真・恋姫†無双 -革命- 餓狼奇譚 (黒絵の具)
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始まりはゴミ箱から

あらすじ欄でもお書きした通り前作の再構成作品となります。
拙い文ではございますが楽しくお読みいただければと思います。


悪友と一緒になってハマったが古い映画があった。タイトルはback to the future。

親友の科学者を救うため主人公の少年が過去に渡り歪みを修正する為に冒険する名作中の名作だ。

ハマった割にはうる覚えで申し訳ないが、たしかこの映画の作中にはこんな台詞があったはずだ。

 

『悪戯に過去を変えることで未来の君の存在が消えてしまう』

 

古い映画の話を持ち出したことにはちゃんとした理由がある。

悪戯な気持ちは微塵もないと言い切ろう、だが作中の台詞が出てくるのはこの言葉が俺のやった行いそのモノであるからだ。

確定した死の運命を定められた者”達“の未来の改竄、負けるはずの戦をひっくり返した。

あの世界において必勝の策以外の何物でもない俺という存在のみが最初から持っていたたった一つの武器、未来の知識。だがそんなものを振りかざしておいて無事でいられるなんてことはありえない。

オンラインゲームでチートを使ったプレイヤーがアカウント抹消つまりBANされるのと一緒の理屈だ。

 

「さようなら、寂しがり屋の女の子。愛していたよ、華琳」

「一刀ッ!一刀ぉ!」

 

永遠に届かないあと一歩。

永劫に触れることの叶わないこの手。

光の粒になり消える体。

自分の名前を泣き叫ぶ女の子の涙すら拭えない今の自分に対して苛立ちを感じている。

だが同時に心の奥で何かがストンと何かが丸く収まって、落ち着くような気がした。

例えるならば諦めと自分勝手な達成感。

過去改竄という傲慢な罪に対する、世界から下された北郷一刀に対する正しい罰。そして滑稽に踊り続けた愚かしい人形に贈られる終幕の報酬。

 

(華琳、俺は寂しいけど、本当に満足だよ。大切な人の夢に命かけられたんだ、しかもそれが叶ったってなったらこれ以上望むともっとバチが当たりそうだ。もう当たってるようなものだけど)

 

「…か…ん、き…をあ…し…」

 

途切れ途切れのたった一言の別れを最後に、寂しがり屋な覇王の少女の世界から北郷一刀はその姿を消した。

その光景を2人の筋骨隆々の漢女が見ていた。

 

「一刀ちゃん」

「あの男、どこまでも馬鹿な奴よ。許子将を使ってまで警告をしたというに」

「…えぇ、確かにご主人様は警告を無視して物語を壊した。

狂わせなければ夏侯淵ちゃんや黄蓋ちゃんは生きていない、周瑜ちゃんもそう。

少しでも心を通わせた相手なら全身全霊で救い幸せを願う、その為に必死に駆け抜ける。それが北郷一刀っていうワタシの惚れた漢の中の漢よ」

「貂蝉、貴様はそれで良いのか?」

「愛に殉じるのが漢女というならそれもまた悪くないものよ」

「惚れた弱みと?北郷一刀いいお前といい、この大馬鹿者ども、ムッ?!」

「何ッ!?正史に戻るはずのご主人様の魂が消失ッ!?」

「それにこの禍々しい氣、いや違う、これはまさか魔力という奴か?」

 

背筋を駆ける悍ましい感覚に2人は戦慄する。

 

「卑弥呼、どうやらこの世界は今までの外史とは違うようねん」

「そのようだ、これから起こるであろう事件の中心にはやはり」

「どうやら私達も本気で構える必要があるようね」

「うむ、行くとしよう少しでも力を蓄えねば」

 

2人の漢女は宵闇に紛れて姿を消した。

その場にいるのは愛する者を失い慟哭する少女1人だけであった。

 

◾️◾️◾️

 

男がそれを見つけたのはただの偶然だった。

気まぐれに一人で散歩に出た時にそれは上半身がゴミ箱に刺さって、意識がないのかピクリとも動かない。

周囲を見たらあまりにも異質な光景なのか誰もが遠巻きに見ているか何事もないかのように無視してその場を去るか、反応はどちらかだけだった。

 

「……別に助けてやる義理はないんだがな」

 

収集日でもないのに二、三日前に出されたゴミは腐臭を放ち男は僅かに顔を顰めた。

足を掴みゴミ箱から引っ張ると腐臭を放ちながら生ゴミまみれで青年現れた。

 

「こいつガキか?中国、いや日本人か?」

「うっ、あぁ」

 

学生の制服らしき服に身を包んだ青年は臭いのせいなのかそれとも負傷してるのか呻き声をあげている。男に足を掴まれ逆さずりのまま。

 

「生きてんならいい。だがまぁ……臭い」

 

取り敢えず日本人らしき青年を地面に下ろすと懐を漁ると青い手帳を見つけた。

アロハシャツのポケットからスマホを取り出して信頼のおける部下に連絡した。

 

『お疲れ様です、トーマス』

「ローラ、今から送る写真を元に日本大使館に問い合わせろ」

『日本大使館?何があったんですか?』

「日本人の小僧を拾ってな。放っておくのも後味が悪い」

『名前は…ホンゴウ・カズト。ふむ、なるほど学生のようですね。

すぐに調べます』

「頼んだ。まずはこいつを風呂にいれないとな、臭い」

 

俺も甘いもんだ。と言いたそうな苦笑を浮かべると男トーマス・アンドレはカズトという青年を担いで自分が運営するギルドのビルへと歩を進めた。

 

腐臭を放つゴミ箱に頭から刺さっていたホンゴウカズト。

スカベンジャーギルドのギルドマスター、トーマス・アンドレ。

後に『シルバースター』の二つ名で呼ばれる天の御使だった少年と世界最強のハンター『ゴリアテ』の邂逅には生ゴミの異臭が漂っていた。

 

 

 

 

 



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御使いの覚醒と未来の可能性

 

「…ごうさん。起きてください、北郷さん」

「…栄華(えいか)。あ…れ?俺消えたんじゃ」

「消えた?もしかして怖い夢でも見たのですか?それに、よく見たら涙の跡まで残って」

 

寝台に腰掛け頬を優しく撫でる栄華の温もりに止まっていた涙がふたただ溢れ、頬を伝う。

 

「…栄華、俺、未来の知識を使って、歴史を滅茶苦茶にしたんだ。何もかもひっくり返して、後悔は一切してないけど、それでこの世界から消されるって夢を」

「…なるほど、この場所はそういうことですか。

大丈夫ですわ。私はここにいます。お姉様も私も華侖さんも柳琳(るーりん)だって、私たち皆」

 

そう言って栄華は左胸に手を添える。そして俺の右手を掴み自分の左胸に当てた。豊かな胸の奥からトクン、トクンと心臓の鼓動を感じる。

 

「一刀さんのここにいます。月並みの台詞かもしれませんが、私達はどれだけ離れていても、想いと心は繋がっています」

「栄華?」

 

突然部屋の隅から煙の様に壁や家具がその輪郭を崩して消えて行く。

謎の現象に理解が追いつかず混乱する俺を栄華は強く抱きしめた。

 

「そんな顔をなさらないででください。

私だって悲しいです。寂しくてたまりませんわ」

「栄華っ」

 

部屋だったものは消えてなくなり、栄華や俺も体の半分は白い空間に溶けるように消えていった。

 

「でも、いつか再会できると確信しています。

私達が天の国に行くのか、貴方が大陸に帰ってくるのか、わかりません。ですがもう一度会えた時はまた私とでぇとをしてください!」

「待ってっ!栄華っ!行かないで!」

「んっ。愛してますッ!いつまでも北郷一刀をッ!私達は心から愛してますっ!」

「栄華ッ!栄華ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

一瞬だけの口付けと愛の叫びを最後に、一刀の意識は夢の世界から現実に戻っていった。

 

◾️◾️◾️

 

「……ぅ」

 

鼻につく異臭に思わず唸り北郷一刀は目を覚ました。

 

「ここは」

 

ぼんやりと意識の定まりきらない頭で周囲を見回した。白い壁やベッド、調度品の類は観葉植物が2、3個あるだけで棚や機材には薬品の瓶や医療品に関するものが多く見られた。どうやら簡易的な医務室らしい。

 

「ようやく起きたか」

「えっ?」(デカッ!)

 

開けたままの出入り口から2mは超えるのほどの大男が入ってきた。

獅子の立髪を連想する雄々しい金髪。

本人の趣味なのか派手な柄のアロハシャツや黒のハーフパンツから除く胸元や手足は荒縄の様に盛り上がり、一目見て戦闘に特化した身体だと推察できる。

サングラスの奥から向けられる視線には、こちらを圧倒する様な覇気に思わず身構えてしまう。額から頬、顎にかけて汗が流れる。

 

(よくわからないけどヤバい。この人、春蘭や呂布なんて目じゃない。

みんなと比べるのも烏滸がましいくらい、強い!

 

それよりも、なんでこの人鼻栓してるんだ!)

 

鼻栓をしているせいか声がくぐもって聞こえてしまい、こっちの片言英会話も相まって、ただ話してるだけなのによくわからなくなる混沌とした状況だった。

 

「ようやくお目覚めか、カズト・ホンゴウ」

「なんで、俺の名前を」

 

男は胸ポケットから小さい濃紺の手帳を取り出した。

制服の胸ポケットの中を確かめるがいつも入れていた生徒手帳がなくなっていた。

 

「俺はトーマス・アンドレだ。ここの社長をしている。

見たところ混乱してるな。だがまずはお前、シャワー浴びろ。

言っちゃ悪いが臭くてな、今のままだと落ち着いて話もできやしない」

「マスター、お呼びでしょうか?」

「ようローラ、小僧にシャワー貸してやるから案内してやれ。

そのあと管理局で適性審査を受けさせる」

「…わかりました。

Mr.ホンゴウ、私はローラと言います。

ここスカベンジャーギルドでギルドマスター専属秘書して働いてます。

あぁ、日本語で結構ですよ、英語は少し不慣れなご様子とお見受けしましたから」

「は、はい。北郷一刀です。よろしくお願いします」

「まずはシャワールームに案内します。こちらへ」

「は、はい」

「俺は戻る。終わったら連れてこい」

「わかりました」

 

◾️◾️◾️

 

(何年ぶりのシャワーだろ)

 

シャンプを熱いお湯でボディソープを洗い流しながら思った事は文明の恩恵についてだった。

 

(あの世界じゃ風呂自体毎日入れるもんじゃ無かったからなぁ。

遠征とか戦じゃ水浴びどころか濡れタオルで体拭くだけだったし)

「泣きたいけど、それよりも先に自分の事を何とかしなきゃな」

 

シャワールームに向かう最中ざっくりではあるが自分の現在の状況をローラさんに教えてもらった。

現在俺は現代、それもアメリカにいる。そして俺ゴミ箱に頭から刺さって気絶していた俺を助けてくれたのがさっきのトーマス・アンドレさんだった。

そしてここからが一番重要な部分だ。

まず結論から言えばこの現代は俺のいた現代の世界ではなかった。

 

10年以上前から世界各地に異次元とこちらの世界を結ぶゲートが発生。

ゲートの先には魔物が跋扈するダンジョンが広がっていた。

だが危険ば魔物だけではなかった。ダンジョンは出現後一定の期間が経つとダンジョンブレイクという内部に生息する魔物がこちら側の世界に一斉に放出される恐ろしい現象が発生する危険性を帯びていたのだ。

高位ダンジョンブレイクであれば地形を変えてしまう事など容易い。そんな最悪の事態を起こさないために魔物を討伐することでダンジョンブレイクを未善に防ぎ、資源を持ち帰る彼らを人はハンターと呼称した。

正式には言えば彼らは覚醒者と呼ばれ魔力に適合したことで、常識では考えられない魔法や超能力、人間離れした身体能力を得た者達を指す。

 

キュッ!バルブを捻ってお湯を止めると掛けてあったタオルで髪や体を拭いて渡された野戦服着て、ローラさんについて行く。

 

「すいません、すぐに用意できたのがその服でしたので」

「あっいやシャワーだけじゃ無いくて新品の服までいただけただけるだけでも十分なんで」

「ありがとうございます。

つきました。マスター、一刀さんをお連れしました」

「おう、入っていいぞ」

「…あ!失礼します!」

 

連れてこられたのはトーマス・アンドレの待つ豪華な執務室だった。

 

「ちゃんと綺麗にしてきたみたいだな。ローラこの後の業務は他の奴に任せておけ」

「よろしいですか?」

「あぁ構わない。

さて、これから予定が詰まってるがちゃんと確認しないといけない事があってな。正直に答えろよ?Mr.ホンゴウ。

 

お前、何者だ?

 

ゾクリッ!自分に向けられたものが殺気であると認識した時にはもう遅かった。ガクガクと体が震え汗が噴き出る。心臓を動かすだけで許しを乞わねばならない、そう錯覚してしまう程の存在感に恐れを抱かずにはいられない。

指の一本も瞬きすらも出来ない、させてもらえない。

 

「改めて名乗ってやろう。俺はトーマス・アンドレ。

アメリカのS級ハンターで、このスカベンジャーギルドのギルドマスターを務めている」

「ぁ…あ、あぁハッ…ハッ!」

「俺はな?自分の財産に手を出されるのが一番嫌いなんだ。

俺にとって財産は資金であり、武器であり、防具であり、このスカベンジャーギルドだ。

俺にとってギルドは家で、ギルド員は家族みたいなもん、つまり誰にも譲れないかけがえのないものに他ならない。

だからこそ、俺は俺の財産に手を出した奴、出そうとする奴を許さない。例えそれがアメリカ政府だったとしてもだ。その可能性があるそれだけでも芽を積んで置く理由には十分すぎる。つまりお前の事だ。

単刀直入に言ってやる。手帳にあったお前の写真や住所を日本大使館に問い合わせた。もちろん大使館経由で日本政府にもだ。

旅行者でもないガキの不法入国でも無さそうだ、そう思ってたら面白い答えが返ってきた」

 

薄々は感じていた。目を覚ましたらアメリカにいたこと、そしてゲート、魔物、ハンターの要素全てがカチリカチリと難解なパズルが閃きにより瞬く間に組み上がるように、情報と情報が組み合わさり現実となって行く。

 

「大使館、そして日本政府からの返答は”北郷一刀なんて人間はアメリカの移住者、旅行そして日本国内にも存在しない“手帳に記載されてた学園や実家住所もショッピングモールや公園だそうだ。

俺の聞きたいことがわかっただろう?

もう一度聞く、カズト・ホンゴウ正直に答えろ。

どうせゲートにモンスターなんて訳わからない存在と殺し合ってる、今更多少の事で驚きもしない。

お前は一体何者だ?」

 

気が付けば跪いて全て話していた。

学生寮で寝ていたら1800年以上前の三国時代、それも武将の全員が女性であるという過去のパラレルワールドとも言える世界に迷い込んだこと。

真名こそ伏せて置いたが曹孟徳に拾われ、共に日々を過ごし想いをかわしたこと。

死んでしまう運命持つ者たちを守る為に未来の知識を使い世界から消され、今に至ることを洗いざらい話していた。

トーマス・アンドレは腕を組みただ聞いているだけで何も言わなかった。全てを聞き終わると「わかった」とだけいい思案に耽る。

 

「成程、普通なら頭の病院を勧められて終わりだが、お前は運がいい。

お前を拾ったのがこの俺だからだ。

着いてこい、行き場のないお前に居場所を作ってやる」

 

サングラを外したトーマスは跪く俺に手を差し伸べると初めて会った時と同じように不敵で豪快な笑みを浮かべた。

彼から放たれる華琳以上の覇気に身震いしてしまう、そして俺はその手を取った。

 

◾️◾️◾️

 

覚醒者通称ハンターの等級は実にシンプルだ。下は最弱のEから始まりD級C級B級A級そして最強格に分類最上位の等級あるS級。S級にはS級で明確な実力差があり、トーマスはゴリアテの二つ名で呼ばれS級ハンターの中でも最強の称号を得ている。

精鋭のA級ハンターが何十人と集まらないといけないA級ダンジョンを単独踏破した傑物であり怪物とも言える人物に連れてこられたのは警戒厳重な巨大オフィスビルだった。

 

「カズト迷子になるなよ?

ここはアメリカのハンター管理局、つまりアメリカ中のハンターを統括してる組織だ。主に、と思ったがローラ」

「わかりました。ハンター管理局は覚醒者の判定審査、ゲートや魔物の調査や研究、罪を犯したハンターの検挙にマスターのような強すぎるハンターの監視など主に裏方の業務が多い組織ですね。

カズトにはこれから覚醒者判定審査を受けてもらいます」

「えっと、ランクが高ければ高いほど覚醒する人が少なくなるんですよね?

できれば高い方がいいですけどもしE級「それはないな」トーマスさん」

 

現代とはいえ見知らぬ世界だ。ハンターのランクが高ければ安定した生活を送る事が出来るが低い場合は正直考えたくはない。

衣食住を持たない俺にとってハンターのランクの高さとは文字通り死活問題に直結するわけだ。そんな俺の不安をトーマスは切って捨てた。

 

「ハンターでできる奴はある程度感知ができる、それをより詳しく判定する為の設備がハンター管理局にある。俺の大雑把な見立てで悪いがA級、低くてもBと見ていいだろ。

まぁ右も左もわからない世界だ、不安になるなってのは無理な話か」

「あ、ありがとうございます」

「それでは私は受付に行ってきます」

 

そう言ってローラは受付に向かっていった。受付嬢はトーマスの姿を見ると驚いたのか立ち上がり挙動不審になる。

 

「ご、ゴリアテっ?!あっ!すいません!

本来でしたらお断りしていますが、Mr.トーマスの要請ということで覚醒者判定審査でご予約いただいてますが、受けるのはどなたでしょうか」

「受けるのはこの小僧だ」

「かしこまりましたお名前を伺ってもよろしいですか?」

「か、カズトホンゴウです」

「アメリカ在住でなければ日本でお受けするのが良いですが、ホンゴウさんは事前に伺った事情の関係で身分証明書の提示などは必要ございません。

すぐに審査の方に移ります。担当の者の案内に従って下さい。

良い結果である事をお祈りしています」

 

その後すぐ後に来た呼ばれてきた職員の後に続いて行くと通されたのは、台座の上でいくつものケーブルに繋がれた真っ黒な球体で、一瞬GA◯TZを思い出してしまった。

 

「ホンゴウさん、少しの間球体に触れてもらいます、それで魔力を自動で解析してランクを判断いたします。

呼吸を楽にして下さい」

「は、はい。……」

 

強く目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をした。落ち着かない気持ちのまま目の前の球体に触れる。そして判定が下された。

 

ブーッ。ERROR

ブーッ。ERROR

ブーッ。ERROR

 

足元が崩れるような気がしたという表現を小説でよく見かける。

絶望や悲しさのあまり立っていることすらできなくなる事を言葉で表現したのだろう。ただ所詮はありふれた心情描写の一つで現実にそうなることはないだろう、そう思っていた。だが言葉があるということは体感した事がある人物が多く存在すること意味する、そして俺自身もまたその一人であった。

崩れ落ちる俺とは裏腹にトーマスはなんと喜色を浮かべ笑っていた。

 

「マスター、コレってまさか」

 

それなりに長く務めるローラでさえ目の前の光景は初めてだったようで、驚愕と緊張を抑えきれない。

 

「ククッハハハハハハハッ!そうかッ!そうきたかッ!

最高だッ!本当に最高だよカズト!

俺も可能性は”だけ“は考えはした!だがすぐに切り捨てた大方Aに収まるなんて思って見れば、まさか“S”を引き当てるなんてな!」

 

トーマスは冷めない興奮に取り憑かれたように腹を抱えて爆笑した。

呆然としていた職員は「すぐに局長へ報告しますッ!しばしお待ちくださいッ!」と弾かれた様に判定室を飛び出していった。

 

「え?ローラさん俺、エラーで、Sで、は?え?」

「いきなりERRORなんて結果出れば驚くのも無理はありません。ですが安心してくださいERRORとは覚醒者判定装置で測定不能を指します」

「測定不能?ってことは測定できないほど魔力が無い「ってことじゃ無いんだよ。まぁ何もかもが初めてならそう思うのも無理ないがな」どういう、ことですか?」

 

腰が抜けてへたりこむ俺の頭をトーマスはガシガシと乱暴に撫で回した。

 

「お前は測定不能を測定できないほど魔力が無いと解釈した。だがこれは全く違う、覚醒者測定装置の本当の役割は測定結果の細分化だ、ランクを測るためのものじゃ無い。そんなのできたらS級以上のランクを設定することになってきりがない。

どうせこの後お前には呼び出しが、おっともう来たか。

カズト見ろ、あれがアメリカのハンター達の調整統括を担うハンター管理局局長と副局長だ」

 

厳重な鋼鉄製の自動扉から血相変えて現れたのは壮年の男2人だ。

 

「アンドレハンターっ!」

「ヨォ、ブレナン局長、相変わらず50後半の爺さんとは思えないガタイだな」

「君こそ、いい歳こいた大人とは思えない挨拶だ久しぶりだトーマス。

それで、無国籍のS級覚醒者はそこの青年だな?」

 

トーマスには若干おとりはするがブレナン局長と呼ばれた壮年の男性はへたりこむ俺に目を合わせた。

 

「私はアメリカ合衆国ハンター管理局局長デビット・ブレナンだ。

最初は驚いたよ。いきなりアンドレが『無国籍のガキに拾ったから覚醒者判定受けさせる。準備頼んだ』と一方的に連絡をよこしてくるからな。

 

単刀直入に言おう。

 

Mr.ホンゴウ、アメリカ人にならないか?」

 



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日の丸から星条旗。零からのスタート

「ゲートとは膨大な資源を貯めた宝の山だ。だがその反面ダンジョンブレイクが起きたら甚大な被害をもたらす代物だ。

高難度ダンジョンであればあるほど攻略の難易度と得られる資源の両方がが大きくなる。

ハンターとは国に恩恵をもたらし未知の危険から国民を守るその為に、ダンジョンに潜る。

そのためには君のような素質ある若者が必要だ」

 

「ブレナン局長、アンタ交渉が下手だな。こう言うのは下心隠さないほうがいいぜ。

いいかカズト、S級ハンターは何年に1人運が良ければキノコみたいにポコポコ出てくる国もあるが悪けりゃ10年以上経っても1人もいないってレベルの存在だ。これは何処の国でも変わらない。

 

さて、今お前は日本人と言い張ってる誰でも無い日本語を喋る無国籍のガキに過ぎない。だが無国籍とは言え日本人と主張するS級の覚醒者の存在を日本が嗅ぎつけたらすぐにでも懐柔しにくるだろう。それどころかよその国もだ。

ハンターの中でも最強格の力を持つS級ハンターなんざ何処の国でも喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 

S級ハンターとして覚醒したお前に日本や他の国がちょっかいかける前にアメリカ人にしておきたい。もっと言えばハンター管理局のエージェントになってもらいたいってのが局長の本音だろうな。

まぁアメリカ人にしておきたいとこに関しちゃ俺も同感だ」

 

「アンドレ、もうちょっとマシな言い回しは出来ないのか?

だがまぁこの男の言う通り、下心を曝け出せばそういうことだ。

スカベンジャーギルドが君の存在を日本に問い合わせた。今頃日本側は無国籍とは言えアメリカ最強のS級ハンターが気にするほどの存在かもしれないと勘繰っているはずだ。

すぐには動かないだろうが、息の掛かった人間が探りを入れるのは時間の問題と言ってもいいだろうな。

あっちが絡んできて面倒な事態になる前に君の承諾が欲しいと言うことだ。出来るならこの場でな」

 

言いたいことはわかる。まだGA◯TZもどきのデカくて黒い球体に触っただけだがお偉いさん、何よりトーマスさんがそう言うなら俺はS級ハンターの才能を覚醒させたのだろう。だがそれとアメリカ人帰化は別問題だ。

 

「でも帰化って、確か長くて一年とかかかる手続きなんじゃ?そんな簡単にいくもんじゃない気が」

「よく知ってるな。確かに普通はそうだ、長い期間と膨大な枚数の書類を書く必要がある。

だがトーマスの口添えに私や副局長の個人的なツテを使えば二、三日あればアメリカ人にになれる」

「そんな簡単に?!」

 

フランチェスカには日本に帰化した友達もいた。その友達曰く自分は半年くらいで済んだけど、人によっては一年以上はかかったはずなんて話を聞いたことがあった。

 

「驚くのも無理ありません、ですが事実です。

トーマスはアメリカ最強のハンター。本人は嫌がりますがゲート関連で政府関係者が開いたパーティには必ず出席させています。そして局長と副局長は軍人時代からの友人で前職はシークレットサービスです。それに局長はA、副局長Bランクの覚醒者です。もちろん今でもアメリカ政府に職務的にもプライベートな意味でも繋がりもあります」

「…ローラ君、隠していたつもりも無いが少なくとも君に教えたことがないのに我々の経歴を知ってるのか気になるが、私も局長も彼女の言った通り軍人上がりの元大統領護衛官だ。

現在でも政府高官と会うことが多い立場だ。その方面の友人も多い。

やろうと思えば今すぐにでも始められる」

「あまり褒められた方法ではないが、こちらが早く動けば日本から引き抜きなんて方法を取らず、外交面での摩擦が起きずにS級ハンターが手に入るとなれ彼らも首を縦に振るだろう」

 

ローラの経歴暴露に呆れる局長と副局長のコントをよそに俺は悩んでいた。

自分は日本人だと言う気持ちはある、だがそれはあくまで俺が言い張ってるだけでこの世界の日本に俺や俺の友人家族は誰一人として存在しない。

見捨てられたなんて言うつもりは一切無いし恨むつもりなんてもっと無い。ただ世界線が違うとは言え、生まれ育った国から存在しないと一言でバッサリと切り捨てられたのは、なんというかただただショックだった。

 

「カズト」

 

思考の沼に落ちていたからかトーマスに名前を呼ばれてビクッとなってしまう。

トーマスは俺の前でしゃがむとつけていたサングラスを胸ポケットにしまった。鮮血のように赤い瞳が俺を射抜くように見つめてくる。

 

「本当は時間をやりたいとは思う、だがこの状況じゃそうも言ってられない。

さっきも言ったが、俺が交渉で大事にしてるのは交渉の時に大事にしてるには程よく欲望を曝け出す事だ。だから言おう。

俺はお前が欲しい。もしお前が話していた世界にいた時のカズトホンゴウにない強さを欲してるなら、俺が強くなるための環境を用意しよう。

家も食事も服も金も武器も防具も人員も全てだ。だからお前の能力、お前の持つ可能性、お前の未来、お前自身の何もかも、”全て“を俺によこせ」

 

トーマスの眼差しと強欲で傲慢な言葉に心臓が大きく高鳴った。華琳達と協力して魏を発展させてきたあの毎日とは違う、自分の中だけに眠る可能性が創る未来への期待と高揚感。

俺は差し出された右手をじっと見つめる。

 

「俺は強くなれますか?」

「どこの誰が強くしてやると思ってるんだ?」

「…俺はゲートとか魔物とハンターなんて言われてもよくわかりません。剣や棒も多少扱えますが、弱いです」

「最初から強い奴なんかいてたまるか。

才能は与えられてもどう活かすかはそいつ次第だ」

「知識なんてコミックや小説、ネットニュースやテレビなんかで覚えただけで勉強の成績も平凡です」

「安心しろ、ウチは死人を出さない為に新人教育は徹底的にやる。

何度でも叩きのめして一流のハンターにしてやる」

「…こんな俺でも会えないけど大事な人たちに胸張って生きていけるなら、俺は心から変わりたいと願います。

ブレナン局長、俺をアメリカ人にしてください。

…そしてトーマスさん、いや、マスター。俺をスカベンジャーギルドに入れてください」

「いいだろう。スカベンジャーはお前を盛大に歓迎しよう。

ブレナン局長もいいな?」

「やれやれ、こうなっては嫌だなんて言え無いだろう。

問題児のお前と違って優秀な人材を逃したのは痛いが、十想定内だ。

”日系アメリカ人のS級ハンター“が新たに誕生したそれで今は十分だ。

 

Mr.カズト、君のアメリカ人帰化はすぐに取り掛かる。副局長、アダム達に日本側の動きを厳しく監視して牽制するように言っておいてくれ、リードしてるのは我々だがここからは私達と彼らの競争だ。

コナーにも今週中の予定を全てキャンセルするように伝えてくれ。

 

さて、カズト少しばかり気が早いが君にはトーマスに取られた分このセリフだけは言わせてもらおう。

 

若者よ、ようこそアメリカへ」

 

◾️◾️◾️

 

スカベンジャーギルドに戻って来た時にはもう夜になっていた。

本場のハンバーガーとポテトを美味しくいただいた後、職員用仮眠室のカプセルベットの中で、気持ちが落ち着かない所為で俺は眠れずにいた。

本音を言えば離れ離れになった華琳達を思うだけで泣きたい気持ちで一杯だったが隣近所が使用中だったこともあり、泣いてしまうと迷惑だと思い堪えることにした。

 

(あの世界から帰ってきたと思ったらアメリカにいて、覚醒者になってアメリカ人に帰化して。

…こんな気持ちになったのあの世界で初めて夜以来だったかも)

 

不安。未知の世界。異なる文化。異物同然の育まれて来た自分の価値観。知っているようで何も知らない、そんな世界に否応なく放り込まれた事を嫌でも自覚せねばならなかったあの夜に感じた荒波のように揺れる感情に非常に似ていた。それでも現代世界なのはまだ救いであったのは確かだったとは思うが。

 

「どうせ何考えた所でもう始まったんだ。ここまで来てぐずぐずしてたら華琳達に笑われちゃうな。

明日は能力の検証だっけ?マスターから戦士系とか言われてたから多分春蘭や霞みたいに前衛で戦うんだろうな」

 

管理局から戻る最中、実際に起きたダンジョン攻略時やブダンジョンレイクの制圧の動画を見せてもらった時の衝撃と恐怖が蘇る。

落ち着いたと無理矢理思い込んだはずの心の片隅で騒めいているのを自覚しながら、ベッドの中でたった一人、答えの出ない自問自答を繰り返す。

 

(相対したわけでもない、ただ動画で見ただけなのに震えてる。でも選択肢なんかない。

あの世界と同じだ、引き返せる道無いなら進むしか無い)

 

答えの出ない自問自答に少し疲れていたのかなんとなく眠れそうな気がした。目を閉じてゴロゴロしていたらいつの間にか意識は落ちて、眠りについていた。

 

◾️◾️◾️

 

はっと気がつけば満点の星空の下、水面の上に立っていた俺はここが直ぐに夢だと理解した。

夜の水平線、空を明るく照らす星の輝き、止むことのない流星の雨や箒星の群れ、俺は眼前に広がる幻想的なこの世界の輝きに魅入られていた。

トクン、トクン。心臓が小さく、だがそれでいてたしかに脈打つ。

 

「なるほど、これが俺の」

 

溢れ出た泉の様に次々と自分の覚醒者としての能力が頭の中に浮かび上がる。

 

「まだ何もわからないけど、あるもの全部使って強くならないと、みんなに笑われちゃうもんな」

 

『でも、いつか再会できると確信しています。

私達が天の国に行くのか、貴方が大陸に帰ってくるのか、わかりません。ですが、もう一度会えた時は約束通り耳飾りをつけた私とでぇとをしてください!』

 

蜀との最後の戦に向かう直前、デートの最中に栄華と俺が交わした約束。華琳が大陸制覇を成し遂げた時、俺が送った耳飾りをつけてまたデートをする。というものだ。

言い訳だがその後に直ぐに蜀との戦になりその道中俺が何度も消え掛かったりで頭の片隅に、………嘘だ。ガッツリ忘れていた。

 

 

「夢で夢のこと思い出すとはね。

栄華が許してくれると良いけど、バレたらめちゃくちゃ怒るんだろうな。ちゃんと謝らないと」

 

そんなことを事を考えて苦笑いを浮かべる俺に背後にいた“彼女は”呆れつつも咎める様に言った。

 

「そうでしょうね。

全く、好きだと言った女の子との約束も忘れるなんて、事情があっても許してもらえるかも、なんて軽く見られるのは腹が立つわね。

それ以上に私の事も思い出してくれないのはもっと腹が立つけど」

 

声を聞いた瞬間時間が止まった気がした。

 

「ハハッ。首、刎ねに来てくれたの?華琳」

 

振り向くとそこには強がりで寂しがり屋な俺が泣かせてしまった、愛したやまない少女がいた。夢であったとしても幻ではない、本物の華琳が。

 

「確かにそんな事も言ったわね。けどその言い方心外だわ。私が首切り大好き女みたいに聞こえるじゃない。

訂正して欲しいけれども、また貴方にあえるなら悪くないものね」

「確かに俺もそんな事言ったかも。

…欲を言えばこれが現実ならもっと良いんだけどね」

 

華琳は俺に背を向けた。ふと思い出す。

満点の星空と大きく美しい満月、背を向けた華琳とそれを見つめる俺。

長きに渡る大陸の戦に決着がついた夜、終戦の宴を抜け出し俺が華琳の元から去ってしまったあの時と同じだ。

 

「ねぇ一刀、私は今私の物語で主役をしてるわ。貴方はどう?」

「まだ始まってすらない、かな?

今はまだ何もできないけど、たとえ0からの始まりでも、陳留の時みたいにできる事を全力でやるだけだよ」

「そう、本当に警備隊を貴方に任せて良かったわ。

一刀、乱世の奸雄は楽しかったけど、貴方が見たがっていた治世の能臣もそう悪くはないわ。

早く見に来い、と言いたいところだけど、私が呑気にそれを待っていてあげるほど気が長くないのは貴方も知っているわね?」

「わかってる、なんたって華琳だもんね」

「その通りよ。

そうね、普通の約束だと貴方が守れるか不安だから競争しましょう。私と貴方でね。勝った方が負けた方の願いを聞くの、なんでもね。

この私の挑戦、私の忠実な臣下だと言うなら逃げたりしないわよね?」

「そんなこと言われたら引くに引けないじゃん。

うん、その勝負乗ったよ」

「そう。なら再開した時、私達に愛想を尽かされない様に精進なさい」

「うん、再会した時に、めちゃくちゃ、驚かせてあげるよ、だか、ら」

 

(あぁ、だめだ。我慢してたのに、あと少しだったのに我慢できない)

 

華琳の前では虚勢でもいいから格好つけていたいのに涙は止まる事なく流れ続ける。無意味だとしても情けない姿を少しでも隠したくて俺は深く俯く。

 

「だ、か、んむっ?!」

「ふ、んちゅ、じゅる、ん、んん」

 

頬に暖かい手が添えられた瞬間顔を上げられると口の中に華琳の舌が入り込んでくる。

くちゅくちゅと絡められた華琳の舌に最初こそ驚きはしたものの、応じるように舌を絡ませて息の続く限り濃厚で淫靡なディープキスを交わし合う。

 

「ん、ずっ、じゅじゅっ、ぇれん、んんん!ぅぁ、はぁはぁ、華琳?」

「んちゅ。一刀、私のこと愛してる?」

「あぁ、愛してる、愛してるよ華琳」

「ならあの時の言葉を訂正しなさい」

 

『さようなら、愛していたよ華琳』

 

俺は華琳を強く抱きしめた。

 

「何があっても、どんなことがあっても全部ブチ破って君の元へ帰る!だからまた会おう!愛してるからな!華琳!」

「私も愛してるわ、一刀」

 

◾️◾️◾️

 

「マスター!おはようございますっ!」

「お、おう!早いな」

 

朝起きると昨日の晩に指定されていたスカベンジャーギルド本部地下の訓練施設に走って向かう。すでにトーマスはいたようで、アロハシャツとハーフパンツ姿でもウォーミングアップを済ませていたようだ。

 

「昨日の晩はビクついてる様な顔をしてたが、なんかいいことでもあったか?」

「…あんまりチキン晒してると笑わわれちゃいますからね。1分1秒でも早く強くなりたいんです」

「ほぉ?その面ならなら、厳しく扱いても大丈夫そうだな、ついてこれるか?いや、殺す気でシゴいてやるから死に物狂いで食らいついてこい」

 

トーマスの目がサングラスの奥で金色に光る。襲いかかる威圧感に立ち向かう様に俺は強く言い放つ。

 

「上等っ!」

 

 

 



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