陰陽師奇譚 (雛罌粟初秋)
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第壱話「邂逅」

やっと、『陰陽師奇譚』を投稿する事が出来ました。嬉しい限りです。

申し遅れました、私……雛罌粟初秋と申します。詳しい事は私のユーザー情報やTwitterをご覧頂ければと存じ上げます。

拙い文章力かと存じますが、最後までご拝読頂けると幸いでございます。

これから宜しくお願い申し上げます。




6月1日 3時40分 華島神社

 

 太陽がまだ出ておらず闇が広がっている神社の境内に二人の若者がいた。普通に考えればこの時間、この場所に人がいるのはおかしい。明らかに参拝客ではない感じだった。

 

「この先を踏み入る事なかれ、だってよ?どうする」

 

 黒の帽子を被った若者が立て札を見ながらもう一人の若者に聞いた。

 

「いや、関係ねぇよ。行っちまおう」

 

 答えは想像通りだった。金髪で耳にピアスをした若者がそう答えた。若気の至りだろう、二人は立て札の警告を無視して足を踏み入れた。すると、地面が妖しく紫色に光った。

 

「────!!」

 

 帽子を被った若者は目を丸くし絶句していた。異変はこれだけでは終わらない。ピン、ピン、ピン、ピン、ピンと音を立てながら地面に光の線が走り五芒星を描いた。

 

「なッ、なんだ……今のは!?」

 

 自分たちの目の前に非現実的な出来事に対し発する事の出来た言葉はそれだけだった。そして早くこの場を去った方がいい、と身の危険を感じ引き返そうとした時だった。後ろに僅かな風を感じ一瞬だけ呻き声を聞いた。気になり振り返ると耳にピアスをした若者がいなくなっていた。

 

「おいッ!何処に行ったんだ!?」

 

 と、辺りを見渡しながら心配する声を上げる。

 

「地獄だぜ?」

 

「えッ!?」

 

 背後に風と気配を感じた。何事かと思った時には、帽子を被った若者の意識は刈り取られ二度と目を覚ます事はなかった。

 ボリボリ、ガリガリ、ゴリゴリと骨肉を嚙む音、ジュウ~、ズズズと血を飲む音といった静かな境内に似つかわしくない音が響き渡った。

 

「久しぶりの人間の肉は美味いぜ!!」

 

 人間の肉は美味い、と現実では聞かない言葉が発せられた。この言葉の持ち主が帽子を被った若者を襲ったのである。襲った者は異形だった。人間と同じく二足歩行だが背丈が熊の様に大きく毛深く、顔が赤く二本の牙が鋭く伸びて、目がギロリと光り、額から二本の角が生えていた。

 

「強いて言えば女子(おなご)の肉が良かったがな」

 

「ガハハハッ!そいつは言えているぜ」

 

 奥の方から二体の異形が帽子を被った若者を食している異形の下に近づいた。この二体の異形が耳にピアスをした若者を襲い食した者だった。この異形も同じ姿をしていた。

 三体の異形は笑いながら若者を食していた。その様子はサラリーマンが飲み会を楽しむ様だった。やがて、夜が過ぎ朝が来ようとしていた。

 

「ふぅ、喰ったな」

 

「あぁ、こんな時間だしな。もう、人間たちの時間か」

 

「おい。お前の足元に落ちている物は、アレか?」

 

 異形の一体が仲間の異形の足元に落ちている物を指さしながら口を開いた。

 

「忌々しい陰陽師がオレたちを封印する時に使った代物だな」

 

 その代物が足元に落ちていた異形はそれを拾い上げ事細かく眺めていた。その代物は白い勾玉の形をしていた。それらのやり取りを見ていたもう一体の異形が強引に奪い取った。

 

「その持ち主の陰陽師はくたばっちまったと思うが、ムカつくぜ。こんなちっぽけなモンで」

 

 奪い取った後は勾玉の形をした代物を一瞥し適当な方向へ放り投げた。

 

「怒りは尤もだ。だが、封印は解かれた。これからは食べ放題だ」

 

「あぁ、そうだな。まぁ、人間たちの時間が近いからな……楽しみは夜までのお預けだぜ」

 

 異形たちは朝日が昇る前に闇の中へと去っていた。再び来る夜の、闇の時間の為に。異形たちが去った後は静寂が訪れた。そこには無残な若者の遺体が……というのは無く、跡形もなく、まるで何もなかったかの様だった。

 

 

 

6月1日 7時40分 華島神社付近

 

 青のスポーツバッグを肩にかけタレ目で人当たりが良さそうな青年が歩いていた。名前を金森柊馬(かなもりとうま)という。柊馬は大学を目指して歩いていた。その道中、カランカランと何かを蹴っ飛ばした。ただの小石だろうと思ったが、よく見ると白く綺麗な勾玉の形をしていたので近づいた。

 

(うん?石かと思ったけど、違うな。確か……歴史の教科書に載っていた────)

 

「勾玉だ!!」

 

 柊馬がそれを勾玉と認識し拾い上げた瞬間、脳内に何かが流れてきた。

 

「────!!」

 

 最初に流れた来たのは夜の森の中に二人の人影だった。一人は狩衣の青年で、もう一人は衣一枚を纏っていて頭の長い老人だった。続いて声が流れてきた。声の感じからして青年からだろう。

 

「吾是天帝所使執持金刀

 非凡常刀是百錬之刀也

 一下何鬼不走何病不癒

 千妖万邪皆悉済除

 急々如律令」

 

 言い終えると青年は印を結んだ。すると、老人は苦しみ光に包まれ青年が持っていた刀に吸い込まれた。

 柊馬がふと気が付くと虫や鳥たちの鳴き声、子どもたちの他愛のない会話、車が走る音が聞こえ現実に引き戻された。

 

「な、何だッ!?今のは……」

 

 暑さのせいか、いや……今流れ込んできた映像のせいであろう汗をいつも以上にかいていた。

 

(疲れているのかな。大学が終わったら今日は早めに休もう)

 

 そう帰宅後の予定を立てると、ポケットに勾玉を入れて大学に向かった。

 

 

 

6月1日 12時36分 華島大学・食堂

 

「……」

 

 柊馬は華島大学の食堂にて昼食をとっていた。しかし、今朝の出来事が気になり食欲が無いのか、殆ど手を付けずに箸を置いた。

 

「よう!どうした、そんな辛気臭ぇ顔して。失恋でもしたか?」

 

 椅子を引き座り180cmくらいの長身で茶髪の男が声をかけてきた。男の名は渡瀬煌志(わたせこうし)。柊馬の親友である。煌志の口ぶりは心配というよりもおどける様な感じだった。

 

「恋してないから、失恋も出来ないよ」

 

「あはは、違ぇねぇ」

 

 柊馬の返答に煌志は僅かに口角を上げ答えた。

 

「で、本当にどうした?」

 

 そして、先ほどとは打って変わり真顔で声の調子は真剣になり、指を組み柊馬に聞いた。

 

「今朝、華島神社でコレを拾ったんだ」

 

 柊馬はポケットから今朝拾った勾玉を取り出し、煌志の目の前に置いた。

 

「これは……!?」

 

「何か分かるの?」

 

 煌志が目を丸くし何かに気が付いた口ぶりだったので、柊馬は顔を近づけ煌志の目を見た。煌志は勾玉を凝視し静かに時間が過ぎた。

 

「分かんねぇ。何だっけ、コレ?」

 

「……」

 

 煌志の答えに柊馬は呆れて何も言えなかった。やがて、ため息をつくと口を開いた。

 

「勾玉だよ」

 

「そうだ、勾玉だ!!その勾玉が何だっていうんだ?」

 

「拾ったら幻覚?の様なものが見えて。でも、今は見えなくて。煌志も触ってみてくれないかな?」

 

「どれどれ……」

 

 煌志は言われままに怪訝そうな顔を浮かべ四本の指で勾玉に触れた。

 

「どう?」

 

「何も見えねぇぞ?お前が(やく)をやる奴じゃねぇからな、疲れてんじゃねぇのか?」

 

「そうかも知れないね、昨日は徹夜だったから。大学が終わったら早く休むつもりだよ」

 

 煌志には見えない様で、柊馬と同じく柊馬自身が疲れている、という答えを出した。柊馬も煌志の答えには納得した様で頷いた。

 

「あぁ、それがいい。ところでよ、この勾玉どうするんだ?」

 

「神社の近くにあったから、神社の持ち物だと思うんだ。だから、帰る途中に寄ろうと思っているよ」

 

「そっか。あんま無理はすんなよ?じゃ」

 

 煌志はそれだけを言うと椅子を引き立ち上がり手を上げ柊馬の下を去った。柊馬も手を振り返し答えた。そして、煌志に打ち明けホッとしたのか食欲が湧いてきたので昼食を再びとり始めた。

 

 

 

6月1日 20時45分 華島神社付近

 

 初夏とはいえ陽は沈み夜になっていた。そんな中、柊馬は勾玉を返却する為、華島神社を目指し歩いていた。陽が沈む前には立ち寄れるはずだったが、この様な時間帯になってしまったのは、柊馬がレポートを仕上げるのに夢中になっていたからである。

 華島神社に差し掛かった時、怒声が柊馬の耳を支配した。

 

「……?何か声が聞こえるな……喧嘩かな?神社の境内から」

 

 柊馬は疑問に思った。こんな時間に、こんな場所から怒声が聞こえるのか、と。勾玉の返却もあったので境内に足を踏み入れた。歩を進めるにつれ、血生臭いにおいが柊馬の鼻を刺激した。今にも吐き出しそうだったので、慌ててハンカチで鼻と口を覆った。

 吐き気を堪えながら境内の最奥部を目にした時、柊馬は自身の目を疑った。

 

「────!!」

 

(人が……喰われて、いる?何だ、あの異形の者は?急いで離れないと)

 

 異形が人を喰らっていた。獅子が鹿を喰らう様な純粋に食事の風景とも言えぬ、非現実的な事に本能が訴えかけていた。見つかる前に逃げろ、と。考えるよりも先に柊馬の足が動いていた。しかし、不幸にもパキッと音が鳴ってしまった。いや、鳴らせてしまった。柊馬の足が枝を踏んでいたのである。当然、異形もその音に気が付き柊馬の方へ視線を向ける。

 

「ほう、人間か!!お前も喰われに来たのか?」

 

(逃げないと!!)

 

 ニヤリと不気味な笑みを浮かべ異形は柊馬へ問う。答えようが答えまいが結果は同じ。そもそも、それ以前の問題である。逃げなければ死。火を見るよりも明らかなこの現状に、柊馬は一目散に逃げだした。

 

「おい、待てよ!!喰わせろよ」

 

「あの人間はお前に任せるぜ」

 

 奥からもう一体の異形が姿を表し、柊馬を追いかけようとしている異形にそう言うと、その異形は「おう、ありがてぇ」と言ったのと同時に柊馬を目掛けて駈けだした。その表情は鬼ごっこで鬼になった子どもが、追いかけ捕まえようとしている楽しい感じだった。

 先に逃げたとはいえ人間と異形である。あっという間に追い着かれてしまった。たとえ100mの記録保持者でも異形の前には無意味だろう。捕食者が獲物を狩る時には攻撃し弱らせる必要がある。異形が柊馬の前に出ては振り返り右の拳で、柊馬の左頬を死なない程度に打ち抜いた。

 

「がッ……!!」

 

 苦悶の声と共に柊馬の身体は打たれたボールの様に吹っ飛び、近くの木にぶつかった。

 

「オイオイ……簡単にくたばってくれるなよ?獲物はゆっくりと時間をかけて喰いたいからな」

 

 異形が頭を掻きながら呆れた口調で、痛みに悶える柊馬にゆっくり近づいて来た。

 

(こ、このままじゃ……やられる……!!)

 

 何とかしようとも恐怖で身体が言う事を聞かない、動かない。柊馬は死を覚悟し目を瞑った。すると、頭の中に聞き覚えのある声が響いた。

 

「汝、光を以て闇を鎮め給え」

 

 声の持ち主は柊馬が今朝、華島神社で勾玉を拾った時に流れてきた映像に出てきた狩衣を着た青年だった。

 

「ッ!?光を以て闇を鎮める?何の事?」

 

「勾玉に勇気・覚悟・意志を込めよ。さすれば光の刃とならん」

 

「光の……刃……」

 

 柊馬がそう呟くと現実に引き戻され、異形がすぐそこまでに迫っていた。

 

「覚悟は決まったか?人間よ」

 

(くッ……やるしか、ない!)

 

 一か八か。柊馬は覚悟を決めポケットから勾玉を取り出し自身の胸元に持って来て力強く握り念じた。

 

「あばよ、人間」

 

 異形が飛び掛かり死が柊馬に迫っていた。ブスリと肉を貫く音と共に、ポタポタと血が滴る音。そして、苦悶の声。その声は人のものではなかった。

 

「き、きさ……ま。お、んみょう……じ?」

 

 柊馬が恐る恐る目を開けると勾玉が光の刃へと変化し、異形の胸元を貫いていた。それが、致命傷となり柊馬に疑問を残しつつこと切れた。すると、異形の身体が光に包まれ、光の刃に吸収された。

 

「た、倒した……」

 

 緊張の糸が切れたのか柊馬はへなへなと力なく、その場に座り込んだ。しかし、安心も束の間。何かの足音が柊馬の方に近づいて来た。

 

「おい、何してん────!!貴様……その刀」

 

「陰陽師の末裔か」

 

「……!!」

 

 足音の正体は先ほど倒し吸収した異形によく似た二体の異形だった。この状況は流石に想定外で柊馬は光の刀になった勾玉を握っている事しか出来なかった。一方で異形の方も想定外だった。まさか、仲間の一人が人間に、それも陰陽師の末裔かと思われる者に倒されるとは思いもしなかったからである。

 

「陰陽師が一人と言えど、油断出来ん。これは予想外だ」

 

「退くか」

 

「あぁ……」

 

 二体の異形は柊馬に襲い掛かる事なく踵を返し、闇の中へ消えていった。それを見た柊馬は、今度こそ安心。と思い切り息を吐いた。

 

「ふぅ……な、なんとかなった……」

 

「お見事です」

 

「────!!」

 

 突然、目の前から子どもの声が聞こえたので柊馬は声の持ち主であろう、その子を見て言葉を失った。狐色をしたショートカットの髪。見た目5歳くらいの子だが、今の時代には珍しい狩衣を纏っていた。百歩譲って狩衣は良しとしよう。異様なのは狐の様な耳と尻尾が生えていたのである。

 

「き、君は……誰だ?さっきの奴らの仲間なの?」

 

「ボクは式神です、その刀の持ち主だった方の」

 

 式神の言葉に柊馬は光の刀になった勾玉に視線を落とした。

 

「元は貴方が言う奴ら────妖怪でした。とある事情で式神となりました」

 

「妖怪。さっきの奴らが……」

 

「はい。その刀の持ち主・ご主人様とボクは協力して妖怪を封印していました」

 

(今朝、頭に流れてきたのがそれか……)

 

 頭に流れてきた映像を思い返していた。狩衣を来た青年が頭の長い老人と対峙する場面。あの光景は妖怪を封印しているものだった。

 

「妖怪たちの封印は終わり、平和が訪れました。しかし、ボクのご主人様は……1000年先の世で邪悪な妖怪は解き放たれる、と予言していらっしゃいました」

 

「1000年先というのは……まさか、今年?」

 

 柊馬が恐る恐る質問すると式神は首を縦に振った。

 

「そして、ボクは……ご主人様に、この刀を扱う者の式神となり手助けせよ、と命じ、刀に封印されておりました」

 

「もしかして……僕が」

 

「えぇ。ボクはゴンです。宜しくお願いしますね、新しいご主人しゃ……ご、ご主人様」

 

 その式神は自らをゴン。と名乗った。ゴンは頭を下げ噛みながらも柊馬を主人とし尽くす事を誓った。

 

「ご主人様、僕が?」

 

 ゴンの主人となる柊馬は未だ事態を呑み込めておらず、首を傾げていた。

 

 

 

6月1日 21時32分 ???

 

「ほほう。これはこれは……実に面白くなったな」




如何だったでしょうか?

皆様を楽しませる事が出来たのであれば何よりでございます。

ご感想やご質問は随時受け付けております。此方でもTwitterでも構いません。皆様のお声が私の力になります。

それでは、第弐話までお待ちくださいませ。


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第弐話「少女」

金森柊馬は登校中に華島神社の近くで勾玉を拾い二人の人物が対峙する映像を見る。気になりはするものの、大学に急いでいた為登校した。

帰宅途中、勾玉の持ち主であろう華島神社に立ち寄ると、異形が人を喰らっているのを目撃する。異形に見つかり絶体絶命の危機に陥るが持っていた勾玉の力により九死に一生を得る。

勾玉に封印されていた式神・ゴンと出会い、陰陽師としての道を……


ごきげんよう、雛罌粟初秋でございます。
私の小説が私の想像よりも多くの方に触れられていた事に、心より感謝申し上げます。
これからも宜しくお願い致します。


6月2日 9時42分 華島神社

 

「昨夜ここで妖怪と戦って陰陽師に……」

 

 柊馬は昨夜あった華島神社での出来事を、そして自宅でのゴンとのやり取りを思い返した。

 

「やっぱり、妖怪と戦わなきゃ……ダメなの?」

 

 自室にて対面に座っている、自身の式神となったゴンに質問した。その語気は弱々しいものだった。

 

「はい。それが陰陽師となったご主人様の使命ですから」

 

「警察……ゴンの前のご主人様が生きていた時代でいう検非違使の方に任せるのは?」

 

 警察は市民の平和と安全を守るのが仕事。彼らなら任せる事が出来る、と思いゴンに聞いた。

 

「残念ながら現実的ではありません。妖怪の前では人の力は無力です。確かに妖怪を負傷させる事が出来ますが、そこまでです」

 

「────」

 

 ゴンの言葉に現実を突きつけられ言葉を失い俯いた。

 

「妖怪と戦うのは怖いですか、ご主人様?」

 

「うん、怖い。怪我をするのも嫌だし、死にたくもない」

 

 柊馬は俯いたまま握り拳を作りゴンの質問に答えていた。

 

「ご主人様は正しく痛みを感じる人で良かったです」

 

「えッ!?」

 

 ゴンの言葉にハッと俯いていた顔を上げた。柊馬の目に映ったのは優しく微笑むゴンの顔だった。

 

「皆が皆ではありませんが、人は強い力を手に入れると驕ります。ですので……ご主人様は力に溺れる事なく、正直に気持ちを吐露してくれて良かった、と申したのです」

 

「ゴン……」

 

「怖い、と仰っている方に無理強いをさせるのは良くありませんからね。逃げましょう、妖怪たちがいない所へ」

 

 ゴンは手をゆっくりと柊馬の方に差し伸ばした。

 

「逃げる?そしたら……多くの人々は……」

 

 柊馬は困惑した表情を浮かべながら首を傾げた。

 

「犠牲になりますね」

 

「────」

 

 分かってはいたが、言葉にされると形容しがたい重いものが圧し掛かってくる感じがした。()()から逃げるかの様に勾玉をギュッと握り口を開いた。

 

「この刀、今は勾玉の形をしているけど……代わりの方に渡したら?」

 

「真価は発揮されないでしょう。その方がよほどの能力と覚悟を持っていなくては……」

 

(無理だ……。何もして来なかった僕には。ただ将来、命の大切さを教える先生になりたい、子どもたちを楽しめさせ笑顔溢れる教室にしたい、と思い大学に通っている僕には……荷が重すぎる)

 

 視線を落とし先ほどよりも勾玉を力強く握った。

 

(でも、ここで逃げ出したら……子どもたちが襲われ犠牲になる可能性もある。それに僕の夢も壊される)

 

「ゴン……僕が妖怪を戦う!!」

 

 柊馬はゴンを見据えてそう言い放った。柊馬の瞳には決意の炎が宿っており、その瞳を見たゴンは差し伸ばした手を引っ込め首を縦に振った。

 

「すまない、少し訪ねたい事があるんだがね?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 声をかけられ柊馬の意識は昨夜の出来事から今いる華島神社の前に戻された。振り返ると声の主が居た。声の主は高校生くらいでクリーム色のセミロングが特徴の少女だった。やや口調が上から目線っぽいが、特に気にすることはなかった。道でも聞かれるのかと思い快く返事をした。

 

「君……陰陽師だろう?」

 

「なッ!!」

 

 少女の衝撃的過ぎる言葉に柊馬は意表を突かれ、目を丸くし声が上ずってしまった。

 

「うんうん、実に良いリアクションだ。からかい甲斐がありそうだ」

 

 少女はニヤリと笑った。それは良い獲物を見つけた、と言わんばかりの笑みだった。

 

「冗談は置いといて────私は六条彩希(ろくじょうあき)。ただの霊媒師さ、どうかな?君さえ良ければ一緒に妖怪退治でも。尤も死んでもいいなら無理強いはしないがね?」

 

 コホンと軽く咳払いした少女は六条彩希と名乗り、霊媒師だと正体を明かした。そして、柊馬に脅迫に近い感じで妖怪退治を提案してきた。

 

「えッ……六条組の!?一緒に妖怪退治?な、何が起きているの?」

 

 柊馬は混乱していた。六条組といえば華島市で知らない人はいない。泣く子も黙ると言われている極道一家である。しかも、彩希は六条組組長の孫娘で大事な跡取りである。致し方ない事情で陰陽師になったとはいえ、柊馬は平凡な大学生だ。裏社会とは接点も何もない。それが何故、自分の前にいるのか分からなかった。それに彩希は柊馬を陰陽師と知った上で接触してきたのだ。自身を霊媒師と正体を明かし、一緒に妖怪退治と言っているが、柊馬には素直に信じられる事が出来なかった。

 

「落ち着き給え。私はね、君に協力を求めているのさ。新米の陰陽師くん。君もそれを望んでいるだろう?」

 

 そう言いながら彩希は指を鳴らした。すると、彩希の背後に黒塗りの高級車が停まった。柊馬はその黒塗りの高級車を見て目を見開いた。ドラマや漫画でしか見た事のない黒塗りの高級車が目の前にあるからだ。柊馬の反応を見て彩希はクスリと笑い口を開いた。

 

「君を我が家に招待したい。あぁ、安心し給え……別に取って食おうとは思ってはいないよ」

 

 助手席から高級そうなスーツを着てサングラスをかけた六条組の組員であろう男が降りてきて後部座席のドアを開けた。すると、彩希は乗り込み柊馬に向かって手招きをした。

 

「では、失礼します」

 

 柊馬は先ほどとは打って変わり、彩希の言葉を素直に聞き入れ車に乗り込んだ。それは、先ほどの彩希の言葉を信じられる答えを見つけられるかも知れないと思ったからである。柊馬が乗り込んだのを確認すると組員は後部座席のドアを閉め助手席に乗り込んだ。そして、車が走り出した。

 道中会話らしい会話はなかった。柊馬の耳に入ってきたのはエンジン音と車がアスファルトを走る音だけだった。

 

 

 

6月2日 10時36分 六条宅

 

 華島神社から車を走らせ30分ちょっとで彩希の家に着いた。立派な門構えの武家屋敷だった。門や庭にはスーツにサングラスをかけた人物がちらほらと居た。

 彩希の案内で長い廊下を渡り客間に通され座った。背筋を伸ばし正座で。

 

「我が家へようこそ……え~と、君の名前は?」

 

「金森柊馬です」

 

「ようこそ、柊馬。適当に寛ぐと良い、それから敬語も外してくれ。君の方が年上だからな」

 

「あ、うん……そうさせてもらうよ……」

 

 柊馬の返事はぎこちなかった。寛げと言われても、相手は極道である。礼を欠いてはいけないと、足を崩さなかった。ただ、慣れない敬語は外した。

 

「おや?まだ、少々警戒されている様だね……。それもそうか、急にこんな所に連れて来られたらね」

 

 頬杖をつきながら彩希は柊馬を見て僅かに口角を上げた。

 

「君の警戒を解きたい、何でも質問に答えよう」

 

 机の上に両肘をつき指を組んだ。そして、その上に顎を乗せ柊馬の質問に答える姿勢を見せた。

 

「どうして僕が陰陽師だと分かったの?」

 

 最初の質問はそれだった。柊馬の中で一番気になっていた事を口にした。傍から見れば金森柊馬という男はごく平凡な大学生である。何故、柊馬が陰陽師である事を知っているのか。それを問いただす必要があった。

 

「昨日、華島神社で見かけたからね。光の刀で妖怪を貫いたのを。尤もその刀は君の首にかかっている勾玉になっているけどね」

 

 彩希は柊馬の首にかかっている勾玉を指さしながら、そう答えた。見かけたから、知った。それは偶然の出来事であり、柊馬を陰陽師と見破ったのは彩希の霊媒師としての力ではなかった。

 

「妖怪が出る事を知っていたの?」

 

 では、何故に華島神社に?参拝?いや、それはないだろう。時間的におかしい。そこに居たのは彩希の霊媒師としての力が働き何かあるのを知っているのでは?そう思い、柊馬はその様な質問を投げかけた。

 

「妖怪が発する気、妖気を感じて駆け付けた。そしたら君が妖怪を貫いていた」

 

「その妖気を感じて駆け付けたら、僕が刀で妖怪を貫いていたのを見たと」

 

 柊馬は顎を右手に乗せ考える姿勢を取り返答した。彩希は無言で首を縦に振った。

 

「それでよく陰陽師と断言出来るね。六条さんと同じ霊媒師とは思わなかった?」

 

 やや強引的な切り返し方だが右手を膝の上に戻しながら、そう言った。彩希との会話の中で霊媒師も妖怪を退治するものだと思ったからである。

 

「霊媒師は式神を持たないからね」

 

 肩を竦めながら彩希はそう言った。

 

「君の式神……その勾玉の中に居るんだろう?」

 

 彩希は視線を勾玉に移しニヤリと笑った。

 

「ゴン、出ておいで。挨拶をしよう」

 

 柊馬が勾玉に向かってそう言うと勾玉は光輝き、ゴンが出てきた。

 

「初めまして、霊媒師さん。ゴンです。以後、お見知りおきを」

 

「六条彩希だ、ゴン。私は初めまして、じゃないな。昨日見たからね」

 

 ゴンが深々と挨拶をすると、彩希は軽く会釈をした。

 

「昨日僕たちを見て声をかけてこなかったのは?」

 

「あのタイミングで出て行ったら、時間も遅いし余計に怪しまれるだろう?」

 

 彩希の返答は正しく、といったところだった。妖怪に襲われ、右も左も分からない状態で陰陽師となり、式神も現れた。そこに霊媒師と名乗る女が出て行ったら、混乱し疑心暗鬼にもなる。

 

「……」

 

「どうかしたかい、柊馬?」

 

 柊馬が黙り込んで彩希をじーっと視線を逸らさず覗き込む様に見てきたので、気がかりな事でもあったのかと、彩希は声をかけた。

 

「ううん、少々頭の整理が追い付かなくて……。でも、六条さんは嘘は言っていない、信用に足る人だと思う」

 

 柊馬は首を横に振り、柔らかく微笑みそう言った。

 

「それはありがたいよ」

 

 彩希も柊馬につられてか目を細めた。そして、思い出したかの様に手を叩き口を開いた。

 

「少しお茶にしよう。誰か茶を頼むよ」

 

 しばらくして、ノックする音が聞こえると彩希は入室の許可を出した。すると、「失礼します」と男が入って来た。黒の短髪で年も柊馬と変わらない紺色のスーツを着た男だった。

 

「彩希さん、お茶をお持ちしました」

 

 男はそう言うとお茶を彩希と柊馬の前に置いた。

 

「ご苦労。下がっていいぞ」

 

 彩希が言うと男は「失礼しました」と頭を下げ出ていった。

 

「柊馬。君は妖怪について、どれ位知っている?」

 

 出されたばかりの湯気が立っているお茶を一口啜り彩希は口を開いた。

 

「さぁ……。妖怪なんて昨日見たのが初めてだった。そもそも妖怪なんて枯れ尾花だと思ってた」

 

「……そうか。まあ、普通の人間なら妖怪など信じてもいないだろうな。妖怪には二種類いることは?」

 

「うん、それならゴンに聞いたよ。妖怪の中にも善し悪しがあって悪い妖怪が解き放たれたって」

 

 彩希から出された質問を柊馬はゴンとの会話を思い出すかの様に話した。ゴンという単語が出て、ゴンの存在を思い出した柊馬は自身に出されたお茶を勧めたが、ゴンは遠慮し柊馬の後ろに静かに正座していた。

 

「なるほど。そうだ、確かに妖怪には二種類いる。人に危害を加える邪悪な妖怪とそうでない善良な妖怪」

 

 右手の人差し指と中指の二本を立て、妖怪の種類を説明しながら彩希は指を折っていった。

 

「そして善悪問わず妖怪は人間態と妖怪態の姿がある。妖怪はね、私たち人間の生活と強く結ばれているんだよ」

 

 そう説明しながら彩希は両手をガシッと組んだ。

 

「邪悪な妖怪と善良な妖怪?それに人間態と妖怪態の姿?」

 

 柊馬は腕を組みながら首を傾げた。

 

「そうだ。まぁいきなりこんな話をしても理解できないだろうさ。とりあえず簡単に邪悪な妖怪と善良な妖怪の違いを説明しようじゃないか」

 

「うん、頼むよ」

 

「邪悪な妖怪は人間に恐怖や苦痛を与え喰らう、其れを好しとする存在。善良な妖怪は人間に平安や安楽を与え共存する、其れをを好しとする存在」

 

「なるほど。じゃあ、人間態があるというのは……邪悪な妖怪の場合は人を襲いやすくする為で、善良な妖怪の場合は人と共存しやすくする為?」

 

 彩希の説明を聞きながら、柊馬は人間態があるという事をその様に推測した。それに対して彩希は「その通りさ」と頷いた。

 

「一つ気になる事があるんだけど……」

 

「何かな?」

 

 柊馬は疑問を口にしたので彩希は首を傾げて聞き返した。

 

「ゴンの話だと、1000年間邪悪な妖怪たちは封印されていた様だけど……江戸時代とかの書物に書かれているという事は、邪悪な妖怪たちは完全に封印されてはいなかった、という事?」

 

 顎を右手に乗せ人差し指が左頬をポンポンと触りながら、柊馬は推測を口にした。

 

「妖怪は沢山種類が居るからね、おまけに人間態にも成れる。上手くかいくぐってきたのだろう。後は善良な妖怪によって、その存在が知らされた、という事さ」

 

 彩希は右手の親指の腹と中指の腹をすり合わせながら答えを出した。その答えに「はぁ……なるほど」と柊馬は繰り返し頷いた。

 少し温くなったお茶を一口啜り彩希は口を開いた。

 

「では、次に妖怪を倒す存在について話そう」

 

「陰陽師と霊媒師?」

 

 彩希がその話題を出した途端、柊馬はぴくッと素早く反応し妖怪を倒す存在を口にした。

 

「それと魔術師。これら3つの存在がこの世界にある」

 

 彩希は左手の人差し指、中指、薬指の三本を立てていた。

 

「魔術師?初めて聞いたな……」

 

 聞きなれない単語に柊馬はポカーンとしていた。

 

「まぁ、無理もないさ。それぞれの存在について話そう。先ずは陰陽師。君は陰陽師といえば思い浮かべるものは?」

 

 左手の人差し指を折りながら彩希は柊馬に問いを投げかけた。柊馬は腕を組み天井を眺めながら口を開いた。

 

「安倍晴明と式神かな……。式神を使って妖怪や悪霊を倒すという話があるけど、実際は特殊な卜占法によって国家・社会もしくは個人の吉凶禍福を判じ、またそれに対応する呪術作法を行う方術士って聞いたな」

 

「へぇ~詳しいじゃないか。柊馬が言っている事は正しい。でも、それに加え式神を使って妖怪や悪霊を倒してたのさ。じゃなきゃ……ゴンの証明を否定する事になる」

 

「た、確かに」

 

 柊馬が後ろを向きゴンを見ると、ゴンは静かに頷いていた。それを見て柊馬は右手を顔の前に持っていき申し訳なさそうに謝った。

 

「次に霊媒師。連想するものはあるかい?」

 

 彩希は左手の中指を折りながら柊馬に問いを投げかけた。

 

「霊を呼び寄せたり対話したり、除霊やお祓いをする。それを連想するかな」

 

 腕を組み自身の膝を見て柊馬は答えをひねり出した。

 

「Perfect!それに加え妖怪退治もするんだ。勿論、霊と同様に呼び寄せたり対話もするよ」

 

「どうして、妖怪退治もする様になったの?陰陽師がいるのなら、任せればいいのに」

 

 適材適所という言葉がある。妖怪ならば陰陽師、霊ならば霊媒師に任せればいい。それなのに、何故霊媒師が妖怪退治をする様になったのか。柊馬は彩希に疑問を投げかけた。

 

「明治維新以降、陰陽師が衰退していったからなんだ。彼らの負担を減らす為にも、霊媒師が兼任する事になったんだ」

 

 陰陽師という存在は歴史の波に呑まれ消えそうになっている、そんな彼らを救うため霊媒師が手を差し伸べた。という事を窓から見える庭を眺めながら彩希は答えた。その表情はどことなく儚げだった。そして、いつの間にか左手の薬指も折りたたまれていた。

 

「なるほど。陰陽師との違いは、式神を使うか否か。後は……」

 

「対話を行うか否か、だ。陰陽師は霊媒師でいうところの除霊やお祓いに特化している、という認識でいいよ」

 

「うん、わかった。じゃあ、3つめの魔術師……というのは?」

 

 柊馬の問いに彩希は直ぐに答えを出さなかった。冷めきったお茶を飲み干しようやく口を開いた。

 

「魔術を行使出来る人間の事さ。君が知らなかったのは、その正体が公にされてはいないからだ。知っているのは、陰陽師や霊媒師だね」

 

「そうだったんだ。何故、公にされてないの?」

 

「フフッ、知りたいのかい?」

 

 彩希は視線を湯呑の底から柊馬に移した。その表情は悪い笑みが浮かんでいた。

 

「な、何故……急に不敵な笑みを。勿論、知りたいけど……」

 

 少しビビりながらも柊馬はそう返事をした。

 

「好奇心は猫を殺す。君が陰陽師として立派になったら教えよう」

 

 彩希は真顔になりそう答えた。その語気も真剣そのものだった。その真剣さに柊馬は「は、はぁ……」と返すしか出来なかった。

 

「では、違いについて。魔術師は陰陽師と霊媒師の間に位置する存在、という認識だ」

 

「間に位置する存在」

 

 柊馬は彩希の言葉を反芻した。

 

「そう。魔術師によって、悪霊や妖怪を呼び寄せたり呼び寄せなかったり、対話したり対話しなかったり。使い魔────陰陽師でいう式神を使ったり使わなかったりしている。グレーな存在だろう?」

 

 口角をやや上げながら彩希は柊馬に同意を求めた。

 

「だから、間なんだね」

 

「そうだ、呑み込みが早くて助かる」

 

 彩希はうんうん、と何度も頷いていた。

 青かった空はオレンジ色に変わり烏たちが鳴いていた。真面目な話もした、他愛のない話もした。実のある話だったので時があっという間に過ぎていた。時間を決して忘れた訳ではなかった。昼時には昼食が、15時にはおやつが出てきた。故に柊馬は今度はきちんとお返しをしなくては、と考えていた。

 

「大分、日が暮れてきたな。解散といこう。君を家まで送り届けよう」

 

「そこまで、気を遣わなくとも……」

 

 彩希の申し出に柊馬はやや申し訳なさそうに答えた。

 

「遠慮することはない。君の家はここから遠いだろう?」

 

 柊馬は彩希の言葉を考え始めた。華島神社から六条宅まで車で30分くらいで着いた。自宅はその先なので、車で35分くらいだろうか。だが、徒歩となると1時間は軽くかかるだろう。なので、柊馬は彩希の申し出を受ける事にした。

 

「そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

「よし、決まりだ」

 

 

 

6月2日 18時23分 華島神社

 

 黒塗りの高級車は柊馬の家を目指し静か走っていた。車内では定員もありゴンは柊馬の勾玉の中に入っていた。柊馬と彩希の二人は会話で盛り上がっており、運転手のスキンヘッドの男と助手席に座っているサングラスの男は静かにしていた。

 

「全く君は面白い人だな……」

 

「そんな事ないよ、ろくじょ────」

 

「車を停めろ、妖気だ!!」

 

 柊馬の言葉が彩希の張り上げた声と急ブレーキによって阻まれた。車は停まり彩希の指示によって、スキンヘッドの男とサングラスの男が車内に残る事になった。両者は当初、彩希の指示に反対していたが「何を勘違いしているんだい?これはお願いじゃない、命令なんだよ」と彩希に命令され、大人しく従った。彩希の迫力に柊馬は驚いていたが、彩希と共に車から降りた。

 

「妖怪が来るぞ、柊馬」

 

「────」

 

 彩希の言葉に柊馬は握り拳を作り固唾を呑んでいた。

 

「そう言えば、朝の返事がまだだったね。どうかな?君さえ良ければ一緒に妖怪退治でも」

 

 彩希が僅かに口角を上げながら目は真剣で手を差し伸ばしてきた。

 

「うん、よろしく。六条さん」

 

 柊馬は覚悟を決め微笑みながら彩希の手を取った。

 

「こちらこそだ、柊馬。さぁ、行くぞ」

 

 柊馬と彩希の二人は華島神社の境内へと向かった。

 境内に入ると見た事のある二体の妖怪がいた。二体の妖怪は柊馬と彩希に気が付き振り向いた。

 

「貴様は昨日の!?」

 

「陰陽師。それに、そっちの女は……」

 

「普通の人間ではないな」

 

 二体の妖怪は彩希を見定める様な視線を向けてそう言った。彩希は不敵な笑みを浮かべて返答した。

 

「霊媒師の六条彩希さ、尤も君たちの記憶には残らないと思うがね。さぁ、柊馬。やるぞ」

 

「う、うん!!」

 

 彩希の言葉に柊馬は頷き覚悟を決めると、勾玉は輝きだし勾玉が光の刀に変わった。すると、ゴンも同時に召喚された。

 

「ご主人様、ボクもお手伝いします」

 

「ありがとう、ゴン。助かるよ」

 

 彩希はどこから取り出したか定かではないが銀色の杖を構えていた。見た感じではお年寄りが使う普通の杖とは大差なかった。

 

「うんうん、美しき主従関係じゃないか。妖怪()たちも、それに負けない関係を見せてくれ給え。先手は譲るからな」

 

 二体の妖怪を挑発する様な彩希の口ぶりに、柊馬とゴンは冷や汗を流した。実戦経験が無い柊馬と、長い間封印されていたゴンにとってみれば余計な事をせずに着実に倒していきたいのだ。

 彩希の挑発に後衛にいる妖怪が前衛にいる妖怪に耳打ちした。

 

「先ずは霊媒師を片付けるぞ。霊媒師の得物は近距離でしか使えない杖だ。お前が一気に距離を詰め、霊媒師が対処している間に俺が背後から仕留める」

 

「陰陽師と式神は?」

 

「後回しだ。なりたてとはいえ陰陽師だ。霊媒師を始末した後で、ゆっくりと時間をかけて倒す。突撃の合図はお前が出せ、それに俺は合わせる」

 

「分かった。────行くぞ!!」

 

 二体の妖怪が柊馬とゴンを無視して、彩希を目掛けて一気に距離を詰めてきた。

 ガチャン、ガチャンとロックを外す様な金属音が聞こえ、柊馬は風を感じた。その時だった、前衛の妖怪が苦悶の声と共に吐血し崩れ落ちた。崩れ落ちた肉塊の喉元と胸部に穴が穿たれていた。彩希と妖怪との距離は十分にあった。

 

「「「……!!」」」

 

 柊馬、ゴン、後衛の妖怪は目を見開いた。彩希の杖が鞭の様にしなり伸縮し、先端が槍の様に鋭かった。それを見て各々確信した。彩希の杖はただの杖ではなく、仕込み杖だという事に。そして、それが前衛の妖怪の命を消し去った事を。

 

「別に驚く程の事じゃない。君たちが私の杖をただの杖と勘違いした、それが君たちの敗因さ」

 

 淡々とした彩希の口調に残された後衛の妖怪は握り拳を震わせ襲い掛かろうとした。

 

「────!!な、動かねぇ……」

 

「『影踏み』」

 

 ゴンが静かに後衛の妖怪の背後に立ち言った。

 『影踏み』────質量・概念・昼夜を問わず相手の影を強制的に作り出しゴンがその上に乗る事で相手の動きを封じる術

 後衛の妖怪が力任せに身体を動かそうとするがびくともしなかった。

 

「今です、ご主人様!!」

 

「う、うん!!」

 

 柊馬は頷き動けない後衛の妖怪の胸元を貫いた。決して慣れない嫌な感触が手を伝わり、後衛の妖怪は憎悪の言葉をまき散らしながら、光の刀に吸収された。

 

(ふぅ……。な、なんとか……勝てた。ゴンと六条さんのおかげで)

 

 光の刀が勾玉に戻り、ゴンは勾玉の中に帰った。一仕事を終えたと思い柊馬は息を吐いた。

 

「陰陽師のなったばかりのわりには動きがいいな。見事だ、柊馬」

 

「ははは、ありがとう」

 

「さて、戻ろう」

 

 彩希の言葉に柊馬は優しい笑みを浮かべながら頷き車へと戻って行った。

 

 

 

6月2日 19時7分 金森宅前

 

 車は柊馬の家の前に停まり柊馬は降りた。彩希が車内から声をかけてきた。

 

「今日はお疲れ様だ、柊馬」

 

「うん、お疲れ様。六条さん」

 

「おっと、忘れるところだった。連絡先を交換しておこう。今後の為にも」

 

 彩希がスマートフォンを取り出しながらそう言うと、柊馬は「了解」と頷きながらスマートフォンを取り出し、連絡先を交換する為の操作をした。

 

「────よし、六条さんの連絡先を登録したよ」

 

「こちらも完了したよ。何かあれば互いに連絡をな?いい夢を、柊馬」

 

「六条さんもね」

 

 そう柊馬が声をかけると彩希は僅かに微笑み、車を走り出させた。走り去っていく車を見送り、車が見えなくなると柊馬は家の中へと入って行った。




如何だったでしょうか?
これからの金森様、六条様の活躍が楽しみでございますね。

皆様を楽しませる事が出来たのであれば何よりでございます。

ご感想やご質問は随時受け付けております。此方でもTwitterでも構いません。皆様のお声が私の力になります。

それでは、第参話までお待ちくださいませ。


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第参話「特訓」

勾玉を拾い陰陽師になった金森柊馬。
柊馬が陰陽師になった経緯を思い返していると、少女に声をかけられた。

少女の名は六条彩彩希(ろくじょうあき)。
霊媒師であり六条組・組長の大事な孫娘だった。

柊馬は六条宅で彩希から妖怪と妖怪を倒す存在について教えてもらい、共に妖怪を倒す提案を受け入れる。

御機嫌よう、雛罌粟初秋でございます。
三叉神経痛が辛いのですが、頑張り執筆する所存でございます。



6月9日 13時22分 六条宅

 

「君が陰陽師になって約1週間。昨日まで封印した妖怪の数が3体。怪我もなく順調に進んでいる様だから、次の段階へと行こう」

 

 彩希は右手の拳で左手の掌をポンと叩きながら、柊馬に提案した。

 

「次の段階?」

 

 柊馬は首を傾げ彩希に聞き返した。この客間に何度か通されているが、柊馬は相変わらず正座をして背筋を伸ばしていた。

 

「戦闘スタイルの見直し、というべきか。陰陽師は得物と陰陽術を使う。君の場合だと得物である刀しか使ってない」

 

「陰陽術というのは……式神であるゴンを使う事?」

 

 首にかけている勾玉を軽く握りながら柊馬は問いを投げかけた。

 

「そう。尤も君はにわか陰陽師だからね、ゴンしか使えない。本家の陰陽師であれば陰陽五行に基づいた術も使う。まぁ、それ以外にもあるのだが……今は置いておこう」

 

「陰陽五行というと……万物は木・火・土・金・水の5種類の、属性からなるということだよね」

 

「あぁ」

 

 彩希は柊馬の答えに舌を巻くことなく「詳しいな」と言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「火の属性を持つ陰陽師であれば、火を用いた術を使える。まぁ、君が何の属性を持っているのかは判明しないし、判明したところで使えないよ。それ程、高度な術なのさ」

 

「なるほど。術が使えない以上、ゴンとの連携が必要不可欠、という事だね」

 

「ゴン。君は何が出来るのかな?」

 

 柊馬の言葉に頷きながら彩希はゴンに呼びかけた。すると、柊馬の首にかかっている勾玉が輝きだしゴンが出てきた。ゴンは柊馬の隣に正座し軽く頭を下げ口を開いた。

 

「相手を妨害をする事、です。動きを封じたり、幻覚を見せたり。ただ、未熟なので効果時間は短いんですが……」

 

 ゴンの言葉に柊馬は確かに、と頷いていた。初めて彩希と共闘する際、妖怪の動きを封じていたのを思い返していた。

 

「ほほう!相手に嫌がらせをする事が得意という訳だね。私も相手への嫌がらせは大好きさ。効果時間の短さは柊馬と共に腕を磨いて延ばせていけばいいさ」

 

 彩希は嬉々とした表情で語っていた。それを見た柊馬とゴンは苦笑いしていた。

 コホン、と咳払いを軽くし彩希は指を鳴らし口を開いた。

 

憲明(のりあき)はいるかな?」

 

 憲明なる人物を呼ぶと足音が聞こえ障子戸が開かれた。

 

「ここに、彩希さん」

 

 柊馬が入ってきた人物を見ると見覚えがあり、「貴方が……」と声を漏らした。入ってきたのは柊馬が初めて六条宅に来た時にお茶を出してくれた人だった。

 

「この男は九条(くじょう)憲明だ。私の懐刀さ」

 

「初めまして、九条さん。金森柊馬です。この子は式神のゴンです」

 

 柊馬が自身とゴンの紹介を終えると憲明は軽く頭を下げた。それだけでありやや不愛想な感じがした。

 

「私と共に柊馬とゴンの腕を鍛えるぞ」

 

「御意」

 

 彩希がそう伝えると憲明は静かに返事をした。

 

「ご、ゴン!!一緒に頑張ろう」

 

「はい!ご主人様となら大丈夫です」

 

 四人は客間から出て庭に向かった。庭に着くと彩希が振り返り口を開いた。

 

「先ず始めに、組員二人を相手にしてもらおう。気を引き締め給えよ」

 

 柊馬とゴンが振り返ると二人の男が居た。対戦相手はこの二人だった。一人は柊馬より背の低い小柄で茶色のスーツを着た男で、もう一人は黒縁メガネをかけているスキンヘッドの男だった。

 

「あぁ、最後に一つだけ。我々の得物で君が攻撃を受けた時、死ぬことはない。怪我もすることはない。ただ、痛い。例えるなら、タンスの角に小指をぶつけたくらいだな。君は遠慮なく攻撃をするといい。気が引けるなら峰内にすればいいさ」

 

 彩希の説明を受け柊馬は苦笑いを浮かべた。

 

(ご主人様、ボクの声が聞こえますか?)

 

 柊馬の頭の中にゴンの声が響き渡ったので柊馬は右横に居るゴンを見た。

 

(六条さんを含め他の方に気が付かれたくないので、ボクの方を見ないで下さい)

 

 ゴンの指示通り目線を対峙している二人に向けた。

 

(ありがとうございます。今はご主人様とボクは念話の状態にあります。ご主人様も口に出さず心の声で何か口にしてみて下さい)

 

(こ、こうかな……。聞こえる、ゴン?)

 

(聞こえます、ありがとうございます。ご主人様に念話で話しかけたのは、今回の作戦の為です)

 

(なるほど……。それで、今回の作戦というのは?)

 

(ご主人様は決して動かず、防御に徹して下さい。その後、ボクかあの二人のどちらかが攻撃を受けましたら、薙ぎ払いを行って下さい。目の前にあの二人が居ても居なくとも……。そして、ご主人様が集中的に狙われるのであれば……最初は先述の通り防御を……それから、ボクの合図で目の前を薙ぎ払って下さい)

 

(う、うん……。ゴンの言う通りにしてみるよ)

 

 ゴンの言っている事が良く分からなかったが、柊馬はゴンの指示に従う事にした。そして、勾玉を強く握り刀へと変えた。

 

「模擬戦開始だ」

 

 彩希の宣告で模擬戦が開始された。茶色のスーツを着た男がドスを、スキンヘッドの男が釘バットを構え柊馬を狙い迫って来た。

 

「悪く思うなよ、坊主。術者を倒せば式神は倒れるからな」

 

「……ッ!!」

 

 茶色のスーツを着た男のドスによる振り下ろしを柊馬は刀で受け止めた。

 

「背中がガラ空きだぜ、坊主!!」

 

 スキンヘッドの男の釘バットによる振り下ろしが後頭部に迫っていた。

 

「今です!!」

 

「……!!」

 

 ゴンの声が聞こえたので、ドスを払いのけ左から右へと薙ぎ払いを行った。感触が無かったが、ドサッ、ドサッと二人が倒れる音がした。

 

「なッ……同士討ちさせられた後、柊馬に止めを刺された!?」

 

「えッ!?この二人は僕を狙ってきたよ……」

 

 彩希と憲明は驚きが隠せない表情をしていた。そして、柊馬は彩希の言葉に目を見開いた。

 

「────『鏡面迷宮(きょうめんめいきゅう)』」

 

 「「「!!」」」

 

 混乱している三人に対してゴンは静かに口を開いた。

 『鏡面迷宮』────相手に催眠術をかけ幻覚を見せる術

 ゴンは最初に柊馬と組員二人に催眠術をかけたと説明した。彩希と憲明が見ていた光景こそ現実に起きていた。

 

「六条さんはどんな光景を見ていたの?」

 

「ドスを持った組員が君に斬りかかろうとした時、釘バットを持った組員が彼を殴打した。その後、君が釘バットを持った組員を斬ったのさ」

 

「そうだったんだ……。ところで、ゴンはいつ催眠術をかけたの?」

 

「組員の方を紹介された時にかけました」

 

 ゴンは模擬戦が始まる前から催眠術を使っていた。柊馬はその事を聞いてゴンが催眠術を使ったのを目撃してないのでゾッとした。

 

「ふむ、中々やる様だね。こちらも行かせてもらうぞ」

 

 彩希の言葉を聞き、柊馬は首を横に振り気持ちを切り替え刀を構えた。

 

(ゴン、『鏡面迷宮』はもう使っているの?)

 

(はい、お二方に使用しております。同士討ちをさせる様にしております)

 

 念話にてゴンは説明した。彩希の目には憲明が柊馬に見えており、憲明の目には彩希がゴンに見えていた。そして、柊馬とゴンの存在を両者から外れる様に仕向けた。ゴンの説明の通り彩希と憲明は互いを敵を認識したのか向き合っていた。

 最初に動いたのは彩希だった。彩希は仕込み杖を通常の形態から鞭状にし憲明を目掛けて振るった。杖先が憲明の顔面を捉えたと思った時の事だった。杖先が急に角度を変え柊馬に勢いよく向かって来た。

 

「────!!」

 

 柊馬は慌てて刀の腹で杖先を受け止めた。受け止められた杖先はガチャン、ガチャンと金属音を立てながら杖状に戻りながら、彩希の手元に向かった。

 

「良い反応だ、柊馬。言いたい事はあるだろうが、余所見は禁物だぞ。私だけが敵じゃないからな」

 

「くッ……」

 

 柊馬の目に映ったのは憲明の二丁の拳銃。銃口が柊馬をしっかりと捉えていた。憲明の両手の人差し指が、ゆっくりと引き金を引いていた。

 

「……!?ゆ、指が……」

 

「『影踏み』。ご主人様だけが貴女たちの敵ではありませんよ」

 

 憲明の両手の人差し指が引き金を引く事はなかった。それはゴンが自身の術で憲明の影を踏み行動不能にしていたからである。

 

「ほほう!やってくれるじゃないか、ゴン?だが、自分の事を疎かにしてはいけないよ」

 

 嬉々とした表情を浮かべると彩希は仕込み杖を振るった。ガチャン、ガチャンと金属音を立て鞭状に変形し杖先をゴンの胸元を捕捉し当たる寸前で止まった。

 

「六条さん、自分の事を疎かにしてはダメじゃないですか」

 

 柊馬の刀が彩希の首元に当たるギリギリで止まっていた。彩希がゴンを攻撃する時に、柊馬が一気に距離を詰め刀を振るったのである。

 

「ふむ、ここまでだね」

 

 彩希は仕込み杖を鞭状から杖状に戻し下した。それを見て柊馬は刀を下し勾玉へと変えた。そして、ゴンは術を解いた。

 

「ありがとう、憲明。ゆっくり休んでくれ」」

 

「はい」

 

 二丁の拳銃をしまい彩希に一礼すると、憲明はその場を後にした。

 

「柊馬もゴンもお疲れ様。初めての連携とは思えない、見事な動きだったよ」

 

 彩希は柊馬たちの方に向き直り賞賛していた。

 

「ありがとう、六条さん。ゴン、お疲れ様。勾玉の中に戻ってゆっくり休んで」

 

「はい。お疲れ様でした、ご主人様」

 

 ゴンは軽く頭を下げると勾玉の中に戻って行った。

 

「今更だけど……九条さんも霊媒師なの?」

 

 柊馬はゴンが勾玉の中に入るのを確認すると、彩希に尋ねた。

 

「憲明だけではなく、六条組の組員……皆が霊媒師さ」

 

「霊媒師の集団なんだ、凄い」

 

 庭にいる組員を見渡しながら柊馬は言った。

 

「あッ、戦闘スタイルで思い出したんだけど……霊媒師は得物と術を使うの?」

 

「そうだね。術は降霊術や除霊術を使っているのさ」

 

 彩希の回答に柊馬は腕を組み「なるほど~」と頷いた。すると、また何かを思い出したかの様に口を開いた。

 

「ゴンの催眠術を見抜いたのは、降霊術や除霊術を使ったから?」

 

「BINGO!」

 

 指を鳴らし彩希は口角を上げ答えた。一方、柊馬はというと自身の推測が当たった様で安心した表情を浮かべていた。

 

「ゴンの催眠術の発動条件が分からなかったからな、組員が倒された時に降霊術を使用させてもらった」

 

 彩希は説明を柊馬に分かりやすくした。柊馬とゴンに降ろしても気づかず影響が出ない霊を降ろした。霊媒師は霊が放つ霊気を見分ける事が出来るので、催眠術で憲明が柊馬に見えても霊気を感じず、霊気を感じた方に仕込み杖を振るったと。

 

「霊気を感じないと分かっていたのに、九条さんを目掛けて仕込み杖を振るったのは?」

 

「手品と同じだよ。最初からタネを明かしたらつまらないだろう?」

 

 彩希はニヤニヤと笑みを浮かべて言った。それに対し柊馬は乾いた笑い声をあげていた。

 

「ちなみになんだけど……」

 

「ん?何だい?」

 

 柊馬が聞きたそうにしていると彩希は首を傾げて尋ねてきた。

 

「魔術師は魔術を使っているの?」

 

「あぁ。火・水・風・空・地の五元素に基づいた魔術を使う。無論、例外もあるが。今は覚えなくていい」

 

 彩希は五本指を上げながら説明した。

 

「陰陽師と違うね」

 

「そう。そして、最大の違いが複数の属性の、魔術を使えるという点だ。火・水・空など3つの属性を兼ね備えた魔術師もいる」

 

「陰陽師が1つ。魔術師が複数」

 

「その認識で大丈夫だ。後は、先日教えた様に使い魔を使ったり、使わなかったり。得物を使ったり、使わなかったり」

 

「魔術師によって違う、という事だね」

 

 柊馬は手をポンと叩き結論を述べると彩希は首を縦に振った。

 

「その通り。これは余談だが、得物を使う魔術師は得物に自分が保有する属性を纏わす事が多いよ」

 

「はぁ~。戦闘をした上に覚える事が多くて大変だな」

 

 背伸ばしをしながら言う柊馬に対し、彩希はクスッと笑うと口を開いた。

 

「クールダウンではないがね、近くまで散歩しようじゃないか。気分転換になるだろうさ」

 

 彩希の提案に柊馬は快く頷いた。組員たちが「護衛は自分に」と申し出たが、「それでは柊馬の気が休まらないだろうと」断り二人で、のんびり散歩する事にした。

 

 

 

6月9日 15時53分 華島市内

 

 柊馬の親友である煌志はポケットに両手をつっこみ歩いていた。タイムセールで夕飯の買い出しのためである。

 

(最近付き合い悪いな、あいつ。おッ、アレは柊馬と……誰だ?取り敢えず声をかけるか……)

 

 事情を知らない煌志は遊ぶ回数が減った柊馬への文句を心の中で言っていると、柊馬が先の方で彩希と歩いているのを見かけた。煌志は彩希の事を知らず声をかけるか迷ったが結局、声をかける事にした。

 

「お~い!柊馬」

 

 煌志は手を振り声を上げながら柊馬の方へ走った。呼ばれた柊馬は立ち止まり振り返った。

 

「ん?煌志!!奇遇だね、こんな所で会うなんて」

 

「彼は誰なんだい、柊馬?」

 

「と、柊馬~!?」

 

 自身や家族を抜き柊馬を名前で呼ぶのは少ない、ほとんどが名字がニックネームだった。それが女子から名前呼びされているのを聞き煌志は動揺した。

 

「お、おい……この人お前の女なのか!?」

 

 煌志は小指を立てながら柊馬に問い詰めた。

 

「違うよ、落ち着いて!先ずは煌志を紹介させてよ。六条さん、こいつは僕の友人の渡瀬煌志。同じ大学に通っているんだ」

 

 柊馬は煌志を落ち着かせながら、彩希に煌志の事を紹介した。

 

「ふむ、柊馬のご学友殿か。紹介が遅れて申し訳ないね、私は六条彩希。以後、お見知りおきを」

 

 彩希は軽く頭を下げ自己紹介した。すると、彩希の名を聞いた煌志は冷や汗をかいた。

 

「もしかして、仁義を重んじる極道一家の六条組の!?」

 

「いかにも。ご存知とは嬉しいね」

 

 煌志の反応に彩希は指を鳴らしニヤリと笑みを浮かべた。その事により煌志は青ざめながらも真剣な表情をして柊馬に視線を移した。

 

「おい、柊馬。もしかして何かやらかしたのか?」

 

「やってないよ!それよりも、煌志は何してんの?」

 

「あぁ、タイムセールで夕飯の買い出しに……あッ、時間だ!!じゃあな、柊馬、六条さん!!」

 

 柊馬の質問にスラスラと答えた煌志。それで本来の目的を思い出し時計を見ると時間だったので、煌志は慌てて手を振りながら走り去った。

 

「……」

 

「嵐の様な人だね、彼は」

 

「ハハハ、そうだね」

 

 煌志の言動や人柄に彩希はクスッと笑っていたが、柊馬は乾いた笑い声しか出なかった。用があって声をかけてきたのなら、用件を聞いてない。それとも、ただ声をかけてきただけなのか。柊馬は分からなかった。




如何だったでしょうか?
活動報告にて第壱話と第弐話に比べ短い、と記載しておりますが(まさにその通りなのですが)私の想定よりも長くなりました。しかしながら、読みやすいと存じております。

皆様を楽しませる事が出来たのであれば何よりでございます。

ご感想やご質問は随時受け付けております。此方でもTwitterでも構いません。皆様のお声が私の力になります。

それでは、第肆話までお待ちくださいませ。


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第肆話「救出」

陰陽師になって1週間が過ぎた金森柊馬。
次の段階へと行くべく六条宅で特訓する事になった。

ゴンが使用する術『鏡面迷宮』で六条組の組員を難なく倒し、六条彩希と九条憲明と戦った。
『鏡面迷宮』による幻覚を見抜いた彩希と憲明の連携に翻弄されるも柊馬とゴンの連携も負けてはいなかった。

クールダウンで散歩していると柊馬の親友である渡瀬煌志と遭遇し、彩希は煌志と知り合う事になる。

御機嫌よう、雛罌粟初秋でございます。
第参話は第壱話と第弐話に比べ短い、と記載しておりましたが……第壱話の方が短いという事が判明しました。申し訳ございません。
今回の第肆話が『陰陽師奇譚』の中で一番短い内容になるかもしれません。(執筆してみないと分からないのですが)


6月12日 20時50分 華島市内

 

(警察の巡回が多いね……)

 

(妖怪と遭遇して行方不明になる方が多いからですね。どの時代の検非違使の方たちは大忙しですね)

 

 夜風が気持ちいい住宅街を散歩という体で見回りをしながら柊馬とゴンは念話していた。見回りをして気が付いたが、柊馬が言う様に警察の巡回が多かった。

 

「────!!くッ、そ……」

 

 誰かが苦しんでいる声が聞こえると、柊馬とゴンはハッとした。

 

「……!!ご主人様、妖気です。近くに妖怪が、急いでください!!」

 

「うん、了解」

 

 柊馬は妖気が感じる方に走った。

 走った先は住宅街から外れ人目に付きにくい場所だった。柊馬の目には、白髪でウェーブのかかったセミロングのバーテンダーの様な装いをした青年が今にも妖怪に襲われそうになっているのが映った。

 

「そこまでだ、妖怪!!」

 

 柊馬は勾玉を光の刀に変化させ構え、ゴンも召喚した。全身が紫色の皮膚で覆われ、大きく熊の様な体躯の一つ目の妖怪が柊馬の存在に気が付いた。

 

「あん?貴様は……」

 

「……」

 

 青年も柊馬の存在に気が付き、柊馬を見た。ただ、妖怪に襲われた恐怖だろうか、声が上がらなかった。

 

「陰陽師か。まぁ、いい。貴様を先に喰ろうてやる」

 

「行くよ、ゴン」

 

「はい、ご主人様」

 

 妖怪が臨戦態勢に入った。柊馬とゴンも迎撃姿勢を取った。

 静かに風が吹く中、一番に動いたのは妖怪だった。妖怪は柊馬との距離を詰め右手の拳を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろした。ドシャっという轟音と共に地面に大穴が空いた。

 

「ふん、他愛ない。髪一つ残らず弾け飛んだか」

 

 妖怪が地面から右手の拳を抜き、拳についた泥を払い落としながら、そう言った。そして、ゴンの方に振り向いた。

 

「主人が死んでも消えないとは変わった式神な様だが……安心しろ、直ぐに合わせてやろう」

 

「ボクのご主人様は簡単に────」

 

 簡単にはやられない、とでも言おうとしたのであろうか。しかし、その先の言葉はいくら待っていようとも紡がれる事はない。何故ならば、妖怪の右手の拳がゴンの小さい身体を捉え吹き飛ばしたのである。

 

「遅くなって悪いな、次は貴様だ」

 

 妖怪は青年に向かってそう言い放つと、ゆっくりと距離を詰めてきた。

 

「いや。次は貴方だ、妖怪」

 

 背後からの声に驚き振り向くと、柊馬が無傷で刀を構えていた。

 

「何故!?」

 

 妖怪の疑問に答えず、柊馬は走り一気に距離を詰めてきた。妖怪は迎撃しようとするが、身体が言う事を聞かなかった。

 

「何が起きたんだ、動かないだと!?」

 

「『影踏み』」

 

 ゴンが静かな口調で言うと妖怪は意識を手放した。柊馬の一閃が決まり、妖怪は吸収された。

 吸収を終えると刀を勾玉に戻し、ゴンも勾玉の中に帰った。そして、柊馬は急いで妖怪に襲われていた青年に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか?お怪我などは……」

 

「大丈夫です、ありがとうございます。貴方は一体?」

 

 青年が柔らかく微笑み頭を下げると、柊馬の正体を聞いてきた。柊馬が何者なのか気になったのであろう。

 

「にわかですけど、陰陽師の金森柊馬です」

 

 青年の問いに柊馬は苦笑気味に答えると、青年は真剣な表情で柊馬を見つめた。

 

「金森さん、この恩は一生忘れません」

 

「大袈裟ですよ。お近くまで送りましょうか?」

 

「いえ、近くなので大丈夫です。お気遣いなく」

 

「そう、ですか。では、僕はこれで失礼しますね」

 

 柊馬はそう言うと頭を下げ住宅街の方に戻って行った。

 

 

 

6月12日 21時8分 華島市内

 

 青年は髪を風に靡かせ柊馬が去っていた方を、ずっと見ていた。

 

「にわか陰陽師の金森柊馬さん、ですか」

 

 夜風を気持ちよさそうに浴びながら不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 どれ程の時が過ぎた頃だっただろうか。夜風が冷たく感じ帰ろうとすると背後に殺気を感じた。青年の背後に両手が鎌になっている細身の妖怪が立っていた。

 

「見つけたぞ。よ────」

 

 何と言おうとしたのであろうか、言葉は永遠に紡がれる事はない。何故ならば、青年が振り向いた瞬間に妖怪の四肢と首が縄の様な物で拘束され、引き千切られ絶命したのである。

 

「申し訳ありません。今は貴方に構っている暇はないんです」




如何だったでしょうか?
とても短く内容が薄いものとなってしまいましたが、スラスラと読めた事かと存じ上げます。

皆様を楽しませる事が出来たのであれば何よりでございます。

ご感想やご質問は随時受け付けております。此方でもTwitterでも構いません。皆様のお声が私の力になります。

それでは、第伍話までお待ちくださいませ。


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第伍話「格差」

散歩という体で見回りをしていた柊馬とゴン。
妖気を感じ駆け付けると一つ目の妖怪に襲われそうになっている青年がいた。

彩希との特訓のかいがあってか、柊馬はゴンとの連携で妖怪を封印する事に成功し青年を無事、救出出来た。
青年は柊馬に深く感謝した。

柊馬と別れた青年が立っていると両手が鎌になっている細身の妖怪が姿を表した。
しかし、その妖怪は縄の様な物で拘束され引き千切られ絶命した。そして、青年は「申し訳ありません。今は貴方に構っている暇はないんです」と呟いた。

御機嫌よう、雛罌粟初秋でございます。
毎度の事ながら三叉神経痛が辛いのですが、頑張って私のペースで執筆致します。


6月14日 17時42分 華島市内・F地区

 

「さぁて、行くぞ。柊馬」

 

「うん。ゴンも準備はいいね?」

 

「はい。いつでも大丈夫です!!」

 

 太陽が沈み切っていない時間帯に柊馬、彩希、ゴンは植物の妖怪たちと遭遇した。植物の妖怪たちはどれも頭には花が咲いており、両手は蔓状になっており、両足は根になっていた。その中で頭に咲いている花が真っ赤なのが、頭領だろう。

 彩希の掛け声で柊馬は勾玉を刀に変化させ、ゴンも構え戦闘態勢に入った。彩希自身も仕込み杖を構えた。全員が構え終えるとそれが開戦の合図となり、植物の妖怪たちは一斉に動き出した。

 数では柊馬たちが圧倒的に劣っていたが連携力で補い善戦していた。ゴンが『鏡面迷宮』を使用し植物の妖怪たちを同士討ちさせたり、彩希が動きの読めぬ仕込み杖を使用したりして、慌てふためき混乱しているところを柊馬の刀が一閃し、植物の妖怪たちを封印していった。その光景に植物の妖怪たちの頭領は顔を真っ青にしていた。こうも容易く倒されていくとは思ってもいなかったのである。

 植物の妖怪たちが全滅しそうになった時、頭領の声が響き渡った。

 

「待て!!」

 

 その声に残った植物の妖怪たちは勿論の事ながら、柊馬たちも動きを止めた。すると、頭領が柊馬に向かってゆっくりと近づいて来た。敵意を感じず柊馬は切っ先を地面へと向けた。

 頭領が柊馬の目の前に立っている。非常に申し訳なさそうな表情をし、身体が僅かに震えていた。

 

「ま、参った。虫が良すぎるかも知れねぇが、これからは……心を入れ替え人の為に生きる。だから、見逃してもらえねぇか?」

 

 命乞いだった。頭領は土下座をし地面に頭を擦り付け声を震わせながら言った。柊馬が反応に困り周りを見ると他の植物の妖怪たちも同じく土下座をしていた。

 

「六条さん、この場合はどうすればいいの?」

 

 どう答えていいのか分からなかった柊馬は彩希に助け船を求めた。すると、彩希は腕を組んで口を開いた。

 

「君がしたい様にすればいいのさ」

 

 そして、腕を組んでいた右手だけを上げ掌を上にしながら柊馬の方に向け続けた。

 

「生殺与奪は君の自由さ」

 

 彩希の言葉に柊馬は右手を顎に当て考えていた。その場を沈黙が支配していた。

 やがて、答えが出たのか柊馬は優しそうな口調で頭領に話しかけた。

 

「顔を上げてくれる?妖怪さん」

 

 その言葉に頭領は黙って、恐る恐ると頭を上げた。

 

「さっきの言葉は嘘じゃないよね?ちゃんと守れる?」

 

 その口調はまるで親が子を諭す様な感じで、柊馬は頭領に確認した。

 

「勿論だ。男に二言はねぇ……」

 

「なら、決まりだね。人の為に生きてね」

 

 頭領の真剣な表情、真剣な口調に納得したのか、柊馬は頷き優しく微笑んで口を開いた。

 

「ありがとよ。兄ちゃん、姉ちゃん。行くぞ、お前たち。引き上げだ」

 

 頭領は柊馬と彩希、そしてゴンに頭を下げ仲間である植物の妖怪たちを引き連れ、去り始めていた。しかし、植物の妖怪たちの撤退は柊馬たちの視界から消える前に止まった。

 

「……」

 

 植物の妖怪たちの撤退が止まったのは、とある青年が立っており道を阻んでいたのである。その青年は醜悪な物を見た、と言わんばかりの嫌悪の表情が浮かべていた。

 

「貴方は!?」

 

 柊馬はその青年に見覚えがあった。先日自身が助けた、バーテンダー風の装いをした青年だった。今日も同じ格好をしているが、以前と変わっているのは穏やかな表情ではなく嫌悪の表情を浮かべている点だった。意外な人物の登場と、表情の変わり様に柊馬は驚いた。

 

「兄ちゃん、誰だ?そこをどいてくれねぇか?」

 

 頭領は青年にそう言うと、青年は無言で宙に左手を翳した。すると青年の身の丈程ある宝石が散りばめられた黄金に輝く大弓が出現し、左手で握った。そして、細身で華奢な印象を受ける青年が引けるとは思えない大弓を頭上で弦を引くと矢が出現しそれを放った。矢は空中で無数に分裂し頭領以外の植物の妖怪たちを射抜いた。射抜かれた植物の妖怪たちは断末魔を上げる暇もなく何も残らず霧散した。

 青年は大弓を正面で構え直し照準を頭領に定め、ゆっくり弓の弦を引き不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「私が誰か?貴方たち妖怪や悪霊の皆さんは、よくご存知かと。妖白華(ようはくか)、と言えばご理解頂けるかと」

 

「ま、まさ……くぅぁ!?」

 

 放たれた矢は頭領の頭を捉え、頭を弾き飛ばした。弾き飛ばされた頭は柊馬たちの目の前に転がり霧散した。残された胴体も霞状になりゆっくりと消え去り始めていた。しかし、待っていられなかったのか妖白華と名乗った青年は、消え始めている胴体に近づき大弓で薙ぎ払い消し去った。

 

「なッ……」

 

「何故ですか!?妖怪とは言え、命には変わりない!!しかも、心を入れ替えると言ったのに!!何故、そう簡単に殺せるんですかッ!?」

 

 妖白華の行いに彩希は言葉を失い、柊馬は普段の大人しい性格とは考えられないくらい憤っていた。

 

「妖怪は悪。悪は滅ぼさなければならない。ただ、それだけの事をしただけですよ」

 

 柊馬とは対照的に妖白華は淡々と答えた。命を奪い去った後とは思えないくらいに意に介していない様子だった。「さて……」と呟くと妖白華は冷ややかな視線を柊馬に向けた。

 

「貴方は「命に変わりない」と仰った。幼い時に蟻を無邪気に潰したり、夏場に血を吸う蚊を殺した事がないんですよね?命の尊さを唱えている以上……そうですよね、金森柊馬さん?」

 

「それとこれは────」

 

「「命」に、変わりはありませんよね?」

 

 柊馬の言葉を遮り妖白華は語気を強くして柊馬を睨めつけた。

 

「ひッ……!!」

 

「ご、ゴン!?」

 

 ゴンは短い悲鳴を上げて刀になっている勾玉の中に帰ってしまった。その光景に柊馬は驚いていた。今まで自分より強く大きい妖怪を何体か封印してきた。その過程の中でゴンが怖気づく事は一度もなかった。だからこそ、妖白華という華奢な男に睨まれて怖気づいてしまう事に驚いていたのだ。

 

(妖白華────この男が。こうして居合わせただけでも、息が苦しい。目を合わせたら、その視線に射殺されそうだ)

 

 一方で彩希は柊馬と妖白華がやり取りをしている間に、彼の事を冷静に分析していた。分析している時、背中にひんやりとした汗がゆっくりと垂れるのを感じた。それは断じて暑さのせいではない。

 

「屁理屈は結構です。ゴン、出てきて力を貸して。この人にお灸をすえるよ」

 

 柊馬は妖白華に対する憤りを言葉に込めゴンに呼びかけた。しかし、待てども虚しく時が過ぎる一方でゴンが出てくる事はなかった。

 

「……ゴン?」

 

「この男に威圧され、ゴンは出てこれないのだろう。力は私が貸すよ、本音を言えば……私も逃げ出したいところさ」

 

 ゴンが出てこない事に焦る柊馬に対して、彩希が仕込み杖で左手の掌をポンポンと叩きながら自嘲気味に力を貸すと言った。

 そのやり取りを見ていた妖白華が目を閉じニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。

 

「流石は六条家の優秀な跡取りです。霊媒師は安泰でしょう、六条彩希さん?貴女が継げればの話ですが」

 

「ご存知だとは、光栄の至りだよ」

 

 彩希が嬉しそうな語気、表情をしていたが次の瞬間には真顔になった。

 

「安倍家次期当主、陰陽師・安倍命(あべのみこと)

 

 そして、語気もいつもより冷たく静かだった。

 安倍命という妖白華の本名を知り柊馬は固唾を呑み、ゆっくりと口を開いた。

 

「この人が本物の陰陽師……」

 

 自分とは違う正当な陰陽師の後継者。安倍という名字を聞いて安倍晴明の子孫である事を疑いもしなかった。背中に汗が噴き出す感覚と喉が徐々に渇いていく感じがした。

 命は目をゆっくりと開け大弓を正面で構え狙いを柊馬に定め弦をゆっくりと引き矢が形成され始めた。

 

「妖怪は悪。妖怪に手を貸した者も悪。悪は滅しなければならない」

 

 そう冷たすぎる殺意の言葉を添え、弦を手放した。矢の軌道は柊馬の頭を正確に捉えていた。後は矢が刺さり柊馬が地面に倒れ伏すだけだった。

 柊馬は何も出来ずにいた。身体が言う事を聞かなかったのである。目をギュッと瞑り死の時を待っていた。しかし、その時は一向に来なくキーン、と甲高い金属音が、肉に突き刺さる音の代わりに響いた。ゆっくりと目を開くと音の正体が分かった。命が放った矢を彩希の鞭状に変化した仕込み杖が打ち落としたのである。

 

「くぅ……痺れる。その華奢な身体で、よくもまあ高威力の矢を放てるものだ。柊馬、お灸をすえるんじゃなかったのかな?」

 

「う、うん……」

 

「君が怯えるのもよく分かる、相手は今まで君が封印してきた妖怪よりも遥かに強い。だからこそ、打ち勝てば自信にも繋がる。壁は高いほど登り甲斐があるっていうものだろう?」

 

「激励ですか、悪くありません。士気の低下を防ぎ寧ろ上げさせる。ですが、それが本当に効果があるのか……私の矢で見定めて頂きます」

 

 そう言うと命は再び弦を引き始めた。対して彩希は耳を貸せと、柊馬に合図した。

 

「相手の矢なんて気にするな、私が全て打ち落としてやるとも。君はただ相手の懐に入り刀を振るえ」

 

「うん、やってみるよ」

 

 柊馬がそう言うと刀を構えた。それを見た命はフッ、と軽く笑みを浮かべると形成された矢を柊馬の頭を目掛けて放った。矢は彩希の言葉通り金属音を立て地面に落ちた。

 矢が落ちた。それと同時に柊馬は走り命との間合いを縮めていた。間合いを詰められても命は焦る素振りを見せる事なく弦を引き矢を二本形成した。そして、弦を手放す。一矢は頭を、もう一矢は腹を狙っていた。

 迫りくる矢に構わず柊馬は走った。彩希は柊馬に迫りくる矢を、鞭状に変化させている仕込み杖を下から上へと振り上げる事で矢を落としていった。

 刀を振れる間合いに入った。柊馬は無言で刀を振り下ろした。しかし、手応えを感じるどころか風を感じた。風の壁が柊馬の一閃を阻んでいた。

 

(攻撃が当たらない!?だけど……相手の攻撃を打ち落とせて────)

 

「打ち落とせている、と勘違いなされていませんか?私が敢えて打ち落としやすい矢を放っている事に気が付きませんか?」

 

「なッ────!?」

 

 柊馬の思考に割り込んできたのは命の衝撃的過ぎる言葉だった。その言葉は柊馬を驚かせるには充分過ぎる威力だった。彩希も後ろで悔しそうに拳を握っていた。

 

「次は当てますのでお覚悟を……」

 

 命は大弓を頭上に翳し、目を閉じ二人が聞いた事がない言語を発しながら弦をゆっくりと引いていた。

 

「何をする気なんだ……」

 

「柊馬!!こっちに来るんだ、何があっても良い様に守りを固めるんだ」

 

 彩希の鬼気迫る表情と語気で柊馬は頷き彩希の傍に立った。

 空気が異様に震えていた。弦を引ききっても、命は一生懸命に口を動かし二人が聞きなれない言語を発していた。その直後だった、異質な矢がゆっくりと形成された。異質だと感じたのは矢を中心とし周囲に緑色の曲線、蜷局を巻いた蛇の様なものが纏っていたからである。

 目を開くと同時に弦を手放し異質な矢を放った。矢は曲線を描きながら二人に迫った。

 

「打ち落としてやるともさ」

 

 彩希がそう言うと仕込み杖を振るい矢を打ち落とそうした。その行為に命はただ相手を見下す様な笑みを浮かべているだけだった。

 仕込み杖と矢が触れた瞬間────金属音ではなく突風が吹き荒れる音がした。そして、肉が裂ける音と共に二人が宙に放り出され地面へと落下した。柊馬と彩希の身体の至る所に突風よって出来た切傷があった。

 

「がッ……!!」

 

「ぐぅぅ……。一体どういう仕掛けなのかね?陰陽師が陰陽五行以外の属性は持ってはいない筈だよ」

 

 彩希はよろよろと立ち上がりながら命に疑問を投げかけた。陰陽師は木・火・土・金・水、以外の属性は持てず使えない。今の攻撃は身をもって体験した彩希なら分かるが風属性だった。魔術師ではない限り使えない、当然の疑問だった。

 その疑問に命は得意げな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「えぇ、仰る通り。どういう仕掛けなのか一言で申すならば、式神。とでも申せばご理解頂けますか?」

 

 命の答えに彩希は風属性を付与させる式神か、と心の中で納得しつつも悔しそうな表情を浮かべた。陰陽師、霊媒師と異なる存在だが後継者という点では同じ。圧倒的な格の差を見せつけられたからである。

 じりじりと命が近づいて来た。それは死へのカウントダウンだった。柊馬は身体を起こすのがやっとで、彩希はその場に立っているので精一杯だった。死がそこまで迫った時だった。

 

「何やってんだ!!喧嘩はやめろ!!」 

 

 柊馬にとって聞き覚えのある声が聞こえたと思うと、その声の主が柊馬と彩希に迫っている死との間に割り込んだ。

 

「煌志!?」

 

 その声の主を見ると柊馬は声を上げた。声の主は柊馬の親友である煌志だった。煌志は全身をわなわな、と震わせていた。

 

「てめぇ、柊馬と六条さんに怪我をさせやがって……。骨の1、2本覚悟してもらおうか……」

 

 死を齎す命に対して煌志は指をポキ、バキと鳴らしながら迫った。

 

「やめ給え、煌志」

 

 彩希の制止を無視して煌志は歩みを進め、ついには相手の間合いに入り殴る体勢になった。

 命は動じる事なく大弓を消して背中を見せた。

 

「────。陰陽師が人間に危害を加える訳にはいけませんね。さようなら、これに懲りたのなら考えを改めなさい」

 

 冷たい口調でそう言うと命は悠々と去っていった。

 

「ちッ、行きやがったか。大丈夫か?」

 

 煌志は舌打ちをしながら柊馬の下に行き手を差し伸べた。

 

「う、うん。何とか……。六条さんは?」

 

 柊馬は煌志の手を取り立ち上がり頷いた。そして、彩希の方に向き彼女を気にかけた。

 言葉に反応せず彩希はとある一点をまじまじと見つめていた。それは命が立っていた場所である。

 

(あの男が居た場所に赤い点、アレは血痕か?あの男に傷を負わせてないはずだが……)

 

 彩希が見つめていたのは、命が立っていた場所にある血痕と思しき赤い点である。赤い点を血痕だと仮定して、彩希が思っている様に命には傷を負わせてはいない。柊馬の攻撃は風の壁によって弾かれていた。謎が深まる一方で彩希は眉を顰めた。

 

「六条さん!大丈夫!?」

 

 反応がない彩希に対して柊馬は声を大にして彼女の肩を揺すぶった。 

 

「あ、あぁ……大丈夫だ。それよりも怪我の手当てを私の家でしていくといい。煌志も危ないところにありがとう。良かったら来るかい?」

 

「その……なんつーか、ありがたい誘いだけど極道の家はまだ……怖ぇから、遠慮する。柊馬の事を宜しく頼む、六条さん」

 

 目線を少し外し煌志は頭を掻きながら言った。しかし言い終えると、しっかりと彩希に向き直り頭を下げた。それを見た彼女は柔らかく微笑み「あぁ、任されたとも」と返事をした。彩希の返事を聞いた煌志は頭を上げてその場を後にした。

 煌志が去ったのを確認すると彩希は肩を竦めて口を開いた。

 

「安倍命は怖くなくて私の家を怖がるのかい?彼は……」

 

「どうなんだろう?でも、いい奴でしょ。煌志は」

 

「それについては同意する」

 

 

 

6月14日 18時32分 六条宅

 

 命によって傷を負わされた身体を庇いつつ人目につかない様に気を付けながら、柊馬と彩希は何とか彼女の家に帰れた。出迎えた組員たちは二人の傷ついた身体を見て驚いたが構わず客間に通せ、と言い放った。

 客間に入れば彩希は柊馬に楽な姿勢でいる様に言った。傷ついた身体である。正座など堅苦しい姿勢では傷に障る。彼女の優しい配慮だった。そんな彼女は適当に座り手をポンポン、と鳴らし口を開いた。

 

「憲明、居るかな?」

 

 彩希は自身の懐刀である憲明を呼んだ。ほどなくして足音が聞こえ戸を叩く音がした。入室許可を出すと「失礼します」の声と共に戸を開き彼が入って来た。

 

「ここ……に……って、どうしたんですか、その怪我!?」

 

 開口一番がそれだった。全身切傷だらけの二人を見れば誰もが同じ事を言うだろう。

 

「説明は後だ。急いで手当ての準備を頼む」

 

「はい」

 

 彩希の言葉に憲明は頷くと急いで救急箱を取りに行った。バタバタと廊下を走る音がしたので、彼は慌てていると柊馬は思った。

 しばらくすると、憲明は救急箱を持ち組員の一人を引き連れて入って来た。そして、彼は組員に指示を出し柊馬の手当てする様にさせた。彼自身は彩希の手当てをしていた。

 憲明と組員の手当ては手際が良く行われ柊馬と彩希が苦しむ事なく終わった。組員は頭を下げ退室した。

 

「お二人の手当てはこれで完了です。どうですか?」

 

「ありがとうございます、九条さん」

 

「完璧だとも。感謝するよ」

 

 柊馬と彩希の二人が感謝の言葉をかけると憲明は軽く頭を下げた。頭を上げた時には最初にあった心配そうな表情はなく、怒りを必死に抑えている表情をしていた。

 

「で……彩希さんに怪我をさせたのは、どこのどいつですか?」

 

 語気もいつもより低く冷静さを見せつつも憤怒の感情が見え隠れしていた。

 

「安倍命って言えば君も分かるだろう?」

 

 彩希の口から安倍命、という名を聞いた瞬間に憲明は眉をピクッと動かし握り拳を作って口を開いた。

 

松尾神社(まつおじんじゃ)に住んでいる陰陽師。超絶な力を持っており、ついた異名が妖白華」

 

「妖白華?」

 

 憲明の言葉に柊馬は首を傾げて聞き返した。何故命が妖白華、と名乗りその意味が気になったからである。

 

「妖怪の血により真っ赤に染まった大地の上に、ひっそりと立つ白い装束を着た安倍命の姿が、妖しく咲く白き華の様だった事に由来するんだ」

 

 柊馬の疑問に彩希は腕を組みながら答えた。彼女の言葉の光景を天井を見上げながら想像し柊馬はゾッとした。

 

「憲明、報復だなんて馬鹿な考えはやめ給えよ?」

 

 誰も見れば分かる怒り心頭な憲明に対し彩希は顎に指を当てながら釘を刺した。

 

「報復なんて、しませんよ。ただ……挨拶をしに行ってきます」

 

「おい、待ちたま────」

 

 彩希の制止を遮り憲明は立ち上がり退室した。目的は火を見るよりも明らかで松尾神社に居る命だろう。

 

「って、行ってしまったか」

 

(九条さん、鬼の形相になっていたな)

 

「行かせても大丈夫なの?」

 

 柊馬が彩希に疑問を投げかけると肩を竦めて口を開いた。

 

「彼はね、私の事となると話を聞かなくてね」

 

 彩希は苦笑気味に言うと話を続けた。

 

「まぁ……心配はしてないよ、悪運は強いからね。それに安倍命の力を直に知るだろうし。私にとってプラスの事でしかない」

 

「そうなの?まぁ、その安倍命って人をどうにかしないと……」

 

 柊馬が拝む様に両手を擦り合わせながら心配を口にした。

 

「善良な妖怪の命を奪われてしまう。法で裁かれるべきだった邪悪な妖怪に手を貸した者が彼の手で裁かれてしまう、だろう?」

 

「うん、そうだよ。対策を練らないと……」

 

 彩希の言葉に柊馬は頷いた。柊馬にとって安倍命という人物はよく分からないが、夕方の彼の言動から何とかしなくてはならない、と考えには至った。

 柊馬が怪我の手当ての為、彩希の家を訪れて約五十分が過ぎようとしていた。その時、廊下を歩く音がして戸を叩く音がしたので入室許可を出した。「失礼します」という声は憲明のものだった。

 

「戻ってきたか、のり……あ、き?」

 

 様子がおかしい憲明を見て彩希の言葉は途中で勢いを失い消えそうだった。

 

「……」

 

 消えそうな彩希の言葉に憲明は沈黙したままだった。

 

「九条……さん?」

 

 柊馬も憲明の事が心配になり、やや身を乗り出しながら言葉を投げかけた。

 

「────。何があったのか、簡単に教えてくれないか?」

 

 彩希はフーッ、と息を吐きだし静かな口調で憲明に問うた。それに対して彼は額から汗を流し、「はい……」と首を縦に振った。青ざめた彼の顔はただならぬ事があったのを物語っていた。

 

 

 

6月14日 18時57分 松尾神社

 

「安倍命っていうのはお前か?」

 

 神社の敷地内に殺気立った憲明が白装束を着た命を見据えていた。憲明の後ろには数人の組員が待機しており、全員が殺気立っていた。時間が時間なので参拝客などおらず、目につくのは黒い集団と白い個人、という対照的な光景だった。

 

「えぇ、いかにも」

 

 命は殺気立った憲明と組員たちに怯む事なく、微かに笑みを浮かべ首を縦に振った。

 

「彩希さんの借りを返しにきた。泣いて詫びるんだったら今の内だ」

 

 静かな口調でそう言ったものの内容は憲明の憤りを表していた。それを聞いて命は「あぁ、六条組の……」と両手をポン、と合わせ頷いた。

 

「すみませんでした、これでいいですか……?」

 

 命は軽く頭を下げ心がこもっていない謝罪をした。それは憲明の怒りを爆発させるのには充分であった。命が頭を上げた瞬間に彼は飢えた獣が如く命に襲い掛かり左手で命の胸倉を掴んだ。そして、右手を振り上げた。

 

「お前……舐めて……ん、の────!!」

 

 言葉が途切れたと共に憲明の右手も命に当たる寸前で止まっていた。それを見て命は目を伏せ軽く口角を上げ口を開いた。

 

「殴らないのですか?それよりも……汗と震えが凄いですね。風邪でも引かれたのでは?」

 

 命が言う様に憲明は汗を流し震えていた。いや、彼だけではない。後ろに居る組員たちもそうだった。中には膝を屈してしまった者も居た。

 憲明は悔しそうに命から手を放した。彼が汗を流し震えていたのは、風邪ではない。命は冗談のつもりで言っているが汗や震えの原因を間違いなく知っている。彼が命に右手を振り下ろそうとした瞬間に異様な殺気が場を支配した。それのせいだろう。

 命は胸倉を掴まれ形が崩れた白装束を手で整えた。

 

「お帰りはこちらです。どうかお大事になさって下さいね」

 

 神社の出口である鳥居まで命は憲明と組員たちを見送った。憲明が鳥居を潜ろうとした瞬間に彼は憲明に背を向けたまま、これまで以上ないに冷たく殺意が研ぎ澄まされた口調で一言添えた。

 

「危うく落とす命でしたから」

 

「────!!」

 

 命の言葉に憲明は何も反応せず、ただ足早に鳥居を潜りその場を離れた。異様な量の汗を流し、身体の震えを抑えながら。

 

 

 

6月14日 19時25分 六条宅

 

「という事がありました。すみません、六条組に泥を塗りました」

 

 憲明は土下座をし畳に頭を擦り付けていた。

 

「そうか、君が無事で何よりさ。下がってゆっくり休み給え」

 

 彩希は憲明から報告を受けても怒りもせず、柔らかく微笑み口を開いた。その口調は表情と同じく柔らかいものだった。それを聞いて彼は「失礼します」と退室した。

 

「あの憲明がここまで怯えるとは……」

 

 そう呟くと彩希は右手に視線を落とし右手の親指の腹と中指の腹を擦り合わせていた。

 

「あの、六条さん!」

 

「ん?何かな?」

 

 柊馬に呼ばれ視線を彼に移した。真剣な表情をしており何か言いたげだった。

 

「僕、後日にあの陰陽師と話してみようと思う。もしかしたら……協力を仰げるかも知れない」

 

「オイオイ……それは、危険だと分かって言っているんだよね?」

 

「勿論。でも、話してみれば案外分かり合えるかも知れないし」

 

 柊馬が突拍子もない事を言ったので彩希は目を丸くして肩を竦めた。しかし、彼の返答や眼差しは真剣そのものだった。やがて、彼に根負けしたのか彼女はため息をつき口を開いた。

 

「じゃあ、安倍命は君に任せるとしよう。あぁ、一つ役に立つかも知れない情報があるんだ」

 

「情報?」

 

 彩希が情報、という言葉を出すと柊馬は前のめりになり食いついた。この情報が彼にとって有力な武器になるかも知れないからだ。

 

「そう。柊馬、君はゴンを使った後……疲れたり眠くなったりしないか?」

 

「言われてみれば……疲労感がドッ、と来るね」

 

 彩希の問いに柊馬は顎に右手を当て思い返していた。今までゴンと共に戦い勝った後に疲労感に襲われていた。

 

「式神に限らず、陰陽術、降霊術、除霊術、魔術を使用し限界を超えると人によって様々な症状が発症する」

 

「はぁ……なるほど。それが、どうかしたの?」

 

 ここまでの説明ではイメージが湧かず柊馬は曖昧な返事をしてしまった。命に限界が訪れるまで耐えれば良いのか、と思ったが彼はどの様な症状を発症するのか分からない。だからこそ曖昧な返事になってしまった。

 「気が抜ける返事だな~」と彩希が呆れ気味に言った。しかし、言いたい事は別にある様で両手の指先を軽く合わせ、それを鼻の前に持っていった。

 

「安倍命はあの時、式神を使ったと言った。それで彼が去った後の地面には血痕が残っていた」

 

 彩希は静かに真剣な口調でそう言った。彼女の言葉で柊馬は命の言動を思い返していた。

 

「えぇ、仰る通り。どういう仕掛けなのか一言で申すならば、式神。とでも申せばご理解頂けますか?」

 

 間違いなく式神を使っていた様だった。命の言葉が嘘でなければの話だが。尤も彼があの場で嘘をつく利点がないのだが。彼の得意げな笑みを信じ柊馬は答えを出した。

 

「つまり、あの時は彼は限界だったと?」

 

「まぁ、推測の域だがね。でも、もし戦う事になって……君が傷つける事なく安倍命が血を流していたら、それはチャンスなのかも知れない」

 

 彩希は腕を組んで返事をした。彼女の言う通り推測の域ではあるが、命の限界を超えた症状が血を流す、という有力な武器を手に入れられた事は大きい。

 

「ありがとう、覚えておくよ」

 

 柊馬は柔らかく微笑みそう返した。命との話し合いを成功させる、と強く決心して。




如何だったでしょうか?
安倍命様が大好きな雛罌粟でございます。

過去一番の長さとなってしまいましたが、皆様を楽しませる事が出来たのであれば何よりでございます。

ご感想やご質問は随時受け付けております。此方でもTwitterでも構いません。皆様のお声が私の力になります。

それでは、第陸話までお待ちくださいませ。


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