでも私の手を引いてくれていた幼馴染の温もりは私にとってとても大きなものだった。

 

 

 そんな私には人が持っていない特別な能力が備わっていた。それは私にとって当たり前に用いる事ができる力で、だけど限られた人しか持ち得ていない力だった。

 私がそれが誰にでもできる事ではないと理解したのは、幼馴染がいたからだった。

 

 あれは確か、汚してしまった服をどうしようと慌てていた幼馴染が、どうしてこの力を使って綺麗にしないんだろうと不思議に思って聞いてみたのが切っ掛けだったはずだ。すると幼馴染に「そんなのできないわよ何言ってるの」と否定されたのがなんだか馬鹿にされた気になって、ムキになってその力を使ったのを覚えている。

 力を使って綺麗になった服を見て、幼馴染が口を開けて驚いていたのも憶えている。

 その後にスゴイと褒めてくれたのも、ありがとうと笑ってくれたのも覚えている。

 そして、その事が嬉しくて、胸の内側が暖かくなった事を、強く覚えている。

 

 ────誰かのためになるという事がとてもうれしい事だと知ったのもこの時だったかもしれない。

 

 

 そしてその光景を誰かに見られたのか、私と彼女以外にも知られる事となり、私の持つ力は【天恵(ギフト)】と呼ばれるものだと知り、私のそれは【浄化】と名付けられた。

 

 

 

 その日から、私にとって当たり前のモノが、みんなにとっての特別な才能へと変化した。

 

 

 ◆

 

 

 ある日、お父様から教会に出向いて学んでみないかと提案を受けた。

 どうやら【浄化】の天恵(ギフト)を持つ私が神聖魔法と相性がいいのではないかと言う事で、教会から誘いがあったらしい。

 

 私自身教会の教えには興味があったし、教会では慈善活動も多く行なっていると聞いた事がある。

 

 私の力が誰かのためになるのならそれもいいと思ったし、私自身も人間的に成長できると思ったので、その申し出に承諾した。

 

 きっと誰かのためになれるのだ、という理由も強かったが、一番の理由は幼馴染に色んな意味で追いつきたいという想いからだった。

 

 いつも私の手を引いて助けてくれていた彼女を、今度は私が手を引いて助けられるようになりたい。

 

 そうした想いが何より強かった。

 

 こうして私は王宮から王都の教会でお世話になる事になった。

 教会の教えを学びながら、教会で執り行う冠婚葬祭などの催事に参加したり、慈善活動のお手伝いをしたり、神聖魔法について学んだり、【浄化】の天恵の検証をしたりと、その内容は多岐に亘った。

 

 特に私の【浄化】が持つ【穢れの瘴気】に対する特効性能には驚かれた。

 

【穢れの瘴気】は神聖魔法によって浄化できるとされているが、それは正しくないらしい。

 さまざまな方法を試行した上で神聖魔法の効き目がまだマシだという、実は抑制程度の効果しか発揮しないそうだ。

 そんな中で私の天恵(ギフト)なら、それが完全に浄化が可能という事もあって、教会の方たちは大いに沸き立った。

 

 

 まさしく神より賜わりし奇跡だと。

 

 

 それから、私の教会に赴いてからのお勤めに、神聖魔法では抑えきれない【穢れの瘴気】を【浄化】しに行く活動も加わった。それに伴って私の行動範囲も広がった事で、王都以外での教会催事や慈善活動にも参加するようになっていった。

 

 気付けば、私は教会の姫巫女だとか、浄化の聖女だとかとはやし立てられるようになった。

 

 誰かのためになるのは嬉しい。誰かから笑顔でありがとうを貰えるのはとても嬉しい。

 

 だけど旅自体はあまり楽しくない。

 王族というのもあるだろうし、姫巫女だとか聖女だなんて呼び方をされているのもあって、私は普段から特別扱いされている。

 特に旅路の間はそれが顕著だ。みんな私の顔色を窺ってくる。その時間が申し訳なくて居心地がよくない。

 かといって旅が嫌だと駄々をこねて私の力を必要としてくれる人たちを見捨てるわけにもいかない。

 いっそ移動時間がなくなればいいのに……そんな風に思う事も少なくなかった。

 

 それからしばらくして、国から私に従者として人が送られてきた。

 

「ご無沙汰しております、クリスティーナ姫。ご壮健そうでなによりです」

「えっ……もしかして、アンナ……!?」

 

 私の前で跪く彼女は、幼少時代を共に過ごしてきた幼馴染、アンナであった。

 私の反応を見て気を利かせたのか、教会の方々は席を外し、この場には二人だけになった。

 

 アンナは私が教会に行ってからは彼女の父親の下で魔法を学んでいると聞いていた。私も多少成長したのだから彼女にも変化があるのは当然のはずだ。

 

 それなのに、私は少し哀しくなった。

 

 姉妹のように育ったアンナも、私を王族として扱うようになってしまったのだと。

 私もアンナも、いつまでも子供のままではいられない。それはわかっていた。当たり前のことだけど、実際に目の当たりにすると悲しくなった。もうかつてのような関係にはいられないのかと思うと、涙が出そうになりそうだった。

 

「どうして……」

 

 なので私の口からそんな言葉が思わず漏れてしまうのも、仕方ない事だろう。

 

 

「どうしてって────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────仮にもクリスも王族の一人なんだから、付き人というか従者は必要でしょ?」

 

 

 そんな私の言葉に、アンナは立ち上がりながらかつてのような口調でそう返してきた。

 

「……ふぇ?」

「いや、何その間の抜けたような声? まさか自分が王族だって事忘れてたなんて言わないでしょうね?」

「そ、そうじゃなくて……さっきまでのアンナと態度が全然違うし……」

「さっきまでは他の人がいたでしょ……二人きりの時くらい普通に喋らせてよ」

「────」

 

 ……なんて事のないアンナの言葉が、とても嬉しかった。かつての関係が今もまだ続いていた事に安堵した。

 

「……何? まだ何かあるの?」

「ううん。ただ……身長、私の方が大きくなってますね」

「む……もう背が伸びないとは限らないし……」

 

 変わった所もあるけれど、それでも私たちは変わっていなかった。

 

 そして、それがこれからも続いていく事がとても嬉しかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ────それは、唐突に訪れた。

 

 王国の地方にある街、その近くのとある遺跡で神聖魔法では抑制できない【穢れの瘴気】が発生したという報せを受けて私たちはその現場へと向かった。

 

 領主自ら兵を率いて私たちの護衛を引き受けてくれて、現場である遺跡へと到着した時、そこに【穢れの瘴気】は存在せず、代わりに毒々しい色合いの甲殻類に近い特徴を持った魔物の群れが襲い掛かってきた。

 

 

 私は、動けなかった。

 

 兵士の攻撃が魔物の殻に弾かれている。

 兵士が魔物の攻撃で死んでいく。

 気付けば兵士を率いていた領主の姿が見えなくなっている。

 

 今、この瞬間、私は、何を、何をすべき────? 

 

 治癒魔法? ────浄化? ────補助魔法? ────

 

 私は────? 

 

「あ────」

 

 気付けば目の前に迫る魔物────赤く血に染まった鋏が振り上げられ────そして────

 

「────クリス!!」

 

 ────振り下ろされる直前に私の体は押し倒され、難を逃れた。

 

「アンナ……?」

「────逃げるわよ!!」

 

 その声と共に、手を引かれた。

 

 

 走って、走って、走って────

 

 

 それでも奴らは追ってきて────

 

 

 私は走る事しかできなくて────

 

 

「────クリスはここで隠れていて。出てきちゃだめよ」

 

 

 そうして、彼女は私を置いて行ってしまった────私を助けるために。

 

 ……私は、何をしているのだろう。

 

 私が教会へ行ったのは、いつも私を護って手を引いてくれていた彼女を、今度は自分が手を引いてあげられるようになるためだったはずなのに……

 

 

 

 私はもう、彼女を連れ出す事もできなくなっていた。

 

 

 

 そこまで考えても、私は木の洞から出られなかった。怖かったのだ。

 彼女が魔物たちに連れていかれる所を木の洞から見ていた。何故かはわからないが彼女が殺されなかった事に安堵した。連れていかれた彼女を助けないとと焦燥した。

 

 ……それでも、私の体は動いてくれなかった。

 

 涙が溢れ出す。嗚咽が漏れる。

 

 

 変わってしまった私の中に、臆病で泣き虫な私が、何も変わらずそこにいた。

 

 

 

 

 

 

「────誰かいるのか?」

 

 

 

 

 

 

 不意に、木の洞の外から声を掛けられた。

 

 

 外からこちらをのぞき込む彼が、不思議と私には光に見えた。

 

 

 

 ……こうして私は彼らに出会い、アンナを助けることができた。

 

 そこからゴッフさんたちライン商会の皆さんと一緒に王都を目指す旅は、不謹慎ではあるけれどもとても楽しかった。

 

 私のせいでみんなが巻き込まれているのに、この旅が続けばいいのにと、心のどこかで望んでいた。

 

 そして────王城へ着いた私は保護という名目で捕えられ、アンナたちは謂れなき罪で処刑されようとしている。

 このままだと私のせいで三人は死んでしまうだろう。

 

 

 だけど私は、何もできずに、ここにいる────

 

 

 ◆

 

 

 私は飛空船の一室に閉じ込められた。

 形式上は私の護送ということらしいが、見えにくい手枷によって拘束され、護衛と言う名の見張りが同じ部屋にいるあたり、少なくとも一国の王女にする対応とは思えない。

 

 私を見張っているのは、あの部屋でお父様の側に控えていた騎士だった。

 

 だけど、私は彼の事を全く知らない。

 

 王であるお父様の護りを任されるほどの騎士であれば王女である私が知らないはずがない。なのに私はこの騎士の顔を今まで見た事がなかった。

 何かがおかしい……そう確信できても、私にできることは対話だけだった。

 

「お父様と、話をさせてください」

「…………できません。すでに船は発進し、聖都へと進路を向けています」

「今からでも遅くないです。船を王都に戻してください」

「…………できません。これは父君のご意向です」

「何故お父様は私と話したがらないのですか!?」

 

 この問答も何度繰り返したのかもわからない。この後彼は「私は命令に従うのみですので」と続けていたのだけれど、この時は違った。

 

「はぁ……めんどくせぇ……もういいか」

 

 今までの騎士然とした雰囲気が霧散し、どこか粗暴さを感じられる口調へと変化した。

 

「取り繕うのはもうやめだ。どうせお前が表舞台に戻る事はないんだからな」

「一体何を……!?」

 

 

「いい事を教えてやるよお姫様。お前が話をしたがっているお父様はもうこの世にいない」

 

 

「…………えっ?」

 

「わかりやすく言うと、王様はもう死んでて、別の人間が代わりに成り代わってるのさ。だからお前に会おうとも思わないってわけだ。時間の無駄だからな」

「お……王が死んでいるというのに、あ、あなたはなぜ、そうも平然と……!?」

「ああ、俺は元々王国の人間じゃないからなぁ。エルロン様と偽の王の指示で王国に入り込んで騎士を演じていただけさ。裏口登用とでも言えばいいのかね」

 

 信じられなかった。事態は考えていたよりもずっと悪かった。

 お父様はすでに殺され、黒幕が教会の重鎮であるエルロン枢機卿でその手先が王国を乗っ取ろうとしている。

 このまま会話をしていてはどうにもならない。どこまで敵の手が伸びているかはわからないが、二人きりのこの部屋に来るまで騎士として振舞っていた辺り、全て乗っ取られているわけではない……と思う。

 なら何とかこの男から逃げ出す事ができれば、まだ何とか出来る可能性も……! 

 

 

「────思い上がるなよガキが」

 

 

 そんな甘い考えを見透かしたように、男の冷たい声が部屋に響いた。

 

「俺が命じられたのはお前を生きて聖都に運ぶ事だけだ。その状態に関しては何も指定されてないんだ。今、お前が五体満足でいるのは、俺の恩情で、気紛れだ。俺の手を煩わせないのならわざわざやる理由もないからだ。だが、そうじゃないんなら話は別だ。俺の任務の邪魔になるなら、ダルマにしたっていいんだぜ」

「……っ!」

 

 その言葉に、私の体を恐怖が襲う。

 男は本気で言っている。それがわかるくらいにその言葉は力が込められていた。

 

 

 そんな時だった。空中にいるはずのこの船のどこからか、爆発音とともに振動が襲ってきた。

 

「何だ!? 爆発!?」

 

 その音と大きな揺れの直後、船が小刻みに揺れ始めた。これは、まさか……!? 

 思わず窓の外を確認する。空の上で比較するものがないのでわかりにくいが、心なしか、少し高度が下がっているような気が……? 

 

「……この臭い……流れ込んでくる風……外気が船内に入り込んで……!? まさかさっきの爆破、動力部が……!?」

 

 男は部屋の扉を開けてからそう呟いた。どうやって確認したのかはわからないけれど、彼の言葉が本当ならこの船はじきに墜落するかもしれない。

 

「くそっ、こんな所で死んでたまるか……! 確かこの船にも脱出艇があったはず……!!」

 

 もしこのまま部屋から逃げ出してくれたら、私も逃げ出して他の乗組員に助けを求める事ができるのだけれども……そう話はうまく進まなかった。

 

「来い! お前を連れて行かなきゃ、責任問題やらで下手すりゃ俺まで殺されるんだよ……!! さっさと来い!!」

 

 そう言って彼に腕を掴まれて、そのまま走らされる。走る速度はこちらに気を遣ったものなどではなく、両手を拘束された状態で歩幅も違う男の速さを強制され、足がもつれた私はこけてしまった。

 

「こけてんじゃねぇよ!! 俺の足を引っ張りやがって……!!」

 

「……そうだ。お前確か治癒魔法も得意だったよな? ならその役に立たねぇ足切っちまっても死にはしないな。なんなら手足全部切り落としちまうか。頭があれば持ち歩きできるしな。ああ、それがいい」

 

 その表情は私を脅すために冗談を言っている……などというものにはとても思えないもので、冷え切った視線をこちらに向けて、その手は鞘から剣を引き抜いていた。

 私は両手は拘束されて、足はもつれて倒れ込んだ状態からうまく動かせず、その凶刃から逃れる事はできなかった。

 

 振り下ろされた刃を恐怖から直視できなかった私は思わず目を閉じてしまい、これから来たる痛みを想像して身体は自然とこわばってしまう。

 

 ……しかし、痛みや喪失感が訪れる事なく、不思議に思った私は恐る恐る閉じた瞼を開いた。

 

 

「────お前、クリスに何してんだ……!!」

 

 

 気付けば、私は彼の背中に守られていた。

 

「アルさん……!?」

「お前……!? 牢屋に入れられているはずじゃ……!? まさかこの爆発はお前の仕業か……!!」

 

 彼の向こうにはあの男が距離を取ってこちらを見据えていた。おそらく突然割り込んできた彼を警戒しているのだろう。しかし彼を見ていた男は何かに気付いたのか、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「だが……見たところ武器もない丸腰じゃねぇか。それで勝てるとでも思ってんのかぁ? この────天恵【獣化】を発動させた俺によぉっ!!」

 

 そう宣言した瞬間、騎士然としていた男の姿が変貌していく。

 その頭部が狼のような獣のモノへと変化していき、その体も内側から筋肉が膨張したかのように膨れ上がって服が千切れ、獣のような毛皮が中から現れた。

 

 二足歩行をする獣、例えるなら人狼とでもいうかのような風貌へと変じた男は、先程とは比べ物にならないほどの速さでこちらへとその牙と爪をむき……

 

 

 

「────黙れよ」

 

 

 

 ────それを、彼は通路を埋め尽くすほどの雷撃によって意図も容易く迎撃した。

 

 

「ガアアアアア!?!?」

 

 

 その直撃を受けた獣人は、気を失ったのか元の人間の姿に戻りながらその場に倒れ伏した。体から湯気が出ているが、身体が動いている事から生きてはいるのだろう……おそらく。

 

「あっ、やっべ、やりすぎた……っとそれより大丈夫だったかクリス!」

「あ……はい。私は大丈夫です」

「って、両手縛られたままじゃないか! ちょっと待ってろ」

 

 そういって彼は私の両手を縛っていた枷を力任せに破壊した。

 こうして私は独りではどうにもならなかった自由をあっさりと手に入れた。

 

「それよりも一旦アイツの所に戻ろう! 多分船を動かす場所にいるはずだ!」

「え? あの人、飛行船の操縦できるんですか?」

「いや、知らないけど、でも何とかしてくれるだろ。それより移動しながらになるけど状況の説明を────」

 

 

 ────その時、船が、一際大きく揺れた。

 

 

 私や彼が思わずよろめいて床に手を突くほどの揺れが船を襲った。

 一体何が……そう口にする暇もなく、私たちのいる廊下の壁から金属の塊──おそらく船の一部──が現れた。

 外壁を貫いただろうその塊は、私たちのいる廊下の床も貫き壊し、そのまま空中へと放り出されていった。

 

 幸運だったのは、あの塊が私たちに当たらなかった事、そして破壊された床が一部だけだったという事だ。

 

 不運だったのは、あの塊によって彼の足場がなくなり空中に放り出された事だ。

 

 

 ダメ────危ない────助け────避難────

 

 

 その一瞬、頭の中で様々な考えが過ぎる。

 

 

 どうするべきか、何をすべきか────最善の答えが出てこない。

 

 

 

「────アルっ!!」

 

 

 

 ────だけど、身体は既に動いていた。

 

 船外に投げ出される彼に対して、駆け出し、身を乗り出し、手を伸ばし、手を掴んで────

 

 

 

 

 ────一緒に船外に投げ出されていた。

 

 

 

 …………やってしまった。考えられる中でも最悪の行動だ。

 

 

 彼だけだったら何か方法があったかもしれないのに、私と言うお荷物が付いてきたのだ。

 

 ああ、もうダメ……! 思わず目を閉じる。視界を塞いだ私が感じるのは、彼に引き寄せられ抱きかかえられた感覚だけ…………だけ? 

 

 何故か落ちていく感覚がない。風に煽られる感覚があるので船から落ちたのは間違いないはずだけど……? 

 疑問に思い恐る恐る目を開けて周囲を確認すると、私を抱きかかえた彼の手から伸びた雷が飛空船の船体と繋がっていて、そこにぶら下がるような形で私たちは落下から逃れていた。

 

「雷の、ロープ……?」

「俺も前に聞いたくらいで理屈はよくわかってないんだけど、金属に雷を流すと磁力がどうのって言ってたのを思い出して……やってみたら何とかなった」

 

 よく見れば雷は彼の掌から放電し続けているようで、彼の手とも船体とちゃんと繋がっているわけではないみたいだった。一体どういう原理なのだろうか……? 

 

「しっかり俺の体に掴まってて。何だったらしがみついてもいいから」

「あ、はい!」

 

 言われたように抱き付くように彼の体にしがみつく。がっしりとしたその身体はアンナとはまた違った安心感があった。

 私が彼にしがみついたのを確認したのか、彼が力加減を変えた事で今まで飛空船にぶら下がっていた状態から急速に飛空船へと引き寄せられ、先程私たちが落ちた穴から船内へと帰還を果たした。

 

「よし、無事到着っと。とはいえ一旦ここから離れよう……アイツも一応回収しといた方がいいか……?」

「あの……ごめんなさい。助けるどころか助けてもらって……私、本当に役立たずですね……」

「え? ああ、いや……正直クリスが飛び込んできてくれて助かったよ」

「え……?」

「クリスと一緒に空中に投げ出されて、このままじゃクリスを死なせてしまうって思ったんだ。それで何とかしないとって頭働かせて、磁力がどうのって言う話を思い出せた。たぶん俺一人だったらここまで明確に危機感を抱けなかったと思う。だから、ありがとう」

 

 ……きっと彼は本気でそう思っているのだろう。私がいたおかげで助かったと本心から口にしているのだろう。

 でも、私には到底そうとは思えない。助けられてばかりの自分に、嫌気がさしてくる。

 ……このままじゃダメだ……私は、変わらないといけない。アンナを、そして彼も助けられるようにならないと……! 

 

「先にお礼を言われると、私の方がお礼言いにくいですね……」

「えっ、そうか? 悪い」

「謝られても困りますよ、もう……」

 

 気付けば先程まで継続して起こっていた飛空船の揺れが収まってきた。

 高度は落ちているもののそれは極めて緩やかなものであり、飛空船が墜落する事はなくなったのだろう。彼の相棒であるあの人が何とかしたのだろうか……? 

 

 でも、今はそれよりも、まず彼に言いたい言葉がある。

 

「アル」

「うん?」

 

 

「────助けにきてくれて、ありがとう」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話

 あの後、飛空船は着陸し、俺たちは生還を果たした。地に足がついているって、素晴らしい……! あと理不尽に負わされた責任からの解放感はたまんねえぜ……!! 

 

 だが、俺たちが今置かれている状況をきちんと把握するために簡単に振り返ってみよう。

 

 

 アルと別れたあと、兵士たちに連れられて操縦室に辿り着いた俺は、何・故・か! そこで飛空船の操縦を任されてしまった。

 当然の如く操縦を任せられたが、当然俺に飛空船の操縦技術などあるわけがない。しかしこのまま何もせずにいれば確実に死ぬ以上、俺に取れる選択肢は一つしかなかった。

 

 覚悟を決めた俺はまずは操縦席をざっと見た。なんなくでもいいから操縦方法を予測できればと思っての事だった。

 パッと見た感じだと、舵輪とレバーが何本かがあるだけで操縦に複雑な操作はいらなさそうだった。これなら何とかなりそう………………これだけでどうやって空を飛んで進むんだ……??? 俺は訝しんだ。

 

 

 ────瞬間、脳内に溢れ出す、存在しない記憶────なんてものもない。

 

 ────ガキの頃ハワイで親父に習った────なんてこともない。

 

 ────謎の人物が颯爽と現れ「任せろ」と操縦を代わってくれる────―なんてこともない。

 

 ────あ、これ進○ゼミでやった所だ────なんてこともあるわけない。

 

 ────あったよ! マニュアルが! ────なんてこともなかった。

 

 

 色々と考え、悩みに悩み、そして────俺は、考えるのをやめた……

 

 

 頼る者もいなかった俺にできたのは、操作感ならぬ操縦感を把握するために闇雲にレバガチャする事くらいだった…………レバガチャ? ガチャレバ? ……どっちでもいいか。

 

 状況が悪化する可能性もあったが、何もせずに墜落するよりかはいいだろうと開き直った結果だった。

 進行方向が変わったり、大きくバランスを崩したり、バランスがさらにおかしくなったりもしたが、何とか船体の姿勢維持の方法が把握できたので墜落の危機から脱した……という事にする。

 

 ちょっとプレッシャーがデカすぎて胃が痛かったが、結果良ければすべてよしという事にしておこう。そう思いながら吐血した。

 

 そうして何とかなりそうになったタイミングでアルがクリスを連れて操縦室へやってきた。

 血を吐いていた俺の姿を見てクリスが心配して駆け寄ってきたので俺は彼女に治療を頼んだ。

 

 とりあえず、胃を……胃を、治してくだちい……

 

 何故か「胃……?」と困惑されたが、胃とついでに腹の刺し傷も治してもらった。胃の痛みはマシになった。治してもその都度痛くなってくるので完治はしなかった。

 

 その後、囚われていたクリスとそれぞれの顛末を伝え合い、父である王の死が事実と言う事にショックを受けるクリスをアルが慰めるという悲劇的ラブコメを横目に俺は操縦に全神経を集中させて、俺たちの乗った飛空船は何とか着陸を果たしたのだった。第一部、完! 

 

「いや待った。あれは着陸とは言わないと思うぜ? あとラブコメってなんだ?」

 

 と、ここで俺の回想にアルが口を出してきた……アルの言う事も尤もなのだが、それには事情があるのだ……あとあれは間違いなくラブコメだった。

 

 本来の飛空船の着陸方法は推進力を限りなく0に減衰させていき、その状態で揚力・浮力を少しずつ弱めていき、その間に船体を支えるための脚をいくつか展開する事で安全かつ安定して船を地面に固定するのだそうだ。

 

 しかしこの段階で幾つも問題が発生した。

 

 まず爆発の影響で船体を支えるための脚が何基か破損しており、万全に使用できる状態ではなかった。

 さらに動力部へも影響が出ており、揚力を発生させるためのエネルギーが安定して供給できない状態であった。揺れがなくなっても高度が落ち続けているのもこれが原因だった。

 そして極め付けが、それらの操作が行なえる操縦席にいた俺が、船体の姿勢制御に手一杯であったという事だ。

 

 結果、多少の減速はしていたものの、俺たちの乗る飛空船は大いなる大地を削りながら減速し、母なる大地に受け止められて空からの旅を終えたのだった。

 有体に言えば不時着だが、広義的には着陸で間違っていないだろう。

 

「騎士団長と狼男を除けば、怪我人とかが一人も出なかったのが不幸中の幸いというか、奇跡というか……」

 

 さすがに街とか村とか人里とかは避けたからな。姿勢制御でいっぱいいっぱいだったとはいえ進路変更するくらいは何とかできた。

 

「でも最後に街の外壁にぶつかっただろ?」

 

 先っちょ! 先っちょだけだったから!! 船の先端が突き刺さって外壁が一部壊れたくらいだからセーフ!! 

 

「アウトだろ!」

 

 ……まあそんなこんなで俺たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()わけである。一体俺たちが何をしたというのか……

 

「どう考えても街にぶつかった事だよな」

 

 それは間違ってないが、そもそもとして何も知らない俺に飛空船の操縦を押し付けた事自体間違っていたんだ! 俺はもう……飛空船を操縦せん……!! 

 

「無茶を押し付けて悪かったよ……次は操縦方法覚えてもらってから頼むから許してくれ」

 

 そうしてく………………おい……! 

 また押し付ける気満々じゃないか……コイツ、反省してねぇぞ……!? 俺はアルの厚顔さに驚愕した。

 

「それより理由が理由だから大人しく従ってるけど、これ実は敵側でしたって事はないよな……? クリスも連れて行かれちまったし……」

 

 断言はできないが、大丈夫だと思われる。牢屋にぶち込まれたとはいえ、扱いは王城の時よりも丁重だったし、俺たちだけでなく兵士たちも連行されていた辺り、敵側とは思えなかった。

 何よりクリスが王女だと名乗ればそれ相応の対応をしていたり、出てきたお偉いさんらしき人物と知り合いのようだったし大丈夫だろう。

 

「それ、前半はともかく後半は王都での出来事と同じじゃないか?」

 

 ……………………どうしよう、ものすっごく不安になってきた。

 

「どうする? ここの牢屋は天恵使えるみたいだしぶっぱなそうか?」

 

 うーん……………………やっちまうか。

 

「よし! じゃあ早速……!」

「やめなされ……やめなされ……!」

 

 あ、衛兵さんと見るからにお偉いさん、チーッス。今から牢屋破りしようと思うんですけどぉ、どうしましたぁ? 

 

「領主様とクリスティーナ王女がお二人をお待ちです。今牢を開けますので破壊行動に移らないでくだされ……」

 

 ……どうやら、間一髪だったようだ。

 

 

 ◆

 

 

 牢屋から解放された俺たちはお偉いさんっぽい人と衛兵に案内されてとある部屋の前まで案内された。

 

「失礼いたします」

 

 お偉いさんが開けた扉の先にいたのは、応接室のようなソファに座るクリスとその机を挟んだ対面に座っている赤髪の青年、そして王都にいるはずのクロード王子の姿であった。

 

『二人とも無事だったようだな』

「クロード!? どうしてここに!?」

 

 いや……あれはクロード王子がここにいるわけじゃない。よくみれば王子は板状の物体に上半身だけしかない。王子の姿と声がこちらに投影されているだけだ。

 言ってもわからないから言わないが、テレビ電話的なヤツだろう。

 

 …………というか今更ながら普通に呼び捨てにしてるけど、相手は王子でこっちは平民なんだよなぁ……何でこんな短期間で何の躊躇もなく呼び捨てにできているんだ……? 

 

『魔導技術による通信映像、というヤツらしい。まだ試験段階ではあるがそれがまさに役立つ事になるとは』

「ふむ……それにしても一目見ただけでその事に気付くとは、事前に話は聞いていたがキミは随分と博識なようだね」

「……そういえば、アンタは?」

「ああ、失礼。私はこの街の領主……なのだけれども、私の事は後に回そう。まずは殿下の話を拝聴してもらいたい」

 

 それだけ言うと彼は再び口を閉ざして王子の発言を促し、王子もそれに応えて改めて言葉を紡いだ。

 

『まず、二人とも無事でよかった。妹を助けてくれてありがとう』

「そっちは大丈夫なのか?」

『こちらは一先ず治まったといった所だ。やる事は山積みだが危機は乗り越えたといえるだろう』

 

 死んだ王の跡を継ぐだけでも大変だろうに、それに加えて今回の主犯たるエルロン一派に備える必要もある。考えただけでも嫌になりそうだ。俺だったら逃げたくなるだろう。

 

『ここから先、王国、ひいては世界で大きな動きが起こるだろう。少なくとも私はこれから王位を継ぎ、同盟国を始めとした各国に対して今回の一件から始まるであろう動乱に関して警告と協力を呼び掛けるつもりだ。とはいえ王位を継ぐ事自体難航するだろうが……』

「……? 何でクロードが王様になる事が難しいんだ?」

 

 事情を知っている俺たちならともかく、事情を知らない人間からすれば今回の一件は『王子が力づくで王を排除して王位を簒奪した』ようにも見えてしまう。貴族や他国の王族からすればそんな王位簒奪劇が正当な物だと認めるわけにはいかないのだ。それを認めてしまえば、権威は力を以って簒奪してもいいのだと喧伝するようなものになってしまうからな。

 

『もちろん私自身譲るつもりはない。時間は掛かろうと王位も他国の協力も掴み取ってみせよう。そのうえで訊こう。君達は私たちに力を貸してくれるか?』

「もちろん! 友達のピンチを放っておくわけにはいかないだろ!」

 

 友達認定早い……早くない……? いやそれ以前に不敬……不敬じゃない……? 

 

 まあ不敬云々は置いておいて、アルの言う事も尤もだが、それ以前に俺たちも既に奴らに敵認定を受けているだろう。ならば単独で逃げ回るよりも国の後ろ盾の上で対抗した方が生存率も高くなる。こちらとして受けない理由はない。なのでその申し出を受ける事にする。

 

『感謝する。父上を害し我が国を乗っ取ろうとしていたエルロン一派……エルロンがトップなのか、それとも一構成員に過ぎないのか現時点で不明だが、再度クリスを狙ってくる事は間違いないだろう』

 

 奴らの動向を探る、クリスを護る……両方やらなきゃならないってのが辛い所だ。

 

『奴らの動向に関してはこちらで調査する予定だ。聖王国に対して抗議を申し立てるとともにエルロンひいては聖王国に関して間諜なども送り込むつもりだ。だがクリスを護るための兵力を宛がう余裕がない』

「ちょっ……クリスは放っておくのかよ!?」

『そうではない。普段であれば王城に籠らせて護るのが一番安全だと言えるのだが、今回の一件を考えればそれも安全だと言い切れないのだ』

 

 王子の心配も仕方ない。何せ今回は王城の人間どころかその長たる王が成り代わられていたのだ。どこまでが信用できる味方なのか、その線引きすら困難極まるだろう。

 

『もちろん入り込んだ間者を排除するよう徹底するが、膿を出し切るまで時間がかかる。なのでクリスには敢えて外に出して身軽な立場でいてもらうことにした。君達にはその護衛とサポートをお願いしたい』

 

 護衛、はともかくサポートとは? 

 

『クリスには地盤固めで中々動けない私に代わって国内外に味方を作ってもらう役を担ってもらう事にした。とはいえクリスもそういった手回しは不慣れだろうからそのサポートをしてもらいたいのだ』

 

 うーん、平民に頼むような事ではない気がするのだが……

 

『だが君達視点での意見が重要になる場面も出てくると私は考えている』

「俺はともかくお前ならできるだろ。大丈夫大丈夫」

 

 アルめ……よくわからないからって俺に丸投げしようとしてやがる……! クリスの能力を疑うわけではないのだが、彼女は少し純真すぎるというか、政治に向いている性格ではないと思う。利用するには向いているだろうが……今求められている所ではないし……。

 

「あ、あとこちらの後処理が最低限終わればアンナもそちらに向かわす予定だ」

 

 ふむ……………………最悪、押し付ければいいか。そうしよう。

 

『とりあえず納得してもらえたようで何よりだ』

「で、まず俺たちは何をすればいいんだ?」

 

 俺が先立って心の中でアンナに合掌している様子を見て、アルが投げかけた疑問に対し、王子はこう答えた。

 

 

 

 

『まず君達にはクリスとともに、まずその街が我々に協力するよう働きかけてほしい』

 

 

 

 

 …………なんとなく予想はしていたが、やっぱりか。

 

「…………え? それはクロードとかクリスの一声で何とかなるんじゃないのか?」

 

 アルがそう思うのも仕方ないのだが、今回はそう簡単に事が進むとは限らないのだ。

 ここは確かにクロリシア王国領で、クロリシア王国の貴族が領主である街なのは間違いない。本来であればアルの言う通り王子の一声で終わる話だ。なのだが……この街は少々……いや大分特殊な成り立ちをしているのだ。

 

「じゃあここからは私から説明しよう」

 

 そこで会話に入ってきたのは今まで口を閉ざしてただ話を聞いていた領主殿だった。

 

「この街はクロリシア王国に所属しているが、一種の特別行政区とも言うべき地域でね。クロリシア王国の支配下にありながら、王国からの一方的な命令を拒絶する権利を有しているんだよ」

 

「この街はあらゆる学問、武道、魔導、技巧などの最先端技術を研究する役割を担っている実験都市だ。だからこそ、一時的判断でそれらの研究を無為に帰されないようにするために歴代国王とそういった約定を結んでいるんだ」

 

 もちろんその分制約も多いけどねと付け加えるが、それにしても普通ではないのは確かだろう。それだけ国益に繋がるという信頼と実績があるのだろうが。

 

「そして都市を預かる領主である貴族は名義上私なのだけど、実際に都市の意思決定権は私を含めた六人の代表者からなる都市議会によって決まる」

 

 王制を敷く国の一都市であるにも関わらず、議会制の民主主義に近い構造をしている。代表者が投票によって選ばれるわけではないので厳密に言えば違うのだろうが、それでも異質な事に変わりはない。

 

「私としてはクロード殿下に協力する事に吝かではないのだけど、さすがに事が大きすぎるため私の独断で都市の方針を決める事ができない。そしてこの都市の代表者たちは揃って変わり者ばかりだ。道理や論理を知っていてもそれで動くとは限らない。私の予想だと現時点では半数は取れないだろうね」

 

 言ってみれば戦争における徴収ともなる可能性のある案件だ。安易に頷けば最悪完全に国の言いなりになる可能性も考えるだろうし、なにより現状クロード王子自身に疑惑を向けられかねない状況を考えれば仕方のない事だとも思える。

 こういう非常時に強権を発揮できないのが民主主義の弱点である。

 

「で、結局俺たちはこの街に協力してもらうために何すればいいんだ?」

 

 普通に考えればクリスを伴っての面会で説得するとかだが……

 

「先程この街を実験都市と言ったけど、学術都市とも言える。つまりこの街は基本的には知識や技能を持つ賢い者が尊ばれる傾向にある。私は具体的にどうこうしろと言えないが、この街で過ごして少しずつでも認められるのがいいんじゃないかな」

「そんな悠長にしてていいのでしょうか……?」

「小さな事から積み上げていくというのはとても大事な事ですよ姫様。むしろ我々はそう言った地道な努力こそ大事にしています。実際こんな言葉もあります。『とある神話にて神は体の一部を代償にしてあらゆる知識を得たという。しかし人間である我々が同じことをした所で知識を得る事などできるはずもない。故に私たちは少しずつ、それでも確実に知識を積み上げ築き上げるのだ。矮小たる我々を肩に乗せる、知識の巨人という存在を』……この街の創始者の打ち立てた理念です」

 

 急がば回れ、遠回りこそ一番の近道、というヤツだろう。

 

「それに教会の教義にもあるでしょう? 【困難を乗り越えて星の光のような栄光へ(Per aspera ad astra)】。その精神で頑張ってもらいたい」

「へー、そんな言葉あるんだな」

 

 何故知らんのだ神父の息子……

 教会においてその教えの骨子とも言える第一教義だ。教会の正式名称たる『星光教会』の由来でもある。

 

 ……まあこの教義も俺のような転生者からすれば前世知識から流用したのだろうという事は察せてしまうので、教会の教えをそこまで信仰できない要因の一つになってしまっているのだが……それは置いておこう。

 

 とはいえ、やるべき事は多く、かといって劇的な成果を得られそうにない事ばかりでこれからの事を考えただけで面倒になってくる。それでも着実に一つずつ進めていくしかないわけだが……

 

 

「では改めて……ようこそ、魔導都市アトラシアへ」

 

 

 こうして、俺たちの魔導都市アトラシアでの活動が始まったのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話

 ────そこは、例えるならば、戦場だった。

 

 未だ戦端は開かれてはいないものの、互いに火蓋が切られるのを今か今かと待っている状態だ。

 それでも怒号が飛び交い、相手に対する敵意が肌を刺すように飛び交っている。

 何か切っ掛けさえあえばすぐさま相手に飛び掛かる、そんな際ど過ぎるバランスの下保たれている緊張状態。

 

 

 そんな中で、俺は親友と対峙していた。

 

 

 一体どうして、こうなったのだろう……? 

 

 

 ◆

 

 

 魔導都市アトラシア。そこはあらゆる分野の最先端を行く街だと言われている。

 俺からすると、クロリシア王国を始めとしたこの世界が中世ファンタジー風だとすれば、この街はSFファンタジー風だと言える。

 

 まず街並みから言ってその技術力の異様さは明確だ。

 一般的に建物には木や石を用いられているのに対し、この街では鉄材を含めた建築方法を確立し、そこから街の地区ごとに建物の特色が違っている程に発展している。場所によってスチームパンクな街並みだったり、逆に自然豊かな森と見紛うツリーハウス群だったり……多様性がハンパない。

 さらに徒歩や馬車が主だった移動手段であるこの世界にあって、魔法を動力とした魔導車両によって都市内を行き来するための定期便が組まれている辺りから見ても、その技術力の高さが異様である事は理解できることだろう。うーん、世界観が崩れる……! 

 

 この街の異常点を上げればキリがないので、この反応を見てもらえばこの街がどれだけおかしいのかわかってもらえるだろう。

 

「ふぇぇ……す、すごい……!」

 

 ……クロリシア王国第三王女であるお姫様が、完全におのぼりさん状態である。

 

「クリスは魔導都市は来た事なかったのか?」

「はい。話には聞いていましたが、ここまで凄いとは……」

「俺たちも初めてこの街に来た時は」

「え……貴方も驚いたんですか?」

 

 ……俺を何だと思っているのか。人間なのだから驚くようなことに遭遇したら驚くさ。

 

「いえ、何でも知っているような雰囲気といいますか、何でもできるような信頼感があるといいますか……」

「だよなー」

 

 だよなー、ではない。俺は俺のできることしかできないし、知っている事しか知らない。そしてその範囲は人並みに限られている。

 

「人並み……?」

「じゃあそんなお前が考える俺たちが街の代表者を味方に付けるために今からすべき事ってなんだ?」

 

 急に話を戻すのか……領主殿は地道にコツコツと、なんて言っていたが、本当に小さな事だけコツコツしていてもどうしようもない。なのでまずは少し大きめの事を積み上げるべきだろう。

 

 というわけで、まずは使える伝手を頼ることにしよう。

 

「伝手、ですか?」

「そんなのあるのか?」

 

 ……クリスはともかくアルは呆けているようだ。ここがどこで、俺たちの依頼主が誰だったのか忘れたのか? 

 

「そんなのここは魔導都市で依頼主は……あっ!」

 

 と言う事でそちらはアルとクリスに任せる。俺はちょっと別口で情報を集めてみる。

 ついでに簡単にクリスにこの街の案内をしてやるといい。俺も後から向かうから依頼主の所で落ち合おう。

 

「わかった! じゃあ行こうかクリス!」

「は、はい! よ、よろしくお願いします……!」

「別にそんな硬くならなくてもいいんだぞ……?」

 

 では楽しんでくるといい。そう言いながら二人に背を向けて俺は街の雑踏へと姿を紛れさせた。

 

 何やらクリスがアルの事を気にしているように見えたので二人でデートできるように気を遣ってみた。身分違いの恋に発展するかはわからないが……そこに触れるのは野暮というモノ。

 

 ふっ……お節介焼きの幼馴染はクールに去るぜ。

 

 

 ◆

 

 

 二人と別れた後、俺はとあるバーに来ていた。

 店内に入るが、バーカウンターに本を読むマスターが一人いるだけで客は一人もいなかった。相変わらず閑古鳥が鳴くという表現がぴったりな寂れた店だった。

 客が入ってきたというのに本から目を離そうとしないマスターに呆れながらもカウンターに腰を掛けた。

 

「……注文は?」

 

 ようやく本から視線を上げたマスターは不愛想にそれだけ口にした。

『蜘蛛の糸を伝う雫』が欲しい。俺はそう言って一枚のカードを提示する。

 

「……あいにくだがそんなもんねぇな」

 

 なら場所を貸してくれ。そう言って硬貨を机の上に滑らす。

 

「……奥の個室を使いな。ただし『巨人』には注意しな」

 

 そう言って鍵を投げ渡してきた店主に礼を言いながら、店の奥に並ぶ扉の中から指定された個室に入る。

 

 個室は極めて狭く、中には一人用の椅子と机、そして机の上にある板状の装置が置いてあるのみであった。

 勝手知ったる俺は迷うことなく椅子に座って机の上にある装置を起動した。

 

 

 ◆

 

 

【なんやて】義賊ハットーリについて考察するスレpart34【クドー】

 

11:技師の小人

 で、結局『極東』ってどこよ? 

 

12:教授の小人

 ハットーリの発言によれば、『主食は米』『刀が主流武器』『サムライやニンジャがいる』『ハラキリという文化がある』『東の果てにある島国』……情報は色々と上がってるんだけど……

 

13:学徒の小人

 それに全部合致する国がねぇ……主食米の国って結構あるよな? 

 

14:技師の小人

 というより米しかしか食わない国も少ない気も……ここでも米も小麦もなんだったらモロコシ粉だって食べるだろ

 

15:術師の小人 

 主食の意味を調べ直せ。とはいえ同じ国でも地域によって主食が変わる事もあるし特定が難しいのは確か

 

16:学徒の小人 

 刀が主流武装ってのも特定難しくない? 

 

17:小売の小人 

 そもそも刀ってどこ発祥なの? 

 

18:司書の小人 

 不明。先史文明は除外するが各地で脈絡もなく出てきたりして我こそが発祥の地! って言い争ってる状態

 なおどこの国も主力と言える程の人数はいない模様

 

19:学徒の小人 

 サムライとかニンジャとかも似たような状態だしな

 

20:流浪の小人 

 ニンジャって確かチャドーとかいう独自の武術を使うんだっけ? 

 

21:小売の小人 

 それは創作だから……だよね……? 

 

22:学徒の小人 

 かなり甘めに見てかろうじて条件に合いそうな国もあるにはあるが、東にはないのは確定的に明らか

 

23:学徒の小人 

 せやかてクドー! それやったらクドー刑事がハットーリの言葉を捏造したって事にならへんか!? 

 

24:教授の小人 

 待てよハットーリ、クドー刑事じゃなくてハットーリが嘘ついてただけの可能性だってあるぜ

 

25:司書の小人 

 そもそもだが……クドー刑事の名前はクドーではない(無言の腹パン)

 

26:術師の小人 

 なん……だと……!? 

 

27:学者の小人

 ハットーリが一方的にそう呼んでそれが定着しただけだからな……ある意味クドー刑事も被害者なんだよなぁ

 

28:技師の小人 

 そもそもハラキリ文化とか恐ろしすぎるだろ。なんだ死ぬときの作法って……ガンギマリすぎだろ

 

29:流浪の小人 

 正確には『セップク』だか『セプク』だからしいが、自殺方法としても正気じゃないよな。死ぬ時は苦しんで死ねって事か? 

 

30:流浪の小人 

 試しにハラキリしてみたけど超痛かったゾ

 

31:医師の小人 

 ハラキリニキは成仏してどうぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【求ム】もうすぐ研究発表なんだけど緊張でどうにかなりそう……【助言】

 

1:学徒の小人 

 タイトルの通りなんだけどどうすればいいだろう……

 

2:学徒の小人 

 研究内容をブラッシュアップしろ

 

3:学徒の小人 

(´・ω・`)

 

4:学徒の小人 

 こんな所でウダウダしているよりもよっぽど建設的だ

 

5:学徒の小人 

 正論で草

 

6:学者の小人 

 まあ最近の発表は妖怪素人質問がいない時点でハードル下がってるから……

 

7:学徒の小人 

 何その妖怪? 

 

8:教授の小人 

 何年か前に研究発表の会場に現れた存在

 質疑応答の時間に「素人質問で申し訳ないのですが~」的な発言から始まりどう聞いても素人じゃない質問を投げかけてくる

 発表者は絶望で沈黙するか、興奮して議論に発展するかのどちらかに区分され、大半は前者が大量生産される

 

9:学徒の小人 

 ヒェッ!! 

 

10:教授の小人 

 最近は全然学会とか研究会に姿を現さないので都市伝説あるいは妖怪なんて言われてる

 

11:学徒の小人 

 でもいたら絶対俺追い詰められてたからでなくてよかったわ

 

12:教授の小人 

 ちなみにその正体は未だ幼い少女だったとか何とか

 

13:学者の小人 

 ガタッ!! 

 

14:学徒の小人

 幼女だと!? 

 

15:兵隊の小人 

 ロリに蔑んだ目で見てもらえると聞いて! 

 

16:学徒の小人 

 何でもういないんだよ……!! 

 

17:流浪の小人 

 通報しますた

 

18:学徒の小人 

 妖怪じゃなくて幼怪じゃったか……

 

 

 

 

 

 

 

【疑問】童話『青狸』で訊きたいんだけど【質問】

 

 

1:兵隊の小人 

 青狸って話によって作風が全然違うけど何で? 

 

2:学者の小人 

 まああれ同一作者によるものじゃないし

 

3:武道の小人 

 そもそも原作者も一人じゃなくて複数人での共同創作らしい

 

4:小売の小人 

 ネズミに食い殺されるエンドの話みたいな無慈悲に死ぬ話は大抵二次創作だぞ

 

5:教師の小人 

 青狸は元々子どもたちに将来の夢や希望を与えるために作られたって話だからな

 基本残酷な死にネタはNGだぞ

 

6:兵隊の小人 

 マジか。じゃあなんでそんな二次創作が公式の一つとして広まっているんだ? 

 俺が故郷から出てすごく驚いたのが元祖青狸がホラー系の話じゃなかった事だぞ

 

7:医師の小人 

 人間喜劇よりも悲劇の方が記憶に残りやすいからね

 

8:兵士の小人 

 やっぱ人間ってクソだわ

 

9:流浪の小人 

 ちなみにネズミに食い殺されるエンドは耳をネズミに食われて失くしてネズミが嫌いになる話が元らしい

 

10:学徒の小人 

 こわっ!? 

 

11:兵士の小人 

 結局ホラーじゃないか! 

 

12:学徒の小人 

 やっぱり偽作者版が混じってたのか。まあ青狸が黄猫だったとかもわけわからんもんな

 

13:学者の小人 

 それは原文やで

 

14:学徒の小人 

 !? 

 

 

 

 

 

【日常】アトラシアの日常報告part94【非日常】

 

 

46:小売の小人 

 物凄い轟音が鳴り響いたけど何があったの? 

 

47:術師の小人 

 どっかの技術屋が爆発させたんじゃないの? 

 

48:技師の小人 

 どっかの研究で爆発したんじゃ? 

 

49:学者の小人 

 何かの魔法実験で爆発したのでは? 

 

50:小売の小人

 こ、コイツら……! 

 

51:流浪の小人 

 ろくな答え返ってこないな……

 

52:教授の小人 

 ただどれもありそうなんだよな

 

53:兵隊の小人 

 何か外壁の一部が壊れたらしいぞ

 

54:術師の小人 

 は? あの外壁壊すってどうやったらできんの? 爆発魔法直撃しても傷一つ付かなかったのに

 

55:兵隊の小人 

 なんか船で突っ込んできたらしい

 

56:教授の小人 

 やっぱり質量兵器こそ最強なんやなって

 

57:技師の小人 

 嘘乙。壊れた外壁って内陸側だろ? どうやったら船が突っ込むんだよ

 

58:兵隊の小人 

 船は船でも空飛ぶ船らしいぞ

 

59:技師の小人 

 え? それってまさか飛空船……? 

 

60:術師の小人 

 つまり飛空船がこの街に……? 

 

61:兵隊の小人 

 そうらしいよ

 

62:兵隊の小人 

 あれ? だいぶ発言が減ったんだけど……? 

 

63:小売の小人 

 そら(飛空船なんて特大の火種投下したら)そう(なる)よ

 

64:記者の小人 

 話は聞かせてもらった……この都市は滅亡する!! 

 

65:流浪の小人 

 な、なんだって──ー!? 

 

66:兵隊の小人 

 な、なんだって──ー!? 

 

67:小売の小人 

 な、なんだって──ー!? 

 

68:教授の小人 

 洒落にならないからやめろ……やめろ……! 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 一通り閲覧と書き込みを終えた俺は装置のスイッチを切って一息ついた。

 

 魔導技術によって生み出された情報通信技術。蜘蛛の巣のように張り巡らされる目には見えない情報網から、通称『魔導ネットワーク』と呼ばれている。

 ……名前の由来もそうだが、大体前世でのネットワークと同じだ。

 

 それを試験的に稼働させている魔導都市において実験の一つとして試行されているのが先程まで見ていた『魔導共用掲示板』だ。

 

 都市議会などからの告知が張り出されたり、学術的な議論や検証を行なったり、単なる雑談をしたり……画像映像技術がまだ進んでいないためか画像を添付したりは出来ないのだが、その使用方法は多岐に亘る。

 

 匿名でも書き込める掲示板という玉石混交な情報が溢れる場ではあるが、今の所利用者もある程度限られているためふるい分けもまだ容易だ。

 

 ちなみにここは端末使用権の貸し出しをしている会員制のバーで、会員カードと合言葉を言えば部屋と端末を貸し出してくれるという、ネカフェのような店である。俺のような旅人が主に利用しているみたいだが、認知度は低いためか見た目通り利用者は少ないようだ。というか隠れ家的な付加価値を付与しているのかもしれない。マスター自体半ば趣味でやっているみたいだし……いや、ニーズがニッチすぎるだけか。

 

 とはいえ掲示板の情報を見る限り、飛空船関連で何か動きがありそうだ……

 これはアルたちと合流する前に飛空船に向かった方がいいか……? そう思って店から出たのだが……

 

「────やあ、元気そうでなによりだよ」

 

 店を出た直後に、胡散臭そうな雰囲気をした細身の初老くらいのオッサンが声を掛けてきた。

 

 このオッサンの名はモーティス・ブランデルク。貴族の三男坊として生まれ、貴族の末席にいながらもそんなの関係ないとばかりに自由気ままに人生を過ごし、歳を取った今では独身貴族を気取る考古学者であり、俺たちの依頼主の片割れだった。

 

 てっきりアルたちと合流している頃だと思っていたが……

 

「おや、アル君とは擦れ違いになってしまったのか……まあいい。実は君達に頼み事があって探していたんだよ。本当は二人いてくれたら一番良かったんだけど君だけでも十分だ。君たちが乗ってきて、今君が気にしているであろう飛空船に関してだ」

 

 ……この初老のオッサンは一体どこから情報を仕入れているのだろうか? 

 

「街の危機だ。君の力が必要なんだよ。とはいえ大それたことをお願いするつもりはないさ。ただ少し時間を稼いでほしいというだけ。それだけで私は大いに助かるし、君も街の代表に名を売れる。互いにWIN-WINだと思うのだが……どうだろう?」

 

 どこまでこちらの事情を知っているのか……狸爺という言葉がこれほど似合う人間がいるだろうか、いやいない。

 ものすごく怪しい……が、まあ話を聞こう。

 

「では時間もないし移動しながら説明しよう。実は────」

 

 

 ◆

 

 

 ────そこは、例えるならば、戦場だった。

 

 未だ戦端は開かれてはいないものの、互いに火蓋が切られるのを今か今かと待っている状態だ。

 

「おい考古学課ァ!! なんのつもりだゴラァ!!」

「こ、この飛空船は我々考古学課が接収する事とする! 大人しく立ち去れ!」

「ふざけんなぁ!! 考古学課なんて学者畑の中でも碌に成果も出せてねぇ零細学科が飛空船を独り占めとかありえねぇだろ!!」

「わ、我々とて最近は大きな成果を上げている! 全く解明されていなかった先史文明を紐解いたというな!」

「それは考古学課じゃなくてモーティスの爺の功績だろうが!!」

「────お前たち、少し頭を冷やせ」

「か、頭領(カシラ)! つってもよぉ……!」

「おそらくだが今回もあの爺さんの発案といった所だろうさ。キミたち、悪い事は言わない。さっさと我々『シド工房』を始めとした鍛冶連合に飛空船を引き渡した方がいい」

「う、うるさい!! お前たちこの飛空船をバラバラにするつもりだろう!! これが考古学的にどれだけの価値があると思っているんだ!!」

「んなもん知った事かぁ! 損壊しているとはいえ現存している飛空船があるならその仕組みを解明するのは当然の事! そのメカニズムを解明できたらそれだけ技術が発展する!! それ以上の価値がこの飛空船にあるものか!!」

「そんなんだからアンタらには渡せないんだよ!!」

「全く……こちらが穏便に事を済まそうというのに、頭でっかちの学者連中ときたらこれだ……!」

 

 それでも怒号が飛び交い、相手に対する敵意が肌を刺すように飛び交っている。

 何か切っ掛けさえあえばすぐさま相手に飛び掛かる、そんな際ど過ぎるバランスの下保たれている緊張状態。

 

「お前たちが好き勝手出来ると思うのもここまでだ……!! こっちには飛空船の『所有者』がいるんだ! 正当性はこっちにある!」

「奇遇だな。こちらにも『所有者』がいるんだ」

 

 

 そんな中で、俺は親友と対峙していた。

 

 

「…………何してんのお前?」

 

 

 一体どうして、こうなったのだろう……? 

 

 

 対峙しているアルは困惑していた。その側に立つクリスも困惑していた。当然相対する俺も困惑していた。

 

 

 とりあえず……モーティスの爺は一発殴る。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話

 前回のあらすじ。

 街の危機に立ち上がったら相棒とあたかも敵であるかのように対峙していた……なんでや。

 

 もちつけ……いや落ち着け。まずは冷静に現状を確認しよう。

 

 俺は今雇い主の片割れであるモーティスに請われて飛空船を護るための時間稼ぎのためにこの場にいる。

 街の危機だとか言ってたのは適当に法螺吹いてるだけだろうと聞き流していたが、何らかの騒動になりそうだとは思っていたので何らかの形で一枚かむために了承したのだ。ちなみにモーティスは飛空船の中にいる。

 そしたらもう片方の雇い主である『シド工房』側に請われただろうアル達と対峙する羽目になっていた……なんでや。

 というか何でお前ら敵対してるんだ……俺はてっきりモーティスもシド工房を利用……もとい協力しているものとばかり思っていたのに……

 

 っと、閑話休題。現状の把握を再開しよう。

 

 現在、飛空船の周囲をモーティスが集めただろう考古学課の人員が囲んでおり、その周囲をシド工房の技師たちがさらに囲んでいて、どちらも互いに敵意を向け合っている。なおその内訳だが向こうは普段から力仕事に励む血気盛んな技師が山ほどいるのに対してこちらは運動はロードワークくらいしかしてなさそうな学者勢しかいない。屈強な技師たちに囲まれてそこまで敵意むき出しにできるヒョロヒョロの考古学課の根性がある意味スゴイ。

 

 このままぶつかれば(考古学課の)血を見るのは明らかな状況で、それを抑えられている理由としては、あたかもそれぞれの代表のように対峙している俺とアルの存在があるからだろう。とはいえこのままアルと戦うのは避けなければならない。

 アルもさすがにこんなわけのわからない場面で天恵をフル活用して俺に殴りかかってこないだろうが、俺が小細工なしでアルとまともに戦えるわけないだろいい加減にしろ! 

 よしんばアルを抑えられたとしても、その瞬間に痺れを切らした両集団が乱闘状態へと突入するだろう。さっきも言った通り、向こうが屈強な技師たちに対してこちらはヒョロヒョロの学者たちしかいないのに勝てる道理はない。これなんて無理ゲー。

 

 というわけで俺の基本にして絶対の方針としては戦いにならないようにしなければならない。

 

「えっと……()るのか……?」

 

 絶対にノゥ!! 

 

 幸いなのがアルがあまり乗り気じゃない……というか事情を掴めず困惑している事だろう。

 だがこのまま変な膠着状態が続けばアルがよくわからないまま覚悟を決めてしまうかもしれない。あるいは他の技師集団が暴走する可能性もある。現に今も野次を飛ばしてきている。

 

「嘘だろお前ら、戦わねぇのかよ!?」

「この状況でやらねぇとか玉なしチキン野郎かよ!?」

「これじゃ賭けが成立しねぇじゃねぇか! どうしてくれんだ!!」

「こちとら大穴でお前が勝つ方に今月の小遣い全部賭けたんだぞ! この覚悟をどうしてくれる!!」

 

 ええ……? 何でこの技師どもは好戦ムードから観戦モードに移ろうとしてるんだ……? というかこんな場面で賭博とかおかしいだろ……!? 

 いいかお前ら、俺は絶対に戦わないからな! 暴力は何も生み出しはしない!! ……あとその大穴は絶対に当たらないから。むしろ感謝しろ。

 

「普段と言ってる事違うじゃねぇか!!」

「暴力は全てを解決するんじゃなかったのか!!」

「諦めんなよ! 何でそこで諦めるんだ! 頑張れ頑張れやればできる!!」

 

 うるせぇ!! ブッ飛ばすぞ!! 

 

「言ってる事いきなり矛盾してんぞー!」

「暴力反対ー!」

「で、賭けは?」

 

 ……俺は技師(アホ)共のガヤを無視する事にした。いくら相手にしてもキリがない。

 

 まずは俺が対処する相手をアルから技師集団の親玉に変更してそこで話を付けるのが一番だろう。

 

 というわけで大将を出してもらうようにアルに頼む。

 

「あ、おう。まあ俺はいいんだけど……頼めるか?」

 

 

 

「────いいだろう。手短に終わらせよう」

 

 

 

 アルの呼びかけに応えてその場に出てきたのは、全身を大鎧に包んだ巨体だった。

 俺やアルでも持て余しそうな程に大きなその鎧は一歩歩く毎に重い足音を響かせる辺りその重量も想像に難くなく、その手には人の身長程もある巨大なハンマーが握られていた。

 

 ……完全武装じゃないか……過剰武装過ぎない? 

 

「久しぶりだね。ゆっくり話をしたい所だが、それは後にしよう。今はさっさと後ろの学者連中とモーティスの爺さんを連れて下がってほしいんだが」

 

 それができるかどうかは話し合い次第である。

 というか飛空船を所有者の許可もなしに解体しようとしているようだが、さすがに勝手が過ぎるのではないだろうか。

 

「我々は破損した都市の外壁の修理をしなければならない。我々の役目だからね。そのために外壁に突っ込んで一体化してしまっている飛空船を取り除く必要があるのは当然の事だろう?」

 

 何というか、建て前感が見え見えなのだが……

 

「建て前だとしても、事実でもある。我々には外壁修理のために障害物を撤去する義務がある」

 

 まあ……一理ある、のか……? 前世での車両事故でもひとまず事故車は邪魔にならないよう撤去されるわけだし……

 

「それに所有者だろう二人立ち会いの下で解体しようとしていたんだ。飛空船に乗っていたという事は全く所有権がないとは言い切れないという事だろう」

 

 …………うん? …………うん??? ………………いやそれはさすがに暴論にすぎない……? 

 

 さすがの暴論に後ろに下がっていたアルとクリスも首をかしげて困惑している。搭乗者=所有者は流石に無理矢理すぎる。

 

 そもそもとして、周りは俺たちが飛空船の所有者だと言っているが、訂正しておこう。俺たちは所有者ではない。

 この飛空船は、クロリシア王家の秘蔵品の一つだ。つまり、勝手に解体なんてしてしまえばそれは王家に対する敵対……とまではいかなくとも不敬に当たる。飛空船を始めとした先史文明技術に関しての王家の秘匿具合はそちらの方が知っているだろう? 

 

「……ではモーティスひいてはそこらの考古学者どもが飛空船を占拠しているのは不敬にあたらないとでも?」

 

 王家は先史文明自体の解析にも力を入れている。それは今までの政策などを見てもわかる事だ。つまりはそういう事だ。

 

「政策云々は技師である我々にとってどうでもいいが、つまりそれも王命というわけか……」

 

 そんなところだ。……実際には奴らが勝手にやっているだけなのだが、黙っておこう。

 だが、我々はこの飛空船の処遇に関して次期国王であられるクロード殿下よりある程度任せられている。

 

「何……?」

 

 まあ独断で処遇を決める事は流石にできないが、殿下との窓口になる事はできる。

 完全独占、というのは難しいが、シド工房が主導して飛空船解体解析業務に当たってもらうよう手配する事はできるだろう。

 

 先史文明の遺品である飛空船を虎視眈眈と狙うのは何も考古学課や技師たちだけではない。現代術式への技術転用を考えるだろう魔術課や軍事転用などを考えるだろう兵法課、さらには飛空船という希少価値を求める商業科や好事家など、飛空船を求める勢力は山のようにいる。それはこの魔導都市でも変わらない……いや魔導都市だからこそより顕著だ。

 だからこそシド工房は暴挙とも言えるほどに拙速に行動を起こした。違うか? 

 

「…………」

 

 独断で飛空船を解体して魔導都市全体から敵視されるのと、王家と領主の認可を得て正式に解体するのと、どちらがお好みだろうか? 

 

「……認可を得たところで、他の連中から嫉妬の目で見られる事には変わらないだろう」

 

 だが王家と領主殿を味方にはできる。変わり者揃いの魔導都市とはいえ、都市議会による多数決によって重要事項が決まるこの街で、完全な孤立無援になるよりかは断然マシだと思うが? 

 

「………………約束は、違えるなよ」

 

 当然である。

 

「いいだろう。お前の提案に乗ってやる」

 

 ではさっそく今から殿下と領主殿に話を通してこよう。それまでは周囲の苛立っている技師たちにも飛空船が他の連中にちょっかい出されないように保護させるよう指揮を執ってもらいたい。

 

「今から横槍を入れられるのも癪だし仕方ない……お前ら! 今から我々は考古学課と共に飛空船の保護に当たる! どこの誰だろうと飛空船にちょっかい出させるんじゃないぞ!!」

『へ、へい!!』

 

 そうして大鎧が技師集団の下へと向かっていくのを見て、ホッと一息吐く。

 何とかやり過ごせた事に安堵しつつも、やるべき事をやってもらうためにアルたちと話をするとしよう。

 

「……なあ、クロードから飛空船の事任せられているって言ってたけど、いつの間にされてたんだ?」

 

 アルの疑問も尤もだ。故にそれに答えるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 これからだ。

 

 

「はっ……?」

 

 俺がクロード殿下と話をしたのはアルも一緒にいた時だけだ。クリスが事前に一任されていたとかならともかくそんな物を任せられる時間はなかった。

 何、殿下もきっと快諾してくれるだろう。何せ『シド工房』という魔導都市一の技師集団がクロード王子の正当性を支持してくれるんだからな。これも次期クロード王の地盤固めの一歩さ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。いつ彼らがお兄様の正当性を支持すると言ったのですか?」

 

 いつと言われても、『王家所有の飛空船の解体』を『クロード殿下の一存によって認可してもらう事』に承諾した時点で、『クロード殿下が正式な王家の代表=王である』という事を認めたと言い換えられるだろう。

 

「それは……そう、なのでしょうか……? いややっぱり暴論すぎません!?」

 

 ソンナコトナイヨー(棒)セイロンダヨー(棒)

 何せクロード殿下以外が王に付いた場合、シド工房は不当に王家の所有物に手を出したことになる。そうなると困るのだからクロード殿下を支持するのは当然の帰結と言えよう。

 

「お前、さっきやり方が横暴だとか強引だって言ってたけど、それ以上に強引じゃねぇか……!」

 

 こんなものは大した事ない。俺ではここが限界だが、きっとアンナとかならもっとえげつない手をつかってくるだろう、多分。

 

 それにクロード殿下も魔導都市に飛空船を技術的に解析してもらう事を考えていただろう。何せ現在王国が所有していた飛空船は一つを除いて全てエルロンに奪い取られ、残る一つもあの有様だ。エルロンに対抗するためには飛空船は必要不可欠な以上代わりの飛空船が必要になってくる。

 どちらにしても飛空船は魔導都市に引き渡されるだろうから、俺が勝手に口にしたことは別段クロード殿下の意に反するものではないと思われる。なのでセーフだ。

 

「あの飛空船を解析したからといって、そんなすぐに新しい飛空船が完成するものなのでしょうか?」

 

 普通はしないだろうが、新しい飛空船がまた出土するなんてミラクルに頼るよりかは可能性はあるだろう。

 それにここの技術者は普通じゃないからできても驚かない。

 

 というわけでクリスはアルと一緒に領主殿の下へ戻ってクロード殿下に今の話を伝えてくれ。もしかしたら殿下が領主殿に飛空船に関してのやり取りを決めているかもしれないから。

 

「それ急がないとダメなヤツ!?」

「い、急ぎましょうアル!」

「おう! ってお前はどうするんだ?」

 

 俺はこの場に残る。大丈夫だと思うがシド工房が暴走しないように見張る役目は必要だ。あとモーティスの爺を殴らないといけないからな。

 

「そうか……って何で爺さんを殴るんだ?」

「あの、モーティスって誰ですか……?」

「ああ、後で説明、というか紹介するよ。じゃあ行ってくるわ!」

 

 そうしてこの場から走り去っていく二人を見送ってから、もう一度安堵の溜息を吐く。

 ふう、何とかミッションコンプリートだ。これでアルと一戦交えるなんて自殺行為をせずに済む。

 それに俺に出来ることはしたのだから文句を言われることもないだろう。

 シド工房は飛空船の接収の権利、考古学課はそれまでの飛空船の研究時間、クロード殿下は魔導都市における支持勢力の確保……全員がWIN-WINで終わる事ができたと言えるだろう。

 

「で、お前はモーティスの爺さんからどんな報酬を貰えるんだ?」

 

 それはお前、シスター物のレアな艶本やウス異本をだな……………………はっ!? 

 

「………………」

 

 ……恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはいつのまにか大鎧が立っていて、伸ばされたその手が俺の頭部を鷲掴みにした。

 

「成程……どうしてお前が変に頑なにモーティスに協力してたのかと思ったが、そんな理由だったか……!」

 

 な、何故頭を掴むんです……? って痛い!? いたたたたたたッ!! 頭ッ! 潰れッ!? やめッ、やめろ──────ッ!? 

 

 

 ◆

 

 

「ふむ……彼のおかげで時間も稼げたおかげで色々と内部を見れたけど……これは、()()()だね。もしかしたら今現在出土している船全部が……いや、それは詳しく話を聞いてからでも判断は遅くないか………………おや、お二人さん、お揃いのようで。様子を見るにどうやら丸く収めてくれたようだね。まあこうなる事は僕も予想していたけどネ。とはいえ予想通りにいくとは限らなかったし、さすが…………あれ、何で拳を握っているのかな? って痛い!? やめ、やめて! 僕に戦闘能力はないって知っているだろう!? あ、こら、君達人数に頼って僕みたいな老人を囲んで棒で叩くのはやめなさい! やめ……ア────―ッ!?」

 

 

 ◆

 

 

 モーティスの爺をボコった後、クロード殿下と話してきたアル達と合流。その場で大まかな内容を確認してシド工房の技師たちと考古学課に指示を出して、改めて細かい話を詰めるために一度シド工房本拠地へとやってきていた。

 

「いたたた……全く、酷い目に遭ったよ……老人をもっと労わりたまえよ」

 

 そう言って恨みがましい視線をこちらに向けてくるモーティスだが自業自得である。それを言うなら俺だって頭痛い…………で、成果はあったのか? 

 

「んー、成果と言える成果はなかったけど、それがある意味成果と言えるかな? まあまだ仮説とも言えないレベルだけども進展はあったさ」

「モーティスの爺さんの話は今はどうでもいい。それで、改めて確認していくが、飛空船はこちらで解体してもいいんだな?」

 

 俺とモーティスとの雑談を遮ったのは大鎧の頭領であった。確かにお互いの意見を再確認するために移動してきたのだから

 

「ああ。ただ飛空船の処遇に関してはこっちに任せるってクロードは言ってたんだけど、領主さんがシド工房が主導でしてもいいけど魔術課とかにも声掛けるから解体本番は明日以降にしてほしいって言ってたぜ」

「出来れば今日中に始めたかったんだが、仕方ない。それに関してはウチの連中に飛空船の撤去に留めるよう指示しておいた。で、その代わりの条件も言っていたけど……」

「はい。条件というよりかは依頼、あるいはお願いですね」

「どっちでも変わらないだろう。それよりも正気か? 飛空船を魔導都市(こちら)に提供する代わりに、

 新しく飛空船を作り上げてその飛空船を使わせろだなんて……机上の空論すらできてないんだぞ」

 

 確かにその通りである。いつできるのかもわからない、もしかするとできないかもしれないものを条件にするなど普通に考えて有り得ない。

 

「でもここならできるだろ?」

 

 だが何でもないことのようにアルがそう言った。

 アル程楽観視しているわけではないが、概ね俺も同じ意見だ。少なくとも俺たちやクロード殿下、それに領主殿はできるものと信じている。

 

「簡単に言ってくれるな……だけど、そこまで言われて断ったら『シド』の名が廃るというものだ。やってやろうじゃないか……!」

 

 やる気になってくれたようで何よりである。

 

「ところで……アル君は何故クロード王子を呼び捨てにしているんだい?」

「何でって……友達だし、さん付けもおかしいだろ?」

「王族を友達扱いできる平民の方がおかしい。学のないボクでもわかる」

「ちょっとぉ、保護者の君がそういうのも教えてあげないとダメじゃないかぁ」

 

 教えてこれなんですぅ。アルは素でそう思ってるからどうしようもない。

 

「保護者って所は否定しないんですね」

「いや否定しろよ相棒」

 

 否定して欲しいなら色々とこっちに丸投げするの自重してどうぞ。

 

「あの、そろそろお二人の紹介をしてもらえませんか……? あ、私はクリスティーナ・クロリシアと申します」

「クロリシア……もしかして、お姫様?」

「そうだよ」

「……今までの口調、もしかして不敬だったか?」

「あ、私は全然構いませんよ。気軽にクリスと呼んでください」

 

 というか連れ出しておいて自己紹介してなかったのか……

 

「それじゃ次は僕の番だね。僕は高等遊民のモーティスさ。今は趣味で先史文明について調べている考古学者でもあるよ。よろしくネ」

 

 王女殿下に対してその口の利き方、不敬だぞ。

 

「えー、アル君に合わせたのにー?」

「私は別に気にしませんよ……?」

「ではモーティスに続いてボクも改めて自己紹介するとしよう」

 

 そう言うと鎧からブシューッ! という圧縮した空気が抜けるような音が鳴り響き、大鎧が変形していき、中にいた頭領の姿が露わになった。

 

「ふぇっ……?」

 

 椅子のような形状に変形した大鎧に腰かけていたのは、()()()()()()()()()()()だった。

 

「────ふぅ……ボクの名はシドニア。若輩ながらこのシド工房の頭領をしている。多少の無礼は所詮現場上がりだから大目に見てもらいたい。よろしく頼むねお姫様」

 

「え……ええええええええ!?」

 

 大鎧を纏っていた小柄な少女シドニアの自己紹介に、クリスは驚愕の声を上げた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話

「あの大きな鎧からこんな小さな女の子が出てくるなんて……」

 

 シドニアの本体登場から少し落ち着いたクリスが改めてそう呟いた。まあアルよりも二回り以上大きい鎧の中から自分よりも二回りくらい小さいヤツが出てきたらそら驚くわな。

 

「えっとシドニアさんは何であんな大きな鎧着てたんです?」

「技師の作業は力仕事が多いけどボクの筋力では大掛かりな作業ができないからそのためだね。あとボクの事はニアでいいよ」

 

 身を護るための鎧というより、外付け筋肉装置(パワードスーツ)と言った方が適切である。動かすのも自分の力ではない辺りもはや一種のロボットとも言えよう。

 

「まあボクも成長期なんだ。すぐに追い抜くさ」

 

 それは無理だと思う。というか成長期にしてはあまり身長変わってないような……いや何も言うまい。

 

「でも見た感じそんなに背伸びてないよな?」

「────ポチっとな」

「あだッ!?」

 

 俺は堪えたのにアルが蛮勇を発揮したと思ったら、ニアが何かのボタンを押した。するとニアの腰かける元鎧が作動して棒状の物体が展開されそこから発射された魔力の球体がアルの額に直撃した。

 雉も鳴かずば撃たれまい……って、あれ銃じゃね? いや威力的に子供だましみたいなものだし、実戦に使えるくらいのモノとは限らない……でも不意討ちとはいえアルが躱せないくらいの速度は出るわけだよな……? 

 

「全く失礼な……あ、そうだ。前にお前に相談されてた事案があっただろう。弓に代わる遠距離武器が何かないかって」

 

 うん? ああ……そういえばそういう話もしたな。

 

 今は距離がある時は弓矢を使っているのだが、その際に両手が完全に塞がってしまう。

 仕方ないことではあるのだが、鉈やらナイフやら色んな武器を使い分けている中で両手が完全に塞がるというのは個人的に何とかできないかと思っていた。

 せめてその時間を少しでも短縮できればいいのだが……と、以前ニアに相談した事があった。

 実は一度この世界に銃がないか調べた事があったのだが、魔法や天恵で様々な事ができてしまうためか火薬技術がそこまで発展しておらず、この世界ではまだ存在していないようだった。なので正直クロスボウのようなものでもありがたかったのだが……

 

「お前の要望に対するボクの答えが、これだ」

 

 そう言って手渡されたのは弓やクロスボウ……ではなくへの字型の金属の棒で、筒のように空洞になっており……飾らずに言えば、銃のような物体だった。

 

 何これ……何これ? 

 

「試作型可変式魔導銃という」

 

 やっぱり銃だった。え、銃ってあんの? 

 

「魔力によって推進力を得るため、多くの空間を占める弦を始めとした、握り部分以外の必要がなくなり、何なら魔力だけを撃ち出す事も可能なので矢を番える必要すらなくなった。元々は『砲』を小型できないかというアプローチで作成していたのだが、どこかで『銃』と呼ばれるよくわからない武器の話を聞いたことで一先ずの完成へと至ったのがコイツだ。モードの切り替えが可能で散弾から超長距離狙撃まで理論上は可能だ。ただ片手で使うには少々難があるため、更なる小型化も考えている。そのためにまずその銃の使い心地をモニターしてほしい。お前の天恵ならもしもの事故があっても死にはしないだろうし」

 

 うわぁ、すごい事になったぞぉ……! そしてもしもが起きても死なないからいいやって、結構なヒトデナシ発言したぞこの幼女。確かに峰撃ち使えば銃が暴発しても死なないけど、その発言は人としてどうかと思うぞ。

 

「それ、貴方が言うんですか……?」

「凄まじいブーメランだな」

「技術の発展に必要な犠牲さ。それが減らせるのならいい事じゃないか」

 

 あれ、俺の味方がいない……? 味方どこ……どこ……? 

 

「とりあえずそれは渡しておくよ。あとモード切替等の使い方に関しては取扱説明書があるからそれ見て確認しといてくれ。あ、それ部外秘だから持ち出し禁止で頼むよ」

 

 そう言って新たに紙の束を渡された。というか取説分厚くない? パラっとめくったら構造図みたいなのもあるんだけど、もっと簡略化してもらってもいいですかねぇ……? 

 

「自分が使う武器くらい構造から知っておけ。何なら設計図から渡してもいいんだぞ」

「あのぅ……ニアさんがこのシド工房を率いていると伺いましたけど、ご両親は?」

「両親はいない。あ、死んだとかじゃないよ。世界中旅しててどこいるのかわかんないってだけ。ボクは爺様に育っててもらったのさ。ボクがシド工房を率いているのも……まっ、両親や爺様の代わりって所だね」

「爺様……?」

「あ、僕の事じゃないよ。爺さんってのはあくまであだ名だからね」

 

『爺』というワードに釣られてクリスの視線がモーティスに向けられるが、モーティスとニアに血縁関係はない。ちょっとした利害関係で結ばれただけの赤の他人だ。

 

「ニアの爺様というと……」

 

 シド工房を始めとしたこの街の技師を取りまとめる鍛冶連合の代表にしてこのアトラシアの都市議会に所属する一人だな。つまりこの都市において領主殿と同格の人物だ。

 

「大物じゃないか!」

「あ、あのニアさん、私たちにお爺さんを紹介して貰えませんか?」

「爺様に会いたいなら明日の飛空船の解体の時に来るだろうから別に構わないけど……そもそもお姫様がわざわざこの街に来るなんてどういう話なんだい?」

 

 それについては長くなるし後で詳しく説明しよう。とはいえ飛空船の解体の話が広まればこの都市のお偉いさん方はほとんど来そうな気がするが……いや、来ても紹介どころじゃないだろうからクリスとの顔合わせは出来ても詳しく話すのは難しいか。

 

「なんでさ?」

「そりゃ先史文明の遺物なんてこの街の人間からしたら垂涎モノだからネ。何せ王家が何故か秘匿・独占しててこの魔導都市にもほぼほぼ入ってこなかったんだから、そりゃ食いつかないわけがないサ」

 

 そしてこの機会を逃せば次が来るとは限らない以上、その場で交渉、なんて暇相手にはないわけだ。とはいえクリスの王女という立場を考えれば完全無視するわけにもいかないから後日時間を作ってもらう事くらいはできるかもしれない。

 ……今思えば先史文明技術を独占したがっていたのは王家ではなく偽王およびエルロンの策謀だったわけだ……あれ、もしかしてこれを暴露するだけで魔導都市過半数の支持を得られるのでは? 

 

「あっ、爺様で思い出した。ちょっと前にお前たちの紹介で来たゴッフとかいう商人だけど、面倒だったからとりあえず爺様に紹介しといたよ」

 

 おっ、それは良かった。ゴッフもきっと泣いて喜んだことだろう。

 

「確かに泣いていたね。爺様の無茶ぶりに振り回されてだけど」

 

 おう…………きっと苦労より利益の方が大きいだろうから、よしっ! 

 

「その時計測器と一緒に預かった謎の道具だけど、壊れていたとはいえ中々に興味深いものだったよ。もう少し調べてみる必要はあるけど、先史文明技術の一端が垣間見えた」

「えっ、何それ僕聞いてないんだけど」

「えっ? …………あっ、忘れてた。今はボクの作業机の引き出しに計測器と一緒に仕舞ってる」

「ちょっともう~、そういう所だゾ、ニアちゃん~! 早速チェックしなきゃね~!」

「……その台詞そのまま返すよ、まったく……」

 

 小走りでニアの作業部屋へと走り去っていくモーティスに呆れるように溜息を吐くニア。これではどっちが子供なのかわかったものではない。

 

「そんなわけでボクもモーティスも時間を取りにくくなる。前使ってた部屋なら好きに使ってもらってもいいからよ。それじゃボクも一度現場に戻るから……」

 

 あ、そうだ。俺たち今までの旅の最中で愛用の鉈やら剣やら武器が全部ダメになって困ってるんだ。だからさー、代わりの武器をくれない? 

 

「買え」

 

 俺のおねだりをバッサリ切り捨てたニアは再び鎧を装着……搭乗? して工房から出ていった。

 ちぇっ、ケチー。

 

「さすがにそりゃダメだろ」

「金額にもよると思いますが、お兄様に言えば経費として処理できると思いますよ?」

 

 そうだった。今俺たちのバックには国家がいるんだった。つまり必要なら経費で落とし放題……!! 

 

 とはいえ王国のツケでと言って店で通じるわけがないからそれまでは自腹で建て替えとかないといけないわけで…………領収書を忘れず貰わないと……この世界って領収書の概念はあるのか……? 

 

「で、これからどうするんだ?」

 

 明日の飛空船解体イベントまで自由行動です。

 俺はこの分厚い紙の束と格闘するからここにいるけど、二人はどうする? 

 

「うーん、街の紹介も途中だったし」

「あ、はい! お願いします!」

 

 あっ、そうだ。今日は二人とも領主殿の用意してくれているだろう拠点で寝泊まりするといい。ここで使える部屋は前に俺とアルが使ってた一部屋しかないし、万が一の事があった時を考えればアルも近くにいた方がいいだろう。

 

「わかった、とりあえず明日まで別行動ってことだな」

 

 あ、一応新しい剣だけ買っていけよ。もしもの時に丸腰じゃカッコが付かないからな。

 

「わかってるって」

「ではまた明日、飛空船の所で、ですね」

 

 ああ、また明日だ。

 

「じゃあどこ行く?」

「そうですね、それじゃあ…………」

 

 

 …………さて、二人の逢瀬がうまくいく事を祈りつつ、俺はこの紙の束に挑むとしよう。

 

 

 ◆

 

 

 アルとクリスが街へと繰り出し一人取扱説明書と格闘していると、来客があった。

 

「おーい、シドニアはいるか?」

 

 あ、ゴッフだ。元気そうで何よりだ。

 

「な、何故お前がここにいるのだ!? いや、それよりもお前……お前……! よくも騙してくれたなぁ!!」

 

 騙してない。俺はこの魔導都市におけるゴッフのためになるだろうコネを紹介しただけだ。言いがかりは良してもらおう。

 そこから繋がった縁でひどい目にあったとしてもそれは俺の知らない話なので文句を言われてもどうしようもない。というかその苦労以上にゴッフの利にはなっているだろう? 

 

「まあ確かに、それはそうだが……そうなのだが……! それと文句を言いたくなる気持ちはまた別なのだ……!!」

 

 そんなにひどいのかニアの爺様の無茶ぶり……

 

「というか何故お前がここにいるのだ!? 王都で姫様を送り届けたのではなかったのか!?」

 

 あー、それを話すとややこしい事になるのだが……

 

「うむ…………いや待ちたまえ。なんだか嫌な予感がしてきたぞ……? や、やっぱり聞くのやめ……────!」

 

 ────いいや限界だ! 話すね!! 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああ!? 王が偽物に成り代わられていて枢機卿の一人に牛耳られていたかもしれないなんて、厄介なんてレベルの話ではないではないか!? 何故聞かせた!?」

 

 まあ事前に知っておいた方がいい話だろう。おそらくだがどうせクロード殿下はこれを公表するつもりだろうだし、知るのが早いか遅いかの違いでしかない。

 

「え? 公表しちゃうのこれ?」

 

 まあ公表しないと王子が王を討った正当性がなくなっちゃうし、王位継承権第一位なのに王位簒奪という利点がほぼない事をした頭のおかしい人になってしまう。あとクロード王子的には王国の飛空船をかっぱらっていったエルロンが他の国に侵攻した時を考えると警告せざるを得ないというのもあると思われる。

 

「確かに……というかこれ下手すると聖王国との戦争になるのでは……?」

 

 聖王国の出方次第だがなる可能性もあるだろう。まあ偽王を討たなかったら世界中無差別に戦争を吹っ掛けてたと考えるとまだマシだと言える。というか飛空船奪っていったエルロンの事を考えると、世界規模で戦争というか飛空船によるテロが起こる可能性も十分高い。世界が一致団結できるかが胆だな

 

「聖王国の対応に期待と言った所だが……さすがにあの聖王猊下が黒幕とは考えたくない」

 

 まあ現状で聖王国がエルロンを庇う行動に出たら間違いなく戦争が起こるのは目に見えているから、さすがにそれはないと思うが……あったら逆に聖王が敵勢力なのは確定的に明らかなので悩む必要はなくなるのだが……

 ゴッフはクロード王子は王位を継げると思うか? 

 

「うーむ…………普通に継げるんじゃないか?」

 

 やけにあっさりと言う。その根拠は? 

 

「今の王国のこの状況を切り抜けられる候補が他にいないだろう。第二王子は芸術方面に傾倒して政治に興味がないと公言しているし、第一・第二王女も既に嫁いでいて、第三王女は第一王子を支持している。反対派の貴族たちがどこからか候補を引っ張ってこようとクロード王子に太刀打ちできんだろう」

 

 貴族たちが候補者引っ張ってきたら泥沼になりそうな気がするけど……クロード王子、そんなにすごいの? 

 

「私も政治に詳しいわけではないが、今聞いた話だとここしばらくは王ではなく王子が陣頭を取って国を回していたのだろう? それは王と遜色ないものだった。少なくとも私はそんな事に気付きもしなかった」

 

 商人としてそういった機微には鋭敏だと自負していたのだがね、と自嘲しつつもゴッフは続ける。

 

「王は革新的な政策を執り行ったりして『賢王』と称されるようになった。しかしそれは別に失敗をしなかったわけではない。長年の成功と失敗を糧として得た称号だ。それをほぼほぼ丸投げされただけで何の問題もなく執り成せる辺りその能力が異様である事は想像に難くないだろう」

 

 ……クロード王子、想像以上の傑物だった模様。いや、やり手だろうとは思っていたが、あくまで予想とはいえ表面上辛口のゴッフにここまで言わしめるとは……

 待てよ。じゃあ別に俺たちがとやかくしなくても問題ないのでは……? 

 

「いや、王位だの政治だの外交だのはともかく、この魔導都市に関しては無理だから。ここ道理が通じない魔窟だから」

 

 ですよねー。常識や良識はあるはずなのに倫理観がちゃんと働かない辺りおかしい。

 

「まあその辺りはいいとしよう。私は近々この街をおさらばするのだからな。その事に関わる事もないだろう」

 

 なんと、ニアの爺様からのお使いクエストとやらが終わったのか……

 

「今部下たちがやっているのが済めば終了! つまり自由の身だ! この都市で仕入れた商品を海を越え公国へと捌きに行く予定だ!」

 

 公国って事は海路か。一度本拠地に戻るのか? 

 

「いいや。実はだね、今回の無茶ぶりでシド工房製の船を手に入れたのだよ! 魔導技術による動力によって推力を得る実験用の船らしいが、安全性自体は確認済みという事なのでその試作型のテスターとしてもらったというわけだ」

 

 今日ここに来たのもニアにその船の譲渡手続きをしてもらうためだそうだ。だが飛空船の件で出払っていていつ戻ってくるかわからない現状日を改めるしかないだろう。

 しかし……本当にその船の安全性は確認済みなのだろうか……理論的には問題ないのでよしっ! とかじゃ…………いややめよう俺の勝手な推測で混乱を招く必要もあるまい。

 

「むう、仕方ない。そういう事なら、日を改めるとしよう。美味しい食事と暖かいベッドが私を待っているので失礼させてもらうよ」

 

 そうだな。飯は大事だ。という事でゴチになります。

 

「待てぃ!? 何故私がお前の分も奢る流れになっている!? いやそもそも何故一緒に来る流れになっておるのだ!?」

 

 いいじゃないか。俺も腹が空いたし、気分転換もしたいと思っていた。丁度いいじゃないか。

 

「いかん! 帰れ帰れ! 私は一人でのんびりじっくりと美食を味わい静かな時間を楽しむのだ!!」

 

 

 

 

 ……他人の金で食べる美食は美味しかったです。

 

 

 ◆

 

 

 次の日、俺たちが飛空船解体現場へ向かう事は叶わなかった。それどころではなくなったのだ。

 

 領主の用意した拠点で一夜を過ごし、一度合流するためにシド工房へ足を踏み入れたアルとクリスの目の前に広がっていたのは────

 

 

 

 

 

 

 

 ────血だまりに沈む、一人の男の姿だったからだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話

 あ~~、ブラッドバスの中あったかいなり~~……あ、いや寒くなってきた……やばい、血が、血が足りない……なRTAはーじまーるよー! 

 

 今回はシド工房で発生した血塗れ死体の真相を解明していきます。第一発見者が死体を見つけた所でカウントスタート、真相解明と同時にカウンターストップです。

 

 まずは状況を確認していきましょう。夜が明けたシド工房において一人の男が血だまりの中に沈んでいました。出血量や男の状態から見ても死んでいる事が推測できます。

 ちなみに男がいた部屋は個室ではなく共用スペースで、鍵もかけられていませんでした。

 

 つまり現場は密室状態ではなく、誰もが出入りできたというわけです。

 

 これは……元々工房にいたはずのモーティスが怪しいですねー。何せヤツは胡散臭さの擬人化とも言える存在で、また解釈違いのウス異本を悪びれもなく報酬として渡してくるようなクソ野郎です。何をやってもおかしくはないでしょう。仮ですが最重要容疑者として認識しておきましょう。

 というかビッチシスター物とか何を考えているのか……シスターは貞淑で一途でだからこそ乱れるとその艶やかさが際立つというのが至高だというのに、あれじゃただシスターの格好をしたビッチでしかないだろうがケンカ売ってんのかあの爺!! 

 

 

 うん……? あっ!? 死体と思われる物体がわずかに動きました! まだ息があります! どう見ても死体なのに生きている……こんな事出来る人物はそうはいません。これは犯人に繋がる重要な証拠になりそうですね。

 現在シド工房にいるのは第一発見者であるアルとクリスの二名だけ。あとは血だまりの中の死体だけですね。先述したようにモーティスは現在この工房にはいません。あ、死体はまだ生きているので正確には三人だけですね。

 え? じゃあ状況を事細かく説明しているお前はどこにいるんだって? 

 

 私はそこの血だまりの中にいます。

 

 部屋の中で半死半生になっているのが私です。なのでこの部屋の状況がわかっていたというわけですね。

 

 うん? ちょっと待ってください。どうみても致命傷でも生きている状態を作る事ができる天恵を持っている人間が、その被害者になっている……? 

 額面通りに受け取ると、被害者をこんな状態にした加害者は被害者自身という事になります。自分で自分をこんな半殺しにするなんて相当なドМでもなければしないでしょう。(ちなみに私にそんな趣味は)ないです。

 

 うーん、これは一体どういう事でしょう……? 

 

 

 お前当事者じゃねーか勿体ぶってんじゃねーよという兄貴姉貴もいるでしょうが、申し訳ございません。私は昨日美酒を飲んで多少酔っていたためか少し記憶があいまいで、さらに全身から襲ってくる痛みのせいで思考が回らない状態です。そんな状態で当時の状況を思い出せるわけないだろういい加減にしろ! (逆ギレ)

 

「────────」

 

 

 っと、血だらけ死体が生きている事に気付いたクリスが治癒魔法をかけてくれたおかげで痛みが引いて身体が動かせるようになりました。

 あー、痛みがなくなって思考がスッキリしてきた。何か意味もなく慣れない脳内RTA実況という謎の行動をしてた気もするけど、ようやく生き返った気分だ。

 

「まあ実際生き返ったようなものですし」

「で、何があったんだよ」

 

 

 昨日は確か……二人が出ていったあと銃の説明書を読んでいたらゴッフがやってきて……

 

 そのゴッフに集って美酒美食を味わった後、ほろ酔い気分で酒を片手に説明書の続きを読んでて……

 

 説明書読むのに飽きてきた辺りでちょうどモーティスからウス、もとい報酬を貰って……

 

 部屋で報酬を物色しようと思ったら、ジャンルは間違ってなかったけどコスプレビッチ物、もとい解釈違いの物品で……

 

 思わず野郎ぶっ殺してやらぁ!! と意気込みながら銃を手にして長距離狙撃モードに切り替えて……

 

 気持ちが逸り、変に力み過ぎた結果、変形の最中に間違って魔力を込めて引き金を引いてしまって……

 

 銃から光が漏れたと思ったら全身に激痛が走ってあんな状態に……

 

「そうか…………つまり……」

 

 そう、つまり────────モーティスが悪いって事だな。Q.E.D. カウンターストップです。

 

「悪いのはお前だよ」

「つまり、自爆って事ですか……」

 

 …………………………やっちゃったぜ☆

 

「お前しばらく禁酒な」

 

 そんなー。

 

「あと経過次第ですが少なくとも今日一日は絶対安静です」

 

 はーい……うん? つまり飛空船イベントには二人だけで行くって事? お偉いさん方と交渉しないといけないわけだけど、二人で大丈夫か? 

 

「大丈夫ですよ。これでも姫巫女なんて言われてるんですよ。そういう事には慣れています」

 

 そう…………本当に大丈夫? 

 

「だから大丈夫ですって。もう、心配性ですね」

「まあ何とかなるだろ」

 

 そう……………………本当に大丈夫? 

 

「何でもう一回訊いたんですか……!?」

 

 一応モーティスにも付いてきてもらえばいい。あれは胡散臭い爺さんだけど、それを上回るくらいには口が上手いから、頼りになるだろう。とはいえ頼りすぎちゃ痛い目を見る事になるから気を付けるんだぞ。

 

「私どれだけ信用ないんですか!?」

「お前は俺たちの母親か」

 

 何故そうなる。まあクリスからお義母様呼びされた事はあるが……それは置いておこう。

 俺はニア宛てに銃のレビューを書かなければいけないのだ。

 

「ほとんど使ってないのにレビューするのか……まあいいか。じゃあ爺さん誘って行ってくるぜ」

 

 ああ、気をつけてな……………………さて、と……まずは掃除だな。

 

 

 そうして二人を送り出した後、俺は血で汚れた工房を見て溜息を吐いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 掃除を終えて水分補給やら栄養補給やらをしつつ、銃に対しての不満を書き連ねたりして過ごしている内に夕方になり、意気揚々と解体現場へと向かったクリスがアルとモーティスを伴ってシド工房に戻ってきたのだが……

 

 

「ふぇぇぇ…………」

 

 

 ああ! 信じて送り出したクリスがまるでFXで有り金全部を溶かしたような顔に!! 

 

 というか……そんなにダメだったのだろうか? さすがにそんな状態になって帰ってくるのは予想外なんだが。

 

「まあクリスちゃんがダメだったってわけじゃないんだけどネ」

 

 お姫様相手にいきなりちゃん付け……いや何も言うまい。で、どういう事だろうか? 

 

「何というか……ちょっとした暴動状態?」

 

 は? 

 

「飛空船解体を強行しようとするニアたちとそれに反対する魔導課を始めとした反対勢力によるやり合いが発生しててこっちの話を聞いてもらう所じゃなかったんだ」

 

 何それ怖い。

 

 いや、ええー…………世界の最先端を謳う魔導都市の癖に人民をコントロールできずに暴動が起きるなんて……いや、民主主義に近い都市運営だから起こったと考えると、むしろ時代を先取りしすぎたが故に起こったのか? 

 

 というかやべぇ……俺ニアに殺される気がする……! 飛空船解体を公的にさせるってのを条件にしたし、それが守られないとかになると…………俺は悪くねぇ! 

 

「それに関しては大丈夫。一応は段階的にとはいえ解体する流れにはなったからネ。約束はちゃんと守れてるよ」

 

 ほっ、それは何よりだ。最悪、今すぐここから逃げ出すべく窓から飛び出そうか迷っていたくらいだ。

 

「でも反対派の連中の不満は飛空船をシド工房に託したキミたちに向きそうだね」

 

 うげ、じゃあ味方になってもらわないといけない相手から逆に敵視される羽目になったのか……ああ、だからクリスがこんな様子なのか。

 

「そんな中でもクリスちゃんは頑張っていたんだけど、焼け石に水というヤツでネ……」

「俺は何の役にも立てなかった……お前がいたらもっとうまくやれてたんだろうけど……」

 

 いや、話を聞いた感じだと俺がいても何の役にも立てなさそうなのだが。その全幅の信頼がちょっと怖い。何? お前にとって俺ってそんなにスゴイ存在なの? 

 

「落ち着きなさいアル君。彼がいたってあの場所が地獄絵図になっていただけだろうさ」

「……確かに」

 

 確かに、じゃない。その評価もどうかと思う。お前たちには俺がそこまで暴力的な人間に見えるというのか。

 

「見える」

「見える」

 

 よぅし表出ろ。血祭りにあげてやろう。

 

「そ、それよりもだ。一応和解はしたらしいんだけど、それでも不満を持ってる人とか納得できてない人が今領主さんの館に抗議のデモをしているらしくてな」

 

 ああ、下手にクリスが戻ったらその矛先がクリスに向くかもしれないって事か。寝床はどうするんだ? ここにもデモ隊が来るかもしれないが。

 

「俺もそう思って街の宿屋で泊まってもらおうかと思ったんだけど……」

「突発的に統制の取れていない過激な連中と遭遇してしまった場合を考えたらまだここの方がマシだヨ」

「……っていう爺さんの提案でここにきたってわけだ」

 

 確かに。アルを始めとした手持ちの戦力がいない状態で野生の過激派と遭遇して目の前がまっくらになるリスクを考えたら、まだここで固まっていた方がいいのか。

 部屋は空き部屋か、それがなければニアの部屋……は、何というか、危険が危ないから俺たちの部屋を使ってもらえばいいし。

 

「何だよ危険が危ないって……」

 

 言葉の通り、としか言えない。言葉として間違っているのはわかるが、表現としては間違ってないと断言できる。現にモーティスも俺の言葉に同意するように頷いている。

 まあ知らない方がいい事というのもあるのだ。

 

 さて、時間も時間だしクリスもこの状態で外出は難しそうだから、面倒だけど晩飯の準備でもするか……

 

「あ、俺肉がいい! ハンバーグとか!」

「僕は魚がいいね。肉はちょっと重すぎてね……」

 

 食材は何があったかなぁ(無視)……と、台所へと足を向ける……三人いて料理できるのが俺くらいっておかしい気がする。

 とりあえずハンバーグは面倒なのでなし。モーティスへの嫌がらせでこってりしたのがいいかな……あ、チーズある。何かピザ食いたいな……パンを圧し潰して焼けば生地代わりになるか……? 確か保存ビンに入ったトマトピューレっぽいのがあったし……やってみるか。

 

「……あ、あのー……ちょっといいですか?」

 

 と、チーズをつまみ食いしながらピザっぽいものを作っている最中にエラーを起こしていたクリスが再起動したのか台所に顔を出してきた。

 どうかしたのだろうか? 一応手伝いなら大丈夫だからアル達と休んでいていいのだが。

 

「いえ、その……私に色々と教えてもらえませんか……?」

 

 教える? 何を教えてほしいんだ? アルの事とか? 

 

「いえ、そうではなく。いやそれも聞きたいですけどそうじゃなくて……貴方に師事させてもらえないかと思いまして……」

 

 師事……? クリスが? 俺に? 

 ……そんな教えられるような事があるだろうか……? 

 

 料理? いやあの繊細な味を歪めてはいけない(使命感)

 戦い方? いやクリスに俺の戦い方を教えてもどうにもならない。

 治癒魔法? いやクリスの方が圧倒的に上なのに何を教えろと。

 天恵? いや天恵なんて教えようがないだろう。

 

 ……教えられそうな事が何一つとしてないんだが……? 

 

「そんなことないです。貴方は私に足りないもの、出来ない事、いっぱいもってるじゃないですか」

 

 まあできることはできるが、言うほどだろうか? そもそもなんで師事したいって話になるんだ? 

 

「私、幼い頃からアンナに助けてもらってばかりでした。自分から首を突っ込んでおいて、アンナに助けられて、最後は泣きながら手を引かれて帰る、なんてしょっちゅうで……このままじゃダメだって思って、教会で神官や巫女として色んな事を学んで、教会の姫巫女だなんて持て囃されたりして、変われたと思いました。これでいざという時アンナを助けられるようになったんだって」

 

 何か過去話が始まったな……というかアンナの事好きすぎる気がするんだけど気のせい……? 

 

「でも、私は変われてなんかなかった。クェスの遺跡で、私はアンナに囮をさせてしまいました。アルと貴方がいなければ助けに動く事もできなかった。その後もゴッフさんたちライン商会の皆さんにも助けてもらって……私は助けられてばかりで、何もできていない……」

 

 それは、適材適所というヤツでは? そう思ったが、まだクリスの言葉が続きそうだったので、口には出さないで置いた。 

 

「助けられてばかりの私じゃ、ダメなんです。変わらないといけないって思ったんです」

 

 うーむ……正直クリスの治癒魔法や浄化がなかったらどうしようもない場面もあった以上、助けられてばかりというのは間違っていると思うのだが……この場合重要なのはクリス自身がそう思っていないという事だろう。

 

 今のクリスに必要なのは、そういった事実を告げる事ではなく、何らかの成功体験なのだろう。役に立っているという自覚を促すにもクリス自身が自分に自信を持てていない以上、そこから解決に至らせるのは難しい。クリスにとって当たり前にできる技術で当たり前にできる成功をした所で、それは彼女の求める成功体験とはなり得ない。

 とはいえ付け焼刃程度で得られる成功体験などあまり意味はない。有象無象が簡単にできる事で成功した所で、私じゃなくても……となる可能性が高い。

 であれば、彼女の今持つ技術や能力からそう遠くない、活用できる技術や知識を教える事がいいかもしれない。知らなかった事を知る事、そしてそれによって自らの能力の幅が広がる事は、彼女の精神へのいい刺激になるだろうし、それが自信へと繋がる。

 

 とはいえ、俺にそれが可能なのかと問われれば、首を傾げずにはいられないのだが…………ここで下手に断るとクリスが変に拗らせてしまう可能性もあるし……仕方ないか。

 

 

 正直、俺に教えられることがあるとは思えないが、クリスがそうまで言うのなら俺に出来る限りの事はしてやろう。

 

「本当ですか!?」

 

 とはいえ俺は教えるのが上手とは言えないし、教えられる事も少ないだろう。問われれば答えるが、基本はクリスが見て盗む、という形になるだろう。そんな関係でも一応は教え教えられる関係になる以上、俺にとってクリスは王女だが仲間で、一応は対等な間柄だと思っているが、線引きというのはしておく必要がある。

 

「言おうとしている事はわかりますが、線引きと言っても具体的にどうすれば……?」

 

 具体的に何かする必要はないのだが……態度を変えろと言うつもりはないし。

 もし普段のまま線引きするのが難しいなら呼び方だけでも変えてみる……とか? 

 

「なるほど! では改めて、これからよろしくお願いします! お義母様!」

 

 お義母様はやめて。何一つとして掠ってすらないから。というか性別すら合ってないのに何でお義母様なの??? 

 

 

 こうして、平民の狩人もどきである俺は、あの教会の姫巫女に『お師匠』と呼ばれる事となった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話

 おはよう。気分はどうだい? 

 

 まあよくはないだろうね。拘束されて尋問やら拷問やらされているわけだから仕方ない。

 碌に飯も食べていないんだろう。よかったらカツ丼でも食うかい? いらない? そっかー。まあここに置いておくから食べたくなったら言ってくれ。

 

 今日は俺が君の相手をする事になった。なるべく早く話してくれると助かる。

 

 俺の天恵は【不殺】って言うんだけど、この天恵は文字通り相手を殺さないという効果なんだけど、実はそれだけじゃなくて、切り離された本体と部位の繋がりもそのまま残っているんだ。

 うん? 俺が何を言っているのかわからないって様子だね? じゃあ実例を交えて説明していこうか。

 ここに()()()()()()()()()()がある。ああ、切り落としたと言っても峰打ちだから安心してくれ。あとで問題なく治せるから。

 で、ここからが本題なんだけど、実はこの手、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ほら、今君の指が掴まれているのがわかるかい? 確かに指を掴まれている感覚があるだろう? 

 感覚を意識できれば動かすのもそう難しい事じゃない。ただ今大事なのはそこじゃなくて、この切り離された右手にナイフを突き刺しても君自身に痛覚が伝わるって事だ…………こんな感じで、ね。

 

 

 つまりは、この右手を君の目の前で細切れにすればその痛みが君を襲う事になる。

 

 

 そういえば、()()()()()はどうだい? ちょっと()()()()()()()()()()()ど忘れしてしまってね。

 もしかして痛いというか、()()()()かい? まるで()()()()()()()()()()()()()。それとも、()()()()()()()()()()()()()()()とか? そもそも……()()()()()()()()()? 

 

 ────おっと、危うくカツ丼が落ちる所だった。()()()()()()()()()()()ねぇ。

 ああ、蓋をするのを忘れていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだけど、まあ多少冷めたくらいで食べれなくなる事もないだろう。

 俺はまだ食べた事がないんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()? ああいや、()()()()が狗、というか狼のような姿になるものだと聞いていたから、()()()()()()()()()()()って思ってね。

 

 どうかしたかい? そんなにカツ丼を凝視して? そんなにこれが気になるのかい? そんなにこれが、()()()()()()()()()()()? 

 

 

 だったら…………君が食うかい────? 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 俺をお師匠と呼ぶようになったクリス。その次の日、俺と出掛けた先から戻ってきた彼女は……

 

「ガンバリマス……ガンバリマス……」

 

 ……ガンバリマスbotになっていた。

 

 うーむ、そう大した事はしていないと思うのだが……まだクリスには早かったか……もぐもぐ。

 

「で、お前は何食ってんの?」

 

 ハムカツ丼。無性にハムカツを食べたくなる時ってない? 

 

「いや、というかそこのチョイスが何でハムカツ?」

 

 正直に言えばカツに出来そうな肉がハムくらいしかなかったからなんだが、これが案外うまいんだ。あとハムもそうだが米も美味い。昨日のパンでピザもどきもなかなか美味かったけどやっぱり米はまた別格だな。まあ冷めてしまっているから味は落ちているのだが……クリスもどう? 

 

「ガンバリマス……ガンバリ……!? お、お肉系は今はちょっと……うっ……!? ……ガンバリマス……」

「……お前クリスに何したんだ?」

 

 別に何もしていない。強いて言えば社会見学だ。

 元々は俺たちと一緒に捕らえられた兵士たちの様子を見に行ったのだ。

 一応領主殿には兵士たちの大部分はシロだと伝えておいたが、それを判断するのは向こうだし、兵士たちの安否以外にも明らかなクロだった側近の狼男が何か吐いたかというのも知りたかった。

 

 そうして牢屋で話を聞くと、狼男への尋問は既に拷問に変わっていたが、それでも吐く様子はなかったらしい。

 

 狼男の義理堅さにも驚かされたが、しかし俺はそのやり方に問題があると感じた。

 拷問とはただ痛めつけるだけでは意味はない。もちろん痛めつける事自体が目的なら別に構わないのだが、何か情報を吐かせるためにするのであれば、ただ拷問をすればいいという考えはむしろ悪手と言えるだろう。下手をすれば拷問官の精神が変に昂揚してしまい、拷問の手がヒートアップして相手を死なせてしまう可能性も十分にある。そして狼男に行なっていた拷問はただ痛めつけるためのものだった。

 

「やけに実感がこもっている気がするんだが……何も言うまい」

 

 その事を伝えたのだが、相手は自分の非を認めようとしなかった。むしろそこまで言うならお前がやってみろよと突っぱねられてしまうくらいだった。

 なので代わりに俺が『おはなし』する事にしたというわけだ。

 

「あっ……」

 

 情報を吐かせる(おはなししてもらう)には、こちらの意思(ことば)を肉体ではなく精神(こころ)影響させ(ひびかせ)なければならない。

 その事を心掛けながら対話を行ない、快く口を開いてくれるようになったというわけだ。

 なおその後を引き継いだ拷問官たちには恐怖の目で見られた。解せぬ。

 

「残念ながら当然なんだよなぁ……」

 

 あの後使用した肉片(どうぐ)クリス(スタッフ)が責任を以って治癒(しょり)しました。

 また今回は訓練を受けた専門家の下で行なった事ですので良い子は真似しないでください(指導を受けたとは言ってない)

 ……アルに言う必要はないが、人狼の切り落としていた左手は熱湯にくぐらせた後に冷ましていただけで別に油で揚げていないのであしからず。

 

 

「で、何かわかったのか?」

 

 ふむ。とりあえずわかった事はあの人狼は思っていたよりも下っ端だったという事だろう。

 偽王の側近と潜入してたくらいだから幹部とはいかずともそれに準ずる地位だと思っていたが、当てが外れたというのが正直な所だ。

 

 

 ひとまずわかった事は、あの人狼は元々エルロンに雇われた傭兵で組織内ではそこまでの地位になかった事。あの後クリスを聖都に運ぶ船以外はまた別の拠点に向かう予定だったという事。偽王による全世界への宣戦布告、もとい侵攻宣言と同時に飛空船団でどこかの国へ攻撃を始める予定だという事。わかったのはそのくらいだ。

 

 聖王国との繋がりはわからん。あの人狼の視点ではないようだったが、所詮雇われだから何とも言えん。もしもエルロンたち組織との繋がりがあったとしても今の時点で公にする利点はないから聖王国が表立ってエルロンを庇う事はないだろう。裏では知らないが。

 

 ……こうなると、騎士団長が死んだのは痛かった。あの口ぶりから地位がどの程度かはともかく組織に忠誠を誓っている以上傭兵上がりよりかは知っている事も多かっただろうに……とはいえあの決まりっぷりを見るに捕らえた所で口を割らなかった可能性の方が高い。頭イッてる人間爆弾を抱え込むと考えれば、まあどうしようもなかったか。

 

 ただちょっと気になったのはあの傭兵はあの後は正式に組織の一員になろうとしていた事だ。

 

 クリスやアルの話からすると、あの傭兵は自爆した騎士団長とは違って自分が死ぬ事を良しとしていなかった。言ってみればまだ真っ当な精神をしていた。なのにこの街の衛兵の尋問や拷問には口を全く開かなかった。拷問に至っては死ぬ可能性すらあったのに、だ。もちろん傭兵としての矜持があったのかもしれないが、それにしたって自分が死ぬのを良しとしなかったヤツが司法取引を持ち掛ける事すらないとなると、ちょっと疑問が残る。

 

「つまり、もうそこまで組織に忠誠を誓っていたって事か?」

 

 あるいは、恐怖か。

 

 とはいえ、それも『おはなし』したら口を開いてくれた程度だ。案外勝ち馬に乗りたかっただけとかの可能性もあるし、俺の考えすぎかもしれないから置いておこう。

 

 それより、傭兵の言葉が正しいのなら、偽王か偽王子(ダニー)からの号令がない現状、奴らも偽王がやられた事は把握しているだろう。騎士団長からの連絡も途絶える以上、クリスの奪還に関しても、だ。

 

「つまり、奴らがここを攻めてくる……?」

 

 可能性はある。とはいえ奴らにとってのクリスの優先順位がいまいちわからない。

 

「わざわざ飛空船を使うくらいだから高いんじゃないか?」

 

 だがそれにしてはクリスの拘束役として付けていたのは幹部や側近ではなくまだ雇われの傭兵だ。本当に必要ならもっとちゃんとしたヤツを付ける気がするが……何というか、飛空船を手に入れるついでにクリスを連れて行ったようにも感じる。

 

「じゃあ奴らにとってクリスはそこまで重要じゃないと?」

 

 いやそこまでは言わないが……うーん、わからん。

 まあこの辺りの事は俺たちが考えたところで答えも結論も出ない。傭兵の証言は領主殿やクロード王子の許にも報告されているはずだから一応の結論はそちらで出されるだろう。

 

「あのー、一つ訊いてもいいですかお師匠」

「あ、クリス正気に戻っ…………お師匠?」

 

 お、ガンバリマスbotと化していたクリスが復活した。

 

「結論はお兄様たちが出すだろうと言っていましたが、それなら今ここでアルと話していた事に意味はあるのですか? 結局別の所から答えが出てくるのがわかっているのなら、それを待つだけでもいいのではと思ってしまうのですが……」

 

 ふむ……確かに答えが欲しいだけなら正解が出るのを待っていればいいだけだ。事前にいくら考えた所で答えがわからないのならそれも間違いではない。

 答えを知っているのと知らないのとでは行動に大きな差が出てくるのも確かだろう。

 

 では、その知っている答えが本当に正しいものだと誰が保証してくれると思う? 

 

「え? それは、その教えてくれた人じゃ……?」

 

 してくれないさ。その教えられた答えが悪意による偽情報の可能性もある。本人すら知らぬ誤情報の可能性もある。何なら正しい情報を都合のいい様に解釈してしまう可能性すらもある。そんなものにただの他人が責任を持てるわけがない。

 

 ではどうやって正しい答えを手に入れる? 正解を知っている人に尋ねるか? 何が正解なのかもわからないのに誰が知っているのかはどうやって判断する? 

 

「そ、それは……」

 

 そもそもとして物事は白黒だけで分けられないし、絶対の正解なんてものも存在しない。

 

 結局のところ何が正しくて何が間違っているかなんて、その判断は自らがしなければいけないのだ。己が決めた行動の責任は、他の誰にも負わす事はできないのだから。

 

 故に考える事をやめてはいけない。疑う事を心掛けていなければいけない。時に今までの正解を間違いに修正しないといけない。

 

 与えられる物だけに満足してしまえばそれは洗脳されているのと何ら変わらないのだから。

 

 聖書にもあるだろう? 『汝、己が道は己でしか選べぬ事を忘れるなかれ』って。この一節は『どういった経緯であろうと人は自分の選択によってしか自分の行動を決定できない』という事を示していると解釈できる。

 

「あっ……」

 

 なおこの一節を曲解して『自分の道を選べない奴隷や洗脳被害者は人間じゃねぇ!』という極論を振りかざす輩もいたりいなかったり……というのは黙っておこう。

 

 まあ長々と語ったが、結論として、何が正しいかは自分で判断しなければいけないという事だ。

 特に扱う情報の量が増えれば増える程その能力は身に付けていなければ足元を掬われることになる。

 俺とアルがこうして話していたのはそのための訓練でもあり解答を受け入れるための準備でもある。

 

「ふぇぇ……」

「そんな意図があったのか……知らなかったぜ」

 

 お前……お前……!? 

 

「いや、別にお前が言う事全部正しいだなんて盲目的に思ってるわけじゃないって。色々と難しく言ってたけど、要はその時に何を信じるか信じないかを選ぶって話だろ? 俺だってそこはちゃんと考えてるさ」

 

 それにしてはお前、俺に色々と丸投げする事が多い気がするが、そこの所はどう弁明するつもりだ? 

 

「それは単純に俺はお前を信じるって決めた俺を信じているってだけさ。それで何かあったとしてもお前に文句を言うつもりはないさ」

 

 やだ、この幼馴染俺の事信用しすぎ……!? 

 

 これ、人によってはアルと俺の関係を疑うのでは……とクリスの様子をそっと窺うが、当のクリスはというと「二人は仲がいいんですね」とほのぼのと感想を述べていた。あれ、俺の思考が穢れているのか……? とりあえずクリスは純真なままの君でいて。

 

「それにしても、お師匠は聖書についても詳しいんですね。私、聖書の内容は覚えていますけど、解釈に関してはそこまで……実は敬虔な信徒なんですか? もしくは神学者を志していたり?」

「お前、教会の息子の俺よりも知ってるもんなー」

 

 別に俺は信徒じゃないし、神学者志望でもない。あとアルは知らなすぎるだけだ。

 俺はただ単に子どもの頃に聖書の内容を全部覚えたというだけだ。人間関係を築くのに共通の話題というのは基本にして大切な事だからな。ちなみに今でも諳んじれるぞ。

 

「人間関係というと、アル相手ですか?」

「いや俺じゃなくて……いや誰かとは言わないでおくけど……」

 

 ふふ……シスターへのアプローチのために聖書を必死こいて暗記して、付け焼刃だとまずいから自分なりに解釈までしたのが懐かしい。シスターには好印象だったみたいでそこそこに会話は盛り上がった。

 

 なおシスター本人よりもその将来の夫になる神父の方が食いつきがよかった。

 

 三人で話をすることも少なくなく、その最中にアルが俺を遊びに引っ張って行って二人はそのまま盛り上がっていたような……あれ、まさか俺が二人の仲をお膳立てしていた……!? ……………………いややめよう俺の勝手な考えで俺を傷つけるのは…………

 

「どうした? そんな恨みがましい目でこっち見て?」

 

 何でもない。何でもないはずだ。別にお前が引っ張っていってなければ俺にもチャンスがあったんじゃないかとか思ってないから。

 

「ところで何でクリスはコイツをお師匠って呼んでるんだ? 罰ゲームか何か?」

「あ、実は私、彼に弟子入りをしまして、色々と教えていただく事になりました」

「……何かの罰ゲーム?」

「違いますけど?」

「…………正気か?」

「どうして正気を疑われているんですか私?」

 

 まあただの平民を師事する王族とか普通に正気を疑うだろう。

 

「いや、そうじゃなくて……いや深くは言うまい」

 

 おう、言いたい事があるならちゃんとこっちを見て言ってみろよ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話

 捕まっていた【獣化】の天恵持ちから『おはなし』で情報を手に入れてから数日経ったが、いまだに状況は動いていなかった。

 クロード王子の方はおそらく王位継承やら聖王国を始めとした外交で手を焼いている状況なのだろうが、困った事に魔導都市からの協力を得るという俺たちの目的も遅々として進んでいなかった。

 

 それというのもシド工房へ解体許可を出した俺たちへの反感がまだ消え切っていないからである。

 一方的な解体がなくなったためそういった輩も減ってはいるのだが、まだ領主殿の下へデモを行なう集団もいるにはいるので、クリスの安全を考えてあまり出歩けなかったというのだ。

 あと都市の権力者たちが飛空船に夢中になりすぎているというのもある。比重としては主に後者である。

 

 ようは飛空船という餌は良くも悪くも思っていた以上に効果を発揮しすぎてしまっていたのだ……おい、政治しろよ。

 

 なのでこの数日は各々思い思いに過ごしていた。ニアに銃についての意見書を渡したり銃をぶっ壊した事で怒られたり、モーティスに仕返ししたり仕返しされ返されたり、工房製のバイクに跨って世界を縮めたり、掲示板で情報を集めるついでに荒らしたり……色々した。

 アルもニアの実験に付き合わされたりしたみたいだし、クリスとの関係もいい感じに進んでいるみたいだ。

 なおアル本人は別に意識していないようで見てるこっちが落ち着かなくなる。

 ああ、じれったい、俺ちょっとエロい雰囲気にしてきます! と心の中の誰かが駆けだそうと仕掛けていた頃の事だった。

 

「人手が足りない」

 

 ニアは唐突にそう言った。

 人手が足りないというと、飛空船の解体に関してだろうか? それとも工房の通常業務? 

 

「通常業務は滞りなく熟せているし、飛空艇にいたっては碌に解体できてない。多角的視点から飛空船を解析するためにとか何とか御大層なご高説で押し切られてね。全く、鬱陶しいったらありゃしない。まあ? 魔導的な解析やらも後々の量産やらを考えればまあ必要と言えなくはないからね。飛空船の解体が遅々として進まないのは我慢しよう。ボクもガキじゃないからね」

 

 その苛立ちに溢れた視線、我慢できてないガキの姿がそこにはあった。道理で最近飛空船解体現場に行かずにアルと実験したりしてたわけだ。

 

「というか、だ。ボクはただ動力部がどうなっているのかバラバラにしたいだけなのに、奴らなんて言ったと思う? 『それをバラすなんてとんでもない!』『これこそ解体せずに保管してじっくりと解析すべきだ!』だってさ……バッカじゃないか!! そこが一番重要でバラバラにしたい場所じゃないか! こっちがどれだけ譲歩してやってると思っているんだ! だったらそれくらいバラバラにさせろよ!!」

 

 そう言って地団太を踏む大鎧(ニア)。物に当たるならせめてその鎧脱いでからにしてほしい。命の危険すら感じる。

 というかそういう彼らの主張もわからなくはないものだと思うのだが? 何せ一度バラしてしまえばどういう原理で動いているのかもわからなくなる可能性もあるわけだし、稼働実験を繰り返して原理を解明していく方がいいのでは? 

 

「……? 何を言っているんだ? そんなものバラせばわかる事だろう?」

 

 ちょっと何言ってるのかわかんないですねぇ……

 当たり前のようにありえない事を口にする……これが天才というヤツか…………何か最近同じような事思った気がするな……

 

「……ということで、もう奴らに期待するのはやめた。ボクは独自に飛空船を作り出すことにした」

 

 は…………? 

 

「この飛空船に対する欲求……晴らすためにバラせないなら、作るしかないじゃないか!」

 

 いやいや待て待て。その理屈はおかしい。そもそも飛空船を作るためにその構造やらを調べるために解体しようとしてたんじゃないのか? 

 

「元々話に聞く飛空船の構想は練っていた。そこに故障しているとはいえ実物を見たんだ。頭の中で大分形にはなってきている。それでも動力をどうするかという問題があるが……まあそこは後回しだ」

 

 ふぇぇ……何か頭おかしい事言ってるよぉ……

 例えるなら、鶏が卵を産まないなら卵を作ればいいじゃない、と言わんばかりのこの言葉……

 ……って動力未定とか、そこ後回しにしていい場所じゃないだろ。

 

「大丈夫、動力については明日のボクが何か考えるだろうさ!」

 

 あっ……これは、ダメみたいですね……天才は天才でも天災になりそう。

 

「で、だ。問題は出来上がった後の事だ。つまり、どうやって動かせばいいか、と言う話だ」

 

 どうやってって……設計者自身がまだ思い付いてない事を俺がわかるわけがないだろう。

 

「動力とかそういう話じゃなくて、作ったら勝手に動くなんてものじゃないんだ。動かすには人手がいるしただ乗せればいいというものでもない。そのために飛空船を動かせる人手を育てる必要がある。その人手の問題だよ」

 

 ああ、ここで最初の一言に戻るわけか。まあシド工房の運営と飛空船の解体・新造まではともかく、それにに加えて飛空船を動かす人員はないわけだ。

 

「飛行テストまで技師を付きっ切りにさせるほどウチにも余裕はない。技師でなくても操縦できるようにしておく必要もある。ということでそういった人材に心当たりがあれば紹介してくれ」

 

 お前、ただの一介の旅人に何を求めているんだ。そんな飛空船に詳しくて暇を持て余している人間を大量になんて、心当たりがあるわけ…………

 

「……おや? ダメ元で訊いてみたが、その様子だとありそうだね」

 

 …………本当に、何であるんだろうねー。俺自身謎だよ。

 

 とはいえ俺の一存でどうにかなる相手ではないし、その許可が下りるかはわからない。だからダメだったとしても文句は言うなよ。

 

「ああ、文句は言わないさ。文句は、ね」

 

 そういってニアは鎧のギミックを見せつけるかのように稼働させた。あ、これダメだったら文句言わずに手を出してくるヤツだ…………最悪、モーティスに擦り付けよう。

 

 

 ◆

 

 

 ということで、ニアからの圧に負けたわけではないが俺は早速その心当たりに縋る事にした。

 だが俺だけではさすがにその相手に会えないので、クリスとアルを連れて訪ねたのは領主殿の執務室であった。

 

「成程……つまりシド工房における新造飛空船のクルーとして、飛空船に搭乗していた現在拘留中の兵士たちを用いれないか、という事かな」

 

 そう、俺が飛空船の乗組員候補として思い浮かんだのは俺たちが魔導都市で乗ってきた飛空船で実際に乗組員として搭乗していて今なおこの都市にて勾留されている兵士たちだった。

 

 そして彼らの身柄を握っているのは目の前にいる領主殿、そして人事権を握っているのはクロード王子である。なのでまずは領主殿の許可を得ようと思ったわけだ。

 そしてタイミングよく領主殿とクロード王子が例の投影装置を使って情報交換をする時間であったため、そのまま二人にこの話を通す事となったわけである…………ちょっとタイミングよすぎない? 

 

「ふむ……こちらとしても彼らをただ拘留しておくのにも限度があると思っていたし、ただ王都に戻すよりかは効率もいい」

 

 まあ今の所絵に描いた餅どころか絵の構図すらできてない餅なのだが、どうせ第一号飛空船は試運転名目で王国が接収するつもりだろうし丁度いいと思うのだが、どうだろうか。

 

「こちらとしては構いません。殿下の許可さえいただければすぐにでも指示を出しましょう」

『私としてももともと新たな飛空船の運用には彼らを用いようと思っていた。こちらとしても異存はない。すぐに正式に辞令を出そう』

 

 こうして領主殿・王子ともに許可を貰えたため、ホッと胸を撫でおろす。もしダメだったらニアがどう暴走していた事か……考えたくもないものだ。

 

「ではせっかくですし君達にも近況報告を聞いてもらいましょうか」

 

 君達にも無関係というわけではありませんしね、と付け加える領主殿の言葉にクリスたちとともに頷きながらも、何で平民の俺がこんな貴族王族の話に無関係じゃなくなっちゃったんだろうかとそんな疑問が頭を過ぎり、そのままスルーする事にした。今さら考えたところでどうしようもないのだ。

 

『まずは私自身の話だが、こちらは問題なく王位継承ができそうだ』

「おお! じゃあもうすぐクロードが王様になるんだな」

「これで王国内でのゴタゴタは事前に抑えられそうですね」

 

 まあ、ここは想定通りである。問題は他の国、特に聖王国だ。

 

「その懸念の聖王国ですが、予想よりも協力的なようですね」

『ああ。こちらからのエルロンが行なった事に対する抗議に関して、聖王国は一切の関与を否定した。だが枢機卿という立場であるエルロンがそのような行いをした事に関しては思う所があるようで、その事実関係の確認が済むまでエルロンの権力の一時凍結と今回の事件解決のために全力を尽くすと聖王本人から約束した』

「つまりは聖王国はこちらに全面的に味方する事にしたわけですね」

 

 つまり聖王国はシロ……と言えたらいいんだけど、言えないんだよなぁ……まあ当面は手を取り合えるようだが……さてはて。

 

「……とはいえあまり状況はいいとは言えないようですが」

『ああ。実は王国からの勧告と要請によって我が国と聖王国の二国共同でエルロン枢機卿の住居に強制捜査を行なった』

 

 何とも強引な手を……向こうもよく了承したものだ。

 

「ことがことなのであちらとしても事実確認に時間をかけるわけにはいかない、という判断でしょう。一手遅れれば全ては有耶無耶にされかねず、かつあちらとしても王国に自身の潔白を証明しやすくなる。悪くはない手だと思います」

 

『だが、結局は一手遅かったようだ。強制捜査を行なうその前に、エルロン枢機卿の住居に火の手が上がり全焼した』

 

「は?」

 

 全焼……それは聖王国側からの報告だけではなく、王国側としても確認したという事で間違いないのだろうか? 

 

『全焼したのは間違いない。強制捜査に向かった王国側の報告でもそう上がってきていたし、念のため別口でも裏取りして正しい情報だと裏が取れている。ただ現状その放火犯は捕まるどころか足取りも追えてもいない。さらにいえばエルロンの子飼いの兵力もいつの間にか聖都から消えていたらしい。おそらくどこからかエルロン側に情報が漏れていたのだろう』

 

 知る者もほとんどいない電撃作戦だったにも関わらずだ、とクロード王子は歯噛みする。

 

『そして魔導都市に不時着したもの以外の飛空船に搭乗していた兵士たちだが……聖王国郊外にてその一部が発見された。正確には一部を除いて、という表現が正しいが』

「────!! それでは彼らから話を聞く事ができれば……!!」

「いえ、彼らから話を伺う事はできません。なにせ────彼らは無惨な死体と成り果てていたそうなので」

 

「なっ……!?」

「そんな……!?」

 

 可能性としては考えていたが……いや、今はそれよりも、一部を除いて、というのは騎士団長のような指揮官クラスの兵士と言う事だろうか? 

 

「いえ、部隊長などの指揮官の死体も発見されていますし、まだ照合段階ではありますが一般兵士の死体の数も、奪われた飛空船の運用に必要な人手として想定していた数より少ないとの事です」

 

 ふむ……何というか、妙だな。

 

「と、いうと?」

 

 一部の兵士の死体だけならば、他の兵士を従わせるための脅しのためにと考えられる。

 死体の中に指揮官の姿がないのならば、もともと邪魔な雑兵を切り捨てたとも考えられる。

 

 だがどちらでもない、というのならば、奴らが殺した兵士、あるいは生かした兵士にはどんな基準があるというのか……? 

 何か、殺された兵士たちに条件があったのか……? あるいは潜り込んでいた奴らの仲間以外を切り捨てただけなのか……? 

 

「その辺りの判断は今の我々にも何ともできません。ですがそれとは関係なく状況は動いているようです」

『そうだ。その後にエルロン一派と思しき飛空船団が各国への攻撃を開始した』

「えっ……!?」

「奴ら、本当に世界中に戦争仕掛ける気かよ!?」

「被害としては軽微なようですね。いきなり飛空船から攻撃が来たかと思えばすぐに撤退する、という撃ち逃げとでもいうような攻撃だったようで。とはいえこれによって他の国々も他人事ではなく王国の主張に真剣に取り組む事になったのですが……」

 

『そしてそんな奴らの飛空船が複数向かったとされる先が────────』

 

 

 ◆

 

 

「ハイリア公国、ねぇ……」

 

 領主殿の執務室を出て、シド工房への帰路の途中、アルがそう呟いた。

 王子の言う飛空船が向かったという国だが、全方位にケンカを売るにしては標的としては首を傾げてしまう相手だ。

 そうなるとケンカを売りに行ったと考えるよりもケンカ帰りと考えた方がしっくりとくるが……

 

「公国が王国に弓引くなんて、考えにくいです」

 

 まあクリスの言う事もわからなくはない。

 経緯は省くがハイリア公国はもともとクロリシア王国領であり、とある事情によってかつての王弟であった公爵によって王国から独立したという経緯がある。

 飾らずにいえば王国の属国なのだが、それでも王国は公国を優遇していて両国間の関係は悪くないように見えていた。裏は知らんが。

 

 まあエルロン一派が公国へ何しに行ったのかは置いておくとして、奴らの行動もよくわからない。

 

「確か聞いてた奴らの目的って『世界への宣戦布告』だったよな?」

 

 その通り。だが『世界への宣戦布告』はクロリシア王国の掌握が前提条件だ。それが崩れた現状は奴らにとって予定外の状況である。故に態勢を整えるため身を隠す事も視野に入れていたが……

 

「それでも奴らは攻めてきた。それは単なる苦し紛れの行動なのか……」

 

 あるいは……もともとの予定から余分な部分を削ぎ落した結果なのか……

 

 まあこれ以上はここで考えてもわからない。これに関しては新しい情報が出てくるまでは待つしかないな。

 

「今は各国への支援と奴らの目的を探る方向で進めていくってクロードも言ってたな」

 

 俺たちは今まで通りこの街での活動を続けていけばいいのさ。

 そう話を締めくくろうとしたのだが……

 

 

「あの、それでいいんでしょうか……?」

 

 

 それに待ったと物申したのはクリスだった。

 

「ここで、無為に時間を過ごしているだけでいいのでしょうか」

「無為って……俺たちも魔導都市での味方作りって役目があるじゃないか」

「現状、私たちはその役目を遂行できていません。皆さん飛空船に夢中で時間を置かないとどうしようもできないでしょう。そして時間があれば王となったお兄様へ付かれる方も出てくるでしょう」

 

 どんなところにも長い物には巻かれよという考え方の人間は多いし、クリスの言う通りこの街でもクロード王に付く奴らが増えてくるだろうし、それが権力者を動かす事にもなるだろう。

 

「お兄様の方針は現状『飛空船被害地域への支援とエルロン卿たちの目的を探る方向で進める』との事でした。つまり、公国への直接的な助力はまだできないという事です」

 

 それは先程も話していたが、奪われた飛空船が公国に向かっていたというだけの話だ。侵攻のためではなく帰還のためかもしれない。

 エルロンたちの後ろにいるのが公国ではないという保証はないのだ。

 

「それを調べるためにも、私は公国へ向かうべきだと……いえ、向かいたいと思っています」

 

 ……俺は、正直行くべきではないと思う。

 奴らの狙いがクリスである可能性がまだ残っている以上、下手にクリスを公国に連れて行くのは悪手だ。

 この魔導都市にいれば奴らの手もそう簡単に届きはしない。クロード殿下からの依頼の事も考えればここから出るという選択肢はない。少なくとも外交関連が纏まって公国とエルロンたちの関係性が判明するまではここにいるべきだ。

 

「……確かに、お師匠のおっしゃる事はわかりますが……」

 

 口ではそう言いつつも納得し切れていないような表情のクリス……まあわかっていたが、二人で話してても平行線のままだな。

 

 アルはどうするべきだと思う? 

 

「俺? そうだな……クリスの言う事はわかる。今ここにいて俺たちにできていることってそんなにない。なら別の所でできる事を探すのは間違ってないと思う。対するお前の言う事もまあわかる。クリスの安全を考えるならここから出るべきじゃないってのは正しいと思う」

 

 うーむ、つまり中立って事か。これじゃ完全な膠着状態になりそうだ。

 

「でもさ。お前のその意見って、あくまで『すべき事』で『したい事』じゃないよな?」

 

 ……ふむ? まあ、そうだな。

 

「どっちも間違ってないんなら、あとはやりたい事かどうかっていうのが重要なんじゃないかって俺は思う。だから俺はクリスの思いを尊重したい」

「アル……!」

 

 うぬう……まあ判断基準としては十分にありだろうな。

 で、本音は? 

 

「正直街に籠ってるのに飽きてきたかなって」

「アル……!?」

 

 アルェ……

 

「いや、クリスと街に出掛けたり爺さんに古代文明の事教えてもらったりは楽しいけどさ。俺の場合それで特に何かの役に立っているわけでもないしなぁ。それにこういう時は何か行動を起こした方がいい結果が出るって思うんだよ。俺自身そうした方がいいと思うし、そうしたいし」

 

 まあこれもちゃんとしたアル自身の意見であるわけだし、ただただ突っぱねるなんてことはできないわな。

 つまりこれで2対1、か……その上俺もそっちの意見に共感できるんなら、決まりだな。

 

「え……っ!? それは、つまり……!?」

 

 これより俺たちは出来るだけ早くハイリア公国へと向かう。

 

「っ……! ありがとうございます!」

「そうこなくっちゃな!」

 

 でもその前にこれだけは聞いておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────クロード王子にはどう説明する? 

 

「…………あー」

「えーっと…………説得を試みる、とか?」

 

 言えばほぼ間違いなく止められるぞ。殿下にとって俺たちを安全地帯から出す理由はないからな。おそらくだが俺みたいに共感もあまりしないだろう。

 

「クロードには……………………後で謝ろう!」

「…………はい、そうしましょう!」

 

 ────そういう事になった。ああ……お労しや王子(あにうえ)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話

 さて、行動方針として公国を目指す事に決まったが、問題はどうやって公国に向かうか、だ。

 

「どうやってって、普通に向かえばいいんじゃないのか?」

 

 ここから公国に向かうのに飛空船による空路を除けば一番時間がかからないのが海路、つまり海を渡る船旅だ。

 ところで……この中で船をお持ちの方はおられますかー? 

 

「持ってるわけないだろ」

「私も個人ではないですね……王家としてや教会として使える船はあるでしょうけど」

 

 普段であればそういった伝手を使って借りるのも立派な手なのだが、今回は王子の意向に逆らう形になるのでお忍びで行かなければならない。なのでそういった国とか教会の力は使えないのである。

 

「ちなみにお師匠は持っていたりしないんですか?」

 

 俺も船など持ってない。当然である。というか何故俺ならワンチャン持ってるんじゃ的な期待感を抱かれているのかがわからない。

 

「じゃあ公国行の船便を探す、とか?」

 

 それも手なのだが残念ながらここ最近は公国への船便はほとんど出ていない。というのも現状、王国と公国の仲が悪化していっているからである。

 

「え? 公国と王国は友好的って言ってたじゃないか。言ってる事違うぞ」

 

 確かにさっきも言った通り、王国と公国は友好的だった。だが近年は王国側の公国への内政干渉とも言える過剰な要求が増えたとかで公国内の王国への悪感情が沸々と沸き立っていて、それによる対立も表出し始めている。船便の減少もその一つだ。

 ……今にして思えば、公国への対応が悪くなったのも王が入れ替わったせいかもしれないな。

 とはいえ、船便も全く出てないわけじゃない。貨物を運ぶ船などに頼み込むというのも一つの手だろう。身の安全は保障しきれないが。

 

「というと?」

 

 お姫様がいると明かしてこっそり船に乗せてくれる連中はいないだろう、常識的に考えて。

 逆に身分を隠して不審者三人内一人女で船に乗せてくれとか、船選びに失敗したらウス異本案件になりかねない。

 要は信用できる相手を探さないといけないわけだな。まあ陸路で向かう事を考えればはるかに楽だろうが……これは中々に難題である。

 ひとまずはシド工房やらモーティスに心当たりがないか内密に伝手を辿ってもらう事にしよう。

 

「……なあ」

 

 うん? どうした? 

 

「何か、ゴッフさんが近々公国に向かうとか言ってなかったっけ?」

 

 ……………………そういえば、言っていたような気がする。ニアの祖父さんのおつかいが終わったらシド工房にある実験船を貰ったら公国に交易に行くんだとかなんとか死亡フラグっぽいことを……

 

 ……いるじゃないか!? クリスの身元を明かしても信頼できる、公国へ行くための伝手が!? 

 

「ゴッフさんならクリスの正体明かしても問題ないだろ。信用もできるし」

「ではゴッフさんにお願いすれば公国へと向かえるという事ですね!」

 

 確かにゴッフなら何の問題もない。説得もそう難しくはないだろう。

 問題があるとすれば、いつ頃ゴッフたちは公国に向かえるようになるのかという事だな。

 

「ならその辺りも含めて早速聞いてみようぜ」

「ゴッフさんはどこにいるのでしょうか? 宿を訪ねてみます?」

 

 いや、その前にニアに聞いてみよう。この前船の受領云々でゴッフが工房に来てたからいつ頃受け取って出航するかもわかるだろうし、ニアの爺様のおつかいがどれくらいで終わるかもわかるだろう。

 しかし……こんなにあっさり解決していいのか……? 公国へ向かうと決めてこんなにすぐ行く当てが見つかるとは思ってなかったぞ。

 

「いいんだよ、こういうのは。運の巡り合わせって事で」

 

 まあ、最近色々とあったせいで考えすぎだったのかもしれない。

 うまく回る時は回るものだ。今はその時なのだろう。アルの言葉に納得する俺であった。

 

 

 ◆

 

 

「え? 確か今日出航とか言ってた気がするけど」

「はっ?」

 

 そう上手くいかなかった。

 

 シド工房に戻って飛空船の製図と格闘していたニアと「あったよ! 人材が!」「でかした!」みたいなやり取りをした後に、ゴッフへの船の引き渡しと出航が何時か知っているか尋ねた解答がこれだった。

 

「きょ、今日!? 今日のいつ出航って言ってたんだ!?」

「今日の昼過ぎくらいって言ってたと思うけど……えっと確か……」

 

 ニアから告げられた時間と時計を見比べる。今の時間だとまだ出航はしていない、が……

 

「今からじゃ間に合わないだろうさ」

 

 いや……ギリギリ、間に合うかどうか……! 

 

「…………うん?」

 

 

 ────野郎ども! 三十秒で支度しな!! 

 

 

「おう!!」

「は、はい!!」

 

 俺の号令とともにすぐさま自室へと駆けこんでいく二人。当然俺も同様に走り出し準備を始める。

 

 えーっと、鉈にナイフに、銃……はまだ直ってないし直ってても不安だから弓に矢…………ああ、食料は、ゴッフの所で分けてもらうなりして……アレはいる、コレはいらない……アレは……これは……

 

 

 ……………………

 

 

 ────待たせたな! 

 

 

「お前が一番遅れてるじゃないか!!」

 

 よ、四十秒だったからセーフ……というかクリスも早いな……

 

「これでも旅には慣れていますので。それにここには私物も少ないですし」

「で、港までどうやって行くんだ? 走ってじゃ無理だろうし」

「乗合馬車でも車の定期便でも難しいでしょうし……」

 

 二人の言う通り、徒歩や公共の乗り物を使っていてはどうやっても間に合わない。

 なので乗り物は、ここで借りる。

 

 ────ニア! エアバイク借りるぞ!! 港に乗り捨てていくから後で回収しといてくれ! 

 

「おい。いや貸すのはいいけど……間に合うのか?」

 

 了解! というわけで許可が出たので車庫に行くぞ。こっちだ。

 

「バイク……? バイクってどんなものなのですか?」

「コイツがたまに乗り回してる乗り物なんだけど、アレ三人も乗れるか?」

 

 二人の疑問ももっともだが、それは後だ。

 先導して車庫へと入り、車庫の出入り口のシャッターを開けるスイッチを押しながら、俺はその機体に目を向けた。

 そこには前世でいう自動二輪車────この車体にはタイヤはついてないのだが────によく似た乗り物が存在した。

 

 まあぶっちゃけバイクである。

 

 前世の一般的なそれと比べると、多少大型で装甲などでごつくなってはいるが、速度としては遜色なく出る。当然馬よりも早い。

 

 ちなみに二人はバイクの運転はでき……ないよな。知ってる。なら俺が運転するから二人はその後ろに乗ってくれ。

 

「いや、そのバイクに三人はちょっときつくないか?」

「あちらの車の方がいいのでは……?」

 

 大型バイクだしイケるイケる。それに車だと通れる道が限られてくるから下手するとどこかで足止めを食らう可能性もある。比較的身軽なバイクの方がいい。

 なぁに大丈夫大丈夫。今はまだこれで取り締まる法とかもないから。

 

 なお前世でしてたら間違いなく捕まってるだろうノーヘル3ケツである。良い子の皆は真似はしないようにしよう。

 

「えっと、順番としてはお師匠の後ろにアルでその後ろに私という感じですか?」

 

 いや、()()()()()()()一番後ろはアルがいてくれ。間にクリスを挟んで固定する感じだ。

 

「お、おう、わかった」

「でもやはりあまりスペースがないというか、三人も乗れます?」

 

 詰められるだけ詰めれば乗れるはずだ。クリスは俺の腹辺りに両手を回して、アルはその上に被せる感じで腕を回せ。

 

「本当にピッタリというか、ぎゅうぎゅうというか……」

「ちょ、ちょっと苦しいです……」

 

 悪いが我慢してくれ。俺も正直背中が役得なんだが、()()()()()()()()()()()だろうし、それくらいしとかないと()()()からな。

 そう言って俺は全員に()()()()()()()()()()をかける。

 

「え? 危ない?」

「え? 何でその魔法?」

 

 疑問を浮かべる二人をスルーしながら俺はゴーグルを装着する。

 そしてシャッターが開き切ると共に()()()()()()()にした。

 

 飛ばすぞ!! フルスロットルだ!! ヒャッハーーーーーーーーッ!!! 

 

「────ッ!?」

「────ッ!?!?」

 

 

 俺たちの跨るバイクは車庫から文字通り飛び出した。

 

 

 ◆

 

 

 さて、勢いよく飛び出したとはいえ、まともに走らせるだけではとてもじゃないが間に合わないだろう。ニアもそれがわかっていたからこそ首を傾げていたわけであるし。

 

 だが俺が今跨っているソレは、バイクとは言っても二つのタイヤで地面を転がるものではない。

 

 タイヤではなく、何らかの魔導技術によって車体を浮かせて、また何らかの魔導技術によって推進力を得ることで前に進むという代物である。地面に接していないのにどういう理屈でブレーキが効いているのかはわからない。

 ただ原理はわからなくてもわかる事もある。例えば走行中バイクの下の地面に圧力がかかった形跡がないので、ドローンやヘリコプターのように風などの力を放出して浮いているわけではない事などは確かである。

 

 なので多少の悪路程度なら何の問題もなく走り抜けて行けるのだ。これでショートカットしていけば何とか出航の時間に間に合うはずだ。

 

「いやこれ多少の悪路じゃないだろ!?」

「~~~~~~~~ッ!? ~~~~ッ!?!?!?」

 

 黙ってろ舌噛むぞ小僧!! 

 

「小僧!? いやそうじゃなくて! ショートカットの必要性はわかるが、()()()()()()()()()()のはおかしいだろ!!」

 

 こうやって直線距離でかっ飛ぶのが一番ベストなのだ! ()()()()()()()()()()アルにそう返す。

 なに、このバイクは走る場所に力が加わらないからたとえ屋根や壁を走った所でそこが壊れたりしない! なので問題はない! 

 

「そういう問題じゃないだろ!! せめてスピード落とせ!!」

 

 二重の意味で落とせるわけないだろ! 壁走りや屋根への飛び移りはスピードがあるからこそできる芸当だぞ! というかこのスピードでこのショートカットをしないと絶対に間に合わないからな! と、屋根から飛び降りて下の道を走り、また壁から屋根へと上っていく。

 

 ……というかアルのヤツよく喋れてるな。俺たちの間に挟まれてるクリスなんて話したくても話せないみたいな状態っぽいのに。

 

 っと、そうこうしている内に港が見えてきた! まさか港をこんな高所から見る事になるとは……! 

 

「こっちのセリフだ!!」

 

 まだ距離はあるがこの高さからなら船着き場も見えるはず! ゴッフが貰ったのが実験船と言ってたから他の木造帆船とは明らかに違う見てくれの船がソレだ! 

 

「となると……あれか!! ってアレまさに出航しようとしてるじゃないか!?」

 

 ……アレだな。他の木造船と明らかに毛色の違う金属っぽい船体をした帆船らしき船が今まさに港から出ようとしているな。今からこのままフルスロットルで向かっても間に合わないだろう。あと10秒早ければ話は別だったかもしれんが……! 

 

「くそ!! 間に合わなかったか……!!」

 

 

 

 ────だが、諦めるにはまだ早い! 

 

「どうするんだ!?」

 

 こうするのさ! 

 

 そう言うと俺はバイクをそのまま海沿いに並んでいる近くの倉庫へと向け、その壁から屋根の上へと昇り、そして────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────最高速のまま、倉庫から海へと飛び出した。

 

 

「おまっ、マジか!!」

「~~~~~!?」

 

 勢いよく空中へと飛び出した車体は、慣性のままに空中を走る。しかしやがて星の重力に引かれ落下していくことになるのは火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

 ────非常用ブースター起動! 

 

 

 

 そうなる前に起動ボタンを押すと同時に最大出力を越えたまさしく爆発的な推進力が発生、車体は重力に引かれるよりも力強く慣性によって空中を滑空していき、そして…………! 

 

 

「────さらば魔導都市! いざいかん新たなる新天地へ!! なんちゃってな! ふははははは!!」

 

 

 ……船の甲板にて何か言っていたゴッフの目の前ギリギリを横切るように着地した。

 

「ファッ!?!?!?!?」

 

 ふぅ……また世界を縮めてしまった……っ! 

 

 船への乗船に成功したのでもうトップスピードを求める必要はないので全力でブレーキをかけるが……あまりの速度にブレーキだけでは爆発的に付いた慣性を殺しきれない……! 仕方ない、アル、飛ぶぞ! 

 

「ああもう……!」

 

 アルがクリスを抱えて飛び降りるのと同時に俺も止まらないバイクから離脱する。

 操縦者のいなくなったバイクはそのまま滑っていって慣性のまま船から飛び出し、海中へと突っ込んでいった。判断が遅れていたら俺たちも一緒に海にダイブしていた事だろう。

 なおどうあってもバイクは水没してしまっている…………ニアになんて言おう。

 

「……俺知ーらね」

「…………」

 

 ……クリスからの返事がない。心ここにあらず(ただのしかばね)のようだ。

 

「な、ななななななな何が起こった!?!? というか今私死にかけなかった!?」

 

「それより今はゴッフさんに何て言うか考えてくれ」

 

 せやな。

 

 

 ◆

 

 

「ふむ、話は分かった。お前たち頭おかしいんじゃないのか?」

 

 事情を説明したらゴッフからそう評された。解せぬ。

 

「解せ! そんな突発的な思い付きのためにこんな強硬手段を取るなど、頭おかしいという他に何と言うのだ!! というかタイミングずれてたら私死んでたじゃないか!!」

 

 まさかあんなところで高笑いしてるだなんて思わなかったのだ。それに当たらなかったのでセーフということで。

 

「お前が言うな!!」

「確かに加害者側が言う台詞じゃないよな」

 

 で、ゴッフは俺たちをどうするんだ? 魔導都市に戻るか? まさか海に放り捨てたりはしないよなぁ? お姫様もいるのに。

 

「ぐぐぐ……仕方ない。今から魔導都市に戻るのもなんだし、公国までは乗せて行ってやる。だが! それまではこき使ってやるから覚悟しておけ!!」

 

 その言葉が聞きたかった! 

 

「お前反省してないな」

「コイツ、海に放り捨ててやろうか……!」

 

 

 

『────やれやれ、万が一に備えての仕込みだったというのにこれほど早く役に立つとは……さすがに予想外だよ』

 

 

 

 その時、突如としてこの場にはいないはずの人物の声が甲板に響いた。

 

 

 咄嗟に声のした方へ目を向けると、クリスの懐から光が放たれ、人の姿が空中に浮かび上がった。

 

「りょ、領主さん!?」

 

 映像に映し出された声の主は、魔導都市の領主殿その人であった。

 というか何でクリスの懐から映像が出てるんだ……? 

 

「そういえば領主さんと別れた時にクリス何か受け取ってたような……?」

 

 それかぁ……用意周到だな。

 

『まず、この映像は記録された物を投影しているだけなので会話はできない。そこは注意してほしい。街から一定距離離れた段階でこの映像が自動で投影されるように設定しておいたのさ。だから今私はそちらの状況は全くわからないというのを承知で話を聞いてもらいたい』

 

 ええー本当でござるか~? 

 

『本当本当。領主、嘘ツカナイ』

 

 会話できてんじゃねーか。本当に録画映像なのかこれ……? 

 

『さて、では本題に入ろう。君の性格からして、街でじっとしていられなくなると思ってこれを渡しておいたんだ。今頃街にいる私も君が街を出た事を把握したことだろう』

 

「それで、アンタはどうするっていうんだ……?」

「わ、私は関係ないからな! 誘拐とか、そういう目的はないから!」

 

 アルが領主殿に問い掛けたりゴッフが保身に走ったりしているが、この映像は一方通行らしいので意味はない。

 とはいえ領主殿の続く言葉は俺たちの命運、そして取るべき行動に直結する事になる。

 この場にいる全員が領主殿の言葉の続きを固唾を呑んで待っていた。

 

 

 

 

『クロード殿下には私から伝えておくから、決して無茶はしないようにね』

 

 

 

 

 

 そしてやけにあっさりと、まるで子供のいたずらを嗜めるような軽い感覚でそう言われた。

 

「…………へ?」

 

『あとハイリアの大公と会うつもりなら渡したこれの中身が役に立つと思うから、よかったら使ってくれたまえ。私からは以上です。それでは良い旅を────』

 

 領主殿の映像はそれだけ言い残して消えた。本当にあっさり終わってしまった。

 

「特にお咎め、なし……?」

「ふぅ……冷や汗掻いたぞ……私は巻き込まれただけなのに……!」

 

 まあ()()()()()()()が、ここまであっさり終わるとは思ってなかった。

 

「でもいいのか? あの人、クロードの思惑に背くことになるけど……」

 

 なんだ、お前気付いていなかったのか? 

 

「何が?」

 

 魔導都市において都市の方針を決めるのは六人の代表による都市議会だが、その代表には魔導都市における影響力の大きい人物が選ばれる。例を挙げればシド工房を始めとした鍛冶連合を取りまとめるニアの祖父さんとかだ。

 魔導都市において強い影響力を持つとなると、その分野は多岐に亘れどその根幹は自ずと一つに集約される。

 

 つまり、『魔導』……魔法の研究だ。

 

 現に都市議会の内三人は魔法関係者を占めており、内二人は残る一人の影響をダイレクトに受けている。

 

「だったら俺たちはまずその一人に味方になってもらうように働き掛けた方がよかったんじゃないか?」

 

 その一人が他ならぬ、あの領主殿だ。

 

「……は? いやまて。その理屈でいえば別に俺たちが何もしなくても魔導都市はクロードの味方になってたって事じゃないのか……?」

 

 だが実際、議会を掌握できるはずの領主殿が味方なのに都市議会の過半数を取れていない。と言う事はつまり、領主殿はクロード王子に従っていないという事になる。

 

 

 まあ結論を言ってしまえば、魔導都市の全面協力において、クロード王子の最大の障壁はあの領主殿だ。

 

 

「ちょっ!? じゃああの領主さん敵って事かよ!?」

 

 敵、とは言い切れない。もし敵であるなら飛空船の解析や新造飛空船の使用権など王国の思惑に乗る必要はない。

 領主殿の思惑ははっきりとわからないが、部分的な協力や支援はしても全面的にクロード王子に従うつもりはないのだろう。

 その辺りはクロード王子も理解した上で相手の反応を見るために彼に頼っているようにも見える。

 そして領主殿もそれを把握した上で、魔導都市を掌で弄ぶように都合のいいようにバランスを調整して、何というか、楽しんでいるように見える。

 

「……あの領主さんって、何者なんだ……?」

 

 若くしてクロリシア王国の筆頭宮廷魔術師にまで登り詰め、その人心掌握術を以って王宮の権力闘争を操ったとも言われており、魔導都市に戻ってからは『魔導ネットワーク』を始めとした数々の魔導理論を生み出し、『人繰(ひとくり)の魔導士』の称号を与えられた天才。

 

 

 それこそが魔導都市アトラシアを治める領主アルバス・エイボンである。

 

 

 まあ、ただ……

 

「ただ……?」

 

 

 その彼ですらクリスがいまだに目を回してこの言葉を聞けていないことは予想外だったようだ。

 

「あー……クリス宛のメッセージだったのにクリス一言も聴けてないもんな」

 

 とりあえずクリスが復活したら先程の映像の事について伝えることにしよう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話

「暇だな……」

「暇ですね……」

 

 魔導都市を出発してから数日、ライン商会の船に乗り込んだ俺たちは平和な航海を満喫していた。それこそ三人並んで釣り糸を海に垂らすくらいには暇していた。

 

「こんな暇でいいんでしょうか……?」

 

 嵐などの緊急事態ならともかく幸いそういった事態にも遭遇してないのだから構わないだろう。

 そもそもできる事はないので仕方ない。

 

 ゴッフたちがシド工房から譲り受けた実験船の動力は、水力を補助に使用する魔導エンジンと一般的な帆船のように帆で受ける風力のハイブリッド方式で、操舵方法も通常の帆船とそこまで大きく変わらないらしい。

 当然だが実験船どころか帆船の操舵方法すら知らない俺たちにできる事はそうはなく、船に関わりのない雑用係に任命された。

 

「お前は飛空船操縦してただろ?」

 

 あれはノーカン。というか飛空船と帆船はまた別物だし、そもそも飛空船も操縦方法わかってないからな。無茶ぶりにも程があったからな。

 

 それにしても船のクルーを見るに全員がゴッフの部下であるライン商会の人間なのだが、もともと身に付けていたとかなのだろうか? 

 そう思ってゴッフに尋ねてみたのだが……

 

「いや、もともと全員素人だったはずなのだが……地獄のようなおつかいを熟していたら自然と船の操縦もできるようになっていた……これは一体……?」

 

 ……どうやらシド研ゼミの成果だったようだ。

 

 まあそういうわけで、特別やることのない俺達は食材調達の一巻として甲板で釣りをして時間を過ごしているのであった。

 

「まだ一匹も釣れてないんですけど……」

「まあ釣りなんてそんなもんだって」

 

 そもそも船も止まらず動いている状態で釣り糸垂らして釣れるとは思えんのだが……

 

「おっ、かかった!」

 

 言ってる側からこれかぁ……アルのやつ、やはり何か持ってるのだろうか。とりあえずすぐに掬えるように網の準備をしておこう。

 

「む、結構な引きだが……!」

 

 そもそも船の速度で動く餌に食いついてくる魚って普通じゃない気がするが……もしかしなくても海の魔物じゃないか? 

 

「あ、今ちらっと見えましたけど、魚っぽかったですよ」

 

 ほう、具体的にはどんな感じだった? 

 

「なんというか細長くて……あ、ギラりと光りましたね……まるで刃物みたいな……」

 

 クリスの言葉を聞いて俺もピンと張られた釣り糸の先にいるはずの獲物の姿に目を凝らす。

 

 あれは……太刀魚だ!! 

 

「太刀魚? どういう魚……」

 

 

 ────────戦闘配備!! クリスは下がっていてくれ! 

 

 

「ふぇ?」

 

 アル、カウントとともに太刀魚を上に引き上げろ! 

 そう言って俺は腰に差した鉈を手にする。

 

「わかった! 1……2の……3ッ!!」

 

 掛け声とともに海中から引き上げられそのまま船の上空まで引き上げられたその魚は、太陽光を反射するかのような光沢をその身に纏っていた。あれはまさしく太刀魚だ。

 

 太刀魚は引き上げられた上空から()()()()()とともに落下してきて、俺はソレを切り上げるように手にした鉈を振るい、そして……

 

 

 

 

 

 ────金属同士がぶつかり合うかのような甲高い音が鳴り響いた。

 

 

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

 ッッ…………!! ふっ!! 

 

 想定以上の()()に体勢が崩れそうになるが、腰を入れて力を入れ直してもう一度太刀魚を上空へと打ち上げる。

 

 ……打ち合った結果わかった事は、あの太刀魚自身の切れ味も技量も並以上のモノだという事。そしてあからさまに好戦的だという事だ。少なくとも俺じゃ斬れないな……

 そしてそれを相手も理解したのか、こちらを見下ろしてくる太刀魚がどことなくこちらを小馬鹿にしたような目をしているように見える。「怖いか人間よ!! 己の非力を嘆くがいい!!」とでも言っているかのようだ。

 

 

「────雷よ、糸を伝え────!」

 

 

 なおそのドヤ顔もアルによって釣り糸経由で流された電流でご臨終。無事死んだ魚の目となった。

 

 そのまま感電死した太刀魚はごとりと鉄の棒のような重量感を以って甲板へと落下したのだった。

 

「え……え……? 何ですかこの魚……?」

 

 巷に出回るような魚ではないからか、どうやらクリスは知らないようなので説明しておこう。

 

 太刀魚────その見た目が美しい刀剣を思わせる事からそう名付けられた魚だ。が、それは見た目だけではない。実際に()()()()()()()()()のだ。

 

「え……?」

 

 太刀魚はその全身が金属のように固く、その中でも腹側が刃物のように鋭い形状になっており、しかし生物としての柔軟性はある、まさに生きた刀身とも言うべき魚である。

 

 実際にあった話として、太刀魚を捕食した鮫がそのまま一刀両断されたとか、太刀魚を釣り上げた際に乗っていた船が両断されたとか……そんな物騒な逸話が尽きない魚……魔物? ……魚なのだ。

 

「あ、じゃあアルがわざわざ空まで引き上げたのは……」

 

 引き上げる際に船体を斬られでもしたら堪ったモノものではないからな。網も掬おうとしたらそのまま斬られるだろうし。

 

 もちろん個体によって危険性は大きく変わり、同じ太刀魚でもナイフサイズから大太刀サイズまで大きさも大分違ったりするし、切れ味についても個体差は様々だ。

 特に危険度の高い太刀魚は『業物』と呼ばれるようになり、懸賞金が掛けられる場合もある。例を挙げれば、秋に現れるという『秋刀』辺りが有名所だ。

 噂によれば業物を超える大業物と呼称される黒い太刀魚が存在するとかしないとか……いやこれはデマだろう。

 

 ちなみにこの太刀魚、食用には向かない。鮮度が落ちると急速に身から柔軟性がなくなり、何故か切れ味が失われ、まるで鉄の棍棒のようになる。鮮度が落ちる前に火を通してもそうなるらしい。

 捌いてすぐ食べるとかはできるそうだが、まあ特別美味しいという事もないらしい。強いて言えば珍味と言った所か。

 

 ちなみにどこかの海辺の集落にいるという海サムライの一族はこの太刀魚を特殊な技法を使って切れ味を落とさずに武器として振るうとか……何だよ海サムライって。

 

「……お前そういうのどこで調べてくるんだ?」

 

 魔導都市の『叡知の泉』ことググペディアである。

 そんなことよりも太刀魚が釣れたということは下手するとこの辺りは太刀魚の縄張りの可能性がある。釣りはやめておこう。

 誰だって自分の乗る船を両断し得る集団に追いかけられたくはないだろう。

 

 

 ◆

 

 

 さて、これ以上太刀魚を釣らないように釣りができなくなったのでその代わりに公国に付く前に公国の勉強をしよう。

 

「頑張ろうなクリス!」

「あれ? 私生徒(こっち)側なんですか?」

 

 さすがにそれはない……ないよな? むしろ立場的には俺よりも詳しくないと困るくらいなんだが……

 

「さすがにその辺りは習ってますよ。クロリシアの歴史にも関わってきますし」

 

 とりあえず俺が知っている範囲で教えていくから、クリスは何か補足とか間違いがあれば指摘してくれ。

 

「わかりました」

 

 では説明していこう。

 

 ハイリア公国はその国土のほとんどが森林で占められた国であり、公国人はその森林以外の僅かな土地で暮らしている。

 

「うん……? 森ばっかりだけどそこに暮らしてるわけじゃない……? 森を切り拓いたりとかしないのか?」

 

 しない。というのもその森にこそ公国が成り立った経緯があるからだ。

 

 元々ハイリア公国がある一帯はどこの国も所有していない危険地帯だった。

 森を切り拓こうとしたら魔物やら植物やらが開拓団に牙を向きその悉くを壊滅させてきたらしく、森からの呪いだと信じられていた時期すらもあったそうだ。『魔の森』なんて呼ばれていた時期もある。

 そんな中でクロリシア王国がこの地域に手を伸ばした際、これらと似たような事が起きたもののその当時の王国の開拓団は、かつてからその森を住処とする一族の存在を知った。

 

 彼らは『魔の森』と恐れられたその場所で、獲物を狩り、果実を集め、木々を間引きながらも、森と共に暮らしてきた。その生存能力にも驚くが、それ以上に当時の王国はある事実に驚いた。

 

 つまりは彼らは、その暮らしの中で自然と森の()()を行なっていたのだ。

 

 元々『魔の森』の噂を知っていたクロリシア王国としても、防衛上の関係でその地域を呑み込んだだけであり、無理に開拓するつもりはなかった。できたらラッキーくらいの感覚だった。

 そんな厄介な森の管理をしてくれる一族がいるのなら、王国としては森の近くに何かあった時のための監視塔代わりに集落を作っておけばそれで最低限の目的は果たせる事になる。

 

 とはいえ領土は領土であり、そこを治める領主は派遣しなければならない。かといってあまり旨味のない土地を欲しがる物好きはそうはいないし、何かの間違いで『魔の森』を開拓しようと企てられても困る。

 

 ということで開拓団を率いていた当時の王弟にその領土を与えることにした。『魔の森』の危険性を良く知っていたし、何より現地民である森の民ともうまく交友関係を築いていたからだ。

 こうしてこの一帯はクロリシア王国の公爵領となり、後々クロリシア王国の一部として管理するよりも一つの国とする方が王国に利する事になると公国として独立を許す事となった。

 

 大まかではあるが、公国の成り立ちとしてはこんな所である。

 

「お師匠、よくそこまで知ってますね」

 

 少し、いや大分気になる事があって一時期ハイリア公国ひいてはその森の民について調べたんだ。

 

「何で?」

 

 その『魔の森』の正式名称は『()()()大森林』、そしてそこに住む森の一族は『()()()』と呼称される。

 

「エルフ……エルフ? エルフってあのエルフ?」

 

 そう、()()エルフだ。物語でもよく出てくる森の民、あるいは精霊。自然と共に生き、弓と魔法に長けた長命種としても有名なあのエルフだ。

 それが実在すると知った俺は、一つ、ある事が気になった。気になって気になって夜しか眠れないくらいに気になった。

 

「で、何が気になったんだ?」

 

 即ち────────

 

 

 

 

 

 

 

 ────────実際のエルフは果たして金髪巨乳か金髪貧乳、どちらが正しいのか……! 

 

「うん……?」

 

 エルフと言えば弓だ。そして弓を引く際胸が大きいと弦が当たってしまうためまな板体型の方が向いている。普段はない方がいいと気にしないが酒の席などで指摘されれば少しコンプレックスに感じてしまう、そんな絶妙な塩梅の拗らせ方をしているのではないだろうか? 

 しかし森の恵みと共に生きる彼女たちの実りが貧相だなんて事が有り得るだろうか? むしろ魔法があるのであれば弓を使う必要はないのではないだろうか? であれば巨乳でも問題はないし、むしろ魔法の魔素的なサムシングによってたわわに実っている方が可能性が高いのではないだろうか? 

 ここまで言っておいてなんだが、俺は別に巨乳でも貧乳でも問題はない。巨乳には巨乳の、貧乳には貧乳の良さがあり、そこに優劣はない。ないが……しかし、その良さの質はベクトルが違う。

 エルフという題材において想像を働かせる以上どちらがより近いのか、それを探求しておくのは当然の事だろう。ちなみにだが、ダークエルフは褐色肌銀髪巨乳のイメージが強い。

 

「控えめに言ってセクハラですよ、お師匠……アルはこんなふうにならないでくださいね」

 

 そんなのをお師匠と師事してるのはクリスなのだが……

 

「で、どっちだったんだ?」

「どっちでもないです」

「え?」

 

 そう、どっちでもなかった。

 

 結論から言えば、物語に出てくるエルフと実際のエルフは全くの別物だ。

 

 エルフは別に金髪でもトンガリ耳でも長命でもないようで、単純にエルフの森に住む集団の事をエルフと呼称しているのだそうだ。

 なのでエルフという種族ではなく、エルフという民族と言った方が正しい。極論をいえばエルフの森で暮らしてたらエルフ認定だ。たとえ巨乳だろうが貧乳だろうが金髪だろうがなかろうがエルフ族となる。

 

「何故物語においてエルフが現在のモノになったのかは不明ですが、本当のエルフは大森林を住処とする民族というのが現実です」

「夢が崩れるなぁ……」

 

 ……これは言う必要はないので言わないが、たぶんこれにも転生者が関係してるのだろう。

 創作に『エルフ』を出した転生者たちと自分の民族の名称をエルフにした転生者がいた、とかそんな理由な気がする……

 

 まあエルフの概念に関しては一旦おいておいて、公国の話に戻そう。

 

 公国の成り立ちからもわかるようにエルフの森を保護するという目的のもとで公国とエルフは協力関係にある。具体的に言えば、公国は森を外敵から護り、その代わりにエルフは森の恵みを公国にだけ卸す、という関係だ。

 卸すといっても税金のように徴収するというわけではなく、あくまで対等な関係として物々交換を行なうらしい。言ってしまえば交易だ。

 

 エルフ大森林から齎されるそれらは貴重な物が多い。果実にせよ、肉にせよ、木材にせよ、エルフの手芸品にせよ、それらはエルフからしか得られないし、その卸先は公国しかなく、それらを求めて世界中からゴッフのような商人が集まってくる。その対価として金や世界各地の物品、知識や技術などが公国に集まり、公国はそれをエルフとの交換材料にして新たなエルフ産の品を仕入れる……という循環が行なわれている。

 

 つまり公国は貿易大国なのだ。

 

「エルフとも交易? 貿易? してるのか? 税金とかで持っていくとかじゃなくて?」

 

 エルフは税金を払う義務がないのだ。なにせエルフは正式な公国民ではなく、公国としてはあやふやなグレーな存在として扱われているとの事だ。というか特別扱い? 

 そもそもとして、エルフは森から滅多に出てこないせいでエルフの総数を把握できないのだ。その辺りが王国が公国を独立させた理由の一つだとも言われている。

 税金の徴収ができない代わりに国民ではないエルフを護る責任が公国には生じない、というのは利点と言えるかもしれない。

 

「でも公国の場合は、逆にそのグレー性を利用してでもエルフを護る方向に動くような気がします」

 

 確かに。公国はもはやエルフ抜きではもう成り立たないだろうし、本当にどうしようもなくならない限りはエルフを切り捨てることはないだろう。

 

「大公家は初代を始めとして何度かエルフ族から伴侶を娶っていたりしますし、公国とエルフとの関係は盤石だと思いますよ」

「え? エルフって森から出てこないんじゃないのか?」

 

 全く出てこないわけじゃない。交易のために一部のエルフは定期的に森の外の公国の街まで出てくるし、森での生活が嫌になって飛び出してくるヤツもたまにはいるらしい。

 

「何か親近感湧くな」

 

 逆にエルフに憧れがあるとかで帰化しようとするヤツもいるらしいが……その辺りに関してはあまり詳しいことはわかっていない。

 

「そうなのか?」

 

 エルフが滅多に森の外に出てこないのは間違いではなく、そのためエルフやエルフ大森林に関する情報もほとんど出てこないのだ。

 

「エルフ一族や公国の許可なくエルフの森の奥に入り込むことは重罪ですからね。最悪死罪になる事も有り得ます」

「げ。そんなに厳しいのか」

「それがなくても普通に危ないですからね、エルフの森」

 

 まあ俺たちの目的はエルフの森への侵入ではなく公国へ来たはずのエルロン一派の動向の確認なので、そこはまだ心配する必要はないだろう。

 まずは街での情報を集めてできたら大公から話を聞く、といった辺りがすべきことだろう。ついでに王国に関して公国との関係改善の意向を伝えられたらクロード王子への義理立てにもなるだろうし。

 

「あはは、無断で出てきちゃいましたからね……」

「まあクロードもちゃんと謝ったら許してくれるだろ」

 

 アルのクロード王子の扱いがすごく軽いのが気になるが、まあいい。

 

 …………さて、そろそろ見えてきてもおかしくないか。

 

「……? 何の話だ?」

 

 謎に包まれたエルフ大森林だが、一つだけ()()()()が存在する事が確認されている。

 

「あるモノ? というか入れないのに確認できてるってどういうことだよ?」

 

 文字通りの意味だ。試しに『遠視』の魔法を使って向こうの方を見てみろ。水平線の先にうっすらと一本の線のようなものが見えるはずだ。

 

「うーん……確かに、何か見えるな……何だあれ?」

 

 それが、()()()()だ。

 

「…………は?」

 

 今、まだ陸地が見えていないこの場所からも見えたそれこそが、広大なエルフ大森林、その中心にあると言われている天を衝く柱。

 

 天地を支え根を介して天界や冥界に通じているとも伝えられる、世界最大にして唯一無二の存在。

 

 

 所謂────────【世界樹】と呼称される大樹である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話

 魔導都市からの数日間の船旅を経て、俺たちは世界樹が根ざす国ハイリアへと足を踏み入れた。

 まあ踏み入れたと言っても公国の国土の大半を占めるエルフ大森林や首都ではなく、海の玄関口である港町にではあるが……細かい所はいいだろう。

 

 港町は木材が多く使われているように見えるものの、そこまで異国情緒あふれるという感じはない。元々公国がクロリシア王国の一部だったのを思えば当然ではある。

 とはいえ貿易国家の玄関口ではあるので人は多く珍しい物も多い。様々な国々から商売のために人や物が集まっているのだ。

 

 その一つでもあるゴッフ達ライン商会の手伝いをしながら俺たちはその港町で飛空船についての情報収集を行なった。幸い、話を聞くための人も切っ掛けも事欠かない。多少の出費はあれども情報は滞りなく集まった。

 そうしてある程度情報が集まった段階で俺たちは情報の整理を行なう事にした。

 

「とりあえず例の飛空船が公国を飛んでいたのは間違いないみたいですね」

「でも公国の空を飛んでいた目的まではいまいちわからないんだよなぁ」

 

 ただの通り道だったという可能性もあるが、それにしては奇妙な点も多い。

 

 例えば、数。この国で目撃された飛空船の数が多い。一艇二艇の話ではない。裏取りはできないが、ここ以外の街でも見たという話もあったくらいだ。

 

 例えば、方向。目撃された飛空船は誤差はあれど全て首都、あるいはエルフ大森林の方向へ飛んでいったらしい。

 

 例えば、被害。これだけの飛空船が目撃されていながら、公国に被害はないらしい。あれだけ世界中で暴れまくっているにも関わらず公国では飛空船からの攻撃はなく、ただ目撃されているだけだという。

 

「これ、公国クロじゃないか?」

「ま、まだ決め付けるには早いのでは……」

 

 クリスの声が震えていて説得力はないのだが、実際クロと決めつけるには難しいのも確かだ。

 単純に次の目的地がそっちだったとか、追跡を振り切って行方を攪乱するためとか、何だったら首都ではなくエルフの森に拠点があるなんて可能性だって十二分にある。エルフの森の全容を把握できているヤツなんていないのだから、追手への攪乱や拠点があったとしても不思議ではない。

 とはいえそれに公国が関わっていないという根拠もない。今の時点で公国のシロクロを見極めるのは無理だろう。

 結局俺たちにできるのは、相手が敵と通じているかもしれない事を念頭におきつつもそう決め付けずに味方になってくれることを祈って行動する事しかない。

 

「……言い回しがややこしくてよくわからないぞ。つまりどういう事だ……?」

 

 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかないな。

 

「要は行き当たりばったりってことですね」

「つまり普段通りでいいって事だな」

 

 おっと、普段から行き当たりばったりみたいな事言うのはやめるんだ。その言葉は色々と情報仕入れたりして備えているはずの俺に効く。

 

「そ、そういえば。さっきお師匠、石というか木の欠片みたいなものを買ってましたけど何ですかあれ?」

 

 ぬ、さっき買ってたものというと……これのことか。これは石でも木でもない。鰹の乾物、鰹節だ。

 そう言って現物を出して袋から取り出して見せてみる。

 

「カツオ……? えっ、カツオって魚のですか? どう見ても魚には見えませんけど……? え、これ食べられるんですか?」

 

 食べられる。とはいえこのまま齧るのは無理なので薄く削って食べたり出汁を取ったりするのに使う。薄く削った鰹節は美味いのだ。

 

「水で戻してそのまま食べるとかじゃないんですね……」

「味の想像がつかないな……」

 

 アルは食べた事あるはずなのだが……まあいい。

 本当は干し肉とかの保存食だけを買うつもりだったが、鰹節以外にも珍しい乾物が多くてつい買ってしまった。さすが輸出入が盛んな港町である。

 

「なんでそんなに保存食買ってるんだよ」

 

 情報収集の一環である。それと、もしもエルフ大森林を探索する時のための保存食……と言いたいが、これもう飛空船の行方の捜索のためにエルフの森に入る流れだろう。

 

「ですね。最低でも森に住んでるエルフに話を聞く必要はあるでしょう」

「でも確かエルフの森に入るのって許可がいるんだよな?」

「はい。公国あるいはエルフの許可がないと最悪極刑も有り得ます」

 

 エルフの知り合いがいれば話は簡単なんだが、そんなものいない以上別の方法を探さないといけない。

 

「で、どうやって許可をもらうつもりなんだ?」

 

 どうやっても何も、こっちには王国の王女様がいるんだ。真正面から堂々と大公殿に直談判すればいい。

 

「そうですね。関係が悪化しているとはいってもまだ門前払いされるほどでもないですし、関係改善のためにも王国として話を通しておく必要もありますしね」

「ということはまずは首都に向かうってことでいいんだな?」

 

 そうだ。そして大公と面会して、エルロン一派との内情を探り、エルフ大森林が現状どうなっているのかの情報を手にして、そして森への立ち入り許可を貰えるよう立ち回る必要がある。

 

 なんにせよまずは首都へと向かうことにしよう。

 

 

 ◆

 

 

 それから俺たちはライン商会に同行する形で港町から首都へとたどり着いた。

 あまり異国情緒が感じられなかった港町と違い、首都ではエルフ大森林から得られた豊富な木材によって育まれただろう独特の建築様式が軒並みに連なり、俺たちの目を引いてやまない。

 

 さらにはハイリア大公の居城も木でできており、その見た目はまるで一本の大樹をそのまま加工したかのようだった。実際には様々な木材を組み合わせて建てられているそうだが……今は置いておこう。

 

 今一番重要なのは公国が敵なのか味方なのか、それを見極める事。次いでエルロン一派の情報収集である。

 

 念のため大公への謁見の前に首都でも情報収集を行ない、万が一の逃走経路も想定した上で、城へと足を踏み入れた。

 お忍びとはいえ王国の姫にして教会の聖女だ。公国としても無下に扱えない。扱ったらそれはそれで即クロ確定なのだが、そんなことはなかった。

 

 

 

 そうして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────謁見を終えて穏便に城から立ち去り、とりあえず公国は今の所まだシロだと思いました。まる。

 

「何か大幅に端折られたような気が……?」

「それで、公国がシロだと思った理由は何ですか?」

 

 色々とあるが……大公たちと話して得た情報が、港町や首都での情報収集、特に行商人とかの流れの旅人に聞いた話と合致していた。

 貿易に経済を頼っている公国、特にその玄関口である街ではどうしても様々な国の不特定多数の人間が入り乱れてしまう。それらすべてに口裏合わせるような事はできないだろう。それにこうして何事もなく城から出られたのも根拠の一つと言える。

 

「なら城に留まっていてもよかったのでは?」

「大公さんも勧めてくれてたのにな」

 

 いや、だって最悪軟禁されるかもしれない所にいたくないし……。

 

「公国はシロじゃなかったのかよ」

 

 今の所はシロだと思う。だがあの大公は何というか……他人に影響されやすそうというか、優柔不断というか、側近の言葉を聞きすぎるというか……一言でいえば頼りない。

 

「それは……確かにそうですね」

「あの横にいたおっさんとかの言葉をそのまま言ってたしな」

 

 自分に自信がないのか、大臣を始めとした信頼している家臣の言い分を鵜呑みにしてしまうんだろう。言い方は悪いが、傀儡政権に近い。おそらく実権は大公ではなく大臣が握っていると見た。

 とはいえその大臣もこちら側への対応を見る限りエルロン一派ではないのだろう。もしそうなら俺たちは今頃血塗れで街から脱出してる事だろう。

 

「何で血塗れ前提なんですか……?」

「そりゃ返り血だろ」

 

 だがそれもいつまで続くかはわかったものではない。大臣が利権やらなんやらでエルロン一派に寝返るかもしれないし何だったらヤツらが大臣を排除して側近に成り代わる可能性だってある。

 推定シロな今でももしもの時を考えて多分見張りの一人くらいは付いてるんじゃないか? 

 

「見張り……確かに視線っぽいのは感じるな」

 

 本当にいたのか……というかわかるのか…………まあこちらを害するためじゃなくてクリスに何かあった時のための見張りだと思うが……それよりもだ。

 公国が推定シロなのはいいが、公国側もエルフ大森林の状況が全くわからなかったのが予想外だった。

 

 定期的に公国とエルフの間で行われている会談が飛空船が目撃されてからはまだ為されておらず、次の会談の予定も通常ではまだ先のため、臨時でエルフへの使者を出す予定らしいがエルフの集落まで迷わず迅速に確実に辿り着けるようにするための信頼できる人選に時間を取られているらしい。既に迅速ではない。

 

「なら私たちが、とも思いましたがエルフ大森林への入場許可はもらえませんでしたしね……」

 

 まあ普通に考えて王国の王女にして教会の聖女を何の対策もせずに危険地帯に放り込む国家元首はいないだろう。どうしようもない事態ならともかく今はまだ調査段階なわけであるし。あとは王国への対応をどうするかというのも判断しきれていないというのもある。

 

「じゃあどうするんだ? 一回魔導都市なり王都なりに戻って許可証出してもらうよう働きかけてもらうか?」

「私としては戻ったら戻ったでお城に閉じ込められそうな気がしますのでできれば避けたいんですけど……」

 

 魔導都市や王都に戻るのは時間がもったいないから選択肢から外すとして、そうだな…………すでに森への入場許可を得ている人を探そう。

 

「……? どういう事だ?」

 

 聞いた話だが、森への入場許可は個人個人に出されるものではなく、集団単位で出される事が多いらしい。

 つまり許可証を持っている集団に入り込めれば、直接許可を出されていない俺たちも合法的に森に入れるというわけだ。

 

「おお!」

 

 問題があるとすれば、許可証を貰えるのはそれだけ国から信用を持たれている集団なので見ず知らずの旅人、あるいは王国のお姫様を無断で森に連れて行くようなのがいないという事だな。もっと言えばそういう連中は使者の候補にも挙がっているだろうし、なおさら厳しいだろう。

 

「ダメじゃねーか」

 

 まあ一縷の望みをかけて、といった具合だ。一番いいのは正攻法で許可証を貰う事だが、まあまず貰えないだろうし貰えても時間はかかるだろうな。

 

「……無断で入るのはダメって聞いたけど、実際の所どうなんだ? 正直入ろうと思えば簡単に入れそうだけど……」

 

 正直な所、公国の大半を占める森である以上完全にカバーするのは不可能だ。なので密入国ならぬ密入森は簡単にできるだろうが、俺たちの目的や立場を考えれば避けたい所だ。

 

 万が一公国に見つかった時はもちろんだが、俺たちが接触しようとしているエルフに対しても不信感を与えかねない。

 

 さすがに公国とエルフとエルロン一派全部を敵に回す展開は可能な限り避けたい。全員敵陣営で避けようがない場合は諦められるが、そうじゃない可能性は捨てたくない。

 

 そういうわけで森に入るなら出来る限り正攻法を取りたい。密入森は最後の手段だ。

 

「でもそう上手くいくかぁ?」

 

 それは俺にもわからん。とりあえずエルフの森に入るための情報収集も兼ねて酒場で飯にしよう。聞いた話じゃエルフの森で取れた果実から作った果実酒がうまいらしい。

 

「お前はしばらく禁酒だって言っただろ」

 

 そんなー。ゴッフに名産の美酒は美味かったぜってマウント取れないじゃないですかーヤダー! 

 

「そこなんですか……?」

 

 

 ◆

 

 

 さてさて、ここが料理と酒が美味くサービスもいいと評判の酒場だ。

 

「来たばかりの街なのに、お師匠は何でも知っているんですね」

 

 何でもは知らない。知ってる事だけだ。というかこの街に来てから聞いた話だから。

 

「……お前、さっき本当に飛空船について情報収集してたのか?」

 

 当然である。そのついでに聞いた話にすぎない……どっちがついでかは別として。

 

「おい」

 

 そんな事より、腹が減ってはなんとやらだ。早く店に入ろう。

 二人をそう急かして俺たちは酒場の中へと足を踏み入れたのだが、店内は食事と酒と他愛無い世間話に舌鼓を打つ多くの客と注文と配膳で忙しそうに動き回るウェイターたちで埋まっていた。

 

「せ、盛況ですね」

 

 まあ人気の店らしいので人が多いのは仕方ないのだが……席は空いてるんだろうか? 

 

「店の人に聞いてみたけどちょっと待ったらピーク過ぎるだろうけど、他の人と相席ならすぐにいけるってさ。どうする?」

 

 でかした! というか本当に行動が早いな。行動力の塊かよ。

 まあ相席でいいだろう。ピークを過ぎると話を聞く人も少なくなるし、何より早く食べたい。

 

 と言う事でウェイターに案内され、店の奥の方に配置された席へと進んでいったのだが……

 

「ふぇ?」

「うん?」

 

 相席の相手を見て俺たちは少し驚いた。

 何せその席にコップ片手に座っていたのは、酒場にいるには似つかわしくない、少々幼く見える少年だったからだ。

 

「……なんだよ。何か言いたい事でもあるのか?」

 

 俺たちのリアクションに対して、少年は不機嫌そうにこちらに言葉を投げかけてくる。

 このまま曖昧な態度を取っているのも相手に失礼になりそうなので簡単に弁明の言葉を返す事にしよう。

 

 いや、子どもが酒場に一人いるとは予想外だったもので。

 

「子供言うな! 森の外じゃ知らないがこれでもエルフの中じゃ成人してるんだ! ……正確にはまだだけど」

 

 …………エルフ? 今この少年は自分の事をエルフだと言ったのか? 

 

「貴方、エルフの方なんですか?」

「……別にお前らには関係ないだろ、ほっとけよ」

 

 ふむ……あまり話したくないのなら無理に聞こうとするのはやめておこう。

 個人的には見た目子どもな彼がエルフの成人ということで俺の中で『エルフ長命種説』が再燃してきたのだが、それも一旦置いておこう……! 

 まずは腹ごしらえだ。サーセン! 注文オナシャース! 

 

「はーい! 注文お決まりですかー?」

「えーっと、とりあえず肉料理が欲しいよな」

「お魚もあったらうれしいですけど」

 いやいや、ここはやはり森の幸をだな……

 

 と、何を頼むか三人でわいわいしていると……

 

 

 ────ぐぅぅぅ、と誰かの腹の虫が鳴った。

 

 

「…………」

「…………」

 …………

 

 俺たちの視線は自然と音鳴る方へと向けられた。

 

「…………」

 

 視線の先には、気まずそうに顔を逸らした子どもの姿があった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話

 ハイリア公国首都のとある酒場。

 安くて美味い飯と酒にサービスもいいと評判のその酒場で腹を満たす予定だった俺たちだったが……

 

「はふっ! はぐはぐっ! がつがつっ!」

 

 俺たちの目の前で自称エルフの少年が俺たちの頼んだ飯に食らいついている。

 どうやらこの少年、文無しのようで飯も頼めずお通しの水だけで凌いでいたらしい。あんな混雑していた酒場でそんな暴挙を行なう少年もスゴイが、それを許す酒場もスゴイ。

 それを不憫に思ったのか、アルが一緒に食べないかと誘い、それに少年が苦渋の決断といった表情で承諾した結果が今の状況であった。

 それにしてもいい食いっぷりである。肉も魚も野菜もバランスよく口に運んでいる。あ、俺の頼んだ肉が……

 ……そんなに人の金で食う飯はうまいか? 

 

「……っ!」

「お師匠、そんな言い方はよくないですよ」

 

 いや、別に責めているわけではない。人に奢ってもらった飯が美味いのは俺もよく知っているからな。一度知ってしまえば癖になる。注意した方がいいぞ。

 

「お前どんだけゴッフさんに集ってるんだ……」

 

 だが、タダより高いものはないとも言うのも事実である。このままただ食っておしまいと済ませるわけにもいかない。

 

「むぐッ……!? おま、食ってからそれを言うのは反則だろ!?」

 

 俺の言葉に少年がむせかけるが安心してほしい。別に何かを要求するつもりはない。ただ少しお話するくらいはいいのではないか? 

 

「お話……『おはなし』……うっ、頭が……!」

「どうしたクリス? ……お前何したんだ」

 

 別に何もしてないんですが。

 まあそこまで身構えるようなことでもない。ちょっとした世間話くらいの感覚で俺たちとコミュニケーションをとってくれたらいいだけの話である。それに対してこちらで価値を吟味するというだけだ。

 

「……別に僕は恩知らずでも恥知らずでもない。とはいえできることなんてたかが知れてる。お前らの知りたいことなんてそんなに知ってるとは思えないけど、何の話がしたいっていうんだよ?」

 

 そうだな。じゃあまずは……

 

「まずはお互いの自己紹介からだろ?」

 

 ……それもそうだな。

 

 

 ◆

 

 

 そうして互いに簡単な自己紹介を終えた後、エルフの少年ことテルとゆっくりと話を始めた。

 

「で、お前らは僕に何を聞きたいんだ? さっきも言ったけど大したことは知らないからな」

 

 うーむ、個人的には単純な興味でエルフ族についていろいろと聞きたいんだが……

 

「それよりもまずは飛空船について聞くべきでは?」

「飛空船? 飛空船っていうとあれだろ、この前町の上を飛んでった空飛ぶ船だろ? 僕も見たけどそれがどうしたっていうんだ?」

 

 そう、その飛空船だが、何艇も飛んできていてそのどれもがエルフの森の方へ向かっているらしいが……実際のところ、あの飛空船とエルフは関係あるのか? 

 

「いやいや、なんでエルフと関連性があると思ったのか知らないけどあるわけないだろ。あんな空飛ぶ船があるのだって初めて知ったよ」

「つまりエルフと飛空船は無関係ってことか……」

 

 奴らが飛空船を大っぴらに乗り回すようになったのもついこの間だからそれ以前にコンタクトを取っていた可能性もあるが……

 

「クリス、エルロンってエルフと交流を持ってたりした?」

「いえ、ないと思います。私の知る限りエルフと交流を持つのは公国だけのはずです。エルフと交流していたとなると公国を通してのものになる以上、公国を通すのなら彼の立場を考えれば教会内に話が出てきてもおかしくはないとでしょうし」

 

 成り代わった王国経由で接触しようとしても枢機卿としての権力を使わざるを得ない以上何かしらの記録が残る。それがない以上エルフと協力体制にはないと考えてもいいだろう。

 

「王国として接触してたとかは? 王様に成り代わってたんだし」

 

 可能性はなくはないが、低いだろう。何せここ最近の王国はエルフの窓口である公国との関係が悪化していってたくらいだ。エルフと通じるのにわざわざそんな方針をとるとは思えない。

 

「僕もエルフがこの国以外にまともに関係を持ってるなんて話聞いたことないね。まっ、言っても僕が森から出たのはあの空飛ぶ船が来る前だ。だから考えにくいけど飛空船が来た後にエルフと飛空船やら教会やらとの間で何かあった可能性までは否定できない」

 

 ふむ、では船ではなくあれに乗っていた人物に心当たりは? 

 

「ないね。まあ僕が知る限りでの話だけど。聞く限りだとそのエルロンってのがあの船の親玉なんだろうけど、長老たちがそんな奴と会ったって話も聞いたことないね」

 

 ふむ、ならやはりエルフはシロだと断定してもいいのかもしれない。

 

「……で、お話ってことだし、こっちからも聞いていいか?」

 

 うーん、どうしようかなぁ? 

 

「おい」

 

 冗談である。とはいえ俺たちに聞きたいことなんてあるのか? ただのしがない旅人だぞ。

 

「で、何を聞きたいんだ?」

「そんなこと知りたがるお前らは何者なのさ?」

 

 うーん、いい質問ですねぇ……

 通常、飛空船をいきなりエルフと結び付けようとする人間などいないだろう。まず聞くのなら公国の役人やら兵士などに聞くべきだ。

 それを何のためらいもなく第一質問として飛空船とエルフの関係を質問してきたことに対してテルの中で疑惑が生じたのだろう。

 じゃあそんなピンポイントすぎる質問を第一質問として投げかけてきたこいつらは何者なのか、どのような目的を持っているのか、害を齎さないか……などなど。

 今の会話だけですぐさまそこまで至り疑問を抱いたと考えればテル少年の思考力は高いと推測できる。

 

 うん、本当にいい質問なんだが……うん。

 

「なんだよ。言えないっていうのか?」

「いえ、そういうわけではじゃないんですけど……」

「言っても信じてもらえるかっていう問題がなぁ……」

 

 ちなみに、お忍びの教会の聖女にして王国の王女様と、なんかたまたま巻き込まれてるお供の旅人二人って言ったら信じる? 

 

「馬鹿にするなよ。いくらエルフが外の常識に疎いっていってもそんなのありえないってわかるさ」

 

 だよなー。そう思うよなー。俺が聞いても絶対冗談だって思う。

 

 ────ところがどっこい……! 現実です……! これが現実……! 

 

「……は?」

「あまり言いふらさないでくださいね」

「いや明らかにおかしいだろ!? 百歩譲ってあんたが王女だか聖女だかだとしてなんでそのお供が従者とかじゃなくて特に関係ない旅人なんだよ!?」

「まあ成り行きってのもあるけど、友達だからな」

「なんでただの旅人と王女が友達になれるんだよ!?」

「そんなこと言われても、友情に身分は関係ないだろ」

「あるだろ!?」

 

 やはりテルは頭がいいな。彼自身『エルフは常識に疎い』と言っていたが、彼と話していてそんな風に感じることはない。むしろ一般常識も身についているように思える。なんだったらアルよりも常識があるようにも思える。

 

「お前に言われたくないんだけど」

「ま、まあそういうわけで私たちはあの飛空船の行方を追っているのです」

 

 奴らの目的が何なのかは皆目見当もつかないが碌なものではないことは確かだろうしな。王国の乗っ取りといい飛空船強奪といい、権力やら軍事力やらを集めようとしているのかもしれないが……

 

「一般人が聞いていい話じゃないだろこれ……」

「大丈夫だって。俺たちも一般人だし」

「絶対に違うだろ!」

「そう言い張るのは難しいかもしれないです……」

 

 お姫様公認で脱一般人認定された気がするが、聞かなかったことにしよう。きっとアルだけだ。

 

「というか奴らの目的って世界征服とかじゃないのか?」

 

 それも正直わからん。王国を乗っ取って世界中に宣戦布告しようとしてたことを考えるとあり得るんだが、エルロンが野心を持って行動しているのか信仰の下で行動しているのかもわからない、何だったらエルロンがトップなのかさらに上に黒幕がいるのかもわかっていない状況なのだ。決めつけはやめておいた方がいいだろう。

 

「なんもわかってないんだな」

「だからこそここに来たんだ」

 

 詳しくは省くが、飛空船の足取りを追って俺たちはこの国に来た。そして飛空船がエルフの森、その中心に向かって飛んで行ったと知ってさらに情報を集めている最中というわけだ。

 

「テルはエルフの森に何か奴らが欲しがりそうなものがあるかとか知らないか?」

「……もしソイツらが本当に森に用があるんだとしたら、たぶん目的は『神樹様』だろうな」

「神樹様?」

「お前ら風に言えば『世界樹』ってヤツさ」

 

 外からは見えてたけどやっぱりあれは木なのか。

 天まで届く大樹なんてファンタジー極まっているが、本当に存在しているとは……夢が広がるな。

 

「世界樹には奴らが欲しがるようなものがあるのか?」

「さあ? 詳しくは僕からは言えないし知らないけど、わざわざあんな空飛ぶ船を何艇も持ち出して欲しがるようなものなんてそれくらいしか考えられないからな」

「エルフの森でしか入手できない特産品とかが目的の可能性はありませんか?」

 

 それなら公国を乗っ取ってしまった方が手っ取り早いはずだ。成り代わった王国経由で間者でも忍ばせておけば済んだのに険悪外交をしてしまっている以上考えにくい。

 さらに王国乗っ取り成功中ならまだしも、追い詰められている現状で数少ないアドバンテージだろう飛空船を何艇もこの森に向かわせている以上、明確な目的が存在するのは間違いないだろう。

 

 

 つまりは特産品とか珍しい素材とか、そういう単に恒常的に供給できるものが目的ではない、ということだ。

 

「なるほどなー」

 

 ……そしてテルはそういった可能性を排してまっさきに神樹様、世界樹ではないかと口にした。

 信仰や文化、考えの違いはあるかもしれないが、彼がまずそれを口にしたということは世界樹はただの象徴(シンボル)としてだけの存在じゃないということは確かなのだろう。

 

 それこそ、奴らの孤立している今の状況を一変させることができるような何らかの力を持つナニか、とか。

 

 まあテルの今の様子を見るにここで問い詰めたところで答えが返ってくるとは思えないので追及はしないでおこう。

 

「そういえば話変わるんだけど、テルはなんで森から出てこの街に?」

 

 ああ、確かにそれは俺も気になっていた。エルフは森から出ることが珍しいと聞いていたからまさか酒場に来て相席になった相手がエルフだとは予想外だった。

 

「……エルフにおける成人になるための試練なんだよ」

「というと?」

 

 テルから詳しい話を聞くに、エルフは一定の年齢になると成人の試練というものを受けられるようになり、それをクリアしないと大人として認められないらしい。

 そしてその試練というのが『森の外から他のエルフの手を借りずに集落まで戻れる力があることを示す』というものだ。

 

 簡単に言い表せば、『はじめてのおつかい』である。

 

 じゃあなんで森に戻らずに街の酒場で水だけで粘っているのか? それがわからない。

 

「……苦手なんだよ。狩りとか戦いとか、そういう肉体労働的なことは」

「エルフの森には危険な動植物が多いと聞きます。それも森の浅い部分でのことでしょうし、さらに奥となると……」

 

 あっ(察し)

 これ『はじめてのおつかい』なんてレベルじゃないわ。まさしく『我が子を千尋の谷に落とす獅子』とかそういう系のやつだ。あるいはもっとひどいやつだ。

 ……もしかして実在のエルフって脳筋思考の民族? 

 

「別にそういう露払いまで自分でやれって試練じゃないんだ。武力が足りないならそれを何らかの形で補うのも一つの力だって縛り自体は結構緩いんだ」

「へぇ、そのあたりは結構柔軟なんだな」

 

 でも力を重要視してることには結局変わりないのでは……? 

 

「でもテルくんはどうやって集落まで戻ろうと考えているんですか?」

「金を貯めて護衛を雇うつもりだよ。だからここで働いてるんだよ」

「その前に空腹で倒れそうだな」

 

 というかここで水一杯で粘れてた理由はそれか。休憩中の従業員なら無理に出て行けとは言われな…………なんでピーク時の忙しい時にテルは休憩に入れられているんだ? まさか……いやよそう俺の勝手な推測でみんなを混乱させるのは……

 それにしても危険なエルフの森に護衛のためについてきてくれる実力者を雇おうと思ったら結構な額がいるだろうに……あ、だから水一杯だけで何も頼んでなかったのか。

 

「あれ、でも確かエルフの森に入るには許可証がいるんじゃなかったっけ? 雇える護衛も限られてるんじゃないか?」

「そうですけどエルフの方の同行者は例外ですよ。公国のスタンスとしては『森はエルフの領域』というのが前提なのでエルフの許可が得られているのなら問題はないという考えのはずです」

 

 なのでテルやテルの雇う護衛に関しては許可証がなくても出入りが可能だ。言い方は悪いが『エルフ≒許可証所持者』と同義に近いぞ。

 

「うん……? なら俺たちがテルの護衛として森に入ることもできるってことか?」

 

 そうだゾ。

 

「ちょ、ちょっと待て。お前ら何の話をしてるんだよ……!?」

 

 俺たちはエルフの集落に行きたい、テルは護衛が欲しい。まさしくWIN-WINの関係だなっていう話をしていた。

 

「てことでテルに提案なんだけど、俺たちを護衛として雇う気はないか?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 こうして俺たちはテルの同行者としてエルフの森へと足を踏み入れることとなった。

 アルの提案に対して渋りに渋り、エルフとの交渉で口聞きはしないという条件付きで何とか了承したテルの気が変わらないうちに大森林内の必要な情報を聞き出して準備を整え、次の日に早速出発することとなった。

 

「いくら何でも早すぎないか!?」

 

 テルが水だけで労働生活を続けたいのなら今からでも待つが、どうする? 

 

「…………」

 

 返ってきたのは沈黙だった。これ以上ない返答だった。

 

 そもそも俺たちの目的である飛空船の後を追うのは時間との勝負なのだ。後手後手に回っている以上迅速に動けるのならそうするべきだ。違うか? 

 

「それはそうですが……」

「寝坊した奴のセリフではないよな」

 

 え、英気を養うのは大事だから……

 

 そんなわけでテルに伴われ俺たちはエルフ大森林に合法的に入国ならぬ入森に成功した。

 ここからは舗装されていない自然のままの森の中をエルフの集落まで、現地民のエルフであるテルの先導の元、数日の間歩き続けるだけである。

 

 大森林の中も思っていたほど歩きにくくなく、生えている木々が通常よりもデカい以外には故郷の村があった山林とそう変わらないように感じた。

 エルフが生活の一環で間伐もしているという話だったので、自然そのままな森よりも歩きやすくなっているのかもしれない。

 

 危険な動植物についてもテルから聞いているので、奇襲にさえ気を配っておけば危険はないだろう。

 

 現地民からの正確な情報、それをもとに行った完璧な準備、さらに現地民による目的地までのナビゲート。ここまで条件が揃っていれば不測の事態にならない限り何の問題なくエルフの集落まではたどり着けることは確定的に明らか。勝ったなガハハ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────そう思ってた時期が、僕にもありました。

 

 

 

 

 エルフの集落までは数日はかかる予定で、俺たちもテルもさすがに森の中で強行軍を図るつもりはなかったので休憩を逐次挟みながらの進行だった。

 

 数時間も歩けば、森の雰囲気も変わってきた。おそらく許可証持ちが主に踏み入るエリアからエルフたちの活動領域に入り始めたのだろう。森のより深くに進んでいるはずなのだが、エルフの管理が行き届いているからか、歩きやすさに関してはそこまで変化がない。俺たちの行程は順調に思えた。いや、思いたかった。思いたかったのだが…………さすがに願望と思い込みで自分を誤魔化すことはできなかった。

 

 俺はこれが勘違いだと願いながらも、徐に口を開いた。

 

 

 

 …………なあ。この道、合ってるのか? 

 

 

「…………」

「ふぇ?」

「そりゃ道知ってるテルの案内だし、間違ってるなんてことはないだろ」

 

 そうだな。テルの案内なら間違ってないと思うんだ。でも俺の勘違いかもしれないんだが、気のせいでなければなんだが……

 

 

 

 

 ────ここさっき通ったと思うんだが。それも三回ぐらい。

 

「ふぇ?」

「え?」

 

 俺の言葉に、二人の視線が先導していたテルへと向けられる。

 テルは────こちらを向かない。

 そんなテルに、俺は改めて問いかける。

 

 この道、合ってるのか……? 

 

「……………………」

 

 返ってきたのは沈黙だった。これ以上ない返答だった。

 

「……ふぇ?」

「……ど、どういうことだ? まさかテルが敵側だなんて言うつもりじゃないよな……!?」

 

 うむ、その可能性もゼロではないが、おそらく違う。

 もしそうなら俺がこうした疑問を口に出した時点で何らかのアクションを起こしているはずだ。伏兵からの攻撃やら開き直っての悪役ムーブとかな。

 

「ではどうして同じところを何度も通るなんてことを……?」

 

 あー、うん……俺の思う今の状況を簡単に説明するとだな……

 

 

 かつて『魔の森』なんて言われた森の中で、俺たちはただ単純に()()()()()遭難しかけてるってわけだ。

 

 

「…………ふぇ?」

「ま、迷って……?」

 

 もし違うなら何とか言ってくれ。一縷の望みをかけてテルに呼びかけてみるが……

 

「…………………………」

 

 返ってきたのは、沈黙だった。これ以上ない返答だった。

 

 つまりは……そういうことだった。

 

「…………ふぇ?」

「……これ、まずくないか?」

 

 おいおいおい、死んだわ俺ら。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話

 

 

 かつて『魔の森』なんて言われてた大森林において現在進行形で迷っていることが判明した俺たちは現状の整理と今後の方針を決めるために一旦その場で会議を開くことにした。

 

 さて、まずテルに尋ねよう。なぜ迷っているのか、言い訳を聞こうか。

 

「…………狩りとか肉体労働が苦手って言ったよな。だから僕はもっぱら集落から出ない生活を送ってたんだよ」

「つまり……?」

「エルフ=森に詳しいってわけじゃないってことだよ」

 

 ふむ、よく考えれば当たり前の話だな。人数がいるのなら役割分担するのは当然のことで拠点から出ない人間がいても何ら不思議な話ではない。

 

 では森の先導役に不安を感じなかったのか? 事前にそのことを俺たちと相談することは考えなかったのか? 

 

「不安がなかったといえば嘘になるけど、それでも何とかできると思ってたんだよ……集落から出ない生活って言っても全くというわけじゃなかったからな。というかこの中じゃ僕以外この森に入ったことすらないんだから僕が先導役をするしかないだろ」

 

 まあ道理ではあるが……

 

「それでも相談はしてほしかったな。そのことを知ってたらこいつだってもっと早く口に出してただろうし、今回みたいなもしもの場合の対応ももっと変えられたかもしれない」

「それは……確かにそうだけど」

「俺たちは仲間だ。できることできないことはあるだろうけどそれを共有する事が困難を打破する大事な一歩になると思う。だから」

「…………わかったよ」

 

 テルとて後悔や反省をしてないわけではないのだ。そこを責め続ける必要はないし、今はそんな暇もないわけだし、過去の反省もそこそこに大事な話をしよう。

「今一番の問題はここからどうするか……ですよね」

「まあこのままじゃ反省も活かせないもんな」

 

 現状を鑑みて俺が提案できる選択肢は二つだ。

 

 遭難の危険を押して先に進むか、街に戻って仕切りなおすか。この二つだ。

 

「…………ん?」

「…………ふぇ?」

「…………は?」

 

 俺のあげた選択肢に、なぜか三人から疑問の声が上がった。うん? 何かおかしなところでもあっただろうか? 

 

「……あの、街まで戻れるんですか?」

 

 ……? そりゃ来た道を辿れば戻るのは簡単だろう。

 

「お前、今まで来た道がわかるのか?」

 

 ……? そりゃわかるだろう。時間が経ってるとかならともかくさっきそこを歩いてきたんだから。

 

「そういえばそもそもなんでお前同じ所回ってるってわかったんだ?」

 

 ……? そりゃわかるだろう。言葉の通り、何回も同じ所ぐるぐる歩き回ってたんだから。

 

「いや待てよ! なんでお前初見の場所で道がわかるんだよ!?」

 

 ……? さっき通ったばかりの道くらいはわかるだろう。

 さすがに何日も経ってたら危ういが、今なら足跡だって残ってる。雨とかで消える前ならそれを辿っていけば元いた場所に戻れるのは確定的に明らかでは? 

 

「足跡……残ってます?」

「言われて見たら薄っすら……? いや辿れるかこれ?」

 

 余裕余裕。これでもガキの頃から狩りで山の中を駆けずり回っていたし、アルとの冒険の中でも鍛えられているから。そういうのには慣れている。

 

 だから問題は、行くか戻るかだ。

 

 俺たちに時間はない。だがそれは絶対に今無理しないといけないほどでもない。

 命を大事にして街に戻るというのも十二分にありな選択肢だ。むしろこっちが安牌ともいえる。

 

 あと一応言っておくが、今なら戻れる自信があるがこの先はわからない。もっと深くまで行って大丈夫という保証はないし、何なら雨に降られたり野生動物やら魔物やらに襲われたりとかの不確定要素も出てくる。それらを考慮に入れると戻るのなら今しかないだろう。ちなみにだが俺は戻るに一票である。

 

「戻れるんだったらテルの見覚えのあるところまで戻ってそこから仕切り直しとかでもいいんじゃないか?」

 

 それができるんならそれもありだが、できそうか? 

 

「できるとは思うけど…………正直、自信はない。最初は迷わずいけると思ってたのにこの様だし……」

 

 ふむ、正直でよろしい。甘く見積もって五分五分くらいの確率ということだな。

 

「でもここで引き返しても結局振り出しに戻るだけだろ。それに俺たちはもともと許可証をもらえたら案内人がいなくても入るつもりだったし、これくらいならまだ想定内じゃないか?」

 

 ふむ……確かに最悪俺たちだけで探索するつもりだったからそういう意味では想定内の状況なのか……? 

 いや、そうやって論点をずらして俺を説得するつもりだな騙されんぞ! 

 

「いや騙すつもりはないんだけど……」

「というか僕が言うのもなんだけどお前ら思った以上に考えなしじゃないか……」

 

 やめろテル。その言葉は俺に効く。

 

「あ、あの、試練というなら他のエルフの方がテルの様子を見ていたりはしないんですか?」

 

 ふむ……もしそういう監視役がいるのなら、テルの試練的にはよろしくはないがエルフの集落まで案内してもらえるかもしれない。セーフティがあると分かれば安心感が違ってくる。

 

「いやないと思う。この試練は言ってみれば集落に戻ってこれたら合格でそれ以外は暫定不合格ってみなされるからな。期限も特にないから試練を見張り続けられるほど僕らエルフ族も人員に余裕はない」

「えっ? 基本放置なのか?」

「というか試練に期限ないんですか?」

 

 なんか思ってた試練の感じと違う気がする……

 ちょっとエルフの試練について詳しく教えてもらってもいいだろうか? 

 

「詳しくって言ってもほとんど前に話した通りだぞ。試練を受ける子どもが大人に森の外まで連れていかれて、その後集落まで戻るだけだ」

「いつまでとかそういう制限時間とかはないのか?」

「ないよ。何だったら爺さんになって試練をクリアした人もいるらしいし」

「その試練って合格率はどのくらいなんですか?」

「言うほど低くはない。自信とか勝算があるやつが受けるから当然といえば当然だけど」

 

 うん? その言い方だと受けないやつもいるみたいに聞こえるが、この試練って絶対受けないといけないものじゃないのか? 

 

「違うな。試練は希望者しか受ける必要はない。体力とか戦闘に自信がない奴とかは受けなくてもいい。成人として認められなくても集落内で重要な仕事を担うことも少なくない」

 

 つまり爺さん婆さんになっても大人扱いされずに子ども扱いされる人もいるのか……プライドがズタボロになりそう。でもエルフ内で大人と子供の区分がそういうものだという常識が根付いているのならそこまでプライドは傷つかないのか……? 

 

「でも受けなくてもいいんならテルはなんで試練を受けたんだ? 別に成人してなくても問題はないんだろ?」

 

 プライドは結構大事な問題だと思うんだが……テルもなんだかんだプライド高そうな気もするし。

 

「……成人の試練を受けないとエルフは森の外には出れないんだ。試練を受けなくても村の重要な仕事を担えるけど、試練に受からなきゃ外と直接関わる仕事には携われない」

「えーっと……?」

 

 ゴッフの所で例えるなら、試練をクリアしてなければ、帳簿係の事務方の重要役職には就けても商会の外で仕入れだったり交渉事には携われないってことだな。もっといえば、どれだけ優秀でもトップであるゴッフの後継者にはなれない……みたいな感じだろうか。

 

「森の生活に不満があったわけじゃない。でも僕はどうしても外に出て、それでまた集落に戻ってこれるようになる必要があったんだ」

「なんか理由があるんだな?」

「聞いてもいいなら教えてもらってもいいですか?」

「…………別にいいけど。僕の姉がダークエルフなんだけど、それで……」

 

 ダークエルフ!! 実在したのか!? 果たして褐色肌銀髪巨乳なのかそこが重要……!! 

 

「ステイ」

 

 うぃ。…………ふぅ、続けてどうぞ。

 

「なんでこいつ急に興奮してんだ……!?」

「それは置いとこう。で、姉がダークエルフってどういうことだ? テルもダークエルフってことか?」

「いや違う。何で勘違いしてるのかわかんないけど、ダークエルフっていうのはある『呪い』をその身に受けたエルフが就く役職のことだぞ……ってそうか。お前らにとってこれは常識じゃないのか」

 

 何!? ダークエルフとは種族のことではないのか……!? 

 

「違うって言ってるだろ。ダークエルフは名誉ではあるけど同時に忌避されるお役目でもある。姉さんは気にしてないけど僕は気にするし『呪い』によって寿命が短くなる可能性だってある」

「名誉だけど忌避されるって、そんな役目というか仕事なんてあるのか?」

 

 普通にあるぞ。名誉かどうかは別として所謂ケガレみたいな概念なら多かれ少なかれどこの集落にも存在するだろう。

 

「ケガレ?」

 

 命、血、病あるいは死というモノは穢れているから人の生活から忌避されるべきものだという概念、考え方だ。

 例えば死体を取り扱う葬儀屋、死体の管理を行なう墓守、生き物を殺す狩人、病人や怪我人と接する医者なんかが代表的だな。

 これらの仕事は人が生活する上で絶対に必要なものではあるが、流血や命の死なんかが関わってくると人の本能的に忌避されることが多い。さらにそういったケガレに関わる人すらも接しているとケガレが染ると忌避される傾向もある。

 ま、実態は血や死体からの感染症やら本能的忌避感に尾鰭が盛大についたというだけなのだろうが……そんなことわからない時代から続いているとそれが常識やら伝統になって定着してしまうわけだ。

 

「一応言っておきますけど、教会ではそういう間違った観念は正すようにしていますよ」

 

 それでも地方の村落なんかだとそういう傾向はまだまだ強いらしい。外との交流が少ない村社会とかだとより顕著だ。

 俺たちの村でもそういった観点から命を奪う狩人である俺の家族が墓地の管理を手伝ったりしていた。まあそれでも隠れ里もかくやという村にしてはおかしいくらいにそういった偏見が少なかったのだが。

 

「そんなこともやってたんだなお前んとこ」

 

 ちなみに俺達の村での墓地の本格的な管理は神父、つまりアルの父親の管轄である…………何故知らないのだ教会の息子。

 まあそういったケガレの内容は地域によっても変わってくるわけだが……テルの口ぶりからするとダークエルフの『呪い』とやらはそういう抽象的なものではないようだ。

 

「外じゃそういう考え方もあるのか。獲物の命を奪うとか普通にあることだろうに」

「エルフ的にはあんなり共感は得ないみたいですね」

 

 話を聞いてる感じだとエルフって採集だけじゃなくてむしろ狩りももりもりするような狩猟種族っぽいからそれで忌避の対象になってたらほとんどが忌避の対象になってしまうんだろうなぁ。

 

「あの、それよりそのダークエルフの『呪い』に関しては何とかできる方策があるんですか?」

 

 たまに忘れるけどクリスって【浄化】の天恵持ちの聖女なんだよなぁ。

 

「ない。というより『呪い』を何とかして命を取り留めたらダークエルフって認定されるわけだけど。ただ森の外には最先端の技術や学問が集まる街があるって話を聞いた。そこなら僕が持つダークエルフの情報から解呪なり何らかの手段を生み出せる可能性があるんじゃないかと思ったんだ」

 

 最先端の技術や学問が集まる街……? あれれー? どこかで聞いたことあるような街だな……どこのことだろうなぁ? 

 

「いや、それ魔導都市のことじゃないか?」

「えっ!? お前ら知ってるのか!?」

「知っているというかなんというか……」

 

 俺たちそこからここに来たんだよね……って話。

 

「ええ!? それ先に言えよ!?」

 

 知らんがな。まさかテルの目的が魔導都市に行くこと、というか留学だとは誰も思わんだろ。

 

「というかそれがすぐに集落に戻らないといけない理由にはならなくないか? 何だったら先に魔導都市向かってもよかったんじゃないか?」

「何の後ろ盾もない裸一貫のどこの誰ともしれない状態と一族が色々と支援してくれる状態、どっちの方が魔導都市に行きやすいか明白じゃないか」

「それに魔導都市で研究ができるようになった後にもテルくんの研究のためにエルフとやり取りをする必要も出てくるかもしれませんしね」

 

 あとテルが知っているかはわからないが、王国と公国の関係悪化の関係で現状魔導都市と公国を行き来する船はほとんどない。これから王国との関係が回復していくと仮定しても交易便が増えるのには時間がかかるだろう。

 つまりすぐにテルが魔導都市へ向かうことはできなかったというわけだ。

 

「あと記憶が薄れないうちに試練をクリアしておきたかったんだ……この様だけどな」

 

 ああ……比較的時間の経っていない今でこれなら、さらに時間置いたらもう終わりだもんな。急ぐのも納得である。

 

「そうだ。だから戻った所で僕には後がない。仕切り直した所で状況は改善されない。だから僕は進むしかないんだ……!」

 

 そう、テルにとってはこのまま戻った所で状況が好転することはない。時間が経てば経つほどに記憶は薄れていき、試練の合格率は下がっていく。

 テルが目標を達成するためにはここで引くことはできないのだ。

 

「無茶を言ってるのは理解してる。けどそれでも頼む。このまま僕と一緒に集落まで来てくれ。お願いだ」

 

 そういってテルは俺達に対して頭を下げた。現状俺達以外に彼が頼れるものがない以上、そうするしかないのは理解できる。

 その覚悟も理解できる一方で、テルも含めた俺達の身の安全のことを考えると、テルに対して気軽に返答する事ができなかった。おそらくクリスもそうだったのだろう。

 

「わかった。行こう」

 

 だがアルは違った。俺達が黙り込んでいる間もなく、アルの口からするっとそんな言葉が出てきていた。

 

 ……ちょっと待てアル、安請け合いするのはやめろ。

 

「安請け合いをやめろって言うならそもそも酒場でテルの護衛を引き受けたこと自体そうだっただろ。それに護衛するって依頼受けた時点で責任は最後まで取らないとダメだし、そもそも働いて金を貯めてたテルを誘ったのは俺たちだ。違うか?」

 

 ぐ、ぬう……まあテルが立てていた計画を俺達の都合で早めたというのは確かだが……提案も俺達からだったし……アルが珍しくすべて正論で殴ってくる……

 

「それになにより、友だちが困ってるんだ。助けたいと思うのは当たり前じゃないか」

 

 ……………………お前、それが本音だろ。前の正論、俺を黙らせるための言い訳じゃないか。

 

「そんなことないぜ。で、どうする?」

 

 ……クリスはどう思う? 進むべきか、戻るべきか。

 

「わ、私ですか? 私は…………進むべきだと思います。テルのこともそうですけど、多分森から出たら公国側から私たちへの干渉が大きくなって身動きがとりにくくなる気がしますし……」

 

 あー……そっちもあったか……ともかくこれで意見としては3対1だな。なら仕方ない。

 

「……いいのか?」

 

 パーティ内での多数決だ。荒唐無稽なことならともかくそこで異を唱えるつもりはない。それに、俺も別に絶対に進みたくないわけじゃないしな。

 それで、何か方策はあるのか? 

 

「とりあえずテルが見覚えのある所まで少し引き返しましょう。さすがに迷ったままで進むのは危険ですし」

「ふふふ、そこからは俺に考えがある」

 

 クリスの提案はともかく、まさかのアルからの発言に疑いの視線を向けてしまう。ええー? 本当ー? それで何も考えてなかったらドロップキック叩き込むからなー。

 

「本当だって。とりあえず戻ろうぜ」

 

 そうして自信満々なアルを引き連れ俺先導で少し引き返したところでテルの見覚えのある所まで戻ってこれた。幸いというべきか思っていたよりも早くテルの記憶と一致したのでよかったのだが、ここからどうするべきか、アルの考えを聞くことにした。

 

 

 

「────ここからエルフの痕跡をお前が探して辿れば万事解決だ!」

 

 

 

 ────にっこり。

 

 

 

 アルにドロップキックが炸裂した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話

 

 考えなしに俺に負担を強いる案を投げてきたアルに一発入れた後、結局それができたなら一番いいという結論に達して過労死する未来が視えた俺は、内心荒れながらも生還するためにも意識を切り替えて職務に全うする事にした。

 

 不幸中の幸いというべきか、エルフの痕跡……正確に言えば足跡は案外あっさりと見つけることができた。

 

 というのも、痕跡を探す最中テルの足跡が俺達の足跡よりも少し違っていることに気付き、テルに確認を取るとエルフの中では一般的な靴であることが判明したからだ。

 その特徴的な足跡を念頭に置いて見渡すと、探していた特徴を持った、しかしテルの物とはサイズの違う足跡をいくつか見つけることができた。そこからは街の方向を考えつつ足跡を辿っていけば時間はかかってもエルフの集落にたどり着くことができるだろう。

 

 さすがは俺。よくやった俺。

 

「足跡の違い所か足跡自体ちゃんと見えないんですけど……さすがはお師匠ですね」

「ふふふ、すごいだろ」

「なんでアルが誇らしげなんだよ」

 

 なお足跡を辿るのに神経を集中させているのであまり会話に参加できない。悲しい。

 

 だが足跡を探して追跡しながら、周囲の警戒も怠らず、目についた森の幸を採集しつつ、狩れそうな獲物を狩ったりしていたので俺にはそういった余裕がなかったのだ。

 やることが……やることが多い……! 

 さらには魔物と遭遇すればアルたちだけに任せるのも悪いので一緒に対応したりして、本当にやることが多かった。

 

 なので休憩の時は周囲の警戒や食事の準備をアルたちに任せてだらけ切っていた。正直ここで休まないと集中力が持たないのでこれくらいは許してほしい。

 

 そして休憩時などにテルからエルフの慣習や価値観、また彼らと交流するにあたっての注意点などを教えてもらったりした。

 

 その中でも興味深かった話がエルフの信仰についてである。

 

「エルフの集落では龍神を信仰しているんですね」

 

 龍神か。自然や天災なんかを神格化した、地方においてはいろんなパターンで聞く信仰だ。神樹様なんて呼んでいたからてっきりエルフは世界樹を信仰の対象にしていると思っていたのだが……と思っていたら、逆にテルが不思議そうにクリスを見ていた。どうかしたのだろうか? 

 

「……なんか意外だな。森の外じゃクリスが聖女として所属してる星光教会ってのは信仰の最大手なんだろ? 他の神なんて認めない、みたいな反応になると思ってたんだけど」

「ひどい偏見ですね。言っておきますけど教会は他の信仰に対してものすごく寛容ですよ」

「はぁ? さすがにそれはないだろ」

 

 いや、これ本当の話である。教会は他宗教に対してだいぶ甘々なのだ。

 

 もちろん宗派にもよるのだが、教会こと星光教会の聖書にある教えは『彼の方』の言葉をもとにしたものであって、神の言葉ではない。というかそもそも()()()()()()()()()のだ。

 

「は? いや、その『彼の方』とやらが神なんじゃないのか?」

「そういう意見もあるんですが、聖書や教会に残る文献では全く()()()()()()()()んです」

 

 もちろん宗派によって『彼の方』を主神と解釈するものも少なくないが、原典ともいえる聖書には『彼の方』が神であると明記された記述は存在しない。

 そして明確な神がいない以上、他に神が存在しても矛盾にならないので、他の神を信仰していてもそれが布教の妨げにならない。

 

 もっと端的にいえば、教会の信徒でありながら他の宗教の神を信じている、というパターンも少なからず存在するのだ。

 

「…………ちょっと待ってくれ。理解が追い付かない」

 

 気持ちはわかるが、待たずに結論を言ってしまおう。

【星光教会】とは、他の宗教の『排斥』ではなく『許容』によってその信仰地域を広げ、最大手の宗教となった稀有な存在なのだ。

 

「………………それ、本当に宗教か……?」

 

 正直、俺も星光教が宗教なのかと問われると疑問である。何だったら聖書も要約すると『人に迷惑をかけてはいけません』みたいな道徳の教科書みたいな内容だからな。俺が教会を信仰する気になれない理由の一つである。

 

 だが、だからこそ他宗教との兼ね合いもつけやすく、地方としての教育にも利用しやすいので勢力拡大の一助となった……のだと思う。当時の地方としても教育や権力闘争などに利用するために吸収しようとしたら気付いた時には逆に吸収されていた、なんてパターンも多いのではないだろうか? 

困難を乗り越えて星々のような栄光へ(Per aspera ad astra)』という第一教義も、別に困難な道を選び続けろ的な意味ではなくて、『今日よりも良い明日を目指しましょう』くらいのニュアンスで、そこまで厳しいものでもない。

 そもそもとして教会の発足時期が先史文明崩壊後の、団結もクソもない生存競争激しい荒廃しきった世紀末状態だったから、こういう希望の未来を目指そうみたいな考えもあったらしい。かつての困難な日々(アスペラ)を乗り越えた結果が今の平和な日常(アストラ)だなんて説もある。

 

「外の宗教、わけがわからない……」

 

 安心しろ。俺もわけがわからない。なんでこんなに広がっているのかいまいち理解できない。箇条書きマジックに頼っても違和感が仕事しまくりである。

 

 まあ森の外でも教会による信仰の押売りなんかもないのでわけがわからなくても生きていけるさ。

 

「そうそう、俺だってよくわかってないからな」

 

 アルのわかってない部分は多分違ってるぞ。何故知らないのか教会の息子。

 

「いやいやお前が知りすぎてるだけだって」

 

 それはない。俺はそれ程大層なものではない。

 

「ちなみに龍神って?」

 

 さっきも言ったが大抵は自然現象が神格化された存在だな。特に川とかの水に関わるものが龍と同一視されて肥沃な土地を授けてくれる善神の一面と洪水など災害を起こす悪神の一面も持つ上位存在位であると考えられて、土地整備が進んでいない地方や田舎であるほどにこの龍神信仰が盛んだったりする。

 なおさすがに龍神の実在は確認されていない。かつては実際に龍を見たなんて話もあったらしいがそれらも信憑性がない眉唾物だ。ワイバーンやらの魔物を龍と見間違えた、なんて話もよくある話だ。

 また実際にそういった魔物を龍と崇めているパターンもなくはないらしい。

 

「ほら、こいつなんでも知ってるだろ?」

 

 これくらいググペディアで調べたら出てくる程度の常識だろう? 

 

「というか信徒の前でその存在を否定するのはどうかと……」

 

 でもテルはそんなに信仰しているわけじゃないだろう? 

 

「まあ確かに僕は信心深い方じゃない。他のエルフの前では口にしない方がいいのは確かだけどな。

 

 

 

 

 ────でも()()()()()()ぞ」

 

 

 

 

 …………意外だな。信じているとかならともかくテルが断言するとは。

 

「詳しくは言えない。けど、少なくとも完全な幻想の存在ってわけじゃないのは確かだ」

 

 ふーん、そうなのか。そうなのな……そうかも。

 

「…………疑わないのか? さっきまで完全否定してたくせに」

 

 いやまだ懐疑的なのは事実なのだが、悪魔の証明って言葉があってだな。存在しないものを存在しないと証明するのは極めて困難なわけだ。

 それならもしかしたらくらいに思っていた方が心構えとしてはいいと思うわけだ。

 

「というか龍なんて本当にいるんなら見てみたいよな! 考えただけでワクワクしてきた~! 今度また探そうぜ!」

 

 然り然り。こういう浪漫はアルも俺も嫌いじゃない。

 

「アルの方は嫌いじゃないなんてレベルじゃない気がするけど……」

「わ、私にはよくわからない感覚ですね……」

 

 それに万が一龍の存在を証明できたらググペディアにすら名を刻めると思えばさらにワクワクが湧き上がってこないか? 

 

「いや。それはわからないんだが。そもそもググペディアってのが何なのか知らないんだが」

 

 えっ? ご存知でない? あの『叡智の泉』ググペディアだぞ? 

 

「知らん。で、結局ググペディアって何なんだ?」

「名前は魔導都市で聞いたことがあるような……?」

「ようは魔導都市での『森の三賢者』みたいなものか?」

 

 その説明をする前に今の銀河の状況を……ちょっと待て。それよりもテルから何か気になるワードが出てきたんだが。何、その『森の三賢者』って? 

 

「いやそれよりもググペディアを……」

「エルフの中で特別視している生物のことだよ。森やエルフにとって益を齎す存在として信仰、というか言い伝えられている。お前らも森で出会ったら対応に気を付けろよ」

 

 ふむ、絶滅危惧種とかではなく神の使徒的なサムシングかな? あるいは益獣というやつか。

 

「いやだからググ……」

「まずは心技体を兼ね備えた優しき森の守護者『エルフゴリラ』だな」

 

 ゴリラ! なるほど、確かに力も知能も高いイメージがある。エルフって付いてるのはエルフにとって特別だからか? でもゴリラを崇めるエルフって想像し辛いな。

 

「ググペ……」

「次が僕たちに知恵を授ける空飛ぶ森の知恵袋『エル・フクロウ』」

 

 フクロウ! なるほど、森の狩人なんていう異名もあるから同じく森の狩猟者であるエルフからも畏敬の念を持たれているのか。でも知恵袋ってどういうこと? 

 

「グ……」

「最後にその内に秘める影響力たるや食べる可能性の塊『D・シャーケ』」

 

 シャー……待って??? 最後だけジャンルがおかしい。

 

「さらに注意しないといけないのがこの『森の三賢者』の亜種である『闇落ち個体』で……」

 

 待って?????? 

 

 

 

 ◆

 

 

 そんなエルフとのカルチャーショックに驚きながらもエルフの痕跡を追いかけ、途中テルの見覚えのある場所まで辿り着くことに成功。そこからは痕跡だけでなくテルの記憶も頼りにしながら進んでいき、ようやくもうすぐ集落という所まできたらしい。痕跡については少し気になった所もあるのだが……まあ大した事ではないので置いとくとしよう。

 

 この長かった旅路の中でテルのことについてもよく知ることができた。

 肉体労働は苦手といっていたテルだが、その肉体的貧弱さと比べると頭脳面ではとても優秀だと感じた。少なくとも今まで閉鎖されたコミュニティの中で過ごしていたとは思えないほどに柔軟な考え方を持っていて、なおかつその知識量もすさまじく、かつ貪欲に新たな知識を得ようとする姿勢も見れた。

 

 魔導都市で研究したいと言っていたのは伊達ではないのが素人目からしても理解できた。

 

 ただその旺盛な知識欲と少年特有の好奇心が相まってアルに強く影響されている気もする。アルが冒険や遺跡探索の話をしている時のテルの食いつき具合が半端ない。ついてくるならついてくるで頭脳役やらストッパー役になってくれそうで心強いのでいいのだが、それだとテルの当初の目的が果たせなくなる気がするのだがどうするのだろうか? 

 

 それに対してテルの姉についてはあまりわからなかった。

 彼女は幼いころに『呪い』に体を蝕まれ、ダークエルフになることを余儀なくされたそうだ。

 とはいえ『呪い』に蝕まれているといっても彼女は成人の試練も難なくクリアしてすでにれっきとした成人となり、今ではダークエルフとしての役目を果たしているのだとか。

 その『呪い』とやらが体にどれほどの負担になっているのかはわからないが、テルの様子を見る限りだと今すぐどうこうなるというわけでもなさそうだ。

 

 ……そもそもダークエルフの役目ってなんぞや? と、テルに尋ねてみると……

 

「簡単に言えば禁足地での活動さ。それ以上は知らない」

 

 ……とだけ返ってきた。本当に知っていることがそれだけなのかはともかくとして、少なくともあまり公言していいような事ではないようだ。

 そんな感じでしたテルが教えてくれないのでテル姉に関しては想像で補うしかなかった。

 呪いに蝕まれてるってことだし、きっと病弱なんだろう。それを弟に悟られまいと気丈に振る舞うもそれが逆に弟に気を遣わせることになる……うん、物語としてはありそう。

 まあ集落についたら教えてもらえばいいだろう。

 

「うん……ここまで来たら間違いない。集落までもう少しだ」

「ようやくか……長かったな」

「これでもまだ街からは近い方なんだけどな」

「確か定期的に集落を移動するんでしたっけ」

「森の管理のためとはいえ、面倒だよな」

「必要なことだから仕方ないんだよ」

 

 テルから事前に話に聞いていたのだが、エルフの集落はある程度のスパンを挟んで定期的に移動するらしい。

 

 エルフの役目として『森の管理』があり、この広大な森全てを見て回るのに拠点が同じ場所では遠方地での十全たる活動が難しくなり、かといって森の中でいくつもの集落を維持し続けるのも厳しい。

 そのため一定期間で集落全体で拠点移動を繰り返す。

 もちろん遠方地にも人手を派遣するが、集落周辺を重点的に管理していくのだそうだ。

 遊牧民とか移牧民なんかが思い浮かんだが、牧畜はしないらしいのでこれらとは違う気がする。こういう形態をなんと呼べばいいのだろうか……今度ググペディアで調べてみよう。

 

 ……というか、これで着いたけど集落移動してました、なんてことはないだろうか……? 

 

「次の移動はまだ何年か先だからさすがにその心配はないさ」

 

 ならよかった。まあ到着したらしたでそこからエルフとの交渉が始まるわけなのだが。

 

「まあテルもいるしそこまで邪険にはされないだろ……」

 

 

 

 

「────止まれ!」

 

 

 

 

 そんなアルの楽観的なセリフを遮るように響き渡ったその声とともに、俺達の足元に一本の矢が突き刺さった。

 

「えっ……!?」

「なんだ……!?」

「しまった……! 囲まれてるぞ!」

 

 アルの言う通り、気付けば周囲の木々の上からこちらに目掛けて弓を引いている集団に囲まれていた。

 服装からしても、地理から考えても、おそらくエルフたちだろう。うーむ……テルとあまりに友好的に過ごしていたからかちょっと気を緩めすぎたか。咄嗟に鉈を引き抜いて構えられてはいるが、構えるなら弓矢の方がよかったか……? いやさほど変わらないか。

 

 その中から一人、彼らのリーダー格と思わしき新緑色の髪の女が弓を引いたままこちらへと歩んできた。

 その鋭い視線はぶれることなくこちらを見据え、その矢先はブレることなくこちらに向けられていた。

 

「姉さん! どうして……!?」

 

 ……姉さん? 

 

「姉さんって……え!? テルのお姉さん!?」

「えっ、聞いていたよりもだいぶ元気そう……!?」

「テル、ひとまずお前も動くなよ。今は非常事態だ」

 

 悲報、テルの姉は病弱設定など欠片も見当たらない女であった。体を蝕む呪いどこ行った。

 

「さて、来訪者たちよ。危害を加えられたくなくば、まずは武器を捨てて我らの指示に従え。話はそれからだ」

 

 

 さて……状況からしてどう動くべきか、悩みどころだな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話

 

 俺達はエルフの集落にある一室にて軟禁されていた。

 

「あの……あの場でそのまま捕まりましたけど良かったんでしょうか……?」

 

 まあ最適解かはわからないが、間違いではないと思う。あの時点での状況から推測するに、あの場でエルフと敵対行動をとる必要はなかったし。まあ武器とか荷物は没収されたが。

 

「なるほど。お師匠なら全員峰打ちにすればいいやなんて考えてないかと心配してましたが……」

 

 成程。クリスは俺のことどう思っているのかよーくわかった。俺はそこまで蛮族思考じゃないと声を大にして言いたい…………まあ全方位から弓矢を向けられていなければ選択肢にはあっただろうが。

 

「間違ってないじゃないですか」

 

 だって矢でハリネズミにされるのは避けたいし……というかアルが真っ先に武器を捨てたことには驚いた。どうするか悩んでいた俺はそれに追従した形だったし。

 

「だってエルフとは敵対するつもりはなかったし、テルの家族に剣を向けるわけにもいかなかっただろ」

 

 せやかて……いやアルの場合、剣を捨てても天恵があるからいざという時でも問題ないのか。

 

「そんなことよりもっと別の話しようぜ。例えばエルフの集落についてとかさ」

「集落についてですか。ここに連れてこられるまでにちらっと見たくらいですけど……」

 

 てっきりでっかい木を加工して家にしてるイメージだったけど、どっちかというとツリーハウス的な感じだったな。パッと見た感じ普通のツリーハウスと違って木材よりもテントみたいな布地がメインみたいだったけど。移転する時のために纏め易い素材を使用するようにしているのかもしれない。

 

「そういうあたりはあんまりわからないけど、あんまり見たことない感じだし、なんかこう、ワクワクしてくるな」

 

 わかる。

 

 

 

 

「────随分と気楽なものだな。こうして見張りがいるというのに雑談など」

 

 

 

 そんな俺たちの雑談に口を挟んできたのがこの部屋にいる()()のうちの一人であるエルフ、テルに姉さんと呼ばれていた、俺達を囲んでいたリーダー格っぽい緑髪の女だった。

 俺達三人の見張りを一人で任されている辺り、その実力はエルフの中でも高く信頼されているのだろう。少なくとも先程手にしていた弓を扱いやすそうな体型ではある。

 

「テルの姉ちゃんはテルの所にいなくてもいいのか?」

「テルは今お前たちの事情を聴かれているだろう。肉親である私がそこにいた所で私情を挟んだなどと思われるわけにはいくまい」

 

 ちなみにテルは俺達とは別に連れていかれている。おそらく俺たちの素性に関して確認されているのだろう。

 それにしても、ふむ…………

 

「……なんだ? 何か言いたそうな目をして」

 

 いや、それはつまりテルに対してちゃんと情は持っているわけだ。よかったよかった。

 

「むっ? ……………………お前たちには関係ないことだ」

「あ、誤魔化した」

 

 というか気になっていたのだが、もしかしてテルのお姉ちゃん、俺達のこと定期的に監視してなかった? ここまで来るために俺が辿ってきた痕跡がやけに新しかったというか、見つけやすかったというか、わざとらしかったというか……

 

「…………何を言っているのかわからないな」

「……見つけやすかったって言ってるけど、クリスは見えたか?」

「いえ全く」

 

 まあここで俺の言葉に疑問やツッコミ入れない時点で痕跡辿ってきたのがエルフのテルじゃなくてよそ者の俺だって知っている証明になるんだが。

 

「あっ……確かに、普通に考えればテルさんが集落までの道案内をしたと考えるのが道理なわけだから……」

「……………………」

「あれ、でもテル曰く、試練に監視とかはつかないんじゃなかったっけ?」

 

 らしいが、テルは肉体労働苦手だったみたいだし、その辺りを知っていたら心配するのも自然じゃないか? そういえば、そこのテルの姉は少なくともテルに対する情をちゃんと持っている家族想いのお姉ちゃんなわけで……

 弟想いの姉……肉体労働苦手な弟……命懸けの試練……

 

「あっ」

「『あっ』とはなんだ、『あっ』とは!?」

「す、すみません! でも……」

「これ、どう考えても弟が心配で様子を見てたってことじゃないのか?」

「っ……! ち、違うぞ! 違うからな!!」

 

 またまた~、別に誤魔化さなくてもいいんだぞ、お姉ちゃん♪ 大好きな弟くんが心配でいてもたってもいられなくなったんでしょ。ほほえましいねぇ、クスクス!

 

「…………ッッッ!!」

 

 む、そんな怖い顔をしてどうしたというのか……その握りしめた拳で何をしようというのだね……どうしてこっちに向かってきているのん……へぶしッ!? 

 

「お待たせ、長老たちがお前たちを呼んでこいって……って何してんだよ姉さん!?」

「放せテル!! もう一発!! あと一発だけ殴らせろ!!」

 

 ま、前が見えねぇ……! 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 俺達は軟禁されていた一室からテルとテルの姉に連れられて別室、というか別の家屋へと案内されていた。

 

「さて、あんたたちが外からの客人かい……なんで一人顔を押さえとるんじゃ?」

 

 そっちのゴリラエルフ娘に一撃食らいましてねぇ……俺の顔、潰れてない? 

 

「そう褒めるな」

「え、今の誉め言葉と取るんですか?」

「クリスが治したから大丈夫だって」

 

 褒めてねぇ。治してもらったはずなのにまだ潰れてる気がして目が開けられねぇ……!

 

「ふむ、珍しいね。堅物のあんたが言いつけを破るなんて」

「申し訳ありません。此奴から悪意を感じましたので」

 

 悪意なんて大げさな。ちょっとからかっただけじゃないか。というか沸点低すぎる上に手が出るの早すぎて俺びっくり。

 ……ところで長老の元にって言ってたのに聞こえてくる声が()()の声なのはどうしてなんだ? 

 

「幼子とは失礼なことを。ロリー婆はハイエルフの中でも最年長で一番発言力も高い、実質的な指導者だぞ」

 

 ハイエルフ! ……と森に入る前の俺ならば騒ぎ立てていただろうが、すでにテルからハイエルフが種族ではなく役職であることを聞いている俺に隙はない。

 テルから聞いた話では、ハイエルフとはエルフの主導者的立場の役職で、具体的に例を挙げれば族長やその補佐役、その後継者たちをまとめてハイエルフと称するとのことだ。

 エルフの舵取り役であり、公国との交渉もハイエルフの役目であるので、コミュ力や外の知識を取り入れる知力、また大森林を踏破できるくらいの実力も兼ね揃えていないとなれない役職らしい。テルが言っていた長老という表現がぴったりかもしれない。

 

 そんなエルフの中のエリートであるハイエルフの最年長ロリー婆…………婆? え? どう聞いても幼女の声なんだが? え? クリスちょっと顔早く治してくれない? 

 

「だからもう治ってます」

 

 そうだった。クリスの治療を信じて恐る恐る目を開き、声の出所から推測してハイエルフ婆さんに目をやる…………が、どう見ても幼女にしか見えなかった。

 

 ……アイエエエ! 幼女!? 幼女ナンデ!? 

 

「騒ぎ立てるんじゃないよ。ちょっとばかし他の奴らより見た目が若いってだけだろうに」

 

 ちょっと……? ここにいる他の推定ハイエルフが年齢層高めな見た目をしている中で明らかに浮いているんだが。というかテルの妹って言われた方が信じられるくらいなんだが。え、本当に最高齢なんです? つまり、物語で語られる長命種エルフは存在する……ってコト!? 

 

「そんなことより、だ。時間もないことだしお互いの自己紹介は省かせてもらうよ。端的にそちらの要件を聞こうか」

 

 俺の戸惑いなど知ったことではないとでもいうように、幼女もといロリー婆はこちらに鋭い視線を向けて問いかけてきた。

 この問いに関して答えるべきは俺達ではない。なので黙して彼女が答えるのを促した。

 

 

「私たちはこの森に来た空を飛ぶ船、飛空船の行方を追ってきました」

 

 

『────────』

 

 

 クリスのその発言に、エルフたちは一瞬ざわついた。

 ロリー婆さんの一瞥でそのざわつきは瞬時に収まったものの、エルフとして今の発言に意識せざるを得ない何かが含まれていたのだろう。

 

「ふむ……何故空飛ぶ船を追う?」

「捕らえねばならない輩がいるからです」

 

 そこからクリスは俺達の辿ってきた旅路を説明していった。

【穢れの瘴気】を操る道具を持ち、王に成り代わり、世界に宣戦布告しようとしたエルロン一派の話を。

 それに巻き込まれ、見過ごせず、対抗しようとしている俺達の話を。

 時間がない故に端的ではあったが、こちらの置かれている状況を包み隠さずエルフたちに提示した。

 

「……私たちからは以上です」

「ふむ…………あんたは、我々エルフがあんたたちの敵だとは考えなかったのかい?」

 

 ロリー婆さんの指摘は正しい。もしもエルフがエルロン一派に組していたのならばこちらの情報を一方的に相手に渡したことになる。彼らは今から『事情はわかった。だが死ね』と行動に移すこともできるわけだ。

 もちろんクリスとてそれを考えていなかったわけではないだろう。だが彼女はあえて全てを話すことにした。その理由が何なのか、俺も聞いておきたい。

 

「可能性としてはゼロではないと思っていました。ですがこの集落についてからの私たちへの対応を考えればそうでない可能性の方が高いように思えました。なのでこちらの事情を全てお話しました」

 

 そう、もしエルフ側が敵であれば投降した俺達が軟禁で済んでいること自体おかしいのだ。荷物類は没収はされたものの場合によってはこちらに返す意思はあるようだし。

 それに先ほどロリー婆が言っていたテルの姉が破ったという『言いつけ』も、おそらく俺たちに手を出さないようにというものだったと推測できる。エルロン一派であればクリスはともかく俺とアルに対して身の安全を確保する必要はないはずだ。

 その辺りを加味すればエルフがエルロン一派ではないと考えた方が自然である。その辺りをクリスも理解していたが故にこちらの情報を公開したのだろう。

 

 これは、一種の賭けだ。短慮と言われれば否定できないが、それでも分の悪くない、十二分に勝算のある賭けであると俺も思う。

 

「こちらも悠長にしている時間はありませんので単刀直入に訊きます。貴方方にとって飛空船の一派との関係性はどういったものでしょうか?」

 

 その上でクリスはエルフたちに対して答えを求める。万が一のために備えて俺とアルはすぐに動けるように意識を張り巡らしていたが……

 

 

 

 

「我々エルフにとって、そいつらは────────敵だ」

 

 

 

 

 …………その必要はなかったようだ。

 

「空飛ぶ船は唐突に現れ、我らエルフの聖地へと土足で踏み込んだ。こちらとしても対処はしたいが掟によって聖地に足を踏み入れる者は限られておる。奴らを排除するための手が足りんのだ」

 

 どうやらエルフにとってエルロン一派は明確な侵略者というわけだ。しかし聖地とやらに奴らの求める何かがあるということなのだろうか……? 

 

「なら俺達も力を貸すぜ。大事な場所なんだろ?」

「馬鹿を言うな。我らの中でも限られた者しか入れない場所に貴様らを入れる道理はないだろう」

 

 アルの提案をテル姉が即座に否定する。まあ部外者に踏み入られて対処に困ってるのに新たに部外者を招き入れるわけないわな。

 

「その通り。なんだが、ふむ……」

 

 だがロリー婆はテルの姉の言葉に何かを思案するような素振りを見せ、そしてこう言った。

 

 

「あんたらなら特例で条件付で認めてやってもいいよ」

 

 

「ロリー婆!? 一体何を言っている!?」

 

 ロリー婆の言葉に声を上げたテルの姉だけでなく他のエルフ連中もざわつき始めた。どう考えてもこれは異例なことだと簡単に察することができるが、しかし条件とはいったい……さすがに無理難題を押し付けられるのはごめん被るのだが。

 

「そう難しいことじゃないさ。そこのミラ率いる一団と行動を共にすること。どうだい、簡単なことだろう?」

 

 ミラ? 一体誰のことだろうか。そう思いロリー婆の視線の先を追うとそこにいたのはテル姉だった。

 

「あんた、ミラって名前だったのか」

「名乗る必要はなかったからな。とはいえ、今となっては自己紹介くらいは必要か……」

「そういえば私たちもまだちゃんと自己紹介していませんでしたね」

 

 まあそんな時間がなかったからな。

 

 

 

「我が名はミラ。エルフの戦士にしてダークエルフのミラだ」

 

 

 

 ……きりっと自己紹介しても俺の顔面物理的に潰したことは根に持つからな。

 

「あれは貴様が……いやそれよりも、どういうつもりだロリー婆!? 禁足地に部外者を踏み入れさせようなどと、掟に反している!」

「あんたは固いねぇ。こういうのは臨機応変に対応しないといけないよ」

「であればまずは他のエルフの戦士から許可を出すべきではないか!」

「聖地がどうして禁足地となっているか、知らないあんたじゃないだろう」

「なら何故此奴らには許可を出そうとしている!?」

「そいつら()()()()()許可を出してもいいと考えたのさ」

「それは、どういう……!?」

「それよりも、まずはするべきことをしないとね」

 

 ミラの追及も遮ってロリー婆は俺達に視線を向けてきた。一体何をしようというのか、思わず固唾を飲む。

 

「――――お客人、非常時とはいえ手荒な真似をして申し訳なかった。この通りだ」

 

 そう言ってロリー婆が俺達に頭を下げると、それに追従するようにミラを始めとした他のエルフも俺達に頭を下げた。

 

「あ、いえ。そちらからすれば当然のことだと思いますので、そこまでお気になされずともかまいません」

「お心遣い、感謝するよ」

 

「……別に俺達気にしてないから頭下げられるのも変な感じするよな」

 

 だとしても、一族の長として形式として謝罪を行なう必要がある。それが後々問題になる可能性もある以上は仕方ないことだ。

 まあ俺たちはただそれを受け止めておけばいいだけのことだ。それが相手のためにもなる。

 

「そんなもんか……」

 

 それよりも、だ。まずはその聖地とやらがどこか明言してもらおうか。とはいえ大体の予想はつくのだが。

 

「え? どこだよ?」

 

 いや……よそ者の俺が察し付いてるって時点で予想できるだろうに。

 

「まあおそらくあんたの予想通りさ。私らエルフの聖地とは神樹様……あんたたち風に言えば、【世界樹】さ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話

 エルフたちと和解した俺達は、ミラを始めとしたダークエルフたちと苦楽を共に分かち合いながら集落からさらに移動して件の場所までやってきていた。

 

 

「あれが、世界樹────!」

 

 

 まだまだ距離が離れているというのに目の前にあるかのような圧倒的な巨大さにして存在感はすさまじいものだ。

 というか世界樹の周辺が見渡す限り開けているというか、木々どころか植物が全く生えていない不毛地帯なんだが……これはあれか、巨大すぎて周りの植物の育成を阻害しているのか……? 

 

「違う。それが周囲に植物が生えていない理由ではない」

「……違うのか?」

「日照や大地の栄養状態が関係しているなら不毛地帯がもっと広範囲に広がっている」

 

 確かに。何せ森の外のさらに海の上からでも目視ができるほどのデカさなのだ。その影の範囲も目に見えない根っこの範囲も相当なものであることは想像に難くない。

 

「命が育たない理由が別にある。ここは聖地ではあるが()()の染み着いた忌地でもあるからだ」

 

 呪い? 聖地なのに呪われているのか? おかしくない? 

 

「その辺りの説明は後にしよう。今はまず連中に関してだ」

「あ、あれ見てください! 飛空船が何艇も世界樹の傍に停泊しています……!」

 

 クリスの指摘通り、世界樹の傍に見えるだけで3艇の飛空船が着陸している。

 森の真っ只中でどこに飛空船を着陸させているのかと思えば、世界樹の周りには何もないので停め放題とか、予想外にもほどがある。無断駐車とか許されざるよ。

 

「それで奴ら、世界樹に何してるんだ? 別に樹液吸ってるわけじゃないんだろ?」

 

 樹液吸うって、虫じゃあるまいし……いや世界樹の樹液の効能知らないから完全否定できないけど。

 ちょっと待ってろ。今ちょっと『遠視』の魔法で見てみるから…………うん? 

 

「どうした? まさか本当に樹液吸ってたのか?」

 

 樹液から離れろ…………奴らに関することじゃないんだが、普通に遠目から見ている分には気付かなかったが、『遠視』で拡大してみるとおかしな点に気付いた。

 てっきり世界樹は一本の樹木が天に向かって真っすぐ生えているとばかり思っていたが……よくよく見てみるとそうじゃないように見える。

 まるで巨大な樹木が、()()()()()()()()に巻き付いているような……

 

「その通りだ。大本が一本の大樹であるのは間違いないが、それらが幾重にも巻き付いて今の形となっている」

 

 つまり、俺たちが世界樹と呼んでいた物は、巻き付く大樹と支柱のような()()によって構成されている……? 

 

 

「そしてその大樹こそが、我らエルフが神樹様と呼んで信仰している()()ユグドラシル────その()()だ」

 

 

 ふぁっ!? 龍神……!? 

 

「え!? あの樹、ドラゴンなのか!? ドラゴンのイメージと全然違うんだけど!?」

「でも聖骸ってことは、もう亡くなって……?」

 

 あ……、つまりテルが言ってた龍は実在するってのはそういうことか。

 あれが本当に龍なのかは俺には判断できないが、エルフたちはあの大樹を龍の骸と見立てて神樹様と呼称して信仰の対象としているわけだ。ここまでデカい樹ならそういう見立ての対象になっても不思議じゃないし、何なら本当に龍だったとしてもおかしくはない。

 ……なら、そもそもとしてその龍が巻き付いている()()は一体何なんだよ……? 

 

「我々も伝承でしか知らないが、かつて人々が禁忌を犯し、それを諫めるべく現れた龍神ユグドラシルがその身を挺して災厄を封じ込めたという。その災厄というのが、神樹様の陰に隠れている天を衝く塔の事を指すのだろう」

 

 天を衝く塔……推定先史文明の遺産……軌道エレベーター的なものだろうか? 先史文明がそこまでの科学力があったかはわからないが、それくらいしか思い浮かばない……飛空船という前例もある以上十分にあり得る。

 

 

「故にこの地は、我らが崇める龍の骸のある聖地にして、人の罪禍を象徴する禁忌の塔のある地として忌避される禁足地なのだ」

 

 

 はえー……信仰の対象と忌避すべき対象が絡み合って一体化しているとか、エルフの心境は複雑だろうな。

 

「でも骸ってことはもう特別な力とかはないんじゃないのか?」

「いや、骸となってなおかの神樹様の力は健在で、かつて草一つ生えない不毛の地だったというこの地も今や大森林と呼ばれる程の、多くの命が育まれる地となったという」

 

 うーん、この辺りもファンタジーだな……だけど骸の状態でそんな力があるのならあの大樹が本当に龍のような超常の力を持った存在だったとしてもおかしくない。俺もあれが龍だと認識しておこう。

 

「ではエルロン殿の狙いはその龍神の力にあるんでしょうか?」

「いや、どうやら彼奴等の目的は神樹様ではないらしい。むしろ神樹様が封じている【罪禍の塔】の中に足を踏み入れている所を見ると、狙いは塔を始めとした遺物のようだが……かつての人の罪を再び掘り返そうなどと、罰当たりにも程がある」

 

 確かにミラの言う通り、巻き付く大樹の隙間辺りに見張りが立っているのが見える。おそらくあの隙間から中に入ったのだろう。それを確認した後、ミラの顔を見るとまるで苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 まあ信仰の地に土足で入り込まれて災厄が封じていると伝えられている場所を荒らされているのだ。ケンカどころか戦争吹っ掛けられたようなものである。そんな顔になるのも仕方ない。

 

「ああそれと先程の説明に戻るが、この辺りは罪禍の塔の影響で【呪霧】も多く吹き出る。注意しろ」

 

 待て待て。新情報が多すぎるんだが。なんだ【呪霧】って? 

 

「あの罪禍の塔から漏れ出す呪いの霧だ。一度蝕まれればその在り方は歪められ、命を落とすか、異形の化物(ケモノ)と化す。【呪霧】の発生は神樹様の御力によって抑えられているが、それでも完全ではない」

 

 さっき言いかけてた世界樹の周りに植物が生えてない理由ってそれか。

 

「そうだ。この周辺の土地は【呪霧】によって汚染されている。我らエルフも役目である森の管理も、汚染された木々や生物の発見・駆除こそが主目的なのだ」

「それがエルフが森を管理する理由なのか……ん? あれ、その言い方だとこの周辺以外でもその【呪霧】ってのが発生するみたいに聞こえるんだけど」

「そうだ。罪禍の塔を中心に近いほどに森の大部分で発生する可能性が高くなる。この辺りは特にだが、森の全域で遭遇する可能性がある。確率は低いがな」

 

 思っていた以上にこの森が危険地帯すぎて笑えないんだが……

 

「とはいえ、【呪霧】が頻発するこの周辺はともかく、頻度が少ない森や土地は龍神の御力によって徐々に除染されていく」

 

 本当に神樹様様だな……信仰する理由もわかるわ。

 

「というかミラが俺達が来るの反対してた理由がちょっとわかったけど、ミラ達も危なくないか?」

「問題ない。我らダークエルフは既に一度【呪霧】に侵されている。少なくとも異形になることはない。だからこそ禁足地に立入を許可されているのだ」

 

 そういえば、ゴリラパワーに気を取られて忘れてたけどミラは呪いに侵されているってテルが言ってたな。それがそういう意味だったとは……

 

「いや待てよ。侵されたら基本死ぬって言ってたのにどうやって助かったんだ?」

「エルフに伝わる秘薬がある。【呪霧】に侵された際にすぐにこれを服用すれば、運が良ければ助かる」

 

 博打だなぁ……とはいえ避けられない死を博打にできるだけでも相当すごい代物なのだろうが。

 

 つまり、あの世界樹の内側の塔に踏み入れるのはすでに呪いに侵されて敵性存在になる心配のない者だけで、それを『ダークエルフ』と呼称しているわけか。

 

 そしてエルフはそうしてまであの塔に入らなければならない理由がある、と。

 

「いや、そこまでの理由はない」

 

 ないんかい。

 

「確かに我らはあの塔にも踏み入るが、それは【呪霧】の発生源たるあの塔で明確な異常がないかどうか確認するためでそれ以上の理由はない。我らとてあの塔に関して殆ど知らぬのだ」

 

 まあエルフとしては何か異変が起きてないか把握しておかないと森の管理にも関わってくるから仕方なく、といった所なのだろう。というか過去の罪に触れることもできるだけ避けたいというスタンスだったと予想できるし、知らない相手に吹聴するなんてこともなかったと思われる。

 

 ……逆に言えば、なんでエルロン一派はあの塔の事を知っていたのか、ということになるな。

 

 こうして近くまで来ない限り世界樹の中心に先史文明の遺産が聳え立っているなんて気付きも思いもしないだろう。

 

 だが奴らはこの場所に集結してきている。最初からそのつもりだったかのように。

 

 そもそも先史文明に関しては最近になってようやく学問の最先端である魔導都市の考古学者であるモーティスによって解明され始めた所だ。世間一般どころかこの部門の最先端でも知りえないことをエルロンたちが知っているとなると、エルロン一派か教会の上層部、少なくともこのどちらかに秘匿された先史文明に関する情報が伝えられていると考えざるを得ないだろう。まぁた教会がクロくなってきたぞぉ……! 

 

「……正直、私は貴様らがあの地に踏み入るのに賛成したわけではない。我らは最悪命を落とすだけだが、貴様らが呪いに侵されれば敵が増える可能性もある」

「ミラ達が命を落とすリスクもどうかと思うんだけど」

 

 アルの言うことも尤もだが、ミラは俺達が【呪霧】に侵されて敵になることを危惧してるんだと思うぞ。アルの言うことも尤もだが。

 それはさておき、ここで問答をした所で今から帰るわけにもいかない。かといってリラたちが納得しないままだと些細な所で躓くことになりかねない。納得は全てに優先するともいうし、何とかしたい所なのだが……

 

「────それに関しては大丈夫だと思います」

 

 そんなミラの懸念に対して反論を挙げたのは、意外にもクリスであった。

 ふむ? その心は? 

 

「話を聞いた限りだとおそらくですが、その【呪霧】というのは【穢れの瘴気】と同じ物だと思います。そうであれば少なくとも侵される前なら私の【浄化】で無効化できるでしょう」

 

 ああ、言われて見れば確かに。侵されれば命を落とす、あるいは異形化する、理性を失う……特徴は一致している。かつてクチーダが持っていたペンダントと同様の道具を他にも所持しているのなら【瘴気】の温床とも言える塔の中でも安全に行動できるだろうし、納得しかない。

 

「おそらくロリー殿もそれに気付いたからこそ、許可を出してくれたのでしょう」

「成程……それが事実だとするなら、あの【呪霧】を完全に防ぐことができると……【浄化】の天恵とは凄まじいのだな」

「私としてはエルフの薬の方が気になります。外では【瘴気】に侵された時点で基本どうしようもないのが実態ですから」

 

 ふむ、どうやらミラの納得を得られたようで何よりである。

 しかし【呪霧】と【穢れの瘴気】が同じ物だとすると、何故この罪禍の塔とやらがその発生源になっているのだろうか? 

 この塔が【瘴気】の発生源だとするなら、全国で発生する【瘴気】はここから出ているのか? あるいはまた別の発生源が…………? 

 

「で、どう動くんだ? 突っ込むか?」

 

 ……と、アルの提案で思考の海から引き戻される。

 さすがにそれはやめろ。猪すぎる。

 

「彼奴等は天恵持ちが多い。そのため何度か攻勢をかけているものの我らも攻めあぐねている。その間に奴らの一部は塔の中を漁っているようだ……見張りの話ではまだ一度も外には出てきていないようだが」

 

 うへぇ。ちなみにダークエルフ衆に天恵持ちはいるのか? 

 

「いない。というか天恵持ちなどそういないだろう。外では違うのか?」

「外でもそんなにいませんよ」

「俺達は三人とも天恵持ちだけどな」

 

 流浪の旅人、三人中三人が天恵持ち。うん、おかしいな。さらに言えばその旅人の内の一人は王国の姫にして教会の巫女である。うん、ものすごくおかしいな。

 

 ……話を戻そう。

 

 さすがに俺達とダークエルフ衆だけでは奴らに正面から挑んでも数的に勝てないだろう。しかもここは【瘴気】が湧き出る危険地帯だ。降り注ぐ【天恵】と湧き出てくる【瘴気】どちらにも気を付けながら全戦力を投じる前哨戦などできれば避けたい。

 

 

 なので少数精鋭による塔への潜入を提案する。

 

 

 奴らの頭を叩けば奴らも投降するか逃走するかするだろう。質も量も負けているのなら頭を叩くのが鉄則である。

 

「発生源だという塔の中にも【瘴気】が満ちている可能性も考えると私は確実に行くべきですね」

「だったら俺達が塔に突入するってことだな」

 

「待て」

 

 ここでこのまま採用されそうだった俺の提案にミラが待ったをかけてきた。

 この流れからすると……ミラたちはまだ俺らの事が信用できないと? 

 

「貴様らの実力も人となりもここまでの道程でそれなりに理解したつもりだ。そこを疑うつもりはない。だがロリー婆の提示した条件を考えれば貴様たちだけで行かせるわけにはいかない」

 

 その辺りは柔軟に対応すればいいと思うのだが上司から指示されたことはちゃんと守ろうとするとは、やはりミラもだいぶ堅物の真面目ちゃんである。

 

 

「なので私も貴様たちに付いていく」

 

 

 ……と思ったら柔軟な対応策を用意してきていた。

 

「ミラが抜けてそっちのエルフたちは大丈夫なのか?」

「私がいなくとも部隊は動ける。それとも私の実力を信用できないか?」

 

 こちらもミラの実力もよーくわかっている。端的に言って超強い。弓とか男の俺でも引くのキツイのを使ってるし、弓の技術もちょっと理解できないレベルだし、森の戦士というだけあって斥候役もできるし、近接戦も当然のように強いし…………俺の上位互換といっても過言ではないくらいには強い。

 

「それで、どうやってあの塔まで行くつもりだ?」

「どうって……徒歩で?」

「言い直そう。敵に見つからずに塔へ向かう方策はあるのか?」

「…………ちなみにもし見つかったら?」

「こちらの放った矢の雨を薙ぎ払ったり、遠く離れた我らを狙撃してきたりする敵の様々な【天恵】が絶え間なく襲ってくるぞ」

 

 それは絶対避けたいな。考えるだけで嫌になる。

 

「で、あるのか?」

 

 ミラを始めとしたこの場の人間の視線がこちらに向けられる。どうして全員俺に意見を聞くんですかねぇ……? 

 

「短い付き合いだが、我らとて貴様たちの中で誰がそういう役割を担っているのかはわかっているつもりだぞ」

「で、あるのか?」

 

 むう…………一応、方策がないわけではない。方策といってもよくあるオーソドックスな方法でしかないのだが……

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そして、俺達四人は何とか見つかることなく大樹の中の塔へと侵入することに成功した。

 

「俺からしたらただ迂回して走ってきただけなんだけど、意外とバレないもんだな」

「変化は単純ですけど、効果は大きいですね。その魔法」

 

 周囲の景色に紛れるように保護色となる『迷彩』の魔法だ。とはいえそこまで高度なものじゃないから多分相手の視界に入った時点で違和感を抱かれてすぐにバレそうなものだが……

 

「そのためのダークエルフ衆による陽動だ」

「彼らは大丈夫でしょうか……?」

「深入りはしないよう言い含めてある。心配は不要だ」

 

 俺達がとった方策とは単純明快、エルロン一派がダークエルフ衆の陽動に気を取られている間に別方向から『迷彩』の魔法をかけて一目散に塔の中へ入るというものだ。

 エルフ衆にも無理はしないようにと伝えてはいるものの、すぐに撤退すると怪しまれるからある程度交戦する事になるだろう。被害が少なければいいのだが……他人の心配をしている場合でもない。

 

「彼奴等がここに居座ってから多くの時間が経っている。その間にどれだけ掌握されたのかはわからないが、油断は禁物だ」

 

 そう。ここはすでに敵地なのだ。気を引き締めていこう。

 

「そうだな。それにしても中に入って改めて思うけど、樹の中にあるとは思えないくらいに機械感がすごいな」

 

 それは確かに。外を覗けばすぐ先に新緑が広がっているとは思えないほどにメカメカしい。未来感というかSF感が半端なくてジャンル違いな気もしてくる。

 巻き付いている大樹で光はほとんど入ってこないだろうかてっきり暗いと思っていたのだが、室内に明りが灯っている。動力は止まらず起動しているのか……? 

 

「いや、以前も灯りは点いてはいたがここまで明るくはなかった。普段はもっと薄暗く、【呪霧】の事もあって松明が手放せなかった程だ」

 

 つまり先に侵入しているエルロンたちによって照明が点けられている……動力を回復させているということか。

 それにしてもおそらく非常灯なのだろうが、それが途方もない年月メンテナンスもなしに作動し続けていた辺り、先史文明のレベルの異常なまでの高さが窺える。

 

「む、注意しろ。敵は空飛ぶ船の侵略者だけではない。この塔内部にも元々存在している。ちょうどこちらにやってきているようだ」

 

 言われて見れば、何かの駆動音にも似た音が聞こえてくる……? こっちに近づいてきているな。

 

 警戒しつつ待ち受けていると、その音源が俺達の前に姿を現し、そして…………俺は驚愕した。

 

 

 

『────侵入者ヲ排除シマス』

 

 

 

 金属でできた体躯……中心の塊から四方に繋がった脚部と上部に突き出された頭部……脚部を動かさずにスライドするかのように進んでくる移動方法……同時に現れた寸分違わぬもう一体……そしてこの不自然極まりない合成音声……間違いない……! 

 

 こ、こいつは、ロボッ────

 

「ふッ!!」

 

 ────ットぁあああああっ!? 

 

 俺の興奮収まらぬ間に推定頭部に矢が突き刺さり、二体とも沈黙した。

 

「て、鉄の塊が独りでに走ってきた……」

「この塔内部を徘徊し守護している警備兵のような物体だ。我らは『鉄獣』と呼んでいるが、生物ではなくかつての文明によって生み出された道具のようだ」

「いわゆるロボットって奴か。物語とかでは聞くけど実物を見るのは初めてだぜ……ってなんでお前そんなにヘコんでるんだよ」

 

 だってここまでロボロボしい野生のロボなんて初めて見たから……

 

「こんな感じのならニアの鎧だってそうだろ」

 

 あれは野生じゃないだろうがッ! 

 

「ええ……」

「安心しろ。あれはいくら狩ってもいなくならないくらいに数が多い。すぐにでも嫌になるほど目にすることになるだろう」

「それ、安心できませんよ」

 

 …………ふぅ……落ち着こう…………………………………………………………すまない。気を取り乱した。

 

「落ち着くまで長くないか?」

「ちゃんとしてくださいね」

「今の鉄獣以外にも闇落ち賢者たちも出てくるのだ。気を付けろ」

 

 

 わかっ…………なんて??? 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話

 

 エルフの森の闇落ち三獣士を連れてきたよ! 

 

「エルフの森の闇落ち三獣士?」

 

 闇を纏いし呪詛使い『ミミズァーク』! ────知恵の嘴を閉ざし羽角から呪詛を飛ばしてくるぞ! 金属製の羽角はどことなく可能性の獣を彷彿とさせてくる! 

 

 被食なる侵略者『P・シャーケ』! ────相手の脳に寄生して操るために食べられようとしてくるぞ! これシャーケ自体何かに寄生されてるのでは? 

 

 鋼鉄の狂戦士『アーマードゴリラ』! ────鋼鉄の体躯は絶大なるパワーを発揮するぞ! そのパワーはなんと純正ゴリラの0.8倍! 

 

 

 なのでミミズァークは呪詛をクリスが魔法で防いでいる間に射殺し、P・シャーケは遠くからアルの天恵で消し炭にして、アーマードゴリラは生粋のゴリラなエルフ、ミラによって完封した。

 

 というかサイボーグなゴリラを苦も無く完封するって、人としてどうなの……? 

 

「所詮アーマードゴリラはゴリラの誇りを捨てた落伍者だ。恐れるに足らん」

 

 なんだよゴリラの誇りって……

 しかし森の賢者の成れの果てがアーマードってどういうことだよと思っていたが、この塔が関連しているのなら納得でき……でき……できそ…………うん。

 

「百面相してるところ悪いんだけど、ここからどうする?」

「鉄獣や闇落ち個体との戦闘で彼奴等にも我らの侵入を悟られていると考えた方がいいだろう。全てを相手にしている余裕はない」

 

 俺達の目標としては奴らの頭目だろうエルロンの打倒もしくは捕縛だ。つまりまずはエルロンを探す必要があるわけだが……

 

「この塔を上るのはとても大変そうですね……」

「天を衝くなんて言われてるくらいに高いもんな……」

 

 ちなみにミラたちエルフはどの辺りまで足を踏み入れたことがあるんだ? 

 

「おそらくだが中腹までも行けていない。10階程度なら上にいく道があったのだがそれより上層に向かう術がないのだ」

「え!? じゃあどうやって上に行くんだよ!?」

 

 冷静に考えてこれほど高い建物の移動手段が階段とかの徒歩しかないとは思えない。おそらくだが、階層移動のための装置がある。動力が復活しているのならそれらも使えるようになっている可能性が高い。

 

「それってワープ装置みたいなやつか?」

 

 それは……正直わからないが、少なくともエレベーター的な物はあるのではないか? 

 

「だがそこで待ち構えられる可能性も高いのではないか?」

 

 その通りだが、自力で塔を上り続けるのも現実的じゃない。一番上までいくだけで数日かかるのはできれば避けたい。

 いや待て…………逆に、地下にいるとかに可能性はないだろうか……? 

 

「地下? なんで地下?」

 

 こんな高い塔だし頂上とか上の方に何かあると思っていたんだが、奴らの狙いが頂上にあるなんて限らない。

 逆にこれほど高い塔であればその分地下にも伸ばして支えにしていてもおかしくないし、それならその部分を何らかの施設に利用していてもおかしくはない。

 

「地下があるかもという理屈はわかったが、そこに彼奴等がいるという根拠にはならんな」

 

 それはごもっとも。とはいえ上にせよ下にせよ暫定の目標地点もなくこのまま闇雲に右往左往するのはやめた方がいいのは確かだ。

 一番いいのはこの塔内部の地図というか見取図が見つかればいいんだがな。

 

「地図ですか? そんな都合のいいものがあるんでしょうか……?」

 

 俺達にとっては未知のダンジョンだが、当時の人類が普段から利用する建物だったと考えれば塔内部の地図くらいあってもおかしくないだろう。

 

「そうなのか? じゃあクリスの城にも城内の地図が貼ってあったり?」

「目につく所にはないです」

 

 そんな城みたいな重要人物が集まる重要施設と比べられても困る。

 

「貴様はここが重要施設ではないと思っているのか?」

 

 ……………………か、簡易的な物ならあるかもだから……! 

 

「そうだとしてもパッと見つかる場所にはなさそうですね」

「なあ、今の段階でどこにいくかを絞るのは無理じゃないか?」

「ここでグダグダしている時間の方が勿体ない、か」

 

 ……仕方ない。高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に動くしかないか……

 

「つまりは行き当たりばったりということではないか」

「要はいつも通りってことだな」

 

 やめろぉ! 俺達がいつも考えなしに行動しているみたいに言うのはやめろぉ! 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そんなこんなで行く当てもないまま、たまに警備ロボや闇落ち賢者との遭遇戦を挟みつつ塔内を彷徨っていると、何やら道の先からかすかに話し声が聞こえてきたので警戒しながら通路の角から先を窺うと、扉の前に見張りらしき男が二人いた。見張りというにはだらけていて警戒心を感じられない。会話を盗み聞いてもやる気のない発言しか聞き取れず役に立たない。

 とはいえ見張りがいるということは、やつらの仮拠点か、あるいは奴らの目的に関係しているか、ともかく何らかの重要な場所である可能性がある。

 

 

 …………なので速攻で見張りを処理した俺達は室内に侵入、中にいた連中にもアンブッシュを仕掛け無力化する事に成功した。

 

「ええ……」

「どうしたクリス?」

「流れるように事が済んでいるので受け入れかけましたけど、いくら何でもスムーズすぎません?」

 

 俺も内心戸惑っている。けど実際驚くほどにスムーズに事が進んでいるので仕方ないだろう。それに悪いことではないし。

 

「一体クリスは何を戸惑っているのだ?」

「さあ?」

 

 とりあえず俺達の行動にクリス以上に完全に馴染み切っている新参者(ミラ)には戸惑っていると思うぞ。

 

「効率的に敵を処理する事におかしなことでもあるのか?」

「うーん……その思考にノータイムでついていけることですかね……?」

「そんなことよりも、結局この部屋って何なんだろうな?」

 

 何らかの装置とそれを操作するための端末とモニターがある、ように見える。

 パッとみただけでは何のための装置かはわかりそうもないが…………ちょっと触ってみるか。

 

「頼んだぜ!」

 

 そう楽観的に期待をされても困るんだが……ちょっと待っていろよ。

 俺は端末とモニターに目をやり、とりあえず画面に触れてみる。すると反応したのでこれはタッチ式のパネルなのだと判断してさらに触って操作していく。画面に触れるごとに表示される情報が変わっていくのでさらにタッチして画面を変化させていくことを繰り返していき…………これなら何とかできそうだな、と判断した辺りでクリスに声をかけられた。

 

「どうして操作できているんですか……?」

 

 ……? どうしてと言われても困るのだが……

 強いて言えば魔導都市で似たような装置を触ったことがある。さすがにそっちは画面を触っても反応しなかったが操作性としては似たようなものだ。むしろ感覚的に操作できる分、初心者でも操作しやすそうだ。

 ミラはわからないだろうけど二人にわかるように言えばキーボードと画面が一体化しているみたいな感じだ。

 ……あと表示される言語が前世の物と同じだったからだがこれは言わないでいいだろう。

 

「???」

「いやわからんぞ?」

 

 なん……だと……!? どうしてキーボードとかの例えがわからないんですかねぇ……? 

 ま、まあいい。ここは掲示板のスレ荒らしで鳴らした俺の腕の見せ所だ。もう少し待ってろ。

 

「その『すれあらし』が何なのかはわからんが碌な事ではないのは察した」

「とりあえず周囲を警戒しておくぜ」

「やっぱりお師匠はすごいです……けど真似できる気がしません」

 

 むしろここは努力次第で真似できそうな所だと思うが……まあいいだろう。よく考えれば王女にも聖女にも別に必要のない能力だし。

 

 それからしばらく画面を弄っていたのだが、なんとなく操作感がわかってきた所であるデータを見つけた。

 これは……なるほど? 

 

「む、何かわかったのか?」

 

 えー、ではまずはこちらをご覧ください。

 

「どれどれ……なんか、画面に棒状の物体が映ってるんだけど、なんだこれ?」

 

 これはこの塔のざっくりとした全体像だな。光っている部分が現在機能しているフロアらしい。

 

「上の方が暗くなっているような……?」

 

 暗く表示されている塔の上の方は機能が起動できていないようだ。詳しくはわからないが、たぶんエネルギーの供給が暗くなっている上の方に行ってないっぽい。かといってシステム的に止められているわけではなくて無駄に漏れ出している感じなのを見るに……

 

「何言ってるかわかんねぇ。もっと端的に言ってくれ」

 

 結論から言うと、たぶんこの塔、上の方で折れてるな。物理的に存在しなくなっているからいくらエネルギーを送っても反応がないのだ。

 

「何っ!?」

 

 一応言っておくがたぶん折れたのは最近とかじゃなくて木龍が巻き付いた時とかのずっと昔の事だとは思うが……そこはどうでもいい。

 今わかったのはここが塔のエネルギーを管轄する端末の一つで、ここを操作する事で塔の動力を操作できるっていうことだ。

 エルロン一派はここで塔全体にエネルギーを行き渡らせて灯りを付けたんだろう。

 

「ではここでそのエネルギーとやらを止めれば彼奴等を封じ込められるのではないか?」

 

 できるかもだが、ここはあくまで動力をオンにできる一地点に過ぎなくて上の方に操作権限とかが集約しているコントロールルーム的なのがあるっぽいのでたぶん無駄だな。こっちで止めても上で復活させられる。ここに見張りを置いてたのはあくまで保険だと思われる。

 

 逆に言えば、奴らはそのコントロールルームに陣取っている可能性が高い。

 

「そのコントロールルームってのはどこにあるんだ?」

 

 ちょいと待てよ。えーっと…………この塔の上部、折れてる箇所のすぐ下辺りだな。

 

「そこまでの行き方は?」

 

 えーっと…………直通のエレベーター、昇降装置はないけど、何個か経由したら行けそうだ。待ち伏せされている可能性もあるが、目的地もなくふらついてた先程までよりかはまだマシだろう。

 

「細かいことはわからんが、とりあえず奴らがいるかもしれない部屋がわかったのはわかったぜ」

「何故此奴はこの短時間で禁忌の技術を使いこなしているのだ……!?」

 

 魔導都市の発展版だと考えれば何とかできた。多分魔導都市の専門技師が来たらもっとわかると思うぞ。

 

「魔導都市とやらはそこまでここの技術に迫っているのか……!? 明らかに危険な場所では……!? テルを行かしても大丈夫なのか……!?」

 

 ミラがなんかいけない方向に考えが行ってそうなのでそうなる前に出発しよう。警備ロボとかエルロン一派が来ないとも限らないからな。

 

「そうだな。エルロンたちに会う前に無駄に消耗するのは避けたいもんな」

「では行きましょう。ミラさんも行きますよ」

「あ、ああ。了解した」

 

 ……それにしても、画面に表示される言語が前世の物だとすると、文字まで同じとなると文明発起時点で転生者いることになるぞ……しかも文明の根幹ともいえる重要人物に。先史文明にも転生者がいると思っていたけどこれはさすがに予想外だ。

 というか今まで足を踏み入れた先史文明の遺跡の文字はまた違っていたんだが、ここの文字と違っていたのも気になる。もしかして今までの遺跡とここの塔はまた別の文明……? 一緒くたにされている先史文明は実は複数混じったもの……? あるいは先史文明も地域とかによって使用言語が違っているとか……? 

 うーん……わからん。そもそも俺みたいな素人が片手間で考えたってわかるはずないんだし、その辺りはモーティスとかの専門家に任せよう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 こうして俺達は目的地を定め行動を開始したわけだが……

 

 

「────光よ迸れ! ソーラーレイ────!!」

「うおぉっ!? あっぶねぇな、お返しだ! ────飛べ、雷刃────!」

 

 敵の手先から放たれた光弾がアルの剣撃によって防がれ、返す刃で飛ばした雷の斬撃で敵を切り裂いた。

 少しでも対処が遅れていればやられていたのはこちらだったかもしれない。そんな相手であった。

 

「いや、天恵持ち多すぎるだろ!!」

 

 そう、そんな相手との戦闘がこの道中何度も発生していた。

 

 敵と遭遇するということは敵の本丸に近づいていることを意味するので悪いことではないのだが、それにしても天恵持ちの多いこと。

 警備ロボや闇落ち賢者が奴らの支配下でないようなのでよかったが、そいつらや【穢れの瘴気】のことを考えるとじっくりと情報を吐かせる(おはなしする)暇もないのが痛い。

 

「おはなし……うっ、頭が……」

「敵に囲まれる可能性もある故仕方ないな」

「コイツ、真意を捉えた上で肯定的な発言してるぞ……怖っ」

 

 だがエルロン一派との遭遇頻度的にも近付いているのは間違いない。俺達が目標にしていた部屋も今倒した奴が守っていた目の前の扉を開けた先だと考えれば、敵の拠点がそこなのも間違いないだろう。

 

「つまり敵さんもこっちに気付いているわけだよな」

 

 まあ部屋の前で戦闘していたらな。中から援軍が来ないのが不思議なくらいだが……

 

「考えている暇はなさそうだな」

「待った所で状況が好転するわけでもなし」

「いつでも大丈夫です」

 

 息を整えた俺達はその扉を開き、その先へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「────ようこそ。浄化の姫巫女一行、待っていたよ」

 

 

 

 その先の開けた空間にて一人待ち構えていたのは、カソックを身に纏ったスキンヘッドの男、エルロンその人であった。

 

 

「君達がここに来るまでの戦闘、全てとはいわないがいくつか見させてもらった。素晴らしい力を持っているようだ。ダニーが敗れたと知った時は驚いたが、それがまぐれではないと確信したよ────っと」

 

 悠長にこちらに語り掛けていたエルロンの顔面目掛けて飛来したミラの矢は、目標を刺し穿つ目前でパシッという軽快な音とともにエルロンの手の中に握られていた。

 

「気が早いな、エルフの女。会話をしようという気はないのかね?」

「会話もなく我らが聖地を踏み荒らした貴様が言うか……!!」

「全く。ここには貴重な機器も多いというのに、血の気の多いものだ」

 

 ミラの怒りもわかるが、一度冷静になった方がいい。

 部屋に入って中にいたのがエルロン一人だった時点で正直、『勝った! 第三部完!』くらいには思ったが、そう甘い相手ではなかったらしい。というか……

 

「貴方は、本当にエルロン卿ですか? 今の貴方の言動は私が知っているエルロン卿とはあまりに違いすぎます」

 

 クリスも俺と同じ疑念を抱いたようだった。

 俺の聞いたエルロン卿という人物は、その政治手腕によって得た権力で身を肥やし、溜め込んだ財と権力によって酒池肉林の贅沢三昧、自身をよく見せようと誰かを貶すことも少なくなく、典型的な成り上がりの生臭坊主という散々な人物評だったが……少なくとも飛んでくる矢を見切れるような人物ではなかったはずだ。

 それに偽王(ダニー)という前例もある。別人が成り代わっていたとしても不思議ではない。

 

「ああ。私はそのエルロン本人で間違いない。ただ巫女君が見てきたそれはここ十数年、私が人前に出ていた時にしていた擬態、演技だというだけだよ。といっても君達が倒したダニーのような他人に成り代わっているわけではない。故あって、敢えて私が思う愚物像を演じていた」

 

 言われて見れば確かに、権力に溺れる成り上がりみたいな要素の塊だ。俺の聞いていたエルロン像と一致する。

 だがそれをあえて演じていたというのが解せない。わざわざ人から嫌われるタイプの人間にあえてなっていた理由が思い浮かばない。

 

「なのでそんな愚物である必要のない今はとても清々しい。見るに堪えなかった身体も少しはマシになったと思わないかね」

 

 だがどちらにせよ今までのエルロンの人物評とは違うというのは間違いないのだろう。以前見た時は運動不足にしか見えなかったエルロンの肉体だが、明らかに引き締まっているように見えるし、矢を見切って防いだことも含めて、別人だと考えた方がいい。

 

「では貴方は一体何をしようとしているのですか……? 自分の望まざる虚飾を行ない、これまでの非道な行為をしてまで何を成し遂げようと言うのです?」

「端的に言えば『世界を在るべき形に戻す』事。それが我が使命だ」

「世界を、戻す? それは一体……?」

「別に教えてもいいのだが……そうだな」

 

 クリスのその疑問に対して、エルロンは少し思考を巡らせるような素振りを見せた後、逆にこんな問いかけを投げかけてきた。

 

 

 

「────提案だ。我々の同志とならないか?」

 

 

 

「何……?」

「一部を除いてだが、君達には我々の同志となる資格がある。同志となった暁には私は私の知る全てを君達に伝えよう。どうかね?」

 

 ふむ……ここで口だけ承諾して後で『騙して悪いが』してもいいのだが、それをやる前にミラが爆発しそうだしな……

 

「────ふざけんなよ」

 

 ……そう思っていたが、怒り心頭のミラよりも先に口を開いたのは、アルであった。

 

「クリスの父親を殺して、国乗っ取ろうとして、世界に戦争吹っ掛けようとして、失敗したら騙してた兵士は殺して、奪った飛空船でテロみたいなことしでかして、エルフの人達が大事にしている場所を占拠して……その上で詳しく知りたければ仲間になれ、だって? 

 

 

 

 

 

 ────そんな提案、呑むわけないだろうがッ!!」

 

 

 

 そうしてアルは心の底からの叫びを叩きつけるとともに剣を抜き、その切先をエルロンへと突きつけたのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話

 

「……ふむ。我々の行ないが正義であり、君の言うそれらがその正当なる犠牲だったとしても?」

「自分の目的も話せない奴の正義なんて信じられるわけないだろ! なにより『正当な犠牲』なんて言うお前の言葉は軽すぎる!」

 

 剣先を向けられたエルロンはそれでも余裕を崩す気配はない。この状況を窮地だと思っていないようだ。

 

「……仕方ない。勧誘は一旦諦めるとしよう。君達も力持つものであれば時間を空け、冷静になれば考えを改めるかもしれないしな」

 

 空ける時間があるとでも? 

 

「そうだな。確かに────君達がここから生きて帰れると決まったわけではなかったな」

 

 そのエルロンの言葉とともに────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────急激な振動に襲われた。

 

「きゃああっ!?」

「な、なんだこの揺れ!?」

 

 部屋が、いや……この塔全体が揺れている!? 

 

「……っ! エルロンはッ!? どこにいった!?」

 

 

 

「────では私はこの辺りでお暇させてもらおう。生きていればまた会おう」

 

 

 

 俺達が揺れによって一瞬目を離した隙にエルロンは部屋の奥にあった扉の向こう側へと姿を消した。

 

 ……って嘘だろ、おい! あんな啖呵切っておいて逃げんのかよ!? 

 

「くそ、逃がすか!! ────貫け、雷光────!!」

 

 塔全体が揺れ続ける中でアルはクリスを支えながら雷光を放って扉を破壊した。

 

「追うぞ!!」

 

 アルが破壊する前から走り出していたミラに続くように俺達は扉の向こう側へと足を踏み出したのだが……

 

「なっ、外だと!?」

「風、つよ……っ!?」

「エルロンはどこだ……っ!?」

 

 そこは室内ではなく屋外であり、巻き付く樹木の隙間から塔の外が見える辺りおそらく飛空船などの発着場だと思われる。かなりの高高度であるはずだが不思議とそこまで寒くなく何らかの塔の機能が働いているのかもしれないが、そんなことより今重要なのはエルロンがどこにいったのかだ。

 同じ出入口からそう時間を置かずにここに来た以上、近くにいるはずだが……

 

「いたぞ! あの船だ!」

 

 ミラの指さした先を見れば、王国から奪われた物とはまた少し違う形の飛空船がエルロンらしき人物を乗せてこの塔から離れていこうとしていた。

 

「逃がさん……ッ!」

「────撃ち抜け、雷光────!!」

 

 アルの雷撃とミラの矢が飛空船へと放たれたが、それは飛空船を覆うように現れた光の障壁に防がれた。

 あの飛空船、バリア機能まであるのか……! あるいはそういう天恵持ちがいるのか……! 

 どちらにしても確かなのは俺達はまたしてもエルロンに逃げられたということだ。

 

「くそ、逃げ足の早い……!!」

「あ、あの、私たちここにいて大丈夫なんでしょうか……!?」

 

 いまだに揺れ続ける塔にクリスは歩くのでやっとな様子だ。まあ歩けるだけでも十分すごいし全力疾走できてるアルとミラがおかしいんだが。

 

「どうする、来た道を戻るか!?」

 

 いや……この塔が崩れてもおかしくない揺れだ。道が塞がっていたり装置が動かない可能性もある。

 

「ならどうする!?」

 

 下の部屋でここまでの順路を調べた時に、さっきのコントロールルームの近くに発着場があると書いてあったのを見た。多分ここがそうなんだろう。

 あのエルロンが乗っていっただろう飛空船がここにあったんなら他にも空飛ぶ乗り物があってもおかしくない。それを探しての脱出を提案する。

 

「なるほど! じゃあ操縦は任せたぜ!」

 

 ぬわーっ! じ、自動操縦機能とかついてませんかね……? 

 

「そんな心配よりまずその船とやらを探せ阿呆!!」

 

 それもそうだ。まずその乗り物自体がなければ取らぬ狸の皮算用でしかない。

 

 ということで周囲を見渡し、それらしき物体を見つけることに成功したので三人を先導して乗り込んだのだが……

 

「おい、これは本当に空を飛ぶのか……?」

 

 形状的に間違いない、と思う。

 この高高度に配置されていて、馬車と同程度の横幅と塔内で使うには取り回しが悪く、搭乗可能人数が無理して6人前後、その上で移動用の車輪がついておらず、機体の横に折りたたまれた翼のような機構があることから、小型の飛行機体である可能性が高い……はず。

 というかこの形状で他の用途の乗り物が思いつかないから消去法で考えても合ってるし……たぶん。

 何かのシミュレーターという可能性も無きにしも非ずだがそれよりかは飛行機体である可能性の方が高い…………きっと。

 

「どんどん自信なくしていくのやめてもらってもいいですか!?」

 

 いやまさか、タイムマシーンという可能性も……!? 

 

「それはないだろ」

「というかもう乗り込んでいる以上迷っている暇はない」

「それで動かせそうですか……?」

 

 ちょっと待てよ…………なるほどなるほ、ど……? これなら……うん…………何、とか…………うん。

 

「歯切れが悪すぎないですか……!?」

 

 大丈夫、大丈夫……シド工房で乗った魔導車に操作感は近そうだから……その時は事故ったけど。

 両翼の展開をして浮遊してから推力を入れたらいけるはずだ……操作方法書いてないけど。

 

「不安にしかならない要素追加しないでくれない?」

「ええい、グダグダしている場合か! もうなるようにしかならんのだからさっさと腹を括れ!」

「ミラさん、すごい男前……」

 

 ミラの思い切りの良さに思わずトゥンクしそうになるが、それどころではないのも確かなので起動させる。

 まあいろいろと言ったが、このフォルムを一目見た時不思議とコイツは飛べるって確信したんだ。

 名前を付けるならこれだっていうのもすっと浮かんできたくらいだ。

 

「いいからさっさと飛べ!」

 

 今やっている。折り畳まれていた翼部が展開され、エネルギーの充填も完了した。

 

 

 

 それでは────発進! スカイ・アルフォン・ギョクーザ!! 

 

 

 

「すか、あるふぉ……なんだって?」

「どうしてアルの名前を……?」

「せめて自らの名を使え」

 

 それらの意見を無視してスカイ・アルフォン・ギョクーザ(仮名)は大空へと飛び立った。

 

 

 ◆

 

 

 スカイ・アルフォン・ギョクーザ(仮)によって脱出を果たした俺達は、あの振動の原因がなんだったのかを確認すべく今俺達がいた塔、ひいては世界樹へと目を向けたが……

 

「なっ……!?」

「あれは、まさか……!?」

「【呪霧】……!?」

 

 そこにあったのは世界樹すら覆わんとする尋常ではないほどの量の【穢れの瘴気】であった。

 

 瘴気に纏わりつかれた世界樹は、汚染に抵抗してなのか、あるいは汚染された結果なのかはわからないが自身が巻き付く塔へと更なる力を加え、今上空へと逃れた俺達の元へも聞こえるほどの音を立てて締め上げていた。

 あの塔の揺れは世界樹の道連れにされそうになっていた塔の断末魔のようなものだったようだ。

 

「でもあの樹って龍の遺体なんだろ? 【穢れの瘴気】は死んだ後でも汚染できるもんなのか?」

 

 できるかできないかで言えば可能だろう。俺達がアンナを助けた遺跡で見た兵士のゾンビはおそらくだが生きた兵士じゃなくて死んだ兵士が汚染されたものだ。死体全てが同じ変質をするのかはわからんがその後生きたまま【瘴気】に呑まれたクチーダの変貌との違いを見るに間違いないと思う。

 

「おのれ……! 彼奴等、聖地を踏み荒らすに留まらず神樹様すらも穢そうというかッ!!」

「いや、というか……その理屈でいくと奴ら、世界樹を【瘴気】漬けにして手駒にするつもりなのか!? 」

 

 もしそうなったら天を衝くとも見間違う高さを誇る質量の世界樹の残骸が世界中を暴れまわる可能性も十分にあるわけだ。考えただけでぞっとする。

 

 

「────お師匠! この船を世界樹の傍へつけてください!」

 

 

 と、ここまであまり喋っていなかったクリスが急に声を荒げ始めた。一体どうしたというのか。

 

「どうしたクリス?」

「あの樹、今も生きています! 助けないと……!」

「生きてって……あの樹って龍の遺体なんだろ?」

「エルフの方々は龍神の聖骸と仰っていましたが、おそらく命を落としたわけではなく、その姿を変えただけなんです。きっとあの塔と【瘴気】を封じて浄化するのに特化した形に」

 

 ……確かに、本当に完全に死んでいるのなら今も青々と枝葉を付けているのも森に溢れた瘴気を浄化しているのもおかしな話なのだ。

 少なくとも樹木としては生命活動を行っているのは間違いない。

 

「今も【瘴気】の汚染に対して抵抗している……でもそれは自分ごと壊してしまうような行為で、このままだと本当に死んでしまう……そんな気がするんです……!」

 

 まるで世界樹の悲鳴でも聞こえているかのような様子だ。教会の聖女として治療活動や浄化活動にも従事してきた経験からだろうか。クリスの必死さがこちらにも十二分に伝わってきた。

 

「私の【天恵】ならその負担を少しでも減らせます……! だから……!!」

 

 …………いいだろう。どっちにしろエルロンの目論見をこのまま何もせず指を咥えて見えているだけというのも癪だった。

 操縦にも慣れてきたことだし、今からこの機体で瘴気に突っ込むぞ。

 アルとミラもそれでいいか? 

 

「もちろん!」

「当然だ!」

 

 よし、ならクリスは天恵の発動に集中してくれ。ただし世界樹に気を取られすぎて俺達が汚染されたなんてことにならないように。

 

「もちろんです!」

 

 アルは無理な運転になるだろうからクリスが揺られないように支えてやってくれ。

 

「わかったぜ!」

「え、あ、はい。お願いします」

 

 ミラは周囲の警戒を。機体の中からだから目視だけで厳しいとは思うが、俺だけだと気付けないこともある。何かあったら遠慮なく言ってくれ。

 

「任された」

 

 さぁーってと…………じゃあ行くぞ! 今から俺に変態的操縦技術が覚醒する事を信じて────! 

 

「今からって時に不穏なこと言わないでくんない!?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「────お師匠! もっとゆっくり飛べませんか!?」

 

 ────無理だ! 操縦技術的にも安全確保的にも! 

 

 クリスの要求に対して俺はそれだけ返して意識を再び操縦へと集中させる。

 それだけ今の俺には余裕がなかった。

 

 さきほどのクリスの『世界樹は痛みの中で抵抗している』という言葉が正しいのであれば、今世界樹は激痛で所構わずのた打ち回っている状態だ。枝葉(手足)をぶん回しても何らおかしなことではない。

 さらにたまに瘴気に抵抗した結果なのか木片が世界樹から弾け飛ぶのだが、木片と言いつつも当たればシャレにならない大きさなんでそちらにも注意を割かなければならない。

 

 つまり今俺達は瘴気の真っ只中を無造作に振り回される巨木のような太さの枝葉と無秩序に飛来してくる木片を躱しながら感覚で操縦している機体で空を飛んでいるわけだ。

 

 そんな状況でスピードなど落とせるはずもない。ついでにブレーキの掛け方がわからないのだが……それは言わなくてもいいだろう。

 

 もちろんクリスも無茶苦茶な運転に参ってこんなことを言っているわけではない。

 

 今もクリスは天恵で【瘴気】を浄化しているが、機体のスピードが速すぎて浄化し切る前にその場を移動してしまうのだ。

 

 とはいえクリスの行為は全くの無駄に終わっているわけでもなく、世界樹を覆っていた膨大な量の瘴気を消し去ることに成功した。これ以上世界樹が瘴気に侵されることはなくなったのは確かな功績だろう。

 

 しかしすでに少なくない瘴気に汚染されたせいか、俺達がいた塔の上部はそのほとんどが締め付けと木部の破裂によって崩壊してしまっていた。ただ世界樹が破裂した方向の関係か不思議と周囲への被害は少ないように思える。これも神様として崇められていたモノの矜持なのかもしれない。

 ……というか瘴気に抵抗するために塔を締め付けるのはともかく木片が破裂するのはどういうことなのか……

 

「神樹様は破壊することによって呪霧を祓う。おそらく森で侵されたモノを浄化する時と同様自身の侵された部位ごと破壊していったのだろう」

「それは……浄化って言うのか……?」

 

 確かに病巣を排除するのは間違ってないが、なんというか……世界樹は脳筋だった……? 

 

「あ、そういえばエルフに瘴気を緩和できる薬があるって言ってたけどそれって世界樹に使えたりしないのか?」

「いや、我らの秘薬は神樹様より賜った御神体の一部を磨り潰した粉末だ。神樹様に使用するのは難しいだろう」

 

 ……世界樹の浄化方法が破壊することで、エルフの浄化の薬が世界樹の一部ってことは、その薬ってさっきの世界樹みたく瘴気に反応して破裂するんじゃ……? 

 

「ああ。だから運が良ければ呪霧だけを破壊して生き延びれるし、運が悪ければそれ以外も破壊して死ぬ可能性がある」

 

 あ、運が良ければって『効く』か『効かない』かの二択じゃなかったのか……

 

「とりあえず下に降りないか? クリスもだいぶ無理してしんどそうだし休ませたい」

「わ、私は……まだ、大丈夫……です……」

 

 いや声の感じからして大丈夫じゃない。あれだけ超広範囲に広がっていた瘴気を浄化するために絶やすことなく天恵を使用し続けたのだ。少し休んでいろ。

 しかし塔の崩壊自体は治まりつつあるが、上部が崩れた影響は当然下部にも出ているようだ。完全に落ち着くまで上空で旋回しておいた方がよさそうだ。

 

 それにしてもこの塔全体を覆えるほどの瘴気は一体どこにあったのだろうか? この塔に隠されてたとして何のためにそれだけの量が保管されていたのか? というか保管だけで済む量とは思えないのだが、まさか……? 

 …………俺も疲れているようで碌でもない考えばかり浮かんでくる。考えるのは後にした方がよさそうだ。今は操縦に集中していよう。

 

 

「待て! 神樹様が何かおかしい!!」

 

 

 何かに気付いたようなミラの声に外へ目を向けると、まだ残っていた塔の下部に巻き付いている世界樹が大きく鳴動していたかと思えば、今までの炸裂とは比にならないほどの規模で爆発を起こし、締め付けていた塔とともに煙を上げて崩壊した。

 

 その煙の中から何かが上空へと飛び出してきた。

 

 それは、樹皮のような皮膚を持ち、巨木の幹のような胴体から無数に生えた枝木がそれぞれ絡み合い四肢や尾、翼を象られており、目の様な洞がある頭部には杭の様な牙がずらりと並んでいた。

 

 その姿はまさしく『樹木の龍』と言い表すにふさわしかっただろう。

 

 ……その体が腐敗したかのように毒々しい色をして溶けかけていたり、頭部に洞のように空いた眼窩に光が灯っていないことを除けば、だが。

 

 現状をみれば、『ドラゴンゾンビ』と言ったところだろうか……! 

 

「……ってアレこっちに来てないか!? このままじゃマズイぞ!! 迎え撃てるか!?」

 

 この機体に武器は……あるかわからん! あっても操作方法がわからん! なのでこの機体で迎え撃つのは無理だ! 

 

「ならこの蓋を開けろ! 生身で迎撃する!」

 

 いくらか高度が下がったとはいえこの高さでか!? 俺達じゃ空中戦は分が悪すぎるでしょ……! 

 

「じゃあどうしろっていうんだよ!? なんか策でもあるのか!?」

 

 …………ああ、あるぜ。たった一つだけ残った策がな……! 

 

「たった一つの策……!? それは……!?」

 

 それはな……逃げるんだよぉ~~!! 

 

「やっぱりか!!」

 

 こんなところにいられるか、俺は帰らせてもらう! と、言わんばかりに脱兎のごとく離脱すべく出力のレバーを全開にした! 

 

 ▽ しかし なにもおきなかった

 

 …………うん? 間違えたかな? もう一度レバーを全開にする。

 

 ▽ しかし なにもおきなかった

 

 ………………あれれ~、おかしいぞ~??? 

 

「ふざけてる場合か! 逃げるんならさっさとしろよ!」

 

 ふざけているわけではない。だがどうして出力が上がらない? 迫る危機と湧き出る疑問によって焦りが増長される中で俺は表示されている画面を確認する。表示されているのは記号ばかりでわからないことだらけだが、それでも可能性の高い要因に思い当たった。

 

 まさか……エネルギーが、切れた……? 

 

「は?」

 

 今すぐ墜落はしないが、加速するためのエネルギーがないからもう慣性でしか進めず、これ以上のスピードが出せない。

 

 だが何で切れた? さっきの飛行で使いすぎたか? それともそもそも少なかった? 

 

「それよりもう彼奴が来るぞ!!」

 

 しまった! そう思ったときにはすでにドラゴンゾンビはその牙の届く距離までこちらに詰めていた。

 

 まず……避、無理……! 受け止める? 否、死……! 

 

 

 

 

 

 

「──── イ ン フ ェ ル ノ ────」

 

 

 

 

 

 ────その時、ドラゴンゾンビの横っ面を襲い掛かるように()()()()()が激突し、そのまま炎に巻かれて落ちていった。

 

「い、今の炎は……どこから飛んできた……!?」

 

 炎が飛んできた先に目を向けてみれば、そこにいたのは一艇の飛空船であった。

 

「また空飛ぶ船!? エルロンとやらの一派か!?」

 

 いや、エルロンが乗っていった船や王国から奪われた船とはまた意匠が違う。なんと言うかデザインに先史文明っぽさではなくて現代っぽさを感じる。こいつは……

 

『────そこの空飛ぶ機体、大人しくしてろよ!』

 

 ────ッ! 拡声器から放たれたであろうこの声は……! 

 とか思っていたら飛空船が慣性飛行している俺達に並走するかのように移動したかと思えば、そのまま甲板に収まるように位置を調整してきた。向こうの操縦ものすごく巧いな。

 だがさすがにこのまま着地したらいろいろとマズイ気がするんだが……

 

「────大気よ渦巻け────蜷局巻き受け止めよ────ウォールテンペスト────!!」

 

 ……なんて思っていたら突如俺達の機体と甲板の間に吹き込んできた風がクッションのような役目を果たし、互いに傷一つなさそうなくらいに静かな着地に成功していた。

 

「一体、何が起きているのだ……?」

「これって、やっぱり……」

 

 ああ。先程の黒い炎といい、今のこの変態的な魔術といい、こんな頭おかしいことができる奴なんて俺は一人しか知らない。

 さらに言えば、先史文明の産物であるはずなのに現代っぽい意匠をした飛空船がここに存在する原因なんて一人しか思い浮かばない。

 

「────全く……相変わらず無茶してるわね」

「────成程。これはちょうどよかったみたいだ」

 

 スカイ・アルフォン・ギョクーザ()から俺達を迎えたのはやはりというべきか、王国や魔導都市で忙しくしているはずの赤髪の天災魔術師アンナと大鎧を纏った天災技師シドニアであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話

 鉄の棺桶と化したスカイ(略)から軟着陸した飛空船の甲板に降り立った俺達を出迎えたのは見覚えのある二人であった。

 

「アンナ! それにニアも! どうしてここに!?」

「この船は……? 彼奴等の一味ではないのか……?」

 

 二人と面識のないミラが警戒しているが、どうしてここに謎の飛空船に乗ってきた二人がいるのかの方が気になる。

 

「アタシは王都でのゴタゴタが何とかなる目途が付いたからアンタたちと合流しようと魔導都市に行ったのよ。そしたら滞在してるっていうシド工房にいないわ公国に旅立ったって聞くわでどうしようかと思ったわ……」

「そこで独自で飛空船を製造して試運転がしたかったボクと利害が一致したわけさ」

「ニアは工房から離れてよかったのか? 親方なんだろ?」

「工房なら拿捕された飛空船の噂を聞いてふらっと戻ってきた両親に押し付け……任せてきた。今まで散々放置してきたんだ。これくらいは許されるだろうさ」

 

 今はただの一個人さ、というがただの一個人がこんな飛空船なんてものをどうこうできるはずないんだがなぁ……なんて思っていたら大鎧姿のニアのその手が俺の頭を掴んだ。ひょっ? 

 

「それより……バイクを乗り捨てるとは聞いていたけど、海の中にとは聞いていなかったなぁ?」

 

 あたたたたたっ潰れる潰れる頭が潰れるやめてやめて!! 

 

「何で! アタシが! 魔導都市に! 着く前に! 行動! 起こしてんのよ! どうせ! アンタの! 入れ知恵! でしょ!」

 

 違う違うむしろ俺止めた側だからって便乗して脛蹴るのやめてイタイイタイ! 

 

「ふむ……空飛ぶ船ではあるがどうやらあのエルロンとかいう奴の一味ではないようだな」

 

 ミラは俺が暴力受けているのを見てどうして彼らが味方だって納得したんですかねぇ……!? 

 と、ここで二人の気が済んだのか脛蹴りとアイアンクローから解放された。影の功労者になんてことを……

 

「ふう……ところで、あの空飛んでた奴って攻撃してよかったのよね……?」

「この空飛ぶ乗り物を回収するためだ。間違いだとしても必要な犠牲だったさ」

 

 こ、コイツ、完全に私欲のために攻撃させてやがった……! 今回俺達の助けになったのはたまたまでもし敵が乗ってたら強奪する気満々だったぞ……! 

 

 

『あー、感動の再会の所悪いけど、まだ危機は去ってないみたいだヨ』

 

 

 拡声器から聞こえてくるこの胡散臭い声は……モーティス!? どうしてここに!? 

 

「船を動かす人手が足りなかったから引っ張ってきた。それより危機が去ってないってどういう……?」

「……っ!? ────大気よ集え────渦巻き防げ────エアウォール────!」

 

 アンナが魔法を展開した直後、飛空船の下から突き上げるような振動とともに船体の周囲に沿うように汚泥の様なエネルギーの塊が無数に空へと昇って行った。

 

 

「────■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 その光跡を追うように雄叫びを上げながら飛空船の前に現れたのは、先ほどアンナが放っただろう獄炎に巻かれたはずのドラゴンゾンビであった。

 

「そんな!? 獄炎魔法が搔き消されたっていうの……!?」

 

 あれ食らって消し炭にならないのか……!? もう一発だ、アンナ! 

 

「できるか!! そんな気軽にポンポン撃てる術じゃないわよ!!」

「それに今この船の防御は主にアンナの魔法によって行われている。無理はさせられない」

 

 コイツ、(アンナ)の事酷使しすぎではないか? とはいえここでアンナの魔法を防御に割かないといけないのも確かだ。奴は完全にこっちを狙っているようにしか見えない。

 

「この船の武装は何かあるのか!?」

「あるさ。それもとっておきのがね。総員、撃ち込み準備!!」

 

 ニアのその号令とともになぜか船首の両脇に設置されていた二つの錨が、その切先を一定の距離を保ちながらこちらを虎視眈々と見据えているドラゴンゾンビへと向けられた。

 

『照準合わせ完了。いつでもいけるヨ』

 

 

 

「よろしい────アンガーアンカー!! 発射!!」

 

 

 

 その号令とともに二つの錨が魔力で編まれただろう光る鎖を伴って船体から発射され、ドラゴンゾンビの胴体へと見事に撃ち込まれた。

 

 

「これこそこの船の唯一の武装であり、敵の飛空船に無理やり連結して鹵獲するための装備さ」

 

 

 うわぁ。この幼女、敵船を奪うつもり満々だったよ。試験運用とか言いながら自由にできる新しい飛空船(オモチャ)を手に入れる気だったんだ。

 

「む? 連結するということはつまり、相手もこの船に乗り込めるということではないのか? この船の白兵戦力はどの程度あるのだ?」

『戦力がないわけじゃないけど、それも基本船を動かすために動員されているから皆無だね』

「だからお蔵入りになっていたのさ」

 

 ダメじゃねーか。というかそれを打ち込んだってことはつまり……

 

「アレから逃げられないってことじゃない!!」

『このままじゃ向こうに鎖ごと船が引っ張られて振り回されかねないけど、どうするね?』

「その前に振り回すための鎖を巻き取ってしまえ!」

 

 振り回せるだけの距離をなくしてしまおうっていうのはわかるんだが、それって……なんて思っていたら案の定、錨が抜けないまま鎖が巻き取られた結果、飛空船がドラゴンゾンビのどてっ腹に突っ込む形となりそれでもなお錨が刺さったままのドラゴンの上半身が甲板へと乗り上がった。

 

「ダメじゃない!!」

 

 

「────いや、それでいい!」

 

 

 こちらに遠距離からの有効打がない以上、距離を取られたらどうしようもない。

 それならば飛空船を足場にできる状況で近接戦を仕掛ける方がまだ可能性はある。

 俺にはあの巨体に対して有効的な攻撃手段がないのだが、いの一番に駆け出して行ったアルであれば問題はない。

 

 

「────纏まり集い穿て! 雷光の大槍、二連────!!」

 

 

 アルの両手から放たれた二条の雷光が、こちらに振るわれようとしていたドラゴンゾンビの両腕を消し飛ばした。

 ゾンビ化して腐って脆くなっているというのもあるだろうが、アルの天恵の威力も随分上がっているようにも見える。使用頻度が増えていて結果として練度が上がったのだろう。

 

 

「■■■■■ッ!? ■■■■■■■ッ!!」

 

 

 両腕を失った痛みに耐えるかのように藻掻きながら叫びをあげたかと思えば、そのまま息を吸うように汚泥のようなエネルギーが口腔に溜まっていくのが目に見える。

 おそらく先程アンナが防いだ攻撃だろう。それをここで放たれたなら俺達は成す術もなく全滅することは想像に難くない。

 

「────さすがにそれは見過ごせないなぁ!!」

 

 それを見越した大鎧姿のニアにより振り上げられた巨大なハンマーがドラゴンゾンビの顎をカチ上げ、まさにドラゴンブレスのように吐き出されんとしていたエネルギーは無理やり閉じられた口腔の中で暴発し、ドラゴンゾンビからさらなる苦悶の叫びが上がる。

 

「■■■■■■■■■■ッ!?」

「もう一発! ────雷光の槍よ、集いて貫け────!!」

 

 そこにアルが追撃をかけるが、何かの拍子に体に刺さった錨が抜けたのかドラゴンゾンビが飛空船から飛び立ち再び距離を取った事で雷光を回避された。

 

「くっそ、逃げられた……!」

『船の被害的にはありがたいんだけどね』

「ボクの船がこれくらいで壊れるわけないだろう」

 

 そんなわけないだろいい加減にしろ! 

 あのドラゴンゾンビが藻掻く揺れだけでも正直立っているのも厳しいくらいだった。転覆しなかったのが幸運だったと言ってもいい。天恵や魔法の使用で疲れているだろうクリスやアンナも攻撃手段のなかったミラと俺でそれぞれ支えていなかったら船外に放り出されていてもおかしくなかったくらいだ。当然飛空船自体へのダメージもシャレにならない。船体の事を考えれば離れてくれてよかったと言わざるを得ない。

 

 ……なのだが、ヤツとの戦闘を考えれば逃げられたのは少々どころではなく手痛い所だ。

 向こうもまた同じ目に合うのは嫌がるだろうから距離を取っての攻撃が中心になってくるだろう。

 だからここからは遠距離からの撃ち合いにならざるを得ない。長期戦は不利だしアンナやアルや船の負担がデカいので避けたいのが本音だが……仕方ない。

 

 

 

「────あの! もう一度、あの龍をここに繋ぎ止める事はできませんか!?」

 

 

 

 誰もがそう考えていた時に声を上げたのは、疲れ切っていただろうクリスであった。

 

「クリス……?」

「私が……私が終わらせます……だから!」

「終わらせるって……アンタ疲れ切っているじゃない! 何をするつもりなのかわかんないけど無茶よ!」

 

 アンナの言うように目に見えてふらふらな状態ではあるが、クリスのその目から確固とした決意を感じ取れた。

 そしてそれを感じ取ったのは俺だけではなかったようだ。

 

「いいだろう。アンガーアンカー、もう一回発射だ! いけるな!」

 

 クリスの決意を読み取ったのか、ニアが再び号令をかけ、再び二機の錨が発射体制へと移った。

 

「二回目だしヤツも警戒しているだろうからしっかり狙え! 照準が付き次第発射だ!」

 

 ニアの言葉通り、錨がドラゴンゾンビへと向けられ微調整をした後、すぐさま魔法の鎖を伴って射出された。

 先程と同様にドラゴンゾンビの胴体部へと命中する軌道を描いていき、そして……

 

「……っ!? なんか、マズイか……!?」

 

 急にアルが雷の槍を投擲した直後、それは起こった。

 

 

「────■■■■■■■■■────」

 

 

 突如としてドラゴンゾンビを中心として、一瞬黒い何かが放射線状に周囲へと広がった。

 

 その黒い何かに触れた錨が、鎖が、音もなく崩れていった。

 まるで圧し固めていた砂が解けてバラバラになっていくかのように。跡形もなく、欠片すら残さず消え去ったのだ。

 

「なん、だ……今の……!?」

「……破壊の、波動……」

 

 破壊の波動……成程、今の攻撃にぴったりの表現だ。今の一撃であの質量の錨と魔法で編まれた鎖も含めて跡形もなく破壊したわけか。

 おそらくだが、アンナのあの獄炎魔法を掻き消したのもこの破壊の波動だろう。

 幸いというべきか、その範囲はそう広いものではないようだ。この船が崩壊した錨と同じようになっていないのはもちろんだが、アルが放り投げた雷槍で軌道を変えられたもう一方の錨は消滅していないことからもわかる。

 

「でもよく気付いたわね」

「なんか嫌な予感がして咄嗟にな……さすがにあんなヤバいのだとは思わなかったけど」

「そのおかげでまだ一発は錨を撃てる」

 

 だが船と取っ組み合いになっている時にあの波動を出されたらどうしようもない。

 何だったらこっちの遠距離からの攻撃も波動で破壊されて無効化されるとなると、打つ手がないんだが……

 

「……なんでさっきアレをしなかったんだ?」

 

 と、ここでアルがポツリと疑問を零した。

 

「今見てた感じ直前に嫌な予感はしたけどブレスみたいに溜めの動作はなかった。なのに俺達が滅多打ちにしてた時とか何なら最初に錨をぶち込んだ時には使わなかった。なんでだ?」

 

 確かに。あの時にあの波動を使われていたなら俺達は終わっていたはずだ。わざわざ離れる必要もない。だがアレを撃たなかった理由が何なのか……

 ……考えられるとすれば、あの波動は一度使うと次使うのにある程度時間が、つまりインターバルを挟まないといけないのではないか? 

 アンナの獄炎魔法に一度使い、次に使えるようになったのがさっきだったと考えれば辻褄は合う。

 獄炎魔法を食らってから今錨を破壊した辺りまでの時間をざっくり考えれば……あまり長くはないがあの波動を出すまで猶予はある。

 

「じゃあそれまでに繋ぎ止める事ができれば……!」

「なら善は急げだ! 再射出急げ!」

 

 アルと俺の推測にニアが再び指示を出し、巻き取られた錨を再び発射するための号令をかけた。

 

 

『いや、ちょっと難しいネ』

 

 

 が、ここで待ったをかける声が上がってきた。

 

「水を差すなよモーティス。まだ一発残っているだろう?」

『残念ながら、錨の射出機構がアル君のさっきの雷で逝かれたみたいだ。魔導連鎖は形成できるし巻き取りはさっきできたから刺さった後に引き戻して船に留める事は出来るだろうけど、その前に錨を空を飛ぶアレに何とか刺す必要があるよ』

「つまりこのバカでかい錨をあの空飛ぶドラゴンに投擲しろってことか!」

「で、誰が投げるんだい?」

 

 どう考えても大鎧(パワードスーツ)着てるニアしかいないんだが? なんで自分ではないと確信したように言っているのか。

 

「ふっ……自慢じゃないが、ボクはコントロールが悪いぞ。射撃ならまだしも投擲なんて当てられる気がしない」

 

 本当に自慢じゃないな。ロケットパンチでもついてないのか? それならコントロール云々は演算してしまえばなんとかなるんじゃないか? 

 

「ロケットパンチを使ったとしても出力が足りないだろうね」

「いやついてるのかよ」

「あくまで仮の話さ。つけてるのはワイヤーフィストだし」

 

 ついてんじゃねーか。

 しかし……それならアンナを酷使するしかもう……? 

 

 

 

「────私が何とかしよう」

 

 

 

 そんな決断をしようという考えを遮ったのはミラであった。

 

「何とかって言ったって……どうするんだ?」

「我ら呪霧に侵され生き残ったダークエルフには、もう呪霧によって変質しないという点以外にもう一つある能力を得る。これがそうだ……!」

 

 錨の一つに手を添えたミラの呼吸音がここまで聞こえてくるほどに変化したと同時に、彼女の皮膚に帯の様な模様が浮かび上がった。

 

「抗帯呪法、起動────!!」

 

 かと思えば、人力では持ち上げられそうにない錨を持ち上げ、狙いをつけるように投擲の構えを取った。

 

「ッッッ!!」

 

 そして、その手から放たれた錨は、人の手で投げられたとは思えないほどの勢いで飛んでいき、空を舞うドラゴンゾンビの胴体部に深く突き刺さった。

 

「■■■■■■■■■■ッ!?」

 

 錨に付随する光の鎖によって再び船へとドラゴンが引き寄せられるが、このまま先程と同様に甲板に縛り付けたとしても、そこからどうするかが問題である。

 クリスが何とかすると言っていたモノの、【浄化】の天恵にしても、以前の変貌したクチーダ相手に使っても多少の効果はあったが浄化し切ることはできていなかった。時間をかけようにも破壊の波動のインターバルを考えると悠長にしている暇もない。

 クリスはどうするつもりなのだろうか……? 

 

「────禁忌に捕らわれた彼の者に、魂の救済を────」

 

 クリスが祈りを捧げるかのように両手を握り、精神を集中させていく。浄化の光が周囲に満ち始める。ここまでは今まで通りだ。

 

「────これなる浄化の()を以って、彼の者を魂の呪縛から解き放ち給え────」

 

 そこから周囲に満ちていた光が一か所に固まっていく。その言葉の通り、巨大な十字架のような剣の形状に象られていた。

 

 そして、その光の十字剣はこちらに引き寄せられてきたドラゴンゾンビへ向けて飛来し、突き刺さった。

 その際に肉を裂くような音はなく、まるで摺り抜けたかのようにするりとその剣身を差し込まれたドラゴンゾンビはそのままピタリとその動きを止めた。

 

 

「────苛烈なる十字架(クロス・グレイブ)────」

 

 

 光の十字架が放つ光が強くなったかと思えば、その身の内側から光が漏れ出し、毒々しいその体が灰のように崩れていく。まさしく聖なる光によって不浄なる存在が灼かれていくかのようだった。

 

 

「────願わくば、この一撃が貴方にとっての救いとなりますよう」

 

 

 クリスのその言葉とともに、ゾンビと化した龍は光へと還っていった。

 

 

 最期の一瞬、ゾンビとなり光る物もなくなった龍の眼窩に、不思議と光が灯ったような、そんな気がした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話

 

 かつて神樹と呼ばれた龍の成れの果て、その最期を見届けた俺達はようやく一息吐くことができた。

 

「クリス、今のは……」

「今まで広げるように使っていた【浄化】の力を集中させたんです。今までの使い方だと瘴気に侵された奥まで浄化できていないようだったのでどうにかできないかなって」

 

 灰のようになったのは瘴気によって異常に変質した身体を浄化されて維持できなくなったからか……それにしてもよく思い付いたものだ。

 

「アルが雷を剣や槍の形に集中していたのでこれならできるんじゃないかって。周りを見て取り入れられるものは取り入れろってお師匠も言っていましたし」

 

 そうか………………そんなこと言ったっけ? ……言ったかな? ……言ったな。言ったことにしよう。

 

「…………ちょっと待って。お師匠って誰の事?」

 

 ここでアンナがクリスの師匠発言に引っかかったようだ。あー……そうか、クリスのお師匠呼びはアンナと別れてからだったな。

 

「それは……」

 

 言いにくそうにしながらアルの視線は俺に向けられる。他の知っているヤツからも視線が向けられているのがわかる。

 そうして周囲の視線を目で追ったアンナと俺の目が合った。

 

「…………えっ!? だ、ダメよ! こんなやつに師事したら碌なことにならないわよ!!」

「俺もそう思うんだけどな」

「ボクもそう思う」

「同じく」

 僕もそう思うだわにゃん。

 

「自分で言うな!」

 

 まあそれはさておき、ようやく一息吐けそうではあるがその前にこの後どういう方針で動くか決めるだけ決めておこう。

 

「この後って……エルロンを追うために次はどうするかってことか?」

 

 それもあるが、その前段階の話だ。

 

 

 つまり、今回の事後処理についてである。

 

 

 何せエルフ大森林の象徴でありエルフたちの信仰の対象だった世界樹が物理的に崩れたのだ。今回の件に関わっていない第三者にも何かが起きたことは間違いなく伝わるだろう。

 エルフたちへの説明はもちろん、公国側からも細かい説明を求められるだろう。

 何せ合法的にとはいえ公国側の静止を振り切って勝手に森に入って、過程はともかくエルフの信仰する龍神の成れの果てを消してしまったのだ。最悪両者から敵対されてもおかしくはない。

 ……というかそもそもこの飛空船もたぶん密入国じゃないのか? 

 

「あっ! そうだった! 公国側にどう説明すれば……!」

「大事の前の小事だ。仕方ないさ」

「仕方ないで済まないわよ……!」

 

 何だったらエルロン一派の飛空船と違う事を理解してもらえるかも微妙な所だろう。混同されて王国と公国の関係が悪化したら最悪だな。というかエルフにも勘違いされる可能性もある。

 

「なら……エルフへの説明は私がしよう」

 

 と、ここで顔色が悪く脂汗を浮かべているミラがエルフへの説明役を買って出た…………というか見るからに消耗が激しいが、大丈夫か? 

 

「大丈夫……とは言い難いな。抗帯呪法は一時的に限界を超えた力を出せるが、その分反動が大きい。少なくとも今日一日は戦闘はできないと思ってくれ」

 

 確かにあれは尋常ではない力だった。ただでさえゴリラパワーだとは思っていたが、あれはもはやキングコングパワーと言っても過言ではないのでは? 

 

「ちょっと待て。何故そこでゴリラからコングになっているのだ、撤回しろ」

「え、そこなの?」

 

 うぬぅ、エルフ特有の拘りなのだろうがどこが琴線に触れているのかわからん。

 

「……神樹様は既に呪霧によって狂われてしまっていた。あれを放置してしまう方が我らの信仰、何より神樹様の存在へ背信となっていた。貴様たちが悪くないということは私が証明してみせる」

「そう言ってくれるのなら、頼んだ」

 

 これでエルフの方は何とか説得できそうだ。あとは公国に対してだが……

 

『あー、ちょっといいかな? そろそろ船の状態が拙い域まで来ているようだ。このままだとあまり長くは飛んでいられないけど、どうするね?』

 

 おっと、ここで船の方がヤバくなってきているらしい。あれほどの激闘だったわけだし仕方ないというかよく持ったというべきか。

 

「一度修理のためにも着陸すべきだな。この辺りでこの船を止められそうな場所ってあるかい?」

「専用の施設もないのに修理できるの?」

「損傷の程度にもよるけど、ボクが作ったものをボクが直せない理由はないさ」

 

 アンナの当然の疑問に対してニアは当然のようにそう言い切った。さすが天災……もとい天才。

 

「この辺りだったら世界樹の周りくらいしかないんじゃないか? 森の中じゃ樹々が生い茂っててとてもじゃないけど降りれないぞ」

「それ以外だと森を出ないとないかと思いますよ」

 

 そこまで行くならまず公国に報告した方がいいな。どうあってもこの船は不審物だし。

 

「それはメンド……何かあったら困るからならひとまずこの辺りの平地に着陸後、船の点検・修理作業に入る事にしよう。総員、準備だ!」

 

 その意見に全面的に賛成だ! 

 

「今面倒って言おうとした? てか面倒って思って肯定した?」

「言ってないよ」

 思ってないよ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 世界樹跡付近に着陸した俺達だが、そこでおかしなことに遭遇した。

 

 飛空船が着陸できる場所がすぐに見つけられた、というか探すまでもなくあったのである。

 

 この言い方だと語弊があるかもしれないが、飛空船が着陸できるとしたらこの辺りしかないと思ったのは確かだが、ここまであっさり見つかるとは思っていなかったのだ。

 

 というのも、少し前まではここには天まで届くと見紛うほどに高かった世界樹があったわけだが、それがついさっき崩壊したとなればそれだけ大量の瓦礫が広範囲に地上に降り注ぐはずである。

 特に世界樹のお膝元でもあった場所であればなおさらである。

 にもかかわらず瓦礫は世界樹のあった周辺に山のように固まっており、世界樹周辺にあった開けた空間は狭まってはいるものの飛空船が着陸するには十分なほどに残っていた。

 

「おそらく神樹様に巻き付かれていたせいで瓦解する塔がその外側に飛び散ることができなかったのだろう」

 

 そう言うミラは、さすが神樹様……みたいな雰囲気を出しているが、そもそも塔が崩壊した理由はその神樹様のしめつける攻撃のせいなんだが…………まあそれも元を辿れば瘴気ばらまいたエルロンのせいだし、仕方ないね。おのれ、エルロン! 

 

「じゃあ早速船の点検を始めようか」

「いや待て……囲まれているぞ」

「なんだって? まさかエルロン一派がまだいたのか……!?」

「いや、この気配は…………私だ! 警戒を解いてくれ!!」

 

 ミラの呼びかけに答えるように姿を現したのは、いまだ警戒した様子のダークエルフ衆であった。

 

 まあ敵が乗ってきていた空飛ぶ船で、さっきまでゾンビ化した信仰元のドラゴンと戦っていたのを見ていたのなら警戒するのも不思議ではない。

 

 ミラや俺達が姿を見せるとその警戒は解かれたが、互いの無事を祝いこちらの事情を説明する前に向こうの事情を説明するためにと別の場所へと案内された。

 

 その案内された先にあったのは墜落したかのように半壊した敵の飛空船であった。

 

「────飛空船!! ボクのだぞ!!」

「ステイ」

 

 興奮するニアを留めながらダークエルフ衆に話を聞くと、世界樹が瘴気に包まれ始める前後でエルロン一派は飛空船に集まって離脱を始めたのだが、その際に離脱に遅れた飛空船の一艇が世界樹崩壊の瓦礫に巻き込まれて墜落したらしい。

 運が悪いとしか言いようがないが、墜落した飛空船の中から生き残ったエルロン一派が出てくる可能性もあったのでダークエルフ衆はそれを無力化すべく乗り込んだのだが、飛空船の中には生存者は一人もいなかったのだが、その死体の一部が何やらおかしかったらしい。

 具体的にどうおかしかったのかと言えば、どう見ても死体なのに動いていたり、体が毒々しい色に変色しながら溶けていたりと……何やら聞き覚えのある状態である。

 

「というかそれ瘴気でゾンビになったんじゃないか?」

「死体が瘴気に侵されていた……?」

「瘴気に侵されて死んだヤツも混じってそうね」

 

 飛空船を墜落させた瓦礫に瘴気が溜め込まれていたとか、エルロン一派が瘴気の一部を集めていてそれが漏れ出したとか、可能性としては色々と考えられるが……どれもピンとこないな。

 

「瘴気を持ち出すとかできるのか?」

「できるかどうかで言えばできるんじゃないか? お前たちが前にボクの所に持ち込んだペンダントみたいな装置があれば瘴気の保管もその後の有効活用も十分に可能だ」

「それが何らかの要因で壊れて制御不能になって御覧の有様という可能性も十分に考えられるしネ」

 

 そこまで重要なポジションじゃなさそうなクチーダが所持していたくらいだからエルロン一派が他に同様の物を持っていてもおかしくはない……が、あくまで憶測の域を出ないのも事実だ。

 

「結局真相は闇の中ってことか……」

 

 まあ死人に口無しではあるが、それでも物は残っている。飛空船という物証が残っている以上そこから何かが見つかればいいのだが……さすがにそろそろ休まないか? さすがにしんどい。

 

「そうね。正直アタシも結構無茶したし、アンタたちもどうせ無茶してたんでしょ」

「いやまあ確かにだいぶ強行軍だったのは確かだけど……」

「では私はロリー婆たちへ説明に向かう……」

「ミラさんも休んでください。というか一番休まないといけないのは貴女ですよ」

「クリスもだよ」

 

 ということでダークエルフ衆の一人に事の顛末をエルフの集落に伝えてもらうように伝えて、俺達はその場で休む事にした。

 

 

「さぁ! 解体の時間だよ!!」

「おい、点検しろよ」

 

 …………飛空船に残っているだろうエルロン一派に繋がる何かまでニアに解体されない事を願いながら……

 

 

 

 ◆

 

 

 

 休息を挟みつつ俺達は飛空船を中心に調べていたが、さしたる成果はなかった。

 墜落の衝撃で思った以上に船の損壊が激しく、ニアの興味も失せたようで乗ってきた船の修繕に必要な部品を剥ぎ取るに治まった。ちなみに船の点検・修繕を終えたニアの興味は崩れ切った塔の残骸漁りに移行している。

 エルロン一派の動向についてもさしたる物は存在しなかった。おそらく一派の中でも末端の集団だったのだろう。道理で離脱に遅れるわけだと納得してしまった。

 モーティスとしても新たな発見はないので大した価値はないとのことで、本当に成果らしい成果が皆無なのであった。ちなみにモーティスも塔の残骸漁りに興味が移ってしまっていた。

 そしてミラを始めとしたダークエルフ衆も仮にも聖地であった場所をこのままにしておくわけにはいかないので塔の残骸の撤去を行なっていた。

 そして手持無沙汰な俺達も塔の残骸漁りもとい撤去を手伝うことにした。

 

 図らずも異なる考えで動く集団が同じ行動をとる事となった。

 

「でもここまでしても何にもわかりませんでした……」

「奴らの足が一つ潰れたと思えばいいんじゃないか?」

 

 兄の言葉に逆らって無断で国を飛び出してきたクリスは、エルロンを捕まえることもその目的を知る事も次の行き先の手掛かりすらも手に入らなかったために落ち込んでいた。

 とはいえここにきて何もできなかったというわけではない。もし俺達が来ていなかったら最悪あのドラゴンゾンビが敵の支配下に落ちてエルフの森や公国を蹂躙していた可能性だってあったわけで、それを考えれば魔導都市を飛び出してきて正解だったわけだな。

 

「確かにそうだけど、納得いかない……」

 

 アンナがそうぼやくが、文句があるならゴッフに言ってくれ。

 

「どうしてそこでゴッフさんが出てくるのよ……?」

 

 アンナの疑問も当然だがこれは変えようのない事実なのだ……タイミングが絶妙すぎたのだ……俺は悪くない……! 

 

「実際この件に関してはお師匠悪くないんですが……」

「その言い方だと自分が悪いって言ってるように聞こえるぞ」

「でもゴッフさんが悪いわけじゃないんでしょ?」

 

 それは……そうなんですが…………

 

 

 

 

「────話は聞いていたけど、元気そうで何よりだよ」

 

 

 

 

 と、俺が言い淀んでいた時に森の方(正確にはこちらが森の奥側なのだがこちらの方が木々が開けているのでこう言い表すしかない)から、その声とともに見覚えのある人達がその姿を現した。

 ミラの弟であるテルを含む数人の付き人とともに現れたその幼い容姿は、まさしくエルフの長老の一人であるロリー婆であった。

 

「ロリー婆! それにテルも!? 何故ここに!?」

「何故も何も姉さんが向かった神樹様がこんな事になったからに決まってるだろ!」

「……お前が私の心配をするなど、百年早い。見ての通り私は何ともない」

 

 ようテル。お前の姉さんだいぶ無理してたぞ。なんか呪印的なのを使ってだいぶ消耗してたし。

 ……と、伝えたらミラから鋭い視線が飛んできた。だが、俺の言葉を聞いたテルがミラに対して食って掛かった。

 

「姉さん抗帯呪法使ったのか!? あれは体に尋常じゃない負担がかかって寿命が縮まるから使っちゃダメだって言ってただろ!」

「つ、使わざるを得ない状況だったのだ……」

「そりゃ僕だって姉さんが何もないのに使うとは思ってないけど、どうせ使った後ちゃんと休んでないんだろ!」

「い……いや、ちゃんと休息は取った。問題ないぞ」

「今思いっきり力仕事してたじゃないか! しばらくは絶対安静!」

 

 物凄い剣幕のテルとタジタジしているミラの姿に、俺達は思わず見入ってしまう。

 

「……ミラさんがテル君に圧されてますね」

「てっきり姉弟の力関係はミラの方が強いのかと思っていたけどそういうわけじゃないんだな」

 

 まあミラは弟であるテルに対して甘い所があるのは傍から見てたらわかるからなぁ。本人は隠しているんだろうけど多少漏れてはいたし。

 というかやっぱりあの馬鹿力はあんまり多用できないモノだっていうのは間違いないようだ。

 

「さて、姉弟の感動の再会もいいけど、それが一番の目的じゃないからね」

 

 と、ミラテル姉弟のやり取りに目を取られていたが、ロリー婆がそう言いながらこちらに向かって歩み寄ってきた。

 

「今回の顛末に関しては簡単にだけど聞かせてもらったよ。一族と神樹様を信仰する者を代表して礼を言わせておくれ」

 

 そしてそのままロリー婆は俺達に頭を下げた。

 

「あ、頭を上げてください!」

「俺達は頭を下げられるような事はできなかった。むしろ俺達が謝らないといけないくらいだ」

 

 クリスとアルがロリー婆に対して語り掛けている後ろでアンナが「……あの子、誰?」と俺に訊いてきたのでエルフの長老と説明すると驚きで二度見した上で宇宙猫状態になっていた。気持ちはわかる。

 そんな宇宙アンナの様子を眺めている間に不毛な謝罪合戦は終わったようだ。

 

「ところであんたたちのお仲間が乗ってきたっていう空飛ぶ船は動くのかい?」

「当然さ。何せこのボクの製作した船だ。当然動くさ」

 

 ロリー婆の質問に対して先程まで撤去作業していた大鎧状態のニアが答えた。いきなり現れたニアにテルは思わずビクッと体を震わせていた。巨体にビビったのかもしれないが鎧の中身はお前より小さいからな。

 

「ならそれに乗せておくれ。連れて行ってほしい所があるんだ」

「それは構わないけど、どこに行こうっていうんだい?」

「なに。老いぼれなりにあんたたちの役に立ってやろうと思ってね」

 

 どう見ても老いぼれに見えないロリー婆は、その幼子のような顔からは想定できない狡猾な笑みを浮かべていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話

 ロリー婆の要望によって飛空船で向かった先は公国の首都にある城、つまりは公国の重鎮である大公たちがいる場所であった。

 

 さすがに城に直接飛空船で乗り込むわけにもいかないので開けた場所にて着陸し、飛空船を警戒してきた哨戒してきた公国兵に連れられる形で首都へと向かい、『森へ入っていった姫巫女一行とハイエルフが飛行船に乗ってきた』という最低限にも関わらず濃い情報を知らされたであろう大公と大臣と急遽面会する事となった。

 重要ではあるものの量の足りない情報のせいで混乱する中、こちらに対して何か物言いたげな大公たちを尻目に真っ先に発したロリー婆の第一声が、これだ。

 

 

「おお、大公殿! 此度は貴方が遣わしてくださった客人たちのおかげで助かりましたぞ!」

 

 

 これには大公も大臣も言葉を失った。俺達も言葉を失った。

 

 それと同時にこうも思った。成程、この手があったか、と。

 

 現状の公国側の視点を考えれば、各国で散発的なテロ行為を繰り返しているらしい飛空船から降りてきた俺達クリス一行とエルフのロリー婆はかなり怪しい立場に見られている。

 とはいえ旧交の深いエルフに対してはまだ疑惑の域を超えない程度だろう。互いの文化を知りあっている以上、エルフの技術で飛空船を生み出すのは無理だというのは公国としても理解していると思われる。

 問題としては俺達、姫巫女一行と飛空船できた魔導都市組だろう。

 俺達は暗に勝手に森に入るなよと言われていたのに、合法的にとはいえエルフ大森林に入っていったわけであるし、アンナ達に至っては明確に不法入国してしまっている。さらに俺達は纏めて公国と関係が悪くなっていた王国の関係者として見られているので公国からしたら疑惑を通り越してかなり黒い。

 

 なので公国としては俺達を糾弾するなり、ロリー婆に対して説明を求めたりなどの行動が予測できたのだが、その前にされたロリー婆のこの発言によって公国にとっての状況が変化した。

 

 ロリー婆のこの発言によって『エルフが何らかの危機に苛まれた被害者』であり、そのエルフにとって『俺達が公国が寄越してくれた恩人』であると公国側は認識した。

 エルフが被害者なのはあっているが、もちろん俺達は公国関係なくエルフと接触したし当然ロリー婆もそれを知っている。だが重要なのはそこではない。

 

 重要なのは、今のこの発言によって『エルフは公国と敵対する意思はなく』、『そのエルフの危機を救ったのが俺達一行であり』、『俺達を派遣したのが公国であるとエルフが認識している』事が明示された事である。

 

 これに対して公国が否定するのは簡単だ。なんせ俺達の行動に公国が関与していなかったのは事実なのだから『そんな事実はない』とこの場で口にすればいいだけのことだ。

 

 だが公国がこれを否定して俺達やアンナ達を捕まえようとした場合、『え? じゃあお前たちは森の危機に何してたの?』ということになり、さらに言えばエルフの恩人を罪人扱いする事になり、エルフからの公国の評価はダダ下がりとなるだろう。

 

 公国が今の貿易大国となれているのは少なからずエルフの森の恩恵があるからであり、そこを管理するエルフとの関係が悪化する事は避けたい。

 もっといえばロリー婆の言葉を肯定した所で公国が損をすることはないのだ。特に労力を割かずにエルフに恩を売れ、何だったら不法入国した王国へも恩を売れる。むしろ公国としてプラスでしかない。

 

 強いてデメリットをあげれば、王国側の人間に見える俺達に好き勝手にされたのにそれを黙認するしかないくらいだが、それも王国に貸しを作れたと思えば許容範囲だろう。

 

 

 その辺りを瞬時に判断したであろう大臣が大公に耳打ちし、ロリー婆の発言に乗っかる形で俺達が心配していた点は何事もなく解決し、スムーズに話は進んでいった。

 

 正直面倒だと思っていた公国との問題はこれで万事解決したのだった。

 さすがロリー婆、老獪を自称する合法幼女は伊達ではなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 さて、公国との問題が終わり、公国も対エルロン一派のために力を貸してもらえる事となったのでその旨を王国のクロード王子に伝えるべく俺達は飛空船を使って一度魔導都市に戻る事となった。

 その前にロリー婆をエルフの森へと送り届ける必要があったので再び世界樹跡へと飛空船を停泊したのだが、

 

「さて、これからどういうふうに王国と公国が協力し合うかはわからんが、恩人であるあんたたちにエルフとしてできる助力はしようと思う。ミラとテル、この二人を連れていくといい」

「はっ!?」

「ロリー婆!?」

 

「ミラは少し堅物な所はエルフの戦士の中でも最上位の腕前だ。テルもまだ未熟な所も多いが、頭を使う事なら役に立つ事も多いだろうさ」

 

 ミラの実力は俺達もよく知る所であるし、テルも戦力にはならないがその地頭の良さから頭脳面や裏方で役に立ってくれるだろう。

 ただもともと外に出たがっていたテルと違って真面目なミラがそれを素直に承諾するとは思えないのだが……実際食って掛かっているし。

 

「待て! 私はダークエルフだ! その役目を放棄するわけにはいかないだろう!?」

「役目と言っても神樹様も禁忌の塔もなくなっちまったんだ。ダークエルフの役割自体を見直す必要がある。ならあんたが森に居座り続ける理由もないわけだ」

「それは……そうだが……」

「それにエルフとしてもやられっぱなしで放置するのも癪に障るからね。一矢報いてきてくれ」

「……………………わかった。それが長の決定なら、従おう」

「テルもそれでいいかい?」

「まあ、僕は元々外に出たいと思ってたわけだから問題ないけど……」

「なら決まりだね。というわけだから二人をよろしく頼むよ」

「いやまあ、俺達としてはありがたいけど、いいのか? エルフだってこれから大変だろ?」

 

 アルの言う通り、今回の件はエルフたちのこれからに少なからず影響を与える事だろう。

 実質的な被害は少ないと言っても、今まで当たり前のように存在した信仰対象が消えてしまったのだ。

 当たり前の常識が崩れてしまった事はエルフたちに心理的な衝撃を与えた事に違いはない。最悪エルフという民族が分解してしまってもおかしくはない。

 そんな重要な局面でミラとテルをこちらに派遣しても大丈夫なのだろうか? 

 

「そのくらいなんとかなるさ。これでも経験豊富だからね。それにこれからのエルフ族のためにも二人には外の世界で見聞を広めてほしいのさ」

 

 そういう姿はどうみても幼女なのだが先程のやり口などを見ていると説得力が増してくるのが不思議である。

 それにしてもどうやら二人は将来のエルフ族を率いる事を期待されているようだ。まあわからなくもない。

 

「……というわけだ。改めて、エルフの戦士ミラだ。よろしく頼む」

「同じくエルフのテル……です。姉さんと違って肉体労働は苦手だからそこはよろしく」

 

 というわけでエルフ姉弟のミラとテルが仲間になった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 こうして新たな仲間を迎えた俺達はエルフたちに見送られながら飛空船にて魔導都市へと飛び立った。

 

「……ところでクロードに報告するために戻るのになんで魔導都市に向かうんだ? 直接王都に向かわなくていいのか?」

「それはやめた方がいいわね。だってついこの間国王を害して成り代わっていた連中が奪った飛空船で逃げたのよ。そんな所にいきなり飛空船が来たらどうなると思う?」

 

 どう考えても勘違いされて弓引かれるわな。多分まだニアが飛空船作った事も正式に報告してないだろうし。

 

「それにこの飛空船も本格的に修理しないといけない。森でしたのはあくまで応急処置にすぎないからね」

「直ってないのか?」

「直ってないわけではないさ。ただちゃんとした設備のある場所で点検はするべきだって話だよ。それにこの船はあくまで試作品だからね。工房内でこれの稼働データの共有もする必要がある」

 

 成程、この飛空船はあくまで試作品の段階だ。ここから様々なデータを取ってさらに精度の高い船を作り上げていくのだろう。天災技術者といえど、そういう技術のフィードバックは大事にしているようでよかった。

 

「それにお前たちの乗ってきた小型の飛空船が気になる。詳しく調べたい所だ」

 

 ああ、これ単純に興味の対象がスカイ・アルフォン・ギョクーザに移っただけだ。

 

「すか……何その奇天烈な名前?」

「ネーミングセンスを疑う」

 

 なにおう! この機体ならこの名前しかないってくらいにピッタリだろう! 

 

「せめて俺のじゃなくて自分の名前つけろよ」

 

 俺だって自分の名前で付けたかったさ。だが語呂の良さで比べての苦渋の決断なんだよなぁ。

 

 まあ束の間ではあるが新しい仲間と交友を深めつつも今世初めての気楽な空の旅を満喫するとしよう。

 

「初めてのって、大げさだなぁ」

 

 大げさか? うーん……せやろか? ………………せやろか??? 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そんなこんなで無事魔導都市のシド工房に到着した俺達は、ニアたち飛空船技術班+モーティスが何らかの作業を始めるのを尻目に今回の顛末をクロード王子に報告するために通信手段を持っている領主殿を訪ねたのだったのだが……

 

「まさか留守とは……」

「タイミングが悪かったみたいですね」

「相手はこの街の長なんだろ? なら忙しく飛び回っててもおかしくないだろ」

 

 どこかの研究所へ視察へ行っているらしく留守であった。

 予定ではもうすぐ戻ってくる予定なので領主殿の執務室で待たせてもらうことになったのだが……

 

「えーっと……あったあった。じゃあ通信するわよ」

「えー……領主さん戻ってきてないのにいいのか?」

「普通に部屋を漁っていたが外ではこれが普通なのか……?」

 

 それは違うよ、とエルフ組を諭している間にも、部屋の主がいない状況で部屋を漁って魔道具を探り出したアンナは、そのままクロード殿下……もう陛下だったか……に連絡を取るべく通信を開始した。

 

 まあ早く連絡する分にはいいだろう。無断で部屋を漁るのはどうかと思うが。いくらアルが物語の勇者っぽいからといっても勇者じゃないし、よしんば勇者だとしても現実で許されるわけでもあるまいし……。

 

 クロード陛下との通信は問題なく繋がり、勝手に魔導都市を飛び出したクリスへの説教から始まり、互いの状況説明へと続いた。

 

『……頭が痛い……結果的にとはいえ、クリスが先んじて公国へ向かった事は正解だったわけか……』

 

 行動目的がいまだにつかみきれないエルロン一派に対抗するために公国を始めとした諸外国との交渉を考えているのだろう。それに対してどう動くか、そしてどう動かすべきかもわからないクリスを始めとした俺達の扱いにも悩んでいそうだ。

 

 ……というか真面目に俺達の扱いはどうなるのだろうか? 今はクリスの御付きみたいな感じで誤魔化せてるだろうが、公国やら諸外国まで関わってくるとなるとその辺りの所属に関して明確にしておかないと面倒なことになりえる。

 アルやクリスは気にしないだろうが、絶対に水面下で国同士の小競り合いが出てくる。現状ほぼほぼ王国関係者で固まっているが、他の国が人員を送り込んできたりするかもしれない。ミラやテルみたいな実力も性格も理解し合えているのならともかく自国の利益第一な奴が来られると困るし、逆に引き抜き行為が始まっても面倒だし…………

 

 ………………うん、そういうのはアンナに任せよう。俺は考えるのをやめた。

 

『ひとまずクリス達はそこで魔導都市を味方に付けるよう動いてほしい。他の動きをするのならできれば相談、最低でも報告を頼む』

「わかった!」

 

 このアルの返事……これはわかってないな。

 そう思いながらも心の内に留めた俺は、通信を終えて陛下の姿が消えるのを見送った。

 

「さて、用も済んだしさっさと拠点に帰りましょうか」

「何? いいのか? ここの長と話していかなくて?」

「いいのよ。忙しいみたいだし無駄に居座る必要もないでしょ」

 

 えぇ……? いや確かにここに来た用件は済んだわけだが。というかまさか俺と同じく常識人寄りのアンナの口からそんな提案が出るとは思わなかった。

 

 

「────連れないなぁ。私とも話していっていいじゃないか」

 

 

 そんなことを思っていたら、部屋の扉が開きこの部屋の主である領主殿が現れた。

 

「領主さん、いつからそこに……?」

「今入ってきたばかりだよ」

 

 つまり部屋の外にはいたんですね、わかります。

 

「そんなことより、だ」

 

 その言葉とともに真剣な目つきに変わった領主殿の視線がアンナへと向けられた。そして……

 

「────アンナちゃーん!! 無事でよかったよ~!!」

 

 突如として領主殿がアンナに飛びつくように抱き着いた…………うん? 

 

「はぁ~……そんなくっつかないで。暑苦しい」

「そんなこと言わないでほしいなぁ。こうして会えたのも久しぶりだし、色々と心配したんだからさ~」

「は・な・れ・て!!」

 

 抱き着かれたアンナに嫌そうな引きはがされそうになるもそれに嬉しそうに抵抗するという、普段の領主殿の姿からは予想だにしない光景が目の前に展開されていた。

 

 これは……事案かな? 

 

「憲兵呼んできた方がいい?」

「この場で射殺すべきでは?」

「……あれ、言ってませんでしたっけ?」

 

 領主殿の奇行に思わず通報を考える俺達を見たクリスの反応に、なんとなく察してしまった。

 いやまあ魔導研究の総本山みたいな場所だ。天災魔法使いのアンナも無関係ではないと思ってはいたのだが……

 

「あ、改めまして、アンナちゃんのパパです」

「……いい加減、離れて!!」

 

 

 さすがにこれは予想外なのだが……? 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「少し、腹を割って話そうか」

 

 頬に赤い紅葉を付けられて少し落ち着いた領主殿は、何事もなかったかのような表情でこちらへと話しかけてきた。

 

「君達は既に気付いていると思うが、このアトラシアにおいて完全に王国に対して協力的な歩調を取れていない理由の一端は私にある」

「どうしてですか?」

「王国が信用しきれないからさ」

 

 王族であるクリスの問いかけに対して領主殿はその理由をバッサリと言い切った。

 

「一応断っておくけれど、クロード陛下を信用していないわけじゃないし、私とてエルロン一派に恭順すべきなんて事は言わないさ。彼らの目的が何なのかは未だにわからないが、それを放置するのは悪手であると考えている。世界のバランスの危機、そして何よりアンナちゃんに危害を加えた罪は重い」

 

 急に親バカ出してこないでください。

 

「クロード陛下の手腕を疑うわけではないが、一国の王となると一つの問題に掛かり切りになってはいられない。外交内政問わずやる事はそれこそ山のようにある。そんな中で危機感の足りない貴族が足を引っ張るなんて可能性もある。宮廷における権力闘争なんて定番だしね」

 

 実際に宮廷魔術師として権力闘争を操っていたと言われる人物が言うと説得力が増す。

 

「逆にクロード陛下は優秀すぎて今まで失敗らしい失敗をしてこなかったことも不安要素ではあるね」

「それは……いいことでは?」

「悪いことではないが、良しと言い切ることもできない。今まで成功体験しかしてこなかった才人が一度の失敗によって身を崩してしまうなんてことはそれほど腐るほどあるからね。クロード陛下がそうではないとは言い切れないだろう? まあこれに関しては屁理屈みたいなものだけれども」

 

 まあ言わんとすることはわかる。失敗は成功の糧ともいうが、それを実際にできるかは人それぞれだ。そしてクロード陛下がそれを実践できる人かは全くの未知数なのもまた事実。糧にできればいいが、それができなければ被害を真っ先に食うのは現場の人間であるわけで…………まあそこを考えすぎてもどうしようもないわけだが。

 

「それらを踏まえた上で、私は君達を非常に高く評価しているんだよ」

「俺達……? そこまで評価されるような事したか?」

 

 愛娘を救出した点が特に評価高いんですねわかります。

 

「茶々を入れずに黙って聞け」

 

 イタイイタイ聞いているから俺の頭からそのゴリラハンドを放すんだ。

 領主殿もハハハと笑ってみてないで止めてくれませんかねぇ。

 

「もちろんそれもあるが、実際君達がいなければ姫様は相手に拉致され、クロード陛下は未だ監禁されたまま、そして前王は敵に成り代わられたまま、そのまま王国は乗っ取られ、王国が武力で世界に侵攻を始めた上で、さらには巨大なドラゴンまで敵の手駒になっていたわけだ」

 

 うわぁ、なんだかすごいことになっちゃってたぞ。箇条書きマジックがあるにしてもこれは評価しない理由がないな。

 

「自分で言うな……って言いたいけど、間違ってはないのよね」

 

 というか領主殿が世界樹の事知っている辺りやっぱり部屋の外で盗み聞きしてたのは間違いないわけなのだがそのあたりは如何に? 

 

「少し非情な言い方をするけど、私は君達の事をエルロン一派に対する最重要な戦力だと認識している。その戦力を王国の傘下に入れたとして、そんなつまらない事で君達の持ち味の一つであるフットワークの軽さを殺してしまうのは勿体ない」

 

 あ、スルーされた。

 

 

「というわけで提案だ。君達、独立勢力にならないか?」

 

 

「独立勢力?」

 

 つまり王国にも属さずにフリーの一集団として行動しろと……さすがに無理がない? 

 

「別に王国の支援を受けるなとは言わないよ。ただ支援は受けても君達の目的を最優先に動けるようにと考えての提案だ」

 

 それはそれで鎖になりそうな気がするが……生産性のない独立勢力なんて支援を切られたら終わるわけで、

 

「条件をクリアさえすれば魔導都市は全面的に君達の支援を行おう。それならばたとえ王国からの支援がなくなったとしても活動はできるだろう?」

 

 それもその条件によっては魔導都市傘下と同じ事になりかねないんだが……

 

「で、その条件ってのは?」

「その前に一つ確認だ。アンナは彼らに付いていくつもりなのかい?」

「当たり前でしょ。エルロンたちを許せないっていうのもあるけど、クリスや仲間に任せて自分は安全な場所で待ってるなんて考えられないわ」

「親としては愛する娘にそんな危険な戦場に立ってほしくない……のだけど、娘の希望を感情論だけで否定するのも親としてはしたくない……嫌われたくないし」

 

 最後のが本音では? 

 

 

「というわけでアンナ、君には魔導師となってもらう」

 

 

 それが君の参加と君達への支援のための条件だ、と領主殿は言った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。