化物戦記〜ゲート研究部活動記録〜 (かえりゅくんぱんつ)
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第一話 始まりの音

桜が舞う。

春だ。

 

この春、遂に私は中等生になった。

そんな胸が高鳴る中、クラスメイトが話しかけて来る。

 

「千利ー!中等からは部活強制入部だけど、千利は何処に入るの?」

「……あー……えっとぉ……。」

「どーせ花宮はお勉強が彼氏だから部活入っても幽霊部員だつっーの!」

 

ギャハハ、と笑い廊下へ走っていく男子のクラスメイト。

 

「ちょっとー!待ちなさーい!男子共ー!」

話しかけてくれたクラスメイトも彼らを追って廊下へ出た。

 

……私は勉強が好きだ。

小等生時代からずっと勉強にのめり込んで、成績はいつもクラストップ。

運動も出来たので男子にはやや妬まれているのは私自身知ってる。

 

こういう扱いは、もう慣れていた。

 

「ごめんね千利……、アイツら逃がしちゃった。」

男子を追いかけていたクラスメイトが帰ってくる。

 

「いいんだよ別に。勉強が好きなのは事実だし。」

「でもあの言い方は無くない?」

「あはは……まぁね。」

軽く苦笑いをする。

 

「凛花ちゃんは決まったの?部活。」

私に話しかけてきたクラスメイト、凛花に尋ねてみる。

 

「んー、私は広報部にしよっかなぁーって。ほら。私、運動苦手だし、情報伝達部隊志望だからさ。」

 

この学校は戦闘員を育成する学校。

 

別に不思議でもない。何故ならここ五十年前から、異世界生物による侵略が相次いでいるからだ。

だからこの星は未来を生きる若者を全て戦闘員として育成する為に、設立されていた学校は全て戦闘員養育学校になった。

 

私達の世界の歴史の授業で一番に習う事だ。

 

「そっか、広報部。凛花ちゃんにはピッタリだね。頭良いし。」

「千利に言われてもーって感じじゃない?だって千利の方がテストの点数も成績も上じゃん?」

 

事実だ。

 

凛花は運動ができなくて、だから懸命に勉強をしている。

 

けど私は……。

 

ただ、好きだからやっている。

ただ、新たな知識を手に入れるのが楽しくて、それだけの為にやっている。

 

凛花のような、重い理由もなく、ただ呆然と。

 

勉強以外に、好きになれるものも特にない。

だから私は、何処の部活に所属するか決めかねていた。

 

「んー、でも何処かには所属しなきゃいけないもんね。私もちゃんと考えなきゃなぁ、部活。」

「図書部とかは?」

「この学校の本、全部読んじゃったしいいや。」

「ううーん、予想の斜め上行くねぇー。」

 

部活勧誘のパンフレットを開く。

 

運動系の部活、私はもう運動はできる。

文化系の部活、何かを作る事に楽しみは見い出せなかったし、知識系のも興味をそそられない。

 

…………?

 

「何これ。」

 

見つけたのはパンフレットの端に小さく書かれた『ゲート研究部』の文字。

 

「え、ゲートってあの異世界生物が侵入してくる入口でしょ?こんな部活なんかで調べていいものなの?」

 

ゲート、それは異世界と私達の世界とを繋ぐ、まだ謎の多い、異世界への門だ。

 

「さぁ……、一応ここに載ってるって事は学校公認の部活なのかな?」

「待って待って千利!」

 

ガタリと椅子を勢いよく退けるように立ち上がる凛花。

 

「まさかここに入ろうとか思ってないよね?ゲートって、いつ異世界生物が侵入してくるかわかんない場所だよ?」

「……あはは、まさか。こんな部活が公認されるんだなぁ、って思っただけだよ。」

 

まだ教科書にも詳細が載せられない未知なる門、ゲート。

 

「そう言えば今日の放課後、部活見学だよね?」

 

行こう。

 

「そうだけど……何処見学するか決めた?」

 

もう決めている。

 

「うん、でも秘密。」

 

誰も知らない。

未知へと手を伸ばす。

 

例えそれが、禁断の果実であろうとも。

 

・・・

 

放課後。

 

何処かの部室、項垂れる数名の部員。

 

「今年も誰も来ないよねぇ。」

「多分な、ってか暑すぎね?」

 

ソファを独占する大柄な青年、小柄な少年はフラフラと冷蔵庫の前に座り、扉を開ける。

 

「おい、七草。冷蔵庫で涼むな。電気代部費から出てんだから。ただでさえカツカツだって、部長言ってたろうが。」

 

七草と呼ばれた少年は冷蔵庫の前から動こうとしない。

 

「てか青龍ーーー、なんか涼しくしてよー。」

 

七草からの無茶ぶりが大柄な青年、青龍に向けられる。

 

「誰がするか。番組でもあるまいし。」

「そういや収録まであと何分?」

「二十五分。」

 

その言葉で会話のキャッチボールは止まる。

 

「……なんで春なのにこんな暑いの。」

「知るか。俺が知りたい。」

 

カチャリ、とドアが開く音がするが二人は動く様子はない。

 

「うわ……なんかムワッとしてる……。」

 

聞き慣れない少女の声。

 

「あー、アルメリア?冷房付けてくんなーい?」

 

七草は振り向きもせず入口の少女に無気力に声をかける。

 

「アル……え?あ、はい。冷房ですね。」

 

少女はキョロキョロと冷房のリモコンを探すが見当たらない。

 

「あのー……リモコンありませんが。」

「空牙の奴、また何かと間違えて持って行ったか。アルメ……リ、ア?」

 

青龍が入口の少女に何か指示をしようとしたが、起き上がると同時に声を止める。

 

「……どちら様ですかね?」

「えっと、中等一年の花宮千利です。」

 

中等一年、の言葉で勢いよく振り返り冷蔵庫のドアに頭をぶつける七草と、目を丸くする青龍。

 

「……見学、です……か?」

「はい、部活見学に。」

 

困惑しながら青龍が問うが想定外の返事が来訪した少女、千利から返ってくる。

 

「…………おい!七草!部長に連絡!部活見学来たって!」

「今してるよぉ!あーもう全然出ないしぃー!」

 

慌ただしく動き出す青龍と七草。

トテトテと歩く金髪の少女が新たなに部室にやって来た。

 

「伊吹さん、七草さん、収録の時間もうすぐですよ……って、貴女はー……誰でしょう?」

「えっ!?もう収録時間!?あーっアルメリア!その子は部活見学の子!名前はえーと……っ」

「花宮千利さんだ!七草!部長は!?」

「だーかーらー!まだ出てないってばー!」

「ぶ、部活見学ですか!?えっと、どうすれば……はうわ!」

 

ワタワタとし始め、何もない所で滑る金髪の少女、本物のアルメリア。

 

「やっほほーい!」

 

呑気に新たに現れたのは明るい黄緑の髪の少年と赤髪の青年。

 

「あ!クリフト副部長!三条!ナイスタイミング!その子部活見学の子!」

 

何かの準備に追われ走り回る七草に告げられる二人。

 

「あー、成程成程、そういえば部活見学……部活見学ぅ!?」

 

黄緑の髪の少年と赤髪の青年も目を見開く。

 

「えーと、こういうのは部長の仕事なんだけど……何すんだっけ?三条。」

 

三条と呼ばれたのは赤髪の青年。

 

「いや俺初耳だっつーの、てかこの部活創立してから一回も部活見学なんて誰も来なかったし……。」

「あーーー!とりあえずほら!客間片付けて!三条!お茶用意して!」

「お、おう?」

「アルメリアは収録の方行って!」

 

テキパキと動く黄緑色の髪の少年、消去法で考えるにこの人が副部長のクリフトなのだろう。

 

 

ぜぇぜぇと息を切らすクリフトと三条。

 

先程までいた青龍と七草とアルメリアは奥の部屋に行ったっきり帰って来ない。

 

「……お待たせしました、どうぞお掛け下さい。えーと、誰サン?」

「はい、花宮千利です。失礼します。」

 

千利は会釈をすると、正面に座るクリフトに指されたソファに座る。

 

「千利さんだね!僕はこのゲート研究部の副部長、中等二年のクリフト・ドラグです。そして僕の横に立ってる彼が……。」

「俺は同じく中等二年、三条大和。よろしくな。」

 

千利はふと疑問が頭を過ぎった。

 

「あの、この学校って高等まで一貫で、部長や副部長は最年長の高等三年生がやるのでは……?」

 

千利のその言葉に引きつった表情を浮かべながら頬をかくクリフト。

 

「んー、本来はそうなんだけどね?実はここの部活、僕らの代から発足してね。

それで部活発足当初からいる僕ら中等二年が部長と副部長をしてるんだ。勿論僕らより年上もこの部活にいるよ?でもあの人達は何て言うか……ワケあり?って感じ。」

 

ヘラりと笑い、説明をする。

 

「……ってかこの部室暑くない?」

うん、知ってた。と言わんばかりの千利の顔。

「冷房のリモコンはー……、あ、また空牙間違えて持って行ったのか。とりあえず窓開けるか。」

そう言いながら窓を開けに行く三条。

 

ガチャリ。

 

部室のドアがまた開く。

 

「こんにちはー!」

「遅くなりました。」

 

黒髪の青年と銀髪の少年が現れる。

 

「あ!空牙くん!まーたリモコン間違えて持ってったでしょー?何処やったの?」

 

クリフトのその声に反応したのは黒髪の青年。

「え?リモコン?……あ!あれかぁ!」

少し考えた後、パッと思い出したように声を弾ませる。

 

「あれねー?……無くした!」

 

黒髪の青年、空牙の言葉に部室は沈黙で包まれた。

「え……。」

「つーか何かゴーって聞こえね?」

確かに空調の動く音が聞こえる。

見上げると確かに空調は動いていた。

 

……暖房が。

 

「どーーーーりで暑いんだよぉ!!」

「あーーーっ!空牙が申し訳ありませんっ!」

「ぷぎゃっ」

 

銀髪の少年が空牙を巻き込み華麗なるスライディング土下座を決める。

 

「いや、いいんだよ夕雨くん。空牙くんは何時もの事だし……でもどうしよっか。他の教室からリモコン借りる?」

「いや、確か他の教室は全部空調を新品に取り替えてたぜ?うちの部室は部費の予算が足りなくて買い替えられなかったが。」

 

再び入る沈黙。

 

「え、どうやって止めよう?」

「コンセントは……あー、コイツ無駄にコードレス機能付いててコンセント無いのか。電源ボタンも。」

 

本格的に為す術が無くなる。

 

「もう壊すしかなくない!?壊すしか!」

「いや、今月の部費見ただろ!?ここは大会とかもねぇ部活だから全然部費貰えねぇの!コイツ壊したら夏死ぬぞ!?」

「確かスペアも空牙が無くしましたからね……。」

「んー?」

「いやぶっちゃけ今死にそう!暑くて!」

 

喧しく騒ぎ、廊下の足音には気付かない部室内メンバー。

 

ガチャリと音を立てて扉が開く。

「んだぁ?このクッソ暑い部室。」

小柄な姿に合わぬ低音の声が部室の入口から響く。

 

「あ!隼!」

「申し訳ありません部長、空牙が空調を暖房にしたままリモコンを無くしてしまい……。」

 

入口にいた隼と呼ばれた、小柄な少し変わった髪型の青髪の少年は、何も言わず懐から銃を取り出し空調に弾をぶち込んだ。

 

「あ……予算……。」

「知るか、サジューロに払わせとけ。」

はぁ、とため息を付いた隼。

 

「んで、そこのソファに座ってる子が部活見学者の一年か?」

「そうそう、ってか何でこんな遅刻してんの、隼。」

「うっせー、ディリーノに課題出せって追い回されてたんだよ。」

 

またか、と言わんばかりにため息を零すクリフト。

「提出物ぐらいちゃんとしろっての……。まーたディリーノちゃんに怒られるよー?」

「もう怒られてるわ、知ったこっちゃねぇ。」

 

そう言いながらクリフトの横にドカリと座る隼。

 

「んじゃ、改めまして。

……ようこそゲート研究部へ。俺はゲート研究部部長。中等二年、黒咲隼だ。」

 

小柄だし遅刻魔だし課題出さないしでズボラな人である事は間違いなかったが、ソファに座る彼には、まるで王のような、そんな空気の重さを感じ取った。

 

「おい、クリフト。」

 

隼、いや黒咲部長と呼ぼう。

彼がそう言うとクリフトに一枚の紙を渡す。

「おわっ、えーと。

『依頼、ゲート内調査。

メンバーは以下の通り。

黒咲隼、クリフト・ドラグ、三条大和、立本夕雨、立本空牙。以上六名。』

ちょっと待って?この名簿に載ってるの五人なんだけど?でも六人ってどういう事?」

「察し悪ぃなぁ。」

 

ため息をつくと黒咲部長は立ち上がり、座る千利を見下ろす。

 

「六人目の選抜メンバーを、花宮千利とする。

……見学には丁度良いだろ?」

 

目を丸くするメンバーと千利。

 

「私……ですか?」

「花宮千利はお前しかいないだろ?」

 

そう言うと黒咲部長は壁に掛けられていた羽織を空気を切るように羽織る。

 

「ミッションだ。」

 

ここから、私の物語が、止まり続けていた時計の針が。

 

……動いた。



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第二話 降り立つ先は

カランカラン

 

金属の物体が固い地面に落ちる音。

 

「流石万利!それに比べて千利は……。強さの欠片もない。」

 

知ってるよ。

 

目に映る私の手は痣やまめだらけで。

才能の前には、努力は紙切れのようなものなんだって事。

 

分かってるよ。

 

でも。

 

「要らないわ。」

 

 

……あれ。これって、何の記憶だっけ?

 

・・・

 

立入禁止のテープ

武器とカメラを担いだ私はゲート研究部の人達と共にテープを潜る。

 

「これって……本当に大丈夫なやつですか?」

「顧問が特許取ってっから問題ねぇよ。」

 

私の質問に淡々と返す部長、黒咲。

 

「ただ気をつけてね?相手は謎が多いあの『ゲート』だ……命懸けのミッションだからさ。」

くるりと私の方を向いて話すクリフト。

その目は確かに真剣だ。

 

「怖くなぁい?」

私の横を歩いていた空牙は不安そうに私に尋ねた。

「……大丈夫です。怖くありません。」

 

あぁ、ゾクゾクする。

この先に、私の知らない事が、未知の世界が、あるというのだから。

 

ゾロゾロと歩く六人組。

ピタリと黒咲部長が足を止める。

「付いた。」

 

目の前にあるのは青白い光を放つ扉のような。

写真でしか見た事がなかった、あの『ゲート』だ。

ひんやりとした空気が漂う。

その独特の空気に喉を鳴らした。

 

「クリフト、解読。」

「了解。」

 

黒咲部長に指示されると、クリフトは固形物とも断定し難い扉の表面を何かを詠むように指でなぞる。

 

「解読完了、開くよ!」

 

扉の表面は渦を巻くように動き、光は徐々に強くなる。

 

……あれ、何でだろう。

思考より先に、光によって意識が飲まれた。

 

 

「……ぃ、」

 

声が聞こえる。

風を切る音。

 

「おい!墜ちてるぞ!」

 

そう言われ目を開いた。

 

そこは、空中。

ゲートから何処かに飛ばされ、空中に投げ出されたようだ。

 

「え。」

 

思考が停止。

 

「えええええええっ!?」

 

パラシュート、ない。

上空過ぎて掴む物もない。

クッションになりそうなもの、雲に覆われ分からない。

かなり危機的状況であった。

 

「空牙!」

 

そんな危機を切り裂いたのは夕雨の声。

 

「獣化しろ!」

 

聞き慣れぬ言葉を発する夕雨。

すると空牙は獣のような叫びを上げ、メキリメキリと音を立てる。

 

「意識だけは保ってろよっ!」

上空にいる全員に聞こえるように大声で抜けかけた意識を引き上げたのは三条。

 

その声にハッと我に返る。

 

「グオアアアアアアアアアア!!!!!」

メキメキと音を立てながら空牙が叫ぶ。

 

 

ドッ

 

…………

「あれ……?」

生きている。それも五体満足で。

 

「ふぅ、意識あったあった、良かったぁー!」

安堵した様子で目の前にいたのはクリフト。

 

足元は何かの毛が生えてるようでやや固い。

 

「これは……?」

「これは空牙の背中です。」

座り込んでいた私の前に歩いて来たのは銀髪の、夕雨と呼ばれた少年だ。

 

「改めまして、私は立本夕雨。異世界出身のモンスターブリーダーです。」

 

モンスターブリーダー、少なくとも教科書や学校の書物には載っていない言葉。

 

「モンスターブリーダーというものは人化できる獣人を、育成して使役する者を指す異世界用語です。」

 

足元の毛はサワサワと風になびき、毛の生えていない鱗部分はうねるように動く。

 

「そして立本空牙を名乗らせていた彼、彼は同じく異世界出身の獣人。その中でも貴重とされていた龍種です。」

 

聞き慣れない単語ばかりで困惑する。

だが同時にある事が気になった。

 

「異世界出身って……つまり異世界生物……って事ですか?それ、色々と問題じゃあ……。」

 

表情があまり変わる事のない夕雨はその場に座り込む。

 

「まぁ、貴女の世界の法律的にはアウトですね。

ですが我々は黒咲部長達に、このゲート研究部に助けられて。

今、こうやってゲート研究部に所属しているんですよ。

顧問の先生も私達を容認して下さって、生徒として滞在する事を許可して下さったんです。……まぁ、その更に上にはバレると大変な事になるので秘密にされているのですが……。」

 

そう話していると前方からつんざくような悲鳴が響く。

 

「何事ですか!?」

その声が空牙の声と瞬時に分かった夕雨は前方へ走りながら、前方にいる者達に状況の説明を求めた。

 

「矢だ!矢が空牙の目に刺さりやがった!」

一番前方にいた三条が状況を説明する。

 

「……チッ、夕雨は空牙の傍にいろ、矢はまだ抜くな!……木が見える、この高さなら……、総員、振り落とされる前に森に飛び降りろ!」

 

空牙が痛みに悶え、立つこともできないまま私は振り落とされる。

 

「……っあ!」

 

「千利ちゃん!」

クリフトの声が遠くに聞こえた。

 

……あ、私、死んじゃうかな?

 

でも、色んな事知れたし。

 

……だけど、欲を言うなら。

 

 

頬に真っ白な羽が落ちる。

「え?」

 

目の前にいたのは黒咲部長。

髪の一部が羽根へと変形し、私を抱えていた。

 

「クリフト!他の奴らの着地は!?」

空中から森の方へと声を放つ黒咲部長。

 

「隼ー!そっち無事?こっちは着地成功したよー!」

地上から聞こえたクリフトの声。

 

空から見ると空牙の全貌が見えた。

それはまるで、巨大な神龍のような姿をした。何処か美しく、勇ましい龍であった。

 

「……二発目が来る前に俺らも着陸するか。

よし、目ぇ瞑ってろ。」

 

言われるがままに目を瞑る。

すると物凄い勢いの風、しがみついていないと吹き飛ばされそうな程、強い風が全身を襲う。

 

「……っ!」

「喋んな、舌噛むぞ!」

 

 

……風が止まった時には、ザッ、という音が聞こえた。

「……よし、着地。生きてんな?」

「は……はい。」

 

目を開けるとそこにいたのは初対面の時の、少し変わった髪型の黒咲部長。

 

純白の羽根は、もう見えなくなっていた。

 

「無事か!?お前ら!」

 

駆けつける三条。

 

「俺達は問題ない。空牙は?」

黒咲部長は私を降ろし、頭一つ分上の三条に尋ねる。

 

「今、夕雨が様子見てる。止血しながら矢を抜いて、治療は完了したから、今は人化して寝かしてる所だ」

そう話しながらも三条は、私達を他の三人の元へ案内した。

 

「お二人共!ご無事で何よりです……。」

「千利ちゃんーーー!良かったぁ!」

夕雨とクリフトが私達を見て安堵した表情を浮かべる。

 

「あぁ、俺達は大事ない。空牙は。」

 

二人から視界をずらすと落ち葉を掻き集めた上に、羽織を掛けた、片目を包帯で巻かれている空牙の姿があった。

そっと耳を澄ますとスピスピと気の抜けた寝息が聞こえた。

 

「失明の可能性は?」

「無さそうです。一週間で治るかと。」

真剣な表情で話す黒咲部長と夕雨。

黒咲部長は安堵したのか焚き火の前にドカリと座る。

 

「矢は?」

「うん、調べたよ。これはどうやら石を割って作った鏃を荒い紐で枝に括り付けた簡易的なものだね。でこぼこしてて抜くのに手間取ったよ。」

クリフトはそう言いながら黒咲部長にその矢を渡す。

 

「少なくとも知性を持った生物はいるというわけだ。だが文明としては生まれたばかり、という所だな。」

暗くなり始めており、焚き火を頼りに矢を観察する。

 

「物質は……俺らの世界にない物質、つまりは異世界に飛んできた事に間違いないか。」

 

その言葉に疑問が沸いた。

「え?ゲートって……異世界にしか繋がらないんじゃ?」

 

「いいや、ゲートは異世界だけではない。同世界の過去や未来に行き着く事もある。

一度行き着いた場所へと繋がるゲートのデータの管理はクリフトから顧問に伝えられて記録されていてな。

一度行き着いた場所には、再度向かう事ができる。」

 

「んふふーん!だから僕達は出来るだけ沢山の異世界に行って、異世界のゲートデータを収集して、僕達の世界にやって来る異世界生物が何処から現れるのか、そのデータの中から探るのさ!

その為のデータが少ないからねぇ。

だからこうやってゲートを潜ってデータを集めるのさ。

……まぁ、勿論運が悪くて行ったことある異世界や、僕達の世界の過去や未来に辿り着いちゃう時もあるけどね。」

 

理論はわかった。異世界生物の出現場所やデータを取り揃える事で対策や相手の性質などを探る。

……でも、何故それを部活なんかで行っているのか。

 

「世界防衛機関とかいう頭でっかち共はなーんにも、動きゃしないんだよなぁ。」

私達の話に釣られてやって来たのは三条。

 

「そそ、何とか費がどーの、ってね。だからゲートの専門家としてうちの顧問、サジューロ・ネサンジェータが第一人者になってるんだよねぇ。

んで僕達はそんなサジューロ先生に恩があったり、或いは個人的な好奇心とかだったりで、ここに入部してこうやってゲートを調べてるの。

最初はサジューロ先生が自ら赴いてたんだけどもう歳なんだって。」

 

「……まぁ、そういう事だ。しかし三条、今回はハズレだ。この鏃の素材、お前の世界にあった物だ。」

「えっ、マジかよぉ……ちょい貸して。」

三条に矢を押し付けて落胆したように葉の布団に寝転がる黒咲部長。

 

「今回はマイナス、だな。お前のいた時代よりもかなり古いようだが。」

 

寝転がる黒咲部長の横で焚き火に照らしながら鏃を調べる三条。

「つっても俺も文明が発達してた時代の人間じゃねぇからなぁ。石の種類はサッパリ。あぁ、でもこの矢に使われてる枝、これは見覚えあるわ。」

はぁ、とため息を付き落胆する三条。

 

「……という事は三条さんも異世界生物なのですか?」

落胆する三条にも尋ねてみる。

 

「ん、あぁ。つーかこの面子、あの世界出身誰居たっけ?」

 

寝そべった黒咲部長が面倒くさそうな目でこちらをチラリと見る。

「俺とクリフト。」

「そそ、その癖隼って魔術使えないよねぇー。」

「うっせ。」

黒咲は言葉を吐くと同時にクリフトの足を蹴る。

 

「あ、そういえば、私も魔術使えないんですよ。なんだか、体質が合わないみたいで……。」

 

そう言うとクリフトは驚いたように私を見る。

「良かったじゃん隼ー!千利ちゃんもだってー!」

「だからうっせーっつってんだろうが。頭ぶち抜くぞ。」

こわこわァなどと言いながらも私の横に座るクリフト。

 

……パキリ

 

私達の後ろで枝の折れる音がした。

 

夕雨は焚き火の向かいで空牙を看病している。

黒咲部長、クリフト、三条は共に話していた為、私の傍にいる。

 

黒咲部長は懐に手を入れ起き上がる。

 

「誰だ。」

 

私達は音の方角へ向いた。その先にいたのは槍を持った少年だった。

 

黒咲部長は何も言わず私達の一歩前に立つ。

 

「余所者……か?」

少年は震えていた。

「余所者は出ていけ!ここは僕達のクニだ!」

覚悟を決めたのか威勢よく槍を振るう少年。

 

「……まるでなってないな。」

 

そう言うと少年の槍を意図も容易く左腕で防ぎ、髪を結んでいた髪ゴムを右手で弾く。

その髪ゴムは見事に少年の額に命中する。

 

「いたっ!」

唸り声を上げながら少年は跪く。

 

「ヒュウ!流石は飛び道具の天才!隼部長ー!髪ゴムすらも武器と化すぅー!」

能天気に拍手を送るクリフト。

 

「騒ぐな、何か来るぞ。」

クリフトとは打って代わり、真剣な表情で森の奥から見える灯火を睨みつける。

 

「何事じゃ!」

「あそこに火がある!囲め!」

 

周囲から足音が響く。

 

「……なるべく俺の後ろに固まれ。

夕雨、空牙背負えるか?」

横目で夕雨に視線を送る黒咲部長。

「行けます。」

 

夕雨は空牙を背負うと私達と同じように、黒咲部長の後ろに来る。

 

「背中を合わせ、円になれ。花宮、武術はできるか?」

「はい、身を守る程度であれば……!」

「それなら良い。」

 

足音が迫り来る。それと同時に鼓動は早まる。

 

……あぁ、あぁ、これは。

 

「動くな!」

 

槍が一斉に私達に向けられる。

私は咄嗟に剣を構えようとするが三条に止められた。

 

「済みません、騒がしくするつもりはなかったのですが。私共、クニを追い出された身でございまして。」

 

黒咲部長は意外と上手く演技をしながら槍を向ける者達に話しかける。

 

槍兵の後ろから、権力のありそうな老父が現れる。

老父は私達を見ると、ハッとした顔をし、兵達に槍を下ろさせた。

 

「話は聞かせてもろうたぞ。いやはや、わしのクニの者が迷惑をかけた。どうかお詫びをさせてくれんかのぉ?」

「……と、言いますと?」

黒咲部長は老父と対話する。

 

「わしらのクニに案内しよう。こんな森よりは安全じゃろう。」

 

「それはそれは、よろしいのですか?」

「うちの者が無礼をした詫びもあるからのぉ。是非着ると良い。

皆の者!客人だ!案内するぞ。」

 

槍兵達は列を成して撤退、私達はその後ろを歩き、案内をして貰う事になった。

「ふぅーーー……死んじゃうかと思ったぁーー。」

クリフトがはぁー、と大きなため息をつく。

 

「兎に角、無事で良かったです。」

「千利ちゃんも怖くなかった?」

 

怖い、というよりもあれは……。

 

「全然、大丈夫でしたよ。」

「そっかぁー、千利ちゃん強いなぁー。」

 

 

千利達の後ろを歩く三条と黒咲部長。

「おい、三条。」

「あー、だからぁ。同じ俺の出身世界でも、時代が違うってーの。……だがまぁ、クロだろうな。」

フン、と黒咲は鼻を鳴らす。

「なら、決まりだ。」

 

「原住民案内終了次第、直ぐに命令を下す。」

 

・・・

 

木の上。

 

一人の少年が、クニに向かう原住民達と見慣れない一行を目で追う。

 

「……この時代の衣服や装飾ではない。

となると……、彼ら『も』、探っているんだね。」

 

少年は木の葉の中に溶けこむように姿を隠す。

 

「……必ず、見つけ出すから。」

 

「お兄ちゃん。」



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第三話 蛇の国

ふらり、ふらりと歩いて。

顔を上げると青白い光が手招いていた。

 

「さぁ、おいで。」

「この先なら、君は──」

 

その誘惑に足を進める。

振り返る事なく、ただ、真っ直ぐと。

 

──あぁ、薄れていく。

目の前は真っ白で、意識も離れて行くのを感じる。

 

……これで、私は。

 

・・・

 

黒咲部長率いる六人が辿り着いたのは小さな集落。ここを彼らはクニと呼ぶらしい。

 

「わぁ……見た事のない建造物が沢山あります!」

 

「好きに回って良いのじゃよ。食事の支度をするのでそれまでこのクニの中でゆっくりしておくれ。」

「ありがとうございます。」

礼儀正しく、頭を下げる黒咲部長。ただその礼の仕方はやけにピッチリとしていて……。

 

「黒咲部長って……、育ちが良かったりするんですか?」

「……いや、別に、褒められるような育ちはしていないと思うが。」

私は首を傾げるが、辺りの見た事のない景色に心奪われ、黒咲部長との会話を切り上げると、カメラを持って駆け出した。

 

「……はぁ、まだあの癖、抜けてなかったのか。」

頭を掻きながらポツリと黒咲は静かに呟く。

 

「君の国ではこの礼は『首を切って下さい』を意味するんだっけ。」

 

ハッと一人笑う。

 

「もう、会えねぇよな。」

 

風が静かに黒咲の髪をなびかせた。

 

 

「さて、と。」

 

三条は黒咲から何か聞いたのか、手元から変わった形の紙を何枚か取り出しては折ってを繰り返す。

 

「おー、やってんじゃん?シキガミ?」

不思議そうに三条の行動を眺めるクリフト。

 

「あぁ聞いたろ?隼から。その準備だ。……んでクリフト、お前何か見つけたか?」

シキガミと呼ばれた紙を、三条は空に飛ばすとクリフトの方へと向く。

 

「うん、どうやらこのクニの敷地内にはゲートはないみたいだよ。

……代わりに、気になる物があったんだけどさ。」

 

それだけ言うとクリフトは表情を曇らす。

「これ、隼に言うべきじゃないなって。多分、アイツあーゆーの、嫌いだろうし。……アイツの事詳しい訳じゃないけどね?いつもそーゆー話題は顔暗くするし。」

 

何かを察したのか、三条はあー、と声を漏らす。

 

「成程りょーかい。って事はこっからの展開は見えてんな。」

はぁ、とため息をつき、クニの景色に目を移す。

 

「俺は式神でクニの外の様子と、ゲートの場所の調査をする。……隼はやな顔するだろうが……伝えとけよ、それ。恐らくそれがこのクニの目的だ。しっかし夕雨と空牙が動けないのは痛てぇな。」

景色からクリフトへと視線を戻す。

 

「ん、分かった。空牙には夕雨がついてるけど……夕雨一人で大丈夫かな。」

「それだが、空牙だけじゃなくて千利もだ。あの子は一年だし実力も未知数だ。一応両方に式神は飛ばしたがクリフトも援護に行けるようにして置いてくれ。」

「あいさーっ!と。僕はさっきのを隼に伝えに行くよ。」

 

そう言うとクリフトはくるりと周り走り出そうとする。

「……待て、クリフト。」

 

クリフトは三条の声に足を止めてそちらへ向く。

 

「……追加、隼に伝えるべき内容が一つ増えた。」

 

・・・

 

クニの敷地外。

焼け焦げる謎の紙の匂いが漂う。

 

「これは、見た事のない術式。」

 

焼いた張本人はポツリと呟く。

 

「やっぱり、ゲートを使う者は僕以外にいるんだね。」

 

手のひらに火の玉を作り出す。

「ここでの収穫はあったし、もういいかな。」

 

「呑気に留まってる暇は、無いんだから。」

 

・・・

 

「すごーい!」

「空牙、あのですねぇ。」

 

片目に包帯を付けたまま、クニの中を探索する空牙とそれに手を焼く夕雨。

 

「怪我をしているのですからもう少し安静にして貰えませんか?」

「やだぁー、こんな世界、来たことないもん!寝てるの勿体ないよー。」

 

時代は違えど来た事はあるのに、呑気な……とため息を漏らす夕雨。

 

「ねぇ、夕雨。」

「なんですかもう……。」

空牙は建物の、ただ一点を見ていた。

 

「隼達、何してるんだろ。」

「それはゲートの調査……ん?」

夕雨は空牙の目線の先にある物に気付いた様子で目を細める。

 

「……監視カメラ、ですか。どうやらここには何かあるみたいですね。……僕達にとって不利な、何かが。」

 

 

一方、建物の影で沈黙を続ける二人。

黒咲とクリフト。

 

クリフトはある報告をしたらしく、黒咲はそれを聞き無言を貫いていた。

 

「あー、やっぱ言わない方が良かった?」

沈黙を破るのは冷や汗をかいたクリフト。

「…………いや、重要な情報だ。個人的に気に食わねぇだけ。気にすんな。」

腕を組みながら渋い顔をする黒咲。

 

「空牙は起きて動いてるみたいだな。」

「そうそう、ケロッと元気になったみたいでさ。」

話題の変化にホッとした様子のクリフト。

 

「クリフト、お前は花宮の護衛、なるべく気付かれないようにな。」

 

想定内の命令。

「りょーかい、隼はどうすんの?」

そうクリフトに問われると、黒咲は眉間に当てていた手を下ろす。

 

「ぶっちゃけ、今回俺はあんま動けねぇと思う。

……が、勿論お前と同様、花宮の守護を徹底すると同時に全体の動きを把握する。以上だ。ほら行け、クリフト。」

 

微妙な顔をしながらもその場を去るクリフト。

黒咲は険しい表情のまま、建物の影から動かない。

 

 

歩きながら、誰にも聞こえぬようポツリと呟く。

 

「ねぇ、隼。わかんないよ。」

 

その足は少しずつ重さを増して、立ち止まる。

 

「隼はさ、何にそんなに怯えてるの?」

 

顔の曇りを隠すように、重くなった足元に目線をやる。

 

「少しは僕らも……力にならせてよ。」

 

キュッと握りしめる拳。

 

「僕らの事は、何でも知ってる癖に……お前は何にも教えてくれないよね。」

 

重くなった体。

 

「お前だけ辛いの、僕ら嫌なんだってば。」

 

鉛のような重い足を力づくで蹴り、走り出す。

 

「お前は、僕らの大切な……っ」

 

 

僕らの居場所をくれた人なんだから。

 

・・・

 

建物の構造や人々の生活をくまなくメモをしながらクニの中を歩く私。

早速メモ帳が尽きようとしていた為、もう一冊は買っておくべきだったと後悔しながら。

 

「メモ帳無くなりそう……他に何かメモ出来るような物持ってたっけ……。」

ポケットを漁っていると、ふと、村人達の声が聞こえた。

 

「はぁー……今年の生贄が見つかって良かった。」

「見つからなかったら俺の家内になる所だった。余所者みたいだが感謝だな。」

 

私の姿は見えていないようで豪快に笑う村人達。

 

私は建物の裏に隠れ、メモ帳のページを捲る。

 

このクニでは毎年、蛇神に捧げ物をする。

このクニでの蛇神は雨を降らす力があるとされている。

捧げ物をする時期は毎回これぐらいの時期。

捧げ物の詳しい内容は不明。

クニの中は男性が多く、女性は比較的少ない。

 

そして……村人の『生贄』の言葉。

 

ザリ、ザリ、と足音が聞こえる。

 

「こんな所におられましたか。お客様。」

「探していましたよ。」

 

先程話していた村人とは別の、私達を招き入れた村人達が、私を取り囲むように現れる。

 

……そうか、彼らの目的は最初から。

 

 

生贄に出来る、女性だったのだ。

 

「ちょーっと、何やってんですかねぇ?」

 

私の横をひらりと紙が落ちる。

紙が地面に付くとそこから人が現れた。

 

……三条だ。

 

「三条さん……!でも今、私達……囲まれてますが……?」

「さぁ?囲んでるのはどっちだろうな。」

 

村人の背後から四人の影。

 

「状況は把握しました。」

「千利ちゃんに悪い事はメっ!だよ!」

「ビンゴだね。隼。」

「あぁ、出来れば当たって欲しくなかったが。」

 

知らぬ間に背後を取られていた事に驚愕する村人達。

 

「ちーなみに、そっちは式神だから本物はこっちにいるんだけど、な。」

 

四人の後ろから歩んで来たのは三条。

 

「え……!?式神……?」

 

三条が私の横と先輩達の傍にいる。

つまり現状彼は二人この場にいるという事。

 

「簡単に言えば俺の使い魔。ソイツはダミーってわけ。……まぁ、式神と言えど操作してるのは俺だからな。ちゃーんと、実力もお墨付き、っとぉ!」

 

式神と呼ばれた、私の横にいた三条は、もう一枚の紙から武器を出し、村人達の足をくじかせる。

 

「よーし!束縛だ!」

 

クリフトのその声に従うように村人達は動きを封じられた。

 

「な!なんだこれは!」

慌てふためく村人達。

 

黒咲部長は拳銃を構え、村人達の足を撃ち抜く。

「痺れるだろうがそこで大人しくしてろ、デカブツ。」

 

ワキワキとしてる空牙。

「暴れていい?」

「いや、貴方が暴れると災害になります。せめて風を起こす程度にして下さい。」

「はぁーい。」

そう言い空牙が指で空気をなぞると、その方向に向けて暴風が吹き、村人達は飛ばされる。

 

「さ!千利ちゃん!こっちへ!」

クリフトの声。

 

今までの事象と先輩達の行動、これでハッキリ分かった事がある。

 

「この人達は敵で、間違いないですよね。」

「え、あ、まぁ、敵対しては……いるかな?」

 

ならやる事は一つ。

 

クリフトの声を合図に剣を抜く。

 

「……え。」

 

戸惑う事なく、村人達に剣を突き刺し、溢れる鮮血。

 

慣れた手つきで切り裂いては、的確に命を貫く。

 

「敵は、殺す以外無いでしょう?」

 

先輩達は何故か唖然としている。

 

常に冷静でいた、あの黒咲部長すらも。

 

 

囲んでいた敵達は先輩達による行動不能状態もあり、僅か数分で壊滅した。

 

「皆さん、終わりましたよ。ここからはどうしましょうか。」

 

私の声でハッとする黒咲部長。

「……っ三条、ゲートは見つかったか?」

「……ん、あ。いや、まだ見つかってない……が、変なのが外にあってな……」

 

三条がそう言いかけた時、何処かから人ならざるものの叫びが聞こえた。

「え!?今度は何!?」

 

メモ帳にあった。これは。

 

「……蛇神です!このクニの、伝承の!」

咄嗟にメモ帳の内容を思い出し、声を出す。

 

目の前に現れたのは……黒い、巨大な蛇。

 

「あ、もしかして僕、あれと間違えられて攻撃されたのかな?」

巨大な蛇を見た空牙が空気も読まずに言葉を放った。

「いや、まぁ確かに似てるっちゃあ似てるけど……。」

「あるかもしんねぇな、んでそう勘違いした村人がコイツのご機嫌取りに生贄を……ってな。」

 

黒咲部長が握りしめた拳を開く。

「クリフト!」

「りょーかい!」

黒咲部長の声に合わせるようにクリフトは何かの呪文を唱える。

 

呪文を唱えると黒咲部長の手の付近は光を纏い、その光の中から現れたバズーカを片手で持つ。

 

「この世界のカミサマか何かは知らねぇがこれでも喰らえ!」

 

バズーカから発射したのは電撃のような弾。

それは見事に蛇神の片目に的中し、蛇神はもがき苦しんんだ。

 

「空牙が喰らった分だ!有難く受け取っとけ!

総員、退避!この集落の外に出るぞ!」

 

その黒咲部長の声に振るい立てられるように一斉に走り出す。

 

「グオオオオオオオ!!!!」

「んびゃあーっ、耳に響くぅー!」

「貴方の鳴き声もそんな感じですがね。呑気にしてられませんよ!」

 

逃げる宛てはない。

 

「三条!ゲートは!」

「まだ見つかってねぇ!」

 

蛇神は森の中に入った私達を探す。

 

「何処に向かって逃げてるのー!?」

「朝日の登る所!」

「つまりは決まってないのな!」

 

地面が揺れる。蛇神が動いているのだろう。

 

一方、私の視界に何かが入った。

「皆さん!あれ!」

私が指さした方向、そこにあったのは……。

 

「火の玉……か?」

「あ!アイツ!俺の式神燃やした奴!」

 

火の玉はゆらりゆらりと動きながら、何処かを目指しているようだった。

 

「どうせ何のヒントもない!追うぞ!」

黒咲部長のその命令を聞き、ようやく目的地が定まった。

 

 

ゆらゆらと何処かを目指す火の玉、それを追いかける私達。

 

ようやく火の玉が掴めそうな所まで追いついた時、目の前にはあるものがあった。

 

「……ゲートだ。しかも一度崩壊した物が復元されている。」

立ち止まる先輩達。

「って事は……。」

「あぁ、一度誰かが使った。それもつい最近。」

 

睨みつけるようにゲートを観察する黒咲部長と、目の前のゲートを解析するクリフト。

「ゲート接続完了。僕達の世界に繋がったよ!」

「さんきゅ、クリフト!」

 

地面が揺れる。

揺れは激しくなり、蛇神の接近が確認出来る。

 

「開く!!!」

クリフトのその声と同時にゲートが光る。

 

・・・

 

「サジューロ先生、こちらの世界のゲートに別世界のゲートが接続されました。」

 

声をかけられたのは培養管の前に立つ、黒い長髪を乱雑に結んでいる猫背の男性。

 

「生命体の数は。」

「六です。」

男性の声に素早く答えたのは学生と思われる女性。

 

「……ならばそれは隼達だな。」

 

黒髪のサジューロと呼ばれた男は部屋を出ると煙草に火を付ける。

 

「あ、サジューロ先生。校内は喫煙禁止って……この前アニア先生にも言われた所じゃないですか。」

「ばーれなきゃいいの。それより隼達迎えに行くぞ。」

「はぁ……私が生徒委員生である事忘れてるでしょ……。

隼達の出現場所の特定は完了。案内します。」

「覚えてますよぉ、娘の所属委員会忘れる親いるかってーの。はいはい、案内よろしくお願いしますねぇ。」

 

はぁと煙を吐き、気だるげに少女について行くサジューロ。

 

「さぁて、今回はどうなった事やら。」

 

我々の探す世界は、果たして見つかったのか。

それともハズレか。

 

答えは出撃した彼らにしかわからない事だろう。



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第四話 一族と家族

これじゃダメだ。

 

「慈悲なんて持つだけ無駄。」

「そんな物持ってるようでは使えないわ。」

 

そう、だから。

 

「万利を見習いなさい。」

 

……。

 

「万利がこんなに出来るなら、千利なんて要らないかもしれないわ。」

 

知ってる。

 

私の手はマメが潰れて血まみれ。

それでも望まれる高さへは随分と遠い。

 

千の利益よりも万の利益の方が彼らにとっては良いものだろう。

私は彼らが望む程の利益は運べない。

 

こんなに足掻いても、苦しんでも、君に指先一つも、届きはしないのだから。

 

私は一族の望まれるように、強く、強く、強く……

 

 

強く……?

 

・・・

 

ヒュゥゥゥゥゥゥゥ……

「また空!?」

「ゲートの奴気まぐれだからな。地上に降ろしてくれる事は殆どないぞ。」

「いや黒咲部長呑気に言ってますけどこれ結構ヤバ……。」

 

グオォォォォォォ!

龍の鳴き声……この声は。

 

「空牙さん!」

私達を拾うように体を捻り、見事に背に乗せていく空牙。

「その為の空牙だし……つーか、あの教室にいた中で出れるのがこのメンバーだった……ってのもあるが。」

空牙の背で胡座をかき呑気に話す黒咲部長。

 

「え……でもあの依頼用紙ってあの場にいた誰かが作ったわけではないですよね?」

「ん?あれ作ってんのサジューロだ。……あ、ほら。そこにいる。」

 

かなり陸が近付き、景色が見えるようになってきた。

見えたのは私達の通う戦闘員育成学校、その名も『国立北源水戦闘員養育学校』

 

その学校の屋上に人が二人程見える。

 

一人は長身だが猫背の黒髪の男性。

もう一人は桃色の長い髪をポニーテールにした女子生徒のようだ。

 

「サジューロ……さんは、顧問の先生……でしたよね?あの黒髪の方でしょうか。」

「そうそう当たり。あのクソデカ黒毛玉。」

 

確かに黒咲部長から見たら巨大に見えるのだろう。

 

空牙が学校に接近するにつれ、二人の様子が良く見えるようになる。

……確かに、黒咲部長の言う通り。ボサボサだった。

 

空牙が屋上に上陸すると二人が駆け寄る。

「選抜メンバーの皆様、お疲れ様でした。報告はな……あれ、父さ……っ違う!サジューロ先生?この子は誰ですか?」

 

父さんと言いかけた事にニヤニヤとしながら、黒髪の男は桃色の髪の女子生徒にちょっかいを入れ始める。

「違う事ないぞー?俺はお前のお父さんだぞー……てのは置いといて、その子は、今日部活見学来てくれてた花宮千利さん。

……あれ、ディリーノに伝えてなかった……?」

 

「はァ!?部活見学の子をあの危険な調査に出したんですか!?あと伝えて貰ってないです!」

桃色の髪の女子生徒、ディリーノが

黒髪の男性、サジューロ先生にキレる。

 

「あー、伝えてなかったのはすまんすまん。

忘れった。でもこの部活はそういう事をしてる部活なんだからこれは見せなきゃいけない事だろ?」

「はぁぁ……あんなハードなの行って誰が入りたいって……」

「あの……私っ」

ディリーノの話の途中に私はそっと小さく手を上げて言う。

 

「私は……ここに入部届出したいと……ゲートを通って……思いました。」

 

私のその一言で辺りはシンとする。

 

「「「えぇぇぇ!?」」」

色んな人の声が混じりどれが誰の声かは分からなかった。

 

「なので……サジューロ先生、それにディリーノ先輩も……でしょうか。よろしくお願いします。」

そう言い軽く礼をする。

 

「あ、そうそう。フルネーム誰かから聞いてるかもしれねぇけど、俺はサジューロ・ネサンジェータ。

んでこっちが娘の……」

「ゲート研究部、中等二年のディリーノ・ネサンジェータです。」

サジューロの話に割り込むように自己紹介をするディリーノ。

 

「そう言えば隼!アンタまた提出物出さずに逃亡したでしょ!今回はゲート研究があったから見逃したけど明日は……っ!」

「東西南北養育学校ゲート研究部調査発表会ですぅー。」

間髪入れずに視界に写った黒咲部長にキレるが、黒咲部長は明日も予定があるそうで。

 

「おぉー、ファルコー、お前もいたなぁ。」

「今は黒咲隼って分かって言ってんだろ。つーかなんだよ。その「そういやいたっけ?」みたいなノリ。忘れったろ。」

「そんなそんな、報告は忘れるけど息子の事忘れるわけないだろ?」

「あーはいはい。」

後半呆れ気味の黒咲部長。

 

「え?黒咲部長、先生と御家族なのですか?」

「戸籍上は、な。」

よく分からない回答に私は首を傾げる。

 

でも、サジューロ先生がディリーノと黒咲部長と会話している姿は。

 

 

……何処か羨ましさを感じた。

 

「所で……東西南北養育学校ゲート研究部調査発表会……って?他の学校にも同じような研究部があるんですか?」

ふと、会話の中で気になった事を質問として三人へと投げかける。

 

「あぁ、この辺の養育学校が東西南北とあるのは知ってるだろ?」

 

異世界からの侵略が相次ぐこの情勢で小中高は全て戦闘員としての養育学校になった。

 

その中でもこの都心近辺にある、

国立東真風戦闘員養育学校。

国立西雷光戦闘員養育学校。

国立南業火戦闘員養育学校。

そしてこの国立北源水戦闘員養育学校。

 

この四校は、この国の養育学校の最先端に位置し、姉妹校としても有名だ。

 

恐らく黒咲部長はこの四校の事を言っているのだろう。

 

「その四校全部にこの、ゲート研究部があるんだ。俺はこの四校のゲート研究部全ての顧問を勤めているんだけどね。

四校ともそれぞれ収穫が色々あるから、毎月一回は集まって研究発表会をするんだ。

情報は全部俺に伝えられてんだけどね。わざわざ俺から部員全員に言って回るのも面倒臭いし。」

そう言うと、くあっと欠伸をするサジューロ先生。

 

本当にこの人が、この世界の防衛にも関わるであろうゲート研究の第一人者なのかすら不安に思える。

 

「……つー事で半分ぐらいサジューロの怠惰によって、毎月毎月、他の学校の奴らを北校に集めて発表会すんだよ。

あ、そうだ、サジューロぉ。

部室のエアコン、ぶっ壊れたから買い替えといて。」

ため息を付きながら、サラッとエアコンの損失をサジューロ先生に伝える黒咲部長。

 

勿論、自分が壊したなど一言も言わず。

 

「まぁーたか、はいはい。発表会に間に合うように手配しときますよぉ。もう少し備品大切に扱ったらどうだ?ファルコ。」

「だから黒咲隼だ。ボケ老人かお前は。

あと俺が壊したなんざ一言も言ってねぇ。」

「今言った。」

「今のはノーカンだろ。」

呑気そうに生徒を相手するサジューロ先生と、呆れた様子の黒咲部長。

 

「んな事よりも、だ。千利が入部すんなら部員の紹介しとかなきゃなんねぇじゃん。」

思い出すように口に出した黒咲部長。

 

「確かに。あの時慌ててたから伊吹辺りの紹介全然してないよね。時間もあるし部室戻ろっか。」

 

クリフトの言葉にふと。

 

「あの、ゲートで移動して活動してる間って、時間歪んだりとかしてないんですか?……見た感じ、行く前と数分しか変わってませんが。」

 

私は時計を見た。屋上に設置されている時計は確かに、出発前と大差ない時間を指している。

 

「あー、時間かぁ。そりゃ行く世界によって時間の流れ違ったりすっから、まちまち……って所だな。

今回行った世界はこの世界より時間の流れが早い世界だったから。帰ってきても対して時間経ってないんだろ。

ただ時間の流れが遅い世界に飛ばされた場合、一定以上時間経つと俺らの人生に関わるから先生の方から撤退命令が出るんだ。

なんせ向こうに一日居たら、こっちの世界で一年進んでたー!……なんて事もあるし。」

そう答えたのは横で話を聞いていた三条。

 

「まぁ、体感は変わらないのですが、帰ってきた時にはもう異世界生物に侵略されて壊滅……と、なっていても困りますし。何より私達は学業と並行してますからね。一日の欠席が成績に関わる事もあります。」

夕雨の言葉で、これが部活である事を実感させられる。

 

「ねーねー、ずっと喋ってないで部室に行こー?みんなを紹介しなきゃ!」

空牙の発言により、周りの先輩達は思い出したように、足先を部室へと向けた。

 

 

「はい!収録完了です!お……お水……はうわっ!」

「水は俺達で取れるからアルメリアはそんなに忙しなく動かなくてもいいんだぞ?」

 

先輩達に案内され、初めて入った部室の奥。

 

そこは何かの撮影スタジオのようになっていて、アルメリアさんが忙しなく機材を動かしていた。

 

「おー、お疲れ様。伊吹、七草、アルメリア。」

私をここへ案内してくれた黒咲部長が三人に話しかける。

 

「あ、部長。部長も調査だったんだろ?お疲れ様。」

「おつぴー!あ!千利ちゃんもいるじゃーん!やほやほ!ようこそイブナナ撮影スタジオへー!」

こちらに向き話しかけたのは大柄な男子生徒、青龍と、小柄な男子生徒、七草だった。

 

「え、イブナナ?」

 

イブナナは二年前から爆発的な人気を集めているテレビ番組。

 

司会の伊吹青龍と、レギュラーの七草礼音によるバラエティ番組。

伊吹のキレのあるツッコミがさながら漫才のようで人気を集める番組だ。

 

「……イブナナって……あの、イブナナですか?」

 

この世界の最高視聴率を誇るイブナナ、にわかに信じられず二人に問うてみた。

 

「あぁ、イブナナはあれしかないからな。

紹介遅れたな。俺は伊吹青龍。中等三年でイブナナの司会もしてる、あの伊吹青龍だ。」

「んでー!僕はー!高等一年!七草礼音!

イブナナの七草だよー!」

 

あのトップバラエティ番組の出演者が目の前にいる事に困惑を覚える。

 

「あの……私は、一応撮影助手をしてる……。中等二年の、アルメリア……です。」

おどおどとした様子の長い金髪のアルメリア。

 

「でも……どうしてお二人はここで撮影を……?」

 

純粋な疑問。そもそもアイドル級とも言える二人がここにいるのが不思議でしょうがなかった。

 

「俺ら元々異世界の芸能人でさ。このゲート研究部に助けられて、そのままこっち来たんだが、俺ら異世界生物でクリフトみたいに魔法使えたりしないからな。

だからゲート研究ではなくこうやって番組やって、その収入を部費に入れて貰ってるんだよ。

そんぐらいしか貢献できる事もないし。」

 

その言葉で納得がいった。

 

異世界生物だからと言って未知の力がある訳でもなく、それでも貢献しようとしてる二人に敬意すら感じた。

 

「そうだったんですね。とても素敵な事です。」

「……とは言いながら実はそれだけじゃ無いんだよねぇ?」

そうニヤニヤとして語るのは七草。

 

その言葉に首を傾げた。

 

「……あ、はい。その……イブナナの映像はただのバラエティ番組ではなく……実はゲート研究者の為の、情報伝達ツール……でもあるんです。

ゲート研究部の調査メンバーの皆さんが手に入れた情報を……ゲート研究者独自の暗号化をして、それを入れながら放送してるんです。」

おどおどとアルメリアが補足を付け加える。

 

「そそ!だからこの番組もちゃーんと、ゲート研究に関するアクションなんだよね!

僕ら学生以外にも、ゲート研究者は沢山いるから、その人達の為の番組でもあるんだ!」

 

とはいえ暗号を知らない私にはどれが暗号なのかはよくわからない。

だがこれも、ゲート研究には欠かせない行動である事は理解できた。

 

「んー、これでここのメンバーは全員紹介したな。」

七草達が話し終えたのを見て切り出す黒咲部長。

 

そうして私達は彼らのいるスタジオを後にした。

 

・・・

 

「おい七草。」

「何さ青龍。」

 

スタジオから出ていく黒咲と千利を見送り話しかける。

 

「匂い、しなかったか?」

「……やっぱ青龍も思った?僕も思ったんだよね。」

 

「あれ、血の匂いだよ。」

 

七草の言葉に渋い顔をする青龍。

 

「きっと、繰り返してるんだよ。」

 

頭をかく七草。そのかいた部分からぴょんと猫のような耳が飛び出る。

 

「妖猫の歴史。……僕が末代にならなかった、という事だよね。」

 

青龍は眉間に皺を寄せ、険しい表情のまま。

「……クソが。」

吐き捨てるように呟く。

 

「まさか異世界に移ってまで難を逃れるとはね。或いは偶然逃れられたのか。」

「変わりない。」

 

青龍と七草は目を合わせた。

 

「また、歴史に終止符を打つだけだ。」

 

あの、忌々しき歴史に、もう一度、終止符を。



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第五話 調査発表会

「要らないわ、もう。」

 

彼らから最後に聞いた言葉。

 

「やっぱり混血には限界があるみたいだな。純血の万利を超える事などコイツにはできない。」

「何処に捨てましょう?」

「適当な孤児院でいいだろう。」

 

暗い、ここは何処だろうか。

ただ彼らの声と、エンジン音だけが耳に入る。

 

エンジン音が止まると、何かが開く音がして、その瞬間、私を入れていた入れ物のような物が揺れて。

 

「ここに捨てとけ、勝手にその辺のが拾うだろう。」

 

「妖猫のなり損ないめ。」

 

「要らないわ、もう。」

 

エンジンが再び轟音を上げては、音は何処か遠くへ溶けて行った。

 

・・・

 

先生に回収される入部届。

 

「千利も決めたんだ!どこどこ?」

凛花は爛々と輝かせた瞳で私に尋ねる。

 

「うーん、秘密かな。でも、楽しい所だったよ。これからもどんどん勉強出来そうで。」

私は凛花に微笑んで返す。

 

「やっぱ勉強目的ーっ!まぁ千利らしいけどさ。」

凛花は笑いながら私の隣りに座る。

 

「ホント、千利って何でも出来ちゃうよねぇー。勉強は好きで毎回満点だし、運動だって男子に負けないし……尊敬しちゃう。」

 

「何も出来ないよ。」

 

思考する前に口から零れた言葉。

 

「あ、いや、うん。昨日会った先輩達の方が凄くて……上には上がいるんだって話。

その人達に比べたら私なんてまだまだってだけ。」

言葉に付け足すように再び口を開く。

 

「もう目指す先が先輩の方行くなんて流石ー!

……あ、そろそろ部活時間じゃない?私行ってくるね!」

「うん、行ってらっしゃい。凛花ちゃん。」

軽く凛花に手を振る。

 

「何も出来ないよ。」

 

一体何処から現れた言葉なのか。

無意識に口から零れたその言葉に、私は違和感を覚えた。

 

・・・

 

ゲート研究部の扉を開ける。

 

そこには項垂れる黒咲部長の姿と、プロジェクター等を用意する他の部員達の姿があった。

 

「あの……黒咲部長、どうされたのですか?」

ソファに座る死んだ目の黒咲部長に尋ねてみるが、返事は別の所から飛んできた。

 

「あー、他校交えての研究発表会前はいつもそれなんだよ。大した事でもないし、気にしなくていいよ。」

その言葉を飛ばしたのはスクリーンを調節していたクリフト。

 

「ま、先輩らも来るんだし、ちゃんと服装正しとけよ?隼。」

同じくクリフトと共にスクリーンをいじっていた三条が、負のオーラを纏う黒咲部長に言葉をかける。

 

「んどくせぇ、先輩つー程の奴らじゃねぇだろ。」

ようやく顔を上げた黒咲部長。

 

不謹慎な文字列の並ぶTシャツの上から学校指定のYシャツに袖を通しただけの、至ってラフな格好。

 

お世辞にも正しい服装とは言えない。

 

「あれ、ゲート研究部は黒咲部長達の代から始まったんですよね……?他の学校はもっと前から始まってたんですか?」

 

ふとした疑問。

 

初めてここでクリフトから部活について聞いた時、確かに彼らが発足させた先陣メンバーと聞かされていたからだ。

 

「いや、アイツらもゲート研究部員になったのは俺らと同じ頃。ただアイツらの方が年齢だけは上つー事で一応先輩。」

 

「成程……だから緊張を?」

「いや、緊張なんてもんじゃねぇ。」

 

生気を失ったような黒咲部長とは反比例するように、軽快な足音が廊下から響いて来る。

 

「はやっぴーーーーーーー!!!!!」

 

扉を開けて飛び込んで来たのは炎のマークが付いた黒と赤の羽織を着た赤毛の男。

 

「来んなぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!」

 

まるで毛虫でも見たかのように、ソファから飛び上がり身構えた黒咲部長。

 

「会いたかったアルぅーーー!!はやっぴーーー!!!」

「俺は会いたく無かったわ!出てけ!!鈴春!!!」

 

鈴春、と呼ばれた赤毛は不貞腐れたように少し離れる。

 

「えっこの方は?」

状況を把握しようにも彼の奇行で何一つ分からなくなった私は尋ねる。

 

「あ!見ない子!もしかして新入生?

初めましてネ!俺は鈴春!」

「……国立南業火戦闘員養育学校ゲート研究部部長。高等一年。叶・鈴春[ヨウ・リンシュン]」

ハイテンションな鈴春と、ローテンションで補足をする黒咲部長。

 

「っしまっす!こっちに赤毛の三つ編み馬鹿来てませんか?

…………て、いたー!鈴春!何をやらかしていたんだ!ほら!土下座して!」

「何もしてないア……いでででででで!!!!」

「我が部長叶・鈴春がご迷惑をお掛けしました!」

突然入ってきたかと思うと滑り込んで鈴春の頭を床にめり込ませる、短髪の女性。

 

戸惑っている私に気が付いたのか、こちらへ向き直り姿勢を正す。

 

「初めましてお嬢さん。私は和泉一紗。

国立南業火戦闘員養育学校ゲート研究部副部長。高等一年です。

よろしくお願い致します。」

めり込ませてる鈴春を横に、気にする様子もなくキラキラオーラを放つ一紗。

 

なんというか……王子様の様な。そんな雰囲気が彼女を包む。数秒前とはまるで雲泥の差であった。

 

「えっと、私は中等一年の花宮千利です。よろしくお願いします。」

 

少し戸惑いながらも最低限の自己紹介を済ます。

 

「それにしても良かったネー!遂に北校ゲート研究部にも紅一点ネ!」

 

床に顔面がめり込んでいた事をまるで気にしないようにケロッとした顔で笑っている鈴春。

 

「え?紅一点って、アルメリアさんとディリーノさんが居るはずじゃ。」

 

確かにこの部活には男性は多い、だが決して女性は私一人ではないハズ。

 

……だった。

 

「あー、ディリーノは厳密には北校研究部員じゃねぇんだよな。んで、アルメリアは……。」

 

パタパタと慌ただしく動き回るアルメリア。

そのアルメリアに鈴春は声をかける。

 

「おーい、アルるんー!セリっちにあの事教えてないアルかー?」

 

アルるん、セリっち、恐らくあだ名なのだろう。

その声に気付いたアルメリアは苦い顔をしながら長いスカートと金髪をなびかせながらこちらへと向く。

 

「あの事……、私が、男、という事についてでしょうか?」

 

天使のような優しい声からは思いもよらない返事が返ってきた。

 

……え。

 

「え……えぇ!?」

 

プリンセスのような美女という言葉が最も似合いそうな彼女、睫毛も長く、華奢な見た目、そして振る舞い。どれを取っても完璧な美少女にも関わらず、男。

 

その事実に声を失う。

 

「男がこんな姿、みんなは見慣れてるから何とも思わないのかもしれないけど……やっぱり変だよね。」

悲しそうに蒼い瞳を金色の睫毛で覆う。

 

そんなわけが、そんなわけがない。

 

「いいえ!アルメリアさんはどんな女性よりも綺麗で……!とても似合っていて素敵です。」

咄嗟に声が出た。

 

語彙が何の捻りもなく乏しいものではあったが、アルメリアはパッと明るくなる。

 

あぁ、この人のこんな笑顔は初めて見るが、今まで見てきた女性、いや、どんな人間よりも愛くるしく、美しい。

 

「本当……?嬉しい……!」

「あぁ、アルメリアの愛らしさに勝る生命体なんてそうは居ねぇよ。」

そう言って後ろから現れてきたのは青龍。

 

青龍はそれだけ残し、アルメリアの頭をワシワシとやや不器用に撫でると作業に戻っていく。

 

「……えへへ。」

アルメリアの口から喜びが綻ぶ。

 

私は何となく彼、いや彼女の想いが分かった気がした。

 

「ヨッ!天然タラシ!」

「君も見習えばどうかな。全く、我が部長、鈴春はレディに失礼な男だ。レディに肉体的性別は必要ない。

その美しき心こそが何よりもレディに相応しいものなのだがね。」

呆れたように一紗は肩を竦める。

 

「だがガールズトークができる仲間が一人増えたのは嬉しい事だね。千利お嬢さん、今度北校の校内にあるガーデンスペースで開くお茶会に来てみないかい?

勿論、アルメリアお嬢さんも。」

 

その言葉にパッと明るくなるアルメリア。

「良いのですか……?是非!……お茶会、お茶にお菓子に……沢山用意しないとです、ね!」

 

わくわくと弾むようなアルメリアに釣られ、私もお茶会への参加を受け入れる。

 

「お茶やお茶菓子の用意は私も手伝いますよ。アルメリアさん。」

私がそう告げると、宝石のような蒼い瞳を更に輝かせる。

「本当……?はい!一緒に用意しましょう!」

そう声を弾ませるアルメリアの姿はとても輝いて見えた。

 

……女の子達と話す、とはこんな感じなのかもしれない。

 

クラスでは男のクラスメイトには茶化されて、凛花以外の女のクラスメイトはみんな私を邪視していた。

 

凛花はよく話してくれるけど、いつも勉強の話。

いや、あれは凛花が、私が勉強好きと知って敢えて話題を選んでいるのかもしれない。

 

故にお茶会など、聞いた事もなかった。

 

だが、アルメリアや一紗を見ている限り。

それを「楽しそう」と感じる自分がいた。

 

「あら、お茶会?私も参加して良いかしら?」

 

部室の扉が開く。

 

そこには濃緑の長い髪をなびかせた妖艶な女性と、そのボディーガードのように付き従える白髪の男性がいた。

 

「鶯お嬢さんじゃありませんか。えぇ、是非。日時は追って連絡しましょうか。レディース。」

一紗は鶯と呼んだ長髪の女性に一礼をする。

 

鶯と呼ばれた女性は一紗に目をやった後に私やアルメリアにも視線を移した。

「あら、アルメリアちゃんだけじゃなくて新しい子もいるのね?これは楽しいお茶会になりそう。」

 

アルメリアとは別の美しさを持つ女性は楽しそうにこちらへとほほ笑みかける。

 

「私も勿論付き従います!我が主!」

「貴方が来ては女子会の意味が無くてよ?ヴィシー。」

妖艶な女性は付き添いの男をヴィシーと呼び、お茶会へと呼ばない姿勢を見せた。

 

「初めまして、可愛いアルメリアの後輩ちゃん。私は国立東真風戦闘員養育学校ゲート研究部部長、高等一年、東峰鶯よ。

ほら、ヴィシーも自己紹介をなさい?」

妖艶な彼女、鶯は、自らを紹介すると、そのまま傍らにいた男、ヴィシーへと話題を託す。

 

「了解しました我が主

私は国立東真風戦闘員養育学校ゲート研究部副部長であり、中等三年。ヴィシー・ライニンクンツであります!」

ビシッと姿勢を正し、敬意を示すヴィシー。

 

まるで生まれながらの軍人のよう。

だが彼は自然と生き生きしていた。

 

「しかし、西校の者は遅いな。もう会議二十分前だと言うのに!」

「ヴィシー、通常は十分前に到着でも早いのよ?」

鶯とヴィシーのやり取りは異様にも見えるが、同時に洗礼された女王と従者のようにも見えた。

 

そんな中、再び部室のドアが開いた。

 

「ちわす、北校の皆さん、部長陣さん。

西蓮寺パイセンはセンコーと話があるそうで。

パイセンはセンコーと一緒にこっち来るみたいっスよ。」

部室の扉を開けたのは生気の感じられない少年。

 

「リョリョン!了解ネー!」

「あら、西蓮寺さんは後からなのね、折角北校のこの子の自己紹介を聞いて貰いたかったのに。」

相変わらずのハイテンションの鈴春と、少し残念がる鶯。

 

「北校のこの子ぉ?あー、確かに知らねぇのいるっスね。」

少年は気だるげに私に視線を向ける。

 

「俺は黒瀬遼。国立西雷光戦闘員養育学校の小等四年、西校ゲート研究部副部長っス。」

 

驚きだった。

 

そもそも黒咲部長達が中等で部長副部長をしている事自体が異例にも関わらず、彼は小等生にして副部長という大役を務めているのである。

 

「えっと、私は北校中等一年で、昨日この部活に入ったばかりの……花宮千利です。よろしくお願いします。」

 

遼は相槌の感覚で首をコクリコクリと動かす。

「っス、よろしくお願いしゃす。ま、俺の事は部活歴長いだけの後輩と思っといて下さい。その方が気ぃ楽なんで。」

副部長とは言っていたものの、その気だるげな態度といい、見た目といい、彼からは黒咲部長のような圧力はなかった。

 

副部長であるという事を除けば、ちょっとマセた少年、という印象だ。

 

「はーい、遅くなりましたー。皆の顧問の先生、サジューロ先生の登場ですよ、と。」

 

のそのそと歩いてきたサジューロと、隣を姿勢正しく歩くディリーノ。

そしてその後ろには全く見覚えのない、栗色の髪色をした、目元が前髪で全く見えない大きな男性がいた。

 

大きな男性は荷物持ちをさせられていたようで、部室に到着すると、荷物を机に置く。

 

「あ、あれうちの部長なんスよ。部長ーー、こっち新しい北校の千利サンですってー。」

 

その言葉に合わせ、私も会釈をするが、相手も会釈をするだけで言葉は返ってこない。

 

「さーせん千利パイセン。ウチの部長、何も喋らねぇんっスわ。」

 

鶯が西蓮寺、と呼んでいたのは消去法で考えても恐らく彼なのだろう。

 

彼が喋らない理由を知りたかった所だが、部員達は皆、その状況を特に咎める事もなく、各々で会話をしている為、それがこの部活でのそれぞれの立場なのだと感じ、追求を止めた。

 

「はい、椅子用意出来たなら座ってー、打ち合わせとか無かったらテキトーに座ってくれりゃいいし。」

サジューロにそう言われると、部員達は近くにあった椅子に座り始める。

 

出来るだけ同じ北校の先輩の横に座りたかったが次々と彼らの横の席は確保されて行き……、

 

残った席は一つ、……端の、西校部長、西蓮寺の隣りのみだった。

 

西蓮寺に軽く会釈をし、横に座る。彼は会釈を返しはしたが無言のままスクリーンの方向へと向き直る。

 

ハッキリ言うと、非常に気まずい。

 

プロジェクターの準備が整い、いよいよ発表会が始まる。

西蓮寺はそれを察するとポケットからメモ帳とペンを取り出し黙々とメモを始める。

 

周りは会議の議論について、コメントを出したり周囲と話したりとしているが、私と西蓮寺の間だけはひたすらに沈黙が続く。

 

私は議論どころか内容も理解できない。隣りが北校の先輩であれば疑問点を聞けたが……、この状況では難しいだろう。

 

……そう、思っている所であった。

 

西蓮寺からメモ帳を目の前に差し出される。

『挨拶ちゃんと出来なくてごめんね。分からない所、あるかな。』

丁寧な文字で綴られた言葉。その端には可愛らしい猫の絵にハテナが付いている。

 

私が西蓮寺の方へと向くと西蓮寺は机をトントンと、指先で二回鳴らす。

 

筆談で対応して欲しいという意思表示だろうか。

それに軽く頷き、メモ帳の次のページに私も言葉を並べる。

 

『先月発見した新領域が二つ、というのは少ないものなのでしょうか?そもそも会議で飛び交う新領域と言うもの自体がよく分かりません。』

 

会議では、まず始めに先月発見した、新領域なる物の数が、四校合わせて二つである、とサジューロが前で話す。

 

『新領域、というのは僕らゲート研究部や、ゲートを研究する組織等がまだ発見した事がなかった新たな異世界。

基本的にゲートが飛ばす場所はランダムなのだけど近隣の異世界が多いんだ。

だから近くの異世界ばかりに飛ばされて、新しい異世界におり立てるという事は毎週ゲートを飛んで調べている僕達でも難しい事なんだ。

だから新領域二つは中々ない快挙、つまり多いんだ。

大体の月は新領域が一つ発見出来れば凄い程だから。』

 

西蓮寺から返ってきたメモ帳はこと細かく書かれており、図解までもが付いていた。

だが、その図解も、何故かゆるキャラ。彼の癖なのか。

 

メモ帳を読んでいるうちにプロジェクターが進む。

新領域で撮影した映像を流すようだ。

私がカメラを担がされていたのは、この発表での為の撮影であった事をここで初めて知った。

 

少しのノイズが入り、いよいよ映像がハッキリと映される。

 

 

ここで私はこの場所の、『現実』を知る事になるのだ。



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第六話 現実と足音

ATTENTION
今回のお話では少々過激なグロ表現が含まれています。


ジッパーの開ける音が聞こえる。

私を入れた入れ物に、光と同時に水が落ちる。

 

「ねぇ!大丈夫!?」

 

声と同時に、刺すように水が勢いを持って入れ物に入ってくる。

 

これが『本物の』雨という現象である事はこの数日後に知った。

 

「こら!凛花ちゃん!先生達が危険物か確認が取れるまで開けちゃダメって言ってたでしょ!」

入れ物の外から声が聞こえる。

 

「先生!キケンブツなんかじゃないよ!人だよ!」

そう声を張り上げた少女はジッパーを最後まで開ける。

 

突然肺に入り込む新鮮な空気、強く私の体を打ち付ける水。

 

「……カハッ、ケホッ。」

「まぁ!小さい子供じゃない!スーツケースに入れて何日も放置だなんて……!大丈夫!?凛花ちゃん!他の先生を呼んできて!」

先程遠くから聞こえてきた声、少しふくよかな女性は私を見るなり急いで駆けつける。

 

危機を感じた私は腰近くに手をかける……が、手元に武器はない。

 

女性は構う事なく近づき……

 

 

……そして。

 

・・・

 

ザザザザ……

 

ノイズが消えかけ、プロジェクターから映像が映し出された。

 

『土の成分、これは研究会にないサンプルアルね、採取しておこう。安全も確保したい、コンティ、桜と一緒に辺りを調べてくれるアルか?』

スピーカーから聞こえたのは鈴春の声。

 

先程のような語尾ではあるが人物名の呼び方や、声のトーンから真剣な事が伺える。

 

『ガルルァ!』

『了解しました部長!』

フリフリの服の上から羽織を纏う黒い長髪の少女と、カメラを持っているのであろう少女の声が入ってきた。

 

『私も向かいます。良いですか部長。』

この声は一紗の声だ。

 

『うーん、そうだネ。

じゃあ……本研究部副部長、和泉一紗を散策隊指揮官に命ずる。』

『はっ!』

 

『残る俺含めた三名は仮拠点の形成をするアル。散策隊の三人の安全な拠点だ、怠る事なく取り組むネ!』

鈴春のその言葉に続き、返事の声が聞こえる中、

一紗とコンティと呼ばれた少女、そしてカメラを持った桜と呼ばれた少女は未知の世界へと足を進め出す。

 

『しかし、なんでしょうね、ここは。見た感じだと一体鍾乳洞に近いようにも見えるけど……。』

懐中電灯で辺りを照らしながら歩く三人。

 

その時、

 

『ガルァァ!?』

コンティは悲鳴のような声を上げた。

 

咄嗟にコンティの方向へとカメラと懐中電灯を向ける。

 

そこにあったのは、

 

……人骨。

 

それも一つではない。何万もの人間の骨で作られたような巨大な門が、懐中電灯に照らされた。

 

『これ……は?』

震えた少女の声、桜の声だろう。

 

『指揮官命令です!防御を展開しなさい!』

一瞬で声を荒らげる一紗。

その途端、地響きが始まり、カメラの目線が下がる。尻もちをついたのだろう。

 

『桜!大丈夫かい!?コンティ!桜の保護を!』

『グルルルァ!!!』

そう叫び、コンティが髪を変形させようとしている最中、

 

『あ……っ』

 

──カメラが、落ちた。

 

僅かに映るのはコンティと一紗と地面。

『桜ァァ!!!』

腰に下げたレイピアを抜き、カメラから見えない何かに向けて走り出す一紗。

 

コンティも叫びを上げながらみるみると体が変形していき、ドラゴンのような姿になる。

 

だが、それは巨大な緑の手によって軽く払われ、二人は壁にぶち当たったような音を立てる。

 

『一紗先輩!コンティちゃん!』

コンティがカメラに掠った事によりカメラは上に向き、緑色の巨大な人型と、それに捕まった茶髪の少女が映った。

 

パキりパキりと音をたて、押し込まれた壁から抜け出そうとする二人。

 

……だが、次の瞬間。

 

ベリッ

 

それはまるで梱包紙を開けるように、

 

頭皮から桜の皮膚を剥いだ。

 

ベチャリ

 

その皮膚はゴミのように投げ捨てられ、カメラの近くに落ちた。

 

ベリッ、ベリッ

 

『ヤ…………メェェェロォォォォォォォ!!!!』

一紗の声ではない、消去法で考えるならこの声はコンティだ。

 

バキリバキリと更に音を立て、カメラにも砂煙がかかる。

 

それでも巨人は、桜だったモノをじっと眺めては、肉すらも引き剥がす。

 

バキンッ

コンティは壁から抜け出せたのであろう。

 

怪物のように叫び、黒いドラゴンは、倍もある巨人に体当たりを仕掛ける。

 

『コンティ!無駄だ!勝てない!早急に逃げろ!』

 

巨人はぶつかって来たドラゴンを片手で持ち上げると、少し遠くの床に投げつける。

『グギャアァァ!!!!!!』

『コンティ!』

コンティの名を呼んだ一紗はカメラを持ち、コンティへと近づく。

 

『サ……ク……ラァァァァァァァ!!!!』

『止めろ!コンティ!』

コンティの首から下がる鎖を握り、引き止める。

『戦力的に確実に負ける!他に被害が出ないように連絡に戻るよ!』

『サ……ク……ラ……ッッ』

『分かってくれ、コンティ。勝ち目が……無いんだ。』

 

ベチャリ、ベチャリ。

 

桜だったものの肉を剥がしていく。

 

『今のうちだ、逃げよう。』

『サクラ……。』

『……桜はもう死んだ、だから、逃げよう。』

 

変形から元の人の形へと戻っていくコンティ。

 

一紗はカメラにかかっていた桜の皮をカメラから退けると一瞬、無言になった。

 

『指揮官命令です。早急に帰還します。』

 

カメラはふらりふらりと揺れる。一紗も力の限界なのだろう。

 

コンティの鎖を引きながら、走る、走る、走る。

 

映像はただひたすら、走る地面を映しているが、息を吐く音と、鼻を啜る音は、集音されていた。

 

・・・

 

映像は、終わった。

 

新領域だと喜んでいた者達は皆無言になり、アルメリアただ一人が青龍に縋り着いて泣き、他は皆生気を失った目をしていた。

 

「何……これ。」

 

私はそう呟きながらも、ただ、コンピュータの画面を映すスクリーンを眺めた。

 

「ゲートを通過して、必ず皆が無事で帰って来る訳では無い。調査中に命を落とす事も……勿論ある。」

横から地鳴りのような低い声をが鳴る。

西蓮寺の声だ。

 

サジューロは辺りを一周見回す。

「散策隊指揮官、和泉一紗。」

「……はい。」

サジューロの呼びかけに応え、立ち上がる。

 

プロジェクターの前に立った一紗は脚が震えている。

サジューロはプロジェクターの前からの去り際に、優しく一紗の頭を撫で、肩を叩き、何かを耳打ちする。

 

「本異世界、J-015の映像を確認の通り、この異世界生物、J-015巨人種は人骨を集め、それをレンガのように、建物の材料として使う性質があります。

膨大な数の人骨があったことから、この異世界生物単体の行いとは考えられず、恐らくあの世界に住む生物の習性と思われます。

また、人体の皮膚は捨てたにも関わらず、筋肉は捨てずに持っていた事から、人肉にも彼らには用途があると推測されます。

これらの事から、このJ-015の食物連鎖の頂点にいるのがあの巨人種の可能性、更に同世界に人型種がいる可能性もあります。」

 

一紗は声を震わせながら、解説の為に、人骨が並べられた門を移したシーンや、巨人種が桜の皮膚を剥がすシーンを動かしたり、止めたりを繰り返す。

 

そこで手を上げる鈴春。

 

「一紗の発表の途中失礼するアル。

一紗は同世界に人型種がいる可能性を提唱していたアルが、アイツらのアジトの付近に巨大なゲート、それこそあの巨人種が入れるサイズのゲートがあったアル。

つまり、ゲートを使用して近隣の異世界から人型種を攫う文化があった可能性もあるネ。」

 

カツカツと音を鳴らし、鈴春は一紗の隣りに来た。

 

「暖房暑いアルよー?調節ちゃんとしてるアルかー?」

そう言いながら纏っていた羽織を一紗の頭から掛け、耳打ちをする。

「後は俺がやる、我慢しなくても良い。」

 

一紗からマイクを受け取り、鈴春は一紗の背中を押す。

「俺の羽織、持っとくとヨロシ!頼むネー!」

千鳥足で歩く一紗を横目に、発表の続きを鈴春が始める。

 

「あくまで可能性ばかりの理論アルが、この生物は『異世界危険生物』に入れるべきであると俺は思うネ。」

サジューロは壁に持たれながら、真剣な目でそれを聞いている。

 

「ふむ、登録しよう。

登録に当たって、相手の戦力等の詳細が欲しいのだが。」

 

そうサジューロが言った時、震えた一紗の手が天井に向けて伸びた。

「……今日でなければ私が、ご説明します。」

 

鈴春の羽織で顔は見えない。だが肩の震えから彼女の様子は理解できた。

 

「わかった、ならお前の好きなタイミングで来なさい。」

サジューロは言の葉を和らげながら、一紗に言葉を向けた。

 

「そして、この調査で死亡した、穂希桜に……黙祷を。」

 

その鈴春の言葉で沈黙が続く。

 

………………、

 

………………、

 

……………………死んで。

 

…………………………想われるなんて。

 

………………………………狡いな。

 

………………。

 

黙祷が、終わった。

 

 

「穂希桜の遺品は俺が持ってるアル。とはいえ、あの惨状だったから皮膚とか服の破片とかしか残ってないネ。

部屋の遺品整理も俺と一紗でやる予定アル。

あと、これは先生にだけど、本件でコンティノアールがかなり堪えてるようネ。

コンティノアールはうちの僅かな部員でも強い子だったアルけど……暫くは見込みが見れないアルね。それに、他の部員も。

だから今月は出来ても近隣異世界の捜索、それも他の学校から借りなきゃ行けないネ。」

 

淡々としながら鈴春はサジューロに向けて話す。

「そうだな……、ゲート研究部は何処も過疎だからなぁ、強いて言うなら北校が多いぐらい……。」

ふむ、と考え込む仕草を見せるサジューロ。

 

「ざけんな。」

そんな話し合いを切り裂いたのは黒咲部長だった。

 

「誰が采配ミスで人殺したような野郎に部員を貸すかよ。意地でも研究したいんなら頭地面に付けて「貴方のチームに下っ端として入れて下さい」って言うぐらいじゃねぇとな?

少なくとも今のお前に、采配の権利はねぇ。」

椅子に姿勢悪く座り、眉間に皺を寄せた黒咲部長が鈴春を睨みつける。

 

「……あぁ、そうアルな。俺には指揮官なんて向かないネ。」

 

鈴春は分かっていた。

 

はなから自分は指揮官に向いていないと言うこと。

 

それでも、捨ててはならないという事。

 

「けど俺は、他の南校研究部員の指揮官、アイツらの指揮官にならないといけないネ。

だからここで俺は曲げられないアル。

絶対に、守る。」

拳を胸に当てて真っ直ぐな瞳で黒咲を見る。

 

「……チッ、編成は会議後決定する。サジューロ、次の映像流せ。」

鈴春の目から逸らし舌打ちをする。

 

「はいはい、進行しますよーだ。」

さりげなく他所からパチってきたのであろう椅子から立ち上がったサジューロは、またプロジェクターの前に立つ。

 

「じゃあ二箇所目見るぞー。」

 

プロジェクターが動き出し、次の映像が目を開ける。

 

ノイズの後にあった世界……それは。

 

・・・

 

二箇所目で映されたのは東校の映像のようで

鶯がヴィシーに指示をする映像が残されていた。

 

辺りは一帯見た事もない幻想的なきのこのような何かが生えた土地で、先住民は妖精のように小柄な民族。

 

だが魔力はただならぬ量を所有していたようだ。

異物である研究部員を発見した彼らは、巨大な未知の魔法を用いて研究部員を追い払おうとする映像。

 

怪我人は多数出したものの、鶯の指揮で全員が無事に帰還できた様子。

 

映像が終わると指揮官であった鶯から二箇所目の場所についての詳細な説明、部員の怪我の状況などが説明される。

 

しかしその報告を、それを喜ぶ人も、悲しむ人もいない。

 

ただ、無事で良かったね。と讃える声。

 

それを説明していた鶯すら、目の前でなく、何処か遠くを見つめるようであった。

 

 

私は西蓮寺のメモ帳のページを開け、文字を紡ぐ。

 

『穂希桜さん、という方はどのような方だったのでしょう。』

そのメモを見た西蓮寺、目元こそ見えないが、軽く下唇を噛んだように見えた。

 

『穂希桜は、去年のこの季節に中等一年として、南校研究部に入部した。

君と同じ、立場だったであろう一つ上の先輩だよ。』

 

私と同じ立場。

その言葉に引っかかった。

 

私があの立場なら確実に脱出できていた。

あんなに弱くはなかった。

 

それに……、

 

「要らない子。」

「出来損ない。」

「捨てましょう。」

 

「価値のない、なり損ない。」

 

そう。

 

私はなり損ない。何のなのかは分からないが、何かのなり損ない。

 

だから……。

 

死んで、想われるなんて、ない。

 

『同じ立場には、永遠になれないと思います。』

そうメモに記入し、西蓮寺に返す。

 

すると調査発表会は終わったようで、生徒達がバタバタと動き出す。

 

とは言え、空気は暗い。

西蓮寺はメモ帳を受け取り、会釈をすると流されて行くように教室から出て行く。

 

「西蓮寺パイセン?」

「……これは、僕には負えないか。」

 

地響きのような声に飛び上がる少年。

「うおっ!?西蓮寺パイセン、シャベッタ!?」

そんな遼の声も聞かずに西蓮寺は遼にメモ帳を押し付ける。

 

遼は途端に無言になり、パラパラとページを捲る。

「あー、成程。」

パタンとページを閉じては西蓮寺に突き返す。

 

「ま、俺らもいっちょやりますかァー。」

 

イナズマの入った羽織を揺らし、大小二人は歩く。

遠く、何かを見据えるように。

 

その軌跡を残しながら。



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第七話 若人の決断

武器はない。

 

迫り来る女。

 

来るな、来るな、来るな。

 

 

来る……な、

 

じんわりと全身を覆う温もり。

 

「もっと早くに中身を調べられなくてごめんなさいね。……こんなに体が冷たいじゃない!温めなきゃ。」

 

この時、ようやく、私は完全にこの女に全身を拘束され、動けないのだと察した。

 

声が出ない。

 

喉が大量の針に内側から刺されているような感覚。

手は震えて固まり、力が込められない。

 

あぁ、だから。

 

 

だから私はなり損ないなのだ。

 

・・・

 

会議は終わり、次々と部室から人が出て行く。

 

屍のように動かなくなった北校の部員達、そんな中でアルメリアだけは、ある人物を追うように駆ける。

 

「一紗、先輩。」

アルメリアが話しかけたのは、鶯に背中を撫でられている一紗だった。

「……申し訳ない、今は、少し。」

 

その一紗の言葉にどう返事をしようか、幾ら覚えたばかりの語彙を探しても見当たらない。

 

その時、アルメリアの後ろから、揺れる黒髪が現れた。

 

「落ち着くまで座ってろ。足もおぼついてないじゃねぇか。そっちにベンチがあるから、ほぉら。」

そう言い一紗の背中を押す。

 

誘導されるがままにベンチに座った一紗、その横に座り手を握る鶯、ドカリと廊下に座り込むサジューロ、アルメリアは立ったまま、慰め合うように寄り添うのだ。

 

「よくやったな、一紗。」

 

サジューロは一紗の方へと向くこともなくポツリと言う。

 

「私に、何が出来ていたと言うのですか、先生。私は、指揮官でもあったにも関わらず、桜を守れなかったのですよ。」

ギリッと、歯が軋む音。

 

「守ったんじゃねぇのか?コンティノアールと、桜の最期を遺した映像と、他に同じ世界を調べていた仲間と、お前自身を。

それを功績と言わずして何と言う?」

 

辺りは無言を貫いた。

 

「お前らが生きてたから、俺らは桜の死を知れた。事実が知れた。桜の生き様が知れた。

……違うか?」

 

サジューロは一紗の方へ向くこともなく立ち上がり、煙草を咥える。

 

「だからお前はよくやった。桜の親御さんへの報告やらは俺に任せとけ。

お前らは充分やった。」

 

そう言いながら煙を吐く背後、ガタリと音を立て、一紗が立ち上がる。

 

「いいえ、私も行かせて下さい。

私が……、あのメンバーの指揮官だったのだから。当然の行いです。」

 

鈴春から預かった羽織を脱ぎ、握りしめる。

「どうか、副部長として、同行をさせて下さい。一人の、騎士として。」

 

煙と共にため息を吐き出す。

「はいはい、好きにしろ。お前の為になんならな。」

「んじゃ、俺もアルねー!」

 

重い空気とは真逆な軽快な声。

明らかに面倒くさそうな顔をするサジューロ。

 

「俺が探索を命じたアル、当然ネ。」

「んじゃあそのふざけた口調、親御さんの前でだけでもどうにかしろよ。」

「それはー……善処するネ。」

アホくさい鈴春の登場で和やかになる空気。

 

 

遠くからそれを見る。

 

……失敗しても、捨てられない?

 

失敗は悪、ましては死など大罪だ。

 

なのに、どうして。

 

 

出来損ないは一人、その光景に唇を噛む。

 

・・・

 

歩く二人、その後ろから大きな足音が聞こえる。

「西蓮寺頼人!黒瀬遼!今日もまた最後に来るとは気がたるんでいないか!」

 

超デカボイス。

これはヴィシーだろう。

 

「あー……ヴィシーパイセン。つーか俺ら遅刻してなくね?十分前までに到着してたし。」

振り返り、呆れた顔でため息をつく遼。

 

「常に上司よりも先に到着すべきものだろう!特にお前は小等四年、部長陣最年少でほぼ全ての部員が先輩にも関わらず何たるたるみ!」

 

気だるげな遼と、キチリとしたヴィシーでは相性が悪いのは見てわかる。

だが、その程度で引き下がるガキであれば、同じ地位にはいないというもの。

 

「はぁ、アンタは御局様っスかぁ?

俺が全員の後輩なんだから気ぃ引き締めろだ?

俺はお前らと違って年の功でここに居るわけじゃねぇの。

俺は俺のやる事やって、あの時間に到着してる。

だからお前みたいな指示もなけりゃその場に対応出来ない脳筋とは違うワケ。

だから変にお前の思う通りに俺を動かそうとしないで貰えるっスか?

センパイなら、必要なアドバイスぐらい選べ。

では、また次の会議で。

ヴィシーパイセン?」

 

遼はヴィシーを鼻で笑うと、軽く会釈をし、西蓮寺と共に踵を返す。

 

「生意気なガキめ!」

立ち去る西校の二人を睨みつけながら吐き捨てる。

 

だが、ヴィシーは決してそれ以上は言わない。

彼自身、遼の実力を認めている、その上で同じ副部長という地位にいるのだから。

 

「西蓮寺パイセンは何か言われてたけど気にしないんスか?いつも先生の手伝いとかしてて最後じゃないスか。」

 

帰路へと足を向ける二人。

そんな中、遼は西蓮寺に見向きもせずに口を動かす。

 

……が、西蓮寺からは返事はない。

 

軽く首を動かす程度のアクションしかしない西蓮寺。そして、それを見る気のない遼。

 

傍から見れば意思疎通が出来ているのかも怪しい。

 

「所で、どうします?南校の人員不足の件。

東校は鶯パイセンはどーせ部内会議せようが誰かしら出てくるっしょ。どーせあの人ら、お人好しだし。」

 

西蓮寺は頷くだけ。

だが何かを思考しているようだった。

 

「ま、俺らも帰りゃ部内会議っスねー。」

 

などと言いながら外へと出たようで、タクシーを捕まえて乗り込んだ。

 

・・・

 

部室はすっかりといつもの姿を取り戻し、黒咲がソファで寝転がっている。

 

「ねぇ隼、結局どうする?南校の人員不足。

東校から出るかもだけど、あっちも人員多い訳じゃないじゃん?」

 

ソファの肘置きに腰掛けながら寝転がるこの部屋にいる部内最高責任者、黒咲に声をかけたのは副部長のクリフト。

 

「東だけじゃ足りねぇだろうな。」

 

返ってきたのは単調な返事。

 

「仮に西も出たとしても、完全に枠は埋まんねぇ。」

 

資料を顔にかけた黒咲は心底面倒くさそうに答える。

 

「じゃあ?」

「……ッチ」

クリフトの問いに舌打ちで返す。

 

元よりサジューロが人員補充を命じた時点で、最も人員を所有する北校には選択の余地がないのだ。

 

「となると人員選択だね。出来るだけニコイチの空牙と夕雨は解体したくない。それに今は空牙も負傷してるからね。だから何人補充人数が必要になっても動かす事が可能な、単体での実力を所有する人物、って事になるかな?」

「かと言ってアイツらは暫く近辺調査だが、俺らはランダムだ。こっちの人員は裂けねぇ。」

 

ぽい、と机にメモ帳を放り投げる。

 

「その結果の人員選択だ。」

 

クリフトは投げられたメモ帳をペラリと捲る。

「隼も、中々酷な事をするよね。」

「たりめぇだ。罪を償うのは口じゃねぇ。行動だ。」

 

二人はそれ以上言葉を交わさない。

 

クリフトはメモ帳を持ってサジューロの元へと向かった。

 

・・・

 

「我が主!」

その声量と言葉で誰か充分分かる。

 

「遅くなってごめんなさいね?ヴィシー。」

前方からは長髪を揺らす鶯がヴィシーの元へと歩いてやって来る。

 

「主は先程まで何を?」

「一紗ちゃんの様子を見てたの。でも、あの子なら大丈夫。」

 

大丈夫。

例え今がそうでなくても、きっと。

 

並び立った二人は帰路に乗り、鶯は優雅に、ヴィシーはテキパキと歩き出す。

 

「しかしあの和泉一紗があのような……、いや、和泉一紗は大義を成しただろう。全滅を免れた。それだけで大義と考えるべきか。」

 

ヴィシーのその言葉に表情を濁すのは鶯。

「えぇ、あの子は最小限の犠牲で部員達を守りきったのだから、充分大義でしょう。鈴春も、早急な離脱が出来るよう、拠点制作後に退避用ゲートを探していたようだから。あの子達は何一つミスをしていないわ。」

 

軍事学校に似合わぬ羽織を揺らし、一定の距離をもって話し合う。

 

「そして、例の人員補充についてですが。」

「勿論、部内で話し合った上で有志を募ります。ですがこちらも豊富ではないですから……出せても一人でしょうね。」

「……やはり、ですか。」

 

二人は正義感が他の部長陣よりも一際強い。

恐らく東校の他生徒も同じだ。

 

しかし先日の新領域調査で負傷者が多く出ている東校は、南校に手を貸すよりも前に、自陣営の人員すら怪しいのである。

 

「隼に……託すしかないわね。」

 

最年少の部長、黒咲隼。

 

だが今は、彼に頼る他ないのであった。

 

・・・

 

暗がりの研究室に似合わぬ軽快な足音。

 

「さ・じゅー・ろっせーんせ!」

 

サジューロの明らかな嫌な顔。

「まだ帰ってなかったのかよ……鈴春。」

赤毛のアホ面、鈴春だ。

 

「一紗は他の子にお茶会お誘いに行ったからネー!俺一人アル!」

そんなヘラヘラとした鈴春をサジューロは鼻で笑った。

 

「じゃあそのヘタクソなアホ面は要らねぇんじゃねぇの?」

サジューロの言葉に鈴春の口角が歪む。

 

「……あぁ要らないな。どうもこのノリは慣れない。」

 

鈴春の顔から笑顔が消える。

まるで別人かのような、冷たい、冷たい顔。

 

「じゃあやんなきゃいいだろ。」

煙草を口に咥えたまま、書類を確認する。

 

「いや、あの人に思い出させるわけにもいかない。折角忘れてくれたのだから。」

 

興味無さげに煙を吐く。

「……で、何の用だ?」

少しの沈黙が続いた。

 

灰が落ちそうになったのを確認した鈴春が無言で灰皿を用意し、煙草の灰は灰皿へと落ちた。

 

「主を、頼む。」

 

……遠くから、一紗が鈴春を呼ぶ声が聞こえる。

「それでは、失礼。」

 

普段の彼であればしないような、丁寧な礼をすると、灰皿を机に置き、何時もの調子で駆け出して行った。

 

「かっずぅーー!俺はここアルよーーー!」

「また何処かで幼稚な行動でもしてたのだろう、紳士たる自覚ぐらいもう少し持ってはどうかな。」

「めんごめんごーっ!あいたぁー!」

 

南校の二人の何気ない日時に鈴春は戻って行った。

 

それを研究室の中から聞くサジューロは、机に腰掛け煙草をふかす。

 

「記憶の無くなった主を、まだ主と呼び続けるか。」

 

「かつての従者を忘れ、愛を忘れ、それでも生かされる。さて、それは傷付けたくないだけの偽善ではないのか。」

 

黒髪の男は多くは語らない。

 

ただ、ゆらりゆらりと煙は揺れるだけだった。

 

・・・

 

会議終了から二時間後。

私達、北校のゲート研究部部員も集められる事となった。

 

「よし、全員揃ったな。」

黒咲部長は辺りを見渡し人数を確認する。

 

「……で、さっきあった南校の人員不足における他校からの人員補充要請について。

南校に一時的に補充員として、本校から選出するメンバーが決まった。」

 

一同はゴクリと唾を飲む。

 

「まず第一に、南校は前の事態によってコンティノアールを中心に、部長、副部長を除く三名が行動不能。

実質的な南校の戦力は、鈴春と一紗の二人のみとなる。

そして人員補充要請が出た時点で、最も部員数を確保している、この北校は確実に補充員を南校に送らねばならない。

……だが、先日の調査にて空牙が負傷。

これにより北校の活動可能メンバーは八人。

うち、六人は自校のゲート調査の為に残って貰う必要がある為、補充員として南校に送れるのは、二人のみとなる。」

 

淡々と現状を述べていく黒咲部長。

 

 

「伊吹青龍、花宮千利。

以上二名を南校救援補充員として任命する。」

 

 

意外だった。

 

よりにもよって、まだ部活に慣れない私が選ばれたという事が驚きであった。

 

それと同時に、タレントとして活動していた青龍も人員として選ばれたのだと考えると、かなりの人員枯渇を思い知らされる。

 

「俺、か?俺でどうにかなるものか……?」

青龍本人も疑問らしい。

「アレでも鈴春も一紗も手練だ。

多少不慣れなメンバーであろうとカバーぐらいは出来るだろうよ。

受けてくれるか?二人共。」

 

とは言え拒否権は無いに等しいのだろう。

周りから視線を集める私と青龍。

 

「はい、私で良ければ。」

「まぁ、足引っ張らないようにしないとな。」

受け入れる二人。

 

「よし。来週休み明け、月曜日が南校の調査曜日だ。青龍と千利は本校正門前集合。千利は青龍の指示に従ってタクシーで南校に向かうように。

青龍は千利の案内頼むぞ。」

指示を受け、返事をする私と青龍。

 

この日はこの指示を受け、解散となった。

 

……次に異世界へ向かうのは月曜日、それも青龍と鈴春と一紗以外、あと二人は誰なのかも分からない。

だからこそ、新たな知識が手に入りそうで、私は心を弾ませた。

 

 

「酷な事をするよね。隼。」

 

解散した後の部室。

部屋には黒咲とクリフトの二人だけ。

 

「よりにもよって去年入ったばかりで今回亡くなった桜ちゃんと同じ境遇の千利ちゃんを、補充員に任命するなんて。」

 

ソファをまた占拠している黒咲。

 

「だからこそ、引き締まるモンがあるだろ。

それに……」

 

「これはアイツらの為の選択だ」

 

小さな少年は見据える。

その未来と、彼らの栄光を。

 

──地獄の後の救済を。



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第八話 歪みと善と

私は死ななかった。

 

なり損ないの私はまだ生きていた。

 

あの時、私が入っていた入れ物から私を出した少女、凛花はやけに私に話しかけてくる。

 

だけど周りの反応を見れば分かる。

 

私は、両親に求められた『なにか』にも、

周りが求めている『なにか』にも成れていない、

 

なり損ないなのだと。

 

今日も、冷たい。

 

・・・

 

午後の訓練、休暇時間も終了し、待ち合わせ十分前。

 

私は我が校の正門の前で先輩であり、今回仕事を共にする補充員、伊吹青龍を待つ。

 

「すまん、収録長引いた。」

待ち合わせ五分前、制服に羽織を纏い、こちらへやって来た男性、青龍。

 

「いえ、時間前なので問題ないかと。」

「いや、待たせる事事態が個人的に嫌で。

……とか言うより先にタクシーを呼ばないとな。」

ポチポチと端末を弄り、タクシーを呼んでいるようだ。

 

「しかし南校か……立地的にここから真逆だからな。タクシーはあと二分で到着予定、タクシーでの走行時間を考えると……遅刻はしないがギリギリになりそうだ。」

端末で時間を確認しながらマップから所要時間を計算している青龍。

 

「結局補充員、というのは……助っ人という認識でいいんですよね?

先週末、黒咲部長は「南校で出れるのは二人のみ、出撃には最低六人は必要」と言っていましたが、それってつまり、私達以外にも助っ人が二人来ると言う事ですよね?」

 

あれから考えてはみたものの、南校の出撃可能メンバーは鈴春と一紗のみ。

 

北校からの助っ人は二人、私と青龍。

それではどうしてもまだ二人足りないのだ。

 

「あぁ、それについて引率である俺の方に連絡が来たんだが。

東校から一人、西校から一人、補充員が南校正門前で待ち合わせの手筈になっている。

……が、正直他校の部員って部長副部長以外は、ビデオで出てくる顔とか愛称とかしか知らないんだよなぁ。」

 

そう話しているうちに車の轟音が響く。

 

「よし、タクシーが来たみたいだな。

すみません、国立南業火戦闘員養育学校まで、急ぎでお願いします。」

 

私達はタクシーの後部席に乗り込み、再び轟音が辺りに響く。

 

「あ……そう言えばタクシー代、幾らぐらいになりますかね?私の所持金足りるかな……。」

 

持ち歩いている財布を確認する。校内の食堂でなく売店をよく使う事もあり、かなり少ない。

 

「いや、その辺は考えなくていいらしい。どうやらタクシー代とかその辺はサジューロ先生の給料から出されてるみたいでな。俺達は申請さえすればタダで乗らせて貰えるんだ。

……まぁ仮に払わなきゃなんない時でも俺が持ってるから気にしなくていいぞ。」

 

そうだ、何気なく会話していたので忘れかけていたが、彼は有名タレント。

 

時には部活外でもオファーが来て収録に行く程のタレントだ。

金欠の私とはそもそもランクが違った。

 

 

タクシーの窓から見える景色は変わっていく。

 

見慣れない景色達。そしてこの先には私の知らない姉妹校と、私の知らない他の研究部員達が居るのだろう。

 

「なんだか……緊張して来ました。」

 

恐らくこれが緊張。

 

何となく落ち着かず、メモ帳にペンに端末にと所持物を確認する。

 

「だろうな、千利はこれが補充員初めてになるんだったか?」

 

そう聞かれ、頷くと同時に気になる事もあった。

「補充員って、そんなに頻繁に招集されるものなのですか?」

 

今回は緊急事態とばかり思っていたが、青龍のその言葉はまるで、

過去にも自分が招集されているかのようだった。

 

「まぁ、ここまで規模のデカい招集は滅多にない。

……が、一人のみ招集とかそんなのはかなりの回数があるもんだ。大体は他校生徒の体調不良とかそんなのだがな。」

 

その後にも何か言葉を紡ごうとした青龍、だが私の顔を見て口を噤む。

 

「着きますよ、お客さん。」

タクシーの運転手はこちらを見ずに言葉を述べると速度を落とし始めた。

 

「ありがとうございます。お代の方は……」

青龍がそう言いかけた時に運転手は車を止めてこちらを見る。

 

「知ってらぁ、サジューロさん所だろ?

それよりもアンタら、活動気張りな。」

 

そう言われキョトンとする私と青龍。

 

「ほーら、着いたんだからボーっとせず行く!」

「あ、はい!」

運転手のその言葉に背中を押され、急いでタクシーから降りる。

 

「ありがとうございます。」

タクシーに向けて一礼をすると、運転席の窓からヒラヒラと振る手が見えた。

 

そして振り返るとそこにあったのは……。

 

「ここが、国立南業火戦闘員養育学校……。」

外装は校章と旗以外は変わりのない姿。

 

その正門には二人の女性が立っている。

一人は端末を弄る小柄な少女、もう一人は佇み小説を読む一見私と大差ない身長の女性だ。

 

鈴春でも一紗でもない、だが二人とも研究部支給の羽織を羽織っている為、研究部関係者である事は分かる。

 

「すみません、貴女方が今回の補充員のメンバーでしょうか?」

 

その声に対し、肩から飛び上がるような反応をする茶髪の女性。

そして端末から顔を上げた瞬間に目を丸くした赤髪の少女。

 

「はい、西校より……っ!?し、失礼しました、国立西雷光戦闘員養育学校より参りました、中等二年、霧更珠鳴と申します。よろしくお願いします。」

赤髪の少女、霧更はピシリと姿勢を正し、青龍の方へと向く。

 

「は……はいっ、わ……私は、小鳥遊花乃……こ、国立東……真風戦闘員養育学校、高等二年……です。

よろしく……お、お願いします?」

霧更に遅れをとるように名乗りをあげた茶髪の女性、小鳥遊。

 

年長であるとは思われるが何処かおどおどとした様子を見せる。

 

「申し遅れました。俺は国立北源水戦闘員養育学校から、今回補充員として任命されました。

中等三年、伊吹青龍です。」

 

三人が名乗りをあげているのを確認すると、私もその空気に飲まれるように姿勢を正す。

「同じく、国立北源水戦闘員養育学校、補充員の命を受けました。中等一年、花宮千利です。

まだ未熟者ですがよろしくお願いします。」

 

これで一通り名乗りあげが終わっただろう。

 

霧更も小鳥遊も待っていた様子から見てもわかる通り口達者な部類ではないらしく、霧更は一礼、そして沈黙が訪れる。

 

……そんな所に軽快な足音が聞こえる。

最早誰でもその足音の主が分かるだろう。

 

「おっまたっせアルぅーーーー!

遅れて参上!本補充員部隊総司令官、叶・鈴春アルね!」

 

後ろから現れるのは勿論、

「一応集合五分前ですが、お待たせしました。

私は国立南業火戦闘員養育学校ゲート研究部副部長、及び本補充員部隊副司令官、和泉一紗です。

今回はお集まり頂きありがとうございます。」

 

これでメンバーは揃った。

鈴春、一紗、霧更、小鳥遊、青龍、そして私の六人だ。

 

「んじゃ、早速ゲートに向かうアルが、俺達は過去に向かった事のある異世界への意図的干渉、つまり一回行ったことある所をまた調べに行くネ!

だから歩きながらでも、その行先について解説するアルぅ〜。」

 

六人は歩き出す。

先頭には鈴春、鈴春の斜め横に一紗。私と青龍は並んで歩き、私の反対側の青龍の斜め後ろに霧更が、五人を追うように小鳥遊が歩く。

 

「じゃあ説明するアルねー。

今回行く世界はこの世界よりやや化学の進歩が遅い世界アル。俺らと同じ人型の生き物、意思疎通可能な異世界生物がいるネ。

あちらの世界にはほぼ魔法はないアル、けど特殊な経緯を持って魔法が使えるようになる少年少女がいるという例は聞くネ。

最も、俺らの行った時は特に争いも無かったから、その魔法を使う者達との接触は出来たものの細かな情報は手に入れられなかったアル。」

 

その言葉を聞き、霧更が質問を投げかける。

「では、その世界では魔法を使った争いが予想されるのでしょうか……。」

 

鈴春は手に持つ過去データを端末で確認しながら霧更の方へと向く。

 

「俺もことーにゃと同じ疑問を抱いて現地を捜索してたアルが、どうもその魔法を使う彼らには共通する敵がいて、その共通の敵を倒す為に魔法を用いてたみたいネ。

それをその世界では『人類の敵』と呼んでたアルな。」

 

ことーにゃ、霧更珠鳴の名前からあやかったあだ名だろうか。

 

「こ、ことーにゃ…じ、自分のことですよね。その『人類の敵』という存在の特徴等はあるのでしょうか?」

鈴春の陽気なテンションにやや乗りにくそうな様子の霧更。

 

初見であだ名呼びなのだから乗りにくいのも仕方ないというものだが。

 

「ことーにゃはここには一人しかいないネ!

ンー、それがだねぇ、『なんか大っきい!』としかその魔法使用者から帰ってこなかったアル。

それで分かるのはとりあえず規格外のサイズって事ぐらい……アルかな。」

 

接触した人物がハズレだったのか情報が大雑把にしか伝わってないそうだ。

 

「その……『人類の敵』、と……言うのは、この世界にも……く……来る可能性が……あるの、かな……?」

 

恐る恐ると鈴春に尋ねたのは小鳥遊。

 

「それがイマイチ分かんなくてネ。

何せその世界の魔法を使う者達や一般人にはゲートの概念が認知されてなかったみたいアルし……、ただ、その『人類の敵』側の情報が足りないからそこは断定できないネ。

そこも含めて今回調査したいと思ってるアル。」

 

一通り知る情報は言い終えたらしい。鈴春はポケットに端末を収納する。

 

「そうなんだね……わざわざ説明してくれて、……ありがとう。」

 

感謝を述べる小鳥遊と礼をする霧更。

青龍も軽く礼をしていた為、私も便乗して一礼をする。

 

 

路地に足音が響く中、青白い光が角から漏れる。

 

「改めて、皆さんよろしくお願いします。」

 

曲がった角の先にあったのは、青白い光源。

 

──ゲートだ。

 

「うんー!みんなもよろしくアルね!俺がみぃーんなをちゃんと導くから、大船に乗った気でいるといいネ!

かず、お願いネ。」

「分かっている。解読ならもう済ませたよ。」

鈴春の言葉に間髪入れる様子もなく仕事をこなす一紗。

 

「げ…………ゲート……、怖い、けど……!」

 

・・・

 

東校。

医療室を行き来する研究部員。

 

この時は補欠だった為、私は怪我を負う事もなく治癒魔法の手伝いをしていた。

 

「ごめんなさい……小鳥遊先輩。」

 

ボロボロの後輩、そんなにボロボロになってまで……。

 

「き……気に、しないで……?私、頼られるの……す、凄く好き?……だから。」

 

そんな医療室のドアのノック音が響く。

 

ノックをしたのはヴィシー。そんなヴィシーを横に置き、カツカツと学校指定ブーツを鳴らす鶯。

 

「小鳥遊花乃!主が貴様をお呼びである!」

「ヴィシー、医療室では静かになさい。

……花乃ちゃん、いいかしら?」

 

部長と副部長。

二人に連れられるように医療室を出る。

 

「さっき会議で南校の人員不足の話をしたでしょう?

私達東校では前回の新領域で負傷者を多く出してしまったのもあって、こちらから南校に送れる人員は一人しかいないの。

……花乃ちゃん、お願い出来るかしら?」

 

さっきの会議、南校の生徒が一人死亡し、東校のメンバーは半分以上が負傷状態。

 

でも、動ける人員なら私以外にもきっと……。

 

「鈴春も抱え込み過ぎる所があるけれど、きっと苦しんでるの。だからそっと気付かれないように支えてあげてほしいのよ。

これはきっと、花乃ちゃんにしか出来ないわ。」

 

あぁ、あぁ、あぁ、

 

「は、はい……!勿論……!」

 

頼られる。

 

ならば、ならば、

 

「南校補充員……、させて、欲しい……!」

 

・・・

 

キュッと手を握る小鳥遊。

 

渦巻き始めるゲート。

私はゴクリと唾を飲む。

 

やがて大きく光り、辺りを包み込む。

 

やはり、この感覚は……そう思った、その時。

 

「今──そは、──守ってみ─ます。──様。」

 

えっ?

 

そう呟こうとした時には光に飲まれてしまっていた。

 

あの声は──?

 

・・・

 

その昔、有名な若い女性研究者がいたらしい。

 

彼女はただ、研究に没頭し、やがてその研究によって彼女にスポットライトが当たる。

 

人類で初めて、脳内情報データまで完全にコピーしたクローンを作り出した。

 

外見だけは今までの研究でも作成する事は可能だった。

だが、記憶データまでもをコピーし、クローンを作成した例は、彼女が初めて成し遂げた。

 

僅か十二歳で。

 

それを悪用しようとした人類、異世界生物、彼らは次々と彼女の元へと赴き、情報を強奪しようとした。

 

彼女には父母はいなかった。

 

十三歳、彼女は自らの研究データを抹消し

自害した。

 

彼女は生涯、一度とて守られる事はなくこの世を去った。

 

だが近年、彼女の研究を調べていた一人の男性研究員はある事に気付いた。

 

……最後にクローン製造機を使われた痕跡が、彼女の死亡前日にあった事。

 

彼女はまだ、生きている。

 

あぁ、哀れな君よ。

君の研究はこの僕が成し遂げた。

だから君は、君は。

 

──もう、死んでも良いのだよ。




今回登場の
霧更珠鳴ちゃん
小鳥遊花乃ちゃん
の二人は、読者様から案を頂きゲート研究部へと入部してくださりました。
良い研究部ライフを。


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第九話 蝋が溶けようと

ATTENTION
今回のお話では少々過激なグロ表現が含まれています。


私は、可能性を調べたかった。

 

人類というものの可能性を、そして……あわよくば……

 

──が、欲しかった。

 

・・・

 

…………地面。

起き上がる。

 

「あ!セリっち起きたネ!異世界番地B-557到着アルー!」

 

手元には無傷なカメラ。

私自身の擦り傷も何もない。

 

「……まさか、」

「な……何アルか……?」

 

「上空じゃない!?!?!?」

 

「毎回上空だと色々困るからネ!?」

 

いやいやいや、今まで上空に振り落とされて来た。

初めてのゲート調査の時も気付いたら上空だったし、そこから帰る時も上空から学校に落とされる形だった。

 

なのに、何故!?地面!?

 

「え、何この子、上空しか経験した事ないアルか?」

「あぁ、それなんですけど……うちの部長ちょっとサボってて、時空と大まかな場所までは固定するんですが、完全な位置固定はしてないんですよ。」

 

青龍の言葉に深いため息をつく鈴春。

 

「固定、というのは?」

ふと疑問に思い二人に問いかけてみる。

 

「一度行ったことある場所には、次来た時の為の座標固定と言うのがあってね。

これをしておくと次来た時に決めた座標。場所や地面の高さを固定出来るんだよ。

そして黒咲部長はその座標の中でも高さ固定を中途半端に設定している。だから帰還後も上空にいる、という事態が発生するのさ。」

 

「え……北校って……そんな感じ、なんだ。」

挙句に小鳥遊にも引かれる我が部は本当に良いのかが不安にもなってくる。

 

 

「伊吹様、前方に。」

 

霧更の言葉で皆一斉に前を向く。

 

そこには血だらけでフラフラと歩く少女が一人。

私達に気付いているか否かは不明だが彼女は糸が切れたように倒れていく。

 

「大丈夫ですか!?」

 

空を裂くような声を上げ、咄嗟に駆け出したのは鈴春であった。

 

その顔は真っ青で……何かを思い出したかのように汗を流す。

 

「雨風の凌げる場所!空き家でもいい!見つけてきてくれ!私はここで待機している、二チームに別れて早急に見つけてここに集合してくれ!」

鈴春の息が詰まりかけたような口調。

 

その様子に小鳥遊はある事を思い出す。

 

──「鈴春も抱え込み過ぎる所があるけれど、きっと苦しんでるの。だからそっと気付かれないように支えてあげてほしいのよ。」

 

「あの、私、ここに残る……ね?

応急処置……、できる、から?」

おどおどとしながらも少女を抱え込み座る鈴春に中腰になって少女の髪を撫でながら言った。

 

「…………乱したネ、ごめん。

分かったアル。

パワーバランスを考慮して、

一紗は千利と、青龍は珠鳴と分かれて安全な場所を探して欲しいアル。

出来るアルか?」

軽く深呼吸をし、私達に目線を移す鈴春。

 

「わかりました、伊吹様について行きます。」

「俺は霧更さんと行動か。年齢的に俺が指揮になるワケだな。了解。」

霧更はピシリと姿勢を正し、青龍は霧更に一度目線を移した後に再度鈴春に目を移し頷く。

 

「鈴春。」

異議を唱えようとした一紗。

 

その先の言葉を紡ごうとしたが、拳を固め抑え込む。

 

「あの、一紗先輩。よろしくお願いします。」

私は一紗の様子を眺めながら首を傾げる。

 

「……。」

渋い顔の一紗、重い瞼を一度閉じ、ゆっくりと開く。

 

「あぁ、よろしくね。レディ。必ず守るよ。」

 

今度こそ、今度こそ。

 

 

……必ず、守らなければ。

 

・・・

 

ゲート出発より少し前。

南校、高等一年Aクラスの教室から人の気配がした。

 

そこにいたのは鈴春と一紗。そして同じゲート研究部の同級生。セオドア・ハリス。

 

「お二人は、医務室に行ってないんですか?

あれだけの子達が悲しんでるのに……。

お二人は、あの子たちを無視して、何も無かったように、またゲートを通るのですか。」

 

悲しそうな表情を浮かべながらハリスは二人へと言葉を紡いだ。

 

ハリスは今回のゲート調査には反対だった。

それよりも味方の傍にいてあげないと、と彼は主張する。

 

「ゲート研究に向かう手筈は揃っているネ。なのにその場に留まる理由があるアルか?」

 

それを無慈悲にも蹴った鈴春。

 

「各校からの補充員を本校に送りこんで貰う形になったネ。我が校の人員が復帰するまでは、その補充員と調査に向かうアル。異論はないネ?」

 

異論はないね?という発言、そこで爆発した言葉の火の粉が鈴春と一紗に降りかかる。

 

「異論があるに決まってるじゃないですか!

亡くなった子達に少しでも気持ちを向けることは出来ないんですか!?

今悲しんでる子達にも!寄り添ってあげることは出来ないんですか!?

部長達だって……悲しくないんですか?」

 

涙ぐんだ、ハリスの叫び。

 

それを真顔で受け取る鈴春と、悔しさを顔に滲ませる一紗。

 

「一紗、お前は嫌なら降りても良いアルよ。」

 

曇った顔の一紗に向けて、冷たい言の葉を刺す。

 

「俺は何と言われてもゲート調査に向かうネ。一紗が辛いようなら無理強いはしないアル。

……俺が、一人で行くだけだ。」

 

そう言い切る鈴春は何処か脆くて……消えてしまいそうで。

 

「戦場で感情的になる戦力は使えないネ。」

 

分かっている、けれど……。

 

込み上がる様々な感情。

鈴春はそれだけを残し教室を出た。

 

「一紗さん……。」

 

一紗は桜を守れなかった当事者だ。やり切れない気持ちばかり残る彼女。

 

だが彼女の取った行動は──。

 

「テディくん、ごめんね。私も行くよ。

…………もう誰も、失わないように。

部員達も、あの部長も、みんなを……失わないように。」

 

机に置いてあった南校ゲート研究部の象徴。

炎の刺繍が施された羽織りを纏い、歩き出す。

 

もう、失うわけには、いかないから。

 

「行ってきます。」

 

彼女のその顔を見たのは、ハリスただ一人だろう。

 

そこには沈黙と、崩れ落ちたハリスだけが残された。

 

・・・

 

険しい顔を浮かべながら重い足を動かす一紗。

私はその後ろから遅れないようにと足を動かす。

 

「どうされたのですか?」

 

私がそう言うと一紗は私に顔を近づけ、私の唇に人差し指を当てる。

「さっきの少女の怪我を考えるに、敵は近くにいるかもしれない。だから極力、静かに。」

 

そう言うと姿勢を戻し、辺りを見回す。

 

「住宅地……ばかりですね。」

「そうだね。……となるとやはり空き家を探すのが適切だろう。」

 

そうは言うものの、その一紗の目は何処か遠くを見ているようであった。

 

 

……、

 

…………。

 

回るカメラの音、二人の足音。

 

それがさらに鮮明に、一紗の記憶を抉り出す。

 

一紗先輩、一紗先輩、くすむこと無く聞こえてくる声達。死んだ子達の笑顔。笑い声。

 

──そして

 

「う、うぉぇ…………ッカハ。」

 

「一紗先輩!?」

慌てて駆け寄る私。

 

一紗は蹲って咳き込むものの、液体が口を伝って流れるだけであった。

 

「大丈夫ですか……?一紗先輩。」

 

フーフーと息を切らす一紗。目の焦点は合っていなく、手足は痙攣して冷たくなっている。

 

「一先ず休みましょう。休める場所を……」

 

そう言い動き出す私を引き止めるように私の羽織りを掴む。

 

「ダメだ……。私が、私が、守らなければ。守らなければ……。」

プツリと言葉が切れる。

 

自由を得た羽織りはヒラリと舞い、私は一紗の方へと向いた。

 

震えながら気絶をしている一紗。

 

……こういう時、私はどうすれば良いのだろうか。

 

銃弾による怪我の治療法、斬撃による怪我の治療法、ありとあらゆる戦場時で使用する治療法は全て暗記している。

 

だが、気絶。それも原因不明の気絶。

 

私には、分からない。

 

何を、どうすべきなのかを。

 

そう、私が知っているのは人の殺し方。

 

ただそれだけ。

 

 

誰かを助ける方法なんて、誰も教えてくれなかったのだから。

 

・・・

 

夜の住宅街を歩く青龍と霧更。

 

二人にも関わらず、霧更は相変わらず青龍の斜め後ろを歩く。

 

「さっきから気になってたんだが……何でその位置なんだ?俺デカいし、視界の邪魔になるだろ。」

 

疑問に思った青龍はチラリと霧更に視線を送る。

 

「い、伊吹様は伊吹様ですので……視界等はお気になさらなくて大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」

 

そう一礼をする霧更。

ますます深まる謎。

 

「てか、俺と霧更さんって歳一つ違いだよな?

そんな大層に様とか付けなくても良いんじゃないか?」

 

確かに歳は一つ上である。だが、彼女の態度を見ている限り、そういう意味でも無さそうに感じるのだった。

 

「いえ、伊吹様と私とでは立場が全然違いますので……。

本当に私など、お気になさらなくて大丈夫です。」

 

霧更のそれは、諦めなのか何なのか。

 

まるで王と庶民のような。そんな格差を霧更から感じ取った。

 

「立場……?確かにタレントとしてはそこそこだが、別にそういうのじゃないんだろ?……と、と。」

 

そう話している横に見えたのは随分と手入れのされていない、人気のない民家。

 

ツタは天井まで伸び切り、数多の蜘蛛の巣。窓も随分とくすんでおり、割れたまま修理されていない部分もある。

 

「あ、これいいんじゃね?後は中の安全を確認してから鈴春に報告だな。」

 

随分と汚いが使えるであろうと、建物の前に立った二人。

 

「伊吹様が宜しければ私は構いません。詳細な指示を頂ければその通りにさせて戴きますが、どうしましょうか。」

 

霧更から来る機械的な指示の要求。

 

「んー……やっぱ何か固いな。

俺指揮官とかそんなにやらないから指示とか上手く出せる気しないんだよなぁ……。

って事で俺は勝手に動くから、霧更さんもこの建物近辺を勝手に動いて安全かを確認する。

何かがあれば大声で呼ぶ。

集合場所はここの入口前、でどうだ?」

 

詳細な指示、と言われ、敢えて自由行動を提示した青龍。

 

機械的思考の場合なら「勝手に動く」という単語でバグを起こす事を知っての提案だった。

 

「承知致しました。建物周辺の安全確認をして参ります。」

 

霧更は一礼、こちらの動きを伺っている。

唇を弄りながら思考をした青龍。

 

「よし、じゃあ俺は建物内の安全性の確認にでも行くかね。まぁ魔獣とかいる世界でもねぇし、チンピラでも住み着いてない限りは問題ないだろう。」

大きく伸び、建物の扉へと手をかける。

 

それを確認すると霧更は建物近辺の安全確認へと向かって行った。

 

「ある程度の自主思考は可能と、……兵器の系統ではない……か。」

青龍はポツリと呟くと、軋むドアノブを捻り、建物内部へと足を運んだ。

 

 

そこから何分後だろうか。

 

建物内は劣化こそ酷いが安全性は問題ないと判明。

建物近辺も霧更の確認により、安全である事が判明。

 

二人は入口前に集合し、それを伝え合うと鈴春の元へ向かう事にした。

 

その道の途中の事。

 

「なぁ、霧更さん。」

 

ふと、青龍は、斜め後ろにいる霧更の方に向くことも無く、小さく呟く。

 

「はい、どうされましたでしょうか。」

 

単調な霧更の返事。

 

「俺さ、別に霧更さんが思うような崇高な人間じゃないんだよな。」

 

顔は見えない。だが声色からして霧更の言動に嫌気が刺して発言した、とも考えにくい。

 

「……私は、『伊吹の穢れの子』ですので……。伊吹さ……青龍様は十二分に崇高な方だと思います。」

 

神を見る目、というものはこういう目の事を言うのだろう。

 

「伊吹……、確か俺らの世界の伝説の話だよな。

その辺の知識は俺の家の教育方針なのか、詳しくは教わって無くてな。」

 

伊吹。

それは別の異世界での神話の物語に現れる勇者の名前。恐らく彼らの出身の世界の神話なのだろう。

 

だが、その神話について青龍は詳しくはなかった。

 

「だから俺からしたら霧更さんは穢れでも何でもなく、霧更さんだ。

そんな霧更さんと比較しても、俺は崇高とは程遠い生き物だ。寧ろドブって言うか。」

 

そう吐き出すように言った後、青龍は己を鼻で嗤う。

 

 

「実の親、霧更さんが崇高する『伊吹』を二人も殺した。……これを真に崇高と言えるか?」

 

・・・

 

少女の応急処置は終わった。

 

鈴春の応急処置の腕より小鳥遊の方が圧倒的に上で、ただ小鳥遊が少女を治療するのを眺めているしか、彼には出来なかった。

 

「済まない。」

 

低いトーンで突然鈴春の口から零れた言葉。

小鳥遊はビクリとしながら鈴春の方へと向く。

 

「え……と、な、何が……?かな。」

 

その言葉を聞いても鈴春は俯いたまま。

 

「いや……忘れて欲しいネ。俺の悪い癖アル。」

 

 

また、まただ。

俺は……、いいや、私は。

 

──また、救えなかった。

 

主、ゲート研究部の部員達、そして……。

 

そう思考が駆け巡る中、声が届いた。

 

 

……ぁ

 

…………あ

 

「あの……っ」

「ふへ!?」

意識が遠くに行きかける中、小鳥遊の突然の声に驚き裏返る鈴春。

 

「わ、私を……もっと、頼って欲しい?から。私、人に頼られるの……凄く、好き?だから……っ

頼りないかも……しれないけど、でも、頼って貰えたら……う、嬉しい……。」

 

どもりながらも必死に伝えようとする小鳥遊。

 

「だから……頼って欲しい?……かな。」

 

目を離さない小鳥遊。

 

その姿に、鈴春に更なる影が差す。

「今日、さっき、ずっと頼りっぱなしだったネ。だから沢山頼ってるアル。本当は、もっと俺がやんなきゃネ。」

 

……遠くから足音が聞こえる。

一紗を抱えた千利が走ってこちらに向かっているのだ。

 

「……俺が、しっかりしなきゃ、アルな。」

鈴春は立ち上がる。

 

 

蝋で作った身体でも良い。

 

穢れていようと、立ち上がれるのならば、それで良い。

動けるのならば、戦えるのならば、それでいい。

 

……やがて溶ける未来が見えていようと。

 

「俺は立つよ。」

 

・・・

 

一人の観測者は眺める。

 

世界、いいや、数多の異世界すらも、広く、長く。

 

「生きたいなんて微塵も思ってないのに、死んだ後に無理矢理生かされた挙句これかよ。幾ら替えが効くからって扱いが雑じゃないかい?」

少女はボヤく。

 

それも致し方ない事だろう。

 

少女は椅子に拘束され、幾つもの医療器具や実験器具を取り付けられた状態で『無理矢理』生かされているのだから。

 

「安心したまえ。目的のものを見つければ、君も楽にしてみせよう。」

 

少女は何かを言おうとしたが、それよりも先に酸素マスクの中を吐き出した血が満たしていった。

 

「やれやれ、その体ももう終いか。」

拘束で固定されたまま、体の至る所から血を流す少女に見向きもせずに足音は少女から遠ざかる。

 

「『替え』を、作らなければな。」

 

拘束が外れた。

 

その途端ドサリと落ちる少女、否、少女『だった』遺体。

 

辺りには同じ少女であろう遺体が幾つも転がっている。

 

「伝説の魔術師[マーリン]、その代用品とは些か性能は良いが耐久性に劣るな。」

 

「まぁ良い。

『幾らでも作れる』からな。」



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第十話 最低最悪の人殺し

ATTENTION
今回のお話では少々過激なセンシティブ表現が含まれています。


気づいたら此処にいたんだ。

 

生きたいなんて望んだ事もないし、二度目の生なぞ御免だ。

 

そう、思っていたし、ボクはちゃんと死んだはずだった。

 

……だが、此処にいた。

 

「君の魔術師[マーリン]たる実力、見せてもらおう。」

 

……あぁ、またそういう。

だから嫌だったんだよ。生きるのって。

 

そしてそんな生と死を、ボクは今日も繰り返す。

 

・・・

 

必死に走る、走る、走る。

 

「一紗先輩、もう少し、もう少しですから。」

 

ヒューヒューと息の荒い一紗。

 

私に出来る事は走る事。

誰よりも、誰よりも早く……。

 

 

「……来たアル。花乃はその少女の治療を続けるヨロシ。俺が一紗を診る。」

鈴春は立ち上がり、小鳥遊に指示をする。

 

「う、うんっ……わかった。」

その指示にピシリと背筋を伸ばして小鳥遊は返事をする。

 

「鈴春、先輩……っ!一紗先輩、を……っ!」

 

ようやく二人の元へ辿り着いた私は、息を切らしながら鈴春に目を向ける。

 

 

……息が切れるまで走ったのは何時ぶりだろうか。

 

体育でも、訓練でも、息が切れる事はなかった。

息が切れるよりも前に合格点があって、それ以上は何もしなかった。

 

「緊張による痙攣ネ、末端が冷えてる。温かい物が用意出来ればベストだけど……街中で火を付けるのは流石に何処の世界でもタブーネ。」

 

鈴春は制服の鞄からカイロを出し、タオルで巻いて、緩めた一紗のブーツの中へと入れた後、一紗を横に座らせ、大きな鈴春の手で小さな一紗の手を包み込む。

 

「一紗はよくやってるネ。大丈夫。

みんないるアルよ。大丈夫、大丈夫。」

 

それをずっと繰り返す鈴春。

最初こそあまり変化はなかったが、一時間も経てば少しずつ呼吸が整い始める。

 

「……り、しゅ…………?」

「そーアルよぉー?かずの鈴春ネ。俺が傍にいるから安心するヨロシ。」

 

相槌を打ちながら、丁寧に、言葉を織り成す鈴春。

 

私には何をしているのか全くわからない光景。

 

だが徐々に一紗の顔色が戻ってくる。

それはまるで……魔法のように。

 

その光景には、恐らく温かいという言葉が合うのだろう。

 

 

向こうの方から二人分の足音が聞こえる。

 

「おぉ、丁度揃ってるのか。」

「お待たせしました。こちらは伊吹様が安全な空き家を見つけてくださいました。……皆様は如何でしょうか?」

 

現れたのは青龍と霧更。

 

「助かるアルーーー!

んじゃあ俺が一紗に肩貸すとしてー、流石に女の子に女の子運ばせるのもアレだし、せいりゅりゅ、この女の子担いでやってくれないアルか?」

 

そう提案をする鈴春。

 

「え、俺、ですか?」

だが青龍には迷いがあった。

 

……これは、セクハラにならないか?

という悩みであった。

 

そんな所で現れた助け舟。

「伊吹様、私が運びます。彼女、軽そうですし私でも大丈夫です。」

「霧更さんが持てるなら頼む。

……で、これから道案内するから着いて来てくれ。」

 

少女は霧更が抱え、青龍を先頭に列が続いた。

 

わりと近くだったようで案外直ぐに到着できた。

「ここだ。」

 

目の前に現れたそれは……。

 

「廃墟……?」

「安全性は確認した。問題ない。」

 

ツタが屋根まで登りきり、割れた窓の修復をされた形跡もなく、全体的な劣化が見て取れる。

典型的廃墟。

崩れている所がないのが唯一の救いだろうか。

 

「ボロボロ、だね?……衝撃とかには、弱そう。」

「窓さえどうにかすれば雨風は凌げそうアルな。

せいりゅりゅが安全確認したなら間違いないネ。入るアルか。」

 

ふむ、と考えた後にドアノブを捻った鈴春。

ギギギ、と軋んだ音を立てるがドアの役割は果たされているようだ。

 

中は蜘蛛の巣やホコリなどが酷いものの、生活における必需品は揃っている。

 

「水道や電気、ガスはまだ止まってねぇみたいだ。ここの世界の水道やらの事情は分からねぇけど少なくとも、少し前までは使用者が居たと思われる。」

 

この惨状で人が少し前までいたとは中々思えないものの、水道や電気が通っている事を考えるとその意見にも納得がいく。

 

「この廃墟周辺の安全は霧更さんに確認して貰った。から、ここは安全と言えるだろう。」

 

そう言い青龍は軽く霧更に視線を向けた。

 

それを聞きながらも鈴春は椅子のホコリを払い一紗を休ませる。

 

「あ、ことーにゃ。その子はこっちのソファで寝かせておいて欲しいアル。」

ソファのホコリも一通り払うと、少女を抱える霧更に、少女を休ませるよう促す。

 

「わかりました。」

霧更はそう返事をすると、少女をゆっくりとソファに寝かせる。

 

 

「……で、現状は。」

 

見てわかる。

 

鈴春はヘラヘラと笑ってはいるものの、目が虚ろな事。

一紗はメンタルが崩壊寸前である事。

少女の一命は取り留めたものの、残りの戦力。

 

実質的な戦力は補充員四人と考えるべきだろう。

 

……そして、掴めていない『人類の敵』の素性。

 

「この中での最年長は……小鳥遊さんか。

小鳥遊さんはこの現状どう見ます?」

 

青龍に突然話を振られ、飛び上がる小鳥遊。

 

「えっ……えっと、かなり……厳しい?……と思う?……でも、さっきの子、ボロボロだったし……放っとけない……かな?」

 

メンバーが話す中、手早く辺りから机や椅子を集めてホコリを手持ちのティッシュで拭う霧更。

 

「俺もはなのんに同感アル。現地の怪我人が居るという事は何かしらの要因があるネ。

それはA-000を害する物の可能性があるというのに、放っておく理由はないアル。」

 

霧更にどうぞ、と言われ椅子に座る私達。

 

「A-000の将来を考えるのはそりゃあ立派だ。

だが鈴春さん、貴方、今かなりお荷物ですよ。」

ため息を付いた後に細めた目で鈴春を見据える青龍。

 

「俺は正直A-000がどうなろうと知った事じゃないし、その子が心配なら一時的にA-000に避難させて回復してからここに帰すで充分だ。

……鈴春、お前焦ってるんだろ。」

 

ヘラりと笑っていた頬が引き攣る鈴春。

 

「勝手に焦って、自分の勝手で一紗さん引き摺って来て、挙句にこれだ。指揮官、副指揮官が動けない状態で更に現地の見ず知らずの女の子も含めての三人を、俺ら補充員四人で防衛しろって言うのか?

自己中心的も大概にしろよ。」

 

霧更に椅子を渡されても座る様子のない鈴春。

 

「お前に何が分かるネ。」

「分からねぇから言ってる。」

鈴春は青龍を睨むが青龍が屈する様子はない。

 

「このままやれば、今度は一紗さんが壊れるぞ。お前の我儘のせいで、な。」

 

青龍は鈴春とは対照的に、椅子に座り、手足を組む。

 

「戦場で戦えない人員は要らないネ。」

「じゃあアンタも要らないな。鈴春指揮官。」

 

やめろ、と一紗は弱々しく立ち上がろうとするが、倒れかけ、小鳥遊に支えられる。

 

「お前の判断がここにいる全員を危険に晒してる自覚を持て。」

 

それだけ言うと、青龍は立ち上がり、奥にあった軋む階段を踏む。

 

「二階に四部屋、一階に三部屋個室がある。安全性はもう調べた。鈴春は頭冷やせ。

他の皆は休むといい。」

 

その高い身長で鈴春を見下ろした後、階段を登り二階へと上がって行く。

霧更はそれを眺めると後に続くように階段を登る。

 

青龍の姿が視界から消えると鈴春はヘナヘナと椅子に崩れ落ちるかのように座り込む。

 

「……じゃあどうしろって言うネ。」

一紗は寄り添おうとするが体に力が入らずに立てない。

 

一階は、ただ沈黙に包まれた。

 

・・・

 

二階の廊下。

 

「……伊吹様、よろしいのですか?」

階段を上がって行った青龍に後ろから声をかける。

 

「霧更さん、どうかしたか?」

廊下の途中で立ち止まり、振り返る様子はなく目線のみ霧更の方へと向ける。

 

「いえ……伊吹様は、的確なことを仰るなと思いました。それだけです、お気になさらないでください。」

 

自分には出来ない事、故の賞賛か。

 

彼女には目上であるはずの鈴春に意見する青龍の姿に何かを感じたのかもしれない。

 

「まぁ、俺はあくまで恩のあるウチの部長に頼まれて加担してるだけの立場だからな。鈴春指揮官を慕ってる訳でもないから思う事言うだけだ。」

霧更を横目に眺めながら、頭を軽くかく青龍。

 

「北の部長さんは…良い人、なのですね。私も西園寺部長には助けられました。」

「あぁ、良い奴だよ。アイツは。本人に言えば絶対否定するだろうが。少なくとも救われた俺らがいる。」

 

それは黒咲だけではない、一階で頭を抱える、彼だって。

 

「だが実際、人間としては未完だろうな。鈴春も、俺も。」

 

情けないな、などと呟きながら言葉を紡ぐと、割り入るように霧更は近づき、声を発する。

 

「……伊ぶ……いえ、青龍様、僭越ながら申させて頂きます。私にとっては青龍様は伊吹青龍様という唯一の存在ですし、合流前に仰られていた……過去の行いは関係ありません。

そして青龍様が先程、この探索隊の全員の命を守る為の発言をなされたことも夢ではありません。

私にとっては青龍様は尊敬と感謝をすべき相手です。

……その気持ちを持つことは、いけませんか?」

 

……あぁ、純粋な目をしている。

それは、まるで……いいや、この場では無粋な事だろうな。

 

「いいや、気持ちの持ちようは自由だろ。」

 

何となく、救われた気がした。

 

 

だが、俺の罪は消える事は無いだろう。

 

・・・

 

「実の親、霧更さんが崇高する『伊吹』を二人も殺した。……これを真に崇高と言えるか?」

 

それは俺を『伊吹』として崇拝していた霧更に放った一言。

 

……そう、己が手で両親を殺した未完の人間。

それこそがこの俺、伊吹青龍だ。

 

 

最初の殺人は突然の事。

 

忘れる事はない、俺が元いた世界で、学生となる数日前の出来事。

 

父親は俺達家族に内緒で家を出た。

 

だが帰って来たのは深夜、遺体袋に入れられ、無惨な姿で俺達の元へ返された。

 

死因は事故だ。

出先で歩いている所、暴走車両に衝突され、即死。

 

そしてその出かける原因は、俺。

 

……俺の、制服を買いに出かけたのだ。

 

遺体と共に、俺が袖を通すよりも前に血塗れた制服も遺品として我が家に返された。

 

……この、俺の存在こそが、家族を狂わし、殺したのだ。

 

父親は有名なタレントだった。

故にその死は、誰もが悔やんだ。

 

そして父親を轢いた暴走車両の運転手がよりにもよって妖猫だと報道された時、俺達の故郷は荒れに荒れ狂い、戦争にまで発展しそうな勢いであった。

 

そして当時、荒れたものがもう一つ。

 

俺の母親だ。

 

母親は誰よりも父親の事を愛し、慕っていた。

だからこそ、父親の突然の死の宣告に誰よりもショックを受け、誰よりも狂った。

 

父親が居なくなってからというもの、父親に似ていた俺は溺愛され、性的な行為を要求されては断り、その度に暴力が跳ね返る。

 

妹と弟は母似だった。それ故に母親は二人の顔を見ては自分のようだと殴り、殴り、殴り……。

 

俺が猫撫で声で母親を宥めれば母親は静まり、妹や弟も一時的に暴力から解放される。

 

俺を犠牲にしておけば二人は無事でいれた。

そんな日々だった。

 

だが、母親は暴力と同時に、金銭の浪費も激しくなっていく。

 

縋る宛がなくなったが故か、毎日のように家に男を連れ込む、もしくは食事に出かけ、子供達を置いて数日家を空ける事もあった。

 

父親が稼いでいた分、それまでは母親は稼がずとも金に困る事はなかった。

だが次第に浪費が激しくなり、俺達への食費は勿論、生活すら困難になり、弟は栄養失調に陥ったが医療費も出せずにいた。

 

「俺は学校を辞めます。タレントとして働かせて下さい。」

 

母親にそう俺は告げた。

 

学費が嵩むと文句を言っていただけあり、母親はそれに賛成をした。

 

そして俺はタレントとして一人、舞台に立った。

 

稼いだ金で弟の医療費を出せるようにする為に、下の二人がちゃんと食えるように、そして。

 

……また、家族で笑い合えるように。

 

だが、それは呆気なく裏切られた。

 

俺の稼いだ金は全て母親の浪費に使われ、金のかかる弟を殺そう、などと深夜に呟いていたのを、俺は、聞いてしまった。

 

カチャリ。

 

普段使わない台所から包丁を取り出す音がする。

 

「おい、おい!龍火!起きろ!」

俺はこっそりと自室を抜け出し、弟の龍火を起こしに行く。

 

「なぁに、お兄ちゃん。」

「ぼさっとしてないで!逃げるぞ!」

 

逃げる事しか考えていなかった俺は窓を開け、弟の腕を引き、飛び降りた。

 

「龍火!龍火はどこよ!」

母親の怒鳴り声。部屋にいない事が気付かれ、家の中を探し回る音がする。

 

「おかあさ……」

「言ってないで、走れ!」

などと言ってもやせ細った栄養失調の弟には限界がある。

 

無我夢中で走るが弟はフラフラとしている。

 

一方、家に弟が居ない事に気付いた母親は家を飛び出し追いかけて来る。

 

 

「──解読完了。」

逃げる俺達に聞こえた、男性とも女性とも言えない声。

その声と同時に建物の影から青白い光が漏れる。

 

「龍火!行け!」

「でも、お兄ちゃん……」

「早く行け!!」

青白い光は弟を誘うように吸い込んで行く、そう、それでいい。

 

光が消えた頃には、目の前からも弟は消え、街の中、俺と母親の二人きりとなった。

 

そして……。

 

 

──俺は二度目の殺人を犯した。

 

故に、俺は両親を殺し、妹を苦しめ、弟を捨てた。

最低最悪の人間だ。

 

あぁ、それでも、貴女はそんな顔をするんだな。

 

霧更さん。

 

・・・

 

沈黙が続く一階。

俯き、思考が止まったように動かなくなった鈴春。

 

鈴春を慰めに行こうとするものの体が動かず小鳥遊に止められ、椅子に座り何も出来ない事に絶望する一紗と、一紗に大丈夫だよと呼びかける小鳥遊。

 

私は一人、座ったままその様子を眺める以外、出来る事はなかった。

 

そんな時、

 

「……ん?」

 

 

──少女が、目覚めた。



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第十一話 戦友へ送る

桜の花香る季節。

ふわりとなびく茶色の髪と、宝石のように輝かせた桜色の瞳。

 

「は、初めまして!私は中等一年の穂希桜です!……その、ゲート研究部の見学は、ここで合ってますか?」

 

あぁ、そうだ。丁度一年前だ。

 

俺[私]と、一紗[鈴春]と、セオドア[テディくん]の三人で。

初めてやって来た少女に、喜び、守ろうと。

 

……そう、思った。

 

俺[私]達四人は、沢山の場所へと降り立った。

研究熱心なセオドア[テディくん]は、いつも危険を顧みずサンプルを取ろうとして。

俺[鈴春]が何回首元掴んでいた事か。

 

桜はいつも笑顔で、俺[私]が相手の様子を探っているのを無視して、相手に話しかけに行ってたな。

それで戦闘に発展したり、仲間が増えたり。

 

桜がよく話しかけに行くものだから、

沢山の者が彼女に、俺[私]達に協力したいと、

仲間が増えて、同じ未来を見据えて。

 

沢山の、仲間が増えた。

楽しい時間が増えた。

そして、守りたいものが増えた。

 

……なぁ[ねぇ]、一紗[鈴春]、セオドア[テディくん]。

 

──私は、どうする事が正解だったんだろうか。

 

・・・

 

──ん。

 

少女が目を覚ます。

 

「はわっ……っ、えっと、痛い所……ない?」

小鳥遊がその柔らかな髪を揺らしながら、少女へ駆け寄り、目線を合わせる。

赤、……いや、マゼンタと言うべきだろうか。

そんな明るい色の髪を持った少女は、青い瞳を天井、それから部屋の景色へと移す。

やがて何かに気づいた様子で、少女は横たわっていたソファから飛び起きる。

「っ!ここは……!?

それに、ヤツらはどこに行ったの!?」

慌て、気が動転した様子で、少女は小鳥遊の肩を掴んで激しく問いかける。

「わわ……っ、お、落ち着いて……ね?

えっと、ここは……使われてなかったお家で、安全だから……?」

小鳥遊と少女の動きで、彼女が目を覚ました事に気付いた鈴春と一紗。

鈴春は一つ、息を吐くと、ゆっくり目を開き、立ち上がる。

「あぁ、ここは安全ネ。一先ず落ち着くヨロシ。」

何時ものように振舞おうとしているが、僅かに表情が険しく見える。

「あっ……!

ご、ごめんなさい!あたしったら、気が動転しちゃってて……。」

初対面になる人の前で、いきなり肩を掴んで問いかけた事に対し、謝罪する少女。

「えっと、私をヤツらから助けてくれたってことですよね……?

ありがとうございます。

私の名前は天沢恋って言います。十四歳です。

アナタ達は……?」

肩を離された後おどおどとする小鳥遊。

鈴春に目線を送ると鈴春は軽く頷く。

「えっと……わ、私は小鳥遊花乃……て、いうの。……よろしく……ね?」

「俺は叶・鈴春ネ!」

鈴春は、ニコリと笑いながら胸に強く手を当てる。

何かを決めたように、強く。

「そして、そこに座る黒髪の子が和泉一紗。金髪の子が花宮千利アル。

あと二人いるけど、二人はもう休みに行ったから来た時に紹介するネ。」

順に手を向けられ、会釈をする。

「……で、ヤツらってのは『人類の敵』で間違いないアルか?

俺達、『人類の敵』の危険性について調べてるネ。

『人類の敵』、そして君達の戦力について知りたいアル。

俺達は研究者アルが、君達の力になりたいネ。」

鈴春は跪くと、恋と名乗った少女に交渉を試みている様子が伺える。

「小鳥遊さん、叶さん、和泉さん、花宮さんと……あと二人仲間がいるのかぁ……羨ましいなあ……。」

恋は敬語で話すつもりが、うっかりいつもの口調に戻ってしまったらしい。

その表情には「やっちゃった」という言葉が見て取れる。

「ゲフンゲフン。えーと……

ヤツら……『人類の敵』は、この街に突如襲来した侵略者です。機械のような見た目をしています。

ヤツらは強くて……普通の人じゃ立ち向かえないから、私達は『契約者』から力を貰い、『魔法少女』となって魔法の力を使って、『人類の敵』に立ち向かっていたんです。

私達『魔法少女』が力を合わせて、ようやく『人類の敵』の大半を撃退する事が叶いましたが……やはり敵も強くなっていって、仲間達も次々と散っていき……今やあたし一人になっちゃってっ……。」

話の後半になるにつれ、恋は段々と涙ぐんでいき、今はもう、泣きながら言葉を紡いでいる状態であった。

「わわっ……な、泣かないで……?」

慌ててハンカチを取り出す小鳥遊。

その横で顎を手に置く鈴春。

「つまりは今は『人類の敵』に対峙するのは君一人……というわけアルな。

気になる事は色々あるけども……、と。」

恋の涙する顔を見ると鈴春は笑い、立ち上がる。

 

「よく、頑張ったアルな。」

 

単純な言葉、されどもその言葉は恋の表情に変化を起こす。

「……一人、は辛いアル。俺もわかるネ。

でも安心するヨロシ!今は一人じゃない。

俺達も協力するネ!俺達の力が何処まで通用するかは未知数アルが、俺達は、恋ちゃんの味方アルよ。」

優しく恋に言葉をかける。

だが言葉を発したその一瞬、何処か寂しげな様子が伺えた。

「皆さんっ…あ、ありがとうございまずぅっ……!」

小鳥遊から受け取ったハンカチで涙を拭きながら、感謝の言葉を述べる。

涙は相変わらず流れている。だが、それは決して悲しいだとかいう理由だけではない。

 

──自分はもう一人でじゃない。

 

その事実だけで、彼女の気持ちは、軽くなった。

 

しかし、私に疑問が残る。

「ちょっと待って下さい、鈴春先輩、その……伊吹先輩もいないのに勝手に決めちゃって大丈夫なのですか?」

私のその質問に彼は笑って返す

「青龍なら問題ないネ。

彼ならわかってくれるアルよ。

……俺も、お荷物じゃなくなるからね。」

 

一階からは死角となる階段の傍、

青龍は小さくため息を漏らす。

「伊吹様、良いのですか?」

霧更の問いに彼は薄い表情筋を軽く動かした。

「アレでいいんだよ。アイツらはさ。」

そう、アイツらは俺と違う。

 

……大切なものを、ちゃんと握れる奴らだから。

 

パンパン、と鈴春が手を鳴らす。

「さぁて、今日はもう夜もふけてるし、寝て明日、作戦会議するネ!

せいりゅりゅが人数分の部屋があるの確認してくれてたから部屋については問題ないネ!

恋ちゃん、動けるアルか?

難しそうなら俺が背負って部屋まで送るネ。

何処の部屋がいいアルか?」

ソファに座る恋に尋ねる鈴春。

「はい、体の方はなんとか……!自分で歩けますっ!

あたしは二階の一室で大丈夫で…… 」

そう言い終わると、彼女はもじもじとした様子で周りに目を向ける。

「あのー……タメ語で話しても良いですか?

この言葉遣い、使い慣れてないから、変な気分になっちゃって……。」

どうやら、敬語を使う事に慣れてないらしく、頬をかく。

「タメ口でも全然いいネ!んー、二階にはさっきせいりゅりゅが行ったけどまだ部屋はあったアルな?」

「何せさっきまで年下にタメで説教食らった所だもんなぁ?しーきかん?」

むー、と鈴春が考える後ろから青龍の声が聞こえ、飛び上がる鈴春。

「びょあっ!?何時からいたネ!?」

「初めまして、俺は伊吹青龍。歳そこまで離れてないし、タメで構わない。……あぁ、あと君の名前は二階から聞かせて貰ったから説明は大丈夫だ。」

鈴春の問いを完全無視する青龍。

キシリキシリと音をたてながら降りてくる青龍と、その後ろを歩く霧更。

一階へと到着すると、霧更も恋に向かって会釈をする。

「霧更珠鳴と申します、言葉遣いはご自由にどうぞ。目を覚まされたようで、何よりです。」

丁寧な口調で恋に敬意を表す霧更。

「青龍と珠鳴……この二人が、さっき鈴春の言ってた仲間の人かな?よろしくね!」

二人の自己紹介に、笑顔で返す恋。

その笑顔には心からの笑顔ではなく、どことなく焦りも含まれていた。

 

「ん?どうした?」

恋の態度が気になったのか尋ねてみる青龍。

職業柄か人の感情には敏感らしい。

「えっ!いやっ、その……」

恋は『なんでもないよ』と続けようとしたが、友人の言葉を思い出し、誤魔化そうとはせずに、素直に態度の理由を話す。

「その……まだ『人類の敵』を倒せてないよね?

だから、私がのうのうとしている間に、誰かが傷ついてるかと思うと、どうしても落ち着いていられないというか……。

焦っても良い方向には行かないって分かってるのに、どうしてもその気持ちが抑えられないんだ。」

その話を聞いた青龍はふむ、と考え込む。

「その『人類の敵』の出現条件などはあるか?

それがあれば条件を一時的に潰すでも良い。幸い今は人数がいるからな。手分けする事も出来る。

無闇矢鱈に動くよりもまずそこから考察していく方が良いだろう。」

その言葉を聞くと恋は俯く。

「それが……『人類の敵』の出現条件は分からないの。

ただ、気まぐれに現れて、建物を壊したり、人々の生活を脅かす。そういう存在なんだ。

だから、今まではどうしても、対処が後手に回っちゃって……。

早く気づいて、対処するしかないんだ……。」

俯いたまま、恋は『人類の敵』についての情報を話した。

「ふーむ、厄介アルねぇ……。その手の異世界生物は知能を持たないタイプのようにも思えるアルな。」

口元を手で覆い、考える仕草を見せた鈴春。

 

「……なら、見張りを付ければどうだろう。どうせ私は寝付けそうにないし、タイムテーブル式に入れ替わりで見張りをすれば個々の負担も少なくなるんじゃないかな。」

そう提案したのは椅子に座っていた一紗。

一紗はそう言うと早速立ち上がり、見張りの支度をする。

「そ……そう、だね……。恋ちゃんは、まだ怪我……治りきってない、と思う……から、私達の六人で……見張りを、入れ替えるの……どうかな?」

恐る恐る、低く手を挙げながら周りに意見を求める小鳥遊。

「あたしも見張りに加わるよ!

怪我だって、ある程度は治ったし…!ってて!」

自分も役に立つアピールをしたかったようだが、その考えは潰えた。

小鳥遊の言う通り、恋の傷はまだ治りきってはいなかった。

「小鳥遊さんの言う通りだな。よし、俺達六人で回すか。」

霧更も頷き、鈴春も賛成したようなので、私も流されるようにタイムテーブルの順を決める話し合いへと参加する。

 

「って事アルから、恋ちゃんは明日に備えて安心して休むとヨロシ!俺達に任せるネ!」

「うう……面目ない」

今まで無理をしていた体が、遂に無理できるラインを超えていたため、彼女の思惑通りにはいかなかったようだ。

「うん……それじゃあ、鈴春の言う通り、明日に備えて寝ようかな。

お休み~。」

そうお休みの言葉を紡ぐと、恋は二階のある一室に足を運んだ。

 

パタリ。

階段を登り、入った部屋の扉を閉める。

初めから決めていたかのように、その部屋に足を進めた恋は、その部屋を見るなり言葉を零す。

「あはは。

まさかあたしが倒れた後に運ばれる場所がここだなんて。どういう星の巡り合わせなのかな?

 

ユウリちゃん。」

 

友人であり、魔法少女でもあった少女の名前を呟く。

 

──そう、"魔法少女"だった。

 

今はもう、少女の体は『人類の敵』の攻撃を受け、焼け焦げて……

あの陽だまりのような笑顔を見ることは、一生叶わなくなった。

「……。」

生前彼女が鞄に付けてたキーホルダーを、きゅっと握りしめる。

家主が居なくなってから時間の経ったソレは、埃っぽくなっていた。

「次は負けない。『人類の敵』は全部倒す。そしてあたしは──」

 

──"魔法少女"としての役目を終えるのだ。

 

・・・

 

話し合った結果、見張りの一番手は一紗となった。

他のメンバーも各々個室へと向かって行く。

「鈴春。」

後ろから彼を呼び止めたのは一紗だ。

「一紗、落ち着いたアルか?」

一紗に名前を呼ばれ振り返る。

「……私はもう大丈夫さ。」

「いや、脚が震えてるネ。」

間髪入れない鈴春の切り返しに、その観察眼を理解していたようにため息をつく。

「だろう、ね。……騎士として情けない限りだよ。」

己を鼻で笑いながら震える脚に目線を移した一紗。

「騎士であるにも関わらず、一人の少女も守れないなんて……ね。」

憂う一紗に鈴春は口を開く。

 

「なぁ、俺達はどうする事が正解だったと、お前は思う?」

 

鈴春の真剣な眼差し。一紗は顔を下げたまま、嘆く。

「分からないよ、分かる筈がない。」

その嘆きに鈴春はゆっくりと頷く。

「それが、答えだ。」

「……は?」

鈴春の言っている事が分からない。

一紗は少しずつ鈴春の表情を伺うように顔を上げる。

「分からない。つまりあの時の俺達は最善を尽くした。だから分からないんだ。それ以上の答えは無いんだ。」

 

ドッ

 

震えた手が鈴春を壁に押し付ける。

「桜が……死ぬのは必然だった。とでも言うのか。」

鋭く睨みつける一紗。

その目から逸らす事なく鈴春は見据え、また口を開く。

「そう、『今の俺達では』どう足掻いても守れなかった。」

己を壁に押し付けていた一紗の手を軽く払う。

元より押し付けた直後からそこまで力が込められていなかった一紗の手は簡単に払えた。

「だから、俺達は前進しないといけない。」

壁に押し付けられた事による髪の乱れも気にせず、真剣な眼差しを一紗に向け続ける。

「俺達は、もっと強くならないといけない。

…………それが俺の見つけた答えだ。」

 

もう、誰も失わないように。

 

「その為にもへこたれてるワケにもいかないネ。

俺達は、桜の想いも、全て背負いながら、進むしかないアル。」

だが一紗はそれを飲み込む事は出来ない。

それでも、立たなければいけない。

桜が暴けなかった、異世界の真相を暴く為にも。

 

大切なものを、守る為にも。

 

・・・

 

時計の針の音が響く。

この部室には、夕日に焼ける赤毛の青年。

ハリスただ一人。

 

何時もなら、鈴春と、一紗と、仲間になった部員達と、ゲートで調査をしている時間。

 

それが、酷く長く思える。

 

……何時も僕と鈴春さんと一紗さんの三人で、

笑ったり、異世界生物から逃げ回ったり……。

そういう敵が現れるきっかけは、大体僕か桜さんが作ってたんですけど。

 

……、

…………。

 

何時も、ゲートに行く時は、みんな笑ってた。

 

新しい出会いがあるだろうか。

今度はアタリを引けるといいな。

ゲートで悲しい事があった時、みんなで寄り添ってましたよね。

僕か桜さんが異世界生物に感情移入して……、

それを鈴春さんは明るく、一紗さんは優しく、慰めてくれました。

だから、次にゲートへ向かう時も、

 

僕達は笑えたんですよ。

 

だけど

 

今日、ゲートに向かった二人は…………、

 

──苦しそうだった。

 

「あんな「行ってきます。」

……聞きたくなかったですよ。」

 

部員達の悲しむ顔は、苦しそうに足先をゲートに向ける二人の姿は。

 

……見たく、なかった、のに。

 

鉛のように重い秒針はゆっくりと音をたてる。

ゆっくり、ゆっくりと。

 

それはまるで、飲み込みきれないこの感情のように。

 

・・・

 

北校の研究室にノックの音が響く。

「どぉーぞぉ。」

気の抜けた男の声、サジューロの声がノックに返すように応える。

扉を開けた来訪者。

「失礼します、サジューロ先生。」

赤い髪、暗がりの研究室でも誰か分かる。

「なんだ?三条。今回のデータならまだ整理終わってねぇぞ。手伝いに来たか?」

あわよくば、といった様子で三条に仕事を押し付けようとするサジューロ。

だが三条が真剣な顔をしているのは理解している。

「J-015の件でな。」

J-015……前回、南校が向かい死者を出した、あの巨人種が生息する世界。

その言葉を聞き、サジューロは眉をピクリと動かす。

 

「あそこ、俺単騎で行かせてくれ。」

 

──秒針は、ゆっくりと動く。

 



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第十二話 夜明けに刺す光

俺が歩く。

 

幼子である俺に道を開ける大人達。

大人達は皆、袖や扇子で口元を隠しこう言うのだ。

 

「三条の家に産まれた化物。」

 

……そうだ。

 

三条家は代々陰陽師の一族として知られる。

俺も、当然陰陽師なわけだが。

 

俺の力は彼らからすれば「恐怖」の他ならなかったのだ。

 

俺は、陰陽師として、優秀過ぎてしまった。

 

優秀過ぎたが故に、世に蔓延る魑魅魍魎よりも、民主は俺を恐れた。

 

「人の領域に非ず。」

 

と。

 

・・・

 

「は?」

サジューロの重さを感じる声。

 

「だから、俺を単騎でJ-015に出してくれ。

大人数で行けば俺の術が使えねぇ、サンプルを採るにも俺が東西南北のゲート部員の中でも適任だと思うが?」

 

三条の言葉に重いため息を落とすサジューロ。

 

「許可できない。」

 

は?

 

「何でだよ、適任である事も、分かってんだろ?」

サジューロの言葉に納得がいかない三条。

 

「そうだな、能力を考慮すればお前が適任だろうな。」

 

じゃあ、何で。

 

「勝率はどうだ。」

 

……勝率?

 

「ンなもんやんなきゃ分かんねぇだろ。その為にも俺を出してくれ。」

 

「ならば尚更許可出来ない。」

 

何故。

 

サジューロは眉間に深く皺を刻む。

「相手はコンティノアール、桜、一紗の三人でかかっても倒せなかった巨人種だぞ。

そこによりにもよって単騎など許可できる筈がないだろうが。」

 

……何故だ。

 

「それ以外に策はねぇだろ?」

「お前の生存の確率もな。」

 

…………?

 

「俺の生存の確率が低かったら何だ?

やらないよりやる方が有意義だろ?」

 

「お前は桜が死んだ事を知った後の部室の空気を忘れたか?」

 

何故その話になる?

 

俺は桜じゃない。期待された新人でもなければ、ましては人でもない。

 

俺は……、

 

力を持ちすぎた化物だ。

 

「とりあえずお前のJ-015への単騎突撃は許可出来ないし、解読コードも教えられない。

これで話は終いだ。」

 

待て、それでは何の解決にもならない。

それでは……

 

「お前も、ゲート研究部の大切な部員の一人だ。それを理解してから頭を使え。」

 

……?

違う、俺は。

 

「……人の領域に非ず。」

 

研究室は静まりかえる。

そんな沈黙を破ったのはサジューロ。

 

「その『人』の基準は誰が決めた。」

 

……は?

 

「出ていけ。この部屋から。」

三条の立ち位置からはサジューロの顔は見えない。

 

「部室に帰れ。顧問からの命令だ。」

 

…………。

 

研究室から追い出された。

 

何故。

何故?

分からない。

 

理解出来ぬまま、秒針はゆっくりと、気が遠くなる程にゆっくりと進んでいくだけだった。

 

 

研究室でタバコの煙が上がる。

 

サジューロは重い前髪を除ける様子もなく、髪の隙間から煙を眺める。

 

壁にもたれては、ズルズルと落ちるように床に座り込む。

 

「……人。」

 

そう、何時の時代も。

どの世界でも。

 

「……貴様らは、簡単に。」

 

 

──そうやって、人の道を潰すんだ。

 

・・・

 

ベッドの埃を払い、座る。

 

「普通の人では太刀打ち出来ない……か。」

 

……俺達が生身で戦っても勝算は薄い。

 

『魔法少女』

『契約者』と呼ばれた者から力を手に入れた者。そして『人類の敵』に対抗できる、この世界の最後の切り札。

 

『人類の敵』には目はあるか?

耳はあるか?

鼻はあるか?

知能はあるか?

 

恋の話を聞く限り、知を活かした行動は見受けられない。

 

敵の数は?

大半は減らしたと言ったが具体的にはあと何体だろうか。

 

幸いにもこの世界の時間の流れは早い。

速度を考えるに滞在は長くて三日まで可能だ。

 

生身で戦えない。

「……そうなると。」

自然と俺達の立ち回りは決まってくるだろう。

だが……。

 

「問題は霧更……、確実にバレる。」

 

しかし、勝つ手は最早、それしか残されていない。

 

「……やるか。」

 

鈎に目をやり拳を握る。

 

──今度こそ、守る為に。

 

・・・

 

「月が、綺麗ですね。」

 

屋根に登り風を浴びる一紗の背後から低い声が聞こえる。

 

「一流タレントがそんな事を言ってはゴシップになるだろう?」

背後からの声の主に顔を向けた一紗。

 

声の主、青龍は軽く鼻で笑い、屋根に座り込む。

 

「今度の役の練習です。恋愛ドラマの撮影があるので。」

夜風に髪をなびかせながら、屋根に座る二人。

 

「交代時間ですが、戻らなくても?」

「もう少し、風に当たりたいんだ。整理がいかないもので。」

 

よく澄んだ空気、街灯がなければ星が綺麗に見えるだろう。

 

「桜さんの、事ですか。」

青龍がそう尋ねると、一紗の黒髪はその顔を隠す。

 

「そう、だね。……私は騎士として失格だよ。」

 

冷たい風が沈黙を運ぶ。

 

「騎士って、どうあるべきものなのでしょうね。」

 

長く沈黙が続いた中、青龍は小さく口を開く。

 

「それはどんなモノからでも仲間を守れる、強く、悪に負けてはならない存在だ。」

 

一紗は自らに言い聞かせるように強く、拳を握りながら語る。

 

「一紗さんの悪って、何ですか?」

 

シンプルな質問。

 

「俺にとっての悪は、俺自身です。俺は悪なので、一紗さんに討たれるべき存在ですかね。」

 

一紗は勢い良く立ち上がる。

 

「ちがっ……!」

「つまりはそういう事なんですよ。」

 

立ち上がったまま、呆然とする一紗。

 

「悪なんて定義のしようのないもの。多分騎士も同じです。

異世界の歴史でも『騎士』と語られる伝記はありますが、その全てが忠誠的な者ではなく、裏切る者もいた。

それでも、その者も『騎士』と呼ばれた。

……ね?意味分かんねぇでしょ?」

 

青龍は一紗の方を向く様子もなく、遠くを見ながら言葉を続ける。

 

「神と呼ばれた一族の末裔は、ただそこに生まれただけで崇め、讃えられる。

実際ソイツは神なんかじゃない。

それでも神だ何だと言われ続け、自らを失う。

神で在らねば、と、自らを殺す。

俺は一紗さんにはそうなって欲しくないんですよ。

騎士で在らねば、と、自らを咎め、首を締めなくても良い……と、俺は思いますね。」

 

一紗は目をぱちくりとさせたまま立ち尽くす。

 

言葉が……出ない。

反論の言葉が、出てこないのだ。

 

「まぁ、それが己の象徴だってのも分かりますけど、何時までも止めてる必要もないと思いますよ。ソレ。」

 

青龍が指を指したのは一紗の瞳、そこからは幾つもの水滴が溢れ出る。

 

「あ……れ。」

「こういうの、俺の柄じゃないと思うんですがね、どうしてもあの人達は下手ですから。

貴女もあの人達の前では在りたい姿があるみたいですし?」

 

「そっちの方が、月よか綺麗ですよ。」

 

空は少しずつ、光を取り戻していった。

 

 

少年達の、朝が来る。

 

・・・

 

「おはよう!みんな!さぁーて!作戦会議アルよ!」

 

長テーブルを囲む鈴春、一紗、小鳥遊、霧更、青龍、私、そして恋の七人。

 

「まず、昨日の恋からの情報を頼りに考えると、相手は機械仕掛け、故か通常の攻撃、常人程度の斬撃や打撃では太刀打ちできない。だから魔法で戦う……って事で合ってるアルな?」

 

私はカメラを机の上に置き、メモを取る。

 

「うん。それで合ってるよ。

普通の武器じゃあ、アイツらの装甲に弾かれちゃうんだ。」

鈴春の問いに答える恋。

 

「だから、私達魔法少女は、魔法で出来た武器を使って戦ってたんだ。」

 

ふむ、と顎に手を当てる鈴春。

「しかし、魔法が使えねぇ俺らはどうするかな。」

悩み込む青龍。

「うん……私も。あまり、魔法は得意じゃない……かな?」

私も魔法は使えない。

 

青龍と小鳥遊も魔法は得手ではない事を考えるとかなりの劣勢と見られるだろう。

 

「あ、あとも一つ質問ネ。

その『人類の敵』って奴の構成物質である金属、あれ、錆びるアルか?」

 

「錆?

えっと……確か、『人類の敵』と戦っている時は、ずっと晴天、もしくは曇天で戦ってたんだよね。

だから、錆びるかどうかは分からないんだけど……。」

鈴春達と話す中で、彼女の中に、一つの仮説が浮かぶ。

 

「……もしかして。

『人類の敵』は錆びるのを嫌って、雨天時に攻め込んで来なかったのかも。」

 

それを聞くとニヤリと笑った鈴春。

 

「所で、『人類の敵』にはコア的なものは無いのだろうか。

動物における心臓部分、即ち原動力となる部分だ。

それが有れば、例えそれが鋼鉄に囲まれていようと話は早い。……だろう?鈴春。」

 

一紗はそう提案すると鈴春へと目線を移す。

 

「あぁ、それが有れば俺の得意分野アルな。

だが、問題は第一そのコアがあるのかどうか、何を原動力として動いているのか、そして俺らの滞在期間の間にヤツが来るのか……、その三つアルな。」

 

考え込む鈴春の横でパッと明るくなる恋。

「ああ、ヤツらにもコアはあるよ。

ただ……剥き出しの場合もあれば、丁寧に隠されてる時もある。

……あっでも!コアが剥き出しになってるタイプはもう倒したから、後は隠れてるタイプのものしか残ってないよ!」

 

ブイサインをして、ニカッと笑う恋。

 

「動力源に関しては、魔力と同じと見て良いと思うよ。

前に長期戦になった事があるんだけど、その時に魔力切れになった様子を確認したから……!

……だから、問題は鈴春達が居る間に、ヤツらの襲撃が来るかどうか。

早い時は一日二日で来るんだけど、期間が空く時は、一ヶ月以上来ない時もあるから……。」

 

懸念している事態が頭に浮かび、シュンと肩を落とす恋。

やはりか、と口々に最大の問題点、出現タイミングに頭を悩ませる面々。

 

 

そんな唸り声ばかりで進行しない会議の中、何処かから軽快な足音が聞こえてくる。

 

鈴春はここにいる、他のメンバーも誰一人として椅子から離れていない。

 

危機を察知した私達は武器に手をかける。

 

緊張が響く。

 

乾いた空気が私達を撫でては過ぎていく。

 

「しっつれーするよー。」

 

──バキリッ

 

施錠していた扉を無理矢理壊す音。

 

その音を合図に全員が武器を構える。

 

「やぁやぁ、待ちたまえよ。何も取って食ったりはしないさ。ボクには人肉食趣味はなくてね。」

 

ドアノブを握り、ヘラヘラと笑うのは派手色な髪の少女。

歳は私と近いくらいだろう。

 

「誰だ。」

真剣な表情を、目の前の小さな少女に向ける鈴春。

 

少女は鼻で笑い、目にも見えぬ速度で何かを投げた。

 

それらは私達が武器を振るう前に、目の前ギリギリの位置に刺さる。

……クナイだ。

 

「殺意増し増しせずに大人しくして貰えるかな?ボクも時間を浪費できる程、暇じゃないんだ。

なぁに、ボクはアドバイスに来ただけだよ。

わざわざ、君達の為に、ね?」

 

少女は笑うと、体勢を変える事なく再びクナイを人数分構える。

 

拒否権はないという事だろう。

 

「武器を仕舞え、そうすればこちらも武器を収める。会話に武器は要らないだろ。」

物怖じする事なく少女を睨み付ける青龍。

 

「話が早くて結構。まぁ、武器がなかったとて、妙な真似をしたら命は無いと思いたまえ。」

少女は武器を懐へと収める。

 

「最初にも尋ねたが、お前は誰だ。

敵意が無いのなら名乗っても良いんじゃないか?

俺達はお前に信用を置いてない為、現状名乗る気はないが。」

 

少女が懐に武器を直したのを確認し、一同武器から手を離すが緊張は続く。

 

「そりゃあ懸命な判断だね。無闇矢鱈に名乗ってたんじゃあ何処で悪用されるか分かったものでもない。……とと、そうだそうだ、ボクも名乗らなきゃだねぇ?忘れった。

謎の美少女Xでも良いんだけど、強いて名乗るとするなら……『世界の観測者[マーリン]』なんてのはどうだろう?」

 

マーリン、そう名乗る少女は、不意に目を開き、心臓に手を当てた。

 

その表情は、何処か険しくも見えた。

 

「おっと、君達ともう少し話していたかったがタイムリミットが近付いてるみたいだ。

……って事でアドバイス。

君達の言う『人類の敵』は、この世界において、今晩……二十二時頃に現れる。天気は曇りだ。

んじゃ、また気が向いたらアドバイスをするとしようか。バイバーイ。」

 

マーリンは、真っ白な着物を揺らし、私達に手を振り立ち去って行く。

 

彼女の姿が見えなくなった時には、目の前に刺さっていたクナイも消えていた。

 

「えと……なんだったんでしょう。」

呆然とする私。

 

だが、心には劣等感が強く現れていた。

 

私がクナイを弾けなかった?

 

これだけ強く、強く、強く……

 

ただ強さを求めてきた私が、攻撃を……弾けなかった?

 

何故、何故?何故何故何故……。

 

分からない。

 

マーリンの実力が上だったのか、

私が油断をしていたのか。

どちらにしても由々しき事態だ。

 

歳も変わりない少女に、この私が、負ける事など。

 

──許されるわけがない。

 

 

だから私はなり損ないなのか。

 

まだ、私はなり損ないなのか。

 

「マーリン……何処の伝説だったアルかなぁ?

どっかの世界の伝承に出てくる魔術師だったってのしか覚えてないネぇ……。」

 

悩む鈴春の横で端末を触る一紗。

 

「B-881の世界の伝承だね。……という事はあの少女はB-881の住民、又はB-881のパラレルワールドとなる別世界の住民か。少なくともB-881が関連してるのは間違い無さそうだが……。」

 

それにしても、言動が奇妙だ。

 

「マーリン……あたしも聞いた事があるよ!

確かイギリスの伝説に出てくる魔術師……だっけ?

あの女の子のあの態度じゃあ、信用出来ないけど……もしあの子の言うことが本当だったら、儲けものだね。」

 

恋は記憶を掻き集めるように話す。

 

「イギリス……B-881にも、あった……国?だよね?恋ちゃんが知ってる……って、いう事は……?」

 

「ここ、B-557はB-881との関連がある、またはどちらか一方がパラレルワールド、話を聞く限り、ここは「B-881に魔法少女がいたら」の世界線になってると考えるとこっちがパラレルワールドか……じゃねぇや、それは今はいい。今はマーリンの言った『人類の敵』の出現時間だ。」

 

小鳥遊と青龍はそう述べながらも、頭に疑問符を浮かべる恋に気付き、本題を『人類の敵』へと戻す。

 

「はい。『人類の敵』が今晩、出現すると彼女は言っていましたね。信じれる確かな情報とは言い難いですが。」

霧更は何処か気に食わない表情を浮かべる。

きっと彼女も攻撃を弾けなかった事が不満だったのだろう。

 

そんな中、浮いた言葉を発する人物がいた。

 

「しかし……嫌な、匂いがしたな。」

 

一同はその言葉を発した青龍の方へと向く。

「あ、いや……大した事じゃないんだが……あの女の子、病院とかの医療品の匂いがしたな、……と思ってな。俺、あの匂い好きじゃないんだ。」

 

医薬品……?

謎は更に深まって行く。

 

「そういえば……なんだか、苦しそう?……だった、かな?……心臓、抑えてて……。」

 

思い出すように語る小鳥遊。

 

「タイムリミット……。」

一紗のその言葉で更に私達の会議は混乱へと陥る。

 

「一先ず、マーリンの予言通り『人類の敵』が今晩来る可能性があると考えて作戦を練るネ。

当たっても外れても、何かしらの意図があるのかも知れないけど、とりあえずは先の目標、『人類の敵』の討伐を目指すアル。」

 

よっこらせ、と椅子に座り直し、街の地図を広げる鈴春。

 

「当たってたらそれはそれで良いし……外れてたら……まあ、その時はその時だよね!

という事で……作戦はどうしようかな?」

 

鈴春、小鳥遊、青龍、一紗、霧更、それから私へと、それぞれの瞳を順番に見やる。

 

「出現場所が不明なのは考えものだが……案はある。」

一紗と鈴春は目を合わせると互いに頷く。

「その作戦はネ……。」

 

その言葉から作戦を一同に伝えていく。

 

 

──もしかすると、これはマーリンによる罠かもしれない。

……あぁ、セオドアが居れば、一目で分かるものなのだがな。

 

そこに居ない者を望む男。

だが、それでも、彼は進めなければならないのだ。

 

仲間の元へ、帰る為にも。

……誰も、失わぬ為にも。

 

残り、三日。

 

・・・

 

ポタリ、ポタリ。

口から赤い液が垂れる。

 

「……あぁ、この体もタイムオーバー、か。」

 

ヒタリ、ヒタリ。

コンクリートの床の上を歩く。

 

「なんだ、逃げたのかと思ったよ。」

 

白衣の人間がこちらを見て呟く。

 

「……ははは、逃げたら人質がどうなるか……だろ?」

 

頬だけを引きつらせて笑う少女。

 

「物分りが良い者は嫌いじゃないよ。流石は伝説の魔術師[マーリン]の代用品だ。」

 

少女、マーリンは心臓を抑え、膝をつく。

「しかし今回の観測記録はどうした?」

 

ボタボタッ……。

赤い泉がマーリンの下に出来上がる。

 

「タスクはやったさ。ちゃんとね。」

白い着物が赤に染まって行く。

 

「だが……変な気でも起こしてみろ。」

「その時は人質は死ぬ、だろ?

ボクは逃げないさ。……決して、ね。」

 

そう言った後、マーリンは血塗れの手で相手の白衣を汚す。

「だがな、お前がボクの目を利用してるように、ボクもお前の動向を見ている。ゆめゆめ忘れるな……よ。」

 

そう言い切るとドサリ、と音をたてた。

 

「ふん、戯言を……さて、次か。」

白衣の人間は、倒れた、マーリンだったソレを蹴り飛ばす。

 

「必ず……見つけ出してみせる。

この伝説の魔術師[マーリン]の目を使って……な。」

 

笑う、嗤う。

 

その目には、何が映るのか。



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第十三話 その場所が有る限り

ATTENTION
今回のお話では少々過激なグロ表現が含まれています。


夜が深まった頃。

 

面々は武装を整え、見晴らしの良い高台へと赴いた。

 

「わぁ……ここからだと街がよく見えますね。」

私は高台でキョロキョロと視線を動かす。

 

これが、絶景というのだろうか。

人々の営みの灯り、それが数多く灯り、視界に光を与える。

 

「今は九時四十五分。ここに来るまでに特に罠らしいものは無かったが……警戒するに越した事はないな。」

 

青龍がそう言う傍で、高台への階段を薙刀を構えながら見張る霧更。心做しか雰囲気が張り詰めている。

 

「鈴春くんの計画……、成功する……かな?」

不安そうに呟く小鳥遊。

 

「成功させるネ。絶対。今回はかなりの自信作アルからなー!」

声を弾ませながら言うが、その表情は真剣そのものだ。

 

「しかし作戦とは言ってもお前、「俺が突撃って言った時に殴ればいいネ!」としか言ってなかったが……作戦に……なってんのか?これ。」

何処か清々しい顔の鈴春に対し、やや言いづらそうに尋ねる青龍。

 

「俺の中では完璧ネ!

……推定時間まで残り五分、曇り……アルな。」

 

星空というものが見えないのは曇り空だからという事が発覚する。

 

ここまでは、マーリンの予言通りである。

 

「くっそ、言いたい事は結構あるが本番が近ぇな……、しかしそういう作戦ぐらいもっとミッチリだなぁ……」

青龍がそう言いかけた時、辺りは暴風に包まれた。

 

「……っ!?これは……!?」

立つのがやっとな地面を力を込めて踏みしめ、私達を覆った影を見やる。

 

 

ソレは雲の中から現れた。

 

白を基調としたメタリックな見た目。その高さは約三十メートル。

 

その体に手足などは無く、背中に歪んだ形の羽根のような物が生えている。そこから八つの穴が空いており、あそこから攻撃を行うのだと、推測できる。

 

その全体には、青色の筋が、血管のように張り巡らされていた。人間で言うところの心臓に値する部分に、青い筋は集まっており、そこにコアがあるようにも思える。

 

「……来た!」

恋の瞳に警戒の色が映る。そしてその、身につけてる衣装が一瞬にして変化し、右手には一振りの剣が握られていた。

 

「「「へ?」」」

当たり前の様に姿が変わった恋に困惑を隠せない面々。

 

「あ……あれも魔法……ですか?」

「いや、俺はあんな魔法見た事ないが……。」

「余所見してる場合じゃないアル!来るネ!」

 

『人類の敵』は背中にある飛行ユニットの穴から、目を潰されそうな程の光と、高熱を伴ったレーザーを一行に向けて放つ。

 

レーザーはゆっくりと空へ昇り……そして、時速二千マイルの速さで降り注ぐ。

 

「ひ、ひゃあ……っ、みんな……大丈夫?」

各々に別れレーザーを回避した私達。

 

煙を斬るように小鳥遊はククリナイフを振るう。

そのナイフには鈴が付いているようで、心地良い鈴の音を鳴らしながら、私達と合流する。

 

「はい!小鳥遊先輩もご無事そうで……!」

「出現は把握したネ、あっちの住宅のない森の方へおびき寄せるアルよ!」

鈴春、いや、指揮官の声を聞き返事をする一同。

 

「しかし無闇矢鱈に動けば良い訳でもない。」

一紗の言葉を聞き、『人類の敵』へ目をやる。

 

『人類の敵』は、こちらを、向いていない。

 

「これだけ音出しても見向きもしないつー事は……、聴覚又は音波を受信する機能はないと見るのが妥当か。」

 

青龍はそう言うと、試しに自らの武器である鉄扇を、敢えて大きな音を出しながら閉じるが『人類の敵』はこちらを向く様子はない。

 

「となると……残りは、嗅覚、触覚、視覚……かな?でも……機械に、嗅覚や触覚は……ない……と思う。」

 

事実、私達は匂いを隠してもいないがこちらを向いていない。

 

『人類の敵』が見据える先には……。

 

・・・

 

息を荒くしながら、剣を杖代わりにして立つ、恋の姿が一つ。

 

『人類の敵』は迷う事なく彼女の方へと向いている。

 

「くっ……!

やっぱり……皆とは違って、回復したてのあたしを狙うのね……!」

キッと『人類の敵』を睨みつける恋。

 

『人類の敵』はその恋を倒せせば、此方の頭数を減らし、戦闘に使うエネルギーを効率よく配分できるという、結論に至ったようだ。

 

先程の穴から、今度はミサイルのような物が放たれる。そのミサイルは恋のいる方角に、一直線に向かっていた。

 

「このっ……!あんまりあたしをナメないでよねっ!」

放たれたミサイルを、剣を使い、切り捌いていく恋。

 

切られたミサイルは爆発を起こし、爆発跡からは黒煙が立つ。

 

「よし、次……っ!」

目の前を覆っていた黒煙を剣で振り払うと、『人類の敵』の視覚を担うユニットと視線が絡む。

 

だが恋は気づけなかった。

 

黒煙に隠れて、まだ捌ききれなかったミサイルが、彼女を追尾していたことを。

 

着実に近づくミサイル、彼女がソレに気付いたのは残り一メートルを切った頃。

「しま……っ」

 

恋の声も束の間、少女の声は爆発音がかき消した。

 

「百花繚乱、その華よ開け![華道の先の景色へ]」

透き通った声と共に華[ミサイル]は着弾する事なく宙で爆発を起こす。

 

煙が辺りを包み、『人類の敵』も恋も、爆発をさせた正体を目に映す事は出来ない。

 

「待たせたね、レディ。ここからは私達が請け負おう。」

「はいっ!負けません……!」

恋の前、爆発の煙を刃で割いた先には一紗と千利。

 

一紗はそのレイピアで煙を払い、千利は次の攻撃に備え、サーベルを抜いた。

 

「防御魔法は私が展開しよう。千利ちゃんは恋ちゃんに向けられた追撃の破壊と、恋ちゃんを連れて森の中へと入ってくれ。」

 

ヒュン、とレイピアが風を斬る音と同時に、恋達に向けられた攻撃を防御魔法で防御した一紗。

 

「あぁ、もう失ったりなどしないとも!

いいや、失ったとしても私は守る。

その想いも、無念も、夢も!

理解し、守り続けて見せよう。」

 

ドゴン、ズドン、絶え間ない衝突音の中、彼女は強く、レイピアを握り、振るう。

 

「騎士が守るものは決して命だけではない。

その誇りも、誉れも、生き様も!」

 

思い出す度に苦しくなった桜の顔も、今の彼女にとっては声援となった。

 

レイピアは折れない。

 

その細い刃でありながらも、固く重い、『人類の敵』の攻撃を防御魔法を使いながら華麗に弾く。

 

「これが、私の答えだ。」

 

決意した眼差し。

それは強く、美しかった。

 

・・・

 

数分前

 

「三手に別れるアルね!一紗、千利は恋の守護及び、囮として森におびき寄せる。

誘導後、俺と珠鳴で先陣を切り、コアを覆う鉄壁の破壊をする。

そして最後に青龍と花乃、コアの破壊ネ。」

 

囮を利用した誘導作戦。確かにそれにより市街地の破壊を防ぐ事ができる。

 

……しかし、最大の難所である鉄壁の破壊。

霧更の持つ薙刀も、鈴春の持つ鈎も、物理で鉄壁を破壊できるような武器ではないのは明白だ。

 

確かにそれを言えば私の持つサーベル、一紗の持つレイピア、青龍の持つ鉄扇、小鳥遊の持つ二本のククリナイフも鉄壁の破壊には不向きだろう。

 

だが恋の剣、それは私達のメンバーの中で唯一『人類の敵』と渡り合える武器だと言うのに、敢えてそれを使わず、鈴春と霧更で先陣を切る理由が分からなかった。

 

「こうやって話している間にも恋ちゃんは消耗している。急ごう、千利ちゃん。」

作戦の意図は掴めないが、恋も昨日の戦闘明けでお世辞にも万全とは言えない状況。

 

私と一紗は急いで恋の元へと向かう。

 

私達は囮だというのに、何故か誇らしげな一紗の顔を横目で見ながら。

 

・・・

 

恋救護同時刻。

 

千利達とは反対方向である森へと向かう四人。

急ぎ足で獣道を登りながらも、鈴春は細かな配置を指定する。

 

「青龍、花乃、二人は恐らく墜落するであろうあの『人類の敵』のコアに接近、その為に木の上とかでジャンプだけでは足りない距離を稼いで欲しいネ。」

青龍、花乃は返事をする。

 

「あ!花乃、君にはちょっと借りたいものがあるネ!」

 

呼び止められた花乃は振り向き、首を傾げる。

「え……と、何でしょう?」

 

「そのナイフ、片方貸して欲しいアル。

聞いた感じ、俺の声よりその鈴の音の方がよく響くアルからな。遠くでも聞こえるネ。

だからコアに接近する時の合図として、ナイフを投げるからそれを受け取ってコアへの攻撃に向かって欲しいアル。」

 

そう言われた花乃は驚いた様子を見せるが、鈴春の話を聞き頷く。

「うん……わかった。」

 

花乃は少しどもりながらもナイフを片方、鈴春へと手渡した。

 

「鈴春さん、自分はどうすれば?」

 

鈴春は多くを語らない。

最低限度、必要と感じた部分しか口にしない。故に何故自分が先陣のメンバーとして選ばれたのか、霧更は分かっていなかった。

 

「珠鳴にはお願いがあってネ。」

 

鈴春の言葉に疑問を持つ。

「お願い……命令ではなく、ですか?」

 

霧更のそんな疑問に鈴春は頬をかく。

「いやぁ……恥ずかしながら、俺も明確な案は思いついてないからネ。最後のピースにいきずまっている所アル。

それでお願いってのは……

霧更ちゃん、何か相手の視界を奪うもの持ってないかなぁー……てね。

……霧更ちゃん、何かあるアルか?」

 

それを聞いた霧更は軽く考え込む。

「……持っているかと言われればノーですが……敵の視界を奪うだけであれば可能です。

但し、我々の視界も狭く或いはなくなります。それでもよろしければ……霧による視界封じを行えます。」

 

霧更の言葉を聞くと鈴春はニヤリと笑った。

 

「それ、サイコーアルな。」

 

それを聞いた後、鈴春は歩きながら霧更に対し話し出す。

 

「今回の立ち回りアルが、俺が『人類の敵』の鉄壁を剥がすネ。

……ただ相手は浮遊してるから俺単体のジャンプ力では到底足りないアル。

だから珠鳴には、助走をつけた俺をその薙刀で放り投げて欲しいネ。」

 

そう話すとやや不安そうな表情を霧更が見せる。

「鈴春さんを薙刀で放り投げる、ですか。

……わかりました、練習する時間は……無さそうですね、どうか命だけは大切にしてください。」

 

そんな霧更の言葉に鈴春は笑顔を向けた。

 

「俺なら大丈夫ネ!」

 

あぁ、この人はそんな言葉を……。

本気で彼を心配する部員達にかけてきたのだろう。

 

 

「さて、後は恋の保護、合流の後、計画の実行……アルな。」

 

遠くで上がる煙。

一紗と千利が恋と合流できたのだろう。

 

「……と、そろそろ霧を頼んで良いアルか?珠鳴。範囲は森一帯出来れば最高だけど……行けるアルか?」

森を見回しながら鈴春は言う。

 

「はい、私が把握している範囲であれば可能です。霧の準備をします。

……あ、それと。貴方が死んだ場合、私達も壊滅する事を忘れずに。」

 

その言葉に痛い所を突かれたように二ヘラと笑う鈴春。

 

「アリャ〜、これは手厳しいネ。

でも大丈夫。みんなが死ぬような事には、しないアル。」

 

この人は、意地でも「自分を大切にする。」とは言ってくれない。

 

その言葉を待つ人は多くいるだろうに。

だが彼は、その事実からまだ逃げ続けるのだろう。

 

「よし、じゃあ頼むネ。」

真剣な声色で彼は霧更に放つ。

「はい、わかりました。」

霧更は息を吸い、薙刀を垂直に構える。

 

「全てを隠せ、地上の雲よ……蜃気楼ノ遊夢道。[姿無キ楼閣ノ夢ノ中]」

 

なびく長い赤髪、そして……。

あぁ、やっぱり。

 

何かが腑に落ちたように僅かにほくそ笑む鈴春。

 

君は、私と同じ人種のようだ。

 

詠唱と共に広がるその力、切り裂く程度では消えない濃い霧。

それは森全体に広がり、包み込む。

 

「珠鳴は隠す、そして俺は……。」

 

やる事は、ただ一つ。

 

・・・

 

森に向けて足を運ぶ私と恋、そして後方の防御をする一紗。

そんな中、予言にも無かった突然の出来事が発生する。

 

「これは……霧?」

 

辺りに立ち込めた白い霧。

サーベルや恋の剣を幾ら振ろうとその霧は晴れない。

 

それは同時に『人類の敵』が唯一持っていた「視覚」を奪い、『人類の敵』の攻撃もピンポイントでなく、広範囲に向けた物に変わっていく。

 

「攻撃が狙い撃ちじゃ無くなってきた……。」

「多分、霧のせいで視界が覆われたから…あたし一人を狙い撃ちには出来なくなったっぽい。

だから、あたしがいると推測できる場所にのみ、 攻撃してるんじゃないかな……?

うーん……あたしを囮にして、その隙に攻撃を通す戦法も、この霧の中じゃあちょっと難しいかも。」

 

戦闘で荒くなった息を、整えながら話す恋。

 

「あの、マーリンって名乗った子の言った展開とは、少し異なるみたいだ。

別に、あの子の言うことを鵜呑みにしてた訳ではないけど……ああいう大口叩いてた割に、予言を外すってのは……

その子がそれだけの人間だったのか、それとも、予想外の何かが起きている。ということかな……?

ともあれ、ヤツの攻撃を避けつつ、警戒はしておいても良さそうだね。」

 

剣を握り、より一層、辺りへの警戒を強める。

 

「えぇ、マーリンが何者なのかは分かりませんが、敢えて外した事に何か意図がある可能性も……。」

 

そう私が呟いた後ろから、軽く笑う一紗の声が聞こえた。

「いいや、敵を騙すには味方から。鈴春の常用手段だよ。」

 

『人類の敵』からの大規模な追撃ミサイルを諸共せずに空中爆発させてから私達に話しかけた一紗。

 

「なるほど……そういう考えもあるかぁ……。」

 

むむむ、と言って何か考え込む恋。

ともあれ、その表情に深刻さは無い。

どちらかと言うと、本人が過去に体験した出来事を振り返っているように見えた。

 

「えぇっと、つまりは……?」

 

戸惑う私に反し二人は落ち着いている。

「まぁ、直ぐに分かるさ。」

 

──チリン。

 

よく響く心地良い鈴の音。

これは……。

 

「三人ともー!こっちアルよー!」

鈴の音の座標から僅かに聞こえる鈴春の声。

 

「鈴春先輩の声です!恋さん、あっち!私、これでも耳には自信ありますので間違いありません!」

 

私は恋の手を握り走ろうとすると同時に、ようやく彼らの意図が読み取れた。

 

「……そっか、音!」

 

何度か先輩達が試してはいたが、あの『人類の敵』は音に一切反応しない。

 

故にこの視界が塞がれた現状、『人類の敵』は私達が派手に動かない限りは、私達の居場所を確認する方法がないのだ。

 

「それで、音と……この霧を利用して、ヤツを倒す……ってことだよね?」

ニっと笑いながら話しかける。

 

『人類の敵』は、広範囲攻撃を、変わらずに続けている。

「そういう事だね、二人は攻撃を弾くのではなく回避をしてヤツに「そこにはいない」と思わせながら鈴春達と合流してくれ。

私は「君達のフリ」をしてヤツの攻撃を敢えて派手に弾こう。」

 

そう言い、今度は空中爆発ではなく、敢えてレイピアで爆弾を切り裂いた。

 

霧の隙間から僅かに見えた数多の爆発の様子から、一紗の行動で私達が「そこにいる」と認識した『人類の敵』は、そちらへ向くように羽根を大きく動かしたようで、その大きな機械音が森に響き渡る。

 

「今ので攻撃はあっちに行ったみたいだね!」

私の手を握り、恋は鈴春達の元へと走りながら話す。

 

一紗のいる方向に恋がいると誤認した『人類の敵』は、そちらへと攻撃の矛先を向ける。

 

今度は、先程のビームとミサイルとはまた違い、火炎玉を放射してきた。

 

「ふむ、ミサイルでは空中爆発させられると処理したのか手法を変えてきたか。

だがこの程度なら恐るに足りないね。」

 

到底一人分とは思えない、大きな防御魔法を展開し、広範囲に広がる火炎を敢えて見せているのであろう。

 

そこから「私達がいる」と確定させた『人類の敵』は、一紗への集中攻撃を仕掛ける。

 

「さぁ、行きたまえ!」

 

その声を合図にもう一度、鈴の音が鳴り響いた。

「先程と変わりない位置からの鈴の音を確認、恋さん、向かいましょう!」

 

恋の手を握り、鈴の音に向けて足を運ぶ。

 

 

「さぁ、来るが良い。」

 

必ず、守ろう。

心に響く声援に、応える為にも。

 

・・・

 

何も見えない霧の中。

先程聞こえた鈴の音と鈴春の声を頼りに走り続ける。

 

「この辺りのはずです、鈴春先輩ー!」

辺りを見回しながら声を張る。

 

「ふえーっ!千利ちゃんの声通るアルなぁ……、俺達はここネー!」

うっすらと見えた手を振る影と、そこから聞こえる声。

 

私達はそこに駆け足で向かう。

 

「あ、ようやく見える距離に来たアル。

合流成功ネ!」

ようやく辿り着けた私達を、喜ばしく声を弾ませながら迎える鈴春。

 

霧が濃いのもありお互いの姿はハッキリとは見えないが、声で何処に誰がいるのかは判別できた。

 

「鈴春!よかった、無事に合流できたねっ!」

声のトーンも上げて、喜ぶ恋。

 

「うんうん、恋ちゃんも無事そうで良かったアルー!」

「はい、お二人共ご無事で何よりです。」

ハイテンションな鈴春に対して対照的に、変わらぬ対応で私達を迎えた霧更。

 

「それにしても……この霧の中だから、合流するのには時間がかかると思ってたんだけど……思ってたよりも、全然早くて凄いや……!」

 

拙い語彙で、私の聴力を褒めてくれているのだろう。そこの声色には、感嘆の色が現れていた。

 

「いえ……、お力になれたようで良かったです!

……所で、鈴春先輩、もしかして私の聴覚を信じて、私を恋さんの救出に選出したのですか?」

 

まさか、とは思った。

私は決して魔法は使えなく、青龍、小鳥遊も得意ではないと発言していた。

にも関わらず囮としての立ち回りに、防御魔法が得意な人物、一紗に加え私も動員した。

 

それは単独で囮となる一紗、そして聴覚に優れた私を恋の先導とする事で確実な合流を図ったのだろうか。……と私は考察した。

 

しかし、私は特に鈴春に、いや、黒咲部長にすらそのようなステータスは伝えていない。

だが偶然にしてはでき過ぎている。

 

「そうネー!昨日や今日の言動を観察してたけど、聴覚においては千利が一番だったアルからなぁ〜!

その次が霧更、その次が青龍、だったネ。

だから例え目が見えない状況下であろうと、千利なら恋を連れて合流する事が可能と思ったネ!」

 

それはつまり昨日と今日の言動だけで私のステータスを粗方把握した、という事か。

その観察眼に思わず目を丸くする。

 

「え……たった一日で……?」

「そうネー!仲間の力量を僅かな時間でも把握するのが指揮官の仕事の一つアルからな!」

 

誇るように弾んだ声で話す鈴春。

こればかりは尊敬する他なかった。

 

「それで、この後はどういう感じで動けばいいのかな……?」

 

まだ戦意のある恋は、何か出来る事は……と考え、鈴春に指示を仰ぐ。

 

「大丈夫ネ。ここからは俺達に任せるヨロシ。」

その声色のまま胸に手をあてる鈴春。

 

 

「さて、珠鳴。ラストスパート。頼むネ。」

「はい、分かりました。」

 

霧更は薙刀を構え、鈴春は花乃のククリナイフの片割れを、腰のベルトに挟みながら距離を取り、走りだす。

 

シャラシャラシャラ……。

 

遠くから少しずつ音が大きくなり、次の瞬間。

 

──チリン。

 

ここだ。

 

霧更は鈴春の地面を蹴る音と同時に、薙刀を大きく振るい、峰で鈴春の地面を蹴った足を更に押し出す。

 

・・・

 

世界で初めて空へと踏み出した鳥達。

彼らはどのように空への道を切り開いたのか。

 

最初から羽根があったはずはない。

……そう、長く、助走を付けて飛び出した。

 

それは飛行と言うよりもジャンプに近しいものだったのかもしれない。

だが、それが空を飛ぶ生き物達の、初めての一歩となった、と言っても過言ではないだろう。

 

・・・

 

青年、鈴春は飛んだ。

 

長く助走を付け、霧更の助力も受けた上で、今彼は宙にへと、『人類の敵』の背後に飛び出した。

 

彼が今携える武器は腰のベルトに挟んだ小鳥遊のナイフ一本。

 

「舞え、天に授かりし羽根よ。その舞を我が神へ、天への返礼とする。」

 

金色が舞う。

 

『人類の敵』がその黄金に気付いた時には手遅れであった。

 

「散りて舞え、時に流れし者達よ。[アコルティ・ティノーラ]」

 

『人類の敵』が振り返るよりも速く、鈴春は黄金の羽根を操り、その手で『人類の敵』に触れた。

 

珠鳴が隠した。ならば、やることは一つ……、

 

 

私は、壊すだけだ。

 

──チリン。

 

鈴春が預かっていたナイフが小鳥遊の直ぐ近くの枝に刺さる。

 

それを合図に霧更は霧を発生を停止させ、小鳥遊と青龍は武器で僅かに残る霧を払い、機械の轟音の方角に向けて足元の木々を蹴り、飛び上がる。

 

「霧が……晴れた?」

 

私と恋は晴れた空を見上げる。

そこにいたのは……。

 

 

黄金の羽根を纏う鈴春。

 

そして、金属部分が殆ど砂と化し、風に流されゆく『人類の敵』の姿。

 

武器を構え飛び上がった小鳥遊と青龍は、丸裸となった『人類の敵』のコアに向けて、大きく武器を振るう。

 

「これで……最後だ!!!!!」

 

コアを守っていた防衛ユニットの殆どが形を失った『人類の敵』は、為す術もなく、コアの内部に亀裂が入るのを許してしまった。

 

そのコアに亀裂が入ると、それを合図として、バチッ、バチバチッと電気が弾ける音がした。

 

電気が火花を生み、最期の花として開花する。

 

「しまっ……!」

 

青龍がそれに気付いた時には青龍と小鳥遊はコアの直ぐ傍。

逃げる術はない。

 

 

「五。」

すっかりと遠くになり七人から見えなくなった高台から、派手色の髪を揺らしたマーリンが口を開いた。

 

「小鳥遊さん!」

危機を小鳥遊に伝えようとする青龍。

 

青龍の挙動の違和感から一紗は霧更達の元へと走り出す。

 

 

「四。」

コアに向かい、鈴春が空から急降下する。

 

「ふぇ……?どうしたの?青龍く……」

「爆発する!伏せろ!」

小鳥遊の声をかき消すように張り詰めた鈴春の声が響く。

 

 

「三。」

その声を聞き青龍と小鳥遊は固まり伏せる。

険しい表情の鈴春はコアの前、青龍と小鳥遊の前に立つと黄金の羽根を広げた。

 

 

「二。」

黄金の羽根は二人を包み込んだ。

「一紗!防御魔法展開!」

「待てお前達は!?」

一紗はこちらに辿り着き、防御魔法を展開する。

 

 

「一。」

「おい、鈴春、何する気だ!」

そんな青龍の言葉に鈴春は笑う。

 

「俺なら大丈夫ネ。」

 

 

 

「零。」

『人類の敵』のコアは大きな音を立てて爆発する。

 

揺れる、揺れる。

爆風。パチパチと燃える音。

 

「あぁ、そう行くのね。」

 

高台の手すりに腰をかけた少女は燃える『ソレ』を見た。

 

「ほぉんと、そういうのマジ嫌いだわ。

こういう好みばっかしは何回死んでも変わんないのな。」

ぴょんと手すりから飛び降り、着地する。

 

「そうやって、満足すんのは自分だけだって。

……まぁ、それは死なないと分かんねぇ事かな。」

 

夜の眠り始めようとする街に、馴染む事のない白い着物の魔術師が一人歩いた。

 

・・・

 

蝋で固められた翼を得た男は駆け出した。

助走を付けて、大空へと羽ばたいた。

 

──俺は分かっていたよ。

 

太陽に手を伸ばせば、伸ばす程、

蝋の翼は溶けていく。

 

──だから俺は、せめて。

 

蝋の翼は太陽に近付くと共に溶けていった。

そして男は

落ちる、堕ちる、墜ちる。

 

──使い物にならない俺の翼でも、

 

──朽ちさせる事しか出来ないこの手でも、

 

 

──何かを守れたのなら。

 

…………、

………………ぃ。

 

「……おい、鈴春?」

顔を上げる青龍と小鳥遊。

 

鈴春は閉じていた瞼をゆっくりと開き、二人の顔を見るとぎこちない作り笑いを見せた。

 

「……ほらネ!無事無事〜!万事解決アルな!」

「その背中見てから言えよ。」

 

燃えるのは大きな鈴春の黄金の羽根。

青龍と小鳥遊を包んだ、彼の羽根だ。

 

「火を、消さなきゃ……だよね?」

「要らない要らないヨ〜。」

 

その羽根は炭になっていき、鈴春の焼けた背中から落ちる。

 

「ほら、落ちたネ。これで俺のダメージは実質軽い火傷程度でセーフセーフアル!」

 

鈴春の服も焼け焦げ、背中の服に関しては跡形も残らない。

ただ、鈴春の背中におどろおどろしい火傷ばかりが、鼻につく焦げた匂いと共にそこにあった。

 

「セーフってお前……何処がだよ。」

「ほら!君達も無傷で俺もただの火傷!大した事ないネ!いやぁ、穢れた羽根がよく使えたものアル。良かった良かった〜。」

 

青龍の険悪な顔に対しても彼は陽気に受け答えする。

 

そんな中、こちらへ向かう足音が聞こえる。

「……チッ。」

 

青龍は舌打ちをすると自分の羽織を鈴春にかけた。

「後でちゃんと小鳥遊さんに診せて治療して貰えよ。カッコつけが。」

「うん、……帰ったら、その火傷?診せて、ね?」

 

二人のそんな返しに鈴春は情けなくへにゃりと笑った。

 

何時ものふざけた笑みではなく、力の抜けた笑みで。

 

 

「鈴春!」

足音が彼らに近付く。

霧更、恋、私、そして私達三人を守る為に駆けつけた一紗の合計四人だ。

 

「かずぅー!みんな守ってくれてありがとネー!お陰でこっちも、かずの所もみぃーんな無事アル!」

パァっと明るい表情を浮かべながら両手を広げる鈴春。

 

「……あれ、鈴春先輩、どうして青龍先輩の羽織を着てるんですか?」

ふと気になった純粋な疑問。

 

「あー、爆発ん時に服が焼けたみたいでな。今貸してる所。」

軽くあしらう様に青龍は誤魔化す。

 

「あっ本当だ……!服が焼けたって……大丈夫なの?火傷してない?」

心配そうに鈴春を見やる恋。

 

青龍と小鳥遊は鈴春を見やるが、鈴春は相変わらずヘラりと笑いながら恋に返す。

「んー?俺はこの通り無事アルね〜!しかしコアが爆発するなんて思ってなかったアルなぁ」

 

鈴春の立ち位置から青龍と小鳥遊を包むように落ちた灰。

 

その意味を真に知るのは、険しい顔をした霧更、ただ一人であった。

 

「ったく、人の羽織煤だらけにしやがって、洗ったら俺の所返しに来いよ。」

「あいさーアルぅ。」

「とりあえず……、あの廃墟に、また……戻る?」

「そうだね。今回の戦闘での成果、損失の確認。且つ状況の整理。先送りにした案件が多くあったからね。」

 

来訪者は口々に語る。

そんな中、鈴春は自身の服についた砂埃を払うと、恋に笑顔を向ける。

 

「じゃ、帰ろっか。一緒に。」

 

 

──その言葉で私に居場所が、ほんの一瞬であろうと与えられた気がした。

 

だけど、この居場所も、いずれ消えてしまうのだろう。

 

そして……私の役割も。

 

 

七人はそれぞれの足取りで廃墟へと足を向けて歩いた。

 

・・・

 

昨晩から使用していた廃墟へと戻った一行。

眠る街に習うように、

青龍は一行に、今日の内容における会議は明日の朝にしよう。……と提案する。

 

疲れきった面々、当然、囮として走り回っていた私も疲労が溜まり、体が重い為、青龍の提案に賛成した。

 

他の者も同様のようだ。

今後のパフォーマンスの為に会議を明日にしたい。

体力の回復をしたい。

言い分は様々だが、共通して青龍の提案に賛成であった。

 

「じゃあ今日は一回、寝ますかね。各自昨日使ってた部屋に。……あ、鈴春。お前は俺に羽織返せ。」

青龍のその言葉に人々が動き出す

 

「あ……の、青龍、くん。……昨日、貸した本……取りに行って……いいかな?」

動き出した中から青龍に話しかけに来たのは小鳥遊だ。

 

「あぁ、今度の撮影の参考になりそうだったよ。感想を語らいたいんだが、小鳥遊さんは良いだろうか?」

青龍のその言葉に僅かに表情を弾ませる。

「は……はいっ……!」

 

 

他の部員達が各部屋へと向かう中、鈴春と小鳥遊の二人だけは青龍の部屋に集まった。

「うっげぇひでぇ事なってんなぁ……。小鳥遊さん行けるか?」

 

治療箱の蓋を開けた小鳥遊は、ある一点に視線を移し頷く。

「うん、……やるよ。」

 

小鳥遊の視線の先、そこにあったのは鈴春の背、ドロドロに溶けたような皮膚。

黒く焦げ、折れたまま皮膚から突き出した羽根の骨。

 

「えっ……と、治癒魔法を使いながら……汚れを……。」

真剣なような、何処か嬉しそうなような、そんな小鳥遊の表情が伺える。

 

ベッドで鈴春の治療をしているその横で羽織についた血を落とす青龍。

 

「あー……これ買い替えだわぁ。部費から出るからなぁ……寧ろこんぐらい普通に買うつーのに。」

「いやいや、一般人の財布からは到底出せないアルからな?……でも俺のも炭になったアルから、ほぼ一式買い替えアルかぁ……。イデッ!」

上がる鈴春の悲鳴。だが即座に青龍に口を塞がれる。

 

「もう少し……、だから、待って……ね?」

包帯をキュッと縛り上げると共に悲鳴のような奇声が漏れる。

 

「……できた。終わったよ、鈴春くん。」

そこには上半身が包帯まみれな鈴春が出来上がっていた。

 

「とほほ……これは後輩達には見せられない光景アルなぁ……。」

困り眉で頬をかく鈴春。

まだ痛みは残るのか腕を動かした直後に飛び上がってはのたうち回る。

 

「安静に、してて……ね?」

「あと俺後輩なんですけどぉ〜?」

焦る小鳥遊に呆れ顔の青龍。

 

「あと、一部にはバレてるっぽいけど」

そう言い、青龍は閉め切ったドアに目線を移す。

 

暫くすると青龍は羽織の血痕落としが、面倒になったのか鈴春に投げつけた。

 

「もうそれやるわ。お前の血落ちねぇし。精々お前の服の背中の穴隠しにでも使えよ。

目立つ血痕ぐらいは薄くしてやったし。」

「有難いアルが、せいりゅりゅ、俺への態度豹変してないアルか?」

「気の所為気の所為。さぁ、帰れ帰れ。」

 

自身のベッドにドカリと座り、シッシッと手を払う。

 

「なぁ、青龍。」

立ち上がりドアノブに手をかける鈴春が背中越しに話しかける。

「ありがと。」

 

ベッドに寝転がった青龍は目を細めて彼を見る。

 

「俺は何もしてねぇ、小鳥遊先輩に言えよ。」

「ううん、青龍『も』だ。」

「……はっ。」

 

乾いた笑いだけを投げつけ、興味無さげに寝返りを打つ。

 

「花乃も、勿論だ。ありがと。」

部屋を出ようと横にいた小鳥遊に視線を移し優しく微笑む。

 

「え、あ……う、うん。頼られるの……嬉しい?から……?また、痛んだら……呼んで、ね?」

 

彼女の想いに気付いてか、或いは言葉のままに受け取ったのか、鈴春は柔らかい笑みで頷く。

 

「また、……頼るかも。なんてネ。」

ドアノブを捻る。

 

 

二人は部屋を後にし、医薬品の匂いと青龍の身だけがそこに残された。

 

「……この匂い、やっぱ嫌いだわ。」

匂ぐまいと勢い良く布団を被り、一人。

 

「リーダーだか、何だか知らねぇけどさ。」

 

「頼って、くれよ。」

 

脳裏に浮かぶ少年少女の笑顔。

必至に「大丈夫だよ。」と笑う、少年少女。

その言葉を信じた俺に罪があるのだろう。

それでも……。

 

頼って、欲しかった。

 

力になりたかった。

 

ベッドの隅の布団の塊。

 

そこからは懺悔の声が琴糸を弾くように……

……静かに、静かに、響いた。

 

その声は、何処にも届く事はない。

 

 

青龍の部屋から廊下に出る鈴春と小鳥遊。

そのまま階段へと足を進めようとするが、ふと、鈴春はその足を止めた。

 

それを不思議に思った小鳥遊。

「どうした、の……?鈴春くんは、一階?のお部屋?だよ……ね?」

そんな彼女の疑問にヘラりと返す。

 

「うん、一階。でも俺、二階そんな見た事無かったアルから、折角だし散歩しようかなって。

はなのんは先部屋戻っててヨ。俺も気が済んだら戻るアル。」

疑問は拭えない、されど追及したとて、彼は答えてくれない事は大方予想がついた。

 

「そう……。無理?は、しない……でね?」

そう念を押すと小鳥遊は目の前の階段に足をかける。

 

キシリ、キシリ、キシリ。

 

音がやや遠く、個室へと向かった事を確認した鈴春はそのまま静止している。

 

「もういいアルよ。」

鈴春が視線を流した先、そこに居たのは……。

 

「ありがとうございます。……鈴春さん。」

暗闇から僅かな足音で現れる赤い長髪、小柄な少女、霧更。

 

鈴春は彼女の来訪に気付いていたようで、動揺の様子はない。

「少し、二人でお話してもよろしいですか。」

 

これも、彼にとっては想定内の事だったのだろう。

「ん〜何の話アル〜?俺気になるネ。」

動揺の様子も無ければ、予めそのセリフを用意していたかのように、笑いながらも随分と単調に話した。

 

「その返事はつまり、快諾ということで宜しいですね?」

 

その霧更の言葉に大きく頷く鈴春。

「そうアルよ〜!仲間達の話を聞くのも部長の仕事アルからな〜!」

ヘラりヘラりと相変わらずの調子で返す。

 

「……私の部屋に入ってください、聞かれるのは貴方にとっても嫌でしょうから。」

「霧更の部屋ネ〜。了解了解アルぅ。」

 

……聞かれるのは嫌な内容。

鈴春には大方予想はついていた。

それでも尚、彼は気味が悪い程に表情を変えずに応対する。

 

「では。」

そう言い、霧更は歩き出す。

自分の部屋に向かうのだろう。

それを鈴春は追う。

 

その足取りは何処か覚束無いと感じたのは、恐らくこの時点では、彼を招いた霧更しか知る由もなかっただろう。

 

霧更に案内されるまま、彼女が使用してる部屋に足を踏み入れる。

 

とは言え廃墟の部屋、どこも変わりはないが、埃などは丁寧に拭き取られている様子が見てわかる。

 

 

現在の部屋主である霧更が扉を閉めた音が、静かなる部屋に響いた。

 

「……俺の事、嫌いになったアルか?」

 

鈴春は部屋の真ん中に立ったまま、背後の霧更に視線を向ける事なく、一つ、霧更に問いかけた。

 

「……嫌い?なぜですか?

……貴方は自らの任務を遂行し、達成したのに否定など致しません。」

そんな彼女の言葉にホッとした。

 

死に急ぐような真似は許さないと言われていたばかりに、『あの行動の意味』を知る彼女には不快に思われるだろう。

 

そう思っていたが故に、彼女からの否定がない事に安堵した。

 

……だが、本題はここからだ。

 

「しかし……私の知っている翼を持つ種族は一つだけ、天羽族と言う種族です。

そして貴方の能力、恐らくこれも天羽族特有の天災の力の一つでしょう。

……ですが私の知っている天羽族は白い翼が特徴であり、翼を失うことを一切良しとしない種族です。」

 

やはりバレていたか、と、鈴春はため息を漏らす。

 

『天羽族』

それはとある世界、霧更や青龍の元居た世界。

その世界において、霧更や青龍の種族よりも圧倒的な力を持ち、更には純白の羽を持つ一族。

 

そして、霧更達よりも、種族の誇りが高い一族でもある。

だからこそ、霧更は疑問を抱き、鈴春は彼女が現れる事を予測した。

 

「そして貴方は最初から自分の身を守るなど一度たりとも言っていません。

そして私は貴方の今までの判断能力から自らの翼を失うことが予測できていたと思っています。

……正直、私からしたら不可解です。何故、その様な決断をしたのですか。」

 

翼というものは天羽族にとっては誇りの象徴。

誇り高き天羽族は、翼を己の命よりも大切にし、

『翼無き者は天羽に非ず。』

とまで言われる程の代物。

 

だからこそ『あの行動』、

青龍と小鳥遊を翼で包み、翼を代償に二人を守ったあの行動。

 

『翼を捨てて他者を守る』という行為は、彼、天羽族である鈴春にとって、

死よりも重い罪であった。

その重さは霧更も鈴春も知っている。

 

それ故に、彼女は鈴春の決断の理解が出来なかったのである。

 

部屋の中央に立ったままの鈴春は、くるりと後方、霧更の方へと向き、普段よりも僅かに穏やかな表情で、言葉を落とした。

 

「アレは汚れた翼だ。だからあっても無くても、どうでもいいアルね。

寧ろ、あの穢れで人様を守れたなら、充分……いや、多過ぎる見返りを貰ってしまったアルな。」

 

彼が口から放った言葉は床に落ち、コロコロと転がり、霧更の靴先にノックする。

 

「……色が金色だから、などという理由だとしたら一度殴らせてください。その上で聞きます、何故、汚れていると称されるのですか。」

「いや突然暴力的!?そういう暴力ムードじゃなかったアルよな!?」

 

胡瓜を見た猫のように飛び上がると、背中を裂くような痛みが走り、噛み殺した声の後に床に転がると、暫く沈黙した後、口を開ける。

 

「……そーアルよぉ……。

天羽たる者、純白の翼でなくてはならない。

お国じゃ金の翼なんて穢れの象徴。

奴隷ルート確定ネ。

奴隷でも安上がりの売れ残り。

無論、俺は奴隷の出なわけアルが。」

 

投げやりになったように床から動かず、皮肉のように言葉を乱雑に投げた。

 

「……俺を、笑うか?

種族の凝り固まった思考に左右され、挙句に翼を失った俺を。

それでも良かったと、これで天羽なんて面倒なものにゴタゴタと言われる筋合いが無くなると、安堵した俺を。

誇り高き一族を捨てた、俺を。」

 

表情は腕に隠れて見えない。されどその言葉には、彼が今まで語る事はなかった、酷く重い感情があった。

 

「背中、大丈夫なんですか。動かないことをオススメしますが。」

「正直クソ痛い。」

「でしょうね。……まぁ、色が原因などと巫山戯たことを仰られたので一度殴らせていただきますが。」

「ちょっとタn……っ」

 

パシンッ

 

「いや躊躇ないアルな!?」

鈴春の抵抗は無慈悲に終わる。

 

霧更は淡々と告げると予告通り、鈴春の腕を一度、怪我に響かない程度に叩く。

その音だけは透き通った空気によく通った。

 

「……笑いません。ですがそれならば、私も耳と尻尾を切り落とさなければならない……穢れの子は種族の誇りを捨てるべき……ということで良いのですか?」

 

叩かれた反動で動いた腕の隙間から、こちらに真剣な表情を見せる霧更を視界に入れる。

 

耳と尻尾、それは霧を生み出す刹那に見えた、純白の狐耳と尻尾。

彼女らの一族、妖狐族における、穢れ。

黄金でないソレは穢れと呼ばれた。

 

「そんなの、自由だろ。

俺はこの翼が嫌いだったからちぎった。

天羽族が嫌いだから、その象徴を捨てた。

この穢れで、守れるものがあったから、俺はそちらを取った。

こうすべき、なんてのは無くて、俺は天羽というルートから外れたくてこの選択肢を選んだだけ。

……道から外れるのは簡単ネ。

わざわざ翼をもがずとも、掟に反すれば良いだけアル。

だがそれを選択するかは、ルートから自ら外れるかどうかは、誰でもない自分が決める事。

だから仮に、珠鳴が俺の目の前で己が象徴を毟り取ると言うなら俺は止めないネ。」

 

そこまで言い切ると、顔から腕を退け、ゆっくりと床に座り込む。

 

「実際、何処の世界にも俺達を完全拘束出来る奴なんていない。

だってこれは俺達の命であり、俺達の物語だからな。

阻む事は出来ようと、完全な決断は、最終的な行動は、本人である俺達しか出来ないし、在るべき形なんてのもあったとしても、己がそれを目指すかは別の問題ネ。

大衆がソレを選んでいるからそうする、というのは規則に従うワケでもなんでもない。思考の放棄アル。

だから俺は俺の選択をするし、珠鳴は珠鳴の選択をすればいい。別に思考の放棄をしようが問題ない。

その決定権は常に己にあるのだから。」

 

その言葉に、まるで雨水が貯まったバケツをこかされたように、感情の洪水が訪れる。

 

「狡いですよそんなの。貴方には守るものがあるから、そういう理由が付けられたから羽をもげた、それだけじゃないですか。

守るどころか守られてばかりの私にはそんなことできないじゃないですか。

選択?自分で?選択なんて、選択肢なんてただ家から逃げ出しただけの私には存在しないのに。

狡いですよ貴方は。

決定権を握った結果が私はこれなんです、西校の皆さんに縋って元いた場所から逃げ出しただけの、こんな穢れた子にこれ以上の決定権なんて存在しないんです。

私は西校の皆さんの為にこの力を使い続けて、縋るしか残ってないんです。

耳も尻尾も、私は失ったらダメなんです。」

 

漏れる、漏れる。

 

その感情を入れたバケツは中の水が切れるまで、その口から漏れて止まらない。

 

「……貴方に与えられた選択肢が羨ましい。貴方の持つその決断力が羨ましい。

……いえ、ごめんなさい、八つ当たりみたいになってしまいました。」

 

それを聞いた鈴春は安堵したように笑う。

妬みの感情に、安堵した彼がいた。

 

「狡い、ね。よく言われる。

俺だって最初から決断をさせて貰えるような、大それた生き物じゃなかった。

だから、俺を羨む事はないネ。

俺は拾われた。

そ、珠鳴が西蓮寺達に縋ったように、ナ。

ある意味、俺と珠鳴は同種ネ。

だからこそ言える。今は選択肢が見えずとも、縋る事しか出来ずとも、いずれ見える。

そしてその時は……珠鳴ならきっと俺より良い判断が出来ると思うネ。」

 

ニッ、と頬を引き攣らせて笑うと、鈴春はふらふらと立ち上がる。

 

「そんな事、私には……いえ、貴方が翼を失ったことを後悔していないなら良いんです。

出しゃばってごめんなさい。

……でも、貴方は貴方自身の生き方を選ぶだけの決断力も行動力もあるのに……翼の色なんかで自らを縛らなくて良いと思いました。それだけです。」

 

そこまで述べると、彼女は周りを起こさぬようゆっくりと扉を開ける。

 

「うん、俺は後悔してないよ。

それに今はもう何も気にしてない。

そもそももう翼無いからネ!

だから俺は縛られない。大丈夫アルよ。」

 

千鳥足のままドアの先へと抜け、霧更にヘラりと笑ってみせる。

 

 

大丈夫。ずっと言い続けてきた言葉。先頭に立つ己に言い聞かせてきた言葉。

だけども、今回はやけにすんなりと口から零れた。

 

「……倒れそうなので部屋まで支えます。

とりあえず掴まってください。」

 

鈴春はもう一度、大丈夫と言おうとするが、気を抜いた瞬間に頭が地面にぶつかる。

「いでで……不本意アルが……頼むネ。」

 

肝心な所でカッコがつかない、寧ろこれが彼の素なのだろう。

不器用で、笑うのも下手くそ。

 

嘘をつくのも同様に。

 

 

ゆっくりと足を運び、階段を降り、鈴春が使っている部屋まで辿り着く。

「ベッドまでは大丈夫ですか?」

「うん、入口までで良いアルよ。

ありがと。珠鳴。」

 

ドアノブに手をかけ、軽く霧更に顔を向けた。

 

「夜も遅いから早く寝るネ、良い夢を。」

「こちらこそ、話してくださりありがとうございます。おやすみなさい。」

 

少年少女の夜が来た。

黒いベールが黄金の三日月の揺籠を包む。

 

勝利を掴んだ者、苦渋を飲んだ者、貢献する者、迫害される者、裏切る者、何も知らぬ者。

全ての者に等しく訪れる安らぎの時が与えられる。

 

その柔らかなベールが人々の瞼を撫で、ゆっくりと重力と共に落ちる瞼を、一時の優しい時が流れていくのであった。

 

全てが平等な、現実からの逃避行の時間が。

 

・・・

 

清々しい程美しい朝日。

長テーブルを囲む面々。

その議長席には北校の羽織を被った鈴春が、何時もの笑い顔で面々に声を放つ。

 

「みんなおはよーネ!

今日は昨晩の収穫、それから昨晩の戦いを踏まえた上でのこの世界の現状について話し合うアルよ!」

 

その声を合図のように、各々が纏めた情報を共有し合う。

 

「一先ず、『人類の敵』は知能はそれなりにあるものの、それはあくまでも目の前の敵を殲滅する為の物。

A-000への侵略は無いと考えても良いだろうね。」

 

最初に意見したのは一紗。

囮を担当した彼女は、その攻撃パターンの変化などから知能を計っていたようだ。

 

「『人類の敵』の目的は分かりませんが、A-000に来ない理由の確信にはならない……と、私は思います。

その理由が解明されれば、今後の脅威か否か分かるとは思いますが……。」

 

私は恐る恐る手を挙げ意見する。

 

「だな。……が、それを調べる程日数は残ってねぇ、だろ?鈴春。」

「そうアルな。俺達の残り滞在可能日数は二日が最大だろうネ。」

 

その言葉に深いため息をついたのは青龍。

 

そこに口を挟んだのは、この世界で生まれ、育ち、戦った恋であった。

「その心配はないと思うよ。だって、『人類の敵』は、あれで最後の一体だったから!

『人類の敵』の本拠地はもう既に、私達が壊した後で……昨日倒したのは、言わば、残党……みたいな感じだったからさ!」

ニッと、明るい笑顔を浮かべる恋。

 

だが、その笑顔には、陰りがあるようにも思えた。

 

それに一番に気付いたのは鈴春。

彼は恋の言葉に笑顔を浮かべると口を開ける。

 

「それなら!めでたくこの世界には平和が訪れるのであったー!アルな!良かった良かった。」

大袈裟な程騒いだ後にふと、彼は真剣な表情へと移り変わる。

 

「……でも、恋はこの後どうするか決めてるアルか?」

 

唐突な質問であった。

 

「世界を救う英雄の力、しかしその力は外的な脅威なくしては、ただ恐れられる力でしかない。

……だから、この世界に平和が訪れた今、この世界の脅威は恋、君の力にシフトするアルよ。」

 

淡々と語る鈴春、それは遠くを見るようで、虚しさを感じるようで。

 

「力は時に人を助け、傷付ける。

その力が大きければ大きい程、ネ。

平和が訪れては、力は必要なくなる。

そうなると必然的に『ありすぎる力』というものは不要、寧ろ恐怖対象ネ。」

 

それに異論を唱えようと恋は勢い良く立ち上がる。

 

「あたしがこの世界の脅威……そ、そんな事しないよ!

魔法少女の力で悪いことなんかしないんだから!

確かに、魔法少女の力は強いけど……だからって、脅威に直結するなんて、こと、なんか、ないってば!」

 

認めたくない現実を改めて突きつけられたため、思わず感情が出てしまった恋。

 

そんな彼女の表情は、不安と怒り、分かってもらえない事の辛さなど……様々な感情を孕んだ、何とも表現し難い表情をしていた。

 

「そうだろうネ。恋はそんな事をする子じゃないのは俺達は知ってる。

……が、知ってるのは『俺達だけ』だ。

何度かここに調査に来た事はあるが、民間人は『人類の敵』は疎か、この世界の魔法少女の情報すらもろくに回っていない。

恋はきっと『誰かの為』ならその力を使う事を拒まない。

だがその力に圧倒された人間は何を思うか。

……恐怖だ。

未知なる力への恐怖、恐怖を感じれば攻撃して身を守るのが人間だ。

本来、この世界の魔法少女もその為に用意されたシステム。

恋が何もしなくとも、人間は勝手に恐怖する。

成ろうとせずとも、成ってしまうネ。

この世界の、新たな脅威に。」

 

まるで見透かしたように、或いは見てきたかのように、鈴春は無機質に言の葉を放つ。

 

「魔法少女が『人類の敵』を討伐するという構図は、このままでは新たに、人間が魔法少女を討つ構図になりかねない。

誰も、君の影なる奮闘を知らずに、ネ。」

 

長い睫毛の下から紅い瞳が現れ、真っ直ぐに恋を見据える。

 

「…………っ」

鈴春の発言に反論しようと、必死に脳内で言葉を検索する。けれど、探せど探せど、反論の言葉は紡ぎ出せなかった。

 

沈黙がその場を支配する。

 

「鈴春、それ以上は……」

仲裁に止めようと入る一紗。だが彼の言動は、想像していなかった方向へと動く。

 

「だから、そんな世界からは逃げてもいいアルね。」

 

え、と皆が声を揃えて鈴春に視線が完全に向く。

 

「だって見たくねぇもん。折角守ったものに裏切られる様なんてサ。

ここが心配なら定期的に様子見に来ればいいし、例え目の前に助けを求める人は居なくとも、世界を、いいやもっと広く次元を超えれば困ってる人は沢山ネ。

だから俺達はここにいる。

自分達の世界に、困っている世界に、手を伸ばす為に。」

 

一紗や青龍、霧更はそれを黙って聞いている。

 

「だからさ、この世界からの逃避行と洒落こもうヨ。

別の場所に現れる、泣いてる誰かに手を差し伸べる為に、ネ。」

 

朝日のように柔らかく微笑む。

笑顔の裏に、悲願を隠しながら。

 

「………………え?」

 

鈴春から、自分が想像もしていなかった言葉を聞いて、思わず呆然とする恋。

 

そして、彼の言葉の中に、自分の常識の範囲外の言葉があることに気づいた恋は、彼にある質問を投げかける。

 

「えっ……自分達の世界……困っている世界って何……?どういうこと……?

鈴春達は、一体何者なの……?」

 

待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑い、恋に手を差し出す。

 

「俺達は異世界からの来訪者。

俺達の世界を守る為、訪れた世界を守る為、世界を跨ぐ者。

俺達はゲート研究部ネ!

そんなゲート研究部の俺達からのお願いアル。

俺達と一緒に……みんなを助けよう。」

 

最後に述べた時、その表情は優しさと同時に真剣さを感じ取れた。

 

 

……みんなを、助ける。

『人類の敵』の消滅により失われた役割が、居場所が、……そして仲間が。

 

そこにはあるような、

そんな、気がした。

 

恋は躊躇うことなく、その手を取る。その瞳には、ここに居るゲート研究部員の姿が映っていた。

 

「……うん!あたしの力が異世界でどれほど通用するか、それは分からないけど……

色んな人を助けたい、鈴春達と一緒にいたい気持ちは本当だから……!

だから……」

 

ぐっ、と飲み込みかけた感情を吐き出すようにして、言葉を放つ。

 

「だから……これからよろしくね!」

 

「ありがとう、恋。それじゃ……」

 

軽く息を吸い込み、

彼は、今では遠い昔、かつての魔法少女達が彼女に向けた表情を浮かべた。

 

 

「一緒に、帰ろっか。俺達の居場所に。」

 

 

新たな仲間と笑い合い、新たな帰路につく。

この場所で共に戦い、守ってきたみんなに一つ。

 

魔法少女が魔法少女である為に。

沢山の人を守り、助ける為に。

 

──行ってきます。

 

一行はそれぞれの笑顔を浮かべ、廃墟を、ユウリの家を後にする。

 

新たな世界に、羽ばたく為に。

 

・・・

 

カチリ、カチリ。

 

時計の秒針音だけが響く部室。

一人、仲間の帰りを待つ。

夕焼けから、空は紺に染まりかける。

 

「おーい、何時まで居るんだ。戸締りの時間だぞ。」

 

巡回に来た教師が僕に声をかける。

「すみません……でも、もう少し。」

 

この目で、彼らの帰りを見るまでは。

そうじゃないと、帰って来ないんじゃないか。

そんな不安に襲われながら。

 

「……しゃあね、ここは最後に回すから、それまでに帰れよ。」

「……!あ、ありがとうございます……!」

僕は巡回教師に礼をし、再び時計に目をやる。

 

──鈴春さん、一紗さん。

ただ願う事しか出来ない。

お願いだから、帰って来て下さい。

 

どうか、どうか、……────を。

 

「うひゃあ!?」

 

僕の胸ポケットに入れていた端末の着信音が教室を埋めるように鳴り響く。

僕は恐る恐る端末を取り出し、内容を確認する。

 

「……ぁ。」

 

画面を確認した僕は間抜けな声を漏らすと同時に、事実を確認すべく、教室から駆け出した。

 

ただ、ただ、真っ白な頭で走る。

 

息が切れ、血の味がする。

けれど、そんな事をも忘れる程、

無我夢中に走り続けた。

 

南校正門。

僕はレンズの奥の瞳を見開いた。

 

赤髪の青年の肩を借り、ヘラヘラと笑いながら、僕に手を振るボロボロな鈴春さん。

その横を歩く、泥や煤にまみれた一紗さん。

僕は、彼らに近付くように足を進める。

 

「てでぃー!俺の事待ってたアルか?」

陽気な鈴春さんを差し置き、大きく振りかぶり、

 

スパンッ!

 

周囲は唖然としている。

それを受けた、鈴春さんすらも。

 

「部長さん。無茶したことを反省して素直に殴られてください。」

綺麗に決まった平手打ち。

「いや、ちょ、もう既に俺殴られてるアルよな?」

「こればかりはテディに従ってもう一発でも、数発でも受ければ良いんじゃないかな?我が部長?」

 

一紗さんが笑って鈴春さんに嫌味を言う。

鈴春さんも何時ものヘラヘラとした顔で笑う。

あぁ、これが、僕の、

 

「……おかえりなさい。……鈴春さん、一紗さん。」

 

 

おかえりなさい、僕の大好きな仲間達。

 

・・・

 

北校、部室。

そこは暖かな春風とは真逆の凍りついた空気が漂う。

 

「黒咲隼、

クリフト・ドラグ、

三条大和、

立本夕雨、

アルメリア、

七草礼音。

以上六名は次回の研究先をJ-015とする。」

 

淡々と読み上げる黒咲。

 

名を読み上げられたメンバー達は、ある一人を除き、血の気の引いた顔をしている。

 

「待って、隼。J-015って……?」

「言わなくても分かってんだろ。南校が行って惨敗した所だ。」

 

戸惑うクリフトに単調に返す黒咲。

 

「……あと、話は聞いたぞ。三条。」

唯一顔色を変えない男、三条に向けて黒咲が言葉を発す。

 

「あーっんの三十路ぉ……、チクったのかよぉ。」

三十路、サジューロの名を少し文字った悪意しかないあだ名。

 

「だがこうやって許可下ろしてやっただけ感謝しろよな。

いいか、お前の所要時間は一時間だ。

それ以上かけても勝ち目が見えないようであれば即撤退する。」

 

「あー……そういう……。」

三条はふぅ、とため息をつくと真剣な目の色に変わる。

 

「一時間で上等。やってやる。」

三条のその声を聞くと、黒咲は軽く鼻を鳴らす。

 

俺は鈴春のようなヘマはしない。

決して、だ。

 

この部長の名を背負う限り、

俺は全員を守りきる義務があるのだから。



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第十四話 化け物と除け者

ATTENTION
今回のお話では少々過激なグロ表現が含まれています。


「おかえりなさい。」

 

赤毛で赤いフレームの眼鏡をかけた青年にビンタを食らった鈴春。

それでも彼らには不満の色は見えなかった。

どちらかと言えば、これは……。

 

「せいりゅりゅ、セリっち、はなのん、ことーにゃ!……いや

国立東真風戦闘員養育学校高等二年、小鳥遊花乃。

国立西雷光戦闘員養育学校中等二年、霧更珠鳴。

国立北源水戦闘員養育学校中等三年、伊吹青龍。

同じく北源水戦闘員養育学校中等一年、花宮千利。

この度は私率いる臨時チームへの貢献、感謝する。

……ありがとう、みんな。」

 

真剣な表情を見せた後にへにゃりと抜けた笑みを向ける。

 

「あぁ、君達が居なければ私達はこの任務を果たす事は出来なかっただろう。

例え臨時であったと言えど、君達と組めた事、誠に幸福に思う。

君達のお陰で、見えなかったものが見えたよ。私も、……鈴春も。

これはきっと永遠の財産だろう。

ありがとう、みんな。」

 

鈴春に続くように一紗もこちらを向き、丁寧に一礼をした。

 

「えっと……花乃さんに、珠鳴さんに、青龍さんに、千利さんですね。

僕はセオドア・ハリス。

鈴春さんや一紗さんと同じ、国立南業火戦闘員養育学校高等一年のゲート研究部員です。

この度は、鈴春さんや一紗さんと一緒に帰ってきてくれてありがとうございます。……本当に、ありがとうございます。」

 

涙ぐんだ青年、ハリスは真っ赤になった鼻を啜りながら、精一杯に感謝を紡ぐ。

 

「はい!こちらこそ……!

戦闘での鈴春先輩の采配や、一紗先輩の防御に助けられました。」

私も彼らに合わせるように言葉を紡ぎ、礼をする。

 

「えぇ、貴校の先輩方にはお世話になりました。此処に俺が居れたのも、先輩方のお陰でしょう。」

キチリと丁寧なお辞儀をする青龍。

 

「やっぱ俺単体への扱いと違い過ぎるアルよな?」

「存じ上げません。」

 

鈴春の言葉を青龍は営業スマイルで華麗に躱した。

これが現役有名タレントの実力かと痛感する。

霧更も後に続くように頭を下げ、小鳥遊はおどおどとしながらも頷く。

 

「また、大変?な時は……呼んで、欲しい?な。」

「うん、ありがと、はなのん。」

 

話している後ろから、ヒールで走る音が聞こえる。

いや……、ヒールと言うよりも、まるで馬が走る音のような、爪を切っていない猫がフローリングを走っているような……、そんな音。

 

「ガルルッ!」

「うわっ!コンティ!」

黒い長髪の女の子、あの映像に出ていた少女が鈴春にのしかかった。

 

「コンティちゃんも怒ってますよ、大人しく反省してくださいね。鈴春さん。」

「痛い痛いアルよぉー!コンティごめんネー!頭に噛み付くの止めるヨロシー!」

 

ハリスや一紗は笑う。鈴春も噛みつかれながらも何処か楽しそうで、黒髪の少女、コンティも気が済んだのか安心したように鈴春の顔に頭を擦り付ける。

 

「さてと、じゃあ報告書を作らなきゃアルな。

みんなも報告書あると思うから、そろそろ解散するネ!

……本当にみんな、ありがとう。」

 

そう、私達に柔らかな笑みを向けると、ハリスや一紗と共に校舎の方へと足先を向ける。

 

 

それを眺める恋は、何処か遠くの景色を眺めるようだった……そんな所。

 

「恋ちゃん、こっちアルよ。」

 

ニパリと明るい表情で恋に手を差し伸べる鈴春。

 

──そうだ、私は。

私の居場所は……。

此処にあるんだ。

 

ただシンプルな結論。

 

それであっても、それは、彼女にとってかけがえのないものであった。

 

「……うん!」

恋は駆け出す。

 

「そそ!てでぃー!コンティー!この子ネ、新しい仲間アル!」

「新しい仲間……!ですか!」

「ガルルゥ〜」

「あぁ。レディ、彼らに。」

 

ハリスやコンティが注目する中、彼女は笑顔で名乗る。

 

「あたしは天沢恋!またの名を、魔法少女・アムール!よろしくねっ!」

「えっ、名前もう一つあったアルか!?それは初耳ネ……。」

「あの時は慌てちゃって……変身した時の名乗り出来なくって……てへっ。」

 

みんなが守ってくれた、何度も立ち上がらせてくれた。

 

──魔法少女・アムール、天沢恋。

 

今度はみんなに返す為に、より多くに救いの手を差し伸べられるように。

あたしは行く。

 

まだ知らない、未知なる世界へ。

大丈夫。私はもう一人じゃない。

 

かけがえのない、仲間たちがいるから。

 

・・・

 

南校に向かった四人を見送った私達。

青龍が横で大きく伸びをしてからため息を吐く。

 

「っだぁーーー、疲れたぁーー。俺らもそろそろ帰るか、千利。」

そう話していると、少し遠くから弾んだ声が聞こえた。

 

「青龍くんー!千利ちゃんー!」

声の方向へと向くと、大きく手を振る空牙の姿があった。

 

「空牙、迎えありがと……あれ?夕雨はどうした?」

 

何時も空牙と共にいる夕雨。

だが何処を見ても彼の姿が見当たらない。

 

「夕雨……て言うかみんなね、何だかずーんってしてて、それで僕、その空気が嫌でこっち来たんだぁ。」

消化し切れないような表情を浮かべた空牙。

 

「まぁ、あの会議の後の出撃だからな。無理ねぇわ。」

 

 

私達は知りもしなかった。

彼らが、死を悟りながら、その足先をゲートに向けているという事を。

 

・・・

 

降り立った鍾乳洞。

 

「いいか、絶対団体行動だ。

三条戦闘時は俺達は敵にバレねぇように三条の様子を見る事。

相手の情報は人食、以上。

それ以外の情報がまるでねぇから無謀に突っ込むんじゃねぇぞ。」

 

ジメジメとした空気。

汗がベタりとシャツと肌の間の空気を奪っていく。

 

懐中電灯で暗い中を歩く。

黒咲隼、クリフト・ドラグ、三条大和、立本夕雨、七草礼音、アルメリア。

カツン、と何かを蹴った音が響く。

 

「ひっ!」

「ここか。」

 

腰の引けたクリフトを他所に黒咲は蹴ったと思われるモノに懐中電灯を向ける

 

「……人骨、頭蓋骨ですね。」

夕雨は眉間に皺を寄せながら呟く。

 

「つー事は……と」

手持ちの懐中電灯を三条は頭上に向ける。

 

「ひゃう!?」

アルメリアの悲鳴。

 

そこにあったのは……

 

……敷き詰められた頭蓋骨。一つ所ではない。

天井の大半を覆うコレは万は行ってもおかしくはないだろう。

 

「……!みんな、静かに!」

そう声を上げたのは七草であった。

 

シンと静まり返る。

 

……ズ……ズズ……ズドゥン……ズ……ズドン

 

足音。

 

「七草、進行方向は読めるか?」

小声で、這うように音を確かめる七草に問う。

 

「……二時の方向。数は一。こちらに来る様子は無さそうだよ。」

地面に耳をあてる七草は音が消えぬように、小声でそれを黒咲に伝えた。

 

「二時の方向……。」

その場にいた全ての者は察した。

 

「鈴春さんが見つけたっていう……大きなゲートって……あっちだよね?」

 

ゲートの性質上、ゲート移行者付近に位置取りをする、又はゲート移行者が移行した直後にゲートに飛び込む。

そうするとゲート移行者の向かった先の世界の同一位置に着く事が出来る。

 

「敵性徒歩速度計測……どうする?部長。」

地面に耳を当てながら目線を黒咲に向ける。

「三条。」

「あぁ。」

 

「追うぞ。」

 

足音を潜めながら走る。

そして岩陰に隠れ、発見したゲートを監視する。

 

「敵性反応は?」

「……もうすぐ来るよ。」

黒咲の問いに小さな声で返す七草。

 

……ズゥン、メキメキ、ズドンッ

 

地震の様に揺れる地面。

 

一行は悲鳴を押し殺すようにその揺れの元凶へと目を向ける。

「……緑の肌、記録と一致する。」

それが一歩踏み出す度に揺れる地面。

その揺れはゲートの方向へと向かっているのが体感で分かった。

 

「鈴春の考察がアタリ……か、なるべく奴に気付かれないように飛び込むぞ。」

黒咲の指示に一行はコクリと頷く。

 

音を立てぬよう岩から岩へと移る。

緑のソレはこちらに気付いていない。

ソイツはそのまま、ゲートの表面に触れる。

みるみる渦を巻くゲート。

 

「アイツ……ゲート関係者でも一部しか知らない解読を……!?」

「言ってずに追うぞ!」

 

ゲートが開いた為、こちらに意識は向かない。

その重い足がゲートに入り込む、それと同時に一行は駆け出した。

 

・・・

 

「北は青龍、東は花乃、西は珠鳴……うん、報告書は提出されてんな。」

煙が研究室に広がる。

 

「後は南だけだが……ご丁寧に手渡しか?鈴春。」

 

研究室の入口に立つのは南校ゲート部部長であり、先日の調査の司令官、鈴春。

真新しい制服をピシリと身に纏い、真剣な表情で研究室の主に目線を向ける。

 

「えぇ、お話をお伺いしたく思いまして。……サジューロ先生。」

サジューロは口から煙を吐くと、鈴春を流し見る。

 

「我が主を、J-015へ向かわせた。……というのは真実ですか。」

「おいおい、報告書提出してから話してくれよ。……だがまぁ、そうだな。家族の頼みとなりゃ、多少は聞いてやらねぇと。」

灰皿に煙草の灰を落とし、再度咥える。

 

「貴方の『家族の頼み』とは、それ程に重要なものだというのですか。

多くの人の命を危険に晒す程に……重要なものなのですか。」

 

丁寧な口調は崩れない、だがそこには耐え難い想いが見えた。

 

「大事な事だな。俺の命よりも、ずっと。

まぁ一番大事なのは何より家族の命だ。……俺は反対したんだがなぁ。」

はぁ、と息と共に吐かれた煙。

 

「どうして、己よりも『家族』という存在にこだわるのですか。」

 

そんな鈴春の問いに軽く笑う。

 

「なんか良いだろ?『家族』って。

何時もは傍に居れねぇけど、一緒に笑って、ふざけて、時々言い合い……いや、ほぼ言い合ってるか。

……かけがえのない存在、それが家族で、それが子供達。お前だって立派な俺の子だぜ?」

 

煙草の先で鈴春を指す。

 

「身元も分からない忌み子を、よく我が子と言えますね。」

「身元なんざどうでもいいだろ。お前はお前。忌み子とかの線引きも世界によって千差万別。ンなもんどうにでもなんだよ。」

 

言い終えると体を椅子に任せたサジューロ。

再度煙草を咥えると、その姿勢のまま、天井を眺める。

 

「どうにでもなんねぇのは、命だけだ。

だからどんな枷をかけられようが、苦しかろうが、生きろ。

どれだけ足掻こうと、命だけはどうにもなんねぇんだよ。」

 

それは遠くを眺めるようで、過去を見据えるようで。

 

「無から有は作り出せねぇ。

命もなけりゃどうしようもねぇ。

……それにさぁ。」

 

「俺は家族に笑ってて欲しいワケ。

家族に当たり前の幸せと、権利を、俺が出来る範囲で与えたい。

……それだけ。」

 

そう、だから彼は。

 

サジューロ・ネサンジェータは、ゲート研究の最前線に立つ。

 

全ては『家族の笑顔』の為。

ただありふれた『幸せ』の為に。

 

家族を知らぬ男は、勝手な基準で埋め合わせた、『家族の紛い物』の為に、脳を動かし続ける。

 

・・・

 

ガサッ

木々に突っ込む面々。

 

「痛たぁ……、みんなは大丈夫?」

カメラを持ったアルメリアは制服についた葉を落としながら他のメンバーに言葉を向ける。

 

「人数は……変動無し。全員いるな。七草、近辺の状況は。」

 

メンバーの確認をし、七草に状況の説明を求めた。

 

「……巨人の足音四時の方向、同方向に知能を持った生命体らしき声あり。」

「早速やってやがるか、行くぞ!」

 

 

足が震える。

あぁ、震えるさ。

 

コンティと一紗、その二人だけでも強力だというのに勝てなかった生き物の元へ、

 

自ら向かおうとしているのだから。

 

だが、これは俺の使命だ。

 

俺にしか出来ない……仲間を守る為に……。

 

足を運ぶ。

鉛のような足。

それでもやらなきゃなんない。

 

 

その為に、俺はここに居るのだから。

 

 

「一同、気配遮断。」

緊張感の走る黒咲の指示。

指示に従うようにメンバーは息を潜める。

そしてメンバーがその先へと目を向けた瞬間。

 

言葉が、出なかった。

 

巨人はまるで花を摘むように、骨を手で抱え、

──辺りには皮膚だったものが散らばっているのだった。

 

「……っ。」

吐き出しそうな、泣き出しそうな表情のアルメリア。

「夕雨、あの人型の種族の判別は出来るか。」

淡々と目線を送る事もなく、夕雨に種族判別を求める。

 

「……なんでだよ。」

耐えられなかったクリフトは声を漏らした。

 

ピタリと止まる巨人。

 

「なんで、こんな惨状でも……そんなに冷静で居られるんだよ……っ!」

クリフトは睨みつける。

我が部長を。小さな体で全てを背負おうとする少年を。

 

ズシン……ズシン……

 

足音。

 

「……あ」

 

気付くのが遅かった。

 

巨人のターゲットが、

 

 

クリフトに切り替わっていた事に。

 

 

宙に浮く。

巨人はまるで、珍しい花を見つけたかのように。

 

 

笑った。

 

 

──シャッ

巨人の腕に僅かに傷が付く。

 

「馬鹿かお前はぁぁ!!」

 

飛び出した三条が手に式神を構え、宙をなぞる。

すると何匹も飛び出す鷹。

それらはクリフトを持ち上げる巨人の腕を啄むように攻撃する。

 

「これじゃ……軽い……っ」

虫を払うように鷹を地面に叩き落とす。

 

「クリフト、絶対動くんじゃねぇぞ!」

険しい表情で放つ声。

クリフトは唾を飲み込み、目配せで了解を表す。

 

──集中しろ。

「集え。」

式神を巨人に向けて、目を閉じる。

 

「──此処が我が怨念の道。集え、百鬼夜行[全てを喰らい尽くす怨念達よ。今、目覚めよ]!!」

 

三条の足元に紫に妖しく光る術式。

 

刺青のように刻まれた、彼の手の刻印もそれに連動するように毒々しい光が辺りを包む。

 

それを導とするかのように巨大な髑髏、蜘蛛、牛車、ありとあらゆるモノがゾロゾロと背後から現れる。

 

見るだけで寒気がするような異形達、それを指揮するように真っ直ぐと、巨人を見据えて燃える式神を握る三条。

 

「なぁ……。」

 

 

『恐ろしい力……。』

『きっとあの力で三条家は他の陰陽師を潰す気なのですわ。』

『貴様のせいで在らぬ誤解を招かれる。』

『出ていけ。』

『人に非ず。』

 

『この、化物め。』

 

 

──そう、俺は……。

 

「……化物同士、喧嘩しようぜ?」

 

異形達の中央、妖しく染まる紫の目。

男、いや、男の形を纏った『化物』は、刀を握る。

 

──人に非ず。

 

それはまるで、怨念の塊のようであった。



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第十五話 ただ求めた平穏は

ATTENTION
今回のお話では少々過激なグロ表現が含まれています。


『百鬼夜行が来た!逃げろ!』

 

泣き叫ぶ女子供、返り討ちに合う大人達、逃げ惑う人々。

そんな中、俺は一人、真っ直ぐ、百鬼夜行の目の前に歩み出す。

 

……そうだ、この時もだったよな。

怖くて、足が重くて。

けど、俺が行かなきゃ、俺が止めなきゃ。

俺はどんな魑魅魍魎をも式神に封じ、行使してきた。

それで、魑魅魍魎に襲われていた人々が平穏を取り戻せるなら。

それでいいと思えた。

 

ただ、ただ。

 

平穏を願っただけだった。

 

『あの三条の子供が百鬼夜行を式神に封じ込めたんですって!』

『鬼一匹ではなく百鬼夜行を!?』

『一体何を考えているの……そんなおぞましいものを式神に込めるなど……』

『きっと京を落すつもりなのですわ!恐ろしい!』

 

違う。

 

『あのような術士を産んだ女を出せ!』

『ごめんなさい、ごめんなさいね、大和。』

 

なぁ、

 

『貴様があのような化け物を産んだから!』

『どう落とし前つける気?』

 

止めてくれ。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい。』

『晒せ!晒し首だ!』

『恐ろしい怪物よ!』

 

俺は……どうすれば、良かったんだよ。

 

母は何処かに連れて行かれ、それ以降見た事は無い。

父は俺を家から追い出そうと必死だ。

 

そうか、俺は。

 

ハナから居なけりゃ良かったんだ。

 

・・・

 

大蜘蛛が糸を吐く。

巨大な髑髏達は巨人の腕を掴み、巨人は暴れる。

「どぅわあっ!」

振り落とされたクリフトと共に、巨人が集めていたであろう骨達が雪崩のように落ちる。

「うひぇっ!?」

「アルメリアはクリフトの救出。夕雨は骨の解析。」

「「はい。」」

黒咲から指示を受けたアルメリアは疾風のようにクリフトを骨の雨から攫い、夕雨は落ちてきた骨を一つ掴み、岩陰でそれを観察する。

 

……これで障害物は無くなった。

魑魅魍魎達で巨人を束縛する。

 

「嫌われ者らしく、殴り合いしようぜ?」

 

太刀を構え、地面を蹴る。

その時。

 

巨人は、叫んだ。

 

ピリピリと空気が揺れる。

その声に圧倒されていた、その時。

上から、圧が……。

 

「大和っ!!」

 

ガチリガチリと太刀が悲鳴を上げているのが分かる。

「まだ、まだ……だぁっ!」

一気に刀を振り、頭上にあった巨人の腕を押し退ける。

 

「うぅ、やっぱ見てて痛々しいや……。」

そうボヤくのは七草。

「しゃあねぇ。アイツの能力、式神経由型召喚術式はタイマンでやりあって、相手を跪かせなきゃなんねぇ。

それにより服従させる事の出来る術式……だが、分が悪いな。」

眉間に皺を寄せる黒咲に七草は頷いて返す。

 

巨人が腕を振るうと豪風と共に巨木にめり込む三条。

「……ってぇ。」

二、三本やられたか。激痛が稲妻の如く走る。

だが、退いてはならない。

負けてはならない。

宙に術式を浮かべ、再度魑魅魍魎に指示を起こす。

だが魑魅魍魎の存在に慣れてきた巨人は、意図も容易くそれを振りほどく。

 

「これ、やっぱり退いた方がいいんじゃないかな……。」

七草の震えた声。だが黒咲は眉一つ動かす事なく、ただ一点、三条を見ていた。

「十分経過。残り五十分だ。」

 

「これ……は、どう……だ!」

三条は口から大きな虫を吐き出し、巨人に投げつける。

「うぇっ……ゲホッ……おえっ……。」

蠱毒。

壺の中に数多の毒虫を入れ、最後に生き残った毒虫には怨念と強き毒があるという。

それを体内で行う。

そんなことをして生きていれたのは、今も昔も三条大和という男、ただ一人だ。

巨人に投げつけた虫が巨人の腕を刺す。

響く巨人の叫び声。

「五年分の熟成蠱毒の味はそんなに旨いか。」

 

息が、切れる。

だがここで倒れるわけにはいかない。

なけなしの力で地面に足を付け、三条は再び畳み掛けるように魑魅魍魎達を増やし、巨人を襲わせる。

 

「残り四十分。」

 

巨人は消耗している、だが跪こうとしない。

蜘蛛の糸が巨人に絡む。それでも尚、巨人は振りほどき、三条に手を伸ばす。

「……っが!」

首を掴まれた。

そのまま巨木に押し付けられる。

術式を展開し、数多の小鬼を喚ぶが、巨人はもろともしない。

三条は突き上げるように、巨人の手首に太刀を刺す。

突き上げる力も相まって、反動で巨人の手から逃れた三条。

着地と同時に再び術式展開、今度は巨大な蛇が何匹も地中から現れる。

蛇達は巨人に食らいつく。

だが寧ろ、腕についた蛇を鞭のように巨人は振るう。

ぶつかる三条。

地面にめり込み、立つのもやっとだ。

 

「ねぇ、隼もう止めようよ……。」

「残り三十分。」

七草の言葉を遮るように言い放つ。

 

三条は巨大な髑髏を再召喚、髑髏は食らいついた蛇を握り、巨人ごと巨木へと投げつける。

ズウゥゥゥン……

砂煙と振動。

だがまだ巨人は跪いていない。

巨人の振るった拳に髑髏は砕け、三条は吹き飛ぶ。

地面に二回、三回、バウンドしながらもめり込む少年の身体。

それに容赦なく足音は近づいた。

 

「この骨は……!」

骨の元である種族が判明したようで、夕雨はポツリと漏らす。

「分かったか?」

その骨の正体を聞こうとする黒咲。

だが、夕雨は眉間に皺を寄せている。

「えぇ、骨により判明しました。まず、この骨は───」

 

・・・

 

もう折れた本数も分からない。

意識も朦朧とする。

視界に映る緑は、植物なのか巨人なのかも分からない。

浮いた。

体が、浮いた。

あぁ、この緑、巨人か。

ならいいや。

「──此処が我が怨念の道。集え、百鬼夜行[全てを喰らい尽くす怨念達よ。今、晩餐の時だ]。」

数多の妖怪達が一匹の巨人に向けて放たれる。

 

「残り十分。」

「隼!もう無理だ!」

「だから何度も……」

「巨人の群れが接近してる!」

岩陰に隠れた一同は顔から血の気が引いた。

今、三条をあんなにズタボロにしている、あんな生き物が、複数……それも群れを成しているなど。

「さっきの巨人の声を聞いて駆けつけたんだよ!急いで逃げないと……。」

「群れがここに到着するまであと何分だ?」

「推定約五分……て、何をする気?」

黒咲は少し思考すると目線をクリフトに送る。

「クリフト、さっきの名誉挽回。行ってこい。」

「えぇ!?さっき死にかけたのに!?アレの群れを相手しろって鬼畜じゃない!?」

錯乱しているクリフト、前回の映像で見た光景や辺りの光景、そして自らもそうなりかけたのだから無理はない。

「相手しろなんざ言ってねぇよ。群れとアイツの合流時間をずらせ。それだけだ。」

クリフトはその言葉で命令の意図を把握した。

「……わかった、三条に借りたままなのも癪だからね。礼音、群れは何時の方向?」

唾を飲み込み、七草に尋ねる。

「十一時の方向、数は十五。到着まであと三分。」

「おっけ。」

それだけ言うと、三条が相手する巨人にバレないように木陰で立ち上がる。

余裕そうに返事をしたが足はガクガクと震えているのは全員分かっていた。

「護衛は……」

「連携ミスに繋がる。

一人で行くだろ?クリフト?」

半ば強制にも聞こえるこの言葉。

クリフトは引きつった笑みで返す。

「あぁ、こっち方面は単独の方が得意だし。」

分かりやすい程に震えた声、だが彼も副部長という看板を持つ者。黒咲お墨付きの戦闘員でもある。

「行ってくる。」

震えた口角。だが決して、黒咲のビジョンに彼の失敗などなかった。

 

・・・

 

目の前の緑色に見境なく召喚した魑魅魍魎で襲わせる。

さっき巨人の周りには死体とアイツらしかいなかった。

仮にアイツらに当たりそうになってもアイツらなら回避出来るだろう。

そんな信頼も含め、朦朧とする意識の中でも術式を展開し続けた。

巨人の声で鼓膜が破れたのか、音も殆ど拾えない。

どれ程時間が経過したのか、今出した妖怪は何か、それすらも分からない。

ただ分かることは一つ。

ここで手を緩めれば、自分の命がない事だけだ。

まぁ、自分の命がどうなるかなどどうでもいい。

問題は俺が死ねば次に狙われるのが仲間たちだという事。

それだけは、あってはならない。

何度も、何度も、術式を唱え、展開する。

これが効いてるのかすら分からない。

そんな中……、視界を白が覆う。

「タイムアップだ。」

聞こえない、見えない。

だが、この白は巨人ではない。

そうか、役割を終えたのか。

 

俺の意識は、そこで途切れた。

 

・・・

 

数分前、一人森の中を駆ける。

「っと、群れ発見……、え。」

木の隙間から群れの姿を捉えたクリフト。

その群れが持つモノにクリフトの目は奪われた。

「エルフ族……それもこのエルフ族って……。」

クリフトはこの地に訪れた事もなければ、エルフ族をそう何度も見た事もない。

ただ、杞憂であって欲しい。

そう思っただけだった。

「それより今捕まってるあのエルフ族……、まだ生きてる……!」

クリフトは魔法を展開する。

 

「幻影魔法……四方呼声。」

 

巨人達はピクリと反応、一斉に辺りを見渡す。

「よし、掛かった!」

巨人達に見えているのは幻覚、聞こえているものは全て幻聴、匂いも、肌にまとわりつく感覚も全てクリフトに支配された。

「今のうち……!」

クリフトは飛び出す。

あの捕まっていたエルフ族を救出する為に、木から飛び降り、その体を巨人の手から攫った。

 

「……ふぅ、大丈夫だっ……た。」

エルフ族を抱きかかえ、木陰に隠れて声をかけたクリフト。

 

だが返事はない。

クリフトが抱えていたソレは、

既に首は本来曲がらぬ方向に折れ、衣服や皮膚が中途半端に剥がされて、数匹の蠅が辺りを飛び回る。

 

──死体だった。

 

木々の隙間から、残っている皮膚や衣服を見て、生きていると信じたクリフト。

だが、今、腕の中にいるのは、あと数分早ければ、助けられたかもしれない命の抜け殻だけだった。

 

「……ぐっ、う……ぇ……。」

複数の生き物への干渉、それも五感の干渉魔術は並大抵の魔法使いの出来る事ではない。ゲート部所属の中でも指折りの魔法使い、クリフトだから出来る事。

だが、そんな優れた魔法使いでも魔力の限界がある。

魔力不足と、目の前の死体を見た事により、こみ上がった血が、口からポタポタと垂れる。

クリフトは口から垂れた血を、手で再度口の中に押し込み、死体に目をやる。

「……ごめんね、僕の仲間を守る為に……貰うよ。」

 

エルフ族は魔力を豊富に体内に持っており、肉、臓器にも多くの魔力が含まれる。

 

グチョリ

 

皮膚の剥がされた部分を引きちぎり、口に入れる。

噎せる。

吐き出しそうになるほどに不味い。

エルフ族であれど人肉だ。カニバリズムでもない限り、美味と感じる事は無いだろう。

 

「ごめんね、ごめんね……。」

ボロボロと涙を流しながら、肉を引きちぎっては口に入れ、吐き気を抑えながら飲み込む。

今、魔力を補うにはこれしか手段がなかった。

何度も何度も、嘔吐感を催しながら、喉に流し込む。

 

加食部分が無くなった死体。

「うぇ……けほっけほ……、ありがとう……。」

喉にせりあがってくるモノを抑えながら、残る皮膚部分を優しく撫でる。

「僕は君に何もしてあげられないけど……無駄にはしないから。」

近くの花を摘み、死体の胸部に預ける。

「ありがとう……、行ってくる。」

 

クリフトは歩き出した、幻覚魔法をかけたまま、仲間たちの元へ合流に向かって行った。

名の知らぬエルフ族の命を無駄にせぬよう。

その命を背負い、クリフトは強く地面を蹴った。

 

・・・

 

「タイムアップだ。」

純白の翼が三条と巨人の視界を奪う。

意識を失った三条は、黒咲の腕の中でカクリと倒れ込む。

それと連動するように消えていく式神から現れた妖怪達。

黒咲は弱りかけた巨人の手を蹴り上げ、三条を確保すると、空高く飛ぶ。

巨人は残り僅かな力で大きく振りかぶる。

 

「──幻影魔法、四方呼声!」

 

よく通る声、その声に囚われたかのように、巨人は辺りを見渡しては何も無い方向に振りかぶる。

「クリフト、時間稼ぎありがとな。」

「そりゃ僕に言う事じゃないさ。」

クリフトの返しに疑問を持つ黒咲。

「夕雨、生態の記録は出来たな?」

「……あぁ、問題なく。」

黒咲はふわりと地面に足を付けると、純白の翼は何処かに消え去った。

「んじゃ、逃げるか。」

「え!?あれだけ削ったのに!?今が絶好のチャンスじゃないの?」

黒咲の出した結論に異論を唱える七草。

「この面子で何が出来るかつーの。それに……クリフト、お前魔力切れ近いだろ?」

その言葉にビクリと反応する。

図星だ。

現に今、合計十六の巨人の五感を奪い、幻覚を見せている。

その魔力消費量は生半可なものではなかった。

 

「クリフトの魔力切れが来る前に撤退。

ゲートを探す。んで、ここが何処なのか、データベースの確認は夕雨、頼んだ。

データベースがあれば、ゲート位置も分かるからな。」

そう指示をする中、横目でクリフトの様子を見る。

「七草は周囲の状況把握、異変があれば直ぐに俺に報告。

あと、アルメリアはクリフトを運んでくれ。コイツ魔力切れ寸前でろくに歩けそうにねぇからな。」

その言葉を聞くと、「バレてましたか」と言わんばかりに頬をかく。

 

「此処が何処なのか、データベースは見つかっているのです。」

夕雨の言葉に顔を向けた黒咲。

 

「此処はA-762。エルフ族の生息する世界であり……西校の黒瀬遼さんの出身世界です。」

沈黙がその場を支配した。

「ゲートはこの先の森の中の集落にあります。

この世界には伝承などもありますが、一先ずはクリフトさんの魔力切れを防ぐ為、この村に向かいましょう。」

一同は頷き、夕雨の言う通りに歩み出す。

 

・・・

 

西校ゲート部部室。

そこにはホットミルクを片手に、J-015の巨人の情報をチェックする遼の姿があった。

「あらァ?相変わらず仕事熱心ね、遼チャン。」

ひょっこりと遼の横から資料を覗き込む大柄な銀髪の男。

「ジルパイセン、人の見てる資料を覗き込むのは止めて貰えるっスか。生徒指導課呼ぶっスよ。」

「ジルちゃん♡って呼んでって言ってるでしょお〜?あと生徒指導課呼ばれちゃったら在らぬ誤解を招いちゃうわァ。」

体躯に似合わない口調。だが部室の誰もが慣れた様子で、そこに口を出す者はいない。

「それで……どぉしちゃったのぉ?J-015の資料なんて見ちゃって。何か気になる事あったワケ?」

遼は「抜け目無いっスね……。」と呟きながら、銀髪の男、ジルヴェスターに言葉を返した。

「俺の世界には頻繁に巨人が来ては、俺達エルフ族を虐殺してたんだ。……んで、その巨人とコイツは関係あんのかなって。」

ジルヴェスターは真剣な表情でそれを聞く。

「巨人種ってわりと多いものねェ。

それで、会ったらどうするつもりなの?」

その言葉に、当たり前の事を言わせるなと言わんばかりに目を見開く。

「そんなの、殲滅するに決まってるだろ?

この世界でより多くの武器を身につけて、俺の世界を壊す巨人を倒す。

それが俺が此処にいる理由だからな。」

誇らしげに語る少年。

その表情が、彼の想いを表現しているようだった。

 

・・・

 

A-762

森の中の集落。

 

「ここ、ホントに人が住んでた所だよね?」

「厳密にはエルフ族だが、そうだな。」

 

大きな足跡で踏み潰された作物。

蠅が集る皮膚の残骸達。

静寂に蠅の羽ばたく音が聞こえるだけ。

皮膚の残骸以外、何も残されていないその場所。

「誰か、居ませんかー!お願いです!誰か、生きていれば返事を……っ!」

アルメリアが精一杯声を張る。

「七草さん……」

「……返答は、無いね。」

今にも泣き出しそうなアルメリア。

「そんな……誰か、誰か……っ!」

アルメリアの必死な声に一同は顔を伏せる。

「返答どころか……」

生命の息吹すら、何処にもない。

それは七草が言わずとも分かりきった事だった。

「……三条とクリフトを優先する。ゲートから帰還するぞ。」

呼びかけるアルメリアから顔を背け、データベースにあったゲートのある方向へと顔を向ける。

その時、彼はどんな顔をしていたのか。

誰も分かりはしなかった。

 

・・・

 

普段はあまりじっくりとは読まない本を睨みつけるように読む。

「千利、なんか珍しい事してるね?お茶会の本だなんて。」

同じ孤児院で暮らす凛花は、その様子を見ながら珈琲を二人分、厨房から運んできた。

「あ、凛花ちゃん。ありがと。……先輩にお茶会はどう?……って誘われちゃって。」

凛花から珈琲を受け取ると苦笑いを零す。

「同じ部活の先輩ばっかりだし、無礼のないように予習しようと思って……。」

「お茶会ってそんな気を張るものじゃないと思うけど……あー、でも千利制服で行きそうだよね。」

「え、制服は生徒である私達の正装じゃ……」

「言うと思った〜。もっとラフな格好でいいの。そんなビビるような物でもないし、お茶会とか。……てかいいなー!お茶会!私も行きたーい!」

駄々を捏ねるように体を伸ばす凛花。

「そう……なのかな。」

でも確かに、お茶会に誘われたアルメリア先輩は嬉しそうだった。

「何だか凛花もそんなに羨ましがってると、行くの楽しみになってきた。お茶会。」

凛花の姿に私は思わず笑う。

「ぜーったい楽しいやつだしー!いいなぁー」

二人で語らう。

 

……楽しみだな、お茶会。

こんなに楽しみだと思った事は、あまりなかったかもしれない。

 

・・・

 

「重症患者二名、クリフト・ドラグは魔力切れによる疲労。

三条大和は戦闘による重体、九箇所の骨折に鼓膜破損、また貧血意識不明。

両者共に意識は未だ戻らないが、命に別状は無し。」

A-000到着直ぐに医療室に運ばれた二人。

医療室からの報告を告げる黒咲。

残る夕雨、七草、アルメリアの計四人が集まる部室は嫌な程に静まり返っていた。

泣き出しそうなアルメリアを宥める七草。

無理もない。

地獄のような光景を目にしても尚、何一つ救えなかったのだ。

「俺はサジューロに提出する報告書の作成の為、先に帰る。夕雨もあの巨人の生態と本件の報告書、頼んだ。」

夕雨は晴れない顔をしながら頷く。

その頷きは酷く重かった。

それを横目に黒咲は部室から立ち去る。

冷たい空気の中、三人だけが取り残された。

 

「もっと早くにあの場所に行ってれば……エルフ族のみんなは……無事だったのかな。」

震えるアルメリアの声。

返す言葉など思いつかない。

「勝てなくても……守れたのかな……。」

いいや、どれだけ足掻いたとて、この六人では人命を守る事など出来なかっただろう。

そんな事は、嘆くアルメリアも分かりきっていた。

 

重い沈黙は、苦しみだけを与え、流れ続けた。

 

・・・

 

深夜。

端末に着信が入る。

「何っスか、こっちは今、巨人種を調べるのに忙し……。」

遼は気だるげに端末を開く。

「……は?」

手からコップが落ちる、落ちる。

そして足元で悲鳴の如く、割れる音が響くが、それすらも耳に入らない程、端末の示す内容に食い入る遼。

 

あの緑の巨人種に、故郷が襲われた。

 

……ただ、夜の静かな書庫に、声にもならない声が転がり落ちた。



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第十六話 黒の試練

A-762調査記録。

記録担当者、西蓮寺頼人。

 

調査員

・サジューロ・ネサンジェータ

・ディリーノ・ネサンジェータ

・西蓮寺頼人

・東峰鶯

・叶・鈴春

・黒咲隼

以上六名。

 

上陸。

 

辺りは一面森のような場所。

抗生物質の調査により、この地を新たな土地として、『A-762』と記載する。

 

観測可能範囲全体は森となっており、文明があるのであろう集落も発見された。

メンバーはその集落へと向かった。

 

 

意思疎通可能な人型種を発見。

 

厳密にはエルフ族と思われる。耳が尖り、通常の人型種よりもやや小柄。

 

当生命体を『A-762エルフ種』と呼称する。

 

 

A-762エルフ種の集落の長と思われる生命体を発見。交渉は成立。

A-762の歴史を知る事に成功。

以下、エルフ種によるA-762の歴史を記録する。

 

『その昔、神がこの世界に現れた。

深緑の髪に黄金の瞳をした、それは美しい神であった。

 

神は我々を創り出した。

 

我々は神の遣いとして、創られたのであった。

神はこの世界を守っておられた。

 

我々は神の為、年に一度、集落の子を納め、神との関係を築き続けた。

 

だが、ある時。

集落の者が家族を殺めてしまった。

神はそれを知り、我々を見捨てた。

 

神に守られていたこの世界は、神の手から離れてしまった。』

 

謎の巨大な生き物が数多の集落の民を貪り食われるようになったのは、神に捨てられてからの事だと言う。

 

今までは神に守られていたのだ。

だが、幾ら祈れど神はお戻りになられない。

 

故に我々は巨大な生き物から身を守るべく、現在はその巨大な生き物の生態を研究している。

 

 

以上。

 

長との会談後、我々の噂を聞きつけてか、集落の子供が一人、木の棒を持ち、現れた。

 

我々はA-762にはない進化した文明を持っているのだと彼は考察し、我々ゲート研究プロジェクトチームに加わりたいと言う。

 

隼が持ちかけ、その少年のチーム加入テストを行い、少年はクリアすると断言してみせた。

 

それに伴い、我々は少年の加入の為、再度集落の長に加え、少年の両親と思われるエルフ種に、本人の意志を交えながら交渉を行った。

 

交渉成立。

 

少年の名はエルフ言語であり、人間には発音出来ない音が多く使われていた為、鶯が少年に『黒瀬遼』と名付けた。

 

 

『A-762』の記録及び収穫の報告書は以上とする。

 

黒瀬遼、ゲート研究プロジェクトチーム加入申請書。

記入者、西蓮寺頼人。

 

上記の者のプロジェクトチーム加入を申請する。

 

申請受理、サジューロ・ネサンジェータ。

 

・・・

 

ピロロロロロ……

 

「……あ?」

 

端末が鳴る。

それを開けると、一通の申請書が届いていた。

 

「……あぁ、遼か。」

 

予想通りの申請内容にため息をつく。

 

「あっちもこっちも……慌ただしいもんだ。」

 

返信は朝八時から夜八時までと決めている為、画面を閉じる。

 

 

今は平等な眠りの時。

力を使い果て眠る者にも、無き故郷を想う者にも与えられた。平等な夜。

 

ベッドに倒れ込んだ少年は一人、ただ声を押し殺した。

 

・・・

 

北校の廊下がザワつく。

 

小等生と思われる、西校からの来訪者に戸惑う声で辺りは賑わった。

 

「千利ー!こっちこっち!ここ見える絶好の場所だよ!」

 

私はこのような野次馬には興味はないが、凛花に引かれ、窓から反対側の廊下を見る。

 

「あ!一瞬見えた!あの小さい子、一人で西校からここまで来たんだって。」

 

凛花が指さしたその先に居たのは……。

 

「黒瀬……くん?」

 

西校ゲート部副部長の遼。

 

襟足の長い黒髪、凛々しい歩き方、そしてその右手にはゲート部の羽織を畳んで持っている。

 

間違いない。彼は遼だ。

 

私は窓に手をかけ、飛び出した。

 

「ちょっ……千利!?」

「凛花ちゃん、午後のホームルームは体調不良で欠席するって、モルヴィドル先生に言っておいて!」

 

そう言うと近くの木に捕まり、最短ルートで遼の元へと向かう。

 

「……だぁって、先生。」

ため息をついた凛花は背後にいる茶髪の男に目線を送った。

 

「あはは……、一応そう付けとこっか。凄く元気そうだけど。」

 

背後で物事の終始を見ていた男、千利らの担任のモルヴィドルは困ったように笑うと、ホームルームの支度へと戻った。

 

・・・

 

ブーツの靴音を鳴らし、小等生とは思えぬ圧倒的な空気を醸し出しながら歩く遼。

 

「黒瀬……副部長!」

 

ガラッと窓が大きな音を立てて開くと同時に、千利がそこから姿を現す。

その声と騒音に気付いた遼は足を止め、千利の方へと向きかえった。

 

「別にいいッスよ、そんな畏まらなくても。」

 

遼が足を止めた事に安堵し、廊下に降り立つと、衣服についた汚れを軽く払う。

 

「じゃあ……えっと、黒瀬、くん?」

「あー、そんぐらいが丁度いいッス。んで、なんの用ッスか?」

 

そう訊ねて来ると、遼は再び歩き出す。

 

「まだホームルームも終わってない時間に、一人で来るって……黒瀬くんに何かあったのかな……と思いまして。」

「あー、だから敬語いいって。あと俺は小等ッスから曜日によっちゃ中等よりも早く終わるんッスよ。」

 

だからと言って何故ここに……?

 

そう訊ねる前に目的地に着いたようで足を止める。

「医療……室?」

 

疑問は消えないまま、遼はノックの後、医療室の扉を開ける。

 

 

「……っあ。」

 

そこに居たのはベッドに座るクリフト、横の椅子に足を組んで座る黒咲部長、そして奥にはカーテンが閉め切られたベッドがあった。

 

「クリフト先輩……何が……?」

その傷だらけの姿に声が震えた。

 

そんな中、遼は足を踏み込み、黒咲部長の胸ぐらを掴んだ。

それでも黒咲部長は表情を変えない。

 

「何の用だ。」

「……っ!」

 

ぶっきらぼうなその言葉に遼は眉間に深く皺を刻む。

 

「なんで…………っなんで!なんでその世界の生物の生存確認を怠ったんスか!」

 

黒咲部長は遼の顔を見たまま黙る。

その後ろでクリフトは顔を伏せ、呪文かのように、か細い声で「ごめんなさい」を繰り返す。

 

「なんで……、降り立った世界が何処だとか……生息生物とか、直ぐに調べなかったんスか!?」

「僕が守れなかったんだ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」

 

黙り込む黒咲部長をフォローするように、絞り出した声で遼に訴えかけるクリフト。

 

 

「お前は黙って安静にしてろ、クリフト。」

 

黙り込んでいた、黒咲部長の第一声がそれだった。

 

「遼、言いたい事はそんだけか?

なら出て行け。こちとら怪我人を安静にさせなきゃなんねぇんだよ。」

 

火に油を注ぐような発言、そこへ更に追い討ちをかけるように言葉を吐き捨てる。

 

「俺らは任務を遂行しただけだ。『J-015巨人種の生態調査、又は捕獲』。捕獲こそ逃したが生態調査は完了。副部長ならその資料ぐらい届いてんだろ。ちゃんと見ろよ。」

 

「違う!!!!」

 

声を荒らげる遼。医務員達が止めに入ろうとするが、その圧力に負けて足が竦んでいるようだ。

 

「まず俺らのする事は踏み入れた世界を把握、及び最小限の被害に抑え、任務を遂行する事じゃないんスか……?

なのに、なんで、なんでこうなるんスか!?

踏み入れた世界を把握してれば他の住民がいる事も分かったハズ!なのに……なんで……っ!」

 

力いっぱいに黒咲部長の胸ぐらを握る遼の手や肩は震えていた。

 

「俺らが把握できた時点での巨人種の数は十六だった。」

「だから何だって……」

 

「だが、三条はそのうちのたった一匹とやり合って未だ意識不明。クリフトは一時的に把握出来た巨人種全ての動きを封じた。」

 

淡々と黒咲部長は結論を述べていく。

 

「だがクリフトも魔力切れでさっきまで意識不明、ようやく意識が帰ってきたと思ったらテメェが騒いだせいでこの有様だ。」

 

クリフトに目を移す。

 

ベッドの上で三角座りをし、膝の上に顔を埋め、手を震えながらも握り、焦点の合わない目で「ごめんなさい」をただ繰り返す。

 

息も切れ切れでいつ酸欠になってもおかしくはないだろう。

 

「遼、テメェは医療室から出て行け。

んでもって頭冷やせ。」

 

だがその言葉とは反比例し、遼の熱が更に上がっていく。

 

「患者を言い訳に自分は責任から逃げるんスか?あぁ!大層なご身分ッスねぇ!

俺は何で周りの命に目をやれなかったかっつってんっスよ!責任者として、何でそこまで視野を広げられなかったのかって!聞いてんスよ!!」

 

遼は黒咲部長を大きく揺さぶる。

それでも黒咲部長の表情はピクリとも動かない。

 

「お前の存在が俺の部員の体調状態に異常をきたしてるから出ていけっつってんだよ。周りを見てねぇのはお前だろ。」

 

変わらぬ表情で遼を見下ろす。

それに更なる苛立ちを覚える遼に対し、黒咲部長はポツリと呟いた。

 

「……最善は尽くした。だが結果はこうなった。それだけだ。」

 

プツリと糸が切れる音がした。

 

目を見開き、大きく振りかぶる遼。

 

それは殺意が込められたかのように、鋭い目で、右手を握りしめ、勢いよく振った。

 

当たる……っ!

 

変わらぬ表情をしていた黒咲部長も、

横で今にも泣きそうなクリフトも、

反射的に目を閉じた私も、

 

そう確信した。

 

「おいおい、流石に喧嘩は他所でやってくれ。」

 

遼の腕を背後から止めたのはサジューロ。

 

「……家族だからつって肩入れッスか。俺の家族を殺した、コイツを……!」

 

私は状況が理解できないまま立ち尽くす。

 

「肩入れじゃねぇよ、暴力沙汰は目に余るっての。

遼、お前は俺と共に俺の研究室に来なさい。これは顧問命令だから絶対だ。分かったな?」

 

遼は眉間に皺を寄せたまま、ギリリと歯を鳴らす。

 

「あの、私も行っていいですか。状況が……理解出来なくて……。」

 

私は恐る恐る手を上げた。

するとサジューロは何時ものような冗談っぽい笑みをこちらに向ける。

 

「あぁ、構わんさ。どの道、北校のメンバー全員に伝達しなきゃなんねぇからな。じゃあ一緒に来なさい。」

 

私は「はい!」と返事をし、医療室から出るサジューロを追いかける。

 

 

静かになった医療室。

 

「隼……。」

「何だ。」

 

「ごめんなさい……。」

「何がだ。」

 

「僕……エルフ族の子……守れ、なかった……。」

「……そうか。」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、全部僕の失態です。」

「お前は巨人に捕まる以外の失態はしてねぇよ。」

 

……そう、俺は巨人と共にゲートに飛び込み、巨人を追った時、確かにその世界の生命体の存在を考慮しなかった。

 

零れ落ちた骨から夕雨に鑑定を任せたが、肝心の他者の命という面において、俺は何も考慮していなかった。

 

ただ、『味方の全員生存』だけを見ていた。

辿り着いた時にはもう既に見つけた先住民は死んでいたから。

 

そんなものは理由にもならない事を理解している。

 

紛れもない、俺の失態だ。

 

後から気付いて取り戻そうとしても全てが手遅れだった。気付くのが遅かった。

それに……

 

あれに立ち向かうには、俺達は弱過ぎた。

 

懺悔に囚われるクリフトに「大丈夫」と繰り返す。

 

そう、全ては俺の失態だから。

 

 

全責任を背負うのは、この俺だから。

 

・・・

 

「飲み物、何がいい。

えーと、酒と……酒と……酒と……あ、ブラック珈琲あるわ。……後は、うーん……。」

 

研究室に入るなり冷蔵庫を漁り出すサジューロ。

 

「とりあえず二人とも座りな。飲み物無かったし、水で我慢してくれ。」

 

案内される通り、椅子に座る私と遼。

そんな私達の前に氷の入った水を出す。

 

「まずは状況の把握だよな。

まだ調査発表会じゃねぇけど、映像流すぞ。」

 

サジューロはリモコンで操作し、プロジェクターに遼が問題を訴えた調査の調査映像を流した。

 

…………

 

映像が全て終わった。

 

膝に置いた手を震わす遼。

サジューロはプツリと画面を消す。

 

「こんな訳だ、状況は把握出来たか?」

 

クリフトと、カーテンの先に居たのは重体の三条だという事は分かった。

 

だが、分からない事が一つ。

 

何故『たかがこんな事』で遼は取り乱しているのか。

 

映像で分かる通り、沢山原住民、遼と同種族の者達が巨人によって無惨な姿にされていた。

遼が言うにはその中に、家族の残骸もあったそうだ。

 

だが、『それだけに過ぎない』。

しかし隣りでは未だ、遼は震えている。

 

正直意味が分からない。

 

何故『その程度の事』で、あのような態度を取ったのか、未だ腑に落ちない表情を浮かべているのか。

 

全くもって理解できない。

 

「そうか……家族も映像に映ってたか。」

 

しんみりとした空気。一体二人は何を思っているのだろうか。

 

「俺は……一族を守る為に……、最先端の技術のある……ここに来たのに……。こんなの、こんなの。」

 

そう声を震わす遼を宥めるようにサジューロが頭を撫でる。

 

「一族とか何とか言ってるが……本当に守りたかったのは……

家族だろ?」

 

その言葉に遼は目を見開く。

 

「守ってやりたかったんだろ。大事な家族。」

 

優しく言の葉を紡ぐサジューロ。

それに震えながらも頷く遼。

 

私には理解が出来ない。

 

先程から何度も二人が口にする『家族』。

ソレにどれ程の価値があるのか。

 

私には無価値とも思えるソレを大事そうに抱える二人の心境が理解出来なかった。

 

「理不尽だったよな。でもコイツらも最善の行動を取ってた。」

 

確かに、映像を見ている限り、黒咲部長の指示には一切の無駄はなく、任務をしっかりとこなしていた。

 

正に非の打ち所もない働きぶりと言えるだろう。

 

「だからさ、変に理屈捏ねてアイツらに殴りかかんな。」

 

サジューロは遼を撫でる手を止めない。

 

「じゃあ……俺は……俺は……」

「全部飲み込もうとしなくていい。思いっきり泣いて、全部吐き出してしまえ。」

 

その言葉を待っていたかのように、遼の目から大粒の雫が落ちる。

 

「あ……うあ……、」

「止めなくていい。そう、ゆっくり吐き出せ。」

「う、うあぁぁぁ……っ。おれは、かぞくを……しんゆうを……っ、みんなを、まもりたかったのに……っ!」

 

ボロボロと泣き始める遼。

それをゆっくりと宥めるサジューロ。

 

私は、何を見せられているのかよく分からなかった。

 

幼い子はよく泣くという。

きっと遼は幼いから泣いているのだろう。

 

それ以外、私の脳内では泣いている理由は見つからなかった。

 

あぁ

 

狡いな。

 

一瞬脳裏に過ぎった感情。

だが、それの意味も、私には分かりはしなかった。

 

・・・

 

医療室に響くノック音。

 

「ッチ、ようやくグズり虫の寝かしつけが終わったってのに、誰だよ。」

舌打ちをしながら黒咲は立ち上がる。

 

それと同時に開く扉。

 

「失礼するわぁ……、あら、あっらぁ〜、ハヤチャン〜!こんな所で会えるなんて思ってもいなかったわぁ〜!」

 

大きな体躯と同時に現れた低い声、馴れ馴れしい口調の、無駄に長い銀髪を無駄に体と共に揺らしクネクネと動かす大男。

 

「ジル、静かに、誰か寝てるかもしれねえだろ?……よう隼、邪魔するぞ。」

 

その後ろから大男に釘をさし、静かに医療室へと踏み込む黒髪の青年。

 

黒咲はその二人を知っているようで、ため息をつくと、ベッドの脇にある椅子にどかりと座り直す。

 

ベッドには目を閉じた黄緑の髪の少年、クリフトが何処か苦しそうな表情で眠る様子を、二人は確かに目に焼き付けた。

 

「西のジルヴェスターと未弦か。

迷子のガキの迎えならサジューロの研究室に行け。ガキならそっちに居る。

さっきここでウチのと揉めて連れてかれたからな。此処には居ねぇぞ。」

 

そう言い切ると、手で追い払うような仕草を見せる。

 

クリフトの眠るベッドの横にはカーテンでキッチリと閉められたベッドが一つ、まるで植物を無理矢理生かすような、そんな医療機器の電子音がカーテンの向こう側から聞こえてくる。

 

「お宅のガキがウチのを泣かしてな。連れて帰るついでに説教入れとけ。」

 

顔を逸らす黒咲、電子音とクリフトの吐息だけが聞こえる医療室。

 

その有様にジルヴェスターは憂うような表情を、未弦は苦虫を噛んだような表情を見せる。

 

「えぇ、善処するわ。ありがと、ハヤちゃん。……野暮な事を聞くけど、二人の病状に毒は無いわよね?」

 

二人、クリフトと、その隣のベッドで眠る、西校の二人には誰か分からぬ者の事だろう。

 

「クリフトは魔力枯渇。あっちは複数骨折、及び貧血その他諸々による意識不明。両方毒は無い。んだけか?」

 

さっさと帰れと言わんばかりの黒咲。

ジルヴェスターがあまりに騒がしく不快なのだろう。

 

「あらぁ、それならアタシから出来ることは無いわね。」

 

ジルヴェスターの言葉に何か引っかかったのか、未弦は間をあけてから口を開く。

 

「……そうかい。……うちのが迷惑掛けて、本当に済まなかった。また今度、改めて謝罪に来るよ。……それじゃあ。」

「そうね、また会いに来るわぁ。じゃあね、ハヤちゃん。」

 

そう残しブーツを鳴らして医務室を立ち去る二人。

 

残された黒咲は大きくため息をつく。

 

「ったく、愛されたモンだな。」

 

吐息だけが残る医務室でポツリと呟く。

 

「俺も……いいや、高望みだな。はは、疲れてんのか?」

 

そんな事をボヤきながらも壁にもたれかかる。

青く長い睫毛を落とし、ため息は静かな寝息に変わる。

 

ゲートから帰還後、一睡もしなかった黒咲は、二人の生存の安心と、己の罪を抱えて眠りに落ちた。

 

・・・

 

東校部室。

 

端末からの情報に憂うような表情を見せる者が一人。

 

「こんにゃちあ!にゃにょです!」

部室に元気よく駆け込んだ桃色の髪の部員と思われる人物。

 

「あら、モモちゃん。ふふ、こんにちは。」

端末を机に置くと桃色の部員に微笑みかけるこの部の長、鶯。

 

モモと呼ばれた部員は嬉しそうに跳ねて鶯に近づく。

 

「部長さんはにゃにを見てたにょです?暗い顔をしてみゃしたよ?」

 

心配そうに鶯の顔色を伺う。鶯はその言葉で端末の内容を思い出し、顔を曇らせた。

 

「そうね……これは部長から部員に伝えなければいけない事だから……聞いてくれるかしら?」

 

そう鶯に尋ねられると「うにゃ!」と声を出し頷いた。

 

「そういえびゃ、ヴァシリオスにゃんは体調悪くて水槽にいるらしいにゃ、ヴァシリオスにゃんににゃ、みょみょが伝えておくにゃ!」

 

舌足らずなモモに心做しか微笑みが戻る。

 

「ありがとう、モモちゃん」

ぞろぞろと生徒が集まり始める

 

「それじゃあ始めましょう。」

 

…………

 

部員も集まり、端末の連絡事項を全て話した。

その先には、沈黙が続くばかりであった。

 

「ふにゃあぁ……」

「暗い話になっちゃったわね……現在、北校のクリフト・ドラグは意識は取り戻したものの錯乱状態。三条大和は意識不明の重体だそうよ。」

 

その現実が更に空気を重くする。

 

「酷い損害……やっぱりあの巨人に立ち向かうなんて無理な話なんじゃ……」

「何を言うか!相楽夜千!敵無しでなくてはこの世界を守れぬぞ!」

「それもそうなんだけど……」

 

ヴィシーに夜千と呼ばれた少女は考え込む仕草を見せる。

 

「映像はねぇのか?緊急事態なら送られてもおかしくねぇハズだが。」

「それは今週の会議で配布されるそうよ。何せ副部長への損害が大きくて緊急会議も開けないそうなの。ごめんなさいね、リアム。」

 

質問をした赤髪の青年、リアムはそう返されるとため息を零す。

 

「しかし、ゲート研究部最強の魔法使いである、あのクリフト・ドラグが魔力枯渇になるとは……戦績は確かだが相楽夜千の言う通り損傷が大き過ぎる。黒咲隼の采配だ。抜かりはなかったが故に死亡者こそ出ては居ないが……、この損傷は部員数が多い北校でも相当の痛手だろう。」

 

壁にもたれ、考え込むヴィシー。

 

「天才的魔法使いなら此処にいるんですけどぉ」

「ええい!騒がしいぞ!リアム・ロード!貴様は攻撃特化、クリフト・ドラグは総合的魔術に置いてのゲート研究部最強の魔法使いだ!攻撃しか考えられぬ貴様とは格が違うわ!」

「んなの言われちゃ継承遺伝子の問題、としか言えねぇな。」

 

不服そうなリアム。それを薄く笑って見つめる鶯。

だがその笑みは少し固い。

 

「遼くん……大丈夫かしら……。」

 

鶯は部員の会話に相槌を打ちながらも遠くの事を考えるかのように、どこか目線はズレていた。

 

・・・

 

「ぼくは……!みんなを……かぞくを!あのいまいましいきょじんから、まもりたいんです!」

 

あの場所で出会った無垢な瞳の少年。

 

私は、彼に同情をしてしまった。

 

頼人はどう考えていたかは分からない、けれど少年の受け入れには賛成をしていた。

 

ただ一人、隼を除けば。

 

隼は少年の言葉に首を縦に振らなかった。

 

「俺らに着いてきて、俺らの文明から情報抜き取って、ンなもんで何かが守れると思うか?

頭だけでは何も守れやしない。

ましては守るべき故郷を離れてまで守りたいなんざ、とんだ矛盾だな。

その場に居なけりゃ、何も守れやしないのによ。」

 

彼の想いも本物ではあったが、隼の理屈も間違っていた訳ではなかった。

 

「でも……このまま……みんなたべられるなんていやだ!ぼくは、たたかえる……ちからがほしい……。

まもれる、ちからが……。」

 

少年の言葉にため息をつく隼。

 

「第一ガキのおもりなんざやりたくもねぇっての……。」

 

それでも……!と引き下がらない少年に私達は同情する中、隼は舌打ちをした。

「うっせ、テメェの主観なんぞ聞きたくもねぇ。ンなもんで同情煽って近付くな。気色悪い。」

 

止めようとする頼人を隼は静止させる。

 

 

「実力を見せろ。話はそれからだ。」

 

そうして隼が与えた試練、それは今尚続く。

 

・・・

 

研究室にノックが響く。

「遼チャン〜、迎えに来たわよぉ。」

そこに現れたのは見慣れない来訪者だった。

 

「……帰るぞ、遼。」

 

遼の涙に気付いた二人は、不思議な事に静かになった。

 

迎えに来た二人に気付き、涙を止めた遼はゆっくりと口を開く。

 

「例え味方が、守りたい者が人質となっても……絶対に感情的になってはいけない……。」

 

唐突に口にするその言葉と彼の言動には不一致な点が多く見られた。

 

「あら、遼ちゃん。なぁに?それ。」

「試練の内容……黒咲パイセンが俺に与えた。」

 

成程、と理解した。

 

先の言葉が黒咲部長の言葉なら、その心意気を貫く彼らしいと言えるだろう。

私はその思想に賛同の気持ちを持った。

 

だが遼は違った。

 

「でも、そんなの……やっぱり、違う。」

 

彼の言葉に疑問を覚えた。

 

「何が違うのでしょうか?感情は時に正確な判断を邪魔します。」

 

そう聞いてみた時、遼もサジューロも、そして遼を迎えに来た来訪者も、どうしてあんな顔をしたのだろう。

 

「感情に振り回されるのは確かに判断を鈍らせる……けど、感情を押し殺すのは違う……!失った物を悲しむ気持ちを捨てるのは違う!俺は……っ!この試練の、俺の解答はっ!!」

 

遼が手にした紙を見て黒髪の方の来訪者が戸惑ったような表情を見せる。

 

「お前……それは……!」

その紙は出撃申請書。

 

行先は……既に記入されていた。

 

「ふふ、それでこそ我が副部長。よぉし、未弦チャン。やるわよぉ〜!」

「おい、ジル!……遼も一体なんだってそんな無茶な事を!」

 

上機嫌なおネエ口調の、ジルと呼ばれた男と対照的に、未弦と呼ばれた彼は感情的に言葉を宙に殴り書く。

 

「今のお前じゃ無駄死にするぞ、それでも良いって言うのかよ?!」

 

襲われたばかりの場所、それ即ちまだ巨人が居る可能性も大きい。

 

「確かに無駄死にするかも知れない、そんなの百も承知っスよ。」

 

それでも、遼は足を止めない。

 

「俺は行く。俺は故郷を守る為に、此処に来たのだから。」

 

その瞳は潤んだまま。

 

だが、光を灯した瞳は真っ直ぐと、ただ一点を見据えた。

 

・・・

 

「A-762再出撃申請。申請者、黒瀬遼。出撃メンバーは、部長、西蓮寺頼人さん。

副部長、黒瀬遼さん。

ジルヴェスター・フォン・アインホルンさん。

駒凪未弦さん。

揺木ミズハさん。

そして自分、霧更珠鳴の六名です。」

 

人数が僅かしか居ない西校のゲート部部室。

 

そこには西蓮寺、霧更、そしてミズハと呼ばれた周りと比較して歳若い少女が西蓮寺の隣りに座る、そしてもう一人の緑髪の少年、この四人のみが部屋に集まっていた。

 

「あれぇ〜ボクは今日お休みぃ?」

「はい、本日部長さんに届いたメッセージ内にはパルさんの名前はありませんでした。」

緑髪の少年をパルと呼ぶ霧更。

 

「珠鳴クン了解〜。一緒に行けないのは寂しいけどぉ、面白い話待ってるねぇ。」

 

あまりにも空気を読まないパルの発言。

だがこの西校ではこれも日常茶飯事であった。

 

「で……でも、どうして、私……なんだろう。」

困惑の様子を見せたミズハ。に霧更は仮説を立てる。

 

「自分には分かりかねない事ですが、恐らく副部長はミズハさんの見える物、に着目したのかと。」

 

そんな会話の中、部室に三人新たに入ってきた。

 

「……あ、遼さん、ジルさん、未弦さん。おかえりなさい。」

パタパタと三人に寄っていくミズハ。

 

「あ、ジルクンに未弦クンおかえり〜、遼クン捕まえられたんだぁ。アハっ、林檎みたいに顔真っ赤ぁ〜。」

 

泣きじゃくったのが見え透く程に赤い顔をパルは笑う。それに遼はむくれるように怒る。

 

「こらこら、喧嘩しないの。」

 

よしよしとミズハを撫でながらパルと遼に注意を呼びかけるジルヴェスター。

 

「…………」

 

そんな中、苦汁を噛んだように苦しそうな表情の未弦。

彼はそんな表情のままジルヴェスター達を横目にする。

 

「未弦さん、どうしたの?」

 

『何か』が憑いてる訳でもない未弦の暗い表情に疑問を抱いたミズハは首を傾げる。

 

「……いや。なんでもないさ。」

 

少し、間を開けて未弦は口角を上げる。

そんな様子を不安げな様子で眺めるミズハ。

 

「イヤぁ〜!ミズハチャンったらぁ〜心配性なんだからぁ〜可愛い〜!」

「わわっ……ちょっ、ジルさん……っ」

 

ウザ絡みのようにミズハにハグをし始めるジルヴェスター。

 

「未弦は頼人ちゃんに用があるんでしょ?行ってらっしゃいな。」

 

ミズハを強引に撫でながら未弦に目線を流す。

「あぁ……分かった。ありがとう、ジル。」

 

その意を汲んだようにジルヴェスターに軽く頷いた未弦は、西蓮寺の居る黒板前に足を向けた。

 

「……ふふ、そういうトコロも、嫌いじゃないわよ。アタシ。」

 

 

端末を注意深く読み込む西蓮寺とその横に立つ霧更。二人の間は沈黙が続く。

 

「西蓮寺部長、今いいですか?」

 

沈黙を掻き分けた未弦は西蓮寺に声をかける。

 

教卓に端末を置き、コクリと頷く西蓮寺。

教壇を降りたかと思うと無言で廊下へと歩いて行く。

 

 

……廊下。各々の部活が励む中、高身長な二人が佇む。

 

そこに暫くの沈黙が続いた後、未弦が西蓮寺の前髪で隠れた目を見るように目線を移し、口を開く。

 

「こんな事、本当に認めるつもりなんですか。西蓮寺部長。」

 

こんな事、恐らくA-762への再出撃の事だろう。

前髪の奥から未弦を見据える西蓮寺、しかしその口を開ける様子はない。

 

「危険な可能性があるだとか、そんな生やさしいモンじゃ無い。

今の、目の曇ったままの彼奴じゃ、間違いなく生きては帰れない。……それでも、こんな事、認めると言うのですか?!」

 

それもそうだ。

 

まず南校が初めてJ-015に降り立ち、コンティノアール・クラークという超火力の戦力が居たにも関わらず、一体の、正体不明の巨人種によって新人ではあれど桜という死者を出しての敗北帰還。

 

そして二度目、北校が再びJ-015に向かい、その後に巨人種を追ってA-762で交戦をした際、一体の巨人種と交戦していた三条大和が意識不明の重体になりながらも巨人種の捕獲及び討伐には失敗。

 

それどころかこの巨人種は本来十五体程の群れで動いている事が発覚。

 

 

遼がやろうとしているのは現場検証……それは最悪群れを成した巨人種を相手にしなければならない可能性だって高い。

 

研究部の強力なメンバーでも一体の巨人種討伐すら出来ていない現状で、他校のような戦闘に長けた部員が少ない西校のメンバーで、

 

その中でも今回編成されていない、この西校の戦力として強力なパルの能力だって知能が未知数なあの巨人種に通用するかは分からない。

 

……パルは元々の性格故に編成から外れているのだろうが。

 

そんな勝機の見えない、人死にすら可能性として大きいこの再出撃を賛成する方が難しいとも言える。

 

「自分が行く事には何も不満はありませんよ。ただ、彼奴に死なれたくは無いんです。……後輩に、怪我のひとつもして欲しくないと、その身の無事を願うのは悪い事なんですか。」

 

後半、嘆くように西蓮寺に訴えかける未弦。

それを真剣に、西蓮寺は静かに耳を傾けていた。

 

「……いいや。」

地響きのような重音が一つ。

 

「駒凪の意見はその通りだ。仮にまだ巨人種が残っていたとしたら、俺達に勝算は無いに等しい。」

 

じゃあ……と声にしようとする未弦を遮るように、西蓮寺は再び口を開いた。

 

「だが、それが彼の想いを踏みにじる理由になるか?」

 

言葉を紡ごうとした未弦は詰まる。

 

これは遼の『想い』、故の行動。

彼の故郷の無事を知りたいという、規模は違えど根本は仲間達を危険に晒したくない未弦と同じ『想い』だ。

 

だがそれでも……勝機は……。

 

「だから、もしもの事があれば僕達が守ろう。勝つのではなく、守る。僕達の出撃目的はそれだ。」

 

理解と納得は別物である。

 

「……、っ……分かりましたよ……。」

 

未弦は西蓮寺の言葉を理解した。しかし、その上で納得がいかない。

 

俯き手を強く握る未弦。握った拳から肩にかけて震える。

 

ただ、傷ついて欲しくない。それは遼だけではない。ミズハや霧更、ジルヴェスターは……変わらない調子で居るだろうが、恐らく無傷ではない。

 

肉体的な負傷だけではない、精神的な負傷も。

調査結果を霧更から聞くに、現地に確認に行かずとも状況は鑑みる事は出来る。

 

それをわざわざ現地に足を運び、自らその現実を目に焼き付ける事が、彼らの心を深く傷付けるだけと分かっていた。

 

だから、行きたくない……否、行かせたくない。

 

──ガラッ

 

「未弦チャン〜んもぉー!遅いんだからぁ!」

ドアを開けたと同時に未弦に抱きつくように勢い良く走ってきたジルヴェスター。

 

「西蓮寺パイセン。」

その後ろには小さくも決意をしたように羽織を握る遼が立っていた。

 

後ろからは霧更やミズハらがぞろぞろと歩み出していく。

 

「……まだ、助けを待ってる仲間が居るかもしれない。」

 

その遼の言葉に西蓮寺はコクリと頷く。

 

「──行こう。」



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第十七話 屍の先

静寂の森

揺れる木々の音、虫の羽音、そして……

 

──無数の屍。

 

「……遼。」

 

肩を震わす少年、遼に声をかける。

遼は口を閉じたまま屍に歩み寄る。

 

その屍に僅かに残された、草を編んだ小さなブレスレットを手に取った。

 

「……これ、昔俺が……妹にあげたやつ。」

 

その言葉で静まり返る一行。

 

散らばる皮膚や肉。それらには元々の形状など見る影もない。

 

だが、そんな肉片の傍に落ちていた、よれた手編みのブレスレット。

 

それだけが彼らの『生きていた』という事を証明する。

 

「遼ちゃん、無理は……」

「大丈夫。……俺は、大丈夫っスから。」

 

足元に咲いた花を一つ、その手で摘み取り肉片達の上に静かに添えた。

 

「ミズハさん、なんか見えるっスか?」

「待っててね……、これは、沢山の……エルフさん?」

 

「「……!」」

ミズハの言葉に一同は言葉を飲む。

 

静まり返る中、ミズハは一度目を閉じ深呼吸をする。

 

「ミズハさん、エルフ族の人達は……俺の家族達は……?」

 

必死に縋るように尋ねる遼。そんな彼に告げられた言葉は鋭利だった。

 

「みんな……泣いてる。ボロボロのエルフさん達が……みんな。」

 

怯えるミズハの瞳、だが手を握り直し、唾を飲み込む。

 

「そっか。……ありがとう。」

 

顔を伏せる遼。噛み締める唇、震える肩。

その様子から顔を見ずとも彼の感情は読み取れるだろう。

 

「まだ……二十三の集落がある。」

「ちょっと、今から二十三箇所も回るなんて、遼ちゃん顔真っ青よ!?」

 

歩きだそうとする遼の腕をジルヴェスターが握る。

 

「……でも、まだ、まだ……!」

 

ジルヴェスターの手を振り払い、遼は歩み出す。

 

「まだ……生きてる仲間が……。」

 

辺りに生命の息吹などは感じない。

 

無数の蝿が集り、その羽音ばかりを響かせる。

 

「──行こう。」

 

少年が出撃前に口にした言葉。それが枷となり、現実から目を背けるという選択肢を除外させる。

 

「俺は……行かなきゃ……。」

 

全てを目に焼きつける為に。歩みを止める事は出来なかった。

 

…………

 

A-762再調査記録。

記録担当者、霧更珠鳴。

 

調査員

・西蓮寺頼人

・黒瀬遼

・ジルヴェスター・フォン・アインホルン

・駒凪未弦

・揺木ミズハ

・霧更珠鳴

以上六名。

 

ゲート地点にある集落に上陸。

 

この集落を以後集落Aと表記し、後に発見する集落にも同様にアルファベットで区分していく。

 

集落A、生存者は無し。

黒瀬の提案により、他にある二十三の集落を全て巡回する事を決定する。

 

集落B、生存者は無し。

 

集落C、生存者は無し。

 

集落D、生存者は無し。

 

集落E、生存者は無し。

 

集落F、生存者無し。

 

集落G、生存者は無し。

黒瀬が吐き気をもよおし、撤退を提案するが黒瀬本人により却下。

残る集落も確認するとして再度出発した。

 

集落H、生存者は無し。

 

集落I、生存者は無し。

揺木に目眩が発生。

近くにゲートが無い為、撤退は難しいとし、健康状態の安定の確認後、再度出発した。

 

集落J、生存者は無し。

 

集落K、生存者は無し。

 

集落L、生存者は無し。

 

集落M、生存者は無し。

 

集落N、生存者は無し。

 

集落O、生存者は無し。

揺木の顔から表情が見えなくなったと思われる。

会話の返答が単調になる。

 

集落P、生存者は無し。

 

集落Q、生存者は無し。

 

集落R、生存者は無し。

 

集落S、生存者は無し。

 

集落T、生存者は無し。

 

集落U、生存者は無し。

 

集落V、生存者は無し。

 

集落W、生存者は無し。

 

集落X、生存者は無し。

 

計八千七百二十九名の死亡を確認。

 

いずれも遺体は皮膚や肉が付近に散乱しており、身元の判別は困難。

ゲート使用形跡あり。

 

以上の事からこれらの被害は国立北源水戦闘員養育学校ゲート研究部の記録にあった、J-015巨人種による影響として仮定する。

 

…………

 

全ての集落を回った。

 

ミズハは放心状態、そして遼は誰も居なくなった村の瓦礫に腰をかけて俯いたままだ。

 

「……遼、ミズハ。」

二人に高さを合わせるように未弦は屈み、心を何処かへ置き去ったような二人に話しかけた。

 

「皆、無事なワケ……ないわよね。」

 

無論。

 

何処へ行けども肉塊、肉塊、肉塊、肉塊、肉塊……。

 

それは同族の心を壊すには充分な数だった。

 

「……一応、一通り見て回って、現状は把握した。今のお前達の状態でこれ以上ここに居たって、リスクが高まるだけだ。……一旦、学校に戻って今後の話をしよう。」

 

未弦の提案に西蓮寺は無言で頷く。

 

「ここからゲートへはかなり距離がありますね。」

「えぇ、結構歩いたものねぇ。でもアタシも未弦ちゃんの意見に賛成。今はまだ確認して無いけど巨人種が何時現れるか分からないもの。」

 

冷静に状況を口にするジルヴェスター、彼もまた渋い表情を浮かべているのは、放心した二人を見ている未弦にだって分かっていた。

 

「二人は……歩けそうにもないわよね。アタシの簡易馬車を用意するわ。珠鳴ちゃん、ゲートまでのナビゲート頼めるかしら?」

「はい、承りまし……」

 

ジルヴェスターが地面に手を付け、霧更がナビゲート用に端末の操作を行おうとした時、

 

 

『ソレ』は現れた。

 

「──んっふふふふふふ!」

 

突然、空に響いた女の声。

 

その声を耳にしたと思うとミズハは睨むような表情で空を仰ぐ。

 

ふわりと風が祝福のように大鎌を持った白き魔女のような女を包んでは、女はそれに乗るように笑い声を無邪気に転がした。

 

「お前は……っ!」

 

空を滑る女は睨みつけるミズハや、声に釣られて顔を上げた部員達を笑う。

 

「んっふふふ!あ、ごめんご〜?あまりに滑稽だったもんでさぁ。

惨事を予感してたならそれ相応に身の程をわきまえてから来た方がよかったんじゃないかなぁ?

あと心の準備とかさ?」

 

ケタケタと笑いながらふらりふらりと宙を舞い、青く此方を見ながらも何処か遠くに意識が飛んでいるような遼の耳元で女は再び口を開く。

 

「君さぁ、ちょいちょい見て聞いて思ったんだけど、自分が見たがって知りたがってさぁ?

でー、ちびすけが頑張って見てんのに、君がチキってんの面白くない?自分が見たがったんじゃね?」

 

目を見開く遼。

「違……っ」

「当事者より頑張ってる他人見てるのってどんな気持ちぃ?ねぇ、ねぇねぇねぇ?」

 

刹那、その背後から空間の歪みを生み出し、女と同じ大鎌を振るった。

 

「もしかして当たると思った?そんなピヨな能力で?ウケるぅ〜。」

 

空を舞った女は、嘲笑うように同じ鎌を持った少女、ミズハを見下す。

 

争いの危険を察知し、未弦は遼を守るように抱えて女から距離を取った。

 

ミズハは手に持つ鎌を握る。

強く、強く。

 

「遼さんはっ、家族が心配だからっ!生きているかもしれないからっ……!そう思って、だから、ぜんぶ見ようって!」

 

地を蹴って空中に躍り出る。

 

「私にはもういないけど!」

 

一閃。

 

「『かぞく』が、大切な人がいなくなるのは、」

 

また一閃。

 

「すごく、怖いことだと思うから、」

 

縦に、横に。小さな体を支点に、身の丈ほどもある大鎌を奮いながら叫ぶ。

 

「その心配を、人間を、馬鹿にするな!外道!」

 

ひらり、ひらりと。

 

少女の攻撃をあたかも、下手に棒を振り回した子供のお遊びのように、それを光を受けステンドグラスのように輝く蝶のように。

 

華麗に躱し、鼻で笑いを一つ。

 

「はいはい、人間人間〜。」

 

それは一瞬だった。

 

もう一振り、振りかぶろうと鎌を宙で持ち上げたミズハ。

だが女はその小さな体の腹部を、流れるように白い衣を纏った脚で一蹴。

 

「……っが!」

勢いよく空から突き放されるミズハを受け止めたジルヴェスター。

 

地面は抉れ、ジルヴェスターの力を込めていた脚の軌道を作る。

 

「はぁ……。

ちょっとアンタねぇ、あんまりアタシの後輩ちゃん虐めるようだったら……

 

ちょっと怒るわよ、アタシ。」

 

ジルヴェスターの顔から笑みが薄らぐ。

 

それを見るにあちゃあと言わんばかりに先程とは変わって若干困った様子で顔の前で手を合わせる。

 

「アネさんごめんめーんっ!でも……」

「ジルヴェスターさん!後ろ!」

 

霧更の言葉に反応して振り向くと真っ二つに斬られた巨人が残る力で断末魔を上げていた。

 

「ほら、こんな感じだし?ここで油売ってないで動くとかしない?」

宙でくるりと背丈程ある大鎌を回した女。

 

巨人の断末魔を聞いたのか、辺りにぞろぞろと仲間の巨人が集まり出す。

 

「えー、この巨人やばいんでしょ?

いくつにしといたら大丈夫ー?」

振るわれた鎌が、さくりと一体。

 

「ふたつー?」

左右に分かれて崩れ落ちる巨体。

 

「よっつぐらいー?」

上下左右。

 

「あっ、ばらばら?」

四肢と頭部。

 

「ねーいくつー?このぐらい?」

手足は関節ごと、胴体はそれに揃えるように。

 

瞬く間に五体を屠った白い女は、伺いを立てるように、そう声を降らせた。

 

次々に上がる巨人の叫び、ピリピリとした音が響く度、地面は揺れ新たな巨人が現れる。

 

「これでチャラにしない?ね〜?」

宙でくるりと回転した白の女がジルヴェスターに提案をする。

 

「もうちょっと粘ってくれたら考えるわ!皆!退避態勢に入りましょう!」

 

そうジルヴェスターが持ちかけると西蓮寺が一つ、右手でハンドサインを部員達に見せる。

 

部員達だけが理解出来るサイン。

 

「……ちゃんと帰ってきて下さいよ、西蓮寺部長。……ジル!」

「えぇ!簡易馬車展開[ギブオルトーシュ]!さぁ、皆乗って!」

 

ジルヴェスターが喚び出したソレは馬車と呼ぶにはやや違和感のある乗り物のようなもので、肝心の馬の姿は無い。

 

まだ蹴られた痛みが残り足元が覚束無いミズハの手を取りながら用意された馬車に乗り込む霧更。

それに引かれるようにミズハも馬車に乗り込んで行く。

 

だがその流れに逆らう者が一人。

 

「コイツらが……っ!」

 

遼は立ち上がり、数多の巨人を睨みつける。

 

「遼!お前も乗れ!早く!」

「でもアイツらが!」

「今はその時じゃねぇ!とりあえず今は退くんだよ!」

 

未弦に腕を引かれる遼。振り払おうとするも力の差は明確なもので、直ぐに馬車に乗せられた。

 

「行くわよ!未弦はアタシの背中に。ゲートまでのナビゲートと、ゲート近くに到着したら合図お願いするわ!」

「あぁ、分かった。」

 

屈んで手を地面に付けるとジルヴェスターの体を光が包んだ。

 

瞬きをする間も無い程、それは一瞬だった。

 

ジルヴェスターの居たその場所には一体。

 

美しく白い白馬、否、額に一角の長い角。

それをある世界では一角獣。

 

──幻獣、ユニコーンと人は呼ぶ。

 

未弦はそこに現れたユニコーン、ジルヴェスターに跨り手網を握る。

 

「行くぞ。」

その声に応えるようにジルヴェスターは馬車を引いて走り出した。

 

 

……走り去る一行を見た後に、その場に残った西蓮寺に視線を移した女。

 

「君は逃げなくていいのぉ〜?」

彼は特に語る事なく一つ、首を縦に動かした。

 

「それじゃっ、やっちゃおっかぁ〜。人間モドキくん?」

 

戦闘態勢に入る女の横でこくりと頷き、パキリと指を鳴らした。

 

 

「仕舞うぞ、『死神』。」

 

・・・

 

「そぉいえばさぁ、西の部長、西蓮寺部長の戦ってる所って見た事あるか?」

 

「藪から棒に、どうしたのよ突然。」

「いや?ふと。」

 

東校のリアムと夜千は過去の調査映像をプロジェクターで流しながら口を動かした。

 

「映像見ててもさぁ、あの人、何も喋らねぇし、まぁ指揮はあのハンドサインとメモ帳使ってんだろうけどさぁ。」

 

プロジェクターに映る西蓮寺の手のサインを指さし、リアムは話を続ける。

 

「でもさぁ、あの部長が戦闘始めそうなタイミングで毎回カメラ班は逃がすように命令してるくさいんだよなぁ。

ほら、多分このハンドサイン逃げるサインっしょ?

この後、カメラ班どころかメンバー全員逃げてるし、まぁ采配は黒瀬も出来るっぽいしそこは問題無いんだろうけどさぁ。」

 

夜千の許可無くリモコンで映像を早送りし始めたリアムに夜千は軽く小突いた。

 

「リアム、勝手に動かさないでよ。折角観てた所なのに。」

「違う違う、見て欲しいのこっちなんだわ。」

「?」

 

映像を飛ばした先にはカメラ班と合流する西蓮寺の姿があった。

 

「ほら見て。」

 

「無傷……ね。服とかは多少汚れてたりとか破れてる部分がある程度……て所かしら。」

「そそ。ほぼ無傷。」

 

そこからは特に映像を動かす事なく鑑賞している様子の二人。

 

「そもそも他の部長達はさ、ある程度戦ってるのとか映像にあったり、会議で代表として会ったりするから素性大体分かるじゃん?

でも西蓮寺部長って来ても何も喋らねぇしさぁ。何か謎多いよなぁ。」

 

「それは一理あるかしら。

他の部長達は部長になるに必要なカリスマとか見て分かる程って感じだけど……。

 

西蓮寺部長はそれが薄い気がするし、喋らないのに部長に区分されてるの、不思議ではあるわよね。

寧ろカリスマとしては黒瀬くんやジルくんとか、あの辺りの方がありそうね。」

 

映像が終了し、リアムが今度は別の調査映像を再生し始める。

 

「映像見てて無傷で帰ってきてる辺り、戦力としては強ぇのかもしんねぇけど、それはコンティノアールとかクリフト、三条辺りだってそうじゃん?

西って指揮官としては黒瀬の方が指揮取ってる気するし。何なんだろうな、あの部長。」

 

これも西校の調査映像で、遼がテキパキと周りに指示を出している姿が映されている。

 

「西蓮寺部長って、あくまで黒瀬くんが成長するまでの間の臨時の部長……だったりとか?」

 

「あるかも、基本黒瀬に対してイエスマンだし。反発する所見た事もねぇつーか。てか自我あんの?あの人。」

 

憶測が飛び交うゲート研究部映像管理室。

 

何故、西蓮寺頼人は西校を代表する部長なのか。それは単なる人手不足なのか。それとも……

 

──彼らの知らない『何か』を持っているのか。

 

・・・

 

空から降る肉塊を軽やかに避けながら走り続ける一角獣、ジルヴェスター。

 

その脚は並大抵の馬とは比較にならない程の速度で辺りの景色を巨人の群れの中から静かな森へと変えていく。

 

『未弦、ゲートまでの残りの距離と到着推定時間。分かるかしら?』

 

獣とも呼ばれる姿には人間と同じような声帯は無い。

故に彼が語りかけるソレは声帯によるものではなく、どちらかと言えば魔法行使で行える念話のようなものだ。

 

「ゲートまでの距離は残り五キロ、到着推定時間は二十秒!」

 

そんなジルヴェスターの速さをものともせず騎乗する未弦は、携えた弓矢を空に向けて構え、一本の矢を上空に放った。

 

…………

 

地響きが響く、もう数える事が億劫になる程の巨人達と、その屍。

 

カラカラと転がすように笑う白の女……否、死神の傍。

また一つ巨人の屍を増やし、その上に着地した西蓮寺は空を仰ぎ見た。

 

かなり遠くから放たれたのであろう、空を貫く一本の矢。

 

それを目にすると西蓮寺はパチンと指を鳴らす。

 

これも部員達にしか伝わらない合図。

だが死神にもソレの意味は言葉にするまでもなく理解できた。

 

「終わり?

いやー働いた働いた!おつおつ〜!」

 

屍があろうとまだ群れの中だというのに随分と軽々しい発言をする死神。

 

そんな弾んだ声に対し、西蓮寺はこくりと頷きながら足元の巨人の屍を見て何かを思案し始める。

 

「モドキくん行かないの〜?

あ、ちょっと待って!モドキくん何考えるか当てるから!

うーん……分かった!

人間、確かコレの研究とかしてたよね?持って帰りたい感じ?

なぁんだ、そんなの御茶の子さいさい……」

 

陽気に話す死神を集まった群れの巨人のうちの一体が死神を潰そうと背後から腕を振りかぶる。

 

「お、丁度良いや。コレでいい?」

 

それを片手間のように宙で躱したと思うと、その巨人は幾万の肉塊へと形を変えた。

 

死神の提案に再度頷く西蓮寺。

 

それを見た死神は、何処から出したのかよく分からないファスナー付きのプラスチックバックに細かく刻んだ巨人だった肉塊達をさっさと詰め込む。

 

「これでよーし!そういえば此処と向こう、人間的には結構距離あったよね?送ってこっか?

モドキくん、アネさん程の速度で走れないだろうし。

いやモドキくんが遅いとかじゃなくてアネさんがバカ速いんだけど。」

 

必要無い、と言わんばかりに西蓮寺は首を横に振る。

 

「ま、送り要らないならいっか。アネさんの機嫌見ときたかったけど、んじゃまたね〜。」

 

西蓮寺に巨人の肉塊を詰めたプラスチックバックを投げ渡すと、軽く手を振って死神は空の中へと消えていく。

 

一人、巨人の群れの中に残された西蓮寺。

巨人達は狙いを定めたように一斉に襲い掛かる。

 

……が、巨人達が攻撃したそこには誰も居ない。

 

「邪魔だ。」

 

 

背後から聞こえたその言葉を最後に、重なり合った巨人達は動かなくなった。

 

…………

 

一行がゲートのある集落に辿り着いてから三十分が経過した頃だろうか。

 

「巨人の特性、粗方掴めてきたかしらね。」

 

人の姿に戻ったジルヴェスターは、遠くから地響きを起こす巨人の咆哮を耳にしながら口にする。

 

集落一帯に散らばっていた肉片達は遼の提案で土葬し、一見は比較的美しい元の集落の姿に戻ったようにも見える。

 

「……そうだな。まず特性の一つとして、あの巨人達は基本的には単独行動。」

 

「そして、敵対生物発見時、咆哮により近辺の同種を呼び出します。」

 

「だから頼人ちゃんとしーちゃんが戦ってる今、巨人達はそこで放たれる咆哮に集まって、こっちには見向きもしない……って所かしら。」

 

西蓮寺達が戦い始めて、群れの中から逃げようと群れの間を潜っていた時は確かに攻撃をしかけられた。

 

しかし群れを出ると一変、群れは戦いの盛んな西蓮寺達が居る地点での咆哮を受けて、一体もジルヴェスター達一行を追いかける者は居なかった。

 

「あら、珠鳴ちゃん。馬車で休んでいる二人は平気かしら?」

 

一行を運んだ馬車の方から歩いて来る霧更にジルヴェスターは問いかける。

 

「はい、黒瀬副部長の提案で遺体を土葬した事から、黒瀬副部長も多少安定状態にはなったと思われます。

揺木さんは先の戦闘での怪我もありますので、黒瀬副部長が治癒魔法をかけ、今は眠っている所です。」

 

霧更の言葉に何処か安堵した様子の二人。

 

「ミズハちゃんは眠ってるのがこの状況では一番でしょうからね。しーちゃんがこれを意図してたかはアタシには分からないけど、ある意味助かったわ。」

 

彼女、ミズハには多くが視える。

 

本来人の目に見える事のない妖怪や怪物、感情の残滓、……そして死した者の残滓『霊』も、彼女の視える物の一つとして数えられる。

この世界、A-762では多くのエルフ族が死亡した。

 

つまり彼女は、この世界に降り立ってから、無惨な遺体ばかりでなくその霊の無念すらも、目を開けているだけで仕切り無しに入って来ていたのだ。

 

「今更なのですが、その『しーちゃん』と言うのは……あの死神の事でしょうか?」

 

「えぇ、そうよ?名前で呼ぼうにもあの子も『ミズハ』ちゃんじゃない。かと言って死神ちゃんって呼ぶのも可愛くないし、って事であの子をしーちゃんって呼んでるの。その方が愛嬌あって良いでしょ?」

 

「あれに愛嬌を求めるのもどうかとは思いますが……。」

 

「あの子も結構可愛い所あるのよ?

アタシ時々みんなにってお菓子作って部室行くでしょ?

そしたらちゃっかりあの子もお菓子食べてたりするのよ〜!

女子会でお菓子が減ってる時も大体あの子が食べてるからだったりするのよ!」

 

「そんな事してるのか……あの死神……。」

 

呆れた様子でため息を零す未弦。

 

あの死神は、ミズハがゲート研究部に所属してからというもの、度々姿を現し、今回のように部員達に茶々を入れたり、気まぐれに戦闘への協力をしたりと謎が多い。

 

分かっている事は、あの死神の名はゲート研究部に所属する彼女と同じ、『ミズハ』という名前だという事。

ゲート研究部に所属するミズハはあの死神を嫌っているという事。

 

そして圧倒的な強さを持つ事。

 

放置すれば危険な者だという事は明らかだ。

しかし先に語った通り、謎が多く、更には強力であり、対処法が無いという事。

 

そして不思議な事にジルヴェスターにはやや強く出れない節があるという事。

 

ジルヴェスターに何かあの死神に対抗しうる策があるのかと議題に上がった事もあったがジルヴェスター本人には全く覚えもアテも無いという事で、現在も研究対象として泳がせるだけ泳がせているといった所だ。

 

少なくともジルヴェスターが居る限り、こちらに不利な動きをする事は少ないとしてサジューロの許可の元、あの死神の鍵とも思える揺木ミズハの調査出撃も許されている。

 

「で、あの巨人の話に戻すんだけど、

具体的な肉質、どれくらいの強度なのか、

大和ちゃんが具体的にどのような戦い方で追い詰めたのかも含めて、あの巨人の弱点を洗い出したいけど……。

今回はしーちゃんが容易く切り刻んでたけど、あの子は規格外って捉えるべきだから参考にならないと思うのよね。」

 

はぁ、と困ったように一つため息を零すジルヴェスター。

未弦が話を続けようとしたその時、

 

「西蓮寺部長!」

 

霧更の声に釣られ二人は彼女の向いた方向へと目を向ける。

 

ザリッ、ザリッ。

 

やや引きずりぎみの気だるげな足音、間違いない。足音は紛れもない西蓮寺のものだ。

 

向けた目線の先には紛れもない、西蓮寺が見慣れぬプラスチックバックを片手にゆっくりと歩いて来た。

 

目に見える傷や損傷は無い。そんな西蓮寺に三人は駆け寄った。

 

「西蓮寺部長……ご無事で何よりです……!」

そんな未弦の言葉にこくりと一つ頷く。

 

「では全員揃いましたので撤退しましょう。馬車で待つ黒瀬副部長にも撤退準備の完了を伝えに参ります。」

霧更の提案にもこくりとまた一つ。

 

「今聞く話じゃないかもしれないんだけどいいかしら?……頼人ちゃん、そのプラ袋の中身って何?見た感じ真っ赤で肉っぽいんだけど。」

 

ジルヴェスターに問われ、片手に持ったプラスチックバックに目線を移すと、空いた手で端末を操作し、三人にその画面を見せた。

 

「「「えっ。」」」

 

端末に映し出されたのは『巨人』の文字。

 

「ちょっとちょっと!サラッとあれだけの犠牲が伴っても手に入らなかった成果物持って来ちゃったの!?頼人ちゃん!?」

「解析に役立つから有難い代物ですけど……なんでこうも平然と……というかもっと良い入れ物無かったんですか……。

プラ袋って……チャックは付いてるけども……。」

 

驚きと困惑が混ざる空気に気付き、馬車から降りる音が一つ。

 

「あら、遼ちゃん。」

「おかえり西蓮寺パイセン。」

「見事なスルー、アタシ泣いちゃうわよ?」

 

馬車から降りてきた遼に顔を向けて頷く西蓮寺。

 

「ミズハさんなら中でまだ寝てるっスよ。治癒は殆ど出来たんで一日寝てれば治る筈っス。

……成果、あったんっスね。」

 

遼の言葉に再度頷く西蓮寺、その返しを待っていたように目を開く。

 

「一週間で北の映像データとパイセンの持って帰ってきた肉片からJ-015巨人種の弱点を炙り出す。並行して、この巨人種の生態や行動パターンも。」

 

今後の方針についてつらつらと並べる。

 

「そして来たる来週の調査にて、

──A-762の過去へ遡行し、巨人の蹂躙を止めるべく、全校から有志を集め、より多くの民の救出、及び巨人討伐を行う。」

 

この任務は進む前から難易度が高い事が明らか、故に他校からも有志を募る方針へと変更したのだろう。

 

その言葉に頷く西蓮寺、驚きと不安の隠せない未弦、ニッと笑うジルヴェスター、変わらぬ表情のまま遼の言葉に耳を傾けていた霧更。

 

もう彼に迷いなどは無い。

標は此処に立てられた。

ならば我らは進むのみだ。

 

・・・

 

ピロンッ

端末に着信が入る。

 

「……?」

 

誰もがその着信に疑問を持ち、端末を開ける。

 

 

集え、勇者。

その剣の先にあるのは

希望か、絶望か。

 

 

新たな戦いの幕が開ける。



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第十八話 渦の中

『──A-762の過去へ遡行し、巨人の蹂躙を止めるべく、全校から有志を集め、より多くの民の救出、及び巨人討伐を行う。』

 

遼からの通達はゲート部全校生徒に届いた。

 

勿論、彼女にも。

 

「千利ー、何見てるの?」

珈琲を持ち話しかけてきたのは凛花。

「うん?いや、何でもないよ。」

 

私は通達の来た端末を閉じ、珈琲を受け取る。

凛花は珈琲を渡すと隣に座り、私を見る。

 

「来週の放課後、休み取れたんだけど良かったら一緒に買い物に……」

 

来週は……。

 

「ごめん、こっち部活で埋まっちゃって。さっきその連絡が来たんだ。」

凛花が言い切るより先に口を開く。

 

「そっか……ごめん、急だったよね。」

「ううん、ありがと。部活の連絡、返信してくる。」

 

そう言うと早々に席を立つ。

それを見送る凛花。

 

「……お茶会のお洋服、一緒に見たいと思ったのにな。でもしょうがない……しょうがない、かぁ。」

 

千利はいつも、何も教えてくれない。

入った部活さえ、言いくるめられて結局教えて貰ってない。

 

ただ一つ、手に入れた会話の共通点。お茶会をあの子も楽しみにしてたから……私までうきうきしたんだけど……。

 

結局それ以外、何も教えてくれない。

 

ねぇ千利。

 

「どうして何時も、一人を選ぶの?」

 

机に取り残された珈琲の湯気と、沈黙だけが凛花を包む。

 

その沈黙はただただ重く、彼女一人に伸し掛るのであった。

 

…………

 

自室に籠り通達を眺める千利。

 

「行こう。」

 

巨人種はまだ疑問点が多い。

それを解明できるなら断る選択肢はなかった。

 

文字を入力して送信する。

 

『花宮千利、参加を希望します。』

 

果たして次はどんな発見があるのだろうか。

 

そんな期待に胸を膨らます者はきっと、ゲート研究部の中でも彼女以外居ないであろう。

 

・・・

 

南校の医療室。

そこでは一人の青年が上目遣いで目の前の医務教員に何かを頼み込んでいるようだ。

 

「却下だ。」

「そこを何とか頼むネ〜!」

 

頼み込んでいる赤毛の青年は、三つ編みこそしていないものの、その口調から鈴春である事が分かる。

 

「ダーメだ。お前のソレ、全治何週間だと思ってんだ。」

 

やや灰色がかった長い緑髪を雑に纏めた医務教員の男は駄々をこねる鈴春の頭にファイルの背表紙をチョップ代わりに当てる。

 

結局、B-557帰還後に一紗やハリスに背中の怪我がバレてしまった鈴春。

 

バレなければそのままやり過ごし、来週の調査にも出向くつもりであったのだろうが、隠していた事で一紗やハリスに散々言われた挙句、完全に治る迄は出撃禁止とまで言われてしまったのだ。

 

とはいえ、例え二人が出撃禁止せずとも、目の前の医務教員の男が禁止令を出していたであろうが。

 

「幸村先生のケチぃー、おたんこなすぅー!」

「おたんこなすで結構。

此処に馬鹿が治る薬があれば完治するまで漬け込んでやろうかと思ったわ。」

 

不貞腐れる鈴春に医務教員の男、幸村は指先に力を入れると、わりと強めのデコピンを繰り出した。

 

「いだーーーっ!体罰!暴力反対ネー!」

ビービーと騒ぐ目の前の怪我人に幸村はため息一つ。

 

「はぁ……お前、自分の背中がどうなってんのか分かってんのか?肉溶けてるわ骨は出てるわで正直、元気に騒いでんのが不思議なくらいだ。」

 

元気と言われドヤ顔を浮かべる馬鹿。

そして再び響くデコピン音。

 

怪我が周知した時もそうだった。

部員達は顔を青くして、彼を無理矢理この医療室に連れて来た時も。

 

彼は何も無いかのようにヘラヘラと笑っていた。

 

「……それにそんな状態で外を出歩かれたら、こっちの奴らに怪しまれんだろうが。

そうなったらお前がこっちの住人じゃないってバレてお前の立場もヤバくなるんじゃねぇか?」

 

幸村にそう問われると鈴春も流石に表情を変える。

 

「ンー、確かにバレたら俺だけじゃなくてゲート研究部、それを匿ってるサジューロ先生まで巻き込む事になるからナ。

ま、だからこそ幸村先生に診て貰ってるネ!

いやぁ〜頼りにしてるアルよ〜!」

 

真剣そうな顔をしたのも束の間。

鈴春は再び何時ものヘラヘラとした調子で口を動かした。

 

あくまで『巻き込む から』。

 

そこには自尊心も自衛心も無い。

 

ただ危害を加えない為、自分ではない何かを守る為、彼は何度も怪我を繰り返すのだろう。

 

鉛のような沈黙が響く。

 

「……おう、分かってんならいい。

テメェは今回留守番決定。文句はねぇな。

他の部員と顧問には連絡はつけといてやる。」

 

そう告げると幸村は手早く書類を片付け、端末の画面を起動させて席を立つ。

「先生方、俺は外すんで施錠とか頼むわ。

そこの馬鹿赤毛が脱走しないよう念入りに。

引き出しに南京錠もあるんで。窓はそれで。」

「幸村先生は俺を何だと思ってるアルか。」

「俺含む教師の言う事聞かねぇ馬鹿。」

 

それだけ残すと幸村は足早に医療室から出て行く。

 

 

その扉の先、南の医療室前廊下。

 

風紀委員に怒られない程度の早歩きで端末を弄りながら各所に連絡を行う幸村。

 

「えぇ、えぇ。ですんで次回の調査の方は……、はい、総合の方に。

いやぁ、毎度すんません。ただでさえこっちは人数揃ってないのに……はい、じゃあお願いします。

顧問と部員の方にはこちらから伝えときますんで、はい、んじゃあ頼みます。

サジューロ先生。」

 

通話を切り、一息。

 

「チッ。」

 

舌打ちを、一つ。

 

辺りが静まり返っている様子を確認し、奇妙な物体の摩擦音を響かせる。

すると奇妙な物体からは火が姿を見せた。

 

それを煙草に引火させると、物体から出した火を乱雑に払って消す。

 

煙を吸って、ため息のように大きく吐く。

 

あの類の奴の性格は嫌でも理解出来る。

 

道化のように振る舞うのも、彼の根にある『真面目』を隠す為の手段の一つなのだろう。

 

そんな『真面目』な彼だからこそ、その時に必要最小限の犠牲で、手に届く物を片付けようとする。

 

その犠牲の中に、彼は居ない。

 

「ちったぁ自分の事も勘定の中に入れろっつーの。……クソガキ。」

 

苛立つ。

 

『真面目』な彼に。

 

取り返しのつかないものを、かけがえのないものを、

手から零した、過去の自分に。

 

だからせめて、彼は。

彼と彼を慕う若人には。

 

同じ過ちを犯して欲しくはない。

 

「はっ。」

 

心にも無い乾いた笑い。

 

こんなものただのエゴだろう。

それでも、そうだとしても。

 

この信念を曲げる理由にはならない。

 

──その為に、俺は此処に居るのだから。

 

・・・

 

入部届が二枚。

それを鶯は静かに読んでいた。

 

「我が主!先刻の西からの招集に目を通されましたか!?」

鶯を主と慕う者、ヴィシーが部室のドアを開けると、開口一番に大声で主に質問を投げかけた。

 

「えっ?……あら、本当ね。通知が入っているわ。」

ヴィシーの声は、何処か上の空であった彼女の意識を呼び戻す。

 

「して、この招集について我が校から……。」

「我が校の面々には最大で二名までの招集許可を出します。」

ヴィシーの声に間髪入れずに即答した鶯。

 

「二名……ですか?しかし我が校の部員一同、特にヴァシリオスの負傷が大きく、まだ回復は先かと思いますが、調査に必要人数は六名。

お世辞にも二名も出せる状況では無いとは思いますが……?」

鶯の言葉にヴィシーは疑問を持った様子。

 

そんなヴィシーに鶯は、手に持った入部届をひらりと見せる。

「次の調査ではこの子達と、この子達を守る為のメンバーを四名の、計六名を向かわせます。」

 

ヴィシーは合点がいったようで、納得したようだ。

「では部長と副部長である、主と私は固定。

残る二名は防衛、応急処置に長けた者。

モモや小鳥遊花乃辺りは此度の招集許可の取り下げを行うべきかと。」

 

ヴィシーが次の調査の編成に意見する中、

部室の扉が再び開かれる。

 

「ちわーす、招集のやつ、先輩らどうするんのー?」

 

そこに現れたのはリアム。

 

「ふむ、有志招集と言えど我が部にも人数の問題があるからな。我々部長陣は当然我が校の調査の為、不参加だ。」

ヴィシーの言葉をへぇなどとリアムは相槌を打ちながら返した。

 

「あ、ちなみに俺と夜千は多分参加しないわ。

ただ何でも燃やせばいいって仕事じゃねぇとやる気湧かねぇし。」

 

思いやる心を一見感じる事の無い発言。

だが、その言葉は『救助という方針に対し、自身の能力は適正ではない。』と結論付けた結果だろう。

 

「ふむ、それはリアム・ロードに賛同だ。

お前のソレは、調査より防衛戦にて頭角を現す力だからな。

『原住民の保護』という方針には見合わないだろう。」

 

そうそう、と返事をしながらヴィシーと会話するリアムを横目に鶯は思考する。

「……となると、北か南、或いは西自身からの編成、となるわね……足りるかしら。」

 

やや不安そうな鶯にリアムは笑う。

「やー、きっと大丈夫っしょ〜。遼の奴、結構人望厚いし。まぁ足りなきゃ行くけどさ。」

リアムはヘラヘラと笑って見せた後に、スっと表情を切り替えた。

 

「今は俺達も、人様の事より自分の事重視しないとっしょ。」

 

その言葉に我に返る鶯。

そうだ、確かに遼も彼女にとっては放っておけない存在だ。

 

だが同時に、『今の彼女』には守るべき仲間が居る。

 

「そうね……、託しましょう。あの子達に。」

 

もう私も、貴方も。

 

一人ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………嗚呼。

 

嫌いだ。

 

貴様のその顔、その態度、その偽善。

 

与えられもしないのに与えようとする、その姿。

 

惨めで、滑稽で、哀れで、

 

嫌いだ。

 

そんな貴様を信じた『我が主』を踏みにじった。

 

貴様が、嫌いだ。

 

・・・

 

放課後

これはまた別の医療室。

 

西の医療室には、前回の『死神』との戦いで怪我を負ったミズハがベッドに座り込み、その見舞いに来た未弦とジルヴェスターが近くの椅子に腰掛ける。

 

「……ミズハ、怪我の具合はどうだ。」

椅子に座り開口一番。

未弦はミズハに目線を向け、静かに語りかける。

その顔からは心配が滲み出ており、彼がどれ程仲間を気にかけているかが伺える。

 

「遼さんのおかげで、生活には支障ないです。

でも、……戦闘ほどは、まだ動けません。あ、明日には、明日には私も戦えるようになります……っ!」

 

少し申し訳なさげに頬をかいたかと思うと、ふんすっと細い腕で力こぶを作るように腕を上げる。

 

ただ、その顔には曇りが一つ。

 

「アラ、どうしたの?ミズハちゃん。元気なわりに顔色が良くないわぁ?」

 

抜け目の無いジルヴェスター、それにぴょんと飛び上がるようにミズハは反応を見せた。

 

「……その、私の体の方は大丈夫なんですけど……なにも、できなくて……すみません……。」

 

先の死神との戦いでの敗北、そして『見ていただけで何も出来なかった』罪悪感がミズハを飲み込む。

 

そんなミズハを見ては柔らかく微笑んだのはジルヴェスターだ。

 

「何も出来なかったなんて事は無いわよぉ〜。

ミズハちゃんは残滓に向き合って、しーちゃんが来た時なんかは遼ちゃんの為に怒ってくれた。

それが『何も出来なかった』になるワケないじゃない。

ミズハちゃんはちゃーんと、アタシ達を導いて、守ってくれたのよ?

例えしーちゃんとの戦いが敗戦であったとしても、次のアタシ達の行動に繋がった。

それは充分、有り過ぎる程の『成したモノ』だと、アタシは思うけど?」

 

柔らかな目で首を傾げ、ミズハの顔を覗き込む。

それは純粋無垢な少女を見るような、優しい瞳で。

 

「でも……、

……いえ、ありがとうございま……て、ん?

……しー、ちゃん……?」

 

反論をしようとしたミズハ。

しかしそれを敢えて言わずに受け取り、礼を述べる。

 

……と、共にわりと前から気になっていた、謎の渾名についてジルヴェスターに対し追及する。

 

「死神の渾名らしい、まぁ名前も被っちゃ仕方無いのかもしれないがな。普通に『死神』でいいだろうに。『死神』なんだし。」

「いやよぉ〜!死神ちゃんなんて可愛くないじゃなぁい!」

「可愛いとかの問題か……?あいつ……。」

「ふふ、あの子だって可愛いのよ〜?」

ため息が混じる未弦の横で上品に笑うジルヴェスター。

 

その横で納得したように頷き、ミズハは苦笑いを零す。

 

「……あはっ、ジルさんらしいですね。」

 

するりするりと、冷たく張り詰めていた空気は、柔らかな毛糸のように解けていく。

 

そんな和やかになった空気の中、ジルヴェスターが一つ。

 

「それで……、病み上がりのミズハちゃんも交えるとはどうかとは思ったけど……。

アナタ達、来週の有志調査、どうする?」

 

少しの沈黙が続く。

 

「遼ちゃんはアタシ達に負担を減らす為に有志にしたんでしょうけど、正直アタシから見ると今回の件は、あの時出撃したアタシ達のうちの誰かが居ないと有志で来てくれる子も困惑するだろうし……。」

 

目を伏せていたジルヴェスターは小さく息を吐くと、目線を戻す。

 

「何より、これは遼ちゃんの……いえ、アタシ達の問題。

だから極力アタシ達、西のメンバーで固めたいと思っているの。」

 

ジルヴェスターの見据えた先にはミズハと未弦。

 

「勿論、強制するワケじゃないの。

ただ、パルちゃんは今回の敵の特性を見るに相性が悪いし、珠鳴ちゃんは南での一件から立て続けだから休んで欲しいのよね。

だから……アタシは行くつもりなのだけど、二人の意見が聞きたいの。」

 

目線の先の二人は、それぞれ考えている事があるらしい。

 

「私はもちろん行きます。

さっきも言った通り明日からなら充分に動けますし、来週には間に合います。

なので、行きます。……絶対に。」

 

目には闘志が燃える。ベッドに座るミズハのその目は本気だ。

 

彼女の怪我が完治する保証もある、これだけ燃える彼女を止めるのは、最早ただの幼稚なエゴだろう。

 

ミズハの言葉に動揺し止めようとした未弦も、その熱に気付くと腹を括るように一息。

そして真っ直ぐにジルヴェスターとミズハをその瞳に映す。

 

「俺も行くつもりだ。

俺は怪我も何もしていない訳だし、お前や後輩達を行かせて自分は留守番、なんて事は絶対にしたくない。」

 

その意志は固く、強い音でその言葉を紡いだ。

彼のその強い想いはジルヴェスターやミズハにも感じ取れた様子。

 

「それじゃあ、決まりね。」

 

ジルヴェスターの真剣な眼差し。

それに応えるように二人は頷いた。

 

『ジルヴェスター・フォン・アインホルン』

『駒凪未弦』

『揺木ミズハ』

 

『有志調査の参加を希望します。』

 

・・・

 

端末に届いた参加要請データを管理する、

此度の主催者、黒瀬遼。

 

彼と西蓮寺だけの静かな映像管理室。

 

「パイセン、人数揃ったっス。」

 

遼の言葉にコクリと一つ。

 

「──絶対に、助けるんだ。」

 

折れるわけにはいかない。

此処で折れれば存在意義が失われる。

 

そう、彼はただ一人。

 

襲われる自分の世界を救う為、若くして未知に飛び込んだ勇者。

 

 

──だから、往くのだ。

 

・・・

 

「うーん、どうも此処、アタリ臭いなぁ。」

 

虚無の隙間。

コンクリートに囲まれた部屋の、少女は呟く。

 

何かの目星が付いたようで、彼女に幾つかの指令が下された。

 

「しーかしなぁんでこの解に行き着くかなぁ。

最適解は別にあるだろうに。」

 

ひたり、とコンクリートの床に素足を乗せた。

少女は与えられた命に従い、歩き出す。

 

 

キィィ……。

 

道に続く扉を一つ、少女は眉一つ動かす事無く道中のソレを見る。

 

「まぁ、キミ達がこれじゃあ、ボクしか居ないよね。」

 

道に連なるは幾つもの檻。

その檻一つ一つに、獣のような異形達が詰め込まれ、自由を奪われている。

 

「……ごめんね、これはボク、生前のボクの怠慢の結果だ。」

 

魔術師は大戦を見届けた。

それは血で血を洗うような、有り触れた戦争。

人と違うが故に、人権も失われ、兵器となった。

それは必然であり、変える事の出来なかった事象。

 

だから魔術師は、せめて最小の犠牲で、それが幕を閉じるよう、戦争の全てを観測し、

その幕と共に観測を、命を閉じた。

 

──嗚呼、それが間違いだったのだろうな。

 

故に、魔術師は償わなければならない。

自分の過ち、現状を招いた、その罪を。

 

「はははっ、ボクが雑魚払い[ナイト]だなんて、似合わないね。」

 

少女は立ち止まり、檻の中の一つ、怯えるように檻の隅で震える異形に手を伸ばす。

 

その檻の中の異形は、彼女の手から逃げるように、更に身を縮めた。

 

「んー、記憶も無いかぁ。

まぁしょうがないよね、元からボクらは『そういう構造』なんだから。」

 

はぁ、とため息を漏らすと目を伏せる。

 

「キミなら、今のボクを叱ってくれるかと思ったのだがね。」

 

それだけ呟くと檻から手を引き、少女は再び歩き出した。

 

今度こそ、異形達[彼ら]を安らかに休ませる為に。

 

二度と苦渋を飲んで目覚めぬように。

 

魔術師は進むのだ。

 

その小さな背中に、数々の錘を背負い込みながら。

 

「行ってきます。」



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第十九話 兄の決意

「ねぇ。」

 

旅立ちを前にした、幼い少年が一つ。

 

それに応えるように振り向いた少年よりも更に幼いであろう少女。

 

「これ、ぼくがきのうつくったんだ。ケルカリト。」

 

ケルカリト、それは少年の世界では伝統的な装飾品、草木を編んだ輪で手首に巻く用途がこの世界では一般的だ。

 

「ぼくがいないあいだも、ケルカリトがあればだいじょうぶだよ。」

 

少年は今にも泣きそうな少女にそう言いながらケルカリトを手渡す。

 

ケルカリトはただの装飾品ではない。

彼らの世界でのケルカリトは千切れた時に持ち主の身代わりとなり、持ち主を守る。

伝統的な御守りなのだ。

 

「でもね、ケルカリトがちぎれるよりまえに、かならずおにいちゃんがたすけにくる。やくそくだよ!」

 

そんな少年の言葉に、少女は涙を零しながらも笑顔を表し、少年に抱きついた。

 

「それで、またこうやってギュッてするよ。

ちぎりでやくそくしよう?」

 

うんと頷く少女。

 

そして二人は手の平を合わせ共に口にした。

 

『神よ神、民よ民、我らは今、此処で契る。』

 

 

 

 

少年の手の平には一つの千切れたケルカリト。

小さな少年の手は、跡形もない木屑を握り、

まだ小さな口から、詰まったような声を、静寂の星々の川に、ただ静かに流した。

 

星の川に終着点は無く、流れる音はいずくにも至る事も無い。

 

──それは、永久に。

 

・・・

 

「待て。」

 

冷たい空気の漂うゲートの前に立つと、男の声が聞こえた。

 

「待てって、君の命令で行こうとしてた所じゃないか。

それとも何かサプライズかな?

我が王たる『頭脳』さん?」

 

ゲートの前に立った白い和服の少女、マーリンは己の背後に居る『頭脳』……白衣を纏ったあの男の方へと向き変える。

 

「サプライズ、と言えば聞こえは良いだろうな。

だがあながち間違ってはない。支援物資だ。」

 

白衣の男、『頭脳』はそう言うと手に持つ銀色の輪をマーリンに渡した。

 

「何コレ。」

「言っただろ、支援物資だと。それにコレについてはお前も『目』なら既に視ているハズだ。」

 

面白味のない『頭脳』からの返答にやれやれといった様子で肩をすくめるマーリン。

 

「ハイハイ、ボクはもう知ってるさ。

ただこういうモノは観客席にも理解して貰えるように解説するのが礼儀だろう?」

 

そんなマーリンに理解不能といった様子の『頭脳』だが、説明が無ければ使用しないと言わんばかりに銀色の輪をクルクルと指で回すマーリンに呆れ、口を動かした。

 

「ソレは首の付け根に装着する物、簡単に言えば君達の首輪だ。」

「はははっ、ソレいいねぇ〜、ボク達は我が王の忠犬。ワンワンってね。」

 

『頭脳』の説明にマーリンはヘラヘラとした様子でちゃちゃを入れるが『頭脳』は表情を変える事なく説明を続けた。

 

「ソレは一度付ければ外す事はこちらの操作以外では不可能だ。」

「犬でもシャワーの時ぐらいは首輪外して貰えるぞ?」

「そしてソレの使用用途は三つある。」

「おっと衛生面は無視か?」

 

いちいち口を挟むマーリンを他所に『頭脳』は更に深掘った説明を始める。

 

「まず一つ、ソレは通信機器として使える。

空間を超えた通信機器、特例さえ無ければ例え異世界同士であっても通信可能だ。」

「特例ってのは?」

「それは後で説明する。」

「ちぇっ。」

 

マーリンの質問を流し、次なる機能の説明へと話を切り替える。

 

「次に二つ、ソレは簡易版ゲートとして使える。

ゲートのようなまだ此方が見付けていない異世界に飛んだり、ランダムに飛んだりする事は不可能だが、

一度上陸した異世界であれば何処にでも移動が可能だ。

細かな座標設定で時間遡行、未来に行く事も難しくはない。

……但しこれも特例を除けば、だ。」

「また出たよ、特例。」

 

特例という言葉で片付けられる事象の正体を早く答えろと言わんばかりに急かすマーリン。

それに対し『頭脳』は隠す必要が無いのか再び口を開く。

 

「……で、この特例というのは即ち、

外部から干渉出来ない状況が作成された場合。

君の『目』で視えない場所と条件は同じだ。」

 

ふぅん、と言いながら『頭脳』の説明を噛み砕いていく。

 

「つまりは遮断結界などで覆われた場合って事ね。

そういう場所に隔離された場合とかに通信が切れて音信不通になる感じか。

んで、常時コレを付けさせられるって事は通信は常に動いていて、味方の音信不通を直ぐに察知出来る。

それにより、それまでの音信を辿って救援に行けるってワケね。

……そしてコレが付いてる限り常に互いに監視されている、という所かな?」

 

マーリンの言葉に鼻を鳴らし軽く頷く。

 

「君は理解が早くて助かる。

そして最後の機能、三つ目の機能だ。」

 

察したような、否、知り得ているような表情のマーリン。

その顔は決して明るいものでは無い。

 

「使いたくない機能だがね。

我々を裏切った際の、処刑機能だ。

この機能は通信ではなく内蔵機能、故に特例場面であろうと裏切りが発覚すれば作動する。」

 

マーリンは首輪を指で回すのをピタリと止めた。

 

その瞬間。

 

──ガシャンッ!

 

大きな音を立てて首輪内部から鋭利な刃が何本も勢い良く飛び出てきた。

刃と刃の僅かな隙間で指を止めていたマーリン。

 

「成程、即死する急所には刺さらないように設計されてる。処刑というより拷問器具のようなものだね。」

 

飛び出た刃は、肉があればそれを抉るように、少しずつ回転する。

 

「これが処刑か拷問かは人による。

君には充分な処刑になるだろう?『目』よ。」

 

『頭脳』の言葉に空笑いを一つ。

 

「はぁん、そういう事。君ってホント、イイ趣味してるよ。」

「最良の選択をしているだけだ。」

「どうだか。」

 

ガチャンと再び音を立てて刃が収納された首輪。

それを確認したマーリンは、ヘラりと変わらぬ顔をしながら首に装着をし始める。

 

「ま、機能的には結構便利そうだし使わせて貰うよ。

馬鹿正直にゲートを使っていては何時アシが付くか分からないし。

『ランスロット』も言ってたもんね。「通信機があればもっと連携が取りやすい。」だとか真面目そうにさ。飛んで喜ぶんじゃない?アイツ。」

 

『ランスロット』と呼ばれる者が誰なのか一瞬ピンと来なかった様子の『頭脳』。

 

「『ランスロット』……あぁ、『脚』の事か。

渾名を勝手に付けるのは良いが、我々の会合やこういった場面で使われると分かりにくい。今後控えてくれ。

だが『脚』にもソレを渡したが随分と喜んで居た。君の言った通りにな。」

 

反省の気のなく軽く「めんめんご〜」などと言いながら首輪を付けたマーリン。

 

「しかし君、クローン作りなんかより、こういう工作の類の方が向いてるんじゃない?

実際機能も充実してるし。」

 

揶揄うでもなく『頭脳』に投げかけるマーリン。

だが『頭脳』からの返答も彼女には分かりきっていた。

 

「いいや、クローンこそ我々の目的の最終地点であり、我々の最たる研究成果だ。

その首輪など所詮は過程に過ぎん。」

 

知ってましたと言わんばかりの顔で肩をすくめると、早速装着した首輪を操作し出す。

 

「ハイハイ、研究者は面倒臭いねぇ。

んじゃ時間も惜しいんでさっさと行くよ。」

 

それだけ残すとシュンッとその場から消えた、彼らが『目』、マーリン。

それを見送った『頭脳』は冷たい床の上に固い靴の音を立てながら歩き出す。

 

「完璧なるクローンを造り上げる事こそ、君が後世に残した最後の課題なのだから。」

 

 

「そして僕がそれを成し遂げた。

だから君はもう、無理をして生きる必要は無いのだよ。」

 

だから、僕が救ってあげよう。

 

 

 

 

──全ては君の、安楽の為に。

 

・・・

 

国立西雷光戦闘員養育学校正門前。

今回出撃するメンバーは此処で集合すると連絡されていた。

「アラ、あのタクシー。」

端末を触っていたジルヴェスターが顔を上げる。

 

集合時間の二十分前。

前回、青龍に教えられた通り、タクシーに乗り国立西雷光戦闘員養育学校にやって来た、北の来訪者。

 

その来訪者の目には、前回遼を迎えに来た銀髪の男と黒髪の男の二人を目にする。

 

「お待たせして申し訳ありません。

私は国立北源水戦闘員養育学校から参りました、花宮千利と申します。

お二人が今回有志調査に加わる先輩方という事でよろしいのでしょうか?」

 

私はタクシーを降りると正門の前に居た二人の男に声をかけた。

 

「えぇ、そうよぉ〜。

アタシは西のジルヴェスター・フォン・アインホルン。堅苦しいのは苦手だし、ジルちゃん♡って気軽に呼んで欲しいわぁ。」

「堅苦しいのが苦手だからって後輩にまで強要すんな。相方がこんなで済まんな、頼りになる奴ではあるんだが……俺は国立西雷光戦闘員養育学校高等一年の駒凪未弦。ジルも同じ学年だ。」

二人は私を見ると各々の自己紹介を済ます。

 

「ジルヴェスターさんと未弦さんですね。」

「んもう、誰もアタシをジルちゃんって呼んでくれないんだからぁ。

よろしくね?千利チャン。」

「だから強要はすんなって。まぁ、先輩として何時でも頼ってくれ。よろしくな。」

「強要のつもりは無いのよぉ?」

 

大きな体躯に似合わぬ動きと表情で手を差し出すジルヴェスター。

 

しかし私にはジルヴェスターが手を差し出す理由が分からなかった。

 

「……これは?」

「これはって……握手のつもりだったんだけど、千利チャン握手苦手タイプかしら?」

 

握手。

耳にした事や、礼儀作法などの本で学んだ事はある。

 

「あぁ、握手でしたか。失礼しました。」

私は過去にインプットした礼儀作法の知識を広げ、差し出された手を作法通り握る。

 

「んもぅ、そんなにかしこまらなくていいんだからぁ。」

 

ジルヴェスターは私の手を握ったかと思うと、それを彼の口元に近付け、手の直ぐ近くでリップ音を鳴らす。

 

その様子に呆然とする私。

そんな作法は何処の本にも、何処のデータにもなかった。

「おい、ジル。あんまり後輩を茶化すな。

ジルが迷惑かけてすまんな、千利。」

ため息混じりにジルヴェスターの素行を未弦は注意する。

 

そう話していると校舎から二つ足音が増えた。

「あ、千利パイセン。ちわーす、お待たせしてすんません。」

私を見かけると手を振る遼と、軽く会釈する西蓮寺。

 

「いえ、私も先程着いた所です。」

個人的に前回の調査発表会では遼は二十分前、西蓮寺に関しては開始とほぼ同時にサジューロと現れた事から、遼は兎も角西蓮寺はもう少し後から来ると思っていたので少し意外だった。

 

残るはあと一人。

私が知るこの学校のゲート研究部の部員は霧更だけだ。

 

だが彼女は比較的早く集合場所に到着する。

南での臨時構成時も、私よりも先に到着していた。

そして今回の主催校は西。ならば必然的に彼女が残るメンバーならもう既に到着している筈だ。

 

……となると今回のメンバーは。

 

次に音が響いたのは集合五分前。

他のメンバーよりも短い間隔で耳に入る軽い足音。

 

余裕の無い足運びの間隔、恐らく走っているのだろう。

尚且つその間隔が小さく早い事、音の一つ一つが軽い事、それを考慮すると小柄な女性なのだろう。

 

「お、おまたせしました!」

 

息を軽く荒げ、そう声を上げたのは予想通りの小柄な女性。

いや、女性と言うより少女と言った方が妥当だろう。

 

彼女は背丈も遼よりやや低い事、制服のエンブレムから小等生である事から、遼と近い歳、或いはそれより下と推測できる。

 

もうみんないる……と気を落としたように呟いた少女は、私に目を留めると微かに目を見開き、慌てたように頭を下げた。

 

「おっ、遅れてすみません!っえ、えっと、こ、国立西雷光戦闘員よういきゅ学校小等しゃん年の、揺木ミズハと言います!」

 

とは言えまだ五分前だ、遅刻ではない。

それでも人を待たせたという罪悪感がきっと彼女に緊張を与えているのだろう。

 

しかし私は彼女の目の前にしながら、意識は別に向いていた。

 

僅かに感じた気配の残穢、視線のような何か、たった一瞬ではあったが、確かに『何かが居る』という事実を、研ぎ澄ました神経で掴み取った。

 

「あのー……?」

 

少女に声をかけられ、目覚めたように目の前の少女に意識を向ける。

 

「失礼しました、申し遅れましたが私が本日臨時に入らせて頂きます、国立北源水戦闘員養育学校から参りました、花宮千利と申します。

この度はどうぞよろしくお願い致します。えっと……。」

 

私とした事が『気配』を追うあまり、彼女の自己紹介を全く聞いていなかった。

 

それを察したのか、或いは噛んでしまったが故のリテイクとしてなのか。

走っていた直後の彼女は息を整えた後、再度口を開ける。

 

「ええっと、国立西雷光戦闘員養育学校小等三年の、揺木ミズハと言います!」

 

改めて紹介をした後ペコリと律儀に礼をするミズハ。

それを後ろでジルヴェスターや未弦は微笑ましく眺めていた。

 

「ミズハさんですね。よろしくお願いします。」

 

彼女に合わせて軽く礼をする。

 

だが不思議だ。

目の前に居るミズハは私を見るなりあまり快い表情をしない。

私の礼儀の怠りだろうか。

だが挨拶などに誤りなどは無かった。

 

疑問点は残るままだが、それより私は今回の出撃が堪らなく楽しみだったのだ。

今直ぐにでも出発したい程に。

 

 

 

 

……怖い。

それが少女が目の前の来訪者。花宮千利に対する印象であった。

 

彼女には視える。

怪異、心霊、そして感情の残滓。

視える、筈なのだ。

 

だが、視えない。

花宮千利が今、どのような感情を抱いているのか。

本来なら視える筈のソレが、花宮千利から視る事が出来ない。

 

まるで目の前に居るモノは、生物では無いような。

そんなイレギュラーに恐怖を覚えるのも致し方ない事だろう。

 

ミズハは目の前の来訪者に気付かれないように少しずつ距離を置き、近くに居た西蓮寺の羽織の裾を握る。

 

「しーちゃん、居るんでしょ?」

低く小さな声で彼女を呼ぶ。

『どったの姐さん』

ふわり、ふわりと宙を舞う蝶、死神が一匹。

 

姿を現したわけでは無い死神だが、まるで彼女が視えているかのように、ジルヴェスターは再び口を開く。

 

「貴女から見てあの子はどう映る?」

『ヤバい。』

想定内の返答だったのか、唇に指を当てて思案する。

 

『今の時点でもだいぶヤバいけど、アレがあのまま育てば姐さんでも厳しいよ。』

普段からちゃらけた振る舞いをする彼女だが、その目と声色は真剣だ。

 

「そう。」

と、相槌を一つ返すと切り替えるように息を吐く。

 

「さて、そろそろ行きましょ?」

パンパン、と手を叩き面々に視線を移したジルヴェスター。

 

「うす、勿論。」

遼は頷き歩き出す。

 

「ゲートまでの案内は俺がするんで、今回はよろしくお願いするっス。千利パイセン。」

「はい!よろしくお願いします。」

 

真剣な西の面々の中で一人浮く千利。

だが彼女はそんな事などどうでも良かった。

 

欲しいのは知識。

 

それ以外の事など、彼女にとっては腹の足しにもならない。

即ち不要な物だ。

 

そんな千利に違和感を持つ西の面々、だが往くしか無いのだ。

 

遼はゆっくりと瞼を閉じる。

そして大きく息を吸い、強く目を開いた。

 

それは彼の決意を表わすように。

 

「──只今から、A-762遡行防衛作戦を遂行する。」

 

 

 

 

今度こそ、俺が、お兄ちゃんが守るから。



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第二十話 神の降臨

学校の中庭。

 

ボクは逃げるように此処に辿り着いた。

 

 

──視なければ。

 

ただその一心で保健室を抜け出し、車椅子で此処までやって来た。

 

肌の至る場所に包帯が巻かれる少女、そんな彼女を突き刺すような雨粒達。

 

「……千、二千……、三千……っ」

 

スコープのような瞳はキュルルと音を立てながら少女に限界を告げる。

 

それでも瞳を止める事を止めない。

 

 

探れ。

何通りもある幾つもの可能性の中から。

 

 

 

最善の可能性……を。

 

 

 

意識が遠のいていた事に、気付いた時には手遅れだった。

 

ただでさえ冷たい身体は雨風に晒され人の温度に達していない。

 

動かなくなった四肢。

視界は紅く、血液が絞り出されたかのように、枯れた身体を起こす事すら困難。

 

だが、此処はボクの幕引きではない。

 

何も見えないし感じないけど、ボクの観測が正しければ、直に『彼ら』が来る。

 

だから、ボクはもう一度。

 

残る血で、残る酸素で、残る命で、『観測』しよう。

 

 

 

──動け、心臓。[ムーヴ・マイハート]

 

・・・

 

A-762の過去への遡行。

ゲートのある集落、集落Aへの上陸に成功。

 

「リーヴ!アヴォットアギ!リーヴララグピ!」

上陸早々、集落の少年と思わしき人物が遼を指さし喜びの声を上げた。

 

文字で表記するにも難しい発音で、何かを発言している。

意味は理解出来ないが歓迎のムードのようだ。

 

「えぇと、今のは何と……?」

「そう言えば翻訳、遼ちゃんお願い出来るかしら?」

「翻訳?」

ジルヴェスターの言葉に首を傾げる。

 

「千利パイセンは何度か異世界来たことあると思うんスけど、異世界でも同じ言語が使えるのは不思議に思わなかったっスか?」

 

言われてみれば確かにそうだ。

 

最初にB-881に上陸した時も、

南の臨時メンバーと共に向かったB-557でも、

そこの原住民なる人型種と容易に交流が出来た。

 

とはいえB-881やB-557も異世界だ。

異世界に限らず世界にはそれぞれの文化があり、文化の数だけ言語が存在するのが常識だろう。

 

だが、そんな異文化の中でどうして私達は会話が可能だったのだろう。

 

「ようは向こうがこっちに合わせてるんじゃなく、こっちが向こうに合わせるんっスよ。

こうやって……と。」

 

遼は人差し指を回すと指の周りから煌びやかな粉のようなモノが私達の頭上に浮上し、降り注ぐ。

 

「これは俺のアレンジなんスけどね。

俺の喋ってる言葉、分かります?」

 

粉が消えた頃にはすっかりと頭が冴えたような感覚に陥った。

 

「はい、何の違和感もなく……。」

「実は今俺が喋ってるのA-762独自言語なんスよね。

エルフ種は人型種より魔法に長けてたりするんで。

コツ掴めば案外簡単に出来るようになったんスよね、言語翻訳魔法も。」

 

何も違和感無く聞こえる遼の言葉に驚きながらも、同時に納得した。

 

「つまりその翻訳魔法があればどんな異世界の人型種とも会話出来るのですか?」

 

「いや、一度来た事がある場所で、尚且つその世界の言語研究が完了してないと無理っスよ。

J-016のエルフ種との交渉が出来なかったのも初上陸なのもあってあの世界の言語研究が出来てなかったんスよ。

だから通じず戦闘発展ってな感じで。」

 

確かにB-881もB-557も「一度来た」と言われていた。

つまりはあの二つの世界は一度降り立った事から言語の研究は完了していたという事なのだろう。

 

「まぁ難しく考えなくとも研究が進んでる異世界では魔法が得意な先輩らがそーゆー魔法をササッとかけてくれるんで気にする事ねぇっスよ。」

 

などと言っていると、この世界の原住民であろうエルフ種が続々と集まって来る。

「リーヴ!帰って来たのか!」

「おかえりリーヴ!」

 

かなりの単語が聞き取れるようになったが、人間の発声方法では発音出来ないであろう音の混じった単語が混ざる。

 

「あぁ、ただいま。」

そう引き攣った笑顔で応える遼。

聞き取りにくかったあの単語は遼の故郷での名前なのだろうか。

 

「良かった、リーヴがずっと心配だったんだよ。」

「異世界なんて聞いたら何があるか全く分からないからね、ずっと帰りを待ってたんだ。」

「リーヴ、もう危険な異世界なんかに行く必要は無いよ。」

 

口々に遼に話しかけるエルフ種。

歓喜に溢れた言葉達、だがその言葉の中に遼は違和感を持った。

 

「異世界に行く必要が無いって……、巨人はどうしたんだよ。」

 

普段の崩れた敬語とは違いやや違和感のある遼の語り口だが、今気にするべきはそこではない。

 

「神が再び戻られたんだ!」

 

目を見開く遼。

 

「神のお声が、蘇ったんだよ!」

「そう!その声が聞こえたその日から、ここ二年は巨人なんか一匹も来なくなったんだ!」

 

おかしい。

それは私以外のメンバーも感じ取っていただろう。

 

「神のお声……もう長老しか聞いた事がなかったって言う……あの神のお声?」

 

遼の口から長老と聞いた瞬間、嬉々としていたエルフ種の顔が曇り出す。

 

「長老は……最後の巨人の襲来の時に……死んだんだ。」

「っ!?じゃあおかしいくないか……?

何を根拠にしてその声を神のお声だって言ってるんだ?」

 

ますます違和感が増える。

 

「そんな長老が死んで家族で悲しんでいた時に、聞こえたんだ!神のお声が!」

「疑う気持ちは分かる。最初は俺達も疑ったんだ。

けどお声は『全ての脅威から守りましょう』って言って、それから巨人はめっきり来なくなったんだよ!

それを神の偉業と言わず何と言うか!」

 

積もる、それは埃のように、違和感という名の塵が。

一つ、また一つと積もり出すのだ。

 

明らかに『出来過ぎ』ている。

 

御伽噺を疑う程に出来過ぎた筋書き、だがこの筋書きには覚えがあった。

 

『──君達の言う『人類の敵』は、この世界において、今晩……二十二時頃に現れる。天気は曇りだ。』

 

実際、あの時、B-557での人類の敵の出現時間はその日のきっかり二十二時、その時の天気も彼女が放った通り、曇りだった。

 

途中で霧がかったが、あれは鈴春が用意した物だった事を考慮しても、一連の流れが『出来過ぎ』ている。

 

B-557で私達が滞在できた時間は僅かだった。

 

そんな所に情報収集の為に探していた魔法少女に『偶然』出会い、

彼女が目覚めた翌日に『偶然』人類の敵が出現、

討伐後にその人類の敵が『偶然』にも最後の一体であると告げられ、

そして『偶然』最後の一体の人類の敵討伐時に私達が居た為、恋は路頭に迷う事無くゲート研究部への入部を希望した。

 

これが僅か三日程度での出来事。

見事な程の大団円としてこの調査は終了した。

 

そんな『出来過ぎ』たシナリオと、今回の『出来過ぎ』た違和に、私は既視感を覚えた。

 

「だからリーヴ、リーヴはもう命を張って危険な異世界に行かなくても良いんだ。神がお守り下さるのだから。」

「だけど……。」

 

彼らに対し遼は答えを出し渋った。

 

「そうだ!リーヴ、神殿に行くのはどうだ?

お客人も居るみたいだし、お客人も神にご挨拶をなさらないと失礼だよ。」

「神殿?あのボロボロに壊れてたヤツか?」

 

神殿、と呼ばれる場所に遼は心当たりがある様子。

 

「そうそう、神が帰って来られて直ぐに復旧作業をしたから、今は建てたばかりのように美しくなってるよ。

リーヴは場所知ってるし案内は要らないよね?」

「……そうだな、俺が客人を神殿まで案内する。

後で集落に戻るつもりだから、妹に伝えといてくれ。

お兄ちゃんとお兄ちゃんの友達が来たって。」

 

エルフ種は了解〜、などと承諾の言葉を口々に放ち、集落の中心の方へと走り去って行った。

 

「って事で次の目的地は……。」

「神殿、だな。」

「……っス。」

 

未弦の間髪入れない返答に遼は頷く。

私を含めた他の者も異論は無いようで遼に視線を向ける。

 

「この集落から少し外れた所、そこに神殿があるんスよ。

此処の世界、昔は集落がぐるっと神殿を囲むみたいに円状になって栄えてたんで、その中心に神殿がある感じっスね。

案内するっス。」

 

各自頷くと、遼は足先を木々の生い茂る方へと向けて歩き出した。

 

「あの……遼さん。この世界には神様が居るみたいだけど、神話とかってあるんですか?」

 

草木を掻き分けて歩く中、ミズハがふとした質問を遼に投げかける。

 

「あぁ、あるんスよ。神話。

俺は御伽噺だと思ってそんな真面目に聞いた事無いんスけど……えーっと何だったかなぁ。」

 

「『その昔、神がこの世界に現れた。』」

 

詰まる遼の横から口を開いたのは西蓮寺だ。

 

「『深緑の髪に黄金の瞳をした、それは美しい神であった。

神は我々を創り出した。

我々は神の遣いとして、創られたのであった。

神はこの世界を守っておられた。

我々は神の為、年に一度、集落の子を納め、神との関係を築き続けた。

 

だが、ある時。

集落の者が家族を殺めてしまった。

神はそれを知り、我々を見捨てた。

神に守られていたこの世界は、神の手から離れてしまった。』

……以上だと思う。」

 

淡々と話す西蓮寺に驚いた様子の面々。

同じ学校の部員達とも普段から声を出して話す事が少ないと言う事が各々の反応でよく分かる。

 

「よく覚えてるっスね……暗記っスか?」

 

遼がそう質問すると首を横に振った。

 

「で、その神の声を聞いたって言う長老サンだったかしら?その方が亡くなってから神を名乗る何かが出現したのが引っかかるわね。

……まるで長老さんの死を待っていたみたいに。」

 

沈黙が少し続く。

 

「神様がこの世界を見捨てた理由って『集落の者が家族を殺めてしまった。』からなんですよね。

もしかして、その長老さんが家族を殺めてしまった人でその人が亡くなるのを待っていた……とか?」

 

ミズハの見解も可能性としてはゼロでは無いだろう。

 

「長老はそんな方だとは思わなかったんスけど……何百年も前っスからね。

人型種は寿命が短いからあんま無いかもしんないけどエルフ種は長寿で老けにくいモンなんでさ、人格が変わる事も不思議じゃ無いんスよね。」

 

老けにくい、と聞きふと疑問が過ぎる。

 

「黒瀬くんは四年生って聞きましたが……もしかして実年齢と学年違ったりしますか?」

「そっスね、千利パイセンには言って無かったかもしんないけど俺今年で十二なんで。

入学したタイミングに合わせて学年付いてるんで若干ズレてんっスよ。」

 

想像していたより大きく年齢が違う訳ではないようではあるが、やはり違うらしい。

当初思っていたよりも私は彼と年齢が近いようだ。

 

「それよりその神とやらが本物かどうか、まず問題はそこなんスよね。

神話上の神は『深緑の髪に黄金の瞳をした美しい神』らしいんスけど……今回の神が姿を現して無いんで参考にならないっスね。」

 

姿を現していない。

声質は兎も角、神話では姿の記述があるにも関わらず、敢えて声だけで現れ、神のような所業を行っている。

 

姿を現せば本物の神である事が一目瞭然であるというのに。

 

「私は偽物だと思います。

本物であれば何かしら大事な理由が無い限り、姿をこの世界に現すと思います。

神話には容姿の記述はあっても声質の記述はありませんから、声のみで神であるなどとは誰でも言えます。

……本物の神の声を知る、長老さんと言う方が居ないのならば。」

 

思ったままに発言した。

他の者達も本物である確証が無い中、本物であるとは言い難いのだろう。

 

「真偽は……この神殿の中、か。」

 

獣道のような長い道のりを歩いた先にそれはあった。

 

 

目の前には空を覆う程の巨木。

その根と根の間に空洞があり、中は左右の土の壁から仄かに光る花が均等に植えられており、奥には石で組まれたであろう階段が見える。

通路の両脇には湧き水による川が流れ、その水に反射する花の光。

それは幻想的な光景であった。

 

「昔はこの巨木の半分くらいを巨人に破壊されて、中もめちゃくちゃになってたモンっスから、俺が何も知らなかった頃は此処でよく遊んだりしてたんっスよ。

この神殿って、本来こんな姿だったんスね。」

 

関心するように神殿の中を歩き、階段を登ると広い空間に出た。

 

そこには、光る花々が祭壇のような場所に目一杯飾られ、広間の真ん中を突っ切るように光る花弁の絨毯が敷き詰められていた。

 

「この花弁の上歩いても大丈夫なんですかね?」

「あぁ、この花は踏んだ程度では光が消えたり萎れたりしないんで大丈夫っスよ。進みましょう。」

 

花弁の絨毯の上を歩き、祭壇の前に立つ。

祭壇の中央には供物だろうか、木の実や作物が一杯に置かれていた。

 

「神よ、神よ。この地の子、リーヴ・ラグォリッチュアリオ・ホエニュキア。

この地に戻りました。」

 

発音が独特過ぎて殆ど聞き取れなかったが、先程の名乗りが遼の本名なのだろう。

 

すると広間全体からブゥゥンと機械音が響き、僅かな沈黙を与えると、

『神の声』とやらが始まった。

 

『よくぞ戻りました。愛すべき我が地の子よ。』

 

広間全体に響く女性のような声。

その声には聞き覚えがあり、疑惑が確信に変わった。

 

「マーリン!」

 

私の声が広間に響いた。

咄嗟にそう口にした私を一同は困惑した様子で目を移したが、次に聞こえた音で空気が一瞬にして変わる。

 

『……っははは!待ちくたびれたよ、全く。

笑い堪えるのに必死だったんだぜ?

神様なんて信じちゃうおバカさん達にさぁ。』

 

「これは……」

「偽物確定……っスね。」

 

響く笑い声に武器を構える面々。

 

『どーこ向けて武器構えてんの?

残念だけどボクは此処には居ないよ?この音声も遠隔操作だから。

こんなチンケなオモチャで神様だって信じちゃうなんて、ほんっとこの世界の文明の発展が遅くて笑えちゃう。』

 

神を騙った声は、民の信仰や私達の言動を一蹴するように鼻で笑った。

 

緊張が走る。

 

幻想的であった僅かな明かりのみで構成された暗い神殿は、

彼女の笑い声により、薄暗く何処から何が来るか分からない空間へと様変わりを果たした。

 

 

 

『──さぁて、ここからはキミ達のお待ちかね。

種明かしの時間としようか。』



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第二十一話 姉の勇断

「貴様らは敗北した、敗者は勝者に従え。」

 

よくある話だよ。

 

「貴様らの手の内にある策謀、奴を此方に引き渡して貰おうか。」

 

そんな話が、策謀本人である『私』抜きで行われていた。

 

「良いですか、貴方が身代わりになりなさい。」

 

敗北をもたらした敗北の女神がそう言う。

 

『私』でなく、『私』の弟に。

 

「そんなもの、諸刃の剣。直ぐにバレてしまいます。バレてしまった場合、弟は……烈はどんな目に合うとお思いなのですか!? 当主!!」

 

何故『私』を差し出さない。

 

「承知しました、当主。」

「烈!?」

 

何故、お前は承諾したんだ。

この世界の汚れは、お前が一番知っている筈だろうに。

 

「当主の仰せのままに。」

「やめろ! 当主、考え直して下さい!身代わりなど直ぐにバレるような手段を使うより、相手の要望に従い私を差し出した方が……!」

 

「姉様。」

 

『私』の愛しい弟、瓜二つな双子の弟。

 

「僕は、大丈夫です。」

 

感情を隠すのが下手くそな弟。可愛い弟。

今だって、大粒の涙を幾つも零してるじゃないか。

 

……弟は、勝者の元へ往く為に髪の色を抜いた。

 

赤く長い髪が白へと変わる。

 

綺麗に化粧をし、私よりもずっと美人になって。

 

そうして車に乗せられる。

 

「真利!!」

 

「私が────いいや、このボクが! 必ず迎えに行くから! 絶対に!!」

 

嗚呼、またお前を泣かせてしまったな。

 

ボクが、この頃に力を持っていたなら。

全てを視る事が出来たなら。

 

お前を泣かせずに済んだのかな。

 

・・・

 

張り詰めた空気。

広間の中心で円になり武器を構える私達。

そんな空気の中、再び機械音声が響くのを待っていた。

 

『さぁて、何処から話してあげようか。

この世界の歴史からかな?

ほぉら原住民、さっき復習したっしょ?言ってみな。』

 

機械音声・マーリンから遼に話を振られる。

 

「……『その昔、神がこの世界に現れた。

深緑の髪に黄金の瞳をした、それは美しい神であった。

神は我々を創り出した。

我々は神の遣いとして、創られたのであった。

神はこの世界を守っておられた。

我々は神の為、年に一度、集落の子を納め、神との関係を築き続けた。

 

だが、ある時。

集落の者が家族を殺めてしまった。

神はそれを知り、我々を見捨てた。

神に守られていたこの世界は、神の手から離れてしまった。』」

 

それにしても不気味だ。

 

六人でこの神殿に向かう際、何かの気配は、出発前のアレ以降感じる事はなかった。

道中にはこの神殿のような機械の作動音も無く、監視カメラや盗聴器などの機器も無かった。

 

それなのにマーリンは私達の道中での会話を知った様に話すのだ。

それも寸分たりとも狂いは無い。

 

まるで本当に世界を観測しているかのように。

 

『はぁーい、上手に言えましたぁ〜。』

 

思ってもいないような口ぶりの声とお世辞程度の拍手の音が響く。

 

『まず前提として、この世界に神とされる者は『本当に居た』のさ。

キミ達を本当に作ったのかは興味も無かったから調べてないけど、確かにキミ達以外にこの世界を守ろうとしていた存在は居た。

これがまぁ邪魔だったんだよねぇ〜。

 

ねぇねぇ、キミ達エルフ種が毎年毎年律儀にお供えした子供、アレ何に使われてたと思う?

はい、そこのちっこい鎌女子!解答ぅ!』

 

唐突に投げかけられた質問。

それに対して熟考したミズハが一つの解を提示する。

 

「食用っ……でしょう……か……?

神に捧げられる物って……大体食べ物……です……し……。」

 

武器を構えたまま勢いよく言葉を発したが、話すにつれ声が少しずつ小さくなっていっているのが聞いていて分かった。

 

『私も一応死神なんだけど。

私っておチビちゃんに人間も食うって思われてたの?』

「アラしーチャン、多分アナタ死神とも神とも思われて無いわよ。あの感じ。」

『ジーマー?広義に言えば君らの中じゃ神も死神も似たようなもののくせに〜。実状は違うワケだけど。

あと人間貢がれるより鳥の唐揚げ貢いで欲しい。』

「ふふっ、帰ったら作ってあげるから拗ねないの。」

『マ!?ラッキー!

よっ!姐さん!着いて来て良かった〜!!』

「そういう所なんじゃないかしらねぇ?」

 

何も無いハズの方向に向かって小声で何かを言ったジルヴェスター。

横に並び聞こえる位置にいるミズハや未弦が気にしていない事からあまり重要な話ではないのだろう。

 

『ザンネン、不正解。

正解は自分の護身兵として育ててた。

供物の子供がどう扱われるかこの世界の者達は誰も知らなくてね。

だから毎回その時が来るのを恐れ、その時にはより劣等品を、或いは忌み子だとかを捧げていたのさ。

神サマもそういう子が差し出されると分かって、敢えて用途を暈したんだろうね。

そしてそんな子らに愛情を注ぎ、忠誠心の塊みたいな護身兵に仕立て上げた訳だ。』

 

しかしこの話には矛盾点がある。

 

「それなら貢がれた子供達は生きて何処かに居る筈だ。

だが神話や原住民がその子供達が生きている事を知らなかったり記述されてないなんておかしいだろ。」

 

未弦が辺りを見渡しながら問いを投げかける。

広間の中は音が響き過ぎて、何処から音が出ているのかが探れないでいるのだろう。

 

事実、耳が良いと鈴春からのお墨付きを貰った私ですら、音が何処から発生しているのか分からずにいた。

 

『ま、弓矢青年の言う事は確かだね。

そう、じゃあ何故その子供達はこの世界から姿を消しているのか。なんだかミステリーじみてきたねぇ。

でもキミ達なら分かるだろう?

意図的にその世界の住民を、その世界から消す。

……いいや、移動させる方法を、さ。』

 

そうか。

その解は私達が思っていた以上に単純な解であった。

 

「ゲート……つまり異世界に移動させて育てていた。」

『ビンゴ!その通り。簡単過ぎたかな?』

 

『神サマはこの世界と同時にもう一つの世界、護身兵を育てる為の箱庭のような世界の管理も同時に行っていたのさ。

しかし神の御加護というものは厄介極まりないね。

その護身兵には皆、加護が施されていて一匹潰すだけでも苦労したよ。』

 

「潰……っ、お前、まさか……っ!」

『おっと、流石にボクも身を弁えているさ。

神サマ『は』殺しちゃあいない。』

 

キッと広間の暗闇を睨みつける遼に、付け加えるように話を続けた。

 

『邪魔だったんでね。神サマにはこの世界からもう一つの世界に逃げて貰ったのさ。

この世界のエルフ種を一匹、向こうの護身兵は何匹潰したか忘れたなぁ。

そうやって潰して、神サマに天秤を握らせた。

この世界か護身兵達を匿う世界、何方か一つを選ぶように、ね。』

 

「そして神サマは此方では無く護身兵の居る世界を選んだ……とでも言うのかしら。」

 

先程の小声とは打って変わったような、真剣な声色でジルヴェスターはマーリンに問いかける。

 

『そうなるね。

神サマはハナからこの世界のエルフ種は綺麗なモノばかりでは無いと知っていたが故の決断なんだろうよ。

子供を貢ぎ物として要求したのも、この世界のエルフ種の性根を探る為にね。

そして案の定、贈られるのは劣等生や忌み子だ。

その性根に呆れ、それくらいなら少数ではあれど自らを慕う、強く育った護身兵達を選んだんだろう。』

 

理解が出来ない。

多くを守りたければこの世界を選んだだろうに。

何故少数しか居ないようなちっぽけな世界を選んだのか。

私には理解が出来なかった。

 

「それで、神様が逃げた口実の為に、貴女は此方の世界のエルフ種を一人殺めたのでしょう?

後の神話に『家族殺し』と書かせる為に。」

 

ジルヴェスターの真剣な声に対し、茶化すかのような口笛を鳴らした機械音声。

 

『ヒュウッ、長髪兄さん冴えてんねぇ〜!

その通り。この世界から神を消すには口実が必要だった。

その口実として、ボクがエルフ種に化けてエルフ種を、他のエルフ種の目の前で殺ったのさ。

こっちは訓練なんてされてないもんだからね。

いやぁ〜、簡単に片付いたよ。』

 

ギリリと歯を鳴らす遼。

それでも機械音声は言葉を続けた。

 

『だがこれはあくまで下拵え、メインの調理はここからさ。

 

そうして神サマの加護が無くなったこの世界に巨人が来るように仕込んだ。

おかしいと思ったろ?

キミ達ゲート研究者でも一部しか知らないゲートの開閉が、あんな低脳そうな巨人共に出来るとかさ。それこそ研究の敗北だよね〜。』

 

「つまり、何が言いたい。」

 

弓矢を手元に構えたまま、暗闇を睨みつけている未弦が声を発した。

 

『言ったろ?ボクが巨人をこの世界に来るよう仕組んだ。

頭の切れるそこの銀髪、ゲートの使用にあたり、気をつけなければならない事柄や傾向を言ってみよーう!』

 

次にマーリンが指名したのはジルヴェスターだ。

 

「そうね、ゲートは基本的に『解読』を行い開閉する事ができる。

その『解読』をしない事にはまずゲートで目的地に行く所か、開閉すら出来ない。

 

ただ、単にゲートを通るだけなら他にも手段はあるわ。

それは『解読』されて開いたゲートに飛び込む事。『解読』したゲートが開いている時間は十秒間、その間に飛び込む事になるから難易度が高いわ。

 

それに飛び込んだだけだと帰る事も出来ないから路頭に迷う事になる。

そうなれば巨人達が行っていた習性、『頭蓋骨を巣に集める』という事は出来ないわ。

だってそもそも巣に帰れないもの。」

 

『そーゆー推測は別に聞いてないからー。

ボクが聞いてるのはゲートの傾向や使用方法。

それ以外は省いて省いて〜。』

 

段々会話が面倒になってきたのか、やる気のない声でジルヴェスターに催促をする。

 

「注文が多いわね、アタシとしてはもっと楽しいガールズトークをしたいんだけど?

 

……まぁいいわ、『解読』の他にも『初期設定』もゲートには必要ね。

『初期設定』で細かな座標、x,y,z値を設定。

これらの設定をキチンとする事で危険無く陸地に降り立つ事が出来るわ。

 

そして『追加設定』。これはもうオプションみたいなモノだけど、目的地を定めたり到着時刻を定めたりする事が可能ね。

今回みたいに過去へと遡行する事も、逆に未来へ行く事も可能。

この『追加設定』も含めて、アタシ達は『解読』とは言ってるけど。

 

もう良いかしら?」

 

ジルヴェスターの解説が一通り終わったにも関わらず、機械音声からは少しの沈黙が流れた。

 

『まぁそんなもんかぁ。ゲートをメインで研究してるわりにそんなに研究進んでないんだね。

……『脚』の言ってた通りか。』

 

悪意を持った罵倒ではないようだが、何処か気に触ったようで西蓮寺が僅かに動く。

 

「『脚』……?」

『あ、それはコッチの話、気にしないで〜。』

 

気になる単語があったものの、機械音声はそれに答えるつもりは無いようだ。

 

『となるとキミ達にはこの問題は難解かもねぇ〜?

なんせキミ達が知らない技術をボク達が用いてるワケだからね。

 

ま、とりあえずキミ達の知らない技術でボクは巨人を意図的に此処に送り込み、この世界に『脅威』という存在を作り上げた。

 

そうしてキミ達が現れるのを待っていたのさ。

A-000のゲート研究部サン?』

 

最後の言葉に一同の肩がピクリと動いた。

 

おかしい。

何もかもが。

 

そもそもA-000というものはA-000での独自用語。

B-881で語られた文化の中での名称、『マーリン』を名乗る彼女がそんなA-000独自用語を知る筈が無い。

 

それに私達は遼以外、無礼な事にあの機械音声『マーリン』に一言も名乗っていない。

相手は未知なる存在だ、名乗る方が不思議ではあるが遼の場合はこの世界での本名な上、相手が神であると前提して名乗っていた。

故にゲート研究部に関する事柄は何も語っていないのは目の前で見ていた私達が分かっている。

 

過去に鈴春と共にB-557に上陸し、マーリンと遭遇した時も青龍の宣言により誰一人名乗っていない。

 

つまり彼女がゲートでの移動でA-000という単語を知る機会があった可能性はあれど、

私が入部申請の為にパンフレットに目を通すまで知らなかった、『ゲート研究部』を知っている事が本来有り得ない事なのだ。

 

『実に見事な表情だね〜!いいよ〜!

だがまぁボクからすればどうでもいい情報なんだけどね。

ボクにとって重要なのはキミ達の所属ではなく行動。

……キミがゲート研究部に入る事を待っていたんだよ。

黒瀬遼君。』

 

遼が目を見開く。

 

『この世界から、ゲート研究部に繋がる縁が発生するのを待っていたんだ。

ゲート研究部という存在が設立されるよりも、ずっと前。この世界に神が居た、その頃から、ね。』

 

想定外の言葉に困惑の色が目立つ遼。

 

「それって……どういう……?」

 

『もっと簡単に言おうか、黒瀬遼。

キミがもしゲート研究部に入らなかったら。

……いいや、もしゲート研究部がこの地に降り立つ事が無ければ。

 

──この世界は滅ばずに済んだんだよ。』

 

 

彼は、声を失った。

手に持った彼の身長より一回り大きな杖は広間の床に落ち、コロコロと杖の転がる音が静かに響く。

 

『いやぁ皮肉だよねぇ〜。

若くして世界の為に危険に飛び出した英雄が、その世界の危険の引き金を引いていたなんてさ。

西蓮寺頼人君、キミも彼を想って招き入れたんだろう?

いやぁ同情するよ〜。』

 

その機械音声の中には嘲笑うような声しか聞こえない。

 

『西蓮寺頼人、君を率いたゲート研究チーム『ネサンジェータ』さえこの地に降り立たなければ、君が心痛めた少年、黒瀬遼という人物は生まれなかった。

君達が来なければ、この世界は神に守られ続け、化物に襲われる危険と隣り合わせにされる事も無かった。

そうしてこの後、この世界が完全に滅びる事もね。』

 

表情は見えない、だがギュッと力強く拳を握る音が、確かに西蓮寺の方向から聞こえた。

 

「……滅ぶって、誰が決めたんスか。」

 

幼い少年とは思えない、唸るような声が牙を剥く。

 

床に転がっていた大きな杖を片手で拾い、声の主は天井を仰ぐ。

 

「俺は……っ、僕は黒瀬遼!このゲート研究部の名において、この世界を死守する為馳せ参じた!」

 

握った杖を高々と天井に掲げ、その先にある暗闇を睨みつけた。

 

「例え今までの僕の行動が、全てお前の計算通りだったとしても。

……お前の狙いが何かは知らないが、それでも僕は戦う。

この世界を、僕の故郷を、守る為に!!

絶対に滅ばせたりなんかしない!!!!」

 

小さな体に宿る決意、それを機械音声は笑いはしなかった。

 

『ふぅん、良かったよ。この程度で怖気付く腑抜けじゃなくて。

見直した。君は正に英雄だ。』

 

笑っていたあの声とは別人のように、ある種の尊敬を向けた声色で機械音声は話す。

 

『それでこそ、こっちも本気で向き合えるってものさ。』

 

途端に花弁の絨毯が舞う。

その光は心安らぐ白から、危険信号を伝える赤色へと色を変えた。

 

『我は世界の観測者[マーリン]、我が望みの為、この世界を滅ぼそうぞ。』

 

大丈夫だ。

 

今度こそ、ボクが、姉さんが守るから。



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第二十二話 触らぬ神に祟りなし

ATTENTION
今回のお話では少々過激なグロ表現が含まれています。


僕[ボク]はね、ただ君[キミ]を守りたいんだ。

 

泣き虫で、でも見栄っ張りで。

そんな、可愛い可愛い僕[ボク]の妹[弟]。

 

だからね、僕[ボク]は戦うよ。

 

この世界を守って[壊して]、君[キミ]に厄災の無いように。

 

 

「「行ってきます。」」

 

 

 

 

『ボクにも譲れないモノがあるんだ。

……その為に、此処には滅んで貰うよ!!』

 

赤く、光る花弁が舞う。

 

「この世界は僕の、僕達の世界なんだ!

滅ぼさせたりなんて絶対させない!!」

 

小さな少年は身の丈よりも大きな杖を突き上げたまま、花弁舞う天井に叫ぶ。

 

『それじゃあ……。』

 

機械音声・マーリンは言葉を少し溜めた後、低く真剣な声色で、再び声を機械に乗せる。

 

『──開戦だ。』

 

声と同時に地面が揺れ、神殿はミシリミシリと悲鳴を上げる。

 

「この振動、巨人種か!? いつの間に……なんて言ってる暇無いな! ジル!!」

「えぇ、分かってるわよ! 外に出たら直ぐに馬車を出すわ! 兎に角まずは現状確認よ!」

「っス! 総員神殿から退避!」

「「はい!」」

 

神殿の悲鳴の中、一行は外へと走り出す。

 

 

 

ひたり。

 

人の気配の無くなった神殿の祭壇に一人。

裸足の足をそこに置き、辺りを舞う花弁とは反対色の流した髪を揺らしながら、一人、祭壇を歩く。

 

「ミッションは完遂だ。これでいいんだね?『モルドレッド』。」

 

祭壇を踏みつけ自身の首輪に手をあてる少女。

暫くするとその首輪から別の人物であろう声が現れる。

 

『『モルドレッド』? 誰だそれ。そんな部位は何処にも無いだろ。』

「応答してくれる辺り分かってるだろ?

我らの達者な『口』さん。」

 

少女の言葉に対し、面白がったような声の主、『口』がその饒舌さを発揮する。

 

『『モルドレッド』ではなく『口』と呼んでくれなきゃ分からないぜ? 『目』さんよぉ。』

 

音声が入るように大きくため息を首輪に集音させる少女、『目』。

 

「どいつもこいつも好きだねぇ、その異称。

ボクはどうも愛着湧かないけど。

……んで? あと幾つ世界用意すりゃいいワケ。

一個じゃダメなの?」

 

やや面倒くさそうに質問を投げかける『目』に、『口』は調子を変えたかのように真剣な声を首輪から放つ。

 

『一つじゃダメだ。

もっと、もっとだ。』

 

音のひとつひとつに強く言の葉を乗せる『口』。

 

「はぁ、そんな世界大量にコレクションして何になるのだか。

まぁ、こっちの計画で出た『破棄物』を回収してくれんのは有難いけど。

次の手は打ってある。直にそっちも陥落するだろうよ。

 

……で? このボクにこれだけ働かせておいて、キミもしっかりと働いてくれてるんだろうね?」

 

『勿論。後は動きを待つだけだ。』

 

余程自信があるのか『口』の声色はやや明るく聞こえる。

 

「はいはい、乙乙〜っと。

しかしキミの次は『耳』か。『耳』については観測上は問題無いけど不安になるね。

感情という最も数値化しにくい要因で動くタイプっぽいし。」

 

祭壇の上で胡座をかいて呟く『目』。

 

「んじゃ、引き続き『耳』候補の監視ヨロ。

こっちはこっちの仕事に戻るから。バイバーイ。」

 

プツン、と音を切る。

赤く光る花に囲まれた祭壇で、胡座をかく偽造の神はニヤリと笑った。

 

 

「この盤面は、もう覆せやしないさ。」

 

・・・

 

神殿の外へと辿り着いた一行。

「先ずは出現場所の特定っスね。今地理掌握魔法を……」

「いえ、聞こえます。五時の方向です。」

遼の言葉に間髪入れず返答した。

 

遼はなにやら顔が引き攣った様子を見せるが、直ぐに立て直し、私に質問を投げかける。

「出現箇所はその一箇所で間違い無いんスか?」

「はい、この振動は一点から複数の大型生物によるものです。数は十……二十……秒単位で増えています。」

 

猶予は無い。

一秒、一秒、重なる毎に増える巨人種。

 

「ここからは住民避難班と戦闘班に別れて貰うっス。

住民避難班は此処の原住民でコンタクトを取りやすい俺と、避難時の脚としてジルパイセン、ジルパイセンの走行中の警備として未弦パイセンの三人。俺を班長として動いて貰う。

そして残る戦闘班は西蓮寺パイセンを班長として、ミズハさん、千利パイセンの三人。

……行けるっスか?」

 

そんな遼の投げかけにジルヴェスターは笑った。

 

何時もの柔らかな笑みではなく、覚悟を決め、全てを飲み込んだ、不敵の笑み。

 

「行くも行けないも関係無いの。『やる』のよ。

ねぇ? 未弦。」

「あぁ、やる以外の選択肢なんてある訳無いだろ。」

「……絶対に、今度こそ負けなんてしません!」

「敵が居るなら始末するのみ、です。問題ありません。」

 

覚悟を決めたメンバー。

西蓮寺も異論無く、他のメンバーの言葉に深く頷いた。

 

「五時の方向には集落Aと集落の外れにゲートがあるっス。恐らくそっちから音が聞こえるとなると巨人種は外れのゲートから現れてるはず。

戦闘班はその出現した巨人種を誘導して集落から遠ざけて欲しいっス。」

 

コクリと頷く西蓮寺。

 

「んで、俺達。住民避難班はゲートから一番遠い集落、集落Xから順に集落を周り、住民を馬車に乗せてA-000に一時的避難をする方向で行くっスよ。」

 

「OK、任せなさい。一万程度の住民ならアタシの馬車で余裕よ。」

「あぁ、ジルは全力で走ってくれ。ナビと非常時の戦闘は俺に任せろ。」

「頼もしいわぁ、背中は任せたわよ。」

 

二人の自信に後押しされた遼は一つ、息を吸っては大きく吐いた。

 

「では総員、持ち場へ着け!

……必ず、守り抜くっスよ。」

 

「はっ!」と声を合わせると、避難班のジルヴェスターは馬車と言うには何処か違うような物を出し、遼はその馬車と呼ばれるに乗り込むと、

未弦はジルヴェスターの横に立つ。

 

「ジル、今回も頼む。」

「えぇ、任せなさい。」

 

そうジルヴェスターが笑った途端、彼は光に包まれる。

 

光に包まれ、現れたのは額に長く鋭い角を持った、美しい銀色の馬のような姿。

 

「西蓮寺パイセン!頼みます!」

馬車の窓から遼が西蓮寺に声を放つと、未弦は銀色の馬に跨り、馬車が走り出す。

 

馬車を見送り、五時の方向に顔を向けるミズハ。

 

「あの、西蓮寺さん。お願いできますか?」

コクリと一つ。

「お願いって一体……?」

彼女の言った『お願い』とは何かを聞く前に、西蓮寺によって小脇に抱えられる。

 

「えっと、これは……?」

「その……、走るより、西蓮寺さんの方が速いんです!」

 

そうミズハが言っていると、

西蓮寺からバチバチと鋭い音を立てながら電流が流れ、みるみると彼の脚に電気が溜まっていく様子が目視でも確認出来た。

 

 

──ッパン

 

一瞬の出来事だった。

 

瞬きする暇も無く、風を感じたかと思うと、目の前には大量の巨人種。

「映像で観たより迫力が凄いですね。」

「西蓮寺さん!前に来てます!」

 

ミズハの声に応えるように、電流は轟音を響かせ、迫り来る巨人種の腕を瞬間移動するかのようにすり抜けて行く。

 

西蓮寺の瞬間移動のようなもので巨人種の群れの端まで移動した。

此処はゲートから見て集落Aの真反対。

何処に行こうかと彷徨っていた巨人種の群れは轟音に目を向けた事から、聴覚はあるのだと理解出来る。

 

西蓮寺は小脇に抱えた私達をそっと地面に降ろすと、勢いよく地面を殴る。

 

すると地面はひび割れ、そこから溢れるように突き出た電撃が巨人種達の身体を刺した。

 

電撃を食らった巨人種達の、恫喝的な咆哮。

するとそれを聞いた他の巨人種が津波のように押し寄せて来た。

 

「来ます……っ!」

ミズハは震える手でギュッと大鎌を握り、戦闘態勢に入る。

 

ミズハにならい、私も手持ちのサーベルを抜く。

 

──敵認証完了。只今から対象の殲滅を開始する。

 

・・・

 

集落Xに降り立つ遼、未弦、ジルヴェスター。

 

「皆さん、巨人がこの世界を襲いに来ます! 直ぐに僕達の用意した乗り物に乗って下さい!」

切羽詰まった声で遼は集落Xの住民に放つ。

 

「なんだ騒がしいな。君、お父さんやお母さんから聞いてるだろ? 神がお戻りになられたから巨人なんてもうやって来ないよ。」

「あら、何方の集落の子かしら? 神のお声は何処の集落にも届いてる筈だけど。」

 

危機感を忘れた呑気な住民達。

事実、巨人種の歩く地響きはさながら地震のようだが、この集落は巨人種が現れたゲートから最も遠い事もあり、その揺れに気付く者は居ない。

 

「神様なんてもう居ない! あの声は神様なんかじゃない! 巨人に襲われる危機感を忘れる、この状況を狙って巨人を放った悪魔だ!

だから! 早く!馬車に乗って!!」

 

叫ぶ遼に疑問を持つ住民達。

 

やがて住民達はある事に気付いた。

 

「少年……君の背後に居るソレ……。」

「……? 未弦パイセンとジルパイセンが……、……!」

 

遼が気付いた時には遅かった。

 

「イヤァァァァァァァァァァ!!!化物よ!!!!!」

「この世界の者ならざる者……! あぁ、なんて事だ!!」

 

逃げ惑う女子供。

未弦やジルヴェスターに向けて石を投げる者達。

 

「……っ! 違う! 止めて! 皆は僕の仲間なんだ!」

 

そんな遼の悲痛の叫びは届かない。

 

「何処から侵入した!この化物!!」

「武器だ!武器を持ってこい!!」

「まさかこの化物が神を……!なんておぞましいの!!!」

 

「おい! 待て! 俺達はこの世界に来る巨人種から……」

「う……っうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

未弦が一歩、踏み出した事に恐怖を覚えた男が、木に石の切先をくくり付けた槍を未弦に向け、刺すように投げる。

 

 

ザシュッ

 

 

「……えっ。」

 

流れる銀色に赤が舞う。

 

「もぅ、危ないわね。

未弦ちゃんに当たる所だったじゃない。」

「ジル……お前……!」

「肩はやったけど大した傷じゃないわよ〜。

アタシよりこの場を鎮めるのが先決よ。」

「でも……っ!」

 

そんな中、遼は集落の者達に腕を引かれていく。

 

「や、止めて!」

「あんな化物に捕虜にされてたのね、可哀想に。もう大丈夫よ。」

「違う! 皆は僕の仲間なんだ!! 僕の……大好きな仲間達なんだ!」

「酷い……洗脳までかけられているのね……。」

「子供を人質に取るなんて!なんて野蛮な化物だ!!」

 

「「「殺せ!!!!!」」」

 

武器は一斉に、傷を負ったジルヴェスターに矛先が向けられた。

 

「アラ、鎮めるつもりがすっかりアタシ悪役じゃない。」

 

肩に槍が刺されど顔色を変えないジルヴェスターに住民は悲鳴を上げながら、ありとあらゆる武器を彼に向けて勢いよく振りかざし────

 

 

 

「────ジルっ!!!!!!!!」

 

 

親友の声は、宙を舞った。

 

・・・

 

響く咆哮。

そんな中でミズハと私は武器を振るう。

 

ガンッ

ギィィィンッ

 

巨人種の皮膚は固いのか私のサーベルも、ミズハの大鎌もまるで歯が立たない。

 

「こんなハズ……っ! だってアイツは……!」

大鎌を握りしめたミズハは悔しそうな表情を浮かべ、再び武器を構える。

 

肉質は固い。

過去データから三条の刀は決定打にはならなかったものの、あの皮膚に傷を付ける事が出来た。

だが、このサーベルでは傷一つ付かない。

 

戦闘班の中で、私達をカバーしながら雷を振るう。

西蓮寺だけがこの中で巨人種に傷を付ける事の出来る戦力だった。

 

飛び上がり、大鎌を幾度と振るえど、固い皮膚に弾かれ、宙に放り投げられるミズハ。

そんなミズハを宙でキャッチし、地面にゆっくりと降ろしたのは西蓮寺だ。

 

このままでは増える巨人種に対応し切れない。

 

 

そんな所に西蓮寺のハンドサイン。

私には理解出来なかったが、ミズハには理解出来た様子。

 

「討伐は不可能、気絶を狙う……だ、そうです。」

「分かりました。」

 

斬撃……ミズハの大鎌や私のサーベルでは不可能。

突撃……三条の刀では可能、私のサーベルでは試したが軽く古い皮膚が剥がれる程度であった。

……ならば、残るは。

 

西蓮寺の攻撃でよろめいた巨人種の一匹。

私はソレの脚にめがけて走り出す。

 

「え……? 千利、さん……?」

 

巨人種の脚を掴む。

流石にこの太い脚を片手で持つ事は難しいが、両手あれば問題無いだろう。

 

「巻き込むかもしれません。私からは少し離れて下さい。」

 

そう二人に伝えると、巨人種の脚を引っ張り、その巨体で近くの巨人種の後頭部めがけて振りかぶり、ぶつける。

 

 

残る攻撃手段は、打撃。

 

 

後頭部を自身の体重と変わりない巨人種で殴られた巨人種。

私が武器として使った巨人種も先の激突で固い後頭部にめり込んだ事から、ぶつけた顔面部分は潰れ、原型を留めていない。

後頭部に攻撃を受けた巨人種も、打撃の重さに、その後頭部はベコリと凹んでいた。

 

これがこの場の私の最適解だろう。

 

呆気に取られる二人を視界にすら入れず、掴んだ巨人種をハンマーのように、次の巨人種に振りかざした。

 

 

 

『わー、やっばぁ〜。』

姿を現さぬ白い死神は、高くからその戦況を眺めていた。

 

彼女が危機感を覚えた要因は、優れた聴覚でも、咄嗟の判断力でも、あの重さの巨人種を武器のように扱う怪力でも無い。

 

同じ『命』という存在を、何とも感じていない。

 

その境地に辿り着くのは、ハナから感情を導入されていないアンドロイドや人造人間。

此方であった場合は別段不思議な事でも無い。

 

『アレ[花宮千利]』は、れっきとした生物でありながら、『命』というものに興味を示さない。

 

ただ『敵ならば狩る』。

そこに温情も何も無い。

 

 

それはさながら、『命』を選別する、

 

──無情な『神』のように。

 

そんな行為を持ち合わせたスペックで意図も簡単に行っている。

そしてまだ発現していない……本人すら気付いていないであろう潜在能力。

 

『このまま進めばなりかねないし、触らぬ神に祟りなし、ってね。』

 

死神は巻き込まれない程度の遠巻きで眺める。

 

神の域へと至るやもしれぬ、

産まれたての化物を。

 

 

 

「──チェックメイト。」

 

何処かからマーリンの声が聞こえたような気がした。

 

途端。

 

激しい巨人の咆哮。

だが此方では無い。

 

「……集落の方です!」

 

湧き上がる悲鳴、神へと縋る声。

 

「いや……これは……。」

 

音に集中する。

すると一つの結論が見出される。

 

「先の咆哮の直後、生物が居るであろう場所全てに巨人種が現れました。数は……こちらも増え続けています。」

 

 

──詰んだ。

 

 

私も、私の言葉を聞いた戦闘班も感じた事だろう。

 

「そんな……!遼さん達が……!」

ミズハがそう発言しようとした所だった。

 

ミズハの頭上から固く巨大な緑の拳が降る。

 

 

 

グシャッ

 

 

瞬時にミズハを蹴り、拳の下敷きになったのは西蓮寺。

 

急所は外れたが、拳を受けたのは胸から下の右半身。

骨のあった形跡も無い程に粉砕され、飛び散る西蓮寺の肉体であったであろう肉片と赤インク。

断面から内臓が顔を出し、ドクドクと泥のように彼のインクを吐き出していた。

「──っ西蓮寺さん!!!」

 

 

「……に」

 

「げ、」

 

「ろ……っ!」

 

絞り出した低音の声。

だがミズハはそれを無視するように西蓮寺に駆け寄る。

理解不能。

 

「西蓮寺さん!私が運び……むぐぐ……っ!」

ミズハは肉塊に成り果てようとする西蓮寺を運ぼうとする。

 

だが先の打撃で西蓮寺の体積は減れど、彼は百八十を超える未弦やジルヴェスターと比較しても見劣らぬ高身長。

恐らく百九十はあるであろう、筋肉もかなり付いた高身長の男を、幾ら大鎌を振るえどまだ幼く筋肉がある訳でもないミズハが持ち上げられる筈もなかった。

 

「避難班と合流しないのですか? ミズハさん。」

「西蓮寺さんを置いていくなんて……絶対に……っ!」

 

 

命しか救われる事のなかった自分を。

同じ名の厄介者により授けられた、

目と大鎌という祝福[呪い]を。

それによって失われた居場所を。

 

受け入れてくれた人。

差別も、嫌悪もする事のなかった人。

此処に居て良いという、

 

──居場所を与えてくれた人。

 

 

そんな人を、大切な人を、置き去るなど。

 

出来ない。出来る筈が無い。

 

 

 

頭上には緑の足。

それに気付きながらも西蓮寺から離れないミズハ。

 

 

 

フォンッ

 

 

ミズハの目の前の巨人種の横腹に、ベコベコに凹んだ巨人種の成れの果てをぶつけた。

後退する巨人種。

 

「アレは気絶していません。先輩は私が運びますので避難班と合流しましょう。」

片手で辛うじて息のある西蓮寺を小脇に抱える。

 

『コレ』を持つ事によって、先陣を切って巨人種を回避する手段は無い。

ここで私の片手を封じるのは愚行であるとは感じたが、『コレ』を置いて去るという選択肢が無い現状、唯一運べる力を持っている私が片手を塞ぐ以外に取れる手段が無かった。

 

『コレ』さえ置いて行けば何も問題無く合流出来るというのに。

 

私とミズハは西蓮寺を回収すると、各々巨人種を回避しながら走り出す。

 

避難班との合流、ゲートを目指して。

 

・・・

 

民衆から抜け出そうとする遼。

目の前でボロボロになるジルヴェスター、

そして未弦。

 

「もう、未弦ったら、出しゃばっちゃって。」

 

くすりと笑うが、その長い脚は立つので精一杯なのが目に見えて分かる。

 

「ジルこそ……庇ったりなんかしやがって……っ!」

「ふふ、ごめんなさいねぇ、そういう趣味なの。

嫌いになったかしら?」

「……っ言ってる場合か!」

 

お互いにドロドロと流れる血液が二人の足元に池を作る。

だが民衆達の怒りや恐怖は収まらず、再び武器の矛先を向けられた。

 

その時。

 

 

ズゥゥゥゥン……

 

 

三人は直ぐに察した。

「ちょっとぉ、タイミング最悪よぉ。」

「な……っ!?」

「そん……な……っ」

 

巨人種。

数は目視で三十。

それが突然、集落Xの目の前に現れたのである。

 

「きょ……巨人!?」

「どうして……っ神は! 我らが神は!」

「この化物共が神を手にかけたに違いない、故に加護が消えてしまったのだ!」

「イヤァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

慌てふためく民衆。

その騒ぎを起点に民衆の中から遼は脱出。

直ぐさま二人に駆け寄った。

 

「未弦パイセン……、ジルパイセン……! 俺が今治癒を……。」

「いいえ、戦闘班との合流を優先しましょう。アタシ達の戦力では到底此処の子達も、他の集落も救出出来ないわ。」

 

ジルヴェスターは常に冷静だった。

 

治癒と状況把握をメインとした魔法に特化した遼、

遠距離からの攻撃に特化しており火力より奇襲に向く未弦、

 

巨人種の肉質の固さを前回のサンプルで把握した上で、この面子では太刀打ちが出来ないと判断したのだ。

 

「此処でアタシ達を治癒して巨人種と戦闘してもアタシ達が完全に不利。遼ちゃんが倒れればその時点でオシマイよ。

それに……未弦、気付いてるでしょ?」

真剣な表情で語るジルヴェスターは目線を未弦に移した。

「……あぁ、この地面の振動と咆哮の木霊具合。

此処以外の集落にも巨人種が一気に現れた可能性がある。」

「嘘……だ……。」

 

遼の頭に過ぎるのは一人の少女。

ポケットの中に入れた木屑[ケルカリト]を握る。

 

「巨人種は骨を収集後はゲートで元の世界に移動するハズよ。そうなると最も危険な集落は何処か、分かるわよね?」

 

 

集落A。

 

遼の故郷であり、

 

大切な、妹が遼の帰りを待つ場所だ。

 

「戦闘班も千利ちゃんが巨人種の出現場所を見分けた程だもの。この状況に気付いて何か動きを始めてるハズよ。

それに……遼ちゃんは行かなきゃいけない場所があるでしょう?」

ジルヴェスターの言葉に弱く頷く。

 

そう、僕は……。

 

妹の居る世界を、守りたかったんだ。

 

「この数、簡易馬車じゃ押し潰されちゃうわ。

本気で行くから詠唱長いけど許して頂戴ね。」

辺りを見渡し、ジルヴェスターは息を吐く。

 

 

「小屋よ聞け、壁よ察せ。

波が来る、嵐が来る。

命を求めよ、命を守れよ。

故に、今こそ築け。

 

──難攻不落の方舟[ノアの方舟]よ!!!!」

 

その声に応えるように、ジルヴェスターの背後に組み上げられていく巨大な箱。

否、これこそが何処かの世界で語られる伝説の方舟。

神による厄災、世界を変える天災から生き物を守った最強の防壁。

 

ノアの方舟。

 

「さ! 乗りなさい! 住民達は……あそこまで荒れちゃアタシどころか遼ちゃんの指示も聞きそうに無いわよね。

これに乗って動けば巨人種からの攻撃も問題無いわ!

移動中に未弦の治癒出来るかしら? 遼ちゃん。」

「はい、勿論っス。」

「じゃ、未弦を頼んだわよ!」

 

そう告げたジルヴェスターは、方舟に乗り込む二人とは反対方向へと走る。

 

「ジル! お前も入らないとその怪我じゃ……っ!」

方舟に向けた足を止め、未弦はジルヴェスターの背に声を投げかけた。

 

そんな未弦に、ウインクをして返す。

 

「ノアの方舟にはね、アタシ[ユニコーン]は乗れないのよ。」

 

待てとジルヴェスターの背中に手を伸ばす未弦を、方舟の扉は無情にも引き込みパタリと閉じる。

 

「じゃあ、一走り行くわよ!

巨人だろうがなんだろうが、アタシ[ユニコーン]の角で貫けないモノなんて無いのよ!!」

 

ニヤリと笑い、光を纏う。

銀色に輝く身体のあちこちから、赤い液を流しながら。

細く美しい脚からも赤は吹き出る。

それでも彼は、方舟を引く手網を噛む。

 

『アタシを潰せる奴から掛かって来なさい。

この角で穿いてあげるわ!』

 

手網を自ら引いて、走り出す。

 

憤怒の悪魔、獰猛な一角獣は、自らの何倍もある巨人共の巨体を前にしても、自分の身が赤で汚れた事も構う事もなく、怯むなど辞書には無いように。

 

穿ち、駆け抜ける。

 

舞い散る赤は彼なのか、巨人種のものなのかすら分からない程に。

 

赤の池を数多に生み出しながら走り続けるのだった。

 

・・・

 

巨人種の頭を蹴り、集落に向けて走る。

私が小脇に抱える西蓮寺の息はまだあるが、出血量からして時間の問題だろう。

 

もって三十分。

もう無いにも等しい命を仕方無しに抱えながら走り、飛び、回避する。

 

「ミズハさん!ゲートまでの残りの距離は分かりますか?」

 

応答は無い。

 

「ミズハさん?」

 

後ろを振り向けど、ミズハの姿はそこには無い。

 

 

……あぁ、速度が合わず置いて行ってしまったのか。

彼女に幾ら戦闘経験があれど小等生が純粋な走りの速度で私に適う筈が無い。

 

……万利じゃないのだし。

 

 

しかし道が分からない以上、彼女を放置する訳にもいかないだろう。

小脇に抱える『コレ』も回復は不可能に近い。

僅かでも生存者を増やす為、ナビゲーターであるミズハを取り戻す為に、私は来た道を戻る事にした。

 

 

……囲まれた。

 

最初は千利に追いつこうと巨人種の上を飛び追いかけていた。

 

しかし、飛ぶ過程で巨人種を蹴ったのが、一匹の巨人種に気付かれ叩き落とされたのだ。

そしてその音に気付いた他の巨人種も群がり、壁に包まれるように囲まれてしまった。

 

何時もなら再び、壁と化した巨人種を走り蹴り元のルートに戻れた。

しかし、

 

「……痛ぅ。」

 

折れたのだ。

叩き落とされた際に、よりにもよって逃げるに必須な、脚の骨が。

 

折れたのは恐らく脚だけではない。

顔を打って即死を防ぐ為前に出した腕、バウンドした際に打った肋数本と骨盤。

背骨は恐らく折れていないようで多少動くが、動かそうとすると激痛が走る。

 

二チャ二チャと笑う巨人達は、

動く事も出来ないミズハを片手で軽くつまむ。

 

これは……。

 

「やめ……」

 

 

 

 

──ベリッ

 

 

 

折れたまま顔の前にあった腕の肉が千切られる。

肉は地面にベチョリと捨てられ、ミズハの目の前には歪に曲がった、血に染まった赤い骨が。

 

声を失うミズハ。

しかしそれも束の間。

今度は動かしていない筈の肩甲骨近くに激痛が走る。

 

 

 

 

「……え、」

 

 

移した視界には、地面に落ちていく、布切れと化した制服と肉の皮。

 

「あああ……ああ!!!!!!」

痛みと絶望感が声として溢れ出る。

 

居場所を失った自分に手を差し伸べてくれた西蓮寺や遼達のビジョン、彼らと共に駆けた異世界達のビジョン。

……遡行前に死神に敗北したビジョン、警戒を怠った一瞬に庇われ身体の半分を潰された西蓮寺のビジョン。

 

それは走馬灯のように次々と流れては死を悟る。

 

結局

何も、守れなかった。

何も、助けられなかった。

ただ、見ているだけだった。

 

 

何も、出来なかった。

 

 

守って貰ったのに。

助けて貰ったのに。

 

 

居場所を貰ったのに。

 

 

 

次に頭皮が抉られる音がする。

此処で終わるんだ。

 

 

何も、出来ないまま。

 

 

 

 

 

──ザシュッ

 

 

一閃。

 

墜ちる。

ミズハをつまんでいた、巨人種の腕だった肉塊と共に。

 

「はいーっと。」

 

何度聞いた声か。

嫌な思い出ばかりに取り憑く奴の声。

 

 

「せーっかくちびちびがちびぐらいまで育ったのに摘まないでくれるかなー?」

 

ステンドグラスのような魔女帽とケープが、紫の蝶のように舞う。

 

「はぁー、やだやだ。害虫みたいだよね。ちょうど緑だし、群れてるし、それに……。」

 

巨人種の壁は、バラバラの肉塊へとなり崩れ落ちる。

可憐に舞う蝶は鮮やかに切り裂き、重力に従い落ちていた肉塊を蹴り飛ばした。

 

 

 

「潰しやすいあたり。」

 

 

 

厳密には死神は神では無い。

だがそれらは多くの場合は同一視されるそれ。

そして目の前の死神が体現した。

 

──『触らぬ神に祟りなし』 、と。



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第二十三話 言の葉と共に

ATTENTION
今回のお話では少々過激なグロ表現が含まれています。


「チェックメイト。」

 

その一言で、世界には巨人種が溢れかえった。

 

それはまるで、

 

初めから、用意されていたように。

 

・・・

 

森の中、ミズハを探し走っていると視界に映る。

「あれは……?」

 

鮮血が舞う。

人間の血液量では無い。

あれは……。

 

「巨人種が、攻撃されている……?」

 

巨人種との戦闘時、戦闘班に巨人種を傷つける事が出来たのは、

今小脇に抱えている西蓮寺、ただ一人だった。

 

それなのに巨人種と対等、いや、それ以上の実力で巨人種と対立している何か。

避難班なのか、それとも別の何かなのか。

その真相はその先に行かねば分からぬ事だろう。

 

 

「あ、ヤベ。アイツ来る。」

 

辺り一面を肉塊に変えた蝶は手を止める。

 

「速度的にもう直ぐ目視圏に入りそう。

害虫駆除したし此処は退散退散〜。」

 

紫の蝶は宙をくるりと回転すると、ふわりとケープを揺らして静かに消えた。

 

 

「う……うん?」

肉塊の中から、消えかけそうな声が聞こえた。

 

「ミズハさん!」

辺りの肉塊を蹴り、その下に埋もれたミズハを目視する。

 

辺りにはミズハ以外、巨人種を除けば何も居ない。

ならばこの巨人種を討伐したのは誰なのか。

 

可能性一、マーリン。

私の反射神経を上回る運動神経を持ち、消滅するクナイを武器としており、どのような手段かは不明だが巨人種すらも容易く扱う。

実力としては可能性は高いが、この状況で彼女が加担する利益は無い。

 

可能性二、避難班。

避難班のメンバーの実力は未知数だ。

巨人種を討伐出来る実力の持ち主が居ないとは言い切れない。

しかし、それならば何故この場にミズハしか居ないのだろうか。

 

可能性三、……出発前に感じた、あの気配。

アレが何なのか全く分からない為可能性が有るとも無いとも言えない。

そもそもアレは生物なのか、はたまた機械的な何かなのか。

それすら分からないものを可能性に入れるのもどうかと若干思ったが、それ以外の可能性にはどれも

『成立しない要因』がそこにあった。

 

ご丁寧に刻まれた肉塊は巨人種一体を持ち上げるよりもずっと軽く、直ぐにミズハを肉塊の中から救出する事が出来た。

 

だが肉塊のゴミ山から引っ張り出した、ミズハの傷は軽いものではなく、

見えうるあらゆる場所が骨折、

腕や背中は肉が剥げ、僅かに残った肉と乾き始めた血がこびりついた骨が見え、

頭頂部分にも損傷が見える。

 

死ぬのも時間の問題だ。

 

ミズハを探し、十分は経った。

小脇に抱えた西蓮寺だった『ソレ』からは死臭が臭い始めて来ており、もう無理だろう。

そして探していたミズハもこの有様だ。

 

『置いて行くなんて……絶対……!』

 

他の先輩や遼もそう言うだろうか。

 

どうせ死ぬであろう命の抜け殻に価値などあるのだろうか。

 

私一人、両手を空にして巨人種を薙ぎ払いながら進んだ方が私の生存率は高いのではないだろうか。

 

そう思考していると足音が聞こえる。

 

人間の足音ではない。

これは……馬だ。

足音の間隔は不規則で、時折、何かにぶつかる音や転倒するような音も聞こえる。

 

私は背後から聞こえるその音に顔を向ける。

 

『千利ちゃん!』

 

声ではない、何方かと言うと脳に直接響くような感覚だ。

 

顔を向けた先には赤く汚れた銀色だった一角獣。

その肉体には返り血と己の血が混ざったように、多くの傷口と打撲痕、そして巨人種の血がボタボタと流れており、長い脚からも骨が飛び出し、

角だけがその形を残しているような状態だ。

 

「えっと……ジルヴェスター……先輩?」

『ちょっと! 頼人ちゃんにミズハちゃん!

酷い状態……。千利ちゃん、二人を方舟に運んでくれるかしら。方舟には遼ちゃんが居るからきっと大丈夫よ!』

 

脳内に響く口調からジルヴェスターなのだろうと判断出来る。

彼の馬のような姿は班ごとに別れる前に少し見た程度で記憶が曖昧な為、念の為確認をしたが彼の口調はそれどころではない様子だ。

 

「方舟……? 今先輩が引っ張ってる、その四角い箱ですか?」

『えぇ、そうよ。図々しいかもだけど、二人の息があるうちに、早く!』

 

一角獣の背後の箱の扉のようなものが開く。

此処に入れという意味なのだろうか。

私は一角獣、ジルヴェスターの指示の通り、死臭漂う二人を担ぎ、その扉の奥へと足を踏み入れた。

 

 

中は木製の大きな広間のような部屋のようになっており、他の部屋もあるのか、広間の壁には多くの扉が並んでいた。

 

そして広間の中心に佇むのは疲弊した様子の遼。

「皆!ご無事……!?」

遼は私の両脇に抱える西蓮寺とミズハを目の当たりにし、声を失う。

 

「いえ、恐らく二人は助からないかと。」

「………………嫌だ。」

 

この状況で我儘が通じる訳がないだろうに。

 

「千利パイセン、今毛布を出すのでそこに二人を寝かせて欲しいっス。……絶対に、生かします。」

 

彼の絶対は何度聞いた事だろうか。

その絶対を押し通した結果がコレだろう。

 

私は言われた通り、西蓮寺とミズハを、

遼が魔法で出した毛布の上に寝かせた。

 

「大丈夫、俺なら……!」

武者震いをしたかと思うと、遼の両手は緑色の光に包まれた。

その手を遼は、右手を西蓮寺の傷口に、左手をミズハの傷口にかざす。

 

「絞り出せ……魔力を……もっと……っ!」

手から出たのであろう緑の小さな膜が傷口を覆おうと、少しずつ範囲を広げていく。

 

「足りない……もっと、枯れるまでっ!!」

光を纏った震える手、それに伴い小さな膜はみるみると二人の傷口を覆い尽くした。

 

膜は膨らみ傷口を塞ぐと、しゃぼん玉のようにパンッと割れて緑の粉に変わる。

そして傷口に降り注ぐ緑の粉。

それが降り終えた頃には二人の傷口から溢れかえっていた赤い液体は姿を消した。

 

……ドクン

 

ドクン。

 

鼓動の音。

それは確かな音となった。

 

二人が、息を吹き返したのだ。

 

だが直ぐに動ける筈も無く、指先等がピクリと動く様子も無い。

 

安堵した遼。

重く緊迫した空気を吐き出すと立ち上がる。

 

……が、

 

 

 

──バタン

 

 

「黒瀬……くん?」

 

目の前で、遼は倒れた。

 

ほぼ死んでいたと言っても過言ではない二人の命を繋ぎ止める為に魔力を使い果たしたのか。

 

私は魔法には疎いので細かくは知らないが、魔法使いが魔力を使い果たした先には終着点は一つしか無いと言う。

 

それは、死だ。

 

二人の鼓動以外、何も聞こえない。

 

そんな沈黙のような時間が暫く続いた後。

 

「…………っはぁ! …………痛ぅ、大丈夫……っス。」

生きていた。

しかし声を放った彼は過呼吸で手も震えたまま。

生命維持が困難になる寸前まで、魔力を使い切ったのだろう。

 

遼は起き上がる力すら残っていないのか、倒れた状態のままで呼吸をする。

 

『遼ちゃん、千利ちゃん、そろそろ集落Aに到着するわ。』

 

そのジルヴェスターの声を聞いた遼は、全身が痙攣をおこしながらも身体を動かした。

「黒瀬くん、あまり無理は……。」

そう声掛ける私に、止めないでと言わんばかりに、震えた片手で私を制止するよう腕を上げる。

 

「会わなきゃ……いけないんだ……っ!」

千鳥足のまま、先程出入りした扉の方へと歩いて行く。

魔力も底を尽き、生命維持すらやっとであろうに。

 

『到着よ。』

 

それでも、遼は足を止めず、扉に手をかけた。

 

 

 

 

「………………ぁぁ。」

扉の外の様子は絶望的だった。

 

散らばる肉片、無数の死骸。

そんな中、遼は巨人種に踏み潰されたのであろう少女に、ぐらつきながらも懸命に駆け寄った。

 

「レーヴ!! 僕だ! お兄ちゃんだ!

今、治すから!!」

などとは言えど彼の魔力は品切れ。

彼の手からは光も何も現れない。

 

「お兄……ちゃん。」

「レーヴ! 喋ると傷口が! 」

「いい、の。」

 

「────え?」

 

少女の言葉に戸惑う遼。

 

「私ね、帰って、来たって……聞いて、ずっと……言いたかったの。」

 

 

 

 

「助けに、来て、くれ……て、あり、がと。」

 

徐々に消えそうになる幼い少女の声。

 

 

 

ズゥゥン、ズゥゥン……

 

それでも無慈悲に響く、災いの音。

 

「黒瀬くん! この集落に、二十程の規模の巨人種の群れが接近しています!」

「そんな……っ!千利パイセン! この子を運ぶのを手伝って下さい! A-000に避難させれば……」

 

「もう……いい、よ。」

 

少女の言葉に遼は声を失った。

 

「お兄……ちゃん、が……た……すけ、に……来て……く、れた……。わた……しは、そ……れで…………いい、の。」

 

巨人種はあっという間に集落まで辿り着き、遼と少女を見つけては、

笑った。

 

「行って、お……兄、ちゃん。……私は、もう……充分…………嬉しくて、幸せ………………だ……から。」

 

近付く巨人。

魔力を使い果たし、立ち上がる事すら出来ない遼と、潰されて動けない少女の元へと、着実に足を進めた。

 

少女が一つ。

 

まだ千切れず残った左手で、ケルカリトのかかったその左手で、ゆっくりと宙に円を書く。

 

その瞬間。

 

遼は瞬間移動でもしたように、扉の外から様子を見ていた、私の腕の中に、突然として現れた。

少女の魔法だろうか。

 

「……! レーヴ!!」

『間に合わないわ! 皆、方舟に入って頂戴!』

「はい!」

「嫌だ! レーヴが! レーヴがっ!!」

私は、暴れる力も残ってはいない遼を抱えて、方舟に駆け込んだ。

 

巨人種は少女をつまみ、ニヤリと笑う。

そんな中でも、少女の顔は穏やかであった。

 

「お兄……ちゃん。」

 

 

 

「大………………好き……………………だよ。」

 

 

 

──ベリッ

 

 

 

顔面から足先まで、一枚の肉切れとなり、宙を舞う。

 

 

「レーヴーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 

方舟の窓のような場所からその光景はしっかりと見えた。

私にも、

……遼にも。

 

その叫びを最後に、遼はカクリと意識を失った。

元より魔力枯渇でこれ程動けた事が奇跡にも近い。

 

恐らくその光景を、ジルヴェスターも見ていたであろう。

それでも彼は立ち止まる事なく、走り続けた。

 

仲間達を、無事に帰す為に。

 

『今ゲートに向かってるわ、遼ちゃんは無事?』

「それが……魔力不足だと思うのですが気絶してしまい……。」

『……そう。それだとゲートの解読が出来ないわね……。

この方舟がある限りアナタ達が殺される事はない……ここは遼ちゃんの回復か、巨人種の異世界移動を、ゲート前に待機して待つしかないかしら。』

「ではその間、ジルヴェスターさんも方舟に居れば問題無く……。」

『それは無理よ。』

 

私の提案を即答で却下するジルヴェスター。

 

今、方舟を引き、走り続ける彼は、

美しい銀色の身体は赤く染まり、今正に動かしているその脚も、骨は曲がり、肉を突き破り、永遠と流血が続く状態。

 

そんな状態にも関わらず、どうして安全圏である方舟へと避難する選択肢を切り捨てたのか。

 

「何故です? この方舟は安全なのですよね?それでしたらジルヴェスターさんも……」

『千利ちゃん。

アタシ[ユニコーン]はね、ノアの方舟には乗れないの。』

「え……どうして……?」

『アタシがアタシ[ユニコーン]だから。

ユニコーンはね、方舟から追放された存在なの。』

「方舟から……追放?」

『だ・か・ら。此処が最期、かしらね。

大丈夫よ。ノアの方舟が消えないように、ギリギリまで生き延びてみせるから。』

 

走る、走り続ける。

間もなくゲートに辿り着く。

だが解読が出来ない限りソレ[ゲート]を通る事は出来ない。

 

 

 

 

筈だった。

 

 

『ちょっと信じられないんだけど。

千利ちゃん、見えるかしら?』

「はい!ゲート、目視出来ました。……開いています!」

『誰か巨人種が通ったのかしら、となると解放時間は十秒。飛び込むわよ!』

 

赤く染まった一角獣は、一気に速度を上げて開いたゲートに飛び込む。

方舟の大きさからして通れない可能性も、考えていたが、外殻の大きさは可変できるらしく、すんなりとゲートを潜る事が出来た。

 

ゲートは私達を待ち侘びていたように、飛び込む一角獣と方舟を通すと、一瞬でその扉を閉じた。

 

 

 

「これくらいはしてあげないとね。

君達の奮闘に失礼だろう。」

 

今にも潰れそうな神殿の祭壇の上。

白い和服を纏った少女は胡座をかき、スコープのような目をして呟いた。

 

「えーと、この後に『ネサンジェータ』の黒咲隼率いるゲート研究部が来るんだっけか?

一仕事終えたし、ボクはそろそろ帰ろうかなぁ。」

 

うーんと伸びると彼女の口から血が垂れた。

 

「この身体も、限界っぽいし。」

 

少女は銀色の首輪に触れる。

すると瞬く暇も無く、少女は祭壇から姿を消した。

 

それはまるで、初めから居なかったかのように。

 

・・・

 

東のゲート研究部部室。

そこでは夜千が端末と睨み合っていた。

 

「あら、夜千。どうかしたの?」

「あ、鶯部長。いやぁ……でもこれ部長に相談する事でもないような……。」

「……?」

 

首を傾げる鶯に、悩んだ末、夜千は口を開いた。

 

「この前の西からの招集のメッセ、私の所届いてないんですよ。」

「あら? でも前にメッセージが届いてから暫くした後、リアムが『夜千は参加しない』って言ってたわよ。」

 

はぁあの馬鹿……。と小さく呟くと、鶯に向き直る。

 

「ま、多分私が行っても足手まといにしかならなかっただろうし、メッセが来ても行かなかっただろうけど。

この端末、どっか壊れてんのかと思ってリアムに相談したんだけど。

ほら、アイツ機械弄りとかよくやってるし。

でもなぁ〜んにも壊れた所ないって言ってきたんですよね〜。アイツ。」

「……? リアムにそんな趣味あったかしら?」

「私が見る時は何かしら機械弄ってますよ?

学校の備品の修理とかも手伝ってるらしいですし。」

 

鶯は少し考え込んだが直ぐに顔を上げた。

 

「あの子の世界、機械なんてなかったからこっちに来てから興味が湧いたのかもしれないわね。」

「あ、そっか。リアムも異世界生物か。そりゃ異文化となれば興味も湧くモンですかね?」

「えぇ、きっと。」

 

他愛のない午後の会話。

 

「そろそろ次の調査のメンバーを発表しなきゃいけないわ。部員達にメッセージを……と、夜千届いたかしら?」

「あ、届いた。直ったかも。ラッキー。」

 

何気なく終わった会話。

メッセージが送られた事により、部員達が次々と集まって来る。

 

「じゃあ会議にしましょう。今日はとっておきの内容もあるの。」

「えー、何ですか?焦らさないで下さいよ〜!」

 

毎日のサイクルは回り続ける。

日常という形をとって、くるりくるりと。

 

その幕を、閉じるまで。



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第二十四話 伸びる影

二枚の貝は一揃い。

二枚の翅[はね]は二枚で一対。

 

片方の翅[はね]だけじゃ、飛べないから。

 

『行こっか。』

『行こうね。』

 

対無くしては彼らに非ず。

 

故に。

手に手をとって。

身に身を持って。

 

『離さない。』

『離せない。』

 

其れ一つは船、其れ一つは鍵。

蒼銀を割り、未知へと飛翔する。

 

今再び、大空へと、舞う為に。

 

・・・

 

ゲートを通過し、別の世界へと足を着けた。

 

そう、思っていた。

 

『アラ、こんな親切設計。誰がいつの間にしてたのかしら。』

 

辿り着いたのはA-000国立西雷光戦闘員養育学校の、普段から人通りの少ない裏門。

 

『兎に角、アタシがこの姿なのは色々と問題アリね。

一先ず姿を変えて……』

「……っと。」

 

光に包まれ、現れた人型を模したジルヴェスター。

その姿は身体全体に沢山の大きな傷を受けており、黒い制服が私の物より更に黒く見える程だった。

 

「とりあえず珠鳴ちゃんとパルちゃんに連絡して、メンバーを医療室に運び込まなきゃね。

ポチッと送信〜。

千利ちゃんも無事だったら他の子達の運び込み手伝ってくれるかしら。方舟の奥の部屋のベッドに未弦も居る筈だから。」

「はい。ジルヴェスターさんは?」

 

どこもかもが血塗れにも関わらず、彼は変わらぬ調子でこちらに笑顔を向ける。

 

「アタシも行くつもりよ。ただ歩けそうにないのよね。

医療室に行ったついでに車椅子取ってきて貰えるかしら。」

「それは勿論です。」

 

連絡から間もなく、霧更と緑髪の私より少し年上であろう青年が現れた。

 

「おかえりなさ……ジルヴェスターさん!? 酷い怪我ではないですか! 今直ぐ医療室へ……!」

「アタシより方舟の中の子の方が酷いと思うわ。

アタシは千利ちゃんから車椅子借りてきて貰ったら自分で行くわ。だから他の子お願いできるかしら?」

「……はい、ですがその状態で立ち続けていては脚への負担も大きいと思いますので、近くのベンチまで。」

 

彼の脚は制服から突き出た血肉の付いた骨がよく見える。

そんな状態で立っているのも不思議なぐらいだ。

 

「そうね、じゃあ少し休ませて貰おうかしら。

方舟の子達お願い出来る?」

「はい、承りました。」

霧更とジルヴェスターがそんな会話をしている中、緑髪の青年はまじまじと方舟を見ていた。

 

「ジルクンの本気の方舟久々に見た〜。

わぁ〜、グロ〜。西蓮寺クンもミズハクンも色々はみ出てんじゃん。やばぁ〜。」

 

方舟に入ったかと思うとこの発言だ。

だが他の二人はそれに慣れているようで、ジルヴェスターは霧更に肩を借りてベンチへ、

ジルヴェスターをベンチに運んだ後の霧更は緑髪の青年を追うように方舟へと足を運んだ。

 

「重症度で言うと西蓮寺部長、ミズハさん……そして外のジルヴェスターさんが酷いですね。

パルさんは二人一気に抱えられると思いますので、重症度の低い遼さんと未弦さんをお願い出来ますか。」

「はぁ〜い。」

「重症度が低いとは言っても遼さんは恐らく魔力不足で外傷はありませんが、未弦さんは外傷も多いので丁重に運んで下さい。」

「分かってるってばぁ〜。」

 

彼はそれなりの怪力の持ち主なのか、自分より身長の高い未弦を片腕で軽々と抱え、もう片腕で遼を小脇に抱える。

 

「西蓮寺さんなら持てます。霧更さんはミズハさんをお願い出来ますか?」

「西蓮寺部長はかなり体重があると思いますが大丈夫ですか?」

「はい、異世界でも運びましたので。」

「そうでしたか……ではお願いします。」

 

各々の役割が決まった所で、私含める三人は方舟に居た四人を医療室へと運び込む事となった。

 

さっさと足を動かしたパルと呼ばれた青年は随分と先を歩き、私は霧更と並んで歩く。

私もパル同様に手早く運ぶ事も出来たが、霧更の表情から対話を求められていると感じ、霧更に歩幅を合わせたのだ。

 

「……千利さん。」

「はい、何でしょう。」

 

推測通り、霧更は私に声をかけて来た。

 

「……千利さんのお陰です。

私では、部長や皆さんが傷付いている様を目の当たりにしていても、全員を生かして帰ってくるなんてできなかったと思います。

本当に……ありがとうございます。」

 

重みのある言葉だ。

だが、私にこのような強い気持ちに応えられる程の事が出来ていただろうか。

 

実際、彼らを救ったのは私ではない。

 

 

私は……彼らを捨てようとしていたのだから。

 

「……いえ、この成果は皆さんが尽力したからです。

私はただ、動けたから動いた、それだけなんです。」

 

どういたしましてなどとは言えなかった。

 

私は、感謝を述べられるような事は、何一つしていない。

それくらい充分理解していたから。

 

「……私には、同じ状況になった場合きっと、動ける状態にさえなれませんから。

もし私の感情を嫌うのであれば申し訳ありません。

それでも、勝手ながら感謝という感情を抱かせてください。ありがとうございます。」

 

嫌う。

私には縁遠い言葉だ。

 

「いえ、『嫌う』という事は無いです。

皆さんのそういった思考が、命を救ったのですから。その事実がある限り、それに異論を唱えるつもりはありません。

寧ろ、私にはそういった観点はありませんでした。

ですので私は、皆さんのそういった言動を見習うべきかと感じた次第です。」

 

そう、あの時私は諦めていた。

 

どう足掻いても、彼らは死ぬのだと。

 

だがそれを見事彼らは覆して見せた。

私の、演算出来なかった、可能性を。

故に私は演算方式の見直しの必要性を感じさせられたのだ。

 

「……そうですか。では、改めて感謝の念を伝えます。ありがとうございます。」

「いえ、そんな……。」

 

そんな会話の堂々巡りが続いた中、パルが随分と先に行ったようで、目視圏から完全に姿を消した。

その事を確認し、先程までの出撃の際の出来事を頭で整理する。

幸い、此処には霧更が居る。

無駄な説明は要らないだろう。

 

「霧更先輩、とお呼びした方が良かったでしょうか?

前回の招集時ではあまり話す機会がありませんでしたので……、

それで前回の招集で向かったB-557に世界の観測者[マーリン]を名乗る女性が居た事は覚えてられますか?」

 

まだ記憶に新しいからか、それとも霧更の記憶力が良いのか、はたまた印象的な出来事だったのか。

或いはそれら全て該当したが故か、霧更の返答は早かった。

 

「呼び方はご自由にして頂いて構いません。

はい、千利さんと青龍様に初めてお会いした召集にて向かった世界、B-557で『人類の敵』の出現時刻と天候を全て言い当てた方ですよね。記憶しています。

彼女が如何しましたか?」

 

今回出撃のしていない霧更からすれば、

何故突然前回の出撃場所で出会った人物の話題が上がったのか疑問に思ったのだろう。

 

それに応えるように、私は今回出撃した先での出来事を霧更に話した。

 

「今回の出撃で同一の音声、機械音声ではありますが彼女らしき声と遭遇しまして。

前回は助言をくれた彼女ですが、今回は明確な敵意を持って、私達を潰しに来ました。

その結果がこの有様です。

……よって、彼女。世界の観測者[マーリン]は現状、私達の敵と断定すべきかと。」

 

そう聞いた霧更はショックを受けるでも無く、ただ淡々と耳にした事象を飲み込み、思考する。

 

「……そうですか、把握しました。

しかし、機械音声ならば合成された他人の可能性もありますね……。」

 

機械技術の進歩は凄まじい、確かにその可能性もゼロとは言えないだろう。

 

「はい、私も彼女の音声を利用し、組み換え流しているのかと最初は疑いました。

ですが、レスポンスの速さや会話のテンポを鑑みるに、その場で彼女の音声データを組み換え流暢に返答する事は不可能という結論に至りました。

変声機というのも疑いましたが、彼女の独特の語り口は簡単に真似出来るものではありませんし、そんなハイリスクな彼女に成り代わる事で得られる利点はリスクに対して少ないかと。

 

それに……これはあくまで推測ではありますが、

彼女の言葉には、どこか含みがあるように聞こえました。」

 

少しの沈黙が響く。

 

初めて彼女と遭遇した時の事。

心臓を抑える姿、青龍の「薬品の匂いがした。」という言葉。

 

彼女はきっと何かを隠している。

だがその『何か』には辿り着けないまま、現状に至るのであった。

 

「後日発表会で映像の配布が行われるかと思いますでそちらを確認の後、またご意見頂ければと思います。

私が見る限り、会話の流れや速度は対面で会話しているものと遜色無い程に洗礼されていましたが、別の視点から見れば何か違うものが見えるかもしれませんので。」

 

一通り話すと、霧更は頷き礼を言う。

 

「分かりました。配布され次第確認します。

報告ありがとうございます。」

 

だが、伝えるべき事はこれだけではない。

 

「あと、もう一つ。」

「もう一つ、ですか……。」

 

嫌な予感がしたのだろう。

わかり易く顔に出す性格ではないのだろうが、纏う空気がそんな色をしていた。

私はそんな霧更を気にする事もなく淡々と続けた。

 

「はい。

彼女は西蓮寺先輩と黒瀬くんのフルネーム、異世界番地、そしてゲート研究部の存在を知っていました。

異世界番地に関してはマニアックではありますが、ゲートを行き来している際にこの世界に渡来し、有識者と遭遇すれば手に入る情報ではあるとは思います。

 

ですがこの世界で暮らす私ですら、この学校の部活パンフレットを見るまで知る事のなかったゲート研究部の存在。

そして学校関係者でも無ければ知る筈もない生徒のフルネーム。

これらの情報はどう考えても外部の存在である彼女が知る筈がない、少なくとも私はそう推測しました。」

 

今回の出撃で遭遇した事象、そしてそこから結び付く考察。

それらを一通り並べると、私は意見を仰ぐように霧更に目線を移した。

 

「その推測は正しいかと。

つまり千利さんは内通者の可能性を考える必要があると仰りたいのでしょうか?」

 

やはり話す相手は間違っていなかった。

霧更であればストレス無く情報の共有ができ、私と同じ結論に行き着くと確信していた。

その為霧更の返答内容は大方予想がついていた。

 

「はい、可能性は濃厚かと思います。

彼女は会話の途中に「『脚』の言う通り。」といった発言をしていました。

その発言から『脚』と呼ばれる者が内通者……と考えるのが妥当かと。」

「そうですか……。」

 

そう言うと霧更はしばらく黙り込む。

沈黙が辺りを通りすぎると、先程より幾分鋭い目つきで顔をあげ、口を開いた。

 

「良いでしょう。

ではその『脚』を泳がせつつ、流す情報を段階的に絞り、内通者の可能性のある方を絞っていきましょう。私への連絡先をお渡しします。」

 

やはり霧更に情報共有したのは正解だった。

こういった情報共有において、一時の感情で動き判断する者よりも、論理的に処理判断の行える人材に情報を共有する方が、場も乱れず、円滑に物事が進む。

 

「ありがとうございます。

私の方からも内通者と思わしき者のリストアップをします。

何か進展がありましたらこちらの連絡先まで連絡をお願いします。

内通者が部内の者……という可能性もありますので、他言無用でお願いします。」

 

「当たり前です。

もし情報収集に人を使う際には、できうる限り人数を絞ってください。」

「はい、了解しました。」

 

そこで霧更は一拍置いた後、連絡先の書かれた紙を手渡してきた。

書体に人柄が出ると言うが、軽く見ただけでもそれは端正な文字だと分かり、信頼しえる者という事を指し示してくれる。

私も連絡先を手持ちのメモ帳に書き込み、ページを千切り手渡すと、霧更は話は終わりだと言うかのように口角をあげた。

 

「上手くやってくださいね、花宮さんならできると思います。……期待しています。」

 

言の葉に乗せた期待を受け、私は一つ頷き、もう少しであろう目的地へと目を向ける。

 

「校舎構造は他校も北と同じだった筈……、となると医療室はその角の直ぐですね。

私はジルヴェスターさんから車椅子を頼まれていますので、先に行きますね。」

 

そう告げると私は霧更の返事を待たず、早足で西蓮寺を医療室へと向けて運んだ。

 

その背中を目で追い、先程まで話していた少女の姿が消えたのを確認すると、彼女の口角は元に戻る。

 

「期待通り、動いて下さいね。花宮さん。」

 

ポツリと残した言葉は、再び歩きだした彼女の足音によって紛らわすように掻き消された。

後ろ暗さが漂う表情は人気の無い廊下の中、誰も見る事は無かっただろう。

 

一つ、背負う影を連れて。

 

 

医療室より少し先の角。

荷運びを終えた男が、一人立っていた。

 

「……内通者、ねぇ。ま、ボクには関係ないかな〜。」

 

緑の髪を揺らした男は二人の少女の前に現れる事もなく、別の方向へと足先を向けた。

 

「ボクは『ボクの正義』に反した者を裁いてけばいいだけだし〜?」

 

夕焼けの朱が反射するロングソードが鈍く光る。

 

 

 

 

「さ〜て、裁いていこうかな〜?

……『ボクの正義』に、反した愚か者を。」

 

男は不敵に笑い、朱く染まった廊下を歩いた。

 

 

逆らった者が悪いのだから。

 

 

朱は紅に変わる事を待ち焦がれながら、

その足はただ目的地へ。

安息とは程遠い、紅い、紅い。

 

戦場へと。

 

・・・

 

東校、ゲート研究部部室にて。

その教室の教壇には、にこやかな鶯、そして彼女の前に並ぶ二人の小柄な少年少女。

 

「凝翅だよ!ぺらぺらぴこーん!って聞いたから、これからよろしくお願いしまっす!」

「滴翅だよ!びゅいびゅいでてゅぁ〜って聞いたから、これからよろしくお願いしまっす!」

 

固まる、席に座る部員達。

誰しもが皆、困惑に包まれ、沈黙が流れた。

 

 

 

「「「何て????」」」




今回登場の
凝翅ちゃん、滴翅くん
の二人は、読者様から案を頂きゲート研究部へと入部してくださりました。
良い研究部ライフを。


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第二十五話 裏の裏

主、

聞こえますか、我が主よ。

 

私は今、貴方を裏切った『ヤツ』の傍に居ます。

 

主、

誰より大切な我が主。

誰よりも優しかった我が主。

 

貴方が戻られる頃には、もう二度と。

 

──『ヤツ』が貴方に触れる事が無いよう。

 

しっかりと『ヤツ』の息の根を止めてご覧入れましょう。

 

その時まで、どうか、待っていて下さい。

 

 

 

 

全ては貴方の為に。

 

・・・

 

街中、空は朱く彩られる。

何も起きる事のない平穏な夕刻……その筈だった。

 

ザリザリと響く鉄を地面で擦るような音。

この世界の住民ならばその音の正体に直ぐ気付く。

平穏を待ち侘びていたその男も例外でなく、背後に近付く警報に、震えた脚で振り返る。

 

「ヒャッ!! な、何……? 国立戦闘員学校の学生さん……なのかな……?」

怯えた男は、目の前に現れた青年。

ロングソードを片手に歩く緑髪の学生から逃げるように、一歩ずつ脚を後ろへと後退させて行く。

 

「そぉだよぉ〜? キミは正義に反したから、ボクが裁きに来た。」

「……え!?正義?裁き?」

恐怖と困惑に満ちた男の顔を見ても青年は止まる様子は無い。

 

「そう。ボクの、正義にね。」

 

ロングソードを高々と振り上げる青年に悲鳴を上げた男。

地面を這いずるように必死な様子で逃げ惑う男に、躊躇無く刃が振り落ちようとした、その時。

 

「キャアァァッ!!」

「何だ!?」

「手が空いてる者は軍部に通報しろ!」

 

男の悲鳴を聞きつけ、数名の者が声の元へと駆けつけたのだ。

 

「面倒臭いなぁ、ボクはそこの罪人を裁きたいだけなのに。」

「えっ……罪……なんのことかな……? 命を狙われることなんてしてないのに……私。」

 

「罪人は黙ってなよね〜? 」

 

振り下ろされたロングソードは男の首真横に落ち、擦れた首から僅かに血が流れる。

 

「あ、いっ?! ……う……ああああ!!!!」

「キミにはもう生きる権利なんて無いんだしさ。」

 

 

鋒はじわりじわりと男の首の中心に向けて進んでいく。

「ほら、首が取れちゃう前に言っちゃいなよ。キミは────」

 

青年が問いかけようとしたその瞬間、前方から銃声が響いた。

 

「そこの君! 止まりなさい! 国立西雷光戦闘員養育学校の生徒だね? 」

「もう来ちゃったかぁ〜。早いなぁ。」

 

銃をこちらに向ける見回りの軍人達を前に、青年はロングソードから手を離し、何も無い両手を開けた。

 

正直な所、この場の全員を切り刻み証拠隠滅を図った方がずっと早い。

だが今回の目的は目の前の男からの情報収集であり、邪魔ではあれど無関係な人間を含めた全ての殺戮ではない。

不用意に殺戮をしたとて自分に旨みは無い。

 

行動とは裏腹に青年は計算高く、軍人との衝突を避けるよう、降伏の姿勢へと移るのだった。

 

「よし、そのまま人質から離れなさい。怪しい真似をしたら分かっているな? 」

これでもかといった様子で銃を構え直す軍人に、青年は一歩ずつ男から離れるように後退した。

 

それを合図かのように後ろで待ち構えていた軍人達が青年に手枷をかける。

「国立西雷光戦闘員養育学校生徒と思われる者の身柄確保。魔法封じの魔法を。」

「はい。」

軍人達が青年を囲むと、青年は大人しく魔法封じの魔法を受け、連行の道すがらの尋問に受け答えをした。

 

「君、名前は? 」

「ボク? ボクはパルだよぉ〜。」

 

そう答えながら青年パルは、そこに居た筈の男の方へと目を向けた。

あるのは血で汚れたロングソードと僅かな血痕。

ある筈の男の姿は目を離したものの数分で消えていた。

 

「大方当たりって所かなぁ? 」

 

笑みを浮かべポツリと言葉を述べると、パルは呑気にロングソード後で返してね等と言いながらも軍人の指示通りに足を運んだ。

 

 

 

後は、全て手筈通りに────。

 

 

 

・・・

 

 

 

「えぇっと、つまり?」

東校のゲート研究部室として使われる教室で困惑の声を上げたのは夜千だ。

 

「擬音語ばかりで意味が汲み取れん。伝わるように話せ。」

「えっ!? それ直球で言っちゃう……? 」

 

オブラートの『オ』の字も無いような直球ストレートで目の前の子供達に言葉を発したのはこの部の副部長、ヴィシーだ。

その直球ぶりに引いた様子で夜千だが、目の前の子供達の反応は違っていた。

 

「僕らはね、ゲート部なんてみゆゆんなゴトゴト……えっと、んー、楽しそうって思ったんだよ。ね?コトハ! 」

「そうだよ! 世界見てわくわくドキドキきゅんぎゅーん……、ええと

世界を見てみたいなって思ったの!

ね、タルハ!」

 

「聞けば分かるように喋ってくれるんだ……。」

「ゲート研究部にゃ来てくれて嬉しいにゃ!にゃーはみょみょにゃ!」

「うーん、モモの方が分かりにくい気もしてきたぞ……? 」

独自言語が渋滞する部室で夜千はため息を漏らした。

 

「ふむ、仮入部とは言え各々の名は理解しておかなければならないな。

私はこの国立東真風戦闘員養育学校ゲート研究部における副部長、ヴィシー・ランニンクンツだ。

先程自己紹介をした者は舌が回っておらんが部員のモモだ。」

 

「はーい!俺リアム!リアム・ロードな!

燃やす物でもありゃ俺に言ってくれよな!」

「ちょっリアム、どういう自己紹介なのそれ……。私は相楽夜千。後は部長とヴァシリオスが居るんだけど……ヴァシリオスは今療養中なんだよね。」

 

教室に居る面々が一通り自己紹介を終えた後、部長である鶯が二人の前に座り、笑顔で口を開ける。

「それで、私が部長の東峰鶯よ。

よろしくね? 凝翅ちゃん、滴翅くん。」

 

そう声をかけた鶯に二人は彼女に笑顔を向ける。

「「ぶちょーさん!よろしくお願いしまーす!」」

 

和やかな空気の中、ヴィシーは敢えて大きく咳払いをし、本題に移る。

「今回は貝合凝翅と貝合滴翅の仮入部である為、

出撃メンバーは我が主、東峰鶯。

この私、ヴィシー・ランニンクンツ。

貝合凝翅。貝合滴翅。……以上四名が確定選出メンバーとなっている。

残るは二枠だが、出撃希望者は居るか? 」

 

ヴィシーが椅子から立つと、教壇に足を運び部員達に目配せをする。

「はーい、俺行きたーい。工作すんのに新しい機材とか欲しいんだよな。」

「工作って……あの機械弄りか。ゲートは研究する対象であって、決して素材調達の為じゃないんだけどね。あと使える物がある世界に飛べるかもわかんないし。」

一番に名乗りを上げたのはリアムだ。

 

「にゃはヴァシリオスが心配にゃし、しぇんしぇのお手伝いもしなきゃにゃからにゃあ。」

難しい表情のモモを見た夜千は仕方なしと言わんばかりに手を挙げる。

「じゃ、仕方無いけどラス枠私ね。消去法で。」

モモの出撃拒否にやや困った表情を浮かべるのはヴィシー。

 

「退路確保の為にも、モモには来て貰いたかったが、こればかりは仕方あるまい。」

「退路も何も、燃やせば道は空くしどうにでもなるっしょ。」

「人命がある限り、常にリスクを考慮して配員せねばならぬと言う事が分からぬか! リアム・ロード!」

「あー、はいはい脳筋のリアムは置いといて……メンバーはこれで決まりって事でいい?」

 

確定していたメンバーは東峰鶯、ヴィシー・ランニンクンツ、貝合凝翅、貝合滴翅。

そこに加わったのはリアム・ロードに相楽夜千。

これで編成必要人数六人は揃ったと言える。

 

「それじゃあモモちゃんはヴァシリオスの治療のお手伝いと、この世界の防衛をお願い出来るかしら? 」

「んにゃ! 頑張りゅにゃ! 」

煮え切らない様子のヴィシーに鶯は微笑みかけると立ち上がる。

 

「では私、国立東真風戦闘員養育学校ゲート研究部部長として

東峰鶯、ヴィシー・ランニンクンツ、リアム・ロード、相楽夜千、貝合凝翅、貝合滴翅。

計六名の出撃を命じます。」

 

その号令に姿勢を正して立ち上がる面々。

その光景を初めて目の当たりにした凝翅と滴翅も、彼らを真似するように姿勢を正し胸を張る。

 

「ふふ、楽しみましょう? 」

 

鶯が出撃メンバーに笑顔を向けると、早速今回の活動先、ゲートへと足を向けた。

 

 

 

・・・

 

 

 

北校に帰還後、私は真っ先にある人物を人影の少ない校庭の隅に呼び出し、話をしていた。

 

「『脚』と呼ばれる人物が俺らを嗅ぎ回ってる……ってか。」

日陰のベンチに足を組み座る男性、私が呼び出した黒咲部長は真剣に話を聞いてくれた。

 

「はい、その『脚』こそ私達の情報を抜き取り、世界の観測者[マーリン]に伝達している人物……それこそが世界の観測者[マーリン]からのスパイであると私は仮定しています。」

 

スパイ、という言葉に眉を少し動かす黒咲部長。

その後にやや曇った表情を浮かべながら彼は再び口を開く。

 

「んで、そのスパイがこの学校、或いはゲート研究部に潜入してる可能性が高い……って事か。」

「はい、ほぼ確実かと。」

「だよなぁ……。」

浮かない様子でため息をついた後、黒咲部長は思いもよらない言葉を口にした。

 

「となると、何で世界の観測者[マーリン]は『脚』という単語を口にした?」

 

考えもしなかった。

だがその点を深く考えるとしたら確かに不自然である事は明確だ。

 

「話聞く感じ、世界の観測者[マーリン]って何もかもお見通しで、一瞬の隙も与えず策略でA-762を滅ぼし、その前のB-557では逆にドンピシャ助言でこっちの手助けまでしてきた。

その情報のツテとして『脚』という存在があんのかもしれねぇけど、それにしても行動が一貫としてない。」

 

そう、それに……。

「そんな策略家が安易に『脚』の存在を口滑らすか?

B-557では手助けをしてきた理由も分かんねぇが、一番意味分かんねぇのはそこだ。」

 

これまで完璧に助言や破壊をしてきた者が、そう簡単に口を滑らすとは思えない。

 

私の盲点であった部分に気付いた事も含め、やはり黒咲部長に相談したのは間違いでは無かったのだろう。

 

「録画の記録を端末で確認してっけど……あと気になんのが青龍の発言だな。」

 

青龍の発言。

 

それは彼女に対しての印象について話していた部分の発言の事だろう。

「薬品の匂いがする……でしたよね? これが何か? 」

 

 

私には『脚』との関連性が何一つ見えなかったが、黒咲部長はその録画部分を見るなり更に顔を険しくしていたのが見て取れた。

 

「あぁそうか。そういう事か、こりゃ思ったよりダルい案件だぞ。」

困惑する私を他所に黒咲部長は言葉を続けた。

 

 

 

 

「この一連の流れ、全てが世界の観測者[マーリン]とやらの────だ。」

 

 

 

・・・

 

 

 

何時もと変わらない機械仕掛けの椅子の上、首につけた銀色の処刑具からピコンと音が鳴る。

 

「ボク直々に御用とは、何かな? ランスロット。」

 

『私は『脚』でありランスロットでは無い……と何度言えばいいのでしょうか……。

ですが問題はそちらでは無く、『目』、貴女、奴らに私の存在を口滑らせたようですね。』

「んー?覚えてないなぁ?」

 

苛立ったような声色に対して興味の無さげな少女、『目』の反応。

その反応に着信先『脚』はますます怒りを覚えた様子。

 

『とぼけないで下さい。貴女の発言は全て配布される研究記録に保管されているのです。

元々悪役[ヒール]をやるのは貴女と『腕』のみと、会合にて貴女が決定した筈ですよ。』

 

静かで丁寧な口調ではあるが、抑え込むような声色からその怒りは汲み取れた。

 

「別にいーんじゃない? 彼らが疑心暗鬼になって破綻すれば、結局任務的には良い方向に傾くでしょ? 」

『それならば先に私にその話を通して頂ければ良かっただけの話でしょう? 最も承諾するつもりなど微塵もありませんでしたが。』

「結局承諾しないなら相談するだけ無駄っしょ。ボクには時間が無いんだからさ。」

 

集音器越しに聞こえる大きな『脚』のため息。

 

『貴女は一体何を考えているのですか。』

「ははは、さぁね? 」

 

いかにも取ってつけたような空笑いを放つと『脚』の沸点がいよいよ近付きつつあった。

 

『兎に角、この件に関しては『頭脳』へ報告しました。処罰はあの方が決める事でしょう。』

そこでプツリと音声が切られた。

 

「処罰……ねぇ。」

コンクリートで覆われた天井を見ては再び空笑いを重ねる。

 

 

 

嗚呼、ボクは。

 

キミが思うよりも、ずっと弱かったみたいだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

青白く光るゲート。

そこに六人の少年少女が顔を向けていた。

 

「さて、行きましょう。解読は夜千ちゃんにお願いしようかしら?」

「えっ私?まだ数回しかやった事ないのに……ちゃんと降りれるか分かんないですよ?」

「ふふ、これも練習よ?」

「ですよねぇ……はぁい……じゃあ行きますよー。」

 

夜千はゲートの前に立つと、青白い表面を指でなぞる。

 

「来ます! 飛び込んで下さい! 」

なぞり終えるとゲートの光は更に強く放たれ、夜千の号令に一同は走り出した。

 

 

 

 

 

 

「……行ったか。」

 

何処かへ向かう足を止めた少年は、路地裏で放たれた強い光、ゲートの光を見てポツリと呟いた。

 

「パルが動けねぇのは色々と不味いからな。やり方は荒いが……まぁしゃあねぇだろ。」

 

黄昏た街中を見下ろす青く特徴的な結び方をした髪をなびかせた少年は、声をかけられ光放ったゲートの方へと背を向けた。

 

 

 

「お待たせしました、ファルコ・ネサンジェータ様。」

 

目的地に到着したファルコと呼ばれた少年は、軍人達に敬礼をされると興味無さげに手を振る。

 

「ん、じゃあ俺の命令通り、パルの身柄釈放を。」

「はっ。」

 

 

そう返すと軍人のうちの数名がパルの迎えへと出向いた。

 

「あんまこーゆーコネみてぇなやり方は使いたくねぇんだけどなぁ。」

 

 

 

「さぁて、アイツはどんな収穫を持って来るかな。」

 

不敵な笑みを浮かべた少年、ファルコ。

 

 

 

 

彼が見据える先にあるのは何なのか。

それはきっと彼以外には知る術も無い事だろう。



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第二十六話 在り方

貴方の夢を叶えたかった。

 

貴方の夢はとてもキラキラで、私達には思いつかないような、そんな素敵な夢。

それを、叶えたかった。

 

そんな藁にも縋る思いで此処に来た。

 

そして見つけた可能性。

 

これなら、この世界なら。

 

 

 

きっと貴方の思い描いた理想が描けると。

 

 

だから共に行きましょう。

貴方の夢を、叶える為に。

 

・・・

 

「成功ね。」

 

六人は散らばる事なく地面へと着地した。

「でかしたぞ! 相楽夜千! 今後も問題無く託せるだろう。」

「ええっそれは大役過ぎて胃痛ヤバくなるやつ……。」

「不満でもあるのか? 相楽夜千。」

「いやぁ〜……なんでもないっす。」

 

冷や汗をかく夜千を他所に、双子は走り出した。

 

「見て見て! あっち、こっち、そっち、メカメカ! 」

「ほんとほんと! ゆーゆゆーゆゆーって! キシパシだ! 」

 

それはまるで遊園地に来た幼子のように、あっちこっちへと指差し互いの独自言語、貝合語を弾ませた。

 

「なっ! 貝合凝翅! 貝合滴翅! 周囲の確認も上官への確認もせずに単独行動を取ろうとするな!」

「「きゃーーーーーっ!」」

 

大声を上げてヴィシーは二人を追うが、二人はそれを楽しんでいるかのように、足場の悪い道を跳ねるように追いかけっこを始める。

 

「ふふ、楽しそうですね。」

「だなー、もうあの双子はヴィシーに任せて良いんじゃね? んで、俺達は現状把握をと。」

「聞こえているぞ! リアル・ロードぉぉ!! 止まれ貝合凝翅ぁぁぁ!!! 貝合滴翅ぁぁぁぁ!!!!」

 

ドームのように響くヴィシーの声。

それもその筈、彼らの上には……

 

「空も……それどころか木すら無いと来たか。」

「リアムの好きそうな鉄クズはそこらじゅうに沢山転がってるけどね。天井に穴はあるけど1番上、あれかなり遠そう。」

 

リアムと夜千が見上げる空、そこには大穴があり、そこから上のエリアが少し覗け、その上のフロアにも同様の位置に大穴が。

 

それが何層にも重なり、最上階の天井には何かを刻むような大きな歯車達が連なっていた。

 

目視で見える一番小さな物でも半径五メートルはありそうな歯車達は一度動く度に中央の円の中にある重そうな長三角型の物体を円の中心を軸として大きな音をたてて動かしているようだ。

 

 

「太陽の代わりに独自進化を遂げた時計が時間を定めてるワケか。金属加工の技術が進んでるトコ見る限り文明はありそうだな。」

 

「こんなけ特徴的な世界ならデータ無いの? ココ。毎日毎日飽きずにデータ見漁ってるんだからこれだけ特徴あれば合致する世界の一つでも研究部データにあるでしょ。リアム。」

 

 

夜千に問われたリアムは辺りを見回しながら唸り声を上げた。

 

 

「んー、該当する世界はあっけど俺自身来るの初めてだし、その世界のパラレルワールドの線も捨て切れねぇから断言は出来ねぇな。……ただ、一番近いとすれば……。

 

F-948……ぐらいだな。

あそこも確かこんな大穴あって、天井にでっけーカラクリがあったからな。」

 

「そこまで該当するならもうほぼF-948じゃないの? 」

 

「いいえ、パラレルワールドとは瓜二つの世界に『もしも』の別の要素が加わったモノ。

 

その世界に存在する特徴や同じ物質が確認されても、リアムの言う通り完全に同一世界とは言いきれないの。」

 

リアムと夜千の考察に口を挟んだのは鶯。

鶯は辺りを確認し、二人に目を向けると考えるように目を伏せる。

 

「ですが辺りを見るだけではパラレルワールドの可能性は拭えないから、まずは交渉可能な人型種を探すのが先決かと思いますわ。

ねぇ、リアム。」

 

鶯がリアムに微笑みかけると、リアムは数泊置いた後に溌剌と笑顔を返す。

 

「そーゆーこった。んじゃあ人探し、しますかねぇ。」

 

そう言い、伸びをするリアム。

夜千や鶯も、それに合わせ動き出そうとした時であった。

 

 

「ねぇねぇ、ぺっちりしてる人いるよー? 」

「ホントだ! ばったんきゅー! すやぴー? 」

「どうしたんだろう?」

 

先を走っていた二人は何かを見つけると首を傾げた。

 

「漸く捕まえたぞ! 貝合凝翅! 貝合滴翅! これにて誰が貴様らの上官か…………む? これは……。」

 

二人の首元の服を摘み軽々と持ち上げたヴィシー。

高らかに勝利宣言をした彼だが、二人の目線の先を追い、二人が見つけたモノを目にした。

 

「これは……この世界の住民か! 負傷しているではないか! やはりここはモモを…………、」

「……んいや、いけるっすね。」

 

「……リアム・ロード、今、何と? 」

 

三人の声に駆けつけたリアムは彼らが目にしたモノをまじまじと眺めると口を開いた。

 

 

 

「この類いなら……俺でも直せるって話だよ。」

 

 

・・・

 

 

暗く煙たい研究室。

そんな中で酒と煙草を嗜む研究室の主、サジューロの元に、非日常が足音を立てて現れる。

 

 

 

「サジューロ・ネサンジェータ教授、居るか。」

 

研究室の扉を開けたのは、顎に髭を蓄えた貫禄のある人物。

その長い藍色の髪は、彼から放たれる氷のように冷たいオーラを引き立たせる。

 

 

「これはこれは、生物学の第一人者にして、『十法士』様であらせられる。

キリル・レヴォーヴィチ・コヴァレフスキー様ではありませんか。

このような煙臭い場所に何用でして?」

 

 

普段なら煙草を咥えたまま来客に対応する彼だったがこの時は違っていた。

 

サジューロは来訪者の姿を見るやいなや、煙草を灰皿に潰して消火をし、机に置いた酒瓶を片付けると、軽く身なりを整え一礼をする。

 

長い藍色の髪の男、キリルはそんなサジューロを気にする様子も無く、彼の研究室へと足を踏み入れた。

 

 

「ゲート研究、ご苦労である。何か有意義な成果は得られたか? 」

 

キリルの言葉に応えるように、サジューロは手元のパネルを動かし空中に画面を表示させる。

 

「恥ずかしながら今月はまだ二つ程しか新領域を発見出来ておらず……」

「その話ではない。」

 

サジューロの言葉を遮ったキリルにサジューロは疑問を覚えるが、キリルはそれでも話を続ける。

 

 

「私が言っているのは『異世界生物の生態研究に使える物』についてだ。異世界の発見などといったものより異世界生物のサンプルを手に入れたか……それが最重要事項だ。」

 

 

あぁ、その事か。と納得した様子のサジューロ。

 

 

思い当たる物があったのか、キリルの言葉を聞いたサジューロは研究用の冷蔵保管庫を開けると、一つのプラスチックバックを取り出す。

 

 

「こちら、新領域に生息していた巨人種の中でも『異世界危険生物』の肉片のサンプルです。」

 

 

それは西蓮寺が持ち帰った巨人種の肉片、その一部だった。

 

 

 

それにはキリルも興味をそそられたようで、そのプラスチックバックを受け取る。

「うむ、協力感謝する。」

 

その一言だけを残すと、キリルは軽く手を挙げ、廊下で待機していたと思われる彼の従者に保冷バックを持って来させ、キリルの横で跪かせるとバックを開けた。

 

キリルは受け取ったサンプル入りのプラスチックバックを保冷バックに入れると、従者に下がるよう命じる。

 

 

 

二人きりになったサジューロの研究室。

 

「……して、サジューロ・ネサンジェータ教授。

貴方の息子たる人物が、街で民衆を殺害しようとした生徒を、貴方の権力をもってして釈放した……という噂話は、真ですかな? 」

 

キリルの冷たい視線は、サジューロを突き刺すように鋭さを帯びていた。

 

「あぁ、ファルコですね。彼の行動であれば真です。彼が釈放した人物、パルには頼みたい用事が山ほどありますから。」

 

「未成年とは言え、殺人鬼になるやもしれん者を釈放した……という事実を自覚していないとは言いませぬな? 」

「えぇ、勿論自覚しておりますよ。」

 

サジューロの返答は早かった。

 

「目先の数名の犠牲か、未来の数万人の犠牲か。

取るとするならば何方を取りましょう。

彼には未来、この世界を防衛するに辺り尽力して頂く。

その為ならば片手程の犠牲も厭いません。

それが、この世界を脅かすガンのうちの一つなら尚更であります。」

 

その言葉にキリルはピクリと眉を歪ます。

 

「この世界に、裏切り者が居るとでも言うのか? 」

 

「いやはや、確信はありませんし、私はこの世界の防衛責任者でもありませんから。

一介の研究者にそれ以上の解答を求められても困ります。」

 

煮え切らない様子のキリルはその氷のような目でサジューロを捉えるも、サジューロの顔色が変わる様子も無い。

 

 

「研究者たる者に専門外の質問をして悪かったな。」

キリルは無礼を一言詫びると踵を返そうとした。

 

そんな間際、サジューロを背にキリルが言葉を残す。

 

 

「サジューロ・ネサンジェータ教授。

貴方程の生物研究の担い手となれよう人物を、ただ人手が少ないといった理由でゲートの研究などという小さな箱で燻らせるのは非常に惜しい。

 

また再び、同じ生物研究者として、共に語らわないか? 」

 

背を向けたキリルの表情は見えない。

されどもその声は、かつての友を惜しむような、そんな哀愁を漂わせていた。

 

「『十法士』様たるキリル様のご好意は有難く頂きます。

されど、ゲートの研究というものも奥深くて。

後釜が現れたとて、私はこの研究を辞める事は無いでしょう。」

 

サジューロの言葉を聞いたキリルは、そうか、と一言だけ残すと彼の研究室を後にした。

 

 

「貴方という生物研究者を失ったのはこの世界の、いいや、全世界の損失とも言えように。

……サジューロ・ネサンジェータ教授。」

 

彼の研究室を背に歩き出したキリルと、その従者達。

その足音を見送るように、サジューロは椅子に腰掛けると目を閉じ、新しい煙草に火をつける。

 

 

 

「才がある物の研究をした所で、結果は見えてる。

どうせなら結果の見えない、未知への探求をする。

 

それが本来『在るべき研究者の姿』なんじゃねぇか? 」

 

 

 

天才は一人、煙を吐く。

 

 

世は常に、天才を理解しない。

 

 

 

そんな想いを吐き出すように。

 

 

・・・

 

 

「ンなもんじゃねぇか? 」

「まさか機械弄りオタクの本領がこんな所で発揮されるとはね。」

 

故障して完全に動けなくなっていた機械人形。

 

否、この世界の人型種の治療の為、一同は辺りに散らばる鉄のガラクタを寄せ集め、リアムは持ち前の機械弄りスキルを用いてガラクタを見事に機械人形のパーツとして組み込んだ。

 

「後は起動チェックなワケだけど……。」

 

リアムが悩んだ様子を見せた、その瞬間。

突如機械人形からガチャガチャといった歯車の回るような音が響いた。

 

「要らなかったな、起動チェック。」

 

歯車のような音が数分続くと、今度は人工音声のようなアナウンスが機械人形から発された。

 

「──バッテリー残量、システム同期、オールグリーン。

只今から、当機の再起動を開始します。──」

 

胸元に見えるパーセンテージが徐々に増えていき、それが百パーセントになったその時。

 

栗色の髪の下、重く閉じられていた瞼から灰色の瞳が現れた。

 

「起動完了。貴方がご主人様[マスター]でしょうか。」

 

灰色の瞳に映るのは、赤髪の少年リアム・ロード。

 

「ありゃ、これ、起動者が主人になるタイプ? 」

「あらあら、可愛らしい従者[セルベント]じゃない。」

 

鶯の言葉にリアムは僅かに止まると、ため息を零して再び口を開いた。

 

「俺の従者[セルベント]は一人で充分だってのに……まぁややこしくなるとダルいしいいや。

俺がお前のご主人様[マスター]ならお前は何してくれるんだ?」

「ご命令があれば、何なりと。」

 

単調な返事に口元を手で覆ったリアム。

 

 

「ま、いざって時に直せるの俺しか居ないし、一先ずは俺がご主人様[マスター]って事でいいんじゃね?」

 

リアムの問いかけに三人は答える。

 

「私はリアムに賛成。メイド趣味とか無いし。」

 

「えぇ、主人になるのなら面倒が見れる子じゃないと、従者[セルベント]に失礼だもの。

それにリアムなら経験があるから安心して託せるわ。」

 

「我が主がリアム・ロードを彼女の主人に任命されるのであれば私からは言う事などあるまい。」

 

残る二人、貝合達の護衛にするという選択肢も無くはなかったが、彼らを守る事は現地人に任せる事ではなく、自ら行うべきだという意見により、

目の前の機械人形の主人はリアムにすべきと満員一致で決定した。

 

「んー、じゃあよろしくな。機体名は何つーんだ?」

「この機体は『アシュリー・ヒューストン067号』です。」

「んじゃ、アシュリーで。俺が主人のリアム・ロードだ。」

 

にこりと万遍の笑みを浮かべたリアムが、目の前の機械人形アシュリーの手を引き、立ち上がらせた。

 

 

 

それを遠くから眺めるスコープが一つ。

緑の長髪を揺らしながら、ソイツはニヤリと笑うと姿を消した。

 

 

「上手くやれよ? 東校の皆サン。」



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