ポケットモンスター 約束のためにもう一度 (犬鼬)
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1話

新作発表嬉しくて書きたくなったので。
のんびり頑張りたい。


 もふもふとした布団に体を埋めながら首だけを回してテレビの方へ向ける。

 

 まだお昼手前の時間のためか昼のバラエティと言うよりはニュース関連がまだまだ多い時間帯。どこの局をつけてもやってる内容に差はさしてない。それは特別なことがあった日でもなかった日でも変わらない。今日だって特別なことがあったにもかかわらず……いや、あったからこそどこの局も同じ話題を取り上げていた。

 

『シンオウチャンピオン陥落!?新チャンピオン誕生、その名はコウキ選手!!』

 

 でかく派手なフォントで表示されているのは数日前行われたシンオウリーグの優勝者が四天王とチャンピオンにチャレンジし、下したという内容。

 

 齢12にしてシンオウ地方のトップに君臨するという快挙。

 

 他地方で更新されたチャンピオンの最年少記録こそ達成してないものの、ほぼそれに近しい記録ということで今やこのシンオウ地方のトップニュースとなっていた。

 

 そんな渦中の人物の噂や評価の声はもちろん絶えない。

 

 曰く、稀代の天才。

 曰く、未来が見える。

 曰く、公式戦で負け無し。

 曰く、原点にして頂点に引けを取らないのでは。

 

 どれも褒め言葉としては至高のものと言ってもいいほどの評価。 ポケモントレーナーであるならば1度は言われてみたい言葉だ。

 

 だけど肝心の言われた本人の顔色はどうだろう。

 

 テレビでインタビューを受ける新チャンピオンの顔は見た目は笑顔で対応してるもののその目の奥の感情に色が見えない。

 

 

(……コウキ)

 

 テレビに映る親友をみて、思うのは申し訳なさ。

 

 あの日、共に旅立ち、同じ夢を見て、確かに望みはかなったはずなのに……

 

(もっと、もっとボクが強ければ……)

 

 そばの机に置いてある六つのボールに目を向けながら拳を強く握りしめる。

 

 

 ピンポーン

 

 

 過去のバトルを思い出しながら悔しさに少し歯を食いしばっていたそんな時。沈んでるボクの気分とは真逆の来客を知らせる軽快な音が鼓膜をうち、強制的に意識を浮上させられる。

 

 若干の煩わしさを感じながらも、『そういえば今お母さんは買い物に出かけてるんだっけ』と朝していた会話から今の状況を思い出し机の上のボールを全て腰のホルダーに収め、玄関へ歩き出す。

 

 この間にさらに2回の呼出音がけたたましくなったため既に誰が来たか予想ができ、思わずめんどくさいなぁなんてぼやきながらため息が出てくる。

 

 いっそ出なくてもいいのではなんて思いもしたがそれはそれで余計面倒くさくなってしまうので重い足取りながら歩いていく。

 

 呼び出しの音が2桁を超えたあたりでようやく玄関のドアにたどり着き、思いっきりドアを開け放つ。

 

「出るのが遅いぞ!!もう少し遅かったら罰金━━」

「うるさいわ!!」

 

 スコーンと子気味のいい音をこの連続呼び出しマンの脳天から響かせる。我ながらなかなかいいカラテチョップが決まった。多分急所に当たってる。そういうことにしよう。

 

「いっつつつ……いきなりチョップは酷くないか!?」

「ピンポンは1回でいいって何回言っても聞かないからでしょうに……」

「お前が出るの遅いからだろ!!」

「いや遅くないでしょうが!」

 

 確かに足取りは重かったと言え30秒前後しか経ってないのに遅いと言われるのは心外でしかないんだけど……

 

(まぁ、こいつのせっかちっぷりは今に始まったことじゃないしいっか)

 

 そんなことを思いながら前の人物を見れば髪の両端が羽のようにたっており、色は金髪。瞳の色はオレンジで服装はオレンジと白のストライプの長シャツに黒いズボン。そしてトレードマークの黄緑のマフラーを巻いた同い年の少年。ドアを開ける前から予想していた通りの人物、罰金ボーイことジュンが頭を擦りながらぷりぷりと怒っていた。

 

「っと、んな事はどうでもいいんだ!!早くマサゴタウンに行くぞ!!」

 

 そう言いながら腕を引っ張り無理やり走り出そうとするジュン……って

 

「ちょちょちょ、マサゴタウンに行くのはわかったけどどうして……」

「いいから!!早く行くんだよ!!」

「あ〜もう、わかったから引っ張るな〜!!」

 

 有無を言わせない罰金ボーイが若干強引ながらもボクの腕を引き走り出す。体力や運動神経が無いわけじゃないからこけることはないにしてもそれなりに痛いから落ち着いてほし……って言っても聞かないので仕方なく歩幅を合わせて追いついていく。

 

(しかしマサゴタウンか……久しぶりだなぁ)

 

 フタバタウンからマサゴタウンへの道を走りながら旅立ちの日のことを思い出す。

 

 たくさんの思い出が頭の中を巡り巡って行く中で心に残る感情はやっぱり……

 

(……少し、行きづらいんだよね)

 

 若干の後ろめたさだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっす博士!!連れてきたぞ!!だから早く用事を教えてくれ!!」

「し、失礼します〜……」

 

 ボクの後ろめたさを吹き飛ばすかのように豪快に扉を開け放ちながらジュンが入って来たのはマサゴタウンにあるナナカマド博士の研究所。

 

 ボクたちがポケモン図鑑を貰い旅立ちの最初の1歩を歩き出した思い出の場所だ。今でもその時のことは昨日のように覚えている。

 

 若干の懐かしさを感じながら研究所内へと歩いていくと白色の豊かな口ひげを蓄えた老年の男性がこちらに気づき声をかけてきた。この研究所の主であり、ボク達に最初のポケモンを渡してくれたナナカマド博士だ。

 

 博士に対していざ対面するとまだしこりはあるとはいえとりあえずは問題なく話せそうと心の中で安堵する。そしてそのナナカマドの博士の隣にもう1人黒いコートに身を包み、長い金髪を靡かせる女性……

 

「っと、来たようだな。いらっしゃい2人とも」

「2人とも元気そうね。リーグ以来かしら?」

「はい。ナナカマド博士……とシ、シロナさん!?こ、こんにちは……お久しぶりです」

「お久しぶりっす!!」

 

 シンオウ地方チャンピオンのシロナさんが挨拶をしてくれた。

 

 まさかの人物に慌てて頭を下げるボク。そんなボクに対してジュンは気さくな挨拶を返す。どうやらジュンはシロナさんが来ていることを知っていたっぽい。なら最初に言ってくれればいいものをと思わなくもなかったけどせっかちボーイのジュンに「予め」と言う言葉なんてない。

 

 仕方ないのでジュンからの事情の説明は早々に諦めてナナカマド博士の方に……正直少し話しづらいけど状況を聞くとしよう。

 

「ジュンから急に呼び出されて何が何だか分からなくて……その、説明をお願いしてもいいでしょうか?チャンピオンもいるとなるとかなり大事そうな話ですし……」

「チャンピオンと博士からの呼び出しだなんてすげぇよな!!今からワクワクしてきたぜ!!」

「あら、もう私はチャンピオンでもないのだから、そんなにかしこまらなくてもいいのよ?あなたもジュンみたいにフレンドリーでもいいのに」

 

 なんて気さくに言ってくるシロナさんだけど元とはいえさすがに有名人に対してフレンドリーは難易度が高い。シロナさんがチャンピオンではなくなったとしてもそれはシロナさんが弱くなったというわけではない。シロナさんのチャンピオン復活を望む人も多いしファンだってまだまだ沢山いるのだ。礼儀は大切である。むしろジュン、キミは礼儀を学び直しなさい。実際、ボクだっていちトレーナーとしてこの人は尊敬している。……部屋の片付けが出来ないところ以外は。

 

「っと、それはまぁ置いておくとして……今回あなたたちを呼んだのは私と先生からそれぞれお願い事があってね。それを2人にしてもらいたいのよ」

「御二方からのお願い……ですか?」

 

 その言葉に少し身構えてしまう自分がいる。というのもシロナさんはチャンピオンであったと同時に考古学者の一面も持っており(むしろ本業?)、ポケモンの歴史の調査や歴史的建造物の保護など重要なことに関わってることが多く、過酷な現地調査や悪意あるもの達との戦闘など激しい活動も多い。テンガン山でジュンとコウキ、そしてヒカリと協力して激闘を繰り広げたのは記憶に新しい。

 

 そしてナナカマド博士。

 

 ポケモンの進化に関する研究の権威者にして大学時代はなんとあのオーキド博士の先輩だったとか。また教え子も多くいるらしくカロス地方にいる博士や何をかくそうシロナさんもナナカマド博士の教え子にあたるそうな。そんなこともあってかシンオウ地方ではシロナさんに負けないくらい有名だし、ポケモントレーナーが初めての旅に出るためのポケモンを渡すという重要な役割を任せられてる人の1人でもある。かく言うボク達も旅の始まりの時に一体貰えるポケモンはナナカマド博士に頂いた。

 

 そんな2人からのお願い。身構えるなという方が難しいよね。

 

(っていうか改めて今ボクの目の前にいる2人の超大物感やばくない?)

 

「目に見えて緊張してるわね……そんな大したことないわよ?」

 

 固くなっているボクに苦笑いをするシロナさん。と言われてもしてしまうものはしょうがない。もう少し自分の立場をわかって欲しい。

 

「それに正直なところ私よりもあの子たちを従えてるあなた達の方がよっぽど立場をわかって欲しいのだけど……まあ、今はいいわ。とりあえずまずは私からのお願い。仕事でホウエン地方に行くことになってね。そこでの調べ物が沢山あって1人だと厳しそうだから助手をお願いしたいの」

「チャンピオンの助手!?ホウエン地方!?オレ行きたい!!」

「決断早っ!?」

「ふふ、相変わらずの即断即決ね。見ていて気持ちいいくらい」

 

 もうひとつの要件を聞く前にもう決めてしまったジュン。

 

 せっかちここに極まれりと言ったところかな?にしてもせめて2つ目を聞いてからでも良かったと思うけど……

 

「だってシロナさんの手伝いなんて超貴重だぞ!?確かにここでも何回か手伝いはしたけど他地方までってなると滅多にないし、それにホウエン地方だろ?ヒカリに会えるかもしれないしな!!」

「ああ、そっか」

 

 ヒカリ。

 

 ボクとジュンとコウキ、そしてヒカリの4人は同じ日、同じ場所から旅立った言わば同期だ。ボク達がジムを巡り、チャンピオンに挑んでいたのに対してヒカリはポケモンコンテストを極めるために旅を始めた。シンオウ地方ではポケモンコンテストのトップを決めるグランドフェスティバルに参加して準優勝を果たしている。今はさらに磨きをかけるためにポケモンコンテスト発祥の地と言われているホウエン地方に旅に出ているとか。

 

 確かに久しぶりにヒカリにも会いたいというジュンの気持ちも凄くわかる。一応小さい時に家族に連れられてホウエンに1度だけ赴いていたけど……正直小さい時だったので景色は全然知らないから気になっちゃう。こう言われるとなんだかボクも行きたくなったなぁ。

 

「さて、もうひとつの頼みというのはわたしからのお願いでな。これをとある人に届けて欲しい」

 

 そう言いながら取り出されたのはひとつの包。

 

 トバリシティのロゴが入ったそれはあまり大きくなさそうな見た目に反してそこそこ重量感を感じた。

 

「この包を誰に持っていけばいいんですか?」

「ガラル地方のマグノリアという博士だ。古い付き合いでな。どうも研究の過程でちょっと見てみたいものがあるとこれを頼まれたのだか……わたしの暇がなかなか無くて届ける暇がないんだ。そこで君たちに頼みたいのだ」

 

「「ガラル地方……?」」

 

 聞きなれない名前に2人揃って首を傾げる。

 

「ここよりはるか西の方にある地方で様々な表情を見せる地方と言われている。自然の豊かさも壮大にて雄大。その規模に心を奪われるものも後を絶たないそうだ」

「おお!!なんかそっちも凄そうだな!!」

「う、うん」

 

 シンオウ地方にもサファリゾーンという自然の象徴みたいな場所はあるけど話を聞く限りその比ではないっぽい。あそこでさえ初めて来た時その自然の凄さ、ポケモンの多さにびっくりしたというのにそれ以上となると想像できない。

 

「わたしの頼みはものを届けるだけだ。終わったらガラル地方を自由に冒険してもいいだろう。いい経験になるはずだ」

 

 その提案はとても魅力的だ。是非ともそのガラル地方を冒険してみたい。

 

「そっちもそっちで面白そうだな〜……両方行きたいけどホウエンは南でそのガラルってところは西……しかも聞いた感じかなり遠そうだし……うぐぐぐ、ここに来てちょっと悩んできたぞ」

「流石に両方は物理的な距離もあるしあなた達の負担が大きすぎると思ってね。テンガン山での一件からあなた達の実力は認めてはいるけど流石に2つの地方に飛ぶのは想像以上に体力を使うから……どちらにどちらが行くか、2人でしっかり話し合いなさい」

 

 うーんと2人で唸りながら考える。

 

 チャンピオンの傍で勉強するか、新天地へと赴くか……どちらも貴重な体験。悩むのは当然。しかし、こういった時はやっぱり決まって彼が先に決断する。

 

「うん、オレはやっぱりシロナさんについて行く!!テンガン山のこともあったしもしかしたらまた伝説のポケモンに会えるかもしれないしな!!それにヒカリにも会えるかもだし」

 

 こういう時の決断の速さはとても羨ましいところだ。ボクにはない彼の凄いところ。まぁ、物を届けるだけの仕事とチャンピオンの手伝いなら大体の人が後者を選びそうなものだけどね。最悪、前者の方は渡してはい終わりって帰って来るかもだし……確かにジュンが選びそうではない。

 

「じゃあガラル地方へのお届け物はボクが行きます」

「わかったわ。それじゃあよろしくね、ジュン君」

「はい!!」

「じゃあとりあえず旅の予定の話を大まかに言うわね。まずは……」

 

「ではわたしの荷物は君に……」

「はい。しっかり届けてきます」

 

 ジュンとシロナさんが旅先での話をしている横でボクもナナカマド博士から荷物を受け取りカバンへしまう。両肩にかかる重さがいつも以上にのしかかってる気がした。

 

「先も言ったがわたしのお願いはこれを届けるだけだ。終わったらゆっくりとガラル地方を回るといい。今の君にはいい刺激となるだろう」

「はい……ですけど……」

 

 新たな地方の冒険。

 

 博士からの大事な仕事。

 

 どちらも子供心を擽られる大きなイベント。ワクワクしてないと言われたら嘘になるけどやっぱり心残りはあって……

 

「……コウキのことか?」

「……っ」

 

 心臓を鷲掴みにされた気分になる。

 

 顔を合わせた時はまだ大丈夫だった後ろめたさが一気に押し寄せてくる。何か話さなきゃと思う反面、口も体も上手く動かせずにどうすればいいか分からなくなる。

 

 コウキ、それとヒカリは昔からナナカマド博士の手伝いをしていた。それこそボク達が旅をしていた期間よりもずっと前から、ずっと長く彼を見てきたし、大切にしていたことも知っている。そんな博士が今のコウキをみて何も思わないことなんて絶対にないし、ボクとジュンがコウキとした約束だって当然知っている。そして今のコウキにしてしまった責任の一端がボク達にある事もボクは自覚してるしきっと博士も……。だからこそ今も後ろめたくて……

 

 動けないボクに近づいてくるナナカマド博士。それに対してボクはやっぱり動けない。ナナカマド博士の手がゆっくりと伸びてくる。それが少し怖くて目を瞑ってしまい……

 

 ぽん

 

「……え?」

 

 あまりにも優しく頭に置かれた手に暖かさを感じ、思わず気の抜けた声を上げ博士を見上げた。

 

「君たちの事情はよく分かっている。君が悩んでいることも……そしてコウキが苦しんでることも……その間に他の地方に行くことに躊躇いがあるのも分かる。だが、だからこそ君たちはもっと冒険に出るべきだ。世界は広い。知らないことも知らないポケモンもまだまだたくさんある。お前の行く手にはまだまだ素晴らしいドキドキがあるということだ!だから行きたまえ。フリア、君の冒険はまだまだ終わっていないのだから。そしてガラルでの旅が終わった時、ガラルで感じたドキドキをコウキにも伝えてやってくれ。きっとその時はまたここを旅立った時のように、みんな笑顔で話せるさ」

 

 大きく暖かな手と優しい言葉は確かに染み渡り、少しだけ心が軽くなった気がした。

 

(あの時も沢山のドキドキが君を待ってるって言って送り出してくれたっけ)

 

 旅立ちの日を思い出す。

 

 あの時も同じように激励してくれた。

 

 博士には沢山お世話になった。その尊敬する人がまたこうやって自分に期待をして送り出してくれるのだ。こんなの答えなきゃ行けないに決まっている。

 

 自然と震えは消え、心はどこか沸々と湧き上がっていた。

 

「フリア!!」

「……何?」

 

 横を見れば向こうも打ち合わせが終わったのかジュンがこちらを呼んでいた。その目はキラキラと……いや、ギラギラと燃え盛っていた。

 

「オレはホウエンを巡りながらシロナさんにビシビシ鍛えてもらう!!そんでもって帰ってきたらコウキに挑む!!……どっちが先に超えるか勝負だ!!負けたら罰金100万円な!!」

 

 ビシッと効果音が聞こえそうなほどまっすぐ指を突きつけ宣戦布告をするジュン。

 

 旅の頃何度も受けたその挑戦にあの頃と同じように返す。

 

「いいよ乗った!!けどまたいつもみたいに負けて罰金の話は無し〜とか泣きついても今度こそ知らないからね〜」

「は、はぁ!?お前に泣きついたことなんて1回も……」

「え〜?ミオシティでジムで勝てない時とかピッピのスロットでお金減った時とかたしか〜……」

「そ、そんな昔の細かいことなんて知らねーっつーの!!ああもう、さっきまで元気無かったくせになんだってんだよー!」

 

 旅の時と違い2人いないやり取り。だけど今はこれでいい。お互いの旅が終わって帰ってきた時に、その時にまたみんなで同じようにあの頃のやり取りができるように……

 

 だから……

 

「頑張ってね。ジュン!!」

 

「お前こそ!!フリア!!」

 

 コツンとこぶしをぶつけ合う。

 

「ふふふ、青春ね。若い子の活気はいつ見ても元気を貰えるわ」

「シロナさんだってまだまだ若いじゃないですか」

 

 詳しい年齢は知らないけどシロナさんだってまだまだ若い。少なくとも20代はまだまだ若いと言っていいのでは……?10代と20代では考え方が違うのかな?

 

「あらありがとう。そんな上手なあなたに私からプレゼントよ」

 

 そう言いながら懐から1枚の封筒をボクに渡すシロナさん。大切な書類か何かかな?はたまたこれもマグノリア博士への贈り物?なんて考えていたらシロナさんがさらに説明をする。

 

「きっとあなたの旅にとても役立つものよ。大切にね?」

「は、はい……?」

 

 よく分からないけどボクのためのものらしい。これもしっかりカバンにしまい準備OK。

 

「さぁ、家族への挨拶も必要だと思うけど善は急げよ。私たちは明日にでもここを立つわよ」

「はい!!すぐに準備してきます!!」

 

 研究所から走り去るジュンの背を見送る。さぁ、ボクも、もう行かなくちゃ!!

 

「ボクも直ぐに準備して行ってきます!!」

 

 ナナカマド博士とシロナさんに礼をしてかけ出す。

 

 来る時はどこか暗く感じた景色は今は輝いて見えた。

 

 さあ行こう。

 

 ボクの冒険はまたここから始まるのだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケットモンスター。縮めてポケモン。

 

 ここはポケモンと人間が共存する世界。

 

 これはボクが1度挫折を味わい、それでも友達との約束を守るために新たな地方で頑張り成長し、追いつかんとする……そんなささやかな物語……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ブリリアント=コウキ
シャイニング=ヒカリ

って言うのに気付いて天才では?と思いました。

その後
ブリリアントダイアモンド
シャイニングパール
スタープラチナ
ってコメント見て吹き出してました()

アルセウスのお話も楽しみですね。


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2話

 空は快晴。

 

 ただひとつの曇もなく絶好の旅立ち日和だ。

 

 高らかに空を飛ぶ飛行機の窓から見える景色も雲はひとつもなく、日光を反射する海が煌めいていて冒険の門出を祝っているようにも感じる。

 

 海面から体を見せるホエルオーが吹いた潮が虹を作り、そのアーチを数多のキャモメやぺリッパー達が、海面ではマンタイン、タマンタの群れが華麗に飛びまわる姿はさながら自然の大サーカスで見ているだけで心奪われる景色。そんな景色を現在進行形で窓から覗いているボク。そんなボクの現在のテンションは……

 

「はぁ……」

 

 既に暗雲が立ちこめていた。

 

「うぅ……聞いてないよぅ……」

 

 隣の人に迷惑にならないように小声で愚痴を零す。

 

 なんでこんなことになっているかと言うと現在のボクの腰のホルダーにあるボールが原因だった。

 

 シンオウ地方を巡ってたボクは当然……って言葉が正しいかはわかんないけどポケモンリーグより決められている対戦で戦わせる上限である6匹のポケモン全員をしっかりと仲間にしていて冒険していた。

 

 辛い時も楽しい時も一緒に乗り越えたかけがえのない相棒たち。

 

 ボクが何よりも信頼していた仲間たちなんだけど……現在のボクの腰のホルダーにはボールは一つだけ……

 

 というのもどうやらガラル地方、ひいてはワイルドエリア……ナナカマド博士も言っていた大自然。この魅力をガラル地方側もしっかりと理解しているのかその保護に大きな力を注ぎ込んでいるらしく特別な理由でもない限りガラル地方にて生息が確認されていないポケモンが来るのを制限しているみたいで、また近々ガラル地方にて大きなイベントがあることもありいつも以上に制限がかかっている時期と重なったためその例に漏れずボクにも制限というか検問というかそういうのがかかった。

 

 別にそこまでは問題じゃなかった。現に他の地方では人が逃がしたポケモンによって生態系が大きく変わって問題になった地域があると言うし大自然を売りにしている以上そういったところに神経質になるのは分からない話でもない。

 

 だけど……そうだとしても……

 

「なんでボクの手持ちのほとんどがガラルに居ないのさぁ……」

 

 ボクが仲間にしていた自慢の子達6匹。そのうちまさかの5匹がガラル地方にて生息が確認されていない種類で泣く泣く自宅に送り親に預かってもらうことに……

 

 ナナカマド博士に苦情の電話を入れるものの帰ってきた言葉は……

 

『そういえば忘れておったな。はっはっはっは』

 

(はっはっはっじゃないっつーの!!)

 

 飛行機の中だから迷惑になるから心の中で声を荒らげる。

 

 いや、だけどこれはボクの気持ちをわかって欲しい。

 

 せっかくまたみんなと新しい冒険に行けると思ったらダメだと言われた時の喪失感半端じゃないんだよ!?比喩なんかじゃなく自分の半身が消えた気がしてならない……。そして何よりも不安感が強くてやばい……いつも頼りにしてる皆がいなくなった瞬間がこんなにも寂しくて不安だとは……

 

 大切なものは無くして初めてその大切さを感じるとは聞くけど想像以上だよこれ……。

 

「はぁ……」

 

 もう何度目か数えるのも億劫になるほどの数のため息を吐きながらボクは空の旅を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ✩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぇ〜……すっご……」

 

 空の旅を続けること十数時間。久しぶりに地に足をつけて見た景色にボクは圧倒されていた。

 

 ずっと座り続けて凝った体をほぐそうとぐ〜っと伸びをした時にまず目に入ったのは天を突かんとするほど大きくそびえ立った近代的な塔。

 

 エメラルド色の龍が巻きついているかのようなデザインは見るものの目を引き付けてやまない。

 

 飛行機内での暇な時間でパンフレットを読んでいたのでこの塔の事はなんとなくは分かっているんだけど、どうやらローズタワーという建物らしい。そしてそのローズタワーを囲むかのように観覧車やモノレールといった未来感あふれる建造物が並んでいる。

 

 まるでテーマパークのようなその外観のさらに外回りには大きな川を挟んで、ガラル地方の文化を感じるような住宅街や公園、他にも喫茶店やブディックが並んでおり、東側には大きなスタジアム、西側には大きな時計台、ホテル等々が建っており、シンオウ地方で1番大きいと言われているコトブキシティなんかとは比にならないくらい大きく派手な街並みは、しかしながらも住人の良さの表れか隅々まで綺麗で一種の芸術のようにも見える。

 

 シュートシティ。

 

 このガラル地方で1番の都市であり、計画的に作られた大都市だ。

 

「コトブキシティに初めて行った時にも都会ってすごいって感想が出てきたけど……申し訳ないんだけどコトブキシティが米粒に見えちゃうほど凄い……」

 

 田舎者感が凄くなるから多分こういう時ってキョロキョロしない方がいいんだろうけど……これだけすごい街並みを見せられたらするなって言う方が難しいよね……

 

「こんなの、ジュンが見たら大はしゃぎしそう……あのブディックなんかはヒカリが飛びつきそうだし……あ、あの喫茶店のおすすめコウキの好きなやつだ。……みんなを誘ってきたくなっちゃうなぁ」

 

 見るところが多すぎて次々と目移りしてしまう。……ってこんなことしてる場合じゃなくて!!

 

「気になるところは多いけどまずはやることやらないと!!」

 

 後ろ髪を引かれる思いを感じながらもとりあえずは目的地を優先しよう。観光とか冒険は届け物を渡してからでも遅くは無いはずだ。

 

「えっと、届ける場所……マグノリア博士の研究所は……」

 

 空港で手に入れた地図を開きながら目的地と現在地を見つけておく。

 

「シュートシティが1番北でマグノリア博士の研究所はブラッシータウンってところだから……うーん、ほとんど反対か〜。ガラル地方縦断の旅じゃん」

 

 ガラル地方自体が縦長なせいで余計に遠く見えるその距離に若干うんざりしてしまう。何故もっと真ん中辺りに空港を作らなかったのか……

 

「うーん、ここから直ぐに目的地に行くとなると……そらとぶタクシーって言うのが1番早い……?って値段高い!?」

 

 まぁタクシーで端から端までと考えたら妥当な値段なのかもしれないけど……パンフレットに書いてある値段は旅をしている少年の懐事情にはなかなか厳しいものがあり、しかもふとタクシーの停留所を見てみると長蛇の列。1時間とまでは行かないだろうけどかなりの時間を待たないと乗ることが出来なさそうだ。

 

 タクシーの全体像を見てみると大雑把に言うと大きな籠を1匹の大きな鳥ポケモンが掴んで飛ぶというもの。広さもそんなにないから一度に運べるのも多分2人くらいが限界なところを見ると、なるほど列ができてしまうのも無理はない。タクシーの数自体少なそうだしね。

 

 じゃあ自分で飛べるポケモンに乗ればいいのでは?と思うかもだけどここは他の地方と違って空を飛ぶのに免許がいるそうで……というのも一番の理由はワイルドエリア。

 

 このワイルドエリア、大自然故に魅力もあるけど脅威も多く、さっきまで快晴だったのに数分歩くと豪雪地帯に、さらに数分歩くと砂嵐に……といった感じで天候がデタラメに変わってしまうらしい。そのため上空の気流も滅茶苦茶で他の地方の感覚で空を飛ぶと間違いなく事故が起きる。そのための免許制。

 

 成程と納得する反面ワイルドエリアのヤバさが脳内で積もっていく。

 

「まぁ、例え空飛べるとしても今の手持ちだと飛べる子いないんだけど……いや、出来なくはないんだろうけど負担が……」

 

 とりあえず空路は無し。なら陸路になるんだけど……

 

「シュートシティ駅から地下鉄が出ててこれに乗れば5駅くらいか……これしかないかなぁ」

 

 懐事情と時間を考えても恐らくこれがベスト。線路が複雑という訳でもないから旅行者のボクでも迷うことはないだろう。

 

「……それにしても列車かぁ。初めて乗るかも」

 

 シンオウ地方では少なくとも見かけなかったはず……だしボク自身旅に列車は使ってない。緊張半分、ワクワク半分の気持ちでボクは改札を抜けて地下鉄へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ何処??」

 

 迷うことは無いと言ったな。ごめん、あれは嘘だ。

 

 違うんだこれには訳があってだね……??

 

 列車に乗り心地よい揺れと初めて見る景色に感心しながら揺られること数十分。旅の疲れから少しウトウトしていた時だった。

 

 急にかかるブレーキに少し不機嫌になりながら目を開ける。

 

 何かあったのかなと車内アナウンスに耳を傾けると……どうも線路の途中でカビゴン達が昼寝を始めてしまい通行が出来なくなってしまったんだとか。

 

 倒すのは可哀想だし動かすにしても数が多く、いつ起きるのかも分からないとの事だったので仕方なく途中下車をして歩いてブラッシータウンへ行くことに。幸いにもかなり近くまでは来ているらしく、土地勘のないボクでも歩いて行けるだろうとふんで出発した。その結果が……

 

「何ここ……怖い……」

 

 辺り一面においしげる森と濃霧。

 

 地図を確認して車掌さんにも聞いて見るとブラッシータウンへの1番近い道が森を抜けるルートだったのでいざ行ってみたらこの有様。

 

 視界は悪く足元の草も生い茂っていて見づらい。何よりも怖いのが何故か見える範囲、感じる範囲にポケモンが全然いないことだ。ここまで雰囲気出ているのはもりのようかん以来だろうか……

 

「うぅ、なんか急に襲われそうな雰囲気……やだなぁ……」

 

 腰に提げている現在唯一の相棒にそっと手を添えて何時でも戦える準備をしておく。視覚には頼れないから聴覚を研ぎ澄まして……

 

『………ェェ…』

『………ゥ……』

 

「……?」

 

 かすかに聞こえるなにかの声。

 

(距離はあまり離れていなさそう……?もし人がいるなら助かるかもしれないし行く価値はありそう、かな?)

 

 そもそも右も左も分からないこの状況。縋れるものはなんにだって縋りたい。

 

 足元と周りに注意しながらも少しずつ声のする方向へ足を進める。濃霧ながらもかすかに視界の隅に映る木の陰でどれくらい動いてるかを確認しながら歩いていくと段々と明らかに生き物の陰が見えてきた。

 

「……メェェェ」

「……メソォゥ」

 

「ポケモン……?」

 

 さらに近づくと見えた陰は2匹のポケモン。

 

 1匹はメリープのような見た目のポケモンであと1匹は水色の小さい四足歩行のポケモン。高さだけで見ればイーブイと同じくらいだろうか?どちらもシンオウ地方にはいなかった始めてみるポケモンだ。

 

「どんな子なんだろう?」

 

 気になっていつもの癖でついついポケモン図鑑をかざすけど出てきた文字は該当ポケモン無し。

 

「ああ、しまった……ポケモン図鑑のアップデートしてないからボクの図鑑だとここの地方特有のポケモン調べられない……仕方ないから自分の感覚でしっかり学んでみよっかな……そのためにも……」

 

 もうちょっと近くで観察しようかななんて思いながらまた少しずつ足を進めている。その時……

 

 バサバサバサッ

 

(!?)

 

 なにかが大きく羽ばたきながらこちらに飛んでくる音を聞き取る。

 

 体は無意識に駆け出しており、いきなり走り出したことによって起きる大きな音に目の前の2匹のポケモンが驚くような素振りを見せるけどそれを無視して飛びつき、2匹のポケモンを抱えながらその場を転がって離脱。と同時に先程までボク達がいたところを黒く大きな陰が通り過ぎる。

 

「大丈夫!?」

「メェェ……」

「メソ……」

 

 少し見える擦り傷にきずぐすりを使ってあげようかと考えたけどおそらく間に合わないと判断してオレンのみを2匹に渡してボク自身は直ぐに振り返り襲撃者に備える。

 

「あのポケモンは……あ!」

 

 ここに来てようやくその正体に気づく。

 

(あれは確かそらとぶタクシーの籠を運んでいたポケモンだ……)

 

 こうしてよく見ると黒色で大きなこの鳥はどこか鎧を纏ったように見える。エアームドのようにはがね・ひこうタイプだろうか?

 

(とりあえず応戦を……)

 

『ウルォーーーード!!』

 

「!?」

 

 モンスターボールを投げようとした瞬間響き渡るとてつもなく大きな遠吠え。その大きさと他者を圧倒する謎のプレッシャーを放つそれは瞬く間に広がり、ボクの身体中を這って行く。

 

(な、なにこれっ!?まるであの時のような……ッ!?)

 

 気づけば目の前から黒い鳥は消え、代わりにふたつの陰が現れる。それぞれシアン色とマゼンダ色の四足のポケモンらしき生き物が佇んでいた。

 

(この子達は……まるであの子達と対面したような空気だ。もしかして……っ!?)

 

 頭の中で色々考えている間に1歩、また1歩とこちらに近づく2匹のポケモン。プレッシャーに気圧されそうだけどそれに負けずに何とか踏ん張り、既に萎縮して怯えてしまっている後ろの子達の盾とならんと体を前に出し立ち塞がる。

 

「何者かはわかんないけど、この子達は傷つけさせないよ!!」

 

「「…………」」

 

 自分を奮い立たせるように大声を上げながら対面する。振り絞るボクに対して向こう側はひたすらこちらをじっと見つめている。

 

 そのまま両者動かずにいる。そんなに長い間では無いはずなのに無限の時間に感じる。

 

 そしてしばらくして……

 

「「……」」

 

 さらに深くなっていく霧の中、2匹のポケモンがその濃霧の奥へと帰って行った。

 

「…………はぁぁぁぁ、何もしてないはずなのに無茶苦茶疲れた……なんだったんだろ今のポケモン……いや、そもそもポケモンだったのかな……?」

 

 徐々に霧が晴れていき、消えた先に視線を向けても何もいなく先程の押しつぶすようなプレッシャーも無くなっていた。

 

「とりあえず一難去ってと……っと、大丈夫?」

 

 振り返って先程オレンのみを渡した2匹のポケモンの様子を見る。やっぱりと言うべきかプレッシャーによる緊張感のせいか一口も食べれていない状態だった。

 

「そりゃそうだよね……ちょっとまっててね。今手当してあげるから」

 

 未だに脅えている2匹を撫でて落ち着かせながらきずぐすりを使って癒していく。

 

「もう大丈夫だよ。よしよし、頑張ったね」

 

 テキパキと治療と緊張を解すための触れ合い(ポケリフレ)を行うこと数分。とりあえずほぼ完治させることができ、落ち着きを取り戻した2匹のポケモンを保護に成功。

 

「さて、あとはこの森を抜けるだけなんだけど……ってちょっと!?」

 

 これからどうするかを考えようとした途端にメリープみたいなポケモンがコロコロ転がりながらどこか行こうとするので慌てて追いかける。マシになったとはいえ霧がかかっているのに変わりはないので見失わないようにするのに必死だ。だからと言ってこの子の移動がどこか迷いのない帰巣本能に則ったような動きに見えたので止めるよりかはついて行く方が良さそうな気がする……。

 

(とりあえず、この子に道案内は任せて見よう)

 

 ちなみにもう1匹の水色の子はボクの頭の上に乗っかっている。治療やポケリフレのかいもあってかすっかりと警戒心を解いてくれているのかな。

 

(なんか可愛い……)

 

 ちょっと昔を思い出す光景ではあるね。

 

 ちょっぴりほのぼのしながら進んでいく森の中。少しずつだけど確かに霧が晴れていくのが分かる。

 

(おお、凄い。ホントに森から抜けられそうだ……ん?)

 

 見晴らしが良くなり森の終わりも見えようかと言う時。また新しく2つの陰が見え始める。またポケモンがいるのかな?と思ったら目の前を転がるポケモンが急にスピードを上げて陰に近寄っていく。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!……て、人!?」

 

 倒れている2人の人間。

 

 今度こそ間違いなく人だ。念願の人だけど2人とも気を失っているのかピクリとも動かない。もしかしたらなにか危ない状態なのかもしれない。

 

 慌てて駆け寄って状態を確認してみる。

 

 倒れていたのは男の子1人と女の子1人。

 

 男の子の方は少し褐色めの肌に黒のインナーシャツにボア付きデニムジャケット、トラックパンツを着ており、パッと見の印象はなんかモコモコしている感じ。対して女の子の方はピンクのワンピースにニット生地の緑のベレー帽とグレーのパーカーを着ている子だ。2人とも歳は同じくらいかな?

 

(……うん、ただただ気を失ってるだけ、かな?特におかしな所とか見当たらないし……)

 

 医者じゃないからなんとも言えないけど多分大丈夫……だと思う。

 

(とりあえずこの人たちが起きるまで見守ってあげよっか)

 

 出口を聞きたいのはもちろんのこと、さっきからメリープ似のポケモンが2人に突っかかっているあたり、もしかしたらどちらかの手持ちの子かもしれない。

 

 さすがに地べたに寝かせたままはしのびないので葉っぱを集めて簡易的なベッドを作ってそこに2人を寝かせてあげて……なんてことをして待っていたら遠くから声が聞こえた。

 

『お〜い……ホップ〜、ユウリ〜、どこだ〜!!』

 

 遠くまで響く低い男性の少し焦ったような声。

 

 この2人の保護者か何かかな?と当たりをつけたボクは返した方がいいと判断して声をあげる。

 

「すみませーん!!こっちです!!誰かいるのなら助けてください〜!!」

 

『っ!?今行くぞ!!』

 

 こちらの声が届いたみたいで徐々に足音も聞こえてくる。

 

 やがてみえてくる人影は褐色めの肌に赤いマントを羽織り、その下に黒の上と白の下のユニフォームのようなものに身を包んだ菫色のロングヘアーと金色の瞳が特徴の、どこかここに倒れている男の子の方に似た見た目の人だった。お兄さんか何かかな?

 

「ホップ!ユウリ!……大丈夫そうだな。……君は?」

「えっと、ボクはフリアと言います。この森で迷ってたらこの子たちに出会って……そしたらこの子たちがこの2人のところまで案内してくれて……」

「ウールー……それにメッソンも。そうか、君が保護してくれたんだな。オレの名前はダンデ。ありがとう。2匹と2人を助けてくれて」

 

 ダンデさんが挨拶とお礼を言いながら手を出してくるので答えるように返し握手。とても大きくガッシリとして、けどどこか温かみのあるその手はなんだかお父さんを少し思い出した。

 

 ……今更だけどようやくこの子達の名前がわかった。

 

 コロコロ転がってたのがウールーで頭に乗ってる子がメッソンみたいだ。

 

「いえいえ。ボクも森で迷っていた時にウールーに道案内してもらったので……ありがとね」

 

 ウールーの頭を撫でながらお礼を言う。どことなくウールーも嬉しそうだ。

 

「あ、もしかして2匹ともダンデさんの手持ちだったりしましたか?」

「メッソンはオレの手持ちだがウールーは違うな。この近くの町に住んでいる子だ」

「そうなんですね。じゃあメッソン。頭から降りよっか」

 

 頭上に今だにへばりついているポケモンに声をかける。さすがに持ち主がいる今このまま頭の上に載せておくのはあまり良くないと思い下ろそうとするけどどこか少し抵抗を感じる。どうしたんだろう……?

 

「メッソン……?」

「……ふむ」

 

 一向に動く気配を見せないメッソンに少し疑問を持っているとダンデさんがなにか考えるような素振りを見せたあと懐からモンスターボールを取り出す。

 

「メッソン、戻るんだ。……すまないねフリア君。どうやらこの森での出来事が相当怖かったみたいだ」

 

 モンスターボールから伸びるリターンレーザーを当てメッソンを戻した後もボールを見つめながら喋るダンデさん。そのモンスターボールはかすかに振るえていてた。そんなに怖かったのだろうか……

 

(だとしたらもう少しちゃんとポケリフレしてあげたら良かったなぁ……悪いことしちゃったや……)

 

 ポケモンとの触れ合いには割と自信があっただけにまぁちょっとショックはあるよね……。

 

「……フリア君」

「はい、なんでしょう?」

 

 少し後悔と申し訳なさを感じながらダンデさんの方を向くとどこか何かを決意したような表情をしていた。

 

(……本当になんだろう?)

 

 まるで心当たりないので少し怖いのだけど……

 

「もし君が良ければなんだが、是非とも━━」

「んん……んうっ」

「「!?」」

 

 続きを話すダンデさんの言葉を遮るように響く呻き声。急に聞こえた声に2人して少し驚いてしまい、慌てて声の聞こえた方に視線を向ける。

 

「ん……ぅ、ウールー!!」

 

 呻き声をあげていたのは男の子の方で(多分ダンデさんがホップと呼んだ方……かな?)視線を向けたと同時にウールーの名前を叫びながら上体を勢いよく起こした。

 

 どうやら気絶から目が覚めたらしい。

 

 とりあえず良かったとホッとしながらボクとダンデさんはひとまず話を中断して、ホップ君?の方へと近づいて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ポケモン制限

悩んだ設定その1。
ガラル出身キャラにするよりも他の地方から来ましたの方が書きやすいかなと。
そうなると手持ちをどうするかですがだからといってせっかく書くならガラル地方のポケモンをしっかり書きたかったので。
ちゃんとシンオウ地方での手持ちも決めてあるのでそのうちに……
連れてきた1匹は誰なんでしょうかね。

まどろみの森

アニメでサトシとゴウが列車から降りた時の進行方向見て右手が森。そのままその森がまどろみの森だったので線路の位置的にはギリギリ入れるのではないかなと。
ゲームのマップでは全然近くはないんですけど……。
個人的にワイルドエリアとの兼ね合いもあってボクの頭の中ではゲームマップのブラッシータウンよりのトンネルに入る前に止まったイメージです。

ポケモン図鑑

ゲーム的にはアプデしないと分からないので現在はガラルのポケモンはわからないです。
でもポケモンを捕まえた時のIDは多分図鑑のIDのはずなので図鑑自体は常にネットにつながってそうなものだけど……でももしそうなら勝手にアプデされてそう?うーん。

メッソン

この時点で何人かの手持ちが一部明かされてるようなものですね?










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3話

評価、UA、お気に入り等々感謝です。
やっぱりあるという事実だけで嬉しいものですね。


「ん……ぅ、ウールー!!」

 

 ウールーと叫びながら目を覚ました少年に向かって少し近づくボクとダンデさん。こうして改めて顔を見るとやっぱりどこか似てる。瞳の色とか特に……

 

「起きたかホップ。どこか具合が悪い所とかないか?」

「あ、アニキ……?なんでここに……ってそんなことより大変なんだ!!ウールーが!!それに変なポケモンもいたし……あ、あとユウリは!?」

「落ち着けホップ。ウールーもユウリも無事だ。変なポケモンはよく分からないが……とにかくみんな無事だ」

 

 起き抜けで混乱しているまま喋っているのか話が行ったり来たりして要領を得ないホップ君の言葉を一つ一つ丁寧に返して落ち着かせるダンデさん。こういうところにどこか頼りがいを感じる。

 

 そんなダンデさんの話し方に少しずつ落ち着きを取り戻したホップ君がゆっくりと見回してウールーやユウリさんが無事なのを確認し、ようやく安堵のため息をつく。

 

「良かったぁ……みんな無事で安心だ」

「ん、んんぅ……あ、あれ。私……」

 

 ホップ君が落ち着いたタイミングでユウリさんも目を覚まし、これで晴れてみんなが完全に無事だということがわかった。ユウリさんのためにもう一度現状を説明するダンデさんもその顔には安心の色が伺えた。

 

「しかし、なんで2人とも勝手にまどろみの森に入ったんだ?ここは危ないから勝手に入らないようにと言ったはずなんだが……」

「そ、それは……」

「朝起きてメッソンやウールーが見当たらないってアニキから聞いてユウリと一緒に探してたんだ。そしたら少し大きな破壊音が聞こえて……気になって見に来たらまどろみの森への門が壊されててもしかしたらって思ったらいてもたっても居られなくなって……オレがすぐに行こうってユウリを誘って行ったんだ」

 

 ダンデさんの言葉にユウリさんが少し詰まってしまった所をホップ君が引き継いで説明する。少しユウリさんを庇ってるとも取れる説明からこの2人は仲がいいのが分かる。なんだか昔のジュンとコウキが怒られてた所を思い出すね。

 

「だからその……すまん、アニキ!!」

「ごめんなさいダンデさん!!」

「別に怒ってはいないさ。2人のポケモンを大切に思う気持ちやその勇気は素晴らしいものだ。ただ、少しは周りを頼るんだ。今回は彼がいなかったらもしかしたらもっと危険だったかもしれないからな」

「彼……?」

「そう言えばアニキの隣にいる人、誰だ?」

 

 そんな思い出にしばらく浸っていた時に急にボクに振られる話題。

 

(いや、完全にボク空気だったし全く違うこと考えてたのに急に振られても!?)

 

 しかしここで何も話さない訳にも行かないので慌てて口を開く。

 

「え、えっと……ボクの名前はフリア。とりあえずみんなに大事なくてよかったよ」

「彼がオレより早くウールーにメッソン、それに君たち2人を見つけて保護してくれたんだ」

「そうだったのか!!オレはホップ。フリアありがとうな!!」

「私はユウリって言います。今回はありがとうございました」

 

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げるユウリさんと太陽のような眩しい笑顔で真っ直ぐ礼を言うホップ君。まるで正反対な2人の行動に少しクスリとしていまう。

 

「いえいえ、ボクもウールーのおかげでここまで来れたから。たまたまにすぎないよ」

「それでも、助けてくれたのはフリアだ。ほんとにサンキューな!!」

 

 笑顔で手を出してくるホップ。

 

 少し強気な、しかし優しさも垣間見えるそのコミュニケーションの取り方は『ああ、ジュンに優しさと落ち着きを少し加えたような感じだなぁ』だなんて思ってしまい、それがまたおかしくもう一度笑ってしまう。

 

「ん?なにかおかしかったか?」

「いや、少しせっかちな友人の事を思い出しただけだよ。ではあまり否定するのも失礼なので……どういたしまして」

 

 そう言いながら差し出された手を握り返す。

 

(うん、温かさと言い力強さと言いやっぱりダンデさんに似てるや)

 

「さて、2人とウールー、そしてメッソンの無事がわかった。ならここに長居は無用だ。3人とも、ハロンタウンに戻るぞ」

 

 ダンデさんの言葉に3人で首を縦に振り、改めて森の出口と思われる方向へ足を運ぶ。ようやくこの森を出れることに安堵しながらこの森を抜けた先の町、ハロンタウンのことを思い浮かべる。マップを見た時の記憶を呼び出せば、確かハロンタウンはブラッシータウンより南にある町だったはずだ。

 

(うわぁ、森を迷ってる間に南に行き過ぎたのかぁ……ここまで道に迷ったのは初めてかも)

 

 濃霧と森のコンビは侮れないなんて思っていたら隣を歩いていたユウリさんが声をかけてきた。

 

「あの、フリアさんはなんでここに?」

「あ、それはオレも気になってたぞ!」

「あ〜、それは……」

 

 正直お恥ずかしいところがあるのであまり話したくはないんだけど……まぁ、そうは言っても隠すようなことでもないから素直に事情を話しておく。

 

 シンオウ地方から来たこと。ブラッシータウンに用事があること。線路がカビゴンに止められていたこと。色々話していくうちにボク達の間の空気は大分柔らかいものになっていて、ダンデさんはともかくホップ君とユウリさんとはここからは呼び捨てで砕けた感じで話す仲になっていた。

 

「なるほど、だから朝から列車が止まっていたのか……しかし、なぜまどろみの森を横切ろうと……?」

「ブラッシータウンを目指してたのなら普通に線路を辿れば良かったのでは……?」

「……ホントじゃん」

 

 マップを開いて今いる所を運転手に聞いたら直進で行けるじゃん!って思ったから直進しちゃったけど横着せずに線路沿い歩けばそもそも迷わなかったという……いや、でも言い訳が許されるなら一応森の中を少し線路通ってたの!!これはホント!!間にトンネルもあったしね!?……いや、だとしても線路沿いに歩くのが1番なんだけど。

 

「まぁまぁ、フリアが迷ったおかげでウールーとメッソンは助かったしオレたちも見つけてくれたんだ!!フリア、迷ってくれてありがとうな!!」

「うん、褒められてる気が一切しないんだけど一応褒め言葉として受け取っておこうかな」

 

 若干頬がひきつってるのを感じながら返すボク。

 

(ダンデさんもユウリさんも苦笑いをしている当たり多分天然なんだろうなぁ……)

 

 悪気がある訳では無いのでなんとも怒りづらいところだね。まぁ確かにボクがまどろみの森に入ったからこうなったというのは間違いじゃないし、ボク自身この3人とは仲良くなれそうなので会えてよかったと思ってはいるんだけどね。

 

 ……しかしそうなると今度はこの森に来てすぐに出会ったあのポケモンを思い出す。

 

「……結局あのポケモンはなんだったんだろ?」

「あのポケモン?」

「ああ、えっとね……」

 

 思わず声に出ていたみたいで隣にいたユウリに聞こえてたみたいだ。と言っても特に隠すことでもないのであの時に見たシアン色のポケモンとマゼンタ色のポケモンの話をした。

 

「え、フリア君もあのポケモン見たの……?」

「やっぱりいたよな!!あのなんか凄いポケモン!!」

「ってことはホップとユウリも?」

「あのポケモンとは……?」

 

 どうやらホップとユウリもあの2匹を見ていたらしくボクの言葉に反応を見せてくれる。それに対してダンデさんはその姿を見てないらしく頭にハテナを浮かべていた。

 

「森を少し進んだくらいで不思議なポケモンに出会ったんです。そのポケモンはどこか現実離れしてたというか……」

「霧みたいな感じで攻撃してもすり抜けてたんだ」

「え、あのポケモン実体がなかったの!?」

「うん。私とホップの攻撃、全部すり抜けちゃって何も当たらなかったんだ」

 

 まさかの情報に驚きを隠せないボク。もしそれが本当ならあの時こちらからケンカを売らなくて良かったと安堵する。

 

「そんなポケモンがこの森に住むだなんて聞いたことないな……」

「ただ、なんて言うか……敵意とか怖さは感じなかったんだよなぁ……もしかして良い奴だったのかなぁ?フリアはどう思った?」

「ボクも敵意は感じなかったけど……」

 

 あの時の状況を思い出しても確かにそういうのはなかったけど代わりに来たあのとてつもないプレッシャーはなんとも言い難いものがあった。たとえ敵意はなくともなにか機嫌を損ねたら危ないのは確実だ。

 

 実体がないから幻なのでは?とも思わなくはないけど……にしては纏っていた空気が重すぎてとても空想のものとは思えなかったし……結局あれはなんだったのかは謎のままだ。

 

「もしかしたら、とんでもないポケモンなのかもしれない。お前たちが強くなった時、またここに来て見たらなにか分かるかもしれないな」

「だとしたら楽しみだぞ!!なら次にあいつに出会った時、ちゃんと攻撃を当てられるように鍛えないとな!!ユウリ!!」

「うん、そうだねホップ!!」

「その時はフリアも手伝ってくれよな!!」

「ははは、ボクで良ければ喜んで」

「今からお前たちの成長が楽しみだな!!……ん?そろそろだな」

 

 なんて話し込んでいるうちにようやく森の終わりが見えてきた。

 

 何時間もさまよってたせいか森をぬけた時に顔に刺さる日光がやけに眩しく感じる。そんな日差しに目を少し細め、光に目を慣らして少しずつ景色を視界に入れていく。すると……

 

「うわぁ……」

 

 黄金色の草原をウールー達が楽しそうに走り回る長閑な風景。吹き抜ける心地よい風も相まってとても懐かしさや落ち着きを感じるいい町が出迎えてくれた。

 

「ここがハロンタウン。昔から牧場を営み、ポケモン達と共に暮らす町だ。改めて、ようこそフリア君。そしてありがとう。ガラル地方は君を歓迎しよう」

「ありがとうございます!!……う〜んっ!!空気が美味し〜……とても素敵なところですね!!」

「だろ〜!!オレやアニキ、ユウリが育った自慢の場所なんだ!!」

「うん。あと、私のお兄ちゃんも……みんなこの町が大好きなの」

 

 誇らしげに語る3人の表情はとても輝いて見えた。

 

 本当に地元を愛してるんだなぁと心から感じる。

 

 確かに、こんな場所に住んでいるならボクも自慢しちゃうかもしれない。そう思うほどにとてもゆったりとしたいい雰囲気を感じた。

 

「さて、自慢話も程々に目的を果たそうか。確かフリア君はブラッシータウンに用事があるんだったな」

「はい。ブラッシータウンにいるマグノリア博士にものを届けるように頼まれていまして……」

「それならオレたちもこれからポケモン図鑑貰うために行くつもりだったんだ。これも何かの縁だし一緒に行こうぜ」

「元々今日の予定はウールーとメッソンの件がなかったら朝からブラッシータウンに行く予定だったもんね」

 

 これは嬉しい提案だ。道案内の申し出は素直に嬉しいし一人で行くより何人かで行く方が楽しい。これはシンオウ地方を冒険した時に既に体験したことだ。

 

「いい提案だが……ユウリ、ホップ、まずは2人とも家族に報告だ。ブラッシータウンに行くこともそうだが2人がまどろみの森に行ったんじゃないかと話が出た時かなり心配していたぞ。ちゃんと報告して冒険に出ることも伝えて、しっかり安心させてから来い」

「うぅ、わかったぜアニキ……」

「は、はい。ごめんなさい……」

「うん、それじゃあ2人とも早く行ってこい」

 

 はーいという返事とともに2人がそれぞれの家に帰っていく。少し駆け足になってるあたり早くポケモン図鑑を貰いたくてウズウズしてるようにも感じた。

 

(ポケモン図鑑を貰う前のワクワク感、分かるなぁ)

 

 自分も通ってきた道だから親近感が湧いてくるね。

 

「さて、ではオレたちは一足先にブラッシータウンに向かうか」

「了解で━━」

「おーい!」

 

 そんな2人を見送って行こうとした時にホップが慌てた様子で走って戻ってくる。

 

「何かあったの?」

「すまん、ひとつ言い忘れたことがあるんだ!」

「言い忘れたこと?」

「ああ。先にアニキとフリアでブラッシータウンに行くんだろ?だったらアニキをよく見ててくれ」

 

 ヒソヒソ話をするかのように小さく発せられた言葉の意味がよく分からず思わず首を傾げてしまう。

 

「実はアニキ、超がつくほどの方向音痴で……道案内を任せると高確率で迷うんだ」

「え、でもまどろみの森で出口まで案内……」

「あれはオレも驚いたぞ……」

「えぇ〜……」

 

 あれだけ頼もしく感じたダンデさんの身内からの思いもしない評価で微妙な空気になる。……いや、きっと気の所為とか冗談の類だよ。うん。それにたとえそうだとしてもここから恐らくブラッシータウンがあるであろう場所を見ると微かに建物が見える。そこまで遠く無い証でもあるうえ目印があるなら大丈夫なはずだ。……大丈夫、だよね?

 

「とにかく、アニキから目を離さないでくれよな。……まさかお前まで方向音痴ってことはないよな?」

「そこは安心してよ。これでもひとつの地方を旅した経験あるんだし、友達周りでもマップは見れる方だったから大丈夫だよ」

 

 まどろみの森で迷ったのは濃霧による視界不良と森の中という目印をつけづらい場所という2つの迷いやすい要素があったからと言うだけだ。いや、線路辿ればよかっただけなんだけどさ?マップに関してもジュンというせっかちの代名詞みたいな人がいたせいで慣れたくなかったけど宥めながら道案内することにも慣れている。

 

「それなら安心だ。じゃあアニキを頼む!!オレたちもすぐに向かうからな!!」

 

 そう言って今度こそ帰っていくホップ。それを見送って向かい合うボクとダンデさん。

 

「よし、じゃあ向かうか」

「はい」

 

 お互い頷きあっていざ、1歩目を歩き出す。

 

 ボクは北に、ダンデさんは東に……

 

「ってちょっと待てぃ!」

「ん?」

 

 慌てて腕を引っ捕まえてダンデさんを止める。

 

「何かあったか?」

「ダンデさん?ブラッシータウンのある方角は?」

「北だ」

「今ダンデさんが歩いている方向は?」

「北だが?」

「東です!」

 

 どこから湧いてるのか分からない自信と共に明言をしているけどどう考えても東の方向に歩いてるようにしか見えない。

 

「なんと、東だったか。済まない、じゃあ北はあっちだな」

「そうですね……」

 

 ため息をひとつ落としながらとりあえず仕切り直し。今度はちゃんと北に向かって歩き始めた。きっと1歩目は方角を少し勘違いしただけだ。普通の人だって割といきなり方角を聞かれてすぐに答えられる人は少ないんだもの。きっとそうだ。

 

 そう思い込みながら歩くこと数分後。

 

 ……ダンデさんが直角に西に曲がる。

 

「どこ行くんですかダンデさん?」

「ブラッシータウンだが……」

「本気で言ってます?」

 

 光の速さで肩を掴んだボクに首を傾げながら答えるダンデさん。

 

 なぜ真っ直ぐに北に行けばいいのに曲がる必要があるのか。そこのところがワカラナイ。

 

「あの、ブラッシータウンってここを真っ直ぐ行ったところに微かに見える町ですよね……?」

「ああそうだが?」

「なんで曲がるんですか?」

「オレは曲がった覚えはないが……」

「本気で言ってます?」

 

 ホップ君。これは方向音痴というレベルを超えていると思うんだけど……

 

「とにかく!ここから見える町まで真っ直ぐ歩くだけですよね!?ちゃんと前向いて歩きましょう!!」

「そうだな。そうしよう」

 

 そういいながらダンデさんは再び足を動かし始めた。

 

 

 

 

 ある程度離れたことによって少し小さく見えるようになったハロンタウンに向けて。

 

「ボクが手を繋いで先導するので着いてきてもらっていいですか!?」

「それは助かる。オレは方向音痴でな。では頼んだぞフリア君」

「は、はい……」

 

 なぜ地元の人を初めてその土地に訪れた人が案内しなければならないのか……飛行機の旅疲れ以上に疲れた体を引きずりながらボクは今度こそブラッシータウンへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがブラッシータウン、マグノリア博士の研究所だ」

「ハイ、ソウデスネ」

 

 手を繋ぐという絶対にはぐれない方法をとってもなお何回か曲がろうとするダンデさんを無理やり引っ張りながら歩くこと1時間弱。この人はもしかしたらボクのことを嫌いなのではないかと疑い始めた辺りでようやくこの旅の目的地に到着したボク。とりあえず足を休めたい。

 

 けどナナカマド博士からの用事となれば早めに済ませた方がいいだろうと思い疲れた体に鞭打って呼び鈴を鳴らす。

 

『はーい』

 

 程なくして返事が帰ってきてすぐに目の前の扉が開く。さて、これからマグノリア博士という人に出会う訳だがナナカマド博士と関わりが深いということはもしかしたらここの博士もすごい人なのかもしれない。少し緊張……

 

「どちら様でしょうか?」

 

 きっとナナカマド博士のような少し固い雰囲気を纏った厳格そうな人が来るんだろうなぁと思っていたら出迎えてくれたのはかなり若く綺麗な人だった。

 

 オレンジ色の髪をサイドテールに結わえ、ハートの髪飾りを散らており、服装は緑のニットの上にコートを着ていて、下は水色のジーンズ姿。ダンデさんと年齢が近そうな大人と言うよりはお姉さんみたいな雰囲気の人だ。

 

「って、誰かと思ったらダンデ君じゃない。どうしたの?また無茶ぶりかなにかでもしに来たの?」

「やぁソニア。元気そうで何よりだ。無茶ぶりというか、ここには気になる本が多いからついつい気になることがどんどん出てくるだけだよ」

「それに振り回されるわたしの身にもなってよ……幼なじみの扱い雑過ぎない?」

 

 どうやらソニアさんというらしいこの女性はダンデさんの幼なじみみたいだ。少なくともマグノリア博士ではないということだね。

 

「で、本題に戻すけど今日はどうしたの?」

「ああ。こちらのフリア君がここに届け物があるということで連れてきたんだ」

「はじめまして、フリアと言います。ナナカマド博士からマグノリア博士にこれを届けて欲しいと言われて持ってきたんですけど……」

「あ!あなたが今朝おばあさまが言ってたフリア君って子ね!はじめまして。わたしはソニア。マグノリア博士の助手をしているの。って言っても自称だけどね……とにかく、よろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

「立ち話もなんだし、シンオウ地方から来たんでしょ?疲れてるだろうしひとまず中に入ってちょうだい。ダンデ君も」

「ああ、そうさせて貰うよ」

「失礼します!」

 

 ソニアさんの案内の元、研究所の中に入るボクたち。研究所の中は壁のほとんどがガラス張りになっているおかげか陽の光が差し込み、研究所の中とは思えないほど明るく、観葉植物も元気に育っているように見える。一方でとてつもなく背の高い本棚も並んでおり、天井近くまでびっしり詰まっているそれらはこの研究所の記録の足跡の多さを表しているようにも見えた。

 

「とりあえずそこのソファに座ってゆっくりしてて。わたしはおばあさまに連絡するから」

 

 そう言いながら研究所の奥へと歩いていくソニアさんを見送ってソファに座るボクとダンデさん。

 

「ワンパワンパ!」

「ん?」

 

 ナナカマド博士の研究所と比べると明るく色の多い雰囲気の部屋を見回していると足元に黄色い四足の小さいポケモンがいた。

 

「この子……」

 

 ボクの足にスリスリと体を擦り付けるこの子をそっと抱き抱えて膝の上に向かい合うように乗せる。

 

「ワンパ!!」

「可愛い……もふもふ〜……」

 

 頭をもふもふしたり頬擦りしたりしてスキンシップをしてみるとこの子も気持ちよさそうに鳴いてくれる。それが嬉しくてもっともっととじゃれ合う。

 

 そんな疲れも吹っ飛ぶ幸せな時間を過ごしているとソニアさんが帰ってくる。

 

「おばあさま、ちょっと手が離せないから2番道路の先にある家まで直接持ってきて欲しいって……あら、ワンパチともう仲良くなったの?」

「ワンパチ……この子の名前ワンパチって言うんですか?」

「ええそうよ。私のパートナーなの」

「可愛いですね。ずっと抱きしめてたいかも……」

「ワゥ〜…」

「すっかりフリア君に懐いてしまってるな」

「えへへ〜……」

 

 この子を抱いて眠れば安眠間違いなしだ。このまま微睡むのも……

 

「って、ソニアさんのポケモンですよね!?す、すいませんでした!!」

「いいのいいの。この子も楽しかったみたいだし。ね、ワンパチ?」

「ワンパ!!」

「え、えと……とにかく。この子をお返ししますね。あと、荷物の件了解しました」

 

 とはいうもののあまりボクが抱えるのもどうかと思うのでソニアさんにお返しする。……ちょっと名残惜しいとは思うけど。その代わりと言ってはなんだけどワンパチについて聞いてみよっと。

 

「ワンパチってでんきタイプのポケモンですか?」

「そうだが……フリア君、君もトレーナーなんだろ?どうやら手持ちも1匹いるみたいだしポケモン図鑑を持っているのでは?」

「ああ〜……持ってはいるんですけどボクの図鑑、シンオウ地方のポケモン用なのでガラル地方のポケモンに使うと反応してくれなくて……」

「ならわたしが図鑑のアップデートしてあげましょうか?ホップとユウリの分も準備しなきゃだし、ついでにやってあげるわよ」

「ホントですか!?じゃ、じゃあお願いします!!」

 

 ポケットからポケモン図鑑をソニアさんに渡す。これでようやくガラルのポケモンも知ることが出来る。黄色い子とか青い子って呼ぶのがちょっと申し訳なくてちゃんと名前を呼んであげたかったんだよね……でもこれでちゃんと名前を呼んであげることが出来る!!

 

(どんな子に会えるか楽しみだなぁ)

 

「それじゃあ早速、フリアのポケモン図鑑を━━」

「ケケケケケ!!」

「ちょ、ロトム!?」

 

 ソニアさんがボクのポケモン図鑑をアップデートしようとした時に突如響く笑い声。ボクもよく知るロトムの声だ。

 

 ふと視線をあげると声の主が空中を飛び回ってた。天井に壁にと縦横無尽に駆け回りながら笑い声をあげているロトム。しばらくするとその動きを止めていきなりソニアさんのいる方に急旋回。そのままボクのポケモン図鑑に……

 

「入っちゃった……」

『ケケケケケ!!』

「……どうやらこの図鑑の中が気に入ったみたいね」

「えと……これ、大丈夫なんですか?」

「安心しろ。最近はスマホや図鑑にロトムが入っているのは割とメジャーになりつつある。むしろ君の冒険を手助けしてくれるはずさ」

「わたしもスマホロトム持ってるしね。ほら!」

 

 うーん……2人がそう言ってるのなら大丈夫……かな?確かにソニアさんのスマホが飛び回ってるけど特に害をなそうとしてるわけじゃないし……

 

(いやむしろこれはジュンたちに自慢できるのでは……?)

 

 それならなんだかシンオウに戻った時凄く楽しそうだ。どんなことができるようになるのかはまた調べよう。もしかしたら面白いことが出来るかもしれないし、そう思うとなんだかワクワクしてきた!

 

「じゃあ改めて、図鑑アップデートしてくるわね」

「オレたちはホップとユウリが来るのをここで待ちながらゆっくりするとしようか。シンオウ地方の話や君の仲間のポケモンについてもぜひ聞きたい。荷物を届けるのはその後でも問題ないだろう」

「はい!!ボクもダンデさんからガラル地方のポケモンとかダンデさんのポケモンについてとか聞きたいです!!」

「ちょ、ちょっと!!シンオウ地方の話ってわたしも聞きたいんだけど!?に、20秒だけ待って!!すぐアプデ終わらせるから〜!!!」

 

 叫びながら奥へ走り去っていくソニアさんがなんだか面白くてついつい笑ってしまうボクとダンデさん。

 

 それから本当に20秒きっかりでアプデを終わらせたソニアさんを混ぜて、3人で談笑しながらホップ、ユウリをゆっくり待つボク達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




方向音痴

何故か書いててダンデさんがただのアホの子に……
どうして……
でもエンジンシティの昇降機があっても迷うってこれくらいなのでは……?
ちなみに地元民を案内は私の実体験です。
何故旅行者の私が道案内してたんですかね?

ワンパチ

ここではイヌヌワンとは言わない。(書きたかったけどイヌヌワン表記でワンパチを可愛くかける自信がなかったです)
ただザシアンとかは見ての通りゲームでの鳴き声表記なのでゲーム表記とアニメなどの表記を混ぜていくと思います。
アニメのワンパチ可愛い……

図鑑

晴れてアップデート。
でもどちらかと言うとサンムーンみたいな感じの図鑑ですね。
ロトムはとりあえず突っ込んでおけ()



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4話

投稿周期は安定させたいですね。
今のところ4日毎23時に固定してますが……うむむ


「おじゃましまーす!」

「失礼します!」

 

 ソニアさん、ダンデさんとの談笑に花を咲かせること数十分。研究所の扉が元気よく開かれる。

 

 現れたのはハロンタウンぶりのホップとユウリ。

 

 2人ともここで図鑑を貰えるのが楽しみなのか既にその顔には期待と興奮が見て取れる。その姿を見て、『分かるわ〜』なんて思いながらボクたちのお話を切り上げてホップたちの方へ向かう。

 

 ちなみにボクたちが話していた内容は主にボクのシンオウ地方での冒険のお話がほとんどで最後の方にダンデさんの手持ちの子たちの話を聞いて図鑑で検索して調べてって感じだ。

 

 ……まさかダンデさんがこのガラル地方のチャンピオンだとは思いもしなかったけど。もっと時間があったらジムとか四天王のお話とか出来たのになぁとちょっと思ってたり。

 

「ソニア!ポケモン図鑑!どこにあるんだ?!」

「ソニアさん!!わたしの図鑑は?」

「はいはい、落ち着きなさい2人とも。ちゃんとデータは持ってきてるから。2人ともスマホロトムはちゃんと持ってきてる?」

 

 そんなソニアさんの言葉に頷きポケットからスマホロトムを取り出す2人。スマホロトムをしっかり受け取ったソニアさんは彼女本人も少し大きめの端末を取り出し、コードを伸ばして2つのスマホロトムに繋げる。端末からデータを送信してる感じだろうか?

 

(ほぇ〜……ということはこっちの地方だとスマホがそのまま図鑑になるんだ……)

 

 自分の常識と違うその文化に軽く衝撃を受けながら観察していく。このガラル地方ではボクのように図鑑とスマホが別々というのが珍しいタイプのようだ。地方ひとつ違うとこういう細かいところでも変わってくるのが少し新鮮で面白い。

 

「よし、これでOKと。はい2人とも。スマホロトムにしっかりとインストールできたわよ」

「ありがとうございますソニアさん!」

「これがポケモン図鑑……なんか熱くなってきたぞ!」

「ちゃんと大切に、それと無くさないようにね。それと使い方に関しては説明するよりも自分で使ってみた方が覚えやすいと思うから試して見なさい」

「おう!」

「はい!」

 

 初めて手にするポケモン図鑑。ボクたちの地方と形は違えどその重要性や持つ意味は変わらない。

 

 冒険の始まり。

 

 始まった時のワクワクや興奮がこっちまで伝わってくるほど喜ぶ2人をどこか懐かしさや微笑ましさを感じながら見ていると2人が腰のホルダーから1つずつモンスターボールを取りだした。

 

「出ておいでヒバニー!!」

「出てこいサルノリ!!」

「おぉ〜…」

 

 2人が最初に博士や他の人から貰う初心者用のポケモンであろう子たちを元気よく呼び出す。きっとポケモン図鑑で早速相棒について調べるのだろうそれを、ボクも初めて見るポケモンにアプデが終わったポケモン図鑑を試して見たくてかざしてみる。

 

『ヒバニー。うさぎポケモン。ほのおタイプ。

 走り回って体温を上げると炎エネルギーが体を巡り、本来の力を発揮出来る』

 

 ユウリが出したポケモンを読み込み、次にホップが出したポケモンへ。

 

『サルノリ。こざるポケモン。くさタイプ。

 スティックの連打で攻撃。すごいスピードで叩くうちに、どんどんテンションが上がるのだ』

 

「ヒバニーにサルノリ……どっちもいいポケモンだなぁ。多分うちで言うヒコザルとナエトルのポジションの子だよね?みずタイプの子も気になるなぁ……」

 

 どちらも長期戦になってノリに乗るほど強くなることだったりするのかな?なんて思いながら新しい図鑑の使用感にも感動したりしてボク自信も2人ほどとは言わないけどワクワクしながら色々試してみる。やっぱり新しいことができるようになるってすごく楽しいしワクワクするよね。

 

「ん?みずタイプのポケモンなら既に出会っているだろう?」

「え?」

 

 そう言いながらダンデさんもひとつのモンスターボールを投げると中から1匹のポケモンが飛び出し……

 

「ぐぇっ」

 

 ボクの視界が水色に染まった。

 

「ぅぐぐっ……ぷはぁっ!?……ってメッソン!?」

「メソー!!」

 

 顔面に引っ付いた何かを何とか剥がして正体を見るとまどろみの森で助けたメッソンが元気よく返事を返してくれた。ポケリフレ不足で震えてたと思ったんだけど大丈夫だったのかななんて思っちゃうんだけど……

 

「あはは、メッソンったら、凄くフリア君のこと気に入ってるのね」

「そ、そうなんですか?ボクはてっきり怖い思いをしたのにケア出来なかったから嫌われてる可能性とかも考えてたんですけど……」

「嫌われるどころか、まどろみの森で親身になって助けてくれた君に凄く懐いているんだよ。だからあの時君の頭から離れなかっただろ?」

「あれってそういうことだったんだ……」

 

 ソニアさんとダンデさんに言われて思い出されるまどろみの森での話。

 

 戻るんだと言ったことに対して全く動かなかったメッソン。リターンレーザーを当てられてようやく戻ったもののその後も震えてたモンスターボール。あれは怖がってたのではなく、ボクから離れたくないという抗議の震えだったって見てもいいのかなって。自惚れじゃなければいいんだけど……

 

「メッソン、ありがとね」

「メソメソ!!」

 

 笑顔を浮かべながら頬ずりしてくるメッソンがとても愛らしく、ついつい撫で続けてしまう。その度にメッソンが嬉しそうに顔を緩めちゃうから撫でる手が止まらない……

 

「ははは、やはり君たちはいいペアになりそうだ。フリア君。まどろみの森でも言おうと思ったんだが君にメッソンを任せたい。是非とも受け取って貰えないだろうか?」

「え、いいんですか?ボクみたいなよそ者がいただいても……」

「よそ者だったはずなのに短時間でここまでの絆を深めることのできた君だからこそ貰って欲しいんだ」

 

 ダンデさんに言われて改めてメッソンとしっかり目を合わせる。大きくつぶらな目は可愛らしく、けど今この瞬間はしっかりと意志を持ってボクを見つめていた。

 

「……メッソン。ボクと、一緒に来てくれる?」

「メソ!!」

 

 意を決してしっかりと、目を見つめ心で伝える。そしてそんなボクのお願いに心から喜んで飛びついてくるメッソン。

 

「ありがと。メッソン!!」

 

 しっかりと抱きしめて新たな繋がりを感じる。

 

 ボクがガラル地方で初めて仲間になったポケモンだ。

 

「フリア君、これがメッソンのボールだ。今この時よりメッソンは君のポケモンだ!」

 

 ダンデさんの言葉に首を縦に降りながらポケモン図鑑をメッソンに向ける。

 

『メッソン。みずとかげポケモン。みずタイプ。

 皮膚の色は濡れると変わる。カモフラージュされたかのように姿が見えなくなるのだ』

 

「一緒に頑張ろうね!!」

「メソメソー!!」

 

 お互いの手のひらを合わせ小気味のいい音を響かせる。それはまるで、このガラル地方でのボクの冒険の開始を告げる合図のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、雑談も休憩も程々に……そろそろ行こうかフリア君」

「ですね。あまりマグノリア博士を待たせる訳にも行きませんし」

 

 あれから雑談とついでに少し遅めの昼食をソニアさんが作ってくれたので頂き、食休みも行ったところでさすがに用事を済ませたほうがいいと判断したボクとダンデさんは席を立つ。

 

「ん?アニキとフリアはマグノリア博士の家に行くのか?」

「うん。マグノリア博士に連絡してもらったら直接家に持ってきてくれた方がありがたいって話になってね」

「それなら私たちもついて行ってもいい?ここまで来たら最後まで付き合いたいなって」

「オレも!!助けてくれたお礼もあるし用事の内容も気になるしな!!」

「わたしも。助手として道案内とかしなきゃだしついて行くわよ」

 

 ボクたちに続いて他のみんなも席を立ってしまう。まぁつまり、次の目的地までもまたみんなで行くってことだよね。旅としては楽しいからいいんだけど……こんな大人数でお家に押しかけてもいいのかな……?

 

「大丈夫よ。おばあさまのお家は凄く大きいし、あなたたちみたいな真っ直ぐな子たちとのお話ならきっと楽しみにしてくれていると思うわ。……私との話はそんなに楽しそうにしてくれないけど

「ほぇ?」

「ううん、なんでもないわ」

 

 何かソニアさんが小声で言っていた気がするけど……まぁ何も無いと言うなら何も無いんだろう。とりあえずボクたち全員でお邪魔しても大丈夫ってことかな?ならお言葉に甘えて……

 

「じゃあみんなで行きましょうか」

「「「「おお〜!!」」」」

 

 みんなで元気よく掛け声を上げ、ボクたちは研究所を出て2番道路の方向へと足を進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お日様もそこそこ傾き始めた辺りで研究所を出て2番道路に出たボクたち。1番道路と比べて川や池が見える分少し涼しさや煌びやかさが強く見える。耳を打つ心地の良い水音をBGMに談笑しながら歩いていく。道中でホップがココガラを気に入り、捕まえるためにダンデさんがレクチャーをしたり、ユウリが2番道路にいるトレーナーと戦って経験値を稼いだりとあちこち寄り道しながらゆっくり進んでいく。かくいうボクも……

 

「メッソン、みずでっぽう!!」

「メソーっ!!」

「ああ、サッチムシ!?」

 

 メッソンの放ったみずでっぽうがサッチムシをとらえダウンさせる。

 

「そこまで!勝者、メッソン!!」

「ナイスメッソン!!」

「メソメソっ!!」

 

 審判役のユウリの言葉の後にパチンとハイタッチをして定位置の頭の上に乗るメッソン。ご褒美のオレンのみを渡して愛でながら対戦相手のこの下へ駆けつける。

 

「対戦ありがとうございました」

「こちらこそ。君のメッソン強いね」

「ありがと。君のサッチムシこそ!これ、げんきのかけらとキズぐすり。良かったら使って」

「ありがとう、次戦う時は負けないからな!!」

「こっちこそ!!またやろうね」

 

 握手を交わして別れを告げる。目と目が合えばポケモン勝負。そして戦ったあとはみんな友だち。それがポケモンバトル!

 

「お疲れ様。経験の差なのかな、やっぱり強いねフリアは」

「ありがとユウリ。メッソンが頑張ってくれてるからだよ。ね?」

「メーソー!」

「ほんとに仲良いね。今日出会ったばかりって思えないかも」

「それだったらユウリとヒバニーだってそうじゃん?」

「バニー!」

 

 肩に引っ付いて元気に挨拶してくるヒバニー。傍から見ても仲良く見えるその姿はとても微笑ましく昨日今日出会ったばかりと言われてもにわかには信じられないくらいには親友って感じが伝わってくる。

 

「バトルでも息ぴったりだったし、いつかほんとに大物になりそう」

「そんなこと……でも、うん。なれたらいいなぁ……」

 

 ヒバニーを撫でながらそんなことを呟くユウリ。なにかに焦がれるようなその目はどこか昔のボクたちのようでとても親近感が湧いてくる。

 

「ユウリ!フリア!見てくれ、やっとココガラを捕まえたぞ!!」

「おお、おめでとう!」

「よかったねホップ」

「おう!これでオレの夢への1歩のスタートだな!!」

 

 ホップの周りを元気に飛び回る群青色の小鳥。図鑑によればあのタクシーを運ぶのを担当していたアーマーガアの進化前の姿らしい。まどろみの森で襲ってきたあの凶暴性とか力強さを考えるに間違いなく強い子になりそうだ。今もホップの周りを楽しそうに飛んでいる当たり懐いている様子でもあるしこのコンビも手強くなりそう。

 

「2人はなにか捕まえないのか?」

「う〜ん、私はまだいいかな?」

「ボクもまだいいかな〜」

「そういえばフリアってシンオウ地方回ってたってことは他にも手持ちいるんだよな?どんなのがいるんだ?」

「私も気になるかも」

 

 期待の目で見てくる2人なんだけど……

 

「ごめん、確かにいるんだけどガラル地方の規約でこの地方で確認されてない子は持って来れなくて……いつかみんな紹介するね」

「それなら仕方ないな……」

「残念……でもみんなってわけじゃないんだよね?」

「うん。1匹だけ規約に引っかからなかったから連れてきてるよ。見る?」

「「みたい!!」」

「お、おう……」

 

 あまりの圧と期待のに満ちたキラキラした瞳を向けられて思わずたじろいちゃったけど……この1匹はボクの自慢の子だ。期待されるのは純粋に嬉しいしこの子も気合い入るだろう。早速見せてあげようとホルダーのボールに指を触れて……

 

「おーい3人とも〜そろそろおばあさまのお家に着くから早く〜」

 

「……また次のタイミングね」

「「むぅ……」」

「ごめんって」

 

 腰のボールも不満げに揺れている。

 

(ごめんごめん。ほんと、なんかタイミング悪いね)

 

 勿体ぶるつもりは無いんだけどなんか出すタイミングが絶妙にないよね。まぁ、今度散歩でもなんでもしてあげてストレス発散させよう。

 

 ソニアさんに呼ばれてたどり着いたのはこれまたすごく立派なお家。見ようによっては研究所と同じかそれよりデカく見えるかもしれないレベルだ。バトルコートも併設されてるしいよいよ持って豪邸って感じの家。

 

「ここがおばあさまの家よ。今呼び鈴鳴らすわね」

 

 ピンポーンと景気のいい音を奏で、中にいる人に訪問者を伝える。

 

『はいはい、今出ますね』

 

 中から女性の声が聞こえ扉がゆっくり開く。その中からココガラを成長させたようなポケモンが象られた杖をつき、モノクルを掛けた白衣の女性が現れた。

 

(この人がマグノリア博士……)

 

「あなたがフリア君ですね。お話はナナカマド博士から聞き及んでいます」

「初めまして、フリアです。えっと、ナナカマド博士に頼まれて荷物を届けに来ました」

 

 背負っているリュックから荷物を取り出しそっと渡す。われものかもしれないけど扱いは丁寧にしていたから壊れてはいない……はず……。

 

「……はい、確かに受け取りました。わざわざ遠い地からご苦労様です。疲れたでしょう?」

「いえ、その分いい人たちに案内とかしてもらいましたから」

 

 実際その通りで、確かに旅疲れはあるんだけどホップやユウリ、ダンデさんにソニアさんのお話が面白くて話を聞いたり遊んだり、新天地のポケモンとの出会いが楽しすぎてすっかり疲れは吹き飛んでいる。それほどまでここでの経験は既に濃密で、来てよかったと思えてる。

 

「おばあさま、それは一体……?」

「これはナナカマド博士に頼んでいたとあるものです。ガラル粒子の研究の手伝いになるのではと思いましてね。ホウエンのトクサネからの物の研究がひと段落着いたので次はトバリの方をということでナナカマド博士経由で持ってきてもらったのです。これでダイマックス現象についてさらなる進展があれば良いのですが……」

「ダイマックス現象?」

「ああ、フリア君は知らないのですね。シンオウ地方から来たので無理もありませんが」

 

 聞きなれない言葉に首を傾げるボクだけどボク以外は知っている当たりガラル特有のそれということだろう。

 

「ダイマックス現象というのはポケモンが超巨大化する現象のことで今のところこのガラルでしか発見されていない現象です。そしてその現象を起こすのにはガラル粒子が必要なうえ場所も限られているのですが……これが隕石や流れ星と関わりが深いものなのですよ」

「なるほど、だからトクサネシティとトバリシティだったんですね」

「そういうことです」

「「「「?」」」」

 

 ボクの言葉に今度はボク以外の人がハテナを浮かべる。

 

「ボクは小さい頃ホウエン地方に家族旅行で行ったことがあるんですけどトクサネシティって宇宙センターがあってですね。隕石とかについて調べてるところなんですよ。そしてシンオウ地方のトバリシティは石に囲まれている街で周りに隕石が落ちた後とか凄いんです。そしてガラル粒子って言うのが隕石とか流れ星に関わりがあるのならそこに研究の目を向けるのは自然かなって」

「「「「成程〜……」」」」

 

 しかしガラル粒子にダイマックス……ポケモンの巨大化ってどんな感じなんだろ……?

 

「ダイマックスに関しては実際に見た方が早いでしょう」

 

 そう言ってマグノリア博士が見せてくれたのはひとつのビデオ。どこかのスタジアムのようなところでダンデさんともう1人が戦っていた。ダンデさんと対戦相手の人がそれぞれポケモンを出していたがいきなりお互いがボールにポケモンを戻す。その瞬間バンドが赤く光だし、バンドから出た光がモンスターボールへと吸収されいきなりモンスターボールが肥大化する。

 

 肥大化されたモンスターボールを天高く放り投げる2人。そのモンスターボールが空で口を開けた瞬間、現れるのは頭上に赤黒い雲を浮かべた超巨大なポケモン。片方は翼が炎となって燃え盛るリザードン。片方は天を突かんばかりの巨大なビルのようなポケモン。

 

 そんな巨大化された、まるで怪獣大戦争のようなド迫力の戦いが繰り広げられていく。

 

「すっご……これがダイマックス……」

「このガラル地方ではジム戦や大会にダイマックスを取り入れることによって他の地方とは違った盛り上がりを見せる試合を行っているんだ」

「見た目が派手ってこともあって他の地方からも注目されることも多いのよ?」

「知らなかったや……」

 

 ダンデさんとソニアさんがする説明に耳を傾けながら画面に注目する。

 大技と大技のぶつかり合いは確かに見ているだけでもその熱気が伝わってきて、ボク自身の心にもなにか熱いものが込み上げてくるようだった。

 

「これって誰でも出来たりするんですか?」

「ダイマックスバンドを持っていれば、特定の場所に行けば誰でもできるぞ。バンド自体はジムスタジアムやローズタワー等に行けば貰ったり買えたりできるしな。中には運命に選ばれたりでもしたのか空から降ってくるねがいぼしを直接手に入れた人もいるらしいがな」

「ねがいぼし……?」

「このガラル地方にたまに落ちてくる赤色の流れ星のことよ。本当にごく稀にだけど」

「ほぇ〜……それってあれのことです?」

「「え?」」

 

 ねがいぼしが空から降ると聞いて何となく空に視線を上げてみるといつの間にやら茜色に染っていた空に一筋の赤色の線が走っていた。その線は一直線にボクたちの方へ……

 

「あぶなぁ!?」

 

 というかボク目掛けて飛んできた。

 

 慌てて飛び退いたから当たらなかったけど……いや、なかなかなスピードだし大きさも拳ほどだったし……現に今ボクがいたところに程よい大きさのクレーターが出来てる。

 

(当たったらと思ったらヒヤヒヤものなんですが……)

 

「凄いぞ!これねがいぼしだ!!しかも3つもある!!オレたち3人で分けようぜ!!」

「えっと……フリア、大丈夫?」

「うん、大丈夫……ホップ、逞し過ぎない?」

「あはは……」

 

 この様子だとこの地方では稀と言いながらよくあるのかもしれない。俗に言う『稀によくある』とかいうあれね。まぁ、ボク自身に怪我はないし結果みんな無事だから良しとしよう。ねがいぼしが直接手に入るのって凄くレアっぽいし喜んでいるところに水をさすのは良くないしね。

 

「3つあるのなら私が全員分のダイマックスバンドを作っておきますよ」

「本当か!?」

「良いんですか?」

「作る労力はそんなにないですから大丈夫ですよ」

「では、お言葉に甘えて!!」

 

 ボクとホップの質問に笑顔で了承するマグノリア博士。ユウリも嬉しそうに言っている当たりやっぱりいい体験だったのかな?

 

「アニキから推薦状も貰ったし、ダイマックスバンドもこれで手に入る。これでオレとユウリのジムチャレンジの準備も完璧だな!!」

「おうふ……また知らない単語……」

 

 マグノリア博士の家だけでボクの頭の中の辞書にどんどん単語が追加されていく……まだ覚えやすいことばかりだから何とかなってるけど難しい単語来たらパンクしそう。

 

「ジムチャレンジっていうのはガラル地方で行われる大会みたいな催し物なんだが……そうだな、君たちの地方で言うリーグと言えばわかりやすいかな?」

「えっと、ボクの地方ではジムバッジを8つ集められた人が参加できるリーグがあって、募集期間内にエントリーをします。そのリーグの上位数名に四天王及びチャンピオンへの挑戦権が与えられて、全員に勝つと新しいチャンピオンを襲名って感じなんですけど……どんな違いがあるんですか?」

「こちらではジムバッジを集めるのにそもそも期間が設けられてる。そしてその期間中に8つのバッジを集めたもの同士によるトーナメントを行い、優勝者がジムリーダーとチャンピオンのみが参加するトーナメントに出場し、チャンピオンの座を狙うんだ。四天王はこちらの地方には存在しない」

「ジムリーダーもチャンピオンの襲名に関わるんですね……なんか、他の地方よりストイックというか、ジムリーダーまで競争相手って言うのが凄いですね」

 

 ジムリーダーと言えばどちらかと言うと関門として試す立場ってイメージだからジムリーダーがチャンピオンを目指すって想像が出来ない。

 

「他にもジムリーダーの中にも上位8位をメジャー、それ以下をマイナーと格付けしたり、ジムチャレンジには推薦状がないと参加出来なかったりと他の地方にない要素は沢山あるな」

「成程……え、ってことはジム巡り自体が推薦状ないと出来ないんですか!?」

「そうなるな」

「そんなぁ……」

 

 ガラルでの用事が終わったらジム巡りをしようとしてたのにそもそも推薦状を貰えないと回れないとなるとボクはジムに挑戦すら出来ないことに……

 

「届け物が終わったらジム巡りしようと思ったのに……ユウリとホップはもう貰ってるの?」

「うん。私たちはダンデさんからもう貰ってるんだ」

「アニキ、フリアの分は用意できないのか?」

「うーむ、残念だが1人から出せる推薦状の数に限りがあるし例えなくても推薦状の発行申請しなきゃだからな……ジムチャレンジの開会式は明後日だ。今から申請は間に合わない。フリア君が有名な人と知り合いで推薦状をすぐ書いて貰えるなら話は別なんだが……」

 

 項垂れてるボクにそう告げるダンデさんだが、声色的にも今回は諦めた方がいいという雰囲気を感じる。ボクが知り合ってる有名な人なんてそれこそシロナさんくらいしか……

 

「そういえば……」

 

 ここに来る前にシロナさんに封筒をひとつ貰った記憶が蘇る。リュックの中を漁ってみるとあの時貰った封筒がひとつ。もしかしたらと思いながら開けて中身を見てみる。

 

「……ダンデさん、推薦状って他の地方の人も出せたりするんですか?」

「ん?ああ、他の地方の四天王やチャンピオン、ジムリーダーにフロンティアの人が書くことはあるし出せることにもなっているぞ。あまり出す人は多くはないがな」

「では……これは使えますか?」

「なになに……これは!?……成程、これなら文句はないな。ジムチャレンジに参加できそうだ」

「やった!」

 

 ダンデさんからの許可に思わずガッツポーズ。あの時のシロナさんの言葉はこういうことだったんだなと今になって確信になった。シロナさんはこうなることを予測していたからこうして推薦状を渡してくれたんだろう。

 

「まさかシンオウチャンピオンから推薦状を貰っているとは思わなかったぞ。彼女が書くに値すると判断したということは君も素晴らしいトレーナーなのだろう。君のジムチャレンジも楽しみだ!!」

「シンオウチャンピオンから!?とにかく、良かったなフリア!!これで3人でチャンピオン目指せるぞ!!」

「私たちもチャンピオンからの推薦状だけどフリアもチャンピオンからの推薦状なんだ……もしかして、フリアって実はすごい人?」

「そ、そんなことないよ?」

 

 ダンデさんからの期待とホップの喜びとユウリの少しの疑惑の視線となんか色々な感情を急にぶつけられてちょっとたじたじになってしまう。期待とか喜びとかは単純に嬉しい。けど……

 

(うん。ボクはすごい人なんかじゃないよ)

 

 すごい人なら、きっとコウキのそばに立っていたはずだもの。だからこそ、このジム巡りで今度こそそのそばに立つために成長するんだ。

 

 心の中でグッと拳を握り決意を新たに。

 

「では今日は皆さん家に泊まりなさい。ジムチャレンジに向けてしっかり休憩を取りましょう」

「じゃあ私が晩ご飯も作ってあげるわ。皆はそれまでゆっくりしてて」

 

 その言葉と共にソニアさんとマグノリア博士が家に入っていく。その言葉に口々に感謝の言葉を言いながらボクたちもついて行ってお世話になることに。

 

 さて、ジムチャレンジ。推薦者しか出れないということは参加するだけで強いという意味だ。恐らくシンオウ地方よりも厳しい戦いが多いことだろう。その試練にいつものみんながいない。

 

(少し怖いけど、頑張ろう!)

 

 マグノリア博士の家でソニアさんの作ったカレーを食べながらこの先の戦いに思いを馳せた。その時口にしたカレーはほんの少しだけ、舌をピリピリと刺激した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




メッソン

メッソン可愛いですねメッソン。
というよりユウリにヒバニー、ホップにサルノリが解釈一致なのと「GOTCHA!」とのシンクロのせいか主人公を合わせると御三家の組み合わせが私の中でこうしかなかったという……
ボンズさんの素晴らしい動画に頭が上がらないし「アカシア」も神曲でした。

ねがいぼし

あれ絶対危ないですよね?
普通に考えて隕石なのでは……?クレーターできるのでは……?
そんなことないのかなぁ?

ダイマックス等

どうしても主人公が別地方からなので説明多くなっちゃって文字数増えて申し訳ない……。
ただないと多分不自然。
なら元からこの地方出身にすれば?と思うんですけど元々この作品自体実は「もしアニポケがガラル地方を旅するお話だったなら」の流れでかきたかったのでサトシっぽく他地方出身に。
シンオウの理由は隕石関連の話で紐付け安いかなと思ったのと他にもetc…

招待状

シロナさんに出してもらいました。
他地方の人が出せるのかわからないですけどカブさんはホウエン出身だしジムリーダー、チャンピオン、ローズさんくらいしか作中出せそうな人居ないとなるとさすがに参加者少なすぎないかなと思っての設定。
アニメでもダンデさんの知名度は他地方でも話題になっていたので大丈夫かなと。
しかしこうしてみると設定を見れば歴代最難関リーグですよね。


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5話

モンハン、原神、執筆とやることが多くて時間が本当に足りないですね。
ちなみに1番時間が足りないと思った瞬間はレジロックからレジギガスまで全部色違いを粘った時ですね。
レジアイスが1便苦戦したうえあの子色違いでも見た目ほぼ変わらないので何回も頭をひねりました。
今はラティアスの色違いがでなくて泣いています。
ミラータイプが嫌いになりそう()

ご感想も頂きました。
やっぱり送って貰えると凄く嬉しいですね。
感謝です。


「ぅん……ふぁ……」

 

 普段自分が寝ているものよりも柔らかくてふかふかしたベッドに意識が持って行かれていつもより体を起こすのがだるい。いつもならぱっちりと目が覚める時間なのにやっぱり予想以上に旅疲れというのは大きかったというのも要因のひとつかもしれない。

 

(飛行機の中では仮眠とか取ってたんだけどなぁ……)

 

 むしろ久々の旅行で時差ボケしなかっただけ褒めて欲しいくらいではあるけどそれでもねぼすけになっていい理由にはならない。んだけど……

 

(あと30分だけ……)

 

 布団の中に顔を埋めながらまだゴロゴロ〜。

 

『フリア君〜。そろそろ起きないとみんな待ってるわよ〜』

 

 階下から響くソニアさんの声に少し意識が現実に引っ張られるけどすぐに夢の中へ戻される。そのままふわふわした幸せな時間にまた溺れようとして……

 

「お・き・な・さーい!!」

 

 布団を思い切り引き剥がされる。温もりが消えたことで比較的寒冷地であるガラル地方の少し肌を刺激する風が入り込んで身震い。流石にこのまま寝ることも出来ないので無理矢理体を起こす。

 

「おはよぅ……ございましゅ……」

「こう見ると本当に可愛いわね……じゃなくって……フリア君って、実は物凄く朝弱い?」

「それもあるんですけど……昨日の移動がやっぱり……疲れ大きく……て……ふあぁ……」

「昨日濃密だったから忘れてたけどそういえばフリア君がガラルに来たの昨日だったわね……無理やり起こしておいてあれなんだけどもしまだ辛いならもう少し休む?」

「いえ……頑張って起きます……」

 

 確かにまだ眠気は襲ってくるけど昨日割と早めの時間から睡眠をしたことによって疲れ自体はかなり抜けていて回復している。単純に時差ボケが少し残っているだけだと思う。それに昨日の睡眠前の話だとホントはホップもユウリも昨日の時点で図鑑を貰ったらすぐにジムチャレンジのエントリーに向かうはずだったのをボクの用事に付き合わせてしまったせいで1日遅れでの行動となってしまっている。

 

 開会式が明日ということもあるから出来れば埋め合わせとか謝罪の意を込めて今日は早めに行っておきたい。「ボクを置いて先に行ってもいいよ?」とも伝えたんだけどホップもユウリもせっかくここまで一緒に行動したし、仲良くなったんだから一緒に行きたいとの事で待ってくれるという。2人とも優しすぎてほんとに頭が上がらない。ちなみにダンデさんは明日のジムチャレンジの開会式の準備のために一足先に式が行われるエンジンシティに向かったみたいでもうこの家にはいない。

 

「じゃあ先に降りておくわね。そんなに急がなくても大丈夫よ。ゆっくりね」

 

 パタンと閉じられるドアを見送りながらボクは寝ぼけ眼を擦り顔を洗った後に自分の着替えが置いてある方へ歩いていく。群青色のズボンに白のシャツと少し濃いめのグレーのスウェットパーカー。そこに赤い帽子と水色のマフラーを巻いていつものボクの完成だ。まぁ、帽子とマフラーはまだ室内なので手に持った状態だけどね。

 

「うぇ、やっぱりまだねむねむ……」

 

 気合い入るかなと思ったけどまだちょっと眠いっぽい。それでもさすがにもう待たせたくないので1階に降りていく。階下から匂う朝食の美味しそうな香りに誘われてリビングへ。他のみんなは既に食べ始めているのでボクも横に座り手を合わせて食べ出す。朝食もソニアさんお手製らしくトーストにオニオンスープ、スクランブルエッグと美味しく、けど重くない。朝に弱いボクにとってとても優しいものだった。

 

「おっすフリア、おはよう」

「おはようフリア。……凄く眠そうだね」

「おはようホップ、ユウリ〜……眠い〜……」

 

 ふぁぁとまた欠伸をしながら朝食を食べていく。マグノリア博士やソニアさんも見てくるけど眠いものは仕方ないので許して欲しい。ちゃんと口元は隠してるしね?

 

「ここからシンオウは距離がありますからね。時差もありますし疲れが多かったのでしょう」

「よくよく考えたら単身でよく来たわよね。そりゃ疲れるわよ」

「それもそうなんですけど……ここまで時差ボケが凄いとは思わなかったです……」

 

 もしかしたら違うのかもだけどここまで引きずるのはそうじゃないと説明出来ないというか……まぁ、兎にも角にも……

 

「なにか目が覚めることがあればなぁ……」

「目が覚める方法……じゃあさ、フリア!!」

「ん?なぁに?」

「これなら1発で目が覚めるぞ!!」

 

 ホップの満面の笑顔を前に首を傾げながらとりあえず先を促してみる。ホップが思いついた内容は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「両者使えるのは1匹のみの戦いね。2人とも準備はいい?」

「なんだかんだでまだ戦ってなかったからな!!フリアとのポケモンバトル、楽しみだぜ!!」

「確かにこれなら1発だね……ボクもホップと戦ってみたかったし、熱くなってきた!!」

 

 場所はマグノリア博士の家の庭にあるバトルコート。その両端に立つのはボクとホップ。

 

 目を覚ますための荒療治、ポケモンバトルを行うために踏み入れるボクたちは既に目標を達成しており、ボクの目はいつになく冴え渡っている。しかしじゃあこれで終わり、なんてことはなくむしろこれからが本番だと趣旨が入れ替わってしまっていた。

 

 ガラル地方にて既に数戦ほど対戦は行っていたが先程も言った通りボクたちの間でバトルは1回もしたことは無い。2番道路の途中で他の人が戦っているところを観察こそすれ、戦う機会がなかなか巡って来なかったからだ。そして観察した感想。

 

(間違いなく2人とも強い)

 

 まだまだポケモンを貰ったばかりで未熟というのはもちろんある。けど既に技の選択とか視界の広さとか状況判断とか、その辺のセンスの良さは垣間見えるところがあった。

 

 いずれ大物になりそう。

 

 ユウリに言ったボクの言葉に嘘偽りはない。この2人からはコウキみたいな何かを感じる。だからこそ、戦ってみたかった。もちろん、今度ユウリとも対戦をしよう。

 

「よし、じゃあ……」

「行くぞ!!」

 

 兎にも角にも、まずは目の前の試合に集中しますか!!

 

 

 

 

 ポケモントレーナーの ホップが

 勝負を しかけてきた!

 

 

 

 

「いけ、サルノリ!!」

「行くよ、メッソン!!」

「グルゥキィ!!」

「メソーッ!!」

 

 元気よく飛び出すのはサルノリとメッソン。タイプ相性的にはボクの方が不利だけどそこはボクの経験と腕の見せどころだ。頑張るしかない。

 

「まずはお手並み拝見と行くぜ!!サルノリ、『ひっかく』!!」

 

 真っ直ぐ走ってくるサルノリ。両手の爪を光らせながら突っ込んでくる姿に少し震えるメッソン。

 

「大丈夫。よく相手を見て引き付けて」

「メソ!」

 

 ボクの言葉で落ち着いたメッソンの体から震えが消える。ボクの指示を信じてどっしり構えるメッソンに距離を詰めたサルノリが爪をふりがぶる。

 

「今!1歩下がって」

「メソ!」

「何!?」

 

 爪がふるわれる瞬間に指示通り1歩下がるメッソン。先程までメッソンの頭があった場所を爪が通り過ぎ、サルノリの体が隙だらけになる。

 

「『はたく』!!」

「メソッ!」

「ルゥキッ!?」

 

 前足を起点に横に一回転し尻尾でサルノリの頬をはたいて飛ばす。初期位置まで飛ばされたサルノリは何とか受身を取るもののその顔はどこか驚愕に染まって見えた。ひとまず、ファーストヒットはこちらのものだ。

 

「凄いぞフリア。相手との距離をしっかり把握してるんだな」

「メッソンのすばやさあればこそ、だよ」

 

 ボクの言葉に得意げに頷くメッソンに対し悔しそうにするサルノリ。だけど勝負はまだまだこれから。

 

「サルノリ、もう一度『ひっかく』!今度は大ぶりじゃなくて小さく素早く、連続で繰り出すんだ!!」

 

 先程の反撃から学び次の手でしかけてくる。学習能力と対応力も2番道路のトレーナーたちより全然上だ。

 

 再び飛びかかるサルノリに同じように下がりながら避けるメッソンだが先と違って『はたく』で反撃する隙がない。さすがにこのままだと被弾するので大きく後ろに飛んで距離を取る。その着地こそ好機と詰め寄ってくるサルノリ。

 

「『みずてっぽう』!」

 

 サルノリの顔に向かって水を噴射。前かがみになっているサルノリに直撃したそれはサルノリの全身を食い止める。しかし相手はくさタイプ。こうかはいまひとつでその壁を無理やり突き破って走ってくる。そして今度こそサルノリの爪がメッソンを捉えた。

 

「よし、何とか1発」

「突き破って来るか……凄いパワープレイ」

 

 今一つとはいえ押し切られるとは思わなかった。

 

(仮にもタイプ一致なんだけどなぁ……まぁそれならそれで別プランをだね)

 

「『みずてっぽう』を地面に撒き散らして!」

 

 地面に向かってまばらに水を撒き、水たまりを要所要所に作っていく。

 

「何企んでるんだ……?けど、オレたちのやることは変わらない!サルノリ、さっきみたいに『ひっかく』!」

「右に飛んで!」

 

 三度走ってくるサルノリに対して飛んで避けるメッソン。飛んだ先を追いかけるべくさらに踏み込むサルノリ。その攻撃をまた右へ、今度は左へ、今度は飛び越えてと数回飛び回って避けていくうちに飛んでくるサルノリとメッソンの間に水たまりがある位置に着地する。やるなら今!

 

「メッソン、目の前の水たまりに『みずてっぽう』!」

「なっ!?」

 

 水たまりに勢いよく水をぶつけて水しぶきのカーテンを広げる。サルノリもホップも視界が水しぶきで見えなくなる。

 

「『なきごえ』!」

「メソーッ!!」

「キィッ!?」

「大丈夫だサルノリ。ただの威嚇!!そして今ので位置がわかった。右に『ひっかく』!」

 

 相手のこうげきを下げる効果のあるなきごえ。そのなきごえの効果で先程よりも迫力が弱くなったひっかくが()()()()()()()()。なきごえのなった方向にはメッソンは既におらず、気づけばサルノリの背後に回りこんでいる。

 

「『はたく』!」

 

 バチンと破裂音が響き霧の中からサルノリが弾き飛ばされる。風が吹き霧が晴れた頃には倒れているサルノリと手のひらを振り切ったメッソンがいた。

 

「『なきごえ』で位置偽装とサルノリの攻撃を下げてそのうえで攻撃をふらせてその隙を殴る……この一瞬でそこまでやるなんて凄いぞ……」

「まだまだこんなものじゃないよ!ホップとサルノリだってまだやれるでしょ?」

「当然!」

 

 元気に立ち上がり頭に刺さっている木の棒を抜き地面を叩き、自らを鼓舞するサルノリ。まだはたくを2回当てただけ。もっとしっかり攻撃を当てないと多分倒れない。

 

「今度はこっちだ!『ひっかく』!」

 

 水たまりを間に挟まないように飛び回りながら肉薄してくるサルノリ。

 

(もうあの作戦は通じないと仮定してやっぱりここはメッソンの強みである高い機動力からの差し返しでダメージを取るしかない)

 

 まずはやっぱり後ろに飛んでまた攻撃のチャンスを探ろう。……とした時。

 

「後ろに飛ぶタイミングをやっと覚えたぞ。サルノリ、今だもっと踏み込め!!」

「!?」

 

 ひっかくに合わせて後ろに飛んだメッソンを見てひっかくを止めてさらに踏み込む。空中にいるから避けれない!

 

「今しかない!!『えだつき』!!」

 

 サルノリの持っている木の棒が緑にひかり少し長さが伸びる。間違いなくくさタイプの攻撃。迎撃も回避も出来ないならせめてダメージを減らすしかない!

 

 メッソンになきごえを指示しさらにサルノリの火力を落とすもののえだつき自体は直撃し飛ばされる。何とか空中で姿勢をただし着地するがメッソンの表情は歪んで見える。なきごえがなかったらもしかしたら戦闘不能までいっていたかもしれない。機動力はあるものの耐久力に難があるのはメッソンの弱点だ。ここはもう少しなきごえで火力を落としたいけど……

 

「『なきごえ』を有効活用する人なんて初めて見たぞ……けどもうさせない!サルノリ、『ちょうはつ』!」

 

(ちょうはつも覚えるのかっ)

 

 そうは問屋が下ろさない。メッソンがちょうはつに乗ってしまい変化技はもう打てない。これでもうえだつきは喰らえない。

 

「もう1発当てるぞ!!サルノリ、『えだつき』!!」

 

 今度はひっかくで誘導などなしに直接狙ってくる。効果抜群をもろに受けたメッソンはまだダメージのせいか動き回るのにもう一呼吸必要だ。避けるのは厳しい。なら……

 

「突っ込め、メッソン!!」

「えっ!?」

 

 メッソンもサルノリに向かってかけ出す。今まで避けることを中心に立ち回っていたため急な行動の変化に驚くホップ。避けられないなら迎え撃つのみ!2匹の距離がゼロになりえだつきが放たれる瞬間。

 

「えだを持ってる腕を下から『はたく』!」

 

 サルノリの突き出された腕を下からかち上げ軌道を上にずらして攻撃を逸らす。ここで畳み掛けて仕留める。じゃないと多分倒すチャンスはもう来ない。ここまで至近距離ならこの技が猛威を振るうはずだ!!

 

「メッソン、『しめつける』!!」

「まずい!?逃げろサルノリ!!」

 

 ホップの指示で慌てて逃げようとするがえだつきを放ったあとの後隙で体勢が悪く避けれない。そこをついてメッソンの尻尾がサルノリを捉えてしめつける。一撃の大きさこそ無いものの相手の自由を奪いじわじわとダメージを与え続ける。

 

「くっ、サルノリ、えだつ━━」

「両手でサルノリの腕も掴んで!!」

 

 唯一尻尾に締め付けられてない突き出した右腕をも両手でしっかりと掴みいよいよ動けなくする。そのまま数秒、サルノリも諦めずに身をよじるがこちらも負けじと相手をつかみ続ける。ただやはりパワーはサルノリの方が上なので少しずつ解かれていく。それでも蓄積されたダメージは大きく……

 

「もう少しだ!頑張れサルノリ!!」

「メッソン、準備!!」

 

 さらに数秒経ってようやくメッソンのしめつけるが解かれる。その瞬間を狙って……

 

「今!!『みずてっぽう』!!」

 

 しめつけるから逃げた時にたまらず飛び退いた瞬間を狙ってみずてっぽうで狙撃。最初に当てた時とは違い空中で踏ん張ることも出来ずに直撃を受けたサルノリはそのままホップの後ろの木の幹にまで吹き飛ばされる。

 

「サルノリ!?」

 

 みんなの目がサルノリに向けられるなか、木の幹にぶつかり、ずるずると地面に落ちていくサルノリの目はぐるぐるしていた。

 

「そこまで。サルノリ戦闘不能。勝者、メッソン!」

「よしっ!!……っはぁ、お疲れ様メッソン」

「メ、メショ〜……」

「くっそぅ……でも、いいバトルだったぞ!お疲れサルノリ」

「キィゥ〜……」

 

 お互いのパートナーを労いながらリターンレーザーを当てる。

 

 タイプ相性が悪い中、諦めずボクを信じて戦ってくれたメッソンに感謝だ。ボールに戻ったメッソンを労うように撫でながら腰のホルダーにつける。

 

「ありがと、メッソン」

「フリア〜!!いい勝負だった!!やっぱり経験の差というか判断の速さというか……強いなフリア!!タイプ的に有利だったのに負けるとは思わなかったぞ」

「初見殺しが多かっただけだよ。多分このまま何回か連戦したら逆転されそう〜……」

 

 なきごえをあんな感じで使う人なんてそう居ないだろう。水しぶきの目隠しだって慣れられたら通用しないし……一応手札は残してるけどまだ明かしたくないしね。

 

「ホップ、フリア、2人ともお疲れ様!!凄いバトルだったよ!!」

「ええ、私も久しぶりにこんな熱いバトル見たかも」

「見ていてとても気持ちのいいバトルでしたよ。お二人ともお疲れ様でした」

 

 ホップと互いの健闘を称えながら握手しているとユウリ、ソニアさん、マグノリア博士も褒めてくれた。そういえば今回はこの3人に見られていたんだっけ?バトル中はそんなに意識してなかったけど意識するとなんか恥ずかしいね。

 

「いいなぁホップ。私も戦いたい……」

「ボクもユウリとはいつか戦いたいと思ってるよ。だから今度、ね?」

「絶対だよ!!」

「う、うん」

 

 そんなにボクと戦いたかったのか〜……もしかしてホップも今日誘うまではこんな気持ちだったのかもしれない。2人ともポケモンバトルが大好きみたいだ。

 

(それならもっと早く戦ってあげたかったなぁ……)

 

 まぁ出会い方が出会い方なので仕方ないといえば仕方なし。次の機会を楽しみにしよう。

 

「で、フリア。さすがにもう目は覚めた?」

「あ、そういえばそれが目的で始めたんだっけ」

「もう、忘れるとは思ってたけど早すぎ。熱中してたから分からなくはないけど……」

 

 そういえばこれはボクの目を覚まさせる戦いだったっけ?いやぁ、やっぱりポケモンバトルは楽しすぎて色々置き去りにしちゃうね。

 

「さて、それじゃサルノリとメッソンの傷を治したら行こっか。昨日フリアが言ってた線路にカビゴンがいて封鎖されてたって話ね、カビゴンが乗っかってる時間がちょっと長かったせいか線路がちょっと曲がっちゃって修復作業のために一時的に使えなくなってるから急いだ方がいいかなって」

「え、そんなことに……?ってことはここから歩いていくの?」

「ブラッシータウンからエンジンシティは行けないけど集いの空き地までは分岐してる線路だから問題なく使えるはずだぞ。とりあえずそこまで行って、そこからワイルドエリアを突っ切ればエンジンシティは目の前だ!」

「ってことはワイルドエリアを歩くんだ?」

 

 ワイルドエリア。

 

 ナナカマド博士やパンフレットでも見た大自然の中を悠々と生きるポケモンたちを見て触れ合って戦って……サファリゾーンを超えるそれをようやく体験できる。そう思うとなんだかもういてもたっても居られなくなって……

 

「早く行こう!ワイルドエリア!!ガラル地方に来る前から凄く楽しみにしてたんだ!!」

「オレも、皆で早くワイルドエリアで探索したいぞ!!」

「私も色んなポケモンと出会いたい!」

 

 そうと決まれば早速行動。3人で頷きあっていざ冒険へ。

 

「少しお待ちなさい」

 

 行こうとしたところでマグノリア博士から待ったがかかる。

 

 3人揃って出鼻をくじかれたことに少し不満顔が出そうになるけどマグノリア博士の手に握られているものを見て合点がいき、顔を引き締める。

 

「昨日あなた達が見つけたねがいぼしから作りました。新たなぼうけんへの餞別として、持っていきなさい」

 

 渡されたのは昨日の動画でダンデさんたちがつけていたダイマックスバンド。

 右手首にしっかりとつけるとなんだか少し温かみを感じる。

 

(不思議な感じ……)

 

 言葉に表すと難しいけど不快感はなく、むしろ新しいことができるようになったというワクワク感が先行してたまらない。

 

「ワイルドエリアの一部の場所でダイマックスを行うこともできます。ジムチャレンジ前に使って感覚を掴むのもいいでしょう。……さぁ、お行きなさい、若き子たちよ。そしてその目で、体で、心で、精一杯楽しんできなさい」

「「「はい!!ありがとうございます!!」」」

 

 3人で頭を下げ礼を言う。

 

 バンドも貰って宿も提供して貰ってご飯も貰って……本当にお世話になりました。

 

「さて、こんなに若い子たちも旅立とうとしています。あなたは……どうするのですか?」

「わ、わたし!?」

 

 マグノリア博士の言葉に驚くソニアさん。そのまま何かを考え込むような表情を見せる。

 

 何か大事な話なのだろうか……?

 

 どちらにしろボクたちは聞かない方がいいのかもしれない。ソニアさんもこちらを見て先に行って大丈夫と言ってる気がしたのでボクたちは顔を見合わせて頷き合い、2番道路の道を戻った。

 

(ソニアさんにも頑張って欲しいなあ)

 

 そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日ぶりのブラッシータウン。

 

 ポケモンセンターでみんなの手持ちを元気にしてもらいワイルドエリアに行くための駅で券を買う。時間的にもちょうどよく、そろそろホームに列車が来そうなので改札で券を通そうとした時。

 

「待ちなさい」

 

 後ろからかけられた声に振り返る。そこに居たのは2人の女性。そのままホップとユウリに話しかけ雑談をするあたり恐らく2人のお母さんだと思われる。そのやり取りを見てそういえば自分も旅立つ前にこうやって話をかけられてランニングシューズだとか冒険用のカバンとか貰ったりしたっけなと昔をまた思い出す。そんなふうに思い出にひたっていると今度はこちらに話題が振られてきた。

 

「あなたがフリア君ね。まどろみの森での話はホップから聞いたわ。ホントにありがとうね。それとごめんなさい、うちのバカ息子が迷惑かけちゃって……」

「うちのユウリも。ほんとにありがとうね」

「いえいえ、たまたま近くを通りかがっただけなので……こちらこそお世話になってます」

「ちょ、かーちゃん!あまり言わないでくれよな」

「お母さんも!恥ずかしいから!!」

 

 その後も色々雑談に花を咲かせる。ボクもコウキもヒカリもジュンもそうだったけど旅立つ前に母親に言葉をもらって旅立つのはどこの場所でも恒例なのかもしれない。そう思うとなんだか面白くてクスリとしてしまう。

 

「ああ!フリアが笑った!どうせオレたちをひよっこだと思ってるんだろ!!1年早く旅に出てるってだけなのに〜」

「思ってない思ってないって。単純に懐かしんでただけだって」

「の割にはニヤニヤしてるように見えるんだけど〜……」

「気のせい気のせい。さ、もう列車出ちゃうから行っちゃお〜!!」

「「誤魔化した!?逃げるなぁ!!」」

 

 ホップとユウリの母親に礼をしてさっさと逃げ込むように列車に乗り込む。

 

 やっぱり冒険は騒がしく楽しく、笑って始めないとね!!

 

 ボクたちが乗り込んで程なくして列車が動き出す。その間もボクたちは周りに迷惑にならない程度にやれバカにしてるなだの実際にあの時何も無いところで転びそうになってただの他愛のない茶化しあいをしていた。

 

 出発を告げる列車の汽笛。それまでもがボクたちの騒がしさに笑ってるような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ポケモンバトル

ようやくまともな戦闘描写。
やはり剣盾で最初の描写を飾るのはホップ君以外居ないですね。
今回のバトル、一応ゲームでもホップの手持ちが8レベルなのでメッソンとサルノリの覚える技8レベル以下のもののみで構成した上全部の技を出すようにと。
サルノリはなきごえうってないですけどその分メッソンに鳴いてもらってます()
理由としてはサルノリのちょうはつに意味を持たせたかったから。
ゲームだと変化技をこちらが打たないこともあって死に技になってるんですよね……

水の霧

ホップとサルノリがメッソンを見失ったのはもちろんメッソンの速さが速かっただけでは無いです。

お母さん

ポケモンの冒険の始まりはいつもお母さんに見送られることによって始まります。
『GOTCHA!』でも映写機で過去の主人公見てるのお母さんでしたしね。
……お父さんは何処に?
ゲームアニメあわせてもセンリさんくらいしか父親知らない……


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6話

前話は誤字報告して頂きありがとうございます。
一応全てのお話は1度書き終えた時点で見直して修正をしてはいるんですがやはり全部は無くせないですね……
お手数お掛けしてしまい申し訳ないです。
これからもちょくちょく見かけると思いますが暖かい目で見ていただけたら。




「「「うわぁ〜……」」」

 

 感嘆。

 ため息。

 感動。

 圧巻。

 

 色々な言葉が浮かんでは消えるけど最後に思うのはやっぱり『でかい』。これに尽きる。

 

 集いの空き地に到着し、列車を降りて駅を出て目の前の景色を見て思ったことだ。一面広がる緑の草原に少し遠くには大きな湖が見える。空を飛ぶポケモン。大地を走るポケモン。湖を泳ぐポケモン。みんながこの大自然をその身で感じ、楽しそうに、幸せそうに、伸び伸びと生きていた。

 

 サファリゾーンを大きくした感じ。そんな風に思っていたけどとんでもない。サファリゾーンとは比べ物にならない、比べるのも烏滸がましい程の大自然。さっき見えた湖と草原もここから見える範囲を明らかに超えて続いている。

 

「これがワイルドエリア……やっば……」

「いつ見てもここからの景色は凄いぞ」

「うん……でも今日は自分の足で踏み入れてもいいんだよね?」

「今までは眺めるだけだったの?」

「私は手持ちいなかったからお母さん同伴じゃないとダメだったし、入れてもここから少しだけ中に入ったところまでだから自分の足でしっかりと歩くのは初めてなんだ」

「オレも自由に歩き回るのは初めてだぞ!!」

 

 ボクはもちろん、ホップもユウリもワクワクしている。早く1歩目を歩きだそう。3人揃っていざ1歩目を……

 

ダダダダダダダダッ!!

 

「「「えっ?」」」

 

 踏み出そうとした瞬間目の前を何かが駆け抜けて行く。

 

 オレンジ色の影だった気がするけどあまりにも速すぎて走って行ったであろう先を見てももう何も見えなかった。唯一視界に入ったのは電気の残滓くらいで少し肌がビリビリ痺れる感覚がある。あとはその何かが走り抜けた跡であろう場所が少し焦げているくらい……

 

「い、今のは……?」

「速すぎて……影しか見えなかった……」

「なんか、雷が落ちたかのような爆音だったぞ」

 

 一瞬という言葉がここまで似合う出来事もないだろうと言わんばかりの体験に呆然。せっかくの一歩が全く動かせない。というか一歩踏み出すタイミングを完全に逃してしまった。ホップとユウリも同じようで少しオロオロしてしまい……

 

「あれ、あんたたちまだここにいたの?」

 

 後ろからかけられた声に振り向くとそこにはソニアさんがいた。

 

「ソニアさん?」

「ソニアこそなんでこんなところにいるんだ?」

「お話は終わったんですか?」

 

 思い出すのはマグノリア博士と神妙な顔で話していた姿。どこか思い詰めているようなその姿は傍から見ても不安を感じてしまうくらいには悩んでいた。

 

「ええ。あんたたちのバトルとか姿勢を見てたらさ。わたしも頑張らないとなって思っちゃってね……それにおばあさまにあそこまで言われたらなんか、こんなところで燻ってられないなって。だからさ、ちょっと頑張って見ようかなって」

 

 ただ、今目の前にいるソニアさんの表情はあの時のような顔なんかじゃなくてどこか垢抜けたというか、吹っ切れたというか、憑き物が取れた清々しい顔をしていた。

 

「というわけで!ずっとってわけじゃないけどわたしもちょくちょくあんた達について行くからよろしくね!ジムチャレンジの先輩として色々アドバイスできることもあると思うしそういうところは任せなさい。ただわたしもあんたたちがまどろみの森で見たって言うポケモンの事は気になるし、わたしの研究の手助けになるかもだからその時は手伝いなさいよね!!」

 

 トンと胸を叩きながら自慢げに喋るソニアさん。無茶して喋ってるようにも見えないし大丈夫そうかな?

 

「さて、そういうわけだから早く行きましょ?ワイルドエリアを見て回るんでしょ?早くしないと受付遅れても知らないわよ〜」

「あ、おいオレたちが先に行くんだぞ!!」

「2人とも待ってよ〜」

 

 ソニアさんが先に行ったことによって先程の出鼻をくじかれた空気が霧散してみんなが走り出していく。

 

「ぐっだぐだだなぁ……」

 

 コウキたちと旅に出た時は一緒に一歩目を踏み出したのにあの時と比べるとなんとも締りのない一歩目だ。けどそれはそれで彼ららしいというかなんというか。

 

「ちょっと、置いていかないでよ〜」

 

 だけどこんな空気さえもどこかたのしい。

 

 先を走る3つの影を追いかける。

 

 自然と頬が上がったのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて楽しんでいた時がボクにもありました。

 

「「「「うわああああああぁぁぁあぁあ!!!???」」」」

 

 4人で叫びながら平原を全力で走る。

 

 場所はワイルドエリアはうららか草原。駅から降りてすぐのエリアで自然が厳しいと言われるワイルドエリアの中でも比較的穏やかな場所で出てくるポケモンも人と触れ合う機会が多いせいか温厚な子が多い。しかし、あくまで多いであって少数ではあるがちゃんと気性が荒いポケモンはちゃんと存在する。そしてそのうちの1匹が。

 

「ワアアアアアアァァァァアグ」

 

 今ボクたちを猛追してくるイワークである。

 

 きっかけは些細なことでワイルドエリアのうららか草原を歩きながら野生のポケモンと触れ合ったり手合わせしたり、時にはワイルドエリアを歩いているトレーナーと戦ったりして色々な経験を積んでいる時だった。

 

 ちょうどいいサイズの岩場があるということでそこで休憩を一旦取る事に。各々が飲み物を飲んだり談笑している時に自分たちがもたれかかったり座ったりしている岩が微かに動いていることに気づく。それにおかしいと思ったボクたちが岩から離れるとその岩はどんどん激しく動き出し、その岩の正体がイワークであることがわかった。

 

 イワーク。いわへびポケモン。いわ、じめんタイプ。

 

 ボクのメッソンとホップのサルノリで4倍弱点をつくことができる相手だ。

 

 休憩所扱いされたことが嫌だったのか動き出して直ぐにボクたちを襲おうと構えてくる。それに対してボクとホップが対応すべくメッソンとサルノリを登板。ユウリのヒバニーとソニアさんのワンパチはイワークに対しての打点が薄いので今回はおやすみだ。出会った時よりも大分成長した姿を見せつけてやろうと2人で覚えたばっかりの新技、『みずのはどう』と『はっぱカッター』をイワークに繰り出した……のだが4倍弱点の技を2つ受けてもびくともしなかった。それどころか返しの体当たりがサルノリにあたり一撃で戦闘不能になってしまう。

 

(いやいや、はっぱカッターは物理技だからまだ納得……できるかぁ!!みずのはどうに至っては特殊なのになんでピンピンしてるの!?……まさか!?)

 

 嫌な予感がした後に図鑑をかざしてイワークの情報を読み取る。

 

『caution!!caution!!このイワーク、高レベル!!キケンロト!!キケンロト!!』

 

 ユウリも同じことをしていたみたいでボクの図鑑とユウリのスマホロトムから警告音が鳴り響く。

 つまりはこのイワークのレベルはとてつもなく高いということ……

 

 それがわかった瞬間のボクたちの動きは早かった。とにかく逃げる。急いで逃げる。メッソンとサルノリをボールに戻し全力疾走。だけど全然距離が縮まらない!それもそのはず、イワーク自体無茶苦茶遅いポケモンという訳でもないからだ。人間のボクたちじゃいくら走っても逃げきれなくて……先の場面に繋がると言うわけである。

 

「くそっ、あんなに強いなんて聞いてないぞ!?」

「はぁ、はぁ、もう、あまり、走れないかもっ…」

「ユウリ頑張って!!ソニアさん何とかする方法ないですか!?」

「先輩だからって無茶ぶりしないで!?」

 

 ボクとホップはまだまだ余裕がありそうだけどユウリが少し息が上がって来ている。もう少し耐えられるかもしれないけど限界はそう遠くない。

 

(早急になにか手を打たないと……)

 

 走りながら頭を回してとにかく考える。こういう時に絶対に逃げ切れる方法。

 

(なにか相手の気を引く方法があれば……そういえば……)

 

「ソニアさん!ソニアさんが初めてワイルドエリアに来た時に人形とか貰いませんでした?」

「人形?……貰った覚えはあるかも?確か……ピッピだったっけ?いざとなったら使いなさいって言ってたっけ?」

「やっぱり!!」

 

 走りながらリュックの中に手を突っ込み探す。少し走るスピードは落ちてしまうけどまだ距離はあるから大丈夫。焦らないように中身を確認して目当てのものを取り出す。

 

「あった!!」

 

 取り出したのはピッピ人形。ボクのポケモンはもちろん、色んな公園とか見に行くと、よくこの人形と戯れている所を見かけることが多いポケモンの大好きな玩具の一つだ。ワイルドエリアの入口でも何故か配ってる人がいたけど……つまりはこういうことなんだろう。

 

「ピッピ人形?それをどうするんだ?」

「これを……こうするの!!」

 

 一旦上に軽く投げて振り返る。迫り来るイワークをしっかりと見定めて……

 

「ピッピ人形をイワークにシューーーート!!!!」

 

 どこからともなく超エキサイティング!!なんて幻聴が聞こえた気がするけど気にしない。蹴られたピッピ人形は素人の蹴りゆえに変な軌道を描いて飛んでいくけどそれが逆にイワークの気を上手く引き、目線が逸れる。

 

「今だ!!みんな急いで離れよう!!」

 

 そのままピッピ人形に視線を奪われている間に全力で離れる。数十秒程走り続けてようやくイワークの影が見えなくなったあたりの木陰まで来て腰を下ろす。

 

「なん、とか……逃げきれ、た……」

「ユウリ大丈夫?お水飲む?」

「ありがとうございますソニアさん」

「サルノリ、げんきのかけらだぞ。ごめんな、無茶させちゃって」

「キズぐすりとかもあるから使って。大変なようなら手伝うから」

「サンキューフリア」

 

 ひと段落着いたことで各々が体制を整えるために色々作業を行う。野生のポケモンに襲われること自体は初めてではないんだけどこうもレベル差のある子に追いかけられたのは久しぶりだ。以前の手持ちのみんなは大分強くなっていたからそこら辺の野生に遅れをとることなんてなかったしね。それにしても序盤にこんなに強いポケモンに襲われるとは露も思わなかったけど……

 

「過酷過酷って聞いてたけど最初の草原にあんなに強力な子が出てくるとは思わなかったよ……」

「私もすっかり忘れていたわ……そういえばこういうところだったわね、ワイルドエリア」

「でも、あんな奴がこの辺でも出るってことはこの先もっとやばいのがうじゃうじゃいる場所もあるってことだよな!それがわかっただけでもますます楽しみになってきたぞ!!」

「私はもうちょっと安全というか穏やかな旅でもいいかなぁなんて……」

 

 超絶ポジティブなホップに苦笑いを浮かべるユウリ。ボクもどちらかと言うとユウリの意見に賛成だからその気持ちはよく分かる。

 

「まぁ、でも旅にトラブルは付き物よ。わたしもダンデ君と一緒に回った時もあったけどその度に色々巻き込まれたもの。それを楽しめるかどうかはその人次第だけどね」

「オレは楽しいぞ!」

「わたしはもう少し安定してもいいかも……」

「とは言ってもトラブルのない旅なんて実質旅じゃないみたいなものだからね。そういうの含めて旅だと思うし」

「成程……」

「これからもっと大変になるよ〜?」

「うぇ〜……無駄に不安を煽らないでよ〜、嫌だなぁ」

 

 ボクの言葉に嫌と返答いながらもどこか緩んでる顔を見るあたり、ユウリも満更ではなさそう。やっぱりポケモントレーナーたるもの、心の底では楽しんでることの方が多いみたいだ。実際楽しいもんね。仕方ない。

 

「よし、大分回復したしそろそろワイルドエリア探索を再開するか!」

「そうね。あまり遅くなるとエンジンシティに着くのも遅れちゃうし適度なスピードをもって回りましょ。せっかくのダイマックスも体験したいでしょ?」

 

 ホップとソニアさんの言葉に頷きながら立ち上がるボクとユウリ。軽く伸びをして体を解しながら次の散策場所を見定めようと周りを見渡して……

 

「あれ、こんなに霧かかってたっけ?」

「ううん、イワークから逃げてた時はまだ晴れてたと思うけど……」

 

 天候変化。

 

 ワイルドエリアの特徴のひとつだろうそれを今目の前で体験した。さっきまで晴れ渡ってて気持ちの良かった草原は一転して少しピンクかかった霧に覆われ始めていた。

 

「しかもこれただの霧じゃない。ミストフィールドだ」

「天候どころかフィールドまで変わるんだ……ワイルドエリアすっご……」

 

 ホップの言葉にさらに驚く。雨とか砂嵐ならまだしもミストフィールドなんて自然に起きるものなのか怪しいところだけど起きてるということはそういうことなんだろう。俗に言う、なっとるやろがいと言うやつだ。

 

「自然にミストフィールド展開ってドラゴンタイプ涙目な状態だね……」

「霧は結構珍しい天候なんだ。そしてミストフィールドがはられる以上フェアリータイプのポケモンが多く見られるようになる。もしかしたら珍しいポケモンがいるかも……」

 

 ホップが説明しながらあたりを見渡す。それにつられてボクも見渡してみると紫に光る柱のようなものが目に入る。

 

「ねぇホップ。あの光はなに……?」

「光?……あれは!?」

 

 光の方に走り出すホップとそれに続くソニアさんとユウリ。その3人に置いていかれないように追いかけてたどり着くと光の根元にぽっかりと空いていた大きな穴をみつめていた。

 

「これは巣穴って言われるものでね。こうやって光の柱がたっている時はダイマックスエネルギーが充満している証拠だ」

「しかもこれだけの強くて太い光となるとかなりのエネルギーね」

「ちなみにエネルギーが充満してるとどんなことが……?」

「試してみる?」

 

 イタズラな顔を浮かべるソニアさんに返事をする前に手を掴まれてその穴の中へと体を滑り込ませていく。後ろからホップとユウリも着いてくる気配を感じながらどんどん穴の奥へ。程なくしてたどり着いた場所はとても開けた空間で天井がかなり高く、奥行きもそこそこにある巨大な空間だった。そしてその空間の真ん中に赤黒い雲におおわれた何かが。

 

「さぁフリア、準備して。ここはあなたに任せるわ」

「オレたちがバックアップするから派手に決めるんだ!!」

「初めてのレイドバトル……ワクワクするね!!」

「え?え?」

 

 何がなんだか分からないまま混乱しているボクをよそにワンパチ、サルノリ、ヒバニーをそれぞれ繰り出す3人。元気よく飛び出してきた3人が戦闘準備を構えたと同時に雲が晴れていく。その雲の中には……

 

「うそ……でっか……これが……」

 

『ラァァァァァァァァ!!』

 

 通常の何十倍も大きな体を見せつけながら吠えるのは『きもちポケモン』ラルトス。それがダイマックスした状態でボクたちを待ち構えていた。

 

「これが、ダイマックス……」

 

 想像以上にでかいその姿に呆気に取られていたその時。ボクの腕が赤く光り出す。光につられて目線を落とすとそこにはマグノリア博士から貰ったダイマックスバンドが。

 

「フリア!!そのバンドをつけている手でモンスターボールをもって強く願うんだ!!」

 

 ホップの言葉に頷き、モンスターボールを1つ手に取って目を閉じ、胸に当て強く願う。

 

(皆と一緒にあのラルトスと戦うために……お願い!!)

 

 さらに強く光り出すダイマックスバンド。溢れ出した光はバンドから開放されるかのように外に溢れ出し、その光はそのままボクの胸に当ててあるモンスターボールへと収束していく。光が完全にボールに吸収された瞬間、今度はボールが赤く光だし、同時にどんどんとサイズが膨れ上がっていく。

 

(重たい。それに力強い熱さを感じる……)

 

 両手にずっしりと感じる重み。肌を焼くような、それでいてどこか暖かくて優しい熱。その2つをじっくりと感じていくうちにいつの間にか精神が集中されていく。

 

「フリア!!」

 

 ユウリの声に弾かれたように反応し大きくなったボールを天高く放り投げる。高々と飛んだボールが開き、中から現れるのは……

 

『メソォォォォォォォ!!』

 

 巨大化し、ラルトスに負けじと大声を張り上げるボクのパートナー。頭上に赤黒い雲を浮かせながら佇むダイマックスメッソン。

 

「さあ行くよ!メッソン!!」

 

『メソッ!』

 

 呼びかけながらポケモン図鑑でメッソンの技を調べ直す。すると使える技の欄がいつもの技から『ダイアタック』『ダイストリーム』『ダイウォール』へと変わっていた。

 

 恐らくそれぞれのタイプに応じた技、ここで言えばみずタイプの技がダイストリームへと変わりノーマルタイプの技がダイアタックへと変わり、変化技はダイウォール、要はダイマックス版の守るに変わる。ということだろう。しめつけるとはたくが両方ともダイアタック表記に変わっているので間違いは無いはずだ。今のところ2つのダイアタックの違いは分からないけど恐らく元の技の威力を参照したダイマックス技に変わるのではと予想しておく。

 

 さて、兎にも角にも初ダイマックスである。

 

「まずは……メッソン、ダイアタック!!」

 

『メソォッ!!』

 

 メッソンが四股を踏むように地面に足を叩きつけるとラルトスの足元から衝撃波が立ち上り直撃する。後ろにたたらを踏みながら何とか耐えるラルトスは先程よりも少しゆっくりした動きで構えをとる。

 

(やっぱり素早さが下がっている。ダイマックス技にはそれぞれ追加効果がついてくるって博士やホップたちに教えてもらったけど……これは強力だね)

 

 この先ジム戦でも使われることを考えたらちゃんと対策しないとヤバそうだ。そんなことを考えている間にラルトスが動く。

 

 天から円状のエネルギーが何発も降り注いでくる。狙いはメッソン。ダイアタックを受けたのが気に食わなかったのかやり返しとばかりに打ってくる。

 

 避けてと指示したくなるが体が大きくなったから避けることが難しい。その分体力は増えているけどだからといって攻撃が痛くないわけじゃない。そのままメッソンに当たると恐らくエスパー技のエネルギーと思われるそれが地面をつたって広がっていく。

 

「サイコフィールド……こうも戦況がコロコロ変わると判断狂わされそうだね」

「感想言ってる場合じゃないぞ!!サルノリ、『はっぱカッター』!!」

「ヒバニー、『ひのこ』!!」

「ワンパチ、『スパーク』!!」

 

 3匹がそれぞれの自慢の技を次々と叩き込む。さすがに三体同時は少し痛いらしくぐらつくがそれまで。ダイマックスによって耐久が上がったラルトスを止めるには至らず再び技を構える。直ぐにメッソンに指示を出して止めたいけど……

 

(ダイストリームを打つと雨が降る。そうなるとヒバニーの火力が……)

「フリア!!私とヒバニーは大丈夫!!気にせず打って!!」

「っ!!メッソン、『ダイストリーム』!!」

 

 ユウリの声を聞いてヒバニーとユウリを信じてダイストリーム。勢いよく放たれる大量の水がラルトスを襲うと同時にしとしとと雨が降り出す。同時にヒバニーが少し顔を顰めた。

 

(ごめん。後でオレンのみあげるね)

 

 ヒバニーに心の中で謝りながら追撃準備。しかしダイストリームによって巻あがった水しぶきから衝撃波が飛び出してきてワンパチにあたる。そしてワンパチから飛び出たエネルギーがラルトスの方へ行き、ラルトスが少し元気になったように見える。

 

「ドレインキッス!?普通の技も使えるの!?」

「野生のポケモンがダイマックスした場合は何故か普通の技も使ってくるのよね……これを火力が落ちたと捉えるか幅が広がって厄介と捉えるかは人次第だけど……っ!?」

 

 傷ついたワンパチを気遣いながら説明するソニアさんの言葉を遮るように攻撃がくる。

 

『ラァァァァァァァ!!』

 

「メッソン!!受け止めて!!」

 

 ねんりきを発動させてサルノリとヒバニーが吹きとばされた所をメッソンが両手を広げて受け止める。何とか体制を立て直そうとするけどその前にさらにラルトスが追撃をしてくる。

 

「上か!!」

 

 上からの嫌な予感を感じて見上げると遠くに3つの星が見える。

 

(今から迎え撃つには時間が足りない。なら!!)

 

「メッソン!!あの星を受け止めて!!ユウリ!ホップ!ソニアさん!その間にラルトスの体制を崩して!!」

「「「了解!!」」」

 

 言葉と同時にヒバニー、サルノリ、ワンパチがかけ出し、3匹と入れ替わるように星が落ちてくる。

 

「メッソン頑張って!!」

 

 その3つの星を受け止めるメッソン。もう体力はギリギリだけど確かに耐えてくれた。そして広がるフェアリーの空間、ミストフィールド。状態異常を弾くその空間で3つの影がラルトスの足元へたどり着き……

 

「サルノリ!!右足に全力で『えだつき』!!」

「ヒバニー!!こっちは左足に『にどげり』!!」

「グルゥキィァ!!」

「バニーッ!!」

 

 両足に衝撃を受けて前につんのめるラルトス。そのまま前かがみになるように落ちてくる頭。

 

「ワンパチ!!頭に向かって『スパーク』!!」

 

 その頭に向かって下からアッパーを打つような軌道で駆け抜けるワンパチ。直撃を受けて今度は体が上に伸びていく。絶好の攻撃チャンス。

 

「「「フリア!!」」」

「メッソン!!『ダイストリーム』!!」

 

『メェェェソォォォォォォォッ!!』

 

 ホップ、ユウリ、ソニアさんの言葉に答えるように大声で指示を出す。そしてその指示に答えるように体を水色に淡く光らせながら全力のダイストリームを放つメッソン。淡く水色に光る体は体力の減ったメッソンの特性『げきりゅう』が発動した証。さらに先程のダイストリームによって起きた雨で強化された水技。今のメッソンが出せる最高火力。先程よりも明らかに激しくなった水流がラルトスを撃ち抜き大爆発。力尽きたのかラルトスのダイマックス化が解けていき小さくなっていった。

 

 レイドバトルで、ボクたちが勝利した瞬間だった

 

 メッソンもダイマックスの時間切れなのか元の大きさに戻って行く。

 

「メ、メソ〜…」

「お疲れ様メッソン」

 

 直ぐに頭の上に乗って伸びるメッソンを撫でて労う。

 

「お疲れフリア!!ナイスダイマックスだったぞ!!」

「凄かったよ!!私も早くやってみたいなぁ」

「初めてなのに凄い上手かったわね」

「ありがと!みんなのアシストのおかげだよ!!」

 

 戦い終わりにみんなでハイタッチ。

 最後の体制崩しはほんとにナイスだった。

 レイドバトル。癖になるかもしれない……。

 

 そんなこんなで激闘を終えてボク以外の3人がそれぞれの相棒を癒したりポケリフレを行っていく。

 

(さて、ボクはっと)

 

「大丈夫?」

 

 先程倒したラルトスの元へ急いで駆けていた。成り行きとはいえ実際のところラルトスは何も悪いことはしていない。ササッと治療をしてあげて元に戻してあげるんだけど……

 

「ラ、ラル……?」

「ん?どしたの?」

 

 傷が治ってひんしから立ち直ったラルトスが左右を見渡して頭を傾げている。

 

「もしかして……覚えてない?」

「もしかしたらダイマックス化して暴走してた子かもね。たまにいるのよ、制御出来なくなった子が」

「そういう場合もあるんですね……その時はどうするんですか?」

「手に負えなくなったらジムリーダーやチャンピオンが対処するわ。でも基本はトレーナーや野生の子たちに任せてあるの。巣穴からダイマックスポケモンが出てくることはないからね」

「成程……」

 

 ソニアさんからダイマックス事情を聴きながらもポケリフレとアフターケアは欠かさない。勿論メッソンもちゃんと治療して上げてて今は頭の上でぐでーっとしてる。すごく可愛い。

 

「はい。これでOK」

「相変わらず見事な手際ね〜」

「これでも一地方旅してきた身ですし、周りにやんちゃものが多かったので……さぁ、これでもう大丈夫だよ」

 

 ラルトスの頭を撫でて治療の終了を伝える。そのタイミングでホップとユウリも終わったらしくこちらに来ていた。

 

「さて、じゃあ次はどうする?ユウリとホップもダイマックスしたことないなら経験するためにも他の巣穴に行ってみる?」

「だな。オレも早くやってみたいぞ!!」

「私も!ジムチャレンジの開会式前には1度経験してみたいかも」

「じゃあ決まりね。次の巣穴行って試してみましょうか」

 

 ソニアさんの言葉に頷いて皆で一歩を踏み出そうとしたその時。

 

 グイッ

 

「ん?」

 

 裾を引っ張られる。後ろを振り返ると足元にラルトスが。

 

「どうしたの?」

「ラル!ラル!!」

「気に入られたとか?」

「え!?ボク何もしてないんだけど……?」

 

 でも足元のラルトスを見るとボクの方をじっと見つめていた。

 

「ポケリフレ熱心にしてたし、そこで気に入られたんじゃない?少なくともこの子はあなたに惹かれてるみたいよ?」

 

 ソニアさんの言葉を聞いている間も見続ける。ラルトスもボクから目をそらさない。

 

「ラルトス。ボクについてきたい?」

「ラル!!」

 

 足にぎゅっと捕まってくるラルトス。ラルトスがこういっているなら……。リュックから空きのモンスターボールを取りだしラルトスにコツンと当てる。ラルトスが光に包まれてボール乗ってに入り、数回揺れたあとポンという音を立てながら揺れが収まる。ボールをひとなでして解放。

 

「ラルラル!!」

「おっとと」

 

 ボールから出した瞬間抱きついてきたラルトスをまた撫でてあげる。正直なんでこんなにも懐いてきたのかボクには分からないけど……でもここまで懐いてくれてるならちゃんと応えてあげよう。

 

「これからよろしくね。ラルトス」

「ラル!!」

 

 ボクの服を握りしめて答えるラルトス。メッソンに続いて2匹目のガラルでの仲間。ボクに新しく、そして頼もしい仲間がまた増えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ワイルドエリア

やっと到着です。
文字数多いですかね?
あれも描写しなきゃ、これも描写しなきゃ、でもこれも書きたいとなると自然とこんな感じに……
展開遅くない?と言われたら頭を下げます。

イワーク

私もやりました。
サルノリを選んだ私はまあ勝てるでしょと意気揚々と挑んであまりのレベル差に唖然してピッピ人形を即投げしました。
それからというもののワイルドエリアを走る足が少し慎重になってました()

ラルトス

天候が霧の時、うららか草原のIの巣穴で出てきます。
そしてフリア君の二匹目の仲間ですね。
ガラルのポケモンで統一も考えましたけどそうするよかちゃんと他の地方の子たちも捕まえてた方が自然だし、偏りもないかなと。
幸いにも手持ちを自分なりにできるキャラはもう1人いますからね。

ダイマックス

実は描写が難しい。
ゲームとしては読み合いがあって楽しいかもですがアニメとかだと巨大化しちゃうので機動力が落ちてしまいサトシお得意の戦法が使えないという描写の意外な難しさが出てきます。
この先も上手くかけるかどうか……

そういえばアニメのサルノリの鳴き声。
あれって英語名の「Grookey」(ぐるーきー)からとってるんですよね。
相変わらず発想が凄い。


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7話

誤字報告に本気で感謝してる今日この頃。
本当にこの機能素晴らしいですよね。助かります。

一応新しいお話は投稿される日より2日以上前には書き終えて見直してから予約投稿しているんですけどゼロにするのは本当に難しいですね……本当に感謝。


「サルノリ、『ダイソウゲン』!!」

 

 ダイマックスしたサルノリから放たれるダイソウゲンがオタマロに直撃する。同時に起きる大爆発。危険を察知したオタマロがダイマックスが切れる前に逃げようと体を徐々に小さくしながら巣穴の奥へ奥へと逃げ去っていく。

 

「よし、オレも出来たぞ!ダイマックス!!」

「お疲れホップ」

「おう!!サルノリもよくやったな!!」

 

 ボクとハイタッチをしながらダイマックスの解けたサルノリへの労いもしっかりする。

 

「ホップもちゃんとダイマックスできたね!」

「初めてにしてはちゃんと出来てるわね。ほんとに初めてなのか疑っちゃうくらい指示も的確だったし見事だったわ」

「伊達にアニキの動画を何回も見直してないからな!!ソニアのアシストも良かったぞ!さっきの『ほっぺすりすり』のまひとかも助かった!!」

 

 ボクがラルトスを迎え入れ、さらに時間がたった今。あれからユウリとホップのダイマックス練習のためにワイルドエリアを散歩しながら、それでもエンジンシティには近づいておきたいということでうららか草原をキバ湖の瞳を中心に反時計回りに歩いていき、途中にいる野生のポケモンを観察したり、トレーナーと戦ったり、交流したりとワイルドエリア生活を満喫しながらトレーナーとしての経験を着実に積んで行った。

 

 2人とも問題なくダイマックスでき、レイドバトルも順調に勝ち、ジムチャレンジ前の験担ぎとしてはこれ以上ない戦果と言っても差し支えないと思う。残念ながらボク以外に新しい仲間を増やしたという声は聞かないけど……まぁ焦って増やすものでもないし、自分にあったポケモン、欲しいポケモンで頑張って欲しい。

 

 ……何を捕まえたかは気になるから教えて欲しくはあるけど。

 

「ラルトスもお疲れ様。ナイスファイト!!」

「ラル!!」

 

 ボクも先程捕まえたラルトスでレイドバトルに参加していたのでラルトスを労いながらみんなの元へ。

 

「さて、そろそろ時間もいい感じだしエンジンシティに向かっておこっか」

 

 ラルトスをボールに戻しながら提案する。みんなも各々の相棒をボールに戻しながらスマホロトムを確認すると時間は午後4時くらいを回っており、外は大分茜色に染ってきていた。

 

「そうね、旅に出たてでいきなり夜のワイルドエリアは危険だと思うから直ぐにエンジンシティに向かって受付しましょうか」

 

 ソニアさんの言葉に頷き4人で談笑しながら歩き出す。

 

「しかしこうやって自分でダイマックスしてみるとなんか熱いものがあるな!!」

「ずっとやりたいって言ってたもんね」

「ユウリだってそうだろ?そんでもって次はジムリーダーとダイマックスバトル……くぅ〜!!燃えるぞ!!」

 

 目に炎が見えそうなくらいテンションの上がっているホップに苦笑いを返しながらも自分も同じ気持ちではあるのか静かにギュッと拳を握るユウリ。かく言うボクもジムリーダーとダイマックスをするのは楽しみだし、対人だとどのようになるのか頭の中は作戦でぐるぐるだ。

 

「あの巨体となると躱すのは無理だからやっぱり大事なのは力とダイマックスを切るタイミングなのかないやいやタイミングはともかく力押しでどうこうするしかないのならそんなものはタイプのジャンケンでしかなくそうなるとジムリーダーが圧倒的不利すぎるからやはり苦手タイプであろうとどうにかできる方法があってとなると考えられるのはダイマックス技の追加効果かな?ほのおタイプで日照りにすればみずタイプの威力は半減されるしでもその後みずのダイマックス技で雨をふらされたらやっぱりほのおタイプきつそうだよねということはサブに弱点をつける技を持ったり実はダイマックスでも避けられたりする技術があるのかそもそもバトルフィールドの大きさ次第では……」

「ふ、フリア……?」

「は、はいっ!!」

 

 思考の海に沈んでいる時にいきなり声をかけられてびっくりしてしまう。振り返ればいつの間にか君付けが抜けてさらにフレンドリーに話しかけてくるようになったソニアさんが。

 

「ちょっと怖かったわよ?」

「ご、ごめんなさい。ちょっと夢中になっちゃってて……」

「全く、ユウリもホップも自分の世界に入り込んじゃって……あんた達、性格は結構違うくせに根本的には似てるのよね〜。ポケモントレーナーってみんなこんなものなのかしら」

 

 横を見てみれば一緒にエンジンシティに歩いてはいるものの2人ともこの先のジムチャレンジについて考えたりワクワクしたりと自分の世界に入りながらの状態でこちらから強く声をかけないと気づいてくれなさそうな雰囲気だった。

 

「みんな楽しみなんですよ。ようやく自分の旅が、挑戦が、夢が始まるから……」

「夢、かぁ……」

「ソニアさんの夢ってやっぱり、マグノリア博士の後を継ぐことなんですか?」

「継ぐ、ねぇ……継ぐって言うよりは認めて貰いたい、かなぁ」

 

 空を仰ぐように頭を上げながら呟く。

 

「まぁ、わたしにも色々あったのよ。それよりも急ぐわよ」

「あ、はい!ホップ!!ユウリ!!行くよ〜」

 

 ボクの呼びかけにハッとなった2人が慌てて走ってくる。2人が近づいてくるのを確認し、ボクも先を行くソニアさんについて行く。

 

 その時見た横顔は、どことなく寂しそうで何となくここに来る前の自分を想起させるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここがエンジンシティよ」

 

 ソニアさんの後を着いていき程なくして到着したのはエンジンシティ。

 

 自然が豊かだったハロンタウンや田舎特有の懐かしさから一転。物々しい機械仕掛けが多く発展した街。パンフレットにも蒸気機関を利用して近代化を遂げた工業都市と書かれていた。その言葉に偽りなく、シュートシティ程では無いにしろ充分大きな街だった。

 

 機械仕掛けと言っても合間には噴水や木々が生い茂っている公園と自然を感じる所もしっかりとあり、子供やポケモンたちが噴水の水で遊んでいる姿が見える。そして何より目を引くのは歯車の形をした昇降機?と思われるもの。

 

 真ん中の歯車から真上と真下に人が乗る台があり、時計周りか反時計回りかで観覧車のように回って人を上ないし下に連れていく構造になっているようだ。ワイルドエリアから入ってそこそこ距離のあるところに建っているはずなのにしっかりと見ることができるその圧倒的存在感はなかなかに目を引くものがある。

 

「あの昇降機を昇った先にジムチャレンジの受付ができるエンジンスタジアムがあるわよ」

「日も傾いてきてるし早く行こうぜ!!」

「あ、ちょっとホップ!!」

 

 受付の場所を聞いた瞬間に前にダッシュするホップとそれについて行くユウリ。

 ほんとにジュンみたいに前向きだなぁと思いながらソニアさんに体を向ける。

 

「すいませんソニアさん。案内してもらったのに礼とかなくて……」

「いいのいいの。それより早くあんたも行きなさい。受付間に合わなくなっても知らないわよ?わたしはポケモンセンターで休んだあとわたしの研究のために色々見て回るから」

「本当にありがとうございました!!」

「はいはい、頑張っておいで」

 

 手をヒラヒラとするソニアさんを背に昇降機まで走る。途中左右のお店に目移りしながらも昇降機にたどり着くと待っていてくれたのかホップとユウリが昇降機に乗るための扉を開けて手招きをしていた。

 

「遅いぞフリア!」

「ソニアさん、何か言ってた?」

「間に合わなかったらあれだから早く行っておいでって。ポケセン寄って休憩終わったら自分の研究に取り掛かるみたいだから少しの間お別れかもね」

「ソニアも頑張ってるってことだな!オレたちも行くぞ」

 

 上に上がるために昇降機のボタンを押すホップ。かなりの高さがあるこの壁の向こうには地図を見る限り巨大なスタジアムがあるらしい。楽しみだなんて思いながら昇降機が動くのをまち……

 

 プシューという音と共に昇降機がぐるんと時計回りに回る。

 

 ……とんでもないスピードで。

 

「「「え?」」」

 

 と呟く頃には下から半円を描くように時計回りに上に上がり、真上にたどり着いたタイミングでピタリと止まる。もちろんそんな動き方すれば慣性がバリバリ残っているわけで……

 

「うわぁっ!?」

「ちょちょちょちょ!?」

「きゃああ!?」

 

 ボクとホップは何とか手すりを掴んで振り落とされないように耐えたけどユウリだけが手すりを掴むのが間に合わなくて倒れそうになる。

 

「「ユウリ!!」」

 

 ホップと一緒に手を伸ばしてユウリの手を掴む。何とか2人で手を掴んでユウリが転ける、ないし昇降機から落ちるということは防げた。

 

「あ、ありがと2人とも」

「何とか間に合って良かったぞ……この昇降機、こんなに早く動くのか……」

「……注意書きでちゃんと手すり持ってって書いてあるね。もっと安全に動くようにした方がいいのでは?」

 

 さすがにこの速度は危ないと思う。とりあえず無事だったことにほっとしながらスタジアムの方へ。なんかモンスターボールの被り物を被った変質者がいたけどとりあえず無視してスタジアムの中へ入る。スタジアムの中は白色のユニフォームを着た人で溢れかえっていた。

 

「凄い人の数……」

「みんなジムチャレンジの参加者なのかな」

「だとしたら皆ライバルなのか!燃えてくるな!」

 

 確かに、ここにいる人全員がライバルだとしたら、そしてみんながジムリーダーたちに参加を認められた強者たちという訳だ。

 ホップの燃えてくるというのもうなずける。

 

「とにかく、まずは受付だな!!」

 

 蛍光ピンクのジャンパーを着た銀髪のような白髪のような人とすれ違い受付へ。

 

「ジムチャレンジ参加者ですか?でしたら推薦状の提出をお願いします」

 

 受付のお兄さんの言葉を聞いてリュックから推薦状を取りだし提出する。

 

「何と、チャンピオンからの推薦状!?あのダンデさんがよく認めましたね……そしてこちらはシンオウチャンピオンからの!?いえ、今は元、でしたっけ……それにしても珍しいところから……どちらの推薦状も始めて見ます。あなた方はいったい……」

「オレは未来のチャンピオンだ!アニキの弟だからな!」

「あ、あはは……」

「ボクはただシロナさんと知り合いだっただけなので……」

 

 チャンピオンからの推薦状というのはどうやら貴重なものらしく受付の人が分かりやすく動揺している。チャンピオンからの推薦というのがどれほど重い意味を持っているのかボクは全然分かっていなかったけどもしかしたらこれだけで一種のステータスになるほど珍しいのかもしれない。そう思うと少しだけ緊張してきた。ホップのドヤ顔できる肝っ玉の座り具合が今は少し羨ましい。

 

「と、とにかく今からジムチャレンジの登録をするので少々お待ちください」

 

 カタカタカタとPCのタイピング音をBGMに周りを見渡してみるとやっぱり多い人の量。みんながみんなユニフォームを着てるわけじゃないけどそれでも恐らくここにいる人はほぼ参加者とみていいだろう。褐色の肌で灰色の髪に黒いリボンの着いたカチューシャをつけた人。サングラスをかけ毛先が少し黄色がかった白髪の少しぽっちゃりした人。ピンク色のふわふわした髪型に少し近寄り難い雰囲気を纏っている子。なんかシルクハットの周りにボールをふわふわ浮かせている人。etc…

 

 思わず目に止まってしまうような特徴的な人が沢山居て、そのどれもが強敵に見えてくる。受験や試験の時に周りの人がみんな賢く見えてしまうあれに似てるといえば伝わるだろうか。いやボクは受験も試験もしたことないから人伝いに聞いた話でしかないんだけど……みんなと戦うことはあまり無いかもしれないが最後まで行けば直接対決が待っているいわゆるライバル的存在。

 

(……って、まずはジム攻略しなくちゃね。早とちりは良くない。目指すのは先だけど足元はちゃんと見ておかないとね)

 

 深呼吸をひとつ落としてどうやら登録が終わったらしい受付の人へと視線を戻し再び説明を受ける。と言っても残りはユニフォームの背番号の登録とジムチャレンジに参加している間、正確には今日からガラル地方の各地にあるスボミーイン、及びアーマーガアタクシーを無料で使用出来るといったことくらいで大きく重要な話というのはなかった。いや、ホテルとタクシー無料の時点で太っ腹だけど……兎にも角にも、受付は期間ギリギリの滑り込みとはいえ無事に登録が完了。大分暗くなってきているので今日はもうホテルに行こうと言う話になりボクたち3人でスタジアムを出てスボミーインへと歩いていく。

 

「しっかし、至れり尽くせりだね……ホテルにタクシー無料ってシンオウじゃ信じられないよ」

「そうなのか?オレたちはむしろこれが当たり前だからなぁ」

「シンオウ地方のジム巡りってどんな旅なの?」

「全部自分の足だけで移動だしポケモンセンターみたいな最初からトレーナーに対して無料開放してるところ以外は普通にお金取られるし基本野宿だしでここほど手厚い保護受けてないよ」

「他の地方だとそんな感じなのか……」

「ボクが初めて旅をした時なんて荷物が多くて大変だったもの」

「そういえば……フリアのリュックって私たちのよりも大きいもんね」

 

 ガラル地方は地方そのものが旅人やチャレンジャーに対してかなり優遇していることもあってか荷物を抱えてる人も少ない。さっきスタジアムにいた人たちも比較的荷物の少ない人も多かったしね。まあ荷物に関してはパソコンから預け入れができるのでそもそも場所を取らないというのはあるんだけど……それにしてもやはりガラルの人は軽装には感じる。旅した時のものをそのまま使っているボクのリュックはそんなガラルの人々と比べるとどうしても一回り程大きなものになっている。

 

「不便だったりしないのか?」

「その分自然と沢山触れ合えるしキャンプとかも沢山できるから楽しいのは楽しいよ?野宿は野宿でそこでしか楽しめない、学べないことも多いしね」

「確かに……こうやってその時の話を聞いているとなんだか私もキャンプとかしてみたくなってきたなぁ」

「ならいつかワイルドエリアでみんなでキャンプだな!そんでもっていつかはシンオウ地方も回る!その時はフリア、案内してくれよな!!」

「私も!!お願い!!」

「ボクで良ければ喜んで」

 

 スタジアムからホテルはそんなに離れていないらしく楽しくおしゃべりしながら向かっているとすぐにホテルが目に入る。今日はもう特に何もすることはないのでこのままホテルに入り夕食を取って休もうと3人の意見が合致したので自動ドアを開けて中に。

 

 ドアを開けて目の前に鎮座するのは剣と盾を持った黄金の大きな像とその前にたって何か考えている様子のソニアさん。なんとも早い再会である。

 

「あら、受付は無事に終わった?」

「おう!間に合ったぞ。今日は明日の開会式のために早く休もうって話になったところだ。逆にソニアはなんでここにいるんだ?」

「わたしが研究していることについての手がかりの1つがここにあるからよ」

 

 そう言いながら見上げる黄金の像。

 

 曰くこの像は昔ガラルを襲ったブラックナイトと言われる危機を解決した若者を象ったものであるらしい。らしいというのも文献が古い、ないし無いせいで本当かどうかも怪しくブラックナイトがどんな現象かはともかく、どんな武器で戦ったのかすら分からないらしい。そこまで来ると本当にあったのかどうかすら怪しいものだけど……伝承として有名ならやっぱりちゃんと存在していたということなのかなと。少なくともテンガン山ではシンオウ地方の伝承が証明されていた。となるとこちらにあっても別段おかしなことでは無い。にしては手がかりが少なすぎる気もするけど……

 

「まぁ、研究は足でするものだし分からないことを解明するのが研究者だもの。これからコツコツ頑張るつもりよ。さて、今度こそしばらくお別れかな?わたしは自分の研究のために。あんたたちはジムチャレンジのために。お互い目標のために頑張りましょ。じゃあね」

「はい、ソニアさんも頑張って!」

「頑張れよソニア!!」

「またどこかで!」

 

 手を振りながら自動ドアを出ていくソニアさん。考古学者であるシロナさんや博士であるナナカマド博士の大変さを身近で割と理解できる方だと思う立ち位置としては是非とも頑張って欲しいなぁなんて思いながら姿が見えなくなるまで見送る。

 

「オレたちもチェックインしようぜ。実はワイルドエリアを結構歩き回っていたからお腹ぺこぺこなんだ」

「私も〜。ご飯も食べたいしお風呂も入って汗流したいかも……」

「あはは、旅に出て初日って思ったより疲れるよね。……あれ?」

 

 階段を登って受付に行こうとした時に奥から聞こえるのは言い争っているような声。階段を登りきって見るとカウンターの前に顔にペイントを施してブブゼラやタオルを持った黒い集団がたむろしており受付までの道を通せんぼしていて、その後ろにはジムチャレンジの参加者と思われる人達がその黒い集団に対して批判の声をあびせていた。

 

「何が起きてるんだ……?」

「分からないけど……なんだか嫌な雰囲気だね……」

「……ちょっと話し聞いてみよっか」

「あ、ちょっとフリア!?」

 

 少したむろしている所をかき分けて最前列へ。もう少しで受付に到着、というところで肩をガシッと掴まれる。

 

「お前、そこで何をしてーる?」

「なんだか受付が騒がしかったので何かあったのかなと気になって来たんですけど……何かありました?」

「今我らが受付中。邪魔をするなー!」

「ってこの人たちは言ってるんですけどどうなんですか?」

 

 受付の人と周りのジムチャレンジャーに目線を向けて回答を促してみる。

 

「こいつらかれこれ30分もここに仁王立ちして動かないんだ」

「そうよそうよ!私たちチェックインしたいのに出来ないじゃない!!」

「私も特に泊まるという話は聞いてないですね……むしろ私から話しかけても動かなくて……」

「みたいですけど……ジュンサーさん呼びます?」

 

 ぐっと唸る声がかすかに聞こえた。どうもホテルの人も困っている模様だ。

 

「我々はただ1人のトレーナーのためにエールを送るために来ただけ」

「そんな我々の……エール団の真面目な行動……」

「邪魔するなら、エール団の恐ろしさを教えーる!!」

 

 受付で邪魔していた3人の集団。エール団がそれぞれ1匹ずつポケモンを下してくる。

 

(室内なのに容赦無しって……他の人巻き込んだらどうするつもりなのさ)

 

 出てきたのはジグザグマの色が変わった子が2匹とロコンと同じような色をした子が1匹出てきた。ロトム図鑑が勝手にポケットから出てきて相手のポケモンをスキャンしていくのを横目にボクもボールを構える。

 

「フリア、手伝うぞ!」

「私も!他の人が巻き込まれたら危ないもんね」

「うん。行くよ!」

 

 サルノリ、ヒバニー、メッソンのおなじみメンバーの登場。そしてロトム図鑑からの言葉。ジグザグマはガラルのリージョンフォーム、もう1匹はクスネというポケモンらしい。どちらもあくタイプだしジグザグマに至ってはノーマルも複合されているらしく、にどげりを覚えているヒバニーが有利に戦えそうだ。

 

「エール団を甘く見るなー!クスネ、『でんこうせっか』!!」

「「ジグザグマ、『たいあたり』!!」」

 

 エール団のポケモンたちがクスネを先頭に突っ込んでくる。けど動きは単調だしパッと見まだ育ってない子に見えるから被害を増やさないためにもここは速攻!!

 

「メッソン、相手の足元に『みずのはどう』!!」

「ヒバニーは『ひのこ』を合わせて!!」

 

 ユウリがボクの意図に気づいて技を合わせる。ほのおタイプの技とみずタイプの技がぶつかって水蒸気がおき、相手の視界を塞ぐ。

 

「サルノリ、『はっぱカッター』!!」

 

 その水蒸気の中にはっぱカッターを打ち込み相手の突撃を封じる。はっぱカッターによってダメージを与えながら水蒸気を飛ばし、ダメージを受けて怯んでる3匹を確認して……

 

「メッソン、『みずのはどう』!!」

「ヒバニー、『にどげり』!!」

「サルノリ、『えだつき』!!」

 

 それぞれが一人一殺もとい、一匹一倒せんと全力で技を放ちトレーナーの元へ吹き飛ばす。足元に倒れ伏したクスネたちは目を回していた。戦闘不能だ。

 

「「「わ、我等が負けーる……」」」

「ちょっとあんたたち!!」

 

 ポケモンを戻しながら肩を落とすエール団。そんなエール団に怒号が飛ぶ。振り返るとそこに居たのは剃りこみ入りの黒髪ツインテールに緑色の目。ピンクのワンピースの上に黒のジャケット、足はスパイク状のヒールというパンクな服装に身を包んだ少女がいた。

 

「私の応援に来てくれるのは嬉しいけど他の人に迷惑かけるのはいけんって言っとるやろ!!ほら、早く帰って!!」

 

 少女の言葉に追い立てられるように逃げていくエール団。エール団が消えたことによって受付前が空き、受付できなかった人が口々にありがとうやこれで受付できると言いながら受付へなだれ込む。一応これで一件落着なのかな。……ボクらが受付するのはまだ先になりそうだけど。

 

(しっかしエール団……エール団ねぇ。ナントカ団には全くいい思い出がないんだよなぁ……)

 

 ギンなんとか団とかいう奴らのせいでいい思い出がないボクとしてはこの地方にも変なやつがいるのかと若干ヒヤヒヤものなんだけど……

 

「さっきはごめん!!」

 

 受付の様子を見ながらそんなことを考えていると後ろから声をかけられて振り返る。するとさっきの少女がボクらに頭を下げていた。

 

「さっきのエール団っていうの、あたしの応援団なんだ。ただ、地元からチャレンジャー出るのが珍しかったけんみんなちょっとピリピリしてて……不愉快な思いしてたらホントにごめん!!」

 

 目をぱちくりさせながら顔を見合わせるボクたち。けどそれもほんの数秒で直ぐにボクたちの顔は微笑みに変わり……

 

「別に気にしてないぞ。ちょっと過激そうだなとは思ったけどチャレンジ前からファンがいるなんて普通に凄いもんな!」

「それだけ期待されてるってことだもんね。凄いな〜」

「こっちの地方だと始まる前からファンが出来るんだね……なんか、ガラルって凄いや。よかった、ギンガ団みたいな奴らじゃなさそうで……いやでもワンチャンこの子が幹部とか……いやさすがにないかな

 

 ボクらの言葉に今度は少女の方が目をぱちくりさせる。

 

「あ、そうだ。オレの名前はホップ」

「私はユウリ」

「ボクはフリア。よろしくね」

「あっ……」

 

 一瞬驚いたような表情をした後……

 

「あたしはマリィ。みんなと一緒でジムチャレンジャーのひとり。よろしく」

 

 彼女、マリィがそっと微笑みながら自己紹介をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダイマックス戦術

某ヒーロー志望生みたいになってますね()
見ての通り主人公は色々考えて動くタイプ(の予定)です。

ソニアさん

個人的に私が剣盾で一番好きな女性キャラ。
ストーリー見返してみると挫折多いのに立ち直るの早くて凄く心の強い方。
ちなみに作者は白衣を着たソニアさんより私服の方が個人的に好きです。
それ脱いでください。(おい)

昇降機

初めてゲームで動いている所を見た時その回転速度を見てずっとこう思ってました。
あれ絶対乗ってる人吹っ飛ぶ殺人昇降機です間違いない(迷推理)

チャレンジャー

ちらほら見たことある影が……
どれが誰ですかね?

マリィ

みんな大好きマリィさんですね。
ただなんとかガ団と戦った経験のある主人公からしたら気が気じゃない相手ですよね。
思いっきり杞憂ですが。
作者的には似非博多弁がどの程度かが分からなくて頭を悩ませる種に。
作品によってはバリバリの博多弁っ子になってるものもあるんですよね。
めんどくさいので私の塩梅でやります()


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8話

ちょうどいい文字数は一体何文字なのだろうと頭にハテナを浮かべながらとりあえず個人的にはそこそこ多めに文字読みたい派なので8000字を超えるのを目標に毎回書いています。

読み辛い時は……申し訳ないですがこれが私のスタイルということでどうぞよしなに。


「おはようフリア!今日は寝坊助じゃないんだな!」

「別に普段から寝坊助なわけじゃないし。あの時は時差ボケが酷かっただけだよ〜だ」

 

 昨日と違って眠気のないさっぱりとした気持ちで迎えた朝。朝食をとるためにホテル内にあるレストランに向かうと既にボク以外の人が集まっていた。

 

「あ、おはよ〜フリア。いよいよ今日からだね!」

「お、おはよう……その、ユウリとホップに誘われたけん、昨日に引き続きあたしも同席してるけど……問題なかったと?」

「おはようユウリ。それとマリィも、全然大丈夫だよ。おはよ」

 

 ホップの隣の席に座りながら挨拶をしていく。4人がけのテーブルには昨日出会ったばかりのマリィも同席していた。というのも昨日自己紹介をした後部屋に戻っても特にやることは無かったのでせっかくならということでマリィも誘って4人で夕食を取り、その流れで談笑しある程度打ち解け合う程度には仲も良くなっていた。今日の朝もユウリとホップが朝食をとるために部屋を出た辺りでマリィを見かけたから誘ったと言ったところかな。

 

「いよいよ今日からジムチャレンジだな!オレの伝説の始まる日……楽しみだぞ!」

「朝からそればっかり。ほんと楽しみなんね」

「勿論!アニキが待つ場所にオレも行くんだぞ!」

「アニキ……そっか、あんたもだもんね。あたしも分かるかも」

「フリアはどう?ジムチャレンジの緊張とかあったりするの?」

「ボクは開会式自体よくわかんないから実感わかないなぁ……」

 

 ユウリに聞かれるも実感がわかないのは事実なのでいまいち何をするのかよく分かってないというのが感想。ジムを巡る前に開会式ってどんなことするんだろうね?

 

「やることと言えばざっくり言うとジムリーダーとチャンピオンとチャレンジャーの顔合わせとガラルポケモンリーグの委員長を務めてるローズさんからの挨拶くらいかな。でも1年に1回のお祭りのようなものだからみんなワクワクしてるんだ」

「成程……」

 

 要はうちで言うポケモンリーグトーナメント前のあの空気と同じなのだろうか?

 

「まぁ、すぐに分かることになるって。フリアもきっとワクワクするぞ!!」

 

 ホップの言葉にまぁなんとなく期待しておこうかななんて思いながらご飯を食べ進めていく。

 

 程なくしてご飯も食べ終わりホテルの部屋に一旦帰って荷物も整理。ホテルを出て先程の4人でそのままスタジアムの方へと向かっていく。

 

 昨日よりも賑わいをみせるスタジアムは参加者だけでなく観客も入っているみたいで明らかに昨日を超える人がスタジアムに駆け込んでいた。あまりの人の多さに若干人酔いしてしまいそうで、けどジムチャレンジ参加者へのユニフォームの配布も始まっている以上受付に行かないといけないのは確かで……

 

「人が多すぎる……押しつぶされそう……」

「初めて現地に来たけどこの人の多さは予想外だぞ……」

「うぅ、なんか流されそう……」

「ユ、ユウリ!しっかりすると!!」

 

 4人で人波にもまれながら何とか受付にたどり着きユニフォームを受け取って更衣室へ。当然ながら一旦ユウリとマリィと別れホップと真っ白なユニフォームに着替える。真っ白な生地に青のラインの入った服。右手には同じく白色を基調としたグローブをしっかりとはめ、背中に背負うのは昨日受付の人に伝えた背番号『928』の数字。

 

「似合ってるぞフリア!」

「ありがと。ホップも、なんか雰囲気違うね」

 

 いつもよりも引き締まって見えるその姿はどこかいつもの陽気なホップの雰囲気とは違って大人びても見える。

 

「フリアもなんか……普段は穏やかって言うかふわふわっていうか、そんな感じなのにバトルの時の冷静でかっこいい感じが出てるぞ!」

「そ、そうなの?」

 

 素直に褒められて少し照れてしまう。あまり容姿を褒められたことは無いのでむず痒くて……

 

「さ、早く行こ!多分ユウリとマリィも先に行ってるしさ」

「そうだな!2人のユニフォーム姿もきっと似合うだろうしな!!」

 

 少し恥ずかしさを誤魔化しながら先を促す。周りを見れば既にほとんどの人がスタジアムに向かっている様子で遅刻するのもユウリ達を待たせるのもまずいのでさっさとホップを連れて今度は控え室へ。

 

 この開会式、プログラムの順番としてはまずローズ委員長の挨拶から始まり、次にジムリーダーが入場してチャンピオン入場。その後にボクたち参加者が入場してジムリーダー、チャンピオンが順番に挨拶していく。という流れになっているらしく入場のタイミングになるまでは大きな控え室でディスプレイで会場を確認することになっている。参加者の多さとボクたちの移動が遅かったのもあり控え室の中は入口程じゃないけど人が密集していた。みんながみんな白のユニフォームなため視界の八割くらいが白で埋まっていて少し眩しさを感じたりもする。

 

「あ、フリア!ホップ!」

「2人ともやっときた」

 

 そんな白い視界に若干目を回しそうになっていたところにかけられる声。その方向を見てみるとこちらを呼ぶユウリとマリィが。

 

「おっすユウリ、マリィ!2人もユニフォーム似合ってるな!!」

「ホップこそ!あ、そういえばみんな背番号は何にしたの?」

 

 4人集合して話題になるのは背番号の話。昨日の受付の時にも説明されたけどこのユニフォーム、3桁の背番号を予め伝えておくことでその数字がプリントされた自分のためのユニフォームを作ってくれる。背番号はどんな番号でもよくその人の性格とか思いとかが意外と見えたりする。

 

「オレは『189』!!飛躍って意味でつけたんだぞ!!誰よりも高くはばたくんだ!!」

「あたしは『960』。単純に黒色が好きだからこうかなって」

「私は『227』。普通に誕生日にしちゃった」

「ボクも誕生日併せで『928』にしちゃったや」

「やっぱり誕生日にする人多いんね……でもジムリーダーはみんなゴロ合わせでつけてるよね」

「逆に誕生日にしてる人をオレは知らないぞ」

「「うっ……」」

 

 ボクとユウリの言葉が詰まる。多分ユウリももしかしたら番号を誕生日にしたら負けるジンクスとかあるのかもって考えてるのかもしれない。なんせボクがそう考えてる……。

 

「やっぱ安直だったかなぁ……」

「ううん、でも私も思いつかなくて……でも確かにお兄ちゃんも同じ番号なんだよね……」

 

 話を聞く限りユウリのお兄さんも誕生日にしていてこの話ぶりだとどこかしらで負けた、ということなのかな……?……ほんとに怖くなってきたんだけど?

 

「けどユウリのアニキはジムチャレンジは優勝してたじゃん」

「そ、そうだよね。誕生日でも大丈夫だよね」

 

『レディース アンド ジェントルメン!!』

 

 背番号の話をしている所に響くマイクによって拡声された音。ディスプレイを見てみるとスーツ姿に口の周りの髭が特徴のふくよかな男性が映し出されていた。『ローズ委員長だ!!』という声がどこかから聞こえたのとパンフレットに写っていたのを見た記憶からあの人がこのジムチャレンジを開催しているリーグのトップということなのだろう。

 

『私、リーグ委員長のローズと言います。皆さま、長らくおまたせしました!!そして今年もこの季節がやって参りました!!このガラル地方で年に一度の祭典、ジムチャレンジ!!いよいよ開催です!!』

 

『わああああああああ!!!!』

 

「っ!?」

 

 控え室まで響く地響きのような歓声。そのあまりにも大きな音に思わず体が硬直してしまう。

 

(こんなにもすごい声が……シンオウリーグのトーナメントの時よりも全然大きい……!?)

 

 ボク自身トーナメント出場者なだけあってもちろんこういった観客の声を浴びせられることは初じゃない。けどそれを簡単に超える声が控え室の中だと言うのに聞こえてくる。それほどまでにこの企画が地方全てを上げて注目されているというのがよく伝わってくる。

 

(何も知らずに直接浴びてたらしばらく頭真っ白になりそうだなぁ……)

 

『ジムチャレンジとは!期間中に8人のジムリーダーに勝ち、8つのジムバッジを手に入れた素晴らしいトレーナーによる激しいトーナメントを行い、その優勝者が!!チャンピオン。そしてジムリーダーたちが鎬を削るチャンピオンカップに出場できるというもの!!』

 

 おおよそ事前情報と同じようなことを言うローズ委員長。まあ恐らく言わなければならないお約束というものなのだろう。それにボクのような初めての人もゼロでは無いはずだ。もっともガラルに住んでいて知らないという人はおそらく居ないのだろう。それからさらに細かい説明を続けるローズ委員長はさらに会場を盛り上げようと声をはりあげながら告げる。

 

『では長い前置きはこの辺で、いよいよ登場してもらいましょう!!我らが誇る最高のジムリーダーたちです!!』

 

 ディスプレイに映し出されるローズ委員長から視点が移動しスタジアムの入口へ。その入口から強者特有のオーラを放ちながら7()()()()()()が現れる。その7人に対して1人ずつに焦点を当ててローズ委員長が紹介していく。

 

『ファイティングファーマー!!くさタイプジムリーダー、ヤロー!!』

 

 恰幅のいい、それでいて人の良さそうな穏やかな笑みを浮かべた大男が。

 

『レイジングウェイブ!!みずタイプジムリーダー、ルリナ!!』

 

 褐色肌の水色メッシュが混じった髪で投げキッスをしながら歩く女性が。

 

『いつまでも燃える男!!ほのおタイプジムリーダー、カブ!!』

 

 白髪混じりの髪に姿勢正しく、真っ直ぐ見つめる燃える瞳をした少し老齢の男性が。

 

『サイレントボーイ!!ゴーストタイプジムリーダー、オニオン!!』

 

 白い仮面を被り、左右に体をゆらゆら揺らせながら歩く少し幼く見える中性の人が。

 

『ファンタスティックシアター!!フェアリータイプジムリーダー、ポプラ!!』

 

 傘を杖のようにし、ピンクの服を纏って優雅に、そしてゆっくり歩いてくる老齢の女性が。

 

『ジ・アイス!!こおりタイプジムリーダー、メロン!!』

 

 真っ白なあたたかそうな服に身を包み、観客に手を振りながら歩くふくよかな女性が。

 

『ドラゴンストーム!!そして、ジムリーダートップ!!ドラゴンタイプジムリーダー、キバナ』

 

 スマホロトムで自撮りしながら、けれども観客にもちゃんと手を振り答えながら歩く背の高い男が。

 

 7人が1列に並ぶその姿は壮観で、全員から確かなオーラを画面越しなのにしっかり感じる。

 

(1人いないけど、これが……これから倒さなくちゃ行けない人たち)

 

 それぞれがタイプのエキスパート。

 

 シンオウ地方の時とは違ってボクも経験がある。けど話を聞く限りこちらの地方のジムリーダーの方がストイック。ジムリーダーの強さもこちらが上の可能性が高い。シンオウの時よりも苦しい戦いが待ってそうだ。

 

『選手の皆さん、入場準備お願いします』

 

 どこからか聞こえてくる委員会の人の声。その声にみんなで向かい合って頷く。あれだけ騒がしかった控え室もしっかりと静まり順番にスタジアムの方へ。きっと今頃チャンピオン、ダンデさんが入場をしている頃だろう。

 

 まばらな足音をBGMにスタジアムへの廊下を歩いていく。徐々に暗くなっていく廊下は、しかしスタジアムからの光によってうっすらと道が見えるようになっている。その中をこだましていく足音が少しずつ、観客の声に上書きされていく。そしていよいよ先頭集団がスタジアムの入口を超え……

 

『わああああああああ!!』

 

「うっ」

 

 声と同時に突風が吹いたかのように感じ、少し後ろに押されそうになる。少し横を見ればマリィやユウリも同じように少し目を瞑っていた。ホップはワクワク顔が留まることを知らなかったけど……やがてボクたちも暗い廊下から一気に明るくなったスタジアムの中へと足を踏み入れる。芝生特有の少し足の裏を押し返すような弾力をしかと踏みしめながら1歩、また1歩と歩き出し並んでいるジムリーダーの前にたどり着く。

 

 スタジアムの真ん中に立つ事によって今までは一方向からしか聞かなかった声援が360度全方位からかけられる。

 

「うっわあぁ……」

 

 周りを見渡せば人、人、人。明らかにシンオウリーグよりも多い人。今でこそここにいる全員に浴びせられている声。だがもしジムリーダーとの戦いでもこうなら?その時はこの歓声は当事者のみにあたることになる。

 

(なんか、ワクワクするっていうの、分かるかも……)

 

 ホップのあの興奮模様にようやく共感しながら、少し浮ついた心を楽しみながら、開会式を過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、今年もジムチャレンジの季節がやって来ました!!会場は毎年大きな賑わいを見せていますが今回はいつも以上に盛り上がっているように見受けられます!!見てくださいこのエンジンスタジアムの盛り上がりよう!!』

 

 テレビに映し出されるのはエンジンスタジアム。スタジアムの入口周りではジムチャレンジの最初の壁であるターフタウンへ向かおうとしているチャレンジャーと既に誰を応援するか決めているサポーターによってかなり賑わっていた。

 

『例年よりも参加者の多い今回のジムチャレンジは当然ながら競争率も激しく、さらにさらに中には既に大量のサポーターを携えている大物予備のトレーナーもいるとかいないとか!!』

 

 リポーターの言う通り黒い集団がとある選手がプリントされたタオルをみんなで振り回しているところが映っている。若干怪しさを感じるものの応援を送っているのは事実なのでまあちょっと過激かもしれない程度の認識にとどまっているだろう。

 

『さて、では今回なぜこんなにも参加者が多いのかという話なのですが知っての通りこのジムチャレンジは特定の誰かからの推薦状がなければ参加できません。つまり例年よりもたくさんの推薦状が提出されたという事なのですが今回も我々は誰がどれくらい推薦状を出したのかという情報をリーグの方から頂きリストを確認させて頂きました!!』

 

 ジムチャレンジの入口を映すカメラには以前にして賑わいを見せる模様が映っているがライブ撮影をしていることに気がついている一般人の方がこっそり映るか映らないか位のところで手を振ったり変顔したり、いわゆる野次馬が騒いでいた。

 

『そしてその推薦状の内訳によると普段あまり推薦状を出すことの無いあくタイプジムリーダーのネズさんやローズ委員長、更には元チャンピオンであったマスタードさんが直々に提出されていたりするらしく、今回はただ数が多いだけではなく確かな実力を見込まれて推薦された方が多いのではないかと思われます!!そして何よりも、今回注目したいのはチャンピオンであるダンデさんが初めて推薦状を提出されたことです!!しかも2枚!!推薦された選手の名前はホップ選手とユウリ選手!!』

 

 リポーターの説明の後画面が切り替わり2人の選手の顔写真が映し出される。一方周りの人はチャンピオンが推薦状を出した事実に驚きを隠せないようだ。

 

『2人の情報を探したところなんとホップ選手はチャンピオンの弟ということが分かりました!!直前のインタビューでも『アニキを超えるんだ!!』と言っていたあたり間違いないでしょう。そしてユウリ選手!!彼女もどうやら注目するべき選手で去年ジムチャレンジを駆け抜けトーナメントを優勝し、チャンピオンをあと少しまで追い詰め大いに盛り上げてくれたあのマサル選手の妹ということが分かりました!!どちらもガラル地方のリーグの歴史に名を刻む人の身内ということでかなりの期待がもてますね!!』

 

 リポーターの言葉にさらに盛り上がる野次馬たち。若干所ではない近所迷惑だがそこは祭りのさなかのご愛嬌と言うやつだろう。

 

『さて、ジムチャレンジの情報もそこそこ出したのでここら辺でいつものジムチャレンジャーへのインタビューを行いましょう!!どなたにインタビューしようかな〜っと……』

 

 カメラが動き出しエンジンスタジアムの入口へと向かっていくと何人かがターフタウンへの道を通っていくのが映っている。そんな中誰に目をつけようか物色しているリポーターの横顔が映し出され……

 

『あ、あの人にしてみましょう!!すみません!!』

『はい?』

 

 リポーターの声に反応し振り返る少年。その少年は群青色のズボンに白のシャツと少し濃いめのグレーのスウェットパーカー。そこに赤い帽子と水色のマフラーを巻いている、比較的寒冷寄りであるガラル地方にまぁ適していると言える服装をしていた。

 

『わたしガラルTVでリポーターを務めているスズラと言います!!今お時間よろしいでしょうか?』

『はい、構いませんけど……』

『ありがとうございます!!まずはお名前を聞いてもよろしいでしょうか?』

『はい、フリアと言います』

 

 リポーターのお願いに応えるその少年は齢11くらいにみえる。もしかしたらもう少し上なのかもしれないが少し低めの身長とくっきりとした二重に少し大きなタレ目、そして長いまつ毛が物凄く童顔具合を助長していた。顔が中性的だったというのも要素の1つと言えるだろう。

 

『今回ジムチャレンジは初参加ですか?』

『はい、そうです。開会式の空気を初めて感じたんですけど凄いですね。思わず体が硬直しちゃいました』

 

 苦笑いをしながら応える彼は確かなことを言っているようでインタビューには少し慣れているようだったがそれでも若干の緊張が見て取れた。

 

『初めてというのは現地参加がということでしょうか?それとも他の地方からの参加ということでしょうか?』

『他の地方からですね』

『そうなんですね!!他の地方と言うとほのおタイプジムリーダーのカブさんがホウエン地方出身なのですがそちらからですか?』

『カブさんホウエン地方出身だったんですね!!確かにあちらは温暖な気候なので納得ですね……ああ、すいません、質問の答えですよね?ボクの出身はシンオウ地方です。シンオウ地方からこちらに用事があって来たのですがその時に推薦状を貰っていたのでせっかくならということで参加の方を。ジムチャレンジのことを本当に何も知らなかったのですが、ジムリーダーの皆さんを見て皆さん凄いカリスマを持っていらっしゃるなぁと……今からジムで戦うのが楽しみです!!』

 

 段々と緊張が取れ始めて来たのか饒舌に喋り出すフリア選手にリポーターもいい返事が貰えて大変ご満悦と言った表情を見せている。他の地方からの参加というのも物珍しいだけあって、やはりリポーターの目は間違いなかったと言ったところだろうか。

 

『元気な回答ありがとうございます!!次に聞きたいのは自分以外の選手で気になる人はいますか?他の地方からの参加ということであまり他の参加者のことは詳しくないかもしれませんが……もしいましたらお願いします!!』

『そうですね……確かにあまり知らないので少しつまらない答えかもしれませんが……やはりユウリとホップ……じゃなかった、ユウリ選手とホップ選手ですね』

『おお!!やはりチャンピオンや優勝者の身内というのは気になりますか?』

『いえ、そうではなくて……実はボクがガラル地方に初めて来た時に出会っててジムチャレンジについての説明も2人からしてもらってたんです。バトルもしてまして……』

『バトルしたんですか!?結果は!?』

『え、えと……』

 

 いきなり詰め寄られて若干引き気味の少年。実は今回の優勝候補が既に戦っていたという情報はこういう職業の人にとってはどんな高級料理よりも美味しそうに映るだろう。

 

『ギリギリボクが勝ちました。けど一対一でしたし既にホップ選手は三体手持ちを控えているのでフルバトルだとどうなるか……』

『成程……それは気になりますね!ユウリ選手とも戦っていたり?』

『いえ、ユウリ選手とはまだ……でもいつか戦ってみたいですね』

『私もスタジアムで皆さんが戦う姿を見るのが待ち遠しいです!!』

 

 これ以上ないインタビューにリポーターもホクホク顔だ。少年の方もすっかり緊張が消えているようでインタビューに答える顔もどこか楽しそうに見える。

 

『では今回のジムチャレンジへの意気込みをお願いします!!』

『意気込み、ですか……皆さん本当に強そうな人ばかりですけど……バッジを集めてトーナメントを勝ち上がり、チャンピオンに挑んで勝ちたいです。そうすればきっと……』

『大きな目標ですね!!応援しています!!』

 

 放送を盛り上げる優勝宣言に満足そうに返すリポーター。少年の最後の方の言葉は小声だったこととリポーターによってかき消されたということもあり上手く聞けなかった。少し決意をしたような顔をしていたのは気になるが。

 

『あっと……すいません、そろそろいいですか?』

『あ、はい!!こちらこそ長時間引き止めてしまい申し訳ありません!!』

 

 少年がポケットを気にしているあたり、携帯か何かに連絡が入ってバイブ通知があったのかもしれない。

 

『たくさんの質問に答えて頂きありがとうございます!!頑張ってくださいね!!』

『ありがとうございます!!失礼します!!』

『……あ、最後に1つ!!』

 

 インタビューが終わり離れようとした少年に声をかけるリポーター。確かに気になる情報が1つ聞けてない。これだけは聞いておいて欲しいものが1つ……。

 

『他の地方からの参加は先程も言った通りかなり珍しいのですが、誰からの推薦状ですか!!これだけ答えていただけたら大丈夫です!!』

『シロナさんから頂きました!!では失礼します!!』

 

 そう残し少年は走り去っていった。そして残されたリポーターは先程の少年についての感想をまとめようとして……

 

『とてもほんわかした独特な空気を持っていた方でしたね!!しかし成程……シンオウ地方から来たシロナさんという方からの……ん?シロナさんといえば確か……シンオウ地方の……え、元チャンピオンシロナ!?あの人からの推薦状!?ええええええええええええ!?!?!?!?』

 

 リポーターの、そしてその周りの野次馬からの驚きの悲鳴が辺りに響き渡った。

 

 この日、視聴者の中で新たな注目選手がピックアップされた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




背番号

思い出深い、大切な数字ですね。

開会式

8話でようやく?
展開は遅い方なのかどうなのか分からないですけど……
とりあえずジムリーダーのメンツは盾準拠ですね。
なぜこうなったのかは追々……
ネズさんの場合は哀愁のネズと紹介されていたんですかね?

インタビュー

地方を上げての話題ですしこういう人も居そうだなぁと。
誰の推薦状かは他の参加者やメディアの人が知ってる節が色んなところにあったので恐らく公開されてるのでは?というところから。
多分間違いはないかと。
なぜシロナさんの推薦状は知らなかったかと言うと『どうせ他地方からの参加はないでしょ』という思い込みからノーマークだったという話。

少年

何気に初めて主人公の見た目が公開。
8話かけてやっと……?
コウキ、ジュンとかっこいい系がいるので穏やかな可愛い寄りでもいいかなと。

キャラ

キャラ紹介で1話使うのは個人的にはあまりしたくないのです。
書く内容が多すぎればネタバレに、書かな過ぎればそれ意味ある?となるので……
キャラ紹介なんて一番最初に置くものですしね。
その分描写増えて文字数増えちゃうんですが……塩梅が難しい……



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9話

何となく流れは思い浮かんではいるもののストックなどないのでヒヤヒヤしながら書いてます()


 開会式が終わり余韻に浸りながらゆっくり着替え、スタジアムの外へ出るとインタビューの人に捕まって受け答えをすること数分ほど。いきなり入った着信に答えるとナナカマド博士からの連絡で荷物の件に関してのお話だった。確かに届けてから依頼完了の通知を飛ばしてなかったのでこればかりはボクが悪い。無事に届けた旨を伝え電話を切り、改めて今の状況を確認する。

 

 開会式が終わってすぐの時点でホップやマリィたちを含めたほぼ全員が我こそはと1つ目のジムがある町、ターフタウンへと駆け出してしまいインタビューに捕まったボクは完全に1歩出遅れる形となっていた。スボミーインにて開会式に邪魔になると思って預けていた荷物も受け取り、最後にチェックアウトを済ませたところでさてどうしようかと悩み始め、行動を起こしたボクはと言うと……

 

「ん〜、美味しい〜!」

「メソ〜!!」

「ラル〜!!」

 

 カフェでパフェを堪能していた。

 

 エンジンスタジアム前の昇降機をおりて(今度はしっかり手すりを掴んでた)からの大通り。人通りが多いこともあり商店街みたいになっており右に左に露店やお店、レストラン、果てには技マシンや技レコードなるものまで売っている所もあり沢山の人で賑わっていた。そんな中でもバトルカフェと呼ばれる場所に来ており、メッソン、ラルトスと共に甘い一時を過ごしていた。

 

 1歩出遅れているのにこんなことしてていいのか?

 

 至極真っ当な理由だけどそもそも今回のボクの旅の目的は()()()()()()()()()()()。初めて訪れたこのガラル地方を観光することである。言ってしまえばジムチャレンジはついででしかない。もちろん、ジム巡りはする予定だったしコウキに追いつくために強くならないといけないのも事実。故にジムチャレンジはちゃんとやらなくちゃいけないものだが……

 

 それと同時にこのまだ知らないこの地方の魅力にもっと触れたい。というのもあって今回の旅はゆったり行きたいと思っている。期限は確かにあるかもしれないけどその期限も数ヶ月単位で取ってくれているんだ。最短距離とか最短記録とか気にせずにこの旅を楽しみながら行こう。

 

「それにしてもほんとに美味しいなぁこれ。こんなの食べずに先々ジム目指すなんて勿体ない……あむっ、んん〜!!」

「メソメソ〜!!」

「ラ〜ル〜!!」

「あれ、もしやフリア選手ですか?」

「ふぁい?」

 

 パフェを食べている時に声をかけられたので反射で返事をする。スプーンをちょうど口に含んでいた時だったので少し間抜けな声が出たけど気にしない。

 

「やはりフリア選手じゃないですか!!インタビュー見ましたよ。まさかシンオウ地方のチャンピオンからの推薦だなんて……」

「あ、ありがとうございます。たまたま知り合いだったというだけですよ」

 

 声をかけてきたのはこの店の店主みたいでどうやら先程のインタビューライブを見られていたようだ。他の地方のチャンピオンってそんなに知られてないのでは?なんて思ってたけどそんなことはないらしい。やっぱり凄い人はどこいっても凄い人と認知されているようだ。

 

「もしよろしければバトルして頂けませんか?」

「バトルしていいんですか?」

 

 なんて質問してみたがよくよく考えればこのお店の名前はバトルカフェ。よく見れば店の奥にはバトルコートもあるほど広いお店だ。店主から挑まれるとは思わなかったけど……

 

「むしろこのバトルカフェでは店員や店主と戦うことがひとつのメニューになっているんです。勝てば追加でお菓子やデザートをこちらからプレゼントしますよ」

「成程……」

「ちなみにバトルの内容は2対2のダブルバトルです。いかがですか?」

「どうする?メッソン、ラルトス」

 

 視線を向けるとメッソンとラルトスが元気に返事を返してくる。やる気満々みたいだ。2匹の意志を汲んで店主に是非と返しいざバトルコートへ。

 

「さて、それではシンオウ地方のチャンピオンに認められたその力、見せて貰いましょうか!!」

「あまり期待はして欲しくないのですけど……全力で行きます!!頼むよ、メッソン、ラルトス!!」

「行きなさい、マホミル!!ペロッパフ!!」

 

 店主が繰り出したのはふわふわ浮いたミルクみたいなポケモンとペロッパフ。カフェと言うだけあってポケモンもどこか甘い匂いのするポケモンで固められているみたいだ。ミルクみたいなポケモンは初めて見るけど店主が言うにはマホミルと言うみたい。図鑑を確認するにどちらもフェアリータイプのポケモン。相性としては可もなく不可もなくと言ったところか。

 

「では小手調べに……マホミル、『てんしのキッス』。ペロッパフ、『ようせいのかぜ』」

「ラルトス、『かげぶんしん』で敵の視線を散らして!!メッソンは『みずのはどう』をマホミルへ!!」

 

 てんしのキッスを分身に身代わりになってもらって状態異常をまいてくるマホミルを先に落としに行く。てんしのキッスを貰ったら混乱状態になってしまう。下手したら味方に攻撃をしてしまいかねないからそこだけは止めなきゃいけない。ようせいのかぜを受けるのは必要経費。その代わりにみずのはどうを押し付ける。みずのはどうを打っている兼ね合いでメッソンにはあまりダメージが行かずラルトスは重く受けてしまう。

 

(けどラルトスにはドレインキッスがあるから少しくらいなら耐えられる。それに……)

 

 相手のマホミルを見てみるとみずのはどうがかなり効いているのか少しフラフラしながら浮いているように見える。マホミルの耐久が低いのかそれともメッソンの火力が高いのか。どちらにせよこちらの攻撃はボクが思っているより強いみたいだ。ただ本来単体攻撃であるはずのようせいのかぜが全体攻撃になっているあたり、この店主のペロッパフの火力もなかなかに高いみたいだからそこは注意。

 

(だとするならメイン火力はやっぱりメッソンの方が良さそう……であればラルトスの方はこうしようか)

 

 実は諸事情によりラルトスの火力が何故かあまりでないというのがワイルドエリアでの経験値集めでわかった。一応ラルトスの戦い方も思いついてはいるけど今回はサポートで行こう。

 

「ラルトス、さらに『かげぶんしん』」

 

 どんどん増えていくラルトスの影。軽く数十を超え始めたあたりでメッソンがラルトスの影に隠れながら移動していく。

 

「かげぶんしんは厄介ですけど……ようは避けられないようにすればいいだけですね。マホミルは『あまいかおり』。ペロッパフはもう一度『ようせいのかぜ』!!」

 

 甘い匂いに誘われて動きが弛緩し、メッソンとラルトスの回避力が下がってしまう。そして全体攻撃に拡散されたようせいのかぜ。恐らくどれだけかげぶんしんを作っても少しでも攻撃がかすったら消えてしまう性質上意味が無いとは思う。けど範囲を広げればその分一点突破がしやすい。なら……

 

「メッソン、1発大きいのをぶつけて!!『みずのはどう』!!」

 

 広げれられたようせいのかぜの一部を突き抜けるみずのはどうはそのままマホミルに向かって飛んでいく。

 

「そう何度も受けるわけに行きません!!マホミル、避けてください!!」

 

 全力で放たれたみずのはどうをふわふわとした挙動で避けていくマホミル。みずのはどうの動線上から完全に外れみずのはどうが不発に終わると思われたその時。

 

「ラルトス」

「ラルッ!!」

「なっ!?」

「マミュ!?」

 

 みずのはどうの軌道が曲がりマホミルに直撃し、そのままダウン。戦闘不能になる。なんてことは無い、ただ単純にみずのはどうをラルトスのねんりきで操ってぶつけただけだ。と言っても本当に少し軌道を変えただけでみずのはどうの勢いを殺さずにぶつけるようにラルトスにお願いした感じだ。さすがにねんりきで全部操作となると勢いを殺してしまう。と言っても先程言った通りラルトスのねんりきは少し出力が低い……というか少し癖があるので、多分メッソンのみずのはどうを制御するだけの出力ないしね。

 

 さて、これで2対1の状況。ダブルバトルにおいてこういう状況が出来た時はほぼほぼ勝ち確の状態と言ってもいいだろう。

 

(ただ、油断はせずにゆっくりと詰めていこうか……)

 

 メッソンに指示を出してラルトスの周りにみずを出し、そのみずをラルトスがねんりきで周りに浮かばせる。これで何時でもラルトスでメッソンの援護ができる。

 

「さぁ、このまま確実に押し切るよ!!メッソン!!ラルトス!!」

「メソッ!!」

「ラルッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁさすがシンオウ地方チャンピオンに推薦されただけはありますね〜お強かったです!!」

「いえ、マスターのポケモンもよく育てられてて強かったです!ようせいのかぜ、効きました」

 

 結局あの戦いはそのまま2対1から数の有利で押し込んだボクが勝ち星を収めることに成功。いつの間にか観客まで増えてきたみたいで終わる頃にはそこそこの人たちが拍手を送ってくれた。

 

「はい、こちらが賞品のお菓子です。ポケモンと食べたりお友達と食べたりしてみてください。沢山ありますので」

「ありがとうございます!!」

 

 店主から貰ったのはそこそこの大きさの瓶でその中には色とりどりの飴が入っていた。色だけじゃなくて形まで沢山あり、どれも美味しそうで、それでいて可愛くてどこか食べるのが勿体なく感じてしまうほどだったり。

 

(う〜ん、もし間に合うことがあったらホップとかユウリとかマリィに分けてあげようかな?)

 

「ジムチャレンジ、頑張ってくださいね。応援しています」

「はい、期待に応えられるように頑張ります。今日は本当にありがとうございました!!」

 

 パフェも食べ終わり、飴も貰い、代金も払い終えて満足の限りを尽くしたボクはホクホク顔でお店を後にする。その後1度ポケモンセンターへと寄り、ラルトスとメッソンの疲れを癒してあげてから他を回るかななんて考えて場所をポケモンセンターの共有スペースへ。既にほとんどの人がターフタウンへ向かっているのか普段より少し人の少ないポケモンセンター。

 

(さって〜、いつからここを出発するかな〜)

 

 正直まだまだ見て回りたいところが多くてどこからどう回ろうか悩み中なんだけど……

 

「あれ、フリア?」

「ん、ユウリ?」

 

 ソファに座って伸びをしながらどうするか考えていると後ろから声をかけられたので振り返る。するとそこには今遠くから帰ってきたのか少しばかり流している汗をタオルで拭きながら飲み物を携えたユウリがいた。腰のホルダーにモンスターボールがない所を見ると彼女もポケモンを休ませている途中なのかもしれない。

 

「あれ、ホップたちと先に行ったんじゃなかったの?」

「ユウリこそ、まだターフタウンに行ってなかったの?」

「私は少しだけワイルドエリアで鍛えるのと新しい仲間探ししてたの。まだ見つかってないけど……」

「ああ、新しい仲間か〜……」

「フリアは考えているの?」

「う〜ん、ターフタウンのジムに挑む前にもう1匹いてもいいかななんて思ってはいるけど……」

 

 ターフタウンのジムはくさタイプのジム。それも調べてみた感じ、ジムリーダーとの戦闘は1対1の戦いで使えるポケモンは2匹まで。ボクの場合メッソンとラルトスで挑むことになるんだけどメッソンにとってくさは弱点。ここをもう1匹捕まえて有利を取るか、それともメッソンでも勝てるような作戦を考えるかで割と悩んでいる。

 

 一方ユウリはユウリで相性では有利を取れるヒバニーがいるものの逆に言えばヒバニーのみしか現状手持ちがいないため1匹で2匹と戦うことになる。さすがにヒバニーへの負担が大きいので2匹目を捕まえておきたいみたいだけどどこかピンと来る子が見つかっていないみたいだ。

 

「急いで捕まえることはないかなとは思ってるんだけど、でもさすがにヒバニーだけに負担かけたくなくって……どうしよう」

「ワイルドエリアでもいい子見つからない?」

「うん……でもここで足踏みしてても仕方ないしなぁ……」

「とりあえずターフタウンまで歩いてみる?途中まで行っていい子がいれば捕まえればいいしやっぱりワイルドエリアがいいって話ならアーマーガアタクシー使えば帰って来られるし……」

「そうしよっかなぁ……」

 

 隣でうんうん悩んでいるユウリの声をBGMに自分も次のジムの戦略を悩んでいるとポケモンセンターの奥から軽快な音が聞こえる。ポケモンの治療が済んだ証だ。

 

「お待たせしました。お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ」

「「ありがとうございます!」」

 

 2人でポケモンを受け取り腰のホルダーに控えさせる。うん、やっぱり腰にこうやってついていると安心するね。メッソンとラルトスもそうみたいで軽くモンスターボールが揺れる。ユウリも自分の相棒が入っているボールを撫でながらでホッとした顔で見つめていた。

 

「そういえばフリアは今日何してたの?」

「ボク?ボクはバトルカフェに行ってパフェ食べたのと飴貰ってきたよ」

「え、なにその女子力……女子?」

「違うけど!?」

「いや、でも確かにこう、童顔だしメイクと服をしっかりすれば女の子にも見えるかも……」

「見えないよね!?」

「ブディック行ってみる?」

「この会話のあとその流れ持っていかれるの物凄く不穏なんだけど!?」

 

『はっ!今どこかでフリアが私を呼んでる!?そうだよね!?』

 

 せ、背中に悪寒が……あと変な電波を受け取った気がする。……うん、気のせいだ。今彼女はホウエン地方にいるはずなのだ。ここまで声が聞こえるはずがない。そう思おう。

 

「フリア?」

「な、なんでもないよなんでも。うん。なんでもない。ボクは男。大丈夫」

 

 震えそうな体を何とか抑えて自己暗示。シンオウ地方での話は忘れた。うん。

 

「まぁ冗談はこの辺にしておいて……フリアはいつターフタウン目指すの?」

「うーん、これといって日にちは決めてなかったなぁ……あと1週間くらいはブラブラしようかなって思ってたけど……」

「ほんとにのんびり行くんだね?」

「せっかくのガラルだからたっぷり楽しみたいなって。だってジムチャレンジって結構期間あるよね?」

「数ヶ月あるからね。凄い人はほんとに数週間で回りきっちゃうらしいけど……」

「それってトーナメントまで逆に暇そうだよね」

 

 調整期間にしては長すぎるからなんだかその間に腕が落ちてしまいそうだ。

 

「ただ早くここのジムの空気に慣れたいって言うのもあるし……うん、ちょっと早めて5日後くらいには行ってみようかな」

「そっか……ねぇ、私も一緒に行っていい?」

「いいけど……何かあったの?」

「ううん。単純に一緒に行ってみたいなぁって。冒険の先輩だしなにか学べるかもって」

「う〜ん、あるのかなぁ……?まぁでそういうことなら別にいいけど」

 

 割と本能のままに旅をしていた自覚があるから果たして参考になるのかという謎は拭えないけど……まぁ旅は道連れと言うし、一緒に行けば楽しそうではあるからボクとしても吝かではない。少し賑やかになったことを喜ぼう。

 

「じゃあ5日後の朝にスボミーインの前に集合して一緒に行こっか」

「賛成!それまで私はもうちょっとワイルドエリアに行ってダイマックスの練習しようかな〜」

「ボクは引き続きエンジンシティの観光しておこっかな。ワイルドエリアも少しは覗くけど」

 

 ラルトスの戦術の試しもしてみたいしメッソンの動きももっと知って行きたい。そのためにもワイルドエリアでの特訓は必要不可欠だろう。とにかく、とりあえず当面の目標は無事に立った。

 

「よ〜し、そうと決まればフリア!!」

「な、なぁに?」

 

 目処がたってやる気が上がったのか元気になるユウリ。思いっきりボクの肩を掴みながらはっきりと告げてきた。あまりのその迫力にちょっとびっくりしてしまう。

 

 ……あ、あと顔近い。

 

「……そのバトルカフェってお店の場所、教えて?」

「……パフェ、食べたかったのね」

 

 その日まさかの2度目のバトルカフェに行くことが決定した瞬間だった。ちなみに店主に物凄く微笑ましい顔を向けられた。凄く恥ずかしかったですちくしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5日後。

 

 とりあえずやりたいことや、やっておきたいことも一通り済ませたので集合場所にてユウリをまつこと数分。集合時間10分前に一応ついておいてロトム図鑑を覗きながら時間を潰しておく。

 

 調べるのはやっぱりこの地方のくさタイプ。どんな子がいるのか、どんな子が出てきそうか。

 

 あとから聞けばなんかジムリーダーは特に情報を隠してないらしく少し調べたらジムリーダーの手持ちはジム戦含めて全部知れるらしくこの行動は無駄だったけど。

 

(どちらにせよユウリが来るまであと数十分あるだろうから今できるのってこれくらいしか……)

 

「あれ?フリアもう来てたの?」

「あれ?」

 

 スボミーインの入口に集合時間2分前に集まってしまった。いや、しまったっていうのはおかしくはあるんだけど……

 

「ああそっか。今日は1時間早く集まるせっかち男も1時間平気で遅れる呑気チルドレンズもいなかったんだっけ」

「なんか、フリアの胃が今から心配なんだけど……」

「あはは、シンオウ地方の旅はなかなかに苦労が多かったから……」

 

 主にジュンとかギンガ団とかコウキとかギンガ団とかヒカリとかギンガ団とかetc…

 

「え、えと……ガラルだとゆっくり旅できるといいね?」

「それ物凄くフラグじゃない?……まぁ、色々苦労とか辛いこともあったけど結果的には旅自体は凄く楽しかったんだよ?」

 

 最後にとても大きな心残りこそあったけど、とは心の中での言葉。わざわざユウリに聞かせることでもない。

 

「さて、これから3番道路へ行くんだけど……」

「うん……」

 

 エンジンシティから西に歩きターフタウンへ向かうために通ることになる3番道路。集合してから話しながらその入口まで向かったボクたちが見たのは……

 

『ココガラ、『つつく』!!』

『サッチムシよけて!!』

『ホシガリス、『たいあたり』!!』

『クスネ、『でんこうせっか』!!』

 

 見渡せば大体の場所で起こっているポケモンバトル。人で溢れかえるとまではいかないもののどの方面を見ても大体ひとつはバトルが起こっているし、起こっていないところでもよくよく目を凝らせるとバトルをしたそうにボールを構える人が待ち構えてたりしてる。

 

「毎年ジムチャレンジが始まってすぐの頃はジムチャレンジャー同士だったり、チャレンジャーじゃなくてもその空気に当てられた人がここに集まって凄く盛り上がっちゃうのがお決まりみたいなんだ」

「いや、盛り上がりすぎでは……」

 

 祭りごとで盛り上がるのはいいんだけどそれ以上に色々苦情が来てもおかしくないくらいには凄いことになってるんだけど……

 

「大丈夫だよ。戦いたくなかったらちゃんと拒否してもいいし、ここはジムチャレンジを機にポケモンを受けとったばかりの新人トレーナーって人も多いからそういう人を狩るような行為も禁止ってリーグからも言われてるから」

「リーグ側が分かって対処もちゃんとしてるなら別にいいんだけど……」

「むしろありがたかったりするって話なんだけどね」

「ありがたい……なるほどね」

 

 初心者狩りはリーグから禁止されている以上ここにいるジムチャレンジ不参加トレーナーは理解してあえてまだ育成しきれていないポケモンたちで待ち構えていることが多いらしい。ジムチャレンジを機にポケモンを持ち始める新人トレーナーも多い中こういう人たちがいるというのはいい経験の場所と言える。雑誌のインタビューで『ガラル全体のポケモンバトルのレベルを上げたい』とはローズ委員長の言葉で全体的な地方で見るとやはり少しレベルは高いらしい。こういう細かいところでもローズ委員長の采配が出ているということだろう。

 

「ユウリもありがたいとか思ってたり?」

「う〜ん、どうなんだろう?確かに戦えるのは楽しいし何回でもできるんだけど……成長って言う点ではホップにフリアって言うライバルがいるから、私にはそれで充分だったり?」

「確かに、ホップ強いもんね〜」

「もう、フリアもすっごく強いでしょ?」

「ボクは経験の差があるからさ」

「それも強さだよ。私も結構フリアから勉強することあるんだから、頼りにしてるんだよ?」

「そう言われると……うん、ありがと」

「いえいえ!」

 

 少し照れるというかなんというか。頬を少しかきながら顔を逸らして先を促し誤魔化す。

 

「と、とにかく先に行こう。えっと、基本的にここのトレーナーはスルーしていく?」

「フリアが戦いたいなら私は構わないけど個人的には新しい仲間探しがあるからそっちを優先したいかなって」

「じゃあユウリに合わせるよ。バトルは控えめで、野生の子を中心に見ながらゆっくり歩こうか」

「うん!!じゃあ行こ!!」

 

 笑顔で元気よく頷くユウリと一緒に3番道路への1歩目を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダブルバトル

実機でこのタイミングでバトルカフェ行くと実はダブルバトルではなくてミツハニー一体だけと戦うことになるんですね。
知らなかったです……。
まあ、この作品では最初からダブルバトルということで(ご都合主義)

ようせいのかぜ

説明通り本来単体技だけどかぜ系の技って全体にもできるくね?と……
アニメでも10万ボルトで全体攻撃してますしいいよね?(ご都合sy)

みず+ねんりき

水を周りに控えさせて戦うってなんだか某レールガンの生徒が思い浮かびますね。
あのキャラとても大好きです。



いや、真面目にポケモンのお話全般に言えることなんですけど10代前半の少年が体験する内容にしてはとんでもなく濃いですよね。
胃痛が激しそうですけどこんな冒険ボクもしてみたいです。





なんだかんだで1ヶ月継続出来ましたね。三日坊主のボクとしては頑張ってると自分を褒めたい()
もちろん書きたいから書いているんですけどね。



UA2000近く、お気に入り30弱、感想2件。
ボクの妄想、趣味全開のお話に付き合って頂き、そして評価して下さり感謝です。
今後ともどうぞよしなにお願い致します〜


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10話

4月30日発売のポケモンスナップを発売日に遊ぶためだけに休みを取った人がいるらしいですね……はい、私です。
64の頃凄く遊んだしwiiuのバーチャルコンソールも買って遊びました。
今から待ち遠しくてたまりません。みなさんもそうだったりしません?




「う〜ん、やっぱりピンとくる子がいないなぁ……」

「まぁまぁ、まだ3番道路の途中だしゆっくり探していこう?」

「うん……」

 

 3番道路。

 

 エンジンシティから西側に伸びる道で、ワイルドエリアや1番、2番道路が草むらや木が見える場所であった反面砂地が少し多くむき出しの岩も少し多いのが特徴の道路だ。最も、今は色んな人で賑わっているので岩が見せる無骨な感じがだいぶ薄まっているみたいだけど……

 

 そんな3番道路には図鑑によるとココガラやワンリキー、ヤクデ、ヤブクロン等、見たことある子から初めて見る子、次のくさタイプに有利なほのおやどくタイプのポケモンの影がちらほらと見える。勿論色んなポケモンとちゃんと触れ合ってるし、ユウリ自身も楽しそうに撫でたり遊んだりしてるけど……

 

「なんだろうなぁ……なんかこう、ほんとに感覚的なんだけどこの子と冒険に行きたいって思う子がなかなか……うぅ〜、ホップもフリアもなんでそんなにポンポン新しい仲間捕まえたり出会えたりするの〜……」

「こればっかりは運としか言えないからなぁ」

 

 特にラルトスとの出会いなんて普通はまず無いような出会い方だったし、捕まえ方も凄く珍しい方だ。いわゆる絆ゲットと言われる方法で捕まえることに拘る人もいるにはいるみたいだけど……バトルじゃないと産まれない絆とかもあるし一長一短ではあると思うんだけど。

 

「ちょっと休憩でもする?」

「うん……そうだね。喉も乾いちゃったしお腹も空いて来たかも」

「時間もいい感じだしね」

 

 見上げてみるとこちらを見下ろす太陽がギラギラと輝いて正午をすぎたことを伝えてくれる。ユウリから微かに聞こえる音は頑張って隠そうと本人が頑張っているので気付かないふりをしておく。

 

「えっと、どこか広く昼食の準備できそうな場所……」

「あっちの方とか広そうだけど……」

 

 少し横に逸れたところに開けた場所があり、そこには戦っているトレーナーが特には見当たらない場所だった。人が少ない穴場なのかもしれない。

 

「よし、じゃああの辺で……」

『まって〜アマリン〜!!』

「わぁ!?」

「アマ〜!!」

 

 キャンプの準備に取り掛かろうとしたところでユウリに向かって赤く丸い物体がぶつかってくる。思わず抱きしめてしまうユウリはアワアワとしてるけどその赤く丸い物体……ポケモンから香る甘い匂いに少しずつ落ち着いていく。

 

「すごく甘い匂い〜……」

「アマカジ……?」

「すいませ〜ん!」

 

 その赤いポケモンの正体を確認しつつ軽く撫でたりしていると遠くから聞こえる女性の声。アマリンって言っていたけどこの子のニックネームか何かだろうか。

 

「ごめんなさい、うちのアマリンがご迷惑を……」

「いえいえ、可愛くていい匂いのする子ですね」

「アマカジのアマリンって言うの。今ちょうどポケモンキャンプ中で遊んでいたんだけど、ちょっとはしゃぎすぎちゃったみたいで」

「元気があって可愛らしいじゃないですか」

「そう言って貰えると嬉しいわ。ありがと」

 

 抱きしめていたアマカジのアマリンを渡しながら会話する2人。女性の発言通り少し遠くには彼女が建てたと思しきキャンプがあり、そこにはウールー、ヌイコグマ、ナゾノクサ、ワンパチ、ロコンの姿が見えた。この人の手持ちの子だろうポケモンたちはボールを追いかけて遊んでいた。

 

「もしかして2人ともジムチャレンジャーだったりするのかしら?」

「はい。今1つ目のターフタウンに向かってる途中で……」

「あとは私の新しい仲間探しも兼ねて━━━」

 

 ぐぅぅぅぅ……

 

「あ、えとえと……」

 

 突如響く空腹を知らせる大きな音。さっきは気付かないふりをしたけど今回ばかりはさすがに聞き過ごせないくらい大きくて。頬を少し赤く染めながらユウリが俯く。

 

「す、すいません……」

「あはは、いいのいいの。そうだ!ちょうどこれからお昼ご飯を作るところだったの。良ければ一緒にどうかしら?」

「え、いいんですか?」

「でも材料とかは……」

「私この辺でよくキャンプ開いててそのまま何日もいることがあるから材料はいつも多めに持ってきてるの。そこは大丈夫よ」

 

 笑顔で提案してくる女性に1回顔を見合わせるボクたちは……

 

「「ではお言葉に甘えて!」」

「ええ!私はミク。よろしくね」

 

 ありがたくその提案に乗ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出ておいで、ラルトス、メッソン!!」

「ヒバニー!!出て!!」

 

 ミクさんにご飯を誘われて一緒に作ることになったので2人で手持ちの子を解放してミクさんのポケモンたちと遊ばせる。どの子もとても友好的な子たちで初めて出会うメッソンたちとすぐに仲良くなった。メッソンなんか少し臆病なところがあるのに打ち解けてしまっているあたり本当にいい子たちなのだろう。

 

 ちなみにミクさんは手持ち全員にニックネームをつけているらしく、それぞれアマカジのアマリン、ウールーのモフくん、ナゾノクサのナゾっち、ヌイコグマのもちょん、ロコンのコンコン、ワンパチのパチすけだ。

 

「さて、じゃあ私たちは私たちでお昼ご飯作りましょうか!」

「はい!!……ところでいったい何作るんです?」

「ガラルのキャンプといえば……カレー一択よ!!」

「そうなんですか?」

「そういえばソニアさんも最近カレーキャンプが流行っているって言ってたような……」

「そうなの!!」

 

 思い出しながら喋るユウリに向かって軽く興奮した様子で喋り出すミクさん。肩を掴まんとする勢いで喋ってきたためユウリも少したじたじ気味で、ボクもいきなりのテンションの上がり方に少し戸惑いを隠せない。

 

「そ、そんなに人気なんですか?」

「あなたたち知らないの!?」

「ごめんなさい……」

 

 あまりの圧の凄さに思わず謝ってしまう。

 

「今ガラルで大流行中の料理なのよ?知らない人なんていないんだから。……もしかして違う地方の人?」

「はい……シンオウ地方から……なにぶん来たばかりでその手のお話には疎くて」

「そうだったのね。じゃあガラル流のカレーの作り方を伝授してあげるわ!!」

 

 ビシッと言う効果音が聞こえそうなくらい勢いよく指を立てるミクさん。こんなに熱狂的な人がいるほど流行っているということなのかな?の割にはユウリの反応があまり良くないのが少し気になるところだけど……

 

「よいしょっと」

 

 周りの人たちの反応の温度差にさらに困惑しているうちにミクさんが大きな鍋をどんと取り出し組んである薪の上に乗せていく。鍋の大きさは人がひとり入れそうなくらいのとんでもない大きさのものでキャンプの入口前で圧倒的な存在感を放っている。

 

「すごいでかい鍋……」

「そういえば私もお母さんから貰ってたかも……」

「え、ガラルの人みんなこんな大きな鍋持ってるの!?」

「キャンパーなら常識ね」

 

 この大きさの鍋をみんな持っててしかもサラッとやってるけど薪の上に置くのに持ち上げる必要があるから必然的に力もそれ相応にあるということに……いやほんとガラル人逞しいな?

 

「よし、じゃあ私はお米とハンバーグの準備するからフリア君とユウリちゃんには野菜を頼んでいいかしら?」

「「了解です」」

 

 飯盒とレトルトハンバーグのパックを取り出し準備にかかるミクさんを横目にボクたちは包丁とピーラーを準備してまな板の前に立つ。

 

「まずは皮を向いてっと……」

 

 じゃがいも片手にピーラーを忙しなく動かしていく。シャッシャッっと言うスライス音がどこか心地よく、家でお母さんの手伝いをしながら料理していた頃を少し思い出す。

 

(なんだかんだ、料理ってやっぱり楽しいなぁ)

 

 今度はホップとマリィも誘って4人でやるのもいいかもなんて思いながら次々剥いては投げて剥いては投げてを繰り返していく。ある程度剥いていきユウリの方はどうかななんて横目で見てみる。

 

「よし……野菜を……キル……」

「ユウリ、その逆手持ちしてる包丁を先ず置こうか?」

 

 若干発音もおかしかったし包丁を持った手をそっと握って置かせようと試みる。

 

「あ、ご、ごめんなさい……実は料理そんなに得意じゃなくて」

「うん、包丁の持ち方の時点で十分伝わったよ」

 

 けど常々思うけどそういう持ち方をする人は得意苦手以前の話だと思うんだ。とにかくまずは持ち方を直してあげてだね……

 

「とりあえず今回野菜は大きめに切るみたいだからボクが皮を剥いたものをぶつ切りにしてくれる?」

「ぶつ切り……」

 

 包丁をぎゅっと握るユウリ。そのまま包丁で野菜を()()()()()()

 

「ユウリ?」

「え?これでいいんじゃないの?」

「ごめんユウリ、このピーラーでほかのお野菜の皮を向いてくれる?」

「え?え?」

 

 申し訳ないけど今はミクさんという初めましての方がいる以上問題を起こす訳には行かないので今回は料理を教えずにボクができる限り進めておこう。教えるのはホップたち身内間でのキャンプのときでも遅くないしね。いま怪我されると色々と大変なことになりそうだから……

 

「ピーラーで皮を剥く……」

「だからものを逆手で持つ癖止めれ!?」

 

 調理漫才はミクさんの準備が終わるまで続いた……。ユウリがなぜ流行っているはずのカレーを知らないのかがよくわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん、美味しい!!」

「お手軽だし沢山作りやすいしポケモンも一緒に食べられるっていうのが流行っている理由ね。どう?楽しいでしょ?」

「そうですね!!」

 

 波乱万丈な料理時間を終えて何とか完成。カレーのルーに対して少し辛めの味がするクラボの実を混ぜてご飯の上にかけて、その上にハンバーグを乗せたハンバーグカレーとなっている。具材とルーを入れ終えたカレーは最後に強火でコトコト煮込みながらお玉でぐるぐるとかき混ぜていき最後にまごころを加えることで完成する。混ぜるくらいならなんて思ったけどユウリに任せた途端高速でかき混ぜようとしたのでやっぱり待ったをかけてボクが混ぜることにした。

 

 普段の性格は全然違うのにこういうところはなんかジュンに似てるな〜と。ちなみにジュンの料理のスキルについてなにか言うことがあるとすればもう二度とジュンとはポフィンを作ることは無いと思うとだけ言っておこう。

 

(……この鍋使えばポフィン作れるのでは?)

 

 ターフタウンによった時の買い物が増えた瞬間であった。

 

「メッソンとラルトスも美味しい?」

「メソ!!」

「ラル!!」

 

 元気に返事をしながら食べていく2匹。

 

 クラボの実を入れて少しとはいえ辛くしているから好みに合うか少し心配だったけど、食べた感じほんとにピリカラって感じだから多分辛いのが苦手でも食べられるようになっているのだと思われる。恐らく初めてのガラル式のカレー作りと思われてるボクたちのために特に奇をてらったり癖の強いものを作ったりなどせずオーソドックスに作ってくれたミクさんに感謝だ。

 

「いいものでしょ?ガラルのカレー作り」

「みんなで料理っていうのがやっぱり楽しいですね。シンオウ地方にもポフィンっていうのがあってそれを作った時のことを思い出します」

「ポフィン!聞いたことあるわ!シンオウ地方のお菓子よね?」

「気になるのでしたら作り方教えますよ」

「ほんとに!?ありがとう!!」

 

 やはり女性はお菓子に弱いのか作り方のレシピを渡す約束をすると飛んで喜ぶミクさん。カレー作りを誘ってくれたお礼と考えればこちらとしても軽いものだから全然OKだ。

 

「うぅ……あまり役に立てなかった……」

 

 そんな中落ち込む人が1人。まあ、言わずもがな今回料理音痴を披露したユウリだ。

 

「料理はお兄ちゃんやお母さんに任せっきりだったから……」

「これを機に学んでいけば大丈夫だと思うけどね……。今度ホップやマリィとキャンプする時にしっかり教えてあげるからさ」

「うん、ありがとう……頑張る」

 

 落ち込みながらも克服しようとグッと拳を握るユウリ。

 人間誰しも初めては上手くいかないものだ。ゆっくり覚えていこう。なんてやり取りをしていると少し微笑ましそうな顔をしながらこちらを見るミクさん。

 

「なにかありました?」

「ううん。ただ……あなたたち、実は付き合ってる?」

「「友人です!!」」

 

 なんかとんでもない誤解をしてらっしゃってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあジムチャレンジ頑張ってね!!」

「はい!ありがとうございました!!」

「ジムチャレンジ頑張ります!!」

 

 お昼ご飯も無事に終わり、ミクさんにも別れを告げて3番道路の続きを歩いていくボクたち。程なくして目に入るのは大きな洞窟の入口。場所をガラル鉱山というらしい。

 

 ガラル鉱山。

 

 エンジンシティとターフタウンの間にある内陸部の鉱山でローズ委員長が経営する会社、マクロコスモスが運営している鉱山。パンフレットによるとどうやらここでもねがいぼしが採掘されているとかなんとか。

 

(流れ星から取れるだけじゃないのね、ねがいぼしって……)

 

 というのが最初の感想だけど確かに流れ星からしか取れないのだったらダイマックスバンドの数なんてかなり少なそうだしチャレンジャー全員に配布なんてそんなこと出来るはずないと考えたら納得は行きそうだ。しかしそうなるとなんでここにねがいぼしがあるのかが謎なんだけど……まさかこの鉱山、というよりこのガラル地方に大昔流星群クラスのものでも落ちてきたことでもあったとでも言うのか……

 

(流石にないか)

 

 なんて今は妄想の一言で切って捨てる。もちろんここで取れるのはねがいぼしだけではなく、ボクたちトレーナーにとって大事な各種進化の石もちらほら見かけるようでお店に並ぶ石の何割かはここで採掘されているようだ。もっとも、会社が運営している鉱山と言うだけあって色々深く掘られているところもあり、地面はでこぼしてたりトロッコ用の線路がしかれていたり、若干の崖みたいな形をしていたりと足場がかなり悪く、長旅初心者の人にとっては最初の関門に意外となるのでは?と思わなくもない。ボクも初めての頃はクロガネゲートを歩くだけでもかなり苦労した経験がある。しかもここ、どう見てもクロガネゲートよりも絶対に厳しい。もっとも、夢を叶えんとする少年少女を前にそんな障害物はあってないようなものだ。ここを歩かないという選択はありえない。

 

「よし、じゃあ行こうか」

「うん」

 

 ユウリと二人で横並びに洞窟へと足を踏み入れる。中は掘ってあいた洞窟を補強する木の枠組みと掘った石を運搬するためのトロッコの線路とその他採掘道具がゴロゴロと……

 

「これ作業中表示とかいらない?大丈夫?一般の人に触られて悪用とかされない?」

「大丈夫だと思う……、多分……」

 

 まあ、放置されているということは大丈夫ってことなんだろう。問題が起きたらマクロコスモス社が何とかするはずだ。けどそれ以上に……

 

「鉱山って聞いていたからもっと泥臭いというか無骨というか、無機質なイメージがあったんだけど……凄くキラキラしてるね」

「ガラル鉱山は宝石の採掘量が他の地方よりも多いの。お兄ちゃんが言うには全部の地方を見てもかなり多い方なんだって」

「シンオウ地方もその点では強い方だけどここもここですごいね……。しかもシンオウ地方と違って宝石のキラキラした光が凄く映えて鉱山なのに綺麗って言葉が自然と出てきちゃうや」

 

 シンオウ地方で鉱石類で有名な街と言えばクロガネシティだが、クロガネシティは炭坑で栄えている場所だ。炭坑の見学もしたことはあるけどどちらかと言うと石炭の黒色が強く目立っていて全体的にも暗いイメージがある場所だった。しかしこのガラル鉱山は暖色系の蛍光灯を乱反射する宝石や進化の石の主張が激しくとてもカラフルな色合いとなっていてオシャレにさえ見える。歩いているだけでなんだか楽しくなってきそうだ。

 

「うわぁ、トロッコを走ってるポケモンもいる……」

「あれはトロッゴンってポケモンだね。いわ、ほのおタイプのポケモンでこういうところによくいるんだ」

「いわ、ほのおタイプって初めて聞いた!いやぁまだまだ知らないポケモンがたくさんだ」

 

 こういう見た事ないポケモンやタイプってやっぱりいつ聞いてもワクワクするね。しかしいわはともかくほのおタイプのポケモンだ。

 

(1つ目のジムってくさタイプのジムだよね……ここでこの子捕まえるのもいいかも……いやでもなぁ、ほのおはともかくとしていわタイプって育てたことないしなぁ。でも1つ目のジムだしもしかしたらまずは基礎のタイプ相性の考えを試してきたりするのかな?新人トレーナーも少なくないはずだから初めて育成するポケモンでも大丈夫だったり?う〜ん、ガラル地方のジムのレベルが少し高いって情報しかないのが変に警戒しちゃってるなぁ……)

 

 シンオウ地方に限らず基本的にジムというのは()()()()()()()()()()()()ことになっている。ジムリーダーは対戦相手の持っているバッジの数と今までの戦績を元にだしてくるポケモンのレベルが違う。これは冒険の旅立ちの場所が人によって違うからこそ取られる措置だ。

 

 しかしガラル地方は違う。()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。これはみんなのスタート場所が同じという点とガラル地方のジムリーダーに順位がつけられているから。もっとも1つ目のジムのヤローさんに関しては性格が穏やかすぎて格下相手にちゃんと戦うのがあまり得意ではないというなんとも優しい理由で最初に配属されているらしいし、下の順位だからといって、では最初の方のジムリーダーが弱いのか?と聞かれると答えはもちろんノー。そんなに簡単に勝てるのなら、ジムチャレンジ突破者なんてゴロゴロいた事だろう。

 

 そもそもの話、ガラル地方以外はジムは普通に8()()()()ある。ガラルもマイナーリーグという区分けがあってそのジムリーダーというのもあるらしいがジムスタジアムを持つことが出来ているのは8つのみだ。いや、正確には7つらしいんだけど……兎にも角にも18あるタイプのそれぞれの頂点のさらに厳選された8人。これで弱いわけが無い。こう言われるとガラル地方のリーグがレベル高いというのも納得するもので警戒するなという方が無理な話ではあると思う。

 

(けど流石に警戒しすぎな気も……、これってボクが細すぎるだけなのかなぁ……)

 

「さっきからどうしたの?心ここに在らずって感じだけど……」

「ううん、なんでもないよ」

「フリアってよくそういう考え込むような顔するよね?」

「そ、そうかな……?」

「一緒にいる人がいるのに、あまりそう言う顔しない方がいいと思うよ?」

 

 ちょっとムスッとしながらそう言ってくるユウリ。確かに友達と一緒にいるのに友達無視してほかの事考えるってよくよく考えたら失礼かも……。

 

「ご、ごめん……気をつけるよ」

「ならよろしい」

 

 満足気に頷くユウリ。けどごめん、これ一種の癖みたいになってるからまたやらかしちゃうかも……

 

 

 

 

 そのまま初めて見るポケモンや珍しい洞窟の様子に一つ一つ反応しながら歩いていくこと数時間。2人で談笑しながら時につまづいたり、坂から転がってしまいそうになるユウリを手助けしたり、そんな冒険の一幕をゆっくりと楽しんでいた時。ボクの耳に気になる音が聞こえた。

 

『ふん、元チャンピオンからの推薦状と聞いてもしかしたらなんて思いましたが、あなた、大したことないですね』

『……っ!!』

 

「ユウリ、なにか聞こえない?」

「え?」

 

 洞窟の奥から聞こえる話し声。もちろんほかのジムチャレンジャーがいる兼ね合いで決して静かという訳では無いけどその割には先程聞こえた言葉はさっきまで聞こえてた和気あいあいのしたものから少し離れすぎている気がする。

 

『同じエスパータイプの使い手にしておいてこの差。あなた、才能が全くありませんね……今から棄権することをオススメしますよ』

『ワタクシは……』

 

 少し歩いてみると話している人の影が視界に入る。片方は蛍光ピンクのジャンパーを来た人。もう1人はシルクハットの周りにゆらゆらとモンスターボールを浮かせている人。どちらも受付の時に見かけたことがあるような人だ。

 

『これがエスパージムの家系の選手……はぁ、期待外れもいい所ですね』

『っ!!』

 

 蛍光ピンクの方のその言葉を最後に走り去ってしまうシルクハットの人。俯きながら走って消えていくその人の顔は苦しさと悔しさを混ぜた顔をしていた。話の内容からしてどうもここでポケモンバトルをしていて蛍光ピンクの方が勝ったらしい。

 

 どこまで行っても実力が全ての世界。そんなことはとっくに知っている。しかしそれにしても流石に言い過ぎなような気も……

 

「何もそこまで言う必要ないんじゃないかな」

「ってユウリ!?」

 

 気づけばユウリが前に出て蛍光ピンクの人と顔を合わせていた。

 

「あなた方は……なるほど、あなた方が巷で有名な現チャンピオンとシンオウチャンピオンに推薦された方でしたが……」

 

 髪をかきあげながらそういう少年はどこか光の無い瞳で見下したような表情をしながら喋っていた。

 

「くだらない」

「……何が?」

「ぼくは今回委員長に推薦されてこのジムチャレンジに参加しているんです。チャンピオンと委員長。どちらが偉いかと言われれば委員長の方が偉い。そんなものは誰だって知ってる常識。つまりぼくの方が期待値は高いんですよ。なのに初めてだからという理由でチャンピオンの推薦者の方に浮かれるばかりかあまつさえ他地方の田舎民にまで期待をするだなんて……本当にくだらないと思いませんか?」

「っ!!」

「ユウリ」

 

 彼の言葉に怒り、つかみかからんばかりの勢いを見せるユウリの肩をつかみ落ち着かせる。今のユウリは冷静じゃない。ここはボクが前に出るべきだ。

 

「で、結局蛍光ピンクさんは何がいいたいの?」

「誰が蛍光ピンクですか!!」

「ああごめん、君の名前知らなかったから心の中で呼んでる名前がそのまま……」

 

 ほんとごめん、これは素でボクが悪い。

 

「このファッションの良さがわからないなんて、これだから田舎民は……」

 

 しかもめちゃくちゃその服気に入ってるじゃん……ほんとごめんて……。

 

「いいでしょう。このチャレンジを軽く超えてチャンピオンになるぼくの名前を特別に教えてあげますよ。ぼくの名前はビート。委員長に推薦された凄いトレーナーです」

「紹介どうも。ボクはフリア。そしてこちらがユウリ」

「ええ、知ってますよ」

 

 くちびるの片側を釣り上げた少し小馬鹿にしたような顔で言うビート。……どうでもいいんだけどあれ、表情筋辛そう。って、そんなことはどうでも良くて。とりあえずさっきから震えているユウリを抑えるためにも何とかここは穏便に済ませないと……

 

「そしてぼくなんかよりもずっと弱いことも知ってます。なんなら今ここでそれを証明してあげましょうか?」

「凄く魅力的な提案だけど断らせてもらうね」

「……は?いえ、ある意味賢明な判断ですね。負けて自信を無くすのがそんなに怖いですか?」

「逆だよ逆。正直な話君に負ける気はあんまりしてなかったりするよ?けど今勝っても、絶対さっきまでシルクハットの人と戦って消耗してたからって言い訳するでしょ?それなら、戦うのはお互いが万全な状態の時に戦った方が良くない?って話」

「……」

「それでもいいって言うなら相手になるよ?」

 

 数秒間の沈黙の空間。それを先に破るのはビートの高笑い。

 

「っははは、面白いことを言いますね。いいでしょうぼくを笑わせたことに免じて今回は見逃してあげますよ。その代わり、次は思い知らせてあげますよ」

「こっちのセリフ。首を洗って待っておくといいよ」

 

 そのままビートは洞窟の奥へ奥へと先に行ってしまう。とりあえず面倒事のひとつは去ってくれたみたいだ。

 

「よし、じゃあ行こっかユウリ」

「なんで……」

「ん?」

 

 先を促そうとしたところでかけられる声。振り向くと俯いていたユウリがこちらをじっと見つめて少し悔しそうな顔をしながら声をかけてくる。

 

「なんで、戦わなかったの?あんな人フリアなら絶対に……」

「勝てた自信は正直あったよ」

 

 今のボクの手持ちはあのエンジンシティでの5日間の待機期間でさらに強くなっている。負ける気はしないしそもそもボクの手持ちはメッソンとラルトス以外にもう1匹、ボクがシンオウ地方を旅した時から絶対の信頼を置いている相棒がいる。少し卑怯な気がするからまだ使いはしないんだけどそれでも全力で戦い、この子も登板させれば絶対に勝てるとも思っている。ビートの手持ちも隠していない限りは多分腰のホルダーにつけてる3匹しかいなさそうだしね。……いや、ワンチャン彼がボクと一緒で既にどこかを旅した後の人という可能性はゼロじゃないけど。ただそれ以上に……

 

「あの人の雰囲気、ユウリちょっと苦手でしょ?」

「うっ……」

「今日は既に長時間歩いているしこういうところを歩くのも初めてで疲れてると思う。そこにあんな癖の強いひとの相手とか、今のユウリにはちょっと刺激強いかなって。それに……」

「それに……?」

「ビートの顔、若干冷や汗かいてたんだよね。本人は上手く隠しているつもりなんだろうけど」

「え?」

 

 多分物凄くプライドが高いのであろう彼は正直に言えなかっただけなのだろう。けどボクの目にはしっかりと見えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。恐らく回復させてあげようとしたところだったのだろう。あんな性格だけどきっと根はいい人だったりするのではないだろうか。素直じゃないだけで。

 

「あのシルクハットの人も結構強いんだろうね。これは手強いライバルがたくさんだ。大変だよ?ユウリ」

「……」

「ユウリの疲れもあるし、彼のポケモンも疲れてる。確かに、あの挑発はやりすぎだとは思うしユウリたちを貶してるのは単純に許せないけど……、今優先すべきことはユウリの体調。なら今は先送りこそが最善手じゃない?」

「フリアがそう言うならいいけど……」

 

 まだ少し納得が行かないような顔をしている。

 

(う〜ん、よし、ここは少し申し訳ないけど……)

 

「ユウリ」

「何?」

「えい」

「えっ!?あ、あれ!?」

 

 軽くユウリの肩をとんと押す。すると自分の予想以上にたたらを踏んで後ろに転けそうに……

 

「あ、ごめんごめん!!」

 

 というか本当に転けそうになっていたので慌てて手を掴んで支える。

 

「ほんとにごめんね?まさかここまで疲れてるなんて思わなくて……」

「わ、私も……、こんなに足に力入ってなかったんだって……、ありがと……。でも、急に押さないでよ!びっくりしたでしょ!!」

「はい。本当にごめんなさい……」

 

 真面目に少ししょんぼりしてしまう。見誤ってしまうとはボクもまだまだだなぁと思うばかりだ。

 

「……でも、ちゃんと私の事も見ててくれてたんだね。ありがと」

「ううん。冒険の先輩として、こういうところでちゃんとサポートしてあげないとね?」

 

 たかが1年、されど1年。ボクたちにとって1年はとてつもなく長い。ちゃんとその経験は生かさないとね。

 

「さ、マップを見るところあと少しで出口みたいだし、時間的にもこの洞窟を抜けたら今日はそこで野宿だろうからそこまでは頑張ろっか」

「うん!よ〜し、自覚した瞬間少し足に怠さを感じちゃうけど……あと少し頑張るぞ〜!!」

 

 洞窟内なので太陽の位置は分からないけど時計を見ると既に18時を回ろうというところ。やはり大会社が運営している鉱山と言うだけあってかなり広大だ。あと少しといったけどそれでもなれない足場ということもあって1時間弱はかかるかもしれない。きっとこの洞窟を抜ける頃には満点の星空がボクたちを迎えてくれるだろう。その景色を少し楽しみにしながらボクはユウリと先へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほぅ……あの少年、ビートというのですか……なかなか見どころがありますね〜』

『あんな出来損ないよりも優秀かもしれないな……』

『ひとまず、この事をダンナ様に伝えますか〜』

『だな……』

 

 洞窟の蛍光灯すら届かない深いところ。ふたつの影がそっとその場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ミクさん

実記でもちゃんとこの場にいますけどこの人の手持ちが想定と違ったため急遽メンバーを手に入れる場所が変わりました()
ちゃんと下調べしなきゃダメですね……

料理音痴

どうしてこうなった。
しかし漫画でよく見るあの包丁逆手持ち。
そうはならんやろ(なっとるやろがい)

ポフィン

あれ作るの大好き。

ガラル鉱山

ここに限らずここのお話では広さは何十倍にもなってます。
というか多分実際はこれよりもっと長いのでは?と思わなくも……仕方ないとはいえ剣盾のマップはワイルドエリア以外は小さい気がします。

ビート

作者が剣盾で1番好きなキャラです。
好きすぎてビートパを厳選したレベルです()
それにこの人のBGMかっこよすぎません?イントロのベースとか最高にクールなんですけど???

シルクハットの人

イッタイダレナンダー









実は当初の予定ではガラル鉱山もっと広くする予定だったり()
流石に長くなりすぎそうなのでやめました。

あとはサブタイトル、つけた方がいいんですかね?
読んでいる方が読み返したい時とか、なんか読みづらいとか思ったりしたら考えようとは思うんですけど……



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11話

ちょっと完成がギリギリになって焦り始めているこの頃です。

出来れば遅れたくない……


「「外だー!!」」

 

 2人して思いっきり伸びをしながら叫ぶ。

 

 時間は既に19時半。

 

 ガラル鉱山をぬけて空を見上げると中で予想していたとおり待っていたのは満天の星空。すっかり暗くなってしまっていたので今日はここまで。もしかしたらここからターフタウンはあまり遠くないのかもしれないけどボクの視界では残念ながらターフタウンは確認できない。夜で暗いしこの4番道路には街灯等はないらしく何一つ明かりが存在しない そのおかげでものすごく綺麗な星空が見えるけど代償が一寸先の闇。さすがにここを歩いていく勇気はない。

 

 幸いこのガラル鉱山が初心者にとっては関門になるとリーグ側も理解しているのか鉱山の出入り口両方にポケモンを回復してくれる人がたっており、またすぐそばにはキャンプ場もある。

 

 このキャンプ場で洞窟に行く前の準備や突破したあとの休憩を取ってくれということだろう。実際に周りを見るとキャンプを建てているジムチャレンジ中とおもしき人たちの影がちらほら……街灯はないけどその分料理を作るためのちょっとした焚き火がよく目立つ。

 

 かく言う僕達も今日はここで1泊するためにキャンプを2つ建てる。何気にガラル地方で初めての野宿だ。とはいえテントを建てることくらいはとっくに慣れているのでササッと建て、まだ慣れていないユウリの手伝いもしてそんなに時間のかからないうちに完成。焚き火も起こしユウリから鍋も借りて晩御飯の準備に取り掛かる。

 

「わ、私もなにか手伝う?」

「ううん、大丈夫。ボクが全部作っておくからユウリは休んでて」

「うぅ……」

 

 おずおずと発言してくるユウリにやんわりと断りを入れておくと落ち込み出すユウリどうもお昼のことを気にしているみたいで……

 

「やっぱり私が料理音痴だから……」

「いや、そういう事じゃなくてね?なれない道を歩きっぱなしで足が棒でしょ?ボクはもう慣れてるからまだ体力あるし作ってあげようかなって。現にもう動けないでしょ?」

「あはは……実はそうなの。……任せてもいい?」

「任せなさいな〜」

 

 そういうとありがとうと言いながら自分のテントの中に入って行くユウリ。明らかに疲れている顔だったし本当に限界近かったんだろうなぁなんて思いながら夕食へ。

 

「さて、頑張ってる後輩ちゃんのためにも腕を振るいますか!!」

 

 と言ってもそんなにこらないただの男飯なんだけどね。お昼はカレーだったのでさすがに連続は辛いと思い、パスタでも茹でようかななんて思いながら準備を進めていく。パスタは消化から吸収が緩やかだから次の日のエネルギーという少し先の栄養にするのに持ってこいの料理だったりする。明日ターフタウンに着くとしたらすぐにジムに挑むかもしれないし、疲れているだろうから食べやすい麺類っていうのもいいと思っての献立づくりだ。やっぱり麺類はいいよね。

 

 早速お湯を沸かして麺をゆがき、麺と一緒にミートソース等の具も一緒に温めていき、皿を準備する。もっと凝ったものを作りたいという思いは少しあったものの隠しているけどボク自身もなかなかに疲れている。

 

(なんだかんだいってボクも久しぶりだしね〜)

 

 シンオウリーグからそこそこの時間があいている今、体力的にもなかなか辛いところもあるみたいだ。こういったところの感は少しずつ取り戻していくことにしよう。

 

(きのみを使ったジュースも作り終えてっと……)

 

 さて、そんなこんなでご飯も完成してきた。そろそろユウリを呼ぶことにしよう。

 

「ユウリ〜、できたよ〜」

「は〜い」

 

 テントからのそのそと出てくるユウリ。組み立てておいた机と折りたたみ式の椅子を置2つ置き、片方に座りながらメッソンとラルトスを出す。ポケモンフーズも全員分用意してみんなの前においてあげる。その頃にはユウリも椅子に座っており、ヒバニーを呼び出して同じようにポケモンフーズをあげていた。

 

「ありがと〜フリア……ほんとにくたくたのぺこぺこだよ……」

「ははは、旅の最初はそうなるよね。分かるなぁ」

「でも楽しいよ!……って、早く食べないと冷めちゃうね。食べよ食べよ!!」

 

「「いただきま〜す」」

 

 手を合わせて元気に言う。手持ちのみんなも手を合わせて一緒に言ってくれるのを微笑ましく見ながらボクたちも食べ進めていく。お昼に食べたカレー程美味しいとは言えないけど空腹というブーストのおかげかこのパスタも十分に美味しい。さすがに料理はできるけど料理得意な人にはもちろん勝てないからまぁこのくらいかなと言ったところだ。

 

「んん〜、疲れてお腹すいていたから身に染みる〜……ありがとフリア〜美味しいよ〜」

「誰でも作れる手抜き料理だけどね。まぁお礼は受け取っておくよ」

「私はこういうのも作ったことないからなぁ」

「そんなに作る機会なかったの?」

「というより、お兄ちゃんが料理すごく得意で作る必要がなかったの。お兄ちゃん、ほんとに料理上手なんだ」

「それは食べてみたいなぁ」

「私も食べて欲しいんだけど……今お兄ちゃん、ガラルに居ないしなぁ」

 

 パスタを口に運び、きのみジュースで喉を潤しながら話を続けていく。そういえばここまで話しておいてユウリのお兄さんについてよく知らないなと思い至る。

 

「ユウリのお兄さんってどんな人なの?」

「う〜ん、料理も上手くて優しくて、あとポケモンバトルも凄く強いの!」

「そういえば、ちょくちょく話は聞いてたけど去年の優勝者なんだっけ」

「そうなの。他のジムチャレンジャーと比べて圧倒的って言われてて、最後のトーナメントも圧勝。チャンピオントーナメントすらも決勝まで駆け上がったんだ。……ダンデさんにはあとちょっと届かなかったんだけどね」

「いや、十分誇っていいと思うんだけど……」

 

 シンオウ地方で言うところの実質リーグ優勝だ。戦績だけで言えばボクよりも上の成績と言っていい。ボクは準優勝だったから……

 

「誇ってはいるけどやっぱり優勝してダンデさん超えて、チャンピオンになって欲しかったなぁって」

「やっぱり身内は特別だよね……ってことはユウリがジムチャレンジに挑んでいるのはリベンジとか?」

「……う〜ん、どうなんだろ」

 

 顔の下に指を当てながら考えるユウリ。

 

「確かに私はポケモンも大好きだしバトルも好き。ジムチャレンジも楽しみにしていたしお兄ちゃんみたいに強くなりたいとも思ってる。ちっちゃい頃からホップと一緒に見てたいつの間にかできた子供の頃の憧れ。……でもたまにね、お兄ちゃんみたいな絶対チャンピオンになるんだっていう絶対の目標も、ホップみたいな兄を超えるっていう明確な壁もない私はなんで目指してるんだろって悩む時はちょっとあったり。あぁ、結論から言うと多分リベンジなんて考えてはないよ?なんて」

 

 少し微笑み、舌をペロッと出しながらそういうユウリ。だけど少しだけ陰りも見え隠れした気がする。

 

「そう考えると私って明確な理由ないなぁ……いいのかな」

「いいんじゃない?」

「え?」

 

 少し難しい顔をしているユウリだけど思ったことを言う。

 

「チャンピオンなんて誰だって憧れるでしょ?そこに理由の大きいも小さいもなくない?」

「そう……かな?」

「ボクはそう思うけどなぁ」

 

 自分が小さい子供だった頃、テレビに映っているスポーツ選手や有名人に憧れて夢になったなんて人はごまんといるはずだ。ユウリもその1人だったに過ぎないだけなんだと思う。それに……

 

「ボクがシンオウ地方を巡ってリーグを目差した理由だって子供の頃見たチャンピオンのバトルが凄く印象に残ってて……それを友達とみてたからその友達と一緒にチャンピオンを目指すライバルとして頑張ろうねって約束して……それがボクの夢の初め」

 

 残念ながらその夢は未だに叶えられていないけど……

 

「こう考えるとボクの夢の持ち方ってユウリに似てない?」

「そう……かも?」

「それでも気になるって言うならこの旅で目標探そうよ。それでも遅くはないと思うんだけどな〜。ボクは全然焦る必要ないと思うな。ボクたち言ってもまだ13、4だよ?今はバトル楽しい〜でいいんじゃないかなって」

「……うん、そうかも」

「それでもなお気になるって言うなら目標見つけるの手伝うよ」

「うん、ありがと」

 

 パスタも食べ終えて少しは憑き物が落ちたような顔をするユウリ。少し重たい話になっちゃったけど……まぁ先延ばしにしただけかもだけどおおかた解決したことだし良しとしよう!それと……

 

「はい、これプレゼント」

「え?」

 

 ユウリに渡したのはカゴに少し多めに入ったお菓子たち。

 

「これって……確か」

「ポフィンだよ。お昼にミクさんに教えたついでに久しぶりに作って見たんだ。良かったら食べてみて?」

「うん」

 

 ゆっくりと口に咥えて咀嚼する。その瞬間パァっと顔が綻んでいく。

 

「甘くて美味しい!!」

「それは良かった。久しぶりだからとりあえずモモンやオレン、ナナシとスタンダードなもので作ってみたんだ」

「凄く美味しいよ!!もっと食べてみていい?」

「もちろん。味変したかったらシロップも作ってるからつけて食べてみて」

「うん!!」

 

 甘いものは別腹と言わんばかりに美味しそうに頬張るユウリ。やっぱり疲れたからだ、脳には甘いものが1番。それに、辛気臭くいるよか笑顔で楽しくいたいもんね。

 

「メソ……」

「ラル……」

「バニ……」

「はいはい、君たちの分もあるからね。どうぞ」

 

 足元でものすごく悲しそうな目でこちらを見る3匹に思わず笑っちゃいそうになりながらポフィンを配っていく。どうやらポケモン達にも好評なようでみんな幸せそうな顔をして頬張っている。久しぶりに作ったから少し心配だったけどちゃんとできていたようで何よりだ。

 

(ヒカリにしっかり教えて貰ったのが功を奏したかな)

 

 そんなことを考えている間にあっという間に無くなるポフィン。

 その事に気づきちょっと物悲しそうな顔をするユウリ。

 

「……まだあるけど、食べる?」

「欲しい!!」

「う、うん」

 

 物凄い勢いに少し驚く。

 

(そんなに美味しかったんだ……けど急で作ったから数はあまりないんだよね……あ、そういえば)

 

 カバンの中から取り出すのはひとつの瓶。中には色とりどりかつ様々な形のアメたちが。言わずと知れたバトルカフェで貰ったアメたちだ。せっかくだしこれも少し食べちゃおう。気分はちょっとしたお菓子パーティーだ。

 

「これも一緒にちょっと食べよっか」

「あ、バトルカフェの!!」

「そ、せっかくだからこれも少し食べてみたいなって」

 

 ホップとマリィがいないけどアメの賞味期限はそこそこ長かったはずだしここで開けても大丈夫だろう。ちゃんと2人にわける分は残っているはずだ。ささっとお菓子を準備して……

 

「じゃあ再開しよっか」

「わ〜い!」

「マミュ〜!」

「リリ〜!」

「「……え?」」

 

 いつの間にかすぐ隣に2匹のポケモンがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。起きて朝食を軽く済ませ、テントを昨日より手際良く片付けていき、準備完了したのでいざ4番道路へ。

 

 4番道路。

 

 雰囲気としてはブラッシータウンが少し近い。石垣が色んなところにたっており、その石垣によって草むらが囲われている景色はどこか畑のように見えなくもない。石垣の中にある草むらは背が高いものが多く、その草に隠れるように色んなポケモンが動き回りカサカサと音を立てていた。その音がどこか心地よく、自然の大合奏と呼ぶにふさわしい心地いい空間となっていた。また、自然のきのみなども豊富なのか石垣の中に生えている木にはみずみずしいきのみがなっており、そのきのみを求めてポケモン達が集まっていた。

 

 ガラル鉱山とは違い、割と真っ直ぐな道が続いているように見えるがターフタウンは見える気配がない。まだまだ数時間かかりそうな所を見るとやっぱり昨日はテントを立てておいて良かったと再認識する。

 

 さすがにここからお昼をすぎて着くことはないと信じながらボクとユウリは一緒にターフタウンへの道を再び歩き始める……んだけど。

 

「マミュ〜!」

「リリ〜!」

「え〜っと……」

「この子達、どうしよう……」

 

 ボクとユウリのそれぞれの腕にくっつく2匹のポケモン。ボクの腕にはバトルカフェでも見かけたマホミルが、ユウリの腕にはツリアブポケモンのアブリーがくっついていた。

 

 昨日のお菓子パーティーをしていたところ突如現れたマホミルとアブリー。2匹とも僕たちの食べていたお菓子が気になったのかじっと見つめていたのでボクはアメをマホミルに、ユウリはポフィンとシロップをアブリーに分けてあげたんだけどそれが思いのほか気に入ったらしく、そのまま一緒にお菓子を食べていた。それだけなら良かったんだけど夜も遅くなり、就寝することとなり疲れもあって熟睡。そして今日、昨日の疲れがそこそこ抜け気持ちの良い朝を迎えたとき、なにか違和感を感じたので横を見るとボクにピタッとくっつくマホミルの姿が。外に出てユウリの方を見るとユウリも肩にアブリーを載せながら出てきていた。

 

 つまり何が言いたいかと言うと……

 

「「まさかこんなになつかれるとは……」」

 

 それぞれがそれぞれにベッタリ懐いてしまった。

 

「マミュ、マミュ」

「リリィ〜」

 

 腕にずっと引っ付く2匹に苦笑いしながらどうしようかと顔を見あわせる。何かいい考えがあるかななんて思いながら2人で思案しているとその間に勝手にガサゴソとカバンを漁り出すマホミルとアブリー。

 

「ちょっと!?」

「ア、アブリー!?」

 

 2人して自分のカバンの食料やお菓子が入っている部分を守るように塞いでいく。昨日のこの子達の動きを見るに多分お菓子が美味しくて食べようと漁っているに違いない。そう思っての行動だったのだが……

 

「「え?」」

 

 2人して疑問の声が上がる。なぜなら2匹が頑張って漁って開けた場所は()()()()()()()()()()()()()()()()。そこから勝手にモンスターボールを取りだすマホミルとアブリー。

 

「「ま、待って!!」」

 

 ボクとユウリで慌てて止めようとするものの予想外の動きに体の反応が遅れてしまい……

 

「マミュ!!」

「リリー!!」

 

 2匹して自分からモンスターボールのスイッチに頭をコツンと当てて入っていってしまう。マホミルとアブリーの入ったボールはそのまま数秒間ゆらゆらと揺れ後にカチッと子気味のいい音を立てて止まってしまった。

 

「「……」」

 

 微妙な空気がボクたちの間に流れるもののこのままでは良くないので2人でそれぞれのモンスターボールを拾う。

 

「えっと……出ておいで、マホミル」

「マミュ〜!!」

「わっぷ!?」

 

 拾ったモンスターボールを解放するとマホミルが飛び出して来てボクの顔に張り付いてくる。少し息苦しいものの鼻から入ってくる甘い匂いが心を落ち着け、色々あったけどまあいっかなんて思うようになってきてしまっている。

 

 ふと横を見てみればユウリも解放したアブリーに物凄くスリスリされてて困り顔になりながらも満更でもなさそうに笑っていた。

 

「まぁ、これも旅の醍醐味のひとつということで……改めて、よろしくね、マホミル」

「マミュ!!」

「アブリー、よろしく!!」

「リリィ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターフタウン。

 

 ガラル地方中部に位置する小さな町ですり鉢状の窪地の地形になっているのが特徴的な町。農業に関してはガラル1の生産数を誇り、穀物、野菜、乳製品等ガラル家庭の食卓の彩りの大半をまかなっている小さいながら大切な町。ガラルで今流行っているカレーの材料も大半がここで生産されていることを考えてもこの町の陰での重要さというのは嫌がおうにも感じることとなるだろう。また、農業だけでなく歴史的な建造物もいくつかあり、町の各所には石碑が、町の西には何かを表しているのかとてつもなく大きな地上絵もあり、観光地としての側面も持っている。そのため町の大きさの割には人でかなり賑わっており、経済面を考えればガラルの中でもトップクラスに景気がいい場所でもある。そして何よりも注目すべきはすり鉢状の地形の1番低地になっているところに建てられているジム、ターフスタジアムの存在感。ジムチャレンジャーの最初の関門である1つ目のジムのある場所だ。

 

「着いた〜」

「んん〜……疲れたぁ」

 

 軽く伸びをしながらターフタウンの入り口をくぐるボクとユウリ。時間はお昼手前と言ったところか。鉱山を通った兼ね合いで物凄く長い距離を移動したように感じたけど多分直線距離だとそんなに移動はできていないと思われる。けれど鉱山のなれない道のせいで進んだ道以上の疲れはやっぱり残ってる。昨日パスタを食べた手前あれだけど今日はジムに挑むのは控えて、しっかり休んで明日に行ったほうが良さそうだ。

 

 まぁとりあえず予約はしなきゃいけないので日もまだ高いこともありひとまず2人でスタジアムへと足を進める。ターフタウンの風景を眺めながら歩いていとこの小さな町ににつかわしなくない程の人の量。間違いなくジムチャレンジャーだろう。

 

「……こうしてみるとまだまだジムチャレンジャーいっぱいいるね」

「言ってもまだ開会式から1週間しか経ってないからね。突破できない人やまだ挑めてすらいない人もいるんじゃないかな?そういえばボクたちの地方だとジムって予約制だったんだけどここだとどうなの?」

「そこはここも変わらず予約だよ。受付のジムトレーナーさんに挑戦の旨を伝えて予約完了。……でも多分この後が他の地方のジムと違うところって聞いたんだけど、ジムリーダーに挑む前にジムミッションっていうのがあって、それをクリアしないとジムリーダーと戦えないの」

「ミッション……?」

 

 聞きなれない単語に思わず首を傾げてしまうボク。シンオウ地方だと別にジムリーダーに挑む前の条件なんてなかったからそもそも挑む前に試されるなんて想像がつかなくてよく分からない。もっと言えばそもそもジムリーダーへの挑戦が渋滞するなんて聞いたことないので今のジムの状況が信じられないというかなんというか。ジムチャレンジの参加者の多さと1つ目のジムを共通化した結果と考えれば分からなくはないけどにしても人が多いこと多いこと。

 

「ジムミッションは課題を出されるからそれをクリア出来るかどうかの腕試し。内容はポケモンバトルに関係あることから全く関係ないことまで色々あって、その内容も毎年変わるから予想とかもできないんだ。鬼ごっことかクイズとか、果ては家具の配置の相談なんてミッションもあったかな」

「何そのアニマルフォレスト的な課題」

 

 アニマルクロッシングだったかもしれない。

 

「とにかく、突飛な課題も良くあるの。だからまずはそれを攻略しなきゃね」

「なるほどね……ってもしかしなくてもジムへの挑戦って何日もかかるくない?」

「そうだね……ジムチャレンジで1日使ってその次の日にジムリーダーに挑戦で……ってこれはあくまで最速でのお話だよ?もちろんジムミッションに時間がかかればその分日にちは伸びちゃうし……」

「それはそうだよね……ジム挑戦に何日もかかるなんてこっちじゃ考えられないや……あ、もしミッションはクリアした後ジムリーダーに負けたらどうなるの?」

「その時はすぐジムリーダーとの再戦ができるようになってるよ。ミッションは1回クリアすれば十分なの」

「そこは良心的だね」

 

 なんて会話をしているうちにスタジアムの入口へ到着。自動ドアを目の前にそのスタジアムの存在感に少し気圧され……

 

『わああああああああああ!!!』

 

「わわっ!?」

「早速戦ってるみたいだね」

 

 突如中から響く大歓声。その大きさにさらにビックリする。

 

「まだ1つ目のジムなんだけど!?そんなに観客いるの!?」

「それだけみんなこの祭りを楽しみにしてたってことなの。さ、早く受付行こ?私たち、推薦状出した人が人なだけに注目されているっぽいから、きっとこれ以上の歓声を受けるかもしれないよ?」

「うぅ、そっか……」

 

 これは少し緊張する。ここは腹を括らなくては。なんて心に思いながらボクは予約をするために足を動かしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回あとがきで書き忘れたこと

ジム

8つ以上あるのはアニメでも明言されていますね。
なので今回はその設定を頂いています。
どうやら設定によっては3回連続で負けるとジムリーダー解雇なんて所もあるみたいですよ。

パスタ

次の日激しく動く予定がある場合は是非。
ちなみに実機でもここのテントのNPCがパスタを材料にカレーを作ってくれます。(これは書いてから知ったのでたまたま重なってびっくりした)

ユウリ

良く二次設定で見かけるユウリの悩み。
けどよくよく考えたら他のキャラが深堀されすぎて本来はこれくらいの理由で十分だと思ってます。
その深堀されている分キャラに魅力が詰まってるのが剣盾のいい所なんですけどね。

マホミル、アブリー

フリアの3体目とユウリの2体目ですね。
どちらも可愛くて大好きなポケモンです。
絆ゲットの中でもさらに珍しめな展開に……?ただ餌付けしただけですねはい。
正直マホミルに関してはアメ細工を手に入れた時点で察した人が多そうですね。

ポフィン

これ人も食べれますよね……?マフィンだし……少なくともポロックよりは美味しいはず……

ターフタウン

書いていたらいつの間にかガラルの台所になっていました。
ガラルの胃袋はヤローさんに支配されていそうですね。

スタジアム

さぁあと少しでジム戦です。




いよいよ来週ポケモンスナップ発売ですね。
楽しみです。


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12話

目に見えてしおり、お気に入りなどの数字が増えるとモチベが上がりますね。
もうすぐでUAも3000。
感謝です。


 ターフスタジアム内部。

 

 自動ドアをぬけて中に入ると先程聞こえた歓声がさらに大きな声として響く。キーンとする耳に少しくらくらしながらも受付へと足を進める。また見かけたモンスターボールの被り物をした変な人の横を素通りし受付へ声をかけ予約。

 

「予約承りました。予約日の確認を復唱します。ジムミッションは明日の朝10時からフリア選手。10時20分からユウリ選手で宜しいでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「お願いします!!」

「ありがとうございます。では当日頑張ってくださいね」

「「はい!!」」

「お〜い、2人とも遅いぞ!!」

「随分のんびり屋さんなんね?」

 

 予約が完了し、さてどうしようかと考えようとしたところで横から声をかけられる。視線を向けるとそこにはホップとマリィ。どちらも退屈してたような顔をしているあたり、既にここのジムは突破した後なのかもしれない。なんでそんなに退屈そうな顔をしているのかはよく分からないけど……。

 

「ターフタウンについてジムも終わらせたのに2人ともなかなか来ないからびっくりしたぞ」

「あたしもホップと待ってたのに何日も来ないから流石に心配したんよ?」

「別に待たずに先に行ってて良かったのに……」

「とは言っても知り合いの進捗は気になるだろ?」

「気持ちは分かるけど……」

 

 確かにボクたちもコウキやジュンとバッジを何個集めたかなんて出会う度に聞いていたから気持ちは物凄く分かる。けど2人が初日から出発していると仮定すると5日間くらい待ってたことに……ジムリーダーと何日も前に戦っているとしたら次のジムへの挑戦の日にちまでも遅らせている計算だ。そこまで待たなくていいのでは?と思わなくもない。

 

「あたしに関してはホップたちみんなの戦うところも見てどれだけ強いんか知りたいっていうのが大きいかな……まだよく知らないしホップが太鼓判押してたのも興味引かれてるところやんね」

「俺は2人がジムに挑戦する前に絶対に新しい仲間を手に入れてると思ってるからそれが気になっているんだ」

 

 顎に手を当てながら答えるマリィと元気に熱々に答えるホップ。確かにこの4人の間で戦ったことある人ってボクとホップの組み合わせだけだったり……ユウリとホップはワンチャン戦ってるかもしれないけど……いつでも戦えると言う状況ができるとなんだか逆に戦わなくなるこの現象なんだろうね。

 

「2人なら当然勝てるとは思ってるけどさ、それでも気になることは気になるって言うか、ジム戦と俺たちとの戦いってやっぱり空気が違うだろ?そこでどうやって戦って勝つのか、ライバルとしてチェックは当然だろ!!」

「まだ先だけど、あたしたち全員バッジ集めたらトーナメントで戦う敵でもあるんだから、情報収集は当然っちゃけん」

「トーナメント出る自信が既にあるあたり気が早いような……」

 

 まだ1つ目のバッジである。この先まだまだ関門が沢山あるのに今からそこを見るのはなかなかに自信ありすぎというかなんというか……

 

「あの日フリアと戦った時から俺はビビっと感じたぞ?フリアは絶対トーナメントでもトップ争いに関わって来るってな!!それともここで足踏みでもする気か?」

「勿論そんなことするつもりもないしトップは当然狙うけど……ボクが別地方出身ってこと忘れないでね?初めて来た土地なんだから少しくらい観光とかさせてよ?そのために今回のジムチャレンジだって割とゆっくり行こうと思ってるんだから」

「っと……そうだったな、それは悪い」

「確かに、地元の私が言うのもあれだけどガラルって観光地とか魅力的な場所とか多いもんね」

「ほんとにそう。ボクまだガラルに来て1週間程しか経ってないのにすごく楽しいもの。これでまだ十分の一もガラルの魅力堪能してなさそうってのが怖いよ」

 

 ワイルドエリアだってまだまだ五分の一程……もしくはもっと狭いところしか歩いていないと思っている。まだまだ魅力は沢山詰まっていることを考えるとジムチャレンジと観光の両立ってよく考えたらむちゃくちゃ難しいのかもしれない。

 

「そういえばフリアはシンオウから来たんよね?ならここの地上絵はもう見たと?」

「ああ、そういえば西の方にでっかい地上絵あったよね?あれも人気なの?」

「ターフタウンが観光地と言われる所以のひとつだからね。一目だけでも見て見たら?」

「予約も終わってるんだろ?この後暇なら行ってくるか?」

「そうしようかな?」

 

 確かに予約が終わった以上今日やることはない。何かしようと思っていたことも特にないし、強いていえば明日の準備だけどじゃあそれに今から半日かかるかと言われたら絶対にかからないとは思っていたからちょうど良さそうだ。

 

 やることが決まったところでボクたち4人でスタジアムを出てターフタウンの西の方へ。すり鉢状の地形を上に登りながら談笑し、石碑一つ一つに視線を向けてターフタウンの雰囲気を楽しむ。のどかな空気がブラッシータウンに似てて少し安心感を覚え、そこはユウリとホップも同じようでどこかほっとしたような顔色にみえる。一方でマリィは慣れてないというか物珍しいのか少しキョロキョロしているようにもみえる。隣にいる子も同じなのか楽しそうに周りの景色を眺めて……

 

「って、マリィ。その子は?」

「あれ、フリアは見るの初めてだったっけ?じゃあ紹介せんといけんね。この子はモルペコ。あたしの1番のパートナー」

「モルペ!!」

 

 右手をあげながら元気に返事するモルペコと呼ばれるポケモン。図鑑をかざして調べていく。ロトム図鑑からの説明を聞きながらモルペコと握手したり撫でたりと交流を深めながらじゃれ合う。

 

 モルペコ。にめんポケモン。でんき、あくタイプ

 

 いつもお腹を空かせている。ポケットのような袋に入れた種を食べて電気を作る。満腹の時と腹ぺこの時で姿が変わる。

 

「可愛いなぁモルペコ。よしよし」

「モルペ〜……」

 

 顎をすくい上げるように撫でてあげると気持ちよさそうな声を上げるモルペコ。ここが好きなのかもしれない。

 

「モルペコがこんなにも早く懐くところ……見たことなかと……」

「そうなの?すごく人懐っこいなぁって思ったんだけど……」

「それは多分この子の特性を知らないからな気もするけどね」

「特性……?」

 

 そういえばロトム図鑑の説明で空腹になると姿が変わるだとか何とか言ってた気が……と思った瞬間モルペコの体の色が変わり出す。元々ピカチュウのような体型で真ん中が黄色、左が茶色、右が黒色の配色だった姿が真ん中が紫色に変わり、右の黒が左までも侵食し、笑顔だった先程からとても不機嫌で怒っているような顔に変わってしまい、今にも噛みつかんとしていた。

 

「体が変わった……?あ、これがもしかしてさっき図鑑で言ってた特性の『はらぺこスイッチ』……?なるほど、こんなに変わるんだ……面白い」

「あ、そういえばそろそろお昼だからお腹が……フリア早くその子から離れ━━」

 

 色々お話している間にモルペコが我慢の限界が来たのかボクの方に噛み付こうと飛び出してきて……

 

(空腹になるとこうなるんだっけ。だったら1個2個位の余りしかないけど……)

 

「えい」

「━━て……?」

 

 バッグからポフィンを取り出しモルペコとボクの間に置いてみると吸い込まれるようにポフィンにひっつきガジガジと食べていく。ポフィンの味がなかなかに気に入ってくれているのかモードが変わることはないけどそれでもどこか満足はしているのか顔が緩んでいるようには見える。

 

「ごめんね〜本当はもっと食べさせてあげたいんだけど昨日食べちゃってほとんど残ってないんだ〜」

「だ、大丈夫と?ごめんねモルペコが急に……」

「ううん、気にしてないし大丈夫だよ」

「そう言ってくれると助かるけど……」

「今モルペコにあげたそれなんなんだ?」

 

 モルペコがポフィンに夢中になっている間にホップとマリィがポフィンに興味をもつ。本当なら今すぐに渡して食べてもらいたいんだけど手持ちがもうないのが少し申し訳ないを

 

「シンオウ地方のお菓子でポフィンって言うんだ。きのみを元にして作ったお菓子で元はポケモン用のおやつなんだけど人間も食べられるから一緒に食べたりしてるんだよ」

「きのみを使ったおやつなのか!!なんか甘そうで美味しそうだな!!」

「へぇ〜……美味しそう」

「凄く……美味しかったです……」

「ユウリは食べたと?」

「うん……美味しかった……本当に甘くて幸せだった……」

「ず、ずるか!!」

「俺も食べたいぞ!!」

「「フリア!!」」

「お、落ち着いて、ね?」

 

 目を閉じながらウンウンと頷くユウリとそんなユウリの顔を見てまだ知らないお菓子の味にうずうずしてしまっているホップとマリィ。ホップとマリィの圧が凄い……。2人とも相当に気になっているらしくマリィに至ってはモルペコに少しでもいいから分けて貰えないかと直談判するほど。もちろんはらぺこもようのモルペコは主のそんな意見無視してむしゃむしゃとポフィンを齧っているけど……。

 

「ユウリとも話していたんだけど今度この4人でキャンプしよ?その時はボクも沢山きのみを準備してポフィンいっぱい作るからさ」

「ほんとか!!やろうやろう!!」

「あ、あたしも参加してよか?」

「最初から4人でって言ってるでしょ?バトルカフェでアメ細工も貰ってるから4人でお菓子食べよ!!第2回お菓子パーティだ!!」

「お菓子パーティ……楽しみだな!!」

 

 4人でテントを建てて机を囲み、手持ちをみんな出してわいわいお喋りしながらお菓子を食べる。うん、すごく楽しそうだ。ホップもその情景を想像して楽しみなのかさらにうずうずし始めていた。

 

「お菓子パーティ、楽しみだけど……フリア、そんなことも出来るの?」

「うん、お菓子も作れるし料理も作れるよ。昨日私一緒にキャンプしたけど凄く手際良かった……お菓子も美味しかった……」

「料理ができてお菓子パーティしよって皆を誘う行動力……え、フリアって、男やんね?何この女子力……」

「負けた気分になるよね……」

「ユウリ、あたしたちも頑張ろう……」

「うん……」

 

「あいつら、何してるんだ?」

「さぁ……?とりあえず、早く地上絵行こ?」

「だな」

「ペコ〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが地上絵……なんか……不思議な絵だね」

「だよねぇ。一体誰がどんな理由でどうやって描いたか、誰も分からないんだ」

「ソニアが言うにはこれもどうやらブラックナイトに関係あるらしいぞ」

「ブラックナイト関係……確かエンジンシティの像もそうやんね?」

 

 場所を移動してターフタウン西の小さな公園。

 

 観光客がよく顔を入れて写真を取るパネルや、今ボクたちの目の前にある地上絵をゆっくり鑑賞するためのベンチが少し置いてある程度のほんとにささやかな公園。遊具の置いてないタイプの公園といえばその規模が分かるだろうか。

 

 そんな小さな公園から見える大きな地上絵。ぐるぐるの大きな渦巻きとその横に立つ大きな人のような絵。人のような絵は人にも見えるが大きなポケモンと言われたらダイマックスしているポケモンとも見て取れるし、渦巻きの方もその大きな人かポケモンから放たれている技のようにも見えればダイマックスした時に頭の上に浮かぶあの赤黒い雲のようにも見える。 まぁどちらにしろ……

 

「う〜ん、地元民からしてみてもなんでこんなものを好んで見に来るのか実はよく分かってないぞ……」

「たとえ見に来てもそんなに長く見ることはないよね……」

「話には聞いてたけどこんな感じなんね……う〜ん興味がある研究者にとってはとても面白そうなものかもしれんけどあたしにはよく分からんね……」

「あはは……こういうのって趣味がよくわかれるよね……」

 

 ボクの周りではそんなに好評では無さそうだ。確かにボクたちまだ子供と言われるような年齢の人たちにとってはこういうものを眺めるよりも外で遊んだりポケモンバトルしたり冒険をした方が楽しいものだ。そうそうこういうものに興味は向かない。けど……

 

(カンナギタウンの壁画や書物のことを思い出すとこの絵もあながち無関係だとか意味の無いものとかはともかくとして、興味を持つなっていうのはボクにとっては無理なんだよね……)

 

 ボクのカバンの中にある()()()()()()()()()()()()()()()を思い出しながら考える。

 

(そうなるとこれがブラックナイトと関係あるならこの巨人は多分ダイマックスした━━)

 

「メェー」

「ん?」

 

 なんて考え事をしていたら足元にモコモコした感触が……。下に視線を向けてみるとボクの足元に1匹のウールーが。

 

「ウールー……誰かの手持ち?」

「ホップのじゃないの?」

「俺は自分のボールからだしてないぞ?」

「このウールー、どこかで見た気がするけど……」

 

『お〜い、ウールー!』

 

 スタジアムの方から聞こえる大きな声。4人で振り向くとそこには大きく、ガタイのいい男の人が立っていた。いや、ボクはこの人を知っている。

 

 開会式で並んでいたジムリーダーの1人。

 

「ヤローさん……」

「おや、ホップ君にマリィさん、まだいらしたんですねぇ。お二人のジムチャレンジに対する姿勢を考えたら既に先に行ってルリナさんに挑んでいると思ったんですけどねぇ」

「ヤローさん!ちょっと友人の初挑戦が気になって待ってたんです!!」

「あたしも、ちょっとこの人たちのバトルは見ておくべきだと思って」

「この人たち……ふむ、2人とも開会式でお見かけしましたねぇ」

 

 ボクとユウリをじっくり眺めるヤローさん。背の高さとガタイの良さもあって物凄く威圧感がある。温和な表情を浮かべてはいるけどそこには確かにジムリーダーとしての貫禄を感じた。だけどただ相手を圧倒するだけのものではなく、なんというか……オーラで包み込まれている感じと言えば伝わるだろうか。威圧は感じるけど怖いわけじゃない……みたいな不思議な感じだ。

 

「なるほど、あなたがホップ君と同じチャンピオンの推薦者。そしてあなたがシンオウ地方のチャンピオンからの推薦者……なるほど、なかなかいい目をしてます。これはジム戦での腕試しが楽しみですねぇ」

 

 ゴクリ。

 

 ボクとユウリの喉がなる。これは手強そうだ。

 

「おっと、ジム戦の合間の休憩で立ち寄っただけのつもりだったんですよ。ウールーも無事に見つかったことだし、ぼくはここで失礼しますねぇ」

 

 そう言いながらウールーを片手で持ち上げて歩き去っていく。うん、パワフルだ。一応ウールーの体重は6キロだからそう考えたら割と誰にでも出来そうだけど……。

 

 しかし、対ヤローさん戦である。

 

「ヤローさん……くさタイプの使い手……うーん、今のボクの手持ちでどうするか……」

「私の2匹でどう立ち回るか……」

 

 ヤローさんのジムバトルはシングルバトルの2対2で行うらしい。となるとうちの手持ちであるラルトス、マホミル、メッソンから2匹選ぶことになる。どれもくさタイプに有利かと聞かれると頭を悩ませる手持ちたち。特にメッソンは弱点を突かれる側。みずタイプ特有のサブウェポンとしてこおりタイプの技を仕込ませるというのもできるはずではあるけど残念ながらボクの持つわざマシン、技レコード等にこおりタイプの技はない。しかし現状手持ちの中で連れてきた一匹を除けば1番レベルが高いのは事実だし一応対くさタイプ用の技も考えてはある。出すかどうか悩みどころだ。

 

 ラルトスはほぼ確定枠として置いておいていいだろう。2番目に育っているし戦い方も確立できた。このジム戦でも活躍できるはずだ。

 

 最後にマホミルなんだけど……分からない。

 

 まだ捕まえて1日しか経ってないので技の確認や強さの確認もできていないし育成も手付かず。正直ぶっつけ本番で繰り出して戦える自信がまるでない。フェアリータイプであることとバトルカフェで戦った時に見た技が使えるということくらいしか分からないうえ、わかった範疇でもくさタイプに特に有効な技があるかと言われたら可もなく不可もなく……ジムミッションを1回の挑戦でクリアする計算で行けばジムミッション後の時間で確認をしようと思えばできるからその時の結果次第ではあるけど……

 

(となると現状やっぱり戦うのはこの2匹かな……)

 

 頭の中で手持ちを考えてどう戦うかを組み立てて行く。どうやらユウリもジム戦のことを頭の中に浮かべているようでウンウンと唸りながら悩んでいた。

 

(ユウリの場合は手持ちが2匹しかいないから手持ちはどうしようもないもんね。その分ヒバニーっていう強い味方がいるんだけど……ジムリーダーがそう簡単にタイプ相性だけで突破させてくれるとも限らないものね〜……)

 

 勿論これはジムミッションを突破しないとそもそも挑めない。先を見すぎてつまづくなんてのは絶対にダメだ。

 

「気合い入れないとね……」

「そうだね」

 

 ユウリと頷きあいお互いに健闘を祈る。最終的には敵ではあるけど今はお互いに高め合うライバルだ。こんなところで落ちて欲しくなんかない。

 

「気合十分だな!これはジムミッションから楽しみだぞ!!」

「ジムミッションは……ってこれ内容は言わないほうがいいんね?」

「うん、そういうのはやっぱり自分の目で確かめないと」

「私も初見で挑みたいかな。ワクワクしたいし」

「というか、ジムミッションも観戦されるの?」

「そうだぞ。ミッションもジム戦と一緒でモニタ中継と観戦両方あるぞ。控え室にいる選手は見れないけどな」

「元々ジムミッションが午前、ジム戦が午後のタイムテーブルだからね。ちゃんとそういうところも被らないようになってるんよ」

「だから想像以上にジムで止まっている人が多いのか……」

「それは言わない約束だぞ」

「わ、分かってるって」

 

 ホップからずいっと突っ込まれたので思わずのけ反りながら納得。その分ジムチャレンジ期間は長めに取ってもらっているからこの進行の遅さも大丈夫だろう。多分。

 

「にしてもヤローさん凄いね。ウールーの世話してるってことは農業か何かをしながらジムリーダーもしてるってことでしょ?しかも1人目のジムリーダーってことは1番挑まれる回数が多いってことだから……」

「その分物凄く忙しいよね。それをあの笑顔を浮かべながらしてるんだから実は物凄く強い人なんじゃないかなって」

「1人目のジムリーダーをやってる理由も優しすぎる性格のせいで新人トレーナーや自分よりも弱い相手に本気を出せないかららしいしな!実はまだまだ手札を隠しているんじゃないのか?なんて噂にもなってるぞ」

「まぁ兎にも角にも、2人とも明日明後日と気張っていきんしゃい!!」

「「うん!!」」

 

 ぐぅぅぅぅ………

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 気合いを十分に入れた瞬間に響くお腹の音。顔を赤くしながらお腹を抑えるユウリを見て、そういえばもうお昼はとっくにすぎている時間だなぁなんて思いながらユウリ以外の3人で顔を見合わせて笑い合う。

 

「よし、じゃあ明日の応援も兼ねてしっかり食おう!!ターフタウンは農業街だからな!!野菜とか乳製品とか美味しいのがたっぷりだぞ!!きっとフリアも気に入るのがたくさんのはずだ!!」

「おお!それは楽しみ!!」

「乳製品……チーズフォンデュとかあるのかな……」

「チーズフォンデュ……美味しそう……!!」

「ちょっと待ってね」

 

 携帯でターフタウンの地図を開き、レストランを検索していく。するとちょうど先程挙がったチーズフォンデュを食べられるお店が。

 

「あ、あるよ!!行ってみよ!!」

「ほんとに!?」

 

 ボクが説明した瞬間目を光らせるユウリ。マリィも楽しみなのか少しうずうずしている。

 

「じゃあ4人で食べに行こっか」

「「「賛成!!」」」

 

 ホップも楽しみにしてるしボク自身もお腹がすいている。ターフタウンの美味しい料理を食べに4人で笑い合いながらゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆でチーズフォンデュを食べた次の日の朝。

 

 スタジアムの中には相変わらずたくさんの人が居てもみくちゃにされながら受付の前まで歩いていく。隣にはユウリもおり、これから始まるジムミッションへ集中力を高めているように見える。

 

「予約されていたフリア選手とユウリ選手ですね。開始時間までまだ少し時間がありますので更衣室で着替えた後、控え室にてお待ちください」

「「はい」」

 

 受付の人が教えてくれた更衣室の方向に足を進めるボクとユウリ。程なくして分かれ道に差し掛かる。

 

「じゃあこの先は個人個人で頑張るということで」

「うん。フリアも頑張って!!」

「勿論!!」

 

 2人でハイタッチをして別れる。更衣室の中にもそこそこな人が居て、初めてのジムミッションで緊張してる人や2回目なのか頭の中でシミュレーションしてそうな人、1度失敗した人なのか慌てている人と様々だ。そんな人を横目にボクも貰ったユニフォームに着替える。

 

 背中に928の数字を背負い控え室へ。

 

 控え室からジムミッションの風景は見えないのとユウリの姿がないことから恐らく待つ場所が違うらしいのでじっと目を閉じ集中。

 

(大丈夫。いつも通りのボクで行ける)

 

 心臓の音が少し激しい。

 

 ボクもボクでやっぱり緊張しているみたいだ。ジムへの挑戦なんて期間だけでいえば久しぶりだから。

 

(この感覚、この緊張感……懐かしいなぁ)

 

 けど不思議と不快ではない。あの時と同じ。ワクワクの方が勝っている状態。体温も上がっていく。

 

『フリア選手、時間です。入場お願いします』

 

「ふぅ……はい!!」

 

 息を吐き、頬を軽く叩く。気合いを入れ直しいざ……

 

「行くよ、最初のジム攻略!!」

 

 控え室の扉を開き、ボクのガラルでの最初の挑戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジムミッション

クリアした時手を振ってるからこちらの観戦もありそうだなと。
観客は分からないですけどこの小説ではいることにします。
そこから視聴したいところが被らないようにとか考えると午前ミッション、午後ジムリーダー戦のがいいのかなと。
予選、本選みたいですね。

モルペコ

かわいい。
ポフィン絶対食べ続けてる。
フリア君の女子力が何故か上がっていく……

地上絵

シンオウ地方の伝承に触れていたフリア君ならではの視点。
普通の子供は見ないですよね。
フリア君たちが来るのが少し遅れてるのでソニアさんは先にいってしまってます。

チーズフォンデュ

お腹空いた……
友達と食べに行きたい……




さて、ようやくターフジム編です。
お楽しみにしてくださると嬉しいです。



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13話

 控え室を抜けて出てきたのは物凄く開けた空間。

 

 天井は高く、奥行きもかなり広い。比べるとしたら開会式をしたあのスタジアムコートと同じくらいの広さ。周りをぐるりと周りを見渡すと開会式の時ほどではないにしろそれなりの観客が見ており、歓声を送っていた。

 

(まだボク何もしてないんだけど……)

 

 やっぱりシンオウ地方のチャンピオンからの推薦と言うのが大きいのかこの時点で観客が一目見ようと集まっているっぽい。変に視線や期待を注がれているからなんかこそばゆいし緊張する。

 

『さてさて、次のジムミッション挑戦者はこの方!!はるばるシンオウ地方からやって来ました、あのシンオウ地方チャンピオン、シロナさんよりの推薦者!!みんな気になるフリア選手です!!』

 

『わあああああああああ!!!!』

 

「うぐぅ……」

 

 あのスタジアムに比べて人が少ない方であるにもかかわらず耳がキーンとなるほど大きな声が響く。ここが屋内だということを加味しても凄く反響してクラっとしてしまう。この会場の雰囲気に飲み込まれそうになるのをグッとこらえて気合を入れる。ジムリーダーと戦う時なんて絶対もっとでかいんだからこんなところで怖気付いていられない。

 

『そんなフリア選手が挑むターフスタジアムでのジムミッションはこちら!!』

 

 前を見ると開けた草原のようなフィールドにたくさんのウールーがのんびりと散歩している状況。その奥には芝生とは違ったエリアがあり、その先への道は木の柵で通せんぼになっていた。

 

『ルールは簡単!フィールドに散らばったウールーを次の道へ進むための柵の近くまで連れていくこと!!すなわちウールー追いです!!ウールーの追い方は余程のことがない限り問いません。追うか、分かり合うか、それとも無理やりか……ウールーというポケモンへの理解とポケモンへの気持ちが試されます!!』

 

 ようはウールーをみんなゴールにシュートしろと言うわけだ。その方法は問わず、恐らくぶん投げたり攻撃みたいなことをしても許されるのだろうけど……その方法はパスだ。ウールーが可哀想だし何よりこれ、人に見られてるしね。他の人がどうやって突破したかは知らないけど……他は他。ボクはボク。それにボク自身、シンオウ地方の代表みたいな扱いをされている以上ボクの行動はシンオウ地方の評判にも繋がるし、ボクを推薦してくれたシロナさんにも多大な迷惑をかけることになってしまう。ボク1人が非難されるならまだしも他の人を巻き込む訳にはいかない。……そう考えるとむしろプレッシャー増えてきた……。

 

(って、今はそんなことどうでもよくって!!)

 

 ウールー追いと言うからには恐らくボクから逃げるように動いて行くはずだ。なら大回りをしてゆっくりと追い立ててあげれば自然とウールーたちがゴールの方に向かっていくという算段。

 

『ではルール説明もこの辺で、早速初めて頂きましょう!!よぉい、スタート!!』

 

『わああああああああ!!!!』

 

「ひぐぅ……うぅ、ウールーたち、よく我慢できるなぁ」

 

 もう何度目になるかも分からない爆音に未だに慣れない感覚を感じながら前に歩いていく。思いっきり走って音を立ててウールーたちがパニックを起こして走り回っちゃうと目も当てられない。だからここは遅すぎず、だけど早過ぎずのスピードで近づいて行って……

 

「メェ?」

「ん?」

 

 歩いている途中で群れの中でこちらを向き首を傾げるウールーが1匹いた。

 

(はて、あのウールー……どこかで見たような……)

 

「メェ!」

「うぇ!?ちょぉっ!!」

 

 いきなりボクの胸に飛び込んできて押し倒してくるウールー。そのままボクの頬へ頬ずりしてきて……

 

「って君もしかして昨日すり寄ってきたウールー……?」

「メェメェ!」

「あはは、くすぐったいって〜」

 

 よく見たら昨日あの公園でボクの足にすり寄ってきたウールーだった。

 

(あの時マリィがどこかで見たことあるって言ってたのはジムミッションにいた子だったからだったのか~)

 

 昨日何故か凄く懐いてきたこの子だったんだけどボクが何かした覚えがないのでなんでこんなにすり寄ってくるのか分からない……ジムミッションの監督をしてくれているジムトレーナーの人も困惑気味にボクを見ていた。そりゃそうだ。

 

「メェー!!」

「わ、わかったから。後で遊んであげるから今は落ち着い……て……」

 

ドドドドドドド

 

「ちょ……!?」

 

 そんな中でもまだまだじゃれてくるウールーをジムチャレンジ中だから引きはがそうと力を入れているとさらに叫び出すウールー。そんなウールーの叫び声に呼ばれて他のウールーがボクを仲間だと勘違いしているのかさらに集まってくる。

 

「待て待て待って〜!!!」

 

 目の前に迫ってくる真っ白い綿。毛。壁。そのままその壁に押しつぶされるように飲み込まれてしまう。

 

(あ、もこもこして気持ちいい……じゃなくて!!)

 

 気持ちよさに身を任せてこのまま眠ってしまいそうになるけど何とか正気を保って抜け出すようにもがいていく。ウールーがくっつきすぎて正直顔が全て毛で覆われて息もできないレベルにさしかかろうとしている。こんなところで窒息なんて笑い話にもならないのでとにかくもがきまくって何とか顔だけは外へ。

 

「ぷはぁっ!!」

 

 ようやく吸える呼吸に割とマジめに感謝しながら今の状況を確認する。

 

「うわぁ……」

 

 自分の体が見事に白い毛玉におおわれている。なんか自分が1匹の巨大なウールーにでもなってる気分だ。

 

『あのウールーがあんなになつく所ヤローさん以外で初めて見た……』

 

 なにか聞こえた気がしたけど今はそれどころでは無い。ジムミッションには当然ながら時間制限がある。あまり悠長なことはしていられない。頭の中でとりあえず何とか出来そうな作戦を組み立てて……

 

「すいません!」

「あ、はい!」

「このジムミッションって、手持ちのポケモン何体使ってもいいんですか?」

「はい、大丈夫ですよ。自慢の仲間たちと是非とも突破してください」

「ありがとうございます!!」

 

 言質はとった。これでボクのやりたいことができる。ウールーがひっつきまくってものすごく動かしづらい手を何とか動かしてホルダーのボールに触り目当ての子を解放する。

 

「手伝って、マホミル!!」

「マミュ〜」

 

 ウールー団子から飛び出してくるのは昨日仲間になったばかりのマホミル。空にふよふよ浮きながら楽しそうにクルクル回っているマホミルにすぐさま指示を出す。

 

「マホミル!!『あまいかおり』!!」

「マ〜ミュ〜」

 

 クルクル回った状態からあまいかおりを振りまいていくマホミル。昨日ウールーがボクにすり寄った理由が直前にモルペコに飴をあげたからだと仮定してみたらもしかしたらあまいものが好きな可能性がありそうだと思っての行動。もしこれが正解で、かつクリームポケモンであるマホミルならウールーを惹き付けられるだけのにおいを出すことができるはず。はたしてウールーたちはマホミルの匂いに引かれ少しずつ離れていき、自分の体の自由を取り戻すことに成功。……最初に飛びついてきたウールーは離れなかったけど。

 

「……まぁ、この子1匹くらい大丈夫かな」

 

 離れなかった子を抱きかかえてマホミルの方へ歩いていく。腕の中でメェ〜と嬉しそうに鳴くウールーがそこはかとなくかわゆい。けど今はジムミッション中。愛でたい気持ちをグッとこらえてマホミルにお願いをする。

 

「マホミル〜。そのままあまいかおりを維持してゆっくりゴールの方に向かってくれる?」

「マミュ!!」

 

 まるで了解と言わんばかりにビシッと敬礼を決めた後、相変わらずクルクル回りながらゴールの方にふわふわと飛んでいく。そんなマホミルが放つあまいかおりに誘われたウールーたちもゆっくりゴールへと進んでいってくれたためボクもウールーを抱えながらその後ろをついて行く。気分はハーメルンの笛吹隊だ。

 

 程なくしてゴールにたどり着いたウールーたちを確認してボクもその群れに近づこうとした時に腕からボクが抱えていたウールーが飛び出す。

 

「あっ…」

 

 急に飛び降りたので半分びっくりの半分モコモコが消えた喪失感を感じながら飛び出したウールーを見送ると、ゴール地点で先頭にたち、周りのウールーたちに号令を送り始める。

 

「メェ〜!!」

 

『メェ〜!!!!』

 

「おおお!!」

 

 その号令に従ってなのか、集まったウールー全員がいっせいにゴールを塞いでいる木の柵にころがってたいあたりを繰り出す。ドゴンッなんて派手な音を立てながら柵は開かれ、1つ目の関門がクリアされたことを告げる音が響く。

 

『フリア選手!ウールーの群れに襲われて一時はどうなるかとヒヤヒヤしましたが、ウールーと驚く速さで絆を結び、さらにマホミルの『あまいかおり』を上手く使いこなし突破ぁ!!まさかの展開に思わず観客もジムトレーナーも驚きの顔を隠せません!!これがシンオウ地方のやり方なのかぁ!?このまま残り二つの関門も突破してしまうのか……これは楽しみになってきましたぁ!!』

 

「メェ〜!!」

「っととと。やれやれ、君は甘えん坊だなぁ」

 

 実況の声を軽く受け流しつつ、1つ目の柵を超えて行くと先程ボクに引っ付いていたウールーが帰ってきて再びボクに飛びついてくる。必死にボクに向かって鳴くその姿は、どこか『ぼく頑張ったよ!!褒めて褒めて!!』と言ってるように見えてしまい、ボクもついつい撫でてあげてしまう。

 

「よしよし、えらいえらい〜」

「メェ〜……」

 

(この子ほんと可愛いな?ジムミッション中じゃなかったら沢山もふもふしてあげられたのにっ!!)

 

 思わずお持ち帰りしたくなるのをこれまた我慢して前を向く。実況の話と目の前のコースを見るに恐らくあと2つ木の柵があり、そこに先程と同じようにウールーたちを案内すればいいのだろう。ただ、もちろんずっと同じコースなんてそんな甘いことをする訳もなく……

 

(今度はコース上にワンパチが配置されているのか……)

 

 再びマホミルにあまいかおりをお願いして先行してもらうけどワンパチが近寄る度にウールーが少し萎縮してあまいかおりの方ではなく、ワンパチから逃げるような道をたどっていく。よっぽどウールーにとってワンパチというのは苦手な存在らしい。現にボクの腕の中にいるウールーもワンパチが視界に入った瞬間少し震え出しているし……

 

 となるとこのワンパチをどうにかする必要があるんだけど……

 

(手っ取り早く倒しちゃうか、はたまた平和的に行くか……って、選択肢一個しかないか)

 

「よし、お願い!!メッソン!!ラルトス!!」

「メソッ!!」

「ラル!!」

 

 手持ちがフルオープンになるけど別に戦闘を見せるわけじゃないので手の内がバレることもないと思いそのまま残りの2匹も呼び出す。

 

「メッソンは水を沢山吐いて、ラルトスはその水に『ねんりき』をして操って!!」

 

「メーッソー!!」

「ラル〜……」

 

 バトルカフェでも見せたラルトスとメッソンのコンビネーション。空中を自在に動いていく水を不思議そうに色んな人やポケモンが見つめていた。

 

「ラルトス。そのままワンパチを囲うように水の柵を展開!!その後はシャボン玉みたいなのを沢山作ってワンパチの興味を引いて!!」

「ラル!!」

 

 少し無茶なお願いをしてしまった感は否めないけどボクのお願い通り頑張って水を操ってくれるラルトスには感謝しかない。自分から離れすぎると極端に出力が落ちる欠点はあるものの器用な方ではあるこの子はボクのお願いを叶えようと頑張ってくれている。本当にありがたいし、これは今回のジムミッションのMVPだ。後でたくさん労ってあげよう。

 

 ラルトスが作った水の芸術はワンパチの視線をしっかりと釘付けにし、ふわふわ浮かぶ水を見てはしゃぎ回っていた。その間にマホミルがあまいかおりによる引率を行い2つ目のゴールへ。ボクも抱えているウールーを撫でながら急いでマホミルの後を追いかけていく。いつの間にか頭の上にメッソンが乗っているのはご愛嬌だ。

 

「ラルトスお疲れ様!!もうこっちに来て大丈夫だよ!!」

「ラル!!」

 

 もうすぐで2つ目の木の柵にたどり着くというところでラルトスに声をかけて戻ってきてもらう。ねんりきによって浮いていた水が自由落下をして派手な音を立てながら芝生に広がっていった。その光景にワンパチが物凄く悲しそうな顔をしていくのがそこはかとなく心を痛めたがこれもジムミッションのためだということでどうか我慢して欲しい……。

 

 そうこうしている間に2つ目の木の柵へ。再び腕からするりと抜け出したウールーが再び音頭をとり、2つ目の柵も無事突破。また帰ってくるウールーを抱きしめながら前を見据える。

 

 最後の柵への道。

 

 塀で区切られたり、ワンパチの数が増えたりしているがやることは基本的に変わらなさそうだ。

 

「これならもうジムミッションはいけそうだね……けど、油断はせずに。行こうか、みんな!!」

 

 ジムミッション、なんだかんだで楽しく突破できそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははっ、フリアのやつ面白いな!!あんなにウールーにまとわりつかれてる所なんて初めて見たぞ」

「でもその後の乗り越え方は凄か。対応も早いし、何よりも……凄く優しくて楽しそう」

「確かに。フリアだけじゃなくてメッソンやラルトス、マホミルも楽しそうにしてるもんな!特にフリアに抱かれているウールーなんて物凄く幸せそうだぞ」

 

 ここはジムミッションを観戦できる観客席。

 

 ジムミッションの時点で応援したり、空気感を楽しみたいという人が駆けつけてきているだけあって空席なんてほとんどない。ジム戦や本戦に比べたらそもそもの席数が少ないとはいえ、予約なんて数十分でなくなるし、空席なんてここ一か月先は埋まってて買える気配なんてみじんもない。オレたちがこうやって座っていられるのはひとえに選手は無条件で観戦できる特権というのがあるからというわけだが……そんな人だらけでものすごい熱気を生んでいるこのジムミッション部屋内は、先程からラルトスのねんりきによって踊る水にすごい勢いで湧いていた。その水たちは時にはウールーたちの道標となり、時にはワンパチがウールーに近づくのを止めるための塀となり、時にはワンパチを楽しませるために色々な形へと姿を変えていた。

 

 別の地方ではポケモンをいかに魅力的に見せるかで競い合うポケモンコンテストと言うものがあるらしいが、その競技からアイデアをもらっているのかもしれない。少なくとも今のフリアとポケモンたちは凄く魅力的に見えた。

 

「あたしはこの試練、ワンパチを倒して少しずつ少しずつウールー達を頑張って押し込んでたと……」

「オレもだぞ。と言うか、大体の選手はそうやってるし基本的にはジム側もそういう突破方法を想定しているはずだぞ?」

 

 ジムミッションを突破した後、中継の切り抜き動画や生放送のアーカイブが投稿されていたため、それで他に気になる選手が居ないか探してみたが、どの人もワンパチを倒そうとするか無理やりにどかして突破していた。もちろんジム側もそれを想定してワンパチを育てている。と言うか大体の人が邪魔なものは排除したくなるはずだ。けどフリアを見るに…

 

「フリアの頭の中には最初から倒すって選択肢無さそうだぞ」

「なんて言うか、思考が優しいね」

「のくせしてバトルは凄いんだから驚きだよな!!」

 

 思い出すのは初めて戦ったあの時。優しそうで中性的な顔して、柔らかな雰囲気を醸し出しておきながら普通のトレーナーなら頭に置いてすらいないなきごえを使ったトリックプレー。本来有利のはずのサルノリを使って負けたあの試合。それもひっかくしか覚えていなかった最初の時と違い、えだつきと言う明確な弱点をつく技があったのにだ。シンオウ地方を回ったいわばオレの先輩と言えるトレーナーだけどポケモンのレベルはほぼ同じはずだった。それなのに負けた。

 

 悔しかった。けど、それ以上に……

 

「ホップ、凄く嬉しそうとね?」

「そう見えるか?……いや、うん。確かに嬉しいかもな」

 

 ワクワクした。同じレベル、同じ強さ、そのうえで不利なタイプ。なのに負けた。戦い方ひとつで。完膚無きまで……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?()

 

 悲しむなんて勿体ない。足踏みなんてそんな暇無い。心を折って諦めるなんてもってのほか。オレはあの日、初めてアニキと同じくらいに高い目標と出会ったのだ。こんなチャンスをどうして手放すなんてできようか。

 

 たった1年、されど1年。

 

 経験の差にしては想像以上に大きかった……いや、大きすぎた。歳だって一つしか変わらないのにものすごく大きく感じたその距離は俺の対抗意識をただひたすら刺激してきた。

 

「アニキみたいに真正面からたたきつぶすって感じの戦い方も勿論大好きなんだけどそれと同じくらいフリアの一手二手先を読んだ詰め将棋みたいな戦い方も目にしてビビってきちゃったんだ」

「そんなに変わった戦い方すると?」

「その証明はいまされているところだろ?」

「それもそうっちゃね」

 

 オレたちの目線の先にはなぜか背中にウールーを背負い、両腕に二匹のワンパチを抱えたままゴールしてものすごく疲れた顔をしながらも笑顔を浮かべながら手を振るフリアの姿。誰よりも平和に、和やかに、斬新に、優しくジムミッションをクリアしたフリアに対して観客から惜しみない賞賛の拍手が送られる。

 

「マリィもいつか戦ってみるといいと思うぞ。いい刺激になるし何より強い!!楽しい!!面白い!!俺が知っているときにくらべて新しくマホミルを捕まえているみたいだし、このジムミッション見てる限りマホミルとの連携も完璧っぽいからこれはますます強くなっていそうだしな!!」

「そこまで……」

 

 オレの言葉に促されてフリアを見つめるマリィ。フリアは自分の手持ち一匹一匹に労いの言葉をかけながらモンスターボールに戻していき、こちらに気づいて手を振ってくれた。オレとマリィもそれに返すように手を振る。

 

「きっとこのチャレンジ、一番の壁だ……超えなきゃな」

「そこまで言われると、あたしも気になるとね……けど、あたしだって大きな壁の一つのつもりなんだから、あまり足元おるすにすると、すくっちゃるけんね」

「あたりまえだ!何なら、どっちが先にフリア超えるか勝負しようぜ!!」

「そんなもの、あたしはそもそも負けていないから最初っからあたしの勝ちだけどね!」

「そ、それはノーカンだぞ!!くううぅ、じゃあ今すぐフリアと戦って負けようぜ!!」

「なんで負けること前提で戦わないといけんと!?あたし負けると機嫌悪くなっちゃうから絶対いや!!」

「頼む!一回、一回だけ!!」

「い~や~!!」

 

 そのまままったく意味の分からない言い合いを続けるオレとマリィ。周りから変な視線を受けながらもそれに気づかず言い合いをしていたオレたちの謎のバトルは観客席まで帰ってきたフリアの少し引いたような視線に気づくまで続いた。

 

 優しい雰囲気を出すフリアだったけど言い合いをして周りに迷惑をかけていたオレたちに怒っていたときはなかなか怖かったとだけは言っておく。やっぱり、普段怒らない人を怒らせるのはいけないんだなと心から思った。

 

 ……と、とにかく。次はユウリの番だ。フリアばかりに目が行きがちだけどユウリだってオレがサルノリを、ユウリがヒバニーを貰った日に戦って負けた過去がある。あの時はお互いに初めてのポケモンバトルということでお粗末だったとはいえ二対一で戦って負けた過去があるんだ。こっちだってきっとすごいトレーナーになるはずだ。

 

(おいて行かれないようにしないとな!!)

 

 フリアも迎えて三人で見つめる次の挑戦者であるユウリの姿。初めてのジムチャレンジに少し緊張している彼女に対して、頑張れと言いながら拳を振っているオレはほんの少しだけ、応援したい気持ちや自分の友人が活躍して、注目されている環境を見て、心に落ちる黒い感情にはてなを浮かべながら、ひとまずその感情にふたをして知らないふりをすることにしながら応援を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジムミッション

楽しく突破。
これくらいふわふわでもいい気がします。
ウールーだけに。
ちなみに私は某伝説の羊追いを連想しました()

ワンパチ

やっぱりウールーの苦手なやつなんですかね?

ラルトス

今回のMVPです。
最も、全員活躍してますけどね。
そのためのこの展開です。

ホップ

新しい目標に燃えて、自分より強いかもしれない幼馴染がいて、焦るなという方が割と難しい。



明日はポケモンスナップ明日はポケモンスナップ明日はポケモンスナップ明日はポケモンスナップ…………

写真、みんなで撮りまくりましょうね!


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14話

まずは定刻の23時を11分遅れたことに謝罪を……
言い訳をするならパソコン周りの整備をこの連休中にしていたため時間が取れませんでした……本当に申し訳ないです……

あとはポケモンスナップがかわいすぎて……
あのゲームはやっぱり神ですね……私もポケモンの写真撮りたい……


「手持ちよし、作戦よし……うん。ヤローさんと戦うイメージはできた」

 

 ジムミッションを無事突破した次の日。

 

 あの後ユウリのジムミッションをクリアしたところも無事見届けて、昼からはみんなでまたご飯を食べ、次のジム戦に向けての作戦を練ったり、手持ちのみんなの最終調整をしたりして過ごしていた。

 

 次の日がボクとユウリのジム戦ということもあり、早めに解散して睡眠も多めに取ったうえ朝もかなりゆっくりと動いていたため体力はあり余っている。午前中はいっそ逆にまったくバトルのこと考えずにのんびりしていたから程よくリラックスもできている。

 

「一つ目のジムだからね。景気よくスパッと勝ちたいよね」

 

 ぐっと握りこぶしを作り気合を入れる。ここで流れをつかめたらきっとこの先のジムに対する姿勢にだってプラスに働くことだろう。

 

「よろしくね、みんな」

 

 腰のホルダーに取り付けられたモンスターボールを軽くなでながら呟く。カタカタっと揺れているあたりみんなもやる気満々みたいだ。これは頼もしい。

 

 ふと視線をあげてみると上から聞こえるのは昨日にもまして大きな歓声。

 

 現在、ボクの一個前の順番の人がジム戦に挑んでいる。

 

 すぐ近くにある自動ドアを抜けると今まさにヤローさんが挑戦者と戦っていることだろう。もっともこの歓声の大きさからちょうどいま戦いが終わったところだと思われるけど……いかんせんここにはモニターがないためどっちが勝ったかよくわからないうえ、退場するときはここじゃない控室を通るためすぐに知るすべがなかったりする。まあ、どっちが勝とうが正直どっちでもいいというのが感想ではあるんだけどね。これが知り合いの挑戦とかだったら気にはなるんだけど流石に見ず知らずの人の結果まで気にする余裕はなかったりする。

 

「う~ん……けど、少しだけ落ち着かないというかなんというか」

 

 周りを見渡すと誰もいない空っぽな控室。ジム戦が一人ずつである以上控室で待機する人は一人しかいないんだけど……そうなるとジムミッションのころと違いこの広い控室にポツンと一人いることとなる。外は騒がしいのに控室の中はシンとしているからギャップがひどい。そんな激しい高低差を感じているところにドアの開く音が一つ。そのドアの方に視線を向けるとちょうどガチャリと開く瞬間だったみたいで、入ってきたのはユニフォームに着替えたユウリだった。

 

「あ、フリア。準備はどう?って聞くまでもないよね」

「勿論。みんなのコンディションも悪くないよ。ユウリの方こそどうなの?ボクの次でしょ?」

「それ大丈夫なの知ってて聞いているの?誰と一緒に対策練ってたと思ってるの?」

「冗談冗談」

 

 若干頬を膨らませながら近くのベンチに座りに来るユウリ。さっきも言った通りユウリはボクの次にジム戦の予定が入っている。ボクの挑戦が終わり次第ユウリが入場する手はずだ。寂しかった控室がちょっとにぎやかになったのは嬉しい誤算だ。

 

「もう……でも、少し心配なのはほんと。フリアの手持ちって、ここのジムにちょっと向いてない気がするから」

「それはそうなんだけど、そういう事って何回も経験しているしまだまだ一つ目のジムだからね。これくらいのことで躓くわけにはいかないよね」

「タイプ相性の差をこのくらいって言いきれる人そんなにいないと思うけどね……」

「まあまあ、何とかなるよ。しっかり勝つからユウリもちゃんと続いてよ?」

「い、いわれなくても!!」

「フリア選手、時間が来ましたので準備の方お願いします」

「はい!」

 

 バトルコート側の自動ドアが開き、ジムトレーナーの人からの呼び出しがかかる。やっぱりさっきに大きな歓声は決着がついたところの歓声で、今まではヤローさんの休憩時間だったってところだろうか。とにもかくにもボクの出番だ。頬を軽く叩き気合を入れてスタジアムコートへの道を歩き出す。ただ自動ドアをくぐる寸前で後ろから視線を感じたので振り返り、視線の主であるユウリに一言言っておく。

 

「じゃあ行ってくるね~」

「フリア!」

 

 割と軽く返して空気を重くしないようにしたもののユウリからの叫びが真面目にボクを心配しているからこそのもので少し裏目に出てしまった。

 

「……絶対に勝ってね?」

「勿論!」

 

 なので次はちゃんと答えて手を上げ、ユウリに向ける。一方ユウリは最初この行動の意味が分かっていないのか少しおろおろしながら、それでも途中で理解したのかゆっくりと手を上げる。

 

「え、えっと……こう?」

「うんうんオッケー、じゃあ……」

 

 ユウリが挙げてくれた手のひらをめがけて自分の手のひらを勢いよくぶつける。パァンという景気のいい音と手のひらに感じる若干の痺れに心地よさを覚えながら今度こそバトルコートの方へ。

 

「ボクがしっかり勝って会場の温めと勢いづけちゃんとしておくから、ユウリもちゃんと勝ってよ!!」

「……うん!!」

 

 背中越しにそういいながら芝生のコートへ足を入れる。

 

(これで負けると恥ずかしいなぁ……)

 

 変なプレッシャーを背負いながら歩いていたボクは、それでも笑顔で、そのプレッシャーをどこか気持ちよく感じながら最初のジムに挑んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天気は快晴。観客は満員。今日もここ、ターフスタジアムはジム戦を一目見ようと訪れた人たちの熱気で大盛り上がり。サッカースタジアムを彷彿とさせるようなとても広いバトルコートのど真ん中に立つ二人のトレーナー。ボクとヤローさんだ。

 

「さて、いよいよ来ましたねぇ。あなたが来るの、楽しみに待っていましたよ」

「そんな楽しみにしてもらえるほどすごいトレーナーの自覚はないんですけどね……」

「何言うんですか。シンオウ地方のチャンピオンと言えば、こっちの地方でも話を聞くすごいトレーナー。そんな人からの推薦と言われたらこちらも気になるというのがトレーナーの本能というもの。現にここのジムチャレンジをあんなに楽しそうに突破しとるんですから、その実力は折り紙付きでしょう?」

「楽しそうというか、ウールーとワンパチたちがただ可愛かっただけだと思うんですけど……」

「それが凄いんですよ」

 

 腕を組みながら満足げに言うヤローさんに首をかしげるボク。そんなに特別な意味を持つジムチャレンジだったりするのだろうか?

 

「ここのジムミッションは最初のジムってこともあって挑戦者がよく来るんですよ。そんなこともあって他のところよりも少しむずかしめに作っとるんです。トレーナーになりたてだったり、少し厳しそうな人は観察をするということをしないもんですからウールーの動きやワンパチの性格なんて考慮せずに動いてよく失敗するんですよ。観察と理解っていうのはバトルでも大切ですからね」

「ああ……だから単純なバトルじゃなくてウールー追い……」

「それとぼくがどうしても初心者たちに本気を出せないっていうのがあるんでせめてもの代わりということでこっちの難易度を上げとるんです」

「成程、確かに最初のジムだからとんでもない数の人が来ますし、その全員と戦っているとヤローさんの体力も持ちませんもんね。お疲れ様です……」

「はっはっは、そんな心配されるのは初めてです。体力に関しては心配せんでください。農作業は体力仕事なんでね。その辺は大丈夫なんですよ。仕事時間に支障が出るのはいかんですけどね」

 

 見た目通り豪胆な人だなぁという感想から苦笑いが止まらない。苦労人だけどそれ以上に優しい人という空気が溢れ出ているせいかあまり言うことがないというのが正直な感想だ。

 

「さて、こうして話しているのも楽しいんですが、あまり何もしないと観客も冷めちゃいますんで……そろそろやりますか!!」

「っ!?……はい!」

 

 空気ががらりと変わる。

 

 さっきまでの優しい雰囲気ではなくこちらを威圧してくる圧倒的存在感。これがジムリーダー。

 

『さあ皆様、お待たせしました!!今日の試合の中で目玉の一つとなりますでしょうこの試合を楽しみにされた方は多いのではないでしょうか!?シンオウ地方より来た期待の選手、フリア選手!!』

 

「わあああああああああ!!!!」

 

 実況のジムトレーナーの声により今まで以上に大きな歓声にいつもなら眩暈を起こしそうなものだけど目の前のトレーナーが放つプレッシャーがそれを許さない。

 

「さあ始めるぞ!ここがフリア君の……ガラルでの最初の関門じゃ!!」

 

ジムリーダーの ヤローが

勝負を しかけてきた!

 

「行け!ヒメンカ!!」

「行くよ!メッソン!!」

 

 バトルコートに現れる二匹のポケモン。

 

 相手のヒメンカは戦う前に調べてはいたから何となくはわかる。勿論次のポケモンもわかってはいるけど……はてさて、どこまでいけるか……

 

「ふむ……メッソン。それは余裕か?水タイプのポケモン……」

「まあ、いろいろ考えているんで楽しみにしててくださいよ!」

「じゃあお手並み拝見と行きましょうか!!ヒメンカ!『りんしょ━━』」

「メッソン、『ふいうち』!!そしてすぐ戻る!!」

「むっ!?」

 

 りんしょうを放とうと息を吸い込んでいるところにメッソンが持ち前の速さで高速で懐に飛び込んでふいうちを放つ。予期してない速攻で思いもよらないダメージを受けてしまい行動を中断してしまうヒメンカ。その間にメッソンを下がらせる。りんしょうはその間にあらぬ方向へ飛んでいき外れる。まずはファーストヒット。

 

「なかなかな攻撃をするようで?」

「いろいろ仕込んできましたからね……次、メッソン、走り回りながら水をまき垂らして!!」

「また奇怪な行動を……」

 

 湿度が上がっていき周りに霧のカーテンが敷かれる。ほんの少し幻想的な光景に周りの観客も感激したような声を上げる。

 

 さて、ここで少し脱線するんだけどくさタイプについてのお話をしよう。

 

 くさタイプ。

 

 攻撃をするにおいて抜群を取れるタイプはみず、いわ、じめん。いまひとつはほのお、くさ、どく、ひこう、むし、ドラゴン、はがね。受ける場合はみず、でんき、くさ、じめんに強く、ほのお、こおり、どく、ひこう、むしに弱い。

 

 見ての通り技の通りがいいかと言われたら決していい方ではなくむしろ悪い方で、では受けた場合はどうかと言われるとこちらも決していいとはいえず、むしろ弱点五つは全体で見れば多い方だ。

 

 どちらかと言えば不遇と言われるようなタイプと言ってもいいだろう。ではくさタイプのポケモンの特徴はどうかと言われるとメッソンのように足の速いポケモンというのはそんなに多くなく、どちらかというと鈍足より。そのため戦う場合は敵の攻撃をよけて戦うというよりも敵の攻撃を耐えて行動する形になってしまう。決して受け耐性が強いわけでもないのにだ。そしてたとえ耐えても技の通りが悪いから決定打になりにくい。

 ここまで言うとくさタイプの強みなんて何もないように聞こえるんだけど……くさタイプには他にはない強みがある。それは何か。

 

 相手を状態異常にすることの容易さ。

 

 しびれごな、どくのこな、ねむりごなをはじめ、相手の特性を変えるなやみのたねや体力を奪うやどりぎのたねといった相手の自由を奪い、こちらの土俵に引き込む力というのが他のタイプよりも格段に優れている。そしてその強みはジムリーダーであるヤローさんは誰よりも理解している。さて、ここで話はバトルに戻るんだけど……くさタイプを理解しているヤローさん。ここが最初の関門になるためにあるなら当然その強みを生かさないわけなんてなく……

 

「ヒメンカ、足を奪うぞ、『しびれごな』!」

 

 素早く動くメッソンの足を奪いに来る。けど……

 

「……なるほど、そういう事ですか。()()()()()()()()()()()……」

「メッソン、高く飛んで『みずのはどう』!!」

「ヒメンカ、『はっぱカッター』!!」

 

 打ち下ろされる水と吹き上がる葉っぱの嵐。湿度の上がったフィールドでは葉っぱがうまく吹き上がらずに威力が落ちるもののみずとくさで相性が悪くこちらの攻撃がかなり消される。それでも何とかヒメンカには当たるもののそのころにはほとんど威力が落ちている。いまひとつということもあってほとんどダメージはないが……

 

「どんどん湿度が上がっていく……う~ん、ルリナさんに雨ふらされた時も感じたんですが湿気や雨っていうのは花粉や粉が飛ばなくて結構つらいもんですなぁ」

「対策に見させてもらいましたから」

「勉強熱心ですねぇ。やはり強敵だ。ヒメンカ、まずは水をはじくぞ、『こうそくスピン』!!」

「メッソン、『ふいうち』!!」

 

 回転して周囲の水分をはじこうとするところを再びふいうちで攻撃しようと懐に入り込むメッソン。

 

「待ってたぞ!メッソンじゃ防御は低い!ヒメンカ、『はっぱカッター』じゃ!!」

 

 完全に誘い込まれたみたいだ。メッソンの近くで葉っぱが荒れ狂う。

 

()()()()!!)

 

 腰のホルダーからモンスターボールを二個取り出しながら覚えた秘策を一つ切る。

 

「メッソン、今!!」

「何!?」

「メソッ!!」

 

 合図を出した瞬間体をひねり回転しだすメッソン。そのまま回転の勢いをつけた蹴りをヒメンカにぶつけ勢いよく左手に構えた()()()()()()()()()()()()()()。メッソンに当たるリターンレーザーを確認しすぐに右手に持ったモンスターボールを投擲。

 

「ラルトス、『サイケこうせん』で()()()!!」

「ラ~ルッ!!」

「は……?」

 

 飛び出したラルトスはそのまま右手に虹色のいびつな輝きをまとったままヒメンカを殴り抜けた。

 

「そのままの勢いで行くよ!『かげぶんしん』!!」

「ほんとに……まったく動きが読めないですねぇ……『はっぱカッター』!!」

「走って!!」

 

 三度荒れ狂う葉っぱの嵐を駆け抜けていくラルトス。かげぶんしんの数が少しずつ消えていくもののものすごい速さで肉薄していくラルトスは、しかし向こうのはっぱカッターの威力と精度もかなり良く、ラルトスが懐にもぐりこんだ時にはすでにかげぶんしんはすべて消え、ラルトス自身にもいくつか攻撃が当たっていて傷を負っていた。

 

(ほんとはサイケこうせんにしたかったけどここは後のことを考えてこっち!)

 

「ラルトス、『ドレインキッス』!!」

「ラルッ!」

「ヒメッ!?」

 

 左手にそっと口づけを落とすラルトスは、口づけした瞬間に淡くピンクに光る左手でまたヒメンカを殴っていく。そのままドレインキッスの効果で与えたダメージの少しを回復する。そして両者距離を離し仕切り直し。しかしその差は大きく致命傷を負ったヒメンカとほぼ体力全開のラルトス。周りの観客は今までの攻防に盛り上がり、さらに歓声を上げていた。

 

(……どうでもいいけどこれは実質ドレインパンチでは?)

 

「その技のどこがドレインキッスなんですかね?」

「ボクも全く同じことを思いました」

「ほんとに手札が豊富な人ですね……まさかメッソンにとんぼがえりを仕込んでいるとは……いえ、確かに覚える個体がいるのは知っとるんですけどここまで使いこなせるとは……これは確かにぼく相手にメッソンを出すに足りますわ。一本取られました。しかし……そのラルトスはいったい……」

「企業秘密ですね」

 

 とんぼがえりはむしタイプの技。くさタイプに対して効果抜群な攻撃だ。マホミルがどうしても調整が間に合わなかった以上メッソンに技を仕込むしかなかったのでこうなった。すばやさの高いメッソンとシナジーはすごくいいしね。

 

 そして問題児のラルトス。

 

 前も言った通りラルトスは出力自体は高いんだけどラルトス自身から離れると他のエスパーポケモンと比べて明らかに大きく威力が落ちていた。出力自体は強いはずなのに肝心のダメージが相手に当たるまでに落ちてしまっては意味がない。しかもさらにもったいないことにこのラルトス、ほかの同族に比べてものすごく足が速い。つまりメッソンのように走り回って隙をついて高火力のエスパー、フェアリーの技を叩き込むということを可能にしていた。んだけど距離を取ったらそもそもダメージが入らないので結局相手の攻撃をかいくぐって近づく必要が出てきてしまうという辛さが出てきた。ただここで少し逆転の発想。少し荒療治だけど思いついた考えが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分から離れたら出力が落ちるのならいっそ自分から直接懐に呼び込んでいき叩き込めばいいだけというなんともラルトス族に似合わない脳筋的な戦い方だ。近づかないとダメージが入らないなら懐にいこうが少し近づくだけだろうが変わらないだろうという少し思考放棄とも取れない考えではあるもののラルトス本人もこの戦い方を気に入っている節があり、現に今この瞬間もラルトスはヒメンカを圧倒している。

 

「これはシンオウチャンピオンが認めるだけはありますわ。ヒメンカ、つらいかもしれんが頑張ろう!」

「ラルトス、押し切るよ!!『かげぶんしん』!!構えて!!」

 

 無数に増えるかげぶんしんがヒメンカを囲んでいき、そのすべてが右手、ないし左手に虹色、または淡いピンク色の光を携えて臨戦態勢。

 

「そのまま一気に突撃!!」

 

 囲んでいた影のすべてが一気にヒメンカに突撃していく。ラルトス族とは本当に思えないそのアグレッシブな行動に再び観客や当事者であるヒメンカは驚きの表情を浮かべるがヤローさんは焦らない。

 

「このまま好き勝手させるわけにもいかんので、こちらもジムリーダーの意地見せますよ!!ヒメンカ、『こうそくスピン』をしながら『はっぱカッター』!!」

 

 指示を受けて驚いた表情からきりっとした表情に変わり高速回転をし始めるヒメンカの周りを大量の葉っぱが竜巻のように荒れ狂う。

 

「ヒメンカ、もう少し気張るんじゃ!!」

「くっ、疑似『グラスミキサー』みたいだ……しかも火力が高い」

 

 荒れ狂った葉っぱがどんどんかげぶんしんを消し去り、その圧倒的攻撃範囲で本体のラルトスまでもが上空に打ち上げられる。

 

「ラルトス!!」

「逃すなヒメンカ!!自分の力を乗せて『はっぱカッター』で追い打ちじゃあ!!」

 

 こうそくスピンとはっぱカッターの合わせ技が終わり、回転に目を回しそうなヒメンカだが、ヤローさんのかけ声にしっかりと己を保ち、真上にいるラルトスに向かって死力を尽くしはっぱカッターを放ちまくる。

 

「ラルトス、両手に『サイケこうせん』!!サイコパワーでそらして!!」

「本当に芸達者なポケモンじゃ!!」

 

 一方両手にサイコパワーを携えたラルトスはヒメンカに向かって自由落下しながら迫りくるはっぱカッター一枚一枚に対して丁寧に拳を添えて的確に攻撃をそらしていく。まるではっぱカッターがラルトスをよけているようにも見えるその光景に周りの観客は釘づけになりボクもヤローさんもここは見守るしかできなかった。

 

(頑張って、ラルトス!!)

 

 勿論すべての攻撃をそらすことはできないため一つ、また一つとかすり傷を増やしていくラルトスはそれでも必死に耐え続ける。そしてラルトスとヒメンカの距離がいよいよ後数メートルとなったところで……

 

「……ヒメッ!?」

「ヒメンカ!?」

 

 体力の限界が来たのか態勢が少し崩れてしまいはっぱカッターが途切れる。

 

「ラルトス、いっけえええ!!」

 

「ラアアア、ルーーーーッ!!」

 

 ついにヒメンカまで到達したラルトスは全力で右こぶしをたたきつけてヒメンカにとどめを刺す。

 

『ヒメンカ戦闘不能!!勝者、ラルトス!!』

 

「っし!!」

 

『わああああああああ!!』

 

 ヒメンカがダウンすると同時に湧き上がる大歓声。その声にボクも少し安心感を覚えとりあえず一呼吸。そばにふらふらしながらもちゃんと着地したラルトスをしっかり労う。

 

「ナイスだよラルトス!!」

「ラ、ラル!!」

 

 少しつらそうにしながらもそれでもしっかりガッツポーズを取るラルトス。その姿はまるでまだ戦わせてくれと言っているようで、そんなラルトスの意思を尊重するためにボクもうなずく。

 

「もう少し、頑張ろうか!!」

「ラル!!」

「ヒ……メ……」

「お疲れじゃ、ヒメンカ。よくやった」

 

 一方ヒメンカにリターンレーザーを当てて戻すヤローさん。

 

 ぽんぽんと優しくモンスターボールをなでた後腰に戻し、新たなモンスターボールをとり出しながらこちらに視線を向ける。

 

「いやぁほんまに一本取られましたわ……油断していたつもりはなかったんですがこれは予想以上……」

「ご期待に応えられたようで何よりです。このまま一つ目のバッジ、いただきますね」

「はっはっは、個人的にはあげてもいいくらい十分実力は見せてもらっているんですけどねえ……それじゃあ観客が満足せんのですよ。それに……もう勝ったつもりでいるんでしたら、その慢心をしっかり咎めんといかんので!!さあ行くぞワタシラガ!!ここから挽回じゃあ!!」

 

 そういって繰り出されるのはヤローさんの二体目であるワタシラガ。先ほど戦ったヒメンカの進化系で名前の通り体のほぼすべてが綿毛のふわふわしたポケモンだ。ヒメンカの進化系というのだから当然ヒメンカよりも強い。先ほどよりも厳しい戦いになるのは必然だ。しかもさらにきついのが……

 

「それじゃあいきなり、いくとするか!!」

 

 掛け声と同時に出したばかりのワタシラガを()()()()()()()()()()()。当然この行動はワタシラガを下がらせる行動なんかではなく……ヤローさんの持ったワタシラガの入っているモンスターボールは赤い光を吸収してどんどん大きくなっていき、ソフトバレーボール並みの大きさになり、しかしそこまで大きく、重くなったモンスターボールを片手で軽々と持ちながら高らかに叫ぶ。

 

『さあ行くぞ!!農業は粘り腰。ぼくたちも粘って粘って、最後に勝つんじゃああ!!』

 

 右手に持った巨大なモンスターボールを天高く放り投げる。

 

『ワタシラガ、ダイマックスじゃああああ!!』

 

『フワアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

 遥か高く、見上げて見上げてようやく全貌が見えるようになったその姿。

 

 先ほどと比べるまでもなく超巨大なワタシラガの姿。

 

「ついに来たか、ダイマックス……」

 

 ボクの目の前に、ガラルの洗礼が立ちふさがる。

 

「さあ、後半戦……やるぞ!!」

 

 この壁を乗り越えるために、後に控えるユウリにバトンをつなげるために。

 

「ターフジム、攻略させてもらう!!」

 

 さらに気を引き締めて、挑戦させていただこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




控室

こういったところでの掛け合い本当に大好きです。
熱いですよね。

湿度

花粉症の私が数少ない幸せな天候。
そこからインスピレーションされて考えた戦法です。
さしずめフィールド、過湿度と言ったところでしょうか。
効果は粉系の技の命中率が下がる、くらいかなと。

ラルトス

問題児です。
まさかの脳筋仕様。
手持ちが全員特殊よりなのでこうなっています……ほかにも理由はありますが。






さて、次回後半戦です。

もしよろしければ楽しみにしていただけたら幸いです。

※今現在、なぜか一部文字がでかくなっていません。
できる限り早急に対処するのでお見苦しいかもですがしばしお待ちを……
たびたび申し訳ありません。

2021/05/03
23:24

無事修正完了しました。
ご確認のほど、お願いします。


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15話

前回は遅れてしまいすみません。
今回はちゃんと間に合いました。

感想や評価ってやはりもらうだけでモチベ一気に上がったりしますね。
ちょっと頬がゆるんだのを感じました。
UAもなんだかんだ4000超えててびっくりです。

さて、ターフジム戦後半です。


「さぁフリア君。これからどうする!?」

 

 目の前に立ち塞がる巨大なワタシラガ。

 

 ラルトスが米粒にも見えるその体格差はワイルドエリアにて何回も体験しておきながらそれでも圧巻と言わざるを得ない程の一種の絶望感を感じる。

 

 ダイマックス。

 

 もちろんここで戦う前に予習もしたしワイルドエリアでの練習もちゃんとしてきた。だからこそ基本的なことはちゃんと抑えている。

 

 1つ、ダイマックスは一試合中に一回。

 

 これは単純にダイマックスに必要なエネルギー、ダイマックスパワーが多すぎて一回が限度のため。またダイマックスを行おうとするにはこの腕のダイマックスバンドにエネルギーをためなおす必要がある。

 

 2つ、ダイマックスできる期間は短い間だけ。

 

 野生のポケモンと違い手持ちから任意で出すのは自然からのエネルギー供給がないせいか永続効果にはならず時間経過、もしくは数発技を放つとダイマックスを維持できずに解かれてしまう。建築物内であるここでは特に自然エネルギーは供給を望めないのでもしかしたらワイルドエリアでの使用時間よりも少ない可能性もなくはないのかなと思う。

 

 3つ、ダイマックスは一度モンスターボールに戻すと解ける。

 

 これは2つ目の条件よりも優先される。どういうことかというといくらダイマックスを継続できるエネルギーがあろうがモンスターボールに戻した時点で解除したとみなされこちらのダイマックス権を使い切った扱いになる。また、これはダイマックスしているポケモンが戦闘不能になってモンスターボールに戻った時も適応される。これはヤローさんに関係あるというよりもボクに関係がある話だ。ヤローさんは最後の一体なので関係ないがボクはまだ2体とも健在。どっちにダイマックスを切るかで選択が迫られる。

 

(とはいってもラルトスにはもう切れないよね……流石にさっきの攻撃で体力が削れ過ぎている……けど正直理想は弱点を突かれないラルトスだったんだよなぁ)

 

 まあこの展開は最善ではないものの予想通りではある。そのためにしこんだとんぼがえりだしね。なんせダイマックスすれば技はタイプごとの技でひとくくりにし、かつ強化されたものになるからとんぼがえりも強化される。タイプ不一致というのが引っかかるけど……ただいくらダイマックスしているとはいえしていない状態の攻撃だってちゃんと通るのはワイルドエリアで確認済みだ。

 

(ラルトスでおそらく倒し切るのは不可能だろうけどしっかり削っていくことはできるはず……)

 

「ラルトス、『サイケこうせん』!!」

 

 右手にサイケこうせんをまとわせながら懐にはいって殴ってみる。けど……

 

「そんな攻撃じゃあぼくのワタシラガの粘り腰は崩せんぞ!!」

「ぐっ、ダメージはゼロじゃないはずだけど想像以上に攻撃が通らない……」

 

 ラルトスの攻撃は決して低くはないはずなのに思いのほか通っていない。このワタシラガもくさタイプの例にもれず防御……いや、ラルトスの戦い方的に特防がかなり高いポケモンという事なのだろう。

 

 これはまずい誤算。

 

 なんせメッソンだって主な攻撃は特殊なのだから……ただ体が大きくなっている分動きが弛緩してゆっくりなところは付け込めるはずだ。それに……

 

「削らなきゃ勝つ未来がない!!ラルトス、『かげぶんしん』!!」

「ラ……ッ!?」

 

 かげぶんしんからの攪乱、そして速攻を決めてとにかく体力を削ろうとしたときに異変が起きる。急に膝をつき始めるラルトス。確かにさっきのはっぱカッターでかなりの体力を削られたのは事実だし、そのダメージが足に来たというのも考えられる。さらに言えばワタシラガには『わたげ』という特性があり、相手に攻撃した時わたげが宙にまい、攻撃したもののすばやさを下げる効果がある。思いのほか動きの遅い体に戸惑い膝をついていることも考えられる。けどそれにしたって少し違和感を感じる膝のつき方。というより誰がどう見ても()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ラルトス!?」

「ラル……ッ」

「やっと効果が出たか……」

「まひ!?でもなんで……『しびれごな』はこの湿度で……いや違う、あのはっぱカッター!!」

「手札が多いだけでなく観察力も高いとなるとほんとに手強くてたまらんなぁ」

 

 思い出されるのはあの時のセリフ、『自分の力を乗せて『はっぱカッター』で追い打ちじゃあ!!』の部分。

 

 ヤローさんの発言からして間違いなくあの自分の力というのはしびれごなを乗せてという意味ではないだろうか?はっぱカッター一枚一枚全部にしびれごなを乗せて飛ばしていたのなら湿度に落とされてしびれごなが当たらないなんて結果にはならない。だとすればあの時ラルトスが体に散々つけた傷にはいたるところにしびれごなが……

 

(ごめんラルトス。ボクの不注意だ!!)

 

 むしろ今ここまでまひにならずに堪えていたラルトスにほんとに感謝しかない。

 

「さあて、ここまでラルトスに苦しめられたのは初めてじゃ……そのことに敬意を表してこれで退場願おう」

「ラルトス!あとほんの少しだけ動ける!?」

「ラ、ラル~……!!」

 

 痺れる体に鞭打って頑張るラルトスに自然と拳に力が入ってしまう。本当に申し訳ないと思っているのはいる。けどここで動かないと多分メッソンが動けない。おそらく来るのはあの技。だとしたらメッソンがかなり危ない!!

 

「驚けよ、たまげろよ!!これが……ダイマックス技じゃああああ!!ワタシラガ、根こそぎ刈りとれ!!『ダイソウゲン』!!」

 

『フワアアアアアア!!!』

 

(やっぱり来た!!)

 

 この技はどうやったってラルトスには受けきれないし逸らすこともまず不可能。避けることだってまひで阻害されているし、かげぶんしんで攪乱してもその攻撃範囲ですべてを消される。けどやばいのはラルトスを倒されることではなくその先。ダイマックス技を受けてしまうと必ず何かしらの追加効果が起きてしまう。そして肝心のダイソウゲンの追加効果がグラスフィールドの展開。つまり……

 

(ただでさえメッソンはくさタイプに弱いのにさらに不利なステージが出来上がってしまう!!)

 

 グラスフィールド展開中は地面に足をつけているポケモンの体力を少しずつ回復させ、さらにじしんのダメージの減少と、くさタイプの技を底上げする効果がある。そんなフィールドがある場所になんの対策もせずにメッソンをダイマックスさせても一撃で刈り取られかねない。

 

 そんなことを考えている間にワタシラガから緑色の巨大な種の形をしたエネルギー弾が飛んでいきラルトスの目前に迫ってくる。

 

「ラ、ラアアア!!」

「ラルトス!!お願い!!」

 

 ボクの言葉に答えて何とか立ち上がりきり、両手に光をため込むラルトス。耐えられないのをわかって自ら死に出しの役目を買って出てくれるラルトスに本当に感謝しながらラルトスの最後のあがきを見届ける。

 

 ラルトスの光が飛んできた種とぶつかった瞬間起きる大爆発。それと時を同じくして広がる緑色の光によって展開されるくさタイプのくさタイプによるくさタイプのためのフィールド。

 

 グラスフィールド展開。

 

 青々と茂っているそのフィールドを見下ろすダイマックスワタシラガとその視線の先に倒れるラルトス。その周りには()()()が展開されており、地面にうつぶせになりながらもワタシラガを()()()()()()ラルトスがいて……

 

「ラ……ル……」

 

 草原のど真ん中にて、その体を芝生に沈めた……。

 

『ラルトス戦闘不能!!勝者、ワタシラガ!!』

 

『わあああああああああ!!』

 

「……本当にとんだ曲者だった……最後の最後に置き土産されるとは」

「本当にありがとう……ラルトス。君には感謝しかない……」

「最後の技、攻撃技とふんだんですがそちらでしたか。いやはや、本当に君は何度私を驚かせたら気が済むのか……」

「これがないと、メッソンが戦えないので……むしろこんな作戦をラルトスにお願いしてしまい少し悔しいくらいですね」

 

 リターンレーザーをラルトスにあて、ラルトスを休ませる。ボクのしてほしいことに全力をもって答えてくれたこの子のおかげで最高の状態でメッソンにバトンタッチができた。

 

(セットアップは完璧だ。これなら勝てる!!)

 

「お願いメッソン!!ラルトスのバトンをつないで!!」

「メソッ!!」

 

 再び地面に足をつけるメッソン。同時にメッソンの周りに展開されていく()()()()()()。これにより、ワタシラガのメインウェポンである特殊技のダメージを大きく削ぐことができる。ラルトスのメッソンへ託したバトン。その意思を感じ取ったのかメッソンの表情もいつも以上にきりっとしていた。

 

「ひかりのかべ……確かに厄介ですが、ぼくたちの前では関係ない!!」

 

 ヤローさんが気合を入れて吠える。確かにそうだ。まだ少しだけ不安はある。だから……!!

 

「ワタシラガ、もういっぺん『ダイソウ━━』」

「もう一手!!メッソン、『なみだめ』!!」

「なっ!?」

 

『フワワッ!?』

 

 なみだめ。

 

 相手の攻撃と特攻を下げる技。いきなりの予想外の攻撃にまたメッソンに意表を突かれるワタシラガ。先程より少し動きが緩かったワタシラガに上手く刺さる。能力が下がり、さらに驚きのあまり技が中断され……

 

「メッソン、『とんぼがえり』!!」

「まずい!!」

 

 ヤローさんが慌てるがもう遅い。ボクがいきなりダイマックスを切らなかった時点で警戒するべきだった手だ。とんぼがえりで効果抜群の一撃を加えながら手元のモンスターボールへ帰ってくるメッソン。

 

 本来ならワタシラガの特性、わたげによりすばやさを落とされる危険があったものの、とんぼがえりで帰ってきたのでその効果も避けることができる。そのままダイマックスバンドに祈りを込め、その祈りに答えるように赤い光がモンスターボールへと吸い込まれる。巨大化し、重くなるモンスターボールを抱えて一息。

 

 ひかりのかべは展開した。なみだめも入れて能力も下げた。少しずつ、詰みへと進んでいる。勿論まだ勝っていない。むしろここから……

 

「ボクの祈りと、ラルトスのバトンをつないで……」

 

 ぎゅっと抱きしめ、天高く放り投げる。

 

『君に託す!!メッソン、ダイマックス!!!』

 

『メソオオオオオオオオ!!!!』

 

 ズシンと地面を響かせるメッソン。

 

 ダイマックスしたメッソンとワタシラガ。まるで怪獣大戦争にも見えるその構図に会場の観客のボルテージは最高潮になった。あちらこちらから聞こえる大歓声。しかし、そんな中でも不思議とヤローさんの声ははっきりと聞こえた。

 

「はっはっは、これは本当に……チャレンジャー相手に楽しいと思ってしまったのはいつぶりですかねぇ」

「ボクも……すごく楽しいです!!」

「それはそれは……ジムリーダー冥利につきますわ」

 

 豪快に笑いながら言ってくるヤローさんに思わずこちらも笑顔になる。辛いけど、本当に楽しいバトルだ。だからこそ……

 

(勝ちたい!!)

 

 気持ちが昂る。けど落ち着いて、こんな時こそクレバーに!!

 

「ワタシラガ、『ダイソウゲン』!!」

「メッソン、『ダイウォール』!!」

 

 再び放たれる種のエネルギーをしっかり防ぎきるメッソン。ここまでうまくいけば攻めてしまいたくなるところだけどまだ我慢!!先ほども言った通りダイマックスには時間制限がある。そしてヤローさんが先にダイマックスを切った以上、当然先にダイマックスの効果が切れるのはヤローさんの方が先。

 ならここは時間をかけるのが最善!!

 

「調子にも乗らんし油断もしないか!」

「当然です!!」

「だが、それなら何度も打つまで!!次はどうやっても受けるしかあるまい!!もう一度『ダイソウゲン』!!」

 

 三度飛んでくる草のエネルギー。ダイウォールは連続で展開しようとすると失敗してしまうという性質がある。ヤローさんの言う通りここまで上手く避けてきたメッソンに初めて致命打が入る場面だけど……

 

「受けきらなくても、威力を削りさえすれば今なら耐えられる!!メッソン、『ダイワーム』!!」

 

 メッソンの尻尾に唐草模様のような光が浮かび上がり、そこに貯めたむしエネルギーを思い切り相手のダイソウゲンに叩きつける。ひかりのかべで抑え、なみだめで弱らせ、ダイワームで打ち消し、かなりの威力を削ぐことに成功する。しかしそれでも……

 

『メソッ!?』

 

「メッソン!?」

 

 威力を殺しきれずにダメージを貰うメッソン。

 

(ここまでやってまだ殺しきれないのか!?そのままのものを食らっていたらやばかった!!)

 

 やっぱりタイプ一致、効果抜群、グラスフィールドの相乗効果はかなりのものだった。決して少なくないダメージをその身に受けて思わずたたらを踏んでしまう。しかし、ここまでして得たものは確かに大きくて……

 

『フワアアアア……』

 

 とうとうワタシラガのダイマックスが解除される。

 

 元のサイズに戻ったワタシラガを見るこちらは未だにダイマックスしたままのメッソン。先程と立場が入れ替わる。

 

「耐え切られてしまったか……これはきつい」

「よし……よしっ!!関門は超えた!!あと少し……っ!!」

 

 こちらは恐らくあと一回、ダイマックス技を打てる。ならここは迷わずこの技を選択するべきだ。

 

「メッソン、『ダイストリーム』!!」

「さすがにこれはいまひとつとはいえシャレにならん。ワタシラガ、『マジカルリーフ』で少しでもおさえこめ!!」

 

「メェェェ、ソォォォォ!!」

 

「フワッ!?」

「ワタシラガ!!」

 

 メッソンが繰り出す激流を押し留めんと虹色に光るはっぱが飛び交うが殺しきれずにワタシラガに直撃。いまひとつながらクリーンヒットした技は体重の軽いワタシラガを簡単に吹き飛ばす。ワタシラガの特性、わたげによりわたげがメッソンのすばやさを落とさんと空中を漂い始める。これに触れたらメッソンのすばやさが下がるため是非とも避けたい特性だが……もう()()()()()()()()()

 

 ダイストリームの効果によりしとしとと降り出す雨。その雨がわたげを撃ち落としていく。これでわたげもその効果を存分に発揮できない。フィールドは相手に有利を取られている。けど天候はこちらが奪い取った。これでこちらの攻撃も通りが少し良くなる。

 

 生い茂るグラスフィールドに降り注ぐ雨のなか、こちらのメッソンもダイマックスがきれて元の大きさに戻る。

 

 お互いダイマックスは切れた。

 

 体力はメッソンの方が多いだろうけど耐久力とタイプ相性、フィールドの相乗効果を加味してみてもお互いあと一撃で倒れるだろう。

 

 長く感じたこの戦いもいよいよ最終局面。

 

 先の条件に加え雨も降らした。さぁ、ここが2つ目の秘策の切りどころ!!

 

「メッソン!!」

「メソオオォォ!!」

「……え?」

「……まさか」

 

 メッソンに指示を出そうとした時に高らかに叫び出すメッソンの体がいきなり光り出す。いきなりの光景にボクも、ヤローさんも、観客までもが呆然としてしまう。バトルコート全体を照らし出すその青白い光はさらにその強さをしていき、最終的には直視できないほど眩いものとなる。光り続けること数秒。けどボクにとっては何十分にも感じたその時間。ようやく光が弾け、視界が広がった時、ボクの目に映ったのは……

 

「ジメェェェェ!!!」

「進化……した……」

 

『ジメレオン。みずとかげポケモン。メッソンの進化系。みずタイプ。

 手のひらから出る水分をまるめて作った水の玉を使い 頭脳戦を繰り広げる』

 

 メッソンが今目の前で進化した。そのことをロトム図鑑が解説付きで教えてくれる。目の前で起きた神秘に思わず放心してしまい……

 

「ジメ!!!」

「はっ!?」

「進化は素晴らしいけど敵を目の前にそれは悪手!!ワタシラガ、『りんしょう』!!」

 

 ジメレオンの一言で現実に意識が戻される。

 

 進化は確かに嬉しいしいきなりの出来事に硬直してしまったけど今はそれが致命的。現に今反応が遅れてしまった。けど、まだ間に合う!!進化のせいで忘れかけていたけどホップと戦う前から思いついていた2つ目の秘策を今きる!!

 

「ジメレオン、()()()!!」

「ジメ……」

 

 ボクの指示に応え、風景に溶け込みジメレオンの姿が一切見えなくなる。りんしょうはそのままジメレオンがいた場所を通り抜けて不発に終わる。

 

 メッソン族の特徴。

 

 皮膚が濡れると周囲に溶け込むように姿を消すことができる。

 

 正確には濡れた皮膚の色を変えることができる。これはメッソンの図鑑の説明に書いてあることでもしかしたらジメレオンになってできない可能性もあったけどジメレオンの自信のある返事を聞いてすぐにその考えは消し飛んだ。事実、雨に打たれ、体を塗らせたジメレオンはその皮膚の色を変え芝生に溶け込み、ボクの視界の中にすら映らない。

 

「ここに来て姿が見えない……攻めさせない……相手を焦らせる術をよう知っとる!」

「もうヤローさんに流れは渡しません!!この一連の流れで攻めきります!!」

「やって見せい!ぼくらの粘り腰を超えてみせい!!」

「『みずのはどう』!!」

「『わたほうし』!!」

 

 ワタシラガの死角から飛んでくるみずのはどうをわたを自分の周りに展開し雨に流される前にぶつけて防ぎ切る。本来ならすばやさを下げる技をこんなふうに使う人を初めて見た。やっぱり甘くない。けど相手の狙いはわかった。

 

(ここに来て受けの耐性。それもマジカルリーフじゃなくてわたほうしを選んでいるあたり、雨がきれるのを待っているはず)

 

 グラスフィールドはもう消えかかり、あと数分もすれば雨も上がる。そこまで耐えてしまえばジメレオンが姿を隠せなくなる。だからここで勝つには……

 

(雨があるうちにトドメを刺す!!)

 

「ジメレオン、もう1回『みずのはどう』!!」

「『わたほうし』」

 

 再び繰り返される技。しかし先程とはみずのはどうの飛ぶ方向が違う。

 

「ジメレオン、下!!」

 

 先程よりも下側に軌道がズレたみずのはどうがワタシラガの足元で爆発。わたほうしが吹き飛ばされて無防備が晒させれる。狙うなら今しかない!!

 

「ジメレオン、『とんぼがえり』!!」

 

 死角から忍び寄りゼロ距離へ。姿は未だに見えないけどきっと今ジメレオンはワタシラガの懐に潜っているはずだ。むしタイプの抜群の技を叩き込まんと思いっきりジメレオンが振りかぶった気配を感じ……

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なっ!?」

「やはり最後は抜群技で落としに来たな!!この時を待っていた!!ワタシラガ、『マジカルリーフ』でトドメじゃあ!!」

 

 地面に広がる虹色のはっぱが動き出し上に向かって葉を立てていく。ジメレオンの姿は見えないがとんぼがえりが直接殴る技である以上あのはっぱの剣山の上には必ずいる。あの葉っぱが全部上に射出された瞬間、ジメレオンは効果抜群の技をその全身に受けることになる。そうなれば……

 

「……」

「フリア君。これで詰みだ」

「そうですね……」

 

 ワタシラガのマジカルリーフが動き出し……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「マジカルリーフが!?」

 

 何事かとワタシラガを確認するとワタシラガが苦しそうな顔をして動けないでいた。正確には、()()()()()()

 

「ワタシラガ!?」

「チェックメイトです。ヤローさん!!」

 

 動けないでいるワタシラガに対してとんぼがえりが直撃し、抜群のダメージを与えながらジメレオンがその場から距離を取り空中へ。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

「ジィ、メエェェェェッ!!!」

 

 空中から水の塊が降り注ぎ、ワタシラガを水の爆発に巻き込み吹き飛ばす。水の爆発音を最後に黙り込む観客。やがてみずのはどうによって生まれた水しぶきがはれ、グラスフィールドが完全に枯れ、雨が上がり日がさしたフィールドのど真ん中にたっていたのは……

 

「……ジメッ」

 

 目を回し、ダウンしたワタシラガに背を向け、こちらにゆっくりと歩いてくるジメレオンの姿があった。

 

 

『ワタシラガ戦闘不能!!勝者、ジメレオン!!よってこの戦い、フリア選手の勝利!!』

 

 

「っし!!やったよジメレオン!!」

「ジメッ!!」

 

 

『わあああああああああああ!!!』

 

 

 鼓膜が破れそうな大歓声の中それも気にならないほどの嬉しさからジメレオンの元に駆け寄り抱きしめる。

 

 苦手なくさタイプとの戦いだったのに危ないところこそあったものの、蓋を開けてみたらダイソウゲンを受けたくらいしかダメージのない快勝っぷり。もちろんこの戦いの裏では正直に言うとジメレオンよりも活躍したラルトスがいるからなのだけど……後でラルトスも思いっきり褒めてあげよう。

 

 一通りジメレオンを褒めたあとさすがに疲れたのか倒れそうになるジメレオンを支えてモンスターボールに戻してあげる。

 

 モンスターボールを改めて撫でて腰のホルダーに戻し、周りを見渡すとボクを賞賛する声の嵐。今更ながらその事に少し恥ずかしさを覚えてしまうものの、ホップとマリィを見かけてしまったのでさすがに2人には反応を返したいと思い手を振る。そんなファンサービス紛いなことを行っている間にヤローさんが近づいてきた。

 

「いやぁ、ぼくらの草の力、みんな枯れてしまいました。素晴らしい力じゃった」

「ボクも、考えた作戦を出し切りました……本当にギリギリでした。でも、楽しかったです!!」

「ぼくも、楽しませて貰いました……しかし最後ぼくのワタシラガがまひしたように見えたんですが……あれは?フリア君のポケモンにまひさせる技を持つポケモンはいなかったと記憶しとるんですが……」

「はい、いませんよ……まぁ、あれに関しては実はボクの想定外ではあったんですよね」

「想定外……?」

 

 タオルで雨と汗で濡れた顔を拭きながら聞いてくるヤローさんだけどさっきも言った通り元々の作戦に組み込んではなかった。けどあれはラルトスが頑張って残した最高のバトン。

 

「ラルトスがやってくれたんです。今回のバトル、もしかしたら進化したジメレオンの方が注目されるかもですけど……正直今回はラルトスじゃなかったら負けてたなって思ってます」

「ラルトス……そういうことじゃったか……シンクロ……」

「はい!!」

 

 ヒメンカからもらったまひをひんしになる直前にワタシラガにシンクロでうつした。これが先程のワタシラガのまひの正体。ラルトスが倒れる寸前ににらんで倒れたことに違和感は感じていた。そしてその後、なみだめを当てた時ワタシラガの動きが想像以上に緩くなっていた時に確信した。

 

 シンクロ。

 

 自分の状態異常を相手にもうつす特性。

 

 ラルトスが倒れながら、それでもなおボクのために頑張ってくれた最高のおきみやげ。

 

(うん、やっぱり今日のMVPはラルトスだ。ジムミッションでもお世話になったしね)

 

 これは本当に本腰入れて褒めてあげなきゃね。

 

「さて、感想戦もほどほどに……フリア君の実力とポケモンたちの絆。確かに見させてもらった。勝負にも負けた。これを渡すに十分たると判断した。ここを突破した証、しかと受け取って欲しい」

「はい!!」

 

 ヤローさんから差し出される一欠片のバッジ。表にターフジムの模様が描かれたくさバッジを開会式が終わったあとに貰ったまるい枠にしっかりと収め……

 

「……くさバッジ、ゲット!!」

 

 

『わあああああああああ!!!』

 

 

 高らかに掲げて見せた。

 

「おめでとうフリア君。次の活躍も、楽しみにしてますわ」

 

 笑顔を浮かべながら右手を差し出すヤローさん。

 

「はい!!ありがとうございました!!」

 

 その右手にボクの右手を合わせがっしりと握手をする。大歓声の中お互いの健闘をたたえて握りしめたヤローさんの手は、とても暖かく、大きく、たくましく感じた。それはまるで、ボクの背中を押して応援してくれているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ラルトス

今回の試合のMVPです。
ヒメンカを倒し、ひかりのかべでメッソンのサポート。そしていつの間にかまひにされていてもなおシンクロで相手の動きを縛っていく。
仕事しすぎてやばいです。
書いていくうちにこんなこともできそうとか考えてしまい過労枠に。
問題児だけどいないといけない大事な仲間。

ジメレオン

進化しました。
というより冷静に考えたらヤローさんの手持ち最高20レベルなので実機でむしろ進化してない人の方が少なそうですね。
とんぼがえりからのダイマックスはできたらかっこいいなぁと思ってついつい入れました。
原理的にはむしろ理にかなってるかなと。
そして皮膚がぬれると消える設定。
アニメでも現役ですよね。最初からここで使う予定でした。

ターフジム

これで一つ目って本気です??
あとこれが七つあるって本気で言ってますか??()
正直結構詰め込みまくった感があって今から先にジム戦で息切れ起こさないか不安は合ったりします()
それでも考えてるところはちゃんとありますけどね。
お楽しみにです。

あと一応今回の四匹の構成をあげておきますね。

メッソン→ジメレオン

みずのはどう
とんぼがえり
ふいうち
なみだめ

ラルトス

サイケこうせん
かげぶんしん
ドレインキッス
ひかりのかべ

ヒメンカ

りんしょう
はっぱカッター
こうそくスピン
しびれごな

ワタシラガ

わたほうし
マジカルリーフ
しびれごな
りんしょう

となっています。
実機とはいくつか違いますけどこの方が書くにあたって盛り上がるかなと。
それでも実際にプレイしていておかしさは出ないようにはしているつもりです。
レベルから見ても覚えていておかしくないかなという技で固めています。
マジカルリーフはここでもらえる技マシンなのでマストで入れました。
ひかりのかべはエンジンシティで買えるのでここで覚えててもおかしくはないはず……
しびれごなを擦りすぎた気もしなくはないですけどくさタイプなら状態異常は外せないと思い少し大げさに。
またジメレオンにダイウォールがほしいと思ったのでついでに活躍できそうななみだめを追加。
技選択の理由はこんなところです。

技4構成を再現するか否かはずっと悩んだのですがやっぱり再現した方が読み手がうれしいかなと。
アニメも技4構成で感動している自分がいたので。

一応全部の技を活躍させたつもりです。
しいて不安を上げるとすれば前日のミッションでラルトスがねんりきを使って次の日にサイケこうせんに変わってるところかなと。
この1日で進化したと思ってください(ご都合主義)。

一応今回戦いが激しかったのはヤローさん、()()()()()()()()()()()()からとだけ……。
フリア君、自己評価が少し低いだけで普通に弱くはないですからね。

さて、少し長くなってしまいましたね。
ジム戦回は今回のようにあとがきが長くなる可能性があるのでご了承くださいませ。


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16話

ポケモンスナップのボリュームがすごくてたまらないです。
一応全部のポケモンを撮影はできましたがまだ星とリクエストが埋まってないので頑張ります。



「頑張れユウリ!!」

「次の技気をつけて!!」

「まひだけは絶対避けて!!」

 

「ワタシラガ、『わたほうし』!!」

「ラビフット、『ニトロチャージ』で燃やしながら突撃!!」

 

 ラビフットが飛び散るわたほうしを焼き尽くしながらタックルを当ててワタシラガを吹き飛ばす。ほのおタイプの抜群の技を受けてしまい苦悶の表情を浮かべるワタシラガ。わたほうしのスピードダウンもニトロチャージによる加速で相殺されている。そして……

 

「ラビフット!!」

「ラビ!!」

 

 モンスターボールにラビフットを納めて赤い光をモンスターボールに吸収させ投擲。ダイマックスしたラビフットがずしんと大きな音を立てながら地面に足をつけ、気合一杯に叫ぶ。対するヤローさんはダイマックスにはダイマックスで返したいところなのだが……

 

「くっ、あのアブリーにしっかり仕事されとる上にここでダイマックス……フリア君といいユウリさんといいなかなかどうして最近の子はここまでしっかりしとる。苦しいなぁ」

 

 アブリーの高速攻撃によってヒメンカを早くに失ってしまったためアブリーに対してワタシラガでダイマックスを切らざるをえず、そのワタシラガに対しては高速で飛び回り狙いを分散させながらちくちく攻撃をしてダイマックスをからしたと同時に退場。そのままラビフット入場により、こちらのみダイマックスが残っているうえ、タイプも完全有利という完璧な状態でバトンを渡し今につながるというわけだ。ラビフット、アブリー、どちらも足が速くかつくさタイプに弱点をつけ、受けるにおいてもいまひとつで受けれる有利なタイプだからこそできる芸当だ。勿論ユウリの指示力の高さと状況判断力の高さがあってこその作戦。ボクのようなあらかじめこんな動きができそうというのを考えてから戦うタイプの人間にはなかなか厳しい戦い方だ。所謂天才肌の戦い方。

 

(少しコウキを思い出すなぁ)

 

 ボクにはできない戦い方だからすごくうらやましい。

 

「ラビフット、『ダイバーン』!!」

 

「ラアアア、ビイイィィッ!!」

 

 大きな炎の塊が空から降ってきてワタシラガにぶつかり大爆発。ダイバーンの追加効果で空が晴れ渡り、ほのおタイプの技の威力が格段に上がっていく。……が、もうその必要すらないだろう。ダイバーンによる強力な攻撃を受けたワタシラガはそのまま力尽き、大地に倒れる。

 

『ワタシラガ戦闘不能!!ラビフットの勝ち!!よってこの勝負、ユウリ選手の勝利!!』

 

『わああああああああ!!』

 

 上がる大歓声とその中心で大喜びするユウリとラビフット。そのままボクの時と同じように感想戦としてステージの真ん中で会話し、無事にバッジをゲット。握手も済ませ周りは二人の戦いをたてるように拍手を送っていた。

 

「ユウリも無事に勝ててよかったな!」

「これであたしたち4人全員、一つ目は無事突破ってことね」

「まだ一つ目とはいえこうして全員突破っていう現状を確認すると少し安心感を覚えるよね」

 

 ただ一つ懸念事項があるとすれば……もしかして一番苦戦していたのはボクなのでは?という不安。皆に冒険の先輩だぜドヤァなんてしておきながらここのジム一番苦戦しているのがボクとか恥ずかしくて死にそう……。

 

「ん?どうしたんだフリア」

「あ、ううん……そういえばホップとマリィはどんなふうに勝ったのかなって」

 

 ボクの質問にどこか納得したかのように頷いた二人はそのまま説明してくれた。

 

「俺の場合はアオガラスが弱点をつけたからまだ戦いやすかったぞ!!まひは確かに厄介だったけどそもそもくさタイプのバチンキーにはこな系の技は効かないしな!!」

「あたしもグレッグルがおるから弱点つけるし特に辛いところは……モルペコのおかげで相手を逆にまひし返したりもできたし、あたしのモルペコもでんきタイプだからまひせんしね」

「あ、あはは……そうだよね……」

 

 うん、これ真面目にボクが1番苦戦してたタイプだ。

 

(うぅ、割とマジめに少しショックだぁ……)

 

 このまま穴があったら入りたいレベルだ。頭を抱えてうーうー唸っているボクを見てハテナを浮かべるホップだったが、マリィは何が理由かを察していたみたいでそっと耳打ちしてくる。

 

「あまり気にせんでよかとよ?フリアの手持ち的に普通の人だとまず勝てないと思うし……」

「それはそうかもだけど……経験者というか先輩としてはちょっと恥ずかしい……先輩面しておきながら1番苦戦て……」

「う〜ん……あたし的には、多分ホップもあたしと同じでフリアに対してちょっと羨ましいって思ってるところはあるかなぁ」

「羨ましい?」

 

 マリィの言葉の意味がよくわからず首を傾げてしまうボク。はて、ボクのどこに褒められるようなところがあっただろうか?

 

「多分、ユウリがフリアの試合を見ても同じこと感じると思っちゃけど……あたしと戦った時ヤローさん、技のコンビネーションなんて1度もせんかったと。こうそくスピンとはっぱカッターの組み合わせとか、グラスフィールドにマジカルリーフを隠すとか、初めて見る戦い方にあたしもホップも面食らったとよ?」

「そうなの……?」

 

 ジムリーダー的にはむしろああいったコンビネーションは技の択を増やすことと同義だからむしろ必須科目とさえ思ってたりした。なんせポケモンというのは()()()()()()()()()()()()技が4つまでだから。これ以上増やすとキャパが足りなくて威力や効果が中途半端になってしまう。だから新しい戦法を取り入れる時、技の入れ替えをする人こそいるものの、5つ目の技を入れる人は見たことがない。これは普通のトレーナーだろうがチャンピオンだろうが変わらない。もっとも、さっき言った通り技と技を組み合わせて新しい戦法を思いつく人は沢山いるが。

 

「あたしたちはヤローさんのそんな戦法を引き出すことはなかった。それってつまり、ヤローさんの中で本気を出すに足りないって意味かなって」

 

 思い出されるのはヤローさんの優しすぎる性格ゆえ相手が初心者だったり実力差がありすぎると本気を出せない所。ということはボクに対しては面子こそジム用だったけど戦い方は本気だったということなのだろうか。言われてみれば今戦ってるユウリにたいしてだってヤローさんがコンビネーション技を使ってるところは見ていない。もちろん手を抜いているという訳では無いが……。

 

「正直ね、ちょっと悔しいって気持ちある。だって、それって少なくとも今はあたしたち相手にそこまで本気になれないって意味だから。今日の試合を見てあたしはそう思ったかなぁ。だから、フリアはすごい。あたしは、その……うん、尊敬、しとるよ?ホップが手放しに褒める理由もよくわかった」

「あ、えっと……その、ありがと……」

 

 なんだかこう、真正面きって褒められると物凄く恥ずかしい。みんなの目線がユウリとヤローさんに向けられてて良かった。少なくとも今のボクの顔は少し熱くなっている。あまりこういうところは見られたくはない。

 

(でも……うん。周りからそう見られていたなら、ボクはちょっとは凄いトレーナーって思っててもいいのかも)

 

 こっちに手を振るユウリにボクたち3人で手を振り返しながら、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれだぞ!ユウリ!!」

「ありがと、ホップ!」

 

 試合も無事終わり、着替えも終了してターフスタジアム入口にて。1つ目のジムバッジを全員が手に入れて集合したボクたちは各々お疲れ様や熱い戦いだったや全員で勝ててよかったなどなど、口々に感想を言い合ったりハイタッチをしたりとお互いを称えあっていた。

 

 少し厳しいことを言ってしまえばみんな今回の戦いにおいて反省点なんて何個もあるだろう。けど今この瞬間だけは素直に喜んでいたい。そんな心持ちが見て取れた。

 

 そんなこんなでみんなで笑いあっていた時、ターフスタジアムの自動ドアから大柄な人の影が出てくる。言わずもがな、ここのジムリーダーのヤローさんだ。

 

「おお、お二人共。まだここにいらしたんですね。良かった良かった」

 

 笑顔を浮かべながら出てくるヤローさんの右手には何かが握られていた。そういえばジムに勝つ度に何かしらを貰えていた記憶が蘇る。ヤローさんに勝って着替えたあとすぐに観客席に走って一緒に応援していたため忘れていた。

 

「ジムを突破した際にはバッジの他にもジムリーダーからの贈り物があるんですよ。それを渡し忘れとるなぁと思い出してね。これがそのプレゼントですよ。フリア君とユウリさん」

 

 握られていたものをこちらに差し出しながら言ってくるヤローさんに頭を下げながらありがたく受け取る。受け取ったものはわざマシン。

 

「これはマジカルリーフのわざマシン。次の相手はみずタイプのジムリーダーのルリナさんじゃから、この技がきっと2人の挑戦の手助けになると思っとります。ルリナさんに流されんように、頑張ってください」

「「はい!!ありがとうございます!!」」

 

 これは嬉しいプレゼント。ボクの手持ちではまずラルトスは間違いなくこの技を覚えることができる。これは次のジムでも活躍間違いなしだろう。みずタイプに強いくさ、でんきタイプ両方持ってないボクにとって物凄くありがたいものだ。

 

(またラルトスに大仕事任せることになりそうなのがしのびないけど……)

 

 そんなことを思っているとその気持ちを読み取ったのか腰のボールがカタカタと軽く揺れる。それはまるで『大丈夫!僕なら平気だしもっと頑張りたいから任せて!!』と言っているみたいで、その姿がものすごく嬉しく、またものすごくほほえましいものでついつい頬が緩んでしまう。

 

「フリア、なんかうれしそうだな!」

「うん……まあね」

「はっはっは、また面白いことを考えとるんですかな?ぼくはこれからもラルトスの成長に注目したいですなぁ」

 

 豪快に笑いながら言うヤローさんにつられてみんなも頬が緩んでいく。そんなこんなで談笑している中スタジアムから聞こえるヤローさんにかかる呼び出しの声。

 

「っと、ではぼくは次の挑戦者がいますのでそろそろ行きますわ。失礼します」

 

 スタジアムに帰っていくヤローさんを見送り、いよいよもってターフタウンでとりあえず行うべき行動をすべて終えた。さて、次にどこへ向かうかだけど……

 

「どうしよっか。くさバッジが手に入ったからワイルドエリアに戻って新しい仲間を探すっていうのも一つの手だけど……」

 

 ここガラル地方ではこのバッジはただジムを突破した証。というだけではなく、どうも野生のポケモンへのちょっとしたお守りというかプレッシャーというか、バッジ自体が特別な素材でできているのかこれを持つだけでレベルの高いポケモンを捕まえやすくなる効果があるらしい。ほんのりと温かさを感じることからもしかしたらこのバッジにもねがいぼしが使われているのかもしれない。そういう事もあってか、このガラル地方ではジムバッジを取った時はとりあえずワイルドエリアに戻って新しい仲間を探してみるというのがセオリーになっているらしい。ジムチャレンジに参加している人たちがアーマーガアタクシーを基本無料で利用することができるというサービスがあることもこの行動への思考の助太刀をしているところもあるかもしれない。ここからワイルドエリアまで歩こうと思ったら普通に二日間近くかかるしね。個人的には今から戻るよりかはこのまま二番目のジムがあるバウタウンに向けてゆっくりと風景を楽しみながら歩きたいところなんだけど、郷に入っては郷に従え。みんながいったん戻りたいというのなら戻ってもいいと思う。……そもそも一緒に行く必要もないわけだからボク一人先に行ってしまってもいいんだけどね。

 

「いや、今回はこのまま先に行こうぜ。二つ目のバッジを取ったら次はエンジンシティだし、ワイルドエリアを見るのはその時でいいと思うんだ」

「あたしもホップに賛成かな。確かに少し強い子たちを仲間にできるかもだけどまだまだバッジは一個目だし、一個だと仲間にできる範囲、そんなに増えてないと思うしね」

「アーマーガアタクシーあるといっても距離あるもんね。私も後でいいかな。今はこのまま先に進みたいかも」

 

 どうやらここは満場一致で先に進むのを選択する模様。

 ターフタウンへの道は2人だったけど次は4人。かなり賑やかな旅になりそうだ。

 

「よし、じゃあこのまま4人でバウタウン行こうぜ!バウタウンはここから東に行ったところにある町だ」

「じゃあさっそくバウタウンに向けて……」

 

『カァー!カァー!』

 

「ああ、なんだかんだでこんな時間なのか……」

 

 ふと空を見上げてみれば空はほんの少し茜色に染まり、アオガラスが元気よく鳴きながら空を飛んでいる時間になっていた。ヤローさんとの会話やこの先の行動を考えている間にかなりの時間が経過してたみたいだ。

 

「出発は明日やね」

「私はむしろその方がよかったかも……ジム戦したばっかりだからちょっと疲れちゃって」

 

 ユウリの発言を聞いてそう言えばさっきまでジムで激闘を繰り広げていたことを思い出す。感動が大きくて非日常感が強く、全然時間が経ってないのにかなり時間がたっている気がした。ユウリの発言でボクの体も疲れを自覚したのか少しフラッと来てしまう。

 

「っとと……」

「「フリア!?」」

「だ、大丈夫と!?」

 

 思わず近くにいたマリィに寄りかかってしまう。自分の想像以上に疲れがたまっていたみたいで、疲れを自覚した瞬間試合の時のアドレナリンが完全に切れていろいろとぶり返してきたみたいだ。

 

「ご、ごめんマリィ。なんか予想以上に疲れていたみたい……すぐに離れるね」

「あ、あたしなら大丈夫だから。むしろ少し体を預けて?あんなすごい戦い方していたんだから、疲れるのも仕方なか」

「そうだよな。あの時のヤローさん明らかに本気で戦ってたもんな……すまんフリア!!それにユウリも、今日戦ったばかりだからそりゃ疲れてるよな。ちょっと焦りすぎてたというか、何も考えてなかったぞ……」

「私も疲れてるけど……フリア、そんなにすごい戦いしてたの?」

「はたから見てもかなり熱かったぞ!!アーカイブ残っているはずだからスボミーインに行った後でみんなで見ようぜ!!」

「そんなにすごかったんだ……すごく気になるかも」

「はいはい、とりあえずまずはフリアを休めると。早く休ませてあげんと……」

「あはは……ごめんよ」

「俺も手伝うぞ」

 

 そのままホップとマリィにそれとなく支えられながらホテルに向かっていくボクたち。しかしいくら久々の強敵とのバトルだったとはいえ……

 

(ボクってこんなに体力なかったっけ……うぅ、いろいろショックを受けることが多いなあ今日は)

 

『フリア。落ち込まんの。誰も迷惑とか思ってないから、安心し?それにあの戦い、あたしだったらたぶん終わった瞬間座り込んでる。それほどにまで激しかったしプレッシャーもあったと思うから』

『あい……』

 

(なんか……マリィに頭上がらなくなってない?ボク……)

 

 ホテルへのゆったりとした道は、なんだかマリィに対して微妙な感情を覚えながら歩く、そこはかとなく居心地の悪い時間を送ることとなった。

 

 ちなみにホテルについてからはボクの試合の鑑賞会が始まったんだけど、解説とか感想とか何を考えていたとかことごとく質問攻めされたことによってさらに疲れたとだけ言っておこう。

 

(そんなに変な戦い方をした覚えはなかったんだけどなぁ……いや、ラルトスがいたっけ)

 

 この調子だとしばらくはいろんなところでラルトスのことを聞かれそうだ。少しだけ苦笑いが浮かんだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよぅし!今日こそバウタウンに向かうぞ!!」

「「「おおー!!」」」

 

 翌日。

 

 昨日の疲れもすっかりと抜け気分爽快。

 

 朝日とターフタウンに流れる風が心地よく、牧草にあたりカサカサとなる音が鼓膜を心地よく叩いてくれるそんなのどかを具現化したようなこの場所にて、ボクたち4人は改めて集合していざ、バウタウンへ向けての道を歩こうとしていた。

 

 バウタウンは昨日も言った通りこのターフタウンから東に向けてまっすぐ進んだ場所にあり、その間を繋ぐ5番道路は半分が緑が多く、湖が煌めく自然が多い場所で、もう半分がワイルドエリアを大きく跨ぐ長い長い橋となっている。

 

 ほぼ直線の道となっているため、エンジンシティからターフタウンまでの鉱山道みたいな険しく歩きづらいなんてことはないがそもそもの距離がかなり長いためこれはこれで少し歩くのがだるく感じる人もいるかもしれないそんな道だ。今回も2日近くはかかるのではないかと覚悟はしておこう。

 

「5番道路……新しいポケモンに出会えるかな?」

「湖もあるみたいだし、少し釣りしていくのもいいかもしれないね」

「釣りかぁ……私やったことないんだよね。釣竿は持ってるんだけど……」

「あたしもなかと。なかなか機会がなくって結局先送りになるのよね」

「そう言われると確かに俺もしたことないな……」

 

 5番道路を歩きながら話しているとどうやらみんな釣りの経験はないらしい。個人的にはまったりとした時間を過ごせるためなかなか落ち着ける好きな時間ではある。水ポケモンとの触れ合いもできたりするし楽しい時間を過ごせるためむしろポケモン大好きなホップなんかは経験済みだと思ってたレベルだ。

 

「みんなしたことないんだ……楽しいのに勿体ないなぁ」

「釣りって難しそうってイメージあって私はちょっと敬遠してるところはあるかも……」

 

 ユウリの言葉にうなずくホップとマリィ。そう言われると確かに最初の1歩としてはなかなか取っ掛りにくさは感じるかもしれない。かと言ってボクみたいな素人が教えるというのもなんだかなぁと思わなくもないんだけど……

 

「そういえば次に行くバウタウンって港町だっけ?」

「そうだぞ。市場やレストランに多くの人が集まる町でターフタウンが農業に強い町だとしたらバウタウンは漁業に強い町……ってそうか!!バウタウンで釣りのうまい人にコツを教えてもらえばいいのか!!」

 

 ボクが思ったことに素早くたどり着いて全部言うホップ。その言葉にユウリとマリィも成程と手を叩く。漁業に明るいバウタウンの住人なら詳しい人はどこかしらにちゃんと居そうだ。みずタイプのジムがある町でもあるしこれはボクも知らないコツを教えて貰えるかもしれない。そう思うと次の町もかなり楽しみになってきた。

 

「漁業に栄えてる町のレストランも興味あるよね」

「とても美味しそう」

「時間あればまた4人で食べようぜ!」

 

 次の町でどんなことをするかの大まかな予定を立てて終わったボクたちは5番道路への道を道草を食いながら歩いていく。ここにしか出てこない野生のポケモンにいちいちはしゃいだり、相も変わらずにいるジムチャレンジャーとポケモンバトルをしてみたり、次のジムがみずタイプということでそこに通用するような技を考えて試してみたりとターフタウンへ行く道の数倍は賑やかな道中を進んでいくボクたち。昨日あんな激しい戦いをくりひろげたのが嘘みたいな穏やかな時間を過ごしていたボクたちだったが……

 

「わああああ、誰か助けて〜〜〜〜!!」

 

「「「「??」」」」

 

 どこからともなく大声で助けを呼ぶ声が聞こえ、あたりを見渡すと少し遠くからなんだか土煙が上がっており、その土煙がだんだんこっちに近寄って来るような気配と、それと同時に『ドドドドドッ』っと地響きのような音が聞こえ始めて……

 

「誰かその子たち止めてぇぇぇぇ!!」

 

 そんな声と同時に土煙の中からようやく何かが走ってくるような影が見えた。そこはかとなく嫌な予感がして4人で顔を見合わせながら土煙の正体を確かめんと目を凝らして見てる。そこには……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「え!!?」」」」

 

 ボクだけでなく、みんなも視認できたみたいで同時に声を上げる。そして気づいた時には既に大量のバンバドロがボクたちのそこそこ近くまで走ってきていて……

 

「ユ、ユウリ!!ホップ!!マリィ!!走って!!」

「こ、これは聞いてないぞ!?」

「無駄口叩いてないでとにかく逃げると!!」

「なんだか少しデジャブなんだけど!?」

 

 ボクたちを踏み潰しそうな勢いで走ってきたため慌ててUターンして全力で走って逃げるボクたち。後ろから地響きをたてながら猛追してくるバンバドロの群れがもはや恐怖の塊でしかなく、しかもかなりの速さで来てるらしくどれだけ全力で走っても全然距離がはなれない。って割とマジめにこのまま行くと踏み潰されちゃう!?

 

 

『ブアアアアアアァァァァァ!!!!』

 

 

「「「「だ、誰か助けてぇぇぇぇぇ!!!!」」」」

 

 

「きゃああああああぁぁぁ!?!?ほんとにごめんなさぁぁぁぁい!!!!」

 

 

 お日様もまだまだ高くない、本来ならのどかな時間と場所で、およそのどかとはかけ離れた懇願と謝罪の叫び声が響き渡った。

 

 ……いや本当に死にそうだから誰か助けて!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユウリ

アブリーにラビフットって負ける要素正直ないのでちゃんと勝ってますね。
ちなみにラビフットはジムチャレンジのときにワンパチと戦ったことによって進化しました。
おめでとうございます。

ヤロー戦

マリィさんが言ってるようにポケモンはジム戦仕様なので相応ですがフリア戦では指示はガチでやってます。
前回も言いましたがヤローさん、格下相手には優しさから本気出せませんが逆に認めた相手にはむしろ勝手に全力が出てしまうキャラだと個人的に思っています。
だって最初からあんな指示してきたら多分ヤローさん突破かなりきつい……。

マジカルリーフ

実機でもここで貰えます。
ラルトス続投が確定した瞬間ですね()
でもラルトスはむしろ活躍できるのが嬉しそう。

マリィ

おかしい……書いていたらいつの間にか母性が溢れてきた……
マリィがお姉さんになってる小説は読んだことはあるんですが無意識のうちに触発されてたりするんですかね?
キャラ崩壊になってたらごめんなさい。
キャラが勝手に独り歩き始めました(個人的には独り歩きの方がキャラが生きてる気がして好きなのでこのまま書きます)

5番道路

剣盾プレイしててこの場所が記憶にない人なんていませんよね????
恐らく皆さんのプレイ時間の半分以上がここで過ごしていると思ってます()




気づけば2ヶ月。
お気に入りもなんと50件。
感謝しかありません。

これからもどうぞよしなにお願い致します。


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17話

皆さん大好きあの施設のお話。


「ほんっっっっっとうにっ!!!申し訳ありませんでした!!!!」

「あ、あはは……気にしなくて大丈夫ですよ。何事もなかったですから」

「い、いえ。だって……とてもそうには……」

「「「し、死ぬかと思った……」」」

「うぅぅ、ごめんなさい〜……」

「ちょっ!?みんな!?」

「「「だって事実!!」」」

 

 バンバドロの集団に襲われた所をジムチャレンジの時のようにボクのマホミルとユウリのアブリーの力を借りてあまいかおりによりなんとかバンバドロをしずめることに成功したボクたちは、いきなりの臨死体験にどっと疲れた体を引きずりながらバンバドロの群れをあの時叫んでいた人の元に送っていた。

 

 ボク個人としてはあの時のイワークに追われたのが久しぶりとはいえ、以前にも経験したことがあるのでびっくりこそすれ、懐かしいなぁで決着してしまう程の出来事になってしまっている。

 

 一方でユウリたちはまだまだ追いかけられるなんて経験は少なく、マリィに至っては初めてかもしれないあの光景。

 

(……そもそもバンバドロって確かトラックをスクラップにできるほどの力持ってるんだっけ?)

 

 頭の中の情報と組み合わせてみるけど……そりゃ死ぬかと思ったというのが普通の思考回路だ。そう考えるとボクの反応の方が異端児なのかもしれない。……少しはボクも危機感を覚えた方がいいのかもしれない。これは少しは情けをかけてちょっとは気をかけるべきでは?とは思ったものの擁護できないかも……。

 

「ほんとにほんとにほんっと〜〜〜〜〜にごめんなさい!!そしてありがとうございます!!バンバドロをしずめて下さって感謝しかないです!!」

 

 一生懸命頭を下げながら謝罪とお礼をしてくる女性。そんな女性に対して少しジトーっとした視線を送る3人をまぁまぁと宥めるボクの図。

 

 さて、そろそろここがどこだかの説明をした方がいいだろう。

 

 場所は5番道路に建っているとある煉瓦建築の家の中。

 

 今頭を下げている女性はこの家の住人でかつ、この家はとある意味を持つ大事な建物である。どの地方に行っても必ずと言っていいほど存在する、一部の人にとってはとても大事な施設。誰もが1度は聞いたことはあるはずの施設……そう、『預かり屋』だ。まぁ、ボクの地方では『育て屋』と言う言い方もあったけど……まぁとにかく、ポケモンを預かってくれる場所とだけ思ってくれればいい。そしてこの女性はここの従業員でもあるみたいで、この『預かり屋』はどうも家族で経営しているみたいだ。

 

「本当に、うちの孫が迷惑かけましたね……あまりおもてなし出来ないけどゆっくりしていってください。まったく、いつもここを継ぐんだってはしゃいでいるのにこういうそそっかしいところは治らないんですから……」

「うぅ、返す言葉もありません……」

 

 現に目の前で家族会議じゃないけど思いっきり怒られてるし……お婆さん、お母さん、娘さんの三世代で経営している預かり屋のようだ。

 

「ほんとにありがとね。あのバンバドロの集団、うちのお得意様のひとつでね。結構やばかったのよ」

「いえ、たまたま近くを通りかかっただけですから……」

「それでも助けてくれてのはあなた達だから、ね?」

「は、はぁ……」

 

 店主のお婆さんと孫さんが説教話をしている間に話してくるお母さんポジションと思われる人。手を握られながらお礼を言われるもののそんなに褒められても何も出ないんだけど……

 

「そう言えば自己紹介してなかったわね。私は預かり屋のヒマリと言うわ。あの二人は店主のスミレと私の娘兼お母さんの孫のアオイって言うの。よろしくね」

「ジムチャレンジ中のフリアです」

「同じく、ユウリです」

「ホップだ!」

「マリィ、です」

 

 つつがなく自己紹介も終わったあたりで向こうの説教も終わったみたいでこちらに向かってくるスミレさんとアオイさん。かなりこってり絞られたのか、アオイさんの表情はとてもぐったりとしていた。

 

「本当にうちの孫が迷惑かけました。お礼に何かをしてあげたいんですが……」

「と言われましても……」

「「「う〜ん……」」」

 

 スミレさんにそう言われるものの本当にたまたま近くにいたからってだけだし、お礼なんて求めてはいないしと特に何も思いつかない。こういう店とかでありきたりな利用する際割引してあげますよ!なんてお話だってボクたちはみんな預かってもらう必要があるほど手持ちが沢山いる訳でもない。さっきはここは大切な施設とは言ったけど残念ながらボクたちはこの施設を利用する一部の人間という枠組みからは外れている。20匹、30匹とか手持ちが居れば考えるんだけど10匹くらいなら自分で持っておくしね……。そもそもボクは別地方の人間だから実家に送れば問題ない。

 

 ちなみにポケモンを手持ちに持つ数は別に規制はされていない。公式戦のポケモンバトルでエントリーできるのが6匹までと決められているだけで別に冒険に7匹以上連れて行っても問題はなかったりする。現にどこかのチャンピオンは確かパソコンの預りシステムの使い方が分からないという理由で首から7つモンスターボールをぶら下げていたのを記憶している。もっとも、数を増やせば当然育てるのが難しくなるのでポンポン捕まえる人はそういないけど……

 

 っと、話が脱線した。しかし、やっぱり基本的には使うことのない施設と言うだけあって別段して欲しいことは特には……

 

「あ、そうだ!スミレさん、ここって他にもポケモンを沢山預かっているのか?」

「ええ、バンバドロ以外にもサイホーンやウールー、カジッチュにヤンチャム、バルキー、カムカメ……まだまだいますね」

「あ、バンバドロのことで忘れてたけど他の子たちのお世話しなきゃ!!」

「だったら、その仕事を見学させて欲しいぞ!!」

「なるほど……確かに。それはボクも見てみたい」

「どんな風にお世話してるか気になるのはあるかも」

「あたしも見てみたい……かも」

「そんなことでいいんですか……?」

 

 少し困惑気味な顔をしているスミレさんだけどホップの言葉にものすごく賛成。確かに預かり屋で一体どんなことしてるのかって聞かれると何も分からない。これを機に預かり屋の職場体験はすごく面白そうではある。

 

「う〜ん、あまり面白くはないと思いますけど……」

「そんなことないぞ!他人のポケモンを預かるってすごく大切で難しいことだし、それができるってことはポケモンと仲良くなるのが上手いってことだろ?ならそのコツとか知ることが出来たらもっとコンビネーションとか上手くなると思うんだ!!フリアみたいに!!」

「ぼ、ボク関係あるかな……?」

「私もそこは気になるから是非!!」

「なんならあたしたちでアオイさんを手伝うのもいいかもね」

「そうか!そうなったら色んなポケモンと触れ合えるのか!!名案だぞマリィ!!」

 

 ボクをおいてけぼりにしてどんどん話がまとまっていくけど正直この提案はボクにとっても凄く魅力的だからこのまま流れに乗っておこう。ボクもまだ見ぬガラルのポケモンと触れ合えるチャンスだし、職場体験みたいですごく楽しみだ。

 

(カジッチュとカムカメって子はまだ知らないし楽しみだなぁ)

 

「そういうわけだからスミレさん!お礼はここの預かり屋の職場体験じゃだめか?!」

「それは……」

「いいんじゃないお母さん。私は賛成よ?アオイも他の人と作業することによっていい刺激が貰えるんじゃないかしら?」

「……ヒマリがそう言うなら尊重しましょう。アオイもいいですか?」

「は、はい!!全力でお礼と案内します!!」

 

 ビシッと背をただし元気よく返事をするアオイさんがどこかおかしくついつい笑ってしまう。そんなボクたちの様子に少し赤くなりながらも案内する準備をしていくアオイさん。

 

「で、ではついてきてください!まずは先程止めてもらったバンバドロの毛繕いからいきます!!」

「気をつけて行くのよ〜」

「行ってらっしゃい」

「「「「はーい!!」」」」

 

 誤魔化すように大股で急いで前を行くアオイさんに置いていかれないように少し早足で追いかけるボクたちを見送るスミレさんとヒマリさん。

 

 さぁ、預かり屋の奥へレッツゴー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バンバドロの毛並みは固くて短いの。何日も走り続けることを想定してるから長いと汚れたり水分すったり……あとは排熱の邪魔になっちゃうからね。でも頭の毛の部分だけは別でここだけフサフサだからよく砂が奥まで入っちゃって……ここは定期的にとってあげないと菌が湧いたりしちゃって不衛生だからこうやってよくブラッシングするの」

「「「「へ〜……凄い……」」」」

 

 慣れた手つきでブラッシングをかけていくアオイさんに関心の目を向けるボクたち。その手つきはとても丁寧でブラッシングを受けているバンバドロもものすごく心地よさそうに目を細めていた。さっきまで暴れていたのが嘘みたいに穏やかな顔を浮かべるバンバドロとそれを手懐けるアオイさんの手腕はなるほどここを任されるだけはあると素直に尊敬する。いや、むしろなんでさっきはあんなに暴れてたのか……

 

「あはは、これで間違えてバンバドロの尻尾を踏まなかったら完璧だったんだけど……」

「それであんなに暴れてたのか……」

「私が踏んだのは1匹だけなんだけど、いきなりでびっくりしちゃったみたいで踏まれた子が暴れちゃってね?その不安がみんなに伝染しちゃって……」

「それであんな集団暴走みたいな感じになったんだ……」

「そのせいでみんなに迷惑かけちゃったし……それに地面も凸凹。これもちゃんと直さなきゃ……はぁ」

 

 言われて地面に視線を向けると雑に耕された地面みたいな惨状になっていた。

 

(そう言えばバンバドロって体重やばいんだっけ……)

 

 図鑑説明によればその体重なんと920kg。場所によっては……というか、ガラル地方でもしっかりあるんだけど一部の公道ではバンバドロの走行は法律によって禁止されている。だって、この地面がたとえアスファルトだったとしても砕け散るみたいだから……そう考えたらあのバンバドロの大軍とのチェイス、本気で死ぬところだったのか……

 

(い、今更ながら悪寒が……)

 

「フリア、震えてるけど大丈夫と?」

「大丈夫……大丈夫……なんでもないよ」

 

 920kgは普通のポケモンの中では1番重いポケモンだ。ホエルオー2匹よりも重い。……というよりこれに関してはホエルオーが図体に対して軽すぎる気がしなくもないけど……それよりも今更震え始めた自分の体の鈍感さにびっくりする。

 

「大丈夫だよアオイさん。私たちも手伝うから!!」

「そうだぞ!大変なことも、みんなでやれば一瞬だ!!」

 

 ボクがもしもの未来に若干震えている間にユウリとホップが元気に答えていた。その頃にはボクも落ち着けたのでマリィにお礼を改めて言って立ち直り、アオイさんの方へ視線を向ける。

 

「うぅ、ほんとにありがと〜みんなぁぁぁ!!」

 

 わんわんと泣きながら、けれどバンバドロを撫でる手は丁寧に。そんな無駄に器用な行動を苦笑いしながら眺めるボクたち。スミレさんの言っていたことが何となくわかった気がする。

 

「とりあえず、みんなで分担しながら作業しよっか。どうすればいい?」

「そ、そうだね……えっと、それじゃあ……バンバドロの毛繕いがまだまだだからこちらに2人と、地面の穴を埋めるために2人で別れてもらっていい?」

「それならオレはバンバドロの毛繕いしてみたいぞ!」

「あたしもやってみたいかも」

 

 アオイさんの提案が出た瞬間真っ先に反応したホップとマリィ。2人ともバンバドロの毛並みに興味津々と言ったところだろうか。

 

「じゃあ穴埋めはボクとユウリでやろっか」

「そうだね。アオイさん、埋めるための土とか道具ってどこにあるの?」

「それなら最初にいたあの家のところに行ってもらえる?きっとお母さんとおばあちゃんが教えてくれるから」

「わかった。すぐに行って帰ってくるよ。行こっかユウリ」

「うん」

 

 アオイさんからの指示を受けて来た道を引き返すようにして歩くボクとユウリ。その間にも周りを見渡すとたくさんの種類のポケモンが視界に入る。大体が初めてここに来たボクたちに対して少しの警戒心を見せているものの一部のポケモンはかなり人懐っこいみたいで、現にウールーやネイティ、ココガラ、ワンパチ、コロモリなどといったポケモンがボクたちの周りを楽しそうに飛んでいた。その光景に少し微笑ましさを感じながら2人でみんなを撫でたりするとさらに大喜び。そのうち周りにいた警戒していた子達も次々とつられてきて、気づけばボクたちの周りはものすごい数のポケモンで溢れかえっていた。

 

「こんなにいるんだ……凄い」

「この子たち全員のお世話をちゃんとしてるって考えたら凄い仕事だよね」

「そう言ってもらえると私達もやりがいがあるわね」

「「うわぁ!?」」

 

 仕事の重要さに感銘を受けているところに突如かけれれる声。びっくりして飛び上がりながら後ろを振り向くとそこにはヒマリさんが。飛び上がったせいで何匹かのポケモンもつられて驚かせてしまったことに若干の抗議の意味を込めてヒマリさんを見つめるボクたち。

 

「ごめんなさいね。ちょっとイタズラがすぎちゃった」

 

 ぺろっと舌を出しながらまるでイタズラが成功した子供のような表情を見せるヒマリさん。なんというかこう、すごく子供っぽい。これでもアオイさんのお母さんだとは思うのだけど……見た目が凄く若いので人によったら姉妹と見間違うのでは……?そもここの預かり屋3世代、みんなとても綺麗な人ばかりである。

 

「ただやりがいをこういう形で感じるのは本当よ。こういう裏方の仕事ってあんまり日の目を浴びることがないから関心や感謝を向けられることがないのよ。そのせいかたまにこういう仕事をあまり大切にしない人が多くてね……」

「そんな人いるんだ……」

「確かにわかりづらいとはいえやるせないですね……」

「いいのいいの。こうやってあなたたちに関心を持ってもらえているだけで嬉しいわ……っと、そういえばあなたたちだけなの?」

「あ、そうでした!バンバドロが走ったことで開いた穴を埋めようと思って……道具とか土とかあったりしますか?」

「成程ね。それだったら本家の倉庫にあるからついてきてちょうだい」

 

 ヒマリさんの言葉に二人で返事をしてついて行く。バンバドロの集団から本家まではそんなに離れているわけではなく、すぐ到着してそのまま本家の端の倉庫っぽい所へ。ドアを開けてくれたヒマリさんについて行き中に入ると電気を落としているのか真っ暗で何も見えない。若干の気味悪さを感じたものの、それもすぐに電気をつけることによって解消される。光によって明るく照らされる倉庫の中。きっと道具であふれているんだろうななんて思いながら中を見るとそこには予想外の光景が……

 

「え!?これって……初めて見る!!」

「ボクは初めてではないけど……この数はすごい……」

「凄いでしょ?結構自慢だったりするのよ」

 

 ボクたちの目の前に映るのは倉庫の壁に立てかけられている棚の上にきれいに並べられたたくさんのポケモンの卵たち。

 

 何段にもなっている棚が壁の端から端までずらっと並んでいる様は壮観で、その卵の中からは小さいけど確かに生命の力強さを感じる。中にはカタカタ揺れているものもあり、どのポケモンから、また誰から預かったポケモンから産まれたのかを識別するために張り付けられていた紙を小さく揺らしていた。

 

「ここに並べられている卵は預かっているポケモンがいつの間にか抱えてたものなの。いつ、どこで、どうやって卵ができたかは一切わからないんだけど、私たちは一応、卵は親のポケモンの持ち主に渡すようにしているの」

「それでこのように紙を貼って識別を……」

「凄い……卵なんて初めて見たけどこんなに並んでいるところなんて……私感動した!!」

 

 ポケモンの卵。

 

 番でいるポケモンの間に卵が産まれるといわれているもののどれだけ観察しても産む瞬間というのが目撃された例がただの一つもなく、いつの間にか抱えているといわれている謎に包まれた存在。一説によればどこかから持ってきた、ないし持ってきてもらったのではないか?と言われているけどそれだと産まれてきた子供が親の能力を受け継いでいることが説明できず、未だに学者を悩ませているポケモンの不思議のひとつである。

 

(そんな不思議で神秘的なものがこんなにも……あれ?)

 

 たくさんの卵を眺めながら歩いていると識別の紙が貼られていない二つの卵が目に入る。他の卵と場所も少し離れていて模様も少し違い、揺れもあまりないその姿はどこか元気がないようにも見えた。

 

「ヒマリさん、あの卵はなんですか?識別もないしどこか元気もないですし……もしかして……」

 

 ふと頭に嫌な想像が横切っていくがどうもそういう事ではないらしく笑いながら首を振るヒマリさん。

 

「大丈夫よ。あなたが考えているような捨てられたとか、受け取りを拒否されたとかそういうのじゃないわ」

 

 最悪の展開じゃないことにほっと安心感を覚えてため息を一つ。ユウリも同じ気持ちみたいで安心したような表情を見せていた。そんなボクたちの表情に「とてもやさしいのね」と言いながら話を続けるヒマリさん。

 

「この卵はちょっと特別なのよ。というのも……本当に()()()()()()()()()()()()()

「「どうしてあるかわからない?」」

「卵がどこから来たかわからないって話は聞いたことはあるわよね?」

「そうなの?」

「うん。番のポケモンの間に卵が見つかったって例はいくつもあるんだけど、ずっと目を離さずに観察してたはずなのに出産の場面には一度も立ち会えたためしはなく、ほんの少し目を離して目線を戻したらいつの間にか手元に卵があったとか……」

「卵の存在は確かなのにどうやってできたかは誰も知らないって……すごい不思議……」

 

 卵のことを詳しく知らないみたいなユウリに向けていろいろ説明をすると興味深そうに耳を傾けるユウリ。ヒマリさんがユウリが話についてきて、理解しているのを確認しながら再び話を進める。

 

「でも一応卵が見つかるには条件があるの。それはタマゴグループが同じ子の♂と♀が長時間同じ場所にいた時。もしくはメタモンと別のポケモンが一緒にいた時ね」

「性別がない子はどうなるんですか?」

「その場合はメタモンとの間に見つかるわね」

「メタモン万能説……」

「ははは、間違っちゃいないかも……」

 

 性別が片方しか確認されていないポケモンの卵もメタモンとなら見つかるみたいだしね。

 

「ただね、この卵。見つかり方がおかしかったのよ……」

「「おかしかった……?」」

 

 二人して首をかしげて話の続きを促してみる。

 

「ここに並んでいる二つの卵……茶色の水玉と紫と白の縞々の卵ね。この卵もほかの卵然り、ポケモンが持ってきていたのだけど……茶色の卵は二匹のウォーグルが、紫と白の縞々の卵はパルスワンとダストダスが預けられているところで見つかったの」

「またすごいところで見つかってますね……」

「そうなの?パルスワンとダストダスの方は納得できるけどウォーグルの方は普通な気がするよ?」

「ぱっと見はそう思うかもだけどウォーグルって♂しかいないポケモンなの。つまり本来は卵が見つかるわけがないのよ。ちなみに別に違う種類のポケモンだったとしてもタマゴグループが同じなら卵は見つかるのよ?その場合は♀側のポケモンが生まれるみたいね。まあそれを踏まえたとしてもパルスワンは陸上グループ。ダストダスは鉱物グループ。どちらにしろ見つかるはずのないありえない組み合わせなの」

「成程……」

「不思議ですね……本来見つかるはずのない環境での発見……そういえばこの卵を見つけたポケモンの持ち主はどうしたんですか?」

「それがね……卵を育てるほどの余裕がないから受け取れないって。そこの家の事情はよく知るところだったし、申し訳なさそうな顔もしてたから無理強いもできないしね。仕方なくって言ったらあれかもだけどここで預かることにしたの。何が生まれるか楽しみではあるからその分に関してはいいんだけどね」

「ちょっと、かわいそう……」

「私たちもそう思うわ。せめて、生まれたら私たちがちゃんと愛情を注いであげないとね……さ、長話もここまでにして……この奥に道具と土があるわ。ついてきてちょうだい」

「「はい!」」

 

 いいものを見せてもらえたのだ。そのお礼にしっかり働こう。不思議な二つの卵に後ろ髪を引かれつつも、ボクたち二人は倉庫の奥へと足を運んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バンバドロ

伝説を抜けばぶっちぎりの重さ。
アローラ地方では公道での走行が法律で禁止されてるみたいですけど……主人公普通に走っていたような……

預かり屋

一応5番道路はカウンターにいる人の孫が卵をくれる人というのは会話で確認できるのですが、中にいるもう一人の人は確認できなかったのでめんどくさいから全員血縁にしました()
名前はオリジナルですね。

七つのモンスターボールをぶら下げたチャンピオン

一体何ガモスさんなんだ!?(逆)
真面目に言うと公式設定です。
七つ以上持っても問題ないんですよね。
アニポケではサトシが七匹目(クラブ)を捕まえた瞬間謎の技術でオーキド博士のもとへ即テレポートしてましたが……



まあこの施設と言ったら卵ですよね。
何個の卵とマラソンをしたことやら……
一応厳選をしたことない人でも伝わるように軽く説明はいれています。
この小説は別にガチ勢に対してのみ向けた作品というわけでもないですからね。




実機ではこんなイベントないですけどこういう卵のお話ってアニメだとよく見ますよね。
ピカチュウが初めてボルテッカーを使ったお話もタマゴ関連のお話でした。
現在のアニポケもなかなか気になる話が来そうで楽しみですね。

……そういえばPokemon UNITEまだですかね?
すごく興味があるんですが……


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18話

ポケモンスナップ楽しいんですけど進化演出と嫁ポケがいないのだけは納得出来ません……


「みんなお疲れ様!!これで今日やることは終わりだよ!!」

「「「「おわった~~~~~!!!」」」」

 

 あれだけさんさんと輝いていた太陽はなりを潜め、夕方も終わりを告げそうなほど赤から黒へと空が変わり始めたくらいでようやく全ての仕事が完了した。

 

 全てのポケモンのお世話、地面の整備、お客さんへのポケモンの返却及びさらなる預り。目まぐるしく動くポケモンの状況に全て対応しなきゃいけなくて、言っても預けるだけでは?なんて思ってた自分を殴り倒したくなるくらいには忙しかった。他にもお手伝いさんがいるという話は聞いたけど、それでもメインはこの3世代家族で基本支えているというのだから凄いことだ。忙しいけど楽しそうに働くアオイさんを見てると、本当にポケモンが大好きだから出来ているんだろうなあと感じる。

 

 汗と顔についた泥を拭いながらスッキリした達成感に満たされてどこが気持ちいい。そんな晴れ晴れとした気持ちの中、みんなで笑いながら預かり屋に戻っていく。

 

「今日は本当にありがとうね。おかげで地面の復旧は予想よりも早く終わったからもうほんとに感謝感謝だよ〜」

「こっちこそ、凄く勉強にもなったし楽しい1日だったぞ!!なんか、今ならバチンキーたちと完璧なコンビネーションが出来そうだ!!フリアにも勝っちゃうかもな!!」

「ボクのハードルそんなに高くないと思うんだけど……うん、そういうなら今度戦う?ボクだってこうは言ってるけど負けるつもりは全然ないからね」

「ホップの気持ちは分かるかも。今ならラビフット達のこともっと理解できそうだもん。バトルして確かめてみたい気持ちはあるかも」

「ハイハイ、とりあえずは預かり屋戻ってヒマリさんに報告!あたしは今は早くお風呂入ってさっぱりしたか……」

 

 作業服を借りたとはいえかなり汚れてしまってはいるのでマリィの言葉には全面的に賛成だ。この後にご飯を食べることを考えてもやっぱりお風呂には入りたい。それにこの汚れた服のまま家に上がり込む訳にもいかないし……

 

 でもさすがにボクたち4人も含めてお風呂となるとかなり長い時間がかかりそうだ。みんなに先に入って貰うことも考えても1番最後は1時間以上経ってからの入浴になりそう。

 

「みんなお疲れ様。今日は本当に助かったわ。これからご飯の準備するから、先にお風呂に入っちゃってちょうだい。お風呂の準備も終わってるから」

 

 預かり屋の扉の前で出迎えてくれたヒマリさんの言葉ににわかに盛り上がるみんな。楽しかったし盛り上がったとはいえ行ったのは仕事。責任というプレッシャーと体を酷使した疲れは当然溜まっており、それを簡単に発散出来るお風呂にすぐに入れるとなれば、このテンションの上がりようも納得出来るというもの。

 

「ありがとうございますヒマリさん!!お風呂……思いっきり体伸ばしたい!!」

「あたしも肩まで使って温もって……疲れとりたい」

「ユウリもマリィもたくさん手伝ってくれたもんね!私後でいいから先に入って!!」

「え、いいの……?でもフリアとホップは?」

「俺たちは気にしなくてもいいぞユウリ。こういうのはあれだ!えっと……レディファイト?」

「レディファーストね?なんで戦ってるのさ」

「それだそれだ!俺たちならまだ我慢できるしな!」

「ま、そういうこと。男性陣は後で大丈夫よ」

 

 汗と泥の匂いはまぁまぁするけど自分の仕事の成果と考えたらまだ耐えれるし、お風呂待っている間ここに預けられている子たちと遊べばいいんじゃないかなと。夜にしか顔を出さない子もいるかもしれないしね。

 

「あら、みんなで入ればいいじゃない」

「…………え?」

 

 なんて考えている時に爆弾を落とすヒマリさん。……冗談よね?

 

「でもお風呂の大きさ大丈夫か?5人いるぞ?」

「いやホップ、お風呂の大きさの問題じゃなくてね?」

「ここをどこだと思っているのよ。天下の預かり屋よ?大型のポケモンやたくさんのポケモンたちを一緒にお風呂に入れるための大きなお風呂ぐらいあるわよ」

「いや、ヒマリさんも悪乗りはほどほどで……え?あれ?これってボクがおかしいの?」

 

 ふと振り返ると女性陣もなんでそんな否定するのかわからないといった顔をしている。……やっぱりボクが異端児なのかな?そんなことないはずなんだけど……そういえばヒカリも旅途中野宿で水浴びとかする時一緒に浴びるのに抵抗してなかった気がする……。う~ん、ボクの中での常識が崩れる……。

 

「でも別々に入っちゃうと時間かかっちゃうわよ?ガラル地方は夜はかなり冷えちゃうし、さすがにその汚れの状態でうちに上げるわけにもいかないし……」

「それは……」

 

 そういわれると確かに反論はできない。人様のおうちを汚すわけにもいかないし、かといってずっと外は確かにさっきまではポケモンと触れ合えるなんて思ってたけどここ、シンオウ地方と同じくらいの緯度にあるこの地方、地元民からしてもかなり冷えるのは想像できる。汗も拭かずにこのままいたら確かに風邪をひきそうだ。

 

「私だって恩人に風邪をひかせるなんてできないもの。やっぱりみんな一緒に入った方がいいと思うのだけど……」

 

 完全なる善意から来ているという事はよく伝わった。ただそこら辺の許可はボクらにとるというよりも彼女たちにとるべきのような……?

 

「水着ないなら貸すわよ?」

「一応、別地方を旅してた経験から水浴び用に水着は持っているので大丈夫ですけど……」

「ならOKね。大丈夫よ。ガラル地方のみんなはワイルドエリアで水遊びよくするから水着は大体常備してるのよ」

「ああ、それなら納得です」

 

 少し驚いたけど割とガラルでは普通?のようだ。ならここは郷に従おう。

 

「いやぁ、みんなでお風呂、楽しみだな!!」

「そうだね~」

「お風呂場はあっちよ。案内するわね」

 

 皆で疲れを癒しながら談笑できる。うん。なかなか楽しそうだ。自分の命と体を洗えるお風呂はもともと大好きな方だし、それをみんなとできるならその楽しみもひとしお。さて、ゆっくり楽しむとしよう。

 

 ……ヒマリさんがこっそりガッツポーズとったり、女性陣が少し顔を背けているのは気のせいだと思おう。うん。ちなみにホップは何も考えてない。絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「はあぁ……生き返る~~~」」」」」

 

 何てちょっとどぎまぎした空気こそあったものの、水着に着替えていざお風呂に浸かってしまえばそんなことを忘れ去ってしまうほどの心地よさに全身が包まれる。ちょうどいい温度に身を沈ませながら脱力するこの感覚はいつ味わっても最高なもので、意味もなく口が開いて呆けた声が出てしまう。周りに聞かれると思うと恥ずかしいけどみんなも同じような感じだから特に気にする必要もない。やっぱりお風呂ってサイコーだ。

 

「しかし凄いぞ。こんなに広いお風呂は初めてだ」

「ありがと〜。うちの自慢のお風呂だよ〜。と言っても実は私もここで入るのは初めてなんだけどね?」

「そうなの?」

「だって普通に入る分には別にこんなに広くある必要ないもん」

「それもそうやんね〜」

 

 確かにこんな広いお風呂。贅沢ではあるものの掃除とか大変そうだし広すぎて逆に不安になったりしそうだ。何事も程々が1番。

 

「ねぇねぇ、そう言えば気になってたんだけど……みんなの関係ってどんな感じなの?」

「「「「関係……?」」」」

 

 アオイさんがどこかそわそわして様子でそう訪ねてくる。ボクたちの関係かぁ……

 

「旅仲間?」

「ライバルじゃないのか?」

「あたしはそう思ってるよ」

「う〜ん、私はまだホップと軽く戦っただけだからライバルって言うよりか、フリアの旅仲間って言う方があってるかも……?」

 

 あくまでボク視点なんだけどこうも意気投合するとは思わなかったからライバルって言う気はあまりしなかったりするのは本当で、その理由としてはまだ知らないことが多いからかお互いがお互いに色んなことを説明しながら話しているってところが大きいかもしれない。こっちは旅の先輩として、向こうはガラルの先輩として。競うことよりも手助けし合うことの方が多いことからやっぱりライバルよりも旅仲間の方がしっくりきそうだ。

 

「旅仲間……いいなぁ。私もそういうの憧れちゃうかも……」

「アオイさんはそういう人いないの?」

「私は物心ついた時にはもうポケモンに囲まれてて、預かり屋の環境に染まっちゃってたから……ほら、ここターフタウンからそこそこ離れてるでしょ?それに預かり屋ってだけあってあまり同年代の子が来ることもないし……だからこうやって他の人と賑やかに過ごすって本当に珍しくって!!本当に楽しかったなぁ」

 

 嬉しそうに、楽しそうに、天井を見上げながらそういうアオイさんは本当に心から楽しそうで見てるこちらまでもが思わず笑ってしまう。

 

「私たちも凄く楽しかったよ。貴重な体験させてもらったし、大変だったけどその分勉強にもなったし」

「やっぱりこういうのって実際やってみると印象変わるやんね〜。あたしちょっと尊敬が強くなってる」

「本当だよな!ジムチャレンジ終わって一息ついたらまたここに遊びに来たいぞ!!」

「また来てくれるの!?その時は歓迎するね!!」

 

 盛り上がっているところを少し離れて見守るボク。楽しそうに話している姿がまた昔のボクたちと重なる。きっとここにジュンたちがいたらもっと騒がしくなりそうだ。1回でいいから引き合わせてみたい。そんな気持ちが湧いてくる。

 

(……そのためにも、やっぱり強くならなくちゃね)

 

 そっと気持ちを引き締め直し、やっぱり今はくつろごうとお風呂の魔力に誘い込まれる。

 

「その時は地面に足取られてコケないようにしないとな!!マリィ?」

「あ、あれは木の上からいきなりカジッチュが落ちてきたからっちゃけん仕方なか!!そういうホップもパルスワンの尻尾踏みかけとったと!!」

「俺は未遂だったぞ!!マリィなんか悲鳴を上げながらコケてて面白かったし」

「し、しぇからしか!!」

「うぶっ!?」

 

 バシャッ!!と弾ける音を立てながら思いっきりお湯をぶっかけるマリィ。予想外の攻撃に変な声を上げながら仰け反るホップ。その姿が面白くてつい笑ってしまう。

 

「や、やったなぁ!!」

「からかうのが悪か!!って危な!?」

「「ひゃうっ!?」」

 

 ホップが反撃とばかりにし返すが身軽な動きでサッと避けるマリィ。しかし避けられたお湯はその先にいたユウリとアオイさんに直撃してしまう。

 

「ホップ〜?」

「あははは!!やったね〜ホップ君!!」

「ちょっ、今のはマリィが避けたのが悪か━━ぐはぁ!?」

 

 問答無用で仕返しされるホップが面白くてさらに吹き出してしまう。やっぱりこのメンバーは賑やかで楽し━━

 

「んぎゅっ!?」

「「「あ……」」」

 

 ホップを狙ったものが思いのほか広範囲に飛び散っていたためボクの方にも流れ弾が飛んできた。というか、狙いが正確じゃなかったのかホップよりもボクの方に飛んでくる量の方が明らかに多い。

 

「ふっふっふっ、よかろう。ホップ」

「っぷはぁ!!おう、フリア!!こうなったらやるぞ!!」

 

「「戦争だぁあああ!!」」

 

「え、ちょっ、フリアごめ━━ふぎゅっ!?」

「ユウリ!?ああもう!!こうなったらとことんやっちゃるけんね!!アオイ!!いくよ!!」

「え、えええええ!?!?」

 

 突如始まる全員によるお湯の掛け合いバトル。だんだん楽しくなってしまいどんどん激しくなっていくその遊びは、ご飯の報告をしに来るヒマリさんが現れるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、ヒマリさんのご飯すごく美味しかったな!!」

「当たり前だよ。私のお母さん、凄く料理上手いんだから!!」

「預かり屋のポケモンたちの分も作ってることを考えたら納得はできるよね」

「あたしのモルペコも大満足しとったしね」

「私も幸せな時間だった〜」

 

 お風呂で大はしゃぎした後、ご飯を頂いてアオイさんのお部屋にお邪魔したボクたちはベッドに寝転がるアオイさん、ユウリ、マリィと床に広げた敷布団に寝っ転がるボクとホップという図式で寝ていた。

 

 預かり屋のある場所が土地の広い所というのもあり、家自体がかなり広いせいか一部屋一部屋がかなり広く五人寝転がっても余裕はあるし、そもそも三人が寝られるベッドがある時点でその広さは言わなくても伝わると思う。なんだか友達の家でお泊り会をしているみたいでとても楽しい。

 

「明日はもうここ出ちゃうの?」

「そうだね~……そんなに急いで旅しているわけではないけど、かといって遅くいく必要もないからね」

 

 代表でボクが答えたけど他の人も同じ意見のようでボクの言葉にうなずいて同意を表す。バウタウンまでの道のりを考えたらこの預かり屋はバウタウンへの距離的に半分いかないくらいの場所に立っているのでむしろ早めにここを出ないとバウタウンにつくのが夜遅くになってしまい、下手をすればバウタウン目の前かもしれないのに夜遅くて視界がないから目前野宿なんてことにもなりかねない。

 

 シンオウ地方のころと違って冒険に対する保険やら手当やらが万全というか手厚いから可能ならという気持ちでついついホテルに泊まれるように動いてしまう。旅に対するハードルが低くなっているなぁと思ったけどリーグの難易度は招待制ということもあってむしろハードルが上がっていて結局ここの冒険自体はプラマイゼロの難易度なんだけど、せっかくこうも旅に関してのハードルが低いならユウリ達にはできる限りホテルに泊まってほしいしね。

 

「ジムチャレンジかぁ」

「アオイは出場考えなかったのか?」

「勿論考えたよ?でも私はこうやってポケモンのお世話をするのが大好きだからさ。バトルは見るだけで満足!!」

 

 笑顔で元気よく答えるアオイさんから本当にこの仕事が好きなんだなと思った。

 

「勿論バトルをみるのも大好きだから、今日一緒にお仕事した縁もあるし、皆のこと応援するね!!」

「期待にこたえられるように頑張るよ」

「まだまだジムバッジ一個だから先は長いけどね」

「最初のジムの動画はみれなかったんだけど、次からはしっかり見て応援するね!!あ、でもフリアさんのは見たかも……たしか注目のジム戦って特集組まれててそこにあった気がする!!」

「そんなのやってたの!?」

「そうなのか!?流石フリアだな!!」

「そ、そんなに褒めなくても……」

 

 まさかテレビでそんなふうに取り上げられているなんて……っていう事はもしかしたらすでにバウタウンでボクが来るのを待ってる人もいたりするのかな……って流石にないか。ここにいる人のなかでちゃんとファンを持っているのってマリィくらいしか知らないし……

 

「フリアさんってそんなに強いんですか?」

「「「すっごく強い」」」

「持ち上げすぎじゃない?」

「いやいや、少なくとも俺たちの中では一番だろ」

「ヤローさんに組み合わせ技使わせてる時点でお察しって感じやんね」

「私も弱点つける二匹でいっても使われなかったからなぁ」

「そう考えるとむしろくさタイプ苦手な編成でなんでヤローさんの本気の片鱗を引き出したんだ?」

 

 言われて考え直すけど確かにユウリは弱点をつける二匹選出だし、ホップとマリィも弱点を突きつつもう片方でしびれごなを防ぐことができる対処っぷり。一方ボクは……うん。御覧の通りだ。

 

「……なんであんな戦いになったんだろう?」

「おい当事者」

「あれ、もしかして私って今すごい人と話してる?」

「と、とにかく!みんなもこの先がんばろ~!!」

「「「「話そらした……」」」」

 

 そんな目でボクを見ないでほしい。まるでボクが異常者みたいな扱いじゃないか。

 

「そもそもボクは別に特別な人じゃあ……ふぁあ……」

「ふぁあ……フリアの欠伸がうつったぞ……ってもうこんな時間なのか」

 

 突如襲ってきた眠気に逆らえずに大きなあくびを一つしてしまい、声に出したのがホップだけだったからわかりづらかったけどあくびが全員にうつっていた。あと1回動いたらみんな寝そうだ。ホップの言葉につられて時計を確認すると11時を回り始めているところ。明日早く出ることを考えるならもう寝ておいて明日に備えておくべきところだろう。

 

「そろそろ寝よっか」

「そうやんね……明日も早そうだし、お風呂でリラックスできたとは言えまだ疲れも残っとるし……ふあぁ……あたしももう限界かも」

「じゃあ電気消すぞ」

 

 ホップの言葉を合図に皆で布団の中に顔を沈める。

 

 皆が寝る準備が整ったのを見たところでホップが電気を落としたことによって部屋を照らすのが月明かりのみとなり若干の幻想的な空間が出来上がる。周りが自然だからこそよく見える星空もその空間の構築に一役買っているのもあるだろう。

 

「じゃあまた明日!おやすみだぞ」

「「「「おやすみ~」」」」

 

 そんな少し幻想的な景色を一目だけ見て、ホップの言葉を聞き届けそっと目を閉じる。預かり屋の奥から聞こえる預けられた夜行性のポケモンたちのかすかな鳴き声がどこか子守唄のように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 皆が寝静まって一時間強っほどたった部屋の中。

 

 夜もいよいよ深くなり本格的に夜行性の生き物たちが元気になり始める時間。そんな時間にむしろここからが私の時間だとばかりに目を開けるものがひとつ。

物音を立てしまって主を起こさないようにそっと()()()()()()()()()()()()私は飛び出した。

 

 すやすやと安心しきった寝顔をさらしている主に少し暖かい気持ちになりながらそっと外の様子を見つめる。この地方にきてなかなか外に出る機会に恵まれずにこうして主が寝ている間にそっと動くことしかできないことに勿論不満はあるものの、その理由を深く知っている私はあまり強くは抗議しない。

 

 こうやって夜にこっそり抜け出すわけではないが、外に出ることも許容されているので窮屈感はないし、いざという時は私を頼ってくれるのを知っているから。むしろこのジムチャレンジのいつ、どんな相手と戦う時に私が解禁されるのか、どんな舞台で私が陽の光を浴びるのか。そんなことを想像してみるとそれはそれでものすごく楽しみだ。

 

「…………」

「んぅ……」

 

 この地方にきて、このボールの中から外の様子を見て、まだ全然日にちはたっていないもののその時間は濃密で、一つ目のジムは私の視点から見ても心の奥がくすぐられるとてもいいものだった、新しい仲間も心強く、きっとこの先も主のことを一緒に支えてくれる大きな存在になるだろう。

 

 そうすればきっと私の主は悩みから……後悔から解き放たれると信じている。

 

 そのためにも私ももっと力をつけなければいけない。主に切り札として恥ずかしくないように、もう二度と、主にあんな顔をさせないためにも……

 

「……っ」

 

 ぐっと拳に力を籠める。

 

 きっとこの旅は主の大きな分岐点だ。前の地方を一緒に回った仲間はここには来られなかった。そんな仲間たちの分も私は強くならなくてはならない。だから……

 

「…………」

 

 主の頬に触れていた手をそっと離して少し離れる。そしてこれからこの地方に来てから始めるようになった自主特訓をするために外へ出ていこうとする。幸いなことに今日は預かり屋の庭という動き回るには最適な場所がある。もしかしたら預けられたポケモンたちを驚かせてしまうかもしれないが……その時は主と同じようにゆっくり優しく接していこう。何とかなるはずだ。たぶん……

 

 そんな考えとともに部屋の窓から出るために窓に近づき……

 

「……?」

 

 自分の目が何か不自然なものをとらえる。

 

 それはこの自然あふれるところでは不自然な光……機械が反射して光っている光と言えばいいだろうか。窓から見える預かり屋の敷地内の森の中ら見えるその光からはなにか悪意のある気配をひしひしと感じ……

 

「………っ!?」

 

 その光が見えるところから何匹かの鳥ポケモンがまるで逃げるかのように飛び立った。さらにそれと時を同じくして……

 

『こんな時間に何か用ですか?……ッ!?』

 

 下から今主がお世話になっている人の声が聞こえたと思ったらなにか息をのむような空気を感じる。あの光とこの時間の来客と逃げる鳥ポケモンたち。そしてたどり着く一つの可能性……。

 

「……!!」

 

 何か嫌な予感がする。このままではよくない何かが……だから……

 

「……!!」

「んぅ、うう……あれ?いま何時……」

 

 忍びないが主を起こす。きっと主がこのまま寝過ごしたら絶対に後悔するから。

 

「あれ……外出てたの?どうしたの……?」

 

 目を擦りながら、それでも私に起こされるということは何かあったのかと感じ取ってくれた主が私の言葉に耳を傾けてくれる。そんな主に応えるべくすぐに私が見たものと聞いたものを伝える。

 

 さぁ主。早く動いてくれ。心優しいあなたがこのことを放っておくはずがない。

 

「っ!?本当にそんなことが!?」

 

 そんな優しい主だからこそ私は主のそばにいたいと思ったのだから。だから……

 

「絶対に止めなきゃ……手伝って!!」

 

 公式戦でまだ助けることを憚られている私だからこそ、こういうところで主の背中を支えさせて欲しい。そう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




預かり屋の仕事。

最近のアニメでケンタロスの毛繕いしてるところありましたけどあれみたいなことやりまくってると考えると本当に大変そう。
実機でも家の裏の森深そうだし、そこにみんな預かってるならほんとに無茶苦茶広そう。

お風呂

気づけば入ってました。
温泉旅行行きたいですね。
サービスシーン?少なくとも作者にはあまり期待しないでください()
……そう言えばR15ってどこかなんですかね?
まだこの程度では必要ないと思ってるんですけど……

視点???

言わずもがなフリア君の切り札。
さて、誰でしょうかね……?
当てられたら凄いと思います。
とりあえずひとつ言うのなら伝説系統は考えなくていいですよとだけ。
さすがに伝説はね……?




思いのほか預かり屋編長くなってしまっている……
当初の予定では2話で終わるつもりだったんですけどなぜ?
た、多分次で預かり屋編は終わるかなと……多分()


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19話

気づけばかなりのお話書いてますね。
定期更新がなんだか楽しくなっています。

あと今回ちょっとあとがき長いです。
いつも通りただの補足なので興味ない方は飛ばしていただいてもかまいませんので、今回もごゆるりと。


 相棒に起こされて事情を聞き、慌ててホルダーだけ腰に着けて立ち上がる。服装はパジャマだけど正直着替える時間さえもおしい。

 

「森の奥の奴らは任せてもいい?」

「……!!」

 

 ボクが言葉をいい切る前に窓から飛び出して森の奥の方へ。それを一瞥してボクはすぐにアオイさんの部屋の扉を開け放ってかけ出す。

 

 アオイさんの部屋は預かり屋の2階にあるため恐らく侵入者がいるであろう1階の受付まで階段の手すりに座り、滑り降りながら腰のホルダーからボールをひとつ構える。少し素行が悪いかもだけど緊急事態ということで目を瞑って貰おう。1階まであと少しというところで手すりから腰を上げて飛び降り、着地と同時に前転して衝撃をにがしダッシュする。モンスターボールのボタンを押し、ボールが自分の手の中で大きくなったのを感じながら受付への扉も躊躇なく開ける。そして……

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

「な!?フォクスライ!?」

「フリア君!?」

「何故ここに!?」

 

 受付に押しかけようとしている4人の大柄な男と4匹のポケモンに今まさに襲われそうになっているスミレさんとヒマリさんが視界に入った。確認と同時に躊躇なくジメレオンに攻撃の指示。こんな時間にこんなことしてくる奴らがまともな人なわけが無い。相棒も忠告してくれたのだから尚更。

 

 フォクスライ2匹とガラルマッスグマ2匹が今まさに襲わんとしているところにジメレオンが勢いよくみずのはどうを放ち、フォクスライ1匹を押し返す。

 

 いきなりの攻撃に驚いた敵は少し下がって距離をとった。そこを確認してすぐさまスミレさんとヒマリさんの前に躍りでる。

 

「大丈夫ですか?!」

「ええ、大丈夫よ」

「ありがとうございます」

「気にしないでください……こいつらは?」

「……ポケモンハンターです」

「っ!?」

 

 ポケモンハンター。

 

 ポケモンを無理やり捕まえ、売り払ったりポケモンから取れる希少な素材や道具を乱獲し売り払って金を稼ごうと企む奴らの総称だ。普通にモンスターボールで捕まえるトレーナーと無理やり捕まえるのでは何が違うのかと言われると違いは2つある。

 

 1つは絆。

 

 モンスターボールで捕まえたポケモンとは個体によって差はあれど少なからずだけど主従や仲間としての絆が生まれる。それが生まれないということは野生のままということであり、凶暴性や暴れが多くなり、また人間への不信率も高まり、もし自力で脱出したら今度は何も関係ない人間に八つ当たりを始めて被害が拡大する。そのためモンスターボールで捕まえるというのはかなり大きな意味を持つ。

 

 そして2つ目。

 

 そもそもモンスターボールを使用せずに行う捕獲はポケモン保護法によって禁止されている。つまり普通に犯罪である。間違いなく1つ目が原因で作られた法律ではあるんだけど……まぁ細かいことはどうでも良くて……

 

 簡単に言ってしまえば今のボクの目の前にいる奴らは正しく犯罪集団。

 

(なんか、やっぱりどこの地方でもこういうのはいるんだね……)

 

 ギンガ団といいこいつらといいなんでこんなことを平気な顔をしてできるのか。正義のヒーロー面する気はないけどそれでも許せないことは許せない。ここでバシッと討伐……できればいいんだけど……。

 

「おいおい、ガキ一人でいきがってどうするつもりだ?んん?」

「はっ正義の味方ごっこか?いけ!マッスグマ、わからせろ!!」

「フォクスライもやれ!!」

 

 立ちふさがるは四匹のポケモン。手持ちを総動員しても相棒が抜けているため三匹しかいない。かなりの大立ち回りを要求されるけど……

 

「ラビフット、『にどげり』!!」

「バチンキー、『はっぱカッター』!!」

「モルペコ、『オーラぐるま』!!」

「ジメレオン、もう一回『みずのはどう』!!」

 

 後ろから走ってきてくれる影に頼もしさを感じながら再度みずのはどう。四つの技がそれぞれの相手に当たりさらに後ろに退けらせることに成功。

 

「いきなり大きな音を立てて扉開けるからびっくりして起きちゃったぞ……」

「まだ少し眠い……けど!」

「流石にここは下がれんね」

「お母さん!おばあちゃん!!」

 

 ユウリ達がボクの横に並んで立つ。その間にアオイさんが家族のもとへ駆け寄っていき無事を確かめ合っていた。どうもボクが音を立てすぎたみたいで皆起きてきたらしい。申し訳ないという気持ちがありながらも、ことこの場面においてはみんなの力を借りないと正直どうしようもなかったからありがたい。

 

「一人一殺ってことで大丈夫?」

「「「任せて!」」」

 

 三人から力強い返事を受けてうなずきで返す。ボクの相手はフォクスライ。クスネの進化系で、あまり褒めたくはないけどパッと見た感じ悪事を働けるだけの力はあるように見える。レベルも向こうの方が高いだろう。

 

「せめて有利に立ち回らないと……」

「何ごちゃごちゃ言ってやがる!人数増えたくらいで調子に乗るなよ?フォクスライ、『つじぎり』!」

「ジメレオン、『ふいうち』!」

 

 いまひとつながらうまく刺さりフォクスライが少しひるむ。

 

「そのまま『とんぼがえり』!」

 

 ホルダーから一個ボールを取り出してジメレオンを下げてマホミルを投げる。フェアリーで有利を取って勝ちに行く。

 

「何やってるフォクスライ!!『つじぎり』ではやく仕留めろ!!」

「ラァイ!!」

「ミュ!?」

 

 出てきた瞬間に攻撃を受けて弾かれるマホミル。けど、いまひとつというのが想像以上に受けるダメージを抑えてくれている。

 

「マホミル、『ドレインキッス』!!」

「マァ、ミュ!!」

 

 お返しにたたきつけるのはばつぐんの技。レベル差はあるもののばつぐんでそこそこのダメージをもぎ取りつつ回復していく。

 

「ちょこまかと……フォクスライ、『でんこうせっか』!!」

 

 右に左に縦横無尽に駆け回るフォクスライ。壁や天井をも足場とするその軽やかさにマホミルは右往左往してしまう。落ち着いて動きを観察しようにも思いのほか早いその動きにあまり動きの速い方ではないマホミルではなかなかいつけない。

 

「マミュ!?」

「大丈夫!?」

 

 着々と増えてしまう傷にどうするか悩んでしまう。

 

(どうすればいいか頭の中で作戦を組み立てて早く突破口を見つけないと……)

 

「やればできるじゃねえか!ここでちゃんと仕事すればメスのフォクスライ侍らせてやるからもっとやる気出せよ?」

 

 その言葉に吠えてやる気を出し、さらに走りまわるフォクスライ。発破のかけ方は最悪だけどそれで現に結果が出ているから何とも度し難い。テンションが上がったことによってさらにスピードを上げて走り回るフォクスライにマホミルがさらにあわあわとしだす。ここはもう一度ジメレオンに戻してスピード対決をした方がいいかもしれないけど……

 

「ありがとう、あなたが口走ったおかげで突破口が見えた!」

「ああん?」

 

(相手がどれだけ速くても関係ない方法……これしかない!)

 

「マホミル、『メロメロ』!!」

「マ~ミュ!」

「ライ!?」

 

 かわいらしく相手を誘惑するマホミルにまんまと捕まり目をハートにして惚けだすフォクスライ。メロメロ状態になったフォクスライはその足を止めてひたすらマホミルを見つめることしかできない。

 

「お、おい!フォクスライ!!何してる!!」

「ラ~イ~……」

「性別教えてくれてありがとうございます。これであなたにはもう苦戦しない!!」

 

 マホミルは♀しか存在しないポケモンだ。相手が♂だとわかってしまえば脳死でメロメロを打てる。自分のマホミルがどっちの性別かを覚える必要がないからね。勿論メロメロ状態は見とれて行動しづらくなるだけで行動しないわけじゃない。だからここはさらに相手の足を止め、さらにほかの敵を巻き込む!!

 

「ユウリ、ホップ、マリィ!みんなを下がらせて!!」

 

 ボクの合図に戦っていたみんながそれぞれの手持ちを下がらせる。いきなりの行動に敵が全員こちらをいぶかしむ顔をして一瞬動きが止まる。この隙に決める!!

 

「マホミル、『てんしのキッス』!!」

 

 メロメロで動きがおぼつかないフォクスライにさらに混乱が入り動きがしっちゃかめっちゃかになっていく。ぐるぐる回ったり寝転がったり、果てはつじぎりやでんこうせっかを味方に放つまでになったその様は見ていてとても滑稽でそんな場合じゃないのに思わず吹き出しそうになる。

 

「おい!お前のフォクスライ邪魔なんだよ!」

「さっさと混乱治すか下げるかしろよ!!役に立たねぇな」

「おいこっち攻撃するな!!」

「うるせぇな!おいフォクスライ!!ちゃんとしやがれ!!」

 

 あまりにもひどい状態に自分のポケモンにイライラをぶつける相手があまりにも無防備すぎてこちらにとってチャンスでしかない。

 

「『ドレインキッス』!」

「『にどげり』!」

「『はっぱカッター』!」

「『オーラぐるま』!」

 

 そんな隙を見逃すボクたちではなく、ここぞとばかりに攻撃を仕掛ける。それも混乱している個体はそのままにそれ以外の奴らに的確に攻撃を当てていく。勿論仲間割れに巻き込まれるつもりもないので距離も丁寧にとって攻めつつ、されど密着せずに。間合い管理をしっかり行った戦い方は相手を思いのほか削っていき、ボクたちのコンビネーションも完璧なこともあってかこちらに被害をほぼ出さずに相手をかなり追い込む。味方の仲間割れとこちらのちまちまとした攻撃に相手はさらにイライラを募らせていき、とうとう堪忍袋の緒が切れる。

 

「ああもううざいなぁ!マッスグマ!その役立たずに向かって『とっしん』!!」

 

 混乱しているやつを戦闘不能にする気満々の本気の突進がフォクスライに直撃する。反動ダメージもあってお互いかなりダメージが入ったもののこれで正気に戻ったのか混乱もメロメロも解除されてしまった。けどその代償はかなり大きく、相手はかなり消耗している。

 

「よし。いい感じだぞ!!もうちょっとで勝てる!!」

「流石フリアやね。一手でここまで変わっちゃった」

「運がよかっただけだよ」

「でもおかげでこっち優勢なんだもん。やっぱりフリアは頼りになるよ。さぁ、一気に決めちゃおう!!」

 

 作戦がばっちり決まってこちらの士気がかなり上がっていく。それはポケモンたちにも伝染しており、みんなやる気に満ち溢れている。一方向こう側は度重なる仲間割れにしっちゃかめっちゃかなうえトレーナーがむちゃくちゃになっているからやる気はダダ下がり。このままなら押し切れる。

 

「畜生、てめぇのせいでめちゃくちゃじゃねぇか!!」

「ちっ、うっせぇなぁ……は、じゃあ取り返せばいいんだろ?」

 

 さっさと抑え込んで森の奥で戦っている相棒のもとに駆け付けようと思ったときに向こう側のトレーナーが浮かべる嫌な顔。変な悪寒が走ってしまい体が震えてしまう。

 

(いったい何を……)

 

「フォクスライ、『バークアウト』」

 

 静かに放たれた黒色の波動は確かな悪意を持って真っすぐ放たれる。

 

()()()()()()()()()()()()

 

「壊せフォクスライ!!」

「しまっ!?」

 

 ボクたちの間を綺麗にすり抜けて放たれたそれは寸分たがわずアオイさんたちめがけて飛んでいく。予想外の攻撃に誰も反応できずに攻撃がそのままアオイさんたちに牙をむく。

 

「きゃああ!?」

「アオイ!!」

「あなただけでも!」

 

 ヒマリさんとスミレさんがアオイさんを抱きしめて盾になろうとしているところに慌てて駆け寄ろうとして……

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「マミュ!?」

「マホミル!?」

 

「おい!続けて『バークアウト』打ちまくれ!!」

「ラルトス!『ひかりのかべ』!!」

「俺たちもマホミルの援護をするぞ!!」

 

 さらに飛んでくる四つのバークアウトを見て反射でラルトスを追加で呼びひかりのかべを慌てて展開。それでも防ぎきれないものをホップたちがはっぱカッターやひのこなどで相殺していく。とりあえず大丈夫そうなのを確認してマホミルに駆け寄る。

 

「大丈夫?マホミル」

「マ……マミュマミュ!」

 

 どうも急所に当たったらしくかなりのダメージを負っているもののいまひとつだったためかまだ平気と頑張って笑顔で答えてくれた。

 

「ごめんねマホミ━━」

「マミュ!」

 

 ボクのせいでと続けようとしたところでボクの口元に指をあててくるマホミルに、「私が聞きたいのはそんな言葉じゃない」っていわれている気がしてすぐに訂正する。

 

「……うん、そうだね。守ってくれてありがとう」

「マミュ!……ミュ!?」

「っとと」

 

 どういたしましてと言わんばかりに答えるマホミルだったけどやっぱりダメージは少なくなかったみたいで少し体制を崩す。このまま戦うのはちょっと辛いかもしれない。ふと視線を上げるとそこには少しショックを受けたような顔をするアオイさん。さっきの攻撃がなかなかに心に来たみたいだった。

 

「マホミル。君にしかできない事を頼んでいいかい?」

「マミュ!!」

 

 敬礼をしてふよふよと飛んで行ったマホミルはアオイさんの腕の中にすっぽりと収まった後、あまいかおりを漂わせて心を落ち着かせていく。マホミルのかわいらしさもあってアオイさんの顔は緊張した顔からほぐれていった。これであちらのメンタルケアは大丈夫だろう。ひかりのかべを中心にいまだに耐えてくれているみんなの元にすぐに戻る。

 

「ごめん、お待たせ」

「マホミルたちは大丈夫と?」

「うん。マリィたちが稼いでくれたからだよ。ありがとう」

「ううん、むしろ私たちも反応遅れちゃったからフリアのマホミルにケガさせちゃった。ごめんね?」

「それ、ボクがマホミルに言ったら怒られちゃったからちゃんとお礼の言葉に言いかえてね?ユウリ」

「……うん、そうだね」

「そのためにも早く終わらせるぞ!」

 

 相手のバークアウトの波を乗り切り改めて並び立つボクたち。ひかりのかべをさらに張りなおしてボクのそばに降り立つラルトスは少し心配そうな顔をしていた。

 

「大丈夫だよ。マホミルは無事。ラルトスのおかげで皆も守れた……ありがとね、心配してくれて」

 

 そっとラルトスの頭をなでる。安心したのか若干気持ちよさそうな顔をし、表情をキリっと変える。他者の気持ちを察知することに長けているラルトスは他の誰よりもアオイさんの不安やマホミルの覚悟を感じ取っていたはずだ。だからだろうか。ラルトスから感じる力がいつも以上に大きいのは……

 

「さあ行こう、ラルトス。みんなを……守るんだ!!」

「ラル!!!」

「……え?」

 

 大声で答えたラルトスの体が青く発光していく。つい昨日も見たその光。進化の兆候。

 

「ラルトスが……キルリアに進化した……!」

「キル!!」

「……うん!行くよキルリア!『ドレインキッス』!!」

「キィィィ、ルッ!!」

 

 そっと口づけを落とされた左手は今までよりも明らかに強い光を放っており、明らかに威力が上がったのが見て取れた。その拳をしっかりと構えフォクスライの懐に一気に踏み込み叩きつける。ラルトスのころよりも勿論上がっているスピードに本来ならフォクスライの方が早いものの、その落差に驚き反応できずに直撃。

 

「ライッ!?」

「うぉおッ!?」

 

 吹き飛ばされたフォクスライは持ち主のもとに吹き飛ばされて戦闘不能となる。目を回しているフォクスライになんか目もむけずにボクのもとへ帰ってきて再び戦闘の構えを取るキルリア。よっぽどマホミルたちを傷つけられたことが許せなかったのかものすごく集中しているキルリア。そのキルリアに気圧されて怯むフォクスライたち。その一瞬の隙をみんなが見逃すはずもなく全員で再び一斉攻撃。その攻撃が終わるころには敵側のポケモンが全て戦闘不能になっていた。

 

「くっ、お前ら!撤退だ!!時間稼ぎは十分だろ!逃げるぞ!!」

 

 その言葉を合図に外へと走り出すハンターたち。時間稼ぎという言葉にみんなが思案顔になるもののすぐにホップが思いつき答える。

 

「そうだヒマリさん、スミレさん!窓から外見た時に預かり屋の庭の方がものすごく騒がしかったぞ!もしかしたらこの間に……」

「預かっている子たちが危ない!?お母さんはここにいて、私は見てくるわ!!」

「ま、まって!私も行く!!」

 

 預かり屋から飛び出していくヒマリさんとアオイさん。二人だけでは危ないと思い慌てて追いかけるボクたちは、二人の背中を見失わないようにとにかく追いかける。真っ暗な森の中で視界も悪く、何回か見失いそうになるもののあの騒がしかった場所から向こう側も移動したのか預かり屋の建物からかなり近い位置で皆止まっていた。そこにいたのは……

 

「な、何だよこれ……どうなってやがる」

「お、おいお前ら!何があった!!」

 

 ポケモンを捕まえる機械は粉々に砕かれて、それを操っていたであろう人たちが、軒並み縄で縛られて拘束されている状態であった。もしかしてと思い、腰のボールを確認するとカタカタと空だったはずのボールが動いていた。

 

「ははは……仕事はっや……」

 

 ボクの相棒が一晩でやってくれました。いや、流石すぎる。

 

「さて、あとはこの四人も同じように縛って終わりかな……?」

「誰がやってくれたのかわからないけど……外がもう解決しているのは助かったぞ」

「けど、誰がやったと?フリア?」

「でもフリアは私たちと戦ってたけど……」

「ははは、まぁ……ね?」

 

 いや、特に隠すこともないんだけど今は説明している時間もないのでとにかく捕らえちゃおう。

 

「ははは……終わりだ。こんなガキたちに取り押さえられて……俺たちはもう捕まるんだ……」

 

 自分たちの負けを悟った敵が絶望的な顔をしながら呟く。申し訳ないけどただの自業自得でしかないのでさっさとお縄についてもらう。ご丁寧にも近くに予備の縄も置いてあったのでこれを使えば残りの人たちも縛ることができるだろう。その縄をもって近づこうとしたときだった。

 

「だったら……せめて全部ぶっ壊してやる!!」

 

「っ!?」

 

 言葉とともに放たれるポケモン。そのポケモンが出てきた瞬間巻き起こる砂嵐。あまりの強さに前が見えず、ぼんやりと緑色のシルエットが見えるだけ。だけどそれだけわかれば十分。こんな特徴的なポケモン一匹しかいない。

 

「バンギラス!」

 

 

 よろいポケモンバンギラス。

 

 

 そのポケモンがなぜか()()()()()()()()()()

 

 

「暴れろバンギラス!!」

 

 

「グギャアアアア!!!」

 

 

 指示を聞いているのか聞いていないのか。それすらもわからないまま暴れるバンギラス。じしんやストーンエッジが飛び交い、呼び出した本人でさえ巻き込まれて吹き飛んでいた。幸いにも直撃ではなかったため意識を失っているだけだがこのままバンギラスが暴れ続けたらいつ怪我人が、果ては死人が出てもおかしくはない。何とかしなくては。

 

 

「グギャアアアア!!!」

 

 

 相棒を繰り出して無理やり止めようと構えた時に口にエネルギーをため始めるバンギラス。そのまがまがしい黄色い波動は見ただけでかなりの威力があるのが感じ取られた。というよりその技をボクは知っている。

 

(はかいこうせん!?)

 

 まずいと思う前に放たれた破壊を具現化したその攻撃は預かり屋の屋根を一部壊して通過していった。

 

 それも倉庫部分の一部を巻き込んで。

 

「「っ!?」」

「フリア!?ユウリ!?」

 

 ホップの声を無視して砂嵐の中駆け抜ける。倉庫の一部が壊れた。それはつまり卵に被害がある可能性があること。

 

(あんな攻撃が卵に当たったらっ!!)

 

 空いた穴から飛んでくる二つのかげ。よく目を凝らさなくてもわかる。ボクとユウリが見させてもらった二つの不思議な卵。

 

 茶色の水玉と紫と白の縞々の卵が空を舞っていた。

 

(あのまま落ちたら割れちゃう!!)

 

「ユウリは縞々の方をお願い!!」

「任せて!!」

 

 どちらがどちらを担当するかすぐに決めて走りこむ。けどこのままじゃあ間に合わない。

 

「「届ぇぇぇ!!」」

 

 右手を限界まで引き延ばしてヘッドスライディングの要領で飛び込んでいく。そのかいもあってか右の手のひらに卵が乗っかかる感覚を感じる。

 

「「っ!!」」

 

 同時に手前に引き寄せて体に抱きしめて、勢いを殺しながら転がっていく。数回転して何とか止まったのちに卵を確認して……

 

「「よ、よかったぁ……」」

 

 いつも以上にどこか強くなっている月の光に卵を照らし、卵に傷がないことを確認する。他に飛び出してきた卵もないことからとりあえず卵は大丈夫だろうと信じたい。

 

「フリアの方は大丈夫?」

「大丈夫、こっちは傷もついてないよ」

「それならよかっ━━」

 

「フリア!!ユウリ!!」

「早くそこから逃げて!!」

 

「「!?」」

 

 ホップとマリィの言葉にハッとする。そうだ、まだバンギラスが残っている。そう思いバンギラスの方を見るともうすでに次のはかいこうせんの準備を終えてこちらを向いているバンギラスの姿が。

 

(これまずっ!?)

 

 いまからだと相棒を呼ぶ時間はない。かといって転がって勢いを殺したばかりだから体制も悪く走って避けられる気もしない。

 

(せめてユウリと卵だけでも……っ)

 

 自分の身を犠牲にしてでも助けようと動いたとき、ふと頭の中に疑問が残った。ボクが卵の傷を確認した時、確かにおかしなことがあった。

 

(そういえば……()()()()()()()()()()()()?)

 

 ふと上を向けばまるで真昼かと言わんばかりにさんさんと輝く月。夜なのに日照り状態となっていた空。そして……

 

「ウインディ、キュウコン!『ソーラービーム』!!」

 

 ほとばしる二本の緑色の光線。陽の光を吸収し放たれた暖かいその攻撃はバンギラスを貫き、ばつぐんのダメージを受けたバンギラスはそのまま地に伏した。

 

「アオイさんからの通報を受けてきたジュンサーです!指名手配中のポケモンハンターたちの確保に参りました!!」

 

 どうやら一階に降りる前にアオイさんが通報していたらしく、すぐさま駆けつけたジュンサーさんが大声で宣言するとともに外からさらにパトカーのサイレン音が鳴り響く。この日照りはキュウコンの特性、ひでりによるもの。そこからのソーラービームで見事バンギラスを仕留めたということだ。

 

 バンギラスも倒れ、ポケモンハンターも無事全員逮捕。もう大丈夫だろう。

 

「「よかったぁ……」」

 

 危うくはかいこうせんが直撃しかけた緊張感から解き放たれて力が抜けてしまうボクとユウリ。卵は抱えたままゆっくりと地面に座り込んでしまう。

 

「二人とも大丈夫ですか!?」

「大丈夫だよ。アオイさんが通報してくれたおかげだよ」

「ありがとうね、アオイ」

「うぅ、ご無事で本当に良かったぁぁ」

 

 涙目になりながら駆け寄ってくるアオイさんに感謝しながらそっと卵をなでる。

 

「いきなり駆け出したから何があったのかと思ったら卵があったんだな」

「二人して飛びだして地面転がるから何が何だかわからなかったと」

「その子たち……たしかあり得ないところで見つかった卵ですよね?お母さんに見せてもらったんです?」

「うん、そうだよ。ってほかの卵は大丈夫だった!?天井穴開いちゃったから瓦礫とかにつぶされてない?」

「その点はおばあちゃんか確認してて大丈夫だったって言ってました!!」

「それなら安心……つっかれたぁ……」

「キルキル?」

「キルリアもお疲れ様」

「キル!」

「あ、フリアさん!マホミルちゃんありがとうございました!!」

「マミュ!!」

 

 今回の戦いで進化したキルリアと色々頑張ってくれたマホミルもしっかりと労う。少し心配顔をしていたキルリアと元気よくボクに飛び付くマホミル二人ともしっかり撫でてあげると、どちらも気持ちよさそうな表情を浮かべる。色々驚きの夜だったけどこれにて一件落着だ。

 

「さて、最後にこの卵を元の場所に返して……」

 

 ヒマリさんに渡そうと思ったその時、今度は卵が発光しだす。

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 ボクとユウリの抱える卵が両方震え青白く光だしピキピキという音が鳴り出す。

 

「まさか……今孵化!?」

 

 アオイさんの言葉に答えられる人は誰もおらず、ただただ驚きでその様子を見ることしか出来ない。どんどん強くなる光に、けど目を離せなくてじっと見つめて数秒間。光が弾け、謎だった卵からついにポケモンが姿を表す。その中身は………

 

「……ブイ?」

「……エェレ?」

 

 ボクが抱えていた茶色の水玉からはよく知るポケモン、イーブイが。

 

 そしてユウリが抱えていた紫と白の縞々の卵からは紫色の体をしており、頭には4本の角のような突起物。舌を出し、おしりからペタンと座っている姿はどこか人間の赤ちゃんのような印象を受ける。

 

 後にエレズンと教えてもらう、でんき、どくタイプのあかごポケモン。それがこの不思議な卵の中身だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ポケモンハンター

最近ではアニメでスイクンを狙ってましたね。

メロメロ

卵回ということでなんだか性別に関することのお話が多くなりましたね。
たまたまです()
マホミル可愛い。
そしてついでにマホミルが凄くけなげなことを……すこしかいててつらかったです()

キルリア

ここで進化させました。
20レべで進化と考えるとむしろ遅い?

相棒

まだ出てこないです。
う~ん、じらすつもりはないんですけどせっかくならもっといいところで出してあげたい気がするのも事実。
一応解放タイミングはもう決めてはいます。

最初から混乱

これが意味するものとは?
剣盾から始めた人には絶対にわからないだろうなぁと。
むしろこれを知っていたらだいぶ昔からポケモンやってる人な気がします。

バンギラス

このポケモンがはかいこうせん打ってるの見ると某映画の
仮面のほにゃららさんを思い出します。
きっとハッサムとニューラを持っているんでしょうね()



イーブイ
ノーマルの二匹から+卵はコウノトリが運ぶというお話から鳥ポケモンから選出ということでウォーグルの子に。
卵の色もイーブイの毛色が茶色だから。
もともとバルジーナの予定だったのですがタイプが気に入らなかったので……あとハゲタカですし。
そんなことを言うとウォーグルは鷲なのでどっちにしろおかしいのですがそこはこじつけです()
エレズン
でんきタイプとどくタイプの複合なので親をそれぞれの単タイプから。
色はエレズンの体色から。
それぞれのポケモンの選出理由は卵のお話にイーブイは欠かせないという個人的な感想と、エレズンは実機でもここで受け取ることができます。
ここでもらった方は多いのでは?
私もここで貰い、手持ちに入れました。




気づけばかなり書いている預かり屋編。
本当なら軽く職場体験からの卵ゲットのはずが

キルリアに進化させたい

じゃあ戦闘挟もうか

じゃあアニメふうにちょっと悪いやつらを

じゃあこの状況下で手加減とか縛りやってる場合じゃないよね?

相棒の活躍場所も作らなきゃ

って感じにどんどん後付けで増えていきました。
実はここでイーブイの卵が出てきたのも最初のころは考えていませんでした。
というのも本来イーブイの卵は初めてカレーを作った回で出そうと思ったのですが、理由はとあるNPCがブイズのみでテントを張っているからです。
そこで卵を貰おうと考えたのですが……実はそのNPCがいるのキルクスタウン(六つ目のバッジ前)なんですよね。
何を思ったのかそのNPCが3番道路にいると勘違いをしてしまい……いくらなんでも遅すぎるということでここに回しました。
エレズンは最初から考えていたんですけどね。

というわけで作者のガバガバ構成のせいでかなり長くなってしまった預かり屋のお話でした。

さて、このイーブイとエレズン、どうなるんでしょうね(棒読み)











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20話

評価に色がつきましたね。
評価者が5人を超えた証です。
読むだけでなく評価までしてくださった方感謝です。

評価にあった内容をかけているか不安なところはありますがどうぞよしなに。
ではどうぞ


「あなたたちには本当にお世話になったわね。ありがとう」

「いえ、ボクたちの方こそたくさん勉強させて頂きました!!お世話になりました!!」

 

 一連の騒動から2日後。

 

 戦ったのが夜中だったことや、バンギラスが暴れたことによって壊れた屋根や庭の整備を手伝うためという理由のもと、予定よりも1日長く滞在したこの預かり屋。本当はまだ屋根が直りきっていないためもうちょっと残って手伝い等したかったんだけどヒマリさんから……

 

「あなた達にはジムチャレンジがあるんでしょ?屋根の方は業者さんに頼んだし、ジュンサーさんの厚意で警備を増やしてもらえることになったからこちらのことは大丈夫よ。ジムチャレンジ、頑張ってね」

 

 と言われてしまったので、ここまで言われると断る訳にもいかず、少し心配は残るもののこうして今日出発することとなった。あとひとつ、言うことがあるとすれば……

 

「……この子、本当に貰って良かったんですか?」

「私たち、本当の親じゃないんですけど……」

「ブイ?」

「エレ?」

 

 ボクの肩に乗っているイーブイとユウリが抱えているエレズンの事だろうか。

 

 ポケモンには変な習性があり、卵が孵化した時、最後にその卵を持っていた人を親と認識するらしい。つまり何が言いたいかというと、どうやらあの日孵化した時に抱きしめていたボクとユウリのことを親と勘違いしたのだ。夜が開けて改めて2匹を返そうとしたところ物凄く2匹から悲しそうな顔を浮かべられてしまったことと、やたら懐かれてしまったことがあり、2人してかなりの罪悪感に苛まれていたところ、スミレさんから元々引受人がいなくて困っていたからあなた達さえ良ければそのまま仲間にしてあげてはくれませんか?と言われてしまい、そのままボクたちの仲間になることに。

 

 新しい仲間が増えるのは嬉しいし、こうやって肩に乗りながら頬ずりしてくる様が物凄く可愛らしくて癒されるのだが、高価なものをタダで貰った時のような、何となくどこか本当にいいのだろうか?という恐怖と疑問を綯い交ぜにしたような感情が燻ってしまう。

 

「大丈夫ですよ!この子たち、フリアさんとユウリさんのこと大好きみたいですから!!それに、私たちを何回も助けてくれたあなたたちになら私たちも安心して渡すことができます!!」

「そうだぞ?フリアとイーブイも、ユウリとエレズンもすっごく相性良さそうだしな!」

「はたから見てても2匹ともベタベタだし、それでも離れるって言うならまたその子たち大泣きすると思うけど?」

「「そう、かな……?」」

 

 確かにあの悲しそうな顔をもうさせたくないというのがあるにはある。けどやっぱり自分にふさわしいのかと少し考えてしまうのがなんとも……

 

「2人なら大丈夫です!そしていつか、大きな舞台で成長した2匹を見せてください!!その時は全力で応援しちゃいます!!」

 

 拳をグッと握りしめながら答えてくるアオイさんになんだか押され気味になるもののここまで期待されて答えないというのもそれはそれで申し訳ない。なんだかんだでイーブイにもこんなに好かれてしまっているのだ。

 

「……なら、改めて。一緒に頑張ろ?イーブイ」

「よろしくね、エレズン」

「ブイ!!」

「エレ!!」

 

 ボクとイーブイ。

 

 ユウリとエレズン。

 

 お互い手を合わせ新たな仲間を歓迎する。

 

 そばで見ていたホップたちもまるで自分の事のように嬉しそうに笑っていた。その事がなんだか嬉しくて、こちらもつられて笑ってしまう。

 

「おし、それじゃあそろそろ行くぞ!仕方ないとはいえちょっと時間使っちゃったからな。待ってろよ〜2つ目のバッジ!!」

「はいはい、はしゃがないの。……では、行ってきます」

 

 マリィの言葉に合わせてみんなで頭を下げて感謝を伝える。

 

「「「行ってらっしゃい!!」」」

 

 それに答えてくれたアオイさんたちの言葉を背にボクたちはバウタウンへの道を歩き始めた。

 

 背中にかけられたその言葉は、ボクたちにとって心強く、そして暖かく背中を押してくれる最高の応援になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったわね〜」

「うん……」

 

 もう既に米粒みたいに小さくなった4つの背中。私にとって初めての同い年くらいの友達。みんなと過したこの2、3日は怖いこともあったけれど、とても楽しく輝いていた。それだけにまた会えるとわかっていてもどこか寂しさを感じる。

 

「寂しい?」

「少し……ううん、とても」

「もう、だからお風呂一緒に入るように誘導したのに、アオイったら恥ずかしがって何もしないんだから」

「や、やっぱりそういう狙いだった!!もう!恥ずかしかったんだからね!?ユウリとマリィと一緒にどれだけ小声でやり取りしたと思ってるの!?」

「大丈夫よ。あの2人も可愛い子だったけどアオイだって負けてない私の自慢の娘なんだから、男の子の1人や2人落とせるわ!!」

「どこからその自信出てくるの!?あと落とすってなに!?」

 

 相変わらずお母さんの突飛な発言は意味がわからない。

 

「だって勿体ないじゃない。せっかくの繋がりを得られるチャンスなのに……それに早く孫の顔だって見たいし……」

「だからって強引なの!!それに私まだ13!!早すぎるよ!?」

 

 お母さんが私に歳の近い友達が、住んでいる場所と仕事のせいで出来ないことを少し後ろめたく思っているのは知っているし、この行動だって私を思ってのことだって分かっているから強く言えない。けど、それでも順序というのはある。せめて私の意思と羞恥心は守って欲しい。

 

「けどホップ君もフリア君も、どちらも凄くいい人ですよ?あんなに優しい人はそう居ません。狙い所だとは思いますけど……」

「もう!!おばあちゃんまで!!」

 

 普段あまりこういうことを言わないおばあちゃんまで悪ノリしてくる。でも確かに……

 

(2人とも、いい人だったなぁ……)

 

 ホップの底抜けな明るさも、フリアの穏やかな優しさも、きっとそう何人もいない良い人なんだろうなっていうのは人生経験のない私でもわかる。

 

 そして何よりも大きなこと。

 

(この預かり屋を守ってくれたこと)

 

 とても怖い人たちに襲われた。私なんて攻撃されたことにショックを受けて腰が抜けそうになった。なのに、フリアは、みんなは、私たちを守るために前に出て戦ってくれた。果ては私の心を慮ってマホミルちゃんを貸してくれた。本当に感謝してもしきれない、命の恩人と言っても過言ではない人たち。とても大きくて暖かくて、頼りになる強い背中。

 

 ドクンと、一昨日の夜を思い出す度に跳ねる心臓。

 

(この感情はなんなんだろう?お母さんに聞けば教えてくれるのかな?)

 

 けど、きっとこれは自分で気づかなきゃいけないもの。

 気付くのにたくさんの時間を使うかもしれない。でもそうじゃないと意味がない気がしたから。

 

(早くわかるといいなぁ)

 

 そんな淡い気持ちを抱えた私の視線の先には、もうあの背中は見えなくなっていた。

 

(そういえばユウリとマリィはどうなんだろう?ただの旅仲間って言ってたし嘘をついているような感じでもなかったし……う~ん?まあいっか!さぁ仕事仕事!!)

 

 私の日常はこうしてまたゆっくりとはじまっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん、いい潮の匂い……ミオシティでも似たような空気は感じるけど役割が全然違うからこれはこれで新鮮かも……」

「シンオウにも似たような地域があるのか?」

「大きな港町が一つ。でもここと違って元海軍施設だったこともあってどこか物々しいというかかっこいいというか……すごく整頓されているというか……」

 

 規則正しく並んでいる街並みは人工的な美しさがあり、これはこれで壮観なんだけど利用目的がどちらかというと鉱物の輸出なので工場のような機械機械したイメージが強く、自然を感じるとはあまり言えない景色ではある。船が通るたびに上がる跳ね橋とか見ていてかっこいいから好きなんだけどね。

 

 一方ここ、バウタウンは釣り堀や港に並ぶ船から見るに明らかに漁業を中心とした港町だ。そのため近くに魚ポケモンやその魚ポケモンを狙った鳥ポケモンなどがよくみられ、自然豊富な景色になっている。海の綺麗さも多分あまり変わらないと思うのだけれども、やっぱり工業地帯よりかはこういう漁業港のほうがきれいに見えてしまうところは仕方ないと思う。港のそばに立っている灯台もなんだかおしゃれに見えるために一役買っている気がする。

 

 西側にはこれまたおしゃれな住宅街が並んでいるし、その中間には市場やらレストランやらで人通りがとても多く、かなりにぎわっているのがよくわかる。全体的に明るく物凄く楽しい街というのがこのバウタウンの第一印象だ。

 

(漁港にあるレストランなんて無茶苦茶美味しそう……)

 

 いまからよだれが出てきそうだ。

 

 特にことあるごとにおなかの音を聞かれているユウリなんかもうすでに視線がレストランに固定されている。まあ預かり屋からずっとここまで歩いてきてたことを考えると仕方ないっちゃ仕方ないけどね。時刻ももう少しで夕方に差し掛かろうとしているし……ただ想像以上に預かり屋からここまで時間がかかることはなかった。やっぱり直線の道はなんだかんだ歩きやすい。途中の道が橋やトンネルと舗装されている場所が多かったのも大きい理由の一つだろう。

 

「ユウリ、ご飯にはまだ早か。先にジムチャレンジの受付いこ?」

「そ、そうだね……うん。もうちょっと我慢する」

 

 ユウリの言葉に皆で苦笑いを浮かべながらバウスタジアムへと足を向ける。

 

 ターフスタジアムと違い、町の中心じゃなくて海に出っ張るようにかかった橋の先にあるバウスタジアムは周りを海に囲まれており、水色の外観も相まってかこれまたとてもおしゃれに感じる。

 

 自動ドアを潜り抜けて中に入ると流石に内装はターフスタジアムとあまり変わらない。ただスタジアムの中では、選手の数は減っているもののそれ以上に観客の数が増えているため人口密度はかなりある。どうもターフスタジアムの戦いからさらにファンの数が増えているみたいだ。特集も組まれていたって話だし分かるのはわかるけどそれにしてもたった一試合でここまで変わるものなのだろうか。

 

『おい、来たぞホップ選手だ!チャンピオンの弟ってだけあってやっぱり強かったよなぁ!!バウスタジアムも楽しみだぜ』

『それを言うならユウリ選手だって、的確に相手の弱点をつくところとか相手の攻撃を避ける勘の良さとか、こっちもチャンピオンに推薦されてるだけはあるって!!』

『うおーー!!マリィーー!!応援してるぞーーーー!!』

『来た!フリア選手だ!!一説ではヤローさんに複合技を使わせた唯一の選手とか!!』

『やっぱりシンオウ地方から態々、それもシンオウチャンピオンからの推薦ってなるとこうもレベルが違うんだな……』

『きっとまだまだ色々見せてくれるだろうし他のジムリーダーもこれを機に全力を出し始めるかもだから今年は益々目が離せないわね!!』

『今年は例年を余裕で超える当たり年だよほんと』

 

 人が沢山いてごちゃごちゃしている所をかき分けながら何とか受付へと進んでいくボクたちの耳に微かに聞こえるのはボクたち4人に注目する声。マリィに関しては恐らくエール団と思われる人がほとんどだと納得出来るけど……あ、エール団の人が近くの人押しのけてる……

 

「凄いね……もうこんなに噂されるんだ」

「見てる人はちゃんと見てるってことだな。なんならベテランの観察眼持ちの人はヤローさんとの戦いだけでこの人はバッジを集めきれるか分かっちゃう人もいるらしいぞ?」

「その点を考えたら1つ目のジムの時点でファンが多くなるのって実は不思議じゃなかったりするんだけどね。マリィはちょっと例外っぽいけど……」

「もう、私の応援はいいけど他の人の邪魔や迷惑にはならないでって言ってるのに……」

「ははは……やっぱり慣れないなぁこの空気は」

 

 ボクがジムを巡っていた時なんてずっと1人から4人でしかいなかったから周りからジムの時点でこんなに注目されるのが物凄く違和感でしかない。地方が変われば常識が変わるのは分かっていたつもりではあるけど落差が激しすぎてまだついて行くのに時間がかかりそうだ。

 

 そんなことを考えながらもジムチャレンジャーの受付の邪魔にはならないようにしっかりと配慮はしてくれているサポーターの皆様の間をするするとすり抜けていき、バウスタジアムの受付まで到着。ターフスタジアムと同じように次の日に挑戦日を予約してとりあえず今日スタジアムでやることが終わったのでずっと中に留まっても邪魔になるだろうということからスタジアムの外へ。

 

「受付も終わったしレストランでも行くと?」

「レストラン!!」

 

 マリィの言葉にこれでもかと反応するユウリ。なんだけど……

 

「うーん……まだ早くないか?」

 

 ホップの言う通り空はだいぶ赤くなり始めているとはいえ時間にしてみれば17時と言ったところか。確かにご飯にするには少し早い気もする。

 

「うぅ、確かに早いね……」

「じゃあ今のうちにもうひとつの目標やっちゃう?」

「「「もうひとつの目標?」」」

 

 ボクの言葉に3人揃って首を傾げる。ってこの様子だと預かり屋の事件が大きすぎたせいで皆忘れてしまっているようだ。

 

「忘れちゃったの?せっかくの漁港なんだからこの機に釣りを教えてもらおうって」

「そういえば……預かり屋のこととかエレズンのこととか色々なこと起きすぎて……」

「そんな話してたな。すっかり忘れてたぞ」

「水タイプのポケモンに出会う手っ取り早い方法ではあるもんね。少し気が早いけどここに勝ったら次はカブさんだし」

「有識者に教えてもらうっていうのは今からだと難しいかもだけど、一応ボクも知っている方ではあると思っているから少し教えるよ」

 

 3番目のジムに強いというのももちろんあるがそもそもみずタイプそのものがかなりバランスのいいタイプだ。色々理由はあるけど1番はみずタイプのポケモンのほとんどの種類がサブウェポンとしてこおりタイプの技を覚えるということがあげられる。これのどこが強いかというと、みずタイプの技が半減されるのはくさタイプ、みずタイプ、ドラゴンタイプの3つなのだが、このうちくさとドラゴンに対して抜群を取れるのがこおりタイプの技だからだ。みずタイプの技を受けようと出てきても他の技で弱点をつける。このタイプの相性補完が完璧なところがみずタイプの優秀と言われる点。防御に関してもばつぐんを取られるのがでんきとくさのみに対していまひとつはみず、こおり、ほのお、はがねと4つ。全体で見ても優秀な方だし、弱点のくさタイプに関しては先程言った通りこおり技で仕返し可能。前に説明したくさタイプと比べてかなり強いタイプと言うのもこれでよく分かるのではないだろうか。

 

 現にボクもジメレオンにこおりタイプの技は仕込んでおきたいとずっと思っているしね。

 

 さて、少し脱線したけど……要はこの先のことを考えておいてもみずタイプの確保というのはできる限りしておきたいところである。

 

(チャンピオン目指すなら尚更だよね)

 

 みんな知っての通り、チャンピオン、ダンデさんの切り札であるリザードンにも有利に闘えるタイプである以上その需要の高さは計り知れない。その点においてもやっぱり釣りは趣味じゃないにしてもやり方くらいは知っておいて損は無いと思う。

 

「幸いにもここには釣り堀があるみたいだし練習ならできるでしょ」

 

 バウスタジアムから少し歩いたところに木の桟橋によって組まれた足場があり、そこにはポケモンにあげる用の撒き餌がいくつか置いてある。ここに入るのに特に何か必要ってわけでもないし、撒き餌のところにも何もないというかほかの利用客も普通に使っていることからおそらく勝手に使ってもいいという事だろう。練習にはもってこいというか、そういうための施設ではないかと思えてくるほどサポートがしっかりしている。

 

「とりあえずここで一匹くらい釣ってみる?」

「ここの道具全部使っていいのか?」

「他の人も使ってるし、なかには私たちと一緒で釣り初心者かつジムチャレンジャーの人も多いみたいだね」

「試してみるとして……どうすると?」

「じゃあとりあえずお手本見せるね」

 

 バッグの中から折り畳み式の釣竿を取り出しながら桟橋においてある撒き餌を手に取り近くに巻いて行く。ポケモンフーズを混ぜたそれは少しの間海面に浮かんだと思ったらすぐに沈んでいってしまう。これでこの沈んだ部分にポケモンが集まってきてくれるはずだ。あとはこの部分に釣り竿の糸を垂らして待つだけ。

 

「やることとしてはそんなに難しくないでしょ?」

「特別なルアーとかいると思ったけど……そんなことないんだね」

「一応ガチ勢はそういうの気にしている人がいたり、あとは珍しい子がつれやすいんじゃないかって思ったときにそういうのを使うって人はいるみたいだけど……結局ポケモンフーズが一番ポケモンが寄ってくるからよっぽどのことがない限りは気にしなくてもいいかも」

「どこかの話で珍しい子は特別なルアーがいるって聞いたことある気がしたけど……迷信なんね」

「むしろ気にするべきなのは時間と場所かな?同じ町の中なのに場所によって全然釣れるポケモンが違うとか、中には特定の時間じゃないと釣れないっていう事例の方が多かったりするんだよね」

 

 特にボクが昔旅行に行ったことがあるホウエン地方ではこのお話は結構有名だったりする。海へのアクセスが簡単な地方だからみずタイプのポケモンが豊富に住んでいるというのもあるが、一部のポケモンがものすごく珍しいんだとか。ボクは見たことないんだけどね。

 

「場所の方が大事なのか。それは驚きだぞ……」

「ポケモンの生態って結局全部わかってはないからね……っと、きた!」

「「「あっ!」」」

 

 話している間にぽちゃんと音を立てながらボクの釣竿の浮きが沈む。それに合わせて釣竿を持ち上げると確かな手ごたえ。しっかりかかったのを確認してゆっくりと糸を巻き上げていき水面付近に影が見えた瞬間に思いっきり振り上げる。

 

「よっと!こんな感じかな?」

「「「おお~」」」

 

 釣り上げたのはそこそこの大きさのコイキング。

 

 ひげが金色なあたり♂のコイキングだろう。元気のいいコイキングから釣り針を丁寧に外して頭をひとなで。ポケモンフーズを上げてそのままリリースしてあげる。

 

「大体はこんな感じかな?そんなに難しくないでしょ?」

「なんかいいな!さらっと釣り上げてるところに慣れてる感があってかっこいいぞ!」

「本当に器用やんね……バトル強くて料理できてそのうえ釣りも……」

「一応シンオウ地方での手持ちのうち一匹は釣りしてる途中に捕まえた子がいたからね。そこそこ得意な方ではあるつもりだよ?」

「成程……フリアの昔の手持ちの一匹はみずタイプっと……」

「メモする必要ある?ユウリ……」

 

 別に隠しているつもりはないから気になるのなら教えるのにと思わなくはない。とりあえずみんなにお手本は見せたし、今度はみんなに個別で頑張ってもらおう。

 

「じゃあ適度に距離を取ってまずは一匹釣ってみよっか。釣り糸が絡まったら危ないしそこのところは注意してね」

「「「は~い」」」

 

 ボクの言葉に返事をして適度に距離を取って釣り糸を垂らしていくみんな。

 そのまま少しの間、みんなで雑談しながらゆっくり待っていたんだけど……

 

「なかなかかからないぞ……」

「う~ん、フリアとやり方変えてないと思うけど……」

「意外とフリアの技術ってすごかったり?」

「ボクとしてはそんなに特別なことをしてるつもりはなかったんだけどなぁ」

 

 まあこういうのは時の運もあるし、釣れないときはとことん釣れないのでこんなものだろう。果報は寝るまではしなくてもゆっくり待つべきである。しかし、さっきも言ったけど釣りというと置いてきた僕の手持ちのうちの一匹を思い出す。

 

(あの子は確かジュンたちと釣り競走で勝負した時に出会ったんだっけ?)

 

「ん?おいユウリ、何かかかってないか?」

「え?うそ!?」

 

 ジュンがどっちが多く釣れるか勝負しようともちかけてきたので仕方なく釣りバトルをした時に海面から跳ねるその姿がとても綺麗で思わず見とれていたところをキャモメが咥えて逃げようとしたから思わず助けてしまったのがきっかけだった。

 

「ユウリ!!気張りんしゃい!!」

「が、頑張る!!」

 

 自然の食物連鎖に手を出すのは悪いとは思ったんだけどついつい助けてしまったのがきっかけで物凄く懐かれてしまいそのまま仲間にって流れだ。

 

「あ!コイキングの影見えてきたぞ!!もうちょっとだ!!」

「もう……ちょっと……!!」

 

 少し遠い海面をコイキングが勢いよく飛び跳ねる。

 

(そうそう、ちょうどあんな感じに跳ねてたよなぁ)

 

 仲間になってからはさらにスキンシップも多くなってボクに飛び込んでくることも少なくなかった甘えん坊な子だ。

 

(……こういうの思い出すと今どうしてるのか凄く気になるや)

 

 バウスタジアムの挑戦が終わったら1度みんなの姿を確認がてら、シンオウ地方に電話するのもいいかもしれない。そうと決まれば、しっかりバウスタジアムも突破していい報告ができるように頑張ろう。

 

「よ〜し、気合い入れて頑張るぞ〜!!」

「……釣れた〜!!」

「「おお〜!!」」

 

 なんて思い出に浸っている間にどうやらユウリが初めての釣りに成功したみたいだ。話的にコイキングみたいだけど、釣れたコイキングのサイズも気になるので視線をユウリの方へと向けて……

 

「フリア!危ない!!」

「え?」

 

 ユウリの言葉に疑問を返しながら振り返ると目の前にユウリによってかなりの勢いで釣り上げられた赤い物体が……

 

「むきゅっ!?」

 

 顔面に鱗の硬い感触がぶつかる。その後少しの浮遊感の後に体が水に包まれる感覚が……

 

「「「ふ、フリア〜!?!?!?」」」

 

 ボクを呼ぶみんなの声は、ボクの体が海に叩きつけられるザパァンッという音にかき消された。

 

 ……なんでさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イーブイ、エレズン

というわけでフリア君のガラルでの4匹目、及びユウリさんの3匹目ですね。
ユウリさんがここでエレズンを貰えなかった場合ルリナさんの切り札で詰んでたのでむしろ居れなくてはとなってました()

アオイさん

13歳で襲われてるところをあんなふうに助けられたら少なくともなにか感じるものはあるのではないかなと。
少なくとも違和感はないように書いたつもりです。
正直この辺は全く考えてないのでキャラたちに勝手に動いてもらおうかなと

バウタウン

すごく綺麗ですよね。
少し水の都みたいな雰囲気がして好きです。
漁港は勝手に考えたけどあんなに釣り人多いとそう見えてしまう……違ったらすいません。

釣り

剣盾はまさかの釣竿初期装備。
正直びっくりしました。
もしかしたらガラルの人は釣りも大好きなのかもしれない……

灯台

アカリちゃんが居そう(ストリンダーがいる)

フリアの思い出

1匹紹介ですね。
これでどのポケモンかわかった方は恐らくポケットモンスター ムーン、もしくはNewポケモンスナップをかなりやりこんでいる方です。




ポケモンの魚って海にも川にもいるのはなんで?と思わなくもないです。
さて、もう少し2つ目のジム。
頑張っていきましょう。











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21話

お気に入り三桁、感謝です。
評価の方もありがとうございます。


 真っ暗な部屋で流れるひとつのビデオ。それを食い入るように見つめる一人の男性の影があった。

 

「ふむ、まさかここまでとは……やはりこのエネルギーは素晴らしい!」

 

 映し出されている映像は複数人の人間の真ん中で暴れている一匹のポケモン。

 

 映像の主役のように映し出される暴れているポケモンはとても理性があるとは言えない。ただひたすら暴れているその様は常人ならとてもではないがみていたといは思えないものだった。が、その男はまるで希望を見つけたかのように輝いた瞳で見ていた。

 

「これはひとつの証明だ。やはりこの計画に間違いはない、ますますこの計画を前倒しにして早く進めなければ……!」

 

 男は今日も、未来のことを考えて動く。

 

 果たしてその行動は吉と出るのか、凶と出るのか。

 

 その結果を知るのはまだ遠い話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラル地方は緯度のそこそこ高い地域にある。

 

 夏といえども全体的に見ればそこまで気温の上がらないこの地方は、春や秋となれば他と比べるとその時点でそこそこの寒さを誇る。ボクのいたシンオウ地方とその辺はよく似ていて、この温度感覚は別地方だと言うのに全く狂ってはいない。むしろ正しすぎてびっくりするくらいだ。そして今の季節はまだまだ春。つまり何が言いたいかというと……

 

「へっくし……うぅ……」

「ご、ごめんねフリア。まさか思いっきり釣りあげたらそのままコイキングがフリアに当たるなんて……」

「暖かくなってきたとはいえ、海はさすがにまだ冷たいからな……」

 

 もう今は温まり終わったとはいえ、そんな時期に海に叩き落とされたボクの体はむちゃくちゃ冷たくて寒くて死にそうな体験をしていた。

 

 いや、さすがに死にそうは誇張表現なんだけど、かと言ってこの時期に海はさすがに体温をかなり奪われる。あの後すぐに引き上げてもらったし、スボミーインに直行してお風呂に入り、服も着替え体温はだいぶ取り戻した。それでもさっきのことを思い出すだけでなんだか寒さがぶり返してくるような気がする。

 

「ブイ〜……?」

「あはは、イーブイもありがとね」

「ブイ!」

 

 ボクの首に巻き付くように引っ付いて温めてくれるイーブイをひとなで。本当になんでか疑問に思ってしまうほど懐かれてしまっている。個人的には凄く嬉しいし、そして何よりも可愛いから別にいいんだけどね。

 

「イーブイマフラー……気持ちよさそうと……」

「えへへ、いいでしょ」

「それだけ元気に返事できるなら大丈夫そうね」

「あ、はい!助けていただきありがとうございました」

「気にしないでちょうだい。わたしがたまたま近くにいただけだから」

 

 そう言って笑いながら答えてくれたのはここ、バウタウンはバウスタジアムのジムリーダー、ルリナさん。海に落とされたボクを見かけてすぐさま海に飛び込んで助けてくれた。

 

 ボク自身別にカナヅチという訳では無いんだけど、いきなり叩き落とされたということもあり少し体が硬直してしまい溺れる手前まではいっていた。そこをいきなり体を引っ張られて海面に顔を出した時に呼吸を整えながら助けてくれた人を見たらその人がルリナさんだったという訳だ。

 

 ボクをサラッと救ってすぐに『大丈夫?』と声をかけてきたルリナさんが、見た目の綺麗さも相まってかなんだかお姫様を助けに来た王子様のように見えた。……いや、ボク男だからお姫様って例えはおかしいんだけどさ?ルリナさんも女性だし。

 

 ジムリーダールリナ。

 

 褐色肌で、黒のロングヘアーの所々にメッシュやエクステと思われる青が混じっており、後頭部には水色のお団子頭を作っている。ここバウスタジアムのジムリーダーを務めており、みずタイプのエキスパートだ。他にもモデルとしての仕事もしているみたいで、バトルだけでなくその方面でもかなりの人気な人らしい。

 

 こうやって近くで見るとスタイルもいいし、助けてもらった時の対応から確かにこれは人気ありそうな人だななんて思ってしまう。

 

 そんなルリナさんに助けてもらったボクたちはスボミーインのお風呂を借りた後、これも何かの縁ということでルリナさんからのお誘いでバウタウンの中心にある大きなシーフードレストラン、『防波亭』にきていた。船を模したカウンターに海を表しているのか水色を基調とした店内の明るくもどこか優しく神秘的な雰囲気は、まるで水中で宴会をしているかのような華やかさもあり、飾られている絵画の効果もあってかかなり豪華に見える。また、何よりも特徴的なのは壁一面が丸々とガラス張りになっているところであり、そこから見える景色はバウタウンから見える海を一望でき、海とスタジアムが一緒に並んで見えるその風景は壮観で、この景色を見るためだけにその近くの席に座るというのもありなほどである。他にも細かい所でもこだわっているのがよくわかり、地面に貼られている真っ白いタイルには所々にヨワシの影絵が描いてあったり、座椅子の背もたれ部分が貝殻を表すようなデザインになっていたりと見ていてとても楽しい。……しいて怖いところを上げるとすれば……

 

(お財布……寂しくなりそう)

 

 少し安いのを注文しよう。

 

「それにしても吃驚したわ。今日のジムの予定も終わって少し散歩しようかなと思ったらいきなり何かが水に飛び込む音がしたもの。バウタウンはまだ暖かい気候をしているとはいえまだ海開きには早いこの時期に飛び込むなんて何事と思ったわよ」

「「「「お騒がせしてすみませんでした……」」」」

「釣り堀から落ちる人って割と多いから珍しい光景ってわけではないけど、まさかジムチャレンジャー……それもうわさの選手が落ちてるとは思わなかったわね」

「うぅ……」

 

 これでもし次のテレビ特集で『フリア選手、釣り堀で落水!?』なんて見出しで取り上げられたらもう外を歩けないから勘弁してほしい。

 

「意外とみんなちゃんと危険予知しているんですね……」

「というよりもジムチャレンジ中の人はそう何人も釣り堀に来ないっていうのが正解ね」

「え、そうなんですか?先を考えると捕まえてた方がよさそうですけど……」

 

 てっきりリザードンや次のカブさんへの対策に捕まえる人が多いと思っていたけどそうでもないみたいだ。

 

「あら、それはわたしなんて眼中にないってことかしら?」

「い、いえ!そういうわけでは……」

「ふふふ、冗談よ」

 

 誤解を生みそうだったので慌てて訂正しようとするとそっと微笑むルリナさん。なんというか……大人の余裕を感じるというか……かっこいい人だなって感じた。

 

「さて、さっきの話についてだけど……みんなそんなふうに先を見れるほど余裕があるわけではないという事よ。あなたが言っていることももっともではあるんだけど、そもそもジムチャレンジ初挑戦の人は大体浮足立つものよ」

「確かに、私もフリアがいなかったら最初の一歩どうするか悩んでいたかも……」

「そうかなぁ?」

 

 少なくともホップとマリィが一人でもしっかり歩いているところを見るに同じくらい才能あるユウリが立ち止まるとはとてもじゃないけど思えない。なんだかんだで横で見ている感じコウキみたいな天性のものを感じるし……。

 

「すくなくともフリアの戦闘スタイルというか、戦い方に触発されている部分はあるからな」

「あたしたちも、身近な目標があると燃え上ると!」

「ヤローとの戦いも見させてもらったけど、わたしも見ててとても興味深かったわ。わたしの戦い方を参考にした動きもあったし、苦手タイプであっても引かないその戦い方は見てるこっちも熱くなったわ」

「えと……あ、ありがとうございます」

 

 みんなからだけでなくルリナさんからも称賛の声をかけられてしまい思わず照れてしまう。なんだかこっちの地方に来てからというものこう褒められることが多くなった気がする……真正面から褒められるのは嫌じゃないけど恥ずかしいから困る。

 

「みんな噂してたけどやっぱり今年は豊作ね。まだ三つ目のジムを超えている人はいないけどこの時点ですでに注目されるべき人は頭角を現してきているもの。このままいけば数か月後はかなり盛り上がっているんじゃないかしら?」

「やっぱり見る人が見れば実力って今からでもわかるものなのか?」

「少なくとも将来壁になるかどうかはわかるわね。経験ってそういう事よ」

 

 まだボクたちはバッジ一個しかないもののすでにマークはされているみたいだ。光栄であると同時に少しのプレッシャー。これは次のジムチャレンジの時の観客もかなり増えそうだ。

 

「ちなみに、今ルリナさんが注目している選手って今何人いると?」

「そうね……とりあえずあなたたち4人とあとは昨日戦った4人の選手全員。それに一昨日戦ったビート選手ね」

「ビート選手……」

「ん?ユウリの知り合いか?」

 

 ビートの名前を聞いた瞬間少し顔を歪めるユウリ。ホップはそんな表情の僅かな変化に気づき質問していた。

 

「知り合いというか……ちょっとガラル鉱山で色々あってね……?」

「私あの人嫌い……」

「あ、あはは……」

「「「???」」」

 

 露骨なユウリの反応にみんながハテナをうかべる中事情を知るボクだけが苦笑いをこぼす。確かにあんな所を見たら嫌いにならない人はそんなに居ないだろう。しかし、あの時もシルクハットの人に勝ってたし今回もルリナさんに褒められているあたり実力はかなりあるのかもしれない。

 

「ビート選手ってどんな戦い方なんですか?」

「一言で言えば冷静ね。視野を広くして常に落ち着いて。もしかしたら内心焦ってたりするのかもしれないけど少なくとも顔に出ているところは見たことがないわ。あと、どうもエスパータイプに強い思い入れがあるみたいね。そのあたりはマリィ選手はよく分かるんじゃないかしら?」

「そういえばマリィはあくタイプで固めてたよな」

「あたしと同じタイプ統一の人……」

「今回が豊作と言われる由縁でもあるわね。タイプ統一で注目すべき人があなたとビート選手含め現在で既に6人もいるもの。未来のジムリーダー候補って言う点でも話題は結構大きいわね」

 

 タイプ統一は弱点の一貫性が生まれやすいから辛いのではと思われがちだけど、ひとつのタイプに絞って特化することによって相手の行動を絞りやすいためその対策を立てやすいというメリットがある。例をあげるとすればボクが参考にしたルリナさんとヤローさんの戦い。本来苦手なくさタイプに自由に動かせないために雨をふらせてこな系の技を封じたり、サブウェポンとしてこおりタイプの技を仕込んでいたりという具合だ。

 特にジムリーダークラスまで行くとタイプ相性くらいなら軽くひっくり返してくることなんてざらにある。他にもタイプを統一するとバラバラなタイプを育てるよりかは集中的に育てることができるから練度をあげやすいというのも大きな特徴だ。

 

 そういう利点があるためか割とタイプ統一をしているトレーナーは少なくなかったりする。もちろん他にも憧れやひとつのタイプに懐かれる体質持ちとか、単純にそのタイプが好きだからという理由で統一する人もいるけどね。

 

 ボクたちの中ではマリィがそれにあたり、手持ちはあくタイプで固めているみたいだ。理由は分からないけど、マリィにもなにかこだわりがあるのかもしれない。いつか聞いてみよう。

 

「さて、あなたたちは明日ジムミッションだっけ?となると戦うとなると最短でも明後日……うん、今から楽しみだわ!」

「おう!一発でクリアしてやるから楽しみにしておいてくれ!!」

「あたしも、絶対に明後日挑みます!!」

「うん……絶対勝つ」

「明後日、ボクたち四人との連戦ですけど大丈夫ですか?」

「ジムリーダーを甘く見ないでちょうだい。確かに強敵の連戦は疲れるけど、まだまだあなたたち相手に疲れる程やわな体力してないわよ?気にせず全員全力でかかってきなさい!!」

 

 ヤローさんの時と同じようにひしひしと感じるジムリーダー特有のプレッシャー。まだお店の中なのでそんなに強くは発してはいないけど、これがバトルフィールドとなればきっと容赦なく打ち付けてくるだろう。

 

(……ワクワクしてきた)

 

「ま、まずは明日のために頑張って栄養蓄えなさい。あまり特別扱いは褒められたことじゃないけど今日はおごってあげるわ」

「いいのか!?」

「ええ、ソニアからも連絡来てたし、もし出会うことがあったらよろしくって言われててね」

「ソニアさんと仲いいんですか!?」

「言ってなかったの?ソニアとはジムチャレンジの挑戦時期が一緒の同期よ。もっと言えばダンデとも同期ね」

「「「えええ!?」」」

「?」

 

 ソニアさんを知らないマリィだけが首をかしげるものの知っているボクたちとしては驚きの内容だ。知らないマリィもマグノリア博士の孫ということを話していたらたいそう驚いていた。それからというものの、当時のジムチャレンジの話を聞いて盛り上がったりして楽しいひと時を過ごした。

 

「さ、明日のためにいっぱい食べなさい!!そしてわたしに挑んできなさい!挑戦者たち!!」

「「「「はい!!」」」」

 

 とにもかくにもまずは明日のジムミッション。まだまだ序盤のジムということだけあって恐らくターフスタジアムと同じく選別目的を強くする意味合いも込めて難易度は高く設定されているはずだ。昨日戦った選手が4人しかいないこともその事の証明になるだろう。気合を入れて臨もう。万が一みんな突破してボクだけ突破できなかったとか笑えないしね。

 

 しかし……

 

(ビート選手……エスパータイプの使い手……キルリアの戦い方やルリナさんの対策の参考にもなるかもだし一回見てみるのもいいかも)

 

 とりあえずホテルに戻ったら確認してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程……これは強いや」

 

 ホテルに戻って軽く食休みと二度目のお風呂を堪能してベッドの上。

 

 ボクが広げているのはホテルに備え付けられているノートPC。映されているのは先ほどルリナさんが褒めていたビート選手で、戦っているポケモンはガラル地方のポニータとカジリガメ。カジリガメはダイマックスをしており、ガラルポニータは傷つきながらも戦っている状態だが、ビート選手の手持ちはまだもう一匹いる状態。ここまでの戦いを見て思ったのはエスパータイプの強みをよく理解しているというところ。

 

 タイプ的には攻めで強いのはかくとう、どくに対してで弱いのはエスパー、はがねで、あくに関してはそもそも1すらもダメージが通らない。受けで強いのはかくとう、エスパー。ばつぐんを受けてしまうのがむし、あく、ゴースト。あまり強い方とは言えないがエスパータイプの何より強いのが他の技への干渉力。ボクのキルリアがやっていたサイケこうせんによる技をそらせるなんて序の口で、力が強ければ簡単に技ひとつで相手の技の軌道をそらせてしまう。勿論それ相応の力はいるもののボクのキルリアのように自分のからだに一部展開し、バリアのように使うだけでも全然違う。それを利用した技がリフレクターやひかりのかべと言った相手の攻撃を防ぐ技だしね。

 

 ビート選手の冷静さが強さというのがよく分かったのはその強みの生かし方。

 

 相手の技を見てどの技で防御すればいいのかをすぐに判断して技の指示を出す。これが簡単に見えてかなり難しく、エスパータイプの方が出力が少しでも足りなければ受け流すどころかもろに技を受けてしまう。ボクのキルリアがヒメンカのはっぱカッターをそらしていた時がまさしくそうで、キルリアが自分の体から離してサイコエネルギーを操れるのであればそもそも自分の周りに展開しておくだけであのはっぱカッターは全部防げたはずだ。少なくともビート選手の手持ちの何匹かは防げるだけの力はあったんじゃないかと思う。その証拠にこの試合を観戦している感じメンバー皆ちゃんと育っているように見えた。そしてそれを生かせるだけのトレーナーの指示。どの技ならサイケこうせんでそらせるか。この威力は強すぎるからひかりのかべで軽減させる。これは物理技だからリフレクターで受ける。その判断一つ一つがものすごく迅速かつ正確。トサキントの攻撃だってそらし、防ぎ、そしてそこからカウンターのように鋭く差し返す。一連の流れが鮮やかすぎて一つの芸術を見てるようにも見える。

 

(そのうえこの部分……)

 

 カジリガメがダイマックスしてダイストリームを放ち、ガラルポニータが受ける。本来ならひんしになっているはずの大ダメージを負ったガラルポニータはいまにも倒れそうになっており、ビート選手もそれを感じ取りモンスターボールを構えている。が、まるでそれを拒否するかのように、首を振っている。その行動に一瞬の思考停止が見え隠れしたがバトルを続行。サイケこうせんや、ようせいのかぜで頑張って粘るものの、2発目のダイストリームを放たれ、ここで初めてダウンする。

 

 一見ただ無駄にたっていただけに見えるこの行動も()()()()()()()()()()()()()()という制約によりとてつもなく大きな意味を持つことになる。

 

 たった1発。されど1発。

 

 その1発を耐えるだけで後ろのポケモンへの負担が一気に軽くなる。

 

 単純に飛んでくるダイマックス技が1発減るのだから。

 

 このガラルポニータはそれを理解した上で、本来なら受けきることの出来ない一撃でもひとえに自分の主のために、信頼するトレーナーのために、悲しませまいと、勝利を渡さんと懸命に立っているその姿は、ガラルポニータの図鑑説明の言葉も相まって心の底からお互いを信頼しあっている本当に良きパートナーというのがよく分かる。

 

 その事に画面越しに見えるルリナさんの顔はどこか微笑んでるようにもみえ、逆にビート選手の方は相変わらず表情は一切変わらないが、瞳の奥がほんの僅かに揺れているのがよくよく見てようやくわかるレベルでみてとれた。

 

「なんというか……素直じゃない人なのかな?」

 

 こういうのを見るととてもガラル鉱山で見かけたあの人と同一人物とは思えない。何となく捻くれ者の波動を感じる。あの時も傷ついた自分の手持ちを結局は庇っていたし、今回のこのバトルを見てもどうもボクは彼を嫌いにはなれないようだ。いつかユウリの誤解も解けてくれると嬉しいんだけど……

 

「難しそうだなぁ……」

 

 まぁ、とにもかくにもだ。やっぱりあの時も思ったけどこの人も物凄いライバルになりそうな予感がひしひしと伝わってくる。そしてルリナさんの発言から恐らくビート選手クラスの人間があと4人は控えていることとなる。

 

 こんなにも強く、才能溢れるトレーナーがあと4人も、だ。

 

「ボクたち含めればこの時点で9人……シンオウ地方の時はコウキの一人勝ちでしか無かったもんね……」

 

 あの時と比べてなんと全体のレベルが高いことか。これが招待制だからこそ起こり得る展開と言うべきか、はたまたガラル地方そのもののレベルが高いと言うべきか。とりあえず言えること、それは……

 

「……コウキに追いつくには、約束を守るためには……これくらい乗り越えなくちゃ、だよね」

 

 思い出されるのはシンオウリーグ。一緒にチャンピオンをめざし、誰かがなった後も良きライバルのまま戦おうという3人の約束。

 

 コウキ1人がただひたすらに強すぎて、ボクとジュンが手も足も出ずに負け、一時期2人揃って心が折れ、諦めかけてた時。

 

 ついぞ、ただ1度の敗北もなく、なんの苦戦もなく、気づけばひとりぼっちで頂点に立ってしまった親友の姿。

 

 コウキに圧倒され、同じように心を折られたトレーナーが心無い言葉を浴びせかけてきてたことも知らず、恐らくコウキにとってたったひとつの希望である約束さえも、ボクたちの諦めによって消え去った時のコウキのその時の感情の揺れ。

 

 後で知った時。ボクも、ジュンも、心の底から後悔した。

 

 もう、後悔はしたくない。次こそ、ちゃんとライバルとして隣に立ちたい。きっと、このガラル地方での旅で成長したあかつきにはライバルとして隣に立てるくらいに強くなってると思うから……

 

「まずは目の前のジムミッション!!」

 

 そのためにも、こんなところで躓く訳には行かない。心意気を確かに、ボクは明日に向けそっと部屋の明かりを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




緯度

シンオウ地方の元ネタ 北海道北緯 43
ガラル地方元ネタ イギリス北緯 51

イギリスの方が緯度は高いですけど暖流と偏西風によって想像よりは寒くないとか。
温帯に属している所も日本に気候としては近くはあるかなと。雨は多いみたいですけどね。
それでもやっぱり北の方ではあることと雪原などが多いことから寒くはあるからシンオウ地方とは気候が近いと思います。
他の考察でも割と多いみたいですのでここのお話ではこの説で行きます。

ルリナ

なんだかイケメン美女になってしまった……。
ただ個人的な意見だと女性にもてる女性なイメージ。
面倒見のよさそうなお姉さんって気がします。

防波亭

改めてゲーム起動して内装確認してみると本当におしゃれ。
こんなレストランで海鮮コースたべてみたいですね。
個人的にヨワシのタイルが本当に好きです。

エスパータイプ

アニメのエスパータイプ強すぎませんか?

約束

実はこの関係とあるものを参考に……




次回、バウスタジアム編






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22話

UA10000突破に加え、日刊ランキングにほんの少しだけ載ってたみたいです。
読んでくださった方、感想を書いてくださった方、評価を入れてくださった方に改めて感謝を。

今回もごゆるりと楽しんで読んでいただけたら。


『さて今日もやってまいりましたバウスタジアムのジムミッション!!今回の挑戦者はこちら!!ターフスタジアムでは見事な立ち回りを見せました。今注目されている噂の選手の1人……フリア選手!!』

 

 

『わあああああああ!!!!』

 

 

「おぉ……これはすごい……」

 

 ビート選手の戦い方を見て終わったあと、直ぐに眠気が襲ってきたのでベッドに体を沈め、今日のためにゆっくり睡眠をとり、そしていま、昨日予約した通りこうしてバウスタジアムのジムミッションに挑戦しに来たんだけど……

 

 普段ならこの大きな歓声に耳を塞いでしまうボクだけど今日は違った。というのも目の前に歓声をかき消さんばかりに轟音を立てているものがあるため。

 

 その正体は大量の水。

 

 今自分の立っているところからゴールとなる奥に微かに見える扉まで曲がりくねったり入り組んだりと、道が複雑に絡み合っており、一目で迷路になっているのがわかる。が、問題なのはその迷路を通せんぼするかのように降り注ぐ大量の水だ。

 

 ごうごうと音を立てながら道のど真ん中に降り注ぐその様は、一種の巨大な滝のようでとてもじゃないけどあの中を歩いていくのはかなり難しい……というかあんなものにうたれたら水圧的に動くことすらできないのではないだろうか……?できても真ん中に立ち続けて耐えるくらいだろう。

 

 そんな大きな滝が1本どころではなく、何本も何本も降り注いでおり、要所要所で道を塞いでいた。この水のせいで自分の立っているところから迷路全体を把握することが出来ず、ゴールへの道を軽く見ることも出来ない。そんな感じで観察している間に放送でジムミッションについての説明が続いていく。

 

 

『バウスタジアムのジムミッションは巨大迷路!!それもただの巨大迷路ではありません!!ご覧の通り迷路の至る所を水が邪魔をしています。この水は近くのスイッチを押すことによって止めることができます!!』

 

 

 放送の声を聞いて、試しに近くの赤色のスイッチを押してみるするとすぐ近くのごうごうという音が消えていく。

 

「なるほど、このスイッチ押したら止まるのか……」

 

 水が落ちていたところの地面は金網になっていたみたいでそのまま水は下に流れ落ちていた。金網はかなり頑丈なようで問題なく上を歩くことが出来る。というかここを通らないと道がない。

 

 ふと顔を上げて周りを見渡すとたくさんあった水の柱のうち、何本かが消えているのが見える。どうやらボタン一つで消える水の滝は一つではなく、滝の金網の色とボタンの色が連動しているらしい。その証拠にさっき赤色のボタンを押したんだけど、赤色の金網に降り注いでいた水の滝が止まっている。代わりにもともと赤色の金網しかなかったところは水が降り注いで新しい水の滝に変わり、通れなくなっているけど……つまりはこのボタンで滝を切り替えるギミックを解きながら迷路を抜けていくという感じだろう。一応ここから確認できるのは赤、青、黄色の三色。この三色に対応したスイッチを順番に作動させて突破するのがここのジムミッション。ターフタウンが観察を見るミッションならこっちは知能を見るミッションだろうか。

 

 

『さぁ、注目選手であるフリア選手はこのジムミッション、軽く突破するのか!?いざ……スタート!!』

 

 

『わあああああああ!!!!』

 

 

(こういうパズルゲームは結構得意なんだよね)

 

 耳を塞ぎながらスタートの合図を聞き歩き出す。まさかのボクの得意分野のジムミッション。このジムミッションはもしかしたら難易度高いのかもしれないけど個人的には楽しく進めそうだ。

 

 ……少しだけ下が気になるけど。

 

「す、少しだけ覗いて見よっか」

 

 迷路から顔を出して下を覗いてみる。迷路の下は全面水が張っている状態になっており、たくさんの滝が注ぎ込まれていることによって水面がかなり揺れ動いている。それだけなら別にいいんだけど……

 

「……意外とたっかい」

 

 ここから水面まで普通に数メートルはあるような高さ。迷路の中には階段で登るところもあるのでその部分に至っては2桁メートルは余裕で超えそうだ。飛び込み感覚で行けば大丈夫かもしれないけどこの高さ普通に高所恐怖症の人にはきついのでは……?ボク個人にはそういうのはないので足がすくむなんてことは無いけど、金網を歩くのには勇気もいりそうだ。

 

「ブイブ〜イ!!」

「あ、ちょっとイーブイ!?いきなり飛びついてきたら危ないって!!もう……っとと」

 

 大まかな現状把握が済んだ所で迷路を攻略しようとした瞬間いつの間にボールから飛び出してきたのか、イーブイが後ろから飛びついてきて定位置の肩の上に乗り、尻尾をマフラーのように首に添わせてくる。ちゃんと肩に乗ってはいるものの、飛びついてきた勢いでバランスを崩し、そのまま前に落ちそうになる。

 

(まず、このままだと迷路から落ちそう……って水が張ってるから大丈夫か……)

 

 

『あ、ちなみに落水すると強制失格です!!』

 

 

「そういう大事なこと先に言ってくれません!?」

 

 何がなんでも落ちる訳には行かなくなったので全力で踏ん張る。イーブイにどつかれて落水して失格になりましたとかみんなに絶対言えない!!

 

「んぐぐぐ〜!!」

 

 手を振ったり背中を反らしたりして何とか耐えようとする。が、元々落ちてもいっかなんて考えてた弊害もあり耐えきれずに体が傾いていく。

 

(やばい〜!?)

 

 落ちると思いせめてイーブイだけはと腕に抱きしめようとして……

 

「ジメッ!!」

「キルッ!!」

 

 金網に指を入れ、尻尾をボクに巻き付けて支えてくれるジメレオンと、エスパータイプ特有のサイコパワーで支えてくれたキルリアのおかげで何とか空中で体が止まり、ゆっくりと迷路の上、金網の中心に帰ってくる。

 

「ありがとうジメレオン、キルリア。助かったよ……イーブイ〜?」

「ブイ……」

 

 目の前にイーブイを抱えて目線を合わせる。ジト目で見つめると流石に悪かったと思ったのかイーブイもしょんぼりとした顔でこちらを見つめてくる。

 

「まぁ、悪気があったわけじゃないもんね。今度からちゃんと時と場所考えてね?」

「ブイ〜……」

 

 頭をなでながらそう伝えると気持ちよさそうにするイーブイ。

 

 その後、再びボクの肩の上に乗りいつもの形に収まっていく。ほおずりしてくるイーブイに少しのくすぐったさを感じながら今度こそ迷路を攻略するべく足を━━

 

「ぶっ!?」

「ブイっ!?」

 

 動かそうとした瞬間頭上から大量の水が降り注ぎ滝修行みたいに打ち付けられる。あまりの水の勢いに一歩も動くことができずに……というか水の勢いが強すぎて体が押しつぶされそう。たまらず膝をつくボクはすぐさまイーブイを自分の体の下に動かして体でドームを作る。何とかイーブイはつぶされることなく体の下に隠して防ぐことができた。

 

(……ってイーブイ!体ぬれているのはわかっているけど体振らないで!!顔に水がっ!)

 

 体を振って水しぶきを飛ばしたいのはわかるけど代わりに全部ボクが受けるから勘弁してほしい。というかそもそもなんで水が勝手に出てきたのか。下を見ると確かにボクが止めた赤色の金網の滝なのに……

 

(いったいなんで……)

 

「マミュミュ~!!」

「マホミルお前かーーーー!!ジメレオン!キルリア!!」

「ジ、ジメ!!」

「キ、キル!!」

 

 赤色のスイッチの前に楽しそうにふわふわ浮かんでいるミルクの塊のようなポケモン。言わずもがなボクの手持ちのマホミルがイタズラ成功と言わんばかりにクルクル回りながら笑っていた。直ぐにジメレオンとキルリアに指示を出してマホミルを確保。そのまま2匹に赤色のスイッチを押してもらい水を止めてもらう。ようやく水圧から開放されたボクはビシャビシャに濡れて重くなった体を何とか起こし、マホミルの方へ。

 

「マ〜ホ〜ミ〜ル〜……?」

「マ、マミュッ!?マミュッ!?」

「こんのはごろもフーズさん〜?やっていい事と悪いことあるでしょ〜?」

 

 思いっきりほっぺたをつねって引っ張ったり、ぐにぐにしたりしておしおきする。こいつは間違いなく悪意を持ってやったから問答無用!!若干柔らかくてもちもちして気持ちいいなぁとか、やっぱり甘い香りがするなぁとか思ってしまうところはあるけどこのいたずらっ子だけは絶対に怒ってやらねば。……むしろマホミルはこの状況を楽しんでいるような気がしなくもないけど。あまり長くしても仕方が無いので解放してあげると相も変わらず楽しそうに笑いながら空中をクルクル回るマホミル。

 

「こいつ絶対反省してない……」

 

 預かり屋ではあんなに頼もしかったのにと思いながらも、これがこの子の性格ならそれはそれで個性的で面白いし、この子の特徴でもあるからいっかと割り切る。自分の手持ちの新しい1面が知れて良かったと思おう。

 

「へっくし……でも濡れ鼠にしたことは許さない」

 

 おかげで下着までびしょびしょで布が肌にピタリと張り付き気持ち悪い。というか、最近ボク水浸しになることが多すぎる気がする。いつかみずタイプに変えられそう。

 

(……なんか変な視線を向けられてる気がするけど……うん、気のせいだよね)

 

 気にしたらショックを受けそうだからやめておこう。

 

 そんな中ジメレオンがボクの横腹をつつき、ディスプレイの方に指を向ける。

 

 既に制限時間の5分の1が消費されている。ボクの位置はまだスタートラインを少し進んだとこくらい。

 

「やばい、遊びすぎた」

 

 得意分野だからと言って余裕を持ちすぎている。流石にそろそろ真面目に頑張ろう。

 

「みんな急ぐよ!!」

 

 ホントはみんなをボールに戻した方がいいのかもしれないけど、なんだかんだみんなボクと一緒に動いていたいみたいで、先頭を飛ぶマホミルはいつもの笑顔を浮かべ、肩に乗ったイーブイはボクが走ることで上下するその動きを、まるでアトラクションにでも乗って遊んでいるみたいにはしゃぎ、ボクの後ろを着いてくるジメレオンとキルリアはやれやれとほんの少しの呆れを含ませながらも、笑いながら着いてきてくれた。

 

 まぁ、振り回されることもあるし、いたずらされることもあるし、問題児がいたりするしで大変なことは多いけど……

 

(それでも、みんなと居るのは楽しいし心強いし……うん、どこへだって行けそうだ)

 

 ガラル地方でもちゃんと手持ちのみんなとは絆を深めていけそう。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジメレオン、『みずのはどう』!!』

『ジィ、メエェェェェッ!!!』

 

『ワタシラガ戦闘不能!!勝者、ジメレオン!!よってこの戦い、フリア選手の勝利!!』

 

「……」

 

 スマホロトムに映し出されているのはガラル鉱山にて出会い、問答を少しした後に別れた1人の選手が映っていた。挑発的なぼくの言葉に、しかしそれを気にせずに返してきたその人は別地方のチャンピオンから推薦された選手らしい。後で調べたところシンオウリーグにて準優勝。この地方にはない四天王というものが向こうにはいるらしいが、その四天王も2人は倒していると聞く。ただの名前だけでなく、正真正銘猛者と言える実力者だ。

 

 ……どうも手持ちはその頃とは全然違うのかどれも未進化ポケモンしか手持ちにいないみたいだが。もしかしたらガラルの規約に引っかかっている手持ちしかいないのかもしれない。それでも腰にひとつ、恐らくシンオウ地方から連れてきているポケモンを収めているであろうモンスターボールは確認できる。

 

 つまりは彼はまだ全力では無い。

 

 トレーナーの実力が高いのはこの試合のビデオでよく分かる。だが、それでも……

 

「ぼくは、負ける訳にはいかない」

 

 あの人の期待に答えるために。ぼくを評価し、拾ってくれた敬愛すべきあの人に……けど……

 

(……なぜ、あの人はぼくの名前をいつまでも覚えてくれないだろうか)

 

 何度も話しているはずなのに、何回も関わっているはずなのに、すんなりと名前が出てきたことは1度としてなかった。

 

 もしかしたら、心の底ではあの人も……

 

(違う!!あの人は!!絶対にっ……!!)

 

 これは自分の実力がないだけだ。まだまだぼくが弱いだけだ。だから……

 

(この人には負けられない!!)

 

 スマホロトムから視線をあげ、今度は今生放送を流しているテレビに視線を向ける。

 

『ゴール!!たった今、フリア選手が迷路を抜けゴールしました!!最初こそ色々なトラブルがあったものの、そんなことなぞなんのそのとパートナーのポケモンたちと軽やかに突破していく姿は今回も観客の視線を集めていました!!やはり注目選手!!これは明日のジムリーダー、ルリナさんとの戦いも楽しみですね!!』

 

 画面の中には髪も服も濡れ、水を滴らせながらも手持ちのポケモンを撫でながら、恥ずかしがりながらもしっかり観客には答えていた渦中の選手。

 

 見た目華奢で顔も中性的でパッと見では女性にも見えそうで、肌も色白な彼が水に濡れている姿に1部の人が(男女共に)ほんの少し頬を赤らめてる気がするのは気のせいだと願いたいがまあそこは置いておく。

 

「次に会ったら……」

 

 その先は口には出なかったがはっきりと心に刻んだ。その思いとともにぼくはホテルの一室から歩き出す。決意を胸に歩き出すぼく。だってぼくにはこの道しかないから……だから……

 

(この胸の痛みだって気のせいだ)

 

 あんなに、手持ちのみんなと信頼し、楽しそうにしている彼を見て、羨ましいとか、寂しいなんて気持ちは、あるはずなんて無いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね、フリア選手!!」

 

 ジムミッションを乗り越えた次の日。

 

 朝はいつものメンバーで朝食をとり、ジムミッションの感想を言い合ったり、アーカイブを見て笑われたりなんか頬を赤らめられたりとよく分からない時を過ごした後、昼食をとりいよいよルリナさんとの対戦の時。

 

 真っ白のユニフォームに928の番号を背負い、やる気を持って相対するは腕組みをしたまま凛としたたたずまいでこちらを待ち受けるルリナさん。その右手にはすでにダイブボールが握られており、もういつでも戦闘に入ってもいいという状態になっている。

 

「はい!一昨日宣言した通り全員ちゃんと一発で突破してここに来ました!!」

「知っているわよ。あなたが最後なんだから」

 

 昨日のジムミッションはもちろん全員突破しているのだが、今日の挑戦の順番がホップ、マリィ、ユウリ、ボクの順番でルリナさんに挑んでいる。既にボク以外の全員の挑戦は終了しており、控室に待機していたため全員の結果こそわからないものの、ふと横に視線を向けるとすでにみんな観客席におり、こちらに向かって元気いっぱいに手を振っていた。あの様子からして全員勝ったのだろう。

 

(ボクだけが負けるわけにはいかないよね)

 

 若干のプレッシャーはかかるもののそれ以上に目の前からのプレッシャーの方がでかいため気にならない。

 

「本当に全員強かったわ……だからこそ、その全員が口をそろえて強いというあなたが気になって気になって仕方がないの」

「過大評価しすぎです……けど、弱いつもりもないのでみんなに続けるようにしっかり勝たせてもらいます!!」

「ええ……ええ……!全力で来なさい!!ヤローとの戦いを見た時からワクワクしてたの!!少しだけ手持ちいじっちゃってるけどあなたなら大丈夫よね!!」

「……え?」

「さあ行くわよ!!」

 

 

『さあさあ皆様!今日はどの試合もハイレベルな中、ついにやってきた4人目の挑戦者!!シンオウからやってきたフリア選手!!』

 

 

 なんだか不穏な言葉が聞こえた気がするけど実況の声が全てをかき消してしまい聞くタイミングを逃してしまう。

 

(え、大丈夫だよね?流石にいきなり鬼畜になってはないよね?)

 

 ルリナさん、普段の凛とした大人な女性のたたずまいとは裏腹に血気盛んなところもたくさんあるようでもしかしたら想像以上に戦闘狂なのかもしれない。

 

(ええい、どっちにしろ勝たなきゃ先に進めないんだ!!ならどんな状態になっても勝ってやる!!)

 

 手持ちを変えたといってもこれはあくまでジム戦。せいぜいが一匹ちょっと強くなってるくらいだろう。その上がり幅だって常識の範囲内ですんでいるはずだ……たぶん。

 

 

『さあ行くわよ!あなたのすべてを洗い流してあげるわ!!ガラルの水の力、見せてあげる!!』

 

 

ジムリーダーの ルリナが

勝負を しかけてきた!

 

 

「行くよ、マホミル!!」

「行きなさい、トサキント!!」

 

 ボクが繰り出すのはいたずらっ子マホミル。そしてルリナさんの野球選手もびっくりな綺麗なフォームから放たれる一匹目はトサキント。物理攻撃が得意なみずタイプのポケモンだ。

 

「トサキント、いきなり行くわよ!!『こうそくいどう』!そして『つのでつく』!」

 

 そこからさらに素早さを上げて高速で攻め立ててくる。ビート選手との戦いでも見せてきた切り込み隊長的行動。素早さの遅いマホミルは反応が間に合わず直撃を受けてしまう。スピードが乗った分だけ重くなった一撃がマホミルを襲うもののまだ平気という顔を見せてくる。

 

「さあトサキント、もっともっと速く!!『こうそくいどう』!!」

「トッサ!!」

「マミュ!?マミュ!?」

 

 どんどん速くなっていくトサキント。高速で地面を滑っていくその様はかなりシュールであるものの、当事者であるマホミルからしてみれば右へ左へ高速で視界から外れていくトサキントの残像はかなり怖く見えるはずだ。

 

「マホミル、落ち着いて!!」

「!!……ミュ!!」

 

 一瞬パニックになりかけたもののボクの声に冷静さを取り戻し落ち着いて前を見据えてくれる。確かに速い。けど先日戦ったあのフォクスライのでんこうせっかの嵐と同じくらいだし、シンオウでの仲間だったあの子と比べたらまだまだ遅い。マホミルからしたら速すぎるかもしれないけど、トレーナーであるボクが目になればそれでいい!!

 

(トサキントの動きをじっくり見て……物理が得意なら必ず接近してくるタイミングがあるはず!!)

 

「何もしないならこのまま攻めるわよ!『つのでつく』!!」

 

(来た!!)

 

 ずっとマホミルの周りを滑って移動していたトサキントが攻撃するべくマホミルに向かって突進しだす。トサキントが動きを攻撃寄りにシフトした瞬間からどのルートで攻撃してくるかを予測して……

 

(攻撃力が高めかつあれだけ速度が出ているならならこの戦法で!)

 

「マホミル、斜め左後ろに『てんしのキッス』!!」

「マミュ!!」

「トサッ!?」

「トサキント!?」

 

 相手の動きを先読みして放たれたてんしのキッスはトサキントに直撃しトサキントは混乱状態へ。あのスピードと元の攻撃力の高さは確かに脅威だ。だけどその能力を全開にしたまま走り回っているところをいきなり混乱させられたらどうなるか。

 

「スピードの乗った分だけ威力の上がった自傷ダメージ……流石に痛いんじゃないんですか?」

「やってくれるわね……」

 

 高速で動いているところでバランスを崩しこけて、スピンしながらバトルフィールドの壁まで滑っていき激突し、物凄い轟音を響かせる。

 

「トサキント、まだいけるわね!」

「ト……トッサ!」

 

 決して小さくないダメージを受けながらも壁にぶつかった衝撃で混乱を治してこちらに戻ってくるトサキント。しかしやはりというべきかその動きは少しぎこちない。

 

「マホミル、追撃!!『ドレインキッス』!!」

「させないわ!『みずのはどう』!!」

 

 ドレインキッスで回復を狙うもののすぐさまみずのはどうで相殺。水しぶきが上がり視界が少し悪くなる。

 

「次はこっちの番よ。『こうそくいどう』をしながら『うずしお』!!」

 

 マホミルを中心に再びこうそくいどうしながら今度はマホミルをみずの檻の中へ。うずしおに飲み込まれて良くマホミルは徐々に体力を削られていく。

 

「マミュ~!?」

「マホミルはどうやっても遅いポケモン……さっきは不意を打たれたけど水に取り込まれ、自分の向いている方向が分からなければもう受けないわ!!」

 

 対策が速いうえにこ水で閉じ込められているからモンスターボールのリターンレーザーも届かず下がらせることもできない。うずしおによって常にぐるぐる回されているマホミルの方向感覚も死んでしまっているためさっきみたいに技を打つ方向の指示も難しい。けど……

 

「うずしおを警戒していたのはボクも同じです!!」

 

 下調べをしてここのジムのポケモンがうずしおを得意としていることはわかっている。方向感覚を狂わせて来るならそもそも方向を気にしなくていい攻撃をすればいい。

 

「マホミル、大声で『りんしょう』!!」

「マ……マミュ~!!!」

「な!?」

「トッサ!?」

 

 りんしょうは自分の発する声で攻撃するいわゆる音技と呼ばれるもの。勿論狙いを定めて打つよりかは威力はさがるものの確実にダメージは入る。それにうずしおで強制的に回転させられているから真正面に技を出し続けるだけで結果的に全方位技に変わる。いきなりの反撃に目を食らうトサキントはりんしょうによって仰け反りその動きを止めてしまう。それによってうずしおの拘束がほんの少しだけ緩んだ。

 

「今!!マホミル、『ドレインキッス』!!」

「マ……マ〜ミュ〜!!」

「トサッ……ッ」

「トサキント!!」

 

 今マホミルが放てる1番威力の高い技を全力でトサキントにぶつける。直撃したトサキントはそのままルリナさんの近くまで吹き飛ばされて、その目をぐるぐると回転させたまま倒れた。

 

 

『トサキント戦闘不能!!勝者、マホミル!!』

 

 

『わあああああああああ!!』

 

 

「よし、いいよマホミル!!」

「マ……マミュ!!」

 

 何とか倒したもののマホミルもかなり消耗している。元気に答えるその返事もどこか疲れがみてとれ、スムーズな返事になっていない。

 

「お疲れ様トサキント。よくやってくれたわね」

 

 一方トサキントを労いながらリターンレーザーをあて、ボールの中に戻していくルリナさんは悔しさ半分、楽しさ半分といった表情をしていた。

 

「やるわね、さすが注目選手!!」

「期待に応えられているなら何よりです!!」

「トサキントのこうそくいどうをつむ前に止められたり、全方位攻撃で攻撃されたりっていうのは経験あるけど、ジムチャレンジの子が対処するところはあまり見た事ないもの。2回3回と積んでる状態なら尚更ね」

「スピードバトルは慣れてるんです!!」

「そう……」

 

 ボクの返答に満足気に頷くルリナさん。そのまま2つ目のモンスターボールに手をかける。

 

「なら、どんどんギアを上げていくわよ!!」

「望むところです!!」

 

 その言葉とともにルリナさんは2体目のポケモンを繰り出してきた。

 

 バウスタジアムでの戦いは、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




迷路

こういう迷路は私も大好きです。
個人的に一番好きなジムミッションでしたね。
ただ落ちたら危なそう……

はごろもフーズ

私がマホミルを初めて見た時に頭に浮かんだ言葉。

濡れ鼠

ことある事に濡れてるフリア君……ちなみに次のお話でも濡れます。(みずタイプのダイマックスが絶対出てくるため)
実際問題、中性的美形の人がほんのりしっとりしてる感じは見とれそうな気がします。

名前

実機でも忘れてる描写あるんですよね〜……深読みしてしまいます。

ルリナさん

テンション上がりすぎてほんの少しだけ手持ち強化。
どういじってるんですかね?
どうでもいいけどあの投球フォーム体やわらかすぎて凄い……ダイブボール統一っていうオシャレなところもいいですよね。
ちなみに私はムーンボールが一番好きです。




次回もルリナ戦。
決着するかは分かりません。






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23話

剣盾プレイ中思ったこと。

私「あ、あなぬけのひも何回でも使える仕様になったんだ便利!!」
~数日後~
私「あなぬけのひもが必要になるほど深いダンジョンなくね?」

ワイルドエリアに力を注ぎ込みすぎた結果ですかね?

あと21話時点でお気に入り3桁と記憶してるんですがもう200が見える……
本当にありがたいお話です。
大変感謝!

まぁ、とにもかくにも……

バウスタジアム編後半です。

どうぞ







「行きなさい!サシカマス!!」

「シャーー!!」

 

 ルリナさんが繰り出してくる2匹目のポケモンはサシカマス。能力的にはトサキントと大きく差があるという訳でもないポケモン。しかしギアを上げるという発言とビデオを見た感じ、トサキントよりもさらに速い戦いが得意だと言うのが予想できる。こちらはかなり手負いのマホミル。高速のトサキント相手に善戦はしたもののこれ以上速くなるなら動けるか怪しくなる。もっと言えばこちらのマホミルは万全ではない。正直な話、これ以上は無理に戦わせてもつらいだろう。

 

「マホミル、戻って」

「……マミュ」

 

 若干申し訳なさそうな顔をしながらボールに戻っていくマホミル。マホミルにリターンレーザーを当てて完全に戻ったところでボールをひとなで。

 

「そんなに落ち込まないで。トサキントを落としてくれただけでも凄くありがたかったから……ゆっくり休んでね」

 

 カタカタと揺れるモンスターボールにまたひとなでして腰に戻す。代わりにもう一個のボールを取り出し二体目を出す。

 

「頼むよ、ジメレオン!!」

 

 ボクが出す二体目はジメレオン。ボクの手持ちの中で一番素速さの高い子だ。

 

「みずのジムリーダー相手にみずタイプのポケモンで挑むのね」

「すばやさ対決するならこの子しかいないので……行きます!!」

「『アクアジェット』!!」

「『ふいうち』!!」

 

 相手がギアをあげると言った時点で予想出来たみずタイプの高速技アクアジェット。まるでロケットのような圧倒的スピードで突っ込んで来ようとしたサシカマスに対して攻撃前の隙を逃さずに懐に鋭く踏み込んで一撃。サシカマスを思いっきり後方へ吹き飛ばす、が、綺麗に空中で態勢を整えてアクアジェット開始。ジメレオンにお返しといわんばかりに一撃かまして即離脱。アクアジェットを継続し続けて先ほどのトサキントのこうそくいどう以上の速さで駆け回る。

 

「初速なら間違いなくこちらが速いけど継続速度ってなると間違いなくサシカマスの方が上か……」

「アクアジェットを継続して出す練習をしている子だからね!悪いけどあなたに対しては容赦しないわ!!」

 

 永遠と水しぶきを上げながら走り回るサシカマス。だけどジメレオンは焦らない。しっかりとその両目でサシカマスの動きを追いかけられている。……が、それでも速すぎる。

 

「サシカマス、『みだれづき』」

「ジメレオン!後ろ!!」

 

 まるでダーツと言わんばかりの鋭く速い一撃。ボクの視線から見える範囲を伝えジメレオンが避けやすいようにする。後ろからという指示を聞いてしっかりと反応して避けてくれるジメレオンだが、アクアジェットしながらのみだれづきの連続攻撃に反応しきるのが難しく、かろうじて避けているものの体制を崩す。

 

「今よ!『かみつく』!!」

「ジメレオン!!」

 

 とっさに腕でガードするものの、鋭い歯がしっかりとジメレオンの腕に刺さっていく。ほんの少し顔をゆがめるジメレオン。すぐに腕を振って払い、返しにみずのはどうを打つものの、再びアクアジェットを開始し避けていく。

 

(完全なヒット&アウェイ……てんしのキッスの行動のせいでカウンターも警戒してるからか行動もフェイントを織り交ぜたりしてこっちを揺さぶってきている)

 

 カウンターでみずのはどうを構えたりしているものの、構えを見た瞬間警戒されて逃げられてしまう。

 

(ふいうちはたぶんもう通じない。後ろのポケモンは最後にあてたいからとんぼかえりは打ちたくない……やっぱりこうしかないか……)

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

「ジメッ!!」

 

 何発も撃ち込まれるみずのはどうは、しかしサシカマスには一発も当たることはなくよけられていく。

 

「そんなあてずっぽうな攻撃に当たると思ってるの?私のサシカマスを甘く見ないで!!」

「……」

 

 手のひらから何発も水の球を作り発射するがどれも当たる気配がなく、いろんなところに転がっていく。何発打っても全く攻撃が当たらないことにジメレオンも攻撃の手をどんどん速めるものの、サシカマスの動きが速すぎて、たとえ今から千発撃ったところで当たるかどうか怪しいレベルで当たる気がしない。その間にもアクアジェットの勢いを利用したみだれづきが五月雨のように何回もジメレオンを襲い、生傷を増やしていく。耐久力のそんなにあるわけではないジメレオンはこのままいけば戦闘不能へと陥ってしまうだろう。

 

「まだそんな無駄な行動をとるつもり?」

「……」

「だんまりね……ならこれでとどめよ!『かみつく』!!」

 

 アクアジェットで飛びついてくるサシカマス。この攻撃に合わせるようにみずのはどうを打ってしまうとまたさっきみたいに避けられてしまう。ならば……

 

「ジメレオン、手を差し出して!!」

「ジメッ!!」

「え?」

 

 ぎらりと怪しく光るその口の中にジメレオンが手を突き出す。腕で防ぐよりも強い痛みに声が出そうになるもまた我慢。右手がしっかりとサシカマスに咥えられているのを遠くからしっかりと視認する。

 

(ごめん、ジメレオン!でもよく頑張って耐えてくれた!!)

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

「っ!?口を離しなさいサシカマス!」

 

 作戦に気付いたルリナさんが慌ててそう答えるもののもう遅く、サシカマスの口の中でみずのはどうが今までの攻撃の恨みと言わんばかりの大爆発を起こす。あまりにも爆発の威力が大きく、また至近距離だったためかジメレオン本人も少なくない反動ダメージを負うものの、それ以上にサシカマスがかなりの痛手を負いながら宙を舞う。サシカマスはこと防御面においてはトサキントよりも低く、特に特殊面に関する防御においては紙と言っても差し支えないほどに脆い。この一撃だけでもかなりのダメージが入っているはずだ。だけど今逃がしたらまたアクアジェットの機動力を発揮され今度こそこちらがやられる。

 

 今ここで仕留め切るしかない。

 

「捕まえて!ジメレオン!!」

「ジメッ!!」

「シャッ!?」

 

 尻尾を器用に使ってサシカマスを縛る。拘束から逃れようとじたばたしだすサシカマスだが、やはりこういった防御方面は強くないみたいで先程のような激しさがない。

 

「もう1回『みずのはどう』!!」

「ジィィィッ、メッ!!」

 

 再度放たれるみずのはどうは再び大爆発を巻き起こし、今度は遠くへ吹き飛ばされるサシカマス。2回目の至近距離大爆発。アクアジェットで避けたり受け流したり出来ずにクリティカルヒットを決めれた。かなりの痛手を負っているはず。だが……

 

「まだいけるわよね、サシカマス!!」

「シ……シヤァーッ!!」

「まだ立つか……」

「ジメ……」

 

 いくら特防が低いとはいえあくまで効果はいまひとつ。みずタイプにみずタイプの攻撃はあまりに通らない。だからこそルリナさんはアクアジェットで移動はするもののアクアジェットでの攻撃はして来ないのだから。

 

「してやられたけど……もうその手も喰らわないわ!!サシカマス!!今度こそ仕留めるわよ!!『アクアジェット』!!」

「シャーー!!」

 

 かなり傷だらけなものの、再び水を纏って高速で動き出す準備を始めるサシカマス。2回も高速攻撃に対してカウンターを決めた。さらに警戒された今、もうこの手も通じない。再びサシカマスのオンステージが始まろうとしている。けど……

 

「……予想通り!!」

「……何を言って」

 

 

ドパァァァンッ!!

 

 

「シャッ!?」

「サシカマス!?」

 

 アクアジェットの準備を終え、ダッシュを開始した直後に起きる水の大爆発。動き出しにもろに当たってしまい軽く吹き飛ばされる。

 

「一体何が……!?」

「ジメレオン!!10番から15番!!」

「ジメッ!!」

「ッ!?」

 

 ボクの指示により再び響く水の大爆発音。サシカマスをさらに水の爆風が襲っていく。

 

「……やられたわ。ちゃんと意味ある行動だったのね」

「これがジメレオンの得意技ですから!!」

 

 ジメレオン。

 

 ボクのジメレオンはそうでも無いみたいだけど、基本的には面倒くさがりやが多い種であり、代わりにと言ってはあれだけど頭がかなりよく、ワナを使った頭脳戦を得意とするのがジメレオンの大きな特徴だ。

 

 手のひらから出る水分……ボクのジメレオンはこれにみずのはどうの威力を上乗せしているけど、ジメレオンはこの水を綺麗に丸めてその形を維持し、それを至る所にワナとして置くことにより、自分のナワバリを守りつつ自分の得意とする頭脳戦への盤面へと持っていくのを基本的な戦い方としている。また、丸められた水はジメレオンの能力故かまるでゼリーのようにその形を維持し続ける。

 

 ではこの爆発は一体何によるものか。

 

 それはサシカマスがアクアジェットで避けて不発になってしまったみずのはどうたち。

 

 千発打っても当たる気配の見えない攻撃だったが、()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どのように配置すればサシカマスの動きを止めることができるか。頭のいいジメレオンだからこそその計算された配置は1度踏み入れた敵を確実に罠で絞め殺す巨大な一種の迷路のようなものになる。あとはこの罠がちゃんと起動するようにサシカマスをその罠地帯の真ん中に飛ばすだけ。そのためにかみつくをわざと受けてもらったという訳だ。

 

「次!!30から35!!」

「ジメッ!!」

 

 予め番号を付けておいたみずのはどうはジメレオンの指示ひとつで好きなタイミングで起爆できる。その爆風によってサシカマスがどのように吹き飛ぶか計算された上で配置されたみずのはどう……いや、水の地雷と言うべきそれは連鎖して爆発していきサシカマスに更なるダメージを与える。下手に動けず、かと言って動けばさらに誘爆していく地雷たち。ルリナさんの表情も焦りを表していき、ついに我慢の限界か逃げの指示が飛ぶ。

 

「サシカマス、空に向かって『アクアジェット』!!」

 

 地面に転がっている地雷を嫌って空に飛び出すサシカマス。地雷と言うだけあって地面にしか転がってないので空に飛び出せばもちろんない。けどそれはこっちだって百も承知。ならば先回りするなんてわけない。

 

「ジメレオン、落とせ!!『みずのはどう』!!」

 

 空中では起動を変えるために使う水の力は地上の比ではない。その力は直ぐに放つことなんて出来ずにため時間を要する。その間を殴るのは素速さの高いジメレオンにとっては容易で、先に空中に飛び出していたジメレオンがみずのはどうを叩き込み地面にたたき落とす。

 

 ちょうど地雷が1番多い所へ。

 

 今までで1番大きな水の破裂音。

 

 その圧倒的な音と爆風に思わず顔を覆ってしまうものの直ぐに飛んでくる水飛沫を払い除けて前を見る。

 

 そこには体を横たわらせて目を回すサシカマスの姿。

 

 

『サシカマス戦闘不能!!勝者、ジメレオン!!』

 

 

 これで2本。

 

 ここ、バウスタジアムのジム戦はターフスタジアムより1匹多い3対3の対戦だ。次が最後の1匹……こちらは3匹フルで残ってるとはいえジメレオンもなかなか削れており、マホミルに至っては戦えるかどうか若干怪しいところもあり、実質戦闘不能と言っても過言ではないだろう。

 

 ジメレオンで次のポケモンをどこまで削れるか。

 

 なんせ次はダイマックスが来るうえ、ルリナさんの発言からして技の組み合わせは今までもやってきてるからもちろんとして、最後の1匹だけ差し替えられてるらしい。流石に限度はあると思うけど警戒するに越したことはない。そんな思考をしている間にサシカマスを戻すルリナさん。

 

「お疲れ様、サシカマス……やるわね!!本当に見事よ。みんなが強いっていう理由がよくわかるわ」

「ありがとうございます」

「ええ……だからこそ、ジム戦だって言うのにわたし、今物凄く熱くなっているわ!!」

 

 腰から3つ目のダイブボールを取り出す。そして、3匹目を繰り出す前に最初からそのダイブボールへと赤い光が収束していく。

 

 これで1回そのまま出てくるならふいうちで少しでも削ろうと思ってたけどそれすらもやらせて貰えないみたいだ。

 

「覚悟しておいて……」

 

 赤い光を集めきったボールが肥大化し、ルリナさんの腕の中へ。

 

 

「この隠し球のポケモンが起こす大波で、あなた達を果てまで吹き飛ばしてあげる!!カジリガメ、ダイマックス!!」

 

 

「ガァァァァァメェェェッ!!!」

 

 

 投げられた赤い大きなボールから出てくるのはダイマックスカジリガメ。元々巨大な顎が印象的なポケモンがダイマックスしたことによってさらに強調され、あらゆるものが噛み砕かれるのではと錯覚するほどの迫力がある。

 

 着地すると同時に地響きが伝わってくる。同時にサシカマス戦で使われずに僅かに残った地雷たちが全て踏み潰されて破壊される。ダメージはあるはずだけど微々たるものすぎて全然効いているように見えない。

 

 カジリガメの特防は低い訳では無いけどかと言ってとりわけ高い訳でもないから少しくらいはダメージ入って欲しいものだけど……そこはダイマックスの耐久力の高さといったところか。

 

(みずといわの複合タイプだから今までの相手と違ってみずタイプの技がいまひとつでは無いから通りはいいはずなんだけど……)

 

 まるでちょっと痒いから足を地面に擦る感覚で済ませるあたり体力が高いのかもしれない。けど先程も言った通り今までの相手よりは通りやすいはずだ。

 

「行くよジメレオン。『みずのはどう』!!」

「カジリガメ、『ダイストリーム』!!」

 

 ジメレオンの両手から水の塊を放つものの、カジリガメから放たれる水の奔流が強すぎてこちらの攻撃が流されてしまう。若干威力を削ぐことはできたもののジメレオンにかなりのダメージが入る。同時にダイストリームの効果によって降り出す雨。

 

(雨……みずタイプの威力が上がるから向こうの火力は上がるけどこれならジメレオンのもうひとつの特性も生かせそう)

 

 ターフスタジアムにて見せた透明化。もう一度あの作戦が使えそうだ。

 

「ジメレオン、雨を使って透明━━」

「『ダイアーク』なさい!!」

 

 自分の体の横を何かが通り抜け、後ろで大きな衝突音が響く。

 

「……え?」

 

 何が起こったか分からず後ろを振り向くとそこには壁に背を預け、目を回しているジメレオンがいた。いや、正確には何が起こったかは分かってはいた。ダイアーク……黒色の波動がジメレオンを打ち抜き吹き飛ばされ戦闘不能。体力の削れ具合から倒れるのは正直妥当と言ったところではある。問題は()()()()()()()()()()()という事。

 

 

『ジメレオン戦闘不能!!勝者、カジリガメ!!』

 

 

「戻ってジメレオン……お疲れ様。ありがとうね」

 

 ジメレオンをボールに戻しながら思考の海へ。

 

 カジリガメは速さだけ見ればそこそこのポケモンだから素の素速さはジメレオンの方が速い。事実同時に行動した時にカジリガメのダイストリームよりもジメレオンはみずのはどうを速く打ち出していた。だからこそ透明化を指示したのにそれよりも速くダイアークを打たれた。

 

(ダイアークにふいうちみたいな能力はなかったはず。なんで……)

 

 三体目を繰り出すために腰のホルダーからこちらの最後のポケモンを取り出しながらああでもない、こうでもないと頭を働かせていくものの、一向に答えが出てこない。とりあえず落ち着こうと深呼吸を一回。雨と先ほどの地雷のせいでモンスタボールも結構濡れてしまっていたので袖で水をぬぐって……

 

(まてよ……)

 

 空を見る。

 

 しとしとと降る雨。

 

 相手はみずタイプのジムリーダー。

 

 となれば答えは一つ。

 

「そういうことか……」

「ふふふ……私の隠し玉、気に入ってくれた?」

「ええ、そうですね……()()()()()()()()()なんて他の挑戦者に出さなかったじゃないですか……」

「だから隠し玉なのよ」

 

 特性すいすい。天候が雨の時に素速さがかなり上がる特性。

 

 ボクが調べた中ではカジリガメの特性はがんじょうあごか、シェルアーマーのどちらかしか知らない。というかすいすいの個体なんて初めて聞いた。隠し玉というのはこういう事なのだろう。

 

 確かに強い。すいすいのポケモンが自分で攻撃しながら雨を降らせているんだからその効率は計り知れない。ダイマックスとの相性はとてつもなくいい。けど、だからと言って負けていい理由にはならない。

 

(絶対勝つ!!)

 

 ターフスタジアムでは少し小細工をしてから行ったけど今回はそんな余裕なんてない。初めから全力で行こう。

 

 

『さあ行くよ……君に託す!!キルリア、ダイマックス!!』

 

 

『キルウウウウウウッ!!』

 

 

 ダイマックスしたキルリアがカジリガメに並び立つ。二回目のトレーナー同時でのダイマックス対面。ただ申し訳ないけどここでも安定をしっかりとっていく。すいすいでただでさえ素速さが上がっているのに雨で威力も上がっているんだからせめてダイマックスの一撃だけは受けたくない。

 

「『ダイストリーム』!!」

「『ダイウォール』!!」

 

 カジリガメのダイマックス最後の攻撃をしっかりと受け切ることによって相手を元の大きさに戻していく。これで相手の耐久力は元に戻っていく。ただ素速さに関しては小さくなったゆえに小回りが利いてこちらの攻撃は避けられやすくなっている。今もその図体に見合わないありえない速さで駆け回っている。

 

「『シェルブレード』!!」

「『ダイソウゲン』!!」

 

 しっぽに水の刃をまといながら急接近して足を狙ってくる。

 今から防ぐのは間に合わないからここはダメージ覚悟でカウンター。くさタイプのエネルギーを拳にまとわせ思いっきり地面を殴るが、カジリガメの素速さが思いのほか速すぎて拳が直撃する前に範囲から逃れられてしまう。しかしダイソウゲンの効果であるグラスフィールドの展開の余波が辺りに広がっていき、その爆風にカジリガメが晒される。たかが余波だけどカジリガメにとってはみず、いわの両方が弱点とする天敵とも言えるタイプの技。広がった草原の上を何とか受身をとりながらも転がっていくカジリガメ。決めるなら今しかない!!

 

「キルリア、畳み掛けて!!『ダイソウゲン』!!」

「カジリガメ踏ん張りなさい!!『シェルブレード』よ!!」

 

 態勢が崩れているカジリガメにトドメと言わんばかりに右手を緑に光らせて殴りぬこうとするキルリアに何とか立ち上がり尻尾の刃を突きつけるカジリガメ。お互いの技かぶつかるもののタイプの相性のせいか、カジリガメが押され吹き飛ばされる。

 

 激しい音を立てながら吹き飛ばされるカジリガメを見つめるキルリアは、ダイマックスが切れたためもとの大きさへ。みんなの視線はカジリガメへと向けられる。

 

 超弱点のダイマックス技の直撃。誰しもが決着を感じていた。しかし……

 

「っ!?キルリア、防御!!」

「キルッ!?」

 

 煙の中から弾丸の如く駆け出した何かが水の刃をキルリアにぶつける。何とか腕で防御したものの、雨で威力が、すいすいでスピードが上がった攻撃が直撃してしまいボクの足元近くまで吹き飛ばされる。

 

「なんで耐えられるんですか……」

「隠し球だから、よ」

 

 視線の先にはボロボロになりながらもこちらを見つめるカジリガメと得意げに頷くルリナさん。

 

(シェルブレードで威力を削りながらすいすいで上がったスピードで後ろに飛んで衝撃を逃がしきってる……ほんと、なんて技術……)

 

 隠し球。なるほどその発言に一切の偽りなしだ。

 

「キルリア、大丈夫?」

「キル!!」

 

 すぐに起き上がるものの決して小さくないダメージ。けど、まだまだ戦える。

 

「さぁ、お互いダイマックスはもうないわ。あとは真正面からの殴り合いよ」

「ですね……」

 

 お互いのポケモンが睨み合う。

 

「カジリガメ、『シェルブレード』」

「キルリア、『マジカルリーフ』」

 

 静かに放たれる指示。カジリガメは尻尾に水の刃を纏わせ、一方キルリアは両手に不思議な色をした葉っぱを繋ぎ合わせ、葉っぱ出できた刀を作るという擬似的なリーフブレードのようなものを作り上げる。2本の草でできた刀を逆手に持って構えるその姿はなにかによく似ている。これまた遠距離が強くないボクのキルリアによる特殊運用。

 

 お互いのポケモンが刃を構え再び睨み合い。

 

「「いけ!!」」

「ガメ!!」

「キル!!」

 

 お互い同時にかけ出す。先に攻撃するのはすいすいで速くなっているカジリガメ。あっという間に距離を詰めて袈裟斬りの角度でしっぽを振るう。それを右手のマジカルリーフブレードで受止め左手で返すキルリア。一方カジリガメは防がれたのを確認して直ぐに距離を少しとり、かと思えばキルリアの左手の攻撃から逃げるようにキルリアを半円を描くように回り込んで今度は回転斬りのように打ち込む。左手が間に合わないと悟ったキルリアはこれを屈んで回避。振り向きながら右手の刀を振るう。

 

「キルリア、上!!」

「キル!?」

 

 しかし振るわれた刀を跳んで避けたカジリガメは真上からしっかりとこちらに狙いを済ませている。

 

「叩きつけなさい!!」

「刀で守って!!」

 

 豪快に縦回転しながら叩きつけられるシェルブレードを刀をクロスさせて受け止めるが威力が高すぎて吹き飛ばされる。

 

(こっちもグラスフィールドで威力は上がってるけど向こうの雨の恩恵がデカすぎる……単純な力勝負だと負けちゃう……)

 

 少しフラフラしながらも立ち上がり、再び刀を構えるキルリア。シェルブレードはもう何発も喰らえない。

 

「カジリガメ、トドメよ!!」

 

 勢いに乗っているカジリガメが、最後の力を振り絞り勢いよく駆け抜けてくる。

 

(なにか手を打たないと……なにか、なにかいい手は……相手のカジリガメだってもう辛いはずなんだ。あと1回マジカルリーフを当てられたら……けどすいすいで速くなってるカジリガメに攻撃を当てるなんて至難の業。こんな時ヤローさんなら上手く当てられ……)

 

 そこまで考えて頭の中で何かが閃いた。

 

(そうだ、これなら!!)

 

「キルリア!!()()()()()!!」

「キル!!」

 

 手に持った刀を2本ともカジリガメに勢いよく投げる。投げられた草の刀は激しく回転しながらカジリガメの方へ。当たればもちろん致命傷……だが。

 

「今更そんな攻撃に当たらないわ!!カジリガメ!!」

「ガメェッ!!」

 

 走りながら器用に回転斬りを放ち2本とも弾くカジリガメ。弾かれた刀はあらぬ方向へ飛んでいく。

 

「『シェルブレード』!!」

「ガァァメェェェェッ!!」

「キルリアッ!!」

「キルゥゥッ!!」

 

 そのまま勢いを殺さずクルクル回りながらキルリアに向かってトドメのシェルブレードを放つカジリガメ。慌てて新しいマジカルリーフの刀を両手に作り出し、地面に突き刺して何とか受けとめる。クロスさせていた時よりもしっかりと受け止めてはいるものの向こうもスピードを乗せに乗せた渾身の1発のせいか、徐々に後ろに下げられている。このままじゃあ撃ち負ける!!

 

「カジリガメ、押し切って!!」

「ガメェェェェェエ!!」

「まだ強くなるの!?」

「キルッ!?」

 

 ルリナさんの指示を聞き、さらに力を込めるカジリガメ。いよいよ受け止めきれずに草の刀は壊れかけ、キルリアの体が浮き始める。

 

「決まる!!」

 

 ルリナさんの言葉が聞こえた。その時……

 

「ガメッ!?」

「カジリガメ!?」

 

 カジリガメの背中に2()()()()()()()()()()()()()

 

 カジリガメに弾かれた時、キルリアが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()マジカルリーフがしっかりと刺さっていた。ヤローさんとの戦いの最後にマジカルリーフを予め地面に敷いて待たれていた、遠隔からのマジカルリーフの操作から得た発想。

 

 カジリガメの動きが……力が……一瞬止まる。

 

 

「キルリアぁぁぁぁぉぁぁっ!!」

 

 

 地面から刀を引き抜き、刀の形を整えて左手で一撃……右手で一撃……。2回切りつけながらカジリガメの後ろに走り抜ける。カジリガメはまだ耐える。

 

 だから両手の刀とカジリガメに刺さった2本の刀。その全ての草を束ねて1本の巨大な草の刀に仕上げる。

 

 

「いっけええええぇぇぇぇぇ!!」

 

 

「キィィィィィ、ルゥゥゥゥゥッ!!」

 

 

 大きな草の刀を握りしめて、上段に構え、真っ直ぐ振り下ろし叩き付ける。

 

 紫色と緑色が混じり合い、輝いて見える巨大な草の刀がカジリガメを一刀両断する。

 

「……」

「……」

 

 刀を振り抜いた状態で止まるキルリアと、1歩も動かないカジリガメ。

 

 まるで時が止まったかのように動かない両者。しかし、そんな静寂も直ぐに破られる。

 

「ガ……メ……」

 

 カジリガメの、地面に伏す音によって……。

 

 

『カジリガメ戦闘不能!!勝者、キルリア!!よってこの戦い、フリア選手の勝利!!』

 

 

「キルゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 

 雨上がり……差し込んだ日差しの中で、キルリアが刀を天に掲げ、まるで勝鬨をあげるかの如く吠えた声が、スタジアム中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アクアジェット

アニメでショータがアクアジェットの面白い使い方をしていたのでそちらを参照。
サシカマスなので地面は滑れるけどまだ空中を飛ぶほど火力はない感じです。
忘れてるかもですがここまだ2つ目のジムなので……
これが後半でカマスジョーなら空飛んでたかも……?



剣盾の図鑑説明と最近のアニメでジメレオンが水の果実みたいなものを洞窟に設置して罠みたいにしてましたね。
あれの強力版と思っていただけたら。

すいすい

カジリガメのすいすいは夢特性なので本来ならここでは出てきません。
というか、出てきたら難易度かなり上がる気が……
だからこそキョダイカジリガメが惜しすぎる……キョダイガンシンがいわ始動なら普通に強かったと思うんですけど何故かみず始動なんですよね……
追加効果ステロならいわで良かったのでは?と。
おかげでタイプ一致どちらも打てないんですよね。ダイロック打つと砂嵐になって雨消えちゃう癖にキョダイガンシンだと雨降らない……
間違いなくルリナさんのパートナーになったのが原因なのでカジリガメ好きの方はルリナさんを恨みましょう()
ちなみにトサキントとサシカマスは元々の特性がすいすいです。
なので実はトサキントが雨乞いしてたらとんでもない事になってます。
おそロシア……
なぜしなかったかと言うと忘れてるかもしれませんがここまだ2つ目の(ry

ダイウォール

ガチ勢の方なら多分ここでキルリアダイマックスではなく、マホミルで受けてから死に出ししてると思います。
けど、流石にストーリー的には可哀想なので却下。
ご了承ください。

マジカルリーフ

問題児キルリアは遠くに放つと威力が一気に下がるのはこの技も適応されます。
なので葉っぱを固めて刀にし、逆手で二刀流。
……もうあれにしか見えませんよね。
隠す気はありません。
どうでもいいけど書いてて最後のキルリアの叫び声がkillに聞こえた方、私もそう見えました()

ちなみにこちらが今回の技構成になっています。




トサキント

みずのはどう
うずしお
つのでつく
こうそくいどう

サシカマス

アクアジェット
かみつく
うずしお
みだれづき

カジリガメ

シェルブレード
みずでっぽう
かみつく
ずつき

VS

マホミル

ドレインキッス
りんしょう
てんしのキッス
あまいかおり

ジメレオン

みずのはどう
とんぼがえり
ふいうち
なみだめ

キルリア

マジカルリーフ
ドレインキッス
サイケこうせん
かげぶんしん




前回と違って使ってない技もありますが、実は今回はルリナさんの方は実機と技構成は全く一緒です。
いじらなくても普通にいい技多い……
実機と違うのはカジリガメがすいすいということだけですね。
実機だとシェルアーマーか、がんじょうあごなんですが……そこはちょっと調べきれませんでした。申し訳ありません。
ちなみにルリナさんのポケモン、カジリガメ以外全員♀なのでマホミルのメロメロ作戦も通用しないという……
なので預かり屋で活躍したメロメロはなくなっています。

何はともあれ、バウスタジアム編、決着です。




6/10追記。

感想にてご指摘いただき、改めて調べ直したところなんとこの時点のカジリガメは特性が実機でも「すいすい」でした。
まさかこの時点で夢特性が敵側で出てくるとは全く思ってもなかったので思い込みで誤情報を流してしまいました。
ひとえに作者の調査不足です。
誠に申し訳ございませんでした。
ただ、今から手直しとなると定期更新できるかどうか怪しく、バトルの手直しも間に合いなさそうなのでこの作品では「普通の挑戦者に対しては「シェルアーマー」or「がんじょうあご」を使用しているが主人公に対しては「すいすい」を使ってきた」という設定で進めたいと思っています。


これからも度々、作者の調査不足で誤情報が出る可能性があるかもしれませんがそれでもこの作品を楽しんで頂けたらと思います。
もちろん、今後起こらないようにさらに下調べは重ねますが……

とにかく、今回は間違った情報故に不快に思った方がいらっしゃるかもしれません。
その方に改めて謝罪を、そして情報を提供してくださった方に多大なる感謝を。

これからもこの作品に付き合って頂けたらと思います。


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24話

まずはお知らせ、というより謝罪を。

前回のお話のあとがきに追記で書いてあるのですが、追記前に前回の話を読んでしまい気づいていない方もいらっしゃると思うので改めてここで言います。

感想にてご指摘いただき、改めて調べ直したところなんとこの時点のカジリガメは特性が実機でも「すいすい」でした。
まさかこの時点で夢特性が敵側で出てくるとは全く思ってもなかったので思い込みで誤情報を流してしまいました。
ひとえに作者の調査不足です。
誠に申し訳ございませんでした。
ただ、今から手直しとなると定期更新できるかどうか怪しく、バトルの手直しも間に合いなさそうなのでこの作品では「普通の挑戦者に対しては「シェルアーマー」or「がんじょうあご」を使用しているが主人公に対しては「すいすい」を使ってきた」という設定で進めたいと思っています。

実はこういう指摘って個人的にはかなりうれしくてですね。
知らなかったことを知れるいい機会なのでここも間違っているのではという指摘はすごくありがたいです。
今回指摘してくださった方、ありがとうございました。







『わあああああああ!!』

 

 

 巻き起こる大歓声。地響きにも似たその歓声の中、緊張の糸が抜けゆっくりと腰を下ろす。

 

「か、勝った〜……」

 

 地面の芝生も消えていき、残るのは少し硬いバトルフィールドの床だけだけど、さっきまで水で溢れていたせいか物凄く冷たい。雨にも打たれたし、飛沫も飛びまくっていたので想像以上に全身びしょびしょだ。

 

 けど勝った。

 

 周りから聞こえる大歓声が嫌でもそれを自覚させてくる。

 

「キルル!!」

「うわっとと……うん、お疲れ様キルリア〜」

 

 胸元に飛び込んできたキルリアを抱きしめて頭を沢山撫でてあげる。ボクの胸に頬ずりするキルリアがとてもかわいらしく、先程まであんなに凛々しく戦ってた子には到底見えない。こんなにも甘えてくるのも珍しく、それだけ本気で頑張ってくれたという証なのだろう。

 

「本当にありがとうね」

「キルッ!!」

「お見事だったわ」

 

 そんなスキンシップを楽しんでいるところにかけられる凛々しい声。さっきまで戦っていたルリナさんだ。

 

「ちょっとはしゃいじゃってやりすぎたかななんて思ったところもあるんだけど、しっかりと乗り越えてきたわね」

「あぁ、一応やりすぎたって自覚はあったんですね……」

 

 まさかすいすいのポケモンで来るとは全く予想してなかったから面をくらってしまった。ボクも対処をひとつでも誤っていたら間違いなく負けていただろう。ヤローさんから頂いたマジカルリーフも大いに貢献してくれた。本当に感謝だ。

 

「そこに関しては申し訳なかったわ。どうしても物足りない戦いが続くこともあってね。まぁ、その点でいえば本気のパーティであなたと戦ってみたかったっていう不満はあるのだけれども……」

「勘弁してください……今のボクのパーティだと手も足も出ませんよ……」

「でも、シンオウ地方の仲間ならその限りでは無いでしょう?」

「それは……」

 

 もちろん自慢の仲間たちなのだからいい戦いができる自負はある。けどそれはなんだか今の仲間に不満があるみたいな言い方ができてしまいそうで言いたくない。そんなボクの心を感じ取ってくれたのかキルリアがボクをギュッと抱きしめてくる。まるで気にしないでと、けどいつか昔の仲間を追い抜いてやると、優しさと対抗心を混ぜた熱い視線を向けてくる。それはキルリアに限った話ではなく、ジメレオン、マホミル、イーブイまでもが同じ気持ちなのかカタカタと揺れ動く。……ボクの相棒もそこはかとなく嬉しそうに少し揺れた。

 

「……うん、ありがとキルリア……確かに昔の仲間とならルリナさんの本気のメンバーともいいバトルができるかもしれません。けど、今はこのみんなで頑張りたいんです。だから待っててください。いつか、成長したみんなを連れて、本気のルリナさんに挑みます!!」

「……ええ!!駆け上がってきなさい!!待ってるわ!!」

 

 満足気な笑顔を浮かべながらこちらに渡してくるのはみずバッジ。確かに頂いたそれをしっかりとリングケースにはめ込む。

 

 これで2つ目。

 

 まだまだ折り返しすら遠い2歩目。けど、みんなと勝ち取ったこの1歩は何よりもいい経験になった。

 

(まだまだ強くならなきゃ)

 

 立ち上がり、大歓声と大喝采の中、ルリナさんと試合後のお互いを称える握手をしながら、改めて心に強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜いこっちだこっち!!」

「あ、いたいた」

 

 ジム戦も無事終わり、ユニフォームから着替え、報酬なども貰い終えたボクはバウスタジアムでやることを終え、外で待ってくれていたホップたちの元へと向かっていた。今日の予定としては、流石にバトルしたばかりで全員疲れているであろうことから、どこかのカフェでまったりと体を休めながら、先の戦闘の振り返りを行おうということになっている。ただ特訓もしたいみたいだから少し先に進むかもとは言っていたけど……。

 

 戦闘中は気づかなくても後で冷静になって考えてみたら実はこの動きの方が良かったなんてことは沢山あるからね。結果論なことも多いからその辺の区別は難しいところだから何とも言えないこともしばしばあるのはご愛嬌。

 

「おまたせみんな」

「ううん、全然待ってないよ」

「むしろ、さっきのフリアの試合についてみんなでずっと話してたからあっという間だったと」

「ああ!凄かったぞ!!ルリナさんの高速攻撃はもちろんだけど、それに対してマホミルが混乱を合わせたり、ジメレオンは罠仕込んだり、キルリアはマジカルリーフをあんな使い方したり……くぅ〜!!オレもあんな風に色んな攻撃してみたいぞ!!」

「あはは……でも結果見たら本当に僅差。なにかひとつでも噛み合わなかったら負けてたんだよね……」

 

 相手の3匹を倒したけどこちらの手持ち的にはマホミル、キルリアがほぼ体力をもっていかれ、ジメレオンに至っては戦闘不能。あそこでキルリアが勝ってくれなかったらマホミルでは動ききれなかったから間違いなく負けていただろう。本当にみんなに感謝だ。

 

「そういえばみんなはどんな風に立ち回ったの?控え室にずっといたから分からなくてさ」

「オレはバチンキーがここで大活躍だったな!ウールーやアオガラスで削ってトドメをバチンキーで大暴れ。やっぱりタイプ相性っていうのは大きいぞ」

「あたしもモルペコが弱点をつけるからモルペコを主軸に戦ったと。あとはグレッグルもカジリガメに強いからそこも意識したかな」

「私はエレズンに頑張って貰ったかな。あ、あとはラビフットにも。ほのおタイプで動きづらかったと思うんだけどにどげりがカジリガメによく効くからつらかったけど最後は打ち勝ってくれてうれしかったなぁ」

 

 やっぱりみんな的確に弱点をついて手堅く勝利って感じみたいだ。そこに関してはボクもキルリアにマジカルリーフを入れてたりするしね。やっぱり1番簡単に有利を取れる弱点をつく行動は凄く大事だ。

 

「しっかしフリア。ああいう作戦はいつ思いつくんだ?特訓を一緒にすることはあるけど思いついているフシなんて全然見かけないぞ?」

「それはあたしも気になってた」

「ああ……」

 

 確かにここに来るまでの道中で、技の特訓とかはしてたけど戦略の話は特に深くはしてなかったっけ……ただ正直そんなに深い話ではないから参考になるかどうかは分からないけど。

 

「特に特別なことはしてないよ?図鑑の説明を読んだり、その子の得意なことを観察したりしてこれ出来そうだなって思ったものを本人と相談して形にしてるってだけ。言ってしまえばポケリフレとかを通して密にコミュニケーションをとってるだけだよ?」

「「「それがすごいことなのでは?」」」

「???」

 

 3人からの総ツッコミに思わず首を傾げる。けど、ボクとしてはこの行動は日常的な行動のひとつでしかない。特に意識してやっていることでもないから詰められてもどう返せばいいのか分からないのがボク個人の感想だ。まぁ、強いて付け加えるならこういう搦手を考えるのが好きというのもあるけど……

 

「でも、そういう話を聞くとやっぱりふれあいって大事なんだな……」

「手持ちのみんなとの信頼関係があればこそだよね」

「あたしもモルペコと仲はいいつもりだけど……そこまで考えてなかったと」

「絶対やらなきゃいけないって訳でもないしね。でもやっておいて損はないと思うよ?人によってはこういう行動を取って極限にまで仲良くなったペアは状態異常を自力で治したり、狙って急所に技を当てることができたり、どんな攻撃を受けても踏ん張れちゃったりとか、そういう不思議なことを狙って出せる人もいるみたいだし」

 

 先の戦いで言えばカジリガメがマジカルリーフを受けても最後まで立っていたあの場面などがそれに当たるだろう。ジム戦用に調整されたポケモンであっても確かなキズナを結んでいるあたり流石ジムリーダーと思わざるをえない。

 

「キズナの力……」

「よ〜し、オレもどこかのタイミングでみんなとのキズナを深める時間も作るぞ!!」

「そうだね。私もラビフットたちとふれあいたいな」

「ならちょっと広いところいってテント広げたりする?」

「お、いいなそれ!!名案だぞ!!そうと決まれば早速行こう!!」

「おおいたいた!!君たち!!」

「「「「?」」」」

 

 これからの方針が決まったのでさっそくこの先の道でテントを建てに向かおうとした時にかけられる声。そんなに遠くないところからかけられたのか、その声の持ち主は思ったより近くにいた。

 

「え、え〜っと……」

 

 その人を確認してなにか喋ろうと思ったけど声が出ない。何故かと言うと……うん。その人の服装が……ちょっとね……。

 

 真っ白に少しラインの入ったトップスに水色に白の水玉模様が描かれた短パンというなんとも言えないジョギングスタイルの服装。真っ黒な帽子と真っ黒なサングラスがその胡散臭さを余計に助長している。おなかが出っ張っててだらしない姿なのも余計に。

 

 一言で言ってしまえば……

 

「ダッサい……」

「「「フリア!?」」」

「っ!?」

 

 思わず口に出てしまってたみたいで慌てて口に手を当てる。そっと目の前の人に視線を向けて確認しようとするけどその後ろにいる金髪の女性がものすごい形相でこちらを睨んできてて、その表情があまりにも怖すぎて顔を向けることが出来ない。

 

(怖い!?あの人無茶苦茶怖いんですけど!?)

 

 まるで人を絞め殺さんばかりの黒いオーラがダダ漏れの中、それに気づいているのか怪しいおじさんが高らかに笑いながら静寂を打ち破る。

 

「はっはっは、いえいえいいんですよ。こうでもしないと目立ってしまっていかんのですよ。しかしこういってもらえるということは変装成功ってことですね」

「え、変装……?」

 

 ということはもしかしてこの人はどこかで会った。ないし、有名な人なのかもしれない。

 

「おいフリア……本当にわからないのか」

「この人、ローズさん!!リーグ委員長!!」

「……へ?」

 

 ホップとマリィに言われて改めておじさんの見た目を確認する。開会式の時に見たスーツのどこかダンディズムあふれる人と目の前のだらしないおじさんを重ね合わせて……

 

(……いわれてみれば似てる?)

 

「え、えと……本当にローズ委員長、ですか?」

「はい。わたくし、ローズと申します。噂と活躍のほどはかねがね聞いてますよ。フリア選手」

「うわぁ!?えっと、失礼な発言、申し訳ありませんでした!!」

「気にしないでくださいな。よその地方から来たのならなじみはないでしょうし、さっきも言った通りこれは変装でしてね?むしろバレては意味が無いんですよ。いやぁ、効果があってよかった〜」

『あ、ローズ委員長〜!!こっち向いて〜!!』

「ん?やぁやぁ、声援ありがと〜」

 

 ローズさんに対しての失礼を詫びようと思ったら遠くから聞こえる声に律儀に手を振るローズさん……ってあんなこと言ってるけど思いっきりバレてるのでは?その変装で効果あったのはボクに対してだけのような気がする。それに……

 

(今度はさっき声掛けてきた人達にガン飛ばしてる!?)

 

 委員長ということは関係性から予想されるのは恐らく秘書と思われるであろう女性がものすごい形相でまた睨み出している。ローズさんが上手く隠れられないのはこの人の存在も5割くらいあると思う。

 

(ってまたこっちにらんでる!?)

 

 失礼なことを考えてるのがバレてしまっているのだろうか。

 慌てて視線を逸らす。エスパーか何かじゃないかと疑ってしまう。しかしジム戦の次はこの地方で一番偉い人との対面。緊張することが多すぎてなんだか頭がクラクラしてくる。

 

「しかし、先程の試合を見させてもらったけど……うんうん。やっぱり注目されるだけはあるね。みんなとても素晴らしいトレーナーだ」

「見てたんですか?」

「委員長だからね。特等席からの観戦さ」

 

 自慢げに答えるローズさん。どうやらさっきの試合をしっかりと観察されたらしい。となると途端に変な事してないかとか急に不安になり始める。大丈夫だとは思うんだけど心配は心配だ。

 

「今日は注目試合ばかりだったからね!!とても興奮しながら見させてもらったよ。マリィ君のモルペコのすばやさを生かしたバトルにホップ君の勢いの良さが分かる大胆な攻め。ユウリ君の相手の次の手をしっかりと見極めて攻める手堅い戦い方。そして何よりも……フリア君の奇想天外な、それでいて理にかなっている確かな戦い方。うんうん!ガラル地方のレベルアップしているさまをこの目に焼き付けられてわたくしは大変満足だよ!」

「そう言って貰えるのは嬉しいんですけど、ボクだけは一応シンオウ地方の人間ですよ?」

「違う地方だからこそいいんじゃないか!!こうして新しい風を取り込むことによって刺激され、さらにみんなが強くなる。わたくしが考えてる理想の一つさ!!」

 

 嬉しそうに、きっとサングラスの奥の瞳はキラキラしてる。そう思わせるほどテンションの上がった声でそう告げる。それだけ地元を愛しているということだろうか。発言からしてとにかくガラルのことを大切にしているというのが伝わってくる。もっとも、ほんの少し怖いと感じるところもあるんだけど……

 

「他の地方に関してはカブ君も元々ホウエン地方の人だからガラルは君を歓迎するよ!!そうだ、もし良ければこのジムチャレンジが終わったら是非ともうちに━━」

「え、えっと……」

「委員長。そろそろお時間の方が」

「え〜?もうかい?」

 

 そこから派生して飛び出てくる勧誘の言葉になんて返せばいいのか分からずあたふたしてしまう。なんだか頭もふわふわしてて言葉がまとまらない。そんな軽いパニックになっているところ秘書の人に告げられる終了のお知らせ。やっぱり偉い人と言うだけあってとても忙しい身らしい。

 

「う〜ん、フリア君だけでなくユウリ君やホップ君、マリィ君にも話を聞きたかったんだけど……うん、仕方ないね。やることはちゃんとやらないと!それではみなさん、ごきげんよう!!」

 

 その言葉を最後にバウタウンの駅の方へ歩いていくローズ委員長。列車に乗って次の仕事場に向かうのだろう。小さくなっていくローズ委員長の背中を見届けて、完全に見えなくなったあたりで力を抜く。

 

「ふぅ、まさかローズ委員長にここで出会うとは思わなかったぞ……」

「うん、あたしもちょっと緊張しちゃった」

「ローズ委員長もチャンピオンカップ準優勝の実績があるし、そんな人に注目って言われると肩に力入っちゃうよね」

「そんなに凄い人なんだ……」

 

 失礼な言い方をすれば人は見た目に寄らないんだなって。兎にも角にもやっと力が抜ける。そう自覚した瞬間視界が揺れる。

 

(ああ、ターフスタジアムでジム戦したあともこうなってたっけ。う〜ん、2回目だしもう慣れると思ったけどやっぱり体力落ちて……)

 

「フリア……?」

「あ、あれ?」

 

 ふらついた所をユウリが受け止めてくれる。あまり体を預けるのも悪いのですぐに離れて立とうとする。

 

「ごめんねユウリ、すぐに離れるから」

「それどころじゃなか!!フリア、顔色悪かと!!」

「おい、大丈夫か?……って熱!?」

「フリア!?しっかり!!」

 

 足に力が入らない。体が寒い。なんだかみんなの声もだんだん遠く……

 

 ぼやけた視界と頭の中で、記憶に残ったのはポケモンセンターに運ばれたのかなというぼんやりとした記憶だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

「全く、お騒がせな人と」

「流石に今回ばかりは冷や汗かいたぞ……」

「でも、確かに体調崩してもおかしくないことにはなってたんだよね……気づけなかったなぁ」

「「……」」

 

 あれから私とマリィとホップの3人で何とかポケモンセンターに運び込み、ベッドで寝かせて検査してもらったところただの風邪ということが分かってとりあえず一安心。原因は体の冷え。

 

 ……うん。心当たりがありすぎる。

 

 ターフスタジアムでの雨の中での激闘。預かり屋でこの季節の深夜にフリアだけ着替えずに寝巻きのまま外でバトルや卵の保護。バウタウンの釣り堀での落水。ジムミッションでずぶ濡れのままの挑戦。そして今日のバウスタジアムでの雨や水しぶきの中での長時間の激闘。

 

 これが夏だったり、この中の2つか3つだけならまだ大丈夫だったのかもしれないけど、全部が重なりあってしまい、そして同時に激闘が終わったことによるアドレナリンが抑えられ、疲れなどを自覚したことによる発病。誰がどう見ても納得の経緯。だからこそ気づけなかった自分がちょっと悔しい。

 

「まぁでも、まだ大事なくてよかったぞ」

「うん。とりあえず2、3日安静にしておけばすぐに治るってジョーイさんも言ってたし、大丈夫だとは思う」

「それでも少し不安と……」

「んんぅ……」

「「「!?」」」

 

 布団から聞こえる悩ましげな声。3人で視線を向けるとまだ顔がほんのり赤いフリアがゆっくりと目を開ける。

 

「あ、あれ……ここ……」

「フリア、目が覚めたか?」

「ホップ……?あ、そっか。ボク倒れて……ごめんね?」

「謝ることなかと!それよりも安静!!」

「そうだよ。私たちのことは気にしないで?」

「うん……ありがと……」

 

 何とか会話は成立するもののやっぱりたどたどしくて舌が上手く回ってない。額をそっと触ってみるとかなり熱い。近くに水を貼ってある桶があるのでそこでタオルを濡らし額に乗せる。ほんの少し表情が柔らかくなったのを確認できたあたり、気持ちいいのかもしれない。これで少しは楽になればいいんだけど……

 

「ジョーイさんから……なにか言われたりした?」

「いや、ただの風邪らしいぞ。2、3日安静にしておけば治るってさ」

「そっか……ちょっとかかるなぁ……」

「全然待つよ?」

「う〜ん……でも……」

 

 悩むような顔を見せるフリア。自分が荷物になるとか考えてるのかな……私が同じ立場なら同じことを言うかもしれないから気持ちは分からなくはない。けど……

 

「フリア1人で待たせるのはしのびないぞ……」

「うん、結構つらそうだし、あたしたちが目を離すとまた無茶しそうだし……」

「でも……先に進んで頑張って欲しいって……気持ちもあるし……」

「「う〜ん……」」

 

 フリアの言いたいことも分かる。というのも次のジムはカブさんが待っている。カブさんはエンジンシティにて、ジムチャレンジャーの3番目の関門となるほのおタイプのジムリーダーなんだけど……毎年ここを突破できる人がとにかく少ない。半分以上の人が突破できないと言われているここは一種の登竜門としての役割を担っている。

 

 まず最初にぶつかる壁。ここを乗り越えるだけで優秀だと言われており、逆にまず最初の目標はここを超えること言われるほど。そうなるとフリアの心配事も納得できる。

 

 つまりは、先に行ってちょっとでも長くカブさんの対策を取って欲しい。

 

 それがフリアが暗に告げている言葉。それを理解できるが故にホップもマリィも少し迷う。特にホップはエースがバチンキーというほのおタイプがとことん苦手なポケモン。だからこそ少しでも長く、早く特訓して欲しい。そんなフリアの優しさから来る言葉が胸に刺さる。

 

 カブさんに勝つためにも確かに特訓したい。けど、フリアも心配。

 

 ふたつの思いに板挟みになる2人は頭を悩ませる。

 

(……だったら、私が動かないとだよね!!)

 

 そんな2人を見て私は決意。グッと心の中で拳を握りながら頷き提案する。

 

「私が残ってみておくから、2人とも先に行ってて?」

「ユウリ!?」

「本気!?」

 

 わたしからの提案に驚きの声を上げるホップとマリィ。確かに二人からしたら意味の分からない手案かもしれない。けど……

 

「フリアの先に行って特訓してほしいって気持ち、ホップなら特にわかるんじゃない?」

「う……」

 

 さっきも言ったけどバチンキーを主戦においているホップにとって次のジムは他の誰よりも登竜門といての意味合いが強い。この悩みはここのジムを突破する前からホップがフリアに伝えていたことで、一つ目のジムで苦手タイプであるみずでくさを突破した姿から感銘を受けたホップがちょくちょく相談していたのは私たちの中では周知の事実。色々な作戦を聞いていたし、早くそれを試したいと言っていた姿もみんなの記憶にしっかり残っている。そんなホップを思っての言葉。

 

 フリアはとにかく優しい。自分のことよりも他者を優先するのを当たり前のように思っているから。けどそれはホップだって一緒で……昔から幼馴染としてかかわっているからホップの気持ちだってわかっている。だからその折衷案。

 

「大丈夫。無茶しないように私が見ておくからさ。ホップは次のジムに向けて頑張って?」

「……すぐ、追い付くから……ボクなら……大丈夫」

「フリア……ユウリ……」

「マリィはその間に、ホップが無茶をしないか見ててもらえない?」

「うん。わかった。任せて!あたしならホップの対戦相手にもなってあげられるしね」

「……わかったぞ。ただ約束だ。すぐ戻ってくるんだぞ!!」

「……勿論!」

 

 ベッドで寝ながら拳を上げるフリアにホップもそっと合わせる。それを約束の指切りの代わりに交わし、ホップとマリィは先に部屋を出ていく。

 

「フリアも。早く治すためにも、今はしっかり休んでね」

「ユウリ……ごめ━━」

「こ~ら」

 

 謝ろうとしていたフリアの言葉を遮る。今聞きたい言葉そんな言葉じゃない。

 

「私は違う言葉が聞きたいな」

「……うん。ありがと……」

「うん。どういたしまして」

 

 そのまま安心したのかまた眠り始めるフリア。その寝顔が普段の頼りがいある優しい姿からの、幼く可愛らしい姿へのギャップがなんだかおかしくついつい頬が緩んでしまう。

 

 そっと頭をなでてみる。

 

 心なしか、フリアの顔がちょっと穏やかになった気がした。

 

(さて、私もやれることはしよう!)

 

 病室に長居するのも悪いと思う。私も次のジムのために新しい仲間を探したい。幸いにもここは海が近いから近くでもいい子が見つかるかもしれない。

 

(そうと決まれば早速海に行こう!ついでに市場でお見舞いの果実も買わなきゃね!!)

 

 その時は元気になったフリアに新しい仲間を教えよう。そんなことを考えていたら、私の足は不思議ととても軽く、いつもよりも少し楽しく目的地へと足を進められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バウスタジアム

なんだかんだで皆しっかり弱点持ってますね。
ちゃんと対策してます。

ローズ

初めてプレイしていた時。誰だこのおっさんって素で思ってました。



むしろ今までよく体調崩さなかったなと……
スーパーマサラ人でも川での特訓のあと風邪ひいてたのでまだ持っていた方では?




こんなご時世なので皆さん体調には気を付けてくださいね。











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25話

最近ゼノブレイド2を買って遊んでるんですが、ホムラが可愛すぎて辛いです。
はい、完全に個人のあれです。

タグに新しく「ご都合主義」と「シンオウ組」を追加しました。
シンオウ組に関しては感想で最初ダンデ世代と勘違いしたという意見があったので確かにと納得し、少しでも減ればと思い付けましたが……効果があるかはまだ分かりませんね……
ご都合主義に関してはバウスタジアムにてなかなかなミスをしたのでその部分に関してですね。

さて、今回はちょっと番外色濃いめです。
視点がよく切り替わりますので色々な人の動きを見ていただけたら。


「うう〜ん、いい子いないなぁ……」

 

 フリアが熱を出して2日後。

 

 恐らく今日がフリアの熱が下がって自由に動けるようになる日。そんな日のお昼、私は海で教わった釣りの仕方を参考にバウタウンの港で釣りをしていた。フリアへのお見舞いの合間にちょくちょく訪れては釣りをしていたこともあり、そこそこ腕は良くなったと自負している。途中優しい漁師さんにも教えて貰ったりもしちゃったからもしかしたら今ならフリアにも釣りだけなら負けないかもしれない、なんて思っちゃったりも……ただ……

 

「ほいっ!……う〜ん……」

 

 軽快に釣り上げるは赤色の鱗に王冠のように見える黄色いたてがみのコイキング。髭の色が金色だから男の子かな?

 

「よしよし、暴れないでね」

 

 こうやってお口から針を外す作業も手馴れてしまった。痛くないようにそっと外してあげて、頭をひとなで。未だに何が起きたのかを理解出来ていないコイキングはあちこちを見回しながら跳ねている。しばらくして私の存在に気付き、じっと見つめることでようやく自分が釣られたことに気づいたのかさらに跳ねる。表情にも特に変化がないことから恐らくすぐにでも海に帰ってしまいたいのだろうということがよく伝わったので、この子もすぐにリリース。海の中に入っていったコイキングはそのまま元気よく沖の方へと泳いでいってしまった。

 

「はぁ、今回も良さそうな子じゃなかったなぁ……」

 

 アブリーといい、エレズンといい、ラビフットといい、運命的な出会いとでも言わんばかりの衝撃的な出会いをしている子ばかりが手持ちにいるせいなのかどうも普通にバトルして捕まえるという行動を取ろうとしても気が乗らない。なんだかそれが普通なはずなのにこの出会い方に慣れてしまっているせいかこうでないと上手く戦えないのでは?と、迷信に似たなにかに取りつかれている気さえしてくる。新米トレーナーである私がそんなこと気にする必要なんてないのに、新米トレーナーだからこそ1度知ってしまった蜜の味を忘れられずにいるというのが今の私の状態。

 

「やっぱりここは1回くらいちゃんとバトルして捕まえなきゃダメだよね……でも……」

 

 心のどこかでそれは妥協で仲間にした子じゃないのか?と囁く悪魔がいる。何度も何度も首を振って追いやろうとしてもすぐに帰ってくるその言葉は一種の呪いのようにも感じた。

 

「うぅ、このままじゃカブさんに勝てるかどうか怪しいよ〜……」

 

 次に戦うジム戦はカブさん。ほのおタイプのジムリーダーで登竜門として扱われる程の大きな壁。あのなんとかなる精神で全力でぶつかっていくホップが珍しく緊張を抱え、少しでも特訓しなきゃと焦らされているような感情を抱かせる相手。ホップはカブさんとの戦いが辛いって言ったけど、実は私だって手持ちを見返して見ればかなり辛い方だったりする。

 

 ラビフット、アブリー、エレズン。

 

 それぞれの得意技で相手に通る攻撃ができるのはなんとエレズンしかいない。しかもそのエレズンでさえこうかばつぐんの技は覚えていない。いつもタイプ不利を覆してきたフリアだってこうかばつぐんをつくことができる技はしっかりと覚えさせている。なのに私にはそれがない。そして何よりもきついのが、次のカブさんとのジム戦はバウスタジアムと一緒で3対3の戦いなんだけどアブリーが全く戦えないという点。主な技は全ていまひとつで受けられ、逆に向こうの技は弱点。ラビフットはこちらの攻撃は通りづらいものの向こうの攻撃も止められるので長期戦を覚悟でゆっくり戦えばまだ何とかなる気はする。けど、どう考えたってアブリーがその強さを存分に生かせるビジョンが思いつかない。

 

「そのためにもやっぱりみずタイプの子が欲しいよ〜……」

 

 私はフリアみたいに予め作戦を練って準備万端で挑むタイプではなく、どちらかと言うとこんなことしてきそうっていう予感をその場で感じ取り、予測して行動するのが得意な直感タイプだと思っている。だからフリアみたいに色々な作戦っていうのはなかなか思いつくことができない。不利なものは不利。そもそも私は新米トレーナー。そんな高等技術はまだまだ勉強不足もいい所なのです。

 

「はぁ、そう考えるとやっぱりフリアって凄いなぁ」

 

 不利な状況でも覆してしまう発想の豊かさとそれを可能にしている本人の地力の高さ。そしてそんなフリアの期待に応えようと全力で頑張るフリアの手持ちのみんな。ただ何も考えずにバトルを眺めていた子供の時には決してわかることの無い、トレーナーになった今だからこそ肌に感じることができるその強さ。シンオウ地方のリーグで準優勝だったのも頷ける。そんなフリアの戦い方は、いつの間にか私にとって一種の目標みたいなものになっていた。

 

 最初はホップや、周りの友達が目指しているから私も頑張ってみようかな?そんな、恐らく軽い気持ちと言われそうな感覚でしか頑張っていなかったジムチャレンジ。もちろんその根底にはポケモンが、ポケモンバトルが好きという気持ちがあり、その気持ちの大きさは簡単に負けるようなことはないと自負するくらいにはちゃんと持っていたと思う。けど、ホップと比べるととても褒められた目標なんかじゃない。どこかそう思っている自分がいた。

 

 けど、そんな私の思いを彼は、フリアは簡単に壊していった。

 

 ターフスタジアムで見た……バウスタジアムでも見た……そんな彼の試合。

 

 心が震えた。感動した。魂がこれだって叫んだ。本当に口から叫び声を上げたくなった。

 

 これが、本当のポケモンバトルなんだって、初めて心の底から見とれてしまった。

 

 もっと見ていたい。もっと感じていたい。そんなことをずっと思っている間にいつの間にかフリアのバトルに魅了されきっている自分がいるのが分かってしまった。きっと魅了された速度はガラルの誰よりも早いという自負と共に。

 

「なんか……私フリアの厄介なファンみたいになってる……」

 

 思わず苦笑いを浮かべながらそんな言葉が口からこぼれる。そう、ファンなんだ。どうしようもなく彼のバトルが大好きで、彼のファンで、そして何より……私の目標の人物になっている。

 

 他の人はチャンピオンやジムリーダーに憧れるかもしれない。けど私は身近な彼に憧れた。テレビ越しに見る凄い人なんて凄いのが当たり前。だけどそばにいる彼は私とほぼ同じ年齢で、手持ちの強さも同じくらいで。なのに、人を惹きつけるあんなに凄いバトルをしちゃう……そんな身近なのに凄いと感じる彼だからこそ。

 

 今はまだ遠いけど、このジムチャレンジを通して絶対に追いつきたい。あんなふうに強く、そして人を惹きつけるようなバトルのできる人になりたい。いつの間にか私の中にできた、ジムチャレンジに挑むのに私が胸を張って言うことの出来る目標。

 

「う〜ん、そのためにも頑張らないとね!!」

 

 海に向かって気合を入れて声をあげ、そこでふとここが外であることを思い出し慌てて周りを見渡す。幸いにも周りに人はいなかったので恥ずかしい思いをすることはなかったみたい。ほっとため息をひとつ。

 

(けど、人はいないけど誰かに見られてるような……?)

 

「ヒン……?」

「あれ?」

 

 右側の下の方からなにか鳴き声みたいなものが聞こえたので視線を下に向けてみる。そこには1匹のポケモンが。

 

 地味な土色の体色にパッとしない斑模様。痩せこけて見える頬に大きな目の周りはまるで隈のように見えなくもない。さらにそんな体に着いている水色の胸びれや背びれは細かく入っている切れ込みのせいでどこかボロボロという感想を与えてくる。コイキングよりもみすぼらしく見える地味なポケモン。

 

「ヒンヒン……?」

 

 よく分からない、少なくとも私は見かけたことの無いその子に、けど、そんなこの子から何故か目が離せなくて……

 

「ねぇ、もし良かったら━━」

 

 気づいたら、私は声をかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はエンジンシティ……そろそろ出発し時ですかね……」

 

 数日前にここ、バウスタジアムを突破し次のジムへの挑戦権を獲得したワタクシは少しの間、このバウタウンの近くにある第二鉱山にて特訓をしていた。ここでは次のジムリーダーであるカブさんが特訓場としてよく使っているとの事。ならば運が良ければその姿を拝見し、対策をねられるのでは?と考えた結果の数日間の滞在。結果としては成功と言っていい。何回かこの目で確認することができ、動きも少しではあるが理解出来た。強いて問題があるとすれば、特訓に出していたポケモンがジム戦で出てくるとは限らないことですが……。それでも今のワタクシなら突破できる。そんな自信は少しあったのです。しかし問題がひとつ……

 

「……確か先程、また彼を見かけた気が」

 

 先程遠くから第二鉱山の入口を見ていた時に入っていったピンクと紫の間の色をしたコートという目立つ色。ただでさえ目立つのに、ワタクシを倒し、散々な言葉を投げかけたあの少年。ローズ委員長直々の推薦者。

 

 正直気に入らない。今すぐ叩きのめしたい。しかし……

 

「くっ……!!」

 

 思い出すのは鉱山にて言われたあの言葉とその時の目。あの目はあの人たちと同じ……他者を見下し、期待はずれだと言わんばかりの失望の目。

 

 幼い頃より、ワタクシが向けられた目。

 

 体が震える。歩きたいのにその気力をそがれる。なんと情けないことか……そんな自分が何よりも悔しい。しかし、今のワタクシではきっとまだまだ手が届かない。あの鉱山を抜けたいのに彼が通せんぼのようにしか見えず先に歩けない。

 

「せめて、誰か彼の気を引く人が他にいれば……ん?」

 

 その人に任せてそっと通り抜ける。なんてことも出来るのにと考えたところでふと視線の端に1人の少女が目に入る。

 

「あの人は確か……」

 

 釣ったのか海辺でポケモンと戯れている彼女は世間では注目されている選手の1人。記憶が正しければチャンピオンからの推薦者の1人だったはず……

 

「あの人を上手く利用すればもしくは……」

 

 あの人達を見返すために、ここで立ち止まる訳には行かない。だから、今はなんとしてでも先に進まなくては行けない。そのためになら、使えるものはなんでも使う。たとえそれがみっともなかったとしても……

 

 

 

 

 この瞬間が、彼の分岐点だったのだと彼が気付くのはもう少し、あとの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂嵐吹き荒れる砂漠の中を歩くこと数時間。ゴーゴーゴーグルがないととてもでは無いが前を見ることができない酷い天候。

 

 ここはホウエン地方は111番道路。

 

 キンセツシティより北にあるこの道は、普段はほのおのぬけみちを通って北に進む道路だがゴーゴーゴーグルを持っている人はこの限りじゃない。111番道路の東側に広がるこの砂漠地帯は先程も言った通り常に砂嵐にまみれてはいるものの、冒険者にとってそんなものはささいなものでしかない。目に入って危ないのなら目を覆えば普通に歩いて行ける。……まぁ服に砂がかかってきて鬱陶しいってのはあるんだけどな。

 

「まだつかないの〜……?」

「もう少しよ。2人とも頑張ってちょうだい」

「そうだぞ!最近体力減ってきたんじゃないのか?」

「体力以前にこの砂嵐が嫌なの!!……うぇ、また口の中に砂入ってきた……」

 

 そんな砂嵐の中を歩くのはオレことジュンとシロナさん。それとホウエン地方に来て再会し、たまたまコンテストの合間だったらしく、暇だったからシロナさんが手伝いを頼んだヒカリだ。歩いている場所はともかくとして、ヒカリとこうして歩くのは久しぶりだからなんだかんだ楽しい。ヒカリは砂が髪に絡んでつらそうにしているけどな。

 

 さて、なんでこんなところを歩いているかというとホウエンに来た理由であるシロナさんの研究の手伝いだ。その研究対象であるポケモンの一匹がこの砂漠の奥にいるんだとか。一応事前に軽くは教えてもらってはいたんだが……本当にさわりくらいしか説明がなかったから今わかっているのはシンオウ地方にも関係ある昔のポケモンという事くらいの知識だ。

 

 正直想像ができない。

 

 ホウエン地方にきて思ったことはとにかくあったかいこと。

 比較的寒冷地方なシンオウと比べるとまだまだ春だって聞くのにもう初夏くらい暑くていつもこの時期に着ている服が着れないくらいだ。ここまで環境が違うし距離もそこそこ離れているのに関係があるポケモンって不思議でしかない。地方をまたいでも歴史ではつながっているっていう話。想像はつかないけどロマンは確かに感じる。

 

(本当にシロナさんについてきてよかったぜ)

 

 テンガン山の伝承も最後まで行けばシンオウ地方の伝説に出会うようなとんでもない研究結果だった。今回だってもしかしたら……そんな期待が高まっていく。

 

「見えてきたわね……」

「「!?」」

 

 砂嵐で視界が悪い中、ぼんやりと見えるその輪郭はパッと見大きな岩に穴が開いているだけにしか見えない自然の建造物。なんてことないただの洞窟に見えるけど。入口から漂ってくるプレッシャーは確かなものだ。いつの間にか砂嵐もかなり弱くなってきている。はっきりと見えるようになった大岩は、その入り口を大きく開けて静かにオレたちを迎え入れる。いつの間にかヒカリもその重圧に充てられたのか軽口はなりを潜め、そっと腰のボールに手を当てていた。

 

「ついたわよ。ここが砂漠遺跡よ」

「「砂漠遺跡……」」

「この先は気をさらに引き締めなさい。かなり大仕事になるわよ」

「「……」」

 

 いつになく真剣な声をしているシロナさんに無言の返事。オレも腰のボールに手を当てていつでも戦えるように準備しておく。

 

 砂漠遺跡の中に入るとまず出迎えてきたのが地下に入り込むような階段だ。そこそこの深さがあるのか階段は真っ暗で先の様子がとても確認しづらい。

 

「ヒカリ、お願いしていいかしら?」

「あ、はい!出てきてパチリス!!」

「パチ!!」

 

 ヒカリのパチリスが元気に飛び出し周りを明るく照らし出す。真っ暗だった洞窟がよく見えるようになり、足元の不揃いな階段がよく見える。一歩、また一歩と下におりながらシロナさんがゆっくりと喋りだす。

 

「ここの遺跡はシンオウ地方のとあるポケモンと深いかかわりがあるの。ジュンはともかくとしてヒカリはキッサキシティに行ったことはあるかしら?」

「はい。一応フリアたちの付き添いで全部の街は回っているのでキッサキももちろん回ってますけど……もしかしてキッサキ神殿と関係があるんですか?」

「ご明察よ」

 

 キッサキ神殿。

 

 シンオウ地方の最北端に位置する町で寒冷と言われるシンオウの中でもさらに過酷で寒いキッサキシティの中に建てられている神殿。

 

 古代からある珍しい神殿らしく、中に入られる人もかなり限られているらしい。現にオレは入ったことはない。ただ聞いた話によるとキッサキシティのジムリーダーであるスズナさんは入る許可を貰っているんだとか。考古学で有名且つ、シンオウチャンピオンでもあったシロナさんもまた許可は貰っているんだろう。だから今ここでその話が出てきたんだと思う。けど、その神殿とこの遺跡に一体何の関係があるのかはさっぱり見えてこない。そんなオレたちの表情を読み取ったのかシロナさんが続きを話し出す。

 

「そのキッサキ神殿はね、とある伝説が深く関係しているの。その伝説の名前は巨人伝説」

「「巨人伝説……」」

 

 聞いたことの無い伝説の話だ。

 

「キッサキ神殿にはとてつもない力を内包した巨人が封印されていると言われているわ。その巨人はシンオウ地方では大地を司るポケモンと言われていて、その巨体に秘められた力は大陸を縄で縛り引っ張って動かしていたといわれているほどなの」

「大陸を引っ張った!?」

「どんだけの力持ちなの……」

 

 まるで眉唾。信じるほうが頭がおかしいなんて言われそうなそんな話。けどテンガン山での話を思い出すにとてもただの作り話だなんて思えない。

 

「しかも驚くことにその巨人、一説ではあなたたちがテンガン山で見た伝説たちを作り上げた存在と戦ったかもしれないなんて話もあるの」

「「うえぇ……」」

 

 伝説を作り上げた伝説と戦った経験ありのとんでもない存在。正直スケールが大きすぎて頭が痛くなってきた。しかもそんな存在が自分が行ったことのある街に封印されているだなんて誰が予想できようか。もしかしたら今オレたちはとんでもない事に関わっているのかもしれない……。けど気になることがひとつ。

 

「なら尚更調べる場所はシンオウ地方じゃないのか?こことの関係が余計わからなくなったんだけど……」

「いい質問ね。そしてその答えがこの先にあるわ」

 

 シロナさんの言葉を聞いていた時、ふと風の動きが変わった気がして前を見る。するとそこには階段の終わりが見えており、その先に空間があるのが分かる。程なくして階段を降り終えたオレたちを待っていたのは砂漠にいた事を忘れるくらいにどこか涼しく、とても広い空間だった。どこを見ても岩しかなく、別に何か貴重なものがあったりする訳でもない。ただ、この空間の1番奥に何か絵のようなものが書かれているのが見て取れる。その絵を見つけたシロナさんは迷わず歩み寄り、絵に向かって手を向け触っていく。どうも書かれている絵は表面が凸凹しているらしい。

 

(そういえばここに来る前によった場所にも似たような絵があったっけ?)

 

 もしかしたらなにかの暗号なのかもしれない。真剣にその絵を調べるシロナさんはそのまま説明を続ける。

 

「さっき言ってた巨人の話なんだけど、その話には続きがあるの。大陸を引っ張ったと言われる巨人は色々な場所を巡る過程で自分に似た存在を何体も作ったとされているの。あるものは氷山の一角から、あるものは粘土や岩石から、またあるものはマグマから、と言った具合にね」

 

 少し、話が見えてきた気がする。

 

「もちろん巨人が動いていた時に作られたこの……少し矛盾した言い方をするけども、小さな巨人たちもはるか昔に作られた存在。けど、どの個体も今となってはその全ての存在が巨人と戦った伝説と戦って倒された、ないしその力を恐れた人々によって封印されたかのどちらかなの。なぜ倒されたのか?なぜ封印されたのか?原因は大きな力を持っていたからなのか?はたまた無機質故にコミュニケーションを取ることが出来なかったからか?……人や伝説のポケモンと大きな対立があったのか?その経緯に関しては全くの謎なの。だからこそ今回、私が研究のテーマとして取り上げたのがこの巨人伝説。そして……」

 

 凸凹している絵からゆっくり離れ、その凸凹した絵から右に2歩、こちら側に2歩歩きだし、そこでルカリオを呼び出した。

 

「……このためだけに技を入れ替えたって言うのが少し不本意だけど仕方ないわね。ルカリオ、『かいりき』」

「ルオオォォ!!」

 

 シロナさんの近くで吠えるルカリオ。

 

 一見何も無いところで無駄に技を振っているように見えるその行動は、しかし、ルカリオがかいりきを終えると同時に洞窟そのものが激しく揺れ動き、凸凹している絵があったところに穴が空いていく。オレたちは迷わずその穴へ足を進めていく。

 

「……そして、この先にその巨人伝説に関わりのある1匹のポケモンがいる。大陸を引っ張ったという巨人が作り出したポケモンのうちの1匹が……」

 

 現れた穴の奥。

 

 パチリスが照らし出す洞窟の更に奥。暗闇でよく見えないはずなのに、まるでHと読めそうな配置で光る謎の点が激しく主張する。

 

「さて、歴史の真相の一端……触れさせてもらうわよ!!ヒカリ!!ジュン!!」

「「はい!!」」

 

「シジ、ギギギゴゴゴ」

 

「ルカリオ!!」

「「エンペルト!!」」

 

 シロナさんの言葉と巨人の無機質な鳴き声を合図にオレとヒカリは相棒を繰り出す。

 

「さぁ、あなたのこと……教えてちょうだい!!レジロック!!!!」

 

「ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!」

 

 伝説との、探求の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリアがガラル地方にてジムチャレンジを、ジュンとヒカリがホウエン地方で巨人伝説の研究を、そんな新しい旅を順調に進めている時、彼らの故郷であるシンオウ地方でも新たな旅がひとつ、進んでいた。

 

「『リーフストーム』!!」

「ズガイドス!?」

 

 荒れ狂う葉っぱの嵐がズガイドスをうちつけていく。弱点をついた強力な一撃は容易くズガイドスを吹き飛ばし戦闘不能へと追いやっていく。

 

「ズガイドス戦闘不能!!ワタシラガの勝ち!!よってこの勝負、チャレンジャーの勝ち!!」

 

 どうやらこの戦いはジム戦だったようで、たった今その決着がついた所だったようだ。ジムリーダーと思われる男性がバッジを片手にチャレンジャーに歩みよっていく。

 

「いやぁ、見事な戦いだったよ。安心してこのバッジを渡すことができる」

「ありがとうございます!!……けど、今度はジム用のパーティではなく本気で戦ってみたいですね……」

「ははは、その意見はとても魅力的だけど、こればかりは決まりだからね」

「ああ、すいません!!なんか文句みたいになっちゃって……」

「いやいや、君の気持ちもよく分かるから大丈夫だよ」

 

 戦闘後の軽い感想戦。お互い笑顔で続ける会話はとても爽やかで、物足りなさは感じていたもののお互い楽しいバトルができた証でもあるように感じる。

 

「しかし、本当に強かった。まるであの子たちを見てる気分だったよ……」

「あの子たち……まさか?」

 

 チャレンジャーの言葉に頷きながら続きを喋るジムリーダー。

 

「フリア君、ジュン君、そして現チャンピオンのコウキ君。あの3人は強かった……ここのジム戦でもその片鱗を見せてくれたからね」

「やっぱり……」

 

 どこか納得したような顔をするチャレンジャー。そしてすぐにその顔を輝かせ、真っ直ぐジムリーダーを見つめチャレンジャーが言葉を放つ。

 

「俺、ここにはそのコウキさんに挑むために来たんです。噂を聞いて、ぜひ戦ってみたいと思って!!」

「……そうかい」

 

 チャレンジャーの言葉にどこか思う事があるらしいジムリーダー。

 少し考える顔をしだす。

 

「君なら、あるいは……」

「はい?」

「いや、こちらの話だよ」

 

 小さい声はチャレンジャーには聞き取れなかったみたいで、聞き返すもののはぐらかされてしまう。少しハテナを浮かべるチャレンジャーだが、まぁいいかと言った様子で気にしない。

 

「君とコウキ君……うん、いいバトルになりそうだ。楽しみにしてあるから、頑張ってくれ!!マサル君!!」

「はい!!ありがとうございました!!ヒョウタさん!!」

 

 色々な場所で新しい冒険が続いている中、ここシンオウ地方でも確かに、冒険の足は進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




釣り

どうやらユウリさんに新しい出会いが?
誰でしょうね?
ちなみに作者は初見プレイ時、みずタイプを手持ちに入れてないです()

目標

少しずつ明確なものを。
立ち位置的には「経験値いただきます」のあの人に似てるかもしれませんね。

ワタクシ

2回目の登場。
何気にストーリーが重い子。
しっかり書いてあげたい……

巨人伝説

某神と巨人の関わりって意外と深いんですよね。
某神がロック達を倒したというのは神様の持ち物であるプレートは倒した巨人たちの力が与えられたものという説明があることから。
ノーマルタイプのプレートがないということは巨人の王は封印こそされたものの、倒されるまでは行かなかったのかなと。
そうなるとあの特性のない本気の王はどれだけ強かったんでしょうかね?
神が封印までしかできなかったことからかなり強かったのでは?
新作で巨人の話も来てくれると嬉しいなぁと楽しみにしている作者です。

レジロック

少なくとも某神が倒してプレートにされた個体と人間に封印された個体の2体がいたはず。
となるとこの子達はもっと数がいる可能性ありますよね。

シロナさん

ということで1話にてフリアとジュンにしていたおねがいのもう片方は巨人伝説の研究でした。
シンオウにも、ホウエンにも、果てはガラルでも伝わっているので絡ませやすいかなと言う理由からです。
何気にジュンとヒカリの手持ちが少し公開されましたね。
ちゃんと6匹考えてますよ。
……いつ公開されるか分かりませんが。

シンオウ地方

いつだって誰かしらがどこかで新しい冒険を始めてます。
それはもちろん彼もおなじ。
さて、どうなる事やら……









本当ならユウリとワタクシさんの話だけにする予定が、感想欄でシンオウ組の期待がそこそこあったので確かにどこかで出したいと思い、今のタイミングなら少し出せそうと思い追加です。
追加とは言うものの元々この設定は1話の時点で作ってたので後付けという訳でもないんですけどね。
プロットは大まかには作ってあるので……
そしてプラスで最後の人も追加。
旅に出てると前の話で言ってましたよね。
シンオウに来てました。


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26話

お気に入り300、感謝です。

定期更新、内容、頑張って両立させたいですね。

誤字報告もとても助かっています。


「36.5……うん、もう大丈夫ね。大事をとって今日はゆっくり休みなさい。明日からならもう先に行っても大丈夫ね」

「良かった……本当にありがとうございます」

「いえいえ、ではごゆっくり」

 

 体温を計り、昨日の昼手前くらいから下がり始めた熱が完全に下がったのを確認してくれたジョーイさんが笑顔でゆっくりと退室していく。

 

 熱に倒れて2日目。

 

 ボクが体を治すのにかかった期間で、同時にみんなに置いていかれた時間。

 

(明日からやっと動けるようになる……)

 

 ボクの心の中には早く追いつかなきゃという焦る気持ちと、かと言ってここでまた無茶したら怒られそうだなぁなんて言う少し達観した気持ちが混ざったよく分からない状態になっている。あと1日経過観察としてここに留まることが決定してしまっているものの、とくにやることがなく暇を持て余してしまっているのが理由かもしれない。

 

(今頃みんな何してるかなぁ〜……)

 

 ホップたちだけでなく、ジュンやヒカリ、コウキたちのことも考えながら既にボクにとってはおなじみになってしまった天井を見つめていた。

 

『フリア〜、入るよ〜』

 

 そんな時、ボクの横から控えめな音が聞こえる。ふと視線をそちらに向けるとそこにはいくつかの木の実を持ってきたユウリがいた。……もう1人、誰か知らない人も一緒に着いてきてたけど。

 

(……あれ?でもあの人どこかで見かけた気が?)

 

 訂正。全く知らないという訳では無い。

 

 真っ黒に白のラインが入ったシルクハットに少しどくどくしさを感じる濃い紫のスーツのような服に身を包んでいる男性。長い金髪と碧い目がとても特徴的でどこか貴族なような空気も感じるその人。

 

「……ユウリの彼氏?」

「違うよ!?」

 

 怒られてしまった。でもどこかで見たことある気が……?だけど少し思い出せなくて頭がモヤモヤする中、そっとユウリが小声で教えてくれた。

 

「ほら、ガラル鉱山でビート選手に色々言われてた……」

「ああ!!あの時の!!」

 

 言われて思い出すその姿。確かにガラル鉱山にてビート選手に少しきついことを言われて走り出してしまった人と姿が一致する。あの時はシルクハットの周りをモンスターボールが漂っていたのでインパクトがかなりあったけど今は何も浮いていないからそこで気づかなかったのかもしれない。正体がわかったところでモヤモヤは消えた。けどそれはそれで別の疑問が浮かんでくる。

 

「でもなんでここにいるの?」

「それが……」

 

「お初にお目にかかります」

 

 その疑問をユウリにぶつけていたら向こうの方から挨拶が飛んできた。

 

「病み上がりのところ、不躾とは思いますが話に聞くところほぼ完治しているとの事で……彼女、ユウリさんにお願いをして連れてきて頂いたのです。理由はとあることをあなたがたに頼みたいのです」

「そうなの?」

「う、うん……」

 

 少し困ったように返すユウリ。どうもユウリもどうすればいいのか決めかねている様子。一体こちらにどんな要件があるのだろうか?

 

「おっと、その前に自己紹介を……名乗らずに話を進めるのは些か失礼でしたね。ワタクシの名前はセイボリーと言います」

「フリアだよ」

「ええ、噂はかねがね聞いています」

「そ、そっか……とりあえずよろしくね?」

 

 どんな噂として広がっているのかそこのところなかなかに気になるけどとりあえず友好の証として右手をあげて握手の姿勢。何故か一瞬セイボリーさんがギョッとした顔をしたけど何とか握手を返してくる。少しぎこちなかったあたりこういうのは苦手なのかもしれない。もしそうならちょっと悪いことをしてしまった。

 

「それで、要件は……?」

 

 とりあえず挨拶も終わったところで話の本題へ。わざわざここまでするってことはかなり困っているということなのだと思われる。

 

「ええ、それはですね……このバウタウン先のガラル第二鉱山を共に抜けて欲しいのです」

「この先を?」

 

 第二鉱山はこのバウタウンからエンジンシティに戻るために通る道だ。第二鉱山と呼ばれるだけあって、エンジンシティとターフタウンの間にあったガラル鉱山と役割は一緒だ。

 

「実はワタクシ、普段はヨロイ島というここから離れた孤島に住んでいましてこちらに出てくるのは初めてなのです……なのであまり道が分からないせいか迷ってしまうのです。そして第二鉱山もなかなかややこしい構造をしていると聞くのでこのままではワタクシはまた迷子に……ターフタウン前のガラル鉱山では他の方が案内してくれたのですがその方はまだターフスタジアムが突破出来ず、先にクリアしてしまったワタクシだけが先に行くことになってしまって━━」

 

 およよおよよと、なんだか少し悲しげな雰囲気を醸し出しながら喋るセイボリーさん。だけどどこか胡散臭さを感じるそのしゃべり方は、そのまま色々な事情を話していくセイボリーさんの言葉にボクとユウリ、2人揃って少しずつ首が傾いていくくらいには信憑性がなく、正直本当にこの人のことを信じていいのかというあやしさを残している。

 

 ただ胡散臭い話で固められていてとても分かりづらかったものの、セイボリーさんのお願いを簡単にまとめてしまえばガラル第二鉱山を一緒に抜けて欲しいというただそれだけのお願いだった。ユウリと顔を見合わせて少しの間考えた後、ボクたちが出した答えはOK。ボクらの答えを聞いたセイボリーさんはそれはそれは嬉しそうな顔で喜んでくれていた。

 

「ありがとうございますおふたりとも!!……これであいつがいたとしてもこの2人に押し付けてその隙に抜けることができる……ふふふ、なんてエレガントでマーベラスな作戦!!

 

 ……うん、上手く聞き取れなかったけどやっぱり胡散臭さは全く消えないね。まぁ、ボクたちに害があることとか、厄介なことを企んでいるわけではなさそうだし別に大丈夫……かな?

 

「あ、ただセイボリーさん。病み上がりでまだまだ本調子じゃないので出発は明日にしたいんですけど大丈夫ですか?」

 

 ボク個人の体調としては今日から出発でも全然問題はなかったりするんだけど……

 

「……?」

 

 物凄くいい笑顔でこちらを見つめてくるユウリの後ろに般若の影が見え隠れしているので出来ればこのまま穏便に済ませておきたい……。

 

「えぇ、そういうことでしたら構いませんよ」

「良かったです。では明日の朝にガラル第二鉱山入口に集合でいかがでしょう?」

「分かりました。ではまた明日お会いしましょう。失礼します。そしてお大事に……」

 

 そのままドアの方へ歩き出し、セイボリーテレポートと言うよく分からない言葉と共に部屋から出ていった。

 

「な、なんというか……不思議な雰囲気の人だったね」

「うん。私も案内しただけなんだけど……どっと疲れが吹き出してきがするかも」

 

 苦笑いを浮かべながらベッドの横の椅子に腰掛け、外で何かを買ってきたのか紙袋をガサゴソと漁り出すユウリ。

 

 ボクが寝込んでいた間こうやってお見舞いの果物を買ってきてくれていたのであんまりこう思ってしまうのは良くないかもだけど、一種の日常みたいに感じかけていたりする。なんて言うか、様になっているとでも言えばいいのだろうか。どこかこうやって看病する姿が良く似合う。……料理は致命的なので残念ながら果物を切るのは専らキルリアにお願いしているけどね。ポケモンセンターで流血沙汰は流石に起こす訳には行かないからね……。

 

 そんなこんなで取り出してくれたモモンのみを中心とした甘い木の実をいくつか取り出したユウリはキルリアに渡してキルリアが切り分けていく。綺麗に切り分けられた木の実の山をみんなで食べるために手持ちのみんなも呼び出しちょっとしたお菓子タイムみたいになっていた。もちろんボクたちも美味しく頂いており、甘い果物を食べながら2人でお話していた。

 

「本当にありがとね。この間にボクの手持ちのみんなの世話とかしてくれて」

「気にしないで。色々お世話になっているお礼みたいなものだから……それに、こういう時はお互い様だよ」

 

 あまりボクからなにかしてあげた覚えはそんなにないけど今は大人しく受け取っておこう。

 

(その代わり、次に何かあったらちゃんとお返ししてあげないとね)

 

 ユウリの気に入るものでも探してみよう。

 

「あ、そうそう。他にもフリアに色々話したいこととかあってね?」

「なになに?」

 

 さらにガサゴソと紙袋を漁っていくユウリ。もしかしてプレゼントとかお土産でも買ってきてくれたのだろうか?

 

「はいこれ。バウタウンの市場って言ったらこれも有名だなぁって思って……記念に貰っておいて」

「これは……おこう?」

「さざなみのおこうだよ」

 

 水色の小さな丸い、少し穴の開いている器をユウリから貰う。その器からはバウタウンに到着してすぐの時に、海から漂ってきた優しく、少し不思議な感覚を覚える香りがかすかに漂っており、個人的には心が安らぐいい香りだと感じた。確かにこれは有名になってもおかしくない良いものだと深く納得。他のラインナップもきになっちゃうところだ。

 

「いい香り…ありがとうね。看病だけじゃなくてこんなものまで貰っちゃって……」

「いいのいいの。本当だったらジムの後バウタウン観光するなんて言ってたのに出来なくなっちゃってたから、せめてこれくらいは〜って思ってね。気に入ってもらえてよかった」

 

 ボクが気に入ってくれたのが良かったのかほっと安堵の息を吐きながら朗らかに答えるユウリ。

 

 本当によくできているお香で、見た目も凄くよく、部屋に飾ればお香としてだけでなくひとつの家具としてなかなかにオシャレな雰囲気をかもし出してくれそうだ。ジュンとかにはあまり向かなさそうだけどヒカリなら喜んで受け取ってくれそう。もしまた暇ができそうならまたここの市場をじっくり見るのはいいのかもしれない。

 

「それと、フリアに見せたいものがもうひとつ!」

「うんうん」

 

 楽しみという空気を感じさせながら待っているとユウリが腰のホルダーから1個のモンスターボールを取りだした。どうやら今きのみを食べている子がユウリの手持ち全員という訳では無いみたいだ。

 

「フリアが寝ている間に私も次のジム戦……カブさんに対してどうするか考えてたんだけど……やっぱり先を考えてみずタイプの子が欲しいなって思ったの」

「みずタイプが有利に働く相手はカブさんだけじゃないもんね〜……」

 

 やっぱり1番はリザードンを使うダンデさんの対策。そこを考えると持っておいて損のないところだ。

 

「それで最近は釣りの時間増やしてたんだけど……そこで出会ったのがこの子なの」

 

 手のひらの上でパカッと開いてユウリの膝の上に出てきたのは土色の体に少しボロボロに見えるヒレが特徴的なポケモン。さかなポケモンのヒンバスだった。

 

「……おぉ、この子か〜」

「ヒンバスって言うらしいんだけど……ってフリアは知ってるの?」

「うん、まぁね。でもこうして出会うのは初めてかもしれない……」

 

 ヒンバス。

 

 体がボロボロに見える貧相な見た目だが、その実かなりしぶとい生命力をもち、海水だろうが淡水だろうが、ほんの少しでも水があればこの子は生きていける。そんな凄い子ではあるものの、やっぱり見た目が見た目なためかほとんどの人はこの子をしっかりと育てたり捕まえたり、見たりすることなく過ごしていくだろうポケモンだ。

 

 そのくせこのヒンバス、やたらと珍しく、一時期この子を釣り上げようと何日も粘った時があったんだけどついぞ出会うことはなかった。生息場所こそ分かってはいるんだけど……どうも同じ水の中でも周期的に場所をかえ、かつヒンバス自体が群れで固まっているのかピンポイントでしか釣れないらしい。

 

 それほどまでに珍しいポケモン。

 

 テレビとか、メディアではその見た目のせいかあまり表に出てこない子だけど詳しい人にとってはむしろ普通のポケモンよりも詳しく覚えている人もいるかもしれないレベルのポケモンだ。

 

 ……特にボクやジュンみたいなシンオウ地方出身の1部のトレーナーにとっては絶対に無視出来ない存在。なぜならこの子の進化系はあのシロナさんの手持ちの1匹でもあるとても美しく、強力なあの子になるのだから。もっとも、詳しい進化方法に関してはシロナさんの気持ちを尊重してか余り喋らないせいもあり進化はするものの条件が分からないという状態になっている。そのためシンオウ地方でもその全容を知ってる人というのはかなり少なかったり。

 

「フリアでも初めてだなんて……ってことはこの子、とても珍しい子なの?」

 

 それがこちら地方になればあまり知られていないのは当然で、ユウリもこのポケモンの秘めた力は知らないみたいだ。正直に言えば気づきようがないというのが感想ではあるんだけどね。ボク自身、シロナさんに教えてもらうまで想像だにしなかったし、それ以上によく一番最初に見つけた人はよく気づけたなと感心したほどだ。

 

「とっても珍しくて、とても頼りになるいい子だよ」

 

 頭を撫でながらそう伝えるとヒンバスが気持ちよさそうに目を細めながら鳴く。こうやって触れ合ってみるとやっぱりポケモンってどんな子でも可愛いなって思ってしまう。だれだ、貧相だなんて失礼なことを言ったやつは。

 

「そうなんだ!?フリアがそう言うってことはこの子、実はとても強かったり……?」

「さぁ、どうだろうね?」

「むぅ……なんかフリアが意地悪だ」

 

 ごめんごめんと笑いながら返すボク。というのも一時期シロナさんのミロカロスがヒンバスの進化系だという話がわかった瞬間、みんなが手のひらを返すかのようにヒンバスを求めて少し問題になった時期があった。シロナさんが進化方法を公表しなかった理由のひとつでもある。

 

 さすがにユウリがそんなことするはずはないとわかっていてもついつい癖で言葉を少し選んでしまう。シロナさんにもあまり広めないで欲しいと頼まれたこともあって余計にだ。

 

「ユウリってその子とどんな出会い方したの?」

「どんな……う~ん……気づいたら横にいたとしか……こっちをじっと見つめてたからついつい一緒に行かないって」

「釣ってすらないんだ!?」

 

 かなり人懐っこい性格なのか、はたまたユウリに何か思うことがあったのか。どちらにせよヒンバス側からのアプローチがあったという事なんだろう。

 

(だったら……看病のお礼も込めてお返ししておこうかな?)

 

「どうしたのフリア?」

 

 自分のリュックをガサゴソとあさりだすボクを見て疑問を浮かべるユウリだけど気にせず目的のものを探す。風邪で寝込んでいたとはいえずっと寝ていたわけでもないし、暇な時間はかなりあったからあまり動かなくてもできることはいろいろやっていた。そのうちの一つが……

 

「はい、ボクからのお返しもしておかないとね」

「ポフィン?この間に作ってたの?」

「何もなくて暇だったからね。勿論風邪が収まってから作っているからそこのところは大丈夫だよ?」

 

 袋に詰め込まれているたくさんのポフィン。

 

 色とりどりのお菓子たちは作ったボクから見てもオシャレだし美味しそうに見える。そこには今すぐに食べたくなる不思議な魅力が詰まっており、ユウリもすぐに食べたそうにしている。勿論今すぐに食べてもらってもいいんだけど……ボクがこれをプレゼントした一番の理由はちゃんと伝えておかなきゃね。

 

「ユウリ、そのポフィンのうちの青色のものがちらほらあると思うんだけど……」

「うん、何個かあるね……」

「その色分けって一応味ごとに分けていてね?例えば甘さが強いものはピンク色に、渋みが強めなものは青色にって感じで味ごとにちょっと着色してわかりやすくしているんだけど……」

「あ、この色分けってそういう意味だったんだ。この前貰った時はそういうのなかったけど……」

「人やポケモンによって好みは違うからね。みんなにあげることを考えたらこっちの方がいいかなって。それで話の続きなんだけど……みんなで食べるとき以外にもヒンバスにはこまめに青色のポフィンを食べさせてあげてね?」

「青色っていうと……渋いポフィン?これをヒンバスに食べさせるの?」

「うん、そうだよ。できる限りこまめに……最低でも毎日一個は絶対に食べさせてあげて?無くなったらボクに言ってくれたら追加で作ってあげるからさ」

「うん、いいけど……どうして?何か理由があるの?」

 

 ずっと不思議そうな顔をしているユウリだけどここはボクからの説明は一切なしだ。だってその方が面白いと思うし、何より驚くユウリの顔が見てみたいからね。

 

「それはこの先のお楽しみってことで!!」

「ええ~気になる……」

「まぁまぁ。ボクが言ったこと忘れないでね?」

「うん、わかった。……じゃあ早速ヒンバス、はいどうぞ」

 

 渋々理解したといった顔でヒンバスにポフィンを上げるユウリとその姿を少し微笑ましく、そして未来を少し楽しみにしながら、その光景をボクは眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お世話になりました!」

「いえいえ、体調が元に戻ってよかったです。ジムチャレンジ頑張ってくださいね」

「はい!!」

 

 翌日の朝。

 

 ジョーイさんにお礼を言ってポケモンセンターから退出するボク。

 

 たった3日ほど出てなかったというだけでなんだか外がとても久しぶりに感じてしまう。自動ドアを抜けると3日ぶりのお日様の日差しと潮の香り。これは絶好の旅立ち日和だ。……今日進むところは鉱山の中だからお日様はすぐにおかえりいただくことになるけどね。

 

「あ、フリアこっちこっち!」

「おはよ~ユウリ」

 

 ポケモンセンターから少し歩けば近くのベンチの上で朝ごはんの代わりなのか早速ヒンバスにポフィンをあげているユウリの姿。

 

 ボクが内緒にしていることが気になるのかしっかりといいつけは守っているようだ。二人の仲もよさそうだし、育成の才能も高いユウリのことだからなんだかんだで答えを見る日は遠くなさそう。その時の驚いた顔が楽しみである。

 

「体の調子はどう?」

「もうすっかり。昨日余分に一日多く休んでいるからね。おかげで元気いっぱいだよ。一日くらい貫徹しても━━」

「ん~?」

「━━大丈夫そうだけど今度からはちゃんと体調管理気を付けないとね!!」

 

 一瞬空気が絶対零度で凍った気がしたけど気のせいだろう。

 

「もう、みんな心配していたんだから今度からちゃんと気を付けてね?」

「あい……ホップたちにも大丈夫ってこと伝えなきゃなぁ」

「一応ホップとマリィにスマホロトムでメールは送っているけど……二人とも元気になったフリアの顔見たいと思うから今度会ったときちゃんと言わなきゃだね」

「そのためにも早く追いつきたいなぁ」

「だったらなおさら体調管理はしっかりしなさい!」

「わ、わかってるって」

 

(あれ?ボクの方が旅人としては先輩のはずなんだけどなぁ……)

 

 なんだかこの2,3日ほどで先輩としての威厳は消え去っていった気がする……。もともとなかったかもしれないかもしれないけどそこは気にしない。そんなことないったら絶対ない。……はず。

 

「おや、皆さんもう集まっていましたか」

「あ、セイボリーさん。おはようございます」

「ええ、おはようございます」

 

 そんなこんなしていたらセイボリーさんも合流。集合予定時刻より少し早いものの全員しっかり集合完了。シンオウ時代ではありえなかった状態にちょっと感動だ。

 

「さてと、みんな準備はいい?」

「うん、大丈夫だよ!」

「ええ、ワタクシもいつでもいいですよ」

 

 ヒンバスをボールに戻し、カバンを背負いなおしたユウリが。自慢のシルクハットの位置を正してその周りにボールを浮かばせ始めたセイボリーさんが。 準備万端とばかりに答えてくれる。

 

「じゃあ行こうか」

 

 いつもとちょっと変わった不思議なパーティで、ボクたちはバウタウンから足を動かしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




セイボリー

ということでセイボリーさんがパーティに。
彼が加わったことでどうなるんでしょうかね?

ユウリ

なんかフリア君が尻に敷かれ始めてる……どうしてこうなった。

ヒンバス

ということでユウリさん四体目の仲間はヒンバスです。
本来ならバウタウンで釣ることはできませんが……図鑑説明読む限り別にいてもおかしくなさそうだったので登場です。
進化方法は実機とは違いますが作者の初めてのポケモンがルビーだったのでやっぱりヒンバスの進化と言えばこの方法かなと。
ポフィン大活躍。




フリア君の相棒考察が出てて少し頬が緩んでしまいますね。
一応ここまででそこそこのヒントは出ています。
一番大きいのはやっぱり預かり屋の時でしょうか?
他にも一応ヒントは出てます。相棒だけでなくほかの手持ちや未来の手持ちも想像していただけたら嬉しいなと。
ただやはり正解は本編でちゃんと出したいと思いますので返答は曖昧になると思いますがご了承ください。
私自身も早く教えたい気持ちが募っていきますのでモチベはかなり上がってたり……
皆さんの予想を読むのは楽しいので予想に関してはこれからも言ってくだされば喜びます。

以上、予想感想が増えてきたので言っておいた方がいいかなと思い、書かせていただきました。

書いてくださった方、改めて感謝です。
予想も含めて楽しんで頂けたら。
もちろん、予想感想も大歓迎です。

次回、ガラル第二鉱山突入です。











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27話

UA20000突破。
感謝です。

今日公式でようつべに投稿されたアニポケセレクションはゲッコウガVSジュカインでしたね。
いつ見てもこれは神回。
何回見ても鳥肌が……
こんな描写ができるようになりたい。


「イーブイ、『でんこうせっか』!!」

「ヒンバス、『うずしお』!!」

「ヤドン、『ねんりき』です」

 

 3人のそれぞれの手持ちがカムカメやコソクムシ、カメテテと言ったこの第二鉱山に住むみずタイプのポケモンを的確に追い返していく。

 

 ボクとユウリはこの機に仲間になったばかりの仲間の特訓を兼ねての選出だけど、セイボリーさんは見たことの無いポケモン……訂正、見たことはあるけどいつもと姿が違うポケモンを繰り出しており、気になったボクは思わず図鑑を掲げてしまう。

 

 図鑑によるとこのポケモンはガラルヤドン。

 

 ヤドンはヤドンでも頭のてっぺんほぼ全てが黄色で染まっている。と、同時に尻尾も同じ色で染まっているんだけどどうやら食べているきのみが原因なのだとか。ヤドンのしっぽはどこの地方でも食材として食べられているんだけど、このヤドンのしっぽはスパイシーなんだとか……食べているきのみが辛いものばかりなのかな?

 

 ちなみにタイプはエスパータイプ。

 

 こうやって図鑑でしっかり調べておかなかったらみずタイプだと勘違いしたまま戦うことになっていたかもしれない。こういう野生バトルや野良対戦ならいいんだけど大会でのバトルとなるとあたりまえだけど基本道具なんて持ち込まないから図鑑も持っていくことはない。それはつまりこんな感じで図鑑で調べてから相手のタイプを知って弱点をつくという戦い方ができないという事。相手のタイプがわからないなんて致命的もいいところだ。もちろん初見の敵と戦うことも想定すればアドリブが聞く方が便利ではあるんだけど、だからといってそれは下調べを怠る理由にはならないしね。なかには初見でタイプが絶対分からない子もいるし。ゴルーグなんて初見でタイプわかる人絶対いないよ……

 

「このガラルヤドンはワタクシの住んでいるヨロイ島に生息しているポケモンなんですよ。ワタクシの大事な相棒です」

 

 ボールに戻しながら言うセイボリーさんの表情は穏やかで、今までのどこか胡散臭さを感じる表情とは打って変わって、自分の手持ちをちゃんと大切にしている人の顔だった。

 

「こんな顔もできるんだ……」

「失礼だよ……って言いたいけど、気持ちは分かるなぁ」

 

 ユウリの言葉にツッコミを入れるけど、確かに昨日の彼の顔を見ていたらとてもじゃないけど、中身が同じ人間だとは思えないくらいには落差があった。もしかしたら想像よりいい人なのかもしれない。

 

「んん、さて……行きますよ。時間は有限なのです」

「分かってますよ……って、先々行ってますけど本当に道分からないんです?」

「分からない割には私たちの前を歩いているような……」

「そ、そんなことないですよ?……これはあれです!この中で1番強いであろうワタクシが露払いをしようと言うわけですよ!!」

「「は、はぁ……」」

 

 なんて思っていたらまたいつもの胡散臭さいモード突入。

 

 う〜ん……やっぱりよく分からない。そんな感じでボクとユウリはなんだか微妙な空気感を感じながら3人で再びガラル第二鉱山を歩き始めて行く。

 

 ガラル第二鉱山。

 

 バウタウンとエンジンシティを繋ぐこの場所はガラル鉱山と役割は一緒で鉱物を採掘する場所となっている。ただ、同じ鉱山と言ってもその内部は大きく違っており、ガラル鉱山が暖色の蛍光灯が多く、ゴツゴツした明るい工事現場という雰囲気が強い場所なのに対して、このガラル第二鉱山は照明が少ないのか少し暗く、取れる鉱物も寒色系のものが多いのか鉱山内も寒色系の雰囲気を醸し出している。海が近いせいか、第二鉱山内に池や水たまりがいくつも点在しているのもガラル鉱山との大きな違いのひとつだろう。みずから反射している光によって洞窟内が照らされているというのもこの第二鉱山が少し暗く、しかしどこか神秘的に移るこの場所を演出する手助けになっている。

 

 そして何よりも違うのがやっぱり出てくるポケモンの種類。さっきも言った通り海が近いせいか池や水たまりが沢山あり、そこを住処とするみずタイプのポケモンがそこそこの数確認されている。さっきであった子たち以外にも、カラナクシやドジョッチ、ヘイガニが少なくとも確認できている。

 

「う〜ん……釣りを教えた意味がなかった気がする……」

 

 釣りなんていう面倒なことをしなくてもここに来ればそれだけで簡単に、しかも釣りよりも圧倒的にたくさんの種類と出会うことができる。いや、正確には釣りが面倒臭いという訳では無いんだけど、少なくとも冒険初心者に対してはこんなにもひとつのタイプに出会いやすい場所があるのにわざわざ苦労の多い方選ぶ必要なかったなぁと思わずにはいられない。

 

「そんなことないよ?おかげでこの子と出逢えたし、なんだかんだで釣りも楽しかったもん。ね、ヒンバス」

「ヒン〜」

「そっか。なら良かった」

 

 戦闘を終えたヒンバスを抱き抱えながらそういうユウリの表情はとても穏やかで、抱えられているヒンバスの表情もかなり嬉しそうだ。見ているこっちまで少し暖かくなってしまう。

 

「出会ったばかりとは思えないほど仲良くなってるね〜」

「それはフリアもでしょ?」

「え?」

「ブイブッ!!」

「っとと、はいはい。よっこいしょと」

 

 ユウリの言葉の後に聞こえるボクを呼ぶ声に視線を下に向けると、器用に後ろ足だけで立ちながら前足でボクの脚をカリカリと軽く引っ掻き、甘えてくるように鳴いているイーブイの姿が。

 

 バウチャレンジの時にいきなり飛びついて少し危なかったのをちゃんと覚えていたのか、今回はこうやってボクにお願いしてから定位置の肩の上に乗せてもらうように行動してきた。こういう所をちゃんと学習できるうちの子はほんとにいい子たちばかりだ。

 

「よしよし」

「ブイ〜……」

「ほら、仲良い」

「みたいだね」

 

 撫でてあげるとこちらもヒンバスと同じように嬉しそうにしているイーブイ。ほんとに可愛い子だ。

 

「仲のいい旅仲間……別に羨ましくはないのですよ」

 

「……?セイボリーさん、なにか言いました?」

「いえ、何も言ってませんよ。そんなことよりも、あまりゆっくり歩いているとここを抜けられませんよ」

「っと、そうですね。少しペースあげましょうか」

 

 かなり広いとはいえ、一応ガラル鉱山よりも狭くはあるこの第二鉱山は1日あれば十分抜けることはできそうなくらいの規模ではある。ここまで順調に来ているし、少しくらいペースを上げても問題はないだろう。もっとも、こちらもガラル鉱山と同じように足元は悪く、視界もかなり制限され、かなり入り組んでいるため、初めてここを訪れた人はなかなかに迷ってしまうだろう構造をしているから注意は必要だけど……。確かに方向音痴の人は出口にたどり着けずに、その間に野生のポケモンにどんどん手持ちの体力を削られ、戦えなくなってしまい、あなぬけのひもでバウタウンに戻って体制を立て直さざるをえない。なんて状況においやられ……を繰り返して永遠と前に進めないなんて状況が予想されそうな雰囲気はある。

 

 ……けどやっぱりセイボリーさんの言葉が凄く引っかかる。

 

 あの発言はこの鉱山を1日で抜けることができる距離というのを分かってないと出ない発言のような……?

 

 相変わらず拭えない疑問を抱えているボクたちのことなんか気にもせずさっさと歩き始めるセイボリーさん。さきさき前に進むのはいいんだけどなんかこの先の道に変なものが転がってる気が。

 

「ねぇ、ユウリ……あれなんだと思う?なんか図鑑にも反応があるんだけど……」

「私も気になってた。あの半分赤くて半分白いちっちゃいモンスターボールみたいな球……図鑑で反応があるなら調べられるかな……?」

 

 ユウリが懐からロトム図鑑を取りだしてかざす。するとすぐに解析結果が表示される……けど内容を全部理解するよりも先にその赤白の物体をセイボリーさんが踏みそうになって……

 

「セイボリーさん!ストップ!!」

「えっ?」

 

 忠告を急いでしたものの間に合わず、赤白の物体を踏み抜く。そして……

 

「アウチッ!?」

「「セイボリーさんっ!?」」

 

 セイボリーさんの足首を飲み込まんばかりになにかかかじりついていた。まるでそれはトラバサミのような見た目をしておりいかにも痛そうな歯がセイボリーさんの足首に……

 

「って観察してる場合じゃない!!イーブイ!!『スピードス━━』!!」

「ヒンバス!!『うずし━━』」

「ノーッ!!」

「ちょ、セイボリーさん動かないで!?」

「狙い付けられない……」

 

 足をぶんぶん振り回し噛み付いている何かを無理やり引き剥がそうとしているけど、そんなことをされた噛み付いた側のポケモンは対抗意識を燃やしだし、さらに強く噛み付こうとする。その痛みに耐えきれずセイボリーさんがさらに暴れての悪循環。

 

 さっき答えを言っちゃったけどこの噛み付いているのは実はポケモン。

 

 地面に埋まって赤と白のちっちゃなモンスターボールのようなものだけを地表に出し、それを餌として通ったものに噛み付くという変わった習性を持つそのポケモンの正体はマッギョ。それもガラルの姿で、原種が踏んできた敵をしびれさせる地雷だとすれば、こちらの見た目はまんまトラバサミ。

 

 鉄分を豊富に含む泥の中で生活していた結果、体の表面が薄い鋼でコーティングされており、頭やしっぽの先にあったヒレもトラバサミの歯のような形に変異していた。ちなみにあの赤と白のちっちゃなボールの正体はガラルマッギョの唇だ。

 ……そりゃ唇踏んづけられたら攻撃してくるよね。

 

 タイプはじめん、はがねタイプでどうやら原種よりもさらに攻撃的な性格になっているのだとか。

 

 じめんタイプがあるなら尚更ヒンバスの攻撃を当ててあげたいんだけど……かなり痛いのかセイボリーさんはパニック状態のまま暴れてしまいボクたちの声が届かない。

 

 どうにかしなくちゃなんて考えている間に走り回ったり転げ回っているセイボリーさんがとうとう危惧していた状況にぶつかる。それは……

 

「再びアウチッ!?この硬い岩はなんですか!?」

「……フリア、どうしようこれ」

「あ、あはは……これはまずい……」

「ん?おお!!今ぶつかった勢いでトラバサミが取れましたよ!!足が取れるかと思いました……って、おふたりともどうしたのです?もしかして、ワタクシのエレガントな脱出劇を見て感動を━━」

 

「ガメェ……」

 

「━━おや?」

 

 セイボリーさんの後ろにたち、こちらをギロリと睨みつけてくる影。その影はとても見覚えがある……というかつい先日死闘をくりひろげたばかりの相手。

 

「ガメェェェッ!!」

 

 野生のカジリガメだった。それも単体ではなくカジリガメの群れ。

 

 ルリナさんに育てられ、躾られたあの優秀なカジリガメではなく、野生の中で生きてきた凶暴な個体。そもそもカジリガメ自体が気性の荒いポケモンであり、そのポケモンをあそこまで育て上げることのできるルリナさんの手腕が凄いだけだ。そんなポケモンに事故とはいえ思いっきりぶつかってしまえば……

 

「「「「「ガメェェェェェエエエッ!!!!」」」」」

「「うわああああああっ!?」」

「テ、テレポートォォォォォ!!」

 

 こうなるのは当たり前の結果である。

 

 いきなり暴れ出すカジリガメの群れ。みずでっぽうや、がんせきふうじ、シェルブレードをやたらめったらに繰り出してくるその姿は普通に1体1で戦う分には全然捌けるし、ルリナさんの手持ちの比べると威力も全然だけど、こうも数の暴力で来られると逃げるしかない。

 

 後ろから聞こえる水しぶきの音や岩のぶつかる音、地面が揺れ、削れる音など物騒な破壊音が後ろから迫ってくるのが無茶苦茶怖い。頑張って逃げ回るけどここで更なる問題が……

 

「何このマッギョの数!?」

「こ、ここ走ったら絶対噛まれる……」

「もうあの痛みは勘弁ですよ!?」

 

 どこかで逃げる道を間違えたのかボクたちの目の前にはさっき見た赤と白のボール……ガラルマッギョの唇の畑が広がっていて、とてもじゃないけど進めない。正確には進めるだろうけどこれを避けながら進もうとすると間違いなく後ろのカジリガメの群れに追いつかれてしまう。

 

「ええい!!前がダメなら横に行けばいいのです!!こちらに!!」

「セイボリーさん、ちょっと待って!!」

「そっちはそっちで━━」

「フギャッ!?」

 

 横に逃げようと走り出すセイボリーさんが再び何かにぶつかる。

 

 それはウミウシポケモンのトリトドン。

 

 すやすや寝ているところにぶつかられたのが苛立ったのか周りに岩が浮き上がっていく。

 

「フ、フリア……これって」

「うん……『げんしのちから』、だね」

「……ということは」

 

「ポワァァァア!!」

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

 

 飛んでくる岩に対してジメレオンを呼び出しみずのはどうで迎撃。何とか岩を打ち砕き、攻撃を阻止する。けど岩を砕いてそのまま突き抜けていくみずのはどうが不自然にトリトドンへと吸われて行く。そしてそのままみずのはどうのエネルギーを体に受け、()()()()()()()()()()()()()()()()()の姿が……。

 

「よりにもよってよびみず!?」

 

 よびみずはみずタイプの攻撃を吸収して自分の力に変えてしまう特性。

 

 トリトドンがこの特性を持っているのはよく知っていたけど思いのほかジメレオンのみずのはどうの威力が高すぎたのか、まさかのげんしのちからをつきぬけて吸収されてしまった。これがねんちゃくとかの別の特性だったら困らなかったものの、ここの運も最悪な様子。さっきよりもからに火力の上がったげんしのちからが再び飛んでくる。

 

「もうやだぁ!!」

「ユウリ!!とにかく逃げるよ!!セイボリーさんも!!」

「なぜこうなるんですか〜っ!!」

 

 飛んでくる攻撃をとにかく避けながら、もうこうなっては仕方ないと賭けに出るかのようにマッギョの上を走り抜ける。どうやら反射神経はそんなにいい方では無いのか、ボクたちが走り抜けたあとから起動していくトラバサミたち。そして起動したトラバサミが地表に出てきたことによりボクらに飛んでくるはずだった攻撃がガラルマッギョに直撃。その事に怒りを覚えたガラルマッギョまでもがいっせいに攻撃を放ってくる。

 

 何故かボクたちに向けて。

 

「なんでこっち狙ってくるのさぁぁぁぁ!!」

「やだやだやだやだぁぁ!!」

「ワタクシの心はサイコブレイクゥゥゥウ!?」

 

 鉱山内に木霊する3つの叫び声。反響するその声にまるで自分から出てるとは思えないなぁなんて場違いなことを考えながらボクたちはひたすら駆けた。

 

(とりあえず元凶のセイボリーさんをしばかなきゃ……)

 

 そんな少し黒い決意を固めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ここまで来れば大丈夫かな?」

「ひゅぅ……ひゅぅ……全く、恐ろしいやつでした……」

 

 モンスターハウスと言わんばかりの大群に襲われ、どれだけ逃げたか分からないくらいの長時間走り続けた私たちは物陰に入り込んで周りの状況を伺っていた。あまり体力に自信がある方じゃない私とセイボリーさんはもう息が上がっていて、しばらく休まないとろくに動ける気が全くしない程疲労していた。

 

 正直いつしかのイワークに追いかけられていた時よりも何倍も怖かったし疲れちゃった……

 

「ですがもう追ってきていないみたいですね……フフフ、ワタクシのサイコパワーに恐れをなして逃げたのでしょう」

「セイボリーさん、殴っていいですか?」

「ホワイッ!?」

 

 勿論本気でそんなことするつもりは無いけど言うくらいなら許して欲しい。だって絶対元凶この人だもん……。ただ、さっきの発言も単純に空気を和ませようとか、あまり気負わないようにしようとか、そういったほんの少しの優しさは感じ取れた。どうもこの人、胡散臭さはあるもののどちらかと言うと不器用なだけで根はいい人なんだと思う。今回の件も自分に非があるとはちゃんと認めてはいるみたいだし、それを言ったらちゃんと止められなかった私たちのせいでもあるわけだからここはいいっこなしだと思う。

 

「しかし、ここがこんなに危ないところとは思いませんでした……」

「それについては同感かも。まさかあんなにみんな気性が荒いなんて……」

 

 他の人がどうやって突破して行ったのがすごい気になっちゃうところだ。

 

「とりあえずもう少し休もう。手持ちのみんなもしっかり回復させてあげて、次はこうならないように慎重に。たとえ同じ状況になっても少しは戦って抑えられるようにならないと……」

「ええ、その意見に賛成です。何よりもワタクシたち自身の体力をしっかり回復させなければ……」

 

 セイボリーさんの同意も得られたことだし、ここで一時的に休憩をとることに。テントも貼れるけどさすがにここで建てる訳にはいかないので手持ちを呼び出しはするけどこっそりと静かに休憩する。少し横を見ればセイボリーさんも手持ちをみんな呼び出し、きのみをあげたり撫でたりしていた。そして反対側の横にはフリアが……

 

「……あれ?」

 

 いると思ったら誰もいない。ジメレオンたちの影も見えない。周りを見渡す。やっぱりいない。

 

「どうかしました?」

「あの……フリア、見ました?」

「フリア、ですか……確かに見受けられないですね。もしやテレポートで1人だけさっさと逃げて……」

「フリアがそんなことするわけないの。あなたと一緒にしないで」

「なんだかワタクシに対する当たりが酷くなってません!?」

 

 預かり屋のあの時に誰よりも真っ先に立ち向かう様な性格の人がそんなことするはずもない。しかし周りを見渡しても人影なんでどこにもなくて。それはつまり何を表しているかと言うと……

 

「……はぐれた?」

「まぁ、真面目な話。そういうことになりますよね」

「そ、そんなぁ……」

 

 今第二鉱山のどこにいるのかいまいち把握ができないこの現状。まだまだこの先の道のりは険しいと見て取れるのにここに来てまさかの1番頼れるフリアと離れ離れというハプニング。そして何より……

 

「セイボリーさんと2人だなんて不安しかないよ〜……」

「それどういう意味ですかね!?」

 

 なにか喚いているけど無視してこの先どうしようか考える。自分たちがいる場所が分からない以上、下手に動くのは危ない気もするし、だからといってここでじっとしているのも違う気がする。せめて出口からどのくらいの場所かくらい分かればまだ方針の基準くらいにはなるんだけど、それすら分からないからどう動くのが正解かわからない。

 

(こんな時フリアならどう判断するんだろう……)

 

「っつつ」

「え?」

 

 頭の中でうんうんうなっていると急に聞こえた少し甲高い声。振り返ってみるとセイボリーさんが足首を抑えて少しうずくまっていた。

 

「セイボリーさん!?」

 

 慌てて近づいて足首を見させてもらう。そこには先ほどマッギョがかみついていた場所に歯の痕がきれいにくっきりと残っていた。よくよく考えたらあんなのがかみついていたらこんな痕がつくのなんて当たり前だ。たぶんここまで走って来られたのは一種の興奮状態だったから。それが切れた今、常にじんじんと熱を持った痛みに襲われ続けているはず。カバンからすぐに簡易的な治療道具を取り出していく。

 

「わ、ワタクシはこれくらいの傷……」

「いいから、じっとしてて。ひどくなったらいよいよ動けなくなっちゃうよ」

 

 応急措置をてきぱきと進めておき、とりあえず大丈夫なところまでもっていく。かみつかれてすぐに離したおかげでそこまでひどくはなっていないからすぐに治るとは思うけど、早くポケモンセンターや、宿屋で休ませてあげたいのが現状。かといって今どこかわからないのに無理やりセイボリーさんを動かすわけにも行かない。いよいよもって詰まってきた。

 

 そんな時に聞こえるザクッザクッという足音。

 

「「ッ!?」」

 

 一瞬で私とセイボリーさんの表情が強張る。ここはまだ鉱山の中。もし今野生のポケモンに襲われでもしたら……たとえ野生じゃなくても悪質なトレーナーでもやばい。一瞬フリアが来てくれたかもなんて考えたけど、そんな都合のいいことが起こるなんてとてもじゃないけど思えない。そして今、セイボリーさんは足を負傷している。

 

(逃げられない以上倒すしかないから……)

 

 そっとモンスターボールを構える。誰が、なにが来ても大丈夫なように……

 

 どんどん近づいてくる足音。そしてついにその足音の正体が姿を現す。人影が出てきた瞬間ラビフットを繰り出そうとして……

 

「おや、君たちは……」

「……カブさん?」

 

 まさかの登場人物に私たちの時は止まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二鉱山

ガラルマッギョに最初吃驚しました。
結構大げさな書き方かもですけど、旅の序盤でトラバサミがあるところ歩かされるってなかなか危険だと思うんですけど……

セイボリー

なんか書いててネタキャラに……なぜこうなった……
でも元々ネタみたいなところもあったし少しくらいなら許されそう……




他の方のいい作品読むと自分も頑張らなくちゃって影響されちゃいますね。
おかげでモチベ下がらないです。
書くのも読むのも楽しくて充実充実。






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28話

ポケモンユナイトが意外と楽しくて良かったです。
それとアニポケ見てたんですけどテンガンざんにレジアイスいるんですね……いよいよもってどこにでも居そうですね。


「イーブイは『スピードスター』!!ジメレオンは『みずのはどう』!!キルリア、『マジカルリーフ』!!マホミルは『あまいかおり』で落ち着かせて!!」

 

 みんなを総動員して対応するべく、檄を飛ばしまくるボク。

 

 場所は第二鉱山の少し道が細い場所。

 

 途中からユウリたちとわざと離れるように動き、ここのモンスターたちを引きつけるように動き出したボクは、入り組んでいる細い道の中へとあえて見つかりやすいように逃げ込んでいた。というのも理由は簡単で、こちらの人数有利を作り出すため。

 

 たくさんの相手と少数で戦う場合は何より大事なのは囲まれないこと。

 

 囲まれてしまえば360度全てから攻撃が来てしまうから後ろや横にまで気を配る必要があり、とてもじゃないけど全ての攻撃を捌ききれない。しかし、これが細い一本道での戦いの場合は話が変わってくる。たとえ相手が50いようが細い場所では一対一、出来て2対2くらいが限度だからだ。数が沢山いても場所が狭ければそもそもその場所で戦える数が限定される。

 

 そこでボクがとった作戦は細い通路を走り抜け、その出口で待機。細い道を通ってきたポケモンをこちら側に来る前に迎撃するという作戦。

 

 こうすることでこちらは細い道を抜けているので開けた場所でたくさんの仲間と待ち伏せでき、相手は細い道に詰まっているため1匹ずつしか戦えない状況になる。こうなれば相手の数の有利というのは実質ないのと同じだ。これがトレーナーによるものだったら1番前が削られたら後ろとスイッチして、下がったところで回復してまた戦線復帰して……の無限ループを作れるけど、相手は野生。そこまでの知能や戦略性はない。さらに言えば、しばらく戦って勝てないと思わせることができれば相手も頭を冷やしてすぐに帰ってくれる。今回もその例にもれず、こうやって持久戦を繰り広げていくうちに1匹、また1匹とこちらのことを諦めて帰っていく野生のポケモンたち。そしてたった今、最後のカジリガメがボクたちのことを諦めて後ろに下がって行った。

 

「ふぅ……何とかなった、かな?」

 

「ブイ〜……」

「マミュ〜…… 」

「あはは、みんなお疲れ」

 

 ジメレオンとキルリアはともかくとして、マホミルとイーブイは怪我こそおってないものの、ずっと戦ってて疲れたのか、ボクのため息でようやく力を抜き、同時に地面に突っ伏してしまう。特にイーブイは逃げ始める時から外に出ていたためボクにしがみついたり外を一緒に走って逃げたりと行動時間が1番長い。疲れも他の子たちよりも多く感じているだろう。

 

 とりあえずみんなにオボンのみを渡していき、少しでも回復できるように尽くす。

 

「さて、と……これからどうしよっか」

 

 みんなを休憩させながらこの先を考える。

 

 もちろんまずは合流することが最優先ではあるんだけど、それにしても道は正直自信ないし、ユウリたちもかなり走ってると思うからどこまで離れているか分からない。それに……

 

(2人を守るためとはいえボク、自分から離れちゃってるからこれ合流したら怒られそうで嫌だなぁ……)

 

 最近ユウリといいマリィといいなんか怖い雰囲気を纏う時があるので今から若干の恐怖があったりする。まぁ、怒られるにしても合流するにしてもまずは動かないと何も始まらない。

 

「みんな休憩出来た?」

「ブイ!!」

「キル!!」

「ジメ!!」

「マミュ!!」

「よし」

 

 みんな元気になったのを確認してとりあえず合流をするべく、1度みんなをモンスターボールに戻してガラル第二鉱山の道を再び歩き出す。さっきまで3人でワイワイ話しながら歩いていたり、大量のポケモンに追いかけられたりしながらの大移動だったためか、物凄く静かで寂しさを感じる。鉱山内に広がっていくピチョン、ピチョンといった水の音が余計に寂しさを誇張していく。思えばこの地方に来て1人で旅をするのは飛行機でここに降りたってすぐくらいなもので、この静かに進む感覚は酷く久しぶりに感じた。

 

「一人旅だって嫌いじゃないはずなのになんだろう、凄く寂しい……」

 

 シンオウ地方の時は合流して離れて、また合流しての繰りかえしだったけど、こっちではみんなと……特にユウリとはまどろみの森あたりからほぼずっと旅は一緒にしている。割とこんな長時間一緒に歩くなんてことは少なく、その空気感に満足もしていたからこうやっていざ離れてみると自分の思っている以上に誰かとの旅に染まっていたみたいだ。これを悪いとは言わないけど……なんだか丸くなったというか、もともと硬かったつもりはなかったけどさらに柔らかくなった気がするなって。

 

「うん、怒られるのは恐いけど早く合流したいな」

 

 いつの間にか足が速くなっていく。

 

 補装もされていない、本来なら歩きづらい道だけどそんなこと気にならずサクサク進んでいく。足の疲れも感じないほど調子がよく、このスピードならそんなに時間もかけずに合流できそうだ。根拠もないけどそんな予感がひしひしと感じてきた。

 

『…………!!』

『…………』

 

「おや?」

 

 その予感を肯定するかのように聞こえてくる誰かの話声。この先に誰かがいるようだ。それも一人ではなく誰かと誰かが話しているような声。どうも周りの人たちを観察しているに、二人以上の団体で今回のジムチャレンジの冒険をしている人はかなり少なく、そうなってくると二人組以上の話声となると必然的にユウリとセイボリーさんの話声である可能性がかなり高い。

 

「案外離れてなかったんだね。よかったよかった」

 

 道が曲がりくねっているから声の主がどんな状況かはよくわからないけど、セイボリーさんはさっきまでガラルマッギョにかまれていたということもあり、けがをしている可能性もある。ユウリ一人だとできることも限りがあるから、その手伝いもするために早く行ってあげよう。

 

 声のする方に駆けだし、曲道を曲がりその先へ。細い道を抜けてついに声の主を視界に入れる。

 

「お~い、ユウ……リ?」

 

「マッスグマ、『つじぎり』!!」

「ポニータ、『ようせいのかぜ』です」

 

 視界に入ってきたのはガラルポニータVSガラルマッスグマの光景。

 

 つじぎりを仕掛けようと前に走ってくるマッスグマに対してようせいのかぜが直撃して押し返される。そのままダウンし、ボールに戻っていくマッスグマだが……

 

「次は私がたたかーう!いけ、フォクスライ!!」

「ちっ、本当にしつこいですね……」

 

 すぐに出てくる二体目のフォクスライ。それも同じトレーナーからではなく違うトレーナーから。

 

 一戦終わって、少しのインターバルを設けるなんて暗黙の了解を無視した間髪入れないその行動はいわゆるマナー違反と揶揄される行動だ。なぜそうかと言うと考えれば当然で、そんなことをすれば当然消耗が激しく、ポケモンにとんでもない負担がかかってしまうから。現に今も連戦を仕掛けられたポニータはもうかなり戦っているのか傷こそあまり見受けられないもののかなりふらふらしている。しかも……

 

「委員長から推薦されているってことはこれくらい余裕ですもんね?」

「……ええ、余裕ですよ。あなたたちみたいな取るに足らない存在、何人来ようとも全く関係ないんですよ。なのでいい加減、ぼくの道を邪魔しないでもらえませんかね。何日も粘着されていい加減鬱陶しいんですよ……『ようせいのかぜ』!」

 

 ポニータから繰り出される桃色の強風がフォクスライを襲う。こうかばつぐんのその技を叩きつけようとして……

 

「レパルダス、『いちゃもん』です!」

「なっ!?」

「ポ二っ!?」

 

 まさかの横槍。それにより桃色の風がかき消され不発に終わってしまう。

 

 いちゃもんは同じ技を二回連続で繰り出すことができなくなってしまう状態にする技。先ほどマッスグマにとどめを刺したのにようせいのかぜを使ってしまっているためここでは繰り出せない。出すにしても間にひとつ別の技を挟まないとどうしようもないのだが、そんな隙を相手がゆるすわけもない。そもそも相手は一対一のところに横やりを入れてきている。ポニータ側からすればフォクスライと一対一のバトルをしようと気合を入れていたところにレパルダスからの邪魔。連戦で疲れているところに反応なんてできるはずがない。

 

「レパルダス、『みだれひっかき』!!」

 

 そして当たり前のように攻撃に参加するレパルダス。

 

「何人来ても問題ないなら私が入っても問題ないですよね~?今は公式バトルじゃないからなんでもありであーる!!」

「ははは、こうやって選手の足止めをして邪魔をすれば、マリィが最後まで勝ちやすくなーる!!まさに最強の作戦!!」

 

 爪を伸ばしてポニータに迫っていくレパルダス。ポニータもまずいと思い逃げようとするものの疲れから逃げきれそうにない。

 

(……こいつら)

 

 明らかに悪意のある戦い方。正直見ていて気持ちのいいものじゃない。なら……

 

「キルリア」

「キル!」

「レパ!?」

「何ッ!?」

 

 キルリアがレパルダスの横腹にドレインキッスのこぶしを叩き込む。こうかばつぐんの技をふいうちで貰ったレパルダスは想像以上に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

「なんでもありならボクが混ざっても大丈夫だよね?エール団さん?」

「お前は、フリア選手!!」

「……あなたですか」

 

 あまりにもモラルがないエール団に対して宣戦布告するように乱入していく。よくよく見ればエール団の後ろにさらにたくさんのエール団が控えていた。果たして何人を戦闘不能にしてきたのかはわからないけど少なくとも半分は戦闘不能になっていそうに見える。ガラル鉱山でもセイボリーさんに勝っていたしやっぱりこの人は強いという事だろう。そんなエール団を半分削った張本人にボクは向き直る。

 

「お邪魔だったかな?ビート選手」

「ええ全く。こんな奴ら、ぼく一人で十分なんですよ。横やりを刺さなくていいんです」

「あらら、手厳しい」

 

 一人でここまで追いやった張本人、ビート選手。髪をかきあげながらつまらなさそうに呟く彼に失礼と思いつつも少し微笑んでしまいそうになる。相変わらず素直じゃないというかなんというか。この前と一緒でほんのり汗をかいている所を見るにやっぱりギリギリだったようで。それに先程の会話を思い出す限りに何日も粘着されているということはずっとこの鉱山を抜けるところでエール団の待ち伏せをくらってこの先に進めなかったと言ったところか。

 

 そして負けてこそないものの、全滅させる頃にはみんなかなり消費させられて、さらに時間もかかっているため夜が近くなる時間となり仕方なくバウタウンへ帰還を余儀なくされる。そして次の日戻ってきたらまた同じように待たれて……の以下無限ループ。そのせいで多分ビート選手は先に進めていない。じゃないとボクたちよりもおそらく先にバウスタジアムを攻略しているであろう彼が今更こんなところにいる理由は無い。

 

 さっさとエンジンシティに行きたいだろうに、こんなところで何日も足止めされていてはそのストレスは計り知れないだろう。エール団。はた迷惑な組織だ。けど……

 

(多分このまま普通に手を貸したらこの人の性格上納得しないだろうなぁ……)

 

 本当に素直じゃないこの人にしっかりと禍根なく手をかすにはどうすればいいのか。言葉選びは慎重に。

 

「それでも一緒に戦わせてくれない?」

「しつこいです。必要ないんですよ」

「必要ないのは知ってる。問題なのはこんなくだらないことで時間を取られてるということだよ。こんなヤツらさっさと倒して先に進んだ方が効率的でしょ?」

「……」

「ビート選手が1人で全員倒せるなんて戦い方を見れば一目瞭然だよ。だからこそ、ここでボクも参戦すれば尚更この無駄な時間を短縮できる。どう?いい案だと思わない?」

 

 相手の腕を尊重しつつ、そのうえでボクが手伝った際のメリットを提示する。こうすることによって彼のプライドを傷つけることなく手伝いをできるはず。

 

(これで上手いこと伝わってくれたらいいんだけど……)

 

「はぁ……」

 

 ため息を零しながらやれやれと頭を振るビート選手。……どうでもいいけどなんか様になってるのがすごいなぁと。似合いすぎてて逆に悪印象を抱かない的な……?多分これはユウリに言っても伝わらないだろうなぁ。

 

「いいでしょう。あなたが言うことも一理くらいはあります。今回だけ許してあげますよ、フリア選手」

「ありがと」

 

 これで即席のコンビネーション完成。一応自分の強さにもある程度の自負はある。ビート選手1人で半分も倒せるのなら、ボクと彼が手を組んだ今、彼らがどんな勢いで来ても負けることなんてないし、あっという間に倒しきることができるだろう。

 

「さて、こうなってしまってはあなた達に時間なんて一切かかりません。個人的になかなか恨みは募っているので覚悟しておいてくださいね」

「応援団って言うんだったら応援している人のためにちゃんとモラルは守らないと、マリィに迷惑がかかるっていい加減わかった方がいいと思いますよ?」

 

 ビート選手がポニータを下げてミブリムを繰り出す。ボクはそのままキルリアに指示を。

 

「「さぁ、かかって来い」」

 

「子供ごとき、調子にのるーな!!」

 

 なんだか楽しくなってきた。この戦い、いつも以上に動けそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミブリム、『チャームボイス』です」

「リーム!!」

「くそっ、フォクスライ!よけーる!!」

 

 ミブリムから放たれたチャームボイスを間一髪で避けるフォクスライ。が……

 

「キルリア、フォロー!!」

「キル!!」

 

 外れたチャームボイスに手を添えて軌道を動かしフォクスライにぶつける。今度は避けきれず、ぶつけられたフォクスライは地面を転がって戦闘不能。

 

「ぐぬぬ、マッスグマ、『つじぎり』!!」

「キルリア、受け止めて!!」

 

 マッスグマから放たれる黒と紫を混ぜたような禍々しい刀のような刃物による攻撃を、両手にドレインキッスを纏わせ、フェアリーであくタイプの技を上手く押し込めながら白刃取りのような形で止める。

 

「ミブリム、『マジカルリーフ』」

 

 受け止められたことにより動けないマッスグマの横腹に突き刺さる数多の葉っぱたちは、急所に当たったのか想像以上にダメージを受けながらマッスグマが仰け反る。

 

「使いなさい」

「さんきゅ。キルリア!!」

 

 そこを逃さないようにマッスグマに当たって辺りに舞い散るマジカルリーフをキルリアが集めて刀にし、マッスグマに切り掛かる。

 

「レパルダス、たすけーる!!」

 

 キルリアの猛攻を止めようとレパルダスが駆け出してくる。このまま行けばキルリアがダメージを受けてしまうので下がらせ、しかしただで逃げるなんてことはせずに刀を投擲しレパルダスとマッスグマに1本ずつぶつける。

 

「ミブリム!!」

「リーム!!」

 

 刺さったマジカルリーフがビート選手の合図で再び1枚1枚の葉っぱの状態に戻り、マジカルリーフの主導権がミブリムに戻る。そのままミブリムがマジカルリーフを操り葉っぱの竜巻を起こして、刀が刺さっていた場所を起点に荒れ狂う。攻撃の勢いが強すぎて動けないマッスグマとレパルダス。その隙を逃す手はもちろん無い。

 

「キルリア、『ドレインキッス』」

 

 体力の残り少ないマッスグマに向かって駆け出し懐へ。マジカルリーフの嵐はキルリアの通り道だけを綺麗に開けていき、その隙間をかいくぐりドレインキッスを纏った拳をマッスグマに叩き込んで戦闘不能へ。

 

「さすが」

「当然です」

「調子にのるーな!!レパルダス、『あくのはどう』!!」

「『ひかりのかべ』!!」

「『チャームボイス』!!」

 

 レパルダスからの2匹を狙った攻撃をキルリアが壁を展開して受け止める。その隙にチャームボイスを放ちレパルダスを攻撃。たたらをふむレパルダスにミブリムとキルリアが同時に駆け出し……

 

「「『『マジカルリーフ』』!!」」

 

 2匹が同時にたくさんの葉っぱを集め巨大な大剣へと形を変え、それを2匹で抱えてレパルダスに叩きつける。圧倒的な威力を持った攻撃は問答無用でレパルダスを戦闘不能においやった。

 

 40分にも及ぶ長時間の戦いがこれで終了。あれだけいたエール団の手持ちがキルリアとミブリムによってたった今壊滅した。

 

「ま、こんなものですよ」

「ボクたちが手を組めば……ねぇ?」

「し、信じられない……」

「くそ、ここはにげーる!!」

 

 あまりの惨劇に思わず信じられないと驚きを隠せないエール団だけど全滅は紛うことなき事実。ボクたちに対する行動はもう逃げるしか残されておらず、慌てて全員がこの場所から走り去っていく。

 

「ふぅ……おつかれキルリア」

「キル〜……」

「戻りなさい、ミブリム」

「リム……」

 

 こちらは被弾ゼロ。とは言うもののさすがに40分ぶっ続けでの戦闘は骨が折れる。キルリアもミブリムも勝ちに対する喜びよりもようやく終わったという安堵と疲れを綯い交ぜにしたような鳴き声を上げながらモンスターボールへと戻っていった。ボク自身も、ジム戦ほどとは言わないけど疲れがそこそこにある。ビート選手なんかはボクよりも長く戦っているから余計にだろう。

 

「おつかれビート選手」

「ぼくは疲れてなどいませんよ」

「ははは、そっか」

「ですが……まぁ、感謝はしときますよ」

「ん、どういたしまして」

 

 素直じゃないビート選手からのまさかのお礼に驚きながらもしっかりと返す。なんだか少し嬉しいね。

 

「しっかし、やっぱり生で見ると強いね本当に」

「当然です。ぼくはローズ委員長に推薦されているんですから、むしろこれくらいが普通なんですよ」

 

 成り行きでビート選手と共闘することになったけど真横で見てたビート選手の腕は確かなものだった。それは1人でエール団を半分倒してる時点で十分な証明になっていることだろう。なんせビート選手の手持ちはセイボリーさんと同じくエスパータイプで統一されている。これがどういうことかと言うと、エール団の手持ちは基本みんなあくタイプで統一されているのに半分倒してしまうほどの技術があるということだ。

 

 エスパータイプはあくタイプに弱い。それも特別に。

 

 受ける分にはばつぐんのダメージを貰い、攻撃においてはいまひとつどころか効果がそもそも無い。つまり、あのフォクスライやレパルダス、ガラルマッスグマに対しては1すらダメージが入らない。

 

 自分たちのメインウェポンが効かない。それなのに軍団の半分を倒す。そんな人が弱いわけが無い。

 

 今日はそんな彼の戦いを横で見ることが出来て良かった。これは戦う時が本当に楽しみだ。

 

「さて、それじゃ先進みますかね〜」

「待ってください」

「ん?」

 

 エール団もいなくなり、ここに留まる理由も無くなったので先に進もうとした時に意外や意外、ビート選手から待ったの声がかかる。振り向くと顎に手を当てながらボソッと小さく、けどしっかり聞こえるように質問してきた。

 

「何故ぼくに手を貸したんですか?」

 

 その内容はボクが手を貸した理由について。

 

「そんなの、なんかムカついたからだよ。正々堂々戦わないエール団がね。そんな卑怯者の集団にビート選手みたいなすごい選手が足止めされるなんて勿体な━━」

「御託はいいです。目がそれを嘘だと……いえ、その気持ちも無くはないみたいですが、本心は別にあると言っています。一体あなたの狙いはなんですか?」

「……」

 

 ビート選手の追求に思わず黙ってしまうボク。

 

 エスパータイプの使い手というのは総じてトレーナー本人も何かしら能力を持っていることが多い。セイボリーさんがモンスターボールを浮かばせるサイコキネシス紛いなことができるのがいい証明だろう。シンオウの四天王であるゴヨウさんも確か何かしら力を持っていたはずだ。その例に漏れずビート選手も何かしらの能力を持っているのかもしれない。

 

 確かに手を貸したのには別の理由がある。と言っても隠すことのほどでもないし素直に話してしまおう。

 

「確かに別の理由があるけど聞いても面白くないよ?だって単に恩返ししたかったってだけだし」

「恩返し……?」

 

 ボクの言葉が以外だったみたいで訝しげな顔をするビート選手。確かに本人からすれば何もしてないのに恩返しなんて言われたら首を傾げるだろう。けどよく考えたら分かることでもある。

 

 ビート選手とエール団の話を聞く限りエール団の目的は選手を足止めし、マリィ以外のジムチャレンジャーの進行を止めること。言ってしまえばマリィ以外の選手がジムチャレンジを完走出来なければ無条件でマリィが優勝できるでしょという理論だ。無茶苦茶な理論だけどまぁ理にかなってはいる。しかし、そう考えた時に引っかかることがある。

 

 なぜ戦っているのがビート選手だけなのか。

 

 ビート選手以外にもバウスタジアムを突破してる人は沢山いる。ルリナさんに聞いた限りボク含めて2桁は超えているのは決まっている。それこそホップだって突破してるしね。なのにここにいないということは足止めされていないということだ。マリィ以外を脱落させたいのであれば全員を足止めするのが普通だ。なのに他の人の影は見当たらないし、ボクたちでさえもここでビート選手を見掛けるまではこの第二鉱山でエール団なんて1人も見ていない。もしかしたらマリィと一緒だから抜けられたという可能性や、そこまでマンパワーを割けないという可能性もあるけど、それだとビート選手だけが抜けられていない理由が無い。ではなぜ他の人は襲われなかったのか。

 

 それはビート選手が1人でここに来たエール団全員を止めていたからでは無いだろうか?

 

 他の選手に当たるはずだったエール団さえも本人の意思とは関係なしに引き受けてくれた。だからずっと残って戦っていた。だから他のみんなは安全に突破できた。

 

 これに礼をしない方がおかしいだろう。

 

「君のおかげで少なくともこの第二鉱山は安全に抜けられた。だから恩返し。OK?」

「……」

 

 まるで信じられないといった顔をするビート選手。まぁ、これはあくまでボクの頭の中での考察の結果だ。もしかしたら違うのかもしれない。けど、ほんの少しでも可能性があるなら、ここでお礼をしておくべきだ。

 

「あなたはバカですか」

「あはは、そうかもしれないね」

「はぁ……」

 

 また聞くビート選手のため息。そこまで呆れられる程のものだろうか。ちょっと心外である。

 

「まぁ、ぼくとしても助かったのは事実です。改めて礼だけは言っておきますよ」

 

 相変わらず少しひねくれた返答をしながら先に進むビート選手。ボクにここに留まる理由がないのと一緒で彼にももうない。彼の背中がゆっくりと離れていく。

 

「あと最後に2つだけ」

「ん?」

 

 足を止め、ボクに語り掛けるビート選手。

 

「……ぼくのことはビートで構いません。ぼくもあなたをフリアと呼びますから」

「……りょーかい!」

「そして、次こそ出会ったらあなたを倒します」

「うん、楽しみにしてる」

「……では」

 

 そして今度こそ離れるビート選手……いや、ビートの背中。けど、ほんの少しビートとの距離は近づいた。そんな気がした。

 

「さて、ボクもユウリと合流しなくちゃね」

 

 ボクの足は、さらに軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




囲まれないこと

ここはポケモンダンジョンの戦い方を想像してもらえたらわかりやすいかなと。
モンスターハウスだ!
通路にまず逃げますよね。

ビート

まさかの共闘。
タッグバトルは書いてて楽しいですね。
最後の大剣はゼノブレイド2のバーニングソードを見まくった影響が。
ああいうバトルもののゲームなどは戦闘描写のいい資料になりますね。









気づけばあと少しで30話
定期更新考えると120日くらい?
あっという間ですね。
これからもよしなにお願いします。


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29話

「う〜ん、どこにいるんだろ……」

 

 エール団を退けてガラル第二鉱山を歩くこと数十分。最初こそは足取りが軽かったものの、なかなかユウリたちと合流できずに若干の焦りに襲われていた。道を覚えている訳では無いけど何となく見覚えのある景色の所までは戻ってきたような気がするからだいぶ近づいているとは思うんだけど……

 

「先に出口に到着してるのかなぁ」

 

 ビートと一緒に戦っていた時間がかなり長かったのでその可能性は十分に有り得る。もしくはセイボリーさんが負傷していると読んで1度バウタウンに戻っているか。

 

「戻るか進むか、2分の1だけど外した時のダメージデカすぎて選べないなぁ……うむむ、あの辺から別れたはずだからこっちだとは思うんだけど……」

 

 ボクが野生のポケモンを引きつけるためにわざと別れたところからある程度進んだあたりで右左とあたりを見渡す。どうも分かれ道が多くどっちに行ったか物凄くわかりづらい。何かしらの目印があればいいんだけどそれも望めなさそう。

 

「せめて何かしらの手がかりがあればなぁ……」

 

 さすがに通った後に何かを残すなんてことは出来ないにしても、岩肌に不自然な傷が一つや二つでもあればわかりやすいものの、そんなもの当然ある訳もなく、結局は手当たり次第に歩いていくしかない。仕方ないと首を振りながらまた探すために足を動かそうとして……

 

「ブイ!!」

「イーブイ?」

 

 モンスターボールからイーブイが元気よく飛び出してくる。

 

「どうしたの?」

「ブイブイブイ!」

 

 脚をカリカリしながらなにか訴えてくるイーブイにまた肩に乗りたいのかな?なんて思い、持ち上げてゆっくり肩に乗せる。すると、そういう意味ではなかったのか、器用に肩からリュックの上に移動し、何かを漁り始める。

 

「本当にどうしたの?」

 

 上手いこと体重移動しているため落ちそうには見えないけど、かと言って落ちたら危険なのでとりあえずリュックを地面に置き、イーブイのさせたいようにさせてみる。地面に置いたことによって漁りやすくなったリュックの中に入り込んでさっきよりも激しく中身を漁り出す。目的のものでは無い物は外に出されていくためそれを受け取って直ぐにカバンに戻せるように並べておいておく。

 

 どうでもいいけど、リュックに顔を突っ込んでしっぽををフリフリしているイーブイがとても可愛い。

 

 そんな光景をしばらく眺めていると、ようやくリュックから出てきたイーブイが何かを咥えていた。

 

「……ポフィン?」

「ブイブイ」

 

 イーブイが咥えていたのはポフィンが入っている袋。ユウリにあげたものとは別のもので、こちらは1つの味だけという訳ではなく、色とりどりでたくさんの味のポフィンが沢山詰まっている。

 

「食べたかったの?」

「ブ〜イ、ブイ!ブイ!」

 

 首を振りながら答えるイーブイ。その後、イーブイが何かに向けて指を指しているように見える。その先には岩肌があるだけで……いや、指しているところにちょうど青色の鉱石が埋まっていて……

 

「青色……あ、もしかして?」

 

 袋から青色のポフィンを取り出す。味を分かりやすくするためにしぶいポフィンに付けられた色だ。それをイーブイの目の前に持っていって見せる。

 

「これでいい?」

「ブイ!!」

 

 どうやら目的の品みたいで、意味が伝わったことによりイーブイは喜びながら青色のポフィンに近づいていく。そのままポフィンに顔が当たるか当たらないかといった所まで接近し、スンスンと鼻を鳴らしていく。おそらくポフィンの匂いを嗅いでいると思われるその行動を数秒行った後、イーブイは少し先に走り出し元気よく吠える。

 

「そっちの方向なんだね?」

「ブイ〜!!」

 

 ボクの言葉に元気よく返事をしたイーブイはボクの数歩先を進んでいく。その後ろ姿に頼もしさを感じながらボクも足を進めた。

 

 イーブイが行ったのはポフィンの匂いを覚えて、その匂いを辿っていくというもの。そんなものでたどり着けるのかと思うかもしれないけど、ボクは昨日ユウリにたくさんのポフィンをプレゼントしている。しかも青色に着色されたしぶいポフィンを大量に。そのことを覚えていたイーブイが青色のポフィンを所望したのはこうやって匂いをたどれるのでは?と気づいたからだ。袋に沢山詰め込まれたポフィンは少々の日にちがたった程度では、その芳醇な香りはなかなか消えない。袋に大量に詰め込まれているのなら尚更だ。ならば、人間よりも多分嗅覚が優れているであろうイーブイにとって、その匂いは何よりも大きな道標となる。その事に気づいたからこそ、イーブイは自分から飛び出してきてポフィンの匂いを嗅がせてくれとお願いしてきたという訳だ。

 

(つい最近にようやく卵から孵化したばかりだって言うのに……そうとは思えないや)

 

 卵から孵化してまだ7日前後しか経っていないのにもうこんなにも頼もしいイーブイが少し不思議に見えてしまう。

 

(ポケモンの成長ってものすごく早いね)

 

 そんな子供の成長を見守る親の気持ちを何となく理解しながらイーブイの後ろをついて行く。途中にまたマッギョたちがちらほらと襲いかかってくるものの、数が少ないのならば余裕をもって撃退できるので、道案内に集中しているイーブイを守るようにして戦っていく。

 

 しばらく歩き続けていると段々とこの第二鉱山で働く人や、バウスタジアムを抜けたのか、ジムチャレンジャーであろう人たちの影が少しだけ見れるようになってきた。出口に近いかどうかは分からないけど、少なくとも順路に戻ってきているのは間違いないだろう。

 

(もしかしたらユウリたちの近くまで来ているのかもしれないね)

 

「ブイッ!!」

「あ、ちょっと、イーブイ!!」

 

 そんなことを考えている時にいきなり元気よく鳴くと同時に走り出すイーブイ。速いという程ではないにしろ、すばしっこいうえ小さいので見逃すと大変なことになる。視界から外れないようにしっかりとイーブイを見ながら急いで追いかける。

 

「ブイッ!!」

 

 ある程度進んだ後イーブイの元気な声がまた響く。その近くから聞こえる聞き覚えのある声たち。次こそ間違いなくユウリとセイボリーさんで間違いない。イーブイがしっぽを振っているのが何よりの証拠となるだろう。

 

「イーブイ〜、ユウリたち見つけた?」

「ブイブイ!!」

 

 こちらに振り返ってぴょんぴょん飛んで教えてくれるイーブイの反応的に見つけたのだろう。長い洞窟の一人旅もようやく終わりが見えてきたみたいだ。角をぬけて今度こそユウリたちと出会う。

 

「ユウリ〜、セイボリーさ〜ん、お待たせしまし━━」

「ノー!!それ以上は私の体が〜っ!!」

「でもこれに乗せないと歩けないもん!!耐えてセイボリーさん!!」

「着く頃には私の体消し炭になってあの世にテレポートしてしまいます!!」

「でもセイボリーさん乗せるもの他にないから!!」

「……いや、ぼくのトロッゴンは乗り物ではないんだが」

 

 視界に入ったのはセイボリーさんを引っ張るユウリの姿とその横で苦笑いを浮かべながら頬をかいている次の目的地、エンジンシティのジムリーダーのカブさんがいた。ユウリとセイボリーさんはともかくとしてまさかカブさんがいるとは思わなかった。

 

 エンジンスタジアム、ジムリーダーカブ。

 

 白髪混じりの髪や、皺が刻まれた顔はかなりの風格があり、ルリナさんや、ヤローさんと違って静かに、けど確かに激しく燃えるような、穏やかなプレッシャーを携えていた。

 

 ……ちょっと状況が状況だからあんまり集中できないけど。

 

「おや、君は……」

「あ、フリア!!」

「フ、フリア君!?ちょうどいいところに!!たった今あなたにワタクシを助ける権利を与えます!!早く助けなさい〜!!」

「え、えと〜……」

 

 カブさんからは興味の視線を、ユウリからは喜びの視線を、そしてセイボリーさんからは懇願の視線を。3つの視線を同時に受けてどれから反応すればいいのか困惑してしまうボク。

 

(なるほどこれがカオス……)

 

 とりあえずまずは直ぐに返答を返せるユウリに一言言おう。

 

「はぐれてごめんね。心配かけちゃった。そっちは大丈夫だった?」

「うん。見ての通り平気。セイボリーさんがちょっと足を怪我しちゃったけどそれ以外は……」

「怪我……セイボリーさん、大丈夫?」

「え、えぇ。まぁこれくらいならかすり傷ですよ。ユウリさんに手当もしていただいているので……」

 

 視線を下に向ければ確かに足首に包帯が巻かれている。場所的にやっぱりガラルマッギョに噛まれていたところだろう。ただ少しは立てるみたいだから重傷という訳でもないみたいだ。不幸中の幸いである。

 

「そして、怪我したセイボリーさんとどう移動しようか悩んでいた時に来てくれたのが……」

「カブさん、というわけだね」

「うん」

 

 ユウリの言葉でとりあえずの現状は把握できた。周りのちょっとした戦闘痕を見る限り、セイボリーさんを野生のポケモンたちから守ってくれていたようだ。

 

「カブさん、ありがとうございました」

「いや、気にしないでくれ。たまたまここを通っただけなんだ。それにぼくがいなくてもユウリ選手の実力なら、ここのポケモンのほとんどは迎撃できるだろうしね。そうだろう?フリア選手?」

「ボクの名前……」

 

 名乗ってもいないのにボクの名前を言い当てるカブさん。やはり、ジムチャレンジャーの情報は既に色んなところを巡りに巡っているということだろう。相変わらずこの扱いになかなかなれなくてソワソワしてしまう。気分はちょっとした有名人のそれだ。

 

「やはり注目の選手のことはしっかりと調べておきたいからね。特に別地方から来たとなれば、ぼくにとってはなんだか親近感わくからね」

 

 カブさんは元々ホウエン地方の出身だ。そう言われると確かに、自分と同じで別地方からやってきた選手と言うのは自然と目に止まってしまうのかもしれない。

 

「さて、長話は是非したいのだが……まずはセイボリー選手を運ばないとね。傷は軽いとはいえ足の怪我は早く診てもらった方がいい。ジムチャレンジャー、ひいては冒険者にとって足はとても大事だからね」

「っとと、そうでしたね」

 

 カブさんの話は興味深いけどまずは優先事項から。セイボリーさんを運び出さないといけない。

 

「ほら、だからやっぱりトロッゴンに乗って……」

「だから焼け死ぬと言っているのです!!」

「ちなみにカブさん、トロッゴンって何度くらいなんですか?」

「ふむ、正確な温度と言われるとなかなか難しいんだけど……トロッゴン自身は約1000℃のほのおを吐けるね」

「1000℃……」

「「……」」

 

 うん、あながち消し炭は間違って無さそうだ。

 

「大丈夫、セイボリーさん。あなたなら耐えられます」

「やけくそになってないですかねユウリさん!?」

「とは言っても、表面ならそんなに温度高くなさそうだし……セイボリーさん、その足でエンジンシティまでいける?」

「……も、もちろん歩けますとも!!そんなに遠くなければ

 

 小声だったけどしっかり聞こえた部分に対する答えを聞くためにカブさんに視線を送るが……

 

「残念だがまだまだ遠いね。ここは順路から少し逸れている位置だし、足場も悪い。その足で歩き続けるのは苦労があると思うよ」

「ならやっぱり……」

「だが、トロッゴンが乗せている石炭の上に乗せるというのもあまりおすすめは出来ないね……見た目が黒いままなだけであって温度はかなり高いよ。あまり推奨はできないかな」

「ほらやっぱり!!何かで運んでもらうというのはありがたいのですがさすがに熱いのはワタクシ嫌なのです」

「ぼくがウインディかキュウコンを連れてきていたら話は変わっていたんだけどね……残念ながら今は連れてきてないんだよ」

 

 苦笑いをうかべならがも申し訳なさそうな声で言うカブさん。カブさんは全く悪くないのにこういうことをサラッと言うってことはかなり優しい人なんだろうなって思った。けどカブさんの言う通りここからさらに歩くとなるとさすがにセイボリーさんの体が心配になる。ボクたちがセイボリーさんを担ぐというのも、セイボリーさん、身長も大柄で体重もちゃんとあるから多分ボクたちの体力が持たないから無理だろうし……割と大きな悩み事ではあったりする。

 

 ……けどまぁ、実はあまりその所を心配はしてなかったりするんだけどね。

 

「カブさん、大丈夫ですよ。そこのところ、実は考えがあるんです」

「「え!?」」

「ほう?」

 

 ボクがそういうとカブさんは興味深そうに、ユウリとセイボリーさんは驚きの声を上げて聞いてくる。

 

「そんな方法あるの!?」

「もうワタクシが燃えなければなんでもいいです!!」

「いや、正直セイボリーさんには気付いてほしかったんだけどなぁ……」

「え!?」

 

 さらに驚くセイボリーさんだけど正直もうとっくに試しているとさえ思ったくらいだ。この様子だと本当に気づかなかったみたい。

 

「ほらほら、早くやりましょう。セイボリーさん、手持ちを出して!ボクも出しますから」

「手持ち……?」

「いいから早く!!」

「え、ええ……来なさい、ユンゲラー!」

「ボクも、もう一回お願い。キルリア!」

 

 ボクはキルリアを、セイボリーさんはユンゲラーを呼び出す。

 

「ユンゲラー……うん、良いポケモンだね。これならいけそう!!」

 

 サイコパワーの出力も高いユンゲラーならボクの考えている作戦もうまくいけるだろう。キルリアと合わせて十分な力があるはずだ。これでコロモリや、ガラルヤドンなどが出てきたらちょっと怪しかったかもしれないけどね。この作戦をするにあたってそこそこの足の速さと少し強めの出力がいる。この二匹はその条件を両方満たしているから多分大丈夫だ。

 

「そう、ですか……しかし一体何を?」

「ん?」

 

 どうやらまだ気づかないみたいだ。

 

「まったく、本当にエスパー使いなんですか?」

「そこまでいいます!?」

「ま、いいですけどね。じゃあ早速やりましょう」

「本当に任せていいので?」

「大丈夫。安全は保障するからさ。さぁいくよ」

「なんか不安なんですけど!?!?」

 

 なんかうるさいけど却下。とにかく強引にボクは作戦を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……フリアさん?」

「なぁに?だいぶ安全だし快適だと思うんだけど……」

「うん、確かにこの運搬方法なら安全だね。こんな方法があったなんて、私もびっくり」

「ユンゲラーが持ち上げ、キルリアがサポートする……ふむ、確かに理にかなっているね。それにこれなら患部への負荷もかからない」

「ほら、完璧」

「かもしれませんが……流石に恥ずかしいんですが!?」

 

 ボクたちよりも()()()()()()()()()()()文句に若干の鬱陶しさを感じながらも第二鉱山を歩いて行く。ちゃんと要望通り安全に運んでいるんだから文句は言わないでほしい。

 

 ボクが考えた作戦。それはエスパータイプの力でセイボリーさんそのものを浮かせて運ぶというもの。サイコキネシスやねんりきといった技はなにもポケモンバトルだけで使う技ではなく、モノを動かしたりそらしたりなんて応用の効く技だ。どこかのエスパータイプのジムリーダーは常に自分の横にポケモンを置き、その子たちに自分を浮かせて移動するようにしているだなんて話も聞いたことがある。それはそれで足腰がすぐ弱って体に物凄く悪そうだけど……まあ今はそんなことどうでもよくて。要は今、そんなエスパータイプのポケモンたちの力によってセイボリーさんを浮かせて、ゆっくり運んでいるわけだ。勿論どのポケモンでもできるというわけじゃなくて、人を浮かせられるだけの出力が出せ、かつ運ぶという作業上、最低限の足の速さも必要となる。さっきコロモリとヤドンではだめといったのはコロモリでは出力が足りず、ヤドンでは足が遅すぎるというわけだ。その点キルリアとユンゲラーなら両方を満たしているから大丈夫という事。もっとも、キルリアは若干出力にムラがあるため今回は補助に徹してもらっているけどね。そのためかたった今もセイボリーさんはまるで見えないベッドに寝かされているかのように空中で横になってそのまま水平移動している。おかげで今もこうやって安全に移動できているのでぜひともセイボリーさんには感謝してほしい。

 

 ……ボクが逆の立場だったら恥ずかしくて死にそうだからお礼はしないけど。だってはたから見たら空中で寝たまま水平移動とかシュールでしかない。

 

「いや、確かに安全かもしれませんがさっきから視線を凄く集めているのです!!このゆびとまれもびっくりな吸引力!!」

「じゃあ自分で歩きます?」

「ぐっ……せ、せめて高度を低くして直立の姿勢で運んでくれませんか!?」

「カブさん。エンジンシティまであとどれくらいですか?」

「あと十数分といったところかな?出口までそう遠くないよ」

「無視しないでくださいまし!?」

 

 このままだとワタクシの心がサイコショック……なんて言ってるけどそんなことが言える間は大丈夫だろう。あたりがちょっとひどいかもしれないけどさっきも言ったとおりこれくらいしか安全に運ぶ方法がなかったのも事実なので我慢してほしい。それに患部を心臓より上にあげた方がいいなんて話もあるからそう考えるとこの体制が1番理にかなっているのだ。もっといえば、ぱっと見こんなにあやしい人と一緒にいるボクたちも奇怪な目で見られている。カブさんがいるからまだましだけど、それでも視線を集めることに変わりはないので正直ボクたちもものすごく恥ずかしい。よって、残念ながらセイボリーさんに拒否権はないのである。

 

「しかし、このキルリアとユンゲラー……どちらもしっかりと育てられている。流石は注目選手のポケモンといったところだね」

「ありがとうございます。自慢の仲間たちなんです」

「うん。人を運ぶこの力強さと人を傷つけない出力を安定させられる技術力……どちらも一朝一夕でつくものではないだろう。ユウリ選手も、ぼくがきみたちに気づくよりも早く察してこちらに構えてた。察知能力の高さがよく分かった瞬間だ。なるほど確かに今回のジムチャレンジャーは豊作だね」

 

 こうも手放しに褒められるとやっぱりうれしいけど恥ずかしさの方が勝ってしまい、ボクとユウリで思わず目を合わせてはにかんでしまう。褒めてくれるのが登竜門として名高いあのカブさんからだとすれば余計にだ。

 

「だが、てっきりユウリ選手とフリア選手はホップ選手とマリィ選手と一緒に挑んでくると思ったんだけど……」

「わ、私たちが一緒にいることもばれてる?」

「そこまで噂広がっているんですか?」

「ジムチャレンジャーは基本一人で行動することが多いのと、注目選手が四人も集まればいやでも視線というのは集まるものだよ。特に、君たちは仲がいいみたいだからね」

「実際仲はいいですから!ね、フリア」

「うん。自慢の友達です」

 

 まだまだ付き合った時間は短いとはいえ、濃密な時間を過ごしていることに変わりはなく、そのせいか出会いの遅さの割にはかなり仲がいいと自負している。そのためかこうやって周りからも言われるのは単純にうれしい。

 

「あ、そういえばホップたち、どうでしたか?」

「彼らなら昨日エンジンスタジアムを突破して先に進んだよ。実にいい戦いをさせてもらったよ」

 

 そう答えるカブさんの顔はものすごく嬉しそうで、先ほどの答えが嘘ではないということがしっかりと伝わってきた。

 

「おかげで少し熱が入ってしまってね。だから今日もここで特訓をしていたんだ」

「カブさん、ここで特訓してるんですか?」

「ああ」

 

 ユウリの質問に答えながらカブさんが近くの壁に手を当てる。

 

「ここは海が近いせいかみずタイプのポケモンが多く住むんだ。みずタイプはボクの扱うほのおタイプが相手をするのが苦手なポケモン……だからこそ、そんな相手と戦うことによってぼくたちのほのおはみずなんかじゃ消せないほど、より強く、より高く燃えるんだ」

 

 こぶしを握りながらそう答えるカブさんは、年齢から来そうな衰えなんてまるで見せず、むしろ経験を積んでいるからこその威圧を放っていた。

 

 ……登竜門と言われる所以の発端に触れた気がした。

 

「もちろん、ぼくたちのほのおは君たちを熱く歓迎する。シンオウとガラルのそれぞれのチャンピオンから推薦された二人……相手にとって不足なんて全くないからね……おっと」

 

 カブさんの言葉を聞いて視線を前に向けるとガラル鉱山の出口が見えていた。

 

「そこをくぐるとすぐにポケモンセンターがある。そこで彼を休ませてあげるといいよ。君たちも、挑戦するならしっかりと体を休ませないといけないしね」

 

 カブさんの言葉に頷きながら出口をくぐる。暗い所から明るい所へと出る時特有のまぶしさを感じながら、そのまぶしさが収まったところで前を向くと少し懐かしく感じるエンジンシティの景色。カブさんの言うとおり、エンジンシティについてすぐのところにポケモンセンターも発見できた。これでセイボリーさんを休ませてあげることができる。ユンゲラーとキルリアもずっと力を使っていて疲れているから労ってあげないとね。

 

「カブさん、今日はありがとうございました」

「おかげで私たちは無事にここに帰ってこれました。本当にありがとうございます」

「気にしないでくれ。ぼくはたまたま近くを通りかかっただけだからね」

 

 それでもセイボリーさんを運んでいる間にボディガードしてくれたり、ボクが合流するまでの間で守ってくれたりしたのは確かだ。しっかりとお礼はしないとね。

 

「それでもです。本当にありがとうございました」

 

 しっかりと頭を下げるボクとユウリ。頭上からカブさんの苦笑いが聞こえるがこればかりは譲れない。

 

「ふむ、そうだな……どうしてもというなら……お礼は熱いバトルということで。楽しみにしてていいかな?」

 

 ジムリーダーのはずなのにむしろボク達に挑むかのような挑戦的な発言。また一段、プレッシャーが強くなる。思わず息をのんでしまうボクたち。けどそのプレッシャーはなぜか心地いいもので……

 

「「はい!!」」

 

 いつの間にか元気よく返事をしていた。その返事を聞いて満足したカブさんはそのままエンジンスタジアムへと足を進める。

 

「ホップたちに追いつくためにも、絶対に勝たないとね」

「うん」

 

 大きく、静かに、だけど激しく燃えるその背中を見つめながら、ボクたちも同じように闘志を燃やしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、いい加減ワタクシをおろしてもらえませんか?」

「「……あ」」

「ほんとにワタクシの扱いひどすぎませんか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イーブイ

割と鼻は効きそう。
アニメでもよくやってますし……

トロッゴン

気軽に1000℃とか言っちゃうのがポケモンの世界。
出力がやばい……
実機ではトロッゴンが手持ちかどうか会話的に微妙なところでしたがまあ手持ちでもいいのではと。
タンドンにほのおがないので悩みどころでしたがここではカブさんの手持ちということで。

セイボリー

完全にアニメのゴジカさんリスペクト。
でもあれすぐ体が衰えそう()
そしてやっぱりなんかネタキャラに……どうして……
一応弁明しますけど私は普通にセイボリーさん好きです。ちゃんと好きです(大事なことなので(ry)
勝手にネタキャラになろうとする彼が悪い(暴論)

カブ

物凄く好きです。
この見た目で一人称が「ぼく」なのもいいところ。
純粋に渋いかっこよさがひかるキャラですよね。




何気にそこそこ続いた第二鉱山突破。
次はエンジンスタジアム……かな?


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30話

アニポケにヒカリが再登場。
楽しみですね。


「セイボリーさん、調子はどう?」

「もう大丈夫ですよ。ワタクシの自己再生によりこの通り!!」

「ああ、うん。大丈夫そう」

 

 第二鉱山を抜けてポケモンセンターによった後日。

 

 すぐにカブさんに挑んでもよかったんだけど、流石にセイボリーさんが心配なので彼を看ることにしたボクたち。というのも、バウタウンでボクが倒れてた時にちょくちょくユウリがお見舞いに来てくれたのが、迷惑をかけてしまったという感情以上に来てくれてうれしいという感情の方が強かったからだ。やっぱり病気とか怪我で倒れているときって精神的にも弱りやすいからそばに人がいてくれるだけでだいぶ精神的に安定するんだよね。

 知識としてはもちろん最初からあったけど、実際に体験してみてさらによくわかった。そばに人がいる安心感は本当に強い。自分がされて嬉しいことは何となくしてあげたくなるというもんだ。

 

 最もそんなに深い傷でもなかったためか特に何事もなくすぐ回復。こうして翌日の朝に見に来てみればもうぴんぴん。いつもの胡散臭い態度がさらにマシマシになったような喋り方にむしろ安心感さえ覚えてしまうほど。

 

 何はともあれ元気になってくれてよかった。後遺症もなさそうだし、これで安心してジムチャレンジを再開できることだろう。

 

 ユウリも色々あったみたいだけど文句も特になくここまで快諾してくれているあたりなんだかんだ優しいし、しっかり周り思いやれるいい人なんだなと改めて思った。

 

「よし、セイボリーさんも治ったことだし改めてジムの申し込みしようか」

「うん。私もそれに賛成。早く突破してホップたちを追いかけなくちゃね」

 

 ユウリもやる気満々といった様子で拳をぐっと構える。セイボリーさんと戦うまでの間にいろいろと戦い方も考えていたみたいで、さっきもその話し合いをしていたし、最初の鬼門と言うだけあって、やっぱり気合は入るというものだろう。

 

 かく言うボクもその点においてはかなりやる気が入っている。今から予約してジムチャレンジを突破、その後ジム戦と考えると最短でもカブさんと戦えるのは明後日だというのに、気が速すぎと思われるかもしれないけど相手の強さを考えるとどうしてもワクワクしてしまうというのがトレーナーの性。気合が入りすぎて空回りするかもしれないという懸念こそあれど、なんだかそんな気も一切起きないほどすでに気持ちは出来上がっていたり。

 

 そうとなれば善は急げ。さっそくジムへの挑戦をするための受付を行うために三人そろってポケモンセンターを出ていく。ここから真っ直ぐ西に向かって歩けばエンジンスタジアムだ。

 

 エンジンスタジアム。

 

 開会式にも使われた会場だけど今まで挑んできたターフスタジアムやバウスタジアムと違い、その建物の形はスタジアムと言っておきながらさながら砦のような見た目をしていて余計に登竜門という言葉を意識させるような物々しさまで感じる。建物の大きさ自体も今までのスタジアムをはるかに超えているためその壮観さはかなり大きく、思わずため息が出てしまう程だ。シンオウ地方のジムだってここまですごい建物は見たことがない。しいて言えばデンジさんが暇だからという理由で自分のジムを改造して無茶苦茶をしていたことぐらいだろうか。……流石に自分のいる街を停電にさせるほどの改造をするのはどうかと思う。っと脱線してしまった。とにかく、今ボクたちが向かう場所はそんなとても迫力のある場所だという事。

 

 そして、同時にボクたちジムチャレンジャーにとってはまさしく、この建物が見た目だけではなく砦として立ちはだかっているという事。

 

 開会式の時は何も感じなかったけどこうして二つのバッジを手に入れてもう一回訪れてみればその大きな威圧感から開会式のワクワクから180度違った印象を受けてしまう程で、ほかにも挑戦の受付をするためか訪れているジムチャレンジャーの人たちがいるものの、最初来た時とのあまりにも違うその印象に、あちこちで立ち止まって上を見上げている人が見つかる。中にはちょっとふるえている人も見えてたり。よく隣を見てみてればユウリとセイボリーさんも何か思うところがあるのかそれぞれいつも以上に気を引き締めた顔をしている。

 

 気持ちはよくわかる。このプレッシャーは実際にジムチャレンジをしてここに立つボクたちにしかわからない気持ちだ。

 

 その緊迫した空気感はエンジンスタジアムの自動ドアをくぐっても消えることはなく、むしろ外よりもさらに張りつめているとさえ感じるほど。白いユニフォームを着た人がちらほらと見受けられ、みな真剣な表情。きっとこれからジムチャレンジを受ける人たちだろう。そんな人たちの邪魔にならないように静かに間を通り抜けてエンジンスタジアムの受付へ。受付をしているジムトレーナーの人に明日ジムチャレンジを受ける予約を取る。

 

「……はい、ユウリ選手、セイボリー選手、フリア選手ですね。予約完了いたしました。明日のジムチャレンジ、頑張ってくださいね」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

 三人そろってお礼を言う。さて、これで今日の予定は完了だ。後は明日とその先のカブさんへの挑戦に向けて手持ちのみんなと相談、ないし特訓をする時間。なんだけど……

 

『『『『…………』』』』

 

(うわ~……)

 

 受付が完了したのでとりあえず外に出るために振り返る。すると先ほどまで自分のジムチャレンジのために集中していたであろう他の選手たちが全員こちらをじっと見つめていた。ただただ見つめるもの。近くの人とひそひそ話ながら見つめるもの。こちらが気になるものの集中もしたいから片目だけでこちらを見つめるもの。色々な姿があれど全員顔はこちらに向いている。

 

(……正直ちょっと怖いなこれ。別の意味で凄いプレッシャーあるんだけど)

 

 セイボリーさんもユウリも同じ気持ちらしく、セイボリーさんはどことなくつまらなさそうな顔を、ユウリにいたっては若干震えている気もしなくない。とりあえず落ち着けるためにそっと服の袖を引っ張って声をかけておく。

 

「大丈夫?ユウリ」

「う、うん。大丈夫……ありがと。おかしいな、ジム戦でもっとたくさん視線を集めているときは平気なんだけど……」

「まあ視線の質が違うからね……」

 

 バトルの時に受ける視線は単純に応援だったり、熱い試合を見にきたり、盛り上がるために来たりとプラスの心象が多い視線ばかりだから気になりはするけど重くはない。けど今ここで受けている視線は値踏みだったり嫉妬だったりとどちらかというと負の印象が強い視線。

 

 どちらが精神的に負担がかかるかなんて言うまでもないだろう。

 

「とりあえず何も気にせずにさっさと外に出よう」

「うん。早くここから出たい……」

「右に同じく、ですね」

 

 今日はもうここに用事はないのでさっさと外に出る。けど、威圧されている雰囲気を出すとそれはそれであとで変なことをされかねないので表面上はまるで気にしてない雰囲気を出しながらスタジアムの外へ。そんなにドアまで距離があるわけではないけどなんだか無茶苦茶長く感じてしまった。

 

「「「すぅ……ふぅ~……」」」

 

 ドアを潜り抜けて外に出た瞬間に三人で思わず深呼吸をしてしまう。気持ち悪い空気から一気に解放されて体が物凄く軽くなった気がした。

 

「うぅ、なにあの空気……凄く重かった……」

「なんというか……嫌な視線でしたね……」

 

 たった数分の出来事だったのにどっと疲れたような顔をする2人。もちろんボクも肩から重荷が外れて一気に空気が軽くなるのを感じた。思わず凝ってもいない肩をぐるりと1周回してしまうほど。

 

「さすがにここまで来るとこういう視線も増えてくるね」

「フリアは経験済みなの?」

「まぁ、無くはない、かなぁ……」

 

 シンオウ地方を旅していた時はあまり受けなかったけど、シンオウリーグで上の方に上がって注目選手として紹介された時なんかは同じ出場者からはあんな視線を向けられたこともあったっけと思い出す。

 

「みんなそれだけピリピリしてるってことだよ。ここのジムはそう思われるだけの場所ではあるだろうからね」

「……そっか」

 

 改めて振り返りエンジンスタジアムを見上げる。登竜門と言われるだけあり、ジムチャレンジャーの半分以上はここで脱落することとなる大きな壁。それはもはや周知の事実。だからこそ、観客は誰が突破できるのかの予想に大いに盛り上がり、逆に選手はこの壁を超えなくてはならないという大きなプレッシャーに押しつぶされていく。自分の夢がかかっている冒険の大きなターニングポイント。そんな大きなプレッシャーを感じている中に現れるチャンピオンから推薦された注目選手の姿。本人にその気がなくてもそういう視線を向けてしまうのも分からなくはない。なんせ、ユウリたちと仲良く冒険に出ているから忘れがちかもしれないけど、悪く言ってしまえばボクたちはお互いを蹴落とし合う敵なのだから……。

 

 ボクたちはライバルだなんて言うけど、その関係だって他者から見ればそれこそ全く関係の無いどうでもいいことだからね。

 

「いいのですよ。ああいう視線はさせておけば」

「セイボリーさん……?」

 

 そんなボクとユウリの心情に割って喋るセイボリーさん。

 

 いつもの雰囲気ではなく、エンジンスタジアムを見つめる目は少しの冷たさをはらんでいた。

 

「きっとあの中にはワタクシたちを下に見る目だってある。この道を進む以上、比べられ、蔑む視線だって少なくない。なら、ワタクシたちにできることは圧倒的な強さを見せつけて黙らせ、見返すことだけなんですよ」

 

 冷たく低く、静かに放たれたその言葉は盛り上がりを見せるエンジンシティの喧騒の中をそんなもの知るかと言わんばかりに突き抜けボクたちの耳に入ってくる。拳を握りながらそう告げたセイボリーさんの表情はとても固く、そして怒りとほんの少しの辛さを混ぜたような顔をしていた。

 

(何か、あったのかな……)

 

 間違いなく過去に何かしらを抱えているであろうその姿だが、生憎とボクたちはまだ出会ってすぐの関係な上、お互いの過去を気軽に話せるまではさすがに仲良くなってはいないと思っている。何かしらを抱えているとわかったところでできることは今のところはない。

 

 そんな少し重くなってしまった空気。それを霧散させるべく大きな破裂音が響く。

 

「さっ、重い話は終わり!!そんなことよりも早くカブさんに向けての対策の特訓をしよう!!せっかくワイルドエリアにも戻ってきてるんだし、場所には困らないんだからやらなきゃ損だよ!!」

 

 正体は頬を叩き、気合いを注入しながら元気よく喋るユウリ。この行動で空気はまた軽くなり、自然と自分の頬が緩むのが分かる。

 

「はは……そうだね。正直ボクもまだまだ詰めたいところがあるし、やりたいことはたくさんだ」

「ワタクシも、エスパーつかいである以上、カブさんの切り札には手を焼きそうなので……その辺、フリアさんのジメレオンと戦ってばつぐんの技を使ってくる相手ともしっかりと戦いたいのです。確か使えますよね?」

「マルヤクデ対策だね。威力とか正直比べ物にならないと思うけどそれでも良ければ」

「ずるい!!私も戦いたい!!」

「そういえばまだユウリと戦ったことなかったっけ?せっかくだし戦ってみよっか」

「うん!!よし、気合い入れて頑張らなくちゃ!!」

「……ユウリさん、あなたカブさんとの戦いより盛り上がってません?」

 

 和気あいあいとエンジンシティの外へと足を運ぶボクたち。後ろにあるエンジンスタジアムはひとまず視界から外し、ワイルドエリアへ。

 

(……コウキがうけた視線は、これよりもきつかったのかな)

 

「フリア〜!!はやく〜!!」

「……はーい!!」

 

 少し後ろ髪を引かれながらも、ユウリの声に返事をしてボクは駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、次のジムミッションは捕獲か……」

 

 翌日。

 

 ジムミッションの時間が来たためエンジンスタジアムに入り、ジムミッションの会場に入ったボクを待ち受けていたのは円状の広いフィールドにまばらに設置されたたくさんの草むら。その近くには各草むらに1人ずつジムトレーナーが待ち受けている。 一方草むらの方は定期的にガサゴソと動いており、中にポケモンが隠れているのがよく分かる。

 

 そしてこのフィールドのど真ん中にはボードがあり、グラフのようなものが書かれており、その1番上には捕獲ポイントと撃破ポイントと大きく書かれていた。

 

 

『ここ、エンジンスタジアムのジムミッションは捕獲です!!草むらに隠れたポケモンを捕獲してポイントを稼ぎ、一定量以上のポイントを貯めるのがここでのジムミッションのお題となります!!』

 

 

 おおよそボードを見てから思いついた物どおりのお題だ。その先のルールを聞くに、今この場所でポケモンを捕獲したら2ポイント。ポケモンを撃破したら1ポイントの加算がされ、この合計ポイントが5ポイントを超えたらジムミッションクリアというもの。ただし、1部特殊ルールがあり……

 

 

 1つ、5ポイントの間に必ず1匹は捕獲をすること。

 

 2つ、野生のポケモンと戦う、ないし捕獲する際はその草むらの1番近くにいるジムトレーナーも参戦すること。

 

 3つ、ジムトレーナーが撃破、ないし捕獲した場合はポイントが発生しないこと。

 

 4つ、捕獲の際に使えるポケモンは1匹のみとし、交換は禁止。また、その1匹が倒された場合はその野生のポケモンに対してのボールの投擲は禁止とする。(このルールはジムトレーナーにも適応される。また、他の野生のポケモンと戦う際は違うポケモンに変えても良い)

 

 

 1つ目のルールに関しては5匹さっさと倒してクリア。なんてつまらないし、捕獲を見るミッションなのに意味が無いからの制限。そして2つ目と3つ目、4つ目が第3陣営がいることの示唆ということだろう。

 

 4つ目が少しややこしいけど、例えばロコンに対してジメレオンを出したら捕獲、撃破、もしくはやられるまで変更不可。だけどロコン戦が終わったあとに次のヒトモシと戦う時はジメレオンを続投してもいいし、イーブイやキルリアに変えてもいいという訳だ。

 

 そして何より大事なのが第3陣営であるジムトレーナーがいること。

 

 ただ捕まえるだけではもちろんこのジムトレーナーに妨害や先取りをされるから、どうにかして競走に勝つ必要があるというわけだ。

 

 方法としてはおそらく2つ。

 

 1つはジムトレーナーよりも早く捕獲をするか撃破をする。

 

 そしてもう1つはジムトレーナーのポケモンをさっさと倒してしまうこと。

 

 4つ目のルールに戦闘不能後の行動不可はジムトレーナーにも適応されると書かれている以上野生のポケモンを捕まえる以前にジムトレーナーを戦闘不能にするのもありということだ。

 

 もちろんこれは相手側もそうだからジムトレーナーもこちらを戦闘不能にしてくるような動きをしてきそうだ。

 

(いや、もしかしたら先に捕獲するか、もしくはこちらが捕獲しようとするところを倒して邪魔するってことなのかな?)

 

 そう考えてみると妨害の方法が多岐にわたることに気づいてしまう。

 

(むむむ、これはもしかして捕獲をするための観察眼を見るものじゃなくて想定外のことや横槍があったとしてもアドリブで正しい判断を直ぐに出来るかどうかを見るためのミッションなのかも……?)

 

 そうなってくるとこのスタジアムが難しいと言われる所以はここにもあるのかもしれない。よくよく考えれば三つ巴の戦いなんて普通に過ごしていてもまず起きるようなものじゃないからここで求められるものは実はとても大きすぎるものなのかも……。

 

 恐らくジムトレーナー全員が全員同じ妨害の仕方なんてしない。1人目がこうだったから次もこう、なんて甘い見通しは簡単に防がれるだろう。

 

(さて、どうしようか……)

 

 

『ではでは、制限時間は10分!!始めていきましょう!!』

 

 

「っとと、もう開始時間なのか」

 

 頭の中で色々考えにふけっている間にもうジムミッション開始時間になってしまっていた。考えるのも大事だけど目の前のことにも集中しないといけない。しっかりと頬を叩いて気合い注入!!

 

 

『よ〜い、スタート!!』

 

 

 アナウンサーからの高らかな開始宣言を受けて直ぐに周りを見渡してどの草むらから回るか考える。とりあえず視界に入っているのはロコン、ヒトモシ、ヤクデ、ガーディ。野生のポケモンは全部ほのおタイプのポケモンみたいだ。となるとジムトレーナーが妨害に使うポケモンもほのおタイプが濃厚と見ていいかもしれない。

 

(こうなってくるとやっぱりマホミルの出番はどうやってもないかもなぁ……)

 

 フェアリータイプであるマホミルはメインウェポンがほぼ効かなく、ターフスタジアムでのジメレオンのようにサブウェポンで弱点をつける技を覚える訳でもない。せめてジムミッションだけでも活躍できないかななんて思ったけど今回に関してはお留守番になりそうだ。

 

(さてそれじゃあ誰から行こうか……な……?)

 

 とりあえずはイーブイを慣らすためにイーブイから入ろうとモンスターボールを構えて草むらに行こうとすると少なくとも4つの芝生の中からなんだか不思議な視線を感じる。十中八九草むらの中に潜んでいるポケモンがこちらを見つめているということなんだろうけど……

 

(あ、あれ?なんか視線を向けられている割には敵意が一切ない……?)

 

 てっきり捕獲と撃破がテーマだからここにいる野生のポケモンはみんなトレーナーに対して少なからず敵対意志があるのではと思ったけどそんなことはなく……

 

「う〜ん……野生って言っておきながら実際にはカブさんが訓練しているからそこまで凶暴ってこともなかったり……ってイーブイ!?」

「ブーイ!!」

 

 目標である野生のポケモンを見つめていたら勝手にイーブイが飛び出してきた。いやまぁ、呼び出してあげる予定だったから別にいいのはいいんだけど……

 

「……なんでポフィン食べてるの?」

「ブイ?」

 

 器用に前足でポフィンをつかみ、カジカジしているイーブイ。確かに可愛いんだけどなぜ白昼堂々と主人の前で盗み食いしているのか……

 

「全く、食べたいなら食べたいって言えばあげるのに……」

 

 仕方ないと思いながらイーブイを持ち上げるとイーブイのふさふさの毛の中からさらにポフィンが何個も落ちてくる。

 

「……」

「……ブイ!」

「イーブイ〜?」

 

 まるでてへぺろと言わんばかりにあざとく笑うイーブイのほっぺをムニムニする。

 

「さすがにこれはとりすぎじゃないかな〜?美味しいと言ってくれるのは嬉しいけどやりすぎると怒るよ〜?」

「ブ、ブイ〜!!ブイィ〜!!」

 

 第二鉱山では頼もしいと思っていたのにやっぱりまだまだ産まれたばかりのイタズラやんちゃっ子。元気があるのはいいことだけどさすがに怒るところはちゃんと怒らないとね。

 

「全く、イーブイったら……これくらいすぐに作れるんだから、ちゃんと言いなさい」

「ブイ……」

「もう……ん?」

「「「「……」」」」

 

 イーブイを叱っていると感じる視線。その主はジムチャレンジとして配置された草むらの中にいる野生のポケモンたち。彼らの目はたった今イーブイが落としたポフィンへと釘付けになっていた。

 

「「「「……」」」」

 

(すっごい見てる!?)

 

 穴が飽きそうなくらいじっとこちらを見つめてくる彼らになんとも言えない恐怖を感じる。けど、何となく言いたいことは分かるからとりあえず提案を……

 

「え、えと……食べる?」

「「「「!?」」」」

「ってうわぁ!?」

 

 ボクの発言を聞いた瞬間、我慢の限界だったのか野生のポケモンたちがものすごい勢いで飛びついてきてポフィンにかぶりついて行った。もしゃもしゃと食べていく彼らは、味がお気に召したのか1口飲み込んだ瞬間食べるスピードがさらに早くなっていく。多くはないけどそこそこあったポフィンが全て消えるのに時間はかからなかった。そして……

 

「「「「……」」」」

「……いや、もうさすがにないんだけど」

 

 まだ食べ足りないのかこちらを見つめてくるポケモンたち。当然ながらこのジムチャレンジにはポケモンに持たせるのは良しとしても、基本アイテムの持ち込みはできないため今手持ちにポフィンは無い。強いていえばこのジムミッションのためにモンスターボールを何個か貰っているのでそれが手元にあるだけだ。だけどそんな事情はもちろん彼らは知らない。

 

「えっと……ごめんね?もうないんだ。リュックの中にはまだまだあるんだけど、ここから外にでないとなくて……」

「ヤーク!」

「ヒト〜!」

「コ〜ン!」

「ガゥ!」

「わわわわ!?」

 

 手元にないということをはっきり告げた瞬間飛びかかってくるポケモンたち。いきなりの4対1の構図にボクもイーブイも、果てはジムトレーナーの人も反応出来ずに慌ててしまう。その一瞬の硬直の間に4匹はもう目の前まで来ていて……

 

「イ、イーブイ!!とにかく『スピードス━━』」

 

 せめて相手の勢いを上手く相殺しようとイーブイに指示しようとして……

 

 

 

 

4()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「……え?」

 

 何が起こったのか分からず懐のボールに視線を向けるとカチッと言う子気味のいい音と共に中身の入ったボールが4つ増えていた。この人について行けばまた食べられると思ったのだろう。

 

『う、嘘……』

『こんな方法で……』

 

「え、えーっと……」

 

 どうすればいいのか周りを見渡しても口元に手を抑えたり、目を見開いたり、行動の差はあれどみんな驚いたという反応を見せて固まっているジムトレーナーしかおらず、観客までもが困惑からザワザワし始める。どうすればいいのか分からず、ボク自身もワタワタしているとようやくアナウンスが入り……

 

 

『なんということでしょう!!一度に4匹のポケモンを同時にゲット〜!!捕獲ポイント8ゲットによりフリア選手、エンジンスタジアムのジムミッション、最速クリア〜!!』

 

 

「これでOK貰えるの!?」

 

 まさかの合格判定に逆に大声をあげて反応してしまう。

 

 

『こんな展開見たことありません!!一瞬でポケモンのハートを鷲掴みにするその能力、神業と言っていいでしょう!!』

 

 

「いや、ただ餌付けしただけなんだけどな!?」

 

 

『フリア選手、最速記録を叩き出しての突破!!観客の皆様もいいですよね?』

 

 

「いや、さすがに観客の皆は……」

 

 

『最速記録すげぇ!!』

『文句なんてないよ!!』

『早くカブさんとのバトルを見せてくれ〜!!』

 

 

「いいんかい!!」

 

 まさかの観客まで乗り気である。

 

「え、本当にいいの?なんかずるしたみたいで忍びないんだけど……」

 

 

『ということでフリア選手、見事ジムミッションクリア!!フリア選手の明日のジム戦もお楽しみに!!』

 

 

「えぇ〜……」

 

 なんか納得行かないままジムミッションをクリアしてしまった。

 

(荒れないといいなぁ……)

 

 この日、ボクは初めてエゴサというものを行った。とりあえず特に荒れてはいなかったとだけ言っておこう。本当に良かった……。

 

 

 

 

 

 

 あ、ちなみに今回捕まえた子たちはみんなポフィンを上げたあとカブさんにお返ししました。やっぱりここのポケモンはジムチャレンジ用にカブさんが準備した個体だったらしい。

 

 ……事情を話したらカブさんも困惑してたけどね。

 

 何はともあれ、明日……頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




視線

全年齢対象だから実機ではマイルドだけど多分リアルだとここの空気はかなり重そうですよね。

ジムミッション

ミッションは賑やかに、本戦は本気で戦ってる流れになりつつありますね……
温度差凄そう。
条件についてはさすがに撃破だけで稼ぐのはちょっとということで実機より少し厳しめに。
まぁ、色々考えましたけど全部無駄にするミッションクリア方法なんですけどね()

ポフィン

なんだかこの小説でポフィンが万能すぎる……
ちょっと擦りすぎな感じもしますけどせっかくなのでシンオウ地方のことも触れたいとなるとポフィンってすごくお手軽なんですよね。
書きやすいです。




次回、カブ戦。


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31話

最近になってようやく黒バドレックスのA0厳選しています。
来月のルールに備えていきたいですね。


「ふぅ……」

 

 ジムミッションを爆速でクリアし、むしろこれ大丈夫なのかなと色々な懸念に頭を悩ませながら過ごした1日も無事に終わり、次の日の大1番。音のない控え室で大きく深呼吸していまかいまかとその時をじっと待つ。

 

 やっぱり登竜門の名は伊達じゃないのか、対策として調べた動画の中では勝っている人をまだ見た事はない。単純に後でどれくらい強くなったかを直接見るのを楽しみにしておくために、ホップたちの試合を見ていないというのも大きな理由のひとつではあるんだけど、それにしてもやっぱり現状でカブさんを突破している人を見かけてはいない。1番最初に突破したのは誰なんだろう?なんて疑問が凄く気になるくらいには全く見ていないという状態だ。

 

(ただ、ホップたちは勝ってる。なら進まなきゃね)

 

 カブさんが負けている姿が想像できないのはその通りなのだが、だからと言ってそれがボクが負けていい理由にはならない。少なくとも、ボクか見かけていないだけでちゃんと勝っている人はいるのだ。なら、ボクだって越えられる。

 

「フリア選手。準備が出来ました。入場のほど、よろしくお願いします」

 

「はい!!……よ〜し!!」

 

 両手で頬を挟み込むようにぱちんと叩き気合を入れる。ほんの少し熱くなった頬と体に自分の体の状態が万全なことを教えて貰いながらエンジンスタジアムのバトルフィールド入場口へ、自動ドアをくぐって進んでいく。

 

 明かりのあまりない暗い通路。その先には眩しいくらいに鈍く輝く赤茶色のバトルフィールド。

 

 あそこに足を踏み入れたら、いよいよ始まる。

 

 目を閉じ、胸に右拳を当て、深く深呼吸してさらに集中力を高めていく。そんな時にボクの隣に人の気配。

 

「「すぅ……はぁ……」」

 

 隣からも聞こえる精神統一の呼吸音。正体なんて見なくてもわかる。この場所で一緒になる可能性のある人なんて一人しかいない。

 

「……ぼくがここにいることに驚かないんだね?」

「有名ですから。カブさんがジムチャレンジで入場する時は必ず挑戦者用の入口から入場することは」

 

 本来ならジムリーダーはジムチャレンジャーの入場口とは真反対の場所から入場する。まぁ、当然といえば当然のことだ。けどカブさんは違う。

 

 例えどんな人が来ようとも、必ずこうやって隣に立って、ジムチャレンジャーと一緒にバトルフィールドに入場していく。

 

「こうして隣になっていっしょに入場するとね……」

 

 深呼吸を終えたカブさんがそっとつぶやく。

 

「チャレンジャーの色々な表情を、感情をよく見ることができるんだ」

 

 その言葉を聞きながら、ボクはカブさんと並んで一緒に歩き出す。

 

「緊張、焦燥、恐怖、慢心、楽観、感動……十人十色のその感情は毎回見ていてとても飽きないよ」

 

 

『さぁ両選手の入場です!!ジムリーダーカブさんと昨日とんでもない早さでミッションを終わらせたフリア選手だぁっ!!』

 

 

 暗い道を抜けて赤茶色のバトルフィールドに足がかかる。同時にとてつもなく大きな歓声とアナウンスが響き渡る。鼓膜がビリビリと震える感覚を感じるが、不思議とカブさんの声ははっきりとボクに届いていた。

 

「けど、その誰もが必ずその感情の裏にぼくを倒すという確かな意志を持って挑んでくるんだ。その度に、当時のぼくはどうだったっけって思い出すんだ」

 

 バトルフィールドのラインを超えて真ん中へ。ここに来て初めてお互いが向かい合い顔を合わせる。

 

「ひたすらに前を向いてがむしゃらに走り続けたあの時を。挑戦者として挑み続けてたあの頃を思い出させてくれるんだ」

 

 じっとこちらを見つめてくるカブさん。不思議とその目から視線をそらせない。

 

「ぼくたちジムリーダーは壁であると同時にぼくたち自身もチャンピオンを目指す挑戦者だ。だからぼくはこうやってチャレンジャーと同じ場所から入って当時の気持ちを体に思い出させて、昂らせているんだ」

 

 放たれるプレッシャー。それはヤローさんよりも、ルリナさんよりも、はるかに強く、重いプレッシャー。

 

「フリア君……君の眼の奥にはあの頃のぼくよりも静かに。けど激しく燃える信念のようなものが見える……」

「ボクにだって、負けられない理由……ちゃんとあるんですよ?」

「……ああ。しっかりと伝わるよ。普段冷静で穏やかな君がバトルの時は毎回その瞳の奥にとんでもなく大きく熱いものを宿しているのを感じていた。それは、少なくともぼくが戦ってきたチャレンジャーの中で、誰よりも大きいものだった……」

 

 

 バチンッ!!

 

 

 空気を切り裂く弾けるような豪快な音。カブさんが頬をたたいた音。こちらまでそのしびれが届いてくる。

 

「だから、君と戦うのを心の底から楽しみにしていたよ」

 

 

『使用可能ポケモンは3体です!!では張り切って行きましょう!!』

 

 

 腰からハイパーボールを取りだし構えるカブさん。ボクもそれにならいモンスターボールを構え……

 

 

「その胸に秘めた熱い思い!!願い!!信念!!ぼくに見せてくれ!!ぼくも君を超える熱さで君という新しい風に挑ませてもらおう!!」

 

 

ジムリーダーの カブが

勝負を しかけてきた!

 

 

「いけ!!キュウコン!!」

「いくよ!!キルリア!!」

 

 カブさんが投げてきたハイパーボールから出てくるのは金色の美しい毛並みと九本の尻尾、それに赤く激しく煌めくその瞳が特徴的なきつねポケモンのキュウコン。対するボクの先発はキルリア。睨み合う両者は出てきた瞬間にボクたちトレーナーの迫力に煽られたのか既に臨戦態勢を取っており、いつでも戦える状態になっている。

 

 

『わああああああああっ!!!』

 

 

 いよいよ始まる注目の試合に観客のボルテージもいきなり最高潮。とてつもない盛り上がりを見せるスタジアム内は、まるで地響きでも起きたのでは無いかと思うほど振動していた。

 

 そして同時に変わる場の状況。

 

 キュウコンが場に出た瞬間少し予兆はあったけど、さらに時間が経った今になってその変化はより顕著になっていく。

 

(暑い……)

 

 空を見上げると燦々と輝く大きな光。

 

 誰がどう見てもひでりと呼ばれる天候に支配されていく。

 

「ひでりキュウコン……いきなりジム戦で見ない子が来ましたね……」

「ヤロー君もルリナ君も、君に対しては少しだけ本気で戦っているみたいだからね。ぼくもやらない訳には行かないさ」

 

 特性ひでりのポケモンは場に出た瞬間に天候を日差しが強い状態に出来る。そしてこの状態はほのおタイプのポケモンに多大な恩恵をもたらす。この日差しが強い状態では単純にほのおタイプの技の威力が上がる効果とほのおタイプが苦手とするみずタイプの技の威力を抑えるというふたつの大きな効果が存在する。つまりこの状況下では本来ボクの手持ちで1番活躍できるはずのジメレオンが満足に動けないことを意味する。だけど……

 

(まぁ、正直この展開は予想はできてたんだよね)

 

 今までのジムの傾向を見るにどうもボクとの戦いの時はだいたいどこかしら強化されているっぽい。そこまで大きく強化。なんてあからさまなことはしないけどこういった細かいところでは少しだけジムリーダー側が有利な場を作ることが多い。そのことを考えると1番思いつきやすいのが特性ひでりを持ったキュウコンを使うこと。だからこその先発キルリア。

 

 このひでりは強力ではあるが永続ではない。この強い日差しはいつか収まってくれるのだ。ならその期間を何とか耐えきってしまえば、むしろそこからジメレオンが大暴れできるという寸法。ただもちろんこのとこはカブさんだって理解しているからこの間に全力で攻撃を仕掛けてくることだろう。だからこそのキルリア。その猛攻をしのぎつつ、反撃を取る事も可能な子はこの子しかいない。

 

「キュウコン、『ひのこ』!!」

「キルリア!!『ひかりのかべ』!!」

 

 小手調べのひのこを打ち出してくるキュウコンだが小手調べと、そしてひのこと言うには明らかに出力の高いそれをひかりのかべを展開して何とか防ぎ切る。キュウコン自体は特殊の技を得意としているポケモンだけど特殊の威力が尖って高いわけでは無い。それなのにこの火力というのは、ひでりの状態がひとつというのとカブさんの育て方が上手いということ。それにキュウコン自体も最終進化のポケモンだ。ただのひのこもここまで来れば脅威となり得る。

 

 カブさんのジムが難しいと言われる所以のひとつがここにあり、1体目のキュウコンはもちろん、この先出てくるであろう2体目、3体目のポケモンも全員最後まで進化してある。旅を始めたばかりで進化している子が少ない状態で最後まで進化してある子たちに挑まなければならないのだ。当然素のスペックで劣っている可能性が高いのだから難易度が高いのは当たり前だ。

 

「キュウコン、『でんこうせっか』!!」

「キルリ━━って速い!?」

「キルッ!?」

 

 ひかりのかべを見るやすぐにでんこうせっかで突っ込んでくる。ひかりのかべは特殊技は防げても物理技は防げない。そこをついてきての突撃技。すぐに防御行動を取らせようとするも速すぎて間に合わずファーストヒットを譲ってしまう。

 

「『ほのおのうず』!!」

「『サイケこうせん』!!」

 

 さすがにこれ以上の被弾は絶対に避けるべき。サイケこうせんを纏わせた拳で器用に逸らしてキルリアが前に走る。

 

「『おにび』!!」

「コォンッ!!」

 

「来た……」

 

 キュウコンの周りを浮かび出す紫色の炎。相手をやけど状態に持っていく技であり、カブさんの得意とする戦法のひとつ。

 

 ほのおタイプのポケモンと戦うにあたってやけどと言うのは切っても切れない状態異常だ。やけど状態になってしまえばやけどの痛みから力を集中出来なくなり攻撃力が低下し、さらに継続的にダメージを受け続けてしまう。ではキルリアのシンクロで相手もやけどにすればいいのではと思うかもしれないがそもそも最初から燃えてるやつがやけどするはずがなく、ほのおタイプのポケモンはもれなくやけどに耐性をもつ。それが故にほのおタイプのポケモンというのはそれだけで攻撃面において優れていると言っても過言ではない。

 

 相手は進化しており、こちらもしてこそいるものの最終進化では無い。ただでさえ素の力でハンデを背負っているのにここでさらにやけどなんて貰ってしまえばそれだけでゲームセットになりかねない。幸いにもおにびは命中がいい技とも言いきれないのでなんとしてでも躱す。

 

「『かげぶんしん』!!」

 

 たくさん増えるキルリアにおにびがどれにぶつかればいいのか標的を迷ってしまいウロウロする。その間にサイケこうせんで遠くに吹き飛ばしてさらに前へ。

 

「『ほのおのうず』!!」

「『サイケこうせん』!!」

 

 迎撃に打ってくる火炎の竜巻はキルリアがサイケこうせんを両手に強く纏わせてそらしていく。ただほのおのうずの威力と範囲が強すぎるせいかかげぶんしんはかなりの数を失う。まだ残っているとはいえここまで減らされたら本体はすぐ分かる。

 

「キルリア、構えて!!」

「『でんこうせっか』!!」

「キルッ!!」

「コンッ!!」

 

 拳と頭が激しくぶつかり反動でお互いが離れる。仕切り直し。

 

「やはりその武闘家キルリア、いい動きだね」

「……ありがとうございます」

 

 お礼を言いながらも心中は穏やかではない。

 

(想像以上に晴れが厄介だ……ほのおのうずの威力がかなり高くなってる……)

 

 両手を使って何とかそらすことはできたもののキルリアの両手が少し震えている。それだけの威力だったということなのだろう。ただ距離さえあれば防ぐこと自体は難しくない。ひかりのかべの効果も相まってかなり時間を稼ぎやすい方だろう。

 

(ヤローさんやルリナさんの時と違って時間を稼いだ方が有利になる戦いだからここはいつも以上に慎重に……)

 

 最悪ひでりが収まるまでこちらから手を出す必要もないレベルだ。

 

「生半可な攻撃だとそらされる……なら……キュウコン、尻尾に『おにび』!!」

「え?」

 

 カブさんの指示に理解が落ち着かず一瞬止まってしまう。その間にキュウコンは高らかに叫びながら周りに9つの紫色の炎を浮かばせ、自分の尻尾に纏わせる。毛先がオレンジ色の9つの尻尾は紫の炎によりゆらゆら揺れた妖しくも美しい軌跡を残していく。

 

「さあキュウコン、行くぞ!!『でんこうせっか』!!」

「ちょちょちょ!?」

 

 紫の影を残しながら物凄い速さでかけてくるキュウコン。その鮮やかな軌跡のおかげで動き自体はまだ目で追えるけど、それ以上にあんな尻尾で殴られたらどうなってしまうのかと考えただけでも恐ろしい。

 

「キルリア!無茶せず引きながらいなして!!」

「キ、キルッ!!」

 

 目の前まで迫ってきたキュウコンが横回転しながら尻尾をたたきつけてくるのを宙に飛び、自分に当たりそうなものを拳で下に進行方向をそらしてよけようとする。しかしそこですべてのしっぽが振るわれているわけではなく、三本だけキュウコンの真上に待機しているのを発見。

 

「キルリア!横に振るわれている尻尾をつかんで!!」

 

 指示を聞いてはっとしたキルリアが何とか尻尾を掴み、尻尾に体を引っ張ってもらう形で横に水平移動する。尻尾の先のおにびがほんの少し当たっており、苦しそうな顔を浮かべるものの、直後に縦に振るわれた三本の尻尾による轟音と、おにびの力が乗った爆発音を聞いた後だとまだこっちでよかったとさえ思う。

 

(っていうかなんでおにびをまとっただけでこんなに尻尾の威力が上がるのさ!!)

 

 若干の文句を言いたくなるけどこんなことで待ってくれるカブさんではない。

 

「キュウコン、空中に振りほどけ!!」

 

 いつまでもつかませたままでいさせるはずもなく思いっきり尻尾を振るい、キルリアを空中に投げ出す。

 

「『ほのおのうず』に『おにび』を乗せて放て!!」

 

 紫と赤の炎が螺旋の軌道を描いて空中のキルリアめがけて襲い掛かる。この威力はさすがに逸らせないしひかりのかべでもうけられない。

 

「キルリア、『マジカルリーフ』!!」

「何?」

 

 ボクが指示するのはくさタイプの技。勿論この技をぶつければ負けは確定。そんなこと誰の目から見てもわかる。だからこそカブさんは怪訝な目を向けてくる。けどここではこの技が最善のはず。なぜなら……

 

「そのマジカルリーフを足場にするんだ!!」

 

 空中で固められる草たち。そのうちの一つに乗ったキルリアは次々とその足場の間を高速で飛び回る。空中を踊るように舞っていくキルリアの姿をキュウコンは追うことができずに攻撃をうまく当てられない。

 

「よし!」

「マジカルリーフをこう使うか!!」

 

 まさかの戦い方を見て驚くカブさん。キュウコンもまさかの光景に一瞬固まっている。この間にさらなる指示を飛ばす。

 

「キルリア、『かげぶんしん』からの『マジカルリーフ』!!」

「ッ!?キュウコン!!『ほのおのうず』で少しでもぶんしんを減らせ!!」

 

 何かに気づいたカブさんが慌てて指示を出すがもう遅い。空中の足場でどんどん数を増やすキルリアは数が減りながらもそれ以上のスピードで増えていき、そのぶんしん全員からマジカルリーフが放たれる。勿論全部が全部本物じゃないからすべての攻撃でダメージが入るわけじゃない。むしろぶんしんの方が数は多いんだから攻撃のほとんどは幻だ。相性不利もあってダメージが入るわけじゃない。けどこの行動は攻撃するために放っているわけではない。

 

 吹き荒れる草の嵐はフィールドを縦横無尽に駆け回り視界を埋め尽くしていく。ただ葉っぱが荒れ狂うだけならそこまで視界を奪うことはなかったかもしれないけど、ほのおのうずによって引火したものも一緒に舞っているため余計に視界を奪われる結果となっている。

 

「やはり……これが狙いか」

「ここまで視界が防がれたらカブさんからは状況把握できないはず!!」

「だがそれはフリア君も一緒のはず……」

「それはどうですかね?」

 

 カブさんの発言に対してにやりと笑いながら心の中で思いを浮かばせる。

 

(キルリア……お願い!今のうちにどんどん攻めて!!)

 

 細かい指示を飛ばすことは難しいから強く願う。口には出さない。だって口にすると相手に対策されちゃうから……それにキルリアにはこれで通じるはずだから。

 

 かんじょうポケモンであるキルリアはトレーナーの気持ちをキャッチすることに長けている。たとえ言葉に出さなかったとしてもこうやって強く祈っていればボクの思いは通じてくれると信じている。

 

 拳を胸に当てグッと祈りを込める。

 

「キルゥゥゥッ!!」

「コンッ!?」

「キルリア!!」

「キュウコン!?」

 

 突如聞こえるキルリアの迫真の声とキュウコンの叫び声。さらにズドンという何かがぶつかる衝撃音。ほのおと草の竜巻が消え去ったところでボクたちの視界に戦場の様子が目に入る。そこには尻尾を振り回して迎撃しようとしていたところをさらに懐にかいくぐって拳を叩き込んでいるキルリアの姿が。

 

「指示もなしに攻撃を!?」

「よしっ!!」

 

 ボクの攻めたいという感情をしっかりキャッチしてくれたキルリアがちゃんと攻撃してくれた。おかげで拳をしっかりと叩き込める範囲まで近づいている。

 

「キュウコン!尻尾を振り回して迎撃を!!」

「尻尾の付け根に飛び込んで離されないようにして!!」

 

 縦横無尽に駆け回る尻尾。だけどこの攻撃には明確な弱点がある。九つの攻撃はすべて尻尾で行っている以上その起点は尻尾の付け根。キュウコンは尻尾の長さも特徴的なポケモンだ。そうなってくると先ほど言っていた明確な弱点は付け根以外になく、さらにキュウコンよりも小柄なキルリアが近くを動き回りながらそこにもぐりこまれたとなればもはやキュウコン側に打つ手はない

 

「キルリア!!そのまま潜り込んで離れずにどんどん攻撃!!」

 

 キュウコンの尻尾の付け根近くを常に陣取りキュウコンの攻撃のさらに内側へ。がんばって攻撃しようにもキュウコンの視界から外れるうえ、尻尾による攻撃の内側にいるせいで尻尾の攻撃がそもそもやりづらい。対してキルリアは正確に一発ずつ的確にサイケこうせんを纏った拳を叩き込んでいく。

 

「キュウコン!『でんこうせっか』ではなれるんだ!!」

「キルリア!どこでもいいからつかまって!!絶対に逃がすな!!」

 

 たまらずに離れようとするキュウコンだけどここではなれたらチャンスはもうない。死ぬ気でしがみつくキルリア。一度引きはがされた記憶がまだ新しく、今度こそ捕まったまま倒し切ると決意をするキルリアの感情がよく伝わる。そのせいかしばらく駆け回るキュウコンだが一向に離れる気配がない。その間にも一撃、また一撃とキルリアが攻撃を当てていく。

 

「キュウコン!!」

 

 このままではやられる。

 

 焦って動きがどんどん雑になっていくキュウコンに対してカブさんの声が響き渡る。

 

「自分に向かって『ほのおのうず』!!」

「っ!まずい!!キルリア、離れて!!」

 

 何をしてくるのかわかって慌て退却の指示。しかし零距離まで近づいていたことが逆にあだとなって間に合わない。

 

「コオオォォォン!!」

「キ……ルゥ……」

 

 自分ごと焼きつぶさんと燃え上がるほのおのうずにキルリアも巻き込まれていく。

 

「キュウコン!もっと熱く!!」

「キルリア!!焼かれる前に倒し切って!!」

 

 日照りによって強化されたほのおのうずによる大火力と継続ダメージによって素早くキルリアを倒さんとするキュウコンと、炎の牢獄でやられる前にキュウコンを倒し切らんと攻撃をさらに加速させるキルリア。どんどんと激しく燃え上がっていくほのおの熱気に目を開けられなくなってしまい、顔を覆ってしまう。

 

 何分、何十分……中の状況がわからないままかなり長い時間たった気がする。

 

 炎が消え、熱気が消えようやく顔から腕を離せるようになる。

 

「っ!?キルリア!!」

「キュウコン!!」

 

 視界が明け、戦場を慌ててみる。そこには……

 

「キ、キル……」

「コォン……」

 

 目を回して倒れているキルリアとキュウコンがいた。

 

 

『両者戦闘不能!!』

 

 

 エンジンスタジアムジム戦。戦いはダブルノックアウトという波乱の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カブさん

カブさんが選手と一緒の入り口から入場するのがとても大好きです。

おにび

アニメでは明確な攻撃手段になってますよね。
ボルケニオンの映画で、おにびから逃げるピカチュウのシーンの作画が神過ぎてとでも大好きです。

ほのおのうず

なんだかこういう突飛な攻撃って主人公ならではって感じにしたいんですけど主人公にしっかりと苦戦してほしいとなると相手もこんな戦い方になってしまう……。

ダブルノックアウト

これもアニメならでは。
お互いの実力が拮抗している感じがしていいですよね。






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32話

 

『わあああああああああっ!!!』

 

 

 ジム戦最初の一体がまさかのダブルノックアウト。なかなか見ることの出来ない、お互いの力が拮抗した激しい展開により会場の歓声は留まることを知らない。

 

 ほのおのジムリーダーによる熱さを持った攻撃をも上回るほどの熱気に包まれた会場は、空気の熱さだけで言えば当事者であるボクたちなんかよりももっと熱くなっているかもしれない。

 

「戻って、キルリア……お疲れ様……」

「キュウコン、戻れ。よく頑張ったね」

 

 しかし、当の本人たちはむしろかなり冷静に、静かに構えている。お互いがお互いのポケモンを戻し、労いながら次のポケモンの準備をする。

 

「さすがだフリア君。キュウコンの動きに驚きながらもちゃんと対策を取ってくる……見事な観察眼。それにマジカルリーフを足場にした空中機動も。これだから新しい風との戦いは楽しいんだ。ぼく自身が学べることも多いからね」

「ありがとうございます」

 

 微笑みながら、しかし目の奥の炎はさらに燃やしながら話しかけてくるカブさんに汗を流しながら答える。

 

 強い。

 

 ただその一言が頭の中を占める。

 

 ひかりのかべで止められないように尻尾におにびをつけて叩きつけるようにしてきたり、本来攻撃技では無いおにびを尻尾の勢いとひでりの効果を使って威力を上げて補ったり。豪快な火力によるパワープレイがよくよく目に映りがちだけどその影には経験と努力による細かいテクニックがたくさん隠されている。本来の手持ちでは無いはずなのにこの練度。カブさん自身のトレーナーとしての実力の高さがよく伝わってくる。

 

(これが登竜門……)

 

 気合いを入れ直す。ここからもっときつくなることが予想されるから。

 

「さぁ、次はどんな手で来る?……行くぞ、ウインディ!!」

「ガルルオオオォォォッ!!」

 

 気を引き締め直している間にカブさんの2匹目が登場。キュウコンのしなやかな上品さとは真逆の雄々しく力強い逞しい体格の四足歩行ポケモン。その大きなたてがみが彼の存在感をより一層引き立てている。

 

 でんせつポケモン、ウインディ。

 

 対するボクの2体目。

 

「……行くよ!!イーブイ!!」

「ブイッ!!」

 

 預かり屋で孵り、ボクに懐いてくれた、ウインディと比べるととても小さく可愛らしいポケモン。意外なポケモンの登場なのか観客から若干の戸惑いの声が聞こえるけど気にしない。むしろこれでカブさんが少し油断でもしてくれれば御の字なんだけど……

 

「……ウインディ、気を引き締めていくぞ」

「ガルル」

 

(まぁ、そりゃそうよね)

 

 一切無し。

 

「ガルルルッ、ガウッ!!」

「ブイッ!?」

「イーブイ、大丈夫!!いつも通り、頑張ろう!!」

「ブ、ブイッ!!」

 

 ウインディの特性いかくにより少し及び腰になってしまい攻撃力を下げられてしまうもののすぐにフォロー。確かに怖いかもしれないけどイーブイにはボクがついている。安心させていつも通りのパフォーマンスをさせてあげたい。

 

「ウインディ、『おにび』!!」

「イーブイ、『スピードスター』!!」

 

 一通りのやり取りが終わりすぐに攻撃に移る両者。飛んでくる紫の火の玉を星型の玉が相殺して爆発。

 

「イーブイ、『でんこうせっか』!!」

 

 その爆発の煙が残っている間に駆け抜けてウインディに突撃。煙が晴れた時に映る状況はウインディにしっかりと攻撃を当てて帰ってくるイーブイ。今度のファーストヒットはこちらだ。

 

「続けて『スピードスター』!!」

「ブイッ!!」

 

 尻尾を振り回し大量の星型弾を飛ばしまくる。孵ったばかりでもポケモンはポケモン。内包されている力は凄まじく、弾幕とも言えるその量が全てウインディに向かって飛んでいく。

 

「ウインディ、『かえんぐるま』!!」

 

 しかしそれは相手も同じ。むしろ進化している分、素の力で劣っているため押し切られてしまう。体を丸め、前転を高速で繰り返しながらその身を炎で包んだウインディは、そのまま地面を走りながら星の波をモーセの奇跡の如く綺麗に半分に割り、その勢いのままイーブイの方へ駆けて来る。その様はまるで巨大なタイヤが転がってきているようだ。

 

「イーブイ、横に避けて側面にもう一度『スピードスター』!!」

 

 ただ、スピードスターを掻き分けるのに威力を使う分、ウインディはその間に方向転換が出来ない。なら横に避けるのは簡単で、その側面に攻撃を当てれば容易にバランスを崩すことも出来る。

 

「ガウッ!?」

「『でんこうせっか』で追撃!!」

 

 かえんぐるまの側面にスピードスターを受け、バランスを崩して倒れたところにすかさずでんこうせっか。再び攻撃をクリーンヒットさせる。だけど……

 

(きっついな……)

 

 いかくで攻撃を下げられているうえ、レベル、体格、能力、どれをとっても相手の方が格上。着実にダメージを与えられてはいるものの、相手の攻撃ひとつでこちらが致命傷になりかねない。こうなってしまった理由はさっきあげたレベルとか能力とかは勿論ある。けどそれ以上に誤算だったのはこの天気だ。

 

(キルリアでもう少し戦いを長引かせておきたかった……)

 

 キルリアとキュウコンの戦いが思いのほか早く終わってしまったことが大きな原因だ。

 

 1度言ったけど天候変化は永続ではない。

 

 時間が経てば勝手に戻るのだからジメレオンがいることもあり、こちらは時間を稼げば稼ぐほど有利になる。本来ならば離れて敵の攻撃をいなして時間を稼ぐつもりだったのに、尻尾におにびを纏って中距離主軸のでんこうせっか混じりの高速攻撃なんて仕掛けられたらこちらから懐に飛び込むしか勝機がなくなってしまう。恐らくそれも計算に入れてのあの攻撃。何とか引き分けに持っていけたものの全然時間を稼げていない。思惑としては間違いなくカブさんの計算通りに試合は進んでいる。

 

「ウインディ、『かえんぐるま』!!」

「くっ、『スピードスター』!!」

 

 ひでりにより轟々と燃え上がる炎の車輪は再びイーブイに向かって飛んでくる。それをスピードスターで勢いを抑えてさっきと同じように避けるために動く。しかし……

 

「さすがに2度はないよ!!『かみつく』!!」

「なっ!?」

 

 スピードスターをあらかたかえんぐるまで消し飛ばしてすぐにかえんぐるまを解除。自由に動けるようになった瞬間目の前で回避行動を取ろうとしているイーブイに向かってその狂暴な口を大きく開く。

 

「ガウッ!!」

「ブイッ!?」

「イーブイ!?」

「ウインディ、叩きつけろ!!」

 

 逃げようと動いていたところにかみつかれるイーブイ。尻尾にしっかりと直撃している攻撃にイーブイが思わず声を漏らす。さらに追撃とそのまま振り回し地面にぶつけようとする。

 

「イーブイ、『スピードスター』を口の中に!!」

「ブ……ブイッ!!」

「ガウッ!?」

「ウインディ!!無理せず離れるんだ!!」

 

 けどただやられるつもりはもちろんない。こちらには尻尾を起点に発動できる技がちゃんとある。口の中で一気に溢れていく星の弾幕にさすがのウインディもたたらをふみ下がらざるを得ない。

 

「イーブイ、大丈夫?」

「ブ、ブイッ!!」

 

 若干怯んでいるものの大丈夫と大声で叫び返してくれるイーブイ。手痛いダメージではあるもののまだまだ元気な様子だ。初めての大舞台での戦いってこともあり張り切ってくれている様子だ。無茶はしてほしくはないけどこの様子ならもう少しは耐えてくれるかもしれない。

 

(けどやっぱり火力不足は否めない……長期戦はどっちにしろ望むところだからここはやっぱりスピードスターでしっかり牽制して、うまくでんこうせっかの連撃を決めないと厳しそうかな?ここはじわじわと!)

 

「イーブイ、まずは『でんこうせっか』で駆け回って!!」

 

 ウインディを中心に縦横無尽に駆け回り、ウインディをかく乱する。その駆け回る姿はまるでアウトボクサーが相手を中心に右回りにステップをする行動に似ている。このあたりの動きはルリナさんのサシカマスを参考にした動きだ。

 

「そのまま『スピードスター』!!」

 

 駆け回って攪乱しながらのスピードスター。中心にいるウインディの四方八方から星形弾が飛来していき釘づけにしていく。一発一発の威力は低いもののじわじわと、そして確実に相手の体力を削っていく。囲まれるように迫ってくる攻撃のためウインディも思うように動けずにひたすら攻撃を受け続けている。

 

「ウインディ、『おにび』だ!」

「弾いて!!」

 

 苦し紛れに放たれるおにび。しかしそれくらいならでんこうせっかで動いている今なら躱せるし、万が一こちらに来たものがあったとしてもこうやってスピードスターで弾くことが……

 

「いまだ、飛べ!!」

 

 おにびに対してスピードスターを放ったことによりほんの少しだけ弾幕が薄くなった瞬間をついて空に飛ぶウインディ。

 

「飛んだところで空中じゃ身動きが……」

「ぼくのウインディなら行けるさ!!『こうそくいどう』!!」

 

 空中にいるウインディの姿が一瞬ぶれる。

 

「っ!?イーブイ!!防御!!」

「ブイッ!?」

 

 何が何だか理解出来ていないイーブイだったけどボクの言葉を聞いて慌てて防御の姿勢を取る。その数秒後吹き飛ばされるイーブイだけど、身構えてたおかげで軽傷で済み、空中で受身を上手くとって着地。しかし……

 

「着地を狩るんだ!!」

 

 着地を上手くとってこれから攻撃に転じようとした瞬間に目の前に一気に迫ってくる。こうそくいどうによってすばやさが格段に上がったウインディの姿を目に捉えるのが物凄く難しい。イーブイもいつの間にか目の前にいる大きな影に少し怯えてしまっている。このままだと延々と着地狩りされる。

 

(……予想通り!!)

 

 けどこのウインディがこうそくいどうを覚えていることは他の人の勝負を見てわかっている。ワンチャン使ってこない可能性や覚えていない個体を使われる可能性もあったけど今までの傾向で技まで変わっているのは見たこと無かったから賭けに出て正解だった。この展開は最初から予想出来たのだからこちらだって相応の対策を取ってきてる!!

 

「イーブイ!!奥の手行くよ!!」

「ッ!?ブイブイッ!!」

「なにかする気だね……その前に叩け!!君の今のすばやさなら間に合うぞ!!」

「ガウッ!!」

 

 手を振りあげてイーブイを叩き潰さんと思い切り手を振るウインディ。けど……

 

「遅い!!」

「ブイッ!!」

 

 今度はイーブイの姿がぶれる。目の前から消えたイーブイを探すためにキョロキョロするウインディだがどこにも見つからず……

 

「ウインディ、上だ!!」

 

 カブさんの声にハッとして上を向くと既に攻撃態勢のイーブイ。

 

「イーブイ、いけ!!」

「ブイッ!!」

 

 背中に綺麗に攻撃を当てたあとまたすぐに後ろに下がる。

 

「イーブイ、もう1回!!」

「ウインディ、追いかけろ!!!!」

 

 すぐさま追いかけて追撃にいこうとするウインディだがまたイーブイの姿がぶれる。もっと言えばイーブイの速度が()()()()()()。ウインディの視線から再び外れて消える。

 

「もう1回!!」

「ウインディ、次は後ろだ!!『かみつく』!!」

 

 ボクの指示の下、さらに速くなるイーブイ。当事者であるウインディからは見えないけど、戦場を俯瞰して見ることの出来るカブさんからは何とか視界に捉えきれている様子で、残像を残しながら後ろから迫るイーブイを見て反撃の手をうつ。

 

 だけど今のイーブイにはそんな遅い攻撃なんで当たらない。

 

「イーブイ!!かいくぐってもう1回!!」

「ブーイッ!!」

「ガウッ!?」

「何っ!?」

 

 ウインディのかみつくをかいくぐり、懐に潜り込んでイーブイが技を放つ。まるでお返しだと言わんばかりに走り込んだイーブイはウインディの体に向かってかみつくを真似て放つ。痛みから少し仰け反るウインディだが何とか踏ん張る。

 

「ウインディ、『かえんぐるま』!」

 

 自分の周りに炎を纏ってキュウコンの時と同じように自分ごと焼こうと炎をため始める。しかし先程キルリアが捕まった時と違って技が発動しきった時には既にイーブイは離れており、安全圏から余裕を持って回避。あれだけ激しい接近戦を繰り広げていたのに既にボクの足元に帰ってきている。かえんぐるまが不発に終わってしまい、炎が体から消えていくウインディ。その隙に、もう少しで終わるであろうこのひでりを利用させてもらう。

 

「イーブイ、もう1回!!」

「ブー、イーッ!!」

 

 掛け声とともに気合を入れるイーブイ。その体は炎に包まれていき一つの塊へ。いきなりの変化に驚く観客とカブさんを尻目にイーブイはそのままウインディに突撃。その技は先程までウインディが行っていたかえんぐるまをそのまま真似た技であった。

 

「ガウッ!?グゥ……」

 

 いまひとつのタイプ相性ではあるもののひでりで威力の上がったかえんぐるまは確実に相手の体力を削っている。

 

(これでもうひでりも終わるだろうから時間稼ぎもバッチリ。イーブイ様々だ!!)

 

 首を振り、気を引きしめ直すウインディ。その後ろでカブさんが静かに呟く。

 

「……成程、そういう事か」

 

 どうやらカブさんもボクのイーブイが何をしていたか、何を狙っていたかわかったらしい。まぁ、ここまであからさまなら、さすがに……ね?

 

「まねっこか……道理で普通よりもたくさんの技や覚えないはずの技まで使うわけだ……」

「やっぱりバレますよね」

「むしろ、かえんぐるまをまねっこするのはもう隠す必要がないからだと思うのだが?」

 

 まねっこ。

 

 敵味方問わず、このまねっこという技を発動した時に直前に発動されたものを真似て自分が繰り出すという技。また、この直前の技と言うのは自分の技にも適応される。どういうことかと言うと、ゆびをふるをつかって本来じしんを覚えないポケモンがじしんを繰り出したあと、続けてまねっこをすれば相手がなにか技を出していない限り、最後に繰り出された技がじしんになるのでその技を真似てもう1回じしんを放つことが出来るという訳だ。

 

 逆に言ってしまえばほかの技を出してしまうか出されてしまうと使いたい技が使えない。だからさっきまでボクのイーブイに対する指示が『もう1回』だけだったというわけだ。

 

 1回目の奥の手でウインディのこうそくいどうを真似たことにより加速。そこからさらに2回こうそくいどうを積み、かみつく、かえんぐるまの後にそれぞれの技でカウンターをしたということだ。

 

 本当なら途中ででんこうせっかやスピードスターを使いたかったけど、使うとまねっこで使いたかったこうそくいどうが上書きされていたから出せなかった。けどおかげで三回こうそくいどうを積めた。これで普段よりも圧倒的な速さで動けるようになっている。今ならウインディだって足の速さで抜くことができる。

 

「よし、このまま相手を速さで翻弄するよイーブイ!!」

「ブイ!……ブイッ!?」

「イーブイ!?」

 

 元気よく返事してこれからだという時に突如バランスを崩すイーブイ。何が起こったのかと思いよくよく目を凝らしてみるとイーブイの体に紫色の炎が少し見える。

 

「火傷!?いつの間に!?」

「こうそくいどうのまねっこは驚いたが、こちらだって仕込んでいるという事だよ」

 

 相手のウインディのふさふさした毛の中から現れるのは紫色の炎。相手の体の表面をおにびがおおっていた。イーブイがかえんぐるまで相手に触れた時、ウインディの表面を走っていたおにびが直撃してしまっていた。

 

「かえんぐるまの時に仕込んでいたんだ!!」

「そして素早さ勝負が望みならば……ウインディ!!『こうそくいどう』と『かえんぐるま』を同時に!!」

 

 さらに素早さを上げて体に炎を纏わせ、火力を上げていくウインディ。おにびが混じっているせいか赤色の中に紫色も交じったまがまがしいほむらが上がっていく。あまりの火力に離れているはずにこちらの顔までもが熱に照らされる。

 

「な、なにこの火力!?」

 

 高速回転することにより空気をより多く取り込んで火が強くなるのはまだわかる。けどそれにしても火力が高すぎる気が……

 

「フリア君……」

 

 そんななか指を上に向けるカブさん。その指につられて上を向く。

 

「なっ!?まだひでりが続いている!?」

 

 もうとっくにひでりが切れる時間は経っているはずなのに、いまだにさんさんと輝く日差し。天候の時間計算はキクノさんのカバルドンによるすなあらしを何回も体験しているから体に染みついている。今更計算ミスするなんてことはないはずだ。

 

「じゃあなんで……」

「どうやら昨日、ポフィンを持ち込んで面白い攻略をした子がいるらしいからね?ぼくも乗っかってみたというわけさ」

 

 微笑みながら言うカブさんの表情を見て頭の中に電撃が走る。

 

(まさか、あついいわ!?)

 

 ボクが意図していなかったとは言え持ち物を持ち込んでクリアした事を知っているカブさんが、その意趣返しとしてキュウコンにあついいわを持たせていたという事だろう。あついいわはそのアイテムを持ったポケモンがにほんばれや、ひでりによって日差しを強くした場合、少しその時間を延ばすことができるアイテムだ。もうとっくに日差しが切れているはずなのにまだ日が差しているということはもうそういう事としか思えない。まさかの持ち物での戦力強化。正直これは全く予想してなかった。

 

「イ-ブイ!!」

「ブ、ブイ!!」

 

 どんどん燃え上がるほのおを前に逃げようと構えるイーブイだけど火傷のダメージがじわじわ響いて集中できていない。

 

「ウインディ!!本気で頼む!」

「グゥアアアアッ!!!」

「イーブイ、避け━━」

「キュッブイッ!?」

 

 吠えながら最大火力のかえんぐるまでこちらに駆け出してくるウインディ。慌ててイーブイに避けるための指示を出そうと口を開くものの、こうそくいどうが乗ったかえんぐるまのスピードが明らかに速すぎる。日差し、おにび、こうそくいどう。あらゆる補助技にて極限にまで強化されたかえんぐるまが今まで攻撃を何とかいなしてきたイーブイをついに捉えて吹き飛ばす。

 

「イーブイ!!」

 

 かえんぐるまの火が消え、日差しがついに終わり、おにびも収まったなか、蓄積されたダメージが今になって響いてきたのか、少しふらつきながらもまだしっかりと地に足をつけるウインディ。対するイーブイはあまりにも高い火力によって吹き飛ばされており、未だに空中に浮いている状態。

 

 誰がどう見ても致命傷。戦闘不能は必須のダメージを受けている。火傷状態も相まって、たとえ立てたとしても戦闘は絶対に続行不可能だ。それがわかってしまうために急いでモンスターボールを構えてイーブイを戻そうとして……

 

「ブ、ブイィィィッ!!」

「っ!?」

 

 イーブイの力を振り絞った叫び声が響く。

 

 イーブイと目が合う。

 

 まだ戻すなと。

 

 まだ自分には役割があるだろと。

 

 最後の指示を出してくれと。

 

 元々考えていた作戦。それはウインディのこうそくいどうをまねっこするというだけでは無い。確かにまねっこをすればウインディと悪くない戦いはできると思ってはいた。しかし、残念ながら現在のイーブイで勝てる算段はどうやっても見つからなかった。産まれたばかりのイーブイでは力も経験も何もかもが足りない。それでも今回はイーブイに頼んだ。イーブイ本人が自分から求めた。

 

 だから、イーブイの目がまだ諦めていないのなら、頑張ろうとしているなら、ボクは最後の指示を高らかに宣言する。

 

「イーブイ!!『バトンタッチ』!!」

「なっ!?」

「ブイッ!!」

 

 突如イーブイの体から光の玉が浮かび上がり、同時にイーブイがモンスターボールへと帰っていく。同時に繰り出すのは日差しの収まった今、何者にも縛られずに本領発揮出来るエース。

 

「ジメレオン!!」

 

 ボールからでてきたジメレオンはイーブイが残した光の玉をしっかりと握りしめる。同時にイーブイが確かに積み上げて来たものがジメレオンへと受け継がれる。

 

 バトンタッチ。

 

 自分の能力の変化を次の味方に引き継ぐ技。

 

「ウインディ!!『かえんぐるま』!!」

 

 慌てて指示を出すカブさん。だけど、3回のこうそくいどうを経て、普段のおよそ4倍の速さという最速へと至ったイーブイの能力を引き継いだジメレオンのすばやさの前には無力である。

 

「ジメレオン……『ふいうち』」

「ジメッ!!」

「グウッ!?」

 

 残像すら残さない圧倒的な速さ。懐に飛び込んだジメレオンの攻撃を避けるなんて当然出来ずにウインディは倒れ伏す。

 

 

『ウインディ戦闘不能!!勝者、ジメレオン!!』

 

 

「……これは。いや、ぼくは最後まで諦めない!!」

 

 ウインディを戻しながら最後の1匹を手に持つ。同時に光り出すダイマックスバンド。ボクもそれにならいジメレオンをボールに入れてダイマックスの準備をする。

 

 

『カブよ!!絶望的な状況でも頭を燃やせ!!マルヤクデ!!キョダイな焔で最後まで燃え上がるぞ!!キョダイマックス!!』

『イーブイが繋いでくれた勝利のバトンを、君に託す!!さぁ、得意のスピードで暴れてくれ!!ジメレオン、ダイマックス!!』

 

 

『ジメエェェェェ!!!!』

『グヤアアァァァグ!!!!』

 

 

 両者同時に切り札のポケモンでダイマックスを切る。ボクはジメレオンを、カブさんは長いからだに牙があり、漢字の火の形に燃え上がる触手と尾が特徴のはつねつポケモン、マルヤクデを呼び出す。しかしただのマルヤクデでは無い。

 

 1部のポケモンに存在するダイマックスの時に姿が大きく変わるキョダイマックスと言われる個体。12節の体は27節と倍以上に。足の数も100本と普通のマルヤクデのダイマックスよりもさらに大きくなっていくその姿は、もはや龍にも見えるかもしれない。

 

 この状態のマルヤクデはダイバーンを使うことはなく、代わりにキョダイヒャッカという技を使う。天候が晴れになることは無いが、代わりにこの技を受けたものを問答無用で炎で拘束し、ダメージを与えながら逃げられなくする。

 

 強力な攻撃だ。当たったら一溜りもない。

 

「マルヤクデ!!『キョダイヒャッカ』!!」

 

 とてつもない炎の奔流がジメレオンに向けられる。けど……

 

「ジメレオン!!避けるんだ!!」

 

 ダイマックスで体がでかくなったとはいえ、こうそくいどうを3回積んだ能力変化を引き継いだジメレオン。元々速さに定評のあるこの子がその変化を受け取ることによって今や通常のおよそ4倍の速さで動くことが出来る。ここまで来れば自分がダイマックス状態だろうが、本来ほぼ当たることが約束されているダイマックス技だろうが関係ない!!

 

 今のジメレオンなら避けられるし、当たらなければどうということはない!!

 

「『ダイストリーム』!!」

 

 圧倒的な速さで避け、返しにダイストリーム。激しい水の大砲は確実にマルヤクデを捉え、ダイストリームによって雨が降り出す。本来ならダイバーンで天候の上書きもあったかもしれないけど相手はキョダイヒャッカしか使えない。ならもう書き換えられる心配はなく、ひでりがキツかったこの場所はもう、今やジメレオンの独壇場!!

 

「くっ!!マルヤクデ!!不利でも炎を絶やすな!!『キョダイヒャッカ』!!」

「ジメレオン!!暴れろ!!『ダイストリーム』!!」

 

 激しい火と水のぶつかり合い。しかし、雨で弱まった炎と雨で強くなった水のぶつかり合い。どちらが勝つかなんて小学生でもわかってしまう。水の蒸発によって水蒸気が辺りに広がり、視界が悪くなるものの、確かに技が当たった音が聞こえた。ボクからは見えなくてもジメレオンからなら見えてるはず。

 

 

「ジメレオン!!押し切れぇぇぇぇ!!『ダイストリーム』!!」

 

 

「ジィィィッ、メェェェェッ!!」

 

 

「マルヤクデ!!『ダイウォー━━』」

 

 せめて耐えて次に繋ぐ。その意思を感じるダイウォールの選択。だけど4倍速のジメレオンのあまりにも速いその動きに対応仕切ることが出来ずに直撃。

 

 水蒸気の煙が思いっきり吹き飛ばされ、視界が開けた先には……

 

「ヤ……ク……」

 

 

『マルヤクデ戦闘不能!!勝者、ジメレオン!!よってこの戦い、フリア選手の勝利!!』

 

 

 弱点のダイストリームを3連続で受けたことによりキョダイダイマックスが解除され、目を回しながら倒れるマルヤクデの姿。

 

 

『わああああああああっ!!!!』

 

 

 巻き上がる大歓声。鼓膜が敗れそうな喝采の雨の中、ボクはそっと一つのモンスターボールを胸に置き……

 

「ありがとう、イーブイ。君のおかげだ」

 

 今回の試合の1番の功労者に、心からお礼を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 注目の試合が繰り広げられている中、とある洞窟ではそのダイマックスエネルギーのぶつかり合いに触発されてたくさんのポケモンが活性化されていた。そんな中、とある小さなポケモンが洞窟を楽しそうに進んでいる。

 

「ピピュウ〜!」

 

 そのポケモンはわたあめのような、雲のような、もくもくとした体に星空のような体色をした不思議なポケモンだった。否、ポケモンと言っていいのかすらもわからない不思議な生き物。

 

「ピピュ?」

 

 そんな小さく、か弱いポケモンは当然ダイマックスエネルギーによって活性化し、若干凶暴化している野生のポケモンにとっては絶好の的である。今も、たくさんのダイマックスしたポケモンがそのポケモンを見下ろしていた。

 

「ピ、ピピュ〜ッ!?」

 

 慌てて岩陰に逃げて隠れていく小さな生き物。小さい体が幸いしてすぐにまけたようだ。

 

「ピュ〜……」

 

 その事に安堵した小さな生き物は再び洞窟を探検する。

 

「ピピュ〜!!」

 

 その生き物は、自分が今どこにいるかよくわかっていないまま、気楽に、のんびりと歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まねっこ

アニメでもハイドロポンプを打つために使ってましたね。
もしかしたら少し分かりづらかったかもしれませんが、フリア君の『もう1回』の部分を『まねっこ』に変換して読んでみてください。
恐らくちゃんと繋がっているはずです。
一回目は『奥の手』が『まねっこ』を意味してます。

バトンタッチ

イーブイと言えばこの補助技。
イーブイを活躍させたいがためにこの展開にしました。

あついいわ

イーブイのせいでキュウコンが持つことになったアイテム。
これでおあいこです()

マルヤクデ

少し出番が少なくて申し訳ない……
ただ、ヤロー戦、ルリナ戦とダイマックスの後に決着なのでやっぱりどこかでダイマックス同士のぶつかり合いで決着をつける展開も欲しいなと思いこういう結果に。
ダイマックスに制限時間がある兼ね合いで描写が難しいんですよね。
一応納得はできる展開にしたつもりです。
さすがにダイストリームを3回も受け(そのうち2回は雨下)たら倒れるかなと……

技構成

今回はこちらです。


キュウコン

ひでり(もとはもらいび)

あついいわ所持

おにび
ほのおのうず
でんこうせっか
ひのこ

ウインディ

いかく

こうそくいどう
かえんぐるま
おにび
かみつく

マルヤクデ

しろいけむり(もとはもらいび)

えんまく
かえんぐるま
むしくい
とぐろをまく

VS

キルリア

ひかりのかべ
サイケこうせん
マジカルリーフ
かげぶんしん

イーブイ

でんこうせっか
スピードスター
まねっこ
バトンタッチ

ジメレオン

みずのはどう
ふいうち
とんぼがえり
うずしお


カブさん側で変更点はキュウコンの特性と持ち物追加です。
地味にマルヤクデも最初の予定では変えていたんですけど決着の付き方的に死に設定になりました()

見ての通りでんこうせっかとスピードスターしか覚えていないイーブイでウインディに勝つビジョンが見えず、せめてピカブイのイーブイなら勝てるかもとも思ったのですが、それをするならピカチュウを手持ちに入れてないとおかしい気がしてこれも却下。
他の攻撃技もあまり有効な技がなかったので頭を悩ませる結果に……

アニメ見ててまねっこ面白そうと思ったのでウインディと見比べた結果、まねっこで積み技パクってバトンでエースに繋げようというむちゃくちゃ回りくどい戦法に。
実機でするなら素直に積んでバトンした方が強いですね。ナインエボルブーストは偉大だった……。
別案としてはとぐろをまくもパクろうかなと思ったのですが……ジメレオンは特殊型なのであまり恩恵が……

???視点

究極の問題児。
この子を書いてしまったがためにこの先難易度ルナティックが確定になりましたわーい(白目)
イッタイダレナンダー
まぁ、伏線は実は既に出てるんですけどね。






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33話

「おつかれ様、ジメレオン」

 

 ダイマックスしたジメレオンをモンスターボールに戻しながら労う。ルリナさんとの戦いほど疲れは溜まってはいなさそうだけど、それ以上に高速戦闘が多かったためか目や脳の集中力をかなり酷使していたから精神的な疲れが物凄く大きい。

 

「おめでとう、フリア君。素晴らしい戦いだったよ」

 

 前を向けばマルヤクデを戻したカブさんがもう目の前にまで来ていた。

 

「ありがとうございました!!たくさん学ばさせてもらいました」

 

 バトルフィールドの中央でお互いが健闘を称え合うために向かい合い、感想を述べていく。

 

「でも、あついいわはズルくないですか……?」

「ポフィンを使ってミッションを突破した子には……ね?」

「うっ、それ言われると反論が……」

 

 確かに本来のするべき行動をせずにクリアしてしまっている自分がいるのは確かだ。失格じゃないだけまだ優しいのかもしれない。アイテムでの若干のズルだったから、あちらもアイテムで少し厳しくしてというバランス取りだったんだと思う。何はともあれ、これで自分の中に少しあった罪悪感とか、モヤモヤしたものとかは綺麗に消えてくれた。

 

「それにぼくだって、一応このジムは初めてのキョダイマックスとの戦いだというのにあっさり倒していくんだから少なからずショックを受けたものさ」

「え、えと……」

「ああ、気にする必要はないさ。これは君とイーブイの作戦勝ちなんだからね。素直にやられたと思ってしまったよ。何よりもジメレオンにバトンタッチが通った瞬間に……悔しいが詰んだと思ってしまったからね。トーナメント用のマルヤクデなら……いや、この言い訳はいろんな方に対して失礼だ。詫びよう」

「い、いえ!とんでもないです!!」

 

 勿論ボクだって今回あんなに最後の一匹を簡単に倒せたのは運がよかっただけだとか、初見殺しが決まっただけだとかいろいろ噛み合ったからなだけだ。決してマルヤクデが弱かったからではない。恐らく同じ条件で次やれば負けそうな気さえしてくる。本当に綺麗にはまってくれてよかった……。

 

「しかしこんな奇抜な突破者は後にも先にも君だけだろう」

「な、なんかごめんなさい」

 

 むしろこんな突破者何人も出てはいけない気がする。特にジムミッション。

 

「ははは、冗談だよ。あれも一つの風さ。観客のみんなも納得しているから大丈夫だ。だから、これを受け取って欲しい。君には受け取る資格がある」

 

 そういいながらカブさんが取り出すのは炎のマークが施されたバッジ。エンジンシティを突破した証であるほのおバッジだ。

 

「ありがとうございます!!」

 

 それを今までのバッジと同じようにリングケースにはめ込む。だんだんこのリングが埋まっていく感じがちょっと癖になりそうだ。

 

「さて、他にも色々話したいが……そのジムミッションをアイテムでクリアしたうえで、このジム戦でも多大な活躍をした功労者であるイーブイがかなり傷を負っているだろう。傷つけた張本人が言うのもおかしな話かもしれないがすぐにポケモンセンターに連れて行ってあげなさい。その傷ならジムの設備を使うよりもその方が確実だろう」

「そ、そうだった!!すいません、失礼します!!」

 

 慌てて残りの賞品である技マシンも受け取り急いで更衣室へ。

 

(急いでイーブイ治してもらわなきゃ!!)

 

 着替えをちゃっちゃっと済ませたボクは急いでポケモンセンターへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。あなたのポケモンは元気になりましたよ~」

「ありがとうございますジョーイさん」

「いえいえ、こちらこそ素晴らしいバトル見せてくれてありがとうね。次のジム戦も楽しみにしているわ」

「はい!頑張ります!!」

 

 ジョーイさんからモンスターボールを受け取りながら先ほどの試合の感想を教えてもらう。ふと視線を上げるとポケモンセンターのロビーの一角に待合室のようなものがあり、そこのテレビにはまだ準備中とはいえすぐにユウリとカブさんの戦いが始まるということを通知していた。思ったよりも休憩時間が長かったことと、ボクの手持ちたちの回復が想像以上に早く済んでくれたことから今すぐに行けばまだ間に合いそうだ。プログラム的にはボクの次はセイボリーさんだったからもうセイボリーさんの出番は終わっているみたいだ。ここにきてないことからスタジアムにある回復設備で十分なくらいのダメージしかないってことか、はたまた状態異常などを綺麗にさばききっていたか。どちらにせよ勝っている可能性が高いのは間違いなさそうだ。

 

「その確認のためにも、急いで観客席に戻って……」

 

 走り出そうとした瞬間頭にのしかかる程よいおもさ。ふと視線を上げると先の戦いの功労者が元気よく顔をのぞかせてきた。

 

「ブイッ」

「イーブイ!!調子はどう?」

「ブイブイ〜!!」

 

 元気に返事を返してくれるイーブイからは先ほどのダメージの大きさは全く感じられない。火傷もしっかり治っており、どこからどう見ても元気満タンだって感じだ。元気があり余っているのか肩に降りてきたイーブイがそのまま頬擦りしてくるのがとてもくすぐったくて心地いい。よく頑張ってくれたねという意を込めてあごの下をくすぐるように撫でてあげるとこれまた気持ちよさそうに目を細めながら喉を鳴らす。この調子なら最初にダブルノックアウトしたキルリアも大丈夫だと思っていいだろう。

 

 キルリアは疲れちゃったのかまだ眠ったままみたいだけどね。

 

(いや、イーブイが元気すぎるだけでキルリアの方が普通なのかな?)

 

 最近特にジム戦だけじゃなくて普通のバトルやちょっとしたトラブルの対応にもキルリアは頑張ってくれていたから疲れがそこそこたまっているという事だろう。しばらくはまた戦う予定はないしゆっくり休んでほしい。それよりも!急いでエンジンスタジアムに向かってユウリたちの様子を見に行かなきゃね。

 

 イーブイを乗せたままポケモンセンターの自動ドアをくぐる。

 

『あ!フリア選手だ!!』

『おーい!こっち見てくれ~!!』

『試合熱かったぞ~!!』

『次の試合も楽しみにしている!!』

『後でサインくれ~!!』

『イーブイちゃんこっち見て~!!』

『火傷とか傷も治ってる!よかった~』

 

「あっと……ど、どうも~……」

 

 外に出た瞬間ものすごい声援を浴びるボク。どうもエンジンシティからポケモンセンターに向けて走っている間にもついてきてはいたらしいけど、試合を見ていた人たちが空気をしっかり読んでくれていたらしく、慌ててポケモンセンターに走っていくボクを見て声をかけずに待っていてくれていたらしい。物凄くマナーのいい人たちで感心するんだけど、それ以上に……

 

(うわぁ、ものすごく注目されている……)

 

 そこまであがり症とか言うつもりはないんだけど、だからと言って慣れているわけではなく、なんだかものすごく恥ずかしい。エンジンスタジアムを攻略できるのは半分以下。ここを抜けられるだけでエリートと言われるような場所だ。それだけここのジムは注目されているってことだし、ここをクリアすれば当然ファンとか、観客とか、そういうのは増えるだろうとは思ってはいたけど、どうも想像以上にその影響力は大きいみたいだ。

 

 少しぎこちないながらも手を振ったり対応したりながらエンジンスタジアムへと歩いて行くボク。人だかりになりそうなほどの人数が集まっておきながら決して選手や他人に邪魔にならないように配慮はしているその絶妙な心遣いに、ここの地方の住人のマナーの良さに舌を巻きながらも、恥ずかしさから少し赤くなっている気がする顔をマフラーを少し持ち上げてごまかしながら走る。

 

 うん。むず痒い。

 

 自動ドアを抜けて一昨日感じていた重さがさらに濃くなってきているロビーもスキップし、観客席へ走るボク。階段を駆け上がり、ジムチャレンジャー優先の特等席へとたどり着いたボクは、最前席で試合の様子を見ているセイボリーさんを発見する。

 

「セイボリーさん!」

「フリアさん。お疲れ様です。その様子ならイーブイたちはもう大丈夫なようですね」

「セイボリーさんこそ!カブさんに勝てたんですね」

「ええ!ワタクシのエレガントな作戦により火傷すらをもさばき切り見事完勝して見せましたとも!!まあ、一割くらいはあなたとの特訓の成果もあるかもしれませんが……」

「へぇ~、あのカブさんのおにびをそんなにうまく……よくあんな巧妙な攻撃をさばききったね」

 

 体に仕込んだり尻尾にまとったり、変幻自在なその使い方にボクはかなり苦戦させられたんだけど、それを乗り越えているんだったらかなりのやり手だ。今度本気で手合わせしてみてもいいかもね。

 

「あんなおにびの使われ方しているのはあなただけですよ……」

「ん?何か言った?」

「いえ、何でもないですよ。それよりもいいんですか?前を見なくて」

 

 セイボリーさんに言われて前を見る。するとそこにはボクがここに来るまでの間に人につかまっていたのがかなりの時間ロスになっていたのか、戦闘ももう佳境に差し掛かっているユウリVSカブさんの状況。お互いにすでに二体ずつ倒されており、ダイマックスも切れている。熱い日差しが降り注ぐ中、ラビフットとマルヤクデが決死の思いで戦っていた。お互いの体力もかなり削れているのがみてとれ、次に何か大きい攻撃が当たれば倒れると思われる。

 

「ラビフット、『でんこうせっか』!!」

「マルヤクデ、『えんまく』!!」

 

 マルヤクデを中心に広がっていくくろいけむりが場を闇に包みこんでいき、マルヤクデの存在を隠していく。このままではラビフットの技はマルヤクデをとらえることはできない。

 

「ラビフット!煙幕の周りを走って『ひのこ』を連打!!」

「むっ!?」

 

 それに対してユウリはえんまくめがけてひのこを指示。近くに落ちていた小石をリフティングをすると、ラビフットの足にある発熱部分の炎が燃え移り轟々と燃え盛る。その燃え盛った小石たちを次々とえんまく向けて放ちまくる。しかしマルヤクデの特性はもらいび。その体にほのおタイプの技は通用せず、むしろ次の相手のほのおタイプの技の威力を上げてしまう特性だ。

 

「これは……大丈夫なので?」

「大丈夫だよ」

 

 まさかの悪手と思われる行動に観客やセイボリーさんは困惑の声を上げる。不安そうな声がセイボリーさんから聞こえるもののボクとカブさんは全く違う顔をしている。具体的に言えばボクは微笑んで、カブさんは感心したような表情でいた。

 

「この状況ならボクも同じことしていたと思う」

「なぜ?」

「だって、お互いの体力からしてもうあと一発、二発でも貰ってしまえば負ける状況なんですよ?ここで火力が上がったところで何にもないですもん」

「だがだからと言って無為に火力を上げる必要もないのでは?」

「そうとも言えないんですよこれが」

「んん?」

 

 頭にはてなを浮かべながらバトルフィールドを見るセイボリーさん。そんなことを話している間にも戦況は変わっていく。

 

 ひのこを吸収して火力が上がっているのか体のほのおがさらに燃え上がる、マルヤクデであろうひかりがえんまくの中にかすかにだが見える。間違いなく温度はかなり高くなっていると簡単に予想される。きっと殴られたらかなりの威力だろうけど、さっきも言った通り、この場面においてはその火力は必要ない。むしろ自身の体から大量に出るほのおのせいで周りの気圧が下がり火の方へ流れる風が発生。全方位から火の方へ集まった風は唯一の逃げ場である上に向かって流れていき、上昇気流となる。

 

 上昇気流となった風たちは周りのえんまくをも一緒に巻き上げて上へ上へと昇っていく。それはつまりマルヤクデを隠す煙が消えるという事。煙の中に潜み、隙を見て攻撃が飛んできた方から逆算してカウンターで攻撃しようとたくらんでいたマルヤクデはいきなり自分を隠すものがなくなってしまい戸惑う。さらに全方位からの攻撃だったため、いまだラビフットの位置を把握し切れていないのか周りをきょろきょろしており、見失っているのがわかる。

 

「マルヤクデ、斜め右後ろだ!!」

「ラビフット、『でんこうせっか』!!」

 

 カブさんが位置を素早く教えるものの、ラビフットの方が動きが速い。素早く懐にもぐりこんだラビフットが渾身のでんこうせっかを叩き込みマルヤクデを宙に浮かせる。

 

「ラビフット、『にどげり』!!」

 

 宙に浮かされ身動きが取れないところへさらに追撃の鋭い蹴り二発がマルヤクデに突き刺さる。むしタイプであるマルヤクデにはこうかはいまひとつであるものの、急所を貫いた強烈な攻撃は残り少ないマルヤクデの体力をしっかり削りきる。

 

 

『マルヤクデ戦闘不能!!勝者、ラビフット!!よってこの戦い、ユウリ選手の勝利!!』

 

 

 湧き上がる歓声とその中心で喜びのポーズをしっかりと取るラビフットとユウリ。しばらくしてこちらの存在に気づいたのかボクたちに向かって大きく手を振ってきたのでこちらも大きく手を振って返しておく。これでボクたち全員めでたく突破だ。

 

「まさか、あんな突破方法をとるとは……」

「セイボリーさんはどうやって突破を?」

「ワタクシの場合コロモリがマルヤクデの弱点をつけるうえにかぜおこしなどもできるので対処は簡単だったんですよ」

「成程」

 

 先ほどの完勝と言っていた内容も納得だ。一昨日に特訓で戦ているとはいえセイボリーさんは手合わせを数回しただけで、後は一人で考えこんでいたからどういう作戦だとかがあまりわからなかったんだよね。

 

「どうやって……」

「ん?」

「どうやって、ああいう奇抜な作戦を思いつくんですか?」

 

 大歓声の中、ぼそっと聞こえたのはそんなセイボリーさんのつぶやき。その声色はいつも見せている胡散臭く飄々としたものではなく、たまに見せる真剣なもの。ちょくちょく見せるこの空気に毎回どう接していいのか悩んでしまう。いつかこの理由についても解決させてあげられたらいいんだけど……そう思ってしまうのは傲慢だろうか。

 

(まぁ今は質問に答えるようにしよう)

 

「って言ってもわりとよく聞かれる質問だなぁ……つい最近も聞かれたし」

「……それは周りから見たら気になるところでしょう。少なくともワタクシが最後の質問者にはならないとだけは絶対思っておいた方がいいですよ」

「肝に銘じておきます。で、質問のほうですね。手持ちの子たちとしっかり触れ合って、なにができるのか、どんなことができそうなのか、しっかりと話し合って信頼を築いて行っています。それと、何よりも信じてあげることですかね。どんな無茶なことでも相棒を信じているからできるって。まあこんなところです」

「……」

「お気に召しませんでした?」

 

 もはや自分の中で定型文にまでなっているいつもの回答。大体の人はこの回答で納得してくれる、というか別に嘘でも何でもないからこうとしか言いようがないんだけど……どうもセイボリーさんは違うみたいで。

 

「いえ、これはワタクシの質問の仕方が悪かったですね。正確にはどうしてそういったことを思いつこうという考えに至ったのか。簡潔に言えばきっかけのきっかけが気になったのです」

「……簡潔にしてもめんどくさいこと聞きますねそれ」

 

 少し頭がややこしくなりそうだけど、ようはこの作戦を考えるようになったそもそもの原因を聞きたいという事だろう。

 

「でも、結局はポケモンが大好きで本当にふと思いついたから。としか言いようがないんですよね。まるで電撃が走ったみたいに頭の中を駆け巡ったって感じです」

 

 最初にそういうことをしだしたのはスモモさんとの対決の時だった気がする。カジノの景品で手に入れた技マシンをもとに作戦を考えて、工夫して、なんとか勝ったのは今でも懐かしい。

 

「……でも、それだけじゃないんですよね。あなたからはそれ以上に強くなりたいっていう強い……いえ、強すぎる意思のようなものまで見える」

「……」

 

 感傷に浸っているところに突き付けてくる鋭い一言に今度はボクが黙ってしまう。

 

 ……正直言って図星だ。

 

 さっき言ったことももちろん嘘じゃない。けどもう少しだけ話には続きがある。

 

「なんていうか……ボクが追い付いて、横に並ぶのにそれを思いついて実行できるまでのことをしないと、置いて行かれそうだったから死ぬ気で頑張ったってだけです」

 

 頭に浮かぶのはスモモさんのジムをなんてことなしにさらっと抜けていくコウキの姿。今思えば、あの時点ですでに差は生まれていたんだなって痛感する。

 

(本当に、あいつの一歩はでかいなぁ……)

 

 あの頃は気づきもしなかった大きな壁。それはどうしようもなく理不尽で、けど当時のボクにはわからなくて、純粋に競っていたあの時。

 

「死ぬ気で頑張って、思いついたときはこれがボクの強みなんだって飛んで喜んでましたよ。これでまた追いつけると。今度こそ追い抜けると。けど、最終的にはダメでした。結局追いつけなくて、それだけじゃなくてその人を傷つける形になって……」

 

 初めて味わった本格的な挫折と同時に後悔の塊みたいな過去。だけどジュンとの約束、シロナさんとナナカマド博士からの後押しで再び再起したこのガラルでの旅。

 

「だからこそ……もう後悔したくないからこそこの地方での旅は全力で挑みたいんです。特にボクの戦い方はいろいろ沢山の経験をすればするほど無限に手の内が広がります。手札が広がればそれだけ相手の予想外なところから戦える。この旅はボクにとってはそれだけ大きくて特別なんですよ。もしボクからそれだけの覚悟を感じたなら、それが少し見えてたのかもしれませんね」

 

 そういう意味ではこの地方にきて、手持ちのみんなと一度離れ離れになったのは一つのきっかけとしてはよかったのかもしれない。新鮮な気持ちで、新しい角度でここの戦いを感じることで沢山の経験ができる。何よりもボクの知らない新しい技をここで見ることができる可能性がある。ボクが彼に追いつくにはそれくらい時間をかけて沢山の経験をしないといけないから。一歩が小さいボクはその分多く歩かないといけない。そのための経験。

 

 本当にこの地方に来てよかったと思う。ここに来たから、ボクはまだまだ強くなれる。

 

「インタビューの最後の方であの表情、そういう意味だったのですね」

「あはは……見てたんだ、ちょっと恥ずかしいんですよね。あれ」

 

 生放送で中継されたスズラさんのインタビューシーン。最後の方で少しだけコウキのことを思い出しちゃってもしかしてと思ったけど、やっぱり顔に出ていたみたいだ。

 

「ワタクシも……覚悟が、意思があれば……」

「セイボリーさん……?」

「……いえ、何でもないのです。それよりも、行かなくてよろしいので?」

 

 セイボリーさんがフィールドを指差しながら促してくるのでそちらに視線を向けるとバッジを受け取り、今から退場するユウリの姿。今からロビーに行けばちょうど着替え終わったユウリと合流できるだろう。

 

「そうだね、二人で出迎えて今日は突破記念に打ち上げみたいなことでもしましょうか」

「ええ、そうしましょう」

 

 きっと意外と食い意地の張っているユウリのことだ。このことを教えたら飛んで喜びそうだ。

 

 少しだけ、ちょくちょく見せるセイボリーさんの暗い影が脳裏をちらついて仕方がない。けど今だけはみんなで無事にこの登竜門を突破できたことを喜ぼう。

 

 このあと何を食べようか、そんな話で盛り上がりながら、ボクとセイボリーさんは並んでロビーへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユウリ

ちょっとだけ描写。
マルヤクデさんがかわいそうだったので出番を作ったもののやっぱりあまり活躍が……
ごめんねマルヤクデ……

セイボリー

ネタ枠だけどちゃんとお話はあるのでね。
そのための旅同行です。









いよいよポケモンユナイト。
楽しみですね。


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34話

ポケモンユナイト出ましたね。
どうもゼラオラが大暴れみたいで……
個人的には大好きなゲンガーで頑張ってみたいのですがこちらはあまり評価がよくない模様……まぁ気にせず使うんですけどね。


 あれから3人で合流をしてとりあえずのお祝いとして少し豪華な食事を食べるためにエンジンシティのレストランを探して歩いていたボクたちは、なかなか良さそうなお店を見つけたのでそこに向かっていた。

 

 さすがにバウタウンのシーフードレストランまでとは行かないものの、それでも普段のボクたちの生活からしたらかなり豪華に感じるそのお店。

 

 バイキング形式らしく、色とりどりの料理が並ぶその様はかなり壮観で見ているだけでお腹が減ってきた。ユウリなんかはもう目がきまっててビーストモードに突入だ。……うん、ちょっと怖い。

 

(けど、これはちょっと凄いなぁ)

 

 ふと横を見ればセイボリーさんまでもが待ち遠しそうにうずうずしている。

 

(……いや、このうずうずは絶対にそんな理由じゃないなこれ)

 

 確かにうずうずしているし、ボクも今すぐに料理を取ってきて食事をしたい。けどそれ以上に対面の席から感じるほのかなプレッシャーというか、存在感というか、色々な圧力のせいで少し席を動きづらい。どれくらい動きづらいかと言うとあのユウリまでもが我慢して席に着いているくらいだ。

 

 そしてその圧力の正体がボクたちの目の前に3人並んでいる。

 

「あはは、そんなに緊張されるとこちらもなんか緊張しますなぁ」

「だからいきなり声掛けはやめといた方がって言ったのよ……」

「だが、明日の朝出発となるとぼくたちで送り出すことが出来なくなるからね。それに今日は皆もう仕事はないから丁度いいと思ったんだけど……」

「す、すいません……緊張する必要はないとはわかってはいるんですけど……さすがにびっくりしちゃって……」

「わたしがあなたたちの立場なら同じようになってたから気にしないで」

 

 柔らかな微笑みを浮かべながらこちらを気遣うような発言をするのはバウスタジアムのジムリーダーであるルリナさんだ。さて、ここまで来たら察しのいい人なら気づくと思うけど、今ボクたちの目の前にいるのはヤローさん、ルリナさん、カブさんの、世間で言われているいわゆるジムチャレンジ前半組とくくられる御三方だ。つまり、今ボクたちは三人のジムリーダーと一緒にレストランで相席をしているということになる。

 

 なぜこうなったかというと、どうもカブさん自身が自分のジムの難易度をしっかりと理解しているみたいで、自分のジムを突破したチャレンジャーのことはエンジンシティから次のジムに向けて旅立つ時に、こうやってヤローさんとルリナさんを呼んで三人で見送るのが一つの流れというか、お約束みたいなものになっているらしく、ここエンジンシティでも割といろんな人に周知されていることだったりするらしい。今日もその例に倣って、突破して次の街に進むであろうボク、ユウリ、セイボリーさんの三人を見送るために集まってくれたんだとか。

 

 じゃあなんで今一緒にご飯を食べているかというと……さっきも言った通りボクたち三人を見送るためにヤローさんたちは集まってくれたんだけど、ボクたちの予定では、今日はもう疲れを取る日としてゆっくり休み、明日の朝から万全な状態で次の街に行こうと計画を立てたわけだ。現にこの後の予定はレストランで食事してホテルに戻るだけだったしね。

 

 そうなると当然ヤローさんたちはボクたちを見送ることができなくなってしまう。では明日の朝にすればいいのでは?と思うかもしれないけど……忘れてほしくないのは三人はジムリーダーだということだ。当然明日だってジムチャレンジャーは挑戦しに来るのだから朝はその対応をしなければならない。そうなると朝に見送ることもできなくなってしまう。こうなってしまうとボクたち三人を見送ることはどうやってもできなくなってしまう。

 

 そこでカブさんからの提案で、見送るかわりにここのレストランのお代をおごらせてくれないかと言われたのだ。まさかのルリナさんに続きカブさんからもおごりのご飯である。セイボリーさんはともかくとしてユウリは一緒におごってもらっている仲なので流石に遠慮がちになってしまうものの、カブさんからの少し強引な誘いの前には断るのも失礼かなと思ってしまい……

 

 結果、先程の会話のようになっていたという訳だ。どうも他の人から見ても強引なのはわかっていたみたいで、少なくともヤローさんとルリナさんはほんのり苦笑いを浮かべている。ちなみに今回はどうやらカブさんが全額持ってくれるらしい。嬉しいのだけど同時にやっぱりどこかしらに不安は出てくるよね。

 

 補足しておくと、席順は……

 

 セイボリーさん、ユウリ、ボク

 ヤローさん、ルリナさん、カブさん

 

 の順番だ。

 

「ジムリーダーから直接のお誘い……ワタクシは何か言われるのではないかと戦々恐々なのですが……」

「普通に労いたいだけだから大丈夫だと思うよ?多分。きっと。メイビー……」

「……お腹空いた」

 

 セイボリーさんはセイボリーさんで初めて味わう境遇に混乱している模様。納得はできてしまうのでフォローもあまりできないのが辛いところだ。ユウリは一周まわっていつも通りになってしまっているけどね。

 

「なんだかすまないね……本当にただただ君たちを激励したかっただけなんだ。ボクのジムを抜ける選手はほんとに少ないからね。それに君たちは世間からだけでなくぼくたちジムリーダーからも目をつけられている注目選手なんだ。これくらい、むしろこちらからさせてもらいたいくらいなんだよ」

「なんだか、ほんとにかなり優遇されてるような気が……」

 

 あまりやりすぎると贔屓と見られかねないような気がしなくもない。そうなってしまうとジムリーダー的にもあまり世間からの風当たりがよくなさそうだからそのあたりはすごく気になるところではあるんだけど……

 

「なに、ガラル地方の人はそんなに器量の狭い人たちじゃないさ。それに、こういったことも別段初めてというわけではないからね」

 

 コップに組んだ水を全員に配りながらそう言うカブさんは、先ほど戦った時の迫力のある圧力など全くなく、ただただ世話焼きな優しい人というイメージしかない。なんか戦いの時とのギャップが激しすぎて頭がくらくらしてきた……。

 

「それにさっきも言ったけど三人とも注目選手だからね。なんせそれぞれ新旧ガラルチャンピオン、シンオウチャンピオン、からの推薦選手なんだ。それだけでも話題性があるというのに全員しっかりと実力が伴っていると来たものだ。だれも文句は言わないよ」

「ですかね……」

「ま、誰か文句をいうおうものならわたしたちが黙らせてあげるわよ」

「ははは、相変わらずルリナさんは言葉が激しいなぁ。まあ、彼女の言う通り、万が一何かあってもぼくたちが庇いますから大丈夫ですよ」

 

 三人からの心強い言葉に少しずつだけど不安の気持ちも薄れていく。

 

(これなら大丈夫……かな?)

 

「それに……」

 

 ルリナさんの言葉を聞きながら、その視線の先を見てみると……

 

「おな……か……す……いた……」

「ユウリ!?」

 

 机に顔を突っ伏してもう限界と言わんばかりのユウリの姿があった。おなかを抑えてうずくまる姿はなんだか痛々しく見えてしまい、同時にさっきまで警戒していたのがなんだかバカらしくなってきてしまった。

 

「フリア……早く……食べよ?」

「はぁ……ではユウリもこんな感じですし、今日はお世話になりますね」

「ああ、たくさん食べて明日に備えるといい!」

 

 ユウリの懇願するような声にこれ以上待たせるといよいよ大変なことになりそうだと判断してこちらが折れることに。みんなで机に突っ伏しているユウリを眺めながらというとてつもなくシュールな状況の中、ボクたちの晩御飯が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぐっ!あぐあぐ!!……んっ、おいひい~!!」

「防波亭でも思ったことだけど、相変わらずいい食べっぷりしているわよね……」

「あっはは、こうも美味しそうに食べてくれるとぼくも畑仕事を頑張った甲斐があるというものですわ」

「う~ん、エレガントなこの料理たち!!ワタクシの口の中で最高にはじけているのです!!」

「……うん、相変わらずのセイボリー節。何回聞いても意味が分かんないや」

「愉快でいいじゃないか。こちらも話していて楽しいし、若い子はこういう感じでもっと自分に素直じゃないとね」

 

 あれから各々が好きな料理を取ってきて机に並べていき、仲良く晩餐を楽しんでいた。どうもここの食品もターフタウンやバウタウンから取り寄せた新鮮な野菜や魚介類をふんだんに使っているみたいで、どれもとても美味しくついつい箸が進んでしまう。本当ならユウリの食べ方や、セイボリーさんの謎の言葉にもっと突っ込みを入れたいところなんだけど、ルリナさんたちも微笑ましそうに見ているし、何よりもボク自身もこの料理が美味しくてたまらないと感じており、他人のことを言えなくなってしまっている。そして何よりも美味しいだけじゃなくて、バイキング故に量を沢山食べることができるというのがボクたちの遠慮の枷を簡単に外していった。冒険やジムチャレンジを認められた年齢とはいえまだまだ成長期真っ盛りなボクたちとしては、ユウリほどではないにしろ食い意地はそれなりに張っている。今も口の中にオムライスを運び、そのおいしさに舌鼓を打っていた。

 

「そういう顔を見るとやはり君もまだまだ若いんだな」

「あ、あまり食事中じっと見つめられると恥ずかしいんですけど……」

「それはすまない。だが、ここまで勝ち上がってくるものは何かしら抱えているものが多かったり、むしろ勝ったことによって余計に気負ってしまう人も多いんだ。ぼくたちがこうやって応援するのは激励をしているのはもちろんだけど、気負ってほしくないって意味でもあるんだよ」

 

 オムライスをパクパク食べながらカブさんの言葉に耳を傾けるボクは、カブさんの視線がセイボリーさんに向けられているのに気が付いた。

 

「……セイボリーさんに何かあるんですか?」

「ふむ……やはり外の地方から来ているとだけあってやっぱり知らなかったんだね」

 

 カブさんの言葉を聞いてそっとスプーンを置いて話し合いに集中する。

 

「あまり個人情報をいうのもどうかと思いはするんだけど……一応知っている人の方が多いし、君には少し知っておいてほしいという気持ちもあるから話しておこう」

 

 カブさんの声の大きさが絞られていく。冗談とかではなく、本当に大事な話という事なのだろう。そして同時にボクにだけ聞いてほしい話らしい。

 

「セイボリー選手。彼はそこそこ有名な家の出でね?彼の家系はみんな……それこそ今だってエスパータイプのジムリーダーを務めているんだ」

「え?」

 

 まさかの言葉に一瞬視線をセイボリーさんに向けそうになるものの、あまり本人に感づかれるのもなんだか悪い気がしたのですぐさま視線を戻す。カブさんの顔に視線を戻したとき、少しだけカブさんの顔が曇っているようにも見えた。

 

「まぁ知らなかったことは無理もない。エスパータイプは今はマイナージムだからね。昔はメジャーリーグの一角を常に背負い続けているほど名門だったんだが……あ、マイナーとメジャーの違いはしっているかい?」

「はい、それくらいは……」

「他の地方とは色々勝手が違うからね。説明が少しややこしくてすまない」

 

 さて、気を取り直してと水を飲み、咳払いをして続きを話すカブさん。

 

「そう、彼の家系全員はエスパータイプジムリーダーになっているし、彼もそうなるように英才教育を受けているはずだ」

 

 成程、それなら確かに彼がここまで強いのも納得ができる。登竜門と呼ばれるこのジムだって、カブさんがジムチャレンジ用に調整したポケモンといえどもしっかりと攻略しているあたり、その地力の高さはしっかりと伝わってくる。

 

 セイボリーさんの意外な過去に少しびっくりだ。普段は少しおちゃらけているというか、不思議な発言が目立つ人なんだけど、その裏ではきっととても厳しい訓練や特訓を行っていたはずだ。

 

「ただそこで少し気になる点が一つあるんだ」

「気になる点ですか?」

 

 それに対してまるでここからが本題と言わんばかりのカブさんの声のトーン。一体何があるのか……思わず喉を鳴らしてしまう。

 

「マリィ選手がそうなんだが、身内や師匠がジムリーダーだった場合は大体そのジムリーダーから推薦状を貰って参加するんだ」

「成程……て、え?マリィさんてジムリーダーに師事してもらっていたんですか?」

「師事も何も、彼女のお兄さんがジムリーダーをしているんだよ」

「え、そうなんですか!?」

「長く一緒に旅をしていたと聞いたが知らなかったのかい?」

「あまりそういった深いというか、個人的なところまでは話してなかったので……」

 

 長いといってもまだまだ出会って数十日程度。濃密だから忘れちゃうかもだけどまだまだ日は浅いんだよね……。

 

(あ、だからあくタイプのポケモンで固められているのか……)

 

 だとすれば彼女のお兄さんはあくタイプのジムリーダーなのかもしれないね。

 

「まあ今はそこは置いておこう。さっきも言った通り身内や師がジムリーダーならそこから推薦状を貰うのが普通なんだ。しかし彼はさっき言った通りジムリーダーである親からではなく、旧チャンピオンからもらっている」

「むしろそっちの方が話題性あって凄いのではと思ってしまうんですけど……」

「事情を知らない人にとってはそうかもしれないが……」

 

 急に歯切れが悪くなってしまうカブさん。そのことに首を少しかしげてしまう。

 

「ぼくも詳しく知っているわけではないんだ。ただ、どうも最近メジャーリーグになかなか上がれないというのがかなりのプレッシャーになっているようでね。そういう事もあってかあまりよくない噂も少しあるんだ。勿論あくまで噂。そんなことに振り回されてはいけないというのはわかってはいるんだけど……」

 

 先ほど言った彼が推薦状を出してもらったのが親からではなく、旧チャンピオンからだという事。そして時折見せる彼のどこか苦しそうというか、真剣というか、どこか思いつめたような表情。これだけ条件がそろってしまうとたとえそうじゃないとしても邪推してしまう。

 

「杞憂ならそれはそれでいいんだ。むしろ何もないのが一番だがからね。だが……若い風がこういった大人の事情で苦しむというのはあまり見ていて気持ちのいいものではないんだ。……いや、この相談をしている相手も若い風だから一瞬で矛盾はしてしまってはいるんだが……」

 

 若干苦笑いを浮かべながら頭をかくカブさんはものすごく申し訳なさそうにそういう。何とかしてはあげたいんだろうけど、デリケートな問題だし、ジムリーダーとしての職務もあるため手助けできないからこそのこの言葉。

 

「まだほかの地方を旅した経験のある、少しだけ余裕を持って旅をしている君だからこそ頼みたいんだ。ほんの少しでいいから彼を気にかけてあげてくれ」

 

 カブさんの言葉を聞きながらセイボリーさんにまた視線を向ける。

 

「このワタクシにぴったりなスープ……実にエレガント……これは間違いなく素晴らしい素材を……」

「ああ、それは形が悪かったっり傷が入って商品にならなかったものを使っているからこういった場所で安く上がっているんですよ。なので残念ながら君が求めてるような素晴らしいものではないんですわ。すいませんね……」

「え、ええ勿論わかっていましたとも!!ただ、形が悪い程度では味が落ちることないどないのです!!やはりワタクシの舌に間違いなど……」

 

 いつものテンションでヤローさんと楽しそうにしゃべっているセイボリーさん。その表情ではとてもそんなに重いものを抱えているとは思えない。けど……

 

(やっぱり、人がなにか抱えているなんてぱっと見だとわからないものだね……)

 

 ボク自身がいろいろ訳ありでここにきているからこその視点。オムライスをまた一口、口に運びながらボクはカブさんに向けてそっと首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のエンジンシティ、南側の入り口。

 

 ボクが初めてこのエンジンシティを訪れた時に通った大きな門。その下でボクとユウリとセイボリーさんが集まっていた。

 

 次のジムがある場所、ラテラルタウンまではこのエンジンシティから一度ワイルドエリアに出て東側へと進み、そこからバウタウンとターフタウンをつなぐ橋と、ガラル第二鉱山とエンジンシティをつなぐ橋の下を潜り抜けて北上。そのまま大きな丘を登ったうえで集めたジムバッジを見せてナックルシティに入り、さらにそこから西に向かって進み、6番道路を抜けてようやく到着することができる場所だ。聞いてわかるとおりここからかなり遠い場所にある。ワイルドエリアの歩く距離もかなり長いのでここからはかなり体力を使う厳しい旅になりそうだ。しっかりコンディションを整えて挑まないとね。

 

「ふわぁ……眠い……」

「昨日はしゃぎすぎていた罰では?」

「だってここからまた長時間の歩き旅路……あんなにおいしいものを食べられるのはナックルシティまでないんですよ!?」

「……この方の悪食度日に日に増してません?」

「気のせいじゃないですかね?」

 

 あまり深く突っ込むと今度はボクがかみつかれかねないのでスルーしておきます。かみつかれるのはセイボリーさんの役目なので触らぬ神に祟りなしである。

 

「まぁ、どうしてもっていうならポフィン沢山作っておいたから我慢しておいてくれとしか……」

「ポフィン!!」

 

 うん、困ったらとりあえずポフィンを投げておけば大丈夫そうだ。ポフィン最高。万能薬。

 

「まるでコントですね……」

「「セイボリーさんに言われたくはないですね」」

「サイコショック!?」

 

 さて、おバカなお話もそこそこにそろそろ出発しよう。まずはエンジンシティからワイルドエリアに出てすぐのキバ湖・東より東に直進した場所のミロカロ湖・北へと足を進めていく。

 

 ただ何もなしにそのまま歩いて行くとすぐに疲れたり飽きてきそうだから雑談をしながらまったりと。

 

(エンジンシティから列車でナックルシティまで行けたら苦労もないんだけどなぁ……)

 

 とそこまで考えた時ふと疑問が頭に浮かんだ。

 

「そういえば気になったんだけど、なんでエンジンシティからナックルシティの列車は使用できないの?」

「そこはワイルドエリアにもジムチャレンジの壁になってもらうためですよ」

「壁?」

 

 ボクの言葉に対して答えてくれるセイボリーさん。そのまま続きを説明してくれる。

 

「このワイルドエリアは大自然を前面に押し出しているのは知ってますよね?」

「それは……うん」

「それは裏を返せば自然の厳しさをそのままにしていると言い換えることもできるのです。そしてこのワイルドエリアには大きな特徴があります」

「そうなの?」

「あ、そういえば昔こんなことがあったんだけど……」

 

 何かを思い出したユウリが続きを引き継ぐ。

 

「ワイルドエリアに連れてきてもらって遊んでいたときにね?北の方には行っちゃダメだって強く言われていたんだ。昔は何とも思ってなかったんだけど……もしかして北と南で強さが違ったりするのかな?」

「どうです?セイボリーさん」

「その通りですよ」

 

 なんだ知ってるじゃないですかと呟きながらシルクハットのつばをそっと触るセイボリーさんはまた説明を続ける。

 

「ユウリさんの言った通りこのワイルドエリアでは北と南で野生のポケモンの強さが違うのです。もちろん一部地域に例外的なポケモンはちゃんといますが……」

 

 例外……ワイルドエリアに入って一番最初に出会ったイワークなどがそれに該当するのかな?

 

「平均的な強さが高いといった方が適切でしょうか。というのも北の方が高低差があったり、天候の変化がより激しかったり、人が簡単に足を踏み入れられるところが少なかったりと、厳しい環境がたくさんあるのです」

「そこで生き残るために野生のポケモンも強くなっていると……」

「その通りです。そしてそれと同時に委員会側がこう決めたのですよ。この自然も一つの壁として用意しようと。だからこそジムバッジを確認する検問はワイルドエリアにありますし、ジムチャレンジャーは列車の使用を禁止されているのです」

「……ようは、ここからもっと難しくなるから甘えるな、と」

「もしくはこれくらい超えられないとこの先通用しないとも言いたいのかもしれませんね。少なくとも、今のところワタクシたちが歩いてきた道は自然が多い方とは言え、人の手が入って舗装されていた道が多かったのですから」

 

 セイボリーさんの言葉を聞いて思い出すのは明らかに人によって作られた橋の上やトンネルの中を通ったり、鉱山の中とはいえ人が掘り進めて崩れないようになってきた道。確かに、奥まで手の込んだとは言えないが、それでも自然の道というには明らかにおかしな道ばかりだ。

 

「勿論、チャレンジャーを殺すつもりはありませんでしょうから最低限の保証はされているでしょうが……ここからは自然もしっかりワタクシたちの前に立ちふさがる。そのことをしっかりと覚えておきましょう」

 

 コクリとうなずくボクとユウリ。登竜門を抜けた。だがそれはあくまでジムバッジを三つ集めたに過ぎない。単純計算をするなら、ボクたちの挑戦はまだ半分すら行って無いのだ。

 

 次に向かうミロカロ湖。あそこは北と南のちょうど中間部分に当たる場所だと聞く。それはつまり、北にいるとされる強い個体がちらほらと姿を現してくるタイミングだ。

 

 人による壁の次は自然による壁。

 

 きっとまた違った敵が立ちはだかることだろう。

 

(気を引き締めないとね)

 

 勝って兜の緒を締めよ。リラックスは大事だけど緩みすぎないように。

 

「セイボリーさん、たまにはいいこと言いますね!」

「たまには余計ですよユウリガール!!」

「……何?その呼び方?」

「フリア、この人恐い……」

「ああ、うん……そう、だね?」

「もう嫌ですこの人たち!!」

 

 それを意識したボクたちは、けど気を引き締めすぎて疲れない程度に、自然体を維持しながらゆっくりと足を進めていった。

 

 そんなボクの心の中は、恐怖心よりもまだ見ぬ強敵やポケモンに対しても好奇心でいっぱいであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




セイボリー

また少し過去を公開。と言っても彼の家系がジムリーダーなのは原作設定ですけどね。
それを少し掘り下げてみました。
ちなみに旧チャンピオンというのは言わずともダンデさんの師匠であるあの方ですね。

ユウリ

どうしてこうなった……(n回目)
ま、まぁ原作でも何杯でもカレー食べれますしきっと大食いですよ彼女。
間違いありません。
でもそうなるとマサル君も大食いに……?
あの家族のエンゲル係数が気になります。

ワイルドエリア

あくまで個人的な意見と設定をつぎ足しに。
でも出てくるポケモンのラインナップを見ても南より北の方が強いですよね。
ゲームの進行上というメタ要素のせいなきもしますが。




まったく関係のない話ですが地味にキャプチャーボードとかの設定が完了しました。
もしかしたらダイマックスアドベンチャーとか、ポケモン対戦とか、ポケモンユナイトとか、その他ゲームの動画投稿やら生放送やらするかもしれないですね?需要があるかどうかとてもあやしい所なのでこの先どうするかわかりませんが……


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35話

 ワイルドエリアに飛び出してゆっくりと進んでいくことはや数日。

 

 ミロカロ湖・北に差し当たったところで確かに野生のポケモンの強さが上昇をしたのをしっかりと肌に感じてきた。出てくるポケモンも今までは進化前の子が多かったものの、比率としては半々くらいまで上昇。そのうえちらほら見えるポケモンは明らかにレベルが高い子もいて、間違いなく最初に出会ったイワークと同等、もしくはそれ以上のポケモンも簡単に目に入ってくるようになってきた。ぱっと見ではわかりづらい個体もいるから戦う相手はしっかりと見極めないといけないね。

 

(もしかしたらこういう観察眼とかをしっかりと身に着けてもらうためのジムミッションだったのかな?)

 

 ターフスタジアムではポケモンへの理解。バウスタジアムでは知恵。エンジンススタジアムでは判断力を求められてきた。

 

 今思えばあのミッションもこのワイルドエリアでうまく立ち回るための練習だったりするのかもしれない。そういう意味ではこのジムミッションは、ジムチャレンジャーへの試練という意味だけではなく、ワイルドエリアで危険な目に合わないための勉強という側面もあるのかもしれない。言ってしまえば命だって危ないこの場面。逆に言えばこのジムミッションを超えられるくらいの手腕がないとワイルドエリアで命を落としたり、危ないことになりかねないということかもしれない。そう考えてみると、前半のジムがミッションの時点でかなり難しいというのもすごく納得のいく話だ。

 

 ……まぁ、ボクはエンジンシティのミッションに関してはちょっとおかしな攻略方法だったけど。もしこれがさっきボクが言ったことを想定しているのならやっぱりボクがあの方法でクリアしたのはまずいのではなかろうかと思う。

 

(い、一応他地方を冒険した経験があるから大丈夫だ。うん)

 

 それに、ここまでがワイルドエリアに向けての勉強のための高難易度だからと言って、次の街以降でのジムミッションが簡単になるのかと言われると間違いなくそんなことない。むしろジムリーダー自身が強くなっていくのだろうから、きっとカブさんのところよりも苦しい戦いが予想されるだろう。

 

 けど同時にワクワクしてもいる。きっとこの先にもまだまだ強い人や見たことの無いポケモン、作戦、技がこの先に待っている。その新しいものたちはボクを必ず先のステージに連れて行ってくれる成長の糧だ。だから……

 

「早く……ナックルシティに到着したいなぁ……」

 

 この吹雪、止まないかなぁ……。

 

 

 窓の外から見える白銀の世界にボクはそっとため息をこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っくしゅ……うぅ、流石にこれは寒い……」

「部屋の中だというのに外の景色みるだけで寒そうですね……」

「二人とも、ホットココア持ってきたよ。……にしてもひどいなぁ」

 

 ガタガタと鳴り響く窓ガラスの揺れる音。その音の原因である猛吹雪がいまもごうごうと大きな音を立てて吹き荒れていた。

 

 エンジンシティからワイルドエリアに出てミロカロ・北へ到着したボクたちは、そのままナックルシティへと向かうべくガラル第二鉱山とエンジンシティをつなぐ橋の下の部分であるエンジンリバーサイドへと向かい歩いていた。北側のポケモンが見えはじめるその区域を、それでも成長したボクたちの手持ちならまだ進めるくらいの難易度だったので確実に進んでいった。この時点で若干の肌寒さとぽつぽつとした雨は見えてきたんだけど、ワイルドエリアは過酷な環境で天候もころころ変わってしまうという前情報があったため、まあこんなものだろうと、むしろまだ優しいほどではないのかとも思えるほどだった。しかし、エンジンリバーサイドを進んでいく途中でだんだんと雲行きが怪しくなっていく。小雨だったものがだんだん雪へと変わっていき、風も冷たく、気温も低下。明らかに真冬のそれへと変わっていき風も強くなっていく。それでもセイボリーさん曰く、これくらいならまだワイルドエリアの常識範囲内ということで進む速さこそ少し落としたものの、それでも着実に足を進めていっていた。そしてボクたちがターフタウンとバウタウン間をつなぐ橋が見えてくる場所くらいまで進んだあたり、ハシノマ原っぱと呼ばれる地点に到着して歩いている途中にいよいよ無視できない問題に発展していった。

 

 風はより強く、吹雪はより激しく、視界は真っ白で埋め尽くされ一寸先は闇改め白。隣にいるはずの二人の姿までもが視認できるのがやっとといったレベルの白さ当然それだけ激しければ体温もかなりのスピードで奪われていく。慌ててコートを取り出し、マフラーもいつもよりしっかりとまいて防寒対策を取っていくものの、その壁を簡単に突き抜けるほどの寒さに真面目に命の危険を感じたほどだ。

 

 風もかなり強かったのでテントを張ってしのぐということもできずいよいよもってやばくなってきたところでボクたちに救いの手を差し伸べたのがハシノマ原っぱの隅にある建物の預かり屋。真っ白い視界の中、方向感覚もなく歩き回っていたところでたまたまこの異常気象を見て巡回に当たっていた人に救助され、何とか預かり屋に到着。そこの運営者に何とか泊めてもらうことによってとりあえずは事なきを得た。

 

 それがここまでの経緯だ。

 

 ちなみにここの預かり屋はアオイさんの家族が経営していたところとは全くとまではいわないにしろ特に関係はない。預かり屋同士という事で専用の繋がりみたいなものはあるみたいだけどね。そもそもこういった施設はいろんなところにある。このガラル地方だって両手を優に超える預かり屋設備があるしね。

 

「うぅ、あったまる~……」

「ワタクシとしては紅茶の方がよかったのですが……」

「贅沢言わないでください。他の人も我慢しているんですから。むしろココアってかなり贅沢な方ですよ」

「わかってますよ」

 

 そういいながら預かり屋にいる他の人にも目を向ける。そこにはここ数日でたまりにたまったジムチャレンジャーや観光客、果ては一般トレーナーまで。この吹雪によって足止めを喰らってしまい、先に進むことも後に戻ることもできなくなってしまった人たちだ。この預かり屋が建物としてはかなり大きい方だったのが幸いして全員を収容することができてはいる。

 

 ポケモンをたくさん預かる施設だし、ワイルドエリアの気候が激しいことをわかったうえで建てられている設備だけあって備蓄も多い。こと食料などにおいてはまだまだ持ってくれると思う。

 

 けど問題は別にあって……

 

「う~ん、また人増えているね」

「仕方ないよ。ここは次のジムに進むための通過点なんだもん」

「ですがあまり増えすぎるとここに収容しきれなくなりますよ……」

 

 ユウリの言う通り、この預かり屋に泊まっている人が日に日に増えていっているということだ。

 

 理由は単純で、カブさんのジムを突破した人がここを通るから。

 

 エンジンシティから次のジムがあるラテラルタウンまで行くには必ずここは通る道だ。そして突破者は当然ながら日に日に増える。そして現在のこの状況を知らない人がまたボクたちと同じようにここまで歩いてきてしまいこの場所にきてしまうという、なんだか追い込み漁みたいな状態になってしまっている。

 

「備蓄よりも先にスペース問題かぁ……」

「それはあるかも……もともと人が泊まるような施設じゃないからそういう意味では部屋は少ない方だし……」

「すでに布団はありませんしね」

 

 現状は床に自分の替えの衣類などを敷いてその上に寝ている。寒い中で上にかける布がないっていうのはなかなかつらいと思うかもしれないけど、そこは過酷な環境に立つ預かり屋。暖房器具はいつでも使えるように常にスタンバイされているみたいで、今も季節外れながらもストーブや暖炉がフル起動中だ。おかげでこの預かり屋の中はそこそこあったかくはなっている。

 

「これも吹雪がやめば一発なんだけどなぁ……」

 

 最近外に出ることがなくてこってしまっている体をぐっと伸ばしてほぐしていく。別に外で遊ばないと耐えられないというつもりは無いけど、最近はジム戦のための特訓や旅が続いていたので動いていない時間が急に長くできてしまうと体が少し物足りなさを感じてしまいどうも落ち着かない。

 

「せめて技の練習くらい出来ればなぁ……」

「預かり屋を壊す気ですか……」

「でもフリアの気持ちもよくわかるかも。私たちトレーナーだけが不満ならいいんだけどラビフットたちも不完全燃焼って顔してるもん」

 

 ユウリの言葉を聴きながらふと横を見ること、美味しそうにポフィンを頬張りながらもどこか物足りないと言った顔をしているポケモンたち。みんなも動けない時間が続いているためか窮屈な思いをしているみたいだ。いくら預かり屋だと言っても、預かっている場所は建物裏の庭なので部屋の中に施設が充実しているという訳でもないから暇を持て余してしまっている。

 

「なにか刺激があればいいんだけど……」

 

「う〜ん、困ったわね……」

 

「ん?」

 

 今日はどうやって時間を潰そうかななんて思っていたところに聞こえる悩ましげな声。その声が少し気になってしまいそちらに視線を向けると、そこにはここの預かり屋のオーナーである女性が少し思案顔をしていた。

 

「どうかしましたか?」

「あら?」

 

 なんだか放っておくにもおけないのでついつい声をかけてしまう。オーナーさんも急に声かけられてちょっとびっくりしたのか少しだけ素早く振り向いた気がした。ちょっと申し訳ない。

 

「なにか悩んでいたような気がしたので……なにか問題でも見つかりましたか?」

「大丈夫よ。そんなに大きな問題でもないから気にしないで」

 

 遠慮がちにそう行ってくるオーナーさんの表情からは間違いなく何か問題が起こったようにしか読み取れない。オーナーとして子供になにかさせる訳には行かないのかもしれないけど、こちらとしては命の危険を助けて貰っている恩人だ。ここはできる限りなら手を貸してあげたい。

 

「それなら尚更私たちに手伝わせて貰えませんか?お礼も兼ねて!」

 

 どうやらユウリも同じ考えなようで、いつの間にか隣に来て興味深そうに答えていた。ちなみにセイボリーさんは遠くでまだココアをゆっくりと飲んでいる。けど、話はしっかりと聞いているのかこちらに耳を傾けている雰囲気はしっかりと感じる。もし何かあれば手伝ってくれるんじゃないかな?

 

「でも……」

「正直、やること無くて体を動かしたい気分なんです。寧ろこちらからお願いさせてください」

「一宿一飯どころではない恩を感じているのでやっぱりボクも手伝いたいです」

「う〜ん……」

 

 そこそこの熱意を持って発言しているつもりなんだけどそれでもなかなか首を縦に振らないオーナーさん。そんなに頼みづらいことなのかな……?

 

「そうね……ってあら、そういえばあなた達どこかで見たことあるような……」

 

 そんなことを思っていたらちょっとした話題転換。もしかしたらここから交渉材料として持ちかけられるかもしれない。……なんか自分の有名度を盾にしてくるおごり野郎な気が若干するからあまりしたくはないんだけどね。とはいえ現状ここにいる人のほとんどがジムチャレンジャーだ。これもどこまで効果がるものか……

 

「あ、一応ボクたちジムチャレンジ中のトレーナーなのでもしかしたらテレビかなにかに映ってたりしたのでそこかもしれません」

「って、あなた達今注目のユウリ選手とフリア選手じゃない!最近のカブさんとの戦いしっかり見たわよ!!凄かったわね。次のジム戦楽しみにしていたんだけど……そう、あなた達もここにいたのね……」

 

 なんだかここまで反応されるとは思わなかったのでユウリと二人揃ってこっぱずかしくなってしまう。けど、打算的なことを言えばこれで実力に関しては大丈夫な気がする。実務的なことでは無い限りは手伝えるはずだ。

 

「本音を言ってしまえば、ジムチャレンジ中の子たちにこちらの都合で仕事を振って万が一でも何かが起きたら大変だからあまりお願いはしたくなかったのよ……けど、そうね……あなた達なら頼んでみてもいいかもしれないわね」

 

 どうやらオーナーさんはオーナーさんで考えがあったようで。なんだかちょっと罪悪感。

 

(少し強引だったかな……)

 

 反省反省。

 

「実はちょっと無視できない問題が出てきたのよ……あなた達も知ってると思うけど、今このハシノマ原っぱは猛吹雪に覆われていてとてもじゃないけど暖房器具なしでは生活できない状態でしょ?だからこうやってストーブや暖炉をずっと稼働させているんだけど……」

 

 顎に手を当てながら説明をしていくオーナーさん。……話の途中だけど少しわかってきた気がした。

 

「ワイルドエリアの天候の荒さはよくわかっているから常備はしてはいるんだけど……さすがに限度はあるのよ。それにいくらワイルドエリアと言えども季節に全く影響されないって訳でもないしね。だからさすがにここまで吹雪が続くのは予想外なの。その結果燃料の消費が早すぎてこのペースだと遠くないうちになくなりそうなのよ……丁度納品が近い時期ってこともあって元々数が多くない時に限ってこんな状態なものだから余計に足りなくなりそうで……ね?」

「燃料の問題だったんですか……」

 

 あからさまに残念そうな顔をするユウリ。かく言うボクも、少しなら役立てるかなと思ったものの、思いのほか問題が深刻だったうえ、子供の手だとどうしようもないタイプのそれだったから今回は手伝えそうにないことが少し残念だ。ポケモン関連なら確実に手伝えたんだけどね……

 

「ああ、燃料に関しては手に入れられる場所が近くにあるから大丈夫なのよ。ここの近くに石炭が取れる場所があるわ」

「そうなんですか?」

 

 と思ったら思いのほかすぐに解決しそうな流れ。

 

(この預かり屋の近くに石炭取れる場所あるんだ……何気に凄い立地だね……)

 

 けど納品してもらってもいる当たり採取するのに少し手間がかかるのかな?だとすると今回のお願いは……

 

「問題はこの猛吹雪の中その石炭が取れるところまで行って採取。そしてここまで持って帰る手段をどうしようかしらってことなのよ。この寒さを耐えることが出来て且つ、石炭を掘ってくることが出来る力が必要でね……」

 

 成程、これは確かに誰かに頼むのに躊躇したくなる気持ちも凄くわかる。思いっきり大変な体力仕事だ。それもただの体力仕事じゃない。この天候の中外に出なくちゃいけないというなかなかのハードミッション。こんなお願いを普通のトレーナーやジムチャレンジャーにお願いなんてボクがオーナーさんの立場だったら絶対にできない。

 

「もちろん主な仕事はうちの従業員がするわ。だからそのサポートをして欲しいの。人手が足りないから少し手伝ってくれるだけでも凄くありがたくて……」

 

 つまりは、採掘自体はここの預かり屋の従業員が行うから、ボクたちにはその採掘によって取れた石炭の運搬だったり、途中に現れる野生のポケモンからの襲撃に対する迎撃だったりを行えばいいと言ったところかな?

 

「それなら私たちにもできそうだね!」

「ただ準備はしっかりしないとね。この猛吹雪の中を歩かないと行けないし……」

「ここからあまり距離は離れていないし、洞窟に入ってしまえばだ少しは暖かいはずだから想像よりはまだ動きやすいはずよ」

「分かりました。では早速準備しますね。セイボリーさん!」

「はぁ……大人しくここで過ごせばいいものを……仕方ないですね。少し時間をくださ━━━」

 

 

「「話は聞かせてもらった!!」」

 

 

 善は急げ。早速取り掛かろうとしたところにかかるとてつもなくでかい声。思わずビクッと体が反応してしまい、慌ててそちらに顔を向けると、登山家のような服装をしてビシッとポーズを取る、おそらく双子と思われるそっくりな顔をした2人組がそこにいた。

 

「え、えっと……」

「あなた達は……」

「誰、ですか……?」

「……全くエレガントでは無いですね」

 

 こらセイボリーさん、そんなこと言ってはいけません。ただびっくりしたのは事実だし、傍から見ても奇怪なのは否定できない。オーナーさんも辛うじて誰?と聞けているけど本当に誰?状態だ。

 

「よくぞ聞いてくれた!!おれたちは!!」

「泣く子も黙る穴掘り兄弟!!」

「「「穴掘り兄弟……」」」

 

 さも有名人かのような振る舞いを見せているけどもちろん知らない。

 

「洞窟あるところにおれたちあり!!」

「穴掘り進めて20年!!掘った宝は数しれず!!」

「たとえ火の中水の中!!」

「おれたちのツルハシは止まらない!!」

 

「なんか変なの始まった……」

「う、うるさい……」

「さて、準備準備」

 

 いきなり始まった変な前口上に戸惑いを隠しきれないボク。ユウリはそのあまりにもでかい声に耳を塞いでしまっているし、セイボリーさんに至ってはまるで知り合いと見られることが汚点だと言わんばかりにスルーし始める。オーナーさんも困っているのか少し頭を抱え始めた。ほんとにどんまいです……。

 

「おれの名前はサイ!!穴掘り兄弟の兄だ!!」

「そしておれは穴掘り兄弟、弟のクツ!!」

「「おれ達に掘れない洞窟はない!!」」

 

 まるで休日の朝にやっている某ヒーローや、プリティでキュワワーな作品のようにいちいちポーズを取る2人。疲れないのだろうか?

 

「え、えっと……つまりは、あなた達も手伝ってくれるということですか……?」

 

 恐る恐ると言った感じで質問するオーナーさん。こんな不審者に声をかけるなんて確かに怖い。

 

「ああ、その通りだ。そこの少年が言ったように我々はこの施設に命を救われている」

「それに……ここの従業員は別に採掘が本業という訳でもないだろう?」

 

 いつの間にか準備が整っていたのか周りにはこれから採掘に向かうであろう、服装や道具を整えた人たちが集まり始めていた。けど、穴掘り兄弟の2人が言っているように何故か言いようのない不安感を覚える。さっきも……えっと……双子だから見分けがつかないから自信ないけどクツさん、かな?が言っていた通り本業というわけじゃないから、その準備も万全とは言えないということだろう。

 

「採掘というのはとても危険だ。その方法や、順序を失敗してしまえば生き埋めになる可能性だってある」

「そうなってしまえばいよいよもってここの燃料が枯渇してしまうだろう。未来ある少年たちに怪我をさせる訳にも行かない」

 

 言っていることは真っ当だ。確かに素人であるボクたちではそもそも何が危険なのか分からないので致命的なことが起きる可能性がかなりある。

 

「そこでおれ達プロの出番だ。長年の経験と技術を備えたおれ達にはその辺を見極める目がある」

「どうすれば安全か。どう掘れば効率的か。その辺のノウハウを教えながら安心して作業できるはずだ」

 

 けど、こういう経験者がしっかりと同伴してくれることによって安心感が格段に上がる。最初の言動こそ怪しさ満点だったものの、その服装と道具の整い方は素人目に見てもピシッとしているように見える。これは心強いのではないだろうか?オーナーさんもそこを見極める目はあるみたいでゆっくりと頷く。

 

「では、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「「任せてください!!」」

 

 いい笑顔でサムズアップをする2人。これで戦力は大幅に上がった。これなら安心して採掘に行けそうだ。

 

「すいません、わたしも同行してもいいでしょうか」

 

 予想外の戦力増加に若干士気が上がっているところにさらにかかる声。振り向けばそこには1人の女性が立っていた。

 

 髪の色は灰色でショートカットにしており、頭に着けた大きなリボンのついた黒いカチューシャがよく目立つ。少し褐色の肌に何かしらの格闘技でも嗜んでいるのかかなりがっしりとした印象を受ける体格に、女性としては少し高い身長。ボクよりも、そしてユウリよりも頭1つ分くらい高いその身長は、若干の威圧感を感じるものの、硬い表情の中にある少し柔らかそうな雰囲気がそれを少し中和してくれている。外の気候に合わせて白色のジャンバーに身を包んだ彼女なのだけど……

 

(どこかで見たような……?)

 

 記憶に引っかかるなにかに疑問を感じ首を傾げていると、なにかに気づきハッとした彼女が再び口を開く。

 

「これは失礼しました。わたしはサイトウと言います。フリアさん、ユウリさん、セイボリーさん。あなた方と同じジムチャレンジャーの1人です。以後お見知りおきを」

 

 サイトウと名乗った彼女の言葉を聞いて一気に記憶が鮮明になる。

 

(そうだ、テレビで名前を聞いたことがある。確か……)

 

「サイトウ選手!?あのガラルカラテの申し子の!?」

 

 オーナーさんが驚きの声を上げる。

 

 確かにニュースでもそういう紹介をされていた。たまたま見たジムチャレンジ注目選手のピックアップに名を連ねていたその名前。かくとうタイプのポケモンを好んで使う少女。

 

「サイトウさん……うん。こちらこそよろしくね」

 

 右手を差し出し握手。サイトウさんもそれに答えてくれ、右肘を左手で支えながら丁寧に返してくれる。

 

 意外なところでまさかの会合。はたから見たら和やかな雰囲気。だけど……

 

(この人は、どれくらい強いんだろう……)

 

 お互いの目線はしっかりと相手を捉え、相手の内側を探るような視線。何を考えているのか、言わなくてもわかる。

 

(……無茶苦茶戦ってみたい)

 

 お互い、そっと闘争心を燃やしながら交わす握手は、少しずつ力強くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




吹雪

ワイルドエリアの吹雪は本当に視界が狭まりますね。
実機でも全然前が見えないです。

預かり屋

2度目の登場預かり屋さん。
けどこちらを利用してる人多分少ない気がします。
個人的にもここはあまり使いません。
登場回数は2回目ですけど今回は全然違うお話になります。って言う必要なさそうですけどね。

穴掘り兄弟

実機でもそこそこお世話になったところですね。
回数詐欺は許さない()

燃料

気分はマインクラフト。
ワットも考えたのですが、暖炉などにはさすがに使えないのでは?と思い石炭に。
一般家庭にはおかしいけど預かり屋という大きな施設なら竈とかにも使えそうなので無くはないかなぁと……
鉱山もありますしね。

サイトウ

意外なところで登場。
この作品ではジムリーダーではなくジムチャレンジャーとなっています。
ガラルカラテの申し子なのは変わりませんけどね。
ちなみにチャレンジャーだからといってポケモンを貰ってすぐという訳でもないです。
ちゃんとポケモンと特訓の日々を送っていますよ。




編で言うならここは預かり屋編ではなく、吹雪編ですかね?
そこそこ長くなると思います。
ここで書きたいことも多いですからね。
楽しみにしていただけたら。


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36話

ポケモンユナイトでワタシラガでサポートすることの楽しさにとらわれ、ポケモンスナップに追加アプデがあると聞いて狂喜乱舞している作者です。

頼む……お願いだから私の嫁ポケ来て……


 預かり屋さんの燃料の備蓄が厳しくなったということでボクたちを含めた有志の人たちが集まり、みんなで預かり屋近くの洞窟へと歩みを進める一行は、完璧な防寒対策と手に入れた燃料を運ぶための道具一式を持ち、慎重に進んでいた。色々なことに対して危険予知をしながらかなりゆっくり進んではいたんだけど、どうやら採掘スポットはボクが想像しているよりもはるかに近いみたいで、亀のようなスピードでも程なくして到着することが出来た。

 

 おそらくは要因として2つ。

 

 1つ目は道案内してくれた従業員の方がこういって視界の悪い中でも方向感覚を絶対に失わない人で、吹雪の中でもしっかりと先導してくれたということ。

 

 2つ目はこの吹雪があまりにも強すぎるせいで他のポケモンたちもみんな自分の住処に引きこもってしまい、邪魔してくるようなポケモンが存在しなかったこと。

 

 正直採掘よりも移動の方が大変なのでは?と思っていた身としてはなんだか拍子抜けな感じだ。いや、いいことではあるんだけどね?それにあくまで移動は前哨戦に過ぎず、本命ではない。この後のこの洞窟でしっかりと働く必要がある。んだけど……

 

 

「「うおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」」

 

 

「これ、ワタクシたち必要でしたか?」

「あ、あはは……」

 

 その本命すらもなんだか何とかなりそうな気配。

 

 物凄い雄叫びを上げながら全力で残像が残る程のスピードでツルハシを振り回す、はたから見たら危ない上に怪しすぎる変態が2人。言わずもがな穴掘り兄弟のサイさんとクツさんである。

 

 ただでさえ暑苦しく元気のありあまっている2人は移動中でさえ吹雪の寒さを消し飛ばさんとする程の元気っぷりを見せつけながら移動していた。中にはそんな空気に当てられて一緒に燃え上がる人が出始めるほど。こちらとしては苦笑いをこぼす以外やることが無い。けどその採掘力は確かで、今も次々と色々なものを掘り出している。しいて問題があるとすれば……

 

「あ、これほしのかけらだ。貰ってもいいのかな……?」

「こっちはすいせいのかけらにほしのすなですか……お宝ではありますが今必要かと言われると……」

「きちょうなほね……かるいし……かたいいし……う〜ん、珍しいアイテムではあるけどことごとく今必要なものじゃないね……」

 

 ポケモン対戦や換金アイテムとしてはどれもなかなかいいアイテムだったりするんだけど……今ボクたちが欲しいのは燃料になるアイテムだ。今この状況においてこれらのアイテムはなんの意味も持たないハズレと一緒になってしまう。

 

「うし、ここら辺で取れるのはこれくらいだな」

「大量だぜアニキ!」

 

 そんなこんなで掘り出されたアイテムを選別しているところにひと仕事終えた穴掘り兄弟がほんのり出ている汗を拭いながらこちらに来る。

 

「どうだ?大量か?」

「ええ、大量ですよ……いらないものが」

 

 若干の非難めいた感情を瞳に乗せて穴掘り兄弟を睨むセイボリーさん。確かに、あれだけ自信満々に言っておきながら今のところ取れている石炭はまだまだ少ない。オーナーさんからとりあえずこれくらいは欲しいかなという目安が書かれた紙を貰ってはいるけど、見るまでもなくマージンに到達はしていない。

 

「おうおう、こんなにも宝があるのに随分つまらなさそうな顔をしているな」

「おれたちの成果で目を輝かせなかったやつなんて居ないんだぞ?」

「確かに宝の数という点では素晴らしいですが今必要なのは宝では無いのですよ」

 

 セイボリーさんの言葉に近くにいた従業員の何人かも首を頷かせている。預かり屋にて自信満々に宣言していたところを見ていた人たちなんだろう。プロがいるから大丈夫だと信じてついてきてみればこの結果。確かに納得いかない人が出てくるのも納得できる。

 

「これならおれたちも全員で取り掛かった方が速いな!」

 

 若干の悪い空気を感じる中ツルハシを取り出して適当な壁に近づく一人の男性。穴掘り兄弟の振り方と比べるとどうしても拙く見えるけど、そこは預かり屋で働いていた経験から身についた体力で難なくこなしていく。けど……

 

「おい、そこはやめておいた方がいいぞ!」

 

 穴掘り兄弟の兄、サイが慌てて止めようとする。しかし先ほどあまり石炭が出てこなかったことから特に気にせず作業を続けようとする。その男性のツルハシが壁に刺さった時に問題は起きた。

 

「危ない!」

 

 サイトウさんが慌てて飛び出し男性を抱えて飛びのく。するとたったいま彼がいた場所に小さいとはいえ落石が発生。サイトウさんが救ったからこそ大事にはいたらかったものの、もしあのまま掘り進めていたら石が頭に当たるか、もっとひどくなればこの洞窟が崩れていたかもしれない。その事実に気づいた先ほどの男性は少し顔を青くする。

 

「ここの洞窟は確かに石炭が取れる。だが数が多いわけじゃない。石炭以外のものが多すぎるんだ」

「だからおれたちの力をもってしてもそんなに多くの燃料を取ることができない」

 

 二人の言葉に改めて耳を傾ける皆。先ほどの落石が予想以上に皆の危機感をあおったみたいで、さっきまで不満そうな顔をしていたセイボリーさんまでもが真面目な顔をしていた。

 

「それに、おれたちはいま木枠を持ってきていない」

「木枠……?」

 

 どこかからそんな疑問の声が聞こえる。サイさんの言葉が理解できない人がみんなそろって首をかしげているなか、それを気にせずサイさんは続きを話していく。

 

「ガラル鉱山をじっくり見てきた記憶のある人はいるか?」

 

 クツさんの言葉にまちまちだけど手を上げている人が数名。ユウリもその中に混じって手を上げているけどやはりまだわからずに首をかしげており、ついぞわからなかったのかボクの方に質問を投げてくる。

 

「ねぇフリア、なんで急にガラル鉱山の話?」

「ユウリはガラル鉱山の洞窟歩ていた時に道の周りに何かあったの覚えていない?」

「歩いてきた洞窟の周り……」

 

 あごに手を当てながらゆっくり考えるユウリ。しばらく考えた後先ほどのサイさんの言葉を思い出してあっと声を上げた。

 

「木枠!!ガラル鉱山の道の途中に等間隔で置いてあったあれ!!」

「うん、そういう事」

「お、君たちは気づいたみたいだな」

 

 ユウリの声が思ったより大きかったためサイさんどころか、ここにいる全員聞こえていたみたいでユウリが恥ずかしそうに少し違う方を向く。なんだかそれが少し面白くて軽く背中をさすってあげながらサイさんの話をゆっくり聞いていく。うーうーうなっているユウリが本当に面白いから話に集中できるか不安だけど……まあたぶん聞き逃しても大方予想通りのお話だから大丈夫じゃないかな?

 

「洞窟を掘る時に一番注意しなきゃいけないことはさっき起きた落石に対する対策だ。本来なら掘っていたところにガラル鉱山の道中のように木枠で支えるようにするんだ。そうすることによって掘ったことによる洞窟のもろさや、落石の可能性をなくしていくんだ」

「生き埋めになる可能性は一番避けたいし、ガラル鉱山のように人が通るようにしたいのならなおさらだな」

「だが今の俺たちにはそれを行うだけの時間も資材もマンパワーも足りない。どうやったって木枠でこの洞窟が崩れないように支えるのは不可能だ」

「それはすなわち、今おれたちができることは確実に安全だと判断で来たところから少しずつ採掘することだけなんだ」

「もしちょっとでもその判断を誤れば……」

 

 そういいながらサイさんがゆっくりと壁際に歩き、壁面に思いっきりあるのが見える石炭を丁寧に掘り進めていく。ほどなくして無事にとることが出来た石炭。しかし、そのあと一秒もせずに先ほど石炭を取っていたところが軽く崩れていく。

 

「こんな感じに簡単に崩れてしまう」

 

 サイさんとクツさんによる息の合った説明に誰しもが口を閉じてしまう。それだけ先ほどの説明とたった今起きた現象が説得力を大きく裏付けてしまっている。

 

「当然この崩落が連続して起こればおれたちはみんな生き埋めだ」

「例えそうならなくても、現状おれたちの光源はでんきタイプのポケモンによるちょっとした発電だけ。崩落によって起きる大きな音はポケモンにストレスを与えてしまうからな。そうなってしまうと発電要因のポケモンの疲れもものすごい勢いでたまってしまう。時間も体力も、マンパワーも少ない今、できる限りそういったことは避けておきたい」

 

 もはや誰も穴掘り兄弟に対して意見や文句、抗議の言葉が出ることは無い。今自分たちがいる状況を改めて思い知らされたのだろう。何人かの表情はものすごく悔やんでいるようなものへと変わっていく。特に先程勝手にツルハシを持って掘ってしまった人は余計にだ。

 

「おれたちがあまり成果を出せずにみんなを焦らせてしまっているのはわかっているつもりだ。だが、みんなの命を預かっている身としてはここら辺のことは慎重に行動させてくれ」

「大丈夫だ!なんてったっておれたち穴掘り兄弟!!これくらいの環境なんぞ何回も経験してるからな。大船に乗ったつもりでいてくれ!!」

 

 そんな少し重くなってしまった空気だけど、2人が笑顔で大声で、みんなに発破をかけるようにドンと言った言葉には不思議と惹かれる何かがあり、もう既にみんな盛り上がって先程の悪い空気は一切ない。

 

(こういう場の空気を一瞬で変えていく力持ってる人って本当にすごいなぁ)

 

 そのままの勢いでどんどん洞窟の奥に歩いて行く集団。ユウリやセイボリーさんも周りの空気の変化に戸惑いながらもなんとか前を行く集団に混じって歩いて行くなか、ボクはその少し後ろからついて行く。

 もっと前に出てもいいんだけどちょっと気になることがあったのでわざとこの位置だ。

 

「サイトウさん、かばったときに怪我とかしてない?」

「これくらいなら鍛えてあるので大丈夫ですよ。お気遣い、感謝します」

 

 ボクが声をかけた相手はサイトウさん。先ほど男性をかばっていたけど落ちてきた石がボク視点だと掠ったように見えたから。けどこの様子だと杞憂だったみたい。よかったよかった。

 

 姿勢よくきれいにお辞儀をするあたりや、最初に出会った時の握手の仕方がやけに様になっているあたり根っからの武闘家なんだなって理解させられる。背筋の伸び方や姿勢の正しさからもすごく伝わってくるし、雰囲気も引き締まったものを感じる。見た目や習っているものから想像できる通りかくとうタイプのエキスパートらしいけど……うん。ものすごく似合っている。

 

「しかし、かくとうタイプのエキスパートっていうとスモモさんを思い出すなぁ……」

「スモモ……その方はシンオウ地方の有名な方ですか?」

「あっと、声が漏れちゃってた……?」

 

 知らずのうちに思い出が口からこぼれていたみたいでサイトウさんが少し興味深そうに聞いてくる。やはりかくとうのエキスパートを目指しているだけあって気になるのかな?

 

「スモモさんはシンオウ地方のかくとうタイプジムリーダーだよ。シンオウでは裸足の天才格闘娘って二つ名で呼ばれるほどすごい才能を持った人で、バトルもものすごく強い人なんだ。身長は……確かサイトウさんよりも全然小さいんだけど、その体の大きさからは想像できないほど力強い技を放ってたり……稽古しているところを見学したこともあったけど格闘家の天才って言われるのも素人目から見ても納得できたなぁって」

「そんなにすごい方がいるのですね……一度手合わせをしてみたいものです」

 

 そういいながら静かに闘気を立ち昇らせていくあたり、この人もかなりの負けず嫌いなようだ。

 

「……それ以上に、あなたと戦ってみたい気持ちの方が大きかったりするんですけどね」

「あはは、その気持ちにはボクも賛成かな。サイトウさんがそう思ってくれていることも握手の時の空気でよく伝わったし、シンオウ地方にいた時はかくとうタイプのポケモンも使ってたから教訓にもなるk━━」

「そのポケモンって何ですか!?」

「うひゃあ!?」

 

 であったばかりなので友好を深める意味でも話題を振りやすいと思い自分の過去の手持ちの話をすると、いきなり迫ってきたサイトウさんに思わず驚いてしまい変な声が出てしまう。みんなが先に行っててよかった……近くにいたら恥ずかしい声を聴かれるところだった。それにしても想像以上の食いつき方である。ジムリーダーや、タイプを統一している人は少なからずそのタイプに特殊な思い入れをしている人が多かったりするものだけど……どうもサイトウさんはその中でもかなりかくとうタイプのことを愛しているようだ。

 

「お、教える!教えるからちょっとおちつこう!?」

「っと……これは失礼しました。わたしもまだまだ修行が足りませんね……」

「いや、修行とかそういう問題では……」

 

 まあこれはこれで心を開いてくれているということかもしれない。

 

(見た目や雰囲気から少し硬そうな雰囲気があったけど……こうして話してみると年も近いせいか割と自然に話せるね)

 

「ともかく、早く聞きたいです!ついでにそのスモモさんという方とのバトルも!」

「わかった!わかったって!!……えっと、まずは手持ちのかくとうタイプの子の話ね。あの子はボクが二番目に出会ったポケモンなんだけど……」

 

 のんびり話しているような状況じゃないのはわかっている。でも少しくらいはこんな感じでガス抜きしないと疲れてしまう。それに、こうやって昔を思い出すのもたまにはいいものだしね。士気が上がってテンションが高い前方の集団の声をBGMにボクとサイトウさんは昔話に花を咲かせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「うおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」」

 

 

「これとこれとこれと……これもだね。ユウリ、これまだ持てそう?」

「大丈夫だよ。もう少しだけ余裕があるからこっちに回して」

「ふむ、資料を見るにそろそろ目標に達しそうですね……」

「なんとか、無事にことを終えることができそうですね。一応私はまだ余力があるので余剰分は私に回してもらって大丈夫ですよ」

 

 ボクとユウリが選別し、セイボリーさんとサイトウさんが全体の状況を把握していく。どれくらい時間がたっているのかを確認する方法が乏しく、体内時計も狂いやすい場所なのでこの採掘にどれくらいの時間がかかっているかわからないけど、何とか片手で収まる時間には抑えられているんじゃないかなくらいのところでようやくノルマが見えてきた。

 

 これは決してオーナーさんが無茶振りしてきたからではなく、説明があった通り石炭自体が少ないことと、たとえ見つけても落石が起きる可能性のある場所にあるせいで目に見えるのに取れなかったりしたものが多く、簡単に手を出せなかったということに原因がある。預かり屋に避難している人の数からしてもなんとしてでも持って帰る必要があるこの大仕事。それだけあってかなり慎重に行動していたため体の芯にずっしりと疲れがのしかかってくる。けど、その大変な時間もようやく終わりが見えてきた。

 

 今サイさんとクツさんが掘っている場所を取りきったらおそらくノルマを終えるはずだ。その採掘が終わる時間ももう少しでやってくるだろう。なんて予想をしている間にちょうど終わったみたいでサイさんとクツさんが、額にたまった汗をぬぐいながらこちらに歩いてくる。

 

「うし、ここも大量大量!!」

「どうだ?これでノルマは行ってると思うんだが……」

「……ええ、これで頼まれていた量の回収成功ですよ。あとはこれを持って帰るだけですね」

 

 セイボリーチェックを終えノルマ達成の言葉。その報告にここにいる皆から喜びの声。士気が上がっていたとはいえみんなそれなりにつかれている。この終わりの報告は何よりもうれしいものだろう。

 

「ふう、おれたちもさすがに疲れたな。君たちもよく頑張ってくれた!」

「けがもなかったみたいだしな!これでジムチャレンジに影響でもあったら流石に立つ瀬がないぜ」

 

 流石のプロもかなりのお疲れの様子……

 

(ってここまで落石とかに注意を払いながらさらに延々と掘り続けてたもんね……疲れて当たり前か……)

 

 途中、『おれはまだまだ掘れるぜ!!』と叫んだ瞬間ツルハシの振る速度が上がったのはちょっと怖かったけど……

 

「おおそうだ。君たちにおれたちからプレゼントだ!ほれほれ」

 

 そう言いながらテンション高くサイさんがボクたちになにか渡そうとガサゴソしだす。

 

「貰ってくれ!!」

「……あの」

「これは……?」

「……なんですかこれ?」

「……」

 

 渡されたのは両手サイズのそこそこ大きな石の塊。どこからどう見ても石のそれはなんで穴掘りに精通している人が渡してくるのか分からないほど見た目は全くのただの石。ボク、ユウリ、セイボリーさん、サイトウさんの4人で貰ったのだけどその意外すぎるプレゼントに全員がの思考が止まってしまう。

 

「それはなんかの石だ!なんか見ていて妙に惹き付けられたし、採っても大丈夫そうだから採ってきたぞ!」

「もしかしたら貴重な宝かもしれないからプレゼントだ!是非ジムチャレンジに役立ててくれ!」

「そうですね……」

「ありがとうございます〜」

「「お礼を言いながら捨てるのはやめてくれないか!?」」

 

 サイさんとクツさんから経緯を聞いてとりあえず理由はわかったところでお礼を言いながら壁際に石を置いていくセイボリーさんとユウリさん。あ、サイトウさんも後に続いた。

 

「な、何故なんだ!?」

「おれたち目利きには自信が……」

「そこは疑ってないのですよ!!ジムチャレンジ中にこんな重いもの持てないと言っているのです!!あなた方はワタクシたちに苦行を強いるおつもりで!?」

「苦行……なるほど、これは訓練にもなるんですね。やはりこの石は貰って……」

「サイトウさん!!それで納得しちゃダメだよ!?」

 

 サイさんとクツさんの講義に噛み付くセイボリーさんとサイトウさんの行動にツッコミを入れるユウリ。いつものワチャワチャが帰ってきたと思えば微笑ましいのかもだけど場所が場所なだけに苦笑いで返すことしかできない。

 

「と、とりあえず外目指しましょ?ね?」

「なら尚更この石は持って帰ってだね……頼む!!騙されたと思って!!」

「それは騙しているということでは!?」

「……」

「フリア、あの人たちは放っておいて先に行こ?」

 

 止めようとするものの未だに口論を続けるセイボリーさんたちにユウリも呆れてしまいボクの袖を軽く掴んで引っ張る。うん、ここで足止めしてても何も無いからさっさと先に……

 

 

『うわあああああああ!?!?』

 

 

「ユウリ!!サイトウさん!!」

「「はい!!」」

 

 前方から聞こえる大きな声。緩んでいた心が一瞬でひきしまる感覚。貰った石を捨てる暇が全然なくて仕方なくリュックに押し込んで猛ダッシュ。ふと横を見ればユウリも真面目な表情を浮かべているし、サイトウさんもスイッチが入ったのか目からハイライトが消えている。

 

 こちらの戦闘準備は完了。とりあえずは戦闘になっても大丈夫だろう。

 

 ここまで野生のポケモンからの襲撃も特になかったためこの洞窟では初めてのバトルとなる可能性がある。洞窟の崩壊なども注意しないといけないからいつも以上に大変な戦いになりそうだ。

 

 幸い悲鳴が上がったところはそんなに遠くないので程なくして到着。誰かに聞くよりか自分の目で見た方が早そうだったので先頭に躍り出る。するとそこにはたくさんのポケモンたちが……

 

「ハトーボーにオンバット、コロモリ……」

「チェリムにチェリンボ、マラカッチまで……」

「奥にはヒポポタスにゴビット、ヤジロンもいますね」

 

 大きなポケモンや、進化ポケモンこそあんまり居ないものの、かなりの数のポケモンがいた。みんなこちらを威嚇するかのように爪や牙などの自分の武器となり得る体の部分を構えている。

 

「どうするのフリア。ここでみんな倒すことは出来なくはないと思うけど……」

「木枠で支えられていないこの洞窟はかなり脆いうえにとてもせまいです。あまり激しいバトルはできないですよ」

 

 ユウリとサイトウさんの言う通りこの場所で戦うのはあまりよろしくない。けど向こうのポケモンはこの状況を理解していないのか、はたまた勝てそうにないのを本能で理解しているうえで玉砕覚悟で突っ込む準備をしているのか。どちらにせよ戦う気満々である。

 

 正直今のこの状況で一番まずいのがその玉砕覚悟だ。けど野生のポケモンが本来そのような行動をとることはめったにない。どうしてもどこかで生存本能というフィルターがかかってしまうためだ。だけど今目の前にいるポケモンたちからはそれを感じ取れない。

 

(なんでこんなにも死に物狂いなんだ?いったい何が彼らをこんなにも追い詰めて……)

 

 明らかに様子のおかしい野生のポケモンを見て一生懸命頭を回していく。本来なら勝てるはずなのに簡単に手を出せない。そんなふうに迷っている間についに野生のポケモンたちが突撃を始める。

 

「くそっ、とにかく派手な攻撃は抑えてうまくいなすことを考えて!!」

「「了解!!」」

 

 すぐさま三人そろってポケモンを出し、あわてて対応する。

 

 戦場に現れるはキルリア、アブリー、ゴーリキー。

 

 激しい技をつかわず、敵の攻撃も壁にぶつけず、できる限り静かに敵を倒す。

 

 ボクの経験上、最もやりづらい戦いがゆっくりと幕を開けた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




穴掘り兄弟

実際問題どこを掘っているのか……
お父さんの方はちゃんと洞窟が近くにあるんですけどね……

崩壊

ダイアモンドパールの探検セットで化石などを掘っているときに最後に回数制限を超えて崩壊しているところから。
たぶんリアルでも木枠がないと崩れると思いますし、実際にガラル鉱山は木枠でちゃんと補強されています。
第二鉱山は天井高すぎてわかんない……

かくとうタイプ

フリア君の手持ちヒント。
三体目ですね。




ちょっと区切り悪いなぁと思いながら今回は時間ギリギリになってしまったので……
申し訳ないです。
ストック無しの四日制限、8000文字以上目標はやっぱり無謀……?
でも今までちゃんとできてるしプロットもあるのでまだ大丈夫……なはず。


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37話

ポケモンスナップのアプデが明日……
早く……やりたい……


「キルリア、『ひかりのかべ』!!」

「アブリー、『あまいかおり』!!」

「ゴーリキー、『ローキック』で相手の機動力をそいでください!!」

 

 それぞれ相手の攻撃を受け止めるないし、動きを阻害する技を選択していく。

 

 攻めてくる野生のポケモンたちの攻撃は決して強いというわけじゃない。けど場所が悪すぎる。下手に攻撃を壁に当ててしまえば洞窟が崩れてしまい、ボクたちはそろって仲良く生き埋めだ。そんでもってこれがボクたちの身に危険が及ぶだけならまだ……いや、だめだけども……まだいい。問題はボクたちがここで倒れれば預かり屋で待っている人たちまでもが危ないという事。奇跡的にこの吹雪が止んで、みんなが無事に冒険を再開できるようになるかもしれないけどどうもボクが思うにこの吹雪はそんな簡単に止むものとは思えない。ただのカンでしかないんだけど不思議とそう確信できる何かがある。とにもかくにも、ここで倒れるわけにはいかない。少なくとも燃料だけはとどけないと……

 

(最悪でもボク個人が犠牲に……いや、これはユウリが怒りそう……)

 

 あんまり自分を犠牲しすぎるといよいよ怒られそうだ。風邪ひいただけであんなに怒られていたもんね。ただ現状燃料を送るためにも誰かがここに残って抑える役を担った方が効率がいいのも確かだ。というのも今現在ボクたちのを襲ってきている野生のポケモンたちがいる場所は幸いにも出口につながる道を塞いでいるわけではない。つまりは誰かはここで引き受けて、ほかの人で燃料を持ち運べば被害はかなり抑えられるはずだ。

 

(みんなを巻き込みたくはないけど……でもボク1人って言うのも……)

 

 しかし悩んでいる暇なんか一切ない。もとより選択肢は1つ。なんせまだまだ練度は低いとはいえ、ここにいる野生のポケモン全員をさすがにボクだけで抑えるのには限度がある。少なくとも、ここにいる人と燃料を全て届けるまでの時間稼ぎはしないといけない。もちろん燃料を運ぶ人の護衛にも誰かいないとダメだけど……そこは彼に任せるしかない。

 

「セイボリーさん!!」

「!?」

 

 穴掘り兄弟と言い合いをしていたため反応が遅れていたセイボリーさんが後ろから近づいてくる気配を感じてすぐさま大声で呼ぶ。いきなり名前を呼ばれたことに驚くセイボリーさんだったけど今はそんなことを気にしている余裕はない。

 

「みんなを連れて早くこの洞窟から脱出を!!預かり屋までの間のみんなの護衛をお願いします!!」

「それはっ!?……いえ、分かりました。このワタクシにおまかせを!!」

 

 ボクが何をするのかすぐに察したセイボリーさんは一瞬息を飲むけどそこは前半のジムを乗り越えた猛者。すぐさまどの行動が最良か判断して自分がするべき行動をとってくれた。

 

「みなさん!!急ぎ荷物を持って脱出を!!先行はワタクシとサイさんが、殿はクツさんにお願いします!!野生のポケモンに襲われる前に速く!!」

 

 セイボリーさんの発破に、野生のポケモンに襲われたせいで体が硬直していた人たち全員に活が入り、弾かれたように行動をする。慌てて行われる退却行動は、しかしセイボリーさんの的確な指示のもと効率よく迅速に行われていき、ちらりと横目で確認しただけでも既に片付けは終了しており、なんなら先頭を行くと宣言していたセイボリーさんとサイさん、そして一部の人たちはもう前に歩き出している。

 

(セイボリーさんのこういう時の行動力と統率力の高さはほんとにすごいや。この速度で退却してくれるならボクも時間稼ぎが簡単だ!!)

 

 思わぬ誤算に少し気が楽になる。

 

「フリア……」

 

 退却して行ったみんなを視線だけで見送っていると逆方向からボクを呼ぶ寂しそうな声が聞こえる。みんなの無事を一通り確認できたボクは今度はその声の方向に視線を向ける。するとそこには不安そうな顔をしていたユウリがいた。

 

(……あまりこういう顔をして欲しくないなぁ)

 

 これが最善のはずなのにどこか悪いことをしているような気がしてならない。変にズキズキ痛む胸を無理やり押さえ込んですぐに要件を伝える。

 

「ごめんユウリ。それにサイトウさんも……2人とも、危険に巻き込んでしまうことに本当に頭が上がらなくて申し訳ないんだけど……ここでこの子たちを足止めするのを手伝ってくれる?」

「っ!?」

「……」

 

 ボクのお願いにユウリは物凄く驚いた表情を返してくる一方で、サイトウさんは先程から全く変わらず目のハイライトが消えていて何を考えているのか分からない。両者全く逆の反応。どちらもボクの予想とは違う反応なので少し不安になる。けど……

 

「わかった!!任せて、私頑張るから!!」

「愚問ですね。みんなの為です。ここで手を貸さなければガラル空手の名が廃ります」

 

 どちらもテンションの差こそあれ、気合十分とボクの横に並び立つ。

 

「……ごめんね。危険な役割に付き合わせちゃって」

「むしろ逆だよ。ありがとう」

「え?」

 

 意外な言葉にこんな事態にも関わらず意識と視線がユウリに吸い込まれてしまう。その視線の先にあるユウリの表情はとても穏やかで、嬉しそうで、何より誇らしそうだった。

 

「ガラル鉱山や4番道路でご飯作る時、アオイさんたちの預かり屋にポケモンハンターが襲ってきた時、第二鉱山で野生のポケモンに追われた時……いつだってフリアは一人で勝手に前走って解決しちゃうんだもん。でも、今日は違う。こうやってちゃんと私に頼ってくれた。それが凄く嬉しいんだ~。だから、私今回は張り切っちゃうよ!!」

「そんなこと……」

 

 思ってたんだ。なんて思ってしまった。シンオウの時と違って対等な立場の人といるんじゃなくて、旅として先輩と後輩という立場。ボクはあまり意識していなかったけどユウリにとってはボクは追いかけたい背中になっていたのかも……?ってちょっと自意識過剰かな?

 

「成程……師弟関係なのですか」

「うん!私にとってフリアは目標だからね!!」

「そ、それは誇張表現が過ぎるような……」

「私にとってはそうなの!さぁ、フリアに頼られた私は今ややる気満々気分最高!!行くよアブリー!!」

「リー!!」

 

 ユウリの声に鼓舞されたアブリーがさらに前に出て敵を自慢のスピードで優雅によけながらあまいかおりでどんどん動きをのろくさせていく。その動きはカブさんと戦っていた時よりもかなり良くなっているように見えて、先ほどの気分最高の言葉が決して嘘じゃないことがよくわかる。

 

 ボクの行動たった一つでここまで動きが変わるなんてちょっとこそばゆくてムズムズしちゃう……

 

 とにかく!

 

「そんなに慕ってもらっているなら少しは活躍しないとね!行くよキルリア!!」

「キル!!」

「わたしたちも、負けないように!!ゴーリキー!!」

「グオオオ!!」

 

 そおらく三十分も抑え込んでしまえば野生のポケモンもあきらめてくれるし、それだけ経てばセイボリーさんたちも脱出できるはずだ。ガラル第二鉱山と違ってこちらには仲間もいる。きっとあのころよりも楽に乗り切れるはずだ!!

 

 ボクたち三人はさらに士気を挙げて究極に気を遣う戦いを乗り越えんと張り切っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どれくらい経った?」

「もう、かなり経ったと思うんだけど!?」

「私の空腹度的に……おそらく一時間半は立っているかと……」

「いつまで粘るのこの子たち!?」

 

 あれからとにかく洞窟に傷や衝撃が行かないように粘ること長時間。たった今明かされた衝撃の事実にあれだけ高かった士気もかなり削られていた。アブリー、ゴーリキー、キルリアの顔にもいい加減疲れが見えてきている。格下との相手とはいえこの数にこの時間……むしろ今までよく耐えててくれてた方だ。しかしそれ以上に……

 

「なんでこんなにもあきらめが悪いんだ……」

 

 ガラル第二鉱山でも言ってたけど野生のポケモンは基本的に本能に従って動く。そして本能の中で一番大きいのは言わずもがな生存本能だ。生きるためには相手に背を向けて逃げてやり過ごしたり、負けをおとなしく認めてこれ以上被害を受けないように服従ないし、反抗の意思が無いように見せかけたりするのは当然の行動だし野生のポケモンがよくとる行動だったりするのも事実。実際にガラル第二鉱山でもカジリガメたちは最終的には逃げるようにボクから離れていった。

 

 けどここにいるポケモンたちは明らかに違う。

 

 レベルだけで言えば正直あのガラル第二鉱山で戦ったカジリガメと同じくらい……いや、中にはそれよりもレベルの低いポケモンだってたくさん視界に入っている。そして三対多数とはいえ、トレーナーが指示を出し、洗練された動きによって戦う高レベルのポケモンが後れを取る理由なんてない。ここまで実力差があれば野生のポケモンだって勝てないことを悟って引くのが普通だ。もちろん例外はいると思うけど少なくともここにいるポケモンたちはとてもじゃないけどそんなに気性が荒かったり、負けず嫌いな個体がいたりするわけじゃない。なのになぜこんなにも粘ってくるのか。

 

「いくらなんでも粘りすぎです。中にはもう戦闘不能状態で体を小さくする個体がいてもおかしくないです」

「ポケモンって自分の命の危機が迫ると体を回復することだけにエネルギーを使うために体をものすごく小さくするんだっけ?」

 

 このポケモンの特性はかなり昔に研究されているし、この特性を利用して作られたものがモンスターボールだ。知っている人は知っているポケモンの不思議な特性の一つ。

 

「でもそれは最終手段だしその状態になるってことは、本当に命の危険って意味だからそこまでは追い込みたくないんだけど……」

 

 こちらとしてもそれは最終手段だ。けどあちらはそんなことお構いなしに攻めてくる。中には自傷ダメージがあってもお構いなく……いや、むしろボクたちは基本攻撃技を振っていないため相手のダメージはもっぱら自滅ばかりだ。こんなことは初めてだから余計にわからない。

 

(なんでこの子たちはこんなにも死に物狂いで戦っているんだ……?)

 

 これだけ頑張るってことはそれなりの理由がないと説明がつかない。

 

(だとしたら、もしかしてだけど今重要なのはここで彼らと戦う事じゃなくてどうして彼らはこうなっているのかを考えて根本的なことを対策しておいた方が確かなのかな……)

 

 少し遅すぎるかもしれないけどボクたちがここからちゃんと撤退するにはここで根本的解決をしておかないとその行動に移すことができないし、ここに採掘に来るのは今日が最後じゃない。この後のことを考えても早急にこの問題は解決するべきだ。

 

「キルリア!!つらいかもしれないけど『ひかりのかべ』を強くして受けることだけを考えて!!」

「キ……キル!!」

 

 息を切らせながらも指示に従って今までにないくらい強力なひかりのかべを展開してくれるキルリアに感謝。

 

「ユウリ!サイトウさん!!もう少し行ける?」

「きついけど……勿論!!まだ大丈夫!!」

「わたしもまだまだ行けます!!」

 

 アブリーとゴーリキーがひかりのかべで対処しきれないものをしっかりと抑えてくれる間に高速で頭を回転させていく。

 

(相手をよく観察して……何かないか……相手のおかしいところ……)

 

 戦っているポケモンをしっかりと見て情報を整理する。行動。技。立ち回り。あとは……

 

(ハトーボーにオンバット、コロモリ、チェリムにチェリンボ、マラカッチ。そしてヒポポタスにゴビット、ヤジロン……)

 

 戦っているポケモンを順番に見て今度は奥にいるポケモンを見ていく。そして奥に控えてかすかに見える震えているようにも見えるかげ……

 

(奥で震えているのは戦っているのが自分の家族や親だから?だとしてもここまでは……)

 

 さらに視線を凝らして奥の影を見る。そこには震えているポケモンの中に混じって横になっているチェリンボの姿……

 

(あれ……そういえばそもそもなんでここに()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 さくらんぼポケモンとサクラポケモンであるチェリンボとチェリムは本来なら木の上に生活して生きているポケモンだ。陽の光を浴びるためにそういったところに生息しているのに陽の光の当たらないところに自分から足を向ける必要性はもちろん一切ない。となると当然洞窟になんて生息しているはずがないわけで……。

 

(そう考えるとおかしなポケモンが目についてくる……)

 

 さっき挙げた中だとハトーボーとマラカッチがそれに該当する。

 

(本来生息しないはずの場所にいるポケモン。その結論はすごく単純だ。間違いなく今まで住んでいた場所に住めなくなったからそこから避難してきたという事……その原因もまた物凄く単純で外が今、止まない猛吹雪に見舞われているから。でも……)

 

()()()()()()()()

 

 これだけだと体感まだ三十点くらいの答えにしか届いていない。

 

(もっと深く考えて……)

 

 もっと分析して考えてみる。

 

 そもそもなぜこの洞窟に移動しようと考えたのか。さっき猛吹雪が吹いているからではと結論だてたけど、実際のところポケモンの生命力はボクたちが想像しているよりもはるかに強い。チェリムで例えるなら陽の光を浴びていないときだと花びらをたたんだいわゆる『ネガフォルム』と言われる状態になるんだけど、この状態の花びらの強度は実はかなりすさまじく、図鑑説明にもある通り弱点であるひこうタイプのポケモンが攻撃する程度では全然意に介さないほどだ。軽い弱点攻撃なんて跳ね返してしまう。となると、吹雪にさらされるだけではもしかしたらネガフォルムになるだけで簡単に耐えきってしまうのではないだろうか?この辺は推測の域になってしまうけど軽い弱点攻撃を跳ね返すことができるのなら、自然に発生する吹雪なんて耐えられるのが普通なのでは?という結論はあながち間違えてもいない気がする。

 

(ましてやワイルドエリアなんて過酷な状況に身を置いているポケモンならなおさらだ)

 

 預かり屋にいる人たちが吹雪に対策を取って、暖かかったり、暑い時も暖房器具をあらかじめ準備していたところからわかる通り、ワイルドエリアに居を構えている人は対策なんてできて当たり前だ。それをより苦しい環境下で住んでいるポケモンが対応できていないはずがない。そんなポケモンがじゃあなんでこんなところまで移住しているのか。いや、移住せざるを得ない状況になっているのか。

 

(もしかして……()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

「っ!?」

 

 頭の中に何かが駆け巡る感じがする。何か大きなカギが一つ解けたようなそんな気が……

 

(そうだよ、考えてみたらそれこそ簡単だ!!ここにいるポケモンはひこうタイプ、くさタイプ、じめんタイプ……みんなこおりタイプが弱点のポケモンじゃないか!!)

 

 こおりタイプのポケモンによる意図的な長期間の強烈猛吹雪。それならこの季節外れの時期による謎の長時間猛吹雪も説明がつく。本来ワイルドエリアは数時間で天候が変わるほど気候の荒い場所だ。コロコロ変わる気候はそれだけ厳しい自然で柔軟な対応が求められる。しかし逆に言えばそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()ということにならないだろうか?

 

 頭の中でまとめていくとどんどん納得がいってしまう。

 

(くそっ、もっと早く気付けるはずじゃないか!!)

 

 自分が思う以上に単純すぎる答えだ。そこまで頭が回らなかったことにむしろ疑問が残るくらいだ。

 

(じゃあこの吹雪がこおりポケモンによる意図的な攻撃だとして、奥で倒れている子はおなかが減っていたからだと思っていたけど……もしかして吹雪ダメージももらってて本当に動けない状態なのか……)

 

 そしてもう一つ、実は気になっていたこと……

 

(この子たちのレベルの低さ……)

 

 ここハシノマ原っぱはワイルドエリア全体で言えばかなり北の方。それはつまりレベルの高い個体が多く存在する場所という事だ。にしてはいま襲ってきているポケモンたちのレベルが低すぎる。もっと高くてもいいはずだ。

 

(おなかがすいてて傷も負っているなら野生のポケモンならオボンのみやオレンのみ、フィラのみといったきのみを摂取して回復する。ならこの状況で()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 その答えは恐らく1つ。

 

(食料や回復アイテムをこの子たちの保護者がとってきているのでは?そしてここにいる個体はみんなその子供の個体。それならば!!)

 

 あまりレベルが高くないのも、生存本能がまだ甘いのも、ここを死に物狂いで守る個体と奥で震えているだけの個体がいるのもものすごく納得がいく。

 

(ということは今はこの子たちの親はこの猛吹雪の中体を張って食料とかアイテムを探してきていることに……この状況で……?いや、だってこの子たちの親ってことは親のタイプだって……)

 

 全員こおりタイプに弱いはず。そんな中で外に出てしまえばどうなるか。ましてやボクたちがこの洞窟に入って採掘して、そしてここで彼らとバトルを続けている間もずっときのみを探しているのだとしたら……

 

「ユウリ!!サイトウさん!!今すぐ洞窟の入り口を見てきて!!」

「「……え?」」

 

 いきなりのボクの発言に意味が分からずハテナを浮かべる2人。けど詳しく説明している時間が物凄く勿体ない。だから簡潔に素早く!!

 

「この子たち、多分子供の個体だ!!きっと今親が食料を探しに行ってるんだ!!だから戦い方や本能がまだ甘い!!だとしたら……」

「フリアの考えが当たっているなら、もういい加減親が帰って来て来るかもしれないってこと!?」

「するとわたしたちは……っ!?ゴーリキー、下がって!!」

 

 ボクたちの言葉に焦りを感じた野生の子たちがここに来てさらに攻撃の手を強める。これはまずい!!

 

「このままだと私たち挟まれて逃げ場が無くなっちゃう!?」

「わたしが先に駆けて道を空けておきます!!ですから2人は……」

「違う、そうじゃないんだ!!」

 

 やっぱりユウリもサイトウさんも、果ては野生の子たちまで勘違いを起こしている。説明の時間が圧倒的に足りなさ過ぎて攻撃を凌ぎながら伝えるのが難しすぎる。

 

(こうなったら一か八か……!!無理やり野生の子たちに敵意はないことを伝えるしかない!!)

 

 幸いこちらは受けたり抑えたりすることしかせず、あちらを傷つける行動はとっていない。行動しだいでは誤解がとけるかもしれない。そのためにも……!!

 

(あのチェリンボがカギ!!)

 

「キルリア!!」

「キル!!」

「フリア!?」

「フリアさん!?」

 

 ボクが前に走り出しながらキルリアの名前を呼ぶと、キルリアがボクの心を読み取って何をしたいのかを把握し、一緒に走り出してくれる。ユウリとサイトウさんが驚いているけど申し訳ないが今はとにかく野生のポケモンたちを落ち着かせることが先決だ。

 

 目の前のハトーボーとコロモリが放ってくるかぜおこしをキルリアがひかりのかべで防ぎ、真正面から突進してくるオンバットを、キルリアを抱えながらスライディングでくぐり抜ける。すぐさま起き上がり前に走り出すと他のポケモンが立ちはだかったり技を構えたりで通せんぼをしようとしてくる。

 

「キルリア!!『マジカルリーフ』!!」

「キル!!」

 

 空中に出来上がる草の塊たち。ちょっとやそっとじゃ壊れないこの塊を今度はボク自身の足場として次々と飛んでいく。カブさんとの戦いでキルリアがしてくれたことのモノマネだ。

 

(天井が低いせいでかなり動きづらいけど……今はこれしかない!!)

 

 マジカルリーフの足場によるパルクールを終え、チェリンボの姿がはっきりと見える。

 

(もう少し!!)

 

 最後に立ち塞がるのはゴビット。小さな、けど確かな勇気を携えた戦士は少し怯えながらも拳を構える。けどボクもここは引けない。そのまま前に走るボクを見てゴビットはシャドーパンチを構え、恐る恐る放ってくる。

 

「あぐっ!?」

「フリア!!」

「フリアさん!!」

 

 腕で防いだとはいえポケモンの力で放たれた強力な技。物凄く痛いし痺れるし、何よりも反動で後ろに飛ばされる。それはつまりゴビットと今まで切り抜けてきたポケモンたちの間に倒れることを意味し、すぐにボクを囲む包囲網が完成する。ようやく足を止めたボクにトドメをささんと構えるポケモンたち。

 

「いっつつ……凄い連携……あっという間に囲まれたや……」

「フリア!!すぐ助けるから!!」

「けどこの距離は……っ!!」

 

 ユウリたちが援護に入ろうと慌ててこちらに駆けてくるけど間に合いそうにない。けど……

 

「キルリア〜っ!!」

 

 ボクの叫び声に全員がハッとしてチェリンボの方を見る。するとそこにはキルリアが飛んで向かっている状況があった。ボクがゴビットに殴られた瞬間もう片方の腕でキルリアを前に投げておいた。故に起きたこの状況。

 

 ボクの周りにいたポケモンたちが踵を返してキルリアの方に駆ける。

 

 だけどボクを包囲することに時間を使ってしまった今、もう間に合わない。その間にもキルリアとチェリンボの距離がいよいよゼロになろうとしている。 そしてついにキルリアの拳が届く距離に到達した時……

 

「今!!キルリア、『()()()()()()()』!!」

「キル!!……キル〜」

 

 キルリアから癒しの水が放たれてチェリンボを優しく包み込んでいき、減った体力を回復していく。

 

 チェリンボの顔がみるみる良くなっていくのが遠目から見てもわかり、チェリンボが攻撃されると勘違いしていた野生のポケモンたちはみんな呆然として立ち止まる。

 

(今のうちに……っ!!)

 

 痛む右腕を何とか持ち上げてキルリアのもとへ駆けつけチェリンボの容態を確認する。

 

「こうして近くで見ると酷い凍傷の痕……待っててね。すぐに手当てしてあげるから。キルリア、そのまま『いのちのしずく』を維持してて」

「キル!!」

 

 急遽始まる応急手当に野生のポケモンたちが何が起きているか分からずにタジタジになってしまう。あれだけ激しかった戦いが急に止んだことによって一気に静かになる洞窟。その間に後ろから近づいてくる足音。恐らくユウリとサイトウさんのものだろう。

 

「フリア、大丈夫!?」

「右腕、かなり腫れていますが大事無いですか?」

「これくらいなら平気。それよりも2人にお願いしたいことがあるんだけどいい?」

 

 ユウリとサイトウさんに右腕のことを指摘された瞬間痛みを自覚してジンジンと熱を帯び始めるけど今はきっとボクのことを優先していい時じゃない。ユウリは明らかに悲しそうな、そして心配していそうな表情をしており、サイトウさんも目のハイライトを戻し、憂いの表情を浮かべている。この2人にそんな表情をさせてしまっていることが本当に心苦しいけど、グッとこらえてお願いを述べる。

 

「今すぐ洞窟の入り口を見てきて欲しいんだ」

「それは……私たちだけで脱出しろってこと?」

「ううん、違うよ。むしろちゃんとここに戻って来てくれないとちょっとボクが困るかも……」

 

 一瞬ユウリの顔が悲しみから怒りに変わったけど違うとわかった瞬間ほっと安堵の息をこぼす。

 

 さすがにここで先に帰らせたら怒るじゃ済まないことはボクだって理解出来る。逆の立場なら多分ボクも怒るからね。

 

「では、なぜ入り口の確認を?彼らの親が帰ってくるのであればここで待てばいずれ来るのでは……?」

「そうなら嬉しいんだけど……多分違う。ボクの予想が正しければ……」

 

 サイトウさんが至極真っ当な答えを返してくれる。けど、もしボクの予想が当たっているのだとしたら……この吹雪の中、長時間こおりが苦手なポケモンが危険とわかっていてなお外に出ているのだとしたら……

 

「洞窟の入り口で怪我しているポケモンが沢山いると思う。だから、そのポケモンたちを連れてきて欲しいんだ。その子たちも、手当てしてあげたい」

 

 最悪の場合、命を落としているかもしれないから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




旅仲間

フリア→ユウリたちは旅仲間。一緒にいるの楽しい。
ユウリ→フリアは先輩であり目標でありいつか追いつきたい存在。隣に立ちたい存在。
という感じの差。
フリアくんは初めての後輩という存在にいまいち考えや感覚が回ってなかったりします。
この辺はサトシとショータみたいな感じです。

吹雪

というわけで実は自然発生では無い。かもしれないです。
引きこもっているポケモンの時点で少しタイプに偏りあるって思った方は意外と多そうな気もしてます。
では原因は……?

死にものぐるい

お母さんやお父さんが帰ってくると信じて自分のいる場所を守る。
そりゃ死にものぐるいにもなりますよね。

パルクール

フリアくんの意外な運動神経。
前の預かり屋でも手すりに腰掛けて滑って降りてたりと意外とアクティブです。
さすがにスーパーマサラ人には勝てないと思いますが……




真夏に吹雪の話を書くのは少し変わってるなぁと……
いえ、異常気象なだけで実際の時間軸は冬では無いですけどね。
しっかし暑い……早く秋にならないかなぁ。


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38話

 フリアからのお願いで洞窟の入り口へと足を向ける私とサイトウさんは、少し小走りで向かっていた。理由は今も尚チェリンボや他の野生のポケモンを治療するために腕の傷を無視して作業に没頭しているフリアが心配だから。

 

 野生のポケモンとの耐久バトル中だと思ったら急に走り出して今度はチェリンボの治療を始めてしまうという、はたから見たら全く意味のわからない行動。正直なんであんなことをしたのか、私でも理解はまだできていない。

 

「フリアさんに指示された通りに入り口に向かっていますけど……本当に怪我したポケモンなんているんでしょうか?戦っていた相手を急に癒し始めるのもよく分かりませんし……」

 

 それはサイトウさんも同じ考えらしく、指示には従ってくれているものの、その顔は納得はしていないという表情だ。従ってくれている理由も、おそらくはフリアが実力のある人だということが噂として広がっているから……だと思う。

 

「私もよく分からないよ……でも……」

 

 思い出されるのは走り出す直前のあの考え込む表情。思考の渦に潜り込み、周りの音なんて何も耳に入らないほど集中していたあの瞬間。横目でちらりと確認したけど、合間合間に見える驚愕の顔は間違いなくなにかに気づいた顔だった。いつも突拍子もないことを思いついたり、まさかの方法で状況を打破する作戦を思いつくフリアはこういった考え事においてかなりの力を発揮することは実体験からよく知っている。だから今回もきっと……

 

「フリアはなにか重要なことに気がついたんだよ。それで私たちにお願いした。なら、きっとフリアが言ってることは正しくて、それを何とかできるのは私たちだけなんだ。だからこうやってお願いしてくれたんだよ。……私はフリアを信じてる」

「……凄く、仲がいいのですね」

 

 並んで走りながら会話している中、ふと視線を感じたので横を見ると微笑ましそうな表情でこちらを見るサイトウさんと目が合う。戦っていた時の鋭く冷たく、ハイライトの消えた目から一転、私よりも背が高いけどその瞳から感じるものは歳相応……いや、ある意味少し大人に見えるような優しいというか輝いて見える瞳をしていた。その瞳でじっと見つめられるのがなんだか心を見透かされている気がして恥ずかしく、ついつい視線を逸らしてしまう。

 

(何も後ろめたいことないのになんでだろ……?)

 

 若干熱い頬を手で仰ぎながらそれでも速度は落とさずに走っていく。

 

「うん。仲はいいよ?実は出会ってまだ数週間程なんだけどね?まるで昔から知り合っていたかのようにフリアってみんなと仲がいいの」

「ホップ選手とマリィ選手、でしたっけ?」

「うん!!……そう言う話をすれば、マリィも出会ってまだまだ日が浅いや」

「それでそこまで信用出来るんですね……なんだか羨ましいです」

「サイトウさんはそういう人はいないの?」

「わたしはずっと修行の毎日でしたから……同門の人というのであれば沢山いますが、友達と呼べるような人は……いえ、1人いましたか……」

「え、誰々!?」

 

 正直自分から聞いておいてちょっと失礼かもしれないんだけど……サイトウさんは知り合ったときから雰囲気と言い自己紹介と言いあまり仲がいい人がいるというイメージがわかなかったりするからとても意外に感じてしまった。そんなサイトウさんの仲のいい友人。気にならないはずがない。思わず食いつくように聞いてしまったけど……

 

(フリアの手持ちにかくとうタイプのポケモンがいるってわかった時のサイトウさんも同じくらいの食いつき方してたから別にいい……よね?)

 

 前の方にいたため全部の会話が聞こえていた訳では無いけど、ほんの少し聞こえた範囲で推理するとどうやらフリアがシンオウ地方を旅していた時に手持ちにかくとうタイプがいたらしく、かくとうタイプを好んで使っていると思われるサイトウさんにとって物凄く気になる話題だったんだと思う。私がサイトウさんの立場でも多分、興奮しちゃうと思うから。けど……

 

(私がまだ知らなかったことを教えて貰ってるの……なんでだろう、少し面白くないなって思っちゃった……)

 

 少しこの胸に残るしこりのようなものがなんなのか……よく分からないけど、あまり気分のいいものでは無い。なんでこんなことを思っちゃうのか、よく分からないけど……それよりも今はサイトウさんの話を聞こう。

 

「昔から付き合いがある子ですよ。少し……特殊な事情がありますけどね」

「?」

 

 少し苦笑いを浮かべながらそういうサイトウさんの表情は、それでもどこか懐かしむような、暖かな表情をしていた。そんな顔にこちらまでもが暖かくなってしまい頬が緩む。きっとその人は彼女にとってとても大事な人なのだろう。

 

「私もその人に会って見たいなぁ」

「……会えますよ。いずれ、ね?」

「そっか……ならその時を楽しみにしておこっと」

 

 新しい楽しみができたところで肌を刺す冷たい風が少し強くなった気がした。恐らくこの洞窟の入口に帰ってきたということだろう。サイトウさんもその事に気づいたのかお互い顔を見終わせて頷き、スピードを早める。だんだんと強くなる冷たい風に確信を得ながら進んでいくと、とうとう白い光が射し込んでる場所を見つける。

 

(フリアの言葉が正しいのなら……)

 

 徐々に近づいてくる真っ白の光は、けど本来ならもっと強く洞窟内に差し込んでくるはずなのに少し陰りを見せている。まさか、と思いながらさらに足を早めて入り口に到着。相変わらず外は猛吹雪で見てるだけでこちらが凍えそうな気分のなるが、今はそれどころじゃない。

 

「これは……っ!?」

「酷いですね……」

 

 ケンホロウ、ココロモリ、チェリム、オンバーン……他にも何匹かが洞窟の入り口にてきのみを大切そうに抱えながら倒れていた。すなわち、この状況は……

 

「フリアが、言ってた通りだ……」

 

 予め聞いていたたくさんのポケモンが倒れているというフリアの予想がピタリと当たったということだ。

 

 勿論、さっき話した通りフリアの言葉は信頼してるし、疑う余地もない。けどこうやっていざ真実と対面するとやっぱり彼の凄さが浮き彫りになっていく。

 

 改めてフリアの凄さを認識したと同時に倒れている野生のポケモンに近づく私たち。ふとさっきの野生のポケモンたちみたいに襲ってくるかもなんて想像したけど、それすらできないほどに衰弱しているらしい彼らは、横目で確認はしてきたものの、それ以上のアクションは何も起こしてこなかった。

 

「酷い凍傷……早く治してあげないと……」

「急いでフリアさんの下に運びましょう。わたしたちだけではここにいる全員の治療は無理です。わたしがポケモンたちを運ぶのでユウリさんはきのみなどを。もしかしたらフリアさんの治療に役立つものが混じってるかもしれません」

「うん。それはいいんだけど……サイトウさん一人で運べる……?」

「心配には及びませんよ。わたし、こう見えてもちゃんと鍛えているので……それに……出てきなさい!!」

 

 サイトウさんの呼び声に出てくるのは青色のくねくねした体が特徴のオトスパス。黒と白の体色をした巨体を持つゴロンダが現れる。既に呼ばれているゴーリキーも並んでいるため物凄い圧力がある。

 

「頼りになる仲間がいますので。安心してください」

「……うん、わかった」

 

 本当なら私も手伝いたいところだけど、私は力には自信が無いし、私の手持ちも純粋な力という点では少し怪しいのでここは素直に任せることにする。

 

 チェリムみたいな軽く、人でも持てそうなポケモンはサイトウさんやきのみをカバンに詰め込んだことによって手が空いた私、そしてラビフットも手伝って運び出し、オンバーンのような大きく重いポケモンはオトスパスやゴロンダが体格と力を生かして持ち上げていく。

 

「さぁ、急いでいきましょう」

「うん!私が先行するからアブリー、殿よろしくね?」

「リリー!!」

「先行は私と……エレズン!!」

「エレ!!」

 

 懐から取り出したモンスターボールからエレズンを呼び出してそばに控えさせる。

 

「よし、できる限り急いで、だけど傷を負っているポケモンに刺激を与えないように行こう!!」

 

 私の言葉に返事を返しながら、ちょっとした小隊が先ほどの場所へと大移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、こっちはこれくらい大丈夫かな……?」

「見事な手際ですね……わたしの道場にも、練習で怪我をする人が多いためか医療に明るい方が何人か控えていますが……下手したらその方よりも迅速なようにお見受けします……どこかで師事を?」

「シンオウ地方を旅していた時に周りの仲間がみんな破天荒だっただけだよ。こういった応急手当は割と得意だけど流石にこれ以上の治療ってなると専門の人に劣っちゃうよ」

「だったらまず自分の体を大事にして!!ほら、早く腕!!」

「わ、わかったって……すぐ出すから……ってちょ、引っ張らないで!?いたた!?」

「あ……ご、ごめん」

 

 あれからチェリンボのほかにも、足止めの戦いで自傷で傷ついてしまったポケモンたちを全員応急手当したところで親のポケモンたちがユウリとサイトウさんの手によってこちらに運ばれた。やっぱりそちらも長時間猛吹雪にさらされていたせいか凍傷がひどく、運んでいたサイトウさんやサイトウさんのポケモンたちも冷えたポケモンに長く触れていたせいか少し震えていたので布で巻いてとにかく温めてあげ、マトマのみなどの辛みの強いきのみで作った体が温まるものを食べさせてあげたりした。本当は火を焚いてあげたいんだけど……こうも天井が低く、通気性もあまりよろしくない場所だと逆に自分の首を絞めかねないのであまりしたくないなぁというのが本音だ。

 

 傷ついた親がさっきまで戦っていたユウリ達によって運ばれてきたからそこでまたひと悶着起こりそうだったけど、そこはアブリーとマホミルによるフェアリーコンビであまいかおりを放って何とか抑え込むことができた。そこから急いでケンホロウやチェリム、オンバーンたちの応急手当を施して、体を擦ったりして温めてあげてを行いたった今終わったところだ。

 

 そして冒頭に戻るというわけなんだけど……

 

 治療することに集中していたせいかアドレナリンドバドバで痛みを一切感じず、調子に乗ってそのまま治療行動を終えた結果、ゴビットに殴られた瞬間の時よりもはるかに痛々しくはれ上がっている右腕に大変身。進化していないとはいえ流石ポケモンだし、そもそもゴビット自体が物理攻撃が得意なポケモンだ。そりゃ痛いに決まっている。むしろ骨折とかまで行かずに腫れただけで済んでいるあたり、あのゴビットは根はとてもやさしいポケモンなのかもしれない。

 

「とにかく、まずは冷やさないと……」

「こんな吹雪の中冷やさないといけないってなんか憂鬱かも……」

「我慢!!……ごめんね、私たちがもっと早く気付いていられたら……」

「あはは、そこはボクも説明不足だったし仕方なかったかなって」

「しかし、まだわからないことが多いです。できればあなたが気づいたことについてご説明をいただきたいのですが……」

 

 腕を冷やしてもらいながら包帯などで固定をユウリにしてもらう。その間にサイトウさんに聞かれたボクが気づいたことを説明しようと口を開きかけたその時。

 

 

 ぐううぅぅ……

 

 

「……ユウリ?」

「ち、違うよ!?確かに最近私すごく不本意だけど食いしん坊キャラが定着してきててこういう時いっつもおなかがなっちゃうのはわかるよ!?けど今回は私じゃないもん!!」

「はいはい」

「う~!!フリアのバカ~!!」

「いだだだだ!?ユウリ!?締め付けすぎ!!痛いってば!?」

「あ、あの~……」

 

 ユウリがいつものパークスキル、食いしん坊を発動していると思いいつも通りにいじっているとどうやら本気で違うみたいで怒り心頭のユウリ。その代わりにとばかりに隣でサイトウさんがおずおずと手を上げる。

 

「……もしかして?」

「……はい。今のおなかの音は恥ずかしながらわたしのものです……申し訳ありません」

「あ、いやぁ……サイトウさんは悪くないよ。なんだかんだで二時間近く戦っていたわけだし、採掘とかしてた時間を考えると……」

「なんでサイトウさんと私でこんなにも扱い違うの……?」

「ほ、本当にごめんなさい……」

「もう……うぅ、やっぱりもうちょっと食べるの抑えた方がいいのかな……でもフリアの見せるポフィンとかすごく美味しいし……

 

 なんだかユウリが凄くうなっているけどこれ以上関わると余計に怒らせてしまうような気がしたのでとりあえず放置しておいて……

 

「ここから預かり屋に帰るのもつらいと思うからここで簡単なもの作っちゃおうか。火はあまり使いたくないんだけど……そこはラビフットの火力調整とアブリーたちにかぜおこしでしっかり換気してもらうしかないかな……これでうまくいけばいいんだけど……」

 

 危なそうならすぐに中止して火を使わなくても大丈夫な料理と持ってきているポフィンで何とかしよう。材料に関してはケンホロウたちが持ってきたきのみがあるので足りないなんてことはなさそうだしね。

 

 そうと決まれば早速とりかかろう。手早く鍋や包丁などの調理器具を準備してささっと簡単に作れるカレーの準備。

 

「わたしも手伝いましょう」

「わ、私も……」

「じゃあサイトウさんは必要な材料を切ってくれる?ユウリはお皿の準備」

「「了解」」

 

 とりあえず二人とも手伝ってくれるとのことなので軽い指示も出しておく。特に、今のボクは利き腕が機能していないので包丁などの取り扱いは他人に任せるしかないのでサイトウさんに出す指示は細かくしていく。そんな中簡単な仕事しか任せられなかったユウリはちょっと落ち込んでたけど……ごめんね。君に包丁を持たせると現場が血で染まりそうだから……

 

 手分けをした甲斐があったのか順調に作業も進んでいき、換気もうまくいっているから一酸化炭素で~なんて危ないこともひとまず大丈夫そうだ。

 

(う~ん、こうやっていい匂いがし始めるとなんだかユウリじゃなくてもおなかが鳴りそうだね。早く完成させて皆のおなかを満たせてあげられたらいいんだけど……ん?)

 

 色々考えながらカレーを作っているとふと横から視線を感じたのでそちらを見ると、野生のポケモンたちがこちらをじっと見つめていた。当然と言えば当然で、吹雪で満足に食料が手に入らないところに流れてくるおいしそうなにおいにつられない方がおかしいというものだ。けど、先ほど戦っていたことがかなり尾を引いているのか、警戒心が全く消えることがなく全然こちらに近づいてくる気配がない。仕方ないと言えば仕方ない。けど……

 

(このままはさすがに生殺しが過ぎる……)

 

 おなかが減っている人の目の前でおいしい匂いだけに追わせて食べさせないのは一種の拷問だ。材料提供だって半分くらいは彼らからもらっているんだからお礼としてぜひとも還元してあげたいんだけど……

 

「かなり警戒心が高いですね……」

「無理もないよ……二時間も戦った挙句、大切な家族が傷ついて帰ってきてるんだもん。むしろいま襲われていない方が奇跡なんじゃあ?」

「そこに関してはフリアさんが治療していたことが大きいのでしょう。あの行動のおかげで少なくとも敵だとは思われていないようです」

「けど、それじゃあ根本的な解決にはならないんだよねぇ……よし、ここは……マホミル!!」

「ミュ?」

 

 近くをふわふわと飛んでいたマホミルに声をかけてポフィンの入った袋を渡してあげる。

 

「『あまいかおり』でみんなの警戒心を解いてあげたらこれを一緒に食べよって誘ってくれる?それができたらここにあるの全部みんなで食べていいからさ」

「マミュミュ!?」

 

 まるで本当にいいの!?と言わんばかりに目をキラキラさせてくるマホミル。

 うん、すごくかわいい。

 

「今なら特別にこの飴細工も許可しよう!!」

 

 さらにカバンの中からエンジンシティで貰った飴細工を追加で取り出してマホミルにプレゼントするとよほどうれしいのかまるで舞を踊っているかのようなはしゃぎっぷりを見せてくれる。

 

「ブイブイ!!」

「はいはい、イーブイも欲しいのはわかったから……じゃあイーブイもマホミルの『あまいかおり』を『まねっこ』でものまねして手伝ってあげて?できる?」

「ブイ!!」

 

 了解と敬礼をしながら野生のポケモンに走っていくイーブイとマホミル。

 

「大丈夫かな……」

「上手くいくといいのですが……」

「大丈夫だよ」

 

 少し不安そうな声を上げる二人に対して自信満々に答える。慣れない左手での作業に少し苦戦しながら視線を向ければそこは、最初こそ少し警戒されていたものの、マホミルとイーブイが放つあまいかおりと独特の柔らかい空気に絆されてすぐに心を溶かして接近を許してしまう。そのまま手をつなぎ、楽しそうに踊った後にそっとポフィンを渡し仲良くご飯としゃれこんだ。ポフィンも最初は怪しんでいたものの、イーブイとマホミルがとてもおいしそうに頬張るものだからそれにつられてみんな食べ始め、気づけばポケモンたちによるお菓子パーティのようなものが始まる。マホミル、イーブイ、チェリンボ、チェリム、マラカッチが踊りだし、ハトーボー、オンバット、コロモリが楽しそうに歌い、ヒポポタス、ゴビット、ヤジロンが揺られてさらに踊りだす。その一角はこんな環境でありながら、まるでポケモンコンテストで演技をしているかあのような華やかさがあった。

 

「うわぁ……」

「凄く楽しそうですね……」

「ね?大丈夫って言ったでしょ?」

 

 ボクの言葉に視線を向けずに頷く二人。その視線は楽しそうで、きらびやかで、幻想的な宴に釘付けとなっていた。いつしか親ポケモンたちも体力が回復し始めたのか目が覚め、会場の中心で踊っているわが子を見て微笑ましそうに頬を緩めていた。勿論起きているところを確認してすぐにマホミルがお給仕に走っているのですぐにポフィンを配られている状態だ。何気にそのポケモンがどんな味が好きなのかを瞬時に見抜いてお給仕しているマホミルに地味に驚く。流石クリームポケモンだけあってそういうのを機敏に感じ取る何かでもあるのかな?

 

(とにもかくにも、みんな元気になってよかった。早くご飯作ってみんなの空腹も満たしてあげないとね)

 

「ゴゴ……」

「ん?」

 

 そのためにも焦げ付いたりして味が台無しにならないようにしっかりと混ぜているところに横から掛けられる声に気づきふと横を見るとそこには一匹のゴビットがいた。少し下を向きながら少し申し訳なさを感じるその声を聴いてもしやと思い、混ぜるのを近くにいたジメレオンにお願いしてゴビットに視線を近づけるためにしゃがむ。

 

「君、もしかしてあの時のゴビット?」

「ゴゴ……」

 

 うつむきながら肯定するゴビット。どうやらボクの右腕を殴ってしまったことに少なくない後悔を感じているようで……

 

「謝りに来たの?」

「ゴ!ゴ!」

 

 物凄い勢いで頭を下げるゴビットなんだか微笑ましさがあふれ出てしまい、思わず左手を伸ばしてしまう。叩かれると思ったのか、ゴビットは少し震えてしまう。怯えさせたことは少し申し訳ないななんて思ったけどそのまま手を頭にのせてゆっくり撫でてあげる。

 

「よく謝れたね。えらいえらい。君はやっぱりすごく優しい子だ」

「ゴビ……」

 

 ゆっくり頭を撫でてあげると驚いたように顔を上げるゴビット。予想外だったのか暫く固まっているけど、そんな軒にせずに撫で続ける。

 

「ボクは気にしてないから大丈夫だよ。ほら、これあげるから皆と一緒に遊んでおいで?ご飯できるまでもう少し時間がかかるからさ」

「……ゴビ!!」

 

 ありがとうと返事をしてそのままみんなのところに走って戻っていくゴビット。

 

(うんうん。やっぱりみんな楽しくないとね)

 

 いつの間にかユウリもサイトウさんもボクの手持ちも、ポケモン皆が集まって始まる小さなどんちゃん騒ぎ。その光景を眺めながら。ボクはご飯の仕上げをゆっくりと進めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サイトウ

少し……というかがっつりオリジナル展開に持っていきます。
というか彼女自身わからないこと多いので好き勝手やろうかなって



広い所ならともかく狭い洞窟で火をたくのはやめましょうね




世間は盆休み……いいなぁ


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39話

「う~ん、満足!!やっぱりフリアの料理はおいしいよ~……」

「大変美味しかったです。治療もできて料理もできてポケモンバトルも強い……控えめに言ってかなり万能な方なのでは……」

「……そう考えたらフリアってかなり優良物件なのかな……」

「人を売り物みたいに言わないでほしいんだけど……」

 

 二人からの評価を素直に受け取って良いのかよくわからなくて思わず苦笑いを浮かべてしまう。あれからとりあえず何の危険もなくカレーを作り終えてみんなに配膳。仲良くご飯を食べ終わり片付けも完了。あんなに警戒心マシマシだった野生のポケモンたちは今やみんなボクたちの手持ちのポケモンと楽しそうに遊んでいる。特にみんなの警戒心をほぐすのに一役買っていたイーブイとマホミルの周りはさらに賑やかで、今も一番人気のアイドルみたいな空気になっている。

 

(うんうん。やっぱりみんな元気が一番だよね)

 

 出会ったころのようなピリピリした空気なんてこの子たちには似合わない。勿論今が危機的状況っていうのはわかってはいるけど、だからと言って常に気を張っていたらいざという時疲れちゃうからね。特に今なんかはボクたちがしっかりと安全を確保してあげられる状態なんだから、今まで苦労した分しっかりと甘えてほしいし休んでほしい。

 

(この吹雪が意図的に放たれている可能性も出てきたわけだしね……)

 

 そうなると元凶をぶっ飛ばさないとそもそも解決しない。元凶が倒れる時期なんてもっとわからないのだからこの厳しい時間がさらに続いてしまう事なんて想像に難くない。

 

「何とかしなくちゃね……」

「うん……」

「フリアさんの考えが当たっているなら……早急に対応した方がいいですからね」

 

 ボクの考えについてはご飯を食べながら二人にしっかりと説明は終わっている。かなり驚かれたし、質問もたくさんされたけど最終的には納得してくれたし、ボクの言う事だからと言って信じてくれた。ちょっとボクへの信頼感強すぎなのでは?と不安になったりもしたけどおおむね安心できた。……少しだけ恥ずかしさも感じたけどね。

 

「とにもかくにも、まずは預かり屋に戻りましょう」

「だね。引きこもって元凶さんが雪を止めてくれるのを待つにしても、カチコミに行って黙らせるにしても、まずは拠点に戻って私たちの無事を報告しておかないと……」

「これでボクたちの捜索隊とか作られて沢山の人がこっちに来ても、それこそいろいろ無駄だし危険だからね」

 

 決して資材が潤沢なわけじゃない。少しも無駄にすることはできないのにそれをボクたちの捜索に少しでも割くのがもったいない、けど、もったいないというのは無事なボクたちだからこそいえる言葉であって、預かり屋で待っている人たちはこちらの状況を知るわけがないからそういう行動に出てしまう可能性が十分にある。預かり屋のオーナーがジムチャレンジャーの無事とか怪我とか、そういうことをかなり気にしていたしね。

 

 食事もとり、食休みも十分に済んだところで腰をゆっくりあげて外に出る準備を進めていく。ボクたちの動きにそろそろ出発する気配を感じたのか、マホミルたちも自然とボクたちの方へと歩み寄ってくる。イタズラ好きだし、遊ぶの大好きで困ったちゃんなところも多々あるけどこういう時は何も言わなくても素直に来てくれるあたり賢いというかありがたいと言うか……

 

「準備はいい?」

「私は大丈夫だよ」

「わたしもです。いつでもいいですよ」

 

 程なくして準備も完了。いざ、預かり屋へ行こうとしてふと後ろが気になり振り向くと、野生のポケモンたちが少し寂しそうな、悲しそうな、縋るような目で見てきた。

 

「凄い見てくるね……」

「わたしたちが離れることに反対なのでしょうか」

「思いのほか懐かれちゃったね」

 

 仲良くなった人が離れるのが寂しいのか、はたまたこの状況で食事を提供してくれた人がいなくなるのが辛いのか……ううん、恐らく両方の意味があるのだろう。そんな見ていて少し胸が締め付けられるような視線。けど、ここで足を止める訳には行かない。

 

「ごめんね?もしまた何かあったら戻ってきてあげるから……ね?」

 

 代表として先頭でこちらを見ていたあのゴビットの頭を軽く撫でながら別れを告げる。渋々といった顔でゆっくりと後ろに下がるゴビットたち。

 

「じゃあね!またいつか!!」

「元気でね!!」

「お体にお気をつけを」

 

 手を振りながら離れていくボクたち。そんなボクたちを見送るように彼らの鳴き声が洞窟にこだましていった。

 

(……できるなら、必ず解決しよう)

 

 その声を背に、静かに決意を固めながらボクたちは歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ただいま~」」

 

 

「大丈夫でしたか!?」

 

 

「「うぐおぉ……耳が……」」

 

 あの洞窟から出て預かり屋へと戻ってきたボクたち。幸いにもまだ夜になってなかった事と、洞窟から預かり屋がかなり近かったこともあり何とか記憶を頼りにすることだけで帰ってくることに成功したボクたちは、五体満足、無事に預かり屋のドアを開き中へと入った。

 

 その瞬間いきなり飛び出るハイパーボイス。その声のあまりの大きさにボクとユウリが耳を抑えながら悶絶しうずくまる。何も気にせずに立っているサイトウさんはもしかしたら鼓膜まで鍛えているのかもしれない……動じないサイトウさんの姿はユウリの目にも入っており、感心したように見ている。

 

「凄いなぁ、サイトウさんは……こんなことがあっても動じないなんて……」

「人をこんなこと扱いとはどういうことですか……ワタクシはもちろん、ここのオーナーだってものすごく心配したのですよ!?」

「セイボリーさん、心配してくれていたの?」

「いえ……そこは……その……」

「……男性のツンデレは需要無いですよ?」

「セイボリーさんがするとなんか笑っちゃうかも……フリアなら似合いそうだけど……

「あなた方への心配を返してくれませんかね?」

 

 いつものノリでセイボリーさんをいじっているけど一応これでも感謝はしている。というかむしろこれは変に心配させないようにいつも通りの空気を作っている感じだ。変に気張らなくていい分居心地がいい。セイボリーさんも何となくそれがわかっているのか深くは言わないし怒らない。本当に心配してくれているのはわかっているしね。これはボクたちなりのお礼だ。……ただ楽しんでいるだけじゃないよ?ほんとだよ?

 

「……あの~」

「あ、どうしたの?サイトウさん?」

 

 そういえば今まで何もしゃべってなかったサイトウさん。確かにボクたちと付き合いがそれこそ一日二日レベルなのでちょっと置いてけぼりだったかもしれない。身内話は楽しいけどほどほどにしないとね。サイトウさんも会話に参加できないのはかわいそうだし……

 

「フリアさん、もう少し大きな声でしゃべっていただけませんか?さっきから何も聞こえないのですが……」

「キルリア!!今すぐ『いのちのしずく』でサイトウさんを癒して!!」

 

 前言撤回。セイボリーさんの大声でおそらく鼓膜がサヨナラバイバイしていたようだ。

 

 おのれセイボリー許すまじ!

 

 とりあえずすぐに回復させることによって何とかサイトウさんも無事元にもどった。

 

 一悶着あったけどとりあえず全員無事にまた集まることができたことを素直に喜び、オーナーさんにも無事を報告を終えたボクたちはひとまず夜を迎えたので今日はゆっくり休むためロビーに集合して、ついでにボクの予想をユウリ、サイトウさん、セイボリーさんに改めて伝えていく。

 

 この吹雪が意図的に発生していること。

 

 洞窟で出会った野生は子供で、親がきのみを探していたこと。

 

 特にセイボリーさんに向けては初めての説明なのでしっかり細かくと。ずっとボクたちの無事を心配していた彼には知る権利があると思ったからここはちゃんとしないとね。

 

「成程……言われて思い出してみたら確かにあの洞窟にいたポケモンはみんな氷タイプが弱点でしたね……チェリムなんかはその固い花びらで身を守れるはずですし、その考えは当たってそうですが……」

「でも偶然こうなった可能性はあるよね?」

 

 ユウリの言う通り、ここまで筋の通った説明こそしているもののあくまでこれはボクの予想でしかないし妄想乙なんて言われたら反論の仕様が一切ない。そのレベルで証明がされていない。チェリムに関してだってボクは別にくさタイプに精通しているわけでもないのでチェリムの防御力を過大評価しているだけかもしれない。ヤローさんに聞けばそこのあたりをしっかりと教えてくれるかもしれないけど……

 

「う~ん、フリアを信じているのは本当だけど……」

「まあ、ユウリの言いたいことはよくわかるよ」

 

 動くにしても確実な情報が欲しいってことだと思う。これで万が一にもただの偶然でしたなんてことになったら目も当てられない。ワイルドエリアが気候が変動しやすいのなら、ワイルドエリアが永遠と同じ天候なのはありえないのでは?って意見もワイルドエリアにわかであるボクからの意見だしね。でも……この件に関しては証明はできる。

 

「じゃあ確かめてみよっか?」

「どうやってですか?」

「それはもちろん……」

 

 サイトウさんからの言葉に自信満々に答えてボクが懐から取り出したるは……

 

「……」

「えっと……フリア?」

「ごめんユウリ、ロトムフォン借してください……」

「うん、珍しくフリアがポンコツだなって」

「うぐっ」

「なんだか新鮮でちょっと嬉しかったけどね」

「あ、あんまり言わないで恥ずかしい……」

 

 言の()が胸に突き刺さる。違うんだよ。ボクの周りの人みんながみんなロトムフォンを使っているもんだからボクのロトム図鑑もロトムフォンと同じ効果を持っているんだって勘違いしただけなんだ……。取りえず恥ずかしい思いをしながらもなんとかロトムフォンを借りることに成功。そのままとあることを検索していく。

 

「借しておいてなんだけど……何に使うの?」

「ああ、なるほど。確かにその手がありましたか……」

「え?なになに!?なんのこと!?」

 

 サイトウさんと声を出さないのかセイボリーさんも気づいた様子。けどここはちゃんと説明していこう。

 

「人伝いで聞いただけなんだけど……ロトムフォンってロトムが入っている分電波が強力らしいんだよね。まあ代償として値段とかもべらぼうに高いみたいなんだけど……」

 

 その電波はたとえこの吹雪の中でもネットにつなげてしまう程。ただのラジオやテレビはもちろんこの悪天候で阻害されてしまうため預かり屋の機材では情報が収集できない。けどロトムフォンならこんな中でも調べられる。

 

「そしてもう一つ。ワイルドエリアの天候は確かにこまめに変わる厳しい環境だけど()()()()()()()()()()()()()()()

 

 実際に毎朝のニュース番組で予報が流れているのはこの目で見ているし、ボクたちがここに来るまでにも一応エンジンシティで一回確認は取っていた。

 

「うん。やっぱり今日のワイルドエリアの天気予報、ハシノマ原っぱは曇ってこそいるけど雪なんて予報は出てない」

「ほんとだ……でもあくまで予報だし……」

 

 勿論ユウリの言っている通り、これは天気予報なので外れることは往々にしてあるけど……

 

「なら過去をさかのぼってみる?」

 

 この吹雪は数日ずっと続いている。けど過去の天気予報を見てしまうと晴れと曇りの羅列しかない。確かに天気予報は外れる可能性だってあるかもしれないけど……

 

「いくら何でも、こんなに外し続けるのはおかしくないかな?」

「これは……」

「嫌がおうにも納得させられますね」

 

 これでこの吹雪が意図的に起こされたという証明にはなっただろう。そうなると次に浮上する問題は……

 

「では次の問題ですね。いったい誰の仕業なのか……」

「普通に考えて……というか、ここまで強力な吹雪を出すとなるこおりタイプのポケモン以外ありえないですよね……」

 

 セイボリーさんとサイトウさんの言葉に頷く。ふぶきという技自体はたくさんのポケモンが覚える。具体的に言えばこおりタイプのポケモンだけでなくみずタイプのポケモンだってほとんどが習得でき、ほかにはゴーストタイプやノーマルタイプにも覚える個体が多かったりする。しかしポケモンは基本的に自分と同じタイプの技でないと本来の威力を十全に発揮できない。自分のタイプではない技はどうしても本家に比べて劣ってしまうのだ。つまりはこの何日も続く猛吹雪を起こしているのは必然的にこおりタイプのポケモンと言いうことになる。ただ……

 

「ひとえにこおりタイプって言っても数が多いですね……」

「ラプラスにバリヤード、バリコオル、オニゴーリにユキメノコ、グレイシア……特性のゆきふらしを考慮すればユキノオーとキュウコンまで候補に入ります。こうしてみるとワタクシの予想以上ですね」

「ガラル地方ってフリアに言われて初めてそうなんだって思ったけど割と寒冷よりの地方だからこおりタイプのポケモンが生きやすい地域なのかも……」

「弱ったなぁ……」

 

 ここにきてまさかの壁。一部ボクの知らない名前が混じっているけど三人が何気なしにあげるということは全員こおりタイプという事なのだろう。とすればかなりの数だ。せっかくここまで来たのに絞り込めない。

 

「う~ん、もっと大きなヒントがあれば……」

 

 結構いいところまで思考が回ってきたもののここで停滞。四人でうんうんうなって考えるものの時間だけが刻一刻と過ぎていく。気づけばあと一時間もすればまた日付が変わってしまうところだ。

 

「だめだ、今日は思いつかないしここら辺で一回休もう。この辺のことはまた明日考えるってことで」

「異議無し!あたまつかいすぎてつかれた……」

「普段体を使うことが多いので慣れてないせいか肩に疲れが凄いたまりましたね……」

「ワタクシもいまはゆっくり休みたいです」

 

 満場一致の休憩。今日一日でいろいろ起こったため体は本当に疲れを訴えてきている。瞼もかなり重くなってきた。

 

(そう考えると今までしっかりと起きて議論できていたことが奇跡なのかも……)

 

 なんて思いながら瞼を擦り自分たちが寝る場所に移動していく。もう消灯準備も完了しているのかかなり暗くなった室内を進んでいく。ふと外を見れば相変わらず見ているだけで凍えそうな猛吹雪。正直もう見飽きてしまった。

 

(この景色も何度見ても変わらないし……)

 

『ハミュハミュ……』

 

「ほえ?」

 

 マンネリ化してきた景色にため息をつこうとした瞬間に耳に入ってきた謎の声。

 

「ねえ、誰か何か言った?」

「「「?」」」

 

 三人に聞いてみても返答は芳しくない。

 

(確かにここにいる人の声ってよりかはどこかポケモンの鳴き声っぽいように聞こえなくもなかったけど……)

 

 けどどこを見てもポケモンがいそうなところは……

 

「もしかして、外?」

 

 外の吹雪を見ていた時に聞こえたということは普通に考えて外にその正体がいるということで、こんな猛吹雪の中に外にいるポケモンとなると……

 

「まさか、元凶!?」

 

 慌てて窓の外をのぞき込みくまなく探していく。夜のとばりと猛吹雪の中で視界は最悪だけど声が聞こえたということはそんなに遠くにいるとは思えない。

 

(きっとこの窓から見える範囲にまだ……)

 

 目を凝らしてよく見る。

 

『ハミュハミュ……』

 

「「「!?」」」

「また……聞こえる」

 

 今度はユウリたちも、聞こえたみたいで一緒になって窓ガラスに近づき外を探してくれだす。あまり近すぎると冷たくなるし、ひとたび触りなんかすれば、氷のように冷えてる窓ガラスに手がくっついて離れなくなるので適切な距離は保っているけど、全員食い入るように外を見る。

 

「……いました!!そこです!!」

 

 サイトウさんの言葉に弾かれるようにして首を動かす。サイトウさんが指を差すのは窓から見える木の根元。よくよく視線を凝らしてみればそこには積もっている雪に混じって物凄く見づらいものの、確かに白色の小さなポケモンが見えた。日々体を鍛えて、体調にも気を使っているサイトウさんの視力だからこそ捉えられたその姿。

 

「っ!!」

「あ、ちょっと、フリア!?」

 

 ユウリの制止の声を振り切って急いで走り出す。先程の木をしっかりと記憶に刻み込み、自分を包み込んでいた甘く、だるい眠気を蹴っ飛ばして外へ飛び出す。

 

 お昼外に出た時以上に寒く、肌を刺すような痛みを厚く羽織ったコートといつも以上に多く巻いているマフラーでしっかりと身を包んで守り、先程の木の下へダッシュ。

 

 預かり屋をぐるりと回り込んで窓から見えていた景色にたどり着いたボクはすぐさま記憶と同じ場所の木に近づいて……

 

「……いた!大丈夫!?」

 

「ハミュ……」

 

 力なく鳴く、白くてお餅みたいにフニフニしていて、けどそのやわらかそうな体を氷の殻で覆ったとても可愛らしいポケモンが、辛そうに横たわっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハミュハミュ!」

「元気になったみたいだね。よかったよかった」

 

 あの小さい白色のポケモンを助けた後、軽いご飯と傷の手当てをして一晩寝かせた次の日。目を覚まして様子を見に行くと元気そうに鳴く白色の小さなポケモンが目に入った。

 

「ハミュ!!」

「ありがとうって言っているのかな?どういたしまして、()()()()

 

 この小さなポケモンの名前は調べたところユキハミというらしい。こおりタイプとむしタイプを複合したポケモンらしく、普段は洞窟の壁や天井に張り付いていたり、木や地面に積もった雪の中に潜んでいて人前に滅多に出てこないポケモンだという。ようは昨日みたいに地面に転がっている所を見つかるのは稀だということだ。

 

「あ、昨日のお餅ちゃん!!元気になったんだね!!」

「かなり弱ってましたからね。ご無事で何よりです」

「いきなりフリアさんが飛び出した時は、ワタクシハラハラしましたけどね」

 

 ユウリたちも、起きてきたみたいでいつものメンバーが集合。3人とも昨日のことが気になっていたみたいだ。

 

「ハミュハミュ!!」

「ははは、元気だね〜。よしよし」

「ハミュ〜……」

 

 頭を軽く撫でてあげると気持ちよさそうに声をあげるユキハミ。かなり人懐っこい性格みたいだ。

 

「しかしユキハミ……この辺りでは少し珍しいポケモンですね……」

「そうなの?」

 

 この辺りの生態系は詳しくないのでセイボリーさんの言葉に素直に耳を傾ける。

 

「本来ならげきりんの湖というところに沢山住んでいたはずです。だからと言ってこの辺に全く居ないかと言われたらそうでは無いですけどね」

 

 サイトウさんが引き継いで説明をしたおかげでさらに詳しく知ることができた。しかし……

 

「このタイミングでこんな都合よく珍しいこおりタイプのポケモンが来る、ねぇ?」

 

 まぁ当然ながら怪しさ満点だ。ただ強いて疑問をあげるとするなら……

 

「この見た目でこんな大技放てるのかなって疑問はあるけど……」

 

 大きさでいえば30cmほど。片手で全然持ち上げられるほど軽いし、ポケモンの中ではかなり小さく可愛らしい見た目のこの子に、少し失礼かもそれないけどそこまでパワーがあるようにも見えない。これでじつはとんでもない力を秘めているって可能性もあるから断言は出来ないけど……

 

「それはこの子は進化を残しているからですね」

「あ、そうなんだ」

 

 サイトウさんに言われて図鑑ですぐさま検索。するとほどなくしてロトム図鑑がユキハミの進化系であるモスノウの説明をする音声が流れる。

 

 

 モスノウ。こおりがポケモン。こおり、むしタイプ。野山を荒らすものには容赦しない。冷たい羽根で飛び回り、吹雪を起こして懲らしめる。

 

 

「う~ん、なんというか……」

「図鑑説明からしてものすごいあからさまだね……」

 

 吹雪を起こして懲らしめる。

 

 この一文のせいで思考ロックに入っちゃいそうなレベルであやしくなってきた。タイプもこおりタイプだし、もっと図鑑説明を深く読むとこのモスノウ、羽の温度はマイナス180℃まで下がっていくとか。その状態から本気で吹雪を放っていると考えれば成程、この連日の猛吹雪も説明がつく。

 

「ふむ、十中八九モスノウが原因と考えてよさそうですかね」

「となるとこの吹雪を止めるためにはこの吹雪を起こしているモスノウを倒して……」

「ハミュ!?!?」

「わわ!?ユキハミ!?」

 

 話がだんだん元凶のような気がするモスノウをどう退治するかへシフトしていく中、突如騒ぎ出すユキハミ。どうもボクたちの言葉を聞いてというよりはロトム図鑑に載っているモスノウの姿を見て騒ぎ出したかのように見える。だけど今は大事なお話し中。どうにかして落ち着いてほしいから何とかしてなだめようと試みるも……

 

「ちょ、ちょっとユキハミ?落ち着こう?ね?」

「ハミュ!!ハミュミュ!!ミュウミュウ!!!」

 

 興奮状態で話を聞いてくれそうにない。まるで何かを訴えかけているかのように暴れるユキハミ。

 

「ハミュミュ!!ハミュ!!」

「ユキハミ……」

 

 そのユキハミの目は、どこか焦りと悲しみを帯びているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鼓膜

キルリアが治しているけどこれって実際どうなるんだろう?()

ロトムフォン

ポケモン使っているなら電波強そうだなって理由で割と勝手に考えました。
でも実際強そうですよね。ただ値段ものすごく高そうですけど……
これ流通してるとなったらいったい何体のロトムが……

ワイルドエリアの天候

リアルではスイッチ本体の時間を変えた人がまとめているみたいですね。
私は変えたことがないのでわからないんですが……ここでは予報士がいる設定で。

ユキハミ

みんな大好きもちもち三銃士の一匹、ユキハミちゃんです。
ポケモンスナップでも可愛かったですよね、

モスノウ

ようやく吹雪の犯人と思わしきポケモン登場。
こちらもこちらで人気がありますよね。
確かに綺麗で私も好きなポケモンの一匹です。




今更ですけど地味に人によって一人称の書き方変えてますけど……見やすいですかね?

ユウリ→私
サイトウ→わたし

単準に文だけでキャラ区分けできるか私の文才だとあやしかったのでちょっと見分けやすいようにこうしてます。

そして感想見て思ったんですけど……シンオウ地方って意外とかくとうタイプ少ないんですね。
調べてみたら想像以上に少なくて『これは特定されそう』と思ってしまった……
まあバレてもいいんですけどね。
私は書きたいように書くだけなので。
これからもよしなにです。


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40話

なんだかんだで40話
定期更新が4日に1話なのでこれで160日……まだまだ頑張りたいですね。


「……よし、準備はこれでいいかな」

「私もできたよ!!」

「こちらもいつでも行けます」

「はぁ、ワタクシとしては危ない橋は渡りたくないのですが……」

「ハミュミュ!!」

「わ、わかったからボクの袖を咥えて引っ張らないで!?」

 

 ロトム図鑑のおかげで元凶の可能性があるポケモンがわかったボクたちは、ユキハミの様子からもしかしたらモスノウの所まで案内してくれるのでは?という考えの下、ユキハミと協力をすればこの吹雪を止めるチャンスかもしれないという結論に至り、この吹雪の中を探索する決意を固めていた。勿論、こんな猛吹雪の中長時間の捜索は自殺行為を超えたバカなのでしっかりとどうするかの段取りは入念に決めて……。

 

「あまり遠くに行くと帰って来れなさそうだからね……」

「まあ、いざと言う時はワタクシのセイボリーテレポートでみなさんをここに戻してあげますよ」

「あれって本気で走ってるだけだよね?」

「それは言っちゃダメだよユウリ」

 

 下手をすれば命を落とす可能性があるとはいえ、ボクたちの心は存外平穏なものだ。やっぱり一人じゃなく、みんなで行動するというのが不思議と安心感を保っていられる原因だと思う。何よりも頼りになる味方だしね。

 

「あなたたち、本当に行くのね……」

 

 外へ行く準備も終えていよいよ出発しようとしたところでこの預かり屋のオーナーさんが来る。心配そうな表情でこちらを見てくるオーナーさんは、できる限り無茶はしてほしくなさそうにしていた。採掘の件があってすぐのことだから心配する気持ちはよくわかるんだけど……

 

「はい。解決の兆しが見えているのに何もしないなんてできませんから。それに……」

 

 思い出されるのは洞窟の中で身を寄せ合って震えていた野生のポケモンたち。住処を追い出されて、凍傷を負って、空腹にもなって……いつ倒れてもおかしくない状況でも生き抜こうとしていたあの子たち。そして別れの時に浮かべていたあの寂しそうな表情……

 

「ここで放っておけるほど、人間出来ていませんから」

 

 絶対に助け出したい。ユキハミも助けてって言ってるようにも見えるから余計にだ。この決意はボクだけじゃなくて、周りを見てみると言葉こそ発しないもののユウリもサイトウさんも……セイボリーさんはよくわかんないけど……とにかく全員この状況を打破するために立ち上がっている。オーナーさんの気持ちもよくわかるんだけど……申し訳ないけどここは譲れない。そんなボクたちの意思はもう変えられないと判断したオーナーさんはあきらめたような表情をする。

 

「……はぁ、わかったわ。その代わり、絶対に全員無事に帰ってくること。いいわね?わたしは……いいえ、わたしたちはみんなあなたたちのジムチャレンジを楽しみにしているんだから……」

「勿論です」

 

 ボクだってこんなところで倒れるわけにはいかないし、倒れるつもりもない。ジムチャレンジがまだまだ残っているのはもちろんだけど、それ以上にコウキとジュンとの約束を果たせていないまま倒れるなんて絶対にするわけにはいかない。

 

「ごめんなさいね。昨日の事と言い、今回のことと言い、本当ならわたしたち大人がするべきことだとは思うんだけど……わたしバトルはそんなに強くないし、ここを離れるわけにはいかないから……」

「私たちがやりたいからしてるだけなんで気にしないでください」

「それに、オーナーさんにはここにいる人たちの安全を守るという大事な仕事がありますので」

 

 ユウリとサイトウさんの言葉に申し訳なさそうに、それでも少し救われたような表情をするオーナーさん。

 

「せめて、こんなことしかできないけど……頑張ってちょうだい」

 

 そういいながらオーナーさんが渡してくれたのは四人分のお弁当だった。決して多くない備蓄のなかから作ってくれたのだと思うととてもうれしい。

 

「わぁ!ありがとうございます!!」

「大事にいただきます」

「ミス、オーナー。感謝を」

「本当にありがとうございます」

 

 四人そろって頭を下げ、大切にカバンの中にしまう。

 

「あなたたちの無事を祈っているわ。行ってらっしゃい」

「「「「行ってきます!!」」」」

「ハミュ!!」

 

 オーナーさんの激励を受け、ボクたちは白銀の世界へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ、ぐぅ……分かってはいたけど……やっぱり寒い……」

「昨日も味わっているとはいえなれませんね……」

 

 ボクの言葉に賛成の意を込めながらついてくるサイトウさん。ユウリとセイボリーさんも体を震わせながらついてくる。

 

「うう、オーナーさんからカイロ貰ってなきゃもう凍え死んでるよぅ……」

「ですが……これから元凶のもとへ行くとなるとこの吹雪が強くなるのは想像に難くないですよ」

「うへぇ……いやだなぁ……早く解決したい……」

「どちらにしても短期決戦じゃないとボクたちの体力が持たないからそのつもりだけどね……。だからユキハミ、お願いね?」

「ハミュ!!」

 

 ビシッという効果音が聞こえてくるようなはっきりとした鳴き声を発した後におそらくユキハミがつれていきたいであろうモスノウのもとへ進み始める。

 

 

 

 

 ……秒速一センチくらいの速度で。

 

 

 

 

「フリア、私凍え死んじゃう。やっぱり預かり屋にもどろ?」

「流石にこの速度では元凶にたどり着く頃にはわたしも凍えてしまいそうです……」

 

 見た目からそうだろうなぁとは思ったけど素早さの遅いユキハミを見て絶望するユウリと流石に耐えられないという顔をするサイトウさん。セイボリーさんも顔を青くしているけど、これは確かに到着するまでに死んでしまいかねない。

 

「う~ん、仕方ない。ユキハミこっちにきて」

「ハミュ?」

 

 地面を一生懸命走っているユキハミをそっと持ち上げて、帽子の上に乗せる。

 

「ハミュミュ!!」

 

 まるで高い高いをされて喜ぶ子供のような反応を見せるユキハミに思わずほっこりしてしまうけど今は一刻を争う状況。すぐさまユキハミに指示を出す。

 

「ユキハミ、糸を吐くことはできる?」

「ハミュ?」

「君の糸をボクたちが進むべき方向に吐いてほしいんだ」

「ハミュ!!」

 

 ボクの言葉を理解してくれたユキハミがある方向に向かって真っすぐに冷気の混じった真っ白な糸を飛ばしてくれる。流石にゴールまで届くわけではないので途中で垂れて地面に落ちてしまうけど、少なくともこの糸をたどっていけば間違いなくゴールへは最短距離で行けるはずだ。しいて問題を上げるならユキハミがはなっているため糸に冷気が混じっており、これを手に持つとものすごく手が冷たいという事だろうか。しっかりと手袋をつけて 冷えないようにしないとね。

 

「これでちょっとは早く行けるはずだよ」

「流石フリア。頼りになる~」

「しかし、手の方は大丈夫ですか?かなり冷たいと思われるのですが……」

「これくらいなら平気だよ。シンオウ地方でも寒い時は多かったしね」

 

 耐えられるわけではないけど慣れてはいる。ならここはボクが一番適任だと思う。

 

「さぁ、行こう」

 

 みんなが後ろからついてくる気配を感じながら雪の積もった少し歩きづらい道を進んでいく。あまり体力を使いたくないため自然と口数は少なくなっていき、吹雪もどんどん強くなっていく中それでも着実と進んでいくボクたちは、いつの間にか進む速度が上がっていたのかかなり体温が高くなっていくのを感じていった。

 

「うぅ、なんだか少し暑いかも……」

「おかしいですね……元凶に近づいているのならどんどん寒さはきつくなっているはずなのですが……わたしも体温の上昇を凄く感じます……」

「というより気温も上がっているような……これ……上着脱いでもいいですかね……」

「ちょ、みんな!?」

 

 言われてみると確かに体温はおろか、気温そのものの上昇を感じるし正直無茶苦茶熱く感じる。

 

(けどこの症状って……)

 

 シンオウ地方には雪山や雪原地帯が多く、当然寒い地域がかなりを占めており、それ相応に凍傷と低体温症のニュースや話なんてものは割とよく聞く。そんな中でも今のみんなと似たような症状の話を聞いたことがある。

 

 矛盾脱衣

 

 色々と人間の体の機能とかを詳しく説明しないと正確なことは伝えられないから今は省略して大雑把に言ってしまうけど、簡単に言ってしまえば体温調節がバグってものすごく寒い中なのに暑く感じてしまい服をどんどん脱いでしまうという異常行動のこと。勿論実際に体の温度が上がっているわけではなく、自分の体温が上がっていると錯覚しているだけなんでそんな中で服を脱いでしまえば当然のごとく凍死してしまう。実際に裸の状態で凍死した死体が見つかったという話なんてたくさんあるからね。とにかく、みんながその症状になっている可能性がある。けど……

 

(でもあれって少なくとも長時間寒い場所にさらされないとならなかったはず……いくらなんでも早すぎるような……)

 

「どうしたのフリア?フリアも早くそんな暑苦しい上着取れば?」

「いやいや、それは錯覚で実際のところはそんなに暖かくなんてなって……」

「そうなのかな?でも吹雪はもう止んでるよ?」

「……え?」

 

 ユウリに言われて空に……いや、空に目を向けなくてもわかる。いつの間にか視界はだいぶクリアになっており、地面を見ると雪はたくさん積もっているのに空を見ると全然雪が降ってなく、むしろ太陽が燦々と輝いて雪から反射した光がまぶしいくらいだ。ただ後ろの方を振り返ってみると、自分たちが歩いてきた道は吹雪で見えなくなっている。

 

 ある地点を境に晴れと雨に分かれる馬の背分け雨みたいになっている状況なんだけど吹雪と晴れでこうなるのはさすがにワイルドエリアといえど……いや、ワイルドエリアならありえそうなのが怖いところ。でもそれなら今ボクたちがたっているこの場所に雪が積もっていたらおかしいと思う。

 

「なんで……?」

 

 純粋な疑問。大前提として竜巻の中心に飛び込んでいくようなものなんだから近づけば近づくほど強力になるのは当たり前だ。今回もそのつもりで歩いてきたんだけど……

 

「台風の目みたいにど真ん中は影響がないとか……?」

「にしてはまだまだ糸が続いているんだよね……」

 

 持っている糸を軽く持ち上げるとユキハミが吐いてくれた糸の道はまだまだ続いている。ここが中心というにはいささか遠すぎる。

 

「とにもかくにも、この先にいることに変わりはないのです。後ろが吹雪で閉ざされている以上預かり屋の吹雪が治まっていることもないでしょう。ワタクシたちがやることは何も変わらないです」

「そうだね……よし、先に行こう」

 

 確かにこの現象には少しの気持ち悪さを感じるものの、ここでボクたちが足を止めていい理由にはならない。ユキハミに確認のための糸を再度吐いてもらい着実に元凶のもとへと足を運んでいく。

 

 預かり屋から出て数十分……いや、何時間かは経っているかもしれない。かなり長い間歩いたボクたちはユキハミの糸を頼りにようやく怪しい所にたどり着く。

 

「ここ、だね……」

「ここって……巣穴?」

「ハミュ!」

 

 ユキハミの糸がダイマックス巣穴のふちに張り付いていた。ということはここにモスノウがいるという事だろう。けど……かなり気になる点がある。

 

「何ですかこの巣穴。中から感じる空気がむちゃくちゃです」

「ええ。ぬるい風、熱い風、寒い風……その3つがものすごい勢いでローテーションされている感じです。寒暖差が激しすぎてそれだけで頭がくらくらしそうですね……」

 

 セイボリーさんとサイトウさんが言う通りここから流れてくる風の温度がむちゃくちゃだ。変わる周期が一秒未満の間隔のせいでそんなにここの入り口に立っているわけではないのにすでに気持ち悪さをひしひしと感じてしまう。

 

「ハミュ!ハミュハミュ!!」

 

 けどユキハミはこの先にいるんだと言わんばかりに叫ぶ。その叫ぶ声は預かり屋にいたころと比べるとかなり焦っている声に聞こえる。

 

(元凶がいる場所がまさかこんな魔境だったなんて想定外もいい所だよほんと……けど、ここまで来たらあとは簡単なはず!)

 

 中に入って元凶を吹っ飛ばす!それだけだ。

 

「よし、行くよみんな!!」

「「「ええ!」」」

 

 後ろからついてくる気配を感じながらボクが先導する形で中に入っていく。ここから先はユキハミの糸も通りにくいし、そもそも一本道にも見えるこの道だと道案内そのものが必要なさそうに見える。

 

 ダイマックスエネルギー特有の赤のような紫のような、独特な光で照らされた巣穴の中を慎重に進んでいくボクたち。するとその途中でちらほらとここに住んでいるポケモンたちの姿も見えてくる。

 

 ダイマックス巣穴と呼ばれるこの巣穴は、別にダイマックスポケモンしかここにいないというわけではない。というか数だけで見れば普通サイズのポケモンの方が暮らしている数は圧倒的に多い。まあそこは当たり前というかダイマックスした個体ばかりだとここが怪獣大戦争になってしまう。これはボクたち人間が、この巣穴からダイマックスエネルギーの放出をたくさん観測でき、かつそのエネルギーを吸収してダイマックス化現象を起こすポケモンをよく発見するからそう呼んでいるだけであって、ポケモンたちからしてみればただ過ごしやすいだけの巣穴というだけだ。

 

 また、ダイマックス巣穴に生息するポケモンはタイプが偏る傾向にあるらしく、この巣穴はむしタイプが好んで住む巣穴のようだ。もっともその中でもこの巣穴はかなり偏りがある方みたいだけど……

 

「この巣穴……ユキハミとモスノウしかいない……?」

「この子たちによって縄張り化してますね……そんなにこの巣穴の環境が気に入っているのか、はたまたユキハミ族にとって心地いいのか……」

「ですが……ユキハミたちの表情がそこはかとなくつらそうにも見えますが……」

 

 サイトウさんの言葉を聞きながら改めてユキハミたちの表情を見ると確かに苦しそうだ。けどその理由は割と簡単に予想できそうだ。

 

「それはそうだと思うよ。だってこおりタイプの巣穴だっていうのに……奥に進めば進むほど温度変化の割合が温暖寄りになっているもの」

 

 吹雪の元凶と思われるモスノウとユキハミたちでありふれているこの巣穴。最初は突入した瞬間外よりも激しい猛吹雪によって追い出されるのでは?なんて予想をしていたけど、ふたを開けてみたら奥に進えば進むほど熱気の方が強くなっている。それに比例してか、洞窟内の温度も上がっており、とてもこおりタイプのポケモンが住んでいるようには思えないような温度にまでなっている。その証拠に既にボクたちの服装も変わっており、上着は完全にしまい込まれている。サイトウさんに至っては腕まくりまでしているため実質半袖みたいな状態だ。それほどまでにこの巣穴の中は暑くなっていた。

 

「一体この巣穴で何が起きてるの……?」

 

 もしかしたらボクの予想よりもやばい状況になっているのかもしれない。

 

 さらに気を引き締めて一歩、また一歩と奥に進むボクたち。

 

「……ハミュ」

 

 迫真の声を上げて前を見つめるユキハミ。

 

 そしてついに巣穴の一番奥と思われる場所につく。そこには……

 

「こ、これは……っ!?」

 

 大きな空間を飛び回るモスノウの群れ。真っ白で美しささえ感じるその舞は一つの芸術となっており、空中を飛び交う吹雪と相まって幻想的な空間になっていた。今が危機的状況でなければ普通にその光景に目を奪われていたことだろう。

 

 しかしそれを真ん中でたたずむものが許さない。

 

 あまたのモスノウが飛び回るその中心。荒れ狂う吹雪の中でもものともしないその姿。ダイマックスを行い、モスノウの群れを吹き飛ばさんばかりの勢いで炎を巻き上げるその姿。

 

 

 

 

 それは白色の体毛に3対計6枚の赤色の翅を携えたポケモン。

 

 

 

 

 火の粉をまき散らしながら悠々と空中にたたずむその姿は他の地方で太陽の化身として伝えられていたポケモン。

 

 

 

 

「ウルガモス……っ!!」

 

 

 

 

 たいようポケモン、ウルガモスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハミュミュ!!」

 

 ダイマックスしたウルガモスと大量のモスノウがぶつかりあう戦場。その中心に向かって叫ぶユキハミはボクの頭から飛び降りて、ある一匹のモスノウに向かって視線を向けていた。向けられたモスノウはおそらくこのユキハミの親なのだろう。こちらのユキハミを見た瞬間に鳴き声を返してくる。

 

「フォォォ!!」

「ハミュミュ!!」

 

 感動の親子の対面……と言いたいんだけどモスノウとユキハミのやり取りの結果ボクたちの存在がウルガモスにばれてしまう。

 

 

『フィイイイイイッップ!!!』

 

 

「っ!?キルリア!『ひかりのかべ』!!ジメレオン、『みずのはどう』!!二人とも全力でウルガモスの技の威力を抑えて!!」

 

 突如叫びだすウルガモスを見て嫌な予感が駆け巡ったので慌ててキルリアとジメレオンを展開。ウルガモスが放ってきたのはねっぷう。相手全体を攻撃する高火力のほのおタイプの技。それがダイマックスによって大きくなったウルガモスから放たれているため、威力こそはあまり変わらないものの範囲がとんでもなく広く、まるでほのおの津波だ。あまり変わらない威力だってウルガモスそのものが強いせいで油断なんて全然できない。

 

「すいません、少し驚いてしまって反応が遅れました。感謝します」

「ありがとうフリア。私も戦う!」

「ワタクシも行きますよ」

 

 場に出てくるゴーリキー、オトスパス、ラビフット、アブリー、ガラルヤドン、ユンゲラー。皆敵の強さをはっきりとわかっているから二体ずつの登場だ。ボクも場合によっては相棒を切らざるを得ないかもしれない。

 

「だけどこのウルガモスを倒せばようやく吹雪が終わるはず!」

 

 モスノウの図鑑説明には『野山を荒らすものには容赦しない。冷たい羽根で飛び回り、吹雪を起こして懲らしめる』とある。ここは野山じゃないけど、この野山を巣穴に替えれば意味は通じる。

 

「あの異常な吹雪はモスノウによって引き起こされたものだけど、モスノウ自身が撃ちたくて撃ったわけじゃなくて自分たちの住処を荒らしてきたウルガモスを追い払うために放っていたっていうこと……だよね」

「だけど、ウルガモスはほのおタイプ。モスノウがもっとも苦手とするタイプ。だからなかなか追い返すことができずに何日も戦い続けていたんだ」

 

 その結果がこの数日続いた吹雪の正体。

 

 ダイマックスウルガモスとモスノウの群れによる戦いの余波が外に漏れていった結果があの吹雪というわけだ。

 

 なぜ吹雪だけ外に漏れたかは、おそらく中心にあって吹き飛ばすように放たれているか、外を覆うように攻撃が飛んでいるかの違いだ。中心を渦巻くほのおが周りの雪や冷気を外に吹き飛ばしていたため外側にある吹雪だけが外に漏れて外が吹雪に見舞われる事態に。逆に近づいてしまえばほのおの方が威力やタイプ相性的に強く残るので熱くなってくる。

 

 この吹雪はモスノウが自分の家を守るために放っていたものだ。

 

 そしてボクたちの前に現れたユキハミが助けを求めてきた理由でもある。

 

 ならばその家を攻撃してくるウルガモスがおとなしくなればモスノウが吹雪を撃つ理由もなくなるし、ボクたちをここまで連れてきてくれたユキハミの要望も応えられる。

 

 つまりボクたちがとるべき行動はさっきも言った通り……

 

「やるよ。絶対にこのウルガモスを止める!!」

「「「勿論!!」」」

 

 想像以上に大ごとになっていったけど、このウルガモスさえ止められたら預かり屋の人たちを、あの洞窟のポケモンたちを、ほかのジムチャレンジのみんなを助けることができる。そして……

 

「ハミュ……ハミュ……!」

「ユキハミ……うん。必ず君の家族を助けてあげるからね」

「……ハミュ!!」

 

 今にも泣きそうな声を上げているユキハミも、今戦場で傷ついているユキハミの家族も助けられる。

 

「ジメレオン!『みずのはどう』!!キルリアはサイコパワ―で補佐!!」

「ラビフット!『ひのこ』!!アブリーは『しびれごな』!!」

「ゴーリキー、『ローキック』!オトスパス、『たきのぼり』!」

「ヤドン、『みずのはどう』!ユンゲラー、『サイコカッター』です!!」

 

「「「「フォォォォォ!!」」」」

 

 

『フィイイイイイッップ!!!』

 

 

 荒れ狂う吹雪、燃え盛る熱風。その中でつぶされないように立ち向かうボクたちのポケモン。

 

 それぞれが自分たちの守りたいものを守るための戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




矛盾脱衣

気を付けてくださいね。
シャレにならないので……

巣穴

実機ではここにモスノウが出てくる巣穴はないんですけどむしタイプの巣穴はあるのでまああってもおかしくはないのでは?ということで……

ウルガモス

というわけで真の元凶です。
モスノウVSウルガモスという構図を描きたかったのでこうなりました。
鎧の孤島で追加されたときにも話題になりましたよね。
ポケモンスナップでもウルガモスはすごく良かったので書きたいなぁと思いこうなりました。
ユキハミは戦いの余波と親のモスノウに逃がしてもらうために飛ばされて転がってを繰り返していくうちに預かり屋の近くまで飛んできていたという形ですね。

……でもなんでこんなところにウルガモスがいるんですかね?(ダ○ガ○ロ○パのなん図書風)








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41話

ポケモン情報きましたね。
今からワクワクが止まらなくて言いたいことがたくさんあるんですが、パッと気になること言うならイダイトウ無茶苦茶気になります。

あとはシール復活嬉しい……

戦闘環境はホーム解禁後はグライオンがどうなるかなといったところでしょうか?
ポイズンヒール今の環境来たら間違いなく壊れそうですよね~……


 ウルガモスから飛んでくる超強力なねっぷう。圧倒的な炎の暴力は全てを飲み込まんとするものの、周りを飛び回るモスノウによる特性『こおりのりんぷん』とふぶきによりそこそこ威力を抑えられ、最後にセイボリーさんのヤドンとボクのジメレオンによるみずのはどうとキルリアのひかりのかべにより何とか相殺しきることに成功はしていた。今まで防戦一方だったモスノウ側も最初こそボクたちの存在に対してかなり警戒をしていたものの、そばにユキハミがいた事と、攻撃対象をウルガモスに絞っていたため敵意はないと判断され、今は協力体制にこぎ着けていた。

 

 仲間が増えたことにより相手の攻撃を防げるようになった。ならば次は攻撃だ。

 

 ボクが基本守りの動きをしているため周りのみんなが攻撃に転じている状態。しびれごなでまひを与え、ローキックですばやさを下げ、隙ができ始めたところをみんなで一斉攻撃。訓練も何もしてない即席の行動だったけど、各々が自分のするべきことをしっかりと把握している、とりあえず及第点と言っていいコンビネーションを立てることには成功した。

 

(まずはいい阻害!)

 

 初動は完璧。ただこの行動によりウルガモスからは明確な敵意を向けられる。

 

 

「フィィィ……」

 

 

「「「「っ!?」」」」

 

 ただこちらを見つめたただけ。それなのに体に降りかかる重圧のなんと重いことか。それだけこのウルガモスが強い個体なのだということがいやでも伝わってくる。

 

 

「フィィィィィイイイッ!!」

 

 

 叫び出すウルガモスから放たれるのは緑色の波動。あたり全体に飛び散っていくその波動はキルリアが張っていたひかりのかべを簡単に破壊していく。

 

(むしのさざめき!!火力が高すぎるのとエスパーの弱点をついてきたせいで守りきれない!?)

 

「ゴーリキー!!『いわなだれ』!!」

「アブリー!!『ようせいのかぜ』!!」

 

 しかしその攻撃がこちらに届く前に岩の壁とピンク色の風によって何とか防ぎ切る。

 

「ありがとう!」

「先程護っていただいたお礼です」

「私だって、ちゃんと護れるから!!」

 

 2人に視線を向けると帰ってくるのは好戦的な笑顔。本当に頼もしい仲間だ。

 

「ヤドンは『みずのはどう』を、ユンゲラーは『サイコショック』です!!」

 

 水の塊とエスパーの波動が一緒に飛んでいきウルガモスに直撃。

 むしのさざめきのあとの隙を狙って放った技は正確に相手を射抜く。が……

 

「ちっとも効いている気がしませんね……」

 

 ダイマックスしたウルガモスの体力が多すぎて見た目では全然効いていないように見える。特にサイコショックはともかくとして、みずのはどうはこうかはばつぐんなのにだ。

 

「けどここ数日ずっとモスノウの群れと戦っていたのなら、ウルガモスの体力が満タンということはないはず。これはモスノウたちにも言えるけどこのまま攻めればいつか倒せるはず!!」

「なら1番の前衛はわたしにおまかせを。ゴリーキーのいわなだれなら決定打になるはずです」

「ほのお、むしタイプのウルガモスには最適な技だもんね。私は賛成!!」

「じゃあみんなでサイトウさんの補助をして一撃を叩き込むことを考えよう!!」

 

 みんなが自分のすることをさらに明確化させ行動開始。

 

「ボクも手数増やさないとね……イーブイ!!」

「ブイっ!!」

 

 懐から3体目のポケモン、イーブイを呼び出し行動の幅を増やしていく。この子がいるだけで立ち回りはかなり広がる。理由は……

 

「ウルガモスが攻撃の構え……次来ます!!」

「キルリア、『ひかりのかべ』を貼り直して!!イーブイは『まねっこ』!!」

「キルッ!!」

「ブーイッ!!」

 

 サイトウさんの言葉を聞いてまた飛んでくるねっぷうに対して先程よりもより強固な壁を貼っていく。

 

 これがイーブイの強み。

 

 まねっこによって実質同じ技を連続で放つことが出来るため、こういったダブルやレイドバトルでは無類の強さを発揮する。

 

 二重に貼られたひかりのかべが先程ねっぷうを受けた時よりも安定感をまして余裕で受け止める。

 

「防御は任せて!!」

「「「っ!!」」」

 

 ボクの言葉を聞いた瞬間いっせいに前を見る3人。それぞれがそれぞれのポケモンに指示を出し、その言葉を聞き受けたポケモンがいっせいに走り出す。先行するのはゴーリキー、ユンゲラー、ラビフット、ジメレオン。ねっぷうがひかりのかべを受けきったタイミングを見計らって飛び出した4匹目掛けて三度ねっぷうが飛んでくるが、これを2、2に別れて避け、左右から挟み込むように走り出す。その行動を見てウルガモスは当然挟撃を予想し、むしのさざめきを全方位に放つ。が、こちらも敵の暴れは予想しておりむしのさざめきに対してアブリー、ヤドンがそれぞれようせいのかぜ、みずのはどうで威力を相殺していく。もちろんこの2つでは相殺しきれないが、足りない部分はモスノウがふぶきを放って補ってくれる。モスノウのおかげもあってむしのさざめきが完全に止まり、4匹の距離がさらに縮まる。

 

 一方で攻撃を止められたことに怒ったウルガモスが再びむしのさざめきを構え、全てを一掃しようとする。

 

「ヤドン!!『かなしばり』!!」

 

 が、セイボリーさんのヤドンがそれを許さない。直前の技を縛るかなしばりによって技を封じられたウルガモスが動きを止める。体が縛られる違和感に困惑をするウルガモス。だが野生の本能がここで止まることを拒みねっぷうを構える。

 

「オトスパス!!」

 

 ゴーリキーたちが攻撃するまであと少し距離が足りないというところで地面からあなをほるによって飛び出したオトスパスが下から攻撃を行う。予想外な方向からの攻撃にダメージこそ少ないものの体制を少し崩したせいでねっぷうがあらぬ方向へ飛んでいく。

 

 致命的な隙。

 

 まず飛び込むはジメレオン。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

 

 ウルガモスの顔面に水の塊を叩きつける。

 

「ジメレオン!!『とんぼがえり』!!」

「ユンゲラー、『サイコショック』!!」

「ラビフット、『ひのこ』!!」

 

 みずのはどうがヒットしたのを確認してジメレオンがとんぼがえりで後ろのラビフットとユンゲラーとスイッチング。ジメレオンと交代で前に出た2匹はジメレオンを狙って放とうとしたねっぷうの予備動作を確認し、ユンゲラーは右、ラビフットは左の翅を狙って攻撃。今度はねっぷうを放つことそのものを防がれたウルガモスが激昂する。しかしまだ攻撃動作に入れない。

 

「ラビフット、『でんこうせっか』で離脱!!」

 

 その隙にラビフットがでんこうせっかで下がり、今度はゴーリキーとスイッチング。前に飛び出したゴーリキーが渾身の攻撃を構える。

 

「ゴーリキー、『いわなだれ』!!」

 

 ほのおにもむしにも弱点として刺さるいわ技。さすがにマズいと判断したウルガモスが防御姿勢をとるものの、今までで1番大きなダメージが入る。目に見えて攻撃が入ったことに少し喜ぶボクたち。しかしこの程度で終わるウルガモスなわけがなく……

 

 

「フィィィィィイイイッ!!」

 

 

 叫ぶウルガモス。同時に巻き起こるはぼうふう。しかしこのぼうふう、こちらを攻撃するために放ったのではなく、自分の周りに展開して守るために使い始める。

 

「アブリー、『ようせいのかぜ』!!」

「ヤドン、『ようかいえき』!!」

 

 嫌な予感を感じたユウリとセイボリーさんが慌てて攻撃するもののすぐに風の鎧で防がれるだけでなく、たった今放った技がそのまま反射されてアブリーとヤドンが吹き飛ぶ。

 

「アブリー!?」

「ヤドン!!」

 

 2匹が心配なのは分かるけどそちらに気を向ける暇がない。風の鎧が機能しているのを理解したウルガモスが今度は纏っているぼうふうにねっぷうを混ぜ始めた。ただでさえ強力な鎧が炎によってさらに強化。ウルガモスの鎧が風から炎に変わり、吹き荒れる風によってさらにその火力が上昇され近くにいるだけで被害を受けるほどにまで出力が上がる。それはつまり、さっきまで近接で戦っていたポケモンたちに矛先が向くということで……

 

「ジメレオン!!急いで戻って!!」

「ラビフットも『でんこうせっか』で速く!!」

「ゴーリキーはユンゲラーにつかまって、オトスパスは『あなをほる』です!!」

「ユンゲラー、『テレポート』でゴーリキーを連れて帰りなさい!!」

 

 慌てて退却命令。攻撃後すぐに下がっため既に距離が離れているジメレオンとラビフットはそのまま素早さを活かして走って退却。ゴーリキーは近くにいたユンゲラーによりテレポートで同じく退却成功。しかしオトスパスは技が間に合わず炎の嵐に弾かれる。

 

 今まではひかりのかべや技をぶつけて相殺していたものが一切なく、さらにねっぷうとぼうふうという災害のような組み合わせに巻き込まれたオトスパスが勢いよくこちらに吹き飛んでくる。

 

「オトスパス!!」

「ジメレオン、みずでクッションを!!」

「ヤドンも手伝いなさい!!」

 

 急いで展開したみずのクッションで何とか受け止めきるものの、オトスパスは目を回してダウンしていた。

 

「お疲れ様です……ゆっくりお休みを」

 

 オトスパスをボールに戻しながら労うサイトウさん。特にダメージも疲れもなかったオトスパスが一撃で落とされた。その事に対してかなりの驚きがあるがいちいち反応していられない。炎の鎧をどうにかして剥がさないとここからはウルガモスに対してダメージすら通らない。今もモスノウたちが必死にふぶきを当てているものの全く効果がない。

 

 

「フィィィィィイイイッ!!」

 

 

 防御が完成したウルガモスが次に行うのは勿論攻撃。また飛んでくるであろうねっぷうに備えてひかりのかべをさらに強化しようとするが……

 

「フリアさん、この構えはねっぷうではありません!!この構えは!!」

「まず!?キルリア、イーブイ!!すぐに壁を張って!!ジメレオンも『みずのはどう』を最大出力で!!」

「ヤドンも『みずのはどう』で援護を!!」

 

 飛んでくる技が何か気づいたセイボリーさんもすぐにフォローをしてくれる。しかしそのすべてを吹き飛ばす攻撃が飛んでくる。

 

 

「『ダイバーン』が来る!!」

 

 

 ウルガモスから飛んでくるキョダイな火の玉。全てを焼き尽くす圧倒的な火力が飛んでくる中、はりめぐらせた数多の防御策。しかしそのすべてをねじ伏せるがごとく圧倒的火力が飛んでくる。あまりの火力にモスノウたちも危機を感じて吹雪で援護をしてくるもののそれらもすべてのみこんでしまう。

 

「よけて!!」

 

 みんなに大声で叫んだ後に慌てて右に飛び込む。それぞれの手持ちのポケモンと一緒に左右に分かれた結果、右にボクとサイトウさん。左にユウリとセイボリーさんの組み分けになたった。左右に分かれたボクたちの間にひかりのかべを打ち壊しながら落ちていくダイバーン。なんとか技はよけられた……と思ったのだが……

 

「ヤドン!?」

 

 素早さの高くないヤドンが逃げきれずに巻き込まれてしまう。

 

「ユンゲラー!!」

 

 セイボリーさんの指示のもとユンゲラーが急いでテレポートを行い倒れているヤドンを救い出す。遠目から見た限りだとまだ戦闘不能まではいっていないが大けがを負っているのかほとんど動けそうにない。これでひかりのかべやみずのはどう、ふぶきで減衰してなかったらと思うと鳥肌がたってしまう。しかし安心しているだけの時間はない。ダイバーンが炸裂したということは天候が晴れに変わるという事。そしてバトルフィールドが晴れるということはほのおタイプの技がさらに強くなるという事。

 

 

「フィィィィィイイイッ!!」

 

 

(まずい、『ねっぷう』がまた飛んでくる!!)

 

 しかも今度は今までの威力ではなく、晴れによって強化されたねっぷう。ただのねっぷうすらギリギリ防げるくらいだったのにここにきてさらに威力の上がったねっぷうを受け止めるのはほぼ不可能だ。

 

「キルリア!イーブイ!ジメレオン!またお願い!!」

 

 だからといって何もしないとヤドンの二の舞だ。攻撃を受けるにしても少しくらい威力を削らないと全員一気にやられてしまう。ひかりのかべとねっぷうがまたぶつかるが今までと違って明らかに押されるのが早い。ねっぷうの威力が上がっているのとみずのはどうの威力が晴れの効果によって下げられているのがあまりにもでかすぎる。

 

「私も手伝います!ゴーリキー、『いわなだれ』です!!」

 

 ひかりのかべが割れたタイミングでちょうど間に岩の雨が降り注ぎ、何とか炎を受け止める。

 

「ありがとう!助かった!!」

 

 4匹のポケモンによりようやく止まるねっぷう。しかし……

 

「きゃああ!?」

「ぬぐぅ!?」

「ユウリ!セイボリーさん!!」

 

 左右に飛んで分かれてしまったため自分たちを守る壁こそ作れるものの距離が離れすぎてユウリとセイボリーさんまで守れない。つまり今回の攻撃は向こうは自分たちの力で受け止める必要があった。けど向こうのポケモンで対抗良しうる技を持つのはヤドンのみずのはどうのみだし、そのヤドンもかなりの傷を負ってしまっている。それでもむりやり己を奮い立たせてヤドンがみずのはどうを、ユンゲラーがサイコショックを、アブリーがようせいのかぜを、そしてラビフットがひのこを打ちながら自分の体を盾にすることによって何とかトレーナーへのダメージを最低限にまで抑えていた。しかしその代償はあまりにも大きく、ヤドンに引き続き、アブリー、ラビフットまでが大けがを負ってしまう。

 

「サイトウさん!!」

「はい!!」

 

 弱っているユウリたちを見て先にそちらを落とそうと攻撃の標的を見定めるウルガモス。その賢い行動に舌打ちをしながらボクとサイトウさんはウルガモスとユウリの間に走りこんだ。

 

(くっ、どうにかして少しでも時間があればジメレオンで切り札を切るのに……!!)

 

 あと一手が遠い。その事実がどうしようもなくボクを焦らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱い。辛い。苦しい。そして何よりも自分の手持ちが苦しんでいるのが悔しくてたまらない。

 

 ユウリ、セイボリーの二人の心の中を占めている感情はおおむねそれだった。

 

(こんなにも自由に動けないなんて……)

(またここでも守られるのですか……)

 

 二人の腕の中には火傷を負って苦しむ自分の手持ち。火傷直しと傷薬で応急処置を現在進行形で行っているものの、今から戦場に戻るとなると少なくない時間がかかる。

 

「キルリア!『いのちのしずく』でみんなを回復!!イーブイは『スピードスター』!!ジメレオンは『みずのはどう』!!」

「ゴロンダ!!ゴーリキー!!ふたりで『いわなだれ』です!!」

 

 今もユウリたちの前に盾として立って攻撃を何とかさばききっているフリアとサイトウにすぐさま合流したい気持ちが強い二人にとって、その数秒というのは無限にも等しい時間である。そしてその無限に等しい時間があれば自分の頭の中に嫌な感情が渦巻いてしまうのは当然だった。

 

(頼られて、嬉しかったのに……うぬぼれていただけだったのかな)

(やはりワタクシはあの人たちの言う通り、出来損ないなのでしょうか……)

 

 お互いが抱える悩みがどんどん肥大化していく。片やあこがれの人に何回も助けられているのにお返しができない事を。片や昔いた場所の同門や知り合い、果てには家族にさえ罵倒された過去を。

 

 いつもならほんの少しだけ心に引っかかるだけの小さな悩み。しかしこういう時だからこそその小さな引っ掛かりが大きく見えてしまい必要以上に傷ついてしまう。何もできなくて守られるだけという現状なのも拍車をかけていた。

 

((もしかしなくても……いない方が足を引っ張らないんじゃ……))

 

 どんどん続いて行く負の感情。いつもならフリアが励ますところだが今フリアはそれどころではなく、励ます人もいないためその感情を止める人もいない。

 

「リ、リィ……」

「ヤ、ド……」

 

 辛そうに鳴くアブリーとヤドンの声がさらに胸を締め付けてくる。

 

 自分がもっとちゃんと指示を出せていたら、ここまで傷つくことは無かったのではないか。あの時、自分の身を盾にしてでも守るべきだったのではないか。

 

 留まるところの知らない思いは自然と顔に現れ、少しずつ涙と言う形で現れていこうとする。

 

「リィ……!」

「ヤド……!」

「「っ!?」」

 

 そんな時、自分の手を叩く相棒たち。ハッとして顔を上げるとユウリとセイボリーの視線がぶつかる。

 

((……なんて、情けない顔))

 

 お互いの顔を見てそんな感想を浮かべる。

 

((自分も、こんな顔しているのかな……))

 

 だとすれば……なんてバカなのだろうか。

 

 勝手にひとりで考え込んで、勝手にひとりで落ち込んで、今目の前で憧れている人が、目標にしている人が頑張っているいるのに勝手に腐って諦めて。

 

 自分の顔を客観視して、そのあまりにも不甲斐ない顔に今度は怒りが湧いてくる。

 

(私とフリアたちに差があるなんてわかってたこと。それでも追いつきたいって、横に立ちたいって思ったんだもん。ならこんなこと考えてちゃダメなんだ)

(今いる場所の同門のみんなが、シショーが、ミセスおかみが押してくれた背中を……こんなところで裏切るなんて出来ません。このブレスレットに誓った約束を、破る訳には行きません!!)

 

 アブリーの手を握るユウリ。ヤドンを抱きしめるセイボリー。

 

(私の憧れの人がもう怪我をしなくてもいいように……無茶をしなくていいように)

(ワタクシが目標にしている強さを、優しさを持つ彼に置いていかれないように)

 

「力を貸してくれる?アブリー」

「一緒に来てくれますか?ヤドン」

 

「リィッ!!」

「ヤドッ!!」

 

 アブリーがユウリの手を握る。ヤドンがセイボリーのブレスレットに手を添える。

 

 そして……

 

「「行こうっ!!」」

 

 アブリーとヤドンが青色の光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……」

「攻撃が激しすぎます。ここは1度引いた方が……」

「引かせてくれる程の隙を見せてくれればそうするんだけど……ねっ!!」

 

 顔にあたる熱い風を振り払いながらもう何度目か分からない指示をみんなに飛ばしてウルガモスの攻撃をいなしていく。

 

 晴れによるパワーアップが想像以上に辛く、防戦一方のこの状況。こちらの即効の回復技もキルリアのいのちのしずくしかないためジリ貧状態で、いつ瓦解してもおかしくない。本当なら1度下がってたて直したいんだけど、後ろで倒れているユウリとセイボリーさんのポケモンがいる以上ここを離れる訳にはいかない。

 

(せめて、ジメレオンをボールに戻す時間があれば……っ!!)

 

 焦る気持ちとは裏腹にこちらの体力はどんどん削られて……そこから生まれるさらなる焦燥感は相手の新しい攻撃に対して反応を遅らせる。

 

 ウルガモスが放つぼうふうがボクたちじゃなく、地面や壁の岩を巻き込んで飛んでくる。

 

「まずっ!?」

 

 ぼうふうそのものはひかりのかべでとめられるけど岩までは止められない。

 

「ゴーリキー!!『かわらわり』です!!」

 

 ゴーリキーにより何とか岩は壊すものの、岩によってひかりのかべ1枚が壊され、ぼうふうを防ぐものが減り少なくない被害を被る。

 

「「ぐぅっ!!」」

 

 みんなの限界が近づき始め、膝をつくポケモンが増えていく。そんなボクたちに対して無常にもねっぷうの構えを取るウルガモス。

 

(みんなの体力が減りすぎて対応出来ないし攻撃範囲が広すぎて相棒を使っても守りきれない!?いや諦めるな!!考えろ!!考えろ!!)

 

 自分が諦めて危険な目にあうのはボクだけじゃない。ここにいるみんなだ。せめてみんなだけは五体満足で帰らせなきゃならない。そのためにも必死に頭を回転させるも何も思い浮かばずに攻撃が放たれる。

 

(くそっ!!)

 

 悪態を着くもそんなことで何も変わらない。襲いかかるねっぷうに対してできることは意味があるかも分からない防御行動のみ。腕を前にだし、クロスして衝撃に備え……

 

(……あれ?)

 

 いつまで経っても来ない衝撃に目を開けて前を見る。するとそこには()()()()()()()()()()()()ジメレオンたちが技を放ち、攻撃を止めていた。

 

「「な、何が……」」

 

 サイトウさんにも何が起きたのか分からないようで2人揃って疑問の声をあげる。ボクたちは回復アイテムは使ってないし、たとえ使ったとしても傷が治るのには時間がかかる。

 

(ということは何かしらの回復技を受けた……?でもボクはキルリアにそんな命令はしてない……)

 

「みんなおまたせ!!」

 

 後ろからかけられた声に振り向くとそこにはやる気に満ち溢れた顔をするユウリの姿。その傍らには小さく可愛らしい、けど一回り大きくなり、頼もしさも感じる黄色いポケモン。

 

「……そっか。アブリーがアブリボンになったんだ」

「うん。これでフリアをもっと支えられるよ!!」

「いつも支えてもらってるけどね。けど、うん。今回は本当に助かった。ありがとう」

「えへへ〜」

 

 ツリアブポケモンのアブリボンは得意技のひとつに『かふんだんご』という技がある。この技は相手にぶつければ普通にダメージが入るけど味方にぶつければ回復させるという変わった効果を持つ。その回復量はいのちのしずくの比ではなく、より多くの体力を回復できる。今みんなが元気に攻撃を受け止めることができるのはこの技のおかげだ。

 

「回復は私に任せて!!どれだけ傷付いても癒してあげるから!!」

「ならキルリア。君はひかりのかべとアブリボンの回復に集中して!!」

 

 ただ1つ弱点をあげるならかふんだんごで自分の体力は回復できない。そこはキルリアに補ってもらう他ない。しかしこれで体勢はいつでも立て直せる。

 

 

「フィィィィィイイイッ!!」

 

 

 喜びもつかの間。こちらの回復してきた士気を再びくじくために高らかに吠え、攻撃の準備をするウルガモス。しかし……

 

「ヤドラン!!『みずのはどう』です!!」

 

 先程よりも圧倒的に速い弾速で放たれたみずのはどうがウルガモスの羽を撃ち抜き技を不発に終わらせる。

 

 視線を向ければそこには見たことの無いヤドランと一緒に立つセイボリーさん。

 

「ヤドランの特性、『クイックドロウ』……あなたの足がどれだけ素早くとも、ワタクシたちの狙撃には追いつきません!!」

「ヤドッ!!」

 

 堂々と立つその姿はどこか吹っ切れている顔をしている。そのまま翅全てを一発ずつ素早くみずのはどうで射貫くヤドラン。

 

 晴れ下で威力が下がっているとはいえ的確に素早く動きの起点部分を弱点技で打ち抜かれた結果大きく体制を崩す。

 

 喉から手が出るほど欲しかった大きな隙。

 

「「フリア!!」」

「ジメレオン!!」

「ジメッ!!」

 

 ユウリとセイボリーさんに呼ばれてボクも動く。ジメレオンを手持ちのボールに戻す。

 

 忘れているかもしれないがここはダイマックス巣穴。周りはダイマックスエネルギーであふれており、その強さはウルガモスがダイマックスしている通りだ。そうとくれば勿論ボクたちにだってできる。

 

「行くよジメレオン!!ダイマックス!!」

 

 

「ジメエエエェェェッ!!」

 

 

 ダイマックスしたジメレオンが顕現する。

 

「これで天候が奪える!!」

 

 さぁ、反撃開始だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウルガモス

炎の鎧はポケモンスナップより参考に。
あちらではリンゴぶつければ消えましたけど、こちらではちゃんと消火しないと消えません。

むしのていこう

むし技なのでひかりのかべを壊しやすいというアニポケっぽい流れ。
トリックルームをシザークロスで壊していたシーンは素直に驚きましたね……流石サトシ……
前にバークアウトを受けきれたのはお互いにレベル差があったけど大きくなかったからです。
ボクの脳内では今はフリアたちのポケモンは30過ぎ出したくらいに対してウルガモスは60前後くらいですね。
普通にハードモード。
ただモスノウたちの群れとの長期戦でこれでも体力は半分近く削れている感じですかね。

ヤドン、アブリー

めでたく進化。
このお話し中にしたかったことですね。
セイボリーさんがつけているブレスレッドは言わずもがなガラナツブレスです。
ミセスおかみが作ってくれました()

ダイマックス

ゲームならちゃんと待ってくれますけど野生のポケモンにそんな考えありませんからね。
しっかりと時間がないとできないです。
普通に考えたらねっぷうバンバン飛んできているのにそんな悠長なことしている暇ありません。




たぶん次回で終わるかなぁと……
想像以上に長くなってしまった……

感想で追記をしてくださった方へ。
反応が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
もしかしたら今も追記をしているのに反応帰ってきていないという方がいるかもしれませんね……というのも、確かハーメルンは間奏の追記では通知が来なかったはずなので余計に……
例え通知が来ていたとしても他の方の感想で埋もれてしまうことも多々あります。
本当に申し訳ありません。


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42話

「ジメレオン、『ダイストリーム』!!」

 

 

「ジィィ、メェェェェッ!!!」

 

 

 ダイマックスしたジメレオンから放たれる巨大な水の奔流。ウルガモスに直撃したそれは、周囲の熱を蒸気に変えてどんどん冷やしていく。結果水蒸気は上空へと溜まっていき、一時的な雲へと姿を変え、この巣穴の中に雨を降らせていく。

 

 決して激しい雨ではない。しかしウルガモスを守っていた炎の鎧の機能を潰すのにはこれで充分。

 

 

「フィィッ!?」

 

 

 自分の信頼する盾を失ったことに少なくない困惑を表すウルガモス。先程まで自分のテリトリーだと思っていたはずなのに急にこうなれば戸惑うのも必然。ならばもう一度晴れさせればいいだけなのだが、やはり野生のポケモンも、トレーナーによる能動的なものに比べると長い間ダイマックスできるとはいえ、ダイマックス技を連発するほどの体力とエネルギーは持っていないみたいで、ダイバーンを打つ気配がない。

 

(だったらここでむやみにダイストリーム連打するよりかは、ダイバーンを打たれた時に押し返せるようにジメレオンは保持が最適!!)

 

「今のうちに総攻撃!!」

 

 こちらのポケモン全員が一斉に前に走り出す。ジメレオンで場の有利を維持するのなら火力はゴーリキーやゴロンダといったいわ技を使えるポケモンに任せたい。ヤドラン、ユンゲラーの後衛組と雨下では本気を出しづらいラビフットは少し控えめに、その他の近距離組は全力で走り出し距離を詰めていく。

 

 ウルガモスが危機を感じ取り技を構える。

 

「『ぼうふう』の構え……野生なのに本当に頭が回るねこの子……」

 

 フィールドが雨だとわかった瞬間ぼうふう主体の戦い方に変更するウルガモス。ぼうふうという技は本来は威力が高く、その強風によってもみくちゃにされ、平衡感覚を失うことによってこんらんさせられる可能性のある技だが、大技ゆえ当たりにくく、避けやすいという弱点のある技。しかし雨が降った状態でこの技を使うと雨を巻き込むせいか攻撃範囲がとてつもなく広がってしまいとても避けられるような代物ではなくなってしまう。

 

 ほのお技が半減されるとわかっての采配。敵ながらあっぱれと言うしかない。

 

 襲ってくる暴力的な風。確かに強力だけど晴れ下のねっぷうに比べたら受けられる。しかし向こうも対策を取って先ほどと同じように周りの土砂を巻き込んでいるし、雨が手助けをしていることと、ダイマックスした巨体から放たれているためによけるのはまず不可能。土砂も含めて受けきるしかない。

 

 もはや定番となったキルリアとイーブイによる二重壁コンボを繰り出し、飛んでくる岩はゴロンダとゴーリキーによるかわらわりによって打ち砕いて行く。それでも撃ち落とし切れない岩や小石は存在するものの……

 

「ヤドラン、『みずのはどう』です!!」

「アブリボン、『かふんだんご』!!」

 

 特性、クイックドロウにより素早く攻撃を打ち出すヤドランが正確に撃ち落とし、それでも岩が飛んできて受けたダメージはすべてアブリボンによって回復していく。周りでダメージを負っていたモスノウに対してもしっかりと効果を発揮していきいつの間にか戦場に立つモスノウの数はボクたちが戦場にたどり着いた時と比べてその数を大きく増やしていた。

 

 そして一度ぼうふうを受けきってしまえば……

 

「ヤドラン、『かなしばり』です!!」

 

 ヤドランがその技を縛れる。

 

 先ほどはむしのさざめきを縛ったかなしばりがそろそろ解けている時間帯。解かれたかなしばりを今度はぼうふうに施すことによってしばらくこの大技は飛んでこない。一応このかなしばりと言う技はダイマックス技には効力を発揮しないという注意点こそあるものの、今回においては気にする必要はないだろう。

 

(これだけ聡い野生ポケモンだ。ダイマックス技は天候の書き換えのために取っておくだろうし、もし打たれてもその時はジメレオンのダイウォールで受けてしまえば問題ないはず!!)

 

 普段なら気を付けるべきダイマックス技の方がむしろ警戒しやすくて楽というちょっとおかしな状況だけど……今は置いておこう。

 

 とにもかくにも今がチャンス。雨があるこの間に攻め切る!!

 

 先陣を切るのはラビフット、ユンゲラーの足が比較的速いメンバー。ウルガモスに対して先制攻撃をするべく素早く接近を行う。一方ウルガモスもその動きはしっかりと視界にとらえており、その行動を阻害するべくむしのさざめきを放つ。

 

「キルリア、『マジカルリーフ』!!」

「ヤドランは援護!!」

 

 キルリアがマジカルリーフを放ち、ヤドランがエスパー特有の力で空中にマジカルリーフを固定し足場へ。その足場をしっかりと活用し、縦横無尽に飛び回ってウルガモスを攪乱しながら避けていく。この間にゴーリキーとゴロンダ、ヤドランの鈍足勢も前に走り出し、キルリア、アブリボンも全員をカバーできる位置にとり回復の手は休めない。

 

 モスノウたちもウルガモスを包囲するように展開して徐々に追い詰めていく。心なしか巣穴内の温度も少し下がっている気がする。ウルガモスが押されている証拠だ。

 

 押されているウルガモスに対してふぶきをさらに放って動きを阻害する。負けじとむしのさざめきで応戦するもそこはキルリアがひかりのかべを広げてさらにブロック。ゴーリキーとゴロンダもいわなだれで障害物を作りその陰に隠れながら近づくことで回避していく。

 

 その間に先陣を切る2匹が到達。

 サイコショック、ひのこをそれぞれ放ちダメージを取ろうとするが、翅を器用に使い逸らしていく。太陽の化身と言われるだけあって、この雨の中でも翅に付着している炎の鱗粉がしっかり機能して技を弾いている。さすがにモスノウのこおりのりんぷんまでとはいかないものの、それでも威力を抑えるのには一役になっており、半分くらいは鱗粉からのねっぷうで弾かれてしまっている。これを突破するには大きな水の力が要りそうだ。

 

(やっぱとどめはジメレオンになりそうだね……)

 

 だけど天候を維持しないといけないのも事実。つまりはダイストリームでとどめをさせるぐらいまでは何とかみんなで削らないといけない。

 

 仕返しとばかりにユンゲラー、ラビフットに放たれるむしのさざめき。それに対してユンゲラーがラビフットを抱えてテレポートで即離脱。むしのさざめきはあらぬ方向へ飛んでいく。その隙に後ろから近付いたヤドランが素早くみずのはどうを放つ。後ろからの気配を機敏に感じ取ったウルガモスがさらに空中に上昇することによって回避。そこをモスノウの群れがふぶきで動きを阻害しようとし、その攻撃に対してむしのさざめきで対処。ふぶきとむしのさざめきの衝突により吹き荒れる爆風に対してゴーリキー、ゴロンダがしっかりと耐えながら前進。キルリア、ヤドランによって作られた草の道を駆け上り麓まで飛び込む。

 

「二人とも、『いわなだれ』です!!」

 

 ウルガモスにとって大打撃となる攻撃が準備される。モスノウに対応していたため反応が遅れたウルガモスはそれでも被害を抑えるべくよけるのではなくゴーリキーたちにあえてつっこむように飛んでくる。

 

 技でも何でもないダイマックスという巨体を生かしたただの突撃だけどシンプルゆえに効果てきめんであり、ゴーリキー、ゴロンダともに地面に叩きつけられる。受け身をうまくとっているものの、巨体からの突撃によって少なくないダメージを負ってしまい、二匹をサポートするべく慌ててキルリア、アブリボンが近寄る。一方ウルガモスはいい加減その回復行動を咎めるべくその集団に向かってむしのさざめきを準備する。流石にキルリア一匹では受けきれないその攻撃……だがそんなウルガモスの後ろに回り込む一つの影。

 

「いけ!()()()()!!」

「ヒンッ!!」

 

 その正体は雨が降っていることにより特性、すいすいが発動し、地面を滑るように高速で移動するヒンバス。ウルガモスがその姿に気づき慌てて振り返って迎撃の準備をするものの……

 

 

「フィッ!?」

 

 

 最初にアブリーがまいたしびれごながここで働いてウルガモスの動きが一瞬止まる。

 

「イーブイ、『まねっこ』!!」

「ブイッ!!」

 

 その間にヒンバスの背中に乗っていたイーブイもすでに技の準備ができている状態になっていた。

 

「ブー、イッ!!」

 

 直前に打たれた技、いわなだれをまねっこしてウルガモスに叩きつけるイーブイ。イーブイの攻撃力はそんなに高い方ではないもののそれでもウルガモスにとって致命的なまで弱点になるその技がついに直撃する。

 

 

「フィィ……ッ!!」

 

 

 流石にダメージが大きく、よろめくウルガモス。ここがチャンスとばかりにボクたちの手持ち皆とモスノウの群れが一斉に突撃をする。

 

 むしのさざめきでは抑えられない。かといってねっぷうは雨により威力は下げられている。一番効果のあると思われるぼうふうはかなしばりで縛ることができている。ダイマックス技は同じくダイマックスしているジメレオンが受け止められるし万が一ダイバーンで晴れにされてもダイストリームで雨にできる。

 

(詰められている。大丈夫、行ける!!)

 

 皆の気持ちがイケイケムードとなる。間違いなく流れはこちら。このまま押し切ればこの長い戦いも終わらせられる。けどここにきてウルガモスが最後の粘りを見せる。

 

 

「フイイイィィッ!!」

 

 

「うわぁっ!?」

「な、なに!?」

 

 放たれる大きく、激しく光る真っ赤な光。そして急に巻き起こる大きな風と舞い散る鱗粉に顔を覆ってしまうボクとユウリ。

 

 ウルガモスに近づいていたポケモンたちもその鱗粉と風の壁にはじかれてしまう。幸い攻撃技ではなかったのか大きなダメージこそないものの距離をまた離される。しかしそれ以上に気になるところが……

 

「セイボリーさん、かなしばりの効果時間は?」

「まだ切れていないはずです!なので今の技は()()()()()()()()()()()!!」

「じゃあ今の技は……?」

 

 サイトウさんの問いに対してセイボリーさんが答えている通りまだかなしばりから時間がそんなに経ってはいないはず。現状の謎にユウリが声を上げるものの、混乱しているのはみんな同じで何が起こったのか把握できていない。けど……

 

 ウルガモスの体から最初に撒いたしびれごなによるまひが消えている。

 

 そして先ほどよりも赤く輝く鱗粉。

 

 さらに先ほどよりも素早く空中を駆け回るその姿。

 

 優雅に舞うその姿は……

 

(間違いない!!)

 

「サイトウさん!!ゴロンダって技何使える!?」

「技ですか……えっと、今は『かわらわり、かみくだく、いわなだれ、ちょうはつ』だったかと……何か使ってほしい技でも?」

「今すぐ『ちょうはつ』をして!!」

 

 ボクが声を荒げるころには舞はいったん終わり、赤く光る鱗粉がさらに激しくなる。だがこれで満足していないのかさらに舞を続けようとしている。

 

「あれは『ちょうのまい』だ!!」

「っ!?ゴロンダ!!『ちょうはつ』です!!」

 

 ボクの言葉に今の状態を理解したサイトウさんが慌てて指示を出す。

 

 ちょうのまい。

 

 自身のとくこう、とくぼう、すばやさを強化する変化技。自身の能力を一時的に上昇させる技は数多いと言え、たった一つの行動でここまで能力を強化する技はかなり珍しく、かつ強力な技。その効果の高さはカブさんとの戦いで三回こうそくいどうを行ったジメレオンが圧倒的なスピードでマルヤクデを圧倒したことを思い出してもらえればわかりやすいだろう。

 

 ウルガモスが今やろうとしていることはあれよりもさらに凶悪なこと。なんせカブさんの時にボクが強化したのは素早さだけだ。それであそこまで圧倒できたのだから素早さと同時に火力をも強化できる技を何回もされてはたまったものではない。

 

 ゴロンダがちょうはつすることによって一回舞われるだけで済んだものの、火力はかなり上がったとみていいだろう。

 

「みんな気をつけ……」

 

 

「フイイイィィッ!!」

 

 

 忠告する前に動き出すウルガモス。いや、忠告していたけど速すぎて言い終わる前に既に突撃が終わっている。ただ突っ込むだけの行動。なのにさっきより速くなっているせいでそれだけで威力がとんでもないことになっている。アブリボン、ゴーリキーは何とか避けたもののキルリアとゴロンダが巻き込まれ壁にたたきつけられる。

 

「キルリア!!」

「ゴロンダ!!」

「キ、キルッ!!」

「ゴロゥ……ッ」

「アブリボン!!すぐに『かふんだんご』で癒してあげて!!」

 

 慌てて呼びかけると膝をつきながらも何とか返事を返す2匹は、アブリボンのサポートで何とか体力を回復させている。

 

「なんて速さですか……しびれごなは効いてないのですか!?」

「……まひはもう治ってる」

「な!?」

 

 何がどういう原理なのか、ウルガモスから赤い光が放たれた時点でウルガモス自身から麻痺が消え去っていた。自身のバッドステータスが全部解除されたとみていいのかもしれない。となると最初のローキックの効果もなくなったはず。じゃないといくらなんでもここまで速く感じないはずだ。

 

(ダイマックスエネルギーと思わしきあの光にはもしかしてポケモンの技の効果を打ち消す力でもあったの……?いや、今はそんなことはどうでもいい。とにかく……!!まひを治す手段があったのにすぐにしなかったってことは恐らくダイマックス技と一緒でそう何回も連発出来ない可能性が高い。なら……)

 

「みんな、もう一度しびれさせて動きを止めて!!次に動きを止めたらダイストリームを叩き込む!!」

 

 ボクの言葉に頷くみんな。

 

「ここで落としきります!!ゴロンダ!!ゴーリキー!!」

 

 前に出るかくとうタイプ2匹。高速で飛び回るウルガモスが走ってくるその2匹に向かってちょうのまいで強化されたむしのさざめきを放つ。対するかくとう二匹は目の前にいわなだれを立てて壁にする。が、威力が強すぎて岩ごと吹き飛ばされる。

 

「セイボリーさん!!」

「ユンゲラー!テレポートです!!」

 

 しかし飛ばされたゴロンダとゴーリキーの先にはユンゲラーが控えている。飛ばされたかくとう二匹に手をかざすユンゲラーは二匹が手に触れた瞬間テレポートを発動。ウルガモスの真後ろに転送。飛ばされた勢いをそのまま残しているためウルガモスの後頭部へ飛んでいく。

 

「ゴーリキー、『ローキック』!ゴロンダ、『かみくだく』!」

 

 テレポートから着弾までの距離が短いのでいわなだれは間に合わず、ならばということでローキックによる素早さの低下とかみくだくによる防御力の低下を狙った攻撃。死角からの攻撃に反応できずに直撃し体勢を崩すウルガモスだが、すぐに振り向きむしのさざめき。ゴーリキーとゴロンダが今度こそ叩きつけられ大ダメージ。ゴロンダに至っては、効果を半減できなかったためか戦闘不能へ。

 

 ゴロンダの遺志を受け継ぐべく前へ出るはラビフットとキルリア。ラビフットがでんこうせっかで走り回り、キルリアがマジカルリーフで視界を遮ることでウルガモスを翻弄していく。目の前でちょこまかするその二匹に苛立ちを募らせるウルガモスがねっぷうを放つ。雨で威力が下がっているがちょうのまいのせいで威力を少し取り戻したそれはキルリアのひかりのかべでは受け止めきれずに二匹そろって弾かれる。が、このねっぷうの後隙を狙いすましてヤドランがみずのはどうを一閃。的確に頭を狙ったその一撃はウルガモスの体制を大きく崩す。そこをモスノウの群れが逃さずにふぶきで囲んで動きを縛る。ラビフットたちの攪乱と合わせて大きな隙。そしてウルガモスの目の前にアブリボンとイーブイ。

 

「アブリボン!『しびれごな』!!」

「イーブイ!『まねっこ』!!」

 

 先ほどよりも大量のしびれごなを構える二匹。これが決まれば再びウルガモスの動きを止めることができる。しかし……

 

「っ!?ダメです!今すぐ下がりなさい!!」

 

 セイボリーさんの大声。その切羽詰まった声だけで状況を察してしまう。ウルガモスが翅をせわしなく動かし風を構える。本来使えないはずの技が使えるようになっている。それはすなわち……

 

 

 

 

「かなしばりの時間切れです!!」

 

 

 

 

 しかしすでに技のモーションに入っているイーブイとアブリボンに止めるすべはなし。ぼうふうが直撃してしまいボクたちの近くに叩きつけられてそのまま戦闘不能。慌ててヤドランがかなしばりでぼうふうを再び止めようとするものの、二度目は貰わないとむしのさざめきをすぐにヤドランに放たれてこちらも倒れる。

 

「イーブイ!?」

「アブリボン!!」

「ヤドラン!!くっ……」

 

 急いで倒れた仲間を回収する。ここにきて一気に三匹の戦闘不能。いや、正確にはイーブイたちを狙ったぼうふうに巻き込まれて一部のモスノウたちも再び動けなくなってしまっている。

 

 この状況をチャンスととらえたウルガモスがここでとどめを決めるとばかりに今度はボクたちに向かってぼうふうを構える。

 

「まずい!!みんな逃げて!!」

 

 ボクが言い切る前にすでにみんな反応して慌てて出口に走り出す。しかしどう考えてもウルガモスの攻撃の方が速い。

 

 ものすごい勢いでこちらに向かって飛んでくる風の暴力。ゴーリキーがいわなだれの壁を、キルリアがひかりのかべをそれぞれ張るものの一瞬で壊され、そのままこちらに飛んでくる。

 

(直撃する!!)

 

 皆そう直感し、せめてもの防御行動としてしゃがんで体を小さくし、衝撃に備える。

 

 

 

 

 ……が。

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 いつまでたっても風が来ない。

 

 閉じてしまった目をゆっくりと開く。するとそこには……

 

 

 

 

「ヒンッ……!!」

 

 

 

 

 ぼうふうからボクたちを守るべく盾になってすべてを受けきったヒンバスの姿。

 

「ヒンバス……」

 

「ヒィィィィンッ!!」

 

「ッ!?」

 

 よろよろと立ちふさがるヒンバスに声をかけるユウリ。その声に対してヒンバスが目の前に()()()()()()()()()()()吠えて答える。

 

「あの技は……うん。わかったよ。いくよヒンバス!!」

 

 徐々に虹色に光り出すその膜に対して確信を得たユウリは高らかにその技を宣言する。

 

 

「ヒンバス!!『ミラーコート』!!」

 

 

「ヒンッ!!」

 

 

 受けた特殊技の威力を倍にして返すカウンター系の技、ミラーコート。己の自慢の技が倍の威力にされて返ってくる。まさかの反撃にウルガモスは反応しきることが出来ずに直撃。この戦いで何よりも重たいダメージを負ってしまい、とうとう翅の鱗粉の輝きさえ弱くなってしまう。

 

 

「フリアアアァァッ!!」

 

 

 ユウリの叫び声。ユウリとヒンバスからの渾身のパス。決めるなら今しかない!!

 

 

「ジメレオン!!『ダイストリーム』!!」

 

 

「ジィィィ、メェェェェエッ!!」

 

 

 雨の中、全てを飲み込む巨大な水の大砲がウルガモスに直撃し、大きな水しぶきを巻き上げる。まるでゲリラ豪雨のように降り注ぐ大雨。その大雨が少しずつ止んでいき、視界が晴れたその先で……

 

「フィ、フィィ……」

 

 ダイマックスが切れて元の姿に戻った、目を回したウルガモスが倒れていた。

 

「……終わった?」

 

 誰が呟いたか、あまりの展開に聞き分けることは出来なかった。けど、確かに、今ようやく……

 

「「「「「フオオオォォォッ!!」」」」」

 

 天候を分ける大きな戦いの決着が今、モスノウたちの雄叫びと共に終わりが告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハミュ!!」

「フォゥ!!」

 

 ボクたちを案内してくれたユキハミが親であろうモスノウの元に駆け寄り元気に挨拶をする。その姿を見て微笑ましく思いながら自分たちも手持ちのポケモンを労っていく。

 

「お疲れ様、ジメレオン、キルリア。……イーブイもね?」

「ジメッ!!」

「キルッ!!」

 

 イーブイは戦闘不能なため既にボールの中だけど、小さく揺れてボクに返事を返してくれる。本当にみんなよく頑張ってくれた。

 

「みんなは大丈夫だった?」

「私は大丈夫!アブリボンとヒンバスが疲れて眠っちゃったけど、ちゃんと休ませてあげたら平気だよ」

「わたしの方も大丈夫です。ですが、早く安心できる場所で休ませてあげたいですね」

「同感です。みんな少なくないダメージを受けています。預かり屋に戻るなり、ポケモンセンターに向かうなりした方が良いかと」

「うん、概ね賛成だね」

 

 特に預かり屋へはこの天候の異変を解決したことと、ボクたちの無事を伝えに行かないといけない。みんなを休ませてあげるという点においても最善は1度預かり屋に帰ることだろう。けど……

 

「あのウルガモス、どうしよっか……」

 

 ボクたちの視線の先には先程まで激闘を繰り広げていたウルガモスが、目こそ覚めているものの、ぐったりと地面に横たわりながら、それでもこちらをじっと見つめ、敵意を放っていた。

 

「ゲットしてポケモンセンターに連れて行ってみる?」

「ですが、明らかにレベルの高い個体です。わたしたちの言うことを聞いてくれるでしょうか?」

「あぁ、そっか……」

 

 ユウリの言葉に返すサイトウさん。確かにこのウルガモスはかなり強い個体だし、どうもプライドも高そうに見える。正直ボクたちの言うことを聞いてくれるのは最低でも自分の手持ちにタイマンで余裕で勝てる子がいないとダメだと思われる。

 

「あ、じゃあフリアなら大丈夫なんじゃないかな?」

「ボク?」

 

 言われて確かにと思う。シンオウから連れてきている相棒なら確かにウルガモスと対面しても負けるとはあまり思えない。けど……

 

「なんか脅しているみたいで嫌だなぁ……」

「気持ちは分かりますが、いまは優先するべきことがあるかと」

 

 セイボリーさんの言葉も正論でしかないため反論出来ない。正直この感情はボクのわがままと言ってしまえばそれまでの事だ。

 

「しょうがない。ウルガモスには申し訳ないけど1度ゲットして、それから考えて━━」

「その必要は無いよ」

「え?」

 

 ポケモンセンターに連れていこう。そう言いかけたところでこの巣穴の出口から声がかけられる。いきなり聞こえてきた声にびっくりして慌てて振り返る。するとそこには……

 

「ほのおタイプのポケモンの保護はぼくに任せて欲しいな」

「カブさん!!」

 

 今この状況で1番の適任者、エンジンシティジムリーダーのカブさんがマルヤクデを連れて出口で待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かなしばり

かなり強力な技ですけどダイマックスが絡むとかなりややこしいんですよね。
実機でもダイマックス技を縛ることは出来ませんが野生のポケモンの通常技ならダイマックスしていてもしばれます。
……例のいてつくはどうで解除されるのかは分からないんですけどね。
どっちなんでしょう……?でもミラータイプ等が解除されないところを見るにされなさそうな気はするんですが……この作品では例の波動でもかなしばりは解けていないという解釈で進めます。有識者がいればありがたいんですけどね……不確定で申し訳ないです。


テレポート

ユンゲラー大活躍。
やっぱりエスパータイプはこういう描写だとチートですね……

赤い光

通称いてつくはどう。
これがあるからNPCの積み技を見る度に心が荒れてしまいます()

ちょうのまい

今見てもぶっ壊れですよねこの技……
今やウルガモスの代名詞。

ミラーコート

まさかのヒンバス大活躍。
ミラーコートといい、どこかの情けない魚と違ってしっかりいい技を覚えるのです。




はい。
というわけで終わらなかったですね()
申し訳ないです。

キャラ予想もそこそこ見させてもらって感謝です。が、一応誰がどこで仲間になるかの予定は全て決めてあります。
そのため、もしかしたら期待に沿うポケモンが仲間にならない可能性も有ります。
そこはご理解の程よろしくお願い致します。




次回でほんとに吹雪変終わりです。






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43話

イダイトウが気になりすぎてずっとモヤモヤしています。
本当に楽しみですね。
個人的にはレジギガスのお話も追加されていたら飛んで喜びます。

後、今回は少しお知らせがございます。
あとがきにて、いつもの補足が終わったあとに書いておきますので、普段あとがきを読まない方も全てを飛ばして最後の数文だけ読んでいただけたらなと思います。


「ウルガモス……なるほど、彼がこの異変の犯人だったというわけだね」

「フィィイッ……」

 

 突如巣穴の中に現れたカブさん。本来ならいるはずのない人に色々疑問や質問をぶつけたいところだけどさすがに今の空気感でそれを口に出すことははばかられた。

 

 力尽きる寸前とはいえ未だに大きなプレッシャーを放って睨みをきかせるウルガモスと、そのウルガモスの威圧を真正面から受けながらもマルヤクデと共に涼し気な顔で、しかしこちらもプレッシャーたっぷりで返していくカブさん。

 

 ジム戦の時と似たような空気になりながらも明らかに違う点があり、その違う点にみんなが気づいていた。それは……

 

「ねぇフリア……あのマルヤクデ……」

「うん……あの時戦った個体と全然違う」

 

 マルヤクデから放たれるのプレッシャーの強さ。そのあまりにも強い威圧感にあのウルガモスまでもが少し押されている。

 

(間違いない。あれがカブさんの本気のパーティの1匹だ……)

 

 ジムの時対峙した子が弱いとは言わないけど、見るだけで感じるその力の差。ボクの相棒でさえ勝てるかどうか分からない戦いを繰り広げることになるであろう洗練されたその強さ。ガラル最強のほのおタイプ使い。思わず呼吸を忘れそうになるほどの凄みがそこにはあった。

 

「大丈夫だよ、ウルガモス。ぼくたちは君になにか意地悪をしたい訳じゃないんだ。ただ少し、君を助けさせて欲しいだけなんだ」

「フィィッ……」

 

 優しく、あやす様に声をかけるカブさんに対して未だに警戒心を解かないウルガモス。当然といえば当然の行動なんだけど、もしもしなくても先程までボクたちが戦っていたせいというのも少なからずあるため正直少し申し訳なさが出てくる。しかしカブさんはそんなこと最初から分かってたとばかりに気にせずにコミュニケーションを取り続ける。

 

「本来は寒さに弱く、震えるポケモンたちを温める優しさを持った君たちの事だ。きっとなにか事情があるのだろう?」

 

 目線を合わせて話し合うその姿は、どこか子供に向けて何かを教えるような、そんな優しさを感じる。カブさんがしているというのがさらにその感覚を助長させてくる。

 

「大丈夫だ。さっき戦ったあの子たちも君を傷つけたかったわけじゃない。ただ、いきなり自分たちの住む場所を、大切なものを少しだけ傷つけられてびっくりしちゃっただけなんだ。謝れば許してくれるし、ちゃんと願えば君を手伝ってもあげられる。君も暴れたくて暴れてしまった訳では無い。そうだろ?」

「フィィ……」

 

 あれだけ敵意をむき出しにしていたウルガモスのプレッシャーが少しずつ収まっていき、やがてカブさんのことを信用したのか、もう襲われることは無いと理解しそのまま脱力。安心感からここ数日間戦い続けていた疲れとこの戦いで負ってしまったダメージをようやく身体が理解したのか、意識こそまだあるものの、地面に倒れ込んでしまった。いきなり無防備な姿をさらけ出してきたことになんだか毒気を抜かれてしまい、こちらとしてもどう反応すればいいのか少し迷ってしまうほど。

 

(空気の高低差ありすぎて別の意味で風邪ひきそうだねこれ)

 

 翅から出る鱗粉もなりを潜め、今やカブさんの手を素直に受け入れて気持ちよさそうに撫でられるウルガモス。もうボクたちは何もしなくてもこの子は自分からエンジンシティのポケモンセンターへと足を運ぶことだろう。ようやく一安心だ。

 

「はぁ〜……疲れたぁ……」

「いつになく激しい戦いでしたね」

「まさかここまで忙しくなるとは思いませんでしたよ……」

 

 ユウリ、サイトウさん、セイボリーさんも異変の終わりを感じ取りやっとの思いで脱力。体から出てきた嫌な汗を拭きながら、暑さのせいで少しラフになっていた格好を戻していく。ウルガモスが大人しくなったことと、モスノウたちが元気を取り戻したことによってまた少し巣穴内の温度が下がったためだ。もっとも、ふぶきも放つ理由がなくなってしまったため温度が下がると言っても体感数度下がっただけなため寒い訳では無いんだけどね。単純に汗が冷えてはいけないという理由だ。最後ダイストリームのせいで結構濡れてもいるし……

 

「さて、本来だとぼくが解決しないといけなかったんだけど……申し訳ないね」

「いえ!カブさんがいなければウルガモスのことを助けてあげられなかったので……ありがとうございます!!」

 

 少し苦い顔をしながらそういうカブさんに対してボクも困っていたところだったから気にしないでいてほしいという思いで明るく返す。

 

 正直手詰まりとはいかなかったけどあまりやりたくなかった手しか残ってなかったので本当にありがたかった。さっきも言ったけどウルガモスのレベルが高すぎて、言うことを聞かせることがかなり難しそうだったため今すぐにウルガモスを助ける方法というのが無理やり連れていくしかなく、そのあとリリースをするにしてもまたすぐに暴れる可能性が捨てれなかったためなかなか手が出せなかった。そんなところにほのおのエキスパートの登場だ。安心感が違うよね。

 

「でも、なんでカブさんがここに?」

 

 だけどユウリの質問もボクの頭に浮かんでいた。巣穴の中にいるために今の時間は正確にはわからないけど、体内時計ではおそらく昼を過ぎるかすぎないかくらいの時間だ。ジムリーダーとしての業務……というか、なんなら今は挑戦者と戦っている最中でもおかしくない時間だ。そう考えるとここにいるのは嬉しいがおかしい。

 

「それに関してなんだが今日はジムを急遽お休みにしてもらったのさ。どうもハシノマ原っぱが異常な吹雪に覆われているという連絡が入ってね」

 

 どうやらあの異常気象しっかりと通報されていたみたいだ。

 

(……っていうか考えたら当たり前だよね)

 

 正直ボクでも気づけるような出来事だったんだからもっと早くに気づいて通報している人がいても全然おかしくない。考察から気づけたといってもボクは気象予報士じゃないしね。あれでも全体から見たら遅い方だったんじゃないかな?

 

「空を見上げても雲は一つもないのに下を見れば吹雪が渦巻いてて、並みの人では近づけずそのほとんどが追い返されていた。そして帰ってこなかった一部の人たちもナックルシティに到着したという記録は残ってない……となるとリーグとしても放置できない。そこで白羽の矢が立ったのがぼくというわけさ。ふぶきを操るとなると自然とこおりタイプのポケモンの仕業になる。そうなれば弱点をつけてなおかつ近くにジムを構えるぼくが一番の適任……てね?」

 

 確かにすごく納得のいく答えだ。ユウリも同じみたいでなるほどといった顔をした。

 

「だがすでに予約を取っている人を無碍にすることもできない。幸いにも君たちが持つロトム図鑑が一か所に集まっているのが電波を逆探知した結果わかったから命に別条がないことも確認できたしね。だから少し遅れての行動となってしまった。君たちの救助が遅れたことには謝罪をしよう」

「気にしないでください。カブさんの立場もよくわかっているので……」

「そういってもらえると助かるよ」

 

 忙しい中わざわざ駆けつけてくれたんだ。感謝こそすれ、文句を言うのはお門違いだ。

 

「しかし、まさか原因がウルガモスがいるからとは思わなかったよ……」

「実は……」

 

 こおりタイプの鎮静化だと思ってきてみたらその真逆のタイプ。それもほのおタイプの中ではかなり強力な方と言われるウルガモスが待っていたんだ。カブさんの視点では予想とは真反対のポケモンのお出迎えにかなり困惑したはず。だけどそこはさすがジムリーダー。しばらく思案顔を浮かべているカブさんだったけど、事情を一つずつしっかりと説明していけばすぐに理解してもらえた。

 

「成程。モスノウとウルガモスによる喧嘩が原因だったのか……それでこの状況が出来上がったわけだね……説明を、そしてこのふぶきを止めてくれてありがとう。あとのことはぼくに任せて、君たちは一度預かり屋に戻って休むといい。かなり無茶をしたと見えるからね。ゆっくり休みなさい」

「はい、そうさせてもらいます」

 

 カブさんならすべて任せても問題ないはずだ。これで心置きなく預かり屋に戻れる。

 

「終わったあああぁぁ!!帰れるううう!!」

「ええ、早く帰って休息を取りたいですね」

 

 地面に思わず座り込み腕を伸ばすユウリと同じく体の疲れを少しでも抜こうと腕を伸ばしてちょっとだけリラックスするサイトウさん。

 

「まったく、はしたないですよ」

「そういうセイボリーさんも足震えてますよ?」

「こ、これは武者震いです!!」

「今武者震いするような場面じゃないですよ」

「ははは……」

 

 セイボリーさんをいじったり突っ込みを入れたりのいつも通りの空気に思わず笑みがこぼれてしまう。なんだか安心感を感じてしまい、ようやく日常に帰ってきたって感じが凄いする。いや、まだ安心したらだめだけどね。

 

「ほーら、遊んでないで早く帰るよ」

「はーいって、フリアは体冷えてない?大丈夫?」

「大丈夫だよ。ほら、この通り怪我もしてないし……」

「でもまた雨に濡れたでしょ?早く温めないと!!」

「ちょちょちょ、押さないでって!!」

 

 はっとしたユウリが急にボクの背中を押して出口にどんどんと誘導していく。どうもボクが風邪で寝込んで倒れたあの時からボクに対して過保護になっている気がするんだけど……気のせいじゃないよねこれ?

 

「ほ、ほら、濡れたのはみんな一緒だし他の人が大丈夫なら……」

「フリアは特に心配なの!!」

「なんでボクだけ!?」

 

 確かに前科があるのはわかるんだけどたった一回だけでここまではちょっと過剰な気がするんだけど!?

 

 ユウリに振り回されているボクが視線でセイボリーさんとサイトウさんに助けを求めるものの、微笑みを返すだけで何もしてくれない……いや、セイボリーさんは微笑みじゃなくてにやけ顔だ。

 

「そこのナルシスハット絶対にあとで仕返しするからね!?」

「何ですかその不名誉なあだ名!!」

「うるさい!そのにやけ面なんかむかつくからあとでからさ百倍ポフィンの刑に処してやる!!」

「仕返しがなんか陰湿なのが本当にあなたらしいですね!?」

 

 肉体的ダメージがない分感謝してほしい。

 

「まあまあ。それだけあなたが大切なんですよ」

「ほ、本当かなぁ……」

 

 セイボリーさんに文句を言いながらも引きずられているボクに対して小声で耳打ちしてくるサイトウさん。そんなに大切なら少しくらいボクの言葉を信じてもいい気がするんだ。

 

「明らかにわたしたちと扱いが違うじゃないですか。うらやましいですね?」

「もしかしなくてもサイトウさんもボクをからかって遊んでるでしょ?」

 

 サイトウさんがここまで柔らかく微笑んでいるのは付き合いが短いボクでも珍しいことだとわかったけど、だからと言ってこの状況で見たくはなかったよ……。

 

「……サイトウさんも激辛ポフィンたべる?」

「……フリアさんもなかなか意地悪じゃないですか?」

 

 短い付き合いだけどサイトウさんが甘党だってことはよくわかっている。既にボクのポフィンを気に入っていることもよくわかっているのでこうやって言えばおとなしくなってくれるはず。

 

「仕方ないのであなたをからかうのはやめましょう。けど、少しは彼女のことも考えてあげてくださいね?」

「……わかったよ。まぁ、迷惑や心配かけたのは事実だからね」

 

 それにボクだって嬉しくないわけじゃないんだ。シンオウを旅していた時も無茶に誘われて連れていかれたことはあっても、こんなふうに心配されて手を引っ張ってもらったことはなかったから新鮮な気持ちだし嫌なわけじゃない。

 

 今もボクの手を掴んで引っ張っていくユウリの背中と握られた手を見つめる。

 

(……うん。まぁ、たまにはいいかな?)

 

 握られた手のを暖かさを感じながら、ボクたちは少し駆け足気味に巣穴の外へと出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「速く速く!!」

「ちょ、そんなに引っ張ったら逆に疲れちゃうって!!」

「相変わらず騒がしいですね……」

「退屈しないのでわたしは好きですけどね」

 

 四人の優秀な卵たちが少し急ぎ足でこの巣穴から出ていくのを見届ける。この天候の異常を知った時はかなり厄介なことが待っていると思ったからわざわざ切り札のマルヤクデを連れてきたのだが、ふたを開けてみればまさかの彼らが解決していたという状況。

 

(いやはや、シンオウのチャンピオンと新旧ガラルチャンピオンにそれぞれ認められた子。そしてかくとうジムの秘蔵っ子……みんな推薦されるだけの理由はあるってことだね。本当に今年は豊作だよ。いい風が吹いてきている)

 

 ガラルの、そしてポケモンリーグ界隈の未来は明るい。そのことに自然と頬が緩んでしまう。すぐ横で同じほのお、むしタイプをしているためか意気投合して楽しそうに会話をしている2匹がいるのも、こんな場所でありながらぼくの心をやんわりとさせてくれる一因だろう。

 

「彼らには頭が上がらないな」

 

 大人としては子供にこんな危ないことをさせてしまったのはダメなのかもしれないけど、嬉しいものは嬉しいのだ。

 

「いけないな、年を取るといろんなことを考えてしまう。しかし……」

 

 改めてマルヤクデと楽しそうに話をするウルガモスへと視線を向ける。

 

(ウルガモスがなぜここに……)

 

 ぼくの頭の中は彼らのことからウルガモスのことへを変わっていく。

 

 ウルガモスは確かにガラル地方に生息するポケモン……だがガラル地方ならどこにでもいるわけではない。このポケモンの生息地はガラル地方から東に海を渡った先にあるヨロイ島と呼ばれるところであるためここでお目にかかることはまずない。少なくともぼくは本島に野生として生息しているところは見たことがない。

 

(なぜ、そんな遠い所からわざわざこちらに……?)

 

 ウルガモスが渡り鳥のように海を越えてくるという話は聞いたことがない。

 

 そんなポケモンがなぜはるばる海を越え、そのうえ住処を奪うような行動に出てしまったのか……

 

(う~ん……少しだけ、嫌な予感がするね……後で旧ガラルチャンピオンに話をしてみた方がいいかもしれない……)

 

 まだ、この問題は終わっていない。そんな予感が少しだけした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「お世話になりました」」」」

「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方よ。ふぶきを止めてくれてありがとうね」

 

 ウルガモスとの激闘から二日後。ユウリからの提案のため断れず、しっかりと休息を取り、体も温めて万全の状態にしたボクたちはようやく先を目指すために、長くお世話になった預かり屋から旅立とうとしていた。

 

「あなたたちのおかげでこの預かり屋は本当に救われたわ。ううん、預かり屋だけじゃないわね。ここに避難していた人たちも、この近くで洞窟に隠れていたポケモンたちも全員が感謝していたわ。もうみんな先に行ってしまったけど……」

 

 周りを見ていみるとあれだけ積もっていた雪も人もほとんど見当たらず、それには今までのうっ憤を晴らすかのように太陽が燦々と輝いて地面を照らしていた。

 

「まったく、最大の功労者を置いて先に行くだなんて礼儀がなってないわねぇ」

「仕方ないですよ。足止めを長い間喰らってしまったんですから……みんなジムミッションが一番大事ですから。むしろ感謝の言葉をちゃんと残しておいてくれた当たり、十分労ってもらってますよ」

 

 本当に甲斐性無しならボクたちがウルガモスを倒した時点で先に行けばいいだけだ。それなのにボクたちが帰ってくるまで待ってくれていた時点で十分優しい心を持っているといっていいだろう。

 ……さすがに洞窟のポケモンたちが一斉に出迎えてくれた時は無茶苦茶びっくりしたけどね。

 

「あなたたちがそういうならいいんだけど……」

 

 それでもどこか納得していないオーナーさん。そんなオーナーさんに対してユウリが前に出る。

 

「だったら私たちを沢山応援してください!!元気に活躍してみせますから!!」

 

 ぐっと拳を握りながら笑顔でそういうユウリにはどこか人を引きつけるような魅力を感じた。それはオーナーさんも同じみたいでしばらく見惚れていた。

 

「私たちを推してること、絶対に損はさせませんから!!」

「あはは……」

 

 あまりの剣幕に思わず苦笑いをしちゃうボク。だけどユウリの言ってることは別に間違っているとも思ってはいない。期待されることは緊張もあるけど同じくらい嬉しいし、その分応えようって気持ちにもなる。それはセイボリーさんもサイトウさんも同じようで、2人ともしっかりとオーナーさんの顔を見ながら頷いていた。

 

「……そうね。そういうことならあなたたちのこと、しっかり推させて貰うわ。あなたたちがこのジムチャレンジを全て乗り越えて、最後のトーナメントをも勝ち上がっていくのをしっかりと応援する。その時は頑張ってチケットも取ろうかしら?」

「ぜひ見に来てください!!あ、その時は見かけたら手を振って応えますね!!」

「ふふふ、楽しみにしておくわね」

 

 お互い微笑みながら迎える旅立ちの時。うん。やっぱり旅の出発は笑顔でしてもらいたいもんね。

 

「では、行ってきます!!」

「気をつけてね」

「はい!!」

 

 後ろを振り向きながら手を振り預かり屋にお別れを告げ、ボクたちは次のジムに行くためにナックルシティへと足を向けた。

 

「えへへ、思わない足止めを受けちゃったけど……こういうのも悪くないね」

「ま、ハプニングなんて旅にはつきものだしね」

 

 ハプニングと言う割にはなかなか大きかったけどシンオウでもなかなかとんでもないハプニングに巻き込まれたこともあるし、そのことを思い出せば確かに危ない目にもあったけど概ね楽しいと言える範囲で解決してくれたので結果オーライだ。

 

「こうしてサイトウさんにも会えたしね?」

「わたしも、あなたがたと出会えて、こうしてともに旅をできるのを嬉しく思います……フリアのポフィンも食べられますし」

「完全に胃袋つかまれてませんかね、ミスサイトウ……」

 

 一時的にとはいえボクたちのパーティにサイトウさんまでも加わってくれた。さらに賑やかになったメンバーでの旅はもっと楽しくなる。未来を思うだけでワクワクしてきたボクたちの間では自然と雑談で盛り上がり、思わず進む速度がゆっくりになってしまっていたけど、別にボクたちは急いでいる訳でもないし、ジムチャレンジの期間はまだまだあるため気にせずに進んでいく。

 

「……あれ?ねぇフリア、あれって……」

 

 そんな楽しく明るい道中を進むこと数十分。長く滞在したハシノマ原っぱもいよいよ終わりが見えてくるかなと言ったところでユウリがあるものに気付く。ユウリが指を差した方向に視線を向けるとそこには見た事のあるポケモンが。

 

「モスノウにユキハミ?」

 

 それはボクたちと共にウルガモスに立ち向かった勇気ある戦友のモスノウとユキハミの群れだった。どうやらあの巣穴にいた個体全てがここにいるようで、軽いパレードのようになっており、かなり壮観な図となっていた。心做しか温度も少し下がった気がする。

 

「何かあったのでしょうか?」

「いえ、これは……」

 

 サイトウさんの疑問に対して答えのわかったセイボリーさんはボクに視線を向ける。どうやら代表としてボクに前を行って欲しいみたいだ。エスパータイプの使い手だから今さらだけどセイボリーさんは虫が苦手なのかもしれない。少しそれがおかしくて微笑んじゃいながらも、特に断る理由もないので前へ。実際、彼らが何をしに来たのかはボクも何となく想像はできていた。

 

「みんな、もしかしてお礼を言いに来たのかな?」

「フォォォッ!!」

 

 ボクの問に元気に答えるのはリーダーと思われるモスノウ。忙しなく翅を動かすその姿は自分の言葉が伝わったことに喜んでいるように見え、その姿が愛らしくついつい微笑みながら頭を撫でてしまう。ひんやりした感触にちょっと驚いたけど気持ちよさそうに鳴き声をあげるモスノウを見ているとそんなこと気にならなくなり、そのまま暫く撫で続けてしまった。

 

「礼を言うのはボクたちもだよ。君たちが協力してくれたからウルガモスに勝つことが出来たんだ。ありがとうね?」

「「「「フォォッ!!」」」」

 

 ボクのお礼に後ろのモスノウたちもまとめて返事を返してくれる。お互いの健闘を称えあい、満足したモスノウたちは1匹、また1匹と自分たちの巣穴へ帰っていく。

 

「ハミュハミュ!!」

 

 そんな中、1匹のユキハミがボクの足元に擦り寄っていた。

 

「君は……ユキハミ、君もボクたちを案内してくれてありがとうね?」

「ハミュミュ!!」

 

 ボクたちを巣穴まで誘導してくれたユキハミは褒められたことが嬉しいのか、目を細めて明るい声で鳴いてくれた。今回の異変はこの子がいなければ解決できなかったのだ。影の功労者という意味では1番の功績かもしれない。

 ……もっとも、カブさんが1人で解決していた可能性もゼロじゃないけどね。

 

「さて、じゃあ挨拶もできたしそろそろ行こうか」

 

 気づけばあれだけいたモスノウたちも、このユキハミとこの子の親と思われるモスノウしかいなくなっていた。おそらくみんな帰ったのだと思われる。ボクたちも先に進むために足を動かそうとして……

 

「ハミュ……」

「……ユキハミ?」

 

 ボクの靴下を加えて離さないユキハミによって足を止められた。

 

「どうしたの?そんなに強くくわえちゃうと君を引きずっちゃうよ?」

 

 危ないから引き離そうとしてもテコでも動かない強い意志でくっついてくる。

 

「う〜ん、どうしよう……」

「どうしようも何もフリア。きっとこの子、フリアについて行きたいんだよ」

「え?」

 

 ユウリの言葉に半信半疑になりながらもユキハミを見つめる。

 

「そうなの?」

「ハミュ!ハミュ!!」

 

 元気に答えるユキハミから感じ取れるのは肯定の意。

 

「けど……」

 

 ユキハミが行きたいと言っても親がそれを許すとは思えなくて、視線を前に向ける。ボクの視線を受けたモスノウはゆっくりと、そして暖かな目をしながら頷いていた。

 

「本当にいいの?」

「フォォォォッ!!」

「ハミュゥゥッ!!」

 

 モスノウとユキハミ、親子の遠吠え。ここまで言われたら、断る訳には行かないよね?それに……ボクだって、新しい仲間が増えるのは嬉しいから!

 

「じゃあ……行こう!!ユキハミ!!」

「ハミュ!!」

 

 モンスターボールを高らかに投げる。そのボールに自分からぶつかりに行ったユキハミは赤い光とともにボールの中に吸い込まれていく。数回の揺れを行ったモンスターボールはそのままポンと軽快な音を立てて静止した。

 

「……」

 

 まだ少しだけ積もっている雪の上で止まったそれを拾い、もう一度投げる。

 

「出ておいで!!ユキハミ!!」

「ハミュ!!」

 

 ボールから飛び出したユキハミは元気よく返事を返したあと、もはやボクの手持ちたちのおなじみの場所となった頭の上に着地し、気持ちよさそうに、そして楽しそうに鳴きながら軽く揺れ始める。

 

「よろしくね。ユキハミ」

「ハミュミュ〜」

「……ありがとう。そしていってくるね。モスノウ」

「ハミュ!!」

「……フォォォォッ!!」

 

 ボクとユキハミの言葉を聞き、深く頷くモスノウ。まるで『我が子をお願いします』と言っているように聞こえるその鳴き声を残し、空に舞っていくモスノウを見届けたボクたち。

 

「さぁ、新しい仲間も加わったし、どんどん先に進もう!!」

「「「お〜!!」」」

 

 ここですることは本当にもう無くなった。ならば次に進むだけだ。

 

 

 

 

 先へと進み始めるボクたち。その頭上からは先程飛び立ったモスノウによるこおりのりんぷんが舞い、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

 

 それはまるで、ボクたちと、ユキハミの新しい冒険の門出を祝っているような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




吹雪編

ようやく終わりですね。
最初の予定では、じつはユキハミを仲間にすることと、穴掘り兄弟を出すことしか考えておらず、雪も少しだけ降っててたまたまユキハミと出会う程度にする予定だったのですが……気づけば物凄く壮大なことに……
ここまで聞いて察した方もいるかもですが……はい、サイトウさんもここで出てくる予定はなかったです。
けどウルガモス(この子も追加されたお話)とレイドバトルするなら4人にしたいし、ならここから出すのが面白いかもということで出番が早まっています。
個人的にも書きたかったので構わないんですけどね。
こういうお話があった方がアニポケぽいかななんて思いながら書いてました。
……さて、次はどうしましょうかね?

カブ

ストーリー的にはむしろダンデさんが助けに来てたかもですね。
だけどカブさんの方が今回は適任です。
なんせ吹雪で道が余計に分からないところに方向音痴の人なんて向かわせたら……

ポフィン

感想でも書かれていましたけど絶対サイトウさん、ポフィンの餌付けに引っかかりそうですよね。

過保護なユウリ

なんででしょうかね?

ウルガモス

こちらもなぜわざわざこんなところに……?
これだけ強ければそんじょそこらのポケモンなんて返り討ちにしそうなんですけどね……?

ユキハミ

ということでフリア君のガラルでの5匹目……つまりフルパの6匹が埋まりましたね。
予想された方は当たってましたか?
一方でまだ2匹枠が余っているユウリ。
こちらもあと誰が仲間になるでしょうか?
お楽しみに……




さて、前書きに書いてあるお知らせなのですが……

世間を騒がせている某ウイルスのワクチンを近々受けることになりました。
私の周りでも感染者が出ているので受けられる時に受けようという事なのですが……はい、副作用怖いです。
今のところこの作品は定期更新を心がけており、数分の遅刻が1回あったくらいで一応ずっと守れてはいます。
ただ、副作用が出て休む日が増えるとこの定期更新が守れない可能性が高くなります。
この作品、プロットはあってもストックはゼロですからね……
なのでこの先もしかしたらちょくちょく定期更新がされない可能性があることを言っておきます。

毎回楽しく読んで頂いてる方には申し訳ないですかその時はご了承くださいませ……

……さすがに小さい頃肺炎球菌の集合体を患って入院し、医師に「生きているのが不思議です」なんて言われた経験がある身としてはちょっと怖いので……

せっかくここまで続けられているので、私としても定期更新は続けたいなぁと言う気持ちです。
できる限りは書いていくのでよしなにお願いします。

少し長くなりましたね。
要約すると……

ワクチン摂取します。
この作品が更新されなかったら副作用でダウンしていると思ってください。

以上です。

ではまた次回。


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44話

グラードンとウツロイドの色違いには出会えましたけどラティアスが未だに出ません……
この間に12匹の色違いと出会いました……
どうして……


「ふぅ……ふぅ……おま、ちを……」

「ふた、りとも……はや、い……よ……」

「ああ、ごめん。またちょっと休憩入れる?」

「そうしましょうか。無理やり進んで足を怪我していては大変ですし」

 

 預かり屋を出て数日。

 

 途中途中キャンプを行って一歩、また一歩と無茶をしない範囲でゆっくり進んでいたボクたちはナックルシティへの入り口があるナックル丘陵へ向けて足を運んでいた。ワイルドエリア最北端にあるこの地域は、レベルが高いと言われているワイルドエリアの北の中では大きな町が近いせいか割とおとなしいポケモンが多かったりする。少なくとも今のボクたちにとっては特に障害にもならないレベルだと思われる。しかし、この場所の辛い所はここに行くまでの道の険しさである。というのもこのナックル丘陵に行くためには巨人の帽子、または巨人の鏡池という場所を通過する必要があるんだけど……この二つの区域、ほぼ全てがかなり勾配の激しい坂道である。

 

 テンガン山なんて目じゃないのではというレベルで激しい勾配の癖にロッククライミングできるような凹凸がなく、まあ何とか人間が登れるかなくらいの勾配なため頑張って歩くしかない。中には自転車で爆走している人も見かけるけど……なんて脚力しているんだろう。太ももパンパンになってそうだ。

 

 そしてそのある意味ナックルシティへ向けての洗礼をうちのメンバーではセイボリーさんとユウリがしっかりとうけることとなった。いや、正確にはボクとサイトウさんも受けてはいるけど、ボクは旅の経験の多さから、サイトウさんは普段から空手で体を鍛えているからこれくらいの壁はそんなにつらくはない。けど今回が初めての旅のユウリと、明らかに体力系ではないセイボリーさんはかなりつらそうにしている。確かにこの上り坂かなり勾配があるのもそうだけど、それ以上に長い。とにかく膝に来るこの勾配に二人は着実にダメージを負っていた。

 

 普段からこんな道なんて通らないから当然と言えば当然。だから休み休み行動していたんだけど……それでもつらかったみたいだ。

 

 ちなみに今回ボクたちが選んだ道は巨人の鏡池の方だ。別にどっちでも構わないんだけどこちらの方が少し距離が短い。ただ距離が短いということはその分勾配が急になりやすいという意味でもあるんだけどね。山道が蛇行になっている理由だ。

 

(そういう意味ではこっちを選んだのはミスだったかも……)

 

 まあ進んでしまったものは仕方ないのでゆっくり休みながら行くことを提案するボクとサイトウさん。

 

「いえ、大丈夫……です」

「私も……まだいけるよ……」

「ですが二人とも息がかなり上がってますよ……?」

「うん、ここはしっかり休んだ方が……」

「「だ、大丈夫……!!」」

 

 しかし意地でも休まずに頑張ろうとする二人。う~ん、ボクが無茶をしようとすると怒るのに……ちょっとムッとしちゃう。

 

「「くっ、いつまでも二人の背中を追いかけるだけなのは悔しい……!!」」

 

 何か聞こえた気がしたけど……サイトウさんと顔を見合わせてそこまで言うならということでとりあえずこのまま進むことに……

 

「あ、そうですよ!いいことを思いつきました!!ヤドラン、ユンゲラー!出てきてワタクシを浮かせるのです!」

「あ、ずるい!!」

 

 手持ちを取り出したセイボリーさんはいつしか足を怪我した時と同じようにサイコパワーで自分を浮かせて楽をし始めた。

 

((それでいいんだ……))

 

 サイトウさんとどこか思いが重なった気がしたけど……まあいいや。しかしこうなるとユウリがちょっとかわいそうで……

 

「裏切者!!私にはそんなことできる子いないのに!!」

「ふふふ、これがワタクシのエレガントな作戦!!ワタクシだけが楽を出来れば良いのです!!」

 

 なんだかセイボリーさんが別の人に見えてきた。いつものようにこのままセイボリーさんをいじる流れになるのかななんて思ったけど、どうもそれだけの気力も残っていないようで、何とかいい返しながらもそれでも肩で息をしている。

 

 ふわふわと浮きながら高笑いしているセイボリーさんと膝に手を当てて辛そうにするユウリがまるで今までの弄りのお返しと言わんばかりな状況に少しだけおかしな気持ちになる。このまま2人の漫才を見てもいいんだけど……先に進むとなる以上やっぱり何かしらの手は打たないといけない。

 

「しょうがないなぁ……キルリア、出てきて。あとサイトウさん。このリュック、しばらくの間持ってもらってもいい?」

「ええ、構いませんが……何をするのですか?」

「まぁ、ちょっとね?」

 

 懐のボールからキルリアを呼び出し、ボクのそばに待機。その間にリュックをサイトウさんに預けて自分の体を身軽な状態にしておく。そのままの状態でユウリに近づき、手助けをする準備へ。具体的にいえばユウリに背中を向けてしゃがんだ状態だね。

 

「ユウリ、おいで?」

「ふぇ?」

 

 いきなりのことに変な声をあげてしまうユウリ。一瞬目の前の状況が理解できなかったのか首を傾げるものの、ボクの背中を見て何を言いたいのか理解し、慌てて自分が平気ということを見せるためか、直ぐに体を起こして飛んだり跳ねたり足踏みをしたりする。

 

「だ、大丈夫だよフリア!!ほらこの通り……あ……」

 

 しかし急にそんな激しい動きをするものだから体がぶれ、膝が笑ってしまい崩れ落ちそうになる。そこをなんとか尻もちを着く前に手を取ってコケないようにする。

 

「口ではそう言っても体は限界みたいだよ?ほら、大人しくボクに任せなさいな?」

「で、でも……流石にフリアの体力が……」

「ボクの方こそ、体力は全然あるよ。ユウリから見ても分かるでしょ?」

「そうだけど……」

 

 体は辛いかもだけどそれ以上に甘えることに抵抗があるのか難色を示すユウリ。

 

「セイボリーさんがあれだけズルしてるんだからユウリもズルして甘えればいいんだよ。ね?」

「えと……ほんとにいいの?」

「本人が言ってるから大丈夫だよ。ほらおいで」

「……うん。ありがとう。じゃあ……失礼するね?」

 

 再び背中を向けてしゃがみこむ。今度はちゃんと甘えてくれたようでゆっくりとボクに体重がかかってくる。ユウリがしっかりと背中に乗っかってきたのを感じたボクはゆっくりと腰を上げてユウリを持ち上げていく。いわゆるおんぶだ。

 

「えっと、その……重くない?ほんとに大丈夫?」

「平気だよ。むしろ軽いくらい。あれだけ食べてるのに体型維持できるのは素直に尊敬するなぁって改めて思ったくらいかな?」

「うぅ……」

 

 あのユウリがしおらしくなってしまっているのがちょっと新鮮で面白く、ついついいじってみたくなるけどあまりいじわるすると何されるか分からなくてちょっと怖いのでこの辺にしておいて前に進む。けど、もちろんこのまま進めばいくらユウリが軽いと言ってもしんどいのは目に見えている。なんせボクより軽いとはいえ、2人分の体重が脚にかかってくるのだから。だからこそさっき呼んだ頼もしい仲間の出番だ。

 

「キルリア、お願いね」

「キルッ!!」

 

 後ろからキルリアがサイコパワーでユウリを支えるとボクとユウリの体が少しふわりとする。ボクとユウリの体が少し軽くなったあかしだ。

 

「フリア、これって……」

「ボクだってエスパータイプが仲間にいるんだよ?」

「むう、それってやっぱり私が重いってことじゃん!」

「違うってば。その証拠にボクにもかけてもらっているから。あとは……キルリア、回復お願いね」

 

 ボクの言葉とともに頷きながらいのちのしずくを放ってユウリを回復させていく。

 

「ふくらはぎとか膝がつらいでしょ?これで少しは楽になればなって。サイコパワーで浮かせてもらってるから体への負担も減るし回復速くなるんじゃない?」

「そ、そこまで考えて……」

 

 キルリアのサイコパワーは人を浮かばせるほどの力はないものの、少し補助するくらいの力は十分にある。出力そのものは高い方だからボクに近ければ近いほど力は発揮できるしね。これで重力による筋肉の疲労も防げるし、何ならいのちのしずくで回復させてあげることができるからユウリにとってものすごく癒しになるはずだ。そのためのこの行動。

 

「ユウリも休めるしボクも楽して動けるまさに一石二鳥の作戦でしょ?」

「あ、ありがと……」

「いえいえ~」

 

 最近ボクがあんまり旅の先輩としての行動できていなかったからこういう時くらいは先輩というところを見せなきゃね。

 

「よかったですねユウリさん」

「な、何がですか!?」

 

 これでカバンもボクがしっかりと持っていたら本当にかっこよかったと思うんだけど……ボクのカバンは背負うタイプだからおんぶとなると邪魔になっちゃうんだよね。前に回すのもちょっとおかしな話だし……

 

「はぁ……おっきな背中だなぁ」

「そう?ボクとユウリってそんなに身長変わらないと思うけど……」

 

 ……年下の女の子よりも身長が少し低いことに若干の悲しさを感じるけど気にしてはいけない。

 

「そういう事じゃないもん。バカ」

「ちょ、ユウリ?頭ぐりぐりしないで!?な、なんかくすぐった……ひゃわぁ!?」

「フ、フリアも変な声上げないの!!」

 

 そんなこと言われても前髪が首筋をくすぐってきて物凄くこしょばいんだから仕方ないじゃない!!

 

「もう……ふぁ、わあ……」

「眠い?」

「少しだけ……」

「寝ても大丈夫だよ。なれない坂道で疲れたでしょ?ゆっくりお休みなさいな」

「うん……ありがと……そうするね……」

 

 ほどなくして背中から聞こえる一定リズムの呼吸音。やっぱりそれなりに疲れがたまっていたみたいだ。

 

「……ちょっと進む速度落としましょうか」

「そうしてもらえると助かるかな」

「了解しました。辛くなったら言ってください。その時はわたしがゴロンダしかり、ゴーリキーしかり、呼び出して変わりますので」

「うん、ありがと。その時はお願いするね」

 

 とはいっても変わるつもりはあんまりないんだけどね。というより変われないといった方が正しいかもしれない。

 

(こうも背中から服をがっしり掴まれたら……ねぇ)

 

 肩甲骨あたりに感じる握りこぶしのような感覚。それに少しの微笑ましさを感じながらボクたちはゆっくりとナックルシティへ足を進めていった。

 

「さぁヤドラン、ユンゲラー!進むのです!!ワタクシの楽のために……って二人とも足並みをそろえなさい!!じゃないとワタクシの体が……ぎゃあああ!!!」

 

 ……視界の端で叫んでいる変態は視界に入れないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがナックルシティ……すごいなぁ……」

 

 あれから無事にナックル丘陵に到着したボクたちは、ナックルシティへの入り口の前に立つリーグ委員の人にバッジのリングケースを見せてエンジンシティまで制覇していることを証明。

 

 しっかりと確認してもらったのち、門をくぐって中に入ったボクたちを迎え入れたのは天高くそびえたつお城のような建物であるナックルスタジアム。中世の城壁をそのまま残したようなその外観も合わさってものすごく歴史的な景観をにおわせる風景は、機械的な壮大さを見せつけてくるエンジンシティとは全く違う空気で圧倒してくる。

 

 エンジンシティのような近代的な空気はなく、むしろタイムスリップしたかのような空気を感じるほどで、町の賑わい具合なんかもこちらの方が圧倒的なようにも見える。店の並び具合もすごく、ブティックや美容師、カフェ、等々……ついつい目移りしてしまいそうなほどだ。個人的にはエンジンシティよりも空気感は好きかもしれない。

 

「ガラル全体を見ても歴史の深い街の一つですからね。それこそ宝物庫にはガラルの伝承に伝わる大切な資料がたくさん保管されていると聞きます」

「ガラルの伝承というと……エンジンシティのスボミーインとか、ターフタウンの地上絵とかが関係しているあれかな……?」

 

 もはや懐かしくも感じるけどその実まだ数日前に見たばかりのこの地方の伝説。気にならないと言えばうそになるけど関わったらかかわったでそれはそれで大変そうだなぁというのが今のボクの感想。正直シンオウの伝説とかかわった経験からくるにろくなことにはならなさそうなのでできれば穏便に行きたいかなあなんて……。とはいえほかのことは大いに気になる。

 

「これはすごいなぁ。他のところもしっかり見て回りたいかも!」

「それはいいですね。わたしも回りたいところがあるのでぜひ行きましょう」

「行こう行こう!!サイトウさん甘いもの好きだったよね?ここにもバトルカフェあるみたいだから一緒にいこ!!」

「それはとても魅力的なんですが……まずはポケモンセンターで休みましょうか。……二人とも今は少し休みたいみたいですし……」

「あれ?」

「うう……うう……」

「うおえ……」

 

 サイトウさんに言われて後ろを振り向くとそこには顔を真っ赤にしてうずくまるユウリと顔を真っ青にしてふらふらしているセイボリーさんの姿。どうでもいいけど2人の顔色が真逆でなんだかおもしろい。

 

「えっと……二人とも大丈夫?」

「「大丈夫じゃないです……」」

「でしょうね……」

 

 セイボリーさんはなんで大丈夫じゃないかわかるんだけどユウリはなんで大丈夫じゃないのか。サイトウさんは察しがついているみたいだけど……。よくわからないけどとりあえず二人ともつらそうにしているのだけはわかったのでまずはポケモンセンターへ。お店は逃げるわけじゃないから回るのは明日からでもいいはずだ。

 

 まだ日は少し高いけどもう少し立てば夕方に差し掛かる。長旅の疲れもあるだろうし、ナックルシティに到着したとはいえ、実はこの町は次のジムがある場所ではない。このナックルシティにもナックルスタジアムがあるんだけど、ここに挑戦できるのは後4つのジムバッジを集めた時……つまり、ここは8つ目のジムバッジがある場所だ。すなわち、ここナックルスタジアムは最後のジムである。

 

 エンジンシティの時と同じように他の場所を回ってここに戻ってくる必要があるってことだね。

 

 では次のジムがどこにあるかと言うと、ここから西にある6番道路へと向かい、そこを抜けた先にあるラテラルタウンという場所に4つ目のジムが存在している。

 

 言ってしまえばここまで長い時間をかけて旅をしてきたけどまだ目的地に到着はしていないということだ。

 

 ナックルシティに初めて来たということで軽く観光こそするけど、おそらく明後日か明明後日くらいにはもうここも旅立つことになる可能性がある。だからこそサイトウさんはこの疲れをちゃんと抜くためにも今日は早めに休もうという提案をしたというわけだ。

 

 現にこのまま観光を続けちゃうと明日の丸一日がセイボリーさんとユウリの回復で潰れちゃって観光時間が逆にへりそうだしね。

 

 まずはポケモンセンターでみんなを癒し、それからスボミーインへ。その予定でボクたちの足を進めようとして……

 

「あ、おーいフリア!ユウリ!」

「ん?」

 

 どこからかボクたちを呼ぶ声。それが気になりあたりをキョロキョロ見回してみるとこちらに駆けてくる特徴的なサイドテールが見えてきた。この髪型をしているボクの知り合いは一人しかいない。

 

「久しぶりね。テレビで活躍は見てたからそろそろ来るかななんて思ってたけど……想像よりちょっと遅かったわね。何か問題とかあった?」

「久しぶりですソニアさん。何もなかった……とは言えないですけど、概ね楽しく冒険させてもらってるのでボクたちは平気ですよ。そういうソニアさんは研究ですか?」

「そうそう。ここナックルシティには重要な資料が沢山あるからね」

 

 エンジンシティ以来の再会となるソニアさんだ。ガラルの伝承について調べるために色々旅をしているみたいだけどいまはちょうどここを調査している時だったらしい。

 

(となると調べているのはさっきサイトウさんとの会話の話題に上がった宝物庫にある資料とやらが関係しているのかな?)

 

「すみません、フリアさん。少しいいですか?」

 

 そんなこんなで少し久しぶりな人との会話に思わず弾んでしまいそうになる所をサイトウさんに声をかけて振り向く。するとそこにはいよいよ倒れそうになっているセイボリーさんが……

 

「わわわ!?セイボリーさん大丈夫!?」

「わたしが一足先に彼を連れて行っておきます。フリアさんはユウリさんと一緒に彼女とのお話を」

「いや、でもサイトウさんに押し付けちゃうのは……」

 

 申し訳なさが大きいためその提案は承諾しかねる。女性に男性の介抱を任せるというのがどうにも気が進まない。けどサイトウさんはそっとボクの胸に手を当て、明確に手助けを拒否してくる。

 

「どうもあなたとユウリさんは彼女と会うのが久しぶりなようですね。友との会話は大事だと思います。ここはわたしに任せて会話を楽しんでください」

「でも……」

「では、これは貸しということにしましょうか。どこかでちゃんと返してください。これならどうでしょう?」

 

 少しいたずらに微笑みながらそういうサイトウさん。ここまで言われてしまうと断ったら逆に失礼な気がしてしまうレベルだ。実際ソニアさんと久しぶりの再会だし、少しお話したいなとも思ってはいた。ここは素直に甘えてしまおう。

 

「じゃあお願い。借りは明日バトルカフェを奢るでどうかな?」

「ふふふ、それは楽しみですね。期待しておきます。ではお先に失礼しますね」

「うん、また明日!」

「ま、またあした……」

 

 明日の約束を終えてサイトウさんはセイボリーさんをゴロンダを呼び出して抱えてもらいながらポケモンセンターの方へ歩いていった。そんな2人をボクと、赤くなりながらも何とか声を絞り出したユウリと見送りながらソニアさんの方へと視線を向ける。

 

「今の子は?」

「女の子の方がガラル空手の申し子のサイトウさんで、シルクハットの人がセイボリーさん。サイトウさんがかくとうタイプのエキスパートで、セイボリーさんがエスパータイプのエキスパートですね。2人とも強いですよ」

「フリアがそう言うってことはかなりの実力なんでしょうね……ところで、ユウリはどうしたの?まさかまたなにかしたの?」

「いつの間にボク常習犯みたいな扱いになったんですか?」

「……」

 

 未だに顔を赤くしながら下を向いているユウリを不審に思うソニアさんは、ボクに対してジト目を向けながら聞いてきた。この状況下でボクを疑うのは分かるけど……そんなにボクは毎回問題を起こしてるだろうか……そんなことないとは思うんだけど……今回だって単純な善意からの行動だし。

 

「足が疲れて可哀想だったからおんぶして運んであげただけなんだけどなぁ……」

「絶対それが原因だと思うんだけど……」

「で、でも本当に疲れててしんどそうで……おんぶしてあげたらすぐ寝ちゃいましたし……」

「だから!それが原因!!」

「ぅー!ぅー!」

「ちょ、ユウリ!?」

 

 ポカポカとボクを叩き始めるユウリ。痛くはないんだけどどう対処していいかわからなくてあたふたしてしまう。

 

「はぁ……わたしが離れている間に物凄く仲良なっちゃって……」

「あ、あの……助けて貰えません!?」

「嫌よ。あなた達の間に入ったらギャロップに蹴られちゃうじゃない」

「どういうことですか!?と、とにかくユウリも落ち着こ?ボクが悪いなら謝るから……ね?」

「……わかった」

 

 ようやくユウリがおさまってくれたことにほっと一息。どうやらいつの間にかユウリの触れてはいけないところに触れていたみたいだ。今度から意識して気をつけよう。

 

「お久しぶりですソニアさん。それとごめんなさい……」

「うん、久しぶり。それと気にしないで。あんたはあんたでしっかり頑張りなさい」

「……?は、はい。頑張ります?」

「……なるほど無自覚か」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したユウリとソニアさんが少し変わった会話を繰り広げる。なんだろう、女性同士しか分からない何かとかなのかな?ヒカリがいればなにかわかったのかもだけど……

 

「まぁ、とりあえず落ち着いたということで……話が大きく変わるんだけど、フリア。あなたに聞きたいことがあるの」

「ボクにですか?」

「ええ。確かあなたってシンオウ地方チャンピオンの推薦でジムチャレンジに参加してるのよね?」

「はい、そうですけど……」

「じゃあシンオウ地方チャンピオン……シロナさんの仕事を手伝ったこととかある?」

「それはまぁ、何回か経験が……なるほど」

 

 ここまで来てようやく理解した。

 

 シロナさんはシンオウ地方チャンピオンであると同時に考古学者の側面も持っている人だ。シンオウ地方の歴史を紐解くために色んな場所を資料片手に飛びまわり、ついに伝説と語り継がれるポケモンと出会い、当時手伝いをしていたボクたちとそのポケモンを巻き込んだ大きな戦いに発展した事件は未だにボクの記憶に新しい。

 

 そして今、ボクの目の前にガラルの伝承を紐解くために色々な場所を駆ける女性が1人。別に彼女は考古学者という訳では無いけど、その姿はとてもシロナさんとタブって見える。そしてそのことはおそらく本人が1番自覚しているということなのだろう。

 

「つまり、シンオウ地方で考古学の一端に触れた経験のあるボクからの意見が聞きたいってことですか?」

「ええ。話が早くて助かるわ。わたしが自力で解決出来れば最高なんだけど、正直そんな簡単なことなら先駆者がいてもおかしくないと思うの。きっともっともっと深い何かがあるはず……なら、参考にするのにあんたほどふさわしい人いないでしょ?ガラルの住人でないってところもポイントが高いわね。わたしたちでは分からない客観的視点の意見を出せるもの」

「なるほど……」

 

 もっともな意見だ。特におかしなところもないし、反論することも無い。ただ……

 

(あの事件、酷かったんだよなぁ……ああならないといいけど……)

 

 シンオウ地方で起きた大きな事件。正直あまりいい思い出ではないのであれに似たようなことが再発するなら出来れば触れたくないというのが1番なんだけど……

 

(ここまで期待されてると断るのもなぁ……)

 

 ものすごく真剣な目で見つめてくるソニアさんの期待を裏切りたくない言うのも大きい。なにかに真っ直ぐ頑張る人というのは自然と応援したくなるものだ。

 

(……しょうがないよね。だって手伝いたいんだもん)

 

「分かりました。ボクがどこまで役に立つか分かりませんけど手伝います」

「ホント!?ありがとう!!」

 

 手を軽く叩きながら飛んで喜ぶソニアさん。その姿を見るだけで手伝うことを選んでよかったなって思ってしまう。

 

「じゃあ早速行きましょう!!ユウリも着いてきて!!」

「え、わ、私も!?」

「視点はできる限り多い方がいいもの!!さ、はやくはやく!!」

 

 そう言いながらボクとユウリの手を持って走り出すソニアさん。いきなりのことにバランスを崩しそうになるものの、何とか立て直してついて行く。

 

「って、ついて行くのはいいんですけどどこに行くんですか!?」

「そんなの決まってるじゃない!!」

 

 ボクの質問に対してソニアさんは足はとめず、しかし首だけをこちらに向けて素晴らしい笑顔で言い放つ。

 

「ナックルシティの宝物庫!!安心しなさい。許可は取ってあるから!!」

「宝物庫……」

 

 この地方の歴史の財産。その中心。少しだけ、ボクの心が跳ねた。

 

 ……なんだかんだでボクも、こういうのは好きなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






あれかなり急ですよね。
リアルだと登りたくないです。

おんぶ

フリア君は意外と体力、力共にありますが、しなやかな筋肉なためあまりそう見えないです。

サイトウ

なんだかここのサイトウさんすごく大人では……
の割にはちょっとおちゃめに……
甘いものを食べている時のキラキラした顔がすごく脳裏に着いているのでオフの時はこんな感じかもと思いながら書いています。
解釈違いならすみません。

ソニア

久しぶりですね。
相変わらず伝説巡り。
しかしこうやって改めて見直すとフリア君ほど意見を聞くのに適任な人いませんね。
割と自然な流れにできたのではと思います。、

セイボリー

いつもの
おまたせ
ネタわく()
ごめんなさい、本当にこういう扱いするつもりなくてもついついなってしまうんです。
書きやすすぎて困ってます……




ここ好き機能ってみなさん使ってますか?
私は使い方よくわからなくて使ったことないです。
総数とかの表示基準とかもよく分からなくて……
私が少しこのサイトで書かなくなっていた間に色々変わってますね。
気分は浦島太郎です。
この作品にもいくつかして頂いていますね。
して下さった方、感謝です。

お気に入りも600を超え評価ポイントも1000を超え……本当にありがとうございます。


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45話

「ガラルの英雄伝説。その謎を紐解く鍵がようやく……!!」

「ソ、ソニアさん!!」

「興奮するのは分かりましたから少し落ち着いて……」

「あぁ、ご、ごめんなさい」

 

 少し興奮気味に進んでいたソニアさんがようやく落ち着いてくれた事で少し呼吸を整えて周りの状況を確認する。ボクは構わないんだけどユウリが疲れてるからね。そんなに無理やりにされるとこの先の見学の途中で集中力が切れそうだからこういう時は落ち着かないと。

 

 ソニアさんに手を引っ張られてボクたちが来たのはナックルシティの繁華街を西に抜けて、ボクたちの本来の目的地がある6番道路へと続く道の途中にあるひとつの建物。厳重に鍵をかけられている両開きのその扉は一目でこの先に重要なものを置いていますと言ってるように感じるほど、その存在感を示していた。両開きの扉の上にあるドラゴンを象徴するかのようなエンブレムも拍車をかけているようにも見える。建物自体も小さい訳ではなく、石造りの数階建てでどっしりと構えるその建物は見ただけで頑丈さが伝わってくる。

 

「これが宝物庫……」

「普段はしっかりと鍵がかけられて誰も入れないようになっているの。まぁ、当たり前よね」

「宝物庫ですからね」

 

 当然今のボクたちが扉に手をかけて力を入れたって空くわけがない。試しにユウリがそっと手をかけて引いてみるとボクたちの予想通り扉がゆっくりと開いて……

 

「え、あれ!?空いちゃったけど勝手に開けてよかったの!?」

「宝物庫の意味とは一体……」

「うそ、この扉の鍵はジムリーダーがしっかりと管理しているはずなんだけど……」

 

 まさかの出来事にソニアさんもびっくり。これでは誰でも簡単にここに入れてしまい、宝物庫の意味をなさないと思う。けどそんなボクたちの焦りなんか嘲笑うかのように宝物庫の扉はそのまま綺麗に口を開けてボクたちを歓迎する準備を整えていた。

 

「……これ、勝手に入っていいと思う?」

「流石にダメなのでは……?」

「私もダメな気が……」

 

 今の状況に少し呆れながらソニアさんの言葉に返していく。ここの見学の許可を貰っている以上この宝物庫を管理している人と合流をし、注意点を聞いてから一緒に行動するというのが筋というものだと思う。ボクが相手側ならこんな貴重品を知らない人に見せるのだから警戒するはずだしね。

 

「やっぱりそうよね……けどこの扉を開けたまま放置ってのもなんだが……」

「じゃあ閉めちゃいましょう。それこらゆっくり待てば大丈夫ですよ……きっと」

 

 多分。メイビー……なんて呟きながら開けられた扉の取っ手を掴んでゆっくりと閉じようとして……

 

「おお、音がしたと思ったら来てたんだな。随分と遅かったじゃないか」

 

 扉の中から声が聞こえ、たった今ボクが閉めようとしていた扉の動きがピタリと止められる。

 

 いきなり聞こえた声にびっくりしてしまい、思わず手を離して後ろに下がってしまう。その位置から声が聞こえた扉の奥の方へ視線を向けると中から1人の男性が出てくる。

 

 サイトウさんのような褐色の肌にスッキリとした印象を受ける甘いマスクでありながら、口から少し覗く八重歯がアクセントとなってやんちゃさも感じさせる。瞳の色は緑がかった青で、耳にはシンプルなゴールドのピアス。側頭部と後頭部を刈り上げた髪型の上にオレンジのバンダナを巻いており、服装はネイビーのユニフォームの上にドラゴンポケモンのお腹を想像させるようなデザインのパーカーを羽織っていた。そして何より目を引くのはその身長と体の細さ。誰がどう見てもモデル体型と答えそうな見た目をしたその人物はナックルシティがジムリーダー、ドラゴンタイプを統べるガラル最強のジムリーダー、キバナさんだ。

 

「よう、待っていたぜ。宝物庫を見たい人がいるってダンデから連絡があったから誰かと思ったらダンデの同期だった研究家の姉ちゃんと、ダンデの推薦者……それとシンオウチャンピオンの推薦者じゃねぇか。こりゃまた時の人が来たもんだな」

「どうも初めまして。フリアです」

「ユウリです」

「今回宝物庫の見学を許可してくれてありがとうございます。ソニアです」

「ナックルジムのジムリーダー、キバナだ。よろしくな」

 

 言葉遣いと八重歯のせいで少し荒っぽく感じるものの、少し視線を上にあげて目を合わせたら見える垂れ目がそこはかとなく面倒見のいい優しいお兄さん感をにじみだしていた。差し出された手からもわかるように、想像よりもかなり優しいというか友好的というか、とにかく関わりやすそうな人だなぁという印象だ。

 

「しかし……なるほどなぁ。パッと見じゃあ分かりづらいけど、確かにダンデが注目したのも頷けるな。それに、カブさんとの試合も見させてもらったぜ。面白い戦い方するよなお前ら。見てて面白かったぜ」

「「あ、ありがとうございます……?」」

 

 これは褒められていると取っていいんだよね?しかしジムリーダーと会う度に何かしらの情報が既に渡っているというか、見られているというか……これはこの先のジムリーダー全員に目をつけられてそうで少し怖い。

 

「いやぁ、本当ならすぐに戦ってみたいところなんだが……あいにくオレ様と戦えるのはバッジを7つ集めた後だ」

「はい。よくわかってます」

「なら結構。できる限り早く来てくれよ?オレ様のジムとなるとそもそも挑戦者が少なくてな……意外と暇なんだよ」

「だから今回も宝物庫の中でスマホロトムを触っていたと……?」

「それについては悪かったって」

 

 ボクとユウリに対して発破をかけているところに向けられるソニアさんからのジト目。まぁたしかに、宝物庫の許可を出している側の人なら普通は宝物庫の入口で待ってそう……というか、中で待たれていたらお客であるこちらとしては勝手に中に入るしか出会う方法がないため永遠と外に待つことになる。そういう意味でも外で待ってて欲しかったと言うソニアさんからの気持ちは痛いほどわかる。

 

「本当ならオレ様も外で待ちたかったんだがな……この時間は繁華街の近いこの辺りは人通りが多いんだよ。別にファンサービスはいくらやっても構わないんだが……お前たちを待たせてまでする訳にはいかないだろ?だから今回は外で待ちたくても待てなかったんだよ」

 

 一方のキバナさんの意見。

 

 どうやらガラル最強のジムリーダーと言うだけあって、こちらもダンデさんに負けず劣らずかなり人気があるみたい。確かにキバナさんの周りにファンが集まるのは本来ならとても微笑ましいことだと思うんだけど、今回のように誰かと待ち合わせとなるとそうはいかないだろう。変装という手も考えられるけど、この宝物庫の前で、となるとここを管理できる権限を持つ人がそもそもキバナさんしかいない以上、バレるのは時間の問題な気もする。

 

 ……集合場所からしっかり決めておけば大丈夫な気はするけど。

 

「まぁ、そういうことだ。って、ダンデのやつにもそう伝えたからよろしくとは言っておいたんだが……伝わってなかったか?」

「元凶はダンデくんか……」

 

 バトルとか事件が起きるととても頼りになるいい人のはずなんだけど……方向音痴と言い今回のことと言い、どうもあの人はポケモンバトル以外のことはポンコツになってしまうみたいだ。なんだかそれが少し面白くて頬がちょっとだけ緩んだ気がした。

 

「まぁ、こうして無事に集合できた事だしいいじゃねぇか。さて、それじゃあ早速本題に入るわけだが……確か、タペストリーが見たかったんだよな?」

「「タペストリー?」」

「……何も話してないのか?」

「この子達を連れてくることはさっき決まったばかりだから説明する時間がなかっただけです」

「こういうところはダンデさんに似てますよね。ソニアさん」

 

 少しせっかちというか、目的に進み始めたらちょっと周りの声が遠くなるというか。方向音痴を発揮しているダンデさんもこんな感じだった気がする。ある意味お似合いなふたりなのかも……?

 

「はぁ、しゃーねぇ。とりあえずガラルの英雄伝説を調べているならここで見たいものと言えばタペストリー以外ない。それについて移動しながら説明するか。ついてきてくれ」

 

 呆れたような声を上げながらキバナさんが宝物庫内の奥へと歩き始める。置いていかれないように慌てて追いかけるボクたちは、キバナさんが開けた、恐らく2階へと通じるのであろうと思われる階段への扉を一緒にくぐる。

 

「この宝物庫で1番大事に保管されているのがさっき言った英雄伝説のタペストリーだ」

 

 石畳の階段はとても綺麗にととのえられており、靴で地面を叩く4人分の音が綺麗にこだましてどこか耳が心地いい。キバナさんの説明の言葉も反響して聞こえるこの空間は、外の賑やかな声もあまり伝わってこないため、この空間だけ違う場所なのではと錯覚してしまいそうなほど雰囲気が違う。

 

「このタペストリーは英雄伝説を後世に伝えるためにかなり昔から作られたものでな。曰く、過去にガラルで起こったことを記しているのではとその手の人たちの間ではまことしやかに噂されてるって話だ」

 

 しばらくすると再び耳に入ってくる外の喧騒。どうやら2階のタペストリーとやらがある部屋へ行くには1度外へ出る必要があるみたいだ。オレンジ色の夕日に照らされたナックルシティはそれはそれは風情のある素敵な眺めだった。そのまま石畳の階段を昇っていけば視界に入るのはこの宝物庫に入る時にも見かけた木製の大きな扉。1階のものに比べるとやや幅は狭いものの、それでも存在感はしっかりと放っている。

 

「まぁその実、なんでこんなものが作られたのか、どんな技術で作られたのか。なんでこんなに綺麗な形で今まで残されてきたのか……謎が深まる代物ではあるんだがな」

「そうなんですか?」

 

 キバナさんの言葉の真偽を確かめるためにソニアさんに視線を向けると、ソニアさんも顎に手を当てながら考え込むような表情をする。

 

「確かに……歴史書で読んだ限りだとブラックナイトが起きたのは3000年前の事と言われているわ」

「そんな昔から!?」

「そんな太古から受け継がれている重要なものなんだ。しっかりとその目に焼き付けろよ?」

 

 3000年だなんて昔過ぎて全然想像出来ない……。

 

(シンオウ神話とどっちが先なのかな……いや、さすがにあの子の方が早い気がするけど……)

 

 一応伝承ではあの子が生まれたことによって時間が生まれ、あの子の心臓が鼓動を刻むごとに時間が進むと言われているからその文面をそのまま受け取るならあの子が先……だけど伝承はあくまで伝承だから本当かどうかはわからない。あの子が3000歳に見えないっていうのが大きいのもあるんだけどね。

 

(今どうしているんだろう)

 

 懐かしいあの子のことを思いながらキバナさんが開く扉をじっと見つめる。木がきしむ独特の音がこだまする中ゆっくりと開かれるその扉はボクたちを中へと誘っていく。

 

 階段と同じ石造りになっている内装は想像よりも天井が高く、天から差し込んでくる光が奥に飾られているタペストリーを綺麗に照らしており、その空間は人工物で囲まれているはずなのにどこか幻想的に見えた。

 

「これがこの宝物庫で一番重要なものとして保管されているもの……英雄伝説を伝えるタペストリーだ」

「これが……」

「ガラルの歴史……」

「凄い……ようやく見れた……!!」

 

 皆思い思いの感想を口にしながら掲げられたタペストリーを眺めていく。

 

 飾られているタペストリーは四枚あり、左から順番に……

 

 空を眺め、ねがいぼしを見つめる二人の若者が描かれた絵。

 

 そんな若者の前に突如降り注ぐ災厄が描かれた絵。

 

 その災厄を追い払わんと光り輝く剣と盾を見つめる若者が描かれた絵。

 

 無事災厄が追い払われたのか、王冠をかぶり明るい空のもとで向かい合っている若者が描かれた絵。

 

 ……と、ストーリーがつながっているように見える形で並べられていた。

 

「ガラルに王国ができるまでのお話をつづったと思われるお話……これがそうなのね」

「ターフタウンの地上絵と見比べるとずいぶん雰囲気が違いますね……なんていうか……マイルドになっている?」

「確かに、ターフタウンの地上絵だけの印象だとなんだかものすごくやばいポケモンに襲われているところしか書いていないから怖さがあるけど、こっちは最後まであるからわかりやすいというか……最後がハッピーエンドに見えるから心理的に見やすいのかも」

「それにしても綺麗に保存されているのね……本当に3000年も昔の出来事なの?」

「流石に何回か補修は行われているはずだけどな。それにしてもここまできれいな形で過去のものが残っているっていうのは世界的に見ても珍しいものらしくてな。今でもその手の研究者でにぎわうこともあるぜ」

 

 意見を交換しながらタペストリーを眺めてガラルへの歴史への考察を深くしていくボクたち。

 

「う~ん、これを見る限り、ブラックナイトを止めたのはこの二人の若者よね?」

「二人の若者が剣と盾を使ってブラックナイトを追い払ったってことですよね?」

「ええ。そういう事ならエンジンシティにある英雄の像との辻褄はある程度合うんだけど……そうなると今度は人数が合わないわね」

 

 ユウリとソニアさんの頭の中に思い出されているのはおそらくエンジンシティのスボミーインにおいてあった英雄の像の姿だろう。一人の若者が剣と盾を携えて吠えていたあの像。あれもまたガラルを救った伝説の英雄の姿だというのならこの時点で食い違いが起きている。

 

「英雄が一人か二人って結構違いそうなものだけど……同じ伝承でもこんなに差があるものなの?」

「あくまで伝承だからね。人伝いのうわさって結構違いが出てくるものだよ?」

 

 ユウリの質問はもっともだけど日常生活から考えると実はそんなにおかしいことではなかったりする。一般的に人は他人から十のことを話されたとして、どれくらいの話が正確に伝わっているかと言われると平均的には七割と言われている。勿論、その人への興味があったりだとか、メモを取っているか否かでこの割合は変わるけど、メモも道具もなく、話を聞くだけだと大体このくらいだ。そしてこの話を次の人に伝えるべく、話してもらった人が別の人に伝えたとして、ここでもまた七割しか伝わらなかったとすれば……間に一人を挟むだけで最初の人が言いたかったことの五割弱しか伝わっていないこととなる。ここで例えるならボクからソニアさんへあることを伝えて、ソニアさんがユウリにボクが言ったことを伝えたとして、ボクが言いたかったことをユウリは半分くらいしかわかっていないってことだ。

 

 伝言というのはひどく頼りないもので、こうやって伝わっていく間に次々と話の内容というのは書き換えられたり、曲解して伝わってしまう。それが3000年も前の話となるとそんなことは当たり前で、むしろこうやってタペストリーや、地上絵として形あるものとして残って伝わっていることの方が珍しい。

 

「ボクもシロナさんのお手伝いで何回かこういったものに触れてきた経験はあるけど、やっぱり食い違いや間違い、デマも少なくなかったよ。その出来事について調べるだけなら実はそんなに難しいことじゃないんだよね。一番大事なのは情報をたくさん手に入れたうえで、どの情報が正しくて、どの情報が間違っているのかを取捨選択して、最後のゴールにたどり着けるかの判断だってシロナさんが言ってたんだ」

「情報の取捨選択……」

「そこが難しいからこそ、日々研究者が頭を悩ませているんだけどね……」

 

 ソニアさんもね。なんて続くボクの言葉にユウリも一緒に視線を向けるとずっと考え込んでいるソニアさんの横顔。いま彼女の頭の中ではたくさんの情報が渦巻いているはずだ。

 

「ねぇフリア」

 

 そんな中でぽつりとつぶやくソニアさん。

 

「シンオウ地方での食い違いって例えばどんなことがあったの?」

 

 知りたいのはシンオウの伝承について。他のサンプルからヒントを得てみたいといったところかな?

 

「そうですね……食い違いってほどのものじゃなかったですけど、シンオウ地方ではとある神話があって、その神話に出てくるポケモンの話や、ポケモンを象った像とかがあったんです。けどやっぱり神話というだけあって伝承が正しく伝わっていたというわけではなく……少し深く話しますね。シンオウ神話に伝わっているポケモンは神と呼ばれるポケモンが一匹。そんな神が作った分身が三匹。さらに人々に知識、感情、意思を伝えるために作った子が三匹いたんです。けど、とある町に作られていた神の分身を象った像はどう話が伝わったのか二匹の分身が組み合わさったような見た目をしていて、さらにもう一匹の分身については存在そのものが伝えられていなかったんです」

 

 思い出されるのはハクタイシティに建てられていた像。時を司る神にも、空間を司る神にも見えるその像は、今回の英雄が一人なのか、二人なのかの議題を作っている現象とそこはかとなく似ているような気がした。

 

「結果的には分身は三匹全員存在をちゃんと確認できたので、ああこの像はあの二匹が組み合わさったものなんだなってわかったんですけど……それまでは伝承では二匹と言われているのに何で石像では一匹なのかってものすごく話題になっていましたよ。まあふたを開けてみたら実は分身は三匹だったって感じで予想の斜め上をいったんですけどね」

「成程……ってことは今回もどちらか正しいことは言っているけど、スボミーインの英雄の石像、ターフタウンの地上絵、このタペストリーだけではわからない予想外なこともある可能性が高いってことかしら」

「当たり前と言われたら当たり前のことではあるんですけどね……あまり役に立てたかどうか……」

「いいえ、なかなか面白いお話だったわ。ありがとうね。……ちなみに、あなたは今までの情報をもとに、どう推理するのかしら?」

「ボクの推理ですか……?」

 

 突如振られるソニアさんからの大きな質問。正直あまりここの伝承について詳しく知ろうという気持ちがこの宝物庫へ来るまで大きくなかったからボクが持っている情報自体がかなり少ない。

 

(もっとも、ソニアさんが聞きたいのは手札が少ない他地方の人だからこその意見だとは思うんだけど……)

 

 しかし過去の経験からいろいろな予想を立てられそうだなぁとは思う。シンオウ神話では時も空間も裏の世界も、意思も感情も知識も、全てがポケモンによってもたらされたものだった。そして今回のガラルの伝承。ターフタウンの地上絵が頭に雲を浮かべた巨大なポケモン……ダイマックスしたポケモンが暴れている様子を描いたものなのだとしたら……あれがブラックナイトをちゃんと表しているものなのだとしたら……

 

「若者の人数は一人なのか二人なのかは正直判断することはできません。どっちの可能性もありますし……けど……」

「けど……?」

「ブラックナイトを解決した若者か、はたまた剣と盾の方か……どちらかはわかりませんけど……」

 

 シンオウ神話と同じく、それこそ神と称されるようなポケモンがかかわっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました。いい経験をさせてもらいました」

「気にすんな。オレ様も注目の選手に会えてよかったからな。お前たちならオレ様にそう遠くないうちに挑みそうだし……期待してるからな。それじゃあな」

「「ありがとうございました!」」

 

 ナックルジムの方へと歩きながら手を振るキバナさんにお礼を言いながら見送るボクたち。既に日が落ちて若干暗くなった道を歩いて行くキバナさんの後ろ姿が見えなくなるのを確認してからボクたちもスボミーインへと歩いて行く。

 

「あなたたちもありがとうね」

「いえ、ボクも貴重なものを見させてもらいましたし」

「私はよくわからなかったんだけどね……」

「むしろ普通はわからないわよ。フリアの経験が豊富なだけ。本当に、わたしよりも年下なのになんでそんなに詳しいのよ……ちょっと自信なくすんだけど……」

「あ、あはは……運がいいだけですよ」

 

 少し苦笑いしながら話すユウリと若干落ち込んでいるソニアさん。ただ自分で言うのもあれなんだけど比べる相手が悪いというかなんというか……この年で神と呼ばれるポケモンに触れて、神話を確認した人ってどれくらいいるんだろう……?

 

(あれ?もしかしてボクって自分で思っているよりもやばい人間なのかな……?)

 

 深く考えたらおかしくなりそうなのでとりあえず放っておこう。とにかく今日はユウリを背負って歩いたり頭を使ったり色々したからつかれた。速く休んで明日の観光を楽しみたい。ソニアさんも今日の仕事は終わりみたいで、取っている宿も一緒の模様。恐らくこの後の夕食も一緒のホテルでとるんじゃないかな?

 

「そういえば、フリア。ガラルは……ジムチャレンジはどう?」

「凄く楽しいですよ。新鮮で、どこみても新しいことが多くて、一緒にいて楽しい仲間もいますしかなり充実しています」

「そっか、それはよかったわ」

 

 ね?って言いながらユウリにも確認を取るとユウリも嬉しそうに頷いてくれる。少なくとも楽しいと思っているのはボクだけじゃないみたいで安心だ。それから少しの間、別れた後の話で盛り上がっていると途中でソニアさんの表情が少し暗くなる。

 

「……ねぇフリア。ホップとは連絡とってる?」

「そういえば……最近は取ってないかも……何かあったんです?」

「それが……」

 

「「……え?」」

 

 ソニアさんから聞かされた話。

 

 それはどうやらホップがスランプに陥ったとのこと。

 

(大丈夫かな……)

 

 その話を聞いてボクは少し、自分の過去をホップに重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キバナ

顔面偏差値600属のお方ですね。
たれ目なのがギャップ凄いなぁと……

神話

ポケモンの世界自体があの神様が作ったらしいのでおそらくシンオウ神話の方が昔だと思うんですが……伝承は伝承なのでどっちが古いのか……
ガラルの3000年の歴史もかなり古いと思うんですよね……
それにしてもタペストリーで残すってまた斬新というか新しいなって。
こういうのって石板とかのイメージなのでその時代にはすでにタペストリーを作れるほどの文明があったことに……
ポケモンの過去って思いのほかハイテクなのでは?

ポケモンの年齢

神話の話を組み合わせると彼らは最低でも3000歳は超えることに……
どれだけ生きてるんだ……

情報の取捨選択

これは今のネット環境でも言えそうですね。
踊らされないように注意しましょう。

ハクタイシティ

あの像凄いですよね。
本当にどっちにも見えます。
リメイクでもその像は映ってましたね。楽しみです。

フリア

そんな神のポケモンにたいして「あの子たち元気かな?」なんていう中学生がいるらしいです。

ホップ

当然ながら彼も先に言っているのであのイベントはもう終わってます。
つまりは……




絵が描けたら挿絵なんかを入れてわかりやすくしたいんですけどね。
残念ながら私に絵の才能はないのでここにつくことはないです。
がんばって文字で描写します……


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46話

季節の変わり目ですね。
天気も不安定で体調も崩しやすいですが元気に行きましょう。

……実は個人的には雨の方が好きなので、これくらいの天気の方が私は過ごしやすいです。


 ガラルの英雄伝説について描かれたタペストリーを見るために宝物庫を訪れた次の日。いろいろ頭を使ったり、気になることを聞いてしまったため少しだけ不安や懸念点の多い夜を過ごすことになったたものの、結論としてはホップのことも、英雄伝説のことも、現状ボクに出来ることは残念ながらないので一旦置いておいて、今日はせっかくのナックルシティ観光日ということで全力で楽しむことにしたボクたちは、もはやおなじみとなったメンバーで今日も今日とて楽しく一緒に過ごしていた。

 

 勿論ホップのことが気にならないというわけではないけど、落ち込んでいるところに下手にボクたちが声をかけるよりかは、今ホップと一緒に旅をしているであろうマリィに任せる方が原因などをよく知っているため対処はしやすいだろうし、もしボクたちも手助けをしないといけないほど深刻ならマリィに連絡を入れてほしいとメールを入れてあるのでたぶん大丈夫なはずだ。

 

 ……それにポケモントレーナーをやっているとスランプの一つや二つは普通に経験してしまう。

 

 厳しいことを言うとこの壁はいつかちゃんと乗り越えないといけない壁だ。

 

 何よりもボクがそうだったから……。

 

 勿論ボクにアドバイスできることならどんどんしていきたい。それに、どちらにせよボクたちがこれから行く先に間違いなくホップたちはいるんだからおのずとアドバイスをする機会はやってくる。それよりも今は吹雪事件、ワイルドエリア縦断、英雄伝説の考察と、かなり体と脳を酷使してきてまだ疲れが抜けきっていない現状でこの先にある高低差の激しく、ガラルの中では日差しも強くかなり暑い場所と言われる6番道路を抜けるのはさすがに危険と判断。ホップたちと再会する前にケガをしましたなんてことになったらそれこそ笑い話にもならないので焦る気持ちはひとまず抑え込んで、体を休めて備えることに決めたボクたちは予定通りの場所へと足を運んでいた。

 

「イーブイ、『でんこうせっか』!!」

「ペロッ!?」

 

 素早く走り出したイーブイが、相手のペロッパフにぶつかり大きく態勢を崩す。ここまでたくさんの攻撃を受けていたため限界が近いのかフラフラしているペロッパフ。それでもまだ頑張ろうと踏ん張るものの、そんな大きな隙を見逃さられる訳もなく……

 

「エレズン、『ようかいえき』!!」

 

 エレズンより放たれるこうかばつぐんの技をしっかりと受けてしまい目を回して倒れていく。

 

「ペロッパフ戦闘不能!!よってこのバトル、フリア選手、ユウリ選手の勝ち!!」

 

「「いえ〜い!!」」

「ブイッ!」

「エレ〜!」

 

 審判からあがるバトルの終了の宣言を合図にハイタッチするボクたち。ユウリとのダブルバトルは久しぶりだったからどうかな?なんて思ったけど、この前よりも息ピッタリな連携が取れてとても楽しかった。イーブイとエレズンも楽しかったようで、イーブイはもとよりあのビビリなエレズンまでもが喜んでいるのが少し嬉しかったり。

 

「いやはや、噂通りやはりお強いですね〜。あなた方と手合わせできて光栄ですよ。後でサイン頂いてもよろしいですか?」

「えと……は、はい」

「サ、サイン……相変わらず慣れないかも……」

 

 2人でバトルの結果に満足し、喜んでいるとそんなことをお願いされる。ガラルに来てジムチャレンジを進めていく中で写真やサインをせがまれることも多くなってきたこの頃。ただ自分の名前を少しアレンジして書くだけなのにどうしてこんなにも恥ずかしいのか。何度しても慣れないし、恥ずかしいからどちらかと言うとあまりしたくはないのだけど、こうして今目の前で「ありがとうございます!」と歓喜しながら大切そうに色紙を抱える姿を見てしまうとやってよかったなと思えるから不思議だ。

 

「さて、向こうはっと……」

 

 自分のサインから目をそらすように別のバトルコートを見てみるとセイボリーさんとサイトウさんのペアも勝ったみたいで、ボクたちと同じようにサインをせがまれていた。自分で言うのもなんだけど、ジムチャレンジの注目選手が4人もいるこのお店はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 

(まったり観光するつもりなのにこの調子だと難しいそうだなぁ……でもここには来たかったし……)

 

 思いのほか目立ってしまったためお店に迷惑がかかってないか心配だったけど、店員さんもみんなと一緒にはしゃいでいるから多分大丈夫だと思われる。

 

「皆様本当にお強い!!注目選手と各ジムリーダーから推されるのも頷けます!!……さて、そんなお客様には我々に勝利した報酬をお渡ししないといけませんね」

 

 っと、そういえば今ボクたちがどこにいるか言い忘れていたね。

 

「こちら、今回の勝利者限定スイーツ。ビークインのあまーいはちみつ、『ダイミツ』を使った『ダイミツモモンパフェ』になります!!」

「「「おお〜!!」」」

 

 バトルコート近くの席に置いてある大きく、甘そうなパフェ。

 

 ここはバトルカフェ、ナックルシティ支店。昨日サイトウさんと約束した通り、ボクたちはバトルカフェでスイーツを堪能していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ん〜!!おいひい〜!!」」」

 

 1口食べた瞬間に広がるモモンの実とダイミツの甘みが広がっていき、幸せな感覚を強く伝えてきてくれる。ほっぺたが落ちそうなほど美味しいそのふたつの味は、ターフタウンで取られた牛乳から作ったクリームとこれまた綺麗にマッチしており、まろやかで舌触りがよく、それでいて全然くどくない爽やかな甘さになっている。

 

 惜しい点と言えば、どうやらこのダイミツというのがなかなかに貴重らしく、一日にお店で出せる量が決まっていることくらいかな?今日ここで食べられているのも、バトルで勝ったことと、ジムチャレンジで注目されているからという理由だと思うので少しずるをしている気がしなくもないけど……甘いものには逆らえませんでした。

 

「これがダイミツモモンパフェ……噂以上の美味しさだよ〜」

「これは売り切れるのも納得かも……本当に美味しい……」

「やはりこのパフェは素晴らしいです。木の実もクリームもダイミツも、全てがお互いを引き立てあっているのでいくらでも食べられちゃいそうです」

 

 ユウリ、ボク、サイトウさんと感想を口々に言いながら次々と口の中に運んでいく。その度に飽きない甘さのせいで思わず口からため息を零してしまい、その美味しさに感動。そして落ち着いたらまた食べての無限ループだ。本当にいくらでも食べられてしまいそうでちょっと怖い。

 

「よくそんな重そうなものを軽く食べられますね……」

「甘いものは別腹だからね。セイボリーさんは食べないの?」

「ワタクシは結構です。見てるだけで胸焼けしそうですよ……」

「勿体ない……」

 

 紅茶を優雅に飲みながら眉を少しゆがめるセイボリーさん。このパフェの美味しさを感じないなんて勿体ない。次いつ食べられるかも分からない貴重なパフェなんだから少し食べるだけでもすればいいのに……余ったものはボクたちが食べるし。

 

「ねぇ?みんな」

「ブイッ!!」

「ハミュッ!!」

 

 ボクの言葉に返事を返してくれたのはイーブイとユキハミだけだったけど、他のみんなも口の中に食べ物があるから喋らなかっただけで幸せそうな顔を浮かべながらスイーツを食べていた。もちろんボクの手持ちだけではなく、ユウリやサイトウさん、セイボリーさんの手持ちのみんなだって美味しそうに食べていた。

 

「自分で作るのもいいけどやっぱりお店のものはひと味もふた味も違うなぁ〜」

「私はフリアが作ったポフィンも大好きだけどなぁ……」

「わたしも同意です。ここのお店に負けないくらい美味しいというのはわたし達が保証しますよ」

「ありがと……ほっぺのクリームがなかったらもっと様になってたんだけどね……2人とも動かないでね」

 

 机の端に置いてある紙ナプキンを使ってほっぺについたクリームを拭き取ってあげる。2人ともしっかりしているところは本当に頼りになるのにふとした時に実年齢以上に幼く見えてしまうから困る。こういうところはヒカリやジュンのような手のかかるメンバーと一緒だなぁって思ってしまい、ついついお節介が出てしまう。

 

(あの2人も大概だったからなぁ……)

 

 今頃ホウエンでシロナさんとなにかしてるのかななんて思いながらちゃちゃっと拭き終わったため、紙を小さくまとめて端によけておく。

 

「すいません。ありがとうございました」

「あ、ありがと……」

 

 素直に礼を言って再びパフェにスプーンを向けるサイトウさんと、顔をうつむけて手を止めてしまうユウリ。二人の反応の落差に苦笑いを浮かべながら、ボクも再びパフェを食べ進める。

 

「う~ん、本当に何度食べても飽きないし美味しいし……木の実もものすごく新鮮というか、鮮度がいいよね」

「瑞々しさが違いますからね。果汁と言い甘さと言い最高です」

「バトルカフェの商品で余った木の実も少し分けてもらえたからその木の実でポフィンを作ってみてもいいかもしれないね。甘くておいしいものが作れそうかも」

「それたべさせてもらってもいいですかっ!?」

「うおわぁ!?」

 

 ダンッ!!と机に手を叩いて音を立てながら顔を近づけて迫ってくるサイトウさん。あまりの迫力にびっくりしてしまい思わずのけぞり、椅子に座ったまま後ろに倒れそうになって……

 

「うわわわ……」

「っと、何をしているんですか」

「あ、ありがとうセイボリーさん」

 

 セイボリーさん本人が持つサイコパワーで椅子がピタッと止まり、まるで逆再生されたかのようにゆっくりと元の場所に戻ってくる。その分サイトウさんにまた顔が近づくため顔を少し引くのは忘れない。

 

「す、すみません……こんなにおいしい木の実からフリアさんの手作りポフィンが作られると思うと絶対に美味しいなと思いましてつい……」

「あはは……期待されるの自体は嬉しいから気にしないで。素材の良さを殺さないかが心配だからもしかしたら失敗しちゃうかもだけど……」

 

 ボク自身は確かにポフィンを作ること自体は可能だけど職人というわけではないから本家の人と比べるとどうしても見劣りしてしまう。このパフェだって、ボクでも似たようなものを作れるとは思うけど、クリームの泡立て具合だとか、ダイミツの調合量だとかは専門家の方が明るいのは当然だからどうやったって負けてしまう。ボクにポフィンづくりを教えてくれたヒカリならその限りではないんだろうけど……

 

(あれ、そういえば……)

 

 ポフィンのことを考えている間にふと気になったことがあったので周りを見渡してみると、ボクが探しているポケモンが見当たらない。そのポケモンの持ち主であるユウリに視線を向け、気になったことを質問する。

 

「ねぇユウリ……」

「はい!!なんでしょう!!」

「えっと……本当にごめん、ゆっくり落ち着いてから質問するね?」

「は、はいぃ……」

 

 いまだにほんのり顔が赤いユウリが勢いよく顔を上げてボクに対しては普段使わない敬語での返事。どうもほっぺを拭かれたのがボクの想像以上に恥ずかしかったらしく、今の今までずっと困惑していたみたい……なのかな?

 

(うむむ、ヒカリやジュンにする時の癖でついついやってしまったけどよくよく考えたらあまりしない方がいいよね?今度から注意しておこう)

 

 誰だっていきなり顔を触れるのは嫌だからね。しっかりと反省しながらようやく落ち着いてきたユウリの状態をしっかりと確認して今度こそ聞きたかったことを質問する。

 

「ふう……よし!お待たせフリア。何か聞きたいことあったんだよね?」

「うん。ヒンバスの姿が見えないなぁと思って……もしかして今疲れて眠ってたりするの?」

「ああ、ヒンバスのこと……大丈夫、今も元気いっぱいだから平気だよ!ただちょっと外に出るのは待ってもらっててね?……あ、来た!」

「ん?」

 

 ユウリが店の奥に視線を向けて待ちわびたかのような声を上げる。その動きにつられて視線を向けると店員さんが一つの水槽を持ってきていた。

 

「お待たせしました。これくらいの大きさで大丈夫でしたか?」

「はい!ありがとうございます!!待たせてごめんね?出てきて、ヒンバス!!」

 

 その水槽を確認したユウリが嬉しそうに懐のボールからヒンバスを呼び出す。呼び出されたヒンバスは水の中が気持ちいいのか、一度水面から元気よくはねた後、嬉しそうに遊泳を始めた。物凄く大きい水槽というわけではないのでもしかしたら少し窮屈かもしれないけど、久々の水中がよほど満足いったのか、特に文句を言いそうな感じには見えない。

 

 ユウリの言っていた通り、いたって元気なようでちょっと安心だ。

 

 ヒンバスのような水中を主な活動拠点としており、地上でも活動はできない事はないけど、あまりそのように体ができていないポケモンはこうして定期的に水中で自由に動けるようにしてあげないと体調を崩しやすくなってしまう。他に例を挙げるならトサキントやコイキングがこれに該当するかな?人間の体が繊細なのと同じようにポケモンだって繊細なところはあるため、こういうストレスを発散できる機会というのはかなり大事だったりする。そういったところをしっかりと意識できるようになっているあたり、ユウリもトレーナーとして順調に成長しているようで感心感心。

 

(ボクも似たポケモン持ってるしね。今頃楽しそうに泳いでいるんだろうなぁ)

 

 水槽に顔を近づけて青色のポフィンを上げているユウリと、それを食べながら嬉しそうに旋回するヒンバスを見ながら手持ちの子を思い出す。

 

(……あれ?)

 

 そんな微笑ましい光景を見ていると、ふとヒンバスの違和感に気づく。

 

「ねぇユウリ。ヒンバスのそれ……」

「ああ、これ?」

 

 旋回を沢山しているせいで少し見づらい所をユウリが呼び止めて見えやすいようにヒンバスを誘導してくれる。ボクが気づいた異変にセイボリーさんとサイトウさんも気づいたようで、興味深そうにその部分を眺める。

 

「ある日ヒンバスの体を拭いてあげていたら変わっていたんだ。もしかしたら何か体調を崩したサインなのかなって思ったんだけど、ヒンバス自身が全然元気そうだからよくわからなくて……」

「ふむ……鱗が1枚だけ変わった色をしていますね……」

「変わった色……というか虹色ですね。凄く綺麗な色をしていますが……これは自然にこんな色に変わったのですか?それともどこからか持ってきたのですか?」

「それが全然わからなくて……フリアなら何か知ってるのかなって」

 

 セイボリーさんもサイトウさんもヒンバスのこの変化は初めて見るようで首をかしげていた。一方でユウリはもしかしたら大切な仲間が病気か何かなのでは?と思っているのか、少し不安げな表情を見せる。正直このユウリの不安を解消させてあげたいと言う気持ちはあるんだけど……

 

(う~ん、勿論答えは知っているんだけど……どうせなら何も知らない状態でその姿を見届けてびっくりしてほしいんだよね……)

 

「うん。ボクは知っているよ。大丈夫、これは別に体調を崩していたり、病気にかかっているわけじゃないから安心して?」

「本当……?」

「うん。ボクが保証する。ユウリは引き続きちゃんと青色の……渋い味のポフィンをちゃんとあげてね。あ、ポフィンの在庫ある?」

「そういえば今ので最後かも……」

「ワイルドエリアでいろいろあったもんね……はいこれ。少ないけどとりあえずこれでつないでくれる?またすぐ作ってあげるから」

「うん……ありがとう」

 

 ボクの言葉は信じているけど不安が解消されたわけじゃないから安心できない……といった表情を浮かべるユウリ。少し申し訳ないなんて思う気持ちが膨れるけど……やはりこのポケモンに関してはちゃんとその目で見て感動して欲しい。だからここは心を鬼にして隠す決断を貫き通す。

 

「大丈夫……信じて。ね?」

「……わかった。フリアを信じる。こういうってことは、きっと凄いことが起きるから楽しみにしててってことだよね……楽しみにしてるね」

「その気持ちの3倍位は期待してくれても大丈夫だと思うよ」

「そんなに凄いことが起きるのですか?」

「それは是非ともワタクシも知りたいですね……」

 

 サイトウさんとセイボリーさんもかなり気になっている様子で、なんなら今の時点で既にうずうずしている。さすがに気が早すぎると思うけど、それはあくまで全てを知っているボクだからこその感想であって、何も知らない彼女たちからすれば何が起きるのか気になって仕方がないだろう。2人にも是非とも見て欲しいよね。

 

「きっとみんな感動するよ」

「感動……?そんなことが起きるの?」

「うん。だから楽しみに━━」

「マミュミュ!!」

「んみゅっ!?」

 

 していてね。と続くはずだった言葉は顔面に覆いかぶさってきたマホミルによって遮られる。突如顔を襲ってくる甘く優しい香りについつい落ち着いてしまいそうになるところを何とか耐えて引き剥がす。まるでイタズラ成功とばかりに微笑むマホミルに相変わらず毒気が抜かれてしまい、結局そんなに怒らないで終わるあたり、自分の甘さがよくわかってしまう。

 

「全くもう……楽しい?マホミル」

「ミュミュ〜」

 

 それはもう嬉しそうにくるくる回りながら自分の感情を伝えてくる彼女になんだかこちらまで癒されてしまう。先程まで不安そうな顔をしていたユウリも、ちゃんと決められたのかその表情は柔らかくなっており、セイボリーさんとサイトウさんもボクとマホミルのやり取りが面白かったのか微笑みながらそれぞれの食べ物、飲み物を頂いていた。

 

 あまり時間をかけてしまうとせっかくのパフェが溶けてしまうので……いや、溶けかけのアイスはそれはそれですごく美味しいから良いといえば良いんだけど……それでも溶けきってしまう前に食べてしまいたいと思い、マホミルから視線をパフェに戻し、再びスプーンを持つ手を動かしていく。

 

「……あれ?マホミル?」

「ミュ?」

 

 すると先程ヒンバスに感じた違和感と同じようなものをマホミルにも感じたため改めて視線をマホミルに戻すと、マホミルの側頭部2箇所にいつもはつけていないものがついていた。

 

 ついているものの正体はこのバトルカフェで売ってあるアメざいくのひとつで形的にベリーアメざいくと呼ばれているものだ。

 

「どうしたの?それ」

「ミュミュミュ〜」

 

 マホミルが差す指の先を見つめると、ここの店員さんがおまけでつけておいてくれたのか、みんなが食べているスイーツとは別に、さらに何個かのアメざいくが入った皿が置かれており、こちらもみんながみんな幸せそうな顔をして食べていた。どうやらマホミルの側頭部に着いているこれもあそこから取ってきたということだろう。

 

「ミュミュ?ミュミュミュミュ?」

 

 まるで、『どう?似合ってる?』とでも言ってるかのようにボクに近づいて目の前を左右に揺れ動くマホミルの姿がこれまた凄く愛おしく、ついつい頭を撫でながら感想を伝える。

 

「うん。凄く似合ってて可愛いよ」

「ミュミュ〜……」

 

 褒められた喜びと、撫でられた気持ちよさから目を細めながら鳴くマホミルに再び癒される。

 

「けど、あんまり食べ物で遊んだらダメだよ?ちゃんと残さず食べてね?」

「ミュ〜!」

 

 ただ、クリームポケモンであるマホミルだからこそ許される芸当であることに変わりはないので一応注意はしておく。ボクの言葉に鳴いて返事をしながら、楽しそうにみんなの下に戻っていくマホミルに今の言葉が効果を成しているとは思わないけど……

 

「ごちそうさま〜。う〜ん、美味しかった〜!!」

 

 なんてマホミルとじゃれている間にユウリがパフェを完食し、満足気に手を合わせた。彼女の宣言通り、目の前の容器には何も残っておらず、パフェの姿はどこにもない。とは言うものの、ボクの容器内のパフェもかなり減っており、全体的に見ればあと1、2割くらいしか残っていない。サイトウさんもかなり減っているのでボクたち2人が食べ終わるのもそう遠くないだろう。

 

「本当にぺろりと完食しましたね……一体その小さな体のどこにしまわれるのか……」

「なんですかそれ、身長マウントです?」

「単純に不思議に思っただけですよ。やはり女性はみんなこういうものなのですかね?」

「ボク男なんだけど……?」

「……う〜ん、この紅茶とケーキも実にエレガント。感謝を込めてゴチソウサマですね」

「……」

 

 あからさまに視線を逸らして誤魔化すセイボリーさん。まぁいいけどさ。今更身長は諦めてるし、小さくて困ったことないし。

 

 ジト目でセイボリーさんを見ながらもボクも完食し、サイトウさんも無事完食。手持ちのみんなも大変満足したのか、幸せそうに伸びており、1部のポケモンはその満腹感と多幸感からお昼寝に入ってしまった子も見える。その光景がこれまた微笑ましく、ごちそうさまと手を合わせながらその光景を眺めている。

 

 紅茶を飲んで口の中をさっぱりさせほっと一息。

 

 食休みも兼ねた静かな時間がほんの少しだけ作られて……

 

「さて、ここでしたいことは終わったし……次はブティックに行かない?」

 

 ユウリの一言にボクとサイトウさんが笑顔で頷き、セイボリーさんも仕方ないといった様子で、それでも少し微笑みながら頷くことによって次の目的地が決まった。

 

 今までの激動な出来事とは真反対の、まったりとした観光の時間がこうして過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バトルカフェ

疲れたのでカフェでバトルして休みます。(???)
開幕からものすごい矛盾な気もしますけど、これまでが命に関わるバトルだったのでそれと比べるとかなり気楽に戦えます。
ちゃんとリラックスにはなっているということですね。

ダイミツモモンパフェ

無茶苦茶甘そう。

セイボリー

サイコキネシスは彼自身もちゃんと使えます。
シルクハットの周りに浮くボールがそうですね。
……そう考えるとあの世界、一般人も逸般人ですね……




よくよく考えたらこの作品、R-15すらついていないんですね。
超健全作品です()
……この後の展開次第で増やす可能性はありますけどね、


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47話

ワクチンの副作用、まだ1回目なせいか軽いですね。
暫くは定期更新できそうです。


「ほむ……なるほどねー。こっちの島にいるはずのウルガモスがカブちんのいるところの近くに……確かに謎だねー」

『ええ。なのでそちらで変わったことがないか聞きたいのですが……』

「うーん……」

 

 ここはガラル本島から東にあるとある孤島。

 

 基本的に寒冷寄りであるガラル地方の中ではかなり気温が高い方で、すぐそばにある海は太陽の光を反射して煌びやかにその存在を示していた。遠くに見える巨大なホエルオーは大きく潮を吹き、その上にこの島によく似合う大きな虹を作り上げていた。常夏という言葉が使えてしまいそうなほど爽やかなその島で、猫背の体に緑色のジャージを着た、見た目的にも、声色的にも、物凄く物腰の柔らかい雰囲気を漂わせている老人が、スマホロトムを片手にエンジンシティのジムリーダー、カブと連絡を取っていた。

 

 内容は先日、ワイルドエリアの一角に起きた謎の吹雪事件。その真相は本来いるはずのないウルガモスがモスノウの住処を荒らしたことにより発生した出来事だった。

 

 ではなぜウルガモスは本来の住処である孤島から移動をしたのか。その原因を探るべく、孤島について詳しいであろう老人に意見を求めたく、カブは連絡を取っていた。

 

「とは言うものの、今のところ問題は起こってないんだよねー。ワシちゃんがまだ気づけていないだけかもしれないけどー」

『そうですか……』

 

 一方で老人の方も心当たりがあるわけでは無いのでカブの求めるような答えは返すことが出来ない。孤島に詳しい老人と言えども、流石にまだ起きていない出来事に対して詳しくはないのは当然といえば当然の事。実際、その孤島において問題というのはまだ目立った形では起きていないのだ。たとえ起きていたとしても、現状怪しいと思われるのはウルガモスが1匹移動したというだけ。確証と言うには弱く、他の問題が表面化していない以上、たまたまウルガモスがそんな気分だったと言われてしまえば反論は出来ない。ポケモンというのは未だに謎が多い生き物なのだから。

 

「まぁ、カブちんは今はジムチャレンジで忙しいんだから、このことについてはワシちゃんに任せてねー。何か分かれば連絡するよー」

『ありがとうございます。ぼくの方でも手が空いたら合間合間で調べてみま……お、おいウルガモス、今大事な話をしているんだから……こら、遊ぶのはちょっと待ってくれ!』

「んふふー、カブちんも隅に置けないねー」

 

 プライドが高いウルガモスが電話越しに分かるくらい楽しそうにじゃれているあたりさすがはガラル最強のほのおタイプ使いと言ったところか。傍から聞いてもその相性の良さはよく分かり、きっとこのまま行けばウルガモスは野生に返されることなくカブの手持ちの1匹となるだろう。そうなればカブが表にたって守ってくれるためウルガモスがこの先何らかの処罰などを受けることも無い。その事に老人は微笑み、電話相手には伝わらないであろう頷きを数回繰り返す。

 

『す、すいません。ウルガモスの事やジムのことでまだまだやることが多いので、こちらから連絡をしておきながら恐縮なんですがこの辺りで……』

「ん、べつにだいじょーぶよん。カブちんも、適度に手を抜きながらがんばってねー」

『ありがとうございます。ではまた。失礼します』

 

 プツン。

 

 スマホロトムから通話が切れる音がしたのを確認してそっと耳を離し、孤島にある丘の上に建つ五重の塔の頂上から改めてこの孤島全体をじっくり見渡す。そこまで登った方法は恐らくすぐそばに控える黒色の人型のポケモンが関係していると思われる。

 

「あのウルガモスが追い立てられるほどの問題……」

 

 猫背で柔らかい雰囲気を放つ老人。その背中がゆっくりと伸びていき、猫背の老人と言われたら絶対に嘘だと言ってしまうほどピシッと正しい姿勢を取り戻す。

 

「もしかしたら、久しぶりにワシらも前に出るやもしれんな」

「グゥッ!」

 

 老人は見据える。この先にきっと大きな戦いが起きることを。

 

 先はポケモンの気分の可能性を考えておきながらすぐさまその選択肢を否定する。これは既に何かが起きているぞと、長年の経験から来る勘が反応している。

 

 大空を雄々しく飛ぶ、赤黒く揺らめく大きな影を視界におさめながら、老人はゆっくりと猫背に戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暑い……」

「吹雪で寒い思いをしてこれは……寒暖差激しすぎてやばいかも……」

「これは……昨日休んで……正解、でしたね……」

「とても懐かしいですね。こんな場所でした」

 

 ナックルシティでの観光もひとまず終え次の日、ナックルシティから西に伸びている橋を渡り、6番道路へと足を運んでいた。

 

 6番道路

 

 ナックルシティとラテラルタウンを繋ぐ岩場道で、高低差がかなり激しく、ロッククライミングが出来そうな崖ばかりが連なっており、所々にジムチャレンジャーや一般の人でも通れるように梯子が立てかけられてあるんだけど……命綱もないし、岩場だから当然地面は硬いしで正直言って危険なんてものじゃない。また、この地域の特色なのか、雲が一切なく、ガラル地方の中でも一番の晴天率を誇っており、それもあってか平均気温がものすごく高い。

 

 吹雪の時のような寒さは体の動きを縛っていくため動きづらく、凍った体のせいか怪我をしやすいというのがあるけど、こっちは暑さのせいで体の水分が奪われてとにかく体力が削れる。ユウリの言う通り最近まで寒い中にいたこともあり体温調節が狂いかけているせいか、いつも以上に暑さを感じる。

 

 サイトウさんだけはここが地元に近いのか、はたまた鍛えているせいか、特に苦しいといった表情を見せることなく普通に歩いて行きながら軽快に梯子を上っていく。ユウリとセイボリーさんはもちろんだけど流石にここまで険しい道だと旅慣れしているボクでもかなり疲れが……

 

(っていうか梯子っていうのが嫌だよねこれ……上に登るにはこうしかするしかないのはわかるんだけど、長い梯子の上り下りってそれをしている間が一番虚無だし疲れるんだよね……)

 

 階段なら一段飛ばしをしたり、なんて簡略化しづらいのもめんどくささを感じる要因だ。

 

 また、強い日差しのせいで梯子そのものの熱が上がっているのもいただけない。

 一通り日差しの強いこの場所にずっと置かれている梯子が熱を持たないわけもなく、火傷するとまではいかなくてもずっと握っていると暑さで勝手に手を放してしまいそうになるほどだ。吹雪を乗り越えた事からもうしばらくは使うことはないと思い、しまい込んだ手袋をまた取り出すことになるとは思わなかった。正直こんな梯子を素手で何回も持つなんて御免こうむりたい。

 

 そんなこんなで何回も梯子の上り下りを繰り返していたため流石にみんなの体力が限界に近いということもあり一度休憩。こんな崖だらけの場所でも水源があるらしく、まるで砂漠のオアシスのように存在するその池の近くで座り込んで、各々疲れを癒していく。座り込んで、各々疲れを癒していく。

 

「う~、熱すぎる……これでまだ夏じゃないって本当に言っているの?」

「ここの気温はまだまだ上がりますよ。たぶん、わたしたちがこの前まで吹雪の中にいたせいでより強く暑さを感じているだけですね。これくらいならまだまだかわいい方ですよ」

「これで可愛い方ですか……」

 

 水筒から水を摂取しながら愚痴るユウリに対して説明するサイトウさん。やっぱりこのあたりの地形や性質に詳しいのか、淡々と説明してくれるサイトウさんの声は相変わらず息ひとつ乱れていない。この基礎体力の差は何とも言い難いなと思ってしまう。セイボリーさんなんか今の言葉聞いて軽く絶望してるし……

 

「ジムチャレンジの始まりが春でよかったですね」

「まったくですよ……」

 

 喉を鳴らしながら水を大量に飲み込むセイボリーさんに思わず苦笑いを浮かべながら改めて周りを見渡す。岩肌ばかりで南を向けば絶景でこそあるものの、少し歩けば崖の下へ真っ逆さまとなる途切れた大地。反対を向けば自分の身長をはるかに超えるとてつもなく高い岩壁。ラテラルタウンに行くためには、これをまだまだ登らないとたどり着けないと考えると気が遠くなってしまいそうだ。今見える範囲にもボクたちと同じようにこの先を目指しているジムチャレンジャーが何とも言えない表情を浮かべているのがよく見える。

 

 気持ちがよくわかってしまうのでお互いにがんばろうと心の中で応援はしておこう。

 

「しっかし日当たりがいいだけでもこうはならない気がするんだけど……」

 

 崖以外のところを見ても草や木といった自然なんてほとんど見ることは無く、荒れ果てた地面が広がるばかりで、どことなく荒野といった雰囲気を感じてしまう。数少ない見かけた草でさえ緑のものはなく、そのすべてが枯草色となっており、今にもタンブルウィードが転がってきそうにも見える。日がよくあたるという場所にしたって自然が少なすぎるというか、基本寒冷よりのこの地方ならむしろ日当たりがいい場所では山の側面のように緑が生い茂っていてもおかしくないのでは?と思ってしまう。そんなボクの疑問に対して答えてくれたのはやっぱりサイトウさんだった。

 

「ここが日当たりのいい場所だから気温が高いというのはそうなんですが、もう一つ大きな理由があるんですよ。その理由が……あ、いましたよ」

 

 そういいながらある草むらを指さすサイトウさん。指の先を視線で追うとある一匹のポケモンが目に入る。

 

「あれ……コータス?」

「成程、だから……」

 

 ユウリが見つけたのは草むらの中から顔を出しているせきたんポケモンのコータス。次いでボクもその姿を確認し、サイトウさんの言いたいことを理解する。

 

「この6番道路はコータスがたくさん住んでいる場所でもあるんです。そしてコータスの特性は『ひでり』。彼らがここに存在するだけでこの辺りの日差しが強くなり、自然と温度も上がっていきます。そんなひでりの特性を持ったポケモンが沢山住んでいるとなれば、このあたりが猛暑地帯となり、荒野化してしまうのもある種の自然現象と言っても差し支えないでしょう」

「確かに、不自然に雲がないと思ったんだけど、こういう事だったんだね……納得」

「そういう事でしたら説明がつきますね……ただ、ポケモンが環境に適した姿に変わるだとか、自分が住みやすい環境に移動するという話はよく聞きますが、ポケモンが環境そのものを変えてしまうというのはあまり聞かない話ですね……」

 

 サイトウさんの話にユウリとセイボリーさんも納得の声を上げる。それにしたって天候を一時的に変えてしまうポケモンは数いれど、ここまでたくさん固まって地域一帯晴れさせる例というのは数少ないだろう。

 

 つい最近吹雪を能動的に起こしていた存在と出会ったばかりだからボクたちが言うのはあまり信憑性がないかもしれないけど……

 

 ただ、今のサイトウさんの話を総合すれば、もしかしたら昔はこのあたりも緑が生い茂る自然豊かな場所だったのかもしれないね。そういうことを考えながら、改めて周りを見渡してみると成程、なかなかどうしてこの暑いとしか思わなかった荒野地帯もどこか趣があるように感じる。

 

(このあたりの地層を調べたり、採掘したら化石とかが見つかったりして……なんちゃって)

 

 なんてすこしロマンあふれることを考えている間にそこそこの時間がたっていたらしく、水分補給もちゃんと終わった今、みんなの体力も十分に回復したみたいだ。ボクもこんな暑い中でも唯一外さなかった自慢のマフラーを改めて結びなおして気合を入れる。

 

「さて、だいぶ休めたみたいですしそろそろ行きましょうか」

 

 サイトウさんの声を聴いてみんなで頷きながら立ち上がる。ラテラルタウンへの道はまだまだ半分行くかどうかといったあたりだ。焦りは禁物だけどこんな暑い所に長時間いるのはあまり精神的にしたくないので可能ならば早く抜けてしまいたい。

 

 座っていたことによって凝り固まった体を軽く伸ばしてほぐし、再び先に進むために次の梯子に手をかけようとして……

 

「スビビ?」

「あれ?」

 

 通り道にこちらを見て首をかしげる一匹のポケモンがいた。白色のくねくねした体に、首と思われる部分が丸く膨らんでおり、その部分は薄い茶色のような色をしていて、目は少しけだるげな感じで、ちろちろと舌を出す姿は見た目も近いせいか、アーボに少し似ている気がする。一番のチャームポイントは少し大きく開いている鼻の孔だろうか。ちょっと穴から砂が漏れ出ているあたりあの穴から砂をまき散らしたりするのかな?なんて想像してみる。

 

「スナヘビですね。お散歩でもしているのでしょうか?」

「スナヘビっていうんだ」

 

 ロトム図鑑をかざしてデータを検索する。

 

 スナヘビ。すなへびポケモン。じめんタイプ。穴を掘りながら食べた砂を首の袋にためている。8キロもの砂をためることができる。

 

「へ~、こんな子もいるんだ」

「コータスの話とこの日照りで忘れがちかもしれませんけど、この道路そのものはじめんタイプのポケモンの割合が一番多いんですよ」

「目新しいのはわかりますけど速く先に行きましょう。ワタクシたちはここで道草をイートしている場合ではないのですよ」

 

 そういうセイボリーさんは先に上にあがるために先頭を歩こうとする。ユウリがスカートなのでどっちにしろ男性陣は先に進むことになるんだけど、それを込みにしても本当に速くこの場所から出たいという思いがにじみ出てくるその行動に思わず苦笑い。

 

 こちらを見つめているスナヘビにごめんねと一言謝って先に進もうと、梯子を上ろうとするセイボリーさんに視線を向けて……

 

「セイボリーさん、足元!!」

「ん?」

 

 ユウリが何かに気づき、慌てて声をかけるものの間に合わずセイボリーさんが何かを踏みつけてしまう。皆の視線がセイボリーさんの足元へ向けられ、踏みつけられた物体を探してみると、そこには先ほどとは別の個体のスナヘビがいた。

 

「おっと、急いでいるとはいえこれは失礼。大丈夫ですか?」

 

 先に進みたいとは言え、流石にひどいことをしてまでどけるつもりはなく、自分のせいで怪我をしていないかの心配をするセイボリーさん。そっと自分の目の前まで持ちあげる。

 

(こう見るとスナヘビってかなり全長長いんだね……)

 

 図鑑にも長さが書いてあったけど確か2.2mだった気がする……。セイボリーさんよりも普通に身長が長くてびっくりだ。その証明じゃないんだけど、セイボリーさんが目の前まで持ち上げているのに体の部分は一部地面に残っているし……

 

「セイボリーさん!速くスナヘビを離してください!!」

「え?」

 

 ボクがのんきに観察をして、セイボリーさんがスナヘビの容態を確認しているところに飛んでくるサイトウさんからの焦ったような声。焦った声質から何か危ないことが起こるんだろうけど、肝心の内容が一切想像できていないため、どうすればいいのかわからずフリーズしてしまう。

 

「スナヘビには特性『すなはき』というのがって、スナヘビに衝撃を与えると……」

「ヘッビシュッ!!」

「ボヒャッ!?」

「遅かったですか……」

 

 スナヘビの鼻の穴から勢いよく噴出される砂を思いっきり頭にぶつけらたセイボリーさんが、とても人の口から出たものとは思えない、とんでもない声を上げながら体をのけぞらせる。

 

「凄い砂の量。セイボリーさんの顔が一瞬消えたように見えた……」

「8キロも収納してるもんね。そうなるのも納得だ」

「あ、あにゃたたち!にょんきに感想言ってびゃいで……ぺっ!!く、くちにすにゃがっ!!」

「「……ふふっ」」

「わ、わらうんじゃありましぇん!!」

 

 顔面砂まみれになりながら反論をするも、口の中の砂が滑舌を阻害しているため変な言語しか聞こえない。そのことが面白くてボクとユウリで笑ってしまう。がんばって顔と口についた砂をはがすために四苦八苦しているところが滑稽でさらに笑ってしまう。

 

「お……面白いのはわかりますが……ふふふっ、は、早く先を急ぎましょう」

「あにゃたも笑ってましゅよね!?」

「……なんのことだか」

 

 何とか顔を変えずにしゃべっているけどボクにはわかる。ここからの視点だと、サイトウさんが太ももの裏をつねって頑張って耐えようとしている姿が。いや、声漏れてたけどね?ただ、面白いことには確かに笑っているけど、それでもどこか焦っているように思えるサイトウさん。そこが少し気になったためお遊びもそこそこに、サイトウさんの言葉に耳を傾ける。

 

「特性、『すなはき』は砂を吐くだけではなく、天候をすなあらしに替えてしまう効果があってですね……」

 

 サイトウさんの言葉が終わった直後に周りの景色が茶色に塗りつぶされていく。あれだけ燦々と輝いていた太陽はなりを潜め、いきなり起きた強風と砂を顔面に叩きつけられてしまう。これが目に沢山入ってものすごく痛い。

 

「……こうなってしまうので早くスナヘビから離れようと言おうと思ってました……」

「「「……」」」

 

 あれだけ笑っていた空気から一変。一気に最悪の天候に変わったことによってみんなのテンションはダダ下がり。特にユウリは朝から頑張ってセットしていたらしい髪に砂が絡まってしまい、顔が無になりかけている。髪が命と言われている女性陣に取って、この天候は最悪と言ってもいいだろう。かく言うボクも大切なマフラーに砂が絡まって気分は最悪だ。

 

「「「……はぁ、またセイボリーさんのせいで……」」」

「うがあああ!!今回は明確にワタクシが悪いから反論できないぃぃぃっ!!」

「「「うるさいです」」」

「けど少しくらいは優しさ見せてくれませんかね!?本当にワタクシの心がサイコショックしますよ!?」

「「「勝手にどうぞ~」」」

「うう……」

 

 土下座状態になっているセイボリーさんは放っておいてさっさと梯子を上ってしまおう。ぱっと見この付近がすなあらしになっているだけで、少し動けばすぐに晴れに戻りそうだ。

 

 そんなこんなで、自分の身だしなみに少しでもダメージを減らすべく、ボクたちは未だに落ち込んでいるセイボリーさんを放置してラテラルタウンへの道を改めて進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラテラルタウン。

 

 ガラル地方の西側に存在する山岳地帯の中心にある町で、町の景色としては6番道路と同じく岩場が多いため、印象としては無骨な感じといったところか。近くに遺跡やら壁画やら像などがあるため、そういったものが好きな人や専門家の人にとっては歴史的な町ととらえる人も多いかもしれない。露店もほかの街と比べると特徴的で、近くにある採掘場で取れた珍しいものを専門に取り扱っているほりだしもの市や、きちょうなほねや、ほしのすななどと言った一部の人にとっては価値のあるものを買い取ったりするおたから買収店などがあり、ナックルシティ、エンジンシティといった都市部の市場とはまた違った盛り上がりを見せている。

 

 おたから買収店に物を渡すことによって生計を立てている人も少なくないらしく、今までボクたちが出会った人たちで言えば穴掘り兄弟の二人が定期的にこのお店にほりだしものを持ってきているらしい。

 

 そんな商魂たくましい町であるラテラルタウンの奥には、ジムチャレンジャーにとって避けては通れない大きな壁であるラテラルスタジアムが存在する。

 

 無論、それは同じ理由で旅しているボクたち4人にとっても言えることであり、ラテラルタウンに到着してすぐにお風呂に入りたいのを我慢してジムミッションの受付をしに行ったボクたちは、やけに盛り上がっているスタジアムの空気感に興味をそそられてジムチャレンジ参加者用の観客席に向かっていた。

 

 午後を過ぎている今、行われているのはおそらくジム戦の方で、注目選手のうちだれかが闘っているんだと予想される。

 

「あ、ねぇ!!あれって!!」

 

 観客席にあがってすぐ視界に入ってきたのはボクとユウリにとってはよく知る人物のバトルだった。歓声降りしきるバトルコートの中心で戦うのはラテラルタウンジムリーダーのオニオンさんとユウリの幼馴染であるホップの姿。バトルは既に佳境も佳境に差し掛かっているようで、場に出ているバチンキーもゲンガーもどちらも戦闘不能一歩手前といったところだった。

 

 そんな中で特性、しんりょくによって強化されたバチンキーの攻撃が見事ヒットして倒れるゲンガー。

 

 決着の瞬間に湧き上がる観客と一緒にボクとユウリも友人の勝利に喜んで声を上げる。

 

「ホップが勝ってる!!」

「先に行ってるのは知ってたけどジムも突破しちゃたか~。これは結構離されちゃったかな?」

「あ、二人とも。追い付いてきたんね?」

 

 そんなときに横から聞こえる聞き覚えのある声に視線を向けると、そこには同じくボクたちの友達であり、ホップと一緒に先に進んでいたマリィがいた。

 

「ようやく追いついたよ!!久しぶり、マリィ!!」

「あの時は心配かけてごめんね?」

「久しぶり、ユウリ。ううん。適度に連絡貰ってたし、無事なのはわかっとったから……でも、ちゃんと治ってよかった。お帰り、フリア」

 

 久しぶりの再会に少しテンションが上がるボクとユウリ。雑談に花を咲かせたいところだけど、今はホップのお祝いの方が優先だ。けどどこかホップの様子がおかしくて……

 

「なんかホップ、勝ってるのに嬉しそうじゃないね?」

「それはそうと」

「「え?」」

 

 ユウリと同じ疑問を抱いているところにマリィの言葉が入る。

 

「だってホップ……これ、5回目の挑戦なんよ」

「5回目!?」

 

 別に複数回ジムリーダーに挑むことは悪いことではない。それ以上に負ける人だっているだろうし、そもそも何回負けたら失格なんてルールも存在しない。けど、バチンキーのレベルを見るにこのジムで苦戦こそすれ、決して突破できないわけではないと感じてはいた。そのことからこれが初挑戦、ないしは負けても2回目の挑戦だと思っていた。けど実際はかなり負けが込んでいたみたいで……

 

 そんな時にふと頭を横切るのはソニアさんのあの言葉。

 

 ホップのスランプ。

 

(これは……思ったよりも重症なのかも)

 

 今も無理やり浮かべた笑顔で、少ししんどそうに笑う彼を見ながら、ボクはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




老人

勿論登場してもらいます。
そして何気に二羽目もちらっと……

6番道路

実際問題、ここでの事故率はとんでもなく高そうですよね。
落石とか沢山ありそう……
実機でも常に晴れの場所ですが、それをコータスのせいにしているのはここでの自己解釈です。

スナヘビ

セイボリーさんにぶっかけたいなと思ってました……(誤解を生む発言)
それにしても2.2mってでかすぎませんか……?

ラテラルスタジアム

ソニアさんに続き久しぶりの再会ですね。
ワイルドエリアで足止めされていた期間を考えたら実は何回も負けてないとここで再開はできなかったり……




ラテラルタウンは書きたいことが多いので少し長くなるかもしれませんね。
まったりとお付き合いくださいませ。


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48話

この辺りから自己解釈が沢山混じってきます。
元からな気がしますが……特にその色が強いと思いますのでよしなにお願いします。

ではどうぞ。


「お、ユウリ!フリア!2人とも来てたんだな!!久しぶりだそ!!フリアに関しては体も大丈夫そうで安心したぞ」

「うん!久しぶりホップ!!あとラテラルジム突破おめでとう!!」

「心配かけてごめんね。今はもうこの通り、元気いっぱいだから安心してね。後ボクからも、ジム突破おめでとう!!」

「サンキュ!!いやぁ、苦しい戦いだったぞ」

 

 ホップのジム戦が終わり、彼が控え室に戻っていくのを見送ったあと、せっかくだからみんなで迎えてあげようということになりラテラルスタジアムの入口で待つこと数分後。着替えとその他の手続きやお知らせ、バッジとわざマシンの説明を聞き終えたホップがスタジアムから出てきたので再会を喜びながらお祝いをしていた。特にボクは風邪で倒れて以来の再会だ。メールなどで大丈夫なことを通知こそしていたけど、やっぱりこうやって顔を合わせて話した方が相手も安心出来るはずだ。

 

「で、そっちがユウリとフリアが言ってたセイボリーさんとサイトウさんか?」

「ええ、このエレガントなワタクシがセイボリーです。以後お見知りおきを」

「サイトウです。よろしくお願いしますね」

「ああ、よろしく!俺はホップ。で、こっちが……」

「マリィ。よろしく」

 

 ついで行われる初対面組の自己紹介。マリィとホップとは入れ違いで共に旅をするようになったから、もしかしたら名前くらいは知っていたかもしれないけど、こうやって顔を合わせるのは初めてのはずだ。これを機に少しでも仲良くなって貰えたらな、なんて思ってしまう。

 

「なぁフリア。いつここに来たんだ?」

「たった今だよ。ラテラルタウンについてそのままの足でここに」

「本当は受付けだけして後はホテルでゆっくりしようかなって思ってたんだけど、思いのほかスタジアムが盛り上がってたからちょっと見学していこうって話になって、そしたらホップがちょうどトドメを決める瞬間だったって感じ」

「めちゃくちゃいい所で来たんだな」

 

 明るく、けど少し陰のある笑顔を浮かべながら喋るホップ。その事にボクもユウリも気づいているけど今は触れない。少なくとも、まだ今じゃない。そんな気がして。

 

「いやぁ、ゴーストタイプっていやらしい戦い方をするんだな!アニキもゴーストタイプのポケモン何匹か持ってるけど全然戦い方違うくてビックリしたぞ」

「『のろい』、『おにび』、『たたりめ』、『かなしばり』……そういった相手を縛る技を使うのに長けていますからね。チャンピオンの戦い方と比べるとその落差が激しすぎて参考にはなりませんよ」

「サイトウさんのその説明を聞く限りだとなんだかフリアに似合いそうなタイプかも……?」

「……一応褒め言葉として受け取っておくよ、ユウリ」

 

 遠回しにフリアの戦い方はいやらしいと言われているような気がしたのでちょっと引っかかるところがあったけど……確かに技の使い方やコンビネーションを駆使して戦うスタイルは他者から見たらそう見えるのかもなんて思ってしまう。けど今までのジムリーダーたちの戦い方を思い出したらみんな何かしら厄介な搦手を使ってきてるから割と普通なのでは?と思ってしまうけど……

 

(最も、ユウリの言っていることはあながち間違いじゃないんだけどね……)

 

「ゴーストタイプ……ここがワタクシの最初の鬼門ですね……」

 

 そんな中1人だけ深刻な顔をうかべるのはセイボリーさん。彼が不安な表情をするのも当たり前と言えば当たり前で、彼が得意とするエスパータイプは次のジムで主に使われるゴーストタイプに弱点をつかれてしまうから。幸いにもエスパータイプの技でゴーストタイプのポケモンを攻撃した時に、こうかいまひとつになってしまうことはないから他の不利相性と比べるとまだ戦える方ではあるかもしれないけど、辛いことに変わりはない。ただ、エスパータイプの特徴としてゴーストタイプのような相手を縛る戦い方に対しては『マジックコート』等の技で意外と対抗しやすい方ではあるのでその辺をどう対策するかが大事かなと思う。

 

「何かあればカブさんの時みたいに手伝うよ」

「ええ、その時はまた頼らせてもらいますよ。あとは……あなたはどうするおつもりで?」

 

 そんなセイボリーさんが視線を向けるのはサイトウさん。こちらもこちらで次のジムは苦戦を強いられそうな予感がする。というのも、かくとうタイプの技は基本的にゴーストタイプのポケモンには当たらない。こうかばつぐんの技を受けることこそ少ないかもしれないけど、サイトウさんの場合は自分のメインウェポンが全く当たらない。そういう意味ではセイボリーさんとは真逆の方向性で不利相性となっている。

 

「わたしは大丈夫ですよ。ゴロンダが対抗出来ますし、かくとうタイプのポケモンは総じてあくタイプの技を覚えやすい傾向にあるんです。『はたきおとす』がいい例でしょうか」

 

 それに対して余裕とばかりに返すサイトウさん。確かに彼女の言う通り、かくとうタイプのポケモンは物理技とカテゴリーされるものに関しては幅広い技を覚える傾向にある。例えば、ほのお、こおり、かみなりのそれぞれのパンチであったり、ウルガモス戦で見せてもらったいわなだれだったり、他にもじめんタイプの技だったり、果てはひこうタイプの技も種によっては覚えたりする。もちろん、かくとうタイプのポケモン全てがこの技範囲を持っている訳では無いけど、それでも他のタイプと比べたら範囲の広さは自慢できるポイントだ。そのため少しの不利くらいならその範囲でカバーできる。その点を考えてみれば、サイトウさんが自信を持ってそう答えるのも納得はいく。

 

「それに、ここのジムリーダーの事はわたしが1()()()()()()()()()()

「1番知ってる……?」

 

 サイトウさんの言葉が気になって思わず聞き返してしまう。もしかしたらジムリーダーのオニオンさんと知り合いだったりするのだろうか?

 

「あれ、言ってませんでしたっけ?ラテラルタウンジムリーダーのオニオンとは━━」

 

 キョトンとした顔をしながら、コテンと首を傾げるその姿が天然の行動故か物凄くあざとく見える。そんな彼女の口からオニオンさんとの関係性を言おうと口を開いた瞬間……

 

「あ、()()()()……帰ってたんだね……というより、挑戦……しに来たって言うのが正しい……?」

「っと、噂をすれば……ええ。ジムバッジ、無事3つ集めたので次はあなたに挑戦です。よろしくお願いしますね。オニオン」

「……え?」

 

 いつの間にかボクたちの前に現れたのはラテラルタウンジムリーダーのオニオンさん。黒色の、男性の中では少し長めと思われる髪にぴょこんと生えたアホ毛が物凄く特徴的な子で、長い前髪のせいか顔があまり見えない上に、さらに白色の仮面を被っているため素顔は全く分からない。仮面の穴から覗く紫色の瞳がゴーストタイプ担当という事を強く意識させてくれる。と、ここまでの説明だとなんだか怖そうな印象を受けるけど、一方で可愛らしいというか、男性なのに女性的な部分に見える所もあり、まず身長がかなり小さい。ボク自身も低い方である自信があるけどそれよりもさらに低い。

 

 ……内心でガッツポーズはしてないよ?

 

 そして肌の色。これがまたとにかく白い。また、体の線も細くて、空手で鍛えられてるサイトウさんと並ぶと身長も肌の色も、何もかもが真逆だ。

 

 そんなオニオンさんと仲良さげに話すサイトウさん……なんだけど。

 

(今……ねえさんって……え?)

 

 聞き間違いかと思って周りのみんなを見るとホップやマリィ、ユウリ、セイボリーさんと全員が自分の耳を疑っているような顔をしており、その反応が逆に先程の言葉の真実味を上げてしまう。

 

(いや、まだ聞き間違いの可能性がっ!!)

 

 全員でその言葉の真意を確かめるためにサイトウさんに視線を向ける。帰ってきたのは……

 

「はい。わたしとオニオンは血縁関係ですよ」

 

 物凄くいい笑顔のサイトウさんから告げられた衝撃の事実だった。

 

 

「「「「「えええええええぇぇぇぇぇっ!?!?!?」」」」」

 

「ひぃっ!?」

「大丈夫ですよオニオン。悪い人たちではありませんから」

 

 ラテラルスタジアム入口。黄昏時へと移りゆくその時間に5人の叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけなのですよ」

「「「「「なるほど〜」」」」」

「うぅ……」

 

 衝撃的なお話を聞いたボクたちは、みんなでご飯を食べるため兼詳しい話を聞くためにお店に立ち寄っていた。7人というちょっとした大所帯ではあるものの、オニオンさんとサイトウさんの2人の馴染みのあるお店ということで快く迎え入れてくれた。ちょっとずるいけど2人に感謝しておこう。

 

 というわけで全員でお店に入り、改めてサイトウさんからの説明を受けたボクたち。先程の衝撃発言についつい驚いてしまったものの、再説明の末、サイトウさんとオニオンさんはどうやら従姉弟という関係性らしい。ちょっと失礼な言い方かもだけど、それなら2人が似ていないのもまだ納得だ。流石に姉弟と呼ぶには見た目が違いすぎるというか……ね?

 

 2人は親戚関係なことがわかったんだけど、さらにわかったことがある。まず1つ目がここ、ラテラルタウンがやっぱりサイトウさんの故郷であったみたいで、ガラル空手の道場もここにあるらしいという事。まだラテラルタウンの全てを歩いて回った訳では無いので、今度観光する時に色々確認してみよう。しかし、これでこの辺りの地域やポケモンについて詳しかったり、移動が手馴れている理由がわかった。もっとも、こっちはかなり想像しやすいことだったけどね。そして次。サイトウさんとオニオンさんが仲がいいのは従姉弟関係なこと以外にも、一緒にガラル空手を習っていた同門でもあったということ。うん。今のオニオンさんを見ると想像なんて全く出来ない。もちろん、道場に行って運動し始めたのが3、4歳くらいからだと言うので、その頃の体の出来具合によっては全然おかしくはなかったとは思うのだけど……うん、やっぱり想像出来ない。

 

「体づくりの一貫としてとりあえず習うだけ習ってみようということでオニオンは始めたのですよ。この町は岩場が多く、日差しも強いため外で遊ぶというのにも限度がありますからね。となると体を動かすことの出来る場所というのは存外限られるんですよ」

「そこで体を動かすための習い事……それなら納得出来るな」

「もっとも、わたしの家系は代々道場を受け継いでいるので、わたしに関しては産まれる前からここに通うことは決められていましたけどね」

「オニオンさんは違うんだ?」

「……ボクたちは母方が……姉妹の従姉弟……なので」

「姉妹仲の良い2人なのでその頃からよく遊んだりしていて、その過程で一緒に道場に通うことになったのです。当然それぞれにかけられている期待値や熱量は違いましたけどね」

 

 2人の馴れ初めはこれでよくわかった。なかなか数奇と言うか、珍しいというか、兄弟がいないボクにとってはなかなかに興味深い話で聞くだけでも思わずため息が出てしまう程のものだった。けどここまで聞いたことによって逆に気になることも出てきた。

 

「でもそれならなぜオニオンさんだけがジムリーダーなんだ?歳も聞いている限りだとサイトウさんの方が上だろうし……」

 

 ホップが口にした通り、オニオンさんがジムリーダーになっていることが引っかかる。それもガラル空手に関わっているのにかくとうタイプではなくゴーストタイプのジムリーダーとして。

 

「それはですね……」

 

 至極普通の疑問だし、恐らくサイトウさんもその質問をされるだろう事を予想してはいたと思うけど、それでも彼女にしては珍しく歯切れの悪い回答を返してくる。そんな彼女の視線はオニオンさんへと注がれていて。

 

(う〜ん、ちょっとデリケートな事だったかな?)

 

 事情は当然知ってるけどオニオンさんの過去に関わるから自分が言ってもいいものかどうか迷っているという感じだ。気になったからという少し安直な理由で聞くべきことではなかったかもしれない。さすがのホップもちょっとまずったといった顔をしていた。けど……

 

「……いいよ。ねえさんが信用……する人なら」

「……わかりました」

「話したくない事だったら話さなくても大丈夫ですよ?結構プライベートなことらしいですし……」

 

 サイトウさんの袖をゆっくり引っ張りながらそういうオニオンさん。なんだか無理やり言わせているような気がしたので一応断ってはみる。流石にこれ以上踏み込むのは少し躊躇ってしまう。

 

「……大丈夫。……ボクのリーグカード……読んだらどうせバレるから」

「そういえばインタビューでも答えていましたね。それなら言っても大丈夫でしょうか」

「えっと……本当に大丈夫?」

 

 まさかのオニオンさんからの肯定にちょっとびっくりだ。いくらインタビューやリーグカードといった大勢の目や耳に入る状況にすでにさらされている情報だとは言え、他媒体から聞くのと本人から聞くのとではその情報の重みが違うと思う。それでもこうやってOKを出してくれる当たり、もしかしたらボクたちが思っているほど大ごとではないのか、はたまた、それだけオニオンさんがサイトウさんのことを信頼しているという事なのか。

 

(……おそらく後者かな?)

 

 ここまで見てきた二人の仲の良さを見るにそうだと思われる。ならこのまま彼の話を聞かせてもらおう。ここまでいってもらっているのにここで断るとむしろ失礼な気がする。

 

「ではなぜオニオンがゴーストタイプのジムリーダーになっているかですね。それは……」

 

 そこからの話をまとめるとこうだ。

 

 同じ道場に通うことになった2人は、空手に取り組む姿勢や情熱こそ差があれど、家族ぐるみで仲が良かったため一緒に頑張っていたという。そんな状態でしばらく道場に通っていたある日、長く使わせてもらっている道場に感謝を込めて定期的に大掃除をする期間があるみたいなんだけど、当然空手を習いに行っている二人にもその仕事は回ってきて、特に文句も言うことなく、これまた2人で仲良く協力をしながら掃除を順調に進めていたらしい。

 

 その大掃除も佳境を迎え、二階で出た大量のごみを下す手伝いをするためにオニオンさんとサイトウさんが一生懸命袋を持って行く途中にそれは起きた。大掃除をしているだけあって、勿論階段もしっかりと雑巾で拭かれていたんだけど、拭かれてすぐの階段を2人が通ってしまったのがまずかった。荷物で足元が見えづらいのもまた危険度を上げてしまっていたらしく、オニオンさんが足を滑らせて階段から落ちてしまったという。それも階段を降り始めてすぐだっため、1階までまだまだ高さがあったことと、持っていたゴミにもみくちゃに押しつぶされたことが重なり、そのうえ打ちどころが悪かったため重症を負ってしまう。急いで病院に運び込まれたものの、意識不明の重体となってしまい、数日間生死の境をさまよったのだという。結果としては一週間という長い日にちが経ったものの、何とか意識を取り戻し、特に後遺症も残ることもなく回復することができたらしい。ただ、この事故をきっかけに本来見えないはずのものが見えるようになってしまったらしく……

 

「……ゴーストタイプのポケモンも……よく見えるようになってしまったんです」

「「「「「……」」」」」

 

 あまりにもな体験談に思わず黙ってしまうボクたち。ここでちゃんと反応した方が間違いなくオニオンさん的には気が楽になるとは思うんだけど……正直どう言葉を出してあげればいいのかちょっと迷ってしまう。

 

 

「えっと……今は、大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。先ほども言った通り、後遺症はありませんし、退院するまでの間は私がしっかりリハビリに付き合って完全に回復するまで看病しましたから」

「……そのおかげで……ボクはこうして……自由に動けてますし……ゴーストタイプのみんなとも仲良くなったので……辛い経験でしたけど、今は感謝も……してたりするんです」

 

 ユウリの質問に代わりに答えるのはサイトウさん。そしてそんなサイトウさんに感謝しながら続きを言うオニオンさん。はたから聞けば不幸としか言いようがない事件だけど、こうも穏やかに言われてしまうとこちらとしても気にしないようにしてあげないと逆に悪い気がしてきた。

 

「はぁ、何がきっかけになるかわからないもんなんだなぁ」

「全くですよ。本来ならワタクシのように先天的に手に入れるはずのものを事故でとはいえ後天的に手に入れるとは……」

「ポケモンも不思議だけど、人間も同じくらい不思議だね」

 

 その気を察してホップ、セイボリーさん、ボクと言葉を続けていく。きっとオニオンさんへの対応として一番正解なのはこうした自然な会話だと思ったから。

 それはどうも正しい選択だったらしく……

 

「……ボクも……不思議な体験で……怖かったけど、新しい友達もできたから……」

 

 先ほどよりもほんの少し声色が明るくなった気がした。きっと今まで話してきた時に相手にされた対応は過剰な心配やいらない同情だったのだろう。少しの心配を含みながらも、それでも気負わないで済むようにいつも通りの会話を続けることを優先したボクたちに少しだけオニオンさんの体から緊張が抜けていった……のかな?そうだと嬉しいな。

 

「で、それがきっかけでゴーストタイプのトレーナーに転身したと?」

「……うん。……その事件をきっかけにゴーストタイプの……言葉もわかるようになって……すごく仲良くなったから……ほら、今も……」

 

 そういいながらユウリの後ろを指さすオニオンさん。それにつられてユウリが後ろを振り向くと……

 

「ゲンゲラゲーーーン!!!」

「ひゃわああぁぁ!?」

 

 ゲンガーがものすごくいい笑顔で飛び出してきた。いたずら大成功といった満足気な顔をしてオニオンさんのもとへ戻る。迎え入れたオニオンさんも仮面から覗く目が少し柔らかくなっているところを見ると存外彼もいたずら好きなのかもしれない。それに対して、驚かされたユウリは隣の席にいたボクに泣きついてきて……

 

「うう!!うう!!」

「はいはい、大丈夫だよユウリ」

 

 物凄くおびえてしまったのでそっと背中をさすりながらあやしていく。確かに急に後ろにゲンガーが現れたらびっくりするよね。ボクももりのようかんに立ち寄った時本当に怖かったし……

 

「なんか……あやすの慣れとうね」

「だな……」

 

 なんかホップとマリィから変な視線を受けるけど今はスルーしよう。うん。

 

「それで……そのままゴーストジムに?」

「……うん。もともとゴーストタイプとの相性がよかったみたいで……そこからさらにこんなことになっちゃったから……さらに親和性がよくなったんだと思う」

「当時マイナーリーグだったゴーストタイプのジムリーダーを下し、そのままジムリーダーを襲名。そのままかくとうタイプのジムリーダーをも下して入れ替わりでメジャーに上ったなんて、歴代のゴーストタイプのジムリーダー全員を含めても格別の強さですよ」

「……そんなに……褒めないで……」

 

 サイトウさんからの高評価に照れている姿がなんだか愛らしく、小動物のような可愛さがある。しかしこうなってくるとサイトウさんがジムチャレンジを頑張る理由も見えてくるわけで。

 

「だからこそ、わたしは今回のジムチャレンジで上り詰めて、オニオンと肩を並べたいんです。今度はしっかりと守りたいので」

「うん。何となくそうだと思った」

「いい話だぞ!」

 

 予想通りの思いにボクもホップも笑顔で頷く。一方でオニオンさんはさらに顔を隠そうと下を向いた。確かにボクが同じ立場だったら同じ反応をしちゃうかも。

 

「わたしとオニオンが組めば最強だって思わせてみたいですしね。タイプ相性も素晴らしいですから」

「それは見てみたいかも……でもゴーストタイプとかくとうタイプって相性いいの?」

 

 嬉しそうに答えるサイトウさんに対してようやく復活したユウリがゆっくりと元の席に戻りながら質問してきたのでボクが返答をしておく。

 

「防御に関してはあんまり強くないけど、こと攻撃においてはとんでもなくいい相性だよ?なんせゴーストタイプとかくとうタイプをどっちも高水準で放てるとして、この両方の技をどちらもいまひとつで受けられるポケモンは現状存在しないからね。理論上ではいるんだけど……」

「どんなポケモンが受けられると?」

「ノーマルとゴーストの複合タイプのポケモンだね。そのポケモンなら両方無効にできるよ。ただ……」

「存在すれば、の話ですね」

「そういう事です」

 

 セイボリーさんの言葉に肯定の意を示す。かくとう、ゴーストの技を受けきるにはこのタイプしかなく、そしてそのタイプを持つポケモンが現状存在しないとなればもう手が付けられない。ばつぐんじゃなければ受けられるかもしれないけど、高水準で攻撃されたら致命傷には変わりないからね。等倍だろうと問答無用で吹き飛ばされちゃう。

 

「本当にお似合いな二人だと思います」

「ありがとうございます」

「……も、もう。……からかわないでください」

 

 いい加減恥ずかしさで沸騰しそうなオニオンさん。けどユウリだっていたずらされているので自業自得だと思ってもらおう。

 

 それからというもの、さらに打ち解けたボクたちは食事をしながらこれまでの思い出話……特に他地方出身であるボクの話がかなり盛り上がり、そのまま体験談に花を咲かせ、待ったりした時間を過ごしていった。

 

 やっぱりこういうまったりした時間はいいなぁと改めて実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オニオン&サイトウ

マクワ、メロンの組み合わせと違って原作でも一切の言及がない組み合わせですね。
なのでこの小説ではこのような設定に。
サイトウさんをジムチャレンジャーにしたのは彼女の性格的にジムリーダーでためすと言うよりも強敵にチャレンジのほうが似合うと思ったというのもあります。
なのでこの作品ではジムリーダーではなく、ジムチャレンジャーとして書かせてもらったという訳ですね。
ラテラルジムをオニオンさん1本にした理由です。
また、オニオンさんの事故についてはこちらも事故をした事自体は実機でもリーグカードに書かれているのですが、どんな事故だったかはこれまた記載されていないのでその事故もそれらしく考えてみた結果こうなりました。
……これでどこかと被ってたらどうしましょうね?(どっちみち軌道修正出来ないのでこのまま行きますが)

ガラル空手

めんどくさ……げふん、サイトウさんがここのジム担当なのでここに道場があることに。
ついでに故郷もここに。
2人とも故郷のジムリーダーになりたいはずです。

ゲンガー

げんげらげーん
この鳴き声好き。

ゴースト、かくとうタイプ

本編にある通り、こと攻撃においてタイプで受けるということが実質不可能な組み合わせですね。
マーシャドーが強い理由です。
……彼はシャドースチールとかいうバグ技のせいって言うのもありそうですが……。
このタイプを、抑え込むとなるとノーマル、ゴーストタイプの組み合わせが出るしかないのですが……このタイプ出てきたらまた環境荒れそうですよねぇ……。
ミミッキュみたいなヘイトの貯め方をしそうですね。




ここからどんどんこのような二次ならではの設定が増えるかと思われます。
解釈違いがあるかもですがそれでもお付き合い頂けたら嬉しいです。
今後ともよしなにお願いします。


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49話

「これは『まがったスプーン』でこれは『もくたん』。……こっちは『じしゃく』、だよね……?」

「おお、お嬢ちゃん!!お目が高いねぇ!!ここに並んでいるものは他じゃなかなか手に入らねぇ掘り出し物だ!!今しか手に入らないかもだからしっかりと考えてくれよな!!」

「えぇ〜……」

 

 みんなと楽しく晩御飯を食べ、一夜超えた今日。

 

 ここ最近のハードなスケジュールと昨日1日壁登りをし続けた結果無事筋肉痛となり、未だにピリピリする腕を労るためにジムミッションの予定を少し遅めに設定したわたしたち━━サイトウさんだけは確かもう受けているから既にジムミッション中だと思うけど━━は今日は別々に行動することにしていた。

 

 そんな私が今いる場所はラテラルタウンのほりだしいちと言われる場所。各地から発掘された珍しいアイテムを取り扱っていると言われる、知る人ぞ知る名店。らしいんだけど……

 

(すごく胡散臭い……)

 

 まがったスプーンとじしゃくはまだ分からなくはないんだけど、もくたんなんかはつい最近木こりをしてから作っただけなのではないかと思ってしまう。もくたんが発掘されたって、それはもはや石炭なのでは?と素人の頭では思ってしまうほど。勿論全くの別物ってことは分かるんだけど……用途は一緒だし変わらないでしょっていうのが私の意見だったりする。

 

(まさかポケモンに持たせるとかないよね?)

 

 ……一応後学のためにあとでフリアに聞いておこう。

 

「お嬢ちゃん、もしかして今有名なチャンピオンから推薦されたっていうユウリ選手か?」

「え、あ、はい。そうですけど……」

「おお!」

 

 なんて考えながらほかの商品も物色していると、お店の店主から声を掛けられる。あんまり実感はわかないんだけど、こうして声をかけられると少しだけ、ああ、自分は注目されてるんだなぁなんて、自覚することができる。できたところで、何をすればいいのかとかわかんないから私からの対応は一切変わらないんだけどね。

 

「テレビでいつも見てるぜ!次はここのジムに挑戦だったな。挑戦日とかはもう予約してるのか?」

「はい、一応2日後に。長旅でちょっと疲れちゃってるので少し休憩を取ってから挑戦しようかなって」

「なるほど二日後だな……一緒に旅してる兄ちゃんたちも一緒なのかい?」

「はい。確かフリアとセイボリーさんは一緒の日だったかと」

「よし!その日はお店を休みにするぞ!!」

「……いいのかなぁ」

 

 物凄い私事で自分の生命線とでもいえるべきお店の動きを変えようとしているんだけど、はたして大丈夫なのかな。今から店主さんの将来がものすごく心配です。

 

「当日はしっかり応援するぜ。うちの嫁と娘も嬢ちゃんの大ファンみたいでな」

「あ、ありがとうございます……」

 

 こうも真正面から応援されると嬉しさよりも先に恥ずかしさが来ちゃう。

 

(フリアはシンオウリーグで準優勝って言ってたし、こういう事にも慣れてたりするのかなぁ?)

 

 その地方で二番目の強さとなるとこれとは比にならないくらい持ち上げられてもおかしくはないと思う。けど……

 

(エンジンシティとか預かり屋での反応を見るに明らかに慣れてはいなさそうだし……そこは地方の違いなのかな?)

 

 思い出されるのは詰め寄られたときに明らかに慣れてないような顔色や動きで少し戸惑いながら対応するフリアの姿。おろおろしているところが彼の中性的で、小柄な見た目と相まって、男性としてはあまり言われてうれしい言葉じゃないけど、見ていてとても愛らしいというか、可愛いらしいが先行しちゃってついつい頬が緩んじゃう。普段しっかり者で頼れるフリアがあたふたした姿が普段とのギャップのせいで……

 

(いけない……人前だからしっかりしないと!)

 

 頬を叩いて緩みそうなところをしっかり正す。目の前の店主さんが話に夢中になってこちらをあまり見ていなくてよかった。

 

「っと、そうだ。ここで会えたの何かの縁。今日はサービスだ、こいつを貰ってくれ!」

「えっと……これは?」

 

 パンと手を鳴らし、得意そうな顔をして持ってきたのは一つのポット。とてもきれいで素人目に見ても高価そうだなというのがよくわかる。白色を基調とし、水色とその中を走る藍色の線で描かれた模様は渦巻き模様のような、はたまたちょっとかわいいマスコットの顔のようなものに見え、不思議な魅力をもってして私を迎え入れる。蓋や取っ手、白色と水色の境目のラインは金色になっており、そこがまたこのポットの高級感をさらに増して表現している。

 

 ここにきて一番ほりだしものと言われて納得できるものが持ってこられた。そして先ほどのセリフと合わせると、どうやらこのポットを私に譲ってくれるという事らしい。明らかにかなりの値打ちがするであろうものをこう簡単に譲ってもらって果たしていいのだろうかという不安がものすごくあるんだけど……

 

「こいつは不思議なポットでな。こいつで作ったお茶はものすごく美味しくなるって言われているんだ。長旅ってなるとちょっとしたところで休憩とかキャンプとかすることになるだろ?そんな時にこいつがあれば普通のお茶も美味しいお茶に早変わりってことだ!ちょっとでも旅を豊かにするためにも是非あった方がいいと思うぜ!!」

「は、はぁ……」

 

 店主が熱弁しながら進めてくる不思議なポット。確かにキャンプでの野宿の際にこれが一つあるだけで華やかさが生まれそうではある。何より……

 

(このポットでフリアにお茶を淹れてもらったら絶対に美味しい……)

 

 さらにそのお茶とフリア特製のポフィンを一緒にいただけばその時点でその場所はオシャレなティータイム会場になる。想像するだけでおなかが少し鳴ってしまいそうだ。

 

 フリアに全部任せること前提になっていることは突っ込んではいけない。これもひとえに彼の女子力が高いのがいけない。私が料理できないことは関係ないのだ。ないったらない。

 

「では……本当に貰っても?」

「ああ、構わないぜ。うちにあっても電気ケトルとか使ってるせいで使う機会がないからな」

 

 そういいながら笑顔で梱包して、ポットを渡してくる店主さん。ここまでしてもらったのならありがたくいただこう。明らかに割れ物なので取り扱いには注意して……

 

「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」

「おう!こいつも嬢ちゃんに使ってもらった方が本望だろうよ!!」

 

(ごめんなさい。私料理できないので使う時はフリアが使うことになります……)

 

 その言葉をぐっと飲みこんでちゃんと笑顔で受け取る。ほんの少しの罪悪感はあるものの、それ以上に私の中には次のお茶会のことで頭がいっぱいだ。それから会話を何回か交わした後、サインを残して私はほりだしいちから外に出る。

 

(早く次の街へ旅に行きたいなぁ!)

 

 まだここのジムも突破していないのに、それでも未来が楽しみで仕方がない。

 

「よし、次はおいしそうな木の実とか見に行ってみよう!!」

 

 次の目的地へと進む私の足は、その未来への楽しみから自然とスキップの形となり、心地いい足音を鳴らしながらラテラルタウンを軽快に駆けていった。

 

「木の実のみきわめできないけど大丈夫かな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユンゲラー、『サイコカッター』です!」

「ユキハミ、『こなゆき』!!」

 

 冷気とサイコパワーの刃がぶつかりあって空中でキラキラと光をまき散らしながら相殺されていく。冷気のはじけるけむりとサイコカッターのはじける光で視界が少し悪い中でユキハミが糸を吐いてユンゲラーの腕にくっつける。

 

「巻き取って!!」

 

 そこから糸を巻き取ることによって本来なら素早さの遅いユキハミがかなりの速さで接近していく。

 

「『サイコカッター』で糸を切りなさい!!」

 

 それに対してすぐさま糸を切るように指示をしてユキハミの動きを阻害する。糸を切られたユキハミはそのまま慣性の法則にのっとってユンゲラーの方に飛んでいくのは変わらないが、巻き取る力が失われた今、その速度はどんどん落ちていく。

 

「『サイコショック』!!」

 

 速度が落ちて無防備なユキハミに対してなら簡単に攻撃を合わせられる。そう信じたセイボリーさんが攻撃を指示するが、当然こちらもそう簡単に喰らってやるつもりはない。

 

「ユキハミ、あの街灯に向かって糸を吐いて巻き取る!!」

「なっ!?」

 

 今度はバトルコート端にある街灯に向けて糸を張り付けて、ターザンでもするかのように空中をかけていく。ユキハミの糸は冷気が混じっている分頑丈にできており、自分一匹の体重を支えることくらいなら造作もないことだったりする。糸を自分にまきつけて天井に張り付いてつららのふりをする習性もあるみたいだしね。これはその性質を利用したユキハミならではの空中移動方法。慣性や巻き取る力、糸を張り付けている場所などを工夫し、そこを支点にどう飛ぶかを計算して不規則に動いて行くその姿は、どこか常に浮遊してつかみどころのないゴーストタイプのような動きにも見える。

 

 今現在、ボクとセイボリーさんはラテラルタウンのバトルコートにて軽い模擬戦をしていた。あまり激しく戦うとせっかくの休みが意味をなさないからね。そういうわりには少し白熱しているような気もしているけど……

 

 どうしてこうなったかというと、次のジムであるラテラルジムがゴーストタイプというセイボリーさんの大の苦手とする相手なため、少しでも対策を取っておきたいという事から戦う事に。ボク自身、現状ゴーストタイプが……いないわけではないけど、この子を出すのはさすがにレベルが違いすぎて対策とかそんな話以前の問題なので、同じく弱点をつけて戦い方次第で不規則な動きができるユキハミとの対決ということに。正直、そんなに対策を取れる気はしないんだけど、本人曰く、だからと言って何もしない方が嫌だとのことで、仕方なくこういう形だ。ボクとしても新入りの戦い方を試せるからありがたいので構いはしないんだけど……

 

(これであまり成果が出なかったら悲しいなぁ)

 

 口から吐く糸によって立体軌道をしながらユンゲラーを惑わせて的確にむしのていこうを当てていくユキハミと、むしのていこうの追加効果で特攻を下げられながらもサイコカッターやサイコショックで粘るユンゲラーの戦いを眺めながらそんなことを思っている間にもう何度目かわからないこなゆきとサイコカッターの相殺を確認。お互い地面に着地し、両方のポケモンが息を切らせているのが見えたところでお互いこのあたりが潮時と判断し、バトル終了。これ以上やると本番に疲れが残っちゃいそうだからね。

 

「お疲れ、ユキハミ」

「戻りなさい、ユンゲラー……はぁ、やはりどうもやりづらいですね……」

「必要以上におびえているだけなような気もするんですけどね」

 

 お互いのポケモンにリターンレーザーを当てながら歩み寄り、先の戦いの反省会をする。セイボリーさんとユンゲラーのコンビ自体は悪くないんだけど、どうも自分の苦手なものに過剰におびえているような気がしなくもない。このコンビならいつもの自信たっぷりと言ったあの姿のまま戦えば勝ち負けはわからないけどかなりいい試合をすると思うんだけど……そこは感情面の問題なので正直アドバイスにならない。どれだけ言ってもセイボリーさんの心次第だからね。なので別の方面の話をしよう。

 

「あとはちょっと自分の考えと反れた結果が起きた時の対応の遅さかな?ユキハミのあの動きに関しては最後まで慣れてなかったし……」

「ユキハミをあんな風に操るのはあなただけですよ……」

「そうかなぁ?」

「あたしもあんなユキハミ見たことなかと」

「ユキハミってあんなに速いんだな……」

 

 ボクの言葉に対してまるでお前の方がおかしいとばかりに反論してくる3人に首をかしげることしかできない。個人的にそこまでおかしな動きをしている気はしないのだけど……ユキハミの図鑑説明と本人のやる気を鑑みてこれならできそうと思っただけだからそこに文句を言われてもボクとしても反応に困っしまう。それに……

 

「例えそうだったとしても、ゴーストタイプって基本的にふわふわ浮いてるし、トリッキーな戦い方が得意だから扱う人によっても戦法が変わりやすいからいちいち驚いてたらキリがないですよ?」

「ぐっ……それはそうなんですよね……」

 

 ボクの言葉に今度はセイボリーさんが詰まる。実際にシンオウ地方にいるゴーストタイプのジムリーダーであるメリッサさんはフワライドを使っているんだけど、ある時はバトンタッチで後続に能力を託し、ある時はおいかぜで味方をサポートし、ある時は特性かるわざから高速で攻めてきて、ある時はいきなりだいばくはつでかき乱してと動きが毎回違って対策を立てようにも意味が分からなかった。同じ人が同じポケモンを使ってもここまで幅が出てきてしまう。なのに全部に驚いていたら一瞬で自分の負けだ。ゴーストタイプは特にその色が強い方だから常に裏をかかれることは頭に入れておかないといけない。

 

 こうしてみるとひねくれているように見えて意外と真っすぐなセイボリーさんには確かにぶっささるタイプなのかもしれない。

 

「そうだ、マリィとホップはどうやって超えたの?」

「確かに……突破者の意見は参考になるかもですね」

 

 妙案を思いついたとばかりに手を叩き、ボクたちが模擬戦をすると聞いて興味を引かれてついてきたマリィたちの方へ顔を向ける。使える手はなんだって使わなきゃね。

 

「う~ん、と言ってもあたしはあくタイプのポケモンしかいないからここのジムで苦戦はそんなに……ごめん、あんまし参考にならないかも」

「そっか、マリィはむしろ得意なジムだったのか……」

「まぁね。その分次で地獄みそう……」

「ああ……が、がんばって」

「ん、ありがと」

 

 そういえば次はフェアリータイプのジムのはず……苦手タイプとの激突はタイプ統一にとってはどうしても迎える壁の一つだ。今回のセイボリーさんといいマリィといい頑張ってほしい。さて、話を戻そう。次はホップの番だ。負けが込んでいるのを知っているためちょっと話を聞きづらいけど聞かないわけにはいかないので申し訳ないけどしっかり聞いておく。

 

「お、オレはエレズンとスナヘビで相手をまひにしてウッウとバチンキーで倒したって感じだぞ!あの読みづらい動きは厄介だからまひで動きを制限したんだ」

「成程……」

 

 言っていることはかなり理にかなっている。実際にオニオンさんの切り札であるゲンガーに対して特に有効に働く戦法だ。耐久力の低い代わりに機動力と火力を備えたゲンガーを抑えるのに一番行いやすい対策のひとつだろう。そこまで考えて一つ気になったことができた。

 

「あれ、ウールーは出さなかったんだ?」

「う、ウールーは使う技がノーマルタイプとかくとうタイプの技しかないからな!出したくても出すところがなかったんだ」

「そうなんだ?ホップと言えばウールーってイメージ強いから出さないなんて意外と思ったんだけど……それなら確かに出しづらいよね」

「本当に残念だったぞ!」

 

 相棒が活躍できない。勿論対戦相手によってはそういう事もあるので何もおかしなところはない。んだけど……

 

(なんでそんなに焦っているんだろう……?)

 

 どうもホップの言葉の歯切れが悪い。まだ何か隠しているような……

 

(まさか……そもそもウールーを手持ちから外している?……ってそんなことないか)

 

 旅の途中で何回もウールーとの思い出話をしていたあのホップの姿を思い浮かべるにさすがにそんなことは無いと思う。やっぱりその人にとって一番最初に手にしたポケモンっていうのはものすごく印象に残るから。現にボクだってそうだしね。そっと相棒の入ったボールに触れると嬉しそうにカタカタと揺れる。そろそろまた外に出してあげて遊ばせたい。……と、また話がそれてる。

 

「結論をまとめると、相手の動きを阻害するのが闘いやすいのですかね?」

「もしくは上から素早く、高火力の技を叩き込むかですね。基本的にゴーストタイプって動きが独特なだけで早い個体はあまりいなかったりするので」

「となるとやはりカギはユンゲラーが握りそうですね……」

 

 相手より速く、そして火力もあるとなるとセイボリーさんの中ではユンゲラーが筆頭になるだろう。そうなればやっぱり一番の対策となると……

 

「交換、します?」

「そうですね……あまり早くすると頼り切ってしまいそうでまだとっておいてはいたのですが……それも候補の一つですね」

 

 ユンゲラーは他のトレーナ―と交換することによって進化をすることができるポケモンの一種だ。進化をすればゲンガーとだっていい勝負ができるだろう。お互いばつぐんを取ることができるタイプ相性なため大味な戦いになること間違いなしだ。観客的には見ごたえのあるバトルになりそうだけどやっている本人たちからすればいに穴が開くようなバトルになるだろう。がんばれセイボリーさん。

 

「そういうあなたはどうやって対策をするんですか?」

「ボクですか?」

 

 心の中で応援していると逆に質問をされる。セイボリーさんからすれば当然の質問。むしろこちらの方が気になるかもしれない。一応ボクも考えるには考えているけど……

 

「ボクの方法もコンビネーションをもとにしてるからあまり役に立たないかもですね……」

「もともとあなたの作戦は参考にできると思ってないですよ。これはいわば興味ですね」

「ならなおさら言いません。ぜひ本番をお楽しみにとだけ」

 

 と、ちょっと大げさに言ってみたものの、正直そんなに対したことでもない……訳はないと思うけど一発屋みたいなところがあるから果たしてどこまでうまくいくか……。

 

「ま、とにもかくにもまずはジムミッションを超えなきゃね」

「ですね……むしろ読めないという点ではこちらの方が何が来るかわからないですし……」

 

 一つ目はウールー追い。二つ目は水の迷路。三つ目は捕獲。……捕獲は突破したと言っていいのか怪しいけど……とにかく本来は全部一筋縄ではいかないミッションばかりだ。どうもどのジムミッションでも変な展開にばかりなっているせいであんまり大変さが伝わってなさそうなのが何とも言えないところだけど。

 

(え、今回も変なこと起きたりしないよね……)

 

 一抹の不安がよぎるし、何か変なフラグが建った気がしなくもないけど……気にしたら負けな気がするので2日後の自分に全部ぶん投げよう。任せた、2日後の自分。

 

「ああ!!皆なんで集まってるの!?」

「「「「あ」」」」

 

 遠くから聞こえる声に全員で今までいなかった彼女の存在を思い出す。

 

「もう!!今日はみんなそれぞれ自由時間だったんじゃないの?なんで私以外集まってバトルしてるの!!」

「い、いえ。戦っていたのはワタクシとフリアさんだけですし、ワタクシがお願いして突き合わせてしまっただけなので……」

「あたしたちは面白そうだなって思ってついてっただけだし……」

「そのまま自然な流れで結局集まったんだぞ」

「それでも仲間はずれみたいじゃん……」

 

 明らかに不機嫌そうな表情を浮かべるユウリにみんな揃って苦笑いを浮かべる。これはお詫びじゃないけど何かしてあげないと機嫌を取り戻してくれなさそうだ。

 

「バツとして、これから私のショッピングに付き合って!!」

「頑張れ、フリア」

「ファイトだぞ!!」

「よろしく頼みますね」

「ちょ!?何でボクに押し付けられるの!?」

「さあ、フリア行くよ!!」

「ちょ、引っ張らないで~!?」

 

 そのまま腕を引かれてラテラルタウンの町中を駆けていく。これはセイボリーさんがするべき挽回の行動だと思うんだけど。

 

「えへへ……どこ行こうかな!」

「……全くもう」

 

 こうも楽しそうな笑顔を浮かべられては言い返す気力もわかない。こういう振り回してくるところと言い、この笑顔の浮かべ方と言いなんだか少しずつヒカリに似ているような気がする。それがどこか懐かしくて、楽しくて……

 

(なんだかんだでこういう振り回されるのを楽しんでいるあたり、ボクも大概染まってるんだなぁ)

 

 そのことが嬉しいような、悲しいような。けど、今はこの感覚を楽しもう。手のひらから伝わる暖かさを肌で感じながら二人で駆けるラテラルタウンの景色は、岩肌だらけで本来無骨なイメージを受けるはずの街並みを少しだけ華やかに映しているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ほりだしいち

木炭の化石ってもうこれよくわからないですよね

ポット

不思議なポットですね

ユキハミ

気分はスパイダーマン

ゴーストタイプ

あなたのことですよドラパルトさん。
型多すぎてわかんないです。
ただ総合的に見ればそんなに早いポケモンいないという……。
ゴーストの数自体が少ないんですけどね。




吹雪編が大分こってりだったので少し箸休め中。
日常会も必要かなと。


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50話

記念すべき?50話ですね。


 他の地域と比べて明らかに日差しの強いラテラルタウンは、朝早くからその本領を発揮しており、茶色の地面に強く反射する光が直視していないのにも関わらず、自分の目に過剰な光を与えてくるため思わず目を細めてしまう。

 

 建物から明るい外に出た瞬間によく起きるこの現象に少しだけ嫌な気分になりはしたものの、天気自体は快晴。そんな嫌な気分も一瞬で吹き飛ぶくらいには気持ちのいい青空が広がっていた。もっとも、もう夏に入ろうかと言うこの時期。正直段々と気持ちよさよりも暑さが勝ちそうな空気を感じ始めており、この日差しの強い町ではもうじき地面をゆらゆらと揺らす蜃気楼が顔を出しそうだなぁなんて思いながらボク、ユウリ、セイボリーさんの3人はスボミーインに背を向け、ラテラルスタジアムの方へと足を運んでいた。

 

 吹雪、砂嵐、ロッククライム。ここ数日の明らかに険しい旅路を何とか超え、結果疲れてしまった体から疲れをちゃんと取り除いた今、いよいよ予約した通りのジムチャレンジへ挑むこととなる。気分は良し。手持ちのみんなも元気一杯。最高に近いコンディションと言っても差し支えないはずだ。ちなみに、ホップとマリィは先に会場に行って席を確保しているみたいでここにはいない。きっと今頃チャレンジャーがよく見える場所に陣取って朝ごはんやら何やらをつまんでいる頃じゃないだろうかな?

 

「さて、いよいよだね。ホップとマリィも見てるし頑張らなきゃ」

「初めてのジムチャレンジという訳では無いけど……前半と言われるカブさんを超えてからの初めての挑戦だもんね」

「ここからがいわゆる後半戦……別の緊張がありますね」

 

 三者三様の言葉を発しながら見上げるはラテラルスタジアム。ゴーストを象徴とする紫色を基調とした建物は、それでいてラテラルタウンの景観を損なうことなく、こうして改めて見ると遺跡にいる幽霊の雰囲気があり、想像以上にこの町に似合っているのかもしれないと思わせる。

 

 そんな感想もそこそこに、ジムチャレンジを行うためにスタジアムの自動ドアをくぐり抜けようとして……

 

「……あれ?」

「むっ……」

「げっ」

「あなた達は……」

 

 その入口に立つ人影……ビートが図鑑を広げながら何かを考えているのか、顎に手を添えている状態でボクたちと見合った。相変わらずユウリは苦手意識があるのか少しムッとした顔をしており、セイボリーさんに至っては天敵にでもあったかのように明らかに嫌悪と怯えの様子を見せている。図らずとも、あの時ガラル鉱山で一部始終を見ていたメンバーが再びここに集まったことになる。もっとも、セイボリーさんだけはボクたちに気づくことなく走り去ってしまったためそのことを知らないとは思うけど。

 

「今からジムチャレンジですか?バウスタジアムとエンジンスタジアムを超えた日から計算すると随分と遅いように見えますけど……」

「ワイルドエリアの吹雪で足止めしちゃってたからね。ここに着いたのもつい先日なんだよ」

「そういうビート選手もかなり遅くないですか?」

 

 ビートに対して嫌味たらしく言うユウリ。それに対してビートは特に気にした風を見せることも無く、髪を右手で軽くかきあげながらなんでもないように答える。

 

「これでもエスパータイプのエキスパートなので。ゴーストタイプに対して少し対策をとっていただけですよ。苦手タイプ相手に何の策もなしに突っ込むのは能無しのバカがやることなので。まぁ、ぼくにかかれば不利タイプであろうと余裕で勝てるのは自明の理なので問題はないのですが……しかし万が一にでも不手際があればぼくを推薦してくれた委員長の顔に泥を塗ることになりますからね。99%を100%に詰めていただけですよ」

「ってことは近々ジム戦するの?」

「今日の午後戦う予定ですよ。もし、まだ元気が残っていれば見に来て参考にしても構いませんよ?最も……出来れば、ですが」

 

 ビートの視線がボクからゆっくりとセイボリーさんに向かっていく。最後の一言は間違いなくセイボリーさんに向けて言われたものだろう。同じエスパータイプのエキスパート同士、何か思いがあるのかもしれない。セイボリーさん自身もそれを理解しているけど、それと同時に鉱山でのことを思い出してしまい、やはり視線をそらしてしまう。その行動を見たビートがいよいよセイボリーさんに興味を失ったのか鼻を鳴らしながら同じようにセイボリーさんから視線を外す。

 

「まぁ、お先にクリアしてまた前を走らせてもらいますよ。後……もし貴方がここのジムを超えてまだ余力があるというのなら……」

 

 そう言いながら少しずつ目を細めながらこちらを睨んでくる。彼が言いたいのはいつかした約束である次会った時は倒すというあれだろう。今まで何回か出会うことはあったものの、毎回タイミングが悪く戦うことが出来なかった。だけど今回は違う。2人ともここを無事に超えることが出来れば、その時はボクたち2人にとってこの上なく都合のいいタイミングとなるだろう。そうなればいよいよ待望のバトルが可能だ。セイボリーさんと、マリィに聞いた限りではあのホップをも簡単に下してしまった彼の実力。ついにこの肌で感じられるとなればその楽しみもひとしおだ。

 

(なんだろう、ジムもあるのにもうワクワクしてきてる。これは余計に負けられないなぁ)

 

 もちろんこのバトルの前提条件はここのジムを突破することだ。だから今日と明日で失敗していたら意味が無い。そのためにもここは確実に突破しないとね。

 

「貴方と戦えるのを楽しみにしてますよ」

「同じく……楽しみにしててね」

 

 そう言い残し、ビートは再びロトム図鑑に目を落としながら先へと歩いていく。

 

「フリア、絶対に勝ってね!」

「う、うん。負けるつもりは無いけど……」

 

 ビートの背中が完全に見えなくなったあたりで物凄い勢いで肩を掴みながらユウリが応援してくる。何故ユウリがこんなにも熱くなるのか……いやまぁ、理由は想像できるんだけどね。

 

「セイボリーさんも、フリアを応援しようね!!」

「え、えぇ……そうですね。是非とも勝っていただきたいものです」

 

(……成程)

 

 続けてセイボリーさんにも話を振るユウリの声と顔色はどちらも明るく聞こえた。恐らく彼女なりの元気づけなのだろう。ジムミッションも目の前なのに天敵とでも言っていいような相手との遭遇。少なくともセイボリーさんの精神に少なくない影響は与えたはずだ。そのダメージはもしかしたらこのジムミッションに影響が出てくるかもしれない。そのことを危惧したユウリが少しでもその心をケアするために取った行動。セイボリーさん自身も口には出さないものの、そのことに気づいたらしく、先程まで強ばっていた表情が少し柔らかくなっている気がした。

 

「そのためにも、まずはこのジムミッションを乗り越えないと行けませんね」

 

 そう言葉を放つ時にはもう怯えた様子は一切なく、いつものセイボリーさんの姿がそこにあった。

 

 これなら大丈夫そうだ。

 

「さぁ行きますよ。時間もそろそろ迫ってきてますしね」

「「うん!」」

 

 セイボリーさんの言葉に頷きながら、ボクたちはラテラルスタジアムの中へと足を運んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ✩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……やはりまずはダブランによるサポートを行い、ポニータによる高速戦闘に持ち込む方が良さそうですね……場合によってはゴチミルの特性も活用して……」

 

 ロトム図鑑に乗っているオニオンさんの手持ちを調べながら頭の中でどのように戦うかのシミュレーションを立てていく。頭の中で戦っている感覚では間違いなく勝てる戦い。確かに相性こそ不利ではあるものの、それを覆す手札はちゃんとあると思っている。

 

「勝って当然です。なんせ委員長に認められているぼくなんですから……」

 

 右手首につけられているサイズの合わない腕時計をひと撫でする。周りから気味悪がられ、孤立し、荒んでいたぼくの力を見抜いて拾い上げてくれたぼくの恩人。エスパータイプ使い特有の力に悩まされていたあの時に一番最初に手を差し伸べてくれた人。

 

(そんな委員長に恩を返すためにも……必ずぼくは勝たないといけない……)

 

 そのためにも、このジムチャレンジで勝ち上がり、委員長が求めているねがいぼしを集めなくてはいけない。こんなところで足踏みをしている訳には行かないのだ。

 

 これは義務だ。

 

 楽しむなんて考えはあってはならず、やらなければいけないことなのだ。

 

 ……そのはずなのに。

 

(なぜ、彼との戦いをこんなにも楽しみにしている自分がいるのか……)

 

 はるばるシンオウ地方からやってきたという1人の少年。穏やかな見た目に言動も中性的で、顔のパーツの組み合わせのせいかむしろ女性的にも見えてしまう、けどそのくせして思考だけはどこか男らしさがあり、何より……

 

 委員長と会って以来、2番目に現れたぼくを信じてくれた人。

 

 第二鉱山で彼と共闘した時、何故か感じた安心感と一体感。まるで長年コンビを組んでいたかのようなスムーズな連携。

 

 初めて、誰かと戦うのを楽しいと思ったあの瞬間。

 

 ただ一時だけの都合のいい味方だと思っていた。どうせすぐまたぼくに嫌な顔を向けると思っていた。しかし、戦いが終わっても彼の視線は一切その色を変えることは無かった。

 

 人なんて心の奥では何考えているかわかったものではない。

 

 養護施設にいた時だってろくな奴は一人もいなかった。手を差し伸べる人もいなかった。唯一、エスパータイプのポケモンとだけ仲良くなることはできたものの、もともとぼくにエスパータイプとの適正があったためか、彼らと密に触れ合っている間だけサイコパワーをぼく自身が使えてしまい、その事がさらにぼくを孤独へと突き落とした。

 

 ただでさえ浮いているところにさらに異能の力に目覚めたとなれば気味悪がられるのは当然で、そのころには大人でさえぼくの近くにはいなかった。それは養護施設に入った瞬間は優しかった人たちも含めてみんな。

 

 別にその人たちを信じていたわけではない。けどそのあまりに早い手の平の返し方をみて、ああ、人ってこういうやつらしかいないんだと思うようになった。

 

 けど、彼だけは違った。

 

 決してあいつに対してぼくが何かしているわけではない。むしろあのシルクハットにかなりきついことを言っている現場を見ていたはずだからぼくに対する印象なんてマイナスであってしかるべきだ。現にユウリ選手のぼくへの印象がそうなのだから。なのに出会った頃から彼の視線は変わらず、あまつさえ第二鉱山ではぼくを助ける始末。

 

 だからこそ……

 

(確かめてみたい。なぜそんな目でぼくを見れるのかを……)

 

 もしかしたら、ぼくのこの考えに何かきっかけを与えてくれるかもしれないから。そうすれば……

 

(……馬鹿らしい。意外ですよ。ぼくにもこんなことを考えるだけの感情があまだあるなんて)

 

 そこまで考えて思考を打ち切る。今はとにかく委員長の役に立つことが一番だ。

 

(そのためにも必ず、あなたには勝ちますよ。フリア)

 

 頭を振り、一度すべての考えを振り払い、ぼくはまたロトム図鑑へと視線を落として今日の午後へと備えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いましたいました。ビート選手』

『過去を調べたが……まさかサイコパワーへの適正もあるとは……』

『これはますますあの出来損ないの代わりにふさわしい!!』

『これはダンナ様も大喜びですね』

『さあ、そうと決まれば作戦の準備をしなくては!!』

『幸いにもあのよそ者とのバトルのためにしばらくここに残る模様……これはチャンス!!』

『そして我々のジムの復興の時が来るのです!!』

『『ふははははは!!』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ時間かな?」

 

 ラテラルスタジアムの控室にて。ボクよりも先にジムミッションを受けることになっているセイボリーさんとユウリはもうここにはおらず、今この部屋にいるのは少なくとも視界にいる範囲の人たちはボクが知らない人だけだ。ターフスタジアムのころと比べるとだいぶ人が少なくなり、ほんの少し寂しさを感じるようになってきたこの控室。

 

(こうして周りを改めてみるとあの時は緊張も相まって控室が大分狭く感じてたんだなぁ)

 

 3回ものジムミッションを超えてだいぶ心も強くなったのか、今となっては心臓の鼓動も大分おとなしくなっている。

 

 会場に出た時の歓声は未だに慣れないんだけどね。

 

 あれと町を歩く度に声をかけてくるファンとの交流は恐らくいくら年月が経っても慣れることは無いんだろうなぁなんて思いながら自分の出番の準備をするためにベンチから立ち上がり伸びをする。

 

 服装もジムミッション用の白色のユニフォームに928の番号を背負った姿。

 この服を着ると自然と気が引き締まるから不思議だ。

 

(……もしいいならこの上からマフラー巻いてもいいかも)

 

 後でジムトレーナーの人に聞いて大丈夫そうならどこかのタイミングでマフラーをつけたまま出てみてもいいかもしれない。なんだかんだでシンオウ地方を共に歩んだボクの1部みたいなものだからそれなりに思い入れがあったり。まぁ、シンオウ地方が寒冷な場所だったから付けざるをえなかったのが付け始めたきっかけではあるんだけどね。長くつければたとえ義務だったものでも愛着が湧いてきちゃうものだ。むしろここまでのジムミッションとジム戦はどちらもマフラーつけてなかったから逆に首元が寂しかったくらいだ。

 

「フリア選手、準備をお願いします」

「はい!!」

 

 首元に手を添えていたところにかかる招集。改めて服を正していざジムミッションが待つ挑戦部屋へ……

 

「ん?……フリア選手、少し待ってください」

「はい?」

 

 行こうとして急にジムトレーナーの人に呼び止められてしまう。何か問題でもあったのだろうか?

 

「フリア選手。今あなたの体から7()()()()()()()()()()()()()()()()()()。普段は構いませんがジムミッション。およびジム戦の間はポケモンは6匹までしか使えないので手持ちの整理をお願いします」

「え?」

 

 ジムトレーナーから告げられるのは驚きの発言。だって今のボクの手持ちはジメレオン、キルリア、マホミル、イーブイ、ユキハミ、そして相棒の6匹……

 

(あ、もしかして……)

 

 と、そこまで自分の手持ちを見直してようやく心当たりが見つかる。

 

(もしボクの予想が当たっているのならば今いつものポケットの場所にあるはず……)

 

 手を伸ばして探ってみると思った通り、一つのモンスターボールが指先に当たる。確かにこのモンスターボールは登録されているものだから検査には引っかかっちゃうかもしれない。というか今まさに引っかかってる。いつも肌身離さず持っているものだから今回も癖でついつい持ってきてしまっていた。このモンスターボールは使う予定の無い……というか現状全く使えないからジムトレーナーの人に預けてしまおう。

 

「すいません。たぶんいつもの癖でお守り代わりに持っていたこれが引っかかっているんだと思います。預かってもらってもよろしいでしょうか」

「はい、構いませんよ。フリア選手のジムミッションが終わるまでしっかりと預かっておきま……あれ?」

「ではお願いしますね」

「え、あ……はい。ジムミッション、頑張ってください」

 

 預かったモンスターボールを見てかなり戸惑った反応を見せるジムトレーナーさん。今もちらりと横目に確認するとものすごく不思議そうにモンスターボールを確認している。本当はしっかり説明しておきたかったんだけど……もうジムミッションの時間が来ているのでそんな時間がない。申し訳ないと思いながらも挑戦部屋へと急ぐボク。ただ一つ懸念事項があるとすれば……

 

(……流石に不正は疑われないよね?いくら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って理由だけで)

 

 中身のポケモンが常に外へ出てボクの補佐をしているなんて誤解されないかどうかといったところだろうか。なんせ中身の子を教えろって言われてもすぐに紹介なんて絶対できないのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~お……」

 

 ジムミッションの部屋に入って一番最初にボクの口から発せられた言葉である。いや、誰だってこのギミックを見たらこうなると思うのだけど……

 

 

『さあやってまいりましたラテラルスタジアムのジムミッション!!その内容はこちら!!』

 

 

 ボクの視線の先にあるのは一つの大きなコーヒーカップ。よく遊園地などで見かけるあのコーヒーカップが一つ、そのまま目の前にポツンとあり、まるでチャレンジャーを歓迎するかのようにこちらに扉を向けて待っている。まあそれだけなら問題はない。ここにきて乗りもの系かぁなんて感想で終わるだけだ。

 

 問題はこのコーヒーカップがある場所。

 

 物凄く勾配のある場所の頂点に置いてあり、これに乗って目の前の坂を下って行けと言わんばかりの仕掛けである。別に高所恐怖症というわけではないんだけど……そんなこと関係なしに怖すぎる。もしこのコーヒーカップから投げ出されたらなんてことは考えない方が吉だろう。

 

 

『このコーヒーカップに乗って下に降りていくのですが、そのためには正しい道を進んでいく必要があります!!途中コーヒーカップの軌道を横に曲げる必要があるでしょう!そんな時はコーヒーカップの真ん中にある台座を曲がりたい方向に回してくださいませ!!回せば回すほど強く曲ってくれますよ!!』

 

 

 ナレーションから聞こえる声はおおむね予想通りの説明。だけどこれ……

 

「曲がるときって自分も一緒に回っちゃうからどこまで曲ってるかわからないよね……?」

 

 曲るたびに自分もぐるぐる回るし、回る場所も斜めだしで方向感覚がおかしくなってしまいそうなんだけど大丈夫だろうか。今ほどボクが乗り物酔いを持っていなくてよかったと感謝したことは無いかもしれない。

 

「いや、これ乗り物酔いしない人でも酔うんじゃ……?」

 

 よくこんなミッションOKにしたなと別の意味で尊敬してしまう。どうやらボクが思っている以上にガラル地方のポケモンリーグは頭がおかしいらしい。そしてさらに気になるのが……

 

「あの先に見える手は何?」

 

 少し下を覗いて迷路というか坂の先を見れば、バネの先に深緑色をした異様な雰囲気を放つ怪しい手がついている謎のオブジェクトが見える。

 

 どうみてもろくでもないのは明らかだ。

 

 

『ちなみにあの手に触れると勢いよくカップが弾かれます!!中には弾かれないとゴールにたどり着けない地形なんてものもあるので計画的にご利用ください!!』

 

 

「あれ近づくの強制なんだ……」

 

 出来ればお近付きになりたくないギミックのてんこ盛りである。今までのなかで個人的には1番乗り気ではないジムミッションかもしれない。

 

「はぁ……でも仕方ないか……」

 

 しかしイヤイヤ言ってばかりでは先に進めない。運営側がこうだと言っているのならそれに挑むのがボクたちジムチャレンジャーというものだ。もしかしたら意外となんてことは無いのかもしれない。例えばほんの少し回すだけで慣性の力でそこそこ曲がってくれたりとか……ね?

 

 ちゃんと腹を括ってコーヒーカップに乗り込むボク。地面が斜めなためこの時点でかなり座りづらいんだけど我慢して座り、ドアを閉める。同時に先の道も確認。きっとこの先クルクル回っていると先の道なんて確認出来ないだろうからね。じっくり見れる最初でしっかり覚えないと。

 

 

『では準備もできたみたいですし張り切って行ってみましょう!!スタート!!』

 

 

 開始の合図とともにゆっくりとカップが坂を滑り始める。

 

「お、思ったより速くない!」

 

 もっと素早く坂を滑り降ちることを予想していた身としてはこの緩やかな動きは嬉しい誤算だ。もしかしたらと思い、試しに右に左にと台座を回してみるとこちらも想像よりも横に曲がる上に自分は全然回らない。激しく台座を回せば流石に高速回転しそうな空気はあるけど少し曲がる程度ならそこまで酷いものにはならないと思われる。ただやっぱり自分ごと回ってしまうのがネックであり、たとえゆっくりでも方向感覚を狂わしてくるのに変わりはない。しっかりと先を見据えて動かないと混乱すること間違いなしだ。

 

「早め早めの見切りを……」

「マミュ?」

「ってマホミル!?」

 

 先の道を警戒しながら進もうとしたところに横から聞こえる鳴き声。慌ててそちらを向けばいつの間にボールから飛び出したのか、未だに飴細工を頭につけたマホミルが台座にくっついて不思議そうな顔を浮かべている。

 

「あ、今すっごい嫌な予感した……」

「マミュマミュ〜!!」

 

 その予感を現実にせんと、台座のギミックを理解したマホミルが全力で回し始める。そんなことをすれば当然コーヒーカップも未曾有の大回転をするわけで……

 

「やっぱりこうなったああああああああぁぁぁ!!」

「マミュ〜!!」

 

 そこからはもう酷いもので右も左も訳もわからずもみくちゃ状態に。何とかゴールにはたどり着いていたみたいだけどもはやどうやって移動していたのかてんで覚えていない。それ以上に回転が強すぎて初めて味わった乗り物酔いという感覚に吐くのを我慢するので精一杯だった。

 

「マ~ホ~ミ~ル~?」

 

 ゴールにたどり着き、あまりの気持ち悪さに倒れたボク。それでも何とか無事だった体を這わせて元凶を掴み、いつものほっぺ伸ばしでオシオキをしようとしたその時……

 

「マミュ~!!」

「……え?」

 

 マホミルの体が突如光りだす。暫く光り続け、その光が晴れた時、目に入ったのは小さくミルクの波紋のような見た目だった姿から大きく変わり、ホイップクリームのような見た目に変わった元凶の姿。体の色も頭につけていた青色の飴細工に倣って青色へと変化していた。

 

 つまり、たった今この瞬間、マホミルはマホイップへと進化を果たしたのだった。

 

 ちなみにロトム図鑑によるとベリーあめざいく、ミルキィミントと言われる姿らしい。

 

 グロッキー状態からまさかのことが起きてしまい、パンク寸前の脳で正常な判断ができず、どうすればいいのかわからない状態のボクにマホイップが歩いてくる。

 

 そのまま倒れているボクの顔の横に歩いてきたマホイップが……

 

「マ~ホ!!」

 

 ボクのほっぺにそっと口づけを落とした。

 

 甘い匂いが鼻孔をくすぐる中、いよいよもって処理が追い付かなくなったボクは……

 

「……もう、好きにしてくれ……」

 

 そっと、考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ビート

不穏な影がありますね?
エスパー適性からのビート自身もちょっとしたエスパー使いというのはオリジナルですね。
少しバックストーリーを付け足したかったので。

空のモンスターボール

これまでにもちょくちょく出てきてますね。
これは一体……

マホイップ

ぐるぐるまわ~る進化です。
自然にトレーナーとポケモンが一緒に回転させられる場所って考えると、マホイップの進化場所はここしかないと思ってました。
ちなみに実機でこの色にするには夜に少し長めに反時計回りをする必要があります。
まあこの作品ではご都合ということで……
最後の口づけはマホミルなりの遊んでくれてありがとうという意味ですね。
フリアも一応気づいてはいますが……もう知らないってかんじですねこれ。

ジムミッション

やっぱりこうなりましたよ……
ジムミッションはネタ枠。はっきりわかりますね。
しかし実際問題リアルでこれやるとこうなりそうですよね。
個人的にはガラルのジムミッションの中で1番やりたくないのがここです。




記念の50話ですが……物語的には半分言ってるかどうか怪しいですねこれ……
それでも、今後ともよしなにしていただけたら。
ではでは。


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51話

「おぇ……まだ頭クラクラする……」

「マホ〜……」

「ああ、うん。大丈夫だよ〜。ありがとね〜」

 

 ラテラルスタジアムのジムミッションをどうクリアしたのか全く覚えていないため、若干消化不良感の否めない結果だったんだけど、それ以上に頭の中をシェイクされまくったせいで未だにぐるぐるする頭を抱えてラテラルスタジアム内にある休憩所の机に頭を乗せて休んでいるボク。

 

 机の上には先のジムミッションで進化したばかりのマホイップも乗っており、さすがに反省しているのかボクの頭を撫でながら申し訳なさそうに鳴いている。

 

 今思えば、元々くるくる回るのが好きだった子だし、初めて見るまるで遊具のような乗り物にテンションが上がってしまったのだろうということは想像に難くない。そんな彼女の心情を悟っているため、コーヒーカップから降りてすぐの時みたいに、ちょっとした怒りの感情が頭を埋めることはなく、むしろ今は進化した嬉しさとマホミルからさらに可愛らしい姿になったことに対してほっこりしている自分がいる。

 

 青色の体色になっているところも、ボクが個人的に青系統の色を気に入っている節があるのでポイントが高かったり。ボクのお気に入りのマフラーも水色だしね。

 

 こうやって休みながら頭の中をひとつずつ整理していくとようやく頭の不愉快な部分が抜けていく感覚が現れ始める。このまま行けばすぐにでも回復しそうだ。

 

「ふぅ〜……しっかし、乗り物酔いってこんなに辛いんだね……初めてだから知らなかったや……」

「やっぱり、想像以上に体弱いんね?フリアって」

「あ、マリィ」

「ほい、お茶でよかと?」

「さんきゅ〜……ってひゃぁ!?」

「ん、ちょっとした意地悪」

「絶賛体調不良者にやる!?それ!!」

 

 机に突っ伏してるところに声をかけてきたマリィはどうやらボクにつめた〜いお茶を買ってきてくれていたみたいだ。それだけなら普通にありがたかったんだけど、首筋に直接当ててきたため変な声を上げながら反応してしまう。

 

(うぅ、今のせいで変に視線集めたぁ……)

 

 こちらを見てくると言ってもほんの数秒で、すぐに飽きるか各々のやることに集中し直したみたいでこちらを見つめる人なんてほとんどいないけど、それでも1回視線を集めてしまったという事実が羞恥心となってボクを襲ってくる。というかマホイップと言い、マリィと言い、ヒカリやジュンと言い、なんでボクをからかったり、振り回すことを良くするのか……そんなにボクって弄りやすいのかな……?

 

「確かにそうだけど……あんまし元気ない姿を手持ちの子に見せん方がよかとよ。ほら、マホイップも凄く悲しそうな顔しとるし」

「……そういうことにしておいてあげる」

 

 どうも話を上手くそらされた感じがするけど、マホイップが今にも泣きそうな顔をしていることに変わりはないので今はこちらを優先させる。言葉では大丈夫とは言ったけど、確かにこういうことは態度で示さないとしっかりと伝わらないものだ。さっきも言った通り進化してくれたことは凄くおめでたいし、マホイップになってさらに可愛く、頼もしくなったことが嬉しいのも事実。

 

 そんなおめでたい事が起きた子にさせていい顔ではない。しっかりと頭を撫でてあげ、笑顔で声をかけていく。

 

「あれ、そう言えばユウリたちは?」

「皆無事ジムミッション突破して、とりあえずちょっと落ち着いたから〜って言いながらお花摘みと物販見に行っとるね。すぐ帰ってくるけん、心配せんでもよか」

「そっか……しかし、ジムミッション中に進化するとは思わなかったなぁ……」

 

 ユウリたちが特にトラブル等に巻き込まれてないというのがわかったので話をマホイップに戻す。

 

 個人的にはこれは嬉しい誤算だったんだけど、ポケモンって基本的に戦闘によるレベルアップで進化するし、そうじゃない個体も大体が進化の石や特別な道具、もしくは誰かと交換することによって進化する。けどマホイップの場合はそのどれにも該当しない。

 

 強いていえば飴細工をプレゼントしているんだけど、もしこれで進化をするのなら、ワイルドエリアで吹雪に襲われた時に、ベリーあめざいくをあげた時点で進化をしていないとおかしいので話が合わない。それに、野生のマホイップがどうやっても存在しないことになってしまうしね。少なくとも今回の進化の仕方から、レベルアップによる進化ではないことがわかったので他の条件があるはずなんだけど……

 

「あれ、フリア知らなかったと……?って、元々ここの産まれじゃないから知らなくてもおかしくはなかったね。マホミルの進化ってかなり特殊で、ある程度成長した個体が何かしらの飴細工を身につけた状態でくるくる回ることで進化するの。特に、信頼出来るトレーナーが一緒に回ってあげたらその分早く進化できるみたいやんね」

「何その進化方法……」

「ほら、お菓子を作れるフリアなら想像しやすいと思うんけど、クリーム作るのに泡立て器でぐるぐるかき混ぜるでしょ?要はそれに近いことしてるって訳」

「あぁ!すごく納得した」

 

 マホイップがクリームポケモンという種類に分類されることを考えるとなるほど理にかなってると言うか、説得力しかない進化方法だ。もしかしたらこの進化方法を見つけたからこそクリームポケモンと呼ばれるようになったのかもね。

 

「にしてもよくそんな進化方法わかったね……どうやって見つけたんだろ?」

「一説によれば、パティシエとしてお店を出していた人が、ある日空腹で倒れそうなマホミルに飴細工をあげて救出。助けてもらったマホミルが今度はそのお礼をするために看板ポケモンとしてそのパティシエのお店で客引きをするようになったとか。結果お店は大繁盛。そのことに嬉しさと感謝を感じたパティシエはその感情の勢いのままマホミルを持ち上げて一緒にくるくる踊ったところ進化したみたい」

「ほぇ〜。なんだか1本のドラマになりそうなお話だね」

 

 思いのほか微笑ましい起源のせいか、聞いているだけで心があたたまるいいお話だ。

 

「マホイップに進化したあともそのお店はどんどん繁盛していったみたいで、それからというもの、マホミルが姿を現したパティスリーは大繁盛が約束されるって言われるようになったとね」

「あ、それは図鑑説明にもあったから知ってる!」

「ちなみにその噂のパティスリーが、今ガラルにあるバトルカフェの本店って言われてるね」

「どうりで美味しいわけだ」

 

 裏にこんな話があったのかと思うと、やっぱりこういう歴史のお話は面白い。流石に全ポケモンを調べるのはきついけど、せめて自分の手持ちの事くらいは知っておきたいよね。

 

「ふふっ、でもよくよく考えたらフリアもポフィン作れるから、フリアがお店を出したら案外繁盛するんじゃなかと?」

「あはは、それじゃあトレーナーを引退する時はパティシエになってみるのも悪くないかもね」

「じゃあその時はあたしが店員をしてあげるよ」

「それは頼もしいね」

「マホマホ〜!!」

 

 その時はヒカリも誘ってみたらなかなかいい線行くのではないだろうか?

 

(……いやいや、なんでそんなこと考えてるの?)

 

 ツッコミ不在のよく分からない未来造像図に少し頭を傾げてしまうけど……割と本当に楽しそうだし想像出来てしまうのが怖いところだ。

 

「なになに?2人の結婚したあとの計画?」

「ん?」

「なっ!?」

 

 2人でそんなことを話していたところに横から聞こえる声。マリィの驚いたような声にちょっとびっくりしたけど、一先ず置いておいて声の主を確認すると、ナックルシティで別れたばかりのソニアさんがハロハロ〜と手を振りながらこちらに歩いてきていた。

 

「あれ、ソニアさん……?どうしてここに?というよりよくここまで来れましたね……ってよくよく考えたらジムチャレンジ経験者でしたね」

「もう、わたしの事をいくらなんでも見くびりすぎじゃない?……まぁ、ここにはアーマーガァタクシーで来てるんだけど」

「やっぱりずるじゃないですか」

「あんな道通るのは物好きかジムチャレンジャーくらいしかいないわよ!!」

「け、結婚……あたしが……?い、いやいや……」

「マリィ〜?どうしたの〜?」

 

 どうやらアーマーガァタクシーでここまで来たらしいソニアさんと再び合流。まだ別れて数日しかたってなかったため、ナックルシティで感じたような懐かしさはあまり無かったけど、やっぱりこうやって顔見知りと出会うのは嬉しいというか落ち着くというか。

 

 こうやって話していくと段々と頭の痛みと気持ち悪さも引いていくし、気がつけばいつものボクの体調に戻っている。マホイップもそのことが嬉しいのか膝の上でご機嫌にお座りしている。かわいい。

 

 その代わりに今度はマリィの様子がおかしくなってるけど……

 

(なにこれ、このバッドステータスって交代制なの?)

 

「あんた……意外と節操なしなのね?」

「物凄い風評被害受けてる気がするんですけど!?え、どこでそんなに評価落とされた!?」

「これはあんた本人の問題なのか、はたまたシンオウ地方で過ごした環境のせいなのか、そこが問題ね」

「あの……何かしら琴線に触れたなら教えてくれません?ちゃんと謝りますので……」

「謝る相手はわたしじゃないけどね?」

「……?」

「はぁ……」

 

 何か粗相をしたのなら挽回したいと思いあれこれ聞いてみても、その度に評価が下がっている気しかしない。あと遠回しにジュンたちのこともバカにされてる気がするけど……気のせい?いや、ジュンはバカで合ってはいるんだけど。

 

「まぁ、わたしはギャロップに蹴られたくないから傍観することにして……わたしがここにいる理由ね」

 

 なんだか聞いたことあるセリフを聞きながらどこかもやもやした気持ちを頭に残しているけど、ソニアさんから本題が提出されたので今はそちらに集中する。その間にマリィもいつもの状態に戻ってたし、なんなら……

 

「お〜い、フリア〜!マリィ〜!戻ったぞ〜!!」

「おまたせ〜……ってソニアさん?」

「おや、あなたは確かナックルシティで出会ったお方……」

 

 ユウリとホップ、セイボリーさんまでもが集合してきた。最近のイツメンの中ではサイトウさんのみ居ないけど、彼女はビートと一緒で今日ジム戦のはずなので今頃準備をしてるところだろう。まだ出番は先みたいなので急ぐ必要は無いけど、出番が来たら精一杯応援しよう。

 

 話が逸れたね。元に戻すために視線でソニアさんに訴えかけると、ソニアさんも頷いてくれたので、そのまま続きのお話を喋ってもらう。

 

「わたしがここに来たのはナックルシティの時と一緒で、ここに英雄伝説のヒントがあるからよ」

「ここにもあるんですか?」

 

 確かに遺跡やら掘り出し物やらが沢山あるため、歴史的なものは色んなところで見つかりそうな気はする。……流石にラテラルタウン入口の巨大ディグダの石像は関係ない気がするけど。

 

「ラテラルスタジアムの左手に道があったでしょ?その道を進むと階段がずっと続いていて、その階段を登りきった先に英雄伝説に関係があると言われている遺跡があるの」

「そんな道あったか?」

「ホップ……スタジアムしか目に入ってなかと……」

 

 ホップの言葉にみんなが苦笑いを浮かべる。この様子を見るにホップ以外のみんなはしっかりとそのことを覚えているみたいだけど、確かにラテラルスタジアムの入口に向かい合った時、左手にラテラルタウンの奥へ進める階段があったのを記憶している。特にお店があるとか住宅街があるとかで賑わっているわけでもなかったのでまだその道には進んではいないんだけど……

 

「そっか、その先にも遺跡があるんだ……」

「とは言っても、レプリカなんだけどね。写真で見たこともあるんだけど……正直あんまり期待はしていないのよね」

 

 そう言いながら懐から1枚の写真を取り出すソニアさん。それにつられてみんなで覗き込んで確認するけど……

 

「……落書き?」

「フリア、失礼だぞ!」

「遺跡への道すら覚えてないホップが言える義理じゃなかと……」

「でもフリアの言う通り、落書きにしか見えないかも……」

「なんですかこのナンセンスな遺跡……というかこれは壁画というのでは?」

「言いたい放題ね、あんた達……」

 

 ボクたちの一切容赦ない感想に思わず苦笑いを浮かべてしまうソニアさんだけど、決して否定をする訳では無いあたり、ソニアさんも心のどこかでそう思っている節があるみたいで強くは反論出来ない状態だ。

 

 いや、割とマジめにこれが遺跡と言われても全然信用出来ないし、これはレプリカらしいけど本家はどうなのか逆に気になるレベルだ。ソニアさんがあまり期待していないという理由もすごく納得できる。ボクが同じ立場だったら調べすらしないかも……

 

「けど、英雄伝説については分からないことの方が多いからさ……ちょっとでも手がかりになる可能性があるなら調べないに越したことはないかなって。やらない後悔よりやる後悔でしょ?それに、歴史の研究に無駄足は日常茶飯事だしね。むしろ、こういう失敗を積み重ねた上に成功ってものはなるのよ!!」

「「「「「おお〜……」」」」」

 

 ソニアさんの言葉がなんだかかっこよく聞こえてしまい思わず全員で拍手。ソニアさんのこういう前向きなところは見ていてすごく気持ちがいいよね。

 

「じゃあ早速その遺跡に向かうんですか?」

「ええ……と言いたいんだけどね。流石にここ連日研究ばかりだし、アーマーガァタクシーで楽してきたとはいえ、6番道路を通ってきてるから暑さのせいで汗がちょっとね……?」

「あの道路、空中でも暑いんですね……」

 

 恐るべきコータスパワー。彼らがいる限り、あの場所は常夏の楽園を維持し続けるだろう。……海はないけど。

 

「だからちょっと休憩しようかなって。それに、聞くところによると明日はフリアたち、ジム戦するんでしょ?」

「はい。今日みんなで無事にジムミッションを突破したので早速明日挑もうかなと」

 

 ビートやサイトウさんみたいに何日かおいて挑んでも良かったのだけど、別にいたずらに日にちを遅らせる理由もないので挑めるなら挑んでしまおうということになり、ボク、ユウリ、セイボリーさんの3人で仲良く明日ジム戦をすることに。後半戦最初ということもあり、ジムリーダーが出すポケモンも今までの3匹から4匹に増えているため、さらに激しい戦いが予想される。気を引き締めていかないとね。

 

「よくよく考えたらわたし、まだフリアとユウリのジム戦を現地観戦出来てないからさ。これを機に見ておきたいなって思ってね。だから明日は観客席でしっかりと応援してあげるわ。だから、負けるんじゃないわよ?」

 

 これは嬉しい言葉だ。応援がなくてももちろん負ける気は無いし、勝つために全力で頑張るけど、こうやって知り合いに背中を押してもらえると分かるととても心強い。

 

「「勿論です!」」

 

 元気よく頷くボクとユウリ。今回もできることならしっかりと1発で超えたいよね。

 

「しっかし、フリアって面白いわよね〜。今までのジムミッションのアーカイブは見たんだけど全部トラブル起きてない?」

「うぐっ、割と気にしてるところを……」

「ターフではウールーにまとわりつかれ、バウでは水に打たれ、エンジンではまさかのポフィン持ち込みに、ラテラルではマホミルシェイク……ふふふ、本当に見ていて飽きないわぁ」

「マホミルシェイクなんて呼ばれてるんです!?あれ!!」

 

 なんだかネットの掲示板とかSNSとかを見るのが怖くなってきた……。普段から見てるほうじゃないし、ボク自身そう言ったサイトやアプリのアカウントを持っている訳では無いので詳しく知りはしないけど、ああいう場所では割ときつい言葉を影で言われているものらしい。エンジンの時も思ったけど本当に炎上していないか心配だ。

 

 この事を毎回ジムリーダーや関係者に聞いてみると皆物凄く微笑ましい表情で見てくるのが凄く気になるんだけど……これは心配しなくていいっていうことでいいんだよね?大丈夫だよね?

 

「そ、その分ジム戦頑張ってるので……許してください……」

「ほんと、一転してジム戦は凄くかっこいいから凄いわよね」

「そのギャップがまたいいらしくて、女性からのうけもよかとよ?」

「そうなの……?」

 

 マリィにちらっとネットの反応を見せてもらうと、確かにソニアさんが言ってた通りのコメントがいくつか見受けられる。

 

 これはこれでなんというか……

 

「……なんか、恥ずかしい……どう反応すれば……」

「「「その反応がもうずるいんだと思う」」」

「……?」

 

 女性陣からの言葉に思わず首を傾げてしまうけどとにかく恥ずかしい。

 

「そうだ、これを機にせっかくだからフリアもアカウントを作って……」

「絶対にいやっ!!」

 

 ボクには高度な文明なので絶対に手は出しません!!

 

 でもあとから聞くに、どうやらボク以外の人は皆アカウントを作っているらしく、なんとあのサイトウさんまでもがそのアプリで発信をしているのだとか。

 

(それはそれで仲間はずれみたいでなんか嫌だなぁ……)

 

 それからというもの、ネットでのみんなの評判の話題になって花を咲かせている間、ずっともやもやしながら過ごすボクであった。

 

(……アカウント、作った方がいいのかな?)

 

 ……もう少し様子を見よう。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……はぁ……」

 

 深呼吸をひとつ。真っ暗な廊下から見える四角い光に向けて1歩、また1歩と足を進めていく。

 

(やっぱり、このジム戦直前のこの通路を歩くと、いやがおうにも引き締まる……)

 

 そして真っ白い出口に到着した瞬間、暗いところから明るいところに出たため、真っ白で見づらかった景色が少しずつ色を取り戻していく。

 

 ようやく目が慣れて、周りの景色を鮮明に見えるようになった時、目に入ってくるのは深く、濃い紫色に彩られた広大なバトルコート。ゴーストジムの名を冠するのにふさわしい舞台と言えた。

 

 コツコツと靴が地面を叩く音を響かせながらバトルコートの中央へ歩いていくと、向かい側の廊下から同じく、このバトルコートに向かって、まるで火の玉が空中をふわふわ揺らめいているかのように、右へ、左へと体をゆらゆら揺らしながら歩いてくるオニオンさんの姿が目に入る。

 

(流石に一緒の廊下から来るのはカブさんだけだよね)

 

 1つ前のジムのことを思い出し、そして直ぐにその記憶を片隅に寄せておく。今は目の前の強敵のことをしっかり考えないとダメだ。

 

 歩くスピードの兼ね合いでボクが先にバトルコート中央へ到着。その数秒後、オニオンさんも真ん中に到着したので、お互い向かい合って視線を合わせる。

 

 相変わらずオニオンさんは白色の仮面をつけているため、表情は読み取れないけど、仮面の穴から覗く紫色の瞳がこの前会った時よりも鋭くこちらを射抜いているのが伝わってくる。背が低く、ボク以上に女性的なイメージを持たれやすい彼だけど、こうして対峙してみるとよく分かる。

 

(このプレッシャー……やっぱりジムリーダーなんだなぁ)

 

「……あの……体、大丈夫……?」

「え?」

 

 そのプレッシャーに負けないように気を張っていると、急にボクを心配する言葉を投げかけられる。その言葉の真意が少し分からなくて、若干返答に困っていたところに、オニオンさんがさらに言葉を続ける。

 

「……昨日……凄く辛そう……だったから……大丈夫かなって……」

「あぁ〜……うん、もう全快してるから大丈夫です!ありがとうございます」

 

 どうやら昨日ボクが酔って突っ伏しているところを見られていたみたいで、その事に感する心配だったようだ。行動がふわふわしてて少し読みづらいけど、こうして話してみるとやっぱりとても優しい人だ。そして同時に……

 

「……よかった。……あなたの強さ……ねえさんから沢山聞いた……だから……あなたとは、是非とも本気で戦いたかったから……」

「っ!!」

 

 どうしようもないくらい、ポケモンバトルが大好きな人だ。

 

 

『今回のバトルは4体4のシングルバトル!!さぁさぁ、最初の関門と言われるエンジンジムを越えるもの達を迎え撃つ後半勢最初の壁!!どんなバトルが繰り広げられるのか大変楽しみですね!!』

 

 

「怖いし、緊張もする……けど……それ以上に……ポケモンと……バトルが……大好きだから……!!」

 

 ナレーションの声を合図にボクはモンスターボールを、オニオンさんはダークボールを構える。

 

「分かります。その気持ち……ボクだって、バトルもポケモンも大好きですから!!」

「……はい……伝わってきます。……なので……!!」

 

 観客の大歓声があらゆる音を上書きしていくのに不思議と耳まで届いてくるオニオンさんの、決して大きいとは言えない、しかし、芯の通った重い言葉。

 

 

「怖いけど……押しのけて……乗り越えて……っ!!ほ、本気で……全力で……っ!!あなたを迎え撃つ……壁になります!!ねえさんが認めた強さ……ボクに見せてください!!」

 

 

ジムリーダーの オニオンが

勝負を しかけてきた!

 

 

「いけ!!」

「……いって!!」

 

 いよいよ折り返しとなるジム戦。小さく、けれど大きな意志を持った、勇ましきジムリーダーとの激闘の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マホミル、マホイップ

姿を見せたら繁盛する。のくだりは実際に図鑑にありますけど、その理由に関してはオリジナルです。
こんな話だといいなぁと思い綴りました。
しかし、飴細工が必要って、野生のマホイップはどう誕生してるのでしょうね?

遺跡

……遺跡?
壁画……じゃないの?(調べている時の私の反応)
あれ、レプリカって言われてますけど、本物もあんな落書きみたいな感じなんですかね?

ネットの反応

可愛いとかっこいいを兼ね備えてるのは卑怯では……?
ちなみにユウリさんたちがフリアさんと行動を共にしているのはバレているので、ユウリさんたちに、「フリア選手もアカウント作るように言ってください!!」みたいなお話が来ていたりいなかったり……

オニオン

怯えてるけど頑張る子。
応援したくなりますね。




ニンダイでカービィの新作が発表されて飛び跳ねてます。
30周年なので予想はしてましたけど、やはり発表があると嬉しいですね。


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52話

「いけ!!ジメレオン!!」

「……いって!!デスマス!!」

 

 お互い1匹目のポケモンを同時に場に繰り出す。こちらの先発はジメレオン。いきなりのエースにオニオンさんの体が少しだけ反応した気がした。ボクの手持ちはもう筒抜けになっているという前提で考えると、まさか最初からジメレオンが来るということは予想出来なかったのか、はたまた……

 

(あのデスマスに対してあまりよろしくないかのどちらか、かな?)

 

 相手の先発であるデスマス。もちろん、デスマスのことはボクも知っている。けどボクの知っているデスマスとは若干の差異が見られ、赤い目をした小さい影が、金色のマスクを持っている姿ではなく、紫色の目をしており、もはや尻尾がめり込んで取り外しが出来ない粘土板のようなものが、金色の仮面の代わりにその小さな影にくっついていた。

 

 リージョンフォーム。

 

 ガラル地方に来て初めて見た訳ではないけど、やっぱり別の姿の方が馴染みあるボクにとっては、こういう存在とのバトルは先入観に囚われがちなので下手な新種ポケモンよりも戦いにくかったりする。

 

 幸いにも最初の展開は激しい攻撃からのスタートではなく、お互いの様子を観察するためのゆったりした出だしになったため、こうやってじっくり観察する時間が取れた。これなら初見殺しを喰らうこともあまりないかもしれない。先手必勝をしてこないあたり、あのデスマスはボクの知っている姿と同様、そんなに早い訳では無いのかもしれないね。

 

「なら……ジメレオン!!『みずのはどう』!!」

 

 様子見をしながらも効きそうならそのまま攻めるためのみずのはどう。青色の水球が真っ直ぐデスマスの方へと飛んでいく。

 

「……デスマス、『ぶんまわす』」

 

 対するデスマスは、オニオンさんの小さくも、しかしはっきりと芯の通った声に従って尻尾についている粘土板を遠心力をのせて振り回す。そのまま粘土板をみずのはどうに叩きつけて威力を相殺。みずのはどうは衝撃を受けて爆発する。何とか防いだデスマスだけど、明らかに想定以上にダメージが入っているようにも見える。

 

 もしかしたらリージョンフォームによってみずタイプに弱くなっているのかもしれない。

 

「ならこのまま攻めまくるよ!!もう一度『みずのはどう』!!」

「ジメッ!!」

 

 指示に従い再び水を溜めるジメレオン。この攻撃を起点に攻勢に転じてまずは1匹落とす。そう思ったのだか……

 

「ジメッ!?」

 

 突如貯めていた水が技を放つ前に爆ぜてしまい不発に終わる。

 

「……もう一度『ぶんまわす』です」

「っ!?ジメレオン!!ガード!!」

 

 その事に驚いている間にデスマスが懐に入り込んで粘土板を叩きつけてくる。咄嗟に腕をクロスして受け身に回ったことで最小限に抑えたものの、先程のみずのはどうの分の仕返しはしっかりとされてしまった。

 

 その攻防の間に先程の答えを頭の中で出す。

 

(かなしばり!やっぱり来た!)

 

 先程ジメレオンのみずのはどうが封じられた理由。最後に使った技を一時的に封印するその技は、ウルガモスと戦った時にセイボリーさんにみせてもらっているためすぐにわかった。ただあの時と違うことと言えば……

 

(指示が一切聞こえなかった……ううん。そもそも声を出していない。ゴーストタイプとの親和性がいいって言ってたけど、指示しなくても伝わるレベルなんだ)

 

 不幸な事故により身についた偶然の産物でありながらもここまでのものへと昇華させているのは、間違いなく彼自身の実力による所。力を手に入れただけじゃなくてそこから自分で育てているのもしっかりと感じる。これだけ若くしてジムリーダーにつけるのも納得だ。けど……

 

(負けるわけにはいかないんだよね!!)

 

 みずのはどうが封じられたからと言って戦えないわけじゃない。そもそもジメレオンが持っている技の中で、ゴーストに対して有効に働く技は本来はみずのはどうではない。

 

「……デスマス、『ぶんまわ━━』」

「『ふいうち』!!」

「……っ!?」

 

 三度攻撃態勢に入ったデスマスに対して深く潜り込んで攻撃を放つジメレオン。みずのはどうを苦手とするタイプとは別に、このジムならではのゴーストタイプを絶対に含むため、あくタイプの技であるふいうちがとにかく刺さる。この技がある限り、ジメレオンを完璧に封じたとは言わせない。

 

 もっとも、このふいうちは相手の攻撃技に合わせないと意味がないため、変化技を得意とするゴーストタイプに決めるにはボクの見極めがかなり大事になるんだけどね。

 

「……デスマス、『おにび』……です!」

「そうくるよね」

 

 デスマスの周りから紫色の3つの焔が現れ、ジメレオンに向かって高速で飛び回る。

 

 おにびは変化技のためふいうちは合わせられない。右から、上から、左から、包囲してくるように飛んでくる火の玉。

 

「ジメレオン!走って!!」

「ジメッ!!」

 

 本来ならみずのはどうで消したいところだけど、かなしばりが邪魔をして相殺が出来ない。幸いスピードに自信のあるジメレオンのおかげで避けること自体は可能だけど……

 

「ジメッ!?」

「次、右と後ろから来るから前に抜けて!!」

 

 おにびが追尾弾であるため、避けても避けてもキリがなく、永遠とジメレオンの周りを3つの火の玉がまとわりついてくる。そこに定期的にデスマスからぶんまわすが飛んでくるので攻撃に移れない。

 

(このままじゃこちらが消耗するだけ……なら!!)

 

「ジメレオン!!もう一度前!!」

 

 おにびを避けるためにボクの指示を聞いたジメレオンが大きく前に飛ぶ。当然そんなわかりやすい動きをすれば、デスマスもいい加減相手を止めるために攻撃を構える。

 

「……デスマス、『ぶんまわす』!!」

 

 ジメレオンを無理やり後ろに吹き飛ばし、迫っているおにびにぶつけるためにぶんまわすを構えるデスマス。今から避ける動作をしても間に合わないだろう。けど、ここまで来れば避ける必要は無い!

 

「ジメレオン!!構えて!!」

「ジメッ!!」

「……な、何を?」

 

 ボクの言葉の意味を理解したジメレオンが大きく手を広げてデスマスの動きを迎え入れる。何をするか理解できないオニオンさんだけど、今から考えても動きを変えられないと悟り、そのまま攻撃。勢いを載せて飛んでくる粘土板。それをボクの指示を聞いて構えていたジメレオンは少しのダメージはあるものの、しっかりと受け止め、キャッチした。

 

「デス!?」

「……捕まえられた!?」

「そのままおにびにたたきつけて!!」

「……!?」

 

 デスマスの粘土板はデスマス本人の尻尾のようなところが埋め込んであるため引っこ抜けない。なら当然その粘土板を振り回せばデスマスも振り回される。それを利用して今まさに後ろから着弾しそうなおにびに対して、背負い投げのような形でデスマスを後ろに投げてぶつけていく。

 

「……デスマス!!……体をひねって」

 

 せめてもの抵抗と体をくねらせておにびを躱そうとするものの、それに合わせてジメレオンが上手くデスマスを振り回して躱させない。不思議な攻防が繰り広げられる中、おにびがようやくジメレオンに追いつき、紫色の爆発が上がる。その爆煙の中からジメレオンとデスマスが同時に飛び出し、お互いのトレーナーの下へ。

 

「……デスマス……大丈夫……?」

「ジメレオン、行ける?」

「デスッ!!」

「ジメッ!!」

 

 お互いにまだまだ行けると返事を返してくる。しかし、先程のおにびによる爆発が思いの他大きく、当初の予定だとデスマスだけにやけどを付与して自分は逃げるつもりだったんだけどそうは問屋が卸さなかったみたいで、ジメレオンも共にやけど状態になってしまっていた。

 

(これはちょっと嫌な展開だ……)

 

 お互い5分にも見えるこの状況。しかし、ことゴーストタイプ相手に状態異常になるのはまずい。

 

「ジメレオン、『かげぶんしん』!!」

「……デスマス、『ぶんまわす』!!」

 

 狙合いを少しでも逸らさせるためにかげぶんしんで惑わそうとするものの、冷静に全体攻撃であるぶんまわすで処理。かげぶんしんの後隙を見せてしまう。

 

(けど、相手が狙うならここ!!)

 

「……デスマス!!」

「ジメレオン!」

 

「……よけて!」「『ふいう━━』なぁ!?」

 

 相手が後隙を狙って攻撃するところにふいうちを合わせようとするものの、それすらも読み切ってよける。そして生まれるかげぶんしんの後よりも大きな後隙。

 

「……デスマス……『たたりめ』!」

「ジメレオン!!」

 

 とうとう受けることとなるゴーストタイプの技、たたりめ。普通に攻撃する分には対して痛くない攻撃であるものの、攻撃した相手が何かしらの状態異常になっているときは、威力が倍になるという効果がある。そして今のジメレオンは火傷状態……つまりこの条件に当てはまった状態だ。

 

(冷静すぎる……確かに一度ふいうちみせてるから頭の片隅にはあるはずだけど、わざわざ隙を一回見逃してそのあとにさらに大きな一撃当ててくるなんて……)

 

 こちらだってたたりめの存在は予想できた。けど予想されたうえで避けられないタイミングで打ってきた。

 

「ジ……ジメッ!」

「……よし、ジメレオン。まだいけるね」

 

 やけどによるスリップダメージとたたりめによる大ダメージでかなりつらい状況だけどまだまだ頑張れると声を張るジメレオン。

 

(けどやっぱり想像以上にたたりめとかなしばりが厄介すぎる)

 

 ゴーストタイプならではの搦め手がじわじわと首を絞めてくる。ボク自身、ゴーストタイプの厄介なところはよく知っているけど、こうして対面してみてその対応のしづらさを再確認する。

 

(やっぱりここはあの子の出番を大目にしなきゃだね)

 

 そのためにもまずはあの技をもう一度誘発させなくてはいけない。

 

「ジメレオン!!突っ込め!!」

「ジメッ!」

 

 痛む体に鞭を打って走り出すジメレオン。再びデスマスの懐に向かって駆けだすその姿に警戒心を引き上げるオニオンさん。

 

 お互い頭の中にあるのは、バトルの駆け引きにおいてとっても大事なふいうちの存在のはず。1回目はボクが勝ち、2回目はオニオンさんが勝った。

 

 なら次は……

 

「……デスマス、『おにび』!!」「ジメレオン、『ふいうち』!!」

 

 デスマスの変化技とジメレオンのふいうち。3回目のふいうちを打つか打たないかの読み合いはオニオンさんに軍配が上がった。

 

 ふいうちをおにびの引き打ちによってケアしたデスマスは余裕をもってふいうちをよけ、返しのおにびがジメレオンに直撃する。既にやけどになっているため大きくダメージを受けることもなければ、さらにやけどになることもないけど、紫の炎に焼かれたジメレオン顔がまたゆがみ、確かなダメージを受けて少し怯んでしまう。その隙をオニオンさんは見逃さない。

 

 そして同時に……

 

「……デスマス『た━━』」

「ジメレオン、『とんぼがえり』!!」

「『━━たりめ』……え?」

 

 その行動をボクも見逃さない。

 

 デスマスが攻撃するよりも速く蹴りを叩き込み、その跳ね返りの力を利用してボクの右手に持っているモンスターボールに帰ってくるジメレオン。そしてすぐさま左手に持つボールを投げ、このジムで一番期待しているポケモンに託す。

 

「行け!イーブイ!!」

「……イーブイ!?」

 

 出てきたのはイーブイ。ジメレオンの代わりに出てきたイーブイに向かって()()()()()()()()()()()()()()()()()たたりめを放つ。黒色の靄がものすごい勢いでイーブイを襲うが……

 

「ブイ?」

 

 たたりめはゴーストタイプの技でイーブイはノーマルタイプ。

 

 この2つのタイプには大きな特徴があり、それはお互いがお互いに干渉することができないというもの。そのためノーマルタイプであるイーブイは、こちらの主力技が当たることは無いけど、同時に相手の技も当ることがない。そしてゴーストタイプの特徴としてもう一つ、珍しいことに自分と同じタイプであるゴーストタイプが弱点となっているという点が挙げられる。基本的に自分と同じタイプの技は耐性があるため、効果がいまひとつになることが多いのだけど、ゴーストタイプとドラゴンタイプは異例として、自分のタイプの技で大きく傷ついてしまう。

 

 このタイプ相性を理解しておけばゴーストタイプとの戦いはかなり楽になる。最も、イーブイは技マシンや技レコードでシャドーボールを覚える他、ゴーストタイプの技を覚える手段がない。当然今のボクの手持ちにそんな高価なものはまだなく、現状覚えることはできないため、そう簡単に対策を立てられるわけではない。

 

 しかし、ボクのイーブイならゴーストタイプの技を覚えられなくても()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

 

(今!!この場で、最後に使われた技がたたりめであるこの瞬間なら!!)

 

「イーブイ!!『まねっこ』!!」

「……ここで……『まねっこ』!?」

 

 まねっこによって最後に放たれた技、たたりめが発動。イーブイの尻尾が怪しい紫色を放ち、先ほど自分を襲った黒い靄を今度はデスマスに対して放つ。慌ててよけようとするものの、急に現れたその技に対して反応が間に合わず直撃。

 

 ここで改めて思い出してほしいのがたたりめの効果である状態異常のポケモンに2倍の威力が決まるという事。そして先ほどジメレオンに活躍によりデスマスもまたやけどになっていること。

 

「デスッ!?」

「……デスマス!?」

 

 ばつぐんの技にさらにたたりめの効果が乗った、推定威力4倍のダメージがデスマスを襲う。かろうじて耐えるものの立っているのがやっとの状態。そこにさらにイーブイで追い打ちをする。

 

「イーブイ、『かみつく』!!」

「ブイッ!!」

 

 あくタイプの技であるかみつくによる的確な攻撃によりさらに後ろに吹き飛ぶデスマス。もう倒れてもおかしくないダメージを負いながら、それでもまだ倒れないのはオニオンさんとの絆が強いせいか。っていうか絶対ボク以外の人が対戦相手なら絶対に倒れている。間違いなく他の人との戦いのときより少しレベルが高い。

 

(けどあと一押しすれば今度こそ戦闘不能になる!)

 

 それを感じ取ったイーブイがデスマスの懐にもぐりこもうとする。

 

「……あのイーブイは……厄介です。……だからせめて……『おにび』!!」

 

 デスマスを倒されることを、そしてデスマス自身もそれを確信しながらも主のためにおにびを構える。確かにここでイーブイまでやけどになったらこの先の戦いがつらくなる。だから……

 

「イーブイ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「ブイッ!!」

「……どういう!?」

 

 デスマスに向かっていた体を180°反転させ、ボクの指示通りこちらに向かってでんこうせっかで走ってくるイーブイ。正確には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……また交代!?」

 

 一瞬でボールに吸い込まれていくイーブイを横目にすぐに右手にあるボールを投げる。現れるのは2度目の登場となるジメレオン。そのジメレオンに向かって3度目となるおにびの襲来。

 

 またこの状況かと思うかもしれないけど、今この状況は先ほどとは決定的に違う点がある。

 

 それは一度ボールに戻ったことによって起こること。

 

 すなわち……

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

 

 かなしばりの解除だ。

 

「ジ~ッメ!!」

 

 今まで打てなかった鬱憤を晴らすかの如く巨大な水の塊を放出するジメレオン。その水の塊はおにびの炎をすべて消し去りながらなお勢いが衰えておらず、デスマスに向かって突き進んでいく。ジメレオンの体がほんのり水色に光っているあたり、げきりゅうが少し発動しているのがこの水の威力の原因だろう。

 

 デスマス特有の特性で、相手の特性を上書きし、消すことができるミイラもまた、ボールに戻ったことによって解除されているため安心してげきりゅうの恩恵を受けることができる。

 

(ガラルのデスマスがボクの知っているデスマスと同じ特性かはわからないけどね。兎にも角にも……)

 

 響き渡る水の爆音と巻きあがる水しぶき。それらが晴れた先では目を回しているデスマスが倒れていた。

 

 

『デスマス戦闘不能!!勝者、ジメレオン!!』

 

 

(まずは一本……)

 

 これがボクのゴースト対策であるイーブイサイクル。

 

「……ふいうちをちらつかせてわざと隙を作り……たたりめを打たせる場を作って……その瞬間イーブイに変わり……まねっこで逆に利用……凄い……これが噂の戦略……」

「本当はもう少し温存したかったんですけどね……」

 

 ゴーストタイプの主力技を無効にできるイーブイは今回の戦いにて重要なポジションであるのは間違いない。使い所はかなり考えないと行けないけどね。

 

 ジメレオンも想像以上に削られてるしこのままこの2匹で回し続けるのはどこかで限界が来そうだ。特にジメレオンはやけどになっているし、げきりゅうが発動しているということは、少なくとも半分以上の体力が削られているということになる。倒れるのも時間の問題だろう。油断なんて絶対に出来ない。

 

「……改めて、貴方の強さ……分かりました。……こちらも……さらに気を引き締めます……ミミッキュ!!」

「ミミッキュ……」

 

 次に繰り出されるのはオニオンさんの2体目のポケモン、ミミッキュ。

 

 やる気満々なのか、可愛らしいピカチュウの着ぐるみの中から覗く、不気味な真っ黒の影のような腕が怪しく、鋭く光っている。

 

「まだ行けるよね、ジメレオン!!」

「ジメッ!!」

 

 対するジメレオンもかなり傷ついているものの、ボクの言葉に吠えて返し、自らを鼓舞する。うん。まだまだ戦える。

 

「いけ!!『みずのはどう』!!」

 

(まずは本体を守っている皮を剥がさないと!!)

 

 ミミッキュの特性、ばけのかわ。あらゆる攻撃を1度だけ無効にでるその特性は、どんな行動をしても1回は絶対に動けるというアドバンテージがある。さらにミミッキュ自身、覚える技の範囲がかなり広いため、何をしてくるか分かりにくい。

 

(これが攻撃一辺倒なら脳死でふいうちで構わないんだけど……またふいうちを打つか打たないかの読みあいか……)

 

 先ほどはわざと読み負けるように動いたとはいえ、トータルで言えばボクが読み負けている状態。相手の動きを読むことに関しては少し自信があったんだけど……このまま読み負けが続きそうならちょっと落ち込みそうだ。

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

「……ミミッキュ、『きりさく』!」

 

 みずのはどうをきりさいたミミッキュの周りが水しぶきおおわれる。その中を突っ切ったジメレオンが、皮膚がぬれたことで姿を消して見えなくなっていく。

 

「……ターフタウンでみせた……ッ!」

「これでジメレオンの場所はわからない」

 

 勿論ボクからもジメレオンの姿は確認できない。けどジメレオンならきっとここにいるはずというのがわかる。ボクの考えを読み取ってくれるこの子なら!!

 

「ジメレオン、『みずのはどう』!!」

「……ミミッキュ!!……下!!」

 

 ミミッキュの懐から突如現れるひとつの水球。ボクの期待通り、ミミッキュの懐深くまで入り込んでいたジメレオンが、普段なら投げて放つその技を手のひらに携えたままミミッキュのおなかに叩きつける。オニオンさんも気づいたものの、そのころにはすでに手遅れであり、みずのはどうの直撃がミミッキュを襲う。切り裂かれたときの爆発よりもさらに大きい爆発が起き、再び巻き起こる水しぶきからジメレオンとミミッキュの両者が飛び出してくる。

 

 はたから見てもクリティカルヒットと取れるその攻撃は、しかしミミッキュの化けの皮によって受け止められているため、ほんの少しミミッキュの体力を削ったにとどまってしまう。けどこれでもうミミッキュを守るものはない。こちらへの被害もなく剥がせた最高の展開だ。

 

(これで少しは安心だ)

 

「ジメレオン!!もう一回『みずのはどう』!!」

 

 あとはミミッキュの得意とする近距離戦を拒否しながら戦えばミミッキュ突破すらも見えてくる。

 

「……ミミッキュ!!……攻め時!!」

 

 化けの皮が外れたことによって、ピカチュウの被り物の首が支えきれなくなり、垂れ下がった状態で走ってくるミミッキュ。恐らく化けの皮が消えたことで余裕もなくなったため、少しでも速くジメレオンを落とすための行動だろう。焦ってくれているのならこちらのふいうちも当てやすいし、ばけのかわもないこの状態なこちらの攻撃も通じる。けど……

 

(攻め時……?いったいどういう……)

 

 オニオンさんの言葉が頭に引っかかってしまいどうしても考えてしまう。が、その答えはすぐにわかることに。

 

「ジメッ!?」

「ジメレオン!?」

 

 構えていたみずのはどうがまたもや消滅する。

 

(またかなしばりを貰った?……いや違う!!)

 

 さっきも見たこの現象に再びかなしばりを受けたのかと考えるがその考えもジメレオンの表情を確認したらすぐに否定される。

 

 目の下に隈のような紫色の陰りが見え、苦しそうにうめくジメレオン。この状態になる技は一つしかない。

 

「のろい!?いつの間に!?」

 

 普段は自分の素早さを下げ、代わりに攻撃と防御を強化する変化技だけど、ゴーストタイプが使うことにより、自らの体力を削る代わりに、相手に定期的に大ダメージを与える凶悪な効果に変わる特殊な技。

 

(いつつけられたのか、ああ言ったものの心当たりはある。それはジメレオンがみずのはどうを懐で当てた時だ。きっと最初にかなしばりを受けた時と同様に、指示をすることなくのろいを発動したに違いない。無償でばけのかわを剝がせたと思ったけどとんでもない!)

 

「ジメレオン!!」

「……ミミッキュ!!……『きりさく』!!」

 

 呪いのダメージと火傷のダメージの取り、ついに膝をついてしまうジメレオン。ボクの呼びかけに答えるべく何とか動こうとするものの、立ち上がったころにはすでにミミッキュが近くまでいて腕を構えている状態。

 

 もう避けることは不可能。このままジメレオンは戦闘不能になるだろう。

 

「ジメッ!!」

「……ッ!!……わかった。ありがとうジメレオン」

 

 倒れる事を覚悟したジメレオンがボクに向かって吠え、その言葉の意味を理解したボクは感謝を述べながらジメレオンに最後の指示をだした。

 

「ジメレオン、『ふいうち』!!」

 

 ジメレオンのふいうちととミミッキュのきりさくによる相打ち。両者大きく飛ばされてそれぞれのトレーナーの近くまで転がってくる。その結果は……

 

 

『ジメレオン戦闘不能!!勝者、ミミッキュ!!』

 

 

 やけどの効果によって攻撃を下げられているジメレオンが打ち負ける結果となった。しかし、最後に与えたふいうちのダメージとのろいによる自傷ダメージを考えれば、ジメレオンは本当によく頑張ってくれた。

 

「ありがとう、ジメレオン……ゆっくり休んで」

 

 最高の仲間に改めて感謝を言いながらボールに戻す。向かいを見れば、オニオンさんの顔も『やられた』と言わんばかりの顔をしていたし、ミミッキュだって少しぐったりしているように見える。これでふいうちの読み合いは2勝2敗の互角だ。

 

 代償としてイーブイのサイクル回しはもうできなくなったけど、それでも十分な働き。

 

(ジメレオンが託したバトン。必ず繋げて見せる)

 

 その意思を固め、ボクは懐から次のポケモンを構える。

 

「さあ次は君の出番だ!!初陣、張り切っていこう!!ユキハミ!!」

 

 4対4から3対3。

 

 どちらも譲らない綺麗な互角の勝負。激闘は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おにび

アニメのおにびと聞くと、ボルケニオンの映画の時にピカチュウがおにびから逃げるシーンが頭に浮かびます。
あの時の作画本当にすごかったですよね。
カロス編のアニポケはずっとそうなんですけど戦闘シーン本当にやばいです。
おにびが追尾式という点もそのあたりからとらせてもらっています。

ミイラ

ミイラになっちゃったっていうあのテキスト好きです。
ちなみにこの時点でフリア君はガラルデスマスの特性がさまようたましいだと知りません。
ガラルデスマスは初めて見たと言っているので当然ですね。
なのでこの戦いではフリア君はガラルデスマスの特性はミイラだと仮定して戦っています。
なのであんなことを頭の中で考えていたという事ですね。

イーブイ

というわけでこのジム戦ではまさかのイーブイが主役です。
まねっこと言い、タイプと言い、ここでは輝きやすいですね。

のろい

ミミッキュののろいと聞くとダイマックスアドベンチャーの個体が思い出されますね。
ちなみにダイマックスアドベンチャーの進捗ですが、グラードンとウツロイドの色違いは確保できましたが、いまだにラティアスは出ません。
どうして……







最初に落ちるのがまさかのジメレオンという展開。
次はユキハミちゃんの初陣ですね。


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53話

始まりからいきなりですがご報告です。
私の2回目のワクチンが次の金曜日になりました。そのため、副反応が出た場合次の更新が困難な可能性があります。
次の投稿予定日は定期通り行けば10月10日の日曜日、23時なのですが、そのタイミングで更新がなければ副反応中と思って頂けたらと思います。

回復し次第、続きは書きますのでご理解の程、よろしくお願いします。


「……ユキハミ……珍しいですね……ここに挑むまでに連れてきている人……余りいないですよ」

「この子との出会いは少し特別なので」

「ハミュ!!」

 

 初陣を華々しく飾るべく大きく吠え、アピールをするユキハミは傍から見ても物凄くやる気に満ち溢れている。セイボリーさんとの模擬戦で戦い方の感覚を掴んだというのも彼女が自信を持てる要因かもしれない。セイボリーさんの対策のための戦闘だったはずだけど、ボクも助けられているので後でお礼をしっかりとしておこう。

 

「……その子も、きっと驚く戦い方……するんですよね……楽しみです!!」

「そんなに期待されちゃうとくすぐったいんですけど……応えられるようにいかせてもらいます!!ユキハミ、『こなゆき』!!」

 

 ボクの指示に従い、白く輝く冷たい風が広がっていく。それは通り過ぎた所を全て凍らせていく冷気の波となってミミッキュに襲いかかる。

 

「……ミミッキュ、『きりさく』!!」

 

 迫り来る冷気に対して真っ黒な爪が宙を駆け回り、氷の津波をかき消していく。数秒ほど続いたその攻防はミミッキュの方に軍配が上がり、こなゆきを見事に防ぎ切る。その証拠という訳では無いけど、ミミッキュの周りの地面は薄く、白色に雪化粧が施されており、見るだけでこちらまで冷えてしまいそうな雰囲気を漂わせている。

 

「やっぱり当たらないよね……なら足を奪う!!『こごえるかぜ』!!」

「……もう一回『きりさく』!!」

 

 こなゆきとはまた違った、ゆったりとした冷気がミミッキュの周りを漂い始める。相手を攻撃するために放つ技ではなく、相手の動きを阻害することに特化したこの技を、先ほどと同じくきりさくによって冷気を弾こうと奮戦するものの、性質の違うこおり技に悪戦苦闘するミミッキュ。よく目を凝らしてみてみれば、切り裂くときに振り回していた黒色の腕がわずかに白く、霜が付着しているのが見える。

 

「……腕の動きが……鈍く……!」

「ユキハミ、糸で捕獲!!」

 

 動きが鈍くなった一瞬の隙をついて糸を飛ばす。この糸を貰うのはやばいと悟ったミミッキュも必死に体や腕を振って避けようとするものの、こごえるかぜにより動きを阻害されているため思うように体が動かせず、体のど真ん中に命中してしまう。

 

「そのまま巻き取って!!」

「ハミュ~ッ!!」

 

 口からつながっているこおり混じりの頑丈な糸は、ミミッキュが剥がそうときりさくで何度も何度も攻撃するものの、一向に切れる様子がなく、その間にどんどん引き寄せてミミッキュとの距離を詰めていく。力に少し自信のないユキハミが踏ん張っている姿は少々心苦しいものがあるものの、せっかく敵の自由を奪えるチャンスなので頑張っていただきたい。そんなボクの思いを叶えるために頑張っているユキハミのおかげもあって大分ミミッキュとの距離も縮まってきた。しかし、忘れてはならないのがそもそもミミッキュは遠距離よりも近距離戦が得意だという事。そして対するユキハミはどちらかというと遠距離戦が得意で近距離はあまり戦いたくないレンジだ。勿論そのことはボクだって知っているし、オニオンさんだって知らないわけがない。

 

「……近づけさせてくれるのなら……むしろありがたいです……!!……ミミッキュ……むしろ飛び込んで!!」

 

 そうなれば当然次に起こすアクションは引き寄せられることを逆手に取って飛び込んでくること。凍っている地面を走るわけだから、余計に冷やされてじわじわ体力を削られる。けど、オニオンさんからの視点からすればこのまま引き寄せれられ、相手の作戦にはまる方が嫌なので動いた方がましになると考えるのは自然なこと。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ユキハミ!!糸を回して!!」

 

 ミミッキュがこちらに走ってきたことによって糸がたわみ余裕が生まれる。その部分をユキハミが器用に糸を回すことによりキレイなわっかが出来上がる。その大きさはちょうどミミッキュの胴体よりも一回り大きいくらいで、そのわっかがまるで輪投げのように綺麗にミミッキュを中心にぐるりと周りを囲っていき……

 

「ユキハミ、もう一回縛る!!」

「ハミュ!!」

「キュ!?」

「……ミミッキュ!?」

 

 ユキハミが再度引き寄せることによってそのわっかが締まり、中心にいたミミッキュを縛り上げる。くっついていただけとは違い、じわじわと自分を縛り上げるその糸は、単純に締め上げられるだけではなく、こおりの混じった糸ゆえに縛られたミミッキュを凍らせてじわじわと体力と体温を奪って動きを阻害していく。

 

(ゴーストタイプに対して温度下げたりするのが効果あるかは不安だったけど……うまくいってよかった!!)

 

「……最初から……これが狙い……!!」

「ユキハミ!!今度は振り回して叩きつけて!!」

「ハミュミュ!!」

 

 今まで手前に引っ張っていた力を、今度は上方向に向けてミミッキュの体を宙に浮かせる。空中に放り出されるミミッキュは、体の冷えと糸による縛りでいよいよ抵抗できない。その事を改めて確認できたので続けて地面に叩きつけるべく、咥えている糸を今度は下方向に振るう。浮き上がったからだを一転して下に振られるミミッキュにはもはや抵抗の色は見えず、なすがままに地面へとたたきつけられる。凍った地面に叩きつけられたことにより、地面の薄氷が割れ霜が飛び、辺りが少し白色に霧がかる。そのため若干視界が悪いものの、ユキハミの姿はしっかりと確認でき、縛られたまま地面にたたきつけられたミミッキュの姿も同時に確認できた。

 

()()()()()()()()()()姿()()

 

「まずっ!?ユキハミ!!後ろに飛ん━━」

「……ミミッキュ……『かげうち』!!」

 

 気づいた時にはもう遅く、白い霧に隠れた黒色の塊が既にユキハミの後ろに回り込んでおり、自慢の黒い腕によって一閃。体重の軽いユキハミが空中へと吹き飛ばされる。一方のミミッキュは、ユキハミが吹き飛んだことを確認し、糸から脱出するために1度脱ぎ捨てたピカチュウの被り物を再び纏って空中へと視線を向ける。

 

 ……ちなみにミミッキュの本体はボクは直視していない。どうやら見たら大変なことになるらしいし、観客席から若干悲鳴が上がった気がするけど気にしたらダメな気がするのでとりあえずスルー。

 

「……ミミッキュ……『きりさく』!!」

「ユキハミ!!『こなゆき』!!」

 

 空中に投げ出されたユキハミを地上で待ち構えて黒い腕をしならせるミミッキュに対してこなゆきを吹きかける。空から打ち下ろされる冷気は、しかし再びミミッキュの黒い腕に阻まれて周りへと流れていく。結果としてミミッキュの周りに氷の柱がいくつか乱立するに留まり、観客から見ればそれはこおりによる森のようにも見えるだろう。

 

(予定通り!!)

 

「……ミミッキュ……このまま『きりさく』……反撃!」

「ユキハミ、糸を柱に!!」

 

 こなゆきを受けきって迎撃の準備を整えているミミッキュに対してそのまま着地をするのは自殺行為でしかない。特に決して耐久の高いと言えないユキハミにとっては一撃でも致命傷になりかねないのでよける必要がある。

 

 そこで出てくるのが先ほど立てたこの柱。

 

 柱に向かって糸を張り付け、糸を巻き取ることによって立体機動へ移行するユキハミ。セイボリーさんとの練習試合でも見せたこの行動は、素早さの遅いユキハミにとって一種の生命線でもある。特にミミッキュはゴーストタイプの中ではまだ動きの速い方ではあるため、その動いに対応するためにはやっぱりこの方法しか思いつかなかった。けど、その効果は絶大だ。

 

「……想像以上に速い……読めない……!?」

 

 勿論今のユキハミの動きよりも速く動くポケモンなんてごまんといるだろうけど、元のユキハミの動きが遅すぎるせいでそのギャップから目が追い付かなくなっている。乱立しているこおりの柱によって視界が制限されているところも大きいだろう。

 

(このままいけばミミッキュを混乱させたまま突破できる!!)

 

 柱を陰にしながら縦横無尽に飛び回るユキハミ。ミミッキュはその動きに対応できずに周りをキョロキョロしているため、おそらく次の攻撃には反応できないと見える。明らかにこちらが有利の状況。

 

「……流石に……これ以上好き勝手はさせない!!ミミッキュ……こおりに『きりさく』!!」

 

 しかし相手もさすがに判断が速い。こなゆきによってできたこおりの柱は急増で作られたものだ。つまり耐久力がない。それはミミッキュくらいの力があれば十分に破壊が可能な程で、あの黒い腕が振るわれればこの柱たちは簡単に崩壊し、ユキハミの機動力は一気に元に戻る。いや、地面に散らばるこおりのかけらによって足場の環境が悪くなることを考えたらむしろユキハミの機動力はマイナスに振りきれるレベルだろう。身長の小さいユキハミにとって自分より少しだけしか高さの無い障害物は、立体機動にも使えないただの邪魔ものでしかない。それを瞬時に判断しての行動。その思考へ至るまでの速さも、そしてそこからすぐに打開策を指示する速さも、さらにその指示に反応する行動力も、そのどれもが一級品であり、ジムリーダーとして認められている手腕足りえるもの。

 

 だからこそ、オニオンさんならこの作戦の弱点を突いてくると読んでさらにその先に罠を張る。

 

「ユキハミ!!糸を引き寄せて!!」

「ハミュゥゥゥ!!」

「……こ、これは……!?」

 

 ミミッキュによって砕かれた、大小様々なこおりのかけらが宙を舞っている中、そのこおりの破片たちすべてが、今までユキハミが立体機動として使っていた糸によってつながっており、レーザートラップのように縦横無尽に走っているこの糸は、ミミッキュを中心にまるで結界を張っているかのように見えた。

 

「これがユキハミによる糸の結界!!半径20メートル……ミミッキュの動きは完全に封じた!!」

「ハミュミュ!!」

 

 まるで『ズアッ』という音でも聞こえそうなほど、ノリノリにポーズを取るユキハミに若干の苦笑いを浮かべながらも、ちゃんと糸を引き絞り、空中にあるすべてのこおりの破片がミミッキュに突き刺さるように引き寄せる。

 

「……ミミッキュッ!!『きりさく』で……糸を切って!!」

「ここで逃がしちゃだめだ!!『こごえるかぜ』で足を止めて!!」

 

 最後の抵抗を見せようとするミミッキュに対して、確実に最後の攻撃を当てるために相手の足をしっかりと奪っておく。

 

 ジメレオンによって削った分。のろいによって自傷したダメージ。ここまでユキハミが与えてきたダメージ。そしてこのこおりの雨。

 

 これらのダメージがあわさればミミッキュを落とすに十分足りうる。足止めに放ったこごえるかぜが、ピカチュウの被り物も一緒に地面に縫い留めるかのようにこおりで固められたので先ほどのようにパージして本体だけ脱出なんてことも絶対に起きない。

 

 ユキハミが気合を入れて勢いよく糸を手繰り、引き寄せられた氷の破片すべてがミミッキュに引き寄せられ、全弾余すことなく直撃。

 

 今闘っているこの場所がゴーストタイプのスタジアムということもあって、こおりでできたお墓にも見えなくない状態が出来上がる。

 

 トレーナーも、観客も、中にいるミミッキュの無事が確認できないためおのずと静まり返っていく。

 

 そのまま数秒たち、やがてこおりの破片の一部が転がり落ち、それによって出来上がったわずかな隙間からミミッキュが顔を出す。

 

「……ミミッキュ」

 

 オニオンさんの声が響く。

 

 しかし、その言葉にミミッキュは答えることなく目を回して地に伏した。

 

 

『ミミッキュ戦闘不能!!』

 

 

「ッし!!」

 

 2体目撃破。それも敵に回すと厄介と言われるあのミミッキュをだ。これはユキハミの華々しい初陣を飾ることができたんじゃないだろうか。

 

「ユキハミ!!よく頑張ったよ!!」

 

 早速このバトルで素晴らしい立ち回りを見せてくれたユキハミをねぎらう。本当だったら今すぐ近づいて抱きしめたいところだけど、この様子だと次のポケモンともまだまだ戦えそうだし、せっかく乗ってきているこちらの流れをここで途切れさせるのはもったいない。ここはこのままユキハミに任せるためにさらに発破をかけていく。

 

「この調子で次もお願いね!!」

 

 誰よりも小さく、けど物凄く頼りになる相棒に声をかける。しかし、ここにきてようやく何かがおかしいことに気が付いた。

 

「……ユキハミ?」

 

 ユキハミの性格上、ここまで声をかけてあげれば絶対に返事を返してくれるはず。決して長い付き合いではないけど、それくらいのことはボクにだってわかっている。なのにそのユキハミからの返事が全くない。

 

(そういえば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……まさか!?)

 

 嫌な予感が駆け巡りユキハミを凝視する。そのとき……

 

「ハ……ミュ……」

 

 今まで気力で何とか立っていただけだったらしいユキハミが、力尽きて倒れてしまっていた。

 

 

『ユキハミ戦闘不能!!』

 

 

『なんとここにきてダブルノックダウン!?ユキハミが完全に優勢に見えたのに蓋をあければ共倒れ!!いったい何が起きたんだああ!!』

 

 

 いきなり起きた謎の出来事に観客も実況も戸惑いの色を隠せない。けど……ボクにはよくわかった。

 

「ありがとう……そしてごめんね。ユキハミ……これは全部ボクの観察力不足だ」

「……ミミッキュ……こう指示することしかできなくて……ごめん」

 

 両者お互いに謝罪を述べながら倒れた仲間をボールへ戻す。同時に頭の中で先ほど起きたことの答えが渦巻いて行く。

 

(完全にやられた……これはみちづれだ)

 

 みちづれ。

 

 ゴーストタイプの技で、この技を発動した後に相手の技によって戦闘不能になった時、自分を攻撃したポケモンも一緒に戦闘不能へと持っていく凶悪な技。今の自分ではユキハミを突破することはおろか、このままいけば倒されると察してしまったミミッキュがオニオンさんに頼んで放った最後の悪あがき。それは勢いに乗ってきたボクたちの姿勢をかき乱すのにこれ以上ない成果を上げてくれていた。

 

 恐らくオニオンさんにとってもこの選択は取りたくない行動だったはずだ。それは彼自身の言葉からも感じ取ることができる。そして同時にミミッキュの思いもつないで闘うという決意も。それはつまり、今の一手でボクたちの勢いをくじくだけでなく、オニオンさんたちの勢いや士気を高めたことになる。

 

(今のみちづれ……想像以上に流れを取られている……本当にやられたな)

 

 その証拠か、明らかにオニオンさんから伝わってくる空気が変わった。ここから間違いなく彼の攻撃は激化することだろう。

 

 だけど……

 

(……面白くなってきた!)

 

 心を占めるのはただただ楽しみという感情だけだった。その証拠に自然と口の端が持ち上がる。やっぱりボクもバトルが大好きなトレーナーという事なのだろう。強敵との戦いが楽しくてたまらない。

 

(そうだよ!ポケモンバトルは楽しいんだよ!……この気持ちはコウキがまた笑えるように供給しないといけない……だから!!)

 

「ボクは勝って前に進む!!後半戦はもっと全力で勝ちに行く!!行くよ!オニオンさん!!」

「……ボクだって……ミミッキュがくれたチャンス……絶対に無駄にしない!!」

 

 両者2対2。

 

 ボクが少し先行していた状態からまた振り出しに戻ったこの盤面だけど、お互いすでに体は温まりまくっている状態だ。ここからはもっと派手なバトルになってくる。それは観客と実況にも伝わっており、まるで爆発したかのような観客たちの歓声により、スタジアムがより一層激しく震えだす。

 

 地響きすら聞こえてくるほど高まったボルテージ。その中心に立つボクたちは次の仲間を高々と宣言しながら呼び出す。

 

「行け!!マホイップ!!」

「……行って!!……サニゴーン!!」

 

 ボクが呼び出す4匹目は昨日進化したばかりのマホイップ。対するオニオンさんが繰り出したのはサニーゴに似たような雰囲気こそ感じるものの、姿も色も明らかに違う全く知らないポケモンだった。

 

「『マジカルシャイン』!!」

「……『げんしのちから』!!」

 

 両者のポケモンが場に出た瞬間、お互いがいきなり技を放つ。フェアリーの光と宙を浮かぶ岩が両者のど真ん中でぶつかり合い激しい爆発を巻き起こす。今までが静かな立ち上がりだったことに対して今回はいきなり攻撃同士のぶつかり合い。その爆風の凄さから思わず顔をおおって目を瞑りそうになってしまう程。

 

(想像以上に威力が高い!!げんしのちからってこんなに威力出るものじゃないよね?ってことは考えられるのは……あのポケモン自身が特殊攻撃が滅茶苦茶得意というパターン……)

 

 昨日進化したばかりということもあって、マホイップという種のことを完全に理解しきれていない節があるためなんとも言えないものの、恐らくこの予想は当たっていると思われる。というのも、マホミルの時点で特殊攻撃が得意な節があったため、そんなポケモンが進化すれば大体の例外を除いて元々得意だったところがさらに伸びるように進化するからだ。今もマジカルシャインの威力はかなり高かった。そんなマホイップの攻撃を真正面から相殺仕切ることの出来るあのポケモンも特殊よりのステータスになっていると考えるのは別段おかしなことでもないと思う。

 

 しかしあくまでこれは予想。

 違うことも考慮して戦いは組み立てていく。

 

(ターフタウンのように下調べが出来ればなぁ)

 

 ボクがここまで未知の情報に振り回されているのには実は理由があり、これまでのジム戦は試合のアーカイブを確認することでジムリーダーの動きをじっくり見ることができた。もちろん、実際に相対しないと分からないことも多いため得られる情報には限度があるし、鵜呑みにするのは良くないのだけど……ここまで来ると別の問題が上がる。

 

 それは、そもそもここのジムを受けている人が少ないということ。

 

 カブさんという圧倒的関門の前に躓くことが多すぎて、ここにたどり着く人自体が少なく、そうなれば必然的に挑む人も減るためアーカイブも一気にその数を減らしてしまう。よって事前調査が上手くできず、知らないことが増えてしまったという訳だ。

 

(けど、その事を考えればこの先はもっと分からないことが沢山増えていく。今のうちにこの状況に慣れておかないとね)

 

 改めて気を引き締め、すぐに戦場に目を戻す。

 

「……『おにび』!!」

「『マジカルフレイム』!!」

 

 次にぶつかり合うは紫と赤の炎。空中でぶつかり合い、激しい爆発音が奏でられると同時に周辺の温度が一気に上がっていく。この温度によってユキハミに作られた氷のステージがどんどん溶かされていき、いつの間にやらステージはフラットへ。

 

「……『げんしのちから』!!」

「『マジカルシャイン』!!」

 

 再びぶつかる光と岩。また広がる爆風を見てこのままでは埒が明かないと判断する。

 

「マホイップ、『めいそう』!!」

 

(相手が特殊タイプならめいそうで火力を上げながら特防もあげられる。お互いの攻撃が綺麗に相殺している以上、こうやって積み技で差をつけられたらかなりでかいはず)

 

「……させちゃ行けない!!……『おにび』!!」

「こっちもやけどは貰いたくないです!!『マジカルフレイム』!!」

 

 めいそうを積ませたくないオニオンさんと、やけどを受けたくないボクによる4回目の相殺。

 

 お互いが足の遅い特殊よりのポケモンなため、どうしても腰をどっしりと据えた砲台同士の戦いになってしまう。いよいよ持って埒が明かない。

 

(なら……ユキハミの時みたいにマホイップに機動力を増やすだけ!!)

 

「マホイップ!!地面にクリームを伸ばして!!」

「……また来る……次はどんな奇策……ッ!!」

 

 マホイップ自身の特性。それは自分の体から大量のクリームを作り出すことができるというもの。トレーナーと深く信じ合えているマホイップはその分甘く、美味しく、たくさんのクリームを作ることが出来る。一見、バトルには使えなさそうな性質に見えるけどその実かなり使い方の幅は広い。相手の体に付着させれば動きを阻害し、拳に付着させれば殴りのダメージを抑え、自分の周りに固めれば即席の壁として機能する。

 

 食べ物を粗末にしているようで少し罪悪感を感じるものの、マホイップがノリノリなので許していただくとしよう。

 

 次々と地面を広がっていくクリームは、このラテラルスタジアムの地面を自分の体色と同じである水色に染めていく。それは水色というのも合わさってひとつの大きな海にも見えるほど。

 

(さぁ、ここまで行けばマホイップの独壇場!!)

 

「マホイップ!!飛び込んで!!」

「マホホ!!」

 

 笑顔でクリームの海に飛び込むマホイップの姿が一瞬で溶け込んで見えなくなる。この地面に広がったすべてのクリームがマホイップの道となる。

 

「『マジカルシャイン』!!」

「……っ!!……サニゴーン、後ろに『おにび』!!」

 

 いつの間にか後ろに回り込んでいたマホイップからの攻撃に何とか反応しておにびで相殺。そこから反撃に出ようとするもすでにそこにマホイップはおらず、遠く離れた位置でめいそうをしている姿が確認できる。

 

「これでマホイップの機動力は補える……オニオンさん!行きますよ!!」

「マ~ホッ!!」

 

 ボクたちの気合の入った掛け声。それに対してオニオンさんは……

 

「……すごいです。本当に……だけど……ボクだって負けない……サニゴーン!!」

「ゴーン……!」

 

 静かに、けど厳かに。呟きとともにサニゴーンの周りに浮き上がるのは岩の群れ。先ほどから何回か攻撃に使っているげんしのちからだ。けど、いまさらそんな技を打たれたところで今のマホイップには当たらない。

 

 一体何に使うのか。

 

 警戒のため身構えるマホイップ。しかし、次に起きることは予想だにしない事だった。

 

「……サニゴーン。……信じてるよ。……がんばって!」

「ゴーン!!」

「ッ!?」

 

 突如膨れ上がるサニゴーンからのプレッシャー。よく見れば周りをに浮かぶ岩からエネルギーのようなものがゆっくりとサニゴーンに向かって流れているのが見える。

 

「……まさか!?」

 

 そこまで来て何をしようとしているのかわかってしまう。

 

 げんしのちからは普通に使う分には少し威力の低い岩タイプの技でしかない。しかし、ある効果が発動した時に恐ろしい技となる。

 

 それは自分の能力をすべて引き上げる効果。

 

 発動する可能性はかなり低いけど発動すればそれだけで逆転なんて当たり前の状況になってしまう。ただ、やっぱり可能性自体は低いのでそこまで危惧する必要もない技。だけど……

 

「げんしのちからの追加効果を意図的に発動してる!!」

 

「ゴオオオォォォォン!!!」

 

 全能力が上がったサニゴーンが雄たけびを上げる。

 

「……行くよ。サニゴーン!!」

 

 紫色の瞳をさらに光らせ、オニオンさんが呟く。

 

「マミュミュ!!」

 

 クリームの中から、瞑想を終え研ぎ澄まされたマホイップが構える。

 

「……マホイップ。勝つよ!!」

 

 ボクも、さらに頭を回転させ場を見つめる。

 

 さらに盛り上がるバトルフィールドの中、お互いの攻撃はまだまだ激化していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユキハミ

というわけでデビュー戦。
みちづれによる共倒れとなりましたけど頑張ったのではと。
気分はスパイダーマンですね。
ちなみにユキハミは、図鑑説明でもしっかりとこおり混じりの糸を吐くと書いてあるんですけど『いとをはく』は覚えないんですよね。
なのでここでは相手の素早さを落とす目的では一回も使っていません。
それはこごえるかぜの仕事ですね。

マホイップ

最近アニポケでも戦闘描写があったためものすごく助かった次第です。
あれがなかったらここのバトルはアニポケのヌメルゴン対ペロリームのような真正面からの殴り合いになっていたと思います。
別にあれを悪いとは思わないのですが、フリア君の設定上、やっぱり奇策を使いたいんですよね。
クリームの使い方面白かったです。

げんしのちから

強制追加効果発動。
控えめに言ってオニオン君やばい……。

サニゴーン

サニゴーンの特攻種族値は145と、剣盾の初期環境ではシャンデラ、クワガノンと並んで一位でした。
とんでもない火力ですね。
ちなみに、もしギルガルドが弱体化されてなかったら、とくこう一位はギルガルドがかっさらっています。
……絶対このラインがあるからギルガルド弱体化してませんかこれ?






スマブラであのキャラが登場して泣いてました。
危うく間に合わないところだった……危ない危ない……


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54話

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
前話でお知らせしたとおりワクチンの副作用にてダウンしておりました。
熱はなかったんですけど頭痛がとにかく激しくて、とても書けそうになかったので少し休ませてもらいました。

今はもう回復しているので、ここからはまたいつも通りに活動したいですね。


「マホイップ、『マジカルシャイン』!!」

「……サニゴーン、『げんしのちから』!!」

 

 ぶつかり合う光と岩の波動は、お互いが放った技同士のぶつかりによって激しい音と振動を響かせながら空中へと霧散していく。もう何度目か分からない技と技のぶつかり合いだけど、ぶつかり合う度に変わっているところもある。それは……

 

「ゴオオオオォォォォン!!!」

「…………マホ!」

 

 お互いの技の威力だ。

 

 ぶつかる度にサニゴーンのげんしのちからの追加効果である全能力アップが発動し、そしてそれに負けないようにとマホイップもめいそうを行って能力を引き上げているため、お互いの技が相殺し合うという事象こそ変わらないものの、その規模がどんどん大きくなっている。ちょっとした爆風が起きただけの最初と比べて、今は観客すらをも吹き飛ばすのではと言わんばかりの衝撃波が産まれていた。ボクも、オニオンさんも、吹き飛ばされないように踏ん張って耐えるのがやっとなレベル。そして問題なのがこれがまだMAXではないということ。たった今もサニゴーンが能力を上げ、マホイップが対抗でめいそうを行ったため、次にぶつかるお互いの技は先程よりもさらに強力なものとなる。

 

 このままでは威力が上がるだけで相打ちしか起きないから決着がつかない……と思われるかもしれないが、その実確実に追い詰められているのはこちらだったりする。というのも……

 

(ぶつかる度に衝撃波でクリームが吹き飛ばされる!!)

 

 これだけ激しい戦闘が起きていれば当然周りのものは吹き飛んでしまう。それはマホイップが頑張って準備したクリームのフィールドも例外ではない。クリームがなくなってしまえば、素の火力で勝っているサニゴーンにどうしても軍配が上がってしまううえ、現状オニオンさんの指示力の高さゆえか、げんしのちからを発動する度に必ず能力が上がっている現状、そのインフレに追いつくためにもこちらもめいそうをする必要がある。そのための時間を稼ぐためにもこのクリームのフィールドというのは必要不可欠だ。ただ、とうぜんこの場を作るのにもスタミナは必要なわけで、クリームで場を固めるだけでもかなりの重労働となる。技を打っているだけの相手と比べるとスタミナの消費はどちらが早いのかは比べるまでもない。

 

 今も、全く息の乱れていない━━そもそもゴーストに息切れという概念があるのか不明だが━━サニゴーンと、さすがに疲れの表情を隠しきれないマホイップという盤面が出来上がってしまっている。

 

(元々耐久の高い方であるマホイップだからまだ耐えられる。けど、ジリ貧感は否めない……なにか手を変えないと……!!)

 

「『マジカルフレイム』!!」

「……4時の方向。……サニゴーン、『おにび』!!」

 

 クリームの中を泳ぎ、相手の死角に現れて何とかマジカルフレイムの命中した相手のとくこうを下げるという追加効果で相手の火力を下げようと試みるも、オニオンさんの目がそれを見逃さない。正確に、的確に、サニゴーンの目の代わりとなって迎撃の一手を示し、しっかりと守りきる。強いてプラスなことを言えば、おにびは攻撃技では無いのでげんしのちからによる効力を受けず、相殺の余波はこちらの能力が上がっている分全部サニゴーンに向かっているということだろうか。

 

 ここだけ見ればダメージレースには勝っている。じゃあこのままマジカルフレイムを打ち続ければいいのかと言われるとそんな簡単な話ではなく、マジカルフレイムではタイプ相性上げんしのちからに打ち勝てない。

 

 そもそもゴーストタイプのジムである以上ゴーストタイプは絶対に入っているはずなのにここまで頑なに打たないところを見るといわとゴーストの複合なんじゃないかとまで勘ぐってしまう。そのことを頭に入れれば余計にマジカルフレイムだけで攻めるのは危険すぎる。

 

(単純にたたりめしか覚えてなくておにびを待ってる可能性もあるけど……そこにかけるのはさすがにリスキーだもんね)

 

「……『げんしのちから』」

「『マジカルシャイン』!!」

 

(ここで起きる爆風でクリームの量が減るからめいそうの後にまたクリームを足して……)

 

 この次の展開を考えながら相殺するであろう2つの技を眺める。しかし、ここでオニオンさんがとうとう打開の一手を打つ。

 

「ゴォォンッ!」

「イプッ!?」

「なっ!?」

 

 マホイップに向かって放たれたと思われたげんしのちからがサニゴーンの周りの地面にぶつけられ、おもいっきり爆ぜる。ここまで大量に上がった能力にものを言わせた力ずくの一撃はとんでもない爆風を生み出し、余波だけでマジカルシャインを受け止め、かつ自分の周りのクリームを全て吹き飛ばしきってしまう。これではめいそうをするために1度体を隠す場所がない。

 

「……まだまだ……『げんしのちから』!!」

「っ!!マホイップ!!げんしのちからに向かってクリーム発射!!さらに自分の周りをクリームで固めて受け止めて!!」

 

 地面に空打ちで終わっているはずなのになお能力が上がっており、弾速と威力がさらに上がった岩の塊に対してマジカルシャインで受け止められる自信がなかったためクリームで相手の攻撃を包むことを優先。さらに、自分の周りにしっかりとクリームを重ね、クリームによる鎧を作成。形こそ急造建築故見た目が不格好だけど、マホイップの体が見えなくなってしまう程重ねられたクリームは見ただけでもかなりの防御力を誇っているように見える。

 

 クリームに包まれた岩の塊はマホイップの鎧にしっかり当たるものの、岩と本体の間にあるクリームがクッションの役割を果たすことによって威力を軽減。さらに、マホイップに攻撃が当たった衝撃で辺りにクリームが飛び散り、自分で蒔いたほどではないにしろ再び周りにクリームのフィールドが出来上がり、周辺に数個のクリーム柱が出来上がる。続けて飛んでくる岩の塊もうまくクリームを使って受け流し、全て後方へ流すことに成功。結果としては少量のダメージだけで何とか済んだ。

 

「……早い判断」

 

(危なかった……とっさの起点で何とかなったけどいきなりなんて大胆な……けどこれでまためいそうを積む時間が……)

 

 ゴーストタイプとは思えないパワープレイに肝が冷えるのを感じたものの何とかやり過ごした。

 

「……けど防がれるのも予想通り」

「なにを……っ!?」

 

 オニオンさんの言葉とともにマホイップの鎧が紫色の炎によって燃え上る。まさかと思い、先ほど受け流したげんしのちからを確認すると、げんしのちからからわずかながら紫色の炎が確認できた。

 

(げんしのちからにおにびを張り付けて……!!)

 

「……おにびでやけどは負わせた……鎧の中にいるから……きっと動くこともできない……なら……能力が沢山上がった……この技を当てられる……!」

 

 だんだんと声量が上がっていくオニオンさん。次の攻撃は間違いなく今までの……なんならこの試合通して一番やばい一撃が来る。しかしそれがわかっていてもいまのマホイップは動くことができない。今のボクには願う事しかできない。

 

「……サニゴーン……『たたりめ』!!」

「ゴォォォン!!!!!」

 

 サニゴーンから現れるのは身の毛もよだつほど深く、そして黒より濃い漆黒の霧。しかし霧というには不自然なほどの速さで迫ってくるそれは、一瞬にして紫色に燃えるマホイップの鎧へ肉薄し、包み込んでしまう。霧のせいで一瞬マホイップの鎧が見えなくなり、その鎧の中身へとしっかり貫通しているであろう、クリームを叩く音だけがしっかりと耳に入ってくる。若干生々しいその音のせいで思わず目と耳をそらしてしまいたくなる衝動に駆られるものの、そんなことは決して許されないのでしっかりと戦場を見つめる。

 

 時間にしてわずか数秒。

 

 漆黒の霧が攻撃を終え、ゆっくりとその姿を霧散させていく。あとに残されたのは形こそあまり変わらないものの、それでも紫色の炎によって溶け始め、もともと不格好だったものがさらに崩れ、もはや原型を失うのも時間の問題と思われるクリームの塊があった。あと数秒もすれば崩壊によって中にいるマホイップの姿も確認できるだろう。

 

 果たして中にいる彼女は無事なのか。

 

 観客も実況も、そしてオニオンさんもその中身が気になるゆえに凝視する。沢山の視線を集める中、だんだんと崩壊の速度を速めていくクリームの鎧。そしてついにその中身が明かされる。

 

 果たして、中にいるマホイップはどうなっているのか。その結果は……

 

「……いない!?」

「マホイップ!!『マジカルシャイン』!!」

「……どこから……ッ!?」

 

 鎧が崩れ、あらわとなった中身には()()()()()()()()()()()()。そしてボクの指示と同時に、先ほど飛び散ったことによって出来上がった()()()()()()()()()()()まばゆい虹色の輝きを放ちながら何かが飛来し、サニゴーンを横から攻撃していった。

 

「……サニゴーン!!」

 

 意識外からの強烈なそれは、本来げんしのちからで増強されていた防御力をも貫通する、まさしく急所をとらえた一撃になり、サニゴーンを地に沈めていった。

 

 

『サニゴーン戦闘不能!!勝者、マホイップ!!』

 

 

「ナイスマホイップ!!」

「マホマホ〜!!」

 

 審判からの宣言と同時に、乱立していたクリームの柱のひとつから飛び出し、全身で喜びを表すマホイップの姿が出てくる。その場所はクリームの鎧があった場所からはかけ離れており、そのありえない現象に誰もが目を見開いていた。ただオニオンさんだけを除いて。

 

「……げんしのちからを受け止めた時に飛び散った……クリームと一緒にいつの間にか……飛んだんですね」

「そういうことです」

 

 確かにはたから見たら何が起きたか全く分からないかもだけど、やっていることは単純で、クリームの鎧をデコイとして置くことで、あたかもまだそこにマホイップがいると見せかけておき、その間に移動を済ませていたマホイップは、攻撃のチャンスが来るまでひたすらめいそうによって自身のちからを限界まで高めていたという訳だ。移動したタイミングはオニオンさんの言っている通り、げんしのちからで飛び散っていたクリームと一緒になって飛んで行っただけ。マホイップ自身の身長が0.3mと小柄故に取ることのできる作戦だ。

 

 正直オニオンさんの観察眼ではいつ見破られるかが怖くてヒヤヒヤものだったんだけど、何とか上手くごまかしきれたようだ。最悪最後のマジカルシャインを耐えられることも想像はしていたけど、それも運良く急所に当たったことにより致命打となったため無事突破。

 

(いよいよオニオンさんをあと1匹まで追い詰めた!!)

 

 そしてことゴーストタイプ相手に残り1匹に追い込むというのは、ほかのタイプを相手にするよりも何倍も意味のある行為となる。

 

 理由はみちづれを使われることがないから。

 

 みちづれはその技の性質上先にする側が倒れてしまうので、最後の1匹同士だと意味の無い技になる。さっきとどめを刺した時も頭をチラついて不安だったけど、もう気にしなくていいとなると全力で攻めることが出来る。もちろん、楽になるのかと言われると素直に頷くことは出来ないんだけと……

 

(さぁ、最後の1匹……来い!!)

 

 兎にも角にもラスト1匹。オニオンさんの切り札だけはもう知っている。

 

「……他のジムリーダーの皆さんと……同じように少し本気出してるのに……全然くらいついてくる……最後の1匹になってしまったのは……寂しいし怖い……けど……それ以上に楽しい……!!……こんな楽しいバトルを……させてくれるあなたのことが……ボク大好きみたいです……フリアさん」

「はい、ありがとうございます!ボクもこのワクワクする戦いをさせてくれるオニオンさんが大好きです!」

 

 仮面で分からないけど、間違いなく笑顔を浮かべているであろう声色を放ちながら最後のボールを構えるオニオンさん。

 

 ……なんか少し黄色い叫び声が聞こえた気がするけどそちらは無視して、今はただただ前を見る。

 

「……そんな楽しい戦いも……終わっちゃう……寂しい……けど、負けるのは……もっと怖いし嫌だ……だから……っ!!」

 

 オニオンさんが大事そうに抱えていたモンスターボールが、オニオンさんの左腕にあるバンドから流れてくる赤い光を吸収しどんどん大きくなっていく。

 

 

『……全てを黒で包んで……勝利を踏んで縫い止めて……』

 

 

 大きくなりきったボールを大事そうに抱え、ひとつ、ふたつと撫でていく。その手に反応し、カタカタと揺れるそのボールは解放のときを今か今かと待ちわびており、その要望に答えるべくオニオンさんの手元から離れ、大きく弧を描きながら飛んでいく。

 

 投げられたボールは普段は空中で開き、その中身をすぐさま吐き出すのに、今回はその動きが一切見られずそのまま地面へと吸い込まれ、その姿を地中へと隠していく。見たことの無いダイマックスボールの動きに一瞬戸惑ってしまうものの、少し変な話だけど地中の中から確かにボールの解放音が聞こえた。それはつまり、ボールの中のポケモンが今、地面の中で開放されたということ。

 

 

『……いこう。……ゲンガー……キョダイマックス!!』

 

 

『ゲンゲーーラァァァ!!』

 

 

 地中の中で呼び出されたゲンガーが、まるで地面から生えるかのようにその巨体を露わにする。元々大きかった口はさらに開かれ、そこから伸びる長い舌はボクたちを口の中という地獄に誘い込む門のようにも見える。下半身は完全に地面に埋もれており、両手までもが陰から生えているようなその見た目は、生きた幽霊屋敷。はたまた動く幽霊トンネルと言うべきか。20mにも及ぶその巨体がボクとマホイップの前に立ちはだかる。マホイップが0.3mと小さいため、2匹の身長の差から威圧感はさらにまして感じてしまう。

 

 もちろんこの体格差は見掛け倒しなんかじゃない。元々攻撃面が優秀なゲンガーが、ダイマックスをすることによってさらにその火力を上げ、頼りない耐久も倍に膨れ上がり文字通り地獄へ招く門として立ち塞がっている。

 

「マホイップ!!『マジカルフレイム』!!」

「マホ!!」

 

 ただ、今のマホイップはめいそうをたくさん積んでいるために特防がかなり高い。そして相手の火力を落とすことが出来るマジカルフレイムを覚えている。サニゴーンという超火力との戦いも響いているため勝ち切るのは難しいかもしれないけど、元々攻撃を受けることに長けているマホイップならゲンガーのキョダイマックスを受けきることは出来るかもしれない。となればやることはまず敵の火力を落とすところ。

 

 マホイップの周りに赤と黄色が混じった明るい炎が浮かび上がる。ゲンガーの大きさに比べればちっぽけなものだけどそこにはめいそうによってかなり強化された激しい炎が浮かんでいる。

 

(いくらキョダイマックス相手とはいえさすがにここまで強化された攻撃なら!!)

 

 おにびのおぞましさとは真逆の不思議な温かさを持ったそれは、ものすごい速さでゲンガーに飛んでいく。対してゲンガーは……

 

「……ゲンガー……『キョダイゲンエイ』」

 

「っ!?」

 

 一言。それだけで背筋を走るとんでもない悪寒。思わず自分の体を抱きしめてしまうほどの寒気を感じ、慌ててゲンガーを見れば、その周囲には紫色の椅子やらポットやらの家具をかたどった幻影が浮かび上がっており、ゲンガーが一言叫んだ瞬間、その幻影全てがマジカルフレイムをかき消しながらマホイップを包囲する。

 

(めいそうで強化しているのに一瞬で!?)

 

 そのあまりにもな威力に思わず体が固まりかけてしまうものの、ここで指示を止めてしまうのはまずい。

 

「マホイップ!!クリームで防御!!」

 

 攻撃を相殺できないなら守るしかない。サニゴーン戦で見せたのと同じようにクリームで壁を作り、防壁として機能させる。しかし……

 

「……無駄です……だって、ゴーストだから……!!」

「クリームの壁をすり抜けて……っ」

 

 まるで何も無かったかと言わんばかりに、マホイップを包囲した幻影がクリームをすり抜け本体に直撃する。ものすごい爆風と共に辺りが紫に包まれてバトルフィールドが全く見えない。

 

 

『ケーッケケケケケケ!!』

 

 

 真っ暗で何も見えない中響き渡るのはゲンガーの笑い声。強いていえば、まだ地面はうっすらと見えるけど、その地面でさえ、ゲンガーの瞳を思わせるような赤色の光が2つ輝いているせいで安心感なんて全くない。攻撃を受けてしまったマホイップの状態も気になるし、可能なら反撃したいけどこの視界だと何も見えない。

 

 そんな状況が終わったのは数秒ほど経った頃で、急に晴れていく視界に目が対応できずに目を少し瞑ってしまうけど無理やり開く。

 

「マホイップ!!大丈夫!?」

「マ、マホ〜……ッ!!」

 

 チカチカする視界に耐えながらようやく見えたマホイップは、かなりボロボロになりながらも、それでも両足でしっかりと地に立ち、体を起こしていた。

 

「……まさか、耐えるなんて……」

 

 

『ゲゲッ!?』

 

 

 めいそうのおかげで何とか耐えきったマホイップがゲンガーをその瞳にしっかりと捉える。

 

「マホッ!!」

「よく耐えたよ!!……けど、傷が大きすぎる……クリームに飛び込んで『じこさいせい』!!」

 

 キョダイゲンエイの一撃は確かにきついけど、ここまでめいそうを積めばまだ耐えられるということがよくわかった。ならばじこさいせいをすれば間違いなく相手のダイマックスを枯らすことが出来る。地面にクリームもあるから、それを使えば相手の攻撃を避けるのは難しいけど、狙いをつけさせるための時間稼ぎをすることは可能だ。上手く行けばじこさいせいを何回も出来て、ダイマックスが切れた瞬間マホイップで反撃して勝てる未来も全然ある。そう判断しての指示。

 

「マホッ!?」

「マホイップ!?」

 

 しかし、マホイップがクリームに飛び込もうとした瞬間、体が凍ったようにピタリと止まってしまう。

 

(そういえばキョダイゲンエイの効果……ダイホロウと違って防御を下げる技ではないはず……今までアーカイブでも技自体は見てきたけどキョダイゲンエイを受けたポケモンはほとんど一撃で倒れていたし、マリィたちみたいなタイプで受けきった人たちも、ダイマックス状態で技の打ち合いになっていたから追加効果まであまり注意深く見てたなかった……けどこの現象……まさか!!)

 

「……キョダイゲンエイ……そう、ほとんど一撃で倒れるか……ダイマックスして……砲台化して技の打ち合いばかりしていたから……あまり効果を知らない人も多いけど……()()()()だよ……逃げられないし、逃がさない……!!」

 

 オニオンさんの説明で予想が確証に。

 

 キョダイゲンエイ。

 

 その技の追加効果はかげふみ。この技を喰らったポケモンは、その動きに制限がかけられ、同時にポケモンの交代を禁止する。相手がゲンガーに不利なポケモンなら、そのまま倒されるまで逃げられない凶悪な一撃。

 

 先程地面に現れたゲンガーの瞳のような光は、正しくゲンガーが地面からマホイップの影を喰らった証。そして身動きの取れなくなったポケモンはゲンガーにとって絶好の獲物。

 

「……ゲンガー、『ダイアシッド』!!」

「まずいっ!!マホイップ、ごめん!!『マジカルフレイム』!!」

 

 地面から吹き出す毒の間欠泉に対してもはや防御は不可能。せめてダイアシッドの追加効果である特攻上昇を相殺するためにマジカルフレイムで攻撃をする。両者の攻撃が直撃。流石にここまで強化されたマジカルフレイムはキョダイマックスしたとは言えゲンガーに確かに刺さる。しかしマホイップはそれ以上の威力を持った毒の波に吹き飛ばされ、ボクの足元近くで地に伏した。こうかばつぐんなうえ、ここまでの戦いで体力が削れていたた仕方がない。

 

 

『マホイップ戦闘不能!!勝者、ゲンガー!!』

 

 

「お疲れ様、マホイップ」

 

 マホイップにリターンレーザーを当ててボールに戻す。進化したばかりでなれない戦いだったと思うのにここまで善戦してくたことに感謝だ。最後のマジカルフレイムだって少なくないダメージを与えられている。

 

 さぁ、こちらもいよいよ最後の一体。既に1度出しているため、ここから変えることは出来ないし、そもそもここでは活躍がかなり難しいと思っていたキルリアは、本人はすごく不満顔だったけど今回はお留守番。

 

 トリを預けるは無限の可能性を秘めたこの子だ。

 

 最後の1匹が入ったボールに赤い光が注ぎ込まれ巨大化。力強く投げられたそのボールばゲンガーの目の前で開き、ゲンガーの畏怖を抱かせるような見た目にも負けないようにと声をはりあげながらボールの中から現れる。

 

 

『さあ行くよ……君に託す!!イーブイ、ダイマックス!!』

 

 

『ブイブィッ!!』

 

 

 いつもは可愛らしいその見た目も、ここまで大きくなれば頼もしさを感じる。

 

 ダイマックスイーブイ。

 

 このジムで戦うにおいてある意味1番暴れられる可能性のある子。

 

「勝つよ、イーブイ!!」

 

 ラテラルスタジアムでの激闘も、いよいよ佳境を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サニゴーン

描写することが少なくなりそうな鈍足キャラは個人的に書くのは苦手だったりします。
というより描写少なかったらなんか物足りない……()
ただサニゴーンは好きなので活躍させたいですね。
もっと言えば作者はゴーストタイプが大好きです。
どれくらい好きかと言われたらゴースト統一で潜ったりするレベルで……

ゲンガー

基本的にどのポケモンもキョダイマックスの方が実機では弱いんですけど……それだと面白くないのと、実際かげふみ効果があるならこれくらい起きるのでは?ということで思い切った解釈を。
技エフェクトはポッ拳のゲンガーの技っぽくて好きなんですけどね~。




あまり長くするのはと思いつつも全ポケモン活躍させようとすると長くなりますね。
次回で決着はさせたい……
ラテラルで書きたいことはまだまだあるので。


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55話

 

『ブイッ!!』

 

 

『ゲンガァァッ!!』

 

 

 ダイマックスイーブイとキョダイマックスゲンガーによるお互いを威嚇するための叫び合い。それだけなのに震える空気がこのバトルの最後の盛り上がりをいやがおうにも感じさせる。

 

「イーブイ!!『ダイアーク』!!」

 

 先手はこちら。相手の方がダイマックスできる時間は短いから向こうから攻めてくることは恐らくない。ならばこちらから攻めて相手を動かすしかない。

 

 イーブイから放たれるのはふたつの黒色波動。あくタイプの力を内包したそれは、ゲンガーに対してこうかばつぐんの技であり、かつメインウェポンであるノーマル技はゲンガーには効果がないため、現状イーブイがゲンガーを殴れる唯一のワザとなっている。

 

 どちらかと言うと物理攻撃の方が得意であるイーブイにとって、ダイアークは追加効果が相手の特防を下げると言うこともあり、あまり噛み合っているとは言えないけど、贅沢は言ってられない。

 

「……大丈夫。……ゲンガー、地面に潜って」

 

 対するゲンガーは元々下半身が埋まっているからか、地面に潜航することが可能なため、地面に潜って避けてしまう。

 

 ダイマックス技は3回までしか打てない。

 

 その貴重な3発のうち1発を空打ちさせられてしまうことに内心舌打ちをしてしまう。いきなり目の前から敵が消えたイーブイはその出来事に驚いて左右をキョロキョロしだす。

 

 どこからゲンガーが襲ってくるか分からないヒリヒリした状況。

 体中、嫌に重いプレッシャーがのしかかってくる。

 

「イーブイ!!落ち着いて!!」

 

(どのタイミングでどう攻めてくる……?)

 

 イーブイを安心させながら頭を回転させていく。

 

 イーブイしかいないフィールド。ゲンガーの位置を見つける手がかりになりそうな、ダイマックス特有の赤黒いひかりも地面に潜られているせいか、地面全体が赤黒く染まってしまいどこにいるかの検討もつかない。それは観客も実況も同じで、そのためこれから何が起きるのかを絶対に見逃さないためか、これだけの人数がいるのにも関わらず、会場は一切の物音が立たない無音の空間になる。

 

 ここからどう動くのか。それとも先に動くべきなのか。

 

(どれが正解だ……?)

 

 攻めるべきか守るべきか、迷っている間にオニオンさんとゲンガーがついに動く。

 

「……ゲンガー……今!!」

 

 オニオンさんからの攻撃の合図にボクとイーブイが揃って身構える。しかしいつになってもその兆候が見られず焦りが募ってしまう。

 

(どこから……どう来る!?)

 

 

『ブイッ!?』

 

 

 そんな時に突如イーブイから上がる驚きの声。何があったのか聞く前にイーブイが少し後ろに下がったのが気になって、イーブイの足元を確認すると、そこには赤黒いはずの地面の中にぽつんと紫色の影が見えた。その紫色の影は瞬く間に広がっていき、今度は広がった紫色の影の中心に赤色が現れて、同じように広がり始める。

 

 その正体なんてはっきり見るまでもない。

 

 地面から顔を出したゲンガーと、その口だ。

 

「イーブイ!!跳んで!!」

「……逃がさないで……舌で捕まえて!!」

 

 ジャンプして足元からの攻撃をよけようとするイーブイ。ダイマックスゆえ動きがかなりゆっくりになってしまうものの、しっかりと体を宙に浮かせ逃げるイーブイ。が、その行動を阻止するべく、キョダイマックスしたことによってさらに長くなった舌をつかい、イーブイの足をゲンガーがからめとってしまう。

 

「……引き込んで!!」

「イーブイ!!落ち着いて!!ゆっくりでいいから舌を剥がして!!」

 

 右前足に絡みついた舌を思い切り口の中に引き込むゲンガー。その行動によって地面に落とされるイーブイは、地面から顔の表面だけをのぞかせているゲンガーと目が合って軽くパニックになっている。そんなイーブイに対してしっかり声をかけることで大分落ち着きを取り戻してはいるものの、状況は悪いことに変わりはない。今もどんどんゲンガーの方へと引きずり込まれており、舌が巻き付いている足においてはもう口の中に入っているようにも見える。当然イーブイも必死に暴れて逃げ出そうとするものの、舌がほどける様子も全くない。

 

(っていうかこのまま口の中に引き込んで飲み込むつもり!?)

 

 流石にそんなことをされたら戦闘不能になってしまうこと間違いないので何とか抜け出さないといけない。イーブイももちろん同じ思いなので先ほどよりももっと必死にもがくものの、それでも舌が外れることは一向になく、体の半分くらいが口の中に入ってしまう。

 

「……ゲンガー、咬んで!!」

「『ダイウォール』!!」

 

 イーブイが口の中に入った瞬間に口を閉じて、その自慢の巨大な口と歯でかみつぶしてしまおうという向こうの考えを、ダイウォールによって何とか耐えていく。バリアと歯の擦れるギリギリという音が物凄くこちらの不安感を募らせていくなか、それでも何とか耐えきったイーブイがバリアを弾けさせるとともに、ゲンガーの口も顎が外れたのではと思ってしまう程勢いよく開かれた。

 

「……弾かれた……でも逃がさない……!!」

 

 それでも足に絡みついている舌だけは決して解かれることはなく、引き続きイーブイは口の中に引き込まれていく。

 

(このまま守っていも仕方ない。せっかく口の中に引き込まれているのなら!!)

 

「イーブイ!!口の中に『ダイアーク』を叩き込んで!!」

「っ!?……ゲンガー!!『ダイアシッド』で……相殺!!」

 

 完全に口の中に引き込まれ、飲みこまれそうになっている状況で、イーブイの体から黒色のオーラが解き放たれる。体の内側から襲ってくる攻撃はさすがに予想外だったのか、慌ててダイアシッドによる相殺を選択するオニオンさん。

 

 しかし、ダイアシッドは自分の火力を上げる効果があるせいか、ほかのダイマックス技に比べて威力が少し控えめなことと、この相殺がゲンガーの口の中で起こっているため、その余波はすべてがゲンガーに直撃することとなる。最終的な損得を考えれば間違いなく得をしているのはこちらだ。

 

(密閉空間にいるという点でイーブイも決して少なくないダメージを受けているのは否めないけど、それでもまだ戦えるはず!)

 

 ダイアークとダイアシッドのぶつかり合いのせいで起きた爆発により、土煙が上がっているためいまだに両者のポケモンがどのくらいのダメージを負っている確認はできないものの、少なくともお互いダイマックス技の制限である3発は打ち終わっているため、目に入るのは元の大きさに戻った2匹のはずだ。

 

「ブイ~~~っ!?」

「イーブイ!?」

 

 なんて思っていたら爆発によって起きた土煙から茶色い影が……というかイーブイが飛ばされてきた。地面に落ちないように受け止めてあげたかったけど、ここで手を出しちゃうと反則になってしまうのでぐっとこらえて見送る。足元近くまで転がってきたイーブイに慌てて声をかけて安否を確認。体のあちこちに傷が見受けられるためかなり体力が削られていることがわかるけど、それでもすぐに立ち上がり、まだまだ戦えると意思表明するために声を上げて答えてくれる。

 

「よし、まだまだ戦えるね……期待してるよ!イーブイ!!」

「ブイブイ!!」

 

 まだゲンガーの状態が見えるわけではないので何とも言えないところはあるものの、こんなことでくたばるわけがないという一種の確信めいたものがあるため、決して気を緩めることなく前を見る。

 

 徐々に晴れていく爆風の先に目を向けると、そこにはイーブイと同じく、少なくないダメージによってかなり体に傷が見受けられるものの、それでもしっかりと両足で地面に立っているゲンガーの姿。肩で息をしているのがよくわかるところを見るあたり、やはりイーブイよりも受けているダメージは多そうだ。ただ、最後にゲンガーが選択している技がダイアシッドであったため、ゲンガーの火力が上がっているというところも注意しなければいけない。最終進化であるゲンガーと進化していないイーブイの素のスペックを比べれば流石に耐久、火力、ともにゲンガーに軍配が上がってしまうため、油断はできない状況ではある。

 

「……イーブイにここまで脅威を感じたのは……初めてです」

「脅威で済めばいいですね……悪いですけど、このままイーブイで突破します!!イーブイ、『まねっこ』!!」

 

 まずは小手調べのまねっこ。最後に使われた技がダイアシッドであるため、まねっこするのはダイアシッドの元となった技だ。そのどく技が何かわからない以上ちょっとした賭けにはなるものの、ゲンガーが覚えるどく技なんて大体が特殊なので、正直牽制できる技なら何でもいい。

 

 その予想が普通に通り、イーブイから放たれるのはベノムショック。毒液がイーブイから真っすぐゲンガーに向かって吐き出される。

 

「……ゲンガー。……『ベノムショック』!!」

 

 対して相手も同じ技で応戦。ただ、タイプととくこうの高さが全然違うため相殺どころか、こちらのベノムショックを貫通してこちらに飛んでくる。

 

「『でんこうせっか』!!」

 

 だけどそんなことはこちらだってわかっている。ベノムショックを打ち終えてすぐに突撃態勢に入っているイーブイは、ボクの指示を聞き終える前にクラウチングスタートのような状態から一気にトップスピードへ。こちらに飛んでくるベノムショックを紙一重でかわしながらゲンガーの懐へ飛び込む。

 

「……速い!!」

「『かみつく』!!」

「……『ふいうち』!!」

 

 懐に入ったイーブイの牙と、ゲンガーの拳が交差してお互いにダメージを与える。思いのほかイーブイのスピードが高かったためオニオンさんのふいうちの指示が少し遅れてしまい、本来ならふいうちだけが成功する場面で両者痛み分けに。イーブイにもダメージは確かに入ったものの、ゲンガーは物理攻撃に関してはかなり低い方なのでまだ痛くない方だろう。この相打ちも総合的に見ればこちらが若干プラスに見える。

 

(だけどこっちのでんこうせっかにも反応できる技を持っているのはやっぱりつらい……ふいうち覚えさせてるの本当にしっかりしすぎだよ全く!!)

 

 ボクを実力者と認めてくれるのはありがたいけどもう少し手加減してくれてもいいでしょなんて悪態を軽く吐きながら、すぐにそのことを頭から追い出して戦況を分析。

 

「……『ベノムショック』!!」

 

 かみつくとふいうちの相打ちによってふたたびお互いの距離が離れ、仕切り直しに。こうなってしまうと有利なのは遠距離攻撃に分があるゲンガー。

 さっき受けたような不意の技を喰らわないようにしっかりと距離を管理しての攻撃。先ほどよりも明らかに鋭い毒液がこちらめがけて飛んでくる。

 

「イーブイ、とにかく大量に『スピードスター』!!」

「……スピードスター?」

 

 それに対してこちらはイーブイの尻尾からまるで流星群とでも言わんばかりの星の大津波を発生させる。スピードスターは今やボクのイーブイの得意技で、まねっこを除けば一番威力の高い技。だけど、当然とは言えこれでもベノムショックを受けきることはできず、せいぜいが少し勢いを止める程度。

 

 ただそれだけの時間を作ることができれば避けることは難しくない。それにベノムショックとスピードスターの弾の量を比べた時、大量に作ることを指示したこちらの方が多く、ベノムショックに消されてなお、ゲンガーの周りをドーム状に包み込んで、舞わりを飛び回るスピードスターの群れが目に映る。

 

 自分を中心に星形弾の竜巻が起きているように見えるゲンガーにとっては何が何だかわからない状況のため思わず周りをきょろきょろしてしまう程だ。

 

「……ゲンガー落ち着いて……スピードスターはノーマルタイプ……君には当たらない」

 

 そんなゲンガーに対してオニオンさんは冷静に指示を出す。確かに彼の言う通り、ゴーストタイプであるゲンガーにノーマルタイプのスピードスターは当たらない。

 

 だけどこの技は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今!!『かみつく』!!」

「……かみつく?……どこから」

「ゲェン!?」

「……ゲンガー!?」

 

 ボクの指示に怪訝な声を漏らすオニオンさんだけど、その空気をすぐに壊すゲンガーの叫びが響き渡る。星の嵐で若干視界が確保しづらいものの、しっかりと見るとゲンガーの頭の頂点をしっかりとかみついているイーブイの姿が目に入る。

 

「……上から!?」

「もっと『かみつく』!!」

「っ!!……『ベノムショック』を地面に!」

 

 さらに追撃を叩き込もうとするイーブイに危機感を感じたゲンガーが地面に攻撃を放ち、その衝撃でイーブイを飛ばす。空中に飛ばされたイーブイは無防備となり、このままではさらに放たれるであろうベノムショックをよけることはできない。しかし……

 

「『でんこうせっか』!!」

 

 忘れてはならないのがゲンガーの周りを覆っているスピードスターの嵐。空中で動きが取れないのならば、動けるように足場を作ればいい。自分の打ったスピードスターの上に着地したイーブイは、そのスピードスターを足場に、星から星へとでんこうせっかで飛び回る。その姿はさながら狭い部屋の中を縦横無尽に跳ね回るスーパーボールのようで、視界が星のせいで狭くなっていることもあってイーブイの姿を視認しづらい。

 

 先ほどゲンガーの上から一気に接近した正体もこれだ。

 

「……なんて器用な」

「工夫して器用に戦わないと勝てないので!!」

 

 それでも素早さに自信のあるゲンガーはまだイーブイの動きを目で何とか追っている。イーブイの動きから見て次に着地するであろう星形弾の位置を予想しその位置に先打ちされるベノムショック。対するイーブイはそれを何とか紙一重で避けながら接近してかみつく態勢へ。攻撃の予感を感じたゲンガーはすぐさま振り向き、こちらもふいうちの構えを取る。最初の時と比べて明らかに反応速度が速いため、このままでは一方的に打ち負けると判断したイーブイがすぐに踵を返してでんこうせっかで下がる。

 

 この後退を見たゲンガーが、今度は相手の足場を奪うためスピードスターを消す目的のベノムショックを四方八方へとまき散らす。それに対し、攻撃にこそ当たらないものの、このままでは機動力を失ってしまうイーブイは、それをさせないためにさらに追加でスピードスターを放ちまくる。それもただ増やすだけではなく、すでにあるスピードスターをゲンガーの足元に尻尾で弾いて飛ばし、土煙を上げることで視界を封じて敵の攻撃を中断させるおまけつき。

 

 攻撃が止んだ一瞬の隙をついて3度接近するイーブイ。かみつくの構えを取り、今度こそ致命打を与えようとするものの、それをも読み切ったゲンガーがふいうちの構えをすでに土煙の中でとっていた。技を中断することができないイーブイはそのままふいうちの直撃を貰い弾き飛ばされる。

 

 体重の軽いイーブイはそのままスピードスターの壁まで吹き飛ばされ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。攻撃を受けるしかないと悟ったイーブイがわざと脱力して思い切り飛ばされることによって、その勢いを逆に利用した形となる。

 

 先ほどよりもさらに速いスピードで縦横無尽に駆けまわるその姿は、もはや残像しか残っておらず素早さに自信のあるゲンガーですらしばしば見失う程。そのスピードを維持したイーブイはとにかく駆け回ってふいうちすら追いつかない速さでゲンガーのそばを通り抜け、その間にかみつくを当ててすぐに離れる。

 

 完全なるヒット&アウェイ戦法に、やはり相手の足場を壊すしかないと判断したゲンガーが再びベノムショックをまき散らす。

 

 こうなっては再びさっきの出来事を繰り返すだけと思いきやそうはならず、むしろ速くなりすぎたことによって制御が難しくなったイーブイがそのベノムショックに掠る回数が増えていく。自分を狙っていない攻撃故、その軌道を読みづらいため必然的に体の傷が増えていく。むしろクリーンヒットがないのが奇跡なくらいだ。また、これだけ早く動いているとスピードスターを打つ体制を取るのも難しく、星の壁は確実にその密度を減らしていっていた。

 

「『でんこうせっか』で3回跳ねて『スピードスター』をまた地面に打って目くらまし!!その隙にさらに『かみつく』!!」

「……『ベノムショック』で星を追い払って!……6時の方向を向いて『ふいうち』の構え……返したら今度は右斜め上からくるからそこに『ふいうち』!!」

 

 荒れ狂う星の中で行なわれるハイスピードバトル。

 

 ボクとオニオンさんの叫びにも似た指示も常に飛び交っているため息つく暇もない。

 

(一時的にとはいえイーブイがカブさんとのバトルでこうそくいどうによる高機動の戦いを経験していたのが吉とでてよかった!……けどこの戦いいつまで続くの!?頭と目が酷使されすぎて悲鳴を上げてるんだけど!?)

 

 けどそんな泣き言を言っても戦況は待ってくれない。

 

 激化をたどっていく戦い。

 

 さらに飛び交うお互いの指示。

 

 そしてそれを上回るスピードで繰り出されるお互いの技。

 

 いやがおうにも興奮するオーディエンスによってスタジアム内はもう地震と遜色ないレベルで震え始める。

 

 紙一重。皮一枚。

 

 一つのミスが致命的になりそうな状況下で、しかしそれでもこのバトルもゆっくりと終わりに近づいていた。

 

「ブ……イッ!」

「ゲン……ガァ……ッ!!」

 

(イーブイのスピードとゲンガーの火力が落ちてる……どっちももう限界が近いんだ)

 

 お互い限界を超えて行動しまくっているせいでとうとう底が見え始めてきた。次に何か一発でも決まればその瞬間終わりになるだろう。

 

(勝負に出るなら……ここしかない!!)

 

「イーブイ!!星を尻尾で弾きまくって!!」

 

 ボクの指示を聞いたイーブイが今まで自分たちの周りを周回していた星たちを次々と尻尾で打ち返していく。特に何も狙いを決めずに行ったその行動によってさっきまでイーブイだけが跳ね回っていた状況から一変し、数え切れないほどの星たちまでもが縦横無尽に跳ね返り始める。

 

 こうなってしまえばもうイーブイの動きを視認するのは不可能だ。

 

 完全にイーブイを見失ったゲンガーは次のイーブイの攻撃をよけられない。

 

「イーブイ!!『かみつく』!!」

 

 すぐ後ろまで接近し、口を大きく開けて攻撃態勢に入るイーブイ。

 

(もう避けるのは間に合わない!!)

 

 このままかみつくが決まって勝ち。

 そう思った。しかし……

 

「……待ってた!………絶対後ろから攻撃するって!!……ゲンガー、後ろに『さいみんじゅつ』!!」

「なっ!?」

 

(今まで隠していたのか!?)

 

 さいみんじゅつ。

 

 相手を眠らせる、今この状況において下手な攻撃技よりも凶悪な技。

 

 オニオンさんの指示に疑いの余地すらなく振り返り、すぐにさいみんじゅつを放つゲンガー。本来なら当てるのが難しいその技も、かなり接近されたうえここまでのバトルによって体力をかなり削られたイーブイによけるすべはなく、催眠術によって眠りについてしまう。

 

「イーブイ!!」

 

 眠ったことによって勢いが失われ、地面に落ちていくイーブイ。

 

「……これでとどめ……!!ゲンガー……『ベノムショック』!!」

 

 ゲンガーの口元に毒の塊が生まれる。あの技が放たれればイーブイは間違いなく戦闘不能になるだろう。

 

 

 

 

 自分ののどがつぶれるのもお構いなしに叫び声をあげるが、イーブイは起きない。

 

 

 

 

 この熱いバトルもついに、ゲンガーの勝利という形で終止符が打たれる。

 

 

 

 

 誰もがそう予想した。

 

 

 

 

 イーブイが弾き、暴れまわっている星の一つがこつんと、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「ブイッ!?」

「ゲンッ!?」

 

 頭に星が当たった衝撃でイーブイの体が少し横にそれ、ベノムショックが体を掠って通り抜けていく。その一連の動きが原因でイーブイも目が覚め、不格好ながらもゲンガーのすぐ近くの地面に着地しようとしていた。

 

 たった一瞬の出来事。けど、急に起きたイレギュラーなことにすぐに脳が反応できず、まるでスローモーションのように流れる景色。ボクもオニオンさんもゲンガーも、そして観客までもが時を失われたかのように固まってしまう。

 

「ブイッ!!」

「ッ!!」

 

 そんな中で響くイーブイの声に、弾かれたような衝撃を受けたボクはすぐに指示を出す。

 

「イーブイ、『でんこうせっか』!!」

「……っ!!……『ふいうち』!!」

 

 地面に足をつけると同時に加速するイーブイ。一瞬遅れてゲンガーとオニオンさんにも時が戻り、ふいうちの構えを取る。でんこうせっかで近づいて、そのあとにしてくるであろうかみつくに対してカウンターをするために。

 

 当然だ。でんこうせっかはノーマルタイプの技だからゲンガーにダメージは入らない。だからどこかでかみつくに変更する必要があり、そこを狙えば確実にふいうちは成功する。そうなってしまえば、イーブイの敗北が決定する。

 

 だから……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なっ!?」

「ゲッ!?」

 

 でんこうせっかはゲンガーに当たらない。なら、でんこうせっかを解除しなかったらゲンガーをすり抜けて後ろ側に回ることができる。

 

 そして、ふいうちの構えを取ってしまい、隙だらけとなっている後ろから攻撃すれば……

 

 

 

 

 もうふいうちも間に合わない。

 

 

 

 

「イーブイ!!『かみつけ』ぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 

 

 

「ブイイイイィィィィッ!!!」

 

 

 

 

 慌てて振り返り、何とか対抗しようとするものの、気合の入ったその一撃は的確にゲンガーの体力を削りきる。

 

 渾身のかみつくを当てたイーブイは、その後ボクの足元まで飛んで帰ってきてゲンガーを見つめる。

 

 今この場にいる全員の視線を集めたゲンガーは、目を回しながらゆっくりとその体を地に沈めていった。

 

 それはつまり……

 

 

 

 

『ゲンガー戦闘不能!!勝者、イーブイ!!よってこの戦い、フリア選手の勝利!!』

 

 

 

 

 この長い戦いが、ボクたちの勝利によって幕を閉じたことを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キョダイゲンガー

地面から顔を出して、敵を飲み込むという技はポッ拳でゲンガーが使う奈落落としから。
あの技大好きです。

スピードスター

星を足場にするのはアニポケのコンテストでこんなのあったような気が……あるような、ないような……でもできそうだからいっか。という考えの元。
イーブイの機動力マシマシですね。
ちなみにこの立体機動自体は、アニポケのサトシピカチュウ対ショータギルガルドの、木の破片を足場に飛び回るピカチュウの姿を参考にしています。

でんこうせっか

ゴーストタイプを振り切る描写はアニポケのサトシピカチュウがノーマルZのウルトラダッシュアタックでグラジオゾロアークのむげんあんやへのいざないを振り切っていたシーンを参考にしています。
ノーマル技とゴースト技は干渉できないからこそ、ピカチュウがゴーストZの手を振り切って攻撃できたと解釈してこの描写を。
実は別の案で、ゲンガーの体内ででんこうせっかを解除し、体内をかみつくというのも考えたのですがさすがにダメかなと思い没に。
ゲンガーの体内に残るってイーブイも倒れてしまいそう……。




ようやく決着。
次はもうちょっと短くまとめられたらなぁと思ってたり……
たぶんできないんだろうなぁ……


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56話

この小説にて、ノーマル・ゴーストの複合はいないと言いましたね。あれは嘘です。
いえ、今日嘘になりました。
ヒスイゾロアークいいですね!
ミラーを意識しないといけないのであくタイプ入れるとして……個人的には新しくこおりタイプを覚えたら幅広がりそうだなぁと思いました。
欲を言っていいならムーンフォース覚えませんか?(ヨクバリス)


「はぁ……はぁ……か、勝てた……」

「ブイブイッ!!」

 

 審判からの勝利者宣言を受けた後、急に体に襲ってきた疲労感と達成感のせいで力が抜けてしまい、思わずその場に腰を落としてしまうボク。イーブイも、勝ったことが嬉しくてボクの方に飛び込んでくるものの、ダメージが大きすぎるのかその足取りはかなりおぼつかない。何度もこけそうになりながら、それでもボクと嬉しいと言う感情を共有したいがためだけに必死にこちらに駆け寄ってくる姿に少し心を打たれながら、しっかりと受け止めて抱きしめてあげる。

 

「ありがと……よく頑張ったね」

「ブイ〜……」

 

 頭を撫でながら抱きしめてやると、嬉しそうに鳴きながら頬ずりしてくる。その感触がとてもくすぐったく、同時に心地いい。腕の中でしっかりと感じる暖かさを噛み締めながら、ようやく勝ったんだという実感が湧いてくる。さいみんじゅつが当たってしまった時は本気で負けを覚悟した。今までのジムリーダー戦も運勝ちなところも少なくなかったけど、今回は本当に運が良かっただけな気がする。シンオウ地方でのジム戦よりも明らかに苦戦していることに内心苦笑いしか浮かんでこない。もちろん、シンオウ地方のジムリーダーが弱いという訳ではなく、これはボクの腕前を考慮した上で相手が手持ちや戦い方を調整しているからというのが大きいんだけど……それにしても辛い戦いだった。

 

「……お疲れ様でした。……すごく、楽しかったです」

「オニオンさん……はい!ボクも楽しかったです!」

 

 いつのか間にか疲れ果てて眠ってしまったイーブイをモンスターボールの中に戻して休ませてあげているところにオニオンさんが声をかけてきた。肩が僅かに上下しているあたり、オニオンさんもかなり本気で戦ってくれたということだと思う。ありがたい話だ。

 

 疲労感から抜けてしまっている腰を何とか持ち上げてオニオンさんと向き合う。さすがに地面に腰を落としたままではカッコがつかないからちゃんと立って話さないとね。あまり実感無いし、ボク自身過度に期待されても困るんだけど、仮にもシロナさんという天上の存在のうちの1人から推薦されているうえ、はるばるシンオウ地方から来ているということもあって、シンオウ地方代表みたいな扱いをされている節もある。さすがにボク1人の行動で全て決められるとは思わないけど、ちゃんとするに越したことはない。

 

「……イーブイであんな動きする人……初めて……見てるだけでワクワクしてしまいました……あなたとは、ぜひまた戦いたいです」

「ボクも、正直さいみんじゅつを受けた時点で負けを確信してしまいました。本当に運に助けられたところが大きいので次こそは気持ちよく勝ちたいです!」

「……運も実力のうちです……ボクも……起きられた時反応できなくて……最後負けちゃいましたから」

「「…………っふふ」」

 

 お互いに控えめな性格なため妙な譲り合いが発生しているのがなんだか面白くて、お互い笑みがこぼれてしまう。どこか会話や趣味もそれとなく近い辺り、親近感も湧いてくるし存外似たもの同士なのかもしれない。

 

「……改めて、ラテラルジム突破……おめでとうございます!……ここを突破した証……ゴーストバッジ。……ぜひ受け取ってください」

「ありがとうございます!!」

 

 そんなオニオンさんの手から渡されるのは、リングケースの左下を占めることとなるゴーストバッジ。紫色の魂が蠢いているような、そんな印象を受けるマークの描かれたそれをしっかりとはめておく。これで半分埋まったことになる。まだまだ道は遠そうだ。

 

「……あなたの益々の活躍……期待してます」

「ボクも、今度は納得いく勝ちを得るためにまた挑みに行きますから!!」

「……はい!」

 

 オニオンさんの右手としっかりと握手をする。ボクがこのジムミッションを制覇した時、今度は本気のオニオンさんと戦う機会を手に入れることが出来る。そのためにも、次のジムもしっかり頑張ろう。

 

 降りしきる大歓声の中、そう決意しながら取ったオニオンさんの手は、汗のせいかほんの少し冷たく、けど確かな熱さを感じさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お預かりしたポケモンたちはみんな元気になりましたよ」

「ありがとうございます!」

 

 スタジアム内の回復システムを利用させてもらい、無事に元気いっぱいの状態となって帰ってきたみんなを改めて腰のホルダーにセットしていく。ちなみにジムミッション前に預けていたあのボールも、オニオンさんと戦う前にまた預かってもらっていたけど、そちらも今は回収済みだ。あのボールはかなり特別なので無くす訳にはいかない。しっかりと手元に置いておかないとね。

 

「おめでとうございますフリアさん」

「ん?」

 

 腰に着いた6つのボールにどこか安心感を覚えながら、その表面をそっと撫でることでみんなを労っていると、後ろからボクを呼ぶ声。もはや聞き慣れてしまったその声は、振り返る際に声が出ておきながらその実、ボクのよく知るあの人のものだという、大方の予想はできていた。

 

「ありがとうございます。サイトウさんも見てたんですか?」

「ええ、ホップさんとマリィさんと一緒に見させてもらってましたよ」

 

 その声の主はサイトウさん。ボクたちよりも少し早くジムミッションとジム戦を行った彼女は、既にこのラテラルジムを攻略しており、何時でも先に進んでいい状態だったりする。その時の試合も見させてもらったけど、かくとうタイプ特有の意外と広い技範囲での多彩な攻めや、かくとうタイプにちょくちょく見受けられる特性、こんじょうによっておにびのやけどをむしろ力に変えて殴り倒すという突破の仕方を見せてくれた。かくとうタイプの特徴を十分に生かした戦いは、さすがかくとうタイプのエキスパートと呼ぶにふさわしい内容で、同時にこれは真似出来ないなぁとちょっと悔しい思いをしたのは内緒だ。

 

 サイトウさんの試合を直で見たのは始めてで、そのパワフルな戦い方は見ていてとても盛り上がるものだった。と、同時に彼女もボクの戦いをしっかりと見ていると思うと、果てしてあの運勝ちに納得してくれているかどうか……

 

「あはは……あまり褒められた勝ち方してないからその辺がちょっと不安なんだけどね……」

「そうですか?わたしは寧ろ、嫉妬してしまいそうなほど素晴らしい試合だったと思いますよ」

「嫉妬……?」

 

 褒められていることはニュアンスから伝わってきたけど、嫉妬という単語がどういう意味を含めて言っているのかがよく分からなかった。ボクに何かそういう感情を向けられるような場面があったかと言われると正直思い当たる節がないんだけど……

 

「あんなにオニオンが楽しそうにバトルしているのは久しぶりに見ましたから」

「……」

 

 少し違う方を見ながらぽつりとつぶやかれたその言葉に、ボクの頭をよぎったのはラテラルジムミッション挑戦前に聞いたオニオンさんの過去の話。

 

「そういえば、言ってましたね……」

「あ、いえ。そう重く受けて止めてほしいわけではないんです」

 

 サイトウさんと足並みをそろえながらラテラルスタジアムの観客席へと歩いて行く。サイトウさんがここまで来てくれたのは、ボクの試合の終わりを見て迎えに来てくれたからだろう。きっと今頃マリィとホップが、ボクの次の順番であるユウリの応援に全力を尽くしていること思われる。ポケモンたちの休憩も終わったので、ボクもその応援に向かいたい。

 

「単純に、道場ではかなり浮いていましたし、もともと体が強い方ではないので少し孤立していた彼のそばに一番長くいたわたしが、フリアさんのように楽しませてあげることができなかったのが少し悔しかっただけです」

「そんなこと……」

 

 そんな観客席へと向かう道中に語られるのはサイトウさんの心の声。ボク個人としては、ポケモンバトルを楽しみたいという気持ちはもちろんあるけど、ただ全力でぶつかって勝ちたいという気持ちが前提としてあって、かつたまたま試合内容が、お互いが最高に楽しいと思えるバトルになったという結果論の話でしかないため、なんというかこそばゆい。あとちょっとした罪悪感のようなものが……

 

「すいません、少しめんどくさい人の戯言と思ってください」

 

 そういいながら、頬をかくサイトウさん。

 確かにはたから見たら確かにそう思われちゃうかもしれない発言だ。

 

「ボクはそうは思わないですよ」

「……え?」

 

 けどボクの思いは違う。ボクの発言にサイトウさんが少し驚く声を上げたのを確認して、自分の話を続ける。

 

「ずっとそばにいたのに相手の心を満たせないのって悔しいですよね」

 

 サイトウさんの悩みを他人事と一蹴できない理由はそこだ。なんせボク自身ができていないのだから、ボクに彼女の悩みを笑う資格は一切なかったりする。むしろ、しっかり前を向いて向き合っているあたり十分ボクよりすごい。

 

「ボクにもそういう人がいてですね……そのうえでボクは逃げちゃった側の人ですから……」

「……フリアさんレベルのトレーナーでも、挫折することがあるんですか?」

「挫折だらけですよ。ほんと、ボクなんてまだまだですからね……みんなボクを持ち上げすぎなんですよ」

 

 観客者しかり、ジムリーダーたちしかり、ユウリたちしかり、ボクよりすごい人なんてごまんといるのだからそんなにもてはやされても困るところはあったり。

 

「では意趣返しを……わたしはそうは思いません」

「……え?」

 

 先ほどと立場が入れ替わったやり取り。その事がおかしかったのか、はたまたしてやったりという気持ちからなのか、サイトウさんがふっと微笑みながら続きを話す。

 

「たとえそうだったとしても、今あなたがこうやってガラル地方のジムチャレンジに挑んでいる以上、その大切な方を笑顔にすることはまだあきらめていないのでしょう?」

「それは……」

 

 サイトウさんの言葉への反論が思いつかない。

 

「それに、あなたが何と言おうと今ガラル地方のあらゆる人があなたのバトルに引き込まれています。それは紛れもない事実であり、あなたが持ち上げられるべき素晴らしいトレーナーである証拠でもあります。わたしにはフリアさんの挫折がどれほど大きなものか想像することはできませんし、軽々しくわかるなんていう事も言ってはダメだということは承知しています。そのことで自信を失い、多大な不安感が自覚していないところで常に残っている可能性もあるのでしょう。それでも……」

 

 並んで歩いていたサイトウさんが、少し顔をこちらに傾け、身長差故、少し覗き込むようにしながらボクに告げる。

 

「少しくらいは、わたしたちの言葉を信じて自信を持っていただけませんか?」

 

 その顔が物凄く優しくて、もしボクに姉がいたらこんな顔で微笑んでくれるのかなと幻視してしまい、それがまたとても恥ずかしく感じて思わず顔を背けてしまう。

 

「……そ、そこまで言うなら……えと……ありがとうございます」

「ふふふ……どういたしまして。と言っておきますね」

 

 なんというか、やけに恥ずかしいし照れてしまう。このような言葉をかけられた経験がないせいか、どうも変な気分になってしまう。

 

「それに、フリアさんみたいないい人なら許されるかもしれませんが……もし、自分に勝った相手がお調子者で、そのうえで自分なんてまだまだ甘いなんて言われたら不快に思いませんか?」

「成程……」

 

 サイトウさんに言われて頭に思い浮かぶのは、ボクより数段強いジュンが、ボクに勝った後にやにやしながら「オレはまだまだ本気じゃないんだけどなぁ?」なんて嘯く姿。

 

「……とりあえずクロスチョップからのDDラリアットを喰らわせてやらないと気が済まないですね」

「……想像力豊かですよね、フリアさん」

 

 リアルでやられたら絶対にぶちかましてやる。

 

「まあ、程度の違いはあれそういう事です。ユウリさんが顕著ですけど、わたしだってあなたを目標にしているトレーナーの一人なんです。少しは誇ってください。でないとあなたに負けた人や、あなたを目標にしている人が報われません」

「は、はい……善処します」

 

 こうまで言われてしまっては何も言い返せない。空手稽古中心の生活を送っているはずなので、少し失礼かもしれないけど、あまりおしゃべりが得意なように見えなかったんだけど、ガラル空手はそのあたりも修行しているのかもしれない。なかなか侮れない。しかし、ここでふと思った疑問が一つ。

 

「でも、確かにいい試合をしてるかもしれませんけど……毎回ギリギリ突破ですよ?どんなところが気に入られているんですか?」

 

 振り返ってみても楽にジム戦を突破した記憶は一切ない。注目選手と言われるくらいなら、むしろこのあたりは鼻歌でも歌いながら突破しないとダメな気がするのだけど……

 

「それは、フリアさんが()()()()()()()()ってみんな気づいているからですよ」

「え!?」

 

 サイトウさんの言葉に一瞬固まってしまう。まさかボクが手を抜いていると思われているのだろうか?だとしたら物凄く心外なのだけど……

 

「っと、これでは少し語弊がありますね。正確には、()()()()()()()()()()()()()()から、でしょうか」

 

 サイトウさんに訂正されてようやく合点がいく。確かに、ボクはまだ一匹だけ出していないポケモンがいる。それはシンオウ時代からのボクの大切なパートナーであるあの子で……

 

「……え、もしかしてバレてます!?」

「かなり噂になっていますよ?」

 

 サイトウさんに言われて慌てて携帯を取り出し、先日ユウリたちに教わったSNSを確認してみる。するとそこには『フリア選手、素晴らしき戦いを見せるも今回も最後のボールに手をかけることは無し!!』と、大きくトップに書かれていた。

 

「な、なんで……特に言いふらしてなんかないのに……」

「ちょっと観察力のある人ならすぐに気づきますよ。なんせ、ターフスタジアムでの挑戦の時から常に出しているポケモンたちよりも一つ多くボールをホルダーにつけているんですから」

「そんなところまで見てるんです!?」

「注目選手の手持ちポケモンなんて、他者から見たら気になって仕方がないものだと思うのですが……もっと言えばジムリーダーの間でも噂になっているみたいですね。中には誰がフリアさんの切り札を引き出させるかの競争をしているんだとか」

「う~わ……」

 

 サイトウさんに言われて改めて調べると、確かにキバナさんが、『その調子だ!オレさまとのバトルまでその隠し玉とっておけよ!!オレさまが引きださせてやる!!』と呟いているのが確認できた。

 

「もしかして、ボクの時だけ若干難易度あがっている理由これだったりします?」

「かもしれませんね。少なくとも、オニオンも可能なら引き出したいと言っていましたよ」

「うわ~……」

 

 思わず頭を抱えてしまう。違うんです。これは舐めプとか手抜きとかもったいぶっているわけではなく、単純にボクの修行というか、積み重ねをしっかりしていきたいという気持ちからなのであって……なんて思いながらうんうんうなっていると背中をサイトウさんにぽんぽんと叩かれる。

 

「まあまあ。そこは仕方ないと割り切ってください。わたしも気になっている人のうちの一人なので、楽しみにしていますね。それよりも……そろそろつきますよ」

 

 サイトウさんの声に引き寄せられて前を向くと、だいぶ歩いていたのか観客席への入り口までたどり着いていた。目の前の階段を抜けてしまえば、そこは先ほどまでボクが立っていたフィールドが見渡せる場所。そこから少し歩けば見知った顔が二つ並んでいる。

 

「マリィ、ホップ、やっほ」

「フリア、お疲れ様」

「おおフリア!しっかりお前のバトル見させてもらったぞ!凄く熱かったぞ!!」

「うん、ありがと。なんとか勝ててよかったよ」

 

 2人からの軽い激励に思わず頬が緩んでしまう。やっぱりこの二人からの言葉はひどく落ち着くね。帰ってきたって感じが凄くする。さて、ここまで来たからには、気になるのは今闘っているユウリの状況だ。残念ながら、最初から観戦できていないボクはどういう状況なのか全くわかっていない。なので、ここは最初から見ているであろう2人に説明してもらうためにしっかり聞いておく。

 

「2人とも、今の状況わかる?」

「あ、そうだよ!!フリア、大変だ!!」

 

 質問を投げかけてみると、帰ってくるのはホップの慌てた言葉。そのあまりな慌てっぷりに、少し不安感が膨れ上がる。そして……

 

「……ユウリ、負けるかも」

「っ!?」

 

 その言葉に弾かれたように首を動かし、バトルフィールドを眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうしようどうしようどうしよう!!)

 

 今現在バトルフィールドで戦っているサニゴーンとアブリボンの戦いに指示を出しながらも、私の頭の中は焦りで埋まっていた。開幕の時点で先発をエレズンに決めていた私は、タイプ相性でデスマスに勝てずに落としてしまい、その仇を取るためにアブリボンで何とか勝利。次に出てきたミミッキュに対しては一度アブリボンを下げて回復させつつ、ラビフットで勢いを取り戻そうとした。けどここが一番問題だった。

 

 それはラビフットが開幕でのろいを受けてしまったこと。

 

 何とかミミッキュに対して勝利こそ納めてくれたものの、想定以上に体力を削られちゃったから次のサニゴーンにあえなく惨敗。そして今、アブリボンを再び登壇させて、サニゴーンと戦ってくれてはいるんだけど……

 

「……サニゴーン、『げんしのちから』」

 

 サニゴーンから放たれるいわタイプの技を受けてしまい、アブリボンもたった今倒れてしまう。アブリボンにとってこうかばつぐんの技をサニゴーンという強力な特殊攻撃が可能なポケモンから直撃させられたら、元々かなり消耗していたアブリボンが耐えられる訳がない。

 

(あと……1匹……)

 

 もう後がない私の手持ち。

 

 それに対してオニオンさんは、サニゴーンはまだまだ元気だし、この後ろにゲンガーも控えている。それは実質2対1の状況になっているということ。

 

「……お願い、ヒンバス!!」

 

 私の最後の1匹、ヒンバスを投げる。現れるのはお世辞にも強いと言える見た目をしていない、実際他のポケモンと比べてみても見劣るところの多いポケモン。観客席も、私の最後の仲間を見た瞬間、呆れたような、失望したような、そんなため息がちらほら流れたのが聞こえた。

 

 ヒンバスをバカにされている。そんな気がして悔しくて、でもそれ以上に……

 

(作戦が……思いつかない……)

 

 何をすればいいのか、どうすれば勝てるのか、私が勝つビジョンが全く見えない。

 

(負けちゃう……)

 

 頭の中が負の感情で埋め尽くされる。今この瞬間も、サニゴーンはげんしのちからの準備をしており、あと数秒もすれば発射してくるだろう。

 能力が何段階も上がっているサニゴーンの攻撃を、今のヒンバスが受けたり、避けたりすることは……きっと……

 

(次戦う時は……もっとしっかり作戦を……)

 

 

『ユウリィィッ!!』

 

 

「っ!?」

 

 突如響く声に反射的に反応し、観客席に目を向ける。するとそこには、私の憧れている人の姿。バトルフィールドから観客席はかなりの距離がある。それこそ、ただの話声はもちろん、大声で叫んだところで普通は選手には絶対に届かない。現に、フリアの叫び声を聞いた人はほとんどいないだろう。それでも私にははっきりと聞こえた。そして……

 

 

『諦めちゃダメだ!!』

 

 

「ヒンッ!!」

 

 フリアと目が合っとき、フリアから、そしてヒンバスからも叱咤激励が飛んでくる。

 

(そうだ、私、何をしているんだ……)

 

 ヒンバスはまだ戦ってすらいない。なのに、もう次の挑戦のことを考えてしまっている。

 

 もう、このバトルを諦めてしまっていた。

 

(最低だ。自分のことならまだしも、大切なポケモンのことすら信用してなかったなんて……ごめんなさい……)

 

 観客の空気に流されて、相手の強さに飲み込まれて、そして、何よりヒンバスの周りからの評価を鵜呑みにして全く信じてあげてなかった、そんな私が何よりも許せなくて、悔しくて悔しくてたまらない。

 

(まだ、バトルは終わってない!もう致命的なまで手遅れなのかもしれない。けど、ヒンバスがやると言ってくれているのなら……それを信じてあげなくちゃダメだ!!フリアなら、絶対そうするから!!)

 

 私の憧れた人の前で無様な姿なんて晒したくない。胸を張って、あなたに憧れていると言えるような、そんなトレーナーになるために、こんなところで挫けちゃダメだ。

 

「……サニゴーン、『げんしのちから』」

 

 ようやく心の整理が出来た。しかし、その間に技の準備を終えたサニゴーンから無常の一撃が放たれる。今からこれを躱すのは不可能だ。けど……

 

「ヒンバス!!受け止めて!!」

「ヒンッ!!」

 

 そもそも避ける必要なし。げんしのちからが直撃し、確かに深手をおってしまうものの、ヒンバスにはこの技がある。げんしのちからを気合で耐えきったヒンバスに対して、私は起死回生の一手を指示する。

 

「ヒンバス!!『ミラーコート』!!」

「……なっ!?」

 

 受けた特殊技を2倍の威力にして返す技。げんしのちからの効果で威力が上がっていることが逆に仇となり、とんでもない威力の反射がサニゴーンを襲う。いきなりの反射に元々すばやさのかなり遅いサニゴーンが、そんな急に飛んでくる反射に反応できる訳もなく、直撃してしまいそのまま地に伏す。

 

 ヒンバスの体力はかなり削られた。けど、最後の1匹までの希望は繋げた。

 

 オニオンさんがサニゴーンを戻しながら、次のポケモンを構えている間にヒンバスに声をかける。

 

「まだまだ、行けるよね?」

「……ヒンッ!!」

 

 苦しそうに、けど、絶対に諦めないといった返事を返すヒンバス。そうだ。諦めなければ、なにか起きるかもしれない。そして、それ以上にここで諦めたらフリアに合わせる顔がない。フリアと肩を並べて立って、見てる人皆を熱くさせるようなバトルをするのが夢なのに、そんなことは絶対に許されない。だから!!

 

「ヒンバス!!絶対に勝つよ!!」

 

「ヒンッ!!」

 

 絶望的な状況でも絶対に諦めない。その意志を見せつけるような咆哮。同時に、ヒンバスの体が青白く発光する。

 

「え?」

「……これは」

 

 観客も、選手も、オニオンさんも、フリアを除いたみんながヒンバスに驚きの視線を向ける。光に包まれたヒンバスは、そのシルエットを大きく変えていく。小さい体は長く伸びていき、その先端には扇子のような形に並べられた鱗のようなものが見え、頭と思われる場所からは、流れるように2本の髪のようなものが生えていく。

 

「これって……」

 

 ヒンバスが進化した。それは分かる。けど問題はそのシルエットの正体で……

 

「ミロォォォオッ!!」

 

 その姿を私は知っている。シンオウ地方のチャンピオンだったシロナさんの手持ちの1匹だったから。けど、そのポケモンへの進化方法はシロナさんが口に出さなかったため、知ってる人がほとんどおらず、ずっと謎のままになっていた。

 

「ミロカロス……」

 

 いつくしみポケモン。この世でいちばん美しいと言われるポケモン。フリアに、ヒンバスにポフィンを食べさせ続けるように言われ、それを守り続けたからこそなったその姿。

 

(……本当に、フリアは凄い。ありがとう……フリアからこんな素敵な贈り物貰ったんだ。絶対に勝つ!!)

 

「ミロカロス!!」

「ルォッ!!」

 

 ミロカロスの返事を聞いてすぐさまボールに戻し、赤い光を纏わせる。

 大きくなったモンスターボールを空中に投げ、再びミロカロスを場に出す。

 

 

『ルォオオオオオッ!!』

 

 

 場に君臨するは、ダイマックスしてもその美しさを損なわない美の化身。

 その圧倒的な存在感に、全ての人が魅了され、言葉を失う。

 

「さぁ……行くよ!!」

 

 フリアに最高のプレゼントをもらった今の私は、もはや、誰にも負ける気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フリア選手の勝利!!』

 

「……やはり勝ちましたか」

 

 スマホロトムに映る試合の放送を見ながら無意識に言葉が口からこぼれる。

 

「ここで待っていたのが無駄にならなくて良かったですよ」

 

 座っていたベンチから腰を上げながら軽く背を伸ばす。ガラル鉱山で出会ってから、何度か会う機会はあったものの、タイミングが悪くずっと戦えていなかった相手。

 

 そして何よりも、ぼくが戦うのを楽しみにしている相手。

 

 なぜそんな感情を抱くのか、自分でも分からない。だからこそ、その気持ちを確かめるためにも早く戦いたい。

 

「この気持ちの正体……はっきりさせましょう」

 

 ぼくの意識は、今だけは会長よりも、ジムチャレンジよりも、そしてねがいぼしよりも、フリアのことを最優先にしか考えてなかった。

 

 だからだろうか……

 

「ビート選手、ちょっといいですかね?」

「はい……?」

 

 

「……少し、いい話がありましてね?」

 

 

「何を……っ!?」

 

 後ろから近づいてくる2つの影に、全く警戒できなかったのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フリアの手持ち

そりゃバレますよね。
そういえばヤローさんや、オニオンさんは腰下あたりにモンスタボールのホルダーつけてますけど……ハイパーボールやダークボールは別で使ってますよね……
あの中身は何なんでしょうね?

ミロカロス

このタイミングで進化です。
兆候であるウロコはもう出してましたしね。
記憶の中では私もルビサファでしっかりと手に入れた覚えがあるんですが……当時の私が一体どうやって進化の情報を手に入れたのかがわからない……

ビート

おや、ビートの様子が……?




前回みんなの技構成を書くのを忘れていましたね。
内訳書いておきます。

デスマス

たたりめ
かなしばり
ぶんまわす
おにび

ミミッキュ

かげうち
のろい
きりさく
みちづれ

サニゴーン

のろい
げんしのちから
おにび
たたりめ

ゲンガー

ベノムショック
たたりめ
さいみんじゅつ
ふいうち

VS

ジメレオン

みずのはどう
とんぼがえり
ふいうち
アクアブレイク

ユキハミ

こなゆき
むしのていこう
こごえるかぜ
ようせいのかぜ

マホイップ

マジカルシャイン
じこさいせい
めいそう
マジカルフレイム

イーブイ

まねっこ
でんこうせっか
スピードスター
かみつく

この予定で書いてましたけど……使ってない技もありますね。
全部活躍させるのはやはり難しいです。
実機と比べていくつか変えている技もあり、個人的には強さというより厄介さが増えている感じですかね?
キョダイゲンガーはあれくらい強くなっても誰も文句言わないと思います。

相変わらずバトルシーンは書いてて楽しいですね。
ネタが尽きないかだけが心配ですが……






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57話

「フリア!!本当にありがと〜!!」

「っとと……おつかれユウリ。勝てて本当に良かったよ」

 

 ラテラルスタジアムのロビーにて、あれから進化したばかりのミロカロスとともに最後まで戦い抜いたユウリが、勝利の喜びを全身で表しながら飛び付いてきたのでしっかりと受け止める。

 

 かなり絶望的な状況だったのにそこから仲間が進化して大逆転勝利。

 

 嬉しくないわけがないよね。

 

 戦闘の内容としては、お互いダイマックスしてからオニオンさんがミロカロスの特防を下げるためにダイアークを放ち、能力を確かに下げたものの、ミロカロスに進化したことによって特性がかちきになったミロカロスの火力が大幅上昇。そこから怒涛のダイストリームにより火力で押し切り勝ったという感じだ。自分の何かしらの能力を下げられた瞬間発動したかちきによって、自身の特殊火力を大幅に上げられたミロカロスの連続攻撃は、特殊ならまだ耐えられる方とは言え、それでも耐久に難があるゲンガーには耐えきれなかったみたい。

 

 そのあまりにもドラマチックな展開に、見ていた観客もかなり盛り上がっていたしね。気持ちはよくわかるし、見ていただけでこれだけ興奮したんだから対戦していた本人はそれ以上に嬉しかったと思う。今もそのまま抱き着いてきて離れないのがその証拠かな?

 

「フリアに言われた通りのことをしてきて本当に良かった!!まさかヒンバスがミロカロスに進化するなんて!!最初こうするようにって言われたときはなんでだろうって思ったんだけど……こういう事なら納得できるもん。本当にすごい!!」

「これでもシロナさんの知り合いだからね。シロナさん本人からあまり広めないでって言われているけど……ユウリ達になら教えてもいいかなって」

「そうだったのか……しかし、結局のところ何が進化のきっかけだったんだ?」

「やっていることはわかってましたが……意味は結局わかりませんでしたね……」

「その辺は聞かんほうがいいと?」

 

 ぴょんぴょん跳ねながらも、ボクにくっつくことをやめないユウリをあやしているボクにホップ、サイトウさん、マリィと声をかけてくる。確かにあまり広めない方がいいとは言われたものの、ボクたちが信用している相手なら信じられるから教えてもいいと━━ジュンに対してだけはすごく難しそうな顔をしていたけど━━言っていたので正直全部教えることもやぶさかではない。ただ今ここで話すにしては人の耳が多すぎる。

 

「別に教えてもいいんだけど、ちょっと場所を変えよっか。シロナさんが隠していた通り、あまり広めすぎちゃうと研究やら乱獲やらの問題でヒンバスがかわいそうなことになっちゃうしね」

 

 シロナさんがミロカロスとともに大活躍していることはみんなも知っている通りだ。だからこそ、そんなチャンピオンが仲間にしているポケモンを自分も持ちたいと手を伸ばすトレーナーというのは後を絶たない。特に見た目もよく、シロナさんがその進化を知るまでは誰一人としてその進化方法に気づかなかったともなれば、その希少性も相まって欲しがる人は一気に増える。そういう点ではガブリアスも人気なんだけど、ドラゴンタイプというのは総じてなつかせたり育てるのが大変だということもあり、実際に仲間にした時に敷居が高そうという点からもやはり求める声はミロカロスの方が大きくなってしまう。

 

 この点から、ヒンバスのことを考えて公表することをやめたシロナさんの意思はしっかり尊重するべきだ。ボクたちのことを信用して教えてくれているのなら裏切るわけにもいかないからなおさら。そういうことを含めても、たくさんの耳があり、今も聞き耳を立てている人や報道の人がたくさんいるこの場所での回答は控えるべき。そう判断して移動を提案する。

 

 ……うん。露骨に舌打ちとか聞こえてきた辺りこの判断は間違ってないと思う。

 皆もしっかりと聞こえたのか、そろって苦笑いを浮かべていた。

 

「行くとするなら……スタジアムから少し外に移動して個室の取れるお店でも行きましょうか?それともホテルの部屋の方がいいでしょうか?」

「他人の視線を気にするならホテルかな」

「着いてきて盗み聞きする人もいるかもしれんしね」

「よし、じゃあ行くぞ!」

 

 これから行く先が決まったのでいざみんなで出発。今日はもう予定もないし、ボクとユウリはめでたく突破することができたので、もし余裕があればボクたちの祝勝会をあげるのもいいかもしれない。……強いて一つだけ問題があるとすれば。

 

「ということで、行きますよ〜セイボリーさ〜ん」

「……いいのです、どうせワタクシだけが……ワタクシだけが……」

「え、えっと……ドンマイだぞ!俺だって1回で突破できたわけじゃないしな!!」

「むしろ、ここまで来たら1発で突破する方が厳しかと。あんまし気にしても仕方なかとよ」

 

 隅っこで踞るセイボリーさんのことだろう。ボクが声をかけるまで一言も反応無かったし、そのあまりにも漂う哀愁からホップとマリィも苦笑いを浮かべながらフォローをしていた。

 

 この状況からわかる通り、残念ながらセイボリーさんはオニオンさんに敗北してしまい、ジムバッジを獲得することが出来なかった。とは言うものの、試合内容が酷かったのかと言われるとそういうわけでもなく、本当に後一歩の所まで追い詰めていたと思うし、結局今回はユンゲラーから進化させることなく戦いを挑んでいたため、力に溺れないようにとセーブをしていた進化をここで解禁して上手く使いこなすことが出来れば、このジムの突破もそう遠くないように見えた。実際、観客席から見たオニオンさんの表情こそ仮面のせいで読めなかったものの、体から感じる空気は間違いなくセイボリーさんのことを認めているように見えた。雰囲気が良かったとでも言おうかな?

 

 なのでセイボリーさんについてはあまり心配はしてなかったりする。もっとも、今日挑んだボクたち3人の中で、唯一の敗北者というのは少なくないダメージを心に負っちゃうことになるとは思うけどね。こんなことを言っておきながら、ボクがセイボリーさんの立場ならなかなかショックを受けていたかもしれない。

 

(うん。夕食兼祝勝会をするならセイボリーさんの反省会と復習会も一緒にして、少しでもアドバイスできるようにしておこう)

 

 タイプ統一の人に対してできるアドバイスなんて、マルチタイプ使いのボクにあるかどうかは分からないけど、やらないよりやる方が絶対にいいだろうからしっかりと相談に乗っていこう。

 

(しかしそう考えると、やっぱりビートって凄いんだなぁ)

 

 同じエスパー統一なのに彼は1発でここを乗り越えている。やっぱり侮れない選手の1人だ。

 

 そんなことを思いながらもしっかりとみんなの足は進んでおり、気分の落ち込みからか若干足の進みが遅いセイボリーさんに合わせるようにしてゆっくりとラテラルスタジアムの外へと向かっていた。やいのやいのと雑談しながらラテラルスタジアムの出口を潜り、さぁホテルへ行こうとするところに立ち塞がる影が1つ。

 

「みんなお疲れ様。フリアとユウリは無事突破おめでとう」

「ありがとうございますソニアさん」

「私は何とかって所ですけど……勝てて良かったです!!」

 

 正体はソニアさんで、相棒のワンパチを引き連れてボクたちを正面で出迎えてくれた。足元でワンパワンパと吠えるワンパチを軽くなでてあげながら雑談に花を咲かせる。

 

「私は席の予約取れなかったから現地で見ることは出来なかったけど、リアルタイムでライブは見たからあなた達のバトルもしっかりと見させてもらったわよ。まさかユウリの手持ちがミロカロスになるなんてね……あれって進化方法が秘匿されているんじゃなかったっけ?」

「フリアが教えてくたんです!」

「フリアが……ってあなたそういえばシンオウチャンピオンから推薦されていたんだったわね」

「あはは……できればそのまま忘れていただいてもいいんですよ?」

 

 ミロカロスのことと言い、推薦者のことと言い、注目選手だらけなことと言い、とにかく現在視線を集めまくっているからできれば今すぐここから離れたいという気持ちがどんどん湧いてくる。

 

「とりあえず移動しましょう。変に視線集めてますしここでは落ち着かないでしょう」

 

 セイボリーさんがその辺の空気をしっかりと感じ取ってくれたため率先して案を出してくれる。その言葉に皆で頷き、今度こそホテルへ……

 

「ああ、ごめんちょっと待ってくれる?あなたたちにお願いがあって……」

 

 行こうとして今度はその足をソニアさんに止められる。

 

「わたしがここにきた理由は教えたわよね」

「確かここにも英雄伝説に関する遺跡があるんでしたっけ?」

「そう。正直あまり期待してないけど確かにここにも遺跡があるって話。ちゃんと覚えててくれてたみたいね」

 

 この町に来た時にソニアさんに見せてもらったあの資料。子供の落書きのようにも見えたあの壁画には、どうやらこのガラルの秘密にかかわる需要なものが隠されているらしい。とてもそうとは思えないような代物だし、今まで解明されていないあたり、ガセネタなところが濃厚なのであまり期待値は高くないものの、それでもソニアさんはちゃんと調べたいという意思を表明していたはずだ。

 

「タペストリーの時もそうだったけど、ここでもぜひともあなたの意見を聞いてみたいと思ってね。頼めるかしら?」

 

 ソニアさんの視線が真っすぐボクの方へ注がれる。まだまだ記憶に新しいボクたちによるナックルシティの宝物庫見学は、ソニアさんにとってどうやらなかなかの刺激だったらしく、その時の経験からボクの目に今回も頼りたいみたいだ。シロナさんという結果を残している考古学者との接点がある点はもちろん、ほかにも他者からの視点もしっかりと大事に考察していきたいという彼女のやり方がよく表れたその考えは、ボクではうまく結果を出してあげることができるのか不安なところはあるものの、手伝えるのであればぜひとも力を貸してあげたいところだ。

 

「ナックルシティの時と同じ考えで行くってことですね。ボクでよければ手伝いますよ」

「ありがとう。ごめんなさいね、ジム戦終わったばかりで疲れてるでしょ?」

「それくらい大丈夫ですよ」

 

 ジム戦の疲れがかなり残っているので早く休みたいというのは事実ではあるんだけど、それ以上にガラルの歴史が気になるというのは確かにある。せっかく専門家のソニアさんとそう言うところを回れるのなら今回も付き合ってみた方が得は大きそうだ。

 

「みんなはどうする?」

「俺もついて行くぞ!」

「ミロカロスのこと聞くならフリアいないと意味ないしね」

「わたしも、それくらいなら付き合うと」

「ワタクシも付き合いますよ」

「皆さんが行くのなら、わたしも」

 

 ということで全員そろってその胡散臭い遺跡を調査することに。なんだかちょっとしたピクニックみたいでこれはこれで楽しそうだ。

 

「みんなつき合わせちゃってごめんね。それじゃあさっそく遺跡にレッツ━━」

 

 

ドゴオオォォンッ!!

 

 

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

 ソニアさんの合図でラテラルスタジアムより北西にあると言われる遺跡に足を向けようとした途端に突如響く巨大な破壊音。地面すら揺らすその衝撃は、間違いなくボクたちがこれから向かおうとしていた遺跡のある方角から聞こえてきていた。あまりにも唐突に起きたその非日常の出来事に、観光しに来たり、掘り出し市を見に来た外の人たちはもちろんのこと、普段からラテラルタウンに住んでいる人やポケモンたちまでもが驚きのあまり飛び跳ねたり悲鳴を上げたりしていた。しかも、かなり離れているはずなのにしっかりと耳まで届いたその大きな音は一回では収まることは無く、何回も何回も響き渡り、そのたびに地面が激しく揺れるせいで小さい子供は泣きだしたり、転んでしまったりしている。

 

「……皆さん無事ですか……!?いったい何が……」

「オニオンさん!!」

 

 緊急事態により、まだこれからジム戦の予定が詰まっているであろうオニオンさんまでもが外に出てくる。ジムリーダーというのは、ただ挑んでくるトレーナーの壁になるというだけでなく、自分の受け持つ街の治安維持を担っているという側面もある。これはガラルだけというわけではなく、ほかの地方でも一緒で、それこそシンオウ地方だってそうだ。ラテラルタウンの危機かもしれない状況なので大事なジム戦も中断してでもこちらに来たという事だろう。そのことが、今起きていることの異常さをさらに際立たせている結果となっている。

 

「オニオンさん!!遺跡の方から破壊音が聞こえます!!もしかしたら向こうで何かが起きているのかも!!」

「……遺跡の方……わかりました。……ジムリーダーとしてボクが対処します……皆さんは遺跡周辺の人たちの避難の手伝いを……お願いしていいですか?」

「勿論です!」

「……感謝します……ではすぐ行きましょう!!」

 

 オニオンさんの言葉に皆で頷き、ボクたちはラテラルタウンの壁画がある場所へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もうすぐで遺跡です!」

 

 オニオンさん先導の下、長い階段を駆け上がりながら途中で見かけた観光客に対して迅速に避難指示を出し、何とか怪我人を出さないように、事故を未然に防ぐことに成功しながら遺跡に駆けていくボクたち。どんどん大きくなる破壊音によって、心の中の不安感が募っていき、足が止まりそうになるのを抑えながらとにかく走る。一分一秒が惜しい現状で、止まってなんかいられない。みんながみんな同じ思いでいるため、本来なら体力のあまりないユウリとセイボリーさんでさえしっかりとついてきていた。その事に若干の安心感をボクとサイトウさんで感じながら走り抜け、とうとうボクたちの目の前に遺跡が姿を現した。

 

 遺跡の姿はソニアさんに見せてもらった写真とほぼ同じで、やっぱり誰かが落書きをしたようにしか見えない模様となっており、とてもじゃないけど何か意味があるとは思えない代物だ。これが何もないときに観光しに来ただけならば、『ああ、やっぱり何もわからなかったや』なんて笑いながら過ごすことができたけど、その壁画の中心より下部にある大きな罅がその楽観的思考を許さない。その罅は現在進行形でどんどん進んでおり、いつこの壁画が崩壊してもおかしくはない。そして何よりも目を引くもの。それは……

 

「ダイオウドウ、『10まんばりき』です」

 

 そんな危うい状況にある遺跡の壁画を壊すことだけを考えて、ひたすらポケモンに攻撃を指示するビートの姿。

 

「ビート!!」

「……」

 

 なんでこんなことをしているのか。なぜこちらの呼びかけに対して反応してくれないのか。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「こっちを見てよ!!ビート!!」

「フリア!!危ないって!!」

 

 大きな声で呼びかけてもこちらのことなんて全く見向きもせずに、ひたすら攻撃の指示をするビートに向かって、いい加減こちらを振り向かせるためにビートにずかずかと歩み寄っていく。後ろからユウリの制止の声が聞こえるけど、今だけはビートを優先するべきだ。ビートの肩をもって無理やり振り向かせ目を合わせようとする。しかし……

 

「……邪魔です」

「うわぁ!?」

「フリア!?」

 

 思いっきり突き飛ばされてしまい、後ろにこけそうになる。尻もちをついてしまう寸前にホップが飛び込んで支えてくれたため、倒れこそしなかったものの、いきなりのビートの行動に驚いてしまい体が固まってしまう。

 

「大丈夫か?フリア」

「うん……ありがとう、ホップ。でもビートが」

 

 ボクが離れたことを確認したビートはそのままボクたちを一瞥し、再び壁画への攻撃を再開する。

 

「……ゲンガー、『シャドーボール』」

 

 そんなビートが操るダイオウドウに向かって飛んでいく紫色のまがまがしい球。いつの間にかオニオンさんから呼び出されたゲンガーは恐ろしいスピードで技を放ち、ダイオウドウの攻撃を中断させることに成功する。

 

「……ぼくの邪魔をしないでもらえませんか?」

 

(なんて声……こんなの、ボクの知っているビートの声じゃない……)

 

 驚くほど冷たく、そして氷柱を突き刺されたかのようなその言葉は、慇懃無礼ながらも心の底はしっかりとしており、決して一線を越えることは絶対しない普段の彼からは決して想像できないほどの感情すらこもっていない声。

 

 一言でいえば「らしくない」。

 

 ビートとかかわってきた時間はボク以外の人がそんなにないため、今ここでそれを言ったところで伝わらないだろうけど、ボクにだけはそれがわかってしまっていた。

 

(何があったの……ビート!!)

 

「……これはこのラテラルタウンの文化遺跡です……確かに見た目の評判はあまり良くないかもしれませんが……それでもこの町の大事な顔の一つです。……この町を傷つけることは……ボクが許さない」

 

 ジム戦の時よりも深く、そして重い空気。はたから見ても感じるその重さは、間違いなく本気のゲンガーと本気のオニオンさんの証。その迫力に肌がびりびりとしびれてきており、周りのみんなもそうなのか……いや、サイトウさんだけがまだ平気そうな顔をしているけど……それでも今はオニオンさんの気迫に押されてしまい、動こうとしている人は誰もいない。

 

「ダイオウドウ……『10まんばりき』」

 

 それでもその空気をものともしていないビートから冷たく放たれる攻撃司令。ゲンガーに対して地面技というのは明確な弱点のひとつ。物理耐久の高かくないゲンガーなら尚更致命傷となるその全身を使った強烈な一撃は、しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(え……?)

「……!?」

 

 まるででんこうせっかがすり抜けた時と同じような現象に思わずこちらの口が空いてしまい、塞がらない。でんこうせっかはノーマル技なのですり抜けることは理解出来る。しかし10まんばりきはじめんタイプの技だ。すり抜けるなんてことが本来は起きるはずがないのに、今確かに目の前で起きていた。

 

「……ボクのゲンガー……特性はのろわれボディだけじゃない……ふゆうも……持ってるので当たりません」

「特性が2つ!?」

「そんなポケモン知らないぞ!?」

 

 オニオンさんの言葉に驚きの声を上げるホップとユウリ。確かに2つの特性を持つポケモンなんてそんな珍しいことは、本来ならありえないと一蹴することもできる。ただ1部。その両立を可能にした人物が何人かいるのは知っていたためむしろ納得ができてしまった。なんせ、チャンピオンや四天王クラスとなるとこの辺の両立を平気でしてくるのだから。現にボクもシロナさんが手持ちに2つ以上の特性を併せ持った仲間といる所を見たことがある。つまりオニオンさんも、それクラスの腕前があるということ。ガラルのレベルの高さを改めて思い知らされる。

 

「『しねんのずつき』」

 

 しかしビートもその事実に決して押されることなく、違う技で弱点を突くためにまた新たな指示を下す。この辺りの冷静な判断と技選択のセンスはやはりビートなんだなと思わせてくれるようなものを感じはする。まだ完全にビート自身の心が消えているわけじゃない。場違いかもしれないけど少しだけ安心感を覚えた。

 

 違う突進技で突っ込んでくるダイオウドウに対して、さすがにこの技を受ける訳には行かないと判断したゲンガーは大きく後ろに下がり、余裕を持って回避。

 

「……『おにび』!」

 

 お返しと言わんばかりに紫色の炎を放ち、ダイオウドウへ火傷を与えんと操っていく。それに対してダイオウドウは地面に10ばりきを行い砂をまきあげて、これをかき消していく。

 

 お金をとってもおかしくないハイレベルな戦い。惜しむらくべきは、ダイオウドウがはがねタイプという本来のビートの手持ちではないため、彼の本気を見ることが出来ないということだろうか。

 

(そういえば……なんでダイオウドウ……?綺麗に戦えているけどぎこちないところも少しある。誰かから借りたポケモン……?だとしたらなんで……?)

 

 頭の中で何かが引っかかるものの、答えが出てこない。ローズ委員長からの推薦者ということはその辺から借りてきたのだろうか?しかし、だとするとガラルを愛している委員長か何かしらの指示を受けていることになるはず。ガラルのことを愛している委員長がこんな指示を出すとも思えない。だってこれはガラルへの愛とは真反対の行動。そんなことをしてしまえば委員長失脚である。

 

 1度気になることができてしまうともはや戦闘なんて頭に入ってこず、ずっと頭の中でぐるぐる情報が踊り出す。みんながオニオンさんとビートの戦いに目を奪われている中、1人ずっと考え事をしていた時、ふと腰のホルダーが揺れ始める。

 

(……ん?)

 

 気になって揺れていたボールに軽く触ると、そこからキルリアが飛び出してきた。いきなり勝手に飛び出してきたキルリアに思わずびっくりしてしまい、変な声を挙げそうになるものの何とか飲み込んでキルリアの方を見る。

 

「……何かあったの?」

「キル……ッ!」

 

 戦闘の構えを取った訳では無い。しかし、その瞳には明らかに敵意のような何かを宿しており、じっとビートの方を見ていた。

 

(なんだろう……何かあるのかな……?)

 

 キルリアの視線により、また新たな疑問が浮かび上がりいよいよ整理しきれなくなってきた。一見遺跡を壊すために暴れているだけの事件。しかし、その裏に隠れている事情が絶対ある。キルリアとビートの様子から、ほぼ確信に近いものを感じるものの答えだけはやっぱり出てこない。どうすればいいのか分からず、ウンウン唸っている。すると……

 

「なるほど、そういう事ですか……」

 

(え?)

 

 本当に小さく、恐らくたまたま近くにいたボク以外聞こえていないだろうそんな声。その声の主の方に視線を向けると、その先には物凄く悲しそうな、そして悔しそうな顔を浮かべたセイボリーさん。彼もまた、正解にたどり着いたものの1人ということだろうか。

 

(キルリアとセイボリーさんだけが気づいている……2人の共通点……エスパータイプ……?)

 

 頭の中でどんどん推理が回っていく。いよいよ決着が着きそうなオニオンさんとビートの戦い。

 

 誰しもがその行方を見守るため戦場を見つめる中、やっぱりボクの視線は、怒りと敵意を宿すキルリアの視線と、悲しさと悔しさ、そして何よりも不甲斐なさを宿したセイボリーさんの瞳に固定されてしまい、そらすことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




セイボリー

残念ながら今回は負けているみたいです。
実際問題ガラルのレベルを考えたら、一回突破は難しいのではと。
ダンデさんも、チャンピオンになった後から無敗記録があるとなっているので、流石にチャレンジ中は負けてるのかなと。
もし無敗だったとしても、逆に言えばダンデさんクラスでないと無敗にはならないので、やっぱり一回くらい負けるのは仕方ないことだと思います。
主人公がおかしいんですよ。絶対に。

ミロカロス

実際シロナさんならこうしそうですよね。

オニオンVSビート

やっぱりここはジムリーダーがやるべきでしょう。ということで彼らにぶつかっていただきました。
というか、こんな規模の事件でジムリーダーが仕事しないわけがありませんよね。

ゲンガー

このゲンガーはジムチャレンジ用ではないので本気のゲンガーです。
特製が二つあるというのもそこから。
ちなみに特性を二つ持っているというのは、実は公式……と言っていいのかはわかりませんが、外伝ゲームで実際にあった仕様でもあります。
ポケモンダンジョンがそれに該当しますね。
トップクラスのトレーナーにはやっぱり特別であってほしいなぁという思いから、ポケダンからの設定をお借りして全員を微強化しています。……本当に微なんですかねこれ?
……というか、メガゲンガー没収したなら、ふゆう返してもいいんじゃないですかね?




さて、実機でも記憶に根付いているイベントですが、この小説ではどのようになるでしょうか。


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58話

前回書き忘れていたのですが、ミロカロスの特性について。
本来すいすいのヒンバスはかちきにはならないのですが、とくせいカップセル等で後で変えられる点や、アニメでも技マシン、卵技でしか覚えないものを普通に成長過程で覚えるあたり実際にはこういう事も起こりえるのではということでこの設定に。

違和感を感じた方には改めましてこのお話ではこういう設定で行くんだと思ってください。


 暗い暗い闇の中。右も左も上も下も分からない。ただ、沈んでいるような気がするという感覚だけが全身を包んでいた。

 

(ここはいったい……ぼくは……なにを……いや、確かラテラルタウンで……)

 

 ダメだ、その先がまるでモヤがかかったようにあやふやで分からない。

 

『ねがいぼしがあれば……この計画を……』

 

(この声は……委員長……?)

 

 そうだ、ぼくは確かラテラルタウンにねがいぼしを取りに来たんだ。急に現れた人がここラテラルタウンにたくさんのねがいぼしが取れる場所があると教えてきたから……

 

(違う……何かが違う……もしそうならオリーヴさんが見つけて連絡をよこすはずです……)

 

 永遠とまとまらない頭を思わず抱えようとするものの、相変わらず身体はなにかに沈んだような感覚を返すばかりで、指や腕はもちろんのこと、髪の毛1本も動かすことが出来ない。ただひたすら下へ下へ、深く深く体が沈み込み、どんどん奥へと引き込まれていく。

 

(このまま……溺れるのでしょうか)

 

 このまま沈みきってしまった時、ぼくはいったいどうなるのか。消えてしまうのか、死んでしまうのか、はたまたみんなから忘れ去られてまた捨てられるのか。

 

(……それもまた、いいのかもしれませんね)

 

 沈み続けていく体を引き上げてくれる人は誰もいない。初めて委員長に会い、手を伸ばしてくれたあの時と違い、本当に誰も助けてくれない。それは仕方の無いことで、わかっていたこと。

 捨てられることには慣れている。

 

 深く深く沈んでいく。

 

 何も見えない闇の中。

 

 ゆっくり目を閉じて、そのまま体を任せて……

 

『ビート!!』

「ッ!?」

 

 突如響く自分を呼ぶ声に目を開ける。暖かく、はっきりと自分を包むその声は、開けた目の先にある眩しい光から確かに聞こえてきたその声は、ぼくを引っ張り出すためにその光をどんどん強くしていき包み込んでくる。その光に体を引っ張られる感覚を最後に、ぼくの意識は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビート……ビート……!!」

 

 体を軽く揺らしながら声をかけ、倒れているビートの安否を確かめるために起こそうとする。

 

 ラテラルタウンの文化遺跡を巡った攻防戦は、結果だけを見るならばオニオンさんの圧勝となっていた。ビート側が、元々自分の得意としているタイプではないはがねタイプを使っていたというのもあるとは思うけど、それ以上にオニオンさんとゲンガーのコンビネーションが物凄かった。地面を潜り、虚空に消え、ありとあらゆる角度から変幻自在な技で攻め立てるその様はトリックスターという名がこの世で1番ふさわしいのでは?と思えるほど鮮やかで、傍から見ているから俯瞰してバトルを見ることができるはずなのに目で追う事が出来ず、戦っている張本人ではないのに翻弄されてしまっていた。

 

 これがジムリーダーの本気の片鱗。

 

 これでボクより年下なのだからやっぱり才能の壁は理不尽だ。なんて思いながらも、これを乗り越えなくちゃボクの目標は達成出来ないからもっと頑張らないと!!と、昔の自分なら諦めそうなところをしっかりと乗り越えるべき壁と捉えているあたり、ボクも少しは成長しているんだなと実感出来た。

 

 話を戻そう。

 

 暴れるダイオウドウを抑えることに無事成功したオニオンさんは、そのままボクたちにジュンサーさんを呼ぶことを指示し、オニオンさん自身はゲンガーと共にビートの捕獲のためにゆっくりと近づいていた。ダイオウドウが負けたことによって癇癪を起こし暴れる可能性と、他のポケモンを繰り出される可能性を潰すための行動。特に、前者はともかくとして後者は少なくともこのジムを突破できるほどに育ったポケモンたちが相手となる。驚異となるのは確実なのでそうなる前に止めたいというのは当然の考えだ。癇癪を起こされる分には、理性がなく、動きが単純になるのでむしろ制圧しやすいのであまり苦にはならないんだけど……そんなビートは見たくない。

 

 以上の2つの可能性を考えて接近したのだけど、ビートが起こした行動はそのどちらでもなかった。それはボクがビートを揺すっていることからわかる通り、気を失って倒れるというもの。ダイオウドウが戦闘不能になって程なくして、まるでダイオウドウについて行くようにゆっくりと膝を折り、地面に伏すビートの姿は操り人形の糸が切れたかのように見えた。幸い体になにか異常が見受けられるという訳では無いので大事にはならないだろうけど、そのあまりにも不自然な崩れ方は、先程の彼らしくない動きと相まって不気味極まりないと感じてしまう。さっき操り人形って比喩したけど、本当に操り人形だったのではないかと思えるようなその動きがどうしても頭の隅に引っかかってしまう。

 

(操り人形……キルリア……セイボリーさん……もしかして……?)

 

「……んん」

「っ!?ビート!!」

 

 あとちょっとで何かに気づけそうなタイミングで聞こえたうめき声。その発生元である下を向けば、ビートの瞼が少し動いたのが確認できた。もう少しで目が覚めそうなその兆しを見たボクたちは、固唾を飲んでその様子を見守る。

 

「こ、ここは……ぼくは確か……」

「ビート……よかった、とりあえず無事みたいだね」

 

 ほどなくして、声を上げながら瞼を持ち上げたビートの姿にほっと一息。特に後遺症も見受けられないのでひとまず安心といったところだろうか。ただ気になる点と言えば、まだ目覚めたばかりで記憶が混濁しているところ。いったい今までに何があったのか、詳しく聞けるといいんだけど……

 

「ビート、何があったか憶えてる?」

「……フリア?なぜここに……いえ、ぼくはいったい何を……」

 

 まだ状況がつかめていない彼に対して急かすようなことはせずに、落ち着くのをじっと待つ。ビートもビートで現在状況を把握したいがために周りを見渡すと、自分を取り囲むように存在する人たち。まだ気絶してそこまで時間がたっていないため、ジュンサーさんなどは駆けつけていない。今からやじ馬や、ジュンサーさんたちが集まってくることを考えると、この場所もどんどんうるさくなっていくことが考えられるだろう。もっとも、ビートはそこまで把握することはできなさそうだけど……。

 

「現状がよくわかりません。あなたに介抱されている理由もわかりませんし……いったいここで何があったんです?」

「……あなたは、そこのダイオウドウを使って……ここの遺跡を破壊しようとしていたんですよ」

「……は?」

 

 質問に対してオニオンさんが回答した瞬間、まるで何の冗談を言っているんだとばかりに返してくるビート。その反応が納得できないのか、ユウリ達の表情は怒りと困惑がないまぜになったものになっている。唯一その表情を仮面で隠しているオニオンさんが、そのまま質問を続けた。

 

「……遺跡の方を見ても……思い出せませんか?」

「遺跡……」

 

 オニオンさんの指につられて遺跡の方を見るビート。そこには、先ほどまでオニオンさんと激闘を繰り広げていたダイオウドウが倒れており、倒れたダイオウドウを介抱するべく、マリィとホップがきずぐすりや、げんきのかけらを使って治療をしているところだった。

 

「あのダイオウドウは……ローズ委員長のダイオウドウ……ですがなぜここに……」

「ビートが、ダイオウドウに『10まんばりき』を指示して遺跡を壊そうとしてたんだよ。……やっぱり思い出せない?」

「そんな、悪い冗談はよしてください。ぼくに何の理があってそんなことを……ぼくはただ、フリアと戦うために待っていただけです」

 

 演技にしてはあまりにも真っすぐすぎるその反応に、流石のオニオンさんもいよいよ戸惑い始める。この様子は間違いなく先ほどまでのことを憶えていない。あれだけのことをしていたのにだ。ビートの言う通り、彼に対するメリットが一切ない所もその信憑性を後押ししていた。しかしそうなると、なぜ彼がこんなことをしたのかが説明がつかない。当然ながら動機もないし、いよいよもってわからなくなってきた。しかし……

 

「……」

「キル……」

 

 ふと横に視線を向ければ、険しい顔をしているキルリアとセイボリーさん。やっぱりこの二人は何かに気づいている。

 

「ねぇ、セイボ━━」

「警察です!道を開けてください!!」

 

 そんな二人に質問をするべく、声をかけようと思った瞬間に響き渡る女性の声。発言の内容からしておそらくジュンサーさんが駆けつけてきたのだろう。その証拠と言わんばかりに、少し遠くの方からサイレン音が聞こえ、こちらに向かって駆けてくる足跡もたくさん聞こえ始める。

 

「オニオンさん。遅れてしまい申し訳ありません。状況を聞いてもよろしいてしょうか?」

「……はい、大丈夫です」

 

 ほどなくして、この騒ぎの元凶であるボクたちの姿を確認したジュンサーさんがこちらに駆け付けて、オニオンさんと会話を始める。会話の内容が気になるものの、今はとにかくビートの介抱が大事だろう。ダイオウドウの治療も終わったみたいで、ホップとマリィもこちらに駆け寄ってきていた。セイボリーさんに聞きたいことがあったものの、残念ながら今はそのタイミングはなさそうだ。少し時間を開けて聞くことにしよう。

 

「立てる?ビート」

「大丈夫です。何ともありません」

 

 手を差し伸べようとすると、それを振り払って自分で立ち、何でもないような顔をするビート。うん、こうしてみるといつもの彼が帰ってきたことに少し安心する。

 

「手くらい素直に借りなさいよ」

「借りる必要のないものを借りて何になるんです?」

「うう~むかつき!!私やっぱりこの人いや!!」

「ユウリがこうもきっぱり人を嫌うところは初めて見たぞ……」

「あたしも、なんだかんだで想像できなかったと……」

「あ、あはは……」

 

 相変わらず相性最悪なビートとユウリの一幕に思わず苦笑いをこぼしてしまう。こういったところを含めても帰ってきた感がしてほっとするね。

 

「お互い無事が確認できて安堵するのはいいですが……まずは事情を話しましょう」

「そうね。そろそろジュンサーさんとジムリーダーさんのお話も終わりそうだし、今度はわたしたちの番かしらね」

 

 サイトウさん、ソニアさんの言葉につられてオニオンさんの方を見ると、あらかた説明を聞き終えたのか、敬礼をしてこちらに歩み寄ってくるジュンサーさん。さて、ここから先はビートの役目だ。正直なんでこうなったのか分からないボクたちから出せる情報なんてオニオンさんのそれと変わらない。きっとジュンサーさんもそれを理解しているのか、はたまたオニオンさんがその部分の説明も終えてくれていたのか、おおよそ予想通りボクたちをスルーして真っ直ぐビートの下へ歩いてくるジュンサーさん。

 

「ではビート選手。次はあなたに事情を━━」

「なんの騒ぎですかこれは!!」

 

(う〜ん、今日はよく言葉を遮られる日だなぁ)

 

 ジュンサーさんの声を遮るようにあげられる声は、ジュンサーさんとはまた違った声質の女声。しかしどこかで聞いたことあるような?と首を傾げていると、その声の主がすぐに現れた。長いブロンドヘア、白のリクルートシャツの上に赤いチューブトップに、黒で統一されたタイトスカート、ストッキング、ハイヒール。その上から白衣を羽織っている、高身長でモデルでもやっていけそうなその出で立ちは、ローズ委員長の秘書を務めるオリーヴさんだ。よくよく見れば、すぐそばにはローズ委員長もおり、今回の事件に対してたまたま居合わせたのか、はたまた呼び出されたのか、どちらかは分からないけど自分の推薦したトレーナーが関わっているから様子を確認しに来たと言ったところだろうか。バウタウンで見かけて以来ということになる2人だけど、あの頃とは違い、仕事モードのため服装は開会式の時にも見たスーツ姿。心の隅でどこか、『あの変な私服じゃなくて良かった』と思っている自分がいた。うん。今オリーヴさんに何故か睨まれたからこの話はやめておこう。話を戻して……

 

(ってよくよく考えたらこのダイオウドウってローズ委員長から借りてきたポケモンって言ってたっけ?)

 

 先程のビートの発言から思い出す。となると、元々この街にいたということかな?それならこのお早い到着も納得だ。

 

 そんなローズ委員長とオリーヴさんは、この騒ぎの中心であるビートの姿を確認し、一直線にこちらに近づいてくる。その姿は、歩いているだけなのに物凄い威圧感があり、まるで海を割るかのように人垣が左右にぱっくりと割れ、2人の歩く道を作っていた。

 

「……委員長のダイオウドウを借りに来たと思えば、なんてことをしているでんですか」

「……」

 

 肝まで冷えるような冷たいオリーヴさんの声。聞いているだけのはずのこちらまで底冷えしてしまう。そこの言葉に対してビートは何も答えない。いや、答えられない。なぜなら彼の言葉を信じるのなら、彼は今までの経緯を何も憶えていないのだから。

 

(何も憶えていないってことは意識は別にあったってこと、もしくは意識を奪われた……かな?そこでキルリアとセイボリーさんだけが反応した。ってことはやっぱり……)

 

 改めて情報を整理した限り、どうしてもひとつの可能性にしかたどり着かない。もしこの予想が本当なのだとしたら、ビートはむしろ被害者だ。そのことを上手く伝えられたのならきっとビートの無実は証明出来る。けど……

 

(証拠がない……)

 

 それを証明する手だてがない。そしてそれ以前にこの予想が当たっているという確信もない。つまり、今のボクにできることは見守るだけ。

 

「……え〜っと、そうそう。ビートくん。まことに残念ですよ。あなたを拾って、スクールにも通わせて、未来あると思ったあなたが遺跡を壊すというガラルを愛していない行動をするなんて……」

 

(……この人)

 

 ローズ委員長の口から綴られるのは今回の事件を責める言葉。その言葉を受けるビートは何も言い返さない。いや、言い返せない。その事にも思うところはあるのだけど、それ以上に気になるところがあった。

 

(名前……憶えてなかった?それともド忘れしただけ……?いやでも、自分で推薦状を出した人の名前を忘れるなんてそんなことある……?)

 

 仮にもこの大きなイベントに挑むに足る実力があると自分で判断した人だ。推薦状を書くことの出来る数に上限があるかどうかは知らないけど、ローズ委員長直々の推薦状となれば数は少ないはずだ。なのに名前を憶えていない……そんなことが本当にあるのだろうか?小さい事だけど気になってしまう。ボクの悪い癖と言われたらそれまでなんだけど……今この瞬間のやり取りでボクのローズ委員長への印象はかなり悪くなっている。一度疑い始めたらなんだかローズ委員長の言葉が全て裏があるように見えてしまい、まともに聞くことができない。

 

(思い込みは避けたいんだけど……)

 

「追って処分を言い渡しましょう。ナックルシティにて、あなたのジムチャレンジ挑戦権を剝奪します……いえ、手続きだけならわたくしだけで十分ですね。あなたはこれから警察との話し合いもあるでしょう。そちらはわたくしの方で処理するので、あなたは安心してこちらでお話をしていてください」

 

(……それが自分が推薦した人への対応なのか)

 

 処罰としては妥当。特におかしなことを言っているわけでもない。けど、それ以上にボクが許せなかったのはローズ委員長の目。

 

 まるで最初から視界に入ってないかのような冷めた目。

 

 それが許せなくて、気が付けば前に歩き出しており……

 

「……あなたは動かないでください」

「ビート!」

 

 ビートにせき止められてしまう。きっと無関係なボクを巻き込みたくないのだろう。そんな彼の不器用ながらも確かにやさしい一面がボクに待ったをかける。こんなことを言われてしまってはますますボクにできることがなくなってしまう。

 

「あなたが集めてきたねがいぼしもこちらで回収させてもらいます、さぁ、こちらへ」

 

 オリーヴさんの一言でジムチャレンジのスタッフが動き出し、ビートからダイマックスバンドとねがいぼしを奪い取り、すぐにローズ委員長の下へ戻っていく。

 

「ではジュンサーさん。よろしくお願いします」

「かしこまりました」

 

 その言葉を最後に、両脇を警察に固められて連行されるビート。恐らくラテラルタウンの警察署へと連行された後は尋問が待っているのだろう。果たしてその時ビートがなんていうのか。それが心配でならない。

 

(罪を全部被る。なんて事しなければいいんだけど……)

 

「さて……オニオンくん。事態の収束に動いてくれてありがとう。君のような素晴らしいジムリーダーがいることを誇りに思いますよ」

「……いえ、ボクは……大好きなこの町を……守りたかっただけなので」

「だからこそです。改めてお礼を、ありがとうございます。そして、フリア選手、ユウリ選手、マリィ選手、ホップ選手、サイトウ選手、セイボリー選手、ソニア君。あなた方にも迷惑をかけてしまい申し訳ない。特にフリア選手に至ってはガラルの人間ではないというのに……」

「……いえ、気にしてません。大事にならなくてよかったです」

 

 もっといろいろ言いたい言葉があったはずなのに、ビートに止められたのが響いて動けない。今ここで動いたら、なんだか彼を逆に追い詰めそうな気がしてしまったから。

 

「さて、わたくしは先ほども言った通り、彼の資格剥奪の手続きのためにナックルシティに向かわなくては……これで失礼します。皆さんも、よきジムチャレンジを!」

 

 そう言葉を残したローズ委員長は踵を返して階段をゆっくりと降りていく。その足の向かう先には複数のアーマーガァが見えるあたり、タクシーですぐにでも戻ることだろう。ビートの資格が剥奪されるのもきっとすぐだ。

 

「……はぁ」

 

 ため息が一つ。

 

 何もできなかった自分に少し嫌気がさす。本当に何もできなかったのか頭の中でぐるぐると考える。けどどれもがたらればでしかないため永遠と答えが出ない。

 

「ねぇ、フリア、どうしてあんなにビートをかばおうとしてたの?」

 

 ボクが考えている間に場が落ち着いて行き、一人、また一人とこの場を離れていきとうとうボクたちだけになった時。ユウリがそっと聞いてきた。振り向けばここに残っているほとんどの人たちがそう思っていたみたいで、セイボリーさん以外は不思議そうな顔をしていた。確かにビートをよく知らない人にとっては……いや、ボクも詳しいと言えるほど長く付き合いがあるわけではないんだけど……それ以上にビートを全く知らないみんなにとってはボクの行動はかなり謎に見えるだろう。特にユウリなんかは相性が悪いせいか嫌っている節まであるし、ホップも苦しそうな顔をしているあたり少なくない因縁がありそうだった。そんな接点のあまりないみんなにとっては至極当然の疑問だ。その質問に対してちゃんと返す。

 

「ビートのことを詳しく知ってるっていうつもりはないけど……少なくともダイオウドウを操る前と後では全くの別人に見えたんだ。だから、もしかしたら何か大きな事情があるんじゃないかって……セイボリーさんもそれに気づいていたんですよね?」

「……」

 

 ボクの言葉にみんなの視線がセイボリーさんに集まっていく。対するセイボリーさんは無言。しかし、今この場ではその無言こそが肯定と見えてしまっていた。

 

「……そのことも込みで、この後お話しするということで構いませんか?」

 

 数秒してようやく口を開くセイボリーさんから聞かされたのは、もともとこの後ホテルに戻ってみんなでお話をするつもりだったのでその時に話させてほしいという事だった。恐らく短くない話になるからゆっくりくつろげるところで話したいという事だろう。

 

「……わかりました。あとでしっかりと聞かせてもらいますね」

「ええ、覚悟しておきます」

「……はぁ、今日はいろいろ波乱に満ちているわね」

 

 ソニアさんがボソッと呟いた言葉に皆で頷く。本当に今日一日で起きたイベントが多すぎて情報を整理し切れていない。それに、まだ遺跡の調査という一番の本題が達成されていない。もっとも、その遺跡も先の事件のせいで罅がかなり広がっており、ただでさえひどい落書きみたいな絵がさらに悲惨なことになっていた。

 

「……もう、これじゃあ読み解くも何もないわね」

 

 ソニアさんもそんな遺跡の様子に思わずうなだれてしまう。調べた結果無駄足でしたならまだましに聞こえるのに対して、調べる前から壊されましたじゃあ納得なんてできるはずがない。ソニアさんの気持ちも凄く分かるし、みんなも歴史に触れるのを楽しみにしていた節があったので残念そうな顔を浮かべていた。また少し重い空気が流れ始める。

 

「……っし!!確かに遺跡は残念だったけど、研究に足踏みはつきものよ!!さぁ切り替えて次の研究地点に行かなきゃ!!」

 

 しかしそんな空気を追い払う気持ちのいい音が鳴る。頬をバシッと叩いて気合を入れなおし、元気よく宣言するソニアさん。そんな彼女に元気をもらったみんなが自然と頬を緩ませていく。こういう時の切り替えの速さは本当にソニアさんのすごい所だと思う。どんなに暗い雰囲気でもあっという間に明るいものに変えてしまうそれは、ボクたちにもしっかりと伝搬しており、あんな事件があったというのにみんなの表情はだいぶ柔らかくなっていた。

 

「とりあえず今日はホテルに戻りましょうか。フリアたちの話も聞きたいし」

「ですね」

 

 ソニアさんの言葉に頷き移動を始めようとするボクたち。しかし、その足が一瞬で止まることに……

 

 ゴゴゴゴという地響きが再び聞こえ始める。

 

「な、なに!?」

「近くの手すりにつかまってください!」

 

 揺れる足場に戸惑っているボクたちにすかさず指示を出すサイトウさん。その言葉に従って近くの手すりにつかまって辺りを見渡すと、罅だらけになっていた遺跡の壁画に異変が起きた。ただでさえ大きくついていた罅がさらに広がっていき、地響きがさらに大きくなっていく。音の発生源である遺跡の壁画を見つめていくと、その罅がとうとう完全に広がりきって壁画を粉々に砕いて行く。自重を支えきれなくなった壁画がどんどん崩れ去っていき、飛び散る岩の破片をキルリアが防いでくれている中、壁画の奥に空間があるのが確認できる。巻きあがる土煙で視界が若干悪いものの、それもすぐに収まり完全に崩れ切って視界が明ける。

 

「……なに、これ」

 

 その先のものを見て思わずソニアさんが言葉をこぼす。その感情は言葉に出していないだけでここにいるみんなが思っていることだった。

 

 崩れ去った壁画の奥にあったもの。それは……

 

「……ポケモン?」

 

 まるでハクタイにある伝説のポケモンを彷彿とさせるような石像。

 

 剣と盾を携えた2匹の凛々しきポケモンがボクたちを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ビート

実機と同じくここでチャレンジ権剥奪。ですが実機とはちょっと展開が違いますね。
実機プレイした時も展開がちょっと急な気がしたので少し深堀を。

ローズ

実機以上にあっさりというか嫌味っぽくなってしまった気も……ただやっぱり名前をド忘れするのは個人的には引っかかってます。
話的には成長したビートの顔がうんたらかんたらみたいな話らしいんですけど、推薦状書いている人はそれでも忘れないのでは?と思ってしまったり、
もしかしたら私が想像している推薦状と形が違うのかもしれんませんね。

石像

こっちが多分本当の遺跡。
けど隠されて忘れられているってことはやっぱり現地の人もあの落書きを遺跡と思ってたということに……
う~ん……




色違いザシアン、ザマゼンタ配布されましたね。しっかり受け取ってきました。
どちらも名前通り、シアンとマゼンタ色が強くなってていい色でしたね。かっこよかったです。


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59話

アニポケで、サイトウさんがため口なのが個人的にすごく違和感を感じてしまった……間違いなく自分の書いているサイトウさんが敬語なせいですね。(厄介オタク)




「これは……ポケモンの石像……?」

 

 崩れ去ってしまった落書きのような壁画の奥に佇む、ポケモンと思わしき4つ足の生き物が2匹。そしてよくよく目を凝らしてみると、その2匹のポケモンらしき石像の後ろに貴族のような服装をしているように見える、王冠を被った2人の人間の姿も見受けられた。石像の大きさもかなりあり、ダイマックスしたポケモンぐらいの高さがある。そんな4つの大きな石像たちの中で1番目を惹かれるのは、やはり手前のポケモンと思われる2匹の4つ足の石像が咥えている剣と盾。その2つの存在感は、どうしてもガラルの伝説にある剣と盾を連想してしまう。

 

「ソニアさん……これって……」

「タペストリーと関連させたら、何か思いつきません?」

「わたしも今そう思ってた所……ちょっと考えさせて……」

 

 ユウリとボクの言葉に頷きながら、顎に手を当てて考えるソニアさん。物凄く集中しているのか、今から声をかけてもおそらく反応は帰ってこないだろう。

 

「なぁフリア、ユウリ。この石像……何か重要なものだったりするのか?タペストリーがどうとか言ってたけど……」

「タペストリーって言うと、ナックルシティの宝物庫にあるあれのことやんね?」

「あちらと何か関係が?」

 

 対して状況が未だに呑み込めていないホップたちは、そんなソニアさんの状態を見てボクたちに質問を投げかける。確かに、いきなりこの像だけをパッと見させられても何が何だか分からないだろう。状況の説明のため、ボクがナックルシティの宝物庫で見たタペストリーの話を、あの時見た絵柄を思い出しながら説明しようとする。

 

「えっと……説明すると……あ、でも宝物庫の中の事を簡単に喋らない方がいい気がする。……いいのかな?」

 

 そこまで口を開いて思い出すのは、そもそもあのタペストリーがキバナさんの許可の下じゃないと見れないという点。果たしてボクが好き勝手喋ってしまって良いものか。

 

「……その点については……大丈夫です。……実はあの場所、キバナさんのジムミッションの会場でもあるので……あの場所にタペストリーがあるのはみんな知ってますから」

「ワタクシも、絵の内容は憶えていませんがテレビで見たことはありますね」

「あたしがタペストリーがあるって先に言ったことがその証拠ね」

 

 そんなボクの不安も杞憂と思わせてくれる3人からの言葉。とりあえずは今ここでボクが喋っても問題ないということだろう。そう判断して、ボクはあの時見たタペストリーの絵を一つ一つみんなに教えていく。

 

 ねがいぼしを見るふたりの若者の絵。

 

 厄災が訪れ、困惑する若者たちの絵。

 

 厄災を追い払う、剣と盾を見つめる若者たちの絵。

 

 そして最後の、王冠を被っていた若者たちの絵。

 

 時系列も合わせて順番に説明したたため、多分みんなにはしっかりと内容が伝わったと思うんだけど……いかんせん口伝いなのでちょっと心配ではある。まぁ、しっかりと伝わってなかったらその度に補完をしよう。

 

「要はあのタペストリーはガラルの英雄伝説について描かれていたってことで合ってるか?」

「その認識で間違いないよ」

「ソニアさんは、あれは3000年前にガラルに王国ができた時の物語を伝えるものだって言ってたよね」

 

 ユウリの補足説明にみんながなるほどと言う顔をする。絵が飾られていることは知っていても、その絵の内容が何を表しているかまでは分からなかった、と言うよりも深く考えてなかったといった方が正しいのかな?確かに、絵の内容がどうとか、とか石像のモデルがどうとか言われている芸術作品って意識して見ないと特に何かを感じ取るのは難しい。言われてみればそう見えるかもとはなるけど、初見でいきなりそう判断できる人は多分居ないはずだ。

 

「でも、だとしたらおかしくないか?」

 

 そこで疑問の声をあげるのがホップ。今までの話を聞いてなにか思うところがあるようで。

 

「確かエンジンシティのスボミーインにも英雄伝説を象った石像があっただろ?」

「私たちがマリィと出会った場所のホテルだね」

「ついでにエール団もだね」

「……その節は申し訳なかと」

「あ、ごめん!!つい印象的で……」

 

 思い出すのはインパクトのあるあの出会い。個人的にはギンガ的なあいつらが脳裏を過っちゃうからどうしても忘れられなくて……実際にガラル第2鉱山では、ビートと撃退できたため大事には至らなかったものの、酷い妨害を受けちゃったし……ただ、マリィのこの反応見る限り、過激なファンという立場でしかなさそうにも見えるのでどう対処していいのかわからない状態だったり。まぁ、エール団のことを自分の応援団だって言っているマリィ本人が、一緒に過ごしててみていい人だと言うのは十分理解できたので、エール団のみんなも根はいい人なのだろうとは理解してるつもりだけど……これで実はやばい組織で、マリィのここまでの行動全部演技でした!!なんて言われたら人間不信に陥りそうだ。

 

 話しが脱線してしまったので、マリィに謝罪を言うと同時に頭の中を切り替える。

 

 マリィと出会ったスボミーインにて、ボクたちがソニアさんに説明されたのは黄金の英雄の像。あの石像も、ガラルの英雄伝説を表していると確かに教えてもらったけど、ホップが引っかかっているのはその石像の形についてだ。

 

「あの石像は1人だけだったし、そばにポケモンなんてもちろんいない。剣と盾だって、英雄と呼ばれていた男が1人で構えていたぞ?」

「……剣と盾を装備と言われると……1人で持つと考えるのが自然ですし……そう考えると、タペストリーやこの石像の……2人の若者の方が違う可能性もありませんか?」

「ごもっともな意見ね」

 

 ホップが指摘したのはボクがナックルシティの宝物庫でソニアさんとのお話の議題になっていた矛盾点。2つとも……いや、新たな石像が見つかったいま、この3つとも、同じことについて語られているのに内容が微妙に違う。ということはどちらかが間違っているということで、ホップとオニオンさんはどちらかと言うとスボミーインの石像が正しいのでは無いかという考えみたいだ。

 

 その言葉に対して待ったをかけたのが、考えをまとめ終えたと思われるソニアさん。

 

「2つの資料が手に入って、同じことについて書かれていない場合、基本的には正しいとされるのは年代が古い資料の方だと言われているわ。これは古い時代に作られたものの方が、当時のことを鮮明に記憶されている可能性が高いから。よくよく考えたら当たり前のことなんだけどね」

 

 ソニアさんの言っている言葉を例えるなら日記がわかりやすいだろうか。今日の出来事を明日書くか、それとも1か月後に書くかで、その日記の内容の質と言うのはかなり変わってくる。昨日のことなら覚えている人も多いだろうけど、1か月前のことを正確に覚えている人となるとその数は一気に減るだろう。その状態で日記を書けば、当然ながら日記の内容には差が出てきてしまう。そしてこれを1年後に読んだ場合、次の日に書かれた日記の方が当然ながら得られる情報は多いだろうし、一か月後という忘れているところも多い状態で書かれた方を読み返せば、間違っているところも抜けているところも多くなる。だからこそ古い方を正しいものとして判断しましょうという考えだ。

 

「だからまずはその考えに則ってスボミーインの石像、ナックルシティの宝物庫のタペストリー、そしてここ、ラテラルタウンにて新しく見つかった3つ目の遺跡がどの順番で作られたのか並べてみるわ。……本来ならここにターフタウンの地上絵も入れるべきなんでしょうけど……あれはブラックナイトのことに関するものだと思うから今回は除外しておきましょう」

 

 ソニアさんの懐から取り出されるのは宝物庫の中の写真……というか、正確にはそこで行われたジムミッションの切り抜きと、スボミーインの石像の写真。

 

「まず石像はスボミーインの設立と同時に作られたって言ってたからかなり新しいほうね。年数にしても、長くて数十年前のものってところかしら。つぎにタペストリー。こっちは3000年も前の出来事を残すために作られたと言われている。けど、途中で補修が入ったりしているから……確かに古いものだけど、その補修の過程で内容が変わっている可能性もゼロじゃない。……もしかしたら、実は今までの過程で補修できなくて廃棄されたタペストリーもあるかもしれないしね。そこを考えると、スボミーインの石像よりは古いかもしれないけど、流石に何千年も前ってことは無いでしょう」

 

 写真を指さしながら話してくれるソニアさんの説明は実にわかりやすい。みんな静かに、けど首は動かしてしっかり聞いていることをアピールしながら話に集中する。

 

「そして最後……今日日の目を浴びることになったこの石像だけど……これ、石像の状態からかなり古いことがわかるわ。それこそタペストリーなんかよりもずっと昔から。石の専門家ってわけじゃないから正確とまでは言わないけど……少なくとも、石の風化具合から見てもこの石像が英雄伝説に関して1番古い資料と考えて間違いないと思うの。ただ……」

 

 確かに、素人目のボクたちが見てもかなり古く見える。同じ石像として、このラテラルタウン入口にあるダグトリオの石像があるけど、そちらよりも昔に作られたように見える。タペストリーの時もそうだけど、昔の人はよくこういうのを作る技術があったなぁと感心してしまうほどだ。けど、ここに来てソニアさんの言葉が少し詰まる。そちらにみんなして顔を向けると、その続きをゆっくりと話し出す。

 

「ホップの言っていることも分かるのよね。なんでスボミーインの石像は1人しかいない上に剣と盾を装備している状態なのかしら?この石像が正しいのなら、剣と盾はポケモンを表しているはずだし……それに、この石像が壁画によって隠されていたことも。まるで……」

 

 誰かに隠されているみたい。

 

 言葉には出さなかったけど、ここにいるみんなが、次にくる言葉はそれだと確信していた。なぜ、未来に残すために作られたものをわざわざ隠す必要があるのか。これがどこかの神殿の1番奥とかなら、この石像を壊されないように守るためという理由が説明できるけど、こんな滅茶苦茶目立つところに作っているのに隠すのは意味がわからない。隠す必要があるのなら最初から作らなければいいだけなのだから。

 

「そう考えると、石像を作った人と壁画を作って隠した人は別の人……というか、別の陣営……?みたいな人たちが作った……とか?」

「と、考えるのが妥当かしらね。そのころから何かしらのしがらみでもあったのかしら……?それともこの歴史が正しく伝わると不利益を被る人たちがいた……?う~ん、この先は予測でしか話を立てられないわね」

 

 一体誰が何の目的で隠したのか。さすがにそこまでは分からないのでひとまず今はわかる範囲で考えよう。

 

「少なくとも、今日発見したこの石像のおかげでブラックナイトを解決した若者は2人いた説の方が濃厚なのはわかったわ。そして、恐らくブラックナイトを解決したのはポケモンも一緒の可能性が高いってこともね」

「フリアが宝物庫で挙げてた例の1つだ」

「流石、シロナさんの手伝い経験ありってところかしら」

「た、たまたまですよ……」

 

 ソニアさんとユウリから手放しに褒められて少し恥ずかしくなってしまう。これはハクタイシティの石像という前例があったからこそできた予想であって、ボクの頭がいいからとかそういう訳では無い。本当にたまたま運が良かっただけである。なのでこうも持ち上げられるとちょっとむず痒い。

 

「シンオウチャンピオンの手伝いをしていたというのは、傍から見ても凄いことです。誇っても誰も咎めませんよ」

「……ボクもその経験、とても羨ましいって……思います」

「サイトウさんとオニオンさんまで!?」

 

 意外な方向からの援護射撃にさらに恥ずかしくなってしまう。そんな周りの視線から逃げるように改めてポケモンの石像に視線を向けるボクは、心を落ち着けながらも少し懐かしい気分に浸っていた。

 

(こうやって伝説の一端に石像で触れるって、なんだかシンオウ地方と本当にそっくりで本当に懐かしいなぁ。あの子たちの石像のことを思い出すや)

 

 初めてあの石像を見た時も、その荘厳さに驚き、圧倒された思い出がある。結果としては2匹のポケモンが組み合わさっていた象だっため、間違った言い伝えにはなっていたものの、2匹の特徴はしっかりと捉えられていた。

 

(今回のポケモンも、この石像に似ていて凄いポケモンなんだろうなぁ……ってあれ?)

 

 そこまで考えてふと頭の中をあるものが過ぎる。それはボクがこのガラル地方に来てすぐの頃。まだユウリともホップとも知り合っていない時の話。マグノリア博士への届け物を渡すためにシュートシティから地下鉄に乗り、途中で止まったため下車して歩いて向かっていた時のこと。深い霧と鬱蒼と茂る森の中で迷いながらメッソンとウールーと出会ったあの日。アーマーガアに襲われて応戦しようと構えた時に聞こえた雄叫び声。それを上げた2匹のシアン色とマゼンタ色の4つ足のポケモン。

 

 シンオウで見た、あの子たちと同じプレッシャーを放っていたその存在。

 

 1度見たら忘れることなんて出来ないインパクト。

 

 石像のポケモンが咥えている盾が絶妙に邪魔をしており、ここからだとその全身は見えないけど間違いない。

 

「「「……あの時のポケモンに似てる……え?」」」

 

 確信からこぼれる言葉にシンクロする3つの声。驚きとともに顔を動かすと、どうやらその言葉はホップとユウリが発していたみたいで。

 

「やっぱりフリアもそう思ったよな!!」

「よかった。2人とも同じこと思ってて」

「うん。さすがにあんな強烈なことがあったんだもん。忘れないし、あの2匹の姿もしっかりと憶えているよ。それと見比べたら……本当にそっくりだ」

 

 ホップたちとの出会いにもつながる、言わば始まりの出来事なのに忘れるなんてそうそうできない。思い出せば思い出すほど、今目の前にあるあの石像と、あの時であったあの2匹のポケモンが同じ存在にしか見えなくなってきた。

 

「え、うそ!!フリアたちはもう会ってるの!?どこで!?いつ!?」

「そ、ソニアさん落ち着いて……」

 

 いきなりの重要情報に目を輝かせるソニアさん。そのあまりにも必死な迫力から3人そろって思わず苦笑い。興味津々なのはわかるんだけど圧が凄い。勿論隠すことでもないのでソニアさんにその時のことを話すのはやぶさかではない。ただ……

 

『お~い、あっちでまた崩壊音が聞こえたぞ!!』

『何々!?また暴れている人でもいるの!?』

『危ないので避難を!!』

 

「……一度ホテルに戻ってゆっくりできる環境を整えて話しましょう」

「ここじゃあ目立ちすぎて話しづらいぞ」

「……そうね」

 

 壁画が壊れた音につられて一度離れていった人たちがまた戻ってき始めた。そう遠くないうちに再びここの周辺はうるさくなることだろう。下手をすればボクたちが壁画に追撃を与えて崩壊させた犯人だなんて誤解される可能性もあるかもだし。……いや、オニオンさんがいるからその辺は大丈夫かな?ただ、どちらにせよ話ができるような環境ではないので、いったんホテルに戻る方が吉だろう。

 

 ミロカロスのこと、ビートのこと、そしてボクたちが見たあの4つ足のポケモンのこと。

 

(最初は一つだけだったのにどんどん話さないといけないことが増えていくなぁ……)

 

 今宵はなかなか長い夜になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~~……疲れたぁ……」

 

 あれからホテルに戻って総勢8人による大報告会を終えたボクは、気分転換もかねて夜のラテラルタウンへと足を運んでいた。夜もかなり深くなっており、街の明かりもほとんどが消えているそんな深夜帯。本当なら疲れを取るためにもしっかりと寝ておいた方がいいんだろうけど、なんだか寝付けなくてこうやって一人散歩をしに外へ出ていた。

 

「しっかしミロカロスの話をしているときのみんなの顔、面白かったなぁ……まさか、渋いポフィンやポロックを食べさせてうつくしさを磨いてじゃないと進化しないって誰も想像できないよね。シロナさんもよく見つけたと思うよほんと……」

 

 周りに誰もいないことをしっかりと確認してから、独り言をこぼしながらゆっくり散歩は始める。夜のラテラルタウンは、人口の光がほとんど姿を隠しているので空を見上げれば凄く綺麗な星空が広がっている。ゴーストスタジアムが近くにあることから、若干の幽霊的な恐怖感があるのかななんて思ったけど、むしろ幻想的なその風景は引き込まれるような綺麗さがあった。現に、空を見れば何匹かのゴースや、ゴーストたちが空を舞っているんだけど、それも演出の一つに見えてとても趣深いものがある。ラテラルタウン自体が沢山の崖を上った先にある、標高の高く邪魔な建物や崖、壁が少ないのも星空が綺麗に見える要因の一つかもしれない。

 

「綺麗な星空。シンオウ地方も星が綺麗に見える場所はあるけど……見える星座が違うからまた違った綺麗さがあるね……」

 

 こうして空を見て、自分の知っている星座と違うものが並んでいるところを見ると本当に遠くに来たんだなぁなんて改めて実感する。自分の家がある地方とは別のまったく新しい新天地。ジムの数的にもうすでに半分は歩いているのに今更になって実感するその事実になんだかおかしさが浮かんでくる。ボクがガラルにきてまだ一か月そこらと言ったところか。けど、ここで経験した出来事はとても濃密で、まだ一か月くらいしか経っていないのかとびっくりしていしまう程。今日はその中でもさらに濃密だったこともあってその思いはひとしおだ。

 

「オニオンさんと激闘をして、ミロカロスの進化に立ち会って、ガラルの歴史に触れて……」

 

 どれもこれもが大切な思い出だ。きっと何日たっても色あせることなくボクの記憶の片隅にとどまり続けることだろう。だからこそ……

 

「ビート……どうしているかなぁ……」

 

 彼のこともすごく気になるわけで……。

 

 まだ警察のところにお世話になっているのだろうか。それとも解放されて家に帰っているのだろうか。はたまたローズ委員長に意見するためにナックルシティに突撃しているのだろうか。せめて彼が危ない目に合っていなければいいなと願うばかりである。

 

 そんなことを考えながら散歩すること数分。気が付けばラテラルタウン内にある公園のバトルコート付近まで歩いてきていた。この場所は先日ボクがセイボリーさんと特訓をするために戦ったバトルコートで、よくよく見ればあの時のバトルによってついたちょっとした跡が残っている。綺麗に整備したつもりだったんだけど、まだちょっと残っていたみたいだ。

 

「う~ん……せっかく見つけちゃったし、ちょっとした暇つぶしもかねて整備しちゃおっか」

 

 思い立ったがなんとやら。さっそくコート整備のために近くにある道具をとりにいこうとして……

 

「……あれ?人?」

 

 バトルコート近くのベンチに誰かが座っているのが確認できた。月も真上に輝くこんな時間にいったい誰が何のためにいるのか。人のことは言えないけど、さすがにちょっと怪しいので確認するために近づいてみる。

 街灯もすべて消えており、想像以上に暗いためかなり近づかないとその人影の正体がわからず、気が付けばかなり近くまで接近していた。幸いにも相手がこちらに気づいている様子はないので、もし危ない人だった場合でも、気づかれた時にすぐに逃げることができるだろう。いつでも逃げることのできる準備だけはしておいてゆっくりと人影を確認する。

 

(……あれ?)

 

 ようやくその人影の輪郭がしっかり見え始めたあたりで改めて観察する。その人影は、クセのある白髪とちょうどピンクと紫の中間のような鮮やかな色のコートを着ていた。

 そのどこかで見たことあるような服装に、まさかと思い回り込んでその人を確認する。するとそこには……

 

「ビート……?」

「あなたは……フリア?」

 

 顔を伏せ、明らかに元気がなさそうなビートの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




歴史

たぶん古い資料の方が正しいことを言ってそうな気がする……
わたしは考古学者ではないので詳しくはわかりませんが……もちろん例外はあると思います。

剣と盾

普通に考えれば人間の武器なので一人で装備すると考えるはず。
スボミーインの石像も別におかしくはないと思ったり……

ミロカロス

今はアイテムを持たせて交換するだけで進化するので、剣盾から始めた人は知らないと思いますが、当初のミロカロスはポケモン専用のお菓子をあげて、「うつくしさ」というポケモンコンテストで使われるパラメータをマックスまで上げてレベル上げしないとミロカロスに進化しませんでした。
誰がわかるんだこんな条件!!って感じですね。
その点で言えば今作もそういうポケモン多かったですよね……ネギガナイトとか、デスバーンとか……条件分かっていても図鑑埋めるのに苦労しました……。
ちなみに、感想でもいただいたのですが、ほかにミロカロスを持っているトレーナーで有名な方に、ホウエン地方ジムリーダーのミクリさんがいますが、わたしのこのお話の中での想像では、ミクリさんはヒンバスから育てたのではなく、最初からミロカロスの状態で出会っていると考えています。
説明がなく、混乱した方もいらっしゃったと思いますので、この作品ではそう思っていただけたらと思います。
もしかしたら、シロナさんとミロカロスのお話をしているかもしれませんね。
他の媒体ではそのあたりどうなんでしょうかね?




ミロカロスの件で少しややこしくしたのはラプラスのお話を意識していたからだったり。
一度絶滅危惧とまで言われていたのが、保護されすぎて今度は増えすぎたという人間の影響を受けまくっているという背景もあるので、ちょっとその要素を出したくて取り入れています。
ミロカロスならちょっと想像しやすいと思うのですが……どうでしょう?


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60話

お気に入りが4桁の大台に乗りましたね。
誠にありがとうございます。
UAも100000超えてますね。
これからもまったり進めていきますのでどうぞよしなにお願い致します。


 初夏にさしかかろうとしているこの時期。それでも夜風はほんの少しひんやりとしており、格好に気をつけなければ風邪をひいてしまうくらいには気温は冷えている。そんな時に見かけたベンチに座る1人の影。その正体であるビートを見つけたボクは、一瞬固まってしまったものの、すぐに動き出し、ビートの横へ足を進める。

 

「隣、失礼するね」

「……」

 

 無言を肯定と受け取ったボクは、そのままするりと隣に腰を下ろす。3、4人ほどが腰掛ける事の出来るくらいの長さのベンチなため、ピッタリ隣同士という訳ではなく、適度に距離を取ったところに腰を下ろさせてもらった。

 

(さて……どうやって話を始めよう……)

 

 聞きたいことは山ほどあるし、話したいことだって沢山ある。けど、ビートに対して自分から話したいと思って話しかけたことは実は初めててで、今までの出会いも自分からいったことはなく、全て受動的だった。そのため隣に腰かけたクセにどのように話かけるのが正解なのかわからず、しばしば沈黙の時が流れてしまう。そんな現状にウンウンと頭を唸らせていると、意外にもこの沈黙をビートが先に破った。

 

「………どうしたんですかフリア。ぼくを笑いに来たんですか?」

 

 冷めたような、自虐の笑いを込めながら告げられた一言。その言葉には絶望やら皮肉やら諦めやら、様々な負の感情が込められており、聞いているだけで少し胸が苦しくなってくる。しかし、ここで感情に流されていては話が進まない。1つ深呼吸をして落ち着けてから、ゆっくりと、しかし明らかに今回の出来事の核心を着いた質問を問う。

 

「ビート……単刀直入に聞くね。……()()()()()()()()()()()()()()()?」

「っ!?」

 

 ボクが今回の事件でビートが悪いと思っていなかった理由。それはビートが誰かに操られていた可能性があったから。

 

 ダイオウドウの力を借りて暴れていた時点で少しの違和感はずっとあった。他者に対して冷たい態度をとるのが目立つものの、自分を拾ってくれたローズ委員長には絶対の信頼を置いていたのに、そんな委員長の立場が悪くなるようなことをわざわざするようにはどうしても見えなかった。

 

 ……結果としてはローズ委員長に対して不満感が募ってしまったけど、まぁ今はそこは置いておこう。

 

 慇懃無礼な態度が目立つものの、根は優しく、また聡明なビートがあんな行動をなんの脈絡もなく取り始めるのはやはりおかしい。そんな疑問がずっと頭に浮かんでいた時に見つけてしまったのがキルリアとセイボリーさんのあの表情。そこからほぼ間違いなく、ビートが誰かしらに操られている可能性があるという結論にたどり着いたという訳だ。

 

 エスパータイプ……いわゆる超常現象と呼ばれるものは、他のタイプ以上にその人に適正があるかどうかがかなり色濃く出る種類のタイプだ。現にエスパータイプに適性があり、手持ちをエスパータイプで固めているセイボリーさんは、彼自身も軽いものではあるけどサイコキネシスを使うことが出来る。話を聞く限りだと、ビートも何か出来るみたいだしね。そしてこういった何かしらの能力を持っている人たちは同族や、同じ力についての耐性、及びサーチ能力的なものも一緒に備わることがほとんどだ。簡単に言えば、類は友を呼ぶ、とか、同じ力を待ってる人は惹かれ合う、とか、正確にはちょっと意味は違うものの、近くで能力が発動されたり、強い力が発生していたりすると、そういう力を持っている人は感じ取りやすい傾向にある。実際に、キルリアとセイボリーさんがいち早く気づけたのはそういう背景があるからだ。この辺りはシンオウ地方を旅していた時も、手持ちにエスパータイプの子が1匹いたという経験から来ているもので、色んなところでお世話になった過去が生きている。ホテルでセイボリーさんとキルリアから聞いても、やはり催眠術や、暗示といった何かしらの力が働いているのは確実という話を聞けた。専門家が言うのだから間違いは無いはずだ。だから真っ直ぐに聞く。きっとビートの性格を考えたら、変に遠回しに聞いてしまうと誤魔化されてしまいそうだから。

 

「……」

 

 その問いに対してすぐに答えずに黙ってしまうビート。この無言の時点で先ほどの事件がやっぱり操られてたことによって引き起こされた事件の証明にもなっていると思っている。もし彼が自分の考えで行っているのだったら、彼の性格上自信を隠すことなく発言するだろうから。

 

「一体、誰が君を……」

「なぜ……」

 

 同じ質問をしようと口を開いたところでビートにさえぎられるボク。彼の言葉を聞くためにおとなしく黙っていると、ゆっくりと続きをしゃべりだす。

 

「なぜ、そこまでしてぼくに非がないと信じ切るんですか……」

 

 開かれた口から述べられたのは疑問。

 

「あなたは、なぜ毎回ぼくに味方するんですか。ガラル鉱山であなたはぼくの行動をしっかり見ていたはずです。嫌われるには十分の理由……現にユウリ選手はぼくを嫌っています。なのにあなたはガラル第二鉱山でも、今この時でもぼくを信じている。ローズ委員長でさえぼくを見限ったというのに……なぜ……」

 

 ビートからの言葉の内容はどこまでもボクを疑うもので、だけどその表情はとても悲痛なものだった。彼の立場で考えれば、あれだけ信じていた人にこうもあっさり裏切られた……いや、彼自身も、ローズ委員長の最後の目を見て、最初から信用されていなかったと気づいてしまった今、間違いなくその心は荒んでいるはずだ。信頼している人からの裏切りの絶望度は……ボクが一番知っているつもりだから。

 

(何なら、人によってはボクが裏切っている側にも見えるから……)

 

 頭をコウキの影が過るが今は関係ないのですぐに頭を切り替える。

 

 間違いなく、今が一番追い詰められているであろうビートに対して掛ける言葉を頭の中で必死に考える。こんなにも疲弊しているビートに対して万が一にも間違った言葉をかけるわけにはいかない。彼を慰める言葉はしっかりと煮詰めなくてはいけない。数秒間、必死に頭を回して何とかその言葉を見つけて組み立てていき、これで大丈夫だと判断してようやく口を開く。

 

「ビート……ボクは━━」

「これはこれは!!今や時の人であるビート選手とフリア選手ではありませんか!!」

 

(ああもう!!本当に今日はよく言葉を遮られる日だね全く!!)

 

 ここまで来たらもはや狙っているとしか思えないタイミングで言葉がさえぎられる。正直ボク自身、自分のことを自分で言うのは変と思いながらも割と温厚な方ではあると思っている。けど、そんなボクでも少しイライラを隠すことを忘れるくらいには感情的になりながら振り返ってみると、そこには紳士服のようなぴっしりしたように見えて、色合いが紫色が多めの配色なため物凄く胡散臭く見える服に身を包んだ男2人組がいた。その怪しさたるや、見ただけでどことなく嫌悪感というか、忌避感というか……とにかくマイナスの印象が強く押し付けられるその雰囲気に、ボクのイライラがますます募っていく形となる。けど……

 

(あの服の雰囲気……なんか親近感というか、見慣れている感を感じるのだけがなんとも……)

 

 胡散臭さの中にある確かな既視感。いや、その既視感の正体だってわかっている。今になってどうして()があんなにも悲しそうな、そして悔しそうな顔を浮かべているのかがわかってしまった。

 

「……あの、ボクたちに何か用でしょうか?」

 

 頭の中で結論は出つつも、ビートはもちろん、目の前の2人も放置するわけにはいかないのでひとまず対応する。一度深呼吸をして心を落ち着けるのも忘れない。ボクの予想通りの相手かもしれないけどあくまで相手は初対面かつ年上の相手だ。最低限の礼節はわきまえておかないとあと後めんどくさいかもしれないしね。それに、落ち着いておかないと冷静な判断ができなくなる。それに万が一の可能性でも勘違いの人という可能性もあるしね。

 

(今はまだ、熱くなるときじゃない)

 

 そんな嫌な雰囲気を何とか隠して対応するボクに対して、2人組の片割れがこちらに歩み寄りながら声をかけてくる。

 

「そんなに警戒しないでくださいな。わたくしの名前はカーション」

「そしてわたくしはネーションと言います」

「「以後お見知りおきを」」

「……どうも。ボクはフリアです」

 

 丁寧に自己紹介をしてくれたのでこちらも返してみるものの、正直2人とも仮面タイプの黄色いアイマスクをつけていたため素顔がわからず、はたから見たら双子と同じように見分けがつかない状態だ。もしかしたら名前が似ているところから本当に双子なのかもしれないけど、どっちにしろ見分ける方法がないことに変わりはないので面倒だからカーネーションコンビと呼ぶことにしよう。……長い、カネコンビでいいや。

 

「それで、もう一度聞きますけど何の用事ですか?」

「わたくしたちは彼をスカウトしに来たのです」

「……スカウト?」

 

 ますますもって怪しげなその単語にボクの中で警戒度が一気に上がる。こんな時間帯に衰弱している人のもとに赴いて行われる勧誘なんて絶対ろくなことにならない。ここは絶対に譲れない場所だ。

 

「ええそうです。わたくしたちも先ほどの遺跡での事件の一部始終を見させてもらっていたのですが……」

「ローズ委員長のビート選手の扱いに怒りを覚えているのです!」

 

 ボクの後ろでびくりと反応するビート。あの時の情景がフラッシュバックしているのか、さらに落ち込んだように首を下に下げていく。そんな彼の反応を知ってか知らずか、カネコンビの言葉はまだまだ続く。

 

「仮にも自分が推薦し、ここまで導いてきた選手に対して行うような仕打ちとは思えません!!」

「これではローズ委員長のために頑張っていたビート選手が不憫で仕方ありません!」

 

 2人の口から告げられるのは先ほどボクも感じてしまったことについて。そのせいか少し批判しづらいけど、なんとなく、彼らにだけは言われたくない。そんな気分になっていた。

 

「ローズ委員長があなたにねがいぼしを集めることをお願いしていたときいて、そのために尽くしているあなたに対して感動した我々がせっかく手を貸したというのに……」

「なぜローズ委員長はビート選手に対してあのような対応を取ってしまわれたのか……我々には理解できません」

「手を貸した……?どういう……」

 

 彼らの言葉に思わず聞き返してしまうボク。そんなボクに対して、2人が口元を少しゆがめながら答える。

 

「簡単な話ですよ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とビート選手に教えただけです」

「わたくしたちが感じた膨大なあのエネルギー……さぞたくさんのねがいぼしがあったに違いありません!!」

「やっぱり……お前たちが……っ!!」

 

 拳に力が入っていく。

 

 今の言葉で……いや、正直姿を見た時点でほぼ確信はあったけど……間違いない。こいつらが……

 

「お前たちが、ビートに催眠術をかけて操った黒幕なんだね……」

「催眠術?操る?はて、何のことやら……」

「我々の善意をそのように言われるとは心外ですね……」

 

 表情……はわからないけど、少なくとも口元は一切変えることなく告げられたその言葉は明らかに嘘にしか聞こえない言葉。今この状況で信じられるわけがない。絶対にこいつらが犯人である。しかし同時にだからこそ動けないでいた。

 

(この状況……まずいね……)

 

「そんなかわいそうなビート選手にいい提案があるのです。我々の下へ……エスパージムへ来ませんか?」

「あなたの過去を聞きました!どうやらあなたはエスパータイプに対してものすごい適性があるみたいではありませんか!!」

「我々ならあの非道な委員長のようにあなたを扱いません!!」

「ぜひ!我がエスパージムへ来ませんか!?」

 

 どうやら最初から彼らの目的はビートの勧誘だったみたいで。これが正規の方法だったり、誠意のみられる誘い方ならボクは喜んでビートの背中を押したと思うし、ビートだって心置きなく向かうことがもしかしたらあったかもしれない。けど、人をだまして陥れ、こんな方法で勧誘する人がいるところに送り込んであげられるほど人ができてなんかいない。だからなんとしてでも、今ここでビートを守りたいんだけど……

 

(ボク自身にはエスパータイプへの耐性なんて一ミリもない……)

 

 エスパータイプに適性を持つ超能力使いは、能力を持つと同時にある程度のエスパーに対する耐性も持ち合わせている場合が多い。簡単に言えば、超能力が使える人たちには催眠術や暗示が効きづらい。ポケモンバトルでもエスパータイプ同士の攻撃はいまひとつなあたり、そのことを予想することはできるだろう。しかし、耐性のあるはずのビートが催眠術をかけられてしまい、あんな行動をとってしまっているということは、彼らにはビートの耐性を貫通するほどのエスパー能力を兼ね備えているということになる。ボクみたいな一般人でできる対策と言えば、エスパータイプのポケモンに守ってもらうくらいしかない。ボクの場合はキルリアになるんだけど……

 

(今から展開して守ってもらうじゃあ絶対に間に合わないし、たとえ間に合ったとしてもボクのキルリアで勝てるかどうかがわからない)

 

 キルリアの実力を疑っているわけではなく、単純にエスパージムのジムトレーナーと思われる2人に、そしてビートを術にかける力を持つ二人にキルリアだけでしのぐということが純粋に難しいという事。相手はエキスパートでこちらは一般人。エスパータイプと戦った経験がないわけではないけど、そもそも超常を持っている人自体がかなり珍しく、普通に過ごしていたら出会うことがないため戦い慣れていないというのもある。そんな状態で勝てると自信を持てるほど楽観しているつもりもない。じゃあビートに助けを求めるかというと、今の無気力でどん底状態となっている彼に力を借りれるとは到底思えない。

 

 ……とどのつまり、ボクの取るべき行動は一つしかない。

 

(どっちみち出さなきゃ無抵抗でやられるだけだ……ならせめて!!)

 

 時間を稼ぐ。

 

 腰のボールに手を当ててキルリアを呼び出そうとして……

 

「おっと、邪魔はさせません……カラマネロ」

「ッ!?」

 

 カネコンビのどちらかの声と同時に目の前にさかさまの状態で現れたカラマネロと目があってしまう。

 

(しまっ!?最初からポケモンを外に出した状態でボクに近づいて……っ!!)

 

 カラマネロの放つ発光体には人やポケモンを催眠状態にし、自分の思いのままに操ることができるという効果がある。そして、目の前に急に現れたことによって驚いてしまい、硬直してしまったボクにこの光をよけるすべはない。仮にここで慌てて目をつむることができれば、発光体そのものは避けることができるかもしれないけど、その場合はカラマネロからの直接攻撃が来てゲームオーバー。既にボクは詰みの状況に立たされていた。

 

(くそ……ごめん……ビート……)

 

 目の前でカラマネロが怪しく光りだし、その光に意識を持っていかれそうになっていく中、ボクの頭の中に浮かぶのは謝罪の言葉だけ。

 

 もっと早く気付くことができれば……

 

 後悔が頭の中を渦巻く中、ゆっくりと意識は沈んでいく。

 

(この後、ビートはどうなっちゃうのかな……ひどい目に合わないと……いいな……)

 

 せめてビートだけでも無事に。そう思い、ボクは意識を手放し……

 

「フーディン!ヤドラン!『シャドーボール』です!!」

「ッ!?」

 

 目の前からカラマネロが弾き飛ばされて一瞬で意識が戻ってくる。そのことを自覚した瞬間急いで頭を振って沈みそうな感覚から抜け出し、すぐさまキルリアを展開する。急に覚醒したことによってまだ少しくらくらする頭を何とか支えて周りを確認する。

 

(危なかった。何とか危機一髪で助かった……けど、いったい誰が……)

 

「大丈夫みたいですねフリア。間に合ってよかったです」

「あなたは……」

 

 体の調子を取り戻している最中に聞こえてきた声の方に顔を向ける。するとそこには、シルクハットと長い金髪が特徴的な青年……

 

「セイボリーさん!!」

 

 いつもよりもはるかに心強くボクの瞳に映ったセイボリーさんが、ボクの前に立ち、カネコンビと相対していた。

 

「あまりにも帰りが遅いので心配しましたよ。まさかこうなっていたとは……」

「助かりました。ありがとうございます」

「おやおやこれは……?」

「……」

 

 こちらに顔を向けながらも警戒を欠かさないセイボリーさん。そんな彼を見て、目の前の二人組はここに来て初めてその口元を大きくゆがめ、にやにやとした顔を浮かべ始めた。

 

「これはこれは、未来のエスパージムを担うと()()()()()()()()()()()()()()()()ではありませんか!」

「こんなところで会うとは奇遇ですね~、いやいや、先ほどのオニオンさんとのジム戦は実に惜しかったですね~」

 

 皮肉感を消すことなく言い放たれるその言葉から、やっぱりカネコンビの服装の既視感はセイボリーさんと関係があったからだと再認識した。どうやらこの服装はエスパージムのトレーナーがよく来ている服装らしい。

 

「……御託はいいのです。なぜ、このようなことをしているのですか」

 

 静かに、小さく、けど確かに怒りをはらませながら放たれたその言葉。セイボリーさんからしてみれば、同門が犯罪に手を染めているという現実に怒りを隠せない。とかそんなところだろうか?

 

(にしてはセイボリーさんの表情も……少し変な気が……)

 

 ただ怒るだけなら表情を怒りに染めるだけなのに、対してセイボリーさんはどうも相手がこんなことをしている理由も既にわかっているように見える。その予想が当たっていたのか、次にカネコンビの口から放たれるのは明らかにセイボリーさんの過去に、そして核心に触れるものだった。

 

「なぜ……ですか?それはあなたが一番よく変わっているのでしょう?セイボリー坊ちゃん?」

「簡単な話ですよね?あなたが逃げさえしなければ我々は次のジムリーダー候補をこうやって探す必要もなかったのですよ?」

「……え?」

 

 セイボリーさんが逃げた。

 

 その言葉の意味が分からなくて一瞬固まってしまったものの、すぐに頭の中によぎっていくカブさんとの会話。

 

 カブさん曰く、セイボリーさんはエスパータイプのジムリーダーの家系の一人なのに、確かジムチャレンジへの招待状は違う人から出してもらっている。その事と変な噂が流れていることからカブさんは何かがあるのではないかと危惧していた。ボクの記憶が正しければ、セイボリーさんにジムチャレンジへの推薦状を出したのは旧チャンピオンの人のはずだ。

 

 では、どうやって旧チャンピオンのところまでセイボリーさんは移動したのだろうか?

 

 どうやってそんな凄い人との関わりを持つに至ったのだろうか?

 

 もしあの2人組が言う通り、セイボリーさんが家から逃げたというのならどうしてそういう結果になってしまったのか。

 

 ボクとセイボリーさんのかかわりは決して長いとは言えないし、知らないことの方が当たり前だけど圧倒的に多い。そんな彼の過去。

 

「セイボリーさん……?」

「……」

 

 ボクの言葉に答えずに、ただひたすら前を向くセイボリーさん。

 

「ねぇ?腰抜けのセイボリー坊ちゃん?」

「ねぇ?問題児のセイボリー坊ちゃん?」

「……」

 

 カネコンビからの言葉にも反応を返さない。それがとても苦しくて、ボクも動けなかった。本当に、いったいどんな過去が彼にあったというのか。この二人とどれだけの確執があるのか。そして、彼の実家との、どんな問題があったのか。きっとボクの予想なんかよりも大きな問題があるはずで、とてもじゃないけど簡単に支えるなんてできそうになくて。でも……

 

「ええ、そんな過去もありましたね……ですが……」

 

 シルクハットのつばを触りながら、こちらを見るセイボリーさんの表情は、どこか穏やかで。

 

「少なくとも今は……素敵な友人に恵まれたこともあってか……」

 

 ボクの肩にそっと添えられた手は暖かくて。

 

「今のワタクシは、あなた方に負けるつもりがなぜか微塵も湧いてこないのですよね」

 

 彼の声は、どこまでも明るく真っすぐだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カネコンビ

黄色いアイマスク。
カーション+ネーション=カーネーション
黄色のカーネーションの花言葉、『軽蔑』

カラマネロ

悪役としてとても配置しやすいポケモン。アニメでも某フラダリ団(?)の幹部が使ってましたね。
こういう悪役に向いているポケモンはかなり登場させやすいです。

セイボリー

彼の過去がここにきて関わってきます。
ラテラルの夜はまだまだ長いですよ。
何気にフーディンに進化していますね。恐らくあのメンバーのうちの誰かが交換をしてくれたことによって進化したのでしょう。さっそくフリアを救ってもらいました。
渋いかっこよさがありますよね。




どうでもいいことなのですが、匿名投稿を解除しました。
特に意味はありません。
しいて言えばいざという時の急な連絡ができないのを不便に感じたからでしょうか。
コロナワクチンの時がいい例ですね。
ほぼ使うことは無いと思いますけど……緊急のお知らせがあれば活動報告を使うかもしれません。本当にまれだと思うので気にする必要はやっぱりあまりないかと……
この作品を楽しむぶんには今までと何も変わらないので、これからもよしなにお願いします。


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61話

いよいよ来週なんですね。
楽しみですね。ダイパリメイク。


 ワタクシは生まれた時から進む道を決定されていた。

 

 エスパータイプのジムリーダーを排出している家系に生まれたワタクシは、小さい頃から英才教育を受け、未来にエスパータイプのジムを継ぐことを決められていた存在だった。ワタクシに兄弟等が存在しなかったというのも大きなところかもしれませんね。

 

 そんなワタクシの幼少期なのですが……お恥ずかしいことに、歴代の誰と比べてもワタクシには才能がなかったのです。エスパータイプのジムリーダーたるもの、ポケモンバトルが強いのはもちろんのことですが、トレーナー本人も至高のサイキッカーたれ。これがエスパータイプのジムリーダーに求められるものだったのです。

 

 ですが……

 

『なぜお前はこんなにも教えているのにテレキネシスしか……それもこんな低い出力でしか行えん!!』

『たかがボール1つ浮かせることができただけで舞い上がるな!!』

『私がお前くらいの時はもっといろいろできたぞ!!』

『お前は歴代1の落ちこぼれだ!!』

 

 本来、テレキネシスはもちろん、テレパシーや浮遊、果ては短距離だけとはいえテレポートすらして見せた歴代の方たちがいた中、ワタクシができたことはモンスターボールを浮かせることだけ。それもワタクシにとってはかなりの集中力を使うもので、少しでも動揺するか、体から離れてしまうとすぐに制御出来なくなってしまい、地面に落ちていく始末。幸い、ポケモンバトルに関しては幾ばくが才能があったみたいで、ジムトレーナーの方たちとも手合わせをしている中、勝率は高くはなかったですが低くもなかったのです。ですが、ここはエスパータイプのジム。求められるのはポケモンバトルの強さだけではありません。故にワタクシのジムでの立場は全くありませんでした。

 

『おい、あいつ……』

『ああ、歴代1の凡人だとか……』

『いいよなぁ、家系ってだけでジムリーダーになれて』

『オレたちの方がサイキックの出力もポケモンバトルの実力も高いのに悔しいよな』

 

 家族以外からも聞こえてくるワタクシを陰から戒める言葉。当然、最初は悔しくて悔しくてたまらなくて、見返してやるといった反骨精神から努力をさらに増やして、ポケモンバトルの腕も磨いて頑張っていました。しかし、ポケモンバトルの腕はともかく、一向に上がらないサイキックの出力。その事にただただイライラしていた時、事件は起きました。

 

 それはエスパータイプのジムトレーナーであるカーションとのバトルでの話。

 

 サイキックで才能がないとわかったワタクシは当時、ポケモンバトルだけでも強くあろうと思っているときでした。実際にそのころまで成長したワタクシはジムトレーナーの大体の人には勝ち越し始めていましたし、それ相応の実力だったと自負しています。そして、今回戦うこの人に対しても余裕で勝てるだろうと、一種の驕りを見せていました。

 

 しかし、結果は惨敗。

 

 惜敗どころか、手も足も出ない完封状態。

 

 ここで、ただ負けるだけで終わらせて、次勝つために特訓だとなれば良かったのですが、身内からの扱いと周りからの陰口、そして何より才能のない自分への怒りがついに爆発してしまったワタクシは、あろうことかワタクシ自身のサイキックにてカーションを攻撃してしまったのです。ワタクシの出力不足なことと、彼のサイキックの才能の高さゆえ、彼に怪我こそ負わせることは無かったのですが、その事実がさらにワタクシの神経を逆撫でしてしまい逆上。と同時に暴れてしまったのです。

 

 人に向かってサイキックを発動するのは人として絶対にやっては行けない、法にも触れる大罪です。当然、ワタクシはそのバトルの後に大目玉をくらい、そして……

 

『貴様は我が家系の恥だ!!今すぐここから出ていけ!!』

 

 ワタクシはエスパータイプのジムトレーナーを破門になりました。追い出され、途方に暮れ始めたところでようやくワタクシがしでかしたことを理解した時には既に何もかもが手遅れで、自暴自棄にすらなっていました。

 

 そんなワタクシの下に、当時よりワタクシの相棒だったヤドンが1枚のビラを持ってきてくれました。

 

『……ヨロイ島の……道場?』

 

 行くあてもなく、やることも無くなったワタクシは、そのビラを片手に、旧チャンピオンが経営している道場へと、足を進めるのでした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……確かにあのころのワタクシは未熟も未熟……今でこそマシにはなりましたがほんとに酷い有様でした。ですが、その道場に入ったことで転機が訪れたのです」

 

 セイボリーさんの口から紡がれる彼自身の過去のお話。その内容にボクもビートも口が動かない。想像以上に辛いその過去が、普段の飄々と、そして少し胡散臭いテンションだった彼から想像が出来なかったから。人は見た目にはよらないとは言うけどそれにしたって極端な気がする。人によっては今この場にいるまでに心が折れてしまってもおかしくはないはずだ。

 

「勿論、道場に入ってすぐの頃は変わらず荒んでいましたよ。道場の主である師匠が、聞いていた話と全然違って弱そうでしたし、特訓にも全く身が入らなかったです。道場の人たちが強くて勝てなかったのもありましたけどね」

 

 それでも今、こうして彼はここにたっている。それだけ大きな挫折をしてもこうやって今、ボクを助けてくれている。その姿がセイボリーさんの背中をより大きく見せてくれた。

 

「そしてその後も、フリアたちと出会い、こうして一緒に旅をしていく中で確かに成長できたのを実感するのです。勿論、さらなる強敵に心が折れそうなこともありましたが……」

「セイボリーさんは十分強いですよ。ボクが知ってます」

「ワタクシはまだまだですよ……少なくとも、あなたたちに追いつくくらいでないと……」

「……え?」

 

 そっと呟いた、けど確かに耳に届いた彼の言葉に驚くボク。

 

(ボクたちに追いつく……)

 

「そのためにも、まずは彼らを退けなくてはいけませんね」

「ほぅ……わたくしたちに勝てるおつもりで?」

「あの日逃げ出した相手に勝てるおつもりで?」

 

 ニヤニヤと口元を歪めながらカラマネロと、さらに追加で呼ばれるシンボラーを構えるカネコンビ。その姿を見て慌てて頭を振り、すぐに戦う準備をする。確かにセイボリーさんはかなり強くなっている。けどさすがに2人同時に相手は……

 

「フリア、ここはワタクシに全て任せていただきたく」

「で、でも……」

「大丈夫です。あなたたちを超えるという目標ができたのに、ここで苦戦するわけにはいきませんから。それに……」

 

 セイボリーさんの腕が思い切り振り上げられ、サイキックの波動がフーディンとヤドランに伝わっていき、2匹との間に何かがつながったように見えた。瞬間……

 

「ディン!!」

「ヤァドッ!!」

 

 フーディンがシャドーボールをシンボラーに対して、そしてヤドランはカラマネロに対してシェルアームズを放ち、2体とも一撃のもと吹き飛ばす。

 

「ワタクシだって成長しているということを、ちゃんとこの2人にもお見せしないといけないので……」

 

 セイボリーさんの口は一切動いていないのに発動された2つの技。それが表す意味は一つしかない。

 

「なっ、テレパシー!?」

「お、お前はサイコキネシスしか使えないはず……」

「ワタクシだってただ足踏みしているだけではないのです。と言っても、こんなふうに腕を動かしたりしないと伝えられないうえ、射程もまだまだ短いのですが……今のあなたたちを追い返すのならこのくらいで十分です。……もう、ワタクシの友人に手出しはさせません。さぁ、わかったのならお帰りなさい!!」

「「くっ……」」

 

 恐らく本来ならカラマネロもシンボラーも耐えることのできた攻撃。しかし、ふいうちのような形で攻撃を受けてしまったことと、急所を打ち抜いた正確な一撃だったため想像以上のダメージが入り、耐えきることができなかったのだろうと思われる。今セイボリーさんが放てる最高火力。それは確かに、彼の過去の壁を打ち抜いた。

 

「……今日のところは下がりましょう」

「……これはご報告しなければ」

 

 セイボリーさんの言葉を聞いて後ろに下がるカネコンビは、そのまま音もたてずにその姿を消した。恐らくテレポートによる離脱だろう。となるとカラマネロ以外にも外にだして控えさせていたポケモンがいたのかもしれない。まさかシンボラーとカラマネロの2匹だけで彼らの全力ということもないだろう。

 

(向こうが引いてくれて助かったのはこっちの方だった可能性もゼロじゃないね)

 

 まぁ、その控えの子が闘いに出てきた場合はさすがにボクも参戦する気だったけど……ひとまず乗り越えることができてよかった。ビートも無事だ。

 

「ありがとうございますセイボリーさん。助かりました」

「ウルガモスの時のお返しですよ。恩を借りたままというのは嫌ですので。……あなたにはもっとたくさんの恩を借りているのですべて返すのは骨が折れそうですがね」

「そんなに何かした憶えは……」

「ガラル第二鉱山で助けられ、ウルガモスとの戦いでは守ってもらい、ここのラテラルスタジアムやエンジンスタジアムでは挑む前に模擬戦やアドバイスを貰って……これで何もしていないというおつもりで?」

「どの場面もボクだけのちからじゃないですよ?」

「ですが、中心人物があなたであることに変わりはない」

「そう……かな……」

 

 自分の中ではウルガモスの時はサイトウさんがいないとパワーが足りなかったし、セイボリーさんがいないと崩しのきっかけが作れなかった。そしてユウリがいなかったらとどめにつなげることができなかった。それにガラル鉱山の件だってボクははぐれていただけだ。

 

「ま、ここは素直に受け取っておいてください」

「……はい」

 

 本当はまだまだ否定したいことがあったんだけど、頭によぎったのはサイトウさんにも言われた素直に受け取ること。ここまで言われてしまったからには受け取らないと失礼だ。だけど気になることが一つ。

 

「セイボリーさんの追い付くって……それはどう言う……」

 

 うぬぼれでなければ、その対象はボクのように聞こえた。けど、ボクはそんなに前を走っていた憶えがなくて……

 

「ああ、そのことですか。それは……少し言いづらいのですが、サイトウさんとあなたの会話を聞いてしまってですね」

「もしかして……ラテラルスタジアムの中を歩いていた時の……」

 

 セイボリーさんから語られたのはボクの挑戦が終わって、ユウリの挑戦を見学しに行くまでの間のこと。ボクの過去をほんのりと語ったあの場面。ちょうどその部分を聞いていたみたいだ。

 

「えと……個人的には黒歴史だからちょっと恥ずかしいですね……」

「だからこそ、です」

「え?」

 

 顔を上げると真っすぐこちらを見るセイボリーさん。その目はいつも以上に真剣で。

 

「ワタクシよりもずっと年下で、なのにワタクシよりもずっと強い人が、それでも壁にぶつかり、挫折を経験して、それでもなお前を向いてこんなところまで一人で戦いに来ているのです。……そんな話を聞いてしまったら、ワタクシも前を向いて行かなければ、格好がつかないではありませんか」

「セイボリーさん……」

 

 そんなふうに思われていたとは思わなかった。せいぜいがちょっともてはやされている少年くらいにしか思われていないと思っていた。でも、こう思われていることが、少しうれしかった。

 

「最初は嫌な人から逃げるためにあなたにくっついて行くというなんともお恥ずかしい出会いでした。ですが、今は超えるべきひとつの壁として、あなたに出会えてよかったと思っていますよ」

 

 その言葉にボクが微笑んで頷くと、セイボリーさんも微笑みながら頷いてくれた。ぼくとの話が一区切りついたセイボリーさんはそのままビートの下へ足を運ぶ。

 

「あなたに対しても謝罪を。破門された身とはいえ、元同門のものが迷惑をおかけしました。謝って済む問題ではありませんが、ワタクシから誠心誠意の謝罪を」

「……あなたは、ボクがあなたに対してやったことを忘れたというのですか」

 

 謝罪をしたセイボリーさんへの返答としてビートの口から告げられるのはガラル鉱山にてボクたちも見かけたあの戦いの終わり。才能がないとまで言ったファーストコンタクト。ユウリがビートを嫌っている理由でもあるあの場面。先ほどセイボリーさんが言っていた、嫌な人から逃げるための口実というのはビートのことを指していたのだろう。となれば、今ここにこうやってセイボリーさんが立ち向かって話すだけでもなかなかの勇気がいるはずだ。けど、ここでもセイボリーさんの目は一切揺るがない。

 

「忘れてなどいませんよ。あなたに完膚なきまでに負けて投げかけられた最低な、そして何よりも正確にワタクシを表している言葉。それを聞いたとき、ワタクシはあなたを呪いたくなりました」

 

 セイボリーさんの過去を聞いてしまった今、才能がないという言葉は彼の心をえぐる言葉でしかない。そんな言葉を初対面で言われたら間違いなくその人のことを憎んでしまいたくなる。それは一緒に過去について聞いていたビートにももちろんわかっている。だからこそ……

 

「と同時に、フリアたちと冒険をするうちに、その呪いはいつしか目標へと変わっていました」

「は!?」

 

 セイボリーさんの言葉にビートは驚く。

 

「今思い返せばそういわれても仕方ないほどワタクシはひどい戦い方をしていました。と同時に思い出せば思い出すほど、同じエスパー使いとしてあなたの戦い方は、ワタクシの目には素晴らしく見えてしまったのですよ。……それでも、少し怖くてここまで助けに来るのに少し遅れてしまいましたが……そこは申し訳ないです。重ねて謝罪を」

 

 今度は頭をしっかりと下げて謝るセイボリーさん。その姿に、ビートの顔はやはり納得できないといった顔に。

 

「なぜ……そんなに真っすぐいられるんですか」

「真っすぐ?はて、ワタクシは自分のことを真っすぐとは思いませんが?」

「あはは、それについてはボクも同感」

「……フリア?いい所なんですが?」

「先に言ったのはセイボリーさんです」

 

 ビートからのまさかの評価に笑ってしまうボクとセイボリーさん。ほんの少しだけ空気が柔らかくなった気がした。

 

「しかしそうですか……ひねくれたわたくしを所望ですか……いいでしょう、なら言って差し上げますよ。ああ残念です。ワタクシよりも上のエスパータイプ使いがいたと思ったら棄権だなんて……これはエスパー最強の座はワタクシのもので確定ですね~。実にあっけない」

 

 やれやれとおどけたように言って見せるセイボリーさん。その姿がなんだか少し面白くて、同時にいつもの胡散臭い彼のテンションが戻ってきたみたいで嬉しくなった。対してビートはその急な態度の変わりようにまるで毒気が抜かれたかのようにため息をこぼす。

 

「全く、寝言は眠り状態になってから行ってください。今日ジムリーダーに負けているくせしてその言葉がよく出てきますね」

「うぐっ!?」

 

 まさかのカウンターパンチに今度はセイボリーさんがうめく。全く持って正論なためこれはぼくにもフォローしようがない。

 

「だいたい、そういう言葉はぼくに勝って初めて言える言葉ですよ。あなたはあれですか?他人の点数を落として相対的に自分の順位があがったことを自分が強くなっていると勘違いするタイプの人なんですか?」

「ちょ、ワタクシに対して急に言葉強くなってません!?」

「あっはははは!!」

 

 毒気を抜かれたことによって大分いつものように話せるようになってきたビート。そうなってしまえばいつものビート節が炸裂するのは言ってしまえば当たり前で……完璧に論破されているセイボリーさんがやっぱりいつものお決まりみたいになっていて、そのことに笑いが抑えきれなくなってしまう。

 

(ああ、帰ってきたんだなぁ)

 

 それがまた嬉しくて、なんだか今ならずっと笑っていられそうだ。

 

「全く……まぁせいぜい()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……その首、刈らせてもらいますから」

「「!?」」

 

 そんな時にビートの口から発せられる言葉。それは一見なんでもない言葉のように聞こえるけど、ボクとセイボリーさんには違う言葉に聞こえた。

 

 頂で待ってろ。

 

 それは言い換えればビートが挑むまでに、エスパーのジムリーダーに立てという事。

 

「……もちろんです!!」

 

 最初ぼこぼこにされ、そして今では目標の一角となっている人に言われるこの言葉の重みは誰よりもセイボリーさんが知っている。こんな言葉を貰って嬉しくならないはずがない。

 

「よし!ではさっそく次のジム戦の準備をしなくては!!おふたりとも、ワタクシは先にあがらせてもらいますよ!!セイボリーテレポート!!」

 

 そのままテンションが上がったセイボリーさんはホテルの方へ叫びながら走っていく。

 

(……近所迷惑にならなければいいけど)

 

 忘れているかもしれないが今は深夜だ。せめて彼に苦情がいかないことを祈ろう。

 

「はぁ、全く……騒々しい1日でしたよ」

「濃密な1日だったねぇ」

 

 残されたボクたちはまだ帰る気になれなかったのでそろってベンチに腰を下ろす。今度はさっきみたいに距離を離してでなく隣同士だ。

 その距離の縮まり具合が、さっきまでのわだかまりが消えたことの証明なような気がしてちょっと嬉しい。

 

「あなたたちも、よくこんな性格の悪い人を助けようと思いましたね」

「性格悪い?ビートが?え、むしろビートって一見ひねくれてるけど根はいい人だと思ってるよ?」

「どこをどう見たらそう……」

「はいこれ」

 

 それでもまだ完全に振り切れていないのか、まだ自虐ネタに走っているビートにボクが彼をやさしいと思った理由を見せる。

 

「これは……?」

 

 それはビートの手持ちであるガラルポニータとミブリムについて説明が書かれたポケモン図鑑のページ。そこにはこう書かかれている。

 

 ガラルポニータはよこしまな気持ちを見つけるとたちまち姿を消してしまう。ミブリムは穏やかなものにしか心を開かない。

 

「こんな繊細なポケモンが手持ちにいるってことは、やっぱりビートは優しい人だよ。間違いない」

「……やはりあなたはおかしいです」

 

 頭に手を当てながらやれやれと、だけどどこか嬉しそうな気配を感じながらそうつぶやくビートに微笑みで返す。誰が何と言おうと、ボクがビートを信じられた理由の一つだ。ポケモンに好かれている人に悪い人はいないってね。

 

「ですが……この先どうしましょうか」

「帰る家とかないの?」

「あいにくと、孤児院出身なもので……ローズ委員長に捨てられた今、帰る場所はないんですよ」

「えっと……ごめん」

「まあ、気にしないでください」

 

 彼も彼で、セイボリーさんに負けず劣らずの過去があるようで……だからこそ、あのカネコンビに狙われたのだろう。しかし、そうなるといよいよもってどうするか悩む。恐らく今から挑戦権を取り戻すのは難しいだろうし、かと言ってホテルに泊まるにも限度がある。セイボリーさんも今は実家を破門にされている状態だし、ボクに至ってはここの人じゃないから家すらない。そして他の人には絶賛嫌われているわけで……

 

「はぁ……」

「うーん、いい案が思いつかないね」

 

 2人揃ってお手上げ状態。空気も少しずつ重くなり、何となく嫌な流れに……

 

(このままじゃあ絶対いいことにならない。せめて気分転換出来れば……)

 

 そう思い見回してみるけど、時間帯は深夜。当然そんな遅い時間に何かある訳もなく……

 

(……いや待てよ?あるじゃないか。とりあえず気分転換できそうなのが!!)

 

 その気分転換できそうなものは、今ボクたちの目の前に作られているこれだ。

 

「……よし!!ビート!!気分転換にバトルしよう!!」

「は?」

 

 ボクのいきなりの言葉に素っ頓狂な声を上げるビート。そんなことはお構い無しにボクは続きを話す。

 

「モヤモヤした時はバトルして発散が1番だよ!体動かして、頭の中スッキリしたらなにか思い浮かぶかも!!」

「……はぁ。あなた、意外とバトルジャンキーなんですね?」

「ポケモンバトルが好きなだけだよ〜。それにいつか約束したでしょ?」

 

 あなたを倒す。

 

 これはビートに言われた言葉。その事を思い出したビートの顔がバトルモードに切り替わる。

 

「さすがに深夜だから一対一で!」

「ええ、音を立てすぎても近所迷惑ですからね。構いません」

 

 準備ができたボクたちは、そっとモンスターボールを構えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行きなさい、テブリム!!」

 

 ぼくが繰り出すのは1番の相棒であるテブリム。ローズ委員長から譲り受けた、ぼくのいちばん最初のポケモンにしてエース。この子がいたから、ぼくは今まで走ってこれたと言っても過言ではない。

 

「よーし、じゃあボクは……」

「待ってください」

 

 そんなぼくのポケモンを見て、おそらくキルリアが入っているであろうボールを構えるフリアに対して待ったの声をかける。急に動きを止められたことに疑問をもち、首を傾げるフリア。

 

(……こうしてみるとわざとしてるのかと疑いたくなるほどあざとい人ですね……いえ、今はどうでもいいんですが)

 

 変な考えをすぐに振り切って続きの言葉を紡ぐ。

 

「まさかでは無いですけど……()()()()()()()()()()ですか?」

「それは……」

 

 少し意地悪な言い方をする。勿論、短時間とはいえ彼の人となりを見てきた身としては当然彼にそんなつもりがないことは知っている。しかし、ぼくだっていちトレーナー……手持ちを隠された状態の相手に勝ったとしても何も嬉しくなどない。

 

 だから焚きつける。

 

「言ったはずです。ぼくはあなたを倒すと。それは、あなたの隠し球をも打ち破るという宣言のつもりです」

「……」

「それに……」

 

 フリアに言われ、テブリムたちに信頼されていることを改めて感じ取ったからこそ、今のぼくには手に取るようにわかる。実際にテブリムに信頼を込めて熱い視線を送ると、物凄く嬉しそうな顔で返す彼女がいたから。そして同時に、いつにも増して彼女と強く繋がっているような気がしたから。だからこそ……!!

 

「今日のぼくは……間違いなく今まででいちばん強いので。何せテブリムと……いえ……」

 

 ぼくの言葉と同時にテブリムが青色の光に包まれる。その光景に思わず声をあげているフリアだが、テブリムと心で繋がっているぼくにとって、これは必然。改めてお互いの気持ちを認めあえたぼくたちはさらに上のステージへと登っていく。そして、光が晴れた時、テブリムは新たな姿をもってフリアに立ち向かう。テブリムが進化した、まるでおとぎ話の魔法使いのような姿。その名を……

 

「ブリムオン……彼女と本当の意味で、心を繋ぐことが出来ているので」

「リォォオンッ!!」

 

 森の魔女。そう称えられる最高の相棒が一緒に吠える。その姿を見たフリアは……目を輝かせていた。

 

「凄い!!凄いよビート!!」

 

 真っ直ぐぼくを見る彼の視線が、あの時ローズ委員長に向けられた視線よりもさらに暖かくて、恥ずかしく感じるけどそれ以上に嬉しく思う。ちゃんと自分を見てくれる人にようやく会えた気がして。だが、だからこそ、彼には本気を出して貰いたい。

 

「こんなの見せられたら……ボクも本気を見せるしかないよね!!」

 

 そう言いながら、彼はガラルの公式戦にて、1度も触れてこなかったボールに手を触れた。

 

「言っておくけど、この子はビートにとってのテブリム……いや、ブリムオンと一緒でボクの最初のポケモンなんだ。ボクの切り札……頼れる最高の相棒……だから……!!」

 

 ボールに込めるその愛おしそうな視線から、そのポケモンが本当に大事なのだということが分かる。言葉を綴りながらボールを撫でるフリア。そしてついに……

 

「……覚悟してね?」

「っ!?」

 

 ボールが開放された瞬間ぼくとブリムオンの体を襲う圧倒的なプレッシャー。視界に広がるは真っ暗な闇。そんな闇の中でもうっすらと輪郭が見えた。

 

 それは2mを超える黒の巨体をもち、体には黄色のラインが入っているのが分かる。

 

 灰色の大きな手はあらゆるものを掴み、図鑑の説明通りならばあの世、もしくはお腹の口へと誘われることだろう。

 

 そして1番目に激しく映るのは、赤く怪しく輝くひとつの目。

 

 全てを見通されていると錯覚してしまいそうな、深く、深く、鋭い目。

 

「さぁ、久々のバトルだ……行くよ……っ!!」

 

「これが……フリアの切り札……ッ!!」

 

 フリアの言葉と共に、(ヨル)が襲いかかってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




セイボリー

おおむね公式設定通りの過去。
ちょっとオリジナルキャラ入ってますけど、こんな感じかなと。
ビートともわだかまりが消えてようやくライバルへ。
吹雪でのお話が女性サイドの出番多めだったので、今回は男性陣多めで。
このお話にしたいなと思っていたのでバウタウンから同行させようと思いました。

フリア

いろんな人に目標にされてますね。

ブリムオン

ミブリムとポニータの図鑑説明を見た時からこの展開は頭の中で浮かべてました。
やっぱりビートはいい人です。

切り札

というわけで初登場。
名前は相変わらず出てませんが……もう正体はわかりましたよね?
ポケダンで有名なあの方が相棒です。
正解者も何人かいましたね。
しかし初めて対戦相手から見たフリアさんを書きましたけど……なんかラスボスっぽくなってしまった……なぜ?



相変わらずアニポケのサトシの戦略が凄い……
あんなの思い浮かないです……さすが公式さん。わたしもまだまだですね。






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62話

 夜も深くなり日付も変わってしまったバトルフィールドにて、圧倒的な存在感を放つ黒いポケモンが1匹。その中心に存在する自慢の相棒に向かってボクは声を上げる。

 

「行くよ……ヨノワール!!」

「ノワァァァァアアッ!!」

 

 名前を呼ばれたヨノワールがボクの声にこたえるように雄たけびをあげる。たったそれだけの行動なのに空気は震え、プレッシャーがさらに膨れ上がったような気がする。その迫力に押されそうになるビートだったけど、ぐっと歯を食いしばってブリムオンに指示を出す。

 

「ブリムオン!!『サイコキネシス』です!!」

 

 テブリムからブリムオンに進化したその姿は、森の魔女と言われるほど神秘的な姿をしており、またその魔女という名に恥じぬ高い特攻の高さがうりのポケモンだ。そんなポケモンから放たれるタイプ一致のサイコキネシス。当然火力はとんでもなく高く、生半可なポケモンでは受けきることは難しいだろう。しかし……

 

「受け止めて!!」

「なっ!?」

 

 そんな高火力の技でさえ、まるで効いていないかのように涼し気な顔をして受け止める目の前のポケモン。決して体力が高いポケモンという訳では無い。しかし、防御、特防共にとても高い水準なため、こちらも生半可な攻撃では膝を折らない。……まぁ、ヨノワールに膝があるかと言われたらないんだけど……それは置いておく。そしてもうひとつのヨノワールの強み。それは……

 

「『じしん』!!」

 

 これだけの耐久がありながらも、決して攻撃面も弱い訳では無いということ。

 

 地面に叩きつけられた拳を中心に、とてつもない振動がブリムオンを襲う。空に飛べることが出来れば避けることができるが、飛べないものは一身にその高火力の技を受けることとなる。火力が高い代わりに機動力の乏しいブリムオンでは避けることはまず不可能。あらゆるものを破壊するじめんのエネルギーが、余すことなくブリムオンへと直撃する。

 

「ルォッ!?」

「くっ……なんてバカな破壊力なんですか……ッ」

 

 ボクの頼れる相棒。その頼もしい背中を、こうして久しぶりに見ることができたのが何よりも嬉しく、テンションが上がってしまう。こころなしかヨノワールもテンションが高そうだ。ヨノワールのいちばん直近の戦いと言えば、預かり屋でのポケモンハンターとの戦いで活躍してくれた場面だけど、あのときは別行動による単独出撃だったためボクと一緒に戦っていたわけではない。そういう意味では、こうやってボクの指示を聞いて戦うというのは本当に久しぶりで、なんならガラルに来て初めてだ。その事が嬉しくてお互いどんどんギアが上がっていく。

 

「ヨノワール、『いわなだれ』!!」

 

 地面に手を当てるヨノワールの周りに浮かぶ数多の岩石。大地の刃であるそれらがヨノワールの指示の下、風を切る音を奏でながらブリムオンへと殺到する。

 

「くっ、『マジカルシャイン』です!」

 

 対するブリムオンは自身を中心に輝く光を放ち、いわなだれの勢いを何とか削ごうと頑張っていた。しかし、それでも勢いを殺し切ることはできずいくつか被弾してしまう。さらには、自分の周りに岩が散乱してしまい、ビートとブリムオンからの視界がかなり制限されてしまう。

 

 視界の制限。それはゴーストタイプのポケモンと戦うにおいて致命的となる。

 

「……『かげうち』!!」

 

 岩の乱立によってできた死角からヨノワ―ルの影がブリムオンに迫り、影から生えた黒色に染まった手から強烈な一撃をブリムオンにお見舞いする。かげうちが来るとわかっていても、岩のせいで出所がわからず避けることのできなかったブリムオンは、こうかばつぐんの技であることも手伝って大ダメージを受けてしまう。せめてもの反撃として、再びマジカルシャインを構えるブリムオンだけど、そのころにはすでに地面のかげに潜っており、その数秒後にはヨノワールはそばまで帰ってきていた。

 

 かげうちはいわば自分の分身のようなものなので、これを攻撃されれば自分に返ってくるというちょっとしたリスクはあるものの、今の時間帯が夜ということもあり、その影をとらえられることは無い。仮にとらえられるようなことがあったとしても、今度は影ではなく、自分の手によるかげうちを行えば反撃はさばけるしね。遠近両用ができるのがかげうちのいい所だ。

 

「本当に容赦ないですね!!」

「だって、全力を見たかったんでしょ?」

「そうですけど……いえ、弱音はなしです!ブリムオン!岩に向かって『サイコキネシス』!!」

 

 このままではヨノワールの独壇場。せめてバトルフィールドを元に戻すだけでも頑張ろうと、ブリムオンがサイコキネシスで岩を持ち上げ、さらにそれをこちらに飛ばすことによって逆に攻撃手段として利用してきた。ただでは転ばないその判断に素直に感心しながらも、予想していた行動の一つであるため慌てずに指示を出す。

 

「『かわらわり』!!」

 

 先ほどのかげうちの手とは打って変わって今度は白く輝きだすヨノワールの大きな手。その大きな手は飛ばされた岩を次々と砕いていく手刀となり、一瞬ですべての岩を砕ききる。

 

「そのままおかえし!!」

 

 砕かれたことによって小さい石となったそれらを、てづかみポケモンの名を表す大きな手で抱えきれるだけ持ち、そのすべてをブリムオンに向かって投げ返す。

 

「『ぶんまわす』で防いでください!!」

 

 小さくなったことによっていわなだれの時でさえ速かった石の雨がさらに速くなって飛んでいく。この攻撃に対して、マジカルシャインの迎撃では技が間に合わないと判断したビートはぶんまわすを選択。黒色のオーラを纏った触手を振り回して何とか石を弾く。しかし、その石の勢いと量が多すぎて防戦一方となる。

 

 こんな明らかなチャンスを逃すわけがない。

 

「ヨノワール、『じしん』」

「「ッ!?」」

 

 力強く握られたヨノワールの拳が再び地面に突き刺さり、巻き起こるはすべてを破壊する大地の怒り。ぶんまわすで石をせき止めていたブリムオンは、地震にまで対応する余裕なんて当然なく、空中に弾き飛ばされる。

 

 サイキックで空に浮くことはできるとはいえ、自由に素早く飛ぶ術を持たないブリムオンは次の攻撃を避けられない。

 

「ヨノワール!とどめの『かげうち』!!」

 

 いつの間にかブリムオンの真下まで影を伝って移動していたヨノワールが、かげから飛び出して一瞬でブリムオンの懐に潜り込む。ブリムオンが気づいたときには、今度は直接攻撃をするべく手を黒く染めたヨノワールが彼女の真上にて攻撃準備を整えており……

 

「叩きつけろ!!」

 

 勢いよく振り下ろされたことによって、ブリムオンを地面に叩き落す。

 

 派手な音と土煙を巻き上げながら地面に落ちたブリムオン。

 

「ブリムオン!!」

 

 ビートの声が響き渡るものの、ブリムオンからの返答はない。しかし、ボクもヨノワールも全く戦闘の構えをとくなんてことはしない。

 

(これくらいで倒れるような相手じゃないもんね)

 

 土煙のせいで上手く見えないため下手に動かずにどっしりと構えておく。いわなだれを土煙に向かってやたらめったら打つのも構わないんだけど……

 

(サイコキネシスの出力は本物だから逆に技で返されそうだしね)

 

 それにヨノワールなら相手のサイコキネシス単発なら耐えられる。

 

「……ッ!!ヨノワール、ガード!!」

 

 土煙に意識を集中させているなか、かすかに土煙の動きが変わったのを確認してすぐさま防御を指示。その数秒後に土煙を吹き飛ばしながらサイコキネシスが真っ直ぐヨノワールに飛んでくる。あらかじめ防御の構えを取っていたためふいうちを喰らう事こそなかったけど、少なくないダメージは確かに貰っていた。

 

「やっぱり立ってくるよね!」

「当然です!」

「ルオォンッ!!」

 

 ボロボロになりながらも立ち上がり、こちらにしっかりとその視線を向けるブリムオン。その瞳からはこれっぽっちも闘志が消えていない。追い詰められた今こそ最も気を付けるべき場面。決して油断せず、最後まで気を引き締めないとここから手痛い反撃を喰らうなんて良くある話だ。

 

「まだまだ、ここから追い詰め返してあげますよ!」

「簡単に崩されてあげるわけにはいかないんだよね!!」

「『ぶんまわす』!」

「『かわらわり』!」

 

 黒く染まったブリムオンの触手と白く輝くヨノワールの右手が激しくぶつかり合う。攻撃同士がぶつかり合う甲高い音を奏でながらも、この鍔迫り合いを制したのはやはり攻撃力が高いヨノワール。ブリムオンの触手をしっかりと打ち返したことによって態勢が崩れたのを確認した。こちらもかわらわりを打ってすぐの場面だから次の技への移行か少し時間がかかるけど、自分がどの態勢でも影を伸ばして攻撃できるかげうちなら放てる!

 

「『かげうち』!!」

「『マジカルシャイン』!!」

 

 ブリムオンの真後ろに伸びた影が爪の形をとってとどめを決めんと襲い掛かる。対するビートは後ろのかげうちに反応することは不可能と判断し、全方位攻撃であるマジカルシャインでまとめて弾き飛ばそうとする。けどブリムオン自身のダメージが大きいせいか溜め時間が長く明らかに間に合っていない。

 

(かげうちが先に入る!!)

 

 輝く光が放たれるより早く相手の背中をとらえる。そう確信した瞬間━━

 

 

「うるせぇぞ!!何時だと思ってんだ!!」

 

 

「ッ!?」

「ぴぃっ!?」

 

 いきなり大声で飛んできたお叱りの声にびっくりしてしまい、お互いのポケモンもトレーナーも硬直していしまう。ボクに関しては変な悲鳴まで上げてしまっている始末……かなり恥ずかしい。

 

 どこからともなく聞こえたその大声によってお互いのポケモンの技も中断されてしまったため、なんだか微妙な空気になってしまいどうすればいいかわからなくなってしまう。

 

「え、えーっと……」

「……はぁ、戻ってください。ブリムオン」

「まぁ、そうだよね……ごめんね、ヨノワール。戻って」

 

 お互い不完全燃焼により若干のもやもやは残るものの、両者のポケモンが聡いため状況をしっかりと判断してくれたから特に不満を述べることなくボールに戻ってくれた。せっかくガラルデビューさせてあげることができたのにこの結果はちょっと申し訳ない。この埋め合わせは必ずどこかでしてあげるとしよう。今回のこの試合に関しても、最初からテンション上がりすぎてじしんとかやっちゃってたあたり、今の時間が深夜だということがすっかりと頭の中から抜け落ちていたみたいだ。

 

(……うん、流石にこの時間で一発目からじしんは頭が悪すぎた……反省しなきゃ)

 

 というかたとえ普通のバトルであってもいきなり大技は脳死過ぎないだろうか?これがジム戦でなくて良かった。ヨノワールがジム戦にデビューする時が来たらまず落ち着くようにしようと心に決めた瞬間だった。

 

「しっかし……あ~あ、引き分けか~」

 

 試合展開的には押していたけど中止試合は等しく引き分け。公式試合なら残りのポケモンの数で判断を行うけど今回は1対1だからそういうのもないし完全な引き分けだ。確かに勝ち確定盤面に見えたかもだけど、戦いはちゃんと終わるまで何が起きるかわからない。予想もできない何かが起きて巻き返されることだってあるからボク個人の思いとしては中止試合は等しく引き分けと思っていると言うわけだ。

 

「何を言っているんですか。あんなの明らかにぼくの負けですよ……あそこからどうやって逆転しろっていうんですか……切り札に偽り無しって感じですね。普通にパワー負けしてしまいましたよ」

 

 ただビートはそう思っていないらしく、彼からは自分の負けだと言われてしまった。正直反論したい気持ちでいっぱいなんだけど、ここで言い返すと彼の性格上ちょっとめんどくさそうな気がするから黙っておく。……うん、睨まれているあたりちょっと心読まれてる気がする。サイキッカーコワい。

 

「ヨノワール……確かに強力でしたよ。その強さ、しかと心に刻まさせてもらいました。ラテラルタウンという現状ゴーストタイプの本場と言われるここで戦うのもなんだか奇妙の縁を感じますね」

「それに関しては同感。ある意味ここがヨノワールのデビューでよかったかも」

 

 まあ強いて言えば気になるところはサイトウさんにも言われたボクの切り札を誰が引き出すか競争(?)の勝者がまさかのビートになってしまったことくらいだろうか?いや、個人的には隠している気はないし、機会があったら全然オープンする気だったんだけど、なんだかやけに期待されているみたいだし、こうなってしまうと逆に出しづらい……

 

(もし今日のこの試合のことが浸透しちゃったら変な広まり方するのでは……特にキバナさん凄い荒れそう……SNS、だっけ?あれにすごいこと書いてあったし……どうかバレませんように……)

 

 キバナさんを悪い人というか、文句言う人とは思っていないけど、とりあえず荒れることありませんようにと手を合わせておく。お祈りは大事だ。

 

「……何しているんですかフリア」

「……ちょっとお祈りを」

 

 そんなボクを見てちょっとあきれているビートだけど、こればかりは許してほしい。

 

「全く、安心してください。今日のことは誰にも言いませんよ。仮に漏らそうものなら間違いなくあなたになついている人が黙ってないでしょうし……」

「誰の事?」

「なんでもないですよ」

 

 なんて戦々恐々としていたら今度はボクがビートの謎の言葉に頭をかしげる。今日のことを知ってビートに突っかかりそうな人……う~ん、正直思いつかない。しいて言えばユウリくらいだろうか?にしても想像はあまりできないけど。

 

「ともかく!あなたのその切り札、今度闘う時に必ず攻略します!ですから……それまで、ヨノワールを使って負けることをぼくは許しませんからね。いいですか?」

「……ふふ、いいよ。簡単に負ける気はないからいつでもかかっておいでよ」

 

 明らかに最初よりも元気なビートの表情に思わず笑みがこぼれる。戦いの決着こそ不完全燃焼となってしまったものの、やっぱり戦ってよかったと思える。本当にビートが元気になってよかった。

 

「とにかく、当面の目標はあなたを叩きのめすことですね」

「随分と物騒だね……でもどうするの?」

 

 ビートと言いセイボリーさんと言いユウリと言い、いろんな人に目標にされていることに若干の苦笑いが出てくるものの、とりあえずそのことは置いておいて、本来の議題であったビートの未来について話をする。元々いい案を出すのに一回頭をすっきりさせるためにこのバトルをしようって話だったしね。

 

「ヨロイ島の道場を考えてますよ。確か、セイボリー選手のいた場所かつ、元チャンピオンが経営している場所でしたよね。そこに道場破りでもかましてやれば入門させてくれるでしょう」

「いや、道場破りの時点で入門する気ないよね?」

 

 ボクのことをバトルジャンキーとか言っていたけど彼も大概だと思う。流石に道場破りはない。あまりこういうことに明るくないボクでもわかる。

 

「少なくとも、セイボリー選手を育てている場所なんです。悪い場所ではないでしょう」

「ふ~ん、なんだかんだでセイボリーさんのこと評価してるんだ?」

「うるさいですよ、気持ち悪い笑顔浮かべないでください。彼とのやり取りの時点でわかっていたくせに、そうやっていちいち突っかかるところがあなたの嫌いなところですよ」

「はいはい。ごめんごめんって」

 

 ビートとの軽い口論がどこか心地いいい。やっぱりこうやって軽口を言い合える仲って楽しいね。

 

「じゃあぼくはそろそろ行きますよ。流石に疲れたので休みたいです」

「ボクも、そろそろホテルに戻ろうかな。明日からラテラルタウンを出てまた旅だしね」

 

 次のジムチャレンジ会場があるアラベスクタウンに行くためにはルミナスメイズの森という場所を抜ける必要があるらしい。森が鬱蒼と生い茂っているため足場も悪そうだし、『メイズ』というだけあってきっと複雑な構造をしているのであろう。慣れない道が続くと思われるのでしっかりと休んで挑まなきゃね。

 

 そんな思いでひとまず今日のところは2人そろってホテルに戻ろうとして……

 

「アンタたち、ちょいとまちな」

「「!?」」

 

 ボクとビート。2人そろっていきなり聞こえた第三者の声に思わず背筋がピンと伸びる。2人でゆっくりと後ろを振り返ると、そこには1人の老人がいた。

 

(って、あの人は!?)

 

 超ロング丈のピンク色をしたユニフォームのように見えるデザインの服をワンピース風に着用し、紫のファーと帽子、ブレスレットを着けているほか、こんな時間なのに日傘を持っているその姿。まるで魔女を連想させるようなその装いをした老齢な女性。独特なプレッシャーを放つその人物のことをボクは知っている。

 

「アラベスクスタジアムジムリーダー……ポプラさん……」

 

 ボクが次に挑む、フェアリータイプのジムリーダーであるポプラさんだ。

 

「あんたたちのバトル、ちょいとのぞかせてもらったよ」

「あ、あのバトルを!?」

 

 一体いつからいたのか。全く気配を感じなかったため若干の恐怖を感じた。というか今現在進行形で感じている。もしかしたら彼女もこんな時間に迷惑なバトルをしていたボクたちを怒りに来たのかもしれない。そう思いビートと顔を合わせて頷き、いつでも謝れる準備をしておく。老齢ゆえそんなに速く歩くことが出来ないのかゆっくりとこちらに向かってくるのが崖に追い込まれた犯人の気分にさせられて余計に怖い。2人同時にそっと頭を下げて「ごめんなさい」と口を開けようとする。が。

 

「ふむふむ……」

「って何触っているんですか!?」

「……え?」

 

 いきなり聞こえるビートの声に何が起きているのかさっぱり分からなかったボクは、下げていた頭を上げて状況を確認する。するとそこには、歩く速度的にまだまだ遠くにいたはずのポプラさんがいつの間にかビートの真後ろにたっており、ビートの腕やら腰やらをピトピトと触りまくっているところだった。

 

(……え、ちょっとホラーなんだけど)

 

 なんで触っているのか、あれだけの距離をどうやってつめたのか、というか、こんな時間に散歩ってもしかしてもう徘徊癖まで出てきてしまったのか――

 

「失礼なやつだね。あたしはまだまだピチピチだよ」

「ひぇっ!?」

 

 自分でも若干失礼なこと考えているなと思っていたらまさかの言葉にまた体が震える。この人やばい。色んな意味で。

 

「ま、そんなことよりも……あんたに話があるんだよ」

「ぼ、ぼくに……ですか」

 

 そんな怯えているボクのことは特に気にせず話を進めるポプラさん。どうやら彼女はビートに用があるようで、ボクとの会話(?)の間もしきりにビートにボディタッチをしていた。困惑しながらも何とか返答するビートに対して、ポプラさんはちょっと満足気に頷きながら口を開く。

 

「服装もピンク。見させてもらった手持ちのみんなもピンク。そして何より、真っ直ぐだけどひねくれている……あんた、やっぱりあたしが思った通りいい人だよ」

「な、何を言ってるんですか。ぼくのスタイルにケチつけるつもりですか?」

「いや、あんたにとってもなかなか美味しい話を持ってきただけさ」

「美味しい話?」

 

 急に現れたポプラさんの話の本題が全然見えてこないせいか、終始振り回されているボクたち。この人の繰り広げる独特の空気感がまるで分からない。

 

「あんた、アラベスクスタジアムに来る気は無いかい?」

「っ!?」

 

 いきなりの展開で混乱しているところにさらに放り込まれる爆弾のせいでいよいよ頭の中がぐちゃぐちゃになり始める。何故今この瞬間に勧誘なのか。ビートもビートで先程カネコンビに勧誘され、襲われたばかりなせいか一気に警戒度を引き上げる。さすがにあんなことがあったあとすぐではこうなってしまうのも仕方がない。だけどそんな警戒心を一身に受けているポプラさんは、その反応にむしろ笑顔を浮かべる。

 

「やっぱりいいねぇ。ひねくれてるくせにこういう時は真っ直ぐなのも好きだよ。どうだい、あたしについてくる気はないかい?」

「……」

 

 迷っている。目を見ればわかる。ビートの目を覗き込めば簡単にわかることで、信じていいのかどうかで明らかに動揺している。カネコンビがエスパータイプのジムからの刺客である以上ジムリーダーだからといって簡単に信じられる訳では無いため、ボクも簡単に背中を押すことが出来ない。勿論カブさんやオニオンさん初め、いい人が多いというのはわかるんだけど、信用するにはボクたちはポプラさんという人のことを知らなさすぎる。

 

 果たしてこの人は信用していいのかどうか。

 

 答えの出ないその問に悩んでいるそんな時、ボクの前に影が動く。

 

「問題を起こしたぼくを、引き抜きたいと?」

「あたしなら捨てられて困ってるあんたをどうにかできるって話しさ。それに、あたしもそろそろ後継者が欲しいと思ってたところさ。さっきのバトルもなかなかピンクに溢れてよかったからねぇ」

「ピンクに溢れる……」

 

 やっぱりこの人の空気感がよく分からない。

 

「強さならぼくよりフリアの方が上だと思いますが?」

「確かに強い。さすがにシンオウチャンピオンの推薦者さ。ピンクも充分。だけどいささか真っ直ぐすぎるね。フェアリージムに求められるのはピンクはもちろん、真っ直ぐさとひねくれさを両方持ち合わせることさ。あんたならそれをクリアしてる。ま、これはあたしの趣味だがね。……で、どうするんだい?来るのか、来ないのか、今ここで決めて貰おうか」

 

 こんな大事な決断をなぜ急がせるのか。そのことについて一言言おうと前に出ようとしたけど、そこをビートに止められる。そこまでされてボクの頭も冷えていき、冷静に考えられるようになる。

 

(そうだ。これはビートの未来だ。ボクが口出しをするべきじゃない。彼自身が決めないと……ボクがしていいのは背中を応援するか否かだけだ)

 

「……やっぱりあんたは真っ直ぐすぎるよ。そこがいい所ではあるけどね」

「え?」

「こっちの話さ。さ、早くあんたの答えを聞かせな」

「……いいでしょう。その話、乗ってあげますよ」

「ビート……」

 

 ポプラさんのボクに対する言葉に一瞬戸惑ったものの、ビートの答えを聞いて直ぐに頭を切り替える。ビート自身がしっかり考えて出した答えだし、カネコンビの時と違ってボクにアドバイスできる範疇を超えているためボクに言えることなんて何も無い。

 

「よし、決まりだね。ついてきな。帰ったら早速特訓さね」

 

 そう言いながら来た道を戻っていくポプラさん。その後ろをビートがついて行く。

 

「ビート!」

「……大丈夫ですよ」

 

 そんなビートが少し心配でつい声をかけてしまうけど、振り返って見せたビートの顔はとても穏やかなものだった。

 

「強いひとなら教えを貰えばいいですし、もし変な人ならこっそり抜け出して今度こそヨロイ島に行けばいいだけです。何も無いぼくに失うものがもうない以上これっぽっちもリスクなんてありませんからね。……それよりもフリア」

「……何?」

「改めてもう一度、ぼくは必ずあなたを倒します。その時を、覚悟しておいてください」

「……うん。待ってる。ビートが帰ってくるのを、上で待ってる」

 

 お互いの手を握り、お互いの健闘を祈る。程なくして握手を解き、ビートはポプラさんの後ろをついて行く。

 

 言葉はもういらない。

 

 あとはお互い、自分の進むべき道を歩むだけだ。

 

(頑張ってね。ビート)

 

 ルミナスメイズへと消えていく2人の影を見送ったボクは、今度こそホテルへの帰路に着く。

 

(ボクも、頑張らなくちゃ!!)

 

 新しいスタートを切ったライバルに負けないようにと、改めて心に誓いながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヨノワール

ようやく名前も登場の切り札さん。
なぜ彼にしたか?単純にわたしの嫁ポケだからです。
やっぱり自分の作品だから自分の好きなポケモンを主役にしたいじゃないですか。ね?
登場タイミングが中途半端と思う方もいるかもしれませんが、作中通りフリアさんに隠す気がそんなにないことと、いくら好きとはいえ600属ではないのであまり遅くしすぎるのもちょっと違う気がするのでこのタイミングです。
ラテラルというゴーストジムがあるという事も意識していたり。
それに……盛り上がる場所、まだまだ準備しているつもりなので(自らハードル上げるバカ)
技構成はじしん、いわなだれ、かげうち、かわらわり。
チョッキをもちそうな編成ですね。これは私が初めて育てたヨノワールの型で、たくさん活躍してくれた子です。
所謂思い出補正ですね。

引き分け

ちょっともやもやするかもですが、進化したブリムオンを下げすぎず、しかしヨノワールの強さも発揮してと考えるとこれが一番丸いかなと。

ポプラ

実機よりもちょっと早い弟子ゲット。これによりちょっと次が変わるかも?




ヨノワールのヒントについて

主人公は幼い時にホウエン地方に行ったことがある←ここで出会っている
シンオウ地方の相棒←シンオウで進化する
夜が好き←ゴーストっぽい
拳を握るシーン←手がある

こんなところでしょうか?

他の手持ちも四匹はヒントが出てますね。
考えてみてくださいませ。






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63話

ついに今日発売ですね。BDSP!
この作品は予約投稿のため、これを書いているときはまだ勝っていないのですが、これが投稿されているときには、私もプレイしていることでしょう。

……当時のポケモンを選んで懐かしさを楽しむか、フリアさんのパーティを真似て冒険するか……悩みますね……

あ、今更ですが言っておきますね。
この先、もしかしたらBDSP、およびアルセウスの内容によっては矛盾が生じる可能性がありますが、そこは都合よく捻じ曲げながら書かせてもらおうかなと。
そのあたりはご了承くださいませ。
流石に未発売のゲームの内容までは知らないので……


『イーブイ!!「でんこうせっか」!!』

 

「おお!!ゲンガーの体をすり抜けて後ろから攻撃!!かなりヒヤヒヤしたけどやっぱりフリアはすげぇな!!」

「なになに?何見てるの?」

「ん?フリアのガラルでのジム戦だ」

「なにそれ!?わたしもみたい!!」

「ちょぉ!?これはオレの端末だぞ!?自分ので見ればいいだろ!?」

「わたし契約してないから見れないの!!見して!!」

 

 雨も止み、だいぶ歩きやすくなったとはいえ湿地帯である故基本的にジメジメしててあまり気分のいい場所ではないホウエン地方は120番道路。本来なら常に雨も降り続けており、とてもじゃないけどこうやって雑談しながらのんびりするなんて出来ない場所なのだけど、今は奇跡的に雨が止んでおり、ちょうど休憩するのにもいい岩場を見つけたからそこに腰を下ろしてちょっとした休憩を取っている状態。ここのところ歩き続けているし、ヒワマキシティで休んたとはいえ、あそこは暮らし方が独特なこともあってか休みづらいと感じる人も少なくない。雰囲気のいい場所ではあるのだけど……私はあまり住みたいとは思わなかったわね。私の場合木と木の間から書類落としちゃいそう。

 

 話を戻して、ただいま休憩中の私たちは……いえ、正確にはジュンとヒカリは、携帯のテレビ機能を使って誰かの試合を見ていた。

 

(誰の試合かは簡単に分かっちゃうけどね)

 

 2人の盛り上がりようからして、十中八九フリアの試合であることは間違いない。私の、四天王の、そして何より親友であるコウキの前で、1度折れてしまった心を取り戻すための武者修行。ジュンとフリアに課した大きな壁。少なくとも、ジュンは私の仕事をしっかりと手伝ってくれているし、さばくいせきでの活躍も良かった。合間合間で私が教えているというのも順調に成長している証拠だろう。ジュンに関してはこうして直接教えているから成長を確認できるけど、もう1人……今ガラルで新しい挑戦をしているフリアがどうなっているのかは私もよくわかっていない。けど……

 

(あのジュンとヒカリのはしゃぎ様……きっとフリアも頑張って成長しているのね)

 

 ガラル地方という他地方よりポケモンバトルに関して盛んな地域に前情報もなしに単身乗り込む。下手をすれば簡単に飲み込まれてしまいそうな場所だから少し不安はあった。けど、この様子だとしっかりと勝てているんでしょう。

 

(ゴーストタイプということは4つめくらいかしら?ジムチャレンジの開催期間から考えるとなかなかのスピードね……やっぱり私の目に狂いはなさそうね)

 

 ガラルのゴーストタイプのジムリーダーは若くしてその座に立った天才児。系統としてはコウキに似ている彼を、ジムリーダーとしての手持ちという手加減がある条件下だったとはいえ、こんなにも早く突破しているのは、フリア自身もかなりの才能を秘めている証だ。

 

(才能という点で見れば私視点、コウキとフリアに差なんてあまりないと思うのだけど……やっぱり彼の切り札の問題かしら……?一時期物凄く調子が悪かったみたいだけど……)

 

 彼のエースであるヨノワール。その役割に恥じない強力なポケモンなのだけど、一時期上手く連携できていない時期があったのをよく憶えている。別にフリアの指示が悪かった訳でもない。勿論ヨノワールの腕がない訳でもない。どちらも高水準で、2人の動体視力も観察力も行動力も反射神経も、何もかもが凄かったのに何故か攻撃によくぶつかってしまう。そしてひとたび攻撃が当たれば、そこからさらにテンポを大きく崩してしまう。冷静な彼らならそんなことはまず起きないはずなのに、だ。

 

(あの現象、彼ら自身も首を傾げていて理解していなかったけど……間違いなく何かしらの理由があるはず……その原因をしっかりと解き明かしてくれているといいのだけど……)

 

 でなければ、再び彼はどん底に落ちてしまうことだろう。それこそ、次こそはもう立ち直れないほどに……けど残念ながら私にも、他の四天王にもその原因は分からなかった。

 

 だからこそ、そのための新天地。

 

 もう1度最初から旅をして、改めて彼が自分の成長を1から擬似的な追体験をすることによってその原因と向き合ってもらいたい。故のガラル遠征。彼らの約束の先を見てみたい私の自分勝手でちょっとしたお節介。

 

 彼なら約束を果たすためにきっと、この旅でその答えにたどり着くと信じて。

 

(その時は是非とも、私自身の目で直接確認したいものね……だって……)

 

「なぁなぁシロナさん!!フリアまた勝ってるぞ!!相変わらずこいつの戦い方は奇想天外で読めないぜ!!」

「なんだか昔のキレを取り戻してるようにも見えるわよね。こんなにも生き生きとバトルしてる姿を見るの本当に久しぶり。……うん、少しは元気になっているみたいで安心した」

「そう、それは良かったわ。さて、休憩はそろそろ終わりにして、この120番道路にある『こだいづか』に行くわよ」

 

 テレビを見終わった2人が私の下へ駆けてくる。こちらもこちらで割と大変な旅をしているというのに、こんなにもいつも通りなあたり、コウキとフリアの幼馴染みなのねと深く実感する。こんなにも大物だからこそ、ポケモンバトルも強いのかもしれない。とりあえず、2人ともしっかりと休めたみたいなので本来の目的地に行くとしましょう。

 

「くぅ〜!!この旅が終わったらフリア、どれだけ強くなってるかな!!早くバトルで試したくて仕方がないぜ!!」

「あ〜あ、そう言われるとわたしもフリアと久しぶりに会いたいなぁ……その時は最近見つけたすごく可愛いドレスをフリアに……

「そ、それは程々にな?……けど、早く会いたいのは同感だ!!」

「慌てなくても大丈夫よ」

 

 まだこの旅は半分も終わっていないというのに、もう終わったあとのことを考えてワクワクしている2人に思わず頬が緩んでしまう。本当にこの子達は仲が良い。それはそれは見ているこちらまで嬉しくなってしまうほど。それはギンガ団を追いかけている時に何度も目にした、彼らの絆の証。その輝きをまた見たいからこそ、私は手を差し伸べる。大丈夫。確かに今は遠くで別々に頑張っているあなた達だけど、その道は必ず交わることになるから。

 

(……だって、今私たちが追っている巨人伝説は、ガラル地方にもあるのだから)

 

「さぁ、行きましょう」

 

 どうか、彼らの未来が明るくありますように。

 

 私の願いはそれだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあそろそろ行こうか」

「次はアラベスクタウンだよね?」

「ラテラルタウンから距離はそんなに離れていないみたいね」

「というか、ルミナスメイズの森を抜けたらすぐだぞ」

 

 ビートとのバトルを終え、みんなが寝静まったホテルにこっそりと帰ってきたあと、その日の疲れを癒すためにどっぷりベッドに体を沈めたボク。濃密な1日だったせいか、泥のように眠っていたみたいで、次に目が覚めたのはもうちょっとでお昼になるのではくらいの時間。体を起こすと、そこには既に旅立ちの準備を終えていたホップたちが待っていた。『起こしてくれても良かったのに……』、と言うと『いやぁ、あまりにも気持ちよさそうに寝てたから邪魔しちゃ悪いかなって……』とユウリに言われてしまい、ボクの寝顔が全員に見られていたと知り、その恥ずかしさから『余計に早く起こしてよ!!』と叫んだのはついさっきのこと。すぐに身支度を終えてカバンを背負い、腰のホルダーにみんなをセットしてホテルの入口へ。髪型やマフラーが大丈夫なのを確認してようやく準備ができたところで、冒頭のユウリ、ホップ、マリィとの会話に戻るというわけだ。

 

「それにしても、滞在期間こそ短かったけど本当に濃い生活だったなぁ」

 

 改めて振り返ると、ジム戦は勿論、ビートのことやガラル伝説のこと、セイボリーさんのこととイベントが目白押しだった。正直お腹いっぱいだ。

 

「これからもっともっと濃密になると思うよ?」

「胃もたれしそう……」

 

 ユウリの言葉に苦笑いを浮かべながらも、今までの経験からしてそうなるだろうなぁなんて思いながら、しかし一方でそれを楽しみにしている自分もいるわけで。

 

「まぁまぁ。どんなことがあっても、あたしたちなら大丈夫。きばりんしゃい」

「だな。むしろ、それこそ旅の醍醐味だぞ」

 

 マリィとホップの言葉に頷く。確かに、このメンバーならどんなことも笑い話にして乗り越えられそうだ。

 

「よし、それじゃあ先に向かってますね。セイボリーさん、サイトウさん。それと、お世話になりました。オニオンさん」

 

 後ろに振り向きながら声をかけると、そこには先ほど名前を呼んだ3人が並んでいた。ソニアさんは一足先に別の場所へと移動したため既にここにはいないみたいだ。

 

「ええ、必ず追いつくので待っていてください」

「……心意気はいいですけど……ボクも簡単に……負けませんから」

「ふふふ、ワタクシの次の作戦により、ここのジムも突破確実なのです!!」

 

 バチバチと火花を散らすのはオニオンさんとセイボリーさん。まだラテラルタウンのジムチャレンジを突破していないセイボリーさんは、この町に残って引き続きオニオンさんに挑戦するようだ。まだ勝ち星を挙げていないため先に進むことができないセイボリーさんを待つかどうかの意見はもちろん挙がったものの、セイボリーさん本人から『ワタクシのせいで足を引っ張られるのはあまり気が進みませんから気にせず先に進んでください』と言われてしまったため、足を止めるのは逆に悪いということで先に進むことに。

 

(まぁ、ユンゲラーはフーディンに進化していたし、昨日の夜の戦い方を見るに、コンビネーションも問題ないし、オニオンさんのジムを突破するのも時間の問題じゃないかな?)

 

 それにさっきから視線を合わせているオニオンさんの雰囲気も思った以上に殺伐としておらず、むしろその空気は少し落ち着いているというか、和やかというか……相変わらず仮面をつけているため表情はわからないものの、彼から感じるそれはすくなともセイボリーさんを認めているようにも見える。ジムリーダーはあくまでも挑戦者の壁となる存在だ。4つ目の壁を超えるに足ると認められていそうな空気を感じる以上、セイボリーさんの突破はそう遠くないうちに果たされるであろう。ラテラルタウンに置いて行くことになるとはいえ、実はそんなに不安感は抱いていない。彼なら確実にボクたちに追いついてくれると信じている。

 

「頑張ってね。先に行って待ってるから」

「ええ。あなた方もご武運を祈っています」

 

 セイボリーさんとしっかり握手をしてお互いの健闘を称えあう。数秒ほど手をつないだボクはゆっくりと手を放し、今度はサイトウさんの方へと視線を向ける。一方でセイボリーさんはユウリと話を始めていた。あちらはあちらで話すことがあるのかな?

 

「サイトウさんはもう少しここに残るんでしたっけ?」

「ええ、しばらく開けていたのでここら辺で一度顔を出そうかと。この旅の成果の報告もしておきたいですしね」

 

 セイボリーさんと違ってすでにラテラルスタジアムを突破しているサイトウさんは、別にこのままボクたちについてきてもかまわないんだけど、どうやらここラテラルタウンはサイトウさんの通うガラル空手の道場がある場所らしく、長い間ジムチャレンジのせいで帰っていなかったため、ここに来たついでに少しの間道場へ顔を出しておきたいとのこと。確かに、これからまた旅を続けるとなると今度はいつ帰ってくるかわからないし、それなら帰れる今のうちにしっかりと顔を出しておきたいというのはよくわかる。ついでにオニオンさんとも久しぶりの再会だ。積もる話もあるんだろう。とはいっても、サイトウさん自体はボクたちよりも先にジムを突破しており、自由時間も多かったため話したいことの大体は話し終わっているであろうと思われる。彼女も2、3日もすればアラベスクタウンへと足を進めることだろう。

 

「ついでにセイボリーさんの様子も見ておきますよ。恐らく追い付くときは彼と一緒になるかと。」

「……セイボリーさんも……優秀なトレーナーですから」

「わかってますよ。心配はしていないですから」

 

 つまり、ここまでの話を総合すると、バウタウンではセイボリーさんと、ワイルドエリアの預かり屋ではサイトウさんと出会い、ここまで一緒に旅をしてきたけど、ここで一時的に2人とは別れるという事だ。少し寂しい気持ちはあるけど、これが今生の別れというわけでもなく、同じジムミッションを進んでいる以上必ずどこかでボクたちの道は交差することになる。その時は敵同士になっているかもしれないけど、それはそれで戦うのがとても楽しみだ。

 

(特にサイトウさんとは結局戦えていないからね……今度機会があったら是非戦いたい)

 

 好戦的な視線をサイトウさんに向けると彼女も同じような意味を込めて返してくれていた。どうやら惜しい気持ちを抱えているのは彼女も同じらしい。これは再会した時が楽しみだ。

 

「さて、ルミナスメイズの森は規模自体はとても大きいというわけではありません。ですが『メイズ』という名前がついている通りかなり迷いやすい場所ですし、生息しているポケモンの中にはいたずら好きな子もいます。フリアさんたちは初めて足を踏み入れるみたいですし、かなり迷うと思います。そろそろ発たれた方がよろしいかと」

 

 サイトウさんの言葉にうんとうなずく。ボクや今回が初めての旅であるユウリは勿論のこと、セイボリーさんとサイトウさんと入れ替わりで一緒に旅をすることとなるホップやマリィもこの先は足を踏み入れたことは無いという。あまり遅く出発すると、あまり大きくないらしい森とはいえ、迷いまくってしまえば野宿の回数も増えてくるだろう。それを抑えるためにも、出発はできる限り早くするべきだ。

 

 後ろ髪は少し引かれちゃうけど、今は前を向こう

 

「じゃあルミナスメイズへレッツゴー!」

「「「おお~!!」」」

 

 一通り3人に挨拶をしたボクたちは、お見送りを背中に受けながらルミナスメイズの森へと足を運んでいく。ラテラルタウンからルミナスメイズの森までの距離もそんなにあるわけではないので、すぐにボクたちの周りの景色も変わっていく。

 

 今までの荒野の風景からがらりと変わり、周りどこを見渡しても緑。自分の身長なんてはるかに超えている木が生い茂り、その木から生えているたくさんの葉っぱが太陽の光をシャットアウトしているため、まだお昼前だというのに森の中は暗く、そしてラテラルタウンまでの道のりと比べて気温が一気に下がり、涼しさを超えて寒さすら感じ始めた。

 

(ちょっと歩いただけでこんなにも景色が変わるんだ……面白い!!)

 

 冒険心をくすぐるこのシチュエーション。それはボクだけでなく、周りを見ればみんなもテンションが上がっているのがよくわかる。

 

 4人で顔を見合わせてうなずく。皆考えることは一緒だ。

 

「よし!誰が一番につけるか競争だぞ!!」

「あ!!ホップ!!フライングずるい!!」

「ホップもユウリも。飛ばしすぎないでね~」

「……ほんと、賑やかとね」

 

 暗く、しかしどこか神秘的な森の中。ボクたち4人の笑い声が森の中を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルミナスメイズの森。

 

 ラテラルタウンとアラベスクタウンをつなぐ神秘的な深い森。

 

 葉っぱと葉っぱがこすれる音がどこか心地よく、暗さも相まってかここでハンモックに揺らされながら目をつむればさぞかしいい夢を見ることができるだろう。たとえ暗い所が苦手な人でも、いたるところに生えている光るキノコが自分たちの周りをあかるく照らしてくれているため、怖さよりも先ほど言った通り神秘的なという感想が真っ先に出てくる場所だ。ここに来るまでに通ってきた道が荒野ということもあって、より強くその感想を抱くことになるであろう。

 

 ここまでの話を総合すればとてもいい場所に聞こえるが、何度も言うようにここはルミナス『メイズ』の森である。

 

 自然は豊かだけど、代わりに大木を支える木の根もまたとてつもなく巨大で、その大きさはボクたちの背をも軽く超えるほど。そのせいで視界は悪く、キノコの灯があるとは言え全てを照らしているわけでもないので普通に足元も見づらい。目印も少ないためどこを歩いたかもわかりづらく、夜になれば当然もっと暗くなる。そうなってしまえばいよいよこの森からの脱出方法は乏しい。自然にできたこの迷路は、時間が経てば経つほど人を惑わせていく。

 

 

 

 

 つまり何が言いたいのかというと……

 

 

 

 

「「「「迷った……」」」」

 

 現在午後8時。ボクたちは今現在、ルミナスメイズのどこかにいる状態だった。

 

「「「「ここどこ~!!」」」」

 

 響き渡る4人の叫び声。しかしその声に答えてくれる人なんて当然いる訳もなく……

 

「午後8時……もうだいぶ遅い時間だ……」

「これ以上は下手に進むともっと迷いそうやんね」

 

 時計を見ながらつぶやくホップに対して答えるマリィ。ただでさえ見通しの悪い場所なのに、夜になってそれがより顕著になったため、先程から木の根に引っかかり転びそうになる展開が増えてきた。崖という程ではないにしろ、高低差の激しい場所もちらほら見かけたので、これ以上進むとそこに落ちてしまう可能性がある。そうなると怪我では済まない可能性もあるので、今日はもうここでテントを建てて夜明けまで待つ方が懸命だろう。みんなもその意見に賛成みたいで、すぐさまテントの準備にかかり、みんな手馴れてきたのかものの数分で完了する。

 

 みんなのテントが無事立て終わったのを確認したボクは、次に4人のテントの中心部分に焚き火と大きな鍋を準備する。言わずもがな、夕食の準備だ。ここ最近はホテルに泊まることが多かったので、こうやって野宿で手料理はちょっと久しぶりかもしれない。

 

「わーい!!フリアの手料理〜!!」

「俺も何かあれば手伝うぞ!!」

「フリア1人に任せるのはしのびないけんね」

 

 テントの中に荷物も置き終え、外に出てきたみんなもボクの方に気づいて近づいてくる。ちょうど食材を全部出し終えたボクは、そう言ってくれるのならということでみんなに食材の下ごしらえをお願いする。あ、今回はユウリにもちゃんと色々お願いしたよ。……また洗うだけを指示したら膨れて怒っちゃいそうだからね。ちなみに今作っているのはガラルではおなじみのカレーだ。具材はちょっと奮発してとくせんりんごを使ったアップルカレー。そこにビークインのはちみつを少し足らせばさらに美味しくなっちゃいます。やっぱりりんごとはちみつは王道の隠し味だよね!……りんごは隠れていないけど。

 

「よしよし、順調順調〜」

「いい匂い〜……」

「ユウリ、顔だらしないことになってるとよ」

「でも気持ちわかるぞ!!匂いだけでお腹がどんどん減っちゃうな!!」

 

 4人で作っているということもあり、想像よりもかなり早く出来上がっていく料理。みんなもお腹が空いてきているのか、ツッコミを入れているマリィすらもなんだかんだで食器を手にうずうずしていた。

 

(迷って色んなところを右往左往していたのが余計にお腹に来てるのかな?……あれ?)

 

 なんて思いながら最後の仕上げに取り掛かろうとしていると、ホルダーにつけているモンスターボールがカタカタと揺れ出す。それもボクだけではなく、ユウリたち全員のが揺れ始めていた。その事に気づいたボクたちは、お互い顔を見合わせてそっと頷き、全員で一気にボールを放つ。

 

「ジメレオン、キルリア、マホイップ、イーブイ、ユキハミ!出ておいで!!」

「ラビフット、アブリボン、エレズン、ミロカロス!!」

「バチンキー、ウッウ、スナヘビ、エレズン!!」

「レパルダス、ドクロッグ、ズルッグ、モルペコ!!」

 

 総勢17匹の大所帯。一気にこれだけのポケモンたちが場に出てくる姿は壮観で、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。ちなみにヨノワールはまだお疲れなのかボールの中でお休み中だ。残念ながらみんなにお披露目はまた今度になってしまっている。本当にタイミングが悪い。

 

(まぁ、みんなそんなに気にしていないし大丈夫かな?というかそれ以上に気になるのが……)

 

 ホップの出したポケモンたち。そのメンバーの中にはやっぱりウールーはいなくて……。

 

(何も無ければいいんだけど……)

 

 みんなとキャンプをする楽しさと、ホップに対するほんの少しの心配の気持ちを混ぜながら、ルミナスメイズの森での小さな宴が始まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シロナ

ギンガ団との一件もあり、彼らに対しては高い信頼を置いています。それはもうお気に入りと言われるほど。
彼女からしたらフリアさんとコウキさんの才能は同じくらいらしい……?

ヨノワール

過去の不調の原因とは……?

セイボリー、サイトウ

ここで二人とは一回お別れです。
大切なボケキャラが……(おい)
ただ、こうやって出会いと別れを繰り返す方が、アニポケっぽいリアルさがあるかなと(アニメっぽいリアルさとは)

ルミナスメイズの森

実機では三十秒もあれば通り抜けられる超狭い森ですね。
あそこ、絶対もっと大きくしてよかったと思うんですけど……全然メイズじゃない……。

かげうち

かげうちについて前回書き忘れてましたのでここで補足を。
かげうちは実機の説明をおおざっぱにすると、自分の影から鋭い爪を伸ばして攻撃する。というニュアンスになっています。しかし、大乱闘スマッシュブラザーズのかげうち(ゲッコウガの横B)だと後ろに瞬間移動して攻撃(というコンセプトで作られていると思われる)というものになっています。
この作品ではその両方を採用したいと思っていますので、ヨノワールのかげうちが時と場合により遠距離だったり近距離だったりします。だからこその遠近両用というわけですね。
このあたり、説明をしておかないと混乱を招きそうだったので補足しておきます。




フリアさんの手持ちの一匹、ヨノワールが解放されたということで、感想欄でも予想に走る人が多いですね。
そこで、一応今までの情報でどこまでわかりそうかを簡単にまとめておきます。

一匹目→今までの情報で確定可能です。
二匹目、三匹目→タイプのみ判明
四匹目→戦闘スタイルのみ判明。もしかしたら特定できるかも……?かなり難しいですが……
五匹目→ノーヒント

……と、わたしの記憶が正しければこうなっていると思います。たぶん……。
五匹全員当てるのは難しいともいます。
前提条件として……

・ダイアモンド、パールにてちゃんと捕獲可能
・伝説、準伝説、幻は考慮しない

とだけ言っておきますね。

気になる方はぜひ探してみてくださいね。


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64話

ダイパのリメイク。

移動がしづらいことや、バグがちょっと多いかなと思うところ。
シロナさんの編成が努力値含めがちなところが好きだったところ。

等々、不満や好評なところはいろいろありますが一文でまとめるなら……

ネジキチャレンジしたかったなぁ……。

ま、制作会社がゲーフリではなく外注なのでそういうところを考えるといい所も悪い所もあったかなと。
外注作品が悪いわけではないのはコロシアムで証明されているので単純に個人としてはもうちょっと何か欲しかった……。

ネジキ復活しないかなぁ。


「美味しい~!!フリア、おかわり!!」

「相変わらず本当に美味しい……ほんと、多芸ね」

「やっぱりリンゴとはちみつは王道だよな!!」

「今日もうまくできているみたいでよかったよ」

 

 ルミナスメイズの森のどこだかわからない場所。夕食を作ったボクたちは、みんなでカレーに舌鼓を打ちながら談笑をしていた。談笑をするような状況じゃないと思われるかもしれないし、ラテラルタウンを速く出た理由はこういった遭難とかをしても野宿をする回数を減らすためという目的だったりはするんだけど、それと同時に旅に遭難や迷子、トラブルはやっぱりつきものなわけで……少なくともここにいるメンバーは、こういった非常事態を楽しめるメンバーだ。これくらいの談笑は許されるだろう。もっとも、それはこの四人がそろっているからだとは思うけどね。

 

(ボクがガラルにきて最初に迷った時はとても心細かったもんなぁ……)

 

 思い出されるのはまどろみの森にて迷った時の話。霧も深いし初めての場所で方角もわからないし、あの頃はポケモン図鑑の更新もしてなかったから周りのポケモンについてすらも知らなかったし……

 

 そばにいたのはヨノワールのみ。一番の信頼を置いているとはいえ、やっぱり心細いのに変わりはない。

 

 けど今回は頼もしい仲間がいる。それだけでもこんなにも心強く、また不安なことでさえもふざけながら一緒に歩ける。うん、無茶苦茶心強い。

 

「カレーが美味しすぎてやばい……これはまた私のおなかが……ううぅ~!!」

「でもユウリってそんなに体系変わらないよな。気にしなくてもいいと思うぞ?」

「変わらないように努力してるの!!相変わらずホップはそのあたり鈍いんだから……ね~アブリボン?」

「むむむ、とは言われてもわからないものはわからないぞ?なぁバチンキー?」

「リリィ?」

「キィ?」

 

「ふふふ」

 

 今も楽しそうに言い合いをしている2人と、そんな2人の言い合いよりカレーの方に夢中になってしまっているバチンキーとアブリボンという構図がなんだかおもしろくてついつい笑ってしまう。

 

(やっぱり旅はみんなとするのが一番だよね)

 

「ん?フリア、何か嬉しそうだけど……そんなにカレー褒められるのよかったと?」

 

 そんなこんなで現状に微笑んでいるとその姿をばっちりとマリィにみられていた。ちょっと恥ずかしい。

 

「あはは、まぁそんなところ。マリィもたくさん食べてね。まだまだたくさんあるし」

「そう?もうあんまりないように見えるけど……?」

「え?結構作ったと思うんだけど……」

 

 食べ盛りであるボクたちにとっては、カレーなんてほぼすべての人が好きと答える食べ物はいくらでも食べることができると言っても過言ではない。そんな成長真っ盛りである少年少女が4名もいるうえ、総勢17匹にも及ぶ、こちらもまた成長真っ盛りのポケモンたち。これだけの数の人間やポケモンが食べるのだから、すぐになくなることを予想して、各々が持っている鍋全部使って、しかもそれらが全て満タンになる程の量を作った。いくら大食いのユウリがいるとしても、ボクの予想ではこんなにすぐになくなることは無いと思ったのだけど……

 

「確かに……予想よりもちょっと早くなくなっている?」

 

 今すぐにもなくなりそうっていうわけではないものの、それでもかなり減っていた。いくらユウリでもこんなにすぐに食べきるとは思えなくて……そこまで考えてある言葉が頭をよぎる。

 

(そういえばこの森に入る前にサイトウさんに忠告をされていたっけ?たしか……いたずら好きなポケモンもいる、だっけ?)

 

 いたずら好きなポケモンというものの存在自体はさして珍しいものでもない。シンオウ地方でもたくさんそういった個体はみてきたつもりだ。そのことについてはサイトウさんも知っていると思うし、割と冒険においては初歩的であるそのことについてわざわざ言う必要はあまりないこともサイトウさんならわかっているとは思う。けど、それでも改めて言う必要があるということは、それ相応のちょっと厄介なポケモンがいるという事な気がする。

 

 マリィもその考えに至ったのか、ボクが周りを見回して少し警戒している頃には一緒になって辺りをきょろきょろしていた。そうやって周辺を観察すること数秒。意外にもその答えはすぐ判明して……

 

「ねえフリア……あのポケモン……」

「……うん、あの子が犯人っぽいね」

 

 マリィが指を差した先には、何かの大きな木の実の皮で作ったように見える器のようなものに、山盛りに注がれたカレーを大事そうに抱えながら抜き足でここを離れようとしている一匹のポケモンと思われる影。黒色の長い髪に緑色の下半身とピンク色の上半身。特に目に付くのは、自身の顔と同じくらいあるんじゃないのかと思われるほど大きな耳。人によっては悪魔みたいなんて言いそうな見た目をしているんだけど……なんだか嬉しそうな顔をしてカレーを運んでいる姿を見るとものすごく微笑ましく見えてしまう。ロトム図鑑をそっとかざしてみると、どうやらあのポケモンはギモーと呼ばれるポケモンらしい。しょうわるポケモンと称される彼らは、謝るふりをして髪の毛のとげで攻撃をするというちょっとずるい戦い方をするらしいんだけど……

 

「とてもそんなずる賢い子に見えんとね……」

「うん……なんか、凄くかわいらしい子だね」

 

 カレーを抱えて一生懸命テトテト歩く姿は初めてのお使いをしている子供のように見える。そんな幼い子を見守る暖かい目でマリィと見守っていると、ロトム図鑑の声が聞こえていたのかギモーがこちらに見つかっていたことに気づき、その体を大きく跳ねさせる。さらにそこから慌てて逃げようと走り出すギモーだったけど、慌てて走り出したせいか、木の根っこに足を引っかけてしまいこけそうになる。

 

「危ない!!」

 

 その事にボクよりも早く気付いたマリィが走って駆け寄ることによって、カレーもギモーもしっかりと抱えることに成功した。ボクもサポートのために駆け寄っていたものの、マリィによるファインプレーによって一人で解決してしまったため特に必要なかった。

 

(っていうかずいぶん器用だなぁ)

 

「大丈夫?マリィ。はい、カレー受け取るよ」

「うん、何とか……ありがと、フリア」

 

 そんなことを思いながら両手が塞がっているマリィからカレーを受け取り、マリィはマリィでギモーをこけそうな態勢から元に戻してあげる。

 

 ぐううぅぅ。

 

 ギモーを元に戻してあげている間に響くおなかの音。ボクもマリィもご飯を食べている途中なので今おなかが鳴るとは考えにくい。となるとこのおなかの音の正体は一人しかいないわけで……

 

「あなた、おなか減ってたんね」

「ギ、ギモッ!!」

 

 地面に立たせたギモーと目線を合わせながら問うマリィに対して、警戒心を解かないギモーはマリィに対して声を上げながら構えを解かない。いつ攻撃をされてもおかしくはなさそうなんだけど、それに対してマリィはまったく気にした様子もなく、平常心で対応する。

 

「フリア、そのカレー貰ってもよかと?」

「ん、いいよ~。はい」

 

 マリーに頼まれて、先ほどこぼれそうになったカレーを再びマリィに返す。

『ありがと』と小さく言葉をこぼしたマリィは、再びギモーに顔を合わせながらそっとそのカレーをギモーの前に置いた。

 

「はい。これが欲しかったんよね。あたしたちの分はまだあるから食べても大丈夫とよ。……あ、フリア、カレーあげてよかった?」

「あげてから聞くことじゃないでしょ。それにボクが断ると思う?」

「全然。ほら、ここのシェフもこういってるし、しっかりお食べ」

「ギモ……」

 

 怒られる、ないし襲われることを予想していたのか、マリィの対応に面を喰らってしまい戸惑った様子を見せるギモー。いきなり目の前に帰ってきたカレーの存在が信じられないみたいで、いまだにどうすればいいのか困っているようにも見えるその姿は、先ほどまでの威嚇をしていた姿とは真逆の、迷子になった子供のような弱弱しさを感じた。

 

「……フリア、余ってるスプーンある?」

「あるよ~。はい」

 

 その姿がどうもマリィにとっては母性本能をくすぐられる行動だったらしく、ボクからスプーンを受け取ったマリィが、一口分カレーを掬ってギモーのに差し出す。所謂、あーんをする態勢だ。

 

「お腹すいてるんよね?あなたに何があったかのかわかんないけど、少なくとも今は何も気にしなくても大丈夫とよ」

 

 優しく諭すように話すマリィに自然と心を開いて行くギモーはゆっくりと差し出されたスプーンに口をつけていく。一口口に含んだ瞬間一気にその表情を一気にほころばせるギモー。どうやらボクが作ったカレーはギモーのお口にもしっかりあったらしく、その一口を皮切りにマリィからスプーンを受け取り、先ほどまでの警戒心と小心具合が嘘のようにカレーに食らいついて行く。余程お腹を減っていたのか、物勢いでカレーを食べ進めるギモーを微笑みながら見守るマリィは、そのままおかわりのカレーも用意し始める。

 

「フリア。あたしがこの子の面倒見るからこっちはもう大丈夫とよ。ユウリたちが食後にまた何かしようとしてるみたいだし、そっち行って大丈夫と」

「了解。また何かあったら言ってね」

「ん」

 

 ボクに小さく返事を返しながらギモーを見守るマリィを背に、ユウリとホップの元へと戻るボク。あの様子だとマリィに全部任せて大丈夫だと思う。

 

(というかあの波長の合い具合、ワンチャンそのままマリィの手持ちになりそうだったよね)

 

 図鑑を見るとギモーのタイプはあく、フェアリータイプ。マリィがあくタイプのエキスパートであることを考えるとそのまま仲間になってもおかしくはなさそうだ。また新しい仲間が増える嬉しさと、どんな強敵となって立ちふさがってくるかの楽しみが一緒に襲ってくる。まだ見ぬ未来にワクワクしながらユウリとホップの下へと戻ると、流石におなか一杯になってのか、折り畳みテーブルの上にティーカップとポットを準備し、食後のティータイムに入ろうとしている2人の姿があった。ポケモンたちもちゃんと食べ終わったのか、寝転んで食休みをするもの、走り回って遊ぶもの、座って他のポケモンと談笑するものと、各々が好きなように行動していた。

 

「おうフリア。そっちで何かあったみたいだけど大丈夫なのか?」

「うん。マリィが見てくれてるから大丈夫」

 

 ホップの言葉に返しながらボクも椅子に座る。椅子に体を沈ませる感覚に若干の脱力感を感じながらテーブルへと視線を向けると、先ほども見たティーカップとポットが目に入る。と、ここまで近づいて確認し、ようやく気付いたことがあった。

 

「あれ、このティーポット初めて見るけど……だれか新しく買ったの?」

「あ、それは私が骨董屋さんで貰ったんだ」

 

 ボクの疑問に答えたのは紅茶の素材を準備しながら答えるユウリ。言葉的にただで譲ってもらったという事なんだろうけど、パッと見ただけでも物凄く高価なもののようにも見える。

 

「よく譲ってもらえたね……骨董品屋で扱ってたくらいだから相当高級なものだと思うんだけど……」

「私もそう思ったんだけど、『家じゃ使わないし、ジムチャレンジで有名になっている嬢ちゃんに使ってもらった方がこいつも幸せだ』なんて言いながら渡されたの。断ろうとも思ったんだけど、梱包も丁寧にされちゃったしどんどん話進んじゃうからタイミング失っちゃって……それにこういう良いポットでお茶を作ると美味しいって言われているでしょ?」

「ああ、なるほど……」

 

 ここまでユウリに言われて何となくユウリがしたお願い事がわかってきた気がする。

 

「だから……フリア、これで紅茶作ってほしいなぁ。なんて……」

「だと思った。わざわざ素材まで準備してるんだもん。すぐ作るから少し待ってもらっていい?」

「やった!!ありがとうフリア!!」

「俺ももらっていいか?」

「勿論。みた感じ4人分はあるっぽいし、全員の分ちゃんと作るよ」

 

 作るとはいっても茶葉の乾燥等は既に終わっているお店のものを使うわけだし、ボクがすることで注意することと言えば、汲み立ての水を使うことができないので、せめて軟水を使う事と茶葉の量をしっかり計ること、蒸らす時間をしっかりすること、そして紅茶を入れる前にポットとカップを温めておくことくらいだ。他にはポットの材質は鉄分を含まない方がいいとかあるんだけど、見た感じポットは陶磁器製ぽいし、カップの形は今更変えようもないので気にするところでもないだろう。

 

 ここまでの知識全部ヒカリからの受け売りだ。彼女の家事力は本当にすごい。

 

 特に手間取ることもなく紅茶を作り終え、その間に予想通りギモーを仲間に加えてみんなに自己紹介をしているマリィも無事合流。時間も程よくたったと思うので、まずはこのポットを持ってきてくれたユウリのカップに注ぐ。

 

 勢いよく真っ白のカップに注がれた琥珀色の液体は香ばしい匂いをあたりに振りまきながらその存在感を周囲に伝えていく。

 

「「「おお~……」」」

 

 そのあまりにもきれいな紅茶の流れる様に思わず声を上げる3人。続いてマリィの分、ホップの分という順番に注いでいき、最後に自分の自分のカップに注ごうとして……

 

「……あれ?出てこない……?」

 

 ポットの注ぎ口から零れていたはずの液体がぴたりと止まってしまう。

 

「分量は間違えてないし、ちゃんと4人分の紅茶を作ったと思ったんだけど……」

「あ、フリア!下下!!」

「下?……あ!」

 

 マリィに言われて下に視線を向けると、そこには琥珀色の水たまりができていた。言わずもがな、ボクが作った紅茶だ。

 

「注ぐときにこぼした憶えはないんだけど……」

「たぶんここじゃなかと?」

「これは……ひび割れ?」

「うっすら表面も濡れているし、ここが原因っぽいぞ」

 

 みんなでポットのある一部分に目を向けると、そこには少し注視したらようやく見える程度の小さなひび割れがあった。ホップのいう通り、ひび割れの部分は少しだけ琥珀色の輝いており、ここから紅茶が流れてしまったと簡単に考察できる状態になっていた。

 

「うそ……私がどこかにぶつけちゃったのかな……」

「梱包は丁寧だったから流石に大丈夫だとは思うけどな……それよりも俺はもともとひび割れてただけだと思うぞ?骨董品ってことはかなり古いポットだよな?これって」

「あたしもホップの考えと同じかな。単純に古いものだから劣化してるだけじゃなかと?」

「うう~、せっかくいいもの貰ったと思ったのに~……」

「まあまあ、とりあえずみんなの分は注げたんだし、その一杯をしっかり味わってくれたらボクは十分嬉しいよ」

 

 それにひび割れているとはいっても全く作れないというわけではない。今度注ぐときはどうにかしてそこを塞ぎ、また作り直したときに紅茶を飲めばいいからそんなに急ぐこともない。それでも 納得いかないといった顔をしているユウリをひとます置いておいて、紅茶と一緒に食べるためのポフィンや飴細工を並べていく。

 

 紅茶とポフィンの匂いにつられて集まってくるみんなのポケモンたち。そんなみんなにポフィンを配り終えたらいよいよお茶会の完了だ。

 

「さあ召し上がれ~」

 

 ボクの言葉に3人とポケモンたちがうなずき、それぞれがお菓子や紅茶を口につけていく。

 

「っ!?凄く美味しか……ポットが違うとここまで違いが出るの?」

「今まで飲んできたものの中で一番だぞ!!」

「うん。香りも香ばしいし、暖かくて落ち着くかも……ポフィンともよく合う」

 

 お菓子も紅茶もみんなの口によくあってくれたみたいで、ほっと思わず口からこぼれる幸せのため息がみんなの満足感を如実に表していた。かけたカップのせいで全員分用意出来はしなかったけど、やっぱりこうやってみんなの幸せそうな顔を見ているとそれだけでボクも満足できるね。

 

 ポフィンを口に運びながらみんなの様子を見守るボク。皆の顔も幸せそうで、お菓子やお茶を口に運んでいる姿を微笑ましく思いながら眺めていると、やっぱりユウリだけはどこか納得がいかないような、そんな表情をしていて……

 

「うう~、やっぱりフリアもいま飲んでこの味を感じた方がいいよ!!」

「う~ん、でももう残ってないしなぁ……」

 

 ユウリがそこまで言うくらいだから本当に美味しいんだろう。勿論ボクだって飲んでみたくはあるんだけど、先ほども言った通り本来残っていたであろう紅茶はすべて地面にこぼれてしまっている。流石に今からもう一回淹れるというのもちょっと手間だし、再び零れるのがわかっているのに作るというのも、飲食物を無駄にしている感が強くて忍びない。やっぱりまた次の機会にしないと……と考えていたら、ユウリが勢い良くこちらを向きながら声を出す。

 

「じゃあ私のをあげるから!!」

「え?……いいの?」

 

 声を上げながらずずいっとカップを突き出すユウリ。そのカップの中にある琥珀色の液体はその量を減らしており、また湯気の量が減っていることからほんの少し冷めているのもわかるけど、まだまだ美味しく飲める状態であろうということはわかる。けど、先ほども言った通りそこそこ減っている形跡があるのでユウリもしっかりとこの紅茶を味わっていたはず。だとすればこの紅茶を独り占めしたいって気持ちは少なからずあるとは思うんだけど……

 

「別に一人で最後まで楽しんでもいいのに……」

「それ以上にこの料理やティータイムの準備をしてくれたフリアを労いたいの」

「気持ちだけで十分嬉しいんだけどなぁ……」

 

 それでもじっとこっちを見ているあたりボクが受け取らないと納得はしてくれなさそうだ。

 

(これがヒカリやジュンなら全く気にせずに独り占めするのに……あの2人が悪いというわけじゃないけど、あの2人と比べるとユウリって本当に優しい子だよね)

 

 あの2人にもこれくらいの優しがあってもいい気がするんだ。いや、元気があるトラブルメイカーと考えると退屈しない面白さはあるんだけどね。

 

「じゃあ、そこまで言うなら少し貰おうかな」

「うん!飲んで飲んで!!」

 

 仕方なくボクが折れたら凄く嬉しそうに笑顔を浮かべながらカップを差し出すユウリ。それを微笑ましく思いながら受け取り、琥珀色に輝く液体を口に運ぼうとして……

 

「……(じーっ)」

「……ゆ、ユウリ?」

「な、なに!?」

「えっと……そんなに見つめられると飲みづらいんだけど……」

 

 じっとこちらを見てくる視線に気を取られてなんだか紅茶を飲みにくい空気。ボクの顔に何かついていたりするのかな?

 

「あ、ううん!!気にしないで!!ささ、どうぞどうぞ!!」

「うん、ならいいんだけど……いただくね」

「……うん」

 

 やっぱりボクから視線を外さないユウリに若干の疑問を抱きながらも、流石にこれ以上紅茶を冷ましてしまうと美味しくなくなりそうだから口をつける。

 

(うん、凄く香りもいいし美味しい……これ淹れたてだったらすごく美味しいんだろうな)

 

 素直な感想を浮かべながら喉を潤す感覚に幸福感を感じているボク。

 

(……だけどやっぱり視線が気になる!!)

 

「え、ええと……ユウリ?」

「ふぇ!?な、なに!?」

「やっぱりボクの顔に何かついてる?あと顔赤いけど……体調悪い?」

「な、何でもないの!!大丈夫!!」

「そ、そう……無理はしないでね?あ、あと紅茶ありがとうね。すごく美味しかった」

「う、うん……」

 

 ボクは十分紅茶を楽しんだのでユウリにカップをお返しする。一方で両手でカップを受け取ってカップを見つめるユウリ。相変わらず顔が真っ赤なのがちょっと心配になるけど……まあ本人が大丈夫だと言っているからそれを信じよう。

 

「あぅ……こ、これよくよく考えたら……フリアが……く、口を……」

 

 ……大丈夫だよね?

 

「……あれ?」

 

 ユウリが少し心配でちょっと視線を向けてみると、ユウリの近くに漂う影が見えた。それはピンク色のアンティークカップに見える物体。しかし、明確におかしい所があり、それはそのティーカップが()()()()()()()()という事。

 

「なにこれ?」

 

 ユウリもようやくそのことに気づいたみたいで顔を向ける。時を同じくしてホップとマリィもその異変に気付いたみたいで、空中に浮かぶカップに皆の線が集まった。そして……

 

「バッチャ……?」

 

 カップの模様が動き、目と口のような部分が浮かび上がり、そこから幼い声が響いた。

 

「ポケモン……?」

 

 ギモーに続いて、新たな出会いの予感を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




紅茶

実際に淹れ方を調べて書きました。
淹れ方ひとつでそこそこ変わりそうですよね。本場のものを飲んでみたいです。

ギモー

というわけでマリィさんの手持ちに。
マリィさんの手持ちは、バトルのタイミング的にこの場所ではまだギモーは手に入れていません。
9番道路で戦った時に手持ちにいませんからね。けど流石にストーリーとして書くのはここ辺りで仲間にしていた方がよさそうだなと。

空飛ぶカップ

空を飛ぶカップの正体はポケモンのようですが……ピンク色の空飛ぶカップ……そんなポケモンなんていましたっけ?(すっとぼけ)









ダイパリメイクは地下探検楽しくて石像集めるゲームになりそうですね。
カセキホリダーかな?
色厳選は引き続き剣盾で頑張りますよ。
アルセウスもものすごく楽しみですね。


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65話

ダイパの化石堀が楽しすぎる……


「あのポケモンはいったい……?」

「バッチャ……?」

「わわ!?私に何か用?」

 

 ボクたちに気づかれても、先程のギモーのように取り乱すなんてことは特になく、そのままユウリの周りをぷかぷかと浮かびながら旋回するティーカップのポケモン。何故ユウリの周りにふよふよ浮いているのか本人が理解出来ずに、またこれからどうすればいいのか分からずにわたわたしている所をボクらもどうすればいいのか分からないので対処に困ってしまう。

 

(とりあえず図鑑をかざして情報をっと……)

 

 何をするにしてもまずは情報。ロトム図鑑にお願いをしてこのポケモンの詳細を調べていく。

 

『ヤバチャ。こうちゃポケモン。ゴーストタイプ。

 体の渦巻が弱点。かき混ぜられると形が崩れ、めまいを起こしてしまうのだ』

 

 ボクのロトム図鑑から聞こえる音声に耳を傾けながら、ヤバチャのその他目で見えるデータを軽く流し見していく。身長も体重もボクが知っている中でダントツで小さいポケモンだ。というのも、どうやらカップに目と口と思われるものが描かれておきながら本体は中身の、渦巻き模様の入った紫色の部分らしい。カップの模様は単にゴーストタイプ特有の力とかで動かしているのだろうか?色々と分からない点は多いけどそれ以上に気になる点が1つ。

 

「とりあえずこのポケモンの名前はわかったけど……なぁ……?」

「ホップの言いたいことは分かったと。……確かにこの子、ヤバチャって子みたいだけど……」

「図鑑と色が違うね……」

「まさか……色違いか!?」

 

 それは図鑑に映っているヤバチャの姿と、今目の前にいるこのヤバチャの見た目が違うと言うこと。先程も言った通り、今ユウリの周りをふよふよしているヤバチャは、自分が入っているティーカップの色が鮮やかなピンク色なのに対して、図鑑に載っているヤバチャは水色のティーカップに体を預けている。これが、自分が入るティーカップによって色が違うということでおるのならば、まだ説明はつくんだけど……こればかりは他のヤバチャの個体を見て見ないと判断は出来なさそうだ。ホップの言う通り、この個体が色違いという可能性は全然あるけど、過去の体験談を考えるとちょっと考えてしまう。

 

(カラナクシがテンガン山を分けて西と東で姿が違うこと知らなくて色違いだって騒いでいた黒歴史が……)

 

 と、そこまで思い出して無理やり記憶封印する。そんな記憶はない。うん。封印完了。

 

 色違い。

 

 突然変異なのか、はたまた環境によるものなのか、他の個体と比べて色が違うポケモンたちのことを表す言葉。地方が違うことによって起きる、リージョンフォームとは違い、タイプやポケモン自身の能力は元の個体とは一切変わることはなく、単純に体の色が違うだけ。ただ通常の個体ではないのに変わりは無いためかなり貴重な存在とされており、一部のマニアがこぞって手を伸ばしてしまうほど。勿論中には悪意ある手もあるけどね。預かり屋で出会ったポケモンハンターとか……

 

 話を戻そう。

 

 今ボクたちの目の前には野生の色違いかもしれないヤバチャがいる状態だ。このポケモンがどこからきて、どうしてここに来たのか理由が気になるところだけど、ヤバチャ自身は未だにユウリとじゃれあっているし、ユウリ自身もあたふたしててこちらの様子に全く気付いていない。また、そのじゃれあっている姿がとても楽しそうに見えるからこちらから声をかけるのもちょっとためらってしまうような空気感だ。と、しばらくその風景を見つめていると、ヤバチャの体がゆっくりとユウリの手元にあるティーカップに向かっていく。その中にはまだボクが淹れた紅茶が残っているわけで……

 

「あ、単純に紅茶の匂いにつられてきたんだ」

 

 ふとよそに視線を向ければ、マリィとホップのカップは空になっており、残りはユウリも持っているそれだけとなっている。ヤバチャがユウリに絡んでいるのもそういう事だろう。

 

「欲しいの?」

「バチャバチャ!!」

 

 そんなヤバチャの姿から紅茶をねだっていると感じたユウリが今度はヤバチャに譲ろうとすると、嬉しそうな声を上げながら紅茶に飛び付くヤバチャ。美味しそうな、そして幸せそうな顔を浮かべながら飛び付くヤバチャを見る限り、どうやら本職の方にも満足いただけたようだ。安心安心。ヤバチャが紅茶に夢中になったおかげでようやくユウリが解放され、こちらの会話に混じっていく。となれば議題は次のものへと変わっていく。

 

「さてと……ユウリ、この子どうすると?」

「う~ん……どうしよう?」

「ん?こんなにも仲いいんだし仲間にしないのか?」

「仲がいい……かなぁ?」

 

 マリィとホップの言葉に首をかしげるユウリ。確かに一見仲がいいように見えるけど、その実単に紅茶に惹かれただけなきがして、ユウリもその気配を感じ取っているからこその生返事。

 

「ヤバチャ~?」

「バチャバチャ~!!」

「……やっぱり私の声聞こえてない」

 

 ヤバチャを呼ぶユウリの声を無視してひたすらに紅茶に飛びつくヤバチャ。その姿にマリィとホップも納得したのか微妙な顔を浮かべる。勿論仲間にするだけならば、バトルをして弱らせてからボールで捕獲をしてしまえばいい。というか最近のボクたちの行動のせいで勘違いされるかもしれないけど、そもそもポケモンの捕獲というのはそうやって行うものだ。ボクたちのように運命的に出会い、自然と仲間になってパートナーとなる事例といのはかなりレアなことだ。そのはずなんだけど……

 

(うちのメンバーで絆ゲットってマホミル、アブリー、ヒンバス、ユキハミ、そして今日ギモー……珍しいとはいったい?)

 

 ボクの手持ちでバトルしたのはキルリアだけという事実に頭を思わず抱える。そのキルリアでさえ、戦いが終わった後に自分からついてきたいと言ったので半分絆ゲットのようなものだ。さらに言えば、実はヨノワールもヨマワルの時に出会い、そのまま絆ゲットとなっている。

 

(あれ?ボクろくに野生とバトルしてない……)

 

 まぁ、そんなこともあるだろうし、このゲット方が多いからと言って悪影響はないしいいだろう。そして話がまたもや脱線してしまったので戻そう。

 

「とりあえず、ユウリにゲットのつもりはないの?」

「う~ん、それがね?今までの子がみんな不思議な出会い方だしバトルしてゲットしたわけじゃないから、なんだか戦って捕まえるってことに抵抗が……」

「ごめん……ごめんよ……」

「なんでフリアが謝るの!?」

 

 前言撤回。どうやら悪影響だったようだ。

 

(ユウリ。このゲットがおかしいんだ。慣れちゃダメなんだ……)

 

 と言いたいけど、ボク自身絆ゲットは大好きだし、現状の手持ちたちのせいで説得力がないため心の中で謝るにとどめることに。おかしい、どこで間違ってしまったのか。

 

「まぁ、捕まえる気がないなら放置でいいんじゃなかと?」

「だな。気が済めば自分の家に帰るさ」

「……うん。そうだね。あ、カップはどうしよっか?」

「明日の朝でいいんじゃない?ボクが洗っておくよ」

 

 ということで満場一致で放置することに。

 

(色違いかもしれない貴重なポケモンを目の前にしてこのような対応を取るなんて、ほかの人からしたら信じられないんだろうなぁ)

 

 ここにいるメンバー皆が、基本的にポケモンの意思を尊重する考えを持っている人たちだからこそ起きた、ある意味奇跡のような状況だ。そうと決まればボクたちの行動は速いもので、携帯を確認すればかなり遅い時間を差していることもあり、ティータイムを切り上げるためにヤバチャがくっついているティーカップ以外の食器を片付けていく。ポケモンたちも手伝ってくれたおかげでスムーズに進み、あっという間に完了。

 

「じゃあ寝よっか」

「うん。みんなお休み~」

「お休みだぞ!」

「お休み~。眠か~……」

 

 手持ちのポケモンたちも皆ボールに戻った。あとは各々のテントに入り、シュラフの中に身を滑り込ませるだけ。そう思っていたその時。

 

 

『ジリリリリリリリリリ!!!』

 

 

「「「「うるさいッ!!??」」」」

「バチャッ!?」

 

 突如響き渡る大音量のベル音。まるで耳元で目覚まし時計が鳴り響いたかのような、不快感を感じる音に思わず耳を塞いでうずくまるボクたち。徐々にたまっていた眠気なんて勿論彼方まで吹っ飛んでしまった。そんな不満感だらけな感情を表すボクたちとは対照的に、どこか焦ったような、それでいておびえたような声を上げているのはカップにくっついていたヤバチャ。

 

 暫く慌てた様子でおろおろしたヤバチャは、慌てて空中へ浮かび上がり森の奥に飛び去ってしまう。

 

 嵐のように過ぎ去って行った一瞬の出来事。しばらく顔を向き合わせるボクたちは、少し固まってしまい動き出しが遅れてしまうものの、みんなの考えはひとつの方向に固まっていた。

 

「なんか、ヤバチャの様子おかしくなかったか?」

「物凄く怯えてたと」

「向かったのはあのベルの音がなった方向だから……あっちかな?どうするユウリ?」

「……」

 

 正直聞かなくてもわかる質問。だけど、今回に関してはユウリの意見を聞いてから動きたい。確かに信頼関係とか絆とかはまだ特にないけど、この中であのヤバチャを1番気にかけているのは間違いなくユウリだ。彼女の口からどうしたいのかを聞いてから動きたい。

 

「行こう。眠気も無くなっちゃったし、なんだか心配だから」

 

 もちろんユウリからの言葉はヤバチャを追いかけること。みんなで頷きあって、ベルの音が聞こえ、ヤバチャが飛んで行った方向に走り出す。テントをそのままにしているのが少し気がかりではあるけど、音の聞こえ方からしてそんなに遠くはないとは思うので大丈夫だろう。暗くて見づらい足元は、ユウリのとラビフットとマリィのモルペコが照らしてくれている。夜遅い時間のせいと、夕食とティータイム後の満腹感のせいで眠気に襲われている2匹だけど、そこは主の願いを聞き届けるために一生懸命頑張ってくれている。モンスターボールの中にいたから、ベルの音も少しは聞いているにせよ、だいぶ軽減されているはずだしね。

 

 兎にも角にも、あまり距離がないということがわかっている以上、そこまで急がなくてもたぶん追いつけると信じている。あまり全力で走っちゃうとおなかを痛める可能性もあるし、最悪の場合戻してしまう可能性も出てきちゃうからね。

 

 そんなボクの予想もばっちり当たっていたみたいで、ほんの数分程、ヤバチャが飛んで行った方向へ走っていると、ほどなくして少し開けた地が視界に入ってきた。その開けた地には、遠目から見ても何かが浮いているのが確認できたため、ボクたちはその開けた地の手前にある太い木の幹に体を隠しながら広場の様子をうかがってみる。

 

「これは……」

「凄いぞ。魔法みたいだ」

 

 木の幹から隠れながら伺った広場には、ホップの言う通り魔法のような光景が広がっていた。空中を飛び回るヤバチャの群れは、まるで目に見えない存在がカップを片手に踊り、乾杯をしているように見え、おそらくヤバチャたちが行っているのであろうカップ以外の空を飛ぶ物たち……机や椅子、時計、皿、ナイフ、フォーク等々……がヤバチャたちと縦横無尽に飛び回る姿は、ここが現実の場所ではないように錯覚させるほど目を見張る光景だった。

 

「あの飛び回っている時計からあの爆音が聞こえたのかな……」

「だとしたら、この集会を指示しているのは……あの子?」

 

 ユウリとマリィの言葉を聞きながら向けられた視線は、この魔法のような状況の中心にいる一匹のポケモン。ヤバチャがティーカップのような見た目をしているのに対して、こちらはまるでティーポットのようなもの……というか、ティーポットそのものに体が入り込んでいるように見えるその姿は、全くあのポケモンのことを知らないボクでも、おそらく進化か何かしらでヤバチャと関係があるポケモンなんだろうなというのがわかるくらい、あからさまな見た目をしていた。試しにロトム図鑑を構えてみる。

 

『ポットデス。こうちゃポケモン。ヤバチャの進化系。ゴーストタイプ。

 とても独特な味と香りをしている。信頼しているトレーナーには少しだけ味見を許してくれる』

 

「やっぱりヤバチャの進化系みたいだね」

「ティーカップとティーポットのポケモン……なんかおしゃれだね」

「それには同意……けど通常の個体はどちらも水色なんね?ってことはあの子、やっぱり色違いだったんね」

 

 マリィに言われて改めて広場に集まるヤバチャたちを観察すると、確かに全員もれなく水色の模様の入ったティーカップの姿をしている。つまりは、先ほどまでボクたちが見ていたあの子は正真正銘色違いのヤバチャだったという事だ。

 

 広場に集まったヤバチャたちは、中心にいるポットデスの指示の下、その飛び回っていただけの動きをだんだんと正していき、最後には全員がきれいに並んで待機した状態になった。それも、先ほどまで好き勝手飛ばしまわっていた机や椅子たちを綺麗に並べたうえで、その机の上に置かれるようにしてだ。机の上にきれいに整列したヤバチャたちの目の前にはおいしそうな木の実が並べられていき、その様子は先ほどまでボクたちが行っていたお茶会のようなものにも見えた。ヤバチャ、ポットデスから香る紅茶の匂いと、木の実の甘い匂いが合わさり、先ほどの魔法のような雰囲気と相まって童話の中の物語を見ているような、そんな感傷に浸ってしまうこの状況。ボクたちが招かれざる客だということを忘れて見入ってしまっていた。

 

「凄い……夢見てるみたい……」

「うぅ……こんなにもおいしそうな匂い……またお腹が……」

「ちょ、ユウリ!?その発言はやばか!」

「でも、ユウリの言いたいこと……ちょっとわかるぞ」

 

 今見ているこの譲許をにわかに信じられずに見入っているボクたち。どこから見ても幻想的なその景色は、しかし遠目にみているからこその違和感が少しあった。

 

「あの空席なんだろう……?」

「やっぱりフリアも気になったと?あたしも違和感感じてて……」

 

 ボクとマリィも気づいていた違和感は綺麗に並んでいるヤバチャの列の間にひとつだけぽっかりと開いている隙間。あれだけ綺麗に整列しているのならあんな隙間をわざわざ作るとは思えない。何かしらの理由があるとみていいと思うんだけど……ここまで考えておいて、ボクたちが追いかけていた存在を思い出す。ボクたちがここにこれたのは、当初はわからなかったけど、今となっては確定された色違いヤバチャを追いかけていたからだ。とすれば、あの空席には色違いのヤバチャが座ると考えていいんじゃないかな?

 

「あ、あそこ!!」

 

 突如、控えめに叫ぶというなんだか無駄に器用なことをしたユウリが差す指の先には、ボクたちが追いかけてきた色違いのヤバチャおり、そのヤバチャがふわふわ飛んできてゆっくりと着地する。

 

(こうしてみると水色の中にポツンとピンク色がいるのはすごく浮いて見えるなぁ……)

 

 恐らく今からあのピンク色を見逃したとしてもすぐに視界にとらえることができるくらいには目立っている。

 

 そして、それはヤバチャたちの中でもそうみたいだ。

 

「なんだか、あの色違いの子がきた瞬間空気が少し悪くなったね」

「やっぱりそうだよな。俺もちょっと嫌な空気を感じたぞ」

「というより、現在進行形でどんどんギスギスし始めてるね」

「「「え?」」」

 

 ボクの発言に一斉に疑問の声を上げる3人。その視線を横目にヤバチャたちのお茶会に指を差すと、ちょうど差されていた付近のヤバチャたちが 遠目から見てもわかるほど白い眼を色違いの個体へとむけている。その様は明らかに腫物を扱うかのような反応で、この集会の中でのあのヤバチャの立ち位置がよくわかってしまった。

 

「どうしてあんな扱いなの?あの色、とても綺麗なのに……」

「物凄く単純な理由な気がするけどね」

「え?」

 

 ユウリがどうしてと思っているけど、何となくヤバチャたちがあの色違いの子をないがしろにしているのかがわかったような気がする。

 

「一体どういう理由なんだ?」

「たぶんだけど……()()()()()()。じゃない?」

「色違いだから……どうして?」

「自分達と見た目が違うからだよ。人間にしたって話はよく聞くでしょ?周りと違う孤立した人の扱いを悪くするって話」

「……いわゆるいじめっ子の発想と?」

「まぁ、そんなところ」

 

 マリィの言葉に頷きながら答える。一方でいまだに納得いった顔をしていないユウリとホップ。ユウリもホップもいじめなんかとは縁遠そうな優しい子だから想像しずらいかもしれなね。かく言うボクも、スクールとかに通っていたわけではないから、詳しくは知らないんだけど……例えば四十人子供がいるとして、そのうちの一人が髪の色が違ったりすると、その子は周りと違う特徴を持っているため、周りからいじられやすい。これが大人の集団なら、それも個性の一種としてとらえる事ができるんだけど、子供の集団なら話が違う。まだまだ心が未成熟な子供にとって、自分と違う異物は恐怖、ないし拒絶するものになりやすい。先ほど挙げたいじられやすいという言葉も、いじりで済めばいいんだけど、子供という良くも悪くも正直な心はそういうのを関係なしに真っすぐと意見を言ってしまう。

 

 恐らく、今あのお茶会でも起きていることもこれに似ていることなのだろう。色違いの生き物というのは、確かにボクたち人間にとってはとてつもなく珍しいものだ。しかし、同じポケモンたちにとってもそうかと言われたらたぶん違うというのがボクの考え。ボクたちの立場で言えば、髪の色や目の色が他人と違うという感じだ。となれば、ヘイトが向かってしまうのも、こうやって白い目を向けられるのも納得できる。勿論、全部ボクの妄想の可能性だってあるけど……

 

(だとしたら、ベルの音を聞いたあの時の焦ったような、それでいてどこかおびえているような表情に説明ができないんだよね)

 

 色違いの子を追いかけたのに、お茶会に姿を現したのが色違いの子の方が遅かったこともそう思う理由の一つでもある。少しでもゆっくり行ってここにいる時間を短くしたかったのかもしれない。

 

 と、ここまで説明を終えて、再び視線をお茶会へとむける。ユウリとホップの寂しそうな顔が少し胸に刺さるけど、こればかりはどうしようもないのでボクも黙って見守ることにする。

 

 そうして進んでいくお茶会は、若干のぎこちなさを抱えてはいたものの、とりあえずはたのしそうに、そして和やかに進んでいった。机の上にあった沢山の木の実たちはその数を順調に減らしていき、すでに数えられるくらいしか残っていない。このままいけばそう遠くないうちにお茶会は終わることとなるだろう。

 

「ちょと心配だったけど、特に何も起こらなさそうだね」

「色違いの子も見れて、こんな面白いお茶会も見れて……うん。かなり貴重な体験をしたと」

「あの木の実も美味しそうだったなぁ……またポフィン食べたくなっちゃった」

「俺も、小腹すいてきたかもだぞ」

 

 お茶会の終わりを感じ取り始めたせいか、ボクたちもいそいそとテントに戻る準備をする。そこそこ長い時間いたことと、甘い匂いの中に体を置き続けたせいか、小腹がすき始めているみんなのために、まだ残っているポフィンを少し取り出そうかななんて考えていると、お茶会の方に動きが出始めて視線がそちらに吸い寄せられる。ユウリ達も同じみたいで、4人で同じように視線を向けると、机の真ん中に何かのかけらのようなものが集められていた。

 

「陶磁器の……かけら?」

「なにかが割れたもののようだぞ?」

 

 ホップの言う通り、机の真ん中に積まれたものは何かがバラバラに割れたもののように見えるそれは、ヤバチャたちの姿も相まっててか、割れたティーポットの残骸っぽくも見えてくる。しかもそれが現在進行形でどんどん積まれており、その高さは先ほどの木の実の山に匹敵するくらいだ。

 

「あんなものを積んで何する気なんだろう?」

「さぁ……でも、何かありそうだよね」

 

 ユウリと言葉を交わしながら、帰ろうと思っていた足を止めて再び広場をじっと見つめる。すると、集まっていたヤバチャのうちの一匹が、そっと割れた何かの残骸に手を触れた。すると……

 

「ヤバチャが光った!?」

「あの光は……進化!?」

 

 ホップとマリィの驚きの声とともにヤバチャが激しく青白い光を放つ。それはポケモンが新たな姿に変身を遂げるための神秘の光。時間にして数秒。されど、体感にするとかなりの時間がったっように感じるその時間が過ぎ、青白い光が弾けたとき、ヤバチャがいた場所には……

 

「ポルティー!!」

 

 元気よく飛び回るポットデスの姿があった。

 

 そしてそのポットデスの姿を確認したほかのヤバチャたちが、皆こぞってかけらを触り始める。それはつまり……

 

「まさか、これから始まるのって……ヤバチャの群れの……一斉進化!?」

 

 ここにいるヤバチャ全員が、その姿を変えるという物凄く神秘的な場面に立ち会うという事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤバチャ

というわけで色違いヤバチャです。
とてもいい色をしてますよね。綺麗で大好きです。

お茶会

本来は場に出ているポケモン全員が強制的に木の実を食べるという、ポットデス専用技。
今回は単純なパーティーとして使わせてもらいました。

ポットデス

鳴き声は英語表記のポルティーガイストから。
この英語名のセンスが物凄く良くて大好きです。

進化

割れたポットによる進化祭り。
こうなったからには当然色違いも進化させないといけませんよね?




前回書き忘れた事。
口づけに関してですが、フリアさんはこれまたジュンやヒカリのせいでこの辺の感覚は物凄く鈍いです。

ルミナスメイズの森のお話はもうちょっとだけ続くのです。


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66話

定期更新がワクチンによる休みを抜いてまだ続いていることに若干驚いてます。
正直明言もしてないのでいつやぶってもおかしくないものなんですけどね()
できる限りまもりたい理由は、私が今好んで読んでいる二次小説が週一の定期更新がされているため安心感がすごいからですかね。

いい作品も多いんですけど、同時に未完成も多いこの界隈。
定期更新されている作品ってものすごく安心感があるんですよね。
この作品もそうあればいいなぁなんて思いから頑張ってたりします。

完結まで走り抜けたいなぁ……。












「ヤバチャたちが……どんどん進化していく……」

 

 体を青白い光で包み込まれ、次々とその姿をカップからポットへと変えていくヤバチャ……否、ポットデスの群れは、進化し終わった個体から順番に空中へと飛び出し、再び机や椅子などの家具を空中へと浮かばせながら大はしゃぎ。

 

(やっぱり進化っていうのは、誰でも嬉しいものなのかな?)

 

 はしゃぎ回るポットデスの姿を見るに、本当に嬉しいという感情を体全体で表しているのがよく分かる。このテンションの上がりようは、このままお茶会が開き直されてもおかしくないほど。それほどまでに舞い上がっているように思う。

 

「あ、そういえばポットデスの色違いってどんな感じなんだろう?」

「そういえば……あいつはどうなったのか気になるぞ」

 

 そんな幻想的かつ、奇跡的な光景を目にしている時にふとユウリが口を開き、ホップがそれに続く。確かにどんな色かは気になる。ヤバチャの違いが、カップの水色の模様がピンク色に変わっていたことから、ポットデスも水色の模様があること自体は変わっていないのでヤバチャの時と同じく、この水色の部分がピンク色に変わるのかな?なんて予想を立てながらも、まぁ、あの子を見ていればすぐに答えなんてわかるかな?なんて思いつつ、例の色違いのヤバチャを探す。いくらどんな色かなのかわからないとはいえ、さすがに色が違えばさっきと同じようにすぐに視界に入るだろうと思いなが見渡していく。

 

 しかし空中のどこへ視線を向けても色の違うポットデスは見つからない。

 

「いない……?」

「もしかしたら色違いがわかり辛い個体になるのかな……?」

「そんなのがいると?」

「うん……有名なのだとガブリアスとか、結構わかりづらいよってシロナさんが言ってた気が……」

 

 色違いと言ってもその変わり方は千差万別で、ヤバチャのようにひと目でわかる物もいれば、わかりづらい子だっている。個体によって色違いの色が決まっているのもなんだか変な話しではあるんだけど、とにかくそういう種類もいるというのは割と広まっている話ではあったりする。

 

 そこから考えるに、これだけ探して色違いのポットデスが見つからないといことは、ポットデスの色違いはひと目ではわかりづらいのかもしれない。なんて思い始め、その事にちょっと残念に思いながら、そういえば進化に使われたかけらはどうなったんだろう?と思いながら視線を下に向ける。

 

(……あれ?)

 

 するとそこにあった状況は、割れたポットを目の前に寂しそうな顔をしてツンツンといじっていた色違いのヤバチャ。周りのみんながポットデスへと姿を変えていく中、一匹だけ姿が変わらないその様子に、寂しさ以上に疑問が頭に浮かんでくる。

 

(自然に成長していく進化のほかにも、進化の石や特別な道具によって進化するポケモンっていうのは確かに沢山いる……けど、同じ個体で同じ道具を使っているのに進化しないなんてそんなこと……いや、性別進化があったっけ?)

 

 ユキワラシや、それこそボクが今手持ちにしているキルリアがそれに該当している。性別がとある一方である状態かつ、特定の石を使う事によって進化を果たすポケモン。勿論その数はかなり少ないけど、確かに存在する以上考察の余地がある……んだけど……

 

(図鑑を見る限り、ヤバチャに性別ってないみたいなんだよねぇ……)

 

 となってしまうと、キルリアたちのような線もなくなってしまうため、いよいよわからなくなってくる。一体あの割れたポットを使う以外の進化条件とは何なのか……

 

 黙り込んで考えている間に、ホップたちも色違いのヤバチャが実は未だに進化すらできていない状態であることに気づき始め、一緒に考え始める。

 

「道具と交換が必要って訳でもないけん、余計に分からないね」

「進化したくないって訳でもなさそうだぞ……?」

「凄く寂しそうな顔してるもんね。ってことは自分から進化を拒否している訳でもないし……」

「そもそも、石や道具による進化って、成長によって行われる進化と違って、自分以外のところからの供給があるせいか自分で止めることが出来ないからね。道具に触っている以上、条件を満たしているのなら本来はちゃんと進化する……はず」

「そうなんだ……」

 

 なかなか出てこない答えに頭を悩ませる中、ふと該当しそうな進化方法に思い当たる。

 

「他の条件って考えると……あ、確か特定の技を覚えていたら進化するっていうのもあったよね。それかも……?」

「「「ああ〜!!」」」

 

 ニンフィアや、ガラル地方ではサイトウさんが見せてくれたオトスパスなどが該当するこの条件。特定の技を覚えた状態でさらに別の条件を満たすことによって進化をすることができるというもので、ボクのシンオウの仲間の一匹の条件でもあり、これならみんながポットデスに進化していく中、1匹だけ進化できないのも納得はできる。

 

「おそらく、みんなにできてあの個体だけに出来ない技があって、それが理由で上手く進化が……」

 

「バチャッ!?」

 

「え?」

 

 と、みんなで進化条件の談義に花を咲かせていた時に突如響くヤバチャの悲鳴。何事かとみんなで視線を広場に向けると、そこには色違いヤバチャに対して、シャドーボールで攻撃をしたと思われる数匹のポットデスの姿。どうやら今まではただの色が違う仲間はずれとしか見ていなかっただけだったけど、色違いの子が進化出来なかったことにより、いよいよもって色違いの子を見下し始めてしまったということだろうか。現に、シャドーボールを打ったポットデスたちは、周りのポットデスに止められることなく、むしろそのまわりに集まっていく姿はみんなで色違いの子を糾弾する準備をしているようにしか感じられなくなっていた。

 

「な、なんであんな酷いこと……」

「今まで溜まってた鬱憤が、進化と同時に気が大きくなったせいで一気に爆発したのかも……」

「だとしたらまずいぞ。みんな技の準備に入り始めてる!!」

「こうかばつぐんの技をあんなに受けたらヤバチャ、ちょっとやばいよ」

 

 色違いのヤバチャに対していっせいにシャドーボールを構えるポットデスの群れ。このままではマリィの言う通り、ヤバチャの身が危ない。しかしポットデスたちはそんなことお構い無しと言わんばかりに攻撃を行ない……

 

 

「だめぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 ユウリがその色違いの子を守るように間に割り込んだ。

 

「っ!!イーブイ!!『まねっこ』!!」

「ちょっ!?ユウリ!?ああ、もう!!モルペコ、『オーラぐるま』!!」

「ユウリの気持ちわかるぞ!!バチンキー!!『はっぱカッター』!!」

 

 黒い球が、電気の滑車が、飛び散る木の葉が、縦横無尽に飛びまわり、ポットデスたちが放ったシャドーボールを全て相殺していく。技どうしがぶつかったことによって起きる爆風によって視界が塞がれるものの、それはおそらくポットデス側にも言えること。なら今は態勢を立て直すチャンスだ。

 

「ユウリ!!そのヤバチャを連れてテントまで戻って!!」

「で、でも……」

「ここはあたし達に任せて!!」

「みんなで守るぞ!!」

 

 ヤバチャを胸に抱きかかえて守るように背中を向けるユウリに対して、さらにその前に立ち塞がり構えるボクたち。ラビフットも戦闘態勢を取っているものの、少し眠いのか若干足取りがおぼつかない。そのことを考慮しても、やっぱりユウリはテントまで戻ってもらった方がいいだろう。

 

「……うん。わかった!絶対無事に帰ってきてね!!」

 

 ユウリの言葉に三人で頷き、テントへ走っていくユウリの背中を見送っていく。そのころには土煙も晴れており、後ろを振り向けば、攻撃を防がれたのが頭に来たのか、ボクたちに向かって戦闘態勢をしっかりと取っているポットデスの群れがいた。

 

「さ~て、時間稼ぎと行きますか!!」

「もっと穏便に乗り越える方がよかったとよ……」

「まあまあ、俺はこっちの方が燃えるぞ!!」

 

 

「ティー!!!」

 

 

 お茶会の時に中心にいたポットデスと思われる個体が大きな声を上げた瞬間、周りのポットデスが一斉にシャドーボールの構えを取る。

 

「ホップ!ボクと二人で全部止められる?」

「勿論だぞ!!」

「OK!じゃあ攻撃はマリィにお願いするね!」

「こうかばつぐんを一致でできるし適任……うん。よかとよ!」

「イーブイ!『まねっこ』!!」

「バチンキー!『はっぱカッター』!!」

 

 一斉に飛んでくる黒弾の雨。それに対して先ほど迎撃した時よりもさらにたくさんのシャドーボールとはっぱカッターによって次々と敵の攻撃を打ち落としていく。少しイーブイとバチンキーの負担が大きくなってしまうけど、今までたくさんのバトルを乗り越えたこの子たちならこれくらいまだ平気だ。全ての攻撃を落とし切り、黒い球の雨がなくなった瞬間にかけるのは黒の波動。

 

「モルペコ!『あくのはどう』!!」

 

 全体にひろげられたその波動は確実にポットデスへと大きなダメージを与えていく。

 

「イーブイ、もっと『まねっこ』!!

「バチンキー!俺たちも続くぞ!!『はっぱカッター』!!」

 

 モルペコのあくのはどうによって怯んだすきを逃さずに、今度はモルペコのあくのはどうをまねっこしたイーブイとバチンキーによる追撃。さらなるダメージを受けてどんどん勢いを削られていくポットデスの群れ。

 

「ッティー!!」

「ペコッ!?」

「モルペコ!?」

 

 しかしそれでもただでやられる相手ではなく、こちらが攻撃の手を休めていないからこそおろそかになっている防御の隙をつくように攻撃してくる一部のポットデス。全体に攻撃を広げてしまっているためか威力がいまいち物足りず、また数の利が圧倒的に向こうにあるためどうしてもカバーできない範囲がある。結果としてその隙間を縫うように放たれた緑色の光がモルペコに当たり、モルペコからエネルギーが吸われていく。

 

「『ギガドレイン』!?……モルペコ!!『オーラぐるま』でさらに加速!!」

 

 マリィの指示に従ってさらに走り回るモルペコ。追撃の技をよけながらイーブイとバチンキーの攻撃によって態勢を崩されたポットデスたちを次々と引き倒していく。次第に空中に浮かんでいたポットデスたちが一匹、また一匹と下に下がり始め……

 

「イーブイ!『でんこうせっか』から『かみつく』!!」

「バチンキー!イーブイに続いて『はたきおとす』だぞ!!」

 

 手が届くところまで弱って降りてきたところを順番にイーブイとバチンキーがとどめを刺して戦闘不能へと追いやっていく。

 

 敵の攻撃はシャドーボールが多いため、イーブイのまねっこで落とすことが可能で、バチンキーはそもそも攻撃範囲の広いはっぱカッターで受けられる。受けきったらモルペコでおおざっぱに攻撃し、とどめをバチンキーとイーブイが走って行うという連携がおのずとできていた。

 

「この調子なら時間稼ぎは何とかなりそうとね」

「別にこのまま倒してしまってもいいんだぞ!」

「ホップ、そのセリフはやばい」

 

 順調に感じた流れだけど、ホップの言葉のせいでどこか嫌な予感を感じてしまう。そして同時に戦況が少し変わった。

 

 

「ティティ―!!」

 

 

 仲間の数が減ってきたことに焦ったポットデスが再び大声での号令を放ち、同時に再び大量のシャドーボールが構えられる。

 

「焦って本気を出し始めたところ……?でも!」

「これくらいじゃあ全然平気だぞ!!フリア!止めるぞ!!」

「……うん」

 

 先ほどと同じくまねっことはっぱカッターを構える。けどどこか頭に引っかかる妙な違和感を感じる。しかし、その答えを出し切る前にこちらも攻撃を放ち、相手の攻撃は無事に相殺。再びマリィがおおざっぱに攻撃するために、オーラぐるまによって素早さがかなり上がっているモルペコを突撃させる。長い間の戦いを経て、おなかがすいてしまったのか特性のハラペコスイッチにより、はらぺこもようへと姿を変えたモルペコが、あくタイプの力を纏って猛ダッシュ。さらなる大ダメージが期待された。

 

「ティティティ!!」

「「「ティー!!」」」

「ペコ!?」

「なっ!?」

「モルペコが弾かれたぞ!?」

「あれは『リフレクター』!?」

 

 親玉の号令により三匹のポットデスが前に出てリフレクターを展開。1枚だけならおそらく突破できたと思うけど、流石に3枚の壁は大きく、モルペコが大きく弾かれてしまう。初めてこちらにできた大きな隙。そこを狙い撃つようにポットデスが一斉に攻撃しようとシャドーボールを放ってきた。対してこちらはモルペコを守るため、ホップのとっさの判断によりはっぱカッターですべてを打ち落とすことに成功。壁を張る方に何匹か割いたため、数が少なかったのが幸いした。それでも攻撃しようとしてくる個体もいたので、そちらに対してはイーブイがまねっこで迎撃。イーブイの方が速く技を出せたため、このままいけば直撃……

 

「ポルーティ!!」

「「「ティティ!!」」」

「こんどは『ひかりのかべ』!?」

「凄い統率とよ!」

 

 かと思われたのに、先ほどリフレクターを張ってきた個体が、今度はひかりのかべも張ってきた。野生とは思えないその知性と統率の取れた動きは、ボクたちの連携を少しずつ崩していく。そして相手はボクたちを崩し切る最後の手札を切る。

 

 

「ポルティー!!」

 

 

「「「「ティッ!!」」」」

 

「あれは……何してるんだ?」

「ポットデスの体が……崩れていく?」

「崩れる……まさか!?」

 

 ポットデスたちの動きが、ポットが崩れていくたびに俊敏になっていく。これは特性、くだけるよろいという、物理を受けるたびに素早さが上がる効果によるもの。とどめをさされた個体はともかく、耐えきっていた個体はその体をどんどん軽くしていき、目で追うのも大変な程素早くなっていく。さらにダメ押しとばかりに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんか……どんどん速くなるぞ!?」

「すっごく嫌な予感」

「まずい……2人とも構えて!!」

 

 自分の体を崩すことによって防御は低くなったように見受けられる。しかし、それは楽観視できる状況なんかでは決してない。なぜなら、自らの体を脆くする代わりに自身の攻撃、特攻、素早さを格段に上昇させるという、とんでもない技があることボクは知っているから。その技の正体は……

 

「『からをやぶる』だ!!ここからまずい攻撃が来る!!」

「「ッ!?」」

 

 ボクの言葉に相手がどういう状況なのか理解し切った2人が、すぐに反応して防御の構を取る。流石、ここまでジムを乗り越えてきた猛者というだけあってその反応速度は素晴らしいものがあった。しかし、それを軽くつぶしてしまう程の、先ほどよりも圧倒的に速さと威力が上がったシャドーボールがバチンキーたちを襲う。

 

「キィーッ!?」

「ペコッ!?」

「バチンキー!!」

「モルペコ!!」

「なんて威力……!」

 

 防御の準備をしっかりとしていたはずの、しかもモルペコに至っては耐性すらあるのに、そんなのお構いなしとばかりに吹き飛ばされていくバチンキーたち。目で追うのがやっとの速さで放たれた黒の嵐は、タイプ上ダメージを負わないイーブイを残してすべてを吹き飛ばす。後ろを見れば、何とか受け身を取って軽減はできたものの、それでも少なくないダメージを受けてしまった2匹が、体のあちこちに傷を負いながら立ち上がっていた。すぐに2匹を回復させるためにホップとマリィが駆け寄っているところを見るあたり、戦線復帰に時間がかかりそうだ。けど……

 

(この状態のポットデスの群れに時間稼ぎなんてできないよ!?)

 

 相手が速すぎて2体目を呼び出したとしても指示が間に合わないからイーブイだけで耐える必要がある。けど現状どうやっても相手が強化されすぎて耐えられる気がしない。

 

(どうすれば……っ!!)

 

「ってまず!?」

 

 シャドーボールがイーブイに効かないとわかった瞬間、今度はサイコショックを構えるポットデスの群れ。このままタイプのことに気づかずシャドーボールを打ち続けてくれればかなり楽だったのに、頭の回転も速いみたいだ。

 

「『でんこうせっか』でよけて!!」

「ブ、ブイッ!!」

 

 ギリギリ掠るくらいで何とか避けるイーブイ。だけど今まで3匹に分散されていた攻撃が全てイーブイに集中しているのと、からをやぶるによって威力、スピード共に強化されているせいでいつ被弾してもおかしくない状況。オニオンさんとの戦いみたいにスピードスターを足場にすればまだ余裕をもって避けられただろうけど、そもそもスピードスターを打つ余裕すらない。今もまたサイコショックがイーブイの前足を掠った。

 

「ブイッ!?」

「イーブイ!?ごめん、もう少しだけ耐えて!!木の幹も足場にするんだ!!」

 

(何か打開策を考えないと!!)

 

 いきなり叩き落された圧倒的不利状況。森の中という、立体機動を行うのに優れた地形だからこそ、まだ何とか避けることが出来ているものの、既に何回も技が掠っていて生きた心地がしない。けど、正直いって打開策が本当にどこにも見当たらない。当たりを見回しても使えそうなものなんてどこにもないし、今から身を隠せそうな場所も少し遠い。

 

(何か……何か……っ!!)

 

 そうやって当たりを見回していたせいだろうか。

 

 

 

 

 イーブイが避けた技の流れ弾が、ボクに飛んでくるのに反応が遅れてしまった。

 

 

 

 

「「フリア!!」」

「しまっ!?」

 

 マリィとホップの声のおかげで気づきはしたものの、避けるのは無理。せめて頭だけでもと思い、咄嗟に腕で覆い隠すボク。そして程なくしてボクの体を叩く、()()()()()

 

「……え?」

 

 思わず間抜けな声をあげてしまうボク。だって、今のサイコショックの軌道は間違いなくボクに直撃するはずのコースだったのに、ボクに届いたのが攻撃の余波だけだったから。ボクに当たるはずの攻撃の着弾音なんて本来は前から聞こえないはずだ。だけど……

 

「もしかして……」

 

 こうなる原因が思い浮かばないわけじゃない。一つだけ、こんなことをしそうな子がいる。それはもちろん……

 

「ブ、ブイ……」

「イーブイ!!」

 

 イーブイが身を呈してボクを守った以外にありえない。

 

「大丈夫!?」

「ブイッ!!」

「っ!!」

 

 慌てて駆け寄ろうとするものの、イーブイから聞こえた声は、まるで「来るな!!」とでも言いたいかのような叱咤の叫び。その声に思わず足を止めてしまう。

 

(今行ったら……巻き込まれるだけだ)

 

 同時に頭の中が急に冷静になり、自分が飛び出したあとの未来を想起する。今のボクに出来ることは、安全圏からイーブイに指示を出すだけ。だけど……

 

(もう限界が近いじゃないか!!)

 

 からをやぶるによって威力が上がったサイコショックをもろに受けてしまったイーブイは、先程までの元気な機動力が見る影もなく、ただでさえ危なっかしかった状況がさらに悪くなってしまう。今すぐボールに戻して休ませたいのに、それでもでんこうせっかを止めないせいでリターンレーザーを当てるのが難しい。

 

(頼む……耐えて……っ!!)

 

 まるで心臓を掴まれたような圧迫感のなか、ただひたすら祈り続けるボク。しかし、先に訪れたのはやはりイーブイの限界だった。

 

「ッブイ!?」

「イーブイ!!」

 

 極度の疲労から、ついに足がもつれてしまいコケてしまうイーブイ。体中土で汚れてしまい、地面に倒れているその姿は、敵から見たら絶好の的。

 

「間に合って!!」

 

 すぐにボールに戻すためのリターンレーザーをイーブイに伸ばす。せめてボールの中に戻すことが出来ればイーブイの安全は確保されるから。けど、リターンレーザーがイーブイに届くよりも早く、ポットデスたちのサイコショックがイーブイを襲っていく。

 

「ぐっ……イーブイ!!」

 

 サイコショックが当たる余波でリターンレーザーを吹き飛ばされてしまいイーブイを戻すことが出来なかった。巻き上がる土煙のせいで様子もうかがえないし、イーブイの声も爆音でかき消されて聞こえない。

 

(……イーブイ。お願いだから……無事でいて……っ!!)

 

 願うことしか出来ない自分に焦燥感を募らせながら、ただただ土煙の先を見つめ続ける。ポットデスたちも、今の攻撃で倒せたと確信をしているのか、追撃をするのではなく周りと笑いあっていた。

 

(もし無事なら今のうちに助けて逃げられるかもしれない)

 

 何時でも動け出せるように足に力を入れておく。この視界が晴れた瞬間、すぐに動けるようにするために。

 

 数秒後、徐々に晴れていく土煙が視界の外へ避け始め、ついに戦場の様子が明らかになる。その光景を見たボクは……

 

「……え?」

 

 あまりの出来事に、力を貯めていたはずの足が一気に脱力してしまった。

 

 だってこんな光景を見たら誰だって驚きで動けなくなるに決まっている。

 

 なぜなら……

 

 

()()()()()()()()!!」

 

 

「……()()()()()?」

 

 イーブイがブラッキーに進化していたから。

 

 ただ無事だっただけ以上の出来事にいよいよ立つ力も抜けてしまい、思わず地面に腰を落としてしまう。ポットデスたちも、まさか進化して耐え切られるなんて思っていなかったらしくしばらく放心状態となっていた。

 

 そんな中、ゆっくりとボクに近づいてくるブラッキーは、傷が少し見える体に痛みを感じていながらも堂々と歩いてくる。

 

 程なくしてボクのすぐ近くまで帰ってきたブラッキーは、天に向かって軽く吠える。すると、ボクらの頭上をおおっていた森の木の葉たちが不自然に移動し、ボクやホップ、マリィ、バチンキー、モルペコ、そしてブラッキーに向かってひかりの道が出来上がる。そしてその光に照らされたバチンキー、モルペコ、ブラッキーは、ひかりから癒しのエネルギーを受け取り傷を癒していく。

 

「これは……『つきのひかり』……」

「ブラ……」

 

 チロっと、ボクのほっぺをひとなめするブラッキー。

 

「……よかった!そしておめでとう!ありがとう!ブラッキー!!」

「ブラッ!!」

 

 色々な思いを込めて抱きしめるボクと、その思いにこたえるように頬ずりを返してくれるブラッキー。その行動がとてもいとおしくて、ついついじゃれあい続けてしまう。その間につきのひかりのおかげで回復を完了させたホップとマリィも戦線復帰できた。

 

「助かったぞフリア!そしてブラッキー!」

「ほんと、ありがとね」

 

 これで立て直しは完了した。けど……

 

(いくら立て直しができたと言っても、相手の火力が下がったわけじゃない。どうすれば……)

 

 何て考えているうちに再びポットデスたちがシャドーボールの雨の準備をする。何かをしなければと思っていると、ブラッキーが吠えて前に出る。

 

「ブラッキー?」

「キーッ!」

 

 まるで任せろと言わんばかりにこちらを向くブラッキー。その数秒後にブラッキーがシャドーボールの雨にさらされる。

 

「ブラッキー!!」

 

 まさか無抵抗で受けるとは思わず、驚きの声を上げてしまう。しかし、その視線の先には先ほどの攻撃を全くものともせず、そして受けたダメージもすぐにつきのひかりで回復し切ってしまったブラッキーの姿があった。

 

 ブラッキーは防御面において強力なポケモンである。そのことは知ってはいたけど……

 

「まさかここまでだなんて……」

「凄いぞブラッキー!」

 

 マリィもホップも驚きの声を上げている。

 

「……ブラッキー。君の力を、もっと見せて!!」

「ブラッ!!」

 

 ボクの声に、守りは任せろと答えるブラッキー。さぁ、ここから反撃開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色違い

いろんな色違いがいますけど皆さんはどの色が好きですか?
私は王道ならギルガルド。個人的なものならブルンゲルの♂の色違いが大好きです。
アニメや作品によっては色違いって別の色もありますよね。アニポケのバタフリーしかり、ポケダンのカクレオンしかり……
この様子なら違う形の色違いもいそうですよね。

進化条件

こう見てみるとたくさんありますよね。進化条件。
個人的には、新無印アニメの0話で、サトシのピカチュウがピチューから進化するときのシーンがすごい好きです。
ガルーラからの旅立ちと同時になつき進化というのがとても涙腺にきてしまった……。

進化

おかしい。なぜ色違いのヤバチャは進化しなかったのか……
道具が間違っているんですかね?(さらなるすっとぼけ)

からをやぶる

冷静に考えたらチート技。
こんなの野生で群れ全員にされたら流石に走って逃げたい。

ブラッキー

というわけでフリアさんのイーブイはブラッキーへと進化しました。
皆さんのイーブイ予想は当たりましたか?
ブラッキーの理由は、単純に手持ちタイプをかぶらせない進化を選んだことと、フリアさんの性格上、なつき進化のどれかが絶対に合うと考えた結果こうなりました。
ゲームでも屈指の耐久ポケモン。その耐久力の強さ、存分に生かしていただきましょう。




次でルミナスメイズは終わるかも……?
実機では短い場所だけど、こういうところではしっかり書きたいですよね。
アニメでもガラルギャロップの話を見る限りかなり広そうでしたしね。


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67話

改めて見て回ると皆さんシロナさんに苦戦してたみたいですね。
個人的には、チャンピオンにはこれくらい強くあってほしいですね。今までのポケモンで戦ってて最高に楽しかったチャンピオンでした。
結果としてフリアさんのパーティを組んで冒険したのですが、こういう縛り……というよりコンセプトですね。それを作って遊ぶのはとても楽しいです。

さて、化石掘りましょうか()












「ブラッキー!!」

「ブラッ!!」

 

 数多のシャドーボールをあくのはどうで撃ち落としつつ、自分自身の体をも使って受け止め、そのうえでつきのひかりで傷を癒していくブラッキー。

 

「平気?」

「ブラッ!!」

 

 まさに要塞。

 

 からをやぶるによって攻撃力はかなり上がっているはずのシャドーボールをものともしないその姿に頼もしさを凄く感じる。他の技だって、サイコショックに関してはこちらがあくタイプになったためそもそもダメージを受けないし、ギガドレインでは火力が足りないため問題なく受けきることができる。さっきまでの撃ち落とすか避けるしか出来なかった状況から、受け止めるという選択肢が増え、さらにつきのひかりで回復も可能。そして何よりタンク役だけではなく、あくのはどうで弱点を突く大ダメージも狙える。今この場において、ここまで強力な味方もいないだろう。

 

「モルペコ、『オーラぐるま』!!」

「バチンキー!!『はたきおとす』だ!!」

 

 つきのひかりによって回復できたモルペコとバチンキーも戦線に加わることによって再びこちらが押し始める状況。やはり、頼みの綱のからをやぶるさえも受け止めてしまうブラッキーの耐久力がどこまで行っても相手の勢いを削いで行く。敵側としてもブラッキーを落としてしまわないと何も出来ないというのはわかってはいる。けど、その焦った気持ちが敵の行動を縛っていき、ブラッキーに攻撃が集中することによって発生する相手の隙を、モルペコとバチンキーが確実に仕留めていた。

 

 ブラッキーを中心に回っていく戦闘。

 

「『つきのひかり』で回復したら今度は右上に『あくのはどう』!!」

 

 既にポットデスの動きにも目が慣れた。これならもう見失うこともないし、不意を付かれることも無い。再び体力を回復させ、すぐさま攻撃を先読みして置いておくことによってまた1匹のポットデスが堕ちていく。もはやその総数はかなり減っており、もう少し減らすことが出来れば両の手でも数えることが出来るくらいになってきていた。

 

「あと少し……!!」

「勝てるぞ!!」

「うん!!」

 

 見えてきた勝利を前に、しかし先程のようなこともあったため全員油断することなくさらに気を引きしめる。次にこちらの勢いを崩されたらさすがに立て直せる気がしない。そういう意味でも今掴んでいるこの流れは最後まで死守する必要がある。絶対に押し負けてはいけない。逆に言えば向こうは何がなんでも押し返したいこの状況。動き出すのなら、このタイミング。

 

 

「ティッティーッ!!」

 

 

「「「来るっ!!」」」

 

 大声で響き渡るリーダーのポットデスの叫び声。その声と同時に残りのポットデスが一斉に守りに入ってリーダーの壁となる。その強固なる壁はいくら進化し防御は強くなったと言っても、攻撃側に関してはむしろ弱い方と言って差し支えないブラッキーでは、バチンキーとモルペコと力を合わせても突破は出来ない。

 

 安全が約束されたエスパーの壁の奥で自分の体を洗練させていくポットデス。

 

 1つ。

 皮が剥がれ、無駄な部分が除去される。

 

 2つ。

 皮が剥け、より体が細くなる。

 

 3つ。

 殻を破り、守備を捨て、最高の火力と素早さを手に入れる。

 

 3回連続で行われるからをやぶる。あのリーダーのポットデスは今、誰よりも脆く、そして誰よりも速く、誰よりも凶悪な個体へと成った。

 

 今までのくだけるよろいとからをやぶるによって駆け回ったポットデス達とは一線を期しており、あの子が放ったシャドーボールは、速すぎて精度が少し悪かったためブラッキー達に当たることこそなかったものの、流れ弾としてぶつかった木の幹が簡単にえぐれてしまうほどの圧倒的火力を内包していた。

 

「……なんて威力だ」

「さすがにこれは受けられなかとよ」

 

 ホップとマリィがそのあまりにもたかい威力に困惑の表情を浮かべる。そんな2人の心が移ったのか、モルペコとバチンキーも同様に驚きの表情を浮かべていた。けど……

 

「ブラッ!!」

「……行けるんだね。ブラッキー!!」

 

 ブラッキーだけは、むしろこの時を待ってたと言わんばかりの好戦的な笑顔を浮かべていた。正直、ボクには今のブラッキーが何を考えているのかは分からない。けど、あれだけ自信満々に構えているその姿を見ると、信じてあげるのがトレーナーというものだろう。

 

「わかった……信じてるよ、ブラッキー!!」

「ブラァッ!!」

 

 ボクの声に応え、吠えながら前に走るブラッキー。ポットデスの近くまで走りより攻撃の構えを取る。しかし当然スピードはあちらの方が圧倒的に上なため、すぐさま離れて迎撃を部下に任せるリーダーのポットデス。ブラッキーに突撃する残り少ないポットデス部隊。相手としては落としたいブラッキーが前に出てきたのだから狙わない手はいな。けどそれはこちらもよくわかっていること。

 

「モルペコ!」

「バチンキー!」

 

 この戦いのトドメを担えるのがブラッキーだけということを自然と理解している2人からの素早いフォロー。接近してきたポットデスをオーラぐるまとはたきおとすによって素早く弾き飛ばす。

 

(ブラッキーがどんな技を使えるようになったのか……正直まだ全部は理解できていないところがある。それに進化して自分のタイプが固定化されたせいか、たぶんもうまねっこによる奇怪な動きもできないとみていいと思う)

 

 まねっこによる変幻自在な戦い方は、しんかポケモンという無限の未来を兼ね備えていたイーブイだからこそできた技だ。あくタイプとしての進化を果たした今のブラッキーは、一つの事柄に特化はしたものの、イーブイの時のような柔軟さは失われている。だけど……

 

(ポットデスに対して自信満々に走り出したあの動きを見るに、おそらくブラッキーは今のポットデスを倒すに値する技を一つ抱えていると思っていいんだと思う。そしてあくのはどうによる遠距離もできるはずなのに、わざわざ自分から近付いているところから、その技が物理、ないし近接技だということも想像できる。ならボクがいまブラッキーのためにできることは……)

 

「ブラッキー、地面に向かって『あくのはどう』!!」

 

(ブラッキーがあのポットデスの懐に潜り込めるように道を作ってあげること!!)

 

 地面にぶつかった黒色の波動によりあたりに土煙が巻き上がりブラッキーの姿を隠していく。

 

(まずは姿を隠して相手の視界を阻害する!)

 

 土煙でブラッキーを隠したことで、ブラッキーの正確な位置は相手にはわからない。ただ、土煙から外に出ることができるわけじゃないからこれだとまだポットデスの懐には潜れない。

 

「ホップ!手伝って!!」

「わかったぞ!!マリィ!!」

「OK。周りの奴らは任せて!!」

 

 ホップに応援をお願いしたボクは土煙の中にブラッキーを隠したため出来たわずかな時間で懐からボールを一つ取り出す。一方でホップはバチンキーに指示を出して周りにどんどんはっぱカッターを集めていく。ボクの意図をしっかりとくみ取ってくれたみたいで物凄く助かる。

 

 急にあわただしく動き出したボクたちの様子を見て勿論黙っている相手ではないけど、この間に邪魔をしてくるポットデスの群れは、繰り返し発動していたオーラぐるまによって最大まで加速し切ったモルペコの大爆走によってその足を止められてしまう。しかし、はたから見ても全速力で駆けていくのがよく見えるその姿は、この状況を長く維持することは難しいということの証明にもなっていた。短時間とはいえ、群れを一匹で引き受けている時点で十分凄いしありがたいのでこれ以上の贅沢は言えない。モルペコの頑張りを無駄にしないためにも急いで準備をしなくてはいけない。

 

「お願いキルリア!」

 

 その間にボクが呼び出すのはキルリア。この子にお願いするのはバチンキーと一緒にはっぱを集めること。バチンキーははっぱカッターで、キルリアはマジカルリーフで葉を集めていき、集まったはっぱをキルリアのエスパーでさらに集めて大きな一枚の葉にする。

 

「ぺ……コ……」

「二人とも、もう限界!!」

 

 マリィの言葉を聞いて前を向けば、走り疲れたのかモルぺコが地面に倒れてへばっている姿が見えた。あとでポフィンをたんまりあげて労ってあげよう。モルペコの頑張りもあってこちらの準備も完了。あれだけ戦場を駆け回っていたことも手伝って、ブラッキーを包む土煙の量はかなりのものになっていた。

 

「ホップ!」

「おう!!」

「キルリア!」

「バチンキー!!」

「「吹き飛ばせ!!」」

 

 キルリアとバチンキーで二人そろって構える大きな一枚の葉っぱは、まるで祭りの大団扇を振るうかのように上から下の振り下ろされる。台風でも通ったのではないかという程吹き抜ける強烈な風に、地面で踏ん張ることができないポットデスたちはその場にとどまることが精いっぱいで動くことができない。それはポットデスのリーダーも同じことで、さらにそのポットデスたちを覆うように、ブラッキーを包んでいた土煙が風に流されてポットデスたちに向かっていく。相手の視界を完全にふさぐ妨害の一手は、確実にポットデスたちの統率を一時的に機能停止のすることに成功する。煙のせいでこちらも中の状況を正確に判断することはできないけど、ポットデスたちの慌てたような声が聞こえてくるあたり、かなり焦っているように感じる。

 

 相手が見せた明確な隙。この間に背中を向けてテントまで走れば逃げ切れるかもしれないとふと頭の中に浮かんだけどすぐに考え直す。なぜなら、ポットデスたちは確かに混乱しているものの、それはとある一匹の個体を除いていたため。

 

「ティーッ!!」

 

 リーダーである個体が大声とともに地面に向かってシャドーボールを放つ。限界まで磨き上げられた特殊攻撃によって放たれたその一撃は、一瞬にして衝撃だけで土煙を吹き飛ばす。

 

「っ……あれだけの煙を簡単に吹き飛ばすって……本当におかしな火力とよ」

「積み技の恐ろしさがよくわかるぞ」

 

 その火力の高さに顔を腕で覆いながら愚痴をこぼす2人。確かにこの破壊力は圧巻だし、敵に回している現状恐怖感までも植え付けられそうだ。土煙のせいで一時的にボクたちを見失っていたリーダーのポットデスがボクたちを再び見つけて、今にも恨み殺してきそうなほど激昂したその瞳をこちらに向けているところも後押ししているだろう。

 

 そのあまりにも重い圧力と視線に思わず唾をのむマリィとホップ。だけどボクたち3人、誰一人として今ここで負けるとは微塵も思っていなかった。忘れてはいけないのは、今までやってきたこの作戦はすべてブラッキーをポットデスの下へ送るための作戦だということ。土煙と暴風によって周りを見るすべを失っていたポットデスは今まで誰を相手に苦戦していたのか、そしていま最も注意するべき相手は誰なのかということが抜けている。

 

「ブラッキー!!」

「ブラッ!!」

「ティティッ!?」

 

 ()()()()()から聞こえてくる声にようやく気づいたポットデスが慌てて見上げると、そこには攻撃態勢に入っているブラッキーの姿。もうかなり近くまで接近しているこの状況ではもう避けるすべはない。

 

「ティティッ!!」

 

 それでもなおあきらめないポットデスは避けられないと悟った次の瞬間、せめてもの反撃と言わんばかりにブラッキーに向かって突撃を敢行する。特殊技ばかり打ってきたあたり、ポットデスという種そのものは特殊攻撃を得意としていそうなところから物理攻撃は弱そうに見えるけど、限界まで殻を破っている今のポットデスが相手だとただの体当たりでも致命傷を受けかねない反撃の一手。いくら耐久があるブラッキーとはいえ大ダメージは免れない。だけど、ブラッキーはそんな状況でもその自信にあふれた表情を崩していない。なら、トレーナーであるボクはブラッキーを信じるだけだ!

 

「いっけえええ!!」

「ブ……ラァッ!!」

 

 ポットデス渾身の体当たりを綺麗に受け流し、お返しにと紫と黒を混ぜたような、深い闇を纏った後ろ足が的確にポットデスを捉え、とてつもない音とともに木の幹に叩きつけられる。

 

「あれは……『イカサマ』だぞ!!」

「ブラッキーはそれを狙ってたとね」

 

 イカサマ

 

 自分の攻撃力ではなく、相手の攻撃力を利用して攻撃するあくタイプの技。本来攻撃が得意ではないブラッキーでも、相手の力を借りることによって大ダメージを狙えるカウンターよりの技。からをやぶるによって自身を強化しているポットデスにここまで刺さる技もない。

 

「……ティ……ィ」

 

 そのまま地面まで落ちてきたポットデスは戦闘不能に。目を回して倒れるその姿を見たほかのポットデスたちも、リーダーが倒れたことによって戦意を失い次々と逃げていく。

 

 ポットデスたちの慌てた悲鳴が聞こえる中悠然と歩いてくるのは、この戦いで進化を果たし、見事相手の親玉を打ち取ったボクの大切な仲間。

 

「……おつかれ、ブラッキー!!」

「ブラァ!!」

 

 その功労者を抱きしめ、しっかりと労ってあげる。

 

 ルミナスメイズで起きた死闘は、こうして幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ただいま~」」」

「みんな!?けがはない!?大丈夫だった!?」

 

 ポットデスの軍団を退けたボクたちは、自分たちの手持ちと彼らの軽い治療を済ませるとテントを立てている場所へそそくさと帰宅していた。もしあの状況からまた援軍や反撃でもきたら困るからという理由で、本当なら目が覚めるまで見守っていてあげたかったけどこればかりは仕方ない。

 

 テントに帰ってきたボクたちを迎えたのは物凄く慌てたように安否を確認してくるユウリ。ヤバチャはちゃんと手当をすることができたのか、ヤバチャ用のものと思われる小さなベットの上でゆっくりと眠っている。この様子なら明日には目が覚めそうだ。よかったよかった。ほっとするボクたちに対してユウリは未だに焦った表情を崩すことは無いけど、ユウリからしてみれば自分を逃がすために残った人たちのことなんだから心配するに決まっている。みんなそれを理解しているため若干の申し訳なさを感じながらも、あの場面ではあれが最適解だったのも事実だと思うから、せめて少しでもその不安感をぬぐってあげるためにも、ゆっくり優しくユウリと接する。

 

「ううぅ、よかったよ~みんなが無事で~」

「はいはい、心配かけてごめんね」

「ユウリの方も無事治療が終わっているみたいでよかったぞ」

「私だけでできる最低限のことだけだけどね……本当ならポケモンセンターに連れていきたいんだけど……」

「ボクが見た感じちゃんと治療できているし大丈夫だと思うよ。傷も深くないみたいだしね」

「うん……」

 

 ボクが思った嘘偽りのない言葉をユウリに投げかけるもののやっぱり不安はあるみたいで、視線をヤバチャから外さないユウリ。そんなユウリのためにボクも、さらに安心感を与えられるようにできることはやってあげよう。

 

「出てきて、ブラッキー」

「……え?ブラッキー?」

「ブラッキー、『つきのひかり』をお願いしていい?」

「ブッキィ」

 

 ボールから出てきたブラッキーにつきのひかりをお願いしてヤバチャを癒してもらう。すると、ヤバチャから聞こえてくる寝息がさらに穏やかなものへと変わっていく。これでユウリも安心できるはず……

 

「よし、ユウリ。これでだいじょ━━」

「そのブラッキーどうしたの!?」

「ふぇ!?」

 

 うぶ。と続く言葉を遮って手を握って詰め寄ってくるユウリ。

 

「近い!近い!!」

「そのブラッキー、もしかしてあのイーブイ!?進化したんだ!?うう~、なんで私はその瞬間を見てなかったの~!!」

「さ~て、モルペコにご飯あげてねないといかんね~。今日も疲れたと~」

「俺もさすがに疲れたから早く寝なきゃだぞ~」

「ちょぉ!?」

 

 そんなちょっと暴走気味のユウリを横目にそそくさと自分のテントに戻っていくマリィとホップ。間違いなくこのユウリをボクに押し付ける気だ。

 

「ほ、ほら!モルペコたちにポフィンをあげたいしもうちょっと起きてても……」

「今モルペコは頑張りすぎて疲れから眠気が来ちゃってるからまた明日貰うけんね」

「俺のバチンキーも同じだからその申し出は明日いただくぞ!」

「ひどい!?」

「さあフリア!!何があったのかちゃんと教えて!!」

「ならその説明も明日の朝に……」

「今知りたい!!」

「なんでぇ!?」

 

 ボクの説得もむなしく各々が自分のしたいことのために動き始める。

 

「ああ、この感覚……シンオウを思い出す~……」

「はいお茶。ちゃんと教えてくれるまで聞くからね?……私だけ先に逃げさせられて……ほんとに心配したんだから……」

 

 昔の振り回され具合を思い出していた時に呟かれるユウリからの言葉。先ほども言った通り、ユウリからすれば自分だけ安全圏にいてみんなは危険な戦いをしていたんだ。その不安度はおそらく本人しかわからない。そう考えると彼女の行動も納得できるわけで……

 

「わかったよ。順番に話すからちゃんと聞いててね?」

「うん!!」

 

 そんな彼女のために開かれた2人きりのお茶会。日付も変わり、あと数時間もすれば日も登り始めるであろうそんな夜遅い時間。神秘的な森の奥で密かに、けどどこか和やかに、ゆっくりと時間が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バチャバチャ!!」

「うん、もう完全復活みたいだね。よかったよかった」

「ヤバチャ~!元気になってよかったよ~!」

 

 お茶会による説明も終わり、就寝して目が覚めたボクはささっと朝食を取り終えて昨日保護したヤバチャの容態を確認していた。といっても、朝食を食べている途中に起床したヤバチャは、そのままボクたちと一緒にポフィンやお茶を美味しくいただいており、その時点でもうすっかり昨日の傷も癒えていたので今行っているのは最終チェックという名の確認だけ。実際にしっかり確認してみてどこにも傷は見当たらない。正真正銘完全復活だ。今もユウリとじゃれている姿を見れば、体に見えない体内の傷というのもありそうにないしね。自分のことを身を挺して守ってくれたユウリにかなりなついてしまったのか、昨日は紅茶を優先していて聞く耳を持たなかったユウリの言葉をちゃんと聞いているあたり、話の流れによってはこのまま……なんて考えてしまう。というより、もう100パーセントそういう流れになりそうだ。あとはユウリの考えを聞くだけ。

 

「さて、ユウリ。昨日聞いたけど改めて聞くね。そのヤバチャ、どうする?」

「……」

「バチャ?」

 

 ピンク色の色違いヤバチャが、今までじゃれていて笑顔だったユウリの顔が急に真剣なものへ変わったため疑問を浮かべながらユウリを見つめる。どうしたの?とでも言いたそうなヤバチャの顔に向かって、ユウリは真っすぐ言葉を紡ぐ。

 

「昨日の時点だと、あなたにはしたいことがあって、私が縛っちゃダメなんだろうなって思ってた。けど、今は違くて……ヤバチャ。私はあなたと一緒に冒険がしたい。ついてきてくれる?」

「……バチャ!!」

 

 空のモンスターボールを手のひらに乗せながら問うユウリ。それに対するヤバチャの答えは、自らモンスターボールの真ん中に存在するボタンに体当たりするという形で返された。ヤバチャを吸い込んだボールは、1回、2回、3回と揺れ、そのままポンという軽快な音を立てて、このボールがヤバチャのものであるという登録を済ませる。それを確認して思わず笑顔になったユウリは、そのボールを高らかに投げる。

 

「出てきて!ヤバチャ!!」

「バッチャ~!!」

 

 ボールから飛び出したヤバチャは再び元気よく返事をしながらユウリに飛び付いて行く。これにて正式にユウリの仲間になった。

 

「これからよろしくね!ヤバチャ!!」

「バチャ!………バチャ!!バチャチャ!!」

 

 改めて挨拶を済ませる2人をマリィ、ホップ、ボクの3人で微笑ましく見守っていると、何かを思い出したかのようにヤバチャがユウリの袖を引っ張る。

 

「バチャチャ!!」

「どうしたのヤバチャ?」

「……カップを指さしてる?」

「「「え?」」」

 

 マリィの言葉につられてヤバチャの視線を追ってみると、確かにその視線はユウリのカップに向けられていた。しかし朝食をとっくに終えたユウリのカップはもう空になっている。何か飲み物を求めているようには見えない。

 

「う~ん、もしかして、昨日の紅茶が飲みたいのかなぁ?」

「そう考えるのが妥当な気がするぞ」

「でもまだ直せてないし……」

「一応作れないことはないし、またボクが淹れる?」

「じゃあ……お願いしていい?」

「任せて~」

「ありがと。じゃあ準備するね」

 

 未だにかけたままのポットだから作ってもかなりの量をこぼしてしまうことになるけど、作れないわけではない。ヤバチャがお願いしているのならできる限り答えてあげるべきだ。そう考えてユウリが再びカバンからポットを取り出す。それを受け取って紅茶を作ろうとしたその時。

 

「バッチャ!」

「あ、ヤバチャ!!割れやすいんだから急に飛び付いたら危な━━」

 

 ユウリが取り出したポットに飛び付いたヤバチャの体が青白く光りだす。

 

「「「「え!?」」」」

 

 その光景は昨日も見た、だけど昨日は起こりえなかった現象。開いた口がふさがらず、ただ呆然と見守ることしかできなかったボクたち。そしてその光が終息した瞬間、現れたのは……

 

「ポルティー!!」

 

 ピンク色の体を浮かせ、元気よく飛び回る色違いのポットデスの姿だった。

 

「……昨日は進化しなかったのに」

「……何で進化できたと?」

「訳が分からないぞ……」

「……図鑑に見落としがあったかな?」

「ポルティー!!」

「あ、ちょっと!!」

 

 ボクが図鑑をポットデスにかざしてより詳しく調べようと思った瞬間、いきなり明後日の方に飛び出すポットデス。その姿を見て、慌てて片づけをしてキャンプ地から走り出したボクたちは、ポットデスをひたすら追いかけ続けていくうちにいつの間にか次の目的地であるアラベスクタウンに到着していた。ルミナスメイズの森出身であるヤバチャ……否、ポットデスがボクたちをここまで案内してくれたのだろう。アラベスクタウンに到着してようやくポットデスがしたいことに気が付いたボクたちは4人そろってポットデスに礼をした。その時に浮かべていたポットデスの笑顔は、永遠にボクたちの記憶に刻まれることだろう。

 

 改めて、ポケモンの神秘に触れたボクたちはそのまま足を踏み入れる。次なる挑戦の場となる、アラベスクタウンへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポットデスにかざされた図鑑は、しかしその詳細を読まれることなくフリアのポケットに押し込まれることとなる。もしここでポットデスが急に飛び出すことがなかったら読まれていたであろう詳細にはこう書かれていた。

 

『ポットデス。しんさくフォルム』と……。

 

 ユウリが仲間にしたポットデスが、彼女たちが思っている以上に貴重な存在だと知るのは、まだまだ先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イカサマ

個人的なブラッキーと言えばこの技ランキング1位の技。
あくびとかもあるのですが、こちらはイーブイの時点で覚えるのでブラッキーの技と考えるとこっちな気がします。
ボクもヤミラミを使っているときですが、お世話になった技。

色違いポットデス

というわけで皆さん気づいていたと思いますが、この色違いポットデスはしんさくフォルムです。いったいどんな確率を引いたのか……
ちなみに私の脳内では、この子はカレーを食べた後に来たのであの称号もついていたら面白いなぁと考えていたり……
改造を疑われそうな子ですね。
かけたポットについても、実はユウリさんが骨董屋(正確にはほりだしいちですが)にてもらったあれがそうだったという話ですね。
道具説明にも、あのポットで美味しい紅茶を作ることはできると書いてあったのでその描写も取り入れました。
つまり、ほりだしいちでユウリがあのポットを貰った時点でポットデスの仲間入りが確定していたという事ですね。あの時点からわかった人も多そうです。




続きましてはアラベスクタウン。
色々な意味で異質なジム戦なのでどう書こうか迷ってたり……。






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68話

せっかくのリメイクだったのにビークインにかいふくしれいが帰ってこなかったことが悲しいです。
はねやすめを返せばいいってもんじゃないんですよ!


「神秘的な町やんね……」

「常にイルミネーションが輝いてるみたい……」

 

 マリィ、ユウリが町に入ってすぐに目を輝かせながら感想をこぼしていく。その言葉はボクとホップも同感で、静かに頷きながら周囲に目を回していく。今のボクたちは、田舎から都会にやってきて背の高い建物に驚いている姿ととてもよく似ている事だと思う。それほどまでに周りの景色はボクたちの視線をひきつけてやまないものだった。

 

 アラベスクタウン。

 

 ルミナスメイズの森の奥にある巨木の群生地に作られたこの町は、ルミナスメイズの森同様、巨木から伸びている枝と葉によって日光がほぼ完全に遮断されているため、まだまだ昼にさしかかるかどうかといったくらいの時間であっても真っ暗だ。ただ、ルミナスメイズの森と違うのはこの場所が光るキノコの群生地でもあるのか、至る所に光源が自生しているため真っ暗な森の中なのにとても明るく、華やかでより神秘的な環境になっている。巨木をくり抜いてその中に作られている家も見受けられるその風景と相まって、なんだか妖精の住む秘境に紛れ込んでしまったかのような感覚さえ感じる。森と町の境界線もほぼ無いため、町に入り込んでいる野生のポケモンの数もほかの町と比べて圧倒的に多い。今も屋根の上にたくさんのネマシュが引っ付いて、仲良く体を左右に揺らしボクたちを歓迎しているように見える。

 

「自然と共にあるって感じだぞ」

「言っちゃ悪いんだけど、さっきまでラテラルタウンにいたから余計に自然を強く感じるね」

 

 どこからが入口か分からない道を歩きながらボクとホップで話し合う。ラテラルタウンが荒れ地という印象を受けてしまうためかどうしてもこういう印象を受けてしまうんだけど……荒れ地のすぐ隣がこんな森の中だなんて、よくよく考えたらなかなかおかしな環境をしているよなぁと思わなくはない。

 

「……なんであのチョンチー、宙に浮いてるんだろう?」

「「「……さぁ?」」」

 

 神秘的のベクトルをどこか間違えている気も少ししてくる。

 

 まぁそんなことは置いておいて、ここ、アラベスクタウンに来たということは、ボクたちには当然するべきことがあり、それはここのスタジアムにてジムチャレンジを行うこと。

 

 折り返しを超えた5番目にあたるこのスタジアム。

 

 正直オニオンさんとのバトルは一瞬負けを本気で覚悟したため、そんなオニオンさんより強いであろうポプラさんとのバトルは否が応でも力が入ってしまう。周りからは強いと言われても、内容はいつも綱渡り。いつ負けてもおかしくはないからね。

 

(気合い入れないとね!!)

 

 軽く頬を叩き、気合いを入れるボク。そんなボクの行動がしっかり見えていたのか、疑問を浮かべるマリィたちにちょっと気恥かしさを覚えたためちょっと早足にスタジアムへ。

 

 神秘的なこのアラベスクタウンを観光するのもいいんだけど、ポットデスの案内によって予想よりもかなり早く到着することができたため、それならやることをさっさと終わらせて、残りの時間を楽しんだり、対策に当てようという寸法だ。

 

 アラベスクタウンそのものの大きさはそんなにないみたいなので、ルミナスメイズの森のように特に迷うことなくアラベスクスタジアムに到着はできた。自然だらけの町の中に堂々と建つそのスタジアムは、しかし外観のデザインはこの風景を壊すことのないものとなっており、自然の中に人工物がぽつんとある、本来なら違和感しか無いはずの状況なのに全く違和感が感じられない。考えた人は控えめに言って天才だと思う。そのデザインの秀逸さは、早足で歩くボクに続いていたユウリたちも思わずため息をこぼしてしまうほど。最も、そんな幻想的な外観であるこのスタジアムも、中に入ってしまえば今までのスタジアムとほとんど変わらない、現代風の内装だ。

 

(ある意味こちらの方が帰ってきた感じがして落ち着くかも)

 

 神秘的なのも非現実的で少し面白いけどね。

 

 中に入ってしまえば、もう5回目にもなる受付のお時間。カウンターで待っているジムトレーナーの人に声をかけて、ジムミッションの日を予約していく。

 

(さてさて、ここのジムミッションはどうなるんだろうね?)

 

 ジムミッションを準備するのは当然そのスタジアムにいるジムリーダー自身だ。つまり今回のジムミッションは、ここのジムリーダーであるポプラさんが準備していることになる。

 

(ポプラさん……)

 

 その名を頭の中に浮かべて思い出すのはやっぱりラテラルタウンでの出来事と発言。ピンクやら真っ直ぐやらひねくれているやら、本人独特の思考回路を展開していたため、傍から聞いててもよく分からず、終始頭の中をかき乱されていた印象しかない。もし、あの掴みどころのない発言や仕草がバトルスタイルにも影響するのだとしたら、既に戦うことを想像するのがしんどそうだし、何よりこれから受けるジムミッションも物凄くややこしいものになっている気がする。 内容が分からない以上、警戒のしようなんて全くないけど、気合いはしっかりと入れておかないと簡単に足元を掬われてしまいそうだ。

 

 そしてもうひとつ思い出すこと。それは……

 

(ビート、何してるかなぁ?)

 

 あの夜、ポプラさんに連れられてボクたちより一足先にこの町に到着し、ポプラさんの元で特訓をしているであろうビートの姿。さすがに昨日今日の出来事で、もう見切りをつけてヨロイ島に行っているなんてことは無いだろうから、まだここにいるとは思うんだけど……

 

(一目だけでも無事なのを確認しておきたいなぁ……いや、でもユウリたちはあまりいい印象を抱いてないからこっそりの方がいいのかな……うむむ……)

 

「おや、あんたたち。遅かったじゃないか」

 

 ビートの事で頭を少し傾げていると、突如鼓膜を打つ声。4人揃って声の聞こえた方に顔を向けると、そこには老齢の女性が1人。言わずもがな、ここのジムリーダーであるポプラさんだ。

 

「ポプラさん!!」

「「こんにちは」」

「ああ、こんにちは」

 

 まさかの登場に少しテンションが上がるホップと、そんな中でもしっかりと挨拶を欠かさないユウリとマリィ。その反応が真っ直ぐで嬉しかったのか、ポプラさんもどこか元気そうに返事を返す。ボクも挨拶をしておかなきゃね。

 

「ポプラさん、こんにちは。ラテラルタウンぶりです」

「ああそうだね。あれからすぐにここに来ると思ったが、ちょいと予想よりゆっくりだったね。何かあったのかい?」

「いえ、単純にルミナスメイズの森で迷ってしまいまして……」

「さすがの注目選手でも、自然には勝てないってかい?」

 

 ボクの到着が遅れた理由を聞いてかかと笑うポプラさん。少し恥ずかしいからやめて欲しい……。

 

「フリア、ポプラさんと会ったことあるのか?」

「うん。ラテラルタウンで夜散歩してた時にたまたまね?」

 

 知り合い気分で話しているボクたちの関係に疑問を持ったホップが質問をして来たので返しておく。……ビートの事は伏せてだけど。

 

「夜に散歩……ってことは、あの日?」

「そういえば気分転換で外歩くって言ってたっけ?あの時に会ったんだ」

 

 ユウリとマリィはその時のことに心当たりがあるのか納得をした。と言っても、あの日はビートの件にミロカロスの件、そしてガラルの伝説についての話し合いもしたからかなり濃密な1日だった。嫌でも記憶に残っていることだろう。その日のことを思い出したあと、少し疑惑の顔を浮かべるユウリとマリィ。

 

(うん。何となく考えていることは分かるけど今すぐその思考は捨てた方がいいと思うよ)

 

「あんたたち、やっぱり失礼なこと考えているね?」

「「い、いえ!!滅相もありません!!」」

「ん?」

「あはは……」

 

 いきなりのポプラさんからの言葉に背筋をぴんと伸ばしながら謝罪をするユウリとマリィ。その様子にあの日のボクと同じく徘徊癖がどうのこうのを想像したんだろうなぁとわかってしまい、ボクの顔にも苦笑いが浮かぶ。後に魔術師のあだ名もあるということを知ることができたんだけど、どちらかと言うとエスパーな気がしなくもない。本当に掴みどころのない人だ。唯一流れを理解していないホップが首を傾げている。彼にはぜひこのまま純粋でいて欲しいものだ。

 

 ……ポプラさんにはピンクもひねくれも足りないって理由で不合格にされそうだけど。いや、その基準がボクには分からないからなんとも言えないけどね?

 

「まぁ、確かにあたしはそこそこの時間をジムリーダーとして務めているからね。あんたたちの言いたいことも分からないことも無い。寛容なあたしに感謝するんだよ?」

 

((((70年もジムリーダーの座に座っていたのをそこそことは言わないと思うんだけど……))))

 

 うん、今ならみんなが何を考えているか分かる気がする。というかホップ含めてみんなの意思が一致したと思う。と、まぁとりあえずそこは置いておいて。

 

「そろそろお昼が近いと思うんですけど、ポプラさんはジム戦の準備とかは大丈夫なんですか?」

 

 町が変わっても基本的にジムの運営は変わらないだろうから、そうなれば午後からはポプラさんはジム戦を控えているということになる。早い挑戦者の番となれば、そろそろ準備を始めておかないとなかなかに辛い時間だ思うんだけど……

 

「大丈夫じゃないよ。だからさっさと準備をしなきゃならないんだがねぇ……全く、ローズのやつもレディの扱いがわかってないよ」

「え、えっと……もし手が足りないなら手伝いますよ?」

「あたしたちが邪魔してるかもしれんし……」

 

 ポプラさんの言葉に慌ててフォローを入れようとするユウリとマリィ。先程脳内で失礼なことを考えたのが少し後ろめたいのだろう。けど、その申し出をポプラさんは首を横に振ることで断った。

 

「いや、大丈夫だよ。あたしの用事はもう終わったからね。あとはジム戦用の手持ちを準備するだけだからあんたたちに手伝ってもらうことはないよ。ジムミッションの内容の変更手続きも済ませたしね」

「「「「変更の手続き?」」」」

 

 断られた時の発言から首をかしげるボクたち。ジムミッションの変更っていうのはどういう事なんだろう?

 

「ジムミッションの内容っていうのはジムチャレンジが始まる前にリーグに対してこういう内容にするっていう計画書を出すのさ。あらかじめ申請しておかないと、一応怪我する可能性とかもあるからねぇ」

 

 ポプラさんの言葉から思い出されるのはルリナさんのミッション。水圧につぶされかけたという経験がある以上、ジムトレーナーやジムリーダーが見守っているとはいえ危険な場面だってあることはボク自身が体で理解している。オニオンさんのところもちょっと危なかったし……ワイルドエリアそのものを障害物にしている以上そういう危険も承知の上で参加者も参加しているとはいえ、いたずらに危険にする必要はないしね。

 

 あまりに危険な内容だったらリーグ側も止めるという事なのだろう。まぁ、そういう裏側のことは今は考えなくてもいいだろう。ボクたちが気にするべきは、ジムミッションの内容を変更したというところだ。

 

「内容の変更ってそんなことあるんですか?」

「いんや、前例はないさね。あたしが初めてやったことだよ。だけどちょっと面白いことになりそうだし、こうした方がいろいろとメリットが多そうだからそうさせてもらったんだよ」

「「「「……?」」」」

 

 ポプラさんの説明がわからずにそろって首をかしげるボクたち。やっぱりこの人の考えはよくわからない。

 

「安心おし。あんたたちにとってもそんなに悪い話じゃないさね。特に、そこのシンオウチャンピオンの推薦者にとっては……ね」

「……ボク、ですか?」

 

 ポプラさんの怪しい笑みがボクに向かって突き刺さる。

 

(ボクにメリットのある変更……?それっていったい……いや、もしかして?)

 

 ボクの頭の中にひとつの予想が浮かび上がる。……たしかに、もしそうなのだとしたら、ボクにとってはすごく面白そうなことになるかもしれない。

 

「さあさあ、あたしはこれから忙しくなるんだ。こんなところで油売る暇があるんなら、対策を立てるなりしっかり休むなりするんだね。ほら、出てった出てった」

 

 手で軽くボクたちをあしらいながらスタジアムの奥へと足を運ぶポプラさん。確かにポプラさんが言う通り、ここにもう用がない以上、外に出て対策を練るなり観光をするなりしておいた方が有意義だろう。みんなその考えに至ったため、特に文句を言うことなく外に向けて足を運んでいく。

 

「なんなんだろうな。変更されたジムミッションって」

「さあ?どっちにしろ明日になればわかることだし、深く気にしなくてもいいんじゃない?」

「そうそう。今はアラベスクタウンをしっかり楽しも!!」

 

 ポプラさんの言っていたことが全く予想できていないホップたちは、結論としては明日を待てばいいというものになった。普通に考えたらその結論にたどり着くのが一般的だと思うんだけど、ボクだけは答えに心当たりができてしまったため、どうもさっきからにやけが止まらない。

 

「なんだかフリア、楽しそうだね?」

「そう……かも」

 

 ユウリからの言葉を肯定するボク。

 

(ああ、どうかボクの予想通りでありますように……)

 

 みんなにとって歯切れの悪い回答をしたことによっていぶかしげな顔を浮かべるホップたち。けど、どうか許してほしい。もうすでに明日のことを考えるだけでワクワクしてしまっているから。

 

(明日が本当に楽しみだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、今回のジムミッションって観客はいないんですか?」

 

 受付を終えて次の日。ボクたちのジムミッションが開始される当日に、いつものジムミッションと同じようにアラベスクスタジアムの控室に入ったボクたちは、別々の部屋に案内されていた。そんな中で説明されたのが、今回のジムミッションには観客がいないという事。

 

「ええそうよ。というのも実はジムチャレンジって別に中継することは強制じゃないのよ。他の場所で言うと、ネズジムリーダーのところも中継はしないみたいね」

「あ、そうなんですね」

 

 ここにきて聞かされる衝撃的な真実。

 

(あれ別に強制配信じゃなかったんだ……だったらボクの痴態は未然に防ぐことができたのでは?)

 

 ここにきて少しだけボクの心の中に黒い炎が灯ったような気がしたけど、ガラルの人のテンション的にどうやったって防ぐことはできないんだろうなぁと思い立ってあきらめることに。とりあえず、もし今回のジムミッションで変な乗り越え方をしても、ここのジムに関しては外に漏れることがないからそれだけでも良しとしよう。

 

「まあ、そういうわけだから、他のスタジアムみたいに緊張する必要はないから安心しなさいね」

「は、はい。ありがとうございます」

「詳しい内容はポプラさんから教えてもらえると思うわ。じゃあジムミッション、頑張ってね」

 

 女性のジムトレーナー(というか、どうやらここのジムトレーナーは女性しかいない)の方に案内されて、ジムミッションの会場へ足を運んでいく。まるでどこかの会館の舞台袖のような、大道具などで散らかっている長い道を歩いて行くと、ひかりが漏れている部屋が目に入る。そのまぶしさに若干目を細めながら潜り抜けると、そこは舞台袖から一転して舞台の上にあがったような場所で、その舞台上の中心にはバトルコートが描かれていた。

 

 ここが舞台の上なら、観客がいるのでは?と思い、ふと横に視線を向けると、そこには椅子に座ってこちらを見守るポプラさんの姿がある。

 

「よく来たね。フリア選手。それじゃあさっそくだけどジムミッションの内容を説明するよ」

 

 少し離れているのにはっきりと耳に届くその声に頷き、続きの言葉を聞き逃さないように耳を傾ける。

 

「ルールは簡単。あたしが用意したトレーナーに一対一のポケモンバトルで勝つこと。ただそれだけだよ。わかりやすいだろう?」

「はい。変なアトラクションとかなくてとてもやりやすいです」

「正直だねぇ」

 

 今までがちょっと特殊なことだらけだった上、ミッション考案者がポプラさんとなれば、きっと変な問題が出されると思って身構えていたら、内容はなんてことないただの一対一のポケモンバトル。いや、正確にはポプラさんがジムミッションの内容を変えた結果、このシンプルなものに変わった。と考えるのが普通だろう。

 

(きっと変更前は無茶苦茶厄介だったんだろうなぁ……)

 

 ifの世界線の話を少し想像しながら、すぐに頭の中を切り替える。シンプルなものに変わったのはありがたいし、正直昨日予想した展開と全く一緒でどんどんテンションが上がってくる。

 

「さて、それじゃあ肝心の対戦相手を呼ぼうかね」

 

 ポプラさんの言葉を合図に、ボクの向かい側の舞台袖から1人の影がこちらに向かってくる。

 

(来たっ!!)

 

 光の関係か、その人影はまだ黒く見えて誰だか全く区別がつかないけど、昨日のポプラさんの言葉からしてもう彼以外ありえないであろう。

 

 カツ……カツ……

 

 靴が床を叩く音を耳にしながらゆっくりとその人物を待つ。そしてその人物が舞台に上がりきり、ついにその正体を表す。

 

 癖の着いた特徴的な銀髪を揺らし、薄紫色の相変わらず光の灯っていない瞳で真っ直ぐこちらを見るその人影の招待は……

 

「予想よりもかなり早い再会でしたね。フリア」

「やっぱり君がジムミッションの相手なんだね!!ビート!!」

 

 ラテラルタウンにて、ポプラさんに引き抜かれていったビートだった。ローズ委員長に見限られ、失意の中にいた彼が今、こうしてボクの目の前に壁として立ち塞がったのだ。

 

 ……フェアリータイプのユニフォームである、ピンクと水色のパステルカラーユニフォームに身を包んで。

 

「ぶっ!!」

「わ、笑いましたね!?」

「ご、ごめん……ふ、普段のビートからかけ離れた服だから……に、似合ってる、よ?」

「笑いを堪えながら言われてもバカにしているようにしか聞こえないのですが!?」

 

 あまりにも急なイメージチェンジのため、思わず吹き出してしまうボク。別にフェアリータイプのユニフォームがおかしいわけでは断じてない。フェアリータイプらしい、可愛いデザインだと思うんだけど、あの慇懃無礼でツンツンしていたビートが急にこの服に袖を通すという無先とのギャップがデカすぎて、ついつい笑ってしまった。似合っているというのは本当のことなので許して欲しい。

 

「あははは……と、とにかく元気そうで安心したよ」

「どこがですか!!まだ特訓を受けて2桁日行ってないですけど、それでも毎日ピンクピンクピンクピンク!!もう頭がおかしくなりそうだ!!」

「……っふふ」

「まだバカにしてますか!?」

「あんた、うるさいよ。黙ってピンクらしくしな」

「ぼくのせいなんですかね!?これ!?」

「あっはははは!!」

 

 タネマシンガンの如く文句を言い続けるビートと、それを軽くあしらうポプラさんの関係がとても微笑ましく、ついつい笑ってしまう。あれだけ文句言っておきながら、ここから離れていないあたりビート自身もポプラさんのことをしっかりと認めているということだろう。

 

(なんだかんだでいいコンビじゃん?)

 

 これならビートの心配はもう要らなさそうだ。

 

「ぐぅ……こうなったら、ポケモンバトルで判らせてあげますよ!!ちょうど今日は合法的にあなたを叩きのめせますからね!!」

「いいよやろう!!ラテラルタウンじゃ中断させられちゃったからね!!」

「今度こそ、ぼくのブリムオンがあなたの━━」

「待ちな!」

 

 ビートが懐にあるブリムオンのモンスターボールに手をかけようとしたところで待ったをかけるポプラさん。その言葉を聞いて苦い顔を浮かべるビート。はて、なにかあったのだろうか?

 

「あんたの気持ちを尊重させたくはあるんだけど、今回はジムミッションとしてのバトルだ。悪いけどこれはビート、あんたの特訓でもあるんだよ?使っていいポケモンは指定したあの子だけ。わかったね?」

「……ええ、分かりましたよ」

「あらら、そういう決まりなんだね」

 

 明らかに不満ですといった顔を浮かべながらも、口では了承の意を唱えている。相変わらず素直じゃないというかひねくれているというか。しかし、どうやらビートのポケモンは固定されているらしい。となると、ジムミッション用の調整されたポケモンだろう。ならばヨノワールを出す訳には行かないかな。ヨノワールは全力バトルの時に出したいから。それに……

 

「あんたたちの因縁を決める場を、こんなかび臭いところにしていいのかい?」

 

 ボクとビートの目がスっと細くなる。

 

 あんたたちの本戦はもっとでかい舞台でやれ。ポプラさんはそう言いたいんだろう。

 

 意外と茶目っ気のあるお方だ。

 

 その通りだ。ここまで来たのなら、願わくばたくさんの観客がいるあのスタジアムの中心で戦いたい。これはそのための前哨戦。

 

「行くよ!!ビート!!」

「ええ!!」

「ではこれより、アラベスクスタジアムのジムミッションを始めるよ!!」

 

 ポプラさんの、とても88歳とは思えない大声を合図に、ボクたちのバトルが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジムミッション

実際のところはどうなんでしょうね?
隙かって決められるとはいえ、一応審査くらいはあるんじゃないかなという妄想です。

ビート

というわけで意外と早い二回目のバトル。しかし、あくまでジムミッション。
本気バトルの続きはまた後で。




同期組の力比べをしたらおそらく主人公の次に強いのは(ザシアン、ザマゼンタをゲットする前は)ビートさんだと思ってます。なので彼にはちょっとしたライバルポジションに。
アニポケで言えばシンジや、アランみたいな場所ですね。
ちなみに他のキャラは……
ユウリ、マリィ→セレナ、ユリーカ
ホップ、セイボリー→シトロン
サイトウ→コルニ
のイメージ。
XYで例えたらこんな感じです。






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69話

「行きますよ、クチート!!」

「お願い、マホイップ!!」

 

 ポプラさんの言葉と同時に投げられる2つのモンスターボール。そこから繰り出されるのはあざむきポケモンのクチートと、クリームポケモンのマホイップ。フェアリータイプのジムだからということで、合わせてフェアリータイプのポケモンを出してみたんだけど……相手はフェアリータイプにはがねタイプを含んだポケモン。タイプ相性で見ると完全にこちらが不利となっている。

 

(うむむ、一対一の一発勝負だからどうしてもこの読み合いは仕方ないなぁ)

 

 いつもなら無茶をせずに交代する場面なのかもしれないけど、今回は交換すらも出来ない戦い。シンプルなミッションだと先程は言ったものの、こういう意味では逆に異端なミッションとも言えるかもしれない。

 

「チィーッ!!」

「マホッ!?」

 

 幸いなのは、クチートの特性が意味をなさないところだろうか。今も、まるでポニーテールのように後頭部から伸びた巨大な顎を使ってマホイップをいかくするものの、いかくによって下げられるのは物理攻撃。特殊攻撃を主体とするマホイップには基本的に効果がない。マホイップの特性も有効な場が限られるため、生かしづらいという点を考えても、不利なのがタイプ相性だけにとどまっているのはまだ希望が見えるということである。と言っても、圧倒的不利かかなり不利の違いでしかないため、正直そんなに差はないかもだけど。

 

「どうやらポケモンのチョイスは外れてしまったようですね……ならその優位を保ったまま押させて行きますよ!!クチート、『ラスターカノン』です!!」

 

 クチートから小手調べと言わんばかりに放たれる銀色の光弾。はがねのエネルギーを凝縮したその攻撃は、早速こうかばつぐんのダメージを刻まんと猛進してくる。

 

「マホイップ!!『マジカルシャイン』!!」

 

 それに対してマホイップは妖精の光を放ちラスターカノンにぶつける。ただし、ただぶつけるだけではなく少し体を横にずらしてからマジカルシャインを放つようにする。

 

「……なるほど」

 

 ビートからボソッとこぼれた言葉。その理由は、ラスターカノンがマジカルシャインの()()()()()()()()()のを確認したため。自分から光を放つ兼ね合い上、マジカルシャインは自分を中心とした球体が攻撃範囲となる。簡単に言えばドーム状の攻撃。その攻撃に少しでも角度がズレてぶつかってしまえば、ぶつかった攻撃はドーム状の攻撃を貫通することなく、表面を滑って明後日の方に逸らされてしまう。止められないのなら無理に止める必要はなく、逸らせばいいだけだ。

 

「走って『アイアンヘッド』!!」

「『とける』!!」

 

 ラスターカノンが効かないと判断するやいなや、今度は走って近接勝負に持ち込むクチート。額を鋼色に固めながら走ってくるその姿は重戦車を想像させる。それに対してマホイップは体を溶かして物理耐性をグンと上げていく。物理方面に対しては少しものたりないマホップの耐久だけど、これでその弱点も補うことができる。さらに……

 

「もういっちょ、クリーム!!」

 

 とけると同時にまき散らされるマホイップのクリームは物理攻撃を吸収して受け止める。クチートの攻撃がぶつかるころには、こうかばつぐんのはずのその攻撃はその威力のほとんどを殺されていた。

 

「ラテラルでも見せた防御術ですか……」

「マホイップ、『マジカルフレイム』!」

 

 お返しに放つは魔法の炎。きらめく火炎はクチートの体を激しく包み燃やしていき、確実にこうかばつぐんのダメージを体に刻んでいく。

 

「くっ!クチート、クリームにとびこみなさい!!」

 

 対するビートの指示はクリームに飛び込んで炎を消化する作戦。水分の多いクリームなら炎を消すことができるという算段で、実際その判断は正しくすぐさま炎は消えていく。しかし、その行動はボクにとっては次の行動に移すための手助けでしかない。

 

「もっとクリームを延ばして!!」

 

 相手が消火活動に励んでいる間にこちらは自分のフィールドを作り上げる。マホイップの体と同じ、水色のクリームがどんどんフィールドを支配していく。

 

「このクリーム、本当に厄介ですね……!」

 

 オニオンさんの時はサニゴーンが相手だったためこのクリームの厄介なところを十全に発揮できなかったが、このクリームの本領は相手の体に張り付くところにある。相手にくっついてなかなか落ちないそのクリームは、相手の体を重くすることによってその機動力を大きく削ぐことができる。また攻撃に使う手足や頭部に張り付けば、それだけで攻撃も妨害できるという厄介ぶり。クリームと一体化して足の遅いマホイップのサポートをするというのも確かに強いけど、このクリームの使い方で一番強いのは間違いなくこれだ。

 

 では振りほどけばいいのでは?と思うかも知れないけど、それもまた悪手である。

 

「地面に向かって『アイアンヘッド』でクリームを吹き飛ばしてください!」

「『マジカルフレイム』」

 

 振り払うために行動するということはそのために一手必要になるということ。それも自分を強化する変化技と違ってただ自分の態勢を立て直すだけのその行動は、こちらにとってはチャンス以外の何物でもない。アイアンヘッドを振っているところに再び直撃するマジカルフレイム。魔法の炎が再びクチートを包もうとするものの、先ほどと同じようにまたクリームで素早く消火。しかし……

 

「本当に普段の性格とは想像がつかないくらいにはやらしい戦い方をする人ですね!」

「これがボクのスタイルだからね!!」

 

 そんなことをすれば再び体にクリームが付着する。物理攻撃をするならクリームが邪魔となり、クリームを払うならその行動をしている間に炎で燃やすと言う無限ループ。これが物理を封殺するマホイップの戦い方。勿論この状況を打破する方法はたくさんあるとは思う。けど少なくともクチートにはかなりつらい状況のはず!

 

「なら……『ラスターカノン』です!」

「そらして!」

 

 近距離が無理ならということで再びラスターカノン。しかしクチートはもともと特殊攻撃を得意としているわけではない。先ほどと同じようにマジカルシャインでそらすことは造作もない。さらにクリームの中心でマジカルシャインを放ったことによってマホイップ付近のクリームが飛び散り、クチートの視界が一瞬防がれる。

 

「やっぱり特殊は通じませんか……っ!?マホイップはどこに!?」

 

 その一瞬の隙をついてマホイップは姿を隠した。場所は言わずもがなクリームの中だけど、問題はその範囲の広さ。攻撃がぶつかり合うたびにクリームが弾けているものだから広がっている量が多すぎてどこに隠れているのかビートから見れば見当もつかないだろう。次の攻撃は避けられない。

 

「『マジカルシャイン』!!」

「真下ッ!?」

 

 突如クチートの足元が光で弾け、真上に弾き飛ばれてそのまま地面に落下する。クリームを潜航していたマホイップのふいうちの一発。クリームの中にいるためマジカルフレイムこそ使えなかったものの、マジカルシャインはマホイップの得意技だ。こうやって工夫をして、こうかいまひとつの相手にさえ大ダメージを与えることだってわけない。

 

「いいよマホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 思い通りに戦いが展開できていることに嬉しそうにはしゃぐマホイップ。その姿にほっこりはするものの、少し頭に引っかかることがある。

 

(ビートの戦い方、なんか窮屈だね……)

 

 なれないポケモンを使っている以上、戦法が上手く噛み合わないのは分からないでもない。けど、それを差し引いてもなにかぎこちないというか、らしくない気がしてしまう。

 

(……ポプラさんは、何を考えているんだろう?)

 

 少し横目でここのジムリーダーの姿を確認しながらも、今はジムミッションに集中しなくてはと、戦場に目を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ふむ、やっぱりフリアはいいトレーナーだねぇ)

 

 フリア対ビートのポケモンバトル。それを特等席から見るあたしの感想は、やっぱりシンオウリーグ2位の名は伊達ではない。と言ったところだね。自分のポケモンが何を得意としていてどんなことが出来るのか。それを深く理解しているからこそ、こんなにも手札の多い戦い方を行うことが出来る。

 

(本当に、惜しいトレーナーだよあんたは。戦い方は文句無しにピンクで満たされている。けど……トレーナー本人の性格がやっぱりあたしには合わないねぇ)

 

 もう少し本人の性格がひねくれてないと、あたしとしては教えがいがない。しかし、世間一般から見れば間違いなく逸材であることに間違いはない。これは未来が楽しみなトレーナーだ。問題は……

 

(やっぱり、まだあたしの教えを理解しきってないみたいだねぇ)

 

 今もアイアンヘッドとラスターカノンという、マホイップに対してこうかばつぐんを取れるはがね技で何とか打開をしようとするものの、とける、めいそう、マジカルシャイン、マジカルフレイムと、現状扱える全ての技に加えて、クリームも使った多彩な行動でいなして、逸らして、そして反撃をするフリア。

 

(こうかばつぐんで攻撃する。確かにポケモンバトルにおいてタイプ相性は大事。だけどねぇ……)

 

 やっぱりこいつは、一見ひねくれている癖にバトルの内容をよく見ればとても素直。本人の性格もねじれてはいるが根本は認めてもらいたいという実に子供っぽい真っ直ぐな動機。周りが見たら面倒臭いと思うかもしれないが、あたしから見れば可愛いもんだ。そして何よりも、こういう自分に正直なやつの方が後々大きくなる。このハングリーさが何よりもあたしがこいつを気に入った理由。

 

 あたしの勘が告げている。こいつは間違いなく大物になると。

 

 だからこそあたしはこいつを育てたい。

 

(……そのためにも、ちょいと道を指し示してあげるとするかねぇ)

 

 このガラルの未来を担う子にするために。あたしはゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(強い。それはわかってたことですが……ポケモンを変えられるだけでここまで変わるものですか?)

 

 相手にぶつける。相手の避けた先を読んで攻撃する。地面に当てて相手の視界を奪ってみる。色々な行動をするものの、その全てを上回れて返されてしまうクチートの姿に、思わず歯を食いしばってしまう。ラテラルタウンでフリアのヨノワールと戦った時、その圧倒的なパワーで押されたのは記憶に新しい。けど、それでもここまで試合内容は酷くなかったと記憶している。あの時と比べて今の戦況は最悪だ。何をしても全て返され、こちらのやりたいことがまるで通らない。

 

(凄く窮屈だ……)

 

 ここまでバトルコートが狭く感じたことは今までにない。それほどまでに場を支配されている。

 

(タイプ相性的には絶対的に有利なはずなのに何故こんなにも……)

 

 タイプが有利だからと言って押されないわけではないことはぼく自身がラテラルタウンで証明している。けどそれにしたって覆しすぎている。

 

(これがクチートではなくブリムオンなら……)

 

「ビート」

「っ!?」

 

 ふと頭を変な考えがよぎった瞬間、ばあさんから掛けられる低く重い一言。まさか自分が頭の中に浮かべてしまった思いがばれてしまったのかと思い冷や汗が流れ始める。と同時に脳内で自分に叱咤する。

 

(ぼくは何を言っているんだ!この結果は認めたくないですがぼくの実力不足のせいです。ここでクチートを責めるのは恥ずべき行為……)

 

 なぜかよくわからないけどあのばあさんはぼくの気持ちを読んで先に動いてくる。きっと今ぼくの頭の中で浮かんだ言葉も読み取っているだろうから次の言葉はまた叱りの言葉。そう思い、ゆっくりと視線をばあさんの方に向けてみる。

 

「あんたはいま、どこのトレーナーなんだい?」

「……は?」

 

 しかしばあさんから告げられた言葉はまったくもって意味の分からないものだった。ぼくが一体なんのトレーナーか。そんなものは誰が見るまでもなく明らかになっているはずだ。

 

「誰がぼくをスカウトしたんですか。もしかしてもうボケが回りましたか?」

「うるさいやつだね。あたしは心はまだ18だよ」

「限度があるでしょう!!……まったく、ばあさんのために改めて口に出してあげますよ。そんなのフェアリータイプのジムトレーナーに決まって……ッ!?」

 

 そこまで口にしてようやく頭に電撃が走ったかのような感覚に襲われる。

 

 そう、今のぼくはフェアリータイプのジムトレーナーだ。そこまで考えて今日、今までの自分の動きを思い出してみる。果たして自分はどのような攻撃をしていたのか。

 

(今日のぼくは、まだアイアンヘッドとラスターカノン()()()()()()()()()……)

 

 相手の弱点を突くためにサブウェポンを使い、不利な相手にも反撃をするという行動自体は確かに大事だ。だけど、そればかりを考えて今一緒に戦っているポケモンの得意な攻撃をないがしろにしていい理由にはならない。それは今までのジムリーダーやフリアを見ればよく分かる。ヤローさんはほのおタイプには草技を一切打っていなかったか?ルリナさんはくさタイプには一切水タイプを使っていなかった?フリアはこの戦い、相手に効きづらいタイプだからとフェアリータイプの技を一切使っていなかったか?……そんなことは断じてないはずだ。勿論はがねタイプを複合で持つクチートははがね技もある程度得意だろう。けど、このクチートはアラベスクスタジアムで育てられた子だ。ならこの子が一番得意としているのはフェアリータイプの技であるじゃれつくのはず。なのにぼくはこうかばつぐんに目を奪われてはがね技しか使っていなかった。

 

(視野が狭まっていた……)

 

 フェアリータイプの壁である以上、その道には精通しておかなければならない。

 

 ぼくが今までエスパーに特化していたこともあり、まだまだフェアリータイプの扱いに関しては甘い所がある。現にたった今、そのフェアリー同士の戦いでフリアに上をいかれているのがその証拠。これでは今までばあさんにされていたいじめ……もとい、特訓の意味がなくなってしまう。

 

(もし今のぼくがフリアにブリムオンを出せていたとしても、エスパー技主体の固まった動きになっていたでしょうね……ああ、そういう事ですか……)

 

 ここまで発言してまたさらに新しいことに気づく。

 

 それはブリムオンのタイプに関すること。

 

 ブリムオンはテブリムから進化したことによって新たにフェアリータイプが追加されている。更にはポニータや最近仲間になったキルリアも、エスパーとともにフェアリーが付属している。なのにぼくの戦い方は基本的にエスパータイプばかりを見た戦い方だった。それはこの前のヨノワールとの戦い方の時でも明白で、マジカルシャインではろくにヨノワールを攻撃できていなかった。もしあの時、ぼくがマジカルシャインの効果的な使い方を理解していたのなら、今回のフリアのように幅広い戦い方ができていたはずなのだ。

 

(ぼくはいつの間にか、相棒たちの強い戦い方について教わっていたんですね)

 

 点と点がつながり、ようやくばあさんがぼくにピンクの何たるかを教えてくれている理由が少しわかった気がする。ローズ委員長の下にいた時とは全然違う、師としての厳しくもぼくの未来を見据えた的確で優しいその言葉と態度。

 

(……まぁ、少しくらいは感謝してあげますよ)

 

 フェアリーの戦い方の師事。フリアとの戦いのための場を提供。そしてぼく自身の身を寄せる場所の提供。何から何まで、昔以上に充実したこの環境。

 

(失格にさせられた後に作られるというのが最高に皮肉が効いてますが……まぁ、いいでしょう)

 

 もしフリアとの再戦をするにあたって、スタジアムという大きな場所を選ぶのであれば、ぼくのしたことによって間違いなく反発が起きる。それを黙らせる口実まで用意してくれたばあさん。

 

(少しくらいは感謝をしてやらないこともないです。そして……)

 

 初めは他地方のやつに負けるなんてありえないという慢心からだった。けど、今はいちトレーナーとして彼と戦いたい。そのための協力をこんなにもしてくれたばあさんへ、ちょっとくらい恩返しをしても、やぶさかではないのかもしれない。

 

(ばあさんの座。仕方がないから、継いであげますよ)

 

 スっと心が軽くなった気がした。そして……

 

 今見える景色が、さらに明るくなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『かみくだく』です」

 

 ポプラさんの一言から顔を少し下げていたビートからぽつりと溢れるのは、このバトルが始まって初めて指示された技。その技にしたがって、クチートは後頭部にある大きな顎を使い、体のクリームを払いながら周りのクリームに喰らい付いていく。

 

(何かが……変わった?けど、手を休める訳にはいかないね)

 

「マホイップ、『マジカルフレイム』!!」

 

 その行動に疑問を持ちながらも、クリームの対処に使う隙だらけの一手に対してこちらも攻撃を選択する。煌めく炎がまたクチートを包こもうと猛進を始める。が……

 

「クチート!!今かみくだいているクリームを吐き出しなさい!!」

「なっ!?」

 

 かみくだくによって顎の中に蓄えていたクリームの塊をマジカルフレイムに向かって吐き出すことで消火を行うクチート。いきなりの対応にびっくりしてしまい、こちらの動きが一瞬止まってしまう。それを好機と見たクチートが一気に間合いを詰め寄って懐に入ろうとする。

 

(さすがにアイアンヘッドを直撃させる訳にはいかない!!)

 

「マホイップ!!クリーム!!」

「マホッ!!」

 

 守るためのクリームを展開し、クチートの攻撃に備える。これなら一撃くらいは全然耐え切ることができる。しかし、ビートはまたもやボクの想定を超えて動く。

 

「クチート、『じゃれつく』です!!」

「クチッ!!」

 

 あえてクリームの波に突っ込んで、体中をクリームだらけにしながらもマホイップの懐に潜り込むクチート。そのままマホイップとの距離を0にしたまま、じゃれつく特有の四方八方からポカポカと体を叩きつける連続攻撃にマホイップが晒される。

 

「マホイップ!?」

「マ、マホッ!!」

 

(じゃれつくの動きでクリームを吹きとばしながら攻撃してきた!?……急に技の使い方が変わった!!)

 

 じゃれつくは相手の四方八方から何回も攻撃をする兼ね合い上、細かく走り回る動きを取る事となる。もちろん、この動きだけでは完全にクリームを払うことはできないものの、その時にクチートは余分に大きく動くことによってクリームを払う量を増やしていた。当然余分な動きを必要とするため、クチートのスタミナも大きく使うし、何より普段よりも大振りな、相手に対処されやすい技となってしまう。しかし、その点に関してはマホイップの遅さがその判断をしづらくさせていた。すばやさがあまり高くないマホイップでは、少し動きが大きくなった程度では避けきれない。その弱点を突いた的確な攻撃。

 

「ぼくは、自分の生き方は自分で決めます」

 

 ビートの言葉が響く。

 その言葉と同時に、ゆっくりとビートの顔が上がっていく。

 

「だから今、決めました」

「っ!?」

 

 空気が変わる。

 

「今はまだ、届かないかもしれませんが……あなたに勝ち、ばあさんもこえて」

 

 顔を上げたビートと目が合う。

 

「ガラル最強のフェアリー使いとして、皆さんに最高のピンクをお見せして差し上げますよ」

 

(目にハイライトが……)

 

 その目の中に、今まで見ることが出来なかった確かな光が宿った。

 

 たったそれだけ、されど、ビートのことを考えれば明らかに大きなその変化。不思議とその瞬間から彼の着るユニフォームが物凄く華やかなものへと変わったような気がした。それほどまでに、今の彼はフェアリータイプの使い手としてふさわしいトレーナーへと成長をしていた。

 

(全くもう、本当に……君とスタジアムでぶつかるときが楽しみでしょうがないよ)

 

 クチートに手痛い反撃をもらい仕切り直しにはなったものの、ここまでの戦いから考えてクチートの限界はもう目の前だ。よって、このバトルの結果はボクもビートも、そして恐らくポプラさんにもわかっていることだろう。

 

 ボクの勝ちはもう揺るがない。

 

 だからこそ、ボクは次のバトルを楽しみにする。

 

 最初から本気のビートと戦える、スタジアムでのバトルを。

 

「ラテラルでも言ったけど改めて言うよ。()()()()!!」

「ええ!ばあさんと鍛えて、あなたを超える!!」

 

 ボクたちの熱に押されて、マホイップとクチートが激しくぶつかる。

 

 程なくして告げられるのはボクの勝利の宣言。しかしこのバトルコートには勝った喜びも負けた悔しさも存在せず、あるのはただボクたちの視線のぶつかる、音のない激しい炎の揺らめきだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最高にピンク色のバトルだったねぇ……ガラルの未来は、まだまだ安泰だろうさね」

 

 そんな中で呟かれるポプラさんのつぶやきは、ボクたちに届くことなく、密かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クリーム

アニメでもピカチュウの尻尾にくっつくことによってアイアンテールの威力を抑えていましたね。
対物理にとても有効な技だと思います。

ビート

目ハイライトがともりましたね。めでたくピンク堕ち()です。
テブリムが進化とともにフェアリーを手に入れるのはビートさんとともに成長している感じがしてとても好きです。
この小説ではブリムオンへの進化が先ですが、実機で出会う順番は逆なのでフェアリーに拾われたビートについて行っている感じがしますよね。




何気に初めての真っ当なジムミッションクリアですね。




BDSPの厳選環境を整えようかなと思って調べた瞬間、そのめんどくささにテンションが……
でもフリアさんのパーティは厳選したいんですよねぇ……うむむ。
ホーム解禁待ってもいい気がしてきました。






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70話

年末が近いですね。












「ん、んん〜……はぁ。何とか無事に勝ててよかったよかった」

「マホッ!!」

「キルッ!!」

 

 ジムミッションが終わって、アラベスクスタジアムの休憩所にて今回のバトルの功労者であるマホイップと、外に出たいと申し出たキルリアをボールから出し、3人でのんびりとした時間を過ごす。

 

 ジムミッションに挑む順番はボク、マリィ、ユウリ、ホップの流れだったと記憶しているから、ポケモンの回復も終わった今、マリィが終わったかユウリの順番が始まったくらいかな?と予想しながらポフィンを口に入れてほっと一息。

 

 脳内にプレイバックされるのはやっぱりビートとの対決。なれないポケモンを使ったバトルだったため最初から全力のバトルとは行かなかったものの、途中から見違えるようにいい動きになったクチートにはかなり驚かされた。最初からあの状態だったら、正直どっちが勝っていたか分からないくらいにはいい勝負になっていたと思う。それほどまでに、あの目にハイライトの灯った本気のビートの実力は凄まじかった。

 

「バトル終わったらまた消えてたの勿体ないなぁとは思ったけどね」

「マホ?」

 

 マホイップを撫でながらバトルが終わった直後のビートの顔を思い出す。ずっと綺麗な目にしておけば印象もかなりよくなるのにと思ってしまうけど、まぁそこは本人の自由だし、あれが彼なりのスイッチの切り替えとかルーティーンとかだったりするのかもしれない。……よくよく考えたら瞳のハイライトを自由に変えられるって意味わかんないけど。

 

「とにかく、今度戦うのが楽しみだね」

「マホッ!!」

「キルッ!!」

「そのポフィン、あたしも貰ってよかと?」

 

 次にスタジアムで再会した時のことを楽しみに想像していると、横からボクの目の前に手が伸びてポフィンをひとつ取られてしまう。と言っても、独特な口調のせいで誰なのかは見なくても分かっちゃうんだけどね。ほぼ確信に近い予想を立てながら手の主へ視線を向けると、やっぱりマリィの姿。ボクに質問をしておきながら断られるとは思っていないのか、返事を返す前にポフィンを口に運んで幸せそうな顔を浮かべる。ほんのり見える汗の跡からかなり激しい戦いをくりひろげたのだろう。疲れた体が糖分を欲していたみたいだ。

 

「まだまだあるからどんどん食べて平気だよ」

「そうさせて貰う。モルペコもよか?」

「勿論」

「ありがと。出ておいでモルペコ」

「モルペッ!!」

 

 モルペコが食べるとなるともっとカバンから取り出した方が良さそうだ。カバンの中から取り出して追加のポフィンを置いておく。けど、マリィが呼び出したモルペコがはらぺこもようでは無い当たり、バトルに出したのはモルペコじゃないように見えた。

 

「疲れた〜……ビート選手の事はしっとったけど、あんなに強かったのは知らなかったと」

「間違いなく優勝候補の1人だったからね。ローズ委員長の推薦は伊達じゃないってこと」

「それにしてもだって。それに聞いてた話しと雰囲気違っとったし……」

「ああ〜、それに関しては……確かにそうかも」

 

 ボクのせいで。という言葉を何とか飲み込んで同調する。間違いなくボクのせいでビートが成長しているのは間違いないので、これからアラベスクスタジアムのジムミッションの難易度が上がるたびにボクの心にのしかかってきそうだ。周りはその事を知らなくてもポプラさんならその事を最後まで突っついて来そうな気がする。

 

(ほんとにごめん、未来の挑戦者)

 

「?」

 

 ポフィンを食べながらマリィが首をかしげるけどここも我慢。知らない方がいいと思うんだ。主に彼女たちの心的な問題で。

 

「っと、そういえばマリィは誰を出したの?一対一だったでしょ?」

「あたしは今回はドクロッグにお願いした。あくタイプ使いとしてはちょっと悔しいけど、流石にビート選手相手に勝てるって思ってるほど慢心はしてないけんね」

「どく、かくとうタイプ……確かにフェアリーが苦手なあくタイプにとっては重要なポケモンだけど……ああ、言っても手持ちに別タイプがいておかしい話じゃないか」

 

 タイプを統一している人が別のタイプを持つのが珍しいなぁなんて思っていたけど、よくよく考えたらデンジさんはでんきタイプのジムだけどオクタンを手持ちにしているし、オーバさんはほのおの四天王なのにフワライドやミミロップ、ハガネールを手持ちにしていたりと、自分の得意とするタイプ以外のポケモンを手持ちにするパターンも珍しくはない。自分のタイプを対策してきている人たちを逆に対策するために入れている場合がほとんどだけど、単純に自分の好きな仲間だからという理由で入れている人もいるみたいだ。このあたりは特に厳しい決まりがあるってわけじゃないからジムリーダーの匙加減だ。

 

「あたしのアニキもどくタイプを一匹入れてるしね。そこはアニキをリスペクトしてって感じ」

「成程ね」

 

 となると、マリィのお兄さんと戦う時はマホイップに任せきりと言わけにはいかないという事だ。……ちょっと先のことを考えすぎたかな?

 

「それでも結構苦労したと。まさかクチートが相手だなんて……」

「あはは、はがねタイプがあるからどく効かないもんね」

「ほんと、勝ててよかったと~……」

「うん、お疲れ様~」

 

 机に突っ伏して伸びをしているマリィの頭をゆっくり撫でながら労うと、ちょっと気持ちよさそうに目を細めながらさらにリラックスをする。こういうところはヒカリっぽくて面白い。

 

(さて、ユウリとホップは大丈夫かな……?)

 

 ユウリは彼女自身がビートを嫌っているから動きに余計なノイズが入りそうという不安があり、ホップは単純にスランプがどうなっているかが気になるところ。特にホップに関してはスランプの理由がどこかのタイミングでマリィに聞いたところビートが関係しているらしいから余計に心配だ。昔のビートならいざ知らず、今のビートはそこそこ丸くなっているから、そういった意味ではむしろ丸く収まる可能性があるからそっちに期待したいところではあるんだけど……

 

「って、いつまで撫でてると!!」

「あ、ごめんごめん。つい癖で……」

 

 と、ここまでいろいろ考えながらもずっと頭を撫でていたためマリィにお叱りを受けてしまう。流石に恥ずかしかったようで、怒りからなのか、はたまた照れからなのか、どっちか判断はつかないけどほんのりと顔を赤くしたマリィからの言葉を聞いて手を収める。

 

「全くもう……」

「あはは……やっぱり長い間旅していた身としてはその時の癖がなかなか抜けないというか……」

「どんな旅してたかすっごい気になると……」

「そのあたり含めて今度みんなの前で話してあげるね」

 

 ふと近くの時計を見ればもうそこそこ時間が経っていた。もしボクの予想が正しければ……

 

「お~い!フリア~!マリィ~!」

「あ、ユウリが来た」

「あの様子だと、無事に突破したみたいやんね」

 

 アラベスクスタジアムの奥から駆け出してくるユウリの姿が目に入る。元気よく手を振りながらこちらに近寄ってくるその姿からは嬉しさの感情があふれ出ており、マリィの言う通り無事に突破したであろうことが一目でわかった。

 

「ユウリ、お疲れ様~。はいポフィン」

「わ~い!ありがと~!……んん~、美味しい~」

「とりま、ユウリも突破おめでと」

「マリィもありがと~ってなんでわかったの!?私何も言ってないのに!」

「そんなにテンション高々にしていたら誰だってわかると」

「そ、そんなに元気に見えた?」

「「うん」」

「うぅ……あ、ねぇ。そういえば気になったんだけど、ビートってあんなに━━」

 

 それからユウリたちと、さっき出会ったビートの性格がだいぶ大人しくなったことや、雰囲気が良くなったこと、物凄く強かったことなどなど、今までボク以外から悪かった、みんなからのビートに対する印象の話で少しばかり盛り上がるボクたち。その事が少し嬉しくて、思わず頬が緩みそうになるのを何とか我慢する。

 

 兎にも角にも、ユウリまで無事に突破して何よりだ。懸念点だったユウリからのビートへの印象も大分良くなったからその点も安心。

 

(さて、ホップはどうなっているのかな……?)

 

 あとは最後の一人だけ。

 

(どうか無事乗り越えていますように)

 

 そう願いながら、ポフィンをまた1つ、口運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだよ」

「……戻ってくれ。エレズン」

「戻りなさい、クチート」

 

 ポプラさんの宣言によって終了するこのバトル。俺はその宣言に従って、目の前で倒れてしまっているエレズンをボールに戻した。

 

(……また負けた)

 

 ジムリーダーに負けた事はまだあるが、ジムミッションで負けたのは初めてだ。それも相手はエンジンシティを出てすぐに戦い、そして完膚なきまでに叩きのめしてきた相手であるビート。ポプラさんの、ジムミッションの内容を変えたと聞いて、少しワクワクしていたところに急に現れたビートの姿を見た時、俺は冷水をぶっかけられたみたいな気分になった。あの時の光景がフラッシュバックして嫌な思い出があふれかえってしまっていた。けど同時に、この時はリベンジのチャンスかもしれないという期待だってちゃんとあった。けど、結果は今回も惨敗。良い所なんてまるでなく、前よりもさらにあっけなく負けてしまっていた。

 

「ふぅ……フリア、マリィ選手、ユウリ選手と負け続きでしたから、とりあえず勝てて良かったですよ」

「何言ってんだい。負け越してる以上あたしは許さないよ」

「分かってますよ。……ですが今回は相手が悪かったでしょうに

「文句を言うならまたマホイップのクリーム沼に……」

「ああもう分かりましたよ!!さすがにあの胸焼け空間だけは勘弁です!!ったく、このばあさんは拷問が趣味なんですか!?」

 

 なんだか相手側が盛り上がっているみたいだけど全く耳に入ってこない。ただ負けた。その事実だけが俺の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。

 

(やっぱり、俺は……)

 

 フリアもマリィも、ユウリだって突破できたのに俺だけ勝てなかった。俺の方がフリアたちよりも先に進んでいたはずなのに、蓋を開けてみればもう追いつかれて、追い越されていた。もう、俺の隣には誰もいない。

 

「何を座り込んでいるんですか」

「っ!?」

 

 そんな燻っていた俺に対してかけられるのはさっきまで戦っていたビートの声。その声に初めて自分が地面に腰を落としていたことに気づき、慌てて立ち上がる。ジムミッションはもう終わったんだ。いつまでもここにいたら次の人の迷惑になってしまう。こいつもその事を言いに来たんだろう。こいつに言われるのは癪だけど正しいことではあるため反論をする気も起きない。けど、ただこいつの言う通りにするのもそれはそれでなんだか納得が行かなくて、そんな思いからか、ついつい下に顔を向けたままぶっきらぼうにここを去ろうとする。

 

「待ちなさい」

「……何だよ」

 

 そんな俺の背中から掛けられるビートの声。正直今はこいつの声何て全く聴きたくない。早くここから去ってしまいたかった。だけど、あいつのオーラが俺をここから去るのを許さない。

 

「あなたに言いたいことがあるんですよ」

「……」

 

 ビートの口から聞かされるのは俺への物申し。いよいよもって帰りたくなってきた。こいつが言う事なんて絶対ろくなものじゃない。

 

「正直に言ってあげますよ。あなた、前闘った時より弱くなっています」

「なっ!?そんなことは……ちゃんと特訓してみんなのレベルもしっかりと……」

「その言い訳の時点で弱いんですよ。負けた理由をポケモンのせいにしている時点で」

「っ!?」

 

 けど、無視して帰るのも悪いと思って耳を傾けてみたら、聞こえてきたのはやっぱり俺を一方的に貶す言葉だった。けど、その言葉に対して俺は言い返せすことができなかった。確かに、今の俺の発言だとまるでみんなの強さが足りないから負けたみたいな言い方だ。そのことに言われるまで気づけなかった自分が何よりも許せない。

 

「これじゃあまるで自分の過去を見ているみたいじゃないですか……全く、先ほどまでの自分がこんなみっともない姿をさらしていたとなると……確かにばあさんがキレる理由もわかる気がしますよ」

「……」

 

 何かを言おうと思っても口が動かない。そんな俺の姿を無視してビートは言葉を続ける。

 

「そもそも、あなたがエレズンを使っているとことはラテラルタウンでも見かけましたが……全然使い慣れているように見えません。それならあなたが慣れ親しんでいたポケモンたちと戦っていた方が100倍も厄介でしたよ。そんな付け焼き刃の戦い方で負けるほど、ぼくは甘いつもりはありません」

 

 さっきからぶつけられる厳しい言葉の数々。それは確実に俺の心にナイフを突き刺すかのようなダメージを与えてくる。それがつらくて、思わず耳を防ぎたくなるが、それを許さないかのようにビートが言葉を続ける。

 

「あなたはそんなに器用な人間じゃない。あなたでは、チャンピオンにはなれませんよ」

「……ッ」

 

 悔しい。恨みすらしている相手にここまで好き勝手言われて自然と拳は入るし、咬んでいる唇からは血だってにじんでいる。

 

「言いたいことは以上です。次挑戦してきたときも同じような顔をしてくるようでしたら、いよいよ本気であなたにはジムチャレンジをあきらめてほしいですね……せめて、あの人の隣に立てるくらいには、立派になって帰ってきてください」

 

 そういいながら奥へ歩いて行くビートの姿に、お前に何がわかるんだと大声で反論してやりたかった。けど……どうすればいいのか全然わからなくって。でも、確かにビートの言葉にどこか違和感を感じている自分がいて……

 

「……俺に、何をしろって言いたいんだよ……わかんないぞ」

 

 その違和感の正体に気づかない俺は、そうやって言葉をこぼすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどうやってアラベスクスタジアムから出たのかは覚えていない。誰かから声をかけられたような気がしたけど、今の俺はそんな気分じゃなくて……とにかく一人になりたかった俺はその声を無視してアラベスクタウンの隅っこにある公園に来ていた。

 

 まだまだジムミッションが行われている時間帯のため、時刻で言えばお昼にすら到達していていない時間だというのに周りには誰もいないこの公園は、存在感が本当に薄いのか野生のポケモンすらいなかった。

 

 アラベスクタウン特有の巨大な大木の枝からつるされているブランコに腰を掛けて意味もなくこぐ。

 

 ブランコのきしむ音だけが響くこの空間が、この世界に自分しかいないのではないかと錯覚させてくる。それがさらに自分がおいて行かれているという今の状況を表しているようで、余計にみじめになってきた。

 

(ラテラルタウンではオニオンさんには4回も負けた。そしてここではジムミッションすら1回でクリアできなくなった……同じ時期に旅を始めたユウリは突破したっていうのに……)

 

 このままではおいて行かれる、そして、俺がそんなみんなに追いつける気が、もうしない。

 

(……ここで終わるのかな)

 

 また立ち上がればいい。そう思っていた。けど、あまりにもビートの言葉が重すぎて、とてもじゃないけど耐えきれない。彼の言葉が正論すぎて、何も言い返せない。でも、それでも……

 

(嫌だぞ……こんなところで終わりたくはないぞ……)

 

 夢だけはあきらめられなくて、どうすればいいのかわからなくて、頭が痛くなってくる。

 

(誰か……)

 

「やっと見つけた」

「……え?」

 

 誰か教えてくれ。そう願おうと思った瞬間頭上からかかってくる声。誰もいないはずなのに聞こえたその声にびっくりしてしまって上を向くと、そこには俺の目標の一人がいた。

 

「……フリア?」

「やっほ」

 

 そう挨拶しながら隣のブランコに押し掛けるフリア。教えてと願いながらも1人になりたい今、フリアからも離れたかったけど、体を動かすのも億劫だったから仕方なくそのまま居座る。

 

 ブランコのきしむ音が倍になる。しかし、何を話せばいいのかわからないせいで沈黙の時が過ぎるのは変わらない。その空気がどこか辛くて……

 

 10分、20分、それくらい経ったくらいでいよいよ逃げ出したくなった俺は、再び歩こうとして……

 

「……ビートに負けたんだってね?」

「ッ!!」

 

 フリアから告げられた言葉に頭が一気に熱くなる。気づけば俺はフリアに詰め寄って大声で怒鳴っていた。

 

「お前も俺を貶しに来たのか?!」

 

(ああ、最低だ)

 

 フリアの性格はよくわかっている。そんなことをする奴じゃないって。なのに、俺の一時の感情で逆切れをしてしまった。こんなことをして怒らない奴なんていないはずだ。だって俺なら間違いなく怒るから。きっとフリアにもいよいよ見限られる。そんな未来を想起してしまう。

 

「……悪い」

 

 そういいながらゆっくりフリアとの距離を取る。もう、フリアの背中を追いかける権利はないと思ったから。

 

「ホップ」

「っ!?」

 

 しかし、俺のその行動は細い腕一本で止められた。急に動きを止められたことにびっくりしてしまい、再びフリアの顔を見つめてしまう。そんな彼の瞳は真っすぐ俺を見つめていて、まるで目をそらすなと言っているような迫力があって……

 

「ホップ。君に言いたいことがある」

「……何だよ」

 

 俺が逃げることをやめたとわかったフリアが言葉をゆっくりと紡ぐ。

 

「ホップ、君は……ダンデさんの()()()なれないよ」

 

 その言葉に、脳が弾かれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ため息を一つ吐きながらアラベスクタウンにあるスボミーインに足を運ぶボク。慣れないことをしたせいかかなり疲れがたまっており、同時にあれでよかったのかなという不安も少しある。けど……

 

(これで……いいはず)

 

 少なくとも、ボクの経験上はこうだと思ったから。どことなくボクと境遇の似ている彼にはこれでちゃんと伝わると信じている。ただ、本音を言えばもっと早くボクがどうするべきなのかを見極めて声をかけるべきだった。ソニアさんからもマリィからも聞いていた、悩んでしまったがゆえの今回の彼の姿にもっと早く動けていたらと後悔の気持ちが拭えないのは仕方ない。その辺は、こうやってきっかけを作ってくれたビートに感謝だ。ジムミッションが終わったあと、ボクの電話に

 

『チャンピオンの弟の件、よろしくお願いしますよ。言っておきますけど、ぼくは正しいことしか言ってませんからね!勘違いしないでください』

 

 って連絡が来た時は、申し訳ないけど少し笑ってしまったけどね。ちなみに今の文は最後の数行をピックしたもので、この文の前には自分がどんなことをホップに向けて言ったのかを箇条書きされていた。おかげでまだ説明やアドバイスがしやすかった。

 

(本当に、だいぶ丸くなっちゃって……後でお礼しなきゃだね)

 

「あ、フリア!!」

「ホップはいたと?」

 

 ビートからのメールに改めて目を通して微笑んでいると、一緒にビートを探していたユウリとマリィが合流する。って、ホップを見つけた後に連絡をするのを忘れてしまってた……。

 

「ご、ごめんなさい。ホップはちゃんと見つけたんだけど連絡入れ忘れちゃってて……」

「ええ〜……2人でずっといないいないって探してたのに〜!!」

「まぁ、無事に見つかったのなら良かったと。……それで、ホップは大丈夫なん?」

 

 ユウリはちょっと怒った顔を、マリィは少し呆れた顔を浮かべ返事をした後、すぐに表情を心配そうなものへと変えていく。

 

 アラベスクスタジアムから出てきた、普段は太陽のように明るい彼があそこまで沈みきった表情で出てきて、ボクのたちの言葉の一切を無視して駆け出してしまったのだ。ユウリたちがこんなに不安そうにするのもよくわかる。実際、ボクも改めてホップと顔を合わせた瞬間、ただでさえ不安でいっぱいだった心がさらに爆発したような気がしたから。

 

「かなり落ち込んでいたし、なかなかに参っちゃってたみたい」

「そっか……」

「……それで、どうなったと?」

 

 そんな状態からボクが関わったことでどうなったのか、それが知りたい2人からの視線。それに対してボクは答える。

 

 大丈夫だよ。と。

 

「もう大丈夫。心配しなくても平気だと思うよ」

「本当に……?」

 

 それでも不安そうな表情を浮かべるユウリ。自分の幼馴染の見たことの無い姿に、大丈夫と言われても信じづらいのは分かる。けど、それ以上に信じて欲しいことがあるから、ボクは大丈夫だと言い続ける。だって……

 

「ホップは、間違いなく()()ポケモントレーナーだから」

 

 明日、必ずジムミッションを突破できると信じて、ボクはそっと祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




難易度

多分現実で考えたらかなり難しいかと……
挑戦者涙目。

ホップ

実機では悩みは自分が弱いとアニキの顔に泥を塗る塗るから。でしたが、今回は仲間も多いのでさらに深く。
書いてて少し辛いですが、実機でも悩んだ末の成長がいいキャラだったのでここでもしっかり悩んで成長して頂きたいですね。




お知らせとして、年末年始、家にどころか、今いる県にすらいない日にちが多くなりそうなのでまた投稿できない可能性があります。
具体的には来週の土曜日辺りから……
なので再び少しだけ投稿が止まる可能性がありますがご了承くださいませ。
その時はまた改めて前書きくらいで報告しますね。


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71話

年末、前回のあとがきに書いてあります通り、地元におらず忙しくなりそうなので、ここで今後の投稿予定日時を報告させていただきます。
まず、おそらくですが今年投稿できるお話はあと1話になりそうです。そして年始は4日までには1話出したいなと考えています。
日程をまとめますと……

12月の25日~31日までに1話。
1月の1日~4日までに1話。

の予定で考えています。
時刻はいつも通りですので、よろしくお願いします。







「来ましたか……今回こそは楽しませてくれるのでしょうね?」

「……」

 

 ビートへのジムミッションチャレンジに敗北してしまい、ビートやフリアからいろいろな話を聞かされてから次の日。本当だったら何日か開けて再挑戦したかった。気持ち的にも実力的にも、まだまだ敵わないと思っていた俺は一度ワイルドエリアで落ち着く時間が必要だと思っていたから。だけど、昨日フリアから言われた言葉は……

 

『明日、必ず再挑戦すること。大丈夫。今のホップなら絶対に勝てるから』

 

 というものだった。

 

 いつもならその言葉に対して元気よく任せろと返すところだったけど、正直今のフリアの言葉を真っすぐ信じることは俺にはできなかった。けど、同時にそんなフリアに対する反論も全く思いつかなかったのも事実だ。

 

「……何か言ったらどうなんですか」

「お、おう……今日は、ちゃんと突破する。絶対勝つからな」

「やれやれ、ずいぶんと頼りない返事ですね……今日不甲斐なかったら、本気で叩き潰しますからね」

「……」

 

 昨日以上の鋭い目で俺をにらみつけてくるビート。その視線に少し怯んでしまい、モンスターボールを握る手が少し震えてしまう。

 

(本当に、信じてもいいのか……?)

 

 頭の中に疑念が渦巻く中、俺は昨日フリアに言われていたことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホップ、君は……ダンデさんの様にはなれないよ」

「……っ!!」

 

 一度落ち着いたはずの頭が再び沸騰するものの、今度こそしっかりと自制して掴みかかる自分を抑える。アニキのようなトレーナーになるのは俺が小さかったとき、アニキがチャンピオンに輝いた瞬間から根付いた俺の大切な夢だ。それを遠回しにだけど否定するかのような言葉をかけられて怒らない奴なんていないと思う。現にこれがビートからの言葉なら、俺は怒り狂っていたかもしれない。けどこれは俺が尊敬しているトレーナーであるフリアからの言葉だ。若干信じすぎていると周りから言われるかもしれないけど、今までの戦いの様子から裏付けられているその実力は、少なくとも俺とってはアニキの次に信じることのできる身近な存在だった。

 

(落ち着くんだぞ……フリアの性格はよくわかっているはずだぞ……)

 

 深呼吸を一つして心を落ち着ける。フリアがこう言う時は絶対に何か理由があるんだ。それを信じて続きの言葉を聞くために今は落ち着かないといけない。

 

「……うん。君にとって酷い事を言っている自覚はあったんだ。なんなら殴られる覚悟だってしてたんだけど……ありがとう。流石ホップだね」

「フリアのことは……付き合いはまだまだ短いけど、理解はしている方だと思っているからな」

「う、うん……」

 

 今の俺の正直な思いだ。それを聞いてフリアが目をそらし頬を指先でかく。これはフリアが恥ずかしさを隠す時によくやる行動だ。ユウリやマリィといるときに最近よくやっているから流石に覚えた。

 

「と、とにかく……まずはホップ。君にビートの発言を含めて言わないといけないことがある」

「……ああ」

 

 そこから話してもらったのはビートの発言と、フリア自身が俺に想っていることに対する発言のまとめのようなものだった。

 

 一つ。

 フリア曰く、俺は器用なトレーナーではない。

 

 二つ。

 俺のトレーナーとしての強さは別にあること。

 

 三つ。

 俺は、アニキのようにはなれないという事。

 

 四つ。

 何よりも俺たちはジムチャレンジャーであること。

 

 そして最後の一つが……

 

 

「明日のバトルはウールーで戦う事。いいね?」

「……ウールーで?」

 

 俺のジムミッションで使うポケモンの指定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人とも、ポケモンを出しな」

「行きなさい、クチート!」

「行け!ウールー!」

 

 ポプラさんの言葉と同時に現れるのはウールーとクチート。2匹のポケモンが元気よく飛び出して中央で睨み合う。が、クチートの特性であるいかくが発動することによって、開幕の睨み合いはクチートが制することとなる。ウールーの体が少し強ばってしまい、攻撃力が下がった。

 

 そんな戦場を眺めながら、俺の頭の中は現在進行形でぐるぐるしていた。

 

(フリアが言っていたことは正直今もよくわかっていない……けど、聞こうと思って質問しても、それは自分で気づくべきことだって言われて返答がもらえなかった……)

 

 この返答がもらえなかったという事実が、俺からフリアへの信用度を下げてしまっている理由だ。だってよくよく考えてほしい。ウールーはノーマルタイプで、相手のクチートははがね、フェアリータイプだ。相手からこうかばつぐんの技こそ喰らわないものの、こちらのメインウェポンはこうかがいまひとつで半減される。さらに先程も見た通りクチートの特性はいかく。物理攻撃が主体のウールーにとって不利としか言いようのない相手だ。なのにそんなウールーで戦えと言われたんだ。

 

(これで勝てると思う方が不思議だぞ……)

 

 これが普通のトレーナー相手なら百歩譲って理解できる。けど相手は俺の格上ともとれるビートが相手。そんな相手に不利なポケモンで勝てるだなんて今の俺には思えない。それに……

 

(ウールーをビート相手に選択した今、間違いなくあいつの頭の中は俺に対する文句で埋まってるはずだぞ……)

 

 俺のことを嫌っているであろうこいつに何を思われるかわかったもんじゃない。文句なんて好きで聞きたいやつなんていないはずだ。だから出したくなかった。今も顎に手を当てながら、何かを考えるような仕草をするビートに何を言われるのかハラハラしてしまってどうしようもない。

 

「……成程、ウールー。その表情から期待はしてなかったのですが……ポケモンのチョイスは悪くないですね……少しは期待させてもらいましょうか」

 

(……は?)

 

 しかし聞こえてきた言葉はまさかの褒めるような言葉。ポケモンの相性のことなら俺のなんかよりもはるかに理解しているはずのビートから投げかけられるその言葉に余計に混乱してしまう俺。

 

(一体、何が……)

 

「それじゃあ……始めな!!」

「クチート、『アイアンヘッド』!」

「っ!?ウールー!!『まるくなる』だ!!」

 

 ビートからの言葉に思考を傾けていると、ポプラさんの開始宣言に気づかず1歩出遅れてしまい先手を相手に譲ってしまうこととなったため、仕方なく防御に回ることに。初っ端から不安の残る立ち上がりになってしまった。

 

 小柄な体型だからこその素早い動きからすぐにウールーの懐に潜ったクチートの頭が、ウールーの体に突き刺さる。しかし、予め丸くなっていた事により防御を上げたウールーは、後ろに弾かれてコロコロ転がりながらも、まるで何もされていないかのようになんともなしに立ち上がる。

 

 そこで湧き上がる違和感。

 

(俺の想定よりダメージが少ない……?)

 

 防御をあげていたとはいえ、いくらなんでも受け無さすぎている。その事に疑問を持ったものの、これ以上長考するのは相手に隙を与えるだけになってしまうため、次の行動へ。

 

「ウールー!!『にどげり』だ!!」

「『かみくだく』!!」

 

 反撃とばかりに走り出すウールーは、クチートを目の前に体を反転し、後ろ足で2回クチートの体を蹴ろうと構える。対するクチートは後頭部の口でかじりつかんと大口を開けて、後ろ足をまとめて噛んでしまおうという考えだ。

 

(このままじゃ止められる!)

 

 こんな時にフリアなら?アニキなら?ユウリなら?他の人ならどうするかを考えようとして……

 

(だめだ!そんな時間ないし思いついたとしても今の俺にそんなこと……)

 

 フリアに言われた、『ダンデさんの様にはなれないよ』の言葉を思い出してしまい、さらに頭の中がごちゃごちゃになってしまう。アニキのようになれないのであれば、他の人のようにもなれないのではないか?そんな不安から何をすればいいのかわからなくなってしまう。けど、このまま動かなければただただやられてしまうだけ……

 

 

「ウールー!!」

 

 

 とにかく叫んで応援することしかできない俺は、力の限りその名前を叫んだ。

 

 

「メェーッ!!」

 

 

 そんな俺の声に応えるように大きな声で返してくれたウールーは、にどげりを構えた位置からさらに一歩踏み込み、かみくだくを構えていたクチートの、後頭部の大きな顎の奥に叩き込むように足を突っ込んでいった。

 

「クチッ!?」

「クチート!」

 

 急所に叩き込まれたその攻撃は、クチートを怯ませ大きく後ろに弾き飛ばした。しかも、後頭部の口が閉じ切られる前にちゃっかり足を引っ込めているおかげで、反撃のかみくだくを喰らっている様子もない。

 

「ウールー……お前……」

「メェッ!!」

 

 まるでどんなもんだい!とでも言っているようなウールーの表情。

 

(……あれ?)

 

 その顔を見て脳裏によぎるのは、俺が初めてのジムミッションであるターフスタジアムを乗り越えた瞬間。ウールー追いを抜けて、手持ちのウールーとサルノリとココガラの3匹と大喜びをしたあの時。

 

(そういえば、あの時の俺ってどんな風にバトルしていたっけ……)

 

 そこからジムリーダーを倒し、先に進んでまた新しい仲間と出会って、明日が楽しみで仕方なかったあの日々。そこまで来て思い出されるのは、あの瞬間は確かに、アニキの背中よりも目に入っていたものがあった。

 

「ウールー……皆……」

 

 ベルトのホルダーに並んでいるボールたち。フリアに言われて、ここにつけているポケモンたちも俺がビートに負けて変更する前の手持ちたちに変わっている。ここまでの苦難の道を共に乗り越えて、笑いあった仲間たち。勿論、ビートに負けて変えた仲間たちに愛情がないなんてことはない。スナヘビだってエレズンだって、今は俺にとって大事なポケモンたちだ。この子たちを手放したり、逃がしたり、放置したりなんてことは絶対にしない。今も俺の家で母さんたちと楽しい時間を過ごしていることだと思う。けど、やっぱり俺にとっての起源は今の手持ちたちなんだと強く感じる。

 

「俺はアニキのようにはなれない……なんか、今ならわかる気がする」

 

 俺がアニキにあこがれている要素の1つに、自分の手持ちを相手に合わせてしっかりと変えられるという点がある。勿論、リザードンのような固定メンバーもいるけど、相手によってガマゲロゲや、バリコオル、ドサイドンなどを使い分けて、並み居る挑戦者を叩き伏せてきた。肝心のメインのリザードンだって、戦う相手によってはがらりと技構成が変わってたりして、見ていて飽きさせないバトルをしていたし、そんなアニキのバトルが俺は大好きで、いつもユウリと一緒に目を輝かせながら見ていた。

 

 ……ユウリは俺に付き添ってただけかもしれないけどな。

 

 とにかく、俺はそんなアニキの姿に強く魅せられて、だからこそ初めての惨敗を経験した後、手持ちを交換した。

 

(けど、俺はアニキみたいにはなれない……)

 

 フリアたちに言われたこの言葉。今なら理解できる。アニキのように相手に合わせて手持ちを変えて立ち回るその動きは、長い経験とアニキの持つ天才的な観察眼、および、判断力があってこそ成り立つものだ。トレーナーになったばかりの俺には間違いなく存在しない武器。それを見よう見まねでやったところでうまくいくわけなんてない。

 

(フリアとビートの言っていたことがつながってきた)

 

 一つ。

 俺は器用なトレーナーじゃない。

 

 当然だ。まだまだ新米な俺に、相手に合わせて手持ちを変えるなんて柔軟な行動をできるだけの余裕なんてあるわけがない。そんなことをするくらいなら、俺自身のスタイルをしっかりと確立するべきだ。

 

 二つ。

 俺のトレーナーとしての強さは別にあること。

 

 そしてそんな俺のバトルスタイル。それは今ウールーが教えてくれた気がした。そもそも、器用な戦い方ができない俺ができることなんてたかが知れている。でも、それこそが俺とウールー達だからこそできる強さなんだ。

 

 三つ。

 俺は、アニキのようにはなれないという事。

 

 だから、俺はアニキのようになれない。いや、()()()()()()()。俺は、チャンピオンダンデの弟としてじゃなく、()()()()()()()()()()()()()としてみんなの前で胸を張れる、そんな人になればいいんだ。

 

 四つ。

 何よりも俺たちはジムチャレンジャーであること。

 

 そう、俺たちは挑戦者(チャレンジャー)なんだ。1回や2回ボロボロに負けるなんて当たり前で、才能によって理不尽な格差を見せつけられうるなんて当然で、心が折れるようなことが起きるなんて日常茶飯事なのだ。

 

 だって、現に俺が強いと信じているフリアが、一度心を折られているという話を聞いたから……。

 

(それなのに、たったの2回ビートに負けて、たったの3、4回オニオンさんに負けて足踏みを喰らったからなんだっていうんだ!)

 

 負けたから手持ちを変えるなんて、今まで付き合ってくれた仲間たちに失礼だ。俺の得意な押して倒す戦法が通じないならもっと押せばいいだけだ。仲間を信じて、俺のスタイルを押し通して、このジムチャレンジを駆け上がる。器用なことを憶えることは、それからでも遅くないはずなんだ。泥臭くたっていい。どれだけ負けてはいつくばっても、最後まであきらめずに立ち上がって乗り越えれば負けじゃない。

 

「ウールー……ごめんな。俺、ようやく気付いたよ」

「メェ?」

 

 こちらに向かって首をかしげているウールーの頭をそっとひと撫でする。俺が生まれた時からそばにいてずっと一緒に育ってきた、産まれた時からのパートナー。そんなお前を一時的にとはいえパーティから外して、他人から説得されて渋々手持ちに戻してようやく気付かされたこの思い。本当なら愛想を突かされてもおかしくないのにそれでも健気に俺についてきて、今も俺のために戦ってくれている。そんな相棒の姿を見せられて、相性が不利だから勝てないなんて考えるのはそれこそウールーに対する侮辱だ。

 

「ウールー……本気で勝つぞ!!」

「ッ!?」

 

 俺の言葉にウールーが目を見開いた気がした。きっと、俺の心がすっきりしたのを感じ取ってくれたんだろう。

 

「いいねぇ、凄くピンクだよ。やっぱり若いもんはこうじゃないとね」

「……ようやく、いい目をするようになりましたね。ですが、気づくのが遅すぎる!あと、だからと言ってあなた相手に手加減をするつもりはありませんからね!」

 

 俺たちの様子を見て反応を見せるポプラさんとビート。俺たちの行動を何もせずにただ見守ってくれた二人には感謝しかない。特に、俺の気持ちを整理させるきっかけをくれたビートには感謝してもしきれないくらいだ。

 

(……いや、そもそもあいつの性格がもっと丸くて、俺を倒したときにもっとまともな言葉を使ってくれればこうはならなかったはずだから、やっぱりビートは許さないぞ!)

 

 あの時のビートの態度を思い出すと、なんだか今度はむかむかしてきた。けどこのむかむかはマイナスの感情から産まれるものじゃなくて、今度こそあいつを乗り越えてぎゃふんと言わせてやるというプラスの感情からくるものでどこか心地いい。

 

 心は軽くなった。

 

 視野も広くなり、心なしか窮屈に、そして狭く感じていたバトルコートはとても広く感じ始め、今ならのびのびと戦えるような気がする。だからと言って、ウールーとクチートの相性が変わるわけじゃない。ウールーの得意技は相変わらずクチートに対してこうかはいまひとつだ。

 

「だからどうした!!」

 

 頬を二回軽く叩いて気合を入れる。

 

 いつの間にか癖になった俺のルーティーン。

 

「押してダメならもっと押す!こうかがいまひとつならばつぐんと同じくらいのダメージが入るまで攻撃しまくる!!引くなんて挑戦者(チャレンジャー)らしくないし、何より俺らしくない!!俺はホップ!!」

 

 今この時より、俺の目標はアニキのようなトレーナーになることから変わる。

 

「このジムミッションを越え、ジムチャレンジを制覇し、アニキをも超えて、チャンピオンになる男!!」

 

 アニキの()()()からアニキを()()()へ。

 

 そのためにも、俺は最高の仲間たちと駆けあがる!

 

 

「今一度、俺に力を貸してくれ!!ウールー!!」

 

 

「メェーッ!!」

 

 

 俺の叫び声に、同じくらい大きな声で答えるウールー。

 

 そして……

 

 

 

 

 ウールーの体が青白い光に包まれる。

 

 

 

 

「これは……!!」

「……やはり、そう来ますよね」

「本当に、今期のチャレンジャーは豊作だね」

 

 ウールーのシルエットから角が伸び、体は2倍近く大きくなる。

 

 青白い光が弾け、中から現れるのはただでさえ白くもこもことした体の弾力性をさらに増した、力強くも優しいものへと変わったポケモン。

 

 ポケモンの神秘である進化が起き、ウールーがその姿を変える。

 

「……バイウールー!!」

「メェッ!!」

 

 ウールーからバイウールーへと進化を遂げたその姿に思わず声をあげる。まるで俺の心の成長と一緒に進化したバイウールーに、思わず目から雫がこぼれそうになるのをグッとこらえる。

 

 今はバトル中だ。そんな姿を見せていい場面じゃない。

 

 袖で目元を擦り、スッキリした視界でビートを見つめる。

 

「やれば出来るじゃないですか」

「散々ムカつくことを言われたけど、お前のおかげで大事なことに気がつけたし、成長することも出来た。そこには感謝するぞ。けど、それとこれとは話は別。敵に塩を送ったこと、後悔させてやるぞ!!」

「御託は結構。そう言いたいのなら、実力で示しなさい!!クチート、『じゃれつく』!!」

「バイウールー!!『まるくなる』!!」

 

 クチートが1番得意とする攻撃を真正面から受け止めるべく、さらに守りを固くしようとするバイウールーに指示する。が、本来なら体が丸くなり始めるはずの技が発動せず、代わりにバイウールーの周りに白い綿が集まり始め、クチートの攻撃を完璧に受けきった。俺はこの技を知っている。

 

「コットンガード!?」

「いいぞバイウールー!!続けて『たいあたり』!!」

「メェーッ!!」

 

 ビートの驚きの声を無視して一転攻勢。コットンガードに受け止められ、軽く弾かれたところにバイウールーが物凄い勢いで体をぶつける。これまた俺の指示した技じゃない。

 

「今度は『とっしん』っ!?」

「バイウールーの技がどんどん進化しているぞ……!!」

 

 しかもそれだけではなく、コットンガードによる綿と、特性もふもふによるクッションで、とっしんにより受けるはずの自傷ダメージを軽減するテクニックまで身につけていた。

 

 それはまるで、俺のガンガン攻めていく戦闘スタイルに合わせてくれたように見える成長の仕方で、本当に俺の事を信じてくれていたことがよく分かる。

 

(絶対に勝ちたい!!)

 

「バイウールー!!『とっしん』しまくるんだ!!」

「これ以上好きにはさせません!!『アイアンヘッド』で受けてから『じゃれつく』!!」

 

 アイアンヘッドで弾かれようとも、じゃれつくでひるまされようとも、そんなの関係なしにとにかくとっしんで攻めまくる。タイプ相性の差で相手の体力よりもこちらの体力の方が段々と多く削られて来る場面が増えてきたけど、大丈夫。今の俺たちなら負ける気がしない。しかしそこはさすがビート。勢いだけで勝つのは難しく、気づけばバイウールーの体力は残り少し。クチートも攻撃の受け流し方を覚え始めたのか、もうとっしんをまともに受けてくれることは無いだろう。

 

「……さて、あれだけの啖呵を切っておいてここで終わりますか?」

 

 少しだけガッカリしたような顔を見せるビート。昔の俺ならこの辺りで心が折れ始めたかもしれない。けど、今の俺とバイウールーはひるまない。

 

「……終わるわけ、ないぞ!!バイウールー!!」

「メェッ!」

 

 俺の掛け声とともに体から黄色いオーラを放ち、全身に力を込めるバイウールー。体力が低いながらも……否、体力が低いからこそより強く輝くそのオーラ。

 

「この技……まさか!?」

「さぁ、これが俺たちの本気のゴリ押しだぞ!!」

 

 押してダメならもっと押す。その極致のような技。今の俺とバイウールーの最強火力!!

 

「バイウールー!!『きしかいせい』!!」

 

「メェーッ!!」

 

 黄金の輝きを発しながら、バイウールーがクチートに向かって全力で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホップ……大丈夫かな……」

「流石に心配ね」

 

 アラベスクスタジアムの入り口にて、ボクたちはホップが来るのを待っていた、本当なら中で一緒にジムミッションを観察していたかったけど、残念ながらここのジムはジムミッションの中継を行っていないため確認するすべがない。なのでボクたちができることは待つことだけだ。だけど……

 

「大丈夫だよ。ホップなら……ほら!」

「「!!」」

 

 ボクの言葉を聞いて弾かれたように入り口に首を向ける2人。その視線の先には、うつむいた状態のホップが姿を現した。

 

「ホップ?」

「大丈夫と……?」

 

 不安がる2人の声に反応を返さずにこちらに歩いてくるホップ。その姿に余計に不安感を憶える2人。そんな2人の横で、ボクはそっと手を上げる。ボクの行動にはてなを浮かべる2人を無視してそのまま待っていると、ホップもゆっくりと手を上げて……

 

「お疲れ!!」

「サンキューだぞ!!」

 

 景気のいい乾いた音が響いた。

 

 そこには初めてボクとポケモンバトルをした時のような、明るい顔を浮かべているホップがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ホップ

というわけでスランプをひとまず突破。
実機に比べて少し早いですね。
バイウールーのとっしんは個人的にはすごく印象に深いです。あの正面突破感は、とても主人公らしいなと。
改めて調べえてみると、凄く主人公らしい技構成ですよね。




アラベスクタウンは、フリアさんというよりは周りの人に焦点の当たったお話ですね。
もっとも、ジム戦までそうとは限りませんが……
さて、ポプラ戦はどうしましょうかね……






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72話

長らくお待たせして申し訳ありません。
投稿予定日最終まで伸びる結果になってしまいましたね。申し訳ありませんでした。
ではどうぞ。


 ホップも無事にビートに勝利し、晴れて全員でジムミッションをクリアしただけでなく、ホップがスランプまでも切り抜けたのを確認した次の日。ホップを待つために少しだけ伸ばしたジムへの挑戦当日である今日。ボクは時間のある午前中に少しだけアラベスクタウンの散歩をしていた。特に何か目的があると言う訳では無いんだけど、最近は町でも道中でも激しい戦いが多かったし、これからアラベスクスタジアムでも油断できないバトルがあることを考えて、ちょっとくらい落ち着ける時間をとってもいいのかもしれないと思った次第だ。特に暗い森の中でひかるキノコたちに囲まれたこの幻想的な町では、ただの散歩でも感傷に浸ることができる。残念ながらガラル地方全体で見るとここは秘境みたいな場所にあるため、施設や娯楽等々揃っていないものが多く、また特に特産地などもある訳では無いので本当に目的がないと来ないのでは?と思ってしまうような場所故、恐らくアラベスクスタジアムでやることを終えてしまうと、まずここに来ることはなくなってしまう。ならば、せめて今のうちにだけでもこの景色をしっかりと目に焼き付けておきたい。そう思っての行動という側面も実はあったりなかったり……

 

「そうだ、どうせなら呼び出そうか」

 

 そう思い腰のホルダーに目を向けると、3つほど揺れているボールを確認。外に出たがっているその3匹を手に取り放り投げる。

 

「ブラッ!!」

「ハミュッ!!」

「キルッ!!」

「よしよし、じゃあみんなで少しだけ歩こうか」

 

 出てきたのはブラッキー、ユキハミ、キルリアの3匹。全員の頭を軽く撫でてあげ、嬉しそうに目を細めるみんなを確認すると、キルリアはボクの左側へ。ブラッキーは頭の上にユキハミを乗せた状態で反対側へ位置取る。みんなの配置が決まったところで改めて散歩を再開。「今日のジム戦頑張ろうね」だとか、「こういう時はこう動けたらいいね」とか、「次はどんなポフィンを食べたい?」とか、ジム戦に関わることからなんでもない日常会話まで、のんびりとおしゃべりしながら歩いていく。

 

 他にも、アラベスクスタジアムでのジム戦を楽しみにわざわざほかの町から来た人たちや、元々ここに住んでいる人たちに声掛けられそれに応えたりもする。5つ目のジムまで残っている人は本当に少ないらしく、ここまで勝ち残ればファンでなくても名前を覚えている人の数もかなり多くなってくる。そうなれば、ファンではないけど有名選手らしいからという理由だけで声をかけてくる人も少なくないので、それなりに対応しなくてはいけない数の人たちが集まってくる。ボクの場合、ポケモンを横に出して一緒に歩いていることも声をかけやすい一因になってるかもしれない。ブラッキー、ユキハミ、キルリアと、パッとみ可愛いポケモンが多いからね。

 

 そんなこんなで思ったよりも長い時間散歩して充分時間を潰し、気持ちもだいぶリラックスできたのでそろそろ帰ろうと足をスボミーインへと向け始める。帰る途中にアラベスクスタジアムの様子だけでもちらりと見ようかなと思い、少しだけ遠回りのルートを選んで帰っていたところ、やはりもうジム戦が待ちどうしいのかアラベスクスタジアムの前には長蛇の列ができていた。その中には、先程までボクに声をかけてくれた人たちの姿もちらほら確認でき、みんな本当に楽しみで仕方がないという気持ちが見て取れる。少しうれしいね。

 

 これだけ人数がいれば、ちょっとしたパニックや、いざこざがあってもおかしくないのでは?と思ったりもしたけど、そこはそばにいるサーナイトがエスパーの力でしっかりと管理して問題が起きる前に対処しており、今この瞬間でも、後方の列の整理をしながらも、先頭で人混みに押され転けそうになった子供をサイコキネシスで拾い上げて助けたりと、見事な手際を見せていた。その見事な手際はジム戦で戦うかは分からないけど、もしポプラさんがサーナイトを繰り出してきたら間違いなく苦戦するだろうなぁなんて、少しワクワクしながら考えてしまう。

 

(サーナイトかぁ……)

 

 と、そこまで考えて頭に浮かんでくるのは今ボクの横にいるキルリア。この子の未来の姿と言うだけあってどうしても意識してしまうところはある。いつかキルリアがこの姿になるのかな?なんて考えると、頼もしさと期待をどうしても抱いてしまう。

 

「楽しみだね。キルリア」

「……」

 

 ボクの言葉に特に返事を返さず、サーナイトをじっと見つめるキルリア。未来の自分の可能性のひとつと言うだけあって、当然なにか思うところがあるのだろう。

 

「さて、戻ってそろそろ準備するよ」

「ブラッ!」

「ハミュミュ〜」

「……」

 

 返事をするブラッキーとユキハミ、そして未だにサーナイトから視線を外さないキルリアを連れてホテルに戻る。

 

「キル……」

 

 この時キルリアのこぼした鳴き声は、ボクには届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ふぅ……)

 

 目を閉じ、深呼吸。周りから聞こえる歓声はとりあえず聞かないことにして、足の裏から感じるバトルコートの感触を感じながらそっと目を開ける。するとそこには、入場口からゆっくり歩いて、たった今ボクの目の前に到着したポプラさんの姿。

 

「てっきりミッションを突破してすぐに挑んでくると思ったんだがねぇ」

「流石にホップは待ちたかったので」

「いい友情だねぇ」

 

 傘を杖代わりにした姿は少し休ませてあげたくなってしまうけど、これから行うバトルを考えるととてもじゃないけど気遣う余裕なんてない。

 

 フェアリータイプのジム。

 

 まだまだ数が少ないジムだし、今までのタイプと違ってシンオウ地方にはジムリーダーも四天王もないタイプ統一なので、どこかしらで初見殺しも喰らいかねない。

 

(マホイップのクリーム戦法も全て筒抜けだろうしなぁ……)

 

 タイプに精通している訳では無いボクでも思いついた戦法だ。その筋のプロである、しかも長年戦い続けていたというキャリアもある相手である以上通用しないと考えるのが普通だと思うし、なんならもっと昇華して使ってくるはず。だからと言って使わないのもそれはそれでちがうのでしっかりとクリーム戦法は使わせてもらうけどね。

 

(一応対策も考えてはいるんだけど……そこはもうアドリブだなぁ)

 

 予め準備をしてから戦いに望むボクにとってはあまり取りたくない戦法だけど仕方がない。上を目指す以上この道は避けては通れない。

 

「さて、ずっと立ち話をするのはあまり好きじゃなくてね。さぁ、ひねくれ不足のチャレンジャー。あたしの大切な後継者を押し付けてきたお礼とお返しをしてあげるよ」

「自分で勧誘してましたよね!?」

「ほれ、早く準備をおし」

「うぐぐ……」

 

 いまいちペースの分からないポプラさんに少し頭を抱えながらボールを手に持つ。独特な空気のせいで今にも頭がぐるぐるしそうだけど、そこは頬を叩いて気持ちをしっかりと引き締めていく。と、同時に目の前のポプラさんからも、不思議な空気はそのままに、今までのジムリーダーたちと同じ……いや、それ以上に重いプレッシャーを放ち始める。

 

「フェアリータイプ……エスパータイプとはまた違った不思議な力……あたしは今までその力を色んな人に魅せてきた。その実70年。今やじじいになって孤島で隠居しているライバルと激しいバトルをした時だってあったさね」

 

 70年。そのあまりにも長い経験に思わず喉がなる。一体、どれだけの戦いを経てここにいるのだろうか。

 

「けど、さすがにあたしもそろそろ引き時さ。そんな時に見つけたこのジムを継ぐにふさわしい未来の卵……」

 

 杖代わりの傘をとんとんと地面に叩きながら呟くポプラさんは、そっと腰にとめているハイパーボールに手を添える。

 

「一丁前にピンクを継ぐなんて言ってくれて……なかなかどうして、嬉しいもんさね……だけどね……」

 

 呟きながらそっと剥がされたハイパーボールは、そのままゆっくりと顔の高さまで持ち上げられ、そのボールをポプラさんは横目で確認しながらさらに言葉を続ける。

 

「あたしにしてみれば、ここを任せるには何もかもがまだ足りない。だから徹底的に教えこんであげるのさ。本当ならジムチャレンジじゃなくてここであんたと戦わせたかったんだけど……あんた達もそんな中途半端な戦いなんか望んじゃいないだろう?だからまぁ……これはあれさね」

 

 その緩やかな、だけど誰よりも重く、貫禄のある姿と声に負けないように気合を入れながらボクもボールを構える。

 

 

「あの未熟者が育つまでの穴埋め感覚とでも思っていな。ただし、この戦いであんたがへまをするようなら、ただじゃ置かないから覚悟するんだね!!」

 

 

ジムリーダーの ポプラが

勝負を しかけてきた!

 

 

「行きな、マタドガス!!」

「行くよ!!マホイップ!!」

 

 ポプラさんの言葉を合図に両者最初のポケモンを場に繰り出す。ボクが先鋒に選んだのはマホイップ。ブラッキーが圧倒的に不利である以上、今回の戦いで登板させることができないとなると、最初の様子見役としてうちで一番耐久が高いのはこの子だからという理由だ。ポプラさんの切り札もマホイップであるため、最後のマホイップ同士の戦いになると厳しい所があるかもしれないという考えも少し混じっている。対してポプラさんの先手はマタドガス。2つの顔が空中でほっぺをくっつけて浮かんでいるようなその見た目のポケモンはボクがよく知る名前でありながら、姿はかなり違った個体だった。紫がかっていた全身は灰色に変わっており、2つの頭の頂点から延びた煙突のようなものからは白い煙が上がっていて、さながら宙に浮かぶ工場のように見える。また、マタドガス本体から浮かんでいる黄緑色のおそらくガスと思われるものもかなり特徴的で、口の周りにもついたそれは口ひげを蓄えているようにも見受けられる。

 

(リージョンフォームか。クチートの時と言い、また不利な相性なのかも……)

 

 ボクの知っているマタドガスのタイプと、宙を漂っている黄緑色の煙から感じる嫌な予感からどくタイプがある可能性があり、ここのジムのことと考えるとフェアリー、どくタイプと見るのが自然だろう。またもや複合タイプで弱点を突かれる対面だ。

 

(だけど、戦い方によってはビートとの戦いみたいにまだ覆せるかもしれない。それに交代している隙を逃すなんてことはしないだろうからひとまずマホイップで突っ張る!!)

 

「マホイップ!まずは━━」

「さて、ひねくれ不足のチャレンジャー!まずはあたしからのプレゼントだ!!」

「━━え?」

 

 早速マホイップに対して指示を出そうとした瞬間ポプラさんの声に呼び止められる。いきなり発言を遮られたことにびっくりしながらも、なんとかポプラさんの方へ視線を向けると、どこか怪しい笑顔を浮かべながらポプラさんが再び口を開く。

 

「第1問。あたしはガラル地方ではとあるあだ名で呼ばれているんだが……さてそれは『魔法使い』、『魔術師』、どっちだかわかるかい?」

「……は?」

 

 告げられた言葉はまさかの2択クイズ。ポケモンバトルはもう始まっているのに、いきなり投げかけられたバトルとは全く関係ないその会話の内容に思わず素っ頓狂な声が出てしまう。しかし、ここで呆然としたままでは隙をさらしてしまうという本能が何とかボクの口を動かし、無意識のうちに頭の中にある記憶と照合して答えを口に出す。

 

「確か、『魔術師』ですよね?パンフレットやジムリーダーの紹介pvとかで見かけた覚えがあります」

「……ピンポーン。正解だよ。まぁ、このくらいはさすがに知っているようだね。じゃあ、正解者にはちょっとしたご褒美さ」

「ご褒美……?」

「マホッ!?」

「マホイップ!?」

 

 そういいながらまた傘で地面をコンコン、と2度たたき出すポプラさん。その行動と言葉の意味が全く分からないボクが首をかしげていると、突如マホイップから声が上がる。慌ててそちらに視線を向けると、そこにはいつもよりも機敏な動きで走り回るマホイップがいた。そのあまりも急に上がる自分の機動力に、マホイップ自身も若干の混乱の色を浮かべている。慣れない速さのせいで若干動きに支障が出そうに感じはするものの、これくらいなら十分に慣れることのできる速さで、むしろ本来動きの遅いマホイップからしてみれば、戦いの幅が広がるメリットしかない状態だ。だからこそポプラさんがこんなことをしてきた理由がわからない。

 

「……これは、いったい?」

「びっくりしたかい?あたしはフェアリータイプのジムリーダーであると同時にあんたが言った通り『魔術師』でもあるんだよ。これくらい朝飯前さ」

「真面目に答える気はないって解釈でいいですね?」

「ほう、少しはわかっているじゃないか」

 

 何か種はあるんだろうけど教えてくれるとは考えない方がいいだろう。むしろ、そのあたりを見抜けるかどうかも試してきている部分の一環なのかもしれない。兎にも角にも、今は気にするだけ無駄なのでいつも通りの自分の立ち回りをすることに専念だ。

 

「マホイップ!クリーム!!」

 

 まずはいつもの場づくり。辺り一面に広がる水色のクリームは彼女の独壇場となるフィールドだ。残念ながら、ボクの知っているマタドガスとタイプが違うだけで他に違いがなさそうに見えるところから、おそらく戦闘スタイルは特殊寄りだと思われるので、ボクのマホイップが得意とする物理相手ではないことから完封とはいかないだろうけど、特殊なら特殊で違う戦い方をすればいいだけだ。

 

「ふむ……マタドガス、毒をまきな」

「マホイップ!クリームに飛び込んで『めいそう』!!」

 

 ガラルマタドガスから飛んでくる紫色のガス(おそらく、『どくガス』と思われる)をよけてクリームに飛び込むマホイップ。素早さを上げてもらっているためかその動きはかなり俊敏で、マホイップと同じく決して速い方ではないマタドガスはその速さに追いつくことができない。そのままクリームに潜り込んでめいそうを行うマホイップは順調に自分の能力を底上げしていく。

 

「『マジカルフレイム』!!」

 

 続いて相手の火力を落とすべく、クリームを泳いでマタドガスの後ろに回り込んだマホイップはすぐさま攻撃態勢へ移行。後ろから迫りくる煌めく焔はマタドガスに直撃する経路をたどって……

 

「『ワンダースチーム』だよ」

 

 ガラルマタドガスから噴出されるピンク色の煙が全てを遮る。

 

(うっ……ここまではなれているのになんか独特なにおいがする……)

 

 防がれたことよりも、そのあとの二次災害の方がこちらの頭を狂わそうとしてくる。ボクでこれだけなら当事者であるマホイップはもっとだろう。今はクリームの中にいるから確認はできないけど、不愉快の表情を浮かべているのは想像に難くない。

 

(それ以上にこの頭がくらくらしそうになる感覚……直撃したら混乱とかひるみとかの追加効果があってもおかしくなさそうだ。注意しなきゃ……)

 

 威力も高く、追加効果もありそうとなるとますます注意しないといけない技だ。となるとまず自分たちがやらないといけないのは相手の攻撃を上回る火力を手に入れるか、受けても平気な状態にするか。

 

「結局やることは変わらないか……『めいそう』!!」

 

 めいそうで特攻と特防を上げて打ち勝つ。それが最善と判断し再び自分磨きへ。しかし当然ポプラさんがそれを許すはずもない。

 

「させると思うかい?『ちょうはつ』だよ」

「……ちょうはつ?」

 

 と思ったのに行ってきた技はちょうはつ。ボクのマホイップの特性はアロマベール。メンタルに作用する技は通用しない。そのことをポプラさんが知らないはずがない。

 

(という事は……)

 

「ドガドガ~」

「マホッ!?」

 

 マタドガスのちょうはつにのってしまったマホイップがクリームから顔を出し、攻撃態勢へと移行を始める。

 

「そういう特性持ちか!!」

「特性『かがくへんかガス』。この子がいる限りマホイップの特性は意味をなさないよ」

 

 相手の特性を打ち消す特性。それによりこちらの手が一つつぶされる。こうなってしまうとこちらとしては一刻も早くマジカルフレイムを当てて相手の火力をそぐことを考えた方が利口だろう。

 

「攻めるしかない!!マホイップ!!クリーム!!」

 

 マホイップに指示を出して攪乱目的のクリームを出してもらおうと考えるものの、クリームに潜って走るという指示と勘違いしたマホイップがクリームに潜行する。

 

(いや違う。たぶんちょうはつの効果で直接攻撃する技じゃないクリーム出しも変化技と一緒に出せなくなっているんだ……こんなクリームの対策もあるのか)

 

 変化技を封じる技ならこうやって未然に防ぐことができるというのは大きな情報かもしれない。もしかしたら他にも使えそうな技があるかもと思いながらも、今はその検証を後回しにして頭を切り替える。攻撃しかできないのならば攻撃技の範囲で考える。

 

「『マジカルシャイン』!」

「『ワンダースチーム』」

 

 あげられたすばやさを利用してマタドガスの足元に潜ったマホイップが、地雷を爆発させるようにマジカルシャインを放つ。それに対してワンダースチームで相殺するマタドガスによって大きな爆発が起きる。

 

「『マジカルフレイム』!」

 

 その影響で飛び散るクリームのかげに隠れながらまたすばやく移動。クリームによって生まれた死角からマジカルフレイムを当ててすぐさま退却。マタドガスも慌ててワンダースチームで反撃に出るも、すでにそこにはマホイップはいないので空振りに終わる。マホイップの上がっているすばやさをこれでもかというくらい生かせている。

 

「いいよマホイップ!」

「……マホッ!?」

「え!?」

 

 自分の近くまで帰ってきたマホイップを激励しているとマホイップが突如苦しみだす。何事かと様子を見ると明らかに顔色が悪くなっており、ときたまマホイップの頭から紫色の泡が浮かんでいた。

 

(毒!?いつの間に!?)

 

 どくガスは完璧によけたので状態異常になる隙なんてなかったはずだ。何かほかに原因はないかと周りを見回してみると、その元凶は割とあっさりと見つけることができた。クリームの中に浮かぶ紫色のとげ。間違いない。

 

(どくびしか!!)

 

 どくびし。

 

 相手のバトルフィールドに撒くことによって、次から場に出されるポケモンに踏ませて登場と同時に毒にするという技。本来なら交代や死に出しした時に発動する技なんだけど、ポプラさんはこれをマホイップのクリームの中に仕込むことによって、その中を泳いで移動するマホイップに毒を入れたというわけだ。

 

(どくびしを撒いたタイミングはおそらく最初のどくガスを撒いたとき。『毒をまきな』の一言でどくガスとどくびしを同時に捲いたんだ。これで仕込めるから最初のクリームに対してちょうはつをしなくて、そのあとにした。初手の時点でどくびしをこんな形で仕込めるなら確かにクリームを止める必要はないもんね……)

 

 ちょうはつだけではなくさらにその先に対しても対策を練っているポプラさんに舌を巻くしかない。けどこれで相手の技構成はわかった。攻撃技がワンダースチームの一つしかないというなんとも偏った構成だけど、攻撃するどく技がないならマホイップで突破するのはまだ可能だ。ただ、問題を上げるとするのなら……

 

(どくびしがやばい……)

 

 クリームの中に埋まっているせいでどこに仕掛けてあるのかわからない。ワンダースチームとマジカルシャインのぶつかり合いの爆発によって飛び地たことも相まって余計にだ。どくびしをクリームで洗い流そうとしてもちょうはつでクリームを追加できないから消すこともできない。

 

「あんたが使っている戦法はあたしもよくやるからねぇ。対策はいくらでも考えているよ」

 

 わかってはいたけどやっぱりそのあたりの知識に関しては向こうが一枚上だ。

 

(毒覚悟で戦うしかないか……)

 

「走りながら『マジカルフレイム』!!」

 

 どくびしで体を傷つけながら走り回るマホイップはマタドガスの周りをぐるぐる走りながらマジカルフレイムを打ちまくる。それに対して何とか避けるものの、想像以上に速くなっているマホイップの動きになかなか苦戦しているように見えるマタドガスは、それでもワンダースチームで何とか耐えている。

 

(あと一手何か……なら!!)

 

「マホイップ!地面に向かって『マジカルシャイン』!!」

「来たね……」

 

 地面にマジカルシャインを撃ったことによって打ち上げられるクリームとどくびし。それらを確認してさらに指示を出す。

 

「もう一回『マジカルシャイン』!!」

「そうくるかい!『ワンダースチーム』だよ!!」

 

 打ち上げられたクリームの付いたどくびしは、2回目のマジカルシャインによって、ショットガンの散弾のようにマタドガスに向かって飛び散っていく。慌ててワンダースチームの壁を作って守ろうとするものの、どくびしのとげが煙を突き抜けて進み、毒の追加効果こそはいらないものの、どくびしの針が確実にマタドガスを襲っていく。マジカルフレイムのとくこうダウンが効いている証拠だ。

 

「もう一回追加で『マジカルシャイン』!!」

 

 どくびしで怯んでいるところでダメ押しにマジカルシャイン。ワンダースチームを打った後隙ということもあって直撃をしっかりさせる。これでもう相手はあと少しで倒せるところまで追い詰めた。

 

「マホイップ!!」

「マホ!!」

 

 ボクの言葉に頷いて攻撃の構えを取るマホイップ。ふらついているマタドガスを確実に仕留める。

 

「『マジカルフレイム』!!」

 

 当たれば間違いなく倒れる攻撃。勿論そのまま受けるとは思えないポプラさんがどう行動するのか気になるのでしっかりと()()いく。するとポプラさんから一つの指示が来る。

 

「マタドガス。『どくびし』を頼むよ」

「ドガッ!」

「……え?」

 

 選ばれた技はどくびし。既にどくびしのある場所へさらにまかれることによって、もうどくびしへと変わった場は確かにこちらとしてつらいはつらい状況だ。しかし、当然どくびしではマジカルフレイムを受けることはできないのでマタドガスは倒れる。

 

 

『マタドガス戦闘不能!!勝者、マホイップ!!』

 

 

 

「……ありがとうねマタドガス。いい仕事をしてくれたよ。ゆっくりお休み」

 

 倒れたマタドガスを労わりながら戻すポプラさん。その姿がとても落ち着いていて……

 

(まるで予定通りって感じだ……不気味だね……)

 

 初手はこちらの勝ち。しかし、けっして気持ちのいいとは言えない嫌な予感がボクの体にまとわりついていた。

 

 不気味な空気が漂う中、アラベスクスタジアムのバトルが進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キルリア

サーナイトを見て何か思うところがありそうですね。

ポプラ

実機でも印象が強いポプラさんによるクイズ。
この作品でもしっかりとその本領を発揮してもらいますよ。

ちょうはつ

クリーム出しを変化技扱いにしてみました。ちょっとしたご都合展開かもしれないですね。でも攻撃技ではないのでこういう解釈でもいいかなと思っています。逆に言えば攻撃技なら自由に使えるという解釈でいます。地面に向けてのマジカルシャインがそうですね。




前書きにある通り今年最後の投稿です。
この調子だと次の投稿予定日は1月4日になりそうですね。
来年もこの作品をどうぞよしなにお願いします。

では皆々様、よいお年を。また来年お会いしましょう。






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73話

三が日を過ぎてしまっているので少し遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞこの作品をよしなにお願いしますね。


 マタドガスを被害なくとは言えないものの、少なくとも想像よりは軽微な状態で突破することが出来たボクは、それでいてどこか達観しているというか、特に何も変化を見せないポプラさんの様子が不気味で、どうも素直に喜べないでいた。

 

(最後にどくびしを選択していたのも解せない……マタドガスはボクの知っている姿と同じなら、確かに物理に関しては硬いけど特殊に対しての耐久はまだ低い方だからあの状況が辛いのは分かる。けど、だからといって切り捨てるのはまだ早計な気がして仕方ない……)

 

「マホ……」

「っと……ごめんねマホイップ。1回下がろう」

 

 思考をしすぎている間にマホイップが毒でじわじわと体を蝕まれていた。一旦ボールに戻すことで、毒を治すことは出来なくても進行を止めることは可能だ。それに、ちょうはつも受けている以上変化技やクリームの発動も難しいからそれを解く意味でもボールに戻しておく。めいそうであげた能力はちょっと勿体ないけど、まずは地面のどくびしを優先的に消しておきたい。

 

(あんなに固執してまでどくびしを撒いたということはそれ相応に何かあるってことだよね。ならまだどくびしがクリームに埋まっている間にこの子でどくびしをできる限り無効化する!)

 

「お願い、ユキハミ!!」

「ハミュッ!!」

 

 天高くボールを放り投げ、空中で姿を現すのはユキハミ。元気な声を上げながら現れるユキハミの姿に思わず頬が緩んでしまうのを何とか気合で我慢して、どくびしを無効化するための指示を出す。

 

「ユキハミ!地面に向かって『こなゆき』!!」

「ハミュミュ!!」

 

 ユキハミの口から放たれる冷気が地面のクリームをすべて凍らせて、スケートリンクのような状態に作り変えていく。クリームだと足を取られてしまう上、クリームの中に埋まっているもうどくびしにやられてしまうけど、これなら大体のどくびしを無力化できる。残念ながら、もうどくびしとなるまでどくびしを大量に撒かれているためすでに表面に見えるどくびしもそこそこあり、このあたりはどうしようもないので完全に防ぎきることはできないが、それでも猛毒になってしまう程はどくびしに効力はないはずだ。

 

「ハミュッ!?」

「……やっぱり完全に防ぐことはできないよね」

 

 だけど間違いなくマホイップが受けたものよりはかなり弱い毒だ。これならかなり長い間闘っても毒で倒れる心配はないだろう。ただ、次の問題があるとすれば……

 

「ユキハミねぇ……それならあたしはこの子だね。行っておいでクチート」

 

(タイプ相性最悪すぎて笑えないね……)

 

 次のポプラさんのポケモンはビートの時にも戦ったクチート。タイプ相性から考えたら最悪の組み合わせと言っても過言ではないこのカード。今使えるユキハミのことを考えても、こちらにはとてもじゃないけど有効な技なんてまずなくて。

 

 けど、不利な組み合わせなんて今まで何回も戦ってきた。相手が経験豊富なポプラさんというのが凄く怖い所だけどやるしかない。幸い、相手のいかくがこちらにはほぼ意味をなさないところがせめてもの嬉しい所か。

 

「ユキハミ、『こごえるかぜ』!!」

「クチート、『かみくだく』」

 

 まずは相手の機動力を落とすためにこごえるかぜを放つユキハミ。何もかもが負けている相手だからせめて1つだけでも勝てるものを作るための攻撃。しかし、その冷気は激しく打ち鳴らされるクチートの大きな顎によってかき消される。

 

(正直に真正面から打つだけだと当然躱されちゃうか……かといって搦め手は……)

 

 現状のユキハミだと打てる技はすべてクチートに半減以下で抑えられてしまう。それはつまり、適当に撹乱するために打ったとしても無視して突っ張ってくるのが可能という事だ。むしろ覚えているかはわからないけど、返しでアイアンヘッドなんてもらった時には致命傷なんて言葉じゃ片づけられないことになる。

 

(ってなるとやっぱり機動力だけでも勝っておきたい……けど、こごえるかぜを当てる方法が……)

 

「クチッ……!?」

「ん?」

 

 どうやって動こうかと考えた時にクチートから聞こえる声。そちらに目を向けると、かみくだくを放った後の着地が、床が凍っているために足が滑ってしまいうまくできなかったところが目に入った。確かに今のフィールドはユキハミのせいで床が凍っているから滑りやすい。それに、こんな森の中で育ったクチートなら氷の足場というのは絶対に慣れていないから余計に足を取られるはずだ。

 

(ならそこをつけば!!……問題はユキハミが出来るかどうかだけど……)

 

 個人的にはいつもの作戦は意表をつきこそすれ、無茶をやっている自覚はないんだけど━━それでも周りからは変な顔をされるのが物凄く解せないけど━━今回に限っては結構無茶振りを強いることになりそうだから、ユキハミにしっかりと確認を取らなきゃ行けない。

 

「ユキハミ。いい考えがあるんだけど……出来そう?」

「……ハミュ!!」

 

 少し考えるような時間があったけど、それでもボクの期待に応えてくれようと元気に返事をする。その言葉に頷き、早速ユキハミに思いついた作戦を実行してもらう。

 

「ユキハミ!!まずはひっくり返って!!」

「ハミュッ!!」

 

 ボクの指示を聞いてすぐさまひっくり返るユキハミ。

 

 ユキハミというポケモンは自分の体を守るかのように氷の棘が生えた殻を自分の体の表面に作っていて、それは自分が摂取した雪や栄養の量に比例して立派なものに成長していく。当然それはボクのユキハミにもあてはまっており、仲間になってからは雪を食べる機会こそどうしても減ってしまうものの、代わりに色々なポフィンや氷菓子を食べさせるようにしている。実はそういう事もあってかうちの手持ちの中で1番の大食らいなので、何気にポフィンなどの消費量も1番なのだけど……とにかく、うちのメンバー1の健啖家はその旺盛な食欲のかいもあり、その背中に立派な氷の棘が生えている。

 

 つまり、何が言いたいかと言うと現在ひっくりかえったユキハミは、その背中に生えた立派な氷の棘を下に向けて、器用にバランスをとって立っているということ。これだけ見れば一種のショーか何かでしかないけど、もちろんこれで終わりじゃない。

 

「……次はどんなびっくり作戦が来るのか……この歳になって初めての経験をさせてくれるなんて、やっぱりあんたは面白いねぇ」

「これからもっと面白くなりますよ!!」

 

 最初の対面は勝ちこそすれ、終始流れを取られていた感があった。だけど次はこっちの番だ。

 

「ユキハミ!『こごえるかぜ』を自分に!!」

「ハミュミュ!!」

 

 ユキハミを取り囲む白色の風はまるでユキハミを守る鎧のようで、同時に風といっしょに逆さまのまま回るユキハミは背中の氷を軸としたコマのようになっていた。

 

「そういうことかい!クチート、『かみくだく』だよ!」

「そのまま滑って『こなゆき』!!」

 

 こごえるかぜを纏いながら高速回転をするユキハミは、そのままスケートを滑るかのように氷上のステージを滑って行き、勢いを乗せたまま相手を凍らせる雪を浴びせていく。対するクチートは、再び後頭部の大あごを振り回すことでこれを防ごうとするものの、地面を滑りバトルコートを走り回るユキハミのスピードに追い付けず、四方八方から飛んでくる攻撃になかなか手が出せずにいる。

 

「よし!いいよユキハミ!!」

「成程、確かにこれは厄介……『ドレインキッス』」

 

 かみくだくだけで防ぐのはじり貧と判断したポプラさんが今度は特殊攻撃に切り替える。しかし、自分が受ける特殊攻撃の威力を下げるユキハミの特性こおりのりんぷんと、ユキハミを守るこごえるかぜのバリア。さらにもともとクチートの特殊攻撃力が低いことも相まってユキハミへ全然攻撃が通らない。こちらの攻撃もいまひとつだから決して大きいダメージが通るとは言わないけど、少なくともボクたちが与えているダメージよりは、受けるダメージは少ないように見受けられる。

 

「また面白い機動力の確保の仕方だねぇ。てっきりラテラルタウンと同じような立体機動による戦い方をしてくると思ったんだが……本当に芸達者な子だよ」

「ボクの考えをしっかりと読み取って実行してくれるこの子たちのおかげです!」

「ハミュミュ!!」

 

 一通り攻撃を終えてボクの下へ帰ってきたユキハミがいったんさかさま状態を戻して前を向く。目を回さないか心配だったけど、そちらも大丈夫なようだ。

 

「ふむ……地面を凍らせることは読んでいたけど、ここまでの機動力は予想外さね……となるとやっぱりクチートの役目は……」

「……」

 

 やっぱり不気味だ。どこまで行っても有利になっている気がしなくてとても気持ちが悪い。

 

「それなら……少しこちらも趣向を凝らしてお返しと行こうじゃないか。クチート、『ほのおのキバ』」

「クッチ!!」

「お返し……気を付けてユキハミ!準備!!」

「ハミュ!!」

 

 ユキハミが再びひっくり返ってさっきの移動法の準備をする。一方クチートは大きな顎に炎を纏い、そのまま()()()()()()()()

 

「そういうことか!!ユキハミ!!『こなゆき!!』」

「ハミュ!!」

「クチート、吐き出しな!!」

「クチッ!!」

 

 クチートが何をしようとしているのかわかったため、それを阻止するべく攻撃に映るも、クチートの方が一歩速かった。

 

 クチートが行ったのはほのおのキバで地面を溶かし、クリームを口にたくわえてこちらに向かって吐き出すというもの。勿論、クリームに埋もれているどくびしも一緒に。本来ならどくびしごと口にくわえるクチートも毒になってしかるべきだけど、はがねタイプを含むクチートに毒は通用しない。さらに炎によって熱を保ったままこちらに吐き出されているためこなゆきだと止めきれない。

 

「くっ、ユキハミ!糸!!」

 

 今から滑って避けるだけだと躱し切れなさそうだったので離れた地面に糸を張り付けて巻き取るいつもの移動法で何とか避けきる。どくびしごとクリームを飛ばしてくるその戦法は、まるでさっきマジカルシャインでどくびしを飛ばしたボクの戦い方と酷似していた。お返しというのはそういう事だろう。

 

(それにとけたクリームをまき散らしているせいでせっかく凍らせた地面が溶け始めてる。これからまた冷やすってなるとかなりの時間がかかるだろうし、クリームの熱が冷めたうえで追加で凍らせるなんてそんな時間をポプラさんが待ってくれるとも思えない)

 

 かといってこのままクチートの好きにさせてしまうとほのおのキバがいつか必ずユキハミを捉えてしまう。こおりのりんぷんで受けることのできない物理攻撃なうえ、ユキハミが最も苦手とするタイプの攻撃。掠るだけでも間違いなく致命傷となる。軽微とはいえ毒もまわっている今、そんな攻撃は絶対に受けてはならない。となれば……

 

(速攻で倒すしかない!!)

 

「ユキハミ!!」

「ハミュ!!」

 

 速く倒さないと間違いなく負ける。そのことをユキハミもしっかり理解しているため、さっきよりも鋭く、速く回り始める。

 

「クチート、まき散らしな!!」

「ユキハミ!!糸も使って速く動いて!!」

 

 熱を帯びたクリームの塊が次々と飛ばされてくる。一つ目を下をくぐることで避け、続いて飛んでくる二つ目、三つ目を右、左と滑ることで回避。このままでは捕まえられないと判断したクチートが、足を奪うために今度はユキハミの足元へ向かって放つ。これをかろうじて避けるものの、足場の氷が溶け始めてバランスを崩してしまう。そこに追撃をするべくドレインキッスをこちらに向けて放ってくる。熱によってこごえるかぜの壁も消えかかっている今、この攻撃を受けたくないこちらはクチートの体に氷の糸を張り付けてまきとり、クチートとすれ違うようにして飛ぶ。この際振り返り際にせめて少しだけでもダメージを当てるためにむしのていこうをあて、距離を取る。

 

 とりあえずいったん仕切り直し。けど、いまだに不利な状況は変わらない。

 

(やっぱりほのおのキバの存在がでかい……この技を対策しなきゃだめだ!……いちかばちか……これで勝負!!)

 

「ユキハミ!回転しながら糸!!」

「『がんせきふうじ』だよ」

 

(ほのおのキバだけじゃないのか!!)

 

 回転しながらやたらめったら糸を飛ばしまくるユキハミに対して、今度は岩の塊を投げつけてくるクチート。いわタイプの技もまたユキハミにとってほのおタイプに匹敵する喰らってはいけない技の一つ。こちらの足を壊しつつ、素早さを奪うために放ってくるその技はこちらの糸を切断しながらどんどんユキハミが移動できる範囲を塞いでくる。

 

 攻撃面においてはかなり優秀と言われるこおりタイプだけど、こと防御に回った瞬間その脆さが浮きだってしまう弱点を的確についてくる。しかも、あまり障害物を増やしすぎるとユキハミの立体軌道によって逆に機動力が上がることを避けるために、がんせきふうじの大きさも最小限に止められている。逆にクチートは、この落ちたがんせきふうじの岩を足場にして動くことによって、氷に足を取られることなく走り回ることを可能としていた。

 

(このあたりの細かい調整が本当にうますぎる!!)

 

 だんだんと地面に岩が増えていき、いよいよ独楽とスケートによるこうそくいどうが厳しくなっていく。代わりに伸ばしている氷の糸も、がんせきふうじのサイズが最小限に抑えられているせいでうまく立体軌道に役立てることができない。

 

「『こごえるかぜ』!!」

「『ほのおのキバ』」

 

 相手のがんせきふうじに対抗するべく、こちらもこごえるかぜをするものの、相手がほのおのキバを憶えていることに加え、クリームが溶けて熱を持ち始めたことにより、気温がどんどん上がっているためこなゆき、およびこごえるかぜの威力がどんどん落とされている。

 

「『ドレインキッス』だよ」

「後ろに飛んで!!」

 

 ほのおのキバでこごえるかぜを噛み切り、すぐさまドレインキッス。ユキハミはこれを避けるために後ろに糸を伸ばして、いつもの動きでよけようとし……

 

「そう避けると思ったさね」

「なっ!?」

 

 地面に当たったドレインキッスが、クリームの中に埋まっていたどくびしを飛ばし、後ろに飛んで逃げるために伸ばした糸に向かって飛んでいく。ただのどくびしなら決して切られることの無い氷の糸は、今回に限って言えばほのおのキバによって熱せられていたせいで簡単に氷の糸を切ってしまう。体を支えていた糸を切られてしまうことによってバランスを崩したユキハミは地面を転がってしまう。

 

「ハミュミュ!?」

「ユキハミ!!」

 

 すぐさま体を起こそうと頑張るものの、その姿は致命的なまでの隙となる。

 

「今だよクチート。『ほのおのキバ』」

 

 そこをポプラさんが逃すなんてことは当然しない。炎を纏った大きな顎をしっかりと構え、とうとうユキハミの懐に入り込んだクチートがユキハミにとどめをさすべくこうかばつぐんの致命打を与えんとくらいついてくる。防御姿勢もとることが不可能な今のユキハミが受ければ当然戦闘不能になってしまう。()()()()()()()()()()()()

 

「かかった!!ユキハミ!!今!!」

「ハミュ!!」

「クチッ!?」

「……」

 

 クチートがユキハミの眼前に迫った瞬間、ユキハミが地面に残されていた氷の糸を思いっきり引っ張る。すると、さっきまでいたるところにちりばめられていた氷の糸がクチートの顎を無理やり閉じるように収束していく。

 

「ロープマジック……これもラテラルジムで見せた技だけど、通じてよかったです」

「あんた、曲芸師になったらきっと大儲けできると思うよ」

「魅力的ですけど、目指す場所があるのでお断りします」

 

 ほのおのエネルギーを纏ったそのアギトは無理やり閉じられたことによってそのエネルギーの行き先が封じられてしまい、クチートの顎の中で爆発を起こす。クチート自身の技であるものの、はがねタイプであるクチートにほのおタイプはこうかばつぐんだ。その爆発はそのままクチートへ大ダメージとなって跳ね返る。間近で起こったその爆発にユキハミも少し巻き込まれて無傷ではないけど、ここを逃すわけにはいかない。

 

「ユキハミ!!『こなゆき』!!」

「ハー、ミュゥ!!」

 

 全身全霊のこなゆきをもってクチートにとどめを刺す。最後の一撃を受けたクチートはそのままポプラさんの方へと飛ばされて……

 

「クチート、『ほのおのキバ』」

「ク……チ……ッ!」

 

 地面にほのおのキバを放って倒れた。

 

 

『クチート戦闘不能!!勝者、ユキハミ!!』

 

 

(まただ……最後に謎の技選択……)

 

 クチートの技によって地面の氷は完全に溶けきる。再び凍らせるとなるとかなりの時間がかかってしまう事だろう。確かにユキハミにとってその行動はかなり嫌だ。だけど……

 

(最後のあがきとして行うのならがんせきふうじでみちづれを狙ったりした方が効果的だとおもう。というかボクならそうする。マタドガスと言いクチートと言い、技によって起こされることについては分かるけど、どうしてそれを狙ったのかが全く分からない……)

 

 戦況はどんどん有利になっているし、観客から聞こえる声からしてももうこのバトルはボクが勝つのではという話題で盛り上がり始めている。しかし、当の本人であるボクの心は全然休まらない。

 

 上手くいきすぎている。それが逆に不安でたまらない。

 

(初めての感覚だ……差は確実に開いているのに全然安心できない!!)

 

 見た目は着実においつめているのにその実相手の罠にゆっくりと浸かって行ってしまってるのではないかと……例えるのなら、オセロで自分の色で埋まっているのに後半になるにつれて自分の色を置く場所がなくなって逆転をされるのではという引っ掛かりが常に頭に残る。

 

(……いや、それでも前に進むしかない。ポプラさんがなにか準備しているのならそれを乗り越える。もしくはその策を実行される前に叩き潰す!!)

 

 幸いにもこのバトル、ユキハミは毒のせいでそこそこ削れているとはいえ戦えない状態ではない。マホイップと比べるとまだまだ体力には余裕がある。このまま続投で大丈夫だろう。熱を持ったクリームが少し厄介だけど、こればかりは仕方ないと割り切っておく。

 

「ふむふむ、クチートの口を縛り暴発させる……なかなかいい作戦だよ。今までその戦法を取ってきたやつは多くはないけど確かにいたし、実際効果的だからねぇ。もっとも、ユキハミにやられたのは人生初だけどね」

「……光栄です」

 

 70年もジムリーダーを務めた人からのその発言は素直に嬉しいので受け取っておく。けど、拳に込める力は緩めない。

 

「さて、それじゃあ次の子の出番と行こうか……トゲキッス。行っておいで」

「キ〜」

 

(トゲキッスか……)

 

 ポプラさんの3体目はしゅくふくポケモンのトゲキッス。全翼機のようなフォルムが特徴の空を飛ぶポケモン。そのポケモンの登場にクチートで地面を溶かした理由が余計わからなくなったけど、もはや考えても仕方がないと割り切る。

 

(タイプ上は五分。可能なら厄介なことをされる前にどうにかしたいけど……)

 

「さぁ順風満帆なチャレンジャー。第2問だよ」

「うぐっ……そういえば、忘れてた……」

 

 第1問と言われたからには当然次の問題はある。この未だに種が分からないものを既に混乱されているところに思い出させてくるあたり本当に意地悪な人だ。

 

(いや待て、さっきクイズに正解したら素早さをあげて貰えた。つまりここでも正解すれば能力を上げてもらえる可能性があるということだ。もういっその事これはチャンスと割り切って……)

 

「人間誰しもお気に入りの色というものがある。次の問題はそんな趣味の問題さ。あたしの好きな色は『ピンク』、『パープル』、どっちか分かるかい?」

 

 

「分かるかぁ!!」

 

 

 いけない、つい怒鳴ってしまった。

 

 しかし、調べてさえおけば100%答えることが可能な第1問と違って、完全にポプラさんのさじ加減で答えが変わってしまうような問題。さすがにこれはボクが正しいと思いたい。

 

「ほれ、早く答えな」

「くぅ……」

 

 しかしここではポプラさんが絶対のルール。それに、もしかしたらここまでのポプラさんとの会話の中に実は答えがあるのかもしれない。そう思い少し考えた結果、すぐに答えは出た。

 

「……『ピンク』です」

 

 普段からピンクが足りないだとか、フェアリーらしさをピンクと表現するあたり、ピンクが好きなのではと予想を立てる。たとえ違う色が好きだったとしても、フェアリータイプのジムの試練であることを考えたらこの答えで間違いはないはず……

 

「ブッブー。周りに求めるものはそうだけど、あたしの好きな色は『パープル』だよ」

 

 

「理不尽なんだけど!?」

 

 

 思わず敬語が外れたけどこれは許されるはずだ。いくらなんでもこれは理不尽だと思うのですよ……。

 

「さて、正解者にご褒美があるということは不正解者には……」

 

(当然罰がある……)

 

 ポプラさんの言葉に気を引き締める。何をしてくるのか。種があるということは避けることができるはず。相手が何をしてくるのかしっかりと目を離さないように確認していこう。

 

(ここで見極める!)

 

「それ相応の物を見せてやらないとね」

 

 そういいながら傘をゆらゆら動かすポプラさんの動きに合わせて、トゲキッスも体をゆっくりと動かし始める。ゆらゆら動くトゲキッスから何をされるのか、その動きを見逃さないようにじっと見続けていると……

 

(あ、あれ……?)

 

 特に何もされていなはずなのに自分の体が少し揺れた気がした。そしてそれ以上に驚くことは……

 

「ハミュミュ……」

「ユキハミ!?」

 

 明らかにユキハミから感じる気迫が小さくなっていること。

 

「トゲキッス。『ドレインキッス』」

「ユキハミ!!糸で防御!!」

 

 今なぜか不調になっているユキハミには避けることは不可能と判断し、せめてダメージを減らすためにとトゲキッスの攻撃を蜘蛛の巣状に放つ氷の糸で弱めて受ける。

 

 これなら大分威力を抑えられると判断して。

 

 しかし……

 

「ハミュ!?」

「ユキハミ!?」

 

 明らかに想像以上のダメージを受けて吹き飛ぶユキハミ。まだまだ戦えるだろうけど、少なくないダメージが入ったはずだ。そして同時にここで確信する。

 

(ユキハミの特防が下げられている!!)

 

 相手が何をするのかを注意したうえで、ポプラさんの術中にはまってしまったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユキハミ

氷上を独楽のように滑りながら走るのは、アニポケのウルップさんが扱うカチコールの、かくばる、こうそくスピンのコンボから。
ロープマジックに関しては完全に某冒険に影響されてますね。糸となるとどうしても頭に浮かんじゃう……
独楽と言いロープマジックといい、なんだかうちのユキハミちゃんが凄く多芸になってますね。

ポプラ

さて理不尽な第2問。
ちなみに私は間違えました。
また、表記は特防ダウンしか書いてませんが、実機でもこの作品でも防御も一緒に下がっていますよ。






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74話

「ユキハミ!!」

「ハ、ハミュ!!」

 

 思わぬ大ダメージを受けながらも、氷の糸の球を自分の着地地点に吐き出してクッション代わりにし、衝撃を何とかやわらげたユキハミは、少しのふらつきを見せながらもまだまだ戦えるという意思表示を見せる。

 

「よし、苦しいけど続投お願いね」

「ハミュッ!!」

 

 毒もそこそこまわり、ダメージも軽くない状態だけど、クチートの時と違いこちらもばつぐんの技で攻めることが出来るこの状況を逃さない手は無いので強気に行く。と同時にさっき起こったことを頭で整理してみる。

 

(ポプラさんが傘を動かしたらその動きを元にトゲキッスがゆらゆら動き始めて、その動きを見ていくうちにいつの間にかユキハミがバランスを崩して……多分この時に特防が下がったとみて間違いないよね……?)

 

 ユキハミの特防が下げられているのはさっきのダメージから見て間違いは無いはずだ。トゲキッスの攻撃力についてはボクはかなり詳しい方だと思っているから。というのも、シロナさんが見せてくれた手持ちの1匹でもあるし、何よりもヒカリの手持ちでもあるため対戦経験というのはトゲキッスに関してだけ言えばそこそこある方だ。そのためどれくらいの火力が出るのかは体が覚えてくれている。

 

 特殊攻撃である以上、特性がはりきりであっても効果はないので、やっぱりさっきはダメージを受けすぎている。氷の糸で防いだのにこのダメージは、さすがにこちらの能力に変化が起きていると考えないと説明がつかない。

 

(トゲキッスの動きを見ていたから下げられた……のかな……?)

 

 となると原因はそうとしか考えられず、他になにかされたことはあるか改めて考えても不思議な動きをされたことしか思い出せない。

 

(くそっ、正解した時に傘をとんとんしていたのも覚えてはいるけど、あの時マタドガスがどんな動きしてたかはボクは見逃してたからわかんない!マホイップはマタドガスを見つめてたからマホイップなら分かるかもだけど……いや、もしかして……でも……)

 

 そこまで考えてようやく自分なりの答えが少し浮かび始める。しかし……

 

(……いや、さすがに荒唐無稽では……?でもそれしか正直想像が……)

 

「トゲキッス、『ドレインキッス』」

「っ!?ユキハミ!!『こなゆき』!!」

 

 考え込んでいる間にトゲキッスが攻撃を仕掛けてくる。慌ててこなゆきで相殺するものの、ユキハミがその余波で少しあおられる。

 

「考え事もいいけどバトルをおざなりにするのはいただけないね。トゲキッス。どんどん『ドレインキッス』を打ちな」

「くっ、ユキハミ!!がんせきふうじの跡の岩に糸を貼り付けて飛び回って!!」

 

 クリームにつけてしまうと氷の糸が溶けてしまうために岩につけて逃げるしかない。まるで爆撃のように落ちてくるドレインキッスの雨を何とか糸の移動で避けるけど、空中にいる相手に攻撃する隙がなかなかない。本来なら自分に氷の糸を沢山巻いて、繭のようにして防ぐというのもありなのだけど、特防がかなり下げられている現状ではできる限り攻撃を受けるという行為はしたくない。幸い、攻撃面に関しては弱体化されてはいないのでボクが判断さえ間違えなければまだ何とかなる場面だ。攻撃が激しいせいでユキハミを交換できないからこそ、いつも以上に相手の攻撃を見て判断し、反撃する。

 

「ユキハミ、『こごえるかぜ』!!」

「『ドレインキッス』で打ち落としな」

 

 しかし相手が空を飛んでいるためかどうしても距離があり、こちらの攻撃が当たる前に簡単に落とされる。その間も相手は悠々と攻撃を続けてくる。

 

「なら……ユキハミ!あそこの岩に糸!!」

 

 ユキハミから少し離れた位置にある岩に氷の糸を張り付けて巻き取る。

 

「何度もさせると思うかい?『げんしのちから』」

「やっぱり流石にばれるか……ユキハミ!!撃ち落として!!」

 

 クリームに埋まっていた岩を糸で引っ張り上げて、そのままハンマー投げのように振り回してトゲキッスに飛ばす予定だったけど、トゲキッスから飛んでくる技がドレインキッスからげんしのちからに変わったため、その攻撃を防ぐべく振り回している岩の標的をトゲキッスからげんしの岩へと変更する。クリームを纏った岩と複数浮かぶげんしのちからのうちの1つがぶつかり、両者がバラバラになって飛び散ったことによって、他のげんしのちからが爆発した衝撃にあおられてユキハミに当たる軌道から少し逸れたことを確認する。さらに、その小さな破片はかなり勢いよく飛び散ったみたいで、少し離れていたトゲキッスにも着弾したのが確認できた。

 

 ユキハミに対してもこうかばつぐんないわタイプの技だが、それはひこうタイプを持つトゲキッスにも言えること。まさかの攻撃に怯んでしまったトゲキッスの動きが、確かに一瞬だけストップする。予定とはちょっと違ったけどここがチャンスだ。

 

「運がいい!ユキハミ!!糸をトゲキッスの足に!!」

「すぐ立て直しなトゲキッス」

 

 ボクの意図を察したポプラさんが慌ててトゲキッスに回避行動を取らせようとするものの、それよりも速く足に氷の糸をくっつけることに成功したユキハミ。

 

「素早い判断……だが、それなら逆に利用させてもらうよ。上に飛びなトゲキッス」

 

 しかし、体格差とポケモンそのものの力強さのせいで、トゲキッスを引っ張って落とすどころか逆にユキハミが引っ張られて宙ぶらりんになってしまう。

 

「力比べは負けるか……」

「その状態じゃあ避けづらいだろう?『げんしのちから』だよ」

 

 そんなユキハミに対してトドメを刺さんと迫り来る岩の塊たち。恐らく特防がとんでもなく下げられているユキハミに取って弱点でもあるこの技は間違いなく瀕死に持っていかれる技。けど、そんな技に囲まれた現状でもユキハミの闘志は全く引っ込まない。

 

「ユキハミ!!自分に『こなゆき』をして凍らせて!!」

 

 自分にこなゆきをふりかけ、自分自身を凍らせることによってユキハミはひとつの氷の塊となる。

 

「それで守るつもりかい?」

「こおりタイプが守りに回ったら弱いことは理解してます。だからこれは攻めるための手段だ!!ユキハミ!!糸を巻きとって!!」

「なるほど、そう来るかい!!」

 

 自分の身を氷で包んだところでげんしのちからに砕かれて終わるだけだ。だからこれは守るためにした行為じゃない。氷の塊となったユキハミは現在進行形で先程くっつけた氷の糸でトゲキッスと繋がっている。この状態でユキハミが糸を巻きとったらどうなるか。

 

「ユキハミ!!そのままトゲキッスに突撃!!」

「ハミュッ!!」

「キッ!?」

 

 答えは氷の塊がトゲキッス目掛けてヨーヨーのような軌道で飛んでいく、だ。

 

 げんしのちからの隙間をくぐり抜けて猛スピード突撃した氷の塊は確実にトゲキッスのダメージを与える。と、同時にぶつかった衝撃でユキハミの体を覆っていた氷が砕け散る。

 

「ユキハミ!!背中に乗って『こごえるかぜ』!!」

 

 氷が砕けて宙に飛んだユキハミは、氷をぶつけられて怯んだトゲキッスの背中にすかさず糸を貼り付けて巻き取り、背中にくっつく。トゲキッスからだと完全に死角になり、かつ反撃もできない位置。故に次のこごえるかぜを防ぐ術はなく、ようやくトゲキッスの機動力を落とすことに成功。目に見えてその動きが鈍くなった。

 

「このまま背中に乗ったまま攻撃━━」

「ローリングで振り落としな」

 

 有利な位置を維持したまま攻撃しようと構えたものの、トゲキッスがその場でローリングすることによって振り落とされる。

 

(けどユキハミはまだ糸を離していない。戻ろうと思えばまだまだ……)

 

「次はこっちの番さね。トゲキッス。糸を引っ張りな」

「っ!?」

 

 また糸を手繰り寄せて戻ろうとしたところに、トゲキッスがユキハミを振り落とした時とは逆回転にローリングすることによってユキハミが無理やりトゲキッスの方に引っ張られる。

 

「ハミュッ!?」

「ユキハミ!!すぐに氷を纏って!!」

 

 トゲキッスの方に引っ張られる。結果自体はユキハミが手繰り寄せようともトゲキッスが引き寄せようとも2匹の距離が近くなるというものだけど、ユキハミが能動的に引っ張るか、それとも無理やり引き寄せるかでユキハミの行動は大きく変わってしまう。

 

 自分から手繰り寄せるのであれば、背中に飛び乗るまでのルートはある程度自分で操作することができる。しかし、相手によって無理やり引っ張られた場合、自分が飛ぶ軌道を操作できないためカウンターを受けやすい。故の氷の鎧。

 

 実際この判断は間違ってはいなかった。

 

「ふむ、糸を切るのが間に合わないと察し防御に回る。いい判断だが……受けきれるのかい?『げんしのちから』」

 

 ただ、特防を下げられているユキハミに受けきれるかが問題だ。ユキハミが引っ張られて飛んでくる軌道上になれべられるげんしのちから。その壁にユキハミが思い切り叩きつけれて地面に落ちていく。

 

「ユキハミ!!」

「ハ……ミュ……ッ!!」

 

 氷の塊がクリームに落ちた衝撃でクリームが飛び散り、げんしのちからによってひびが入った氷が砕け散る。その中から現れるのは、何とか攻撃を防ぎ切ったものの、満身創痍のユキハミの姿。むしろ、まだ立ち上がっているのが信じられないくらいで、今のユキハミを支えているのはまだ倒れたくないという意志だけだ。正直その姿にボク自身が驚いてしまっている。けど、ポプラさんはむしろ当然だといった表情を浮かべており、すぐさまトゲキッスにとどめを刺すように命令する。

 

 たった数秒の反応遅れだけど、ポプラさん相手にその遅れは致命傷で、トゲキッスが今にも倒れそうなユキハミに向かって猛スピードで突撃をはじめ……

 

「キッ!?」

 

()()()()()()()()()()()()

 

「え?なんで……」

「……流石に攻撃を受けすぎたかい」

「受けすぎた……?あ!?」

 

 ポプラさんの言葉につられてトゲキッスの様子を見ると右羽根の一部が凍っていた。自身の機動力の根幹を担う大事な部位が凍ってしまったがゆえに、うまく自分の体を操ることができずにクリームに墜落してしまったのがこれまでの流れという事だ。さらに嬉しい誤算は、忘れているかもしれないがこのクリームの中にはいまだにどくびしが残っているうえ、クチートによって猛毒を防ぐための氷もないため、クリームに堕ちたことによりトゲキッスが猛毒状態になったこと。ばつぐんであるこおり技を何回も受けているためトゲキッス体力もかなり怪しいはず。そこでこの毒は致命傷になるはずだ。

 

(オニオンさんみたいなげんしのちからの追加効果が必ず発動するなんてとんでもないこともしてきてない!もしかしたらユキハミでこのまま……っ!!)

 

「トゲキッス、気張るんだよ。『ドレインキッス』だよ」

「ユキハミ頑張れ!!『こなゆき』!!」

 

 お互いもう自分の体も思うように動かせない状態で放たれる最後の一撃。2つの攻撃は両者の中間で激しくぶつかり合い、こなゆき、ドレインキッスと、技の中では特に強いと言われているわけではないはずの技から聞こえるとはとても思えないほどの轟音が鳴り響き、その音と比例した衝撃波がバトルコートを走る。思わず顔を腕で覆ってしまうボクはすぐさま腕を振ってバトルコートへ目を向ける。そこには……

 

「ハミュ……ミュ~……」

「キッ……キ~ッ……」

 

 地面に倒れて目を回しているユキハミの姿と、何とか体を起こして立ち上がろうと頑張るトゲキッスの姿。技の打ち合いでは残念ながらトゲキッスに軍配が上がってしまったみたいだ。しかし、どくびしによって猛毒にかかってしまい、とんでもないスピードで体力を削られてしまっているトゲキッスはゆっくりとその体を横に倒しながら……

 

「トゲキッス、よくやったよ。最後の仕事だ……『リフレクター』。そして『ひかりのかべ』だよ」

「なっ!?」

 

 最後の力を振り絞って見えない壁を2つ張り、満足げな顔を浮かべたまま地に伏した。

 

 

『ユキハミ、トゲキッス、両者戦闘不能!!』

 

 

「……ありがとうユキハミ。本当に頑張ってくれたよ」

「お疲れ様トゲキッス。ゆっくりお休み」

 

 倒れた2匹に向かってボクたちがそれぞれねぎらいの言葉をかけながらボールに戻していく。

 

 本当にユキハミは頑張ってくれた。クチート、トゲキッスという間違いなく自分にとって不利であるはずの相手2連戦を乗り越えて、ユキハミ自身のちからだけで駆け抜けてくれたのだから。こんな大立ち回りをしてくれて感謝をしないなんてそれはトレーナー失格の所業。というか、そんなことを抜きにしても今すぐ抱きしめて甘やかして、たくさんご飯を食べさせてあげたい気持ちだ。本当にユキハミは頑張ってくれた。しかし、それ以上にボクの心の中は不穏な空気が一気に膨らんでいた。

 

(確かにトゲキッスはこの戦い、『げんしのちから』と『ドレインキッス』しかしてこなかった。頑なに2つの技しかしてこなかったから不気味ではあったけど……まさか残りの技が2つとも壁だなんて思ってもみなかった)

 

 これでしばらくの間ポプラさんのポケモンは物理技も特殊技も、その威力の半分を壁が肩代わりしてくれる。と同時に、今までのようやくポプラさんの狙いがわかり始めた。

 

(ポプラさんの狙い……それは……)

 

「ふぅ……」

 

 トゲキッスの入ったボールを腰に戻し、ため息をこぼすポプラさん。その後、2,3回ほどの深呼吸を終えたポプラさんは最後の1匹が入ったボールをゆっくりと取り出す。

 

 なぜかその動作から目が離せない。

 

「さて……」

 

 最後のハイパーボールを構えるポプラさん。そして……

 

「眠気覚ましのモーニングティー……ようやく効いてきたようだよ。……覚悟しな」

「ッ!?」

「さあ最後はこの子だよ。行きなマホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 現れたのはボクも手持ちとして一緒に旅をしている、それでいてイチゴの飴細工をつけ、全身ピンク色というボクのマホイップとは全く見た目が違うマホイップ。しかし、そんなかわいらしい見た目と掛け声が現れたのに、ボクを襲うのは今までよりも何倍も強く重いプレッシャー。

 

(マタドガス、クチート、トゲキッスの3匹がかりで整えられたこの場。間違いない。ポプラさんは最初からマホイップ1匹でボクの手持ち全員を倒すつもりだったんだ)

 

 マタドガスのどくびしで万が一の耐久を許さず、クチートでそれを防ぐ氷を除去し、トゲキッスでマホイップが自分を磨く時間を稼ぐための壁を張る。言われてみれば典型的なエースへ託すための準備だ。問題はそれを4対4の、それもジム戦でしてくるという事。

 

(ここにきて急に前3匹を捨ててエースに極限まで託す編成……そんなの読めるわけない)

 

 道理でここまで倒されてなお焦りが見えないはずだ。このままいけばポプラさんのイメージではマホイップ1匹で全員を倒せるルートまっしぐらだ。

 

「お願い!キルリア!!」

 

 慌ててくりだすボクの3番目のポケモンはキルリア。選出理由はポプラさんの思惑の一つである猛毒を防ぐため。キルリアならエスパーのちからで斥力を放てば、自然とどくびしがキルリアから離れるから。それに、どくタイプにたいしてエスパータイプはばつぐんを取ることができるため、効率よく無効化できると踏んでの選出だ。

 

 実際に着地する時に、足からエスパータイプの斥力を発動することによってクリームをよけ、どくびしをどかしながら着地する。これでもうどく状態は回避出来る。

 

 相手の作戦がマホイップによる全抜き態勢だと言うのなら、こちらがやるべきことは相手がその準備を整える前に倒すこと。となるとこちらは先手必勝こそが勝ち筋。さっそく突撃態勢に移行しようとして……

 

「さあ最強のジムチャレンジャー。これが最終問題だよ」

 

(……この問答を無視して攻撃は……流石にダメかな)

 

 思わずそんなことを考えてしまうけど、これはあくまでジムチャレンジ。流石にそんなことをすればいろいろと問題になりそうだから流石にできない。おとなしく耳を傾ける。

 

「最後はシンプルな問題さ。ずばり、あたしの年齢は『16歳』、『88歳』、どっちかわかるかい?」

「……」

 

 いや、答えはわかる。間違いなく88歳だ。けどここは素直にこう答えていいのかがわからない。

 

(今までの回答は『魔術師』、『パープル』、どっちも正しい事が答えだったよね……)

 

 魔術師はともかくとして、パープルの方はお世辞も何もなしに単純に自分の好きな色だった。今振り返って改めてみたら、確かにポプラさんがつけているアクセサリーはパープルの方が数が多い。となってしまうと、やっぱりここは88と答える方が正しいような気がして……

 

(いや、でも女性に年齢の答えってタブーのような……)

 

 しかし、マナー的な観点から考えてしまえば16歳が答えとなってしまうこの状況。

 

(いやいや、ポプラさんが『16歳?そんなにあたしが未熟に見えるのかい?』なんて怒り出すような人の可能性もゼロじゃないし……)

 

 深く考えれば考えるほど、どんどんドツボにはまってしまうこの問題。

 

「早く答えな。時間は有限なんだよ?」

「ぐぅ……」

 

 さらにポプラさんの催促によって余計に焦ってしまうボクの頭は、ぐるぐると同じ問答を繰り返してしまう。そんな頭をぶんぶん振って1つの回答を口にする。

 

「『88歳』です!」

 

(もう素直に行く!!これでだめならポプラさんの変な技の種を暴いて逆転する!!)

 

 さあ運命の答えはいかに。ボクの答えを聞いてポプラさんはゆっくりと口を開き……

 

「やっぱりあんたにはひねくれが足りないね。正解だけど、対応としては間違っているから不正解だよ」

 

(なんとなくそんな気がしたよ!)

 

「というわけで、不正解者には……わかっているね?」

 

 そういいながらまた傘を独特な動きで回していくポプラさんと、それに合わせて変わった動きをしだすマホップ。今度こそ、どんな種があるのかを見極めるためにじっとマホイップの姿を見つめ……

 

「……キルッ」

「ッ!?キルリア!!目をつむって!!」

「キ、キルッ!!」

「ほう……」

 

 キルリアの体が少しふらついたのを確認して慌ててキルリアに目をつむらせる。と同時にボクの中である一つの仮説が浮かび上がる。

 

(ボクはずっとポプラさんとポプラさんのポケモンたちの動きを見逃さないようにじっと見つめていたけど()()!!何かしてくると()()()()()()()()が相手の狙いか!!)

 

 ボクも全部がわかったわけじゃないけど、おそらくはポプラさんがやっていることは、ボクのポケモンたちが無意識に嫌うもの、もしくは見ているだけで力が抜けてしまうような動きをすることによって相手の能力を下げるというものではないかと予想している。

 

 この説明ではわかりづらいと思うけど、例えばボクたちは何かものを食べるとき、その食べ物が青色だったら気持ち悪さを感じてしまい、空腹でも食べようとは思わなくなってしまう。他にも、大食いの人の食べっぷりを見ていたらこちらもおなかが膨らんだ気がしたり、風鈴の音を着たら涼しく感じたり、血を見てしまったり痛みを想像できるものを聞いたりした時に力が抜けてしまったり等々……

 

 共感覚。プラシーボ。こういった感覚に訴えかける現象はいくつかあるけど、おそらくポプラさんが行っているのはこれに類似すること。その究極系。

 

 ボクやポケモンたちを観察してすぐさま苦手な動きや音を見極めて、その音や動きを見せることによって相手の無意識化に訴えかけて能力を上げたり下げたりする。それがこのポプラさんが行う現象の正体。

 

「あとから気づくものは多かれど、バトル中に気づいたのはあんたが初めてだよ。いやはや、流石シンオウチャンピオンに認められているだけある。流石だね」

「……つくづく恐ろしいことしますね」

 

 変化技をするわけでもなく能力の増減を行うことができるその技術は、言ってしまえば彼女には積み技という枠を必要としない可能性がある。それは、本来は4つしか技が使えないのにそれ以上に立ち回りが行えるというとんでもない技術で。言葉にするならまさしく魔法。70年というとてつもないキャリアがあるからこそ成せる観察力と行動力。

 

(だから異名が『魔術師』……エスパータイプに適性がある超能力者なんかよりもよっぽど超能力じゃないか)

 

「もっとも、種が割れたらまず通用しないいわゆる初見殺しみたいなものだがね。それに本戦ではあまり使わない手法だよ。使う暇がないからねぇ、けど、決まればなかなか強いだろう?さあマホイップ、このまますべて倒していくよ」

「させない……キルリア!!走って!!」

 

 ポプラさんの会話的にどうも何回でも発動できるわけではないからそこは安心だけど、以前油断できない状況。

 

 目をつむったまま走るキルリア。キルリアならエスパーのちからで目が見えなくても相手の大体の位置は確認可能だ。それよりも今は1秒でも早くマホイップを落とさなくてはいけない。恐らくキルリアも何かしらの能力が少し落とされているはずだけど、それを確認する時間も惜しい。ここでマホイップに勝手を許してしまうと、この先、どれだけ手持ちがいても太刀打ちできなくなってしまうから。

 

 積み技を構えるマホイップ。

 

 がんせきふうじの跡の、残った岩のを上を駆けるキルリア。

 

 1分、1秒を争うバトルが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マホイップ

というわけで、今回はジムリーダー側が全抜き態勢というバトル展開です。
主人公側がこの戦法を取るのはある気がするんですが、相手がする展開はなかなかないのではないかなと思いこの展開に。
さて、ここからマホイップはどのような動きを見せるのでしょうか?

ポプラ

そして、ポプラさんの理不尽問題の種明かしは、この作品ではメンタリズムの一種ということにしてみました。
個人的にはこういうのもありそうだなと思っての解釈なのですが、いかがでしょう?
ここに関しては、むしろいろんな解釈や設定がありそうで、他の人の話や作品を見てみるのも面白そうですよね。
異論はたくさんあるべきところだと思います。




主人公には常に苦戦してほしいという気持ちからどんどんジムリーダーたちが強くなっている気がしますが……フリアさんには頑張ってほしいですね。()


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75話

「キルリア!!とにかく前に!!」

 

 キルリアを出した瞬間とにかく前に走ることを指示するボク。ポプラさんがマホイップで全抜き態勢を整えるということは、あちらの勝利条件はキルリアと戦っている間にとにかく自分の能力を上げまくること。そしてマホイップの覚える強い変化技としてよく挙がるものがめいそうととけるだ。恐らくポプラさんがマホイップに覚えさせている変化技もこの2つと確定させていいだろう。足の遅いマホイップだと、ボクの残りの手持ちたち全員を倒すのなら耐久力もあげないと上手くいかないはずだ。

 

(ボクのキルリアは攻撃技こそ特殊攻撃だけど、戦い方は手にまとって懐に潜り込んでからの打撃技だ。正直ボク自身、どっちの技扱いになるのか検証してないからわかってはいないけど、それはポプラさんからしてもそうのはずだからどちらの変化技から行うのか迷うはず……迷うよね?)

 

 動きだけで相手の能力を下げてくるようなとんでも観察力を持っている相手だけに、不安になるところも多いけど多分大丈夫なはずだ。ちなみにボクは特殊技判定になると予想はしている。あくまで予想だからあてにはしてないけど。

 

「マホイップ。あんたの練度を見せてやりな」

 

 対するポプラさんのマホイップは、自身の体の色と同じピンク色のクリームを一気に広げていく。

 

 ボクのマホイップの何倍もの量で。

 

(やっぱり相手の方がクリームを使い慣れている!!)

 

 水色だった地面は一瞬にしてピンクに染まり、まるで津波のようにキルリアに押し寄せてくる。

 

「キルリア!!」

「キルッ!!」

 

 だがそれはわかっていたこと。ボクのマホイップにできてポプラさんのマホイップにできないことなんてない。最初からそのつもりで戦っている。

 

 押し寄せてくるクリームの波を目の前にして、キルリアは全く怯む様子など見せずに両手にサイコキネシスを構え、前に突き出して走り出す。サイコキネシスによって起こる斥力によって海を割るようにクリームを裂きながら走るキルリアは、クリームの中から飛び出てくるどくびしも綺麗にいなしながらどんどん距離を詰めようと足を進めていく。が、いくらなんでもクリームの量が多すぎてなかなか距離を詰められない。

 

(クリームだけならまだしも、途中に混じっているどくびしをいなすのにどうしても注意しないといけないから一歩遅れてしまう)

 

 しかし距離は着実に詰まっているからここは踏ん張りどころだ。こちらが進撃している以上あちらもとけるやめいそうをする暇はないはず。

 

(ここで一度手を休めるくらいなら多少の被弾も覚悟で走るべき!)

 

 目の前から迫ってくるクリームの波を押しのけて受け流して、飛んできたどくびしに対して足元の岩を蹴り上げて弾き、とにかく前へ。そんな一歩間違えればどくとクリームの海に落とされる状況でも決しておびえた表情を見せない勇敢な仲間は、ついにクリームの波をかき分けてマホイップを眼前に収めることに成功する。

 

「まずは1発!!『サイコキネシス』!!」

 

 右手にサイコパワーをためた全力の右ストレートを構えるキルリアは、その拳を思いっきりマホイップに叩きつけようとして……

 

「マホイップ、後ろからだよ」

「ホップ!」

「キルッ!?」

「後ろから!?」

 

 後ろから延びてきたクリームに背中を押され、前慣性を思い切りつけられてしまい、そのままマホイップを飛び越えて飛んで行ってしまう。

 

「キルリア!!岩を掴んで!!」

「マホイップ、『とける』」

 

 慌てて地面に落ちている岩を掴んで何とか体を止めるものの、その隙にとけるを一回積まれてしまう。

 

「完成まであと8回だねぇ」

「くっ、キルリア!岩に向かって『サイコキネシス』!!」

 

 不穏なカウントダウンをきいてすぐに行動を起こすキルリア。ここから走って距離を詰めるとなるともう一回とける、ないしめいそうを積む時間が生まれてしまう。それを阻止するべく足元の岩を殴ってマホイップの方に向かって弾き飛ばす。

 かなりのスピードをもったその塊は、マホイップの方に寸分たがわず飛んでいき、しかしその途中でまるで触手のように地面から生えたクリームが岩をからめとった。

 

「さっきも思ったことだけど、まさかこのマホイップ……」

「おや、これくらいできて当然だと思うんだが?」

 

 ポプラさんの言葉とともにどんどんその数を増やしていく触手。

 

(間違いない。地面に広げて離れた後のクリームも自在に操れるんだ)

 

 自分から分離したクリームはもはや自分自身ではなく、ただの物体でしかないと考えていたボクにとっては寝耳に水な思考。そして何より恐ろしいのが、分離したクリームを操れるということは今このフィールド全てがあのマホイップの体の一部となってしまっている様なものということ。ピンク色の中にほんのり水色も混じっているあたり、ボクのマホイップのクリームも取り込み始めているように伺える。

 

「これがピンクの戦いというものさね。『めいそう』」

「っ!キルリア!!『かげぶんしん』!!そのまま『マジカルリーフ』と『サイコキネシス』!!」

 

 あと7回。

 

 触手に囲まれている中で安全にめいそうを行うマホイップに対して、こちらもかげぶんしんで数を増やして突撃を行う。触手による遠距離からの攻撃は確かに厄介で、かげぶんしんで相手の狙いを分散させてもこちらの進撃がかなり遅い。その間にもう1回めいそうを行われてしまう。

 

 あと6回。

 

 キルリアの右手に集まるマジカルリーフの刀と、左手に集まっていくサイコキネシスのエネルギーをしっかりと構え、そんな悠々としているマホイップに致命打を与えんととにかく走る。右から飛んでくる触手にかげぶんしんを当てて塞き止め、左から来る触手はマジカルリーフの刃で縦に切り裂き、サイコキネシスの拳で殴って飛ばし、前から迫る触手にぶつけて相殺させてさらに前へ。足元を掬うように伸びてくるクリームの触手を飛び越え、後ろから迫ってきた触手はその場で回転斬りを行うことによって後ろを向いている時間をとにかく少なくして走り続ける。

 

 再び場所はマホイップの目の前へ。既にめいそうを2回にとけるを1回となかなかやばい状態になってきているが、ボクのキルリアの攻撃に寄った戦い方だとまだ何とかなる状況だと信じて猛攻撃を叩き込む。

 

 上段にマジカルリーフを構え、マホイップに振り下ろす態勢をとったキルリアに対してマホイップはクリームの盾を生成してマジカルリーフをからめとろう画策する。それに対してこのまま刀を振っても無意味と判断したキルリアが、サイコキネシスの斥力によって盾を吹き飛ばすために左手を突き出す。

 見事クリームを吹き飛ばし、今度こそマジカルリーフを叩き込もうとした所で、しかし向こうもただでは攻撃させて貰えず、キルリアの足元から突如現れたクリームの触手がキルリアの足を絡め取り再び遠くへ離れるように投げ飛ばす。

 

「マホイップ。次は『とけ━━』」

「ここだキルリア!!『サイコキネシス』!!」

 

 キルリアとの距離が離れたことに安心して再び変化技を行おうとした所で、()()()()()()()()()キルリアがサイコキネシスを纏った右手でマホイップを思いっきり殴った。

 

「よし!!」

「やるねぇ」

 

 先程まで奮闘し、しかし後ろに投げられてしまったキルリアが『ボンッ』という音と共に虚空に消える。いつの間にか本体と入れ替わっていた分身が相手の攻撃を肩代わりして、その隙に本体がしっかりとダメージを与えることに成功した。とけるやめいそうで防御面が強化されているとはいえ、相手の不意を着くような攻撃はしっかりとしたダメージを与えるに足ると判断できる。ここから一気に流れを掴んでそのまま畳かけようと左手にもサイコキネシスを纏い、ラッシュを叩き込もうとしたところで……

 

「だけど甘いよ。『ドレインキッス』」

「なっ!?」

 

 右手で思い切り殴られたことなんてお構い無しにドレインキッスで反撃をしてくるマホイップ。反撃をされると思わずろくに防御態勢を取らなかったせいか、思い切り吹き飛ばされてまた距離を離されてしまうキルリアの姿を見て、またゆっくりとめいそうを行われてしまう。しかも、せっかくぶつけたサイコキネシスも、ドレインキッスによる効果で回復されてしまっているため帳消しにされている。めいそうによる火力アップがかなり効いてしまっていた。

 

(これで後5回……なんだけど、なんであんなにもダメージが……?)

 

「おやおや、あんた、不正解した時のペナルティを忘れたわけじゃないだろう?」

「まさか……」

 

 最初の問いで変わったのはすばやさだった。

 

 2問目で変わったのは特防……いや、今思えば防御も一緒に下がっていたのかもしれない。トゲキッスが特殊技しかしてこなかったし、ユキハミはもう倒れてしまっているから、確認することはついぞかなわなかったけど……

 

 そして3問目。

 順当にいけば変わっているのは……

 

(物理攻撃、および特殊攻撃か!)

 

「あんたのキルリアの攻撃はどっちに分類されるのかは流石のあたしにもわからなかったから最初は少し迷ってしまったが……まぁ、あたしにはあまり関係ない事だったね。途中で種に気づかれて想像よりも能力を下げられなかったことだけが不安材料だったが、そこも問題なしさね」

 

(よりにもよって攻撃が下げられるの、ことこの場面においては本当につらいね……)

 

 ユキハミの時は攻撃を受けなければよかっただけだから対して問題はなかった。━━いや、極論の話だから下がらないに越したことはないんだけど━━それに対して今回は1秒でも早く倒さないといけない大事な場面なのに、肝心の火力が落ちているのはかなりまずい。下げられたときに何を下げられたのかがわからないのがこんなにも響くとは思わなかった。

 

(1回キルリアを後ろに下げる?いや、その間にとけるとめいそうを積まれるのは何としても避けなきゃ……けど、今の火力が落ちたままのキルリアでドレインキッスを一度ももらわずに倒し切るのってかなりの……)

 

「悩んでいるとは余裕だねぇ。『めいそう』」

「ぐっ……!!キルリア!!走って!」

 

 悩んでいる間にまた積まれてしまっている。

 悩むにしても攻撃している間に同時並行で考えないとこちらに時間がない。

 

「『かげぶんしん』!!」

 

 とにかく相手にこれ以上積ませるわけにはいかない。

 

 完全に積みきるまであと4回。

 

 現在積まれている数だけでもすでにかなり不利状況に陥っているけど、この後まだダイマックス……いや、キョダイマックスをのこしていることを考えると何が何でも阻止しないといけない。

 

(完全に積み切ったキョダイマックスマホイップと戦うとか絶望的だ……)

 

 かげぶんしんをおこない、四方八方から襲い掛かるキルリアを見ながら頭の中も高速で回していき、どうするべくきか考えていく。

 

「マホイップ、クリームを爆発させな」

 

 ポプラさんの指示の下、マホイップが大量のクリームを圧縮し、その圧力を一気に抜くことによって元の大きさに戻ろうとする反動を利用した爆発によってクリームが飛び散り、周りを囲もうとしていたキルリアたちが巻き込まれて後ろに飛ばされる。

 

「『とける』」

 

 とける2回。めいそう4回。

 

 いよいよ取り返しがつかなくなってくる。

 

(ルリナさんの時にしたあれをもっと昇華させる!!)

 

「キルリア!!もう一度『かげぶんしん』!!さらに全員で『マジカルリーフ』!!」

 

 2桁に迫るほどの数に増えるキルリアたち。その全員がそれぞれマジカルリーフで作った刀を構えている。

 

「マホイップ、構えな。何か仕掛けてくるよ」

 

 ポプラさんの言葉を軽く流しながらキルリアたちが前に走る。そのキルリアたちを止めるべく、クリームの触手がいたるところから伸びていき、分身体に対しては攻撃を。本体に対してはクリームによる拘束を狙ってくる。

 

(キルリアを倒さないように捕まえて、その間に積み切ろうって考えだね。かげぶんしんしているのに本体が見抜かれているのはもう考えない。あんなことをする観察眼を持っているのならむしろ当然みたいなところあるしね)

 

 さっきは分身と本体の入れ替わりをうまくできたけど、同じ轍を踏まないために本気でこちらを観察し始めたといったところか。

 

「走って!!」

 

 とにかく前に走り出す。

 

 本体を守るように配置された分身たちが伸びてくるクリームを切り落としながら進んでいくのに対して、マホイップは分身を消すことを目的としたドレインキッスを混ぜてくる。めいそうを4回積まれているため、すでにとんでもない火力になっているこの技を受けることは不可能なので、巻き込まれないように分散していく。

 

 分身体に気を遣う余裕は全くないので本体だけに目を向ける。分身体の動きはキルリアを信じて任せるしかない。

 

 本体を拘束しようと伸びてきたクリームの触手を、ドレインキッスをよけてからすぐに戻ってきた2体の分身が切り裂き守る。次いで後ろから接近してきた2つの触手は、遠くに離れた1匹の分身体が本体に向かってマジカルリーフの刀を投げ、1つを打ち落とし、その刀を受け取って二刀流になった本体のキルリアがもう1つをきりおとすことで処理する。

 

 一方マホイップは、後ろの触手にキルリアが気を取られていた間に前にいた2匹の分身体をドレインキッスで撃破。そのまま本体を捉えるべく、クリームの触手をキルリアの前から2、後ろから2、足元から1の5本の布陣で差し向けてくる。

 

 これに対しキルリアは、まずはジャンプで足元の触手をよけて後ろに刀を投げ、背後から迫る2本の触手を切り裂く。

 

 この行動を見た相手は手ぶらになったキルリアに対して、一度は避けた足元の触手をさらに伸ばして今度こそキルリアを捉えようとする。しかしその触手は、先ほどキルリアが投げた2本の刀を分身体のキルリアが、足元の触手を切り裂きながらキルリアの手元に帰るようにサイコキネシスで軌道を操作したためその刀に撃ち落とされる。さらに、この2本を受け取り再び二刀流になった本体のキルリアはそのまま走り抜け、目の前に立ちふさがる2本の触手を切り払い、マホイップとの距離を着実に縮めていく。

 

「……なんて子だい本当に。ポケモンもトレーナーも、いい意味でおかしいやつだねぇ」

 

 ルリナさんのカジリガメを倒したときのマジカルリーフの刀の操作を、分身体も交えてより複雑にパスを回していくことでどの角度から攻撃が来ても対処できるように動くキルリアたちは、流石のポプラさんもぼそっと呟いていた。

 

 徐々に詰まるマホイップとキルリアの距離。あと数秒もすればマホイップの懐に潜り込むことが可能だろう。

 

「いける!」

「安心するのは速いよ」

 

 手ごたえを感じ始めたところでポプラさんからの一喝。その言葉を合図にマホイップの真正面に再び圧縮されたクリームの塊が生まれる。

 

(また爆発される!!)

 

 全方位に衝撃を放つ準備をするマホイップ。あれを喰らえばまた無条件に1回積まれる。

 

「キルリア!!」

「キル!!」

 

 キルリアの呼び声に答えた、残った分身が一斉に本体へと駆け寄る。その行動を見たマホイップは、集合させるとまずいと感じ取り、慌ててしまったせいか先ほどより早いタイミングでクリームを爆発させる。

 

「ぐっ!?相変わらずなんて威力……っ!!」

 

 圧縮が不十分だったせいで先ほどよりかはまだ爆発の規模は小さかったものの、キルリアくらいのポケモンを吹き飛ばすくらいなら十分なその威力に思わず腕で顔を覆うボクや観客たち。その威力の大きさに誰しもが再び距離を離されたと想像した。しかしその想像はキルリアの前に展開された()()()()()()()()()()()()()()()()()によって否定される。

 

 本体と、集まった分身体の全員が持っているマジカルリーフの刀を、一度ばらばらにしてサイコキネシスで再構築することによって巨大な盾に作り替えられたそれは、クリームの爆発を受け止めて後ろのキルリアたちを守っていた。

 

「マホッ!?」

「やるねぇ」

 

 まさかこの爆発を防がれると思っていなかったマホイップが驚愕の声を上げ、隙をさらす。

 

 その瞬間、マジカルリーフの盾が真ん中から割れて、そこから本体のキルリアが飛び出した。

 

 完璧なタイミング。今からマホイップが次の攻撃を防ぐ時間は存在しない。

 

(この一撃で倒せるとは思わないけど、せめて致命傷だけでも与える!!)

 

「キルリア!『サイコキネシス』!!」

「キルッ!!」

 

 キルリアの両手が今までにないくらい眩しく輝きだす。流れをこちらに引き込む、今までのキルリアからしてみれば明らかに強力な、歴代でも最大火力のそのエネルギー。

 

 ここまで何度もクリームに邪魔された鬱憤を晴らすべく、遠慮の一切を排除したその一撃。右腕を限界まで引き絞ったその腕は、マホイップに致命打を与えんと本気で打ち出される。

 

 

「いっけええぇぇぇっ!!」

 

 

 ここから上がる反撃ののろし。キルリアの右手から放たれる虹色の光がさらに光だし、もはや輝きすぎて逆に青色にしか見えなくなってきたその光がついにマホイップに当たると確信したその瞬間。

 

「キルッ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 何が起きたのか、キルリアから放たれていた光によって全く前を確認できなかったボクには何が何だかわからず、思考がショートしてしまう。そのまま光が収まり、サイコキネシスさえ維持していないただの拳は、マホイップに当たるころには完全に威力が死んでおり、水を叩くような音がむなしく響くだけに終わった。

 

「……っ!マホイップ!この隙を逃さないよ。叩き込みな。あんたの『アシストパワー』を」

「しまっ!!」

 

 一体どうしてこうなったのか。なんで技が不発したのか。ボクも観客も、そしてあのポプラさんすらも把握できなかった予想外の出来事に、しかし、こここそが反撃のチャンスと、長年の経験によりすぐさまイレギュラーに対応したポプラさんだけが反応をし、ボクたちに生まれてしまった致命的な隙を確実についた。

 

 しかも放たれた技はアシストパワー。

 

 自分のどれかの能力が上がれば上がるほど威力の上がっていく技。完全に積みきっては居ないものの、かなり能力を底上げされたマホイップのその一撃は、爆発でも起きたのではないかと思うほどの爆音を奏でる。

 

「キ……ルッ!?」

「キルリアッ!!」

 

 そして、そんなとんでもない威力を秘めたアシストパワーはキルリアの体を正確にとらえ、キルリアの体はボクの目の前にまで吹き飛ばされる。慌てて声をかけるが、ここまでめいそうを4回、とけるを2回も積んで、一時的にとはいえ超火力へと進化したその一撃を、すでに体力が削られていたキルリアが耐えられるわけもなく、地面に落ちていく。

 

「キ、キ……ル……ッ」

「キルリア……キルリアッ!!」

「マホイップ……しっかりやるよ。『とける』そして『めいそう』を2回」

 

 それでも意識だけは意地でも手放すまいと、必死にはいずるキルリア。そんなキルリアの視線の先にはどくびしがあった。ポプラさんの言葉なんて全く耳に入らない状況で、それでもキルリアのやろうとしていることだけは分かった。

 

 キルリアの特性はシンクロ。それは相手に自分と同じ状態異常を付与するというもの。つまり、今ここでキルリアがどくびしを受けてどくになれば、マホイップもどくになる。そうすれば、積まれまくってろくにダメージの入らない現状でもスリップダメージであるどくは確かなダメージソースになるから。

 

 だからキルリアは自分はもう勝てないから、自分がチャンスを逃したせいでこんなことになってしまったから、せめて後ろに託すために、そんな責任感から自分からどくびしを掴もうとしていた。だから……

 

「もう、いいよ。キルリア」

「……キル」

 

 そっと、止めるように指示をする。キルリアは充分戦ってくれた。そんな子に自分から苦しむ行動なんてして欲しくない。

 結果こそ確かに残念だったけど、誰も君を責める人なんてボクの仲間たちには居ない。もし、この試合を見ている人たちが文句を言ってくるのなら、ボクは君のそばで守ってあげる。ポプラさんのエース相手にこんなにも凄い大立ち回りを演じて見せてくれたのだ。絶賛こそすれ、批判なんてできるわけが無い。だから……

 

「そんな、悲しそうな顔をしないで?ありがとうキルリア。君は本当にすごく頑張んばってくれた。君を尊敬する。後でいっぱい、褒めて甘やかしてあげるからね?」

「……キ……ル……」

 

 悲しそうな、それでいて悔しそうな顔を浮かべながら、しかしボクの言葉を聞いて少しだけ柔らかくなった表情を浮かべながら、キルリアは完全に意識を手放した。

 

 

『キルリア戦闘不能!!勝者、マホイップ!!』

 

 

 審判からの言葉を聴きながらキルリアをボールに戻す。するとポプラさんから声がかかった。

 

「よっぽど好かれているんだねぇ。健気な子だよ。自分からどくにかかろうなんて」

 

(やっぱり気づかれてたか。そりゃそうだよね)

 

 キルリアがシンクロでどくを伝染す作戦すら看破していた発言。考えてみれば当たり前で、あんなにもクリームに触れていたのにキルリアは1回たりともどくびしに触れていない。これはポプラさんがキルリアの特性を警戒していたため。だからさっきの場面、たとえボクが止めなかったとしても、ポプラさんはクリームを使ってどくびしをキルリアから離しただろう。キルリアにこれ以上自分を責めて欲しくないから、ポプラさんが気づいてなくても止めたけどね。

 

「自慢の、仲間ですから……」

「そうかい」

 

 頑張ってくれたキルリアのボールをそっと撫でてあげる。このバトルが終わったらしっかり回復させて思いっきり抱きしめよう。

 

「いい関係だよあんた達は。もっともっと強くなれるだろうさ」

「ありがとうございます」

 

 ポプラさんからの嬉しい言葉。だけど浮かれている場合じゃない。

 

「だが、今回ばかりはもうチェックメイトって言わせてもらうさね」

「……」

 

 ポプラさんの言う通り、戦況は最悪。とけるを3回、めいそうを6回、限界の限り自分の能力を上げきったマホイップが鎮座するこの状況は、ポプラさんの描いた盤面そのままになってしまった。リフレクターとひかりのかべこそ時間切れで無くなったものの、もはや壁の1枚、2枚程度誤差でしかない状況だ。なんせ、あのマホイップにアシスタントパワーがあるのが発覚したから。

 

「降参を薦めるよ」

 

 間違いない。ここから勝てるビジョンなんてボクには全く思いつかない。けど、降参だけはしたくない。

 

「……嫌です。最後まで戦います」

「そうかい」

 

 まるで予想通りと言った顔でマホイップに構えさせるポプラさん。勝ち確盤面でも全くの油断なし。余計に付け入る隙が無くなった。

 

(……本当にどうしよう)

 

 諦めたくはない。けど、ここから逆転する未来も全然思いつかない。

 

 絶望的な状況。

 

 ジムチャレンジ初の敗北の足音が聞こえはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アシストパワー

全抜き型マホイップ最強火力の技。
これがあるからポプラさんはとけるも採用していたんですね。
1段階上がる事に威力が20上がるので、このお話で打った段階では、防御、特攻、特防が4段階上がっているためここに基本威力の20を足して推定威力260になります。
最後はさらに全部2段階ずつ増えているので、今打つと威力380……頭おかしいですね。

マホイップ

ポプラさんのマホイップは体から離れたクリームをも操ってきます。
感覚としては某海賊漫画の覚醒みたいな感じですね。

キルリア

キルリアの身に何があったのか。
アニポケをしっかり見ていた人なら心当たりがあるかもしれませんね。




さて、とうとう要塞になってしまったマホイップ。
絶望度半端ないですね。


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76話

臆病だったぼくは、あなたに手を差し伸べてもらったから変われたんだ。


「マホイップ、『ドレインキッス』」

『避けてこっちも『ドレインキッス』!!』

 

 戦場を駆ける水色のマホイップと、バトルコートのど真ん中で鎮座し、底上げされた能力を遺憾無く発揮して暴れ回るピンク色のマホイップ。両者同じポケモンのはずなのにその火力は雲泥の差で、ピンクのマホイップが技を放つ度に爆音が鳴り響き、その技の火力の高さを物語ってくれている。特攻を限界まであげたこの技は、当然当たれば即瀕死。絶対に貰う訳には行かない。しかもただそれだけではなく、特防も一緒に鍛えられているためこちらからの攻撃は微々たるダメージしか入っていない。

 

 キルリアが倒れて、次はどうすればいいのか未だに頭の中が整理出来ずに悩んでいる中、とにかく戦うことだけは継続しなくてはという気持ちでマホイップを出して応戦しているボク。しかし、一向に打ち勝てるビジョンなんて想像できなくて……

 

(このままじゃあボクのマホイップに申し訳ない……)

 

 何かを思いつくまでの時間稼ぎとして繰り出したマホイップは、先のバトルで既に体力は少なく、しかも猛毒状態になっているため長く戦うのは不可能だし、今回は完全なる上位互換が相手だ。そんな相手に万全ですらないボクのマホイップが勝てるはずもなく……言ってしまえばマホイップを時間稼ぎのための捨て駒扱いしているようなもので、そのことにとても申し訳なさを感じながらも、それでもボクの気持ちを理解して、苦しいはずなのにそのことを表にも出さずにボクに微笑みかけてくれたマホイップには感謝しかない。そんな健気な彼女のためにも、一刻も早く打開策を編み出したい。しかし……

 

(ダメだ、どうやってもマホイップの防御を撃ち破る方法が……ないっ!!)

 

 とけるとめいそうによって防御面も最大まで鍛えきった相手のマホイップを打ち破る術が全く出てこない。それに……

 

「マホイップ、『アシストパワー』」

「っ!?逃げて!!」

 

 まるで爆撃のような音と共に繰り出される一撃必殺の技。たとえ当たっていなくても、この一撃の大きさを目の前にするだけでボクの心はガリガリと削られてしいまう。

 

「マホイップ!!『マジカルフレイム』!!」

「クリームで消火しな」

「そのスキをついて『マジカルシャイン』!!」

「いいタイミング。しかし、やっぱりもう効かないねぇ」

「くっ」

 

 その攻撃を乗り切り、こうやって何とか薄い隙をついて攻撃を当てていても全くこたえていないのが余計に心にくる。ダメージは入っているはずなのに、そのダメージが小さすぎて道のりが果てしない。

 

(せめてどくびしを当てられれば……)

 

 キルリアが考えたようにどくびし作戦も敢行しようとしたものの、クリームの操作力でも負けているため、そもそもクリームを使うことが出来ない。どうすればいいのか全くわからず、それでも何とか少しずつポプラさんのマホイップを攻撃していくボクのマホイップ。けど、毒で倒れるのも時間の問題。いよいよ時間が無くなってきたそのとき……

 

「ここまでよく頑張ったねぇ。だけど、そろそろトドメと行くさね」

「今度は何を……」

 

 相手の動きを見逃さないように、しかし変な動きをしたらすぐに視線をそらせるように警戒しながら構えると、()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 一瞬何故そんなことをするのかと思ってしまい、直ぐに頭を振る。こんなことをする理由なんてひとつしかない。

 

 

「さぁ、腹は括ったかい?これがあんたへのトドメだよ」

 

 

 ポプラさんの言葉と共に、マホイップを戻したボールが赤く光りながら巨大化する。そしてそのボールを少し辛そうにしながらも天高くに放り投げると、飛び出してくるのは30mくらいある巨大なウェディングケーキ。その頂点に座するマホイップが、天高く咆哮をあげる。

 

 キョダイマホイップ。

 

 もう死に体の相手に何故わざわざこの手札を切ったのか。それはこの状態で打てるキョダイマックス技にある。

 

「さああたしからのプレゼントさ。受け取りな。『キョダイダンエン』」

「マホイップ!!」

 

 キョダイダンエン。

 

 キョダイマホイップ専用のその技は、相手に大ダメージを与えると同時に技の使用者を回復させるというもの。つまり……

 

 

『フリア選手のマホイップ戦闘不能!勝者、ジムリーダーのマホイップ!!』

 

 

 ボクのマホイップが倒れ、頑張って少しずつ削っていたポプラさんのマホイップの体力が元に戻るということ。キルリア、マホイップの2体がかりで与えたダメージが、ほぼ全て無意味となってしまった。

 

(……きっつ)

 

 降参はしたくない。確かにそう言ったけどこの状況はもうどうしようもない。まだあと1匹ボクは残っているけど、その1匹で勝てるのだろうか。

 

(ヨノワールなら……まだ……)

 

 唯一勝てそうだと思うのはヨノワールを繰り出すこと。ヨノワールをダイマックスさせて全力で戦えば或いは……

 

(……けど、今ヨノワールに頼ってるようじゃこの先戦えるの……?)

 

 その考えがボクの判断をにごらせる。だけど、現状ボクの手持ちで今のマホイップに対抗できるのはこの子しかいないし、それでも勝てるかわからない状況だ。

 

 こんな所で躓かないためにも、少しでも勝率が高い方に駆けるのは普通のことで……

 

(……頼むしかない。ヨノワールに!!)

 

 あまりしたくないけど背に腹は抱えられない。ボクは相棒の入っているボールに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼくはボールの中からずっと眺めていた。ぼくの大切な主とジムリーダーとの戦いを片時も目を離さずに。そして今、ぼくの主は絶体絶命のピンチにあっている。

 

 あのマホイップによってどんどん仲間たちが突破されているから。

 

 最初は主の勝ちだと決めつけていた観客たちも、既に今はジムリーダーが勝ったと手のひらを返して歓声と落胆の声をあげていた。そしてそれはぼくの主も同じで……最後のポケモンにヨノワールを選ぼうとしているところだった。

 

 正直言えば少しムカついてしまった。

 

 あれだけ主の勝利を思っておきながらあっさり手をひっくりかえした観客も、こんな状況になって最後にヨノワールに頼んでしまう主にも。

 

 そしてなによりも、この状況で勝てると思われていない自分の弱さが許せなかった。

 

 主に対しては確かに苛立ちを感じてしまったけど、それ以前にあのマホイップにも、横にいるヨノワールにも勝てないと納得してしまっている自分がそれ以上に許せなかった。こういった危機的な状況に、自分が頼られないということも含めて……

 

 ヨノワールがとても強いこと自体は主のポケモンになり、隣のボールに収まった時からわかってはいた。隣から感じるその圧倒的な存在感とプレッシャー、それでいてどこか暖かく包んでくれるかのようなその雰囲気は、『ああ、ぼくはこのポケモンには勝てない』と無意識に感じてしまう程だった。今この場面で、ヨノワールが選ばれることは凄く自然なことだ。

 

 それでも、ぼくを頼ってほしかった。

 

 あの日、あの森で、おびえて縮こまることしかできなかったぼくを、主は身を挺して守ってくれたんだ。しかも、一緒に遊んでいたヒバニーとサルノリが選ばれて、自分だけが取り残されて自信を無くしていた時に、主はぼくに手を差し伸べてくれた。

 

 一緒に来ないかって。

 

 嬉しくないはずがない。いやなはずがない。その時にこうも思ったんだ。

 

『この人を一番守れるように強くなりたいんだ』って。

 

 確かに今のぼくは、きっとあのマホイップよりも、隣にいるヨノワールよりも……弱い。

 

 ラテラルタウンではヨノワールの強さをその目にして。今この場ではあのマホイップの巧みさに震えて、自分との実力の差にまた自信をなくしそうになった程だから。

 

 それでも……

 

(ぼくはあなたのために戦いたい!!戦わせてほしい!!あなたの隣に、立っていたい!!)

 

 もしかしたら、ヨノワールじゃなくてぼくを選んだせいでここのジムで負けてしまうかもしれない。ただでさえ今不安になっている主に対して、さらに悪影響を及ぼすことになってしまうかもしれない。

 

 でも……それでも……

 

(今日だけは、ぼくのわがままを通してほしい!!)

 

 だからぼくは必至に主張する。ぼくを選んでくれと、自分が入っているボールを必死に動かす。

 

 確かにぼくとマホイップには差がある。でも、絶対に勝つから。あなたの不安を吹き飛ばすから。

 

 どうか、ぼくを選んでほしい。

 

 今のこの場で、選んでもらうために、主に勝ちを届けるために、必死にボールを動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 ヨノワールへと手を伸ばそうとしたときに震えだすヨノワールの横にあるボール。その振動は、まるでぼくに任せてほしいと言っているような気がして……

 

(君は……)

 

 手がまた止まってしまう。

 どう考えたって、この子であのマホイップに勝つビジョンが見えないから。それでも……

 

(この子が、こんなにも自分を主張するなんて……初めてだ)

 

 初めて見るその現象に、そして自分から信じてと言ってくれている気がするこの子の意気込みに、『任せてみたい』、そう思ってしまったから。

 

 手を、ヨノワールからひとつ横にずらす。

 

「……信じていいかい?」

 

 ボクの言葉に、さらに大きく震え、嬉しそうにするボールに先ほどまで感じていた絶望感が少し消える。

 

(励ましてくれているのかな……?だとすると、あの森での出来事の逆だね)

 

 あんなにおびえていたあの子が、今はボクを元気づけるために必死にやる気を出してくれている。それがどこかおかしくて、同時に凄く嬉しくて。

 

「……うん。わかった。君を信じる!!」

 

 自分から主張してきたその意思を信じよう。これで負けたとしても、この子のせいには絶対にしない。この状況を許してしまった時点でボクが悪いのだから。

 

(いや、そもそも負けることを前提にしている時点で、もう駄目だよね!!)

 

 この子は勝つつもりでいる。そんな子相手に負ける可能性を少しでも想像する時点で失礼だ。

 

(絶対に勝つ!!この子と一緒に!!)

 

 腰からモンスターボールを構え、赤い光を送っていく。徐々に肥大化していくモンスターボール。

 

「行くよ……」

 

 両手でないと抱えきれないほど大きくなったそのボールを構え、天高く放り投げ、最後のポケモンを繰り出す。

 

 

「君に託す!!()()()()()!!」

 

 

 現れるのはダイマックスジメレオン。水色の体に紫色の前髪のようなものをなびかせ、指先から水をしたたらせながら自信満々に現れる。

 

 

「ジメェェェェ!!」

 

 

 響き渡るジメレオンの咆哮。こんな絶望的な状況でも決して諦めず、その目には闘志がみなぎっていた。そんなジメレオンの闘志に、ボクも心が熱くなる。

 

 なぜだろう、だんだんと負ける気がしなくなってきた。

 

「ジメレオン……絶対勝つよ!!」

 

 

「ジメェッ!!」

 

 

 改めて、ボクとジメレオンの心がつながった気がした。そんな時だった。

 

 ダイマックスジメレオンが青く光りだした。

 

「ジメレオン……?」

 

 とても眩しく、暖かい光に包まれて良くジメレオン。目の前で激しく光っているのに、なぜか眩しさを感じさせないその光からボクの視線は外せない。それどころか、ここにいるすべての人がジメレオンに視線を奪われていた。

 

 ダイマックの赤いひかりにも負けないその神秘的な光は、数秒間ジメレオンを包んだのちに弾けて消える。青色の光が消え、再び赤い光が集まりだしたその先には……

 

 

「レオオオォォォォッ!!」

 

 

「ジメレオン……ううん、()()()()()()!!」

 

 ジメレオンの進化系であるインテレオンが、その凛々しい姿を見せつけるかのように雄たけびを上げる。

 

「この土壇場で進化かい……本当に魅せてくれるねぇ」

「えへへ……ボク自身、なんだか信じられないです」

 

 ダイマックスしたまま進化。そんな珍しい場面に立ち会えたせいか、会場のボルテージはさらに跳ね上がる。その盛り上がりがさらにボクたちの背中を押してくれる。

 

「面白い流れの取り方だよ。だがね、あたしのマホイップを、()()()()()()()()止められるかい?」

「……」

 

 進化をその程度扱い。人によっては物凄く怒りが飛び出そうな発言だけど、ことこの場面においてはポプラさんの発言は正しい。確かにポケモンの進化による強化はとても大きく、戦況を一気にひっくり返す出来事だ。しかし、今のマホイップはそれ以上に自分を磨きに磨いた姿となっている。進化したとはいえ、耐久力に難があるところは変わらないインテレオンにとって不利だという状況は変わらない。

 

(まずは、このキョダイマホイップの攻撃を乗り越えなきゃいけない!!)

 

 先にダイマックスを切ってくれたおかげで乗り切る攻撃が2回だけでいいのはボクにとってはありがたい状況。

 

(2回だけなら……たぶん乗り切れる!!)

 

「さあ、この状況をどうやって乗り切るのか見せてもらおうか!マホイップ、『キョダイダンエン』だよ」

「『ダイウォール』!!」

 

 まずは一回。安定のダイウォールで上空から降り注ぐクリームの塊を受けきる。

 

(ここまでは予定調和。問題は次だ)

 

 守る系の技は連続で使用すると失敗しやすい。連続で守れる可能性に賭けるのも選択肢としてはあるけど、今ここで選ぶにはあまりにもハイリスクすぎる。なぜなら技の失敗がそのまま敗北につながるから。しかし、ただ単純に技をぶつけるだけというのも意味がない。相手の特攻が限界まで上がりきっている今、単純なパワー比べをするといくらインテレオンに進化したと言っても間違いなく打ち負けてしまう。

 

 勿論このことはポプラさんも、もしかしたら観客だってわかっているかもしれない。

 次のダイマックス技をどう乗り切るのか。ここは一つの山場になると。

 

「あんたの回答を見させてもらうよ。もう一回『キョダイダンエン』さね」

 

 天から降りそそぐ3回目の攻撃。1つ10万キロカロリーあると言われている暴力的なクリームの塊が3つ、インテレオンめがけて降りそそぐ。そんな相手の攻撃を目の前にして、人差し指に中指を絡めた状態で天を指差し、二重構造になっている瞼をそっと閉じる。

 

(……なるほど、そういう事だね)

 

 インテレオンが何をしたいのか、完全に理解した。確かに、この方法ならうまくいくかもしれない。あとはインテレオンを信じて命令するだけだ。

 

「インテレオン!『ダイストリーム』!!」

 

 

「……レオッ!」

 

 

 圧縮された水がインテレオンの指先から巨大な弾丸となって発射される。本来ならレーザー状に打ち出されるはずのその技とあまりにも違いすぎる打ち方をしたため周りの観客は驚きの声を上げ始める。

 

 そんな周りの動揺を無視して登り続ける水の弾丸はついにぶつかる。

 

()()()()()()()()()()()()

 

「よし!!」

「……いい答えだ」

 

 キョダイダンエンの側面に直撃したダイストリームは、威力の差があったためかキョダイダンエンを打ち消すことこそできなかったものの、その軌道を僅かにそらすことに成功。更にそれだけでなく、キョダイダンエンの側面を跳ねて、他のキョダイダンエンの側面に跳弾としてぶつかることによって全てのクリーム弾を逸らす。大きく逸れることこそないけど、地面に着弾して爆発した衝撃を込みにしてもインテレオンに当たった攻撃はひとつもない。

 

「全弾避けたかい……見事」

「……避けただけじゃないですよ」

「何?」

 

 3回のダイマックス技の使用により、元の姿に戻っていくマホイップ。これで相手のキョダイマックスは乗りきった。けど、ボクのインテレオンがただ相手の攻撃を防いだだけじゃない。マホイップのキョダイマックスが終わると同時に空から水が落ちてくる。

 

「……雨?……なるほど」

 

 ダイストリームの追加効果は元々雨を降らせる効果がある。しかしそれは相手にあたって初めてその効果が出る。けど今回はマホイップに当たっていないのに雨が降り続けている。理由は簡単で、キョダイダンエンの側面を3回跳ねたダイストリームは、最後に真上に飛ぶように跳弾。そのまま天高く飛んでいき空中で大爆発。その結果、空から大量の水が降り続ける雨に変わったという事だ。

 

(よし、雨があればしばらくはこっちの攻撃が上がる!)

 

 こちらはダイマックス状態で、向こうは通常状態。絶好の攻撃チャンス。

 

「ここで一気に大ダメージを与える!!インテレオン、『ダイストリーム』!!」

 

 再び人差し指の先に集まっていく水の塊。雨によって強化されたその攻撃は、目の前の敵を洗い流すためにどんどんその威力を高めていく。進化したことも相まって、今までで間違いなく一番威力の高いその攻撃は、寸分たがわずマホイップに向かって飛んでいく。この攻撃が当たれば、周りのクリームも一緒に洗い流すことができるから一気にこちら側に傾いてくれるはずだ。

 

(ここから反撃を……)

 

「雨を降らせるのは正しい判断だよ。そうじゃないと……()()()()()()()()()()からねぇ」

「ッ!?」

 

 インテレオンの指先から、間違いなく致命傷を受けると思われる攻撃が飛んできているのに余裕の笑みを崩さないポプラさん。本当にこの人の余裕を崩すことはできるのかと不安になると同時に、なぜこんなにも余裕があるのかと少し長考して……

 

(そうか!あの技!!)

 

「気づいたみたいだけどもう遅いよ。マホイップ『アシストパワー』」

「インテレオン!!打ち負けないように全力で!!」

 

 マホイップから放たれるのは紫色の不思議な波動。自分の能力が上がれば上がるほど威力が積み重なっていくその技は、ダイマックスした状態でダイサイコとして放つとその効果を失って、ただのダイマックス技となってしまう。それでも十分強力ではあるんだけど、アシストパワーの本領は発揮できない。

 

 つまりどういうことかというと、アシストパワーという技は、ダイマックスしていないときの方がより効果的に使用することができる。

 

 それは時として、ダイマックス技を軽く超える威力を叩きだすことが出来るほどに。

 

 圧倒的と思われた水の奔流が紫色の波動とぶつかった瞬間、一瞬均衡状態になったものの、すぐさまこちらが押され始める。ダイマックス状態が残っていて本来有利なのはこちらなはずなのに、相手の攻撃を押し返せる気が一切しない。

 

 一体、あの小さいマホイップの体にどうやってこれだけの力が隠されているのか。

 

 それだけ押し込んでも打ち勝てるビジョンなんて全く見えないし、むしろこちらがダイマックスをしているせいで相手のこの攻撃をかわすことが出来ないからなんとしても相殺までもっていかないといけない。ダイマックスして体力が増えているとはいえ、こんな化け物みたいな威力を受けてしまったらインテレオンは間違いなくやられてしまう。

 

(なんでダイマックスしているのに一撃でやられる心配しないといけないのさ!)

 

 あまりにも理不尽な状況に心の中で悪態を吐きつつもインテレオンを鼓舞し続ける。

 

 せっかく進化したインテレオンの初舞台を敗北という形にしたくない。だから力の限り応援する。しかし、どうしても威力の差というものは変えることは不可能で、こうしている間にも少しずつ、少しずつ、インテレオンへと押し込まれていく。

 

(まずい……もう耐えられない……!)

 

 それでも必死に耐えようと頑張るインテレオンだったけど、ついに限界が来てインテレオンの方へと押し切られてしまう。

 

 同時に起きる轟音。

 

「インテレオン!!」

 

 思わず耳を塞いでしまう程強烈な爆発音を何とか我慢しながら、爆煙の上がる戦況から目を離さずに見つめる。

 

(お願いだ。奇跡でも何でもいいから立っていてくれ!)

 

 そう願いながら煙が晴れるのをじっと待つ。すると……

 

「レ……オ……ッ!」

「インテレオン!!まだいける!?」

「レオォッ!!」

 

 体に傷がつきながらもしっかりと2本の足で立つ、ダイマックスの切れたインテレオンの姿。

 

「……耐えたかい。ダイマックスが切れる時と丁度嚙み合って、体が縮み始めたおかげで直撃を避けられたといったところだね」

 

 煙のせいでわからなかった状況をポプラさんが補完してくれたおかげで納得できた。どうやら本当に紙一重の結果だったらしい。しかし無傷というわけにはいかず、インテレオンにはそれ相応のダメージが入ってしまっている。今もほんの少しだけふらついていて、その姿に不安を覚えてしまう程。けど、逆に今はこれが()()()()()

 

 なぜなら、これでインテレオンが本気を出せるから。

 

 インテレオンの体が()()()()()()()()()()()

 

「……げきりゅう発動。これが最後の攻防というわけだね」

「絶対に勝ちます。この窮地を乗り越えて、ボクはまだまだ上に行きます!!」

 

 さぁ、最終ラウンドだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キョダイマホップ

ダイマックスを切るタイミングはアシストパワーもあるためちょっと早めに。
ダイマックス技を防御されても問題ないですからね。
それ以上にキョダイダンエンで体力を増やした方がフリアさんに絶望を与えることが出来ると思ったのでこうしました。
実はアシストパワーを打った方が火力が上ということを含めても、そんなにこだわる必要はなかったりします。

ヨノワール

ジムデビューはおあづけです。
もう少しお待ちください。

インテレオン

ついに最終進化。
実機では考えられない遅さですね。それでもこの作品では同期であるラビフットとバチンキーと比べると一番早いです。
ホップさんの御三家がラテラル時点ではまだ最終進化していないので、このタイミングじゃないかなかと思っての進化だったりするのですが……ほとんどの人はカブさんあたりでもうなってそうですよね。
瞼はねらいうちのモーションの時にわかるのですが、2回閉じてます。モデルとなった動物の生態もしっかり再現していて本当にすごいですよね。




げきりゅうインテレオンVS完全要塞マホイップ。
次回でようやく決着です。
さて、どちらがどうやって勝つのでしょうか?






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77話

 お互いのダイマックスは終わった。あとは純粋な殴り合いだけ。マホイップがこのまま全てを引き倒すか。はたまたインテレオンが逆転の活路を見出すか。

 

 観客のボルテージは最高潮。

 

 そんな大盛り上がりのバトルコートで、最後の攻防戦が繰り広げられていた。

 

「マホイップ、油断はなしだよ。クリーム」

 

 ポプラさんの一言でマホイップが頷き、クリームの触手を3本、物凄い勢いでこちらに飛ばして来る。

 

「インテレオン、『アクアブレイク』!!」

 

 対するこちらはアクアブレイクを指示。インテレオンの両手と尻尾の先に水を纏い、まずは両手で2本の触手を打ち払い、その隙を縫ってきた1本を尻尾のアクアブレイクで切り落とす。

 

 インテレオンの尻尾にはナイフが隠されており、これくらいの芸当なら彼にとっては朝飯前だ。ここにきて、いつかジメレオンが進化することを考えて、インテレオンについて調べていたことが功を奏していた。インテレオン自体かなり器用なポケモンだ。その器用さを十分に活かせばこの戦いも勝てる可能性がぐんと上がる。

 

(それに、なんとなくだけどあのマホイップを倒すビジョンが、ようやくだけどちょっとずつ見えてきた!)

 

 インテレオンの特徴を活かしてかつ、あのマホイップを倒すとなるとこの技しかない。

 

(問題はその技を当てるタイミング……)

 

 マホイップそのものはそこまで素早いポケモンでは無いため、本来なら攻撃を当てるのはそこまで難しくは無いはずだ。だけど、彼女を守るように取り囲んでいるクリームがそれを許してくれない。遠距離攻撃は基本的にクリームに止められると思っていいだろう。

 

(どこかで決定的な隙を作らないとだね)

 

「『ドレインキッス』」

「避けて『ねらいうち』!!」

 

 マホイップから飛んでくる、ドレインキッスとは思えないほど強力な一撃をするりと躱し、インテレオンの指先から圧縮された水がドレインキッスよりもかなり速い速度でマホイップに打ち出される。

 

 ねらいうち。

 

 インテレオンだけが覚える技で、このゆびとまれや、特性のよびみずと言った、狙いを強制的に変更させてくる技や特性の効果を無視して攻撃できる技。あくまで無効化できるのは狙いを誘導すると言う効果に対してのみなので、よびみずのみずタイプの技を吸収する能力までは無効化できないというところは注意が必要な技だ。と言っても今この場においては特に気にする事はないだろう。マホイップの技が全てわかっている今、特に気にする必要のある技はない。

 

 新しく覚えたインテレオンの強力な技は、しかしマホイップのクリームに簡単に止められる。

 

「遠くからちまちま打つだけじゃああたしには勝てないよ」

「当然です!!だから、『アクアブレイク』!!」

 

 いつの間にかマホイップの真横まで移動していたインテレオンが、マホイップを右手にまとった水の刃で切り裂いていく。インテレオンに進化したことによって、ジメレオンの時から高かった素早さにさらに磨きがかかっている。

 

「雨で皮膚の表面を濡らしたことによるステルスも活用かい。相変わらず厄介なポケモンだよ。マホイップ、もっとクリームを使うんだよ」

 

 アクアブレイクの直撃は確かにダメージを与えているものの、とけるも積んでいるマホイップに対しては微々たるダメージしか入らない。すぐさま態勢を整えたマホイップがクリームでインテレオンを捉えようと周りを囲み始める。

 

「『とんぼがえり』!!」

 

 もちろん捕まる訳にはいかないインテレオンは、さらにマホイップの方へと足を踏み込んで、一撃を加えながらボクの元まで華麗に宙を舞いながら帰ってくる。

 

(あのクリーム、どくびしを中に入れ続けてたせいで毒がしみこみ始めてる……あんなものにつかまったらどくびしに当たってなくても毒を貰いそうだ……)

 

 どくびしを仕込まれたのは最初のバトルからというだけあって、その毒がかなりしみこみ始めている。どくびしに刺されて毒になるのは勿論、クリームに長時間縛られるだけで微量ながらも毒を流されそうだ。

 

 げきりゅうが発動しているということはインテレオンの体力もそこそこ減っている証。そんな状態で毒を貰うわけにもいかないからマホイップのクリームもさばかないといけない。幸いにも、アクアブレイクで対処が可能とわかったのでとにかくこれでさばくしかない。けど時間を駆ければ雨が止んでしまうからそれも手短に……。

 

(ダメだ。どうやっても時間が足りない……)

 

 マホイップの攻撃をさばき、彼女の周りのクリームを除去し、相手に大きな隙を作らせて、そのうえで本命を叩き込む。全部やっていたらとてもじゃないけど時間が足りない。その間に大事な雨が止んでしまう。そうなればマホイップを一撃で落とせるか怪しい。そんな気がする。

 

(……一か八か、かけるしかないか!!)

 

 間に合わせるのならどれかしらの工程をスキップするしかない。

 覚悟を決める。

 

(雨があるこの間になんとしてでも叩き込む!)

 

 ボクの気迫がインテレオンにもうつったのか、前傾姿勢を取って突撃するインテレオン。その姿を見てマホイップが5本のクリームの触手を伸ばしてくる。左に飛んで1本、右に飛んで1本避けて遠方にある3つに対してはねらいうちで打ち落とし、クリームをはじけさせる。飛散るクリームによって一瞬だけ視界が隠れた瞬間に雨の力を借りて姿を透明へ。地面にかろうじて残っている岩を足場に飛び跳ねながらマホイップへ近づく。

 

「マホイップ、最後にインテレオンを見たところから左に3番と4番目。あと右に2つのところと手前に4つのところにクリームだよ」

 

 しかしこの行動に対してポプラさんの観察眼が光っていく。今の一瞬でインテレオンがどこまでいけるのかを瞬時に判断し、着地するであろう場所に触手を先回りさせていく。

 

「上手い……けど貰うわけにはいかない!地面に『ねらいうち』!!」

 

 先読みされたため岩への着地は不可。そこでクリームの地面にねらいうちをしてクリームを飛ばし、一時的に足場を作ってそこに着地。勿論すぐさま足場がクリームに埋められることはわかっているので、一番近くの岩場に飛びながら近くの触手を右手からのねらいうちによって飛ばし、そのまま右手から岩場に逆立ちのような形で着地する。

 

「捉えな!!」

 

 逆立ち故動きに制限がかかると読んだポプラさんが、その隙を逃さないようにクリームの触手を全方位から囲むように展開。

 

「逆立ちのまま回転して『アクアブレイク』!!」

 

 そのクリームを除去するべく、尻尾にアクアブレイクを纏ったインテレオンが逆立ちのまま回転。尻尾のナイフによる回転切りですべてを薙ぎ払い、お返しとばかりねらいうちをマホイップに向かって3発放つ。

 

「『アシストパワー』」

 

 そんな3つの水の塊なんか何でもないかのように、マホイップのアシストパワーによる圧倒的な暴力ですべて吹き飛ばされる。その余波がインテレオンにまでも及びそうで慌ててジャンプ。余波にあおられて少しバランスを崩しながらも何とか空へ飛んだインテレオンは、しかしその状態を隙だらけと見たマホイップによって再びクリームの触手に囲まれる。

 

「右に向かって『ねらいうち』をわざと高火力で!!」

 

 すぐさまその場を脱出するために右にねらいうちを強めに打って、その反動で左に飛ぶことで回避。かと思ったけど、1本だけディレイをかけていたみたいで、その遅れた1本がインテレオンをさらに追尾する。

 

(本当にうまい……けど、これを利用する!!)

 

「『とんぼがえり』でマホイップの方へ!!」

 

 その1本に対してとんぼがえりをあてて跳ね返る方向へマホイップの方へ。想像よりもかなり速い速度で逆にマホイップへの距離を詰める。

 

 アクアブレイクを構えながら近づいていくインテレオンの目の前にはクリームの壁。これを全て切り裂いていよいよマホイップの目の前にたどり着くと直感する。アクアブレイクによりマホイップへの道が切り開け、ようやく眼前にその姿を収めたマホイップは……

 

「爆発準備だよ。マホイップ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?逃げて!!インテレオン!!」

「放ちな!」

 

 インテレオンが完全に近づいてきたこのタイミングでクリームが爆発。それもただの爆発じゃなくてどくびしを含んだ針の爆弾。インテレオンのすばやさがあったおかげで何とか避けることができたものの、どくびしの針がかすりまくっている肌は傷つき、毒が染み込み始める。更に、爆発の余波でバランスを崩して着地すらおぼつかないインテレオン。その間にマホイップの周りのクリームはあっさりと修復され、今の攻防がクリームをわざと切り裂かせて今のどくびし爆弾を当てるためにしたことだったんだと今になって気づく。

 

 それでも何とか抗うために岩に着地して……

 

「その岩に着地すると思ったよ」

「っ!?」

 

 周り全てを取り囲むように押し寄せてくるクリームの波に押しつぶされた。

 

「インテレオン!!」

 

 クリームに押しつぶされながらも何とか体を動かし、這い出てこようとするインテレオン。しかし、クリームの重みが自由を奪い、体力の低下と毒も相まってか、頭と右手を外に出すのが精一杯だ。

 

「やっととらえたよ」

 

 身動きが取れなくなったインテレオンに対してようやく攻撃できると腰を据えるマホイップ。

 

「さあとどめと行こうか……『アシストパワー』だよ」

 

 インテレオンを見据えたままどんどん小さい体にエネルギーをためていくマホイップ。これをとどめとするつもりがありありと見て取れるその行動は、限界までパワーをためるつもりなのか、マホイップの体が隠れているクリームから紫色の光があふれ始めているほどだ。万が一による気合耐えすら許さなつもりなのだろう。

 

 その姿を見てインテレオンがそっと目を閉じる。

 

 観客はその行動を見て、インテレオンが諦めたと見たのか、会場の観客たちがようやく終わりそうな雰囲気を感じ取り始め、落ち着き始める。

 

(……予想通り!)

 

 大胆な作戦を考えながらも、最後の詰めはしっかりとするポプラさんのことだ。確実にとどめを刺せる方法を取ってくると思っていた。だからこそ、ボクはこの時を待っていた。

 

 無理に攻撃しなくてもマホイップに致命的な隙を作ることができるこの瞬間を。

 

「インテレオン!!……インテレオン!!」

 

 インテレオンの名前を叫びながらポプラさんにばれないように慎重に指示を出す。ここで自分の意図がばれたらおしまいだから。

 

 ボクの声を聞き届けたインテレオンが、ボクにわかるようにだけそっと頷いて静かに集中を始める。

 

 聞こえてくるのはインテレオンのかすかな、それでいて深く、とても澄んでいる呼吸音。すこしずつ、インテレオンの体に何かが満ちていくのが伝わってくる。同時に、インテレオンの指先には圧縮された水が集まっていった。

 

 インテレオンが、そっと『きあいだめ』をした合図。

 

 ここで今更ながらインテレオンという種族についてボクが調べた限りを説明する。

 

 インテレオンという種は体に様々な特徴を隠し持っているポケモンで、その機能を自在に操ることによってさまざまな状況に臨機応変に対応することができるという大きな強みがある。まずはこの戦いでも見せた尻尾に隠してあるナイフ。他には特殊なレンズが仕込まれた目や、広げて風に乗ることによって長距離の滑空をすることが出来る背中の被膜、そしてメッソンのころから使え、成長することによってさらに磨きがかかった保護色能力等々……成長した身体能力と相まって、どんな場所、状況でも戦える心強いポケモンとなっている。

 

 ただ、ボクが調べた中で一番印象に残っているインテレオンの特徴は別に2つある。

 

 1つ、インテレオンの指先には、圧縮された水をマッハ3で打ち出すことが出来る仕組みがあること。

 

 そしてもう1つ、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事。

 

 1つ目に関してはまだ進化したばかりであるためまだ精度が甘く、ボクのインテレオンだとこのスピードを出すのにはかなりの集中がいることとなるだろう。しかし、これは今インテレオンの体がクリームのせいで動かせないことが逆に手助けとなっているため、この状態ならゆっくりと力を込めてマッハ3の速度で攻撃を打ち出すことが出来るはずだ。

 

 その事によって一体どういうことが出来るのか、それは……

 

「マホイップ!やってしまいな!!」

「マホッ!!」

 

 マホイップが攻撃する瞬間、アシストパワーを当てるためにマホイップの前からクリームがよけ、たったの一瞬、されど、確かに通じたインテレオンからの射線を利用して、この一撃を確実に叩き込むことが出来る。

 

 

「いまだインテレオン!!『ねらいうち』だあああああ!!」

 

 

「レオッ!!!」

 

 

 ボクの言葉と同時に指先から放たれるはインテレオン渾身のねらいうち。視認することすら敵わない音速を越えたその一撃は、吸い込まれるようにしてマホイップの額に飛んでいく。

 

 遅れて聞こえるのはマホイップの額に当たったと思われる水の着弾音。しかし、マホイップは攻撃を受けたというのにびくともしない。

 

 攻撃は確かに当たった。しかし、めいそうを限界まで積んでいる以上、普通のねらいうちだと確かにダメージは入らない。しかし、ここで生きるのがボクが目にしたインテレオンのもう一つの特徴。

 

 相手の急所を打ち抜く。

 

 急所に当たった攻撃は通常よりも多きなダメージを与える。しかし、ことこの場合においてはそれ以上に気にしなければいけない効果がある。

 

 それは、()()()()()()()()()()()()という事。

 

 つまり、マホイップが頑張って積み上げてきためいそうによる強化された力を無視してダメージを与えるという事。

 

 『きあいだめ』によって自身の技が急所に当たるように集中力を高め、さらに自身の得意な技且つ、先程説明した効果とは別にもうひとつ、もともと急所を狙いやすい効果があるとされる『ねらいうち』という技を使ったことによって起きる事象。

 

 急所必中。

 

 今のインテレオンに、射貫けない急所はない。

 

 さらに雨で強化され、げきりゅうによって底上げされたその技は間違いなく……

 

「……マホッ!?」

「……一撃必殺足りえる威力となる!!」

 

 遅れて聞こえるはマホイップの後頭部からはじける水しぶきの音。ねらいうちによって圧縮された水の衝撃が、マホイップの体を貫通して突き抜けた証。まるで何かが爆発したかのような轟音を立てながら、ボクたちを苦しめた無敵の要塞はついに……

 

「イ……プ……ッ」

 

 地面に沈んだ。

 

 

『マホイップ戦闘不能!!勝者、インテレオン!!よってこの戦い、フリア選手の勝利!!』

 

 

 告げられるボクの勝利の判定。

 

 沸き起こる観客の地鳴りのような歓声。

 

 雨も上がり、爆音が鳴り響くバトルコートの中心で。

 

「すぅ~……はぁっ……勝てた……よかったぁ……」

「レオ……」

「うん……お疲れ様」

 

 大きく安堵の深呼吸を落としながら、ボクはインテレオンとそっと拳を突き合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見事だったよ。インテレオンの特徴を十全に発揮したいい作戦だ」

「はい……ありがとうございます……」

 

 雨を受けたため濡れている傘の水を落としながら歩いてくるポプラさんに対いて、疲れた体に鞭を打って何とか挨拶を返すボク。

 

 正直今回は心が折れかけるレベルでやばかった。

 

 それでもこうやって勝ちを収めることはできたのは一種の奇跡のようなものだ。本当にインテレオンをはじめとしたみんなには頭が上がらない。

 

「きあいだめとねらいうちによる必中急所。力業のようで実に合理的な作戦。一本取られたね」

「そうですか……」

 

 なぜだろう。勝ったというのにこの作戦までも予想されてそうでやっぱり不気味感がぬぐえない。なんだかこの人に真の意味で勝つのは無理なんじゃないだろうかとあきらめてしまいそうなレベルだ。

 

(なんかちょっと悔しい)

 

 今度闘うことがあれば次こそは完勝する。……うん。やっぱり想像できない。けど目標は高くしておかなきゃね……うん。

 

 とりあえずは大きな山場を一つ乗り越えたのは確かなんだ。今はそのことを喜ぼう。

 

「やっぱりあんたにはひねくれが足りないねぇ」

「もう突っ込まないですからね!?」

「それがいいさね。あんたの良さはそこにあるからね」

「むぅ……」

「焦るんじゃないよ。ほら、フェアリーバッジさ。次もしっかりやるんだよ」

 

 どこか納得いかないけど、これ以上駄々をこねるのもお門違いなので大人しくポプラさんから5つ目のバッジを頂き、リングケースにはめ込む。

 

 これで5個。

 

 なんとなく、終わりが近づいてくるのをすごく感じ始める。勿論、この先に戦うジムリーダーたちの方がもっと強いだろうから苦戦は免れないけど、それでもあと3つと言われると、『ああ、もう少しなんだなぁ』と、意識させられるよね。

 

「さて、そろそろあたしは控え室に戻らせてもらうよ。まだまだ元気な子達の相手をしてやらないといけないからね」

 

 少し辛そうに、それでいて晴れ晴れとしているようにも見える表情を浮かべながらそう言うポプラさん。確かに、ポプラさんはこのあともホップ、マリィ、ユウリと3連戦も待っている。あまりボクが引き止めてしまうとこの先のバトルの支障ができてしまうだろう。いい加減お暇するべきだ。

 

「改めて、ありがとうございました」

「ああ、いいバトルだったよ」

 

 最後に、お互い右手を差し出ししっかりと握る。ハンドシェイクもそこそこに、やること、話したいことをとりあえず終えたボクは、はやる気持ちを抑えて控え室に足を進める。

 

(早くインテレオンたちの治療をして、観客席に行ってみんなの応援をしなきゃ!!)

 

 最速で行けば、次のユウリの試合の途中からしっかりと見ることが出来るだろう。みんながあのポプラさんとどう戦うのか、そしてポプラさんの問答にどう答えるのかがちょっと楽しみだ。

 

「ああ、ひとつ忘れていることがあったさね」

「……はい?」

 

 そうと決まれば善は急げ。駆け足気味にここを離れようとした時に背中からかけられるのはポプラさんからの待ったの声。まさか呼び止められるとは思っていなかったので、ちょっと間抜けなものになってしまったけど何とか返事を返す。

 

「あんたにこれを渡さないとと思っていたのを忘れたよ。受け取りな」

「……これは?」

 

 呼び止めてきたポプラさんから貰ったのは何の変哲もないただの石……のように見えて実はそこそこ貴重なもの。

 

「これって……かわらずのいし?」

「ああ、そうだよ」

 

 かわらずのいし。

 

 持っているポケモンの進化を抑制させる道具。他にもつかいかたがあるらしいけど、主な使い方はポケモンに持たせて、進化をさせないようにする道具だ。先程の言った通り、そこそこ貴重なものだからそんなにお目にかかれるようなものではないんだけど……

 

「どうしてこれを……?」

「それをキルリアに持たせてあげるんだね。それでしばらくは大丈夫だろうさ」

「キルリアに……?」

「ああそうさ。これで少しは時間稼ぎにはなるだろう?」

「……?」

 

 ポプラさんの言っていることが全然理解できない。しばらく頭をひねってみたものの、「今度こそさっさと帰りな」と、ポプラさんに言われてしまったのでとりあえず控え室に戻ることにしたボク。

 

(キルリアに何かあったのかな……?)

 

 頭の中に出来上がった、新たなモヤモヤに思考を取られたまま、モヤモヤ続きだったボクのアラベスクスタジアムのジムチャレンジは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったかい……」

 

 将来有望な他地方からの最強の挑戦者を見送ったあたしは、次の戦いに備えて手持ちを取り替えながら先程の戦いを思い出す。

 

「まさか、あのキルリアがあんなことをするとはねぇ。以外に強情なのかもしれないね。もしくは、自分のことを理解しているのか、どちらにせよ、あそこまであの種族が懐いているのは珍しいよ」

 

 大技を放とうとした瞬間、まるで邪魔されたかのように出力を抑えられたあのキルリアの攻撃。あたしの目が正しければ間違いなく……

 

「未来が楽しみだねぇ」

 

 そして気になるもう1匹のポケモンが、最後のインテレオン。

 

 最後のねらいうち。

 

 確かに雨もあったし、げきりゅうもあった。それにきあいだめとのコンボもあり、確定急所という高火力を確かにマホイップは受けた。しかし、あたしのマホイップは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「となると考えられることはただ1つ」

 

 あのインテレオンもまた……

 

「やれやれ、本当に退屈しない子たちだねぇ」

 

 本当に、未来が楽しみで仕方ないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




インテレオン

こうやってインテレオンの特徴を挙げてみると十徳ナイフみたいに機能盛りだくさんですよね。
スパイの名に相応しい能力だと思います。
それにしてもあのねらいうち、マッハ3で打ち出せるんですね。やばい……

ねらいうち

技の説明文には「相手の技や特性で狙いをそらされない」みたいなニュアンスしか書いてないのですが、実は急所ランク+1の技だったりします。なので、きあいだめと併用すれば実機でも確定急所は可能ですね。
威力80の技が、雨やらタイプ一致やらで強化されているためその威力は607.5。こちらも馬鹿みたいな火力ですね。
計算が違う?いえいえ、これであっているはずです。
想定より数字が大きいということは……?

ポプラ

今回、エースによる抜き構成にしたのは、ポプラさんの原作セリフである「ねむけさましのモーニングティー、ようやく効いてきたようだよ」から。
全盛期はともかく、今のポプラさんはスロースタートタイプなのでは?という予想の元、こういう展開にしてみました。いかがでしたでしょう?

かわらずのいし

ガチ勢御用達のアイテム。ですが今回はちゃんと進化させないために使います。
これでキルリアの不調の理由は伝わったかと……。
参考にしたところはアニポケ、ダイアモンドパール編のあのポケモンですよ。




これにてポプラ戦決着ですね。
最後に全員の技構を成載せておきます。

フリア

マホイップ

とける
めいそう
マジカルフレイム
マジカルシャイン

ユキハミ

こなゆき
こごえるかぜ
むしのていこう
ようせいかぜ

キルリア

サイコキネシス
マジカルリーフ
かげぶんしん
ドレインキッス

ジメレオン→インテレオン

みずのはどう→ねらいうち
とんぼがえり
アクアブレイク
こらえる→きあいだめ

VS

ポプラ

マタドガス

ワンダースチーム
どくガス
どくびし
ちょうはつ

クチート

げんしのちから
ほのおのきば
ドレインキッス
かみくだく

トゲキッス

げんしのちから
ドレインキッス
リフレクター
ひかりのかべ

マホイップ

とける
めいそう
アシストパワー
ドレインキッス




ドレインキッス多めなのは実機通りだったり。
ここのジム突破で貰える技ですしね。
そして地味にジメレオンがきあいだめ覚えられなくてびっくりしてました()


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78話

「キルリア、はいこれ」

「キル?」

 

 ポプラさんとの激闘を終え、皆の回復を済ませたボクはポプラさんからもらったかわらずのいしをキルリアに渡していた。ポプラさんが渡してくれたということは当然この行動に意味があるといううことで、かわらずのいしというアイテムからわかる通り、その用途はキルリアの進化が起こらないようにするという事。しかし、基本的に進化した方が強くなるポケモンにおいて、進化させないというのはかなり特殊な状況だ。むしろボクは、キルリアが進化した方がさらに活躍できる幅が広がるからキルリア自身進化したがっているのでは?と思っていたところだったりするんだけど……

 

「キルリアは進化したくないのかな……?」

 

 ポプラさんの観察眼はバトル中にも確認した通りかなりの精度のもので、あの人の言う事だから間違いはないと思うんだけど……

 

「進化したくない理由……もしかしてキルリア、君は……」

「キル……」

 

 キルリアが今進化したくない理由。実は心当たりがないわけではない。

 

 キルリアというポケモンには2種類の進化先が存在する。

 

 高い特殊攻撃で遠距離の戦いを得意とするサーナイトと、高い物理攻撃から近接戦を仕掛けるエルレイド。戦闘スタイルのまるで違う2匹へとなることが出来るキルリアは、それでいてどちらも強力なポケモンであるためか、どちらに進化させるかで悩みの話題になることもそこそこある。最も、エルレイドはキルリアの性別がオスでないと進化できないから、メスの個体だった場合はサーナイト確定なんだけど……ボクの個体はオスなのでどちらの進化にするか選ぶことが可能だ。

 

 そしてこの2匹は進化方法も異なる。

 

 サーナイトは成長とともに自然と進化していくけど、エルレイドはめざめいしという道具が必要になってくる。つまり、何もなければ大体のキルリアは自然とサーナイトに進化していくことになる。

 

 さて、ここまで言えばわかるだろうけど、自然に進化するときの進化先がサーナイトしかない以上、かわらずのいしを使うというのは、遠回しに()()()()()()()()()()()()()()。という意味になる。ポプラさんがボクにこの道具を渡した以上、ポプラさんはボクのキルリアはエルレイドになる方がいいと考えているというわけだ。それに、キルリアに必要と言ったところから、恐らくキルリア自身も……

 

「エルレイドになりたいの?」

「……キル」

「やっぱり……だからポプラさんに挑戦する前、あんなにサーナイトを見つめていたんだ……」

 

 ボクの言葉に頷くキルリア。ボクのキルリアの戦闘スタイルがそもそも近接戦主体なところを考えるとごく自然なことだとは思うけど、こんなにも意思がしっかりしているとは思わなかった。

 

(……もしかして、あの時が予兆だったのかな?)

 

 同時に頭をよぎるのはキルリアがマホイップに攻撃を叩き込む瞬間起きた輝き。今思えば、殴る瞬間に虹色の光から青色の光に変わったあれは、キルリアの進化の前兆だったのではないだろうか?そして、サーナイトへの進化を悟ったキルリアが、その進化を無理やり抑え込む方に力を使った結果、サイコキネシスが不発。そのまま敗北というのが先の不調の原因。そう考えるとものすごく納得がいく。

 

 今かわらずのいしがキルリアに必要というのもこれで説明がつき、これからの戦い、進化が始まりそうになるたびに力を抑えていたらとてもじゃないけどバトルなんてできない。

 

 せめていまここにめざめいしがあればいいんだけど……残念ながらボクの手持ちにはめざめいしは存在しない。というか、進化のいしは基本的にどれも貴重且つ入手難易度が高いため、なかなか手に入れることがない。

 

「気づけなかったや……ごめんね?キルリア」

「キ、キルッ!!キルッ!!」

 

 もっと早く気付いてあげればこんなに悩むことはなかったのにと思いながら頭を撫でると、キルリアも自分が悪いだけであなたは悪くないという雰囲気を出しながら慌てて首を振ってくる。その動作が物凄くいとおしくてついついもっと撫でてしまう。

 

(これは絶対にめざめいし見つけてあげないとね)

 

 キルリアのためにも絶対に見つけてあげないといけない。

 

 少し離れたところから聞こえる大歓声に、そういえば今ユウリが闘っているから早く応援に行かなきゃと、やるとことを思い出したボクは、改めてキルリアをゆっくり撫でた後ボールに戻し、観客席へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた~……」

「ポプラさん、強すぎると……」

「そうか?今までで一番楽しかったジムチャレンジだったぞ?」

「「全問正解して能力あげてもらったらそうでしょうね!!」」

「……?」

「あ、あはは……」

 

 みんなのジムチャレンジが無事に終了し、ロビーの休憩所にて机に突っ伏しながら声を漏らしたり、今回のジムの感想を呟いたりと、各々が山場を乗り越えたことに安堵しながらほっと一息ついていた。ポプラさんとの戦い。間違いなく今までのジムチャレンジの中で1番厄介な相手だった。もっとも、若干1名楽に乗り越えた人もいるみたいだけど……

 

 あれからユウリ、マリィ、ホップの順番でポプラさんに挑み、全員の試合を見ながら応援していたんだけど、ユウリはボクと同じく2問目と3問目で間違えてしまい、能力をかなり削られたためかなり苦しい戦いを強いられていた。ラビフット、ミロカロスが特に大打撃を受けてしまったため、最後のマホイップに物凄く苦戦していたものの、途中でエレズンがストリンダーに進化したことにより形勢逆転。奇しくもボクと同じく進化によって流れを無理やり変えた感じだ。連続で進化させられるという物凄く不運な目にあっているポプラさんだけど、それでもどこか穏やかな表情をしていたあたり、特に理不尽に対して不満などはないようだ。むしろ喜んでいるようにも……気のせいかな?

 

 マリィは正直かなり危なかった。というか負けると思ってしまった。ドクロッグが奇跡みたいな耐えをしていなければ間違いなく負けていただろう。それほどまで追い込まれていた。最終問題だけ正解して、ドクロッグの攻撃力がぐーんと上がっていたのも逆転できた要素かもしれない。1問目と2問目を外してボロボロになっていた時は凄く不安だった。

 

 そして問題のホップ。

 

 この中で誰よりもひねくれていなさそうなホップが、まさかのクイズ全問正解からの、上昇した能力を持って大暴れをしていた。その圧倒具合は、あのポプラさんをバチンキーのみで突破しきったところからもわかるところだろう。最終的にはすばやさ、攻撃、特攻、防御、特防の5つが全部がぐーんと上がっているバチンキーが出来上がっていたし。ポプラさんは嬉しそうにしていたけど、一方観客&ボクたち3人は唖然。たしかにホップはビートとの戦いでスランプを脱すこととに成功しており、はたから見てもすっきりとしたその表情はむしろあの絶不調だった期間が嘘のように明るくなっていたため、このテンションのままバトルに臨むことが出来れば間違いなく素晴らしいパフォーマンスを見せることが出来るだろうとは予想はしていたけど……ふたを開けてみたらまさかまさかの4タテだ。驚くなという方が無理がある。

 

 本当に、バトルで調子がいいのは勿論だけど、よくあの問題全部正解したなと、そっちの点でもびっくりだ。

 

「あとからフリアの戦いも見たけど、フリアも不正解だったもんね」

「あたしだけが間違えたわけじゃなくてよかったと……」

「オレ的には簡単に見えたけど違ったのか?」

「「絶対違う!」」

 

 今回はボクもユウリとマリィの意見に賛成だ。流石にちょっと理不尽を感じてしまった。

 

「とはいってもなぁ、1問目は調べればわかるとして、2問目はポプラさんの服装見ればパープルの方が多かったからわかったし、3問目に関してなんて、女性に年齢のことは失礼だから、相手に敬意があるのならちゃんとしないとだめだぞ」

「「「……」」」

 

 なんだろう、ホップに言われると正しいことのような気がして反論できない。と同時に、この問題、ひねくれている人よりも真っすぐな人の方が逆に答えられる気がしてきた。ポプラさんは今すぐ問題の内容を変えるべきだと思う。

 

「それよりも俺はフリアのアーカイブのポプラさんの方が驚いたぞ。あんな状態のマホイップによく勝てたな……」

「あ、あはは……」

 

 逆にホップから視線を向けられるボクは、そのキラキラした目がちょっと恥ずかしくてよそを向いてしまう。ちなみにあの要塞型マホイップはボクにしか出していない。ここでもボク専用パーティだったみたいだ。解せぬ。

 

「なんですかあなたたち、まだいたんですか」

 

 ホップからのまさかのカウンターによって微妙な空気になってしまっていたところにかけられる声。その声に反応して振り向けば、いつもの蛍光ピンクの服に身を包んだビートの姿。どうやら今はオフらしい。

 

「おうビート!今みんなでバトル後の休憩タイム中なんだ。お前も休むか?」

「結構です。ぼくはあなたたちとつるむきは━━」

「まぁまぁいいじゃないか。ジムチャレンジの同期組、交流するぞ!」

「ちょ、無理やり引っ張らないでください!そもそもぼくはもうチャレンジの権利を剥奪されています!!全く、こうするなら最初から許可なんて取らないでください」

 

 離れようとするビートの腕をひっ捕まえて自分の隣の席に誘導するホップ。その姿からは、とてもじゃないけどスランプの原因と被害者の関係だったなんて言われても信じられないほどだ。

 

「ホップ……あんたもう大丈夫と?」

 

 マリィもそのことが気になっていたのか、少し不安そうに質問するも、当のホップの表情はこれまた明るく……

 

「確かに、ビートとは色々あったけどポケモントレーナーにとって壁に当たるなんて日常だしな。それに、ビートとフリアのおかげでまた前を向けるようになったんだ。確かに言い方は少しきつかったとは思ってるけど、おかげで今の俺は絶好調なんだ。その点では感謝の方が大きいぞ」

「……そっか」

 

 ならいいけど。言葉を加えて口を閉じたマリィは、ホップの姿を見て安心したのかもう何も言わない。

 

(なんていうか、こういうところほんとにお姉さんしてるなぁ)

 

 マリィ自身は妹らしいんだけどやっぱり大人びて見えるよね。

 

「ユウリは平気?」

 

 ホップに関してはもう大丈夫だ。ではあともうひとり気になるとすれば、セイボリーさんとの件から一方的に嫌悪感を抱いていたユウリだ。このことに関してはユウリからの一方通行のものでしかないし、この2人が話すこと自体初めてだと思うからどうしようもないことだとは思うんだけど……

 

「私も特に気にしてないよ?」

「え?」

 

 帰ってきた言葉はまさかのビートを許す言葉。あれだけ嫌っていたのに何かあったんだろうか?

 

「ジムミッションでビートとバトルしたでしょ?その時にいろいろわかっちゃって……ああ、この人ってバトルが強くて、ポケモンにも優しくて、でも絶望的なまでに不器用でひねくれている人なんだなぁって」

「……貶してませんか?あなた本当はまだぼくを恨んでません?」

「それに、もうセイボリーさんとの問題は解決しているんでしょ?実はあの後ちょっと会う機会があって、そのあたりについて聞いちゃったんだ」

「おい、話聞けよ」

 

 そこからさらに詳しく話を聞いてみると、どうもボクたちがジムチャレンジでポプラさんと戦う前に散歩をしていたタイミングで、2人でラテラルタウンで何があったのかを話し合っていたらしい。となってしまえば、確かにいろいろマイナスの感情を抱いてこそいたものの、ユウリからしてみれば自分に対する被害そのものは一切ないので、既に終わった問題を根に持って文句を言い続けるのはお門違いだ。ユウリ自身もそのことをしっかりと理解しているため、もうマイナスの感情を向けることはないだろう。

 

「フリアが信じているものを疑うのもなんかすっきりしなかったし、ちゃんと話してようやくビートのことが少しわかった気がするし、もう大丈夫だよ」

「そっか。ならよかった」

 

 穏やかな表情を浮かべるユウリと、少しそっぽを向いているビートを見ながらほっと一息。

 

「よかったね。ビート」

「……ふん、勘違いしないでください。彼女がどうしてもセイボリーさんとのことを聞きたがっていたから説明してあげただけです。それ以上でもそれ以下でもありませんし、それから彼女がどう思い、ぼくに対してどのような感情の変化が起きたのかはどうでもいい話です」

 

 元々そっぽを向けていた顔をさらに逸らしながらそういう彼の表情は、どこか赤く染まっているようにも見えて、誰がどう見ても照れ隠しだというのがわかってしまう程。

 

(ほんと、よかったねビート)

 

 ラテラルタウンで事件が起きたばかりのころと違い、ボク以外にもこうして理解者が増えた事に物凄く安堵を憶える。勿論、世間から見た目というのはまだまだ厳しいものがあるだろうけど、あの事件直後のすべてをあきらめたような状況と比べれば、間違いなくいい方に進んでいる。彼の魅力もこうして少しずつ他の人にも伝わっていることから、彼がまたたくさんの人に注目され始める日もそう遠くないだろう。

 

「さて!しんみりした話はもう終わりにして、これからどうするかを話そうか!!フリア!ポフィンを食べながら話したいから準備してほしいぞ!!」

「はいはい。すぐ準備するから待ってて」

「じゃあお茶は私のポットデスが……」

「「「「それはやめて!!」」」」

 

 そこから始まるのはみんなでのちょっとしたお茶会。ホップのちょっとした誇張表現をビートが突っ込んだり、ユウリの天然なところをマリィが飽きれながら返したり、ボクのシンオウ地方での旅路の話で盛り上がったり……結局、これからのジムチャレンジについての予定を話すという最初の目標からは物凄くかけ離れた話題にすり替わってしまったものの、物凄く楽しく、それでいた穏やかな時間を過ごすことが出来た。

 

 もう今日はこのまま夜まで話し込んでホテルに泊まることになるだろう。明日からまた冒険が再開され、楽しいけど大変な旅が待っている。これはそんな忙しい明日に向けてのちょっとしたお休み期間。ジムを皆で突破したことに対するちょっとした祝賀会。少しくらい羽目を外したところで誰も何も言わないだろう。

 

 ちょっと視線をそらせば、ポプラさんがこちらを見て柔らかい表情を浮かべているのがわかる。

 

「フリア……まぁその、あれです。感謝しますよ」

「……どういたしまして」

 

 ビートから聞こえる小さい、けど確かに耳に残る感謝の言葉に、ボクの心は温かくなった。

 

 これからもこの5人での交流は何回も増えていくことになるだろう。

 

(このつながりは大事にしないとね)

 

 偶然つながったこの関係はどのように広がっていくのか、そのことに期待を膨らませながら、ボクたちの会話は盛り上がっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん~、やっと着いた~」

「行きよりはすんなり戻ってこれたけど、やっぱり迷路って大変ね」

「それよりも、俺は久しぶりの日の光にちょっと感動するぞ!」

「あはは、確かに、光るキノコのおかげで光量はあったけど太陽の光はなかったもんね」

 

 心地の良かったお茶会から1日たった今日。アラベスクタウンでの用事をすべて終わらせたボクたちは、次のジムがあるキルクスタウンへ向かうためにルミナスメイズの森を再び通り、ラテラルタウンへと戻ってきていた。というのも、ナックルシティから西に向かい、ラテラルタウン、アラベスクタウンときたボクたちなんだけど、次のキルクスタウンがある場所はナックルシティの東側。つまり、ラテラルタウンとアラベスクタウンの真逆の場所にある。さらには、ターフタウンとバウタウンのような戻らなくても西と東が別ルートでつながっているという事もないので、今回ばかりは本当にナックルシティまで戻る必要がある。

 

 ちょっと不便だなぁと思う反面、行きと帰りで見える景色も少し変わってくるので、ちょっとおもしろかったなぁと思うところもあったり。特に、ルミナスメイズの森を通る機会なんて恐らくもうない可能性の方が高い。そういう意味では貴重な時間だったとも思える。

 

 ちょっと脱線したね。

 

 そんなわけで、次の目標地点はナックルシティの東であるキルクスタウン。そこへ向かうための復路として、朝方からアラベスクタウンを発ったボクたちは、ラテラルタウンへ到着したところで、久しぶりに目に入った太陽の光に感動していたという事だ。

 

「さてと、ラテラルタウンに戻ってきたけど……どうする?このままナックルシティまで進む?」

「う〜ん……私はここで休みたいかなぁ。ルミナスメイズの森はまだ過ごしやすい場所だからいいんだけど、6番道路はちょっと……」

「あたしも、行くなら朝早くのそんなに暑くないタイミングがよかと」

 

 ラテラルタウンについて次はどうするかの相談をしてみると、女性陣の方からは休みたいとの意見。正確には、今疲れている訳では無いけど、6番道路自体がコータスのせいによる日照りや、スナヘビによる砂嵐と言った天候変化が多い地域なため体力を奪われやすいということと、梯子による上下の移動が多いため普通に歩くよりも体力をたくさん使うということから、少しでも体力を高く保った状態で進みたいから早めに休んでおきたいという思考だ。

 

 夏に足を突っ込み始めた今の時期、日照りでなくても昼はそこそこ暑くなってきたので、この提案はボクも賛成だったり。マフラーも汚れやすいしね。

 

「じゃあ今日はゆっくり休もうか。ホップもそれでいい?」

「俺はみんなに合わせるぞ。今から出発と言われても平気だしな」

 

 中立であるため特に否定意見も出さずに賛成してくれるホップに、マリィとユウリがありがとうと述べながら今日の予定が決まっていく。

 

 さて、今日はもう行動しないとなると、これからずっと自由な時間になるわけなんだけど……

 

「どうやって過ごそうかな?」

「ラテラルタウンに関しては大分回り尽くした感じがするもんね」

 

 ユウリの言う通り、ラテラルタウンは1人で散歩も少ししたし、ユウリに腕を引っ張られながら色々見て回ったりもしたので、実は見たい場所というのはあまりなかったりする。ラテラルタウンを発ったのも数日前なので、今すぐに見て回って品ぞろえが変わっているとも考えづらい。

 

 めざめいしが採掘されているかはちょっと気になるけど……

 

 そういうこともあってか、今ここで自由時間になっても回るところがなかったりする。

 

「それならガラル空手の道場に行きたいぞ!もしかしたらサイトウさんたちに会えるかもしれないしな」

「あ、それは確かに気になるかも」

「確かに!」

 

 そんな時にホップから提案されたのは道場に行くこと。確かに、サイトウさんの元へ顔を出しに行くのはありかもしれない。ボクたちの進捗具合を報告するついでにインテレオンを紹介するにもいいだろう。もしかしたら、今もセイボリーさんと一緒で、彼の現状を聞くことも出来るかもしれないしね。

 

 マリィとユウリからも賛成の言葉が上がっているので、このままいけばこの案が通りそうだ。ただ1つ懸念点があるとすれば……

 

「ルミナスメイズの森ですれ違っていなければいいんだけど……」

「確かに、もうセイボリーさんがオニオンさんに勝って、2人でルミナスメイズの森に挑戦している可能性はあるよね」

「その時はラテラルスタジアムに行って、ジムチャレンジの観戦でもしようぜ。勉強もできるし、もしかしたらオニオンさんと話せるかもしれないしな」

「成程、ありだね」

「よし、そうと決まれば早速行くぞ!まずはガラル道場だ!!」

 

 会えない可能性があることを考えていると、ホップからさらなる案。確かにこれなら無駄足になることもないだろう。いよいよ反論もなくなったことで、早速みんなで行動に移り始める。

 

 まずはサイトウさんに会うためにガラル道場へ足を向ける。そんなに離れていないはずなのに、久しぶりに感じてしまう彼女との再会を少し楽しみにしながら足を進めていく。すると……

 

 

「ノォォォォラァァァァァ!!」

 

 

「「「「!?」」」」

 

 突如響き渡る謎の叫び声。そのあまりにも大きな声に思わず全員で耳を塞ぎながら、何が起きたのか確認するために周りを見渡す。

 

「な、なにあれ」

「始めてみるポケモンだぞ……」

 

 ユウリとホップの言葉につられて視線を向けると、そこには大きな顎をした魚の頭とドラゴンのしっぽを組み合わせたような、パッと見アンバランスに見えて不安感を少し煽ってくるデザインしたポケモンがいた。見たことの無い珍しそうなポケモン。しかし、ボクたちが気になったのはもっと別にある。

 

「それよりも、なんで()()()()()()()()()()()と?」

 

 それはマリィが呟いている通り、そのポケモンがダイマックスをしているということ。ダイマックスは特定の場所でしかできない。ラテラルタウンにはそれが可能なスタジアムがあるけど、それでもスタジアムの外ではできないようになっている。それは今も尚全く反応しない自分のダイマックスバンドが証明してくれている。

 

「一体何が起きて……」

「フリア!!」

「っ!?」

 

 推理をしようとしたところにユウリが声をかけてくる。その声に反応して前を向くと、今まさにそのポケモンがスタジアムに向けてダイストリームを構えているところだった。

 

「まずっ!?キルリア!!『サイコキネシス』!!」

 

 推理なんかしている場合じゃない。慌ててポケモンを繰り出して守る態勢に入る。ホップたちもボクに続いてポケモンを繰り出し、キルリア、バイウールー、ミロカロス、ドクロッグが、それぞれダイストリームに抵抗する準備を整える。

 

 

「ノォォォォラァァァァァ!!」

 

 

 何とか受け止める態勢が整い、同時に放たれるダイストリームに対してみんなで迎撃を開始。しかし……

 

「押されてる!?」

「火力が高すぎると!!」

 

 完全には受け止めきれずに少しずつ押され始める。しかし、このダイマックスのポケモンが現れてすぐに起きた出来事のため、今この事件に対応できるのはボクたちしかおらず、ジュンサーさんたちは住人の避難に必死で手を貸して貰えない。

 

(せめてあと一手、何かあれば止められる!!)

 

 もうちょっと耐えればオニオンさんも応援として来てくれるだろう。そうなればこの攻撃も受け止めきれる。だからそれまでの我慢だ。そう思っていた時。

 

「ガメノデス!!『ストーンエッジ』です!!」

 

 突如地面から突き出る岩の刃。その攻撃が最後の後押しとなり、ダイストリームを弾ききった。

 

 何とかラテラルスタジアムを守りきったボクたちは、この後直ぐに問題に対処するべく動き出したジムトレーナーにあとを任せて、先程のガメノデスのトレーナーへと視線を向ける。そこには……

 

「間に合って良かったです。大丈夫でしたか?」

「助かりました。ありがとうございます」

 

 サングラスをかけたふくよかな男性が、ガメノデスを戻しながら礼儀正しく言葉をかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キルリア

というわけで不調の原因がこちらです。
進化を抑え込んだせいで不調になるというのは、アニポケのヒカリのポッチャマがそうでしたね。
そちらから参考にさせてもらっています。
ついでにキルリアの進化先ほぼ決まったようなものですかね?ちゃんとエルレイドになれればいいのですが……

同期組

全員がお茶会をしている画像を見たことがあり、とてもいいなぁと思ったので。
この作品でもちゃんと仲良くなってほしいのです。
ちなみにポットデスのお茶を飲みすぎると体を壊します。気を付けましょう。

ダイマックスポケモン

実機でもあった事件が少し前倒しに。
ついでにあのポケモンが暴れてます。いったいなにがみをするポケモンなんだ……()

ガメノデスのトレーナー

どこかで見たことあるような……?





さて、うまくあの人を書くことが出来るのか。少し心配だったり……。


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79話

いよいよ今日、アルセウス発売日ですね。
例により、作者はパッケージ派&この作品が予約投稿なので、このお話を書いている現在ではまだプレイできていませんが、投稿されている頃には昔の北海道に旅立っていることでしょう。

楽しみですね。


「あなたは……?」

 

 あの謎のダイマックスポケモンの攻撃をしのいだボクたちは、最後に手を貸してくれた男性へと視線を向ける。サングラスをかけたそのふくよかな男性は、毛先の方に向かうにつれて黄色に変化する白髪の髪と、黒色のジャケットをなびかせながらガメノデスを労っていた。暫くその様子を見ていると、こちらの視線に気づいたガメノデスのトレーナーが声をかけてくる。

 

「初めまして。僕はマクワと言います。以後お見知り置きを」

 

 マクワと名乗ったそのトレーナーは、一見チャラそうな風貌からは少し予想外な丁寧な喋り方をして自己紹介をしてくれた。その事に内心少し驚きながらも、見た目で判断するのもおかしな話なのでこちらも丁寧に返す。

 

「はい。先程はありがとうございました。フリアです」

「ユウリです。さっきのストーンエッジ、凄かったです!」

「俺はホップ!さっきのガメノデスかっこよかったぞ!」

「あたしはマリィ。本当に助かったと」

 

 先ほどのダイストリームの威力の、大体はボクたちで抑えられたとはいえ、最後に押しきったのは彼のおかげだ。その姿はとても印象強くボクたちの記憶に刻まれている。その事を思い出しつつ、感謝の気持ちと、感心の気持ちを込めて各々がマクワさんへと自分の名前を返していく。対するマクワさん自身も、その事が誇らしいようで少し表情を柔らかくしながら、しかしまだ事件が全て解決している訳では無いので気を引き締め、現場の方へ視線を向ける。

 

「第2波が来る可能性があります。もう一度ここが狙われてもいいように細心の注意を」

「「「「勿論!!」」」」

 

 和やかに自己紹介をしている間もみんなの意識はダイマックスポケモンの方にしっかりと注がれているあたり、みんなの成長がよくわかる。このメンバーなら今回の事件もどうてっことない。そう思っていたんだけど。

 

「……あれ?あのポケモンどこいったの?」

 

 ほんの少し目を離した隙にダイマックスポケモンの姿は消えてしまっており、どこを探しても見当たらない。キョダイマックスゲンガーのように地面に潜った線も考えてみたものの、例えそうだとしてもダイマックスの象徴である赤黒い雲や光が一切見えないというのが説明がつかない。となると本当に綺麗さっぱり消えてしまったという結論しか出てこなくて。

 

「いなくなったみたいですね」

 

 ボクと同じ結論に至ったマクワさんも警戒心を解き、ガメノデスをモンスターボールへと戻していった。その行動に習ってボクたちも自分のポケモンを戻しながら、今なお騒がしいことになっているダイマックスポケモンがいた方向へと視線を向ける。すると、そこから1人の影がこちらに走ってきた。

 

「……皆さん!!……大丈夫でしたか?」

「オニオンさん!!」

 

 向かってきたのはここ、ラテラルタウンのジムリーダーであるオニオンさん。どうやらオニオンさんもジムトレーナーの人たちと一緒にここまで駆けつけてくれていたみたいだ。もしかしたら彼がこの事件を解決してくれたもしれない。

 

 ……どうでもいいけど、ビートの件と言い今回と言い、短期間で沢山の事件に追われるオニオンさんがちょっと不憫な気がしなくもない。

 

「……あなたがたのおかげで……助かりました。……ありがとうございます」

「たまたま近くにいただけだぞ!それに、こういう時はお互い様だしな」

「むしろ、普段からジムリーダーとして頑張ってるけん、このくらい任せても大丈夫とよ」

「……それでも……あなたたちがいなかったら……スタジアムは大変なことに……なっていたと思います。……だから……本当に……ありがとうございます」

 

 ホップとマリィの言葉にみんなで頷いていると、オニオンさんから物凄く感謝をされた。ちょっと嬉しいけど恥ずかしい。

 

「っと、オニオンさん。結局あれはなんだったの?」

 

 話もそこそこに、確かにどうして今回の事件が起きてしまったかというのはとても気になることだ。現場に行ったオニオンさんなら何か知っているかもしれない。

 

「……それが……もうダイマックスエネルギーを使い切っちゃったみたいで……元の姿に戻ってるんです」

「……え?」

 

 オニオンさんからの言葉に思わず声が出た。

 

 ダイマックスを意図的に解除することは出来る。それはボールに戻すこと。けど、ワイルドエリアで出会った野生のポケモンを見たらわかる通り、基本的に戦闘不能になるか、ダイマックスエネルギーを使い切らない限り元の大きさに戻ることはない。この法則に当てはめるなら、先ほどのポケモンはエネルギーを使い切ったから元の大きさに戻ったと考えるのは確かに普通なんだけど、そもそもダイマックス技を1回打つと枯渇してしまうくらいしかエネルギーがないなら()()()()()()()()()()()()だ。それは今なお反応することがないダイマックスバンドを見れば明らかで……。それに、ほんの少しだけでできてしまうのなら、今頃ガラル地方はダイマックスポケモンだらけの無法地帯になっており、とても人が住めるような環境ではなくなっている。

 

(何があってこうなったのかな……?)

 

「なんだか最近多いですね。この手の事件……」

「……ですね」

「そうなんですか?」

 

 そこはかとなく嫌な予感を感じつつ首を傾げていると、マクワさんとオニオンさんから気になる単語が聞こえてくるどうやらこの現象、1度や2度程度ではなく、最近頻繁に起きているようで……

 

「確かに!ニュース見るとたくさんお知らせに書いてある!!」

「昨日は4番道路でイーブイが、バウタウンでコイキングがそれぞれダイマックスしてたみたい。幸い、ヤローさんとルリナさんがそれぞれ対応したから被害は少なかったみたいだけど……」

「……一昨日は……この近辺で……デスマスがダイマックスしたんです」

「……本当だ。そのことも全部ニュースに乗っているぞ」

 

 ユウリが見せてくれたサイトには確かにそう書かれており、マリィが読み上げている通り、ジムリーダーたちの迅速な対応によって解決されたとなっている。

 

 わずか3日のうちに4件も起こったこの事件。ますますきな臭くなってきた。ユウリたちも何か思うところがあるようで、全員難しそうな表情を浮かべている。裏で何かが起こっているのではないだろうか。それともただただ自然のちょっとした異常が起きているのか。

 

(もしくは……ブラックナイト、だっけ?あれが関係しているのかな……)

 

 考えれば考えるほど悪い想像というのはどんどん出てくるわけで、その中でボクたち全員が頭に浮かべたことは……

 

「ジムチャレンジ……どうなるのかな」

 

 ユウリがぼそっと呟いた、ジムチャレンジがこのまま続行されるのか。はたまた、安全をとって今回は中止となってしまうのか。このことに限るだろう。

 

 ユウリの言葉にみんなして黙ってしまう。

 

 このままこの現象が続くなら間違いなく中止になってしまうだろう。みんなの安全を考えるなら当然の判断だけど、だからといって納得できるかと言われると難しいところで。ガラル地方の住人を見ればわかるけど、ジムチャレンジというのはこの地方すべてを巻き込んだ一大イベントであり、全ての人が楽しみにいているお祭りだ。どんなことがあったとしても、中止は絶対に嫌なはず。ボクだって、せっかくシンオウ地方から来て、シロナさんに推薦までしてもらって参加しているのに、はいここで中止しますなんて言われても困る。できることなら最後まで駆け抜けたい。そのためにも、この事件に関しては絶対に解決したいんだけど……

 

「……安心してください。……リーグの方から連絡がありまして……ジムチャレンジの中止は行わないと……同時に……各ジムリーダーに……より一層の警戒をとも」

 

 それは良かった。と思う反面、ジムリーダーたちの負担が大きすぎるのでは?と思わなくもないけど……

 

「……ボクも中止になって欲しくないから……ボクたちが守るので……あなたたちは安心して……旅を続けてください」

 

 オニオンさんからの決意の籠ったその視線に少し押されてしまう。

 

(こんなにも心強い言葉をオニオンさんから聞くとは思わなかった)

 

 ここまで頼もしいことを言われて信じないなんてそっちの方が失礼だ。

 

「わかりました」

「応援してるぞ!オニオンさん!!」

 

 ボクとホップの言葉にみんなも続いて頷く。

 

「……ですが……今日みたいに急に遭遇した場合……また対応してもらうことになるかもしれないです……その時はお願いするかもしれません」

 

 オニオンさんの言う通り、今回のように急に遭遇した場合は、ジムリーダーやジムトレーナー、リーグの人たちを待つ前に迎撃する必要があるだろう。これがただの野生ポケモンならいいんだけど、相手はダイマックスポケモン。それも、こちらはダイマックスが出来ない状態で立ち向かうこととなる。

 

 今までダイマックスのポケモンと戦ったことは何回もあったけど、どれもこちらもダイマックスができる状況で戦っていた。それだけダイマックスというのは強力で、ダイマックスをせずに戦うとなると、ウルガモスと戦った時のように総出でかからないと厳しくなってくる。

 

 まず1対1では勝てないと思っていいだろう。

 

「……ですので……各道路やワイルドエリアに警備員や委員の人は増やしますけど……可能ならあなた方みたいに……複数人で旅をすることをお勧めします」

 

 となれば簡単な対応策としては複数人で行動を心がけること。ウルガモスの時やキルリアとの時のようにレイドバトルとして戦えば対処はまだできるだろう。今回もマクワさんの力を借りてとはいえ、しっかりと攻撃をさばくことはできたし、今回はスタジアムという守るべきものがあったため、避けるという行動ができず、あのような場面になってしまった。けど、大体の場合は避けるという行動もとることが可能のはずだ。そうなればまだ何とかなるかもしれない。

 

 このような連携がいつでもできるように、普段から4人くらいでまとまって行動する方がいいだろう。

 

 まぁつまり、何が言いたいかというと……

 

「ボクたちはいつも通りにしていればいいという事だね」

「俺たちはいっつも一緒にいるからまだ対応できそうだな」

「あんまし調子に乗ってられないけどね」

 

 今まで通り、一緒に楽しく冒険していれば大丈夫だという事だ。

 

「……まぁ、あなたたちなら大丈夫だと思いますが……くれぐれも無茶だけは……しないでくださいね?」

「オニオンさんも、気を付けてくださいね」

「……お互い、頑張りましょう……ボクはこのままあのウオノラゴンのもとに行きますね。……まだまだ調べないといけないことも多いので」

「ああ!頑張るんだぞ!!」

 

 そう残し、再び現場へと走っていくオニオンさん。やっぱりジムリーダーというだけあっていろいろとやらないといけないことが多いみたいだ。

 

(ボクより年下なのにしっかりしてるよね)

 

 とても感心だ。と、同時にオニオンさんの言葉の一つが耳に残った。

 

「そういえばあのポケモン、ウオノラゴンって名前なんだね?」

「確かに、オニオンさんがそう言ってたとね……最近見つかったポケモンとか?」

「マリィも聞いたことなかったんだな……どんなポケモンなんだろうな」

「あれはガラルで最近見つかったカセキポケモンですよ」

 

 皆で意見を出し合っているところに入ってきたのはマクワさんの説明。

 

「マクワさん、知っているんですか?」

「ええ、カセキのサカナとカセキのリュウを組み合わせた時に生まれたポケモンらしく、強力なアゴが特徴的なポケモンなのだとか。確かウカッツという研究者が、本来はカセキのクビナガと組み合わせるはずが、間違えてリュウと合体させてしまったことにより確認できた個体みたいですね」

「えぇ……」

 

 マクワさんに説明してもらったところ、どう見てもその研究者の迂闊な行動によって起きた化石のキメラにしか思えない。そのポケモンをカセキと呼ばれても、実在していたか怪しい気がするんだけど……

 

「ですが実際生息していたみたいですよ。ちなみに絶滅した理由は、そのアゴが無敵すぎたため、周りの獲物を喰らいつくしてしまったかららしいですよ」

「「「「嘘くさすぎる……」」」」

 

 とてもじゃないけど信用できない話だ。けど、マクワさんの話ぶりから嘘を言っているようにも見えないし……

 

(シンオウ地方と違ってとても謎に包まれているカセキポケモンだなぁ)

 

 ポケモンにはまだまだ謎が多いね。

 

「しかし、マクワさんってカセキポケモンに詳しいんだな!びっくりしたぞ」

 

 ホップの言葉に確かにと賛同する。割と最近見つかったばかりのポケモンらしいのに、この情報収集力はなかなかなものだと思う。もしかしたら彼もマリィやセイボリーさんみたいに、何かしらに特化しているトレーナーなのかもしれない。

 

「僕の専門はいわタイプなのですよ。なのでその延長でカセキポケモンについても少し調べていたのです。もっとも、ガラルで発見されたカセキポケモンにはいわタイプがないので手持ちに入れることはありませんがね」

「成程、納得」

「いわタイプ、入ってないんだ……」

「そんなに驚くことと?」

 

 マクワさんの言葉にユウリが納得し、それにみんながつられて頷く。対するボクは、ウオノラゴンを含めたガラルのカセキポケモンにいわタイプがないことに少し驚いた。マリィがそんなボクの様子に少し疑問を持ったみたいだったので、ボクはなんでそう思ったのか説明を始める。

 

「シロナさんの手伝いをしていた兼ね合いで、割とカセキポケモンに関してはシンオウ地方のポケモン含めて何匹か見させてもらったことがあるんだけど、どれも必ずいわタイプが入ってたんだよね。むしろない子なんて見たことなかったからつい……」

「そうなんだ……知らなかったと」

「あなたもなかなか詳しいのですね」

「シロナさんの職業が職業なので、手伝いをしていた分人並み以上には詳しいつもりですよ?」

 

 ボクの説明に納得したマリィがうなずいていると、次はマクワさんが興味深そうに声をかけてきた。やはりいわタイプに明るい彼としては、考古学などの話も少しは気になったりするのかな?

 

「それはそれは……ぜひいろいろお話を聞かせてもらいたいものですね」

「俺も俺も!!シンオウ地方のカセキポケモンとか知りたいぞ!!」

「ボクなんかの話でよければ喜んで。代わりに、マクワさんの話も色々聞いても構いませんか?」

「ええ、話題の選手たちと交流できると考えれば安いものですよ」

 

 そのままあれよあれよというまにカセキポケモンやいわタイプのポケモンについての談義の約束が決まった。ともなれば早速話込みたいんだけど……

 

「あ、そういえばサイトウさんたちの様子……」

「おや、この後予定でもありましたか?」

 

 ここまで決めてようやく当初の予定を思い出す。ウオノラゴンのせいで忘れてしまっていたけど、そもそもボクたちはここでサイトウさんやセイボリーさんの様子を見たいと思っていたんだった。マクワさんとの話も楽しみだけど、先に決めていたことでもあるし、どちらから取り掛かろうかと考えていると、横からユウリにツンツンとつつかれる。振り向くと、そこには通話アプリのチャット欄をこちらに見せてくれるユウリの姿。

 

「サイトウさんとセイボリーさんに連絡とってみたんだけど、今アラベスクタウンにいるみたいだよ」

「あらら、じゃあルミナスメイズの森ですれ違ったとね」

「ってことはここを無事に乗り越えたってことだな!会えなかったのは残念だけど、順調なことが知れてよかったぞ!」

「だね」

 

 ホップの言う通り少し残念だったけど、セイボリーさんが無事にオニオンさんに勝っているということが分かったので一安心。これで心置きなくマクワさんとお話しすることが出来る。

 

「そちらの予定は大丈夫みたいですね」

「はい、お待たせしました。今日はボクたちの予定もないので長く話せますよ」

「それは良い知らせです。僕も今日はフリーなので長話と行きましょうか」

 

 どうやらお互いもう今日の予定はないみたいで。これは長い夜になりそうだ。

 

 早速、ラテラルタウンのスボミーインへと足を運ぶボクたち。この間にも軽い談笑は行われていたんだけど、そんなときにふとユウリが質問を投げる。

 

「そういえば、マクワさんもジムチャレンジャーなんですよね?」

「ええ、そうですよ。先日ポプラさんに勝利し、5つ目のバッジを手に入れたところですね」

「おお!オレたちと一緒だぞ!」

 

 質問内容は、今どこのジムまでクリアしたかというもの。同じジムチャレンジャー同士となれば進捗具合はやっぱり気になるもので、ユウリが質問してなくてもここにいる誰かが同じ質問をしていただろう。

 

 質問に対する回答はアラベスクタウンまで突破したというもので、ホップの言っている通りボクたちと全くの同じ進捗具合というわけだ。となれば、次の目的地も当然ボクたちと同じでキルクスタウンのはず。そのことに思い至ったホップが、少しうずうずしながら続きをしゃべる。

 

「ならなら!次の目的地は俺たちと一緒でキルクスタウンだよな!もしマクワさんがよければ一緒に行かないか?」

「僕があなたたちと一緒にですか?」

 

 ホップの提案にマクワさんだけでなくユウリたちまで吃驚する。けど、反対意見の人は誰もおらず……

 

「確かに、同じ場所が目的地なら一緒に冒険はいいかも……そうすればもっとお話聞けるだろうし、いわタイプに関する特訓も積めるだろうし……」

「それに、さっきのダイマックスの現象にぶつかるかもしれんしね。そのことを考えると、ホップの提案は理にかなってるとよ」

「ってことだ!勿論マクワさんがよければだけどな」

 

 むしろユウリとマリィで後押しをしているともとれる発言をしていく。それもかなり筋が通っているため、確かにと思わせてくるもので……今回は聞きに徹しているボクまでも納得してしまったほど。

 

「……そうですね。ではしばらくの間お世話になりましょうか」

「やった!改めてよろしくだぞ!!」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 マクワさんからの許可も得て、晴れて新しい仲間の一時的な加入。明日からの旅がまた賑やかで楽しいものになりそうだ。

 

 見た目と違って落ち着いた言葉づかいをしながらも、話してみるととても盛り上がるマクワさん。

 

 新しい旅仲間が増えたボクたちは、その嬉しさそのままに今日をゆっくりと過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり……ウオノラゴンからは特におかしなもの……見当たらない」

 

 ウオノラゴンが暴れていた場所まで来たボクは、ウカッツさんのもとを訪れて、ウオノラゴンがダイマックスをするまでの経緯を聞いていました。

 

 どうやらウオノラゴンの身体能力の検査をしているときに、昼を回ったためご飯を作ってあげようとカレーの準備をしていた時に目を離してしまい脱走。6番道路を爆走し始めたウオノラゴンを何とか抑えるべく、必死に追いかけていたら、突如ウオノラゴンの足元からダイマックスエネルギー特有の赤いひかりがあふれ出し、ウオノラゴンを包み込んでダイマックスさせたらしいです。

 

 相変わらず、ウカッツさんにはいろいろと思うことがあるのですが……やはり気になるところは地面から赤いひかりがあふれてきたというところでしょうか……。

 

「……先日暴れてた……デスマスも同じような感じだった」

 

 その子は今ボクのジムで保護していますが、その時も一発ダイホロウを放った瞬間元の姿に戻ってしまいました。他の目撃証言を集めてみても、ヤローさんやルリナさんが抑えたと言われている事件も、一回ダイマックス技を打っただけで元の大きさに戻ったみたいです。

 

「……一体今ガラルで……何が起きているんだろう」

 

 今はまだ何とかなっている。けど、これからダイマックスしたポケモンが沢山現れて大暴れを始めたら、このガラルはどうなってしまうのでしょうか。

 

「……なんだか……いやな予感がする」

「……サニ」

 

 ボクがそうつぶやくと、そばまで来ていたサニーゴにボクの不安がうつってしまったみたいで、少し不安そうな声を上げながらすり寄ってきました。

 

「……ごめんね。……大丈夫。……ボクが守ってあげる」

 

 その子を抱きしめながら、諭すように声をかける。

 

 ジムリーダーのぼくが怯えていたらだめですよね。しっかり守ってあげないといけません。それに……

 

「……フリアさんたちも……いますから」

 

 きっとこの先に大きな問題になっても、彼らが心強い味方となって一緒に戦ってくれる。

 

 そう思うと、少しだけ、勇気が湧いてきた気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゥゥゥゥ……」

 

 どこかの街の地下施設。その最奥にて一匹のポケモンが、少しずつ動き始める。

 

 そのポケモンに向かって送られるたくさんのねがいぼしのエネルギーが、このポケモンを目覚めさせようとしていた。

 

「グウゥ……」

 

 そんな中、そのポケモンはねがいぼしのエネルギーとは別に、違う何かのエネルギーも感じ取る。

 

 それは自身に似ているようで、それでいてどこか違い、何よりも……

 

「ピピュ?」

 

 自身の興味を引き寄せてやまないそのポケモンに、眠っていたポケモンは大きな関心を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウオノラゴン

やっぱり人気ですね。感想欄でも色々突っ込まれていた、ダイマックスしない方が強いポケモン筆頭のカセキメラさん。しかし、残念ながらこの作品ではあまりピックされなさそうですね……
楽しみにされていた方、申し訳ありません。
単純に、ウオノラゴンに焦点を当てたお話を何度か見かけたことがある気がするので、私は他のキャラに触れてみたいなと思ったからと言うだけですね。
なかなか可愛いと言う人が多い中、個人的にはその不安定なデザインにちょっとハラハラしてしまうタイプでした。

マクワ

というわけで、マクワさんが仲間に加わりました。
ソードをプレイはしていますが、シールドをメインにしている上、アニメなどで動くシーンを見たこともあまりないので、動かせるか不安ですが、頑張りたいですね。

??????

その小さな子と自分は、どこか似ているような気がした。




アルセウスの個人的注目ポケモンは、イダイトウとヒスイゾロアークですね。(ゴーストタイプ好き)


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80話

気づけばUAが20万超えてましたね。
感謝です。

そしてアルセウスが面白い……
ヨノワールの親分固体を色違いで捕まえられないかをずっと考えてます()


「う~ん、やっぱりどこのお店も売り切れだ~……」

「ジムチャレンジ期間中だと、どうしてもこういったポケモンのための道具ってたくさん売れるけん、仕方なかとね」

 

 ラテラルタウンにてマクワさんと出会い、新しい旅仲間を加えた次の日。相変わらず高低差と日差し、それにすなあらしがひどかった6番道路の帰り道を何とか帰りきったボクたち。

 

 マフラーの編み目に詰まった砂を取るのがとてもめんどくさかったという感想を残しながら、ナックルシティまで帰ってきたあとは、マクワさんからの話を参考にしてナックルシティでゆっくり過ごす時間をまた設けることにした。

 

 ラテラルタウンで早めにホテルに入り、休む時間を作ったのにナックルシティでもまた休み時間を設けるのか?という疑問は確かにあるんだけど、あれからラテラルタウンでの会談でわかったことがあった。それはマクワさんの故郷が次にジムのある町、キルクスタウンだということ。そこから話が膨らみ、マクワさんの故郷について色々話を聞いたのだけど、その時にナックルシティからキルクスタウンまでの道のりも教えてもらった。その話を聞く限り、どうもこの2つの街をつなぐ7番、8番道路もなかなか厄介なところらしく、6番道路程とまではいかないけど、こちらも梯子による高低の移動が多く、出現するポケモンもどちらかというと7番、8番道路の方が強いということもあってか、なかなか苦戦する人も多いらしい。そしてその話を聞いた瞬間にユウリが物凄く嫌そうな表情を浮かべて、ぜひともナックルシティでもゆっくりさせてほしいと言いだしたことにより、今日も早めに休むことにしたというわけだ。

 

 実際問題、スナヘビによるすなあらしがあまりにもひどすぎて、砂を落とす時間も欲しかったから、結果的にユウリの申し出はものすごくありがたかったんだけどね。

 

 コータスの日照りで汗をかいて、スナヘビのすなあらしで体中砂まみれになって……普通にコンディション最悪だったからね……

 

 とにかく、そんな背景もあってか、ラテラルタウンから無事にナックルシティまで帰ってくることが出来たボクたちは、ラテラルタウンの時と同じように自由時間を取って、明日以降に備えて各々が好きな行動をしていた。

 

 そんなボクの自由時間はどのように使われているかというと、一度ホテルのシャワーを借りて、砂を落としたのちに、ナックルシティの商店街を巡る時間に充てられていた。

 

 アラベスクタウンでポプラさんに教えてもらったことによって発覚した、キルリアがエルレイドに進化したがっているという事。その願いをかなえるべく、ポケモンに使う道具がたくさん売っている商店街に赴いて、目的のものがないかを物色。そのついでに、消費してしまっている回復アイテムやら技マシンやら、技レコードの確認やらをしていたところに、同じく回復アイテム等を求めて店を巡っていたマリィと合流。そのまま一緒に行動をして冒頭につながる。というわけなんだけど……

 

 冒頭でボクが愚痴っている通り、結構なお店をはしごしたんだけど全くと言っていいほどめざめいしが見当たらない。正確には、ポケモンの進化に関するための道具が軒並み売り切れているって言い方が正解かな?元々貴重な道具であるため、そもそもの在庫が少ないというのもあるんだけど、それでも進化石すべて売り切れている様子なんて、すくなくともシンオウ地方では見たことなかった。最も、シンオウ地方だと地下に豊潤な鉱脈が広く存在するため、地下探検が流行っているから自分で進化石を取る人も多いっていうのも大きな要因の一つなんだろうけど……

 

「皆そんなに進化石を欲しているんだね……」

「進化はわかりやすくポケモンを強くする一つの手やけんね。目の前のジムを突破するのに、お金を払うだけでポケモンを強くできて、勝つ可能性があがるのなら、誰だって選ぶ道と。むしろ、ポケモンに進化のタイミングも進化先も任せてるフリアのような人の方が珍しか」

「あはは……それは否定できないかも」

 

 マリィからの説明で物凄く納得する。

 

 例えばボクがドラゴンタイプのジムに苦戦しているとして、キルリアをサーナイトに進化させるだけで確実に勝てると言われたら、エルレイドにするのを一瞬くらいはためらってしまうかもしれない。けど、どうせならそのポケモンがなりたいと思っている自分になってほしいっていう気持ちがでかいから、この先もボクの考えは変わらないんだろうなぁと思いながら進化石が置かれている棚を離れてい行く。

 

「既に5軒回って全部売り切れ……これは他の店も無さそうかなぁ……」

「よりにもよってめざめいしってところも、難易度高そうとね」

「そこなんだよね」

 

 進化石にも色々種類があり、どのポケモンに何が必要なのかも、イーブイのような特殊なケースでもない限りだいたい決まってはいるんだけど、キルリアに必要なめざめいしはその中でもかなり希少な部類になる。めざめいしが必要とされるポケモンは、今のところエルレイドとユキメノコしか発見されていない。勿論、この先新しいポケモンが見つかればこの限りではないけど、他の石に比べると用途はかなり限られており、その需要の低さからトレーナーの中でも、見たこともなければ聞いたことも無いという人もいるかもしれない。そのレベルでマイナーな石となっている。

 

 それならむしろ在庫が余りやすいのでは?と思う人が出てくるだろう。当然の疑問だけど、ここがまた難しいところで、めざめいしはそもそも見つかること自体がほぼ無く、進化石の中でも1番珍しいとされている。そのため店に並ぶ絶対数の時点でかなり少ないのだ。実際に値段を見てもらっても、進化石の中ではひかりのいしや、やみのいしと並んで、1番高く値段設定がされている店が多く、店によってはひかりのいしや、やみのいしより高くしている店もあるほど。

 

 1番希少だからお店に並べるのにもかなりのお金が必要になり、そのくせ頑張って集めても現状この石を使うことができるポケモンが2匹しか存在しないため、手元にたくさんあってもすぐに余らせてしまう。そのようなリスキーなアイテムを果たしてお店側が準備しておくだろうかと聞かれれば、在庫が少ないというのも納得してもらえるだろう。

 

 めざめいしを入手するというのは、意外と難しい。改めてそのことを実感した。

 

「こんな事ならラルトスを捕まえた時点で確保しておくべきだったかなぁ……いやでもお金もなぁ……」

 

 予め買っておくというのも、旅人としての財力を考えるとあまり現実的ではない。さすがに進化先も決めていない時に1個数万の石はなかなか手が出せないよね。

 

(……この地方にも手軽に入れる鉱脈があればいいのに)

 

 シンオウ地方がどれだけ恵まれていたのか。他の地方に行くとそのありがたみが身に染みてわかるね。

 

「あたしが持っていたら譲ってあげても良かったんだけど……さすがにめざめいしは持ってなかとね」

「希少すぎて貰うの躊躇っちゃうけどね……」

「気にしなくてもいいのに……」

 

 地方によってはひとつ4万するところもあると言われるそれを貰うのはさすがに遠慮してしまう。

 

「シンオウ地方だとどうしてたと?」

「シンオウ地方は元々鉱脈が豊富だし、市民でも探検セットがあれば誰でも採掘できたから石に関しては自給自足してる人が多かったね」

「シンオウ人……たくましか」

 

 おかげで採掘に没頭しすぎてトレーナー業を疎かにする人も増えたから問題にもなったけどね……

 

「じゃあフリアも集めてたと?」

「それがボクはあまりやらなかったんだよね」

 

 探検セットそのものはちゃんともらってはいるんだけど、ジュンやコウキ、ヒカリと比べると潜った回数は圧倒的に少なかったりする。というのも、シンオウ地方を旅していた時のパーティに答えがあって、当時のボクのパーティには石を必要とするポケモンが一匹もいなかったのに対して、ヒカリもコウキもジュンも、全員が手持ちに石で進化するポケモンを一匹ずつ持っていた。

 

 確かあの時はコウキがつきのいしを、ジュンとヒカリがひかりのいしをそれぞれ求めていた。けど、あの頃は主にジュンがゲームショップで負けまくっていたせいでみんながみんな揃って金欠に陥っており、そんな状態で進化石なんて買えるわけもなく。

 

 しかも間の悪いことに、節約生活を余儀なくされてきたあたりで、石を必要とするポケモン以外の子たちがどんどん進化を始めてしまい、それに焦ったジュンたちが、ならば自給自足するしかないと一心不乱に採掘しまくったあのあわただしい期間は未だに記憶にしっかりと残っている。

 

 対するボクは先ほども言った通り、石が必要な子なんて一匹もいなかったから完全に高みの見物だ。ジュンにお前も手伝えなんて言われまくったけど、もとはと言えばジュンが後先考えなかったから起きた事だから普通に断った。自業自得である。

 

 とまぁ、ちょっと脱線しちゃったけど、こういう経緯をたどっていたためか、ボクの手持ちに進化石のストックは存在しない。

 

「本当に特徴的な友達だったとね」

「ガラルで出会ったみんなも同じくらい特徴的だけどね」

「……それ、あたしのこと?」

「安心して。少なくともマリィはボクが出会った中ではかなりクセのない方だから……」

「ほっ……それはよかったと」

 

 口調は一番クセが強いけど。という言葉はぐっと飲みこむ。口調のクセなんて性格のクセに比べたらかなり良心的だからね。性格のクセってかなり凄いから……ジュンとか、セイボリーさんとか、ヒカリとか、ビートとか、コウキとか。あとは料理方面だけに限定すれば包丁を逆手に持ち出したユウリも……

 

(……うん、かかわってきた人のほとんどが変人だ)

 

 我ながら変な人と関わり持ちすぎである。

 

「って今はそんなことはよくて……進化石の話に戻るんけど、イーブイに使う予定とかはなかったと?……って、イーブイにめざめいしは使わないっか」

「そうなんだよね~。いや、勿論考えはしたんだけどさ?まねっこによる戦い方が面白かったのと、ラテラルタウンでオニオンさんに勝つ方法がイーブイに任せることしか思いつかなくて……そのままあれよあれよという間にきづいたら……」

「ブラッキーに進化した、と……まぁ、確かに急だったもんね」

 

 正直あのタイミングで進化するとは思っていなかったから、今でもブラッキーでよかったのかなぁと不思議に思うこともあったり……

 

「ブラッ!!」

「キルッ!!」

「うわぁ!?」

「あ、ブラッキー、キルリア。こんにちは」

「ブラ~」

「キル~」

 

 なんて思ったらボールからブラッキーとキルリアが飛び出してきた。驚くボクをよそに頭を撫でるマリィと、気持ちよさそうに目を細めるキルリアとブラッキーに少し解せない気持ちになるものの、その様子が、ブラッキーはこの進化は自分で選んだものだと言ってくれているような気がして少しうれしかった。キルリアもキルリアで、負い目を感じているのか少し不安そうにこちらを見ていた。

 

「もう、前にも言ったかもだけど、ボクは君の意見を尊重する。だから気にしないで?あと、ブラッキーもありがとね。そう言ってくれてうれしいよ」

 

 マリィにさんざん撫でられたのちにボクの元まで来た2匹を精一杯撫でてあげる。

 

「本当に、フリアのポケモンたちってみんなフリアのこと大好きやんね」

「トレーナー冥利に尽きるよ。ボクも、この子たちが大好きだから」

「キルッ!!」

「ブラッ!!」

「ちょちょ、まだお店の中だから!あまりはしゃがないの」

 

 元気に返事をしながら飛び付いてくる2匹を何とかあやしながら、ひとまず満足させてボールに戻す。先ほども言った通りまだお店の中だ。そんなに大きさのあるポケモンではないけど、だからと言って暴れさせていいわけじゃないからね。

 

「さて、次はどうしよっか」

「とりあえず、一応は他の店も回ってみよ?もしかしたらまだめざめいしが残っているお店、あるかも」

「まだ進化石を取り扱ってそうなお店ってまだあるの?」

「調べたところによると……あと2、3軒って所。ここからそんなに遠くないみたいだし、行ってみる価値あると思うと」

「よし、じゃあそこみてまわろっか。付き合ってくれる?」

「今更聞く必要ある?」

「それもそっか」

 

 改めてブラッキーたちとの絆を再確認したところで再びめざめいしを探す店巡りを再開するボクたち。

 

「そういえば、さっきのイーブイのお話。イーブイの可能性ならいつかめざめいしで進化してもおかしくなさそうとね」

「確かに……その場合どうなるんだろ?エスパーとか想像しやすいけど、エスパーはもうエーフィがいるし……」

「あたしはかくとうタイプの子になるんじゃないかと思ってる」

「エルレイドのこと考えたらありそうだけど……その心は?」

「……なんか、波動打ちそう」

「それ何て街角試合……」

「殺意の波動……」

「やめなさい」

 

 くだらない話にどこか心地よさを感じながら、2人で歩く商店街はとても居心地がよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだかこうして2人で過ごすの久しぶりだな」

「そうだね~。昔はほぼ毎日のように顔を合わせてたのに、なんだか不思議な感じ」

 

 ナックルシティにて自由時間ができた私とホップは、身だしなみを整えた後にブティックでばったり出会ったからそのまま一緒に行動をしていた。

 

 私は単純に、この前ここを訪れた時は宝物庫を見たり、ウルガモスとの一件があった後で疲れていたりとで、ゆっくり回ることが出来なかったから、この街の服を見るために来ていたんだけど、ホップは靴がそろそろ痛んできたからという理由で交換するためにお店に来ていた。

 

 ホップがこういうお店に来ることは珍しいなぁと思ったけど、理由を聞いて凄く納得しちゃった。

 

(そろそろ私も買い替えようかなぁ)

 

 その時はフリアに見てもらおう。なんて思いながら無事に靴を選び終えたホップと、一通り服をウィンドショッピングで楽しんだ私は休憩がてら外のベンチで、缶ジュースを飲みながら駄弁っていた。

 

「ブラッシータウンでやんちゃしてた俺たちが、今はちょっとした話題の人……本当に不思議な感覚だぞ」

「……だね」

 

 ホップの言葉につられて近くの大型ディスプレイに視線を向ければ、そこには私たちの姿と名前、そして私たちの戦ってきたジムリーダーとのバトルの中で、どこが一番盛り上がったかのハイライト集、および人気場面ランキングみたいなものが流れていた。

 

 時間とともに流れていくその動画を暫くぼおっと眺めていく。するとランキングはいよいよベスト3になっていき……

 

「あ、私とミロカロスの試合だ」

「おお!ランクインおめでとうだぞ」

「えへへ……」

 

 順位発表とともに流れていく私とミロカロスの戦いについて流れるコメント。やっぱりミロカロス自体が珍しいポケモンということもあってか、その美しさに魅入られた人がとても多かったみたい。

 

 ……なんか、こうやって自分をテレビを通して客観視しちゃうと照れくさいね。

 

「このバトルは後直で見たけどほんとにびっくりしたもんな。まさかユウリのヒンバスがこうなるなんて思わなかったぞ」

「私自身信じられなかったからね。フリアのおかげだよ」

「ほんと、フリアは何でも知ってるよな。素直に尊敬だぞ」

「うん」

 

 オニオンさんとのバトルも、フリアがいなかったら乗り越えられなかった。それだけ私の中でフリアの存在は大きなもので……

 

「でも、この試合が3位って、1位と2位はなんなんだろうな?」

「私は想像できるけどなぁ」

「そうなのか?」

 

 ホップの言葉を聞きながら私は自信を持って画面を見る。私とみんなの声が一緒なら、この次の順位なんてあの2つのバトルしかない。

 

『では2位と1位は同時に紹介しましょう!なんていったってどちらも同じ選手がとってますからね!!さぁ、現状最も人気が高いジムチャレンジ名場面は~……こちらとこちら!!』

 

 テンションの高いナレーターの声が響き渡り、発表されるのは2位がフリアのインテレオンVSポプラさんのマホイップ。1位がフリアのイーブイVSオニオンさんのゲンガーだった。

 

「ほら、やっぱり」

「おお!この2つなら確かに納得だぞ!!」

 

 片方は要塞化したマホイップを急所で一撃で持っていくという圧倒的な火力を見せつけて勝ち。そしてもう一つは進化前のイーブイで縦横無尽に駆け回り、最後はでんこうせっかで通り抜けてからの攻撃という誰も予想しなかった方法で決着。

 

 この2つの試合を合わせてみることによって、火力バトルも奇襲バトルもできるという、フリアの戦い方の幅広さがよく分かるものとなっている。

 

 その幅広さは、ジムリーダーたちの力を持ってしても対策困難と言わしめるほどで、その異質さも相まってこのジムチャレンジ期間で圧倒的な存在感を放っていた。

 

 物凄く強いのにそれに驕らず、物腰が柔らかいことから女性ウケもいいほうであり、この手の人気投票では割と珍しく男女比がほぼ1:1なのも、フリアが幅広く人気な証拠になっている。

 

 今となっては隣にいるのが当たり前で、そんな私の友達がガラルでは時の人となっていて。

 

 自分だって、少しは強くなっているはずなのに、こうしてフリアのバトルを見返してみるとやっぱりまだまだ届かない気がして。

 

「遠いな」

「うん」

 

 ホップの言葉に頷く。

 

 ずっと隣にいるはずなのに、その背中は限りなく遠い。ウルガモスとの戦いで、私を守るように立ってくれた彼の背中を見て、ますます思ったその距離。

 

 けど、()()()()()()()()()()

 

 確かに遠くて、かすかにしか見えないくらい離れている。けど、視界に捉えられてはいる。だから。

 

「絶対に追いつくんだ」

「うん!!」

 

 預かり屋で、第2鉱山で、ウルガモスとの戦いで、ポットデスたちとの戦いで、ジムリーダーとの戦いで、常に私たちの前に立って戦ってくれていた私の大切な人。チャンピオンよりも身近に感じるそのあこがれは、いつしか私の中でどんどん大きなっていて。

 

 トクン。

 

 早くフリアの背中に追いついて、並んで、できることなら、追い抜いてみたい。

 

 トクン。

 

 その時は、背中を合わせてタッグバトルなんてこともしてみたり。

 

 トクン。

 

(なんだろう……これ)

 

 フリアのことを考える度に早くなる鼓動と上がる体温。けど、どこかその感覚が心地よく、同時に無性に体を動かしたくなってくる。

 

「なぁ、ユウリ」

「ねぇ、ホップ」

 

 重なる声。ふと横を見れば、ホップはホップで先程のバトルシーンを見たせいでうずうずしているみたいで。お互いの感情に差はあれど、思っていることは同じ。なら、やることは1つだけ。ちょうど都合よく、目の前にはバトルコート。

 

 トレーナーが目と目を合わせたのなら……

 

「「バトルしよう!!」」

 

 それはバトル開始の合図。

 

「手持ちの数に差があるし、せっかくの休憩時にあまり長く戦うのもあれだから1vs1にするぞ」

「うん。いいよ!」

「では審判は僕がしましょうか」

「「マクワさん!?」」

「ふふふ、いい反応をしますね」

 

 今回のバトルルールを決めていると、どこからか現れたマクワさんが審判役を立候補してくれた。まるでイタズラが成功した子供のように明るい笑顔を浮かべながら急に現れた彼に揃って声を上げてしまい、それがまた面白くて3人で笑ってしまう。程よく力が抜けたところで改めて構える私たち。

 

「こうして戦うのはハロンタウン以来だぞ」

「そうだね。あの頃から較べてどこまで成長したか、見せてあげる!!」

「オレだって!フリアやマリィ、ビートたちと出会ってたくさん強くなったんだ!今度は負けないぞ!!」

 

 ハロンタウンで行われた、私たちがポケモンを貰って直ぐに行われた戦い。戦法のせの字も知らなかったあのころと違って、大きく育った私たちの成長の証。

 

 あのバトルは私が勝った。

 

(今回も、勝つ!!)

 

「行け!!バチンキー!!」

「行って!!ラビフット!!」

 

 お互いが繰り出したポケモンもあの時と同じで、それがどこかあの時のバトルの続きをしているみたいで。

 

(あの日から、お互いどれだけ強くなったのか……楽しみ!!)

 

 早く戦いたくて、そして、この戦いを経てもっと強くなりたくて。そんな思いが繋がったのか。

 

「ラビッ!!」

「ッキーッ!!」

「「「!?」」」

 

 ラビフットとバチンキーが青白く光り出す。もう何度も見た、それでいて何度見ても飽きることの無いその神秘の光。その光が弾けた先に待つのは……

 

「バースッ!!」

「グラァァアッ!!」

 

 火球を携える炎のエースストライカーと、ドラムを猛々しく叩く森の王者。

 

「エースバーン……」

「ゴリランダー……ッ!!」

 

 その姿は、先に進化した同期のインテレオンに負けてたまるかと、対抗心を燃やしながら成った姿にも見えて。

 

「……えへへ。エースバーン、ゴリランダー。あなたたちも私たちと同じ気持ちなんだね」

「……そうだよな。お前たちだって追いつきたいよな。負けてられないよな。勝ちたいよな……あのインテレオンに!!」

「バースッ!!」

「グラァッ!!」

 

 エースバーンたちの声に反応して、他のボールも震えだす。ホップの言う通り、追いつきたいと思っているのはトレーナーだけじゃない。

 

「強くならなきゃ……行くよ、ホップ!!」

「来い!!ユウリ」

「では……始め!!」

 

 大きな背中に追いつくために、マクワさんの合図とともに、エースバーンとゴリランダーが駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




めざめいし

4万円なのはBW2ですね。調べて値段の高さにびっくりしました。
ゲームではトーナメント周回したり、ワットバグをしたりでお金稼ぎ放題ですが、実際にはそんなに甘くないので……
もっとめざめいしの使い道増やしてほしいですね。

かくとうイーブイ

某動画サイトにて想像のイーブイ進化があったのでつい。
個人的にはゴーストのイーブイ出てきてほしいです(ゴースト狂)

名場面

個人的にはこの三つが実際にあったら盛り上がりそうだなと。
ミロカロスに関しては描写してないので何とも言えませんが。

エースバーン、ゴリランダー

インテレオンを追いかけるように進化。
ガラル御三家はみんなぶっ飛んでて強いのでいろいろ書けそうですよね。
二次小説でもどれを主人公の手持ちにするか迷う人が多そうです。




さて、また北海道に戻りますね()


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81話

前回、2万UAとか言ってましたけど、正しくは20万でした……桁を一つ見逃す某海賊さんのようなことをしてしまった……
もう直してますが、あらためて感謝を。

そしてもう一つ。
前回、ナックルシティからキルクスタウンまでは7番道路を抜けてとしていましたが、正確には8番道路も含みます。そのあたりも修正してます。

そして最後。
日間ランキングで一桁を獲得させていただきました。
最高順位は、確認できたところでは二次7位。総合8位でしたね。
UAが急に伸びていたのでずっと不思議に思っていたのですが……本当にありがとうございます。
やっぱり皆さんポケモンが大好きなんですね。
アルセウス効果もあってか、とてもそのことを強く感じました。

これからも作者の妄想に付き合っていただけたら嬉しいです。
では本編へどうぞ。












「……」

「ど、どうしたのフリア……?」

「こんなにも落ち込んでるフリアは初めてだぞ」

「落ち込みすぎて暗い靄まで見えてしまいそうですね……」

「あはは、まぁ……仕方なかと」

 

 ナックルシティでのまったりとした自由時間を過ごした次の日。いよいよ次のジムがあるキルクスタウンに向けて足を進めようと、ナックルシティのスボミーインの自動ドアから出ようとしているところだった。時間通りに全員でホテルのロビーに集合したボクたちは、ラテラルタウンからここまで来た時と同じように、5人で協力しながら進もうとしていたんだけど……

 

「はぁ……」

「本当に、見つからなかったとね」

「「ああ……」」

「?」

 

 マリィの言葉に事情の知っているユウリとホップは納得の声をあげるものの、出会ったのがラテラルタウンからだったため、状況を把握しきれいていないマクワさんは首を傾げていた。そんなマクワさんの為にぽつりぽつりとボクが落ち込んでいる理由を落としていく。

 

「結局めざめいし、なかった……」

「1日使って成果ゼロだと、やるせなかとよね」

「めざめいしを求めていたのですか。その様子だと……ジムチャレンジの景気にのまれて見つからなかったみたいですね」

 

 そう、あれから残り3軒ほどと言っておきながら、3軒見て見つからなかったあともどうしてもめざめいしが欲しかったので、ちょっとでも可能性がありそうなところも含めて片っ端から歩き回った。けど結局成果はゼロ。なんの成果もあげられなかった。

 

「ごめんねマリィ。振り回すだけ振り回しちゃって……」

「ううん、気にしないでよかとよ。あたしの買い物はすぐに終わっちゃってたし」

「でも一日中連れ回しちゃったからなぁ……」

 

 もしかしたら必要なことが終わっただけで、やりたいことが出来たわけじゃないのでは?なんて考えてしまう。ナックルシティと言えば、シュートシティほどではないにしろ、シュートシティに次いで賑わっている大きな街だ。一言に商店街と言っても、そのラインナップは今まで立ち寄ってきた街とは比べ物にならず、お店に並んでいる商品だってなかなかお目にかかれないものが多いはず。実際にユウリはブティックによってたみたいだし、他にも少しパンフレットみたいなものを開けば、この街のおすすめスイーツ店とか、ちょっとおしゃれなカフェとかがピックアップされており、長いこと一緒に旅をしてきたからこそわかるマリィの趣味を的確にとらえているものもちらほらと見受けられる。

 

(途中からマリィにお礼もかねてカフェとか寄った方がよかったよね……反省……)

 

 マリィなら気にしないかもしれないけど、ボク個人の気持ちとしてあまりよろしくないのでせめてキルクスタウンではお返しができるようにしておこう。

 

「むぅ~……」

「ユ、ユウリ?」

 

 なんてことを考えていると、脇腹をつんつんしながら頬を膨らませるユウリがこちらをじっと見つめていた。絶妙な力加減で突かれているせいでどこかこしょばゆい感覚を感じながらも、どう反応するのが正解なのかわからないためどもってしまう。

 

「え、え~と……」

「むぅ!むぅ!」

「……エースバーンに進化、おめでとう?」

「……ありがと」

「ちょ、お礼言いながら突く速度ちょっと上げないで!?くすぐったい!?」

 

 言葉選びは間違ってはいなかったけど正解でもないみたいで、ユウリからの謎の攻撃が加速してしまった。

 

「キルクスタウンにあるいいブティックを後で紹介します。ついたらぜひ、ユウリさんと行ってみてください」

「え?」

 

 ユウリとの謎の攻防をしていると、肩をポンと叩いてきたマクワさんからボソッと呟かれる。その言葉の意味があまりよくわからず、思わず生返事を返してしまうものの、そんなボクの反応に特に気にすることなく、続けてユウリの肩を叩き、ボクに聞こえないようにしているのかこちらに背中を向けながら耳打ちをする。流石に盗み聞きするのもよくないので、この間にユウリのエースバーンとともに進化したゴリランダーの話をするためにホップの下へ。

 

「ホップも進化おめでとう」

「ありがとうだぞ。インテレオンに負けるわけにもいかないし、お互いこの調子で頑張ろうぜ!」

「だね。ボクのインテレオンも同期にはライバル心燃やしているみたいだし、タダでは負けないよ!」

 

「さて、皆さん、あまりここで時間使うわけにはいきませんし、準備ができているのなら発ちましょう」

 

 ホップと男らしい言葉を交わしていると、マクワさんから再び声をかけられる。ユウリとの会話はそんなに長いものではなかったみたいで、話したいことはまだあったけど、マクワさんの言っていることも正しいのでここは出発することを優先しよう。

 

(……ユウリが少し頬を赤くしているのが気になるけど)

 

 けどここで聞くのはなんか違う気がしたので黙っておくことにする。

 マクワさんが言っていた通り、なぜか不満を持っていたユウリへの償いはキルクスタウンに行ったときに行うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナックルシティの東に向かって歩き出し、ナックルシティの駅を超え、ほどなくして見えてくるのはターフタウンとバウタウンの間でも見た立派な橋。といってもあの時見た橋よりも全然短いそれを渡っていくと、いよいよ7番道路が待っている。

 

 ここからそのまま東に行けば、7つめのジムがあるスパイクタウンへ行くことができ、ここを北に進めば6つめのジムがあるキルクスタウンに行くことが出来るという、ひとつの分かれ道を担っている道路だ。今までが森だったり、高低差の激しい崖ばかりのところだったのに比べて、この7番道路は比較的穏やかな地形をしており、分岐地点というだけあって人通りもそこそこ多いのか、整備も他の道路に比べてまだまだされている方ではある。そのため少し視線を逸らせば、テントを立ててちょっとしたキャンプに洒落こんでいるトレーナーや、観光客なんかもちらほら見受けることが出来る。

 

 風が流れ、葉のこすれる音とともに漂ってくるカレーの匂いが、朝ごはんをしっかり食べてから出発したはずのボクたちの胃をしっかりと刺激してくる。そんな甘い(辛い?)誘惑を振り払いながら(特にユウリが)歩いていくボクたち。

 

 本当なら少しくらいお菓子を取り出してもいいんだけど、それが少し難しい理由がひとつあり、それがここに出てくるポケモンたち。

 

 ここで出てくる野生のポケモンはどこか好戦的な性格のポケモンが多いみたいで、代表的な子をあげるとレパルダスとニャイキングが該当する。どちらもトレーナを見かけると一直線に追いかけてきてバトルをしかけてくるジャンキーっぷりで、しかもどちらも進化している個体と言うだけあって、素の戦闘力もなかなか高い。負けることはないけど、追い返すのに少し手間がかかったりすることも多々あったりする。だからこそ、食事の誘惑があってもしっかりと振り切って戦っているという訳だ。さすがに襲われている中呑気に休憩なんて出来ないからね。

 

 こういう背景もあってか、ここでテントを立てている人は、逆説的にそれ相応の実力があるということになる。実際にここから今見える範囲のトレーナーたちは、ボクたちよりも早くアラベスクジムを突破している人たちばかりだからね。

 

(そういえば、今のボクたちってどれくらいの順位なんだろう?)

 

 特に急いでいる訳では無いけど、気にならないかって言われると嘘にはなる。そこそこ早い位置にいるとは思っているんだけど、どうなんだろうね?

 

 なんてことを考えているうちに、また一匹のレパルダスを追い返すボク。横を見れば、マクワさんとユウリもレパルダスとニャイキングを追い返しており、特にこの道路でも苦戦することなく進めるだろうということが分かる。みんなしっかりと成長している証だ。

 

「さて、こちらは大丈夫みたいですね」

「これくらいポプラさんたちに比べれば楽勝だよ」

「比べる相手を間違ってる気がするけどね」

 

 戦闘後の軽いポケリフレを行い、みんなのコンディションを元に戻しながら軽く雑談。だけど、本来なら聞こえてくるはずのあと2人の声が聞こえない。

 

「マリィとホップは何してるか分かる?」

「「……?」」

 

 どこにいるかわからなかったので、試しにユウリとマクワさんに聞いてみるも、2人そろって首をかしげているあたりどちらも場所は知らないようで……あまり遠くに行ってないといいなぁと思いながら、周りを見渡してみると、少し離れたところからこちらに向かって走ってくる2人の影。

 

 こちらに手を振りながら走ってくるその影は、すぐにマリィとホップだということが分かった。けど、どこか2人のテンションが舞い上がっているような気がして。

 

「フリア!フリア!!」

「こっちでマリィが新しいポケモンゲットしたんだぞ!!」

「おお~、どんなポケモン捕まえたの?」

 

 ボクの目の前までダッシュしてきて急ブレーキをするのはマリィ。ボクの目を見ながら、興奮したように名前を連呼するマリィは目をキラキラさせ、まるで小学生低学年のように純粋に、真っすぐに見つめてくる。よっぽどその新しく捕まえたポケモンが欲しい子だったのだろう。名前しか読んでいないのに、「早くあたしに聞いて欲しか!!」と声が聞こえてくるほど感情を顔に出して迫ってくるマリィを何とか頭を撫でつつ宥めて、彼女が求めている言葉を口に出す。その言葉を聞いてさらに嬉しそうにしながら返事をマリィが返してくれる。

 

(こんなにテンション高いマリィを見るのは初めてかも……)

 

 普段からクールな彼女からは想像もつかないその豹変っぷりにもあって、いったい何を捕まえたのか凄く気になる。

 

「みてみて!この子が新しい仲間と!!」

 

 ボクも内心ワクワクしながらマリィが天高く投げたボールから姿を現すのは、黒い体を基調とした大きい二足歩行の狐ポケモン。非常にボリュームのある赤いたてがみや、隈取のような模様がとても特徴的なそのポケモンは、図鑑の説明では「ばけぎつねポケモン」というものに分類される珍しい子だった。

 

「ゾロアーク……こんなところにいるなんて珍しいですね」

「この子が……私初めて見たかも……」

 

 その姿にマクワさんもユウリも驚きの表情をが隠せず、同時にマリィがここまで喜んでいる理由もよくわかった。あくタイプの専門家である彼女にとって、この子との出会いはとても魅力的なものだろう。

 

「本来ならヨロイ島に生息しているはずのこのポケモンがここにいるのは本当に珍しい事ですよ。いったいどのような出会いを?」

 

(ヨロイ島……確か、セイボリーさんがいた場所だっけ?)

 

 ついでに言えば、ビートがポプラさんに拾われなかったらたどり着いていたかもしれない場所で、元チャンピオンの人が道場を開いているところだ。海を渡った先にあるその孤島から、遠路はるばるこちらに来たということを考えると、マクワさんが興味を持つのもよくわかる。そんな期待と興味の視線にさらされているマリィが、さっきまでのテンションとは真逆の、どこか慈愛のこもった表情でゾロアークを見ながら撫で、ゆっくりと口を開いていく。

 

「それが、ホップと一緒にレパルダスを追い払っていたら、草陰から何かが鳴いているような声が聞こえて……」

「マリィが急に走り出すから何事かと焦ったぞ」

「ごめんって……それで、続きなんだけど、草むらをかき分けてその先に行くと傷ついているこの子がいて……」

「レパルダスとニャイキングの群れに囲まれていたから、2人で追い払ったんだ」

 

 それから聞かされる2人の話によると、そのままレパルダスたちを軽く追い払った後、傷ついたゾロアークを手当てするためにあれやこれやと頑張ったらしい。特に、ゾロアーク自体がかなり警戒心の強いポケモンであるため、最初はマリィたちのことも警戒し続けて、決して近寄らせないようにしたらしいけど、それでもめげずに頑張って治療を試みたマリィの根気強さと、だめ押しのポフィンが効いたみたいで、ようやく心を開いてくれたゾロアークがそのままマリィについてきてくれるようになったという事らしい。

 

 今となってはもう警戒心のけの字も見当たらないくらい、お互いくっついているところを見るあたり、もう怪我の方も心配しなくてもいいみたいだ。

 

 しかし……

 

(本来いないはずのポケモンが傷ついた状態で遠くの場所で発見される……なんだろう、マリィとゾロアークが出会えたことはいいことなんだけど、それ以上に気になるところが……)

 

 ワイルドエリアの吹雪事件の時に出会ったウルガモスのことが頭をよぎってしまう。

 

 後処理をすべてカブさんに任せてしまったから、結局あのウルガモスがどうなったのかはボクの知るところではないけど、もしかしたらあのウルガモスも今回のゾロアークと同じように傷ついた体を癒すために追い立てられていた可能性も……

 

「さて、みんなの無事も確認できたし、早く先に進むぞ」

「フリア、行くよ?」

「っと、ごめんごめん。すぐに行くよ」

 

 頭の中でいろいろ考えているうちにゾロアークの顔合わせも終わったみたいで、みんながポケモンをボールに戻して先に歩き出していた。ユウリの言葉によって思考の海から引き上げられたボクは、すぐさま返事をして走り出す。

 

(気のせい……だよね。うん)

 

 ほんの少しだけ残る、わずかな不安感をぬぐって、ボクは皆に追いつくために走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ気を引き締めてくださいね。キルクスタウンへの道はここからが本番です」

「「「「了解!!」」」」

 

 7番道路の分岐点を北に進み、レパルダスたちの攻撃をいなしながら進み続けたボクたちは、そこそこの時間をかけてようやく8番道路へとたどり着いた。

 

 8番道路。

 

 主に2つのエリアに分かれた道路で、南半分はマクワさんに教えてもらっていた通り高低差の激しい地形となっており、その高さを梯子を昇降することによって移動することとなる。ただ、想像と違ったところがあるとすれば、梯子が沢山かかっているこの場所が遺跡エリアになっているという事。昔の建築物の名残なのか、レンガ造りの壁があちこちに見受けられ、まるで何かが暴れたかのようにいろいろ崩れ去り、ボロボロとなった跡がある。そのボロボロとなった壁の隙間に隠れるように潜んでいるポケモンもいれば、建築物の跡の壁にぶつかって自身の力を鍛えるもの、建築物の跡を再利用して豊に暮らそうとしているものなど、それぞれのポケモンが今まで見てきた場所とはまた違った生活をしていた。

 

 地形や景色の色は6番道路に似ているものの、聞こえてくる音はまるで違い、これはこれで歩くのが楽しそうな場所だなぁとのんきに思ってしまう程。遺跡を歩き回ることが出来るというのも男心をくすぐられるというか、シロナさんを手伝っていた時のことを思い出して感傷に浸れるというか、とにかくボクの興味を惹いてやまないのがそういった感情を抱かせてくれる原因だろう。

 

 現にホップも少し目を輝かせているように見えるし、気を引き締めてくださいねと言っていたものの、地形の影響かいわタイプを多く見かけるこの場所にきた瞬間、マクワさんの表情も心なしか柔らかくなったような気がする。

 

 一方で北半分エリアはどうなのかというと、どうやらかなり標高の高い所に位置しているらしく、キルクスタウンに近づくにつれてどんどん寒くなり、最終的には常にあられが降り続けているような場所となるらしい。このあたりまで来るとシンオウ地方に似てきているのでむしろ歩きやすいかもしれないけど、あられが降り続けるとなるとポケモンバトルにも影響が出てくるから気を付けないといけないだろう。

 

 遺跡の残骸で自主的に訓練をしている野生のポケモンに襲われる前半部分と、あられによってちょっと癖のあるバトルを強いられる後半部分。成程、マクワさんがこちらの道路の方が危険があるというのも納得できる状況だ。今もふと視線を横にずらせば、ドテッコツたちが自慢の鉄骨を振り回してお互いの力を比べ合っている姿が目に入る。

 

 しかし襲ってくるのはあくまで野生のポケモン。ここまで数多の強敵たちと戦ってきたボクたちにとって、本能のままに襲ってくる野生のポケモンたちをいなすことはそんなに難しいことではない。確かに敵のレベルは少し高いけど、指示するトレーナーがいない以上、行動が単調だからやっぱり対応は簡単だ。

 

 梯子を越えてドテッコツを退け、梯子を下ってソルロック、ルナトーンを返して、今までと比べると確かに進行スピードはゆっくりだけど、安全に、確実に先へと進んでいた。

 

 だんだんと余裕が出てきたボクたちは、戦闘に割いていた意識をその分、少しずつ雑談へと向けていく。

 

 話の話題は自然と最近仲間になったばかりのマクワさんについて収束していた。

 

「そう言えばマクワさんって、どうしていわタイプを極めようと思ったんですか?」

 

 ユウリからの質問はマクワさんの戦闘スタイルについて。

 

 確かに、基本的にいわタイプってちょっと言い方悪いけど、無骨なイメージが強いせいか好みがわかれる傾向にある。と、個人的には思っている。偏見かもしれないけど。いわタイプの技はどれも強いイメージは確かにあるんだけどね。そのポケモンで頑張ろうと思った理由は確かに気になるところだ。

 

 マリィやセイボリーさん、サイトウさんのように、家族や家系、通っている設備などに深くかかわるタイプだからという理由だったり、オニオンさんのように、もはや自分の世界の一部になってしまっていたりする。というのであれば、そのタイプを極めるために統一するというのはよくある話なんだけど、マクワさんの話を聞く限り、特に特別な施設や家系に携わっているというわけでもなさそうだし、オニオンさんタイプでもなさそうに見える。そういったこだわりや、しがらみがないのにタイプ統一をしている人ってほとんど見たことがないため、マクワさんはいったいどうしてその道に進んだのかはぜひとも聞いてみたい。

 

「僕がいわタイプを極めたいと思った理由ですか……それは、この子が関係するんですよ」

 

 そう言いながらマクワさんが投げた一つのモンスターボール。その中から飛び出したのは、青を基調とした大きな体に長い首と、その首からひらひらと伸びている帯状の黄色いヒレが物凄く特徴的なポケモン。まるでオーロラのように見えるその美しいヒラヒラをなびかせて、元気よく鳴く姿は、確かにいわタイプのポケモンでありながら、無骨なイメージとはけはなれた、むしろ美しく、かわいさすら感じさせるあのポケモンだった。

 

「ルゥ~!!」

「アマルルガだ!」

 

 ツンドラポケモンのアマルルガ。

 

 こおり、いわタイプであるこのポケモンは、カロス地方にて発見されたカセキポケモンだ。

 

(成程、だからウオノラゴンにも詳しかったんだ)

 

 手持ちにカセキポケモンがいるのであれば、いわポケモンの専門家である以前にカセキポケモンに詳しいのは当然のことと言えば当然のこと。

 

 そんなアマルルガに対して、とても大切そうに背中を撫でてあげるマクワさんの姿はとてもやさしそうな雰囲気を醸し出しており、本当に心から大切にしているんだなぁというのが伝わってくるようだった。

 

「この子のためにいわタイプを極めようと思ったのですよ」

「マルゥ!!」

 

 そんな2人の姿が微笑ましく、ついつい頬を緩めてしまう。

 

 一体どんな出会いがあって、ここまでどんな冒険をしてきたのだろうか。ボクたち4人の頭の中は、どんなことを質問するかで埋め尽くされて行き、2人の馴れ初めに関する思考や妄想でいっぱいになっていく。

 

 さて、どこから質問していこうか。と迷っているボクたち。少しだけ考えたのちに、やっと決まった一つ目の質問を投げかけようと、ユウリが口を開こうとする。

 

「ねぇマクワさん!アマルルガとはどうやって━━」

「ヘイ!!」

「「「「「へーイ!!」」」」」

 

 しかし、ユウリの質問を遮る新し影が現れる。急に視界を横切ったその影にびっくりして、みんなで慌ててその影の方向へと視線を向ける。

 

「ヘイ!!」

「「「「「へヘイ!!!」」」」」

「この子たち……?」

 

 そこには、黄色い球体のフォルムをした6匹の生き物が、一列に並んで行進をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゾロアーク

実機ではマリィさんは5体しかポケモンを出してないので6匹目の仲間です。
もちろん、鎧の孤島で追加されたポケモンなのでここにいるわけはないのですが……少しくらいいいですよね?(ちゃんと理由は作ってますが)

アマルルガ

こちらもマクワさんの幻の6匹目。
マリィさんと同様に6匹必要なのでアマルルガを追加しました。
アマルルガ可愛いですよね。
どうしてこの子なのかは……すでにバレてそうですね。

ヘイ

黄色球体。
パッ○マンではありません()




アルセウスの図鑑があと少しで埋まります。
……どうでもいいんですけど、とある新ポケモンに驚きが隠せませんでした。
ちなみに初見の反応は、一言目が「は?」で二言目が「きもっ」でした。
今となっては一周まわって好きです。

ネタばれはしたくないのでこの辺で……。

早くアルセウスに会わないといけませんね!

ではまた次回。






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82話

「ヘイ!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

「ヘイ!!」

「「「「「ヘヘイ!!」」」」」

 

「この子達は……いったい?」

 

 8番道路は遺跡地帯。梯子を下って低い位置を歩いている時に、近くのレンガの壁に空いている穴の中から、1列に行進しながら歩いてくる6匹の黄色い球体の生き物。先頭の子の掛け声に合わせて、後ろの5匹が元気よく、そして一糸乱れることのない完璧に揃った返事を返しながら、動きをピタリと合わせるそのポケモンは、どこかの軍隊か兵隊かを彷彿とさせるような行動だ。また、1列に並んでいる6匹の先頭の子だけは少し見た目が違っており、後ろに並ぶ5匹の子たちに比べて一回り大きく、体の側面に大きな盾のようなものを備え、時折顔を隠すかのように前に持ってきていたりする。

 

 そんな始めてみる不思議なポケモンに、思わず視線を奪われていたら、横からマクワさんからの説明が入ってくる。

 

「このポケモンはタイレーツですね。1匹のヘイチョーと呼ばれるリーダーと、5匹のヘイと呼ばれる個体が合わさってひとつのポケモンとなっている珍しいタイプの子です」

「タイレーツ……」

「6匹で1匹のポケモンなのか!?」

 

 マクワさんの言葉を聞き、名前を反芻するユウリと、他のポケモンでは考えられない特徴を持つその姿に驚の声をあげるホップ。確かに、群体でひとつのポケモンと扱われるポケモンは、前例が無いわけじゃないけどかなり珍しい。それこそタマタマくらいしかいないのではなかろうか。かく言うボクも、声には出していないものの心の中ではかなりの衝撃を受けており、マクワさんの説明に驚きながらロトム図鑑をかざして改めてこの子について調べていく。

 

『タイレーツ じんけいポケモン かくとうタイプ

 6匹で1匹のポケモン。隊列を組みかえながら、チームワークで戦う。隊長の命令は絶対』

 

「え、かくとうタイプなの?」

「あたしも、てっきりむしタイプだとばかり……」

 

 タイレーツについて調べた結果わかった新しい情報に、今度はボクとマリィが声を上げる。ポケモンはとある一部のポケモンを除いて、そのほとんどがパッと見ただけで、どんなタイプを持っているのかというのは慣れていけば割と簡単に予想することは出来る。けど、どうやらこの子はその「とある一部」に分類されるらしく、むしタイプと予想していたボクたちを裏切るようにかくとうタイプである。

 

「初見では見分けがつかないですよね。しかしこれにも理由があるみたいですよ」

 

 マリィと2人でうなっているところに再びマクワさんからのお言葉。先ほどのマクワさんの言葉から、今回もためになるまめ知識がもらえそうな気がして、2人そろって耳を傾けていく。

 

「タイレーツは図鑑に載っている通りかくとうタイプの子です。ではここで問題なのですが、かくとうタイプのポケモンにとって苦手なポケモンはいったい何でしょうか?」

 

 出されたのはまさかの初歩的な問題。単純なタイプ相性にまつわることで、要はかくとうタイプをばつぐんで殴ることが出来るタイプをこたえるだけだと思うんだけど……

 

「ひこう、フェアリー……あとはエスパー、やんね?」

「うん。その3つ。自分が殴る側で半減されるものも含めればもっとあるけど……」

「いえいえ、それだけで十分ですよ。さて、かくとうタイプが苦手なものを上げてもらったことで、ここからが本番なわけですが……どうやらこのタイレーツという種族、エスパータイプに対して強い苦手意識があるらしいのですよ」

「エスパータイプに苦手意識……」

 

 まぁ、だろうなぁという感想。殴ってもいまひとつで受け止められて、攻撃なんかされた日には当然ばつぐんのダメージを受けてしまう。そんな相手恐れるのは当然で……

 

「あ、そういう事か」

「「「?」」」

 

 そこまで考えて頭の中で仮説が一つ立ち上がる。他の皆はまだ気づけていないみたいで、頭にはてなを浮かべているけど、マクワさんはボクが答えに辿り着いたと確信しているみたいで、表情を柔らかくし、サングラスを人差し指で持ち上げながら言葉を続ける。

 

「では答えはフリアさんに言ってもらいましょうか」

 

 マクワさんの言葉に首で答えながら、皆の視線が集まる中、今度はボクが口を開いていく。

 

「先ほどマクワさんが言った通り、タイレーツはかくとうタイプで、エスパータイプを苦手としている。だからできる限りエスパータイプの敵には攻撃して欲しくないし、そもそも対面すらしたくない。そこで大事なのが自分の見た目」

「見た目が大事……?かわいく見える姿とか?」

「もしくはこの丸いフォルムに謎があるのか?」

「ホップもユウリもハズレ。答えはボクとマリィが言った言葉だよ」

「あたしがタイレーツをみて言った言葉ってなると……『むしタイプだとばかり』……?あ!」

「「あ!!」」

 

 マリィが一足先に気づき、続けてユウリとホップが同時に気づく。これで全員どういうことかわかった。説明もマクワさんにバトンタッチといこう。

 

「タイレーツはエスパータイプが苦手であるということに対して、自身の姿をむしタイプに見えるようにするということで対処しているのですよ」

 

 かくとうタイプに強いエスパータイプはむしタイプを弱点に持っている。そのむしタイプに自身の姿を寄せることによって、エスパータイプに対して抵抗を示しているというわけだ。

 

「実際にこの効果は馬鹿にならないようで、一部のエスパータイプにはしっかりといかくの効果が出てきているようですよ。あとはいわタイプも呼びやすいという利点もあります。かくとうにいわは苦手な上に、自分はばつぐんで殴れますしね。最も、あくまでたくさんある諸説の一つですが」

「凄いぞ、まるでポケモン博士だぞ」

 

 ホップの言葉に皆で頷く。確かに、自分の専門でないポケモンに対してもここまでの知識があるとなると、博士と言われる方が納得できる。

 

「自分のタイプに弱点を取ってくる相手ですからね。そちらの研究も欠かしてないだけですよ」

「なんか……かっこいいぞ!!」

 

 マクワさんの何でもないような言い方に目を輝かせるホップ。

 

(確かに、ちょっとわかるかも)

 

 この勤勉さが、彼がここまでジムチャレンジを生き残っている理由なんだろうなと凄く理解させられる瞬間だった。

 

 そんなマクワさんの新しい一面と対面しながら、いまだに行進と陣形を組み替える練習を繰り返しているタイレーツを横目に確認しながら、ボクたちは8番道路を歩いて行く。その間にも、マクワさんから聞かせられるたくさんのポケモン豆知識に、驚いたり感動したり、様々な感情を表しながら歩いていくこと数時間。8番道路もかなり進み、前半の遺跡えエリアがあと少しすれば抜けられるかなというところまで進むことが出来た。今現在は、また下に降りる梯子を見つけたところで、この梯子をおりて低い位置を進み、次に見えてくる階段と梯子を上り切ればようやく遺跡エリアのゴールというところまで進むことが出来た。というよりか、今いる位置から視線を上に向ければ、当面の目標である遺跡エリアのゴールが目視できそうなくらいには近づいている。

 

 かなり日も落ちてきているので、理想は後半のあられエリアにたどり着く前の場所でテントを立てて、まだ暖かくて過ごしやすい場所で1夜明かしてから8番道路の後半に差しかかることだろう。もう夏も間近とはいえ、季節関係なしにあられが降り続けるほど寒い場所に、夜という更に寒く、視界も悪い時間帯にわざわざ冒険を続けるのはさすがに自殺行為という他ない。その辺は既にみんなで相談して決めているので、ゴールが近づいている今となっては、みんなの頭の中はもうテントでのお泊まりへとシフトし始めていた。

 

「フリアの手料理を食べるの、なんだか久しぶりかも」

「ユウリ、ポフィンいつも食べてるじゃん」

「お菓子とご飯は別なの〜!」

「ほう、フリアさんの料理、そんなにすごいのですか」

「この中では間違いなく1番うまかと。……女性として、負けてる気になるんけど

「フリアのおかげで野宿でも十分満足できるんだぞ」

「それはそれは……僕も少しくらいなら嗜みますが、そう言われると少し楽しみになってきましたよ」

「ちょ、あまりハードル上げないで貰えませんか!?」

 

 ボクの料理の腕前はあくまで一般人の域を出ることはないし、ヒカリという上がいることもあり、そんなに自信もって出せる趣味でもないから、あまり持ち上げられまくるのも恥ずかしくて勘弁して欲しいものなんだけど……既に盛り上がりまくっているから訂正するに訂正できない。

 

(はぁ……まぁ、手を抜くつもりもないし、全力で作らせてもらうだけだけどさ?ちょっとばかりみんなのボクに対する評価高すぎないかなぁ……悪い気はしないけど……)

 

 困惑8割と嬉しさ2割というなんとも表現しがたい感情を抱きながら道を歩く。今日のゴールも見えてきた緩い旅道中。和やかな時間がゆっくり進んでいた。しかし、その時間は唐突に終わりがやってきて。

 

 

「きゃああああ!?落ちるゥ!!」

 

 

 突如響く女性の悲鳴に全員の意識が上に向く。すると、そこからは悲鳴を上げた女性が足を滑らせたのか、はたまた他の要因によって押されたのかわからないけど、こちらに背中を向けて落ちてくるところが目に入る。

 

 梯子をかなり上ってようやく到達できるその高さは、当然上から落ちれば怪我じゃすまないレベルのものだ。このまま放っておくなんて当然できない。

 

「キルリア!!『サイコキネシス』!!」

「カビゴン!!お腹で受け止めるんだぞ!!」

「キル!!」

「カァァビ……」

 

 ボクがキルリアを出して、両手に構えたサイコキネシスで女性の落ちてくるスピードを何とか落とし、その着地地点にホップがカビゴンを呼び出すことでクッション代わりにする。その狙い通り、緩やかに落ちてくる女性はカビゴンのおなかの上に無事着地。しかし、カビゴンのおなかの弾力が強すぎたのか、女性が弾かれて隣のレンガの壁にぶつかりそうになる。

 

「ミロカロス!!尻尾で捕まえて!!」

「ルオォッ!!」

 

 その受け止め漏らした女性をユウリがミロカロスを呼び出し、長い体を巻き付けて受け止めることによってガード。これでようやく、落ちてきた女性の体に傷をつけることなく無事に受け止めることに成功した。ミロカロスがユウリの指示によって、ゆっくりと女性を解放し、ボクたち5人で駆けよって安否を確認する。恐い思いをしただろうし、何かしらトラウマだとか、精神的ショックだとか、心の傷を負っている可能性もあるかもしれないしね。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「もし怪我があるなら手当しますよ」

 

 一応カバンの中から医療道具を取り出しながら、マクワさんと声をかけてみる。一方で女性は、うずくまって震えたままで反応を返してくれない。もしかしたら本当に心に何か傷ができたのかと焦り始めるボクたち。どう対処すればいいのかわからずあたふたしている間に女性の震えがどんどん酷くなっていく。

 

「お、おい。どうすればいいんだ?」

「わ、わかんない……え?本当に大丈夫!?」

 

 そこからどんどん不安が広がっていき、ユウリとホップが軽くパニックになっていく。いよいよ収拾がつかなくなってきてボクも混乱しかけた時、ついに女性の感情が爆発する。

 

 

「無茶苦茶コワかったよォォォォォ!!」

 

 

「「「「「「うるさい!?」」」」」

 

 いきなり響く絶叫に思わず耳を塞いでしまうボクたち。そのあまりにもでかい声に、周りにいたポケモンたちが一斉に物陰に隠れてしまい、あたり一帯がしんとなる。

 

「……人間ってハイパーボイス打てるんだな」

「どっちかというとばくおんぱっぽいかと」

「ホップ、マリィ。事実だけど言ったらだめだよ?失礼になるでしょ?」

「ユウリ、君も同罪」

 

 ホップたちが好き勝手言っているので思わず突っ込んでしまう。というか、今の一連の流れのせいで、ボクたちのパニック具合が一気に収まってしまい、むしろ冷静になってしまう。マクワさんにいたっては未だに流れについていけてないのか、口をぽかんと開けたまま固まってしまっている。何ならサングラスまでずれて、普段隠れている目まで見えてきた。意外と綺麗な目をしているというのが感想だったり……っと、そんなことは今はよくて。

 

「え、えと……本当に大丈━━」

 

 改めて声をかけて安否を確認しようと声をかける。

 

 

「こ゛わ゛か゛っ゛た゛よ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛」

 

 

「うわぁ!?」

 

 と、今度は先ほどとは打って変わって大泣きしながら、ボクの胸に飛び込んでがっちりとロックされる。涙をだらだらと流すその姿は本当に怖い思いをしたんだなぁと感じたため、ここで突き放すのも可愛そうだなぁと思ってしまい、あやしてあげるためにもついつい無意識に頭を撫でてあげようとして……

 

「って、痛い痛い痛い痛い!?」

「「「フ、フリアァッ!?」」」

 

 どんどんボクを抱きしめる腕に力を入れていき、きつくきつく縛られていく。むしろ力が入りすぎて骨がみしみし鳴っているんじゃないかというレベルで締め付けられて、とんでもなく痛い。

 

「お、お願いします離してください~!!」

 

 

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛ッ゛」

 

 

「余計きつくなってる!?」

 

(やばい、このままだと鯖折りになりそう!?こうなったら……)

 

「ユ、ユウリ!!ボクのホルダーからマホイップを呼んで!!右から2番目のがそうだから!!」

「わ、わかった!!」

「で、できる限り早く!!」

「が、頑張る!」

 

 現在進行形で強くなっていく力に何とか耐えながら、腰からボールを取り出そうとするユウリを応援する。

 

「と、とれた!!出てきて!!マホイップ!!それと、アブリボンも手伝って!!」

「マホッ!!」

「リリィ!!」

 

 程なくしてボールを取ることに成功したユウリがマホイップをボールから解放して呼び出す。さらには、マホイップで何をしようとしているのかを察してくれたユウリが、アブリボンも呼び出してくれた。

 

(さすがユウリ!!おかげで思ったよりも早く何とかなりそう!!)

 

 マホイップ1匹でも大丈夫だとは思うけど、1秒でも早くこのロックから抜け出すのなら、1匹でも多いポケモンに手伝ってもらった方が確実だからものすごくありがたい。

 

「マホイップ!!甘い匂いを出して落ち着かせて!!」

「アブリボンもお願い!!」

 

 2匹から生み出されるのは興奮した感情を落ち着ける甘い匂い。あたりに漂うその匂いは、恐怖のあまりパニックかつ、興奮している感情を確実に鎮めていく。その鎮め具合に比例して徐々にボクを締め付ける力が弱くなっていく。だんだんと痛みから解放されていくボクは、自分の体がとりあえず大丈夫なことにほっと一息。

 

「フリア、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。ありがとユウリ。ボクの意図に気づいてアブリボン呼んでくれて」

「ううん。とにかく無事でよかった」

 

 未だにヒリヒリしている腕を軽く擦りながらも、痺れ以外は感じないので大事には至っていないことを確認して、改めて女性に声をかける。マホイップとアブリボンの薫りによって落ち着いた今なら、普通に会話できるだろうと言う考えの元の行動だ。

 

「改めて、大丈夫ですか?」

「……うん。ありがとうゥ。だいぶ落ち着いたよゥ」

 

(なんか、凄く独特な喋り方をする人だなぁ)

 

 そこまで考えて改めてこの女性をよく観察してみる。

 

 服装は各スタジアムの物販で売られているユニフォームの、どくタイプのものを着ており、その上に白色の毛皮のコートを纏っている。髪の色はピンク色で、ドクケイルのように見える大きなリボンがとても目によく映る。また、髪のボリュームもかなりあり、特に前髪はボリュームの多さからか、若干目元が影になっており、そこはかとなく暗さと怖さを少し感じる。大人な身長やら体型やらも、威圧感を増している要因なのかもしれない。

 

「ボクはフリアって言います。もしどこか痛む場所とかあったら欲しえて貰ってもいいですか?」

 

 とりあえず、無事落ち着いたことが確認できたので、改めて問診を行って体調を諸々確認するために、自己紹介を兼ねながら質問をなげかけてみる。すると、何故か女性の顔が一気に輝きだし、ずいっとボクの方に近づいてきた。

 

「まさか!あ、あのフリアっち!?」

「フリアっち!?」

 

 初対面のはずなのにいきなりあだ名で呼ばれて困惑するボク。そのせいで一瞬反応が遅れてしまったせいか、そのまま女性に抱きしめられ、頭を抱えられてしまう。

 

「うち、人気者に憧れててェ、今や時の人のフリアっちのファンだったりするんだけどォ……まさかこんなところで会えるなんて、うちってラッキーィ!!」

「んん〜!!〜〜〜〜〜〜っ!!」

「フリア!?」

「ちょ、フリアが窒息すると!!」

 

 またもや軽い興奮状態に陥った女性に抱きしめられ、胸に顔を抱え込まれているせいで息ができない。こうして抱えられると、他の女性に比べて明らかに主張が強いものを備えていることはよくわかったけど、それ以上に酸素が吸えないので苦しくて仕方がない。慌ててユウリとマリィが間に入ることで、何とかその状況はすぐに収まり、無事に解放して貰えたけど、深呼吸をした瞬間女性から匂ってくる香水の香りにむせてしまい咳き込む。

 

「フ、フリア……」

「大丈夫と?」

「う、うん……ありがと2人とも。助かったよ……」

「……フリアって、大きい方が好きなの?」

「……え?」

 

 マリィからの安否確認に答えているとユウリからよく分からない質問をなげかけられる。質問の意図がよくわからなかったので、もう1回聞いてみようと口を開こうとして……

 

「ユウリ!!」

「え?あ!?ごめんなさい!!忘れてフリア!!」

「う、うん……?」

 

 物凄い勢いで誤魔化されたのでとりあえず納得しておく。

 

「うぅ、変な事聞いちゃった……でも!でも!!むぅ〜!!」

「言いたいことはわかると。……あれはちょっとずるか」

 

「あの2人、どうしたんだ?」

「さぁ?マクワさんはなにか分かります?」

「……ノーコメントでいさせていただきますよ」

「「?」」

 

 どこか気まずそうにしているマクワさんの反応が余計に疑問を抱かせてくるけど、話したくはなさそうなのでとりあえずこの件は置いておこう。

 

「ごめんねェ。憧れの人が目の前にいたからびっくりしちゃってェ……うちはクララ。同じジムチャレンジャー同士、仲良くしましょ」

「う、うん。よろしく……」

 

 差し出された手をとりあえず握り返して、友好の握手とする。正直、ここまでの流れで既に若干の苦手意識はあるものの、恐らく根本は悪い人では無いので警戒はいらないと思う。……多分。

 

「俺はホップだぞ」

「私はユウリ」

「あたしはマリィ」

「マクワと言います」

「ホップきゅんにユウリン、マリィせんぱいにマックン!!よろしくねェ」

「おう!よろしくだぞ!!」

「「「……」」」

 

 ホップだけは何事もなく普通に返事をするものの、それ以外の皆は揃ってクララさんワールドに飲み込まれて反応が消える。気持ちはよーく分かるのでボクも反応がしづらい。というか、むしろこの人相手に普通に反応できるホップって、やっぱり超大物なのではなかろうか?素直に凄いと思ってしまう。

 

「ああ、憧れの人気者達がこんなに沢山……うちもこうなりたいなァ」

「皆凄いもんな!けど、ジムチャレンジをここまで残ってるクララさんも、十分すごいと思うぞ」

「ホップきゅん……!!ありがとォ〜!!そう言ってくれる人なかなかいないのォ!!」

「そうなのか?それはなんか寂しいぞ」

「だよねだよねェ!!」

 

((((なんか意気投合してる……))))

 

 やっぱりホップってなんか凄い。

 

(って、そんな場合じゃなくて!!)

 

 クララさんワールドに対して全く臆することの無い無敵のホップに更に置いていかれそうになる空気を無理やり破って本題を問う。

 

「クララさん、上で何があったんですか?」

 

 こんな変な空気になっているものの、そもそもの始まりはクララさんが上から落ちてきたから起きた出来事だ。人が空から降ってくるだなんて、当然だけどただ事ではない何かが起きないとありえない状況だ。ボクたちの進む道も、この上の場所である以上クララさんに起きた出来事は決して他人事などではない。ボクがした質問によって、ようやく張り詰めた空気に戻り始めるなか、クララさんがゆっくりと説明をしてくれた。

 

「それがァ、8番道路の湯けむり小路の手前で大きなポケモンが道を塞いでてェ……」

「大きなポケモン?」

「まさか……ダイマックスポケモン?」

 

 大きなポケモンと聞いて声を荒らげるユウリ。確かにオニオンさんとの会話が未だに頭に残る段階で、大きなポケモンと聞いたら意識するだろう。けど、もしそうならさすがにボクたちからもその姿が確認できるはずだ。

 

「多分ダイマックスは関係ないかな」

「そっか……でも、なら大きなポケモンって……」

「イワパレス」

「「……え?」」

 

 ボクとユウリの間に割って入るように喋ったのはマクワさん。マクワさんの言葉に皆の視線が集中し、そのことを確認したマクワさんが言葉を続ける。

 

「8番道路の遺跡と湯けむりの小路の近くにはイワパレスが住んでいるのです。それも通常よりも大きな個体が。おそらく親分か何かなんでしょう。普段は温厚であまり表に出てくることは無いのですが、縄張り意識の強い彼らはひとたび自分の領地を侵されると一気に襲いかかってきます。ここの道路で道をふさげるほど大きなポケモンと言えばイワパレスしかいないでしょう。どうでしょう、クララさん。合ってますか?」

「……うん。マックンの言う通り、今イワパレスが道を塞いでいる」

 

 マクワさんの鋭い推理と、それに対する答え。さらに詳しく聞けば、このイワパレス、たくさんのイシズマイも従えているみたいで、ちょっとした軍隊のようにもなっているのだとか。そんな時に運悪くクララさんが到着してしまい、弾かれてさっきの状況が生まれたというわけだ。

 

「となると、そのイワパレスたちをどうにかしないと先に進めないということだね……」

「とはいうものの、どうすれば……」

 

 みんなで頭をひねって考えるも、なかなかいい案が出てこない。最悪、時間が解決することに任せて戻る。というのも手ではあるけど……

 

(あれ、そもそもなんでイワパレスたちはこんなことをしているんだろう?)

 

 マクワさんの話によれば、自分の領地を侵さない限り、攻撃はしてこない温厚な性格らしい。けど今は明らかに怒っている。ではその原因は?そこまで考えて、再びボクたちの視線の隅を、黄色い影が走り抜けた。

 

 明らかにイワパレスたちが待っている場所に向かっている黄色い影。その正体は……

 

「ヘイ!!」

「「「「「ヘヘイ!!」」」」」

 

「タイレーツ?」

 

 ここまで来る道中で出会った、6匹で1匹のポケモン。タイレーツが、何かを漲らせながら駆ける姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タイレーツ

むしタイプに見えるようなデザインは、意図して作られたものらしいです。
デザインを手がけた方が言ってましたね。
初見でタイプを当てられた人は何人いるんですかね?

マクワ

丁寧な口調はもともとしているのですが、ポケモンに詳しいのはオリジナルですね。
影での努力は欠かさないような人だなぁと思ったのでこのような形に。

クララ

満を持して登場。
結構好きなキャラではあるんですが……口調がクセ強くて難しいですね。
力が強いのは、彼女の戦闘開始モーションのボールのスイッチを思いっきり押している描写から。
レアリーグカードでは鉄アレイも掲げていましたし、結構力強いのでは……?

イワパレス

ここにいるシンボルエンカウントのイワパレス、やけに記憶に残っているんですよね。
なぜでしょう?




あれからさらに日間ランキングあがりまして、3位になってました。
驚きの連続ですね。本当に感謝です。

さて、アルセウスでひかるおまもりももらえたので、次はヒスイの姿の色厳選ですね()
とはいっても、アルセウス、割と色でやすいのでありがたかったりしますが。
オヤブン個体は知りません()


明日のダイレクトもとても楽しみです。











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83話

お気に入りが2000の大台に乗りましね。
本当に感謝です。


 遠くから聞こえる強敵の鳴き声。きっとあいつを倒せば、俺たちはまだまだ強くなれる。

 

「ヘイ!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 もっともっと強くなる。なりたい。ならなきゃいけない。俺たち6匹は、もっともっと上を目指さないといけない。

 

「ヘイ……」

 

 思い出されるのはたくさんの仲間たちと遊んでいた俺たちを突如襲ってきた謎のポケモン。いや、ポケモンと言っていいのかすらわからない謎の生き物。ポケモンのようでポケモンではないような、それでいて自分たちとかなり近いように感じるその存在は、ある日ひらひらとこちらに向かって漂うに飛んできた。

 

 自分たちよりもほんの少し小さい体に、風に流されてしまいそうなほど軽い、ぱっと見どうしても弱そうなその見た目。新しくここに住み着いたポケモンなのだろうか。そう思いそっと俺たちの仲間の1匹が近づいた時だった。

 

「スラッ━━━━!!」

「ヘイッ!?」

 

 その謎の浮遊ポケモンは唐突に仲間の1人を攻撃した。ただのせいなるつるぎ。けど、その威力は圧倒的で、攻撃を受けた仲間は一瞬で壁に叩きつけられて意識を失った。

 

 攻撃をされた。

 

 その事を自覚して、戦闘態勢を取った時には既に全員倒されてしまっていた。圧倒的な実力差。一瞬にして俺たちを倒したそのポケモンは、まるで何事もなかったかのようにどこかにいってしまった。その姿は、俺たちのことをその辺の石ころ同然にしか見ていないようで、それがすごく悔しくて。

 

 あいつのせいでまともに戦えなくなった仲間たちや、瀕死になってしまったため体が小さくなり、しばらく目覚めることが出来なくなった仲間もたくさんいた。

 

 このままじゃあ彼らが報われない。

 

 いつか絶対に乗り越えてやり返す。

 

 その事を胸に誓って俺たちは特訓を始めた。けど、いろんな奴と戦えば戦えば闘う程、自分たちの弱さというのはどんどん浮き彫りになってしまって。同じ場所に住んでいる、最近なぜか気性が荒くなって暴れ始めたイワパレスにすら勝てない始末。

 

 こんなものじゃまだまだ足りない。

 

 あいつを乗り越えるためには、もっともっと強くならなきゃいけない。

 

 今日もまた、遠くから聞こえる最初の壁の大きな声。

 

 今度こそあいつを越え、俺たちは最初の一歩を踏み出さなきゃいけない。

 

 俺たち6匹の、下剋上の旅はまだまだ始まっていないのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイ!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 大きな掛け声とともに走り抜けるタイレーツ。その走りに一切の迷いはなく、上で待ち構えているであろうイワパレスとイシズマイの軍団に真正面から突撃を行っていた。

 

「追いかけてみよう!」

 

 ユウリの言葉に頷いて全員で梯子に走っていく。構造上どうしても一人ずつしか登れないためどうしても時間がかかってしまい、その間にタイレーツとの距離がどんどん離れていくのをもどかしく感じながら、とにかく急いで湯けむり小路への通路を駆けだす。その間に聞こえてくる何かを殴るような衝撃音。それが、すでにタイレーツが闘っていることの証明になっており、その様子を少しでも早く知るために、ボクたちの足はさらに速度を上げていった。そしてようやく少し開けた場所に辿り着いたボクたちの視線に映ったもの。それは……

 

「すっごい数……これは……やばかね」

「こんなにイシズマイが集まっているのは初めて見ましたよ」

 

 1匹の大きなイワパレスを守るようにびっしりと並んだイシズマイの群れ。クララさんから話は聞いていたけど、その想像よりもはるかに多いその数に思わず足が止まってしまう。そしてさらに気になることが1つ。

 

「あのイワパレス、少し色が……」

「赤い……?」

 

 ボクの言葉にユウリが続けたように、イシズマイたちの中心にいる、マクワさんが親分と言っていた個体のイワパレスが、瞳と体をほんのりと赤く光らせながらたたずんでいた。その姿からはとても温厚といった様子は見受けられず、むしろ近づくものすべてをなぎ倒すといった、重圧感を感じさせてくる。

 

(あの光、少量のダイマックスエネルギーを纏っているからああなっているのかな……?)

 

 ダイマックスできるほどではないにしろ、確実に何かしらの力が蓄えられているように見えるその姿は、暴れだした原因として見るには十分な違和感となっている。あの光をイワパレスから取り除けば、もしかしたらいつもの温厚な姿に戻るかもしれない。

 

(さて、問題はあの光をどうやって発散させるかだけど……)

 

「ヘーイ!!」

「「「「「ヘーイ!!」」」」」

 

 どうやってイワパレスを止めるか考えていた時に聞こえるタイレーツの叫び声。視線をそちらに向ければ、イシズマイの海を一列に並ぶことによって、突撃力の上がった陣形で海を割るかのように突き進むタイレーツの姿。イシズマイの群れを次々と弾き飛ばすその様は、海神が海を割って進んだ話を彷彿とさせるようで、思わず見とれてしまった。

 

 そのままイワパレスの親分と突撃するタイレーツは、6匹の立ち位置を巧みに操ることによって敵の攻撃をいなし、順番に突撃して拳を叩きつけてじわじわと追い詰め始めていく。

 

「凄い……」

「リーダーの指示が的確だからうまく戦えているのでしょう。しかし……」

 

 確かにイワパレスをじわじわ攻撃することはできているが、このバトルは1対1ではない。タイレーツがこじ開けた道は徐々に元に戻っていき、イワパレスの指示の下、徐々にイシズマイの群れがタイレーツに向かって集まっていく。

 

「このままでは間違いなくタイレーツは落ちます。さて、どうしますか?」

 

 マクワさんから質問。それはこれからあのタイレーツを助けるかどうかの意。

 

「そんなもの……答えなんて一つしかないでしょ」

 

 腰に止めてあるボールを右手に構えながら準備をする。同時にボクからの敵意を敏感に感じ取ったイシズマイたちが、タイレーツから遠い個体から順番にこちらに視線を向けてくる。

 

「タイレーツを援護して、イワパレスを鎮めます!!」

 

 ボクの言葉に笑顔で頷いたマクワさんが隣に並び、次いでユウリ、ホップ、マリィと順番に構えてくれる。

 

 ここでイワパレスを放置したところで、完全に力がイワパレスに定着しているわけじゃないから時間が解決してくれる可能性は確かに高いけど、あのタイレーツの戦いを見させられて見過ごすのはなんか違う。

 

「私も、あの子たちを助けたい!」

「ま、あたしはみんなに付き合うだけだけど」

「俺もやるぞ!!」

 

 あのタイレーツの動きに皆も何か感じるところがあったみたいで、気合を入れ始める。

 

「クララさんも、一緒にがんばるぞ!!」

「ギクゥ!?」

 

 ホップの言葉に反応するのは、いまだに後ろの方にいてこそこそしていたクララさん。未だにボールを構えていないところを見るに、クララさんはそこまでこの戦いに対して積極的ではないみたいだけど……

 

(この戦い自体が、本来する必要のないものだもんね。別についてこないのは不自然じゃないから仕方ない。だから無理強いはそんなにしたくはないんだけど……)

 

 けど、ホップとしては一緒に戦ってほしいみたいで、輝かんばかりの笑顔でクララさんを見つめていた。

 

「チッ、この軍団の相手を適当に押し付けて、こっそり通り抜け駆けしようと思っていたのにィ……」

 

「何かあったのか?」

「ううん!何もないよォホップきゅん!うちもしっかり援護するぞォ!!」

 

 何か聞こえたような気がしなくもないけど、クララさんの発言を気にする時間ももったいないので前を向いてポケモンを出そうとする。

 

「待ってください」

 

 タイレーツに倣ってこのイシズマイの群れを割ろうと、ポケモンを繰り出そうとしたときにつかまれる腕。その腕をつかむ手の主を見れば、サングラスに人差し指を駆けながらボールを構えるマクワさん。一緒に戦うことに賛成をしながらも、ボクの腕をつかむその行動に疑問を持つ。少し抗議的な目でマクワさんを見ると、ボクの頭をぽんぽんと叩きながら前に歩き出す。

 

「イシズマイとの戦いはあくまで前哨戦です。僕たちの目的はあくまでもイワパレスの鎮静。こちらに総力をつぎ込んでしまうのは愚策でしかないでしょう?フリアさん、ユウリさん、あなた方がイワパレスを止めるための主戦力です。行きなさい、イシヘンジン!」

「インテレオンにミロカロスを仲間にしているフリアとユウリなら適任だもんな!!よし、道を作るのは任せろ!!行くぞアーマーガア!!」

「うちも、この子とのバトルの経験値を少し積んでおきたいし、このバトルは願ってもないものやんね!!初陣頑張ると!!ゾロアーク!!」

 

 ボクたちの前に並ぶ3匹のポケモンたち。アーマーガアとイシヘンジンと呼ばれたポケモンが前に出て、その少し後ろにゾロアークが構えている状態。イシヘンジンは初めて見たけど、アーマーガアと並んでいるところを見るあたり、防御面に自信のあるポケモンと見ていいのだろうか。

 

……仕方ないなァ。楽して先に進みたかったけどォ……うちの毒で蝕みまくってあげるから覚悟しててねェ!!ドラピオン、ゴー!!」

 

 次いで現れるのは、自慢の尻尾を振り回しながら現れるばけさそりポケモンのドラピオン。クララさんのセリフからして、彼女もひとつのタイプのエキスパート。特にどくタイプを専門家にしているといったところだろうか。

 

(どくタイプ……珍しいなぁ)

 

 シンオウ地方でもホウエン地方でも聞いたことの無いタイプ統一に少し興味を惹かれてしまうけど、今は深堀している暇はないのでとりあえず戦闘に集中する。

 

「僕たちが道を切り開くので、その間にタイレーツたちの下へ!」

 

 マクワさんの言葉と同時に、こちらに津波のように押し寄せてくるイシズマイの群れ。その押し寄せてくるスピードがあまりにも速く、一瞬怯んでしまうものの、マクワさんとイシヘンジンは真正面から受けて立つ。

 

「特殊面はあまり得意ではありませんが、イシズマイは物理方面のポケモン。ならば、こうかばつぐんもとれるイシヘンジンの独壇場ですよ。『がんせきふうじ』です!」

 

 れんぞくぎりを構えたイシズマイの大群が押し寄せてくる中、冷静に構えたイシヘンジンが上空から大量の岩石を落として、その攻撃群を全て受け止める。突如目の前に壁が現れたことによってつっかえてしまい、勢いを殺されたイシズマイたちは、次々とがんせきふうじの壁に突き刺さり、玉突き事故のようにどんどんぶつかっている。

 

 タイレーツに突破されたことによって警戒度が上がっているためか、その時よりもしっかりと力を入れて踏ん張っているため、タイレーツの時よりもより強力な攻撃をしないと、道を作ることは難しいだろうけど、この様子ならその条件もクリアできそうだ。

 

「意外と力が……いえ、数が多いですね。イシヘンジン、もっと『がんせきふうじ』を行い壁の補強を!!」

「シジィィィ!!」

 

 しかし、勿論一筋縄ではいかない。数が多いせいで少しずつ押されるその壁を、マクワさんも負けじと対抗して更に岩を追加することによって対抗していく。

 

「さすがいわタイプの専門家だぞ!こうなったら俺もしっかりと活躍しないとな!!アーマーガア行くぞ!『はがねのつばさ』だ!!」

 

 積まれた岩とイシズマイたちの突撃が綺麗に釣り合い、岩の動きがぴたりと止まった瞬間を狙いすまい、ホップのアーマーガアが、その自慢の両翼を白く輝かせながら岩の山に突っ込む。激しい破壊音を鳴らしながら粉々に砕け散る岩の破片は礫となってイシズマイたちへと降りそそぎ、怯んだところに岩を壊したままの勢いを維持したアーマーガアが、動きを止めたイシズマイたちをも思いっきり吹き飛ばし、元居た場所まで押し返した。

 

 まさかの突撃且つ、はがねタイプの技という、こちらもイシズマイにとってこうかばつぐんとなる攻撃を受けてしまったので、かなりの大ダメージを受けることとなったイシズマイたち。しかし、イシズマイもいわタイプのポケモンによくみられる、物理方面に対する高い耐久力により何とか耐えきって、態勢を立て直して再びこちらに視線を向けてくる。

 

「いいアーマーガアですね。素晴らしい一撃でしたよ」

「サンキューだぞ!けど、流石に硬いな……今ので何体か倒せる寸法だったんだけど……」

「いえ、十分ダメージは入ってます。この調子なら道を作るくらいならすぐにできるでしょう」

 

 思ったほど数が削れていないことに歯噛みするホップだけど、すかさずフォローを入れるマクワさん。その言葉にほっとしたホップがさらに気合を入れて、今まさに再び突撃しようとしてくるイシズマイたちに視線を向ける。

 程なくしてイシズマイたちが2回目の突撃を敢行し、その突撃に対して再び2人が迎撃をしようとして……

 

『ズシィッ!?!?』

 

 イシズマイたちが一斉にその足を止めてしまう。何があったのかと思い、イシズマイたちの様子を見ると、イシズマイたちの頭から紫色の泡のようなものが浮かび上がっては消えていく。

 

(この現象……つい最近見かけたばかりだ……もしかして!?)

 

 イシズマイたちの足元を見かければ、そこにあるのは紫色に輝く針の塊。

 

「あららァ?苦しそうにしちゃって、気の毒?目に毒?何の毒?目の前にいる色男さんたちに目を奪われのは結構だけどォ、うちの毒を警戒しないのは流石になめすぎてないかなァ???」

 

(ポプラさんとのバトルでも見たどくびし……凄い、仕掛けている瞬間が一切見えなかった……)

 

 視線がイシズマイたちに固定されているから味方の動きまで警戒していなかった、というのはあるものの、それにしたって物凄い手際の良さだ。さすがはエキスパート。自分の分野のタイプに関しては扱いなれているといったところか。

 

「さあさあァ、マリィせんぱい!やっちゃってェ!」

「う、うん!!いくとよゾロアーク!『あくのはどう』!!」

 

 どくびしによって完全にパニックに陥り、一時的に連携が取れなくなったイシズマイたちに対してクララさんがマリィの肩につかまって追撃を催促する。それに対して戸惑いながらも、確かな攻撃チャンスを確認したマリィがゾロアークに攻撃を指示。ゾロアークから放たれる漆黒の波動が、毒によってあたふたしているイシズマイたちに突き刺さり、タイレーツがこじ開けた時と同じように綺麗な道ができた。あくのはどうの威力がかなり高かったこともあり、投げられたどくびしたちも綺麗に吹き飛ばされて、この道を走る分には自分たちに牙をむくことはないだろう。つまり……

 

「今です!!」

「「ッ!!」」

 

 マクワさんの合図とともに走り出すボクとユウリ。イシズマイたちの壁を乗り越えるのは今この時しかない。しかし、イシズマイたちもそれをさせまいと、毒で重たい体を何とか動かして空いた道を塞ごうとする。その意思が以外にも強固で、ボクたちがイワパレスに辿り着くのがほんの少しだけ間に合わない。

 

「アーマーガア!!羽ばたくんだ!!」

 

(ホップ!!ナイスすぎる!!)

 

 そんなギリギリの勝負をしているところに後ろから吹き抜ける強烈な追い風。技のおいかぜとは違うため一時的なものでしかないけど、ボクたちの背中を押してくれるその風は、ほんの少しだけ足りないそのわずかな時間を確かに埋めてくれた。

 

「「セーフッ!!」」

 

 おかげでイシズマイたちが道を塞いだと同時に通り抜けることに成功した。

 

「マホイップ!!」

「ストリンダー!!」

 

 更に通り抜けたと同時にその場にそれぞれポケモンを1匹呼び出して、後ろから迫ってくるであろうイシズマイたちの足止めをお願いする。これからイワパレスと戦うために、あまりこちらの方を確認する余裕がないので、マホイップとストリンダーには指示がない状態で戦ってもらうことになってしまうけど、2匹ともそのことは了承してくれているし、倒すわけではなく、あくまで足止めをしてもらうだけなのでおそらく何とかなるはずだ。

 

 さて、ここからが本番。

 

「タイレーツ!君たちの援護を……ッ!?キルリア!!『サイコキネシス』!!ユウリも早くポケモンを!!」

「キルッ!?」

「う、うん!!出てきてミロカロス!!」

 

 援護をするためにインテレオンを呼び出そうとした瞬間に嫌な予感がしたので、急遽手持ちを入れ替えてキルリアを呼び出し、サイコキネシスの壁を張る。その嫌な予感は見事的中し、キルリアが急いで構えたサイコキネシスの壁に飛んできたのは、イワパレスがぶん投げてきたステルスロック。鋭くとがっているものすごい数の細かい岩の刃は、キルリアのサイコキネシスにぶつかると同時にボクらの周りに飛び散り、ある程度飛び散ったところでその姿がまるで空気に溶け込むかのように姿を消していく。

 

「だ、大丈夫!?今の岩って……?」

「ステルスロック……いやらしいことをしてくれる……」

「ステルスロック……?」

「ポケモンを呼び出した瞬間に、いわタイプの攻撃をしてくる厄介なフィールドを作る技だよ……ごめん、インテレオン!!」

 

 ユウリへと説明をしながらインテレオンを呼び出すボク。ステルスロックの説明をするなら実際に目に見てもらった方がいいだろう。

 

「レオ!!……ッ!?」

「インテレオンが出た瞬間にダメージ受けてる!?」

 

 元気よく飛び出した瞬間岩の刃が突き刺さり始め、少量ではあるもののしっかりとダメージを受けてしまうインテレオン。その姿を見てユウリが驚きの表情を浮かべながら、同時にあらかじめミロカロスを場に出していたことにほっとする。

 

「フリアが早くポケモンをって伝えてくれたのは、こういう事だったんだね」

「ステルスロックは技で除去することはできるんだけど、残念ながら岩の数が多すぎてそんなことをする暇はあまりないし、ちゃんと効果のある技を使って除去しないと一定時間経つと戻ってきちゃうからね」

「ポケモンを繰り出すたびにダメージを受けてしまう……そんな技もあるんだね……」

「それにこの技、タイプ相性を加味したダメージを受けちゃうから気を付けてね。エースバーンやアブリボンのように、いわタイプが弱点のポケモンは痛いじゃすまないダメージを受けることになっちゃうから……」

「……それってつまり、できる限り今この場にいる3匹で頑張ってイワパレスを倒そうってことだよね」

「そうなるね」

 

 勿論、場に出した瞬間倒されるというわけではないから、インテレオンの時のようにダメージ覚悟で呼び出すというのもありだけど……できればあまりとりたくない手法だ。インテレオンを呼んだのは、インテレオンがいないとそもそもこちらの火力が足りない可能性があるからだしね。

 

 ステルスロックを避けることもまず難しいだろう。普通に戦う分なら、技で押しのけたりすればいいだけだし、ステルスの名前通り空気に溶け込んでいると言っても、しっかりと目を凝らせば透明の岩が浮かんでいることを確認することは難しくはない。けど、この技はポケモンを呼び出した瞬間という一番無防備な瞬間を狙ってくるため、どうしても避けることが難しい。新たに呼び出す場合は一工夫しないと手痛いダメージを貰うことになるだろう。

 

「「「「「「ヘイッ!?」」」」」」

 

 ステルスロックの観察が終わったところに割り込んできた6つの悲鳴。前に視線を向ければ、何かしらの技を受けて飛ばされてきたタイレーツの姿が目に入る。

 

「タイレーツ!!」

「大丈夫!?」

 

 その姿をみて、ユウリがすぐに駆けつくてきずぐすりを振りかける。そんなユウリの姿に何か思うところがあるのか、初対面の状態なのに特に警戒することなく治療を受けるタイレーツ。この間に攻撃される可能性も考慮してボクは前に出て警戒。しかし、意外にもイワパレス側も特に攻撃をすることはなく、自分の周りにイシズマイを呼び込んでいた。恐らく、この間に攻撃をすることはあきらめ、防御を固めるのに集中するという事だろう。

 

(……正直攻めてくれた方が楽だった)

 

 キルリアで受け流しながらインテレオンで撃ち落とせるため、攻撃してくれた方が楽だったけど、あまりぜいたくを言うのもよくない。これはこれでタイレーツをしっかりと治せるとプラスに取ろう。

 

「はい、もう大丈夫だよ。ここからは私たちも手伝うからがんばろ!タイレーツ!!」

「ヘイ……」

 

 ユウリの言葉にヘイチョーが小さい声で答えた。その声を聴いてもう大丈夫とうなずいたユウリが、ミロカロスを伴って前に出てボクの横に並び立つ。

 

「……ヘイ!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 そんなユウリの動きについてくるように、ボクたちの誰よりも前に出て、再び陣形を整えるタイレーツ。

 

「ヘイ!!」

「「「「「へヘイ!!」」」」」

「うん!タイレーツ、頼りにしてるからね!!」

 

 ユウリとタイレーツの言葉を合図に、再びイワパレスとの激闘が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




?????

タイレーツを襲撃した存在。
せいなるつるぎを憶えているらしい。

クララ

基本的に黒いところのあるキャラなのでクセ強く。
この作品の初期セイボリーさんと同じく、最初から押し付けって抜け駆けするためにゴマすりしていたところもあります。

どくタイプ

かなり珍しいですよね。
使い手は確かに少ないので、クララさんの競争相手が少なそうで楽にジムリーダーになれそうだから。という理由は割と理にかなっていたりします。
ガラルのテンション的に、どくタイプの戦い方自体があまりあってなさそうですし、少なくとも、ガラルでは使い手はこれからもあまり増えなさそうですよね。

ステルスロック

恐らくいわタイプの技の中でも1、2位を争うレベルで強い技。
リアルでもいろいろ悪さできそうですよね。




ついに週刊ランキングでも確認できました。
評価、UAこちらもありがとうございます。
並びに誤字報告も大変助かっています。


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84話

「先手必勝!インテレオン、『ねらいうち』!!」

「ミロカロス、『みずのはどう』!!」

 

 お互いの戦闘準備が整った瞬間、先手を取るべく素早く攻撃動作に入るインテレオンとミロカロス。イワパレスの弱点であるみずタイプのその技は、可能であるのならこの一撃でさっさと決めてしまおうと言う意思が感じとれるほど強力なものだ。

 

「ススィ!!」

 

 もちろんそんなに簡単に行く訳もなく、イワパレスの前にいるイシズマイが放ついわなだれによって綺麗に防がれる。水圧によって砕かれて、飛び散る岩の破片がイワパレスの方に飛んでいくものの、背中の甲羅が全てを受けきっているため、大したダメージにもなっていない。

 

「「「「「「ヘイ!!」」」」」」

 

 ダメージにはなっていないものの、それでも視界を奪うことには成功している。この隙をしっかりとわかってくれたタイレーツが突撃を行い、イシズマイたちの間をすり抜けてイワパレスの眼前にまで迫っていく。懐まで潜り込んだタイレーツの先頭にいるヘイチョーの角が緑色に光ながら少し伸びていく。そのヘイチョーの背中を他の5匹が力を合わせて押し出すことによって、貫通力を増したその攻撃、メガホーンがイワパレスの守りを打ち破らんと猛進する。この攻撃に対し、イワパレスも対抗をするべく、右手のハサミをメガホーンと同じ色に輝かせた。

 

「『シザークロス』……させないよ!キルリア!!『ドレインキッス』!!」

 

 このままではタイレーツの技が止められてしまうために、そのフォローにキルリアが走る。右手に口付けをし、光る拳をシザークロスの下からぶつけることで軌道を上にあげ、タイレーツが下をくぐれるように隙を作る。身長の低いタイレーツは狙い通り弾かれたシザークロスの下を潜り込み、渾身の一撃をイワパレスにお見舞する。ヘイチョーの額から伸びた角はイワパレスの体を正確にとらえ、しっかりとダメージを刻み込むが、イワパレスもシザークロスを弾かれた時点でダメージを受けることは覚悟していたみたいで、しっかりと踏ん張って耐える。そこから反撃とばかりにまだ自由に動く左のハサミで再びシザークロス。メガホーンを放ったばかりのタイレーツに向けてその刃を叩つける。

 

「タイ、ヘーイ!!」

「「「「「ヘヘイ!!」」」」」

 

 このままではメガホーンで与えたダメージ以上のものを返されるため、ヘイチョーはすぐさまヘイたちに指示を出し、それに応えたヘイたちはヘイチョーとキルリアの背中を掴んで引っ張る。ヘイチョーの見事な指示により、素早く後退したタイレーツとキルリアへの被害はゼロ。タイレーツたちの鮮やかな連携が光る瞬間だった。

 

「凄いねタイレーツ。まるで本当に1匹のポケモンのように動きに淀みがない」

「さすがじんけいポケモンって呼ばれてるだけはあるってことかな?」

 

 元々自分たちで連携をしているだけあってか、ボクたちトレーナーのポケモンにも初見でしっかりと息を合わせることが出来ているのはタイレーツと言う種の強みだろう。連携というものに慣れているためか、動きがとてもスムーズだ。

 

「シシシィッ!!!」

 

 一方、攻撃をされるだけされ、自分の仕返しは逃げられて、やりたいことが何もできなかったイワパレスは目に見えて怒っていた。怒りの咆哮を上げながら右のはさみを掲げるイワパレスの指示に従って、イシズマイの群れがきれいに整列をはじめ、順番にいわなだれを放ってくる。

 

「数で押しつぶす気だね……」

「怒っている割には凄く冷静で恐いんだけど……と、とにかく!!ミロカロス、『みずのはどう』!!」

「キルリア、『サイコキネシス』!インテレオン、『アクアブレイク』!!」

 

 飛んでくる沢山の岩石群を、ミロカロスが大雑把に落としていき、こちらまで飛んできたものをキルリアとインテレオンが近接技で叩き落していく。

 

「ヘイヘイ!」

「「「「「へーイ!!」」」」」

 

 それでも落とし切れない岩は、タイレーツが守りの陣形を組み、岩を直接受けて止めることによって、被害をなくしていた。前に3匹、後ろに3匹並んで岩を受け止める姿は、ラグビーのスクラムのようにも見えて、とても力強く頼もしい。先頭のヘイチョーが盾のような部分を前に突き出して、軽快な音を立てながら弾いている姿なんて、歴戦の勇者を彷彿とさせるようだ。

 

 間違いなくボクたちを信じて、身を挺して守ってくれている。少なくとも今はボクたちのことを仲間だと思ってくれているようだ。

 

「ありがとうタイレーツ!」

「「「「「「ヘイッ!!」」」」」」

 

 ユウリの声に嬉しそうに反応しながらいわなだれを弾いたタイレーツたちは、スクラムを組んだままいわなだれの雨を突き進む。まるで重機関車のような猛進を見せるタイレーツは、そのままイシズマイたちの群れと激突し、いわなだれを無理やり止めた。

 

「ヘイッ!!」

 

 いわタイプに耐性のあるかくとうタイプならではの正面突破を成功させたタイレーツのヘイチョーからの叫び。その叫びは、ボクたちには「今がチャンスだ」と言っているような気がして。

 

「『みずのはどう』!!」

「『ねらいうち』!!」

 

 ユウリと目を合わせて同時に攻撃。ミロカロスとインテレオンから同時に放たれる水技は、イシズマイの群れを飛び越えてイワパレスへ向かって突き進んでいく。当たれば大ダメージ間違いなしのその攻撃は、しかしイワパレスの目の前で弾けてしまう。

 

「ステルスロック……扱いが上手い」

 

 自分の近くにあったステルスロックを目の前に集めることによって即席の壁にして防ぎきっていた。その判断の速さに舌を巻いている間に、イワパレスから高速で岩の塊を発射される。

 

「『がんせきほう』っ!?避けて!!」

 

 いわタイプの技の中でも随一の威力を誇る技がとんでもないスピードで飛んでくる。慌てて全員で回避するものの、がんせきほうが地面にぶつかった瞬間の衝撃が強すぎて、軽い地震のようなものが起きて足元がぐらついてしまう。そのせいでバランスを崩してしまい、こちらが次の行動に移るまでに大きなラグができてしまった。

 

(けど、それはイワパレスだって同じはず。『がんせきほう』は反動が強い技だ。そう簡単に動けは……)

 

「フリア!」

「え?」

 

 イワパレスからの攻撃はまだ来ないと思い、すぐ動けるようにバランスをとることに集中していると、ユウリが飛び込んできて押し倒される。

 

「ユ、ユウリ!?」

「大丈夫!?」

 

 急に押し倒されて、何事かと思っているといきなり心配される。何かあったのかと思い、イワパレスの方に視線を向けると、近くにいるイシズマイをハサミで持ち上げており……

 

「そういうこと!?インテレオン、『アクアブレイク』!!キルリア、『サイコキネシス』!!」

 

 イワパレスがイシズマイを()()()()()()()

 

 どこかの地方には、20kgあるイシツブテを投げ合うというとんでもない遊びがあると聞いたことはあるけど、まさかポケモンまでもがそんなことをするなんて思いもしなかった。イシツブテ程の重さは無いものの、それでも14.5kgという決して軽くない体重をしているポケモンが飛んでくる姿は一種の恐怖映像だ。あんなものが頭に当たろうものならどうなってしまうのか考えたくもない。しかし、イシズマイを投げるということはタイレーツが抑えているイシズマイの数が減っているということ。現状で均衡を保っていたのに、そこからイシズマイを取り上げてしまえば、当然徐々にタイレーツが押していくことになる。

 

 じわじわとイワパレスの方へと進んでいくタイレーツ。

 正直今はタイレーツの援護が出来ないから、このイシズマイ流星群を根本から止めるのは心苦しいけどタイレーツに任せるしかない。その代わりと言ってはあれだけど、イシズマイを弾く方向はできる限りイワパレスから離れた位置にしておき、転がったイシズマイたちが戦線復帰するまでの時間を1秒でも長くしておく。特に、インテレオンとキルリアは、自分の拳で直接飛ばす兼ね合いもあり、飛ばす方向を選びやすいのでなおさら意識して飛ばしてもらうように指示をしておく。その成果もあってか、イシズマイの数は更に減っていき、タイレーツの勢いがどんどん上がっていく。

 

「ヘイヘイ!!」

 

 イシズマイの数が減ったことによって力が弱ったほんの一瞬の隙。そこに気づいたヘイチョーが掛け声をかけた瞬間、周りのヘイたちも呼吸を合わせて同時に力を籠める。イシズマイたちの壁にできた、小さな小さな綻びを的確についたその行動は、見事壁を壊すという結果に辿り着き、そのままタイレーツがイワパレスに向かって突撃する。

 

 まだほんの少しだけイワパレスの周りに控えていたイシズマイたちが、タイレーツを止めようと体を張ろうとするものの、もう投げるイシズマイが少なくなってきたため、狙撃する余裕ができたミロカロスとインテレオンがそれぞれみずのはどうとねらいうちを行い、イシズマイたちを弾く。

 

「「いけ!!タイレーツ!!」」

 

 再びイワパレスの眼前に辿り着いたタイレーツ。スクラムを組んだまま走り続けていたタイレーツは、ヘイチョーの掛け声で陣形を変更し、前3匹の上に後ろ3匹が乗っかり、タイレーツによる小さな壁が出来上がる。少し小突かれただけで崩れてしまいそうでいて、同時にこのまま進めば6匹一斉に攻撃をすることが出来る攻めしか考えていない陣形を組み、イワパレスの目の前で全員が体の近くに拳状のエネルギーを構える。

 

(もしかして、インファイトの構え!?)

 

 拳がないタイレーツがどうやって殴るのか気にはなっていたけど、まさか自分の闘気を具現化するとは思わなかった。しかし、全員が全員拳を2つずつ構えている兼ね合いで、通常のポケモンに比べれば圧倒的に手数が多いその攻撃は、イワパレスの表情を一変させるには十分な衝撃だった。

 

 元々イシズマイを投げることに集中しすぎていたためにタイレーツの接近に気づくのが遅れたイワパレスは、慌てて自分の体を背中に背負っている地層のような甲羅に身を隠す。

 

 最大の攻撃チャンス。

 

「ヘイ!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 反撃されないとわかった瞬間タイレーツより繰り出されるのは、6対12個の拳による暴力の嵐。何十何百と聞こえる激しい打撃音は、イワパレスの甲羅をひたすら攻め続ける。かくとうタイプの最高峰の技の一つであるインファイトをもろに受け続けるイワパレスの甲羅は、遠目から見てもかなりのダメージを受けているように見えて、その証拠に徐々にひびが入っているように見えた。

 

「ヘイヘイ!」

「「「「「ヘイヘイ!!」」」」」

 

 あと少しで倒せる。ボクたちもタイレーツたちもそう確信し、最後の一息のラッシュを叩き込む。そしてとどめの一撃をヘイチョーが叩き込み、イワパレスの体がついに宙に浮きあがる。

 

「ミロカロス!」

「インテレオン!」

 

 浮き上がったイワパレスに対してダメ押しをするためにユウリとともに技を宣言する。

 

「『みずのはどう』!」

「『ねらいうち』!」

 

 イワパレスの弱点であるみず技。ここまですればイワパレスも倒れてくれるだろう。

 

 ……しかし

 

「シシシシシィッ!!」

 

「「ッ!?」」

 

 その希望はイワパレスの甲羅の破片が飛び散り、その破片によって水が全部弾かれて消されることによって消されてしまう。

 

「あれだけ攻撃を受けてまだ反撃できるの!?」

「凄い耐久力だねっ」

 

 水を弾いてすぐに地面に着地するイワパレス。既に満身創痍に見えるけど、それでもまだ目は死んでいない。いったいここから何をする気なのか。インファイトを終えて、守備力が下がっているタイレーツたちは特にイワパレスに向かって視線をそらさないように警戒をしている。一体何をしてくるのか……イワパレスから視線をそらさないようにじっと見つめていると、ある違和感を感じた。

 

(あれ、イワパレスの甲羅……ひび割れて岩の破片が飛び散ったのはわかるんだけど、それにしたって小さくなりすぎているような……ッ!?)

 

「タイレーツ!下がっ━━━」

「ヘイッ!?」

 

 そこまで考えてとある考えが思い浮かび、慌ててタイレーツに下がるように指示をする。しかし、それよりも圧倒的に速く、イワパレスが両のはさみを緑色に光らせ、シザークロスを振り切っていた。

 

 結果は勿論、タイレーツへの大ダメージ。

 

 先ほど見た一撃よりも明らかに強烈な攻撃がタイレーツを捉え、6匹がバラバラに吹き飛ばされる。

 

「イワパレスってあんなに速く動けるの!?それにさっきの『シザークロス』、明らかに今までと威力が……」

「あの技、ユウリも知っているはずだよ」

 

 イワパレスの運動性能が急に上がった理由。そのことに対してユウリが混乱し始めたけど、なだめながらゆっくりと思い出してもらう。先ほどもボクが言った通り、ユウリはこの現象を()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこまで伝えて、ユウリもとある技に思い至ったのか、顔色が少しずつ悪くなっていく。

 

「ま、まさか……」

「間違いない……『からをやぶる』だ!」

 

 ボクが技の正体を口にした瞬間再び姿を消すイワパレス。

 

「インテレオン!!タイレーツたちを守って!!」

「ミロカロスもお願い!!」

 

 イワパレスに吹き飛ばされたことによってばらばらになってしまい、リーダーの指示が一時的に途切れてしまったためにパニックになってしまったタイレーツたちを守るために、ミロカロスとインテレオンを急いで向かわせる。この状況でイワパレスが狙うとなれば、間違いなく彼らだと思ったからだ。その予想は見事的中し、次にイワパレスを目撃した場所はタイレーツの近く。しかし、予想外だったことは、その場で行った行動が、ステルスロックを全方位に勢い良く飛ばすという無差別攻撃だったという事。

 

 ミロカロスとインテレオンのフォローは確かに間に合った。ばらばらになってタイレーツたちの間に割り込んで、アクアブレイクとみずのはどうで何とか被害を抑えることに成功はした。しかし、タイレーツは全部で6匹。その全員を守ることが2匹では難しくて。更に最悪だったのが……

 

「ヘイッ!?」

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 守りきれずに吹き飛ばされたのがよりにもよってヘイチョーだったこと。6匹集まって初めて本来の強さを発揮するということは、単体になると一気に弱くなってしまうという事。その弱点を明確に突かれたその一撃は、さらに最悪なことに崖下に向かって落ちていくように放たれていた。

 

 このままではヘイチョーが崖から落とされてしまう。

 

「ヘイチョーさん!!」

「ユウリ!?」

 

 その姿を見たユウリがヘイチョーの下へ向かってダッシュする。声をかけるも、まるで他のことが見えていないのか一直線に走るその姿は、タイレーツのことを心から心配していることがわかるのと同時に、とても危ういとも思ってしまう。

 

(このままじゃまずい気がする!!)

 

 ユウリのフォローをするべくボクも後ろについて行くようにダッシュする。その間も何回か声をかけるものの、やはりボクの声に反応はない。程なくしてタイレーツの下まで潜り込んだユウリは、更にそこからジャンプしてヘイチョーをキャッチすることに成功する。

 

「やった!」

「ユウリ!そっちは危ない!!」

「え?」

 

 しかし喜んでなんていられない。ジャンプしたことによって勢いがさらについてしまったせいで、今のユウリは自分の動きを止められない。そしてユウリの進行方向には、ボクたちが()()()()()()()()()()()()()()()

 

「う、嘘……」

「ユウリィ!!」

 

 ボクたちがクララさんと出会えたのは彼女が崖から落ちたから。そこに向かっているということは、ユウリも落ちてしまうということ。しかし、クララさんの時と違うのは崖の下に受け止めてくれる人がいない。

 

 このまま落ちてしまうとどうなるか。そんなこと考えたくすらない。

 

(間に合って!!)

 

 少しでも体を軽くして速く走るために、背負っているリュックを放り投げて全力疾走。視線の先では既に崖から体が半分以上飛び出ており、ゆっくりと崖下に体を吸い込まれていくユウリの姿。

 

 

「間に合えぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 更に足に力を込めてとにかく走る。1秒でも早くユウリの元にたどり着くために。ユウリが崖に吸い込まれる前にこの手を届かせるために。手を伸ばし、まだ見えるユウリの手を取るために。そして……

 

「届いたっ!!」

「フ、フリア……」

 

 何とか伸ばした手が届き、もはや崖から落ちている途中だったユウリの腕を何とかキャッチ。腕1本でユウリとヘイチョーを支えるのは凄くきついけど、ここで手を離す訳にはいかない。根性の見せ所だ。

 

「待ってて、今引き上げるか━━」

「シシシシィッ!!」

 

 だけどこんな隙をイワパレスが逃すわけが無い。

 

 後ろから聞こえてくるイワパレスの足音が、後ろを確認することが出来ない今のボクの恐怖心をどんどん煽ってくる。

 

「キ、キルリア!『サイコキネシス』!!」

 

 状況は見えないけど指示だけは出して何とか応戦させる。しかし

 

「キルッ!?」

 

 後ろから聞こえてきたのはキルリアが弾かれたような音とキルリアの悲鳴。振り返る余裕がないせいで全く分からないけど、ピンチなのはよく分かる。

 

(まずいまずいまずい!!インテレオンとミロカロスはタイレーツの守護に回ってるからこっちに来られない!!マクワさんたちはイシズマイの群れの相手に精一杯だし、ヨノワールたちは崖を昇降するって話を聞いてから、ホルダーにボールをいつもよりもがっちりと固定してるせいで間違いなく自分から外に出ることが出来ない!自分でボールを開けようにも右手はユウリたちを、左手は自分が崖から落ちないように支えるのに精一杯だ!)

 

 絶望的な状況でもイワパレスは当然待ってはくれない。徐々に近づいてくる足音。遠くから聞こえるマクワさんや、インテレオンたちの悲鳴。

 

「フ、フリア……」

 

 そして、手元から聞こえてくるユウリの怯えた声。

 

「くそ……なにか……なにか……っ!!」

 

 この状況を打破するために、ボクの頭はフルスロットルで稼働する。けど、それでも、いい案が思い浮かばない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キ……ル……」

 

 からをやぶるによって強化されたシザークロスを貰ってしまい、大ダメージを受けたせいで体が言うことを聞いてくれない。それでも、このままだと僕の大切な主様がやられてしまうから。

 

 動け。動け。動け!

 

 自分の体から離れると技が維持できなくなってしまう、そんな欠陥を抱えた僕をここまで大切に育ててくれた大好きな主様なんだ。その上僕の我儘まで聞いてくれた、感謝しても仕切れない大切な主様なんだ。まだ1つだって恩を返せていない。なのにこんなところで倒れるなんて許されるはずがない。

 

 けど、今の自分ではイワパレスを止められる気なんて全くしなくて……

 

 そんなことを考えている間にイワパレスはシザークロスを構えながら主様に近寄っている。

 

 関係ない。今の自分が勝てないのなら、自分の体を盾にしてでも止めなくちゃいけない。

 

 自分の体にムチを打って立ち上がる。

 

 ……あれ?

 

 気づけば僕の体からかわらずのいしがなくなっている。シザークロスを受けた時に落としてしまったのだろうか。……いや、丁度いい。進化した僕の体なら……サーナイトの体ならきっと盾くらいにはなれるから。

 

 主様が投げ捨てたリュックの近くに落ちていた大きな石を拾い上げ、主様とイワパレスの間に自分の体を滑り込ませる。

 

 この石をぶつけて、シザークロスの威力を弱めたところにサイコキネシスの全開をぶつければ、もしかしたら止められるかもしれない。その場合、サイコキネシスの出力を上げる途中できっと進化が起きてしまうだろう。でも、それで主様が守れるのであれば本望だ。守れるのであれば本望だ。

 

 主様に向けて振られるシザークロスに石をぶつけて威力をそぐ。その際に石が砕け散ってしまったけど、同時にしっかりと威力を落とせた。そこにサイコキネシスを全開にした両の拳を叩きつけ、激しい音を奏でながら相殺しあう。

 

 これで、主様を守れた。

 

 僕は進化してしまうけど、それでもこれから主様を引き上げることが出来れば、もう僕がいなくても勝つことが出来るだろう。もう、僕の役目はこれで完了だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、それでもやっぱり……エルレイドになりたかったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思いとともに、視界に少しだけ入った、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕の体は青白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タイレーツ

拳、どこ?

イシツブテ合戦

初代の図鑑に載ってますよね。カントー人恐ろしすぎる……

からをやぶる

またですね。
最強の積み技です。

キルリア

おや、キルリアの様子が……そして最後のあれは……
ヒントは吹雪編です。






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85話

74話にて、はりきによって威力があがっている云々の話がありましたが、はりきりは特殊攻撃には作用しないので一部訂正しました。

ポプラさんが使うトゲキッスの特性ははりきりで間違いはないのですが、覚えている技はすべて特殊なんですよね……
なぜ……?

カジリガメの特性に続き、誠に申し訳ありませんでした。

改めて、指摘してくださった方ありがとうございます。

たぶん違和感ないと思いますので、確認していただけたら幸いです。


 ぷるぷると震え出す私の腕。右腕でヘイチョーを抱き、左腕をフリアに掴まれた状態でぶら下がっている現在、後ろから襲われようとしているフリアに対して、私ができることなんて何も無い。それがとても悔しくて、私のせいでこの状況になっているのが許せなくて。

 

「フリア、私のことは大丈夫だから……」

「大丈夫なわけないでしょ!?この手は絶対に離さないから!!」

「なんで……」

 

 下に視線を向ければ、確かにすごく高いけど、ここから落ちても命を落とすとまではいかない……と思う。それくらいなら、いっそこの手を離して、あのイワパレスをフリアが倒してくれれば、それで丸く収まると思う。なのにフリアは頑なに手を離そうとしなくて。

 

「大切な人助けるのに理由なんているの!?悪いけど、またボクの傍から人が離れるなんて絶対にさせないから!!」

「っ!?」

 

 フリアの言葉が胸に刺さる。フリアの過去については色々聞かせてもらった。彼がどんな思いでここにきているのかも。元々誰よりも優しくて、けど挫折を味わって、それでも克服をしようとここまで来た彼が、こんな状況で誰かを見捨てるなんて絶対しない事くらいわかりきっているし、そんな彼に見捨てろという方が酷に決まっている。

 

 けど、不謹慎に聞こえるかもしれないけど、それでもやっぱり……

 

(本当に優しくて、強くて……この人に憧れてよかったなぁ)

 

 そんなことを思ってしまうわけで。

 

 今もフリアの後ろでは何かが砕ける音がして、フリアの後ろから青白い光が差し込んでいて。きっと私が想像もつかないようなことが起きているんだろう。

 

(それでもきっと……フリアなら乗り越えちゃうんだろうなぁ)

 

 それでも必ず何とかしてくれる。さっき、私の腕をつかみながら叫んだフリアの表情を思い出すと、不思議とそんな感情があふれてくる。

 

 とくん

 

(……あれ?)

 

 とくん

 

 と同時に、いつかなった覚えのある現象が再びぶり返す。早まる鼓動。上がる体温。けどどこか心地よくて安心する。そんな不思議な感覚。

 

(ああ、そういう事なんだ……)

 

 この現象はいったいなんなのか。前回起きたときはわからなかったけど、今その正体に気づくことが出来た。

 

 握った手から確かに感じるこの暖かさとときめき。これがそういう事なんだって、気づいてしまった。

 

(……ほんと、なんてタイミングで気づいているんだろ)

 

 まるで緊張感のない自分に苦笑いが出てしまう。この仄かな思いは、せめてイワパレスとのいざこざが終わるまでは隠しておこう。きっとフリアならこのまま私を引き上げてくれるはずだ。そうなれば、またイワパレスと戦うことになる。その時においては、この感情はちょっとした邪魔になってしまうかもしれないから。けど、この問題が片付いたその時からは……

 

(少しずつ、そっちの方面にも、進んでみようかな……)

 

 きっとライバルは多いだろう。けど、ちょっと簡単には諦めなさそう。

 

 フリアとつながっているこの手を眺めながら、私は密かに決意をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から石の破壊音が聞こえたと思ったら、今度は自分の視界の周りが青白く光りだし、明らかに何かが起きたことを教えてくれた。しかし、現在進行形で後ろを振り向くことが出来ないボクに、イワパレスが、戦況が、そしてこの光によって何が起きたのかを確認する術は一切ない。吹き飛ばされたキルリアや、残されているインテレオンたちへの心配がどんどん積もっていく中、徐々に視界から青白い光が消えていき、気づけば周りの風景はいつもの色に戻っていた。

 

 現状唯一、周りの状況を確認できる方法が聴覚だけとなっているため、頑張ってそこからいろいろ探ろうとしてみるけど、青白い光が消えてからというものの、周りの戦闘音も止んでしまったためいよいよもって状況がわからなくなっていた。

 

(な、なにが起きているの……?イワパレスの足音とか、技の発生音とかが聞こえてこないあたり、接近してきてはいないみたいだけど……もしかして、マクワさんたちがイワパレスを……いや、それならボクたちを引き上げてくれているはずだから……けどイワパレスが皆を倒しているなら、それこそボクたちはとっくに崖下に突き落とされているわけで……本当にどうなっているの?)

 

 いくら考えても出てこない答えに不安感はさらに加速していく。

 

 これから自分たちはどうなってしまうのか。

 

 せめてユウリにこの不安が伝わらないように表情こそ変えていないものの、内心は穏やかではない。

 

(ボクはいったいどう動くのが正解なんだろう……)

 

 と、いろいろなことを考えていたところに、突如ボクの思考を強制的に断ち切らざるを得ないことが起きる。

 

「わわわ!?」

 

 急に背中から誰かにつかまれて、引き上げられる感覚。少しの浮遊感を感じながら持ち上げられた体は、先ほどまでユウリたちを落とさないように込めていた力をも抜けさせていく勢いで引っ張られる。よくよく足元を見れば、浮遊感どころか本当に浮遊しており、それはエスパータイプの超能力によって浮遊させられた感覚と全く一緒で、ボクと手をつないでいることによって同じくエスパー能力の効果範囲となったユウリとタイレーツも一緒に浮き上がっていた。

 

 ……タイレーツは苦手なエスパーの力を感じているみたいで、若干嫌そうな顔をしているけど。

 

 何とか危機的状況から切り抜けることはできた。問題はボクたちを助けてくれた存在が誰かという事。ボクの予想では、キルリアが頑張ってくれたんだと思っている。それを確かめるために振り返り……

 

「……え?」

 

 予想が裏切られたことに驚く。

 

 ボクの後ろにいたのはキルリアから育った姿。スカートのように見えた部分は腰に丸くまとまり、腕は白色から緑色へ。さらに肘を起点に前腕と逆方向に突起が伸びており、まるで刀を逆手持ちしているようにも見える。一方で脚は緑色から白色になっており、その逞しい足の先は足袋のようにもみえ、キルリアの頃のような華奢なものとは打って変わって力強さの感じる、それでいて無駄な部分は感じさせないしっかりとしたスマートなものへと変わっていた。

 

 それは、めざめいしがないと到達することのできない姿。

 

 キルリアが、なりたいと自分から願った姿。

 

「エルレイド!!」

 

 ボクの仲間は、頼もしい騎士へと進化を遂げていた。

 

「エルレイド……よかったね。自分の望む進化ができて……!!」

「……?」

 

 しかし当の本人は自分の望む姿に進化したというのにあまり嬉しそうにしていない。むしろ、ボクに対してどこか申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「どうしたのエルレイド。進化が嬉しくないの?」

「…………???」

 

 質問してもどこかまだ状況がよく分かっていないエルレイド。ボクの言葉が理解できていないみたいで、せわしなく首をあちこちへきょろきょろさせながらうろたえている。一体どうしてしまったのか。何がエルレイドを混乱させているのか考えてみて、ふととある答えに辿り着いたので聞いてみる。

 

「……もしかして、今自分がどうなっているか理解していない?」

「!!」

 

 ボクの言葉にものすごい勢いで頷くエルレイド。ボクにとっても予想外の進化だったけど、それはエルレイドからしてもそうだったみたいだ。

 

 確かに、よくよく考えればかわらずのいしを持っていたし、一方でめざめいしは持っていなかったため、この進化は謎だ。けど、エルレイドになっているのは事実である。そのことを自覚してもらうために、ロトム図鑑にカメラモードを起動してもらい、自分の姿を確認してもらう。

 

 図鑑のカメラ機能にしっかりと映るエルレイドの姿。

 

「エル……ッ!!」

 

 そこでようやく自覚する自分の進化。と同時にボクに抱きつきながらうっすらと涙を流すその姿は、エルレイドの種族特有の感情共感により、嬉しさと感動と感謝がダイレクトに伝わってくる。いつの間にか後ろに立っているユウリも、その光景にあてられたのか、同じようにうっすらと涙目になっている。なんだかボクもつられて泣いちゃいそうだ。

 

(でもなんでエルレイドに進化を……あれ?)

 

 エルレイドに進化した理由がいまだにわからず、あたりを見渡していると、砕けてはいるものの、もともとは一つの大きな石だったと思われる残骸が散らばっていた。

 

(この石……もしかしてボクのリュックに眠ってた……サイさんとクツさんに貰ったあの石……)

 

 遠くからやってきたウルガモスと、ウルガモスを撃退するために対抗していたモスノウたちの群れが原因で起きたあの事件のさなかに、採掘コンビからいただいた、ただの石だと思っていたもの。貰った時は、いらないものだと言ってボク以外の皆が捨てて、ボクもそれに倣って捨てようと思っていたけど、そこから事件がいろいろ起きてしまったため、捨てるタイミングを失ってリュックに眠っていたそれ。

 

 あの時は、『それはなんかの石だ!なんか見ていて妙に惹き付けられたし、採っても大丈夫そうだから採ってきたぞ!』と、物凄く胡散臭い言葉とともに送られたものだけど、その中にめざめいしが入っていたという事だろう。

 

 灯台下暗しとはまさにこのことだ。

 

「おめてとう。そしてあらためてよろしくね。エルレイド」

「エル……!」

 

 胸に手を当てながら恭しく頭を下げ、膝をつくその姿はまさしく騎士そのもので、そこからボクの手を取る姿はなんだかボクが童話の登場人物になった気がして。

 

「……なんだか、フリアがお姫様になったみたい」

「なっ!?」

「エル?」

 

 ユウリの発言によって一気に空気が壊される。

 

「フリアって中性的だし、女の子の格好をすれば完璧だと思うよ?」

「や、やめて……古傷が……」

「古傷……?」

 

 ヒカリのせいで嫌な記憶があるので本当にやめてほしい……。

 

「って、ユウリは大丈夫?ヘイチョーは?」

「私たちはフリアとエルレイドのおかげでなんともないよ。本当にありがと」

「ヘイ!!」

 

 ボクの言葉に元気に返してくれるヘイチョーとユウリの姿に嘘を言っているようには見えないので、とりあえず山場は乗り越えたとみていいだろう。

 

「レオッ!!」

「ルオォッ!!」

「「「「「ヘイッ!!」」」」」

 

 そして落ち着いたボクたちのところに帰ってくるインテレオンとミロカロスとヘイたち。よく見ればイシズマイたちもかなりの量が倒れており、ボクたちがいない間にしっかりと戦ってくれていたことがわかる。指示がない戦闘は2匹とも初めてだから、間違いなく戦い辛かっただろう。それでもしっかりとヘイたちを守り切ったことに本当に感謝だ。

 

 この広場の入り口の方を見れば、マクワさんたちもイシズマイたちを的確に倒しており、マホイップとストリンダ―も押され気味ではあるけど、押し切られる前に逆方向から攻めているマクワさんたちが押しつぶし切ってくれるだろう。

 

 ボクたちは前を見るだけでいい。

 

「イワパレスも『からをやぶる』で強化されているとはいえ、かなりダメージを受けているはず。イシズマイの数もかなり少ないはずだし、ここまでくれば問題なく勝てそうだ!」

「うん、次は油断しないよ!!」

「「「「「「……ヘイ!!」」」」」」

 

 改めて気合を入れなおすユウリの足元で、タイレーツが軽く突きながらユウリを呼んでいた。

 

「あなたたちも、最後まで頑張ろうね!!」

「「「「「「へヘイ!!」」」」」」

 

 それに対してユウリも返事をするものの、どうもタイレーツたちの言いたいことがちゃんと伝わってなかったようで、まだユウリの足元に群がってくっついていた。

 

「え、えっと……」

「ユウリの指示を聞きたいんだって」

「え?」

 

 タイレーツたちの動きに困惑してしまったユウリに対して、タイレーツたちが言いたいことを何となく察したボクがアドバイスをする。ボクの言葉を聞いて驚いたユウリがタイレーツの方へ視線を向けると、どうやらボクの予想が当たっていたみたいで、ユウリが「そうなの?」と聞き返すと、元気よく頷くタイレーツたち。その視線は助けてもらったことによる感謝も交じっており、ユウリの手伝いをしたいという気持ちが強く感じ取れた。

 

 それともう一つ、トレーナーの指示を受けて想像以上のパフォーマンスを見せているミロカロスにちょっとした羨望の気持ちも感じるあたり、感謝とは別にタイレーツ本人が、何かしらの目的をもって強くなりたそうに見えなくもないけど……そこは彼らにしかわからない事情があるのだろう。今は知るすべもないし、この戦闘に関係はなさそうだから置いておく。

 

「……うん。わかった。タイレーツ!!」

「「「「「「ヘイ!!」」」」」」

 

 タイレーツからの熱烈な視線に対して、ユウリもその思いをしっかりと受け止めて、空のモンスターボールをタイレーツに向ける。向けられたボールの中心部分に突撃したタイレーツは、6匹まとめて赤色の光とともにモンスターボールに吸い込まれていく。

 

 3回だけ揺れて、ポンという景気のいい音が鳴った瞬間すぐにボールを空中に投げるユウリ。再び姿を現すタイレーツは、6匹そろって雄たけびを上げながらユウリの前でしっかりと陣形を組み、イワパレスへと視線を向ける。

 

 図鑑をタイレーツに向けて、今タイレーツが使える技を確認しながら、とある一つの技を宣言する。

 

「タイレーツ!『はいすいのじん』!!」

「「「「「「へヘーーーイッ!!」」」」」」

 

 大きな声を上げながら、ヘイチョーを頂点としたVの字をヘイチョー含め5匹で並んで作り、残りの1匹のヘイはヘイチョーの後ろに回った陣形を取る。タイレーツの後ろに大きな波と、横に篝火を幻視したと思った次の瞬間には、タイレーツの体からは赤いオーラが立ち上っており、タイレーツから感じる重圧が一気に上がる。

 

 はいすいのじん。

 

 自身が交替することが出来なくなるかわりに、自身の攻撃、特攻、防御、特防、素早さ全てが強化されるという、じんけいポケモンならではの強力な自己強化技。下がることを一切考えないその姿勢はいっそすがすがしく、少年心がくすぐられるような気がした。

 

 ボクのエルレイドとともに、先頭に立って戦う気満々に相手をにらみつけるその姿は、小さい背中なのにとても大きく見える。

 

 先頭に立つかくとう組を援護するために後ろで準備をするみずタイプ組。

 

 対するイワパレスは、数少ないイシズマイたちを再び集めて何とか迎撃しようと構え始める。

 

 両者最後の激突準備。

 

「「走って!!」」

「スススィッ!!!」

 

 ボクとユウリの掛け声と同時にエルレイドとタイレーツが駆け出す。一方でイワパレスも指示を出し、その声にイシズマイが反応して、密度は少ないながらも必死なのか、先ほどよりも明らかに威力の上がってるいわなだれを放ってくる。更に、後ろに控えているイワパレスもがんせきほうを構えており、からをやぶるでさらに強化されたそれを放ってきた。

 

 このままいけば必ずかくとう組に攻撃が直撃するだろう。しかし、かくとう組はその攻撃に対して一切の目を向けない。

 

「インテレオン!!」

「ミロカロス!!」

 

 なぜならすべての攻撃が撃ち落とされると信じてくれているから。ボクたちなら、この攻撃を自分たちに当たらないようにすることなんて簡単だとわかってくれているから。ならその期待に応えるべきだろう。

 

 ねらいうちとみずのはどうによってそのすべてを打ち落としていき、水と岩の破片が飛び散る中を、まるで何事もなかったかのように走り抜けるかくとう組。その進撃を何としてでも止めようと、イシズマイたちが特攻を仕掛けてくる。しかし、それすらもインテレオンとミロカロスが許さない。

 

 正確無比な水技がイシズマイたちを射抜いて、かくとう組の邪魔を決してさせない完璧なアシストを決めていく。しかし、そんなみずタイプ組も、からをやぶるにて強化されたがんせきほうまでは止められない。

 

 イシズマイのいわなだれとは比較にならないくらい大きな岩の塊。

 

 圧倒的な質量がとんでもない勢いで飛んでくる。けど、かくとうタイプにとって、いわタイプは打ち砕ける相手。

 

「「かわらわり!!」」

 

 タイレーツのヘイチョーが角を。エルレイドが肘から伸びる刃を。それぞれが自分の獲物を鋭く伸ばしながら白く光らせ、勢いよく振り下ろす。鋭く放たれる洗練された技は、まるで業物にて豆腐を切ったかのごとく、スッと岩を通り抜けて、いとも簡単に両断してしまう。左右に綺麗に別れ、エルレイドとタイレーツの横を通り抜けて激しい音を鳴らしながら落ちていくがんせきほう。そちらに視線なんてひとつも向けずにさらに前に走っていく。焦ったイワパレスが、もう残り少ないイシズマイを投げて、何とか反撃してこようとするものの、苦し紛れのその攻撃も、エルレイドが肘を伸ばして、そこに実体化させた心の刃を具現化させる攻撃、サイコカッターを構えてイシズマイたちを弾き飛ばしていく。

 

 エルレイドがタイレーツより1歩前に出る。

 

 大きく踏み込みながら、イシズマイたちを弾き飛ばしたエルレイドは、ついにイワパレスの前に到着する。がんせきほうの反動が未だ抜けきっていないイワパレスは、からをやぶるで素早さが上がっていても動くことが出来ない。せめてもの抵抗と、両ハサミを緑色に光らせ、シザークロスを放ってくる。同じくからをやぶるで強化された強力な攻撃。しかし、それすらも両腕の刃をしならせ、操り、巧みにシザークロスを受け流してそらしていく。右上から振られたものを右腕で下にたたき落とし、左下から迫ってくるものを下からかちあげて上にそらしたことで明確な隙が生まれる。

 

「レイッ!!」

「「「「「「ヘイッ」」」」」」

 

 同時に叫ぶエルレイド。その声に反応したタイレーツが、エルレイドの股下をくぐり抜けてイワパレスの懐に入り込む。そのまましたから突き上げるようにメガホーンを放つことにより、イワパレスの体が浮き上がった。

 

 さっきもあった決定的チャンス。

 

 あの時は仕留めきれなかったけど、今回は逃さない。

 

 1人でダメなら2人で、最後まで叩き込むだけだ。

 

「エルレイド!!」

「タイレーツ!!」

 

 エルレイドが、タイレーツが、イワパレスの隙だらけの体を見据えて拳を構える。イワパレスはこれを防ぐことは出来ない。

 

 その姿を見て、ユウリと顔を見合せながら頷き、トドメとなる技を宣言する。

 

 

「「『インファイト』!!」」

 

 

 総勢7名、計14個の拳による乱打。からをやぶるによるデコイさえも許さないその暴力の嵐は、この8番道路全体に響き渡っているのではないかと思う程の強烈な破壊音を奏でた。10秒か。20秒か。はたまたそれ以上か。からをやぶるで耐久が減っているとはいえ、イワパレス自体がもともとの耐久がかなり高いうえ、ダイマックスエネルギーを吸って耐久が上がっていると見えるため、その分を含めての徹底的な攻撃。現にまだイワパレスのハサミは上がっており、力を振り絞って耐えているように見えたから。

 

((まだ……!!))

 

「エルエル……ッ!!」

「へ、ヘイ……ッ!!」

 

 イワパレスが落ち切っていないことはエルレイドもタイレーツも理解いているからこそまだラッシュはやめていない。しかし、流石に殴り続けているため息切れを起こし、少しずつ手が緩んでいく。

 

 たとえここで耐えきられたとしても、ここからボクたち全体の勝負としては負けることはないだろう。けど、インファイトの効果により、耐久が下がってしまうエルレイドとタイレーツは返しの技で間違いなく落とされる。進化したばかりかつ、主を守ることに重きを置いている種族であるエルレイドと、なぜか分からないけど強さを求めているタイレーツにとって、ここでの敗北は自身のプライドが許さない。

 

 ここまでくればもはや勝負なんて関係ない、意地を通せるかどうかだ。

 

「頑張れ……エルレイド……!!」

「お願い……タイレーツ……!!」

 

 ユウリもそれを理解しているからこそ、手を合わせてタイレーツを祈る。

 

 更に10秒。

 

 いよいよ息切れを起こしてしまい、エルレイドとタイレーツの拳がさらに遅くなる。たった1秒が何分にも何十分にも感じる。

 

 苦しそうなエルレイドとタイレーツの表情がよく見える。

 

 苦しい時間。辛い時間。長い時間。

 

 しかし、ここまで耐えたご褒美がついに来た。

 

 イワパレスのハサミから力が抜け、下にさがり始める。

 

 

「「いけぇえッ!!」」

 

 

「エルッ!!」

「ヘイッ!!」

 

 

 エルレイドが右手に、タイレーツのヘイチョーが左手に、最後の力を込めて、力が抜けて完全に無防備となったなったイワパレスに同時に叩き込む。

 

「ス……スィ……」

 

 完璧な角度で叩き込まれたその拳はイワパレスの意識を断ち切り、ノックアウトする。と、同時に赤い煙が抜けていく。これでダイマックスエネルギーによる暴走ももうないだろう。

 

 イシズマイたちも、トップが倒れたことによって勢いがなくなり、完全に降参の流れだ。もう大丈夫だろう。

 

「……エル」

「……ヘイ!」

 

 決着のついた静まり返った戦場で、エルレイドの拳と、タイレーツの角が、こつんと当たる音だけが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユウリ

何かに気づきましたね。
この気持ちの名前は何でしょうか。

めざめいし

吹雪編で貰ったあの石に含まれていました。
あの時点でこの展開は考えていたので、ようやく回収できましたね。
書きたいことが書けるとちょっと嬉しいです。

エルレイド

ということでエルレイドです。
本当に騎士みたいでかっこいいですよね。

タイレーツ

ユウリさんの6匹目。
これでついにそろったことになりますね。
エルレイドもなんですが、このタイミングでかくとうタイプが加入するのは、この先のジムを考えるとかなり強いですよね。
ソードでもシールドでも、マクワさん、メロンさん、ネズさんに有利取れますし、キバナさんの切り札にもばつぐんとれますからね。
もしかしてそれを考慮してタイレーをここに……?

インファイト

凄い書きやすい。
物語的にも盛り上がると思ってます。
正直エルレイドに、エルエルってラッシュさせようかと血迷った時もありました(流石にやめた)






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86話

「お疲れ様、ユウリ」

「お疲れ様フリア」

 

 沈んだイワパレスを確認しながら拳を合わせるボクとユウリ。何とか暴走するイワパレスを止めることに成功したボクたちは、エルレイドとタイレーツを迎えに行き、インテレオンとミロカロスを連れてイワパレスやイシズマイたちの手当てをしようと考え、近づいて行く。敵だったとはいえ、原因はダイマックスエネルギーによる暴走だったわけだし、マクワさん曰く、本来なら温厚なポケモンらしいので、ここで手当てしても体が治った瞬間襲われるなんてことはないだろうと言う判断からの行動だ。

 

「フリアさん、ユウリさん、ご無事ですか!」

「凄い破壊音とか、ユウリが落ちかけているところとか、とにかく気になるところが多かったけど、どうだったんだ!?」

「大丈夫と!?」

「ぜぇ……ぜぇ……思ったよりハードなんですけどォ……」

 

 そんなことをしているうちに、マクワさんたちのほうもイシズマイたちが戦意喪失したため、戦闘を終えてそのままこちらに駆けつけていた。みな一様にユウリの心配を……いや、約一名体力の限界なのか、肩で息をしてそれどころじゃない人がいるけど……とにかく、皆ユウリの容態が気になっていたみたいで、急いで駆けつけてくれた。

 

「マホ~……」

「リィ……」

 

「っとと、マホイップもお疲れ様」

「ストリンダー。ありがとうね?」

 

 と同時に、後ろから迫ってくるイシズマイの軍勢を抑えていた、影の功労者である2匹も無事に帰還。2匹とも体中に傷は見えるものの、大きなけがなどは見つからず、ボクたちの持つ道具で十分治療可能な範囲だったからとりあえずは安心だ。

 

「本当にありがとうね。よく耐えてくれたよ」

「ゆっくり休んでね?テントを建てた後で、ご飯とか一杯上げるから」

 

 ひとまず2匹をモンスターボールに戻して、マクワさんたちの方へ視線を向ける。

 

「心配ありがとうございます。私の方はこの通り!元気いっぱいの健康体ですよ!」

 

 力こぶを作る形を取りながら元気よく返事することで、自分は大丈夫だということをアピールする。作り笑いにも見えないし、パッと体を見渡しても確かに傷は一つもないのでマクワさんたちもほっと一安心。

 

「フリアさんが崖に必死に手を伸ばしているところを見た時は生きた心地がしませんでしたよ……」

「全くだぞ。大怪我でもしたらどうするんだ……」

「……ユウリ、今はこんな元気なんだけど、ボクが手をつないでいるときに、『私のことはいいから……』とか言ってたんだよ?」

「ちょ、フリア!?」

「「……ユウリ?」」

「じょ、冗談だよ!だ、だからホップもマリィもそんな怖い顔しないで……ね?ね?」

 

 ボクのあの時聞いた発言をそのままみんなに伝えると、みんなの視線が一気にユウリの方に突き刺さる。その中でもホップとマリィ、それにミロカロスからの視線が特に冷たく、はたから見ても『お前何言ってんの?』と言っているようにしか見えない。ちなみに僕もジト目で見ている。残念だけど、こればかりは真っすぐ受け止めてもらおう。

 

「自己犠牲ダメ。ゼッタイ」

「フリアにだけは言われたくない」

「「間違いない」」

「なんで!?」

「あなたたち、無事なのはわかりましたから今はイワパレスの治療を手伝ってください」

「お腹すいたァ~……」

 

 あれだけの戦闘を行っていたとは思えないほどの緩み切った空気感。ボクたちらしいと言えばらしいけど、それでも相変わらず緊張感に欠ける空気漂うこの現状に、唯一の常識人であるマクワさんだけは『はぁ』とため息を吐きながら、イワパレスの治療を続けていく。

 

 一度バトルが終わればいつも通り。

 

 どんなことが起きても平常運転。

 

 今この場では、あんなことが起きたからこそ、みんなで落ち着けるいい空気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫ですよ。次は暴れないように気を付けてくださいね」

「ズスィッ!!」

 

 バトルが終わってから小一時間。無事イワパレスの治療も完了し、イシズマイたちも全員手当を終えて、嬉しそうに集まりながら自分たちの住処へと帰っていく団体様。からをやぶるで耐久が下がっているところをかくとうタイプ2匹がかりでインファイトを行ったので、もしかしたら大きなけがとかを負っているかもしれないという危惧は合ったものの、特にそういったこともなく元気になっていたのでほっと一安心だ。

 

「さすがいわタイプの専門家。得意タイプの治療はお手の物ですね」

「よしてください。そんな褒めても何も出てきませんよ。あなた方が手加減していたからです。急所も狙っていなかったみたいですしね」

「それでもです。アフターケアもポケリフレもしっかりしていましたし、何よりもイワパレスたちが嬉しそうでしたから」

 

 こちらにハサミを振りながら帰っていくイワパレスの表情はとても明るく、それだけでマクワさんの腕がよく分かる。タイプによっては手当の方法や、スキンシップの方法が全然違うなんてざらなので、今度マクワさんにそのあたりを色々聞いてみるのもいいかもしれない。

 

 ……ボクの手持ちにいわタイプは、シンオウを含めてもいないけどね。

 

「そちらの方はどうですか?」

「こっちもテントの準備と鍋の準備はできてますから、すぐにご飯もできますよ」

「それは良かったです。皆さん絶賛のシェフの味、じっくり楽しませていただきますね」

「か、からかわないでくださいよ……」

「先程のお返しですよ」

 

 マクワさんからのまさかのカウンターパンチに少しモヤモヤしながらテントの位置まで戻る。既に茜色に染っており、遠くの空に至っては紫色にも見え始めた。アクシデントこそあったもの、とりあえず予定通りに湯けむり小路の手前まで到着することが出来たので、今日はここで野宿を行い、明日になってから寒冷地帯である湯けむり小路に挑もうという算段だ。

 

 道自体はそこまで長くもないらしいから、数時間もあればキルクスタウンに到着できるだろうけど、シンオウ地方出身で寒さになれているとはいえ、冒険にまだ慣れていないであろうユウリたちを夜の雪道に連れて行くのはさすがに……ね?ガラル地方も気温だけで言えば割とシンオウ地方に近いんだけど、このジムチャレンジ自体がわりと安全に冒険ができるようなシステムになっているせいか、シンオウ地方に比べるとかなり冒険しやすい道になっている。の割には色々襲われたりアクシデントに出会ったりしているように見えるけど、シンオウ地方で起きたアクシデントに比べれば、正直まだマシな方なのではないかと思わなくもない。

 

 とにかく、安全に冒険できるような設計になっている以上、負わなくてもいいリスクは避けるべきだ。そういう意味をこめての野宿である。それに、これを機にみんなの交流の場とするのも悪くないしね。ということで……

 

「さて、ご飯もそんなに時間かからないだろうし……みんなも出ておいで!!」

 

 懐から取り出すのは自慢の仲間たち。ヨノワールだけはボールの中でゆっくりしていたいのか出てきてくれなかったけど、まぁいつものことなので気にすることもないだろう。ボクが手持ちを呼び出したのを確認したみんなも、各々の手持ちを呼び出した。

 

 ルミナスメイズの森でも行った全員パーティ。あの時と違うところと言えば、1部のポケモンが進化したことと、ホップのポケモンがガラリと変わったことだろうか。ゴリランダーとウッウはそのままに、他のメンバーはカビゴン、バチンウニ、アーマーガア、バイウールーとなっている。ビートとのバトルが終わってから変わったパーティであり、今となってはホップにとてもよく合ういいメンバーに見える。ちなみにスナヘビたちは実家に送っているようだ。

 

 ここまではいつものメンバーだけど、こうなってくると気になるのは新しく同行者となったマクワさんとクララさんの手持ちだ。出会ったばかりのクララさんは勿論、マクワさんに関しても話は少し聞いてはいるものの、イシヘンジンとガメノデス、アマルルガしか実際に見たわけではないのでとても楽しみだ。

 

「では僕の手持ちの皆にも出ていただきましょうか」

「うちも、皆出ておいでェ!!」

 

(待ってました!!)

 

 シチューを作る手を思わず止めてしまいそうになるのを何とかこらえ、料理を行いながら横目でマクワさんとクララさんの方向へと視線を向ける。

 

 マクワさんのもとから飛び出てきたのは、イシヘンジンとガメノデス、アマルルガに続いて、ツボツボ、バンギラス、セキタンザン。いわタイプ特有のごつごつ感した子たちを予想していたけど、蓋を開けてみれば、アマルルガと言いツボツボと言い、なんともかわいらしいポケモンもわりと見受けられる。特にツボツボとイシヘンジンなんて、そのちょっと抜けた表情がとてもかわいらしく、いわタイプへのイメージがガラッと変わってしまいそうだ。

 

 シンオウ地方のいわタイプが、ズガイトスと言い、タテトプスと言い、かなりごついポケモンが多いせいでそういうイメージがついてしまっているというのもあるけどね。シンオウ地方にいる他のいわポケモンだって、ゴローニャとかイワークとかだし……どっちかというと、硬いは勿論だけど、ごつかったり、怖いってイメージが先行してしまいがちのポケモンばかりだ。そんなポケモンたちと比べると、イシヘンジンとツボツボのお顔はかなり癒しを与えてくれる。

 

(マクワさんの丁寧で柔らかな物腰とあっていると言えばあっているのかも……?)

 

 次に視線を向けるのはクララさんの手持ち。ドラピオン以外の手持ちをしっかりと確認するために、他の子たちに目を向ける。ドラピオン以外で姿を現したのは、ガラルマタドガス、ペンドラー、ガラルヤドキング、ガラルヤドラン、エンニュート。予想はしていたけど、見事なまでのどく統一だ。ドラピオンのどくびしの練度からわかっていたことではあるけど、やはり毒のエキスパートという予想は当たっていた。特に目を惹いたのは、マタドガス、ヤドラン、ヤドキングといった、リージョンフォーム組。それぞれ元のポケモンをよく知っているだけに、どうしてもその差に目が行ってしまう。マタドガス、とヤドランに関しては、ポプラさんや、セイボリーさんのおかげで初見ではないにしろ、やっぱり目新しさはあるため気になってしまうものだ。さらに言えば、今回はガラルのヤドキングというはじめてお目にかかるポケモンもいる。

 

 試しにロトム図鑑をかざしてみると……

 

 ヤドキング ガラルのすがた じゅじゅつしポケモン どく、エスパータイプ

 

 進化のショックと毒素によって、シェルダーの知能が上がりまくり、ヤドキングを操るようになった。怪しげな呪文を唱えながら食べたものと、体内の毒素を混ぜて怪しい薬を作る。

 

 頭にシェルダーが噛みついている点はボクの知っているヤドキングと変わらないのだけど、ボクの知っている個体とは違い、こちらは目が隠れるまですっぽりとかみつかれており、図鑑の説明を見る限りそれが原因でシェルダーの持つ毒素と、脳からの化学物質、更にガラルヤドン特有のスパイス成分も合わさってどくタイプを手に入れているみたいだ。それに、よくよく図鑑を読み解いていくと、もはや体の制御はシェルダーに奪われている始末。原種は勿論のこと、ガラルのヤドランとも大きく変わっているその生態に思わずびっくりしてまたまたシチューを作る手を止めそうになってしまい、慌ててかきまぜる。ここまで作っておいて流石に焦げて失敗しましたは笑い話にもならないからね。

 

(とりあえず料理に集中しよっと)

 

 一通りみんなのポケモンに目を通し終えたボクは、ひとまず料理を優先して作ることに。ポケモンたちの遊ぶ声や、ホップとマリィの前菜を作る作業音、マクワさんの身支度を整える音、そしてユウリとクララさんのちょっとした歌声。それぞれが特徴的で、だけどうるさすぎず、とても落ち着く範囲で交じり合い、鼓膜を打つその生活音は、自然と料理への集中力を上げてくれた。このままいけば間違いなく美味しいシチューを作れそうだ。

 

(マクワさんにも期待されているし、ここは腕の見せ所だよね!!)

 

 だんだんと完成に近づくこのシチューから立ち上っていく匂いが、先ほどまで周りで遊んだり、騒いだり、各々の行動をとっていた人やポケモンを、鍋の方に集めていく。

 

 徐々に集まってくるポケモンやトレーナーたち。各々が適当に過ごしていたさっきまでとは違い、協力して皿によそい配膳し、ポケモン用のフーズも準備して。準備が完了すればいよいよ晩餐の開始だ。

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

 手を合わせて食事開始の挨拶。ポケモンたちも同時に声を上げたため、ちょっとした大合唱。その賑やかさが楽しくて、ついつい微笑みながらスプーンでシチューを掬い、口へ入れる。

 

(うん、味も完璧。隠し味の木の実もちゃんと効いてるし、これなら……納得してくれる、よね?)

 

 自分的には完璧な味付けだ。けど周りの人にとってこの味がいいかどうかわからなくて。特にマクワさんとクララさんの反応が気になり、ちょっと不安に感じながらそっと視線を横に向ける。

 

「やっぱ美味しい~!!」

「相変わらずフリアの腕は素晴らしいぞ」

「ほんと、見事やんね……」

 

 まず耳に入る感想はいつものメンバーのものから。まだまだ両の手で足りる回数しか作ってあげていないとはいえ、それでもこうやって毎回美味しそうに食べてくれるのを見ると、作った側も嬉しくなるよね。

 

「あれ、なんだかいつもよりも香りがよくない?」

「言われるとそうかも……なにかアレンジとかあると?」

「あ、気づいた?にんにくとオリーブオイルを少し加えてて、それで香ばしさを上げてみたんだよ。あとはチーズを増やしてまろやかさを上げたりとか……ちょっと細かいところの分量をいじってみたんだ。あとはオボンのみもちょっと加えてみたり。オボン自体がまろやかな味わいだから上手くマッチするかなって」

「「ナイス采配ですシェフ!!」」

「お気に召したみたいで恐悦至極にございます」

 

 ボクが色々としこんでいることにしっかりと気づいてくれたのはユウリとマリィ。沢山食べるのが好きなユウリはともかくとして、まだまだあまり料理を振舞った経験のないマリィまでしっかりと感じ取ってくれているあたり、やっぱりこういったものに関して女性の感覚って鋭いんだなぁと思ったり。それこそマリィなんかは、この辺りの作り方を教えてあげればボクが作るよりもずっと美味しいものを直ぐにつくりあげてしまいそうだ。ユウリだって、料理経験がないからあのような奇行に走っているだけなので、然るべき人にちゃんとした手順、方法を教えてもらえば、割と直ぐに順応しちゃいそうだしね。

 

 勿論その時教えるのは基本のレシピからだけどね。料理を失敗する人の大半は勝手に変なアレンジをするからなので、教える時はユウリが間違った覚え方しないようにしないと……っと、話が少し逸れてしまった。

 

 いつものメンバーからの評価はしっかり頂いたけど、大事なのはこれからだ。次に視線を向けるのは、今日初めてボクの手料理を食べるマクワさんとクララさん。ユウリたちがお世辞で絶賛しているとは思わないけど、それでも身内贔屓というものは少なくないはずだ。そういった贔屓が全く入らないであろう2人からの純粋な意見。気にならないわけが無い。ある意味貴重となったその意見をしっかりと聞くために、耳をマクワさんとクララさんの方へと向けて……

 

 

「フリアっち!!オカワリィ!!」

 

 

「にゃっ!?」

 

 耳元で響くクララさんのばくおんぱ。こうかはばつぐん、急所にも直撃。結果。

 

「鼓膜ないなった……あーあー……みんなの声聞こえないー……」

「「「フリアぁっ!?」」」

 

 みんながなんか慌てているけど何も聞こえない。そんな状態のボクを見て、エルレイドが慌てて駆けつけてきて、耳に両手を当ててすぐさま治療してくれる。まああんなことを言ったけど、実際のところはちょっと耳がキーンとしただけなので体に異常はないんだけどね。エルレイドもそれを理解してくれたのか、程なくして手を離してくれた。

 

 うん、なんかごめん。でもお約束だと思って……ね?

 

 ホップたちもあれが演技だとわかった瞬間ほっと一息付きながら食事を再開する。それを確認したボクは再びクララさんの方へと視線を戻し……

 

「そんなに美味しかったですか?」

「もう最っ高ゥ!!こんな美味しいものを作ってくれるなら毎日食べたいくらい!!」

「あはは、それは嬉しいですね。おかわりは沢山あるのでいっぱい食べてくださいね」

「モチのロン!!」

 

 ボクからおかわりのシチューを受け取りながら、ホクホク顔で席につき、物凄い勢いで2杯目を食べていく。この調子だと3杯目も直ぐにつぐことになりそうだ。

 

 ……なぜかユウリからムッとした目を向けられたけど気のせいだろう。

 

「僕も頂いても?」

「え?」

 

 もりもり食べ進めるクララさんに清々しさすら感じていた時に横から差し出される空の器。持ち主を確認すれば、そこにはサングラスを指で持ち上げながら、満足そうな笑顔を浮かべているマクワさんの姿。

 

「シェフのお得意をもっと頂きたく。頼めますよね?」

「勿論です!……って、マクワさんまで変なノリについてこないでも……」

「いいではないですか。それとも、僕だけ仲間はずれですか?」

「その言い方はズルくないですか?」

 

 フッと口角を少しだけあげるような笑みを見せるマクワさんに、同じくおかわりをついで差し出す。クララさんみたいにがっつく訳では無いけど、上品ながらもそこそこの勢いで食べ進めている当たり、マクワさんからも好評だったと考えてもいいのだろう。お口にあったみたいで本当に良かった。

 

「いやはや、見事なものですね。ラテラルタウンでホップさんたちが絶賛していた理由。確かに感じさせていただきましたよ」

「これでも、料理の師匠にはまだまだ及ばないんですけどね」

「これ以上のものを作る人ですか……そちらも頂きたいものですね」

「度肝抜かれると思うので覚悟しててくださいね」

 

 ヒカリの手料理、本当に美味しいからね。なんだか話していたら久しぶりに食べたくなってきた。

 

「そういえばフリアさん、6体目は呼ばないのですか?」

「ああ……どうもこの子は1人で静かなところでまったりするのが好きみたいで……今回も中から皆を見守るだけで十分だと……」

「それは残念。注目選手の切り札を見られるチャンスと思ったのですが……」

「なんかすいません、マクワさんの手持ちはみんな見させてもらっているのに……」

「気にしないでください。ポケモンの気持ちを優先させているところは、あなたの大きな利点だと思っているので。エルレイドが証明してますしね」

「そう言っていただけると助かります」

 

 

「フリアっち!!オカワリィ!!」

 

 

「おうふ……はいはい、待っててくださいねね」

 

 またもや鼓膜にダイレクトアタックしてきたクララさんの声にくらくらしながらシチューをまた注いであげる。この食いっぷりはユウリに次いで凄いかもしれないね。いっぱい食べる人は見ていて気持ちがいいから、作る側としてはとてもうれしいからいいんだけど。

 

「ありがとォ~」

「いえいえ」

 

 笑顔でまたお皿を持って帰るクララさんに微笑ましさを感じながら、また見送っていく。

 

「……主夫ですね。女性に疎まれたりすることありません?」

「地味に気になっているところなんですけど!?」

 

 マクワさんの言葉に思わず突っ込み。家事ができることを女子力という言葉でまとめてほしくないんだけど……最近は男性だって家事するし、料理は女性がするものって考えは偏見だし硬いと思うよボクは。

 

「ま、いいですけど」

「あなたをほめているんですよ。ネガティブに受け止めずに素直に受け取ってほしいです」

 

 隣でシチューを食べ進めるマクワさんに倣って、ボクもスプーンを進めていく。

 

 クララさんとユウリが大食い対決しているところや、ホップとマリィが次のジムについて考察しながら食事しているところを横目に見ながら食べ進める自分のシチューは、寒冷地が近いために若干冷えてきた体を、内側からじんわりと温めてくれている。

 

 さらに視線を横に動かせば、見えてくるのはボクの仲間たち。進化したばかりのエルレイドを中心に集まって談笑する皆の姿はとても楽しそうで、同時にここまでの旅路を想起させてくれる。

 

(なかなか遠いところまで来たねぇ……)

 

 明日湯けむり小路を抜ければ、待っているのは6番目のジム。

 

 タイプはこおり。

 

 なぜだろう、こおりタイプのジムリーダーと聞くと、ジム挑戦も佳境になり始めたんだなと感じるのは。

 

(スズナさんのことを思い出すせいなのか、はたまた、他の地方でこおりタイプのエキスパートが四天王につくことが多いからか……どちらにせよ……)

 

「苦しい戦いになりそうですね……お互い頑張りましょう」

「はい」

 

 マクワさんの言葉に頷きながら、残ったシチューを味わっていく。

 

(キルクスタウンに辿り着いても色々大変そうだ)

 

 ふと横に視線を向けた時、アマルルガに対して、何か強い思いを抱いているような視線をしていることに疑問を思いながら、ボクは最後の一口を口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いわタイプ

マクワさんの手持ち凄く可愛いですよね。
個人的にギャップが凄いなぁと思っています。

どくタイプ

どうでもいいんですけど、パソコンでクララさんの手持ちの所を見直したときにドラが四連続で左端に来てて変な気分。
麻雀なら強そうです。

クララ

第二の大食いキャラ(になってしまった)
実際かなり健啖家な気がする……作者の個人的なイメージです。

エルレイド

前回書きたいことを書き忘れていたのでここで。

ラルトスの初戦闘を見た瞬間にほとんどのかたが予想したとおもいますが、エルレイドに進化するための布石ですね。
特殊主体のポケモンがいきなり近接主体になった時に絶対に混乱するし、たちまわりがおかしくなりそうだなと思ったので、ならば最初から近接で戦わせてみようと思いこうなりました。
エルレイドにするのは確定でしたね。マホイップを仲間にする兼ね合いで、タイプかぶりは減らしたいなぁと思ってしまったので。




2/27、どんな情報が公式が出るのか楽しみですね。


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87話

「うう、さっぶい……」

「ずびび……う、うちのハートもこおっちゃうゥ……」

「こ、これは……フリアの言う通り夜に進まなくてよかったと……」

 

 テントで一晩明けて朝に準備を行い、昼に近づくことによってそれなりに温度があがっているあいだに出発をしたボクたちは、キルクスタウンへ向けて、湯けむり小路の間へ足を運んでいた。

 

 先ほどまで遺跡や岩壁に囲まれていたために、周りが茶色だらけでごつごつしたイメージだったのに対して、今ボクたちの周りを覆っているのは一面白銀の世界。シンオウ地方のキッサキ方面程の吹雪ではないんだけど、それでもしんしんと降りそそぐ雪は着実に周りの気温を下げていく。かじかむ手と痛む耳に冷たい気温。手と手を擦り合わせ、白い息を吐きかけながら身体を震わせる女性陣は、昨日とは全然違うこの寒さにかなり体力を持っていかれているようで。やっぱり昨日テントを貼って野宿した判断は正解だったみたいだ。

 

 確かに自然環境の中ではかなり厳しい方だろう。もう夏に足を踏み入れているぐらいなはずなのにこれだけの雪が降るのはなかなかあることではない。けど、どこかこの景色を懐かしいと感じている自分がいる。キッサキシティや、テンガンざんを思い出すせいだろうか。

 

「一面白銀……なんだかとても綺麗な景色だぞ!!」

「ワイルドエリアの時と違って、久しぶりの穏やかな雪景色……うん、とても懐かしいし、何故か安心感を覚えちゃうかも。別にボクの故郷、そんなに雪が降る訳では無いけど」

「この寒さ……このあられ……この空気を感じると、帰ってきたんだなと感じますね」

 

 そんな感傷に浸っていると、どうもホップとマクワさんもそれぞれ何か感じることがあるみたいで、各々がプラスの感情を漏らしていた。

 

「あ、あんたたち寒くないん?」

「私は今すぐにホテルに駆け込みたい……」

「うちも……これならもっとカイロ持ってくればよかったよォ……」

 

 そんな男性陣の反応が信じられないのか、ジト目でこちらを見ながら口々にいろいろ言ってくる女性陣。

 

「そんなこと言われても……」

 

 実際、シンオウ地方の気温も低い所はとにかく低いし、普段からマフラーなどの防寒具をつけている身としては、こういった寒い所はむしろ得意な方だったりする。それに、ワイルドエリアで遭遇したあの吹雪に比べると、割とましなような気がするしね。マクワさんに関しても、この街が故郷ならこのあたりの寒さには当然慣れているだろうし、この発言はむしろ普通だと思ってしまった。

 

 むしろ、ユウリと同じ町に住んでいるホップからこの発言が飛んでくるのが一番おかしい気がする。なんでこの子はまるで平気そうなんだろう?そんな疑問の視線を皆でホップに向けていると、ホップが物凄く明るい笑顔を浮かべながら返事を返してくれた。

 

「だって初めて行くところなんだぞ!!寒いとか、緊張とか、そんな硬いことよりも、どんなところなんだろうってワクワクする気持ちの方が強くならないか?」

「……タフですね、あなた」

 

 この返答にはさすがのマクワさんも若干引き気味に反応を見せる。ボクも続いて乾いた笑みを見せるものの、実際問題、このくらいタフな方がいろいろな冒険を楽しめそうでうらやましいなとも思ってしまうわけで。

 

(やっぱりジュンと物凄く気が合いそう)

 

 いつか会わせてみたいし、このメンバーならシンオウ地方もきっと楽しそうに周ってくれそうだ。

 

「ほらみんな!あと少しだし頑張ろう?」

 

 そんなありえそうな未来のことを考えると少しだけ元気が出てきてしまった。ボクもホップ程じゃないけど、どうやらテンションがおかしくなってきているらしい。それに、ボクの言っていることはあながち間違いでもない。

 

「もうすぐでキルクスタウンの入り口が見えてくるはずです……というより、もう見えてきていますね」

「「本当に!?」」

 

 マクワさんの言葉に先ほどまでのローテンションが嘘かのように食いつきを見せるユウリとマリィ。指で差し示された方向を確認すれば、あられのせいで視界が悪く、少し確認しづらいけど、確かにレンガ作られた建物が見え始める。恐らくキルクスタウンの住宅街の建物だろう。

 

「やっと着いたァ……速く温まりたいィ……」

「もう少しの辛抱ですよ。キルクスタウンには、ステーキで有名な『おいしんボブ』や、『キルクス温泉 英雄の湯』などもあります。ここまで歩いて、冷えた体を温めるのに訪れるといいでしょう」

「ステーキ!!」

「お、温泉もあるんですか!?」

 

 マクワさんの大まかなキルクスタウンの紹介によりさらにテンションが上がっていくパーティメンバー。ステーキに対してはユウリが激しく反応して、温泉に関しては、お恥ずかしながらボクが一番大きな反応を見せた。

 

 ……こう見えて温泉大好きなんです。はい。

 

 他のみんなも、ボクとユウリほどの反応がないだけで、みんな一様にプラスの感情を見せている。自分の故郷に対して楽しそうに反応するボクたち。その姿が嬉しかったのか、はたまた単純にボクたちの反応が微笑ましかったのか、マクワさんもつられて笑顔になっていく。

 

「さて、あとすこしです。頑張りましょう」

 

 マクワさんの言葉に元気よく返したボクたちは、残りわずかの湯けむり小路を、少し弾む思いとともに歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キルクスタウン。

 

 古い建物が並ぶ温泉街。

 

 ガラル地方北東部に位置しており、湯けむり小路同様、年中雪が降り注ぐ雪国だ。当然雪の影響で周りの景色も白色に染っているため、とても寒い印象を受けてしまいがちだけど、この街の主な建築素材がレンガであるため、暖色が目に入ってくることと、この街のシンボルである『英雄の湯』と呼ばれる温泉の湯けむりと、ほんのり香ってくる硫黄の匂いが、雪によって冷えてしまいそうな心をほんの少しだけ温めてくれる。温泉街と言うだけあり、観光客なども多いためそれなりの賑わいを見せているこの街は、ボクたち外来の旅人に対しても暖かく迎え入れてくれた。ほかの街と比較するのはちょっと失礼かもしれないけど、この街のホテルは、ここが観光の名所というのをしっかりと理解しているのか設備がいつも以上に充実している。他にも飲食店もかなり充実しており、マクワさんが言っていたステーキハウス、『おいしんボブ』を初め、たくさんのレストランが名を連ねており、ラインナップの豊富さは今までの比ではない。他にも、ブティックにヘアサロンと、オシャレのためのお店も充実しており、下手をすればエンジンシティやナックルシティよりも、住むだけなら心地いい場所なのかもしれない。そんなことを思わせるような素敵な街だ。本当に寒さだけが唯一のデメリットと言っても過言ではないだろう。その寒さも、温泉があると考えれば天国になりそうだ。

 

 そんな歴史と風情のある街に到着したボクたちは、まずは体を温めるために、キルクスタウンいちのホテル、イオニアへと訪れていた。明らかにグレードが高いホテルなのに、スボミーINと同じくジムチャレンジャーに対して無料で設備を使わせてくれることに対して驚きと感動を覚えながら予約を終えたボク達は、とりあえず今日はこのまま自由時間にして好きにしようということで解散の流れになった。

 

 久しぶりの一人の時間。

 

 みんなといるのが嫌というわけではないんだけど、たまには欲しいまったりとした時間。その時間をボクは……

 

「はぁ〜……しあわせ〜……」

「レオ〜……」

「エルゥ〜……」

「ぶぅ〜らぁ〜……」

 

 みんなと一緒に温泉に入っていた。

 

 キルクスタウンと言えば先程も言った通り『英雄の湯』だけど、この温泉はポケモンのための温泉であるため、人間は基本的に浸かることは無い。入っても足湯のためくらいだ。そもそも、広場のど真ん中にあるため入れたとしても入る人はいないだろうけど……とにかく、そういった理由で『英雄の湯』はシンボルの温泉ではあるものの、人間が入ることは無い。では人間が入れる温泉がないのかと言うとそういうわけでもなく、当然人間が入れる温泉も充実しており、このホテルイオニアではたくさんの温泉を堪能できるフロアが完備されている。というか、ポケモンしか入れない温泉しか存在しないなら、ここまで温泉街として発展しているはずがない。そして勿論ホテルの温泉もポケモンと一緒に浸かることが可能だ。実際に視線を周りに向けると、ボクと同じように相棒と一緒に温泉を堪能している人もちらほらと見受けられる。人気なのにちらほらしかいないの?と思うかもだけど、そもそも今の時間帯、まだ昼すぎだしね。この時間から繁盛するような商売ではないと思っているからこそ、ボクも手持ちを3体もつれてきているわけだし。

 

「ふわぁ~……気持ちいいねぇ……インテレオン、エルレイド、ブラッキー……」

「レェ~……オ……」

「エルエ……」

「ぶぅら!」

「ぶ、ブラッキー、くすぐったいって~」

 

 伸びをするインテレオンと、目を閉じ、静かに体を休めながら温泉を満喫するエルレイド。そして頬ずりをしながらボクの腕の中に納まってこようとくっついてくるブラッキー。3匹が3匹とも好きなように過ごしているものの、皆から感じるのはいずれも気持ちいいや、心地いい、癒されるといったプラスの感情ばかりだ。

 

 ボクもボクで、湯けむり小路を歩いたことによってたまった疲れと、冷えた体を奥から温めてくれて癒してくれているこの温泉にもうくびったけだ。もしかしたらガラルで一番好きな街になりえるかもしれないね。

 

 ちなみに今ここにいないメンバーについて触れておくと、ユキハミとマホイップは温泉に入っちゃうと溶けてしまうのでお部屋でお留守番。その2匹の御守をヨノワールが引き受けてくれているといったところだ。珍しくボールから出て、まったり休んでいるヨノワールを見れたので、そのままお願いしたという感じだね。

 

(今度来るときはヨノワールと一緒に浸かろうかな?)

 

「湯加減はいかがですか?」

 

 夢見心地になりながら温泉を楽しんでいると、横から掛けられる声。そちらに視線を向ければマクワさんとガメノデスの姿。

 

「もう最高です~……やっぱりいいですね~温泉……」

「それはよかったです。英雄も使っていたと言われるお湯ですからね」

「英雄……」

 

 マクワさんの言葉で思い出されるのはこの街のシンボルである『英雄の温泉』だ。伝承では悪しき存在を打ち破った英雄が、戦いの傷を癒すために使ったと伝えられており、英雄という単語からガラルの伝承とも深くかかわっているとされるもので……

 

(ってことは、もしかしたらソニアさんも来てたりするのかな?もしそうならまた挨拶しておきたいなぁ)

 

 歴史あるところにソニアさんあり。ってわけじゃないけど、いてもおかしくなさそうなので見かけたら声をかけておこう。もしかしたら進展があるかもしれないしね。

 

 ま、今はそんなことよりもマクワさんとの会話を楽しもう。1人の時間は終わったけど、温泉に浸かりながら誰かとお話もよきものです。……最近マクワさんとばかり話している気がしなくもないけどね。

 

「マクワさんはよく温泉に来られるんですか?」

「いえ、実は僕はあまり訪れないんですよ。なんせ……」

「……ガメ?」

「ああ~……納得です」

「そういう事です」

 

 マクワさんの専門はいわタイプだ。そしていわタイプの弱点の一つにみずタイプがある。つまりいわタイプは、そのほとんどがみずに弱いわけで。

 

「温泉はマクワさんにはあまり合わないんですね……」

「僕自身は普通に温泉大好きなんですがね」

「ガメ!」

 

 隣で嬉しそうにするガメノデスを撫でながら呟くマクワさん。確かにとても楽しそうで、みているこちらもほっこりしてしまう。

 

「っと、そうでした。あなたに言いたいことが。あのお香に関して、もう少し待ってもらっても?」

「全然構いませんよ。どうなるのか楽しみですし、この街にはまだまだ滞在することになりそうなのでゆっくりで大丈夫です」

「そう言っていただけると」

 

 マクワさんが話しているのは、ボクがバウタウンでユウリからプレゼントしてもらったさざなみのおこうについての話だ。

 

 ボクが熱で倒れている間に準備してくれたプレゼントで、ボクの密かな宝物の一つなんだけど、先のイワパレス事件の時にリュックを投げた反動で割れてしまっていた。湯けむり小路を発つとき、カバンの中身を確認した時に発覚したんだけど、それはそれはショックを受けてしまって……

 

 さざなみのおこうの香りを気に入っていたのは勿論なんだけど、何よりもユウリに申し訳なさが沢山ある。壊れたことがわかってすぐにユウリには謝罪を入れたし、本人からも、『私を助けようとしてなっちゃったことだから気にしなくていいよ!何ならまた買ってあげるし!!』と言ってくれはした。けど、明らかにユウリの顔色もちょっと悪くなっており、その表情からは残念さと、自分のせいでという自責の念がこもっていた。その表情を見るのが少しつらくて、どうしようかと思っていた時に声をかけてくれたのがマクワさんで……

 

『もしよろしければ少しの間、そのおこうのかけらを預からせていただけませんか?直すことはできませんが……少なくとも現状よりはいい方向へ持っていけるかと』

 

 なんてことを言ってくれたので、お願いしておこうのかけらを渡したという経緯があった。先ほど言っていた、『もう少し待ってもらっても?』というのはこのことを指している。

 

 元々壊れてしまってどうしようもなかったものだ。そこから何かに変わるというのであれば、こちらとしても願ったりかなったりだ。むしろ、ここからどう変化するかが楽しみだったりする。

 

「本当にありがとうございます」

「いえいえ」

 

 どんな変化を遂げるのだろうか。未だに頬ずりをしてくるブラッキーに、同じように頬ずりを返しながらおこうの違う姿に思いをはせる。そんなまったりした温泉の時間が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん~……夜はさすがに冷えるけど、その分空がきれいだね~」

 

 あれからお風呂の時間を満喫し終わったボクは、お風呂上りに皆と集合してステーキハウスへと直行。ユウリとクララさんの食べっぷりを眺めながらボクも美味しくいただき、そのまま談笑と観光を終えて今。寝る前の温泉を再び堪能して、ポカポカした体を少し冷ますためにちょっとだけ夜のキルクスタウンを散歩していた。散歩と言っても、この雪国の街を夜に歩き回るのはさすがに自殺行為なので、歩く場所は温泉の温度を感じることが出来る英雄の湯周りだけだけどね。流石に寒すぎる。けどその分、空がとても澄んでいるせいか星がきれいに映っている。

 

「ほんとに綺麗……」

「ハミュミュ!!」

「ユキハミもそう思う?」

「ハミュ!!」

 

 元気よく返事を返してくれる頭の上のユキハミと談笑しながら空を見上げる。

 

 遠くを見れば、夜空を飛ぶモスノウの姿。

 

 氷の鱗粉を散らしながら空を漂うその姿は、月の光を反射しているせいか、夜空の星たちと同じように煌めいていて。

 

「こっちも負けず劣らず綺麗だね」

「ハミュ!!」

 

 自分の未来そのものであるその姿に、ユキハミも羨望のまなざしを向けていた。いつかこの子も、あんなふうに綺麗になるのかなと思うと、ちょっと楽しみだ。

 

「おや、こんなところに話題の人。とうとうここまで来たんだね」

 

 空を見上げて未来を馳せていると、横からかけられるのは女性の声。視線を向ければそこには白を基調とした服に白の襟巻と帽子にイヤリング。とにかく白に身を包んだ少しふくよかな女性が立っていた。

 

「こんばんは、メロンさん。次のジム、よろしくお願いします」

「ええ、よろしくね」

 

 キルクススタジアムのジムリーダー、メロンさん。

 ボクが次に挑む人が来ていた。

 

「ところで、ボクが言うのもなんですけどこんな時間になんでこんなところに……?」

「あたしのモスノウに見とれている影が見えたから、ちょいと声をかけたらあんたたちがいたってだけよ」

「あのモスノウ、メロンさんの手持ちだったんですね」

 

 こおりタイプのジムリーダーなのだから手持ちにいてもおかしくはないけど、まさかあんなに遠くを舞っている子がメロンさんの手持ちだなんて全然想像してなかった。言われてみれば動きは洗練しているように見え、時たま放つ吹雪も、遠目から見てもかなり強力そうで。

 

(分かっていたけど、次も強敵そうだ……)

 

 そう思うと、湯上りで少しさがっている体温が戻ってきた気がした。

 

「そういうあんたたちこそ、こんな時間に外歩きだなんて、地元民じゃなきゃあまり褒められたものじゃないけど……何か気になることでもあったのかい?」

「えっと、温泉上がりに少し散歩と、この子が外を見たそうだったので……」

「ハミミュ!!」

「おや、可愛らしいじゃないか」

 

 ボクの言葉に返事をするユキハミと、その姿に微笑ましさを感じているメロンさん。

 

「よかったねぇ。あんたのトレーナーがすごく優しくて。あたしの息子にも見習わせてやりたいよ」

「息子さんがいらっしゃるんですか?」

 

 メロンさんがボクの頭上のユキハミと戯れている時に、気になる単語が聞こえてきたので思わず聞き返してしまう。すると、急にメロンさんの顔色が変わる。

 

(あ、地雷だった……?)

 

 その表情の変化に、もしかしたら聞いたらダメな事だったのかもなんて感じてしまい、少し萎縮してしまう。そんなボクの感情の変化など露知らず、なにかの臨界点を超えたメロンさんが、ガバッと顔を上げながら声を荒らげる。

 

「そうなのよぉ!!せっっっっっかく人がこおりタイプのジムリーダーになるための指導を沢山沢山してあげているって言うのに!!あのおバカはいわタイプの道に走っちゃって〜っ!!自分の道を走る姿はたしかにかっこいいんだけど、やっぱりあたしは着いてきて欲しかったの!!」

 

 心の底から悔しそうに地団駄をふむメロンさんにどう反応したらいいのかわからず、思わずフリーズしてしまう。しかし、ボクが固まっている間もメロンさんの興奮は止まらず……

 

「大体、なんでよりにもよっていわタイプなのよ!!こおりの弱点を着くタイプに走っちゃって〜っ!!あたしがプレゼントしたポケモンのせいなのかしら!?あ、でもあたしがあげたポケモンがきっかけで自分の進む道を決めたのならそれはそれで嬉しいかも……いやでもやっぱりあたしの後を継いで欲しいのよぉ〜っ!!」

「え、えーっと……」

 

 さらに暴走を続けて喋り倒し、そして表情を無限に変えていくメロンさんを見ていると、まるで感情のジェットコースターに振り回されている気分になってしまう。そしてここまでお話を聞いてわかったことがる。

 

(これはあれだ、この人、息子のことを溺愛しているんだ)

 

 話の内容は主に、自分のジムを継いでくれないことによる不満だけど、言葉の節々から感じるのは間違いなく息子への愛情だ。そうだとわかってしまえば、パッと見荒れ狂っているように見えるメロンさんの発言もどこか微笑ましく受け取ることが出来る。

 

「きっと息子さんにも考えがあるんですよ……多分」

「だとしても!!せっかく母親がジムリーダーなのよ!?母親を追いかけてくれてもいいじゃない!!ああ、でもいわタイプを使うあの子も確かにかっこいい……はぁ、それでもモスノウを華麗に使いこなすあの子も見たかったわ……ねぇ、あんたの力でどうにか息子にこおりタイプの魅力を伝えて説得を……」

「さ、さすがに無茶言わないでください」

 

 ユキハミを頭に乗せていたせいか、こおりタイプにも精通していると思われたみたいで、無茶振りをされてしまうが、勿論丁重にお断りする。確かに今はユキハミがいるけど、ボクにとってこおりタイプはユキハミがお初である。シンオウ時代の手持ちにはこおりタイプはいなかったので、まだまだ人に教えられるほどのものを修めているつもりは無い。ましてや、こおりタイプの専門家であるメロンさんに頼まれるなんて恐れ多すぎる。そもそもメロンさんの息子さんのこと、ボクは知らないし……

 

(けど、どこかで見たことがあるような気がするんだよね……)

 

「はぁ、まあいいわ。ねぇシンオウチャレンジャー。ちょっとあたしの暇つぶしに付き合いなさいよ」

「あ、はい。ボクなんかでよければ……」

「よし、それじゃああたしの自慢の息子話を……」

 

(あかん、これ長いやつや……)

 

 どこか感じる既視感にハテナを浮かべながらも、メロンさんの言葉によって思考をさえぎられたのでとりあえず放棄。これから続くであろう長い長い自慢話に、また温泉に浸からないとなぁと、すっかり湯冷めすら超えて冷え始めた体を擦りながら、ため息をひとつこぼすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




温泉

英雄の湯意外に温泉があるかは知らないですけど、温泉街と言われている以上あるでしょうということで。
温泉、いいですよね。作者も大好きです。
ただ、マホイップと一緒に入れないのは残念ですね……入ると大変なことになりそう。

いわタイプ

いわタイプと温泉の組み合わせだと、ルカリオの映画でウソハチを温泉に淹れようとして逃げられたシーンを思い出しますね。
そこからいわタイプは温泉も苦手なのではないかと。
まぁ、普通に考えたらそうなりますよね。
ガメノデスはみずタイプありますし、カメノテですし。
……カメノテ美味しいですよね。
……でもワカシャモは温泉に入っていたような……あれ?

さざなみのおこう

憶えてますか?

メロン

マクワさんとは切っても切れない関係のお方。
専門タイプを巡って対立し、それ以降顔を合わせていないというのが公式設定で、親子関係は冷え切っているのかと思いきや、マクワさんのファンクラブ会員の第一号がまさかのメロンさんという、仲が悪いのかいいのかよくわからない状態です。
実際のところはどうなんですかね?
そしてこの作品ではどのような関係なのか……




第9世代発表されましたね。
いつも通りどちらも買う予定ですが、メインはバイオレットに、御三家はニャオハにしたいなと思っています。
作者は基本的にくさタイプを選ぶ傾向にあります故。
それにしても今年冬って速いですよね。
いつ作っていたんだ……アルセウスを作っていたのでは……?


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88話

「んん〜……よし!!」

 

 メロンさんとの思わぬ邂逅を果たし、そこから時間単位で話を聞くことになってしまったため、再び温泉に入ることとなった昨日を乗り越えての今日。バウタウンの時のようにまた風邪をひかないかすごく心配だったけど、特に体を崩す事無く一夜明かすことができたボクは、キルクススタジアムの更衣室にてユニフォームに袖を通していた。

 

「……うん、ちょっと久しぶりに感じちゃう」

 

 928の背番号が書かれた白色のユニフォームは、アラベスクタウンで着て以来なので少しだけ久しく感じてしまう。物理的距離だけで言うなら、エンジンシティからラテラルタウンの方が長かったし、期間も明らかに長かったのに何故だろう?

 

「ラテラルタウンとアラベスクタウンの感覚が短かったからかな……?ま、今はいっか」

 

 ふと頭によぎった疑問だけど、これから迎える大事な挑戦には特に必要な問題では無いのであっさりと切り捨てる。今大事なのは、これから受けるキルクススタジアムのジムミッションだ。

 

「6回目のジムミッション……どんな感じなんだろうね」

 

 ポプラさんのところみたいにわかり易かったらさぞ嬉しいのだけど、あそこはビートという例外がいたから起きた出来事なのであって、今回はそういったイレギュラーもないので、アラベスクスタジアムより前のジムミッションと同じような形式となるだろう。というか、アラベスクスタジアムに関して言えば、どちらかと言うとビートのためのミッションだったしね。

 

 本来のジムミッションは、当然ながらチャレンジャーがジムリーダーに挑むに足るかを試すもの。そしてジムミッションで求められるのはバトルの強さではなく、判断力や観察力といった、トレーナーの視野や思考だ。もちろん、途中でジムトレーナーの人が戦いを挑んでくる場合もあるため、全く求められていないかと言えば嘘になるけど、バトルの強さはジムリーダーが直接戦うのだから、そこで判断すればいいという考えだろう。

 

「フリア選手、準備をお願いします」

 

「は〜い」

 

 名前を呼ばれる。ボクのジムミッションの準備が整った合図だ。

 

 ベンチから立ち上がり、軽く頬を2回叩いて気合を入れ、ボクを呼んだジムトレーナーさんの前に足を運ぶ。

 

「今回、キルクススタジアムのジムミッションではこの道具を使うことになります。落とさないように、しっかりと持って、上手く活用してクリアをめざしてください」

 

 形式的な言葉を述べながら渡してきたのはL字に曲がった2本の棒で、短い方はこちらを握れという意味なのか、グリップのようなものが巻いてあり、長い方は先端に電子部品が付いていて、何かがあったら、光るか震えるかは分からないけど、アクションを起こしそうな雰囲気を醸し出している。

 

(うん。この形状からして何となく使い方は想像できたかも)

 

「詳しい説明は会場でアナウンスされると思いますのでそちらでご確認を。ご武運をお祈りしています」

「ありがとうございます!」

 

 ジムトレーナーの人に見送られて控室から外へ。目指すのは少し暗い廊下の先に見える光る出口。ジムミッション会場への自動ドアを潜り抜け、ボクの視界に入ってくるのはまるで湯けむり小路に戻ってきたのではないかと思わせるような白銀のフロア。あの時と違って、服装がユニフォームという薄着になっているせいか寒さをより強く感じるような気がする。

 

(マフラーつけてもいいよって許可貰ってて少し良かったかも)

 

 いつしか頭に浮かんでいた、チャレンジ中にマフラーをしてもいいのかという疑問をこのジムで解消して、ようやく個人的にはボクのトレードマークのアイテムをつけて挑むことが出来る。薄着にマフラーっていうのが少しミスマッチ感があるけどそこは気にしない。

 

「にしても……うん、やっぱり観客がいるのって緊張するね……」

 

 アラベスクタウンでは観客がいなかったので、ジムミッションにおいては2つ目ぶりの観客なんだけど,ジムリーダーとのバトルは、ミッションに比べて集中度が上がるため周りの声が気にならなくなるんだけど、ミッションだとまだ周りを見る余裕があるせいか、観客の声と視線を強く感じてしまう。言ってしまえば恥ずかしい。

 

 そんなボクの感情を、アナウンサーの声がかき消した。

 

 

『さあここキルクススタジアムのジムミッションは、『制限時間以内に落とし穴を回避してゴールを目指す』というものです!!』

 

 

「落とし穴……」

 

 アナウンサーの声を聞き、気が引き締まると同時にその単語を聞いて、今ボクの目の前にある白色のステージに目を向ける。しかし、そこには落とし穴なんてものはひとつも見当たらず、一面全てが綺麗な白だ。雪で作られていると思われる地面は、倒れ込めばフカフカとしていそうで、思わず飛び込みたいという衝動に駆られそうになってしまうほど。強いて言えば、ポツポツと存在する、氷の山のようなものがチラホラとそびえ立ってはいるものの、それ以外にはこれといって大きな障害物は見えない。

 

(目に見えない……そして入口で渡されたこの棒……何となく読めてきたね)

 

 ここまで観察してようやくこのジムミッションの本題を理解した。入口で渡されたこの棒。これはいわばダウジングマシン。おそらく見えない落とし穴に反応して、ここに落とし穴があるよと教えてくれるから、そこを避けてゴールまで進め。と言いたいのだろう。

 

 

『今貴方様がお持ちになっている、その落とし穴探知マシンにて、見えない落とし穴を華麗に回避してゴールへの道を探し当ててくださいませ!!なお、もし落とし穴に落ちても、下はクッションが沢山引かれておりますので安全面はご安心を。また、1度落ちたからと言って失格にはなりません。初期位置、ないし中間ポイントへと戻されてしまいますが、時間内であれば何度でも挑めますので、最後まで諦めずに頑張りましょう!!』

 

 

「つまり、穴に落ちるとかなりの時間ロスになってしまうと……」

 

 プラスの言葉で埋めつくしてチャレンジャーに希望を持たせてはいるけど、その実、時間という面においてはかなりの致命傷を受けてしまいそうだ。ここから先の景色を見てもゴールが見えないあたり、おそらくこの道のりはそこそこ長い。中間地点がどれくらいのスパンで存在するかにもよるかもしれないけど、ゴール付近で数回穴にハマってしまえば、あっという間に時間は消え去るだろう。

 

「落ちれて5回……と言ったところかなぁ」

 

 視線を上に向けて、掲げられた30分という文字を見ながら大まかな予想を立ててみる。落とし穴からの復帰が、今自分が居るところから右に視線を向けた時にある梯子を使うという観点から見ても、かなりのタイムイートになるはずだ。梯子による昇降はスタミナも時間も必要だからね。本当に、地味にいやらしい設計をしていると思う。

 

 

『では、準備の方はよろしでしょうか!!』

 

 

「っと、集中!!」

 

 アナウンスの声を聞いて、手にしっかりと落とし穴探知マシンを構えて準備をする。

 

 

『いきますよ〜?ジムミッション、スタート!!』

 

 

 アナウンサーの言葉と同時にブザーが鳴り響き、タイマーのカウントダウンが開始する。と同時に響き渡る観客たちの大歓声。

 

「ぴぃっ!?っととと!?」

 

 久しぶりに感じるその歓声の大きさにびっくりしてしまい、落とし穴探知マシンを落としそうになって何とか持ち直す。いきなりマシンを落として破損なんかさせた日には目も当てられなさすぎるので、とりあえず問題が起きなくて良かったと一安心。と、同時に、改めて握り直した落とし穴探知マシンが細かく振動を始める。

 

「これは……」

 

 試しに探知機を向けて、振動を感じる方に向かって少しずつ足を進めると、手元のマシンがだんだんと振動を強めていく。

 

「落とし穴に近づくと強くなるんだね……ってあれ、これアナウンスの人説明していたっけ?」

 

 

『説明しましたけど!?聞いてませんでした!?』

 

 

「ああ!?ご、ごめんなさい!!」

 

 落とし穴に何回落ちても大丈夫かの計算をしている間に説明をしていたらしく、聞いていないボクに対してアナウンサーからのツッコミが飛んでくる。そのやり取りが面白かったのか、観客から笑い声が聞こえてくるのが余計むず痒い。

 

「と、とにかく前に進もう!」

 

 相変わらずボクがジムミッションをすると起きてしまうおかしな空気。なんでボクの時は総じてこうなってしまうんだろうか。アラベスクタウンでのあの正々堂々さはどこへいってしまったのか。

 

(もしかしてボク、カメラ回っているとダメなのか?)

 

 なんておかしなことを考えながらも着実に前に進んでいく。

 

 言ってしまえばダウジングマシンと同じ使い方をして前に進んでいくミッションなんだけど、シンオウ地方ではポケッチという道具にダウジング機能があったし、地下探検でも同じような手法で鉱石を探していたから、こういった道具で見えないものを探すという行為はわりと得意な方だと自負はしている。おかげでこの落とし穴地帯もわりとすいすいと進むことが出来た。とはいうものの、やっぱりダウジングで落とし穴を探しながら進むという兼ね合いで、どうしても足の進みは遅くなってしまうし、普通の迷路に比べて行き止まりもその場所まで行かないとわからないというのが意外とつらく、決してタイムは早いとは言えない。

 

 落とし穴が隠れているせいで迷路の突き当りを憶えておかないと、下手をすれば何回も同じ所をぐるぐるすることになってしまうし、さらに厄介なのが、その突き当りに行くであろう道も、壁が見えていないのと同義であるため歩いてみないとこれまた行きつく先が一緒なのかがわからない。

 

 そんな、今までのジムミッションでは味わうことの無かった慎重な立ち回りを、精神をすり減らしながらも行っていき、何とか進んでいくボク。結果として、一度も落とし穴に落ちることなく、そこそこ順調にチェックポイントに到達できた。けど、進捗具合で言えば、チャックポイントの2つ目をようやく乗り越えたくらいだし、正直まだまだこういった道が続くのかと思うと、ちょっと心に重いものがのしかかってくる。しかも、時計を確認すれば、ここまでに使った時間は15分。つまり、制限時間の半分を使ったということになる。幸いにも、このチェックポイントが最後らしく、あとはゴールまで進むだけ。なんだけど……

 

「たぶんここからが本番だよね……」

 

 最後のチェックポイントに到達した瞬間、室内だというのに吹雪が吹き荒れ初め、視界が一気に白に染まっていく。あれだけ耳に入ってきた観客たちの声も吹雪の音に一瞬でかき消され、観客席の姿も全く見えない。

 

(……これだとカメラ回している意味ないのでは?)

 

 いや、もしかしたら吹雪で見えないからこそカメラが必要なのかもしれないけど……

 

『聞こえるかい……ここまで来たら……見えなくても頑張って進むんだよ……』

 

「これは!?脳内に……直接……!?」

 

『言っておくけど……この声も放送に載るからね……』

 

「あ、はい……」

 

 カメラの心配をしているところに響いてくるメロンさんの声。って、この声どうやって響かせているんだろ?

 

『あんたなら……突破できるだろう……?待ってるよ……』

 

「……そんなに期待されたら、頑張らないとですね!」

 

 まさかのメロンさんからの激励にやる気が少し上がった。吹雪のせいでちょっとくじかれそうになった心が戻っていく。

 

「よし、行こう!!」

 

 気合を入れなおし、再び足を進める。

 

 探知機を使いこなし、落とし穴を避けて、確実に進んでいる感覚を掴んでいく。しかし、吹雪のせいで進行スピードをさらに慎重にせざるを得ないため、時間的にはかなりギリギリだ。このステージを見た瞬間の、5回くらいなら落とし穴に落ちても大丈夫という考えは既に消え去っており、今この状況においては一度でも落ちてしまえばアウトだろう。

 

 メロンさんからの激励のおかげで確かにやる気と根気は回復した。しかし、状況そのものはそんなに良くはなっておらず……

 

(まずいな……この手のタイプなら当然と言えば当然なんだけど、後半に行けば行くほど落とし穴の数が多すぎて、どこを向いても探知機が反応するからわかりづらい……)

 

 本来なら落とし穴の位置を正確に教えてくれるはずの探知機の振動がどこに向けても起こってしまうため予想がむちゃくちゃしづらい。かなり落とし穴に近づかないとそこにあるということがわからないし、吹雪のせいで方向感覚を見失いやすくなっているため、ゴールの方向を常に意識することにも脳のリソースを使わないといけないから、せっかく見つけた落とし穴の場所を覚えておくのもちょっと危うくなってきた。

 

(吹雪のせいで時計も確認できないし、焦りをどんどん呼び込んでくるねこのミッション……)

 

 間違いなく今までで一番難しいジムミッションだ。ここからミッション失敗なんて全然普通にある。

 

(時間も方向感覚も、そして落とし穴の記憶もしなきゃいけない……目標は単純なのに、過程が険し過ぎる!)

 

 それでも何とか食らいついていくボク。あと残り時間は2分くらいだろうか?正確な時間は相変わらずわからないけど、ボクの体内時計を信じるならそれくらい。料理で地味に鍛えられたこの時間感覚を信じるしかない。

 

(残りの落とし穴は右に2つと左に3つ。真正面にもあるけどたぶん左前にはないからそこを行けば……)

 

 考えることと覚えることが多すぎていよいよ頭がぐるぐるしそうになるけど、ここが踏ん張りどころ。最後の記憶と、探知機によって計算した落とし穴の予想位置をくみ上げて、ゴールと思われる方に足を運び……

 

「……っ!!吹雪が止んだ!!」

 

 視界を塞いでいた吹雪が消え去り、もうすぐ目の前にゴールが見えてきた。

 

「時間は!?……あと2分30秒!!間に合う!!」

 

 ボクの体内時計と少しずれていたけど、ボクの予測時間が短い方で誤差が出る分には全然いい。あと2分半なら全然間に合う。

 

 何とか突破できた。

 

 物凄く難しかったミッションを乗り越えた達成感に包まれ、自然と足取りが軽くなる。しかし、だからこそ、最後の最後で油断してしまい……

 

「……え!?」

 

 ゴール手前にて、最後に立ちふさがる……いや、忍び塞がっていた落とし穴に足を取られる。

 

(最後の最後で!?油断しすぎた!!まずっ!?)

 

 ここで落ちてしまえばもうミッション失敗は確定。せめてけがをしないようにと、体を丸めながら落ちた時に受ける衝撃に備える。下にクッションを敷いてくれているとはいえ、落ち方によってはちょっとしたねんざくらいは覚悟しなきゃならないかもしれない。

 

(くそう……悔しいなぁ……)

 

 なんて後悔し、来たる衝撃に備えながら目をつぶっていたボク。しかし、一向に落ちた衝撃を受ける感覚がボクを襲わなくて……

 

「……あれ?」

 

 十秒経ってもクッションに落ちる感覚が来ないどころか、そもそも体が落ちる感覚がないことに違和感を憶えて、そっと目を開ける。するとそこには……

 

「……エルレイド?」

「エル!」

 

 いつの間にかボールから出てきたエルレイドが、ボクを落とし穴に落ちる前に救いだしてくれていた。

 

「あ、ありがとう……」

「エルエル!!」

「うん、凄く嬉しい……けど、ちょ~っと……恥ずかしいかも……」

 

 なぜか、ボクをお姫様抱っこした状態で。

 

「も、もうおろしてくれていいのよ?」

「エルエル!」

「エルレイド!?」

 

 そしてなぜか降ろしてとお願いしたのにそのまま歩き始めるエルレイド。いや、エルレイドの考え自体はわかっている。エルレイドのことだから、サイコパワーでまだあと一つだけ残っている落とし穴の存在を感知して、そこをよけて絶対に安全なところまで運びたいという騎士心からこういう行動をとっているんだろう。とても助かるし、ボクのことをそこまで大切に思ってくれていることは嬉しい。けど、今はもう吹雪がないため、今この姿をばっちりみられているというわけで。結局エルレイドがそのままボクをゴールまで運んでしまい……

 

 

『フリア選手ゴール!!最後はまさかのお姫様抱っこ!!失礼ながら私、少しキュンキュンしてしまいました!!ありがとうエルレイド!!ありがとうフリア選手!!あなたは可愛いです!!』

 

 

「うう!!うう~!!!!」

 

 アナウンサーと観客から聞こえる黄色い声に思わず顔を隠すボク。

 

「エル?」

 

 一方で、まだ何が何だか理解していないエルレイド。悪気がないことがありありとわかってしまうため、彼を責めることもできない。

 

「うう……何でボクのジムミッッションは毎回こうなるの……」

 

 難関ジムミッションを無事突破できたことは嬉しい。けど、なんか大事なものを失った、そんなジムミッションになったのだった……。

 

「……そもそもポケモンの力を借りてよかったのかな……まいいや、今はもう、一秒でも早く帰りたい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キルクススタジアム……とうとうここまで来ましたね……」

 

 自慢のサングラスを人差し指で持ち上げながら、目の前に広がる真っ白なエリアを見つめてぼそっと呟く。こうしてこの広場を改めてみるのは何年ぶりでしょうか。まだ僕がこのジムに通っていて、いわタイプではなく、()()()()()()()()()()を学んでいた時。この場所で練習試合を何度も何度も行い、延々としごかれていたあの時期。別にあの期間が嫌いだったかと聞かれれば、僕はNOと答えるでしょう。確かに厳しい期間ではありましたが、僕自身強くなりたいという思いは確かにありましたので、別に練習がきつくなる分に関しては全然気にはなっていません。

 

 ではなぜ僕がこのジムを離れていわタイプの道へ進んだのか……

 

 こおりタイプが嫌いになったわけでも、このジムが嫌いになったわけでも……いえ、このジムのことを煩わしく思ったことがないかと言われたらウソになりますが……だからと言って、流石にここを出ていくほどの煩わしさかと聞かれると、そんなことはない……と思います。

 

 そんな僕がこのジムを離れた理由は一つだけ。

 

「君が強いんだということを、少しでもたくさんの人にわかってもらうため……」

 

 腰に並んでいるモンスターボールのうち、一つに目が行く。僕がこのジムでこおりタイプを使うにあたって最初に貰ったポケモン。僕のエースと呼ばれているポケモンとは別に、確かな思い入れのあるこのポケモン。

 

 正直に言ってこれは僕の変なこだわりが出てきているだけです。他者が聞いたとしても、そんなに共感してくれる人はいないかもしれません。が……

 

「それでも、やはり君に嫌な思いをさせたままというのは、しのびないのです」

 

 そっと撫で、微笑みながら腰のホルダーに戻し、落とし穴探知マシンを握りなおして吹雪が吹き荒れる道を歩き進める。

 

 ジムミッションの内容は毎年変わるため、事前情報はほとんど意味をなさないと言われています。しかし、当然ながら無限に試験内容を考えられるわけではないので、基本的に何種類かの試験をロ-テーションしているのが基本だと思います。そして僕はこのジムで沢山の特訓を受ける過程で、これらの試験を何回か行っているという経験値があり、それはこのジムミッションに関しても例外ではありません。

 勿論、落とし穴の場所は毎回違うのでルートを憶えるというのは不可能ですが、どこまで振動すればどの位置にあるのかの感覚はもう体が覚えてしまっています。

 

 少しずるいかもしれませんが、それはまぁ……身内特典ということで。恐らく、各ジムから推薦されて出ているチャレンジャーはほとんど理解していそうですしね。

 

 無難に吹雪の中を歩き進め、制限時間にも余裕はある。程なくしてゴールにたどり着くことでしょう。そうすれば、いよいよここのジムリーダーとの対決です。

 

「証明したいのです。だからこそ……僕は……っ!」

 

『マクワ~っ!!』

 

「……」

 

 改めて気を引き締めたところで響き渡るは、もう耳にオトスパスができてしまう程聞いた声。相変わらずのその声に、思わずため息が出そうになるのをぐっと我慢して……

 

「……何ですか()()()

 

『あんたなら絶対ここまで来るって信じてたわよ~!!』

 

「今ジムチャレンジ中且つ、生放送しているという自覚あります?」

 

『久しぶりに愛する息子と話せるんだからいいじゃないの!』

 

「公私混同しないでいただきたいのですが……やはりこのジムを抜けたのは英断だったのでは?」

 

 そんな話をしている間に吹雪地帯も抜けてしまい、だんだんと観客たちの声と表情が確認でき始める。当然、僕と母さんの関係性を初めて知る人が多いので、みな驚きの反応を見せており、しかし、母さんはそんな周りの反応などお構いなしにしゃべり続ける。

 

『さあ早くここにきて、あたしに挑みに来な!そして、いわタイプよりもこおりタイプの方がいいってことを叩き込んであげるよ。確かにあんたを破門にはした。けど、頭を下げて帰って来るというのなら……またあんたの席を用意してあげなくもないよ』

 

「……」

 

 ゴール地点に足を運び、ジムミッションクリアの判定を受けるまでの間に投げかけられる言葉。その言葉に対して、僕は無言で貫き通す。母さんも、僕が返答をしてくれることに期待はしていないみたいだ。

 

『明日を、楽しみにしてるよ』

 

 その言葉を最後に、母さんの声が消える。

 

(……悪いとは思っています。けど、それでも僕は……この子のために、いわタイプ最強のトレーナーでありたいのです)

 

 消えた母さんの声を追いかけるように、奥へと足を進める僕。

 

(さあ、ここが僕の思いの見せ所です!)

 

 僕の思いをつなげる戦いが、いよいよ始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




落とし穴

実機だと時間制限がないのでいつかはクリアできますけど、リアルだと制限時間がありそうだなと思ったので制限をかけました。
実際問題、こうなってくると、落とし穴に落ちた後、上に戻ってくる時間も含めてなかなか難しそうですよね。

エルレイド

ナイト様。主人公絶対守るマン。
ちなみにエルレイドにお姫様抱っこされているフリアさんをテレビで見て、サーナイトのコスプレを作ろうと、とある方がアップを始めたそうな……()
実際、お姫様抱っこされているところを他者にみられるのって凄く恥ずかしいんですよね……(経験者の顔)この気持ちがわかる方がいると信じて……。

メロン

息子大好きお母さん。
その中でもマクワさんは特にお気に入り?
地味に五人兄弟なんですよね。マクワさんは長男です。




今のアニポケの新OPを見て無茶苦茶感動してしまいました。正直少し涙が……
本当に集大成って感じがしますよね。これからますます楽しみです。











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89話

「ふぅ……疲れたぁ……」

 

 キルクススタジアムのジムミッション。吹雪の中を落とし穴を探しながら進むという、今までに比べてかなり難易度の高い方であるミッションを越えたボクは、スタジアム内の休憩所にて一足先にくつろいで皆を待っていた。

 

 ヤローさんやルリナさん曰く、最初のジムの方が挑戦者が多いため、チャレンジャーを選別するという目的でジムミッションの難易度を高くしているとの話だったけど、正直いって今回のジムミッションがいちばん難しかったのではないかと思っている。

 

 まぁ、ボクが今までのジムミッションを割となあなあだったり、邪道でクリアしてしまっていたりというのもあるんだけどね。ただ、それを考慮しても今回のジムミッションは難しかったと思う。

 

「吹雪と落とし穴のコンボって、こうしてみるとかなりえげつないよなぁ……道幅が長方形で良かったや」

 

 これが正方形だとゴールの方向まで見失ってしまっていた可能性が高い。そうなるとボクも普通に落ちていた可能性がある。途中からダウジングの振動具合を見て、そこから落とし穴がどれくらいの距離にあるのかを計算できるようになったのもクリア出来た要因だと思う。少なくとも今ならその感覚はしっかりと残っているので、たとえ今からもう1回ミッションを受けて、且つ落とし穴の位置を変えられたとしても、今回より早くゴールできる自信はあったりするけどね。

 

「ルリナさんや、カブさんのところと違って、慣れたらまだクリア出来そうになっている点を見れば、そういう意味ではまだ温情……なのかなぁ?」

 

 とりあえず今言いたいことは、ダンデさんがチャレンジしていた頃にこのジムミッションが来なくてよかったねと言ったところか。申し訳ないけどあの方向音痴っぷりを見ていると、あのミッションに関してはダンデさんがクリア出来る未来が見えない。むしろ、ダンデさん時代はどんなミッションだったのかが気になる。

 

「今度はその辺のお話も聞きたいなぁ……」

「なんの話です?」

「いえ、ただの独り言です」

 

 ぼそっと呟いた、誰にも向けていないただの独り言に帰ってくる返答。少し驚いたけど、時間的にそろそろかなとも思っていたので、特に態度に出ることも無く自然とその声を受け入れる。振り向けば、そこには自慢のサングラスの真ん中を、指で軽く持ち上げて微笑む少し恰幅のいい男性が1人。

 

「お疲れ様ですマクワさん」

「ええ。その様子ですと、無事ミッションはクリアしたみたいですね」

「あはは、結構ギリギリでしたけどね。マクワさんは結構余裕ありそうですね?」

「まぁ、元々ここのジムにいましたからね」

「あ、そうですよ!!マクワさん、メロンさんと親子だったんですか!?」

 

 ボクがジムミッションを終えて、この休憩所まで歩いてきた時に聞こえた言葉。

 

『今挑戦しているマクワ選手とメロンさんが親子なんだって!!』

 

 その言葉を聞いた瞬間思わずその声を発した人を2度見してしまったほど、ボクにとってはなかなか衝撃的な発言だった。道理でバトルも強いし知識もたっぷりあるわけだ。それに、今思い返してみれば目の形や体型もそこはかとなく似ている気がする。と同時に、メロンさんの姿を見た時に感じた、どこかで見たことがある感じはこのことだったんだと納得した。

 

(しかし、マリィと言いホップと言い、身内にすごい人が多くないですかねほんと)

 

 もしかしたら、今年は当たり年(同期たちにとっては地獄の年)なのかもしれない。

 

「ってことはジムミッションについても事前知識あったりです?」

「まぁ……ずるいと思いましたか?」

「いいえ全然。そんなことを言えば、ボクもカブさんのところをずるで突破しちゃいましたし……」

「そういえばそんなこともありましたね。あの突破方法は思わず笑ってしまいましたよ」

「お恥ずかしい限りで……」

 

 今振り返ってもエンジンスタジアムでの出来事はかなり頭を抱えるものだ。ほんと、よく許可が通ったよね。

 

「あなたのミッション攻略はいつも楽しませてもらっているんのですが、今回も斬新な突破をしていることを期待していますよ」

「こ、今回は勘弁してくれませんか!?」

 

 今回は割とお恥ずかしい所をお見せしてしまっているので、できることなら見てもらいたくないのだけど……

 

「「「「…………」」」」

「あ、皆が戻ってきましたよ!!」

「?……みたいですね」

 

 珍しく出力高めで反論してきたのが意外だったのか、少し首を傾げながらも、帰ってきたみんなをマクワさんも発見できたみたいなので2人で迎える準備をする。いつも通り机にポフィンとお茶を並べていき、もはや恒例のティータイムセット。これでみんなの疲れや緊張を癒して、明日のジムリーダー戦に備えるための会議をする。

 今回もそんな流れで話が進む。……と思っていたんだけど……。

 

「フリアさん、どうも皆さんの様子が……」

「なんか、いつもより元気が……もしかして……」

 

 いつもならボクのポフィンに飛び込んでくるユウリさえも下を向きながらゆっくり歩いており、食べ物に対して見せてくるあの覇気が感じられない。その少し暗い雰囲気はユウリたち4人全員を覆っており、その姿からなんとなーく嫌な予感が浮かび上がってくる。マクワさんも同じ回答に思い当たったのか、こちらに顔を向けていたので、ボクも目を合わせてそっと頷く。

 

「み、みんな……大丈夫……?」

 

 意を決して声をかけるも、特に反応もなくボクたちの前に座るユウリたち。追加で声をかけた方がいいのかななんて思ったけど、程なくしてユウリたち全員の腕が持ち上がり始めたので、きっとなにか反応を見せてくれるだろう。挙げられた4本の腕はゆっくりと机の真ん中に伸ばされていく。その伸ばされた腕が、ポフィンへとたどり着いた瞬間……

 

「「「「うわああああぁぁぁぁん!!」」」」

 

 物凄い勢いでポフィンのやけ食いが開始され、同時にボクとマクワさんの中で答えが確定してしまった。

 

『ああ、みんなミッションを達成できなかったんだな』と。

 

「なんなのあの……あぐ、ミッション!!後半の……むぐ……吹雪物凄く……っん、辛かったよ〜!!」

「もぐ……いきなり難易度……んぐ、おかしかと……!!」

「おふぇなんかふゅっかいはおほひあふぁひおひふぁふぉ!!」

「あぐあぐもぐ……こんなの、フリアっちのポフィン食べるしかないよォ!!」

 

「見事なまでのやけ食い、ですね……そしてホップさん、せめて飲み込んでから喋らないと何言っているかわからないですよ……」

「おそらく『俺なんか10回は落とし穴に落ちたぞ』ですね。はい、ホップのお茶だよ」

「……ものすごく手馴れてますね」

「文字通り慣れたので……」

 

 健啖家という意味ではユウリの方が暴食量は上なんだけど、言い方を悪くすればお行儀が悪いのはホップだ。今までも何回かご飯を一緒に食べたことはあるメンバーだけど、ホップがこうやって口の中に物を含めたまま喋ることはそんなに珍しい事じゃない。そんな人と食べ続けると嫌がおうにもこんなスキルが身についてしまうというもの。

 

 ……もっとも、ボクの場合、最強のせっかちマンであるジュンの存在がでかいけどね。言ってもホップは口元を手で押さえたりとちょくちょく気遣いがみえるんだけどあいつ、絶対口に食べ物含んだまま喋り続けるんだもん。ブレーキ壊れてるよ絶対。

 

「うう!!悔しい!!ストレートで突破したかったのに~!!」

「俺もだぞ……って言いたかったけど、よくよく考えたら、俺とっくに失敗しているところがあった……」

「あたしも、ダンデさんを目標にするのならストレートで突破するくらいの気概を持たんとって思っとったけど……まあ、こうなったらしかたなかとよね……となると今ノーミスなのはフリアだけと?」

「まぁ……そうなるのかな?」

 

 よくよく考えたら確に、これで現状ボクだけがノーミス状態だ。だからと言って何かあるわけでもないんだけどね。結局、このジムチャレンジって最終目標がダンデさんとのバトルに勝つということに集約されている以上、このジムの突破率とか、勝率、失敗回数なんてぶっちゃけどうでもいいもんね。勿論、だからと言ってわざと負ける気はないけど。

 

「そう言えばマクワさんはストレートなんですか?」

「いえ、ルリナさんのところで一度負けていますね。ヤローさんのところはまだよかったのですが……くさタイプの方が弱点が多かったのでまだ戦いやすかったですよ」

「ああ、確かに……マクワさんの手持ちを見たら納得です」

 

 確かにいわタイプに弱点をつけるという点においては、くさタイプもみずタイプも変わらないけど、マクワさんの手持ちで言えばツボツボ、アマルルガ、セキタンザンがそれぞれ複合タイプの方でくさタイプの弱点を突くことが出来る。その点を見てもヤローさんよりもルリナさんの方がつらかったという意見は物凄く納得だ。

 

「クララさんは……」

「ん?なぁにィ?」

「……いや、何でもないぞ」

「ちょっとォ!?うちにも今のところノーミスか聞きなさいよォ!!うちのちからでジムリーダー全員中毒にさせてるかもでしょォ!?ホップきゅん酷い!!」

「えっと……それは悪かったぞ。じゃあ、クララは今までノーミスなのか?」

「……オニオンちゃんのところで負けました」

 

(((((やっぱり……)))))

 

「そんなことよりも!フリアに聞きたいことがあるぞ!!」

「そんなことォ!?」

 

 クララさんの予想通りの答えにみんなの心が一致したところで、ホップがこの話題をぶった切るようにカットインを入れる。クララさんが若干ショックを受けているみたいだけど、ポフィンを食べてすぐに頬を緩ませているところを見るに放置して問題ないだろう。そう判断したボクはクララさんを一瞥して、ホップの方に視線を向ける。

 

「で、ホップが聞きたいことって何?」

「フリア、お前は明日メロンさんに挑むのか?」

「ああ、その件についてね」

 

 ホップの質問を聞いて、何となく先の展開を予想しておく。

 

「もしお前が明日メロンさんに挑むなら、これからメロンさんの対策を練る時間を取った方がいいから無理強いはできないんだけど……もしそうじゃないなら俺にあのジムミッションのクリア方法を教えてくれないか?」

 

 ホップからのお願いは大方予想通りの物だった。キルクススタジアムのジムミッションは受けるたびに落とし穴の位置が変わるみたいだから、ルート教えることに意味はないけど、落とし穴探知マシンの振動具合から、落とし穴までの距離を計算する方法や、おおよその感覚を教えることくらいはできるはずだ。

 

「俺は落とし穴に落ちている回数が圧倒的に多いからな。せめてもう少し感覚をつかんでおかないと絶対に突破できないと思う。だから頼む!!」

「そこに関しては私もお願いしたいかも……正直、どこがダメだったのかとかいまいちつかめてなくって……」

「あたしも。ちょっと今までのジムミッションと比べて難易度高そうだし、まだまだ期間はあるとはいえ、ここでずっと足止めも嫌だから、今はなりふり構ってられなかと」

「う、うちもォ……それにちょっと便乗したいなァ~……フリアっちィ?」

 

 ホップの言葉を皮切りに、一斉にボクの方に向けられる願望の視線。そのあまりにもすごい圧と熱量に思わずのけぞってしまいそうになるけど、みんなの目の奥にある光を見ればこれが本気だという気持ちが……いや、クララさんはよくわからないけど……物凄く伝わってきたので、ボクもその思いを真っすぐ受け止める。ここまで真剣なまなざしを向けられているのだから、こちらも真剣にお返しするのが筋というものだ。なんて、ちょっとカッコよくいっているけど、もともとボクに先に進む意思はなかったので、ホップたちがどのような行動を取ったとしても、メロンさんに挑まないというのは変わらないけどね。

 

「大丈夫。この盤面になった時点でボクに先に進む意思はないから、そんなに真剣にお願いしてこなくても最初から教えるつもりだったよ。まぁ……みんなからこんな真剣な目でお願いされることなんて初めてだったから……ちょっとびっくりしちゃったけど……」

「ほんと!?」

「嘘じゃなかと!?」

「ほ、本当だから、ユウリもマリィも落ち着いて?ね?」

 

 2人でずずいっと近づいてきたことに少しおののきながらもなんとか肩を押して席に戻す。しかし、ボクが協力をすると聞いて興奮しているのはこの2人だけではなくて……

 

「うおおお!!フリアが手伝ってくれると聞いたら俄然やる気出てきたぁ!」

「ちょ、ホップ!?言ってもボクもギリギリだったからあまり参考にされても困るからね!?」

 

 ユウリとマリィを抑えられたと思った瞬間、今度はホップが立ちあがり外へ向けて走り出す。ボクに手伝ってもらえるとわかった瞬間、エンジンフルスロットルだ。

 

「大丈夫だ!!とりあえずはフリアの挑戦していた様子がアーカイブに残っているはずだからそれを見て、そこからなにか掴んで見せるさ!ユウリ!マリィ!クララ!まずはみんなでフリアのジムチャレンジの様子を見ようぜ!!」

「あ、それは気になるかも!!」

「あたしも。よくよく考えたらそんなにフリアのジムミッションを詳しく見たことないからみてみたか」

「そうと決まれば皆で見に行きまっしょォ!!」

「ちょ、ちょっとみんな!?」

 

 ホップの言葉に続いて、せっかく落ち着けさせることが出来たユウリとマリィ、しまいにはクララさんまでもがまた盛り上がってスタジアムの外へ駆け出していく。

 

「全くもう……みんなせっかちなんだから……」

「の割には、どこか嬉しそうですね?」

「……顔にやけてました?」

「物凄く」

 

 微笑みながらそう返してきたマクワさんの言葉を聞いて慌てて頬に手を当てる。そんなつもりはなかったんだけど……マクワさんが言うならそうなのかな?とても冗談を言う人ではないし……

 

「しかし、フリアさんは挑まないのですね……」

「その言い方をするってことは、マクワさんはメロンさんに?」

「ええ。先延ばしする理由も特にありませんしね」

「ですよね」

 

 正直ボクも別にメロンさんに挑むのを先延ばしする必要はない。さっきはああいったけど、先に進む気がないなら先にクリアだけしてみんなが来るのを待てばいいだけだしね。だけど、個人的にはやっぱり一緒に挑みたいなぁという思いが強かったのでこういった行動に出ているんだけど……それに対してマクワさんは間違いなく何かしらの因縁というか、熱い何かを抱えているとみて間違いないだろう。じゃなきゃ、家族のもとを飛び出して違うタイプに走る必要もないしね。となるとやっぱりカギになるのは……

 

(アマルルガ、かなぁ?)

 

 初めて手持ちを見せてもらったときのあの表情。エースはセキタンザンらしいけど、それ以上に愛着を持っているように見えるそのポケモン。

 

(タイプもいわ、こおりタイプ……もう何かあるって言っているようなものだと思うけど……)

 

 勿論過去に何があったなんてボクには何もわからない。だからボクから言えることなんてほとんど何もない。けど、これだけは言わせてもらおう。

 

「……絶対勝ってくださいね。マクワさん」

「!?……その発言は意外でした」

 

 本当に意外に思っているらしく、マクワさんの表情が面白いくらいに変わっていった。そんなにおかしなことを言っただろうか……?

 

「いえ、おかしなことは言っていないんですが……単純に何も言わずに無関係を貫くのかと」

「確かに、ボクも最初はそうしようと思ったんですけど……ボク、マクワさんとも大舞台で戦いたいって思いました」

「……なるほど、そう来ますか」

 

 ボクの発言を聞いて、驚愕の顔をニヒルな笑みへと変えていく。サングラスを触りあがらその表情へ変えていく姿を見るに、『ああ、この人もポケモンバトルが好きなんだ』と心から思えた。強くて、ポケモンバトルを楽しんでいる。そんな人と大舞台で戦いたいと思ってしまうのはトレーナーの性ではなかろうか。

 

「ええ、実に楽しそうです。シュートスタジアムにてあなたとぶつかり合う……実に楽しそうです」

「ですよね!!だから勝ってください!!ボクもすぐに追いつくので!!あ、あと明日絶対に試合見に行くので!!」

「ええ。その激励、しかと受け止めます」

 

 マクワさんと拳を軽く合わせてお互いの健闘を称える。マクワさんと一緒に旅をした期間は短いんだけど、それ以上に密な話をたくさんしたせいか、無茶苦茶仲良くなった気がすると思うのは自分だけかな?

 

 ボクとマクワさんでさらに絆が深まったような感覚を感じたボクは、それが少しうれしくてちょっと笑ってしまう。

 

「しかし、いいのですか?」

「何かありました?」

 

 そんなボクに対して疑問を投げかけるマクワさん。その行動が気になって思わず首を傾げ……

 

「僕にジムミッションを見られたくないと言っていたと記憶しているのですが……ホップさんたちに見られてよかったのですか?」

「…………あああああああッ!?」

 

 すぐにホップたちを追いかけるべく、ポフィンなどをカバンに詰め込んで走り出す。このままではボクの恥ずかしい姿を見られてしまう。

 

「待ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

「やれやれ、騒がしいですね」

 

 そんなマクワさんの言葉を後ろに、とにかくボクは駆けた。絶対にあの姿を見られる訳には行かなかったので。

 

 ……が。

 

 結論から言えば間に合いませんでした。

 

 全員にボクの痴態を見られることとなり、特に女性陣から黄色い声が上がった時は、素直に死にたいと思いました。ちくせう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクのジムチャレンジが終わって次の日。

 

 あれからホップたちには落とし穴探知マシンの使い方のコツと、落とし穴の予想、及び距離の計算の仕方を教えた後、ユキハミの力で擬似的なステージ作成を行い、各々が練習できるフィールドを作って練習を行った。こういった探知マシンを使いこなすのになれていたボクですら、なかなか突破に骨が折れそうになっていたジムミッションだけに、みんな練習ステージでもかなり苦戦していたものの、そこはさすがここまで生き残ったエリートたち。アドバイスを少ししただけでみるみる成長していき、昨日の夜を迎えそうな段階で、ボクが教えられることなんてほとんどなくなってしまった。あとはボクが教えたことの反復練習をすれば、すぐにでも突破できるだろう。おそらく今日挑んでも問題ないとは思うのだけど、今回初めて失敗したユウリとマリィが、少し慎重気味になって、あと1日練習をしたいとの事だったので、今頃4人で明日の再挑戦のための最終調整に入っていることだろう。その様子を見て、ボクが近くにいると集中が途切れてしまいそうだから、ボクはそっとその場を離れた。

 

 そんなみんなとはぐれたボクがどこへ向かっているかと言われると、答えはキルクススタジアム。

 

 ジム戦を行う訳でもないのになぜここにいるのか、それは昨日約束をしたとある戦いを見守るため。その戦いは……

 

「ようやく来たわね……本当に待ちくたびれたわよ」

「……そうですね。少し、時間をかけすぎました」

 

 メロンさんとマクワさんの対戦。親と子。普通に行けば、メロンさんのあとを継ぎ、下手をすればボクが次に戦う相手だったかもしれない選手が、こおりタイプではなくいわタイプを引っさげて向かい合っているこの状況。

 

 このバトルは、ボクたち部外者にとっては親子という特別な立場はあるものの、ジムチャレンジ中に起きた試合のひとつでしかない。しかし、マクワさんたちにとってはおそらく、何かがかかっている大事な試合。

 

「さぁ……もう反抗も冒険も充分楽しんだだろう?いい加減帰ってきな」

「申し訳ないですけど、そのお願いはのむことが出来ません。僕の道は僕が決めます」

「全く……昔は可愛かったのに……」

「今と昔では、何もかも事情が違うので」

 

 かすかに聞こえてくる、久しぶりだけど感動とは程遠い対面。周りの人は盛り上がっている為か、はたまたバトルしか興味が無いのか、マクワさんたちの会話を聞いている様子はない。

 

 思わず唾を飲み込む。

 

「じゃあ、無理矢理でも連れて帰るとするかね!!」

「断ります。今ここで、僕の思いを押し通します!!」

 

 両者ハイパーボールを構えてバトルの準備。

 そんなふたりの様子を見て審判も準備が完了と判断し、開戦の合図を宣言する。

 

「行きなさい!!モスノウ!!」

「行きなさい!!ガメノデス!!」

 

 親子を感じさせる同じ口上を述べながら、メロンさんは高く垂直ジャンプをしながら、マクワさんに至ってはバク転をしながらボールを投げるという、これまた親子そっくりなアクロバティック投法にてポケモンを呼び出す。現れたポケモンはどちらもボクが1度見たポケモン。お互いがポケモンを呼び出したのを確認し、すぐさま技を指示する。

 

「モスノウ!!『こごえるかぜ』!!」

「ガメノデス!!『がんせきふうじ』!!」

 

「どっちも初手が相手のすばやさを落とす技だ……本当に、親子なんだなぁ」

 

 そんな感想を思わず浮かべながら観戦するボク。

 

 ジムチャレンジ中のスタジアムという大きな舞台で、盛大な親子喧嘩が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジムミッション

ちょっとした滞在理由ですね。
メタ的に言えば、マクワさんたちのバトルを見せるため()

マクワ

この小説ではルリナさんに一度負けている設定。
このメンツでどうやってあのすいすい艦隊に勝ったのか……

クララ

オニオンさんに負けた理由はクララさん曰く、『ゴーストにどくいまひとつやんけェ!!』という事らしいです。

親子喧嘩

マクワさんの話をするうえでやはりこの展開は避けられないかと。
ぜひとも殴り合っていただきましょう。











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90話

『はいよあたしからの誕生日プレゼントだ。大切にするんだよ?そんでもって、いつか必ずあたしのあとを継いで、このキルクススタジアムをさらに育てておくれ。それがあたしの願いだ』

『うん!!大きくなったら、絶対に母さんのあとを継ぐよ!!』

『ああ、本当に、うちの子は可愛いなぁ〜!!よしよしよしよし!!』

『か、母さん、くすぐったいよ〜』

 

 それは昔の在りし日の思い出。僕が自分の意思を強く持つにはまだまだ幼く、母さんの言葉を愚直に信じていた子供時代の記憶。今でもしっかりと記憶している、僕の原点とも言えるお話。

 

 僕が初めてこの手にポケモンを授かったのは10歳の誕生日でした。

 

『初めまして。これからよろしく!』

『ルゥ……?ルルゥ!!』

 

 僕が差し伸べた右手に嬉しそうに頬ずりするアマルス。初めて手に触れ、そして僕の手持ちとなったそのポケモンに対して、一気に愛着がわいてしまう。

 

 この子は、絶対に大切にしよう。

 

 アマルスが入っていたハイパーボールをぎゅっと抱きしめながら誓ったこの日が、僕とアマルスの出会いだった。

 

 それからの毎日は、まるで世界が180°反転したかと思うほど華やかな生活に感じた。

 

 どこに行くにしても、何をするにしても、僕はアマルスとくっついて行動していたし、アマルス自身が出会って直ぐに懐いてくれたおかげでとても楽しい毎日を過ごすことが出来ました。それはジムや学校での生活にも影響を及ぼしており、今まで辛いだけだと感じていた座学や練習、特訓なども、アマルスと一緒なら全てが楽しかったし、なんだって乗り越えられる気がしていました。

 

 我ながら、なんて単純な思考をしていたんだろうと呆れてしまいそうになるものの、今振り返ってみても、この期間はとても楽しく、充実した日々でした。

 

 順風満帆。

 

 このままいけば僕は間違いなく母さんの跡を継ぐことになっていたであろう。

 

 ではなぜ今の僕がキルクススタジアムを離れていわタイプへの道に走ったのか。それは、僕がアカデミーに通っているときに起きた出来事が原因でした。

 

 ジムの勉強だけでは固定概念にとらわれて、固まった考えになる可能性があるからという理由で、柔軟性を育てるためにアカデミーも通っていた僕なのですが、ちょうどその時にアカデミーで勉強したのがタイプ相性についてでした。

 

 どのタイプがどのタイプに対してばつぐんを取ることが出来るのか。ポケモンバトルの基本にして、最も強さの指標といいやすい項目。その授業を受けていた時のこと。

 

 子供というのは僕も含めてですが、基本的にはとても単純な思考回路をしています。例えば、ドラゴンタイプやはがねタイプは、攻撃を受けるという点においてはいまひとつが多いので強い。逆にくさタイプやこおりタイプは、ばつぐんが多かったり、いまひとつにできるタイプが少ないから弱い。といった感じに。勿論、それぞれのタイプにはタイプ相性だけでは語れない強さや特徴があるため、これが全部というわけではないのですが、先ほども言った通り、子供というのは思考が物凄く単順で、技や天候、フィールドによって強さが変わるなんて考慮としません。そして、アカデミーで勉強をするくらいまで年齢を重ねていると、大体の子が親から一匹ポケモンを授かっているというのがほとんど当たり前のような場所でした。そうなれば、当然話題にあがるのが自分のポケモンがどんなタイプ相性なのかという話で……

 

『オレのサシカマスはばつぐん少ないもんね!』や、『オレのヒメンカでばつぐんつけるし!』だとか、『ボクのギアルは誰よりも硬いよ!!』なんて話で盛り上がり始めます。

 

 当然僕にもその話が回ってくるわけで、比較されるポケモンも当然アマルスです。

 

 アマルスのタイプはいわとこおりの複合タイプ。タイプの組み合わせというのは現状判明している18タイプ×17タイプの、合計306通りとなっており、まだ確認されていない組み合わせもあれば、割とメジャーな組み合わせのものもあります。

 組み合わせ次第では強いものもあれば、逆にそこまでと言われるものもあり、残念ながらアマルスもタイプだけを見れば決して強いと言われる部類ではありません。弱点の数は、じめん、いわ、みず、くさ、かくとう、はがねの6タイプ。さらにかくとう、はがねに至っては、こおりもいわも苦手なタイプのせいで大ダメージを受けてしまう組み合わせ。数だけでいえば、ナッシーやユキノオーの方が数は多いのですが、それでも特大弱点を二つも含んだうえで弱点が6つというのはとても多く、弱点を習ったばかりの子供たちにとっては格好の的でした。

 

『お前のポケモン弱点ばっかだな』

『俺のもポケモンでも、あいつのポケモンでも弱点つけるぞ!!』

『この中で一番弱いんじゃないか?』

『や~い、弱点ポケモン』

『いわとこおりって弱いのか?』

『いやいや、いわが弱いんだって!だってこおりはあのキバナさんに勝ってるし、メジャーリーグがあるもん!』

 

 習ったばかりのことを言いたくなるのは子供の性。ここから繰り出されている言葉には、悪意は実はそれほどなく、気にせず受け流せば明日にはまた何気ない普通の時間が流れる。しかしそれは大人がする対応であって、当時同じ年代であった僕にはとても難しい事でした。僕の大切なパートナーが、母さんからもらった誰よりも大切な仲間が貶されている。そのことが無性に悔しくて。流石に手を出すなんてことはありませんでしたが、それでも小さくない言い合いには発展してしまいました。それはアカデミーの教師に止められるまで続いてしまい、家に帰って怒られたこともしっかりと覚えています。

 

 そしてこの時見た、アマルスのとても悲しそうな顔も。

 

 その表情がとても頭にこべりつき、どうしても忘れられなくなってしまいました。同時に想ってしまったのです。

 

 もう二度と、このような顔にはさせたくないと。

 

 そこで何を思ったのか、母がこおりタイプで、僕がいわタイプで、それぞれ最強であることを証明すれば、アマルスに文句を言う人がいなくなるのではという結論に辿り着いてしました。

 

 間違いなく、『いやいや、いわが弱いんだって!だってこおりはあのキバナさんに勝ってるし、メジャーリーグがあるもん!』というあの言葉に影響されて……。

 

 一度そう思い込んでしまったら、そこから行動するのはあっという間でした。母さんからの教育でこおりタイプの特訓をする陰でいわタイプについても猛勉強をし、独り立ちできるくらい成長した瞬間に家を出て、いわタイプのジムを目指すべく修行して……

 

 これが僕のいわタイプを極めようと思った理由。

 

 他人にとっては……いえ、今の僕が振り返ってみても、とても馬鹿みたいで、何やっているんだと鼻で笑ってしまいたくなるような小さな理由です。母が僕に怒り心頭になってしまうのも、家を出禁にしたくなる気持ちもよくわかります。僕が母と同じ立場なら同じことをしていたかもしれませんし。

 

 ですが、それでも……

 

(あの時のアマルスの顔だけは……どうしても忘れられないのです)

 

 母さんからもらったこの大切なポケモンを、どうしても優先したいのです。

 

 だからどうか……

 

(この親不孝なボクを許してください。母さん)

 

 腰にぶら下げた、今目の前にいる人からもらった、今でも大事なポケモンのボールに手を添えながら、それでも貫きたい思いを胸に、目の前の越えるべき相手に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒヒダルマ戦闘不能!!セキタンザンの勝ち!!」

 

 

 審判から告げられたのはメロンさんの2匹目のポケモンが倒されたこと。その言葉が嘘ではない証拠として、フィールドに視線を向ければガラル地方の気候に適応したこおりタイプのヒヒダルマが地面に伏していた。これでマクワさんもメロンさんも2匹のポケモンを失ったことになる。

 

 不思議なやり取りから始まった、どこか空気の違う2人の試合は白熱していた。

 

 まず最初のガメノデス対モスノウは、初手のこごえるかぜとがんせきふうじの相殺から始まり、がんせきふうじがモスノウの視界を封じている間にガメノデスがステルスロックを展開。一歩出遅れる形となったモスノウが、ステルスロックを確認してすぐにふぶきを放つ。がんせきふうじを超えて飛んでくる冷気に、ガメノデスは思わず苦しそうな声を上げるものの、それを耐えきったのちに行ったからをやぶるによって手に入れたスピードと火力で仕返しを行っていく。モスノウもこごえるかぜで機動力だけでも何とか削っていたものの、元々いわタイプにとても弱いモスノウがそのまま火力で押される形でダウン。

 

 続いて現れたメロンさんの二体目はヒヒダルマ。ガラル地方に適応したリージョンフォームのヒヒダルマだったんだけど、これがとにかくすごいポケモンだった。モスノウの仇を打つべく現れたヒヒダルマが使った技はつららおとしのみ。しかしそのつららおとしの威力がとにかくやばい。本来なら効果はいまひとつのはずなのに、からをやぶるで耐久が落ちているとはいえ、それでも物理耐久には自信があるガメノデスが一撃で地面に伏した姿を見た時は自分の目を疑ってしまった。

 

 ガメノデスを戻したマクワさんが出した二匹目はイシヘンジン。特殊にはめっぽう弱い反面、物理面に関しては攻撃も防御も一級品。その硬さと火力はガメノデスをも上回っており、つららおとしをメインとしているということは、ボクの知っているほのおタイプのヒヒダルマと同じく物理が得意であろうガラルヒヒダルマとの熱い殴り合いが見れる。そう思っていた。しかし結果はガラルヒヒダルマが圧倒的な火力で押し切る形になった。勿論使った技はつららおとしのみ。

 

 いくら何でも高すぎるその威力に、みているこっちが混乱している中、それでも焦らずマクワさんが繰り出したのがセキタンザン。

 

 ほのお、いわ、どちらでもこおりに有利が取れるマクワさんのエースが早くも登板となり、ヒヒダルマの猛攻を止めんと奮起。それでもなかなか止まらなかったヒヒダルマに、この後自分も戦うのかと思うと既に参ってきそうになる気持ちを抱きながら見守ること数分。連戦による疲れからようやくガス欠となったヒヒダルマがセキタンザンの前に沈むこととなって今の状況だ。

 

(当然だけどレベルが高い……とくにあのヒヒダルマが本当に訳が分からない……どうやったらあんな火力になるのさ)

 

 マクワさんを応援している気持ちはあるけど、それと一緒に自分があそこに立っていたらの想像も欠かさない。もしボクが挑むとなるなら、あのヒヒダルマはかなりの脅威となるはずだ。なぜかジムリーダーたちがボクと戦う時に手持ちを少し強くすることも考えると本当に気が抜けない。そんな目が離せない二人の戦いを見守っている中、メロンさんの三体目が姿を現す。

 

「行きなさい、コオリッポ!」

 

 出来たのは頭を四角い氷に覆われた、フォルムだけ見ればエンペルトに似ているポケモン。これまた初めて見るポケモンに目を奪われるなか、お互い三体目同士のポケモンのバトルが始まる。

 

(頑張って……マクワさん!!)

 

 ぐっと拳を握りながら、祈るボクの声が届いたのか、少しだけマクワさんの肩が動いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……届いてますよ。あなたの声援」

 

 後ろからかすかに聞こえてきた声に反応しながら目の前の相手に集中する。現れたのはコオリッポ。物理攻撃を一度だけ無効にする特性『アイスフェイス』が厄介なポケモン。ですが、物理だけ防がれるというのがわかれば対策は簡単です。幸いセキタンザンは物理も特殊もどちらも扱えるポケモン。コオリッポ対策はちゃんとしています。

 

「セキタンザン、『かえんほうしゃ』です!!」

 

 セキタンザンから放たれる炎がコオリッポを焼かんと邁進する。

 

「コオリッポ、『こうそくいどう』」

 

 よけづらいように拡散して放ったつもりですが、それすらもこうそくいどうによって回避したコオリッポ。

 

「続いて『はらだいこ』」

「ッ!?本当に容赦ないですね……『えんまく』!!」

 

 せめて攻撃を避けるためのえんまくを周りに貼って緊急回避。しかし……

 

「そんな煙で避けられるほど、あまい教育をしたつもりはないわよ?『たきのぼり』」

 

 こうそくいどうによって素早さが上がったコオリッポの目を欺けるには頼りない。一瞬で煙を突き抜けてセキタンザンの懐に潜り込んだコオリッポが、腹太鼓によって自分の体力を犠牲に手に入れた火力を存分に発揮してセキタンザンを大弱点のみずで押し流してくる。

 

「一撃で沈めば、あなたお得意の『じょうききかん』も関係ないわよね?」

「ぐっ……!!」

 

 流石にこちらにやりたいことはばれてしまっている。一撃でも耐えることが出来れば、特性の効果によって素早さを一気に極限までもっていくことが可能な特性じょうききかん。

 決まればかなり強力な特性なのですが、当然ながら耐えることが前提のこの能力。一撃で倒されると当然ながら意味がない。それを理解しているからこそのコオリッポのはらだいこ。いわタイプの特徴である物理への耐久力の高さも、はらだいこによるバフと大弱点となるみず技の組み合わせにはなすすべもない。

 

 

「セキタンザン戦闘不能!!コオリッポの勝ち!!」

 

 

「……お疲れ様です。セキタンザン」

 

 僕のエースと言えるポケモンの退場。ヒヒダルマを倒してくれただけでも十分ではありますが、対母さんの一番の要であるセキタンザンの退場は僕の中でかなり多きものとなっている。

 

「さあ、もうあんたのエースはいない。そしてこの場には『こうそくいどう』と『はらだいこ』を行ったコオリッポ……あんたにこれを覆せるの?」

 

 母さんの言葉は間違いない。これを覆す手段は限りなく少ないうえ、まだ母さんの切り札が後ろに控えている。

 

 絶望的状況。ですが……

 

「……まだよ!まだ僕の岩は崩れ去っていない。砂になっていない!!僕の戦う理由は、戦う意思は、まだ消え去っていない!!」

 

 あの頃の思いが、誓いが、意思が。あきらめるなと僕の背中を押してくれる。

 

「この子のためにここまで来たのです!!行きなさい!!」

 

 この不利な状況を覆さんと、僕の最後のポケモンが姿を現す。

 

「そのポケモンに、そこまで……」

「行きますよ……アマルルガ!!」

「ルルゥ!!」

 

 淡い光を背中のヒレから発しながら吠えるアマルルガが、僕の思いを受けて足を踏み鳴らす。その姿に母さんがなにか小さくつぶやいたような気がしたけど、それを無視して前を向く。

 

「アマルルガ!『ラスターカノン』!!」

「っ!?避けなさい!!」

 

 アマルルガに見とれていたのか一瞬反応が遅れていたような気がしたが、それでも飛んでくる鋼の弾を避ける指示を行い、コオリッポが何とかその球をよけ……()()()()()()()()()()()()()()()()()被弾する。

 

「コポッ!?」

「なっ!?」

「アマルルガ、『でんじは』!!」

 

 予想外からの攻撃にたたらを踏んでしまったコオリッポを麻痺に陥れ、機動力を落とす。

 

「コオリッポ、『ハイドロポンプ』!!」

「コォ……コポッ!?」

 

 コオリッポもすぐさま反撃しようと準備をするものの、麻痺のせいで技がうまく発動できず、痺れて固まってしまう。その姿を確認した僕は、コオリッポにとどめを刺すべくでたらめな指示を出す。

 

「アマルルガ、『ラスターカノン』を四方八方にばらまきなさい!!」

「ルルゥォ!!」

「はぁ!?」

 

 僕の指示をしっかりと実行するアマルルガ。アマルルガを中心として飛び散っていく鋼の弾はあらぬ方向へどんどん飛んでいく。しかし、ある程度直進したところで飛び散った鋼の弾は、急にその進路をコオリッポの方へ変更する。

 

「これは……『ステルスロック』!!」

「さすがに気づきますか……ですがもう遅いです!!」

 

 この現象のタネは空中に浮かぶステルスロックにラスターカノンが反射したことによって起きている。宙漂う数多の岩は、鋼の弾を乱反射してコオリッポを目指す。母さんもそのことに何とか気づきますが、その時にはもうすでに遅く、コオリッポの周りすべてがラスターカノンに囲まれていた。

 

 弱点の攻撃による集中砲火。

 

 追加効果による特防の低下も相まって、その攻撃を耐えきることが出来ずにコオリッポが地に沈む。

 

 

「コオリッポ戦闘不能!!アマルルガの勝ち!!」

 

 

(フリアさん。あなたのおかげです。感謝しますよ)

 

 この作戦を思いついたのも、いつも奇想天外な戦い方をする彼のおかげ。感謝につきません。

 

 これでお互い最後の一匹。

 

「あんたの思い。確かに伝わってくる。けど……」

 

 最後のボールに手をかけ、ダイマックスバンドからエネルギーを送り、最終ラウンドへの準備を行う母さん。

 

「あたしだって、あんたに親として込めた思いがある。それでも自分を貫き通したいなら!」

 

 大きくなったボールを天高く投げ、そのボールから母さんの切り札が姿を現す。

 

 

「あたしを踏み越えて、見せてみな!!」

 

 

「フラァァアアッ!!」

 

 

 キョダイマックスラプラス。

 

 母さんがジムリーダーたる所以のポケモン。勿論、ジムチャレンジ用に調整されている個体ではあると思いますが、それでも決して割れないこおりとして立ちはだかる、キルクススタジアム最後の砦。

 

「ラプラス!『キョダイセンリツ』!!」

 

 

「フラァァアアッ!!」

 

 

 そんなラプラスから放たれる巨大な氷の塊、

 

 

 その圧力に一瞬押されそうになる。しかし……

 

「ええ、貫かせていただきます!!アマルルガ!!『メテオビーム』!!」

「そんな技までッ!?」

 

 僕にも譲れないものがある。その意地を一緒に担ってくれたアマルルガに宇宙の力が集中していき、アマルルガの特攻が引き上げられる。迫りくる巨大な氷塊に対しても臆することなく力をため込んだアマルルガは、その力を思いっきり解き放つ。隕石の力を内包したそのレーザーは、ラプラスのキョダイセンリツを粉々に打ち砕きながら直進し、ラプラスの顔を打ち抜く。

 

「アマルルガ!!」

「ルルゥ!!」

 

 顔にこうかばつぐんの技が当たったことによって、ラプラスが怯んだのを確認した僕はすぐさまアマルルガをボールに戻し、ダイマックスエネルギーを送り込む。

 

 

「山のような岩となれ!!アマルルガ、ダイマックス!!」

 

 

「ルルゥォッ!!」

 

 

 大地を踏みしめるアマルルガが天高く咆哮する。

 

「くっ、ラプラス、『ダイストリーム』!!」

「『ダイロック』で防壁を!!」

 

 アマルルガに対して弱点で攻めようとダイストリームを放つラプラスに対して、ダイロックの壁を地面から突き出させて防ぎ、その壁をそのままラプラスの方へと倒して攻撃を行う。そしてダイロックがラプラスに当たると同時に捲きおこる砂嵐。

 

 いわタイプの特殊能力。砂嵐の中ではいわタイプの特防は強化される。この力は、特殊攻撃を主力としているラプラスへのダメ出しとなるだろう。そのことを母さんもしっかりと理解しているはず。だからこそ、天候を上書きするために再びダイストリームを打って雨に替えようと考えるが……

 

「……ダメね、天候を奪えない」

「フィールドはこちらの物です。何をしてもこの有利は揺らぎません」

 

 ダイストリームを打ってきてもダイウォール、ダイロックで防げば大丈夫。フリアさんのように天にダイストリームを打って雨に替えても、こちらはまだダイマックス行動に余裕があるので上書きしなおせる。ではこちらが攻撃するまで待てばいいのかと言われると、天候砂嵐はじめん、いわ、はがね以外のタイプのポケモンに対して少しずつダメージを与える。つまり何もしなくてもラプラスへのダメージは入り続ける。つまり、ラプラスから動かざるを得ない状況。

 

「ラプラス、『ダイストリーム』!」

 

 待ってもしかたないということを理解したラプラスがダイストリームを発射。これを技で防げば天候が変わることはないし、たとえ変わっても自分の技で上書きできます。なら……

 

「アマルルガ、耐えなさい!」

「……本当、変なところに頭回るようになったね」

 

 砂嵐の効果で強くなった特防でラプラスのダイストリームを受け止める。こうかばつぐんのその技は砂嵐の効果で軽減されたため、元々特防に対してある程度の耐久をもつアマルルガならダイマックスの効果もあって十分耐えることが出来る。

 

 耐えきったアマルルガに降り注ぐ雨。

 

 これで砂嵐は消え、みずタイプの技が強くなる。しかし、ここからがダイストリームをわざと受けた理由。

 

 ダイマックスの効果が切れたラプラスが元のサイズに戻っていく。それはつまり、ダイマックスの耐久が消え、体力が減少したという事。なら……

 

「これでとどめです。アマルルガ……『ダイロック』!!」

 

 メテオビームで強化されたこのダイロックを防ぎ、耐えきることは不可能。たとえ耐えたとしても、アマルルガはあと一回ダイマックス技を打てるので、もう一度ダイロックを打てばいい。

 

 ラプラスの上空から倒れこむ岩の塊は、ラプラスの残り体力全てを押しつぶす。そして……

 

 

『ラプラス戦闘不能!!勝者、アマルルガ!!よってこの戦い、マクワ選手の勝利!!』

 

 

「ルルゥォォォォオオオッ!!」

 

 

 アマルルガの雄たけびによってこのバトルの幕が下りる。

 

「僕は……いわタイプのトップとして、あなたからもらったこの子が最強のポケモンであると証明して見せます!!」

 

 それは、僕の意地への道が、ようやく始まったのだと宣言しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




過去

正直本人が言っている通り、理由自体はそんなに大きなものにはしていません。
引っ張った割には、というやつですね。けど、本人の立場になって考えてみると、こだわりはあるのではないかなと。
この小説では、実は母親このと大好きなマクワさんという設定ですね。

ヒヒダルマ

マクさんとの戦いでも手持ちが微……いえ、かなり強化されていますね。
実機では勿論この特性ではありません。というか、この特性なら泣く子が出そうな……
勿論フリアさんとの戦いでもこちらが来ますよ。

メテオビーム

いわ特殊界の必殺技のようなもの。
いわタイプに特殊が追加されたのは、パワージェム以来10年ぶりらしいですよ。
私もサニゴーンに搭載して楽しんでいました。




3月12日をもちまして、この小説が一周年を迎えましたね。
かといって、何か特別な小話を挟むわけでもないのですが、一年かけて90話も出しているのかと思うと、なかなかの速さと誇ってもいいのではないでしょうか?
正直、定期更新は明言しているわけではないのでこのリズムがいつ崩れたところで構いはしないのですが……現状つらいわけではないので維持できればなぁとは思っています。ここに関してはあまり期待せずに楽しんでいただけたらと思います。

一歳を迎えたこの作品ですが、これからもよしなにしていただけたらと思います。











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91話

「……戻ってください。アマルルガ。お疲れ様です」

 

 勝鬨をあげるアマルルガに対して、労いの言葉をかけながらボールに戻していく。勝ったことが余程嬉しかったのか、ボールに納まってもしばらくカタカタとゆれるそのすがたに、思わず頬が緩んでしまう。そんなちょっとした感傷に浸っている時に聞こえる足音。

 音の発生源に視線を向けると、先程まで僕と大勝負を繰り広げていた母さんが近づいてきていた。

 

「母さん……」

 

 こうして面と向かって話すのはいつぶりだろうか。逃げ出すように家をとび出たあとはロトムフォンの連絡すらしなかった。なにから話せばいいのかと言う気まずさこそあれ、ここに感動の2文字は存在しない……と思っています。そんな返答に困っている僕に対して、それでも無遠慮に、全く気にもとめないような姿でガツガツと歩いてくる母さん。そして……

 

「……ほら、手をお出し」

 

 こちらに右手を突き出しながらそういう母さん。何故かその言葉に逆らうことが出来ず、無意識のうちに僕も右手を返していた。手のひらを上にして伸ばした僕の手の上に置かれるひとつの塊。それは、このキルクススタジアムを突破した証である、こおりバッジ。渡されたその小さな欠片は、握りしめるとほんの少しだけ温かみを感じる。

 

「言っておくけど、このジムチャレンジはまだまだ通過点。知ってるだろうけど、あたしの手持ちも全力とは言えジム用に調整もされている。つまりここで勝っても誇るにはまだ早いってことさ。だから……」

 

 バッジを手にしたことに、謎の温かさを感じながら母さんの言葉に耳を傾けていると、母さんの言葉が途中で切れる。言葉の続きが気になり、顔を上げるとそこには……

 

「っ!?」

 

 アマルスを僕にプレゼントしてくれた時にもしていた、あの優しいほほ笑みを浮かべており。

 

「絶対に、あんたのしたいこと、貫くんだよ。途中で投げたら、あんたを凍らせるからね」

 

 今度は握手をするための右手を差し出してきた。

 

 家を飛び出して、わがままを言うだけ言って縁を切ったと思っていた親不孝の息子なのに、それでもこうやって変わらない笑顔と優しさを向けてくれるのが嬉しくて、恥ずかしくて。

 

「……ええ、肝に銘じていきますよ」

 

 左手でサングラスを押し上げながら、ニヒルな笑みを浮かべて誤魔化す。こうでもしないと、少しお見せできない顔になってしまいそうで。そんな自分を隠すために、はっきりと声を出して告げる。

 

「今度は、本気のあなたに勝ちます」

「上等さ。いつでも挑んできな。待ってるよ」

 

 面と向かって話した時、どれだけ気まずくなってしまうのか、そんな心配はいつの間にか空の彼方に消え去っていて……

 

 お互いの健闘と未来を称える右手同士の握手は、今までしてきたどの握手よりも強く、暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチパチパチ。

 

 キルクススタジアム内を響き渡る拍手の雨。それは、先程まで激闘を繰り広げていた2人に対して惜しみなく降り注いでおり、その大きさが先程のバトルに対するみんなの感動の大きさをそのまま表していた。かく言うボクもそのバトルにあてられた身であり、雨の一部となってマクワさんたちに感動の意を落としていた。

 

(本当に凄かった……お互い守ることを考えていないガン攻め同士のぶつかり合い……)

 

 メロンさんの扱うこおりタイプでこの戦法を行うのは理解出来る。元々防御に回るよりも攻めに回った方が強いタイプだからだ。けど、特性や性質を含めて防御の方が得意ないわタイプ使いであるマクワさんまでもが、からをやぶるやメテオビームと言った、攻めるための行動を多めにしていたことも、この試合が盛り上がっていたひとつの……いや、大きな原因だろう。

 

(特に『メテオビーム』がやばい。見た感じソーラービームのいわタイプバージョンかなって思ったけど全然違う。メテオビームを貯めている時にアマルルガが少しオレンジ色に光った所を見たから、多分貯めながら自身の能力をあげるタイプの技だ。初めて見る技だけど……威力と言い効果と言い、そんな凄い技を仕込んでいたなんて……)

 

 キョダイマックスラプラスのキョダイセンリツを真正面から打ち破った所からも、その威力の高さがよくわかるだろう。確かにこうかばつぐんの技で攻めている以上有利であるのはわかるんだけど、それにしたってキョダイマックスの技を、通常状態のポケモンの技で打ち破ったというのはかなりの快挙だ。うちのメンバーでも、こおりに対しては最近進化したばかりのエルレイドが弱点を突くことに長けているけど、正直エルレイドの技であの技をくだけるとは到底思えない。これはエルレイドを信じていないわけではなく、そもそもエルレイドの拳ではあのこおりの重量を跳ね返し切れない。エルレイドが得意としているのはすばやく、的確に、切れるように、鋭い一撃を叩き込むことであるため、力業によるゴリ押しは出来なくはないかもしれないけど、本領ではない。少なくともダイマックスをきって、ダイナックルを何回か行って火力を底上げしないときついだろう。

 

 そしてさらに問題なのが、エース以外の他のポケモンたちもやばそうなこと。

 

 まず思い浮かんでくるのは間違いなくあのヒヒダルマだ。つららおとし以外の技をついぞ見ることは出来なかったけど、たとえひとつしか技を覚えていなかったとしてもあの威力を何回も叩きつけられたらたまったものでは無い。それも、つるぎのまいやビルドアップといった、自己強化技すら使わずに、だ。となってくると、何かしらの特性やアイテムが関わっていると考えてよさそうなんだけど……

 

(一つだけ心当たりがあるアイテムが……でもあのヒヒダルマ、特に何もつけてないんだよね……)

 

 その可能性自体にはバトル中にたどり着いたため、ヒヒダルマがなにか身につけてないかを確認はしたけど、結果は何もなし。となると、やはり特性によるものと考えるのが妥当だろう。

 

「あの〜……」

「は、はい!?」

「そろそろここのバトルコートを閉じますので……」

「あ、あれ!?もうこんな時間に!?」

 

 なんて考えこんでいるうちに空の色は茜色に近づいており、バトルコートはおろか、観客席にも掃除目的で残っているジムトレーナー以外誰もいなくなっていた。どうやら今日のジム戦は人数が少なく、マクワさんが最後だったらしい。夕方なのに閉めようとしているあたり、本当に少ないのだろう。多い時は夜も戦っているからね。

 

 失礼しましたと声をかけてくれたジムトレーナーに返事を返し、ボクも慌てて観客席を後にしながら、それでも頭の中は再びメロンさんのポケモンたちに向けられる。

 

 あれだけ賑やかだったスタジアム内が嘘のように静まり返っている中、廊下を歩いてロビーへ向かいながら、次はコオリッポに向けて思考を飛ばす。

 

 はらだいこにこうそくいどう。このふたつを組みあわせていたあのコオリッポもまた、ヒヒダルマクラスに火力の高いポケモンのはずだ。こうそくいどうを覚えさせているところから、でんこうせっかやこおりのつぶて、アクアジェットのようなそもそも素早く攻撃できる技がない可能性はあるけど、こうそくいどうがあるせいでその弱点も実質帳消しだ。こちらも対策をしっかりとしておかないと簡単にやられる可能性が高いだろう。

 

(う~ん、どこに誰を当てるか……やっぱり弱点を突くことが出来るエルレイドを誰とぶつけるかが大事になりそうだなぁ。あとは……)

 

「おーい!フリア~!!」

「ん?」

 

 メロンさんの手持ちのどのポケモンに誰を当てるかを考えながらキルクススタジアムのロビーへと足を進めていくと、ボクを呼ぶ声が聞こえ始めたので顎にあてていた手を下ろし、うつむき気味だった顔を持ち上げると、視線の先にはこちらに向かって手を振っているホップの姿。その周りには他のメンバーもそろっており、ボクを迎えに来たというのがわかった。

 

「やっほ~ホップ、みんな。わざわざ迎えに来てくれたの?」

「迎えに来たの?って……マクワさんのジム戦終わったって聞いたのに、フリアがなかなか中から出てこないからみんな心配してたとよ?」

「特訓終わって寒い思いしながら外で待ってたのに~」

「無茶苦茶寒かったよォ……これはフリアっちに美味しいご飯作ってもらわなきゃねェ~」

 

 合流してみんなからの思い思いの反応を受け、さっきまで見ていたハイレベルな戦いによって高揚してしまったテンションと、メロンさんを想定してずっと働き続けたことによるほんの少しの知恵熱がさがっていくのを感じる。やっぱりみんなの声を聞いていると落ち着くね。

 

「ごめんごめん。マクワさんの試合が凄くって、ついつい……」

「そんなに凄かったのか……そっちも後で見たいぞ!!」

「メロンさんに挑む前に見るのもよかとね」

「それよりもマリィセンパイ。フリアっちに聞くんじゃないのォ?」

「あ、そうだった」

 

 先ほどボクが見た試合に関しての感想を言っていると、その話を割り込むようなクララさんの声。その声にマリィも反応して、ボクに何かを伝えようと言葉を続ける。

 

「あれから練習したんだけど、それを最後に見て欲しかと」

「もうちょっとで日も暮れるしィ、夜になる前の最終確認ってことで、フリアっち、お願いィ!!」

「結構練習したけん、自信はあるけどね」

「うちとマリィセンパイの出来を見たら、フリアっちびっくりするよォ?」

 

「「ね!」」っと2人で声を重ねながらしめた言葉からわかる通り、いつの間にか仲よくなった2人。そのことが微笑ましくてついつい頬が緩んでしまう。

 

「そんなに自信があるのなら楽しみかも」

「あっと驚く準備しててよね」

「よねェ!!」

 

(……本当に仲良くなっているなぁ)

 

 一体練習中にどんなやり取りがあったのだろうか。とても気になるね。

 

「先に行って準備しておくけん、早く来るとよ!」

「じゃあおっさきィ!」

「俺たちも先に行っておくぞ!」

「マリィたちの方を見たら私たちのことも見てよね!」

 

 そう言葉を残してそれぞれ走り出す4人。今まで外で練習していたことを考えると体は冷え切っているだろうに、そんなことを思わせないような快活な姿は、みているこちらまでもが暖かくなるようだ。本当に一緒にいて賑やかなメンバーである。

 

「さて、じゃあボクも……」

「あ、いました。よかったです。まだここにいて」

「この声は……」

 

 みんなが向かった場所に行こうと思たところで、またもや声をかけられたので振り向くと、そこには先ほどまで激闘を繰り広げていたマクワさんの姿。ほんのりと髪が湿っているあたり、スタジアムのシャワーでも借りたのかもしれないその姿は、ただでさえスタイリッシュな雰囲気を醸し出しているマクワさんのさわやかさがさらにマシマシになったような気がする。こう見るとすごくイケメンだよね。いや、マクワさんはいつもかっこいいけど。

 

「マクワさん。先ほどは勝利おめでとうございます!」

「ありがとうございます。あなたの応援のおかげで勝てましたよ」

「あはは……聞こえてたんですね……」

「ばっちりと」

 

 こうして真正面切って言われると恥ずかしさがこみあげてくる。けど、ボクの言葉が届いて、それが力となってくれたのなら嬉しい限りだ。

 

「お返しは……試合を観戦したことによって得られた、母さんのポケモンの情報提供ということで」

「本当に、貴重な情報ありがとうございます。気を付けないといけないことが沢山わかりました」

「……冗談のつもりだったのですが」

「え?」

 

 あらかじめ準備をして戦うスタイルのボクにとっては、情報というのは何よりも貴重な宝だから、正直これをお返しと言われたら頭が上がらないというか、むしろこんな貴重なもの貰っているのにボクからあげたものが応援だけでいいのかと頭をかしげてしまうレベルだ。

 

「ボクにとっては十分すぎるものなんですけど……」

「なんというか……欲がないですね。あなた」

「?」

「まぁ、いいです」

 

 なぜかマクワさんに呆れられてしまった。何かおかしなことあったかな?

 

「とりあえず。ボクから渡せるものは二つです。一つは情報……というかヒントを。コオリッポとヒヒダルマは両者とも特性に気を付けてください。本来ならヒヒダルマに関してはジムチャレンジャーには使わない固体ですが、他のジムリーダーがあなたに対してのみ難易度を上げているあたり、母さんもその例に漏れないでしょう。コオリッポはともかくとして、ヒヒダルマには特に注意を」

「2匹とも特性が厄介なんですね。わかりました。」

 

 コオリッポの方はともかく、ヒヒダルマに関しては何かが見えてきそうだ。このあたりは後でロトム図鑑とにらめっこして考えるとしよう。

 

「そしてもう一つ……」

「もうお腹いっぱいなんですけど……」

「これに関しては預かっていたものなので、『お礼』というよりかは『お返しします』という言葉が適切なんですけどね……どうぞ」

「これって……」

 

 マクワさんが懐から取り出した二つ目の渡し物。それは水色の装飾品をぶら下げているひとつの輪。要はネックレスと言われるものだ。なぜネックレスなんてものをボクに渡すのか。その答えはわっかの一部にくっついている水色の装飾品にある。まさかと思い、その水色の装飾品を鼻もとに近づけて匂いを嗅ぐと、ほんのりと感じるのは海を連想させるような不思議な香り。

 

「やっぱり!!これってさざなみのおこうを……?」

「はい。僕なりに加工してアクセサリーに。残念ながら破損が激しかったので元の形に戻すことはかないませんでしたが、せめてこういう形でのこせたらとおもいまして……いかかです?」

「とてもうれしいです!!ありがとうございます!!うわぁ~、あとでユウリにも見せよっと!!」

 

 さざなみのおこうが割れたと聞いて、ボクと同じくらいショックを受けていたユウリ。彼女にこのネックレスを見せたら、きっと同じくらいに喜んでくれると思う。

 

「にしてもマクワさん、こんなこともできるんですね」

「化石や鉱石に触れる機会もあるので、その過程で手先が器用になりましてね。これはその延長のようなものです」

 

 なるほどと納得。たしかに、化石の復元とか化石堀りって細かい技術が必要みたいだし、そういったものにいわタイプを知る過程で触れているのなら、この回答も納得だ。

 

「ただ、プロではないので正規品と比べると少し見劣りするかもですがね」

「いえいえ!最高のプレゼントです!!」

 

 こんな素敵なものを貰って文句を言う人なんていないだろう。これはまた大切な宝物ができてしまった。

 

「喜んでもらえてよかったです。これで心置きなく次の街に進めますからね」

「……ということは、マクワさんはもう先に進むんですね」

「ええ。もうこの街に残る理由はありませんし、母さんにあそこまで発破をかけられた手前、むしろこの街に滞在するのはどこか気が引けましてね」

 

 そんな舞い上がっていたボクにかけられた次の言葉は、マクワさんが先に進むという事。まだ先に進む権利を手に入れていないボクたちは、当然マクワさんについて行くことはできない。それはつまり、ここでマクワさんがパーティから離脱するという事を意味する。

 

「ちょっと、寂しいですね」

「僕も同じ気持ちです。が、シュートスタジアムで再会できるのでしょう?」

 

 そう言いながらニヒルな笑みを浮かべるマクワさんからは、挑発的な意思を感じる。

 

 あなたなら当然最後まで来ますよねと。

 

「勿論です!!むしろ、途中で追い抜かれても文句言わないでくださいね?」

 

 その挑発にわざと乗っかり、こちらも挑発し返しておく。この返しがお気に召したのか、さらに笑みを深くしたマクワさんは、そのままくるりと体を反転させ、キルクススタジアムの外へ。手を上げながら小さくなっていくその姿を見ながら、ボクは胸拳を当てて握りこみ、マクワさんに対して心の中で誓う。

 

 次に会う時は、ライバルとして、スタジアムで。

 

 マクワさんの姿が完全に見えなくなったのを確認したボクは、ほんの数秒程マクワさんが消えた先を見つめ、改めてユウリ達が待つ方向へと足を運ぶ。

 

 一時的に離れる道。だけど、マクワさんの道とボクたちの道が再び交わる時は、そう遠くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウリ、ホップ、マリィとみんな順調にクリアしてるし、最後のクララさんも無事クリアできそうで安心安心。特訓の成果がでたね」

 

 マクワさんと別れてからユウリたちの練習の成果を確認させてもらい、全員問題ないことを確認して、外での練習によって冷えたからだを温めるために温泉へ直行し、夜ご飯を一緒に食べた昨夜。マクワさんのことはその時に伝えて、ユウリにも例のネックレスを見せてあげたのだけど、やっぱりみんなマクワさんが離脱することに関しては大なり小なり寂しいという感情を抱いていた。けど、ジムチャレンジを続けていけば、再会することは確定なので、言う程気落ちはしておらず、むしろボクと同じく早く追いついてやるという対抗心を燃え上がらせていた。

 

 ネックレスに関してはユウリもものすごく喜んでおり、こんなに喜んでいるのなら渡そうかとも考えたけど、ボクにつけておいて欲しいと言われたので未だに僕の首元にぶらさがっている。

 

 そんな昨夜を超えて今。みんなのジムミッションを観戦しているボクは、昨日の練習通りの動きができているみんなにほっとしていた。既にクララさん以外の3人はクリアをしており、そのクララさんも制限時間に余裕がある中、吹雪地帯を今突破したのでクリアも時間の問題だろう。

 

「みんな揃ってメロンさんに挑めそうでよかった〜」

「ほんと、よかったわね。ユウリたちがジムミッション失敗したって聞いた時はちょっとびっくりしちゃったけど」

 

 ホッと一安心しているボクの横で、同じく安心したような笑みを浮かべているのはソニアさん。色々な街で英雄伝説について研究をしていく中、ボクが予想してた通り、この街の英雄の湯について調べるためについ昨日キルクスタウンに到着したらしい。早速英雄の湯について調べようと街を歩いていた時にたまたまジムミッションを受けに行くボクたちと出会い、どうせならということでボクと観戦席に行くということになり今の状況だ。

 

 どうも研究が行き詰っていたらしく、そんな時にボクたちと出会ったので、気分転換のために観戦するみたい。あとは、ボクからの意見も聞きたいのだとか。ボク、専門家でも考古学者でもないからあんまりあてにされても恐れ多い気持ちが勝っちゃうんだけどね。役に立つのなら協力は惜しまないけど。

 

「しっかし、あんた達みんな順調ね。わたしとは大違い」

「そういえばソニアさんもジムチャレンジ経験者でしたっけ……?」

「ええ。と言っても、わたしはここまでたどり着くことすらなかったけどね」

 

 そう言いながらジムミッションの会場を見つめる目は、会場を見ているようで見ていなくて……。今も無事にミッションをクリアしたことに喜んで、変な歌を熱唱するクララさんと、その姿に困惑するアナウンサーが面白くて笑う観客という意味のわからない状態になっているものの、ソニアさんの表情はそんなに動かない。

 

「え、えっと……」

 

 そんなソニアさんの姿になんて声をかけたらいいのか分からず、ついついどもってしまう。

 

「ああ、ごめんごめん。確かにジムチャレンジの結果は良くなかったけど、今はもう区切りはついているから大丈夫よ」

 

 困っているボクの顔に気づいたソニアさんが、いつもの明るい表情に変えながら、気にするなと声をかけてくれる。その言葉に強がりの意思は感じなくて、本当に区切りがついているんだなと一安心。

 

「それにね?」

 

 と言葉を続けたソニアさんの視線は、会場の天井へと向けられた。

 

「あんたたちのジムチャレンジを見守りながら一緒に旅をして、研究をして、過去に触れて……おばあさまに言われて始めたこの旅だけど、楽しくて楽しくて仕方がないの。今、わたしは自分の歩きたい道を歩けている。それで十分なの。だから安心しなさいな」

 

 ボクの頭をポンポンと撫でながらそういうソニアさんは本当に楽しそうで。

 

「あんたたちはわたしがずっと応援してあげるんだから、この調子でメロンさんもやっつけなさいよ?」

「……はい!」

 

 微笑みながら激励してくれるソニアさんに元気が湧いてくる。

 

「うん。よろしい。さて、みんな突破したってことは、明日にでもメロンさんに挑むの?」

「そうですね。足並みを揃えたくて待ってただけなので、みんな突破した今となっては留まる理由もないので早速挑戦しようかと」

「なら早めに予約しておきなさい。ここまで残っている挑戦者は少ないから予約取れないなんてことは無いでしょうけど、ゼロではないからそういうことはちゃちゃっとね」

「ですね。じゃあボクは一足先に……」

「ハミュ!!」

「ユキハミ……?」

 

 ソニアさんに言われ、明日のための予約を取るために席を立とうとして、突如右腕にくっつくように現れたユキハミに行動を止められる。

 

「どうしたのユキハミ?」

「……」

 

 ボクの質問に返答せず、じっと見つめてくるユキハミ。その視線が、何を言っているのかわからないけどとりあえず待って欲しそうな顔をしていて……

 

「うん。わかったよ」

 

 ユキハミの意思を尊重して席にとどまる。正直意味がわからないけど、ユキハミがこう言うには何かあるのだろう。

 

「変わった子ね?」

「ですね」

「やっぱりトレーナーに似るのかしら?」

「どういう意味ですか!?」

 

 ソニアさんの心外な言葉に思わず反対してしまう。そのまま賑やかになるボクたちの会話は、程なくしてユウリたちが合流することによりさらにやかましくなる。

 

 全員無事突破したので当然話題はジム戦の予約の話に移っていくけど、その時にはユキハミは特に反応を示さなかった。ますます分からないユキハミの行動に首を傾げながら、今度こそボクたちはジム戦の予約へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ネックレス

マクワさん、こういう手芸が意外と得意そうだなぁという独断と偏見です。
どうでもいいですおけ度、どんどんフリアさんがヒロイン化してますね。どうして……

ソニア

実際にはどこまで行ったんですかね?

ユキハミ

時間にしてみれば一時間ほど予約が遅れただけですね。
はてさて、その意味とは……?




地震凄かったですね。
私は特に被害は受けていませんのでご安心を。
ただ、余震等心配事はたくさんありますので、皆様お気を付けを。











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92話

「……」

 

 マクワさんからもらったネックレスを眺めながら、控室の真ん中で座って自分の番を待つ。ユキハミからのお願いのせいで少しだけ予約の時間が遅れたボク。その影響は、メロンさんへの挑戦の順番という形で現れることとなった。これまでのジム戦、およびジムチャレンジに関しては、特に意識していたわけではないんだけど、毎回ボクが一番最初に挑戦して、そのあとにみんなが挑戦するという並びだった。そのため、ボクがクリアしたら観客席に回って、みんなの挑戦を応援するという場面が多かったと思うんだけど……

 

「なんか……こうして一番最後に回されると変なプレッシャーがかかるね」

 

 いつもよりもほんの少し早く打つ胸の鼓動に少しだけ笑ってしまう。もしかしたらユウリたちもこんな気分で自分の順番を待っていたのかもしれない。

 

 いつもよりも少しだけ緊張する理由は、単純にユウリたちに初めてリアルタイムのジム戦を見せるから。

 

 今まではボクが挑んでいるときは控室にいたせいでスタジアムのことはわからなかったから、観客の声から試合を想像することしかできなかっため、確認するためにはアーカイブを待つしかなかった。リアルタイムで見れないことに関してユウリたちがあまり不満を言う事もなかったから、今まで順番を変更しようという話はあがらなかったので、この先もずっとボクが初手で戦うんだなぁとなんとなく思っていたけど、ユキハミがきっかけで起きたこの順番の変更。メロンさんに勝っているにしろ、負けているにしろ、恐らくもう観客席にユウリたちは到着しているだろう。そのことを想像すると、また少し緊張する。はたから見たら影響なんてないかもだけど、いつもと違うというのはちょっとの差異でも大きく感じてしまう。

 

 こんなことを意識してしまうあたり、予想以上に緊張しているっぽい。改めてさざなみのおこうのネックレスから漂う香りで心を落ち着ける。

 

(大丈夫。いつも通り戦うだけだし、今回に関してはマクワさんのおかげで情報はたくさんあるから戦えるよ)

 

 自分に言い聞かせるようにして心を落ち着ける。そんなことをしている間に聞こえてくる一際大きな歓声。

 

 恐らくボクの一つ前に戦っているクララさんの戦いが終わったのだろう。ほどなくしてボクの番が回ってくる。その予感を裏切らないようにジムトレーナーからの声がかかる。

 

「フリア選手。準備をお願いします」

「ふぅ~……はい!」

 

 深呼吸を一つおき、ネックレスを服の中に入れ、マフラーをたなびかせながらバトルコートへ足を進める。暗い通路を抜けて、光あふれるコートに足を踏み入れた瞬間響く歓声。

 

 いつもよりも大きいせいか、三割くらい増して耳が痛くなりそうな声量に耐えながらふと視線を感じる方を向けば、ユウリ、ホップ、マリィがこちらに向けて手を振っていたので振り返しておく。クララさんは先ほど戦いを終えたばかりだから、おそらくバトルの途中に観客席につくだろう。もっとも、そのころにはバトルに集中しているため、クララさんの到着に気づくことはないだろうけどね。

 

 そのままバトルコートの真ん中へと足を進めていくと、いつもよりもバトルコートがまぶしく感じたため、視線を上げてみるとそこには星空が輝いていた。ガラル地方のスタジアムのバトルコートは、閉めることもできるとはいえ基本的に天井を開けているため空の様子が見えるんだけど、どうやら今は夜になりたての時間らしい。ナイター仕様となったスタジアムのライトがボクを照らし、いつも以上に注目度を上げてくる。どうやら今日の挑戦者は昨日に比べて多かったみたいで、クララさんの挑戦中にナイター仕様へと変わったみたいだ。

 

 ちなみに、メロンさんに挑んだ順番は、ユウリ、ホップ、マリィ、クララさん、ボクの順番だ。さらに追加で言うなら、ユウリの前には何人か挑戦者がいたけど、ボクの後ろには誰もいない。つまり、今日一日という単位で見てもボクがトリを飾ることとなっている。そりゃ観客もいつもより多いわけだ。

 

(夜のスタジアムってだけで雰囲気違うのに、賑やかさも凄いなぁ……)

 

 所謂ゴールデンタイム。テレビで見ている人もきっと多い事だろう。

 

 ボクが入ってきた入り口と反対側に視線を向ければ、そちらから現れる白い服に身を包んだ女性。あの夜、『英雄の湯』で会った時と変わらないその姿だけど、纏う雰囲気がまるで違う。

 

「やっと来てくれたねぇ、てっきり昨日挑んでくるとばかり思っていたのにさ」

「みんなと足並みそろえたかったので……お待たせして申し訳ありません」

「本当だよ。あたしも観客も、昨日を楽しみにしていたのに来ないもんだからちょっとテンション下がったんだよ?まぁ、挑むタイミングはチャレンジャーが選ぶもんだし、昨日は昨日でなかなか刺激的な試合ができたから満足はしているんだけどね」

「昨日の試合はボクも観戦してました。とても熱い試合をありがとうございます!」

「そういえば、あとから聞いた話だと最近マクワと一緒にいることが多かったそうじゃないか。じゃああのステルスロックの戦法とかはあんたが教えたのかい?」

「いえ、あれはマクワさんのオリジナルですね。ボクもびっくりですよ」

「そうだったのかい?……なるほどねぇ、少なくとも、誰かさんに影響はされているみたいだねぇ」

 

 纏う雰囲気はまるで違うとは言っても、顔を合わせれば話す内容は案外穏やかなもので、とてもこれからジム戦をするとは思えないようなまったりとした時間だった。ちょっと雑談しすぎな気もするけど、この間に実況解説の人が、自己紹介や今回のバトルのレギュレーションの説明を行っているので、少々の長話なら許されるだろう。

 

 そこからメロンさんと交わしたのは、ボクとマクワさんの出会いからキルクスタウンに来るまでのお話。決して長いとは言えないものの、それでもメロンさんにとっては久しぶりに聞く息子のお話ということで、とても満足そうに頷いていた。

 

 こうして笑いながら頷いているところを見ると、やっぱり家族のことが大好きなんだなぁというのが伝わってくる。家族の仲が良いのはいいことだよね。いや、マクワさん自体は出禁されてるみたいだけどさ?

 

 和やかな空気の中流れる会話だったけど、そんな時間も程なくして終わりを迎える。どうやら実況解説の方の説明が終わったみたいだ。周りを確認すれば、さっきよりも会場のボルテージと、ボクたちへの注目度が上がった気がする。

 

「さて、アイスブレイクはこんなものでいいかい?」

「え……?」

 

 メロンさんに言われて、緊張のし過ぎによって起きていたらしい自分の体の固まりがいつの間にか解れていることを感じる。別に戦闘モードが切れているわけではないけど、無駄な力は抜けているおかげで、いつもと違う環境、時間帯でも、いつもと同じパフォーマンスが出来そうだ。

 

「ありがとうございます」

「いいんだよ。あたしも、あんたには本気で来てもらわないと……困るからね!!」

「っ!!」

 

 言葉と同時に膨らむ重圧。ジムリーダー特有と言っても過言ではない強敵のオーラ。先ほどまでの和やかな空気は消え、張りつめた空気にあふれていく。けど、アイスブレイクのおかげで程よく解れたこの体は、むしろ今のこの状況を楽しんでいるかのように高揚していく。

 

 キルクスタウンのジム戦が始まる。

 

 ぐっと拳を握り締め、前を向き、いざ勝負へ!

 

 

「さあ、あたしのこおりを砕いてみな!!シンオウの挑戦者!!」

 

 

ジムリーダーの メロンが

勝負を しかけてきた!

 

 

「さあ行きな!モスノウ!!」

 

 メロンさんの初手は昨日観戦した時と同じでモスノウ。こおりのりんぷんをまき散らしながら空中を漂う姿は、あの夜見た時と同じでとても美しく、思わず見とれてしまいそうになる。

 

(さて、こちらの初手は……ん?)

 

 あらかじめモスノウにあてようと思っていたポケモンに手をかけようとしたところで震えだす一つのモンスターボール。そちらに目を向けると、さらに振動を強くして自分を主張してくる。

 

(今ここで主張するって……いや、もしかして最初からこのために……?)

 

 その振動を見てふと上を向けば、さっきも見た星空の景色。そして思い浮かぶは夜に関係するボクの手持ちのあの子。

 

(……そこまでして合わせてきたってことは、そういう事って期待していいんだよね?)

 

 その子を手に握り、モンスターボールのスイッチを押してボールを大きくする。選ばれたことが嬉しかったのか、更に震えだす。

 

 ここまでやる気を前面に押し出すこの子も珍しい。存分に期待させてもらうとしよう。

 

「じゃあ行くよ!!ユキハミ!!」

「ハミュ!!」

「……ほう」

 

 メロンさんのモスノウに対して繰り出すのは進化前のユキハミ。進化後と進化前の対面と言うこともあって、観客から聞こえる声は驚きと困惑。それも当然で、進化前と進化後どちらが強いかと聞かれれば、誰だって進化後の方が強いって答えるし、実際にそうだから進化って言われている。子供でも分かる簡単なことだ。だからこそ、観客から困惑の声が聞こえるわけだし、既に期待外れの声を出している人も少なくない。

 

 けど、メロンさんだけはむしろ嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

 恐らく観客からしたら楽に勝てそうだから浮かべていると思われそうなそれだけど、対面しているからこそわかる。

 

 この笑みは、メロンさんも気づいている。

 

「いいねぇ。いきなりその子で来るかい。粋じゃないか!さあ、見せてみな!!」

「はい!!」

「モスノウ。『ふぶき』!!」

 

 ボクの返事を聞いてすぐさ攻撃へと転じてくるメロンさんとモスノウ。モスノウの翅から繰り出される氷の風。全てを凍らせるこおりタイプ随一の威力を誇るその技に対して、しかしユキハミは全く恐れを見せない。

 

「ユキハミ!糸!!」

「ハミュ!!」

 

 自身の周りに糸を伸ばし、その糸で自身を包んで繭のような姿になる。氷の結晶によって補強されたその糸は、ふぶきの中にさらされているというのにびくともしない。

 

「『むしのさざめき』!!」

 

 続いて飛んでくるのは緑色の波動。むしの力を内包したその攻撃は、再びユキハミを襲うものの、それすらをも防ぎきる。

 

 メロンさんのモスノウから降りそそぐ苛烈な攻め。そのすべてを守り切っていくユキハミの繭は、ダメージこそ防いでいるものの、相手の攻撃が強烈すぎて徐々に地面からはがされそうになっていく。

 

「このまま繭を地面から引きはがして、ユキハミを遠くまで吹き飛ばすわよ!モスノウ!!」

「ユキハミ!!がんばって!!」

 

 メロンさんの指示によりさらに攻撃を激しくするモスノウに対して、一向に動くことなく、ひたすらモスノウの攻撃に対して耐えることのみを続けるユキハミ。

 

 まさかの防戦一方から始まったこの試合。

 

 あまりにその一方的な展開に、観客のテンションが少し下がったのを感じるが、そのテンションと逆比例するかのようにメロンさんとボクの思いは加速的に熱くなっていく。

 

 ユキハミのこの現象を止められるか否か。それでこのバトルの開幕の流れをどちらが握ることになるのかを理解しているからこその攻防。

 

 精神的にきついのはボクの方だけど、プレッシャーが大きいのはメロンさんの方だ。

 

 こちらは耐えることしかできないうえ、糸の中に隠れているため出来ることもないので本当に耐えることを祈ることしかできない。一方で、メロンさんはこの守りを何としてでも突き破らないといけないため、その方法を素早く見つけて正確に攻撃を打ち込まないといけない。

 

 耐えきるのが先か、はたまた攻め切るのが先か。

 

 観客からでは感じることが出来ない、本人たちしか知ることの無いこのやり取り。

 

 場面が変わらないまま数分経ったとき、ついに場が動き出す。

 

 

 

 

 ドクン。

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 激しい攻撃の嵐の中、確かに聞こえた、まるで心臓が脈を打つような音。その音の発生源である、ユキハミが包まれている繭にボクとメロンさんの視線が突き刺さる。

 

 

 

 

 ドクン。

 

 

 

 

「来た!!」

「モスノウ!!全力で『ふぶき』よ!!」

「フオオオォォォッ!!」

 

 メロンさんの指示でさらに強く翅を羽ばたかせるモスノウ。それにより、さらに強くなったふぶきがユキハミの周りを包み込み、無理やりにでも地面から引きはがそうとしてくる。

 

 ドクン……ドクン……ドクン……

 

 どんどん激しくなっていく吹雪の中で、同じく緩やかに、しかし確実に激しく鼓動を打ち始めていくユキハミの繭。この場が動くのももう時間の問題となる。

 

 祈るボクと、攻めるメロンさんの焦りがさらに募っていく。そのあまりにも異様な空気感に流石の観客たちも違和感を感じ始めたのか、下がっていたテンションが徐々に引き締まっていくのを感じる。最初の方からわずかに聞こえてきていたヤジも徐々に収まっていき、会場はとうとうボクの祈る声とメロンさんの指示、そして荒れ狂うふぶきの音のみが響き渡る。

 

 実況解説の人までもが口を閉ざして見守るその状況。ここにいるみんなが、意味が分からないなりにもこのバトルの開幕の主導権を握る重要な場面だと気づいたその時。

 

「……」

「ユキハミ!?」

「ようやく動いたかい!!」

 

 ついにユキハミの入っていた繭が地面から引きはがされて空中に打ち上げられる。

 

 ふぶきに巻き上げられてきりもみ回転しながら宙を舞うその姿は、誰がどう見ても格好の的。

 

「モスノウ、ここで決めなさい!!『ぼうふう』!!」

 

 メロンさんがこの隙を逃すはずもなく、ユキハミにこれ以上変な動きをされる前にぼうふうで仕留め切る構えに移る。

 

 ただでさえ、ユキハミの弱点を突く技であるぼうふうが、元々荒れ狂っていたふぶきを巻き込みながら襲い掛かってきているため、とんでもない威力となってユキハミを襲い始めていく。その姿はまるでミキサーにかけられたかのように見え、繭の表面が徐々に削られていくのが目に入る。ドクンドクンと脈を打っていた繭がどんどん小さくなっていくその姿は、みているだけで心が締め付けられるような気がし、早くこの攻撃が終わってくれと願う事しかできない自分が物凄くもどかしい。

 

 心なしか、削られていく繭の大きさに比例するかのように徐々に鼓動が小さくなってきており、繭そのものの、そして中にいるユキハミの限界が近づいているのを感じる。

 

 そしてついに。

 

 ピキリ。

 

「ユキハミ!!」

 

 繭から何かが割れるような音が聞こえ、繭が徐々に開いて行いき、その中から何かの影が頭をのぞかせているのが確認できた。

 

「モスノウ!!よくやったよ!!とどめの『ぼうふう』さ!!」

 

 ユキハミの限界が来た。そう読み取ったメロンさんがとどめの技を指示する。全身全霊を込めたその技は、空中で繭を切り刻んで弾けさせ、まわりににきらきらと氷の結晶をまき散らせる。

 

 ボクが、観客が、実況が、観客が、ここにいる全員が上空に視線を向けた。そして誰もその状況に声を出すことが出来ずにいた。

 

 それは、メロンさんのモスノウが圧勝したことに驚いたからではない。

 

 それは、繭が壊されたことによって起きると予想された惨劇が起きたからでもない。

 

 ではなぜか。理由は……

 

 

 

 

「フィイイイイイィィィ!!」

 

 

 

 

 壊された氷の繭と一緒に、あたりにこおりのりんぷんをまき散らしながら、つきのひかりを美しく反射する、2()()()()()()()()()見とれてしまっていたから。

 

 突如現れた二匹目のモスノウ。これが表す意味。それは……

 

「間に合ったね……ユキハミ……ううん、()()()()!!」

「フィイイッ!」

 

 モスノウへの進化。

 

「モスノウ!!今までのお返しだよ!!『ぼうふう』!!」

「フィィイイイイッ!!」

 

 モスノウへの進化を確認してすぐに攻撃の指示を出すボク。その指示に対して、文字通り、ようやく翅を伸ばせると高らかに鳴いたモスノウが激しく翅を羽ばたかせてお返しとばかりにぼうふうを叩きつける。

 

「ッ!?モスノウ!!下がりな!!」

「フォォッ!?」

 

 ボクのモスノウに見とれてしまったため、わずかに反応が遅れてしまったメロンさんのモスノウが、何とか下がることに成功するものの、攻撃の余波にあおられてダメージを受けてしまう。空中で何とか態勢を立て直して、不時着を拒否したメロンさんのモスノウが翅を広げてボクのモスノウへと視線を向ける。

 

「フォォォ!!」

「フィィィ!!」

 

 繭から孵化するかのように生まれた新しいモスノウは、その視線を受けて高らかに声を上げる。夜になつきによって進化をするユキハミが、自身の進化をするべきタイミングと、進化して最初に戦う相手を選んだことによって起きたこの対面。やる気を全身で表現するその姿に、観客たちはさらに魅了され、先ほどまでの一方的な展開からようやく本格的なバトルが始まると感じ取り、一気にボルテージが上がっていく。

 

「やられたよ。このタイミングで進化をさせるとはね……おかげで空気は完全にあんたのものだね」

「ユキハミ……いいえ、モスノウがここまで自分を押し通してきたんです。それに応えてあげるのがトレーナーってものです!」

「ちがいない!」

 

 お互いのモスノウが、翅を羽ばたかせてにらみ合う。

 

「「モスノウ!『ふぶき』!!」」

 

 会場の応援に背中を押される形で両者同時にふぶきを放つ。ぶつかり合う雪風はお互いの真ん中で激しい音を奏でながらあたりにその威力をまき散らしていく。冷たい風が勢いよく顔にかかってくるのを、マフラーを少し持ち上げることで防ぎながら前を見据える。

 

 開幕のふぶきのぶつけ合いは、進化したばかりで力があふれているとはいえ、流石に年季の入っている重い一撃には勝つことは難しかったみたいで徐々に押されているのがわかる。例え空気を支配してこちらの流れになっているとはいえ、厳しいものは厳しいと思うのでここは少し工夫が必要だ。

 

「モスノウ!右下!!」

 

 ボクの指示を聞いて右下に向きを逸らせるように調整されたふぶきは、相手のふぶきを左上に逸らしていき、そのまま自分が放った右下へのふぶきを追いかけて相手のモスノウの下側を陣取る。

 

「『ぼうふう』!!」

「『ふぶき』に乗って飛びな!!」

 

 そこから巻き起こす風の暴力を、相手も自分のふぶきに乗って空を駆けて避けていく。

 

「追いかけて!!」

「『こごえるかぜ』で妨害しながら突き放しな!!」

 

 そこから始まる空中戦。縦横無尽に駆け回る2匹のモスノウが、ふぶきとぼうふうをまき散らしながら暴れまわるその姿は、自然災害が起きているかのような激しさを醸し出す。積み重ねて打ち出されたふぶきのせいで地面がうっすらと雪化粧に覆われており、現在進行形で積雪量が増えている。その雪たちがぼうふうによって巻き上げられることで、技の中に雪玉が混じってより複雑化された戦場がこのバトルの激しさをさらに物語っていた。

 

 観客席は不思議なバリアによって守られているためなんともないはずだけど、当事者であるボクとメロンさんは、吹雪の打ち合いによる気温の低下も受けてしまうため、持ち込んでいたカイロを使って体を温めながら場を見つめる。

 

(火力もスピードもほんの少しだけど負けている。レベルが違うからそこは仕方がないけど……ポプラさんのところでも感じたけど専門家相手だとどうしても練度で勝てないね……)

 

 さっき説明した、地面から巻き上げられた雪によって出来上がる雪玉の攻撃も、メロンさんの方がうまく使えているように見える。その証拠に、ぼうふうの向きを調節して雪玉の弾丸がこちらに多く飛ぶようにしており、そのせいでこちらがよけるのに使う時間が増えてしまい、どうしても攻撃の速度が一手足りない。流れを取られたからと言って、焦らずに自分の得意分野を生かして戦うその姿は、ジムリーダーとしての実力を見せつけられているようだ。このまま真正面から戦っていたら間違いなく負けるだろう。なら……

 

「モスノウ!!糸の防壁!!」

「フィィィッ!!」

「……来たね」

 

 ユキハミの時のように自分の周りに糸を張り巡らせて、自分を守る簡易的な防壁を作る。その様子を見て警戒心を上げ、少し様子見をしてきた相手のモスノウ。その様子見こそがチャンス。

 

 ボクのモスノウは知っている。こういった自分が劣勢の時に覆すことが出来るその技を。自分の能力を一気に上げることのできる、むしタイプの強力なその技を。今回、相手のモスノウが覚えていない積み技を。

 

「モスノウ!!『ちょうのまい』!!」

「っ!?」

 

 ウルガモスとの激闘を見てきたこの子ならこの技を再現できる。それほどまでにボクのモスノウにとって強烈な出来事だったから。

 

 糸の防壁の中で舞うモスノウ。自身の特攻、特防、素早さに磨きがかかっていくその姿は、みる人には感動を、対戦相手には焦りを与えていく。

 

「『ぼうふう』でとめな!!」

「舞いながら自分に『ぼうふう』!!」

 

 その舞を止めるべくぼうふうを放ってくるメロンさん。それに対してボクはぼうふうの鎧をまとう指示を出す。お互いのぼうふうがぶつかり合い、あたりに風が吹き荒れ、そしてその風が止み……

 

「モスノウ!!もう一度『ぼうふう』!!」

 

 ちょうのまいを終えたモスノウによる、強化されたぼうふうが、メロンさんのモスノウを襲う。これで力関係は逆転した。

 

「フィィィッ!!」

「うん、行くよモスノウ!!ここからが本当の反撃だ!!」

 

 ジム戦最初の山場を迎えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユキハミ

彼がフリアさんを引きとめた理由ですね。
夜にしか進化できないのでちょっと悩みましたが……やはり進化タイミングはここかなと。
これでフリアさんのポケモン全員最終進化になりましたね。
繭による防御はカービィのコピー能力、スパイダーの防御を想像すればわかりやすいかと思います。

ちょうのまい

進化したてですけどウルガモス戦の経験から。
いつ見てもこの積み技は強いですよね。

ぼうふう

自分にぼうふうを打って鎧にするのは、新無印にてサトシのカイリューが行っていましたね。
アニポケはやっぱりいい教材です。




少し関係ない話をするんですけど、実は私カービィも狂おしいほど好きな作品なんですよね。そしてそんなカービィ、今週の金曜日新作発売です。もしかしたらのめりこんでしまって更新が……(小声)
勿論できる限りいつも通りに行きたいなぁと思ってはいますげ、もし更新ちょっと遅れたりしたら、カービィにのめりこんでいると思ってください。
ディスカバリーに埋もれてきます。()











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93話

 ちょうのまいにより素早さと特殊方面が強化されたボクのモスノウと、メロンさんのモスノウが真正面から睨み合う。

 

 戦闘の練度で言えばメロンさんに一日の長があるけど、現在の純粋な火力ならこちらの方が勝っている。ただ、お互いのタイプ一致の技が相手にあまり通らないことと、恐らくメロンさんのモスノウの特性もこおりのりんぷんと思われるため、長期戦になること自体は免れることは出来ない。

 

 こおりのりんぷん。

 

 受ける特殊攻撃の威力を無条件で抑え込むことの出来るこの特性は、本来ならあまり受けに回ることが得意ではないモスノウが、それでも下手なポケモンよりも全然耐えられるようになることが出来るというなかなか強力なもので、この特性と組み合わさることで少なくとも特殊方面によって崩されるということがかなり減る。ただ、あくまでも耐性を持つのは特殊方面の技のみ。物理方面の技は普通に通るし、なんなら先程も言った通りあまり受けるのが得意ではない種族とタイプであるため、特に苦手としているいわ技とほのお技に関しては、下手に受けてしまえば一撃で沈められかねない。と言った弱点もある。もっとも、今この場では残念ながらその突破法を利用することはまだ難しいんだけどね。

 

 こちらが放つ威力のあがったぼうふうが、さっきよりも多くの雪を巻き上げて飛び、メロンさんの視界を奪いながら襲いかかる。これに対してメロンさんのモスノウはむしのさざめきを的確な場所に打ち込んで雪を全部打ち落とし、こおりのりんぷんを撒くことによって威力と勢いを阻害。ちょうのまいで威力の上がったそれを何とか回避していく。

 

 そのまま反撃体制をとるメロンさんは、こごえるかぜを発動しながら同時にぼうふうも放ってくる。せめて素早さだけでも落とそうという考えがみてとれるその攻撃は、しかし苦しまぎれによる有り合わせのものではなく、ぼうふうによって速度が上がり、巻き込まれた雪によって威力も底上げされていた。急に飛んでくるまさかの高火力技。しかし、やはりちょうのまいによって火力をあげているのがかなり大きく、こちらのモスノウがふぶきを放てば一撃にてほぼ相殺可能となる。

 

(モスノウを倒す方法自体は分かってはいるんだけど、そもそもうちにほのおといわの技を得意とする仲間がいないのが辛い。マホイップのマジカルフレイムは特殊だし、ヨノワールもいわなだれがつかえるけど、ヨノワールをここで初解禁するにしろしないにしろ、一体目である今ここで出すタイミングじゃない)

 

 目の前の攻防に対しても頭を回転させて指示を出しながらも、相手の防御を崩す方法を必死に探していく。

 

 今度は接近戦を仕掛けるべく、自分の体にぼうふうの鎧をまとったモスノウが、そのままメロンさんのモスノウへと突撃。至近距離から高威力の技を叩き込むために、自分の体の風で相手の動きを崩しに行く。自分そのものが風の弾丸になって突撃をするなか、メロンさんは冷静にこごえるかぜを指示する。空気を凍らせて相手の素早さを落とすその技は、モスノウに当たることはないものの、モスノウの周りの風を凍らせて鎧を脆くしていく。このままではいずれ凍った風が逆に自分に牙をむくので、これをぼうふうを放って弾くことで、むしろ氷の礫として相手に飛ばしていく。しかし、氷の礫が小さすぎて相手のモスノウのこおりのりんぷんに落とされる。この程度の攻撃では、やはりあの鱗粉を突破できないという事だろう。

 

(かといって簡単に近づかせてくれるわけじゃないよね。あのモスノウに接近しようとすればこごえるかぜで抑えてくる。たぶん、こおりのりんぷんで相殺しながら前に行けば無理やり突破はできそうではある……けど、この先を考えるとせっかくちょうのまいで上がった素早さを落とさせるわけにはいかない。ちょうのまいをもう一回させてくれるような隙も与えてくれないだろうということを考えると余計にだ。かといって物理で突破する案だけど……物理が得意なうちの子はあとはエルレイドだけ。でもエルレイドにはこの先に大きな仕事が待っているからここで戦わせるわけにはいかない。それに、モスノウの意思を尊重するためにも交代はしたくない。なら……!)

 

「モスノウ!!回りながら『ぼうふう』!!」

「フィィィッ!!」

 

 その場でくるくる回りながらぼうふうを放つモスノウ。その行動により、モスノウを中心とした小さな台風が出来上がる。

 

「またちょうのまいかい?悪いけどもう能力はあげさせないよ!『ふぶき』!!」

「フォォォッ!!」

 

 その竜巻を見て、再びちょうのまいを行うと予想したメロンさんがふぶきにてぼうふうを止めようとする。ボクのモスノウを中心に展開されていたぼうふうに向かって一直線に飛んでくるそのふぶきは、ぼうふうを止めるべく次々と竜巻の中に混じっていき、その威力をどんどん弱めていく。

 

「くぅ……無理やり止められそう……なんて火力……これでちょうのまいしてないって本気!?」

「伊達にこおりタイプのジムリーダーをやってないってことさ!さあ、そのまま凍らせてしまいな!!」

 

 ちょうのまいで強化されているはずのぼうふうを無理やり止めてくるふぶきの威力に思わず後ずさってしまいそうになる。確かにぼうふうはタイプ一致の技じゃないからモスノウが得意としている技ではない。けど、それにしたってこの速さで止められるだなんて想像もしてなかった。

 

 ぼうふうによって雪がかなり巻き上げられたせいか、うっすらとバトルコートの模様が見えるようになってきた地面を見つめる。

 

「もうあんたの好きにはさせないよ。まずは一体目!『ふぶき』!!」

 

 完全にぼうふうを停止させられて、その中心にいたモスノウも予想外の力技に驚いてしまい、思わず一瞬体の動きが止まってしまう。そこをめがけて放たれるメロンさんのモスノウのふぶき。防壁のない、完全に無防備の状態で受けるその技は、ちょうのまいで防御面も強化しているのにかなりのダメージを負ってしまう。

 

「とったよ!!」

「フォォォッ!!」

 

 そのままさらに威力を高めてモスノウを完全に仕留めにかかろうとする。これが当たれば、いくら特殊方面に強いモスノウでも致命傷は確実。けど、それはあくまでこのまま直撃すればの話だ。

 

「大丈夫、()()()()!!」

「何!?」

「モスノウ!!上に向かって糸!!」

「フィィィ!!」

 

 ボクの指示を聞いて、氷の混じった糸を上空に向かって放たれ、かなりの速度で打ち込まれたその糸は、ある程度の高さまで進んだところでピタッとその動きを止める。

 

「引っ張って!!」

 

 糸が止まったことを視認したボクは、すぐさまその糸を手繰り寄せるように指示を出す。すると、先ほどモスノウが行ったぼうふうによって地面から巻き上げられた雪たちが、一斉に空中の一点に寄せ集まりだして一つの巨大な雪玉となる。そのサイズは、他と比べるならダイアイスによって降りそそぐ氷塊より一回りは小さいかなくらいで、ダイマックスしていないモスノウにとっては、一種の隕石のようにも見える。

 

 ぼうふうによって竜巻を発生させたとき、気づかれないように少しずつ糸を吐き出していたモスノウは、その糸を竜巻によって巻き上げられた雪の中に隠していた。粘着性のその糸は、雪の中に含まれていくと同時に、周りの雪を集めて少しずつ塊となっていき、空中に漂う。そして最後の糸で空中の雪をすべて手繰り寄せてくっつけることによってその塊たちをすべて一点に集めて合体。巨大雪玉を作り上げた。それがこの現象の正体。

 

 あの時モスノウの周りに発動させたぼうふうは、ちょうのまいをするために行ったのではなく、最初からこの雪玉を作るためのカモフラージュ。

 

(メロンさんのモスノウのふぶきが予想以上の火力だったから、予定より早くぼうふうを止められちゃったけど……むしろそのふぶきの火力を少し雪玉作成に利用できたから結果的にプラマイゼロだ。この大きさなら十分!!)

 

 この雪玉の作成するにあたって、仕上げはモスノウの体から伸びている氷の糸を用いている。それはつまり、モスノウとあの雪玉がくっついているという事で、さらに言えば、この雪玉はモスノウが自由に振り回すことができる。

 

 結論から言えば、この巨大雪玉そのものが、モスノウを潰そうとする武器となる。

 

「ッ!?モスノウ!!今すぐ『ふぶき』を中止してさが━━」

「遅いです!!モスノウ!!振り下ろせ!!」

「フィ、ィィィィッ!!」

 

 モスノウに迫ってきていたふぶきを、巨大雪玉をハンマー投げの要領で回転しながら振り回してかき消していく。そして、遠心力によってどんどん威力を重ねていくその雪玉を、最後は相手のモスノウに叩きつけるために一度大きく上にあげてから振り下ろす。間違いなく致命傷となるその一撃を避けるべく、慌てて下がる指示をするメロンさんだけど、雪玉の速度と大きさが予想以上に大きくて、モスノウがメロンさんの下まで逃げ切る前に雪玉が叩きつけられた。

 

「ッ……人になんて力って言っておいて、あんたの方が力技じゃないか」

「自分でも無理やりな作戦かなって思いましたけど……上手くいってよかったです」

 

 派手な破壊音を奏でながら崩れていく雪玉を眺めながらお互いに思い思いの感想を呟いていく。雪玉が盛大に崩れたせいでまた雪が撒き上がり、視界がかなり制限されているためとりあえず口から出てしまったという発言だったんだけど、その間もお互いが気を抜くことはなく、じっとバトルコートを見つめている。程なくして雪が晴れ、視界が開け始めていき、ようやく見えるようになってきたバトルコートには、ふぶきの猛攻を受けたとはいえ、特性も相まって未だに健在のボクのモスノウと、雪玉による打撃をもろに受けてしまいフラフラしているメロンさんのモスノウの姿。

 

 今が絶好のチャンス。

 

 あの雪玉を耐えることには驚いたけど、予想外ではなかった。

 

 メロンさんの手持ちならこれくらいのことはしてくる。何となくそんな確信があったから。それはボクのモスノウも同じらしく、メロンさんのモスノウの姿が確認で来た瞬間突撃準備を終えていた。対するメロンさんのモスノウは、フラフラしながらもまだ倒れる訳には行かないと力を振り絞っており、必死に羽ばたいていた。その意地は遠目から見てもハッキリと伝わっており、今視線を送られたメロンさんは特にその思いを強く受けとっているだろう。

 

(なにかされる前に落としきる!!)

 

「モスノウ!!」

「フィィィッ!!」

 

 ボクの声を合図に突撃を始めるモスノウ。翅を羽ばたかせ猛進するモスノウは、自分の軌跡に雪を巻き上げながら一直線に突撃を始める。

 

「踏ん張りどころさ、モスノウ!!準備しな!!ここを耐えて反撃さ!!」

「フォォォッ!!」

 

 メロンさんのモスノウは、フラフラの体にムチを打ち、無理やり空中で体を起こしているため攻撃に移るのに少し時間が必要だった。そのため、いつもよりも大量にこおりのりんぷんを周りに散らして、完全に受けの態勢を整えていた。いくら手負いとはいえ、ここまで完全に対策をされていたら攻撃を通すのはかなりつらい。全力で吹雪を打ったところで、こおおりのりんぷんでうけとめられ、ぼうふうなどで返されて終わるだろう。

 

 こちらのモスノウも特性は同じくこおりのりんぷんだけど、空を高速で飛んでいるため、りんぷんがあまりモスノウの周りに展開されておらず、この状態だとメロンさんのモスノウと比べて防御力がかなり落ちている状態になる。

 

 このまま特殊技で攻めたら返り討ちに合うのは確実だろう。そう、()()()()()()()……。

 

「切るならここ!!モスノウ!!『()()()()()()』!!」

「アクロバットですって!?」

「フィッ!!」

 

 ボクの指示を聞いたモスノウの体が薄く白色に光だし、空中を泳ぐように猛進していく。

 

 アクロバット。

 

 ひこうタイプの()()()

 

 空中を華麗に舞いながら相手に突撃を行う技で、何かしらのアイテムを持っていない状態だと、より軽やかに攻撃できる兼ね合いでより鋭く強烈な一撃になるという一癖ある技。

 

 本来ならモスノウが覚えている技ではない。それはモスノウという種族が覚えられないという意味ではなく、モスノウというポケモンがそもそも物理技を得意としていないからだ。普通に攻撃するのであれば、さっきから行っているぼうふうで行った方が何倍もダメージが通る。わざわざアクロバットを選ぶ人なんているわけがないし、ボクもいつもなら決して覚えさせることはないだろう。けど、相手が特殊攻撃に完全に対策を取っているというこの状況下では、むしろアクロバットの方が有効となる。なぜなら、こおりのりんぷんは特殊は防ぐことはできても、物理には何の意味もないから。特殊に対して強力な特性も、アクロバットの前では無力でしかない。

 

 これが対メロンさんのモスノウ用の最後の技。

 

 進化した瞬間にモスノウ自身が教えてくれた隠し技。その隠し技を最適なタイミングで切ることが出来た。

 

 メロンさんが驚いている間に懐まで潜り込んだボクのモスノウは、そのままメロンさんのモスノウを中心に縦横無尽に駆け回りながら、翅を何度も何度も叩きつけて連続攻撃を行っていく。むしタイプも持っているモスノウにとってこの技はかなりの痛手となり、さらにボクのモスノウにはアイテムを持たせてはいないので元の威力よりもさらに底上げされた状態となっている。ちょうのまいによって攻撃の速度も上がっているので、本来の威力と比べるとかなり強力な技になっているはずだ。

 

 相手のこおりのりんぷんを切り裂きながら放たれるボクのモスノウの全力の突撃。それは、残り体力の少なく、別の技に対して警戒を行っていたメロンさんのモスノウの体力を削りきるには十分な攻撃だった。連続攻撃の最後を叩き込んだボクのモスノウは、そのままボクの下へと戻ってき翅を羽ばたかせる。

 

 そんなボクたちの視線の先では……

 

 

「ジムリーダー、メロンさんのモスノウ、戦闘不能!!フリア選手のモスノウの勝ち!!」

 

 

 メロンさんのモスノウの体力がつき、地面に伏せていた。

 

「っし!」

「フィィッ!!」

 

 湧き上がる歓声にも反応を返せないくらい興奮した気持ちを表すかのように、思わずガッツポーズを取るボクと、天に向かって吠えるモスノウ。

 

 まずは一本。相手の意表を突く形で何とかリードを取り切った。

 

 せっかく進化して最初の戦闘なのに、勝ち星を挙げられないなんてかわいそうだからいつも以上に手に汗握りながら色々考えて戦った気がする。

 

 その分野において専門家であるジムリーダーに対して一手速く戦いを運べた。

 

 ポプラさんのところではかなわなかったことが出来ていつもよりもどこか嬉しいという気持ちがあふれてくる。

 

「まさかあたしが一時的にとは言え、こおりタイプの扱いで後手に回らされるとは思わなかったよ……評判通り、強いトレーナーだね」

「……ありがとうございます!」

 

 このことに関してはメロンさんも素直に驚いてくれている様子で、思わず右手を頬に添えながら感嘆の声をあげていた。そのことがさらに嬉しくてついつい声が弾んでしまう。けど、まだまだジム戦は始まったばかりだし、本当に大変なのはこれからだ。

 

「けど、あたしだってガラルジムリーダーとしてのメンツってものがあるからね。まだまだあたしのこおりは砕けちゃいないのさ!いきな!ヒヒダルマ!!」

 

(……来た。問題のポケモン)

 

 メロンさんの手元から繰り出されるにはガラルの姿のヒヒダルマ。

 

 簡単に言ってしまえば、顔が下側に来ている雪だるまのような見た目をしているそのポケモンは、昨日のバトルを見学した限りでは間違いなく物理で殴ってくるタイプのポケモンだ。それも色々な技で戦うのではなく、たった一つの技のみで押してくるゴリ押しスタイル。相手が自分の技をタイプ相性で受け止めようとしてもお構い無しにひとつの技を叩き続けていたそのスタイルは、しかしマクワさん以外のトレーナーにはしていなかったみたいで、残念ながら今ボクの目の前にいるゴリ押し側の個体であろうこのヒヒダルマの情報はあまり得られなかった。

 

 それでもマクワさんのおかげでこの高火力の正体には気づくことが出来た。

 

「ヒヒダルマ!『つららおとし』!!」

「来るよ!!避けて!!」

 

 ヒヒダルマの周りに現れる氷の槍たち。それらを両手に持ったヒヒダルマが、思いっきり腕を振りかぶって、こちらに向けて投げてきた。右方向にローリングしながら回避するモスノウだけど、その回避先を読むかのように2つ目の氷の槍。これにも何とか反応して、翅を素早く動かすことで軽く浮き上がって回避。そこに飛んでくる3つ目の槍を、地面に吹雪を叩きつけて雪をまきあげ、目に前に簡易的な雪の防壁を作り出して防ごうとする。しかし、その壁をあっさりと貫通した氷の槍は、雪に壁を壊されたことにびっくりしながらギリギリ回避行動を取る事ができたモスノウの翅を掠めて、爆発音を奏でながらボクの後ろに着弾する。大きな音に思わず耳に手を当てながら、それでもヒヒダルマから目を離さない。

 

(相変わらずなんて威力……これが特性、ごりむちゅう……ッ!!)

 

 ごりむちゅう。

 

 1度選んだ技を使い続けることしか出来なくなってしまう代わりに、その技の威力をかなり上昇させるという極端な特性だ。デメリットは確かに大きいけど、それ以上に火力の上がり幅がとてつもない。モスノウの翅に掠っただけなのに、バランスを崩してもう少しで落ちそうになっていたのがその証明になるだろう。同じような効果を持つ道具として、こだわりハチマキとこだわりメガネ、こだわりスカーフが存在するけど、つららおとしを選択しているあたり、こだわりハチマキをそのまま特性にしたようなものと言えばわかりやすいだろうか。

 

(マクワさんからのヒントがなかったらカラクリすら分からなかった……とは言え、これ、どうしようもなくない?)

 

 火力が上がる理由はわかったけど、肝心の火力を抑える方法というのが現状ボクの手元にあるかと言われたらかなり怪しい。

 

 予測可能回避不可能。

 

 それほどまでにこの単語が似合うポケモンがいていいのかと言いたくなるほど。この間にも次々ととんでもない速さで打ち出される氷の槍は着実にモスノウを追い詰めていく。ぼうふうでそらし、ふぶきで壁を作るけどそれでもさばききれない氷の槍の雨。もういっかいちょうのまいを挟めばさばけるかもしれないけど、そもそも舞う時間が存在しない。

 

(どっちにしろこのままだとじり貧だ。今度は意表を突くためじゃなくて打開するために!)

 

「モスノウ!『アクロバット』で跳ねて!!」

 

 飛んできた氷柱の側面にアクロバットを行って、弾かれるように飛ぶ。当然飛んだ先にも氷柱があるものの、体を少しひねって再び側面を殴り弾かれて。この動きをひたすらに繰り返して氷柱の嵐を駆けぬけるその姿は、まるでピンボールのように縦横無尽かつ高速で、ヒヒダルマが途中途中狙いをつけられなくなっているのか、攻撃の手が少しずつ緩んでいく。氷柱に体を叩きつけている兼ね合いで、決して小さくないダメージを負ってはいるものの、それでもヒヒダルマへの距離は縮まっていき、ついにヒヒダルマの前までたどり着いた。

 

「『ぼうふう』!!」

「フィィッ!!」

 

 氷柱の嵐を切り抜けたモスノウのぼうふうにより、ヒヒダルマの足元から竜巻が現れて打ち上げられる。ここを好機ととらえ、再びアクロバットで空中で無防備をさらしたヒヒダルマに対して追撃をするために突撃を行う、が、向こうもただではやられない。

 

「ヒヒダルマ、落ち着きな。これくらいの攻撃、あんたにとっては痛くないだろう?」

「ルマァッ!!」

 

 すぐさま両手に氷柱を装備したヒヒダルマが、氷柱をクロスさせて防御する。

 

(判断が早い……)

 

 やはり物理攻撃が低いモスノウでは直接攻撃は効果が薄い。とりあえず今は少し弾かれたモスノウに追撃が来ないようにモスノウを一回下げるしかない。

 

「モスノウ、『ぼうふう』をして反動で帰って━━」

「お返しだよ」

「え?」

 

 態勢を立て直すためにも一度下がってもらおうとしたときにかけられた声は、してやったりという感じのメロンさんの声。しかし気づいたときにはもう遅く、モスノウの体が()()()()()()()()()()()()()()()

 

「モスノウ!?」

「『つららおとし』!!」

 

 予想外の方向からの攻撃に動きが止まってしまったモスノウを逃さないとどめの攻撃。何とか逃げようと動き始めたモスノウの体に5つもの氷柱が撃ち込まれる。

 

 

「モスノウ、戦闘不能!!ヒヒダルマの勝ち!!」

 

 

「ありがとう、モスノウ……」

 

 ここまで頑張ってくれたモスノウに礼を言いながら戻していく。

 

(ぼうふうで打ち上げられたときに持ってた氷柱を上に投げたんだ。その氷柱がモスノウが下がるタイミングで当たるように……)

 

「あまりこういった頭脳戦はしない方なんだがね……できないわけじゃないんだよ?」

 

 片目をつむりながら得意そうに言うメロンさん。それはまるで、先ほどのこおり対決で負けたお返しに、ボクの得意な意表を突く攻撃で倒すという意趣返しに見えた。

 

 やられたらやり返す。メロンさんも相当な負けず嫌いなようで。

 

(……本当に、楽しくなってきた!!)

 

「さあ、早く次を出しな!!」

「言われなくてもです!!」

 

 2匹目のポケモンを構えるボク。まだまだバトルは終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こおりのりんぷん

りんぷんを出せば出すほど防御力が上がるのでは?という勝手な妄想ですね。

アクロバット

持ち物をもともと持っていない状態でもちゃんと威力は上がります。これは特性「かるわざ」とは似ているようで違う性質ですね。

ごりむちゅう

私はよくゴリラむちゅうと呼んでいます。
翻弄はスカーフも持たせようかなと思ったのですがさすがにガチすぎたのでやめました()




今日はカービィのはつば(ry


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94話

「お願い!インテレオン!!」

 

 モスノウが倒されたボクが次に繰り出すポケモンはインテレオン。相手がつららおとししかできないのであれば、やはりこおりをいまひとつで受けられるポケモンの方がいいだろうという判断からの選出だ。

 

 マホイップのとけるで受けきるという考えももちろん頭をよぎってはいたんだけど、モスノウとの戦いを見て、やたらめったら氷柱を投げたり落としたりしてくる今のヒヒダルマに対して、果たしてそんな時間なんてあるか?と思ってしまった。もちろんとけるを積み切ることが出来るのなら、つららおとしという物理技しか使わない相手に非常に有利を取れるのは間違いないんだけどね。

 

 ボクのモスノウがこごえるかぜを憶えていなかったため、ヒヒダルマの機動力を落とす手段がなかったのも痛い所だ。けど、アクロバットがなかったらメロンさんのモスノウを落とせなかったし、ヒヒダルマの攻撃をかいくぐることもできなかっただろう。技選択の難しい所だ。

 

「インテレオン……速さで押し切るといったところかい?」

「受けられる火力でもないですからね」

「残念だ。マホイップの防御を貫けるかどうか……今度のトーナメントで当たるかもしれいないポプラさんと戦う前の確認とかしてみたかったのだけどねぇ」

「……そのセリフ聞いてますますインテレオンでよかったと確信しましたよ」

 

 このメロンさんの言いようだと間違いなくなんらかの対策を取っているように聞こえる。ごりむちゅうの効果によって一つの技しか使えないというのは変わらないけど、逆に言えば()()()()使()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 その証拠がボクのモスノウのアクロバットを防いだ時に手に持っていたつらら。

 

 つららおとししか使えないならつららおとしの使い方を工夫すればいい。あばれるやげきりん、ころがるといった、同じ技を使い続けないといけないという攻撃は、基本的に怒りや回転といった自分ではどうしようもないものに身を任せることになってしまうため、そもそも技をうまく操ることが難しく、また、ポケモン側から他の指示を拒否されてしまうため、違う技を指示することは勿論、ボールに戻したり、ダイマックス化をさせることすらできなくなってしまう。無理やりボールに戻そうとしてもリターンレーザーが跳ね返されてしまうからね。

 

 けど、こだわっている場合はその限りじゃない。

 

 こだわっているポケモンに対しては普通にボールに戻すこともできるし、ダイマックス化してあげることも可能だ。ダイナックスしてしまうとこだわりの効果は消えてしまうから火力は想像よりも出なかったりするんだけど、他の技が一時的に使えるようになると考えたら十分な奇襲性はあるしね。

 

 あばれるやげきりんと違って理性を失ってなかったり、ころがるのように自分の好きなように技の調整ができないわけじゃないというのが大きな理由だろう。そして、特性によってこだわりを強制されている個体が、あばれるやげきりんと違うその特色を生かさないわけがない。だったら、下手に受けに回ってしまうよりかは、ちゃんと向き合って殴り合った方がむしろ相手を突破することが出来る可能性が高いはずだ。

 

(モスノウが証明してくれたしね。本当に助かった)

 

 つららの側面を反射しながら近づいて、少なくないダメージを与えたモスノウのあの行動。あれがヒヒダルマに対して逃げずに向き合ってもまだなんとかなることの証明になっている。それをモスノウより素早い……いや、何なら全ポケモンを見ても素早い方に分類されるインテレオンがちゃんとやればかなりうまくいくのではないだろうか。幸い、ハイスピードバトルはシンオウ地方を冒険していた時に、戦いが長引けば長引くほどどんどん速くなっていくあの子とともに戦っていたおかげで割と得意な方ではあると自負している。オニオンさんの時もスピードバトルに競り勝っていたし、今回もいけるはずだ。

 

「行くよインテレオン!!」

「レオッ!!」

 

 人差し指に中指を巻きつけながら答えるインテレオンに頷きながら戦闘準備。

 

「じゃあお手並み拝見と行こうか。ヒヒダルマ、『つららおとし』を連射しな!」

「ルマァッ!!」

 

 ヒヒダルマが声を上げながら氷の雨が横なぎに襲ってくる。モスノウにしてきたものよりもさらに物量の上がっているその攻撃は、ぱっと見避けることなんてできなさそうで。

 

「インテレオン、『ねらいうち』」

「レオ……」

 

 けどインテレオンにとって、それは脅威ではない。

 

 目を細めながら、指先から一つの小さな水の弾を高速で打ち出す。その弾はまず先頭のつららの側面を打ち、他のつららの側面に向かって跳弾していく。この動き自体はポプラさんとの戦いでキョダイダンエンを弾いたときに見せたそれと一緒だ。だけど、今回はねらいうちの跳弾ともう一つ別の現象が起きている。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。最初にねらいうちが当たったつららが他のつららの進行を邪魔し、邪魔されたつららが更に他のつららの進行を阻止するという連鎖反応が起きていた。水と氷。氷と氷。2つの跳弾が激しい音を奏でながらどんどん連鎖していき、その結果……

 

「……ねらいうち一発で全部のつららをそらせやがったかい」

 

 インテレオンはその場から一切動いていないのに、つららが全てインテレオンをよけて着弾する。そのあまりにも人間……いや、ポケモン離れした技術にメロンさんも舌を巻く。そんなトンデモ技術を見せてくれた張本人は、人差し指にそっと息を吹きかけて余裕の表情。ポプラさんの時と違い、数が圧倒的に多い弾幕が相手でも、こんなの朝飯前だと言わんばかりのその行動に思わずボクも笑みがこぼれてしまう。

 

「予想以上の動き……いけるよインテレオン!!」

「レオ」

 

 当然だと言わんばかりに応えるインテレオンにますます頼もしさを感じながら前を見る。

 

「遠距離は分が悪いかい。なら近接といこうかね。ヒヒダルマ!」

「ルマァッ!!」

 

 地面を殴り、雄たけびを上げながらヒヒダルマが突進してく。更には、地面を殴ると同時に空中につららが次々と具現化していき、走って来るヒヒダルマに合わせてどんどん飛んでくる。

 

 ヒヒダルマから直接投げられるものに加えて、空からも降りそそいでくるつららの雨に一瞬だけインテレオンの体が強張った。

 

「落ち着いて。上からのつららは降ってくる場所が読みやすいから回避!前から飛んでくるものは『ねらいうち』でそらして!!」

「レオッ!」

 

 その緊張を読み取ったボクがすかさず指示。ボクの声を聞いて落ち着きを取り戻し。一つ頷きを返してくれたインテレオンが一瞬だけ上を見て生成されているつららを確認。そこから落下してくる場所をすぐさま計算し、目線を前に固定する。自分に向かって突っ走ってくるヒヒダルマと真正面から飛んでくるつららをしっかりと視界に収めながら、人差し指は正確に飛んでくるつららに向けられており、正確無比な射撃にて今度は自分に当たりそうなものだけを打ち抜いて射線をそらせ、その間にも滑らかに足を動かして降りそそぐつららも避けていく。

 

 体が細く、柔軟な動きができるインテレオンならではのその妙技は、しかし、よけることとねらいうちでつららをそらすことに集中しないと難しいため、ヒヒダルマとの距離は確実に縮まっていく。

 

「そのまま突き刺してやりな!!」

 

 インテレオンの目の前にやってきたヒヒダルマが、両手に構えたつららを振りかぶって直接攻撃を仕掛けてくる。もはやつららおとしではないけど、だからと言ってそんなことに突っ込んでいる時間なんて一切ない。

 

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

 

 氷の凶器をもって襲い掛かってくるヒヒダルマに対して、こちらは両手と尻尾に水の刃を出現させて立ち向かう。逆手に構えた氷のとげを上から突き刺すように振るってきたその腕を、体を回転させて遠心力の乗った一撃にてヒヒダルマの体を右から叩くことで少しだけ軌道を左に逸らす。攻撃を逸らせつつこちらのアクアブレイクを更に叩きつけるために、ヒヒダルマがずれた方向とは逆方向へ体を運び、両手の水を叩きつけようとして……

 

「頭下げて!!」

「ッ!?」

 

 ヒヒダルマの体がずれたことによってインテレオンへの射線が通ったつららが真っすぐ飛んでくるのが見えため慌てて回避を指示。インテレオンのとさかを掠るように飛んでいくつららに思わず冷や汗が流れる。その間に態勢を立て直したヒヒダルマが、今度は横になぐように腕を振るう。とっさの回避行動によって逆に体制の悪くなったインテレオンは、せめて直撃を避けるために、両手と尻尾の3つのアクアブレイクをアスタリスク状に構えて受け止める。が。

 

「インテレオンは力はあまりないだろう?」

 

 メロンさんの言葉を証明するかのように、ヒヒダルマの攻撃を受け止められなかったインテレオンが勢いよく後ろに吹き飛ばされる。やはり力勝負では特性込みでとんでもなく強化されているヒヒダルマに勝つのは不可能だ。この先何回打ち合っても同じように弾かれるだろう。けど、むしろ今はこの状況の方がむしろ嬉しい。

 

「自分から後ろに飛んで距離を取ったかい……『つららおとし』!!」

「インテレオン!『ねらいうち』!!」

 

 想像よりも大きく後ろに飛んでいくインテレオンに、すぐに原因を突き止めたメロンさん。距離を離せばインテレオン有利になるというのはわかっているため、その隙を与えないためにすぐさま追撃の指示をするものの、ここまで距離が開けばインテレオンの得意舞台。再び飛んでくるつららを、今度はかなり余裕をもってねらいうちで跳弾させ、すべて逸らしていく。メロンさんが指示したつららおとしによって生まれた氷が、飛んでくるのではなく、落ちてくる量の方が多かったのもそらせやすかった理由だろう。

 

 直接攻撃する余裕が生まれたので、今度はヒヒダルマめがけて一発。急所を狙うべく狙いすました一撃が音速の速さで飛んでいく。

 

 ヒヒダルマのヘッドショットを狙ったその一撃は、しかし、ヒヒダルマの両手にあったつららによって弾かれてしまう。

 

(インテレオンのねらいうちを正確に返すなんて……なんて反射神経……)

 

「そんなにのんびりしてていいのかい?」

「え?」

 

 ヒヒダルマの身体能力の高さに舌を巻いているときにかけられるメロンさんの声。どういうことかと首をかしげているときに、ふと耳に何かの音が聞こえてくる。

 

 まるで何かが小さく泣いているかのようなか細い音。

 

 インテレオンと一緒に何の音かと疑問に思い、最大限警戒心を引き上げながら身構えていく。

 

 その音は、はっきりと耳に入ってくるまで大きくなり……

 

「この音……まさか……ッ!?避けて!!」

 

 気づいたときにはもう遅く、先ほどヒヒダルマが弾いていたインテレオンのねらいうちが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「レオッ!?」

「インテレオン!!」

 

 まさかの反撃に回避ができずにインテレオンに技が当たる。いまひとつの技とはいえ、自分の自慢の技が帰ってきたということに、心体共に少なくないダメージを受けてしまう。

 

「あの子の戦法を見て思いついたんだけど……なかなかどうして面白いじゃないか。癖になりそうだよ。あんたのおかげだね」

「それは光栄なんですけど、ボクとのバトル中に思いついて欲しくなかったですね!!」

 

 メロンさんがやったことは、マクワさんがステルスロックの岩でラスターカノンを跳弾させていたことの氷版。むしろステルスロックと違ってつららおとし自体がとんでもない火力となって襲い掛かってきているため、総合火力だけでいえば完全にこちらの方が強い。

 

「インテレオン!!逆につららの反射を利用して『ねらいうち』!!」

「ヒヒダルマ!回りな!!」

 

 ならばこちらにも利用させてもらおうとねらいうちを行うものの、今度はヒヒダルマ自身がつららを構えながら回転することによって、飛んでくるねらいうちを弾き、まるで逆再生するかのように放ったねらいうちが帰って来る。

 

 ヒヒダルマの近接での動体視力の良さと、上空から落としてくるつららの精度の高さのせいで、こちらのねらいうちが全て跳ね返されてしまう。しかも更にやばいのが、インテレオンが避けた、反射されたねらいうちの球でさえ再び跳弾をして帰って来るという事。

 

 これではインテレオン自慢の狙撃能力が機能しない。

 

「随分と爽快な景色だねぇ。柄にもなく、この技術に名前をつけてみたい気分だよ、マクワやあんたがこういった戦いをしていくのも理解できるよ」

「それはよかったですねッ!!」

 

 のんきな会話はしているけど戦場は今も激しく動いており、降りそそぐつららと、自分に帰ってきているねらいうちの弾を避けるのにひたすら苦戦するインテレオン。唯一の幸いとして、ヒヒダルマが防御に専念するためなのか、ずっと回転していて攻撃する空気を感じないというのがあるけど、その代わりに落ちてくるつららと、飛んでくるつららの数がどんどん増えているため安心なんて全然できない。

 

(近接は勝てない。かといってこのままだとねらいうちもあたらない……ヒヒダルマのあの回転を止めないといけないのにそのためには火力が……)

 

 ねらいうちの威力が低いわけではない。しかし、ねらいうちは力業ではなく、相手の隙と弱点を正確に射貫く技術による攻撃だ。こういった力で押しつぶしてくるタイプの攻撃に対しては、いなすことは得意でも押し返したり封じたりすることは苦手だったりする。

 

(せめて体制を崩せるくらいの破壊力があれば……)

 

 しかしインテレオンにはそういった技はなくって、ヒヒダルマを崩せるだけのものは……

 

(……いや、ある!ヒヒダルマを崩せる火力が!!)

 

「インテレオン!!」

「……レオッ!!」

 

 インテレオンの名前を呼び、目を合わせて自分の考えを伝える。ボクの意思を受け取ったインテレオンは、しっかりとうなずいてくれた。そのことが嬉しくて、頼もしくて。

 

「構えて!!」

 

 やる気に満ちた表情を浮かべながら2人で前を向き、インテレオンが中指を人差し指に絡めるいつもの構えを取る。

 

「さて、次はどんなトンデモ技で打破してくるかね……」

 

 メロンさんの声にも反応できないくらい集中しながら、戦況をじっと見つめる。

 

 反射してくるねらいうちと落ちてくるつらら。その2つをしっかりとみて、タイミングをインテレオンに伝える。残念ながら、前から飛んでくるつららに関してはボクが見る余裕が存在しないので、インテレオンだけのちからに頼ることになるけど、そこを理解してくれているためちゃんと避けてくれている。攻撃の嵐の中、舞を踊るように紙一重に交わしていくインテレオンに感謝の意を送りながら、一秒でも早く状況を打破するためにタイミングを計る。

 

 そんな焦る状況にて耐えること数十秒。

 

「……来た!!インテレオン!!『ねらいうち』!!」

 

 反射していたねらいうちの弾が、落ちてくるつららの先端に当たって、つららが縦回転を始めた。そのつららがゆっくりと落ちていき、インテレオンとヒヒダルマのちょうどど真ん中に落ちてきた瞬間にねらいうちを指示する。

 

 インテレオンの指先から放たれた水の弾丸は、落ちてきたつららの先端がヒヒダルマの方を向いた瞬間につららに着弾して爆ぜ、()()()()()()()()()()()()()

 

(ヒヒダルマの態勢を崩す火力ならいくらでもある!!この落ちてくるつらら全部がそうだ!!)

 

 相手がボクのねらいうちを利用するなら、こちらも相手のつららおとしを利用させてもらう。ねらいうちによって弾かれたつららおとしの氷がヒヒダルマの足元に着弾し、ごりむちゅうで上がった威力をそのままお返ししてあげる。ねらいうちで干渉しているせいで若干の威力低下はあるものの、それでも十分の威力を誇ったその一撃は、ヒヒダルマの回転の態勢を崩して、回転を止めるのには十分な威力となっていた。

 

「ルマッ!?」

「インテレオン!!『ねらいうち』!!」

「ヒヒダルマ!!意地でも防ぎな!!」

 

 崩れたヒヒダルマを確認してすぐにインテレオンに攻撃を指示。今度こそねらいうちでヒヒダルマを打ち抜こうとするものの、ここまで崩してなお手持ちのつららにて反射される。

 

 本当に遠距離からでは決定打にはならないのだろう。

 

 なら至近距離でとどめを差せばいい。

 

 ねらいうちを弾くために腕を振っているため、次の行動へのラグがある状態となっているヒヒダルマに対して、跳弾してくるねらいうちと、降りそそぐつららからの攻撃を被弾覚悟でヒヒダルマに踏み込むインテレオン。近づくことを目的としているため、致命傷は避けているものの攻撃が掠る回数が圧倒的に増えていく。たった数秒だけ前に走るだけなのに果てしなく遠い道のりに見えたそれは、しかしインテレオンお得意の圧倒的スピードですぐに詰め切って攻撃態勢へ。

 

「ヒヒダルマ!!」

 

 なにか嫌な予感を感じ取ったメロンさんがあわてて反撃の指示をするものの、耐性の崩れた無理な体制で放つ攻撃に威力はない。尻尾のアクアブレイクを当てただけで、簡単に逸らすことが出来たその攻撃を無視して、インテレオンの指先がヒヒダルマのおでこにそっと添えられる。

 

「『ねらいうち』!!」

 

 添えられた指先から放たれる圧縮された水の弾丸。零距離で放たれたその水は、ヒヒダルマの体を突き抜け、後頭部で大爆発を起こす。攻撃の反動でインテレオンも後方に吹き飛ばされ、後ろに落ちて突き刺さっていたつららに背中を打ちつけてしまったけど、すぐに立ち上がっているあたりまだ体力に余裕がありそうだ。

 

 自分がまだまだ戦えることを証明するために、すぐさま視線を前に向けて指を構えるインテレオン。その視線の先にいるヒヒダルマは……

 

「ル……マ……」

 

 頭部へ直撃したねらいうちが致命傷となり、その逞しい体を横に倒した。

 

 

「ヒヒダルマ、戦闘不能!!インテレオンの勝ち!!」

 

 

「……ふぅ、よかった。何とかなった」

「ゆっくり休みな……ヒヒダルマ。……最後は結局やり返してくるあたり、やっぱりそのあたりの柔軟さはさすがだねぇ。意外性や戦略性という分野においては、下手したらこのガラルのトレーナー全員と比べても上を行っているんじゃないかい?それとも、シンオウではこういった戦いがトレンドだったりするのかい?」

「あはは……どうなんでしょうね……」

 

 ヒヒダルマを戻しながら言うメロンさんに、少し誇らしさを感じてしまう。ただ、自分で言うのもあれだけど、シンオウ地方を含めてもここまで奇想天外な戦い方をしている人はそんなにいないのではと思わなくもない。実際、自分の強みの一つだとは思っているわけだしね。

 

 そして何よりも、格上の相手に自分の技術が通じているのがもうれしい。

 

「次はどんな手であたしを驚かせてくれるんだい?」

「それはメロンさん次第ですね」

「言うじゃないか。じゃあこの子相手に見せてもらおうか!コオリッポ!!頼むよ!!」

 

 現れるメロンさんの3体目はコオリッポ。エンペルトのような見た目に氷のキューブを乗せたようなポケモンが現れる。氷のキューブをよく見れば、その表面にはかわいらしい顔が掘られており、見た目と合わせてマスコットのようにも見えるポケモンだ。ただ、マクワさんの時にも見たコオリッポの戦法はなかなか恐ろしいもの。火力だけで言えばもしかしたらヒヒダルマも超えちゃうかもしれないそんなポケモンだ。

 

(さて、次はどうやるか……一応対策はあるけど……上手くいくといいね)

 

 息をのみながら拳をぎゅっと握る。

 

 高火力を抑えたと思ったらまた現れる高火力ポケモン。

 

 今までと比べると明らかに破壊力の高い、一ミスが命取りになるバトル。

 

 まだまだ中盤戦の手に汗握る戦いに冷や汗を流しつつも、笑顔を浮かべながら挑んでいく。

 

 キルクススタジアムの激戦はまだまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こだわり

実機でもげきりんなどは他の行動を選択できませんが、こだわり状態ならダイマックスや交代が可能なのでこんな感じなのかなと。
完全に作者の考察による戦い方ですけど、実際こんなことが出来たらこだわりのデメリットはあってないようなものですね。

跳弾

インテレオンがつららを弾いた部分に関しては、某冒険に吸血鬼さんが緑色の弾丸を指先ひとつですべて弾いたシーンを、メロンさんの氷による弾の反射は、同じく某冒険の暗殺者の技を借りていたり。




お互い反射が多かったり、使う技が少なかったりと、言う戦いに。
これならこだわりメガネのインテレオンもかなり強くなってしまいそうですね……






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95話

「凄い……これがフリアのポケモンバトル……」

「いや、フリアのバトルを見たことは勿論あるんだけどさ……」

「こうして生で見ると……迫力というか、空気というか……全然違うと……」

 

 目の前で繰り広げられている私の親友とメロンさんとのジム戦。モスノウ同士の戦いから始まり、現在はインテレオンとヒヒダルマのバトルが終わったところで、フリアとメロンさんが何かの会話を交わしているところだった。

 

 フリアの戦っている相手が私たちと戦っている個体と比べて、毎回フリア専用に強化されている個体になっていることは知っていた。というか、そもそもフリアのバトル自体はアーカイブで何回も見たし、そのたびにフリアのバトルに対する見聞の深さに驚かされていた。

 

 王道な戦い方は勿論のこと、そこからの応用力が高くてどんな強敵相手にも出てくる突飛な行動の数々は、いつも私たちの目を惹きつけてやまなかった。

 

 一目見ただけではなんでこんなことが出来るのかわからなかったけど、隣にフリアがいれば一つ一つ解説しながら見せてくれた戦法は、どれも尊敬やあこがれがついてきたし、いつかこのような動きができるようになりたいとも思った。

 

 そして同時に、いつかこの目で直接見てみたいとも。

 

 ただ、私だってジムチャレンジャーの身だったし、ジムに挑む順番が固定化され始めていたから、特に困ることでもないしいつか見られたらいいな。なんて軽い気持ちでしかなかった。けど今回、フリアのユキハミ……ううん、モスノウに進化したあの子のおかげで出会ったこの機会。

 

 下手したらメロンさんに勝ったことよりも嬉しいと思ってしまったフリアの生試合。

 

 それはホップもマリィも一緒で、3人そろってやっと見たかったものが見れると意気揚々と観客席に赴き、楽しみにしていた試合をついに目にすることが出来た。

 

 感想は、一言で言えば『異次元』。

 

 フリア相手なら多少本気を出しても許されると、リミッターを少し外しているジムリーダーと、それに追いつくどころか、むしろ優位を取って見せるフリアの立ち回りは、アーカイブで画面越しに見るのとはまるで違って……

 

 リアルタイムで肌に感じるこのやり取りは、みているだけでも肌をピリピリ焼いていく。

 

「これが……シンオウ地方準優勝者……」

「ずっと一緒にいると忘れちゃうけど……実は凄い人なんよね……」

「改めて、フリアのすごさを再認識するぞ……」

 

 インテレオンとヒヒダルマによる、とても同じ人とポケモンによって起こっているとは思えないようなそのハイレベルな戦いは、とても熱く、みているだけで燃えてきて、そして何よりも……

 

(フリア……凄く楽しそう……)

 

 今も笑顔でバトルをしているフリアを見ると、こちらまで楽しくなってきてしまう。

 

(……いいなぁ)

 

 それと同時に湧き上がる羨望。

 

 きっと、今の私が闘ってもフリアにこんな表情をさせてあげることはできないだろう。けど、いつか……

 

(私も、こんな表情をさせられるように強くなりたいな)

 

 フリアと、こんな熱くて楽しいバトルができるような強いトレーナーに。

 

「ホップきゅ~ん!!マリィせんぱ~い!ユウリン~!!」

「クララ~!こっちこっち~!!」

 

 遠くから聞こえるクララさんの声に返事をするマリィとのやりとりにもあまり耳を傾けられないほどバトルの観戦に集中しながら、先ほどの思いを胸に秘め、次のコオリッポ対インテレオンの場を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はコオリッポ……」

 

 ボクとインテレオンの前に体をゆらゆらさせながら立っている可愛らしいポケモンが一体。パッと見マスコットキャラクターみたいで、失礼な言い方をしてしまえばとても強そうには見えないそのポケモン。しかし、この世界では見た目と強さが一致しないなんて当たり前で、トレーナーとの絆が強ければとことん強くなれるのがポケモンだ。このコオリッポだって、ひと目見ただけでメロンさんとしっかり信頼しあっているのがよく分かる。

 

「あたしとマクワの戦いを見たのなら、この子がどう言った戦いをするのかはよくわかっているだろう?」

 

 はらだいこからのこうそくいどう。

 

 かなりの体力を犠牲にする代わりに最大まで攻撃力を強化するはらだいこと、自身の素早さをぐんぐん伸ばしていくこうそくいどう。マクワさんとのバトルの時と手持ちの技が変わっていないのなら、この2つを組み合わせて戦うのがこのコオリッポの戦闘スタイル。

 

 火力と素早さを兼ね備えたこの戦い方は、ちょっとでもミスをすれば一瞬でこちらが倒されてしまう程の即効性と破壊力を兼ね備えている。その推定火力はヒヒダルマを軽く超えるだろう。耐久の低く、かつヒヒダルマによってかなり削られているインテレオンでは一撃で倒されること間違いなしである。となれば、対策はこの2つを行われる前に倒すというものになる。んだけど……

 

(それが出来れば苦労しないって話しよね)

 

 相手に技を使わせないというのは当然ながらほぼ不可能だ。ヒヒダルマのように、ひとつの技が突出していて、当たったらやばいと相手に怯えさせられるほどの圧倒的な力があれば、その方法を使ってみる価値ありだ。ただし、それでも止めることができるのはせいぜい自分の能力を強化できるものくらい。

 

 さっきの戦いでちょうのまいをする暇がなかったモスノウを思い出して貰えればわかりやすいだろう。

 

 となると、今回のインテレオンの最後の仕事はコオリッポに積み技を何もさせないということ。

 

(……できる気がしないなぁ)

 

 けど、やらない訳には行かない。

 

「インテレオン!!『ねらいうち』!!相手に何もさせちゃダメだよ!!」

「まぁ、そうなるわよね。コオリッポ、『たきのぼり』!!」

 

 足元から水しぶきをあげながら走り出すコオリッポ。地面を滑っているように見えるその姿はアクアジェットのようにも見えるけど、ルリナさんの時に見たその技よりも激しく水しぶきが舞っていたため威力が違う技だとわかる。それに、アクアジェットと比べて速さが足りない。ただ、だからといって遅いという訳ではなく、飛んでくるねらいうちに対して体を器用に動かしながら避けていく。地面を滑りながら避けていく様は、メロンさんの専門としているタイプも相まってスケートを滑っているかのように見えた。

 

 ねらいうちの隙間を縫いながらこちらに接近してくるその姿に、しかしインテレオンは焦ることなく、回避先に向かって先打ちすることによって、すこしずつダメージを与えていく。どうやらコオリッポはヒヒダルマよりかは遅い方であるらしい。だからといって油断していると……

 

「やっぱりインテレオンについて行くにはこれしかないねぇ。コオリッポ、『こうそくいどう』!!」

「インテレオン!!」

 

 コオリッポの動きを止めるべく、ねらいうちの量を増やしていくインテレオン。しかし、元々連射することを考えられていないねらいうちではコオリッポの動きを阻害するには弾幕量が足りない。その隙にどんどんたきのぼりのスピードを上げていくコオリッポ。

 

(やっぱり相手の行動を完璧に阻害するのはきつい!!)

 

 まだインテレオンの方が速いため、ねらいうちで攻撃こそできるものの掠ったり受け止めきられたりと、なかなか決定打にならない。

 

「素早さがヒヒダルマより低い分、耐久力が高いのか……」

「そんな小さな攻撃じゃあ、残念だけどあたしのコオリッポは止められないよ!さらに『こうそくいどう』!!」

 

 ぐんぐん上がっていくたきのぼりの速度。その速度に乗りに乗ったコオリッポが、ヒヒダルマののこしたつららの跡の間を駆け抜けていく。インテレオンの射線を切るように陰から陰へと滑っていくコオリッポの姿は、さながらインテレオン顔負けのスパイの動きのようで。

 

(徐々にだけどインテレオンが追い付けなくなり始めている……)

 

 この際こうそくいどうは最大まで行われると考えていい。相手が早くなる分には火力が大きく上がるわけではないので構わない。となってくると、次のインテレオンの目標は、コオリッポにはらだいこをさせないということになる。

 

 はらだいこは自身の体力を削るかわりに、自身の攻撃を最大まで引き上げるという効果を持っている。話を聞いていると、多少の不利を被ることになるとはいえ、得られる恩恵がとても大きいので、とんでもない技に聞こえるだろう。なんせ、このはらだいこによる攻撃上昇は、なきごえ等で下げられた攻撃力を加味したうえで最大まで引き上げられる。

 

 あらかじめ攻撃を落とすことに意味はないし、一度積まれてしまえばその圧倒的な攻撃力でつぶされてしまう。

 

 けど、そんなはらだいこにも止める方法が存在する。

 

 それは、あらかじめ相手の体力を削るという事。

 

 さっきも言った通り、はらだいこは自身の体力を犠牲にする必要がある。逆に言えば、代償として払う体力がなかった場合は技そのものが不発する。そうなれば、もう二度とはらだいこをされることはなく、素の火力ではヒヒダルマよりもかなり劣っているコオリッポでは立ち回るのはほぼ不可能。こうそくいどうによる素早さ強化は確かに厄介だけど、それだけならどうとでもなる。だから……

 

「なんとしてでも体力を削るよ!!インテレオン、『ねらいうち』!」

「さらに『こうそくいどう』で加速しな!!」

 

 既にインテレオンよりも数段速くなってしまっているコオリッポ。普通に追いかけっこしていては当然追い付くことができないので、インテレオンのねらいうちを避けるだけでなく、インテレオンそのものにぶつかって体制を崩して、その隙にはらだいこを行おうとしてくる。

 

「みぎのつらら!!」

 

 たきのぼりを受けてしまい、態勢が崩れたためすぐに真正面に指先を向けられないインテレオンに、すぐさま右にねらいうちを打つように指示をする。右手から放たれたねらいうちは、右に落ちていたつららを反射してコオリッポの下へたどり着き、はらだいこをされるのを阻止しようと進んでいく。

 

「かかったね?コオリッポ、前!!」

「ッ!?」

 

 そのインテレオンの行動を確認した瞬間に、はらだいこをやめて前に走り出す。その先には、ここまでのダメ―ジと疲労によって、いまだに態勢を立て直すのに難儀しているインテレオン。

 

(はらだいこを意識しすぎているのを相手に利用されたッ!!)

 

「『たきのぼり』!!」

「……『アクアブレイク』!」

 

 コオリッポをアクアブレイクで殴ることはしたくない。しかし、ねらいうちではコオリッポの攻撃を止めることが出来ない。苦渋の決断の末、仕方なくアクアブレイクを指示したボク。インテレオンも、無理な体制ながらも持ち前の身体能力をもって無理やり立て直し、コオリッポに真正面から立ち向かっていく。

 

 たきのぼりとアクアブレイクのぶつかり合い。

 

 素の攻撃力であれば、実はインテレオンの方が強いため、普通に打ち合えばインテレオンが力で押し切ることが出来る。が、それはあくまで技と技をぶつけ合った時の話。

 

「コオリッポ、()()()()()()()

「やっぱりッ!」

 

 インテレオンのアクアブレイクを、たきのぼりで相殺することなくわざと受けるコオリッポ。本来であれば有利な状況なのに自分からダメージを受けに行く意味の分からない行為。しかし、これがコオリッポだった場合はその意味が大きく変わってしまう。

 

 インテレオンのアクアブレイクを頭に乗せた氷のキューブで受け止めたコオリッポ。アクアブレイクを受けた氷は罅が入り、粉々に砕け散っていくものの、その中から現れたのはとても小さく、少し頼りなく、そして()()()()()()()()コオリッポの顔が現れる。

 

「今だよ!!再び『たきのぼり』!!」

「ッポ!!」

「レオッ!?」

 

 頭の氷を砕かれたのにダメージを受けているように見えないコオリッポによるたきのぼりを零距離で受けてしまうインテレオン。まだはらだいこをしていないたきのぼりのため何とか耐えるものの、片膝をついてしまい、はたから見ても限界が近い姿となっている。

 

(アイスフェイス……やっぱり厄介すぎる……)

 

 コオリッポの特性、アイスフェイス。

 

 コオリッポの頭に乗っている氷のキューブは、一度だけ自身への物理攻撃を引き受けてくれる。それがたとえ自分の苦手なほのおタイプであろうと、かくとうタイプであろうと、コオリッポの頭に氷のキューブが存在する限り適応され、無効化される。似たような特性を持つミミッキュの化けの皮と違って、特殊攻撃までは防ぐことが出来ないため、汎用性は劣ってしまうものの、ミミッキュと違って氷を砕かれても本人に一切のダメージがないということが特徴だ。その証拠に、今もアクアブレイクを受けたはずのコオリッポには一切のダメージがなく、余裕の……いや、氷がないせいでちょっと悲しそうな表情だけど……とにかく、まだまだ戦えそうなコオリッポの姿が目に入ってくる。そして……

 

「これで安心してできるねぇ……コオリッポ、『はらだいこ』」

 

 ダメージが大きく、すぐに動けないインテレオンを確認して行われる、コオリッポの強さを裏付ける最強の強化技。

 

 自身のおなかを叩き、そのたびに空気が震えるのを感じる。

 

 そしてコオリッポを包む、淡いオレンジ色の光。

 

 攻撃力が最大まで引き上げられた証。

 

「体力を削ってパワー全開!」

「……ッ!!」

「そして……まだインテレオンがつらそうにしている間にしておこうかね……コオリッポ、『あられ』」

「なッ!?」

 

 続いてメロンさんが指示するのはあられ。

 

 天候をあられに変更する、言ってしまえばそれだけの技。

 

 この天候になるとこおりタイプ以外のポケモンがスリップダメージを受けてしまうため、厄介と言えば厄介だけど、そこまで気にする必用のないものだ。

 

 ただし、それは相手がコオリッポでなければ。

 

 先ほど説明したコオリッポの特性、アイスフェイスには、実はもう一つ能力がある。それは、頭の氷が壊れているときに天候があられに変わると、()()()()()()()()()()()()()。ぱらぱらとあられがコオリッポの顔に降り注ぎ、コオリッポの小さく、少し頼りない顔がどんどん氷に覆われていく。

 

 数秒後現れるのは、インテレオンによって氷を壊される前の姿。

 

 これでこのコオリッポに対しての物理攻撃は、再びダメージゼロで受け止められることになる。

 

「……きっつ」

「はらだいこをするための体力を無理やり削ろうとしていたみたいだが……残念だったね。こうなったコオリッポは簡単には止められないよ?」

 

 実際のところ、このコオリッポを止める方法はあるにはある。アイスフェイスは特殊攻撃を受けることが出来ないので、そっち方面で落とせばいい。だが……

 

(ボクの残りの手持ちでコオリッポを落とし切るほどの特殊が流石に乏しすぎる……)

 

 マホイップでもブラッキーでも火力は足りず、素早さもないため、相手を倒すよりも、そして本来なら耐久が優秀な2匹が準備するよりもさらに速く落とされてしまう。

 

 耐えきるのは当然不可能。殴り合うにしても物理で殴る必要はどうしても出てくる。

 

(……ってなると、やっぱりこれしかないよね)

 

 できることならインテレオンで防ぎたかったけど、こうなっては仕方がない。実はもう一つだけ、このコオリッポを倒す方法は用意している。そのためにも……

 

「ごめんインテレオン……もう少しだけ付き合って!!」

「……レオッ!!」

 

 満身創痍で今にも倒れそうなこの子に、あと少しだけがんばってもらわないといけない。

 

 ボクの呼びかけに答えてくれるインテレオンに感謝しながら前を見据える。

 

(大丈夫。あの技を当ててくれるだけでいい。あとインテレオンに臨むのはそれだけ……だから、それまで頑張って!!)

 

「まだ、何かあるみたいだねぇ……コオリッポ!何かさせる前につぶすよ!!」

「インテレオン!!避けて!!」

 

 もう直撃を貰うわけにはいかない。かといってコオリッポを倒すためにはどうやったって邪魔なものがある。それをどうにかするためにもインテレオンで殴る必要がある。

 

(高速で動くコオリッポの隙をついて、相手に攻撃を当てる。それがどれだけ難しいか。けど、インテレオンなら!)

 

 地面を高速で滑るコオリッポ。その動きをインテレオンが体を青く光らせながら見つめる。

 

「げきりゅう……これなら!!インテレオン、『アクアブレイク』!!」

 

 げきりゅうによって攻撃力の上がったアクアブレイクでコオリッポの攻撃をいなしていく。素の攻撃力ならそらせることすら難しかったそれを、何とか別のベクトルへ向けることで壁やつららにぶつかることを狙っていく。しかし、相手も簡単にはぶつからない。

 

「ヒレを使いな!!」

「ルポッ!」

 

 コオリッポが器用にヒレを引っかけてつららを起点に回転。逸らされたルートを再びインテレオンへ。

 

「こっちもつららを使って避けて!!」

 

 対してつららに尻尾をからませて体を動かすことによってトリッキーによけていくインテレオン。二度、三度と奇想天外な動きをすることでコオリッポの狙いを逸らしながら、一番地面への刺さりが甘いつららの下へ駆けつける。

 

 つららの後ろに隠れるように移動したインテレオン。このままいけばコオリッポは今度こそつららにぶつかることになる。

 

「つららで防ごうってかい?つららごと貫きな!!」

 

 しかし、今のコオリッポならメロンさんの言う通り、つららを貫いて攻撃するなんてわけないだろう。げきりゅうで強化されているとはいえ、満身創痍なインテレオンがこの動きをすれば、変なことをする前に無理やり落とそうと突っ込んでくるはずだ。さっきヒレで軌道修正していたのは、単純につららにぶつかるだけになっちゃうからだしね。

 

 実際予想通りの動きをしてくれたコオリッポ。

 

 つららの奥に隠れるインテレオンを仕留めるべく、いつも以上に出力を上げたコオリッポのたきのぼりが襲い掛かってくる。

 

「『アクアブレイク』!!」

 

 たきのぼりが来るのを確認してこちらはアクアブレイク。目の前のつららに攻撃を行い、壊されるにしてもただで壊されないようにコオリッポ側にうちだして少しでも衝撃が向こう側に傾くようにする。地面への刺さりが甘かったつららは、インテレオンの攻撃で簡単に抜けてコオリッポの方へ飛んでいく。自分の方へ飛んできたことによってたきのぼりで壊すことはできたものの、たきのぼりの勢いが少しだけ抑えられる。それでもインテレオンを倒す威力は十分に残っていて。

 

「インテレオン!!」

「氷で受けてめてカウンターで当ててやりな!!」

 

 つららにぶつかったことによってほんの少し勢いが弱くなったその瞬間に攻撃を当てようと近づいたインテレオンをしっかりと視認したコオリッポが、再び頭のアイスフェイスで攻撃を受け止めてからのカウンターをしてこようと構えた。このままいけばさっきと同じくインテレオンが後ろに弾かれて、今度こそ戦闘不能になる。けど、相手がわざと攻撃を受ける判断をしてくれているからこそ、今度はこの技が通ってくれる。

 

「『とんぼがえり』!」

「!?」

 

 コオリッポの頭の氷を殴って素早くボクの下へ帰って来るインテレオン。すぐさま懐からインテレオンのボールを取り出してリターンレーザーを当て、インテレオンをボールへ戻し、続けて3体目のポケモンが入ったボールを投げた。

 

 一方でメロンさんは、とんぼがえりによって交代して出てくる、ボクの次のポケモンにたきのぼりをすぐに当てるために構えていた。インテレオンに当たるはずだったその技は、今も発動を維持しており、そのままボクのポケモンが出てくる場所に向かってコオリッポが猛ダッシュしている。インテレオンの攻撃によってアイスフェイスが砕かれてしまっているが、そんなこと関係なしに突っ込んでくるあたり、無理やり倒しに来ているのだろう。

 

 都合がいい。

 

 これならこの子が一番輝ける。

 

「今しかない!!ブラッキー!!」

 

 コオリッポの前に現れたのはブラッキー。はらだいこをしてくるコオリッポに対して、ボクが考えた最後の対応策。

 

「ブラッキー……まさか!?コオリッポ、さが━━」

「逃がさない!!『イカサマ』!!」

 

 ブラッキーで何をするのか気づいたメロンさんが慌てて撤退指示を出すものの、すでに攻撃モーションに移っているため自分の動きを止められないコオリッポに向かって、相手の攻撃力を借りて殴るイカサマが突き刺さる。

 

 はらだいこによってあげられた力をそのまままるパクリした攻撃は、コオリッポのたきのぼりと激しくぶつかって衝撃音をまき散らす。爆風によって周りのつらら全てを吹き飛ばし、激しい風圧が収まった場所の中心では、倒れているコオリッポと、そこそこのダメージを負いながらも、4つ足でしっかりと地に足をつけたブラッキーの姿。

 

 

「コオリッポ、戦闘不能!!ブラッキーの勝ち!!」

 

 

「……『とんぼがえり』でアイスフェイスを破壊して『イカサマ』……最初からこれが狙いだったのかい?」

「インテレオンで勝てたら一番楽だなとは思っていたので、最終手段ですけどね」

 

 はらだいこの力を利用できるイカサマで倒すことは最初に思いついていた。だけど、今ブラッキーが無傷ではないことからわかる通り無償突破はできないと思っていたし、相打ちや、打ち負ける可能性だってあったのであまりしたくはなかったというのが本音。今回はうまくいったからとりあえずよかったけどね。

 

 これで3体撃破。

 

「最後の一匹まで追い詰めた……」

「結構本気なんだけど、それでも追いつめられる……チャレンジャーにここまでぞくぞくさせられたのはいつ以来かしらね」

 

 コオリッポを戻しながら嬉しそうに呟くメロンさん。その手には最後の一匹が入っているハイパーボール。

 

「ここで終わってしまうのが惜しいくらいだ……だから、せめて……最後まで楽しませておくれよ?」

「勿論です!」

 

 そのボールが投げられる。

 

 いよいよ、このジムバトルも佳境へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイスフェイス

なかなかに厄介な特性。
初見で戦った時、物理主体のパーティだったので、ミミッキュの上位互換!?と驚いたのが記憶に新しいです。
あられで復活するのも入れたいと無理やり入れ込んだらコオリッポの技構成がとんでもないことになっているのは内緒です()

イカサマ

強いですよね。
ゴースト統一で潜っている身としては、いつもA0厳選をしなければいけない理由になってますね。
ヤミラミとか使っているときはお世話になっているんですけどね……
とんぼがえりからの連携は書きやすいです。




アニポケのドラセナさんがイメージ通りの方でした。
チルタリスもオンバーンもよかったですね。
欲を言えばドラミドロを使っている彼女が見たかったです。


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96話

「行きな!!ラプラス!!」

「ラァァ」

 

 メロンさんが高らかに投げたハイパーボールから出てきたのは、メロンさんの最後の一匹、のりものポケモンのラプラスだ。アマルルガのような長い首と鰭足、それに、カメックスなどに比べて、特徴的な突起がちょくちょく生えている甲羅を持つポケモン。心優しい気質と人間の言葉を理解できる高い知能を持ち、人間を背中に乗せながら海を泳ぐことを好む特徴がある。その性格と上手く付き合うことによって、ライドポケモンとして人の生活に関わっている地方もある、そんなポケモンだ。ここまで戦ってきたヒヒダルマやコオリッポといったポケモンに比べると、攻めと言うよりかは守りの方が得意なイメージのポケモンで、ラプラス自身の強さとしてみれば、攻めも守りもどちらもできる器用なポケモンではあるんだけど、とにかく体力が多い。そのため、生半可な攻撃では簡単に受け止めてしまうタフネスさを誇っている。

 

 どちらかと言うと、モスノウと戦った時のような長期戦待ったナシの試合展開が予想される。

 

「あたしの切り札、かわいいかわいいラプラスだよ。最後の一匹……けど、一欠片だとしてもあたしの自慢の氷なんだ。覚悟しなよ?」

「ルアアアア!!」

 

 まるで歌うような叫び声をあげるラプラス。その声の美しさに一瞬聞き惚れそうになって、すぐに首を振って意識をしっかりと持つ。

 

「ブラッキー、行ける?」

「ブラ!!……ッ!?」

「ブラッキー!?」

「……ブラァッ!!」

 

 ボクの言葉に対して、若干のふらつきを見せながら答えてくれたブラッキー。パッと見は大丈夫そうに見えていたんだけど、やっぱりはらだいこ状態のコオリッポとの激突は少なくないダメージを蓄積させられたらしい。

 

(イカサマはやっぱりリスキーだったみたいだね……この状態でラプラス相手にどこまでくらいついていけるか……)

 

 一時的にはらだいこ状態と同じ攻撃力を手に入れたとはいえ、相手も同じ威力でぶつけ合っていたのだから、ダメージがこちらにも残るのは当然と言えば当然の結果だ。

 

(ブラッキーには回復技があることがまだ救いではあるけど……そう簡単に許してくれるかな……?)

 

 もし回復技が通るのであれば、耐久力という面ではブラッキーの方が優秀だ。いくら攻めもできるとはいえ、ラプラスの攻撃であれば、流れに乗ればブラッキーで耐えきるなんてことも可能だろう。

 

「このまま頼むよ!」

「コオリッポからのダメージが残っている間に仕留めるよ。ラプラス!『うたかたのアリア』!!」

 

 メロンさんの指示と同時に現れる水のバルーン。バブルこうせんなんかの比じゃない大きさと量がブラッキーに向かって飛んできた。

 

「ブラッキー、『あくのはどう』!!」

 

 対するブラッキーは、黒色の波動をまき散らして、少しでも威力を落とそうと抵抗する。耐久力ではこちらが上だけど、火力面では間違いなくラプラスの方が上だ。そのため、普通に打ち合えば必ずこちらが力負けしてしまう。だから工夫に工夫を加えないといけない。

 

「続いて『でんこうせっか』!!」

 

 あくのはどうでうたかたのアリアの弾幕に対して穴を作り、その隙間を通り抜けるようにでんこうせっかで駆け抜ける。

 

「『れいとうビーム』」

「『あくのはどう』!!」

 

 その進撃を止めるべく放たれるれいとうビームを、再びあくのはどうで迎撃する。れいとうビームの軌道を逸らして、その隙にさらに前進したブラッキーがラプラスの懐へ。

 

「『イカサマ』!!」

 

 憶えている技が特殊寄りのせいで勘違いされがちだけど、実は物理面も特殊面もあまり変わらない出力で戦うことが出来るラプラスの力を借りて攻撃をするブラッキー。

 相手の動きを利用して攻撃を叩き込もうと構えるブラッキーに対して、ラプラスも反撃の一手を繰り出す。

 

「『10まんボルト』」

「ッ!?」

 

 直接攻撃をしようとした瞬間放たれる強力な電撃に、間近まで接近していたブラッキーが感電して弾かれる。

 

「ブラッキー!!」

「ブ……ラ……ッ!!」

 

 思わぬ反撃に想像以上にダメージを受けてしまい、たたらを踏むブラッキー。

 

(特殊寄りの戦い方なのに、近接されたら10まんボルトを纏って攻撃と防御を同時に行っているんだ)

 

 直近二匹のポケモンがとにかく火力でごり押すタイプのポケモンだったため、ここにきて攻守ともに万能という堅実なポケモンを相手にするというのはなかなか対応力を求められる。

 

(相手が堅実ならこっちも堅実に……幸い一撃の破壊力があるわけじゃないから焦る必要はないよね)

 

「ブラッキー、『つきのひかり』!!」

「ブラッ!!」

 

 今が夜であることをいいことに、つきのひかりにて自身の体力を回復していく。月から降りそそぐ優しい光が、ゆっくりとブラッキーを包み込み……

 

「その悠長が仇となるのさ。ラプラス、『ぜったいれいど』」

「なっ!?」

 

 つきのひかりで回復を優先していたため、動きがなかったブラッキーを絶氷が包み込む。

 

「ブラッキー!!」

 

 ボクが名前を呼ぶと同時に起きる氷の破裂音。耳をつんざく甲高い音とともに、ブラッキーがボクの近くまで吹き飛ばされて……

 

「ブ……ラ……」

 

 

「ブラッキー、戦闘不能!!ラプラスの勝ち!!」

 

 

 一撃必殺。

 

 例えどれほど体力が残っていたとしても、一撃のもと相手を戦闘不能に追いやるこおりタイプ最強の技にてブラッキーが落とされる。

 

「……ありがとう、ブラッキー。ごめんね」

 

 ブラッキーをボールに戻しながら目の前のポケモンに目を向ける。

 

(堅実だなんてとんでもない。このラプラス、少しでも隙を見せたらぜったいれいどで確実にしとめてくる気だ!!)

 

 ブラッキーとラプラスの長期戦を予想していたのに思いっきり裏切られてしまった。けど、ラプラスの使ってくる技を4つみられたのは大きい。これであのラプラスの大まかな戦い方は知ることが出来た。けど、同時に気を付けることも思い浮かんできた。

 

(これはもう、インテレオンは戦えそうにないかな……)

 

 得意技のねらいうちは半減されるため、きあいだめで急所確定の技としてもあの硬いラプラスを突破できるとは思えないし、そもそもあのラプラスの特性がシェルアーマーならどんな技も急所に当たらないため、目も当てられないことになる。同じ理由でアクアブレイクも効かないとなると、戦える技がとんぼがえりのみというなんとも頼りない状態になってしまう。

 

 実質お互い最後の一匹同士の戦い。

 

 ボクの手持ちで最後を飾るのはやっぱりこの子だ。

 

「行くよ!エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 場に現れるのは緑色の刃を構える1匹の騎士。肘の刃を真っ直ぐ伸ばして戦闘態勢に入ったエルレイドは、目の前のラプラスに対して拳を構えてしっかりと構える。

 

「あらら、最後はその子かい」

 

 ちょっと残念そうな声を上げながら答えるメロンさんに、エルレイドが少しだけ不満そうな顔をする。おそらくメロンさん的にはボクのヨノワールを引きずりだしたかったんだろうけど、エルレイドの時点でそれが無くなったので、最近ジムリーダーの間で競走になっていたらしい、誰がボクの切り札を引き出すか問題が、少なくとも自分の番で決着とはならなかったことに少なくない不満を抱いていたという感じだろう。もちろんそんなことをされてエルレイドが面白いと思うわけなんてない。こんな表情をするのも仕方ないだろ。だから……

 

「見返すよ。エルレイド!!」

「エル!!」

「気分を害したのなら悪かったが……それはそれとして、それだけの意思があるんならあたしに見せてみな!ラプラス!!」

「ラァッ!!」

 

 お互いが声を上げながらポケモンを一度ボールに戻し、ダイマックスバンドから赤い光を送る。その光を吸収したモンスターボールとハイパーボールはその体積をぐんぐん大きくしていき、両手でないと抱えられないくらいの大きさに膨らんだ。

 

 

「君に託す!!エルレイド!!ダイマックス!!」

「さあラプラス、キョダイマックスなさい!!あたりをすべて凍てつかせるのよ!!」

 

 

 その巨大なボールをメロンさんと同時に投げ、お互いの切り札を同時に切る。

 

 

「エルッ!!」

「ラアァァッ!!」

 

 

 ボールから現れるのはダイマックスしたエルレイドと、ただダイマックスした時とは姿の違うキョダイマックスラプラス。

 

 キョダイマックスしたラプラスは、元々長かった首がさらに長くなっており、背中の甲羅も巨大化。まるで豪華客船のように見えるそれは、のりものポケモンの二つ名をより強調した姿になっており、パッと見ただけでも5000人は乗ったところでびくともしないだろうと予想できる。また、ラプラスの周りには楽譜を想起させるような五線譜のリングがあり、その五線譜の上に音符のような氷の結晶がちりばめられていた。

 

(綺麗……)

 

 思わず見とれてしまいそうになるものの、ラプラスの周りのリングがラプラスの周りにあるつららの破片やら、モスノウのふぶきによって積もった雪やらを弾き飛ばしているのが目に入った。どうやら見た目に寄らず、あの五線譜もしっかりと攻撃力はあるらしい。接近して攻撃するときは注意が必要だろう。

 

 お互い同時にダイマックスしたことにより、会場のボルテージは最高潮へ。つんざぐ歓声を聞きながら、ボクはさらに意識を集中させる。

 

(さあ、ここが最後の山場だよ!!)

 

「ラプラスの得意技が、あんたを氷点下の世界へ誘うわ」

「エルレイド!来るよ!!」

 

 メロンさんの言葉からラプラスの大技が来ることを感じ取り、エルレイドに構えを取らせる。

 

 

「ラプラス!『キョダイセンリツ』!!」

 

 

「ラアアァァァッ!!!」

 

 

 ラプラスがメロンさんの指示を受けたと同時に天に向かって声を上げるラプラス。現れるのは天より降りそそぐ巨大な氷塊。まるで隕石のようにも見えるその塊がエルレイドめがけて一直線に落下してくるその姿は、みているだけで恐怖心を駆り立てられてしまう。

 

 

「エルレイド!『ダイナックル』!!」

 

 

「エルッ!!」

 

 

 対するエルレイドは両手にオレンジ色に光をみなぎらせながら、落ちてくる氷の隕石に向かって果敢に構える。

 

 

「エエェェェェェ、ルゥッ!!」

 

 

 緑色の腕を握り締め、落ちてくる氷塊に拳を叩きつけるエルレイド。氷が削れていく激しい音を奏でながら、何度も何度も氷に向かって拳を叩きつけるエルレイドの姿は、キョダイセンリツに向かってダイマックス版のインファイトを打っているようで、地球を隕石から守る正義の味方のように映った。

 

 

「エルレイドッ!!頑張れ!!」

 

 

「エルッ!!」

 

 

 ボクの声に応えたエルレイドがさらに力を込めて殴り続ける。ダイナックルとダイアシッドは、他のダイマックス技と比べると威力が低い代わりに、自分の攻撃面を強化することが出来る。ダイアシッドは特攻を、ダイナックルは攻撃をそれぞれ強化することができ、キョダイセンリツを殴り続けているエルレイドも現在進行形で攻撃が強化されている。そのおかげもあってか、ラプラスが打ってきたキョダイセンリツにも少しずつだけど罅が入り始めていた。

 

「いける!!」

 

 ダイナックルの最初の威力がそんなに高くないため、マクワさんがやったメテオビームによる力業のごり押しができるかどうか怪しかったけど、蓋を開けてみたら、エルレイドの力が思った以上に通じるみたいで安心した。これなら、このままキョダイセンリツを貫きつつ攻撃を上げて、ラプラスへ攻撃を当てることもできそうだ。

 

「……そのままでいいのかい?」

「……え?」

 

 想像以上に順調だと思った瞬間にかけられるメロンさんの言葉。どういう意味か分からず、一瞬思考が止まってしまうボクを見て、薄く微笑みながらメロンさんが上に向けて指を差す。

 

「さぁ、()()()()()()()()()()()?」

「二個目……ッ!?」

 

 メロンさんの言葉を復唱しながら視線を上に向けると、今エルレイドが受け止めているキョダイセンリツよりも、2()()()()()()()()()()()()と思われる氷塊が落ちてくる。

 

「な、なにあれ……ッ!?」

 

 

「エルッ!?」

 

 

 今頑張ってエルレイドが壊そうとしているキョダイセンリツごと押しつぶさんと落ちてくる2個目のキョダイセンリツ。なんで1回目と2回目のでここまで差があるのがさっぱり理解できない。確かにダイマックス技は元となった技次第で威力が変わるけど、ここまであからさまに変わるものはないはずだ。

 

「単純に1回目が本気じゃないってだけさ。さあ、ラプラスの本気の『キョダイセンリツ』に押しつぶされな!」

 

 

「ラアアァァァッ!!」

 

 

「エルレイド!!」

 

 

「エ……ル……ッ!!」

 

 

 一気に重量が何倍にも膨れ上がったキョダイセンリツ。その重さがダイレクトにエルレイドにのしかかっていき、せっかくダイナックルで攻撃が上がっているのにその上から押しつぶしてくる。エルレイドと2個目のキョダイセンリツの間に挟まれている1つ目のキョダイセンリツは既にボロボロになっており、たった今ボクたちの目の前で崩れ去って、氷の礫となって辺りに飛び散った。しかし、それは2つ目のキョダイセンリツがやってくることを意味しており……

 

「エ、エルレイド!!もう一回『ダイナックル』!!」

 

 

「エルッ!!」

 

 

 先ほどのダイナックルによって攻撃が上がったため、より強くオレンジ色に光り始めたダイナックルがうなりを上げる。しかしエルレイドの上昇分よりもはるかに強くなっているキョダイセンリツが、エルレイドを押しつぶさんと落ちてきた。

 

 再びぶつかり合う氷塊とエルレイドの拳。しかし、先ほどと違って明らかにエルレイドが押されている状況へと向かっていく。必死に何回も殴っていくものの、罅すら入らないキョダイセンリツに、ついにエルレイドが押しつぶされる。

 

「エルレイドッ!!」

 

 キョダイセンリツが地面につくと同時に広がっていく氷の風と結晶。そしてラプラスの周りに広がるオーロラのカーテン。

 

 ラプラスを包むように広がっていくそのオーロラは、ボクのよく知っているあの技が発動した時と同じ現象だった。

 

「オーロラベール……」

「キョダイマックスラプラスが使う『キョダイセンリツ』の追加効果。攻撃した後『オーロラベール』を展開することが出来るのさ。これであんたから受ける攻撃は半減する」

 

 オーロラベールの効果は、メロンさんが言っている通り受けるダメージを半減するもの。それも、リフレクターやひかりのかべと違い、物理、特殊、どちらか片方ではなく、この技ひとつでどっちも防ぐことが出来る。しかも……

 

「あのラプラス……絶対にあれを持ってる……」

「さあ、何のことかい?」

 

 微笑みながら言うメロンさんを見て確信するボク。オーロラベールもリフレクターやひかりのかべと同じく、ひかりのねんどの効果を受けることが出来る。そうすれば当然このオーロラがラプラスを守り続ける時間も伸びるわけで。

 

 

「エ……ル……ッ!!」

 

 

「エルレイド!」

 

 氷が砕けたことによって巻き起こった風が晴れ、ダイマックスエルレイドの姿がようやく確認できたことに安心感を憶える。しかし、その体はダメージが色濃く表れており、少なくないダメージを受けていることが一目でわかる。一方で、当然ながらラプラスにはいまだにダメージはなく、全く怪我の見受けられないピンピンした姿で優雅に吠えていた。

 

「これなら次の技でとどめかもしれないね……ラプラス、もう一発『キョダイセンリツ』だよ」

 

 メロンさんの言葉と同時に放たれる3度目の氷塊。

 

 2回目と同じそのサイズに、若干の絶望を感じさせてくる。

 

 例え攻撃が上がっているとはいえ、このサイズの氷を打ち砕くのは無理がある。かといって、今のエルレイドには変化技を入れていないためダイウォールを行うことが出来ない。

 

(どうすれば……)

 

 カタカタ。

 

「……え?」

 

 どうすればいいのか悩んでいた時に聞こえてくる何かが動く音。その音につられて、視線を下に向ければボクの腰から2つボールが消えていた。そして何よりも驚いたのが、そのことを自覚した瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「えっ!?」

「なっ!?」

 

 そのいきなりの出来事に、この場にいる全員から驚きの感情が浮かび上がる。

 

 バトルフィールドから消えたダイマックスエルレイドの代わりに勝手にフィールドに現れたのは、まだこのバトルにおいて戦闘不能になっていない、ボクの手持ちで2番目に出てきたポケモン。

 

「インテレオン!?」

「レオ」

「なんで出てきて……」

「レオ……」

 

 ボクの言葉に、指を立てて微笑むインテレオン。その動作ですべてを理解してしまう。

 

「エルレイドの代わりに……技を受ける気なの……?」

 

 本来エルレイドが受けるはずだった氷塊が、ここまでのバトルによって瀕死間近のインテレオンに向かって落ちていく。当然ながらあんな技を受けてしまえば、インテレオンは戦闘不能になってしまうだろう。

 

「レオッ!!」

 

 けど、自分が受けることによってエルレイドがまだ戦えると判断したインテレオンが、自分から捨て石になること選んでくれた。

 

「……ありがとう……絶対に勝つから!!」

「……レオ」

 

 こちらに向かって微笑みを残すインテレオン。その顔を最後に、氷塊で視界を埋め尽くされる。

 

「インテレオン!!」

 

 落ちた氷が砕け、視界が晴れた先には、地面に倒れ、力尽きていたインテレオンの姿。

 

 

「イ、インテレオン戦闘不能!!ラプラスの勝ち!!」

 

 

 まさかポケモン側が自分の意思で勝手に交換したことに驚いた審判が、慌てて勝利宣言を残す。その言葉を聞きながしながらインテレオンを戻すボク。

 

「……エルレイド!!」

「……エル」

 

 バトルフィールドに再び姿を現すエルレイド。その表情は顔をうつむかせているため確認できない。

 

 ボクと向き合うように立っているエルレイドが、ゆっくりとボクに向かって歩いてくる。

 

「エル……!」

「……インテレオンのボールが欲しいの?」

「エル!」

 

 視線でインテレオンが入っているボールを欲しいというエルレイド。そんな彼に、インテレオンが眠ったボールをそっと渡す。すると、そのボールをエルレイドが胸にあてた。

 

「エル……」

 

 まるで黙祷をするかのようにそっと呟きながら目を閉じるエルレイド。

 

 ほんのちょっとだけ流れる静かな時間。その時間を邪魔するものはどこにもおらず、3回のダイマックス技によって元の姿に戻ったラプラスも何もせずに見守ってくれていた。

 

 時間にして数秒。けど、何分にも感じたその時間。

 

 その空気を打ち破ったのは当然エルレイド。

 

 満足したのか、ボクにボールを返してくれたエルレイドの表情はとてもすっきりしており、同時に何か強い意志を感じた。

 

「……エル!!」

「……うん!!インテレオンのためにも、絶対に勝つよ!!」

「エルッ!!!」

 

 シャキンと、刃を研ぐような音とともに伸びるエルレイドの肘の刃。それは、インテレオンの遺志を受け継いでより強く、鋭く、長く伸びていた。

 

「……驚いたよ。まさかポケモンが自分から交換をして、あまつさえ盾になりに来るなんてね……」

「ボクもです。こんなにも、この子がボクたちの勝ちを祈ってくれているなんて思わなかったです」

「エル……」

 

 ボールの中で気を失っているであろうインテレオンのことを思いながら、そっとボールをひと撫でする。ジメレオンから進化して、いつもクールな態度であり続けたボクの自慢の仲間の熱い一面を知ることが出来て、どうしても嬉しいという感情が込み上げてくる。

 

 それと同時に、絶対勝たなくてはという使命感も。

 

 それはボクなんかよりも、今目の前で、インテレオンに全てを託されたエルレイドが1番強く思っているはずだ。

 

 1度ボールに戻ったことによって、ダイナックルによる攻撃上昇はなくなってしまった。

 

 一方で、ラプラスにはオーロラベールが展開されており、ブラッキーと合わせてもほとんどダメージを与えることができなかったため、ラプラスの体力はほぼMAX。

 

 お互いを比べて、場の状況も体力も、何もかもが不利な状況。

 

 だけど、そんなことなんてどうでもいい。

 

 今のボクたちには、それ以上に負けられない理由がある。だから……

 

「絶対に、勝ちに行くよ……エルレイド!!」

「……エルッ!」

 

 拳を握りしめ、再び対面する。

 

 思いを背負った、絶対に負けたくない、そんな最終ラウンドが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キョダイセンリツ

完全に某忍者のあれですね。
氷塊が落ちてくるシーンを見て、この描写がどうしても頭から離れませんでした。

ラプラス

種族値を見ると、意外と攻撃と特殊の数値一緒なんですよね。
憶える技が特殊の方が強いので大体特殊寄りですが……
また、キョダイマックスの説明は公式だったりします。
本当に5000人が乗り込んでも平気みたいで、なおかつかなり乗り心地がいいみたいですよ。乗ってみたいですね。

インテレオン

エルレイドへ伝わる意志。




メロンさんが強すぎてやばいです。
これでまだ本気面子じゃないって本当に言ってます?()


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97話

「『れいとうビーム』!!」

「『サイコカッター』!!」

 

 少し水色が混じった光線と、不思議な色をした空飛ぶ斬撃が、両者の間でぶつかり合う。激しい破壊音が響き渡る中、エルレイドはそんなことお構いなしと前に走り出す。

 

 れいとうビームの冷気を突き抜けながら走りだすエルレイドの視線の先には次のれいとうビームを構えているラプラス。

 

「地面に打ちな!!」

「ラァッ!!」

 

 少し自分の体を浮かせながら放ったれいとうビームは、バトルコートを一瞬のうちにアイススケートリンクに作り替えてしまう。

 

「飛んで!!」

「エルッ!」

 

 このまま地面に足をつけていると一緒に凍ってしまうため、すぐにジャンプして回避。地面が凍って、ラプラスのれいとうビームが終わったと同時に地面に着地した。

 

「エルッ!?」

 

 しかし、普通の地面から急に凍った地面に変わったため、氷に足を取られたエルレイドがバランスを崩していしまう。

 

「もう一度『れいとうビーム』!!」

 

 その隙を逃さないために、今度はバランスを崩しているエルレイドに向けて直接放つ。

 

「『リーフブレード』!!『れいとうビーム』を受け止めて!!」

 

 肘の刃から延びる緑色の光をクロスさせて、正面から飛んでくるれいとうビームを受け止める。しかし、そのリーフブレードを伝ってエルレイドの腕そのものが凍り始めようとしいた。

 

「叩きつけて!!」

 

 腕から延びる緑の刃をそのまま地面に叩きつけて、無理やり腕の凍結を抑えながら、氷の破片をあたりに飛び散らせる。そのなかでも、縦長に細く、少し大きな二つの破片に目をつけた。

 

「エルレイド!!その氷の破片を使って!!」

「エルッ!」

 

 ボクの言葉に頷いたエルレイドが、その少し大きな破片を掴み、その破片を()()()()()()()する。

 

「コツは実戦でうまくつかんで!!エルレイド!ゴーッ!!」

「エルッ!!」

 

 そのまま足の下に置いた氷の破片を使って氷上を滑り始めるエルレイド。最初こそ少し危うい場面も見られたものの、かくとうタイプ特有の柔軟な体さばきによってすぐに順応したエルレイドは、モノの数秒後には綺麗に氷のフィールドを滑っていた。

 

「ほんと、バトルよりもコンテスト適正のがあるんじゃないのかって疑いたくなるほどの思考の広さだねぇ……あんたも大概だけど、あんたの指示を実行し切れる手持ちの子たちも大概だよ」

「誉め言葉として受け取っておきますよ。『サイコカッター』!!」

 

 ラプラスを中心に右回りで滑り続けるエルレイドから放たれる虹色の斬撃。滑りながら攻撃を放つエルレイドは、フィギアスケートの演技をしているようで、技を放つたびに体を一回転させている姿は観客の視線をひきつけてやまない。もうこのスケートシューズも手足のように扱うことが出来るだろう。

 

「器用だねぇ。けど、氷のフィールドはあたしの得意分野でもあるんだよ!滑りながら『うたかたのアリア』!!」

「ラアァッ!!」

 

 メロンさんの指示に頷くと同時にラプラスもエルレイドのように滑走を開始。飛んでくるサイコカッターを体を器用に逸らしてよけ、一部はうたかたのアリアで弾き、一部はオーロラベールに防御を任せていく。

 

「『れいとうビーム』!!」

「『リーフブレード』!!」

 

 前を走るラプラスと、それを追いかけるエルレイドの図。その状態で首だけを後ろに回したラプラスがエルレイドの進む先にれいとうビームを放ち、氷の障害物を作り上げていく。その障害物をリーフブレードで切り裂きながら追い付かんと駆けるエルレイドにさらに指示を出す。

 

「『サイコカッター』!!」

「『10万ボルト』!!」

 

 ラプラスの背中めがけて飛んでいく虹色の斬撃は、しかしラプラスを中心に放たれる電撃によって四方八方に散ることになる。しかし、ラプラスとの距離は着実に迫っており、エルレイドの拳が届くのも時間の問題だ。

 勿論それを理解しているメロンさんは、追い付かせないために次の手を打つ。

 

 全てのサイコカッターを散らしたラプラスは、その場で急旋回してエルレイドと向き合う形を取り……

 

「『ぜったいれいど』」

「ッ!?下がって!!」

 

 ラプラスを中心にすべてを凍結させる氷が展開されたため慌てて下がる指示を下す。

 

 当たればその瞬間負けの大技を躊躇なく放ってくる。

 

 ぜったいれいどなどの大技は強力すぎる技故ためが必要となり、予備動作がわかりやすく技の軌道も読みやすいため避けることは物凄く簡単だったりする。しかし、だからと言って恐くないわけではない。むしろ、ここまでの戦いを繰り広げているのにこの技に当たったらその瞬間負けが確定する。そんなものをいきなり打たれたら、確かによけることは簡単でも心に絶大なプレッシャーがのしかかる。

 

(長期戦をしてオーロラベールが消えるをの待つことも考えたけど、ぜったいれいどの圧力が強すぎてこっちが先に音をあげちゃう!!やっぱりすぐに倒さないと絶対に負ける!!)

 

「ラプラス!回りながら『うたかたのアリア』!!」

 

 ぜったいれいどをよけるにあたって再び開いた距離を活用して、今度は泡の弾幕をその場で回転しながら展開するラプラス。

 

 ラプラスを中心に渦を巻くように放たれたうたかたのアリアは、エルレイドを横から弧を描きながら殴るような軌道を描いて次々飛んでくる。地味に速く、そのうえ変わった軌道を描いてくるため、目で見て避けるのが物凄くやりづらい。しかも、ご丁寧にうたかたのアリアの泡が、全部サイズばらばらなせいで遠近感もつかみにくい。

 

「『リーフブレード』で切り裂いてガード!!」

 

 避けるのをあきらめて、自分に当たりそうと判断したら切り裂くように思考をシフト。エルレイドに飛んでくる泡の弾幕を、次々と切り裂いて道を切り開く。泡と泡の間を滑りながら、自分に当たりそうなものは切り裂いて、再びラプラスとの距離をじわりじわりと縮めていき……

 

「ラプラス!回りながら今度は『れいとうビーム』!!」

 

 かと思えば今度は横なぎのれいとうビームが飛んでくる。地面付近を浮かぶうたかたのアリアなんてお構いなしに薙いでくる凍てつく光線は、泡を固めて落としながらエルレイドにむかって飛んでくる。当然その技をよけるにはジャンプするしかない。

 

 地面を滑りながらタイミングを見計らって空中に浮かびあがるエルレイド。しかし、空中に浮かべば当然取れる行動は限られる。

 

「『うたかたのアリア』!」

「『サイコカッター』!!」

 

 そこを狙って飛んでくる泡の弾幕。それに対してこちらも斬撃の弾幕で対抗する。空中で弾ける水が周りを彩る中、エルレイドの高度が少しずつ下がっていく。

 

「『れいとうビーム』!!」

「足の氷を飛ばして!!」

 

 その着地地点を狙った攻撃に対し、エルレイドは足につけていた氷を飛ばして相殺。すぐさま凍ったうたかたのアリアの陰に移動して、その氷を削って新しいスケートシューズを作って再び走り始める。

 

「今度はこっちから仕掛けるよ!!エルレイド!氷を飛ばして!!」

 

 ボクの指示に頷いたエルレイドが、凍って止まったうたかたのアリアをラプラスの方へ殴って飛ばしていく。氷の地面を滑りながら次々とラプラスに向かって転がっていく様は、向こうの視点からしたらなかなかホラーだろう。

 

「地面に『れいとうビーム』!!」

 

 一方ラプラスは、地面にれいとうビームを打って氷の壁を急遽作り上げるものの、ぶつかってくる氷の塊が多すぎて防ぎきれていない。急造故の脆さによって次々と壁が崩れていく。しかしメロンさんの目的はこれで防ぎきることではない。

 

「『ぜったいれいど』」

 

 氷の壁によってエルレイドが飛ばした氷の球が一か所に固まったのを確認して放たれる絶氷。転がってくるすべての氷をさらに固めて、そこから動かなくされてしまう。

 

「これも全部止められちゃうのか……なんて冷気」

 

 冷気の強さに思わず舌を巻くけど、予想できなかったわけじゃない。

 

「エルレイド!『インファイト』!!」

「エルッ!!」

 

 固められた氷の山に向かって叩きつけられるエルレイドの拳の嵐。氷を砕く音がどんどん響き渡り、ラプラスによって固められた氷の山が少しずつ浮きはじめ……

 

「殴り飛ばせ!!」

「エェェ、ルゥッ!!」

 

 完全に浮いたところでエルレイドによる最後の一撃。ラプラスによってさらに大きく固められた氷の山が、地面を滑りながら再びラプラスに迫っていく。

 

「くっ、『れいとうビーム』!!」

 

 ぜったいれいどでは間に合わないと判断したメロンさんが、少しでも威力を下げるためにれいとうビームを行うものの、氷の質量が大きすぎて抑えきれない。そのまま氷の山に押し流されるように、バトルコートの壁際までラプラスが押され、激しい音を立てながら氷の山とバトルコートの壁の間に押しつぶされる。

 

「ラプラス!『10万ボルト』!!」

 

 氷の山が壁とぶつかることによってようやく氷の山がその動きを止めたところで、ラプラスから放たれる電撃。氷の山を砕きながら放たれたその技によって、壁とサンドイッチされていたラプラスが自由の身になる。

 

「大丈夫かい、ラプラス」

「……ラァ!」

 

 元気に声を上げるラプラスだけど、流石にダメージが大きいのか少しだけふらついている。いくらオーロラベールに守られているとはいえ、流石にあの質量の氷につぶされるのは許容量を超えたダメージだったらしい。

 

(むしろこれでノーダメージだったらこっちの心が折れちゃうけどね)

 

 ようやく取れた大きなダメージ。しかし、当然こうなればメロンさんもやり返すために大きく動き始める。

 

「さて、やられたらやり返さないとね……ラプラス!『うたかたのアリア』!!」

 

 再びあたりに撒かれる大きな泡の弾幕。今度は渦を巻くようにではなく、エルレイドを直接狙うものもあれば、エルレイドの周りに配置するように展開されるものもあり、何かの前準備だということを嫌でも理解させられる。

 

「今度は回りながら『うたかたのアリア』をしな!」

 

 次いで前に走りながら回りだし、再びうたかたのアリア。先の行動で配置されたうたかたのアリアの間を縫うようにして、今度は横なぎの泡が飛んでくる。最程よりも密度が濃く、さっき配置された泡のせいで動ける場所も限られているために避けるのが凄く難しい。けど、避けられないわけじゃない。

 

「エルレイド!まだ対応できるよね?『リーフブレード』!!」

「エルッ!!」

 

 ボクの言葉に頷きながら緑の刃を構えるエルレイドは、増えた弾幕にも臆さずに果敢に前進していく。掠る回数は確かに増えてきたけど、まだまだ許容範囲。だからと言ってこれ以上削られるわけにはいかないため、この弾幕を早急に突破する必要がある。

 

 ラプラスとの体力差は、先ほどの氷の山の攻撃でほぼなくなりはしたけど、もともとの耐久面がこちらが不利のため、体力に関してはむしろ勝っている状況にしないと話にならない。

 

 やはり攻め落とすしかない。

 

 滑りながら次々と泡の弾幕を切り落として前に進むエルレイド。うたかたのアリアではもう止まらない。このままいけばエルレイドがラプラスの懐に入るのは時間の問題。それに対するメロンさんの回答は電撃。

 

「『10万ボルト』だよ」

「避けて!!」

 

 ほとばしる電撃。エルレイドをめがけて飛んできたそれは、しかし、それすらもリーフブレードでいなし、滑り、駆け抜けていく。れいとうビームでも10万ボルトでももう止まらない。長くラプラスの攻撃を見続けたせいもあってか、目が慣れたためどんな攻撃が来ても大方さばけるようになってきている。

 

 目の前にある泡を切り、飛んでくる電撃を横に飛んで避け、次の泡の下をスライディングのような体制で潜り抜けてとにかく前へ。ラプラスから飛んでくる電撃の量も増え始めるけど、、それすらも華麗にさばいていくエルレイド。

 

 もうラプラスは目前。しかし、そんなエルレイドの進撃が()()()()()()()()()()()()止められる。

 

「エルッ!?」

「なっ!?」

「『れいとうビーム』!!」

 

 突如奇襲する形で飛んできた電撃にダメージを受けてバランスを崩すエルレイド。その隙を逃さずに飛んでくるれいとうビーム。何とかリーフブレードで受け流して、すぐ横の泡にぶつけるものの、どこからともなく飛んでくる電撃によって再び打ち抜かれてしまう。

 

(いったいどこから飛んできてるの……?)

 

 技の出所を見つけるためにあちらこちらと視線を移していると、ふと視線を黄色い閃光が横切った。

 

「なっ!?」

 

 その閃光を追いかけて見た先には帯電した泡があり、帯電した泡から泡へとどんどん電撃が伝っていっていた。さっきまで放っていた10万ボルトはエルレイドを狙っていたものではなく、浮かんでいた泡に向かって打ったものだった。

 

「エルレイド!!横の凍った泡を使って!!」

 

 泡から泡への伝導を利用して四方八方から飛んでくる電撃の雨。どうやら帯電している泡同士の間に電気が順番に通っていく仕組みみたいらしく、エルレイドが電撃を貰ったタイミングも帯電していた泡と泡の間に立っていたタイミングだったらしい。

 

 真正面のれいとうビームと合わせて一気に密度が濃くなった敵の弾幕に対して、こちらは先ほどれいとうビームを逸らしたことによってできた氷の泡を、少しだけ穴をあけて、その中に潜り込むことによってやり過ごす。

 

(これで一時的に攻撃から身を守れる……けど……)

 

 伝わってくる電撃と氷の光線。この攻撃をどうにかしないとラプラスに近づくことすらできない。

 

(かといって、今外に出ても間違いなく集中砲火を喰らうだけ。何も対策してないとまた電撃を貰ってしまう)

 

 れいとうビームは基本的に真正面からしか飛んでこないため、絶対に貰わないように意識して行動できるけど、さすがにいろんな方向から飛んでくる10万ボルトまでケアするのは不可能だ。絶対にどこかで被弾するだろうし、何より10万ボルトの追加効果であるまひ状態になってしまったらいよいよゲームオーバーだ。

 

(泡から泡へと伝わる電気を避けながらラプラスに近づく何かを考えないとダメだ。じゃないと何も出来ない!!かといって、今エルレイドが覚えている技でこの状況を打破できるものもないし……)

 

 現在進行形でれいとうビームによってどんどん氷の中に閉じ込められて初めているため、10万ボルトこそ受けないものの、周りを凍らせて氷に押しつぶされる可能性が出てき始め、時間をかけるわけにはいかなくなってきた。かといって、右も左も帯電した泡があるため、いつこれらが帯電してきてもおかしくない。

 

(右も左も動くのが怖い……けど動かないとそれはそれで押しつぶされる……)

 

「さあ、どんどん追い詰めていくよ……」

 

 いつになく鋭い視線を向けてくるメロンさんに少し押されそうになる。焦る心に比例するかのようにエルレイドが入っている氷もみしみしと音を立て初め、氷の破片が宙を舞い始める。その様子を眺め……

 

(……違う!まだ動ける場所がある!!)

 

「エルレイド!!『インファイト』を今自分が隠れている氷と地面に向かって打ちまくって氷の破片を空へ打ち上げて!!」

「エル!!」

 

 氷を殴る音が響き渡り、エルレイドが入っている氷と地面が派手にはじけ、空中に大小さまざまな氷が舞う。その結果、自分を守るものがなくなったため、エルレイドに向かって攻撃が集中し始める。

 

「エルレイド!!空!!氷の破片を使っていって!!」

 

 その攻撃を飛ぶことによって回避し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()駆け回る。

 

「今度は空かい!『れいとうビーム』!!」

 

 空を駆けるエルレイドを落とそうと、慌てて空に攻撃をするラプラスだけど、うたかたのアリアが地面付近にしかないため、10万ボルトが飛んでこないこの場所ならラプラスの攻撃をいなすことは難しくない。

 

 れいとうビームをすべて避け、空中から一瞬でラプラスへのアプローチをかけていくエルレイド。縦横無尽に駆け回っているため、なかなかとらえることが出来ず、ラプラス側にも焦りが見え始める。

 

「ラプラス!!」

「……ラァッ!!」

 

 メロンさんの言葉を聞いてれいとうビームをやめるラプラス。恐らく、飛び込んでくるであろうエルレイドに対して迎撃の手を取るつもりでいるんだろう。だとすれば、構えているのは10万ボルトかぜったいれいどか。どちらにせよ、今この瞬間しか攻撃するチャンスはない。じゃないと次にまた空から攻める時はさすがに対処されてしまう。

 

(だから、ここで決め切る!!)

 

 ラプラスの周りに集まり始める冷気。それを見て、相手が構えている技がぜったいれいどであることを予想する。このまま攻撃すれば、攻撃前に絶氷にてこちらが倒されててしまう。

 

「氷を打ち出して!!」

 

 それに対して、空中に浮かぶ氷の破片を思いっきり蹴って、ラプラスの頭にぶつける。

 

「ラァ!?」

「ラプラス!?」

 

 氷をぶつけられてしまったことによって怯んでしまい、ぜったいれいどが中断される。ひとまずこれでエルレイドの技の方が先にあてられる。対するラプラスは、ぜったいれいどが間に合わないと判断した瞬間すぐさま別の技に変更を準備する。オーロラベールによって何とか一撃耐えて、返しの10万ボルトでこちらの動きを止め、一気に押し返す。そんな作戦を考えているはずだ。確かにかなり削っているとはいえ、まだまだ体力に余裕のあるラプラスなら耐えきることは全然できるし、返しの10万ボルトでこちらのペースを奪うこともできる。先ほど言った通り、まひが追加で入ろうものならそのままゲームセットだ。

 

 だけど、それはあくまでもこちらの攻撃を耐えることが出来ればの話。

 

 確かにオーロラベールによってこちらの攻撃は半減されるため、インファイトをもってしても耐えきられるかもしれない。ボクならさらに自分からわざと後ろに飛ぶことによって衝撃を逃がし、相手の攻撃を耐えながら反撃しやすい展開を作ると考えるし、メロンさんもそう考えているはずだ。

 

 ラプラスとの距離が縮まる中、ラプラス自身からほとばしる電撃。10万ボルトで反撃する兆しが見えた。逆に言えば、エルレイドが一撃当てるまで攻撃が来ないことが確定した。

 

 オーロラベールを突破できなかった場合、エルレイドが電撃を喰らって倒れることになるけど、オーロラベールさえどうにかできればこちらが勝てる。そして、その技をエルレイドは覚えている。

 

「エルレイド!!『()()()()()』!!」

「っ!?」

 

 メロンさんの表情が変わる。

 

 かわらわり。

 

 普通に戦う分にはちょっと威力が控えめなかくとう技でしかない。しかし、この技には一つ大事な効果があり、それがリフレクターやひかりのかべ、オーロラベールと言った、威力を減少させる壁を無効化し破壊する効果。普段は威力が低い代わりにこういった状況では全く威力を減少させることが出来ない頼もしい技。

 

 オーロラベールをキョダイセンリツで張られることは最初から分かっていた。だからこそボクはこの技をここまで隠してきた。

 

 10万ボルトをカウンターで出そうと構えていたため、今から無理やり発射は間に合わない。

 

「エルッ!!」

 

 白く光るエルレイドの手刀がラプラスに直撃し、同時にラプラスを守るオーロラが割れる音が鳴り響く。

 

「ラァッ!?」

「ラプラス!!」

 

 予想以上に大きなダメージを受けてしまったため、ラプラスが大きくのけぞり、反撃用にためていた10万ボルトさえも霧散した。

 

 絶好のチャンス。ここで倒し切る!!

 

 

「エルレイド!!『インファイト』!!」

 

 

「エエェェェェッ、ルウゥゥゥッ!!」

 

 

 とてもとても遠かったラプラスの懐。何回も潜ろうとしてそのたびに跳ね返されて、やっとたどり着いたその場所に、エルレイドが歓喜の感情を昂ぶらせながら両の拳を全力で叩きつける。観客席を突き抜けて、スタジアムの外まで響いているんじゃないかと勘違いするほどその大きな打撃音は、何秒も何十秒も続く。

 

 それでも頑張って耐えようとするラプラスの表情を見つめ、これで倒れてくれと必死に願う。そして……

 

「エッ、ルゥッ!!」

 

 エルレイドの最後の一撃とともにラプラスが大きく後ろにのけぞらされた。

 

 全員の視線がラプラスに集まっていく。

 

 ここまで3回もインファイトを行ったため、能力もスタミナもかなり削られたエルレイドも、ボクの近くまで下がったのちに膝をついた。万が一にもこれを耐えられたら、おそらくエルレイドはかなり厳しい。

 

(だから頼む……これで倒れてくれ……!!)

 

 そんな願いをエルレイドとしていたその時、首をのけぞらせていた状態で止まっていたラプラスがようやくその首を動かし始める。

 

 ゆっくりと元の位置まで顔を戻し、こちらをにらみつけるラプラス。

 

(耐えられたか……)

 

 ボクとエルレイドがそう思い、苦しいけど、まだまだ戦う意思を見せようとしたとき……

 

「ラ……ァ……」

 

 ラプラスがその巨体を地に沈めた。

 

 

『ラプラス戦闘不能!!勝者、エルレイド!!よってこの戦い、フリア選手の勝利!!』

 

 

「……はぁっ……終わった……」

「エルゥ……」

 

 降りしきる大歓声の中、エルレイドと一緒に大の字で寝るボク。

 

「……仇、とれたね」

「……エル」

 

 お互い疲労困憊で、少し動くのも億劫だった。

 

 それでも勝った喜びを分かち合うために、ボクはそっとエルレイドと拳をぶつけた。

 

 その時に聞こえたこつんという音は、不思議とボクの体の奥底まで響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイススケート

アニポケでサトシVSウルップにて、ゲッコウガが行っていた戦法ですね。
あのくるりと回転しながらみずしゅりけんを投げるシーンがかっこよくて好きです。

ラプラス

戦い方が完全に泡狐竜ですね。
回転しながら泡を出すなんてまさしくそうです。
いずれ天眼ラプラスとか現れるんですかね?()

10万ボルト

帯電しているもの同士で電線が引かれるのは、ピクミンのエレキムシだったり、単純に某引っ張りハンティングの友情コンボだったりといろんなところから。
うたかたのアリアに閉じ込めて電撃を当てるなんて戦法も思いつきましたが、今回は断念。

かわらわり

まあこの技は必要でしょう。
ちゃんとイワパレス戦の時点で使っていたので、今回の展開は予想しやすかったのではないでしょうか。




アニポケでセレナさんが出ましたね!!
終始キャーキャー言いながら見てしまいました。
他にも懐かしい要素が多くてとてもよかったです。
またがっつり出てきてほしいですね。


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98話

 地面に寝そべっているボクたちに降り注ぐ惜しみない拍手。まるでひとつの大きな舞台を終えた役者の気分になってしまいそうなその状況を、しかしこのままではメロンさんに対して失礼なので何とか頑張って体を起こす。

 

「エル……ッ!?」

「エルレイド……」

 

 立ち上がったボクに倣ってエルレイドも立ち上がろうとするものの、ここまでのダメージの積み重ねと、バトルが終わったことによる緊張感からの解放によってうまく力が入らず、また地面に突っ伏してしまう。

 

「無茶しなくていいよ。本当にありがとう。ゆっくり休んでね?」

「エル……」

 

 少し申し訳なさそうな顔をしながらも、おとなしくボクの言葉に頷いてくれたエルレイドが、モンスターボールから伸びたリターンレーザーにあたってボールに戻っていく。そんなやり取りをしている間にいつの間にか近づいてきたのか、ボールを腰に戻して顔を上げれば、目の間にはメロンさんの姿。

 

「おみごとだったよ。さすが注目選手。そんでもって、あんたのエルレイドにはちょっと悪いことをしちゃったね。ジムリーダーとしてチョイと恥ずかしいことをしちゃったよ。穴があったら入りたい、いや、この場合は落ちてしまいたい、かしら?」

「いえ、おかげでエルレイドも物凄くやる気になりましたし、自分の力を存分に発揮できる機会に出会えたので結果的には……それに、ジムリーダーの間でいろいろ話にあがっているみたいなので……」

「今やジムリーダーがおろか、このジムチャレンジを見ている人たちも気にしているからねぇ……」

「そんなに大きくなっているんですね……」

 

 自分の知らないところでどんどん話が大きくなっているのがちょっと怖い。ボク個人としては隠している気は一切ないし、単純に出すタイミングがないだけなのでそんなに期待されてもとは思ってしまう。勿論、ヨノワールの実力に関してはボクが一番信頼している相棒だから、繰り出せばそれ相応の盛り上がりは約束してあげられはするんだけど……

 

「ま、それだけの実績をのこしてて結果を見せつけてくれているから期待しちゃうのさ。あたしも同じだったからね」

「うう……緊張……」

「ふふふ、そういう人間臭い所も人気な理由なのかもしれないね。見ていて凄く身近に感じるよ」

「嬉しいような、違うような……」

 

 なんか素直に受け取っていいのかどうか怪しい言葉。勿論メロンさんは褒めてくれているんだろうけど、すこしだけ複雑な気分だ。

 

「とまあ、無駄話はこのくらいにしようか。あんたのような若く才能あるトレーナーならこのバッジも似合うだろうさ」

 

 そう言いながらメロンさんが懐から取り出したのは、このジムチャレンジにて6番目を担うバッジ。

 

「ぴかぴかのこおりバッジだよ」

「……ありがとうございます!」

 

 リングケースを埋めるひとかけらでしかないのに、確かな重みを感じるそれをしっかりと受け取る。

 

「これで6つ目……もうちょっとだね」

「ですね……」

「あんたがシュートスタジアムに辿り着くのを、楽しみにしているよ」

「はい!!」

 

 元気よく返事をしながらリングケースにバッジを埋める。

 

(あと、2つ……)

 

 いよいよ見えてきたジム巡りの終わり。けど、メロンさん相手にここまで苦戦を強いられた。

 

(次は……冗談抜きにそろそろ考えてもいいかもしれないね……)

 

 決して手を抜いているわけではないんだけど、それでもジムリーダーたちもボク相手ならということでどんどんリミッターを外している節がある。

 

(今までだって全力で戦ってきた。けど、そこまでしてくれるなら、こっちだってもっと考えないと失礼だよね)

 

 ボクの目線の先にはいまだにガラルのジム戦で開かれたことのないボール。

 

 ボクが小さいころからずっといた相棒。

 

 そのボールにそっと触れる。

 

『フリア~!!』

「ん」

 

 そんな時にかけられた後ろからの声。そちらに振り向くと、こちらに向かって大きく手を振るユウリたちが目に入る。みんな笑顔でこちらに手を振っているあたり、ボクの試合を楽しんでくれた且つ、あとから合流したクララさんも含めて全員クリアできたという事だろう。

 

(これは、今日はちょっとしたパーティかな?となると、腕によりをかけないとね)

 

 ホテルに戻ったら行われるであろう祝勝会。

 

 皆でまたわいわいするあの時間を楽しみにしながらボクも手を振り返し、控室へと足を運ぶ。

 

 その足取りは、自分でもわかるくらい嬉しさで弾んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「かんぱーい!!」」」」

 

 とあるお店の一角にて響く、何かを祝う楽しげな声と、ガラス同士を軽くぶつけた甲高い音。ひとつのテーブルに6人で座り、楽しそうに会話をするみんなは傍から見ていても楽しそうで、眺めているだけでこちらもほっこりしてしまうような、そんな賑やかな空気が流れていた。

 

「なんか、ありがとうございます。あと、すいません。急に奢ってもらう形になっちゃって……」

「いいのいいの。今日はいいバトルを見せてもらったし、そのお礼ってことで、ね?」

 

 そんな盛り上がっているメンバーの1人であるボクは、みんなの乾杯の影で、目の前に座っているソニアさんにお礼を述べていた。

 

 あれから控え室で着替え終わり、みんなと合流したボクは、バトルコートで予想していた通りみんなで祝勝会をあげようという話になった。当初の予定ではホテルの部屋に戻って、ボクが色々な料理を出してみんなでワイワイしようという話になったんだけど、そんなのことを話しているときにボクたちに近づいてきた影がひとつ。とまあ、もったいぶった言い方をしちゃったけど、その影の正体がソニアさんだった。

 

 マクワさんの試合を見た後に予約を取っていたソニアさんだったんだけど、ユウリ達の近くにいなかったのは、ユウリたちはすでにクリアしたジムチャレンジャーとして関係者席から観戦していたため。ソニアさんは関係者じゃないから予約しないとみれないし、予約した席がどうやらユウリ達と遠かったらしく、だから終盤になってもソニアさんの姿が見えなかったというわけだ。そんなソニアさんが、ボクたちが合流したところに遅れて合流をしたことでようやく全員集合。一緒に席で応援こそできなかったものの、それでも最後まで見てくれていたソニアさんが、『ボクたちの試合を見て物凄く感動したし、熱くさせてもらったからそのお礼をさせて欲しい』と提案してきた。とはいえ、こちらの人数は5人。奢ってもらうにしては、些か人数が多い気がしたんだけど……

 

『こういう時くらい素直に甘えなさい』

 

 との言葉を頂いたので、ここまで言われると断る方が失礼な気がし、素直に受け取ることに。

 結果、キルクスタウンで1番美味しいと言われるお店の、『ステーキハウス おいしんボブ』にて、ソニアさんの奢りで祝勝会が開かれることとなったという訳だ。

 

 ボクたちにここまでしてくれる事に感謝する気持ちと、ちょっとお世話になりすぎているのでは?という気持ちが混じって、少しだけ複雑な気分。

 

(後でポフィンのお礼くらいは渡しておこうかな……?)

 

 祝勝会で使う予定だった食材が余ってしまったので、これくらいのお返しはしてもいいよね?と頭に思い浮かべながら、ボクもみんなに習ってきのみジュースが注がれたグラスをみんなと当て合う。そのままグラスを口につけ、中の液体を口の中に注ぐと、オレンのみ特有の色々交じった不思議な味と香りが広がり、しかししつこくなく、サラッと頂けるジュースに舌鼓を打つ。

 

 ステーキハウスと言うだけあってもちろん主役はステーキなんだけど、ステーキ以外のものにもしっかりと拘っているのがよく分かる。このお店に来ること自体は初めてではないんだけど、何回来ても飽きることはないだろうなという謎の確信があったり。

 

「相変わらずここはお肉以外も美味しい~」

「本当に美味しいよな。フリアといい勝負してるぞ……」

「ちょ、ちょっと、そんなに持ち上げないでよ」

 

 ボクの右に座るユウリと、ユウリの向かいから聞こえるホップの声にちょっと恥ずかしさがこみあげてくる。流石にプロ相手になるとボクの腕も通用しないと思っているからここまで持ち上げられると心に刺さるものがある。

 

 ちなみに今更になるけど、席順はボクを壁際に右にユウリ、マリィと並び、それぞれの向かいに、ソニアさん、ホップ、クララさんという順に座っている。通路側はマリィたちの方なので、何が言いたいかというと、ユウリとホップからの褒め殺しを逃がす方向が存在しないというわけで。

 

「ほんと、褒められているときのフリアの反応は面白いわよね」

「う、うるさいですよ……全く」

 

 ソニアさんもジュースを飲みながらこちらをからかうように笑ってくる。その笑顔がまた楽しそうなせいでどうにも否定しづらいのが困ったところだ。

 

「そ、そんなことよりも!!ソニアさんの方こそ、研究の調子はどうなんですか?」

 

 仕方ないので苦し紛れの話題転換。とはいうものの、ボク個人としても、ソニアさんがここに訪れた理由は既に知っているうえ、今ちょっと行き詰っているっぽいというのも知っている。そのため、今ここで改めて情報を整理して誰かに話すことによって、また新しい発見ができるんじゃないかな?ということは少し頭の中にあったりする。

 

 ボクの意見も聞きたがっていたし、ボク自身も少し気になっていたのでちょうどいいのではないだろうか。

 

「ああ、その事ね……」

 

 ボクの言葉を聞いて少し表情を硬くするソニアさん。その姿を見るだけで、進捗としてはあまり芳しくないということが見て取れた。

 

「伝承以上のことは何もわからなかったわ……単純に大きな戦いによってできた傷を癒すためにこのお湯に浸かったってだけ……」

「そうですか……」

 

 ソニアさんから聞けたのはボクも既に知っている情報だ。ソニアさん自身もこれくらいのことならボクも知っているとわかっているはずだし、そのうえでこのことを改めて伝えてくるということは、本当に収穫がなかったという事なんだろう。

 

「ま、強いてあげるなら、この『英雄の湯』って今でもポケモンしか入ることが出来ないでしょ?ってことは、やっぱり剣と盾を表す英雄って、ラテラルタウンにあった石像のようなポケモンなんじゃないかってことがより強く裏付けされていることになるとは思わない?」

「確かに……」

 

『英雄の湯』はポケモンしか浸かることが出来ない。そしてその英雄はこの温泉に浸かって傷を癒した。ということは、ブラックナイトを止めた英雄は自動的にポケモンということになる。と、なればエンジンシティで見たあの像は偽物ということになるし、ラテラルタウンで見つけたあの石像の信憑性が上がるという事だ。

 

「過去の証拠と合わせたらこういう考察が自然とできると思うの。そういう意味では、この『英雄の湯』を調べた価値はあったのかもしれなわね。現に、英雄の正体がポケモンである可能性がぐんと上がったわけだし」

「ですね!!」

 

 隣でジム戦のことでああだこうだと盛り上がっているユウリ達をちょっと置いてけぼりにしているような気がしなくもないけど、少なくともユウリとホップは片耳でこちらの話も聞いているらしく、マリィとクララさんの言葉に返事を返しながらも、ちょくちょくこちらに視線を向けていた。その証拠に、話にはちゃんとついてこれているみたいだし、なんなら次の言葉はユウリから発された。

 

「ということは、もしかしたら今までの情報も改めて考えてみたら今回みたいに推理できる部分もあるんじゃないかな?」

「確かに、ラテラルタウンとキルクスタウンの情報で英雄がポケモンである説が裏付けされたのなら、他のことも考えられそうだぞ」

 

 ユウリとホップの言葉に確かにと頷きながら、ソニアさんが今まで調べたことがまとめられているのであろうノートを取り出しながら今までの情報を振り返る。

 

「まずはエンジンシティの『英雄の像』。次にターフタウンの『地上絵』、その次がナックルシティタペストリーで、次にラテラルタウンに隠されていたポケモンの像。そして最後がここ、キルクスタウンの『英雄の湯』よね」

 

 今まで巡ってきた場所をひとつずつ口に出しながら改めて情報をまとめるソニアさんと、それを見守るボクたち。

 

「とりあえず最初の『英雄の像』に関しては嘘の伝承である可能性が高いってことでいいと思うからスルーして……」

「地上絵については何かわかったことはあったのか?」

 

 ホップの質問に対して難しい顔を変えることなくソニアさんが回答をする。

 

「そっちもあまり情報がないのよねぇ……おそらく、ブラックナイトがどういうものかというのを表した絵ということはわかるのだけど……」

「それなら、ナックルシティにあったタペストリーの方がより詳しく、綺麗に描写していたよね?」

「そうなのよね……」

 

 そんなソニアさんの言葉に対してユウリが補足を入れて、その捕捉にソニアさんが頷く。実際にユウリの言う通りで、正直ターフタウンで得られる情報はかなり少なく、せいぜいが、厄災の内容がダイマックスポケモンの暴走かもしれないというくらいで、正直それくらいならぱっと見で予想できるし、知りたいのは英雄についてなので、どちらかというと解決した側の情報の方が欲しい。となると、事件そのものが描かれた地上絵の方は、勿論大切な情報ではあるんだけど優先度は少し下がってしまう。

 

「となると、やっぱり大事なのはタペストリーの内容ってわけね……」

「なあなあ、結局タペストリーってどんな奴だったんだ?」

「あ、そっか……ホップだけは知らないんだっけ」

 

 とりあえず情報の中でもどの情報が重要なのかの優先度を確認していたところにかかるホップの声。確かに、今話し込んでいるメンバーの中で、唯一ナックルシティのタペストリーを見ていない人物なので、ボクたちの話について疑問を浮かべるのは至極普通だ。

 

「大きな掛け軸みたいなものが4つ並んでいて、それぞれ起承転結を表すかのようにストーリー順に並べられていたわね」

「ボクたちの身長を遥かに超える大きさだったから、それはもう圧巻だったよ」

「ほんと、思わず固まっちゃうほどだったもんね」

 

 今思い出しても蘇るあの感覚はなかなか忘れることが出来ないものだ。

 

「そんなに凄いのか……なんかオレも気になってきたぞ……」

「その点については大丈夫よ。もしこのままジムチャレンジを順調に進み続けることが出来たなら、絶対にその目で見ることになるわ。なんせ、ナックルジムのジムミッションは宝物庫でやるのが一種のお決まりみたいなところがあるし」

「だとしても、オレは今この瞬間知りたいぞ」

 

 ここにきてホップからの猛烈なアピールに思わず苦笑いが浮かんでしまうボクたち。でも、ボクがホップの立場なら間違いなく気になっただろうからあまり咎められない。仕方ないので、せめて似たようなもので表現できればいいなと思い、店に飾られているものに順番に目を向けてみる。というのも、どうやらこのステーキハウス、内装にもかなりこだわっているらしく、お店の壁や、かけてある絵、飾っている物など、よくよく見れば少し年代を感じるというか、趣があるというか、昔の空気をそこはかとなく感じるデザインとなっている。もしかしたら、あのタペストリーと似たような絵もあるかもしれないと思い見渡した結果、一つの絵が目に入った。

 

「あ、ちょうどあんな感じの絵だよ」

「ほう、あれがそうなのか?」

「確かに、あの絵はナックルシティにあったタペストリーの絵の雰囲気とそっくりだね」

 

 ボクが指を差した方をソニアさんたちも目線を向けて確認する。その先にはユウリの言った通りあの時見た絵のそっくりなものがかけられており……

 

「……え、ちょっと待って?」

 

 しばらく眺めて、ソニアさんが待ったをかける。

 

「ごめんなさい、ホップにクララ、ちょっと動いてもらってもいいかしら?」

 

 通路に行くのに塞いでしまっている2人に動いてもらい、すぐさますぐさま絵に向かうソニアさん。そして……

 

「これ、似てるなんてものじゃないわ……5枚目のタペストリーよ!!」

「「「え!?」」」

「「???」」

 

 ソニアさんの言葉にボクたちは思わず声を上げ、ボクたちの話をあまり聞いていなかったマリィたちはハテナをうかべた。席順的に仕方なかったとはいえ、このまま話を進めるのは可哀想ということで、ユウリが1から説明してあげている間に、ボクたちはソニアさんと壁にかけられている絵を確認する。

 

 ナックルシティの宝物庫で見たものと比べると、半分以上が燃え尽きてしまったのか、かなり短い部分しか残されておらず、また保存も綺麗に行うことが出来なかったのか、所々煤みたいな黒ずんだものが付着しており、とてもじゃないけど綺麗とは言えない状態でかけられていた。しかし、幸いにも絵に内容を理解できるくらいには汚れは酷くなかったため、歴史的な資料としてはまだまだマシな方なのでは?と思う。中には風化しすぎて本当に解読不可能なものもあるしね。

 

 肝心の内容の方なんだけど、剣と盾、それぞれの絵が書かれたお墓のようなものが並んでおり、その前に2人の若者が悲しそうな表情で立っていた。これが宝物庫にあったタペストリーと繋がっているのだとすれば、おそらく時系列的に4枚目の後のお話になると思われるんだけど……

 

「なんだかお墓みたいだな……もしかして、英雄って死んじゃったのか……?」

「もしくは封印されたか、ブラックナイトとの戦いが激しすぎて、力が残っていなかったから自分から眠りについたのか……」

「役目が終わった以上、することはもうないですもんね。死んだと考えるよりも、眠りについたという考えの方がしっくり来ます」

 

 もし死んでしまったのならもっとたくさんの人に弔われているだろうし、若者2人ももっと悲しそうな表情で描かれていただろう。絵柄を見た感じ、ひっそりとしているところもあまり死亡説を抱かせない理由なのかもしれない。

 

「じゃあ眠りについたとして、一体どこで眠ったのかしら?」

 

 ソニアさんの言葉にうーんと唸るボクとホップ。さすがにどこで眠ったかとなるとちょっと情報が少なすぎる気もしなくもない。強いて言えば、絵の上部に書かれているアーチのようなものがその場所の目印になりそうだけど、これだけで特定するにしてはガラル地方は広すぎる。

 もしかしたら燃えてなくなったした下側になにか答えがあったかもしれないけど……

 

(せめてエイチ湖とかリッシ湖みたいに、連想できる言葉の名前がわかりやすくついていれば……)

 

 知識を司るユクシーがいるから叡智(エイチ)、意思を司るアグノムがいるから立志(リッシ)、みたいに、そこに住むポケモンを表す言葉が地名にあればかなりわかりやすいんだけど、残念ながら英雄に関するものは逆に多すぎて絞りきることが出来ない。ガラルに伝わりすぎてそこかしこで英雄の名前が出てくるため候補地が多すぎるのと、英雄の2文字が持ち上げられすぎて剣と盾に関するものがないのが余計に候補地を絞らせなくしている。やっぱりこれだけで絞るのは難しそう……

 

(いや、ある)

 

 そこまで考えて頭に過ぎるひとつの土地。

 

 眠りを表す土地がガラル地方にひとつ。

 

 それはボクがユウリたちと初めて会った場所で、何よりもあの圧倒的なプレッシャーを放ったポケモンを見た場所だ。

 

「「「まどろみの森!!」」」

 

 ボクとユウリとホップの声が重なる。

 

「……そういえば、あなたたちがラテラルタウンにあった石像に似たポケモンと出会ったのもまどろみの森だったわね」

 

 ホップたち曰く、誰も入ってはいけないと伝えられていたあの森。英雄と呼ばれたポケモンが役目を終えて眠りについた場所だからまどろみの森という名前が付けられたのなら納得がいくし、あの時出会った謎のプレッシャーを放っていたポケモンにも説明がつくうえ、ホップたちに入ってはいけないと教えられていたことも説明がつく。

 

「ねぇ、もう一度その時の事詳しく聞かせてくれる?」

「はい!勿論!!」

「オレも話すぞ!!」

「なんか、秘密にどんどん迫っている気がして楽しいね!!」

 

 席に戻って皆で話し込むのはあの時のポケモンについて。

 

 ユウリの言う通り、だんだんと伝説の正体に近づいている気がして……

 

 その事がとてもうれしくて、そこから続くボクたちの会話は、この食事会が祝勝会であることも忘れて、いつも以上に盛り上がりを見せながら流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、うちら置いてけぼりになってないィ?」

「……ちょっと、寂しか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヨノワール

もう少しで出番……?

タペストリー

実機では燃えているように見えたんですけど、実際のところどうしてあのサイズなんでしょうかね?そしてなぜステーキハウスに……




近々三回目のワクチンを受けます。
二回目の時と同じく、近づいたらまた前書きと後書きにて書かせていただきますね。
二回目と同じくらいの副反応出るらしいので、おそらくまた更新が少し止まると思いますが、ご了承くださいませ。


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99話

 カタカタ……カタカタ……

 

 目の前でゆっくり揺れるモンスターボール。真ん中のボタンを赤く点滅させながら揺れるそのボールは、現在捕獲されている途中という証で、中に入ったポケモンがちゃんと収まるかどうかの緊張感をこちらに伝えてくる。

 

(どれだけ成長しても、この緊張感というのはいつまでも変わらないわね)

 

 ボールをぶつけたポケモンが捕まるかどうか。それはトレーナーなら誰だって必ず一度は経験する一番身近な緊張。新しい仲間が増えるかもしれないワクワクというのはいつまでたっても消えないもので、トレーナー歴の長い私であっても少なくない緊張を感じている。

 

 もっとも、今回は相手が相手なのもあると思うけどね。

 

 程なくして、ぽんと軽快な音を立てながら、その動きを止めるモンスターボールにほっと一息。

 

「ふぅ……お疲れ様、ガブリアス」

「ギャロップ、よくやったぞ!」

「戻って、マンムー」

 

 三人そろってここまで戦ってきた相棒に声をかけながらリターンレーザーを当てて、ボールの中に戻して休ませる。この三体の他にもたくさんの仲間たちにがんばってもらった。あとでその皆にお礼をしなきゃと思いながら、新しく捕まえることのできたボールをそっと拾う。

 

「これで三体目……順調ね」

「んん~……流石伝説のポケモン……だけど、やっぱりディアルガやパルキアと比べたら少し楽というか、圧は少ないな!!」

「まぁ、あの子たちはそれこそ神話のポケモンなんだから、比べたらかわいそうってものじゃない?」

 

 ボールを腰のホルダーに戻しながら緊張をほぐし、いつも通りのテンションに戻って会話を始めるジュンとヒカリ。やっぱり、一度大きな経験しているだけあって、今回もものすごく頼りになった。それに、2人とも実力も才能も四天王と比べて引けを取らないレベルなので文句なし。おかげで三体目も無事に攻略完了。

 

「とりあえずお疲れ様。あなたたちのおかげで巨人は三体とも無事に捕まえることが出来たわ」

「あったり前ですよ!!ただでさえシロナさんという超強力なトレーナーがいるのに、そこに加えてオレたちもいるんだからな!!」

「全く、すぐ調子乗るんだから……でも、わたしも久しぶりに強敵とバトルしてちょっと楽しかったかも。コンテスト一番っていうのは変わらないけど、たまにはこうやってストレスを発散するのもいいかもしれないわね」

 

 伝説とのバトル。

 

 当然伝説の名を冠するだけあって戦うにおいては強力な相手なはずなのに、まだまだ余力を見せてくれるこの子たちには本当に感心する。合間合間で私がコーチングしてあげているため、ジュンの実力が確実に上がっているのも大きな点ね。

 

「シロナさんからの特訓もちゃんとこなせているし、自分が強くなっているのもわかる……これはフリアを越えていると言っても過言じゃないかもしれないな!!」

「どーだか。ガラル地方で凄く活躍しているし、逆にもっと引き離されてるんじゃない?」

「さ、流石にそんなことはない!!……と思う!!」

「冷や汗出てるわよ~」

「ふふふ」

 

 若干声を震わせているジュンに対して、あきれ顔をするヒカリの姿に思わず笑ってしまう。こういった何も気をかける必要のない相手との何気ない会話というのははたから見ても微笑ましいし、そういうことが出来る友人は貴重だ。

 

(私も、たまにはカトレアのところに顔でも出そうかしら。コクランの紅茶もまた飲みたいしね)

 

 2人のやり取りを見て、私も少し友人のことを思い出してしまったので、どこかのタイミングでイッシュ地方に向かうことも頭に入れておく。今の彼女はイッシュ地方の四天王みたいだし、久しぶりに彼女と戦うのも楽しそうだし、ジュンと戦わせてみても面白いかもしれない。

 

 私の予想では、ちょっとでもカトレアが油断しようものならそのままジュンが勝ち切ってしまうと思っているのだけど……どうかしらね?

 

(その時はヒカリも一緒に連れて行ってあげましょうか。きっとサザナミタウンの別荘を見たら目を輝かせそうだし。……ふふ、また楽しみが増えちゃったわね)

 

「なぁシロナさん」

「んん……何かしら?」

 

 未来を思い、少し微笑んでいるところにジュンから声をかけられたので咳ばらいをし、緩んだ頬を戻しながら返事をする。さっきまでヒカリと話し込んでいたけど、もうとっくに話し終えていたみたい。

 

「これで巨人伝説の調査は終わりなのか?」

 

 そんなジュンから言われたのはこの旅の先について。

 

 私たちが追いかけてきた巨人伝説に関しては、このホウエン地方で確認されているポケモンである、レジロック、レジアイス、レジスチルの三体を捕まえることに成功している。そのため、ジュンの言う通りホウエン地方で行う予定はすべて完了しており、キッサキ神殿の謎についての資料もたくさん確認することが出来た。

 

 この先の研究をするなら、レジロックたちとのコミュニケーションが主になってくる。そうなると別にホウエン地方でなくともできるため、言ってしまえばここに長居する理由はないし、もっと言えばキッサキ神殿に行った方がいろいろ話も進みやすいはず。

 

「そうね、ホウエン地方でやることはもうないから、あとは飛行機に乗るだけね」

「そっか……あ~あ、楽しかったのにこの旅ももう終わりか~……」

「呼ばれて砂漠を歩いたときは、正直ちょっと後悔しちゃったけど……終わりって聞かされるとなんだかさみしいわね~……」

 

 私がホウエン地方でやることがないと伝えたら、目に見えて落胆の表情を浮かべる2人。ジュンはともかくとして、ヒカリに関しては急に呼びつけてしまったため、若干申し訳なさを感じてはいたものの、なんだかんだ楽しんでくれていたことにほっと一息。

 

 彼女はバトルや考古学よりコンテストの方が大事なはずだから、大切な時間を奪っちゃってるなと感じてはいたんだけど……今度何かしらのお礼をしましょうか。と、ひとまずお礼については置いておいて……

 

「何を勘違いしているのかしら?」

「「え?」」

 

 私の言葉に素っ頓狂な声を上げる2人。その表情が面白く、また表情が緩んでしまいそうになるのをぐっとこらえて、私は言葉を続ける。

 

「私がいつ、冒険は終わりなんていったかしら?」

「え!?もしかしてまだ何かあるのか!?」

「でも、もうホウエン地方でやることはもう終わりだって……」

「ええそうね、()()()()()()()()()()()()もう終わったわ」

「「!!」」

 

 私の言葉に、ようやくその意味を理解した2人が、今度は驚いた顔へとその表情を変えていった。本当に反応が良くて面白い子たちだ。

 

「巨人伝説に所縁のある地はホウエン地方とシンオウ地方だけじゃないの。大地を引っ張ったとされる巨人はいろんなところに赴いたのか、あらゆるところでその巨人が作ったとされる小さな巨人が発見されているの」

「それはここまでの冒険の途中で確かに聞いたけど……」

「他にはどこの地方で確認されているんですか?」

 

 まだまだ冒険の続く気配を感じて、少しずつテンションが上がり始めていくジュンと、表面上は特に変わっていないように見えるヒカリ。そんな2人に次の目的地を伝える。

 

「巨人伝説がある場所、それはもう誰かさんが訪れている場所ね」

「誰かさんが訪れてる場所……?」

「……!?なあシロナさん!!それってまさか……!!」

 

 何かに気づいたジュンがさらにテンションを上げながら私に続きを促す。そんな彼の期待に応えるように私も続きを告げる。

 

「ええ、その地方はガラル地方。たった今、フリアがジムチャレンジをしている地方よ」

「つまりつまりつまり!!これからガラル地方に!!」

「そうなるわね」

「いぃぃぃぃぃっ、よっしゃあぁぁッ!!断然、テンション上がってきたぁぁ!!」

 

 ガラルに行き、フリアと会えるということが分かった瞬間喜びを爆発させるジュン。ここまで喜ばれるとこちらもサプライズをした甲斐があるというものだ。

 

「え……じゃあ、シロナさんとジュンはこれからガラルに行くんですか……?」

「ええ。ごめんなさいねヒカリ。コンテストの準備で忙しいだろうに、わざわざつき合わせちゃって。ホウエンでの仕事はもう終わったから、もうこちらは大丈夫よ。時間を取っちゃったお詫びに何かお礼を考えているんだけど……何かあるかしら?」

「お礼……」

 

 喜びを爆発させたジュンに対して、ヒカリはどこか難しい顔をする。確かにすぐにお礼はどうしたい?って聞かれても、返答に困るわよね。

 

「まあ、すぐには思いつかないでしょうから考えておいてちょうだい。ホウエンを離れると言っても、そんなに長くこちらに来ないというわけでもないし……」

「いえ!!お礼は今決めます!!」

「そ、そう?」

 

 まだ時間がかかると思い、後回しを提案したところに食い気味で遮るヒカリ。そこまでして私にお願いしたいことにちょっと驚いたのだけど、こんなにもはっきり言ってくるということは、彼女の中で何かがあるという事なので、彼女からの言葉を待つ。

 

(……まぁ、何となくお礼の内容はわかってきたけどね)

 

 見え透いた彼女の言葉を待っていると、ほどなくして口を開くヒカリ。

 

「わたしもガラル地方に行きたいです!!」

 

(やっぱり……)

 

 予想通りの答えにまたもや頬が緩む。本当にこの子たちは仲が良い。

 

「でも、コンテストの方はいいのかしら?」

「いいか悪いかで言ったらあまりよくはないかもですけど……オフシーズンではあるのでサッと行ってサッと帰ってくればだいじょーぶだいじょーぶ!です!!」

「ほ、本当かしら……?」

 

 彼女の口癖はいまいち信用ならないところがあるので若干の不安はあるんだけど……まあ、今回は彼女の言葉を信じましょう。

 

「わかったわ。じゃあ2人とも、準備が出来次第空港に行ってホウエンを発つわよ」

「「はい!!」」

 

 私の言葉に元気よく返す2人。その姿は、今すぐにでもフリアと会いたいという感情が目に見えて伝わってくる。

 

(ここにあの子もいれば、完璧だったのだけどね……)

 

 みんなの仲が良いからこそ、少しだけ胸にちくりと刺さるものを感じる。けど、この特訓は再びその仲を取り戻すための物。いつか、この胸に刺さるものも、この子たちなら乗り越えられると信じている。

 

 けど、その前に……

 

「ただ、ガラルに行く前に、少しだけ寄り道してもいいかしら?」

「「寄り道?」」

「ええ」

 

 はたから見ても仲のいいこの子たちを見ていると、なんだかこちらまで人肌が恋しくなってきてしまった。だから……

 

「ちょっとだけ、イッシュ地方に……ね」

 

 先ほどたまにはって言ったけど、気が変わってしまい今すぐに会いに行きたくなってきた。ヒカリもガラルについてくるというのなら、なおさら今から行くべきだろう。

 

(これくらいのわがままなら、いいわよね?)

 

 ジュンたちがフリアと会うのを楽しみにしているように、私の心も大きく弾んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビーコンバッジゲット……これで8つ目……シンオウ地方、コンプリートだ」

 

 右手の人差し指と親指につままれたバッジを太陽にかざしながら、さっきまでの熱いバトルを思い出し、もりあがってくる感情に頬が緩む。

 

 思わずこの昂ぶった感情を体で表現しそうになってしまうものの、そこはナギサシティに吹き抜ける潮風が俺の体を包み込んで冷静にさせてくれる。

 

 深呼吸を一つ、二つ……

 

 心が大分落ち着いたところで、ビーコンバッジをケースにしまいながら、先ほどのバトルを思い出す。

 

「デンジさん、強かったなぁ……」

 

 頭の中によぎるのは、最後の最後にぶつかり合ったエレキブル対エースバーンのシーン。

 

 お互いの全力をぶつけ合ったあの試合は、今思い出してもまた熱が再燃しそうで。

 

「ガラルだと電気タイプのジムリーダーとは戦わなかったから、凄く新鮮だった……また戦いたいな」

 

 全地方の中でもレベルが高いと言われるガラル地方。そのトレーナーと比べても全然強く感じたその実力。きっと彼がガラルに来れば、間違いなくメジャーリーグに入ってくるだろう。それほどの強いトレーナーと戦えたことが嬉しくて、やっぱりシンオウ地方に来たのは正解だったと心から思った。

 

「先ほどのバトル、とてもすごかったですよ。マサルさん」

 

 そんな俺の後ろから声をかけてきた人が一人。同い年か、少し年上くらいに聞こえるその声の主を探すために後ろを振り向くと、そこには裾に白のフリルが付いたエメラルドグリーンのワンピースに白のボレロを羽織っており、胸に大きなリボンをつけている女性が一人。髪型を両側で二房結ったでこ出しのロングヘアにしている彼女は、俺がこの街にきてであった人だった。

 

「ミカンさん。みてくれてたんですね」

 

 ミカンさん。

 

 ここから少し離れたジョウト地方にて、はがねタイプのジムリーダーとして活躍している彼女は、このシンオウ地方にちょっとした特訓のために訪れていたみたいで、ナギサジムに挑戦する俺とたまたまこのナギサシティの海岸で出会った。

 

 出会った当時は、ミカンさんに人見知りでもあったのかちょっとたどたどしい話し方だったけど、ひとたびポケモンバトルをしてみればお互い良いバトルが出来たため意気投合し、少なくとも、変に気負う事なく話すことが出来るくらいには打ち解けることが出来た。

 

 そこからはこうやってちょくちょく話したり、バトルをしてお互いの経験値を積もらせたりと、なかなか有意義な時間を過ごしていた。今回デンジさんに勝つことが出来たのもミカンさんとの特訓のおかげだろう。ジム戦も見に来てくれていたみたいだし、ミカンさんには頭が上がらない。

 

「はい。最初から最後まで、物凄く熱いバトルでした」

「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます!」

 

 そこから行われるのは、さっきのジム戦に関する講評。ここがよかったや、ここはこうできたかもねと言ったお話は、ジムリーダーであるミカンさんだからこそ聞ける話が多く、とてもためになる。彼女の話を聞きながら反省するこの時間もまたとても有意義で、まだまだ強くなれるんだなと思うと俄然やる気が出てくる。そんな楽しい時間を、俺たちが出会った海岸で、波の音と潮の香りを受け止めながら過ごしていった。

 

「そういえば、これで8つ目ですね」

「そうですね」

 

 ミカンさんに言われて改めて実感する、シンオウバッジコンプリートの感覚。

 

 ガラル地方は、どの地方と比べてもポケモンバトルに力を入れているため、基本的にレベルが高いと言われている。だから、最初は他の地方で勉強すると周りに行った時、あまり意味が無いのでは?なんて言われたし、かく言う俺も、最初こそはこの旅が無意味なものになったらどうしようと思っていた節もある。

 

 けど、そんなことは全然無かった。

 

 地方が変われば空気が変わり、ポケモンが変わり、そして戦い方が変わる。

 

 当然ながら、ダイマックスというものも存在しないため、戦闘の流れがガラリと変わり、自分がいかにダイマックスに頼りきっていたかがよくわかった。

 

 俺は確かにジムチャレンジャーの中ではトップに立つことが出来た。それは他の地方で言えばポケモンリーグに優勝したということと同義だ。自惚れじゃないけど、それ相応の実力は兼ね備えていると自負している。それなのに、圧倒的に多すぎる学ぶべきことの前に思わず立ちくらみを起こしかけたくらいだ。

 

(この地方に来て、本当に良かった)

 

 今なら、心からそう思える。

 

「バッジが8つ集まったということは、シンオウリーグに参加するんですか?」

 

 今までのシンオウ地方での旅を少し振り返っていると、ミカンさんからそんな言葉が聞こえ、ここまで言われてようやく、『そう言えば他地方ではバッジを全部集めるとようやくリーグ参加券が得られるんだっけ』と、ガラル地方とはちょっと違ったそのルールを思い出した。

 

 シンオウリーグ。別名スズラン大会。

 

 シンオウ地方のバッジを8つ集めることが出来た、選ばれし者のみが参加出来るシンオウ地方最大のトーナメント。そして、このトーナメントの上位数名が許される、四天王及びチャンピオンへの挑戦。

 

 トップへの挑戦権をかけて行われる過酷なバトルは、ポケモントレーナーなら誰しもが憧れる大舞台のひとつだ。そしてたった今、シンオウ地方にて8つのジムバッジを集め終えた俺にも、その大舞台への参加券が手に入った。

 

 あとは、ここナギサシティから北に向かったところにある、スズラン島にて受付を行えば受付完了。晴れて、その大舞台で戦うことが可能になる。けど……

 

「次のシンオウリーグまでかなり日がありますよね。流石にずっとシンオウにいるにしてはちょっと期間が長すぎるので、参加するにしろ、しないにしろ、1度ガラル地方に帰ってからにしようかなと考えています」

「確かに、まだまだ先ですもんね」

 

 シンオウリーグが終わってすぐのタイミングでこちらに来てしまったせいか、リーグ開催までまだまだ日にちがある。どれくらいあるかと言われると、今俺の地元で開催されているジムチャレンジが終わってもまだ期間があるくらいだ。さすがにそこまで期間があるのなら、せっかく妹やホップも参加しているみたいだし、1度戻って2人の姿を見に行きたい。どうやらかなり活躍しているみたいだし、かなりの注目選手だと聞く。1度バトルするのも楽しそうだ。

 

「ってことは、しばらく寂しくなりますね」

「もし良かったらミカンさんもガラル地方に来ますか?」

「え!?うーん……どうしましょう……」

 

 この後どうするか、そんな話をミカンさんと続ける俺。個人的には、ここで仲良くなったのも何かの縁だし、是非とも自慢のガラル地方を案内したいという気持ちが強いんだけど……

 

 なんて和やかな時間が流れていた時に、ふと視線に映る影。

 

 ミカンさんもその影に気づいたらしく、2人揃ってそちらに視線を向けると、そちらには俺よりひとつかふたつ歳の低そうな男の子が立っていた。

 

 青いジャケットに赤のインナー。黒のズボンに白のマフラー。更に赤いハンチング帽子をかぶっていた少年は、どこが遠くを見つめてぼーっとしていた。

 

 ただ少し幼く見える少年が黄昏ていただけ。それなのに無性に目が離せない。いや、その少年の正体に気づいてしまったが故に、離せなくなった。

 

「……マサルさん、あの人」

「はい……間違いない!」

 

 その人は、シンオウ地方にきて1番最初にテレビで見た人だった。

 

 

 

 

 曰く、稀代の天才。

 

 曰く、未来が見える。

 

 曰く、公式戦で負け無し。

 

 曰く、原点にして頂点に引けを取らないのでは。

 

 

 

 

 どの情報番組でも上げられる、とても年下の少年のことを言っているとは思えないその表現。

 

 この地方に来て、いつか戦いたいと思ったその相手。

 

 若くして、俺が到達できなかった場所に到達した先駆者。

 

「あの!!すいません!!……()()()()()!!」

 

 やっと会えたその人を前に、俺の足は勝手に動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと……やっと捕まえましたよ」

「ピピュッ!?ピピピ!!」

 

 どこかの街の地下深い、何かの研究をしているかのような施設。その深奥にて、宇宙色の雲を片手に喜ぶ男性が1人。

 

「あなたさえいれば、1000年はおろか、3000年経ってもエネルギーが枯渇することは無いでしょう!!あなたの力を、是非とも!!このガラルの未来に!!使わせてはくれませんか!?」

「ピュッ!!ピュイッ!!」

 

 明らかに興奮した様子で言葉を紡ぐ男性がいる中、それを見つめる黒いポケモンも一匹、近くにいた。

 

 その黒いポケモンは、明らかに嫌がっている宇宙色のポケモンの意志など眼中に無いのか、どれだけ叫んでも一向に離すことの無い男性のその手を、ただひたすらに見つめていた。

 

 何も無いこの地下で、唯一自分に話しかけてくれたそのポケモン。

 

 ずっとひとりで寂しくて、そんな時に優しく声をかけてくれた幼いそのポケモン。

 

 自分の唯一の友達が、今まさに襲われている。黒色のポケモンには、そう映ってしまった。

 

 助けなくては。

 

 こんな自分に優しく接してくれた、初めてのそのポケモンを守らなくては。

 

 3000年前に負った傷を癒すために蓄えていたエネルギーを少し使うことになるため、復活まではまた時間が余分にかかってしまうだろう。それでも、目の前の友達を助けたい。

 

 3000年前には欠片も浮かばなかったその感情。

 

 初めてのその気持ちに戸惑いながらも、黒いポケモンは力を放つ。

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 

「なっ!?」

「ピュッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒いポケモンから放たれた赤いエネルギー。

 

 友を守るために放たれたその力は、少しだけガラルの地表まで届き、軽い地震として表されたが、あまり大きくなかったため、誰も気に止めることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々な地方から、このガラルへと、少しずつ、物語が動き始めていた。

 

 小さな歯車が、少しずつ噛み合い始めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シンオウ組

レジ三体ゲット。同時にガラル地方への道が解放されました。
巨人はガラルにもいます。当然と言えば当然の結果ですよね。

カトレア

イッシュ四天王のエスパー担当。
実機でもシロナさんとは仲が良いですよね。
別荘を貸し借りする仲だとか。
コクランさんの労力が心配です。

ミカン

ジョウト地方、はがねタイプジムリーダー。
実機でもこの位置にいますし、なんならこの方にたきのぼりを貰わないと先に進めさんよね。
シンオウ地方に来た理由もちょっと面白い方です。シャキーン。

マサル

ジムバッジも集まり、コウキさんと対面。
さて、こちらの旅も佳境のようで?

黒いポケモン

初めての友達。




ガラル以外の原作キャラもちょくちょく顔を見せてきました。
出せるキャラは色々出していきたいですよね。


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100話

祝100話


 ソニアさんと英雄伝説について語り合った後に、あんまりにもマリィとクララさんを放置してしまったせいで、若干機嫌を悪くしてしまった2人の機嫌をしっかりとろうと、再び祝勝会へと食事会の内容を変えたボクたちは、そのままジム戦の内容へとその話題を変えていった。

 

 メロンさんのどのポケモンがきつかっただとか、どんなことを意識していただとか、そういった話で盛り上がっていく。

 

 ユウリは当然と言えば当然だけど、タイレーツとエースバーンが大活躍だったらしく、前半ははいすいのじんにて強化されたタイレーツが大暴れをして流れを取り、仕上げはエースバーンのダイマックスで押し切ったという形らしい。

 

 逆にホップはユウリとは逆の戦闘スタイルを取ったらしく、カビゴン、アーマーガアと言った耐久に定評のあるポケモンでしっかりと攻撃を受け止めながらじわじわ追い詰めていき、ラプラス戦をバチンウニとゴリランダーの二体がかりで押し切った形をとっていた。いつものホップを考えるとらしくない戦い方だけど、要所要所で見せた思い切りのいい攻撃は、ちゃんとポップらしくて、見ていて気分のいいものだったというのはユウリの談。

 

 次マリィは、メロンさんとのバトル中にて、ギモーとズルッグがどちらも進化を果たした。一回のジム戦で2匹も進化を果たすというのは、ただでさえ進化の瞬間という貴重な場面に立ち会えたというのに、1度に2回もその奇跡を起こしたということで会場は大盛り上がり。

 エール団が叫びすぎて凄いことになったくらいだ。

 

 そしてクララさん。

 

 どくタイプらしく、どくびしとベノムショックを活用した毒攻めでじわじわと、しかし着実に追い詰めていく戦法は、オーロラベールによるダメージ減少を無視して相手にダメージを与えるため、驚く程にしっかりと勝利を収めていた。

 やっぱりガラルの空気にはあまり合わないためか、少しのブーイングはあったものの、同じトレーナーとしては尊敬すらするその手際は、是非とも1度手合わせしたいと思ってしまったほど。

 

 既に公開されたそれぞれのアーカイブを見ながらそんな話をして、祝勝会はお開きになり次の日。

 

 キルクスタウンを発ち、次のジムがあるスパイクタウンへと出発を始めたボクたち。

 

「んん〜、寒い!けどいい天気!」

 

 寒い事に変わりはないけど、キルクスタウン周りの天候として見れば珍しく晴れている今日この日。いつもなら見られるあられもなく、本当に珍しい旅立ち日和だ。

 

「空気も澄んでて心地いいぞ!なんかいいことがあるかもな!」

 

 ボクの隣に立って、同じように深呼吸をするホップも楽しそうに言葉を上げる。

 

 肺に入る空気が冷たく、体の奥から冷える感覚があるものの、まだまだ眠気の残る頭をクリアにしてくれる心地よさを連れてきてくれた。新しい場所を冒険するというワクワク感も相まって、ボクとホップのテンションはどんどん上がっていき、今も目の前の入り江を泳いでいるポケモンたちに目線が向かっていた。

 

「な、なんであの2人……あんなに元気と……?」

「フリアはシンオウ地方出身だからわかるけど……なんでホップも元気なの……」

「もぅまじムリィ……しんじゃうゥ……」

 

 一方で少し後ろに視線を向ければ、この場所の寒さに体を縮こませて、三人で寄り添って暖を取ろうとしている女性陣の姿。明らかにボクとホップと比べて進行速度の遅いその姿に思わず苦笑いをこぼす。

 

「ホップ、ちょっと進むスピード抑えよっか」

「あ、あれ?いつの間にこんなに距離空いちゃったんだ!?」

 

 ようやく後ろの状況に気づいたホップが慌てて戻ってくる。走って戻ってきたため、ボクをも追い抜いて女性陣に走り寄っていくホップを見送りながら、ボクもカイロや、こういうところを歩くために準備しておいた暖かい飲み物の準備をしながらユウリたちに近づいて行く。

 

「う~ん、これはちょっと歩く速度考えなきゃだね……」

 

 カバンから魔法瓶を取り出しながら、今自分たちが歩いている場所を振り返っていく。

 

 ここはガラル地方は9番道路。

 

 キルクスタウンと、次のジムがあるスパイクタウンとをつなぐこの道路は、主に、キルクスタウンに近い『入り口側』。流氷が浮いた水辺が中心の『キルクスのいりえ』。スパイクタウン近くの『スパイクタウンはずれ』の、3つからなる道路で、主にみずタイプのポケモンが多く住む場所なんだけど、実はこおりタイプのポケモンはそんなにいなかったりする。

 

 この道路の寒さ自体は『スパイクタウンはずれ』まで進めば大分ましにはなるものの、『入り口側』と『キルクスのいりえ』と呼ばれる場所は、キルクスタウンと同じようにたくさんの雪が積もっており、ほぼ毎日のように雪やあられが降る天候となっているためかなり寒い。特に『キルクスのいりえ』エリアなんて、『入り口側』と比べて道路そのものの距離が長く、そして水辺が多い地域となっているため視界のほぼ全てを水、または流氷に埋め尽くされてしまい、ただでさえ実際の温度がキルクスタウンよりも低いのに、寒色を見続けることによる共感覚によってさらに寒さを感じさせてくる。また、近くをマンタインやオトスパスが泳いで行く影響で水飛沫が飛んでくることもあるので何かとこちらの温度を下げてくる要因が本当に多い。

 

 だからこそ、雪が降っておらず、晴れている今が物凄く貴重なんだけどね。

 

 そのため、普通に踏破するよりもまだ楽なのでは?とは思っていたんだけど、やっぱり寒いものは寒いらしい。

 

「はい、3人とも。スープあるからこれで温まってね」

「あ、ありがと〜……」

「……ふぅ、少し生き返ったと〜」

「もう、ずっとスープに溺れてたいようゥ……」

 

 マトマのみなどを混ぜているため、程よく、しかし辛いものが苦手な人でも飲みやすいようにできる限り辛さを抑えてある、飲めば温まるピリ辛スープをちびちびとすすっていく女性陣。辛みのおかげか体の芯から温まるこのスープは、キルクスタウンに滞在した時に作ったもので、この先も寒い場所を冒険するなら少しでも体を温めるためにと準備したものだ。その効果はしっかりとでているらしく、現在進行形で温まっている女性陣は、ほっと安心した声を出しながら幸せそうな顔をうかべている。

 

 ちなみにホップにも分けてあげたけど、彼は豪快に一気飲みをして大変満足そうな表情を浮かべていた。果たしてこれで味や温まり効果をしっかり感じているのかと言われるとちょっと怪しい所があるけど、まあ幸せそうだしいっか。と、結論付けておく。

 

「やっぱり、もう少し時間を取ってお昼くらいに進んだ方が良かったかなぁ?」

「大丈夫……多分そういう問題じゃないから……」

「「うんうん」」

「そ、そっか……」

 

(……この先もっと寒い地域あるみたいだけど大丈夫かな?)

 

 勿論今大事なのは目先の道なんだけど、確かこのジムチャレンジの終着点であるシュートシティへの道もこの9番道路の寒さに負けず劣らずらしいので、今からかなり不安だ。

 

(マトマのみの備蓄あったっけかなぁ……)

 

 今度ナックルシティに行ったときに木の実ショップも寄っておこう。

 

「エースバーン~あったかいよ~」

「ちょ、ユウリだけずるか!!」

「うちも温まりたいィ……」

「バ、バース……」

 

 ちょっと目を離したすきに、いつの間にかユウリがエースバーンを呼んでいたのか、ほのおタイプのポケモン特有の体温の高さで暖を取り始めていた。

 

「そういえばこのメンバーでほのおタイプのポケモン持っているのユウリだけだっけ……?」

「一応、クララも一体持ってるけど……」

「うちのほのおタイプ、エンニュートだからァ……」

「ああ……」

 

 ほのおタイプと同時にどくタイプも含めているエンニュートは、体からどくガスが常に出ている状態となっている。このどくガスは、薄めることによって香水として利用することが出来るものの、そのままではとてもじゃないけど人間が肺に取り込んでいいものではない。

 

 ……まぁ、エンニュートのどくガスを薄めた香水って、用途がちょっと大人向けというかなんというかなので、たとえ薄めることが出来たとしても、ボクらに縁はなさそうだけどね。

 

 そういう事もあり、現状で暖を取ることが出来るのはユウリのエースバーンくらいだ。ワンチャンホップのバイウールーもとれそうだけどね。

 

 皆に抱き着かれて困惑しているエースバーンを見ながら苦笑いを浮かべるボク。

 

「ガラル地方の人って意外と寒さに弱いのかな?」

「そこに関しては個人差あるだけだと思うけど……むしろなんでガラル地方の人が寒さに強いなんて思ったの?」

「だって……」

 

 ユウリの言葉に言葉で返そうと思ったけど、先に目線が横にそれてしまう。そんなボクの視線につられて、みんなが目を向けたのは入り江に漂う氷河と氷河の間。氷河の陰でよく見えなかったんだけど、よくよく目を凝らせてみるとこんな極寒の入り江を泳いでいる人影。いわゆる寒中水泳をしている人がいた。それも複数人いるみたいで、氷河が流されてちょっとずつ視界が広がったと思ったら、ただでさえ複数人いたその状況からさらに人数が増えていっていた。しかも漏れなく全員海パンorビキニという薄着仕様なうえ、全員が全員良い笑顔を浮かべているものだから、『あれ?実はこの入り江の水って温水だったりする?』と勘違いしてしまいそうになるほど。

 

 いくら寒い所に耐性があるボクでも、流石にそこまでは寒さに強くはない。

 

「あれを見たら、ガラル地方の人たちって寒さに強いのかなって」

「「「一緒にするな(ァ)!!」」」

「あ、あれ~……?」

「さすがにオレもあれは一緒にされるのは嫌だぞ」

 

 だからガラル地方の人たちって皆そうで、ユウリたちが珍しく弱いのかなと思ったらどうやら違うらしい。むしろ、ボクがこのような考えを持つのが心外らしく、あのホップでさえ否定の声を上げる。

 

「周りのジムチャレンジャー見て!?皆ひいてるよね!?」

「なんでバトルは観察眼凄いのに変なところでポンコツと?」

「ポ、ポンコツは言い過ぎでは!?」

 

 確かにユウリの言う通り、周りのジムチャレンジャーを見ていると、みんな体を震わせながら信じられないものを見るかのような目で、寒中水泳をしている軍団を見つめていた。ユウリの言う通り、そのチャレンジャーたちの中にうらやましそうな顔をしている人なんて一人もおらず、むしろ見ているこっちまで寒くなるからやめてほしいといったような視線の方が強く見えた。

 

 こういう景色を見ていると、確かにあの寒中水泳組がおかしいんだなと理解させられるけど、それにしたってポンコツは言い過ぎだと思う。

 

 と、そこまでいいあって改めて周りを見てみると、先ほどもユウリが言った通り他のチャレンジャーが次のジムがあるスパイクタウンに向けて歩いて行っている姿が目に入るんだけど、今までと比べてその景色もかなり様変わりし始めていた。

 

「……ここまで来ると流石に人が減っているね」

「ここまであたしたち全員順調だから勘違いしているかもだけど、ジムチャレンジに参加している人の半分以上はカブさんのところで落ちてるとよ」

「そこからさらに厳しいジムリーダーたちのことを考えれば、例年通りだとここまで残ってるのって、もう三桁は切り始めているよね」

「そこまで減るんだね……」

 

 いや、ここまでのジムリーダーたちの強さを考慮するのなら、むしろ三桁弱も残っているのは普通にすごいのかもしれない。それ程までに、このガラル地方というのは競争率も壁もものすごく高い。

 

「そう考えると、俺たちも随分と上まで来てるんだよな」

「まさに、選ばれた人って感じだよねェ。特にマリィセンパイ!!」

「あ、あたし!?」

 

 マリィに抱き着きながら、まるで自分のことのように嬉しそうにしゃべりだすクララさん。

 

「だってだってェ、もうすでにファンクラブがあるのってェ、マリィセンパイしかいなくないィ?」

「確かに……そう考えるとマリィと本当にすごいよね」

「や、やめてやめて。あれはあたしの地元の人が応援してくれているだけで……」

「それが凄いって話的なァ?人からの人気を得るってェ、むっちゃ難しいしィ?」

「そ、そう?」

 

 クララさんの言葉に少しもじもじするマリィ。確かに、人を引き付けるバトルをすること自体は、長くトレーナーを続ければ一回や二回くらいすることはできるけど、マリィのような固定ファンをつけるのはかなり難しい。ボクも、毎回盛り上がるバトルをしていると言われているけど、たぶんマリィ程の固定ファンはついてなさそうだと思ってしまう。

 

 その話をすると、『そうなんだ』と、恥ずかしそうにしながらも、とてもうれしそうに微笑むマリィ。その笑顔が、普段ポーカーフェイスなマリィが浮かべているということもあってか、かなりのギャップを感じてしまい、思わずみんなで見とれてしまったというか、魅入ってしまったというか。とにかくストレートにかわいらしいと思ってしまった。特にクララさんにはクリティカルヒットしたらしく、誰よりも早く声を上げながらマリィに抱き着いた。

 

「くううぅぅゥ!!マリィセンパイ可愛いィ!!好きィ!!」

「ちょ、ちょっとクララ。くっつきすぎと!!」

 

 急なスキンシップに照れて、顔を赤くしながら反論をしているように見えて、案外まんざらでもなさそうな顔を浮かべているマリィに、こちらも思わずほっこりしてしまう。ただ、いつまでもこの状態なのはさすがに恥ずかしいみたいで、何とか話題を逸らそうと、マリィはクララさんにスポットを当てる。

 

「そ、そういうクララだって、なんだかんだファンいるんでしょ」

「あ~……うちのファン……ねェ……」

 

 自分の体から引きはがしながら話を振るマリィと、自分に焦点が当たった瞬間、少しだけ顔が冷静なものに戻ったクララさん。

 

 そういえばクララさんの過去について、そもそも出会ってから過ごした時間が短いのだから当たり前と言えば当たり前なんだけど、知らないことが凄く多い。差し支え無ければ聞きたいけど……

 

「もしかして、あまり触れてほしくなかったと?」

 

 クララさんの表情の変化を見て、ちょっとマイナスの感情を感じ取ったマリィが恐る恐る聞く。するとクララさんは、『そんなたいしたことないんだけどォ』と、マリィに心配させないような前置きをしながらぽつぽつと過去を話し始めてくれた。

 

「一応、これでも昔は歌を歌ったり、アイドル活動していた時もあったんだけどねェ」

「「「アイドル!?」」」」

 

 まさかの経歴に今度はボクたち全員で声を上げる。確かにそういわれると、今のクララさんのちょっと派手な髪色と言い、独特な喋り方と言い、濃いキャラと言い、納得できそうなところはかなり多い。

 

「結果はまァ……ご察しというかァ。ひどかったというかァ?」

「ジムチャレンジくらい競争率凄そうだもんね」

「……それ以上に闇深かったなァ」

「「「「うわぁ……」」」」

 

 目のハイライトを消しながら言うクララさんに、今度はそろってドン引きをする。きっとボクらの想像以上のものを見てきたのだろう。そこにはあまり触れない方がよさそうだ。たぶん、ボクたちがしんどくなると思うから。

 

「結局すぐ挫折しちゃってェ、それでも人気者にはなりたくってェ……じゃあアイドルになれないならジムリーダーがあるじゃん!って思って、まずはジムトレーナーになってみっかァ~的なァ?」

「な、なるほど……」

「理由は分かったけど、どうしてどくタイプなんだ?」

 

 自分とは明らかに違うその動機に、思わず苦笑いを浮かべるユウリと、人気者になりたいならメジャーリーグの方がもっと人気になれるのでは?と、単純に疑問に思ったホップからの質問。

 確かにホップの疑問は一理あるなぁと思いながら返答を待っていると、ほどなくしてクララさんから返事が返ってくる。

 

「だってェ、うちのイメージにマッチしてるしィ?何よりもどくタイプ使いって需要少なそうだから楽にトップ取れそうじゃん?」

「……本当にすごい動機だね」

 

 思わず声に出してしまう程、苦笑いを浮かべながら呆れるユウリ。確かに、決して褒められたものとは言いにくいし、歴代のどくタイプジムリーダーに対してもなかなか失礼な発言であることに変わりはないんだけど、実はクララさんの発言も決して間違いではないというのも事実だ。というのも、どくタイプの基本的な戦いが、相手を状態異常にしながら耐久戦を仕掛けて、じわじわと追い詰めていくというものだ。そのため、展開としては長いうえ動きのあまりなく、はたから見るとそんなに面白くないものになりがちで、技と技のぶつかり合いを楽しみとしているガラル地方の空気ともあまりマッチしていないこともあり、ガラル地方にどくタイプのトレーナーは少ない。

 

 しかも、どくタイプのジムリーダーそのものが、他の地方を含めてもその数はかなり少なかったりする。

 

 少なくとも、ホウエン地方、シンオウ地方には四天王含めても、どくタイプのエキスパートというのは見たことがない。しいて言えば、確かジョウト地方にどくタイプ使いの四天王がいたようなという薄い知識しか存在しない。そういう意味でも、クララさんの言う通り、どくタイプの競争率というのはガラルだけじゃなく全国的に見てもかなり低かったり。

 

 ……ただ単純にどくタイプで強くなるのが実はかなり難しい可能性があるというのも原因かもしれないけどね。

 

「まァ、そのジムトレーナーも2日でやめちゃって、今は孤島の師匠の下にいるんだけどォ」

「孤島の師匠……あれ、確かセイボリーさんもそこにいたような……」

「あれ、フリアっち、セイ坊のこと知ってるんだァ?」

「セイ坊……」

 

 どこかで聞いたことのある単語が聞こえたからまさかと思ったけど、どうやらクララさんも例の孤島から来た人らしい。相変わらず独特なあだ名をつけていたため、みんなしてちょっとレスポンスが遅れてしまうものの、クララさんとセイボリーさんというなかなかすごいトレーナーがおり、あのビートまでもが目をつけていたその孤島というものに対して興味がわいてきた。いつか機会があれば、その孤島にもよってみたいよね。

 

「正直、その道場でもくすぶってて、今回のジムチャレンジもそんなに乗り気じゃなかったんだけどォ……そんな時にテレビで見たのがマリィセンパイだったんだよねェ」

 

 そこから続くのは、クララさんの最初の願いであった、「かわいい人気者」を体現するマリィの姿にどんどん惹かれていったという事と、そんなマリィも、影ではスパイクタウンの復興ために頑張っていることや、裏での努力を欠かしていないことに感銘を打たれたらしく、自分の今までの行動と照らし合わせて、見直し、変えていかなきゃと決意して今に至るんだとか。

 

 短時間で急にクララさんとマリィの距離が近くなったのは確かに物凄く謎だったけど、こうしてクララさんからの話を聞くと、あの仲の良くなるスピードはとても納得だ。憧れの人とこうやってご飯を食べてくっついて、楽しくお話しできるのだから嬉しいに決まっているし、マリィもなんだかんだ言って慕われたりするのは好きみたいだしね。

 

 そこからは膨らんでいく話は、どれもこれもクララさんからマリィさんへの尊敬の言葉で、こういうところが好きだとか、こういうところを尊敬しているだとか、このバトルのこのシーンが~などなど、一言で言ってしまえば、マリィオタクと化したクララさんによるマシンガントーク。

 

 その事に若干の同情をしながらも、ユウリもホップもマリィが凄いことは知っているから、話が続くにつれてだんだんとクララさんの話に同調するようになり、マリィを褒める言葉がどんどん増えていく。

 

 それに対して、流石に恥ずかしさが限界突破をしはじめたマリィが慌てて止めに入るけど、そんなことはお構いなしに話はどんどん発展していって……

 

 いつの間にか寒さなんてつゆ知らずと、談笑しながら進むユウリたちの足。そんな姿を微笑ましく眺めながら、ボクも後ろからついて行く。

 

 ちらほらと視界に入るエール団の姿に、少しだけ違和感を感じながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マトマのみ

無茶苦茶辛いみたいですね。

寒中水泳

まさかのここに海パン枠を持ってくるとは。
実機でも正気じゃないなと思いました()

クララ

というわけで、このお話では既にクララさんは会心済みという形に。
マリィセンパイと慕っていましたし、この2人は何気に相性よさそうなので。

どくタイプ

かなり数が少ないです。
どくタイプのポケモン自体があまりいないというのもあるかもですね。
初代だけで見るとかなり数がいるんですけどね。




101話からもよろしくお願いします。


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101話

 さて、みんなで賑やかに『キルクスのいりえ』を進んでいるんだけど、このキルクスのいりえには少しだけ厄介なところがある。それは「道路」という名前が入っているのに道がほぼないことだ。どういうことかというと、道が舗装されていないというわけでなく、入り江という名前が表している通り、陸地が湖によって浸食されているため、本当に地面がない。

 

 いっそ道路ではなく水道という名前に変えるべきでは?と思わなくもないレベルで地面のないココを、スパイクタウンの方へと進むためにはどうしたって水を渡る必要がある。しかし思い出してほしいのは、ここは雪やあられが降り積もる寒冷地帯。たしかにミロカロスやインテレオンの力を借りれば、これくらいの水道を波乗りですいすい泳いでいくのは簡単だろう。けど、それはすなわち自分の体を濡らすということになる。

 

 いくら寒さに耐性がある方だという自覚のあるボクでも、この気温の中を体を濡らして過ごすというのは割と真面目に体調を崩しかねない。

 

 ……現に、バウタウンで四日連続で体を冷やしたときは綺麗に風邪をひいてしまい、ユウリたちに心配をかけたわけだしね。

 

 いくら寒さに強いと言っても、長時間体を冷やして平気というわけではないので、できればこの湖を、体を濡らす可能性のある、ポケモンの力を借りて泳ぐという方法以外で進む必要が出てくる。

 

「ラプラスがいればその限りじゃないんだろうけど……私たちのメンバーで体を濡らさずに人間を運べるポケモンなんていないもんね……」

「みずタイプというだけだったらユウリのミロカロスや、フリアのインテレオンがいるし、『なみのり』を憶えるということを考えたら俺のカビゴンや、クララのヤドランとかが該当するけど……」

「う、うちのヤドランに乗ってこの水を……む、無理無理ィ!!絶対濡れるし寒いィ!!」

「まあ、そうだよなぁ……オレもカビゴンに乗るってなると流石に濡れそうだし……」

 

 やっぱりみんな濡れるのは嫌なようで、この水道を渡る方法を考えるのに四苦八苦している。

 

「というか、ホップはそもそもアーマーガアに乗れば関係ないよね」

「おお!そうだ、その手があったぞ!!」

「あ、ホップずるい!私も乗りたい!!」

「ちょ、空路行けるのは俺だけじゃないぞ!?フリアもモスノウの力を借りれば、空を飛ぶのはきつくても氷の糸を使っていろいろできるだろう?」

 

 次に出てくる案は空から移動する方法。

 

 確かに、水に触れる可能性がゼロになるので一番取りたい方法ではあるけど、そもそも空を飛んでいるポケモンがボクたちの手持ちに少ない。順番に空路で運ぶにしても、アーマーガアとモスノウが一度に運べる人数に対して、こちらの人数が多いから複数回に分ける必要があるし、往復するにしてはこの入り江の幅は広すぎて、時間と労力が物凄くかかってしまう。アーマーガアとモスノウの体力だって無限ではないし、モスノウに関しては力が強い方ではないのでそもそも対岸まで運べるかどうかすら怪しい。対岸までの距離だって、正直視認できないくらいには遠い。となってくると、全員を安全に確実に運ぶ方法ってやっぱり少なくて。

 

 いっそのこと、ヨノワールも飛び出して、アーマーガア、モスノウとの3匹がかりでみんなをゆっくり空運ぼうかと考えて……

 

「ああ、いや、……モスノウの力を借りれば行けるのか。モスノウ!!」

 

 ある一つの方法を考えて、懐からモスノウを呼び出す。

 

 急に呼び出されたモスノウを見てどうするのか気になったホップたちが一斉にボクのモスノウを見つめるけど、気にせずモスノウに指示を出す。

 

「モスノウ、『ふぶき』!!」

「フィィッ!!」

 

 ボクの指示に頷いてモスノウが行うのはふぶき。入り江に次々と降りそそぐ暴雪雨はその水面をどんどん凍らせていき、入り江を流れている氷河ほどにはなっていないとはいえ、人が数人乗れるかなくらいには凍り始めた。

 

「おお、凄いぞ!!こうやって水面を凍らせて歩けば皆で行けるな!!」

「じゃあ早速うちからこの氷の上をォ……」

「ああ、待って待って。まだ強度に不安があるからもうちょっと補強してから……」

 

『おお!!道が出来テール!!』

『あの上を進むぞー!!』

 

「え?」

 

 急冷で作った氷であるため、ゆっくり歩く分には問題なけどドカドカ歩くと壊れる可能性があるなぁと思ったので、もう少し補強をしようとしていたところに突如現れるのはエール団の人たち。

 

 ボクがやろうとしていたことを無視して走り出すのその姿は、明らかにボクの声が聞こえているはずなのに無視して突き進もうとしているのがよく分かった。すれ違いざまにこちらを見て悪い顔をしていたのが見えたから、おそらく確信犯だろう。

 

 ボクたちの邪魔をしたかったのか、はたまた本当に先に行きたくて困ってたところに道を作ってくれる人がいたから、丁度いいカモネギとして利用してやろうと言う魂胆か、どちらにせよ、ボクたちの進行を一時的に止められてしまうため、エンジンシティのホテルのでの一件のせいもあってか不満顔を浮かべるユウリとホップ。

 

 エンジンシティの件を見るにおそらく前者だとは思うんだけど、こちらのパーティに応援するべき相手であるマリィがいるのにそんなことをするのかなとも思うため、本当に渡りたかっただけの可能性もあるにはある。だから一概に邪魔をしに来たと断定するのは出来ないけど……

 

「あの〜!!直ぐにその氷から降りた方がいいですよ〜!!」

 

 先程も言った通り、ドカドカ歩かれると壊れる可能性があるので、すぐに動くように忠告をする。

 

『そんなこと言って、自分たちが進めればいいとか冷たいことを言うつもりでアールか?』

『誉れ高いジムチャレンジャーは親切心も兼ね備えないとダメール!!』

 

 しかしそんなボクの言葉なんてお構いなしといった感じに、モスノウが凍らせてできた道を走っていくエール団の二人。比較的小柄であるボクたちが少し強めに足踏みをするだけで壊れそうな強度なのに、ボクたちよりも全然背も体格も体重も、何もかもが大きい2人の大人が走り出せばどうなるか。そんなことは火を見るよりも明らかで……

 

『『うわああああッ!?』』

 

「「「「うわぁ……」」」」

 

 同じ文字なはずなのに両陣営から聞こえる全く意味合いの違うその言葉は、水面を張っている薄氷が派手に割れる音とともに響き渡った。そこからさらに聞こえるのは2つの着水音。ぼちゃんという嫌な音とともに水に落ちた2つの人影は、数秒もしないうちに頭だけを何とか水面に出して酸素を求めながら、現在進行形で自分の体から体温を奪うこの極寒の地獄から抜け出さんとバタバタし始める。

 

『『し、死ぬ~~~~ぅ!?!?!?!』』

 

「だから言ったのに……インテレオン!!」

「ミ、ミロカロス!!」

 

 予想通りの結末に溜息を吐きながらインテレオンを出すボクと、寒中水泳をしている人たちがいるとはいえ、耐性のない人がこんなことをすれば命が危ないとすぐさま察してミロカロスを呼び出すユウリ。

 

 呼ばれた2匹のみずタイプポケモンは、おおよそ人間では出せない圧倒的な素早さでエール団の下へと近づいて鮮やかにレスキュー。そして2人のエール団を捕まえた瞬間にすぐに踵を返してボクたちの下へ帰って来る。

 

「ホップとマリィとクララさんは焚火の準備してもらっていい?」

「おう!任せろ!!」

「すぐに準備すると!!」

「うぅ、みてるだけでこっちも冷えてくるゥ……」

 

 その間に暖を取るための準備をホップたちに任せ、ボクとユウリでタオルを準備。程なくしてインテレオンとミロカロスによって水上に引き上げられた2人を、タオルで水気を取ってあげながらホップたちが準備した焚火の方へと案内していく。

 

「「へ……へ……へっくしょん!!……し゛ぬ゛か゛と゛お゛も゛っ゛た゛……」」

「そりゃそうですよ……」

「フリアの忠告を聞かないからだぞ」

 

 タオルで一通りの水気を取ったのちに、すぐさま焚火に近づいて体をがたがたと震わせるエール団。少しでも体を温めようと反射的に動いてしまうその姿は、自業自得だとわかっていても少し可愛そうに見えてしまう。ホップも口ではこう言いつつも、心配心と親切心が勝るみたいで今も頑張って焚火の調整をしていた。本当ならもう放っておいてもいいんだけど、やっぱり友達の応援団というのがどうしても自分の心に引っかかってしまい、のけ者にしきることが出来ない。

 

 マリィ以外の皆がその意見で一致いてしまっているため、どうも強く出ることもできずにいた。そんなボクたちの姿を見て、だんだんと体が温まって動けるようになったエール団がようやく口を開く。

 

「た、助かった……」

「本当に……死ぬかと思った……」

 

 思い出すだけでもまた寒さがぶり返すらしく、時折身震いしてはいるものの、それでも呂律が普通に回るくらいには回復したみたいでほっと一息。

 

 焚火に関しては正直使い捨ての物を使っているだけだし、テントを張っているわけでもないのでボクたちはこのまま先に進んだとしても全く問題がない。なので、このままこの焚火をエール団にあげて、ボクたちは先に行こうとお互いで視線を合わせて意見を一致させる。

 

 ボクたちも寒い所には長居したくないための措置だ。

 

 そうと決まれば善は急げ。

 

 ボクとユウリはインテレオンとミロカロスをボールに戻し、他の皆もカバンを背負っていつでも出発できる準備は完了だ。もうここには用がないので、再び入り江の水面を凍らせる準備をしながら、流石にここから無言でいなくなるのもどうかと思ったので、エール団の方に声をかけておく。

 

「もう大丈夫そうなので、ボクたちは先に━━」

「全く、なんでちゃんと忠告しなかったのであーるか!!」

「……え?」

 

 この焚火を置いてボクたちは先に行く。その旨を伝えようとした瞬間にエール団から飛んでくるのはまさかのクレーム。最初は何を言われたのかわからなくて、みんな揃って思わずぽかんとしてしまい固まってしまう。それを反論がないと捉え、さらに調子に乗ったエール団が言葉を続けてきた。

 

「ちょっと足を踏み出して壊れるとわかっていたのならちゃんと教エール!!」

「さては、我々を陥れるための細工だったな!?」

「お、おい。こいつら何言ってるんだ?」

「わ、わからない……」

 

 一足先に石化から戻ってきたユウリとホップが口を開くものの、その内容はいきなりエール団から叩きつけられた理不尽に対する疑問。先ほども言った通り、ボクは彼らが渡る前に忠告をを入れているし、それに対してのレスポンスも返ってきているため、聞こえなかったと言いう言い訳も通用しない。なので、ユウリ達の疑問は至って当然の反応なんだけど、そんな反応をしているボクたちのことなんか無視して彼らはさらに言葉を続ける。

 

「そもそも!最初から分厚く凍らせればよかったのでアール!!」

「お前のモスノウ、弱すぎーる!!」

「むっ……」

 

 どうせまた意味のないクレームを言い続けられる。そう思っていて、とりあえずめんどくさくなってきたのでもういっそのこと無視して先にに進んでやろうか。なんて思った時に聞こえてくるのは、ボクの大切な仲間であるモスノウを貶す言葉。さすがにこれは無視できずに思わずむっとしてしまい、表情にもそれが出てきてしまう。その姿が気に入らなかったのか、エール団もボクを見てさらに言葉を続けてきた。

 

「その目はなんでアールか!!」

「自身の力不足を認めないのは恥でアール!!」

「注目選手も、しょせんは子供でアール!!」

「おい!そもそも悪いのはこっちの話を聞かなかったお前たちだぞ!!」

「耳に垢でも詰まってんじゃねえのおどれらァ!!」

 

 クレームを言いながらどんどんテンションを上げていくエール団の2人による言葉攻めはどんどん激しくなっていく。それに対してホップとクララさんもさすがに我慢ができないといった様子で口をはさむ。ユウリも何か言いたそうな表情をしているけど、彼女はどうやらぐっと我慢してるみたいだ。

 

 一方でマリィの表情があまりすぐれないのがちょっと気になるところだけど……とりえず今はそれどころではないのでおいておこう。

 

 このままでは全くもって意味のない言い合いという、無駄な時間が生まれてしまう。現状このまま寒い所に長居したくないボクたちにとって、こんなところで時間を使うのは本当にもったいない。かといって、もうすでに平和的な解決ができるところは超えてしまっているだろう。

 

「はぁ……もう、めんどくさいなぁ……仕方ない、モスノウ。ちょっと来てくれる?

「フィィ?」

ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……

 

 ならばいまするべきは、相手の会話をぶった切ってでもさっさとこの流れを終わらせること。溜息を吐きながら、いまだにどうすればいいのかわからなくておろおろしてしまっているモスノウを呼び、小声であることを指示する。

 

……いい?

フィィ!!

よし、お願いね!……さて」

 

 これで仕込みは完了だ。あとはエール団と何とかしてバトルに持ち込むようにしないといけないので、まずはホップとクララさんを止めよう。

 

「はん!これだから子供は面倒でアール!!」

「おとなしくしていればいいのでーす!!」

「お前たちなんかより子供の方がよっぽど聞き分けがいいぞ!!」

「喧嘩売ってんのなら買うゾゴルアァ!!」

「はいはい、2人とも落ちついて……クララさんなんかキャラ壊れてるから」

 

 まずはエール団とホップたちの間に体を入れて言い争いを中断。彼らの視線をボクに向ける。

 

「元凶がなに言っテール!!」

「ちょっと成績がいいからってすぐにダーテングになっテ―ル!!」

「それはダーテングに失礼では……?って違う違う」

 

 エール団の言葉に思わずツッコミを入れてしまうけど、すぐに首を振って予定通りに話を進める。

 

「確かに、ボクの腕はまだまだ甘い所があります。あなた方の言う通り、最初から分厚い氷で凍らせてしまえばこんなことにはならなかったでしょう」

「やっと認めたでアールか!!」

「遅いでアール!!」

「お、おいフリア……」

 

 ボクが認めたことが不満なのか、ボクのことを想ってなのか、とにかくまだ反論したそうな雰囲気を醸し出すホップ。そんな彼をさりげないウィンクひとつで抑えて、ユウリの方にも視線を向ける。すると、ユウリはボクの意図に気づいてくれたらしく、こちらを向いて頷き、みんなに声をかけてボクの後ろに下がるように集まっていく。

 

 みんながちゃんとボクの後ろに下がり、ボクがこれからしようとしていることに巻き込まれない位置についたのを確認して、ボクは次の言葉を紡ぐ。

 

「ですが、そもそもこの水を凍らせることすらできないうえ、人の話も聞かない人には言われる筋合いがないですね。しかも……明らかに自分より弱い相手に」

「「な、何だと!!」」

 

(うわぁ、仕方ないとはいえ、らしくないこと言ってる……)

 

 おおよそ普段の自分が言わない言葉故、物凄く違和感を感じて気持ち悪いけど、ここはぐっと我慢。

 

「そこまで言うならバトルで決メ―ル!!」

「泣いて謝っても許さなーい!!」

「「フォクスライ!!」」

「モスノウ!!」

 

 ボクの簡単な挑発に乗ってフォクスライを呼び出すエール団の2人。それに対してボクは、いまだにボールに戻してなかったモスノウを近くに呼び込む。

 

 1対2の変則的バトル。

 

 当然数が多い相手が有利なため、ホップが参戦しようとしてくれるものの、それをユウリが止めているような会話がうっすらと聞こえてきた。ユウリにちゃんと作戦が通じてて、ちゃんとこちらのして欲しかったことをしてくれていることに嬉しさを感じながらも、今は目の前のことに集中する。

 

「たった1匹とは、舐められテール!!」

「その慢心、後悔するデース!!」

「「『あくのはどう』!!」」

 

 ユウリの行動から1対2で勝てると思われていることに気づき、そのことに対して舐められていると判断した2人がすぐさまフォクスライへと攻撃命令を下す。

 

 技はあくのはどう。

 

 フォクスライの口元に集まっていく黒色のエネルギーは、パッと見ただけでもなかなかの威力を秘めていることが見て取れ、いくらこおりのりんぷんによってダメージを抑えられるモスノウと言えど、少なくないダメージを負う可能性がある。それも、2体分一気に飛んでくるのなら尚更だ。

 

 しかし、それはあくまで、()()()()()()()()の話。

 

「モスノウ、『ふぶき』」

「フィィッ!!」

 

 ボクの指示とともに放たれる雪の嵐。周りの空気を巻き込んで放たれるこおりタイプの大技は、先程水面を凍らせた時よりも何倍もの威力を持ってフォクスライたちを襲っていく。あくのはどうにて迎撃しようにも、ふぶきの速度が予想以上に早かったのか、技を打つ前にふぶきが襲いかかってきてしまい、2匹揃ってもみくちゃにされていく。

 

「「ああぁぁぁぁれええぇぇぇぇ!?!?」」

 

 さらにふぶきはフォクスライたちだけでなく、その後ろに控えていたエール団をも巻き込んで吹き荒れる。せっかく温まった体を再び冷やされて、水に落ちた時ほどではないにしろ、寒さでまた体をを震わせてしまうこととなったエール団の2人は、2匹のフォクスライと一緒に仲良く地面に不時着。技の当たりどころが悪かったのか、2匹のフォクスライも目を回しており、戦闘不能の様子を見せていた。

 

「いったたた……ト、トレーナーごと攻撃とは、卑怯でアール!!」

「それが許されテールなんてアリエーナイ!!」

「それは失礼しました。ですが、あなたがたの意見を尊重するならこれしか無いと思いまして……」

「「……は?」」

 

 トレーナーごと放たれた攻撃に憤りをぶつけてくるエール団。確かに、ちょっとやり過ぎたかなと思う反面、うちのモスノウはちゃんと人間への害が出ないように技を調整していたし、そもそも今のふぶきは()()()()()()()()()()()()()。その意味を最初こそ理解できなかったエール団。

 

 すぐに気づきそうにないそんな彼らに、仕方ないので指で下を指し、地面を見るように伝えると、そこでようやく気づいてくれた。

 

「「ま、まさか……」」

 

 今2人が立っている場所。そこは、先程まで自分たちが溺れかけていた場所。つまり、本来なら水の上である場所。先程の光景がフラッシュバックした2人は、また落ちるのでは無いかと慌ててその場から動こうとし……

 

「「な……なぁっ!?」」

 

 見渡す限り、全ての水面が凍っているこの状況に腰を抜かしてしまった。

 

「これで皆さん無事に渡れますね!では失礼しますね?行こ、みんな。モスノウもありがとね」

「フィッ!」

 

 そんなエール団の横を歩きながらみんなを呼んで先に進む。この時にモスノウをボールに戻すのも忘れない。ボールを腰のホルダーに戻しながら先を行くボクに、他のみんなもすぐに駆けつけてくれる。

 

「凄いぞフリアとモスノウ!!入り江を一瞬で凍らせるなんて!!でもなんかおかしかったような……?」

「確かに凄い……けど、どうやって?」

「さっきのふぶきのこと?」

 

 隣に駆けて来たホップとユウリからかけられた言葉。それは先程のふぶきについて。最初に凍らせるために打ったのと、さっき打ったのとで威力が違いすぎることについてだろう。

 

「別に特に何も無いよ?ただ、ボクがエール団と話して時間を稼いでいる間、ずっと『ちょうのまい』をしててってお願いしただけだね」

 

 エール団との会話。あれはモスノウが積む時間を稼ぐためのもの。能力を一時的に上昇させる技は、基本的にはボールに戻ると元に戻ってしまう。しかし、これは逆に言えば、ボールに戻さなかったら続くという意味でもある。そして今日ボクはモスノウを1度もボールに戻していない。なので、フォクスライを呼ばれるまでにとにかく積みまくって、いきなり能力の極まったモスノウの攻撃で、さっさと凍らせてしまったという訳だ。

 

 特に深いタネがあるわけでもなかったんだけど、ホップとユウリは素直に感心したらしく、ため息をついていた。

 

 ちょっと恥ずかしい。

 

「みんなごめん……多分、あたしのせいで……」

 

 一方でここまで喋らなかったマリィは明らかに落ち込んだ様子を見せていた。マリィ自身が悪いことなんてひとつもないんだけど、マリィからすれば自分の応援団の起こした問題なのなだから、その気持ちはなかなか割り切れるものでは無い。

 

「大丈夫、みんなマリィのせいって思ってないから」

「センパイが気にしなくても大丈夫的なァ?」

「うん……」

 

 みんなもそれをわかっているので、励ます言葉があまり思いつかない。少しだけ重くなってしまう空気。しかし、ここで足を止める訳にも行かない。

 

「とりあえず、先に進もう!!足を止めるのが一番勿体無いよ?」

「「「「うん!!」」」」

 

 少しでも明るくなるように元気に声を出すボク。その姿を見て、少しだけ明るくなったみんなの返事。

 

 周りを見渡すと、先程よりも目につくようになったエール団と他のジムチャレンジャーとのいざこざ。

 

(まだまだ、一波乱ありそうだなぁ……)

 

 その事に内心ため息をつきながら、ボクたちはまた足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キルクスのいりえ

実機だと全部水ですけど、実際には皆さんどうわたっているんですかね?
渡る方法自体はたくさんあるから困ることはなさそうですけどね。

エール団

厄介オタク。
ここで邪魔した理由は、みんなが引き返した後こっそり迎えに行けばマリィさんだけが先に進めるのでは?という意図があったりします。

ちょうのまい

公式バトルではないので陰で積みまくれば、常に最強のモスノウを準備できますね。
特攻、特防、素早さ常時4倍のモスノウなんて考えたくないですが。






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102話

「ここまで来ればだいぶ暖かいかも!!」

「天気は曇ってきたけど、景色から雪は消えてきたぞ!!」

「入り江と比べたら天と地のさかもォ!!」

「懐かしい風……帰ってきたと……」

 

 キルクスのいりえを凍らせて、その水面渡ること数時間。寒い寒いと身体を震わせながら何とかこの入り江を乗り越え、そのままスパイクタウンへの道を歩き出したボクたちは、エール団からの邪魔を何回もいなしながらようやく9番道路の次のエリアに到着することが出来た。

 

 何故か急に、そして明らかに増えたエール団からの妨害に若干の不満を募らせてはいたものの、寒さという1番わかりやすい制限から解き放たれた開放感が強く、だいたいみんなの顔は晴れ晴れとしたものだった。

 

 強いて言えば、マリィだけは自分の応援団が関係しているだけあってか少しテンションが下がっていた。けど、それも自分の故郷が近づいてきたことによる安心からか、ちょっとだけ柔らかい表情に変わっていた。

 

 スパイクタウンはずれ。

 

 文字通りスパイクタウンすぐそばの道路のことで、9番道路を構成する道路の一つ。キルクスのいりえと違って雪景色がなくなり、比較的暖かい印象を受けるものの、あられや雪がよく降る場所の近くということもあってか、天候が曇り空になりやすい場所となっている。そのため、ちょっと言い方を悪くすれば、少しどんよりとした空気感を与える場所になるかもしれない。

 

 個人的にはちょっと落ち着く雰囲気を感じるから好きではあるんだけどね。

 

 そしてこの道路までくれば、いよいよ7つ目のバッジを貰う場所、スパイクジムが目と鼻の先になる。

 

(マリィのお兄さんが担当しているジムだよね……)

 

 ボクたちの仲間であるマリィの兄がジムリーダーとして君臨している場所で、かつかなり珍しいあくタイプのジムリーダーだ。

 

 あくタイプの四天王はちょくちょく名前を聞くんだけど、あくタイプのジムリーダーは聞いたことがない。このガラル地方には四天王がいないため、ガラル地方のジムリーダーで2番目に強いというのは実質他の地方の四天王クラスの強さという事では?と思わなくはないんだけどね。いや、むしろジムリーダーさえもストイックなこの地方においては、他の地方の四天王よりも全然強い可能性だってある。

 

 ダンデさんを入れればおそらくNo3の実力者。間違いなく苦戦を強いられるだろう。

 

(けど、だからこそワクワクするところもあるよね!!)

 

 しかもなんとこのスパイクジム、ガラル地方のジムの中で珍しくダイマックスができないジムとなっている。

 

 ガラル地方のジムスタジアムは、基本的にダイマックスエネルギーがあふれているところに建てられることによって、ポケモンバトル時にもダイマックスを行えるようにしてしてあるんだけど、どうやらここスパイクタウンにはそのダイマックスエネルギーのパワースポット的なものがないらしい。

 

 つまりそれは、ここではダイマックスのないガチンコバトルをしないといけないということになる。

 

 そのせいかガラル地方の中ではあまり人気のないジムみたいで、どうやらジムチャレンジはおろか、ジム戦すら中継されないみたいなんだけど……シンオウ地方ではダイマックスなんてなかったため、ボクにとっては物凄く馴染みのあるバトルができるという事だ。

 

 別にダイマックスが嫌いというわけではないんだけど、たまにはそういったものがないバトルも楽しみたいよね。

 

 というわけで、できることなら一日でも早くスパイクタウンのジムリーダーである、マリィのお兄さんに挑みたいんだけど……

 

「なんか、嫌な雰囲気?」

「もめてる?」

 

 スパイクタウンへの入り口までもう少しというところで、その入り口付近に沢山の人影が集まっているのが確認できた。最初は何かのイベントか催し物で盛り上がっているのかな?なんて思っていたけど、集団から聞こえる喧騒がどこか雰囲気の悪いものに聞こえるため、どうやらあまりいい空気ではなさそうだ。

 

 ボクとユウリの言葉に、周りの人も顔を見合わせながらどうするかを考え、とりあえず近づいて状況を確認しようということに。

 

 近づいてみてわかったことは、どうやらスパイクタウンの前に集まっている人たちの大半はジムチャレンジャーらしく、ここまで生き残った猛者ということもあってか、あまりガラル地方の人に詳しくないボクでも、どこかで見た事が、ないし聞いたことがある選手がちらほら見かけられた。

 

 これから先このジムチャレンジを大きく荒らす可能性もあるので、時間があれば少しくらいお話しして交流を深めるのもありかもしれないとは思ったけど、だれもかれもそれどころじゃないといった空気を纏っている。

 

 その空気の正体は何か探ろうと思い近づいてみた結果、その答えは意外とあっさりと見つけることが出来た。

 

「あれ、スパイクタウンの入り口が閉まってるぞ?」

「これじゃあスパイクタウンに入れないジャン。そりゃみんな荒れるわよねェ」

 

 ホップとクララさんの言う通り、人だかりができている所まで近づくと、スパイクタウンの入り口がシャッターでとじられているのが目に入る。それも工事とか事故があって仕方なく閉じているというよりは、人を通らせないようにするためにわざと閉じているという空気だ。その証拠に、スパイクタウンの入り口を閉じているシャッターの前にはエール団が何人もおり、明らかに彼らが意図的に占めているのだということが見ただけでわかってしまう。

 

「マリィ、何か知ってたりする?」

「あたしにもよくわからなか……なんで入り口を……」

 

 自分の応援団だから何か知っていることはないかな?という淡い期待の下、マリィに対して質問を投げかけてみるものの、帰ってきた言葉はやっぱり否定。自分の応援団だからと言って、自分とかかわりがあるかと言われたら怪しい所があるので当たり前と言ったら当たり前なんだけどね。ファンクラブとかって、本人が知らないところで勝手にできるものだし……

 

「この封鎖って、いつからされてるんだろう?」

「パっと見た感じ、そんなに前からされている感じはないよね……」

 

 ユウリと意見を合わせながら周りを見てみる限り、おそらく封鎖されたのは昨日とか今日の朝からとか、とにかく直近じゃないかなという予想だけはできた。というのも、周りを見渡した時にボクたちよりも2日だけ先にキルクススタジアムを突破したマクワさんがこの周りにその姿がないからだ。ボクたちが打ち上げ等でキルクスにそこそこいたというのあるかもしれないけど、それにしたってマクワさんとくらべて、無茶苦茶というほど進行度に差はあいていないはず。にもかかわらず、ここにいないということは、おそらくマクワさんはもうここを突破しているという事なのだろう。

 

(ってことはもうナックルシティに向かっているってことだよね?さすがマクワさん……って今は気にしてる場合じゃないか)

 

 マクワさんの進行状況や、ここのジムでどんな戦い方をしたのかとかは確かに気になるけど、今はそれどころではない。

 

『おいどうなってんだよ!!』

『早くここを開けなさいよ!!あくタイプのジムリーダーに挑戦できないじゃない!!』

『今は諸事情により開けられないのでアール!』

『しばらく待っているでアール!!』

『ならせめてその事情が落ち着く時期をアナウンスしなさいよ!!』

「こっちにも期限っていうのがあるんだよ!!」

『ジムチャレンジ期間はまだまだアール!』

『それくらい待てばいいでアール!!』

 

 激化するジムチャレンジャーとエール団の口論。次から次へと続いて行くお互いの主張にこちらが付け入る隙なんて一つもなく、この騒動を治めようにもどうすることもできない。

 

 確かにエール団の言っている通り、ジムチャレンジの期限というのはまだまだ余裕がある。ボクたちの進みが順調だから勘違いしそうだけど、本来ならこのジムチャレンジは、突破にかなり日数がかかることを想定されているためそこそこ長い期間が設けられている。その期間は今からから数えても数ヵ月は十分にある。

 

 このスパイクタウンを数ヵ月もの間封鎖するとなると、さすがにリーグ委員会からの忠告や圧力がかかるだろうから、正直放っておいてもそのうち解決する問題ではありそうな気がするけど、だからと言ってずっとここで足止めを喰らうのは普通のチャレンジャーからしたら面白くない話であるし、この先二番目に強いジムリーダーと、最強のジムリーダーが控えているのに、準備期間が削られるというのは勘弁願いたい。

 

 以上のことから、できることならスパイクタウンにもできる限り早く入りたいという気持ちはある。

 

 エール団が行っているのが仕方なくではなく、こちらを足止めするためという理由である以上、余計に解決できるなら自分たちの力で解決したい。けど、このまま騒動が大きくなれば、先ほども言った通りこちらが介入するのも難しくなってきて……

 

(もしかしてこうやって騒動が大きくなってさらに遅延することをも計算してこの問題を起こしてる……とか?)

 

 だとすれば間違いなくこの騒動はこれからも大きくなるだろうから、エール団の狙い通りになっている。このままどんどん大きくなっていけば、リーグ委員会に出てきてもらうまで待機という長い長い足止めを喰らうことになるだろう。

 

(どうにかこの問題を解決してスパイクタウンに入りたいなぁ)

 

 勿論例えここで時間稼ぎをされたとしても、期限内にジムチャレンジを突破できる自信はある。しかし、ジムチャレンジを突破というのはあくまでも本戦に出るための予選でしかない。つまり、予選を早く抜けることが出来れば、その分早く、そして長く本戦への準備をする期間を取ることが出来るというメリットがある。

 

 本戦になればユウリたちと全力でぶつかることになるし、さらに先に進めば、今までこちらの壁となるために調整されたポケモンで戦っていたジムリーダーたちも本気を出してこちらを蹴落としてくるライバルになる。そのことを考えると、準備期間は長ければ長いほど嬉しい。

 

 マストではないけどやはりここはできるならさっと先へ進みたい。

 

 無理そうなら無理で、その時は仕方ないと諦められはするんだけど、一応自分たちだけでも解決できる方法がないかは考えておきたい。そう考え、とりあえず何かできることはないかと頭を働かせて……

 

「ちょっとフリアっち!速くこっち!!みんなもォ!!」

「うぇ!?クララさん!?」

 

 思考の海に飛び込もうとしたところで、クララさんに腕を引っ張られてスパイクタウンの入り口から少し離れた草陰に押し込められる。それもボクだけでなく、ユウリたちも含めた全員でそろって連れてこられたらしく、みんながみんなどうして連れてこられたのかわからないといった表情を浮かべていた。

 

「クララさん、急にどうしたの?」

「いきなり腕を引っ張られるからびっくりしたぞ」

「せめて引っ張るなら一声かけても……」

「あまァいィ!!」

 

 草陰まで押し込められて、一息つけられるようになってからクララさんに言葉として疑問を投げかけると、そんなボクたちの発言を上からかき消すようにクララさんが指を差しながら声を上げた。声量自体は大きくなかったんだけど、そのあまりにも急な勢いに思わず気圧されるボクたち。そんなボクたちの姿を見て、クララさんはやれやれと言った様子で言葉を続ける。

 

「今の状況がどれだけやばいか、みんな分かってなぁいィ!!もっと危機感持ってもらわないと困るんですケドォ!!」

「やばい……?確かにすぐにスパイクタウンのジムに挑めないのは不便だし、ジムミッションの突破が遅れたら、その分本戦の準備が遅れるから嫌だとは思うけど……」

「危機感を持つほどのことなのかな……?さすがに催し物に支障が出るとなると、ローズ委員長が黙ってないと思うから、最悪時間が解決してくれそうだと思うんだけど……」

 

 どうやら速くジムチャレンジを抜けて準備をしたいと思っていたのはボクだけではないみたいで、ホップとユウリからもその旨が受け取れるような言葉が聞けた。けど同時に、例えここで足踏みすることになっても大きな問題にはならないだろうと思っているということも感じ取れた。

 

 おおよそボクが頭の中で考えていたことと変わらない。なので、どちらかというとボクもなんでクララさんがこんなに切羽詰まったように発言しているのかがわからない。ここまで発言してないマリィもそこは同じようで、ボクたち4人そろって首をかしげていた。

 

「本当にわからないのォ!?」

 

 その事が信じられないみたいで、物凄くショックそうな顔を浮かべるクララさん。そこまで言われてもわからないものはわからないので、ボクたちとしてもどう反応すればいいのかわからず困っていると、溜息を吐きながらクララさんが説明をしてくれた。

 

「いい?今この問題はエール団っていうマリィセンパイの大ファンたちが起こしている。そこは理解しているよねェ?」

「「「「うん」」」」

 

 言われるまでもない情報にとりあえず頷くボクたちと、そこからさらに続くクララさんの言葉。

 

「エール団のみんなはァ、マリィセンパイに勝ってほいいと思っているしィ、マリィセンパイが勝つためなら応援だってするしィ、そのほかの援助だって惜しまないっていう心持ち的なモノを持ってるでしょォ?」

「……うん」

 

 次の説明に関して反応したのはボクのみ。他の皆はじっとクララさんに視線を向けていた。

 

 少しだけ、クララさんの言いたいことが見えてきた気がする。

 

「そうなってくれば、エール団の動きはマリィセンパイと関りが薄い他人からしてみれば、全部マリィセンパイに有利な出来事として捉えることが出来るってことでしょォ?」

 

(……なるほど)

 

 ここまで来てクララさんが何を言いたいのか、理解できてしまった。

 

「では問題ィ!そんな時にマリィセンパイの生まれ育った町が、マリィセンパイの大大大ファンのエール団によってなぜか閉鎖されちゃったァ!!……ってなったら、まったく事情の知らない人は……なんて思うゥ?」

「……マリィが、自分のライバルをできる限り蹴落としたいから、エール団に他のジムチャレンジャーの足止めを依頼しているように見える」

「……フリアっち、正解ィ」

「「なっ!?」」

「……」

 

 ボクの回答にマルをつけるクララさんと、そのやり取りに驚きの声を上げるホップとユウリ。マリィは未だに沈黙を貫いている。

 

「いやいや、マリィはそんなことをお願いするような卑怯なやつじゃないぞ!!」

「そんなことはうちたち全員が知ってる的なァ?マリィセンパイがそんなことするはずないのはうちたちにとっては当然の事実だしィ。……けど、マリィセンパイのことをそこまで知っている人って意外と少ないって話ィ。何も知らない人の方が圧倒的に多いしィ、その多数の人間にとってェ、今回の問題はマリィセンパイによって引き起こされているんじゃないかァっていう考察の余地を与えてしまってるって事ォ。……そういう界隈ではよくあることよ」

「で、でも……!!」

 

 クララさんからの説得力のある言葉に、それでも反対したくて言葉を続けるホップ。ホップの、仲間を信じたい。そして何よりも仲間を悪者にしてほしくない。そんな気持ちが強く表れるその言葉は、確かにホップの言葉を押してあげたくなるものの、現実はそんなに甘くはない。ホップの言葉を聞いて、それでもあまり浮かばな表情を浮かべたクララさんは、そっとスパイクタウン入り口に集まっているジムチャレンジャーの方へ向けて指を差す。その指の先に視線を向け耳を傾けると、ジムチャレンジャーたちの声がかすかに聞こえてきた。

 

『エール団って確か……』

『マリィ選手を応援してる団体だよな……』

『ってことは、この騒動もマリィ選手が裏で糸引いてたりするのか?』

『嘘……私密かに憧れてたんだけど……ショックだなぁ……』

 

 内容はマリィを疑う声。この会話を聞いてしまったホップとマリィの顔色が少し悪くなっていく。

 

「勿論マリィセンパイがこの騒動の首謀者の犯人だって証拠はどこにもないしィ、実際に犯人じゃないからどれだけ証拠探してもそんなものは見つからない。けど、噂が広まるのは犯人の可能性があると思い込ませるだけで十分なんだよねェ。だから、このままこの騒動を放置しちゃったら、この問題の責任はマリィセンパイに行く可能性が高くなっちゃうのォ」

「そんな……」

 

 クララさんの言葉にますます嫌な予感が募っていく。声を上げているのはユウリだけだけど、ホップとマリィも慌てたような表情をしているし、実際にこのままいけばクララさんの言う通りの結末を迎えることになるだろう。

 

 この騒動のストップが、『できればやりたいこと』から『絶対にしなければいけない』という最優先事項に変わった瞬間だ。

 

「だからそうならないように、今からうちたちで対策を考えるのォ!!確かにまじヤバな状況だけど、まだ確定してるわけじゃないんだからァ!!全力で止めちゃうぞォ!!」

 

 クララさんの言葉を聞いてみんなの表情がまた変わる。先ほどの暗い顔からなんとしてでもこの騒動を治めるために動くという覚悟の顔へと。

 

「そうとなると、どうやってこの騒動を止めるべきかを考えなきゃだよね……」

「でも、今のままだともう騒動がそこそこ大きくなってきてるから、私たちの言葉を通すのは難しいかも……」

「ローズ委員長に報告じゃダメなのか?」

「それだと結局マリィセンパイが首謀者だったという可能性が消せないじゃん?うちたちの目標は、この騒動をただ止めるだけじゃなくってェ、この騒動を止めたうえで、この騒動の犯人がマリィセンパイじゃないってことを証明しないとダメってことダカラァ……」

「リーグに報告だと、根本的な解決じゃないってことだね」

 

 想像以上に面倒なこの状況。どうにかしてこの状況を打破しないといけないのに思った以上に壁が高くて、いろいろ作戦を組み立ててもどれもうまくいかないような気がしてまとまらない。

 

 こうして皆でうんうんうなっている間にも時間は経過していき、遠くの騒動も現在進行形で大きくなっている。この近くにポケモンセンターなどがないため、キャンプをするしか夜を明かす方法がなく、そしてスパイクタウンの前に集まる人がキルクスタウンから少人数ずつとはいえ徐々に流れてくるため、人数が減ることがない。

 

 騒動が大きくなるスピードは、ボクたちが思っている以上に大きい。これは本当に急がないと危ないかもしれない。そこまで考えていた時に、ここまでずっと黙っていたマリィから提案が出る。

 

「みんな。こうなったら内側から無理やりこじ開けるしかなかと!!」

「「「「内側から……?」」」」

「うん。……こっち!!」

 

 こちらの意見を聞くよりも先にみんなを引っ張って、スパイクタウンの入り口横にある物陰へと走っていくマリィ。この時に、できる限り他のジムチャレンジャーたちの視線にマリィが入らないようにしっかりと人陰を作っておくのを忘れない。

 

 草むらとスパイクタウンから出た荷物が詰め込まれているであろうコンテナ群を抜けて、小さな裏路地を通っていくボクたちは、ほどなくしてスパイクタウンがあると思われる場所に入れそうな小さな入り口の前に到着した。

 

「ここは……」

「スパイクタウンはあたしにとって生まれ育った場所だから、ちょっとした裏道とか全部知ってるんよ。だから、例え入り口を封鎖されたとしても、あたしはスパイクタウンに入ることが出来ると。だからこそ、エール団のみんなは入り口を封鎖したんだと思う」

「成程……」

 

 確かに、裏口のことを知っているのがマリィだけならば、入り口を封鎖した時もマリィだけは支障をきたさずに先に進めることが出来る。しかしそれは同時に、先ほどのクララさんのあげたこの騒動の主犯がマリィである説を押してしまう証拠の一つにもなりうる。この通路を通って中に入るのは、いわば諸刃の剣だ。

 

「いいの?マリィ……」

「どうせこのまま放っておいても事態は悪化するだけと。なら、あたしも覚悟きめんと!!エール団のみんなの思いは嬉しいけど、やってイイこととダメなことがあると!!」

 

 マリィの表情がきりっとしたものに変わる。その変化を受けて、ボクたちの覚悟も決まっていく。

 

「おっしゃァ!!じゃあお前ら。いくゾォ!!」

 

 クララさんの言葉に頷いて、ボクたちはスパイクタウンへと駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




スパイクタウンはずれ

地味に珍しい、天候が曇り固定の地域。
ポケモンバトルにおいて曇りに効果はないのであまり関係はありませんけどね。
いつか曇りにも意味が出来そう……

スパイクタウン封鎖

実際問題、こんなことがリアルで起きたらマリィさんの立場が危ないどころではないなぁと。
クララさんがそのことに最初に気づいたのは、地下アイドル生活をしていたことによる経験から。
クララさんはこの場面だと凄く動かしやすいんですよね。




アニポケでゲッコウガが出ましたけど、やっぱりゲッコウガはサトシの手持ちでも最強格の一体なんだなぁと改めて感じましたね。
こういうの凄く好きです。


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103話

「ここが……マリィセンパイとネズ様の生まれ育った町……」

「そう、スパイクタウンと」

 

 クララさんとマリィの言葉を聞きながら周りを見渡すボクたち。

 

 スパイクタウン。

 

 ガラル地方の東部に存在する町で、一目見た時の感想は、『ここまで見事なアーケード街は見たことがない』だった。全ての建物がアーケードとしてつながっているこの町は、外が常に曇り空になっていることも相まって、全体的に少し暗い町並みになっている。ほとんどのお店と思わしき建物が、シャッターを閉じているせいで感じるもの寂しさも、この町が暗く寂れているということを意識させてくる要因の一つになっているだろう。しかし、その分ネオンの街灯や看板が色とりどりに光っていて、そういった意味では寂れているように見える街中にも花があるというか、煌びやかさは感じることが出来る。

 

 あまり人気のない町とは言われているけど、これはこれで味があるというか、独特な雰囲気があってボク個人の感覚としては、そんなに嫌いではないといったところか。

 

 もっとも、住んでいる本人からすればもっと盛り上がってほしいだろうし、寂れているのは事実ではあるので、マリィがどうにかしたいという気持ちも凄く分かってしまう。町を盛り上げるかどうかの理由にボク個人の感情はあまり関係ないしね。

 

 さて、そんなスパイクタウンに到着したボクたちだけど、本来の入り口ではなく裏口から入り込んでしまったため、今ボクたちがいるのがスパイクタウンのどのくらいの場所なのかがよく分かっていない。土地勘のあるマリィならどこのどのあたりかと言いうのは正確に把握しているだろうから、今頼りになるのは彼女だけだ。

 

「マリィ、無事にスパイクタウンに入ってこられはしたけど、これからどうするの?」

「それは……」

 

 そのためマリィにこれからどうするかを聞いてみるけど、マリィ自身も騒動が大きくなりすぎてまずどこから手を付ければいいのかわからないので頭を回している状況だ。

 

「この騒動をどうにかする方法だけどォ、うちの中では二種類あると思ってるわけェ!」

 

 そんな彼女を支えるためか、クララさんが2つの解決方法を提示する。

 

「1つはうちたちでこのスパイクタウンのシャッターを内側から解放してェ、みんなの前でマリィセンパイがエール団を説教する的なァ?もしくはァ、誰かがマリィセンパイの仕業じゃないってことを大きく発信すれば大丈夫的なァ?」

「こちらで道を作る感じだね」

「ただァ、この方法って力業なところあるからァ、多分沢山のエール団を片っ端からぶっ潰す必要があるからァ、結構重労働ってことは覚えてほしい的なァ?」

 

 1つ目は敵陣中央突破。

 

 恐らくシャッターのボタン前にはエール団が沢山控えているだろうから、そこで控えている彼らを全員倒さなくてはいけないということを考えたら、確かにかなり疲れることになるだろう。普通に体力を使うのは勿論のこと、この後ジム戦が控えているということを考えても、できる限り疲れは残したくない。クララさん的にも、こちらはあくまで仕方なくとる戦法の1つという事なのだろう。ということは、本線はもう1つの作戦。

 

「もう1つは、マリィセンパイに奥に走ってもらって、ネズ様にこのことを伝えて騒動を止めてもらう的な作戦?」

「確かに……アニキはこのこと知っとるんかな……?」

「スパイクタウンのジムリーダーが自分の町の出来事を把握していないって、そんなことあるのか?」

「可能性はあると」

 

 ホップの純粋な疑問に対してすぐに返答するマリィ。

 

「シャッターを操作する盤と、アニキが待っている場所は正反対の位置。そして、アニキがいつも通りに過ごしているのなら、このスパイクタウンの奥でライブしているだろうから外の喧騒もアニキには届かない。エール団の人たちも、それを知っているからこそこんな方法を取ってるんだと思う」

 

 マリィの言葉を聞いて納得するボクたち。これが最初の方のジムならば、人が来ないことそのものに疑問を抱くから気づくなんてこともあるだろうけど、ここは7番目のジム。挑戦できる人も少ないから、人が来ないという事に最初から疑問を抱く必要がない所も、ジムリーダーであるネズさんがこの騒動に気づくのを遅らせる要因の一つになっているのだろう。

 

 こうして状況を考えてみると、エール団のやっていることは大胆なように見えて実は理にかなっているんだなということが、分かりたくなかったけど分かってしまった。意外と頭の切れる集団のようだ。

 

 しかし、逆に言えばこの問題はネズさんに状況を伝えることさえできれば、すぐに解決へと持っていくことが出来るという事でもある。そして、こちらにはその状況を伝えるのに一番適任なマリィという存在がいる。

 

「ってことは、あたしが今からアニキのところまで走ってこのことを伝えれば、大丈夫っていう実は簡単な問題だったってこと?」

「……まァ、実はそうなる的なァ?」

「……今すぐ行ってくるとッ!!」

 

 そうとわかった瞬間、スパイクタウンの奥に猛ダッシュしていくマリィ。

 

 どうでもいいけど、マリィとはここまでそこそこ一緒にいて、たくさんの姿表情や姿を見てきたけど、ここまで本気で走り出した彼女の姿は見たことがないかもしれない。

 

 マッスグマもびっくりする勢いで奥まで駆け抜けてしまい、あっという間に後姿が見え無くなってしまったマリィを見送ったボクたちは、物陰に隠れたまま顔を見合わせるようにしゃがみ込んで話し合う。

 

「ここまで乗り込んだは良いけど、結局はマリィ1人で解決しそうだね」

「俺たちが気合を入れて入ってきた意味がなくなったぞ……」

 

 苦笑いをしながら喋るユウリに対して、目に見えて肩を落とすホップ。ホップとしては、仲間を守るためだと意気込んでいたのに、実際にはやることがなかったという肩透かしのせいで消化不良なのだろう。

 

「気持ちはわからなくはないけど、すぐに解決できるのならそれに越したことはないんだからいいんじゃない?」

「そうそう!うちたちも楽できてマリィセンパイもちゃんと問題なく解決できる。さいっこうにいい流れだと思うんだけどなァ。ホップきゅんも素直に喜んじゃおォ!!」

 

 テンションを上げながらも、町を歩くエール団には見つからないくらいの声量で叫ぶという地味に繊細なことをするクララさんの言葉に改めて苦笑いを残しながらも、彼女の言っていることが全面的に正しいため特に反論もすることなく、問題も解決できそうということも相まってか、柔らかい雰囲気を迎えながらその場で待機するボクたち。

 

 もうボクたちにやることがない以上ここに残る必要もないので、裏口からこっそり外へ出て入り口まで戻っても問題はないと思うけど、それだとマリィが返ってきたときにびっくりさせてしまうからということで一応残っておく。万が一何か起きた時に対処もしやすいからね。

 

 そんなゆるーい雰囲気をもってマリィを待っているボクたち。そんなボクたちのところに、近くを歩いていたエール団の声が少し聞こえてきた。

 

「さて、この足止めでちょっとでもお嬢の手助けになればいいんだけどなぁ……」

「大丈夫だって。いくら優勝候補って言っても、そもそもバッジが取れないんならそれ以前の問題だからな」

「それもそうだな」

 

 内容はこの作戦の手ごたえについて。マリィとすれ違うことがなかったのか、この作戦の成功を信じて疑わない彼らは、エール団のいつもの口調を崩して歩いていた。

 

 こうして普通の会話で話しているところを聞くと、普段のエール団の変な喋り方とのギャップがあってものすごく変な感じがしてしまう。

 

「あいつらも普通に話すことあるんだな……」

「服装がエール団なのに、口調が普通だとものすごく違和感があるね……」

「キャラづくりって大変だからねェ……」

「「「キャラづくり……」」」

 

 皆も同じことを思っていたらしく、苦笑いをこぼしながら話している中、クララさんから告げられる言葉。クララさんが言うとものすごくいアリティがあるから反応に困る。

 

 兎にも角にも、エール団が闊歩する町ならばやはり見つからないに越したことはない。向こうの普通の会話がこちらに聞こえたということは、こちらの会話も向こうに届くという事だ。マリィが向かっている以上、これ以上状況をややこしくする必要はないのであとは黙って事の顛末を見守るのが一番丸く収まる。それを皆も理解しているので、一応さらに物陰の奥に入り込むようにして、声量も抑えめにして……

 

「いやぁしかし、ここで優勝候補を抑えられたのはでかいよな」

「だな。あいつの戦いを何回か見たけど、ひとりだけ俺らから見ても実力ヤバそうだったし……」

「さすがにあいつが勝ち残ったらお嬢が勝つ未来も……」

「だよなぁ……」

「お嬢の、ジムチャレンジを優勝してスパイクタウンを盛り上げたいっていう願いを叶えるためなら、悪役でも何でもなってやるさ」

 

「……」

 

 そんなことをしながら再び聞こえてきたエール団の会話は、マリィがジムチャレンジに出場している理由の一端について触れる内容だった。

 

 スパイクタウンを盛り上げるため。

 

 自分の地元のこの状況を憂いて、この町を盛り上げるために頑張ってくれているマリィに、少しでも有利な状況を作り上げたい。たとえそれが、自分たちが嫌われることとになったとしても。

 

 当然褒められたことではない。けど、このスパイクタウンの状況と、マリィの思いの強さを知っていれば知っているほど、エール団の動きがだんだんと理解できてしまった。

 

(そういえば、マリィのジムチャレンジに向ける思いの強さってそんなに深く知るタイミングってなかったけど……)

 

 少なくとも、エール団にこれだけの覚悟をさせるくらいには大きいということは今の会話でわかってしまった。と、同時にボクを襲うのは、部外者であるボクがこのまま注目を奪ってもいいのかということについて。

 

 勿論、ここでボクが上にあがって注目を集めたって何も悪いことはしていないので責められる筋合いなんて1つもない。けど、ボクが上に進めば当然その分マリィが下がることになる。そうなればこのスパイクタウンの状況はこのままということになるわけで……

 

(どうするのが正しいんだろ……?)

 

 このスパイクタウンの空気は好きではあるけど、盛り上がるに越したことはない。なまじマリィと仲が良いこともあるせいか、余計にその思いを応援したいという気持ちも出てきてしまう訳で。ボクがこのガラル地方に来た理由が、自分の弱さのせいで挫折したことが原因だということもあり、自己中心的な自分の願いと比べるとマリィの願いが物凄く立派なものに見えてきてしまい、思わず自分の手が止まってしまう。

 

 一瞬だけよぎってしまう、このままリタイアしてしまった方がいいのかもしれないという考え。しかし、その考えをあざ笑うかのように、一つの影がボクの前を横切っていった。

 

「ちょっと、あんたたちィ!!」

 

 その正体はクララさん。

 

 エール団に見つからないようにと隠れていた彼女が、いつの間にかボクたちのそばを離れて近くで話していたエール団に向かって突撃していた。

 

「な、何なんだお前たち!!いつの間にこのスパイクタウンに入ってきた!?」

「どこから入ってきたんだ!?じゃ、なくて、どこから入ってきたデア―ルか!?」

「そんなことはどうでもいいのよォ!!」

 

 ボクたちの存在に驚いてしまい、それでも何とか口調を直してこちらを問い詰めてくるエール団に対して、今まで見たことがないような怒りの表情を浮かべたまま詰め寄っていくクララさん。

 

「マリィセンパイの応援団だって聞いてたから、この人たちは見る目があるんだなって凄く感心してェ、私もいつかこの団に入ってみるのもいいかもォ!とか考えていたのに……考えていたのにィ……!!こんな何もわかっていな人たちとは思ってもみなかったぞゴルアァ!!」

「な、なんでアールか!!勝手に人の町に入り込んで怒鳴り上げるなんて!!」

「常識が欠如しテ―ル!!そんな奴は私たちが倒してあゲール!!」

 

 そう言いながらエール団の二人が繰り出してきたのはガラル地方のマッスグマとフォクスライ。どちらもキルクスのいりえで出会ったエール団よりも育てられた強そうな個体だった。しかし……

 

「自分が応援している人のことを何もわかってねェ奴に負けるわけねェだろうがこのヤロウゥ!!エンニュート!!『だいもんじ』ィ!!ドラピオン!!『シザークロス』ゥ!!」

 

 クララさんが懐から呼び出した2匹のポケモンによる速攻。エンニュートによるだいもんじが、フォクスライとマッスグマを焼きながら、さらにそこから逃げられないように周りを包み、身動きが出来なくなったところをドラピオンが猛進してシザークロスでまとめて吹き飛ばす。それも、ただ殴るだけでなく、フォクスライとマッスグマの表情からドラピオンの攻撃が急所に当たったというのが見て取れた。ドラピオンの特性が『スナイパー』であることと、フォクスライ、マッスグマ、両方の弱点を突く攻撃でもあることからそのダメージはとてもあの2匹が受けきることのできる大きさではない。そのことを表すかのように、一瞬にして2匹とも目を回しながら倒れてしまい、戦闘不能であることを示していた。

 

「な、なんでアールかこの女!?」

「と、とにかくにゲール!!そして他の人たちにも伝エ―ル!!」

 

 そのあまりにも圧倒的なクララさんの実力に、先ほどの怒号も相まってすっかり怯えてしまった二人のエール団は、慌ててポケモンをボールに戻しながら、スパイクタウンの入り口であるシャッターがある方面い駆け出して行った。

 

「ふゥ……ふゥ……」

「え、えと……クララさん……?大丈夫、ですか……?」

 

 走り去っていったエール団を見送ったのちに、ドラピオンとエンニュートをボールに戻したクララさんに近づくボクたち。先ほどまでのキャラ崩壊具合のせいで思わず丁寧な口調で聞いてしまうけど、そこは理解してほしい。それはホップとユウリも同じみたいで、2人に関しては声をかけることすらためらっているレベルで……。そんな少し怯えた姿を見せていたボクたちだけど、クララさんはそれすらをも無視してボクたちに詰め寄ってきて。

 

「フリアっち!!ユウリン!!ホップきゅん!!作戦変更するわよォ!!」

「「「……へ?」」」

 

 告げられるのは作戦変更の意。今までの展開からして、このままマリィに任せたらこの事件は解決するという話だったけど、ここでクララさんが作戦を変えるということは、スパイクタウンに入って伝えられた解決方法のうちのもう1つを遂行するという意味になる。それは、ボクたちでこのスパイクタウンのシャッターを内側から開けるというもので、そちらの作戦を遂行するということは……

 

「エール団の奴らの……あの腐った性根を根本から叩きなおしてやっぞォ!!」

 

 エール団がたむろするところに正面から突っ込み、全員を蹴散らすという力業を取るという事。

 

「全員!!片っ端からやっつけてやっぞお前らァ!!」

「「「えええ~~~~!!??」」」

 

 ボクたちの返答を聞く前からもう走り出してしまっているクララさんは、さっそくある程度走ったところで出会ったエール団に対して、今度はペンドラーの『かそく』とガラルヤドランの『クイックドロウ』を利用した速攻にて一瞬で沈めていった。

 

「……え、なにあれ、バーサーカー化してない?」

「今日のクララ……なんか怖いぞ……」

「このまま一人で全員倒しちゃうんじゃあ……?」

 

 そのあまりにもなあばれっぷりに、3人でそろって唖然としてしまう。ユウリの言う通り、このまま行けば一人でエール団を全員倒してしまいそうな勢いだ。けど、流石にクララさんに全部任せるのは負担が多すぎるので、追いかけてあげた方が絶対にいいだろう。それに……

 

(クララさんがあんなに怒ってる理由も知りたいし、それ以上に走り出す前にボクの方を見つめて何かを伝えようとしていたのが凄く気になる……)

 

 シャッターの方へと走り出す前にボクに向けていたその視線。そこからは、『フリアっちは絶対来て』と、そういっているような気がして。

 

「……とりあえず、クララさんを追いかけよう。確かにクララさんだけで何とかなりそうだけど、このまま放っておくのも違う気がするから」

「そ、そうだな。エール団も人数が多そうだし、ちょっとでもクララの負担は削りたいもんな」

「だったら急がなきゃ!今のクララさん、余りまわり見えてなさそうだから、私たちでサポートしなきゃ!」

 

 色々と気になることは多いけど、まずは現在進行形で派手な攻撃音を奏でているクララさんを追いかけることを目的として、物陰から飛び出したボクたちはクララさんの後に続いていく。

 

「でも、なんでクララさんは急にあんなことになっちゃんたんだろう?」

 

 走って追いかけているはずなのに、何故か一向に縮まることの知らない戦闘音に思わず首を傾げそうになるのをぐっとこらえて、クララさんの後を追いかけながらユウリが口を開く。その内容はクララさんの急な態度の変化についてで、ボクとホップもそのことはかなり疑問に思っていたのでユウリの言葉に乗っかるようにして口を開く。

 

「普段から変わった口調やテンションでしゃべっているからよくわからないところも多いけど、今日に関しては目に見えて違うもんな」

「単純に考えれば、マリィのファンと言いながらも、実際にはあの人たちの行動のせいでマリィの立場が危ないってことに怒っているってことなんだろうけど……」

 

 ただ、その場合はもっと前のタイミングで怒りだしてもいいと思うし、最初にスパイクタウンのことはマリィとネズさんに任せて、できる限り早急に対応しようと言い出したのはほかでもないクララさんだ。少なくとも、この時点では彼女のテンションはいつも通りだった。

 

(ということは、やっぱりあの時のエール団の会話がきっかけだったのかな……?)

 

 クララさんの態度が変わったきっかけだと予想できた、2人のエール団の会話。その時の自分の感情としては、よそ者のボクがこのまま勝ち進むのはマリィの思いを邪魔しているのではないかというマイナスよりの考えに染まっていたため、クララさんがどのように受け取ったのかまでを思考する余裕がなく、特に予想が経ってないのでわからないことだらけなんだけど……。

 

(それもこれも、現在進行形で大暴れしているクララさんに聞けばわかることだもんね)

 

 クララさんのことで一瞬だけ濁る思考をすぐに直して、さすがにエール団の数の多さに足を止め始めたクララさんにようやく追いついたボクたち。

 

 相も変わらず物凄い気迫にて一部のエール団は押され気味になっているけど、シャッターが近くなれば流石にエール団も守りを厚くしているようで、クララさんの快進撃も足を緩め始める。基本的にガラルマッスグマ、フォクスライで固められたエール団の軍勢も、その数と質を上げていっており、中にはレパルダスやゴロンダ、ヤミラミと言った癖が強かったり、単純に火力の高いポケモンの姿もちらほらと見え隠れし始めていた。クララさんの切り札が、ガラルヤドキングとガラルヤドランという、どちらもあくタイプに対してあまり強く出ることが出来ないタイプであるというところも、クララさんの勢いを止める理由の一つになっているのかもしれない。

 

 しかし、それはあくまでもクララさん一人で戦っている場合の話だ。

 

「クララさん!お待たせ!!」

「おせェぞみんなァ!!」

「わ、わるかったって……」

「すぐに私たちも参戦するから!」

 

 相変わらずのハイテンションにエール団だけでなく、ボクたちまでも一瞬押されかけるけどすぐに持ち直してボールを構える。

 

「インテレオン!!」

「エースバーン!!」

「ゴリランダー!!」

 

 3人そろって相棒を呼び出し、戦闘態勢へ。

 

「よっしゃあァ!!お前らァ!!いっくぞォ!!」

 

 クララさんの言葉を合図に、ボクたちはエール団の波へと突撃していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クララ

ブチギレ案件。
この小説のクララさんはマリィさん大好きです。

エール団

クララさんの逆鱗に触れたかわいそうな人たち。
クララ無双の始まり()




更新についてのお知らせをします。
いつも通りなら、次の更新は5/8なのですが、おそらく個人的な用事が立て込むので更新できないと思います。
次話はちょっと遅れると思いますので、よろしくお願いします。


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104話

お待たせしました。

今月に関しては、ワクチン接種のためにもう一回か二回ほど、お休みをいただく可能性があります。
そのあたり、ご理解のほどよろしくお願いします。


 アイドルというものに、うちは強い憧れを抱いていた。

 

 ステージの上でキラキラ輝く彼女たちは、何よりも美しくて、何よりも綺麗で、そして何よりも光っていた。

 

 見ている人全てに笑顔を届けるその光り輝く星たちは、幼いうちの心を離さず捉えた。

 

『うちもこんな風に輝きたい』

 

 男の子がスポーツ選手や、チャンピオントレーナーに憧れるように、うちはアイドルに憧れた。

 

 ステージの上で皆に笑顔を振りまくその姿と、そんなアイドルと一緒に会場を盛り上げるファンとのやり取りも物凄く憧れた。応援するファンと、感謝を伝えるアイドル。その関係性もまた、うちの思いを押し上げるに足る大きな要因で、両者のやり取りを見ているだけで、心の奥からなにか熱いものが込み上げて来るようで。

 

『いいなぁ。凄いなぁ。素敵だなぁ……!』

 

 小さなころから抱いていた大きな夢は、うちが大きくなってもしぼむことはなかった。

 

 幼少のころから憧れ、ずっとずっと胸に抱えていたその思いは、成長するにつれて少しずつ形を作り上げ初め、ついにインディーズとはいえ、夢のアイドル活動をすることが出来た。

 

 だけど、うちを待っていたのはつらい現実で。

 

 発売してたった8枚しか売られることの無かったCD。しかも、そのうちの一枚が道端に転がっているのを見た時のあの感情は、当時のうちの心を折るのには十分な状況だった。

 

 周りの人と比べて違うところなんて何一つわからなくて、むしろうちの方が頑張っているとさえ感じていたのにどんどんと周りの人に置いて行かれるあの感覚。

 

 観客席から聞こえる落胆の声と、インディーズアイドルから聞こえてくる、ファンや同業者を貶すような言葉と態度。アイドルは蹴落とし合いだなんていうけど、それは蹴落とし合いというレベルを超えていたとても醜いものだった。

 

『うちの憧れたものはこんなものじゃない』

 

 もっとキラキラしたものを夢見て足を踏み出してみれば、目に入ってきたのは地獄のような場所だった。

 

 

 

 

 うちの夢は、一瞬にして消え去ってしまった。

 

 

 

 

 アイドルをずっと追い続けていたうちは、夢をあきらめた瞬間燃え尽きたように何も身が入らなくなった。それでも、アイドルのように輝きたかったという思いだけはどうやら心の隅に引っかかっていたみたいで、結果うちがとった行動は、いかにして楽に注目を集めるか。その考えの下うちがとった行動は、アイドルの他にちやほやされるであろう職業のポケモントレーナーを、それもライバルが少なそうだからすぐにジムリーダーになれるという甘い考えの下、どくタイプのジムリーダーを目指すというものだった。しかしそれも、予想以上の過酷さにさっさと音を上げてたったの2日でやめて、ヨロイ島にいると言われた師匠の下に逃げ込むように入門して、それでもくすぶり続けて。

 

 時間を無駄にしているだけだって、言われるまでもなく気付いていた。それでも、うちを捨てることなんてせずに、置き続けてくれた師匠に少なからず感謝はしていて。

 

 そんなだらだら腐ったかのように放心していたうちにある一つの転機が訪れた。

 

 それは年に一度、このガラル地方にて開催されるジムチャレンジ。

 

 正直参加する気にもならなかったし、参加したところで結果は目に見えている。うちはそう思って疑わなかったけど、師匠が勝手に推薦状を出してしまったので、断るに断れず渋々参加することに。

 

 どくタイプをそれなりにたしなんでいたということもあり、最初の方こそ特に危なげなくクリアしていたけど、やっぱりうちの心はどこか空虚で。

 

『ああ、うちはこんなときでも変わることはないんだろうな』

 

 ある程度進んだらさっさと諦めてしまおう。どうせこのジムミッションをクリアしたところで、ジムリーダーたち、そしてチャンピオンたちが立ちはだかるんだ。間違いなく楽に勝つことは不可能だ。なら、もっと簡単な道に逃げればいい。きっと探せばたくさんあるはずだから。

 

 そんな気持ちでジムチャレンジに挑んていたうちの目に、ふと入ってしまった一人の選手。

 

 剃り込み入りの黒髪ツインテールに緑色の目が特徴のその子は、数多のファンを抱えながらジムチャレンジを華麗に駆けていた。笑顔という観点だけはまだまだ甘い所があるとしか言いようがないものの、観戦している人の心をつかみ、ファンに、いや、ファン以外の子にも笑顔を届けるその活躍は、いつの日か夢見たあのアイドルの姿に重なって。

 

『ああ、うちはいつからこの気持ちを捨てちゃったんだろうなぁ……』

 

 それを理解した瞬間に、途端に今までの自分の行動が恥ずかしくなってきてしまった。なんであんなことをしてしまったのか。なんでこんな道を選んでしまったのか。考えれば考えるほどのしかかってくる自分の愚かさに、どんどん嫌な気持ちが募っていく。

 

 彼女とエール団の姿にあこがれを抱いてしまったうちは、それから彼女のことをたくさん調べた。その結果出てくるのは、彼女があのスパイクタウンにあるあくタイプのジムリーダーの妹であり、このジムチャレンジに挑んでいる理由も、寂れていく自分の生まれ育ったスパイクタウンを、町おこしするためだというではないか。その事を聞いてますます心を打たれてしまい、同時に自分より年下のこの子と比べて自分のなんと不甲斐ない事かというのをますます感じてしまい、さらに落ち込んでしまった。

 

『今から、まだやり直せたりするのかなぁ』

 

 あの光輝く姿をポケモントレーナーとして取り戻すには、たくさんの時間を無駄にしてしまった。彼女と肩を並べるには、きっと今までの何と比べても楽じゃないことをする必要があるだろう。けど、それでも、この先ジムチャレンジを進めていくにおいて、彼女の横に立つ機会というのは必ずやって来る。その時にせめて恥ずかしくない姿でそばにいたい。

 

 ……初めての出会いで、イワパレスとイシズマイの軍団に襲われた時は、アイドル時代からしみついてしまった性格の悪さが出てしまったけど……こればかりはもうしみついてしまったものだから仕方がない。きっとあのアイドル生活でしみついてしまったこれは治ることはないだろう。けど、これも一種のキャラ付けだと割り切ってしまえば、こういう路線もありなのかもしれない。と思うことにしたい。じゃないとやってられない。

 

 そしていつか……

 

『マリィセンパイと、ユニットみたいなもの、組めたらいいなぁ!!』

 

 どくタイプとあくタイプ。

 

 うち的には、この2つのタイプはちょっと似てる雰囲気もあると思っているから、きっとうまくいくはずだ。

 

 それまでに、少しでも成長していこう。

 

 そんでもって、うちがそれくらいの力を手に入れられるその時までは……

 

『うちの夢を思い出させてくれたマリィセンパイを、全力で推し活するんだ!!』

 

 うちの目標を、応援し続けていきたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤドラン!!『シェルアームズ』ゥ!!」

「エースバーン!!『かえんボール』!!」

「ゴリランダー!!『ドラムアタック』!!」

「インテレオン!!『ねらいうち』!!」

 

 立ちはだかるフォクスライやマッスグマと言った、あくタイプのポケモンたちの壁をボクたちの自慢のポケモンの技でかき分けながら猛進していく。ヤドランが左腕に携えた貝から発射された毒の球がフォクスライを射抜き、そのフォクスライを受け止めたゴロンダごと、エースバーンのかえんボールが襲い掛かる。技を打った後隙を刈ろうとしたヤミラミ、およびレパルダスは、動こうとしたところをゴリランダーのドラムアタックによって生まれた根の鞭により拘束。動けなくなったところにインテレオンのねらいうちが、正確に急所を捉えて、その2匹を沈めていく。

 

 打ち合せなんて何一つしていないのに、目線を少し合わせるだけでお互いの意思疎通が取れ、面白いように連携が重なっていく。クララさんは頭に血が上っているため、ただ真っすぐ突き進んでいるだけに見える……というか、実際に突っ込んでいるだけなんだけど、そこをボクたちがカバーすることによって、そんなクララさんの暴走さえも戦略の一つに見えてしまう程、今のボクたちのコンビはとにかく冴えていた。

 

「次!!フォクスライ2体とヤミラミ1体!!全員『あくのはどう』を構えてる!!」

「そんなもの、先に潰してやっぞォ!!ヤドラン!!『シェルアームズ』ゥ!!」

 

 相手の動きを見て次の技を予測したボクがその行動を口に出すと、クララさんの指示によってヤドランが、特性『クイックドロウ』を発動させながら、左腕から放たれた毒の球で綺麗にヘッドショットを決めていく。倒すことこそ出来なかったものの、いきなり先制で技を貰ったせいで怯んでしまった相手のポケモンは、技を発動こそしたものの、あらぬ方向へ飛んでしまいこちらに被害は一切入らない。

 

「エースバーン!!『ブレイズキック』!!」

「ゴリランダー!!『10まんばりき』!!」

 

 怯んだところに追撃を行うためにゴリランダー、エースバーンによる追撃が行われ、ヤミラミとフォクスライが倒れる。

 

 かなりの数を倒したとはいえ、ここがエール団の本拠地ということもあってか、まだまだ戦闘可能なポケモンが沢山いる。連戦によって疲れが見え始めたエースバーンとゴリランダーに向かって、元気が余っている他のフォクスライたちが攻撃を仕掛けてくる。

 

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

 

 相手が仕掛けてきたでんこうせっかや、ふいうち。次々と襲いかかってくるあくタイプのポケモンによる連続攻撃を、しかしインテレオンがこちらに被害が来る前に敵の攻撃をアクアブレイクでいなしていく。側面を叩いて横に飛ばし、左右のアーケード商店のシャッターにぶつけられたフォクスライたち。頭をぶつけたことで、若干フラフラしながらも、それでもまだ戦う意思を見せつけてきた。しかし、そんな大きな隙をこちらが逃すはずもなく……

 

「ヤドラン!!『シェルアームズ』ゥ!!」

 

 クララさんがしっかりととどめを刺すことによって地に沈む。

 これで今いる場所のエール団は全員倒せた。

 

「さァ!!あと少しよォ!!」

 

 付近のエール団がみんな倒れたことを確認するや否や、すぐに駆けだすクララさんとそれについて行くボクたち。流れていく景色に目もくれず、ただひたすらにマリィが走った方向とは逆方向へと駆けていくボクたちの視界は、やがてスパイクタウンを閉じているシャッターをとらえ始める。

 

 当然見えるのはシャッターだけではなく、ボクたちがスパイクタウンで暴れていることが伝わっているのか、なんとしてでもこのシャッターを守るために集められたエール団の集団が、まるでバリゲートを作り上げるかのように壁を作っていた。中には実際にバリヤードの力を借りて、壁を張っているトレーナーも見受けられる。

 

 あくタイプのポケモンしか使わないのかななんて思っていたけど、マリィも、マリィの話を聞く限りネズさんもあくタイプ以外のポケモンを持っている。そのことから、この町に住む人はもしかしたら一匹くらいは自分のエキスパートとするタイプ以外のポケモンも手持ちにいれる癖があるのかもしれない。

 

 バリヤードがいるということは、ここで待ち構えている壁はいままで突破してきたエール団の壁に比べて厚いという事。突破するには一苦労だろう。けど……

 

「そんなこと関係ねえぞォ!!ドラピオン!!」

「うん!ここまで来たら最後まで押し切る!!アブリボン!!」

「俺たちの本気を見せてやるぞ!!カビゴン!!」

「絶対にシャッターまでたどり着いて見せる!!エルレイド!!」

 

 バリヤードが建てる大きな壁に向かって、バリヤードの主力タイプであるエスパーに対して強く出られる技を覚えたポケモンを出すクララさんたち。バリヤードのタイプ自体はエスパー、フェアリータイプなので、あくタイプやむしタイプの技自体は等倍で受けられてしまうものの、バリヤードが作る壁はエスパータイプの力が中心なため、あく、むしタイプの技はこの場面においては壁を崩すのにうってつけと言っても差し支えない。

 

「ドラピオン、『つじぎり』ィ!!」

「アブリボン、『かふんだんご』!!」

「カビゴン、『かみくだく』!!」

 

 バリヤードの堅い守りに対して、エスパーに対して強く出られる技で攻め立てるクララさんたち。3匹のポケモンによる猛攻に、守りに定評があるバリヤードもさすがに押され気味となる。しかし、それでも何とか耐えているのはバリヤードのすごい所だろう。しかし、こちらにはこういった壁を壊すが得意なポケモンが控えている。

 

「エルレイド!『かわらわり』!!」

 

 リフレクターや、ひかりのかべ、オーロラベールと言った、威力を減衰させる壁に対して特攻を持つかわらわり。それを憶えたエルレイドが、3匹がかりで罅を入れたバリヤードの壁に対して、とどめの一撃を叩き込む。

 

 ガラスが割れるような快音を奏でながら、パラパラと透明な破片をまき散らす壁は、もうボクたちの進撃を防ぐことはできない。

 

 まさかこんなにも早くバリヤードの壁が壊れるとは思っていなかったらしく、エール団のほとんどが動くまでに一瞬のラグを生じてしまう。

 

「ドラピオン!!『クロスポイズン』!!ヤドラン!!『シェルアームズ』ゥ!!」

 

 その隙に放たれるクララさんのどくタイプ技の猛攻により、バリヤードが沈み……

 

「アブリボン!!『かふんだんご』!!エースバーン!!『かえんボール』!!」

「カビゴン!!『ヘビーボンバー』!!ゴリランダー!!『ドラムアタック』!!」

「エルレイド!!『かわらわり』!!インテレオン!!『ねらいうち』!!」

 

 もう守られることがないと確信した瞬間、ボクたち3人による怒涛の攻めで、ほとんどすべてのポケモンをなぎ倒していく。いくら鍛えられたポケモンと言えども、隙や不意を突かれた不慮の一撃を耐えるのはかなり難しい。相手の攻撃が洗練されている物ならなおさらだ。それを証明するかの如く、次々と倒れていくエール団のポケモンを目の前に、相手方の士気がどんどん下がっていく。

 

 スパイクタウンを封鎖しているシャッターのスイッチまでもう少し。

 もう目視できるくらいまで近づけた。

 

 だけど、ここまでくれば守りにつく人も幹部と言ってもいいくらいの人物たちらしく、これだけの不利状況に追い込まれながらも尚立ち向かう心を忘れていない人物が、ポケモンを繰り出しながら立ち塞がって来る。

 

「オーロンゲ!!タチフサグマ!!相手を退ケール!!」

 

 幹部らしき人から繰り出されるのはオーロンゲとタチフサグマ。どちらもこれまで戦ってきたエール団の手持ちとは比べ物にならないくらい強そうな圧力を放っている。パッと見ただけで強敵とわかるその相手に少しだけ押され、動きが慎重になりかけるボクたち。しかし、クララさんにはその圧力さえ通じない。

 

「ドラピオン!!『シザークロス』ゥ!!ヤドラン!!『ねっとう』ゥ!!」

 

 これまでと変わらずとにかく前に出て、相手を押し切ろうとするクララさん。その気迫は手持ちのポケモンにも伝わっているらしく、ドラピオンとヤドランの攻撃もさらに鋭さを増していく。

 

「オーロンゲ!!『ひかりのかべ』!!タチフサグマ!!『ブロッキング』!!」

 

 しかし、そんな鋭い攻撃も幹部クラスとなると的確な技選択で防いでくる。オーロンゲの壁でねっとうを防ぎ、タチフサグマがドラピオンの前に立ちはだかって受け止める。クララさんの決して軽くない攻撃を、こうも見事に受け止めるその姿からは、軽くない覚悟を感じた。

 

「お前たちがどんなに強くても!!決してこのシャッターだけはふセーグ!!」

 

 幹部が叫ぶと同時に、オーロンゲとタチフサグマも吠えながらクララさんの攻撃を跳ね返そうと奮起する。エール団の思いである、マリィの夢の成就のためのその行動と思いは、先程まで拮抗していたクララさんとの押し比べに徐々に勝ち始めていた。

 

「ぐッ……!?」

 

(ここまでの覚悟が……ッ!?)

 

 まあかの反撃に唇を噛み締めるクララさん。このままでは跳ね返されてしまい、むしろ手痛い反撃と貰った挙句、相手の士気が戻ってしまう。

 

「インテレオン!!『ねらいう──』」

「フリアっち!!」

「ッ!?」

 

 ここまで順調にやってきたその流れを断ち切らないために、なんとしてでもここで勝つためにインテレオンで援護しようと指示を出仕掛けた瞬間に、クララさんから待ったの声がかかる。その言葉は、ボクと同じく援護しようと構えていたホップとユウリにも突き刺さり、ボクたち3人揃ってその動きを止めてしまう。

 

「ここはウチが!!最後までやりきっちゃうゥ!!」

 

 エール団の幹部から感じる圧力と同じくらいのものを発しながら口を開くクララさん。その迫力に、ボクたちは言葉を返すことが出来なかった。

 

「仲間の力を借りればいいものを!!我々のように、ひとつの夢に向かって協力している、素晴らしいチームワークの前に、ひれ伏すのでアール!!」

 

 しかし、圧力だけで場が好転するほどポケモンバトルは甘くない。ボクらの援護を受けなかったクララさんのポケモンは、さらに押し込まれていく形となる。このままではエール団の言う通り、彼らの連携に前に押しつぶされてしまう。けど、こんな状況になっても、クララさんの目の光はより強くなる一方で。

 

「……ひとつの夢を叶えるゥ?」

「そうでアール!」

「マリィセンパイの、大きな夢をォ?」

「うむ!!お嬢のファンであるお前なら、理解してくレールと信じていたのだが……」

 

 エール団の言葉が、チクチクとボクの胸をつついていくる。町の復興という是非とも応援してあげたいマリィの夢。それを支えるために身を粉にして頑張るエール団。決して褒められたことでは無いかもしれないけど、確かに存在する覚悟と想い。もしかしたら、マリィのことが大好きなクララさんは、このまま絆されるのでは無いかと言う不安さえ感じてしまう。

 

 しかし……

 

 

「そんなもの、理解できるわけねぇだろォ!!」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 クララさんの口から放たれたのは、エール団の言葉を一蹴するどころか、言い返し、その勢いのままタチフサグマとオーロンゲを吹き飛ばしてしまう。同時に膨らむクララさんの気迫。その勢いに当てられてしまい、エール団の幹部はもちろん、クララさん以外の全ての人が圧される。

 

 誰も彼女を止められない。そして、そんな状況であることなんて心底どうでもいいと思っているクララさんから、さらに言葉が紡がれる。

 

「あんたの行動でセンパイに迷惑がかかってるってことがなんでわっかんないかなァ!?本当にファンなら!!節度を守って!ちゃんとした手助けをしなさいよォ!!今のあんたたちは、マリィセンパイの応援なんて何一つできてないって話ィ!!」

「わ、我々がお嬢を支えられていないとでも言うつもりか!!」

「当たり前だっつぅのォ!!!!!」

 

 クララさんからかけられる非難の言葉。迫力を維持したまま放たれるその言葉にさらに潰されそうになるものの、邪魔をしていると言われてさすがに黙ってられないと思ったのか、何とか言い返すエール団幹部。しかし、それすらもクララさんが押しつぶす。

 

「お嬢の夢はどうでもいいと言うのでアールか!!少しでもその夢を叶えるために、ライバルを減らしてあげるという気持ちが──」

「なんであんたたちはァ!!最初からマリィセンパイが負ける可能性を考慮して応援してんのよォ!!」

「……は?」

 

 クララさんの言葉に、エール団の幹部だけでなく、ここにいる全員が固まった。

 

「ここに来るまでに聞いた、フリアっちやユウリン、ホップきゅんがいたら夢を叶えられないかもしれないって話……その時点で、あんたたちがマリィセンパイのことを心から信じていないことが、伝わったのよォ!!」

「ッ!?」

 

 ボクたちが隠れていた時に聞いた、ボクの存在のせいでマリィが優勝できない可能性の話。それを聞いたボクは、彼女の夢を潰しているんじゃないかと不安に駆られた。しかし、クララさんは別の事として受け取っていた。

 

「確かにフリアっちは無茶苦茶強い。けど、そんなこと皆知ってる。それを承知して少しでも食らいつくために努力してんのよォ!!その努力を、他でもない応援団のあんたたちが否定するなァ!!ドラピオン!!『シザークロス』ゥ!!ヤドラン!!『シェルアームズ』ゥ!!」

 

 ボクがいるとマリィが優勝できない。それはクララさんの言う通り、ボクとマリィが戦った場合、マリィが負けることしか考えていない人の発想だ。それはエール団がマリィのことを信じていない証明であり、同時に……

 

(……ボクの、驕りの証明だ)

 

 ボクの考えていた、ボクがいたらマリィの夢の邪魔になるというのもまた、自分が勝つことしか考えていないものである。

 

(いつからそんなに偉そうになった。しっかりしなきゃダメだ……!!)

 

 もしかしたら、このことを教えてくれるためにクララさんはボクに視線を送ったのかもしれない。

 

 同時にこれはクララさんからの、『私たちもお前ののど元に食らいつくつもりだ』という一種の宣戦布告なのかもしれない。

 

 実際に今日のエール団との戦いを振り返ってみれば、クララさんもユウリもホップも、戦うとなれば皆強敵になることが目に見えた。

 

(気合……入れ直さなきゃ、だね)

 

 今まさに、エール団の幹部のポケモンを吹き飛ばし、シャッターのボタンを押そうとするクララさんを見ながら、自分の心に深く喝を入れる。

 

「本当のファンならァ!!黙ってマリィセンパイが大きな壁に挑んでいる姿をォ!!その目に刻んで応援してあげろォ!!」

 

 ボタンを殴るように押し、シャッターを開け放つクララさん。

 

 エール団に指を差しながら叫ぶその姿は、シャッターが開いたことによって差し込まれた逆光も相まって、荘厳さすら感じさせる。

 

「マリィセンパイは絶対にその大舞台までたどり着く!!だから……覚悟しろよォ!!」

 

 そして同時に、ボクの心に何かがのしかかった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クララ

クララさんまじイケメンな回。
実際問題、彼らの行動はマリィさんを信じていないと言われても仕方ないよなぁと思ってしまったので……
正直、こんなクララさんを書きたい気持ちがものすごく大きかったです。





5月はいろいろ投稿できない期間が生まれそうですね。
申し訳ありません。


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105話

 ゴゴゴゴと、物々しい音を立てながら開いていくスパイクタウンを塞いでいたシャッター。ゆっくりと開き、外の光を取り込み始めたその入口は、一番シャッターの近くにいたクララさんをゆっくりと照らしていく。

 

 同時にシャッターが開いたことによって流れ込んでくる風。頬を撫でる少し肌寒いその風が、クララさんの髪や服を後ろからさらっていく。決して強風ではないため、クララさんの体が動くことはないけど、風によってなびく髪と服は自然と視線をクララさんに集めていく。

 

「うちもジムチャレンジャーだし、いつかマリィセンパイとぶつかる……勿論、うちだって夢があるわけだし、負けたくないし……なによりも、マリィセンパイのファンとして、恥ずかしい姿を見せたくないから、全力でマリィセンパイとぶつかる。マリィセンパイの夢を邪魔したいわけじゃない。うちはただ、全力で夢を追い求めるマリィセンパイの姿を近くで見つめていたい!だから!全力でぶつかるって話ィ!!だからァ!!」

 

 シャッターが完全に開け放たれ、外からなだれ込んでくるジムチャレンジャーたちと、外に待機していたエール団。しかし、彼らの足もクララさんの姿を確認するとその動きを止めてしまう。

 

「こんなくだらないことを独断でして、他の皆に……そして何よりも、マリィセンパイに……迷惑をかけるんじゃねェ!!」

 

「……俺たちのしてきたことは、お嬢の邪魔だったでアールか?」

「そ、そんな……」

「じゃあこの騒動ってやっぱりエール団が勝手に……」

「少なくともマリィ選手のせいで起きた事じゃないのか……」

 

 クララさんの魂の叫びが、今ここにいる全員の耳へと響き渡る。その言葉は、エール団に対しては今までの行動を改めるものとして、ジムチャレンジャーへは、この騒動の原因がエール団の独断によって行われたものとして伝わっていく。

 

 それはくしくも、最初のクララさんが掲げていた作戦を最高の形で遂行したこととなる。

 

「おまたせ!……って、これどういう状況と?」

「表が騒がしくなってきたと思ったら……今度は何ですか?」

 

 スパイクタウン封鎖事件が終息へと向かう中、後ろから声がかけられたので振り向くと、そこにはマリィともう一人、猫背の態勢を維持したままこちらに歩み寄ってくる人影があった。

 

 それは瘦身の男性で、タチフサグマを連想させるような白色と黒色の髪型に、目元に大きな隈を携えたその姿は、先ほどの少しダウナー気味な喋り方も相まって、どこか暗いイメージをどうしても連想させてられてしまう。そんな人物が着ているあくタイプのマークが大きく描かれたシャツを見て、この人がどんな人であるのかを確信する。

 

 スパイクタウンジムリーダー、哀愁のネズ。

 

(この人がマリィの……そしてスパイクジムの……)

 

「ねぇみんな。あたしがアニキを呼んでいる間に何があったの?」

 

 ネズさんの姿に視線が吸われていたところにマリィから声を掛けられハッとする。

 

 ネズさんに注目をするのはまだ早い。今はこの騒動がどうなっているのかを2人に説明して、この騒動にちゃんと決着をつけるのが先決だ。

 

「クララさんがエール団を説得してシャッターを開けているところだね。どうもクララさんの地雷をエール団が踏み抜いちゃったみたいで……」

「私たちも最初はマリィたちを待とうと思ったんだけど……」

「クララのあの暴走はたぶん誰にも止められないと思うぞ……」

「え、えと……お疲れ様?」

 

 ボクたちとインテレオンたちの疲れた表情を見て、どんなことが起こったのかの大まかな内容を汲み取ってくれたマリィが苦笑いを浮かべながら労ってくれる。その事に感謝をしながら、ボクたちもそれぞれのポケモンをボールに戻していきほっと一息。

 

 正直まさかここまで連続で戦闘をすることになるなんて想像してなかったから物凄く疲れた。けど、多分一番疲れたのはボクたちの一番前を走り切っていたクララさんだ。怒りという後押しがありながらも、手持ちのポケモンも常に2匹以上展開してシャッターまで走り切ったその運動量はボクらの中でもダントツに大きい。

 きっと物凄く疲れているだろうと思い、彼女に視線を向けてみると……

 

「いいかお前らァ!!真のファンならァ!!どんなことがあっても絶対に応援しなきゃだぞォ!!ひたすら信じていくぞォ!!」

『おっす!!クララ姐さん!!』

「うちが真のファンの姿をみせてやっぞォ!!」

『一生ついて行きやす!!クララ姐さん!!』

 

 スパイクタウンの入り口から光りが降り注ぐ中、エール団たちに向けて拳を突き出しながら高らかに演説するクララさんの姿と、その姿を見てなぜかテンションを上げながら叫びだすエール団の姿。

 

「なにあれ?」

「……なんか、変な宗教出来てない?」

「ここまで来るとなんか怖いぞ……」

「というより、この感じだとあたしから鞍替えしてるように見えると……」

 

 クララさんに向かって拳を突き上げて叫ぶエール団の姿が、マリィの応援団からクララさんの応援団に変わっているようにも見えてしまう。マリィもそのように受け取ってしまったのか、目に見えて不満ですと言ったように頬をちょっと膨らませている。マリィにはちょっと申し訳ないんだけど、その表情が普段とのギャップもあってちょっとかわいく映る。この姿をエール団が見ようものなら、発狂する人も出てきそうだ。

 

(なんならクララさんも倒れてしまいそう……)

 

 簡単に想像できてしまう未来にちょっとだけ苦笑いを浮かべていると、ふとボクの横に並ぶ影。

 

「今回の騒動、あなたたちにご迷惑をかけてすいませんでしたね。おれ、耳はいいのでシャッターの方が騒がしいこと自体には気付いていたんですが……こんなことになっているとは想像もしていなくてですね」

「聞こえてたんですか?」

 

 ボクの言葉に申し訳なさそうに頷くネズさん。そんなネズさんの視線の先には、クララさんとエール団の変なノリに一瞬気を取られてしまうものの、ネズさんの姿を確認してすぐに駆けよって来るジムチャレンジャーたち。

 

「このスパイクタウンが騒がしくなることなんてめったにありませんからね。いやでも耳に入りますよ。それに、腐ってもここは7番目のジムを担っている場所なので……すでにちらほらと挑戦者が現れている時期ですし、静かな時とのギャップが一番激しい時期なのでいつも以上に音は耳に入ってきます。しかし、言葉の内容まではわからないので、この場の状況まではわからなかったのですよ。この騒動の収拾、感謝しますよ」

「いえ、ボクたちはなにも……」

「一番頑張ってくれたのはクララだぞ!」

「私たちはちょっとお手伝いしただけです」

「それでもですよ。マリィと仲良くしてくれていることも含めて、感謝します」

 

 こちらに少し視線を向け、そっと微笑むネズさん。その表情からは、先ほどまで感じていた暗さを感じさせない、穏やかで優しい雰囲気が伝わってくる。それだけマリィのことを慕っているという事だろうか。

 

 ユウリと言いホップと言いマリィと言い、兄弟間の仲に恵まれているみたいでとてもうらやましい。ボク自身は一人っ子だから、こういう兄弟間の思いやりというか、絆というか、みていて微笑ましいやり取りは結構憧れだったりする。

 

(ボクにもこういう兄弟がいたら、また違った道を行っていたのかな?)

 

 そんなifの未来を少し考えながらまだ何か話したそうなネズさんに視線を向けるが、そんなボクたちの会話を遮るかのようにジムチャレンジャーたちの足音が割り込んでくる。いよいよジムチャレンジャーたち全員がネズさんの近くまで迫っていた。

 

「あなたたちとは色々話したいことは多いのですが……まずは他の人にこの件についての説明をしないといけませんね。あなたたちにとって重要なことも一緒に話してしまおうと思うので聞いておいてください。個人的な話は……そうですね、この件について落ち着いた後にでも改めてしましょうか。やれやれ、今日は柄にもなく沢山喋る必要がありそうです」

 

 はぁ、とため息をつきながらボクたちのそばから歩いて行くネズさん。

 

 その後ろ姿が、普段からの癖でなっているように見える猫背のせいで本当にめんどくさいという感情を醸し出しており、ネズさんの2つ名である哀愁を態度でしっかりと表しているように見えてしまい、思わずクスっと来てしまう。

 

 みんなの前に立ったネズさんが、すこし気怠そうに、それでいて大きくはないのになぜか遠くまではっきりと届く芯の入った声で説明をしていく。

 

 

「皆さん、この度は大変迷惑をおかけしました。この件につきましては……」

 

 

 そこから始まるのはネズさんによる今回の騒動の真実の説明と、それによって生じてしまったジムチャレンジへの支障に対しての改めての謝罪。そして、今回のジムチャレンジにおいて、スパイクタウンのジムではジムミッションは行わずに、そのままジム戦を行うこととする旨だった。

 

 恐らく、今回の騒動のせいで本来ならもっと早くジムミッションを受けられたのに、エール団によってその大切な時間を奪ってしまったため、その時間を少しでも返上するという意味を込めての対処だろう。

 

 普通なら放送局だったり、リーグ委員会あたりにいろいろ言われる可能性のある対処方法だけど、ジムミッションもジム戦も、そのすべての内容をそもそも放送していないスパイクタウンのジムならではの対応だ。少々そのあたりを変えたところで、特にお咎めもないという事なのだろう。

 

 さすがにジムバッジを適当にばらまくとかしたら問題になりそうだけどね。

 

 そんな感じで紡がれるネズさんの言葉を聞きながら、ようやく騒動の終わりを感じて安心したため息をつくマリィへと皆が寄っていく。

 

「お疲れ様マリィ」

「何とかなってよかったな」

「本当、一時期はどうなるかと……」

「全くと……みんな、ありがとね」

 

 未だに演説をしてるクララさんを放っておいて、4人で行われるちょっとした労い合い。当事者であるマリィにとっては本当に気が気じゃない話だっただろう。

 

「アニキも、ジムチャレンジャーのみんなが納得する案をまとめてくれているみたいで本当に良かったと」

「見た目だけだと少し頼りなさそうだけど、こうしてジムリーダーとしていろいろしているところを見ると、凄い人なんだなって伝わって来るぞ」

「ホップ、褒めているのはわかるんだけどもうちょっとオブラートにだね……?」

「あはは、よかとよかと。普段のアニキが凄く見えないのは、何となくあたしも理解しているから」

 

 ホップの真っすぐすぎる言葉に思わずツッコミを入れると、笑って受け流すマリィ。どうやらマリィの目から見ても、普段のネズさんはちょっと頼りないというか、威厳が少ないらしい。

 

「けど、いざという時はすごく頼りになると。だからこそ、ジムリーダーも7番目っていう凄い所を任されているし、ダイマックスが嫌いで、絶対にダイマックスをしないのに、それだけのハンデを背負ったうえで他のジムリーダーに引けを取らないどころか勝っちゃうんだから……やっぱりアニキは、あたしの自慢のアニキで、あたしの目標と」

 

 ネズさんをじっと見つめるマリィの表情もまた、先ほどネズさんが見せた穏やかの表情に凄く似たものを浮かべていた。こういう姿を見ると、『ああ、兄妹なんだなぁ』と嫌でも実感させてくれる。

 

 ホップとユウリもそれを感じたようで、3人そろってまた少し微笑む。

 

「む、いきなり笑いだして何かおかしなところでもあったと?」

「「「いいや、別に~」」」

「その言い方!絶対何かあると!!」

 

 3人だけで通じて笑っていたところに飛んでくるマリィの不満の声。それに対して素直に返答してもよかったんだけど、黙っていた方が面白そうといういたずら心が芽生えてしまい、3人同時にはぐらかしてしまう。その姿が気に入らなかったみたいで、ボクたちの予想通りのちょっとむきになった面白い反応を返すマリィは、少しだけ不機嫌そうな顔をしながらまた文句を言うものの、ボクたちが笑っている姿につられて同じように微笑む。

 

 そのまましばらく行われる4人で笑い合う時間。

 

 先ほどまでの騒動のせいでいろいろ余裕がなかった状態とは違い、騒動が落ち着いたことによってみんなの緊張も抜けて再び戻って来るいつもの空気感。それがとてつもない大きな安心感を運んできてくれる。

 

 ネズさんの話を聞きながらも流れる、そんな安心感あふれた空気感。

 

 みんながネズさんの話を聞きながら、ネズさんに挑むために気を張り詰めているところに、ボクたちだけがちょっと場違いな空気感を見せているけど、今だけは許してくれるだろう。

 

 ふと感じるネズさんが送ってくれたとてもやさしそうな視線が、ボクたちのそんなひと時を許してくれているような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~……やっぱりここの安心感凄いね」

「スパイクタウンが寂れているって言っても、さすがにここの設備が変わることはなかとよ」

「安心と信頼の設備だぞ」

「それでこそポケモンセンターって感じだよね」

 

 ネズさんによるジムチャレンジャーへの説明と、クララさんによるエール団への演説が終わったのを確認したボクたちは、もう日が暮れてきたという事もあって、スパイクタウンにある唯一のポケモンセンターへとその身を置いていた。

 

 朝から昼にかけては寒冷地を進み、夕方はエール団との連戦というかなりの体力を使う1日を過ごしたこともあり、ポケモンセンターに入ったボクたちはすぐさま寝泊りできる部屋を取り、その中で過ごしていた。

 

 ネズさんの話的には、あの説明会が終わった時点でもうジム戦を挑むことが出来るようになっているらしいので、今からでもネズさんに挑むのは全然可能なんだけど、先ほども言った通り今日1日の運動量がとてつもなく多いので、今日はこうしておとなしくしておこうという意見にまとまった。ボク個人としては、今から挑戦しろと言われても、別に戦えなくもないんだけど……

 

「う゛ぃ゛……の゛と゛か゛い゛た゛い゛ィ゛……」

「そりゃあれだけ叫べば……ね」

「アニキの説明が終わっても演説してたもんね、クララ……」

「さすがに長話しすぎだぞ」

「絶対『姐さん』って言葉に浮かれて調子に乗ったんでしょ」

「う゛ぅ゛……か゛え゛す゛こ゛と゛は゛も゛な゛い゛ィ゛……」

 

 絶賛のどをつぶしてしまったクララさんがいるため、みんなで足並みをそろえるということもあって今日は休もうということになったというわけだ。さすがにこんな状態のクララさんを戦わせるわけにもいかないしね。

 

 クララさん的には、ボクたちだけで先に挑んでもよかったみたいなんだけど、それについてはマリィが待ったをかけた。

 

『あたしのためにここまで頑張ってくれたクララを置いて行くなんてできないけん。みんなで待と?』

 

 マリィに言われなくてもクララさんを置いて行くことなんてしないけど、マリィからのこの発言によってますますクララさんを置いて先に行くなんてできなくなった。実際、今回の騒動で一番活躍してくれたのはマリィの言う通り間違いなくクララさんだ。そんな彼女をここで置いて行くのはさすがに忍びない。特にマリィの意見に対して異論が出ることも無く、挑むのは少し経って態勢を整えてからにしようという結論に。この言葉を聞いて、クララさんが涙を流しながらマリィに飛びついたのはまた別の話だ。

 

(それに、実際少し間を開けてよかったと思うしね……)

 

 心の中でそう呟きながらそっと窓の外を眺めると、そこにはとぼとぼとポケモンセンターの入口を出入りしていくたくさんのポケモントレーナーの姿。気にするべきはそんな彼らの態度で、全員が全員俯きながら歩いており、とても落ち込んでいるように見える。その理由はとても単純で、この出入口を歩いているトレーナーたち全員が、ネズさんに勝つことが出来なかったためである。

 

 ポケモンセンターへ入っていくる人は今まさに負けたばかりの人たちで、ポケモンセンターから出ていく影はおそらくネズさんとの実力の差に絶望してここを去っていく人たちだ。ジムチャレンジの期間はまだまだ余裕があるとはいえ、ここまで来ればジム戦もかなり本気よりの戦いを向こうもしてくる。そうなれば当然突破するものも減っていく。今まで少しずつ、ジムチャレンジャーが減っていくこの現象を何度も目にはしてきたけど、ここまで負けている人を見るのは初めてだ。

 

 ガラル地方、2番目に強いジムリーダー。

 

 その肩書きは伊達なんかではなく、それは今日の突破したジムチャレンジャーの数が0であるという事実にて、その片鱗が証明されていた。

 

 どうやら、毎年このジムを突破できる人数は2桁を切っているらしい。その情報だけで、このジムが如何に難関かがよくわかる。いよいよ持って、気合いを入れないと簡単に負けてしまうだろう。

 

(ボクが戦う時まで、しっかりとコンディションは完璧にしないとね)

 

 兎にも角にも、今はポケモンとクララさんの喉を休めるのが先決。今日の連戦で疲弊しているであろう皆を癒し、万全の状態で試合を迎える。今のボクにできることはそれだけだ。

 

(さてと、ネズさんと戦うにあたって、どの子で戦おうかな……)

 

 とりあえず頭の中でイメージバトルをするために、何となくジム戦のことを頭に浮かべていると、ボクたちが泊まっている部屋の扉がコンコンコンと、3回ノックされる。そこそこに遅い時間なため、突然の訪問者に思わず首を傾げて顔を見合わせるボクたちだったけど、さすがにここで居留守はマナーが悪すぎるし、誰が来たかの思考をして、訪問者を待たせるのもおかしな話なので、「はーい」と返事をしながら、たまたま1番扉の近くに座っていたユウリが、扉の方に向かって行き、そのドアノブを捻る。

 

 ガチャッと軽快な音をたてながら開く扉の先には、丁度頭の中でボクと戦っていた人物が立っていた。

 

「アニキ!」

「「「ネズさん!?」」」

 

 急な来訪者に思わず立ち上がりながら声を上げるボクたち。ちなみにクララさんは、ネズさんの名前を叫ぼうとして、喉の痛みからむせてしまったので、マリィがそっと背中を撫でている。

 

「何をそんなに驚いているんですか。説明会の前に、落ち着いたら個人的な話をしようと伝えたはずなんですがね……」

「「「「ああ〜……」」」」

「やれやれ」

 

 首をすくめながらそういうネズさんに少し申し訳なさが募る。思い返してみれば確かにしそう言われた気がするものの、ポケモンセンターの部屋に入るや否や、今日一日の疲れと緊張から解放されて一気に気が抜けてしまって、色々と抜け落ちてしまっていたのだから、これくらいの凡ミスは許して欲しい。

 

「ま、構いませんよ。大した話をする予定もありませんし」

「本当に申し訳ないです……」

「だから気にしないでくださいよ。ただ……」

 

 ネズさんの目がスっと細くなると同時に膨れ上がるプレッシャー。気にしないでとは言っているものの、もしかしたらどこかで地雷を踏み抜いたのかもしれない。そんな考えが過ってしまい、思わずみんなで固まってしまう。

 

 一体何を言われるのか、ビクビクと脅えながら震えるボクたち。普通に口を開いているだけなはずなのに、スローモーションかと錯覚してしまうほど、ゆっくりと開かれるネズさんの口にみんなが注視し、次の言葉に身構える。

 

 みんながじっと見守る中、物凄く真剣な表情を浮かべたまま、ついに紡がれたネズさんの言葉。それは……

 

「……マリィは、怪我とか病気とか、そういったものに襲われていませんか?」

 

「「「「……へ?」」」」

「あ、アニキ!?」

 

 マリィの身を案じる言葉だった。

 

「え、えっと……」

「さあ、答えてください!マリィは、何も怪我とかしていませんか……?」

「す、すこぶる健康体ですよ……ね、ユウリ?」

「う、うん!フリアの言う通り、特に怪我等は……」

「あ、でも一回ポケモンハンターに襲われて……」

「「ホップ!!」」

「あえ、言っちゃまずかったか!?」

「ポケモンハンターに襲われたんですか!?大丈夫ですかマリィ!?」

「そんなことがあったのォ!?マリィセンパイだいj……ゲホォッ!?」

「く、クララ!?女の子の口から聞こえちゃダメな音が聞こえたと!?あんたの方が大丈夫と!?」

「マリィ!!どこか見えないところに怪我は!?」

「ああもうアニキも!!そんなのないから!!平気だから離れると!!」

 

 この言葉から始まる謎のカオス空間。一気に騒がしくなるポケモンセンターでのこの騒動は、ジョーイさんによるお叱りが飛んでくるまで続いた。

 

 激動で、緊張のすることの多い一日だったけど、最後はネズさんも一人の人間なんだなぁと、親近感を感じながら終わることとなる。

 

(最後は怒られちゃったけど、ネズさんの面白い一面が見れて、とても有意義な一日だったなぁ)

 

 やっぱりボクらにはこれくらい緩い方が性に合っている。そのことを改めて実感した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジムミッション

という話ではここではジムミッションは無しに。
実機でも実質ないようなものでしたしね。
あのエール団との連戦がそうだったと思ってください。

宿

アニポケだと、ポケモンセンターの宿って一度にそこそこの人数が止まれるようになってますよね。
最近水の都を見直したのですが、そこでも四人くらいで泊まれる部屋にサトシたちが泊っていたので、あの世界ではやはり止まる部屋はかなり広いのかもですね。

ネズ

シスコンです(失礼)
実際、実機でもちょっと過保護なところもあったので、ポケモンハンターに襲われたことあると聞くと、さすがに焦りそうですよね。
そのあとお風呂も実は一緒になんて言ったら失神しそう……()






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106話

「クララ、喉の方は大丈夫と?」

「あ〜……あ〜……うん、もう平気かもォ。ありがとォマリィセンパイィ〜大好きィ〜!!」

「ちょ、ちょっとクララ、くっつかないでってば!」

 

「無事治ったみたいで良かったね」

「まぁ、一時期のフリアと比べて、単純に痛めただけだもんな。それでも心配ではあったけど……」

「じ、地味にボクに攻撃するのやめてくれないかな?」

 

 スパイクタウンのポケモンセンターにて、クララさんとマリィは、クララさんの喉について調子を確かめており、無事完治したことによって大喜びしたクララさんが、ここまで看病してくれたマリィに飛びついていた。

 

 一方でその様子を見ていたボクたちは、ボクが病気でダウンした時の話を思い出しながら少し微笑んでいた。いや、ボクがしていたのは苦笑いだけど……

 

(あの頃は色々迷惑をかけちゃったなぁ……)

 

 後でホップたちに追いついたとはいえ、3日くらい足踏みをしたような記憶がある。とても大事な病気というわけでもなかったので、大騒ぎする必要はなかったけど、それでもみんなに心配はかけてしまったので、同じようなことになっている今回の状況に少なくない親近感を覚えている。

 

 喉が治ったのに使われた日数も概ね一緒だしね。

 

「とりあえず、これで喉が治った事だし、ようやく安心して色々回れそうだね」

「みんなごめんねェ。本当ならもっと早く挑めたのにィ……」

「いえいえ、誰も気にしてないから大丈夫だよ」

 

 申し訳なさそうにするクララさんと、そんなクララさんに対して大丈夫と微笑むユウリ。他の人も言葉にこそしていないものの、誰もクララさんを責めることなどせずに、みんな一様にしてクララさんを許すような態度見せている。

 

 今回の騒動の1番の立役者であるクララさんを責める人なんてここには居ないだろうし、たとえ立役者でなくとも、ここにいるメンツだと責めることはしなかっただろう。クララさんを責める未来には絶対にならないと言える。

 

 ボクとしては、先程も話したバウタウンでの病気のこともあったので、全然他人事に聞こえないというのも要因の一つだ。

 

 自分のせいでパーティの進行が止まるのって、本当に申し訳なさが凄いからね。よーくその気持ちはわかる。

 

「でも、これでめでたくクララ復活ゥ!!すぐにでもネズ様に挑めっぞォ!!」

 

 けど、そこは切り替えの早いクララさん。すぐさまテンションを上げて、拳を突き上げながらこの先のネズさんを見据えていた。

 

「この切り替えの速さは見習わないとなぁ」

「確かに、ネズさんを超えるにはしっかりと気持ちを切り替えておかないとね」

「間違いなく、大きな関門のひとつだもんな……」

 

 ボクの言葉に続くユウリとホップ。特にホップの言葉に深く頷いたみんなは、そのまま表情を引きしめて、クララさんが休養していたこの日々を思い出していく。

 

 クララさんが喉を癒していたこの日々の間も、当然だけどネズさんに挑んだジムチャレンジャーは沢山いた。特に、スパイクタウンに唯一存在するこのポケモンセンターは、宿として使われている部屋の窓からスパイクタウンの入口を見ることができ、そこを通過する人はいやでも目に入ることになる。

 

 クララさんが動けない間も、インテレオンたちの特訓は当然欠かしてはいないけど、ちょっとした休憩時間に、この窓からスパイクタウンを出入りする人たちを観察してみたんだけど……

 

 結果はこの宿部屋に入った時に見た光景と全く変わらなかった。

 

 明らかに落ち込んだ表情を浮かべたままこのスパイクタウンを立ち去っていく人たち。そして、日が経つにつれてどんどん減っていく、このポケモンセンターに宿泊していたはずのジムチャレンジャーたち。

 

 この2つの事柄から、ボクたちが足を止めていたこの3日間で、誰一人としてネズさんを倒すことが出来なかったことが表されていた。

 

 落ち込んだ顔をしたままここを去った人たちも、みんながみんな諦めた訳では無いだろう。まだまだジムチャレンジの締切まで期間もある事だし、1度ワイルドエリアに向かって鍛え直す人も沢山いるはずだ。しかし、少なくともここ数日でこのジムを突破した人は誰一人として知らない。ここから笑顔でポケモンセンター、ひいてはスパイクタウンを離れた人なんて、少なくともボクが外を見ていた間には1人もいなかったのだから。

 

 ここまで生き残ってきたジムチャレンジャーは、当然だけどここに来るまでに6つのジムを乗り越えてきた猛者ばかりだ。全員が全員、何かしらに秀でたものを持っており、その長所を活かしてここまで勝ち残ってきた。もちろん、まだまだ未熟と言って差支えのないボクたちチャレンジャーは、本気のジムリーダーたちにはまだまだ及ばないだろう。けど、ジムチャレンジ用に調整されたポケモン相手なら、一矢むくいる人がいてもおかしくは無いはずだ。

 

 それなのに突破者0。

 

 たとえジムチャレンジ用に手加減されたポケモンであっても、ネズさんの戦い方がそれを感じさせないくらい巧みだということだろうか、はたまた、このスパイクジム特有の、ダイマックスをすることが出来ない戦いというのが、長くダイマックスと触れ合っていたガラル地方のポケモントレーナーにとっては、実はあまり慣れていない戦いだったりするのだろうか。

 

(それにしたって、普通に野良で戦う時はダイマックスをしたくても出来ないことがほとんどだから、関係なさそうだけどなぁ)

 

 やっぱりネズさんが単純に強いということなのだろう。

 

「で、フリアっち。結局どうするのォ?」

「いよいよ挑むのか?」

「そうだね〜……」

 

 クララさんとホップの言葉を聞いて、改めて窓の外を覗いてみると、まだまだお昼だと言うのに人の通りが全く確認できない。あれほどシャッターの前に集まっていたジムチャレンジャーの姿も全然見ない。

 

 ボクたち以外の全員が、もうこのスパイクタウンを離れたということだろう。今なら、スムーズに戦うことが出来そうだ。

 

「確かに、もう挑んでみてもいいかもね」

「待ってました!!」

「ようやくとね」

 

 ボクの言葉にいよいよネズさんと戦えるとわかり、その目に闘志を宿すホップと、自身の兄との勝負に手をにぎりしめるマリィ。

 

「別にボクに許可取らなくても良かった気はするけど……っていうか、さっきクララさんがすぐ挑むって言ってたのに……」

「そこはほら……何となく?」

「このグループのリーダーってフリアっちみたいなところあるしィ?ああは言ったけどォ、最終決定件はフリアっちにある的な?」

「いつの間にそうなったの……?」

「「「「何となく?」」」」

「あ、はい……」

 

 口をそろえてこう言われるとどうしようもない。4人同時に言われたことによってきた大きな圧の前に、苦笑いを浮かべながらそっと答える。

 

 とりあえず、ボク以外のみんなも全員今日ネズさんに挑むことは賛成らしいので、さっそく身だしなみや、荷物、モンスターボールを確認して、このポケモンセンターを発つ準備をする。

 

 着替えやクララさんたち女性陣のメイクなどはすでに終えていたため、準備するものとしてはあまり数は多くなく、スパイクジムへ行くための準備はほんの数分で終えてしまう。

 

「じゃあ行こっか!」

「「「「おお~!!」」」」

 

 全員の準備が終わったことを確認して、ボクたちは泊まっている宿部屋から出発して一階への階段を下っていく。

 

 階段を下っていく間も、ボクたち以外の話声と足音が全く聞こえないあたり、やっぱりこのスパイクタウンに残っているジムチャレンジャーはほとんどいないみたいだ。

 

 寂れている町と言われいてるスパイクタウンだけど、賑やかだったここ数日の方がボクとしては馴染み深かったため、むしろこの状態がこの町にとっては日常なんだと思うと、なるほどマリィがどうにかしてこの町を復興させたいという気持ちもわからなくはない。

 

 ジョーイさんのお見送りの言葉を背に受けながらポケモンセンターから出たボクたちは、スパイクタウンのアーケードへと目を移す。

 

 人通りがぱたりと無くなったスパイクタウンからは、風が吹いたときにシャッターがカタカタと揺れる音のみが響き渡る。

 

「あれだけ賑やかだったのに、たった数日でこうなっちゃうんだ……」

「むしろ、あたしにとってはこれが日常と」

「なのかもだけど、最近のにぎやかさとのギャップが凄すぎるぞ……」

「ポケモンセンターにいた時から静かだとは思っていたけどォ……」

「こうやって表に出てみると改めて寂れているの意味を実感するね……」

 

 5人そろってスパイクジムがあるスパイクタウン奥へ視線を向けながら感想をこぼしていく。よくよく耳を澄ませると、足音と誰かの話声が聞こえるあたり、おそらく物陰にエール団がいるんだろうけど、少なくともボクたちの視界の中に人影は誰もいない。むしろ、人が誰もいなくて静かだからこそ、物陰の声が聞こえているともいえる、そんな状況だった。

 

「とりあえず前に進もう。スパイクジムはここを真っすぐでいいんだよね?」

「よかと。……そもそもジムと言っていいのか、ちょっと怪しいけどね」

「……どういう事?」

「見ればわかると」

「?」

 

 マリィの言葉に首をかしげながらも、ネズさんに挑むために足を動かしていく。マリィの言葉がどうしても引っかかってしまい、気になって仕方ないけど、彼女がいけば分かるというんだから今はその言葉を信じて前に進もう。これから5人が連続してネズさんへと挑むということを考えれば、かなりの時間を要するだろうから少しでも早く行ってあげる方がネズさんも楽になるだろうしね。

 

 ネズさん視点、ボクたち5人との連戦に使う体力を考えたらあまり意味がないかもしれないけどね……

 

 とりあえず、マリィの言う通り真っすぐ進めばネズさんが待っている場所に行くことはできるみたいなので、マリィの指示に従ってみんなで前へと歩いて行く。

 

 アーケードになっているため少し薄暗い道を歩きながら、ネズさんとどう戦うだとか、スパイクタウンはどんな感じだとか、各々自由に意見を交換しながら道を進んでいくと、エール団がボクたちの姿を見つけたみたいで、こちらに向かって声をかけてきた。

 

「あ、お嬢!!クララ姐さん!!他のみなさんもおはようございます!!」

「「「「おはようございます!!」」」」

「うん、おはょ」

「みんなァ~やっはろォ~!!」

「その挨拶大丈夫?」

「フリア、それは何の心配なんだ?」

 

 まるで舎弟か、もしくは運動部の後輩系のようなノリで挨拶してくるエール団と、こちらはこちらでアイドルかのような言葉で返事をするクララさんに、いつもの挨拶をするマリィ。エンジンシティでいざこざを起こしていた時と比べたらかなり軟化したボクたちへのその態度に、なんだかものすごく違和感を感じてしまう。

 

 昨日の敵は今日の友どころではない間敵対していたのに、こうもあっさりと手のひらをくるっと返されてしまうと、無性に変な感覚が残ってしまう。

 

「見てくださいクララ姐さん。このハンドタオルを使って応援とかいいなと思ったんですがどうでしょうか!!」

「ナニコレ激ヤバ!!超かわいいんですけどォ!?」

「姐さん用にも一つあるんで貰ってください!!」

「いいのォ!?ありがとうゥ!!」

「ちょ、ちょっと!?あたしの目の前で変なやり取りしないで!?恥ずかしか!!」

 

「なんか、凄いね……こんな関係になるなんて想像もしてなかった……」

「あはは、ボクも……」

「でも、なんだかみんな楽しそうだよな!!」

 

 エール団との関係性にもやもやしていると、ボクたちを置いて行ってどんどんと盛り上がっていくクララさんたち。その盛り上がりを、苦笑いを浮かべながらちょっと離れた位置で観察するボクとユウリ。けど、ホップの言う通り、いろいろしがらみがあったとはいえ、今の彼らはものすごく楽しそうで、この先ももうあんなことをして他の人を邪魔することもしないだろうと心から思える。

 

 現に、最初は5人で歩いていたスパイクジムへの道のりも、先ほどクララさんに声をかけたエール団の人たちをきっかけに、またさらに10人、15人と追加されて行き、いつの間にかスパイクタウンの人口全員いるのではないかというくらいの大所帯にまで膨らんでしまっていた。

 

 マリィさんとクララさんを中心に広がっていくその喧騒は、先ほどまで感じていたこの町の寂しさを吹き飛ばすかのような賑やかさになっており、それはジムチャレンジャーが沢山いて盛り上がっていた、3日前の町の雰囲気を思い出させるかのようなものになっていた。本当に楽しそうで、みているこちらまでなんだか笑ってしまいたくなるようなこの空気を見て、マリィが好きなスパイクタウンはこういうところなんだろうなと、ユウリとホップと顔を見合わせながら改めて実感する。

 

 この大きな盛り上がりはさらに広がっていき、最終的にはちょっと距離を離れて歩いていたはずのボクたちまで巻き込んでしまっていた。

 

 最初こそ、エンジンシティやガラル第二鉱山で戦ったことのある人たちの姿もあったため、ちょっとぎくしゃくしそうになってしまったものの、そこはクララさんが間を取り持つことによって、ボクたちとエール団の架け橋になり、その時のことをエール団側から改めて謝ってもらうことによって和解。それからは、クララさんとマリィ程ではないにしろ、ボクたちに対してもかなり柔らかい対応で接してくるようになっていた。

 

 そしてこの時に知ることになったんだけど、どうやらこのエール団は、スパイクタウンのジムトレーナーで構成されているらしい。何人かやたら練度が高い人がいたり、全員の手持ちがあくタイプに統一されていたりしていたんだと、ここにきてようやくその理由に納得することが出来た。

 

 元がジムトレーナーということもあってか、ボクに飛んでくる質問もポケモンバトルに関することが中心になっており、どうしてそんなに強いのか。どうしたらこんなにも斬新な戦法を思いつくのか。シンオウ地方ではどんなバトルスタイルが主流なのか。等々、ボクと和解できたと知るや否や、物凄い質問の嵐にさらされ始めていく。

 

 寂れているなんてとんでもない。ここには確かに、他の町にも負けない強いつながりと絆がある。そのことを強く感じた楽しいひと時となる。

 

 エール団のおかげで、スパイクジムに向かう間も楽しく進むことが出来たボクたちは、奥に進むにつれてだんだんと大きくなるとある音が耳に入ってくるようになる。

 

「いよいよね」

 

 この音の正体について質問しようとする前に、マリィから放たれたこの言葉。この一言だけで、ボクたちの目的地が目前にまで迫っていることを察する。

 

 エール団たちと盛り上がっていた会話がだんだんと小さくなっていき、徐々にボクたちを包み込んでくるプレッシャーに、いよいよもって確信するマリィ以外の4人。

 

 この先に、ネズさんがいる。

 

 手に滲んでくる汗をぎゅっと握りながら、さらに前へと足を進めていくと、細長い通路だった今までの道からは一転して、少し開けた場所に出た。

 

「これは……」

 

 その場所は、開けたと言ってもそんなに大きく広い場所というわけではなく、ポケモンバトルのコートが一つと、その先にある路上ライブ用のちょっとしたステージがひとつ。そしてこの2つを囲むように建てられたフェンスがあるだけの簡易的な広場。

 

 雰囲気としては、ストリートにたまに1つだけぽつんと置いてあるバスケットコートくらいの大きさだろうか。少し小さくて、シンプルなそのバトルコートは、ダイマックススポットのないこの町を表しているかのようだった。そして、何よりも目を引くのが先程もバトルコートの横に存在すると言った路上ライブ用のちょっとしたステージ。その上に立ち、現在進行形でゴリランダーと2匹のストリンダーに演奏を任せながら、その中心にて、スタンドマイクを鮮やかに操りながら熱唱をするネズさんの姿と、そんなネズさんの背後で、ネオン街灯によってキラキラとその存在を主張するあくタイプのマーク。

 

 大きく自己主張するそのマークは、バトルコートを見下ろしているかのようにも見え、その輝きにてバトルコートを照らし出していた。

 

 ネズさんの周りにて、ネズさんのライブで盛り上がっているエール団の姿を見ながら、ボクはこの場所の意味に気づく。

 

「マリィ。もしかしてこの場所が……」

「そう。その通り」

 

 ボクの次の言葉を理解し、答えを言いきってしまう前に口を開くマリィ。

 

「この小型のステージの前にあるバトルコート……ここがスパイクジムのバトルコート」

「ここが!?ジム戦用の建物があるとか、ちょっとしたスタジアムになっているとか……パワースポットがないのはわかるけど、ないならないなりにちょっと工夫されたものがあったりするのかと思ったぞ……」

 

 まさかのバトルコートがそのままドンと置いてあるだけのここが目的地だということを未だに信じられないでいるホップが、思わずといった感情で口を開く。

 

 確かにホップの言うとおり、もうちょっとなにかしらの特別感があっても良かったと思わなくはない。しかし、このスパイクタウンにそういった建物がないのは、おそらくこのスパイクタウンという場所が、全ての建物が繋がっているアーケード街だからだと予想する。全ての建物が繋がっているうえ、町全てが屋根におおわれているこの町は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、捉えることができる。

 

 あまり広さがなく、かつ既に屋内であるこの場所に改めて何かを建てる必要なんて特にない。逆に言ってしまえば、このスパイクタウンの入口であるあのシャッターをくぐった時点で、ボクたちはスパイクスタジアムに足を踏み入れている。と言っても過言ではないというわけだ。

 

 結論を言ってしまえば、今自分たちの目の前にあるこのバトルコートで、7つ目のジムバッジをかけた戦いをすることになる。そのことを意識して、自然と唾を飲み込むボクたち5人組(チャレンジャー)

 

 いつの間にか曲も終わりに差し掛かり、ラスサビに向けてさらに盛り上がりを見せた後、1曲歌い終わったあとの疲れを首からかけていたタオルで拭き取りながら、こちらに視線を向けてくるネズさん。

 

 ボクたちの周りと、ネズさんの周りにいたエール団たちも空気を読み、素早くフェンスの外へと移動をしていく。

 

 バトルコートを挟んで向かい合うボクたちとネズさん。

 

「よく来ましたね。正直ジムチャレンジャーが全員いなくなったこのタイミングを選んでくれて、少し感謝をしています。あなたたちの活躍は小耳に挟んでいるので、是非とも忙しい中サラッと終わらせるのではなく、しっかりとバトルしたいと思ったので……」

 

 相変らすの猫背姿で、しかしそこからは怠さや暗さを感じさせない芯の通った声でこちらに語り掛けてくる。

 

「ここスパイクタウンにはダイマックスエネルギーのスポットがありません。なので、ダイマックスを使わない一風変わった……いえ、ダイマックスのない、ポケモンバトル()()()シンプルなバトルを楽しんで頂けたらと思います。また、ジム戦をするにあたって本当はユニフォームに着替えて貰うのが約束なのですが……まぁ、中継する訳でもないし、ジムミッションもないので服装はご自由にしてください。私服でもユニフォームでも、動きやすい格好でどうぞ」

 

 話の内容はここでのバトルについての軽い説明。ダイマックスがないことは知っていたので特に驚くことはない。強いて言えば、珍しく私服でネズさんと戦うことになると言ったことくらいか。

 

 ユニフォームに着替えてもいいんだけど、更衣室遠そうだし、その間に他の人のバトルが見れなかったら勿体ないしね。今回はいつもの観客席からの観戦ではなく、フェンスの外からといういつもより近い場所からの観戦だ。それに、控え室なんてものもないし、テレビが来ないから少し大雑把でもいいということもあって、戦う前に試合を見る方法もしっかりと確保されている。

 

 試合前に拍手や歓声しか聞こえないというモヤモヤする体験もしなくて良さそうだ。

 

 観客もよそから来ないから人の目も少ないし、ダイマックスもないからみんなにとっては特別でも、シンオウ育ちのボクにとってはむしろやり慣れたルール。

 

 やりやすさという点においてはボクが1番アドバンテージがある。

 

「以上がスパイクジムでのルールです。何か質問があれば」

「「「「「……」」」」」

 

 一言も発さず、しかし全員で首を縦に降り、質問がないことを表す。素直にありませんと言えばよかったんだけど、みんな気合いを既に入れ始めているのか、集中モードのためだんまりになってしまっていた。

 

(考えることは一緒みたいだね)

 

「ふぅ……では、長話はこの辺で……」

 

 長かった説明を終えたネズさんが、ゆっくりとステージから降りてバトルコートの反対側に立つ。そして……

 

 

「おれはスパイクタウンジムリーダー!!あくタイプの天才、人呼んで哀愁のネズ!!負けるとわかっていても挑んでくる愚かなお前たちのために、ウキウキな仲間たちと共に、行くぜ、スパイクタウン!!誰からでもかかってきなァ!!」

 

 

 スタンドマイクを取り出しながら、先程とは別人なのではと思うほどの迫力と威圧を放ち、バトルの構えを取る。

 

「……じゃあ、オレからいくぞ!!」

 

 その威圧に押され、少し動きが固まった中、唯一動いて前に出たホップ。1番手を担うつもりだ。

 

「オレはホップ!!アニキを超えて、チャンピオンになる男だ!!」

「来な!!最初の犠牲者!!その幻想をぶち壊してやるぜ!!」

「絶対に勝つ!!バイウールー!!」

「カラマネロ!!」

 

 両者同時に繰り出す最初のポケモン。

 

 盛り上がるエール団たち。

 

 フェンス外まで下がり、じっとバトルを見つめるボクたち。

 

 睨み合う、ホップとネズさん。

 

 寂れた町の、それでいて今、どこよりも輝いている町の、激闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




チャレンジャー

実機でも突破者は2桁超えていないという難関。
時系列で考えれば、現時点で突破しているのはマクワさん含めて片手の数もいなさそうですね。

エール団

クララさんによる説教で一気に気前のいいお兄さん、お姉さんのグループになりました()
後半のエール団はただただいい人たちなので、おそらく根っこからいい人たち……のはずです。というか、私がそう思いたいだけです。




更新のお知らせなのですが、次の月曜日が私のワクチン3回目の日になっています。
二回目のワクチンの時もそうだったのですが、副反応で更新できない日が少し出てくると思います。
こればかりはいつ再開できるかはよめないので、気長に待っていただけたらと思います。
ご理解のほど、よろしくお願いします。

5月は休みが多いですね。申し訳ありません。


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107話

お待たせしました。

無事(?)ワクチンの副反応による頭痛で倒れていました。


「スカタンク、『だいもんじ』!!」

「ドラピオン!!『つじぎり』ィ!!」

 

 スカタンクより放たれる業火を、黒色に光る両手の爪で切り裂いて止めようとするドラピオン。実際にだいもんじそのものは、スカタンクがほのおタイプではないゆえ、本来の威力ではなかった技だったため、ドラピオンの一撃にて何とか止めることに成功はしていたものの、ネズさんはそれを見越して既に行動していた。

 

「スカタンク!!相手が技を止めたその隙に『ふいうち』だぜ!!」

 

 つじぎりとだいもんじの散った炎の隙間を駆け、ドラピオンの懐に潜り込んだスカタンクが強烈な一撃をドラピオンの体に叩き込む。

 

「ッラァ!?」

「ドラピオン!?」

 

 攻撃中の隙だらけな体に叩き込まれた正確な一撃は、耐久力に自信のあるはずのドラピオンを容赦なく吹き飛ばす。

 

 せめて少しでも威力を落とそうと、自分から後ろに飛んで軽減しようと考えてはいたものの、それすらも読み切ったネズさんのスカタンクが、さらに一歩踏み込んで攻撃することによってその威力減衰をゆるさない。

 

 派手に吹き飛び、バトルコート外のフェンスに叩きつけられるドラピオン。すぐさま起き上がって、戦線復帰に行こうと体を動かすものの……

 

「ド……ラァ……」

「……ッ」

 

 どすんと、地面を揺らしながら大きな音を立て、地面に突っ伏したドラピオンは、そのまま目を回し動かなくなる。

 

「ドラピオン戦闘不能!!スカタンクの勝ち!!よってこの戦い、ジムリーダーネズの勝利!!」

「ふぅ……あなたとの戦いもまた、ギリギリでしたね。ありがとうございました」

「……ありがとうございましたァ」

 

 お互いがお互いのポケモンを戻しながら告げられる対戦後の挨拶。はたから見てもかなり熱い戦いで、正直最後までどっちが勝つかなんて全然わからなかったけど、最後は常に相手を観続けていたネズさんに軍配が上がった。

 

 ギリギリのバトルに満足したのか、少しだけテンションが高そうなネズさんの言葉と、負けたのが悔しくて、その感情が声からも漏れていたクララさん。悔しそうにフェンスの出入り口に向かって歩き、ボクたちに合流したクララさんはそのまま……

 

「うええぇぇん!!負けちゃったよォ!!」

「うん、頑張ったね……やっぱりアニキはつよか」

 

 マリィへと抱き着いて泣き崩れる。そんなクララさんを抱きしめながらあやしていくマリィは、ぼそっとネズさんを褒めながら視線をそちらに向ける。

 

「ああ、本当に強いぞ……あのジムチャレンジャーたちが誰も勝ててないのがよく分かったぞ……」

「うん。本当に強い……私たちも全力で頑張っているはずなのに……()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 マリィの言葉に続くホップとユウリの言葉。みんながここまでネズさんを褒める理由。それはユウリの言っている言葉通りの結果になっているから。

 

 ネズさんのもとに辿り着いたボクたちは、ホップを先鋒として、ユウリ、マリィ、クララさんの順番でネズさんに挑んだものの、結果は全員敗北。ネズさんとのバトルは4対4のシングルバトルなんだけど、勿論ホップたち全員最後の1対1まで突入はしている。何ならユウリとマリィに関しては、手持ちが2匹残っている状態でネズさんをあと1匹まで追い詰めていた。しかし、それでもネズさんが最後は押し返していた。ネズさんの額に汗が浮かんでいることから、間違いなく苦戦はしているし、おそらくここ数日で戦ったジムチャレンジャーと比べたらユウリたちの方が強いことはネズさんも理解してくれているはずだ。だからこそ、クララさんとのバトルの後も少し満足げな表情を浮かべていたんだと思う。

 

 しかし、それでも、ネズさんの壁を超えることが出来ない。

 

 今回のジム戦においては、対戦を待っている間もネズさんのバトルを観戦することが出来るため、後になればなるほど戦いやすくなるはずだ。勿論ユウリたちもそれを理解しているからこそ、ネズさんとの戦いは一切目を離さずに見つめていたし、バトルでも要所要所で対策を頑張っているところは目にすることが出来た。なのにその上をネズさんは行っていた。

 

 最後の最後でどうしても粘られて返される。

 

 この粘り強さは、恐らくネズさんがこのガラル地方で生き残るために備わった力だ。ダイマックスがあまり好きではないから使わないと明言しているネズさんだけど、当然ながら対戦相手にとってはそんな事情なんて知ったことではない。なので、いくらネズさんがダイマックスを禁止したとしても、ネズさんの対戦相手はそんななんてお構い無しにダイマックスを行ってくる。しかし、ネズさんはその上で勝利している。それはつまり、相手だけがダイマックスをしてきたとしても、『そのダイマックスを乗り切れるだけの防御力と立ち回り』または、『ダイマックスを押し返すことが出来るだけの火力』のどちらかを備えているということになる。

 

 恐らくネズさんは前者のスタイル。敵の攻撃を耐えたりいなしたりして、相手の裏や不意を着いた攻撃。あくタイプらしく、慎重かつ大胆で、それでいてトリッキーなその動きは、自身の強みをしっかりと理解した動きだ。それに、ネズさん本人の性格のせいなのか、もうひとつ厄介なところがあるんだけど……それはその時に言おう。

 

 とにかく、ダイマックスという強力な手札を使わずして、ダイマックスを使ってくるほかのジムリーダーを超える実力を持っているネズさんにとって、相手も自分と同じ土俵となるダイマックスのないこの戦いは、間違いなくネズさんに対して有利なバトルとなっている。つまり、このバトルは一見お互いダイマックスが使えない平等なルールに見せかけて違うというわけだ。

 

 成程そう考えれば、手加減をしたこのジム戦用のパーティでも、誰もネズさんに勝てないというのは納得できる。ネズさん視点、普段からダイマックスをどうやって耐えるかの思考をしなきゃいけないのに、ここではその必要がないのだから。

 

「さて……この楽しいバトルも、いよいよ最後の1人になってしまいましたね……さぁ、大将さん。あなたの出番ですよ」

「……」

 

 ネズさんがこちらをじっと見つめて、『早くバトルコートに来い』と言っている気がした。その視線に呼ばれるようにフェンスの出入口に向かって歩き出し、バトルコートに入る。

 

「フリア!!」

「……?」

 

 バトルコートの、トレーナーが立つ場所に足を踏み入れようとした時にかけられる声。そちらを向くと、フェンスをしっかりと掴み、真っ直ぐこちらを見つめるホップの姿。ボクとホップの目が合ったのを確認したホップが、次の言葉を続ける。

 

「絶対勝てよ!」

「応援してるから!」

「気張っていくと!」

「ファイットォ!」

「……うん、頑張る!」

 

 ホップに続いたみんなからの応援を背中に受けて、頷きと返事を返しながら今度こそ立ち位置に着く。

 

「良い仲間たちです。マリィとも仲良くしてくれているみたいで、本当に感謝しますよ」

「いえ、むしろボクも色々頼っている部分もあるので、お互い様です」

「それでもですよ。少なくとも、今日こんなにも楽しいバトルができているのは、間違いなくあなたのおかげでしょうからね。言ってはなんですが、ここ数日戦った人の中で、楽しいと思える人は残念ながらほとんど居なかったので、今日は本当にいいバトルができて嬉しいのですよ。正直、あなたがたにはバッジをあげてもいいと思えるくらいには充分強くなっていると思っています」

「なら、少しくらいは手加減してくれませんか……?今回においてはネズさん、ボク以外の方にもちょっとだけ本気出してますよね?」

「「「え!?」」」

 

 フェンスの外から聞こえてくるマリィ以外の驚きの声。マリィは家族ということもあり、やっぱりこのことに気づいていたみたいだけど、普通は気づけるようなことではないからみんなの反応が普通なはずだ。ボクだって、いつもみんなと違う難易度に挑戦し続けていたからたまたま分かったと言うだけだから。

 

「……別に意地悪をしたかった訳では無いのですよ。それならマリィとの戦いで手を抜けばいいので」

「あ、いえ!そこを疑っているわけでは……」

「ならいいのですが……」

 

 ここに来て、ジムリーダーとして設定されていた強さよりも少し上にして戦うというのは、先の事件も含めてまた忖度をしているのではと疑われる行為ではある。ネズさんもその勘違いを危惧して早めにこの発言を残したのだろうけど、既にネズさんの人となりはなんとなく把握しているつもりだし、そんなことをする人だとも思っていない。それこそ、本当のそういう意図があるのなら、ネズさんの言う通り、マリィとの戦いの時に手を抜けばいいだけなのだから。

 

 けど、それをしていないということは、もちろんこの急なちょっとした難易度の上昇には意味がある。ボクの予想が当たっていれば、それはジムミッションを無くしたことと関係があるだろう。

 

「今回、おれが少しだけ本気を出している理由は、ジムミッションがないからです。ジムミッションというのは、そもそもジムリーダーに挑める資格があるのかを試す場所。この時点で1度ふるいにかけられるのです。しかし、今回はその試験がこちらの不手際でひとつない状態です。試験の数は減りました。ですが、だからといって試験が簡単になったと言われる訳にはいかないのです」

 

 ジムチャレンジはあくまでも最後のトーナメントへ挑むための予選だ。その予選の難易度を下げて、万が一にも相応しくないものを通す訳には行かない。故の急な難易度。

 

(この話聞いたら、何人かクレームを出しそうだなぁ……)

 

 予想はしていたし、納得はできる話だけど、それはそれとして苦笑いを抑えることがなかなかできない。この後ネズさんが色々文句を言われないことを願うばかりだ。

 

「さて、長話はこの辺にしましょう。あまりオーディエンスを待たせるのも宜しくないですからね」

 

 ネズさんに言われて周りを見渡すと、ボクたちのバトルを今か今かと待っている様子の人たちがチラホラと確認出来る。

 

 ネズさんの説明に驚いていたユウリたちも、話の内容に納得するやいやなや、すぐに気持ちを切り替えて、ボクとネズさんのバトルからひとつでも何かを吸収せんと、食い入るようにこちらを見つめていた。

 

 ここにいる、すべての人間がボクたちを見つめている。

 

 人数が少ないから緊張することはない。なんて思っていたけど、人数が少ない分、観客との距離が近いせいか視線をさらに強く感じてしまうためか、いつもの戦いとはまた別のプレッシャーがボクを襲ってくる。

 

 固唾を飲んでしまうボクを見たネズさんは、それを確認したうえでまたマイクスタンドを取り出し、懐のダークボールに手を伸ばす。

 

 

「さぁ!!いよいよ今日のフィナーレだぜ!!泣いても笑ってもこれが今日最後!!最も、泣くのはお前だけだとわかりきっているがな!!」

 

 

 マイクを持ちだした瞬間一気に変わるネズさんの喋り方とプレッシャー。

 

 フェンス越しには何度も見てきたはずなのに、こうやって真正面で対面してみるとまた違った凄みがある。その凄みに押されないように、こちらも腰を落としてボールに手を添えて戦闘態勢。

 

 

「行くぜよそ者!!ここがどこで、おれがだれなのか思い知らせてやるぜ!!」

 

 

ジムリーダーの ネズが

勝負を しかけてきた!

 

 

「いくよ!エルレイド!!」

「いくぜ!スカタンク!!」

 

 ネズさんの叫び声とともに切って落とされたスパイクジム戦。繰り出されたポケモンは、ボクからはエルレイド。ネズさんからは先ほどクララさんのドラピオンを落としたスカタンクが登板してくる。間違いなく先ほどとは違う個体だということは、対面した瞬間に感じる圧の時点でよくわかるんだけど、果たしてこの子がどんな子なのか、そしてどれくらい手加減をなくしている子なのかがわからない。

 

 いや、正確にはどんな子なのかは、ネズさんの戦闘スタイルから知ることこそできる。その理由がそろそろ分かるだろう。

 

「みんな匂うけどいいよな!?『ふいうち』!!『どくどく』だ!!スカタンク!!」

 

(『ふいうち』と『どくどく』を覚えている個体ってことか……)

 

 ネズさんがマイクを振り回しながら叫ぶのは自分のスカタンクがどの技を使うことが出来るかというもの。簡単に言ってしまえば、一種のネタバレだ。

 

 ネズさんの悪いクセ、とでもいえばいいのだろうか。こうやってバトルの時、テンションが上がって、キャラが変わってしまうのは見ての通りなんだけど、そこからさらにネズさんの調子が振り切れると、こうやって自分の手持ちの情報をさらけ出していく。

 

 この現象は、ボク以外のみんなが闘っていた時も何回か行っていた。マリィに聞いたところ、このクセはネズさんが音楽を始めたあたりから徐々に姿を現し始めたクセらしく、一時期はこのネタバレを直そうと四苦八苦していた時期もあったと聞く。

 

 理由は当然、相手がどんな技を使ってくるかなんて、分からない方が有利なのだからそれに越したことはないからだ。

 

 ポケモンは基本的に4つしか技を使うことがない。これは、4つ以上の技を覚えることが出来ないというわけではなく、ポケモンが高い練度を維持し続けて覚えることが出来る技の数が、4つが限界だという理由だ。ただ『なきごえ』を発するだけなら、別に5つ目の技として覚えようとすれば覚えることなんか簡単だ。しかし、その『なきごえ』が相手の攻撃をちゃんと下げられるほどの物なのか、はたまた遠くまでその声を届かせることが出来るほど強力なものなのかとなると、話は大きく変わってきてしまう。

 

 戦闘で使えるほどの練度に達している技を4つ憶えている時点で、無理して覚えた5つ目の技は、ポケモンという種のスペック上どうやっても高練度を維持するのが難しくなってしまい、とてもじゃないけど実戦で効果がちゃんと現れるほどの練度で維持できない。それどころか、下手をすればちゃんと使えていたはずの技でさえ練度が落ちてしまっていた、なんてことだってあり得るほどだ。

 

 どこかの誰かの言葉を借りるなら、『メモリが足りない』といったところか。そのため、どんな凄いトレーナーのポケモンでも、ポケモンが使ってくる技は4つだ。野生のポケモンだとまた話は変わって来るんだけど、例えチャンピオンだとしてもこの制約は変わることはない。

 

 ここでネズさんの話に戻るんだけど、さっきみたいに自分のテンションに任せて2つも自分が使う技を暴露するということは、自分の戦法を無条件で丸々半分開示しているようなものだ。そんなもの、不利行動以外なんでもない。だから直したいという気持ちは当然ながらわかる。けど、現実としてはこうやって現在でもこの悪癖は治っていない。

 

 ではなぜそんな不利なクセを背負っているのにここまでの強さを維持することが出来るのか。その話については、今度はクララさんの挑戦が終わった後の説明で、後回しにしてしまったところまで戻るんだけど、むしろこのクセを利用して厄介な戦い方をしているからであり、その戦法があくタイプという種類と、とてつもなくマッチしている。というのが大きな理由だろう。

 

「エルレイド!『かわらわり』をしながら警戒!!」

 

 前に走りながら両手を白く光らせたエルレイドが、上段に右手をあげ、左を守りに使えるように構えておく。そんなエルレイドのその構えを見た瞬間、ネズさんが素早く指示を飛ばす。

 

「スカタンク、()()()()で『かわらわり』を逸らして、『どくどく』で匂いを振りまきな!!」

 

 上から振り下ろされる腕を、側面から爪で叩くことによって横に逸らし、隙が出来たエルレイドに、すぐさま毒を吹きかけようと構える。

 

「『サイコカッター』を繰り出しながら下がって!!」

 

 この毒を貰うわけにはいかないので、あくタイプのスカタンクには効果がないものの、どくどくを中和して弾くことのできるエスパー技で弾きながら一回下がる。

 

(……エルレイドのかわらわりを弾いたの、()()()()!?)

 

 ネズさんの悪癖が厄介な理由。それはそのクセを対戦相手との読み合いに利用してくること。

 

 さっきエルレイドのかわらわりを逸らしてきた技。普通に考えればふいうちだ。なぜなら、あんなに簡単にネタバレしたのだから。だけど、ここまでのユウリたちとの試合で、基本戦術がふいうちなら自身を強化して戦えばいいと判断したみんなが、そういった技を使おうとした瞬間、今度は同じような指示だったのに、ふいうちではなく()()()()が飛んできたのだ。

 

 当然ふいうちを警戒して手を出す回数を減らしていたみんなは、急に飛んできたつじぎりに対応することが出来ずに、回避することも間に合わずに弾き飛ばされていた。それからというものの、攻撃をすればふいうちが、しなければつじぎりが、と、2つの技の塩梅を物凄く細かく分けて使いこなしてきたため、その対応に追いつかずにどんどん押されてそのまま押し負ける。それがネズさんとの戦いの大体の内容だ。

 

 なまじ中途半端に相手の情報を知っているが故に、逆にその技を強く意識させられてしまうためにこちらの手が無意識に制限させられてしまう。

 

 ネズさんの戦法を簡単な例えをするのであれば、じゃんけんで勝負をするときに、最初に『自分はパーしか出さない』と宣言をして、そこから変な心理戦を仕掛けてくるような人。

 

 単純な3分の1の勝負なはずなのに、この一言で一気に思考が加速してしまう心理戦へと変わっていくこの感覚に物凄く似ている。そのまま思考することに飲まれて、結局体が動かずにグーしか出せないところまでそっくりだ。

 

 ただでさえ、相手の攻撃を見て攻撃ができるふいうちに、ガラルでは使っている人を見たことがないけど、相手のポケモンが交代するところに使うことによって技の真価が発揮されるおいうち。相手の攻撃を利用して攻撃するイカサマなど、トリッキーな技や戦法を得意とするあくタイプなのに、そこにネズさん特有の読み合いや戦術が加わることで、その厄介さがさらに加速していく。

 

 だからこそ、あくタイプとマッチしている。

 

 あくタイプというのは、ネズさんのためにあると言っても過言ではない。そう言い切ってしまえるほど、ネズさんの戦い方とマッチしている。しかも今回に限って言えば、ふいうちかつじぎりか、ではなく、ふいうちか何かの技、と、対となっている技の正体がわからない。

 

(エルレイドはお互いのタイプが干渉しあっているからあくタイプの技は普通に受けるだけ。それにしてはやけに思いっきり腕が弾かれていたような気がするから、そもそも()()()()()()()()()可能性もあるけど、急所に当たりやすいつじぎりが、普通に急所に当たったからと言われたらそれまでな気がす━━)

 

「突っ込め、スカタンク!!」

「ッ!?エルレイド!『リーフブレード』!!」

 

 再び何かの技を構えているような、それでいて普通にふいうちを構えているような、ぱっと見ではどっちか判断できないその構えを確認し、突っ込んでくるスカタンクに対して草の刃を構えるエルレイド。

 

 先ほど言っていた、思考に持っていかれて反応が遅れる典型的パターン。

 

 動きが遅れたエルレイドはすぐさまリーフブレードを構えるものの、素早く懐に潜り込んだスカタンクの()()()()が突き刺さり、後ろに後ずさる。それでもただではやられないと、右手の刃でスカタンクを攻撃し、距離が開いたところで左手の刃を飛ばしてぶつけることでさらにダメージをもぎ取る。

 

 本来は遠距離技ではないリーフブレードだけど、マジカルリーフで疑似リーフブレードを再現していた時の経験と、サイコカッターのように斬撃を飛ばすことのできる技を新しく覚えたことによる応用だ。

 

 あく、どくという、こと受けることに関して、じめん以外の弱点が存在しない優秀なタイプであるスカタンクに対してはあまりダメージは期待できないけど、近接主体のエルレイドにとっては貴重な遠距離技代わりだ。頼っていかなきゃ勝てない。なぜなら、さっきの攻防でスカタンクの別の強さも確認できたため。

 

(思考しすぎて体が追い付いていないのもそうだけど、あのスカタンク意外と速い!!)

 

 見た目からは想像できない素早さに思わず舌を巻く。

 

 まだ2回しか技をぶつけ合っていないのに、ネズさんの強さがありありと伝わってきたと同時に、頭が熱を持ち始める。

 

(本当に強いね、この人)

 

「スカタンク!『どくどく』だぜ!!」

「よけて!!」

 

 毒の液をこちらに飛ばしてくるのをみて、左右に走ることで回避するエルレイド。

 

「走れ!!」

 

(来た!!次は……どっちだ?)

 

 どくどくをよけたところを狙ってまた走り出すスカタンク。

 

 次はふいうちか、それとも別の技か。

 

「迷う前に押し切る!『インファイト』!!」

「エルッ!!」

 

 エルレイドが両の拳に力を込めて、走って来るスカタンクに構えを取る。先ほどは迷ってしまったから対応が遅れてしまった。なら、次はその反省を生かしてふいうちをされても真正面から叩きつぶす力業。普段のボクならあまりしない行動だからこそ、ネズさんには意外と通るかもしれないと判断しての一手。そしてどうやら相手の技はふいうちではなかったらしく、さらにインファイトという高火力技も予想していなかったのか、驚きの表情を浮かべたのちに、拳の雨にさらされて吹き飛ぶスカタンク。

 

 この読み合いはボクの勝ちだ。

 

「エルレイド!このまま攻めるよ!!」

 

 少なくないダメージがスカタンクに入ったのを確認したボクは、そのまま攻め切るため、エルレイドに攻撃の指示を出す。けど、エルレイドの足が少しおぼつかない。

 

(まさか……)

 

 嫌な予感が駆け巡り、エルレイドの体に視線を移す。

 

「エ……ル……ッ!!」

 

 そこには、両手を毒の液に浸されたエルレイドの姿。

 

「慎重な君は『かわらわり』で両対応してくると思ったのですが……そのいざという時の思い切りの良さはさすがですね……だが!おれの上を行くなんざ100年はえぇぜ!!」

 

(『どくどく』を体にまとってわざと殴られに来たんだ!!)

 

 毒の液を飛ばし、どくどくを遠距離態と意識させ、次に先ほどの攻防戦とふいうちをちらつかせて相手の選択を誘導し、殴らせて接触した瞬間に毒を流す。

 

 テンションは上がって、口調や情緒はむちゃくちゃなのに、戦法はありえないくらいクレバー。

 

「お前の命は秒読みだ!すぐ倒れるか、毒で倒れるか、好きな方を選びな!!スカタンク!!いくぜ!!」

「エルレイド!!なったものは仕方ない!短期決戦でとにかく前へ!!」

「スゥッ!!」

「エルッ!!」

 

 インファイトを受けたスカタンクと、どくどくを受けたエルレイド。

 

 お互い倒れるまでそう遠くないポケモンが、それでも目の前の敵だけは倒して見せると、覚悟を見せながら駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初手

初手スカタンクは実機と違いますね。
実機ではズルズキンが初手となっています。

スカタンク

実はエルレイドよりも素早さ5速いスカタンク。
これはエルレイドが遅いのか、スカタンクが速いのか……

メモリが足りない

某変態ピエロの言葉がよぎりますね。

おいうち

剣盾にはそもそも存在しない技ですね。

どくどく

殴った側であるエルレイドが毒になっているのは、某海賊の監獄のお話みたいですね。




体感2回目よりもつらくはなかったですが、期間が長かったです。
皆さんも気を付けてくださいね。


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108話

「『かわらわり』!!」

「いのちだいじにいくぜ!!スカタンク!!」

 

 腕を光らせながら、得意のかくとうタイプで攻めていくエルレイドに対して、エルレイドが毒になっている以上自分から攻める必要のないスカタンクは、ネズさんの指示通り自分の身を守るような手堅い戦い方を進めていく。と思っていたのに、ここでも予想外の動きを取られることになる。

 

 いのちをだいじにという指示を聞いたら、当然予想する行動は守りを固めて耐え抜くというもの。こちらが毒になっていることも考えたら、誰しもが想像出来る当然の行動だ。だけど今目の前で起こっているのは、腕を光らせて、自慢のかくとう技を繰り出そうとしているエルレイドに対して()()()()()()()()()スカタンクの姿。

 

 上から振り下ろされる技に対して、自慢の大きなしっぽを側面からたたきつけて腕をそらし、いなされる。続く2手目、3手目のかわらわりも、同じようにしっぽや腕を器用に回して弾いていく。

 

 確かに行動そのものは守り寄りの行動。しかし立ち位置が普通の防御に比べてかなり前のめりだ。エルレイドも近接戦を得意としているため、攻撃をする際は前に走るタイプだけど、スカタンクはさらに前に踏み込んでいる。

 

 いくら接近戦が得意とはいえ、ここまで踏み込まれてしまうと逆に攻撃の手が伸びない。すばやさでも負けているため、こちらの攻撃も始動を止められがちだ。

 

 元々相手にダイマックスを使われても勝つことの出来るネズさんにとって、こういった立ち回りによる防御というのは得意分野だ。

 

 ただ防御して受けるだけでは強力なダイマックス技を受けきることは不可能だから、こうやって細かなテクニックによるいなしというのは、相手のダイマックスを耐えるということにおいて必須テクニックなのだろう。こちらを揺さぶり、悩んでいる隙に攻撃や防御を織り交ぜていくから、正直こちらに考える時間が全然ない。だからと言って考えることを放棄して、前しか見ていなかったら……

 

「ッ!?エルレイド!!『インファイト』でスカタンクを突き放して!!そのまま八方に『サイコカッター』!!」

 

 かわらわりを逸らし損ねて態勢を崩したスカタンクをインファイトで突き飛ばし、スカタンクが下がったところで、あたり一面にサイコカッターを放ちまくる。

 

 狙いはエルレイドめがけて放たれたけど、エルレイドが躱したことによって地面に飛び散っていたどくどくの跡。辺りに散らばっていた毒液が、少しずつ蒸発して気体となり、あたりを充満し始めていたからだ。

 

 既に毒状態になっているからと言って、そこからさらに毒を貰っていいわけではない。

 

 ただでさえどくどくによって貰ってしまう毒は強力だというのに、ここからさらに毒を摂取して、自身を蝕む毒の進行を手助けるなんて絶対にしてはいけない。

 

 相手の癖や動きに思考を裂けばこちらの動きが硬くなってしまい、しかし行動が硬くならないように前だけ見ているとこのようにいつの間にか仕掛けられている毒の罠に足を引っ張られることになる。

 

「スカタンク!!攻め時だぜ!!」

「エルレイド!右手で『リーフブレード』!!左手で『かわらわり』!!」

 

 そしてその罠の対処に回れば、今度は自分が攻める隙ができると判断し、ガンガン攻めてくる。

 

 こちらの動きに合わせて罠を張る行動と、攻める行動と、守る行動のスイッチングが完璧すぎるし、ただスイッチングするだけじゃなくて、そのタイミングまでも読み合いに持ち込ませたり、裏をかいて来たりと、考えることとみることが多すぎる。

 

 決して試合スピードが速いわけじゃないのに、手札が多すぎて考える時間と体を動かす時間が釣り合っていない。

 

 腕を振り上げて攻撃態勢になっているスカタンクに対して、右手のリーフブレードで受け流しながら、左手のかわらわりで崩したところを攻撃する。

 

「スカタンク!『どくどく』だぜ!!」

「『サイコカッター』で弾いて!!」

 

 そのかわらわりにたいして、かわらわりを受けてでもさらに毒を促進させるように吐き出されるどくどくを、リーフブレードを捨てながら発動したエスパータイプの技で弾き、そのまま相手の横腹にかわらわりを叩き込む。

 

 毒とスカタンクを同時に弾くことが出来たけど、これでまた地面の毒にもリソースを裂かないと再び毒ガスによって動きを制限させられるから、攻めをどこかで中止しなければならない。そうなってしまえばまた相手にターンを取られるため、今度は早めに処理を心がけ……

 

「エルレイド!『サイコカッター』で弾いt━━」

「隙だらけだ!!」

 

 処理しようと技を構えたところに、いつの間にか懐まで走りこんでいたスカタンクのふいうちが直撃して、エルレイドが吹き飛ばされてしまう。しかも、運が悪いことに……いや、ネズさんなら狙ってやったかもしれないけど……とにかくエルレイドが吹き飛ばされた先がどくどくによってできた毒たまりの場所だった。

 

(毒を処理する技にまでふいうちを取って来るのか……)

 

 全ての技が必ず次につながるように展開されるネズさんのバトル。まるで詰め将棋をやっているかのようにじわじわと、着実にこちらを追い詰めていく。

 

「エル……ッ!!」

「エルレイド!!大丈夫!?」

 

 毒の沼から、もはや毒を受けていない場所を探す方が困難なくらい毒浸しになったエルレイドが、片膝をつきながら、それでもまだ戦えると必死に体を持ち上げる。視界もぼやけているのか、傍から様子を見るだけでももう限界だと言うのがよくわかってしまうほど消耗しきっているエルレイド。今すぐにでもボールに戻して休ませたいけど、エルレイド本人がそれを拒む。

 

 せめて目の前の相手だけは……

 

 エスパータイプ特有の気持ちの伝達により、エルレイドの意思がダイレクトに伝わってくる。

 その意思を尊重するために、腰のホルダーから手を離し、前を見る。

 

「エルレイド!!地面に『インファイト』!!」

 

 もはやわずかしか残っていないエルレイドの体力。今更インファイトのデメリットである防御方面の低下なんてデメリットにすらならない。毒のせいで何もしなくても倒れてしまうのだから尚更。だからこそ、ここから先は守りを捨てて攻めにだけ集中する。

 

 玉砕覚悟の特攻。

 

 地面を殴ることによって、足元にある毒溜まりを飛び散らせていくエルレイド。どくタイプを含んでいるため、スカタンクが毒になる事はないけど、飛び散っている毒液による視界封鎖は確実に有効な手段となり得る。

 

 飛び散った毒液がスカタンクに目に入ったみたいで、一瞬たたらをふむスカタンク。その絶好のチャンスをエルレイドは逃さない。

 

「もう1回、『インファイト』!!」

 

 毒のせいでスピードがかなり落ちているけど、それでもスカタンクが態勢を立て直すよりも速く懐へ潜り込んだエルレイドが、これで決めるべく両手の拳にいつも以上に気持ちと威力を込めて、息をもつかせぬ連続攻撃を叩き込む。

 

 1発,2発,3発,4発。

 

 スカタンクに体に次々と叩き込まれる拳は、エルレイドほどとはいかないものの、それでも既にかなり削れているスカタンクの体力を着実に0へと持っていこうとする。だけど、現在進行形でエルレイドの体力だって、毒のせいで0へと近づいて行っている。

 

 スカタンクが倒れるのが先か、はたまたエルレイドが力尽きるのが先か。

 

 拳を叩きつけ続けるエルレイドと、体に毒をまとってとにかく耐えようとするスカタンクによる我慢比べが始まる。

 

 しかしこの我慢比べはボクの想像よりも早く終わりへと向かう。

 

 ひたすら殴り続けていたエルレイドの態勢が、ここまで体を蝕み続けてきた毒のせいで少しだけ傾いてしまう。その隙を逃さずに拳の合間を縫って、一瞬だけ攻勢に出るスカタンク。

 

 完璧なタイミングで攻撃へとスイッチをしたスカタンクの攻撃は、的確にエルレイドを捉えようとして……

 

「エルレイド!!『かわらわり』!!」

「ッ!?」

 

 その攻撃に対して、こちらも完璧なタイミングでカウンターを返すようにかわらわりを指示する。

 

 スカタンクとエルレイドの腕と腕がきれいに交差し、腕が長い分、そのまま技のリーチが長いエルレイドのかわらわりが先にスカタンクに当たりそうになり……

 

「ここだぜスカタンク!!」

 

()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?」

「エルッ!?」

 

 エルレイドのかくとう技は、自身のタイプと同じ技ということもあって決して低い威力なんかじゃない。それこそ、完璧なタイミングのカウンターを弾く方法なんてかわらわりに対して有効なタイプをぶつけるなり何なりしなきゃ絶対に……

 

(まって……有効な技……まさか!?)

 

「ようやく答えに辿り着いたか!気づくのがちょっと遅いのろまなお前に、答え合わせの意味も込めてプレゼントだ、受け取りな!!スカタンク!!『()()()()()』!!」

 

 スカタンクより放たれるのは、かくとうタイプに対してばつぐんを取ることのできるフェアリータイプの技のじゃれつく。今までふいうちともう一つの別の技との択になっていて、最後までこの対になる技がわからなかったけど、先ほど完璧なタイミングのかわらわりを弾かれたことで確信を得ることが出来た。

 

 確かにフェアリータイプの技であるのなら、たとえ自分と同じタイプの技でなくとも、エルレイドの技を止めることは不可能じゃないし、最初の方でエルレイドが腕を弾かれたときに感じた不自然さの正体にも納得がいく。つじぎりじゃなくてじゃれつくなのであれば、確かにあれだけ弾かれてもおかしくない。かわらわりを止めることができ、そして何よりもエルレイドに対して弱点をつける技なのだから。

 

「エルレイド!!」

「ルッ!!」

 

 ここで自分の弱点を突く技を貰っては間違いなく戦闘不能になってしまう。だからエルレイドにはここで何としてでもよけきってほしい。そんなボクの思いに応えるべく、最後の力を振り絞ってその場を飛びのこうとして……

 

「ルッ!?」

「エルレイド!?」

 

 とうとう毒が完全に回りきってしまったエルレイドがバランスを崩してしまい、相手の攻撃の範囲外に逃れることが出来ずにそのまま攻撃を受けてしまう。

 

 スカタンクのじゃれつくが直撃してしまったエルレイドは、そのまま宙を飛んでボクの目の前で横に倒れてしまい、目を回した。

 

 

『エルレイド戦闘不能!!勝者、スカタンク!!』

 

 

「ありがとう、お疲れ様。ゆっくり休んでね……」

 

 ボールからリターンレーザーを伸ばしてエルレイドを戻す。

 

 毒による罠と、ふいうちを利用した駆け引き、そして重要な技を最後まで隠し通す構成力。どれをとっても今まで戦ってきた人たちと一線を画すその動きに舌を巻くしかない。

 

 何よりも想定外だったのが、あくタイプのジムリーダーだからかくとうタイプのあるエルレイドなら一体は絶対倒せると思っていたのに、逆にこちらが倒されてしまったこと。

 

 あくタイプに有利なタイプだし、有利展開を維持できるのなら、下手をすれば二体目もそのまま持っていけるのではとさえ思った。しかし、蓋を開けてみればエルレイドが弱点をつけないような相手を出され、その上逆に倒し切られてしまうという展開になっている。

 

(それに、何がめんどくさいって、ふいうち、じゃれつく、どくどく……あと一つの技がまるで想像できない……)

 

 これでネズさんの手札が全部わかっているのなら警戒の方向性も固まって来るんだけど、まだ何かを隠しているというのが確定しているせいで、そっちのケアもする必要が出てくる。

 

(なんの技を隠しているんだろう……?普通に『つじぎり』?それとも『あくのはどう』みたいな遠距離戦になっても戦える技?)

 

 どちらにせよ、ここでリードを取られてしまっている以上、あまりこちら側としてはリスクを背負った戦い方はしたくない。エルレイドは残念な結果になってしまったけど、エルレイドの戦いが無駄になったわけではないというのもある。確かにあのスカタンクには一本取られてしまったものの、エルレイドがスカタンクに与えたダメージは確かにスカタンクの体に積み重なっている。エルレイドがやられたことばかりに視線が言ってしまうけど、改めてスカタンクの方を見れば、あちらも少しふらついており、スカタンクの体力が少ないことが見るだけでも伝わってくる。

 

(これなら何か一つでも技が当たればその時点でスカタンクは落とせる。なら、リスクは侵さず、それでいてネズさんの二体目以降も見据えて選出する必要があって……)

 

 そういうことを考えると、おのずとボクの次に出すポケモンも決まってきた。

 

「いくよ!モスノウ!!」

「フォォッ!!」

「成程……」

 

 ボクの二番手はモスノウ。スカタンクに対してリスクなく戦うのなら、遠距離技で着実に攻め落とす方がいいと判断したのと、スカタンクに対してはあまり効果はないものの、あくタイプに対してむしタイプは効果的に機能するからだ。

 

 スカタンクの最後の技が『だいもんじ』や『かえんほうしゃ』だった時にちょっとめんどくさいけど、それでもこおりのりんぷんのおかげで被害を抑えることはできるだろうし、スカタンク自体が特殊技よりも物理技の方が得意なポケモンだから、特殊技の打ち合いならモスノウの方が分があるはず。色々加味してもやっぱりここはモスノウが適任とみて間違いはずだ。

 

「手堅い判断。確かにここで特殊主体なうえに、空を飛んでいるモスノウは手が出しづらいですね……」

「エルレイドがつないだバトンは絶対に無駄にしない!!モスノウ!『ふぶき』!!」

 

 場に出るや否や、すぐさまその翅を羽ばたかせてふぶきを放つモスノウ。一瞬にして場が白銀の世界に染まる様はいつ見ても壮観で、こんな技が当たればエルレイドが稼いだ分も含めて十分スカタンクを落とし切ることはできるだろう。

 

 バトルは3対3と再びイーブンに戻って仕切り直しになる。となれば、再び流れの取り合いとなり、ネズさんの豊富な手札をボクがどう攻略するかが注目どころになるだろう。

 

 ここにいる誰もがその展開を予想し、息をのむ。

 

 ただ一人、ネズさんを除いて。

 

「判断はいい。いえ、むしろ最善というべきでしょう。それほどにまでここでのモスノウの登板というのはおれにとって最悪の一手です……だが、だからこそ読みやすいぜ!」

「え?」

 

 明らかに不利状況。それでもマイクを振り回し、さらにテンションを上げていくネズさん。

 

「アマアマなお前に、スパイク魂ってやつを見せてやるぜ!!スカタンク!!派手に行くぜ!!準備はいいかい!!」

「カァッ!!」

 

 ネズさんの言葉に応えるように声を上げるスカタンク。その姿は、モスノウのふぶきで倒れることなんて一切考えていないように見えて、それが同時に、ボクに物凄く嫌な予感を募らせていく。

 

(何か……見落としている……?)

 

「最後はやっぱり、派手な花火を上げたいよなァ!!」

「派手な花火……まさかッ!?」

 

 ここまで言われてようやくスカタンク最後の技が思い浮かんだ。

 もしボクの予想が当たって、この通りの技を覚えているのであればかなりまずい。

 

「モスノウ!!今すぐ逃げ━━」

 

 その技を絶対に貰う訳にはいかない。その一心で、すぐにふぶきを中止させて逃げることに集中させようと指示を出す。しかし、素早く動くことがあまり得意ではないモスノウでは、逃げるまでの準備が間に合わず……

 

 

「スカタンクゥ!!『だいばくはつ』で派手にはじけろォ!!」

 

 

「クアアアァァァァッ!!!!」

 

 

 スカタンクから放たれた、圧倒的な破壊の嵐に視覚も聴覚も、何もかもを一瞬で奪われてしまう。

 

「ッ……ぐ……も、モスノウ!!」

 

 そのあまりにも強力な爆発に、顔をかばいながらその場に留まることで精一杯なボクには、モスノウの身を案じて声をかける事しかすることが出来ない。

 

 だいばくはつ。

 

 文字通り、自らの体を爆発させる技で、その破壊力はご覧の通り。ありとあらゆるものを吹き飛ばす超強力な技だけど、代償として自らの体力を犠牲にすることになるいわゆる自爆技だ。

 

 ただ、この技を攻撃技として利用する人と言うには意外と少ない。理由はやっぱり、使えば自らひんしになってしまうというデメリットが大きすぎるから。たとえこの技を使う人がいたとしても、その用途は天候操作やステルスロックなどで、自分のポケモンにとって有利な状況ができた時に、交換よりも素早く、そして安全に後続のポケモンに託すための、一種のバトン代わりになることの方が多い。その場合は、どうしても攻撃が得意ではないサポートが得意なポケモンによって使われることになってしまうため、思った以上にダメージが出ないことも多々ある。

 

 けど、今回は明確にこちらを攻撃する目的で放たれている。

 

 正真正銘、こちらをみちずれすることに重きを置いた使い方をしたその技は、決して物理方面に固くは無いモスノウにとって、弱点を突かれることと同義と言っても差し支えない。そんな技に巻き込まれてしまえば、当然耐えることなんて不可能で。

 

 爆発による強烈な光と爆風と爆音がようやく止まり、目を開けられるようになったボクが、ゆっくりと戦場の様子を確認する。

 

「フィ……ィ……」

「ス……スゥ……」

 

 バトルコートの中心には、だいばくはつの反動によってひんしとなり、目を回して倒れているスカタンクと、だいばくはつに巻き込まれてしまい、耐えることが出来ずにそのまま一緒に倒れてしまったモスノウの姿があった。

 

 

『ス……スカタンク、モスノウ、両者共に戦闘不能!!』

 

 

 いきなりの爆発展開に思わず反応が遅れてしまっていたものの、何とかすぐに宣言を入れる審判役のエール団。その声を聞きながら、ボクはまたホルダーからボールをひとつ取り出し、モスノウに向けてリターンレーザーを放つ。

 

「お疲れ様……ごめんねモスノウ。ボクの注意不足だった……」

 

 スカタンクのだいばくはつ。予想しようとすればできていたはずだ。スカタンク自体はシンオウ地方にも生息するポケモンだし、実際に何回か戦った経験もあるため、どんな技を使えるかもある程度頭には入っている。そして、エルレイドとの激闘によって体力をかなり消耗し、もうまともに戦うことも難しい状態。これらの情報を加味すれば、だいばくはつを使われることの予想は全然難しくないはずだ。しかし、これまでネズさんが行ってきた、ありとあらゆることに思考を向けさせられる戦いによって、「だいばくはつをされる」という予想に使うリソースを完全に奪われていた。

 

(……完全にペースを握られている)

 

「ありがとう、スカタンク……ゆっくり休んでください」

 

 対面に目を向ければ、ネズさんもスカタンクを戻しているところで、先程までマイクを振り回していたテンションとは真逆の、少し申し訳ないと言った表情を浮かべていた。

 

 自分のポケモンに対して、自爆技を指示したことに対する罪悪感だろうか。しかし、その言葉に対して、ひんしになりながらも、ボールの中でカタカタと揺れるスカタンクを見る当たり、スカタンク側もネズさんを信じているからこそ、安心して自爆できると言った雰囲気が伝わってくる。

 

 お互いの信頼があるからこその自爆。

 

(本当に……強いなぁ……!!)

 

 ガラル地方のジムチャレンジで、ここまでジムリーダー相手に追い詰められたのは初めてだ。今までジムリーダーたちと戦っていて、ポプラさんのように相手の作戦に嵌められることは何回かあった。けど、ここまで追い詰められ、リードされた序盤になったことは1度もなかったと記憶している。

 

 間違いなく、今までで1番強いジムリーダーだ。だからこそ、心の奥から湧き出てくるものがある。

 

(勝ちたい。……この人に勝って、まだまだ上に進みたい!!)

 

 自然と拳に力が入る。

 

 次に繰り出すポケモンが入っているボールを、無意識のうちに握りしめる。

 

「さぁよそ者!!おれの策にはまった気分はどうだ?帰りたくなったならさっさと帰りなベイビー!!」

「最高の気分ですネズさん!!絶対に、あなたに勝って、ボクは先に進みます!!お願い、インテレオン!!」

「勢いだけは立派だが、それだけで勝てるほどおれは甘くねぇ!!いくぜ!!ズルズキン!!『いかく』だ!!」

 

 場に現れるのはインテレオンとズルズキン。

 

 2匹が場に出たと同時に、ズルズキンの特性『いかく』によって、インテレオンの攻撃が下げられる。

 

「そのまま脅えて縮こまってな!!」

「ここから逆転、させてもらいます!!」

 

 インテレオン。そしてズルズキン。共に、主に勝利を届けるべく、その足を前へと動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かえんほうしゃ

どくタイプってほのおタイプの技をサブで覚えがちですよね。
可燃性ガスなんでしょうか?
はがねタイプを殴れるようになるのでありがたいですけどね。

だいばくはつ

剣盾では技マシンがないので純粋に覚えるか、卵技でしか覚えないちょっと貴重な技。
スカタンクは普通に覚えますね。

ネズ

作中で言う通り、初めて先手を取られた戦いですね。
だいばくはつによる1,2交換。実機でされたら子どもが泣きそう……




今日スカバイの情報があるみたいですね。
これが投稿されているときにはもう発表されているでしょう。
予約投稿なので感想書けませんが、いい情報があるといいですね。

……ヨノワール、出てくるといいなぁ


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109話

 指先を構えていつでも攻撃できるぞと、こちらをちらっと見るインテレオンと、すぐにでも攻撃したいとうずうずしているズルズキン。

 

 ペースを握られている以上先に動いてダメージを与えたいけど、相手がズルズキンということは先手は多分取られる。

 

「インテレオン、『ねらいうち』!!」

「ズルズキン!!いつものいくぜ!!」

 

 一応遠距離攻撃を打って牽制はしてみるものの、放たれた水の弾を紙一重でくぐり抜けながらインテレオンの近くまで走ってくる。そんなズルズキンに向けて、少しでもその邪魔になるように更にねらいうちを連射するインテレオンだけど、いつもジム戦で戦っているバトルコートよりも数段狭い今回の場所では、遠距離攻撃と言うのはやはり難しいみたいで、あっという間に距離を詰められる。

 

「インテレオン!!『アクアブレイク』で追い返し━━」

「『ねこだまし』だぜ!!」

 

 迫ってきたズルズキンを追い返そうと両手に水に刃を構えたところで、ズルズキンがインテレオンの目の前で手を叩く。空気が破裂するような軽快な音と共に、ほんの少しの衝撃波がインテレオンを襲い、その音と衝撃によってインテレオンが怯むと同時に、構えていたアクアブレイクが解除される。

 

 威力こそ決して高いものでは無いけど、自分が場に出てすぐの時、相手よりも素早く、そして確実に相手をひるませることの出来るこのねこだましは、相手の出鼻をくじくのにかなり有効な手であり、かつ自分のターンに引き込む能力の高いものとなっている。実際、ねこだましのせいで怯んでしまったインテレオンは、ズルズキンにとって格好の的である。

 

「ズルズキン、その隙だらけなボディに『かわらわり』!!」

 

 当然そんなチャンスを逃す理由なんてなく、ズルズキンの右手がインテレオンに向けて振り下ろされ……

 

「かかった」

「ズルッ!?」

「ッ!?」

 

()()()()()()()()()()ねらいうちが突き刺さる。

 

「さっきの『ねらいうち』の跳弾か!?」

 

(気づくのが本当に速い……!!)

 

 この攻撃の正体は、ネズさんの言う通り最初に打ったインテレオンのねらいうちの跳弾だ。

 

 先程も言った通り、ここスパイクジムのバトルコートはダイマックスが無い兼ね合いで、他のジムと比べるとその大きさは天と地と言っていいほど小さく狭い。また、バトルコートの周りには簡易的なフェンスや、ライブ用のステージがすぐ近くにあったりと、狭い場所に無理やり作りましたと言われると納得してしまいそうになるほど周りに建物が多い。そのため、遠距離で戦おうとすると、どうしても距離を詰められやすくなっているので接近して戦うのが有利なバトルフィールドとなっている。だからこそ、ボクも初手はエルレイドだったわけだしね。

 

 けど、これは決して遠距離タイプが戦えないということにはならない。

 

 壁や建物が近いのならば、逆に言えばそれを利用することも出来る。

 

 周りの建造物を使ってインテレオンのねらいうちを跳弾させることによって、インテレオンの攻撃ルートは無限に広がることとなる。これは、普段のジムフィールドでは障害物が無さすぎてできない戦法だ。

 

 相手が地の利を得ようとするのなら、こっちだって使えるものはなんでも使ってやる。

 

「『とんぼがえり』をして飛び回って!!」

「レオッ!!」

 

 ねらいうちを受けてバランスを崩したズルズキンに向かって、とんぼがえりでダメージを与えながらボクの後ろにある建物の壁に着地したインテレオンは、そのまま壁やフェンスを足場にして高速で飛び回る。

 

「ズルっ!?ズルっ!?」

 

 自慢の素早さをいかんなく発揮するインテレオンの姿に、ズルズキンの視線が右往左往する。防御、特防、攻撃方面は強いけど、素早さが圧倒的に遅いズルズキンではインテレオンの素早さに追いつくのはとても難儀なはずだ。

 

「インテレオン!そのまま『ねらいうち』!!」

「レオッ!!」

 

 建物から建物へと高速で飛び回るインテレオンが、そのスピードを維持したまま人差し指をズルズキンへ向けて、ねらいうちをいろんな方向から打ちまくる。

 

 インテレオンの移動の中心にいるズルズキンは、インテレオンの動きについて行けず、集中砲火を喰らう形だ。

 

(さっきまでは、エルレイドでスカタンクの動きに対応しようとしたから負けた。悔しいけど、読み合いや駆け引きでは、ボクはおそらくネズさんについて行くことが難しい)

 

 スカタンクが毒を出したらその対処を、攻撃をしてきたら逸らして、そして隙を見つけたら何とか食らいついての繰り返しだったさっきの戦い。そんな戦い方をしていたからボクの方が後手に毎回回ってしまい、そのせいでエルレイドの強みである攻撃の強さを生かすことが出来なかったのが、これまで流れを取られ続けてしまった原因だと予想する。

 

(ならば、今回はその逆を行く!!)

 

 エルレイドとスカタンクの対面の時と違い、今回はインテレオンの方が何倍も素早さが高いので、バトルの流れを展開を操作する力はこちらが上……だと思う。なので、動きで相手を制圧できるのなら、今度はこちらが相手に対応させる戦いをする。

 

(ネズさんなら、インテレオンの対策の技を入れていてもおかしくなんてないけどね……)

 

 未だに飛び回るインテレオンからのねらいうちの雨にさらされているズルズキンを見つめながら、ネズさんがどう動くかをじっと観察する。

 

 スカタンクのどくどくの時のように、あらかじめ放たれている技はないはずだし、残っていた毒はすべて、エルレイドのサイコカッターと、モスノウのふぶきで消え去っているので、ズルズキン以外に注目しないといけない場所はないはずだ。見落としもないはず。

 

(さぁ……どう動く……?)

 

 じっとズルズキンに視線を向け、どう対処してくるか構えていると、ゆっくりとネズさんの口が動き出す。

 

「ズルズキン、やるやつはこういう時こそ落ち着くんだぜ」

「…ズルッ!」

 

 先ほどまで慌てていたズルズキンが、ネズさんの一言で一瞬で落ち着きを取り戻し、開幕のいかくを発動した時のような鋭い顔つきに戻る。

 

 何か仕掛けてくる。

 

「ズルズキン!そのかっこいい目でしっかりと観な!!『みきり』だぜ」

「ズル……ッ!!」

 

 きらりと光るズルズキンの瞳。ズルズキンがくるりと周りを見渡した瞬間、さらに空気が変わる。

 

 注意しないといけないけど、現状はこちらのやることはまだ変わらないので、インテレオンはねらいうちをしつづけていると、ズルズキンがついに動き出す。

 

 後ろから飛んできた水の弾を屈んでかわし、次いで来る左右からの水弾をスウェーで避ける。ズルズキンの目の前でぶつかり合った水弾が弾け、その衝撃がズルズキンを襲おうとするが、その衝撃に身を任せ後ろに飛ぶことによってこれすらも回避。けど、その回避すらも読んでいたインテレオンが、回避場所の真上からねらいうちが当たるように発射しており、タイミングばっちりに水弾がズルズキンを襲う。

 

「『じごくづき』!」

 

 しかし、みきりで無理ならそこのフォローはトレーナーの腕の見せ所。回避が間に合わないと判断したネズさんが技を指示し、それに従ったズルズキンが真上にじごくづきをすることで、最後のねらいうちも防ぎきる。

 

(ズルズキンの遅い速度を、ネズさんの判断力で補っている形だね……やっぱり簡単にはいかないか……でも!!)

 

 最初の方で防ぎきれていない攻撃分ちゃんとダメージは入っているし、いくら防がれてもこちらはダメージがない。

 

(ならまだ続行で大丈夫!けどそのままだと対処は簡単にされるから……)

 

「インテレオン!!もっと速く!!もっと乱雑に!!『ねらいうち』!!」

 

 みきりで躱されても、じごくづきで落とされても関係ない。落とされたなら次は落とされないようにもっと素早く複雑に!!

 

 先ほどよりもさらに速く壁や天井、フェンスを足場にして飛び回るインテレオンが、ねらいうちを次々と発射する。このねらいうちも、先ほどは最後の真上からの攻撃以外はまっすぐズルズキンを狙って攻撃をしていたけど、今回は跳弾をふんだんに利用した攻撃に変更する。

 

 ねらって打っているものもあれば、全く狙うことをせずに適当に打っているものも混ぜることによって相手に軌道を全く悟らせない。デメリットとしては、適当に打ったもののせいで自分に帰ってくる可能性があるというところだけど、たとえ自分に当たったところでインテレオン自身のタイプにはいまひとつでしかないため、ダメージレースで勝つことが可能だ。同じ数被弾しても、総ダメージは絶対に相手が多くなる。

 

「ズルズキン!まだまだいけるよな!?『みきり』!!」

 

 更に弾幕が激しくなったバトルフィールドで、それでもまだ避けようと全力で目を光らせるズルズキン。先ほどの回避で体が温まったのか、弾幕は濃くなっているうえ、適当に跳弾している弾もあるから弾道予測は難しいはずなのに、それでもズルズキンは攻撃を見切る。

 

 飛んで避け、体を傾けて躱し、あたるものはじごくづきで弾く。

 

 攻撃の嵐の中を紙一重で切り抜ける様は、嵐の中心で舞を踊っているようにも見え、思わず見とれてしまいそうになる。しかし、そこはぐっとこらえてすぐさまこちらの攻め方に工夫を入れる。

 

「インテレオン!ちょっと難しいかもだけど、尻尾で『アクアブレイク』!!」

「む?」

 

 ボクの指示に従って尻尾にアクアブレイクの水を纏うインテレオン。この行動の意味が分からない様子のネズさんから、初めて少し悩ましげな声が聞こえる。

 

「弾いて!!」

 

 これが演技なのか、はたまた本当にわかっていないのかは判断できないけど、とにかくこちらからどんどん仕掛けていく。インテレオンが器用に尻尾を振り回していると、適当に打って跳弾していたねらいうちが尻尾に当たり、軌道が変わる。

 

 変わった先は勿論ズルズキン。

 

 本来なら気を付ける必要のなかった弾でさえ自分を襲い掛かり始めるこの状況に、みきりでの回避がだんだんと厳しくなってくる。じごくづきでの技逸らしも間に合わなくなってきているのか、少しずつ掠る回数が多くなってきている。このままいけば、ただでさえ勝っているダメージレースでさらにリードを取ることが出来るだろう。

 

 インテレオンの方が耐久面での劣りは大きいのでまだまだ油断はできないけど、前半と比べて流れは完全にこちらが取り戻している。このペースでいけば少なくともズルズキンは落とすことが出来るだろうけど……

 

(勿論、こんなあっさりやられるなんて絶対にないよね)

 

 ボクの手持ちが割れているのは間違いない。他の人ならジム戦で自分の手持ちを見られてから対策をされるなんてことは絶対にないはずだけど、自分で言うのもなんだけど、ボクは特別視されているせいでこの常識に当てはまらない。今までのジムリーダーたちとの戦いを考えれば、ネズさんもボク相手に何かを仕込んでいるとみて間違いないだろう。

 

 特にボクの手持ちで警戒されている気がするのはインテレオンとエルレイドだと思うので、インテレオンを止めるための何かが絶対あるはず。そして、エルレイドとモスノウを倒して流れを取っている状態なのだから、インテレオンが登板されるのは予想できる状況だ。

 

 インテレオンの対策を仕込むならここだろう。

 

「ズルズキン!!『じごくづき』の角度を変えていきな!!」

 

 そんなボクの予想に応えるかのように指示を出すネズさん。指示された通りじごくづきを出す角度を変えて攻撃するズルズキンによって、ねらいうちの弾が、ただ弾きおとされるだけでなく、インテレオンがねらいうちを打った時と同じように跳弾して、逆にインテレオンに返され始める。

 

「レオッ!?」

「インテレオン、大丈夫だよ!!」

 

 まさか自分に返されると予想してなかったインテレオンが、一瞬面くらってしまい被弾。態勢を崩しそうになるものの、ボクの言葉を聞いてすぐに高速機動へと立て直す。

 

 インテレオンにとっては予想外だったかもしれないけど、ボクにとっては正直予想通りの行動だ。でなければこんな時にわざわざインテレオンにアクアブレイクの指示を出して、難易度の高いことをいきなりお願いなんてしない。

 

(跳弾をするなら、逆に利用されることも考えないとね)

 

「尻尾の『アクアブレイク』で返されたものを更に返してあげて!!」

 

 指で新しいねらいうちを放ちながら、尻尾でズルズキンから返されたものをさらに返していく。

 

「まるでテニスかバドミントンだな!!ズルズキン、お前の反応の良さを見せてやれ!!」

「インテレオン!!無理に全部返さなくていいよ!!有利なのはこっちだから避けることと新しい弾を打つことを中心に組み立てて!!」

 

 ズルズキンとインテレオンの間で繰り広げられる超高速、そして超高密度の弾のラリー。もはやボクとネズさんでは処理しきれない量の沢山の弾が飛び交う戦場は、インテレオンのスピードとズルズキンの反応、どちらが先に音を上げるかの勝負になっていく。

 

 弾くズルズキンと避けるインテレオン。そして、そんな両者を彩る弾丸の嵐。

 

 まるで一つの映画を見てるかのような迫力の風景に、観客もボクらも、誰も声を上げることが出来ない。

 

 きっとすぐにどちらかが限界を迎える。そう予想して見つめていたけど、エルレイドとスカタンクのバトルの時と違い、この均衡が一切破れる気配がない。

 

 誰もが息をのむその時間。そして一向に傾かない均衡。

 

 しかし、この均衡がこのまま傾かないのであれば、先ほども言った通りダメージレースでこちらが有利になるはずだ。お互い均衡を保っていると言っても、かすり傷は着実に増えていっている。そうなれば、基本的に場を埋め尽くしている攻撃は全部みずタイプの技だ。だからインテレオンに対してはいまひとつでしか返ってこないから、どうやったって先にズルズキンが先に倒れる。

 

(まだ、何かある)

 

 何を仕掛けてくるのか、もはやボクからインテレオンに指示をすることがないので、ただひたすらに注視するだけになる。

 

(さあ、来い!!)

 

 何をしてくるのか凝視し、動きがあったらすぐにそれに合わせる。そのつもりでじっと見つめていると、ようやくネズさんの口が動き出す。

 

「ズルズキン!!前に走って『じごくづき』!!」

「……え?」

 

 何が来るかと期待していたところに飛んできた指示は、この嵐の中前に走るという無謀とも取れる指示。こんな弾幕が吹き荒れる中で、足の速くないズルズキンが前に走ってしまうと攻撃について行くことが出来ずにさらされてしまう。そんなことは簡単に想像できるのに、なぜ今ここで前に走るなんて指示を出すのか。

 

 ネズさんの指示をきいて、その言葉を愚直に信じたズルズキンが前に走り出すと同時に、先ほどまでさばいていた攻撃をズルズキンが次々と受けてしまう。自ら被弾しに行く動きに、どうしても自分の思考が真っ白になってしまう。と同時に、ボクの思考停止にインテレオンも巻き込まれたみたいで、動くのをやめこそしていないが、明らかに手数が減ってしまう。

 

 本来ならネズさんに反撃のチャンスを与えてしまう明らかな隙。だけど、攻撃の嵐にさらされて大ダメージを負っていたズルズキンが、そのダメージの大きさに足を止めてしまっていたので反撃が来ることはなかった。

 

 明らかなこちらのチャンス。だけど……

 

(なんか気持ち悪い……相手のミスでできた隙なんだけど、ネズさんがこんな雑なことをするのかな……いや、この考える時間がもったいない)

 

 恐いけどここは攻め時でしかないのは確か。ズルズキンの足は止まっていて、今もねらいうちが直撃して体をのけぞらしている。けど、場にあるねらいうちの数がズルズキンに当たったことによってどんどんその数を減らしているので、今の正しい行動は、この攻撃の嵐を弱らせない事。

 

「インテレオン!!『ねらいうち』の数を増やして!!攻撃の手を止めちゃだめだ!!」

「レオッ!!」

 

 ボクの言葉ではっとしたインテレオンがすぐにねらいうちの構えを取る。指先をズルズキンに向けて、攻撃を再開しようとして力をため込むインテレオン。

 

 弱っているズルズキンにとどめを刺すべく構えたため、指先に今まで以上に力をため込んでいるその姿は、この一撃で決めるという意思がありありと伝わってきた。

 

「ズルズキン!よく頑張ったぜ!!」

「ズルッ!」

 

 その時に響いたネズさんの声。そしてネズさんの声に応えるズルズキン。2人の声に思わず視線をズルズキンに引っ張られてしまい、そちらを見つめると、のけぞった状態から起き上がったズルズキンの顔が、思わず身震いしてしまいそうなほど恐ろしい形相をしていた。

 

「ズルズキン!『こわいかお』で相手をちびらせてやれ!!」

「ズル……ッ!!」

「レオッ!?」

「なっ!?」

 

 こわいかお。

 

 相手を恐怖で縮こまらせて、素早さをガクッと下げる技。素早さをうりとしているインテレオンにとっては、体力を削られるより致命傷になる技。ズルズキンにとどめを差せるという気持ちがはやまって、ほんの少しだけ足が止まってしまったその一瞬をついて放たれた技は、インテレオンにしっかりと刺さってしまい、インテレオンの足が目に見えて落ちていく。

 

 その代わりに、怖い顔を当てることに集中してしまったためか、インテレオンが放ったねらいうちがズルズキンにしっかりと刺さり、そのままズルズキンは倒れることとなる。

 

 

『ズルズキン戦闘不能!!勝者、インテレオン!!』

 

 

(……やられた)

 

 ズルズキンを倒したのに、ボクの頭に残った感想はまたもや一本取られたという事。ネズさんはおそらく、最初からズルズキンでインテレオンを倒すことを考えていない。インテレオンを落とすのに2体がかりというのは、一見最初に作ったリードを捨てるように見えるけど、そうではない。ズルズキンでインテレオンの機動力を奪えば、インテレオンは耐久には難があるポケモンなので、次のネズさんの手持ちのポケモンより機動力を落とすことが出来れば、インテレオンを倒すことは難しくない。そうなれば、たいして自分に被害を出すことなく勝つことが出来るわけだから、結局1体2の盤面に落ち着かせることが出来る。

 

 流れは取っていたけど結果は変わらない。そしてここでインテレオンの機動力を奪うということは、次に出てくるのはインテレオンに対して絶対的に有利を取れるポケモン。

 

「さあ、鈍間なあいつにお前の魂を見せてやれ!!『パンクロック』で『オーバードライブ』をかき鳴らすせ!!ストリンダー!!」

 

「ストリンダー!?」

 

 観客席からマリィの驚きの声が聞こえてきたけど、そちらに視線を向ける余裕はない。

 

 ストリンダー。

 

 ユウリも手持ちにしているそのポケモンは、どく、でんきタイプのポケモンだ。ユウリの持っているストリンダ―と比べて、オレンジ色ではなく水色を基調とした、いわゆるローの姿と言われるフォルムだけど、能力に変化があるという話は聞いたことがないので姿が違うことは気にする必要はない、と思う。

 

 それ以上に、ここにきてでんきタイプのポケモンが来るという事。

 

 あくタイプのジムなのにあくタイプがないことについては特に疑問はない。マリィからもともと話は聞いていたし、シンオウ地方にもデンジさんやリョウさんのように、自分の専門ではないタイプを持ったポケモンを手持ちにしている人がいるからだ。

 

 素早さが落とされていなかったらまだ何とかなったけど、落とされてしまったインテレオンではどうやったって勝つのは不可能だと思っている。

 相手がネズさんならなおさらだ。

 

「インテレオン……ごめん……」

「レオ」

 

 メロンさんとのバトルと言い、今回のバトルと言い、ちょっとインテレオンには不憫な枠を与えてしまっている。けど、インテレオンもこちらを見てうなずいているあたり、許してくれているようで、それが唯一の救いだ。

 

(けど、タダでやられるつもりはない!!)

 

「インテレオン、『きあいだめ』」

 

 目を閉じ、集中力を上げるインテレオン。恐らく一度しか攻撃できないので、その一撃で少しでも大きな傷跡を残すため、自身の最高火力を叩き込む準備をする。相手が特性『パンクロック』の、そこから『オーバードライブ』が飛んでくるのならなおさらだ。避ける脚もないインテレオンに勝てる道理がない。

 

「ストリンダ―!『オーバードライブ』!!」

「インテレオン……『ねらいうち』」

 

 同時に発射されるお互いの攻撃。ストリンダ―を中心に、波紋状に広がる電撃の音。その中心を、インテレオンの水弾が貫通してストリンダ―に向かって飛んでいく。ねらいうちが相殺したわけでなく、オーバードライブの1点を貫通して飛んでいったため、電撃はインテレオンを捉えて痺れさせる。しかし、インテレオンが自分の体力を犠牲にしてはなった攻撃は、確かにストリンダ―の急所を捉えた。

 

「ありがとう……インテレオン……」

 

 

『インテレオン戦闘不能!!勝者、ストリンダ―!!』

 

 

 ねらいうちを急所に受け、思わぬダメージを負ってしまったストリンダ―だが、最後の最後に防御行動がとれたのか、思ったよりはダメージが入っていない状態だ。

 

「さあよそ者!!いよいよお前の最後だぜ、どうする?このままおとなしく帰るか、それとも醜くあがくのか、お前の底を見せてみな!!」

「……」

 

 ジムリーダーとの戦いでここまで追い込まれたのは初めてだ。そして、ここから逆転をするのなら……

 

(……そうだよね。ここしかないよね)

 

 決して今まで手加減をしていたわけじゃない。インテレオンや、エルレイドたちを弱く思っているわけではなく、彼らを信用していないわけでもない。けど、やっぱり最初から彼に頼るのはちょっと違う気がしていた。

 

 けど、ボクに対してネズさんにここまでしてきて、そしてここまで言われたら……

 

「だすしか……ないよね!!」

 

 腰にあるボールの一つ。今までジム戦で出したことの無いそのボール。

 

 ユウリ達もそのことに気づき、息をのむ声を声が聞こえた。

 

「いくよ……!!」

 

 ボクの相棒のジム戦デビュー。

 

 この子に、このジム戦の、全てを託す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マリィ

ストリンダ―と叫んだのは、実機でもこの場面でストリンダ―が出てこないため。
この段階ではあくタイプしか出しませんし、マリィさんもこのストリンダ―がネズさんにとって大事なポケモンだということを知っているからの言葉ですね。
それだけネズさんもメンバーがガチになってきてます。

ストリンダ―

性格によって姿が変わるので、正確にはちょっとだけステータスが変わるのですが、それはあくまで「性格補正による変化」なので、種族値は変わらないことから変わらないとしています。

切り札

満を持して。
いざ、出陣。




コライドン。ミライドン。
個人的にはミライドンに薙がれそうですけど、Twitterに流れているコライドン
も無茶苦茶かっこいいんですよねぇ……
まあ、どちらにしても両方買うのでどっちも手に入れるのですが……

マルチでもできるみたいですけど、これってメインストーリーも繋げたまま進められるんですかね?だとしたらとても熱いんですけど……気になりますね。


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110話

「ねぇ、ネズさんの戦い方……私たちの時と比べて……」

「ああ。今までのジムリーダーたちも、フリアに対しては色々動きを変えたりしていたけど……」

「見た見た。うちもよく知ってるけどォ……」

「……」

 

 みんなが、フリアとアニキの戦いに釘付けになっている。今までだってフリアはジムリーダーのみんなに対して目を離せない凄い戦いをしていたのはよくわかっている。けど、今日の戦いはどちらかと言うとアニキの方が気合が入っているように見えた。

 

 3番目にアニキが出したあのストリンダー。アニキがフェアリータイプの対策をするために、あくタイプ以外のポケモンを手持ちにしているのは知っていた。けど、少なくともジムリーダーとして立ち塞がっている時にストリンダーを使っているところなんて見たことがなかった。

 

「それだけ、本気ってこと……?あのアニキが……」

「ストリンダーを使っていることについて、だよね?」

 

 あたしの呟きに応えるユウリに頷く。アニキがストリンダーを出していることがこの場においてはおかしいことだと言うのはユウリたちも気づいている。そして今この場面において、マホイップと言うフリアにとって1番頼りたかったはずのあくタイプ対策ポケモンを、完全に封じるための選出だということも。

 

「アニキのジム戦を近くで見たことは何回もあるけど、こんなにもアニキがジム戦で手加減を消しているところ、初めて見たと」

「スカタンクが『だいばくはつ』していたり、ズルズキンが『こわいかお』で機動力を奪うことに全力をかけたり……俺たちと戦う時とはまるで戦い方が違ってびっくりしたぞ」

「これがジムリーダーの底力……ってコトォッ!?」

「いや、いってもまだジム戦でしかないから、いくらネズさんでも流石に本気のメンバーってことはないと思うけど……」

「そこはユウリの言う通りと」

 

 ユウリが言っている通り、まだアニキは完全な本気じゃない。本当にアニキが全力で戦うのなら、あと手持ちが2体増えるのは勿論だけど、他にも、スカタンク、ズルズキン、そしてこのストリンダーも、ジム戦や趣味用に調整された個体じゃなくて、アニキが小さい頃から育てた誰よりも信頼の厚いみんなに変わる。

 ここにジム戦ではおろか、公式戦でもたまに姿を見せないあの子も加わるのだから、今の状態はアニキの本気にはまだ届くことはない。けど、だからと言って、今のアニキが手を抜いているわけじゃない。

 例えるなら、相棒を封印しているフリアのような……

 

「……ってあれ?」

 

 フリアのことを考えていた時に、ふと視線をフリアの方に向けると、インテレオンをボールに戻しているフリアが、どこか、何かを決心したかのような様子を見せていた。

 

「おい、フリアの様子……なんか変じゃないか?」

「うん……」

「キルクススタジアムでもあんな表情してなかったけどォ?」

 

 今までに見たことの無いフリアの表情に、ここまで一緒に旅をしてきたみんなはすぐに何かを察する。

 

 じっとストリンダーとアニキのことを見つめて、真剣なまなざしをしているフリア。そこからは、今までフリアから感じたことの無い、ダンデさんやキバナさん、アニキから感じた、あの圧倒的なまでの重圧を感じた。

 

「フリア……」

 

 ジムチャレンジが始まって、フリアが先に最後の1体に追い詰められたところは初めて見た。それほどまでにフリアは追い詰められていて、周りにいるエール団もアニキの勝ちを信じてやまない。けど、そんな圧倒的に不利な状況であるからこそ、フリアの気持ちがどんどん深いところまで沈んでいて……

 

「「「「……」」」」

 

 そんなフリアの姿に、あたしたちは目が離せなかった。

 

 フリアがアニキのことをじっと見つめていた時間は決して長くはない。けど、あたしたちにはその時間がものすごく長く感じた。呼吸さえも忘れてしまいそうな、息の詰まるようなその時間。その終わりは、フリアの動きによって打ち破られ……

 

「だすしか……ないよね!!」

 

「「「「……ッ!?」」」」

 

 フリアの手が、腰のホルダーについているひとつのボールに触れた。

 

「いくよ……!!」

 

 それは今までフリアがジム戦で触れたことの無かったボール。

 

 シンオウ地方からここまでずっと一緒に旅をしてきたと言われている、フリアの最強の手持ち。

 

 ずっと気になっていて、けどタイミングがずっと悪くて、ここまで一度も見ることが出来なかったその姿。

 

 あたしたちだけじゃない。今や、ガラル地方に住むあらゆる人が気になっているそのボールの中身。

 

「……来いッ!!」

 

 そのボールがついに投げられ、空中で開け放たれる。

 

(ついに来たと!!)

 

 ボールの中から出てきたポケモンを絶対に見逃さないように、ただひたすらに視線を向け続ける。

 

 ここにいる全員から視線を向けられる中、その中心に呼び出されたポケモンは、ゆっくりと、しかし、圧倒的存在感を持ってして、優雅に佇む。

 

「「「「ッ!!」」」」

「これは……」

 

 そのポケモンは、相対していないのにこちらの体を物理的に潰してきているようなほどのプレッシャーを放っていた。そして同時に、あたしたちの頭の中を、おみとおししているかのような真っ赤なモノアイでじっと見渡し観察していた。

 

 決して珍しいポケモンではない。なんならワイルドエリアでも見かけることの出来るポケモンだ。けど、ここまでのプレッシャーを放つこのポケモンに出会ったことは1度もなかった。

 

「これが……フリアの……切り札……ッ!!」

 

 息を飲むユウリ。目を輝かせ、ぼそっとつぶやくホップ。呆気に取られるあたし。震えるクララ。

 

 みんな行動は違えど、思っていることは同じだった。

 

「……ヨノワールッ!!」

 

 疑っていたわけじゃない。けど……

 

「ガラルのジムのデビュー戦だ。完璧な逆転を見せるよ。相棒!!」

「ノワアアァァァァッ!!」

 

『ボクの1番の相棒』。その言葉に偽りなしと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨノワール……勿論見た事はあります。が、ここまで育てられているとは……オニオンさんの本気のヨノワールよりも強いのでは……?」

「ボクの……何よりも信頼している最高の相棒なので!!」

「……」

「スト……」

 

 ただ佇み、相手をじっと見つめるヨノワールと、その視線だけで萎縮しているストリンダー。ネズさんも思わずマイクスタンドから手を離してしまいそうになるほど意識をヨノワールに持っていかれていた。しかしそこはジムリーダー。すぐさま意識を切りかえて、先程までと同じように、マイクスタンドを振り回しながら戦闘態勢へ。

 

「あくタイプ使いのおれの前にゴーストなんざ、タイプ相性も知らない青二才さんかぁ!?おれたちスパイク魂で潰してやるぜ!!」

 

 相も変わらずこちらを煽ってくるネズさん。だけど、内心はタイプで勝ってるから有利だなんてひとつも思っていないだろう。上がっている口角を見ても、ボクのヨノワールを見て物凄く燃えているのがよく分かる。

 

(こんなに感情を見せてくれる人なんだ……ネズさん……)

 

 普段の猫背で、少しやる気のないというか、ダウナーな雰囲気を感じさせるような発言や言動のせいで、いまいち感情がどうなっているのかわかりづらかったネズさんが、ここまで表情を変えて構えていることが意外で驚きで……そして同時に物凄く嬉しくて。

 

(こんなにも感情を吐き出してくれているネズさんに、ボクもお返ししないとね!!)

 

「ストリンダー!!『オーバードライブ』をかき鳴らせェ!!」

「ヨノワール!!『いわなだれ』を目の前に!!」

「リッダアアァァァ!!」

「ノワッ!」

 

 ストリンダ―から放たれる電撃の音を、ヨノワールはいわなだれを目の前に積むことによって、まるでバリゲートのように設置を始める。が……

 

「『オーバードライブ』は音技だぜ!!そんなちんけな身代わりなんて貫通してやるぜ!!」

 

 ネズさんの言う通り、ストリンダ―だけが使うことのできるこのオーバードライブは、電気が走っているのが目に見えるから、普通の電気技だと勘違いしてしまいやすいけど、ばくおんぱやハイパーボイスと同じで、みがわりを貫通する、いわゆる音技と言われる攻撃だ。ヨノワールがしているのは見ての通りみがわりではないけど、いわなだれの壁に攻撃を受けてもらうという、実質みがわりのような使い方をしている。ネズさんが言っているのは、こういった方法で攻撃を防ぐことはできないぞという事だ。けど、そんなこと百も承知している。

 

「最初から、防ぐ気はないんでね……『かげうち』!!」

「!?」

 

 オーバードライブを掻き鳴らすことに夢中になっているストリンダ―の足元から、右手を黒く染めたヨノワールが現れて、素早く手刀をストリンダ―に叩き込む。

 

「リッ!?……ッダァァ!!」

 

 攻撃を受けて少したたらを踏むストリンダ―だけど、すぐさま反撃をするためにあたり一帯に電撃をまき散らすストリンダ―。しかし、そのころにはすでに影に潜って回避していたヨノワールは、ボクのすぐそばに控えるように下がっていた。

 

「はっ、ちょっと小突いてすぐ逃げるなんざ、見た目に反してチキンだな!!」

「『想像以上に速くて厄介だな』ってことですね。誉め言葉として受け取っておきますね」

「都合よすぎだぜ!!」

 

 何となくだけどネズさんの言いたいことが通訳できるようになってきた。

 

 恐らく、ヨノワールは本来こんなに素早く動くことのできるポケモンではないのに、影を利用して速く動くこの姿に驚いているといったところだろう。影に潜んで素早く動くのは、ボクのヨノワールの得意行動だ。そう簡単に攻略されるとは思わないし、されたところで応用は効くので問題ない。

 

 それよりも、いかに相手にダメージを与えるかが大事だろう。

 

「ヨノワール!!さらに『いわなだれ』で壁を作れ!!」

「何度も同じことをさせるかよ!!ストリンダー、『ばくおんぱ』!!」

 

 新しく岩を落として壁を作ろうとするところに、先ほどよりもさらに強い音波をあたりにまき散らすストリンダー。特性『パンクロック』により、威力が底上げされたその攻撃は、ノーマルタイプの技故ヨノワールに当たることはないけど、代わりにヨノワールが積み上げてきた岩をすべて吹き飛ばす。

 

「お前の好きにはもう━━」

「『かわらわり』!!」

「!?」

 

 確かにヨノワールが積み上げたものは破壊されたけど、そもそもネズさんに同じ攻撃方法が通じるとは思っていない。だからこの岩は壊される前提だ。

 

 ばくおんぱによって吹き飛ばされた岩をかわらわりで打ち返すことによって、逆にストリンダーへの攻撃にする。

 

「くっ、『オーバードライブ』だっ!!」

 

 飛ばされてきた岩を壊すために再び電撃の波を飛ばすストリンダー。かわらわりで打ち飛ばされた岩を的確に壊していき、自分へのダメージを減らしていく。ネズさんの反応が的確だっため、対して大きなダメージを負うことなく岩を全部落としていくストリンダーは、しかしそのことに集中しているため足を止めている。

 

 最大のチャンス。

 

「ヨノワール。『じしん』」

 

 その隙を逃さないように、静かに、ヨノワールに告げた。

 

「ノワッ!!!」

 

 ボクの指示を聞いたヨノワールが、右の拳を強く握りしめ、思い切り地面にたたきつける。

 

 瞬間走る爆音と、ヨノワールの拳を中心に広がっていくじめんタイプのエネルギー。

 

 ストリンダーの持つ、どくにもでんきにもばつぐんを取ることのできる天敵の技が、オーバードライブ中によって動くことのできないストリンダーに襲い掛かる。

 

「ぐっ!?タイプ一致ではないのにこの火力かっ!?」

「最初からこれを当てるために動いていましたからね!!」

「ダッ!?」

 

 地面を駆け抜ける大地のエネルギーがストリンダーをうち、激しくもんどりうちながら吹き飛ばされる。はたから見ても致命傷を負ったように見えるその姿は、明らかな追撃チャンスとなっている。

 

「ヨノワール!」

「ッ!!」

 

 体力を思い切り減らしたストリンダーにとどめを刺すべく、前に走るヨノワール。

 

「ストリンダー、こらえどころだ!!『ヘドロウェーブ』!!」

「ッダァァァ!!」

 

 猛進するヨノワールを止めるべく、最後の力を振り絞って毒の波を放つストリンダー。どの方向から襲い掛かられてもいいようになのか、あたり一帯にまき散らすかのように吐き出されるその毒は、近づくものを皆吹き飛ばす無差別攻撃と化す。

 

「落ち着いて!!君なら全部避けられるよ!!『いわなだれ』!!」

 

 迫りくる毒の波に対して、地面に手を置き、いくつかの岩を召喚するヨノワール。その岩を両手に持ち、ストリンダーへの直進を再開するヨノワールは、自分に向かってくる毒液を、時に影に潜ってよけ、時に岩ではたき落とし、時に岩でそらしていく。

 

「『オーバードライブ』!!」

「岩を投げて!!」

 

 ヘドロウェーブで止められないと悟ったネズさんが、すぐさまオーバードライブへと技をチェンジ。すぐさま電撃の波が飛んでくる。対するヨノワールは、その電撃に対して右手の岩を投げる。しかし、これだけでは先ほど岩の壁を貫かれたように、またこちらがダメージを負ってしまう。

 

「もう一回!!」

 

 なので、次に左手に持っている岩を投擲。先に投げられていた岩にぶつかるように本気で投げられた岩は、ボクの予想通りぶつかり合って砕け散る。

 

「ダッ!?」

 

 その時に生まれた石の礫が次々とストリンダーへと襲っていき、ストリンダーの動きを阻害していく。

 

 同時に生まれるオーバードライブの波の歪み。

 

「そこ!!『かわらわり』!!」

「ッ!!」

 

 怯んだことによって生まれた波の歪みに、白く光る右手を思い切り叩きつける。勢い余って地面にまで到達したその技は、電撃のはじける軽快な音と、地面を叩く鈍い音を同時に響かせながらオーバードライブを吹き飛ばし、そのままストリンダーの懐に潜り込んで、左手のかわらわりにて空中に打ち上げる。

 

「とどめの『かげうち』!!」

「ノワッ!」

 

 空中に打ち上げられ、無防備となったストリンダーを視界にいれながら地面に手をつくヨノワール。その手のひらを中心に、ヨノワールの影がどんどん広がっていき、影の沼を作り上げる。おどろおどろしい気配を放つその沼からは、ヨノワールの視線をなぞるように動き出す、鋭い爪をはやした影の手が顕現する。

 

「やれ!」

「ッ!!」

 

 周りに影の手が現れたことを確認したヨノワールが、今度は左手をストリンダーに向け、ぎゅっと手を握る。その行動を合図に、ストリンダーめがけて飛んでいく無数のかげうちの手が、無抵抗のストリンダーを次々と打ち付けて最後に地面に叩き落とした。

 

 先ほどの自分から殴るかげうちではなく、自分の影に攻撃させる2種類目のかげうちの使い方。

 

「低い威力を手数で……成程」

 

 威力は自分で殴るよりも控えめながらも、手数は圧倒的に多いこの攻撃は、時として普通に攻撃するよりも火力が高くなる時もある。その証明は、その攻撃によって地面に落ちたストリンダ―の姿にて証明される。

 

 

『ストリンダー戦闘不能!!勝者、ヨノワール!!』

 

 

 目を回して倒れるストリンダーを一瞥しながら、影から伸びた手を自身の手を振り払うことで消していくヨノワール。散っていく影の中心にてたたずむヨノワールは、オーバードライブやヘドロウェーブがちょくちょく掠っていたような痕は見えるものの、ほぼ無傷でネズさんを見つめていた。

 

「……成程、さすが相棒と信頼するだけはあると」

「あたりまえです。ボクが全幅の信頼を寄せる最高の仲間ですから」

「……ノワ」

 

 余裕そうに振る舞うヨノワール。けど、思ったより早くストリンダーを落とすことが出来たのは、間違いなくインテレオンのねらいうちによって少なくないダメージを与えることができたからだ。おかげで、まるまる1体分あったボクとネズさんの差はかなり縮まった。

 

 とはいえ、安心なんて当然できる訳もなく、むしろここからが本番と言っても差し支えないだろう。

 

 先程戦ったのはどくとでんきタイプのストリンダーだ。ゴーストタイプを持つヨノワールには、メインウェポンのひとつであるどく技はこうかはいまひとつだし、何よりもストリンダーが大の苦手とするじしんをヨノワールが覚えていた。だからこそここまで有利に戦うことが出来たし、終始攻めきることが出来た。

 

 しかし、次のポケモンは絶対にそう上手くはいかない。なぜなら、ここがあくタイプのジムであり、ゴーストタイプにあくは弱点をつくことができるから。いくらあくタイプ以外も手持ちに入れているとはいえ、ジム戦の殿を違うタイプに任せる。なんてことはしないだろう。ほのおタイプ以外もたくさん使う、あのオーバさんでさえも、最後はほのおタイプでしめている。タイプのエキスパートとはそういうものだ。となれば、ネズさんの最後の1体も当然……

 

「こっちも最後のメンバー紹介だぜ!!甲高い唸り声が自慢のタチフサグマ!!奴の喉元に自慢の『じごくづき』を突き刺してやれ!!」

「グアアアァァァッ!!」

 

 自身の1番信頼するあくタイプを出してくる。

 

 唸り声を上げながら場に現れたのはタチフサグマ。あく、ノーマルタイプのポケモンなため、かくとうタイプにめっぽう弱いから、こちらのかわらわりはいい方に機能してくれるだろうけど、逆に1番の得意技であるかげうちが一切当たらない。使えても相手の動きを振り切るくらいにしか使えないだろう。

 

 そして当たり前の事だけど、相手の得意技であるあくタイプの技はゴーストタイプによく効いてしまう。

 

(ここからが本番だ……っ!!)

 

「ネズにアンコールはないのだ!歌も!技も!ポケモンも!!タチフサグマ!!『じごくづき』!!」

「ヨノワール!!『かわらわり』!!」

 

 白く手を光らせるヨノワールと、黒く手を光らせるタチフサグマ。

 

 お互いの攻撃が、バトルコートの中心にてぶつかり合う。

 

「ぐっ!?」

「イエァ!!」

 

 まるで雷が落ちたかのような激しい破裂音を奏でながらお互いの攻撃をぶつけ合うヨノワールとタチフサグマ。そのあまりにも強烈な衝撃波に、ボクは思わず腕で顔を覆ってしまい、ネズさんはこんな状況にさらにテンションが上がっているのか、もっとマイクスタンドを振り回す。

 

 一方で当の本人たちは強烈な衝撃が起きるほどの攻撃をぶつけ合いながらも、攻撃の手を一切やめずに打ち合っていく。

 

 ヨノワールが上から打ち下ろしたものを、タチフサグマはじごくづきで右から刺して左に逸らし、余った左でストレートを放ってくる。これに対してヨノワールは、左で下から救い上げる様な軌道を描いて、タチフサグマの攻撃をかちあげ、その勢いを残したままその場で左に1回転。遠心力を乗せた左の水平チョップを繰り出す。

 

「『ブロッキング』!!」

 

 片手は弾くのに使ってしまい、もう片手は逆に弾かれてしまったタチフサグマを見てすぐさま防御技であるブロッキングの指示を出すネズさん。

 

 このブロッキングに攻撃を当ててしまうと、こちらの防御を著しく下げられてしまう。ただでさえこうかばつぐんで攻撃を受けてしまうのに、そこから防御を下げられてしまうと、いくら耐久力の高いヨノワールと言えども厳しくなる。

 

「ヨノワール!『かげうち』に変更!!そのままタチフサグマに突っ込んで!!」

 

 じごくづきの動作をやめて、腕を目の前でクロスして攻撃を受ける準備をするタチフサグマに対して、水平軌道を描いていたかわらわりをかげうちに変更。体にゴーストタイプ特有のおどろおどろしい黒いオーラを纏いながら、体ごとタチフサグマに突っ込んでいく。

 

 こうすれば、ノーマルタイプを含むタチフサグマにヨノワールが触れることはなくなるめ、ブロッキングをすり抜けて後ろに回り込むことが出来る。

 

 オニオンさんとの戦いでイーブイで行った戦法の逆バージョンみたいなものだ。

 

「『かわらわり』!!」

「『じごくづき』!!」

 

 後ろに回り込んだことによって背中合わせになったヨノワールとタチフサグマが、ボクとネズさんの言葉を聞いてすぐさま振り返り、その際に産まれる遠心力を右手に乗せて叩きつけ合う。

 

 再び響き渡る衝撃音。

 

 近くの建物の窓ガラスまでもがカタカタと揺れる中、しばらく鍔迫り合いをしたのちに、次は余った左手同士をぶつけ合い、今度はぶつかった時の衝撃を利用して後ろに下がる。

 

 ヨノワールとタチフサグマの立ち位置が入れ替わったため、お互いのポケモンを交換したかのような立ち位置になっていること以外は振出しに戻った状態となる。

 

(強い)

 

 純粋な感想を一言。

 

 ただパワー比べに強いだけじゃなく、ヨノワールのかげうちによるすり抜けにも対応してくる対応の速さ。本当に気が抜けない。

 

(でも……やっぱり楽しい!!)

 

 それでもこの状況がとても楽しくて、ヨノワールも久しぶりに全力で戦えるのが心地いいみたいで、二人そろってどんどんテンションが上がっていく。

 

(もっともっと……楽しく、激しく、全力で行くよ!!)

(……ノワッ!!)

 

 ようやく訪れた相棒の全力を出せる場面。ボクとヨノワールの、心がどんどん重なっていく。

 

 その時、少しだけ、ボクの視界がぶれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ネズさんのあの子。

実機ではネズさんも5体しか出していないので、6体目の示唆。
さて、誰でしょう。

かげうち

ビート戦でも言いましたけど、かげうちはこの小説では2種類あるということになっています。
実機では、自分の影が攻撃しているような描写ですが、スマブラではゲッコウガは後ろに回って直接攻撃していることから、両方あると判断してのことです。
実際はどうなんでしょうかね?




アニポケでシンジが出るのが楽しみで仕方がない……
速く見たいです……


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111話

(……今のは?)

 

 ネズさんとのバトルに心が盛り上がり、ヨノワールの気持ちも伝わってきた瞬間起きた、謎の視界のぶれ。一瞬だけだけど、確かにあったそれに一瞬気を取られる。

 

(この感覚、もしかして前にもあった……)

 

「ノワッ!!」

「ッ!?」

 

 記憶に確かに残る思い出に手をかけようとして、ヨノワールの言葉で現実に戻される。

 

(そうだ、今は考え込んでいる場合じゃない!!)

 

 ネズさん相手の長考は、スカタンク戦のような反撃の隙を当てるきっかけとなる。とにかく今は前だけ見て戦うことに集中する。

 

「ヨノワール!!『いわなだれ』!!」

 

 ヨノワールが地面に手を当てた瞬間降りそそぐ岩の雨。相手にあてるつもりではなく、障害物を作ることを前提としたその攻撃は、いろんなところに岩の柱を作り上げ、影や障害物が次々と生まれてきた。

 

 影に潜み、相手の隙をつく戦い方もできるヨノワールの得意なステージを自ら作り上げる。

 

「タチフサグマ!!テンション上げてくぜ!!『ふるいたてる』!!」

 

 一方で、自身のステージを作り上げることがあまり得意でないタチフサグマは、場を取られることは仕方ないと諦めて、自身の能力を上げることに尽力する。自身の攻撃と特攻を強化するこの技は、特殊方面に関してはあま意味がないかもしれないけど、物理攻撃で弱点を突くことが出来るタチフサグマにとって、一度でもヨノワールを捉えることが出来れば一気に倒し切ることが出来るという、安心感が生まれる。

 

 逆にこっちは一回でもミスをすれば致命傷になってしまため、若干プレッシャーが来るから、少し慎重にならなくてはいけない。

 

(だからといって、怯えても何もないよね。一気に行こう!!)

 

 しかし、それでこちらの手数が減るのはもっとだめだ。だからこそ、こちらの選択は攻め。

 

「ヨノワール!!GO!!」

 

 さっき作った岩柱の陰から陰へ移動し、ネズさんやタチフサグマの視界を切りながら走っていくヨノワール。ヨノワール自体は体が大きいのに、その体を陰の中に沈めているせいでかなり見つけずらくなっているはずだ。

 

「そう何回も影を使わせるかよ!!タチフサグマ!!あぶりだすぜ、『なみのり』!!」

「なっ!?」

 

 対するタチフサグマはなみのりによって水を呼び出し、場の全体を水に沈めていく。特殊攻撃の得意ではないタチフサグマでは、ふるいたてるによって特攻が強くなっているとしても、岩の柱をくずほどまでの威力は出てない。しかし、影に沈んで地面の中にいるヨノワールに攻撃をするには十分な威力となる。

 

「すぐに影から出て!!」

 

 このまま潜っている状態でこの技を受けてしまうと、水に沈められて窒息させられかねない━━ゴーストタイプに窒息の概念があるかはわからないけど━━とにかく、決していい方向には向かわないので仕方なく空中へ飛び出すヨノワール。

 

 間一髪で空中に逃げ出すことのできたヨノワールが視線を下に向ければ、岩の柱が半分くらい浸かっているような状況が目に入っているだろう。波が岩にぶつかって弾ける水の音が、ここが本当に屋内なのかどうかを疑問視させるほど辺りに響き渡る。

 

 ちなみに、これだけの水がバトルフィールドにあふれかえっているのに、近くに立っているボクや観客の皆が平気なのは、このスパイクタウンにいるバリヤードたちが壁を形成してくれているからだ。インテレオンのねらいうちは、適当に打っていると言っても観客には当たらないように調整はしていたし、そもそもフェンスで守られていたから当たることはなかったけど、今回のような全体攻撃はさすがに放っておくと被害が出かねないので、エール団の人が急遽呼び出してバトルコートを覆ってくれたというわけだ。

 

 タチフサグマがなみのりを覚えているあたり、もしかしたらこういう状況は、このスパイクジムでは日常茶飯事なのかもしれないけどね。

 

 よくよく見れば、足元付近には壁がないのか、少しずつ水が外に流れ出ているのが分かるし、近くに排水用の側溝もあるため水はけに関しては大丈夫だろう。

 

 とにかく、無理やり空中に引き出されたヨノワール。慌てて空へ出たせいで、周りの状況を確認するのに少し時間を要してしまい、一瞬周りを見渡すヨノワール。当然それは隙となり、視線が逸れたところに死角からタチフサグマが飛び出して、じごくづきを繰り出してくる。

 

「ヨノワール!!後ろに『かわらわり』!!」

 

 ただ、ボクの視界からはタチフサグマの姿は見えているので、後ろからくるのはわかるからすかさず指示。ボクの言葉を信じて、ヨノワールは振り向きながらかわらわりを放つ。

 

 空中でぶつかるじごくづきとかわらわり。しかし、空中ということもあってか、鍔迫り合いになることなく、元々空中に浮かぶことが出来るヨノワールが踏ん張りを効かせ、タチフサグマを何とか吹き飛ばす。元々物理攻撃が高いヨノワールにとって、この手の打ち合いはまだ得意な方であるのが幸いした。そのまま吹き飛ばされたタチフサグマが、地面に落ちて水に流されればかなりチャンスなんだけど……

 

 タチフサグマは空中で綺麗に受け身を取り、岩の柱のてっぺんに着地する。

 

「タチフサグマ!!駆け抜けちゃいましょ!!」

 

 ネズさんの言葉とともに吠え、同時に柱から柱へ次々と飛び移っていく。

 

「ヨノワール!!『いわなだれ』!!」

 

 意外にもかなり器用なタチフサグマの行動にちょっと驚くけど、岩の柱を飛び移るということは移動先が読みやすいという事。そこを利用して、移動先を読んでいわなだれを先に落としておく。当然この攻撃をよけようと体をひねるものの、それによってバランスを崩してしまい、水の中へ落ちていく。

 

「『かわらわり』!!」

 

 そこに追撃を叩き込むべく、ヨノワールが走り出す。

 

「『なみのり』!!もっと調子に乗っちゃいましょッ!!」

 

 しかし、この水を呼びだしたのはタチフサグマだし、タチフサグマはなみのりを覚えている。つまり、水に溺れることなく、自由に水を動き回れるということで。

 

「うちのタチフサグマの、意外な特技に驚きやがれ!!」

 

 ヨノワールのかわらわりを、ものすごい勢いで水面を滑ったタチフサグマがスライドターンを決め回避。そのままヨノワールの裏に回り、全力のじごくづきを叩きつける。

 

「ノワッ!?」

「ヨノワール!?」

 

 思い切り吹き飛ばされ、岩柱に叩きつけられたヨノワールから苦悶の声が漏れる。一方でタチフサグマは、ようやく致命打を与えられたということにテンションが上がり、さっきよりもさらに素早く水を移動していく。

 

(いやいや、どういう原理!?マッスグマの時点でなみのりを覚えるのは知っているから、泳ぐのは得意なことは理解できる。でも、この素早さは……みずタイプも涙目の動きなんだけど!?)

 

 もはやみずタイプを名乗った方がいいのではという程の動きで泳ぎ回るタチフサグマ。もしかしたら先ほどのふるいたてるによって、火力が上がるのと同時に、なみのりに関してのみ泳ぐ速さも相対的に上がっているということかもしれない。

 

 水が満たされたことによって相手の動きが制限されたと思ったのに、まさかの反撃にちょっと戸惑う。けど、ここで止まればあの機動力にはりつけにされておしまいだ。

 

 タチフサグマという消して速くないポケモンでこの戦い方は正直かなり驚かされた。けど、立ち向かえないわけではない。

 

(相手が素早さで挑んでくるのなら、こっちは手数で勝負だ)

 

「ヨノワール!!自分の足元に『いわなだれ』!!」

 

 ヨノワールが手をかざすと同時に、ヨノワールの足元にどんどん積みあがっていく岩の固まり。次々と積み重なっていくその岩は、ヨノワールの真下に岩でできたの地面を作り上げているようにも見えるはずだ。地面があるということは、当然ながらそこに影が生まれるという事。そして影ができるということは、ヨノワールの技の一つが使えるようになるという事。

 

「タチフサグマ!相手に踊る隙を与えさせずに倒し切るぜ!!『なみのり』しながら『じごくづき』!!」

 

 それを黙って見ているネズさんではない。何をしようとしてるかまでは分かってなくとも、少なくともボクに好き勝手動かせる訳にはいかないという考えだろう。その判断は間違えていないし、実際1番されたくない行動だ。

 

 かといって、ここで引く訳にも行かないし、この行動を阻害される訳にもいかない。

 

「ヨノワール!!ここで引いちゃダメだよ!!『かわらわり』!!」

 

 なみのりによるスピードを利用して、四方八方から飛び出しながら突撃してくるタチフサグマに対して、かわらわりを構えて逸らす準備をする。

 

(ヨノワールの反応速度と、ボクの正確な指示が組み合わさったら切り抜けられるはず!!)

 

 ちょっとの隙も見逃さないようにじっと見つめるボクと、そんなボクの視線に気づいて小さくうなずくヨノワール。何も言わなくても伝わってくれるこの感覚がたまらなく心地いい。

 

 まずは真正面から腕を突き出しながら飛んでくるタチフサグマの迎撃をする。ヨノワールの胴体を狙って飛んできたそれを、側面からかわらわりを当てて横に逸らすことで受け流し、ヨノワールの後ろの方へ飛ばす。受け流されたタチフサグマは、そのままヨノワールの後ろに飛んでいくけど、すぐさま水面に着地して反転。後ろから再び襲い掛かる。

 

「しゃがんで!!」

 

 ボクの指示に従って頭を下げるヨノワールの、頭があった場所にタチフサグマの手が通る。頭の上を手が通ったのを感じ取ったヨノワールがすぐさま回転。タチフサグマの横腹めがけてかわらわりをぶつけようとし、避けることもブロッキングも間に合わないと判断したタチフサグマが、腕をクロスして防御姿勢へ。急造の防御だったため、こちらの攻撃を少し軽減させることしかできなかったタチフサグマに確かなダメージが入るものの、吹き飛ばすまでには至らなかった。しかし、タチフサグマを空中で怯ませることには成功した。

 

「今!!」

 

 ボクの言葉を聞くと同時に追撃するべく前に出るヨノワール。かわらわりを上段に構えて攻撃をしようとするヨノワールに対して、不格好な態勢ながらも、それでも反撃しようとするタチフサグマが、近づいてくるヨノワールの頭めがけてじごくづきを繰り出そうとする。

 

(大丈夫。苦し紛れのせいで技がゆっくりだし、振りも今までに比べて大振りだから避けられる!!)

 

 ヨノワールもそれを理解しているため、若干体をかがめながらさらに懐へ。

 

(視える……!)

 

 余程ボクもヨノワールも集中しているのか、タチフサグマの動きがスローに見え、簡単にじごくづきの下を潜り抜けていく。

 

(よし、完全に攻撃はよけきった!今なら確実に叩き込める!!)

 

 じごくづきが確かに頭の上を通過して後ろに行ったのを視認したうえで前に走り、攻撃を構えたその時。

 

 

()()()()()()()()

 

 

(え?)

 

「ノワッ!?」

「ヨノワール!?」

「……?」

 

 再び一瞬だけ訪れた視界のぶれが治ったと思った瞬間目の前を見れば、確かに避けたはずのじごくづきが、なぜかヨノワールに掠っているところと、ネズさんが少し首をかしげているところが目に入った。

 

 幸い致命傷にはならなかったし、タチフサグマにも軽くかわらわりが当たったため、後ろに飛ばすことが出来てはいた。だから掠ったことによって生まれた隙に付け込まれることにはならなかった。けど問題はさっきの視界のぶれ。

 

(このぶれ……やっぱりあの時の……)

 

 シロナさんにも相談したことがあった、ボクがシンオウ地方でスランプに陥ってしまった原因。極度の集中状態になった時、相手の動きがスローに見えるようになって、どんな攻撃も避けられると思った瞬間、一瞬だけ視界がぶれたと思ったら、なぜか避けた攻撃にぶつかってしまうこの現象。

 

 最初は相手がよけた動作を確認してから、こちらに攻撃を当てられるように軌道を修正したと思っていた。けど、誰と戦ってもこの現象が起きてしまうため、さすがに自分に原因があるという結論に至り、かといって対処法がわからず、そこからかなり被弾率が上がってしまい、負けがかさむようになってしまったという過去がある。

 

 これがボクがスランプに落ちてしまった原因。

 

 コウキに、追い付くのを一瞬でもあきらめてしまった理由。

 

(なんでこんな時に!?)

 

 一種のトラウマのようなこの現象に、また頭の中がごちゃごちゃになりそうになる。

 

 このままでは、またあの時のように、勝てなくなってしまうんじゃないか。思わずそんなことが頭をよぎり……

 

(違う!それを乗り越えるためのガラル地方の旅だ!!)

 

 パニックになってしまいそうな頭を無理やり整理して、意識を何とか引き戻す。

 

 急に起きてしまったフラッシュバックだけど、この壁を乗り越えないとまたあの頃に戻ってしまう。またあの虚無な日々を過ごすのだけは絶対に繰り返しちゃいけない。何が何でもここで乗り越えなくちゃいけない。しかし、この視界のぶれをどうにかする方法が思いつかないのも事実だ。この原因と対策が思いつかない以上、この先、相手に攻撃を繰り出されるたびになぜか避けられないというこの現象に襲われ被弾し続けることになるだろう。

 

 これが威力の低い技ならまだ被弾しても許容できた。しかし、相手はヨノワールの苦手なあくタイプをガラル地方で一番極めているネズさんだ。既に一発貰ってしまっていることを考えても、これ以上の被弾は絶対に避けたい。

 

(なら……とにかく今この瞬間勝つことだけを考えよう。ないものねだりをしていても仕方がない……技が避けられないなら、避ける必要がないくらい攻め続けてやる!!)

 

 元々これから行う技は、攻めに特化した作戦だ。支障は起きない……はず。だからいまだけは……

 

(特攻だ!!)

(……ノワッ!!)

 

 ヨノワールもこの現象のことは理解しているから、この先どう戦うのかは言わなくても理解してくれる。だからすぐさま次の行動を指示する。

 

「ヨノワール!!『かげうち』!!」

 

 タチフサグマを弾いて水に落としている間に、岩でできた地面に手を当てて、再びかげの手をたくさん呼び出すヨノワール。一方でタチフサグマは、水に落ちた後もすぐさまなみのりを発動し、水面へ飛び出してくる。

 

 かげうちが怖くはあるけど、ノーマルタイプを含むタチフサグマには効果がないため、無理やり突破するつもりのようだ。確かにこのままだとタチフサグマにダメージは入らない。けど、かげうちとタチフサグマの間に何かを挟めばその限りじゃないはずだ!!

 

「ヨノワール!!影の手で岩を掴んで総攻撃!!」

「そのための『かげうち』ッ!?タチフサグマ!下がれ!!」

 

 ボクの指示で何をしようとするのかをすぐに察したネズさんが、慌てて回避行動を指示する。さすがの察しの良さだけど、かげうちが展開できた時点でこの作戦を防ぐのは困難なはずだ。

 

 ヨノワールの足元より生まれた無数の影の手すべてが、いわなだれによっていたるところに転がった岩をその手でつかみ、一斉にタチフサグマを追尾していく。その様は、まるで追尾性能を持ったパワージェムに襲われているような感覚だろう。

 

 急に自分を襲ってくる無数の岩に対して、素早くなみのりを行い、水面を滑って逃げるタチフサグマ。時にじごくづきを使って岩を弾き、時にジャンプして岩を飛び越えて避けていくその姿は、とてもこの戦法に初見で挑んでいるようには見えない。しかし、いくら対処がうまくても、自分を襲ってくる岩の数が多すぎて、被弾の数もそれなりにかさんでいる。

 

 それでもただでやられないのがネズさんという人で。

 

「タチフサグマ!!『かげうち』の手だ!!『かげうち』の手を『じごくづき』で切り裂け!!」

 

 この技に対する解答にすぐさまたどり着き、岩を持っている根元の影を切り裂くように動き始める。確かにこのまま岩から逃げ続けても、こちらは遠くから影の操作だけに集中して眺めておくだけでいいので、ネズさんが逃げ続ける限り状況は好転しない。

 

 まさしく正しい行為ではあるんだけど、その行動にたどり着くのが早すぎる。

 

 なみのりのスピードに任せて、岩から逃げる軌道から岩の下をくぐり抜けるような軌道に変更したタチフサグマが、それでも当たりそうな岩をじごくづきで逸らしながら、すれ違いざまにかげうちの手を切り裂く。

 

 ドボンという岩が沈む音にも目をくれず、次々と影を切り裂くタチフサグマに対して、こっちもただ見つめるだけでなく、追加でかげうちを発動して岩の追尾団を補充する。そうなれば、相手の攻撃をくぐって切り裂く必要のあるタチフサグマと、手を増やすだけでいいヨノワールでは技の回転率が違う。

 

 対処は見つかってもまだこっちが有利。しかし、ネズさんの対応はまだ終わらない。

 

「タチフサグマ!!ここで『なみのり』だぜ!!」

 

 影を切り裂きながらヨノワールへと近づいていくタチフサグマが次に行ったのはなみのり。最初よりも水位の下がっていたフィールドが、この技のせいでまた元に戻ってヨノワールを飲み込まんと迫ってくる。当然この技は避けるしかなく、空中に飛び出したヨノワールはこのなみのりを無傷で避ける。

 

 しかし、ネズさんの狙いはヨノワールへの攻撃ではなく、ヨノワールが乗っていた岩の地面……つまり、かげうちの出処。

 

 影の上から水でおおってしまえば、かげうちは機能を停止する。結果、タチフサグマを追いかけていた岩はその動力を失い次々と落下。その落ちてくる岩を伝って、タチフサグマがヨノワールに向かって空中を駆け抜ける。

 

 なみのりを避けたばかりのヨノワールに向けて渾身のじごくづきを構えるタチフサグマの腕は、今から避けるには鋭く、そして速い。この攻撃を受けても倒れることはないだろうけど、すでに一撃強力なものを貰っている状態なので、もう一発受けてしまうとかなり向こうに形勢が傾いてしまう。

 

 いつもならまだいなすことも視野に入れるけど、今は視界のぶれが起きてしまっているので、タチフサグマの攻撃を確実に避けられるか怪しい。だからこそ……

 

「この瞬間を待っていた!!ヨノワール!!」

「タチフサグマ!!何かされる前に決めちまえ!!」

 

 何かが来ることを予感したネズさんが慌てて攻撃するように指示するものの、タチフサグマとヨノワールの間に岩が落ちて、一瞬視界が遮られた瞬間に()()()()()()姿()()()()()

 

「なっ!?」

「グマッ!?」

 

 瞬きをした瞬間に完全に姿を消したヨノワール。その事に戸惑い、あたりを見渡しているタチフサグマは明らかな隙となる。その隙を目にとらえたヨノワールが、タチフサグマの()()()()()かわらわりを叩きつけた。

 

「後ろから……まさか、落ちてきた岩の陰を使って!?」

 

 ネズさんの言う通り、落ちてくる岩の裏に隠れて一瞬だけ視界から外れ、後ろから攻撃した。それがこの攻撃の正体だ。

 

 空中という障害物が本来ないはずの場所でのまさかの奇襲。

 

 かくとうが大の苦手であることも加味してとんでもないダメージが入る。しかも、ダメージが大きすぎてタチフサグマの態勢がまだ崩れたままだ。

 

「このまま仕留め切って!!」

「意地を見せろ、タチフサグマァ!!」

 

 今ならとどめを刺せると判断し、かわらわりをそのまま3発叩き込んだあたりで、本来なら倒れてもいいはずのタチフサグマが意地を見せ、最後の反撃にとじごくづきを返してくる。

 

 そこから行われるのはお互いノーガードの殴り合い。

 

 避ける体力のないタチフサグマと、避けることが出来ないヨノワールによる空中の殴り合い。

 

 もはや戦略なんてない意地と意地のぶつかり合い。しかし、互いにかなりの体力を消耗していたため、そのバトルは長く続かない。3回ほどお互いの攻撃を交換した辺りで限界を先に迎え、気力が折れたのは……

 

「グマァッ!?」

 

 タチフサグマだった。

 

 かわらわりが横腹に直撃し、空気を吐きながら体をくの字に曲げてしまう。

 

(ここで決める!!)

 

 

「叩きつけろッ!!」

 

 

「ノッワァァッ!!」

 

 

 空中で無防備になっているタチフサグマに、かわらわりの打ち下ろしを叩きつけて、水であふれるバトルコートに叩きつける。

 

 派手な水柱を上げながら響く爆音に、バリヤードの壁のおかげで水がかからないと知っていも、思わず腕で顔を覆ってしまう。その腕を顔から離したとき、水と岩の柱が流れて見渡しがよくなったバトルフィールドには……

 

「グ……マァ……」

「……」

 

 中心で目を回して、あおむけに倒れているタチフサグマと、それを見下ろすヨノワールがいた。

 

 

『タチフサグマ戦闘不能!!勝者、ヨノワール!!よってこの戦い、フリア選手の勝利!!』

 

 

 聞こえる審判の声を、湧き上がる観客の声。

 

「か、勝てた……」

 

 皆の声に、勝ちを徐々に実感し始めたボクは、再び襲ってきた視界のぶれに、思わず倒れそうになるのをぐっとこらえながら、ヨノワールに拳を突き付けて、お互いの頑張りを称えあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




視界のぶれ

シロナさんも言っていた、フリアさんの調子が悪くなった理由。
スランプになったきっかけでもありますね。
さて、なぜこんなことが起きるようになってしまったのか。
ちなみに、最初こそはこの視界のぶれのせいでヨノワールと喧嘩しそうになりましたが、これも自分が悪いのでは?と思うようになってしまったため、『ヨノワールは信じてるけど自分のせいで勝てない』と思いこむようになってしまった。というのがあったり。
ガラルにきてのバトルは、ビートさんとの戦いでは起きなかったし、まだ大丈夫だろうと思ってネズさんに挑んだから、普通にヨノワールを場に出せたというわけですね。
勿論この視界のぶれについても、追々明かされて行きますよ。

なみのり

実機ではどこからともなく水が出て、波が襲い掛かって来るのでこういうのもありかなと。
もはやみずタイプですね。

かげうち

大量のかげうちの手が岩をもって殴りかかって来る。軽く恐怖ですね。
皆さん丸太は持ちましたか?
しかし、この攻撃の仕方……どこで見たような……?

決着。

無言で見下ろすヨノワール。まだまだ余力はありそうですね?
ともかく、難関突破。




アニポケでシンジが丸くなったうえにイケメンキャラになってて思わずほっこり。
良いキャラになりましたね、本当に。
ゴウカザルとの仲もかなり改善されているみたいでよかったです。


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112話

「何とか勝てた〜……っとと」

「ノワ」

「……ふぅ、ありがと、ヨノワール」

 

 ネズさんとの激闘を終えて、何とかあの嫌なこともやり過ごすことが出来たボクは、安心感からまたふらついてしまい倒れかけてしまう。そこをいつの間にか目の前まで来てくれていたヨノワールが優しく受け止めてくれる。

 

 ゴーストタイプ特有の少しひんやりとした体温が、戦いによって上がった体と頭の熱をゆっくりと下げてくれてどこか心地いい。

 

 少しずつ下がっていくこの体温に、自分の中で何かが納まっていく感覚を覚えながら、ようやくスッキリし始めた頭で目の前の人物を見据える。視線の先にはタチフサグマをボールに戻し、マイクスタンドもどこかにしまったのか手ぶらの状態でこちらに歩いてくるネズさんの姿。

 

 バトル中はピンと伸びていた背筋も再び猫背に戻ってしまっているので、バトル中にたまに出ていたような、束の間のローテンションではなく、本当にオフモードのテンションのネズさんへと戻っていた。

 

「お疲れ様でした。いやはや、その子があなたの切り札ですか……どんな子が飛び出すのかと楽しみにしていたのですが、想像以上のものが出てきましたね」

「そう言ってもらえてよかったです。なんだかみんな必要以上に期待していたので……勿論、そんなやわな冒険をしてきたつもりはないのでヨノワールの実力自体に自信はあるんですけど、それはそれとして物凄く緊張しちゃったので……」

「過度な注目が面倒なのはわかりますけどね」

「め、面倒とまでは言ってませんけどね」

「ノワ」

「あ、ヨノワール。ここまで支えてくれてありがとう。もう大丈夫だよ。戻って」

 

 ネズさんと話しているうちに視界のぶれによる眩暈がなくなって、普通に立てるようになったため、それに気づいたヨノワールがボクの体を軽く叩いてボクの現状を教えてくれた。足元を確認してふらついていないのがわかったボクは、そのままヨノワールにお礼を言って、今日のバトルについての労いをしながらボールの中に戻してあげる。

 

 どちらかというとクールよりな性格であるヨノワールは、あんまりがやがやともてはやされるのは嫌いという程ではないにしろ、自ら進んでいく場所ではないため、こういう時は素直にボールの中に戻してあげる。だからと言ってみんなに見せてほしいと頼まれたら、素直に外に出て皆の相手をしてくれるくらいには寛容な子ではあるので、単純に理由がなかったらとりあえず中で待機しておくというタイプの子だ。マホイップやブラッキーと言った、何かあったら外に出てくっついてくる甘えん坊の子たちとは、性格だけ見れば正反対の子である。っと、脱線はこの辺にして。

 

「改めて、ありがとうございました!ネズさんの駆け引きのうまさと判断の速さはとても勉強になりました」

「いえ、こちらこそ。栄えある最初の切り札解禁がおれで誇らしいですよ」

「あぁ、そういえば……そんな話も……」

「本人には、どうでもいい話でしたかね」

「なんで毎回ちょっととげのある言い方するんですか!?」

 

 さっきの言葉と言い、若干癖のある言い方に思わず突っ込んでしまうけど、ネズさんの言葉のせいでキバナさんとの会話を思い出してしまう。

 

(あれだけ一番最初に引き出してやるって気合入れていたのに、これでビートとのバトルだけじゃなくて、ネズさんとのバトルにまで登板してもらっちゃったってキバナさんが知ったら、なんかいろいろ言われそうだなぁ……)

 

「大丈夫ですよ」

「え?」

 

 キバナさんと会話したことを思い出しながら、自分で言うのもなんだけど、若干哀愁漂う空気を醸し出していたところにネズさんから掛けられる言葉。その唐突なボクを擁護する言葉に思わずハテナが浮かぶものの、すぐにその理由に思い至った。

 

「ここでのバトルは生放送されていませんし、あなたの切り札を見たのはここにいる人だけです。おれは勿論誰にも喋る気はないし、エール団のみんなはおれが言えば黙っててくれますよ」

「えっと……嬉しい提案ではありますけど、ヨノワールを隠すことに関しては特にこだわりがあるわけではないので、そこまでしてもらわなくても……」

「あなたのことです。どうせキバナあたりにいろいろ言われているんでしょう。あの人、なかなかしつこい人だから苦労しますよ?マリィの件でお世話にもなっていますし、ちょっとしたお礼とでも思って、素直に任せてください」

「……何となく想像できます」

 

 別に悪い意味で言っているのではなく、何となくキバナさんはその辺のこだわりがちょっと強そうだなというボクの偏見だ。別に他意がある訳では無い。

 

「まあ、とにかく。スパイクジム突破おめでとう。おれも、おれのポケモンたちも、君と戦えてよかったと心から思っているよ。あまりこう言われるのは好きではないかもしれませんが、やはりシンオウリーグ準優勝者と聞いて、戦うのを楽しみにしないトレーナーは少ないですからね」

「ネズさんにそう言って貰えるのは凄く嬉しいです。久しぶりにダイマックスのないジムバトルが出来たおかげで色々懐かしい気分にもなりましたし、ネズさんとのぶつかり合い、とても楽しかったです!!」

「君も楽しんでいただけたのなら、ジムリーダー冥利に尽きますね」

 

 ボクの言葉に一見素っ気なく返事をしているネズさんだけど、ほんの少しだけ頬が緩んだような気がした。その事がちょっと嬉しくて、こちらも同じように頬を緩める。

 

 お互いが相手のことを褒めながら微かに笑いあったところで、懐に手を入れたネズさんが何かを握りしめながらこちらに右手を差し伸べる。

 

「こちらを」

 

 手の中身の物を理解したボクは、ネズさんの言葉を聞きながら同じく右手を差し出す。手のひらを上にして広げられたボクの手の中心に、ネズさんの手に握られていたものが落とされた。それは小さく、硬く、ほんの少し温かさを感じるもので、ここ、スパイクジムを突破したものだけが握ることのできるとても重要なモノ。

 

「あくタイプのジムバッジ……あくバッジです。このガラル地方のジムチャレンジを7つ目まで制覇した証……今のあなたにふさわしいものでしょう。受け取ってください」

「ありがとうございます!」

 

 中心に黒色のマークが書かれたジムバッジを受け取り、すぐさまリングケースにはめ込む。

 

(これで7つ……あと1個!!)

 

 ほぼ埋まってしまい、向こう側が見えなくなってきたリングケースを眺めながら、その手に感じる重さをしっかりと受け止める。

 

「さて、長話もほどほどに……さすがにおれもあなたたち5人との連戦は楽しかったですがとても疲れましたので、一足先に休ませてもらいますよ。みんなの手当てもしなければいけませんし、久々に派手にやらかしてしまったのでバトルコートの整備をしませんとね」

 

 ネズさんの言葉を聞きながら周りを見てみると、そこには先ほどの戦いによって濡れてドロドロになった地面と、散乱した岩の破片がゴロゴロと転がっていた。戦闘時は集中してて何も思わなかったけど、ネズさんの言う通り派手にやらかしてしまったみたいだ。

 

 この惨状をボクとネズさんで作り上げてしまったんだなと思うと、この戦いがいかに激しかったのかを物語ってくれており、今思い出しても少し熱くなってくると同時に、この後片付けを全部ネズさんにやらせてしまうことに申し訳なさを感じてしまう。

 

「それならコート整備はボクも手伝いますよ。経験ありますし……」

「いえ、それには及びませんよ。あなたはあなたで積もる話があるでしょうから」

「え?」

 

 罪悪感からネズさんの手伝いをしようと申し出たところをあっさりと断られてしまうボク。そのことに少しだけむっとしそうになるけど、続けられたネズさんの言葉に首をかしげる。

 

 積もる話と言っても、今のボクには話したいことは特には思いつかなかったので、いくら考えても答えに辿り着かず少し考えこんでいると、そんなボクを見かねてネズさんが1点を指差し……

 

「フリア~!!お疲れ様~!!」

「え、ちょ!?ユウリ!?」

 

 そちらに視線を向けると、フェンスの扉からバトルコートに入って、既にボクの眼前まで迫ってきていたユウリの姿。そのまま押し倒さんばかりの勢いのままこちらに突っ込んできていたため、すぐさま腰を少し落として受け止める態勢。まるでとっしんを喰らったかのような衝撃受けるものの、何とか受け止める準備の方が間に合ったため、ちょっと後ろにのけぞるくらいで済ませることに成功する。

 

「本当にすごかったよ!!私物凄く興奮しちゃった!!」

「わ、分かったから、落ち着いて、落ち着いて……ね?」

 

 余程ヨノワールを見たことが嬉しかったのか、抱き着きながらぴょんぴょん跳ねるユウリを何とかなだめながらゆっくり引きはがしていく。興奮していてもその辺の制御はしっかりできているのか、おとなしくボクから離れたユウリはそれでも興奮が隠しきれずに、こちらをキラキラとした目で見ていた。

 

 そしてそれはユウリだけではなく……

 

「俺もユウリと同じく無茶苦茶興奮したぞ!!フリアの切り札、凄いだろうとは思っていたけど、想像の遥か斜め上を行っていたぞ!!」

「あたしも凄くびっくりした。あんな強力なヨノワール初めて見たと。アニキにも勝っちゃうし、シンオウリーグ準優勝って肩書を改めて体感したと」

「フリアっち最ッ高にすごかったァ!!ネズ様とのバトルも超アゲアゲだったし、おかげで負けてサゲサゲだったテンションもどこかに吹っ飛んでいっちゃったァ!!」

 

 いつの間にか周りに大集合していたみんなからも、ユウリと同じように賞賛されもみくちゃにされていく。いつになくハイテンションでボクに絡んでくるみんなの対応に四苦八苦しながらなんとかいなしているときにふと視線を逸らしてみると、そこにはもうネズさんはおらず、バトル見学をしていたエール団のみんなも、ボクたちの邪魔にならないように陰でいろいろな後片付けなどを行っていた。

 

(ネズさん、こうなることがわかってボクが片づけを手伝うことを咎めたんだ……)

 

 ここまで来てようやくそのことを理解したボクは、根っこの優しさと、空気を読む能力はマリィに似ているんだなぁと思いながらみんなに視線を戻す。その間にもボクとヨノワールを褒める声が止むことはなく、ひたすら言葉を投げかけられるので、ひとまずみんなが落ち着くまではこのまま流されるしかないかななんて思いながら待っていた。

 

 いつものジム戦だとバトルが終わってすぐ話しかけたくても、更衣室で着替えたり、インタビューの人が来たりと、やることが意外と多くすぐに感想戦を始めることが出来ない。なんて不便さもあったため、それがない今回は余計にこの手のタガが外れて暴走してしまっているのだろう。そのあたりを考慮すれば、なるほどユウリたちがいつも以上に興奮しているのも納得がいくというものだ。

 

 それに、ここまでもてはやされるのは恥ずかしいしこそばゆいけど、決して嫌ではない。むしろ自分の自慢の相棒がここまで褒められて誇らしさすらある。

 

(よかったね、ヨノワール)

 

 心の中だけでつぶやいたその思いに、カタカタと揺れることで返してくるヨノワール。どうやら彼もまんざらでもないようだ。

 

「そこまで褒めてくれるなんて思わなかったから……うん、ありがとう。それと今までもったいぶっちゃってごめんね?」

「そうだぞ!!そんなに凄いポケモンだったのならもっと早く見たかったぞ……」

「でもでも、ここまで隠し通されたらそれはそれでフリアの言う通り切り札って感じがして……私は凄くワクワクしちゃったかも」

「あたしもユウリと同じ意見かな。それにしても本当にすごかパワーね……どうやったらそんなに強くなると……?」

「強さも気になるけどォ、見た目フワフワで性格もポワポワなフリアっちからァ、クールでガチツヨなヨノワールってチョイスが凄くギャップあって面白い的なァ?」

 

 どこまで言っても終わらないヨノワールを主題とした会話は、そのままエール団がバトルコートの片づけを全部終わらせて、陽が沈み始め、ネオンの街灯がつき始めても終わることなく続いていった。

 

(これは……ポケモンセンターに戻ってもこの話題のままかな……)

 

 心の中で呆れと仕方がないなぁという気持ちがこもったため息をこぼしながら、ポケモンセンターへの道を歩き始めるボクたち。

 

 結論から言ってしまえば、ボクの予想通りこの会話はポケモンセンターへ戻って、泊っている部屋に戻っても終わることはなく、日付が変わりそうになるまで続くこととなる。

 

 そんなに話し込んでしまう程ボクのヨノワールを待っていたんだと思うと、もっと早く紹介してあげればよかったなぁという気持ちと、ボクの相棒をここまで評価してくれて嬉しいという気持ちが広がっていく。

 

 ヨノワールの話題を中心に広がっていく賑やかな空間は、本来であればネズさんに負けたことによって足踏みを余儀なくされることに対するマイナスの思いをいつの間にか吹き飛ばしており、むしろあんなバトルを見せられたのなら自分たちも続かなきゃと燃え上らせるきっかけを与えてしまったほど。きっと明日からみんなは打倒ネズさんに向けて全力をつくし、そう遠くないうちに勢いに乗って突破するだろう。

 

 不思議と湧き上がっていく安心感と信頼感。

 

(きっとみんななら大丈夫だよね)

 

 今日の主人公である相棒の入っているボールを撫でながら、そっと胸の中で思う。

 

(ボクも頑張らなくちゃ)

 

 みんなには指摘されてはいないものの、いまだにボクの中に残る問題である視界のぶれ。昔のボクはこの壁を乗り越えられずに落ちていった。けど、ヨノワールに元気をもらって、ネズさんという大きな壁に立ち向かおうとしているみんなの姿を見ていると、ボクも勇気を分けてもらっているような気がして。

 

(きっと、今度は乗り越えられるはず……!!)

 

 不思議とボクの気持ちも、前を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……すぅ……んぅ……んん……ぁ、ぁれ?」

 

 みんなとの話しもようやく終わりを告げ、各々が眠りについてさらに時間が経った夜。時間にして午前2時くらいだろうか。決して長い時間が経ったというわけじゃないけど、なぜか自然と目が覚めてしまったボクは、眠気のせいでぼやけた視界ながらもなんとか時計の針と外の景色を見て、まだまだ深夜であることを確認する。

 

「まだ寝れるじゃん……」

 

 まだまだ休めるのに、変な時間に目が覚めてしまったことに対する軽い愚痴をこぼしながら、二度寝を決め込むために寝返りを打とうと体を少し起こす。布団の擦れる音を無視しながら体を傾け、今度は変な時間に起きないように布団に潜り込むようにしようと行動していると、ふととあるものが無性に気になってしまい、体は眠りを欲しているけど、その確認だけさせてくれと体に命令してちょっとだけ視線をそちらに向ける。

 

 ボクが気になったのは、ボクのモンスターボールだ。

 

 ボールの中で眠っているであろうインテレオンたちの様子がなぜか気になって少しだけ視線を動かすと、ホルダーについたまま置かれたモンスターボールが6つ並んでいる。それだけなら、なにも変化がないということですぐさま眠りにつくことが出来たのだけど、なぜか並んでいるボールのうち1つだけ開いた状態で置かれているボールがあった。

 

「……ヨノワール?」

 

 開かれたボールはヨノワールが入っていたボールだ。きっと深夜になったのでちょっとお散歩にでも行っているのだろう。今までだって何回かあったことだし、今更特に気にすることでもない。しかし、そんな気にする必要のないはずのものが、なぜか今は無性に気になってしまった。

 

 そんなことを考えている間に、いつの間にか眠気も収まっていく。

 

「……探してみよっか」

 

 誰に話しかけるでもなく、ぼそっと言葉をこぼしながら起き上がり、パジャマのままみんなを起こさないように外へ出る。

 

 パジャマという薄着ではあるけど、すっかり夏に片足を突っ込み始めた今の季節は、だいぶ涼しさの中にも暑さを感じ始める。それでもこの時間はちょっと肌寒いけどね。

 

「過ごしやすい気温だね」

 

 消灯時間のため、すっかり暗くなっているポケモンセンターから外へ出たボクは、夜特有の静かでちょっと澄んだ空気を吸いながら、勘の赴くままに足を動かす。

 

 ヨノワールがどこに行ったのかはわからない。けど、なぜかこっちに絶対にいる。そんな不思議な感覚に襲われていたボクは、迷うことなく一直線に足を向けていた。

 

 歩くこと数分。ほどなくして、ボクの耳に物音が入って来る。

 

「この音……」

 

 深夜で他の音がしない今、ボクの進む先から聞こえる音はいつも以上に強く聞こえてくる。ここまで来れば音の正体を突き止めることも可能だろう。

 

 路地を曲がり、1歩ずつ音の鳴る方へと足を進めていくと、ちょっとした公園のような広場が目に入る。あまり広くはなく、タイヤや土管といった、使わないものを積み重ねたり、加工することによって作られた遊具がたくさん置いてあるその場所は、子供がぶつかっても大丈夫なように、タイヤのゴムで養生されているものが多く、スパイクタウンの危ない雰囲気に相反して、とても子供思いな場所となっていた。

 

 あまり広いとは言えないこのスパイクタウンにとって、数少ない子供の遊び場であろうこの場所は、しかし深夜ということもあってか、楽しそうというよりも不気味さが勝ってしまいそうなほど、静かな空間となっている。

 

 そんな怪しく不気味な公園にたどり着いたボクは、さっきまで聞こえていた音がさらに大きくなって、静かな公園に響いていることに気づく。ここに音の主がいるような気がして、少し視線を左右に動かしているとほどなくしてその正体を見つけた。

 

 その正体は、積まれたタイヤに向かって技を繰り出して特訓をしているヨノワールだった。

 

「ヨノワ━━」

「しーっ、ですよ」

「っ!?」

 

 思いもよらないところで相棒の陰の努力を見つけてしまったため、思わず近づこうと動いたところを、横から声をかけられ、体を跳ねさせる。

 

「って、ネズさんでしたか……よかったぁ……」

「そんなに驚きますか……」

「むしろ驚かない人の方が珍しいですよ」

 

 こんな真っ暗な公園でいきなり声をかけられるのは素直にホラーだと思う。むしろ、いきなり大声をあげなかったボクを褒めてほしいくらいである。

 

 と、そんなびっくり体験はとりあえず今はよくて、陰で見守っているボクたちのことなんて気にせず特訓を続けるヨノワールを見つめながら、ネズさんと公園の端っこへ移動し、ベンチに座る。

 

「もうほぼ夏ですが、さすがにこの時間は冷えるでしょう。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 ベンチに座ったところでネズさんからもらったのは暖かいお茶。蓋を開けて一口含むと、体の奥からじんわりと温かいものが広がっていく感じがする。その感覚が気持ちよく、思わずほっと一息ついたところで、ネズさんもお茶を飲みながらぽつりぽつりと言葉をこぼす。

 

「あの子、かれこれ1時間はあの調子ですよ」

「1時間……」

 

 真面目なあの子の性格と、タイヤについている痕の様子を見れば、ヨノワールがどれだけ技を打ち込んでいたかはよく分かる。1時間というのも納得だ。ヨノワールの周りに転がっているボロボロのタイヤが、それだけ彼が撃ち込んだ何よりの証だ。

 

「って、すいません!タイヤ壊しちゃったら遊び場が……」

「いえ、大丈夫ですよ。遊具を壊されたのならちょっと問題かもしれませんが、幸い彼も理解しているのか、攻撃の的にしているものは全部廃棄する予定の物ばかりですので」

「ほっ……よかった……」

 

 これで弁償しろだなんて言われたら目も当てられない。ヨノワールがそのあたりの常識をしっかり持っていて本当に良かった。

 

 とりあえずまずいことにはなっていないことにひと安心したボクは、いまだに引っかかっていることに思考を回す。

 

「それにしても、なんで1人で特訓を……」

「あなたのためですよ」

「ボクの……ため……」

 

 悩んでいるボクにネズさんから掛けられたのはボクを思う言葉。それでもしっくり来ていないボクに、ネズさんは言葉を続ける。

 

「あなた、バトルの時少しだけ不調になりましたよね?」

「……」

「肯定と取りますよ」

 

 ボクとヨノワールの不調を一瞬で看破したネズさんに、思わず言葉を飲み込んでしまう。その姿を肯定と取ったネズさんは、さらに言葉を続ける。

 

「おれには正直、あなたたちがどんな壁にぶつかっているのかは見当もつきません。きっと大きな壁にぶつかっているのでしょう。しかし、これだけは言えることがあります」

「……何ですか?」

()()()()

「にげ……るな……?」

 

 ネズさんから急に放たれる厳しい言葉。しかし、やっぱりボクには心当たりがなくて、その意味に辿り着けない。

 

「君は、おそらくおれの知らない不調によって技を避けることが出来なかった。でなければ、タチフサグマの苦し紛れの『じごくづき』に掠ることはなかったはずだ。それと、最後の攻撃の打ち合いの時も、あのヨノワールの反応力なら避けられるはずです」

「凄いですね。全部バレちゃってる……」

「こういったことに気づくのは得意なので」

 

 さすがの観察力に舌を巻くしかない。ボクの体に降りかかっている現象を知っているわけでもないのに、ここまで正確なことを当てられると、何かやっているのではないかと疑いたくなるほどだ。

 

 もしかしたら、ネズさんなら何か、この現象のヒントをくれるかもしれない。

 

「おれとのバトルの時に不調が治せず、仕方なく別の作戦に切り替えたのは、その場しのぎとしては正解ですが、この先もこの戦法を貫くというのなら、赤点と言わざるを得ません」

「よく、理解しています」

「でしょうね……聡い君のことだ。そのことを理解しているはず。ですので多くは語りません。ただ……」

「ただ……?」

 

 一度呼吸を置き、ヨノワールを見つめるネズさんにつられ、ボクもヨノワールを見つめる。

 

「一度、その原因を見つめてはどうでしょうか」

「見つめる……」

 

 ネズさんに言われて初めて気づく自分の行動。確かにボクは、昔も今も、この視界のぶれを消すことばかり考えて、これがどうして起きるのか、どういったものなのかを調べるために向き合った記憶がない。

 

 ネズさんとのバトルでも、視界のぶれのせいで避けられないなら、視界に頼らなくてもいいようにと戦っていた。

 

 だからこその()()()()

 

「少なくとも、ヨノワールはその原因と向き合うつもりみたいですからね。あとは、主であるあなたが、その姿勢を見せなさい。そうすれば、答えは見えてくる……かもしれない」

「……向き合う」

 

 昔の荒れて無気力だったボクなら、『知ったようなことを言わないで!』とかいって突っぱねていただろうその言葉を、落ち着いた今なら驚くほどあっさりと受け入れることが出来た。

 

 視界のぶれと向き合う。その時、ボクはどんな答えに辿り着くのか。

 

(……ヨノワールと、もっと強くなれる。そんな答えに辿り着けたらいいな)

 

 今まで邪魔にしか思えなかったその現象を、もしかしたら違う見方で受け取れるかもしれない。未だに一人で頑張るヨノワールを見つめながら、ボクの心は、少しだけ前を見つめ始める。

 

 ドクンと、心の奥に、何か熱いものが灯るのを感じながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




仲間たち

初めて見たヨノワールにテンションマックスですね。
彼ら、彼女らにとってフリアさんの切り札は、出会った時からずっと内緒にされ、お預けにされていた一番のシークレットですからね。
これくらいはテンション上がるかと。

向き合う

ヨノワールの静かな特訓。
実はフリアさんが気づいていないだけで、ガラル地方に来てもちょくちょく一人で抜け出していたりします。
クールで無口で、けど影での努力を決しておざなりにしない、いい子です。
どこかで出会いの話も入れたいですね。

ネズ

物凄く観察力のすごい人になってしまった……。けど、これくらい凄い人でもいいのではと思ってしまう今日この頃。




そろそろモンハンの追加が来ますね。
来月はゼノブレ3がありますし、スプラもポケモンも、ベヨネッタも今年にある……
ゼルダが延期になって本当に良かった……

任天堂さん知ってますか?オープンワールドはそう何個も手を出せるジャンルじゃないんですよ……?

じ、時間が……足りません……
それでも……小説は書いていたい……


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113話

まずは謝罪を。
本来なら昨日が投稿予定日だったのですが、急用のため更新できませんでした。

Twitterや活動報告では前もって書いたのですが……小域あまり目につきやすいとは言えないので改めて、事後にはなりますが報告を。

繁忙期。というわけではないのですが、ほどほどに毎日が忙しいので、また突発で休む可能性がございます。

それでもできる限り維持はしようと試みるので、どうぞよしなにお願いします。


『やっぱり一番の対策ってのが特にないのがつらいよな』

『ネズさんの強さが、『あらゆる判断に対して瞬時に適切に判断できる冷静さ』っていうのが、隙の無さにつながっているもんね』

『それに加えてアニキは攻める時もその判断を間違えない。幸い、フリアの時みたいに、あたしたちの時はレベルも少し低いポケモンを使ってくれるから、ジムリーダーのアニキに勝つには、自分のポケモンの練度を上げるか、アニキにジムバッジをあげるに足ると判断されるほどの判断力を見せつけるかで十分だとは思うけど……』

『でもでもォ、いくらジムチャレンジ用に難易度を下げてくれているとはいってもォ、ネズ様の基準にってとっても高いっぽいしィ……』

『だなぁ……となるとやっぱりこのままレベル上げが1番の近道なのか……?』

 

 遠くから聞こえるネズさんに対する対策会議をBGMにしながら、ボクはみんなから少し離れたところに座っていた。

 

 ボクがネズさんに勝利してから1週間。あれからまだ再戦はしていないものの、ボクやエール団の皆と戦うことによって経験値を積み、来たるべき時に備えてとにかく特訓に励んでいるみんなは、ここ最近の日課となっているミーティングを熱心に行っていた。手持ちのポケモンたちのレベル上げは勿論のこと、ネズさんの多彩な手札に対して、いかに答えを出すかの討論はいつも白熱している。

 

 ネズさんの戦闘スタイルは、相手の動きを見てどの行動が正しのかをすぐに見極め、素早くその行動を執行するというものだけど、ネズさんの1番すごい所は、その正しい行動というのを複数個もっているという事。数学で言うならば、答えは一つだけど、解き方を複数用意している物とでも言えばいいのかな?そのため、Aの行動を起こし、Bの対処をネズさんがするというのがわかったから、Cのプランで逆に返そう、という考えで行くと、Aに対してBではなく、Dのプランで、と、プランのすり替えをされてしまう。

 

 ボクが一つの本命を決めるために何個も何個もブラフを用意する一点集中型だとしたら、ネズさんは相手に読ませない複数のルートを準備する型。

 

 ボクとの戦いで見せたスカタンクの戦い方と言い、タチフサグマのなみのりといい、ボクが言えた義理じゃないけど、奇想天外な戦い方がうりではあるものの、そのスタイルは地味にボクと違う。ボクのように、万が一対策されたら負けが決まってしまうのではなく、対策をされたら違うルートを選ぶというじゃんけん方式だから、例え手の内がばれても機転でどうにかなってしまう。それがネズさんのやばい所。

 

 ホップの言う通り、これと言って対策があるかと言われたらなく、しいて言えば、ネズさん以上の判断の速さを見せつけるか、じゃんけんに勝つ運や読みの強さ、もしくは策すらもねじ伏せる圧倒的なパワーが必要と言う、対策と言ってもいいのか怪しいものが必要となる。

 

 現にボクのヨノワ―ルが突破出来たのも、長く旅を続けたという経験からきた圧倒的なパワーからだからね。あのかげうちといわなだれによる追撃技とか、みたことあると言われたらちょっとお手上げだったと思う。

 

 まぁ、その場合はその場合で何かしらの対策を全力で考えていたと思うけど……

 

 とにかく、結論で言うならば、ガラルで2番目に強いというその高い壁を突破するのに、やっぱり一筋縄ではいかないという事だ。

 

(ホップたち以外の再挑戦者……いまだに姿を現さないしね)

 

 ホップたちもまだ再戦を申し込んでいないとはいえ、ずっとスパイクタウンにこもっているんだけど、あれからキルクスタウンを突破した人たちがここに来たのは見かけたものの、あの事件の時にここにいた人たちは未だに帰って来る兆しがない。今のホップたちのように、ワイルドエリアでレベリングをしているだけの可能性も当然あるにはあるけど、それにしては帰って来る人が0なのは些か不安を覚えるというもの。

 

(ネズさん、ちょっと難易度あげるって言ってたけど……本当にブーイングが無いか心配になるなぁ)

 

 これがきっかけでスパイクタウンの評判がさらに下がることがないように祈っておこう。けどするのは祈ることだけ。部外者であるボクにはどうもできないし、申し訳ないけどボクだって他人を気遣う余裕はそんなにない。

 

「ヨノワール」

「ノワ」

 

 座っているボクの目の前にいるのは、大切な相棒の大きな背中。何回も頼ってきたその背中はいつも通りの頼もしさを感じさせ、これから行う先の見えない特訓に対しても不安感を抱かせない。

 

「絶対に乗り越えようね」

「ノワッ」

「みんなも!これはヨノワールのためだけじゃないから、全力でぶつかってきて!!」

 

 そんなボクとヨノワールの目の前に並ぶのは、ヨノワール以外のボクの仲間たち。

 

 インテレオン、エルレイド、マホイップ、ブラッキー、モスノウ。

 

 ここまでのガラル地方を旅してきた頼もしい仲間たちは、実は前々から顔あわせそのものは済ませてはいたものの、こうやってじっくりと面と向かって並んだのは初めてだ。

 

 みんなボールの中からでも伝わってきていた圧倒的な気配にあてられ、それに合わせてのしかかってくる目を合わせた時のプレッシャーと、あらゆるものをおみとおしされているような視線に、思わず一瞬後ろに下がったりしてしまった子もいた。

 

 決してヨノワールがみんなに対してあまりいい感情を抱いていないというわけではない。

 

 これは、ヨノワールなりの一種の歓迎だ。

 

 これから行われるのは、ヨノワールの特訓だけじゃなく、インテレオンたちのためのぶつかり稽古でもある。さっきボクが『これはヨノワールのためだけじゃないから、全力でぶつかってきて』といったのはこれが理由だ。

 

 ヨノワールと戦っているときに起きる視界のぶれの対策は勿論最重要と言ってもいい課題だ。けど、それを理由に他のみんなをおざなりにしていいわけではない。むしろこれから先に進むのであれば、インテレオンたちの強化及び特訓もまた、ヨノワールの特訓と同じくらい需要な課題と言っても差し支えないだろう。

 

 理由なんて考えるまでもなく、この先ジムチャレンジと、その先のトーナメントを勝ち上がるということを考えた場合、当たり前だけどヨノワール一人だけで勝ち進めるほどこの大会は甘くなんていない。これまでのジムリーダーとの戦いで、このガラル地方のレベルの高さは嫌という程実感することが出来た。となれば、ジムチャレンジで勝ち残った人たちによって行われるトーナメントと、その先に待ち受けている、チャンピオンの座をかけた、ダンデさんとメジャーリーグのジムリーダーたちとの連戦を乗り越えるのに、6対6のフルバトルを乗り越えられるように、パーティ全体のレベルアップをするしかない。

 

 勿論今のインテレオンたちが全然育っていないだとか、練度が足りないだとか、そういう厳しいことを言っているわけではない。むしろ、このジムチャレンジの参加者の中ではかなり高い方なのでは?という自負が少なからずある。っていうか、自負を持てとユウリたちに怒られた。しかし、だからと言って現状に満足していいのかと言われたらノーだ。それは、ネズさんとのバトルではっきりとわかっただろう。

 

 相手の作戦に見事に振り回され、ここまでのジム戦で初めてリードを許してしまった。

 

 いや、今までの強敵相手にリードをずっととれていた時点で十分凄くはあるんだけど、それにしたってネズさんとのバトルはかなりしてやられた感があり、勝ったとはいえ、とてもじゃないけどこちらが有利な展開だったとはお世辞にも言えない。

 

 この悪い流れを作ってしまったのはボクの采配のせいなので、インテレオンたちに非はないんだけど、インテレオンたちはそれで納得しなかった。

 

 インテレオンたちからしてみれば、ボクが指示を間違えたりしても、自分たちがサポートできるほど強くなればいいんだという思いでいてくれているらしく、それなのにネズさんのポケモンに終始押されていたことが悔しかったみたいで……特に、だいばくはつによってすぐさま戦闘不能にされ、ろく戦うことが出来なかったモスノウと、本来なら自分が輝けるはずだったジム戦で活躍できなかったエルレイドの2体はより強く悔しいという気持ちにさいなまれていたようで、今この瞬間にもすぐに特訓したいという気持ちであふれかえっている。

 

 自分の課題を何とかしたいヨノワールと、とにかく戦闘の経験値を積んで強くなりたいインテレオンたち。

 

 お互いの利害が一致している今、ホップたちがここのジムを突破するまで待つという時間が出来上がったのなら、この時間を利用しない手はない。

 

「みんな!来い!!」

 

 ボクの言葉を合図に、前に飛び出してくるのはエルレイド。

 

 誰よりも先に走ってきた切り込み隊長は、両腕にリーフブレードを構えながら突撃してくる。

 

「ヨノワール!!『かわらわり』!!」

 

 緑色に光らせた刃を携えながら走って来るエルレイドに対して、ヨノワールは白く光る手刀を構える。

 

 両腕の刃を交互にぶつけながら快音を響かせるヨノワールとエルレイドは、意地でもひかないという強い意志を両者から感じる。最初の動きはほぼ互角。しかし、そうなってくると経験の差が少しずつ生まれ始める。

 

 徐々に押し始めるのはヨノワール。やはり細かい体さばき一つ一つで上を行く技術にエルレイドの経験不足が現れ、だんだん守りよりのリーフブレードの回数が多くなる。そのまま戦況はヨノワール有利へと傾く。しかし、妙な違和感が。

 

 ヨノワールの実力なら、エルレイドに対してすぐさま優位を取れたはずなのに、あえてこうやって少しずつ押し込んでいく。それはまるでエルレイドに師事しているみたいで。

 

(ヨノワール……エルレイドに体さばきを教えるためにわざと……)

 

 エルレイドもそのことに気づいたみたいで、すぐさまヨノワールの体さばきを真似ていき、少しずつその動きを洗練させていく。

 

 そこから2人の打ち合いはさらに激化していき、インテレオンたちが割り込めないほど、どんどんその速度を上げていく。決して長い時間ではないのに、この数回の打ち合いでスポンジのように技術を身に着けていくエルレイドの姿に思わず見とれてしまう。

 

「エルッ」

「ノワッ」

 

 その間に交わされる短い言葉のやり取り。何かを受け取ったエルレイドは小さく答え、その返事にヨノワールも満足したのか、一言呟き……

 

「ノワッ!!」

「ッ!?」

 

 

 エルレイドを本気で吹き飛ばす。

 

 

「ノワ―ッ!!」

 

 

 エルレイドが後ろに飛ばされた瞬間に放たれるヨノワールの雄たけび。それはまるで、エルレイドへの手加減はここまでだと言っているようで……

 

「ノワ……」

「「「「「っ!!」」」」」

 

 そのまま大きな手を突き出しながら、インテレオンたちに向けて煽るように動かすヨノワール。

 

 

 その言葉と行動の意味は、『全員まとめてかかってこい』。

 

 

 動きだけでその言葉を悟ったみんなが、一斉に気合を入れる。

 

 この特訓で、ヨノワールは本気を出す。それを理解した瞬間、一気に緊張感が高まったバトルフィールドにて、先手必勝とばかりにインテレオンがねらいうちを放つ。

 

「ノワッ!!」

「……わかった、『いわなだれ』!!」

 

 こちら見て叫ぶヨノワール。その言葉を聞いて、ボクも意識を切りかえる。

 

 ボクの指示を聞いて手をかざすヨノワール。その動きに合わせて上空から落ちてくる岩の雨が、真正面から飛んできた水の弾丸をせき止める。

 

 派手な音とともに出来上がった岩の壁。ヨノワールの正面を防ぐその大きな防壁を、今度は左右からエルレイドとブラッキーが回り込むように飛び出して、それぞれリーフブレードとイカサマを構えながら突っ込んで来る。

 

「『かわらわり』!!」

 

 それに対して真正面から受け止めるヨノワール。激しい音を奏でながらぶつかり合う3つの攻撃は、さきほどはエルレイドと1対1で均衡していたはずなのに、ヨノワールの両手の一振りでブラッキーとエルレイドの両者が吹き飛ぶ。

 

「ブラっ!?」

「エルっ!?」

「ブラッキー!エルレイド!気を抜いたらだめだよ!!ヨノワール!!『じしん』!!」

 

 ヨノワールの本気に驚いてしまい、動きが固まった2人に対して圧倒的な破壊力を伴ったじしんが襲い掛かる。

 

「マホッ!!」

 

 その攻撃に対してマホイップが自らを盾にするかのように飛び出し、同時にとけるを発動。防御力を一気に上げたマホイップが、ヨノワールから伝ってきたじしんを一身に受け止める。

 

「マホ……ッ!」

 

 とけるで防御を上げたはずなのに、それでも致命傷クラスのダメージを受けていたマホイップが、あまりの破壊力に驚きの顔を浮かべるものの、すぐさま反撃をするためにマジカルシャインを放ってくる。

 

「影に!!」

 

 対して、ボクの一言で影に潜るヨノワールが、そのままマジカルシャインを潜り抜けてマホイップの眼前へと迫っていく。一瞬で懐にもぐったヨノワールが、影から体を出しながらかわらわりを構え、まずはマホイップを落とそうと攻撃態勢に移行する

 

「レオッ!!」

「フィィッ!!」

 

 そこにヨノワールの動きを阻害するように放たれるふぶきとねらいうち。それもただの攻撃ではなく、ふぶきによって凍らされたねらいうちが氷の弾丸となってヨノワールに降り注ぐというコンビネーション技。

 

「やるねインテレオン!モスノウ!でも……『かげうち』!!」

 

 アドリブにしてはなかなか面白い技だけど、ヨノワールを攻撃するにはまだ甘い。

 

 その氷の弾丸を見たヨノワールが地面に手を突き、無数の影の手を召喚して、自身の周りで振り回すことによって弾き飛ばしていく。自身を守る影の触手は、しっかりと攻撃を防ぎきり、その中心に立つヨノワールは無傷のまま、インテレオンに抱えられて後ろに下がっていったマホイップを含めた全員をゆっくりと一瞥していく。

 

(……ヨノワール、容赦ないなぁ)

 

 ヨノワール対全員という明らかに大きなハンデを背負っているというのに、ボクの指示もありきとはいえ、むしろ圧倒している相棒の姿に、誇らしさと呆れがないまぜになった感情が渦巻いて行く。対するインテレオンたちは、ようやく肌で感じる実力の差に、一瞬だけ悔しそうな表情を見せるものの、すぐさま顔を引き締めて挑戦者の顔となる。

 

(いい表情だ)

 

 その真剣なまなざしに、思わず見とれそうになるのをぐっとこらえて、ボクはヨノワールに指示を出す。

 

 ここをきっかけにさらに激しくなる1体5のバトル。

 

 降りそそぐ岩と、荒れ狂う影の触手。それに対して飛んでいく水の弾と、氷の風、そしてようせいの光。ぶつかり合う全ての攻撃によって、小さな爆発が起きたと思ったら、その煙の中を駆け抜ける白と黒の影が煙から飛び出して、黒い大きな壁にとびかかる。とびかかられた黒い壁は、すぐさま地面に手を当てて触手を呼び出し、迎撃準備をする。緑の刃と黒の爪が、影の腕とぶつかり合い、また鳴り響きだす激しい戦闘音。

 

 お互い決して譲らないその戦闘を眺めながら、ボクもボク自身のやるべきことに集中していく。

 

(……まだ……まだ届いていない……)

 

 ヨノワールに指示を出しながらも、ボクの意識は自然と自分の両の目へと向かっていく。

 

 まだ、ネズさんの時に見られたあの現象には届かない。

 

 ヨノワールがインテレオンのねらいうちをかわらわりで弾き、エルレイドに向けて飛ばす。これをモスノウがふぶきで止めることによって防ぎ、返しにマホイップがドレインキッスを放って攻撃と回復を同時に行おうとし、さらにこの攻撃を簡単には止められないように、ブラッキーもあくのはどうを合わせて打つ。黒と七色の波動は、ヨノワールを正確に射貫かんと飛んでいき、しかしその攻撃も、ヨノワールが地面を殴った瞬間の衝撃で霧散していく。

 

 ほんの少し、体が揺れる。

 

(……もうちょっと)

 

 あくのはどう、およびマジカルシャインを消したのを確認したヨノワールは、技を打ったあとに硬直しているマホイップとブラッキーの間に滑り込み、同時に地面に手を当てて、影の触手を召喚。ブラッキーとマホイップが慌てて逃げようとするものの間に合わず、影の手が襲いかかろうとして、すんでのところでアクアブレイクを構えたインテレオンと、サイコカッターを構えたエルレイドが割り込み、影を切り裂いていく。その間にモスノウがぼうふうを発動。ヨノワール、エルレイド、インテレオンの3者を竜巻の中に閉じ込めて、マホイップとブラッキーが安全に下がれるように場を整える。

 

 気がつけばインテレオンとエルレイドによって影は全て切り裂かれており、竜巻の中にはインテレオンとエルレイドに挟まれるヨノワールの姿。

 

 かわらわり、サイコカッター、アクアブレイクを構えた3者が嵐のど真ん中でぶつかり合う。

 

 襲いかかる水と虹の刃を白い手刀でいなし、逸らし、受け止めていく。

 

 ブラッキーの時よりも火力は低い代わりに、手数が圧倒的に増えたことと、ヨノワールの動きを吸収したエルレイドとインテレオンによる高速コンビネーションに、さすがのヨノワールもなかなか攻めきることが出来ない。

 

 そんなぼうふうの檻の中で行われる激しい攻防。それを見つめるボクに、ようやく異変が訪れた。

 

(来たっ!!)

 

 傾く世界。揺らぐ視界。いつものボクなら、ここでこの視界のおかしいところを治すために頭を振ったり、目を閉じたり、とにかくこの現象を無くすことだけを考えていた。

 

 だけど、ネズさんに言われた『逃げるな』の一言が、いつもの動きを阻害する。

 

(逃げちゃダメだ。向き合うんだ。この視界のぶれと……っ!!)

 

 見つめる。

 

 ただひたすらに、揺れてぐらつく世界を見つめ続ける。もはや何を見ているのか理解出来ず、揺れる世界に思わず酔ってしまいそうになるのを、それでもグッと堪えて見つめ続ける。

 

 多分そんな長い時間見つめてはいなかったと思う。けど、集中しすぎてヨノワールたちの攻防も耳に入らなくなって、ただひたすらこのぶれを見つめ続けていたせいで時間の感覚はなかったから、正確な時間はわからない。

 

 5分か、はたまた10分か。

 

 壊れた体内時計では確認する術を持たず、果てしなく遠く感じる。それでもこの視界にだけ集中する。

 

 音も聞こえない。視界もぶれて見えない。けど、戦闘がどんどん激化していくのだけは感じ、その度に揺れが激しくなるこの視界に、先にこちらが酔って倒れそうになる。

 

(い、何時まで耐えれば……)

 

 腰を落として踏ん張り、込み上げてくる気持ち悪さをこらえる。けど、今まで以上にしっかりと向き合っているためか、もう少しで何かが見えてきそうな気がして。

 

『もう少し……!』

 

『ノワッ!!』

 

(え?)

 

 突如体の内側から小さく響くヨノワールの声。

 

 集中力が切れて他の声が聞こえ始めたわけじゃない。相変わらずこの視界のぶれに集中しているし、現在進行形で他の音は聞こえてこない。なのに、体の奥から響くヨノワールの声がずっと離れない。

 

(これは……?)

 

 おぼろに聞こえてくるヨノワールの声。それも時間が経てば経つほどはっきりと聞こえ始め、最後にはまるで自分の口から放たれているのではないかと言う程鮮明になり。

 

「「ッ!?」」

 

 バチンと、何かがつながったような音が響き、ボクの視界が一気にクリアになる。さっきまでぶれていて何がなんだかよくわからなかった視界が一気に開けたことにより、まるで暗い森の中から切り抜けたかのような眩しさに襲われ、思わず目を細めそうになる。

 

 それでも我慢し続け、光広がる視界が明けた瞬間、ボクの目の前に映ったのは……

 

「レオッ!」

「うわぁっ!?」

 

 アクアブレイクを構えたまま目の前に突っ込んできたインテレオンの姿だった。

 

 さっきまでぼうふうの檻の中にいたはずなのに、いきなり目の前に、それも自分に対して攻撃をしかけてそうな仲間の姿に思わずびっくりしてしまい、慌てて後ろに下がろうとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あ、あれ?」

 

 それはまるで自分が無意識のうちにガードの姿勢を取ったように感じて、改めて前を見る。しかし、その時にはもう眼の前にはインテレオンはおらず、さっきまで見ていた嵐の中にとらわれているヨノワールたちの姿。

 

「今のは……って、ッ痛ぅ!?」

 

 刹那の瞬間だけ目の前にいたインテレオン。嵐の中にいたはずの彼が、なんであの瞬間だけ目の前にいたのかわからず、頭がこんがらがってきたときにまた起きる不思議現象。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「こ、これは……本当にどうなってるの……?」

 

「レオッ!!」

「ノワ……」

 

 集中力が切れ、いつもの視界に戻ったところで、ボクが痛がっている姿を見かけて心配になったらしいみんながボクの下へかけてくる。

 

 特に回復技の使えるブラッキーが急いでボクの下へ駆けつけて、謎の痛みによって赤くはれた腕に、つきのひかりを行って治療をしてくれる。

 

「ありがと、ブラッキー。もう大丈夫だよ」

「ブラッ!!」

「マホ!!」

「フィィッ!!」

 

 つきのひかりによって大分痛みが引いたことを伝えると、ボクが無事と分かった瞬間に飛び付いてくる甘えん坊トリオ。インテレオン、エルレイド、ヨノワールも、飛び付いては来ないものの、ボクの姿を見て安心してくれたようだ。

 

 そこからは、ボクたちの様子がおかしいのに気づいたホップたちも合流してきて、練習どころではなくなってしまい、今日の特訓は自然とお開きとなった。

 

 今日の訓練を終え、ひとまず自由時間になったみんなは、また賑やかに話し出す。

 

(……本当に、ボクの体に何が起こっているんだろう?)

 

 ただ1人、自分の課題と向き合うことによって、新たな問題にぶつかってしまったボクを除いて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




特訓回

改めて、ようやくフルメンバーを心置きなく絡ませることが出来るようになったので、前話の視界のぶれも絡めた特訓回です。

視界のぶれ(?)

視界のぶれがさらにおかしなことになっていますね。
はてさてこれは一体ナンナノデショウカ?




正直、このお話は書き終わってすぐに出すか考えたのですが、ここまで2300更新をしてきたので、ここに合わせて法外のでは?という気持ちもあり、今回は次の日の2300に投稿させてもらいました。

急用で遅刻した時は、時間を統一するため次の日にするか、はたまたすぐに出すべきか……ちょっとした悩みものでした。

多分今後もこのスタイルになると思いますので、2300で更新されなかったら、急用でないんだなと察していただけたらと思います。


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114話

「う〜ん……」

 

 少し遠くから聞こえてくる、かわらわりとリーフブレードのぶつかる音。お互い武器を持っているわけでなく、腕から伸びている刃と、白く光る手刀をぶつけ合っているだけなのに、本物の刃と刃をぶつけあったかのような快音が鳴り響く。

 

 現在進行形で行われるエルレイドとヨノワールの模擬試合。

 

 ボクが指示を出している訳でもないのにかなりのハイレベルで行われるその戦いは傍から見ても見ごたえがあるのか、遠くからホップたちの視線を物凄く感じるけど、とりあえずそちらは気にしない方向にして、2人の戦いを横目に確認しながらこれまでの特訓を振り返ってみる。とはいっても、あのぶれる視界と腕の痛みを感じた時からそんなに日にちは経ってないんだけどね。

 

 ちなみにヨノワールとエルレイド以外のポケモンたちも、各々が各々の強化のために特訓をしている。

 

 具体的に言えば、防御が得意で攻撃面が得意ではないブラッキーとマホイップがお互いの技をぶつけ合って、自分の攻撃力を底上げするような特訓を行い、一方でインテレオンとモスノウは、タイヤで作った複数の的を用意し、どれだけ素早く打ち抜くことが出来るかという、素早さ面の強化にいそしんでいた。また、インテレオンとモスノウは、ときたま二人で連携技をしていたりする。ヨノワール戦で、ねらいうちをふぶきで凍らせて氷弾にしたのを気に入ったのか、それらを使った連携技を色々試していた。

 

 基本的にポケモンバトルはシングルバトルだから、連携技を作ったところであまり意味のないものかもしれないけど、次のジム戦のことを考えたら悪くはないから今は2人に任せよう。

 

 さて、では肝心のヨノワールとの違和感の検証について話を戻そう。

 

 あれからまだ数日しか経ってないけど、少しだけ分かったことがある。あの視界がぶれた時、なぜかわからないけど、そのまま視界のぶれを維持し続けると、どうやらボクとヨノワールが見えているものがリンクし、同時に自由に切り替えられるらしい。

 

 どういうことかというと、ボクがインテレオンを見て、ヨノワールがエルレイドを見た時、ボクの視界はインテレオンを見た映像とエルレイドを見た映像を自由に切り替えることが出来るということだ。

 

 そしてもうひとつわかったことが、どうやらこのモードになっていると、ヨノワールが受けた痛みがボクにも少し帰って来るみたいで、今ヨノワールとエルレイドがしているような殴り合い途中で視界を共有しようものなら、ボクの腕は一瞬にしてピリピリとしびれだしてしまう。

 

(原因もわからなければ、この状態のメリットもよくわからない……向き合ってみて、今まで見ることのできなかった視点からいろいろこの現象を見ることが出来るようになったけど……)

 

 分かったことは確かにあった。しかし、結果としてはただただ謎が深まるばかりというものに落ち着いてしまう。勿論結論を出すにはまだまだ早いし、本当ならもっと考察を伸ばしたかったんだけど……この視界共有(仮名)、実はかなり体力の消耗が激しい。それこそ一昨日はこの現象を本気で調べるために、かなりの時間ヨノワールと視界を共有していたんだけど、視界を共有している間はアドレナリンがあふれていたのか疲れに全く気付くことなく、そろそろ終わろうと視覚共有を切った瞬間に、体がうまく動かずに倒れてしまった。しかも、倒れたと同時に意識を失ってしまったらしく、ユウリたち曰く死んだように倒れたから本当に焦ったとのこと。幸い体に異常はなかったので大事に至ることはなかったんだけど、代わりにユウリにこの視界共有の時間を、ちゃんと力を使いこなせるまで制限されてしまった。

 

 最も、ボクもあの感覚を何回も味わいたいわけではないから、言われなくても守るつもりはあるんだけど……

 

(行き詰まり感は否めないよなぁ……)

 

 視覚共有。

 

 ボクがヨノワールの目となって、主観、客観、両方の視点をちゃんと処理することが出来れば立ち回りの幅はぐっと広がる。現状だとこれくらいにしかボクには有効活用方法が思いつかない。勿論強力ではあると思うんだけど、さすがにこれだけだとデメリットの方が大きすぎてあまり頼ろうとは思えない無用のものになりかけているという、体を張ってまで調べた割にはあまり成果がないものに現状落ち着いてしまっている。

 

(けど、これだけだとは思わないんだよね……だって、それだと痛覚まで共有している理由が……)

 

『お~い、フリア~!!相手になってくれ~!!』

 

「っ!?」

 

 遠くから聞こえてきたホップの声に体を震わせるボク。

 

 考え込んでいて周りが見えていないときにいきなり大声をかけられたものだから、びっくりしてしまって思わずこけそうになるのを何とか耐える。深呼吸を一回して心を落ち着けながらゆっくりと振り返ってみれば、視線の先にはこっちに向けて大きく手を振っているホップと、その隣で難しい顔を浮かべているマリィの姿。ユウリとクララさんは既にちょっと離れたところでバトルをしていたのでこちらには視線を向けていない状態だ。

 

(そっか。明日、だっけ?)

 

 ここまでずっと対ネズさんに向けて練習を続けてきた4人だけど、いよいよ明日ネズさんへと再挑戦を挑むらしい。実際、ここ一週間強でみんなレベルアップをしっかりしているし、ネズさんの手札の多さは、ネズさんへ挑戦する人のバトルを観察して一つずつ吸収をし、スタイルは違うと言え同じようにトリッキーな戦い方をするボクと模擬試合をすることで奇襲については耐性をつけていった。精神面の方でもしっかり成長しており、ジムミッションで失敗こそあれ、まだジムリーダーに対して負けたことの無い人も、初めての敗北ということで何かしら思うところが出てくるか不安だったけど、特にそんなこともなかったのでとりあえず安心といったところだ。

 

 ホップも一時期のスランプが再発することなく頑張れているしね。

 

(みんなもちゃんと立派に成長してる)

 

 最近自分の特訓ばかりに思考が固まっていたので、改めてみんなの姿を確認するとなかなかどうして強くなっている。

 

(そうだね、ここ最近ずっと自分のことばっかり見てて余裕があまりなかったから、ちょっと休む期間をとってもいいかも)

 

 ちょうどこの現象についての考察も詰まっていたし、気分転換と割り切ってみんなの方に耳を傾けてもいいかもしれない。

 

「はいはい、今から行くからちょっと待ってて~。みんな!特訓中止、集まってきて~」

 

 ボクの言葉に反応して、動きを止めてこちらに寄って来るヨノワールたち。みんなまだまだ動き足りないのか、ちょっとだけ不満そうな表情を浮かべているものの、これからホップたちとバトルをする旨を伝えると、それはそれで嬉しいのか、みんな揃って気合の入った声を上げていく。特にエルレイド、インテレオンは顕著で、どこかヨノワールのことをライバル視しているところも見受けられるので、少しでもヨノワールに追いつくために頑張ろうという意思が見て取れた。

 

(うん、やっぱり少しは他のみんなにも目線を向けなきゃだね)

 

 ここ数日視界共有の現象にばかり目を向けてしまっていたから、ヨノワールだけじゃなくて、全体のレベルアップが必要と言っておきながらあまりみんなのことを見てあげられなかったから、これを機にみんなのことも改めて見てみよう。

 

 一つ伸びをして、思考ばかりして凝り固まった体をぐっとほぐす。背中や肩からなるパキパキという音に心地よさを感じながら、ホップの下へと走り出す。

 

 まだまだ課題もわからないことも多い。けど、ちょっとした休憩は必要だ。そう考えると、不思議と肩が軽くなる。

 

 それから行われたホップとの模擬試合は、久しぶりに何も考えずに戦ったためか、物凄く身軽に楽しく戦うことができ、なんだかいつもよりもパフォーマンスがよかった気がした。

 

 ……代わりにホップを想像以上に圧倒してしまったせいで、これまたちょっと怒られちゃうのはまた別のお話……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エースバーン!『ブレイズキック』!!」

「タチフサグマ!『じごくづき』!!」

 

 ぶつかり合う足と突きの攻防は、前に見た時よりも圧倒的に素早いものとなっており、ネズさんの指示に従って、逸らしやフェイント、攻撃の強弱によるテンポの変化を混ぜ込んだ動きを行うタチフサグマに対しても全く惑わされることなくエースバーンが食らいつく。

 

 右足の蹴り上げを左手でそらされ、隙が出来たところを右ストレートで突いてくるタチフサグマに対して、今度は左足を蹴り上げて逸らし、その勢いを利用してちょっと空中に浮く。体が浮いたのを確認したところで空中にいるまま高速で前転をし、ブレイズキックのかかと落としを決めようとする。当然こんな大技を貰うわけにはいかないタチフサグマは、ブロッキングは間に合わないにしろ、直撃を避けるために、じごくづきを構えたまま腕をクロスに構え、ちょっとでも貰うダメージを減らそうと努力を始める。だけど、その行動は決して妥協があるわけではなく、ブロッキングの代わりに急遽構えた行動にしては腰もしっかりと落とされており、腕にもしっかりと力が込められているので、元々攻撃を受けることが得意なこともあって、そんじょそこららの攻撃では突破できないほどの堅牢な守りを築き上げる。

 

 普通のトレーナーならあっという間に攻撃を受け止められ、見事なカウンターを貰っていただろう。けど、今のユウリはただのトレーナーとは言えないくらいには、ユウリ自身も、そしてユウリのポケモンたちも成長している。

 

「エースバーン!!地面!!」

「バースッ!!」

 

 ユウリの指示を聞いた瞬間、待ってましたと言わんばかりにかかと落としを振り下ろすエースバーン。鋭く、全てを砕く勢いで落とされたその技は、タチフサグマを狙うことなく地面に突き刺さる。と、同時に、かなりの勢いで叩きつけられたことを証明するかのように、地面にものすごい勢いでひびが走り出す。さらにそこへブレイズキックの熱が入り込むことによって、罅から炎が噴き出し、火炎放射とまではいかないものの、タチフサグマを含めたエースバーンの周りすべてを燃やしていく。

 

「グマァッ!?」

「……」

 

 いきなり襲い掛かる予想だにしない攻撃に不意を打たれたタチフサグマの態勢が少し崩れる。

 

 明確に見つけたタチフサグマの隙。ここを逃せば勝機はない。そのことを理解しているエースバーンがすぐさまタチフサグマの懐に踏みこみ、にどげりを叩き込んで空中へ打ち上げる。

 

「『かえんボール』!!」

「バーッス!!」

 

 空中に浮き上がり、無防備になったところに突き刺さる炎の塊。エーズバーンから放たれた銃弾のようなその攻撃はタチフサグマに当たると同時に、辺り全体を赤く照らすだいばくはつを巻き起こす。

 

 巻きあがる爆炎と土煙のせいで数秒程覆われたバトルコートは、すぐさま風が流れることによって視界が明ける。

 

 煙が晴れ、バトルコートの様子がわかるようになった時、その中心にいたのは……

 

「バースッ!!」

「グ、マァ……」

 

 勝鬨を上げるエースバーンと、地に伏し、目を回すタチフサグマの姿。

 

 

『タチフサグマ戦闘不能!!勝者、エースバーン!!よってこの戦い、ユウリ選手の勝利!!』

 

 

「か……勝ったよ~!!エースバーン!!」

「バスバース!!」

 

 場が確認できたと同時に審判から上がるユウリの勝利をアナウンスする言葉。その言葉によって自分の勝利を実感したユウリが、エースバーンと抱き合ってぴょんぴょんと跳ねだす。

 

「やった!ユウリが勝ったぞ!!」

「さっすがユウリン!うちたちの中で一番多彩な動きが好きなだけあるゥ!!」

「ほんと、どこの誰に似たんだか……でも、うん。勝ててよかったと」

「だね。本当に良かった」

 

 体全体で喜びを表すユウリをフェンスの外から見守るボクたちも、言葉や態度は落ち着ているものの、心の中では今すぐにでも飛び回ってしまいそうなほど嬉しいという感情が渦巻いている。ネズさんという大きな関門を突破するためにどれだけ頑張ってきたかを身近でたくさん見てきたからこそ、感情移入も大きくなる気持ちもわかってほしい。それに、ボクたちがこんなにも大きく喜ぶには他の理由もあって……

 

「ユウリも無事に勝ったことだし、これで晴れて全員スパイクジム突破だな!!」

「まぁ?うちたちが本気で頑張ればこれくらい当たり前的なァ?」

「一番苦戦してたクララが言うと、ちょっと威厳に欠ける気がすると……」

「まぁまぁ、今はみんなが無事に勝てたことを素直に喜ぼう?」

 

 それはホップの言う通り、今日再戦したみんなが無事ネズさんに相手に勝利を収めることが出来たというもの。

 

 勿論みんな勝つ気で挑んでいるため、負けるつもりなんて一切ないものの、だからと言って100%勝てるかと聞かれたらみんな首をかしげていただろう。それほどまでにネズさんというトレーナーはとても強い人だ。そんな人相手に、ジム用に手加減をされているとはいえ、誰一人失敗することなくリベンジが成功したというのは、心から喜ぶに値するものだ。

 

(これは今夜は大騒ぎで眠れなさそうだなぁ……)

 

 ジム戦を突破した時はいつも軽い祝勝会を行っている。いつの間にか恒例となったそれは、たまに近所迷惑なのではないかと思ってしまう程みんな揃って大騒ぎをしてしまう。

 

(尤も、それを楽しみにしている自分がいるのも確かなんだけどね)

 

 ネズさんに勝ったことによって、あくバッジを受け取ってリングケースにはめ込み、握手を終えたユウリがこちらを向いて嬉しそうに手を振ってきたので、こちらもおめでとうと言う意味を込めて振り返す。

 

 これでみんな7つ目を無事突破。

 

 残すは8つ目、ナックルジムを残すだけだ。

 

(そう考えると、遠くまで来たなぁ……)

 

 改めて自分たちの歩いてきた道を振り返ると、それはとても短いようで長くて、けどやっぱり短くて……

 

 まどろみの森で出会ったボクたちが、こんな関係になってここまで来るなんて誰が予想していただろうか。

 

(って、感傷的になるのはまだ早いよね)

 

 あと残すのは最後のジムだけとはいえ、最後のジムにて待ち受けるのはガラル最強のジムリーダーであるキバナさんだ。こんなにも苦戦したネズさんよりも順位の上であるキバナさん。順当に考えれば、ネズさんよりも苦戦するであろうその相手が最後の壁として立ちふさがっている以上、今感じることのできる安心感は一時的なモノに過ぎない。本当に先のことを考えるのならば、みんなが無事突破出来た今、またあの視覚共有について考察をした方がいいんだろうけど……

 

(やっぱり、この瞬間はみんなとまったりしたいよね)

 

 こちらに走り寄って来るユウリをみんなで迎えいれながらそんなことを思うボク。

 

 勝ったことに対して喜びながら抱き合うみんなと、その輪の中に無理やり引っ張りこまれるボク。そしてそれを少し離れていたところから見守るネズさん。

 

 寂れたと言われている町の中心で、ボクらの嬉しそうな声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スパイクタウンはアーケード街のようになっている町であり、基本的に町のすべてが屋根に覆われている。そのため、現在の時刻を空の明るさで確認することがちょっと難しく、そのためか他の町に比べると時計がかけられている場所が気持ち多いような気がする。

 

 そんないつもよりも若干多く見る時計の針が示すのは午前1時。またもや深夜にちょっと抜けだして外に出ていたボクは、しかしヨノワールについてきてここに来たわけではなく、純粋にボクが来たいところに来ただけだ。

 

 さすがのヨノワールたちも今日のお祝いムードを前にして特訓する気にはなれなかったみたいで、ボールの中でゆっくりとしていることだろう。ユウリたちも一通りはしゃいで満足したのか、はたまた大きな山場を乗り越えた事による安心感と疲れからか、今は泥のように眠りこんでいるため、ちょっとやそっと声をかけたぐらいでは起きることはないだろう。まあ、起こす気もないけどね。

 

 さて、ではみんなに内緒で外に抜け出したボクが一体どこにいるかというと……

 

「スパイクタウンでもこんな景色が見れるところがあったんだね……穴場スポットって感じがして凄くいいかも……」

 

 あの日訪れた公園からさらに先に道を進んだところにある、廃棄する冷蔵庫やソファと言った、粗大ごみが多く積まれたゴミ捨て場。その高く積まれた粗大ごみの一番上に座るボクは、その上だけなぜか穴が開いている屋根の奥に広がる、満天の星空を眺めながら一息ついていた。

 

 スパイクタウンの大通りではネオン街灯の光が強すぎるため、たとえこの町がアーケード街ではなかったとしても星を確認することが出来なかっただろうけど、ここはゴミ捨て場というだけあって灯がほとんどなく、ネオン街灯も背の高い建物にさえぎられているため外に漏れることがない。なので、星の光がネオン街灯に消されることなく綺麗に観察することが出来た。

 

「意外といい場所ですよね。おれも気に入ってますよ」

「……もう驚きませんからね」

 

 1人でのんびり天体観測としゃれこんでいると思っていたらいつの間にか隣にいるネズさん。ここ一週間ほどで、こういったいつの間にか隣にいるということを何度も体験しているため、もはや慣れてしまったこの状況にそれでもため息を一つこぼすボク。勿論嫌なわけではないんだけど、この神出鬼没っぷりは本当によくわからない。あくタイプ使いよりもゴーストタイプ使いと言われた方が納得するレベルだ。

 

「それで、今日はどういった用件で?」

「特に何もありませんよ。しいて言えば、進捗はどうですかと言ったところですかね」

「ぼちぼち……でもないですね。わからないことが多すぎて、正直まだ答えもゴールも見えません」

 

 話の内容は言わずもがなあの視界共有の現象について。

 

 あの日からもずっと親身になって相談に乗ってくれているネズさんにだけは、どういったことが起こっているのだとか、自分なりの考察だとかをしっかりと話し、ネズさんなりの考えも教えてもらうことでいろいろ試行錯誤をさせてもらった。おかげで改めて自分を振り返ることもできたし、前のようにこの現象に振り回されることも少なくなってきたと思う。その点に関しては物凄く感謝をしている。

 

 ……だからこそ、いまだに答えが出せていないのがちょっともどかしくて、同時に申し訳ないという気持ちに襲われる。

 

 きっかけは偶然だし、マリィと仲が良いとは言え初対面かつ他地方出身のよそ者に対してここまで親身に相談に乗ってくれたことに対して、さっきも言った通り大きな感謝の念を抱いている。そのこともあってか、是非ともネズさんには自分の答えを早く出して見せてあげたい。そんなちょっと焦ってしまう気持ちを抱えていた。

 

「大丈夫ですよ」

 

 そんなボクの心情を理解しての行動なのか、ボクの頭に手を置き、軽くぽんぽんとしてくるネズさん。その行動を受けたボクは、安心感と同時に、ちょっと意外だなと思った。

 

 マリィの兄ということと、普段の言動から面倒見のいいちょっと過保護なお兄さんなんだろうなとは思ったものの、こんな体に触れるようなコミュニケーションをとるような人ではないと思っていたからだ。もしかしたら案外そういう人なのかもと認識を改めようと思いながらネズさんの方を見ると、ネズさん自身も少しだけ苦笑いを浮かべており。

 

「あまりこういうのはしないんですがね。まぁ……ちょっとしたエールというやつですよ」

 

(ボクに兄がいたらこんな感じだったのかな?)

 

 頭にかかる暖かさにちょっと心地よさを感じる。一人っ子のボクにはうらやましい暖かさだ。

 

「ありがとうございます。自分のペースで答えを出して、でも、いつかちゃんと答えを出して、ネズさんに答えを言います!そして、そのままジムチャレンジもその先も勝ち進みます!!」

「ええ、頑張ってください。最も、1位はマリィの物ですが」

 

 ネズさんの言葉に、それはそうだと思いながら再び空を見上げる。

 

 明日はスパイクタウンを発ってナックルシティを目指すことになる。

 

 暫くこの町の景色も見納めとなるだろう。答えを出して、もしかしたらあるかもしれないまたここを訪れるその時を想像しながら、ボクはネズさんと見たこの星空を記憶に刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




視覚共有

まだまだ使いこなせない様子。
この状態だとデメリットが大きいですね。

スパイクジム突破

晴れて全員突破。
ユウリさんの戦い方が、頭を使うと言いながら若干脳筋っぽい気がするのですが、気のせいですよね。

ネズ

こんな兄がいたら楽しそうだなぁと思いました。




ジムもいよいよあと一つ。
お話も大分佳境……何ですかねぇ……?


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115話

 スパイクタウンはアーケード街だ。

 

 町全体を屋根で覆われたここは、前も言ったように外の明るさで時間を感じるのが難しい場所となっている。太陽の光を大きく制限してくるこの屋根は、ほんの少しだけボクたちの時間感覚を狂わせてくる。しかし、だからといって季節感まで狂わせてくる訳では無い。

 

 このスパイクタウンに滞在した間にも当たり前だけど日にちは着実に進んでおり、いよいよ夏本番に足を踏み入れ始めたこの季節。太陽光こそ防いでいるため、日光による直接的な熱は防いでくれているけど、屋内にこもるあの独特な熱気は物凄く感じてしまうこの町は、換気のためにひこうタイプのポケモンや、扇風機、換気扇などの力を借りてはいるものの、スパイクタウンが細長い構造だという事と、一番奥がライブ会場になって締め切られているせいで風通しが悪く、なかなか町内の熱が取れない。

 

 勿論ボクたちが通ってきたような裏道は何個かあるため、全く換気ができないというわけではないんだけど、それだけで熱が全部とれるほどこのスパイクタウンの中を包んでいる暑さは軽いものではなかった。夏に入ったばかりでまだ暑さ対策が甘い所も要因の一つだろう。

 

 快適な温度に設定されているポケモンセンターの中から、スパイクタウンの町に出た瞬間にボクたちを襲ってきたこの熱気に思わず顔をしかめてしまうボクたち。

 

 昨日はれて全員で7つ目のバッジを手に入れて、いよいよ最後のバッジを手に入れるべく、ナックルシティに戻ろうというせっかくの旅立ちが、こんな少し煩わしさを感じるものでいいのかという不満がみんなから少し感じられた。しかしそれもスパイクタウンのシャッターを通り抜けるまでの話で……

 

「おお~、スパイクタウンが熱かったからもしかしたらと思ったけど……」

「うん、見事な快晴だね」

 

 スパイクタウンと9番道路の境目となっているシャッターを潜り抜けた瞬間、暗い所から明るい所に出た時のまぶしさに一瞬目を細めてしまうものの、すぐに慣れたため、ほどなくして目を開ける。屋根がなくなり、久しぶりに見上げる空は、初めてここを訪れた時とは打って変わって雲一つない晴天となっていた。

 

「珍しいですね……このあたりは曇り以外の天候になることはほとんどないのですが……」

「うん、あたしもここが晴れているところ、ほとんど見たことなか」

 

 ここで生まれ、ここで育ったマリィとネズさんがこういうのだからおそらく本当のことなのだろう。それが、ボクたちが次の町へ行くときにこうやって珍しく、そして心地いい天気に変わるとなると、まるでボクたちの旅立ちを後押ししているように感じた。少し怠い熱気を感じていたスパイクタウンから外に出た瞬間に感じた風の流れも相まって、温度こそあまり変わらないものの、こもった不満のある熱気ではなく、カラっとしたさわやかな暑さに変わったことで、さっきまで感じていた不快感が消え去っていく。

 

「キルクスタウンを旅立つ時もそうだったけどォ、フリアっちってもしかして晴れ男だったりィ?」

「そうかなぁ?……そうかも」

 

 クララさんに言われて改めて思い返してみると、確かにボクの旅立ちや、町から町への移動で悪天候になった試しがあんまりない。深く考えてこなかったけど、もしかしたらクララさんの言う通り晴れ男とまではいわなくても、何かしらに背中を押してもらっているのかもしれない。

 

「たとえそうでなくともそう考えておきなさい。せっかくの道が暗くなってはもったいないですからね」

 

 相変わらず猫背で後ろに控えているネズさんの言葉に皆が振り向く。そのさらに後ろにはエール団も控えており、マリィは勿論のこと、この数日間で仲良くなったクララさんたちのお見送りをしに来た人もいる。というか、その人たちは元々あったマリィのタオルのクララさんバージョンとか、ホップバージョンを作って掲げており、もはやエール団がマリィだけではなく、他の人の応援も兼ねてしまっている。

 

「いよいよ最後のジムですね。手合わせしたおれだから言いますよ……シュートシティに来るのを、楽しみにしてます」

 

 ネズさんの言葉、それは実質8つ目のジムリーダー、キバナさんに勝つことを確信してくれている言葉。

 

 ボクたちにとって、これ以上にない激励の言葉だ。

 

「「「「「はい!!」」」」」

 

 そんな言葉を貰って気合が入らないわけがない。口をそろえて返事を返したボクたちは、今度こそ前を向いて歩いて行く。

 

 目指すはキバナさんが待つナックルシティ。

 

 キルクスタウンへ行くときに通った7番道路へと戻ることが出来る、ルートナイントンネルへと足を運ぶボクたち。

 

 背中から聞こえてくるエール団の声がとても安心感を与えてくれる中、ボクたちは最後の関門に向かって駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ってきたね。ナックルシティ」

「うおお!なんかわかんないけど、前見た時よりも熱気がある感じがするな!!」

「今からテンション上げてどうすると……って、いつものあたしなら間違いなくそう言うんだけど……」

「今回ばかりはホップの言う通りかも」

「それ以上に、なんかうちたち注目れてないィ?」

 

 スパイクタウンからひたすら真っ直ぐ西に進み、長い長いルートナイントンネルをひたすら駆け抜けたボクたちは、久しぶりに到着した7番道路を何事もなく通り過ぎ、3度目のナックルシティを訪れた。

 

 3回訪れたとは言っても、訪れる度にボクとユウリ以外のメンバーがコロコロ変わっているところに冒険らしさを感じ、少しだけ笑みを零しながら踏み入れたナックルシティは、ホップの言う通りどこか賑わっているように感じた。

 

 どうも7つ目のバッジを手に入れ、キバナさんに挑む可能性のある人がさらに増えたという情報が出回っていたみたいで、賑わっている人たちの視線がボクたちに吸われているのを凄く感じる。耳を済ました時に聞こえるボクたちを噂する内容がその事実を後押ししているようで、もはやコソコソ話の域を超えているほど大きくなっているその声は、ボクだけでなく、周りにいるユウリたちにも届いていることだろう。正直噂の回る速度が早すぎて、ついつい言葉がこぼれてしまう。

 

「もう噂されてるんだ……」

「生放送されていないとはいえ、バッジをあげたって報告はするはずやけんね。特に、フリアは突破が早かったから、アニキがリーグに連絡して今日まで時間があったし、そのうえでなかなかここに姿を現さないってなると、噂の標的になるのは当たり前ってとこ」

「なるほどね……」

 

 マリィに言われて物凄く納得する。

 

 確かに、誰にバッジをあげたかの情報はちゃんと共有してないと、無いとは思うけど偽装されたジムバッジを持って進んでくる可能性もあるもんね。その辺の対策も兼ねて、突破した人の名簿みたいなものがリーグに保管されているとみていいのだろう。そして、そこから情報を辿れば、ボクがネズさんに勝っているということは簡単にバレるわけだし、そもそもジムチャレンジに関する特集を組んでいる番組に、リーグ側から情報を開示されている可能性もある。更に、ボクが普段ユウリたちと一緒に行動しているという前情報がそこに加われば、ボクがここに来た=ユウリたちもネズさんを突破したという式が簡単に予想できる。

 

 そう考えれば、ボクたちがここに来た瞬間に、ここの住人たちの熱気が上がったのも頷ける。

 

 ここまで生き残るトレーナーというのは本当に珍しいのだろう。どこを見てもお祭りムードがさめておらず、ここまで生き残った選手を応援するファンの姿であふれかえっている。中にはスパイクタウンからあらかじめここまで来ていたのか、見送ってくれた人たちとはまた別のエール団の人たちが、タオルを振り回しながら応援してくれている。

 

『うおおおお!お嬢~~~~!!』

『クララ姐さああぁぁぁん!!』

『おいみろよ!!フリア選手だ!!』

『なんだなんだ、なんの騒ぎだ?』

『ユウリ選手!ホップ選手もいる!!』

『わぁ!たまたま会えるなんてラッキー!!』

 

「な、なになに?どんどん人が増えてきているんだけど……」

 

 ただでさえいつもよりも賑わって見えるナックルシティの様子が、ボクたちの方へ人が寄ってくることによってさらに騒がしくなってくる。ボクたちを中心に円形に一定距離を開けてどんどん集まって来る人の数は、ナックルシティの東側に駅があることによって余計に集まりやすくなっているらしく、その数をどんどんと増やしており、あまりに集まって来る人数が多すぎて若干引き気味になるボク。けど、そんな反応をしているのはボクだけで、むしろホップたちは嬉しそうに手を振り返している始末。こういうのに一番苦手意識を持っていそうなユウリやマリィまでしっかりと対応しているあたり、今この場においてはおかしいのはボクの方らしい。

 

「ああ、フリアは別地方から来た人だから知らないよな」

「ずっと一緒にいるからそのこと忘れちゃってた……」

「ジムバッジを7つ集めるなんて本当に少ないから、毎年アニキのジムを突破した人はここで歓迎されるっていうのが恒例化してると」

「テレビで見たりラジオで聞いてたあの夢の場面……!マジあがるゥ!!」

「な、なるほど……」

 

 確かに、カブさんのジムの時点で推薦された選りすぐりのチャレンジャーの半分がふるいにかけられるというとても過酷なチャレンジだ。そのチャレンジをここまで生き残っているとなれば、期待が大きくなるのも当然と言えば当然。

 

(……それにしても人が多すぎる気がするけど)

 

 とはいえ、駅が近いということを加味してもさすがに集まりすぎだ。その人数の多さは、この町に住んでいる人よりも多いのではないかと錯覚させるほどで……

 

 

『『『『『『きゃああああああ!!!』』』』』』

 

 

 みんなが手を振っている中、いまだにこの空気感に慣れないでいると、突如響き渡る黄色い悲鳴。その悲鳴があまりにも大きく、最初は何か事件が起きたのかと勘違いしてしまいそうになるほどで、けど、その誤解もすぐに解かれることとなる。

 

「よぉ!ようやっと来たな!!」

 

 悲鳴が聞こえた方の人混みが海が割れたかのように左右にざっと割れていく。そして、人が10人くらい横並びしても歩けそうなほどの幅に開かれた人垣から歩いてくる影が一つ。

 

 初めてここに来た時にも聞いたその声は、あの時とは違って程よい緊張感をはらんでいた。

 

 ボクたちを見つけて声をかけたその人は、褐色の肌にスレンダーな体系をしており、緑がかった青い瞳をした垂れ目と、耳についたゴールドのピアスがチャームポイントのジムリーダー。オレンジ色のバンダナをぎゅっと頭に巻きつけ、彼の専門とするドラゴンタイプを彷彿とさせるような八重歯を光らせながらこちらに近づいてくるその人物は、ボクたちが来るのを本当に楽しみにしていたみたいで、嬉しそうな、それでいて物凄く獰猛な笑顔を浮かべながらゆったりと歩いてきた。

 

「ネズのやつからバッジを手に入れたって聞いてからどれだけ待ったと思ってるんだよ。てっきり逃げたかと思ったぜ」

 

 ナックルスタジアムジムリーダー。そして、ガラル最強のジムリーダー。ボクたちのジムチャレンジの最後の関門を担うキバナさん。

 

 ジムリーダーの中でも屈指の実力と人気を備える彼が、自分で言うのもあれだけど、ジムチャレンジを猛進している期待のチャレンジャーと一緒にいるとなると、周りのボルテージもどんどん上がっていく。もはや一種のパニック状態と勘違いしそうなほど盛り上がる周りと相反して、渦中にいるボクたちは不思議と落ち着いた心持で対面していた。

 

「すいませんキバナさん。でも、やっぱりボクはみんなと進みたかったので」

「知ってる知ってる。さっきはああ言ったが全部冗談だ。むしろ、お前が来るときは、戦いがいのある仲間も一緒に来ると思えばおつりがくるくらいだぜ」

 

 キバナさんと言えばの馴染みロトムフォンを周りに飛ばし、パシャパシャとこの様子を写真を取らせながら会話を続けていく。後でSNSにでもあげるのかな?

 

「キバナさん!!フリアに期待するのはわかるけど、俺たちだってここまで頑張ってきたんだ!ちゃんとこっちも見てもらうぞ!!」

「私も、全力で挑ませてもらいます!!」

「スパイクタウンのため……勝たせてもらいます!」

「はぁ……キバナ様ァ……かっこいいィ……」

「んなこと言われなくてもちゃんと見てるさ。ただでさえお前たち全員、ガラルでもかなり有名なやつらの身内だったり推薦者だったりしてるんだ。それ相応に期待しているんだ。あんまりがっかりさせるなよ?」

「「「勿論です!!」」」

「はぁ……素敵ィ……」

 

 もはやトリップして帰ってこないクララさんは置いておいて、こんな大勢の人がいる場所で堂々と行われるジムリーダー自らの挑発に、周りのオーディエンスの声だけでなく、いつの間にか集まってきていたらしい記者の人たちのカメラフラッシュの音まで加わる。

 

 物凄い盛り上がりに、いつしか宝物庫を案内するときにキバナさんが言っていた、『表で待っていたらファンの反応が━━』という感じのくだりを思い出し、確かにここまでとは言わないものの、黄色い悲鳴を毎回あげられては、嬉しくはあるけど、プライべートで誰かと待ち合わせなんてとてもじゃないけどできなさそうだと思った。

 これはボクがキバナさんの立場になっても宝物庫の中で待つことになりそうだね。

 

 そして気になることがもう一つ。

 

(マクワさんもこんな風に歓迎されたのかな……)

 

 見た目的にも人気を惹きそうだし、マクワさん本人がファンに対してはサービス精神旺盛な人らしいから、今回とどっこいどっこいくらいの盛り上がりを見せていそうだなぁと予想してみる。

 

「だが……やっぱり、ようやくお前と戦えると思うと湧き上がってくるものがあるよな!!」

 

 マクワさんのことやキバナさんのことを考えていると、ユウリたちとの会話にひと段落つけたキバナさんがこちらに話を振って来る。それに合わせて、視線をいろんなところに向けてこの状況を少し確認していたボクも目線をキバナさんに向ける。

 

「ずっとずっと待ってたんだ。本当ならジムミッションすらもすっ飛ばして今ここで戦いたいんだが……やっぱり大衆の前で戦わないと意味がねぇしな」

「待っていてください。すぐにそこまで行くんで!」

「言ったな?ああは言ったけど、オレ様がみっちり鍛えたジムトレーナーだ。手強いぜ?」

「望むところです!」

 

 まだまだジムで受付すらしていないのに、キバナさんとの言葉の応酬で、既に心は戦闘モードだ。

 

「期待して待っているぜ。そんでもって……お前の切り札、オレ様が暴いてやる!!」

 

 ざわめく周りの人たち。瞬くカメラフラッシュ。

 

 ボクの切り札自体はネズさんとの戦いや、ビートとの戦いで解禁しているため、厳密には初お披露目というわけではない。しかし、どちらのバトルも放送をされているわけではないので、ほとんどの人にとっては未だに謎のポケモンとなっている。

 

 ネズさんがボクとの約束を律義に守ってくれている証拠だ。

 

 どうやら、バッジを渡したという報告はしていても、バトルの内容までは報告していないみたいだね。

 

『あれ、でも確か、フリアの切り札って確かネズさんに━━』

『ホップ~?ちょ~っとあっち行こうね~?』

 

(ありがと。ユウリ)

 

 遠くで聞こえるやり取りに感謝しながら、ボクもキバナさんに向けて言葉を返す。

 

「キバナさん、先に言っておきますね」

「お、なんだ?」

 

 キバナさんに真正面から向き合い、物怖じせずに発言するボクを見て、何か面白いことが起きると直感した周りの人が、あれだけ騒がしかったのが嘘のように黙る。

 

(……いや、そんなに黙られても発言しづらいだけなんだけど?)

 

 急に来た変なプレッシャーに内心ビクビクしながら、しかしここまで口に出しておいて今更やっぱやめますは通用しないので、ここは腹を括って言葉を続ける。

 

「今回、ボクはこの子を使います」

 

 懐から取り出して突き出したのは、ヨノワールが入っているボール。それは、およそほとんどの人にとって中身の知らない、今最も気になるポケモンだ。

 

「……へぇ、なんだ?オレ様が見たいって言ったから見せてあげるっつぅ親切心か?」

 

 キバナさんから、少しだけ怒りの感情を感じる。けど、その事に怯えずに、真正面からたちむかう。

 

「そんなつもりはありませんよ。そもそも、ボクはこの子を隠すつもりは一切ありませんでした。単純に、最初からこの子に頼りきりではボク自身が成長しないような気がしたからという、ただの自己満足ですから」

「……」

 

 ボクの言葉に、怒りの表情を少し浮かべながら、それでもボクの言葉を待ち続けるキバナさん。そんなキバナさんの姿を確認し、ボクの言葉をさらに重ねる。

 

「ですが、ネズさんと戦って、ネズさんと喋って、むしろ、この子と戦わないと先に進めないということに気づきました」

 

 あの現象の答えをみつけ、さらに向こうへと進むために、ボクとヨノワールには経験値がいる。強い人とたくさんのバトルを重ねて、何歩も何歩も歩かないといけない。たくさんの足跡を重ねた上で、目標まで行かなきゃならない。

 

 キバナさんとのバトルは、そんなボクの成長において、とても大事なバトルだと感じた。だからこそ……

 

「ボクがさらに強くなるために、この子と共にキバナさんを倒し、前に進みます!!」

「……オレ様を、踏み台にする。……そういう解釈でいいんだな」

「……そう受けとっていただいて構いません」

 

 一瞬、キバナさんの言葉を訂正しようかどうか悩んでしまったけど、確かにこの発言は悪く言えばキバナさんの言った通りのものに受け取れてしまう。

 

 ……正直に言えば、ボクの最終目標は『コウキの下へ追いつく』なので、下手をすればダンデさんさえ通過点でしかない可能性もあるんだけど、ここでそれを言えばさらにやばい事になりそうなので、流石に口は閉じておく。

 

 いきなりの踏み台宣言。おおよそボクの口からそんな言葉が出ると思っていなかった周りの人たちが驚きと、想像以上に過激な発言だったことに対するキバナさんの反応を不安がって息をのむ。

 

 ほんの少し流れる無言の時間。しかし、その時間もキバナさんによってやぶられる。

 

「……っくくく」

 

 キバナさんから聞こえるのは喉を鳴らした音。最初は聞こえるか聞こえないかわからないほどか細いものだったけど、徐々に大きくなったそれは、いつしかナックルシティ全体に聞こえるんじゃないかというほど大きくなる。

 

「っははははは!!!今までオレ様に喧嘩を吹っかけてきたやつは何人か見てきたが、オレ様を踏み台扱いしたのはお前が初めてだ!!」

 

 一通り笑い終えたのちに顔を上げ、こちらを見ながら喋るキバナさんの顔は、まるで獰猛なドラゴンタイプのポケモンのような、闘志をむき出しにし、そのうえで楽しそうに笑っていた。

 

「ますますお前と戦うのが楽しみになってきたぜ!!ジム戦としてでしか戦うことがまだ出来ないのが惜しいくらいにな!」

「大丈夫ですよ。必ず、シュートシティまで進みますので」

「『ジム戦の』とはいえ、もうオレ様に勝った気でいやがる……本当に面白れぇな」

 

 ジムミッションすら終わっていないのにどんどんテンションが上がるボクとキバナさんに比例するかのように記者たちの筆も走り出す。

 

「お前との戦いも、お前の切り札も楽しみだが……これだけは教えてやるぜ」

「……何ですか?」

 

 どんどん盛り上がっていく周りのテンションに、さすがに盛り上がりすぎて交通網がパニックになったのか、遠くからジュンサーさんの声が聞こえ始め、いったんお開きになりそうな雰囲気が出始めた時に、最後と思われる言葉をこぼすキバナさん。その言葉に耳を傾けると声は小さく、けど今までよりもはっきりと、そして芯の通った声で告げられる。

 

「ダンデを倒すのはオレ様だ。それだけは譲らねぇぜ」

「ッ!?」

 

 そう残し帰っていくキバナさんの背中は、今までにない圧を放っていた。

 

(ボクも、目標のため、絶対に勝ちますから!!)

 

 その圧に負けないように、ボクも心から気合を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ルートナイントンネル

……全スキップです。
いえ、本当に何もない所なので……話膨らまなかったです……。
ちなみに、このトンネルもスパイクタウン同様、常時曇りみたいですよ。

キバナ

宣言しましたね。
フリアさんの言葉通り、活躍してもらいますよ。




書いてみて思いましたけど、やっぱり後半のジム間隔狭いですよね。
実機ではさらにそのことを強く感じると思います。
ワイルドエリア以外の道路……個人的には、やっぱりもうちょっと長くして欲しかったですね。


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116話

なんとなくフリアさんの見た目をキャラメイクアプリで作ってみたんですけど……想像以上に女の子になってしまいました。
どれくらいかというと、ここに乗せたらタグに『男の娘』をつけないといけないレベル……
私の頭の中ではもうちょっと男の子男の子していたのですが……

……まさかもう手遅れなんてことはないですよね?……だとしたら急いでタグを追加しないといけないのですが……()

皆さんの頭の中ではフリアさんの女の子度(?)ってどのくらいなんでしょうかね?


 ナックルスタジアム。

 

 ジムチャレンジの最後の関門を担うこのスタジアムは、ナックルシティのど真ん中にそびえたっており、この街に来た人は、まずこの建物が目に入ってくることになるだろう。

 

 跳ね橋によって道が繋がれているこの場所は、見た目や、中に入るための跳ね橋の存在感もあってか、挑戦者を見下ろす巨大なお城のようにも見える。収容できる観客の数も今までのスタジアムと比べて明らかに多そうで、この大舞台で戦うとなれば、それはそれはとてつもない賑わいを見せることとなるだろう。

 

 きっとボクとキバナさんのバトルはほぼ満席になるクラスの目玉バトルになる……と思う。

 

 自分で言うのは恥ずかしいけど、ここくらいは自信を持ってもいいと思いたい。ここまで勝ち上がることがほとんどないと言われているこの難関チャレンジのトリを飾る場所なので、むしろ盛り上がってくれないとキバナさんやリーグ関係の人たちに申し訳ないくらいだ。

 

 と、ここまでキバナさんとの戦いや、ナックルスタジアムのジム戦についていろいろ話してしまったけど、当然ながらナックルスタジアムにもジムミッションは存在するため、まずはここのジムチャレンジを突破しないと意味がない。もうキバナさんと戦える雰囲気でいるけど、キバナさんの前にもまだ壁は存在するから、気は引き締めなきゃね。

 

 そんなわけで今ボクはここナックルスタジアムのジムミッションに挑戦しようとしている。

 

 昨日、キバナさんとの会話を終えたボクたちは、ジュンサーさんの誘導に頭を下げながらナックルスタジアムへと入り、ジムミッションの予約を行った。ジムミッションの予約はここまで生き残っている選手がほとんどいないこともあり、今までで一番スムーズに完了し、そのあまりにもスタジアム側の予定が空きまくっていることから、何なら今からでもジムミッションを受けてもらっても構わないと案内されたほど。キバナさんと戦いたいという欲に任せてその場ですぐに受けてもよかったんだけど、さすがにスパイクタウンからここまで来た疲れを取りたいというのと、自分の手持ちとの話し合いやふれあいをしっかりして、準備を整えてから挑みたいという意見に落ち着いたので、その場で挑戦することに関しては一旦落ち着いて考え直し、今日に先送りしたという形だ。

 

 キバナさんとの戦いに通じる最後のジムミッション。当然このジムミッションもまた高い注目度を誇っており、キバナさんとのバトルには及ばずとも、このジムミッションを視聴する人の数はとても多いらしい。そうなれば、ナックルスタジアムにはさぞたくさんの人が集まり、それ相応の盛り上がりを見せてくれる……かと言われると実はそうでもなかったりする。

 

 その理由としては、ナックルスタジアムのジムミッションは、観客を現地に入れて行われないからだ。

 

 ナックルスタジアムのジムミッションは挑戦者が現れたとなると、その挑戦者がミッションに挑むと同時に生放送が始まり、その中継のみで観戦することが可能となる。

 

 理由としては、ボクが初めてこの街に辿り着いたときにソニアさんかキバナさんに説明をされていたと思うけど、ここのジムミッションを行う場所がナックルシティの宝物庫だからである。

 

 ジムリーダーのキバナさんがカギを管理しており、そのキバナさんの監督の下でしか入ることのできないこの場所でジムミッションを行うとなれば、当然無関係な人を通すことは難しい……というかできない。大切な文化遺産であるタペストリーもあるわけだしね。……いや、ポケモンの攻撃が飛び火して、万が一にも傷がついたら大変だから、そもそもこんなところで戦わない方がいいとは思うんだけど……そこはキバナさんがしっかりと監督するらしいからいいのかな?

 

 とにかく、ここのジムミッションは現地での観客は存在せず、家庭のテレビやパソコンなどから視聴するしか見る方法がない。そういう意味ではアラベスクスタジアムのジムミッションと空気感は似ている。

 

 あっちは中継すらしていないけどね。

 

 それを証明するかのように、今日、今まさにナックルスタジアムのジムミッションに挑もうとしているボクの目の前には、キバナさんと、ナックルスタジアムのジムトレーナーと思わしき人たちが3名立っているだけだった。

 

(うん、やっぱり観客は少ない方が闘いやすいかも)

 

 スパイクタウンの時も少なかったけど、あの時はかわりに観客との距離が近かったため、また別の緊張感があった。けど、今回は正真正銘人の視線をほとんど感じない静かな空間でのバトルだ。中継用のドローンロトムが宙に浮かんでこそいるものの、戦闘の集中を妨げないためかあまり駆動音が鳴っておらず、ひとたびバトルに入れば気にならなくなるほど小さい音だ。

 

 ちなみにユウリたちは既に挑戦を終えており、この宝物庫から帰ってきた彼女たちと顔を合わせている。その時に見た表情を確認すれば、みんな何とか無事に突破出来たというのがわかったのでちょっと安心した。

 

 この宝物庫は2階にあるんだけど、宝物庫の建物にはスタジアムのような控室が当たり前だけど存在しない。元々バトルをすることを想定されていない場所だしね。なので、代わりとして1階にある広間を控室代わりとしており、その日に挑む挑戦者たちは、自分の番が来るまでその部屋で待機することとなる。なので、ボクはその部屋にてみんなが挑んで帰って来るのをじっと待っていたというわけで、そして今全員の挑戦が終わり、いよいよボクの出番。

 

 ボクの1個前に挑んだクララさんがこの控室に戻ってきて、外に出ていったのを確認したボクはキバナさんの案内の下、2度目の宝物庫内に案内されて今に至るというわけだ。

 

「さすがここまで生き残ってきたチャレンジャーたちだな。全員オレ様のジムのトレーナーたちにしっかり勝って抜けていった。残るミッション挑戦者はお前だけとなったわけだが……」

「はい。みんなが突破しているのはすれ違った時に確認しているので大丈夫です。そして、ボクもすぐに追いつくとも伝えたので……このミッション、絶対に越えて見せますよ」

 

 キバナさんの言葉を遮るように今の意気込みをこたえる。昨日あれだけの啖呵を切っており、他のみんながしっかりこの壁を越えているんだ。こんなところでボクだけが躓くなんてことだけはあってはならない。

 

 ボクを知る人にとっては勝って当たり前のバトル。

 

 それはそれでちょっと緊張感があるけど、これくらいの緊張感なら、むしろバトルに挑むためにちょうどよく気が引き締まるので、むしろありがたいものとして受け入れている。

 

(特に、ここのジムだけは他のジムとは異なる特色があるからね……)

 

 個人的にはあまり問題ないとは思ているんだけど、このジムではスパイクタウンの『ダイマックスができない』みたいな特殊ルールが存在する。その兼ね合いもあって、普段とはひと味もふた味も違うバトルが行われるから、そういう意味では急なルール変化に足元をすくわれないようにしないとね。

 

「いい気合いだな。じゃあそのやる気が消えないうちにさっさとルール説明するぜ。ここナックルスタジアムでは、変な迷路をしたりだとか、ポケモンを捕まえてポイントを稼ぐだとか、ぐるぐる回りながら正しい道を進むみたいなめんどくせぇルールは一切なしだ。ここのジムミッションで行われるのはただ一つ!!ここまで勝ち残ることのできたお前が本当に強いのか、そしてここに来るまで、仲間とどれだけ絆を深め、コンビネーションを磨いてきたのか。それを確認するために、オレ様のジムのトレーナーとの2対2のダブルバトルをしてもらう!!」

 

 キバナさんにとっては本日5回目となるルール説明。去年以前も含めれば、いくら挑戦者が少ないからと言ってもかなりの回数口にしたであろうその説明を、しかし一切面倒くさがることなく、溌剌と説明していくキバナさんに、こちらのテンションも自然と上がっていく。

 

 テレビを気にしているのか、ジムリーダーとしての責務か、はたまたただただ本人の性格なだけなのか、おそらく3つ目の理由が正解であろうその説明に耳を傾けながらぐっと拳を握る。

 

(ルール自体はあらかじめ聞いていた通りだ)

 

 ダブルバトル。それこそがここナックルスタジアムで行われる、ジムミッション内唯一無二のルール。

 

 スパイクタウンのような、ダイマックスができないから仕方なくルールを改変したというわけではなく、単純にキバナさんがこのルールが好きだからという理由で決められたバトル。ガラル地方はおろか、全地方で見ても、ジム戦でダブルバトルを取り入れている場所を、ボクはホウエン地方のトクサネシティ以外で知らないほど公式大会としては珍しいルール。

 

 ただでさえキバナさんという強力なトレーナーと、キバナさんが鍛えたジムトレーナーと戦わないといけないというのに、そのうえでバトルに慣れていないトレーナーになりたての人だと、そもそも経験値が少なくなりがちなダブルバトルをしないといけないというのが、このジムが最難関になっている理由の一つでもある。例えバトル慣れしている人でもダブルバトルの経験が多いとは限らないので、ベテランでも苦戦する可能性は高いだろう。

 

 キバナさんの言う通り、言葉にすれば一言で説明できるほどシンプルなルールだけど、だからと言って簡単ではないミッションとなっている。

 

「バトルのルールに関しては以上だ。次はお前に誰と戦うかを決めてもらうぞ」

「誰と戦うか……?」

 

 ルールはわかっていた。だけど、この話は知らなかったので首を傾ける。

 

「ああそうだ。ジムトレーナーの中でも選りすぐりのエリートである、この3人のトレーナーの中から1人選んでもらって、お前の自慢のコンビネーションを見せてもらう」

 

 キバナさんの言葉に従ってボクの前に並んだ3人のトレーナー。男性が1人と女性が2人のその内訳は、全員が全員ドラゴンタイプのユニフォームに身を包んでおり、同じく全員がかけているメガネも相まって、まさしくエリートといった雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 

 なんでメガネをかけたらこんなにもエリートに見えるんだろうね?

 

「さて、じゃあさっそく誰と戦うか選んでもらおうか、シンオウリーグ準優勝サマ?」

 

 キバナさんの言葉に、ボクの目の前にいる3人のジムトレーナーの目がすっと細くなるのを感じる。ボクの肩書を聞いて、そしてボクの前評判を聞いて、是非とも戦いたいと思ってくれていたのだろうか?

 

 嬉しいけど、そこまで期待されるとちょっと照れるというか変な緊張が芽生えるというか…まぁとりあえずそれは置いておこう。問題は誰と戦うかなんだけど……

 

(キバナさんの戦闘スタイルを考えると、ここにいる3人全員バトルスタイルは似ているけど、使ってくるモノは違うんだろうなぁ)

 

 キバナさんはドラゴンタイプの使い手として有名だけど、それ以外にももう一つ有名な戦法を取り入れている。

 

 それは天候操作。

 

 ルリナさんの時にも、雨とすいすいというコンボにかなり苦しめられたのは、戦った日こそもうかなり前だけど、それでもしっかりと記憶に残っている。天候は一度相手に奪われてしまえばそこから簡単に戦闘の流れを持っていかれるほど、時に戦闘に大きな影響を及ぼすものとなる。その天候を、キバナさんはルリナさんと違って雨以外の晴れ、あられ、砂嵐、も含めた全部を操って来る。

 

 キバナさんの異名でもあるドラゴンストームは、この天候をすべて操ってくるからこそついた異名だ。

 

 もっとも、メロンさんにどうしても勝てていないことから、本人曰く自身が闘う時は、あられを使うことに抵抗があるらしいので、あられだけはそんなに使われることはないみたいだけど。

 

 とにかく、ドラゴンタイプのほかにも天候を操るキバナさんの門下生となれば、当然彼らも天候の扱いに長けているということになるだろう。そして、残念ながらボクは天候を扱うことに長けているというわけではないから、天候はおそらく取られることとなる。

 

 雨だけはボクも利用したことがあるし、あられに関してもモスノウがいるおかげでまだ対処はできそうだけど、砂嵐と晴れの2つは引いたらどうしようもなさそう。というのがボクの今の考え。特に、晴れとは相性が最悪だと思っているので一番当たりたくない。そして、わざわざここに3人並べているということは、ここにいる3人がそれぞれ別の天候を担当しているということも何となく想像することはできる。では肝心の、どの天候と戦いかだけど……

 

(うん、誰がどの天候の担当か全くわからない)

 

 あたりまえだけど、初対面の人の顔を見てその人が使うポケモンを予想なんてできるわけがない。よって、完全にランダムのおみくじを引いて、運よく雨かあられを担当している人に当たればラッキーという感じに選ぶしかない。

 

「では……真ん中の人で」

「真ん中だな。OK。レナ!!シンオウリーグ準優勝サマからのご指名だぜ!!カモン!!」

 

 というわけで何となくという理由で真ん中にいた女性を選択。本当にただボクの目の前にいたからという適当な理由で彼女を選んだんだけど……果たしてこの選択は吉と出るか凶と出るか。

 

「初めまして、レナと言います」

「初めまして。フリアと言います。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそお願いします。他の地方で準優勝し、このガラルでも注目されいる選手のちから、ぜひ見させていただきます」

 

 眼鏡をくいっと上げながら、言葉遣いすらも真面目で少し硬そうなイメージを抱く人。その喋り方と見た目から、何となくあられを使いそうかなと適当な予想を置いておく。いあ、願望だね。これ。

 

「おし、それじゃあ、長い前置きはこの辺にしてさっそくバトルしてもらうぜ!2人とも、ポケモンを2匹出しな!!」

 

「行くよ!!インテレオン!モスノウ!!」

「行きなさい!!バクガメス!キュウコン!!」

 

 キバナさんの言葉と同時に現れたポケモンはインテレオン、モスノウ、バクガメス、キュウコン。全員が雄たけびを上げながらやる気満々に対戦相手を見つめる、緊張感のあるフィールドが出来上がると同時に、屋内である宝物庫に、本来ならありえない異変が起きる。

 

「……晴れか」

 

 上を見上げれば燦々と輝く太陽のような大きな光。キュウコンの特性である『ひでり』が発動し、宝物庫内が目を覆いたくなるような眩しさにつつまれた。

 

 天候晴れ。

 

 ほのおタイプの技が強くなり、みずタイプの威力が弱くなるこの天候は、キュウコンの隣にいるバクガメスを余すことなくサポートするだろう。対してこちらは、インテレオンの火力は下がり、モスノウはほのお技を喰らおうものなら、こおりのりんぷんの上から叩きつぶされることだろう。あられのパーティという予想は大ハズレ。先ほども言っていた通り、一番当たりたくない天候が相手だ。

 

 どうでもいいけど、雨やあられをこの部屋の中で起こして、本当にタペストリーは大丈夫なのだろうか?遺産であるタペストリーがタダで見られないように、あまりテレビに映らないようにドローンロトムもカメラの角度に注意しているみたいだけど、それよりも気を付ける場所がある気がする。と思ったら、ガラル地方のバリヤードが壁を張って守っていた。スパイクタウンと言いここと言い、バリヤード過労待ったなしである。

 

「決着はどっちかのポケモンが2匹とも倒れた瞬間だ。1匹倒されたからって諦めるんじゃねぇぞ?それじゃあ……開始!!」

 

「キュウコン!『おにび』!バクガメス!『かえんほうしゃ』!」

 

 キバナさんの宣言とともに紫と赤の焔が降り注ぐ

 

「インテレオン!『ねらいうち』!モスノウは『ふぶき』!」

 

 それを防ぐべく、水弾と氷風を放つものの、水弾は晴れによって蒸発するため威力が下がり、逆に晴れによって威力の上がったかえんほうしゃは、こちらのふぶきとねらいうちを飲み込んでいく。なんとかおにびは消すことが出来たけど、かえんほうしゃは止めることができずにこちらに飛んでくる。幸い速度は落ちていたため、こちらに到達する前に両方とも避けることは出来たけど、本来は攻撃技ではないおにびにねらいうちをほとんど止められた時点で、天候によってできた両者の威力の差ががよく分かる。

 

(おにびは分類としてはゴースト技なのに晴れでもしっかり火力あがっているんだね……)

 

 カブさんの時もおにびに肝を冷やしたのを覚えているけど、あの時とはまた違ったおにびのアプローチだ。

 

 このおにびを強化しているのは間違いなくキュウコンのひでり。ひでりは発動してから一定時間のこり続けるものだから、今すぐにキュウコンを落としたところでこのひでりがすぐに消えることはないんだけど、それでも個人的にはキュウコンを狙っていきたい。

 

 ダブルバトルにおいて基本的に鉄則と言われているのは、相手の数を減らすこと。

 

 体力が100%のポケモン1体と、体力が50%のポケモン2体とでは、同じように見えて天と地の差がある。これはダブルバトルに限った話ではないんだけど、やっぱり数の有利はそのまま戦術の幅の広がりへと直結するため、優先事項で守るべきことだし、逆に言えば相手にこの幅を取らせないために一秒でも早く片方を落とす必要がある。となれば、まずボクがするべきことは、バクガメスよりも耐久の低いキュウコンを先に落とすことなんだけど……。

 

「バクガメス!!前にでて背中を向けなさい!!」

 

 こちらに背中を向けながら立ちふさがるバクガメス。

 

 バクガメスはポケモンの中では珍しいカウンターを主体とするポケモンだ。

 

 背中にしょっている棘の付いた甲羅は、衝撃を受けることで爆発を起こし、甲羅の近くにいる他のポケモンや攻撃を吹き飛ばしてしまう。一方で、その爆風を逃すためのお腹の穴はバクガメスの弱点となっているんだけど、当然そこを守るように基本的に背中を向けて戦う。

 

 そんな防御よりのポケモンが、ダブルバトルでこのように前に出るという行為は、仲間の盾代わりになると同時に、自分の弱点であるお腹を、キュウコンに守ってもらえるという安定性を高めるものにもなる。バクガメスのカウンターがほのおタイプなせいで、ひでりの影響も強く受けられるのも、この組み合わせの厄介なところだろう。

 

 耐久の低いキュウコンを速く倒したいのに、それを守るかのようにバクガメスが前を張る。

 

「ダブルバトルでは、どちらがどの役割をするかが大事です」

 

 眼鏡を上げながらか語る彼女の言葉通り、役割に沿った教科書通りの立ち回り。テンプレだけど、だからこそ手堅く崩すのが難しい。

 

「私の力がどこまで通用するのか、試させていただきます!!」

「普通はボクが試される側だと思うんですけど……」

 

 ボクがチャレンジャー側なのに、ちょっとおかしなレナさんの発言に思わず突っ込みながら、この壁をどうやって崩すか考える。

 

 普通の火力勝負なら、ひでりのせいでこちらの火力が落とされているため勝てる算段がない。しかも、それを無視して無理に攻めようものなら、ただでさえ痛いバクガメスのカウンターが、ひでりで強化されて帰って来る。

 

 天候と火力の2つを取られているこの状況。

 

 普通に苦しい。けど、ひっくり返せないわけじゃない。

 

「この時のためにコンビネーションを鍛えていたもんね!!モスノウ!!『おいかぜ』!!」

 

 インテレオンとモスノウの背中を押す風。こちらのポケモン全ての速度を一時的に強化するこの技は、モスノウはともかくとして、この中で一番素早さの高いインテレオンの強みをとことん引き出してくれる。

 

(素早さと器用さ、そして奇想天外さで勝負!!)

 

「『ねらいうち』!!」

 

 おいかぜで素早さの上がったインテレオンによる、ねらいうちの乱射。

 

 威力よりも速さに重きを置いたその攻撃は、バクガメスの隙間を縫って後ろのキュウコンを狙って飛んでいき……

 

「キュウコン!!『じんつうりき』で『ねらいうち』をそらして━━」

「モスノウ!!『ふぶき』で『ねらいうち』を凍らせ軌道を反転!!」

「は……?」

 

 じんつうりきによって逸らされたねらいうちをふぶきで凍らせることによって、晴れによる威力軽減を抑え、さらにモスノウがおいかぜに乗って相手の裏側へ素早く回り込んで即席の氷弾を風で操作。逸らされたことで明後日の方向へ飛ぶはずだったねらいうちは、氷の弾となって反転。キュウコンめがけて飛んでいく。

 

「キュ、キュウコン!!『かえんほうしゃ』で落として!!」

 

 急の出来事に頭が追い付かなかったレナさんが、それでも何とか反応して、キュウコンに防御をさせようとする。

 

 しかし、元々素早さを追求して放たれたねらいうちの速度を維持したまま凍った氷弾を止めるには一手遅く、かえんほうしゃが受け止める前に()()()()()()()()()()()()()

 

「え!?……え!?」

 

 いよいよどういうことかわからなくなったレナさんが混乱しているうちに、氷弾はボクの狙い通りの位置に着弾していた。

 

「バ……グゥ……」

「う、嘘……」

 

 それはバクガメスの弱点である、爆風を逃すためのお腹の穴。

 

 バクガメスとキュウコンを通り抜けて、そこから反転したということは、攻撃はバクガメスのお腹に当たる。

 

 ボクの狙いはキュウコンを先に落とすことじゃない。バクガメスを先に落とすことだ。それこそが、相手のテンプレを崩す奇想天外さ。ボクの武器。

 

 ねらいうちという急所や弱点を狙いやすい技だという事と、スパイクタウンにいた時から練習していた2匹の連携の上手さがあるからこそ成せる技。

 

「グゥ……バァ……」

「バクガメス!!しっかりして!!」

 

 さすがにしっかり鍛えられているせいか、はたまた氷でコーティングしているとはいえ、晴れで威力が減衰しているせいか、この一撃で倒れることはなかったものの、それでもバクガメスにはかなりのダメージが入っている。

 

「申し訳ないですけど、ボクは速くキバナさんと戦いたいんです。だから……」

 

 流れは取った。

 

 後は……

 

「速攻で決着をつけさせていただきます!!」

 

 このまま押し切るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジムミッション

実機では3戦ですが、お話でそうするとダレそうなので1戦に。
その代わりに選択制ですね。

晴れパ

適当に真ん中は本当にそうやって決めました。
このお話を書く寸前まで誰と戦うか決めてありませんでした()

バクガメス

胸の穴が弱点は公式設定。なんですけど、特性がシェルアーマーなので急所には当たらないという……
一応ここでは、弱点と急所は言葉としては一緒なんですけど胸の穴は別という解釈で書いています。
細かく書くなら、胸の穴はシェルアーマーで閉じることで守れるけど、長時間閉めていると、体の内側の通気性が悪くなり、最悪体内で爆発するので、自分の意思で調整しないとダメと解釈しています。
ゲームフリーク様はどう考えているのか気にありますね。




ここまで読んでいた方なら察していたかもですが……フリアさん、ダブルの方が得意だったり。
単純に幅が色がるので、手札を増やしやすいんですよね。書いていてもいろいろ思いついて楽しいです。


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117話

「んん〜……こんなものかな」

 

 軽く伸びをしながら明日の準備を終えた私は、荷物を直ぐに取れる場所に移動して、その荷物の上に明日着る分の服を乗せて、いつでも出発できるようにしておく。これで今日やるべきことは全部終了だ。

 

「いよいよ明日かぁ」

 

 作業用につけていたスマホロトムの電気を消して真っ暗になった部屋を見渡してみれば、私よりも先にベッドについて安らかな寝息を立てているみんなの姿がうっすらと目に入る。

 

 今日はみんな揃ってナックルスタジアムのジムミッションに挑み、それぞれが決して楽ではない戦いを強いられて、そのうえで揃って無事にジムミッションを突破していた。ホップとフリアは、そんなに苦戦しているようには見えなかったけどね。

 

 単純に天候にあまり影響を受けないポケモンが多かったホップと、ダブルバトルというルールにかなり精通しているフリアは、私たちの中でも比較的簡単そうに突破したように見えた。

 

(ホップはともかくとしても、フリアはさすがだなぁ)

 

 私なんてなれないダブルバトルにすごく緊張しちゃってた。予めフリアにダブルバトルの基本を教わっていなかったら、私の負けは全然あったと思う。それほどまでに慣れないルールというのは私の思考や行動をかなり縛っていたみたいで。

 

「今度はキバナさんとのバトルって考えると……不安、大きいな」

 

 想像以上に疲れている体を直ぐに休めるため、みんなに習って体をベッドに滑り込ませながら、明日のことを考える。

 

 明日はいよいよキバナさんとのバトルだ。

 

 ガラル地方で最強のジムリーダー。そしてジムチャレンジ最後の砦。そのうえで行われるダブルバトルという慣れないルール。

 

 間違いなく、今までで1番厳しい戦いになるだろう明日のバトルを想像する。その過程でふとこんなことを考えてしまう。

 

(もし、私だけ負けて、みんなに取り残されたらどうしよう……)

 

 元々前を走っているフリアは勿論、今まで隣にいたと思っていたはずの、ホップやマリィ、クララさんに、先を越されて置いていかれる想像。

 

 正直、今までのジム戦も前日に同じようなことを考えることは何回もあった。けど、今回は相手があのキバナさんということもあるせいか、余計そういった想像をしてしまう。

 

 そんな不安と緊張は、ベッドについて目を閉じても一向に収まる気配がなく、むしろどんどんと膨らみ、私の気持ちを騒ぎててていく。

 

「……眠れない」

 

 それは私の目の覚醒という形で表面に現れてきて、一向に眠気が来る気配がない。明日にジム戦を控えている以上、今日このまま眠れないというのは絶対にまずいと思いながらも、いくら目をつむったって、一度私から離れていった眠気はなかなか戻らない。

 速く寝ないとと焦るたびに離れていくそれに、今度は喉の渇きとして姿を現してくる。

 

「うぅ……落ち着くためにも一回お水……」

 

 このままではよくないと感じた私は、いったん落ち着くために上体を起こし、ぐっすり眠っている他の人たちを起こさないようにゆっくりと布団から這い出て、私たちが泊っている部屋からお財布とスマホロトムだけを持って外へ出る。

 

 ポケモンセンターと違って消灯時間というものがないせいか、はたまた、これからまだチェックインする予定の人がいるからか、電気を消している部屋の中とは違い、まだまだ明るい廊下を進み、ちょっとしたスペースにおいてある自動販売機に向かった私はおいしいみずを購入。そのまま近くのソファに腰かけ、ゆっくりとペットボトルの蓋を開ける。

 

 乾いたのどを潤すために傾けたペットボトルからは、焦りと緊張のせいで若干温まっていた体を奥から冷やす冷たい水が流れてくる。その感覚に少し心地よさを感じながら、さらに水を流し込んでいく。つめたい飲み物を一気飲みするのはあまり体にいいとは言われていないけど、それでも刹那的な心地よさを求めてしまい、ついつい多めに水を飲み込んでしまう。

 

 一通り満足して、ペットボトルから口を離したときには、中身は半分くらいまで減っており、それは私の体と心がどれだけ焦っていたのかを目で見えるようにあらわされているようで、改めて自分の焦り具合がよく分かる。

 

「はぁ……ちょっと落ち着こう」

 

 お水を飲んだおかげで大分心に余裕は生まれた。けど、どこか行った眠気は未だに帰って来ることを知らないので、仕方なくちょっと時間をつぶすことに。財布と一緒に持ってきたスマホロトムを起動。動画配信サイトへすぐさまつなげられた画面には、そういえばまだ確認していなかったと思い出したことから、今日のジムミッションの切り抜き動画が映し出される。

 

 映し出した内容はフリアの挑戦シーン。

 

 私の戦っているところを見返すのもありかなと思ったけど、今の精神状態だと反省点ばかりに目が向けられ、ネガティブなことばかりを考えそうな気がするので却下。かわりに、きっと今回も凄いバトルをしているであろうフリアのバトルを見て、今度はどんな戦いをしているのかをこの目で確認する。

 

 各挑戦者ごとに切り抜きされているこの動画は、アーカイブの時のようなリアルタイムのコメントの流れを見ることが出来ないため臨場感というものに欠けてしまうものの、代わりに長い生放送の、どこからどこまでが目的の試合かというのを探す手間が省ける。私個人としては、あまりコメントを見るタイプではないからこっちの方が嬉しかったりする。

 

「え!?」

 

 そんな私がフリアの挑戦動画を見て最初に口から零れたのは驚愕の声。切り抜かれた動画というのは、当然だけどその人が戦っているところだけを切り抜かれている。それが何を意味するかと言うと、動画の残り時間を見てしまうと、そのバトルがおおよそどれ位で決着が着くのかがわかってしまい、軽いネタバレになると言う事。勿論、宝物庫から出てきてすぐに合流した私たちは、フリアがバトルにかかったおおよその時間を予想することは出来る。確かにフリアが私たちに合流するのは早かった。けど……

 

「動画時間……5分もない……」

 

 動画の近くに表示されている時間は5分を切っていた、それはつまり、フリアのジムミッションがこの動画時間よりも短い時間で終わったと言う事になる。

 

 いくらフリアが強いと言ってもここはナックルスタジアム。最後のジムミッションをうたっている場所だから、当然難易度もひとしおで、私は勿論、他のみんなも、どれだけ早くクリアできたとしても10分を下回ることはなかった。

 

「いったいどんな戦い方をしたんだろう?」

 

 相変わらず私たちの中で、シンオウ地方も旅をしていることもあり、当たり前なんだけど頭一つ抜けて強いフリア。そんな彼がどんな大立ち回りを見せてくれたのか。いつの間にか緊張や焦りという感情が消え去り、私の頭の中には、速くこの試合を見たいという楽しみな気持ちしか残っていない。そんな私の気持ちを代弁するかのように、気づけば私の人差し指は自分でも驚くほど滑らかに動画の再生ボタンをタップしており、スマホロトムの画面にフリアの戦っている姿が映しだされた。

 

「へぇ。フリアは晴れを使ってくる人と当たったんだ……って、インテレオンとモスノウだったんだ。天候は物凄く不利なところひいちゃったんだね……え、でもそれなのに5分切ったの!?」

 

 再生してまだ数秒しか経っていないのに、私の口から零れるたくさんの感想。主に驚きで占められた私の言葉を無視して再生が続く動画は、そのままバクガメスとキュウコンとのバトルへと移っていく。最初の打ち合いは天候のせいで威力負けしたけど、その次の一手でモスノウの風とインテレオンの水を綺麗に組み合わせることによって、バクガメスに致命的なダメージを与えていた。

 

「これ!スパイクタウンの特訓でちょくちょく見かけたもの!!完成したらこんなにすごいんだ!!」

 

 私たちがネズさんに勝つために特訓をしていた時にちらっと横目に確認していた、インテレオンとモスノウの連携技。それはあの時見たものよりもさらに洗練されており、息の合ったコンビネーションは見ている私が無意識のうちにため息をこぼしてしまう程綺麗なものだった。

 

 敵の攻撃は当たりもせず、フリアの攻撃はまるで追尾しているのではないかと錯覚してしまう程計算されつくした軌道を描いて、相手に吸い込まれていく。面白いように当たっていく攻撃は、ほどなくしてバクガメスを戦闘不能にし、2対1と数的有利を取ったフリアがそのまま攻め切った形で勝利を収める。

 

 動画時間からわかっていたことだけど、本当にあっという間の出来事で。けど、何時間もあった映画を見た後のような謎の満足感があった。

 

「やっぱり、フリアはすごいなぁ……」

 

 私の憧れた一番身近な目標。いつか隣に立って、対等の存在として一緒に歩きたいという夢をくれたあこがれの存在。

 

 ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど、こんなことを思ってしまう程感動を受けた大好きなポケモンバトル。

 

 そして……

 

(私の……好きな人の……)

 

「フリア……」

 

 今度は別の意味でとくんと高鳴る心臓の音。けど、緊張と不安に襲われていた時と違って、どこか心地よさを感じるその鼓動に思わず頬が緩み……

 

「ボクがどうしたの?」

「わひゃあぁっ!?」

「うわぁっ!?」

 

 急に駆けられた声に、少しだけ早く打たれていた鼓動が、まるでドラムのシンバルを思いっきり叩いたかのような爆音に変わって、同じくらいの大声を上げてしまう。それにならって体も大きく跳ねてしまったみたいで、急に動かしてしまった体と、急に大きな鼓動を打たされた心臓が同時に痛み出してしまい、思わずむせてしまう。

 

「けほっ…けほっ……」

「ご、ごめん急に声かけちゃって!!だ、大丈夫!?え、えと……新しいお水買いなおすね!!」

 

 むせてしまった喉を落ち着かせるために水を飲もうと口に持っていこうとして、さっき体を跳ねさせた反動で持っていたお水をこぼしていたことにようやく気付いた。フリアは私よりもその事実に先に気づいていたみたいで、私が何か行動を起こすよりも先に自販機へと足を運んでおり、もうすでにお金を入れ終えている状態だった。

 

「あ……けほっ……」

 

 ありがとうという言葉を残そうとしたのにむせて言葉が続かず、目でフリアを見るだけにとどまってしまう。けど、そんな私を見てフリアもすぐに察してくれたみたいで、ペットボトルの蓋を開けたのちに、背中をさすってくれながら、ペットボトルを私の口にゆっくり近づけてくる。

 

「無理にしゃべらなくてもいいよ。落ち着いてゆっくり……ね?お水も飲めるようになってからでいいから」

 

 優しく、諭すように、あやすように、どこまでも暖かなその声は、私の鼓膜を叩くと同時に安心感を与えてくれた。自然と早まっていた鼓動は落ち着き、むせていた喉も少しずつ治まっていく。

 

 深呼吸を一つ残してようやく大丈夫となったところでお水を一口。

 

 先ほども感じた、体の奥から冷えていくような心地よさに少し体を震わせながら、また深呼吸を一つ。

 

「はぁ……ありがとうフリア。えっと、お金返すね?」

「いいよいいよ、気にしないで。ボクが急に声をかけちゃったのがきっかけだったわけだし……」

 

 財布からお水の代金を取り出そうとしたのを直接手を抑え込まれる形で止められてしまう。手に伝わってくる暖かな感覚にほんの少し体温を上げながらも、『ここまでされてはお返しもできないか』と諦めてお金を戻す。

 

 一方でフリアは私の水を買うついでに自分の物も買っていたみたいで、自分用のペットボトルの蓋をあけながら私の隣に座り、水を一口飲み始める。

 

「ふぅ……どう?落ち着いた?」

「うん、もう大丈夫。改めてありがとうね?」

「どういたしまして。でも、どうしてこんな時間に?」

「え~っと……明日のことを考えるとちょっと緊張しちゃって眠れなくて……それでちょっと落ち着こうかなって。そういうフリアはどうしたの?」

「ボクは何か物音が聞こえたような気がして、体を起こして見渡してみたらユウリがいなくなってたから、何かあったのかなって」

「ううぅ、私が外に行くときの音で睡眠も邪魔しちゃってた……」

「別にユウリのせいじゃ……とは言い切れないかな……」

 

 否定しようとして、それでも私が起こしてしまったことは事実なため、今回ばかりは苦笑いをこぼすにとどまるフリア。否定してくれようとする時点でフリアからのやさしさが身に染みてちょっと辛い。自分一人で落ち込むならまだしも、周りの人まで巻き込んでしまったことに対する罪悪感が湧き出てしまう。

 

「まぁでも、普通は不安になるよね。ボクも昔はそんな感じだったし、一番の壁だもんね」

「フリアも、こういうことあったの?」

「勿論」

 

 ソファに並んで座るフリアから聞かされるのは、今まで聞いたことのあるフリアの過去に、フリア自身がその時どう思っていたかの感情が添えられたものだった。今まで聞いたのはどんな旅をしたのかや、どんな人と出会ってどんなバトルをしたかばかりで、フリア自身の感情や、その瞬間にどんなことを考えながら動いていたかという、フリアの内側を全く知らなかった。

 

 そして聞かされるのは、今の私と同じか、下手をしたらそれ以上の不安の声。

 

「当然だけど、ボクだって初めてのジム巡りは負けることも多かったよ。そして再戦を挑む度にまた負けるかもしれないって不安がいつもあった」

 

 最初に私の頭に浮かんだのは『意外』の一言。けど、よくよく考えたら当たり前のことで。いまでこそ、フリアはいつの間にか私たちの前を走ってくれる頼れる、そして憧れる人になっている。でも、そんなフリアにだって私と一緒で、ポケモントレーナーになりたての新米だった時期があるわけで。その事に気づいた瞬間、フリアの言葉は今まで以上にすっと胸に入ってきた。

 

「でも、そんなときはいつも仲間たちがそばにいて、支え合ってきたんだよね。特にデンジさん……えっと、ガラル地方で言うキバナさんの位置にいる人っていえばいいかな?あの人と戦う前日はすごく緊張して震えちゃってた。でも、そんな時も寄り添ってくれた仲間がいたから頑張れたんだ。だから、今度はボクがユウリの緊張をほぐす番」

 

 昔のことを嬉しそうに、そして楽しそうにしゃべるフリアの横顔についつい視線が吸い込まれる。そして、その時支えられた思い出を私にもつないでいこうとするフリアの心持ちに、嬉しいと言いう気持ちがどんどん溢れていく。

 

「って、偉そうなことを言っても、ボクにできることって言ったらたかが知れているんだけどね。今だと、話を聞いてあげることくらいしか……」

「ううん、それだけでも私としては十分」

 

 フリアとこうやって話しているだけで、私の中の不安や緊張は飛んでいくのだから。たかが知れてるなんてとんでもない。私にとって、フリアとの会話は何よりも効果的なリラクゼーションだから。

 

「ねぇ、もう少しお話に付き合ってもらってもいい?もっとフリアの話を聞きたい」

「勿論。ボクでよければ喜んで」

「やった!」

 

 私のわがままに付き合ってくれたフリアの言葉は、どんどん私の心を落ち着けてくれる。

 

(やっぱり、フリアとのお話はとっても楽しいな)

 

 そこから続いて行くフリアとのお話はとても楽しくて、ついつい時間を忘れて話し込んでしまう。

 

 その時間は、私の心をゆっくりと満たしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでその時ジュンがね?」

「うん……ぅん……」

 

 時間は流れて時期に日付けが変わろうとしている頃。ユウリのお願いから始まったボクの昔話は、時に驚かれ、時に興味を惹かれ、時に羨ましそうにされた。その様子を表すかのようにコロコロ表情を変えるユウリがとても面白く、ついついボクも喋る口がいつも以上に回ってしまったと思う。気づけば夜もかなり更けていたみたいで、隣から聞こえるユウリの声も、心做しか頼りないものへと変わっていった。

 

「ユウリ、大丈夫?眠━━」

 

 こちらに相槌をうちながらも船を漕いでいたユウリが少し心配になったので声をかけようとして……

 

「ん……すぅ……」

 

 すとん。と、ついに支えきることが出来なくなった頭が、そのままボクの方へ倒れてくる。

 

「っとと」

 

 その倒れ方があまりにも急だったので、思わず少しビックリしてしまいながらも、頭をぶつける訳にはいかないと何とか受け止める。眠ってしまったため力が抜けているその頭部は、いつもよりも━━いや、いつもの重さがわかる訳では無いんだけど━━脱力している分どこか重そうな印象を受ける。しかし、決して持つ事の出来ないほどでは無い重さかつ、暖かさを感じる頭部をしっかりと受け止めたボクは、そのまま自分の膝の上に誘導して、ゆっくりと下ろしていく。

 

「……ゆっくりおやすみなさい」

 

 ボクの膝に頭をのせ、規則的なリズムで呼吸を続けるユウリの頭を軽く撫でてあげながら、ぽつりと言葉をこぼす。髪は女性の命って言葉があるし、ヒカリからその辺のこともよく聞いていたから(何故か「だからフリアも自分の髪大切にしなきゃダメよ?」とも言われたけど……)一瞬触れるかどうかためらってしまったものの、みただけで綺麗とわかるほど、丁寧に整えられている髪から放たれる誘惑にどうしても勝てずに思わず撫でてしまった。

 

「んぅ……すぅ……」

「ほんと、無警戒というかなんというか……気持ちよさそうに寝ちゃって……」

 

 頭に手が触れるたびに、くすぐったそうに体をよじりながら、それでも落ち着いた寝息をこぼすユウリ。ボクの膝の上でぐっすりと眠っているその姿は、とてもじゃないけど先ほどまで不安と緊張で眠れないと言っていた彼女からは想像できない姿だ。

 

 ボクとの会話と、ボクの膝枕によってぐっすり眠れるだけの安心感を覚えてくれたという点においては確かにうれしくはあるんだけど、なんというか恥ずかしさがあるというか、ムズムズするというか……少なくとも、今この状態を誰かに見られたらボクは恥ずかしさで逃げてしまいそうになる。そして問題が一つ。

 

「……どうやって部屋に戻ろっか」

 

 膝にきれいに頭を乗せてしまっているため、当然だけどボクは一歩も動くことが出来ない。

 

 さっきはユウリに向かって『気持ちよさそうに寝ちゃって……』なんて言ったけど、正直ボクも無茶苦茶眠い。たった数分しか戦っていないとはいえ、結構真面目にいろいろ考えて強敵と戦ったのでそれ相応に疲れはある。得意分野とはいえ、久しぶりのダブルバトルだったしね。だからできる限りボクも早めにベッドに入りたいんだけど、かといってようやっく熟睡できたユウリを今から起こすのはもっと無しだ。寝れなくて苦労していた人をどうして今からまたたたき起こすことが出来ようか。できる人はきっと人間じゃない。

 

「でもユウリを起こさずに移動は……ん?」

 

 しかしいい案を思いつかないのも事実で、どうしようかと悩んでいるときに、肩にトントンとくる感覚。首を向けてそちらの方向を見ると、そこにはボクの相棒がいた。

 

「ヨノワール?」

「ノワ」

「心配してくれたの?ありがと」

 

 視覚共有の特訓をしてからか、お互いが今どこにいるのかというのがなんとなくわかってきたのを生かして、ボクを迎えに来てくれたヨノワールは、ボクの膝で寝ているユウリを見て自分の体を低い位置に下げていく。

 

「もしかして、運んでくれるの?」

「……」

 

 ボクの言葉にコクリと頷いたヨノワールが、自慢の大きな手でユウリをそっと持ち上げる。膝の上にあった温かさが消えたことに寂しさをちょっと感じながらも、ボクも明日に向けて寝るために、ヨノワールと並んで歩いて行く。

 

「ありがとうね、ヨノワール」

「……ノワ」

「うん、わかってる。……ユウリも、明日、お互い頑張ろうね」

 

 ヨノワ―ルに、『あまり大きな声だと起こすことになるぞ』という言葉をいただいたから、さらに声を小さくして明日に向けての言葉を落とす。

 

「う……ん……ありがと……フリア……」

「……っふふ、なんの夢見てるのやら」

 

 零れたユウリの寝言を聞きながら和やかな気分になったボクは、ヨノワールと並んでゆっくりと部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




緊張

当然フリアさんも新米だったころはあるわけで、その時はしっかり緊張していますよというお話。
よくよく考えたらポケモンの主人公って本当にすごいですよね。
なったばかりでよくあれだけの壁を越えられるものです。




前回フリアさんの見た目云々のお話をしましたが、正直男の娘でも物語上で影響はあまりないのでどちらでもいいんですよね。
それはそれで面白そうですから。


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118話

『わあああああああっ!!!!!』

 

 

「盛り上がってるなぁ……」

 

 ナックルスタジアムは控え室。

 

 壁を震わせるような程の爆音を轟かせ、現在自分のジム戦の番をひたすら待機しているボクの鼓膜を殴ってくる。

 

 やっぱり一番盛り上がるバトルという予想を裏切ることはないみたいで、控室に聞こえてくる観客の声も今までで一番大きいものとなっている。この声を一気に身に受けることを考えると既に今から体が震えてくる。

 

 こんな大声援を毎回受けても平気なキバナさんが本当に凄いと思ったけど、なんだかんだボクもここまでのジム戦の時は、この声援に匹敵するくらいの声を投げかけられている中でうまく立ち回れているとは思っているので、バトルに入れば周りの声が聞こえないくらいの集中力スイッチが入ってしまえば、結局はいつものバトルに落ち着きそうではある。

 

 しかし、今回においてはその緊張とは別の問題がある。

 

「ヨノワールとの連携、うまくいくといいけど……」

 

 先日キバナさんへ行った宣戦布告。それにより、ボクがこのバトルでヨノワールを出すことは確定している。それは、ボクとヨノワールに起きている不調……いや、今ではもう視覚共有という一個上のステージに昇華させることができたものを、キバナさんとのバトルで初登板させるという事。当然ながら、この登板には不安がある。

 

 第一に視覚共有モードに入るのに時間がまだかかる。

 

 時間がかかるだけならまだいいんだけど、入るまでの間はボクの視界がひたすらブレ続けている状態になってしまうので、その間の動きを皆に任せるしかないのがどうしてもつらいと言わざるを得ない。視覚共有という兼ね合いもあり、準備が完了するまでの間はボクだけでなく、ヨノワールの方にも少なくない影響が出てくるのも悩ましいポイントだ。だからこそ、シンオウ地方ではヨノワールが相手の攻撃を避けられなくなってしまい、被弾率が増えて負け試合が込む結果となったのだから。特訓のおかげで共有までの時間こそ短くなってはいるものの、ボクとヨノワールの視界が役に立たない時間は必ず存在する。ヨノワールの視界のぶれはまだましみたいだけど、それでも影響は少しは存在するので、その間はどうしても弱くなってしまう。これがシングルバトルなら防御に回るだけで何とかなる可能性があったんだけど、ダブルバトルとなったら、この瞬間に集中攻撃を受けようものならさすがのヨノワールも耐えるのが厳しい。相方に守ってもらうのも限度はあるしね。

 

 第二にボク自身の体調。

 

 共有するだけでボクの体力がかなり削られるのは勿論、そこに痛みのフィードバックもついてくるのでリスクが大きい。しかもこればかりはいくら特訓で使いこなせるようになってもずっと付きまとうものだと思うし、実践突入も初めてだから、このバトルでどこまでボクの体にのしかかってくるのかがまるで予想できない。最悪バトル途中で倒れることも、なんて考えてしまう。さすがにそこまで来ると相手にも迷惑が掛かってしまうから、そうなる前に棄権をする準備はしているけど……そこまで考えてみると、今でもまだヨノワールは出さない方がいいかもしれないと悩んでしまうところがある。

 

(……でも、ここで逃げたら、多分ヨノワールとのこの現象に答えをだせない気がする)

 

 ボクの最終目標はコウキの横に立つこと。そのためにもこの現象の攻略は必須だ。なのに、今ここでリスクだけに目をつけて逃げるのはやっぱり違う。ネズさんにも「逃げるな」と言われたばかりなのに、ここでヨノワールを出さないという選択肢はない。だからこそ、逃げられないようにキバナさんに宣戦布告したのだから。

 

「ヨノワールは出す。そして、そのうえで絶対に勝つ。じゃないと、きっと意味がないから」

 

 だんだん盛り上がっていく外の歓声に、自分の出番が近づいてくるのを感じる。

 

 深呼吸を一つ。首にかけたマフラーをぎゅっと握りしめながら、これから起きる、ボクにとってジムチャレンジ最後の戦いとは別の意味も持つこの戦いに、心を研ぎ澄ませていく。

 

 飾られている時計の針の音と、自分の心臓の鼓動のみが木霊する控室。もはやここまで来れば、控室にボク以外の人がいることの方が珍しいこの空間。人が誰もいないおかげでいつもよりも深く、声に出しながら深呼吸できることに少し感謝しながらその時を待つ。

 

「フリア選手、準備をお願いします」

「……はいっ!!」

 

 集中しているところに遂にかけられる声。ぎゅっと心の奥から締め付けられるような気合が入り、それに伴うかのように体も勢い良く、跳ねるように飛び上がる。

 

 腰のホルダーについているボールをひと撫でしながら、ジムトレーナーの人の案内に従ってスタジアム会場に向かう暗い廊下を歩いて行く。

 

「……いよいよだ」

 

 自分の足音がコツコツと鳴り響く通路を歩きながら、明るく開けた場所をじっと見つめるボク。一歩歩くたびにあがっていくボクの心拍数は、同じく少しずつあがってくる観客の歓声に呼応するようで、歩いているだけなのにいやがおうにもテンションが上がって来る。

 

 思わず駆けてしまいたくなる気持ちをぐっとこらえて、明るい出口に足をゆっくり踏み出し、ついにスタジアムのコートに飛び出した。瞬間。

 

 

『わあああああああっ!!!!!』

 

 

「ぴぃ!?」

 

 自分がこの爆音をあまり得意でいないことを忘れるというやらかしをしてしまい、震えながら随分と間抜けな声を漏らしてしまう。幸い態度には出ていなかったため、締まらないなんてことにはなっていないはず……たぶん……きっと……メイビ―……と、ふざけるのもこのあたりにして。

 

「本当に……凄い声援……」

 

 控室にいた時からわかってはいたものの、いざこうして目の当たりにすると本当に圧巻の一言だ。スタジアムの観客席が全部埋まっているとまではいかないものの、それでも空いている席を探すのが難関間違い探しなんて比じゃないくらい難しいほどの埋まり具合となっていた。声援の量も観客の数に比例して大きくなっており、集客量が今までで一番多いのだから、当然ながらボクが今まで受けてきた7回のジム戦のどれよりもはるかに大きい。

 

『フリア選手だあああ!!』

『きゃああああ!!頑張ってええええ!!!』

『可愛いぃぃぃ!!』

『こっち見てくれぇぇぇぇ!!』

 

「い、いつにもまして声援の質も変な方に突出しているね……」

 

 周りに耳を傾けてみれば、聞こえてくるのはボクを応援する声からボクの視線を欲しがる声に、ボクを可愛がろうという声。果ては、聞くだけで思わず心配をしてしまいたくなるような、もはや声にすらなっていない奇声まで聞こえてくる。

 

 とりあえず、少し怖いというのと、可愛いと全力で叫んでいる人は、ボクの性別から見直してきてほしい。

 

 そんなこんなでボクに向けられるたくさんの声に、視線をあちこちに飛ばしながらそれとなく答えていると、向かいの入り口から大きな人影が来る気配を感じとる。そちらに視線を向ければ、今これからボクが闘うことになるジムリーダーが、スマホロトムを片手にゆっくりと、しかし、背の高さの分だけボクよりも大きな一歩でバトルコートの中心に歩いてきている。

 

 

『わあああああああっ!!!!!』

 

 

 再び響き渡る観客の大声援。

 

 ボクに向けられたものに比べてさらに大きなその声援は、ガラル地方一番のジムリーダーに向けてストレートに浴びせられる。そんな大声援を受けても顔色一つ、態度一つ変えずに、余裕をもってこちらに歩いてくるのは経験によるものか、はたまた自信によるものか。

 

 一切収まることを知らない歓声の中、ついにバトルコートの中心で向き合うボクたちは、審判の人の説明を聞き流しながら言葉を交わす。

 

「ついにだな!」

「……はい!」

 

 190cmは超えているだろうキバナさんを見上げる150cm近くのボク。身長差のせいで若干首が痛くなりそうなほどの高低差から見下ろしてくるキバナさんは、あの日宣戦布告した時よりもさらに獰猛に、ギラギラと、闘争心を隠す気のない燃えるような瞳で睨みつけてくる。普段が垂れ目気味であることもあり、そこからのギャップも相まって余計に迫力があるその睨み。いつものボクなら思わず怯んでしまいそうなほど凄みのあるそれを、同じく宣戦布告した時と同じように真正面から見つめ返す。

 

 きっと傍から見たらお互いの視線の間で火花が散っていることだろう。それほどまでにボクたちにとってこのバトルは楽しみで仕方なかったものだから。

 

 言葉は必要ない。ただただ一秒でも早く、審判の説明が終わることを願っていた。

 

 お互い、目をしっかり合わせていくうちにいつしか周りの歓声が聞こえなくなっていく。今までも集中しすぎて周りの音が消えたことは何回もあるけど、バトル前にここまで集中することはなかった。少なくとも、ガラル地方にきて、最も早くこのモードに入っている。

 

『━━さてさて、長い前置きはこの辺にしておいて、いよいよ今日の最後のバトルを行っていただきましょう!!』

 

 ようやく終わった審判の説明。その言葉を聞いた瞬間、すぐに後ろに振り返り、バトルコートの端と端へ移動する。端まで来たところで振り返れば、中心で向かい合っていた時よりも小さくなった、それでいて迫力は全く変わらないキバナさんの姿。

 

 いよいよ、ガラル最強のジムリーダーとのバトルが始まる。

 

『ではまいりましょう!!使用可能ポケモンは4体!!先に4体のポケモンが全て戦闘不能になった方の負けです。なお、ポケモンの変更はチャレンジャーのみに許されます!!そして、ここナックルスタジアムのジム戦はダブルバトルで行われます!!いいですね?』

 

「はい!!」

「おうよ!!」

 

 審判による最後の確認。

 

 この瞬間だけは、観客たちも誰一人声を上げることをしない。万が一、開戦の言葉が選手に届かなかったら大変だということを知っているからだ。

 

 これだけの人がいるのに、まるで誰もいないのではと錯覚してしまう程静まり返るスタジアム。そんな静寂が包み込むバトルコートに、再び審判の声が響く。

 

『両者!!ポケモンを!!』

 

「お願い!!エルレイド!!マホイップ!!」

「行くぜ!!ギガイアス!!フライゴン!!」

 

 合図とともに現れる4体のポケモン。

 

 それぞれがやる気満々な意気込みを表すために、声を上げたり構えを取る中、審判がバトル開始の合図をする前に、バトルコートに異変が起きる。

 

「吹けよ風!!呼べよすなあらし!」

「すなあらし……ギガイアスの『すなおこし』か……」

 

 巻きあがるは少し先すら視認することが難しいほどのすなあらし。対面にいるキバナさんの姿も朧げにしか見えないほどで、果たして観客席にいる人たちはこのバトルコートで行われるバトルをしっかりと観ることが出来るのかと不安になってくるほどだ。そのうえ、すなあらしが観客に被害を出さないようにするためのバリアも張ってるあるため、いよいよもって観戦者の視認性が不安になる。

 

 まぁ、その辺は何とかしてあるんだろうけど、とりあえずそのあたりのことは一旦おいておいて……

 

「エルレイド!!マホイップ!!大丈夫!?」

「エルッ!!」

「マホ~……ッ!!」

 

 砂から目を守りながら答えるエルレイドと、自分のクリームに砂が混じることに大きな不快感を感じながらも、頑張って気丈にふるまうマホイップ。そんな2人の様子を見ながら、ボクも砂が目に入らないようにできる限り薄目で相手を見る。

 

 すなあらしはじめん、いわ、はがねの3種類以外のタイプへ少しずつダメージを与えてくる厄介な天候だ。シンオウ地方の時の手持ちならじめんタイプの仲間が1人いたから少しは戦いやすかったけど、ガラル地方での仲間にはじめんタイプのポケモンはいない。そして天候を変える技を持ったポケモンもいないので、この悪天候には真正面からぶつからないといけない。キバナさんがすなあらしを選んでくること自体は、キバナさんのエースポケモンから想像することはできたけど、こればかりはどうしようもないのであきらめておく。幸いポケモンの力で起こる天候変化は、特別なものでもない限り時間が延びることはあっても永続ではない。上手く立ち回ることはできなくはないはずだ。

 

「2人とも、ちょっと戦い辛いかもだけど、頑張るよ!!」

「エル!!」

「マホ!!」

「さあ暴れようぜ!!ギガイアス!!フライゴン!!」

「ギッガ!!」

「フラァッ!!」

 

 

ジムリーダーの キバナが

勝負を しかけてきた!

 

 

『それでは、バトル開始ィッ!!』

 

「ギガイアス!!フライゴン!!『じしん』!!」

「エルレイド!!マホイップを抱えてジャンプ!!」

 

 審判の言葉とともに、ついに注目の一戦が開始される。それと同時にキバナさんから指示されるのは、2体同時のじしん。2体から同時に放たれる地を伝う破壊のエネルギーを、エルレイドはマホイップをお姫様抱っこして宙に飛び立つことで何とか避ける。

 

「いきなり全開ですね!!」

「あったりまえだぜ!!息つく暇なんてあると思うなよ?ギガイアス!!『ロックブラスト』!!フライゴン!!『りゅうのはどう』!!」

 

 始まりからアクセル全開のキバナさん。空中に逃げることでじしんを避けることはできたものの、フライゴンのように空を飛べるポケモンでもない限り空中での回避行動は限られている。そこをすかさず狙ってくるキバナさんの攻撃に対し、ボクもすぐさま防御姿勢を取る。

 

「エルレイド!!『リーフブレード』で『ロックブラスト』を切り裂いて!!マホイップは『マジカルシャイン』で『りゅうのはどう』を止めて!!」

 

 迫りくる岩の弾丸は草の刃で切り裂き、宙をかける龍のエネルギーはフェアリーの力でかき消していく。反撃のためにお姫様抱っこからおんぶに変えたエルレイドとマホイップは、これくらいの攻撃は簡単にいなせるぞと、着地と同時に自信満々に構えを取る。

 

「まあこれくらいはしてもらわないとな!張り合いがないぜ!!」

「当然です!!では先手はしのいだことですし、次はこちらから!!マホイップ!!」

 

 ボクの言葉を聞いてマホイップが行うのはクリームの散布。地面を伝って伸びていくクリームはマホイップを中心にどんどん広がっていく。

 

「マホイップ!!GO!!」

 

 ある程度クリームが広がったところで、クリームに飛び込んで姿を消すマホイップ。いつものクリーム戦法。足があまり速くないマホイップが、本来ではありえないスピードでフライゴンへ接近し、フライゴンの真下でマジカルシャインを構える。

 

「ギガイアス!!『ストーンエッジ』!!」

「エルレイド!!『かわらわり』!!」

 

 それを阻止するべく、地面から岩の刃を放ってきたギガイアスに対して、マホイップを守るように前に出たエルレイドが手刀にて切り捨て、そのままギガイアスに追撃せんと前に踏み込む。そんなことをしているうちにマジカルシャインの準備ができたマホイップが、技を発射。範囲攻撃であるマジカルシャインは、フライゴンのみならず、エルレイドをよけてその奥にいるギガイアスにも飛んでいき……

 

「フライゴン!!『アイアンテール』!!地面に叩きつけろ!!」

 

 その妖精の光を、鈍色に変わったフライゴンの尻尾が切り裂き、そのままギガイアスとエルレイドの間の地面に突き刺さる。地面に突き刺さった衝撃でマジカルシャインの威力はさらに消され、同時に広がっていたクリームが弾け飛び、エルレイドの視界が奪われる。

 

「ギガイアス!!『ロックブラスト』!!」

「『サイコカッター』!!」

 

 その隙をついて再び飛んでくる岩の弾丸。しかし、それを不思議な光を放つ刃をやたらめったら飛ばしまくってクリームごと吹き飛ばすことで攻撃を防ぎ、なんなら相手のロックブラストをそのまま跳ね返す。

 

「フライゴン!!」

 

 これが少しでも相手に当たればよかったものの、返された岩の塊はすぐに反応したフライゴンがアイアンテールでカバーすることで全て撃ち落とされる。この間にエルレイドはボクの前に戻ってくることで1度仕切り直しに。

 

「フラッ」

 

 そう思い、全ての岩を打ち落としたところで一息着いたフライゴン。そんな彼に、背後から()()()()()()()()()()()()

 

「フリャッ!?」

「ほう」

「……ナイス『マジカルリーフ』」

「マホッ!!」

 

 お互いの距離が離れたことで、1回仕切り直しになるだろうという油断と隙をついてマジカルリーフがフライゴンに命中する。不意をつかれたとはいえ、何とか反応はしたので全弾直撃とは行かなかったものの、ファーストヒットはこちらが頂いた。少なく無いダメージはちゃんと入ってると思いたい。

 

「いいよマホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 久しぶりのバトルということでいつも以上に張り切っているマホイップが、まだまだこれからというように、元気に声をあげる。

 

「やるじゃねぇか!!だがまだまだぁ!!ギカイアス、『ストーンエッジ』!!」

 

 キバナさんの指示とともに乱立する岩柱。こちらを攻撃する目的ではなく、こちらの移動を制限するかのように、辺り一面にまばらに生えてきたそれは、ボクとエルレイド、マホイップの視界を奪っていく。

 

「フライゴン!!飛べぇ!!」

 

 一瞬で視界ががらりと変わったことに少なくない動揺を浮かべたエルレイドとマホイップ。そのせいで少しだけ反応が遅れたのを確認したフライゴンが上空へ飛び出す。

 

 すなあらしで見辛いけど、独特の羽音とシルエットがかろうじて確認できるため、まだ攻撃をすることはできそうだ。が……

 

「フライゴン!!『りゅうのまい』!!」

 

 はるか上空にてフライゴンが行うのは龍の踊り。自身の攻撃と素早さを強化するその技は、一回舞うだけなら脅威ではあるがまだ対処が可能だ。だけど、すなあらしでいつものパフォーマンスが難しいことと、エルレイドとマホイップが空を飛ぶことが出来ないことが合わさり、フライゴンに何回もりゅうのまいを舞える機会を与えてしまう。

 

「マホイップ!!『マジカルシャイン』!!」

「ギガイアス!!『ロックブラスト』!!」

 

 マホイップの攻撃で何とか技を中断させようとするものの、ロックブラストで威力を軽減されたマジカルシャインでは、フライゴンに到達する前にすなあらしにかき消されてしまう。しかし、マホイップがマジカルシャインでキバナさんの視線を誘導したおかげで、エルレイドがストーンエッジにてできた柱を飛び回ってフライゴンに近づくことが出来た。

 

 一番背が高い岩柱から、フライゴンに向かって力強く飛び込むエルレイド。りゅうのまいをすることに集中していたため反応が少し遅れたフライゴンの目の前に躍り出て、肘にある刃を伸ばし攻撃態勢。

 

「叩き落とせ!!『サイコカッター』!!」

 

 虹色に光る肘の刃を振りぬき、フライゴンに叩きつける。派手な音が響き渡り、傍から見ても大ダメージが入ったように見えるその攻撃は、しかしフライゴンとエルレイドの間にある鈍色の物体によって阻止されていた。

 

「ヒュ~、あぶねぇあぶねぇ。何とか間に合ったな。『アイアンテール』!!」

「エルレイド!!『かわらわり』でガード!!」

 

 間一髪で防いだフライゴンは、すぐさまアイアンテールでエルレイドのサイコカッターを弾き、そのまま前宙返りを行い、りゅうのまいで強化されたアイアンテールを真上から叩きつけてくる。これを両腕の手刀をクロスに構え、鋼技であるアイアンテールを砕かんと叩きつけるエルレイド。が、すでにりゅうのまいを数回終えていたフライゴンの攻撃を止めきることが出来ずに、そのまま地面に叩き落される。

 

「マホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 このままでは地面に叩きつけられるか、岩柱にぶつけられてかなりのダメージを負ってしまうため、マホイップにクリームのクッションを即席で作ってもらい、エルレイドを受け止める。

 

「ッ……エル!」

「マホマホ~」

 

 助けてもらったお礼を言うエルレイドと、嬉しそうにどういたしましてと返すマホイップの姿に思わずほっと一息。しかし、上空に視線を動かせば、ただでさえ攻撃力を強化しているフライゴンが、すなあらしの中でさらに舞い続けていた。

 

 それはすなあらしの中を舞う妖精のようで……

 

「さあ行くぜフライゴン。こっからはお前のステージだ!!」

 

 ガラル地方最後のジム戦。宙を舞う妖精は、第一の壁としてボクの前に立ちはだかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




身長

どこかの誰か調べによると、キバナさんの推定身長はこれくらいらしいです。
一方でユウリさんが155くらいで、覚えているかはわかりませんが、フリアさんはユウリさんよりも身長が小さいので150くらい。
ますます男の子なのかと疑いたくなりますね。

じめんタイプ

これにてフリアさんのシンオウ地方の手持ち全員のヒントが露出しましたね。
118でとは……いくらなんでも遅すぎなくもしなくないですが。
最後の1体はじめんタイプを持っています。さぁ、誰でしょうか?

フライゴン

りゅうのまいを舞いまくり。
ゲームだと1ターンかかりますが、リアルだとそんなものないですからね。
舞えば舞うほど強くなります。
フリアさんのモスノウも同じようなことをしていましたよね。




今更ながらサブタイトルをつけていないことを不憫に感じ始めています。
過去のお話を振り返り辛い……ですが、サブタイトルでネタバレも嫌なので、やっぱりこのままで。
重要な設定は別でメモしてますし大丈夫でしょう。多分……


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119話

「さぁ翔けろフライゴン!!『アイアンテール』!!」

 

 りゅうのまいによって圧倒的な素早さと火力を手に入れたフライゴンが、独特の羽音を響かせながらすなあらしの中を駆け回る。ただでさえすなあらしで視界が悪いのに、元々すなあらしの中で飛ぶことが得意なフライゴンがりゅうのまいで素早さを底上げしているのだから目で追いかけるだけでも至難の業だ。幸い、先程も述べている通り、フライゴンの羽ばたく音はかなり特徴的な音なので、聴覚に頼ることでまだ反応は可能だし、エルレイドに至ってはエスパータイプ特有の読心もあるため、まだなんとかなる……と思う。ただ一番の問題はそこじゃない。

 

「エルレイド!!右!!」

 

 ボクの視界とエルレイドの読心によってどこからフライゴンが来るかが分かったため、右に向かってかわらわりを放つエルレイド。想像通り、エルレイドの右側から襲い掛かって来る鈍色の尻尾は、その技に対して反撃をしようと構えたエルレイドがしっかりと受け止めた。しかし、受け止めたはずの尻尾が更に押し込まれる。

 

「エルッ!?」

「マホイップ!!もう一回援護!!」

 

 りゅうのまいで強化されすぎて受け止めることが出来ず、再び飛ばされそうになるエルレイドの背中を、マホイップがクリームで支えて耐えられるように援護をする。

 

(やっぱり火力が段違いだ……)

 

 先ほど空中で受け止めた時と違い、しっかりと腰を落として受け止めているのにまるで打ち勝てる気がしない。自分が得意なかくとう技を使い、相手は得意なドラゴン技を使っていないのにもかかわらずこの差だ。恐らく素のステータスなら、ジム用に調整されているフライゴンには絶対に勝っているという自負はある。けど、それ以上にりゅうのまいによって強化されている振れ幅がでかすぎる。マホイップとの2人がかりでようやく受け止めることが出来る所を見れば、傍から見てもその火力はよくわかるだろう。そして、忘れてはいけないのがこれは2対2のダブルバトルだという事。相手はフライゴンだけではない。

 

「そっちばかりに注視していいのか?ギガイアス!!『ストーンエッジ』!!」

 

 フライゴンの火力は確かに放っておくことはできないが、かといって彼ばかりに目を向けていると、もう1体への注意が散漫になってしまう。今も、フライゴンからの攻撃を止めることに集中しすぎて、ギガイアスから放たれたストーンエッジを避けることが出来ずに2体そろって吹き飛ばされてしまう。

 

「2人とも、大丈夫!?」

「エルッ!!」

「マホッ!!」

 

 ボクの呼びかけに対して、クリームの中から這い出てきながら答える2人の姿にほっとする。またもやマホイップがクッションを用意して受け止めてくれたみたいだ。

 

(マホイップのおかげで何とか致命傷だけは避けている……けど、あのフライゴンの火力をどうにかしないと……)

 

 再び上昇して、すなあらしのなかに舞うフライゴン。あそこまで届く技は、こちらの中ではマジカルリーフ、マジカルシャイン、マジカルフレイム、サイコカッターの4つ。だけど、現状ここからあのフライゴンを狙ったところでギガイアスに邪魔をされるだろうし、例えされなくても、すなあらしの中で軽減された攻撃ではアイアンテールで消されてしまうだろう。ならば先にギガイアスを落とすべきなんだろうけど、耐久力にかなりの自信があるギガイアスを、フライゴンに邪魔されないうちに倒し切るのは至難の業だ。

 

 ギガイアスの弱点としては、物理攻撃よりも特殊攻撃にそこそこ弱いという点が挙げられるけど、それでも普通のポケモンに比べると十分な耐久があるし、そもそもいわタイプは天候がすなあらしの時に、その砂を自身の体にまとわせることで特殊攻撃に対する耐性を得ることが出来る。つまり、すなあらしが吹き荒れているこの状況では、ギガイアスは物理にも特殊にも高い耐性を手に入れている。こうなってしまうと、フライゴンに邪魔される以前にそもそも倒すのがかなり困難になってしまう。

 

 どちらかに攻撃を集中させないと倒せないのに、それすらも難しいという最悪の状態。

 

 さっきから力比べをするたびに負けていることからわかる通り、現状のエルレイドとマホイップでは火力が足りていないのは自明の理。

 

 すなあらしの中、空を制圧するフライゴンと、地面で要塞化するギガイアス。天候を利用したキバナさんらしい磐石な構え。

 

(だけど予想はしてた!だから対処法もある!そのためのマホイップなんだから!!)

 

「マホイップ!エルレイドの背中に乗って!!」

「マホッ!!」

 

 ボクの指示を聞いてすぐさまエルレイドにおんぶして貰うマホイップ。最初に地面に着地する時とおなじ格好をとった2人は、そのままフィールドを走り始める。

 

「さぁ何を見せてくれるんだ?」

「この2人だからできる楽しい戦法です!!エルレイド!!『かげぶんしん』!!」

 

 マホイップを背負ったままかげぶんしんを行ったエルレイドは、分身たちと一緒にストーンエッジの森を駆け回る。辺り一面を飛び回るその影に、ギガイアスもフライゴンも、どれが本体なのかを見失ってしまい、辺りをキョロキョロし始める。

 

「数で撹乱か?確かに面白い図だが、そんなんじゃあオレ様は止められねぇぞ!!『じしん』!!」

 

 どれが本物か分からないなら全部潰せばいい。そんなキバナさんらしい荒々しい指示に従うフライゴンとギガイアスによって、再び地面が大振動を起こす。

 

 しかし、今のエルレイドはストーンエッジを利用して空中を跳ね回っている。勿論地面に立っているのが1人もいないという訳ではないので、この技で消えてしまった分身は相応に存在する。けど、空中にいる分身の方が数が多いので、ほとんどの分身が攻撃を避けることに成功していた。

 

「さぁ、落ちてくるぞ!!」

「っ!?」

 

 だが、キバナさんの狙いはそこじゃない。飛び回っているエルレイドには当たらないと思っていたけど、このじしんによって乱立していたストーンエッジが次々と崩壊していき、割れた岩が落ちてくる。元々エルレイドたちよりもかなり高くそびえ立っていたストーンエッジが崩れればどうなるか。答えは、岩雪崩となって落ちてくる、だ。

 

「さらに上に飛んで!!」

 

 岩に押しつぶされないように、落ちてくる岩すらも足場として上に駆け上がるエルレイドたち。すなあらしのせいで視界が悪く、スリップダメージも痛い中、それでも駆け抜けたエルレイドたちは、その数をさらに半分ほど減らして、ようやくストーンエッジよりも高い所へと躍り出る。代償となった分身は確かに多いけど、これでもう巻き込まれない。

 

(ギガイアスだって危ないだろうに、本当に無茶苦茶するね……)

 

 じしんという技も、今回の岩の雨も、どちらも味方を巻き込む技だ。空を飛んでいるフライゴンはともかく、地面にどっしりと構えるギガイアスには全部当たってしまう。一体どうやって……と思いながらちらっとギガイアスの方を見てみると、地面に体をめり込ませ、できる限り体を小さくしながら踏ん張っていた。

 

(気合で耐えてるの!?逞しすぎない!?いや、ギガイアスの硬さだからできるのかな?)

 

 とにかく、これでギガイアスに対してダメージが入っていない事が分かった以上、相手の自滅も狙えないので避けることに集中するしかない。なぜなら、今こちらはじしんと岩石落下のせいで空中にいるから。

 

「そこを撃ち落とすぜ!!フライゴン!『りゅうのはどう』!!ギガイアス!!『ロックブラスト』!!」

「マホイップ!!『マジカルシャイン』!!エルレイドは『かわらわり』!!」

 

 空中にいるということはそれだけ動きを制限されるという事。むしろ、じしんは飛んで避けざるを得ない技だからこそ、相手を空中に誘導しての攻撃がよく刺さる。かげぶんしんのおかげでまだどれが本体なのかがばれていないのが幸いだったけど、ならばとキバナさんは遠距離技を薙ぎ払うように放つことによって本体をあぶりだそうとしてくる。

 

 全体にまばらにしたおかげで威力こそ下がってはいるものの、それでも貰ってしまえば痛いことに変わりはない。飛んできた技を受け止めるべく、2人そろって反撃の技をすかさず発射。竜の力は妖精が止め、岩石はかくとう技で叩き割る。相性の関係でまだ止めやすかったのと、フライゴンが強化されている物理技で攻撃しなかったことが幸いし、なんとかすべての攻撃を防ぐことには成功したものの、今の攻撃で分身がすべて消えてしまい本体があらわになる。

 

 空中に姿を隠すこともなく漂っていれば、相手にとっては当然格好の的だ。そして運が悪いことに、そんな相手を刈るためにもってこいな敵が空にいる。

 

「フライゴン!!今度こそ『アイアンテール』で叩き潰せ!!」

 

 さっきと同じ状況で、しかし度重なるじしんといわなだれによって地面にクッションとなるクリームがない。りゅうのまいで素早さも上がっているため、真正面からくるフライゴンに対しては、後ろに背負われているマホイップの技も間に合わない。

 

「エルレイド!『かわらわり』!!」

 

 受け止められるのはエルレイドのみ。なのでまたもやアイアンテールをかわらわりで受け止める構図となる。

 

「おいおい、またそのパターンか?受け止められないのはよく知っているだろ?」

 

 もう見た光景がまた繰り返されることに、若干呆れたような声を出しながらこちらを見てくるキバナさん。その目にはちょっとの失望の色を浮かべており、とりあえずこのままエルレイドを倒してしまうかという考えが見て取れる。

 

「これならまだダンデが推薦していたやつらの方が骨があったぜ?……まぁいい。フライゴン!決めな!!」

 

 その言葉を実現しようと、フライゴンがアイアンテールに目一杯力を籠めようとして……

 

「エルッ!!」

「フリャッ!?」

「……は?」

 

 フライゴンの尻尾が勢いよく後ろに弾かれる。

 

 まさか弾かれると思っていなかったキバナさんとフライゴンの表情が驚愕に染まったのを確認したボクは思わずニヤリとし、そのまま反撃の一手をエルレイドに伝える。

 

「エルレイド!!『インファイト』!!」

「エルルッ!!」

 

 両こぶしに全力を籠め、隙だらけのフライゴンに対してラッシュを叩き込むエルレイド。今までしてやられたことによってたまった鬱憤を晴らさんと、雨のように拳を振り続けたエルレイドは、先ほどアイアンテールで地面にたたきつけられた分のお返しと言わんばかりに、最後の一撃を振り下ろしてフライゴンを地面に叩き落す。

 

「『りゅうのまい』で強化された技を打ち返しやがった……?だがどうして……いや、まさか!!」

 

 キバナさんが答えに辿り着いたところで、エルレイドが少し得意げに()()()()()()()()()()()を見せてくる。

 

「『デコレーション』か!!」

「そういう事です!!」

 

 デコレーション。

 

 マホイップが覚えることのできるダブル専用技。その効果は、自分が選んだ相手に対して、自身のアメざいくやクリームを飾りつけしてあげることで、攻撃と特攻をぐーんと上げることのできる補助技だ。かげぶんしんで攪乱しながら飛んでいる間に、マホイップがエルレイドのためにこっそりと準備しておいたもの。

 

 これがりゅうのまいで火力が上がっているフライゴンに対する対抗策。

 

 上がった素早さはかげぶんしんでいなし、あがった攻撃に対してはこちらも攻撃を上げる。これで対処ができるはずだ。

 

「成程……前言撤回だ。やっぱりお前は面白れぇな!!」

「そう言ってもらえてよかったです!!エルレイド!!追撃!!」

「させねぇよ!!ギガイアス!!『ロックブラスト』!!」

 

 地面に落ちて大ダメージを負っているフライゴンに追撃するべく、地面に着地したと同時に前に走るエルレイド。度重なるじしんによってストーンエッジも崩されており、視界も大分開けたのでのびのびと走り出すエルレイドに対して、接近を少しでも遅らせようと牽制技を放ってくるギガイアス。しかし、デコレーションによって攻撃力の上がった今のエルレイドに対して、この程度の岩はなんにも怖くない。

 

「『かわらわり』で打ち壊しながらつき進め!!」

 

 両手の手刀で、まるで豆腐を切るようにスパスパと岩を切り裂きながら直進するエルレイド。その姿を見てギガイアスも攻め方を変える。

 

 崩れて視界が開けたからと言って、まだ崩れきってはいないのもある岩柱にロックブラストを跳弾させて、今度はエルレイドの側面から岩をぶつけようと頑張る、けど、エルレイドの死角からの攻撃はマホイップがクリームを出して受けとめていた。

 

 攻めはエルレイドが、守りはマホイップが担う完璧な陣形。

 

 いくらデコレーションで強化されているとはいえ、インファイトを行っている以上防御面はさらに弱くなってしまっている。そんなエルレイドをしっかりと援護するマホイップの姿には頭が上がらない。

 

 気づけばエルレイドがもうギガイアスの目と鼻の先まで距離を詰めていた。

 

「エルレイド!『インファイト』!!」

 

 再び構えるは先ほどフライゴンを落とした最強のかくとう技。

 これが当たれば、さすがのギガイアスもただでは済まないはず。

 

「フライゴン!!意地を見せろ!!『りゅうのはどう』!!」

 

 未だにダメージのせいで思うように動けないフライゴンが、それでもギガイアスを守るためにりゅうのはどうを発射。またマホイップのマジカルシャインで撃ち落とそうと考えたものの、今回は直接エルレイドを狙ったわけではなく、エルレイドの横の地面に向かって放たれる。結果、その場で爆発が巻き起こり、岩の破片が飛び散って礫となり襲い掛かる。

 

 ダメージを受けるほどではないにしろ、エルレイドの動きが少し緩む。

 

「ギガイアス!!『じしん』!!」

「エルレイド!!バック!!」

 

 その隙を逃さずにギガイアスも体重を使って大地を揺るがす。

 

 もう少しで手が届きそうだったけど、攻撃をすれば間違いなくこのじしんで此方も大ダメージを受けてしまうので深追いはやめて後ろに下がる。

 

「たった一撃で形勢逆転かよ。末恐ろしいな」

「キバナさんと戦うことを考えてこちらも準備してますからね」

 

 インファイトのダメージからようやく立ち直って飛び上がったフライゴンを確認しながら言葉をこぼすキバナさん。こっちはキバナさんに勝つために、マホイップの戦い方をいろいろ考えたのだから、むしろ通じてもらわなくては困る。そして、実は今の状況はキバナさんが思っているほどこちらが有利というわけでもない。というのも、インファイトのデメリットにより、エルレイドが動けば動くほどこちらの防御が下がってしまうからだ。りゅうのまいで強化されたフライゴンと力比べはできる。しかし、万が一攻撃を喰らおうものなら、おそらくこちらも一撃で沈む。そうなれば、マホイップには単体で覆す力はないので今度はこちらが一気に崩される。すなあらしにさらされている時間も考えれば、アイアンテールとの打ち合いも合わせてエルレイドの体力もかなり削られているとみていい。

 

(フライゴンが落ちるのが先か、エルレイドが落ちるのが先か!!)

 

 少なくとも、この2対2の決着はもうすぐ着くことになるだろう。

 

「エルレイド!!『かげぶんしん』!!マホイップは『マジカルリーフ』!!」

「フライゴン!!もっと舞え!!ギガイアスは『ストーンエッジ』!!」

 

 お互い決着までの時間は理解しているからこそ、次の接敵で決めるべく準備を始める。こちらはかげぶんしんで攪乱を、あちらは更にりゅうのまいを行って火力と速度の準備を行い、その間にマホイップが牽制を、ギガイアスがフィールドの作成を行っていく

 

「『ロックブラスト』!!」

 

 場に再び岩の柱が乱立したところでまた飛んでくる岩石。しかし、先ほどよりも明らかにその数は増えており、跳弾も激しくなっているので体感はもっと増えて感じる。

 

「エルレイド!!」

「フライゴン!!」

 

 岩が反射して荒れ狂う中、それでもその中を駆け抜けるエルレイドとフライゴン。フライゴンはりゅうのまいによってさらに強化された素早さで駆け抜けて、エルレイドは背負っているマホイップがクリームを操作し、受け止めることで岩をよけていく。

 

 クリームを操作するマホイップの姿が、まるでヨノワールがかげうちで岩を持っていた時の姿に似ていて、そこから学んだんだと思うと顔がほころんでしまう。

 

 そんな少し嬉しい気持ちになっている間に、エルレイドのかわらわりとフライゴンのアイアンテールがぶつかる。

 

 鈍い音を響かせながら打ち付けあう2人の攻撃はさらに激しくなる。

 

 振り下ろされるかわらわりを右回転しながら尻尾を振るうことで弾き、その勢いを利用したままもう一回転して右側から尻尾を打ち付けてくる。それをしゃがんで避けたエルレイドが、下からすくい上げるようにかわらわり。これに対してフライゴンがりゅうのはどうを至近距離で放つことで、かわらわりとりゅうのはどうが触れて爆発。爆風に煽られて少し後ろに下がるエルレイドを見たフライゴンが、今度はじしんにて追撃。この技だけは絶対に食らうわけにはいかないと無理やりジャンプして空に逃げる。しかし、無理やり飛んだせいで他の動きに目を向けることが出来ずに、さっきから飛び回っている岩をよける余裕がない。そこを確認したギガイアスがロックブラストを、フライゴンがそこにさらに追撃するためにアイアンテールを構える。

 

 エルレイドに向かう2つの攻撃。

 

「マホイップ!!」

「マホ!!」

 

 そんなピンチのエルレイドを支えるのはマホイップ。

 

 クリームの操作精度がスパイクタウンでの特訓によりあがったおかげで、まるでポプラさんのマホイップのように自在に操り、飛んでくるロックブラストを掴んでフライゴンに叩きつける。

 

 急に岩をぶつけられたことによって、フライゴンがバランスを崩した。

 

「エルレイド!!『インファイト』!!」

 

 刹那の隙。しかし、今のエルレイドにとっては万秒にも等しい隙。

 

 懐に踏み込んだエルレイドが全力で拳を叩き続け、目にも止まらない連撃が再びフライゴンの体を捉えて吹き飛ばす。

 

 ちらりと見えたフライゴンの目はグルグル状態。つまり戦闘不能。

 

(行ける!!)

 

 残りはギガイアスのみ。

 

「エルレイド!!」

 

 ボクの言葉を聞いてエルレイドがギガイアスへ猛ダッシュ。フライゴンがいない以上、エルレイドの攻撃を止める役がいないから決め切るなら今しかない。エルレイドもそれを理解しているからこそ、さらに防御が下がることを承知で最後の詰めへ。相手のギガイアスも自分が狙われていることに気づいてはいるけれど、防御に優秀な反面機動力に難があるため、エルレイドの攻撃から逃げることはできない。

 

「これで2体目!!」

 

 一気にこちらの勝利につながるとどめの一手。見る見るうちにエルレイドがギガイアスに詰めていき、もう数秒もすれば、フライゴンのようにギガイアスも殴り倒されることだろう。

 

「ったく、強いだけじゃなくて学習能力も高いか……そのマホイップ、ばあさんみたいなこともできるのか……」

 

 この押されている状況に声を漏らすキバナさんの言葉。しかし、その言葉に焦りなんてみじんも感じられず、不満はありつつも想像はできたといった感じだった。

 

「やりたくなかったが仕方ねぇ。……すまねぇな、ギガイアス」

「ギガ」

 

 申し訳なさそうなキバナさんの言葉。それと同時にギガイアスの集中していくエネルギー。

 

 このエネルギーの流れを、ボクはつい最近にも見た。

 

「まず!?エルレイド!!下がって!!」

 

 ネズさんにも喰らったあの技の予兆を感じて慌てて引かせようとするものの、もう懐に踏み込んでいるため今から下がっても範囲から逃げられない。

 

「ギガイアス!!『だいばくはつ』!!」

 

 またもや見ることとなった自爆技。自分も含めて、全てを壊すそのエネルギーは、すなあらしもストーンエッジも、何もかもを吹き飛ばしフィールドを更地に変える。

 

 爆音と激しい光が納まり、ようやく確認できるようになったバトルフィールド。そこには自爆によって目を回したギガイアスと……

 

「……エル?」

「え?」

「なんだと!?」

 

 何故か()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

 

 そして同時に、その理由にすぐ思い至る。

 

「マ……ホ……」

「マホイップ!!」

 

 エルレイドのすぐそばには、ありったけのクリームを周りに散らせたマホイップの姿があったから。

 

 

「フライゴン、ギガイアス、マホイップ戦闘不能!!」

 

 

「2人とも、お疲れだ」

「マホイップ……ありがとう」

 

 倒れた3体が同時にボールへ戻っていく。

 

「仲間を守るために、自分の身を犠牲にしてでも全力でエルレイドをクリームで包んだか……お前の強さはお前の思考の凄さだけじゃなく、そうまでしてでも仲間を守りたいと思わせるほどの絆を作り上げることにもあるのかもな」

「本当に……自慢の仲間です」

「エルッ!」

 

 マホイップの姿に心を打たれたエルレイドが、さらに気合を入れる。

 

「本当に、良いトレーナーだ。だから、もっともっとオレ様を楽しませてくれ!!」

 

 マホイップの熱い思いに、キバナさんが吠える。

 

「マホイップのためにも……絶対に勝たせてもらいます!!」

 

 マホイップの優しい行動に、ボクの中で何かが燃える。

 

 マホイップの思いと行動を中心に、バトルは後半戦へ動いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デコレーション

ダブルと言えばやっぱりこの技ですよね。それだけでなく、今回はマホイップ大活躍回。
どうしても耐久寄りのポケモンは活躍させる機会が少ないんですよね。もっと平等に活躍させたいです。

だいばくはつ

まさかの2回連続爆発オチ。
正直どうしようか悩んだ展開なんですけど、前回あまり活躍できなかったエルレイドとマホイップを活躍させたうえでキバナさんも負けない手となると、ギガイアスというポケモンの特性もあってこういう形に。
前回とはまた違った爆発の仕方と結果は意識しましたけど……どうでしょうかね?

戦闘不能

というわけでまさかの3体同時(?)に戦闘不能。なんですけど、フライゴンだけちょっと怪しいですよね。
実際、リアルタイムだとダブルバトルのこの通告はどのタイミングでされるんですかね?
2体2だけなら大丈夫ですけど、今回のように4体まで使えるのであれば途中でポケモンを追加しないといけないのでどこかで切らなきゃですよね。
その辺は審判の匙加減なんですかね?少なくともこの作品では私の匙加減で行こうと思います。




気づけば1,000,000文字を軽く超える作品に……
今からこの作品を読み始める人は長くて大変そうだなぁと思いながらも、この作品はまだまだ続くので最終的に何文字になるのかがちょっと恐ろしいですね。
最終話の構成はできていますが……そこに行くまでどれくらいかかることやら……。


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120話

「さあ行くぜサダイジャ!!そしてジュラルドン!!」

「……来た!!」

 

 マホイップ、フライゴン、ギガイアスが倒れてバトルは後半へ。次にキバナさんが繰り出したのはサダイジャと、エースポケモンのジュラルドン。数多くの挑戦者を叩き落としてきたキバナさんのエースの登場に、観客席の歓声がさらに大きくなる。

 

「マホイップの思いに免じてリードは譲ってやる。だが!こっからはオレ様のパートナーが!そしてサダイジャが!!全部ひっくり返してぶっ潰す!!」

「ジュラァッ!!」

「シャァァァァッ!!」

 

 更に目をぐっと吊り上げて、こちらを威嚇するように叫ぶキバナさん。そんなキバナさんについて行くように叫ぶサダイジャとジュラルドン。キバナさんからは勿論、キバナさんからのポケモンたちからも激しい威圧感を感じ、場に残るエルレイドが少しだけ押される。場に自分しかいないという心細さからのその行動を見て、ボクもすぐさま3体目のポケモンを場に繰り出す。

 

「頼むよブラッキー!!」

「ブラッ!!」

 

 ボクから出てくる3体目はブラッキー。インテレオンとどっちを出すか最後まで迷っていたんだけど、体力と防御が下がっているとはいえ、デコレーションで火力を上げている今のエルレイドなら、インテレオンを起用するよりはブラッキーで補佐してあげる方がうまく立ち回れそうと判断したからの選出。それに、インテレオンはジュラルドンに対してあまり火力が取れないしね。それならエルレイドで頑張った方がジュラルドンに圧がかけられそうだと思う。

 

(インテレオンはインテレオンで、サダイジャをすぐに落とせる可能性があることを考えたら甲乙はつけがたいけど……キバナさんの戦闘スタイル的に間違いなくサダイジャはサポート。だったらやっぱりこちらもサポートを置いて補助させたいよね)

 

 再び場に4体のポケモンがそろったことにより、空気が引き締まっていく。

 

(まずはエルレイドの体力を戻す!!)

 

「ブラッキー!!『ねがいごと』!!」

 

 ねがいごと。

 

 空に祈ることによって、今ねがいごとをした場所にポケモンを回復させる光を下す技。発動までに時間がかかるというデメリットこそあるものの、メリットとしては回復量が安定するというものがある。また、ねがいごとによって回復する量は、ねがいごとをしたポケモンの体力に依存する。ブラッキーというポケモン自体が、そこそこ体力が多いということもあって、自分よりも元々の体力が少ないポケモンには大きな効果が出る。もっとも、つきのひかりじゃなくてこっちを採用した一番の理由は、キバナさんが天候を操るからという理由なんだけどね。晴れならともかく、晴れ以外の天候だとつきのひかりの回復量はかなり下がってしまう。それは今回キバナさんが使っているすなあらしにも当てはまるため、ブラッキーではサポートしきれなくなる。だから今回はねがいごと。

 

「させるかよ!!サダイジャ!!『ドリルライナー』!!ジュラルドン!!『りゅうのはどう』!!」

 

 ただ先ほども言った通りねがいごとにはラグがある。それはキバナさんも理解している以上、次にキバナさんがすることは、ねがいごとで回復される前にエルレイドを落とすという事。先手必勝の作戦を遂行するために、エルレイドに向けられて右からドリルライナーが、左からりゅうのはどうが飛んでくる。

 

「とにかく踏ん張るよ!!エルレイドは『りゅうのはどう』に『サイコカッター』!!ブラッキーはサダイジャの前で『まもる』!!」

 

 りゅうのはどうに刃を飛ばすエルレイドと、薄い緑色のバリアを張りながらサダイジャの前に壁として立ちふさがるブラッキー。

 

 方や鉄壁の守りによって攻撃を弾かれ、方やデコレーションによって強化された技にかき消されて、むしろそのまま技を返される。

 

「ブラッキー!!そのまま『イカサマ』!!」

 

 まもるによって攻撃を弾かれたサダイジャに対して、今度はブラッキーがカウンターのようにイカサマ決めてサダイジャを元の場所に吹き飛ばす。一方でジュラルドンの方にも、デコレーションによって強化されたことで、りゅうのはどうを消してなおまだ威力に余裕があるサイコカッターが飛んでいく。

 

 ジュラルドンの方は、ジュラルドンがドラゴンクローによって何とかサイコカッターを消すことが出来たけど、サダイジャにはしっかりダメージが入ったことを確認。さらに、ねがいごとの発動時間が来たため、エルレイドに光が落ちてきて削れた体力が回復していく。

 

「よし、掴みは順調!!」

「意地でもエルレイドを維持する気か。さては切り札を出す気ねぇな?」

「出したい気持ちはありますけど、出すまでもなかった場合は知りませんよってだけです」

「はっ、言うじゃねぇか!!いいぜ、その余裕を直ぐに消してやるよ。まずは……」

 

 ブラッキーに飛ばされたことによって、宙を舞いながら再びキバナさんの前に戻るサダイジャ。そんな彼の大きな特徴であるぽっかり空いた鼻の穴から、攻撃を受けた衝撃によって物凄い勢いで砂が噴射された。噴射された砂は瞬く間に辺り一面へと広がり、ギガイアスのだいばくはつによって拝むことのできた太陽の光を再びかき消す形となる。

 

「今度は『すなはき』……とことん砂をまく気ですね……」

「もう一度……吹けよ風!!呼べよすなあらし!!」

 

 再び巻き上げられたすなあらしは、先程ギガイアスが呼んだすなあらしに比べてより深く、より強力なものとなっており、サダイジャが鼻から吹き出す砂の性質もあってか、目に入るだけでなく、鋭利な砂によって肌がより傷つきやすいものとなっている。

 

 それはさっきよりもスリップダメージが増えることを意味している。

 

 しかもサダイジャの特性上攻撃を受ける度に砂を吐くこともあり、ギガイアスの時と違って放置でも砂が止むことがないから、このダメージとはずっと付き合わなきゃいけない

 

 再び巻き起こるすなあらしに、いい加減マフラーの目に詰まってきた砂が気になり始めてきた。マフラーを握る手に感じる粒子にちょっと不快感を感じながら、それでも視線は敵から逸らさない。いや、逸らせない。

 

 ジュラルドンはともかく、サダイジャの方はたったそれだけの隙でもすぐに見失ってしまいそうなほど存在が希薄に見える。一度でも見失ってしまえばそれが大きな隙になりかねない。さっきよりもスリップダメージは大きいし、ブラッキーの回復があると言っても限界もあるしラグもある。そのうえエルレイドの耐久はインファイトを打つたびに下がってしまうのだから、どっちにしろ長期戦は不利でしかない。だから……

 

「今度はこっちが先手必勝!!エルレイド、走って!!ブラッキーは『でんこうせっか』!!」

 

 すなあらしのせいで足もなかなか前に出ない。そんな状況でもボクの言葉を信じて突き進む2人。砂を裂く2つの風は、向かいの敵に対して真っすぐ突き進む。エルレイドが狙うのはジュラルドン。ブラッキーはサダイジャダ。エルレイドが得意な相手を合わせた結果の組み合わせだ。

 

「ジュラルドン!!『10まんボルト』!!サダイジャは『ポイズンテール』!!」

 

 対するキバナさんはこの突進を真正面から受け止める準備。それぞれが自分に向かってくる敵に技を放ち、その足を少しでも止めるべく尽力する。

 

「エルレイドは『サイコカッター』!!ブラッキーは『イカサマ』!!」

 

 その攻撃を弾くためにこちらも構える。飛んでくる電撃に対しては虹色の斬撃で打ち消して、紫色に光る怪しい尻尾に対しては、相手の攻撃を利用した狡猾な攻撃にて相殺を狙う。

 

 ブラッキーとサダイジャのぶつかり合いは、お互いの攻撃が拮抗していたみたいで、両者に大きなダメージが入ることなく後ろに弾かれ元の位置まで下げられる。しかし、攻撃力を上げられているエルレイドは、10まんボルトをいともたやすく切り裂いてそのまま直進。ほどなくしてジュラルドンの懐まで潜り込み、攻撃を当てるチャンスが来る。ただ、10まんボルトを逸らしてすぐに潜り込んだため、まだ態勢が万全とは言いづらく、インファイトのような大技を繰り出すにはちょっと間が悪い。

 

「エルレイド!『かわらわり』!!」

 

 ここは無理せず妥協の一撃。しかし、そんな一撃でもデコレーションで火力が上がった今なら致命傷になりえる。ジュラルドンの弱点を突くその一撃は、鋭く素早く、右腕を水平に薙ぐことによって、ジュラルドンの体の構造上万が一の回避も難しい軌道を描くことができる。

 

 まずは一撃。

 

 致命打となるはずのその一撃は、軽快な音を上げながらジュラルドンに直撃し、ジュラルドンが面白いくらい後ろに吹き飛んだ。

 

 それは、軽快すぎて逆に攻撃が芯にまで届いているのか怪しいくらいには軽いものだった。

 

「エルッ!?」

 

 攻撃を当てたはずのエルレイドの方がかえって動揺するその吹っ飛び具合。間違いない。

 

(自分から後ろに飛んで衝撃を逃がした。……でも、それにしても()()()()。一体どういう……)

 

「ひゅ~。軽くなっておいて正解だったぜ」

 

(軽くなる……もしかして、『ライトメタル』で自身の体重を軽くして飛びやすく……)

 

「思考するのは勝手だが余裕あるのかぁ!?サダイジャ!!今のうちにエルレイドの足を奪っちまえ!!『へびにらみ』!!」

「まずっ!?」

 

 ジュラルドンの受け流し技術に思考が持っていかれている間に、キバナさんがエルレイドをまひにするためにへびにらみを構える。

 

 体力も耐久も下がっているエルレイドが今まひになってしまえば、もはや戦闘不能と同義だ。意地でも回避しないといけない。けど、かわらわりを行った後ですぐに回避行動を行うことが出来ず、このままだとまひしてしまう。

 

「ブラッ!!」

「エルッ!?」

「ブラッキー!?」

 

 そんなエルレイドのピンチに駆けつけるはブラッキー。ボクが何も言わなくても、今エルレイドがまひするのは絶対に阻止しないといけないことを理解したブラッキーが、自身の体をエルレイドとサダイジャの間にでんこうせっかで滑り込ませることで、本来エルレイドが受けるはずだったその技をブラッキーが肩代わりした。

 

 サダイジャの不気味な視線と体の模様を直視することによって体に脅えが走り、一瞬でまひ状態に陥るブラッキー。その姿に思わずボクとエルレイドが心配の声をかけそうになるものの、ブラッキーの鋭い視線が今自分のするべきことを自覚させてくれる。

 

 エルレイドの代わりにブラッキーがまひしたことには大きな意味がある。それはブラッキーの特性がシンクロだという事。ヤローさんとの戦いでも活躍したその特性の効果は、自身が受けた状態異常を相手にもうつすという事。それはつまり……

 

「フシャッ!?」

 

 へびにらみを行ったサダイジャ本人も体が痺れるという事。

 

「エルレイド!!」

「ッ!!」

 

 サダイジャは体が痺れて上手く動けない。ジュラルドンは先ほど攻撃をいなす時に後ろに飛ばされすぎて、援護に駆け付けるにはまだ遠い。ブラッキーが体を張って作り出したこのチャンスを、絶対に手放してはいけない。

 

「ブラァッ!!」

 

 ブラッキーの応援を背中に受けたエルレイドが、全力で走り出してサダイジャの懐へ駆け込む。さっきと違って態勢も完璧。相手はまひで動けない。とどめまではいかなくても、大打撃を当てるチャンス。

 

「『インファイト』!!」

「エ~、ルッ!!」

「サ……フシャッ……!!」

 

 せめてもの抗いとして、少しでも受けるダメージを下げようとしているのか、体中にすなあらしを纏っていくサダイジャだけど、そんなサダイジャの姿を無視して何度も拳を叩きつけるエルレイド。拳の雨霰が次々とサダイジャに突き刺さり、派手な音を巻き上げる。そのせいで一緒に砂も巻き上げられ、ただでさえ悪い視界がさらに悪くなり、エルレイドとサダイジャの姿が視認できなくなる。けどそれも一瞬のことで、エルレイドが最後の一撃を叩き込んだと同時に起こった爆風によってすなが少しはれ、また姿が視認できるくらいになった。

 

「……え?」

「エル……?」

 

 しかし、開けた視界に映ったのはエルレイドの前に倒れているサダイジャの姿ではなく、エルレイドの足元に()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「何……あれ……」

「へっ……サダイジャ、『ドリルライナー』!!」

「っ!?エルレイド!!防━━」

「遅いぜ!!」

 

 急に起きた謎現象に思わず固まってしまい、その隙にどこからともなくサダイジャ現れ、回転しながら突撃してきた。それも()()()()()()()()()()()()()()で。

 

 何とか気づいて指示を出すボクだけど、指示を行動に移すのが間に合わずに、不意をうたれる形となって直撃する。

 

「フッシャァッ!!」

「エ……ルッ!?」

 

 苦悶の表情を浮かべながら飛ばされるエルレイド。既に3、4回もインファイトを行っているエルレイドの体は、ちょっとの攻撃でも大ダメージを受けてしまう程脆くなっており、そんな体におそらくサダイジャが得意としているであろう自慢の技を受けてしまったため、今までにない大ダメージを負ってしまう。ブラッキーの願い事が無かったら間違いなく即戦闘不能になっていただろう。

 

 膝をついて息を整えようとするエルレイドの目線の先には、先ほど喰らったまひなんて、何もなかったかのように立ちはだかるサダイジャ。一体どういう原理でまひを解除したのか、物凄く気になるところだけど先ほどの失敗を反省して、まずは思考よりも立て直すことを優先する。

 

「ブラッキー!!『ねがいごと』!!」

「ブラ……ブッ!?」

「ブラッキー!?」

 

 とにかくエルレイドの体力を少しでも回復させようとブラッキーに指示するものの、その行動はまひによって阻害され、ねがいごとは発動せず回復の祈りは霧散していく。

 

「ジュラルドン!!今が好機だ、エルレイドに向かって『りゅうのはどう』!!」

 

 エルレイドはダメージにより、ブラッキーはまひにより、体をうまく動かせないこの瞬間を狙って、ようやく戦線復帰してきたジュラルドンが、りゅうのはどうを放つ。エルレイドにとどめを刺すために全力で放たれたその技は、真っすぐエルレイドの方に飛んでいき……

 

「ブ、ラァッ!!」

 

 ブラッキーが痺れる体に鞭を打って、再びエルレイドの前に立って盾の役目を果たそうとする。

 

「ブラッキー!!『まもる』!!」

 

 そんな彼の意思をしっかりと汲み取り、すぐさままもるを指示。展開される薄い緑の壁は、エルレイドを守る絶対の壁になる。……と思っていた。

 

 りゅうのはどうがブラッキーを綺麗に避けるまでは。

 

「な!?」

「ブラッ!?」

 

 ブラッキーのまもるだけを迂回したその攻撃は、何にもさえぎられることなくエルレイドに突き刺さる。エルレイド自身も、自分は守られるものだと思っていたため、何も準備することなくその攻撃を受けてしまい、わずかに残っていた体力をすべて奪われる。

 

「オレ様のジュラルドンは『すじがねいり』さ。狙った獲物は絶対に逃がさねぇぜ」

 

「エ……ル……」

 

 

「エルレイド、戦闘不能!!」

 

 

「……ありがとう、エルレイド」

 

 ここまでアタッカーとして十分な仕事をしてくれたエルレイドを戻しながら礼を言う。そして同時に、今までの謎現象の答えに、キバナさんの言葉によってたどり着くことが出来た。

 

(エルレイドの攻撃を受けた時、間違いなく『ライトメタル』を利用して受け流してたし、キバナさんは『軽くなっておいて正解だった』って言っていた。けど、今さっきは『すじがねいり』だとも……だとしたら、間違いない)

 

 キバナさんのジュラルドンは、いつか見たオニオンさんのゲンガーと同じく、複数の特性を持っている。そう考えれば、さっきサダイジャに起きた謎の現象にも説明がつく。

 

 攻撃を受けるたびにすなあらしを起こすのが『すなはき』。そして、まひが治ったあの現象はおそらく『だっぴ』だと予想できる。エルレイドの足元に転がっていたばらばらのあれは、サダイジャがだっぴした後の抜け殻だと考えたら、あの残骸の散らばりようも納得できる。さらに言うなら、すなあらしに溶け込んでいくあの姿から、もしかしたら『すながくれ』も一緒に持っている可能性まで出てきた。

 

「その様子だと気づいたみたいだな。流石だ」

「本当に……容赦ないですね……」

「オレ様を挑発した罰だ。甘んじて受けるんだな」

 

 してやったり。そんな意地悪な笑顔を浮かべながら言うキバナさん。

 

 ジム戦というチャレンジャーを試す場なのに、レベルこそ抑えているだろうけど、それ以外は本気でこちらをつぶそうとしてきているその姿。普通なら、多分その理不尽さに押される可能性だってある。けど……

 

 そんな彼に、どうしてかボクも微笑みを浮かべてしまう。

 

(楽しい……そんでもって、超えたい……絶対に……!!じゃなきゃ、コウキに追いつけない!!)

 

 そして、微笑んでいるボクを見てキバナさんも獰猛な笑みを強く浮かべる。

 

「さあフリア!!いよいよ最後の1体だな!……ってコトは、ついに見せてくれるんだろう!?なァ!!」

 

 ジュラルドンをボールに戻し、手首に巻いたダイマックスバンドを強く光らせながらボクを煽って来るキバナさん。

 

 3対2だった有利な状況は一転。

 

 受け流しているとはいえ、苦手なかくとう技を貰っているため、ジェラルドンには少なくないダメージが入っている。けどこちらはブラッキーがまひした状態となっている。

 

 体力が減っている方か、状態異常になってしまっている方か、どっちが戦いにおいて不利が大きいかは人によって考えは違うと思うけど、少なくともボクは状態異常を貰っている方がつらいと思っている。つまり、ボクの主観だけで言えば、キバナさんに逆転され、一気に不利な立場に落とされたというわけだ。

 

 さっきまでリードを取っていたのに、すぐにリードを奪われてしまう。

 

 こんなにあっさりリードを奪われて、果たしてキバナさんに勝つことはできるのか。そんな不安が一瞬浮かんではすぐ消える。

 

(大丈夫……信じてる……)

 

 キバナさんに倣って、ボクも腰についてある切り札のボールを取り、ダイマックスバンドを光らせる。

 

 既にネズさんとのバトルでお披露目はしたけど、あのバトルは生放送されていなかったため本当の意味でみんなの目に入るのはこれが初となる。

 

 ついに見ることのできるボクの切り札に、観客全員の声が止む。

 

 すなあらしの音のみがなるバトルフィールドにて、大きな赤色のボールを持ったボクとキバナさん。

 

 目を合わせ、息を合わせ、動きを合わせ、2人同時に、そのボールを放つ。

 

 

「荒れくるえよ、オレのパートナー!!スタジアムごとやつを吹きとばす!!」

「この大舞台で、この先を決める大切なバトルの鍵を……君に託す!!」

 

 

 お互いの祈りと叫びを聞き届けながら天へと昇るボールは、スタジアムの天井にぶつかってしまうのではというところまで登り、割れる。

 

 現れるのは2体のポケモン。

 

 方や普段の姿から縦に伸び、まるで摩天楼にそびえたつ高層マンションを彷彿とさせるような姿をしたポケモンが、方やボクにとってはお馴染みの、しかしこの場にいるほとんどに人にとっては何よりも気になっていた、全てを掴んでしまう程の大きな手と、全てを飲み込んでしまいそうな大きな口をおなかに備えた漆黒のポケモンが、それぞれのトレーナーの声に呼応するように雄たけびをあげながらバトルフィールドに顕現する。

 

 

「ジュラルドン!!キョダイマックス!!」

「ヨノワール!!ダイマックス!!」

 

 

「ジュラアアアァァァァッ!!!」

「ノワアァァァァァァァッ!!!」

 

 

「ワアアアアアアアアアァァァァッ!!!!!」

 

 

 間違いなく、今までで一番大きな歓声が巻き起こる。

 

 それは初めて見るボクの切り札に対する興奮のせいで。

 

 それはキバナさんの切り札が出たことによる興奮のせいで。

 

 それはこのバトルがいよいよ佳境に入ったことに対する興奮のせいで。

 

 そのすべての興奮が集約されたみんなの叫びが、地面を揺るがすほどの絶叫となって響き渡る。

 

 震える体と上がるテンション。この歓声を聞いて、ボクの体もどんどん高揚していく。

 

「ヨノワール……それがお前の切り札かッ!!なんつー迫力だ!!最高だぜ!!」

「キバナさんのジュラルドンだって……凄い威圧感です!」

 

 ぎらつく視線。ボクとキバナさんの目線がぶつかり、激しい火花を上げる。

 

 最後のジム戦。VSキバナさん。

 

 

「ジュラルドン!!『キョダイゲンスイ』!!」

「ヨノワール!!『ダイホロウ』!!」

 

 

 バトルは最終ラウンドへ移行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




特性

今回はポケモンの特性に凄く視点が注目されていましたね。というわけでキバナさんのフリアさん仕様は特性同時持ちです。
オニオンさんの時にも言いましたが、特性同時持ち自体はポケモン不思議のダンジョンにてちゃんと存在するんですよね。なので、実際の世界にも絶対にいないとは言えないのでは?という解釈です。
ちょっと形は違いますけど、じんばいったいという2つの特性の複合がありますし、すいほうなんてどんだけ詰め込んでるんだっていうレベルでてんこ盛りなものもありますからね。
……本音を言えばこうでもしないと、正直ジュラルドンさんがあまり活躍できnげふんげふん。

ジュラルドン

ということでかなり魔改造されてますね。
キバナさんのジュラルドンはライトメタル、ヘヴィメタルを自由に切り替えられ、すじがねいりの効果で、対象ポケモンのスワップはできないようになっています。もっとも、自分に飛んできたのを見て避けることや、守ることはできますけどね。
あくまで、狙っている相手に当たる途中に別のポケモンが来た場合はそれを避ける。というだけです。
実機風に言うなら、今回はブラッキーがサイドチェンジのようなことをしたからブラッキーを避けたという事ですね。
多分、ここまでしてもジュラルドンが実機で使われることはないんだろうなと思うとちょっと悲しいです……キバナさん……。




フリアさんの容姿の話をしてからというもの、常に頭にフリアさんと手持ちの皆が並ぶ姿の想像が……
これを絵にしたい気持ちが凄いのに、かけない自分が歯がゆい……
いっそ誰かが書いてくれるのを待つか、依頼でもしてみましょうか……でも絵の相場がよくわからなくて、相手に失礼をしてしまいそうで悩みどころなんですよね。かといって、頑張って描いていただいたものをタダで貰うのもそれはそれで申し訳ない気持ちが……
こういうところで悩む姿を見ていると、性格で損しているなぁと少し思います。


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121話

「竜よ、吠えろ!!」

「絶対に、負けない!!」

 

 

「ジュラァッ!!」

「ノワァッ!!」

 

 

 バトルフィールドの中心でぶつかり合う赤黒い竜のオーラと、漆黒の幽霊のオーラ。激しい轟音をたてながら鍔迫り合う2つの力は、立っているだけでも辛いほどの爆風を巻き起こす。その衝撃は今この場を包んでいるすなあらしをも吹き飛ばしそうな勢いで、すながくれにて姿を隠していたサダイジャの姿が、ほんの少しだけはっきり見えるようになる。

 

「ブラッキー!!『でんこうせっか』で近づいて『イカサマ』!!」

 

 今攻撃をすれば砂に隠れられることもない。すなはきの効果によって再びすなあらしが帰ってきてしまうけど、この問題はサダイジャが場に残り続ける限り永遠と付きまとう問題だ。しかもこの特性は、物理で殴ろうが特殊で殴ろうが勝手に発動してしまうものだから、これと言った対処が現状存在しない。どのみちすなあらしが続くのなら、いっそ割り切って殴りまくった方が絶対に良い。そのままサダイジャの体力が尽きて倒れてくれればなお良しだ。

 

 痺れる体に鞭打って何とか走り出したブラッキーが、サダイジャの懐まで潜り込んでイカサマを構える。ダイマックス技とキョダイマックス技のぶつかり合いに目を奪われていたことと、砂がなくなって自分の姿があらわになっていることに少なくない動揺を覚えたサダイジャは、一瞬だけ反応が遅れてしまう。しかし、遅れているうちに一撃叩き込もうとしたところで再びブラッキーの体にしびれが走り、こちらも一瞬体が止まる。

 

「サダイジャ!『ドリルライナー』だ!!」

 

 その一瞬で心を切り替えたサダイジャが攻撃態勢へ。お互い一瞬動きが止まったことにより、結果攻撃がぶつかるタイミングは一緒になる。

 

 お互いの技がぶつかることはなく、ブラッキーの手が、サダイジャの尻尾が、それぞれの体を打ち付けて同時に後ろに吹き飛ぶ。

 

「ジュラルドン!!ブラッキーに『キョダイゲンスイ』!!」

「ッ!?ヨノワール!!こっちもサダイジャに『ダイホロウ』!!」

 

 すなはきにより再びすなあらしが発動する中、ブラッキーとサダイジャが吹き飛んだのを確認したキバナさんがすかさずブラッキーを追撃する指示を出す。お互いがダイマックスを切っているから、ダイマックス技やキョダイマックス技はお互いに打ち合ってぶつけ合うものだという先入観が無自覚のうちに刷り込まれていたみたいで、今度はボクがキバナさんに先をとられる。ダイマックスが可能で、かつダブルのルールに慣れているキバナさんならではの作戦だ。

 

(本当ならキョダイゲンスイに技をぶつけて相殺したいけど、多分『すじがねいり』のせいでブラッキー自身がどうにかしないと全部避けられちゃう。だったらこっちもサダイジャを攻撃する!!)

 

 幸いダイマックス技は、その攻撃範囲の広さから避けられることはまずない。たとえそれがすながくれなどによって自身の回避能力を底上げした状態だとしてもだ。そして勿論ブラッキーもただやられるだけじゃない。

 

「ブラッキー!!『まもる』!!」

 

 ボクの指示を聞いて、痺れながらもなんとかバリアを張るブラッキー。ダイマックス技は、その強力すぎる威力故ダイウォール以外の防御技では完全にその技を防ぎきることが出来ずに、貫通ダメージを受けてしまう。けど、貫通してしまうダメージ量は、普通に受けるのと違っていくらかダメージは減る。ゼロにできないだけで減らすことが出来るのなら、守らない手はない。

 

 一方でサダイジャの方は自身を守る技がないのか、ブラッキーと違って攻撃をもろに喰らって、また砂を吐き出しながら吹き飛ばされる。と、同時にダイホロウの効果によって、ジュラルドンたちの防御力が低下する。

 

 ダメージレースではこちらが勝っている。が、問題はここからだ。

 

「ブ……ラッ!?」

 

 

「ノワ……ッ!」

 

 

「……キョダイゲンスイの効果」

 

 ダメージと麻痺を抱えたブラッキーはともかく、ヨノワールまでもが体を少しぐらつかせる。これはジュラルドンが行ったキョダイゲンスイの効果で、その追加効果は相手のスタミナを文字通り減衰させるもの。恐らく今2人は急激な脱力感に襲われているはずだ。力そのものを奪われるこの能力もまた、キバナさんのジュラルドンが強いと言われる所以。

 

「どんどん奪われていく体力。お前はいつまで立ってられるか?」

 

 直接なにかのステータスが下がる訳では無い。けど、ヨノワールはともかく、痺れも持っているブラッキーは、ここからスタミナまで奪われてしまえば間違いなく動けなくなる。そうなってしまえば、ねがいごとやまもるといった、使うのにそれ相応の体力と集中力が必要な技が使えなくなってしまう。ジュラルドンもサダイジャも減っているとはいえまだ体力に余裕はある。そのため、ジュラルドンにまた攻撃される前にどちらかを落とし切るのは難しいだろう。

 

(なら力比べ!!ブラッキーに向かって技を打たせないようにこっちから釘付けにする!!)

 

「ヨノワール!!ジュラルドンに向かって『ダイナックル』!!」

 

 弱点を突き、更にこちらの火力を底上げできるこの技ならジュラルドンも無視できないはずだ。ジュラルドンに技を打たせてしまうと、すじがねいりのせいでそらすことが難しくなる。なら、ブラッキーに向かって技を打たせる暇がないようにすればいいはずだ。

 

「さすがにこれは貰えねぇな、もう一回『キョダイゲンスイ』!!」

 

 こうかばつぐんの技を喰らうことは防ぎたいキバナさんも、ボクの考え通りの動きをしてくれている。となればここから始まるのは純粋な力比べ。拳をオレンジ色に光らせたヨノワールの拳と、ジュラルドンから吐き出された赤黒い波動がぶつかり合う。巻き起こる暴風は先ほどよりも激しく、この間にブラッキーとサダイジャがまた戦おうとしていた動きすらも阻害する。そのあまりにも激しい衝撃から、バチバチと稲光のような音すら聞こえてきた。

 

「絶対に押し負けないで!!」

「踏ん張りどころだぞ!!ジュラルドン!!」

 

 お互い引くことの無い鍔迫り合い。それは激しい爆発音を奏で、お互いが元の姿に戻るという形で決着がつく。

 

「引き分け……か」

「みたいですね」

 

 ダイマックスによる力比べはほぼ互角。場に残ったのは、キョダイゲンスイとダイナックルによる追加効果のみ。正直ダイマックス同士のぶつかり合いで決着がつくなんて最初から思っていなかったから予想通りだ。ただ、予想外のことがあったとすれば……

 

「ノワ……ッ!!」

「キョダイゲンスイのせいで削られた体力が思ったよりも大きい……」

 

 思わず地面に手をつきそうになる姿を見て、ヨノワールがどれだけ疲れたのかがよく分かる。初めてのダイマックスということもあるかもしれないけど、それにしたって疲れすぎだ。そしてなによりも気にするべきことは、ボクたちにとってはここからが本番だという事。

 

「ジュラルドン!!『ドラゴンクロー』!!」

「ヨノワール!!『かわらわり』!!」

 

 ダイマックスから元の大きさに戻ってすぐさまぶつかり合う両者。同時に発生するのはボクの視界のぶれ。

 

「……来た」

 

 視界からの情報の一切が失われ、耳に聞こえるのはかわらわりとドラゴンクローがぶつかり合う音のみ。音からして、物理攻撃が得意なヨノワールが少し押しているみたいだけど、ボクがこの状態ということは彼もおそらく視界があまり鮮明ではないはず。となれば、このまま打ち合えば負ける可能性が高い。この戦いがダブルバトルなのであればなおさら。

 

「サダイジャ!!『アイアンヘッド』!!」

「ブラッキー!!『でんこうせっか』からの『まもる』!!」

 

 音的にすながくれによって姿を消していたサダイジャがヨノワールの後ろから奇襲を仕掛けようとしたと思うところに、ブラッキーが頑張って移動してバリアを展開。弾かれたサダイジャは、再び砂にまみれてその姿を消す。

 

「ブラッキー!今度はジュラルドンに向けて『イカサマ』!!」

「ブ……ㇻッ!?」

「……ッ!!」

 

 続いて、ヨノワールを援護するべく攻撃を指示。それに従って動き出そうとするブラッキーだけど、短く聞こえる悲鳴から察するに、麻痺によってその動きを阻害されているらしい。ヨノワールも視界がだんだんとブレ始めているのか、押され始めているようなうめき声が聞こえる。

 

「おらおら!そんなものか!?ジュラルドン!!」

「ジュラァッ!!」

「ノワッ!?」

 

 ついに押され切ったヨノワールがジュラルドンによって弾かれる音が聞こえる。

 

「サダイジャ!!『へびにらみ』!!」

「ヨノワール!!」

 

 弾かれたところでヨノワールの機動力を奪おうとする的確な判断。またブラッキーが身代わりになろうとするものの、いまだに痺れて動けないみたいで間に入ることもできない。ここでヨノワールがまひになれば、視界が共有されるまでの時間稼ぎどうこう言っている場合ではなくなってしまう。かといって、ボクの視界もヨノワールの視界もぶれて役に立たない以上、避けることも難しい。

 

 このままではヨノワールまでまひする。そんな未来を予想していたボクだけど、次に耳に入ってきたのは、キバナさんからの意外な言葉だった。

 

「……なんでだ?ヨノワールがまひしねぇ……?」

 

(まひしない……?どうして、別にヨノワールにそんな能力は……いや違う!)

 

 へびにらみは相手をにらむと同時に自分の体の模様などを見せる必要がある。けど、今のヨノワールには視界がない。つまり、自分をまひさせるものが見えない。

 

(キバナさんはまだヨノワールの目が見えていないことに気づいていない!!今のうちに!!)

 

「ブラッキー!!ヨノワールの掌に!!」

 

 キバナさんに気づかれる前に攻撃するべく、まずはその準備。ボクの指示でブラッキーがヨノワールの掌の上に乗り、バレーのレシーブのような姿になっているはずと予想する。

 

「打ち上げて!!」

「まさか……?いや、今はそれどころじゃねぇ!」

 

 そのままヨノワールが腕を振り上げることによって、ブラッキーは上空へ。

 

 このタイミングでヨノワールの目が見えていない可能性に辿り着いたキバナさんは、しかし、上空に打ち上げられたブラッキーに何かされるんじゃないかと警戒するために、一度その思考を捨てて上へと視線を向ける。

 

 さっきはボクが思考に足を引っ張られたけど、今度はキバナさんが足元を掬われる番だ。

 

「ヨノワール!!『じしん』!!」

「ッ!?そっちが本命か!!」

 

 ブラッキーに皆の視線が集まっているうちに、ヨノワールが地面に拳を打ち付けてじしんを起こす。フィールド全体を攻撃するじしんなら、例え目が見えていなくても攻撃を当てることはできるし、ブラッキーは上空にいるから巻き込まれる心配もない。

 

「ジュラルドンは軽くなっておけ!!サダイジャ!!お前は『ポイズンテール』でジュラルドンを打ち上げろ!!」

 

 ヨノワールを中心に広がっていくエネルギーをみて、すぐさま指示を出すキバナさん。体重を軽くすることによって、サダイジャの攻撃で空中に飛ばしてもらいやすくして、サダイジャはジュラルドンには効果がないポイズンテールによって、味方へのダメージすら出すことなく、じしんがこうかばつぐんなジュラルドンを逃がすという完璧な判断。

 

 願わくばここでジュラルドンに大ダメージがあれば嬉しかったけど、ここはサダイジャへのダメージだけで満足しておこう。それに、空中に逃げたジュラルドンはブラッキーが攻撃できる。

 

「ブラッキー!!『イカサマ』!!」

「『ドラゴンクロー』で迎え撃て!!」

 

 落ちてくるブラッキーと昇っていくジュラルドンがぶつかろうとする。ここまできて、自身の異変にようやく気付いた。

 

(あれ!?もう見えるようになってる!?)

 

 いつの間にか視界のぶれが消え、ヨノワールとの視界共有が完了していた。いつもならもっと時間がかかっているところなのに、何ならいつもよりも鮮明に共有出来ている気がする。キバナさんと熱い戦いをしているうちに、自然とボクとヨノワールの波長が重なったのかもしれない。と、今はこの思考に時間を割くのがもったいない。ヨノワールも既に視界が共有されていることに気が付いているので、すぐさま行動に移す。

 

「ヨノワール!『かげうち』で援護!!」

 

 ぶつかり合うブラッキーとジュラルドンへ横槍を入れるために、影の手を伸ばすヨノワール。距離があったため、威力の伴った攻撃をすることはできそうになかったけど、地面から伸びたその手は、ジュラルドンの足を掴み、わずかに引くことによってドラゴンクローの距離を見誤らせ、空ぶらせる。

 

「小癪な!」

「ブラッキー!!」

 

 空ぶった隙を逃さずイカサマを構えたブラッキーがジュラルドンに突撃し、そのまま地面に叩き落とす。着地後、再び痺れる体に苦しみながらも、それでも確かに攻撃を当てたことにブラッキーが吠えた。

 

「よし!」

「サダイジャ!!『アイアンヘッド』!!」

「ッ!?ヨノワール!後ろ!!」

 

 しかし、二人がかりでジュラルドンを攻撃しているうちに砂にまぎれたサダイジャがヨノワールの後ろに出現。そのままアイアンヘッドを背中に叩きつけて、ジュラルドンの方に戻っていく。

 

「ノワッ!?」

「あぐっ」

 

 背中から感じる鈍痛に思わずうめき声を漏らしてしまい、ブラッキーが心配そうにこちらを見てきたのを視線で大丈夫と伝えて、すぐさま意識をバトルに集中させる。

 

「お前とヨノワール……やっぱ何か……おかしいな……?」

「今は……何も聞かないで下さい。ただ、全力でボクと勝負をお願いします!!」

 

 ここまで戦ってさすがに何かがおかしいと気づいたキバナさんが、こちらを心配するような視線を向けてくるけど、その優しさを無視してただバトルすることをお願いする。痛がっていたあの表情を見られていたから、何かあったらまずいという考えからの発言なんだろうけど、間違いなく今までで一番この現象と上手く向き合えている。

 

 今なら、もっとヨノワールのことがわかりそうだから。だからまだバトルをやめたくない。そんなもったいないことをしたくない。

 

 ボクの視線を受け止めたキバナさんは……

 

「ジュラルドン!!『10まんボルト』!!サダイジャは裏を取りな!!」

 

 バトル続行を選択。そのことが嬉しくて、思わず頬が緩みそうになるのをぐっとこらえて、こちらもすぐに指示を出す。

 

「ヨノワールは『いわなだれ』!!ブラッキーは『ねがいごと』!!」

 

 いわなだれによってできた壁がジュラルドンの電撃をしっかりと受け止め、その間にブラッキーが回復の準備を進めていく。そんなヨノワールたちに対して奇襲を仕掛けてこようとするサダイジャだったけど、すながくれによって姿がかなり希薄になっているはずのサダイジャが動く影が、確かに視界の端に映った気がした。

 

「っ!!ヨノワール!!」

「ノワ」

 

 ボクと視界共有をしているヨノワールももちろんその影を見つけている。いや、視界共有したからこそ、すながくれで隠れているサダイジャの姿を確認出来たボクとヨノワールが、そのままアイコンタクトで指示を出す。

 

 ヨノワールが地面に手をついた瞬間伸びた影が、サダイジャの正確な位置へと伸びて、サダイジャをがっちりとつかみ取る。

 

「取った!!」

「フシャッ!?」

「何!?」

「ブラッキー!!『イカサマ』!!」

 

 動けなくなったサダイジャにブラッキーが走り込み、イカサマにてヨノワールの方へ吹き飛ばす。自分の方へ飛んできたのを確認したヨノワールはすぐさまかわらわりを構え、サダイジャに叩きつけた。

 

「ジュラルドン!!『りゅうのはどう』!!」

 

 サダイジャを大きく飛ばされているものの、それでもキバナさんはするべきことを見逃さない。イカサマを打った後、まひの痺れとキョダイゲンスイによって生まれた疲れで体が止まってしまったブラッキーを逃すことなく、ブラッキーに向かってりゅうのはどうを放つ。ブラッキーもただで喰らうわけにはいかないと必死に逃げようとするものの、まひと疲れが限界まで回ってしまったみたいで、一歩も動くことが出来ずに被弾してしまう。

 

 

「サダイジャ、ブラッキー戦闘不能!!」

 

 

 ブラッキーとサダイジャの戦闘不能宣言。と同時に、天より降りそそぐねがいごとの光。その光がヨノワールをやさしく包み込み、背中の痛みが和らいでいく。

 

「お疲れ様。ありがとうブラッキー」

「よくやった。お前の砂、本当に助かったぜ」

 

 お互いの手持ちを労いながらボールに戻す。

 場に残ったのはお互いのエースのみ。

 

「ヨノワール!!」

「ジュラルドン!!」

 

 お互いの言葉に反応し、直進するヨノワールとどっしり構えるジュラルドン。

 

「『10まんボルト』!!」

「『いわなだれ』からの『かげうち』!!」

 

 飛んでくる電撃に対して岩で壁を作って防御。そこから影の手を呼び出し、岩を掴んでジュラルドンにぶつけるために伸ばしていく。

 

「『ドラゴンクロー』!!」

 

 対するジュラルドンは両手に竜の爪を携えて、飛んでくる岩を打ち砕いて行く。そんな四方八方から襲い掛かって来る岩の弾丸を何とか弾いて行くジュラルドンに向かって駆けていくヨノワールは、最後の岩を砕かれた瞬間に懐に辿り着き、かわらわりを上段に構える。

 

「『10まんボルト』!!」

 

 そのかわらわりを無理やり止めるべく、自身の体から電気を放ってヨノワールへぶつける。すでに懐に入っている以上、ここから引くことが出来ないヨノワールは腕をクロスすることで少しでもダメージを軽減しようと試みる。

 

「っつぅ……」

 

 両腕に走る痛みに声を漏らしながら、それでも電撃を耐えたヨノワールは再びかわらわりを構えて、今度こそ上段から振り下ろしてジュラルドンに叩きつける。

 

「『ヘヴィメタル』!!」

 

 しかし攻撃が当たる瞬間自身の体を重くして、どっしり攻撃に備えることでかわらわりをしっかりと受け止めるジュラルドン。右手に響く痛みが、かわらわりをしっかりと受け止められたことを物語っていた。けど、ここで攻撃の手をやめると、今まさにジュラルドンが反撃のために構えているドラゴンクローにやられるのが確定しているので、痛みを我慢して前を見る。

 

 ヨノワールと共有された視界にて、左から薙ぐように振られている竜の爪が見えたため頭を下げる。髪の毛にかかる風圧で技をよけたことを確認し、続けて右から振られる爪を右手のかわらわりで相殺し、ジュラルドンの左爪を弾く。そのままの勢いを利用してその場で右に1回転。遠心力を乗せた右手のかわらわりを再びジュラルドンに叩きつける。

 

 相変わらず重い体に痺れる右手と、本当に効いているのか不安になって来るけど、たとえ効いていなかったとしても、長く続いたすなあらしによって、ねがいごとで回復出来たとはいえヨノワールの体力はかなり削れている。今ここで離れたら、もう近づけるチャンスはないかもしれない。

 

「ブラッキーが残してくれた最後の願いを必ず先につなげるんだ!」

「相手も体力はきついはずだ!最後の踏ん張りどころだぞジュラルドン!!」

 

 キバナさんもこの打ち合いが最後の攻防であることを理解している。

 

「ノワァッ!!」

「ジュラァッ!!」

 

 ボクとキバナさん。2人からの声援を受けた当事者は、最後の打ち合いに向けて咆哮を上げた。かわらわりとドラゴンクローを構えた2体が真正面から向き合い、本来素早いポケモンではない2体からでは考えられないスピードで技をぶつけ合う。

 

 爪を避け、手刀を避けられ、ぶつけ合い、一歩も引かない殴り合いが始まる。

 

 共有された視界でヨノワールがどのように動いているのかを見ながら、どうすれば勝てるかを指示していくうちに、自然とボクの体も動いて行く。ヨノワールが頭をかがめた時はボクもかがめ、みさせてもらった視界で縦にかわらわりを振りたいと思いながらボクが手を振れば、ヨノワールも同じように技を出してくれる。

 

(勝ちたい)

 

 攻撃する。

 

(勝ちたい!)

 

 攻撃を弾く。

 

(勝ちたい!!)

 

 そのたびにヨノワールの動きが鋭くなる。

 

「な、なんだ……ヨノワールの姿が……?」

 

 ボクとヨノワール。二人の気持ちと動きが少しずつ、でも確かに重なっていく感覚を、心で感じていく。その分、ヨノワールの感じる腕の痺れもまた強く感じることになるけど、その代わりにどんどん体が軽くなっていく。

 

(何、この感覚……)

 

「動きも、どんどん速くなってやがる……ッ!?」

 

 ボク(ヨノワール)の動きが速くなり、ヨノワール(ボク)の反応も鋭くなる。

 

 気づけばジュラルドンを押し始めるボクたちは、そのままジュラルドンへ猛攻を仕掛けていく。

 

 ジュラルドンの胴を薙ぎ、右からくる爪は影の手で弾き、左からくる爪を屈んでかわした瞬間に、両手のかわらわりを同時に叩きつけて、いよいよヘヴィメタルで重くなったジュラルドンを吹き飛ばすことに成功する。

 

(行ける!!)

 

「ヨノワール!!」

「ノワアァッ!!」

 

 後ろに吹き飛んで倒れたジュラルドンにとどめを刺すべく、一緒に右手を掲げたボクとヨノワールは、そのまま地面に拳をたたきつける。

 

「『じしん』!!」

 

 全身全霊。ジュラルドンにとどめを刺すその一撃は、大地を伝ってジュラルドンの残ったわずかな体力を削り切った。

 

 

「ジュラルドン、戦闘不能!!よってこのバトル、フリア選手の勝ち!!」

 

 

「ノワアアァァァァァッ!!」

「ッしゃああぁっ!!」

 

 

 自身が勝った宣言が述べられたと同時にあがるボクとヨノワールの勝鬨と拳。

 

 鳴りやまない歓声の中、拳を突き上げていたヨノワールは、黒い謎の渦にうっすらと包まれており、いつものヨノワールとは違う姿になっているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キョダイゲンスイ

PPが減るという効果を、スタミナが減るというものに解釈しました。
リアルタイムバトルでPPは正直意味が分からないことになるのと、さすがにキョダイジュラルドンが弱すぎるので、ちょっと強く、それでいて意味が通るものに解釈しています。
多分、実際のバトルだとこうなる気がします。

ヨノワール

視界共有からさらに何かが変わりましたね。
まだ渦に包まれて、ほんの少し姿が違うだけみたいですね。

ブラッキー

マホイップに続いて陰の功労者その2。
この子の願い事がなければたぶんすなあらしのスリップダメージを含めて、ヨノワールが落ちている可能性が高いです。
エルレイドの身代わりになったりと、かなり献身的な戦いが目に付きましたね。
ちょっと書いてて罪悪感がありました。辛い役回りをさせてしまってごめんね……。




少し難産だったりしました。
意外と決着をどうするかが悩ましかったです。ダブル自体は書いててとても楽しいんですけどね。

そしてアニポケでサトシさんがいい感じですね。あの1000万ボルトの使い方は素直に凄いなぁと思ってしまいました。
ラスターカノンの止め方がとても好きです。



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122話

 降り注ぐ拍手と鳴り止まない歓声。その全てを一身に受けているボクは、拳をゆっくりと下ろしていく。少し視線をあげてみれば、ヨノワールの拳もボクと一緒にゆっくりと下がっており、ヨノワールを包んでいた謎の黒い渦も収まっていった。すなあらしもはれ、視界が良くなり、ボクとヨノワールの繋がりも切れたような感覚が伝わり、視界もいつもの状態へと戻っていく。さらに先を見れば、倒れているジェラルドンと、そんなジェラルドンをボールに戻すキバナさんの姿。

 

 ここまで色々現状を確認して、ようやく『ああ、ボクは勝ったんだ』という実感が改めて湧いてきて、同時に今までバトルの興奮によって出ていたアドレナリンのおかげで、何とか誤魔化していた疲れが一気に体に襲いかかってくる。

 

「わわわ……」

 

 ガクガク震える足が言うことを聞かず、思わず倒れそうになるものの、こちらに向かって歩いてくるキバナさんの姿を見かけたためグッとこらえてこちらも前を向く。

 

 約40cmという相変わらずとんでもない身長差に、疲れた体で視線を合わせることに少し苦労しながらも、しっかりと顔を上げてキバナさんと向き合う。

 

「……ったく、こんな小さな体のどこにこんな力が宿っているんだか」

 

 やれやれという言葉が聞こえそうなほど大袈裟に手を広げて首を振るキバナさん。けど、バトルの時と違い、いつものタレ目に戻っているその視線は、こんな言葉と行動とは裏腹にどこか敬意というか、尊敬というか……とにかく、ボクの自惚れじゃなければ、プラスの印象を含んでいるように見えた。

 

「見事だよ。お前の切り札も、お前自身も。勿論、切り札以外のポケモンたちもな」

 

 頭の後ろで手を組みながらそういうキバナさんは、近くに漂うスマホロトムに撮影をお願いしながらこちらに語り掛けてくる。あとでキバナさんのSNSアカウントにでもあがるのかな?

 

「オレ様の敗因はあれだな。お前さんの切り札に目を向けすぎて、他の奴らに足元を掬われちまったことだな。いや、別に他の奴らを甘く見ているつもりもなかったんだがな……」

「誰もそんなこと思ってませんよ?」

「んにゃ、オレ様自身の問題だ」

 

 若干申し訳なさそうな声色で言ってくるキバナさんに対して、ボクの率直な感想を述べるもののやんわりと断られる。

 

「お前が強いのはわかっているが、なんだかんだジム戦用のポケモンだったとしても、オレ様ならすぐに切り札を……ヨノワールを引き出せると思ってたんだよ。だが、蓋を開けてみればだ。エルレイドには暴れられ、マホイップには存分にサポートをされ、ブラッキーには邪魔をされまくった。結果、オレ様の方が速くジュラルドンを登板させることになったからな。オレ様の中にわずかとはいえ、驕りがあったのは間違いねぇ」

「だってさ皆。ガラル最強のジムリーダーにここまで言ってもらえてよかったね!ヨノワールも!!」

「ノワ」

 

 ボクの言葉にカタカタと震えることで喜びを返してくれるエルレイドたちと、自分の声でゆっくり返事をするヨノワール。みんなダメージが大きくて、返事のためにボールを揺らすだけでも疲れるだろうに、それでも頑張って揺らしてくれたあたりかなり嬉しかったみたいで、こちらも思わず頬が緩んでしまう。

 

「ったく、なんか調子狂うなぁ。オレ様を挑発したかと思ったらこんなにも素直に言葉を受け取りやがって……」

「と言われましても……やっぱり、こうして改めて手持ちの皆が褒められるのは嬉しいですから」

「ッ!?」

「っとと、ごめんねヨノワール。ゆっくり休んで。本当にありがと」

 

 ここにきてバトルの疲れと、視界共有の長時間使用の反動が限界にまで到達したヨノワールがバランスを崩したので、さすがにこれ以上出しておくのはかわいそうなのですぐさまボールへ。ヨノワールがボールへと戻ったと同時に再び巻き起こる拍手喝采は、ヨノワールの大立ち回りを賞賛してくれているみたいで、キバナさんに褒められることによって湧き上がっていた嬉しさはより強く育っていく。

 

「ま、とにかくだ。お前さんの切り札の強さ、しかと観させてもらったぜ。その役割に偽りなしだな。戦えて本当に良かったぜ。んん~……あぁ、強敵と戦えてすっきりした気分……」

 

 伸びをしながらそんなことを言うキバナさんは、晴れ渡った空を見ながら、晴れやかそうな雰囲気を出し……

 

「ってなれるわけあるかぁ!!」

 

 急にその表情を変えて天に向かって吠えた。

 

「楽しい試合が出来たのはよかったが、それとこれとは別の問題だ!!フリア次は絶対勝つからな!!」

「……はい!!」

 

 急に変わったキバナさんの態度に思わずびくっとなってしまったけど、これはこれでキバナさんらしい。キバナさんからの再戦の約束にこちらも元気に返事をし、笑顔で頷く。

 

「うし!そんじゃあ、その時のためにもオレ様も気合入れて特訓しないとな!!」

「ボクも、今日よりもっと強くなって、また挑みます!!」

「おう!!……っと、その前にこれを渡しておかねぇとな」

 

 態度を再び軟化させ、タレ目をより優しいものに変えながらポケットをまさぐるキバナさん。程なくして、ポケットから引き抜かれた手に持っていたのはドラゴンバッジ。ここナックルスタジアムを、そして全てのジムを突破したものに与えられる最後のバッジ。何千、何万と挑んで、それでもほんのひと握りしか手にすることの出来ない、そんな栄誉あるバッジがゆっくりとボクの視界に入ってくる。

 

 ついにここまで来た。

 

「お前にくれてやる。勝利の証……ドラゴンバッジだ」

「はい!ありが━━」

 

 とうございます。そう続けてバッジに手を伸ばそうとするボク。しかし、そこでボクの体に異変が起きる。

 

「あ、れ……?」

 

 急に体の力がガクッと抜けて、立つことを維持できなくなってしまう。フラフラと体を揺らしながらゆっくり折れていく膝に、もうちょっと耐えてとお願いしても一切聞き届けてくれない。そのまま前につんのめってしまい、このままでは地面に顔から落ちてしまう。

 

(ち、力が……体が……ぶ、ぶつかる……っ)

 

 来たる衝撃に対して、少しでも痛みを耐えられるように目を瞑り、最後の力を込めて体を強ばらせる。けど、次にボクを襲ったのは固いものにぶつかる衝撃ではなく、少し硬いけど、やわらかさもある暖かいものに受け止められるような感覚だった。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「す、すいません。緊張が抜けちゃって……」

 

 受け止めてくれたのがキバナさんと気づくのにそんなに時間がかかることはなく、すぐさまお礼をして、自分の足で立とうとする。せめて、バッジの受け渡しという最後の締めまでは、ジムを制覇したものとしてしっかりしておかないと、なんだかキバナさんにも申し訳ない気がしたから。けど、1度抜けてしまった力と緊張を取り戻すのは至難の業で、自分の足で立て直そうにも、この足が本当に自分の足なのかと疑ってしまうくらいには言うことを聞いてくれない。いや、むしろ体が動かなくなったことによってアドレナリンがいよいよ切れ始め、疲れと痛みをより強く自覚させられてしまい、さらに体が動かせなくなってしまう。

 

(あうぅ……この痛み…全身が筋肉痛に襲われてるような……いつつ……)

 

「お、おい。大丈夫か?」

「は、はい。だいじょぅ……ひうっ!?」

 

 急なボクの異変に心配したキバナさんが、ゆっくりとボクの体に触れて安否を確認してくれるものの、そのちょっとした接触だけでも体に痺れるような痛みが少し走る。なんでこんなことに?と、疑問が頭に浮かんだけど、その答えはすぐにたどり着くことが出来た。

 

(これ……ヨノワールが受けたすなあらしのダメージだ!)

 

 ヨノワールとブラッキーが対峙していたサダイジャというポケモンは、大きな鼻の穴から鋭い砂利交じりの危険な砂を激しく噴射して、相手を最悪裂傷に陥れる程の危険なすなあらしを産む。だからこそ、ギガイアスの特性で生み出されたものと比べるとより強力なものになるというわけなんだけど、そうなれば当然天候によって受けるダメージも増え、ヨノワールと痛覚を共有しているボクにも、その分多くダメージが帰ってくる。つまり、今のボクは遠回しに体全体が砂で削られたような痛みの何割かが帰ってきている状態となっているわけだ。それはこうなるに決まっている。

 

 せっかく介抱してくれているというのに、お礼を言いたくても言葉が続かないボクを見て、キバナさんもボクの体の異変の正体に手をかける。

 

「やっぱり、お前とヨノワール何かあるな?バトルの時も『へびにらみ』が効かなかったり、やけに腕をさすったり、表情をゆがめたり……それに、終盤はまるでお前たちの動きが重なって……隠していた切り札の役割って以外に、ヨノワールのことでなんかあるのか?」

「それは━━」

 

 一から説明しようとして言葉が詰まる。別にキバナさんに話すことは構わないんだけど、今ボクたちがいる場所はナックルスタジアムのバトルフィールドど真ん中。周りにはドローンロトムも飛んでいるし、今はすなあらしも止んでいるのでボクたちの会話は筒抜けになってしまう。

 

 正直ヨノワールとのあれこれは、ボク自身よくわかっていないし、聞いたことも見たこともない現象だから、あまり不特定多数の人には話はしたくない気分ではある。このあたりは本当に気分でしかないから、実際のところは話して広めてもいいのかどうかは判断出来てはいなんだけど……単純にボクのカンが、いたずらに広めない方がいいのではという結論を出しているだけだ。実際、このままヨノワールと戦い続けるのならこの現象はいつかみんなに見られることにはなるからね。結論、ボクの自己満足だ。

 

 後、それ以上にボクが言葉を詰まった理由があって、それが……

 

「ひぐぅ……っつつ」

「っておいお前……全身がうっすらとだが腫れてないか?ちと熱っぽい気も……」

「す、すいません……お話したいのはやまやまなんですけど……い、痛みが……ひうぅっ!」

 

 この全身の痛みだ。

 

 さっきも説明したこの全身の痛みを自覚した瞬間、どんどん体に力が入らなくなって、今もキバナさんの手や服が体に擦れるだけで変な声をあげてしまうくらいには影響が出ている。しかも、さっきも言った通りここは人の目が沢山ある場所だ。このままキバナさんにもたれかかって問題を起こそうものなら、多大な迷惑をかけてしまう。早くキバナさんから離れてバッジを受け取って握手をして、ボクが大丈夫だということを証明して円滑にこの場を収めたい。けどやっぱり体は動かなくて……

 

(足腰に全然力が……ユウリたちにも心配かけたくないのに……お願いだから動いて……!!)

 

「ひゆっ!?」

 

 どれだけ念じても動く気配のない体にいよいよ焦りを感じ始めるボク。周りの観客も、さっきまでの盛り上がりが落ち着き始めて、ボクを心配する声が増え始める。

 

(このままじゃあまずい……)

 

「ったく、しょうがねぇな。あまり動くなよ?」

「え?」

 

 内心凄く焦っているところに、急に体を襲ってきた浮遊感。自分の体に起こったその変化に一瞬頭が追い付いてこずに、自分が今どうなっているのか理解するのに時間がかかってしまう。

 

「このまま控室まで行くからな」

 

 数秒経ってようやく冷静になったボクは、定期的に感じる振動と温かさに、ちょっとした安心感を覚えながら、現状ボクがどうなっているのか目を動かして確認を始める。

 

 まず真正面に目を向けると、そこにはスタジアムの天井と空。そしてキバナさんの顔をしたから眺めるようなアングルになっており、しかも想像以上にキバナさんの顔が近い位置にあったので、びっくりしてしまい思わず体が跳ねそうになって、再び全身に痛みが走って変な声が上がる。

 

「っ!?くぅ……」

「おいおい、だから言ってるだろ?あんまり動くなって」

「す、すいません……」

 

 キバナさんからの言葉に謝りながら、現状を確認するために再び周りを見て確認する。

 

 横を向けばいつもよりも高い視線。自分の足元を見れば膝の裏に腕を回されている状態で、自分の左肩を見てみれば、キバナさんの左手と思われるものががっしりと掴んであり、背中に意識を集中してみれば、おそらくキバナさんの腕と思われるものが回されているのが感じられる。

 

 ここまでの情報で、今自分がどういう状態なのか、ようやく理解した。長々と現状を確認したけど、もうちゃっちゃと結論を言ってしまおう。

 

 今ボクは、キバナさんにお姫様抱っこをされていた。

 

『きゃああああ!』

『フリア選手がキバナさんにお姫様抱っこされてる!!』

『まさしくお姫様が抱えられてるわ!!』

『こうしてみると本当にフリア選手って小さくてかわいい……男の子なのにずるい……』

『尊い……好き……』

『私もフリアを抱っこしてみたい……』

 

 

「~~~~~~~っ!!!!」

「おお~、凄い歓声だな。やっぱり注目選手者は違うな」

 

 観客からの黄色い声に恥ずかしさが爆発してしまい、鏡を見なくても頬が熱くなっているのがわかる。キバナさんが何やら見当違いなことを言っているような気がするけど、それすらも耳に入ってこないほど、さっきとは別ベクトルで頭がパ二クってしまう。

 

(身長差のせいで余計にそうみられてるってこと!?それとも見た目のせい!?と、とにかく恥ずかしい!!っていうか最後の声絶対ユウリでしょ!!ユウリだよね!?ってことはこの恥ずかしい姿をいつものみんなにも見られているということで……あとで顔合わせるの恥ずかしいんだけど!!なんでお姫様扱いなの!!ボク男なんだけどなぁ!!)

 

 よくよく考えたら、このバトルは生放送なのでここにいる観客は勿論、全国放送というとんでもなく幅広い人に見られていることになるんだけど、正直その事まで意識を向けたらいよいよもってボクの精神が持たないので、そっちに関しては考えないようにする。

 

「キ、キバナさん!!ボクは自分で歩けるので!!大丈夫なので!!」

「遠慮しなくていいぞ。今もつらいだろ?オレ様が医務室まで連れて行ってやるから任せておけ~」

「そういう事じゃないんです~!!」

 

 とにかくこの恥ずかしい状況を脱しようとあれこれ言うけど、キバナさんは全く取り合ってくれない。それどころか、今のこの状況を楽しんでいる節まである。

 

 間違いなく確信犯である。

 

「絶対楽しんでますよね!?そんなにボクに負けた事とか挑発されたこと根に持ってたんですか!?」

「さぁ何のことやら。オレ様は歩くのがつらそうなか弱い挑戦者を運んであげているだけなんだがなぁ……お、そうだ。ロトム。ちゃんと撮っておけよ~」

「と、撮らないでくださ……っつぅ!!」

 

 それから繰り広げられるのは、キバナさんの腕の中でボクが全身の痛みに耐えながらも駄々をこねるという誰得なのか全くわからない景色。誰得なのかわからないはずの景色なのに、余計に上がる黄色い歓声が余計にボクを辱めるという悪循環。結局この意味の分からない寸劇は、ボクたちの姿が完全にフィールドから見えなくなるまで続く。

 

「はっはっは。慌てふためくお前は見ててなかなか面白いな」

「なんか、バトルよりも疲れた気がします……」

 

 最終的には、動いても抗議しても身体を痛めるだけと理解したボクは抵抗をやめ、大人しくすることに。せめて明日、このことがそんなに広まっていないことだけを祈っておこう。

 

(特に、ヒカリにだけは絶対に見られていませんように……)

 

 そんな祈りを心の中で捧げながら、ボクはナックルスタジアムの医務室へと、ゆっくりと運ばれて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「フリア!!」」」

「フリアっち!!」

「あ、みんな!!」

「お、お仲間も全員集合だな」

 

 ナックルスタジアムは医務室。

 

 キバナさんに連れてこられてベッドに寝かされたボクは、それでもまだ体の痛みが抜けきらず、とりあえず動けるようになるまでここで休むことになった。おかげでだいぶ痛みは引いてくれたので、あと数十分もすれば歩くこともできるようになるだろう。ユウリたちがお見舞い来たのはそんなタイミングだった。

 

「フリア〜っ!!」

「ユ、ユウリ!今来られると……っつつ!!」

「あ……ご、ごめんなさい……」

「ううん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね?」

 

 ユウリが飛びついてきたことで再び全身に痛みが走り、思わず声が出てしまう。そんなボクの姿を見て、ユウリが申し訳なさそうな顔をしながらゆっくりボクから離れていく。

 

 何も知らない観客たちならともかく、事情を知っているユウリたちなら、今のボクの現状がどんな感じなのかよく分かっていると思う。だからこそ、飛びついた結果筋肉痛のような痛みに悶えるボクを見て、申し訳なさそうな顔を浮かべているのだろう。

 

 悪気があった訳じゃなく、ボクの安否がわかり、それに安堵したからの行動だと分かっているから、ボクも特に責めたりしない。

 

「そこに関してはホントだよ!!……とにかく、無事でよかった〜……」

「全くだぞ。キバナさんにもたれかかった時は本気で焦ったんだぞ」

「事情知ってるあたしたちはハラハラもんと」

「でもキバナ様のお姫様抱っこは良かったァ!!」

「心配は嬉しいけど最後のは思い出させないで!!」

 

 むしろ、あの姿を見て心配してくれたことに感謝をしなければね。最後のあれは絶対に思い出したくないけど……

 

「さて、それじゃあ役者も揃った事だし……お前さんのヨノワールについて、聞いてもいいか?」

 

 和気あいあいとしていた空気が少しだけ張り詰め、みんなの視線がボクに向く。キバナさんはもちろんのこと、事情を知っているユウリたちも、最後にヨノワールを包んでいたあの謎の渦のようなものは知らないので、ボクの体のこともあって凄く集中して耳を傾けてきた。そんな彼らに、ボクもあのバトルに起きたことを1つずつゆっくりと説明していく。

 

 ボクにとっても今日起きたことは初めての経験だったし、ボク自身にもまだ分からないことの多い現象だから、ちゃんと説明できるか怪しいけど、しっかりと伝わるようにゆっくりと、細かく、自分の今の考えも混ぜながら話を進めた。

 

 そんな感じに説明していたからか、説明が全部終わる頃には30分の時間がかかっていた。

 

「……なるほどな。とりあえず今の説明で大体は理解出来たぜ。しっかし、そこまでヨノワールと繋がるってなると、視界共有以上に、五感全部が共有されてるって感じだな」

「それ以上に痛覚まで共有されるのはどうにかしたいんですけどね」

 

 こればかりは訓練どうこうで何とかなる気がしないからどうしようもない。もしかしたら、この共有化をもっと練度高く行うことが出来れば或いは……

 

(いや、むしろ余計にダメージが返ってきそう……うん、こればかりはなれるしかないよね)

 

 毎回この痛みを味わうのは勿論嫌だけど、最後の体が軽くなって、いつも以上の力を出せたあの瞬間は、何にも変えがたい安心感というか、高揚感というか……とにかく、何か心に来るものがあった。あの状態を自由に発現できると考えたら、きっとこの先本当に心強い切り札になる。そう考えると、やっぱりこの現象にはしっかりと向き合っておいた方がいい。今日キバナさんとの戦いで初めての実践投入をしてみて、改めてそう感じた。

 

「ま、その痛覚共有は、それを受けてしまほどすべてを共有しているからこその強さの代償って事だろうな。道理であんなに強くなるわけだ。ヨノワールの姿もちょっと変わってたし、この先もっと大きな変化があると思うと楽しみだな!!」

「あ、やっぱり変わってましたよね。ボクも少し気になってて━━」

「「「「なにそれ!?」」」」

「うわぁ!?」

 

 キバナさんと最後のヨノワールの姿について話していた時に飛び出す4人の言葉。みんなが見つめるバトルフィールドの中心で変わった姿になっていたんだけど、みんなは見てなかったのかな?同じような疑問をキバナさんも持っていたらしく、ボクの代わりに口を開く。

 

「なんだ、お前たちは見たことないのか?っていうかさっきの戦いで見なかったのか?」

「すなあらしが激しかったことと、ヨノワールの周りに変な渦があったから私たちの場所からはちょっと……」

「決着がついたってところで興奮してよく見てなかったところもあったと……」

 

 ユウリとマリィの言葉に頷くホップとクララさんの姿に納得するボクたち。そう言われると確かに、あの時の視認性ってすごく悪かったよね。この調子だと、多分ボクとキバナさんしか見た目の変化に気づいていないんじゃないかな?

 

「それなら納得だ。あ~あ、勿体ねぇな~……あのヨノワール、なかなかいい見た目してたぜ?」

「ど、どんななのか気になるぞ!!」

 

 ホップの言葉に続いてキバナさんにじっと視線を向ける皆。

 

 ……実はヨノワ―ルの姿というのは、変わったのは理解していたけどボク自身もよく見えていない。というのも、ボクの視界はヨノワールと共有されているから、ヨノワールの手は見えても見た目は見えないし、自分の視界だとしても見えるのはヨノワールの背中だけだからだ。だから実はボクも、キバナさんからはどう見えていたのか気になった。

 

 みんなが耳を傾けるなか口を開くキバナさん。

 

「っと言っても、オレ様も詳しく見えたわけじゃねぇから詳しくは言えないが……ただ一つ、普通のヨノワールと違うところと言えば……」

 

 そんなキバナさんの言葉にボクは……

 

「ヨノワールの特徴の一つ、大きな赤色のモノアイがきれいな水色になっていたことだな。例えるなら……そうだフリア、ちょうどお前の目の色にそっくりだったぜ」

「ボクの……目に……」

 

 また少し、心をざわつかせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お姫様抱っこ

そういえばルリナさんにもされていたような……?
このまま全員からお姫様抱っこしてもらいましょうか?

生放送

???「ナニコレ超かわいい!!!!!今度はぜひともあの衣装を着せてまたこの人にお姫様抱っこを……」
???「鼻血……鼻血出てるぞ……」

ヨノワール

少しだけ姿変更。
水色のモノアイ姿を想像するだけでなんかクール度が上がって個人的にちょっと痺れちゃっているんですけどどうですか???(ヨノワール大好き人間)




見返してみたら8話ではちゃんと初見のアナウンサーさん、ちゃんと一目で男の子と見抜いているんですよね。と書こうと思ったら、天の声視点ですから、もしかしたらあの時点でもう女のことしか見てもらえていないのかもしれないですね。
現在の観客からの評価は、確かに男の子にも見えるけど、可愛いからです状態です。
キバナさんもノリノリです。


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123話

ゼノブレイド3を楽しみながら書いています。
任天堂さん、時間が足りません。


「ヨノワールの姿……これからどうなるんだろう……」

 

 キバナさんに言われた、ボクの瞳と同じ瞳の色のヨノワール。その姿を想像するだけで、なんだかさらにヨノワールと心を通わせることが出来たような気がして、そしてこれからもっと強くなれるかもしれないということがわかって、ボクの中で何かが燃え上って来るのが伝わってくる。そしてそれ以上に……

 

(コウキの横に……また立てるかな……)

 

 昔諦めてしまったその場所にまたたどり着けるかもしれない。その嬉しさと、少しの緊張が大きくなってくる。どんどん膨らむ思いに、今すぐにでもこの現象の特訓をしたいという気持ちがあふれかえって来る。

 

「すぅ~……ふぅ……」

 

 けど、今はまだ焦ってはいけない。そっと深呼吸を一つ落とし、頭と心を落ち着けていく。いきなり深呼吸をしたことで、ユウリたちはちょっと不思議そうな顔を浮かべるけど、そんなみんなに対して自分の心が落ち着いたのを感じてから、大丈夫と一言。

 

(キバナさんとの戦いでこんな状態なのに、またあれをしようとすると、今度こそ怒鳴られちゃいそうだしね)

 

 幸い、時間はまだまだたくさんある。ゆっくり、少しずつ前に進んで行こう。

 

「さて、そんじゃあ面白い話も聞かせてもらったし、未来の楽しみも増えたことでいい加減一番大事な事を済ませっか!」

 

 医務室内の空気が大分落ち着き、ヨノワールについての話もひと段落したところで、キバナさんが伸びをしながら流れを切り替える。とはいったものの、一番の本題はヨノワールのことだと思っていたボクたちにとって、一番の話が終わったのにいったい何を話すことがあるんだろうと、思わず首をかしげてしまう。

 

 5人そろって首をかしげるという周りから見ると少しシュールな情景に、キバナさんはキバナさんで『お前ら本当に忘れてんのか?』といった表情を浮かべていた。

 

「おいおい、いくらヨノワ―ルのことが衝撃だったからと言って、本来目的を忘れるってのはちと違うんじゃねぇのか?」

「本来の目的……あぁ!!」

「ったく、ここまできれいに忘れられてっと、なんか変な気分だな」

 

 後頭部を掻きながら心底呆れたという表情をみせるキバナさんの姿を見て、ようやく心当たりが見つかったボクは思わず声をあげてしまう。

 

 本当にヨノワールのことに目が行き過ぎてて、ボクが本来なんでキバナさんと戦っていたのかという根本的なことをすっかりと忘れてしまっていた。ユウリたちもキバナさんが何を言いたいのかにようやく気付いた辺りで、キバナさんも『ようやくこれを渡せる』と呟きながら、バトルフィールドの時と同じように、ポケットに改めて手を入れる。

 

 数秒もせずにポケットから取り出されたキバナさんの手に握られていたのは、ボクが急遽体を文字通り崩してしまったため受け取ることが出来なかった、ジムチャレンジ最後のバッジ、ドラゴンバッジ。

 

「ほれ、観客の前で渡せなかったのは残念だが……まあその分はお前の面白い話の分でチャラだ。改めて、受け取りな。ドラゴンバッジだ」

「はい!」

 

 ボクの掌にそっと置かれる最後のバッジは、とても重く、そしてとても熱く感じた。

 

 大切に受け取ったそのバッジを落とさないようにしっかり握りしめながら、自分のポケットに入っているリングケースを取り出す。

 

 7つ埋まり、残す空席はあと一つとなったそのケースに、最後のピースが埋まっていく。カチッとはまったそのリングケースには、このガラル地方を代表する8つのタイプを象徴するマークがついにそろった。

 

 くさ、みず、ほのお、ゴースト、フェアリー、こおり、あく、ドラゴン。

 

 あの日、エンジンシティの受付で貰った時と比べて、比べ物にならないほど重くなったこのリングケースを胸に当て、今までの挑戦を思い出す。どれも、一筋縄ではいかない大変な戦いばかりだった。けど、ついにここまで来ることが出来た。

 

「やっときた……ついに……!」

 

 ボクにとっては2回目のジム制覇。だけど、シンオウの時に初めてジムバッジをそろえた時と同じか、それ以上の嬉しさがこみあげてきた。

 

「あ、そういえば……みんなは?」

 

 そこまで考えてふと気になったことがある。ボクは無事キバナさんに勝つことが出来たけど、果たして他のみんなはどうだったんだろうかと。いつもなら集合してすぐにその話になるんだけど、今回はボクの体がこんな感じになってしまっていたせいで、そういう話をする機会が失われていた。勿論ボクから見ても、全員キバナさんに勝ちうる力を身に着けていると思うし、ぜひ勝っていてほしいと願っているけど、今までだって全員で揃って突破していない回数はゼロではないし、むしろ後半に入ってからはジムミッションかジムリーダーとの戦いで必ず誰かしらが失敗、ないし敗北をしている。そして今回はあのキバナさんが相手だ。誰が負けていても不思議ではない。

 

 そんな少しの不安を孕んだ目をみんなに向けるボクに対して、みんなもどこか神妙な面持ちを浮かべながら、それぞれが自分のカバンを漁っている。その行動を見て、もしかしてボクたちの誰かどころか、ボク以外の全員が負けてしまったのではないかと言う想像をしてしまう。

 

 全員負けてしまったとしても、ネズさんの時のようにまた特訓をすればいいだけだし、ジムチャレンジの終わりまでの期間を考えれば、まだまだ余裕はたっぷりだから何も問題は無いんだけど、それでもやっぱり負けるというのは自分の心に少なくない影を落とすことになる。それに、なんだかんだここまで足並みを揃えてやってきた仲のいいみんなだから、最後もみんな揃ってクリアしたいし乗り越えたい。

 

 そんなことを考えているうちに、みんなの手がカバンから抜き出される。その手には各々のリングケースが握られており、そこには……

 

「「「「そろって勝ったよ(ぞ)!!」」」」

 

 ボクのものと同じく、8つのバッジ全てが埋め込まれたリングケースがあった。

 

「本当に大した奴らだよ。1日にこんなにも負けたのは今日が初めてだぞ。流石のオレ様でも、ちと自信を無くしかけちまったくらいだ」

「じゃあ……本当に……」

「おう!今日はみんな揃って祝勝会だぞ!!」

 

 ホップが後頭部で腕を組みながら嬉しそうに宣言する。

 

 あのキバナさんにみんながそろって勝ち星を収めることが出来た。これが一体どれだけ凄い事なのか。それは毎年キバナさんのジムを突破することが出来る人数を数えたら一目瞭然だ。キバナさんのジムに挑める人数自体が2桁に満たないのが普通なのに、今日1日で5人もの突破者が生まれた。

 

 果たして、今までのジムチャレンジ歴史でこんなことがあったのだろうか。いや、きっとなかったはずだ。そんな初めての偉業を成しえたのが仲のいいみんななのだと考えたら、自分のことのように嬉しくなってくる。

 

「本当に……みんな揃って……勝ったんだね」

「うん……みんな一緒だよ」

「正真正銘、あたしたち全員で、ね」

「うちら、何気に凄いことしてるくねェ?」

 

 神妙な面持ちから一転。一気に晴れやかな雰囲気へと変わっていく部屋の空気にゆっくりと頬が緩んでいくのがわかる。

 

「さて、そんじゃ、オレ様はやることがまだまだ残ってるからこの辺でおさらばするぜ。フリア、体が治るまでゆっくりしておいていいからな。ジムトレーナーの奴らにはオレ様から伝えておくぜ」

 

 そう残し、部屋から出ていくキバナさん。きっと、ボクたちの雰囲気を見て、空気を呼んで出ていったのだろう。

 

 少し申し訳ない気持ちが出てきたけど、今はそれよりもこの安心感と嬉しさに浸っていたい。

 

「本当に良かった……」

「おう!まだまだ、いや、むしろこの先の方がもっと大変だけど……とりあえずのゴールだよな!」

 

 ホップの言葉に頷くボクたち。ダンデさんと戦うことを目標とするのなら、ホップの言う通りこれから先の方がもっと大変だけど、少なくとも、毎年2桁の挑戦者すら許さない大きな関門を突破し、このジムチャレンジのひとまずの区切りを迎えることが出来た。一応このジムチャレンジの最終的なゴールはシュートスタジアムの受付だ。そこで全てのバッジが埋まったリングケースを見せることで初めてジムチャレンジ成功となり、次のトーナメントへ参加をすることが出来る。なので、シュートスタジアムに行くまでが冒険であり、ジムチャレンジだから、もうちょっとだけ気を引き締める必要はあるのだけど、話に聞く限り、シュートシティへの道は険しくはあるけど、ここまでバッジを集めた猛者ならば特に苦戦することなく進むことが出来るらしい。

 

 バッジを集めた後に通らないといけない道と聞いて、最初はシンオウ地方のチャンピオンロードを想像したのだけど、どうやらそこまでこったものではないみたいで、チャンピオンロードのようにポケモンリーグが作った人工の洞窟ではなく、自然の山を一つ越えてもらうだけのようだ。

 

 いや、山を一つ越えるだけでも十分大変なはずなんだけどね。テンガン山を上った経験や、ここまでいろんな人との対戦経験のせいか、ちょっと……いや、かなり感覚がまひしてしまっている感は否めない。

 

 と、ちょっと話が逸れたけど、要はジムチャレンジの実質的なゴールに、ボクたちはようやくたどり着いたんだ。

 

 今くらいは、みんなで喜び合ってはしゃいでも、誰も文句は言わないだろう。

 

「「「「「……」」」」」

 

 みんなのぐっと握られた拳が、ゆっくりと持ち上がり、天に向けられ……

 

 

「「「「「やったあああぁぁぁぁっ!!!」」」」」

 

 

 ボクたちの感情が爆発した。

 

 ナックルスタジアムの医務室という、本来なら叫ぶには適さない場所。けど、そんなことを忘れてしまうくらいには、ボクたちの気持ちは、盛り上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、やっぱりすごいなフリアは!!心配こそしていなかったけど、やっぱりあいつはすげぇよ!!」

「本当本当!!フリアって罪なくらい可愛いよねぇ~……あ、わたしの顔からまた……」

「……ティッシュ、追加いるか?」

 

 イッシュ地方はサザナミタウン。

 

 東からサザナミ湾へと水が入り込み、逆コの字の入り江を形成しているこの町は、夏である今の時期、バカンスで人が賑わう人気の避暑地となっている。その前評判にたがわず、今外の砂浜を確認すれば、この海に遊びに来た人たちのパラソルと喧騒によって、華やか且つ賑やかな風景が拝めることだろう。

 

 個人的な仕事もひとまず落ち着き、久しぶりに彼女に会いたいという気持ちを携えて、そんな誰もがうらやむ素敵な場所にまで来た私たちは、浜辺に出ることなく、サザナミタウンに建てられているとある建物の中からテレビを見ていた。

 

 映っている内容は今ガラル地方にて行われているジムチャレンジについて。それも、ガラル地方最強のジムリーダーと言われるキバナ選手のバトル。そんなキバナ選手の対戦相手は、今テレビを見ながら盛り上がっているところからわかる通り、私たちのよく知る人、フリアだった。

 

 キバナ選手のジュラルドンと、フリアのヨノワールによるぶつかり合いは、私の視点から見てもハイレベルな攻防で、とても興味深いものだった。テレビを見て興奮している2人の気持ちもとてもよく分かる。私も、彼らと同じくらいの年齢だったら、同じように盛り上がっていたかもしれない。それほどにまで評価できる内容だった。

 

「どうかしら?なかなか面白いバトルだと思うのだけど……」

「ええ、そうね……」

 

 そんな私の感想を共有するために、今現在、私の隣で優雅に紅茶を飲み進めている1人の親友に声をかける。声をかけられた私の親友は、眠そうに開けられた目を頑張って開かせながらぽつりぽつりと呟く。

 

「急にあたくしを呼び出して……見せてきたものとしては十分面白いものだったわ……。退屈なモノだったら流石に怒っちゃおうかと思ってたのだけど……成程、あなたが夢中になるのもわかる気がするわ……」

「でしょ?やっぱり面白い子よね」

「本当、久しぶりにここまで興味深い子を見た気がするわ……。……特に最後のヨノワールの姿……あれ、なんなの……?」

「……流石ね。カトレア」

 

 カトレア。

 

 長い金髪と、白とピンクを基調とした服装をした、ちょっとダウナーな喋り方が特徴の女の子。私の親友であり、ここイッシュ地方のエスパータイプ専門の四天王を務め、今私たちがお邪魔している別荘の保持者でもある彼女は、代々実力者を輩出する家系の生まれで、彼女自身も強い超能力とポケモントレーナーとしての高い実力を兼ね備えている。

 

 彼女との馴れ初めを軽く説明すると、彼女と私は、バトルフロンティアにて特訓をしていた時に出会った。イッシュ地方の四天王である前の彼女は、バトルフロンティアの施設の一つであるバトルキャッスルにて、フロンティアブレーンを務めていた。

 

 ……正確には、当時の彼女はちょっと精神的に未熟なところが多かったから、表向きには執事のコクランがずっと担当していたけど。

 

 そんな彼女が成長するために、特訓相手として戦っていたのが私というわけだ。

 

 最初こそ、なかなか私に勝てないことに苛立ちを募らせて癇癪を起していた時もあったけど、何回も戦いを重ねていくうちに次第に打ち解け合い、今や親友と呼び合う中にまで発展していた。それに伴って実力もしっかりとつけていき、今ではイッシュ地方の四天王。私との戦績も、いまだに私の黒星はないけど、戦う度に私との差が縮まっているのを感じるため、いつかは負けてしまうのではないかとハラハラしてしまう程だ。

 

 もっとも、そのハラハラを楽しんでいる節があるあたり、私も大概なのだけど……

 

 閑話休題。

 

 そんな私の親友であるカトレアは、紅茶を飲み干して眠たげな眼をしっかりと開かせながら、私に向かって質問をしてきた。

 

 テレビにほんの少しだけ映っていた、フリアのヨノワールの変化。すなあらしによる視界不良と、バトルが終わった後の選手の反応を移すためのカメラワークのせいもあり、はっきりと確認することが出来なかったのに、それでも気づく辺り、彼女の観察眼もやはり侮れない。

 

 ヨノワールの変化。

 

 瞳の色が赤から水色に変わっていたあの姿は、いったいどいう意味があるのか。そして、この現象は、当時の彼の身に起きたあの不調とどんな関係があるのか。

 

「正直、私にもあのヨノワールに何があるのかはわからないわ。けど、今彼は間違いなく、昔ぶつかった壁を乗り越えようとしている。その時に、彼は一体どんな場所に辿り着くのか。私はそれが見たい。それに……」

 

(また、あの子たちが集まるところを見たい……)

 

 いつも楽しそうにしていたあの子たちの集まりを。そして、テンガン山での一件で最後まで一緒に戦い、あの子たちに認められるまでになった、ポケモン界の未来を担うかもしれない若い芽。そんな彼らが、また笑い合っているところを……

 

(……ダメね、ジュンやヒカリとこうやってプライベートにまで連れ周しちゃったせいか、日に日に感情移入が強くなってしまっているわ。あまりこういったひいきはしたくないのだけど……私も1人のトレーナーって事かしらね)

 

「紅茶のおかわりをお持ちしました。お嬢様、そしてシロナ様」

 

 彼らのことに思考を回しているときにそっと机に置かれる紅茶のおかわり。鼻孔をくすぐるその香ばしい匂いは、それだけでこの紅茶のグレードをしっかりと伝えてくれる。そんな紅茶を持ってきてくれたのは、カトレアに仕える執事のコクラン。

 燕尾服に身を包み、眼鏡をかけた彼は、急な来客である私たちに対しても嫌な顔ひとつせず、柔和な笑顔を浮かべながら給仕していた。

 

「ありがとうコクラン。改めて、急に押し掛けてしまって申し訳ないわね」

「いえいえ、シロナ様にはたくさんお世話になっていますので。これくらいはいつものお礼と思って受け取ってください」

「ちょっと……あたくしにはその手の言葉はなかった気がするのだけど……?」

「この別荘を好きに使っていいと言ったのはあなたじゃない。……まぁ、まさかジュンまであげてくれるとは思わなかったけど」

「あなた、ここの別荘を男子禁制とでも思っていたのかしら……?当然その辺の男に貸してあげる義理なんてないけど……ここにコクランがいる以上、そんなことないに決まっているでしょうに……」

「今までここを訪れる人を考えたら、そういう思考になっちゃうのも無理ないと思うのだけど……まぁ、そこはどうでもいいわ。それにしても……はむ……んん~!ここは美味しいものもあるし、居心地がいいわね」

 

 コクランが準備してくれた紅茶とお菓子をいただきながらお話しする私たち。

 親友と歓談しながら私の注目している人の試合を観戦し、こんな綺麗な別荘でゆったりする。控えめに言って最高の環境だし、今まで巨人伝説を追って色々な場所を転々としていたせいか、ここでの一時が物凄くゆっくり且つ幸せに感じてしまう。もういっそこのままここに暮らしていたい気分だ。

 

「はぁ〜……」

「だらしない姿……。目の前にお弟子さんもるのに、よくそんな姿できるわね……意外とずぼらだったり、片付けができない人だったり、こんな姿だったり、世間が知ったらイメージ崩壊がとんでもなさそう……」

「私もたまには羽休めしないと潰れちゃうのよ……それと、そのイメージだって世間の勝手な妄想でしょ?私には関係ないもの。このあともまた仕事ですぐにここを発たないといけないのだし、ちょっとくらい親友とのだらけた時を過ごしても許されると思わない?」

「まぁ……別にいいのだけど……」

 

 私の言葉に対して小声で返しながら、口元を隠くすための紅茶をすする彼女に思わず笑みがこぼれる。私が彼女を親友と呼ぶ度に彼女のする行動、いわゆる照れ隠しだ。昔からこういう可愛いところは何も変わらない。見た目も相まってまるでお人形だ。

 

「それにしても、このあとすぐに発つって……来たばかりなのにもう……?」

「元々あなたに会いたいという予定しかなかったもの。もう少し一緒にいたいという気持ちはあるけど、やることはやらないとね」

「大変ねあなたも。……で、次はどこに行くのかしら……?」

「ガラル地方よ。ちょうど今、彼が出てる大会が開催されてる場所」

「ガラル地方……あのヨノワールがいる場所……」

「そうよ。……どうかしたのかしら?」

 

 私の言葉を聞いて、顎に手を当てながら何か考えるような素振りを見せるカトレア。その姿が気になり声をかけてみたものの……なんとなく、私は何かを察した。それはコクランも同じだったみたいで、端正な執事としての顔が、ほんの少しだけ苦笑いに歪んだ気がした。

 

 私とコクラン。2人の考えが同じなら、きっと次の彼女のセリフは……

 

「シロナ……。ガラルへの旅……あたくしもついて行くわ……」

((やっぱり……))

 

 予想通りの言葉にため息を心の中でつく。お嬢様のような見た目であることと、常に眠たげな目をしているところから、あまり外に出ない子がと思われがちなカトレアだけど、その解釈は少し間違っている。

 

 確かに、彼女はどちらかと言えばインドア派だし、服装と喋り方も相まってあまり活動的に見えないかもしれない。いや、実際には、確かにあまり外に出るような子ではないけど、彼女の根本的な性格は、極度の負けず嫌い且つ、退屈嫌いだ。

 

 負けず嫌いの性格と未熟な精神のせいで、ポケモンバトルを禁止されていたという退屈な過去を持つ彼女は、再びその退屈に見舞われることを嫌っている。しかし、今や四天王となり、隣に立つものが少なくなった彼女に、自身の退屈を埋めてくれる相手なんてそれこそ数えるくらいしか存在しない。故に彼女は、自身の退屈を消してくれる存在というのを少なからず求めている節がある。そんな彼女が私について来てガラルに行くということは、つまりそういうことという訳だ。

 

(あらら……フリアったら、わざわざこんな時にまで目をつけられなくてもいいのに……)

 

「コクラン……準備を」

「かしこまりました」

「ここの四天王業は開けていいのかしら?」

「今の時期……大体の地方がオフシーズンでしょ……?活発なのはガラル地方くらいだから問題ないわ……」

「そう……どうせなら、私の研究も手伝う?」

「気が向いたらね……」

「これは手伝ってくれないパターンね」

 

 まぁ、最初から期待はしていなかったのだけど……。

 

「さて、ヒカリ、ジュン、そろそろ準備しておきなさい」

「え、もう行くんですか?」

「『もう』じゃなくて『やっと』だぞ!!くぅ~、早く行こうぜガラル地方!!」

「あなたはせっかちすぎ。まだ準備だけでいいわよ。どうやら、カトレアも来るみたいだし……」

「「え!?」」

 

 私の言葉に驚く2人の反応に、ちょっと苦笑いをこぼしながら窓から見える空を見上げる。

 

(さて……私たちと再会した時、フリアはどんな顔をするのかしらね)

 

 もうすぐ会える。その時のフリアの反応を想像するだけで、その空はいつもよりも澄み渡っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジムバッジ

ようやく8つ揃いました。
123話……長かったですね。

カトレア

シロナの友人。別荘のお話。負けず嫌い且つ未熟な精神だった故、負けるたびに癇癪を起して超能力が暴れていたので、バトルキャッスルではワッハ!さん……コクランさんが務めていた。
どれも公式設定ですね。
彼女が退屈嫌いだという事と、カトレアの別荘が男子禁制ではないという点は、私なりの解釈です。
退屈嫌いはBWでの四天王戦の会話から。男子禁制説は、あの別荘に現れるのが女性キャラだけだからという理由ですが、男性主人公もコクランもいるので大丈夫では?という考えからですね。
細かい設定がほかで有ったら拾いきれていないかもです。すいません。
そしてまさかのガラル地方出勤ですね。最初は出すつもりはなかったのですが、シロナさんの交友関係から出してみてもいいかもという勢いです。
もしかしたら作者のリサーチ不足でキャラ崩壊を起こすかもですが……まあ既に崩壊している方いますし……(ヒカリさんとかヒカリさんとか、あとヒカリさんとか)





ただでさえこの作品に色濃く出ている作者の趣味や都合が、さらに増えそうな予感がしますね。
自身の書きたいことを優先して書き続けている結果なのですが、これからもそこを曲げる気はありませんので、『合わない』と感じたら、すぐさまバックブラウザ推奨ですよ。

……少なくともこのタイミングでいう事ではないですね()


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124話

「はぁ……はぁ……」

「……」

「この流れは……また……」

 

 少し遠くから聞こえてくるミカンさんの声を聞き流しながらも、視線は真っ直ぐ、ここ最近ずっと戦ってもらっているとある人から逸らさない。いや、逸らせない。一瞬でも逸らそうものなら、その隙に絶対やられてしまう。既に何回も行われているこのバトル。傍から見たら毎回惜しいところまでは手が伸びているのに、いつもあと一歩が届かない。

 

 試合形式こそフルバトルではなく、3対3のシングルバトルという形で行われているから、普通に戦うよりはまだ勝てる可能性がある。それでも毎回勝てていないということは、それだけコウキさんとの差があるという事なのだろう。

 

 今もお互い最後の3匹目で、どちらもかなり体力が削れているとは思うんだけど、それでも流れは向こうがとっている。

 

「くっ……ワタシラガ!!『かふんだんご』!!」

「……フーディン、『サイコキネシス』」

 

 流れを無理やりにでもこちらに持っていくために、潮風に乗りながらいつもより素早く動き、相手の弱点を突く攻撃を行うワタシラガ。しかし、素早く且つ高威力の技を持ってしても、それ以上の速さでトレーナーが反応し、それ以上の威力を持ってポケモンが返してくる。

 

(本当に反応速度が早すぎる……!!まるで未来予知だ……っ!!)

 

 サイコキネシスによって勢いよく弾かれるかふんだんごとワタシラガ。前に出る分相対的に速く飛んでくるサイコキネシスに、ワタシラガは普通に技を受けるよりも大きなダメージを貰ってしまう。それも、ワタシラガの急所を寸分たがわず狙い撃ちされたせいで余計にだ。当然バトルも後半になっており、体力を消耗したワタシラガにこれを耐える術はない。

 

「ワ……タ……」

「……お疲れ様、ワタシラガ」

 

 ワタシラガ戦闘不能。今日も今日とて、現シンオウチャンピオン、コウキさんに、俺はまた黒星をつけられる結果となる。

 

 コウキ。

 

 歴代シンオウチャンピオン最強と名高かったあのシロナさんを下し、現在シンオウ地方の頂点に立つ彼の戦い方の特徴は、とにかくその鋭い反応と、ポケモンの練度に高さによるものが大きい。次に相手がどのポケモンを出そうとしているのかや、どんな技を使いたがっているのかを本能的に察して、それに対して素早く反応し、有利なポケモンを選出して効果的な技を選ぶ。言ってしまえば、ポケモンバトルの基礎も基礎の話なんだけど、とにかくその基礎がとてつもなく高水準にまとまっている。トリッキーな戦い方や、搦手といったものこそ使ってこないけど、だからこそ隙がない。正確に言えば、ポケモンの練度が高すぎて、高火力の技を打っているだけで相手の策ごとひねり潰してしまう。

 

 ここだけ聞けば、果たしてそれはポケモンが強いだけで、コウキさんの力はあまり関係ないのでは?と思うかもしれないけど、そうでは無い。そんな破壊力を発揮出来るようなポケモンの育て方を、自然とやってのけることが出来る。これだけで、彼がどれだけ能力の高いトレーナーなのかというのが分かってもらえるだろう。しかし、彼の真の強みは別にある。

 

 それはやたらと技が急所に当たったり、倒せたと思ってもポケモンがガッツで耐えたり、果ては状態異常すらも、ポケモン自身がトレーナーを悲しませまいと思って無理矢理治したりと、普通では考えられないような、不思議な力が働いているとしか思えないような出来事が沢山起きてくること。

 

 誰と対戦しても、どんな状況でも、この現象は彼の前では高確率で起こってしまう。それはまるで、最初からそうなることが決まっていたかのように。

 

 ポケモンと世界に愛されたトレーナー。それがコウキさんだった。

 

 傍から見ればそれは理不尽とも卑怯とも取れてしまうその現象。天より授かったとしか考えられない、けど確かに起きてるその現象に、喰らいつくことは出来ても、崩すことができた人は存在しない。

 

 彼と対戦した人は、みな口を揃えてこう言う。『ああ、天才とはこういう人のことを言うんだ』と。

 

 その差は実力で埋めようだなんてとても思えるものではなくて、実感してしまったが最後、自分にはいくら年月をかけてもそこにたどり着くことはないんだと分からされてしまうほど。

 

 結果、起きてしまうのは挑戦者の挫折。

 

 この人にはいくら挑んでも勝つ未来がないとわかった瞬間に、その相手は心が折られ、立ち上がることを放棄する。この理不尽の前に、一体どれだけの人が膝を折ったのだろうか。そして、その度にこのチャンピオンはどれだけの感情をぶつけられたのだろうか。

 

 本人に悪気なんて当然ない。きっと彼は、本来は上記のことを起こしてしまう程ポケモンに好かれる優しい人間のはずだ。けど、だからこそ、ここまでの過程で彼がどれだけ望まぬ展開と言葉を体験してきたのか。考えるだけで体が震えそうになる。

 

 もしかしたら、ここまでの話が全部俺の妄想話で、ただの痛いやつで終わるのなら別に構わない。けど、目の前のチャンピオンの目を見ると、とてもじゃないけど楽観視なんて出来なかった。

 

 初めはただ、俺の憧れた場所に誰よりも早く辿り着いた彼の実力を見てみたいと言う軽い気持ちしか無かった。俺と彼とで、一体何が違うのか。何を持っているのか。今となっては、彼と俺とでは何もかもが違うことがよくわかってしまったし、先程の例に漏れず、俺も膝を折りそうになってしまっていた。けど、それ以上に……

 

(その悲しい目……なんか……嫌だ)

 

 何かを失ってしまい、心に穴でも空いてしまったかのようなその表情を見ていると、とてもじゃないけど彼の前で膝を折ることなんてできるわけがなかった。

 

 俺に何ができるのかは分からない。けど、何もせずに後悔するよりは、何かをして後悔したい。

 

 それに、今思えば高々十数回負けるくらいなんだという話だ。ガラル地方で厳しい師匠の下戦い続けていたあの日々を思い出せば、ここ数日で味わった敗北なんてまだまだ少ない。厳しい特訓の日々を思い出せば、これくらいの壁なんて……いや、無茶苦茶高い壁だけど……うん、大丈夫だ。

 

「……ありがとうございました。また明日もお願いします!!」

 

 ワタシラガの入っているボールを腰に戻して、対面にいるコウキさんの下に歩いて行き、右手を真っすぐ差し出す。

 

「……」

 

 相変わらず無言のまま帰ってこないこの握手ももはや慣れたものだ。暫く差し出した右手も、やっぱり握手が返ってこないのを確認したらゆっくりと下す。

 

 あまり長く突き出していても俺の右腕がつかれてしまうし、何よりも、コウキさんにはその目に光を取り戻してほしい気持ちはあれど、本人が嫌がるほど無理やりするつもりもない。この手の問題は解決までに時間がかかるイメージだし、ここまで言っておいて、もしかしたらコウキさんの心を開くべき人は俺じゃないなんてこともあるかもしれない。

 

(それでも、きっかけくらいにはなりたい……)

 

 手を戻した俺は、コウキさんに改めて一礼をしてその場から離れていく。

 

 あの日出会って、バトルをするようになって、ポケモンへの指示以外でまだ一度も直接彼の声を聞いたことはない。

 

「お疲れ様ですマサルさん。今日も惜しい所まで行ったんですけど……」

「ありがとうございます。けど、多分コウキさんはまだまだ本気じゃないですよ」

「え……?」

「本当は気づいているんじゃないですか?あの人、まだあのポケモン出してませんし」

「……そうですよね」

 

 コウキさんと戦っていた海岸に背を向けて、ナギサシティの街並みが再び見え始めたくらいで合流したミカンさんと、肩を並べて話しながらポケモンセンターへの道を進んで行く。

 

 コウキさんの目や状態についてはミカンさんにも共有しており、デンジさんとのバトルに引き続いていろいろ協力してもらっている。ジムチャレンジの時にはいなかった旅仲間が出来て、その点については少しだけ楽しいと思っていたりするけど、それ以上に目の前の問題が大きすぎて、2人そろって頭を抱えている時間も短くない。

 

「でも、いつか引き出して見せます!!その時まで……また付き合ってもらってもいいですか?」

「……はい!わたしでよければ、喜んで!……わたしも、彼の笑っているところ、みたいですから」

 

 それでも俺たちは前を見る。彼に前を向いてもらうため。……いや、正確にはちょっと違うかも。

 

(今度こそ……()()()()()()()()()()()()()()()……!!)

 

 やられっぱなしじゃいられない。絶対に彼の切り札を引きずり出し、目を向けさせてやる。

 

 心を改めてポケモンセンターに向かう俺たち。

 

 ガラルに帰るのは、もう少し先になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ナックルシティの西側にはいなかったのか!!』

『何回も探しましたよ!!そっちにこそいないんですか!?』

『お前たち!言い合いなどいいから早く探さないか!!』

『探していますよ!!それ以上にこっちは施設の修復に忙しいんです!!』

『ええい、もう何日たっていると思っているんだ!修復も捜索も急げ!!』

 

「う~ん、これはいけませんねぇ……」

 

 研究員たちの怒号が飛び交うここは、ナックルシティの地下にあるエネルギープラント。ここの直上に建てられてあるナックルスタジアムの塔で吸収したエネルギーをここの発電装置に通して発電、そこから生まれた電力をガラル地方全土に送るという、このガラル地方の心臓部と言っても過言ではない重要な役割を担っている場所である。

 

 そんな重要施設ではあるが、現在この施設内は少なくない破壊の痕跡が残っている。数日前に起きたとある事故のせいで、壁は崩れ機器類は破損。一番重要な発電施設こそ軽傷で済んだものの、そこを制御するプログラムなどがあった施設は一時的にダウンしてしまい、一連の事件の影響は、中規模の地震と数十分の停電、そして野生ポケモンの急な凶暴化やダイマックス化という形で現れていた。

 

 幸い予備電源への切り替えがスムーズに移行してくれたため、地上へこの事件が漏洩することは避けられており、ジムチャレンジにも大きな影響は出てはいないものの、それとは別にとても大きな問題が今、この施設内で起きていた。

 

「施設は直せばいい。電気もまた作れば、いつかはなくなりますが当面は大丈夫。ですが……あの子を逃がしてしまったのはいただけませんねぇ」

 

 それは、この施設にとらえていたとある重要な生物が脱走したという事。

 

 ポケモンであるのかどうかさえ見極めをつけることが出来ないその生物は、その小さな体に秘められているとは到底思えないほど、とてつもなく大きな能力を秘めていた。それは、はるか先の未来にはすべてのエネルギーが枯渇すると思われるこのガラル地方を、根本から救うことが出来るほど大きなものだった。

 

 遥か先の未来。なぜそんな抽象的で曖昧なもののために動いているのかと言われると、とある穴に近づいた結果、急に目の前が光だし『視て』しまったという、非現実的なことしか言いようがない。だがしかし、確かに、遠い未来でこのガラル地方はエネルギー不足により住めなくなってしまい、人々はこの地を捨てて別の場所へと移り、廃墟と化したガラル地方が誰の手も届かない鬱蒼とした森へとその姿を変えてしまうところを視てしまったのだ。

 

 最初こそ夢や何かの間違いかと思ったが、あの穴の先にちらりと見えた、あの緑色の妖精のようなポケモンが見せた景色には、確かなリアリティがあったのだ。

 

 私はガラル地方が大好きだ。

 

 このガラル地方には、永遠の存在であってほしいと願っている。たとえそれが、自分の生きていない遥か先の未来だとしても……。周りから見れば狂った愛と言われるかもしれない。けど、私はこの愛が間違っているとは思っていない。

 

(絶対に、このガラルを亡くしてなるものか)

 

「委員長。ナックルシティの北側で例の生物に関する目撃情報がありました」

「ふむ、急いで向かうとしましょうか。計画をいち早く、そして確実に遂行するためにも、あの子の存在は必要不可欠ですからね」

 

 このガラルの未来のためにも、私は立ち止まるわけにはいかない。

 

(エネルギープラントに眠っているものの力を借りれば、1000年先はおろか、未来永劫のエネルギーを得ると言っても過言ではない!!)

 

 既にその片鱗は、とある犯罪集団が使ったあのアイテムが証拠となってくれている。

 

 本来ガラル地方に存在しないはずのポケモンの遺伝子によって作られたあのアイテムが、あの場で正しく作用したことによって。

 

(絶対に、あの生物を捕まえて、このガラルに明るい未来を……!)

 

 その力を、ガラルの未来という栄えあるものに生かすために、私は今日も足を動かしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地元への狂った愛情を持った男は、先のことをただ見続ける。本当に大事な、今目の前で起ころうとすることなどには一切目を向けることなく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キュイ……』

『……?』

 

 右も左も前も後ろも、果ては今私がいる場所が地面の上なのか、はたまた空中なのかもわからない、ただ、どこか宇宙を感じさせるような不思議な空間というのがわかるだけの場所。

 

 自分の体を確認しようと目を下ろしてもどこにもその姿を確認することが出来ず、もっと言えば口も無いみたいで、喋ることすらできない状態の私。かと思えば、この宇宙のような景色は見えるし、先ほど謎の鳴き声のようなものが聞こえたと感じたあたり、聴覚も存在するみたいで、今の私の状態がいよいよわからなくなり……

 

(ああ、これ、夢なんだ……)

 

 最終的にはこれは夢なんだという結果に着地した。

 

『キュイ……』

 

(また聞こえた……?)

 

 随分と不思議で神秘的な夢だなぁと、今見えているものに対して時に何も考えずに、楽観的にとらえていたところに再び耳に入る不思議な鳴き声。甲高く、そして幼く、けどどこか透き通っていて、自然と私の耳に入るその声は、楽観的に考えていた私の心をつかんで離さない。

 

『キュイ……!』

 

(どこ……?あなたは誰……?)

 

 けど、どれだけ辺りを見渡しても姿は見えないし、私の体は、今は脚すらないから歩くこともできない。その間にも聞こえ続けるその幼い声は、とても寂しそうで、悲しそうで、何より怯えていて……速く見つけてあげなきゃと、いつの間にか生まれていたその気持ちを満たすためにとにかくあたりをくまなく見渡していく。しかし、それでも見つけられなくて……

 

『キュイ……』

 

(ま、まって……!!もう少しだけ……!!)

 

 気が付けばどんどん遠くなっていく声。手を伸ばしたくても伸ばせない。そんなむず痒さを私に与えてきたその声は、徐々に目の前に広がっていく光によってかき消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……ぅん……」

 

 フワフワと、雲に包まれているような感覚に沈む私。そんな私の顔が、ほんの少しずつ熱を持ち始め、閉じているはずの瞼の隙間から何かが入り込んでくるような感覚に襲われる。

 

「ん、んぅ……」

 

 その感覚に不快感を抱きながらも、ゆっくりと閉じていた瞼を開けていくと、先ほどの不快感の正体がカーテンの隙間から零れ、私の顔へと落ちていた朝の陽ざしだということが分かった。

 

「いあの……ゆめ……?」

 

 寝起きのせいで呂律と頭の回らない状態で、それでも先ほどまで見ていた不思議な事柄について、無意識のうちに独り言で言及をしていた。

 

 誰かに呼ばれているような、あの不思議な夢は一体何だったんだろうか。がんばって考えてみようとするものの、やっぱり寝起きで動きの鈍い頭では全然思考はまとまらなくて……

 

「んゆぅ……ふあぁ……」

 

 フワフワとしていた私の思考は、少し離れた場所から聞こえてくるもう一つの抜けた声によって霧散していった。声の聞こえた方向に顔を向けてみれば、そこには眠そうな目を弱々しく擦りながら、また欠伸をひとつこぼす、とても可愛らしい寝起き姿を晒しているフリアがいた。

 

「んんぅ……ゆぅ、り……?」

 

 こちらに気づいた眠たげな彼が、先程の私と同じように上手く回らない呂律で何とか私の名前を呼んでくる。

 

(……可愛い)

 

 別にフリアの寝起き姿を見るのは今日は初めてという訳では無いんだけど、今日はいつにも増して可愛さに磨きがかかっているような気がする。こんな可愛いものを朝から見せられてしまえば、どれだけ眠くて微睡んでいた脳も一瞬で覚醒してしまう。

 

「……ありがとうございます」

「……どしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 ひとまず、朝から素晴らしいものを見せてもらったお礼をしっかりと告げ、その間に目をしっかりと覚ますために大きく伸びをひとつ。寝ている間に固まっていた体がほぐれていく心地良さに、危うく再び布団に体を沈めたくなる衝動に駆られるのを何とかこらえて、今度こそはっきりと覚醒した状態でフリアと向き合う。

 

「おはようフリア」

「うん。おはようユウリ」

 

 フリアも無事しっかりと寝起き状態を脱出したらしく、朝の挨拶を交わす頃にはお互いいつもの表情になっていた。あの可愛い姿をもう見れなくなってしまうのは、少しだけもったいない気分になってしまったけど、いつものフリアも安心感があるので、これはこれで良し、という気持ちだ。

 

「他のみんなは……まだ寝てるね」

「昨日あれだけはしゃいでたもん。仕方ないよ」

 

 フリアと一緒に2段ベットの上側や、少し離れたところにあるシングルベットを見てみれば、そこで眠っているのはホップたち。昨日、フリアの体が回復してからナックルスタジアムを出た私たちは、そのままナックルシティのレストラン街ヘと足を運び、もはや恒例となっているジム突破記念の祝勝会をしていた。ちょうど祝勝会に選んだレストランの店主が私とフリアのファンで、キバナさんとのジム戦もしっかりとみていたらしく、お祝いを兼ねて割引きしてくれたのもあり、私たちはそれはもう大はしゃぎをした。勿論お店に迷惑をかけないように、最低限のラインはしっかり守ってはいたものの、それでもホップとクララさんは自分が、そしてみんなが揃って突破したことが本当に嬉しかったみたいで、私たちの中で一番テンションが高かった。

 

 お店で一通りはしゃいだあともそのテンションが下がることはなく、ナックルシティの宿にみんなで泊まったあとも二次会という形で続いていた。

 

 もっとも、それを予想していたから、いつもは別室でとっていた宿の部屋を、今回は全員一緒にしたんだけどね。それだけあのキバナさんに私たちが全員揃って突破できたというのは大きな出来事だった。

 

 ホップほどではないにしても、私も表にあまり出ていないだけで、1日経った今でも、昨日の出来事は夢なんじゃないかと疑ってしまいたくなるほどで、ホテルに備え付けられているテレビから流れるニュースを見て、私たちについての話を聞いても実感がわかない。

 

「本当に勝っちゃったんだ……」

「まだ信じられない?」

「うん……」

 

 フリアの言葉に生返事を返す私。そんな私を見たフリアも、少し苦笑いを浮かべながら、どこか懐かしさを帯びた声で返してくれた。

 

「その気持ちすごーくよく分かるよ。ボクもデンジさん……えと、シンオウ地方のいちばん強いジムリーダーなんだけど……その人に勝った時も、最初は嬉しさよりも呆然とした気持ちが勝ったかなぁ」

「うん、今その気持ちを追体験してる……すごくふわふわしてる」

「あはは。大丈夫だよ。あとで嫌でも実感させられるからさ」

「そ、それはそれで嫌だなぁ」

 

 少しお茶目に返してきたフリアから、できる限り私の気持ちを地につけてあげようとしている優しさを感じたので、思わず微笑んでしまう。相変わらずとても心の優しい人だ。

 

「とりあえず、今日は1日ゆっくりして、明日からシュートシティに向けて旅立つんだよね?」

「うん。昨日みんなしてはしゃいじゃってたから疲れているだろうし、フリアももう少し観光してみたいでしょ?」

「ありがとね、時間合わせてくれて」

「いいのいいの。忘れちゃいそうだけど、フリアはお客さんなんだし、バトルや冒険、食事面で沢山お世話になってるからね」

「そう言われちゃうと、今日の朝ごはんにも腕によりをかけないとね!」

「うん、楽しみにしてます!フリアシェフ?」

「おまかせあれ」

 

 ホテルの部屋についてある、簡易的なキッチンに向かって歩いて行くフリアを見送っているうちに、フワフワしていた私の心が大分落ち着いていたことに気づく。その事について、フリアに向かって心の中で改めてお礼を伝えた私は、朝の陽ざしと、さわやかな空気を受けるために窓の方へ歩いて行く。

 

 カーテンの隙間から零れていた光は、私が窓とカーテンを開くことによって部屋いっぱいに入り込んでくる。

 

 さわやかな風と空気に、思わず深呼吸をしてしまいながら、輝く空を見て伸びをする。

 

(今日もいい1日になりそう!)

 

 気持ちのいい朝を迎えたことによって、少し前向きになった私は、そのまま朝のナックルシティの景色を見回していき……

 

「キュイ……?」

「わわっ!?」

 

 急に上から落ちてきた謎の生き物にびっくりして変な声をあげてしまう。幸い、他の人に聞かれてなかったみたいだけど、私の心はそれどころではなかった。その理由は……

 

「……あれ、あなたの今の声……夢の時に聞いた……」

 

 目の前の生き物から聞いた声が、先ほどまで夢で聞いていた声に凄く酷似していたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




コウキ

ここにきてコウキの強さを紹介。
見ての通り、コウキさんの強さは、言ってしまえば『主人公補正』です。
実機で皆さんが何度も体験しているはずの、なつき度によって起こる特典を、無意識のうちに発動させてしまう。というものです。
本人がしろと命じているわけではなく、ポケモンたちが自主的にしているため、原理がわからない周りの人からすれば、理不尽なことが置きまくっているという事ですね。
皆さん視点で考えると、ランクマッチをしているときに、相手だけこのなつきの仕様が付与されているイメージです。
主人公って、自分だから楽しいですけど、相手にしたら理不尽の塊ですよね。
他にも、実機風に言うなら、『コウキさんのポケモンは経験値をより多く貰える』。『努力値もより多く貰える』等々、いろいろな追い風があると思ってください。
フリアさんは、この小説では主人公ですが、ポケモンの世界という観点で見れば、主人公はコウキさん。そのつもりで設定しています。
他にも、いろいろありますけど、そちらはまた後程……

ローズ

原作に比べ、いろいろ裏を加えた結果、とあるポケモンと出会ってますね。
イメージはヤンデレ(?)
なぜこのようにしているかというと、ローズ……すなわちバラのあれは……
苗○君、ここまで言えば、分かるわね?

?????

謎のポケモン。
実はこのポケモン、および、ローズさんが出会った穴とポケモンに関しては、ローズさんの言っている通り、とある道具が出てきた時点で絡むのが自分の中で確定していたり……
どのアイテムで、何御ことを言っているか、わかった人もいそうですよね。




ポケモンSVの新情報でましたね。
広大な大地に、バイクを模したポケモンにまたがった、おおよそ12歳前後と思われる子供が駆け回る姿は、新手の暴走族か何かかと思いました()
個人的には、タイヤがついているのに、手足をバタバタさせて走っているコライドンがかわいかったです。
テラスタルについては、めざパ厳選の再来って感じですね。
私はゴースト統一を今作も使うつもりなので、そちらに関してはテラスタイプもゴーストにしてしまうつもりですが……テラスタイプノーマルのヌケニンとかどうなるんでしょうかね?

後は推しポケモンに関しては、全テラスタイプのポケモンが欲しいですよね。
ヨノワールの全種類をそろえてみたいですね~……(なお内定)


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125話

「キュイキュイ!!」

「あな……たは……?」

 

 窓から外を見ていたところに、上から落ちてきて目の前に止まり、私を見て嬉しそうな声を上げる謎の生き物。ポケモンと言ってもいいのかさえ怪しい不思議な雰囲気を纏ったその生き物は、夢の中で聞いたあの声と全く同じ声の持ち主だった。その姿は、雲のようなフワフワした見た目で、まるで宇宙を想像させるような紫と黒の体に星がキラキラと光っているような色をしていた。大きさは手のひらサイズで、宙にフワフワしているから重さはわからないけど、間違いなく軽いんだろうなぁと感覚でわかる見た目をしたその子は、とてもじゃないけど1人で旅ができるような強い子には見えない。きっとお母さんかお父さんがいる子だとは思うんだけど、はぐれてしまったのかな?

 

「ねぇ、あなたはどこから来たの?」

「キュイ~……」

 

 そう思って質問を投げかけたものの、帰ってきた返事はどこかおびえているような、それでいてどこか寂しそうな声で、その一言だけで、この子にとって何か問題があったからこそ、ここまで来てしまったんだというのがわかってしまう程。

 

「何があったんだろう……」

 

 そこからさらに震えだしたこの子が更に心配になって、けどどうしたらいいのかわからなくて頭を悩ませてしまう。

 

「ユウリ~。そろそろご飯できるから、配膳とかホップたちを起こすのとかやってもらっても……どうしたの?」

「あ、フリア。あのね?窓から外を見たらこの子が降ってきて、何か困っているみたいなんだけど……どうすればいいのかわからなくって……」

「この子?……あ、今ユウリの掌にいる……初めて見る子だ」

「フリアも見たことないんだ……」

 

 どうすればいいのか悩んでいるところに後ろから声をかけてきたのは、朝食の準備を大体終えたと思われるフリアの姿。相変わらずエプロンがよく似合っている姿に思わず微笑みがこぼれそうになるのを今はぐっと我慢して、フリアと掌のこの子について話し合う。

 

「ポケモン図鑑とかでもわからないの?」

「あ、そういえば試してなかった……ロトム!」

 

 私の呼び声に反応してカバンから飛び出してくるスマホロトム。私の掌にいるこの子のことを知るために、スマホロトムのカメラがスキャンを始める。

 

 最近使っていなかったこの機能に懐かしさを感じながら、果たしてどんな情報が出てくるのかとはやる気持ちを抱え、フリアと並んで画面をのぞき込む。フリアとの距離が近くなっていることにちょっとドキドキしながらも、そんな気持ちはスマホロトムから告げられる音によって霧散していく。

 

「ERROR。ERROR。該当ポケモン無しロト」

「該当ポケモン無し……?ってことは他の地方のポケモンって事?」

「ボクも試してみよっか」

 

 予想外の結果に思わず固まってしまったけど、そこは経験豊富なフリアがすぐさま行動する。だけど、フリアの持つロトム図鑑からも、該当ポケモン無しという結果がはじき出される。

 

「シンオウ地方でも見当たらないポケモン……実は初めて見つかるポケモン、とか?そもそもポケモンかどうかも怪しいけど……」

「結局何もわからないね。どうすれば……」

「キュイ……?」

「ん?どうしたの?」

「キュイキュイ~!」

「「?」」

 

 図鑑をもってしてもわからなかったので、いよいよどうすればいいのかわからなくなった辺りで、私の掌の上にいた子がふわふわと飛びながら部屋の中に入っていく。

 

 急な行動にフリアと顔を見合わせながら首を傾げ、とりあえず中に入っていったフワフワの子について行く。暫くフワフワ飛んでいたその子は、ちょっとついて行けば何が目的で行動していたのかすぐにわかった。

 

「キュキュイ~!!」

「フリアの料理の匂いにつられてたんだ。お腹すいたのかな?」

「それはあるかもしれないね。今から1人分増やしても特に手間かからないから、ささっと作っちゃうね。ユウリはみんなを起こすのをお願いしてもいい?」

「うん。任せて」

 

 私の言葉を聞いてすぐさま料理を再開するフリアを見届け、私はさっきの子を抱えながら部屋に戻る。

 

「フリアの料理はすっごく美味しいから、楽しみにしててね」

「キュイ!!」

 

 私の声に元気よく返事をした謎のポケモンは、そのまま机の上に着地して楽しそうに待っていた。体を揺らしなぎら声を上げるその子を見ていると、なんだか昔のホップのウールーや、卵から帰ったばかりのエレズンをお世話していた時のような感覚が蘇ってくる。これが母性本能ってものなのかな?となるとお父さんは……

 

(……いやいや!何考えてるの私!!そんなこと考えるよりも、今はやることやらないと!!)

 

 頭の中に浮かんだ淡い想像を、頭を左右に振って一蹴。すぐに気持ちを切り替えて、自分のするべきこと……ホップたちを起こす作業へと取り掛かっていく。

 

「ホップ!!マリィ!!クララさん!!起きて!!もうちょっとでフリアのご飯ができるよ!!」

 

 私が窓を開け放ったことによって、部屋の奥まで入り込んできた陽の光と、私の『フリアのご飯』という単語、さらに、私の言葉を裏付けするように、キッチンの方から漂ってくる甘い匂いに釣られて、みんなもうっすらと目を開け始める。

 

「んく、ふあああ~…………よく寝たぞ…………」

「ふぁ……おはよ、ユウリ……」

「ううぅ……あと5時間……」

「おはようホップ。マリィ。そして2度寝はダメです。早く起きてくださいクララさん」

 

 そのまま素直に覚醒し、伸びをしたり欠伸をしながら挨拶をしてくれた2人には挨拶を返し、2度寝に取り掛かろうとするクララさんは、再びベッドに体を預けられてしまう前に、私の腕をクララさんの体の下に滑り込ませて、無理やり起き上がらせる。ホップやマリィがこんなにも朝のんびりしているのは珍しいけど、クララさんに関しては平常運転だ。

 

「とりあえずみんな顔を洗っておいで?その間に私も色々準備するから」

「おう……わかっ━━」

「そうさせてもら━━」

「ううぅ……今日くらいもう少し寝てても━━」

「ピュイピュイ!!」

「「「…………え?」」」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら、私の提案に乗る形で揃って洗面台に行こうとしていたところに、机の上でお行儀よく待っているあの子も、まるで『おはよう』と言っているかのような鳴き声を落とす。この子にとってはただ普通に挨拶をしただけ。でもホップたちにとっては、急に聞きなれない声が響いたので、思わず体を硬直させながら、先程響いた声の主は誰なのかと、部屋中に視線をくまなく向けて探す。勿論、ご飯を楽しみにしているあの子は、特に隠れるわけでもなく、相変わらず机の上で楽しそうにゆらゆら揺れながら佇んでいるだけだから、ホップたちの視界にすぐ入り、再びホップたちの体の動きが固まってしまう。

 

「…………キュイ?」

「……みんな?」

 

 そんなみんなの行動が不安になってきてしまい、机の上の子と揃って首を傾げた瞬間。

 

「なぁユウリ!!この子一体なんなんだ!?」

「不思議な子……ねぇ、もしかしてユウリがゲットしたの?いつ?」

「きゃあああっ!!超絶キュートなこなんですけどォ!!ふわふわキラキラでバエバエェ!!ユウリン!!写真撮ってネットにあげてもいいィ?」

 

「ピュピュイ!?」

「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて!?」

 

 3人揃って、先程まで眠そうに動いていたのろまな姿から一転し、初めて見るポケモンにテンションが急上昇。気づけば机の上の子の目の前にまで迫っており、3人から同時にそれぞれの特徴がよく出た質問をぶつけられてしまう。

 

 一方詰め寄られた側である机の上の子は、いきなり目の前に迫ってきたホップたちのせいでビックリしてしまい、体が震え、泣き出しそうな表情へと顔を歪めてしまう。その変化にホップたちは気づいていないようで、このままではまずいと感じた私は、みんなの前から取り上げるように机の子を抱き抱えて、みんなから1歩離れた場所に下がった。

 

「もう、この子怯えてるでしょ?興味があるのはわかるから、今は顔を洗ったり着替えたり、することちゃんとして!!」

「お、おう……悪かった」

「ご、ごめん……」

「ごめんなさいィ……」

「全くもう……」

 

 私の言葉にようやく自分たちのしていたことを理解したホップたちが、慌てて誤りだしたのを確認して、私もこの子をゆっくりと机の上に下ろしてあげる。

 

「急なことでびっくりしちゃったよね?ごめんね?」

「すまん!!この通りだ!!」

「ほんとにごめん!ついつい、初めて見るポケモンにテンションが……」

「こんなキラキラ綺麗なポケモン初めてだったからァ……」

「キュイキュイ!」

 

 机の上に降ろした瞬間にこの子が浮かべるのは、先ほどまでと同じ星のようにキラキラした笑顔で、ホップたちの謝罪に対しても、もう気にしていないのか楽しそうな声をあげながらまたゆらゆらしていた。

 

「追加分含めて朝ごはんで来たよ~……って、何があったの?」

 

 一通り丸く収まったタイミングで再びこちらに姿を現すフリア。

 

「ううん、何でもないよ。ね?」

「キュキュイ!!」

「そう?ならいいんだけど……あ、ユウリ。ご飯できたから運ぶの手伝ってくれる?」

「うん、いいよ」

 

 キッチンの奥から甘い匂いを運ばせながら首をかしげるフリアに向かって、もうすでに終わった問題でいらない心配を与えないためにも、何でもないように笑って返す私たち。笑い合う私たちを見てちょっと不思議そうにしたフリアは、けれども何もないならいっかという考えからすぐさま思考を朝食へ。私もおなかがすいてしまい、フリアの美味しい料理をすぐにでも食べたいと心が向けられてしまっていたので、フリアのお願いを聞いてキッチンへと向かった。

 

「……ねぇ、なんか手馴れてるくないィ?」

「しっ、言わない約束と」

「ん?何の話だ?」

「気にしなくて大丈夫と」

 

 後ろからのささやき声を軽く流しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぐんぐ……成程、俺たちが起きる前にそんなことがあったのか……っと、ごちそうさまだぞ!」

「「「ごちそうさまでした」」」

「お粗末さまでした」

 

 そんなこんなで、フリアが用意してくれた、新鮮なきのみから作られたジャムがたっぷりと使われ、さらにミツハニーの巣からからとれた、あま~いはちみつがたっぷりとしみ込んだフレンチトーストに、みんなでほっぺたを落としそうになりながら幸せな朝食を食べ進め、その間に朝起きたことをすべてホップたちに話し終えた私たちは、フリアの食器を洗う音をBGMに、食休みをしながらまた話を続けていた。

 

 

「確かに、こんなに小さいポケモンってなると、お父さんかお母さんはいてもよさそうと」

「だから、そこまでこの子を送ってあげたいんだけど……」

「肝心の、この子が何者なのかがわからないってことねェ?」

「うん……改めて聞くけど、みんな知らない?」

 

 ガラル地方の図鑑でスキャンして見つからなかった以上、フリア以外にガラル地方以外の場所を知らないこのメンバーに聞いても望む答えは返ってこない。けど、そうとわかっていても、ほんのわずかな可能性にかけてみんなに質問してみる。しかし……

 

「「「知らない……」」」

「だよね……」

 

 返って来るのはやっぱり予想通りの言葉。それも、ガラル地方本土だけでなく、少し離れた孤島についても詳しいクララさんからも改めて否定の言葉が入ったため、いよいよもって手詰まり感が否めない。

 

「でも、外来ポケモンとも考えられないよね……?」

「ここガラル地方に限って、その可能性は一番遠いけんね」

 

 別の考えを建ててみるけど、そちらもすぐにマリィに却下されてしまう。忘れてしまいそうになるけど、ガラル地方はワイルドエリアという自然を保護するため、外来ポケモンは基本的に入国させることが出来ない。それでもここに外来のポケモンを連れくるには、ガラル地方のポケモンリーグと、渡来してくる人が元々いた場所のポケモンリーグの双方から許可を取ることが出来て初めて連れて来ることが出来るレベルだ。当然、この許可だって誰もかれもが取れるものではなく、リーグからかなり信頼された人が、ちゃんとした手順を踏み、用事を提示してようやく手に入れることが出来るほど厳しい。当然、万が一連れてきた人がその外来ポケモンを逃がしてしまおうものなら、風のうわさでしかその先のことは知らないけど、ガラル地方を永久に出禁にされるとか、地位剥奪とか、かなり大きい罰に処せられるらしい。

 

 そこまでしてようやく外来ポケモンを連れて来ることが出来るこのガラル地方において、マリィの言う通り外来からのポケモンという可能性は極めて低い。となると最後の考えとしては……

 

「やっぱり、今までにまだ発見されることの無かった新種のポケモンなのか……?」

 

 ホップのあげたこの理由しか思いつかない。

 

「だとすればどうするのが正解なんだ?」

「それこそ本当にわからないよね……」

 

「お待たせ……っと。その様子だとまだ答えは出てないみたいだね」

「お疲れさまフリア」

 

 みんな揃ってウンウンうなっているところに皿洗いを終えたフリアが帰って来る。けど、フリアもこのポケモンについて全く知らないというのは、誰よりも最初に私自身が確認しているため、フリアが帰ってきたからと言って話が発展するとは思えなかったし、実際しなかった。

 

「本当に、どこから来たんだろう?」

 

 みんな揃って視線を例の子に向ければ、机の上で楽しそうにコロコロと笑っている姿が目に入る。あの子以外に、フリアのマホイップと私のアブリボン、マリィのモルペコと楽しそうにじゃれている姿を見つめていると、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるほど朗らかで、ついついみんなの頬が緩んでいくのを感じる。

 

「とにかく、まずはこの子をどうするかってことを考えよっか」

 

 かわいらしいポケモンたちの戯れに、思考が少しすっきりしたと思われるフリアから提案が入る。

 

「ボクが思うに、これからこの子をどうするのかは主に3つの選択肢があると思う」

 

 指を立てながら説明するフリアの指にみんなの視線が集められる。

 

「1つ。迷子のポケモンとして、ガラル地方のポケモンリーグや、ジュンサーさんのところと言った、この子を預かってくれそうな所かつ公共施設に相談して預ける。2つ。正体不明なこのポケモンのために、今から頑張って色々調べてこの子をボクたちの手で返す。そして3つ。いっそユウリが仲間にしちゃう」

「……え、私!?」

 

 急に指摘されたことによって思わず声を出してしまう私。最初2つは理解できるけど、最後の一つがいきなりすぎて私の中で処理しきることが出来なかった。しかし、理解できていなのは私だけみたいで、他のみんなはむしろフリアの言葉に頷いていた。

 

「え、えっと……どうして私なの?」

「どうしても何も、その子さっきからユウリンになつきまくってる的なァ?」

「え?」

「キュキュイ!!」

「わわ!?」

 

 クララさんの言葉と、急に聞こえた鳴き声につられて視線を落としてみれば、いつの間にか私の膝の上にこの子が乗っかって嬉しそうな声をあげていた。その姿がとてもかわいらしく、思わず頭をひと撫で。急に頭に手を置かれて、怯えてしまうのでは?なんて疑問が頭をよぎったけど、特にそんなことなく気持ちよさそうに鳴きながら、この子は私の手を受け入れてくれた。

 

「ピュ〜ィ〜」

「気持ちよさそうにしちゃって……やっぱりユウリに懐いてると」

「きっとさっき俺たちが詰め寄って怖がらせちゃった時、1番最初に助けたからだな!!」

「そう……なのかなぁ?」

 

 少しだけ不安な気持ちが残るものの、みんなの視線と、この子の態度から見て、少しは自信を持ってもいいのかもと思い始める。目を細めて、本当に気持ちよさそうな姿を見せるこの子に、緩む頬を自覚しながらさらに撫でていく。

 

「んで、結局どうするの?」

「……はっ!!」

 

 そんな少し幸せなひとときに浸っていたところに掛けらるフリアの声に意識を戻されて、先程フリアが上げた3つの方法を思い出す。

 

 どれも正しいように見えて、どれも確信してこれと言える訳でもない、本当に究極の3択。どれにすればいいのか、どれが正解なのか、本当に答えがわからなくてしばらく唸っていると、横からさらに声がかけられる。

 

「そんなに難しく考えなくていいよ?ユウリのしたいことを考えて。多分ユウリも感じてると思うけど、この選択肢、どれを選んでも正解だと、ボクも思ってるからさ」

 

 フリアからのアドバイス。それは今私が悩んでいることの根本的な解決にこそなってはいないものの、私の気持ちをいくらか軽くしてくれるもので、今自分がどうしたいのかを改めて見つめ直すことが出来た。

 

 一応私の中では、答えは決まっていたりする。

 

「私は……まずはこの子の帰る場所を探してあげたいなって思ってる。なにかに怯えてたように見えたから、どこかに預けるって言うよりは、私がついて、安心させてあげたままでそうしたい。……それで、故郷や保護者が見つかって、そこまで送り届けて、それでもこの子が私に着いてきたいって、そう思ってくれたら、改めて仲間にするかどうかを考えようかなって思ってる。……どう、かな?」

 

 現状私の中で出せる1番の答え、だと思っている。この子の気持ちと私のしたいこと。その両方を満たした満足のいく回答のつもりなんだけど、これはあくまで私の主観の問題だ。だからこそ、頼れる仲間がこの答えに対してどう思っているのか聞いてみたい。

 

 どんな返答が帰ってくるのか。それが少し怖くて、若干頭を下げ、上目遣い気味にみんなを見渡してしまう。一方で、フリアたちは私を除いた全員で顔を見合せて、先程の私の言葉に対して、首を振る動作だけで会話を進めていき……

 

「異議なし、かな」

「俺も!ユウリの考えでいいと思うぞ!!」

「出会ったばっかりだけど、こうもモルペコたちと楽しそうにしているところ見せられちゃうと、あたしもほっとけなかと」

「キラキラして可愛い子と旅とか、テンションもアゲアゲだしねェ」

 

 一斉に聞こえる賛成の意見。

 

「みんな、ありがと」

「キュキュイ!!」

 

 できる限り客観的に見た思考をしたとは思っているけど、それでも私のわがままがそれなりに含まれているこの意見に、揃って賛成してくれたことに素直に感謝をする私。そんな私の姿に、この子もこの子なりに何かを解釈したのか、優しい声で鳴き声を出す。

 

 この子の声に、再び和やかな空気が流れる宿部屋。ひとまずのやることが決まり、ほっと一息を着いた私たちの中で、今度はホップが、少しテンションを上げながら口を開いた。

 

「おし!それじゃあ次はこの子に名前をつけてあげるぞ!」

「「「「名前……?」」」」

 

 ホップの言葉に揃って首を傾げる私たちを無視して、ホップの言葉は続いていく。

 

「そ、名前だ。俺たちがどれくらい一緒にいられるかはわかんないけど、でもその間この子のことを、『この子』とか、『あの子』とか、そうとしか呼べないのは不便だし、何より可哀想だろ?だから名前をつけてあげるぞ!」

「成程……確かに、ニックネームをつけてあげるのはいいかもね」

 

 ホップの言葉を聞いて納得するフリア。確かに、「この子」って呼び続けるのは抵抗が無いわけじゃない。世間的にも、自分の仲間のポケモンにニックネームをつける文化は普通にある事だ。私たちにそういうことをしている人がいなかったから、ちょっとした盲点だった。

 

「だろ?いい考えだよな!」

 

 フリアからの賛成を受けて、嬉しそうに頷いたホップは、再び私の方に顔を向けながら、ビシッと発言する。

 

「っと言うわけで、ユウリ!!何かいい名前を頼むぞ!!」

「え、また私!?」

「またも何も、その子はユウリンの仲間でしょォ?ならユウリン以外が名前を付けるのはお門違いでしょォ?」

「そ、そうだけど……」

 

 再び私に決断をゆだねられてしまったことに驚いてしまい、思わずたじたじになってしまう。今日はなんだかみんなが意地悪に感じる……。でも、クララさんが言っていることも間違いではないから反論の仕様がない。仕方ないので、この子の名前を決めるためにまた悩む私。

 

「う~ん……う~ん……」

「ピュイ……?」

 

 うなっている私を見ながら、この子はただ不思議そうに首をかしげている。

 

(改めてじっと見てみよう)

 

 私をじっと見つめてくるこの子と目が合う。綺麗な星が宇宙にちりばめられているような、本当に見とれてしまいそうなその見た目。さっきまで名前をどうしようかと悩んでいた私は、改めてこの子の姿を見て、すぐにひとつの単語が思い浮かんだ。

 

「星雲……」

「え?」

「星雲……ほしぐもちゃん……でどうかな?」

 

 雲のようにフワフワで、星のようにキラキラで、この子を表す大きな要因を言葉として並べたら、この名前しか思いつかなかった。見た目そのままの言葉。ひいては、安直と言われても仕方ない名前かもしれないけど、私にはこの名前が一番似合っていると、そう思った。

 

「ほしぐもちゃん……ねぇ」

「……どう、かな?」

 

 再びみんなに私の回答を考えてもらうターンが来る。今度はさっきと違ってフリアがヒントを出したわけではない、完全な私1人で考えた答え。だから、さっきよりも更に不安が大きかった。そんな私に対して、やっぱり一番大きなアドバイスをくれるのはフリアで。

 

「その質問は、ボクたちじゃなくて、その子にしてあげないとね?」

 

 フリアに言われてすぐさま視線を下に落とす。

 

 そう。この名前はこの子のためにつけるもの。だから、私が聞く相手はみんなじゃなくてこのに対して。

 

「ほしぐもちゃん……あなたのことは、今度からそう呼んでも、いい?」

 

 改めて、この子の新しい名前を付けてあげるべく、本人に最後の確認を取る。

 

 高鳴る心臓の音と、膨れ上がる不安につぶされそうになるけど、目だけは絶対に逸らさないようにする。

 

 ほんの一瞬。だけど、とても長く感じたその時間を経て、この子が行った行動は……

 

「キュキュイ~!!」

 

 満面の笑顔を見せながらのダンスだった。

 

 それは、私の考えた名前を喜んでくれた、何よりもの証。

 

「これからよろしくね!ほしぐもちゃん!!」

「キュキュイ!!」

 

 新しい仲間が、本当の意味で友達になった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




外来ポケモン。

一応、こういう扱いにしてみました。でないと、アニポケのような大会がシュートシティで開かれたときにどうしようもありませんからね。
管理厳しい許可制にしてみました。これはつまり……?

ほしぐもちゃん

やっぱりこの子の名前はこれかなと。
このタイミングでこの子の名前が⒲かあるはずがないので、名前をつけるとなるとやっぱりこれですよね。




ほしぐもちゃんとマホイップとアブリボンとモルペコによるじゃれ合い。
自分で書いててあれなんですけど、凄く見たいです……


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126話

『ヤドラン!!『シェルアームズ』です!!』

『ラプラス!!『れいとうビーム』よ!!』

 

 ヤドランの腕から放たれる毒の弾丸と、ラプラスの口から放たれる凍てつく光線がバトルフィールドの真ん中でぶつかり合い、薄紫の爆煙が広がったせいで視界が一気に悪くなる。

 

『『しねんのずつき』!!』

『『たきのぼり』!!』

 

 画面では一面煙だらけで何も見えないと思ったら、今度はふたつの技がぶつかって起きた爆風によって、広がっていた薄紫の煙は吹き飛ばされ、お互いの頭をぶつけ合う両者の姿が現れる。

 

 お互い特殊攻撃を得意とするポケモンのため、物理攻撃は威力があまり出ないはずなのに、画面越しでも伝わってくるくらい、強い迫力を2匹のポケモンから感じる。

 

『『ふぶき』!!』

『『シェルアームズ』!!』

 

 お互い零距離からの得意技によるインファイト。普段は遠距離からスマートな戦いをするはずの両者が、守りなんて度外視の殴り合いをフィールドの中心で繰り広げていく。荒れるふぶきと飛散る毒液がお互いの体を包み込むなか行われる我慢比べ。しかし、こうなってくると有利なのは耐久力に自信のあるラプラス側。ヤドラン側は何かをしないと、このままでは押し切られてしまう形となる。

 

(さて、どう動くのかな?)

 

 ボクの予想通り押され始めるヤドラン。と、同時に、ラプラスの勢いがどんどん上がって来る。ここを押し切ればラプラスの勝利はぐっと近くなると判断してのガン攻めスタイル。

 

『さらに『ふぶき』で押し込みなさい!!』

 

 いよいよとどめの宣言をするラプラス側の指示により、画面が更に白く染まり、ヤドランの全身を凍てつく風で包み込もうとして……

 

『今です!!『かなしばり』!!』

 

 ヤドランの瞳がきらりと光り、同時にヤドランと目が合ったラプラスの体が、電撃が走ったかのような痙攣をおこし、動きが一瞬止まってしまう。

 

 たった一瞬。されど、零距離まで近づいている状態の一瞬は万秒にも等しい隙となる。

 

『ヤドラン!!『くさむすび』です!!』

 

 その一瞬の隙を逃さず、おそらく対ラプラス用に準備したと思われるくさむすびにて、ラプラスに起死回生の一手を放つ。

 

 ラプラスの弱点であるくさタイプの技且つ、体重が重ければ重いほど威力が上がるこの技は、220kgという重量を持つラプラスに多大なダメージを与える技となる。さらにこの技は、相手の体や足に草をからませて、こけさせたり、態勢を崩すという効果も相まって、ただダメージを与えるだけでなく、相手の動きを封じる力もある。

 

 かなしばりで動けない状態で、くさむすびという予想していなかった技による大ダメージと、くさむすびの副次効果によって、一瞬だけだったラプラスの隙がさらに大きくなっていく。

 

 ラプラス側が有利だったさっきまでの展開から一転。今度はヤドラン側に一気に傾いた。この流れを逃したらヤドラン側は絶対に勝てない。だから、ここから必ず勝利をつかみ取るためにヤドランが必死の攻勢へと動いて行く。

 

『ヤドラン!!『シェルアームズ』です!!』

 

 零距離から腕の銃口をラプラスに押し当て、毒の弾丸を連射してどんどんラプラスへと叩きつける。一点集中して吐き出される毒の弾丸は、ラプラスの体をどんどん後ろに押し込んでいき、さらにシェルアームズの追加効果である毒状態も付与され、ラプラスの最後の体力を削り取らんと襲い掛かる。

 

『ラプラス!!『れいとうビーム』よ!!最後の意地を見せなさい!!』

 

 それでも高い耐久力と、オーロラの壁によって最後の踏ん張りを見せるラプラスが、逆転のための一手を打とうとし……

 

『ヤドラン!!ラプラスの顔に『シェルアームズ』!!』

 

 ヤドランが腕の銃口を上にずらし、ラプラスの顎をしたから打ち上げるような軌道で毒の弾丸を打ち込んだ。顎を下からかちあげられる形となったラプラスの口は、そのままキルクススタジアムの天井に向けられ、れいとうビームもそれにつられて上へと打ち上げられる。最後のあがきさえも防がれてしまったラプラスは、そのまま毒に蝕まれて体力を尽きさせてしまい、大きな体を地面に横たえた。

 

 

『ラプラス戦闘不能!!ヤドランの勝利!!よってこのバトル、セイボリー選手の勝ち!!』

 

 

 ラプラスが倒れたと同時にあがる審判の決着宣言。その言葉を聞いて、自慢のシルクハットを指でなぞり、見た目はクールな態度を取っておきながらも、浮かべている表情から勝てたことが本当にうれしかったんだろうなぁと読み取ることが出来るセイボリーさんの姿。その姿は、最後にラプラスが放ったれいとうビームが空中で弾けたことにより、キラキラとした氷の破片が舞い落ちていて、まるでセイボリーさんの勝利を祝福しているような、そんな優雅で綺麗な一コマとなっていた。

 

 そこからは響き渡る拍手喝采と、そんな中で行われるセイボリーさんとメロンさんのやり取りがゆっくりと行われ、実況解説の方が挨拶をして、その生放送は締めくくられることとなる。

 

 実況解説の方の『それではまた次回。さようなら〜!!』の声と同時に生放送が切れ、スマホロトムの画面が止まったことを確認したボクは、ゆっくりと背もたれに体を預けた。

 

「ふぅ~、いい試合だった~!!ありがとねユウリ」

「ううん、私も気になってた試合だから全然大丈夫だよ」

 

 生放送を見終わって、高揚した気分をため息と同時に少しだけ外に出し、心を落ち着けながらユウリにお礼を言う。本当なら自分の携帯電話なり、ロトム図鑑で生放送を見る方がよかったとは思うんだけど、どうせなら『画質のいい方で見た方がいいんじゃない?』というユウリからの提案に乗っかり、ユウリのスマホロトムに映る生放送を一緒に見させてもらうという形で、先ほどのバトルを見ていた。おかげで、セイボリーさんとメロンさんのバトルをより迫力のある映像で視ることが出来た。ユウリには本当に感謝だ。

 

「それにしても……セイボリーさん、勝ててよかったね」

「うん。ルミナスメイズで視認はしてないけど、すれ違ってはいたみたいだから、オニオンさんに勝っているのは知っていたけど、そこからどれだけ進んだのかは、ボクたちもいろいろあって忙しかったから確認できなかったからね。順調に追いかけてくれているみたいで嬉しいなぁ」

「そこそこ長い間一緒に冒険していたし、やっぱり知っている人がこうやって活躍しているところを視ると、なんだか私たちまで嬉しくなってくるよね」

「そっか、俺たちがセイボリーさんを知ったのはラテラルタウンからだったけど、2人はバウタウンで俺たちと別れた後にすぐ出会ったんだっけか」

「先に行っているときにニュースとかでその辺の情報は知っていたけど、考えてみるとフリアとユウリはなかなか長い時間一緒におったんよね。それは応援したくなるのもわかると」

 

 ボクたちの話に乗ってくるのは、ラテラルタウンで短いながらも一応面識はある2人。2人からしてみれば、知ってはいるけどそこまで思い入れのある相手というわけでもないだろうから、ボクたち程熱中して試合を見ていたわけではないけど、それでも今回の生放送は楽しんでみてくれていたようで、表情から察して普通に満足いくバトルを見ることが出来たと言った感じだ。

 

「ふむふむ。セイボリちんもしっかり進んでいるのねェ」

「あ、そういえばクララさんも面識合ったんだっけ」

「一応同門だからねェ。何回か戦ったこともあるわよォ」

 

 続いてスマホロトムを眺めながら口を開いたのはクララさん。クララさんの言葉を聞いて思い出したんだけど、クララさんとセイボリーさんは、ガラル地方本土から少し離れた孤島にある、とある道場で一緒に特訓をした時期がある同門だ。

 どうもガラル地方でもかなり有名な人が経営しているらしいその道場は、今もかなりの門下生を抱えており、日夜厳しい特訓が行われているとかいないとか。

 

 そんな同じ屋根の下で少なくない時間を共に過ごしていたクララさんからしても、セイボリーさんの活躍は、あまり表情には出していないけど何か思うところがあるらしく、いつものキャピキャピした表情やテンションとはちょっと違う、少し落ち着いたお姉さんと言った雰囲気を漂わせていた。

 

(へぇ……クララさんもそういう顔するんだ……)

 

 そんないつもと少し違う雰囲気についつい目がいってしまった。普段のクララさんを知っている身からすれば、セイボリーさんの勝ち姿を見つめるクララさんの姿はちょっと新鮮な表情で見ていて少し驚きがあった。口に出しちゃうと失礼になりそうだから、これはボクの心の中にとどめておくけどね。

 

「ん?フリアっち、何かあったァ?」

「ううん。クララさんも、やっぱり同門の活躍は気になるんだなぁと思っただけです」

「そういう事ねェ。これでもお互い過去にいろいろあった身だしねェ。ちょっとした親近感が沸く的なァ?」

「過去……」

 

 セイボリーさんの過去は知っている……というか、実際にこの目でその確執を見てきたので、どれだけ苦労してきたのかはよく知っているけど、クララさんの過去に関しては知らない。恐らくマリィなら知っているかもしれないけど、クララさんの言い方から察するに、クララさんの過去も、セイボリーさんに負けず劣らずのなかなかつらい経験があったんだと思う。

 

 今のクララさんを見る限り、もうその過去を乗り越えているみたいだし、人の過去を掘り下げるのもなんか違うと思うので、今ここで聞く必要はないとは思う。けど、ボク自身も過去にいろいろ捕らわれている身なので、こうやって目の前に過去を乗り越えた人がいると、なんだか心に来るものがあり……

 

(ボクも負けてられないね)

 

 でも今はそれも自身の背中を押す勇気になる。『みんなが頑張っているんだから、ボクも頑張りたい』といった前向きなものに捉えられるようになっている。これも、ガラル地方をみんなで巡ったおかげだろう。

 

「ほらほら、こんな辛気臭い話は無しにしてェ、今はセイボリちんが勝ったことへの喜びと、もうすぐ着く場所について考えるぞォ!!」

「そうだぞ!ないかもしれないけど、このままセイボリーさんに追い抜かれる可能性もあるしな!!」

「さ、さすがにないんじゃない?確かに、セイボリーさん、今はサイトウさんと一緒にジムチャレンジを攻略しているみたいだから、道中はとても順調に進みそうだけど、ネズさんとキバナさんと戦っている期間で私たちがシュートシティに辿り着けないなんてことは、とてもじゃないけど想像できないかも」

「けど、だからと言って油断はできんけどね。最後まで気を引き締めんと」

 

 ちょっとだけしんみりし始めた空気をクララさんの言葉によって散らし、次にみんなが目を向けたのはボクたちが今向かっているところ。

 

 ほしぐもちゃんを新たに仲間にしたボクたちは、その1日をほしぐもちゃんとの交流や観光にあててのんびりと過ごし、その翌日に当たる今日、シュートシティに向けて進むために、ナックルシティ発の列車に乗っていた。

 

 その列車に乗って目的の駅にたどり着くまでの待ち時間中に、ちょうどセイボリーさんの挑戦がかぶっていたから、みんなで観戦していたというわけだ。その観戦も無事終わり、クララさんに言われて携帯電話の時計を確認すれば、もうすぐその目的の駅に到着する時間になっていた。

 

「もうすぐでホワイトヒル駅……マリィの言う通り、気を引き締めていかないとね」

 

『次は、ホワイトヒル駅、ホワイトヒル駅でございます。お降りのお客様、ジムチャレンジャーの方は━━』

 

 ボクの言葉にみんなが頷くとともに列車内に響く到着のアナウンス。その放送にこの旅がいよいよ終わるというちょっとした寂しさを感じながらも、シュートシティについて受付を終えるまでがジムチャレンジだという気持ちをしっかりと持ったボクたちは、列車の席を立ち、搭乗口へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこそこの時間をかけて、ナックルシティから列車にゆられながらボクたちが足をつけた地はホワイトヒル駅。

 

 ナックルシティとシュートシティの間にそびえたつ大きな山脈の中腹に建てられているここの駅は、お世辞にも人通りの多い駅とは言えず、普段ここを利用するのは登山目的で訪れる人ばかりだ。

 元々寒冷よりであるガラル地方の中でも、さらに標高の高い場所ということもあり、ここの寒さはキルクスタウンや9番道路に勝るとも劣らない。

 

 そしてこれからボクたちがこのホワイトヒル駅から進んで行く場所が、このホワイトヒル駅も含んだ10番道路。

 

 駅付近、中腹、山頂の3つのエリアに分かれているこの10番道路は、山脈地帯ということもあり天候が不安定だったり、こんな悪環境でもしっかりと暮らしていけるほどの強さを持った野生ポケモンが跋扈していたりという理由で、近しい寒さを誇る9番道路よりも、別方面でさらに厳しくジムチャレンジャーに対する最後の壁として立ちふさがって来る。

 

 間違いなくガラル地方の中でも1位2位を争う、人によってはワイルドエリアよりも過酷だと感じる人もいるかもしれない環境。だけど……

 

「エルレイド!『かわらわり』!!」

「ポットデス!『シャドーボール』!!」

「カビゴン!『ヘビーボンバ―』!!」

「ゾロアーク!『あくのはどう』!!」

「ペンドラー!『メガホーン』!!」

 

 いつかも言った通り、キバナさんとの戦いを乗り越え、バッジを8つ集めるまで成長したボクたちを止める存在にはならない。

 

 ボクたちの手持ちのポケモンが放つ技によって、立ちふさがって来る野生のポケモンたちのことごとくをはねのけていく。

 

 シンオウ地方で言えば、チャンピオンロードの役目を担っているこの場所だけど、あの場所はポケモンリーグ側が挑戦者の最後の壁になるように整備をしているため、それ相応の難易度になっているのに対して、こちらはそのまんま自然の驚異を壁にしているイメージだ。当然ながら、自然の驚異を甘く見ることは絶対にしてはいけない事なんだけど、自然以外の壁はどうしてもチャンピオンロードと比べれば劣っているような気がしてならない。

 

 最も、劣っていると案じてしまう理由も、ポケモン自体が強さを一番発揮できるのがトレーナーと一緒に戦っている時という事だったり、ここに来る前にキバナさんという最高峰のトレーナーと戦っていることだったり、シンオウ地方のチャンピオンロードに放たれているポケモンの一部が、四天王やチャンピオンによってひと手間かけられていたりと、いろいろとこちらの感覚を麻痺させてくる出来事を経験しているせいだとは思うんだけどね。実際に、ここまで10番道路の脅威を下げる言葉ばかり使っているけど、ちゃんとその厳しさはボクたちに襲い掛かっては来ている。

 

「お疲れエルレイド。……うん、順調だね」

「順調だけど……相変わらず寒か……戻って、ゾロアーク」

「戻れカビゴン!確かに、登るほど吹雪が強くなってるし、気は抜けないぞ」

「戻ってペンドラー……でも寒すぎてそんなに気を持ち続けられないィ……」

 

 いくら寒さ対策で厚着をしてきたとはいえ寒いものは寒い。それに、山道という悪路もあって、進みはどうしてもゆっくりになってしまう。標高のせいで酸素も少し薄いから『今までに比べて』劣ってはいるけど、厳しい事には変わらない。特に一番つらそうなのが……

 

「も、戻ってポットデス……さ、寒い……」

 

 ポットデスをボールに戻してすぐさまマリィとクララさんを両腕で捕まえて、2人の間に挟まれるように移動したユウリだ。9番道路でもそうだったけど、どうも寒いのにあまり耐性がないユウリにとっては、かなりの壁として立ちはだかっているっぽい。

 

「えっと……ちょっと辛めのポフィンたべる?」

「食べる!!」

 

 と思ったら物凄い勢いで飛び付いてくるユウリ。この調子なら大丈夫そうだ。

 

 ちょっとほっとしながら改めて周りの景色を見回していけば、視界に映るのは当然雪景色なんだけど、そんな景色の中にも、ちらほらと登山客以外の人影を確認することが出来た。それも、インタビューの人みたいな、まぁまだいるのは分かる人以外にも、ポストマンやビジネスマン、果てはドクターみたいな服装の人までいる始末。見かける人のラインナップだけ見れば、本当にここが雪山なのか怪しいレベルだ。

 

「しかし、普段は登山客しかいないって聞いたのに、ジムチャレンジの季節となると、こんな辺境の地にも待ち伏せしているファンもいるんだね……」

「逆に言えば、ここまで厳しい環境なら、競争相手が少ないからその分独り占めじゃないけど、他の人に邪魔されることなくジムチャレンジャーと触れ合えるけんね」

「しかも、ここまで来るチャレンジャーは必然的にバッジを8つ集めた猛者。下手したら未来のチャンピオンの可能性もあるからァ、実は案外考え方自体は理にかなってるのよねェ」

「だとしても体張りすぎな気が……ホップはどう思━━」

 

『ホップ選手だよね?よければサインくれないかい?』

『勿論いいぞ!!未来のチャンピオンのサインだ!!今のうちに大切にしておいてくれよな!!』

 

「適応能力ぅ……」

 

 なんというか、ガラル地方の人間の逞しさをここにきて遺憾なく発揮されているような気がする。だけど、こうもいつも通りのみんなの空気感を見せられると、最後の難所と言われるこの10番道路の道のりも、なんだか楽しく歩けるような気がして。

 

 気づけば10番道路も、いよいよ山頂が見えるところまで進むことが出来た。

 

「もうすぐで山頂だね」

「あそこを越えれば、いよいよシュートシティだぞ」

「本当に!?」

 

 ボクとホップの言葉に、女性陣のみんなもゴールが見え始めたことを実感し、気分が明るくなっていく。特にユウリはこの寒い地域をもう少しで脱出できると知って、露骨にテンションが上がっていく。勿論、それはボクとホップも同じで、ボクたち全員の足が自然と速くなっていく。

 

 山頂に向けて足を進めていくたびに、気づけば空もどんどんと明るくなってきており、あれだけ吹雪いていたはずの空も、山頂を目前にした時には既に止んでいた。そして……

 

「「「「「おお~……」」」」」

 

 山頂に到着した瞬間にボクたちの視界に広がるのは、山頂という最高の景色から見下ろされるシュートシティの全体。

 

 ボクにとっては、飛行機に乗って降り立ったガラル地方で一番最初に訪れた街だから初めて見る街並みというわけではない。けど、あの時はマグノリア博士への届け物のことばかりを考えていたせいで、観光とかしてこなかったからあまり記憶に残っていないし、なにより、この山頂から見るシュートシティが、中から見まわしたあの景観とはまた違った見え方がして、これはこれで凄く感動する。

 

 真正面南側に位置する、アーマーガアを模した石像を中心に広がる広場。

 

 西側奥に見える時計塔と観覧車。

 

 東側にて妙な圧力を放つシュートスタジアム。

 

 そして、一番奥にそびえたつ、圧倒的存在感のローズタワー。

 

 中心に広がる住宅街も含めて、まるでボクたちジムチャレンジャーを歓迎するかのように構えてあるその町並みは、こうして眺めているだけで何かこみあげてくるものを感じる。

 

「……よし、行こうか!」

「「「「うん!!」」」」

 

 ここから山を下り、シュートシティへ続く道は一本道だ。草むらも野生のポケモンも、そして待ち伏せするトレーナーやファンの姿も全くない、本当にただの一本道。けど、何もなくひたすら真っすぐ伸びる道だからこそ、まるでバトルスタジアムへ進むための暗い廊下のような、こちらの心を緊張によって燃え上らせてくれる不思議な魅力がある。

 

 その道を一歩ずつ踏み出すボクたち。

 

 足を前に出すたびに、今までのジム戦や、ここまで歩いてきた道路が、走馬灯じゃないけど頭の中をよぎっていく。

 

 長いようで短くて、けど振り返るとやっぱり長かったこのガラルの旅の終着点。

 

 今までの旅路を振り返りながら、一歩ずつ踏みしめて、とうとうシュートシティの入り口まで到着した。

 

「ねぇ……最後は一緒に街に入らない?」

「……いいな、それ」

「あたしも賛成」

「いいわねェ!ロトムにその瞬間撮ってもらえば、究極にばえそうゥ!!」

「……うん。そうしようか!!」

 

 ユウリの提案にみんなで頷き、左からクララさん、マリィ、ボク、ユウリ、ホップの順で並び、手をつなぐ。

 

 苦しいことも、大変なこともいっぱいあったけど、今となってはどれも楽しい思い出だ。そんな思い出たちのひとまずの区切りの瞬間。その一歩を今……

 

「「「「「せ~のっ!!」」」」」

 

 5人同時に踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ジムチャレンジを突破し、シュートシティに到着した選手が5人同時に現れたというのはちょっとしたニュースになるんだけど、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




セイボリー

ちゃんと後ろを追いかけてくれています。
今はサイトウさんと一緒に行動しているみたいですね。
一応、セイボリちんは誤字ではありません。某方と同じ呼び方ですね。

クララ

少しお姉さんな面の登場。
なんだかんだ、ふっきれた彼女は面倒見がよさそうな気がします。

10番道路

個人的に一番影が薄いというか、なんで存在するのかよくわかっていない道路です。(10番道路のファンがいたらごめんなさい)
チャンピオンロード枠というのはわかるのですが、だとするならもう少し複雑でもよかった気がしなくもないです。
剣盾全体に言えることですが、やっぱりワイルドエリアにいろいろ持っていかれた弊害なんですかね?でもそこに出てくるイシヘンジンやコオリッポは、顔がかわいくて大好きです。




アニポケの新しい予告PVが熱いなぁと思いながらも、サトシさん以外のバトルが、尺が足りなさそうであまり深く描写できなさそうなのが寂しいです。
大人の事情なので仕方ないんですけどね。


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127話

 シュートシティ。

 

 ローズ委員長によって計画的に作られた、ガラル地方1番の大都市。

 

 観覧車に大きなホテル、バトルスタジアムにローズタワーと、パッと目に入る建物だけでも豪華で目立つのに、南側の広場や建物、お店、駅などの、居住区や飲食店の建物ひとつとっても、街の景観を意識した造りになっているのか、この辺りを見回すだけでもちょっとした芸術のように感じてしまう、そんなジムチャレンジ最後の街を飾るにふさわしい街並みをした綺麗な場所だ。

 

 ボクが初めてガラル地方に来た時に訪れた場所でもあり、その時はあまりの凄さに、語彙力の少ない言葉を浮かべながら、周りをキョロキョロして圧倒されるだけに終わってしまった。けど、改めて少し心に余裕が出来た状態で見渡してみれば、あの時とはまた違った、賑やかで楽しく、明るい雰囲気をしっかりと感じることができた。

 

 そんなシュートシティに5人揃って足を踏み入れたボクたちは、辺りを見渡しながら街の東側にあるシュートスタジアムヘと真っ直ぐ進み、受付の方に8つのジムバッジが収まったリングケースを提出。全員のリングケースを確認した受付の人は、少し驚いた表情を浮かべながらも、ボクたちの姿を確認した途端にどこか納得したような表情を浮かべて、今度はその表情を微笑みにかえてボクたちの突破を祝福してくれた。それどころか、ボクたち5人がキバナさんに勝った時から、ボクたちを迎える準備をしていたらしく、他のスタジアムと比べて広く、天井から複数のディスプレイが吊るされている兼ね合いでより明るく照らされているロビーに大勢の人が待っており、さらに先ほど言っていた上空のディスプレイには、ボクたちのチャレンジ成功を祝うようなPVが流されていた。

 

 キバナさんに勝ってからここに来るまでそんなに長い日数をかけてはいないので、こんな短時間に5人分のPVを用意したんだと思うと、なんともまぁお早い仕事と言わざるを得ない。

 

 そこからはもう一種のお祭り騒ぎだ。

 

 シュートシティに着いた瞬間は頑張って自制をしていたらしいそれぞれのサポーターやファンが、とうとう我慢の限界が来てしまったらしく、ジムチャレンジ突破の声が受付の人から上がった瞬間物凄い速さで詰め寄り、あれよあれよという間にもみくちゃにされてしまう。どこからか現れたのか、テレビ局からのインタビューの人も来ており、そちらからは質問攻め。それが終わったかと思ったら、人ごみに流されまくったりサイン攻めにあったりと、色んな人に多方面からのアプローチを受けすぎて、正直あの時間誰がどうしていたのかの把握が全くできていない。

 

 はっきり言って、キバナさんとのジムバトルや、ヨノワールとの長時間の共有化よりも全然疲れたと感じてしまった。その影響はボクたちの体にしっかりと現れていた。

 

 ジムチャレンジを無事に突破した挑戦者には、シュートシティの西側に建てられているホテル『ロンド・ロゼ』に、シュートスタジアムで行われるジムチャレンジ突破者による勝ち抜きのトーナメントが開催される日まで、無期限で宿泊をすることが出来るんだけど、自分たちの部屋に辿り着いた瞬間、5人そろって泥のように眠り込んでしまったのがその証拠だ。

 

 おかげで、本当なら全員でシュートシティの観光をしたいなぁと思っていた予定がまるまる潰れてしまった。

 

 それからというもの、少しホテルを出ようものならすぐさま人に集られてしまい、思うように動けず、半ば強制的に、ホテルに閉じ込められているかのような生活を余儀なくされた。数少ない外出チャンスも、帽子やメガネをつけて変装していたしねその時は、ちやほやされるのが大好きなクララさんまでもが疲れたような顔を浮かべていたほど。

 

「本当に凄い人だかりだね……」

「まぁ……それだけジムチャレンジが注目されているってことかな。それにしても、私が知っている時よりも人だかりが凄いけど……」

「注目されるのは嬉しいんだけど……ちょっと辛いぞ……」

「キュキュイ~……」

 

 そんなちょっとした隔離というかお忍びというか、とにかくコソコソとした生活を3週間程過ごしていたボクは、今はホップの部屋でホップ、ユウリ、ボクの3人で集まって会話をしているところだった。それぞれ、ボクはガラル地方の料理本を眺めていて、ユウリは膝の上にほしぐもちゃんを乗せて頭を撫でいて、ホップはやることがなくて暇なのか、手遊びをしている。

 

 ちなみにマリィはスパイクタウンに、クララさんは自分の師匠の下へ一度戻ったみたいで、このホテルにはいない。

 

 残されたボクたちは、さっきも言った通り、迂闊に外に出ることもままならないので、バトルの特訓を行うことが出来ず、仕方なく部屋でのんびりとしていた。

 

 1度こっそりワイルドエリアに行って特訓を試みたこともあったんだけど、その時もどこからか情報が漏れていたみたいで、数時間経てば徐々に周りに人が集まってしまい、特訓の邪魔こそしてこないものの、それでも明らかに多い人の目に若干のやりづらさを感じてしまい、結局断念。ホテル宿泊と同じく、トーナメント開催までの間、ガラル本島ならいつでもどこへでもアーマーガアタクシーを無料で使えるという、ジムチャレンジ突破への恩恵を利用して、すぐさまホテルに戻ってきてしまった。

 

 さすがにこのままでは色々支障が出るのでは?と思い、リーグに連絡を入れてきたものの、どうやらここまで露骨なのは今回が初めてらしく、ボクたちの推薦者や話題性のこともあって、リーグ側の予想を超えてしまっているらしく、対応が難しいとのこと。今までにこの方面で規制をしてこなかったのに、ここで急に変えるのもおかしな話だし、何より、この先勝ち抜いてガラル地方のジムリーダー、ないし、チャンピオンとなるのなら、できることならこういったファンの対応にも慣れて欲しいというリーグの意向もあり、ちょっとの注意喚起は行われたものの、人目を気にしなくていい練習場の提供などは行われなかった。

 

 まぁ、そこまでするのはかなりの予算と場所が必要になってしまうので仕方ないと言えば仕方ない。それに、注意喚起のおかげで、確かにマシにはなったので、これでもしっかりと対応してくれた方だろう。リーグには感謝だ。……それでも視線はやっぱり感じてしまい、肝心の共有化の練習が上手くいかないんだけどね。

 

 もしかしたらクララさんとマリィはこのことを予想してどこかに行ったのかも……いや、ないか。

 

「ボクたちもどっちかについて行けばよかったかなぁ……」

「ついて行くとしたらマリィの方一択だね」

「そうなの?」

 

 そんななかなか集中した練習ができない中、2人は今も自由な場所で特訓出来ているのかななんて考えたら、やっぱりちょっとうらやましい。そう思っての発言を残すと、ユウリが言葉を挟むんだけど……ユウリの『マリィの方一択』という言葉に疑問を持ち首をかしげる。

 

「クララさんがいる場所って、多分ヨロイ島だと思うんだけど……」

「ヨロイ島?」

「ああ、ガラル地方本島の東側にある孤島だよな」

「東側……あ、この島?」

 

 ユウリの言葉を聴きながらガラル地方のマップを広げると、確かにガラル地方の東側にぽつんとひとつの島が見える。ここがヨロイ島という場所なのだろう。

 

「この島、何かあるの?」

「私たちは今、チャレンジ成功者の特権で、アーマーガアタクシーで色々なところ行けるでしょ?」

「そうだけど……」

 

 島のことについて聞いてみるとまさかのタクシーのことが返ってきて一瞬怯むボク。そんな姿のボクに対して、特に気にした風を見せることなくユウリは言葉を続ける。

 

「一応、リーグの説明から、ジムチャレンジを突破した特典としてガラル地方のほとんどをアーマーガアタクシーでタダで移動できるっていうのを貰っているでしょ?」

「そうだけど……って、あぁ。単純にガラル地方の『ほとんど』に含まれていないってことか」

「そうそう。ヨロイ島と、あとは……南の方……名前は忘れちゃったけど、確かそっちの方も適応外だった気がする……」

「行くためには特別な券を買うか貰わないといけなかったはずだぞ」

「そっかぁ……」

 

 ちょっと……いや、かなり気になっていたから、正直一回でいいから行ってみたかったんだけど、そういう事なら仕方がない。

 

「となると……やっぱりボクたちもマリィを追ってスパイクタウンに行く?」

「うう~……スパイクタウンに不満があるわけじゃないけど……特訓をするならワイルドエリアがよかったぞ……」

「あはは、私も、ホップの気持ちはよくわかるけどね」

 

 ちょっと失礼な言い方をすれば、確かにスパイクタウンならあまり人が来ないので、静かに特訓をすることが出来るけど、肝心のダイマックスの練習ができないというのが一番大きい。また、あの場所に引きこもるとなると、どうしても偏って人とのバトルしかできないため、自身の成長も同じように偏ってしまう。

 

 具体的に言えば、あくタイプに対してばかり強くなってしまう感じ。

 

 これが野生のポケモンが偏っているだけならまだいいんだけど、練習相手になってくれそうなエール団までもがみんな同じタイプばかりだから、その点を考えてみると、どうしてもいろいろなポケモンと戦うことが出来るワイルドエリアとは差が出来てしまう。

 

 そして一番のもったいない点が、ネズさんと戦うことが出来ない事。

 

 あたりまえだけど、ネズさんはジムリーダーだからジムチャレンジ突破者によるトーナメントが終わった後の、チャンピオンを決めるトーナメントにも参加する。となると、お互いの実力や手札の露見を防ぐため、そして大会への楽しみを取っておくために、そもそも私闘をすることを制限されている。ただでさえジムリーダーだから戦い辛いのに、この後のイベントに参加が確定している人となると、下手に試合前にバトルするのが禁じられるのは誰の目から見ても納得の措置だ。

 

 それに、手札や戦法を隠したいのはボクたちだって同じこと。となれば、やっぱり各々が1人でも特訓できるほど広く、様々な相手と戦える場所というのがどうしても欲しくなってしまう。この条件を満たせる場所となると、やっぱりワイルドエリアしかない。

 

「やっぱり、ワイルドエリアに行きたいよね……」

「でもその場合あと数日はおとなしくしておかないと……あの視線には、長くはさらされたくないかな……この子もいるし」

「キュキュイ?」

「それ以上に今は少しでも体を動かせれば十分だぞ!!そのためにも、まずはマリィのところに━━」

「……あれ、ユウリのスマホロトムになにか来てない?」

「あ、ほんとだ」

「ちょ、人の勢いを遮るようなタイミングだぞ!!」

 

 ホップが居ても立っても居られないと言った感じで、今すぐにでもスパイクタウンに行こうとした瞬間に鳴り響くユウリのスマホロトム。ホップの文句を無視してスマホロトムを取り出したユウリは、そのまま画面を見つめてため息を一つ。

 

「何かあったの?」

「マリィ、明日こっちに帰って来るって」

「え、何かあったのか!?」

「うん……ちょっとスパイクタウンで事故じゃないけど、ちょっとした粗大ゴミとかジャンク品とか、詰まれたものが崩れちゃったみたいで、それの撤去に忙しくてちょっとの間スパイクタウンで工事みたいなのをするんだって。だからジム戦をする広場はあるけど、練習する場所が……」

「くっそぅ……スパイクタウンもダメかぁ……」

 

 目に見えて落ち込んで布団に突っ伏すホップの姿。確かに、この報告はちょっと気分が落ち込んでしまいそうだ。

 

「ああ~もう!!暇だぞ~!!いくら大都会のシュートシティでも流石に飽きてきたぞ~!!」

 

 ホップが速くも我慢ならないと言った声をあげながら、ベッドの上でバタバタと暴れだす。その姿に理解こそ示すけど、そこまで変な動きをするほどではないかなと、顔を合わせながら苦笑いを浮かべるボクたち。

 

「でも確かにこの暇さは何とかしないとなぁ……とりあえず今日は何かお菓子作ってみようかな?」

「「お菓子!?」」

「キュキュイ!?」

「はいはい、みんなの分も作るから落ち着いてね?」

 

 先ほどまで読んでいた料理本を横において、たった今覚えた新しいお菓子を作ろうと、簡易的なキッチンに足を向けるボク。

 

 

 コンコンコン……

 

 

「あれ?」

 

 そんなボクの動きを、今度はホテルのドアから聞こえてきたノック音によって止められてしまう。

 

「は~い」

 

 ユウリとホップはまだベッドの方にいるため、必然的に扉に一番近いボクがその対応へ。オートロックの扉を解除しながらドアを開けると、そこには予想外の人が待っていた。

 

「やあフリア君、ユウリ君、ホップ!やっと会えたぞ!!」

「アニキ!?」

「「ダンデさん!?」」

 

 扉の先に立っていたのはガラル地方チャンピオンのダンデさん。急に現れた超大物の且つ、久しぶりに会う事となった人物に、少なくない嬉しさがこみあげてきて、さっきまで感じていた鬱屈とした雰囲気が少しだけ霧散していった。

 

「おや、マリィ君はいないのか?」

「マリィなら今スパイクタウンに行ってますけど……」

「スパイクタウン……ああそうか、彼女はネズさんの妹さんだったな」

「彼女に用事ですか?だったら、明日にはここに戻ってくるみたいですけど……」

「ああいや、彼女に用事は……いや、正確には用事はあるのだが、今回用事があるのはマリィ君を含めた君たち4人に対してだマリィ君には君たちから伝えておいてくれ」

「それはいいですけど……ボクたち全員ですか?」

「「?」」

「ああそうだ」

 

 ダンデさんの言葉に3人そろって首をかしげるボクたち。そんなボクたちの様子を確認したダンデさんは、笑顔を浮かべながら頷き、懐に手を入れて何かを探し始めた。

 

「まずは君たちにおめでとうと言っておこう。ジムチャレンジ突破、見事だ。キバナとの戦いも見ていたが、思わずリザードンを出してしまうくらいには燃えたな!!」

「おう!やってやったぞ!!」

「「ありがとうございます!」」

 

 ボクたちへの賛辞を送りながら、懐から何かを握った状態で手を出すダンデさん。

 

「だが、この俺を越えるというのならば、ジムチャレンジ突破はむしろスタートラインと言ってもいいだろう。聡明な君たちなら当然理解しているだろうし、今この瞬間にも色々な方法で特訓しているはずだ」

「そう……なんだけどなぁ」

 

 ダンデさんの言葉に気まずそうな顔を浮かべるホップと、ちょっと苦笑いをこぼすボクとユウリ。確かに、まだまだこれで終わりとは思っていないし、トーナメントに向けていろいろ準備したいとは思っているけど、現状が現状のため思うような特訓はできていない。その事に対して、若干の罪悪感を感じているホップは特に微妙そうな顔を浮かべていた。

 

「なぁに、君たちの現状は聞いているさ。そんな君たちに俺からささやかな贈り物をしたくてね」

「「「贈り物……?」」」

 

 そこまで言われてようやく、懐から取り出したものをボクたちのよく見えるように広げて見せてくれたダンデさん。

 

 それは一見、ただの8枚の紙切れのようで、ダンデさんの腕の動きにならって、上下にヒラヒラと揺れるその様はとても送られて嬉しく思えるよようなものには見えず、再び首を傾げていくボクたち。だけど……

 

「……まさか!?」

 

 ボクたちの中で、唯一その紙の意味に気がついたユウリが、不思議そうな顔をだんだんと驚愕に変えていく。一方で、ユウリが気づいたことがちょっと嬉しかったのか、ほんのり笑顔を浮かべながら、ダンデさんは口を開く。

 

「そう、俺からのささやかな贈り物だ。それは……」

 

 ここまで言われて、ボクもようやくその紙の正体に気づく。

 

 ダンデさんに握られている紙の内容は2種類あり、ひとつはオレンジ色で、もうひとつは緑色をしており、それぞれ4枚ずつ用意されていた。おそらくボク、ユウリ、マリィ、ホップの4人に、2枚ずつ配ってあげるのだと予想できる。

 

 では、肝心の中身は一体何なのか。

 

 ダンデさんが紙を揺らしていたため、書かれている文字をなかなか読むことが出来なかったけど、やっと動きを止めたため、読めるようになった文字に視線を向けて読んでいくと、ようやくその紙の正体を理解した。

 

「これ……!?」

「本当にか……!?」

 

 ホップも気づき、これで全員わかった。その事にダンデさんはさらに笑みを深め、握られた紙の内容を口にした。

 

「『ヨロイ島』及び、『カンムリ雪原』への切符だ。新しい地でさらに励んで、どうか俺を楽しませてくれ。卵たち」

 

 新たな地へのチケット。その存在に、ボクたちのテンションが膨れ上がって行った。

 

 

 

 

「では、渡すものも渡したし、俺はこのあたりで去ろう。ではまた!!」

「ダンデさん!!」

「ん?なんだ?礼ならいらな━━」

「下りのエレベーター……逆方向です……」

「……すまない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「おお〜……!!」」」」

 

 ダンデさんが訪れた次の日。頂いたチケットをマリィに渡し、ヨロイ島とカンムリ雪原、どっちから向かうかを相談した結果、ヨロイ島から行こうということになり、すぐ行動。シュートシティの駅からプラッシータウンへ。そして、ブラッシータウン発の列車で途中まで進み、そこからそらとぶタクシーで移動したボクたちは、ヨロイ島唯一の駅から出てすぐの光景に声を上げた。

 

 見渡す限り広がる海、海、海。

 

 バウタウンでも海は見たけど、あちらは漁港ということもあり、釣りはできるけど泳いで遊ぶということに適している場所ではなかった。けど、ここはリゾート地と言っても過言ではないほど綺麗な海。本来なら煩わしい暑さしか届けてこない夏特有のこの陽の光も、この海を彩るひとつの演出として凄く映えていた。

 

 試しに4人で浜辺に立ってみれば、夏の海特有の爽やかさに思わず顔がほころんでしまう。

 

 ヨロイ島

 

 建造されている建物が道場と塔がふたつ。そしてボクたちがたった今降りてきた駅の計4つしか存在しないうえ、その4つの建物も比較的最近建てられたばかりという、まだまだ歴史が浅く、人の手があまり加えられていない自然に溢れた元無人島。

 

 ここまで来れば、ここにある道場に通っている人しか、周り人間が居ないはずなので、道場主の人にさえ許可が取れれば、ここで特訓することは容易だろう。

 

「それじゃあまずは、ここの道場の人に挨拶に━━」

 

 

『フリアーーーーッ!!』

 

 

 今すぐ特訓するにしても、バカンスでちょっと休むにしても、道場に行かないことには始まらないと思い、ボクたち4人揃って、浜辺から少し内陸に移動したところに見える道場に歩き出そうとして、突如ボクを呼ぶ声にみんなして固まってしまい……

 

「フリア〜!!久しぶり〜!!」

「あうっ!?」

 

 背中から突撃してきた衝撃に変な声を上げてしまう。

 

「な、なに!?」

「はぁ〜、これこれ。これがフリアの感触〜……」

「この声……まさか……!?」

 

 急に飛び込んでくるこの勢いといい、この聞き覚えのある声といい、ボクの記憶の中にあるとある人物と物凄く一致している。しかし、彼女は今ホウエン地方にいるはず。なんでと思いながら、恐る恐る顔を向けてみれば……

 

「久しぶり、フリア!!」

「ヒカリ!?なんでここに!?」

「わたしだけじゃないよ?ほら」

 

 まさかの仲間に出会って、驚きで頭が混乱している中、ヒカリの指差す方を見れば、そこにはさらに驚きの光景が広がっていた。

 

「久しぶりだなフリア!!」

「元気そうでなによりよ」

「ジュン!!シロナさんまで!!」

 

 マサゴタウンで再び約束をし、共にあの場所へ戻るために新しい場所に別れて旅立ち、そこから1度も連絡を取っていなかったボクの大切な親友と、ボクに新しい場所での成長のきっかけを作ってくれた偉大な人。

 

 夢なんかではなく、今目の前にこうして立っている。それが何よりも驚いて嬉しくて、なんて言えばいいのか分からなくなってしまう。

 

「これ……なんてドッキリ……」

「あら、満足するのはまだ早いわよ?」

「え?」

 

 ただでさえ現在進行形でとてつもなく驚いているのに、さらにまだしかけてくる気なのか。そして、どんなことをしてくるのか。

 

 恐ろしさ半分、楽しさ半分の気持ちでシロナさんに視線を向けていると、シロナさんは、ボクがどんな反応をするのか楽しみだと言った表情を浮かべながら、カバンからあるものを取り出した。

 

「真のドッキリは、ここからよ」

 

 それは、ボクにとって思い出深いもの。

 

 それは、とても馴染み深いもの。

 

 そして何より、()()()()()()()()()()()、赤と白のボールだった。

 

 数にして5つ。

 

 過去に、ボクとヨノワールと共に旅をした、何にも変え難いものが、シロナさんの手に握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダンデ

久しぶりのダンデさんですね。
今回はチケットを持ってきていただきました。
ちなみに、このホテルに来るまでしっかり迷っています。よく来れましたね……。

ヨロイ島

ということで、リーグトーナメント前に鎧の孤島編、および冠の雪原編へ行きます。
実際のストーリーでもこの動きでよかったよねという話を友人としていたので、この作品でもこのようにしました。

シンオウ組

ヨロイ島にて合流です。
カンムリにあの子たちがいるので、ここに来るのは確定していましたが、どうせならもっと早く来てもらいたかったのでこのタイミングに。
やっと出せたという気持ちがでかいですね。




最後の引きからわかる通り、フリアさんのシンオウ時代の手持ちたちもやってきます。
このために最近のお話で外来ポケモンの話を入れてました。
では改めて少しおさらいを。

フリアさんの手持ちヒントは……

1、みずタイプ。キャモメに食べられていたところを助けられている。
2、かくとうタイプ
3、エスパータイプ
4、高速戦闘を得意としている。
5、じめんタイプ

共通点

・ガラル地方にはいない
・DPの実機で捕まえることが可能

おおまかに言えばこんな感じでしょうか。

共通点と組み合わせると、案外ポケモン絞り込めるんですよね。
個人的には、恐らく3か4が一番わかりづらいかなと思っています。
1に関しては、むしろ正解者が多そうですね。
個人的には、ぱっと見御三家も確定していないのでちょうどいい塩梅だとは思いますが……どうなんでしょうかね。






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128話

「そのボール……」

「……さぁ、受け取りなさい」

 

 シロナさんに渡された5つのボール。ボクの掌に乗ったそれは、ボクの手に帰ってきたとわかった瞬間嬉しそうにカタカタと揺れだして、本当にボクとの再会を心から喜んでくれているんだって、とてもよく伝わってくる。

 

「みんな……」

 

 会わなかった期間は多分2ヶ月前後。あまり日にちが経っていないように見えて、けど、ガラルに来るまでは毎日一緒にいた仲間だったから、まるで数年経ったあとの再会でもしているんじゃないかと思ってしまうくらいには、感極まってしまっている。

 

「……久しぶり」

 

 胸の5つのボールを抱え込み、色んな思いを込めて呟く。

 

 しばらく感慨に耽るため、目を閉じ、ぎゅっとボールを抱きしめ、目を開ける。この子たちの姿を早く見たいし、ガラル地方で仲間になったみんなにも会わせてあげたい。そう思い、みんなをボールの中から出してあげようとして、顔を上げる。

 

「…………」

「うわぁ!?」

 

 きっと面白く、賑やかで、楽しくなると想像していた時に、ボクの視界を埋めつくしたのは、こちらをじっと見つめてくる1人の女性。

 

「……あなたがフリア」

「え、えっと……」

 

 その女性は、なんと言っても髪型が1番の特徴と断言してもいい程、とても長く、とても綺麗なブロンドヘアを左右に靡かせていた。また、エスパータイプに精通しているのか、その自慢の髪の両端が、重力に逆らうかのように上へとふわふわ浮いているのも、強力なインパクトのひとつとなっている。服装も、白とピンクを基調とした可愛らしいものとなっており、隣に控えている執事のような見た目の方の存在もあって、物凄いお嬢様なのでは?という予想をすぐさま植え付けられる。

 

「……不思議な子……確かに……繋がりが見える」

「つ、繋がり……?それってどういう……」

「お嬢様、いきなりそう言ってはフリア様も困るかと」

 

 そんなお嬢様にじっと見つめられ、よく分からないことを呟かれ、どうすれば良いのか分からずあたふたしていたところに、お嬢様の横にたっていた執事っぽい方に助け舟を出してもらった。

 

「急なことで驚かせてしまい申し訳ありません。わたくしはお嬢様の執事をしています、コクランと申します」

「は、初めまして、フリアです……」

 

 執事っぽいと思っていたら本当に執事だったみたいで、思わず背筋をピンと伸ばしながらこちらも自己紹介をする。

 

『コクラン』と名乗った執事の方は、燕尾服に眼鏡というまさに執事といった見た目をしており、髪型はオールバックのようなものとなっている。髪の色は基本黒色だけど、正面から見たら真ん中だけ逆三角の形に金色に染っているところも、なかなか特徴的だ。

 

「お嬢様も、ご挨拶を……」

「……そうね、いきなりの無礼……謝罪するわ。あたくしはカトレア。……よろしく」

「は、初めまして。フリアと言います……」

 

 スカートの裾をつまみ、膝を少し曲げながら頭を下げるその仕草は、本当にボクのイメージするお嬢様の動作そのままで、この人が本物なのだということを証明させられる。

 

(でも、カトレアって名前……どこかで聞いたことあるような……ないような……)

 

 妙に聞き覚えのある名前に少しだけ頭を傾げてみるが、やっぱり思い出せそうにないのでとりあえず置いておき、別の疑問へと思考を向ける。

 

 なんでこのような住む世界の違う人がボクの目の前にいるんだろうか。カトレアさんの呟き的に、どうもボクに予定があったように聞こえたけど……なんて考えていると、カトレアさんの隣に、いつの間にかシロナさんが立っていた。

 

「カトレアは私の親友。そしてイッシュ地方の四天王よ」

「し、四天王!?」

 

 シロナさんにそう言われてようやく合点が行く。四天王に選ばれるほどのトレーナーなら、どこかでその名前を耳にしていてもおかしくは無い。それほどまでに四天王の強さは、他地方にまで届くくらいには強力なのだから。しかし、そうなってくると、余計にただのトレーナーであるボクに用事があるとはなかなか思えなくて……

 

 恐れ半分、疑問半分の気持ちで、改めてカトレアさんの方に視線を向けると、少し眠たげな瞳を開かせながら、ゆったりと言葉を紡いでいく。

 

「……あなたとヨノワールを繋ぐ糸。……あたくしはそれが気になっているの」

「っ!?」

 

 ゆったりと、少しダウナー気味に告げられた言葉は、しかしそのマイペースな口調とは裏腹に、ボクの心に激しい衝撃を与えてきた。

 

 今日初めて会った人に、ボクとヨノワールの秘密がバレている。

 

 シロナさん伝いで話を聞いている可能性は十分にあるけど、ボクがこの現象に理解を深めたのはシロナさんたちと別れてたからだ。だから、スランプの時を知ってはいても、感覚の共有については知らない。となると、この人は必然的に、ボクと出会った瞬間にその事を読み取っているということになる。

 

「カトレアさん……あなたは……」

「……あたくしは、自分の退屈を無くしてくれるものに正直なだけよ」

「カトレアがいれば、あなたとヨノワールのことについて、より深く分かるんじゃないかと思ったから、私も連れてくることに賛成したの。いい機会になるんじゃないかしら?」

 

 エスパータイプ使い特有の超能力による意思疎通力と、四天王という経験も実力も申し分ない2つの観点から意見を貰えるというのはとてもありがたい。ボクもまだまだ分からないことが多いし、この先もあるのではと疑っている現在、信頼できる考察が一つでも増えるのはとても嬉しい。

 

「よろしくお願いします!カトレアさん!!シロナさんもありがとうございます!!」

「……よろしく」

「気にしないで。私も気になっているから」

 

 予想外の協力者。間違いなくボクにとってはプラスでしかないこの状況を作り出してくれた、カトレアさんとシロナさんには頭が上がらない。

 

「む~……」

「ん?」

 

 懐かしの再会と新しい出会い、そしてヨノワールのことでさらに発見がある可能性と、次から次へとテンションが上がる出来事に、自分の中でちょっと整理がつかなくなり始めたところに、後ろからトントンと軽く小突いてくる感覚が来る。その感覚に首をかしげながら後ろを振り向くと、少しほっぺたを膨らませながら、こちらをじっと見つめているユウリの姿が。ユウリだけじゃなく、ユウリの後ろに控えているホップとマリィも、不機嫌そうな顔はしていないものの、口を少し開けて、『ポカン』という効果音が聞こえてきそうな表情を浮かべていた。

 

 ボクがいろいろなことに喜んでいる間、思いっきりみんなの存在を忘れていた。

 

「む~……」

「あぁ……ごめんね?ユウリたちにもちゃんと紹介するから」

 

「そういうことじゃないんだけどな……」

 

「どうかしたの?」

「何でもありません~」

「……?」

 

「ふ~ん……へ~……なるほどなるほど~……」

 

「ヒカリ?」

「ううん!何でもないわよ!」

 

 後ろからも前からもぼそぼそと聞こえるけど、内容まで捉えることのできないその言葉にまた頭をかしげてしまう。けど今は、ボールを貰ったり、ヨノワールについての研究をするよりも先に、さっきカトレアさんとボクを引き合わせたシロナさんのように、お互いの共通の知り合いであるボクからみんなの紹介をするのが先だ。

 

「みんなごめんね。まずはみんなの紹介をしなきゃ」

「そこは別に気にしてなかと」

「そうだぞ。フリアにとっては大切な人達との再会だもんな」

「テンション上がっちゃうのは、私もわかっているつもりだから……」

「の割にはユウリ……ちょっと不満そうだったと」

「そ、そんなこと!!」

「と、とりあえず順番に紹介するね?」

 

 ボクの気持ちを察してくれて、少し放置してしまったことにたいして寛容な対応をしてくれたマリィたちに感謝しつつも、マリィとユウリが少しずつ脱線していきそうな会話をしていたので、先にユウリたちにみんなを紹介するように動く。

 

「まずはユウリたちにシンオウ地方での仲間を紹介するね」

「おう!よろしく頼むぞ!!」

 

 ボクの一言にワクワクを隠しきれないと言った表情を見せるホップと、脱線をやめてこちらに振り向き、こちらを見つめるマリィとユウリ。3人の視線をしっかりと受け止めたのを確認し、今度はヒカリたちの方へ視線を向ける。

 

「左から順番に紹介するね。ボクの幼馴染兼親友のヒカリとジュン。そして今回のジムチャレンジの推薦状を出してくれたシロナさんと、さっきシロナさんから紹介してもらったイッシュ地方四天王のカトレアさんと、その執事さんのコクランさん」

 

 ボクの言葉に続いて、それぞれが「よろしく」や、「ライブで戦っているところちょっと見たよ」など、口々にユウリたちに対する感想や意見をしゃべるヒカリたち。分かってはいたけど、ヒカリたちから聞こえる言葉は基本的に肯定的なモノばかりだったことにちょっと安心感。変なことは言わない……いや、ヒカリはよく変なことを言うけど…………とにかく、失礼なことは言わないだろうと信じてはいるものの、実際会ってみると、悪い人ではないんだけど性格上合わない相手は存在はする。だからちょっと心配だったんだけど、特にそういったことには特にならなくてよかった。

 

 ……なんかヒカリが小声でユウリに話しかけて、ユウリが顔を真っ赤にしてしゃがみこんでいる姿が見えるけど、背中に物凄い悪寒が走っているから、あれは見なかったことにしておく。

 

「次にこちらが、ユウリとホップ、そしてマリィ。みんなガラル地方で、ジムチャレンジ中に出会った親友たちだよ」

 

 そんなこんなで次はガラル地方で出会ったみんなの紹介。みんなの雰囲気が悪くないのは、シンオウ地方のみんな+カトレアさんとコクランさんを紹介した時にわかっていたから、そのあたりはつつがなく終了した。

 

 お互いの自己紹介後の展開としては、まずはボクの予想通り、テンションが割と近しいホップとジュンはすぐに打ち解け合った。

 

 最初こそジュンのせっかち具合にあのホップが少し押され気味になったものの、ジュンの流れに慣れ始めたホップがどんどんついて行く形となって、最終的には離れてみているボクとシロナさんが若干のあきれ顔になるくらいには盛り上がっていた。

 

 次に、ユウリとヒカリは何か気が合う事でもあったのか、ボクたちに聞こえないように意識して、少し離れたところで話し始めていた。ちらちらとこちらを見ながら喋っているあたり、もしかしたらボクに関係のあることでも話しているのかもしれないけど……そう考えると少しむず痒い。

 

 陰で自分の話をされているって聞かされた時、ちょっとその話気にならない?そんな感じだ。

 

 最後はマリィとカトレアさん、シロナさん。他の地方のリーグ環境もそこそこ知識として持っているマリィは、シロナさんのこともカトレアさんのこともしっかりと知っていたみたいで、自己紹介が終わった瞬間に目を輝かせながら話に行っていた。シロナさんとカトレアさんも、目を輝かせながら話してくるマリィに対して、一番最初に感じたものが『可愛い』だったらしく、本来は表情豊かなシロナさんは勿論のこと、眠たげで若干のダウナー気質なせいで、あまり表情が変わらないように見えるカトレアさんも、少し頬を緩めながらマリィさんの話を聞いたり、アドバイスをしたりしていた。

 

(とりあえず、みんな仲良さそうに話してくれてよかった)

 

 ボクが仲のいい人同士が、こうやって出会って楽しそうにしているのを見ると、なんだか心に温かいものが宿っていく感じがする。

 

「お~いフリア~!!」

 

 そんな少し穏やかな時間を過ごしていた時に、ようやく話がひと段落したらしいホップがこっちに駆け寄って来る。

 

「なぁなぁ!!ジュンやシロナさんたちの登場でいろいろ話し込んじゃったけどさ!!フリアが持っているそのボール……シンオウ地方の旅の仲間だったポケモンが入っているんだよな?」

「うん、そうだけど……」

 

 ボクに質問しながら目を輝かせるホップに、何が言いたいのかをすぐに察する。かく言うボクだって、せっかく久しぶりに再会したのに、ボールに入れたままなのは寂しすぎる。ガラルで新しく仲間になったみんなにも合わせてあげたいし、いい加減外に出してあげよう。

 

 シロナさんからもらった5つのボールに視線を落とす。すると、ようやく外に出してもらえると感じたこの子たちが、またボールをカタカタと揺らし始めた。ホップ以外にも、ボクの手持ちが気になっていたマリィとユウリもこちらに駆け寄って来て、それにつられてジュンやヒカリたちもこちらに視線を向けてくる。

 

 いろんな人の視線を集めているせいで少しだけ緊張するけど、それよりも速くみんなの顔を見たいという気持ちが先行してしまい、気づけばボールの真ん中のボタンを押していた。

 

「……みんな!久しぶりに出てきて!!」

 

 大きくなったボールに確かな重量感を感じたのちに、そのボールを思いっきり同時に投げ上げた。ポカンという軽快な音とともに、上空で蓋が開くボールたち。そのボールからあふれ出した光はボクの目の前で徐々に形を成し、ボクにとってはもはや安心感さえ感じる姿へと変わっていく。

 

「みんな……久しぶり!!」

 

 ボクの声に反応して吠えるみんなと、ガラル地方では見かけることのできない珍しいポケモンに、嬉しそうな声をあげて眺めるホップたちの声。ひとまずはホップたちの声は無視して、ボクは久しぶりに出会うみんなに、順番に顔を合わせていく。

 

 まずは1匹目。

 

 ボクとジュンが釣り勝負をしていた時に、キャモメに捕食されそうになっていたところを見かけたボクが、たまたま助け出したことによってボクになつき、そのままついてくるようになったポケモン。非常に大きな胸ビレが特徴的で、海のアゲハントの異名を持つ、『ネオンポケモン』のネオラント。

 

「元気にしてた?」

「フィ~!!」

 

 ボクの顔に頬ずりしてくるひんやりとした感覚に、ボクも笑みをこぼしながら頭を撫でてあげる。この甘えたがりの性格は、ボクがケイコウオの時に助けたあの瞬間から何も変わっていない。

 

「ガウガウ!!」

「ふふ、キミも元気いっぱいだね」

 

 そうやってネオラントとのポケリフレを堪能しているところに声をかけてきたのは、白色を基調とした体毛を生やし、見た目は人間に近しい形をとりつつも、頭から立ち上る激しい炎が、バトルの時になると気性が激しくなる彼の性格と力強さを表しているように見える。最も、今はただはしゃいでいるだけにしか見えないけどね。ボクとの再会を心から喜んでいる姿を見せてくれるのは、『かえんポケモン』のゴウカザル。ナナカマド博士からいただいた初心者用のポケモンの1匹である、ヒコザルを最後まで進化させた姿。ヨノワールの次にボクが手に入れた仲間だ。

 

「ガウガウ!!」

「はいはい、またヨノワールとも戦わせてあげるし、ガラル地方のみんなとも戦わせてあげるからね」

 

 ボクと出会えたことに喜び、さらに頭の炎を激しくさせるゴウカザルを何とかなだめ、ボクは次の仲間に視線を移す。

 

「おいで~」

「チリ~ン!!」

 

 綺麗な音色を奏でながらボクに近づいてくるのは、『ふうりんポケモン』のチリーン。リーシャンの頃から育てて、ボクの手助けをしてくれた彼女が奏でる涼やかできれいな音色は、本来なら物凄く熱いはずのヨロイ島の温度を少し下げてくれているような気がした。

 

「チリチリ~ン!!」

「うんうん。キミとも楽しくお話しできそうな子もいるから、楽しみにしててね」

 

 ボクの周りをふわふわと飛び回る彼女に、『マホイップと一緒にしたら物凄く癒される空間が出来そうだなぁ』なんて考えながら、そっと笑みを落とす。

 

「シシィ!!」

「え!?ちょちょちょ!?」

 

 久しぶりに鼓膜を叩くチリーンの涼やかな音を堪能していたら、突如ボクの体を襲う浮遊感。何が起きたのかと視線を落とせば、文字通りボクの体が浮いており、背中を何かにつかまれているような感覚がある。こんなことをする子は1人しかいない。

 

「全くもう、持ち上げるなら一声かけてよね?メガヤンマ?」

「シシシィ!!」

 

 たしなめるように注意してみるけど、怒られているという事よりも、ボクに会えたことの方が嬉しかったみたいで、手加減はしながらも、まるでボクを高い高いするかのように空を飛び回り始める。

 

 全身は深緑色の甲殻に覆われており、幅広いゴーグル状の複眼を持つ。また、頭部から背中にかけて黒いフィンが縦に3つ並び、先端に赤い模様がある2対4枚の羽根が背中、小さい1対2枚の羽根が尻尾の先端にあるのが特徴のポケモンで、注目するべきは強力な飛行能力と、強靭なアゴ。飛べば飛ぶほど加速するその速さは、最終的には相手に視認されることすらなく相手の隣を通り抜け、すれ違いざまにそのアゴにて嚙み切るという芸当を可能としてしまう程。

 

 『オニトンボポケモン』メガヤンマ。その高速戦闘の強さと経験値は、今回のオニオンさんとの闘いでとても助かった。

 

「ありがとね。メガヤンマ」

「シシィ!!」

 

 メガヤンマにとっては心当たりのないお礼のはずだけど、メガヤンマはこうやって空を飛び回っていることにお礼を言ってくれているのだと勘違いをしたみたいで、そのまま嬉しそうに返事をする。しばらくそうやってメガヤンマと空中遊泳を楽しんでいると、ボクたちと並走してくる影が一つ。

 

「グラァ!!」

「こうやって一緒に飛ぶのも久しぶりだね。グライオン!」

 

 紫色の外骨格に包まれ、硬く、重そうにこそ見えるものの、滑空するのに適したその体は、まさかの進化前のグライガーに比べて20kg以上も軽量化された体という、一部の人には羨ましがられるような変貌を遂げた彼は、他にも大きなハサミやキバ、尻尾と、強力な武器を併せ持ち、そのうえで音も羽ばたきもなく獲物の背中を取る。その姿はまるで暗殺者で、一度彼に捉えられたら最後、血を吸いつくされる。なんて言われているけど、ボクの前では下手をすれば、メンバーの中でも1位2位を争うレベルで甘えん坊な可愛い子だ。

 

 『キバさそりポケモン』グライオン。

 それがぼくの最後の1匹のポケモン。

 

 メガヤンマとグライオンによる空中散歩を楽しんだボクたちは、ようやく地面まで降りて来る。同時にボクたちの周りには、ネオラントたちは勿論のこと、目を輝かせたホップや、興味津々と言った顔を浮かべるユウリに、ボクたちのポケモンに見とれていたマリィ。そして、久しぶりのじゃれ合いをみて、微笑ましそうな顔を浮かべているシロナさんたちまで集まって来る。そして、ボクが地面に足をつけると同時に、ボクの懐のボールから姿を現すのはヨノワール。

 

「ノワ」

 

 唯一ガラル地方に来ることが出来たヨノワールもまた、ボクと同じく久しぶりにみんなに出会えたことに、少なくない感情を表に出し、再会を喜び合っていた。

 

 ヨノワール、ゴウカザル、ネオラント、チリーン、メガヤンマ、グライオン。

 

 やっぱり、ボクにとってはこの6匹が集まるというのは何とも言えない安心感がある。

 

「ホップ。ユウリ。マリィ。これがボクの自慢の仲間たちだよ。どう?」

「す、凄いぞ!!名前こそ聞いたことあるけど、みたことないポケモンばっかりだ!!グライオンにメガヤンマ……凄くかっこいいぞ!!」

「ゴウカザル……凄い熱気……エースバーンも共鳴みたいに凄く熱くなってる……戦ってみたいのかな……」

「チリーンにネオラント……綺麗で見とれそうなのに、感じる覇気みたいなものは本物と……凄い……」

 

 みんなから聞こえてくるのはネオラントたちを称賛する声。その声がとても嬉しくて、ボクの表情も凄く緩んでしまう。

 

「よし、みんなも出てきて!!」

 

 シンオウ地方からのみんなが、このヨロイ島の環境に慣れ始めたあたりで、今度はガラル地方で仲間になったインテレオンたちを呼び出す。

 

「レオッ!」

「ガウッ!」

 

 それぞれの代表として向き合うインテレオンとゴウカザル。最初こそにらみ合う2人だったけど、少し経った後に握手を交わす2人を見て、マホイップが前に突撃。予想通り、チリーンとネオラントの3人に、更に遅れて合流したブラッキーが癒し空間を作り出すことによって、両陣営順番に打ち解け始める。

 

 ゴウカザル、エルレイド、インテレオンによるちょっとしたライバルを見るような視線は、この先の3人のさらなる成長につながる気がした。

 

 ふと空を見上げれば、そこにはグライオンとメガヤンマと空を飛ぶモスノウの姿。この3人は3人で、広々としたこの空を自由に飛び回って楽しそうだ。しいて言えば、暑さのせいで少しだけモスノウが嫌な思いをしそうな所くらいか。それもこおりのりんぷんで弾いているみたいだから大丈夫そうだけどね。

 

(本当に良かった。みんな元気そうだし、ガラルのみんなとも仲良くなってくれて……)

 

 はしゃぎまわるみんなを見て、また笑顔をこぼすボクだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




旧メンバー

というわけでようやく全員登場。
メンバーは、ネオラント、ゴウカザル、チリーン、メガヤンマ、グライオンでした。

ネオラントのキャモメのくだりは、ポケモンスナップでも再現されていましたし、図鑑にも書かれていましたよね。
一番予想している方が多かったです。ヒントも多かったですしね。
かくとう、およびじめんタイプは、単純に御三家を絞らせないためのタイプです。
御三家予想もばらついていたのでよかったのではと。
高速戦闘が得意に関しては、メガヤンマのかそくですね。
かそくもちで剣盾にいないのはメガヤンマだけだったりします。

いかがだったでしょうか?
感想欄でも、一部正解者は何人もいましたが、完答された方は見ていないですね。
最高でも4人くらいだったかと。
感想を書いていない方も、予想を楽しんでいただけたら幸いです。

選んだ理由は、私が個人的に好きなポケモン&バランスです。
本当に趣味全開の手持ちですね。

一応裏ルールで、全員ダイパ初登場に関係するというのもあります。

チリーンのみホウエン地方出身では?という方もいると思いますが、進化前のリーシャンがダイパ初登場なのでルールは満たしています。




以上発表会でした。
ダイパリメイクでもこのメンバーで旅……をしたかったのですが、ヨノワールたち追加進化組が、ことごとく殿堂入りでないと実機ではアイテムが手に入らないので、泣く泣く妥協しました。
妥協点としては、

ヨノワール→ミカルゲ
メガヤンマ→ビークイン
グライオン→グライガーのまま

という感じ。

悔しい……

特にミカルゲは、手に入れられる最速のタイミングで取りに行ったため、ジムバッジ2つあるかないかくらいで、3時間かけて取りに行きました。




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129話

「やっぱり、あなたたちが揃った時の楽しそうな姿を見ると、ポケモンとトレーナーはこうあるべきだって、改めてそう思わせてくれるわね」

「それもこれも、シロナさんがこうやってみんなを連れてきてくれたおかげです。本当にありがとうございます!!」

 

 空に砂浜に、ボクのシンオウ時代の仲間とガラル地方の仲間が入り乱れて遊んでいる姿を見ながら、いつの間にか隣に来ていたシロナさんとちょっと小話。マリィの方にはカトレアさんがついており、今は2人でバトルについて話し合っているようだ。

 

「礼はいいわよ。あなたたちがこうしているのを、私も見たかった。ただそれだけなんだから」

「それでも、です。ボクだって、こうしてみんなが揃っているところを見たかったですし、ホップたちにも自慢の仲間を見せたいと思っていましたから……」

 

 特にホップたちへの顔合わせは、本来ガラル地方では絶対できないことだ。なので、それでも顔合わせをしようとするなら、どうしてもみんなをシンオウ地方に連れてくる必要があった。当然、3人も違う地方に招待するとなるとそれ相応の準備が必要だし、何よりユウリたちへの負担がすごく大きい。だからホップたちへのみんなの顔合わせは、自分の凄くやりたかったことであると同時に、『多分できないんだろうなぁ』と、8割方諦めていることでもあった。だけど、シロナさんがこうやって頑張ってくれたおかげで、今ボクのしたかったことがこうやって目の前で叶っている。

 

 ボクがみんなを呼んだことによって、ユウリたちも自分の手持ちをみんな呼び出しており、場はさらに賑やかなものへと変わっていた。

 

 この状況も誰のおかげかときかれたら、やっぱりシロナさんのおかげなので、改めてしっかりとお礼をしておく。

 

「だから……ありがとうございます!!」

「そこまで言われちゃうと、逆に受け取らないと失礼になりそうね。どういたしまして」

 

 ボクの言葉に笑顔で返してくれるシロナさん。やっぱりこの人はとても頼もしい凄い人だ。

 

「ただ、あなたには言わないといけないこともあるから、ここからの話はちゃんと聞いておくように」

「……はい!」

 

 朗らかな話から少し変わって、表情をちょっとだけ真面目なそれに変えるシロナさん。その変化から、これからされる話はボクにとって大事なことなんだと言うことを感じ取り、ボクもシロナさんにならって、少し気を引きしめる。

 

「まずは、今のネオラントたちの扱いについて話すわね。あなたも知っていると思うけど、このガラル地方は外来ポケモンに対してかなり厳しい措置を取っているわ。それこそ、ガラル地方で確認されていないポケモンは、基本的にはシャットアウトしてしまうくらいにはね」

「はい。最初はみんなとこっちに来れないことにショックを受けましたけど、ガラル地方を旅していくうちに、確かにこの自然は守りたくなるなと感じたので、今はその措置は正しいんだなって理解はしています」

 

 自然に新しいポケモンが来るのならまだしも、人に手によってポケモンの生態が変わってしまうことは避けようと対処しているこの姿勢は、素直に凄いと思える行動だ。今更そこに文句をつける気は全くない。人の手によって、絶滅危惧と大量発生を繰り返しているラプラスを見ていると、そういった気持ちを持つようになるのも納得できるしね。

 

 さすがにこの記事を読んだときはラプラスがかわいそうだった。

 

「けど、だからといって、融通を全く効かせなさすぎると、いざガラル地方で他の地方を巻き込んだイベントを催した時に、他の地方で活躍するトレーナーを誘うのに支障をきたしてしまう」

「人は呼ぶことが出来ても、ポケモンが来れなくちゃインパクトも半減ですもんね……」

 

 例をあげるなら、シロナさんをガラル地方に招待したのに肝心のガブリアスが居ない。といった感じだろうか。そう言われてしまうと、シロナさんに会えるのは嬉しいけど、『シロナさんの相棒と言えば』の代表的なポケモンを見れないとなると、少なくない落胆をおぼえてしまうだろう。

 

 自然は守りたいけど、ガラル地方に住むみんなが喜ぶこともしたい。

 

 そんなジレンマの中生まれたのが、ほしぐもちゃんの時に話題が上がった許可制だ。恐らく、今回ネオラントたちがここに来ることが出来たのも、その許可を貰ったからだろう。

 

「そのとおり。だからこその許可制。その分規制も条件もややこしくて、破った時のペナルティも大きいわ」

「実際、出禁って結構大きいですよね……」

 

 リーグからの信頼はもちろん、提出しないといけない書類や、通さないといけない相手も多そうで、凡人のボクではその辺の想像が全然できない。

 

「けど、そんな規制にもちょっとした抜け穴はあってね?」

「抜け穴……?」

「そう。今回はそこを利用させてもらったのよ」

 

 ちょっといたずらな笑顔を浮かべながらそういうシロナさんが少しだけ子供っぽく見えてしまう。話に集中しないといけないのに、少しだけその笑顔に見とれてしまい、すぐさま頭を降って集中力を戻す。

 

「さて、ちょっと遠回りになっちゃったけど、一番大事な所を説明させてもらうわね」

「はい!」

「まず許可申請をするのにあたって、そもそも許可を取れる人は、各地方のチャンピオンだったり、フロンティアブレーンだったり、国際警察の方だったりと、本当に信頼されている人しか申請することが出来ない且つ、その人の手持ちの中で、ガラル地方にいない子がどれだけいるのかを報告して置く必要があるのだけど、この許可申請するためのポケモンの数に上限はないの」

「ってことは……」

「そう。今回で言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という事ね」

 

 そこまで説明されて、シロナさんが何を言いたいのか、そして、どうしてネオラントたちを連れてくることが出来たのかに、ようやく納得ができた。確かにネオラントたちとの再会は嬉しかったんだけど、どうしてここに来れたのか。それだけはずっと気になっていたんだよね。

 

「私の手持ちなら何体でも申請できる。その裏技を使わせてもらっているからネオラントたちは今ここにいる。けどそれは裏を返せば、確かにネオラントたちの主はあなたなんだけど、今この場においては、あの子たちの主は私という事になっているわ。だから、もしあの子たちが問題を起こせば、当然私の責任になるし……」

「シロナさんの手持ちという扱いだから、今ボクが挑んでいるジムチャレンジの本戦や、その先のチャンピオン大会にも、繰り出すことが出来ないってことですよね?」

「さすが、理解が早くて助かるわ。ちなみに、ジュンやヒカリの手持ちも、同じ方法で何体か連れてきているわよ」

 

 シロナさんの説明をボクがなんとなく引きついでみると、返ってきた言葉は肯定。ネオラントたちも一緒にこの先に戦いに挑むことが出来ないのは確かに残念だけど、本来ならここで会うことすら出来ないのだから、それ以上を望むのは贅沢だ。むしろ、ここまで色々な許可を取ってまでネオラントたちを連れてきてくれたシロナさんには感謝しかない。ボクだけでなくヒカリやジュンのポケモンの分までとなれば、それ相応のリスクと手間がかかっているはずなのに、それでも『気にしないで』と言葉を残しながら微笑むシロナさんの懐の広さにはただただ頭が下がるばかりだ。

 

「本当にありがとうございます!」

「いえいえ。ただ、ちょっと脅す様で申し訳ないのだけど、あまり大きな問題は起こさないでね?あなたたちなら大丈夫だとは思うけどね」

「肝に銘じておきます!」

「あとはさっきも言った通り、今のこの子たちは私の手持ちということになっているから、あなたがボールを持つことに問題はないけど、あまり私から離れすぎると何か言われる可能性があることと、私がガラル地方を去る時は一緒に連れて帰ることになっているわ。そこは申し訳ないのだけど……」

「いえいえ、本当に今ここで会えるだけでも感謝してもしきれないんです。何回も同じことを言うようですけど、本当にありがとうございます」

 

 シロナさんが負い目を感じることなんて何もない。あとはボクが問題を起こさないように、おとなしくしておけばオールオッケーだ。

 

「お~い!!フリア~!!」

 

 シロナさんに改めてお礼を言って、話が一区切りついたところで急に掛けられる大声。声がした方向に視線を向ければ、そこから走ってきたのはジュンとホップの2人だった。とんでもない速さで意気投合し、もはや走って来る姿勢も足の速さも、ほぼ一緒になり始めてきていることに若干の呆れを感じながらも、無視をしたらそれはそれでちょっとめんどくさそうなので、仕方なく返事をする。

 

 ちなみに隣のシロナさんは、そんなジュンとホップの姿を見て少し笑っていた。

 

「2人ともどうした━━」

「フリア!バトルするぞ~~~!!」

 

 ボクの名前を叫びながら走ってきたジュンに対して『また振り回されそう』と感じながら返した言葉を遮るように投げられたのは宣戦布告。遠く離れているのに、まるで近くで叫ばれたかのような声量をあげながらこちらに走ってくる様は、一種の暴走族のようで。

 

(変わらないなぁ、ほんと……)

 

 シロナさんのところで特訓をしてもらったのか、纏う雰囲気こそ少し成長して見えたけど、このせっかちさは全く変わらない。それがジュンのいい所……いや、せっかちは長所じゃないか。彼の特徴なんだけど、今回においては、このままこっちに走ってくる彼を放っておくと、シンオウ地方を旅していた時に何回喰らったのか、数えるのも途中であきらめてしまった例のタックルをここでも喰らうことになるので、体を半身横にずらし、ジュンの体を足で引っ掛けて砂浜に倒す。

 

「ふべっ!?」

「よし……落ち着いた?」

「『よし』じゃないが!?それになにもこかすことないだろ!?」

「こけたくなかったら自分にブレーキをつける努力しなさいよ……」

 

 綺麗に砂浜と口づけを交わしたジュンが、こけた事なんてもう忘れたかのように体を起き上がらせて文句を言ってくるけど、こっちだってジュンのタックルを何回も喰らって、そこそこのダメージを貰った経験があるんだから、今回くらいは我慢してほしい。ほら、ホップもちょっとびっくりした顔してるし……

 

「なんか、フリアのちょっとあしらったような対応は初めて見るから新鮮だぞ……」

「うん、私も初めて見た……」

「え、びっくりした原因ボクなの!?」

「話を逸らすな!!オレを視ろ!!」

 

 ホップと、いつの間にか近くに来ていたユウリの言葉に驚くボクに、話を逸らされたジュンがかみつく。若干のカオスを感じながらも、あまりいじるといよいよ機嫌が悪くなるので改めてジュンと見合う。

 

「それで……ボクと勝負?」

「ああそうだ!!」

 

 お互いが見合って、少し落ち着いたところで改めてジュンからされる宣戦布告。

 

「オレはシロナさんについて行った、お前はこのガラル地方に行った。……あの約束をもう一度果たすために……」

「そうだね。それがこの旅の始まりだもんね」

「ああ。だけど今!まだ成長過程とはいえこうやって別々の道を歩いて行ったオレたちが!ここにきてまた出会った!!なら、やることなんて決まってるだろ?」

「……成程ね。途中までの結果報告がしたいと」

「まさか、逃げたりはしねぇよな?」

 

 余程自分の成果に自信があるのか、やたらと挑発的な目でこちらを見てくるジュン。勿論ボクだってジュンがどれくらい成長したのかが気にならないわけではないけど、ヨロイ島でこうやって出会った以上、今日明日だけの邂逅で終わると思っていなかったので、『ちょっとずつ成長結果を視れたらそれでいいや』と思っていた。だけど、せっかちなジュンは今すぐにでもその成果を確認したいようで……

 

「そんなわけ。ここまで言われて引くような性格じゃないことは君も知ってるでしょ?」

 

 ボクだってポケモントレーナーだ。挑発されたらちょっとは『やってやるぞ』という気になる。

 

 

「……フリアのあんな挑発的というか、やんちゃな表情も初めて見たかも」

「普段は大人っぽいけど、こういうところは子供っぽいでしょ?」

「うん……」

「……改めて、『可愛い』って惚れ直しちゃった?」

「な、ななっ!?」

 

 

 少し離れたところでヒカリとユウリがまた何か話しているけど、ジュンのせいで意識がバトルモードに変わっているボクにはよく聞き取れなかった。それよりも、今は久しぶりにライバルと戦いたくて仕方がなくなってきた。

 

「うし!それじゃあお互い、これまでの成長の成果ってやつをぶつけ合おうぜ!!」

「望むところだよ!!」

 

 そうと決まれば、お互い背を向けて走り出し、距離を取り始めるボクとジュン。ある程度走ったところで振り向けば、ジュンは既に振り返っており、ちょうどいい距離離れたところでもうモンスターボールを構えていた。

 

「ふふ、こうしてあなたたちのぶつかり合いを見るのは久しぶりね。審判は私に任せて、思いっきりぶつかり合いなさい」

「フリアとジュンのバトル!!ワクワクするぞ!!」

 

 にらみ合うボクとジュンの間に立って審判の役を買って出たのはシロナさん。その隣には、目を輝かせているホップの姿もあった。

 

「成長したあなたたちの姿をしっかりと観たいのもあるけど、ここで長く戦うのもちょっと違う気がするから、今回は1対1のバトルということで。2人ともいいわね?」

「おう!!」

「はい!!」

 

 シロナさんだけでなく、ボクとジュンも、本当ならフルバトルと行きたいところだけど、まだ今のタイミングではない。それを理解しているからこそ、今はこれくらいのバトルがちょうどいい。

 

「では両者、ポケモンを!」

「行くぞ、エンペルト!!」

「ペルッ!!」

 

 シロナさんの言葉を合図に、ジュンが懐から取り出したボールからはエンペルトが登場する。

 

 久しぶりに見るジュンのエンペルトは、顔の凛々しさや両翼のエッジの鋭さに更に磨きがかかっているように見えた。

 

 最後に見た時よりも明らかに成長している。一目見ただけでそのことがよく伝わってきた。

 

 こうやって対峙してみて、より強くそのことを感じた。

 

(さて、ジュンがエンペルトならボクは……)

 

 ジュンのエンペルトを見たボクは、次にボクの手持ちのみんなへ視線を移し、とあるポケモンを見つめた。

 

 この状況で選ぶなら、この子しかいない。

 

「おいで!ゴウカザル!!」

「ガウッキィ!!」

 

 ボクの言葉を聞いて飛び上がったゴウカザルが空中で一回転。そのままボクの目の前に着地して、雄たけびをあげながらファイティングポーズを取る。

 

 久しぶりにボクの指示を聞きながら戦える。とテンションの上がったゴウカザルの頭の炎は、より猛々しく燃え上がった。

 

「ゴウカザル対エンペルト……」

「どっちもあたしたちの知らないポケモンだから、物凄く気になる戦いね」

「わたしにとっては日常だけど、ガラルにはいないもんねぇ」

 

 ユウリとマリィにヒカリ、それに、しゃべってはいないけどカトレアさんと、カトレアさんに日傘をっ刺してあげているコクランさんも来たため、さらに視線を感じるようになったけど、今は久しぶりのこのバトルに集中する。

 

「さて……フリア!心の準備はオーケーか?」

「っ!?」

 

 お互いのポケモンが戦闘態勢に入ったところでジュンから投げかけられた言葉は、あの日初めてポケモンを手に入れて、初めてのポケモンバトルをした時にジュンが言った言葉そのままだった。

 

「ふふ……いつでもいいよ!ジュン!!」

 

 その言葉に、あの頃の記憶がちょっと蘇った。少し離れたところでは、ヒカリも『なっつかし~』と言っているのが聞こえた。

 

 となれば、次にボクたちが言う言葉も決まっている。

 

「フリア!!」

「ジュン!!」

「「ポケモンしょーぶだぁっ!!」」

 

 

ポケモントレーナーの ジュンが

勝負を しかけてきた!

 

 

「『アクアジェット』!!」

「『マッハパンチ』!!」

 

 バトルが始まると同時に弾かれたように前に突撃するエンペルトとゴウカザル。本来なら威力よりも素早さを重視したはずのその技は、お互いの技がぶつかり会った瞬間、爆発音を奏でる。同時に巻き上げられる砂が、この衝突の規模の大きさを、余計にわかり易く表していた。

 

「ペルッ!!」

「ガウッ!!」

 

 鍔迫り合いをしながら睨み合う両者も、久しぶりのバトルに嬉しいという表情を隠せていない。それほどまでに、ボクたちだけでなく、ゴウカザルたちも楽しみにしてくれていたということだろう。

 

「やっぱ最初はこうだよな!!」

「せっかちな君は、こういう戦い方ばっかりだもんね」

 

 戦闘スタイルとしてはホップに近く、とにかく押して押して押しまくるガン攻めスタイルのジュン。せっかちの擬人化と言っても過言ではない彼が、ちまちまとした戦い方なんて基本的にしないとわかっているからこその、開幕からのぶつかり合い。気持ちいいほどまっすぐぶつかってくる彼の戦い方は、見ている分にはいっそ清々しく気持ちがいいし、思わず応援したくなるような、言ってしまえばガラル地方では映える戦い方だ。故に対戦相手として立った場合、ジュンの行動はわりかし読むのが容易だったりする。しかし、それはイコール簡単に勝てるという訳では無い。

 

「戦い方は今更変えられねぇ。これはオレ自身の性格が問題だからな。けど、シロナさんの元で修行した以上、昔のままのオレなんかじゃないぞ!!」

「ペルッ!!」

「ガウッ!?」

 

 ジュンの言葉と共に、エンペルトの体を包んでいた水の勢いが急激に増し、アクアジェットの威力が上がっていく。その結果、先程まで拮抗していたバランスが崩れ、ゴウカザルが押され始める。

 

「ゴウカザル!!左手も叩きつけて一旦下がって!!」

 

 このままでは押し負けるので、左手も使ったマッハパンチで一瞬だけエンペルトを止めて、その隙に距離をとる。

 

(本来火力に自信があるゴウカザルが力負けしている……こっちにブランクがあるから負けている可能性の考慮はしていたけど、それ以上にエンペルトの成長具合が大きすぎる!!)

 

 確かにジュンの行動は読みやすいけど、読まれてもなお無理やり押し通す。そんな思い切りの良さと無茶苦茶さが、彼の強さとなっている。

 

 智を倒すのはさらに強力な暴力。それを地で行く彼のエンペルトは、シロナさんとの特訓によってさらに強くなっている。

 

「へへん!どんなもんだ!!シロナさんとの特訓に、伝説のポケモンとの戦いでオレたちはもっと強くなったんだ!!今ん所お前に負け越してるこの戦績も、これからひっくり返してやるぜ!!」

「ペルッ!!」

「エンペルト!!『ハイドロポンプ』!!」

 

 ジュンの言葉に合わせて声を上げるエンペルトが口を大きく開け、ゴウカザルに向かって激流を吐き出す。

 

「ゴウカザル!!」

「ガウッ!!」

 

 みずタイプの技の中でも最高峰の威力を備えた技が、ボクの想像よりもかなり速い速度でゴウカザルに飛んでくる。攻撃を捨て避けることに全力を尽くしたおかげか、避けること自体は何とか出来たものの、ゴウカザルがいたところに突き刺さった水の塊は、砂浜に当たると同時に爆音を奏でながら水しぶきと砂をまき散らし、その破片が少し襲い掛かって来る。

 

「くっ……なんて火力……」

「いいぞ!いいぞ!!」

 

 伝説のポケモンとのバトル。そしてシロナさんの特訓を経てエンペルトは、ジュンの長所である攻撃に振った戦い方を更に強力なものにするために、純粋に技の練度を上げてきていた。

 

 ハイドロポンプとアクアジェット。どちらもここまでの上がり幅をしているのなら、他に覚えている2つの技も同じくいらの練度になっているだろうし、昔はわずかにこちらの方が強かった力比べも、今は逆転してしまっているとみていい。ブランクのことを考えればなおさらだ。

 

「このまま押し切るぞ!!エンペルト!!『アクアジェット』!!」

「ペルッ!!」

 

 ハイドロポンプを飛んで避けたため、ゴウカザルの着地にはわずかだけど隙ができる。その隙をつくために、全身に水を纏い、矢のような速度で飛び出すエンペルト。さっきマッハパンチと打ち合った時よりも速度はちょっと遅いものの、体を流れる水の勢いから威力は上がっていることがわかる。ただでさえ弱点を突かれている技なのに、そのうえ特訓による強化が入ったこの技を貰えば、戦闘不能にこそならないかもしれないけど、ゴウカザルには大きなダメージが入ってしまう。けど……

 

「ゴウカザル。『マッハパンチ』」

「そんな技でオレのエンペルトの強くなった『アクアジェット』は止められな━━」

「ペルッ!?」

「なぁっ!?」

 

 エンペルトのアクアジェットは、ゴウカザルが拳をぶつけた瞬間に巻き起こった()()()()()によって止められる。

 

 煙が晴れ、怯んだエンペルトの視線の先には、()()()()()()()()()()()()ゴウカザルの姿があった。

 

「な、なんだってんだよー!」

 

 急に姿が変わったゴウカザルに対して、ジュンのお馴染みのセリフが返って来るけど、ボクは気にせずゴウカザルに構えを取らせる。

 

「ジュン。確かに君は強くなっている。だけどね……」

 

 ゴウカザルが声をあげながら拳を打ち付けた瞬間、紫の焔が小さく爆発を起こす。

 

 この紫の焔を使った戦い方は、ボクがガラル地方で戦っていた時に見つけた戦い方だ。

 

「ボクだって、このガラル地方で成長しているんだ」

 

 ジュンが純粋な力をつけることによって成長したのなら、ボクはいろんな人と戦うことによって、たくさんの戦法を観たり、思いついていくことで成長してきた。

 

「君がさらなる力をつけて成長したっていうなら、ボクはさらなる知恵をつけて成長してきたんだ」

 

 ジュンはボクにその力を見せてくれた。なら今度は……

 

「悪いけど、戦績の逆転なんて絶対にさせないよ!!」

 

 次は、ボクが見せつける番だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




規制

ということで、ここでさらに規制についての追加ルールです。
これがないとネオラントたちもジムチャレンジに向かうことが出来てしまいますからね。

ジュン

久しぶりのバトル。
セリフは、プラチナバージョンの初バトルの時のモノです。

ゴウカザル

この戦い方に見覚え、ありますよね?
元々いろいろな作戦を考えて戦う彼にとっては、さらにレベルを上げるよりも、手札を増やす方が強くなります。この2人は、その対比も意識したりしていますね。




テラスタイプの情報追加されましたね。
間違いなくヌケニンはやばいと思いますが、逆にここまで来たら出禁になっていそうですよね。
他のポケモンで考えたら、個人的にはクレセリアがやばいと思います。
でんき+ふゆうのクレセリア……誰が倒せるの……?
かたやぶりが必須になりそうな気が……
後は動画で上がっていたのですが、エスパータイプポットデスの、からをやぶる+アシストパワーが純粋に強そうというのを聞いて、ちょっと心を打たれました。
ゴースト統一をした時は、テラスタイプもゴーストにしようと思ったのですが、ちょっとこのポットデスも使ってみたいですよね。
新作、本当に楽しみです。






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130話

「ゴウカザル!『マッハパンチ』!!」

「くっ、エンペルト!『アクアブレイク』!!」

 

 両手に紫色の焔を携えたゴウカザルがエンペルトに向かって駆けだす一方で、エンペルトはこの焔を防ぐべく、両翼に水を携えて構える。

 

 エンペルトの目の前に踏み込んだゴウカザルが両方の拳を連続で叩きつけるのに対して、エンペルトが頑張って翼で防ごうとするものの、ゴウカザルの拳が当たるたびに小さな爆発が起こり、そのたびにエンペルトの翼が弾かれてだんだん防御と水の集まりが甘くなっていく。

 

(カブさんの戦法を真似てみたなんちゃって戦法だけど……ゴウカザルは凄くうまく対応してくれているし、エンペルトに対してもの凄く圧力をかけられてる……この戦法、そんなに強いんだ……)

 

 さっきこっそりとゴウカザルに教えたばかりの戦法を完璧にこなしてくれるゴウカザルに感謝をしながら前を見る。

 

 おにびを携えた攻撃は対象に攻撃がヒットするたびに小さな爆発を起こしてくれるうえ、直撃すればおにび本来の効果であるやけど付与も狙うことが出来る。特殊攻撃も物理攻撃もどちらも可能なエンペルトに対しては、やけど状態は絶対的な有利展開とまでは言えないけど、アクアブレイクとアクアジェットというエンペルトの物理主力且つ、こちらの弱点をしっかりと突いてくる技の威力を下げられる点はかなり強い。

 

 ジュンもそれをしっかりと理解しており、技の威力では勝っているものの、技の回転力では負けているためこのままではやけどを貰ってしまうという事を嫌って、ジュンは一度ゴウカザルから離れる判断を下した。

 

「一回下がるしかないか……エンペルト!!『アクアブレイク』を地面に!!」

 

 地面に打ちつけて砂を巻き上げてこちらの視界を遮ったエンペルトは、アクアジェットでジュンの下へと帰っていく。

 

「自分の不利を悟ってしっかり下がる……そういう冷静な判断も覚えたんだね……ボクは嬉しいよジュン……」

「お前の中でオレの評価って何だったんだよ~!!」

「え、猪突猛進罰金ボーイ?」

「物凄く不名誉なんだが!?」

「だったら普段の行動から見直しなさいよ……『おにび』!!」

「ちょ、会話中!!」

 

 舞い散る砂が落ちて視界が晴れたところで、今度は拳につけたものではなく口から吐き出したおにびがエンペルトに向かって真っすぐ飛んでいく。

 

「全部押し流せ!!『ハイドロポンプ』!!」

「『ハイドロポンプ』をよけて、エンペルトに『おにび』を出しながらダッシュ!!」

 

 それに対してジュンはハイドロポンプですべてを押し流すことを選択。一瞬で消火される紫色の焔を横目に見ながらまた前に走り出す。ハイドロポンプは確かに強力だし、特訓によって強化されたそれは普通の技に比べてさらに太い攻撃にはなっているけど、ゴウカザルの速さなら避けられないわけではない。紙一重で横にずれて前に走り出し、ハイドロポンプに向かって斜め右下を駆けながらエンペルトに向かっておにびを吐き、それについて行くように走り出す。

 

「絶対に近づけさせるんじゃないぞ!!『うずしお』!!」

 

 対するエンペルトは、その場で独楽のように回転しながらハイドロポンプを維持。その結果、エンペルトを中心とした巨大なうずしおが形成され、おにびもゴウカザルも、全てを巻き込まんとその規模をどんどんと大きくさせていく。

 

 広がっていく大きな渦によってエンペルトに飛んでいったおにびはすべて消火されたけど、エンペルトの口から吐き出されたハイドロポンプから派生したこのうずしおは、エンペルトの口の位置より身長の低いゴウカザルの頭上に展開されているためこちらに被害はまだない。勿論、ここからエンペルトが口を下に下げてうずしおの位置を下げられてしまえば、ゴウカザルも巻き込まれることになる。

 

(でも、回転しながら口から吐いている水によってうずしおを作成している以上技の自由は効きづらいはず……なら……!!)

 

「『うずしお』が下がりきる前にエンペルトの下へ!!」

「ガウッ!!」

 

 さらに背を低くし、地面を這うように駆けるゴウカザルは、自身の頭にうずしおが当たる前にエンペルトの懐に入ることに成功する。

 

「エンペルト!!『アクアブレイク』に切り替えだ!!」

 

 ジュンの指示でうずしおからアクアブレイクにスイッチするエンペルト。懐まで入られた今、うずしおで巻き込むことよりも、いっそ近距離技で思いっきり弾き飛ばした方が安全と悟ったジュンによる素早い指示変更により、水の刃を携えながら回転するエンペルトは、ますます独楽の姿に近づいていた。技を大きく強化させながら放たれているこの独楽を簡単に止めることなんてできないだろう。けど、この行動がわかっていたのなら対処はまだ可能だ。

 

「地面に『マッハパンチ』!!」

「やっぱりそうくるかっ!!」

 

 おにびを纏った拳は何かに着弾した瞬間小さな爆発を起こす。その性質を利用し、エンペルトの足元にマッハパンチを放つことによって、エンペルトの足元が爆発する。

 

「ぺルッ!?」

 

 ただでさえ砂浜という足元の悪い場所なのに、さらに爆発によって足元を崩されたエンペルトは大きくバランスを崩す。回転も弱くなっていき、徐々に攻撃の威力が落ちていく中、懐に入り込んだゴウカザルが、拳を力強く握りしめた。

 

「『インファイト』!!」

「『アクアジェット』で距離を離すんだ!!」

 

 拳の焔をさらに燃え上がらせ、連続で両の拳を叩きつける準備をするゴウカザルに対し、全身に水を纏い、急いでここから離れようと逃げの一手を構えるエンペルト。アクアジェットという技の兼ね合い上全身に水を纏う事となるので、その水でおにびをある程度抑えることが出来き、且つ素早くゴウカザルから離れられるという逃げと防御を同時に行えるこの行動。多分ジュンはそこまで深くは考えておらず、とにかく逃げられたらそれでOKという思考だとは思うけど、こういう副次効果をいつの間にか起こしてしまうのも彼のちょっとした強さというか、恵まれているところだろう。

 

 後ろに全力で下がろうとするエンペルトに対して、追うゴウカザルがいくつかの拳を叩き込む。

 

 拳の焔は水によって消火されてしまったけど、みずタイプのほかにはがねタイプも複合として持っているエンペルトに対して、本来のインファイトのタイプであるかくとうが抜群で刺さるため、後ろに飛んでいくことによって若干威力を抑えられたものの、それでも十分なダメージを与えることには成功。

 

 若干苦しそうな声を上げながら、それでも何とか下がりきることのできたエンペルトは、自身のダメージをごまかすかのように叫び声をあげながら再び構えを取る。

 

(体力半分手前くらい……ってところかな?)

 

 技の当たり具合とエンペルトの様子から、相手の残り体力におおよその検討をつけておく。あと2回くらいインファイトを叩き込むことが出来れば確実に勝ち切れると思うけど、そう簡単に当てさせてくれるとも思わないので、またおにびやマッハパンチで牽制や攪乱をしながら攻めるしかないだろう。

 

(有利はこっちにあるからもう一度、焦らずゆっくりと……)

 

「エンペルト!!こっからの逆転劇を見せつけてやるぞ!!『ハイドロポンプ』!!」

 

 エンペルトの口からまた吐き出される激流。けどこの攻撃はもう何回も見たし、そもそも、元々あまり命中力があまり高くないこの技を避けるのはそんなに難しい事ではない。素早く左右にステップを踏むことで的を散らし、うまくねらえないようにして前に走るゴウカザルは、紙一重でハイドロポンプを躱そうとし……

 

「エンペルト!!今のお前の最大出力だぁ~!!」

「ペルッ!!」

「グゥキッ!?」

「ゴウカザル!?」

 

 元々太かった水の柱をさらに太くしたハイドロポンプに弾かれた。当たりは浅かったものの、ただでさえ強力なハイドロポンプを更に凶悪なものに変えたその一撃は、確かにゴウカザルの勢いをそいでいく。何とか受け身を取って追撃をされないようにすぐに意識をエンペルトへと向き直してはいるものの、その表情からはかなりのダメージがうかがえた。

 

(でもなんでいきなりあんなに威力が……)

 

 今まで手を抜いていたのかとも考えたけど、そんな器用なことがジュンにできるはずもないのでその考えはすぐに捨てる。となると、原因はエンペルトの方にありそうだけど……

 

「行くぞエンペルト!今のお前は最強だ!!」

「……ペルッ!!」

「……そういうことね」

 

 エンペルトに視線を向けると、エンペルトの周りに淡い青色の光が立ち昇っていくのが見えた。ボクのインテレオンでも発症した同じ現象。それは、初心者用のポケモンのみずタイプのポケモンが持っている特性。自分の体力が減るとみずタイプの威力がかなり強化される『げきりゅう』と呼ばれるその特性は、『なるほどこれならあの威力が出てもおかしくない』と納得すると同時に、『げきりゅうが発動するほどまだエンペルトを追い詰めてはいない気がする』という新たな疑問をボクに残す。

 

 体力を数字として視認できるわけではないから、相手がどれくらい追い詰められているのかは正確にはわからない。けど、何回も戦った経験のある相手なら何となくの感覚がちゃんとボクの中にある。最初こそは、『久しぶりのバトルで感覚がちょっと麻痺して、予想よりもエンペルトを追い詰めていたのかな?』なんて思ったものの、エンペルトの姿を改めてよく見て、やっぱり本来の『げきりゅう』が発動するところまでは追い詰めていないことを確信した。もしそこまで追い詰めているのなら、ハイドロポンプを打った後に間違いなく疲れたような表情を見せるはずだから。けどそれがなく、今も元気に雄たけびをあげながらこちらをにらんでくるエンペルトからはとてもじゃないけど手負いのそれには見えない。となれば、考えられることは1つ。

 

「シロナさんとの特訓で、『げきりゅう』をより簡単に発動できるようにも成長しているのか……」

「オレはフリアみたいに何かを考えるのは得意じゃないし、コウキのような第6感もない。どこまで言ってもオレの取り柄はこの愚直さと思いっきりの良さだけだ!なら……オレはそこをとことん伸ばす!!押してダメならもっと押せ!!押して押して押しまくる!!力こそパワーだ!!エンペルト!!『アクアジェット』!!」

 

 通常の状態でも十分な速度を誇るアクアジェットが、『げきりゅう』によって強化されたせいでさらに速度が強化された状態でこちらに襲い掛かる。縦横無尽に駆け回るその姿はまるで一本の大きな水の矢で、下手をすればルリナさんのポケモンのアクアジェットよりも速いのではないか……否、確実に速いと断言できるほどのものだった。最も、あの時のルリナさんの手持ちはジム用に調整されていたため、あれが全力だとは思わないけど、それにしたって速すぎる。さらに、自身の体に纏う水の量も厚さを増しているため、もはや真正面から受け止める。ないし、相殺することはほぼ不可能だろう。

 

「行け!!エンペルト!!」

 

 そんな凶悪な技がいよいよゴウカザルを攻撃しようと突っ込んでくる。目で追うのがやっとなその攻撃を、しかし持ち前の身体能力の高さと自慢の素早さを生かしてギリギリのところで避けていく。けど、傍から見ても危なっかしいその回避は、もうあと何回か攻撃をされれば直撃するのが目に見えてしまっていた。

 

(ただ純粋に速く、強くなってる……たったそれだけなのに、だからこそシンプルに強くて対処が難しい。あの『アクアジェット』に対抗するのなら、こっちもそれ相応の速度か威力を持たないと……となると、あれを試してみるしかないかな?)

 

「ゴウカザル!!今度は足にも『おにび』をセットして!!」

 

 ギリギリで避けているゴウカザルに指示を出し、紫色の焔を何とかまた装着する。先ほどと比べて両足にも紫の焔を纏ったその姿は、ちょっとしたおどろおどろしさを感じさせた。

 

「今度は両足にも『おにび』……けど、今のオレのエンペルトの技の前じゃ、そんなのろうそくの火みたいなもんだぜ!!かき消せ!!」

 

 さらに水の勢いを増しながら駆け回るエンペルト。ノリにノッてどんどん調子を上げていくエンペルトの前では、確かにこの両手両足に宿った焔程度では間違いなくエンペルトの水の鎧は突破できない。焼け石に水もいい所だろう。けど、この焔は攻撃をするためだけにつけたものじゃない。

 

「ゴウカザル!地面を思いっきり踏みつけて!!」

「ガウッ!!」

「相変わらず何するのかわかんないけど……またお得意の変な行動をしてくるんだな……させる前に倒せ!!」

「ペルッ!!」

 

 ボクの指示に従って地面に足を叩きつけるゴウカザル。その行動の意味をまだ理解していないジュンは、それでも嫌な予感は感じ取ったみたいで、さっさとゴウカザルを落とそうと突っ込んでくる。けど、その行動よりも先に、少しだけ早くゴウカザルに動きがあった。

 

 この手足のおにびは、先ほども言った通り何かに当たった瞬間小さな爆発を起こす。その爆発は小さいながらも確かな威力を秘めており、じばくやだいばくはつ、はじけるほのおなんかと比べたら当然劣りはするものの、相手に確実にやけどとダメージを与えるくらいの規模はあり、勢いだってある。

 

 そしてこの勢いは、相手への攻撃だけでなく、移動にだって使えるはずだ。

 

「なっ!?」

「ペルッ!?」

 

 エンペルトの目の前で足を砂浜に叩きつけた瞬間ゴウカザルの足元が爆発し、同時にゴウカザルの体が空に浮き上がる。その動きは、エンペルトにとっては目の前から一瞬にして消えたように見えた事だろう。

 

「ゴウカザル!手と足のおにびはそれぞれを打ち付けあったら爆発する!それを利用して駆け回って!!」

「ガウッ!!」

 

 ゴウカザル自身もこの機動力にはちょっと驚いたみたいだけど、ボクの言葉を聞いた瞬間すぐさま落ち着く。そしてこの現象を理解し、足同士を3回打ち付けあい、同じ回数だけ爆発音が響かせる。

 

「その速度に乗ったまま『マッハパンチ』!!」

 

 爆発音が響く度に動きを加速させ、空中を弾かれるように飛び回るゴウカザルは、アクアジェットで駆け回るエンペルトの動きを先読みし、水の勢いが一番強い真正面からではなく、比較的薄く見える側面から拳を叩きつける。

 

 エンペルトに当たったと同時に再び響く爆発音。

 

 エンペルトの体にまとわれていた水が爆風で少し飛ばされ、ゴウカザルの拳がエンペルトに突き刺さり、殴られたエンペルトは砂浜に落ちていく。

 

「『インファイト』!!」

「『アクアブレイク』!!」

 

 地面に落ちたエンペルトに対して致命傷を与えるためにインファイトを構えるゴウカザルと、迎撃のためにアクアブレイクを構えるエンペルト。拳の焔は先ほどアクアジェットを殴った時に消えてしまったけど、まだ足の焔は残っているので、インファイト中に拳と一緒に足も叩きつけることで、やけどと爆発のダメージも狙っていく。一方で、先ほどまでの有利な状況から一転、一気に不利に落とされたエンペルトは、それでもあきらめることなく両翼に水の刃を纏って振り回してくる。

 

 水の弾ける音と爆発音と、そして両者の攻撃が何回もぶつかり合う打撃音が連続で鳴り響く。

 

 アクアブレイクが何発かゴウカザルに当たっているものの、それを上回る回数の拳と足を叩きつけることによって、ダメージレースに勝つゴウカザル。おにびを纏った蹴りも何回か直撃しているため、エンペルトの体にはやけど状態になっていることを示唆する赤い火花が定期的に走っていた。これでエンペルトの攻撃力は実質ダウンしたこととなる。本来ならインファイトで防御面が下がっているはずのゴウカザルも、物理方面だけならまだまだ耐えることが出来るレベルのダメージに抑えることができるのも、ゴウカザルにとってはかなりの追い風となっていた。

 

 状況はどう見てもマウントを取っているゴウカザルが優勢。体力の優劣も逆転しており、このままインファイトが続けば間違いなくエンペルトが先に落ちるだろう。けど……

 

(……あのシロナさんに鍛えてもらっているはずのジュンとエンペルトが、こんな所で終わるわけない……)

 

 嫌な予感と妙な確信が同時に襲ってきて、この状況を見ても全く安心できなかった。実際、ジュンの表情から諦めている様子は一切なく、まだ何かをしてこようとしていることはわかる。しかし、ここからジュンがどのような手で逆転するのかが全く予想できないため見守るしかない。

 

 一体どんな手があるというのか。

 

 いよいよエンペルトの体力が尽きかけ始めたその時、ついにその手が明らかになる。

 

「エンペルトォ!!」

「ペルッ!!」

 

 ジュンの叫びに呼応するようにエンペルトが吠えた瞬間、エンペルトの体が青色に光り出し、ゴウカザルが少し弾かれる。

 

「なっ!?」

「ガウキッ!?」

 

 弾かれたゴウカザルの先に立つエンペルトの様子を見ると、『げきりゅう』によって淡く光っていた体はさらに濃く光り、そのうえでエンペルトの体からは次々と泡が立ち上っているように見えた。

 

(『げきりゅう』……?だけど、何か違う)

 

 今までのエンペルトと何かが違うその姿に思わず目を奪われる。

 

「エンペルト!!『うずしお』!!」

 

 体から輝く泡と水を立ち昇らせながら右手を思いっきり砂浜に突き刺すエンペルト。同時に、そこを中心としたうずしおが一気に広がっていく。このうずしおの展開速度も『げきりゅう』によってかなり強化されたみたいで、ボクの予想をはるかに超える速度で展開されたため、ボクがゴウカザルに指示を出す前にその渦に飲まれていく。

 

「ゴウカザル!!」

「ガウッ!?」

 

 このままでは渦に取り込まれてしまうためゴウカザルも必死にもがくけど、渦の流れが強すぎて全く動けず、その間に地面にしか広がっていなかったうずしおがどんどん高さを積み重ねていき、最終的には目の前に大きな立方体の水の塊が出来上がる。そこら辺の一軒家よりも大きくなっている水の立方体がうずしおによってかき混ぜられているその姿は、巨大な洗濯機のようにも見えた。

 

 流れる渦にもみくちゃにされながら体の自由を奪われたゴウカザルが、それでも必死にあがくけど一切抜け出せる兆しが見えない。そんなゴウカザルを見つめるのは水の立方体の真ん中の一番下から見上げているエンペルト。

 

「エンペルト!!『アクアジェット』!!」

 

 激しく渦巻く水の中で、しかしエンペルトだけはその流れの影響を受けることなく水中を駆け回る。水中を切り裂くように泳ぎ回るエンペルトが、渦の中で自由の利かないゴウカザルに対して連続で突進し、最後の仕上げにかかっていく。

 

 1回、2回、3回。

 

 連続でゴウカザルに突進を終えたエンペルトは、再びゴウカザルの真下に位置取り、とどめの一撃を構える。

 

「エンペルト!!『ハイドロポンプ』!!」

「ペルッ!!」

 

『げきりゅう』を限界まで解放したエンペルトによる最高火力。

 この一撃で確実に仕留めるという気持ちを込めた水の大砲をゴウカザルにロックオン。

 

 自身の苦手な水の中にとらわれ、うずしお、アクアジェットのコンボ喰らったゴウカザル。当然ここまで喰らえば既に満身創痍だし、ハイドロポンプを喰らえば確実に戦闘不能だ。けど、エンペルトが『げきりゅう』という追い詰められるほど自身を強くできる特性を持っていうのなら、同じく初心者用と言われるポケモンであるゴウカザルにだってその特性がある。

 

「ゴウカザル!!」

「ガウッ!!」

「そうだよな……お前のゴウカザルはこの程度じゃ落ちないよな……!!」

 

 今までたくさんの攻撃を受けて弱っているはずのゴウカザルが、水の中だというのに頭の炎をいつもよりも激しく燃え上がらせる。

 

 特性『もうか』

 

 言ってしまえば『げきりゅう』のほのおバージョン。だけど、エンペルトがここまで火力を出せているところを視てもらえば、特訓によりさらに強化されているジュンのエンペルトに比べたら見劣りはするかもしれないけど、十分強力な特性だということはわかってもらえるはずだ。

 

 残り僅かの体力を燃え上がらせ最後の抵抗を見せるゴウカザル。けど、あのエンペルトに対してはこれだけではまだ足りない。このまま攻撃しても返り討ちに合うだけだ。だから……

 

「ゴウカザル!!全身に『おにび』!!」

 

 ゴウカザルの体を紫色の焔が包み込んでいく。水の中でも燃え続けるその炎は、絶対にこのバトルに勝つというゴウカザルの執念にも見える。そして、炎を纏うと同時にうずしおの流れによって崩れた態勢を無理やり立て直したゴウカザルは、その場で高速回転をしながら『おにび』と『もうか』の力を更に開放してどんどん火力を上げていく。

 

 最後の反撃の準備は整った。

 

「ゴウカザル!!『フレアドライブ』!!」

「ガウッキィ!!」

 

 紫色の炎の塊が水中で高速回転をはじめ、爆発音が鳴ったと同時にエンペルトに向かって弾かれたように飛んでいく。対するエンペルトも溜めは十分。口の中に蓄えた水の塊を、ゴウカザルに向けて一気に解放する。

 

 

「「いっけぇぇぇぇぇ!!」」

 

 

 水中でぶつかり合う紫の焔と水の大砲。

 

 水の蒸発する音と焔が爆発する音が連続で鳴り響き、水蒸気と舞い上がる砂のせいで視界もかき消されていく中、ここにいる誰もが耳を塞ぎながらも、決着の時を見逃すまいと真っすぐ戦場を見つめる。

 

 そんな状況が続くこと10秒ジャスト。

 

 一際大きな爆発が起こると同時に、砂と水蒸気全てが吹き飛び、バトルフィールドに向かい合って立つゴウカザルとエンペルトの姿が目に入る。

 

 青い光を纏うエンペルトと、紫の焔を纏うゴウカザル。

 

「エンペルト……」

「ゴウカザル……」

 

 先ほどまでうるさかったのが嘘のように、今度は静寂の時間が流れていく。

 

 誰もしゃべれず、誰も動けない。

 

 まるで時が止まったかのようなその時間。その制止した時間は……

 

「ペル……ッ!」

 

 右翼と左膝を地面につけたエンペルトが打ち破り……

 

「グ……キィ……」

 

 地面に倒れ込んだゴウカザルの音によって締めくくられた。

 

「そこまで!!勝者、エンペルト!!」

 

 高らかに宣言される、シロナさんによる宣言。

 

「あっぶねぇ……勝てた……」

「……お疲れ様。ゴウカザル」

 

 後に残るのは、ボクとジュンによる、全力を出し切ったことによる気の抜けるようなつぶやき声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おにび纏い

おにびを纏いながら戦う戦闘スタイル……特に、途中から行っている爆発による移動は、某狩りゲームの怨虎竜の動きを参考にしています。
あの巨体であの速度なら、ゴウカザルの体ならさらに速そうですね。

げきりゅう

エンペルトのげきりゅうは、実機風に言えばげきりゅう発動体力の上限が上がり、且つ少なくなれば補正もさらに増えるといった感じ。
普通に強そうです。
そして後半からなっていたげきりゅうの姿は、ポッ拳のエンペルトの共鳴バーストを意識しています。
うずしお→アクアジェット→屋い泥ポンプの組み合わせも、エンペルトのバースト技である『ディープブルーカイザー』意識ですね。
あの技かっこよくて好き……というか、ポッ拳の技が全体的にかっこよくて好きです。




ということで、何気にフリアさん初黒星ですね。けど、ここでゴウカザルが勝ってしまうのは物語的にはかなり不自然かなと。
でもこの2人の戦いを少し書きたかったんです。ゴウカザル、ごめんね……。
他でちゃんと活躍は準備しますから……。






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131話

「大丈夫か!?エンペルト」

「ゴウカザル……動ける?」

 

 バトルが終わると同時にそれぞれの仲間に駆け寄るボクとジュン。それに対して、ゴウカザルは顔をこちらに向けて小さく鳴き、エンペルトは仰向けに体を倒しながら返事をする。今回のバトルは確かにエンペルトの勝ちだったけど、この結果を見れば、あと少しでもゴウカザルの攻撃が深く当たれば結果は逆転していたかもしれない。それほどにまでギリギリの戦いだったように見えるだろう。

 

 ……その実、ちょっとだけ違ったりするんだけどね。

 

「ほんと、凄く強くなってるね……今回は負けちゃった」

「お前も、またややこしい動きをするようになったな……むしろ、付きっきりで鍛えてもらったのに、シンオウで留守番していたはずのゴウカザルにここまで追い詰められるのが未だに信じられないぞ……」

「ブランクはあると言っても、自主練は欠かしてないだろうからね。体のなまりも想像より全然なかったし」

 

 今回の敗因はゴウカザルの体のなまりではない。単純にジュンのエンペルトがかなり強くなっていたのと、カブさんの真似をする形で使ったあの戦法を、ボクがまだ理解しきれていないことにある。おにびを打ち付けあった時の爆風を上手く使えることに関してだったり、おにびを付け直すタイミングや、おにびで強化された拳でどのくらいのダメージを与えられるかの情報が不足していたため、げきりゅうが強くなる前にしとめ切る判断が上手くいかなかった。

 

 もっとも、『げきりゅう』が発動するタイミングはジュンの特訓によって体力のラインが変わっていたので、どの道難しかった感は否めなかったけどね。純粋にジュンが強くなっていた。今回はそれに尽きるかもしれない。

 

「あ〜もう、なんだってんだよ〜……」

「どうしたの?急に頭抱えながら落ち込んだりして……」

 

 けど、どうもジュンは今回の勝利に納得がいっていないみたいで、2人でゴウカザルとエンペルトの治療をしながら、ジュンはいつもの口癖を零し、落ち込んだ顔を浮かべていた。

 

「いやぁ……さっきのバトル、オレはてっきりヨノワールを出してくると思ったんだよ。お互いの成長具合を確かめるなら尚更そうだと思ったんだが……出てきたのがゴウカザルだったろ?別にゴウカザルが嫌だってわけでもないし、フリアが手を抜くようなやつとも思っていないから、このことに関して不満があるわけじゃないんだ。ただなぁ……」

 

 後頭部を手で掻きながら、どこか納得がいかないという表情を浮かべるジュンの姿に首をかしげてしまうボク。傍から見てもなかなか面白いバトルが出来たと思うし、お互いの成長、およびこの先の課題がなんとなく確認できたから個人的には満足なんだけど……。

 

「ゴウカザルってフリアと離れている期間がそこそこあっただろ?だから少なくないブランクがあるはずなのに、つきっきりで特訓していたオレと接戦っていうのがなぁ……さっきも言ったけど、やっぱり納得いかないんだよ」

「ああ、そういう……」

 

 単純な訓練期間に大きな差があるのに、ボクのゴウカザルに思ったよりも余裕の勝利を収めることが出来なかったことに不満があるようだ。確かに、向上心溢れているゴウカザルなら自主練こそ欠かせていないとは思うけど、ボクと一緒のトレーニングがない以上そのトレーニングの質は落ちてしまい、実質的なブランク状態となってしまう。一方で、シロナさんにここまでの間みっちりとしごかれているエンペルトは、自主練しかできないゴウカザルと比べてかなり濃密な時間を過ごすことができ、その分大きく成長することが出来ている。その成長具合はジュンが一番理解しているはずだし、実際対面してみてかなり強力な『げきりゅう』となっていたため、ジュンが自信を持つのもよくわかるし、何よりもさっきのバトルでその成長具合は証明されている。

 

 『げきりゅう』によってこんなにも強力な力を手に入れることが出来た。しかし、こんなに成長したのに、自主練しかしていないゴウカザルに勝ったとはいえ接戦となってしまっている。

 

 この現実に、どうやら少なくないショックを受けているようで、ジュン自身ちょっと落ち込みがあるみたいだ。

 

 確かに、ボクがジュンの立場でも同じようにちょっとしょげてしまうかもしれないけど……ジュンのエンペルトの強さと成長したところを確認してみて、そもそもの根底が間違っていることに気づく。

 

「ジュン……君、そもそもの『げきりゅう』の条件忘れていない?」

「『げきりゅう』の条件……?」

 

 ボクの言葉に首をかしげるジュンに、『やっぱり忘れているや』と小声でつぶやきながら、そもそもの前提の話を続けていく。

 

「ジュンが今回エンペルトを強化したところって、『げきりゅう』関連なんだよね?」

「あ、ああ……そうだけど……」

「じゃあ『げきりゅう』の発動条件ってなに?」

「そんなの、体力が減ったらに決まって……あ」

「気づいた?」

 

 ここまで説明してようやく何かに気づいたという声を出すジュン。

 

『げきりゅう』という特性はさっきもジュンが言った通りポケモンの体力が減ることによって発動する特性だ。それは特訓によって発動に必要な体力の上限が上がったとしてもついてくるものであり、切っても切れないものである。逆に言えば、ジュンがこの『げきりゅう』を軸にして戦う以上、この特性が発動するところまで()()()()()()()がある。

 

 ここまで言えばわかるだろう。

 

 ジュンの戦法は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、そうなってくると例えゴウカザルが今よりもさらに弱かったとしても、エンペルトは今回と同じように追い詰められてから戦ったはずだ。逆に言えば、接戦にさえ持ち込めたら今回のように圧倒的な火力で押し切れるわけだから、むしろ誰が相手でも接戦の状況を作り出せるような立ち回りを覚えることの方が大事な気がする。そこまで成長すれば、ただでさえ現状ボクのゴウカザルではどうやったってエンペルトには勝てない状況なのに、その差をより大きく引き離されることになってしまうだろう。

 

「本当にボクとの接戦を嫌うなら、そもそも『げきりゅう』に頼らない立ち回りも覚えないといけない。でもジュンのエンペルトはもうこの戦い方に慣れているんでしょ?なら別にいい気はするけど……」

「そっか……なるほど……」

 

 ボクの言葉にようやく腑に落ちたジュンが、珍しく悩んだ表情を浮かべながらうんうん唸っている。自分の成長を確認できたと共に、明確な課題……というか、どうすれば成長するかの選択肢が見つかったおかげで、これからどうすればいいのかを考えるのに必死なんだろう。気持ちはよくわかる。

 

(ボクも強い戦法を真似るだけじゃなくて、今回の爆発を利用した高速移動みたいな感じで、さらにアレンジできるところとか、応用できそうな所をしっかりと探していかないとね)

 

 ジュンと同じくボクもいくつかの課題が見つかったので、今からどんな練習や訓練、戦法を考えようかちょっとワクワクし始める。まだまだ強くなる余地があると言うのはとても嬉しいことだ。と、そんなことを考えていた時に、ふと後ろから視線を感じたので振り返ってみると、視線の先にはこちらを見て固まってしまっているユウリ、ホップ、マリィの姿。『どうしたの?』と声をかけてみても反応はいまいち良くはなく、返ってくるのは生返事ばかりだ。なんでそんな反応かよく分からず首を傾げていると、ホップがゆっくり口を開く。

 

「いやぁ……フリアが負けるところ、初めて見たからさ」

「うん……相手のエンペルトが強いのはよく分かるんだけど、それでもフリアが勝つ姿しか予想してなかったっていうか……」

「いつもギリギリだけど、最後に機転を見せて乗り越えてるイメージだったから、ちょっと意外だったと」

「ボクはいつもギリギリでひやひやしてるからもうちょっとスマートに勝ちたいなぁって思っているんだけどね……」

 

 みんなからの評価と自分自身の評価の差異に若干の苦笑いを零す。前々から思っていたんだけど、ユウリたちはちょっとボクを持ち上げすぎな気がするんだ。ボクだって一端のトレーナーでしかないし、それ相応に負けだって経験している。むしろ、このジムチャレンジに挑戦している間に一回も負けを経験していない事の方がおかしいことだ。それに今までの勝負だって、ジムリーダーたちは戦い方こそ結構本気を出しているように見えたけど、繰り出してきたポケモンは全力の手持ちではない。全力の相手に勝ったわけじゃないのに、このジムチャレンジを全勝したからと言ってうぬぼれていられるわけがない。だってこの先にて改めて待ち構えているジムリーダーたちは、チャレンジの時と比べてはるかに強くなっているのだから。

 

「まだまだ、強くならなきゃだね……」

「ゥキィ……」

「ゴウカザル……」

 

 この先を見据えて考えていると、ボクの隣に申し訳なさそうな表情を浮かべて寄り添ってくるゴウカザルの姿があった。シンオウ地方の頃からの戦績を考えるとゴウカザルの方が勝ち越している。だからと言ってエンペルトを下に見ているわけではないけど、おそらく今回ほどどうしようもないと思わせるような負け方をしたのは初めての経験のはずだ。

 

 ほんの数ヵ月でできた差にしては少し大きすぎた。そのことがゴウカザルを少し追い詰めていたみたいで。

 

「ごめんね、2か月近くもほったらかしちゃって……」

「ガ、ガウキィ!!」

 

 謝りながら頬を撫でてあげるボクに対して、まるで『悪いのは自分だ』と言いたそうな態度で慌てふためくゴウカザル。戦闘スタイルや普段の性格は荒かったりするけど、こういうところで優しさを見せてくれるのがボクのゴウカザルだ。こうなってしまえば多分何を言っても自分を責めることをやめないだろう。だから、別のアプローチで励ましていく。

 

「お互い、まだまだ至らぬところもたくさんある。けど、シロナさんのおかげでまた一緒に特訓をする機会が出来たんだ。次は絶対にリベンジするために、ここで改めて一緒にがんばろ?」

「……ガウキィ!!」

「うん。その調子!!」

 

 ゴウカザルの意識の矢印を、さっきのバトルの後悔から未来へのリベンジに向けることでやる気を引き戻して元気づける。さっきまでの落ち込み具合が嘘のように元気にあったゴウカザルは、再び頭の炎を激しく燃え上がらせてリベンジを誓う。そんな熱くなったゴウカザルにあてられたのか、気づけば周りには、ボクの仲間である、ゴウカザルも含めた総勢11人のポケモンたちが集合していた。

 

「みんなもゴウカザルに置いて行かれないように頑張らないとね!!」

 

 ボクの言葉を聞き、ゴウカザルの姿を見て、同じように盛り上がり始めるみんなを見て、ボクも気が引き締まっていく。

 

「凄いぞ。落ち込んでいたゴウカザルをすぐにやる気に……」

「こういう、ポケモンと寄り添うのがうまいところも、フリアの強みだよね」

「特別なことをしているつもりはないんだけどね。ボクたちみんなの性格や思考が違うように、ポケモンたちもみんな違うからそれぞれに合った接し方を探して、会話して、遊んで、触れ合って、仲良くなって少しずつ理解してから歩み寄っていこうって思っているだけだから」

「だから、それが凄か。普通の人はたぶん、そこまで深くは考えることなかと。そんな凄いフリアだからこそ、あたしたちは評価してるんよ」

 

 マリィの言葉にうんうんと頷くユウリとホップ。こうも真っすぐ褒められてしまうとこちらとしても照れが出てしまい、このままみんなから視線を貰い続けるのがくすぐったくて仕方がない。ジュンとカトレアさんはともかくとして、シロナさんとヒカリ、そしてまさかのコクランさんからも生暖かい視線を感じるせいで余計に逃げたくなってくる。

 

「と、とにかく!!せっかくこんなに特訓に適した場所に来ることが出来たんだ!ダンデさんの意向でもあるし、ここはありがたくこの機会を使わせてもらって、さっそくみんなで特訓を━━」

「うふふふ……なかなか面白いバトルを見させてもらったよん!珍しくて、良いポケモンたちだね~」

 

 とにかく、みんなの意識をボクの方から練習の方向へシフトさせようと特訓のことについてしゃべろうとした瞬間に割り込んでくる声。その声は、ボクたちの中の誰のものでもない少しお年を召した男性のものだった。どうやら島の内陸の方から聞こえたみたいで、ボクたち全員でそちらの方に視線を向けると、そちらから歩いてくるひとつのかげがあった。

 

 その人物は、首元よりも下に伸びるほど長い眉毛を揺らせ、顎髭を右手でさすりながら、猫背姿でこちらに歩いてくる老人だった。服装は緑を基調としたものに黒色のラインの入ったジャージを着ており、ジャージの裾からは黄色い布がはみ出して見える。その黄色い布の左右にスリットが入っているように見えたり、ズボンが袋のように膨らんだ、白色のバギーパンツ……?みたいなものを着ているところや、この島に建てられているのが道場という情報から、あのジャージの下には『胴着のようなものを着ていそう』という想像が浮かび上がってくる。

 

 浮かべている表情は柔らかく、人当たりがよさそうな雰囲気を出しており、それは先ほど聞こえてきた言葉の口調から読み取ることが出来る。しかし、強いて気になることがあるとすれば……

 

(……このおじいちゃん、いつの間にこんな近くに……)

 

 ボクの手持ちには、こういった気配に敏感なエルレイドがいる。そのため、急に近づいてくる人がいればエルレイドが気づくはずなのに、ちらりと視線を向けてみれば、あのおじいちゃんの接近に一切気が付かなかったのか、エルレイドの表情が驚愕に染まっていた。

 

(あのおじいちゃん……只者じゃなさそう……)

 

 そんなことを考えながらも、おそらくこの島の住人であろう人に、部外者であるボクがいきなり観察するような視線を向けるのは無礼が過ぎるので、今頭に浮かんだものはすぐに奥にしまい込み、何事もなかったかのように視線を向ける。

 

「これはこれは、こちらから伺おうと思っていましたのに、わざわざ来ていただいてありがとうございます」

「ううんううん~。そんなに畏まらなくっても大丈夫よん。わしちゃんがしたくてしてることだからね~。むしろ、はるばるシンオウ地方からシロナちんのような凄いトレーナーが来てくれて、わしちゃんも年甲斐にもなくワクワクしちゃってるよん」

「私の方こそ、あなたとあえて光栄だわ。よろしければいろいろお話を聞いてみたいくらいです」

 

 秘めた思いを隠しながら視線を送っていると、ボクたちの代表としてシロナさんが前に出る。

 

 ボクたちが見守る中で行われた2人の会話は、一見変なところがないように見えて、お互いの視線が合間合間でやけに鋭くなる瞬間があり、一連のやり取りであのシロナさんと探り合うような会話をしているおじいちゃんにますます興味が湧いてきてしまう結果となった。

 

 その感想を持ったのはボクだけでなく、カトレアさんとコクランさん、そしてヒカリも、興味の視線を向けていた。

 

 そのうえで、おそらくその視線全てに気づいたと思われるあのおじいちゃんが、一瞬此方を見て微笑んできた気がした。

 

(本当に何者……?)

 

 いよいよ自身の顔から疑問の感情を隠せそうになくなってきた当たりで、シロナさんがこちらに振り返っておじいちゃんの紹介をしてくれた。

 

「みんな。この方はマスタードさん。このヨロイ島の道場の経営者であり、師範よ」

「初めまして~。わしちゃんの名前はマスタードだよん。よろしくねん」

 

 相も変わらず気の抜けた柔らかい自己紹介に毒気を抜かれてしまったボクたちは、口々に『よろしくおねがいします』と言葉を返していく。

 

 鋭い視線を向けてきたと思ったら喋り方はフワフワでつかみどころがない。そんな違和感を抱えながら口を開くボクたちだけど、ボクたちの中で2人だけ違う反応をしている人がいた。

 

「マ……マスタードさん!?」

「マ、マスタード……って、あの!?」

 

 それはホップとマリィの言葉。

 

 2人の口から聞こえてきた言葉と感情は驚愕の色に染まっており、戸惑っているがゆえに若干小声になってしまっていたボクたちの声に比べてとても大きく、思わずそちらに視線を向けてしまう程のものだった。

 

「有名な人なの……?」

「そりゃあもう!!ガラル地方ではかなりの有名人だぞ!!」

「知らない人の方が少なか!!」

「へ〜……の割には、ユウリは首を傾げているみたいだけど……」

 

 ふと横に視線を向けたら、いまいち状況を理解していないユウリの姿。本当にのおじいちゃんが有名人なら『ユウリも知っていそうだなぁ』と思ったのだけど、そんなことは無いのかな?

 

「ちょ、ユウリ!?お前こそよく知っているはずだぞ!?」

「ユウリ、本当に覚えてなか?マスタードって言ったら、あのマサル選手の……」

「お兄ちゃんの……あ、ああぁ!?」

「「気づくの遅っ!?」」

 

 ホップとマリィの説明によってようやく正解にたどり着いた様子のユウリが1歩遅れて驚きの声を上げる。けど、事情を全く知らないボクたちにとっては置いてけぼりのお話で。

 

「ねぇフリア。あの人、そんなにすごい人なの?」

「オレにはそうは見えないけどなぁ……」

「ボクもよく分からないや。ホップたちの様子とシロナさんの態度。そして……」

 

 さらに横にいるカトレアさんの方を見れば、彼女もまた何かを察したみたいで、ボクと目が会った瞬間、少しだけ首が縦に動いた。その動作は、暗に『あの人は物凄いトレーナーだ』と言っているような感じだった。

 

「そして……?」

「……ううん。なんでもない。とにかく、みんなの反応から考えて、あの人が実はすごい人なんじゃないかなぁくらいしか分かんないや」

「それなら教えてやるぞ!!」

 

 置いてけぼり同士で話し合っていたところに割り込んできたのはホップ。まるで自分の事のように誇らしく喋り出すその姿は、まるでダンデさんのことを話す時のようなテンションだった。

 

(ホップがここまで嬉しそうに喋るなんて……本当にすごい人なんだろうなぁ)

 

 漠然とした予想を抱えながらホップの方に耳を向けると、ホップがマスタードさんについての説明を始める。シロナさんもマスタードさん本人もそんなボクたちの様子をしっかりとみており、その上で黙っているあたり、説明は全部ホップに任せるようだ。

 

「じゃあ説明するぞ。マスタードさんはな、ガラル地方で1番長くチャンピオンの座にいた記録を持っている伝説のチャンピオンなんだ!!」

「その記録は実に18年。チャンピオンの入れ替わりが特に激しいガラル地方で、2桁年数チャンピオンを死守出来たら奇跡だと言われているのに、そんな中20年近くもトップに君臨し続けた人と。この防衛記録は未だに誰にも破られてなか」

「そして何よりも、彼はダンデさんの師匠であり……去年のジムチャレンジで優勝し、ダンデさんと戦ったマサル選手の……私のお兄ちゃんの、師匠兼推薦人だよ」

「伝説のチャンピオン……!?それほんとか!?」

「18年防衛って……他地方でも難しいわよ……そんな記録聞いたことない」

「それに……あのダンデさんの……そしてユウリのお兄さんの師匠……」

 

 ホップたちから聞かせられる、知れば知るほど人間離れした経歴に、ジュン、ヒカリ、ボクの3人で、驚きながら口を開く。

 

 歴史に名を残すレベルの人物が今目の前にいる。

 

 その事に、少なくない畏怖と尊敬の念が芽生えてくる。

 

「そんな畏まられると、わしちゃんもみんなと話しづらいよん」

 

 そんなボクたちの気持ちを知ってか知らずか、どう動けばいいのか分かっていないボクたちをスルーしてマイペースに口を開くマスタードさん。相変わらず柔らかいその口調からは、やっぱりホップたちの言うような記録をうちたてた人にはとても見えない。どう考えても、話で聞いた人物像と実際に接してみた時とのギャップが大きすぎて、頭を抱えてしまいたくなる程で。

 

「とりあえず、ここでお喋りも足が辛いと思うし〜、まずはわしちゃんの道場に来るといいよん。そこでもてなしてあげるね〜」

 

 けど、その差異から感じるのは不気味さではなく……

 

「あ、そうそう。これは言っておかなきゃね〜」

 

 まるでこちらを包み込むような暖かさだった。

 

「ようこそヨロイ島へ〜。わしちゃん、みんなを大歓迎するよん!」

 

 そう言いながら、嬉しそうに前を歩くマスタードさんに続いて、ボクたちは若干の戸惑いを覚えながら、道場への道を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジュン

改めて接戦だった理由。
『げきりゅう』前提ならこうなりますよね。
襷カウンターをリアルでしているようなものなので。
別にジュンさんが弱いわけではない……というか、実機の中で見てもかなり強い方だと思っています。
ジュンさんの御三家の最高レベル85というのは、プラチナから十何年もたって今でさえ、歴代3位の高さを取っていますし、平均をとっても歴代5位にいます。
さすがはフロンティアブレーン……というか、タワータイクーンですかね。の息子。と言ったところでしょうか。

マスタード

全盛期はおそらくダンデさんよりも強かったのではないかと思しき方。
18年防衛、およびダンデさんの師匠は公式設定ですね。ここに追加で、この作品ではマサルさんの師匠も兼ねてます。
この作品の最初の方でも、ダンデさんが推薦状を書いたのは初めて(と書いた気がする……抜けてたらすいません)となっているので、この方に書いてもらっていることになりますね。ということはマサルさんの手持ちには……?
ダンデさんがあのポケモンを持っていない理由は、あの訓練に失敗したというのが理由みたいですけど、さらに詳しく言うと、道に迷ってしまったため、進化できるあの場所に辿り着けなかったらしいですね。
確かにあの島は迷いやすい……






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132話

「ここが……」

「ヨロイ島の道場……」

 

 マスタードさんに案内されること数十分。砂浜から内陸に伸びていく一本道を歩いて行くと、目的の道場はすぐに目に入った。ユウリとホップのつぶやきのような言葉を聞き流しながらボクも視線を前に向けると、そこに建てられているのは黄色い屋根の真ん中にヒメグマのようなポケモンの看板が飾られた、少し左右に長めの一階建て(少なくとも見た目はそう見える)の道場だった。

 

 ヨロイ島は一礼野原と呼ばれる場所にそびえるその建物は、ここ十数年のうちに建てられた道場というだけあって、歴史が深いラテラルタウンにある道場に比べると外観は綺麗だけど、その代わりに大きさはあちらに軍配が上がる形となっている。しかし、大きさが劣っているからと言って迫力がないわけではなく、その道場から感じる厳格な雰囲気は、じっと見つめているとなんだか飲み込まれてしまうような不思議な圧があった。と同時に、ここに住んでいる人たちは自給自足をしているらしく、道場の周りには畑も広がっており、もうすぐ収穫ができる時期となる夏野菜たちが瑞々しく実っている様は、道場の雰囲気とは違って温かみを感じるものとなっていた。視ているだけでも美味しそうなその野菜たちは、料理をしてあげればさらにおいしくなりそうな気配を発しており、料理好きのヒカリは目をキラキラさせながらそれらを眺めていた。

 

 畑を守る柵の高さが思ったより低い所にあるのが若干の不安感があるけど……それでも特に誰かが見張っているとか、大きな案山子が並んでいるというわけでもないみたいだから、もしかしたら畑を荒らすような存在自体がいないのかもしれない。元々ワイルドエリアクラスに自然が豊かな島みたいだし、餌には困らない可能性を考えたらちょっと納得だ。

 

「それじゃあ、わしちゃんの道場……ごかいちょ~」

 

 そんなちょっとずれたことを考えているうちに、どうやら道場の入り口まで到着していたらしいボクたちは、マスタードさんのその一言とともに道場の中へと案内される。

 

「みんな~戻ったよ~ん」

「師範!!おかえりなさいっす!!」

「お疲れ様です!!」

「師範!!また後でオレの動き視てください!!」

「うんうん。みんな元気だね~」

 

 扉を開くと同時にボクたちを出迎えてくれたのは、マスタードさんの帰りを歓迎するたくさんの門下生の声。みんなそれぞれ何かしらの特訓の最中だったにもかかわらず、マスタードさんの姿を見かけた瞬間にその手を止めてでも声をかけるあたり、マスタードさんがこの道場でどれくらい慕われているのかよく分かる。

 

 そこからマスタードさんと門下生さんたちによるちょっとした会話が始まるんだけど、その間にボクはこの道場の内装に目を向けていた。

 

 道場の中は、ぱっと見3つのエリアに分かれているに見えた。

 

 まずは扉を開いて真正面に見える、今ボクたちがいるエリア。

 

 一番広いこのエリアは木造りの床が広がっており、この道場のおよそ半分以上の面積を占めている。端の方には水分補給用の自動販売機や休憩用のベンチ、トレーニング用の器具が並んでおり、今でこそマスタードさんの帰還によってその器具たちは動きを止められたり、地面やベンチの上に置かれていたりするけど、普段は全部がせわしなく稼働しているのだろうことが予想できるくらいには使い込まれているように見えた。そんな門下生たちの訓練場として使われるこの場所で一番目を引くのは、この部屋の真ん中で少し掘り下げられた場所に作られたポケモンバトル用のバトルコートだろう。緑と青色のツートンカラーで出来上がったそのバトルコートは、周りが木製の床であることも相まって物凄く浮いて見えるため、嫌でも目に付くこととなる。そんなバトルコートの中心にはゴロンダとオトスパスが向かい合って立っており、さっきまで戦っていたのがわかる。また、バトルコートの床を見れば、所々焦げた跡や擦れた跡が残っているあたり、さっき見た器具同様、何回も何回も使い込まれたのだろうという記憶が刻まれていた。

 

 次に見るのは道場の左側。

 

 特に仕切りがあるというわけではなく、扉すらないその場所は、ここからでもその部屋の中の一部がよく見え、その範囲にコンロや冷蔵庫があるあたり、キッチンになっていると思われる。またヒカリが目を輝かせているのはご愛嬌だ。

 

 次に右に視線を向ければ、今度はリビングのような空間が目に入る。いろんな人が特訓しているこの空間に対して、まるで普通のお家のような生活感あふれたその空間は、マスタードさんの休憩場所か、はたまた居住ペースとしてオフの時に過ごしている場所に見える。

 

 果たして、普段からあんな喋り方のマスタードさんにオンとオフの概念があるのかは謎だけど……。

 

 とりあえず、今ボクのいる場所から見える範囲はこのくらいだろうか。こうやって観察してみると、どうもマスタードさんの道場兼住居みたいな立ち位置らしいこの建物をじろじろ見るのはちょっと失礼なのでは?と思い始めたので、見るのをやめたと言った方が適切なような気がするけどね。

 

「さて、それじゃあ改めて自己紹介だよん。わしちゃんマスタード。一応、この島を買い取ったオーナーって事になってるよん」

「か、買い取った……」

 

 改めて行われた自己紹介にて、この島がまさかの買われた島だと言うことに、ジュンの言葉に同調するように固まってしまうボクたち。いや、シロナさんとコクランさんの表情はあまり変わってないし、カトレアさんにいたっては、小声で『これくらい買えるでしょ』と呟くレベル。なんとなく、トレーナートップ層の給料関係の格の違いを見せつけられた気がした。

 

 と、ちょっと脱線した話を戻して……

 

「もしこの島にしばらく滞在するなら、この道場の居住スペースを使ってもいいよん。わしちゃんからみんなに話は通しているし、基本的に部屋も余ってるから自由にしてくれて大丈夫よん」

 

(10人近くを余裕で泊らせてあげるほど部屋余ってるってどんだけ広いのこの道場……)

 

 さっき外観を見て『ラテラルタウンの道場よりも小さい』と言ったけど、もしかしたら勘違いかもしれない。屋根が占める縦幅が広すぎて1階建てに見えただけで、実は屋根裏部屋にあたる部分が広く、2階もしっかりあったのかもしれないね。

 

「わざわざお部屋まで用意して頂いて……感謝します」

「いいよんいいよん。わしちゃんもこの道場がさらに賑やかになって嬉しいからねん。ただ、その代わりと言ってはあれだけど、1つお願いはしたいかな〜」

「お願いですか……」

 

 ほのぼのとした会話が少しだけピリッとするものの、マスタードさんが『そんなに難しい事じゃないよん』と言ったことですぐに霧散する。本来だったらもうちょっと警戒するべきところなのかもしれないけど、なんというか……マスタードさんの喋り方が柔らかすぎて、警戒するのが馬鹿らしくなってしまうんだよね。その独特な雰囲気にはかのシロナさんでも流されてしまうらしく、今もちょっと苦笑いを浮かべていた。

 

 再び空気が和らいだことを実感したマスタードさんが嬉しそうに頷きながら、お願いの続きを口にした。

 

「簡単なことだよん。みんながこの道場に泊っている間、わしちゃんの道場のみんなと一緒に、組手とか修行をして手伝ってほしいんだよん」

「修行の手伝いですか……」

「うんうん。知っての通りここは道場。日々さらなる強みを目指して研鑽を積み重ねている門下生でいっぱいの場所……」

 

 マスタードさんの言葉につられて周りを見渡せば、いくら広い柔道場と言えども、さすがにちょっと手狭になってしまうくらいにはたくさんの門下生がいた。伝説を打ち立てた元チャンピオンから師事するというのは、それだけたくさんの人にとって受けたくて仕方がないくらいには貴重な体験だという事だ。

 

 ボクも、ガラル地方の住人でこの情報を持っていたのだとしたら、間違いなくこの道場の戸を叩いていたことだろう。

 

「おかげでこの道場は毎日とっても賑やかで楽しい所になってるよん。でもね、さすがのわしちゃんもここまで人が集まるとは思ってなかったんだよねん」

「確かに、教えるにしてはちょっと人数が多いですね……」

 

 ただその人が多すぎるという状態は、マスタードさんにとっても嬉しくはありながらも同時に悲鳴も上げてしまいたくなるような状況みたいだ。確かにいくら優秀なトレーナーと言えども、一線から退いているご老体の身では今ここにいる全員の指導をするのは確かに骨が折れそうだ。

 マスタードさんが音を上げるのも頷ける。

 

「いくらわしちゃんでも、ここの門下生全員を平等に特訓させてあげることは厳しい。かといって、わしちゃんとしてはガラル地方の未来を担う大切な種の教育に手を抜くなんてしたくないんだよねん」

「同じ元チャンピオンとして、心中をお察します」

「うんうん。お互い、色々抱えてたもんね~。……その様子だと、抱えているのは今もかな?」

「私はあなたと違って、趣味だけで研磨を続けていますから、抱える負担はまだ軽いですけどね」

「ふっふっふ、やっぱり趣味との両立は難しいよねん」

「ええ。本当に」

 

 ピリッとした空気かと思ったら、今度は保護者会のような柔らかな雰囲気へと変わっていくシロナさんとマスタードさんの会話。今回に関しては明確に自分のことを言われているというのがよく分かってしまったので、なんだか少しむず痒い。ボクと同じ立場であるジュンもきっと同じことを……

 

 

「なんか、2人の会話……大人だな!!ちょっと回りくどいのは分かりづらいけど……」

「大丈夫。あんたはその回り道すら見つけられてないから……」

 

 

 思ってないねこれ。絶対にシロナさんの言葉を何一つ理解してないや。

 

 ジュンに対して小声で注意したヒカリはこちらに視線を向けて呆れたような表情を零す。きっとホウエン地方での伝説巡りの時にも沢山振り回してきたのだろう。普段はボクが彼女に……というか、ボクがシンオウ組3人全員に振り回されまくっているので、『ボクの気持ちを少しは理解してくれたかな』という気持ちが湧いてきたんだけど、こうやって本当に振り回されているところを見るとなんだか申し訳なくなってくる。

 

(ボクって傍から見たらあんなにかわいそうなことになってるんだ……)

 

 新しく、そして見たくもない発見をしてしまい、むしろマイナスな気分に包まれた。

 

 とりあえず、物凄く話が脱線してしまったのでここで一度話を戻そう。ボクたちが変なことを小声で話したり、想像している間に、シロナさんとマスタードさんの会話は再開していく。

 

「さて、話を本題に戻すけど……ようはチミたちにお願いしたいのは、『ここの宿を提供する代わりに、門下生のみんなと戦ったり、一緒に修行してほしい』ってことなのよねん」

「なるほど……」

 

 改めてマスタードさんの口から放たれた本題は、『マスタードさんの修行に門下生と一緒に付き合ってくれ』という事。

 

 結論から言えば、ボクたちにとっては何らデメリットのない話だ。

 

 ボクがその考えに至ったのを、視線を向けるだけで悟ったと思えるマスタードさんが、表情を少しほころばせていた。

 

(この思考までバレてるのかぁ……)

 

 なんだかだんだん末恐ろしくなってきた。

 

「わしちゃんにとっても、今を時めくジムチャレンジャーの注目選手たちに、元シンオウチャンピオン、イッシュ四天王、それにシンオウリーグ3位にキャッスルバトラーと言った、すごーく有名な実力者とともに競い合える機会なんてめったにないし~、チミたちにとっても、ジムチャレンジ本戦前の最終調整だったり、ジュンちんの目的を達成してあげられるっていうのもあるから~、悪くない提案だと思うんだけど~……」

 

 さっきボクが考えた思考をそのまま口にするマスタードさん。勿論このことに関してはシロナさんもしっかり考えていたし、デメリットがないという結論にも達しているとみて間違いない。

 

 ……地味にジュンの目的も知っているあたり、誰かから話は聞いているのかもだけど、今は置いておこう。

 

 しいて言えば、カトレアさんとコクランさんへのメリットがほぼないことくらいだろうか。そこが心配になってシロナさんに視線を送ってみると、シロナさんからアイコンタクトで『そこは大丈夫よ』と返ってきた。もっと言えば、少し視線を逸らしたときに視界に入ったコクランさんもそっと微笑みをこぼしていたので、気にしなくても大丈夫なのかもしれない。

 

 どっちにしろボクがここで首を突っ込む資格はないので、今はシロナさんに任せよう。

 

「ええ、マスタードさん。あなたの意見に全面的に賛成です。あなたの言う通りこちらに基本的にデメリットはないし、私もこちらのポケモン文化を知ることができ、同時にこちらのポケモンバトルの発展に協力できそうですから。元チャンピオンという肩書関係無しに、いちトレーナーとしてとても興味があります」

「それはそれは、わしちゃんとしても嬉しい返事だよん……ただ、カトレアちんにコクランちんにはあまり得がない提案かな~って思ったんだけど~……」

「そちらに関しては大丈夫ですよ。彼女は元々とある目的のために来てもらっていますから、その絶対的な目的が動かない限り大丈夫です」

「ふむふむ……イッシュ四天王がそこまでして気にする目的……それはわしちゃんもちょっと気になるねん」

 

 ゾクリ。

 

 シロナさんの言葉が終わり、マスタードさんの言葉が終わった瞬間に、再びマスタードさんから向けられる視線。しかし、今度の視線はこちらの本質を見抜くような、とてつもなく鋭い視線。とてもじゃないけど、一線を退いた人のモノとは思えない視線に、思わず足を少し下げようとして……

 

「あら、私の可愛い教え子たちにそういった威圧をするのはちょっといただけませんね」

「ふっふっふ、ごめんね~。ここまでシロナちんとカトレアちんが入れ込むのが本当に興味深くってつい~……わしちゃんも、その悪だくみに加わってもいい?」

「あら、悪だくみなんて人聞きが悪いですね。でも、そうですね……まずはその威圧をやめてくだされば、考えてあげます」

「ふっふっふ~」

 

 ボクの前にかばうようにシロナさんが立ってくれたため、すぐに圧力から解放される。

 

 同時に頬を流れる汗と荒くなる呼吸。

 

(これで一線退いてるってホント……?今の視線、下手したら本気のシロナさんやあの子たちクラスに鋭かったけど……)

 

 

「おいフリア、大丈夫か?顔色悪いし呼吸も荒いぞ……?」

「大丈夫……?外暑かったし、ゴウカザルの熱も凄かったから熱中症……?」

「あたしの水、いる?」

 

 

 どうやら他人から見ても一目で介抱してあげたくなるくらいには調子を崩してしまっていたらしい。幸い一時的な威圧だったし、シロナさんのおかげでボクへのダメージも少ないから回復はすぐに済む。2、3回深呼吸をすれば、この激しい鼓動も止んでくれるだろう。

 

(大丈夫……ちょっと思わぬところでマスタードさんの興味を変に拾っただけ……あの人は悪い人じゃない……大丈夫……)

 

 ひとつ、ふたつと深呼吸をし、すぐさま心を落ち着かせてみんなに微笑みを返す。

 

 

「大丈夫だよ。みんな心配ありがとね」

 

 

 ボクの言葉に渋々ながら納得したみんなが、それでもちょっと納得いかないと言った顔を浮かべながら下がる。少し視線を逸らせば、ヒカリとジュンもこちらに視線を向けていたので、こちらも視線で『大丈夫だよ』と返しておく。

 

 本当に、素敵な仲間に恵まれたと改めて実感した瞬間だった。

 

 一通り心が落ち着いたので改めて前を見る。すると、シロナさんとマスタードさんの会話もいよいよ佳境を迎えたみたいで、ひとまずの着地を迎える。

 

「とにかく、マスタードさん。あなたの提案に乗ります。しばらくお世話になると同時に、あなたの門下生さんにとっても有意義な時間にしてみせます」

「うっふっふ〜。前向きな意見にわしちゃん大満足〜」

「最初から断られることなんて考えてないのでしょう?」

「さあ、どうだろね〜」

「え、えっと〜……シロナさん……?」

 

 話は終わったはずなのに、未だにお互いに探り合いをやめないことに少し戸惑いながらも何とか声をかけてみる。こういった言葉遊びはいくらでもしてもらって構わないのだけど、今だけはこのまま続けられるとボクたちがどうすればいいのか困ってしまうため、ちょっと申し訳ない気持ちを募らせながらも、間に入らせてもらう。

 

「あら、ごめんなさいね。少し楽しくなっちゃった」

 

 ボクの言葉でみんなのことを放置して遊んでいたことを自覚したシロナさんは、少しイタズラな笑顔を浮かべながらこちらに振り返る。その笑顔にみんなの反応がふわふわしている中、カトレアさんだけがまたもや呆れ顔を浮かべる。

 

(なんだろう……カトレアさんには失礼だけど、物凄く親近感が湧いてきた)

 

「フリア?」

「な、なんでしょうか……?」

「……いいえ?」

 

 シロナさんの笑顔が怖い。

 

「さて、話を戻して……私が勝手に決めちゃったのだけど……問題なかったかしら?」

「俺は全然OKだぞ!!これって場合によっては俺もシロナさんと戦えるかもしれないってことだよな!!しかもあのマスタードさんの師事も受けられる……こんなチャンス、逃す手はないぞ!!」

「あたしも同意見。少なくとも、今のままだと絶対に一部の人に勝てなか。だから、今からレベルアップは絶対必要。その機会をくれるこの状況は絶対にものにすると!!」

「私も……まだまだ強くならなきゃ追いつきたい……ううん。追い越したい背中に置いていかれちゃうから……私もマスタードさんの意見に賛成です」

 

 シロナさんの笑顔を何とかやり過ごし、今度はボクたちに先ほどの案に対する意見を募って来る。

 

 まず意見を返したのはガラル地方のみんな。

 

 まだまだジムチャレンジの本戦が残っているこのメンバーは、自分よりも間違いなく実力が上の相手……例えばマクワさんだね……と本戦でぶつかることがほぼ確定しているため、何にも変えがたいこのチャンスを絶対に物にしてやると言った意気込みとともに、賛成の意見を発する。

 

「オレも賛成だ!他の地方のチャンピオンの師事もあおげるって事だろ?2人のチャンピオンから教えてもらって、オレの自慢の攻めを更に強化すれば、だれにも止められなくなるぞ!!」

 

 続いて賛成の声を上げるのはジュン。別にこの先に大きな大会が控えたり、誰かの前で戦う必要があるわけではないけど、絶対に勝ちたい大きな目標がある彼もまた、この成長のチャンスに対して貪欲な姿勢を見せてくる。その気持ちは痛いほど分かるし、ジュンの熱気も凄く伝わって来る。

 

 ヒカリ、カトレアさん、コクランさんは特に口を挟まない。彼女たちは今回の件には特に関係ないし、かといって否定する必要もないので、ボクたちの……いや、この中でまだ発言していないボクへと視線を向けてくる。その3人の視線を受けて前に出るボクは、自分の意思をしっかりと伝えるために誰よりも前に歩き出し、先ほどボクを怯ませて来たマスタードさんの瞳を真っすぐ見つめる。

 

「ボクも……まだまだ強くなりたいし、ボクの強みを伸ばすためにもたくさんのことを知りたい。そのために、みんなが言ってる通りこの経験は絶対的な糧になる。それに……」

 

 頭をよぎるのはさっきマスタードさんの視線に怯んだボク。

 

 客観的に見たら、『伝説を打ち立てた有名な元チャンピオンに睨まれて怯むのは仕方がない』と思われるかもしれない。けど、だからと言って『みんながそういうなら仕方ないよね』と妥協するのは絶対に違うし、何よりもジュンと同じ目標を立てているのに、ここでちょっとみっともない姿を見せてしまったのは単純に悔しい。

 

 あの姿を挽回するためにも、マスタードさんの覇気に圧されないくらいには強くなりたい。

 

(じゃなきゃ多分、ヨノワールと前に進めないし、コウキの下にも歩けないから……)

 

 ボクの最後の目標のためにも、ここでは立ち止まれない。この程度の壁は超えなくちゃいけない。

 

「……ちょっと対抗意識です。……マスタードさん、許しませんからね?」

「ふっふっふ、いいよいいよん!楽しみだね~」

 

 これで全員からの賛成が得られたことになる。ただでさえ嬉しそうな笑顔を浮かべていたマスタードさんは、さらに楽しそうに笑いだす。

 

「じゃあ早速始めちゃおっか~!わしちゃんも楽しみだよん!!」

 

 笑顔を浮かべたままマスタードさんから上がる特訓の開始の声。その声に、ボクたちは勿論、マスタードさんの門下生たちも気合を入れ始める。

 

「みんな、しっかり成長してねん」

 

 同時にまたちょっと広がるマスタードさんの圧力。

 

(これに……絶対勝つ!!)

 

 みんながその圧力に少し震える中、ボクは耐えるように気合を入れる。

 

 未来のために自分を磨く、ヨロイ島の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マスタード

フワフワしてつかみどころはないですけど、実機でも一瞬で主人公のことを見抜いているみたいなので、観察力はトップクラスに高いのかなと。
その勢いで覇○色の何たらみたいになっていますが、気のせいです。




ということでここでは修行回になります。
日常会の延長として、書きたいことをのんびり書いて行こうかなと思っています。
さて、どれくらいの話数かかるでしょうかね。
地味に書きたいこと多かったりします。


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133話

 マスタードさんからのちょっとした威圧に震えていたみんなは、その中でしっかりと前を見るボクを見て対抗意識を燃やしたのか、まずはユウリが、次にホップが……というように、1人、また1人と圧を跳ね除けて気合を入れる。気づけばもう怯んでいる人など1人もおらず、ここにいるほぼ全員がマスタードさんへと、確かな意志を込めた視線を送っていた。

 

「いいねいいね〜。チミたちの表情、わしちゃん大好きだよ〜」

 

 みんなから真っ直ぐの視線を受けて、とてもご機嫌なマスタードさん。まずは小手調べ。と言ったところだろうか。

 

『これくらいの圧を跳ねのけるくらいは簡単にしてもらわないとね』と言った気持ちを受け取った気がした。

 

「それじゃあ早速、特訓といこうかねん」

 

 マスタードさんからの宣言にさらに気合を入れるみんなは、呼吸を整えたり、自分の相棒が入ったボールを見つめたり、目を閉じて集中を始めたりと、各々のルーティーンと思われる行動をとって心を落ち着けていた。そしてその気持ちはポケモンたちにも伝わっているみたいで、ふと視線を腰に向けてあげれば、カタカタと揺れるボールを確認できる。

 

 ヨノワールたちの気合いも充分。みんなからも、今回の特訓は是が非でもものにしたいという意思がよく伝わってきた。特に強い意志を見せているのは、ヨノワール、ゴウカザル、インテレオン、エルレイドの4人かな?ゴウカザルはさっきのバトルの負けから。ヨノワールはあの現象の答えのため。インテレオンとエルレイドは、前2人の気合いに対抗するために燃え上がっている感じだ。

 

「とは言っても、今日はフリアちんたちは長旅のせいで疲れてるよねん?だから、今日はちょっとしたゲーム感覚の特訓にしてみよっかな〜」

 

 と、仲間たちに向けていた視線を元に戻してみると、マスタードさんが特訓の内容について喋ろうとしていた。まず内容のつかみはボクたちの身を案じる言葉。確かに、ガラル地方本島からこのヨロイ島の距離はなかなかあったからちょっとした旅疲れはあるし、何よりもさっきジュンと結構カロリーの高い試合をしたため、万全の状態かと言われたらそうとは言えない。勿論、それを理由に特訓を反故にする気はないのだけど、このことを考慮してくれるのは個人的にはありがたかった。その点に関してはジュンたちも同じようで、視線を向けてみたらボクと同じような表情を浮かべていた。

 

(あれだけ激しい戦いすればそうれはそうだよね……)

 

 その分楽しかったけどね。しかしそうなってくると気になるのはマスタードさんから伝えられる試験の内容。ちょっとしたゲームとは言っていたけど、多分ゲームって言葉が似合うような可愛いものではない気がする。そんな感じでマスタードさんの言葉を興味半分、不安半分の気持ちで待っていると、その内容がゆっくりと説明される。

 

「それじゃあさっそく発表しちゃうよん。気になる特訓の内容は~……」

 

 

バァンッ!!

 

 

「ひゃぁっ!?」

 

 と思った瞬間に、ボクの後ろから鳴り響いた破裂音。

 

 この道場全体にいきなり響いたその音は、思わず変な声をあげてしまうくらいにはボクの心を揺さぶってきた。その音の正体を知るためにゆっくりと後ろを振り返ってみると、そこには意外な人がいた。

 

「ぜェ……ぜェ……や、やっと捕まえたァ……」

 

 それは激しく息を切らせながら、右手に何か黄色いものを握った状態で何とか呼吸を整えようとするクララさんの姿だった。

 

「クララ!?」

「なんでここに……って、そういえばここクララさんが弟子入りしているところだった……」

 

 マリィとユウリの言葉に共感しようとして、その後に述べられたユウリの言葉で納得するボク。

 

 そういえばクララさんはこの島の道場に弟子入りしていて、ボクたちとシュートシティに行った後は一度この島に戻ると言って数日前に別れたばっかりだったのをすっかり忘れてしまっていた。むしろ、いままであれだけヨロイ島で騒がしくしていたのに出会わなかったのが奇跡くらいだ。なんで忘れてしまってたんだろう?

 

「あ、フリアっち!!マリィセンパイ!!みんなもォ!!来てるなら言ってくれれば手伝ってもらゲフンゲフン……歓迎したのにィ」

 

 クララさんもクララさんでようやくボクたちに気がついたみたいで、呼吸を無理やり整えてこちらに向かって嬉しそうな声を発していた。1度言い直していた言葉に関してはスルーしておくけどね。

 

「なんか……すごい派手な人が来たな……」

「これまたキャラが濃いそうな人。それにフリアったらまた女性をひっかけちゃって……ちょっと見ない間に逞しくなったのね……」

「ちょっと黙ってて貰ってもいい?ヒカリ?」

 

 一方で、クララさんと初めて出会うジュンとヒカリは、ピンク色の髪に少し厚めの化粧。そして特徴的な口調というインパクトの強い初見イメージにより、少しだけ圧倒されていた。……いや、ヒカリはよく分からないことを言ってるけど。ちょっとどういう意味か後でしっかりとお話をする必要がありそうだ。

 

 シロナさんたちに関しては静観を決め込んでいる。特に話すことはないと言ったところだろうか。もしくはクララさんの品定めか。少なくとも、負の感情は読み取ることはなかったから、悪印象という訳では無さそうだ。

 

 それよりも、今はクララさんの方が気になるので、こちらの方は一旦置いておいて、ボクはクララさんの方に話を続ける。

 

「クララさんは何してたの?すっごく息を切らせる程大変なことをしていたって言うのは、なんとなくわかるんだけど……」

「はっ!?そうよォ!!ようやく課題が終わったから師匠に報告しなきゃァ!!」

 

 ボクに話をかけられた瞬間、思い出したかのように体を弾かせてマスタードさんの方に体を向けたクララさんは、そのまま大股でズカズカと近づいて、右手に持った黄色いうねうねした謎の物体を突きつけた。

 

「師匠の言った通り、ヤドン……捕まえて来たぞォ!!これでどうだァ!!」

「うんうん。頑張ったね〜」

「でしょでしょォ!!」

「……ヤドン?」

 

 得意げな表情を浮かべながらマスタードさんの目の前にその謎の物体を突きつけたクララさんは、何故かその謎の物体のことを『ヤドン』と言い張りながら胸を張っていた。その言葉に対してマスタードさんは、とてもいい笑顔でうんうんと頷いていたけど、事情をよく知らないボクたちにとってはクララさんの持っているものがどこからどう見たってヤドンには見えない。

 

 もしかしたらガラル地方のリージョンフォームだとまた変わった姿をしているのかも?なんで思ったけど、よくよく考えたらガラル地方のヤドンはセイボリーさんが持っていたからその姿を見させてもらっている。ガラル地方のヤドンはおでことしっぽが黄色くなっているあの個体だ。

 

(という事は、クララさんが持っているのってヤドンのしっぽ……?)

 

「クララ。お前がやってた課題ってヤドンのしっぽを取ってくることなのか?」

「しっぽォ?何を言ってるのォ?ちゃぁんとヤドンちゃん本人をここに……って……ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ッ!?」

「どこから出るのその声……」

「クララ、その声の出し方喉に悪かとよ。大丈夫と?」

 

 ホップに指摘されて自分の手元を確認したクララさんが、喉を思いっきり痛めそうな奇声を発しながら動きを止めてしまう。その動きがあまりにも奇抜というか、見ていて若干の恐怖を感じるものだったため、すぐ近くにいたユウリとマリィが物凄く心配そうな声色をしながら話しかける。傍から見ているボクからしても、なかなかに凄い声をしていたから、本当に喉を痛めていないか心配のレベルだ。前科もあるし……。

 

「いないィ!?いないいないいないいないィ!!どこに行ったのよォ!!ようやく捕まえたのにィ!!」

 

 しかしそんなボクたちの心配を他所に、視線をあちこちに向けて必死に何かを探すクララさん。まるでこちらのことなんて眼中にないその姿は、本当に彼女にとって大切なものを無くしてしまったんだということをありありと表現してくれていた。そんな中、ふと玄関の方から物音が聞こえてきたので、そちらに視線をむけてみると、クララさんが景気よく開け放った玄関の出口に、ゆっくりと歩いて外へ出ようとするピンク色の影が1つ。

 

「クララさん、探してるのってあの子……?」

「ナニィ!?」

 

 ボクの言葉に喰い気味に反応したクララさんの目が、ギョロっと玄関の方に向けられる。若干血走っているように見えるその瞳は、玄関にいたヤドンを補足した瞬間さらに力強く開かれる。

 

「いたァ!!絶対に逃がさな━━」

 

 ヤドンを補足した瞬間物凄い勢いで玄関に走り出すクララさん。その姿はまるででんこうせっかのように素早くて、何故かクララさんの姿が一瞬ぶれたように見えるほどで、人間離れした動きに思わずボクたちまでも目を見開かされてしまう。

 

 人間の限界を超えて走り出し、その勢いのままジャンプをしたクララさんはヤドンに向かって思いっきり手を伸ばす。動きの遅いヤドンはクララさんの急な動きに対して反応することが出来ずに、そのまま腕の中に引き込まれる。はずが……

 

「ヤァァン……」

 

 ヤドンがあくびひとつ残した瞬間、その姿が掻き消えた。

 

「「「「は?」」」」

「むぎゅっ!?」

「ク、クララ!!大丈夫と!?」

 

 誰しもがクララさんの手に捕まり、その動きを制限させられると予想していたのに、気づけばヤドンが目の前から消え、残ったのは芸術的な姿で地面に顔面から刺さったクララさんの姿だけ。一体どこに行ってしまったのかと視線を動かせば、玄関からさらに外に出た方向。つまり、ボクたちがこの道場に来るのに歩いてきた道を逆走するようにのんびり歩いていた。

 

 ほんの一瞬。瞬きすらしてなかったはずなのに、気づけばあんな場所まで移動しているヤドン。

 

 最初はエスパータイプ特有のテレポートでもしたのかなと思ったけど、ヤドン族はそもそもテレポートを覚えない。なので、あそこまで移動するのは、誰かの力を借りない限り、自分の足で歩く、ないし、走らないと到達することが出来ない。それがどういうことかと言うと、答えはひとつしかない。

 

「あのヤドン……瞬間移動に見えるほどの速さで動ける……ってこと?」

「そうだよん。あの子はわしちゃんが育てた自慢のヤドンちゃんだからね〜」

 

 ボクの独り言に対して答えてくれたのは、先程と変わらず嬉しそうな笑顔を浮かべたままのマスタードさん。彼の言葉にみんなの視線がヤドンからマスタードさんに向けられたことで、クララさんによって遮られてしまったマスタードさんの言葉が再び伝えられる。

 

「さてさて、クララちんも帰ってきたことだし、改めて今回やるゲームの内容を教えるよん。今回のゲームの目的はすごーく単純。ズバリ、さっきのヤドンちゃんをみんなで捕まえるということ!!」

「ヤドンを……捕まえる……」

 

 マイペースでゆっくり動くヤドンを捕まえる。本来なら子供でも出来そうなとても簡単なゲームの内容だ。けど、もしその捕獲対象であるヤドンが、先程ボクたちの目の前でとんでもない動きをした個体を指しているのだとすれば、正直ゲームなんて言葉では生ぬるい課題になる。

 

「あの子はわしちゃんが育てた、走るのが大好きなヤドンちゃんなんだよん。だから、耐力とか攻撃はあまり高くないんだけど〜、その代わりと〜っても足が速いんだ〜。そんなこの子と、島をまるごと使った鬼ごっこ!!それが今回のゲームだよん。足の速~いヤドンちゃんはこの島に3匹。どの子を捕まえても大丈夫。わしちゃんの元に連れてきた人の勝ち〜!!その人には、今日のご飯ちょっと豪華にしてあげようかなん。ヤドンちゃんのしっぽのフルコースなんていいかもねん」

『『『『おお〜!!』』』』

「ご飯……ヤドンのしっぽ……っ!!」

「ユウリ、顔つき怖いぞ……?」

 

 マスタードさんから発表された勝利者商品に沸き立つ門下生たちやユウリの声。ガラル地方の食材として親しまれているらしいけど、食べたことの無いボクとジュンだけはあまりその料理を想像することが出来ずに首を傾げる。けど、あのグルメなユウリの目がきらりと光ったところを見るに、味は確かなのだろう。

 

(……気になる)

 

 さらに言えば、商品がヤドンのしっぽの料理とわかった瞬間、ヒカリがこの道場の料理を担当しているであろう人に向かって、『私も料理の手伝いをしたいです!!』と声をかけに行っているのが見えた。なので、今日のご飯にはヒカリも1枚かんだ料理が出来上がるだろ。

 

 あの料理がとても美味いヒカリが作る、ユウリも認める食材を使ったご飯。

 

(それは……食べてみたいかも……)

 

 普段は食い意地を張らないボクでも、思わず喉を鳴らしそうになるくらいには魅力的な商品だ。そう考えると、ちょっとこのゲームを頑張ろうかなという気力が湧いてくる。それはジュンも同じみたいで……いや、彼の場合は『よく分かんないけど勝負だな!!絶対勝つぞ!!』くらいしか考えてなさそう。そんな顔してるし。

 

「うんうん。みんなのやる気が上がってきたみたいでいいね〜。じゃあ最後にこのゲームのルールをひとつ。()()()()()()()()()()()()()()()()。もしわしちゃんのところに連れてきても、そのヤドンちゃんが戦闘不能状態だったら、わしちゃんが治してまた逃がしちゃうからねん。ルールは以上。みんないいかな?質問とかも無いかな?」

 

 マスタードさんの最後の確認にみんなで頷く。その表情はどれも真剣で、このゲームに対するみんなの熱意を感じることができた。その事に満足したマスタードさんは、嬉しそうに微笑みながら、最後の言葉を口にする。

 

「ではでは〜。たった今より〜、ヤドンちゃんとの鬼ごっこゲーム〜……スタート〜!!」

「うおおおおぉぉぉ!!オレが1番だぁぁぁぁっ!!」

「オレも負けないぞぉぉぉぉぉっ!!」

 

 マスタードさんから宣言されるゲームの開始。その言葉と同時に、勝負事大好きなジュンと、それに当てられたホップを先頭に、門下生たち全員が勢いよく道場を飛び出していき、あれだけ人がいた道場の中はあっという間に人がいなくなってしまっていた。道場に今残っているゲーム参加者は、ボクとユウリとマリィ、そして未だに顔面から刺さったままの態勢から動いていないクララさん……も参加者に入れていいのかわからないけど、とりあえず彼女を入れた4人だけだ。カトレアさんとコクランさん、シロナさんは再びビーチに向かい、ヒカリはキッチンに行っているのでもう道場にはいない。マスタードさんも、道場右側のプライベートスペースへ移動していた。結果、ここにいる人たちは完全に出遅れる形となる。

 

「あれ、ユウリはスタートダッシュしなくてよかったの?」

「ヤドンの料理、逃すかもしれんよ?」

「私食べ物のためなら見境ないって思われてる?」

「「うん」」

「心外なんだけど!?」

 

 ここまでの冒険の軌跡を振り返ればみんな同じ感想に辿り着くと思うんだけど……まぁ今はいいや。多分ユウリがここに残っている理由もおそらく分かるしね。

 

「私はこのゲームに絶対勝つために、一番情報を持っていそうなクララさんのお話を聞こうと思っていただけだもん」

「「やっぱり食欲に支配されてるじゃん」」

「もぉ~!!」

 

 おおよそ予想通りの回答だったため、マリィと一緒にその内容について軽くいじっていく。やっぱりユウリはユウリのままだ。けど、ユウリの考えは決して悪い事ではないとは思っている。なんせ、今ボクたちの目の前には、結果的には逃げられてしまってはいるものの一度はヤドンを手にしたという実績を持っている彼女がいる。ボクたちよりも先にこのゲームに挑戦し、ゲームクリアまであと一歩のところまでこぎつけている彼女は、ボクたちが持っていない情報や、あのヤドンを捕まえる方法を少なくとも一つは絶対抱えていることになる。その情報は、今回ボクたちがこのゲームを攻略をするするうえでとても重要なものになる。

 

 このゲームの考案者はあのマスタードさんだ。伝説とうたわれるほどの記録を打ち立てた彼が、ただ追いかけるだけで攻略が出来るようなゲームを作るとはとてもじゃないけど思えない。ヤドンが無茶苦茶な動きをしたのも含めて、おそらくただ追いかけるだけでは絶対に捕まえることのできない何かしらの要因があるとみていいとは思っている。もしかしたら自分たちが直接追いかけて、自分でそのあたりの情報を探しても手に入る情報とあまり変わらないかもしれないけど、情報を手に入れるまでにかかる体力の量を考えたら、話を聞くだけで簡単に情報を集めることのできるこの機会を逃す理由はないはずだ。

 

「とにかく、まずはクララさんを元に戻そうか」

 

 未だに顔面から突き刺さっているクララさんをゆっくりと引っこ抜き、顔に傷とかが入っていないかを確認してからそっと壁にもたれかけさせるように座らせる。全然動かなかったから『何か大きなけがをしているのでは』なんて心配したけど、どうやらかなりの苦労を掛けてようやく捕まえたヤドンに、ゲームクリア間近で逃げられたのが相当に心に来たらしく、そのショックでしばらく放心状態になっていただけみたいだ。それにしたって、せめて頭は上に持ってきて欲しかったけど……頭に血が上らないのかな……。

 

「大丈夫、クララさん……?」

「ううゥ……ようやく……ようやく捕まえたのにィ……」

「そ、そんなに大変だったんだ……」

「説明を聞く限りそんなに難しそうには聞こえんのにね」

 

 本当にショックだったのか、うなだれて落ち込んでいるクララさんの姿を見ていると、想像以上にこのゲームがやばそうに見えてきた。先に出ていったホップやジュン、門下生のみんながちょっと心配になってきた。

 

「具体的にはどう大変なの?」

 

 現状ただやばそうという情報しか感じることが出来ないため、具体的にどうやばいのかを知るために質問を投げかけるユウリ。その質問に対してクララさんは溜息を一つこぼし、一度心を落ち着けてから説明を始めた。

 

「まずは見ての通りィ、ヤドン自身の素早さが異常に高い事よォ。普通のポケモンは勿論、特性が『かそく』だったとしても、追い付くのかほぼ最大まで加速しないと追いつけないレベル。うちのペンドラーでも追い付くのにかなり苦労したからァ……」

「となると、ボクのメガヤンマでも難しそうか……」

 

 かそくを持っていたとしても追い付くのが難しいほどの速さ。確かに、あのクララさんの飛び付きを避けた動きは、そう言われても納得するくらいには機敏なものだった。

 

「あとはこの島の野生のポケモン。ヤドンが逃げた先にいる野生のポケモンが、的確にうちの邪魔をしてくるのよォ。ワイルドエリア以上に自然の深い場所だから、野生のポケモンがそもそも強くって、その子たちをいなすだけでも大変なんだからァ……」

 

 そしてもう一つの要因である邪魔者の存在。せっかく追いつける距離まで縮まっても、その動きを邪魔する存在が別にいるのでは、確かにかなり厄介に感じてしまいそうだ。そのうえで野生のポケモンがかなり強いのなら、消費する体力はとてつもなく大きくなるだろう。ヤドンにもう一回辿り着く頃には、もう満身創痍になっていそうだ。話に聞くだけでも少し億劫に感じてしまう。

 

「よくそんな状態で一回ヤドンを捕まえられたね……」

「ヤドンがお腹すいているのがわかったからァ、カレーを作っておびき寄せてこう……ガシッとォ……」

「成程餌付け……」

 

 確かに理にかなっている作戦だ。けど、一度その作戦をしたのなら、マイペースなヤドンのことだから警戒はしないとは思うけど、おなかが満たされてはいると思うので、同じ作戦をするにしてもかなりのインターバルが必要だろう。クララさんが捕まえた子以外なら通るかもしれないけどね。

 

「やっぱり一筋縄ではいかなさそうとね」

「まぁ、それはわかってたことだけどね」

「フリアっちの想像をはるかに超えてるからァ、覚悟しておいてよォ」

 

 クララさんの言葉に改めて気合を入れなおす。少なくとも、もうすでにホップたちがクリアしているなんてこともないだろうから、それ相応のモノを覚悟しなければいけないだろう。

 

「とりあえず、大体は分かったから次は現地を見て確認をしようか」

 

 ボクの言葉頷くマリィとユウリ。その2人の反応を確認したボクは、クララさんも含めた4人で、ヤドンが逃げたと思われる方に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤドン追い

これ実機でも無茶苦茶速かったですよね。レベル100のエースバーンでも、無補正、無努力値(実数地282)だと抜けないみたいです。はっやい……

ヤドンのしっぽ

どんな味がするんでしょうかね。少し気になります。




最近のアニポケで、カウンターシールドが出てきたことに、物凄く感動しました。
そしてSVの新ポケも少しずつ公開されてますね。
個人的にはソウブレイズが気になります。リーフブレードを覚えてくれれば、相性補完としてはかなりいいと思うのですが……どうでしょうかね?











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134話

 ヨロイ島は複数のエリアからなっている大きな孤島だ。その数はなんと16エリアも存在し、このエリアごとにワイルドエリアと同じように天候が変わるため、場合によってはこちらの方が厳しいと感じる人も多いかもしれない程の自然の厳しい場所となっている。

 

 天候だけならワイルドエリアよりも比較的安定はしやすい方なので、その点に関しては楽だと明確に言えるけど、つい十数年前まで人の手が一切加わっていなかったこの島は、人間によって少なくない管理と保護を受けているワイルドエリアと違って、野生のポケモン同士の争いも多い方となっているし、その争いの数に比例して、気性の荒いポケモンも少し多く見受けられる。少し沖の方に視線を向けた時に映るサメハダーたちの高速遊泳を見ていただけたら、この海域の危険度が何となく伝わるはずだ。だからこそ、この島にくる方法が空路しかないわけだしね。

 

 さて、少し話を戻して……そんな16のエリアに別れているこのヨロイ島についてなんだけど、16全てのエリアについて説明をするととても長くなってしまうので、とりあえず今は関係のありそうなエリアだけ軽く説明するとしよう。

 

 まずはボクたちが飛行船を降りた駅と、マスター道場がある『一礼野原』。綺麗なビーチと穏やかな草原が広がるこの場所を基準にし、北西に進むと広がる湿原を『清涼湿原』といい、クララさんがヤドンを捕まえた場所がここにあたる。次に、この『清涼湿原』を北に進むと、『集中の森』と呼ばれる森林地帯があり、さらに北へ進めば『鍛錬平原』と呼ばれる平原が広がる。自然の多いヨロイ島の中でも特に緑の多い場所となっており、くさタイプやむしタイプ、ノーマルタイプといったポケモンが多くいるように感じる場所となっている。一方で、『清涼湿原』と『集中の森』から西に進めば景色は一転。ボクたちがここに来て最初に見たビーチよりもさらに広い、『チャレンジビーチ』と呼ばれる砂浜が来訪者を迎え入れる。この地域は前の紹介した3つのエリアと違い、じめんタイプやひこうタイプがよくいるイメージだ。また、全体的に水の多い島なので、今紹介したエリア全部にみずタイプのポケモンも多い。そして、ここまで紹介した5つエリアの中でも、今回大事になってくるのが、『清涼湿原』、『チャレンジビーチ』、『鍛錬平原』の3箇所だ。

 

 道場を出る前にクララさんに確認した結果、ヤドンの場所はさっきあげた3箇所で走り回っているらしく、彼女のクリア目標はこの3匹のうちのどれか1匹でも捕まえられたらOKという内容だったらしい。

 

 最初こそは、「ヤドンの捕獲なんて楽勝!!なんなら3匹とも捕まえっぞォ!!」と意気込んで、悠々と外にとび出たらしいんだけど、蓋を開けてみたらご覧の有様だ。特に、クララさんの時点ではクリア報酬の話なんて出ていなかったらしく、その難易度の高さに余計に頭を抱えたそうな。けど、全ては大好きで尊敬するマリィの隣に立って、恥ずかしくない人になるためという目標のため、自らを鼓舞して前に進み、やっとの思いで捕獲できた。だけど……その先はボクたちが見た通り。という訳だ。

 

 クララさんは自分を卑下する発言を多く残すけど、その実、キバナさんにジム戦で勝つくらいの実力はしっかりと兼ねている優秀なトレーナーだ。そんな彼女がここまで凹んでしまうほどの難易度のゲーム。彼女の話を聞いたボクたちは、ますます先発組であるホップとジュン、そして門下生のみんなのことが心配になった。もしかしたら、既にクララさんのように心を折られている人が現れていてもおかしくは無い。そう思い、ボクたちが先ず足を向けたのは、ここから1番近い『清涼湿原』だった。

 

 南に向かってその扉を解放しているマスター道場から出たボクたちは、右手に見える通路に沿って歩いていく。

 

「ここを道沿いに行けば『清涼湿原』だよね?」

「ええそうよォ。なんなら、もうちょっと歩けばもう見えてくるわよォ」

「そんな話をするうちにもう見えてきたみたい……だけど……」

「たったちょっとの距離でも、随分雰囲気違うと」

 

 距離としては十数分も歩けばたどり着くその場所は、しかしマスター道場付近とはあまりにも景色が違い、とてもじゃないけど同じ島とは思えないほど違う雰囲気を纏っていた。

 

 清涼湿原。

 

 名前の通り辺り一面に広がる湿原は、平原の途中途中に見える水溜まりの存在によってひと目で分かるくらいには潤いのある場所になっている。しかしその一方で、夏ゆえの湿度の高さからくるジメジメ感が意外と少なく、風通しがいいのか、湿原という名前から連想されるような不快感を感じる湿度は体感することはなかった。湿度を確認すれば間違いなく高い数字を誇っているはずなのに、どこか爽やかさを感じることができるからこそ、湿原の前に『清涼』の2文字がくっついているのだろう事を、身を持って実感することが出来た。

 

 いつものボクなら、この場所にたどり着いた瞬間に、この自然広がる綺麗な湿原に感嘆の声を漏らしていたことだろう。しかし、今日だけは感動した気持ちを口にすることが出来なかった。なぜなら……

 

「……やっぱり、コテンパンにやられてるっぽいね」

「なんて言うか……凄いね」

「死屍累々と……」

「うちはみんなの気持ちがよーくわかるゥ……」

 

 木陰、岩場、倒木、等など……ありとあらゆる休憩出来そうな地点にて、マスター道場の門下生の証でもある、黄色と黒の道着を来た人が、腰を下ろしたり地面に手をつけたりして、必死に呼吸を整えている姿が見られたためだ。

 

 本来なら自然の美しい場所のはずなのに、そうやって体を休めている人がそこらじゅうにいる今の状態は、とてもじゃないけど景色を堪能できるようなものでは無い。むしろ、クララさんとの会話と、マスター道場から歩いてきた数十分程度の時間しかボクたちとのラグは無いはずなのに、それでもここまでの状態に陥ってしまっているという現状に、このゲームの難易度の高さを改めて思い知らされているような気がした。

 

「とりあえず、まずはみんなの介抱から始めよう」

「うん。このまま放っておくと、野生のポケモンに襲われそうだしね」

「せめてみんなを1箇所には集めておきたかと」

 

 かと言って、ここで足を止めるわけにもいかないので、まずは門下生のみんなを集めてちょっとした拠点のような場所を作ってあげる。周辺にスプレーを軽く撒いておけば、その中心の空間はちょっとした安全スペースになってくれるだろう。少なくとも、このゲームによって消費された体力を回復する時間くらいは稼げるはずだ。

 

「はぁ……はぁ……こ、こんなにきついとは思わなかった……」

「あのヤドン速すぎるだろ……」

「野生のポケモンも侮れないわよ……」

「す、すまないな……わざわざきずぐすりやげんきのかけらまで分けてもらって……」

「いえいえ、気にしないでください。こういう時は助け合いですよ」

 

 臨時で作った休憩所にはすぐに人が集まってきた。1人で動くのが辛そうな人には、ボクやボクのエルレイド、マリィのオーロンゲといった、体力と力に自信のあるメンバーによって移動を手伝い、1人で動ける人はこの休憩所を見かけた時に勝手に近寄ってきては、ボクたちの手伝いをしてくれた。手伝ってくれる門下生が思いのほか多かったおかげか、ひとまず『清涼湿原』でへばっていた門下生たちに関しては、全員集めて休ませることには成功した。これでとりあえず安心できる状態にはなっただろう。……ボクが人に肩を貸して運んでいる時に、物凄く心配されたのは納得いかないけど……。ボクは身長が低いだけで力はそれ相応にあるつもりなんだけどなぁ。

 

「フリア〜。こっちも全員大丈夫そう〜」

「あたしの方も、これで安心と」

「OK。2人ともお疲れ様」

 

 そうこうしている間にユウリとマリィも一通り仕事を終えたみたいで、こちらに近づいては状況報告をしあっていた。ちなみにクララさんに関しては、ヤドン追いを終えてすぐにここに来ているため、まだポケモンもクララさん自身も回復していないだろうと判断し、今回は要休息者としてこの場所で休んでもらっている。心のショックもでかいだろうし、暫くはここでみんなとゆっくり腰を据えて休んで欲しいというのが、ボクたち3人の共通の意見だった。

 

 さて、ようやくひと段落着いて周りを見渡す余裕が出来てきたんだけど……既に気づいている人が何人かいるかもしれないけど、ボクたちが1番気にかけている人物が、どれだけ周りを見渡しても一向に姿が見えない。勿論、あの元気と体力がカンストしていそうなあの2人が、いくらハードな特訓内容とはいえ、高々数十分走り回った程度では疲れを見せるだなんてことはひとつも思っていないのだけど、それにしたってこれだけ賑やかにしてかつ、人の助けとなることを行っているこの場所には、なんだかんだで根は優しい2人は顔を出すだろうと思っていた。しかし、現実はいつまで経っても2人の影が現れることはなく、結局そのまま全員の回復が済んでしまった。他の人に2人の行方を聞いても、『先に走ってしまい追いつけなくなってからは、どこに行ったのかは知らない』の言葉しか聞くことがなかったので、本当にここの付近には居ないみたいだ。

 

「ちょっと心配だね。あの2人ならそう簡単にやられるとは思わないけど……」

「ホップに関しては言わずもがなだし、ジュンに関しても、フリアとあんなバトルができるなら、確かに大丈夫そうだけど……」

「心配には変わりなかと。マスタードさんに鍛えられて、このあたりの地理に強かはずの門下生たちでもこの状態。あまり楽観もしてられんとよ?」

「だとしても、今は無事を祈るしかないかな……」

 

 マリィの言葉は確かに一理あるけど、これだけ見渡してもいないのなら現状ホップとジュンはこの『清涼湿原』にはいない可能性が高い。となると、2人がいる可能性のある場所は『鍛錬平原』か『チャレンジビーチ』の2択になるんだけど、さっきも説明した通り『鍛錬平原』は北。『チャレンジビーチ』は西と、別の方向に存在する。2人がどっちに行ったか分からない以上、下手に追えばすれ違いになって無駄に体力を使う可能性だってあるし、そもそもの話、ここにいる門下生たちが、マスタードさんの抱えているお弟子さん全員という訳では無い。話を聞く限り、ここにいない門下生さんたちは、ホップとジュンについて行って、さらに島の奥へと進んでいるみたいなので、ホップとジュンに何かあっても、最悪はついて行っている門下生の方たちが何とかしてくれるだろう。……それすらも振り切って先に進んでいる可能性もゼロでは無いところが若干気がかりだけど……その時はその時だ。

 

「それよりも、ボクたちはボクたちでやるべきことをしないと……ね?」

 

 ジュンとホップへの心配をひとまず脇に置きながら、ボクが視線をある方向に向ける。

 

「確かに……ホップたちの援護をするにしろしないにしろ、私たちはあの子をどうにかしないといけないもんね」

「むしろ、あたしたちで攻略法を見つけてしまえば、合流してすぐに手伝えるし、そっちの方が結果は良さそうとね」

 

 ボクに釣られてマリィとユウリも同じ方向に視線を向けると、その先には()()()()()()()()()()()()()()、ガラル地方の姿にリージョンフォームしているヤドンの姿。

 

 間違いない。あの時クララさんの手元から逃げ果せたあのヤドンだ。

 

 湿原の至る所に溜まっている水源の近くで、よく見るのんびりと、そしてどこか抜けているような顔をうかべたヤドンは、自身のしっぽが切れているのに気づいているのか怪しい程まったりとしており、その証拠に本当にさっきまで起きていたことを忘れているかのように、水を飲んでくつろいでいた。

 

 どこからどう見ても隙だらけなその姿。だけど、先程の寸劇が頭から離れないボクたちは、どれだけ後ろからこっそり近づけたとしても、どうしても一瞬で逃げられる想像しか頭によぎることがなかった。実際、今からそうしたって想像通りの結果にしかならないだろう。かといって何もせずにじっと見続けるのだと結局場は動かないし、情報だって何も手に入らない。

 

「とりあえず、まずは近づいてみよっか」

 

 ボクの言葉に頷くユウリとマリィの姿を確認したボクは、一応念のためモンスターボールを構えながら、できる限り足音を立てないようにゆっくりと歩いて行く。

 

 どうせ見つかってしまうのならそんなにゆっくり動く必要はないのでは?と思うかもしれないけど、このゆっくりとした動きは何もヤドンに見つからないようにしているだけじゃない。ヤドンにしっかりと目線を向けながらも、周りにもしっかりと視線を向けていく。

 

 さっきも言った通りここは『清涼湿原』と呼ばれる自然豊かな場所で、野生のポケモンも多くいる場所となっている。今も少し顔を横に向ければ、野生のバッフロンが美味しそうに草を食べているし、さらに別のところに視線を向ければスコルピとドラピオンが大群で歩いている姿が目に入る。また、水たまりの方に目を向ければ、気持ちよさそうに水浴びをしているウパーとヌオーの親子がいた。一見すると自然とポケモンが伸び伸びと生きている平和な姿。しかし、忘れてはいけないのが先ほどクララさんから聞いた言葉。

 

『ヤドンが逃げた先にいる野生のポケモンが、的確にうちの邪魔をしてくる』

 

 温厚そうに見えるこの子たちも、今ボクたちが追いかけているヤドンがひとたび何かアクションを起こせば、一斉にこちらに爪やらキバやら角やらを向けてとびかかってくる可能性がある。野生のポケモンに負けるとは思っていないけど、これだけの数のポケモンに同時に襲われると、少なくない量の体力を奪われることになるだろう。現に、それで門下生の人たちは削られているわけだしね。なら、少しでもその可能性を低くするために、足音をできる限り殺し、刺激しないというのは大切な行動のはずだ。最も、ボクたちがヤドンに気づかれた時点でこの子たちが一斉に襲ってくるのなら、ボクたちが今している行動はやっぱり無駄になってしまうんだけど……やらない後悔よりやる後悔だ。この辺の判断は、今のボクの性格によるところが大きい。

 

(さてさて、いったいどう動くかな……?)

 

 なんてことを考えているうちに、ヤドンとの距離がかなり縮まっており、普通のヤドン相手ならここから走ったとしても、周りのポケモンに襲われる前に捕まえて逃げることが出来るだろう所まで来ていた。しかし、今回追いかけているのは例のヤドン。恐らく既にボクたちがいる場所はヤドンの警戒範囲であり、このまま進めばきっとヤドンは行動を起こすだろう。

 

「ヤアァァァン!!」

 

 と思った瞬間にヤドンから上がる雄たけび。

 

 普段まったりとしたヤドンが、こんな力強い雄たけびをあげていることに物凄い違和感を感じながらも、今はその辺の感想を無視してヤドンの観察を続ける。すると……

 

「ヤンッ!!」

 

 再びものすごい勢いでここから走り去っていくヤドン。しかし、今回はあらかじめ素早く動くという前情報を持っていたため、見失うことなくヤドンの動きを目で追うことが出来た。それはボクだけではなく、横で一緒に見ていたユウリとマリィも同じだったみたいで、ヤドンをしっかりと視界に捉えながら口を開き始める。

 

「前視界から消えたように見えたのは、私たちが『ヤドンは遅い生き物だ』っていう固定概念に囚われていたからだったんだね」

「その情報を持った状態で改めて注視すれば、消して追い付けない速さというわけじゃないことが分かったと」

「でも楽観ばかりはできないね」

 

 ユウリとマリィの言う通り、固定概念を捨ててそういうものなんだと意識を改めれば、決して目で追い付けないものではない。しかし驚異的な速さであることには変わりはなく、あの固体に追いつけるほどの素早さを持っているポケモンなんて限られている。それこそ、ボクのメガヤンマやクララさんのペンドラー、それに、何回もオーラぐるまを行ったマリィのモルペコぐらいではなかろうか。他のポケモンでは、いくら追いかけたところで追いつくことなんて不可能だろう。しかし、だからこそわかったことがある。

 

「『素早いポケモンがないとクリアできない』。そんな理不尽なゲームにはマスタードさんは絶対にしないはず。じゃないとゲームとして成り立たないもんね」

「ってことは、やっぱりあるとね。何かしらの攻略の糸口が」

「むしろなかったら、あとで門下生さんたちに大バッシング受けちゃいそうだもんね」

 

 前提としてこのポケモンを持っていないとクリア出来ない。みたいなクリア条件なら、わざわざゲームという形で全員参加のものにはしないだろう。それこそ、最初のクララさんだけでやっていたみたいに、特定の個人に向けたメニューとして課題を出せばいいだけだ。逆に言えば、全員に対してこの課題を出したということは、参加者全員にクリアする術があるということになる。なんせ、最初にこの課題を受けたクララさんは1人で挑戦していたわけだし、実際に1度ちゃんと捕まえている。なら、まだどこかしらに糸口があるはずなのだ。

 

(……けど、唯一クリア出来る人が絞られている理由が1つだけ、あるにはあるんだけどね……)

 

 頭の中に思い浮かんだ1つのとても意地悪な解答にたどり着き、少しだけ苦笑いをこぼすボク。もしこの予想が当たっているのなら、マスタードさんはかなりの意地悪者だ。『()()()()()()()()()()商品をあげる』という報酬が、ボクたちの動きを物凄く邪魔してきそうだ。

 

 と、ここまで色々考えたけど、現状どれも確証を得られるものにはなっていない机上の空論だ。ボクのこの考えを裏付けるにせよ、否定するにせよ、やはり情報というものはとても重要になってくる。ならば、ボクたちのとるべき行動は、あのヤドンについてしっかりと観察をすること。

 

「とにかく、今はあのヤドンをまた追いかけよう。そうすればもうちょっとわかることがあるかも━━」

「「フリア!危ない!!」」

「━━しれな……え?」

 

 ヤドンの観察のために再び動こうとしたところで、ユウリとマリィからかけられる叫び声。その声に反応して振り返ると、そこにはこちらに突進してこようと構えているバッフロンの姿。それも1匹や2匹ではなく、今ボクたちがいる場所の周辺にいるバッフロン全てがこちらを向いていた。

 

 

「ヤアアアァァァァンッ!!」

 

 

(ヤドンの声にひかれたのか!!)

 

「タイレーツ!!『インファイト』!!」

「ズルズキン!!『かわらわり』!!」

 

 走ってくるバッフロンに対して、ユウリとマリィがすかさず迎撃を始めてくれたおかげで、ボクの方にまで攻撃が来ることなく止められた。しかし、この間にも遠くへと離れていくヤドンの姿がどんどんと小さくなっていく。このままだと、あと数秒もすればヤドンを完全に見失うだろう。

 

「逃がさない!!グライオン!!メガヤンマ!!」

 

 それを防ぐためにボクもすぐさま仲間を呼び、指示を出す。

 

「メガヤンマはヤドンの追跡!!攻撃はしなくていいよ!!まずは追いかけるだけでいい、自慢の素早さで駆け抜けて!!グライオンは高く飛び上がってこれで撮影をお願い!!」

 

 ボクの指示を聞いた瞬間飛び立つメガヤンマとグライオン。

 

 特性『かそく』でぐんぐん速くなっていくメガヤンマは、放っておけばいつかヤドンにたどり着くだろう。そしてグライオンは、ボクの携帯を大切そうに抱えたまま、風に乗って大空へと浮かび上がる。これで、たとえボクたちがこれからヤドンを追いかけることが出来なくなったとしても、グライオンが証拠を残してくれれば大きな情報となるだろう。強いて言えば、シロナさんの言っていた『目立つ動き』に該当していないかがちょっとした不安要素ではあるけど……まぁ、メガヤンマとグライオンなら、特に問題を起こすことなく帰ってきてくれるはずだ。ここは長年一緒に旅をしてきたことによって出来た信頼を大事にする。

 

 それに、今は目の前のことに集中しなくてはね。

 

 バッフロンの攻撃を次々捌いていくタイレーツとズルズキン。どちらもかくとうタイプであるため、バッフロンに対して有効な技で対処することができ、おかげで数の不利を跳ね返すことが出来ている。しかし、今この場にいる野生のポケモンはバッフロンだけでは無い。遠くの方に視線を向ければ、ヌオーがこちらに向けてマッドショットを構えているのが見える。これを貰えば、タイレーツとズルズキンが押され返される可能性がかなり高い。だからボクはそれを止めるべく、3つ目のボールを投げる。

 

「チリーン!!『エナジーボール』!!」

「リリーン!!」

 

 チリーンから繰り出された緑色の珠は、正確にヌオーを貫き、戦闘不能に追いやる。

 

「前衛は2人に任せるから、援護は任せて!!」

「「了解!!」」

 

 ヌオーが倒されたことにより、周りのポケモンたちがさらに反応を示してこちらに寄ってくる。それはまるで波のようで……

 

(なるほど、これは厄介だ……)

 

 厳しい状況。だけど、どこかこの状況をボクは……ううん。ボクたちは楽しんでいた。

 

「さぁ、ここはまだまだ課題の通過点なんだから、これくらいさっさといなしていくよ!!」

「当たり前と!!今更この程度のことで動揺なんかしないんだから。コロッとやっちゃって、早くヤドンを追いかけると!!」

「ヤドンのしっぽのフルコースが待ってるんだもん!!そのためなら、なんだって越えられる気がする!!」

 

 相変わらずのユウリの言葉に苦笑いをこぼすボクとマリィ。けど、これはこれでいつものボクたちらしく、変に緊張するより全然いい。

 

 改めて気合いを入れ直したボクたちは、迫り来るポケモンたちに対して構えを取り、激しい迎撃戦へと身を投じて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤドン

実機では清涼湿原に3匹全て居ますが、ここでは3箇所に行ってもらってます。
1箇所に全員だと、少しワチャワチャしすぎる気がしたので……

クリア報酬

なんで意地悪なんでしょうかね?




アニポケでトゲキッスがダイマックスしてるのを見て懐かしいと思いました。
さてさて、サトシさんは勝てるのでしょうか……本当にどっちが勝ってもおかしくないのでドキドキしますね。






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135話

「ぜぇ……ぜぇ……あのヤドン、どこいった……?」

「わかんないぞ……野生のポケモンに邪魔されて、その度に追い払ってを繰り返していたらいつの間にか見失ったぞ……」

「気づけば門下生のみんなもいなくなってるしよ〜……も〜!!なんだってんだよ〜!!」

 

 ヨロイ島は『鍛錬平原』。

 

 マスター道場から一番近い『清涼湿原』から『集中の森』に入り、そこからさらに北に抜けた先に広がる広大な平原エリアで、ここには主に、ケンタロスやミルタンクが生息しており、『清涼湿原』で言うところのバッフロンやラッキーの代わりになっているかのようにのんびりと、そしてたまに同族で競い合うように戦っている姿が目撃できる。また、他にもストライクやカイロス、ヘラクロスと言った、戦うことが好きなむしタイプのポケモンも同じようにしのぎを削っていた。その姿はまるでお互いをライバルと認識したもの同士による稽古姿にも見え、『清涼湿原』と違い、こういった野生ポケモン同士のバトルが多発しているところが、ここが『鍛錬平原』と呼ばれる所以なのかもしれない。それだけこの平原にいるポケモンたちは、他の場所のポケモンと比べて若干血の気が多い子が多かった。もっとも、『清涼湿原』の方でも同じようになっている可能性もあるが……。

 

 普段のオレたちなら間違いなく喜んでここでバトルをして特訓をしていただろうし、フリアもきっとこの状況に対してなんだかんだ喜びながら訓練をしたり、景色を見て楽しんだりしていたことだろう。けど、今はとてもじゃないけど訓練できるだとか、観光できると言った気持ちになれそうにない。

 

 理由は先程あげた野生のポケモンたちにずっと戦いを挑まれているから。

 

 現在進行形で迫ってくるストライクに対して、カビゴンののしかかりで何とか追い返しながら、隣で同じようにカビゴンを出しながら戦うジュンと話し合っているなか、周りを見れば既にかなりのポケモンが戦闘不能状態になっており、至る所で倒れたり、よりかかったりと、各々が休憩の姿を取っていた。しかし、それでもなお途切れることなくポケモンたちが挑んできたため、本当ならヤドンを追いたいのに、ずっとここに足止めをされていた。

 

 ヤドンが逃げたと思われる方向に視線を向ければ、とっくにその姿は消えているため、追いかけるには不可能だ。そもそも、今戦っているストライクを退けたとしても、未だに後ろで控えているポケモンがいるから、この戦いすらもまだ終わる気配がないのだが……

 

「くっそぅ……いい加減限界が来るぞ……ジュン、大丈夫か?」

「大丈夫だ!……って言いたいけど、さすがにきつい!!これはどこかで休憩入れないと、ヤドンと出会う前にへばっちゃうぞ」

 

 なんて口論をしている間に、オレとジュンのカビゴンが揃って倒れてしまう。ここまで長く戦って、たくさんのポケモンを倒してくれた頼もしい要塞が遂に崩されてしまったことに、思わず歯を食いしばる。

 

「どうする?1回引くか?」

「相手がそれをさせてくれればいいけどな……!!」

 

 カビゴンを戻しながらすぐさま次のポケモンを構えるオレたち。だが、そんなオレたちの動きを待つ前に、次はカイロスとヘラクロスが飛び出してくる。何とか次のポケモン……オレのウッウと、ジュンのギャロップが飛び出して攻撃を防いでくれたものの、先程言った通り引くという行動を簡単にさせてくれそうになく、また新しい戦いの幕が開けてしまう。

 

「おいおい、このままだとジリ貧だぞ!!どうにかしないと!!」

「ああもう!!本当になんだってんだよ〜!!ゲームって嘘じゃないか〜!!」

 

 大きな平原に響き渡るオレたちの叫び声。

 

 危機的状況でありながら、それでも、オレたちの表情はどこか笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タイレーツ!!『メガホーン』!!」

「ズルズキン!!『かみくだく』!!」

「チリーン!!『サイコキネシス』!!」

 

 『清涼湿原』の野生のポケモンと戦うこと数十分。相手を倒すことよりも、ダメージを受けないことを重視した戦い方のおかげか、戦闘不能になっているポケモンはおらず、大きな消費をすることなく何とか迫り来るポケモンたちの攻撃をいなすことが出来ていた。

 

 左右から走ってくるバッフロンに対してズルズキンとタイレーツが対処を行い、真正面から飛んでくるヌオーたちのみずのはどうは、チリーンがサイコキネシスを行って軌道を変え、別方向から襲いかかって来ようとしていたスコルピとドラピオンの方へ飛ばして、逆にこちらの攻撃として利用させてもらう。

 

 相手を倒すことよりも、生き残る事を主とした理由は、先のことを考えてのこと。

 

 正直、ボクたち3人ならここに集まっている野生のポケモン全てを倒すことは難しくは無いと思っている。それだけの経験値と実力、そして観察眼を備えているのが分かるから。しかし、そのためにはこちらからリスクの高い攻めをする必要がある。そうなれば、こちらの仲間の何人かは戦闘不能となる可能性が高い。今ボクたちが行っているのは、ヤドンを捕まえるまでの情報収集の一環でしかない。なのに、ここで戦力を削られた場合、ヤドンを捕まえるという本題に挑む時にこちらの取ることの出来る選択肢を狭めることとなる。それだけは、できることならしたくは無い。勿体ないしね。

 

 ひとつの勝負に勝つことは簡単だけど、そのために次の戦いに不利となることを残すのは、今回のような連続した戦いを求められる時に大きなストレスになることが大きい。それは、『清涼湿原』にて倒れていた門下生のみんなの姿を見ればよく分かるだろう。

 

 それに、野生のポケモンとの戦いはなにも相手を倒すことだけが勝利では無い。ボクがガラル第二鉱山でやったように、相手に戦う気力を無くさせて離れさせたり、逆にこちらから逃げきったりすることも勝利となる。今回のボクたちの1番の目的は、さっきも言った通り情報収集で、その中で特に大事なのがヤドンについての情報。これを集めることがボクたちの1番の勝利条件だ。そして、その情報はメガヤンマとグライオンが頑張って集めてきてくれている最中。そこまで考えた場合、改めて自分たちがやるべき行動を考えてみると、最善手って、野生のポケモンたちがメガヤンマたちを襲わないように、少しでもボクたちにヘイトを向けるように立ち回ることなんだよね。となると、この持久戦は時間稼ぎという意味でも正解の動きだと思っている。

 

 理想はみんなのヘイトをこちらに向けて、少しでも時間を稼ぎつつ、いくら攻めても相手はボクたちを倒せないということを悟らせて、ゆっくり諦めて貰うこと。それが出来れば、本当に楽にこの状況を打破することが出来る……けど……

 

(理想はあくまでも理想。やっぱりそう上手くいかないか)

 

 止められたバッフロンも、攻撃をそらされたヌオーたちも、吹き飛ばされたスコルピたちも、誰一人として心を折られていない。かれこれ数十分もこちらはノーダメージを貫いているというのに、むしろそんなボクたちだからこそ、対抗意識を燃やしているのかどんどんやる気になっていた。

 

「ねぇフリア……なんか、バッフロンたち、どんどんやる気になってない?」

「あたしもそう思うと。やけに力が入ってる」

「2人もそう感じてたんだ……これは無茶してでもすぐに倒した方が良かったかも……」

 

 草を食べたり、水遊びをしていたりとのんびりした時の姿からは想像もできないくらいには好戦的なその姿に、当初の予定を大きく狂わせられる。さっきも言った通り、本当ならあちら側に諦めてもらうような戦いを展開するつもりだったのに、この島の野生のポケモンはどうも負けず嫌いの血が強く、勝つために引くことはしても、諦めからの敗走は絶対にしないという意志を強く感じた。

 

(……もしかして、この野生のポケモンたち……テコ入れはされていないとは思うけどまさか……?いや、その確認は後にしよう)

 

 そんなバッフロンたちの姿にとある想像が一つ思い浮かぶけど、今は置いておこう。それよりも、相手が引かないというのなら、こちらが相手を全員倒すか、ここから逃げ延びるか、どちらかを選択する必要が出てきた。その選択もできる限り早く決めておかないと、倒すにしても逃げるにしても、ここからの一手はかなり大事だ。

 

(さて、どう動くか……)

 

「シシィィ!!」

「グラァァッ!!」

「フリア!!上!!」

「帰ってきたみたいと!!」

「っ!?メガヤンマ!!グライオン!!」

 

 2つの選択肢のどっちのルートを取るかどうか悩んだ時に上空から掛けられる声。ユウリとマリィと一緒にその声の持ち主に視線を向ければ、上からものすごい勢いで帰って来るメガヤンマとグライオンの姿があった。若干のダメージを負っているように見えるメガヤンマとグライオンは、しかしそんなことを思わせないほど嬉しそうな声をあげながらこちらに飛んでくる。グライオンに至っては、声をあげながらボクの携帯を高々と上げてフリフリしているまであり、もしかしたら何かいい情報が手に入ったのかもしれない。特にこれと言って撮ってきてほしいものがあると頼んではいなかったから、2人が返ってくるタイミングがちょっと不安だったのだけども、あの様子だとその不安も杞憂だったようで、ボクの知りたい情報をしっかりと撮ってきたみたいだ。このあたりは長く一緒に旅をしてきたことによる効果だろうか。本当に頼りになる仲間だ。

 

「2人ともお疲れ!!戻ってきて!!」

 

 此方に飛んできたメガヤンマとグライオンに対して、モンスターボールからリターンレーザーを放ってボールに戻すと同時に、グライオンが投げてきた携帯をキャッチし、しっかりと映像データが残っていることを確認したボクは、すぐさまユウリとマリィに指示を出す。

 

「うん……目的は達成できてるっぽい。ユウリ!!マリィ!!下がるよ!!」

「うん!!タイレーツ!!」

「わかったと!!ズルズキン!!」

 

 メガヤンマとグライオンのおかげでひとまずの目標は達成出来た今、ここに残る必要はない。なら、先ほどまで悩んでいた2つの選択肢も、逃げるを選択すればいいだけとなる。そうとわかればすぐさま退却準備。前に出ていたタイレーツとズルズキン後ろに下がらせるユウリとマリィ。しかし、戦うことを目的としている野生のバッフロンたちがボクたちの撤退をそう易々と許してくれるわけもない。下がり始めたボクたちの姿を確認したバッフロンが、一斉にアフロブレイクを構えて突進してくる。更に、その動きに合わせてヌオーがみずのはどうを放ち、別の場所にいたドラピオンとスコルピの軍団はそれに合わせるようにミサイル針を放ってきた。

 

 想像以上に密度の濃い弾幕に、しかしここまで戦ってきたボクたちに焦りは存在しない。

 

「「マリィ!!」」

「任せて!!オーロンゲ!!」

「ローンッ!!」

 

 迫りくる数多の攻撃に対してマリィがすぐさま反応をし、地面にボールを投げてオーロンゲを呼び出す。自慢の髪の毛に包まれた両腕を高らかに上げながら声を上げるオーロンゲは、呼び出されてすぐ目の前に映る野生のポケモンの群れにも臆することなく、自身が信頼を置く主に真っすぐ視線を向ける。

 

「オーロンゲ!!『リフレクター』と『ひかりのかべ』!!」

「ローンッ!!」

「チリーンは援護して!!」

「リーン!!」

 

 そんな主からされた指示は、自身の目の前にみんなを守る2つの壁を展開すること。本来なら今呼び出されてすぐに壁の展開を指示されたとしても、大体のポケモンは壁を作る間もなく攻撃を受けるか、壁を展開できたとしても1枚までが限度だ。しかし、マリィのオーロンゲなら今からでも2枚の壁を展開することが出来る。

 

 特性『いたずらごころ』

 

 変化技を誰よりも早く行うことが出来るこの特性は、例え相手がすでに攻撃態勢を取っていたとしても、でんこうせっかやアクアジェット、マッハパンチと言った、同じように先制を目的とした攻撃とかち合わない限りは、間違いなく先に行動することが出来る強力なものだ。場面を作り上げ、自身にとって有利になる準備をほぼ確実に行うことが出来るこの特性は、今回もしっかりとその役割を遂行し、飛んでくる攻撃全てを軽減する壁を瞬時に作り上げた。その甲斐もあって、バッフロンの動きはリフレクターのおかげで鈍くなり、ヌオーたちとスコルピ、ドラピオンたちの攻撃はひかりのかべのおかげで勢いが緩まり、その隙にチリーンのサイコキネシスが間に合って、そのすべてが明後日の方へ弾かれた。

 

 遠距離からの攻撃がなくなったことで、周りに気にすることなく戦うことが出来るようになったため、今度はタイレーツとズルズキンによる近距離部隊が活躍する。壁に止まっている間に、両サイドから挟み込むように移動したズルズキンとタイレーツが、インファイトとかわらわりを連続で繰り出して押し返していくことで、こちらに押し寄せていたバッフロンの波を少しずつ後ろへと押し返していた。こうかばつぐんの嵐によって後ろに下られたバッフロンは、しかしそれでも倒れることはない。元々耐久がそこそこあるバッフロンが、群を成して突進してきたことによって、本来受けるはずの威力をうまく分散させられてしまっているため、なかなか決定打にはならないからだ。

 

 逃げ切るための大きな隙を作るにはあと一手が必要。

 

「ユウリ!!」

「うん!!出てきてエースバーン!!」

「ゴウカザルも手伝って!!」

 

 その一手を満たすために、こちらもユウリに声をかけて次の準備を始める。

 

「エースバーン!!『かえんボール』!!」

「ゴウカザル!!『おにび』!!」

 

 呼び出されたエースバーンがまず行ったのがかえんボール。小さな石をリフティングしていくことで蹴りだす火球を作っていく。石が足に当たるたびにその火球がどんどん大きくなり、5回リフティングするころにはエースバーンの身長の半分くらいの大きさへと成長していく。その火球に対して、ゴウカザルがおにびを纏わせることによってその火力は更に強力に、そして禍々しくなっていく。

 

「「いっけぇぇぇ!!」」

 

 紫色の大きな火球へと成長したそれを勢いよく蹴りだすエースバーン。蹴られたことによって火力を更にあげられたその技は、湿原のはずのあたり一帯の温度を一気に跳ね上げ、周りの草たちを燃やしながらバッフロンの群れに猛進していく。

 

 着弾と同時に爆音を奏でながら広がる炎の波は、バッフロンたちの群れを巻き込んで轟々と燃え上がる。これでバッフロンたちの動きを止めることには成功した。しかしまだ足りない。後ろに控えているドラピオンたちとヌオーたちの群れが、第2陣を放とうと再び準備を始めた。これを許してしまえば、せっかくここまで大きくした炎を消される可能性がる。だから……

 

「ネオラント!!行くよ!!」

「フィ~!」

 

 炎を消される前にネオラントを呼び出し、ダメ押しの攻撃とする。

 

「ネオラント!!『おいかぜ』!!」

「フィ~!!」

 

 ボクの指示を聞いて、嬉しそうにヒレを大きく動かし始めたネオラントより、こちらの背中からバッフロンやヌオー、ドラピオンたちに向けて強風が吹き荒れる。その風は、エースバーンとゴウカザルによって生み出された紫色の焔の海を、更に押し広げるように流れていく。すべてを飲み込む焔は、ここまで圧倒的な耐久力を持って耐えてきた野生のポケモンたちをようやく退かせることが出来た。しかし、そんな状況でもなおあきらめずに、空からこちらに接近して来ようと飛び上がるポケモンもいる。本当に、この執念にはただひたすらに敬意を表する。だけど、そんな苦し紛れの行動では、ここまで有利を作り上げたボクたちには届かない。

 

「チリーン!!『サイコキネシス』!!」

「リリーン!!」

 

 燃え上る焔の一部に、チリーンがサイコキネシスを打つことによって、チリーンの意のままに動く焔の触手が出来上がり、その攻撃が飛び上がった敵のことごとくを打ち落としていく。下は紫色の焔のカーテンが広がり、上から行けば焔の触手が叩き落としてくる。いよいよもってこちらに攻撃する術を失った野生のポケモンたちは、この状況を見てようやく下がるという決意をしてくれた。

 

「……よし、みんな!下がるよ!!」

「「うん!!」」

 

 その姿を確認したボクたちは、みんなをボールに戻してすぐさま休憩地点へと引き返していく。

 

(……ごめんね。でも、今度はちゃんと真正面からぶつかって戦ってあげるからね)

 

 闘うことに、そして自身を磨きあげることに貪欲な彼らに、今回逃げるという選択を取ってしまったことに謝罪をしながら下がるボクたち。けど、今回ばかりは優先したいことがあるから仕方がない。後ろから感じる熱気から視線を逸らしたボクたちは、今度は決着をつけることを心に誓いながら、走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな大丈夫?」

「な、なんとか……」

「疲れた~……」

 

 『清涼湿原』から走り続けること20分。何とか大きな被害を出すことなく帰ってきたボクたちは、ちょっとだけ荒れた呼吸を整えながら疲れを癒していく。ボクたちが返ってきたことを確認した門下生たちも暖かく迎え入れてくれたおかげで、かなりリラックスすることが出来た。その中には、この休憩所で休んでいたクララさんの姿もあった。

 

「3人ともお疲れ様ァ~。はい、みんなの分のお茶だぞォ~」

「ありがとクララさん」

「助かる~……勝つために仕方なかったとはいえ、あの火力を目の前で浴びてたから熱くて熱くて……」

「あたしも、喉からっからと~……」

 

 クララさんからお茶を貰ったボクたちは、乾いた喉を潤すために一気にお茶を飲み干していく。喉を通る水の感覚に、思わず声をあげながら心地よさに浸っていると、クララさんから質問を投げかけられる。

 

「で、今回の調査の結果はどうだったのォ?」

「あ、そうそう。結局どうなったの?」

「……って、ユウリンも知らないのォ?」

「あたしたちはフリアのメガヤンマとグライオンが情報を集めるまでの時間稼ぎしかしなかったから、まだ何を見てきたのかを知らなかと」

「え?メガヤンマァ?グライオン?そんなポケモンこの地方にはァ……」

「その辺の説明は後にするよ。とりあえず、まずはグライオンが撮影してくれた動画の確認をしよっか」

 

 メガヤンマやグライオンのことを知らないクララさんから質問の声が上がるけど、とりあえず今は置いておいて、気になるものを確認する。自分の懐から取り出した携帯を起動し、データを確認。その中から、グライオンが撮影してくれた動画ファイルを開き、再生ボタンを押した。映っている動画はかなり高い所からヤドンとグライオンを捉えており、両者の動きを正確に追いかけていた。けど……

 

「わかってはいたけど、無茶苦茶速いねこれ……」

「これがヤドンとメガヤンマの追いかけっこなんて信じられなか」

 

 ユウリとマリィが言う通り、両者の動きがあまりにも速すぎて、俯瞰視点で見ているはずなのに、両者の動きが定期的にぶれていく。全速力で逃げながら叫び声をあげるヤドンと、襲い来る野生のポケモンの技と技の間と、針に糸を通すかの如く華麗に抜けていくメガヤンマの姿は、とてもじゃないけどヤドンが関わっている攻防には全く見えない。

 

「うわァ。わかってはいたけど、改めてこういう視点で見ると、やっぱりあのヤドン無理ィ……」

 

 その姿を見たクララさんはもはやトラウマまでになっているらしく、若干顔色を悪くしながら見つめていた。みんながみんな、その速さに頭を抱えていく。ただでさえ速いのに、追加ルールでヤドンを攻撃することが禁止されている以上、メガヤンマとペンドラーで追い続けるのも限界がある。けど、ボクは2人の動きをじっと見つめて動きの気になるところを見つける。

 

 速さばかりに目が行きがちだけど、やっぱりゲームというだけあってちゃんと突破口は用意してくれている。そこに気づいたボクは、一つの作戦に辿り着く。

 

「……やっぱり、予想してたけどこのヤドン、ちゃんと法則性自体はあるんだね」

「「「え?」」」

 

 ボクの言葉に驚く3人。そんな3人に向けてボクはしっかりと宣言する。

 

「とりあえず、何とかする方法は見つけた……かも。みんな、力を貸してくれる?」

 

 未だに顔色の悪い3人。しかしそれでもボクの言葉を信じてくれた3人は、ゆっくりと、その首を縦に振ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ホップ&ジュン

2人の方が消耗が激しいのは、単純に彼らが相手を倒す動きをしているからですね。彼らが耐えることを重視すれば、フリアさんたちのように消耗も少ないです。

ネオラント

実はおいかぜ使えるんですよね。このおかげで、BDSPではかなり助かった覚えがあります。主にシロナさんとのバトルで……。




アニメではいよいよ決勝戦まで来ましたね。負ける可能性も考えましたが、勝ててよかったです。さて、決勝戦……どうなるんでしょうかね?






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136話

「元々こういった観察や作戦立てがいちばん得意なのはフリアだもん。今更反対することもないし、私はフリアが決めてくれたことなら信じてついていくよ」

「あたしも同感と。悔しいけど、この辺りはあたしもなかなか手が出せない場所。だから、フリアを頼りたい」

「うちはもう、クリア出来ればなんでもいいわよォ〜〜〜〜ッ!!」

「……わかった。ありがとうみんな」

 

 首を縦に振った3人から貰った言葉は、ボクを真っ直ぐ信じてくれる言葉。……クララさんはちょっと違うけど、あまりにも真っ直ぐすぎて、思わず少し恥ずかしくなってしまうほどだ。それだけ信頼されているんだと思うことで、なんとか恥ずかしさを抑え込み、話の本題へと早速移ろうとする。

 

「じゃあ早速ヤドンについてわかったことを━━」

 

 

「お〜い!!誰か来てくれ〜!!」

 

 

「━━話そうと思ったんだけど、なにか騒がしくない?」

「何かあったのかな?」

 

 しかし、そんなボクたちの声を遮るように、休憩時に大きな声が響き渡る。そちらの方が気になったので、少し視線を向けてみると、どうやら今までここにいなかった門下生たちも続々と帰ってきているみたいで、ボクたちが清涼湿原で戦っている間にチャレンジビーチに向かっていた人たちが帰ってきていて、そしてたった今、鍛錬平原に向かっていた人たちが、この休憩所に合流してきていた。言われて周りを見渡してみると、確かにここにいる人数が増えていることに気づく。話を聞く限り、これで門下生の人たちが全員揃ったらしく、誰1人として欠けることなくまた集まることができたことに、少なくない安心感を覚えた。

 

「とりあえずみんな無事でよかったと」

「けど、やっぱり誰もヤドンを捕まえてはいないわねェ」

 

 マリィとクララさんの言葉を聴きながら帰ってきた人たちを見てみるけど、彼女たちの言う通り、その手にヤドンを抱えている人は誰もおらず、みんながみんな疲弊しきった顔をしていた。彼らもまた、野生のポケモンたちにこってり絞られて帰ってきたということだろう。

 

「あれ、門下生の人たちがみんな帰ってきたってことは、ホップたちはどうなったのかな……?」

「そういえば………」

 

 鍛錬平原とチャレンジビーチ、そのどちらからも門下生が帰ってきているのなら、同じくどちらかに向かっているホップとジュンも帰ってきていると考えて良さそうなものだ。ユウリの言葉のおかげでその事を思い出したボクは、改めて周りを見渡してみる。すると、飲み物を準備している場所に目的の人物はいた。

 

「「ぷっはぁぁぁああ!!生き返る〜!!」」

「よかった。予想よりは元気そうだ」

「あのお騒がせコンビのこと。あまり心配はしてなかと」

「まぁまぁ。無事が確認できて良かったってことで」

「むしろうちはなんでまだあんなに元気なのか不思議なんだけどォ……」

 

 各々の感想を述べながらホップたちに近づくボクたち。美味しそうにお茶を飲み干す彼らに若干の呆れを感じながら歩いていたところ、向こう側もこちらに気づいたみたいで、コップの中身をこぼしそうな勢いでこちらに駆けつけてきた。

 

「おいお前ら遅いぞ!!もっと速く来れば絶対にヤドンを捕まえられたんだぞ!!」

「はいはい。結局失敗したのね」

「うぐぐ……あとちょっとだったんだよ~!!あのストライクとカイロスさえいなければ~!!」

「あ、あはは……え、えっと……ジュンはこう言ってるみたいだけど、実際はどうだったの?ホップ」

「ああ、ヤドンの姿をたびたび見かけることはあったんだけどな……いかんせん野生ポケモンが多すぎて最後まで追いかけきれなかったんだ。あとは━━」

 

 ボクとジュンが言い合っている間にホップに話を聞くユウリ。鍛錬平原の方は情報が全くないので、ホップからの意見はとても助かるんだけど、話を聞く限りどうも清涼湿原と状況自体はあまり変わらないようだ。変化があるとすれば出てくるポケモンの種類が少し違うくらいで、それすらもいくつかタイプがかぶっており、バトルする時の対策もボクたちが闘った時とあまり変化する必要がなさそうに聞こえた。こうなると、環境が一番違うチャレンジビーチの方が余計気になってくるかもしれない。

 

「━━っと、こんなものだぞ。そっちもおんなじ感じか?」

「概ねそうと。ただ、あたしたちはホップたちと違って、情報取集のための行動だったから全然消耗してなかと。現にあたしたちの被害はあるにはあるけど、想像よりは少なめだし……」

「みたいだな。オレたちは無理やり突き進んでたからその分被害は大きかったんだよなぁ……」

 

 ホップからあらかた情報を教えてもらったところで、2人の今の手持ち状況を聞いてみると、ジュンはカビゴン、ロズレイド、ギャロップが、ホップはカビゴン、ウッウ、バチンウニが戦闘不能となっており、戦闘不能になっていないポケモンたちもそれなりに疲労している状態になっているらしい。その分、鍛錬平原の野生のポケモンは倒してきたみたいだけど、それでも撤退を余儀なくされるくらいには、まだまだ戦力は向こうの方が多いらしい。野生なんだから、数が多いのは当然と言えば当然なんだけどね。

 

「んで、フリア。お前のことだからあらかた状況と解決方法はわかってるんだろ?教えてくれ」

 

 ホップの語りが終わったところで話題を元に戻すジュン。自分ひとりでクリアできそうにないことに怒ってはいたけど、こういう時の切り替えの速さは単純に彼のいいところでもある。せっかちという性格も、たまにはいいところがあるのかもしれない。と、ジュンの性格についてはひとまず置いておいて、みんなの話が落ち着いたところで、改めてみんなに今回のヤドン捕獲ゲームについての話を始める。

 

「それじゃあ改めて、まずはこれを見て欲しい。メガヤンマとグライオンが頑張って撮影してくれた動画だよ」

 

 ユウリたちは既にみているけど、ホップとジュンは見ていないので改めて動画を流し、確認してもらう。

 

「相変わらず速すぎるぞ……」

「フリアのメガヤンマでも追いつくのがやっとなのか……道理でオレたちがよく見失うわけだぜ」

 

 その動画に対する2人の初見の意見を聞き、一通り動画を流し終わったところで、ボクは続きを喋りだした。

 

「ご覧の通りヤドンは超高速で走り回っている。これを正直に真っ直ぐ追いかけ回すには、ボクのメガヤンマのような、速さに自慢のあるポケモンが手持ちに居ないと不可能だ。だけど、それは逆に何かしらの突破方法があると、ボクは思ってた」

「それは前も言ってたよね」

「確か、固定のポケモンが居ないと捕まえられないのなら、そもそもクリア報酬がおかしいって話と」

「ああ、そう言われるとそうだよな。じゃなきゃおかしな話……って、フリア、今『()()()()』って言ったか?」

 

 ボクの言葉に乗っかって発言するユウリとマリィの言葉に、ホップが納得言ったかのような言葉をあげ、そのうえでボクの言葉尻を捉え、周りもその言葉につられてボクの方に視線を集めた。……正確には、言い間違いではないから言葉尻では無いのだけど……今は置いておこう。

 

「まずはヤドンの行動について話そうか」

 

 ホップの指摘と、ボクたちの作戦会議が気になるらしい周りの門下生たちの、絶妙に丸わかりな聞き耳を立てている姿を無視しながら、ボクは言葉を続ける。

 

「結論から言うね。まずこのヤドンなんだけど、この子が逃げるルートには法則性が……ううん。そんな大それたものでもないね。もっと単純に、()()()()()()()()()()()()()()

「そこまで言い切るのか……」

「法則性はあるかもとは思ったけどォ、そこまで言い切れる理由はァ?」

「簡単だよ。さっきの動画を見ればわかるけど、ヤドンの走っている場所がずっと同じだからね」

 

 もう一度動画を流してみると、ヤドンとメガヤンマの追いかけっこのルートが似通っている場所が多々ある。グライオンが上空から俯瞰して撮影したからこそ分かる状況だ。

 

「湿原そのものが広かったり、ルートが複雑だったり、野生のポケモンの妨害のせいで、実際に追いかけていたら方向感覚を狂わされて気づきにくいけど、こうしてみたらルートが固定されてるのがよく分かるでしょ?」

「でもちょっと待って。それだとあたしたちが野生のポケモンと戦っている時にヤドンが現れなかったのが説明つかなか」

 

 ボクの言葉に反論するのはマリィ。確かに彼女の言う通り、ヤドンの走るルートが固定されているのなら、ヤドンはいずれ同じ場所に戻ることとなる。しかし、ボクたちは同じ場所で長く戦っていたのにヤドンが再び姿を現すことは無かった。メガヤンマに追いかけられていることもあり、途中でヤドンが止まっていたこともありえないので、そうなるとマリィの言う通り破綻してしまう。けど、それについても大凡の答えは出ている。

 

「それに関しては、単純にルートが複数あるだけだね」

「ルートが複数……?」

「例えの話。ヤドンがルートAに則って逃げていたとしよう。その道中に何かしらの妨害があった場合、ヤドンはルートAを捨てて、ルートBを使って逃げた。たったそれだけの話だよ。同じように、ルートBがダメならルートC。CがダメならD。この過程でAがまた使えるようになっていたら、ルートAに戻る。多分こんな感じで逃げ回っているだけだね。今回で言えば、本来ならルートAで逃げるはずなのに、ボクたちが戦い続けていたため、ルートAが使えなかったから、ルートBにてメガヤンマと追いかけっこをしたって感じかな?」

「何個かのルートを、状況によって使い分けているだけ……?」

「うん。ボクはそう思ってる。しかも、そのルートの数もそんなに無い。多くても、4つまでのはずだよ」

「そう思う根拠はあると?」

「それはあくまでも、このゲームがクララさん1人でクリアできる難易度だから、かな」

「うち1人でェ?」

「うん」

 

 マリィの疑問に答えている時に、急に自分の名前が上がったため、驚いたような声をあげるクララさん。そんな彼女に対して、ボクは質問を投げかける。

 

「クララさんは、ボクたちがこのゲームに参加する前から挑戦してたんだよね?」

「うん。逃げているヤドン3匹のうちィ、どれか1匹捕まえておいでって言われたわよォ」

「クララさん以外の参加者は?」

「いなかったと思うゥ」

「じゃあ最後。クララさんの手持ちのポケモンを聞いてもいい?」

「?フリアっちはもう知ってると思うけどォ……まぁ、改めて言うわねェ。マタドガス、ペンドラー、ヤドキング、ヤドラン、ドラピオン、エンニュートの6体よォ」

「ありがとうクララさん」

「今ので何か分かったの?」

 

 クララさんへの質問を終えて、ユウリからの言葉に頷くことで返しながら、ボクは説明を続ける。

 

「クララさんの手持ち……というか、基本的にどくタイプって、攻撃を受けることが得意なポケモンが多いんだ」

 

 攻撃を受け止めて、相手を毒にし、じわじわと追い詰めていくことを主とした戦い方をするどくタイプは基本的に打たれ強く、防御面がほかのタイプと比べ、比較的高い子が多い。クララさんの手持ちで言えば、ドラピオン、マタドガス、ヤドラン、ヤドキングがこれに該当する。この、耐えることの出るポケモンが多いということが、今回の地味に重要なポイントだったりする。

 

「その、受けることが得意ってことと今回と、どういう関係があるんだよ」

「分からない?ルートを封鎖するってことは、その場所にずっと居座らないといけないってことなんだよ?そうなると……」

「……野生のポケモンに襲われるってことか」

「正解」

 

 ジュンの言葉に返していると、ホップが正解にたどり着く。

 

 ヤドンを追い込むためにルートを封鎖するためには、ヤドンの叫び声で襲ってくる野生のポケモンがいる以上、少なくとも野生のポケモンの攻撃を一時的にでも抑え込む耐久力が必須となってくる。でないと、ヤドンを追いかけている間にこの封鎖が解かれてしまえば、再びヤドンが逃げる道を与えることになってしまうからだ。けど、その問題をクララさんの手持ちなら解決出来る。

 

「ヤドンを追いかける『かそく』のポケモンがいて、ルートを閉鎖できるポケモンも4匹いて、最後にヤドンを追い詰めた後に、色々ちょっかいを出せる、小回りの効くエンニュートまで控えている。つまり、このヤドン追いに関して、クララさんの手持ちってほぼ理想系なんだよ。というか、多分これがこのゲームの攻略方法」

「理想系……だから最初はクララさんに1人で捕まえて来いってルールを?」

「だと思う」

「だからルートも多くて4つまでってこととね」

「そういうこと。クララさんの手持ちの数だと、5つ以上のルートは手が足りないからね」

 

 自分はヤドンを捕まえるために動かないといけないため、ルートを遮るポケモンはクララさんの指示無しで戦うこととなる。そう考えると、5つ以上はどうしてもエンニュートまでもが遮るメンバーに入らざすを得ず、その時に戦う相手がボクとユウリとマリィの3人がかりでようやく被害を抑えられるレベルの野生のポケモンとなると、指示がない状態だと防御力の低いエンニュートでは時間稼ぎも難しい。そこを踏まえると、多くてもルート分岐は4つが精々だと思う。この分岐も、3つ以下減ることはあっても、増えることはないだろう。……多分。

 

「うわぁァ、そういう方法を求められてたんだァ……」

「あくまでも答えのひとつってだけだと思うから、最初の餌付け作戦も、マスタードさんにとってはいい作戦と思われるだけな気もするけどね」

 

 あの人のことだから、むしろ別解による攻略は喜んで許しそうだ。

 

「とにかく!!ヤドンを捕まえるためには、追いかける役と封鎖して野生のポケモンを食い止める役、そんでもって、最後に捕まえるときに相対する役がいるって訳だな!!」

「あとは、出来れば追いかける役を援護する役も、かな。ここはなくてもいいかもだけど、あった方が安心できるかも。とにかく、それだけいれば上手くいくと思う」

 

 ジュンが話を元に戻しながら結論をまとめてくれたので、それに少しつけ加えた上でボクが作戦……というより、必要な役割をあげていく。このゲームの攻略方法が段々と見えてきたことから、少しずつみんなの表情が明るくなり始めるけど、ここに来てようやくなにかに気づいたユウリが、何かを疑うような表情を浮かべながらボクに質問をしてくる。

 

「ねぇ、この攻略方法……やっぱり変だよ。だって、この解決方法、クララさんとフリアくらいしか実行出来ないよね……?」

「え?」

 

 ユウリの言葉に声を返したのはマリィだけだけど、他の人も同じようにユウリへと視線を向けていた。そんな注目の中にいるユウリは、それでも言葉を止めずに自分の言葉を続けていく。

 

「だって、多分あのヤドンをスピードに追いつけるポケモンなんて、私たちの中だとメガヤンマとペンドラーぐらいしかいないし、野生のポケモンの攻撃を受け止められるのなんて、耐久できるポケモンが沢山いるクララか、そもそも手持ちの多いフリアくらいしか居ないよね……?」

 

 ユウリの言葉にみんなも攻略法の穴に気づき、今度はボクの方に視線が集まってくる。その視線に答えるように、ボクも口を開いた。

 

「ユウリの言葉にさらに付け加えるね。クララさん。今ボクがあげた攻略方法、()()()()()()()だと実行できる?」

「出来るわけないでしょォ!?ヤドンを追いかけるのにみんなヘトヘトで、とてもじゃないけど野生のポケモンの足止めなんて難しいわよォ!?」

「うん。だと思う。ボクだって、マリィとユウリがいなかったら、被害を抑えながらこの情報を集めるなんて不可能だった」

「それってつまり……」

 

 ボクとクララさんしか単独でクリアできそうな人はおらず、その2人でさえ、この攻略に気づいた時にはもう手遅れになってしまうこの方法。それが意味することは……

 

「1人でクリア出来そうなのは、理論上ボクかクララさんしかおらず、その理論もボクは仲間と一緒でなきゃ突き止められなかった。つまり、このゲームは()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……だからさっき、フリアは『思ってた』って言ったんだな」

「そう言うこと」

「じゃあ……ヤドンを捕まえてきた人に報酬っていうのは……?」

「多分それは本当じゃないかな?ヤドンを()()()()()()()()()()ちゃんと貰えるようになってるはずだよ」

 

 攻略するのに人手がいるのに、報酬を貰えるのは1人だけ。その説明によって、このゲームが協力必須というのをわざと考えさせないようにしている。それが、このゲーム1番の肝という訳だ。

 

(だから、物凄く意地悪だなぁと思ったわけなんだけどね……ほんと、いい性格をしてらっしゃる……)

 

 最後の言葉を口にすることは既のところで止め、何とか飲み込む。マスタードさんの事だから、どうせまだ何か考えていそうだし、ボクとしては悪口のつもりは無いのだけど、そう取られかねない発言は、今の状況ではあまり言わない方がいいだろう。

 

 さて、ここまでのお話によって、ようやく攻略が見えたからという理由で明るくなっていたみんなの表情が再び暗くなり始めた。それもそうだろう。今まで1人でもクリアできるかもと思ったものが、複数人でないとクリア出来ないと言われれば、誰だってちょっとは思うところがあるものだ。だから、先にこれだけは言っておこう。

 

「そのうえでボクから発言。みんなに手伝って欲しいって言ったけど、ボクは成功報酬を貰う気はないって言っておくね」

「なっ!?」

 

 ボクの発言に驚きを見せる。特に門下生たちの反応が大きく、まさか言い出しっぺが降りるとは思わなかったのだろう。明らかに動揺している気配が伝わってきた。

 

「いいのか?」

「いいも何も、ボクはヒカリの個人的な知り合いだからね。またお願いする機会はいつでもあるから。けどみんなは……特に、門下生の人たちは違うでしょ?この機会を逃がしたらもうない可能性の方がよっぽど高いんだから。だったら、その人たちに譲るよ。……まぁ、ボクひとりが競走から降りたところで、枠が3人と少ないから、気休め程度しかないかもだけどね……でも、だから……」

 

 ボクが報酬を蹴る理由を話しながら、視線をユウリたちから門下生のみんなへと向ける。そして、そのまま門下生たちへと頭を下げた。

 

「どうか、皆さんの力も貸してくれませんか?」

「……は?」

 

 急なお願い。その事に、少なくない人が素っ頓狂な声を上げ、混乱したかのような顔を見せる。まさか、このタイミングで協力を仰がれるなんて全く想像していなかったみたいで、本当に面白い顔になっていた。

 

「……あなたたち6人の力なら、我々の力がなくとも、ヤドンを1匹ずつ捕まえるのは可能なのでは?」

「かもしれません。ですが、それだとダメなんです」

「ダメ……?」

 

 そんな中でも、比較的冷静に物事を対処出来た方が、ごく普通の疑問をなげかけてきた。確かに、攻略法がわかった今、ボクたち6人なら時間はかかるけど確実にヤドンを捕まえることができる……と思う。しかし、今回においてそれはダメだと言っておく。その理由を、ボクは視線を西に向けながら喋る。

 

「時間がもうないので……」

「もうこんな時間だったんだ……」

 

 ボクの視線を追ったユウリがこぼしたように、空で輝いていた太陽はかなり西に傾き始めている。このゲームの明確な制限時間は伝えられていないけど、報酬がディナーである以上、どれだけ長くても夕飯までと言う絶対的な制限時間があることには変わらない。その事を考えると、1匹ずつ捕まえる時間というのは、役割を決めたり、ヤドンを追いかけてルートを把握したり、最後の追い込みにかかる時間を考慮したりすると、とてもじゃないけど足りないと思う。だから3匹同時に捕獲しないと間に合わない。そのためにも……

 

「力を、貸していただけませんか?」

「……」

 

 ボクの言葉に少しだけ考える素振りを見せる門下生の方たち。しかし、その沈黙は想像より短く、すぐに返答が来る。

 

「俺たちで良ければ、全力で!!」

「ああ!!そもそも、君たちのおかげでこの休憩スペースで回復できたしな!!」

「恩返しじゃないけど、私たちもなにか頑張らなきゃ!!」

「先程は冷たいことを言って済まなかった。我々もぜひ協力させてくれ」

 

 その内容はボクたちに協力をしてくれるというもので、その言葉を聞いた瞬間、思わず飛び上がってしまいたくなってしまった。その気持ちをなんとか抑え、ユウリたちと顔を見合わせて1度頷いたボクは、すぐさま次の行動へ移る。

 

「あ、ありがとうございます!!では早速、役割を決めましょう!!まずは封鎖係と、追いかける人の護衛係を━━」

「それなら封鎖は俺たちに任せてくれ!!力仕事には自信があるんだ!!」

「なら私たちはチャレンジビーチの方に行かせて!!私のポケモンなら『れいとうパンチ』が使えるから、あの地域のポケモンと戦えると思うの!!」

「なら僕は護衛班にしてくれ。足には自信があるからな」

 

 1度流れが出来てしまえばあとはトントン拍子。さっきまでの空気が嘘のように明るくなった休憩所は、各々が苦手分野を任せ、得意な分野を活かせるように班を決めていく。元々同じ屋根の下で寝食を共にしている仲間なだけあって、この辺りの進行はとてもスムーズで、最初こそボクが作戦に必要なことを喋っていたものの、気づけばボクなしでも綺麗に役割をまとめていた。

 

 もう任せても大丈夫だろう。

 

「作戦、上手くいくといいね」

「うん」

 

 そんなみんなの様子を見守っていると、横からユウリが声をかけてくる。その言葉に返事を返していると、ユウリから最後の質問が飛んできた。

 

「フリア、最後に気になることがひとつあるんだけど……」

「なに?」

「追い詰められたヤドンは、最後はどこに向かうの?」

 

 それは、全てのルートを潰されて、最後にヤドンが逃げ込む場所について。全てのルートを潰せば、当然ヤドンは最後に追い込まれることとなる。その場所がどこなのかは確かに気になることだろう。けど、この場所についても大凡の予想は出来ている。

 

「それはね……」

 

 恐らく、この3匹の最後に逃げ込む場所は同じはずだ。だってそれぞれのヤドンがいる場所の隣は、ボクが予想している場所以外は、砂漠だったり深く広い海だったり洞窟だったりと、より凶暴なポケモンが多く住む場所にしか繋がっていないから。とてもヤドンが住める場所では無い。なら、逃げ込む場所はひとつのみ。

 

「ここだよ」

 

 清涼湿原、鍛錬平原、チャレンジビーチ。この全てに隣接している唯一のエリア。

 

「集中の森……ここに集まるはずだ」

 

 奇しくも、『集まる』という文字が入ったこの森。ここしかありえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




種明かし

というわけで、実はギミックは凄く単純です。走るルートが固定されているのは実機と一緒ですね。ただ今回は、『先回りされたらこちらのルートで逃げる』という別案がある感じです。最も、その別案もあまり多くないので、ひとつずつつぶせばいつか必ず追い込めるようになってはいますけどね。しかし、このゲームの1番の肝は、フリアさんが言っているように、『協力がほぼ必須なのに、報酬のせいで1人でじゃないとクリア出来ないと思い込ませること』にありました。そこに早く気づいたからこそ、フリアさんは『意地悪』と言っていたわけですね。このゲーム、手持ちが6匹以上前提ですし、門下生の方……というか、基本的に実機のNPCで手持ちをちゃんと埋められている人なんていませんからね……恐らく、現実で6匹所持ってかなり難しいのでしょうね。

集中の森

単純に、こういう名前だしヤドンが集まる場所と合わせたら似合いそう!!という理由だけで、逃げ場所になりました。名前の由来は別にあると思います。




未だに内定していないヨノワールさんにヒヤヒヤしながら11月を待っています。
そういえば、皆さんはどちらを買うとか決めているのでしょうか?私はいつも通り両方買うのですが、メインで進めるのはヴァイオレットになりそうです。単純にソウブレイズがかっこよすぎて……準伝でなければ旅パに入れてあげたいですね。






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137話

「さて、じゃあ大体の班決めはできたかな?」

「うん。門下生の人たちも大体がどこで戦うかは決められたし、私たちもどう動くかは決めたよ」

 

 攻略方法を話し終えた数十分後。みんなでの話し合いもまとまりだし、ヤドンたちを集中の森に追い詰めた後の話もし終えたところで、この攻略方法の重要所である、追いかける役割の人物を考える。

 

「あと動きを決めていないのは、クララとマリィ、そしてフリアだけだな」

「フリアに言われたからあたしはどこの班にも入らないようにしたけど……」

「クララさんはわかるけど、どうしてマリィまで?」

 

 現状ボクたちの中で決まっていることは、ユウリが清涼湿原、ジュンが鍛錬平原、ホップがチャレンジビーチに行くことだ。けど、ボク、クララさん、マリィの行く場所は決めていなかった。その理由は、この3人でなければあのヤドンのスピードに追い付くことが出来ないからだ。もしかしたらここにユウリもワンチャン入るかもしれなかったけど、残念ながらユウリの手持ちで追いかけるとなると、ちょっと綱渡りをするか、技を変えてもらわないといけないため、今回はマリィにお願いする結果となった。しかし、みんなはマリィが特性が『かそく』のポケモンを持っているわけではないことを知っているため、とても不思議そうな表情を浮かべている。その疑問を解消するために、ボクはゆっくりと理由を説明していく。

 

「マリィが追いかける側に回っているのは、彼女も追いかけられるだけのスペックを持ったポケモンを持っているからだよ」

「あたしの手持ちに……?」

「それって一体誰ェ?」

「モルペコだよ」

「「モルペコ……あ!!『オーラぐるま』!!」」

「正解!」

 

 ボクがモルペコの名前を出した瞬間、ユウリとマリィが答えに辿り着いたので肯定する。

 

 モルペコが覚えているオーラぐるまという技は、放てば放つほど素早さが上がっていく技だ。加速のように無条件というわけではないけど、相手を攻撃しながら自分を成長させることのできるこの技は、今回においてもヤドンを追うのに最適な技となっている。ちなみに、ユウリでもここの枠に入る可能性があると言ったのは、エースバーンがニトロチャージを覚えていたらという話だね。ニトロチャージも同じく、打てば打つほど素早さの上がる技だし、エースバーン本人も元々足の速いポケモンだから、もしこの技を覚えていたのなら追いかける側としての適性は十分高かったはずだ。もっと言えば、ジュンのギャロップもここに入るのだけど、ジュンのギャロップは既に戦闘不能になっているからね……

 

 あと1つ、先ほど挙げた『綱渡り』はポットデスの特性の『くだけるよろい』とからをやぶるを利用した作戦のことなんだけど、さすがに防御力の低下が激しすぎるのでこちらはやめておいた。みんなに守ってもらえるとはいえ、間違いなく一番激しく攻撃にさらされるこのポジションに、耐久力を下げてまでお願いするのはいくら何でも賭けが過ぎる。その点でも、飛んでくる攻撃や、襲い掛かって来る野生のポケモンに対して反撃をしながら素早さをあげられる、『かそく』や素早さを上げながら攻撃できる技を持つ存在というのは、かなり適性が高かった。

 

「でも、ヤドンを攻撃するのは禁止だろ?そこはどうするんだ?」

「そんなの、こちらをせき止めてくる野生のポケモンに打てばいいだけだよ。ヤドンへの攻撃は禁止されているけど、ヤドン以外への攻撃は禁止されていないしね?実際に、ボクたちもホップたちも、野生のポケモンとバトルはしたでしょ?」

「成程……確かにそうだぞ」

「それに、マリィのモルペコが全作戦を通して一番重要なポジションになりそうだからね……」

「ん?何か言ったか?」

「ううん、何でもない」

 

 ホップの疑問に答えることで、この3人の……特にマリィの重要性にみんなが納得してくれたところで、話を次の方向へとむけていく。ちょっと小声で漏れた言葉があるけど、今は大事ではないのでとりあえずおいておいて……

 

「以上を考慮して、ボクとクララさんとマリィはそれぞれ違う場所に行くよ。2人とも、どこに行きたいかの希望はある?」

 

 ボクの質問に、徐々に自分の重要性を自覚し始めた2人が若干緊張の色を浮かばせながら顔を合わせ、少しだけ考えるそぶりを見せる。けどその時間も、マリィが自分の行くべき場所をすぐに決めたことによって打ち破られる。

 

「ならあたしが鍛錬平原に行くと。チャレンジビーチにはスナバァやシロデスナ。清涼湿原にはヌオーやウパーがいる。作戦上、モルペコの『オーラぐるま』に頼るのなら、効果が出ないじめんタイプはできる限り避けた方がよかと。いいよね?」

「うん。異論はないよ」

 

 マリィの完璧な答えにすぐさま肯定の意を示す。マリィの言う通り、特性でタイプを変えられたとしても、モルペコが一番活躍できるのはじめんタイプのポケモンがいない鍛錬平原しかない。なら、ここはマリィの意見は通してあげるべきだ。ボクとクララさんはどこでも行けるから、そのあたりはボクたちが合わせてあげよう。

 

「じゃあうちがチャレンジビーチに行くぞォ!!もうジメジメしたところ嫌だし、湿原は見飽きたしィ……」

「ってことはボクが清涼湿原だね。ボクはどこでもいいから大丈夫だよ」

 

 残りの2つの枠はクララさんに選ばせてあげたことによって、ボクはの残り物の清涼湿原となる。どちらも湿地帯と砂浜という足元が不安定な場所なので、ペンドラーにとってどっちが走りやすいのかで選んでもらった方がいいかなとは思ったけど……どうやらそれ以上に、クララさんは気分を大事にしたいようだ。気持ちは分かるのでその辺は特に何も言わないでおこう。

 

「よし、じゃあ改めて班分けを言うね。ボクが清涼湿原、クララさんがチャレンジビーチ、マリィが鍛錬平原でそれぞれ追跡側に回るから、封鎖、援護の人たちは、清涼湿原に行く人はユウリ、チャレンジビーチに行く人はホップ、鍛錬平原に行く人はジュンをリーダーとして分かれて!」

 

 ボクの指示を聞いて、綺麗に3つに分かれていく門下生たち。とはいっても、重要なのは出てくるポケモンがガラッと変わるチャレンジビーチに行く人たちを考えることだけで、清涼湿原と鍛錬平原に関しては、出てくるポケモンは違っていても、出てくるタイプはそんなに変わらないため、あまり気にする必要はない。門下生の人が言ってくれた、こおりタイプやでんきタイプの技を使えるポケモンを持っている人が中心に、チャレンジビーチの方に行ってくれればそれだけで十分だったりする。というわけで、この班分けもつつがなく終了する。

 

「よろしくユウリ」

「うん!フリアの周りは任せて!!」

 

「頑張るぞクララ!」

「ホップきゅんと一緒なら心強いぞォ!!」

 

「よろしくと。ジュン」

「ああ!一番乗りを目指すぞマリィ!!」

 

 ボクたちもボクたちで改めて同じ場所に行く人同士でちょっとしたあいさつを交わし、準備完了。いよいよ作戦へと移行していく。

 

「よし、じゃあヤドン捕獲作戦……開始!!」

『おお!!』

 

 ボクの言葉に合わせて声を上げるみんな。そこからそれぞれの場所へと向かっていくホップたちの背中を見送ったボクは、みんなの姿が見えなくなったところでメガヤンマを呼び出す。

 

「さ、行こうか!メガヤンマ!!」

「シシィッ!!」

 

 3つの場所で行われる、ヤドン大捕獲作戦の幕が明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メガヤンマはとにかく追いかけることだけに集中!!よけながら追いかけて!!」

「シシィッ!!」

「フリア!!右からバッフロン!!」

「俺に任せろ!!オトスパス!!『ドレインパンチ』!!」

 

 ヤドンを追いかけるメガヤンマに必死について行くボクたち。そんなボクたちを阻止するべく、横から走ってきたバッフロンに対して、門下生の人がオトスパスで対面しに向かう。その人に対して、『ありがとうございます』とお礼を残して、ボクは再び前に走っていく。

 

 ヤドンと追いかけっこをしてはや数十分。既に何体もの野生のポケモンをいなしてきたボクたちの周りには、ボクとメガヤンマを護衛する役割の人はその数を減らしており、湿原のどこを見てもバトルが行われている乱戦状態となっている。

 

 メガヤンマとヤドンを先頭に必死に追いかけるボクたちは、長く続くこの追いかけっこに息を切らしながらも、飛んでくるミサイルバリやみずのはどうを何とか躱しながら走り続ける。本来なら異常に成長しているヤドンと、特性『かそく』の最高速度に到達しているメガヤンマに追いつくことなんてできないけど、逃げるルートが決まっており、さらに乱戦状態で攻撃が飛び交っているこの場所なら、効率よく追いかけることが出来ればギリギリ追いかけられる範囲ではある。かなりしんどいし、体力にあまり自信のないユウリなんかは特につらそうにしているけど、ここまで来たのならもうあきらめるわけにはいかない。ユウリも最後の気力だけで頑張ってついてきている状態だけど、その甲斐もあって、現状ルートはもう3つはつぶすことに成功している。今ボクたちが追いかけているこの4つ目のルートさえつぶすことが出来れば、あとは最後の仕上げに進むだけだ。

 

「フ、フリア……どう?行けそう?」

「大丈夫。もう4つ目のルートも全部把握したし、封鎖班の人にも連絡を入れたからもうちょっとで……」

「おい!見えてきたぞ!!最後の封鎖班だ!!」

「「ッ!?」」

 

 息も絶え絶えながら、それでも何とか質問してきたユウリに対して、最後のルートも封鎖が出来たことを教えると同時に、隣を走る門下生の人から声が上がる。その言葉につられてメガヤンマとヤドンがいる場所のさらに向こうを見ると、ドラピオンの群れと対峙しながらも、決して封鎖をやめない門下生たちの姿が見えた。当然その姿をヤドンとメガヤンマも捕捉しており、表情に焦りの様子を浮かべたヤドンが4回目のルート変更を行った。

 

「動いたぞ!!行け!!」

「ありがとう!!」

 

 そのルート変更を確認した瞬間にボクたちもすぐに向きを変更し、進路をルートDから集中の森へと続く道へ足を向ける。

 

 集中の森。

 

 ヨロイ島の中心に位置するこのエリアは、その名の通り鬱蒼と茂る森に包まれており、その深さのせいで日差しがあまり入りこまない薄暗い場所となっている。特に、今は夕暮れ時に近づいてきていることもあってか、その暗さがより際立っている状態となっており、自然を感じるよりも先にちょっとした不気味さを感じてしまう。この集中の森の真ん中を通る川の音も、どこか不安感をあおって来るものとなっておいた。できることならば、まだ日が高い時にゆっくりとここを散歩したいものだけど、今はそのことは置いておこう。

 

(ここまでは予想通り……このままうまくいけば……!!)

 

 

「ヤアアァァァンッ!!」

 

 

「って、そんなに甘くはないか!!」

 

 順調に追い込めたと思った瞬間にあがるヤドンの叫び声。

 

 ヤドンが集中の森と清涼湿原の境目を越えた瞬間にあげられたその大声は、集中の森に住む数多のポケモンを呼び寄せ、ヤドンが通り抜けた瞬間にその道を防ぐバリケードとなる。その面子は、ラランテス、モロバレル、ペンドラー、シュバルゴ、シザリガーと言うかなり厄介なラインナップで、この子たちを倒さなきゃ先に行けないけど、すぐさま彼らを倒すことが出来るかと言われたらかなり怪しい。無理して突破することが出来たとしても、そのころにはこちらは大打撃を追っているだろうし、その状態であのヤドンを最後まで詰められるかと言ったら怪しい。

 

(さて、どうするべきか……)

 

「エースバーン!!『かえんボール』!!ポットデスは『シャドーボール』!!」

「ルカリオ!!『はどうだん』だ!!」

「カイリキー!!『いわなだれ』!!」

「ゴロンダ!!『アームハンマー』!!」

「ルチャブル!!『フライングプレス』!!」

 

 ボクがどうするか一瞬だけ迷っている間に、すぐさまエースバーンとポットデスを呼び出したユウリが、先制攻撃と言わんばかりの全力攻撃を行い、さらにその行動に門下生の人たちが続いて連続攻撃を叩き込む。いきなり攻撃を受けると思わなかったラランテスたちにとって、この攻撃の嵐は予想外だったらしく、思わぬ大ダメージを受けたことによって怯んでしまい、厚いと思われたバリケードに確かな道が開かれる。

 

「フリア!!先に行って!!」

「ここで足止めされたら体力も時間も足りない!!頼むぞ!!」

「私たちの分も頑張ってね!!」

「みんな……うん、ありがとう!メガヤンマ!!」

 

 ボクの周りにいた、数少ない最後の護衛班が全力で切り開いた道を通るべく、みんなにお礼をしながら前に走りだすボク。その行動を止めんと、攻撃を受けながらも立ちふさがるのはモロバレル。ヘドロばくだんの構えを取ったモロバレルは、そのままメガヤンマに向けて攻撃を放ってきた。

 

「メガヤンマ!!『むしのさざめき』!!」

「シシィッ!!」

 

 その攻撃を迎撃するべく、むしのさざめきを構えたメガヤンマがモロバレルへと高速接近。モロバレルの目の前まで迫って一気にその攻撃を放っていく。

 

 モロバレルの目の前で炸裂した緑色の波動は、ヘドロを構えたモロバレルに直撃し、腕にためたその爆弾を暴発させてしまう。結果として、モロバレルに大ダメージを与えることに成功し、わずかに開いていた道をさらに大きくすることが出来たものの、モロバレルの最後の悪あがきとして、爆弾をこちらの方に向けていたため、メガヤンマにも少なくないダメージが入ってしまう。結果としてバリケードそのものを越えることはできたものの、ボクの横を並走するメガヤンマは、この作戦中と情報収集の時を合わせて数時間に及ぶ追いかけっこと、ここまでに受けてきた攻撃の量が積み重なったこともあってか、かなりふらふらしながらの飛行となってしまい、傍から見てもこれ以上の戦闘や行動は厳しいように感じた。いや、むしろここまで体を張って最前線で走り続けてくれたことに感謝するのがメガヤンマに対して行うべき礼儀だろう。

 

「ありがとうメガヤンマ。ゆっくり休んで」

「シシィ……」

 

 若干申し訳なさそうな声をあげながらも、さすがに体力の限界を自分も感じていたらしく、おとなしくボールに戻っていくメガヤンマ。ボールに戻っていった彼に改めて『ありがとう』と告げながら、腰のホルダーにつけなおし、再びヤドンが向かったと思われる方向へ足を運んでいく。その間にも周りから別のポケモンに襲われてもいいように常に左手にモンスターボールを持ちながら走っていたけど、どうやら集中の森の入り口にて、バリケードとして立ちふさがりに行ったポケモンがかなり多かったみたいで、ボクの周りにはほとんどポケモンがいない状況となっていて、特に妨害を受けることなく走り続けることが出来ていた。……若干暗くなり始めてきた森にて、むしろ野生のポケモンからのアプローチが一切ない方が不安感をあおってきているため、できることならもう少し賑やかな方が嬉しいんだけどね。ま、これ以上は贅沢だ。とにかく、今はヤドンを追いかけよう。

 

「……いた!!」

 

 そんなこんなで森の中をかけていくと、ようやくヤドンの後姿を確認できた。森の中の分岐点で足を止めていたヤドンは此方に背を向けたまま動かない。それを『ヤドンの諦めなのかも』と思いながら近づいていくと、近くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「ぜェ……ぜェ……今度こそ逃がさないんだからァ……」

「モルペコ、あとちょっと!頑張るよ!!」

「クララさん!!マリィ!!」

「フリアっち!!マリィせんぱい!!さっきぶりィ!!」

「フリア!!クララ!!この様子だとみんな上手くいったとね!!」

 

 そちらに視線を向けてみれば、現れたのは別の場所でヤドンと追いかけっこを繰り広げていたはずのクララさんとマリィの姿。ボクと同じくちゃんとヤドンを追い込むことが出来たみたいで、気づけばボクが追いかけていたヤドンの横には、さらに2匹のヤドンが追加されており、マスタードさんが逃がしたヤドン全員が今ここに集結したことが確認できた。ここまで来たら最後の仕上げ。あとは全力でヤドンを捕まえるだけだ。しかし、こちらもそれ相応に消耗はしていた。

 

 まずはクララさん。今日2回目となる全力の鬼ごっこだったため、休憩を取ったとしてもかなりの体力を消耗しており、ボクらの中で1番息が乱れていた。また、隣にペンドラーの姿がないことからも、ボクのメガヤンマと同様に数多の攻撃に晒された結果、深いダメージを負っているのだろうということが予想できる。ペンドラーというポケモン自体がかなり体の大きいポケモンというのも、被弾が増えてしまった理由の一つかもしれない。

 

 そしてマリィ。こちらはメガヤンマとペンドラーと違い、初めて鬼ごっこに参加となったモルペコなんだけど、体が小さいこととボクたちと違って今日初めての追いかけっこということもあり、疲れた様子こそ見せてはいるものの、まだ頑張れそうと言った表情に見えた。この後に行われる捕獲フェーズも、何とか活躍してくれそうだ。

 

 3人全員合わせた消耗は決して少なくは無い。けど、ヤドンを捕まえる分の体力は十分にあるはずだ。それに、ボクたちをここまで送ってくれたユウリたちのためにも、ここで失敗する訳にはいかない。

 

「2人とも、最後の詰めだよ!!ここまで来たら絶対に逃がさない!!」

「うん。絶対に捕まえる!!あたしたちをここまで守ってくれたジュンたちのためにも!!」

「うちだってェ!!ここであったが100年目ェ!!ホップきゅんのためにも、絶対に捕まえてやるんだからァ!!」

 

 3人で声を上げながらヤドンを見つめる。

 

 ヤドンの後ろには既に道はなく、完全な袋小路となっているため、いちばん警戒するべきなのはこちらから前に詰めすぎて、すれ違いによってボクたちの後ろに回られること。そうなってしまえば全てが水泡に帰す。そうならないようにするためにも、心は熱くしながらも頭は冷静に、ゆっくりとヤドンとの距離を詰めていく。

 

 1歩。また1歩。着実に距離を詰めていくボクたちは、横から抜けられないように、合間合間にクララさんとマリィと目を合わせながら足並みを揃えて前に歩く。そんなボクらを見つめるヤドンもまた、足並みを揃えて少しずつ後ろに下がっていく。

 

 緊張が張りつめる、音のない空間。

 

 ジリジリと動くこの状態に、先にじれたのはヤドンたちの方だった。

 

「ヤァンッ!!」

「「ヤァ」」

「来るよ!!」

 

 真ん中の子が声を上げた瞬間、同じように声を上げて返事をするヤドンたち。その合図と同時に、ボクたちの周りのものがどんどん浮き上がっていく。

 

「『サイコキネシス』……っ!!」

「追い詰められたから最後の抵抗ってことね」

「にしては出力高くないィ!?」

 

 周りに次々と干渉して行くその力は、逃げられないと悟ったヤドンたちによる最後の抵抗。

 

 逃げられないのなら、追い返すまで。

 

 そんな強い意志を感じさせるその行動は、確実にボクたちの足を止める。しかし、そんなことよりももっと衝撃的なことが目の前で起きた。それは……

 

「な、何あれ……曲芸……?」

「これは想定外なんだけどォ!?」

「マスタードさん……なんてことを教えこんでると……」

「「「ヤァン」」」

 

 まるでトーテムポールのように縦に重なったヤドンの姿だった。

 

 重なった状態で動くその姿は、とてもじゃないけど危なっかしくて見ていられない。しかし、なぜかそれでも崩れることの無いそのトーテムポールは、さらにおかしなことに元の素早さを失うことなく動き回る。そのうえで、ヤドン3人分のサイコキネシスが重なっているのだから、周りの空間は目に見えてゆがみまくっている。今ボクたちに影響が出ていないことが不思議なくらいだ。

 

(これが最後の壁……なのかな?)

 

 もしそうなのだとしたら、ボクたちがヤドンを3人同時に追い詰めるこの状況すらをも予想されていたことになる。

 

(ほんと、どこまで考えているんだか……)

 

 マスタードさんの先読み能力に気が遠くなりそうになる。けど、それはここで諦める理由にはならない。

 

「ネオラント!!」

「ドラピオン!!」

「モルペコ!!」

 

 ボクたち3人もポケモンを出して構える。

 

 追いかけっこ、最後の攻防が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モルペコ

まさかの重要ポケモン。とっとこ走ってもらいます。

ヤドン

気持ちはDQに出てきたスライムタワーですね。ポケモンで例えるならネイティとかがよくやっているイメージです。ちょっとかわいい……




最近ポケモンSVをしている夢を見ました。夢の中では広大なマップに感動していましたね。実機でもこうだと嬉しいです。


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138話

今回はあとがきにてちょっとしたものがございます。


「「「ヤァンッ」」」

「モルペコ!!『タネばくだん』!!」

「ドラピオン!!『かみくだく』!!」

「ネオラント!!「ねっとう」!!」

 

 ヤドン3匹が重なった姿から放たれるサイコキネシスの波及び、それに巻き込まれた倒木や岩に対して、こちらも技を使って相殺していく。しかし、こちらから攻撃を当てることはできないため、威力は調整しないといけない。いつもとは違う戦い方を強いられているせいで、ドラピオンたちもかなりやりづらそうな表情を浮かべていた。普段のバトルで手加減をしながら技を使うなんて経験は滅多にない。それを強要させられるこの戦いには、たしかに窮屈さがある。けど、これが最後の壁だ。何がなんでも乗り越えていきたい。

 

「「「ヤァンッ!!」」」

 

 ぶつかり合うサイコキネシスの嵐とドラピオンたちの攻撃。激しい音を奏でながらぶつかり合う両者の攻撃は、しかしヤドン側は最後のひと押しの火力が、ドラピオンたちは相手を傷つけられないという制約が、相手を倒すための力として1歩届かない。そんなじれったい状況に先に行動を起こしたのはヤドンたち。相変わらずフラフラと、しかしそれでいて絶妙なバランスとチームワークによって華麗に動く彼らは、サイコキネシスの使い方を変えることによって、戦況を動かそうと試みる。

 

 先程までこちらに真っ直ぐ飛んできていた障害物たちはその軌道を変え、ボクたちの周りを取り囲むように配置される。右も左も前も後ろも、果ては真上さえも倒木や岩石に覆われ、それを確認したマリィたちの表情に焦りが浮かぶ。同時に響き渡るヤドンたちの叫び声。それを合図に、ボクたちの周りに浮かんでいた物体たちが、ボクたちを圧縮しようと一気に迫ってくる。

 

 全方位からの同時攻撃。これを全部捌くなんて不可能。だから、逃げることを優先する。

 

「マリィ!!クララさん!!後ろ!!ネオラント!!『ねっとう』!!」

「モルペコ!!『オーラぐるま』!!」

「ドラピオン!!『かみくだく』!!」

 

 逃げる方向は後ろ。後ろから迫って来る障害物に対して、みんなで同時に技を放ってすぐさま逃げる。正直逃げる方向はどこでもよかったんだけど、一番最悪なのが前に逃げた時にすれ違いざまにヤドンに逃げられることだ。これは横も同様で、左か右に逃げた時、このサイコキネシスの嵐の反対側から逃げられたら追うことが出来ない。だからそこをケアするための後ろ逃げ。ヤドンたちとの距離は離れることになるけれど、逃げられて失敗することはない守りの一手だ。そんなボクの考え通り、綺麗に下がることが出来たおかげでヤドンたちに逃げられることはなくなったものの、今度はボクたちを押しつぶす予定だった倒木や岩石たちが、一つに集まった瞬間にこちらに押し出してくる。それは大きな自然の砲弾で、後ろに下がったばかりのボクたちには避ける方法がない。

 

「『れいとうビーム』!!」

「『クロスポイズン』!!」

「『オーラぐるま』!!」

 

 慌ててみんなで技を放って飛んでくる攻撃を迎撃する。やはり、3人そろっているとはいえ、威力自体はこちらの方が上なため、攻撃を打ち落とすことはできるけど、忘れてはいけないのは、この捕獲作戦は夕食までに終わらせないといけないという時間制限付きであること。確かにヤドン側にはボクたちに対する決定打は存在しないかもしれない。けど、ヤドンたちの勝利条件は『制限時間いっぱい逃げ切ること』であって、『敵であるボクたちを倒すこと』ではない。ならば、ヤドンたちにとって、今回のように技を使って相手を引かせ、時間を稼ぐだけで実は十分だったりする。

 

 此方は攻撃を当ててはいけないのに、あちらは力の限りを尽くしてこちらを攻撃してくる。時間制限もあるという焦りのせいで、どうもうまく攻め切れない。

 

 モルペコがヤドンに向かって走り出したところを、目の前に倒木を動かして止めようとするヤドンに対し、倒木にねっとうを放ち吹き飛ばすネオラント。目の前の障害物がなくなったことによって再びモルペコが猛進し、そんなモルペコたちに対してドラピオンが援護としてモルペコとヤドンの間にミサイルばりを放ち、土煙をあげて視認をなくそうとする。この間にモルペコがヤドンを捕まえられればと願うものの、今度はサイコキネシスを器用に操り、落ちている葉っぱを集め、大きな団扇を作り出すヤドンたち。その団扇を、同じくサイコキネシスによって操り、大きく振るうことによって突風を巻き起こす。結果、ドラピオンが巻き起こした土煙は晴れていき、体の小さいモルペコは風によって押し返されてしまい、マリィの足元まで戻される結果となる。これによって、ボクたちの立ち位置はまた振り出しに戻される。

 

「ああもうゥ!!どこまでしつこいのよォ!!ここまで追い詰めたんだからいい加減捕まりなさいよォ!!」

「今回に関してはクララに同意と。本当に捕まえられる気がしなか……」

「……」

 

 クララさんとマリィの言葉を聞きながら思考を回すボクも、おおよそ同じ感想を抱いていた。

 

(本当に厄介だ。何をするにしても必ずどこかで『サイコキネシス』の壁があらゆる形で邪魔してくる……)

 

 サイコキネシスの効かないあくタイプが前を走れば岩や倒木で防がれて、土煙で隠せば風で対処され、今度はモルペコが速さ勝負を挑もうと走り回れば、ヤドンは木の根や倒木を撒き散らし始めて足場を悪くし、モルペコの機動力を潰してくる。

 

 本当に、これがトレーナーに指示されずに独断で戦っているポケモンなのか。それが怪しいレベルで的確にこちらの動きを邪魔するヤドン。その効果は覿面で、気づけば周りの色がだんだんと黒色に染まっており、目に前にいるはずの、ピンク色のまったりものの姿が徐々に黒色に隠されていく。

 

 タイムリミット(日没)が近づいてきた。

 

(なにかアクションをしなきゃなのに、こちらのアクションの悉くを『サイコキネシス』に潰される……。『攻撃を当ててはいけない』という制限のせいで、こちらの動きがぎこちなくなっているのもあるけど、それにしたって『サイコキネシス』が厄介すぎる。どうにかしてあの技を攻略しないと、どんな動きをしても多分意味が無い!!)

 

 いくら速く動いても、いくら搦手を利用しても、自身に攻撃が来ないのなら対処は簡単という事なのか、サイコキネシスひとつで全てを返されてしまう。

 

 普通に戦う分には、こちらはあくタイプが豊富に揃っているため、全く難しい要素は存在しない。しかし、こちらから攻撃が不可能という条件が想像以上に辛かった。いや、厳しいことは理解していたのだけど、ヤドンたちのサイコキネシスのアレンジの幅が広すぎてどうしようもない。こちらからいろんな手を使って搦め手を行っても、そのすべてがサイコキネシスひとつで抑えられてしまう。

 

(ってことは、この状況をどうにかする方法って、そもそも『サイコキネシス』そのものをどうにかして封じなきゃいけないってことか……なら、もしかして搦め手でヤドンに近づくことを考えるよりも……いや待って……)

 

 そこまで考えて、一つ大きなことに気づく。

 

(もしかして、ヤドンってさっきから『サイコキネシス』()()使っていない?)

 

 ありえない速さで動きながら、サイコキネシスを巧みに扱うその姿は、今まで戦ってきた相手で心当たりがある人が1人いる。それはキルクススタジアムにて戦ったメロンさんのヒヒダルマだ。特性『ごりむちゅう』によって、1つの技を出し続けることを強制されているはずのそのポケモンは、しかしその技を巧みに使いまわすことによって、高い攻撃力を維持したまま1つの技で暴れまわっていたし、相手の技に対してもとことん対応を取ってきていた。モスノウとインテレオンが苦戦したのが記憶に新しい相手だ。そんなヒヒダルマの戦い方に、このヤドンの戦い方は雰囲気が凄く似ている。なのだとしたら、実はこのヤドンに対する対策は、ものすごく簡単なのかもしれない。

 

「クララさん!ヤドランとヤドキングってまだ戦える!?」

「ヤドランとヤドキングゥ……?多分どっちも戦えると思うけどォ……どうかしたのォ?」

「その2匹のどっちかってさ、『かなしばり』を使えたりしないかな?」

「たしか、ヤドランが覚えていた気がするけどォ……」

「っ!?そういう事と!!クララ!!すぐにヤドランで『サイコキネシス』を『かなしばり』すると!!」

「そういう事ォ!?確かにそれならあのヤドンの攻撃止められるジャン!!流石フリアっち!!出てきてヤドラン!!」

 

 ボクの意図に気づいた2人の言葉と同時に、クララさんの懐から放たれたボールからガラル地方のヤドランが現れる。セイボリーさんも持っていたそのポケモンが構える技は、くしくもセイボリーさんの持っていた個体も覚えていたかなしばり。

 

 ウルガモスとのバトルの時にも活躍してくれたこの技は、最後に相手が使った技を封じ込めることによって、相手の行動を著しく制限することが出来る技だ。相手がサイコキネシスを主力とした戦い方をするのだというのならば、それを封じ込めればいい。むしろ、あれだけクララさんに褒められたけど、なんで今までこんな簡単なことに気づかなかったのかと、自分を責めたい気分だ。

 

「でも、本当に『かなしばり』しちゃって大丈夫ゥ?攻撃禁止されているのにィ、ここで当てちゃったから怒られるなんて流石にないィ?」

「『かなしばり』はあくまでも変化技だから大丈夫なはず!!もしそうじゃなかったとしても、『かなしばり』ならヤドンにダメージは入らないから、ボクが何とか丸め込んで見せる!!」

「……フリアそういう発言、ちょっと新鮮と」

 

 それだけこのゲームに少なくない感情を抱いていると思っていただきたい。さすがのボクも、このゲームを絶対にクリアしたいという気持ちがかなり強く出てきているし、ここまでしてダメでしたって言われるのは絶対に嫌だからね。

 

「とにかくゥ!うちがあいつらをしっかりとめてやっからァ!その間に捕まえっぞォ!!」

 

 兎にも角にも、ようやく見つけた明確な突破方法を前にテンションが爆上がりなクララさんの指示を援護するべく、ヤドンがサイコキネシスで作り上げたものをねっとうやオーラぐるまで次々と壊し、かなしばりが通るようにする。かなしばりは目と目が合えば発動する技だ。その導線さえ確保すれば発動できる。そしてその視線が今、ヤドンとつながる。

 

「「今!!」」

「待ってましたァ!!ヤドラン!!『かなしばり』ィ!!」

 

 つながった瞬間クララさんから高らかに宣言されるかなしばり。

 

 ヤドン3匹に順番に目を合わせていくヤドラン。同時に、あれだけ荒れ狂っていたサイコキネシスがピタリと止み、宙を舞っていた物たちが一斉に地面に落ちていく。

 

「ふぅ……もっと早く気づけばよかったよ……」

「でも、本当にこの子たち『サイコキネシス』しか覚えてなかったとね……」

「ここまで育っていれば他の技も覚えていそうなものだけどォ……」

「ね……って、ん?」

 

 サイコキネシスの嵐が止み、ようやく一息つけるようになったところでヤドンの方に視線を向けると、ヤドンの体に擬態するかのようにピンク色に染められた1枚の布が目に入った。

 

「あの布……もしかしてそういう事?」

 

 その布はどこかで見たことがあるような気がして、じっと見つめてみるとボクの記憶の中にあるとあるアイテムと一致する。

 

「どうかしたと?フリア」

「何かじっと見つめてるけどォ……」

「ああ、あのヤドンの体に巻いてある布を見ててね?」

「「布……?」」

 

 ボクの言葉につられてヤドンの首元に視線を向けるクララさんとマリィ。2人はボクに言われることでようやくその布に気づいたみたいで、不思議そうな顔を浮かべながら首を傾げた。

 

「ピンク色の布……いや、塗られているだけェ?」

「これは一体何と?」

「これは多分、『こだわりスカーフ』だよ」

「「『こだわりスカーフ』?」」

「うん」

 

 こだわりスカーフ。

 

 メロンさんが仲間にしているヒヒダルマの特性、『ごりむちゅう』のアイテム版且つ、攻撃ではなく素早さが上がるアイテムだ。その道具の名前通り、1つの技にこだわる代わりに、爆発的な素早さを得ることが出来る。このアイテムがあれば、確かにヤドンでも圧倒的素早さを手に入れることが可能ではある。勿論、この固体自体、かなり素早さを集中して育てられているため、他の個体と比べたら相当足の速い子になっているはずだけど、それをアイテムでさらに補っているとなれば、なるほど今までのあのスピードも納得だし、サイコキネシスしか使わなかったのも納得がいく。よくよく考えたら頭に浮かんできそうな一つの可能性だっただけに、すぐに思いつかなかったのが、なんだかちょっと悔しい。

 

「ほんと、これならもっと早く『かなしばり』に気づけても……」

 

 そこまで発言し、何か大事なことを忘れているような気がしてしまい、ヤドンの方に改めて視線を向ける。すると、そこにはこちらに突撃しようと構えを取るヤドンの姿がいて……

 

「……まずっ!?2人とも!!一回ポケモンを引かせて!!」

「「え?……っ!?」」

 

 急なボクの言葉に一瞬固まる2人だけど、すんでのところでヤドンの動きに気づいた2人は、慌てて自分の仲間と一緒に後ろに下がる。

 

 技をこだわったポケモンは確かに一つの技しか使えない。今回で言えば、サイコキネシスしか使えず、その状態でかなしばりを受ければ当然その技は封印される。現に、今のヤドンはサイコキネシスを使うことはできない。なので、かなしばりやいちゃもんと言った、技を封じてくる変化技は、技をこだわらせて戦うポケモンに対して圧倒的に強く出ることが出来る。では、そうやって技を縛られたポケモンはおとなしく相手にやられるのをただ待つだけの存在になってしまうのか。

 

 答えは否だ。

 

 技を封印されたポケモンは、確かにその技を使うことが出来ず、こだわったポケモンは当然、封印された技以外の技も使えない。しかし、そんな状態だからこそ行うことが出来る唯一の技というものが存在する。 それが『わるあがき』だ。

 

 読んで字のごとく、何もできないながらもやみくもに体をぶつけて、敵に無理やり攻撃するその技は、お世辞にも強いものとは言えず、ダメージは与えることはできても決して脅威になるものではない。しかし、今この状況においては、この行動は致命的となる。なぜなら、わるあがきには()()()()()()()あるからだ。本来であれば、敵が使う分には何も考える必要のない、むしろプラスに働く効果。しかし、今ボクたちは『ヤドンに攻撃すること』を禁止されている。勿論、わるあがきという技は相手の攻撃技であってこちらの攻撃技ではないため、実は気にする必要は一切ないのかもしれない。しかし、ボクたちはこのルールの裏を突いて、『変化技は攻撃じゃないからいいよね』ということでヤドンに技を使った。なら、自傷ダメージは逆の屁理屈として通されてしまう可能性がある。杞憂かもしれないけど、ここまで来てそんな理由で失格にでもなったら、ユウリたちに合わせる顔がない。

 

「みんな、絶対にヤドンたちから攻撃を受けちゃだめだよ!!」

「なんか最初よりハードになってないィ!?」

「さらに縛りが増えてると!!」

 

 ただでさえ『攻撃をしてはダメ』という縛りがあるのに、そこから更に『攻撃を受けてはダメ』という縛りも追加されてしまう。幸いサイコキネシスと違って、わるあがきは体を無理やりぶつけてくる技なので、避けること自体は難しくない。予備動作もわかりやすい方なので、ボクたちなら避けられるだろう。しかし、それはヤドンがかなしばりを受けている間だけだ。

 

 当然だけどかなしばりには時間制限がある。しばらく時間が経ってしまえば消えてしまうし、そうなればヤドンは再びサイコキネシスを使えるようになってしまう。こうなってしまうと再び振り出しだ。今度は警戒されるだろうからかなしばりも効かない可能性がある。そうなってしまえば、夕飯までに捕獲することは不可能だろう。

 

 このかなしばりが消える前に、ヤドンから一撃も貰うことなく捕獲する。それが最終目標だ。

 

「言いたいことはわかったと!!」

「けどどうするのォ!?ヤドンの足が速いことに変わりは無いから、攻撃を貰わずにってなかなか難しいわよォ!?」

「そこはこっちから速攻をしかけて何とかするしかない!!賭けになるかもだけど着いてきて!!」

 

 最終目標についてまだ何か言いたいみたいだけど、かなしばりに制限時間がある以上のんびりはしていられない。本当はしっかり説明したいけどそれも出来ない状況なので、クララさんには悪いけど、簡潔にまとめてクララさんにして欲しいことだけを素早く伝える。

 

「一瞬でいい!力技でもなんでもいいから、ヤドンを足止めできる!?」

「すっごい無茶ぶりィ!?ケド……やってやらァ!!ドラピオン!!地面に向かって『アイアンテール』!!……やだ、今の指示フリアっちっぽいィ!!」

「ドラァァッ!!」

 

 よく分からない感動とともに放たれた指示を遂行したドラピオンによって簡易的な地震が起き、ヤドンたちの足が強制的に止められる。同時に、地面にころがっていた倒木たちがアイアンテールの勢いによって吹き飛ばされ、地面が綺麗さっぱり掃除される。

 

 これでモルペコが走り回れるようになった。

 

「マリィ!!」

「何となく、フリアの言いたいことがわかったと!!モルペコ!!」

「モルペッ!!」

 

 ボクの合図と同時にマリィから指示を受けたことにより、足を止めたヤドンに向かって走り出すモルペコ。オーラぐるまによって最高まで素早さを高めたモルペコの足は凄まじく、物凄い勢いでヤドンとの距離を詰めていく。しかし、ヤドンたちも段々と態勢を整え始めており、このままではモルペコが到着するまでに攻撃の準備が整ってしまう未来が見えてくる。

 

 あと1歩足りない。けど、その1歩を、ネオラントなら埋められる。

 

「ネオラント!!『おいかぜ』!!」

「フィィィッ!!」

 

 突如モルペコの後ろから流れていく風は、あと少し足りないモルペコの速度をそっと後押しする。結果、ヤドンが態勢を整える前に、ついにヤドンの体にくっつくことに成功した。

 

「マリィ!!」

「マリィセンパイ!!」

「モルペコ!!『でんじは』!!」

 

 マリィからあがる力強い指示。その指示に従って、激しく、それでいて相手を傷つける威力を出さないように、繊細に威力を調整した電波がヤドンの体を包み込む。

 

「「「ヤド……ッ!?」」」

 

 でんじはによってヤドンの体にまひが走り、わるあがきを行おうとした体が痺れて動きを止める。

 

「今!!」

「「っ!!」」

 

 あれだけ素早く動いていたヤドンの動きが嘘みたいにのろくなった……いや、本来はのろいポケモンだからこれが普通のはずなんだけど……とにかく、この絶好のチャンスを逃さないためにみんなで走ってヤドンに向かって飛び込む。ヤドンたちも、飛び込んでくるボクたちを見て慌てて逃げようとするものの、その動きも体の痺れによって阻害されてしまう。

 

 身動きが取れないヤドンに迫るボクたち。そしてついに……

 

「「「捕まえた!!」」」

 

 ボクたち3人の腕に、ヤドンが抱かれた。

 

 一応、クララさんの時みたいに尻尾を自分から切断して逃げられる可能性があるので、そうならないように胴の部分をしっかり抱きしめていると、今回は逃げられないと悟ったのか、ヤドンも観念し、力を抜いてボクたちに体を預けるような態勢を取り始める。

 

「今度こそ……大丈夫、と?」

「多分……」

「ほんとォ?ほんとに大丈夫ゥ!?」

「うん。ヤドンからも抵抗の意思がないし、大丈夫だよ」

 

 ここまでの苦労を考えて、いまだに半信半疑な2人に対して、今のヤドンの状態から考察して本当に大丈夫だと思ったので説得をする。それでも少しの間不安そうな表情を浮かべていたけど、本当にぐったりして抵抗をやめたヤドンを見て、改めて、ようやくこの鬼ごっこが終わったことを自覚する。

 

「お疲れ様、2人とも」

 

 そんな2人にボクが声をかけると、2人は一回うずくまり……

 

 

「「やったああぁぁぁぁぁっ!!!!」」

 

 

 2人の歓喜の声が森に響き渡った。

 

 長く続いた鬼ごっこが、ようやく幕を下ろした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鬼ごっこ

ようやく終幕。本当なら、サイコキネシスをモルペコがタイプで突っ切って、くっついた後にでんじは。という流れで終わるつもりだったのですが、いろいろ思いついてしまい、わるあがきという技にもスポットを当てたくなったのでこういう展開に。
自傷も防がなくてはいけないというさらに一転した話もできたので、個人的には更にマスタードさんのおかしさを少し表現出来たのではないかなと。

わるあがき

でも実際、ここまでの素早さを持った生き物にわるあがきをされたら、それだけで致命傷を受けそうですよね。




さて、今回のあとがきなのですが、なんとこの作品を読んでくださっている方からフリアさんの絵をいただきました!
元々フリアさんの見た目は作品内で書いてありましたし、自分でも、キャラ作成アプリを通してそれとなくフリアさんの見た目を作ってはいたのですが、いただいた絵を初めて見た時、しっかりとその特徴が捉えられていたので、思わず感動してしまいました。
帽子についているゴーストバッジも、ヨノワールを意識してあってとても素敵ですね。



【挿絵表示】



此方の絵は、pixivにもあがっています。『ひのは』さんという名義で投稿されていますので、よろしければそちらでも視聴してみてくださいね。

9/28。フリアさんの誕生日兼、ダイパの発売日という記念すべき日の近くに、こういった素敵なものをいただいて本当にうれしかったです。

私自身、ファンアートをいただいたことが初めてでしたので、表情が緩んでしまうのを止められませんでした。
あらためて、本当にありがとうございました。

これからもこの作品をよしなにお願いしますね。






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139話

「ただいま〜」

「戻ったと〜」

「帰ったどォ〜ッ!!」

 

 3人揃ってヤドンを抱きしめながら集中の森をゆっくりと抜け出したボクたちは、集中の森の入口にて争ったあとはあるものの、人の姿もポケモンの姿も確認できなかった。森の外だと言うのに森の中にいた時くらい静かとなっていたその場所の状態に若干の不安が襲ってきたものの、休憩所に下がっている可能性を信じて気にせず帰宅。それでもみんなの姿を見るまでは不安がずっと残っていたけど、いざ休憩地点に戻ってみれば、ボクたちとともにいろんなところを駆け回った戦友たちが、みんな顔をそろえて休憩や手持ちの治療、談笑に花を咲かせていた。

 

 そんなところに響き渡るボクとマリィとクララさんの帰宅の声。門下生たちや、ユウリたちにとっては待ちに待った人たちの帰還の声に、一瞬空気が凍ったかのようにみんなの声がピタリと止まり、そして次の瞬間、耳を塞ぎたくなってしまう程の大声が響き渡る。

 

 

「「「「おかえりぃぃぃっ!!!」」」」

 

 

「ぴぃっ!?」

「うるさいィ!?」

「……凄い歓迎されようとね」

 

 そのあまりにも大きな声に思わず驚くボクとクララさん。あまり表情が変わらないマリィさえもその表情を少しゆがめてしまう程の大音量に、ボクも思わず変な声をあげてしまう。耳を塞ぐことで少しは抑えることができたけど、それでも貫通するこの大きな声はどうにかならないものか。特にジュンとホップの声が破壊力が高く、普通は声の高い女性の声の方がダメージが大きそうなのに、それを上回る2人の声にはある意味感心させられる。

 

「どうだった!?って、その腕につかまえているヤドンを見れば一目瞭然だよな」

「上手くいったんだな!!凄いぞ!!」

「3人とも無事に帰ってきてくれて本当に良かった……お疲れ様」

 

 がやがやわいわいと、四方八方から色々な声をかけられるボクたち。そんな中でも、もう何回も聞いたいつものメンバーの声はハッキリと聞き取ることができ、自然とそちらに視線が引っ張られる。その先には、疲れ切ってはいるものの、とても晴れやかな表情を浮かべているユウリとホップとジュンの姿。少し乱れた髪と汗の跡から、きっとかなり大変な戦いがあったのだろうということが感じ取れた。後でそのあたりのことについても聞いてみても面白いかもしれないね。

 

「ユウリたちもお疲れ様。みんな無事みたいだね」

「集中の森の入り口見たと。そっちも相当激しかったみたいやんね」

「ここの野生のポケモン、血の気多いからァ……絶対師匠の仕業よォ……」

「「「ヤァン……」」」

 

 ユウリたち3人の無事も確認できたところで、ボクたちもほっと溜息を一つ。心なしか、腕の中にいるヤドンたちも凄く疲れているようにも見える。まぁ、今日一日あれだけ走り回って、そのうえでかなしばりにまひと、自身の体の自由を何回も奪われていたら、物凄く疲れるのも納得と言ったところだ。マスタードさんのところに報告しに行った後、労いのポフィンでもプレゼントしてみようかな。本当なら今すぐ労ってあげたいんだけど、残念ながらこのゲームのクリアはマスタードさんに報告するまでだ。もう夕暮れをさえも過ぎ去ろうとしている。ここで駄弁りすぎて時間切れでしたなんておまぬけな結果だけはちょっとしたくない。ここまでの苦労を考えたら余計にだ。それに、ボクたちはここから一番重要なことを決めなくてはならない。

 

「さて、無事にヤドンを3匹とも捕まえることが出来たんだけど……」

「このヤドン3匹の捕獲を、誰の手柄にするかってこととね」

 

 マスタードさんの提示したゲームクリアのご褒美は、『ヤドンを捕まえた3人』だけだ。順当にいけばボクとマリィとクララさんの3人が受け取ることになるだろう。しかしここまでの作戦を見てわかる通り、決してボクたち3人だけでクリアできたわけではない。ここにいる全員の力を協力したからこそ勝ち取ることのできた結果であって、ボクたちがやったと胸を張って言える結果ではなかった。それだけに、このままこのヤドンをずっと捕まえておくのは少し……いや、かなり忍びなかった。それに、ボクは最初からこの報酬受け取り会議からは降りるって言ったしね。

 

「そう、報酬を貰えるのはヤドンを連れてマスタードさんに報告をした3人だけ。だけど、今回ヤドンを捕まえるために頑張ったのはみんな一緒。誰ひとりとして、『自分ひとりだけで充分だった』なんてことは思ってない」

 

 ボクの言葉に頷くみんなを見れば、ボクの言葉が間違っていないことがよくわかる。ジュンだけはちょっと不満そうな顔をしているけど、今は無視しておこう。

 

「つまり、ここにいる誰しもが報酬を受け取るに値すると思っている。それだけ難しいゲームだったし、みんな頑張ってたもんね」

 

 封鎖班がいなければボクたちが最後まで追い込むことが出来なかったし、護衛班の人たちがいなければ、ヤドンを追いかけている途中に潰されていたか、集中の森で逆に追い詰められてタイムアップになっていただろう。それだけこの作戦は総力をあげた大きなものとなっていた。その頑張りや功績に、大きさや価値なんてつけるのは無粋というものだ。その褒美をボク1人で享受するのはやっぱり忍びない。勿論それだけが理由では無いけど、ボクが報酬を貰う席から降りる理由にするには十分だ。

 

「そんでもって、この作戦を始める前から言った通り、ボクはこの報酬を貰う役からは降りる。だから、このヤドンを誰が持っていくのか、それはみんなで決めてほしい」

 

 抱いているヤドンのまひを治すために、まひなおしを使いながらみんなに問いかけているボクは、今抱いている子の治療が終わったところで、今度はクララさんとマリィが抱いている子を預かって、順番に治療していく。……どうでもいいけど、もし運悪く攻撃が当たったとしても、きずぐすりで治せばもしかしたらバレなかったのかも……

 

(いや、マスタードさんなら匂いでその辺当ててきそうだなぁ。うん、やっぱり却下)

 

 なんてちょっと邪推してみたけど、未来予知にも匹敵しそうなほどの計画を立ててきている人に、そんな誰でも思いつくような簡単な子供だましなんて絶対に通用しないと思うので頭の中から追い払っていく。そんな割とどうでもいいことを考えているうちに、ヤドンを巡っての会議はマリィとクララさんを中心に進んでいた。

 

「やっぱり、捕獲してくれた2人は貰うべきなんじゃないか?話を聞く限り、捕獲戦もかなりつらかったんだろ?」

「でも、あたし的には封鎖班の人がいなかったらそもそも集中の森まで追い込むことが出来なかったと。特にあたしなんかはたまたま相性のいい仲間がいただけ。そんな運がよかっただけなあたしなんかよりも、他の人の方が……」

「それだったら俺たちなんかよりも護衛班の方がいいと思うぜ。なんせ、俺たちだけだと野生のポケモンを抑えきれなかったからな……悔しいが、戦闘面においてはあいつらには勝てないぜ……防御なら自身があるんだがなぁ……」

「むしろ私たちが加勢するまで耐えてくれた封鎖班の方が凄いと思うけど……私は攻めることは得意だけど、耐えることなんて全然だもの。あれだけの野生のポケモンを前にして、最後まで引かなかったその根性の方こそ、報酬を貰うべきだと思うわ」

 

 進むとは言っても、ホップから始まったその話は、マリィ、封鎖班の男性、護衛班の女性と順番に巡っていき、結局は誰もかれもが、『自分よりも他の人の方がふさわしい』という言葉に着地してしまい。堂々巡りになってまとまらなくなっていた。

 

(う~ん、これはこれで予想外……まいったなぁ……)

 

 正直何人かは、『だったら自分が~』なんて、自己を主張してくる人が出てくると思っていたため、その人に譲ればいいかなと思っていたんだけど、誰一人でないどころか、あのせっかちボーイのジュンまでもが静観のスタイルを取るという、明日はかいこうせんでも降って来るのではないかと疑いたくなってしまうような、不思議なことまで起きてしまっている。

 

(あ、あのジュンが人に譲ることを憶えている……!?)

(おいおい、なんなんだよその目は!!オレだって空気を読むときはちゃんとだなぁ!?)

(日頃の行いだよ。でも……成長したんだね……)

(ああもう!!なんだってんだよ~!!)

 

 思わず懐疑的な目でジュンを見つめていると、ジュンから不服そうなアイコンタクトが返ってきた。けど、昔から彼を知っている人が今のジュンの姿を見ると感動することだろう。ヒカリなんてショックのあまりに病院を薦めてしまいそうだ。

 

(コウキにも見せてあげたいなぁ……)

 

 この成長した姿をコウキが見たらなんて思うだろうか……っと、関係ない話はこの辺にして……

 

「そろそろ誰が貰うか決まった?早く決めないと、日没が来ちゃうけど……」

「とはいっても、みんな頑張っているからやっぱり決められないよ……」

「さすがに今回ばかりはうちも出しゃばれないっていうかァ……」

 

 ジュンとのやり取りを区切って再び会議の中心に視線を向ければ、帰って来るのはユウリとクララさんの困ったような声。やっぱりあれから話は全く進んでいないようで、ユウリたち以外に目を向けてみれば、今も尚わいわいがやがやと賑わいを見せていた。譲り合いの精神は美徳ではあるんだけど、今この瞬間においてはただただ時間を浪費するだけの悪手になってしまっている。そしてそれはユウリとマリィも危惧するところらしく……

 

「ねぇフリア。何かいい案ないかな?このままだと日没までに絶対に話がつかないと思うんだけど……」

「せめてフリアが、この人がいいって推薦するべきと」

「と言われてもなぁ……」

 

 そんな現状を見かねて、マリィがボクに誰かを推薦することを提案するけど、それだとボクが見ていない鍛錬平原や、チャレンジビーチで頑張っていた人を正確に評価することが出来ないから、とてもじゃないけど公平なジャッジと言えなくなってしまうため、ボク的にはこの手も取りたくはない。しかし、ユウリとマリィが言っていることもごもっともではあるので何か手を打つ必要はある。

 

「……仕方ない。ここまで話し合っても決まらないなら、いっそ運で決めよっか」

「「運……?」」

 

 ボクの言葉に首をかしげる2人の横を通って、ボクは再びみんなの前に立って声を上げる。

 

 

「みんなちゅうも~く!!」

 

 

 ちょっと声を張ってあげた言葉に、みんなの視線が引きつけられる。いろんな人が声をあげていたため、ボクの声がみんなに届くのかがちょっと不安だったけど、全員の視線を確認できたことから、ちゃんとボクの声が届いたことが分かったので、そのままボクの考えをしゃべっていく。

 

「どうもみんな遠慮してて話が進まないみたいだから、ここは思い切って運で決めようと思うんだけど!」

「運……?運って、どうやって決めるんだ?」

 

 ボクの言葉にユウリとマリィと同じような反応を返してくるみんな。そんな中で代表してホップが質問を投げてきたので、その質問に対して大きな声で続けていく。

 

「日没まで時間もあんまりないから単純に行こうと思う!その名も皆でじゃんけん大会!!」

「じゃんけん大会?」

「そ!ルールは単純。ボクがじゃんけんの掛け声とともに手を出すから、みんなも合わせて手を出して!それで、ボクに勝った人だけが生き残って、負け、もしくはあいこの人はそこで脱落。これを繰り返して最後まで残った3人に報酬をプレゼント!これなら文句ないでしょ?」

「成程ォ……」

「確かにそれなら恨みっこなしで決められるし、時間もそんなにかからなさそうだな」

「このままだと日没迎えちゃいそうだもんね」

「これならたとえ報酬を受け取れるってことになっても、変に気負う必要もなさそうだし……アリだな!!」

 

 ボクの言葉に納得の声を漏らすクララさん。その声につられて、周りのみんなも首を縦に振りながら肯定の意を示していく。結果として、ここにいる全員からの同意が確認できたところで、ボクは右手を思いっきり上に掲げる。残念ながら身長の低いボクでは、ここから背伸びをしても大した高さになりはしないけど、幸いなことに、ボクの手が見えないなんて人はいなかったみたい。よかったよかった。

 

「よし、じゃあ時間もないことだしさっさと始めるよ!」

 

 ボクの掛け声に、同じように手を掲げるみんな。その姿を確認したボクは、頷きを一つし、高らかに声を上げる。

 

 

「いくよ~!!じゃ~ん、け~ん━━」

 

 

 日が落ち、茜色も黒く染まり始めた清涼平原にて、急遽大きなじゃんけん大会が開催された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「ただいま戻りました!!」」」」」」

「おお~これはこれは、みんなおつかれちゃ~ん」

 

 じゃんけん大会を終えたボクたちは、じゃんけんを勝ち抜いた3人にヤドンを抱えてもらった状態で、みんなの足並みをそろえてマスター道場へと帰ってきた。

 

 扉を勢いよく開け放ちながら、元気よく挨拶をする門下生たちにつられてしまい、思わずボクたちも気合の入った声をあげてしまう。そのことにちょっとした恥ずかしさを感じながらも、マスタードさんの言葉を受けながら道場内に入っていくボクたち。ふと視線を向ければ、シロナさんとカトレアさん、コクランさんにヒカリと言った、ゲームに参加していない方たちも、道場の端っこにて、この先の展開に興味でもあるのか、若干鋭い視線を向けてきていた。それが、なんだかボクたちを試しているようなものにも見えてしまい、さっきまで恥ずかしがっていた感情から一転、緊張した雰囲気を感じとる。

 

「さてさて、時間ギリギリだけど帰ってきたってことは、ヤドンちゃんたちを捕まえたって事かな~?」

「はい!!」

 

 そんな感じでちょっとよそ見をしているうちに、マスタードさんから今回のゲームについての質問を投げかけられる。その問いに門下生のリーダー的な方が返事をすることによって話が先に進んでいった。

 

「うんうん。それじゃあ、誰が捕まえたのか、前に出てきてもらっちゃうよ~ん。ささ、前に出ておいで~」

「「「はい!」」」

 

 マスタードさんの問いに対する答えは、ヤドン捕獲完了の報告。それを受け取ったマスタードさんは、続けて『誰が捕まえたのか』という質問を投げかけてきたので、今ヤドンを抱えている3人が前に出た。さっきまで清涼湿原で行っていたじゃんけん大会の勝者。それは、ユウリ、クララさん、そして、護衛班に所属していたひとりの女性の方。その3人が、それぞれの腕にガラルヤドンを抱えた状態で前に出る。

 

(さて、ボクたちが報酬を受け取る人をじゃんけんで決めたことは……なんか、ばれてそうだなぁ……)

 

 その状況を少し離れたところで見守っていみるけど、ユウリたちを見ても、いつもの微笑んだ表情から全く顔色を変えないマスタードさんからは、やっぱり見透かされているような雰囲気がして落ち着かない。

 

「ヤドンちゃんを捕まえてきたのは、ユウリちんにクララちん、そしてモニンちんだねぇ」

 

 ヤドンを抱えている3人を見つめながら微笑むマスタードさん。3人を順番に見つめていたマスタードさんは、しかしその表情からは何を考えているのかを読み取ることは出来ず、ボクは……いや、ボクたちはただただユウリたちを見守ることしか出来なかった。そんなあまたの視線に晒されているマスタードさんは、そんなことなどお構い無しにヤドンを順番に観察していく。おそらく、マスタードさんが出している、『攻撃を当ててはいけない』という縛りがちゃんと守られているかの確認だろう。捕まえた時も、まひを直してあげた時も、外傷は見当たらなかったので大丈夫だとは思うけど、それでも緊張はちょっとしてしまう。そんなドキドキの数分間を過ごしたボクは、次のマスタードさんの言葉で、その緊張をとくこととなる。

 

「うんうん。ヤドンちゃんたちみんな元気だね〜。きずぐすりの匂いもしないし、ちゃんとわしちゃんの出した課題も乗り越えてるねん。素晴らしいよ〜。これなら問題なく課題クリアだねん」

「「「ふぅ……」」」

 

(よかったぁ……)

 

 マスタードさんからの言葉は合格。ボクたちの行動が無駄ではなかったことに安心感を覚えたボクとユウリたちは、そっとため息をこぼした。

 

(いや、本当に良かった……これでダメって言われたらどうしようかと……)

 

「さてさて!では課題をちゃ〜んと突破したユウリちんたちには、わしちゃんが最初に言った通り、ヤドンちゃんのしっぽを使ったフルコースをプレゼント〜!!ヒカリちん!ミツバちん!早速料理の配膳を━━」

「ま、待ってください!!」

「ん~?」

 

 無事にゲームのクリアが決定し、ようやく待ちに待った晩御飯。それも、みんなが気になるヤドンのフルコースからキッチンに運び込もうとしたときに、ユウリからストップの声が上がる。ここまでの流れを断ち切るように放たれたその言葉は、ここにいる全員の視線を一気に集め、そのことにユウリがちょっとだけ委縮するような姿を見せる。よっぽどびっくりしてしまったのか、そのままこちらに視線を向けてきたので、ユウリが何を言おうとしていたのかはわからないけど、そのことを応援するためにしっかりと目を合わせてうなずくことで返事をする。それでユウリも安心したのか、不安そうだった表情を戻し、真っすぐマスタードさんを見つめなおした。

 

「あの、マスタードさん。言いたいことがあります」

「ふむふむ、何かな?」

 

 不安を振り切ったユウリの言葉に、相変わらずニコニコしたままのマスタードさん。2人の姿に、ボクたちは何も言葉を挟むことが出来ない。

 

「今回のゲーム。確かに私は活躍できたかもしれません。けど、やっぱり私ひとりが頑張ったわけではないんです。ここにいるみんなで手にしたヤドンですから……」

 

 自分の腕の中にいるヤドンを見つめながら呟くユウリ。その姿からは彼女の静かな思いがひしひしと伝わってきており、それだけ報酬を自分が受け取るということに疑問を抱いているようだった。

 

「……私だけが受け取るというのはやっぱり納得いかないんです。だからマスタードさん!」

 

 顔を上げ、再び真っすぐマスタードさんを見つめながら喋りだすユウリ。その視線に、もう迷いはない。

 

「ヤドンのフルコースをみんなで分けるってことできませんか?」

「「「「えっ!?」」」」

「ほうほう……」

 

 ユウリの提案に驚きの声を上げる門下生たち。しかし、マスタードさんはむしろ笑みをさらに濃くしていた。

 

「フルコースにできるほど食材が沢山あるなら、全員にひと口ずつ分けられる量くらいはあると思うんです!……いえ、フルコースの内容を知りませんし、普通の量というのも知らないから、本当にそれだけの量があるかはわからないですけど……」

「ふむふむ……つまりユウリちんはこの報酬を3人だけじゃなくて、全員で分けたいと」

「は、はい!……って、この場合クララとモニンさんまで巻き込んじゃうけど……」

「私は異論ないです」

「ウチもないぞォ!」

「……え?」

「むふふ~」

 

 ユウリの言葉を援護するように、ユウリの横に立つクララさんとモニンさん。2人の行動が予想外だったユウリが変な声をあげているけど、気にせず2人も発言する。

 

「さすがに私ひとりでその報酬を受け取れるほど、恥知らずではありません。ユウリさんの提案、私からもお願いします」

「ウチからも!師匠!ほんとうにお願いィ!!」

「2人とも……ありがとう。お願いします!」

 

 自分と同じようにマスタードさんに真っすぐ発言する2人に感謝しながら、クララさんとモニンさんに倣って一緒に頭を下げるユウリ。

 

 3人から真っすぐ頭を下げられたマスタードさん。相変わらず表情が微笑みから変わらないから読めないその姿は。しかし、確かに、頬がいつもよりも緩んだ気がした。

 

「3人の思いはよくわかったよん。じゃあ、今回は特別、ヤドンのしっぽのフルコースをみんなでいただこうか~!」

「「「!!」」」

「じゃあ改めて~、ヒカリちん!ミツバちん!!」

「はいは~い!ようやくお披露目だよ~!」

「ヒカリちゃんと腕によりをかけたんだから、みんなしっかり食べなさいよ~!!」

 

 嬉しそうな笑顔を浮かべながら高らかに宣言するマスタードさんと、それを合図に物凄く美味しそうな料理を次々と運んでくるヒカリとミツバさん。ステーキに煮つけ、揚げ物に果ては刺身まで、ありとあらゆる方法で料理されたその食材は見るだけでよだれが零れそうで、一緒に見ている門下生たちからもものすごい歓声が上がっていた。

 

「さあさあ、みんな一緒に食べようか~!」

 

 

『いただきまぁす!!』

 

 

 ヒカリとミツバさんの的確な行動によりすぐさま簡易的なテーブルの作成と配膳が終わり、道場内は一瞬でビュッフェのような状態に早変わり。あたり一面に漂う匂いは、ゲームですっかり空っぽになってしまったボクたちのお腹を一気に刺激してくる。それと同時にマスタードさんから高らかに声が上がる。そうなってしまえばもうあとはお祭り騒ぎ。空腹に飢えた食べ盛りのみんなを止めるものなんて何もなく、みんなして並べられた料理に手を付け始める。

 

 食べ物が無くなる前にボクもいただこう。しかし……

 

(やれやれ、ここまで全部おみとおしなのかな……?)

 

 此方を見てにやついているヒカリとマスタードさんを見ながら、『本当にどこまで読んでいるんだか』とため息を零す。

 

「フリアちんもお疲れさま~。さあさあ、ゆっくり食べていってね~」

「……はい、そうさせてもらいますね」

「フリア~!これすごく美味しいよ~!!早く早く~!!」

「は~い、今行くよ~!」

 

 今日1日、マスタードさんに振り回されっぱなしだった。果たして、マスタードさんのお茶目を乗り越えることなんてできるのか。下手したら、ダンデさんに勝つのと同じくらいに難しいじゃないのか。そんなことを思わせられながら、しかし今だけはこの絶品料理を楽しんでおくために、ボクはユウリたちの呼び声に答えながら歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




報酬

ということで報酬はみんなで仲良くいただいていますね。最も、ここまですべてマスタードさんの考え通りですが……。
作品が作品なら、計画通り……となっていそうですね。




ヤドンのしっぽ……実際はどんな味なんでしょうね?カロスでは高級料理ですし、アローラでは家庭の味。そしてガラルではスパイしー……う~ん、気になる……。


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140話

「ぅん……ふわぁ……」

 

 ふわふわとした雲のように柔らかなものに包まれている感触が体をやさしく抱きしめてくれている。そんな幸せな時間から、しかし顔に降り注ぐ暖かな光が、その時間の終わりをゆっくりと伝えてきたため、名残惜しい気持ちを感じながらもなんとか体を起こしていく。

 

 ここはマスター道場の2階。屋根裏部屋にあたる場所に作られた客人用の寝室だ。昨日は結局ヤドンのしっぽのフルコースを片手にどんちゃん騒ぎをしたあとは、そのままの勢いで大浴場へと進み、ここでもまた大騒ぎ。美味しいものをたらふく食べたという満足感は、ボクたちの疲れた体と心をとことん満たしてくれていた。まぁミツバさんはともかくとして、ヒカリはボクが知る人の中ではトップクラスに料理の上手い人だ。そんな人が高級な食材に対して腕によりをかけたというのなら、それは美味しくなって当然というもの。勿論ヒカリだけじゃなく、ミツバさんもこの道場のキッチンを担当しているだけあって料理の腕はかなり凄かった。そんなふたりの全力の料理なのだから、美味しくないわけが無いんだけどね。ただ、あの味を一度知ってしまうと、しばらくは他のものでは満足できなさそうなのが怖いところ。今思い出してみても口の中が幸せになってしまいそうだ。ユウリなんて完全に胃袋を掴まれていたしね。

 

 そんな幸せ且つにぎわった夜を越えて今日。まだ時間が速いので朝の陽ざしは弱いものの、夏の日の光りは確かに部屋の中を温めてくれていたんだけど、そんな部屋の中で静かに精神統一をしている仲間がいた。

 

「もう起きてたんだ……気合十分だね……」

 

 寝ぼけ眼を擦りながらそちらに目を向けてみれば、ボクが起きたことによって座禅を組むことをやめたエルレイドとゴウカザルと、閉じていた目をゆっくりと開くヨノワ―ルとインテレオンの姿があった。4人とも朝から自主練に励んでいたみたいで、さっきまで外で自主練をしていたらしい彼らは、『ボクがそろそろ起きるのでは?』という考えのもと帰ってきたところだったらしい。大分落ち着いているけど、共有化によって若干息が上がっていることがわかるヨノワールの姿からそのことは確認でき、エルレイドからのテレパシー的なモノで、4人が組手のようなものをしている姿も見せてもらうことが出来た。ボクの手持ちの中でも向上心がひときわ高く、エースの座を狙って日々自主特訓を頑張っているメンバーなので、自主特訓をしていること自体は別に珍しくない。ただ、エルレイドに見せてもらった特訓映像が思いのほか激しかったので、そのことが少しだけ苦笑いを零すことになった。

 

「ほんと、やる気満々なのはいいことだけど、無茶だけはしないでね?」

「ガウガウ!!」

「エルッ!!」

 

 ボクの言葉にかくとう組が声を出し、クール組が頷くことで返事をする。全員が全員、この島での特訓に目標があるように見えるその姿からは、ボクも負けていられないという気にさせてくれる熱い何かがあった。

 

「多分、今日から特訓、激しくなるよね……」

 

 昨日だってなかなか厳しい1日を過ごすことにはなったけど、昨日行ったのはあくまでゲーム。あの内容をゲームと言い張るのだから、今日から行われるだろうマスタードさんから提示される課題はかなり厳しいものになる可能性がある。しっかりと気合を入れる必要があるだろう。

 

「頑張ろうね!」

 

 ボクの言葉に再び反応を示すみんなをボールに戻しながら、服を着替えていつものマフラーとネックレスを首に巻く。腰にかかっている確かな重みを感じながら、ボクは寝室の扉を開いて、1階の道場へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……やっぱりやる気いっぱいな人多いんだね……」

 

 寝室から出て1階に降りたボクの視界に入ってきたのは、既に起きて手持ちの相棒とともに自主特訓している人たちの姿だった。まだまだ早朝と言われる時間帯なので、門下生全体で見れば5分の1にも満たない人数しかいないけど、そもそも門下生自体の数が多く、こんな朝早くからということも考えれば、ここにいる人数は十分多い方だ。みんな昨日のヤドン追いゲームに触発されているみたいで、とてもやる気に満ち溢れているように見えた。

 

「凄いなぁ……あれ?」

 

 みんなの迫力のある特訓風景に目を奪われていると、ボクの鼻をくすぐるとても魅力的な匂いが漂ってくる。そちらの方に視線を向けると、匂いの元はどうやらキッチンの方かららしく、キッチンのコンロの前にはボクのよく知る人物が立っていた。

 

「おはようヒカリ。朝食の準備?」

「おはようフリア!ミツバさんが外に野菜の収穫に向かったみたいだから、その間に下ごしらえとか簡単なものくらいは作っておこうかなって」

「成程ね。じゃあボクも手伝おうかな」

「いいわね、こうやってフリアと一緒にご飯を作るのは凄く久しぶりだから楽しみ!あれから腕上げたかしら?」

「勿論!……って言っても、まだまだヒカリの域には達してないんだけどね」

「当り前よ。そう簡単に追い抜かれてたまるもんですか。それに、わたし自身もちょっとずつ成長しているんだからね?」

「まだ成長し続けるって……ヒカリはプロの料理人でも目指すの?」

 

 現状でもそんじょそこらの店なら余裕で超えるくらいの腕を備えているというのに、これ以上上手くなってどうしようというのだろうか。下手をしたらいつか星を獲得していそうなのが、彼女のちょっと恐ろしいところだ。しかし、そんな反応を示すボクに対して、ヒカリはちょっと不満そうに意見を述べる。

 

「あのねぇ、食っていうのは心に余裕を持たせてくれるのよ?美味しいものをたべれば心が豊かになるし、元気も出て雰囲気も明るくなる。それに、体の健康を保つためにも、食事はとっても大事なんだから」

「はいはい。そのことについてはたくさん聞いたし、ボク自身、ヒカリにいろいろ教えてもらって助かってますよ~。もう耳にオクタンが出来ちゃうほど聞いたってば」

「ならよろしい」

 

 軽口をたたき合いながらも両者手を止めることは決してしない。トントンと包丁で食材を切りながらまな板を叩く音や、グツグツコトコトと鍋が煮込まれる音をBGMに、ボクとヒカリの会話は続いて行く。

 

「そう言えばフリア。このガラル地方はどう?楽しい?」

「急な話題転換だね……。ま、いいけどさ。うん。凄く楽しいよ。新しい仲間に強いトレーナー……いろんな人に出会ってバトルして、とっても有意義な旅になっているよ。ヒカリが好きそうな子にも会えたしね」

「あのマホイップって子よね!?いいなぁ、あの子本当にかわいいし、あまいかおりもするし、あの子のクリームで作るお菓子なんて最高にいいものが作れそうだから本当にうらやましい……私もマホミルかマホイップを探そうかなぁ……」

「あはは、やっぱりおかし作りも大好きなヒカリにとっては魅力的なポケモンだよね。捕まえる時はボクも協力するよ」

「ほんと!?やった!!じゃあ後で生息地とか好きなモノとか、あとはフリアがマホイップと出会った時のことを教えて!!」

「ん、わかったよ。じゃあご飯中とかにでも話そうか?」

「は~い。あ、これ切り終わったからまとめてくれる?」

「りょ~かい。これで食材を切るのは全部終わったかな?」

「そうだね。じゃあ次の準備にいこっか」

 

 もう何度も一緒に厨房に立った仲ということもあってか、料理の準備は一切滞ることがなく順調に進んで行き、それと同時にボクとヒカリの会話も盛り上がっていく。

 

 手や体はせわしなく動いているのに流れている会話はのんびりとしたもので、そのギャップは他の人からしたら物凄く変に映るかもしれないけど、ボクとヒカリからしてみれば、これは日常のひとつだ。この雰囲気はシンオウ地方を旅する前から何回もあった光景だから、ボクにとっては本来はお馴染みのもの……のはずなんだけど、ボクがガラル地方にいたこの期間は、ヒカリとそう言ったことが全くなかったのである意味新鮮味があったりはする。久しぶりのこの空気感はやっぱりとても落ち着いて、変な話、『この料理の下ごしらえの時間がずっとあってもいいなぁ』なんて思った。それほどまでにこの時間はボクにとって安心感のあるものだった。

 

 そこからは、2人して今までの旅についての語らいに花を咲かせながら次々と準備をしていく。その内容は、ボクがガラル地方に来てから誰と出会い、誰と戦い、どんなことに巻き込まれて、どのような成長をしてきたかや、ヒカリがジュンたちと再会し、どんな冒険をし、どんなことを調べていたのかという、今までのことの報告が主な内容だった。自分のことについて話すときは、今までの旅路を思い返しては懐かしさに浸り、ヒカリの話を聞いているときは、まさかの別の伝説との戦いと聞いて、思わず聞き入ってしまった。

 

 育ち盛りの人が多いため、朝からがっつり食べる人が多く、それ相応に準備をするものが多いけど、ヒカリと会話をしながら行えばその仕事も全然苦ではなく、むしろ料理をここまでのレベルで行えるのがボクとヒカリしか……いや、多分コクランさんもできそうかな?けどコクランさんはカトレアさんの専属の方なのでここには来ないことから、この場所は、ちょっと言い方はあれだけど、ヒカリと1対1で合法で話し合うことのできる場所となる。このヨロイ島で久しぶりに再会したというのに、ヒカリとはあまり2人で話す時間を取ることが出来ていないから、その点からもこういう時間はとてもありがたかった。っというか、その点で言えばジュンともシロナさんともそういう時間はまだとれていないから、その2人ともその時間を確保しなきゃね。

 

「そうそうフリア、あと一つ気になることがあるんだけどさ……」

 

 そんなこんなで2人で話し続けていたら、もう何度目かになるヒカリからの話題転換がカットインする。彼女の会話はこうやってよく話題がコロコロ変わるから、もはや聞きなれた言葉の一つではある。しかし、そのあとの彼女から発せられた言葉が妙に引っかかった。

 

「フリアってガラル地方のみんなとも仲が良いじゃん?」

「そうだね。まだ出会って数ヵ月くらいのはずなのに、もうずいぶん前からの知り合いかのように思う程だよ」

「でしょうね~。本当に仲がよさそうだもの。けど、そのうえでさ?フリアってユウリと無茶苦茶仲が良くない?」

「え……?」

 

 投げかけられた言葉はユウリとの関係について。

 

 あたりまえだけど、普段関わっている人と自分の関係を順位付けしたり、優先度をつけたりなんてことはしていないので、ボク個人としてはみんなと平等に仲良くしているつもりではある。けど、人を見る目が確かなヒカリにこういわれるっていう事は、他者から見たら何かしらの違いが見えたってことなのだろう。いや、それにしても気づくのが速すぎるような気がするんだけどね?だって、おそらくこの疑問に辿り着いたのって、ヒカリがユウリに対してちょくちょく話しかけている姿を見かけたからその時だと思うのだけど、ヒカリとユウリが出会ったのって昨日のことだから、そんな短時間でそこまでの疑問を見抜けるのはいくら何でも速すぎる気がする。もしかして、ホウエン地方でコンテストの特訓をしている間にその方面でも育ったのだろうか?……まぁ今はそのことは置いておこう。とにかく、個人的には意識していなかったけど、ヒカリにこう指摘されるっていう事は、何かしらの要因があるという事だ。

 

「そんなに何か気になるところあった?」

「ありありも大ありよ。だってフリア、そんなアクセサリーなんて付けないんだもの」

 

 何が気になったのか質問してみると、ヒカリが指を差したのはボクの首元にぶら下がっているネックレス。それは、ユウリからもらい、マクワさんに加工してもらった、『さざなみのおこう』のかけらによって作られたものだ。キルクスタウンで貰ったこのネックレスは、マクワさんに貰ってからというもの肌身離さず身に着けているものだ。何かあった時に、このネックレスから香る不思議な香りは、ボクの心を落ち着けてくれるので、ふとした時に顔に当てて、落ち着くことがままある。そんなボクにとってお気に入りの品となっているこのネックレスだけど、確かにボクがマフラーと帽子以外の装飾品をこだわってつけることはあまりないので、昔のぼくを知ってる人からすれば、ボクがネックレスをつけているこの姿は確かに違和感があるかもしれない。

 

「確かにそういわれると、ボクあまりこういうのつけないもんね」

「それだけじゃないわよ?フリアったら、そのネックレスをことあるごとに手遊びで触っているんだもの。相当大事にしているんだなって、フリアをよく知る人なら嫌でもわかっちゃうわよ」

「え、そんなに触ってた……?」

「それはもう」

「うぬぬ……」

 

 どうやらボクの知らない間に相当このネックレスを気に入っていたみたいだ。でも実際、こうやって改めて見つめてみると本当にいいデザインをしていると思うんだよね。買ってくれたユウリと、加工してくれたマクワさんに本当に感謝だ。

 

「で、開幕に戻るわけだけど……実際どうなの?ユウリのことどう思っているの?」

「どうって言われても……」

 

 確かにそういわれるとユウリには少なくない思いは抱いているかもしれないし、ガラル地方で知り合ったメンバーの中ではユウリが一番付き合いがあるというか、一緒にいた時間が長い。だからこそ、ユウリのことはだいぶ深く分かっているつもりではあるんだけど……

 

「う~ん……急に言われても答え難しいなぁ……ユウリとは一緒にいて凄く楽しいし、ガラル地方に来てからほとんどずっと一緒にいるから、今となっては隣にいるのが当たり前くらいには近い人にはなっているけど……」

 

『ユウリのことをどう思っているか』と言われると、『大切な人』としか答えることが出来ないのが現状だ。なのでヒカリに対してもそう返すことしかできないのだけど、ボクの返答に対して、ヒカリがちょっとムッとした表情をする。

 

「そういう事じゃなくて!ユウリと一緒にいるとどんな気持ちになるのか~とか、ユウリがもしピンチになってたら~とか、もしそういう状況になったら、どんなことを思ってしまうとか、どんな行動をとるか、とかいろいろあるじゃない?ほかにも、あの時のユウリはどうだった~とか、もしユウリがジュンと楽しそうに話しをしていたらとかさ?」

「随分と深堀してくるね……そんなに気になる?」

「気になる!!」

「う、うん。そっか……」

 

 料理の手を止めてまでこちらに身を乗り出しながら聞いてくるヒカリにちょっと気圧され、勢いのまま頷いてしまうボク。まさかここまで興味を持たれているとは思わず、ちょっとびっくりしてしまったけど、ここまで興味を持たれるのなら、改めてユウリについて考えてみるのもいいかもしれない。

 

「もしユウリがそうなったら……」

 

 ヒカリに言われた状況や今までのことを頭で思い浮かべながら、もしそうなったらどう感じるだろうかとか、あの時はどういう事を考えていたかというのを想像してみる。

 

 一緒にいたら?ユウリが危ない目にあっていたら?

 

 今までのことを一つ一つ思い出しながらユウリのことを改めて考えてみると、本当にいろいろあったなと思う。一緒にキャンプをしたのは凄くしかったし、ユウリがタイレーツをかばって崖から飛び出したときは本当に焦ったし、助かった後は心の底から安堵した。できればあのような危険なことは起きてほしくないと思ってしまうくらいには、危ない状況だったと思う。他にも、ボクの作ったポフィンを喜んで食べてくれるユウリや、バウタウンで看病やお見舞いをしてくれたユウリに、ワイルドエリアで疲れたユウリをおんぶしてあげた時のこと、そして昨日一緒に湿原を走り回った時のこと。次々と頭の中で流れていくユウリとの思い出はどれも大切で新鮮で、かけがえのないものになっていた。こうやって思い出していくだけで、その時の気持ちまでも鮮明に呼び起こすことができ、ヒカリという他者が今ここにいなければ、この想像だけで表情がほころびそうになるくらいには、既にボクの心に根付いているものとなっている。

 

(成程ね……こうやって改めて振り返ってみると、ボクは自分が思っているよりも、ユウリとの冒険を凄く楽しんでいたんだ)

 

 ちょっと振り返るだけでここまで感情が動かされるということは、それだけユウリという存在がボクの中で小さくない存在になっていることの証明であることに間違いはない。これならヒカリに何か言われてもおかしくないなと凄く納得してしまった。と、同時に、ヒカリの言っていたシチュエーションの一つが頭をよぎる。

 

 ユウリがジュンと一緒にいる姿。

 

 ボクの共通の知り合いでありながら、昨日出会ったばかりの両者には当然強いつながりというのは存在しない。それゆえ、この状況というのは現状起こりえない状態ではあるんだけど、ボクが2人と仲が良いため、未来にこういう姿を見る可能性はゼロではない。むしろ高くなる可能性だってある。それ自体は喜ばしい事ではあるし、自分が仲良くしている人同士が、自分を起点に仲良くなっていく姿は誰だって嬉しいと感じるだろう。ボク自身もその光景を、この想像だけではなく現実に起こしたいと思った。……けど、同時に、どこか『寂しい』と持っている自分がいることに気づく。

 

(寂しい……?どうして……?)

 

 その事が少し心に引っかかってしまい、思わず料理の手を止めてしまう。

 

「フリア?どうかした?」

「あ、ううん!何でもないよ!!」

 

 その様子をヒカリに指摘されたことでようやく自分でも手が止まっていたことに自覚し、慌てて手の動きを再開させる。そして、ヒカリから出された質問に対して返答を始める。

 

「ユウリと一緒にいるのは凄く楽しいし、ユウリに危ない目にはあってほしくない。もし大変なことになっていたら、一目散に助けてあげたい。ユウリとは、これからもずっと仲良しでいたい……そう思うかな」

「ふ~ん?」

「な、なにさ?」

「べっつに~?」

「なんかむかつく……」

 

 改めてこうやって口にしてみると、物凄く恥ずかしくて思わず目を逸らせてしまう。その姿がヒカリからは面白く映ったらしく、物凄くいい笑顔を浮かべながら話しかけてくる。その姿がどうにもムカついて、ついついにらんでしまうけど、それを受けてなお、ヒカリの表情は変わらない。

 

「ふん、いいですよ~だ。そんなに意地悪してくるなら、マホミルのゲット手伝ってあげないだけだし~」

「ああウソウソ!!ごめんってば~。もうしないから、ね?」

「嘘くさい……」

「フリアからの信頼がなさ過ぎてわたし泣きそう……」

「日頃の行いって言葉知ってる?」

 

 何とか反撃することによってあの恥ずかしい空間から抜け出すことが出来た。帰ってきた空気はいつものボクたちの雰囲気で、仲が良いことがわかっているからこその軽口の叩き合い。やっぱりこの空気がなんだかんだ楽しく、落ち着くよね。

 

 

「成程成程……よかった。フリアもちゃんと変化があって。これはユウリとフリアの背中をしっかり押してあげなくちゃね……!!」

 

 

「ん?何か言った?」

「ううん。何でもないわよ。さ、料理の続きを━━」

「ヒカリちゃ~ん!新しい食材を……あら、フリアちゃんも手伝ってくれてるのね。ありがとう」

「「おはようございます、ミツバさん!」」

 

 そんななじみ深い空気に戻ったところで、ヒカリが小声でぼそっと呟いた。その言葉を聞き取ることが出来なかったため、もう一度言ってもらおうとするけどはぐらかされてしまい、さらにはミツバさんまで帰ってきたため完全に聞き直すタイミングを逃してしまった。

 

「2人ともありがとう!じゃあ、材料もそろったところだし、これから本腰入れて作っていくわよ~!」

「「はい!!」」

 

(まぁ、またどこかのタイミングで聞けばいっか)

 

 本当に大事なことなら、きっとヒカリからまた言い直してくれる。そう思い、ボクはミツバさんを加えた3人で、道場にいる全員分の朝食を作り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒカリ

今回はヒカリとの雑談会兼フリアさんの振り返りですね。
ヒカリさん的には、フリアさんのことは大好きですが、それは仲間としてのそれですので、持っている感情は違います。むしろ、フリアさんがその手の方面にうというのは、自分の接し方のせいでは?という若干の後悔とは違いますが、思うところがあるみたいです。フリアさんのメンタル面を一番気遣っているのは実は彼女だったrします。縁の下のお姉さんですね。それは別として、からかう時はとことんからかうのですが……みての通り、アニメのヒカリさんとは全然違いますよね。




こういうまったりしたお話は、個人的には得意ではないのですが、楽しくはあるのでもっとまったりして欲しいですね。私が考えると、バトルバトルしてしまうのがちょっと悩みだったりします。






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141話

「ふぅ~……相変わらずヒカリとフリアの料理はおいしいな!」

「いい加減ジュンも料理を覚えたら?」

「ん?覚えているが?」

「油鍋に材料を入れるだけのものを料理だというのなら、わたしは今すぐにあんたに教育をしないといけないのだけど……」

「ウ、ウソデススイマセン……」

「わかればよろしい」

 

 道場の食堂にて響く朝の喧騒。そんな中、ボクのすぐ横で行われるジュンとヒカリのずっと変わらないやり取りに、思わず苦笑いを零しながら朝食をいただく。相変わらず美味しいヒカリの料理は、昨日に続いて道場のみんなの胃袋を掴んで離さず、とても賑やかな雰囲気を醸し出していた。その様子は、昨日の食事会の時と同じとまではいかなくとも、かなりの盛り上がりを見せていた。『美味しい』や『うまい』は勿論のこと、ミツバさんにいたっては、『この道場で厨房担当してもらえないかしら?』と勧誘する気満々の言葉を発するほど。

 

 一方で、別の話題で盛り上がっているグループもあった。そのグループの話の内容は、今日から始まるであろうボクたちという、言ってしまえば部外者を混ぜたメンバーによる特訓についてだ。どんなことをするのか、誰と特訓を行うのか、そして、今話題のジムチャレンジで話題をかっさらっている渦中の人物の、リアルな実力はいかがなものなのか。という点について、厚く語り合っているようにに見える。

 

 昨日のヤドン追いで、ボクたちの大まかな実力は知ることはできただろう。しかし、昨日行ったのはあくまでもゲーム。その人の得意なことや苦手なことはわかっても、実際にその人が闘っている姿をしっかりと確認できたわけではないので、正確な実力というのはまだ肌に感じていない事だろう。使うポケモンやおおまかな戦い方こそ、テレビや雑誌で情報として手にはしているかもしれないけど、情報として知っているだけなのと、実際に戦ってみるのととでは当然だけど全然違うものだ。その違いをもうすぐ体感できると知ったら、楽しみで楽しみで仕方がないみたい。すくなくとも、昨日のヤドン追いのこともあってか、ボクたちはともかく、全く知らないジュンのことも割と好意的に見てくれているようではある。その点についてはよかったと言っていいだろう。ここで変な空気になったり、悪感情を持たれていたらやり辛いもんね。

 

 さて、そんなこんなで今日のこれからのことについて話し合っているみんなだけど、当然ボクも今日何をするのかはとても楽しみだ。マスタードさんからは『一緒に修行して欲しい』というお願いしか聞いていない。それが『講師側に回って』という意味なら、自分の力の見直しになるし、『門下生として』なら、マスタードさんという格上の方から師事を貰えるので、どっちにしろボクにとってはプラスにしかならないんだけど、それはそれとして内容はとても気になる。

 

「どんな特訓になるのかなぁ……楽しみだねユウリ」

「う、うん!そうだね~」

「?」

 

 そんな未来にワクワクしている思いをヒカリとは逆隣のユウリにぶつけてみると、いつも通りのやり取りをしているヒカリとは正反対の、いつもと違ってよそよそしい対応を取るユウリ。その姿にとても違和感を感じてしまったボクは、つい首をかしげてしまう。

 

「何か様子が変だけど、どうかしたの?」

「な、何でもないよ!?」

「そうは見えないけど……」

「素直に、『ヒカリと何を話していたの?』って聞けばよかと」

「ちょ、マリィ!?」

「ヒカリと話していたこと?お互いの近況報告というか、ボクたちが分かれた後の、お互いの思い出についてくらいだけど……」

「らしいとよ?ユウリ?」

「う、うぅ……」

「ほんとに大丈夫?」

 

 マリィの言葉に顔を赤くさせながら、しかしどこかすねているような表情を見せながら白米を口に運んでいくユウリの姿。本当にどうしたのだろうか?もしかしたらユウリもヒカリの話、ないし、ポケモンコンテストについてちょっと気になることでもあったのかな?もしそうなら言ってくれれば、ボクが2人のパイプになるくらいならすぐにでもしてあげるのに。

 

 ちなみにヒカリとの話でユウリのことを少し話したことは言わないようにしておく。別に言わなくてもいいかなと思った点がひとつと、……うん。なんか、それをユウリに言うのがちょっと恥ずかしいからというのがもうひとつ。だって、ユウリのことをどう思っているかなんて話を本人に聞かせるのはなんか違うくないかな?違うよね?そんな内心あたふたしているボクと、顔を少し伏せながらもご飯を食べ進めていくユウリの姿に、どこか呆れた表情を浮かべたマリィはため息をひとつ零しながら食事を再開し、一方でヒカリは少しニヤニヤしながらこちらを見てきていた。

 

「……ふ、2人ともどうしたの?」

「「別に〜?」」

 

 おかしい、同じ言葉のはずなのにどうしてマリィとヒカリの声の聞こえ方が全然違うんだろうか。けど、ここで聞き返してもボクかユウリが火傷する未来しか見えなかったので、ぐっと言葉を飲み込んでボクも食事を再開する。

 

「なんというか、今日も平和だな!!」

「ホップきゅん。そのままの君でいてねェ……」

「ん?オレはいつだってオレだぞ?」

「ウンウン。そうだったねェ……」

 

 いつもの空気のようでちょっと違う、どこかふわふわとした朝食時間が過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、みんな揃ったね〜」

 

 楽しくも変な空気になった朝食を終え、1度貸してもらっている寝室に戻って準備を行い、再び1階に降りたボクは、今度は普段門下生のみんなが集まっている場所へと合流した。そこは道場の扉を開いてすぐの場所に広がっている特訓場で、ボクがその場に辿り着いたころには器具や整備が完了している状態になっており、今すぐにでも特訓を始められるようになっていた。そんな中で、みんなの前に立っているマスタードさんという構図は、昨日のヤドン追いを説明する時と同じようなものとなっていた。今日も昨日と同じように、マスタードさんからまず説明を受けて、そこから特訓開始という流れになるのだろう。

 

「みんな昨日はお疲れ様だよん。その疲れはちゃんと取れたかな~?」

 

 マスタードさんが一言話すだけでここにいる全員の視線が集中する。あれだけ騒がしかったこの場も一瞬で静かになってしまうあたり、やっぱりマスタードさんのカリスマというのは確かなものがあるというのを感じられる。

 

「うんうん、みんないい顔してる~。その感じなら安心して今日の特訓に臨めそうだね~」

 

 一通りボクたちの顔を見回したマスタードさんは、みんなのやる気に満ち溢れた身を確認出来たら嬉しそうに頷き、次の言葉を続けていく。

 

「じゃあ早速、今日から始める特訓を教えちゃうよ~」

 

 ゴクリ。

 

 どこからともなく……いや、ボクの周りのいたるところから喉を鳴らす音が聞こえた。昨日、ゲームとは名ばかりのなかなかにきつい壁に挑むこととなった経験があるため、みんな知らず知らずのうちに覚悟を決めたような雰囲気を醸し出す。その空気は確かに張りつめていて、人によっては居辛い空間のように感じるけど、その場にいるボクたちにとっては程よい緊張感として、体を適度に温めてくれていた。これならすぐに戦闘を命令されても戦うことが出来そうだ。腰につるされた相棒たちもその気配を感じたようで、カタカタと揺れて自分たちのやる気を証明してきていた。そんな中告げられるマスタードさんからの特訓内容。果たしてそれはいかなるものか。

 

「特訓の内容はずばり~……」

 

 みんなが更に前のめりになる中、マスタードさんの口から放たれる特訓の内容。それは……

 

「班分けによる集中特訓だよん!!」

「班分けによる……」

「集中特訓……?」

 

 いくつかのグループに分かれてから行う、ジャンルごとの特訓……という事なのだろうか?正直抽象的過ぎて頭の中でちゃんとした像が出来上がらず、あいまいな反応を返すことしかできない。現に、言葉で反応できたのがボクとホップだけというのが証明になっているだろう。昨日のヤドン追いというかなり異例な前例があったため物凄く構えていたんだけど、マスタードさんから言われた特訓の内容が思いのほか普通というか、ひねりがないというか、そのせいで物凄く肩透かしを食らった気分になった。それはボクだけが抱いた感情というわけではなく、周りをちらりと見渡してみれば、ボクと同じように微妙そうな顔をしていた人がたくさんいた。しかし、そんな変な空気の中でもマスタードさんは変わらない微笑みを浮かべながら続きを話していく。

 

「この集中特訓はね~?実は昨日のヤドン追いの延長なのだ~」

「ヤドン追いの延長?それってどういう事ですか?」

「まあまあ焦らないの焦らないの~。順番に説明していくよん」

 

 マスタードさんの言葉に今度はユウリが疑問の声を上げるが、それに対してマスタードさんのペースはやっぱり変わらない。急かしても、質問をしても、こればかりは何も変わらないと悟ったボクたちは、いちいち反応をしていたら時間がかかりそうだと思ったので、おとなしくマスタードさんの説明を待つことにした。

 

「チミたちは昨日、ここにいる全員の力を合わせて、見事わしちゃんが手塩にかけて育てたヤドンちゃんを捕まえることに成功しました~。それは凄いことだし、正直わしちゃん、何人かは脱落者がいると思っていたから、全員そろってヤドンちゃんを連れて帰ってきたときはびっくりしちゃったよん」

 

 本当にびっくりしたのだろう。マスタードさんの声は、彼にしては珍しく、嬉しさから少しだけ声のトーンがあがっているような気がした。

 

「けど、昨日ユウリちんが言ってた通り、多分チミたちは、誰一人として『自分の力だけでクリアできた』って思ってはいないよねん?」

 

 マスタードさんの質問にみんなして少しだけ視線を逸らす。

 

 昨日のヤドン追いは、結果だけ見ればボクたち全員の協力の元課題を達成したという、誰がどう見ても大成功と言っても過言ではない結果となっている。しかし、それはあくまでも『全体を俯瞰してみた時』に限られる。改めて個人個人で振り返ってみたらどうだろうか?護衛班は耐久力に難があるため封鎖班に封鎖をお願いするしかなく、封鎖班はすばやく動くことが出来ないことと、攻めがあまり得意ではないことから防御面を任されていた。特に、門下生の方や、モニンさんなんかはそのことを如実に感じることが出来た事だろう。その証明ではないけど、視線を逸らしたみんなの表情は少しだけ悔しそうにゆがめられていた。それぞれが得意分野で活躍をすることが出来たと言えば聞こえはいいけど、逆に言えば自身に足りない明確な課題もしっかりと浮き彫りになったと言える。みんなそれを理解していたからこその表情だ。

 

「勿論、得意苦手があるのはどうしても仕方がない。けど、それを理由にないがしろにしていいわけじゃないんだよねん。成長をし、さらに上を目指すというのなら、どうやったって苦手なことも求められる瞬間が来ちゃうからね~」

 

 いくつもの戦いを経験してきたマスタードさんの言葉だからこそ、心にしっかりと刺さって来る説得力のあるその言葉は、悔しさから視線を逸らしていた門下生たちの顔をゆっくりと持ち上げさせた。

 

「だけど、大体の人は自分の強みと弱みを知ることなく挫折したり~、負けちゃって諦めたりしちゃうんだよねん。でもでもそれって~、わしちゃん的にはすご~くもったいないと思っちゃうんだよねん。だって、自分の強みと弱みを知ることが出来れば、これからどう修行すれば強くなれるかがよ~くわかるよねん?」

「じゃあもしかして、昨日のヤドン追いの一番の目的って……?」

「そうそう、ずばり!改めて自分と他者を比べて、自分はどこが優れていて、逆にどこが劣っているのかを可視化するためのモノだったんだよね~。勿論、フリアちんやジュンちんのような、新しくここに来た人たちがみんなとなじめるようにするためっていう目的もあったけど~、やっぱり一番の目的は自分を見つめ直すことだよねん」

 

 マスタードさんによって伝えられる昨日のヤドン追いの本当の意味に、改めて振り返ってみると思い当たる節がいくつかある。あのゲームは確かにあの場にいる全員が協力し、且つ何人かのグループに分かれることによってはじめて達成できるゲームとなっていた。しかし、今思えばボクたちの手持ちと言い、門下生たちの実力と言い、どれもこれも都合がいいというか、ここにはこの人こそふさわしいという人ばかりが重要なところでちゃんとそろっていた。それはまるで、最初から『グループ分けの配分すらばれているよう』にも聞こえてしまい……

 

(ほんとこの人は……)

 

 日をまたいでも実感させられるこの人の凄さに、もう何度目かのため息が出そうになる。そして、このマスタードさんの発言でわかったことがもう一つ。

 

「でも待ってくれ!もし昨日のヤドン追いが今日の特訓のグループ分けのもとになるっていうんだったら、そもそもこのグループ分けを思いつくことを予想してなきゃ不可能だろ!?3人しか報酬を貰えないと最初に説明していたり、みんなに説明する前にクララだけが挑戦していて、誰でもひとりでクリアできるように見せかけていたり、そもそもグループ分けさせるつもりがないように見えるぞ?」

「そこで最後の腕試し相手がボクってわけだよ」

「フリア……?」

 

 ジュンが、みんなが感じた疑問を代弁してマスタードさんに投げつけた言葉に対して、ボクがカットインをして言葉を返す。

 

「んふふ~、いいねいいね~。やっぱりフリアちんはわしちゃんの考えを余すことなく拾っていくから、わしちゃんもついつい意地悪したくなっちゃうね~」

 

 これがボクが気が付いたもう一つの分かったこと。それはジュンの言った通り、一見誰も気づかないグループ分けという攻略方法に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()というもの。ようは、みんなが自分を見つめ直す時間を設けている中、ボクに対してだけ、シロナさんがジムチャレンジに推薦するだけの人物であるかを確認するための小手調べを投げかけたという事だ。一体いつからここまでのことを考えていたのかはてんで想像はつかないけど、少なくとも、今のマスタードさんの反応からして、ボクの評価は悪くないと言ったところだろうか。

 

「フリアちんのおかげでここにいるみんなはもっともっと強くなるからねん。ありがとうねん」

「えっと……ど、どういたしまして?」

 

 マスタードさんの掌の上で踊らされていただけということが改めてわかってしまったため、どうも素直に感謝を言いづらいんだけど……まぁ、役に立ったのだとしたら、良しとしておこう……かな?

 

「じゃあ、ちょ~っと話が脱線しちゃったけど~、話を戻して今日やることを改めて話しちゃおう~」

 

 マスタードさんの言葉にはっとして、改めてマスタードさんの方に視線を向ける。忘れてしまいそうになるけど、今日の本題はヤドン追いの理由ではなく、今日から始まる特訓についてだ。ひとまずこれまでの話は一旦おいておいて、マスタードさんの話を聞こう。

 

「今日行うのは班に分かれてからの特訓だよん。特訓内容は班ごとに違うんだけど、その内容は改めてわしちゃんが班ごとに伝えるから、まずは昨日と同じように6班に分かれようね~」

 

 ヤドン追いの時に6班に別れたことなんて一言も言ってないのに、さも当然のようにそう発言するマスタードさんのことはとりあえず考えないようにしていると、別れ始めていくみんなの姿が目に入る。そんな中で、特にどこかの班にいたというわけではなく、個別の役割を担っていたボクとクララさん、マリィの3人だけは、どこに行けばいいのかわからず迷っていた。すると、そのことについてもマスタードさんからアナウンスが入る。

 

「マリィちんはユウリちんのいる班に合流してねん。で、クララちんはわしちゃんと、そしてフリアちんはシロナちんと特別レッスンをしてもらうねん」

「「特別レッスン……?」」

 

 ここに来てまさかのボクとクララさんだけ別行動。その理由が特に思い当たらず、首を傾げていると、そのことについての説明をしてくれた。

 

「フリアちんとクララちんに関しては苦手なことが特にないし、基礎も完璧だからねん。物事に対する考察も、フリアちんは言う必要が無いし、クララちんに関しても、途中で逃がしちゃったとはいえわしちゃんが考えてなかった方法でヤドンちゃん捕まえられるだけの考察力はあるからねん。この2人に関しては特別レッスンだよん」

「そういう事。よろしくね」

 

 いつの間にかマスタードさんの隣に立っているシロナさんが、ボクの方を見ながら手を振っていた。その表情はとても晴れやかで、読み取るのなら『ようやくちゃんと話し合える』と言ったところだろうか。後ろの方にはカトレアさんも控えていたので、多分ヨノワールに関係することで話があるのだろう。

 

 自然と拳に力が入る。

 

 カトレアさんがヨノワールとの現象にどのようにかかわってくるのかはわからないけど、イッシュ地方の四天王の座につく実力のある人が付き合ってくれるというのなら、それはボクにとって大きなプラスでしかないことだ。もしかしたら、この現象の答えに辿り着くかもしれない。そう考えたら、今すぐにでも特訓に取り掛かりたい気持ちになる。

 

「そして、ユウリちんとマリィちん、ホップちん、ジュンちんの4人にも、ちょっと変わったことをしてもらうよん。ユウリちんとマリィちんを2人で一つとして、それぞれ2班ずつ選び取って、担当した2つの班の班長として、手合わせや指導をしてもらおうかなん」

 

 一方でボクとクララさんと違い、門下生たちと特訓をすることとなったユウリたちも、ジムチャレンジを突破するだけの実力があることをしっかりと認められたみたいで、そのうえでこういった扱いをしているあたり、先ほどのマスタードさんの『考察力』と合わせて考えると、ユウリたち4人には、どのように指導すればみんなが強くなれるかの練習方法を考えることで身につく、洞察力や観察力を鍛えていこうという狙いなのかもしれない。ヤドン追いの時はボクが全部口出ししちゃったしね。そこはちょっと申し訳なかったかな?

 

「さてさて、ではそれぞれ動いて貰おうかなん?ユウリちんとマリィちんは清涼湿原、ホップちんはチャレンジビーチ、ジュンちんは鍛錬平原に、それぞれ2班ずつ連れてゴ~!クララちんはこの道場へ残ってて、フリアちんは、一礼野原の砂浜へ行って、それぞれがんばろ~!!」

「「「「「「はい!!」」」」」」

 

 それぞれがどこに行き、何をするべきかを教えてもらったところで、ようやく告げられるマスタードさんからの特訓スタートの言葉。その言葉に元気よく返事をしたみんなは、順番に道場を飛び出していく。

 

「フリア!また後でね!!」

「お互い成長するぞ!!」

 

 まずはユウリとホップが……

 

「ここでしっかり成長して、今度こそ追いつくけんね」

「オレはむしろお前を置いて先に行くぜ!遅れたら罰金な!!」

 

 続いてマリィとジュンが飛び出していき……

 

「うちも頑張るぞォ!またね、フリアっちィ」

 

 クララさんも道場の奥へと向かっていった。

 

 そんな気合を入れながら先に進んだみんなの後姿を見送ったボクは、両手で軽く頬を叩き気合を注入。

 

「さあ、行きましょうか」

「……はい!!」

 

 シロナさんの言葉に返事をしながら、ボクも1歩、足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









ゲームも終わり、それぞれ特訓開始へ。
次回からようやくカトレアさんにも頑張っていただけますね。お待たせしてしまい申し訳ないです。






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142話

「う〜ん、いい天気!絶好の特訓日和ね」

「そうですね」

 

 マスター道場から外に出たボクたちは、マスタードさんに言われた通りの場所である一礼野原の砂浜まで歩いてきていた。今日の天気も快晴であるため、海は日の光りを綺麗に反射させ、煌びやかな景色を映し出してくれていた。本格的な夏に入っているため気温はかなり高くなっており、この景色を作り出してくれている日光はボクたちに向かっても容赦なく降り注いでいるため、正直暑さもなかなか辛いところではあるんだけど、時折吹き抜ける海からの風は、そんな不快な気持ちにさせる暑さを少し和らげてくれている。それがどこか心地よく夏を感じさせてくれるため、それらを総評するとやっぱりシロナさんの言う通り『いい天気』という表現で落ち着く。暑いのがあまり得意では無いボクも、どこかこの暑さを楽しんでいる節があった。

 

「ほんと……あなたは元気ね……」

「そういうあなたは普段から外に出ないからそんなに辛そうなのよ。もっと外に出たら?」

「余計なお世話よ……」

「お嬢様、あまり無理はなさらぬように」

 

 一方で後ろに振り返ってみると、カトレアさんがこの日差しと暑さのせいで既にしんどそうに見える表情を浮かべていた。隣にはコクランさんが常に付き添って、日傘をさしてあげながら反対の手には水分補給用の飲み物をしっかりと持って控えており、さらに視線を少し横に逸らせば、休憩用のテントや椅子、更には熱中症になったとしてもすぐに体を冷やせるような準備でもしてあるのか、クーラーボックスの存在も確認できたあたり、執事として抜け目なしと言うか、完璧な対応はとっているみたいだ。これならカトレアさんに万が一何かあっても、コクランさんが適切な対応を取ってくれるだろう。とは言っても、カトレアさんの体が心配なのは変わらないし、ここまで無理をしているのにボクが関係しているというのが、どうしてもボクの心に少ししこりを残していた。

 

「あの、カトレアさん。もし体調が優れないのでしたら、別に今日ではなくても……」

「いいえ、気にしないでちょうだい……」

「ですが……」

「大丈夫ですよ、フリア様」

 

 そんな心配の様子を見せていたボクに対して、コクランさんが少しだけ前に出て発言をする。

 

「お嬢様はたしかにあまり外に出ないので、こういう場はあまり強くありませんが、それでも四天王を務める方です。これくらいの悪状況など大した障害ではありません。もし何かあっても、わたくしがしっかりとフォローしますので、フリア様は気になさらないでください」

「これはあたくしが望んでしていること……言ってしまえばあたくしの自業自得なのよ……普段あまり外に出ないあたくしが、それでも外に出て確認したい程の興味をあなたに抱いただけ。あなたは気にせずにその力の探求に励めばいいのよ……」

「それに、最近外に出てないからこうなっているだけで、こういう生き生きとしてる姿の方が、昔のカトレアらしくて私は嬉しいわね」

「……あたくしの昔話は今はどうでもいいのよ」

 

 ほんのり頬を赤く染めながら反論するカトレアさんは、初めて会った時の少しダウナーっぽく、それでいて少し近寄り難い雰囲気を出していた姿とは程遠く、シロナさんやコクランさんによって作り上げられたカトレアさんの柔らかな雰囲気に、思わずボクの頬も緩んでしまう。

 

(なんだか……意外と話しやすそうな人なんだなぁ)

 

 四天王という肩書きもあるせいか、カトレアさんに対して抱いていた少し硬そうなイメージがいい意味で崩れ始めた瞬間だった。

 

「それよりも……早く本題に入りましょう?」

「そうね。フリアを混じえての昔話も楽しそうだけど、今は特訓の時間。時間は有限だし、早速始めましょうか。フリア、準備はいいかしら?」

「はい!ヨノワール!!」

 

 カトレアさんからの言葉でようやく本来の目的に話が戻ったところで、ボクは懐から相棒の入ったボールを取り出し、宙へ投げた。

 

 軽快な音を立てながら割れたモンスターボールから現れたのは、朝の特訓の疲れをちゃんと取りきったいつもの相棒の姿。凛と構えるその姿には相変わらずの頼もしさが溢れており、また、これからの特訓に対する気合いも十分みたいで、まるで公式バトルの時と同じくらいに気合いの入った姿でこちらを見つめていた。

 

「相変わらず、いつ見ても素晴らしいヨノワールね。よく育てられてる……正直、メリッサのヨノワールよりも強く育って見えるわ」

「あたくしも、シキミのヨノワールを見せてもらったけど……ここまで育ってはいなかったわね……まぁ、シキミの場合、ヨノワールはレギュラーではなかったけど……」

「ええ、バトルキャッスルでも何匹かヨノワールを拝見しましたが、その中でも抜きんでてよく育っておられます。トレーナーの愛が感じられますね」

「あ、あんまり手放しに褒められるとちょっと……」

 

 ヨノワールが出てくると同時に周りから掛けられる声は賞賛の声。掛け値なしに褒められることによって若干の恥ずかしさを感じたボクは、思わず視線をそらしてしまう。ヨノワールの方も、ここまで褒められるのはなれていないせいか、若干目が細くなっているのが確認できた。ヨノワールもヨノワールで恥ずかしがっている様子だ。

 

「それだけあなたの成長と能力が凄いという事よ。四天王と元チャンピオン。そしてバトルキャッスルのオーナー代理に褒められたことをしっかりと胸に刻んでおきなさい」

「……はい!」

 

 確かに、ここまで凄い人たちに手放しに褒められることなんてまずないだろう。チャンピオンや四天王、バトル施設のトップの位を担っていることもあり、お世辞で人を褒めるなんてこともしないはずだ。となれば、これは素直な賞賛。ここは素直に受け取っておこう。

 

「それに、もしかしたらこの子は、これからのポケモンバトルの歴史に名を刻むかもしれないしね……」

「え?」

 

 そういいながらヨノワールを見つめるシロナさんの視線は、どこか期待したような面持ちをしていた。

 

「そんなに、ボクのヨノワールって凄いんですか……?」

 

 ボクのヨノワールが凄いことはボクが一番理解している。ボクが小さいころから一緒にいたパートナーだし、ボクの中でも特別な存在となっているこの子は絶対的な信頼を置いてある。誰にも負けない……と言い切るのは、コウキに勝たないとまだ出来ないのがちょっと申し訳ないけど、それでも『ヨノワールがいれば何とかなる』という精神的支柱にはなっている。ただ、シロナさんの言うように歴史に名を遺すほどなのかと言われたら、さすがに言葉がに首をかしげてしまう。勿論、ヨノワールとともに歴史に名を遺したいという気持ちはある。けど、今のボクたちはまだまだ成長過程で未来がわからない。なのにここまで言われるというのは、いくらシロナさんとも言えども言いすぎなのではないかと思わなくはない。けど、そんな疑っているボクにシロナさんははっきりと返答してくれた。

 

「正確には『あなたも含めて』よ。あなたのヨノワールは明確に他のヨノワールと違うと言えるわ。それはあなたもわかってきているのではないかしら?」

「……共有化」

「成程、今は共有化、とあなたは読んでいるのね」

 

 指摘されたのはおおよそ予想通りの共有化について。確かにこの現象は、他のヨノワールは勿論、ポケモン全体も見てもこのようになっている姿は見たことがない。前例がないからこそボクも手探りなわけだし、最初は感覚を共有していることすらわからなかったからこそ、ボクはスランプに陥って勝てなくなってしまったのだから。

 

「はい。どうしてか理由はわからないんですけど、ヨノワールと何かがつながり始めた時、だんだんとヨノワールと感覚がつながっていっている感じがするんです。一番わかりやすいのは、視覚と痛覚……ですかね」

「視覚はともかく痛覚まで……道理で、あの時痛がっていたのね……」

「あの試合見ていたんですね……」

「ガラル地方のジムチャレンジは世界的にも注目のイベントですからね。逆に言えば、ジムチャレンジの中継くらいでしかわたくしやお嬢様が知る機会はありませんよ」

「そう言えば……」

 

 ボクが共有化を詳しく知ったのはネズさんと戦った時だ。シロナさんと最後に出会ったナナカマド博士の研究所の時よりもはるかに後の時間。当然ながらその間にシロナさんと連絡は取っていない。なのにシロナさんやカトレアさん、コクランさんがヨノワールのことを知っていると考えたら、中継を見たという事しか考えられない。っていうか、そもそもの話、今日の朝ヒカリと話している時もそういう話題が出てきたのを思い出した。ヒカリがボクの試合を動画で視聴しているのなら、一緒に旅をしていたと思われるジュンやシロナさん、そしてシロナさんの知り合いであるカトレアさんたちが見ていたとしても何ら不思議ではない。

 

「逆に言えば、そこでとても気にあるところを見かけたからこそ……あたくしはここに来たいと思えるほどの興味をあなたに見出した……」

「ボクと、ヨノワールに……?」

「ええ……」

 

 言葉を引き継いだカトレアさんが、コクランさんを伴ってボクの方に近づいてくる。昨日出会ったばかりで、四天王で、そのうえ見た目がとても綺麗で、年上なのにかわいらしいというイメージを抱いてしまう彼女に急に近づかれたことによって、少なくない動揺を覚えるものの、なぜかカトレアさんの目から視線を逸らすことが出来ず、じっと見つめて、カトレアさんの説明に聞き入ってしまう。

 

「あたくしの得意とするポケモンはエスパータイプのポケモンたち……そこであなたに質問……。エスパータイプのトレーナーの特徴は……?」

「えっと……トレーナー本人も何かしらの超能力を備えている……ですか?」

「ん……正解……」

 

 ボクの解答に頷きながら懐からモンスターボールを取り出した。現れたのはランクルス。緑色のセリーのような、液体と固体の中間みたいな物質に包まれた小さな子供のような姿をしたポケモンは、現れると同時にカトレアさんの周りを嬉しそうに飛び回り、2人の仲の良さを表してくれていた。

 

 暫くじゃれていた2人は、ランクルスの動きが落ち着いたところでスキンシップをやめ、カトレアさんは再び説明を始める。

 

「あたくしたちエスパータイプのトレーナーはみんな、何かしらの超能力を持っている……例えばジョウト地方の四天王のイツキや、あなたが特に知るセイボリーなんかはサイコキネシス……そしてあたくしやシンオウ地方の四天王のゴヨウなんかは、テレパシーを備えている……このおかげで、あたくしは指示を出すのに言葉を必要としないし、ポケモンとトレーナーがどれほどの思いでつながっているのかが可視化できる……」

 

 カトレアさんが説明しながらランクルスに視線を向けると、小さくうなずいたランクルスの体が少し発光。同時にボクたちの周りに飲み物が入ったペットボトルが浮かび上がり始める。それを受け取ったボクは、カトレアさんにお礼を言いながらそのジュースを一口いただく。

 

「今は分かりやすく目を合わせたけど、本来なら目を合わせる必要もない……アイコンタクトで指示を出す人は何人かいるけど、あたくしたちはそのタイムラグすら生み出すことなく指示ができる……強いテレパスを持った人ならこれくらいは簡単……」

 

 少し得意げに話をするカトレアさんに、思わず頬が緩みかけるけど何とか耐える。思いっきり表情が緩んでいるシロナさんをに気づいて視線を鋭くさせているカトレアさんを見るに、ボクまでもが顔を崩したら余計に話が脱線しそうなのでここは我慢だ。

 

「こほん……さて、ここからが本題なのだけど……あたくしはテレパシーの応用でポケモンとトレーナーの絆が可視化できる……。言葉で説明するなら、ポケモンとトレーナーの間に薄い青色の光がつながっている感じかしら……」

「成程……」

 

 カトレアさんなりにわかりやすく説明してくれているおかげで、とりあえず話にはついていけているボクは、ちらりとヨノワールに視線を向けながらカトレアさんの言葉を待つ。

 

「絆が深ければ深いほど……その青い光は太く、強くポケモンとつながるわ……けど、あなたたちはちょっと違うのよ……」

「違う事って、そんなに珍しいんですか?」

「少なくともあたくしは見たことがないわ……。四天王として数多のトレーナーを見てきたけど……あなたとヨノワールのように、金色の光でつながれているのは初めて……」

「金色の光でつながれている……その、ボクたちが他の人と光のつながりが違うっていうのは、やっぱり何か意味があるんですか?」

「それを確かめるために、あたくしがここに来たの……」

 

 そういいながらヨノワールに近づいて行くカトレアさんは、ヨノワールの目の前までたどり着いたのちに、そっとヨノワールの体に触れる。

 

「現状あなたたちだけが行っている意識の共有化……それにあなたたちだけ違うこの絆の糸……あたくしは、ここに何か関係があるとみているわ……」

「ヨノワールとの……絆……」

 

 そういえば、この共有化という現象がどういうものかというのはわかってきていたけど、この現象のきっかけは考えたことがなかったし、今も能動的に発動する方法はなんとなくでしか把握していなかった。けど、もしこの現象がボクとヨノワールの絆によるものだということが明確になれば、もしかしたらあの共有化をもっと簡単に、そして能動的に発動する方法がわかる可能性がある。

 

「あなたとヨノワールをつなぐその不思議な絆……。あたくしなら、その不思議な絆の正体を突き止めることが出来る……かもしれない……」

「……」

 

 カトレアさんの言葉を聞きながらヨノワールとボクが見つめ合う。けど、ボクとヨノワールの間には、何か不思議な力があると言われてもいまいち実感としてイメージすることが出来ない。さっきは能動的に発動できる可能性があるとは言ったものの、やっぱり絆というものが目に見えない以上、どうしてもイメージがしづらい。

 

「安心して……。さっきも言ったけどあたくしは超能力のおかげで本来目に見えない絆を可視化することが出来る……。そして、その力をこうすれば……」

 

 ヨノワールの体に触れていたカトレアさんが、その言葉とともに今度は反対の手をボクの胸に添えた。すると同時に、胸にどこか暖かな力を感じ始めていく。

 

「これは……」

「今あなたが感じているのは……ヨノワールとのつながり……。あなたが今これを感じ取ることが出来ているのは、ヨノワールの思いを、あたくしの体を中継することによってあなたが感じ取ることが出来るようにしているから……わかるかしら……?」

「……はい」

 

 カトレアさんを通じて伝わって来る思いに目を閉じながら意識を集中させると、確かに伝わってくる気がする。もっと強くなりたい。もっと上を目指したい。そして、コウキに勝ち、ボクの思いをかなえてあげたいという願いが……。

 

「……」

「感じているみたいね……それがヨノワールの思い……ヨノワールが、あなたに対して思っている……嘘偽りない願いよ……」

「そっか……こんなことを考えていたんだね……」

 

 ボクがコウキに勝てなくて、ずっと気にしていたことをみんなも気にしていたのは何となくわかっていた。けど、いざこうしてちゃんと向き合ってみると、その気持ちの大きさに嬉しさと恥ずかしさ、そして申し訳なさが一気に押し寄せてくる。

 

(本当に、好かれているんだなぁ……ありがとう、ヨノワール)

(ノワ……)

 

 ボクが4歳のころからそばにいてくれた何よりも頼もしい相棒は、出会ったころと変わらず、ずっとボクのそばに寄り添って支えてくれていた。

 

(そっか……そうだよね。昔からキミはそうだった……)

 

 改めて、ヨノワールのことをしっかりと振り返ると、思い出される記憶の数々。その一つ一つが、しっかりと結びついて行く。

 

 ヨノワールとの、つながりを強く感じる。

 

 いつものバトルをしている間に少しずつつながるあの感覚ではなく、自分たちから歩み寄って、能動的につながることが出来ている。今ならきっと、いつも以上に強く繋がれる気がする。

 

『『っ!?……これは……っ!!』』

『『カトレア!?』』

『『お嬢様!?』』

『『大丈夫……っ。物凄い力だけど……危害を与えてくるような力じゃない……むしろ温かい力……でもそれ以上に……っ!!』』

『『ヨノワールの見た目があのテレビの時みたいに変わり始めている!』』

『『お嬢様……無理だけはなさらぬように……』』

 

 カトレアさんたちの会話が遠くからかすかに聞こえてくる気がする。それも、ヨノワールとつながっていることもあってか、二重になって。しかし、意識をヨノワールに集中させすぎている今、外の声はほとんどボクに入ってこない。それ以上に、このままつながればもっともっと力を引き出せるような気がして、今はとにかくヨノワールに歩みよることばかりしか頭に浮かばない。

 

(もっと……もっと……!!)

(ノワ……ッ!!)

 

 つながる心。湧き上がる力。今なら、ボクたちがやりたいこと、なんでもできるような気がする。そして……

 

(もっとッ!!)

(ノワッ!!)

 

 完全に意識がつながった。

 

「「ッ!!」」

 

 体を包み込む暖かで、それでいて力強い思い。それが全身にいきわたった瞬間、弾かれたようにボクたちの体に衝撃が走り、無意識のうちに目を見開いてしまう。と、同時に今まで意識の中に集中していたせいで、無意識のうちにシャットアウトしていた外の情報が一気に流れ込んでくる。

 

 いつも以上に重なったことで、ヨノワールの視界もより鮮明に見えてしまい、ぐちゃぐちゃに混ざり合う2つの景色に、全ての音が混ざり合って二重に聞こえてくるこの耳。更に、自分は地に足をつけているはずなのに、ヨノワールは常に浮いているから、立っているはずなのに浮いているという矛盾した感覚がボクを襲う。

 

 ぐちゃぐちゃの視界にごちゃごちゃした聴覚、そして浮ついたこの感覚が一気に脳に流れ込んできて、一瞬にしてボクのキャパをオーバーしてしまう。結果……

 

「うぐっ……!?けほっ、ぇほっ……」

「フリア!?」

「「っ!?」」

 

 気持ち悪さと吐き気となってボクの体を蝕んだ。

 

 喉からせりあがってくる感覚に、反射的に口を抑え、しゃがみ込みながら下を向いてしまうボク。しかし、ここでみっともない姿を見せるわけにはいかないという変な意地を張った結果、すんでのところで耐えきったボクは、この症状によって荒くなった息を何とか落ち着けようと深呼吸を繰り返す。

 

「大丈夫!?無理はしなくていいのよ?」

「ふぅ……ふぅ……大丈夫です……ありがとうございます」

「コクラン!!」

「ええ。フリア様、こちらを……」

「コクランさんもカトレアさんも、ありがとうございます」

 

 その間、背中をさすりながらこちらを気にかけてくれているシロナさんと、飲み物を準備してくれたコクランさんとカトレアさんにお礼を言いながら、ゆっくりと立ちあがる。と、同時に視線を横に向けたら、ヨノワールも不安そうな目でこちらを見つめていた。

 

「ヨノワールも、心配かけてごめんね?」

 

 そんなヨノワールの体をやさしくなでながら、ようやく体が落ち着いたことを確認したボクは、シロナさんたちに視線を向ける。

 

「何があったのかしら……?」

「どうやら、いきなりボクとヨノワールの感覚を強くつなげすぎたせいで、ボクの体がその感覚に追いつくことが出来なくて、感覚酔い、みたいなことが起きたみたいです……心配かけてすいません」

「謝るのはあたくしの方……。ごめんなさい、そこまで考えが及ばなかったわ……」

「そんな!カトレアさんは何も悪くありませんよ!」

 

 この現象自体初めて見るものなんだ。こんなことが起きるなんて予想できた人は世界を探してもいないだろう。だからカトレアさんが謝る必要なんてどこにもない。

 

「カトレアさんのおかげでこの現象の正体がつかめてきた気がするんです。むしろこちらからお礼をしたいくらいです!!」

「そう言ってもらえると嬉しいわ……。けど、あたくしの不注意だったのは事実……。感覚をつなげすぎると、そういう事が起きてしまうのね……」

「でも、今までで一番この現象の正体に近づいた気はするんです。だから、全部が失敗というわけでもないと思うんですよ」

「そう……。なら、今度はあたくしの方で調整してみるわ……」

「お願いします!」

「では、わたくしはまた倒れても大丈夫なようにいろいろ準備しておきますね」

「私も手伝うわ」

 

 そこから始まるのはボクとヨノワール、そしてカトレアさんによるトライ&エラー。何度も倒れそうになるものの、それでも何かをつかみ始めたボクは、確実にこの現象の終着点に近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




共有化

特訓回兼、カトレアさんを出した理由ですね。そして感覚酔い。アニメではこういうのはあまり書かれていませんでしたけど、2つの視界を両方見れるというのは、人によってはすごく酔うと思うんですよね。なのでちょっと苦労を多めに。可愛い子には旅をさせよではありませんが、ちょっとは苦労して欲しいという謎の目線がありまして……




さて、お披露目はもう少しでしょうか。到達地点はどのようになっているんでしょうかね?


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143話

「ムクホーク!!『インファイト』だ!!」

「オトスパス!!『たこがた━━』」

「遅い!!」

 

 オレのムクホークが空を駆け回り、地面で腕をくねくねさせながらたこがためを構えていたオトスパスに対して一瞬で肉薄。触手で絡め取られる前に猛烈なラッシュを叩き込んで、相手が行動する前に攻め切ろうとする。その効果は絶大で、ムクホークの翼と爪による連撃は空中を漂うオトスパスの腕を華麗にすり抜け、そのほとんどがオトスパスの体に直撃していく。既にかなりの体力を削られていたオトスパスは、この致命打の前にその体をくずし、地面に倒れ……

 

(よし、これでまた1人……)

 

「いまだ!!捕らえろ!!」

「なっ!?」

 

 その寸前で踏みとどまったオトスパスが最後の力を振り絞って、腕の1本をムクホークの爪に絡ませた。結果、インファイトを打った後の隙を飛んで減らそうとしたオレの計画を見事に潰し、ムクホークをその場に押さえつけられてしまう。

 

 たこがため。

 

 現状オトスパスのみが使うことのできる専用技で、この技に捕まったポケモンは『たこがため状態』となり、ボールに戻すことも逃げることも出来なくなり、体のいたるところを絞め付けられることよって体力を削られてしまう。更に、固められている間は継続的に防御と特防を下げられ続けてしまうという効果まである。1度掴まってしまえばそのまま絞め落とされ、たとえ耐えられたとしても、防御を下げられたところに行われる追撃によって仕留められるという2段構え。インファイトの効果によってさらに防御が下げられている今のムクホークにそんなことをされたら、致命傷は必須。下手をすればそのまま落とされる可能性だってある。けど不幸中の幸いか、インファイトのダメージが思いのほか大きかったらしく、たこがためで捕まえられている範囲はムクホークの爪の部分にとどまっている。勿論このまま放置すれば、いずれは羽の部分まで捕まり、飛行機能さえ奪われて完全に機能停止に追い込まれるだろうけど、それまでの時間こちらが抵抗しないはずがないし、それだけの時間があれば十分に対応できる。

 

「ムクホーク!!『そらをとぶ』!!」

「ホークッ!!」

 

 オレの声を聞き届けたムクホークが空に向かって急上昇。足にオトスパスがついていることなんて気にせず高く飛び上がったムクホークは、はるか上空まで飛びあがったところでスピードを落とし、一瞬制止。完全に止まったと思ったらお次は反転、今度は地面に向かって急速落下。ムクホークとオトスパス。2人分の体重も乗せたその速度は、そのままそらをとぶの威力へと変換され、そのすべてが地面にたたきつけられたオトスパスへと襲い掛かる。

 

「オトスパス!?」

「どうだッ!!」

 

 上空からの叩きつけ。みようによっては地球投げにも見えるその攻撃は、わずかなところで耐えていたオトスパスの体力を削り切り、戦闘不能へと追いやった。

 

「よくやったぞムクホーク!」

「くっそ~、防御に自信はあったんだがな……」

「それをさらに上から叩き潰すのがオレのスタイルだからな!簡単に止められたら世話はないぜ!」

 

(とはいったものの、本当なら『インファイト』の時点で倒す予定だったんだがな……)

 

 さすがはガラル地方の元チャンピオンの弟子と言ったところか。負けはしないがなかなかどうして予定通りにいかない。

 

 鍛錬平原のど真ん中で行われたオレと門下生のバトルがまた一つ終わりを告げ、オレの休憩時間に入る。

 

 マスタードさんに言われて始まったこの特訓。オレは今回、清涼湿原とチャレンジビーチで封鎖班を担当していた人たちを連れて鍛錬平原に来ていた。オレの主観的な理由を説明するならとても簡単な話で、オレがまだこの目で見ていない且つ、防御が得意な面子を特訓相手に指定することによって、オレの攻めがどこまで通じるのか。そして、もし今のオレの攻撃が通じない相手がいた場合、どのようにすれば通用するようになるのかという、行動の見直しのための選択だ。そしてこれは、オレだけが利のある選択ではなく、相手側の人たちにもちゃんとメリットがあるようになっている。というのも、今回フリアとクララを除いた4人の中で、一番攻めが得意なオレと戦うことによって、攻めが得意な人がどのように攻めているのかを目で見て、体感して学び、どうすれば自分の攻めに転用できるか、また、自慢の防御で受けるにしても、どう受けるのが効率がいいのかを学ぶことができるからだ。どうやらあちら側は、苦手な攻めを勉強したいみたいだしな。だからこの選択にはお互いに利がある。と、オレは思っているんだが……いや、正直頭で色々考えるのはオレの分野じゃないって言うか、フリアに全部任せていたから全然分からないというのが正直なところだ。

 

(あいつ本当、よくこんなこと毎日考えてたな……)

 

 出会った頃から何かとよく考え事の多いやつだったけど、今回こうやって、自分の弱点と向き合ってみるという特訓を行ったことで、改めてフリアの思考能力の高さと、自分の応用力の低さにため息が出てしまう。

 

(そりゃ途中で置いていかれるわけだぜ……)

 

 オレとフリアの今回の旅の目的はコウキに追いつくことだ。旅の途中からぐんぐん先に行き始めたあいつに、今度こそちゃんと追いついて、立派なライバルとして隣に立つ。それがオレのやりたいことであり、オレの……いや、オレたちの目標だ。だが、ことオレに関しては、もう1つ目標がある。それは……

 

「フリア、お前にも置いていかれないことだ……」

 

 オレたちは2人ともコウキに置いていかれている。だけどこれは、オレたちが揃って置いていかれたわけじゃない。

 

 シンオウリーグ、スズラン大会。その成績において、コウキは優勝し、フリアは準優勝を果たしているけど、オレはベスト4。3位決定戦で負けてしまっている。四天王とのバトルだって、フリアはキクノさんを越えているけどオレは誰一人として勝つことが出来ていない。フリアはコウキとの差を物凄く悔しがっているけど、オレはコウキだけじゃなく、フリアにだって追いつけていなかった。

 

 一緒にスタート地点に立っていたはずなのに、気づけば一番後ろを歩いていたのはオレだった。

 

 誰よりも前を走って、誰よりも足を動かして、誰よりもがむしゃらに動いていたのに、それでも最後に立っている場所は一番後ろだった。悔しくないわけがない。辛くないわけがない。フリアは心が折れたって言ってたけど、オレはフリアなんかよりももっと前から心が折れちまってたんだ。

 

 オレの心が折れた時、オレよりも前に行く2人がぐんぐん先に行く姿が想像できた。テンガン山でも前を走っていた2人の背中はとてつもなく大きかったし、今思えばあの瞬間、オレは確かに『この2人には追い付けないんだ』と心のどこかで諦めてしまったところがあったのかもしれない。

 

 だが、現実は違った。オレよりも前に走っていたと思っていたフリアでさえも、コウキに辿り着く前に折れてしまった。しかもコウキはそのまま前を走り切ってシロナさんにまで勝ってしまう始末。

 

 オレよりも上だと思っていた人でさえも、コウキに追いつくことが出来なかった。じゃあいったい誰があいつに追いつくことが出来るというのか。当然オレの心は更に折れることとなる。けど、そんな時にテレビで見たコウキの姿は、なぜかオレ以上に絶望したかのような表情を浮かべていた。

 

(2人に置いて行かれて最初に心が折れたオレと同じで、あいつは前を走りすぎて誰もついてきてくれなかったんだ……)

 

 ひとりの辛さは、オレが一番最初に知っている。そして、今その辛さにオレの大事な親友が直面してしまっている。そして、本来ならその隣に立てたかもしれなかったもう一人の親友も、追いかけることが出来ずに折れてしまっている。

 

(なら、気持ちだけでもいつも前を走っていたオレが、立ち上がらないわけにはいかないだろ!!)

 

 確かにオレは一番後ろに立たされていた。けど、それまではずっと、誰よりも前を走っていたはずなんだ。せっかちだなんだと言われていたけど、それでもオレが前を走っていたからこそ、最初はみんなで前に進めた。これはオレのうぬぼれなんかじゃなくて、昔フリアとコウキに言われた言葉だ。

 

(オレのこの前向きさは長所なんだ。このせっかちさも長所にできるんだ)

 

 ただでさえ、ポケモンバトルの腕で前を走っていた2人に負けているのに、気持ちまでも負けてしまえばいよいよ追いつけなく……いや、背中が見えなくなってしまう。それだけは絶対に嫌なんだ。

 

「だから、今度は見失わない。そのためにも、もっと強くならなくちゃな……」

「ホークッ!」

「おう!どんどん強くなるぞ!!」

「ペルッ!!」

「ん?」

 

 オレの声に元気に返すムクホークを労ってあげていると、後ろから聞き馴染みの声が聞こえてきたから振り返ってみる。するとそこには、オレの仲間がずらっと並んでいた。

 

 エンペルト、ヘラクロス、カビゴン、ロズレイド、ギャロップ、そしてムクホーク。

 

 オレとともにシンオウ地方を駆け抜けてくれた大切な仲間たち。こいつらだって悔しい思いをしたはずだ。特にエンペルトは、みんなと一緒に旅を始めたのに、オレのせいで悔しい思いを無茶苦茶させてしまった。そこから這い上がったおかげで、フリアのゴウカザルを倒すことが出来るほどの、圧倒的な『げきりゅう』を身に着けることが出来た。しかし、『げきりゅう』の仕様上、体力を削られないとダメだったとしても、ブランクのあるゴウカザルにちょっとてこずってしまっていた。

 

「それじゃあだめだよ……もっともっと強くならないと、フリアにあっという間において行かれるぞ」

 

 フリアは努力の天才だ。元々考えるのが得意で、自分が強くなる方法や、自身の新しい戦い方をどんどん開拓して手数を増やしていくあいつのスタイルは、経験を積めば積むほど強くなっていく。それはこのガラル地方での活躍と久しぶりなのにあそこまでゴウカザルと上手く連携したところを見れば一目瞭然だ。となれば、当然あいつのエースであるヨノワールはもっともっと強くなっている。

 

「だから、この島の特訓で、今度こそあいつの背中を捕まえるぞ!!」

「ホークッ!!」

「よーしっ!休憩終わりだ!!次の人!!バトルしようぜ!!」

 

 鍛錬平原に響くオレとムクホークのさけび。それにつられるようにエンペルトたちも雄たけびをあげ、再び特訓へと駆けていく。

 

 今度こそ遅れないため。

 

 絶対に本人には言えない、そんなオレの内に秘めた思いを燃え上がらせながら、オレはまた戦いへと身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……みんな凄いぞ……」

 

 喉の渇きを潤わせるために水を飲み、一息ついたオレは、目の前で繰り広げられているポケモン同士の激しいせめぎ合いを観察していた。

 

 ヨロイ島はチャレンジビーチ。オレは選択しなくちゃいけない2つの班に、清涼湿原と鍛錬平原で護衛班として活躍した班を選んで連れてきていた。というのも、護衛班の攻撃力の高さは、クララと一緒にチャレンジビーチを駆けていた時にしっかりと観ることができ、その攻めの力に興味を惹かれたからだ。

 

 オレの戦闘スタイルは、ジュンと同じくガンガン前に出て攻める戦い方だ。けどジュンと違うのは、すばやさや火力に任せてガンガン攻めるわけじゃなくて、ポケモンの持つ耐久の高さを利用した『耐えながら攻める戦い方』を中心にしていること。そのうえで、体力を削られたらきしかいせいをしたり、ねむるのような回復技を使って延命してっていう、傍から見たらどうしても花がない不器用な攻め方しかできないでいた。勿論、たまには変わった戦い方をするにはするけど、どうしてもこの戦い方に慣れてしまっているからこの手に任せてしまうことが多い。当然だけど、こんな戦い方をすればいつか限界が……というか、フリアには絶対に勝てない。ビートにはお前の強みだから貫けと言われ、そのおかげでスランプを脱することはできたけど、フリアやジュン、アニキと言った、格上の相手に勝つためにはこのワンパターンだけでは当たり前だけど読まれてしまう。だからこそ、オレの強みである、『耐えながら攻める』力を磨きながらも、それを支えられる別方面の戦い方も覚えなくちゃいけない。そういう意味だと、ジュンのような特性やポケモンの技の性質をうまく活用して、『ガン攻めだけどそのレパートリーが多い』という戦い方は、1つのオレの終着点だったりするんだけど……

 

「う~ん、オレにそんな器用なことは難しいしなぁ……」

 

 忘れちゃいけないのが、オレがトレーナーになったのはまだ2ヵ月とかその辺だという事。フリアやジュンに比べたら圧倒的に経験値が少ないし、ゴリランダーたちについても、まだまだオレの知らないことも多いからできることがそもそも少ない。そのためにこうやって攻めるのが得意な人たちの戦い方をこうやって観察して、1つでも自分の糧として吸収しようと頑張っているんだけど……

 

「何か掴めそうか?ゴリランダー」

「グラ……」

 

 戦闘を見つめるゴリランダーは少し不安そうな声を上げるだけだ。

 

「う~ん、ユウリはどうしてあんなに強いんだ~……あいつの才能には驚くぞ……」

 

 こうなってくると嫌でも目に入って来るのがユウリの存在。

 

 オレと同じタイミングでトレーナーになり、何なら最初の手持ちの数はオレよりも少なくて、旅立ちの時は正直言ってオレほど熱意があるようにも見えなかったユウリだけど、このジムチャレンジの戦績を見てみれば、ユウリが負けた回数なんて片手で足りるほどだ。途中スランプで負けまくったオレと比べれば、キバナさんに勝ったタイミングは同じと言っても、とてもじゃないけど『ユウリと同じくらい自分は強い』とは胸を張っては言えなかった。

 

「やっぱりフリアの存在が大きかったのか~……?」

 

 同じスタートを切ったのに、どうして差があるのか。そこを考えた時に、真っ先に頭に浮かぶのはやっぱりフリアだった。オレとマリィ、ユウリにフリアの4人は、一緒に旅をする時間はかなり長かったけど、その中でもユウリとフリア、オレとマリィの2つに分かれた時間があった。その間に、経験豊富なフリアと途中で出会ったであろうセイボリーやサイトウにいろいろ教えてもらえたというのなら、確かに成長に差があるというのは納得はできる。これは別にマリィが特訓相手にふさわしくなかったというわけではなく、マリィの戦闘スタイルとオレの戦闘スタイルが違いすぎて、参考になることが少ないという事に原因がある。

 

 オールラウンドな戦い方ができる器用なユウリだと、フリアの多彩な戦い方というのは物凄い刺激になるはずだ。これはユウリの才能が凄い結果であり、例えバウタウンに残ったのがオレだったとしてもこうはならなかったはずだ。

 

「……ってなると、やっぱりオレはこうやって攻めを観察するしかないかぁ」

 

 ゴリランダーのほかにもバチンウニやアーマーガアたちも全員呼び出し、しっかりと色々な戦い方を見ていくけど、やっぱりちゃんと戦って身に刻まないとオレは体感しづらいらしい。

 

「仕方ない。不器用だし不細工かもしれないけど、今はとにかく戦って戦って戦いまくるしかないか!」

 

 幸い、さっきも言った通り今この島にはジュンという攻めに関しては文句の言いようがない大先輩がいるし、シロナさんやカトレアさんと言った凄い人たちもいる。その人たちに話を聞けば、何か掴めるものもあるかもしれない。

 

「この後も頑張るぞ!みんな!!」

 

 ほっぺを軽く叩いて気合を入れ、砂浜を走りだす。

 

「行くぞゴリランダー!……ゴリランダー?」

「グラ……?」

「ああいや、……何でもない。……気のせいか?」

 

 ゴリランダーの足元にあったような気がした、草原には気付かずに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は……こんなところかな……ふぅ……」

「そうね……さすがに……これ以上は無理と……」

 

 マリィと2人揃って、膝に手を起きながら肩で息をする。

 

 清涼湿原にて、チャレンジビーチの護衛班と、鍛錬平原で封鎖班を勤めていた人たちを連れてきていた私たちは、とにかく経験値を得るためにたくさんの相手と手合わせをしていた。ジュンやホップのように、なにか一芸に飛び出ているという訳では無い私たちにとって、基本的な戦い方や、個人で持つ型にはまった戦い方というのは特にない。……いや、マリィはタイプを統一しているわけだから、その時点で型にはまってはいるんだけど……そんなタイプ統一の中でも割と柔軟な戦い方をするマリィや、いろんなタイプのポケモンを使って、その場その場にあった戦い方をする私にとって、一番重要なのは手札の多さと、とっさの出来事にも対応できる適応力だ。私たちの中で例えるなら、フリアが一番該当する戦い方。とはいっても、フリアって、どちらかというとあらかじめ作戦を考えたうえで戦いを挑んでいることも多いから、正確にはちょっと違う気がするけど……私の周りがどうしても特化型の人が多いから、一番バランスが良いのは?と聞かれるとフリアになってしまうというのがしっくりくる。本人も、アドリブが強いわけではないとはちょくちょく言っているしね。

 

「ふぅ……それにしても、遠いところまで来たとね……」

「そうだね……」

 

 2人で並んで休憩しながら空を見上げれば、思い出されるここまでの道のり。

 

 ハロンタウンから始まった私の旅は、シュートシティを越えてこんなところまで来てしまった。しかも、ただ観光できたわけではなく、トーナメント参加者の一人として……。

 

「ここまでこれたのも、やっぱりフリアのおかげなんだろうなぁ……」

 

 まどろみの森で出会った不思議な男の子。最初見た時は、私よりも小さいし、かわいらしい見た目をしているから『年下の迷子かな?』なんて思っていたのに、蓋を開けてみたら私よりも一つ年上の先輩トレーナー。それも、他地方のチャンピオンに推薦されてここに来たとんでもない大物で……そんなフリアに沢山教えてもらったからこそ、ここまでこれたんだと、今なら胸を張って言える。本当に凄い人と関われて私は幸せだ。

 

「そうそう、そのフリアについてユウリにちょっと聞きたかと」

「え?」

 

 そんな感じで過去を振り返っていた時にマリィから投げられたのはフリアに関すること。なんだか最近やたらとフリアについて聞かれることが多い気がするんだけど……気のせい?

 

「前からそうだったけど、キルクスタウンについてから、フリアに対する態度が更に変わった気がするんだけど……あたしの気のせい?」

「え゛っ!?」

「うわ~あからさま。……ちなみにクララも気づいとうよ」

「え゛っ!?!?」

「声……」

 

 ヒカリさんには速攻でばれ、マリィにもこうしてばれ、クララさんにも察せられている。私ってそんなにわかりやすいのかな……ホップやフリアは全然気づくそぶりを見せないのに……

 

「でも……ふ~ん……そっかそっか……やっぱり、ユウリはそうだったんね~……」

「な、何?……すご~く顔がにやけているよ……?マリィ……?」

「いや、あたしもわかるんよ?フリアに対してちょっと危ないときあったし、小さいのに意外と包容力というか、頼りがいがあるというか、凄い安心感あるとよね」

「な、なんのこと!?」

「ん?もしかして、ユウリは違うところに惚れたと?」

「惚れた前提で話すの違くないかな!?っていうか、ほんとにマリィ!?この手の話題でマリィが盛り上がるの予想できなかったんだけど!?」

「あたしだって一人の女の子と!そういう話はやっぱり……気になるし……」

「あ、もじもじしながらそう言うマリィ、ちょっと可愛いかも……」

「い、今はあたしのことなんてよかと!!さあ、たくさん吐いてもらうとよ!!」

「いやぁ!!もうヒカリに散々いじられてるもん~!!」

 

 気づけば周りの視線を集めていたけど、そんなことなんてお構いなしに話を続ける私たち。流石にちょっと緊張感がなさすぎる気もするけど……たまにはこんなのもいいよね……?

 

 代わりにここにいるほとんどの人に私の想いがばれた気がするけど……気のせい、だよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジュン

ジュンの過去を少し。元気に見える彼も実は……というお話。メンタル面で言えば、最初に折れてはいるものの、一番強いのは彼だと思います。

ホップ

置いて行かれるわけにはいきません。ですよね?ゴリランダー。

マリィ

一方コイバナ(?)たまにはこんな空気もどうでしょう?




次回はちょっと違う書き方をしてみるかもしれないですね。というのも、あることを書きたいので、そのことを書くのにちょっと変わった視点をしてみたいなぁと……さぁ、誰のお話でしょうね?






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144話

「「「「「「疲れた~……」」」」」」

 

 ヨロイ島にて、マスタードさんから出された特訓をこなしていくことはや数日が経過した。最初こそは、各々が自分の弱点克服のため、自分なりに考えたメニューをこなして色々頑張っていたものの、途中からはマスタードさん、カトレアさん、そしてシロナさんと言った、界隈トップに君臨する人たちによる見回りが混じり、独学の特訓から更に特訓メニューが追加され、特訓の内容はさらに濃く激しいものとなる。勿論、この追加メニューのおかげで、独学では厳しかった部分の強化をすることが出来たため、結果的に見ればプラスなことの方が圧倒的に大きいんだけど、それと体の疲れは話が別だ。この特訓の追加によって、あらかじめシロナさんたちに享受してもらっていたボクとクララさんはまだしも、元々独学しかしていなかったユウリたちは、いきなり増える特訓量にくたくたになっていた。

 

 そんな厳しい数日間を過ごしていたんだけど、何も考え無しでメニューを追加しているわけではなく、特訓が増えることによって増加する体の負担に関しては、ヒカリの料理と、ミツバさんによるマッサージによって、疲れを後日に残さないような対策をばっちりと取ってある。そのおかげで、確かに厳しい特訓なんだけど、それでもどこか楽しさや、やりがいを感じ、不思議と逃げ出したいや、つらいと言ったマイナスの感情は湧いてこなかった。現在、ボクがあてられた屋根裏部屋の寝室にみんながこうして集まり、『疲れた』と言いながら寝転がったり、椅子に座ったりと、各々がリラックスした姿をしながらも、全員の表情が晴れ晴れとしていることがその証拠だろう。

 

「今日もお疲れ様ね。みんなちゃんと成長しているみたいで教える側もやりがいがあって楽しいわ」

「あたくしも、想像以上に暇をつぶせてちょっと驚いてる……」

「そこは素直に褒めればよろしいのに……」

「まあまあコクランさん。こういう素直じゃないところがカトレアさんの可愛い所なんですよ」

「ヒカリ、うるさい……」

 

 そんな姿のボクたちを見て、シロナさんたちも少し嬉しそうな表情を見せながら、ヒカリが作った木の実ジュースをゆっくりと飲んでくつろいでいた。

 

 総勢10名。来客用の寝室ということもあってあまり広くない部屋ではあるため若干人が多く感じるものの、全員が座れないほどの狭さというわけではなく、むしろ程よくみんなが近い位置にいるのでちょっとした安心感を感じることが出来る、家庭的な温かさがそこにあった。

 

 さて、今日も今日とて、そんな束の間の休息を堪能するボクたちなんだけど、ボクたちの会話はやっぱりポケモンのことについての話に集約されていく。今日話題にあげられたのは、最近カトレアさんとの協力のおかげでどんどん調子の上がってきているヨノワールとの共有化についてだ。

 

「フリアはどう?ヨノワールとの調子は順調?」

「はい、カトレアさんのおかげで順調ですよ」

「フリアとヨノワール……どんなふうになっているんだろう……最近一緒に特訓していないから特に気になる……ね、ほしぐもちゃん」

「ピュピュイ!!」

 

 シロナさんからの質問に対して返答していると、少しうずうずした表情を見せながら、ほしぐもちゃんの頭を撫でているユウリが反応する。その姿に微笑ましさを感じながら回りを見渡してみると、ユウリの方に視線を奪われながらも、同じようにボクとヨノワールの進捗が気になる人が多いように感じる。というのも、今回ボクたちが行っている特訓は次のガラルトーナメントに向けての準備であるため、基本的にお互い不干渉の態勢を取っている。ボクたち同士で模擬戦をする時はその限りではないんだけど、そうでもない限りはあまり関わることの無いようにし、本番でぶつかる時のための楽しみにしているというわけだ。ユウリとマリィも、最初こそは一緒に特訓をしていたけど、今では別々の場所で特訓しているみたいだしね。

 

「あまり詳しくは言えないけど……うん。凄く順調だよ」

「あたくしが協力しているんですもの……。当り前よ……」

「本当に助かってます、カトレアさん」

「……もう、何回も聞いたわよ」

 

 そういいながらもまんざらではない表情を浮かべるカトレアさん。こうやって関わっていくにつれて、どんどん彼女のかわいらしいというか、馴染みやすい一面をたくさん見ることが出来るので、そこも少し特訓を楽しくさせてくれている点かもしれないね。

 

「それにしたって、ヨノワールとフリアだけに起きる現象……不思議だよなぁ」

「なんか、ここまでのことがあると運命を感じると」

「っていうかァ、運命そのものよォ」

「実は何か特別なことをしたりして?」

「ピュ~イ」

 

 ホップの言葉にみんなが順番に反応し、最後のユウリが質問してくる。一緒に首をかしげてくるほしぐもちゃんがまた可愛い。

 

「特別なこと……と言われても、ちょっと出会いが特殊なくらいで対したことはしていないつもりなんだけどね」

「「「「出会いが特殊?」」」」

 

 そんなユウリへの返答にみんなが口をそろえて同じ言葉を発する。声を発していないだけで、カトレアさんとコクランさんも気になるようで、視線をこちらに向けていた。逆に、出会いを知っているジュン、シロナさん、ヒカリは、思い出すような表情を浮かべる。

 

「『ちょっと』って……あの出会い方はちょっとで済ませていいものじゃないと思うぞ……?」

「そうねぇ……私もあの出会い方はちょっととは言えないわね……」

「うん……あれこそ運命だと思うわよ?」

「そんなに凄い出会い方したの?」

 

 3人の反応に興味を示したみんなからますます興味の視線を向けられるボク。代表で質問をしているのはユウリだけど、みんな同じくらい気になっているようだ。

 

「気になる?」

「「「「うん」」」」

 

 ボクの言葉に速攻で返事をするガラル組。そんな彼女たちの反応に少し苦笑いを浮かべながらも、『そこまで気になるなら話そうかな』と、ゆっくりと口を開いた。

 

「じゃあ話そうかな。ボクとヨノワールの出会いを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれはボクが4歳くらいの時だったかな?凄く小さくて、危なっかしい頃のボクのお話だよ、ってジュン!今も小さいだろって言わないで!!確かに身長は低いけど……って、茶々入れたら話が脱線するでしょ!!まったく……って、ユウリもヒカリにそのころの写真を求めないの!!恥ずかしいから!!もう、そんなに邪魔をするなら話さないよ?……ん、よろしい。なら続きを話すよ。それで、4歳の頃の思い出なんだけど、ボクが昔ホウエン地方に旅行しに行ったことがあるって話をしたのを覚えてる?……その反応は覚えてないっぽいね。改めて言うけど、ボクが4歳の頃にホウエン地方に旅行に行ったんだ。確か、お母さんが何かのくじで当たったから……だった気がする。そのチケットで、お父さんとお母さんとボクの3人で、客船に乗って旅行に行ったんだ。

 

 ホウエン地方はシンオウ地方とは違って暖かくて、緑と海が豊かな地方なんだ。漢字で書くと『豊縁』って書くみたいで、その字のごとく、自然はすごく豊かだし、『縁』っていう字から、人と人の縁も豊かな場所って言われているんだ。実際に、他地方でも話を聞くくらい有名な街とかあるみたいだしね。……ふふふ、そうだね。確かに、ホップの言う通りガラル地方も負けてないけどね。

 

 さて、そんなホウエン地方への旅行なんだけど、ボクがその旅行で行った場所は『ミナモシティ』って呼ばれる場所なんだ。ミナモシティは、ホウエン地方の東側にある街なんだけど、他の地方でも名前を聞くくらいには有名な観光地なんだ。……あ、マリィとクララさんは聞いたことある?……そうそう!やっぱり詳しいね。あの町はデパート・美術館・民宿・トレーナーファンクラブといった観光施設にすごく恵まれているから、そういうのが好きな人にとっては一度は行ってみたい場所だよね。他にも、ポケモンコンテストの最高ランクの戦いが行われる場所でもあるから、その方面でも有名な場所なんだ。あとは、ミナモシティからちょっと西に行ったところにはサファリパークもあるから、ポケモンを集めたいって人や、触れ合いたいって人にも人気なんだよ?ジュンやホップなんかはこのあたりにずっといそうだよね。

 

 そんな地方内外問わず、幅広い地域に名が知られているミナモシティでの観光だったんだけど、当時4歳のボクにとっては目に映るものすべてが新鮮で魅力的で、輝いて見えたんだよね。客船に乗るのも初めてだったから、旅行前からずっとテンションが高かったし、いろいろなものを見て回るために彼方此方動き回っていた記憶が確かにあるから、ボクを連れてきたお母さんたちはさぞ大変だったんじゃないかな?……あはは、今のボクからは信じられない?ボクだって昔はやんちゃだったんだよ?なんせ、今よりももっとやんちゃなジュンやヒカリたちにいろいろ振りまわされて一緒に遊んでたんだからね。いやでもやんちゃになるってものだよ。こらそこ、不満そうな顔しない。

 

 見るものすべてが新鮮だったボクは、4歳ながら眠気なんて知らないってばかりにいろんなところを見て回ったんだ。ショッピングモールは勿論、ポケモンコンテストも見たし、サファリパークも、入ることはしなかったけど遠目から確認したし、ほりだしもの市にも行ったなぁ……もっとも、当時のボクは興味はあっても知識がなかったから、並べられたものを見ても用途とか価値なんてさっぱりわからなかったけどね。そういう点では、いろいろなことを学んだ今、改めて立ち寄ってみたら面白い発見があるかも。ヒカリはその辺詳しそうだから、今度ホウエン地方行くことがあったら案内してよ。……うん、約束。その時はここのみんなで行こうね!

 

 で、お昼はそういった観光地をたくさん回っていたんだけど、夜は夜で凄くてね?どうやら定期的に夜市が開かれるみたいでさ。ボクが観光したタイミングとその夜市が丁度重なってたみたいで、元々沢山のお店で賑わっていたミナモシティが、たくさんの出店のおかげでさらに盛り上がっていたんだ。お面や綿菓子、かき氷、焼きそば、モモンの実飴にポケモンカステラ……そういったお祭りならではの出店が、通りにずらっと並ぶその姿は見るだけでとっても楽しくってさ、目をキラキラさせながら歩いた覚えがあるよ。その時は服装も甚兵衛を着させてもらって、雰囲気も一緒に楽しんでいたかも。花火の音が体の内側に響いてくるあの感覚も……って、ヒカリ、またボクに変な服着させようって考えてるでしょ?全く……。

 

 話を戻すけど、とにかく本当に楽しい時間だった。花火は綺麗で、食べ物はおいしくて、どこを見ても新鮮で、まさしく夢のような時間だったんだ。……けど、同時にちょっとしたトラブルが起きちゃってね……あ、カトレアさんとコクランさんは気づきましたか?そういえば確か……そうですよね、あの時起きた出来事って、全国にニュースとして報道されてましたもんね。……そうです。ボクが夜のミナモシティを歩いているときに起きてしまったトラブル。それは……

 

 ゴーストポケモンによるいたずら大事件。

 

 いたずらなんて可愛い言葉を使っているけど、実際に起きたことはいたずらで済まされるような優しいものじゃなくて、ゴーストタイプのポケモンたちによる一種の侵略活動と言っても過言じゃないほど激しいものだったんだ。

 

 なんでそんなことが起きたのかって?それはね、ミナモシティのある場所がちょっとね……。

 

 ミナモシティの南西には、『おくりびやま』って山があるんだけどね?そこは『ポケモンと魂が還る』と呼ばれている場所で、言ってしまえば……ちょっと生々しいけど、ポケモンや人間のお墓が沢山建っている場所なんだ。それに伴ってゴーストタイプもたくさん住んでいる場所でもあってさ、一応場所としてはそれなりの危険区域として、四天王の人たちが管理している場所の一つではあったんだけど……どうもタイミング悪いことに、ちょうど用事とかで四天王の皆さんが出払っているタイミングで何か問題が起きたみたいでさ。おくりびやまに住んでいるゴーストタイプのポケモンたちが、その問題のせいでパニック状態に陥っちゃったみたいで、その影響でおくりびやまに近かった、ヒワマキシティとミナモシティに大量のゴーストタイプのポケモンが流れ着く結果となってしまったんだ。

 

 ゴーストタイプのポケモンたちに人を襲う気はそんなになかったはずなんだ。けど、おくりびやまから急な問題で降ろされてきたゴーストポケモンたちに冷静に判断できる理性なんて当然無いわけで、そんな時にいきなり目の前に現れた、大量の人間の姿。ゴーストポケモンたちにとって、その光景は自身のパニック具合を更に増長するものでしかなかったみたいで……そこからはもう大パニック。すぐさまジュンサーさんたちが駆け込んできて、問題に対処しようと頑張ってはいたんだけど、さっきも言った通り被害にあっている街は2つあるから、その両方の対処をしないといけないとなるととてつもなく難しかったみたいで……さらに夜市で人が多いタイミングでしょ?だから人間側のパニックも相当で……本当に大きな、それこそニュースで『大事件』って報道されるほどのものになってしまったんだ。

 

 勿論、当時その場にいたボクもその事件に巻き込まれた。流れていく人ごみにもまれて、お母さんたちともはぐれて、ひとりぼっちになったボクはそれでも『何とか逃げなきゃ』って気持ちだけで走り回ってた。けど、当時4歳、そのうえ始めてきた街に、初めて来た地方。道もな分からなければ、今みたいに旅のノウハウを知っているわけでもないから当たり前のように迷ってしまった。これは後から分かったことなんだけど、その過程でどうやらサファリパークの方面に走ってたみたいでさ。それで、サファリパークがある場所がミナモシティの西側なんだよね。……気づいた?そう、どうやらゴーストポケモンたちの本拠地であるおくりびやまの方に逃げてしまったみたいなんだ。まぁ幸いにもすぐに襲われるなんてことはなかったんだけど……サファリパークが近いってこともあって、森林地帯とまではいかなくても、木や草が多い場所ってこともあって視界は最悪。街の明かりも届かないせいで真っ暗な場所まで来てしまったんだよね。……ちょっと、ボクは方向音痴じゃないよ?当時は4歳だし、まどろみの森の時は濃霧だったんだから……。

 

 迷ってしまったボクは、泣くことこそしなかったけど、不安に押しつぶされそうな気持でびくびくしながら歩いていたと思う。木に囲まれてるし、夜で真っ暗だし、初めての場所だから地理も知らない。そのせいで自分が今どこから来たのかも分からなくて、どうすればいいのか本当にわからなかった。どこに行けばいいのか。どうすればいいのか。幼い頭ながらいろいろ考えて、どうにか答えを出そうと頑張ったけどだめで……。

 

 そんな時に、ボクの目の前にとあるポケモンが現れたんだ。……そうだよ。その子が、ヨノワール……ううん、当時はまだ進化してないからヨマワルだね。

 

 では当時、初めてヨマワルに出会ったボクは何をしたかっていうと……うん。全力で叫びながら逃げたよね。だってそうでしょ?街で暴れているゴーストタイプのポケモンたちを見て逃げているのに、そのゴーストタイプのポケモンが目の前に現れたんだもん。そりゃ逃げるよね?……そう、ボクとヨノワールの出会いは、ボクからの拒絶で始まったんだよね。

 

 ボクの前にヨマワルが現れた時、本気で『襲われる』って思ったボクは、とにかく叫びながらその場から走りまくった。戻る道も危ない道も分からないけど、足を止めることだけはしてはダメだと思ったボクは、必死に足を動かした。けど、所詮は子供の足だし、何より叫びながら逃げていたのがまずくってね。叫ぶ方にも体力を使われたせいでろくに走れず、静かで暗い森では叫び声がよく響く。その声につられて、今度はカゲボウズの群れに囲まれてしまったんだ。

 

 逃げる体力はもうない。助けを呼ぶための喉も、叫びまくったせいで枯れてしまっている。いよいよもって追い込まれてしまったボクは、4歳ながらに『ああ、ここで死んじゃうんだなぁ……』って、死期を悟ってしまうくらいには諦めてたと思う。もはや涙すらも出ず、ただただカゲボウズたちに襲われるのを目を瞑ってじっと待ってたんだ。……けどね。いくら待っても、来ると思ったカゲボウズたちからの攻撃がないんだ。それでも目を開けるのが怖くて、しばらくじっとしてたんだけど、どれだけ待っても全く攻撃が来なかったんだ。さすがにおかしいと思ったボクは、怖かったけど、何とか頑張って目を開けた。するとそこにはね。

 

 ボクに背を向けて、守るように立ちはだかっていたヨマワルの背中があったんだ。

 

 その時ばかりは、本来は小さいはずのヨマワルの背中がとても大きく感じたなぁ……。で、それからのことなんだけど、そこから起きた戦いは、お世辞にもすごい戦いとは言えないものではあったんだ。野生のポケモン同士の戦いだし、今のボクたちからすれば、レベルも低かったからね。戦法も何も無いただただ純粋な技と技のぶつけ合い。泥臭いとさえ言えるそのぶつかり合いは、けど、ボクの目からは凄くかっこよく見えたんだ。

 

 まぁ……結果はお察しの通りなんだけどね。確かに、この時点で既にそこそこ強かったヨマワルは、群れを相手に引けを取らず、何匹かのカゲボウズを倒すことは出来ていたんだけど、ヨマワルの限界もすぐに来たみたいで、ボクの前で倒れちゃったんだ。けど、そんな場面を見ても、ヨマワルの戦う姿に当てられたボクの体からは、いつの間にか震えがなくなっていて、気付けば今度はボクがヨマワルを守るように抱きかかえながらカゲボウズたちを睨んでたんだ。

 

 ボクのためにここまで頑張ってくれたヨマワルのために、絶対に守ってあげたい。そんな気持ちで頑張って盾になるつもりだったんだ。けど、当たり前だけどその程度じゃヨマワルは守れない。ボクごと攻撃されて終わり。そんな時にボクの目の前に今度はウインディが降りてきて……そう、ジュンサーさんが助けてくれたんだ。どうやら戦闘音を聞き付けて急いできたみたいで。あと、両親から迷子の話も聞いていたみたいで、ボクのことをその迷子だと気づいたジュンサーさんによって、ボクはその場ですぐに保護され、ミナモシティのポケモンセンターに運ばれることになるんだけど……その間もボクは、ボクのために戦って倒れてしまったヨマワルのことを絶対に離さなかった。

 

 最初こそは、ゴーストタイプのポケモンだってことで、ジュンサーさんもかなり警戒していたんだけと、ボクが全部説明したらボクの言葉を信じてくれてね?最後に、『ボクのために戦ってくれたこのキズを治してあげるために、ポケモンセンターに連れていきたい』って、必死に頭を下げたらそれを許してくれたんだ。そこからは、ポケモンセンターに帰るまでの間、ただひたすら『あとちょっとだよ』、『がんばって』、『助けてくれてありがとう』って言葉をかけ続けてた。

 

 あとはミナモシティに帰って、お母さんとお父さんに抱きしめられて、ヨマワルも治してもらって……元の元気な姿に戻ったヨマワルを確認して、ヨマワルを野生に返そうと思ったら、ボクから離れなくてね?けど、ポケモンを所持していいのは10歳になってからだから、その時はお母さんにゲットしてもらって、10歳を迎えた時に改めてボクがゲットし直して、晴れてボクの最初の仲間として、一緒に生活することになったんだ。結局、なんでヨマワルがボクを助けてくれて、ずっと一緒にいてくれているのかは、未だにわかってはいないんだけどね。

 

 以上、これがボクとヨノワールの出会いのお話しでした。どうだった?ちょっとは『いい話だなぁ』とか、『運命的だなぁ』とか、そう思ってくれたら、ボクは嬉しいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




コクラン

もうちょっとこの人のセリフを増やしたい……。

ミナモシティ

かなり有名な観光地。の割にはジムはないんですよね……あっても良さそうですけど……。

おくりびやま

ポケモンシリーズ伝統のホラースポット。フヨウさんのイベントは少し重いですよね。おばあちゃん……。

カゲボウズ

努力値稼ぎにお世話になった方も多いはず……攻撃の努力値を貯めなきゃ……。




というわけで、前回言っていた書きたいことは、フリアさんの過去を、フリアさんの語りでする。でした。つまり、後半部分は全部フリアさんの言葉ですね。逆に他の人の言葉は全て皆さんのご想像に任せます。この書き方も楽しいですね。

過去のお話は最初から考えてはいたのですが、出すタイミングと長さが悩みどころでした。設定を掘り下げるという意味では過去話は好きなのですが、長すぎるとだれると思ったので、これくらいがいいかなと。長すぎる過去話は逆に好きでは無いので、この辺りの塩梅は難しいですよね。人によって好き嫌いが特に別れそうです。






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145話

「と、こんなところかな?これがボクとヨノワールの出会いの話だよ」

「「「「…………」」」」

「ちょ、誰かなんとか言ってよ……」

「いやいや、普通はこうなると思うわよ?」

「よくよく考えなくても、命の危険に見舞われているからな。ヨマワルのおかげで美談にこそなってはいるが……」

「私も色々経験してきたけど、4歳の時点で経験したものとしては異例ね……」

「あれ〜……もしかしてこれって、想像以上におかしい?」

「「うん」」

「そっか〜……」

 

 一通りボクとヨノワールの出会いを話し終えたのち、一息付きながら周りを見渡してみると、みんなからの反応は沈黙。個人的には、『ヨノワールと出会うきっかけとなったいい思い出だなぁ』程度にしか思っていなかったんだけど、どうやら他人から見たら全然違うらしく、ユウリたちは揃って固まってしまっていた。ヒカリやジュン、シロナさんからもなかなか厳しい言葉を受けてしまっているあたり、本当におかしいことらしい。この出来事よりも、テンガンざんでの出来事の方が奇天烈だと思うのはボクだけなのかもしれない。

 

「過去にポケモンとのトラブル……あたくしはよくあると思っていたのだけど……」

「お嬢様も、自身が特別な方であること自覚してくださいね……」

「あなたのお守りは大変だったのよ?」

「人を問題児の赤ちゃんみたいに言わないで……」

 

 一方で、ボクの過去に割と肯定的というか、共感してくれた反応を示すのはカトレアさん。しかし、そんなカトレアさんの反応さえも、シロナさんとコクランさんの前にからかわれてしまい、ほっぺをふくらませながらそっぽを向いてしまう。

 

「カトレアさんの過去って……気になる……」

「気になるけど……多分聞かない方がいいよ?」

 

 ボクがボソッとこぼした言葉に対して耳打ちで忠告してくれるユウリに首肯でかえす。確かに、カトレアさんとも割と仲良くなり始めているとは思ってはいるけど、やっぱり四天王という肩書きが強いため、気軽に話をするにはまだちょっとの躊躇いがある。

 

(そう考えると、こんな狭い部屋にチャンピオンと四天王がいるって、改めてすごいなぁ……)

 

 こんな貴重な体験なんてまず無いんだから、今のうちにしっかりと刻んでおこうと改めて思った。

 

「で、話を戻すんだけど……フリアのヨノワール、結局なんでフリアを助けたのか知らないんよね?」

「そうだね」

「気にはならなかと?」

「う〜ん……」

 

 そんな時にふとマリィから投げられた質問は、過去の理由について。確かに、本来なら人を襲う性格をしているはずのヨマワルが、ボクのことを体を張って守ったのはかなり不思議に思われた。それこそ、当時ジュンサーさんへの説明としてはかなり信用度の低いものだったため、説明は端折っていたけど、かなり苦労したのを覚えている。最後は、本当にボクの腕の中でぐったりしているヨマワルを見つめて、そこから敵意を感じなかったことにより信じて貰えたけど、あとから考えたらよく通ったなぁと思う。あの時のジュンサーさんには頭が上がらないね。みんな顔が同じだから、どのジュンサーさんかは分からないけど。

 

 話を戻して。

 

 確かにポケモン図鑑の説明とまるで違う動きをしたヨマワルのことが気にならないわけじゃない。むしろ、今でも気になっている内容だ。けど……

 

「別に知らなくてもいいかな」

「そうなの?」

「うん。ヨノワールが教えないってことは、ヨノワールにとって大切な思いがあるってことだろうし、何より、共有化を通じてヨノワールのことをどんどん知っている今、そんなに焦らなくてもいつか分かるんじゃないかなって。……ただの想像だけどね」

「なるほど……」

 

 ボクの答えに顎に手を当てながら、しかしどこか納得したような表情を浮かべながら頷くマリィ。正直曖昧な答えしか返すことが出来なかったため、もっと質問や文句を投げられると思っていたけど、この反応は予想外だ。どこに納得いく部分があったのかは謎だけど、とりあえず納得してくれているのなら、これ以上は特に何も言わないでおこう。

 

 夜とはいってもまだまだ日付変更までは遠いこの時間。騒がしい空気が大好きなこのメンバーが、こんな時間から寝るなんてことはまずなくて、ボクの話が一通り落ち着いた今になっても、話題が落ち着いたなら次の話題へと移り変わり、この賑やかな時間は続いていく。ヨノワールの次はカトレアさんについてのものに変わり、その次はコクランさんについて。その次は……と言った具合に、ノンストップで変わっていく話題に、ボクたちの盛り上がりが収まることなんてなく、なんならこの楽しい時間がずっと続いたって構わないと思いながら、どんどん話題に花を咲かせていく。そんな楽しく、和やかな時間を楽しんでいたボクたちなんだけど、そんな中で妙にそわそわしているひとがひとり。

 

「ピュピュイ……」

「ほしぐもちゃん……?どうかしたの?」

「外で何かあるのか?」

「ちょっと見てみるわね」

 

 ユウリの膝の上で、周りをキョロキョロしながら不安そうな声をあげるほしぐもちゃん。先程まであんなに楽しそうにユウリとじゃれていたのに、急にテンションを下げてしまったその姿に、ボクたちは顔を合わせて首を傾げる。ジュンやヒカリもほしぐもちゃんの反応が気になったみたいで、もしかしたら外でなにかったのかもしれないと思った2人は、スっと立ち上がって窓の方に歩いていく。

 

 カチャリと金属音を鳴らせながら鍵を外し、窓から顔を出すジュンとヒカリは、揃って左右を眺め始める。ボクの視点からでは、2人が何を見ているのかが分からないため、背中から雰囲気を感じとるしかないけど、この部屋の窓は道場の北側についているため、恐らくヨロイ島の内陸の方を見ていると思われる。……でもこの道場の裏ってちょっとした小山になっているはずだから、眺めは悪そうだ。見えたとしても、マスター道場の奥にあるバトルコートくらいだろう。

 

「う〜ん、特に何も無い……というか、山であまり見えないな」

「バトルコートの方にも特に何も……あれ、マスタードさん?」

「んん?……ほんとだ、よくよく見たらコートの端にマスタードさんがいるな」

 

 そんな限られた視界しか確保できなかった景色ながらも、どうやら気になるものを見つけたらしいヒカリから声が上がる。その言葉につられて、ボクも窓の外を覗こうとした時だった。

 

 

『ドガァァァァァァンッ!!』

『バリバリバリバリバリッ!!』

 

 

「ぴぃっ!?」

「ピュイッ!?」

 

 突如鳴り響くとてつもない爆音。

 

 何かが爆発したような音と、何かが弾けるような音が大音量で響き渡り、そのあまりにも大きな音に思わず変な声を上げながら耳を抑えるボク。ほしぐもちゃんもびっくりしてしまったみたいで、体をビクつかせながらユウリのバッグに戻ってしまった。

 

「うぅ……なに……今の音……」

「お、オレの耳大丈夫か……?無くなってないか……?」

「大丈夫、2人ともなんともなってないわよ」

「初動は無理だったけど……後半はあたくしが抑えたもの……平気のはずよ……」

 

 いちばん音に近く、且つ外に頭を出していたヒカリとジュンは特にダメージが大きかったみたいで、思わず後ろに尻もちをつきながら倒れていたものの、いきなりの音にちょっとしたパニックになってしまっているだけで特に大事にはなっていないみたいだった。どうやらカトレアさんが何かをしてくれていたみたいで、ふと窓の外を見れば薄い光が張られており、カトレアさんのそばにいつの間にかムシャーナが控えているあたり、ひかりのかべやらなんやらで音を軽減してくれたという事だろう。正直いつの間に呼び出したのか、そしていつの間に技を展開したのかわからないほど速かった。改めてカトレアさんの実力の高さに舌を巻く。本当に凄い人だ。

 

「あ、ありがとうございますカトレアさん……。助かりました」

「うぅ、本当に、耳がやられたかと思ったぞ……」

「気にしなくてもいい……。それよりも、外にはマスタードさんがいるのではなくて……?」

「「そうだっ!マスタードさんは!?」」

「あ、ちょっと!!2人とも!!」

 

 ジュンとヒカリがお礼を言っているところに投げられるカトレアさんの言葉によって、外のことを見ていたヒカリとジュンが真っ先に部屋を飛び出していく。確かに、カトレアさんとムシャーナが展開して壁に助けられたうえで、あれほどまでの音量を聞かされたというのなら、音の方により近かったであろうマスタードさんが聞いた音の大きさは、想像するだけで物凄く心配にはなる。けど、2人の飛び出すスピードがあまりにも速かったので、残されたボクたちの反応が少し遅れてしまい、慌ててポケモンたちを腰のホルダーにつけ、慌てるあまり忘れていかれたジュンとヒカリのバッグも合わせて抱えながら外へついて行く。

 

「ヒカリもジュンも……心配なのはわかるけど、本当にせっかちなんだから!ボールとバッグ忘れてるじゃんか~!!」

「成程、こうやっていつも振り回されているのか……凄く理解したぞ」

 

 ホップが何か言っているけど、とりあえず受け流して一階への階段を下っていく。その道中でここに泊まっている門下生の姿も見かけたけど、みな一様に先ほどの爆音に対して驚いているようで、廊下に飛び出しては近くの部屋の人との情報交換を行っていた。そんなにわかに騒がしくなり、人の数も増えた廊下を、人と人の間を何とか縫って走り、おそらくヒカリとジュンが向かったであろう道場のバトルコートへと走っていく。

 

 さすがに8人同時に動くとなると小回りが利かないためか、いろんな人とぶつかりそうになるため速度を上げることはできないけど、察してくれた門下生の人たち何人かが、ボクたちのために道譲るように端へ寄ってくれたため、思ったほど減速することなく目的地の方へ走ることが出来そうだ。それでも、ジュンとヒカリの後姿が全く見えないあたり、やっぱりあの2人の行動力は群を抜いて凄いと思う。

 

「相変わらず早いわね、あの2人は」

「ほんとです。いつもいつも追いかけているボクの身にもなってほしいです」

「むしろ、あなたが必ず後ろから来てくれるから、あの子たちは安心して前を走れるのではなくて?」

「……知らないです」

「あらら、照れてる?」

「早く行きますよ!!」

 

 シロナさんからの言葉を振り切って、みんなよりも一歩前に出るボク。

 

 ジュンからもヒカリからも信頼されていることなんて、正直言われるまでもなく分かってはいるんだけど、こうやって改めて言葉に出されると恥ずかしい。ほんのり暖かくなってしまっている頬を手であおぎながら、ボクたちはようやくバトルコートへの扉がある、道場の訓練場までたどり着いた。いつもなら閉じられているバトルコートへ続く扉は開け放たれており、ヒカリとジュンが先に行ったということがよく分かったので、そのあとに続くように扉の先へと足を向ける。

 

「物凄い信頼関係と……壁が大きくて大変ね、ユウリ」

「も、もう!マリィもからかわないで!!」

 

 後ろからユウリとマリィの会話が聞こえてきた気がするけど、とりあえずマスタードさんのところに走ることを優先したボクは、扉をくぐった先の一本道をとにかく駆け抜ける。

 

 マスター道場の大きな扉の奥は初めて見るんだけど、扉の先には一本道を少し進んだのちに、ダイマックスポケモンが2匹並んでも余裕があるくらいの、それこそジムスタジアムと同じくらいの広さを誇るバトルコートがあり、実際ここではダイマックスを行うことが出来るらしい。こうやって見てみると本当に大きく、屋根や壁がない分むしろ各ジムのスタジアムよりも広く感じるレベルだ。そんな広大なバトルコートの端の方に見慣れた影が3つ。ヒカリ、ジュン、マスタードさんの3人の姿だ。

 

「ちょっと2人とも忘れ物!!おいて行ったらだめでしょ!?」

「おおサンキュ!!いやぁ、途中で気づいたんだけど、フリアなら持ってきてくれると思ってよ!!」

「そうそう。わたしたちなりの信頼の形ってことで!」

「もっとましな形にしてほしいんだけど……」

 

 やれやれと言葉を零しながら、ボクが持っていたジュンとヒカリのカバンとモンスターボールホルダーを渡しておく。まったく、毎回こうやって届けるボクの身になって欲しいし、毎回おいて行かれているこの子たちが不憫に感じる。シロナさんの言う通り、ボクへの信頼の証なんだろうけど、それにしたってもうちょっとましにならないものか。

 

「それで、どういう状況なの?」

「ああ、それが……」

「おやおや、全員集合だね~」

 

 とりあえず今はそのことは置いておいて、現状の確認をしてみる。すると、ジュンが言葉を返すよりも早く、マスタードさんがこちらに振り返ってきた。

 

「あの、マスタードさん……耳の方は大丈夫ですか?」

「ふっふっふ~。フリアちん、わしちゃんの心配してくれてるね~」

「ほっ、よかった……ちゃんと聞こえているんですね……」

「うんうん、フリアちんが、今日のわしちゃんのお昼ご飯を気になっている声もよ~く聞こえているよん」

「誰かお医者さんは居ませんかっ!!」

「落ち着いてくださいフリア様。大丈夫ですから」

「むふふ~、良い反応だねん」

「……ふぅ、良い夜ですね」

「どちらかというと少し曇っていると」

「もう!!突っ込まなくていいの!!」

 

 みんなしてボクで遊んでくるのでいい加減大きな声を張り上げる。ちょっとくらい真剣な心を持ったらどうなかと思う。たったいま物凄い爆発が起きたばかりなのに、ちょっと暢気すぎやしないだろうか。まぁ、変にパニックになるよりかはいいとは思うけど……

 

「大丈夫だよんフリアちん。今回の件についてはおおよその見当はついているからねん」

「成程……だからそんなに焦っていないのね……」

「むしろ、そうやっていつも通りの姿を見せることによって、フリアたちの緊張をほぐすのが目的かしら?」

「ちょっとちょっと~、シロナちんもカトレアちんも、ネタばらしはメッ!だよ~」

「ふふふ、ごめんなさい」

 

 なんてことを思っていたら、シロナさんたちからさっきの行動のネタばらしをされてしまう。またもや一杯食わされたという事だろうか。もうこの人とは真面目に会話をしたら負けな気がしてきた……。

 

「さて、じゃあフリアで遊ぶのはこの辺にして……マスタードさん、本題を聞いてもいいでしょうか?」

「ん、わかったよん」

 

 一通りおふざけが終わったところで、ようやく本題に取り掛かるマスタードさん。ここから聞くことになる言葉は真面目なものになる。さっきまでの空気を振り払って、いったん心を引き締め直す。

 

「実はこのヨロイ島にはね~どうやら外からやってきた何者かが住み着いているみたいなんだよねん」

「よそから来た……」

「何者かが……?」

「うん」

 

 ユウリとマリィの言葉に頷いたマスタードさんは、ボクたちと向かい合っている状態から再び背中を向け、北の上空に視線を向ける。

 

「あれを見てみるとよ~くわかるよん」

「あれは……ウルガモス……?」

「この地方にもいるのは知っていたけど、こんな季節、時間にあんな高い所を飛ぶなんて珍しいわね……それに、覇気がない……?」

 

 マスタードさんが指を差した方向にいるのは、カトレアさんが言った通りウルガモス。かなり高い所にいるとはいえ、赤い翅からまき散らさられる炎のりんぷんはつきのひかりを受けてさらに輝いており、なかなかの存在感を放っていた。しかしその姿からは、本来彼が持つ厳かさというか、荘厳さというか……とにかく、シロナさんの言った通り、そういう彼らしい気力があまり感じられなかった。というか、誰がどう見ても……

 

「何かから逃げている……?」

「そう言われると、ちょっとフラフラ飛んでいるようにも見えるよね」

「……それにあちらの方角は、ちょうどガラル地方本土のある方向ですね」

「それってェ、わざわざ海を渡ってでも逃げたい理由があるってことォ?」

 

 ボクとユウリの言葉に付け加えるように言葉を紡ぐコクランさん。確かに、あのウルガモスが飛んでいる方角は西。つまり、ガラル地方本土がある方向だ。そして、ボクたちの考えが正しいのなら、あのウルガモスはクララさんの言う通り、何かから逃げるためにわざわざ海を渡って飛んでいるということになる。

 

 ウルガモス自体はかなり強力なポケモンだ。それこそ、地方によっては太陽の化身と崇められるほどのポケモンで、とてもじゃないけど何かから逃げるような行動をするポケモンとは想像しづらい。むしろ、逃げられる側のポケモンだ。そんなウルガモスが海を渡る必要があるというのは、いったいどんな事なのか。そこまで考えた時にあとあることが頭に浮かぶ。それはユウリも同じだったみたいで、ボクに確認を取るかのように言葉を発した。

 

「ねぇフリア。もしかして、私たちがワイルドエリアで戦った……」

「うん。あのウルガモスも、ここから逃げ出したのかも……」

「ウルガモス……そういえば、1度戦ったって、ガラル地方の思い出話の中で出てきたわね」

「そうですシロナさん。あのウルガモスです」

 

 ワイルドエリアが吹雪によって封鎖まがいなことをされてしまい、何日間かの滞在を余儀なくされたあの事件。原因としてはウルガモスとモスノウによる縄張り争いの余波だったんだけど、あとから聞く話、そもそもガラル地方本土にはウルガモスは生息しておらず、本来の生息地はここヨロイ島らしい。だとしたら、ボクたちが戦ったあのウルガモスも、ここから逃げてきた個体ということになるし、もっと言えば、先程の騒音の招待はその時からこの島にいることになる。

 

「あり?もしかして、カブちんがお世話してるウルガモスを止めてくれたのはフリアちんだった〜?」

「ってことは、カブさんから連絡が来ていたんですか?」

「そうだよん。あのウルガモスちゃんは今も元気にカブちんのお世話になっているみたいだね〜」

「そうなんですね。良かった……」

 

 昔のことを思い出していると、どうやら既に事情を理解しているらしいマスタードさんが割って入ってきて、あの時戦ったウルガモスの、それからの話をしてくれた。地味にあの後どうなってしまったのか心配だったから、無事を聞けて嬉しい気持ちになった。ユウリも同じだったみたいで、横を見ればほっと一息ついている姿が見られた。

 

「ただ、ウルガモスが追い出される原因を究明しなきゃ、あのウルガモスのようにまた追い出される子が現れちゃう。だから、カブちんから連絡を受けて、わしちゃんの方で色々調べていたんだけどね〜。っと、まずはカブちんに連絡だねん」

 

 そう言いながらスマホロトムを取りだしたマスタードさんは、ウルガモスがまた本土の方に向かったから保護して欲しいという旨を伝え、また説明に戻る。

 

「結論から言うねん。ウルガモスたちを追い出した元凶は、鍋底砂漠にいることがわかったんだよん」

「鍋底砂漠……」

「この島の1番北にある地域よォ。名前の通り砂漠地帯でェ、元々温度が高いこの島の中でもォ、いちばん暑くて大変な場所よォ。基本的にはじめんタイプのポケモンがよくいる場所なんだけどォ、天気によっては他のポケモンもチラホラいるみたいィ」

 

 初めて聞く地域の名前を反芻していると、クララさんが説明してくれた。砂漠地帯はシンオウ地方には存在しないからちょっと想像しずらいけど、過酷な環境だということは理解出来た。

 

「ウルガモスは他にも住んでいる場所があるから、全部調べるのにちょっと時間がかかっちゃったんだけど、一通りこの島をまわった時に、明らかに鍋底砂漠にいるウルガモスの数が減ってたんだよねん。しかもそれだけじゃなく、何匹か怪我を負った子もいた……けど、肝心の元凶ちゃんが、ダイマックス巣穴の奥深くに引きこもっちゃってるみたいでね〜今まで手が出せなかったんだよねん。けど、今夜、ようやくしっぽを出してくれた……」

 

 上空のウルガモスに向けていた視線を、再びボクたちに戻したマスタードさん。しかし、その表情と声色はいつもとは全然違っていた。

 

「そのしっぽを掴む仕事……お主らに手伝ってもらっても……良いかな?」

 

 一人称も、纏う空気も、姿勢も、声色も。何もかもが変わったマスタードさん。これが彼の本気の姿であり、それだけこの事件について重く受け止めているということがよく分かる。

 

 こんな頼まれ方をされて、断れるわけが無い。それに、この事件はあのウルガモスの事件の延長にあるものだ。ボクにとっても無関係じゃない。

 

「……是非、手伝わせてください!!」

 

 周りのみんなも同じ気持ちらしく、ボクの言葉に続くように頷いていた。

 

「……礼を言う」

 

 そんなボクたちを見て発されたマスタードさんの言葉は、今までで一番柔らかい口調だった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カトレア

過去に問題を起こしていたのは彼女も同じですからね。シロナさんに取っては手のかかる妹みたいなものです。

騒音

あの吹雪編の真の黒幕たちです。モンハンで言う、アマツマガツチやナルハタタタヒメみたいなものですね。




吹雪編のお話をようやく回収。さて、誰が元凶なんでしょうか。響き渡った音で、ある程度正体が分かるかもしれませんね?

そしてSVの新ポケ。『ボチ』が発表されましたね。シヌヌワンなんて言われてもう愛されていますけど、個人的にも旅パに入れたいなぁ……進化したら、ケルベロスがモチーフになったりするんですかね?楽しみですね!







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146話

「さて~、このあたりのはずなんだけど~……?」

「ここが鍋底砂漠……あたし、砂漠は初めて見ると……」

「私も……熱いって聞いていたけど……ちょっと寒いね……」

「昼間は物凄い熱いけど、夜の砂漠は逆に気温が凄く下がるからそのせいね」

「そんな性質が……」

 

 マスタードさんからこの島で起こっている問題について一通りの説明を受けたボクたちは、足をそろえてヨロイ島の北の方にある『鍋底砂漠』へと来ていた。初めて来た砂漠はとても新鮮で、マリィとユウリと同じ疑問を抱えていたボクにとって、シロナさんから聞かせてもらった情報もまた、物凄く興味深かったかった。

 

 鍋底砂漠。

 

 ヨロイ島の最北部に位置するこの場所は、ヤドン追いの舞台の1つとなっていた鍛錬平原から向かうことが出来る。鍛錬平原の北の方にある『慣らしの洞穴』というちょっとした横穴を通った先にあるこの場所は、本当に周り全部が砂の地面となっており、合間合間に岩が地面から突き出ている。雰囲気としてはラテラルタウン付近と似たようなものを感じる場所となっている。あちらと違って、ごつごつした感じはないけどね。ちなみに、この鍋底砂漠という名前の由来は、周囲を岩山に囲まれたこの窪地の地形を鍋に見立てたからだとか。ネーミングセンスが凄いよね。

 

 生息するポケモンはじめんタイプのポケモンが多く、他にもコータスやウォーグル、バルジーナと言ったポケモンたちもここに生息するらしい。らしい、とつけられているのは、今が夜なため、活動するポケモンが少なく、ボクたちの目に該当するポケモンたちがあまり見つからないから、()()()()

 

「さっきの音のせいか、ポケモンが全然見当たらないぞ……」

「ここまで誰もいないと、物凄く不気味だな……」

 

 ボクが『らしい』とつけた理由はジュンとホップが言う通り、ボクたちが眺めている範囲のどこからもポケモンの反応がないからだ。間違いなく先ほどの爆音のせいで、本来ならこのあたりに住んで活動しているポケモンたちがみんな隠れてしまっているせいだ。よくよく考えれば当たり前で、あのウルガモスが逃げるレベルの相手がここにいるということは、その辺のポケモンなんか相手にすらならないというわけだ。それは身を隠すに決まっている。その結果が、今のボクたちの目の前のこの状況だ。

 

「ポケモンの声も全然聞こえない……本当に不気味ね……」

「お嬢様、わたくしの後ろに……」

 

 カトレアさんの能力をもってしても聞こえないということは、よっぽど奥深くに隠れているという事だろう。幸い……と言っていいのかわからないけど、この周辺には巣穴が多く、隠れる場所には事を欠かさない。逆に言えば、隠れる場所が多いからこそ、その問題のポケモンが見つかっていないんだろうけど……

 

「さてさて、どこに隠れているのかな~?」

「これだけ巣穴が多いと、探すだけでも一苦労ですね……」

「砂漠自体もかなり広いし、本当に骨が折れそう……」

 

 マスタードさんの言葉にボクとユウリで反応するけど、この鍋底砂漠、とにかく広い。障害物があまりないから見通しこそ良いけど、それ以上にたくさんある巣穴を一つ一つ探していたら、当たりを引く頃には元凶が再び奥深くに逃げ込む可能性がある。そうなってしまえば、また今日みたいに尻尾を出すのを待つ必要が出てきてしまう。

 

 出来ることなら、今ここで決着をつけたい。

 

「ウルガモスが巣にするほどのモノってなると、意外と数は限られそうだけど……わからないものね……」

「何か目印とか痕跡があればわかりやすいんだけど……」

 

 カトレアさんとヒカリの言葉を受けながら、ボクも色々見まわしてみるけど何もわからない。

 

(ヒカリの言う通り、何かわかりやすい証拠があれば楽なんだけど……)

 

「ピュイ……」

「ほしぐもちゃん……?」

 

 そんな若干の手詰まり的な状況に追いやられていたボクたちのちょっと焦った空気を崩したのは、ユウリのバッグから顔を出したほしぐもちゃんだった。ユウリの言葉を聞き流しながら、ボクたちから少し離れて空に浮かび上がったほしぐもちゃんは、目を瞑って何かに集中をしはじめる。その姿を見たボクたちは、もしかしたら何かがわかるかもしれないと、ほしぐもちゃんに可能性を感じて黙ることに。

 

 風の音だけが流れる、とても静かな時間が経過すること数分。『やっぱり何もわからなかったか』と諦めそうになったその時に、再びほしぐもちゃんから声が上がる。

 

「ピュピュイ……」

「あ、ほしぐもちゃん!!」

 

 急に動き始めたほしぐもちゃんは、まるで何かに誘われるように、数多ある巣穴の中の一つへゆっくりと、しかし迷わず真っすぐ進んで行く。

 

「……ピュイ」

「その巣穴に……何かあるの?」

「ピュイピュイ」

 

 その一つの巣穴に辿り着いた瞬間、巣穴の周りをぐるぐる回りだすほしぐもちゃん。ユウリの質問に対しても、少し怯えながらも、真っすぐ返事を返してくれたあたり、どういう原理で知ったのかはわからないけど、原因となるポケモンがここにいるのは間違いないみたいだ。これは信じてみる価値はあるだろう。

 

「マスタードさん」

「うんうん。確かに手がかりは少ないもんね〜。なら、この子を信じてみるのも、全然アリだよん」

 

 マスタードさんに声を掛けてみたところ、帰ってきた言葉は肯定。考えていることは一緒だったみたいだ。

 

「おっし、じゃあ早速行こうぜ!!」

「元凶を突き止めるぞ!!」

「ちょっと待って。1つ、注意点だよん」

「おわっ!?な、なんだってんだよー!!」

「ぐえっ……く、首が……」

 

 目標が明確に決まったこともあり、早速中に突撃しようとしたジュンとホップを難なく止めるマスタードさん。襟首をしっかりと捕まえているせいで、少し強めに首にダメージが入ったような気がするけど……それ以上にあのせっかちボーイのジュンをいとも簡単に止めてしまったマスタードさんの動きの速さにびっくりしてしまった。……っと、今はそんなことに意識を向けている場合じゃないね。マスタードさんからの忠告を聞こう。

 

 マスタードさんの雰囲気が、いつものほわほわしたものではなく、時折見せる本気の顔だから、余計にね?

 

「ここから先は、ワシもてんで想像がつかん。一体何が待っておるのか、どんなことが起こるのか……正直、お主たちの安全すら保証はできん。それでも、進むかな?」

 

 あのマスタードさんにこんなことを言わせる。そんな状況の危険さを改めて心にとどめるボクたち。マスタードさんの言う通り、これからボクたちが向かう場所はまさしく未知の世界だ。しかも、今までの知らない土地を冒険するワクワクや探検と言ったモノではなく、あのウルガモスを追い返してしまう程の存在が確定で存在するところだ。それも、鳴り響いたあの音から察するに、おそらくその存在は2体いるのではないかという想像もできている。ボクたちが向かう場所はそんな場所。故に、マスタードさんからの忠告も、いつになくまじめなものになっている。

 

 けど、あまく見てもらっては困る。

 

 マスタードさんからの忠告に対し、ボクたちは、それぞれがそれぞれの言葉で返していく。

 

「そんな覚悟、最初からできているぞ」

「ああ。オレたちはこうなることを承知で来ているからな」

 

 まずは襟首を引っ張られたホップとジュンが、言い返すように。

 

「あたしたちだって、それなりに修羅場は乗り越えてきたと」

「それにィ、師匠のことダカラ、本当に危ないならそもそもうちたちにこの話すらしなくないィ?」

 

 次に、マリィとクララさんがまるで今更かとでも言わんかのように。

 

「その程度の言葉で止められると思っているんでしたら、それこそわたしたちのことを甘く見過ぎですよ」

「私も、たくさんの壁を越えてきました。ここで引き返すのは無しです!」

 

 そして、ヒカリとユウリが若干の不満を含ませるように。

 

「大丈夫ですよ。ここにいるみんな、全員が全員いろんな経験をしています。この程度の危険、何も問題ないですよ」

「……っくく」

 

 最後にボクが、自信満々に。

 

 そんな全員の返答をしっかりと聞いたマスタードさんは、小さく喉を鳴らす。ボクたちの返答を気に入ったらしく、嬉しそうな笑顔を浮かべる彼の姿からは、また柔らかな雰囲気が戻ってきた。

 

「いいねいいね~頼もしいね~。これならわしちゃんも安心してこの巣穴にゴーゴーできるよん。じゃあついでに、シロナちんたちは大丈夫かな?」

「あら、私たちまで試すおつもりなんですね?」

 

 また迫力ある雰囲気からいつもの状態に戻ったマスタードさんは、また人をからかうような空気を纏わせながら、今度はシロナさんたちに話を振る。

 

「これでも一応、あなたとおなじでチャンピオンの座にいた人間なんだけど……もっと言えば、フリアとヒカリ、そしてジュンの師匠みたいなもの。その弟子がこんなにも立派に育っている……それでは不満かしら?」

「ううん、問題ないよん」

「わたくしも、シロナ様やお嬢様に比べれば劣るかもしれませんが、これでもバトルフロンティアのフロンティアブレーン、キャッスルバトラーとしてバトルを行っています。皆様を守るお力にはなれるかと」

「そう言えば、コクランちんはそうだったねん。これは本当に頼りになるなる~」

 

 マスタードさんからの悪ふざけに対しても、特に臆することなくいつも通り返すシロナさんとコクランさん。その大人の対応に、少しだけかっこよさを感じながら見とれてしまうボクたちと、これまた嬉しそうに顔をほころばせるマスタードさん。一通り頷き終わったマスタードさんは、その視線を最後の一人へと向ける。

 

「最後にあたくし……ね。あたくしを試すのは構わないけど……」

 

 その視線を受けて、いつも通り気丈な姿を見せるカトレアさんは、軽く指を鳴らす。瞬間……。

 

 

『ドガァァァァァァンッ!!』

『バリバリバリバリバリッ!!』

 

 

 ボクたちの周りに、道場にいたころよりも強力な壁が張られたと思った瞬間、道場でも聴いた爆発するような、そして何かが弾けるような音が、しかしあの場所にいた時よりもはるかに小さい音として、ボクたちの鼓膜をやさしく叩いた。

 

「果たして、あたくしに頼らずして……この爆音が響く場所を進むことが出来るのかしら……?」

 

 マスタードさんからの試されるような視線を、『むしろこちらが試してやる』と言った意志を含ませながら返していた。その時、少しだけドヤっとしているところがまた可愛いらしいと思ってしまった。しかし、その顔をしても許されるほどの実力をしっかりと兼ね備えており、事実道場の時と同じように、いつの間にかムシャーナとランクルスが現れて、この防音壁を張る瞬間を確認することが出来なかった。やっぱりすごい人だ。

 

「確かに確かに~。そうなると、どちらにせよカトレアちんの協力は必要不可欠なわけだ」

「その発言は、まるであたくしがふさわしくなくても……『無理やり連れていくぞ』という脅しにも聞こえるのだけど……?」

「そんなつもりはないよん。イッシュ地方四天王の実力、頼りにしているよん」

 

 これにて全員の意思を確認完了。この先の、おそらく危険があふれている場所へ行く覚悟が出来た。

 

「さて、それじゃあ……いよいよ突入するよん」

 

 マスタードさんの言葉にみんなでコクリと頷く。

 

 マスタードさんとコクランさんを先頭に、その少し後ろを防音壁を操作するカトレアさんが続き、次いでジュン、ホップ、マリィ、クララさんが歩き、ちょっと後ろにボクとユウリ。そして殿をシロナさんが務める形で、巣穴の中へと足を進めたボクたちは、夜ということでただでさえ暗い巣穴の中を、足元に注意してゆっくりと進んで行く。一応ヒカリのパチリスやマリィのモルペコ、ユウリのストリンダ―にホップのバチンウニと、でんきタイプのポケモンたちの力を借りて、順番にあたりを照らしてもらうことによって最低限の灯を確保することはできているけど、今まで挑戦してきた巣穴のどれよりも複雑な構造になっているため、どうしても進みは遅くなってしまう。

 

「曲がりくねって高低差もあって……歩きにくいったらないぞ……」

「ほんと、辺りを照らしているはずなのに、構造のせいで死角があるから進みにくと……」

「ここはワイルドエリア以上に自然あふれているからね~。向こうと違って、人がそもそも入らないから、人の足跡によってできる道すらできないんだよねん」

 

 ホップとマリィの愚痴に返しながら、それでもボクたちの中で一番すいすいと足を進めているあたり、やっぱりこの島の管理者なんだなぁと感じさせる。

 

 ダイマックス巣穴は、ダイマックスポケモンと戦えるほど広い空間があるんだけど、中の構造はその広い空間だけというわけではない。ラルトスと戦った巣穴のように、入ってすぐにその空間とぶつかることもあれば、ウルガモスと戦った巣穴のように、しばらく細い道を進んだ先にその空間がある場合もある。これは、ダイマックス巣穴にダイマックスしていない普通のポケモンも住んでいるからだ。というより、ダイマックス巣穴にポケモンが住んでいるというよりかは、ポケモンが住むために掘った巣穴が、ダイマックスに適応するようになったからボクたち人間がダイマックス巣穴と呼ぶようになっただけなので、どちらかというと『ダイマックスできる環境』というのは、後付けでしかなかったりするんだけどね。だからこそ、ダイマックス巣穴にはたくさんのポケモンが住んでいるし、中にはこのように構造が複雑化しているものもあるんだけど……

 

「フリア、ユウリ……気づいた?」

「はい……まぁ、あれだけ大音量で騒がれていたら当然と言えば当然なんですけど……」

「野生のポケモンが……全くいないですね……」

 

 先ほども言った通り、このダイマックス巣穴は、ポケモンたちの家のようなものだ。だから本来なら、ダイマックスできる空間に行くまでにもたくさんのポケモンがいるはずなんだけど、そこそこ長い間歩いているつもりなのに、この間に全くポケモンを見ていない。あれだけの爆音が鳴っていれば、当然と言えば当然なんだけど、それにしたって奥に引きこもっている子がいてもおかしくはなさそうだ。けど、そんな子すらいないあたり、この巣穴にはいよいよ他のポケモンが存在しないのかもしれない。

 

「あたくしはもっと前から気づいていたわ……まるで何も感じない……」

 

 そんなボクたちの会話に対して返答するのは、かなり前を歩いていたはずのカトレアさん。歩いている位置は変わっていないけど、いつの前にか前を歩く人の歩幅が狭くなっていたみたいで、相対的にカトレアさんたちとの距離が近くなっていたみたいだ。

 

「けど、その代わりに……とてつもなく大きな反応が2つ……もう、目の前にあるわ……」

 

 みんなの距離が近くなったため、よく聞こえるようになったカトレアさんの声。その声につられて前を見れば、いよいよダイマックス可能な広い空間が目前にあった。

 

 緑色の防音壁からとび出ないように、しかし、この先の出来事が気になって仕方がないため、防音壁ぎりぎりの位置まで駆けだすボク。

 

「これは……」

「こやつらが、ウルガモスを追い出した元凶か」

「なぜ、彼らがここに……」

 

 ボクが前に出たことによって、最前列がボク、マスタードさん、コクランさんとなり、この3人が最初に現場を見たため、同時に声を漏らしてしまう。元凶のいる位置に飛び出したことによって、今まで聞いてきた音の正体が視界に入ったためなんだけど、その正体が、正直自分の目を疑いたくなるような、奇っ怪な姿をしていたからだった。

 

 片方はあたり一帯を爆発させ、その跡に火花を撒き散らしていたポケモン……のような存在。頭部は白色の風船のような球体になっており、青とピンクが散りばめられたポップなカラー。対する身体は、細身のピエロのようなものとなっており、それをクネクネとおどけたような踊りを踊ることによって、見るものの油断を誘うような動きをしている。しかし、この存在の何よりも目を引くのが、さっきあげた身体と頭部が繋がっておらず、頭は常にクルクル回り続けていること。しかも、この頭を外して手に持ったかと思えば、それをぶん投げて爆発させていた。幸い(?)頭部は再生可能なのか、爆発してすぐに新しい頭部が、首と思われる部分から生えてきて元の姿に戻ってはいるが、その行動は傍からは奇妙としか見ることが出来ない。

 

 そしてもう片方。あたり一帯にバリバリと電気が弾ける音を発していたポケモン……のような存在。カラフルでポップだった片方とは一転、白と黒で構成されたその体は、一言で言うならケーブル。家庭で使う電気ケーブルをそのまま体にしたような見た目で、その数は計5束。そしてそれぞれが手、足、尻尾の役割を担っているようで、尻尾と足の先端はコンセントのような形になっている。手はケーブルの中身がむき出しになっているのが、銅色の線が伸びており、頭は真っ白い何かが爆発したかのような特徴的な頭をしている。電気ケーブルの見た目から想像出来る通り、主に頭と手から圧倒的な電気量を放電しており、青白い電気が放電しているのが目で見えるほど。その姿はとても生物的には見えない。

 

 この、明らかに異質な存在のポケモン2人がダイマックスをした状態で向かい合い、お互いの技をぶつけ合っていた。道場にいた時から鳴り響いていた音の正体は、間違いなくこの2人のポケモンからだった。

 

「なんだあれ!?ポケモンなのか!?」

「見たことも聞いたこともないぞ!?」

「というより、生き物かどうかもあやしか……」

「う、うち……夢でもみるのォ……?」

「これはウルガモスが逃げるのも納得よ……」

 

 ボクたちが呆気に取られている間に到着して、この光景を目にしたジュンたちもまた、同じようなリアクションを取る。予想通りと言えば予想通りだけど、やっぱりボクたちの中でこの異様な存在について知っている人はいなかった。しかし、先程コクランさんがこぼした言葉がどうにも気になったボクは、ひとまず心を落ち着けて、コクランさんに先程の言葉の真意を確かめようとし……

 

「あれは……ウルトラビースト……!?」

「知ってるの?カトレア」

 

 その行動を、カトレアさんとシロナさんの言葉に止められる。

 

 事情を知っていると思われるカトレアさんに、みんなの視線が集まる中、カトレアさんはコクランさんとアイコンタクトを取ったあと、ゆっくりと口を開く。

 

「以前バトルフロンティアに国際警察の人がきて……フロンティアにウルトラビーストが来ていないかの聞き込みをされたことがあったわ……」

「まさか、国際警察が関わる程のものとは……して、そのことをワシらが聞いても良いのかな?」

 

 いつの間にか本気モードになったマスタードさんの、少しボクたちを気遣ったような言葉を聴きながら、カトレアさんはゆっくり口を開く。

 

「こうなってしまった以上……あなたたちも関係者だから……問題ないはず……あっても、あたくしとコクランが責任を取るわ……」

「しかし……いや、ここで口を挟むのは無粋。話を聞こう……じゃが、責任はワシも共に背負うぞ」

「それなら私もよ。この子たちを守るのが私の勤めですもの」

「マスタード……シロナ……ありがとう……」

 

 カトレアさんの言葉に、マスタードさんとシロナさんが優しく微笑む。その姿を見守ることしか出来ない自分にちょっとした無力感を感じてしまうけど、今はそれどころじゃない。カトレアさんからの言葉を聞き漏らさないように、しっかりと耳を向ける。

 

「あのポケモンはウルトラビースト……ウルトラホールという異空間を通ってこちらに来た、異世界からの生き物……あのピエロのような子が、UB BURST……名を『ズガドーン』……そしてあのケーブルの子が、UB LIGHTNING……名を『デンジュモク』と呼ぶ……アローラ地方で最初に確認された、危険生物よ……」

「異世界……異空間……」

 

 カトレアさんの説明はしっかり聞いた。けど、それでもなんと言えばいいか分からなかった。

 

 ボクたちは今、とても大きなものに関わっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鍋底巣穴

実機では巣穴は3つと少ないのですが、生息しているポケモンの数的に何個もあるのではないかと。砂漠に巣穴ってかなり多そうなイメージなんですが……どうなんですかね?

UB

というわけで、ほしぐもちゃんの存在でかなりの方がわかっていたと思いますが、ウルトラビースのズガドーン、デンジュモクの登場です。どこかで関わってくるうだろうと予想していた方は多いと思いますが、ヨロイ島で出るとは思わなかったのではないのかなと。というのもちょっと事情がありまして……あまり言うのもちょっと違うのでここまでにしておきますが、何か理由があるとだけ思っておいてください。




さて、まさかのUB登場ですが、どうやって解決するのでしょうか?そしていよいよ11月入りましたね。スペイン旅行まであと少しです。もう皆さんは、最初の御三家、コライドンかミライドンか、旅パのメンバー等々決めたでしょうか?ワクワクが募りますね。

あと、先日は10/31でしたが、ハロウィンということで裏で素晴らしいものをいただいてしまい、いまだににまにましてしまっています。本当に素晴らしいものをいただきました。感謝しかないですね。






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147話

すいません。こちらの操作ミスで、一瞬だけ先行投稿されてました。特に何かあるわけではないのですが、定時に設定し直しました。

先に見れた人はラッキー程度に思ってください。


「ズガガーン!!」

「デンショック!!」

 

 

 大きな鳴き声をあげたかと思った瞬間、再び始まる両者の攻撃のぶつかり合い。

 

 自身の頭を使って行われる爆発攻撃と、自身の体を流れる電気を放出して行われる放電攻撃は、攻撃をぶつけている相手だけではなく、広範囲に無差別にまき散らされる。戦っている本人たちにとっては、こちらにまで飛んでくる攻撃なんて一切気にしていないだろうけど、その攻撃にさらされるボクたちにとってはどれかひとつでも掠ってしまえば、かなりのダメージを受けてしまう程とんでもなく出力の高い攻撃となっている。今この瞬間も、ボクたちが立っている場所の近くに爆発の余波と電気の流れ弾が着弾しており、バリアの中でもはっきりと響くくらいには大きな音が鳴っている。その音の大きさがこの攻撃の威力を物語っている。

 

「この攻撃の嵐の中であいつらを止めるってなると、かなり骨が折れるぞ!?」

「正直全然駆け抜けられるビジョンが見えないんだが……」

 

 普段強気なホップとジュンすらも臆してしまう程のその攻撃。他のみんなも口に出さないだけで、その威力の高さに驚いたような反応をしている。しかし、その威力におびえて何もしないという選択肢を取ってしまえば、この問題は解決せず、このあたりの生態系が変わってしまう可能性があるので、できれば止めて起きたい。

 

 とにかく動かなくては。

 

 そう思ったボクは、すぐに準備をする。

 

「例えビジョンが見えなくても、やれることはやらないと!!」

「そうね。ここの周辺をお家にしている子たちのためにも、せめて話ができるくらいには落ち着けましょう」

 

 同じく、すぐに決着をつけるべきだと考えていたシロナさんも、ボクと同じようにモンスターボールを構える。

 

「カトレアさん。ズガドーンのコードが『UB BURST』、デンジュモクのコードが『UB LIGHTNING』なんですよね?」

「ええ、そう聞いたわ……」

「「それなら……」」

 

 カトレアさんの説明を改めて聞き直し、そして戦っている2人のバトルを見つめて、頭の中で予想を汲み立てる。

 

(『BURST』って言葉は『爆発』を意味して、『LIGHTNING』は『電光』を意味しているんだったよね。それにあの2人の戦闘スタイル的にも、あのポケモンのタイプはズガドーンがほのお、デンジュモクはでんきだと思って間違いはないはず。……複合タイプまではわかんないけど……でも、この2つのタイプが相手ならまだ戦いやすい。だって……)

 

「「じめんタイプで殴ればいいだけ!!」」

 

 じめんタイプの技なら、ほのお、でんき、どちらのタイプに対してもばつぐんで殴ることが出来る。勿論複合タイプによっては防がれるけど、どう考えたってひこうタイプを持っていない2体なので、等倍までは抑えられても効果がないことはないはずだ。それなら、こちらの攻撃は至ってシンプル。

 

「グライオン!!ヨノワール!!」

「ルカリオ!!ガブリアス!!」

 

 場に現れるのは物理攻撃が得意な4人のポケモン。そしてこの4人が全員共通で覚えている技がある。それこそが、今目の前にいる2人に刺さる技。

 

「シロナさん!!」

「ええ、行くわよフリア!!」

「「『じしん』!!」」

 

 ボクとシロナさんの言葉が重なると同時に、4人のポケモンが同時に地面にこぶしを叩きつける。じめんタイプの技の中でもトップクラスに威力の高いその技は、4つ分の力を重ねてさらに強力な攻撃となり、ズガドーンとデンジュモクに襲い掛かっていく。

 

 一応周りの人を巻き込まないために、若干の威力調整こそ行われているものの、それでもここまで強力なものとなれば、戦闘不能とまではいかなくても、致命傷近くまではダメージを与えることが出来るはず。そんな期待を込めてじっと行方を見つめていると、ズガドーンとデンジュモクが動き出す。

 

 

「ズガガーン!!」

「デンショック!!」

 

 

 再び叫び声をあげながら電撃と爆発をまき散らす両者。先ほど見た時よりもさらに威力をあげてぶつけ合わされたその技は、より強力な余波となってありとあらゆるところに降り注ぐ。その中には勿論2人を襲っていくじしんも含まれており、地面を伝わるエネルギーと、爆発、電撃のエネルギーがぶつかり合う。

 

 ズガドーンとデンジュモクの視線……いや、目がどこについているか分からないから、正確には断定できないけど……とにかく、2人がこちらを意識しているようには見えなかったので、おそらくこの攻撃はじしんを止めるつもりで行った攻撃では無いはずだ。しかし、それでも圧倒的な破壊力を持って、確かにじしんの邪魔をするその攻撃は、バリア越しに激しい音と衝撃を奏でながら鍔迫り合う。

 

 ギリギリと音を奏でながらしばらく拮抗するその技たちは、しかし、さすがに余波と本技のぶつかり合いということで軍配はこちらに上がる。タイプ相性もあって、爆発も電撃も全てをねじ伏せて突き進むじめんのエネルギーは、そのままズガドーンとデンジュモクを捕える。

 

「おお!!あの激しい攻撃を全部はじき返して到達したぞ!!」

「さすがの火力だな……シロナさんは当然として、あいつ、頭脳戦を主軸にしながらも火力はしっかりあるのやばいよな……」

 

 ホップとジュンの言葉を聞き流しながら戦況を見つめるボクとシロナさん。かなり威力は削られたとはいえ、こうかばつぐんであるじめんタイプの技を4つも重ねたその合体攻撃は、ダイマックスをして圧倒的な耐久力を手に入れているズガドーンとデンジュモクにさえかなりのダメージが入ったようにも見える。その証明じゃないけど、動きを中断してぐらいついている姿も確認できたし、あれだけ激しかった爆発と電撃も止まっていた。

 

「効いてると!!」

「こうかばつぐん!!案外攻撃は通るみたいねェ」

 

 その様子を見てボクたちの周りで声が上がる。

 

 得体の知れず、自分たちの攻撃が当たるのかどうかすらわからない相手だったし、明らかに激しいこの攻撃の嵐に対して、本当に自分たちで対応することが出来るのかすらわからない状態だったものに、確かに攻撃を乗り越えてダメージを与えられたというこの結果は、ボクたちにも対抗手段がちゃんとあるということを改めて理解できるものとなったため、まるで希望の光が見えてきたかのような感覚に囚われているんだと思う。けど……

 

「ぬぅ……」

「……そう」

「これは、骨がお折れそうですね」

「うん……」

「嫌な予感が凄いわ……」

 

 今の結果を見て、本当の意味に気づいたマスタードさんとカトレアさん、そしてコクランさんは苦い顔を浮かべ、答えに辿り着いてはいなくとも、何となく喜ばしい事ではないということに気づいたユウリとヒカリも、少し悩まし気な声をあげていた。

 

「なんか……あまりいい雰囲気じゃなかと?」

「なんでなんでェ!?」

「な、なんだ?攻撃が通っているのはいい事じゃないのか?まるで意味が分からないぞ?」

「何かまずい点でもあるのか……?」

「そうね……この状況のまずい所は大きく分けて2つと言ったところかしら……」

 

 そんなボクたちの雰囲気を感じて、自分たちの意見が間違っているとは分かったものの、それでもどこが間違っているのかがわからないため声を上げる。その疑問に対して、シロナさんが2つの問題点を挙げた。

 

「1つは、今私たちが弾いたのはあくまでも攻撃の余波だという事。余波を突破するためだというのに、こちらは4匹がかり。それも、相手の攻撃に対して弱点をつける技なのによ。……じゃあもし、これが余波ではなく全力の攻撃だとすれば?」

「「「「っ!?」」」」

 

 あの爆発と電撃が同時にこちらに飛んできてしまえば間違いなくつぶされる。もし仮に、ボクたちが全力を出し、ズガドーンとデンジュモクの攻撃を受け止めることが出来たとしても、今度はその余波がボクたちトレーナーの方に飛んできてしまうため、この余波を防ぐのにも力のリソースを裂かなければならない。当然だけど、そんなことを続ければ、最初はよくってもこちらのガス欠は一瞬で訪れてしまう。そうなればポケモンたちよりも先にボクたちがやられてしまいおしまいだ。

 

「申し訳ないけど、そうなってしまえば本当に自分の身を守るので精一杯になってしまうわ」

「それはつまり……ここにいる誰かが犠牲になる可能性がふんだんに含まれている。という事ね……」

 

 カトレアさんがはっきりと答えを口にするけど、それを言う前から答えに到達していたマリィたちののどの音が聞こえてくる。勿論、ここに来るまでに危険は散々聞かされているから、みんな襲われる覚悟こそできてはいるものの、いざその瞬間と対峙すれば、当然少しは緊張で体が硬くなるというものだ。特に、クララさん、マリィ、ホップに関しては、他のみんなと違ってそういう経験が少ないため、傍から見てもわかるくらいには緊張していた。これがこの先のバトルで影響しなければいいのだけど……

 

 ひとまず、1つ目の理由についてはこんなところだろう。

 

「そして2つ目の理由が……これね」

 

 そういいながらシロナさんが向ける視線は地面。そこには、長く続くズガドーンとデンジュモクのバトルによって生み出された破壊の痕跡がいたるところに広がっており、そこに先ほど行われたじしんと余波のぶつかり合いの痕跡も追加され、更に凄惨な状況となってしまっていた。

 

「地面の荒れ具合……っ!!」

「気づいたみたいね。そう、私たちがいる所はあくまでも()()()()()だという事よ」

 

 マリィの言葉に続いて、みんなも地面の痕跡を見て気づいたみたいで、今の状況のやばさを改めて理解する。

 

 ボクたちがいる場所は、ポケモンが地面を掘り進めてできた巣穴……いわば1つの洞窟だ。洞窟とはいってもただの洞窟ではなく、ダイマックス巣穴というとてつもなく大きい洞窟ではあるんだけど、ここが地面の中だということに変わりはない。それも、ここから外に出るとなれば、今まで通ってきた歩きづらい道を数十分と逆走してようやく外にできるくらいには深い場所にいる。そんな場所で、あのデンジュモクとズガドーンと激闘を広げてしまえばどうなってしまうのか。

 

 答えは崩落だ。

 

 一応、ダイマックス巣穴は中でダイマックスレイドバトルが行われることを想定したつくりにはなっているため、その辺の洞窟と比べればかなりの強度がある。ちょっとやそっと暴れたって全然問題ないくらいには頑丈のはずだ。しかし、その頑丈さにだって限度はある。幾度の攻撃の余波にさらされ、補強されることすらなく傷を負わされれば、この巣穴だっていつかは崩壊してしまう。ボクはその道のプロではないため、あとどれくらいでこの巣穴が崩れてしまうかまではわからないけど、周りの地面の様子や、先ほどのじしんによって起きた落石の状態などを考えても、この巣穴の寿命がそんなに長い方ではないことはすぐにわかる。こんな状況下で、さっきみたいなじしんを連発すればどうなってしまうかなんて、ポケモンスクール入りたての子でもわかるし、その結果ボクたちがどうなってしまうのかも簡単に想像ができる。そうなって来ると、ボクたちは必然的にじしんやなみのりと言った大技は控えて戦わなければいけないということになる。それも、ズガドーンとデンジュモクを相手に、だ。

 

 果たしてそんなことをしてデンジュモクたちを止められるのか。間違いなく無理だろう。

 

 あれだけ激しい攻撃を抑えるとなると、こちらもそれ相応の威力のある技を放つ必要がある。けどそんなことをしてしまえばこの巣穴の崩壊が進んでしまうという最悪のジレンマ。

 

「ここにいる全員の攻撃を合わせれば、おそらく止めることは可能でしょう。けど、間違いなくこの戦場は大荒れになるわ。そうなってしまえば、長くデンジュモクとズガドーンの攻撃にさらされ続けてきたこの巣穴は限界を迎えるかもしれない。……もしかしたら杞憂の可能性もあるけど、さすがにそんな確証のない状態で動くことは勘弁願いたいわ」

「そこで失敗してしまえば、ワシら全員生き埋めじゃからな……」

 

 思いのほか分の悪い状況ということもあって、ボクたちの口数は減ってしまう。そのうえ、ズガドーンとデンジュモクが怯んでいる今のうちが動くべき場面だというのに、考えがまとまらないせいで手も足も動かない。

 

(どうすればいい?どうすればこの状況を乗り越えられる?)

 

 自分の手持ちと相談し、相手の状況とタイプからいろんな作戦を考えてみるけど、どれもこれもがうまくいく気がしない。ふと横を見てみれば、それはシロナさんやマスタードさんも同じようで、全然動く気配がない。

 

(『サイコキネシス』で技を止めて、エルレイドやガブリアスで突撃……いや、威力が高すぎて長時間抑えられないし、そんなことをすれば万が一技がこっちに飛んできたときに、安定してバリアを張れるポケモンがいないからボクたちを守れない。かといって……)

 

「おい、デンジュモクとズガドーンが動くぞ!!」

「っ!!」

 

 ジュンの言葉で弾かれるように前を向く。すると、頭の中で思考を繰り返している間にとうとうダメージから復活したズガドーンとデンジュモクが態勢を立て直し、再び攻撃の構えを取ろうとしていた。

 

「まずいぞ、さすがにあんな攻撃をしたのなら、こっちにターゲットが向いてもおかしくないぞ」

「どうしよう……どうすれば……」

 

 ホップとユウリの言葉を聞き流しながら、とにかく今自分が出来ることを模索していく。しかし、やっぱり何も思いつかなくて……それでも何もしないわけにはいかないと思ったボクは、とにかく迎撃の準備を整える。

 

「グライオン!!ヨノワール!!『いわなだ━━』」

「まって……!!」

 

 そんな時に響くのは、珍しく声を張り上げたカトレアさんの言葉。急にあげられたその声にびっくりしてしまい、思わず声を止めてしまったボクたちの視線は、自然とカトレアさんに吸い込まれる。

 

「どうしたのカトレア。急に声をあげて……今はそれどころでは━━」

「今は()()()()()()()()よ……観なさい……」

「動かないが正解って……どういう……」

 

 カトレアさんの言葉の意味が分からず、首をかしげるボクたちはカトレアさんの指を追って視線をズガドーンたちに向ける。すると、そこには予想外の光景が広がっていた。

 

「ボクたちを無視してる……?」

「まるでわたくしたちのことなど眼中にないみたいですね……」

「そんなことあると!?あれだけしっかり『じしん』を貰っておいて!?」

「けど事実みたいじゃな……まるでこちらを見ておらん」

 

 それはボクたちを無視して行われる技の応酬。再び周りにまき散らされる電撃と爆発の嵐は、さっきよりまた1ランク強くはなっているものの、それでもこちらを襲っているようには見えなかった。マリィの言うように、あれだけの攻撃をすればちょっとくらい反撃してもおかしくないのに、だ。

 

「あたくしたちを無視してまでしたいこと……なにがあるのかしら……」

 

 顎に手を添えながら考え込むカトレアさん。その間にも、ズガドーンとデンジュモクの技の打ち合いは続けられており、激しい爆発音と電撃音が鼓膜を叩いてくる。しかし、ここまで両者の打ち合いを見て何か違和感を感じた。

 

「カトレアさん!」

「ええ、あたくしもちょっと気になってたわ……」

「え?何がだ?」

 

 その違和感を伝えるべく、カトレアさんの方に視線を向けると、カトレアさんも同じ結論に至っていたようで、頷きながら意識を集中させ始めた。ジュンが何かを言っているけど、今はカトレアさんの邪魔をする訳には行かないので、とりあえず放置してカトレアさんの行動を待つ。それでも状況がまだよくわかっていないジュンは、いきなり無視されたことに『なんだってんだよー!!』と言葉を口にしながら地団駄を踏み出す。もちろんこれもスルー。いつものことなので気にしてはいけない。一方なにかに気づいたカトレアさんは、意識を集中させる過程で目の光が少し変わる。元々エメラルドグリーンの綺麗な瞳をしていたそれは仄かな光を帯び始め、同時にカトレアさんの長い金髪が、重力に逆らうように浮かび上がる。

 

 カトレアさんの超能力発動の証。おそらく得意なテレパスを持って、デンジュモクとズガドーンの今の状態を読み取ろうという考えだろう。ただ、本来なら自分のポケモンに対してや、ボクとヨノワールを繋ぐ時のように予め相手のことを知っていたり、元々絆で繋がっているもの同士を観るための力であるためか、今日初めて出会う彼らの内面を見るのは少し力と時間がかかるらしい。コクランさんが少し心配そうな表情を浮かべている中、ボクの耳元にひとつの声がかけられる。

 

「ねぇねぇフリア」

「ん?どうしたの?」

「フリアとカトレアさんはどこが気になったの?」

 

 その正体はユウリの声。どうやら違和感自体は何となく感じているけど、何がどうおかしいのかの答えには辿り着いてはいないと言った感じだった。そんな彼女に対して、ボクとカトレアさんが思ったひとつの疑問を口にする。

 

「それはズガドーンとデンジュモクの姿だよ」

「ズガドーンとデンジュモクの姿?」

「うん」

 

 ボクの言葉につられて、改めてズガドーンとデンジュモクを観察するユウリ。しかし、それでもまだよくわからないみたいで、もう一度首をかしげている。そんな彼女にヒントとなる言葉を付け加える。

 

「ズガドーンとデンジュモクはウルガモスたちを追い出した元凶。ってことは、ボクとユウリがワイルドエリアでモスノウたちと共闘したあの日よりも前から、ず~っと()()()()()()()()()()ってことになるよね?」

「うん……それはわかる……けど……」

「うん。じゃあその情報を前提として、改めてズガドーンとデンジュモクの身体を見てみて?」

「身体を見る……あっ!」

 

 ボクの言葉を反芻しながら、改めてズガドーンとデンジュモクを観察するユウリは、ほどなくして違和感の正体に気づいたみたいで声を上げる。

 

「身体に傷がほとんどない!!」

「正解」

 

 ユウリが嬉しそうに上げた声に対して肯定を返すボク。

 

 ユウリの言う通り、ズガドーンとデンジュモクの身体はあれだけ激しいバトルをしている割には物凄く綺麗な身体をしている。両者がじこさいせいなどで身体を治すことが出来る存在なのだとしたらこの考察は全く意味のないものになるんだけど、さっきのじしんの痕も治っていないところを見るに、その可能性はないと思っている。そのうえで改めてズガドーンとデンジュモクの戦いを見てみると、お互い派手な技こそ打ってはいるものの、お互いにぶつかっているのは技の余波だけであり、技そのものをぶつけているようには一切見えなかった。

 

「もしかして……そもそも()()2()()()()()()()()()?」

「うん……ボクとカトレアさんはそうじゃないかと睨んでる」

 

 もしこの2人が闘っているわけではないのだとしたら、戦って制圧する以外の解決方法があるかもしれない。そう予想したからこそ、ボクとカトレアさんは一旦攻撃の手を止めて、彼らの観察に行動をシフトしたというわけだ。そして……

 

「そう……そういう事ね……」

 

 そんな話をしているうちに、何かを感じとることが出来たらしいカトレアさんが、ほっと一息つきながら目を閉じる。

 

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「ええ……気にしないで……」

 

 コクランさんから飲み物を貰い、喉を一度潤すカトレアさん。そんなカトレアさんにボクたちの視線は集中。けど、焦ることなく優雅に小休憩をはさむカトレアさんは、落ち着いたところでようやく口を開いた。

 

「フリア……どうやらあたくしのたちの予想通りのことが起きているみたい……」

「やっぱりそうなんですね……」

「おいおい、いい加減無視はやめてくれよ!!」

「ええ、分かっているわ……」

 

 ジュンがみんなの意見を代弁し、それに対して頷くカトレアさん。そして……

 

「じゃあ……わかったことを話すわね……」

 

 カトレアさんの口から、この2人の行動について語られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




巣穴

実際問題、強度はどのくらいなんですかね?わからないですけど、UB2人が大暴れすると流石に壊れそうですよね。

カトレア

どんどん活躍してますね。なんだかんだで書いてて楽しい方。今回はテレパスで見てもらいました。

UB

どうやらバトルが目的ではないようで。では何でしょうか?




前回のあとがきにて、ハロウィンの贈り物の話をしましたが、あれから作者様の許可をいただいたのでこちらで掲載させていただきますね。……いえ、単純に私が許可を取り忘れていただけなのですが……とにかく、ご紹介です。



【挿絵表示】




【挿絵表示】



私が、フリアさんがパンプジンモチーフの衣装を着て、ユウリさんとお話しする寸劇をTwitterにあげたところ、それを参考に描いていただきました。製作者は、前回と同じくひのはさんです。2枚目に関してはpixivにもあげていますので見てみてくださいね。

しかし、相変わらず素晴らしい絵でついつい見入ってしまいます。1つ目に関しては可愛いが溢れた絵で、ユウリさんやホップさん、マリィさんたちと朗らかに遊んでいるのが想像できますよね。余った袖をパタパタさせているところも素敵です。

2つめは一転してちょっと意地悪なフリアさん。こちらはジュンさんやヒカリさんに対して浮かべてそうですよね。特に気に入っているところが、ちゃんと男の子の笑顔を感じさせるところでしょうか。可愛くはあるんですけど、こうしてみるとちょっとカッコよさもありますよね。




改めて、本当にありがとうございました。本当にうれしかったです!






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148話

「まず結論から言わせてもらうと……ズガドーン、デンジュモクの2人はお互いを倒すために攻撃をしている訳では無いわ……」

「攻撃しているつもりがないィ!?あれだけ派手に暴れているのにィ?」

「周りにだって被害が出ているとよ?他のポケモンだって逃げてると」

「それなのに戦っていないってどういうことだ?全く意味がわからないぞ?」

「カトレアさん。急にそう言われても俺たちは納得できないぜ」

 

 カトレアさんから告げられる言葉はボクとユウリにとっては既に予想された範疇のものだ。なので、特に驚くことも無くこの言葉を受け入れることが出来るものの、全く予想していなかったクララさんたちにとってはにわかに信じられない話だ。こういう発言が出てくるのもおかしくは無い。

 

「なるほど、だから傷が少ないんだ。納得したかも」

「そうなると問題は何をもってこんなことをしているのかという事ね」

 

 そんな彼らに対して、既に違和感にたどり着いているヒカリとシロナさんはカトレアさんの言葉を素直に受け取り、次のステップへと思考を回していた。声を上げていないだけで、コクランさんとマスタードさんも同じく違和感にはたどり着いているので一緒に考えている。

 

「な、なんだなんだ?ユウリやシロナさんはカトレアさんの言葉をそんなにあっさり受け止められるのか?」

「だって……ずっと戦っているのだとしたら、もっとズガドーンとデンジュモクの身体に傷があってもおかしくないのに、すごく綺麗な体をしているから……なんか、おかしいなって」

「身体が綺麗……?」

 

 カトレアさんの言葉に特に疑問を持たないボクたちの言動が気になったジュンがすかさず疑問をなげかけてくるけど、その問いに対してはユウリが自分でたどり着いた結果を提出することで解答をする。その答えの意味がまだよくわかっていないみんなは、最初こそ頭にハテナを浮かべていたものの、ユウリの言葉につられて改めてズガドーンたちをみて、すぐに反応を表していく。

 

「確かに……あれだけ暴れているにしては全然傷を負ってなかと……」

「それにィ、よくよく見れば今やってる攻撃も激しくはあるけどォ、お互いの身体には当て合っては無いようなァ?」

「言われてみたらそう見えるが……」

「それはそれで意味が分からないぞ……あの2人は何をしているんだ……?」

 

 ユウリの言葉でようやく違和感の答えに辿り着いたホップたち。ひとまずはボクたちがどうしてカトレアさんの言葉を受けいれられたのか納得はしたみたいだけど、今度は別の疑問に辿り着く。

 

 ズガドーンとデンジュモク。今ここで暴れている両者は、いったい何が目的でこんなことをしているのか。

 

 巣穴の中のポケモンが全員逃げ出すほどの迷惑をかけているからには、それ相応の理由があるのではないか?そう思っているホップたちは、この理由についてもテレパスの力で理解したであろうカトレアさんに視線を向けて、言葉を待っていた。ここに関しては、ボクもシロナさんもわからないところだし、予想の仕様もない所なので純粋に気になる部分だ。なので、ボクもホップたちに倣ってカトレアさんに視線を向けるのだけど……

 

「……あまり期待しない方がいいわよ……?」

「?」

 

 言葉数は少ないながらも、いつもははっきりまっすぐ言葉を伝えてくるカトレアさんにしては珍しく歯切れの悪い言い方。とてもいい辛そうな表情を浮かべているカトレアさんからは、『本当にこの言葉で納得してくれるかどうか』という不安そうな感覚を受けた。あのカトレアさんがこんな表情を見せる理由となると、よっぽどのものだとは思うんだけど……これは余計に内容が気になる。そんな思いを抱いたのはボクだけではないみたいで、みんなの視線が再びカトレアさんに集中する。こんな状況では説明しないわけにもいかない。そう観念したカトレアさんは、ちょっとあきれたようなため息を零しながら説明を続けた。

 

「あの子たちが技をぶつけ合っている理由……それは……」

「それは……?」

 

 

 

 

「どっちが『より派手なことが出来るか』の勝負をしているためよ……」

 

 

 

 

「「「「「「「「「「……え?」」」」」」」」」」

「だから……どっちがより派手かの勝負をしているのよ……あの子たち……」

「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」

「その反応がわかっていたから言いたくなかったのよ……」

 

 ボクたちの反応が悪い意味で予想通りだったみたいで、大きなため息を零すカトレアさんは、本当に嫌そうな顔を浮かべていた。最初こそみんな、カトレアさんの言葉を冗談かなにかと捉えていたけど、この様子を見るととてもじゃないけど嘘を言っているようには見えない。そんな予感を無意識のうちに感じ取ったボクたちは、けどなんと言えばいいのか分からず、次の言葉が口から出なかった。

 

「まぁ一応……理由はあるみたい……それも説明するわ……」

 

 そんなボクたちの様子に、ある種の同情のようなものを感じ取ったカトレアさんは言葉を続けていく。どうやら彼らがなぜそんな意味のわからないことをしているのかという理由についても大方のものは把握しているみたいで、その点についていちから説明をしてくれた。その内容をまとめるとこうだ。

 

 ズガドーンとデンジュモク。この2人は、ウルトラホールを通ってここに迷い込んでいたみたいなんだけど、最初はここにはズガドーンしかいなかったらしい。右も左も分からないこの謎の場所に突然移動させられたズガドーンは、最初こそちょっとしたパニックになったものの、本人のひょうきんな性格もあってか、とりあえずいつも通り周りのポケモンや人を驚かせて、その時に溢れる生気を吸って、命を繋ごうとしていたみたい。そのために、この巣穴の中であの爆発を繰り返していたんだけど、その爆発がきっかけでもうひとつのウルトラホールが発生。もしかしたらここから帰れるのでは?と考え、近づいてみたところでデンジュモクが現れたんだとか。

 

 これがズガドーンとデンジュモクの出会いらしい。

 

 デンジュモクが通ったと同時にウルトラホールはまた閉じられ、帰ることが出来なくなった両者。初めて出会った相手とこの状況に、最初こそはどうすればいいのか分からず混乱していたみたいだけど、運良く相性が良かった両者は意気投合。なんとかコミュニケーションを取り始めた。しかし、ここでもうひとつの想定外が起きる。

 

 それは2人の身体に起きたダイマックス現象。

 

 本来なら驚いた時に溢れる生気と、多大な電気を養分として吸い取る彼らは、その代わりとして知らず知らずのうちにダイマックスエネルギーを吸収していたらしく、吸収したエネルギーが一定量に到達した瞬間にダイマックスが発現。ズガドーンとデンジュモクが同時にその身体を大きくさせてしまう事となってしまう。突如大きくなった自分の姿に当然戸惑った彼らは、慌てて思考を自分が元居た世界に帰ることにシフトした。その時に、ズガドーンが自分の攻撃がきっかけでデンジュモクが通ったウルトラホールが発現したことを説明。それを受け取ったデンジュモクが、1人で穴が開くのなら、2人で暴れればもっと穴が開きやすいのでは?という提案をし、そこからお互いの模擬戦がスタート。それを実現させるために、両者派手な攻撃こそすれどお互いにあてることなく打ち合う日々が送られることとなった。これが全ての始まり。

 

 しかし、お互いが技をぶつけ合っていく中で、だんだんと楽しくなり始めた両者が、目的を少しずつ忘れてしまい、最終的にお互いがいかに派手な攻撃を出すことが出来るかにすり替えられた結果が今のこの状況らしい。

 

「……だから、今の2人にはあたくしたちのことは眼中にない……今彼らは、『とにかく相手より派手であろう』という事しか考えていないわ……」

「なんだよその理由……わけわからないぞ……」

 

 ひと段落したカトレアさんの説明。それに何とか返せたのはホップだけで、その言葉すらもあっけにとられてかすれていた。

 

 まさかのボクたちが視界にない発言。

 

 さっきはズガドーン、デンジュモクの全力攻撃を耐えるのがきついという発言を残したけど、そもそもこちらを視界にとらえていないのはもっとめんどくさい状況になる。なぜなら、あの2人がこちらを見ていないということは、奇襲やふいうちといった概念が消え失せるため、あの攻撃の嵐を突き抜けるものを2人にあてないといけないからだ。となると当然じしんのような高火力技を使わないと止めることは不可能。しかし、そうなると今度は巣穴の崩壊が待っている。

 

「いっそこっちを見てくれたら、『ふいうち』なり『かげうち』なりで奇襲を仕掛けるんじゃが……」

「こっちを見ていない以上、そういった奇襲は全く意味を成しませんからね……」

「かといって、放っておけば巣穴の崩壊は進んじゃう……」

「いよいよどうするんだ!?」

 

 マスタードさんとコクランさんも唸る中、ユウリとジュンの悲壮感漂う声が響くが、誰もその言葉に答えられない。

 

「あの子たちは今、派手さで勝負している……なら、彼らよりも派手なことをすれば或いは……」

「でもでもォ、巣穴を傷つけずに派手なことってェ……?」

 

 あの2人を振り向かせるほど派手なこととなると、それこそ彼らよりも激しい攻撃が必要になって来る。そんなことをしてしまえば、間違いなく巣穴は崩壊だ。

 

(どうすれば……)

 

「成程成程……」

「え……?」

 

 そんな絶体絶命な状況において、危機感を持っていなさそうな声が響く。こんな時に響くその緊張感のない声は、ここにいる一部の人からいぶかしげな視線を向けられるものの、少なくともボクとシロナさんはその人と目が合った瞬間に、弾かれたように頭の中に作戦が思い浮かんだ。

 

「ようは、巣穴にダメージを与えることなく、2人の視線を奪えばいいのよね?」

 

 その声の主はヒカリ。

 

「そうだけど……すっごく難しかとよ?」

「何か良いアイデアとかあるのォ?」

「良いアイデアも何も……」

 

 自信満々なヒカリに対して、さらにいぶかしげな視線と言葉を贈るマリィとクララさん。しかし、そんななかでもヒカリの自信は全く揺らぐことなく……

 

「こと『魅せる』という分野において、今ここにいるメンバーの中でわたし以上の適任なんていないわよ。まぁ、ここはお姉さんにまっかせなさい!!」

 

 溢れんばかりの笑顔を浮かべながら、そう答えた。

 

「フリア、1つだけお願いしてもいい?」

「任せて!」

 

 そんなヒカリに応えるために、ボクもそっと、1つのボールを構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いまだぶつかり合うズガドーンとデンジュモク。激しい爆発と電撃の音が鳴り響く中、しかし、そんな場所を見ても全く臆することなく歩く1つの影があった。

 

「さぁ……行くわよ!!」

 

 それはボクの幼馴染が1人のヒカリ。

 

 彼女が気合の入った声をあげると同時に、6つのモンスターボールが宙に投げられる。そのボールたちは、薄い青色のカプセルのようなものに包まれており、その表面には氷の結晶のようなシールが沢山張られていた。

 

「みんな出ておいで!!」

 

 ヒカリの言葉と同時に現れたのは、エンペルト、マンムー、エテボース、トゲキッス、パチリス、ミミロップ。その全員が飛び出ると同時に、周りに氷の結晶をまき散らしながら現れた。

 

「まずはマンムー!『あられ』!!」

「ムー!!」

 

 飛び出てくると同時に行われるのはあられ。夏の季節に場違いな霰がしんしんと降りそそぎ、ポケモンたちが出たと同時に舞い散った雪の結晶と合わ去ることで幻想的な空間が出来上がる。

 

「次にエンペルト!!『うずしお』!!」

「ペルーッ!」

 

 そんな空間の中心にて、次に行われるのはエンペルトのうずしお。エンペルトを中心に広がっていくそれは時間が経つたびにどんどんその径を広げていき……

 

「『たきのぼり』!!」

「ペルッ!!」

 

 次の合図で宙に飛びあがってエンペルトを追うようにして、大きな水の柱がうずしおから伸びていく。その伸びはダイマックスしているズガドーンたちと同じ高さまで到達したところで停止し……

 

「マンムー!『れいとうビーム』!!」

 

 マンムーのれいとうビームによってすべてが凍り、氷柱となる。

 

 急に現れた氷柱に、ズガドーンとデンジュモクの視線が一瞬だけ動いた気がした。

 

「まだまだよ!!ミミロップ!『でんこうせっか』!エテボース!『みだれひっかき』!トゲキッス!『エアスラッシュ』!!」

 

 そんなズガドーンたちの反応を無視して行われるヒカリの行動。指示された3人のポケモンは、それぞれが指示をされた技を用いて氷柱を攻撃していく。しかしそれは適当に攻撃しているわけではなく、すばやく、しかし確かに繊細な作業で行われており、ほどなくして氷柱を攻撃した結果を視界に入れることとなる。

 

「うわぁ……」

「すっげぇ……」

「綺麗……」

 

 現れたのは氷のお城。あの大きな柱を削ることによって生まれたこの大きな氷城は、圧倒的な存在感と神秘的な輝きを放っていた。その姿に見惚れたユウリ、ホップ、マリィからは、感嘆の声があげられる。

 

「フリア!!」

「了解!!モスノウ!『オーロラベール』!!」

「フィィ!!」

 

 そんな時にかかるヒカリからの合図に頷きながらモスノウに指示を出す。すると、先ほど完成した氷の城を包みようにオーロラが展開され、元々神秘的だった城が更に神秘的になっていく。

 

 薄く緑色に輝くオーロラに包まれたそれは、まるでおとぎ話のようで……その城に向かって、ヒカリが1歩ずつ歩みを進めていき、オーロラの壁をすり抜けていく。すると、ヒカリの体が淡く輝き、その輝きがはじけた瞬間、ヒカリの服装がいつもの服から、薄い水色から藍色へと裾へ行くたびにグラデーションで変わっていくドレスへと着替えられていた。

 

 ヒカリがポケモンコンテストの時に着る服。そのなかでも特に勝負服として選んでいるものの1つ。それに早着替えをしていた。

 

「パチリス!トゲキッス!」

 

 綺麗なドレスに着替えたヒカリは、自身のそばへパチリスとトゲキッスを呼ぶ。呼ばれたパチリスはヒカリの肩に乗り、トゲキッスはヒカリの前で着地をし、ヒカリを待っていた。

 

「お願いね、トゲキッス」

「キィ!!」

 

 そんなトゲキッスの背中に乗ったヒカリは、トゲキッスの背中をひと撫で。それを合図に空に飛びあがったトゲキッスは、主を氷の柱の頂上へと連れていく。

 

「ありがと」

「キィ……」

 

 そのまま氷の城の頂上に辿り着いたヒカリは、トゲキッスをひと撫でしながら、お城の一番高いバルコニーへと足をつけた。その一コマは、まるで有名なおとぎ話のワンシーンで、見るものをすべて引き込んでしまう程幻想的で……気づけばあのズガドーンとデンジュモクさえも攻撃の手が止まりつつあった。

 

 しかし、ヒカリのステージはまだ終わらない。

 

「エテボース!トゲキッス!『スピードスター』!!」

「エポッ!」

「キィ!」

 

 ヒカリの指示に従って、今度は巣穴の天井近くにスピードスターが飛んでいき、天井にぶつかる寸前のところでピタリと止まる。と同時にボクへのアイコンタクトがヒカリから送られる。それに頷いたボクは、懐からもう1つボールを取り出し、相棒に一言小声で指示を出す。

 

 

「『くろいきり』」

「ノワ……」

 

 

 相棒から放たれるくろいきりは、氷城だけでなくこの巣穴内の空間全てを包み込み、ダイマックスエネルギーのおかげでほんのり赤く輝いていた灯さえも闇に閉じ込めた。

 

 真っ暗で静かな空間。音も視界もないそんな場所に、不安を感じたみんなが少しだけ動こうとする音が聞こえる。けど、そんな無の時間も、ヒカリの言葉で切り裂かれる。

 

「トゲキッス!『マジカルシャイン』!!パチリス!『スパーク』!!」

「キィ!!」

「パチッ!!」

 

 真っ暗だった空間から輝きがあふれ、上へと伸びていった2つの技は天井付近のスピードスターの群れに当たって弾ける。

 

「「「「うわぁ……っ!!」」」」

 

 同時に漏れ出すホップ、ユウリ、マリィ、クララさんの声。そしてカトレアさんたちも、声には出さないものの、上を見上げて見とれてしまう。

 

 みんなの上空に浮かぶのは星空。マジカルシャインの光を吸収したスピードスターたちは、それぞれが小さく、しかしはっきりと光を放ち、夜空に浮かぶ星たちのように天井から優しい光を下ろしていた。そして、その星々をつなぐように引かれるスパークの軌跡。その軌跡をたどれば、浮かび上がってくるのは星座。実際に見ることが出来る星座をしっかりと再現されたこれは、さながらプラネタリウムのようで……。

 

「さすがヒカリね……」

「はい……」

 

 その星から落ちてきた淡い灯に照らされる氷の城と、そこに立つヒカリはいつも以上に綺麗に見えてしまい、シロナさんの言葉に無意識のうちに頷いてしまう。

 

「ピュピュイ~!!」

「あ、ほしぐもちゃん!!」

 

 巣穴内にて完成された幻想的な景色。そんな中を、まるではしゃぐ子供のような声をあげながら駆け回るほしぐもちゃん。普通のポケモンなら空気感を壊しかねないその行動は、しかしほしぐもちゃんの見た目のおかげもあってか、夜空を駆け回る流れ星のようにも見え、より一層幻想度を増していた。

 

「ズガガ……」

「デンシュ……」

 

 もう、ズガドーンもデンジュモクも、この景色に目を奪われて動けない。

 

「ピュピュイ~ッ!!」

「ふふふ、楽しんでくれているかな?」

「ピュイ!!ピュピュイ!!」

 

 そんな中、一通り飛び回って遊びつくしたほしぐもちゃんが、この景色を作り出した人の元へと飛んでいき、ヒカリはそんなほしぐもちゃんをやさしく受け止める。本当に楽しんでいるという感情を全身で表すほしぐもちゃんに、ヒカリも優しそうな笑顔を浮かべてあげていた。

 

 その時だった。

 

「……おい!あれ!!」

 

 ジュンが指を差す先に、別の光があふれてきた。

 

「あれは……ウルトラホール……!」

 

 その光の正体を唯一知るカトレアさんから、決定的な一言が発せられる。

 

 ついに、目的を達成する瞬間がきた。

 

「さぁ、フィナーレ行くわよ!!ほしぐもちゃんも手伝って!!」

「ピュピュイ~!!」

 

 ヒカリの一声にのったほしぐもちゃんが、星空の真ん中へと飛びたって行く。

 

「トゲキッス!!『サイコキネシス』!!」

 

 そのほしぐもちゃんを見送ったと同時に、トゲキッスはサイコキネシスを発動。対象は空に輝く全ての星たち。その星たちを支配下に置いたトゲキッスは、ほしぐもちゃんを中心としたまま、ゆっくりと星々を回転させていく。その様はまるで星空をタイムラプスで撮影した時のように綺麗な光の軌跡が伸びていく。

 

「これが……グランドフェスティバル準優勝者……」

「ええ。素晴らしい演技です」

 

 おおよそテレビか写真でしか見ることの出来ないそれを、今まさに目の前で体験することに少なくない感動を覚えたカトレアさんとコクランさんの呟きも右から左へと流れてしまうほど、みんなしてこの光景に目を奪われる。しかし、そんな夢の時間も、惜しいけど終わりへと向かっていく。

 

「トゲキッス!!」

「キィッ!!」

 

 ヒカリの言葉を合図にゆっくり回っていた星座たちがその速度を上げて、徐々に中心にいるほしぐもちゃんの元へと集まっていく。否。星だけじゃなく、くろいきりもオーロラベールも巻き込んでいくサイコキネシスが、ほしぐもちゃんを中心にどんどん集まっていき、まるでほしぐもちゃんを核とした大きな星が誕生。

 

「行くわよ!!」

「ピュイ!!」

「キィ!!」

 

 そして、その大きな星は、自由にそして楽しそうに宙を飛びまわる。

 

 オーロラベールの綺麗な軌跡を残しながら飛び回るその姿は、銀河を泳ぐ彗星のようで。その彗星は色々なところを飛び回り、ボクたちに淡い光をこぼしていく。そして一通り飛び回った彗星は、みんなの頭上に飛び上がり……

 

「フィニ〜ッシュ!!」

「ピュピュ〜イ!!」

 

 ほしぐもちゃんの叫びとともに破裂。大きな音も衝撃もなく爆発したその彗星は、しかしズガドーンの爆発よりも、そしてデンジュモクの電撃よりも遥かに派手で綺麗に、何より優しく宙に花を咲かせた。

 

「ズガドーン!デンジュモク!どう?これが本当の『派手』よ!!」

「ズガガーン!!」

「デンショック!!」

「ピュピュイ!!ピュピュピュ〜イ!!」

 

 あまりにも綺麗で派手な演出に、ズガドーンもデンジュモクも大興奮。ほしぐもちゃんもよっぽど楽しかったのか、大はしゃぎをしながらとびまわる。そして……

 

「……さぁ、もうショーは終わり。そろそろ帰る時間よ」

 

 テンションがどんどん上がっていくほしぐもちゃんに共鳴するかのように、先程開いたウルトラホールがどんどん拡がっていく。いつの間にかダイマックスが切れてしまったデンジュモクとズガドーンが通るには十分な大きさだろう。

 

 漸く帰ることが出来る。

 

「ズガガーン!!」

「デンショック!!」

 

 そのことを理解した2人が、ヒカリに向かって手を振りながら、ゆっくりとウルトラホールへとその身体を滑り込ませていき、ズガドーンとデンジュモクの姿が完全に見えなくなったと同時に、ウルトラホールも閉じられる。

 

「……またのご来場。お待ちしております」

 

 今までの喧騒が嘘のように静かになった巣穴の中心で、スカートの裾をつまみながらおしとやかに一礼するヒカリと、彼女の周りに集まるポケモンたち。

 

 星の光で彩られた彼女たちに、ボクたちは無意識に拍手を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ズガドーン

相手を驚かせた時に生じる生気やエネルギーを吸って自分の力にします。ゴーストらしい特性ですよね。

デンジュモク

此方は電気を啜ってエネルギーに変換する子。いろいろなところを停電させてしまうくらいには大喰らい。

というわけで、この2人の攻略方法はまさかの『ポケモンコンテスト』でした。

実は当初の予定ではこの2人としっかり殴り合ってもらう予定だったのですが、アニポケ、サンムーンの78話でも一緒だったこの組み合わせは、ここでも派手さ対決をしていました。そこを思い出したときに、ヒカリさんと絡ませることが出来るのでは?ということでこの展開に。

ヒカリ

今回の主役。手持ちのメンバーは、気づいた方も多いかと思いますが、アニメをほぼなぞるような手持ちとなっています。衣装もアニメに出てきたものを意識してますので、分かり辛かったら検索してみてくださいませ。ちなみに、ジュンさんは実機準拠となってますよ。




アニポケの次のお話が何やら神作画の予感……楽しみですね。






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149話

「ふぅ……こんな派手な演技なんてなかなか出来なかったから楽しかった〜!!」

「お疲れ様ヒカリ。相変わらず凄いね〜」

「フリアこそ!完璧なサポートありがと〜!!」

 

 一礼を終え、拍手を浴び終えたヒカリは再びトゲキッスの背中に乗って氷の城から降りてくる。とても綺麗な氷だけど、今の季節は夏。あられもやんでしまった今、あの素敵な氷のお城は、残念だけどそう遠くないうちに溶けてなくなってしまうだろう。ちょっともったいないけど、後でこの巣穴にポケモンが帰って来ることを考えたら、むしろなくなってないと困るだろうから仕方がない。

 

 なんてことを考えているうちに、トゲキッスの背中から降り、気づけば目の前まで来ていたヒカリと言葉を交わしながらハイタッチ。互いを称えながら行われるやり取りに、昔シンオウ地方を旅していた時の風景をちょっと思い出しそっと微笑む。久しぶりにヒカリの演技を見たけど、やっぱり凄く綺麗で、成り行きとはいえこんな素敵なものをタダで見てしまっても良かったのかというちょっとした罪悪感さえも感じてしまうほど。……まぁ、これは身内特権ということにしておこう。

 

「お疲れ様。お見事だったわよ」

「完璧な演技……さすがグランドフェスティバル準優勝者……」

「惚れ惚れする演技でした」

「ありがとうございます!もっとも、今回に関してはわたしの得意分野ではなかったから、ちょっと心配だったんですけどね」

「得意分野じゃなかった……?それってどういう事なんだ?」

 

 ボクとハイタッチをした後は、シロナさん、カトレアさん、コクランさんと順番に声をかけてもらい、その3人にもしっかりと返答をするヒカリ。その際に含まれた言葉に疑問を持ったホップが質問を投げかけた。どうやらユウリとマリィ、そしてクララさんも同じ疑問を持ったみたいで、首を少しかしげていた。

 

「『ポケモンコンテスト』って、名前の通りポケモンの審査をするところなのよ。けど、今の演技って1番凄いのは星が輝いている所でしょ?でも、それだと1番人の目を集めているのは星を作ったポケモンたちじゃなくて、星そのもの……つまり、技なの」

「それのどこがまずかと?」

「ポケモンを審査する場所なのに、ポケモンよりも技が目立っちゃダメじゃない?」

「あ……」

 

 ヒカリの説明でようやく理解できたマリィから声が漏れる。ヒカリの言う通り、あの演技だとポケモンよりも技が目立っちゃうせいで、本来なら目を惹かれる素晴らしい演技なのに、別の理由で減点されちゃうんだよね。だから『得意分野ではなかった』という言い方をしたわけだ。

 

「最初はわたしもその事わかんなくてさ~。その節は、エテボースには悪いことしちゃったなぁって……」

「エポポ?」

 

 頭を撫でながら昔を思い出すヒカリと、その時のことをまったく気にしていないのか、なんで謝られながら頭を撫でられているのか理解していないエテボース。そんな2人の温度差に、思わず笑ってしまうボクたち。けど、あの時は確かにいろいろヒカリが悩んでいた時期でもあった。そういう意味では、ヒカリはボクたちよりもよっぽど前に挫折を味わったうえで、1人で立ち上がっているんだよね。……ジュンと言い本当に心の強い幼馴染だ。

 

「準優勝の裏にもォ、いろいろ壁があったのねェ」

「そんなの当り前よ。むしろ、目標への壁の大きさはあなたたちが一番理解しているんじゃない?」

「「「「確かに……」」」」

「……なんでみんな一斉にこっち見るの?」

「っはは!人気者だなフリア!!」

 

 ヒカリの一言によって一斉にこちらに向けられる視線の雨。その視線はどこか呆れと言うか、ちょっとした敵視というか、いささか棘が鋭いものとなっていた。

 

「そりゃ、今を時めく優勝候補様なんだもの。ダンデさんの前にまずはあなたでしょ?」

「確かに……?」

 

 とはいうものの、そういうみんなだってここ数日の特訓でかなりレベルアップしているはずだ。ボクだって油断をしていたら簡単に足元を掬われてしまう。みんなの壁というには、少し力不足な気がしなくもないけど……

 

「少なくとも、ユウリたちはそう思っていないんだから、しっかりしないと本当に足元掬われるわよ」

「……うん。気を付ける」

 

 ヒカリの言葉で思い出したけど、そのことはスパイクタウンの1件で心に誓ったはずだ。あの時のクララさんの言葉を思い出して、しっかりと心の緒を引き締め直そう。

 

「みんなお話はいいけど、そろそろ地上に戻るよん」

「巣穴がもう崩壊することはないけど、私たちがこれ以上ここにいたらポケモンたちが返ってこれないからね」

「それに今は深夜……流石に眠たいわ……」

「まずはシャワーなりお風呂なり入りなおしてからにしましょう。長時間歩いたり、土埃の多い洞窟を長いこと歩いているので、汗や汚れがひどいでしょう」

「当り前よ……流石にこのまま寝るわけないじゃない……」

 

 マスタードさんとシロナさんの言葉で今のボクたちの現状思い出し、慌てて帰る準備を行う。カトレアさんの言う通りあれから時間がかなり経っているから夜もかなり深くなっているし、ここにいたら人間を警戒しているポケモンたちが帰って来ることが出来ないからボクたちの退場は早々に行うべきだ。ただ、強いて気になることがあると言えば……

 

「巣穴、このままで大丈夫かな……」

「もうズガドーンとデンジュモクいないけど、それでもまだボロボロなのには変わらなかと」

 

 ユウリとマリィの言う通り、現状の巣穴のまま開け渡していいのかという事だろうか。家に帰ってこれたとしても、崩れるまで秒読みになってしまっているここを明け渡されても困るだけのような気はしてしまうけど……

 

「そこはウルガモスちんたちが決めることだよん。ここの巣穴を直すのもよし。この巣穴を捨てて新しい道を探すのもよし。生態系やわしちゃんたちがいる場所まで危ない可能性があったから今回はこうやって手を出したけど~、野生のポケモンのことに過干渉はよくないからねん」

「そんなものなのか……」

「自然を大事にするガラルだからこそ、なのかもねん」

 

 最低限の手助けやもしもの時の協力は惜しまないけど、野生は野生でちゃんとルールがある。そこに関わりすぎてしまえば、それはガラルの誇る素晴らしいところをつぶすこととなる。厳しいようだけど、だからこそ作られる環境もここには必要。マスタードさんはそういいたいのだろうか。ホップにはあまり深く刺さらなかったのか、はたまた刺さってはいるけど理解するにはまだ見てきたものが少なすぎるのか、曖昧な返事をすることしかできていなかった。

 

「ま、これから知っていけばいいよん。ささ、帰ろうかねん」

 

 難しい顔を浮かべながらウンウンうなっているホップに微笑みを零したマスタードさんは、ここに来るまでと同じように先頭に立って外へと向かっていく。行きよりも心なしか足の軽いその動きに慌ててついて行くボクたち。

 

「まァ、何はともあれ無事に解決してよかったわァ」

「それはほんとにそうと……」

「解決が平和的だったのもよかったぞ」

「これで今夜も安心して熟睡できるゥ……」

「なんか発言がちょっと危なか……」

「そうか?というか、俺たちの中で一起きるのが遅いクララには関係ない気が……」

 

 まずはホップたちがこの事件の解決に安堵しながらついて行き……

 

「なぁなぁ、さっきの演技……星と一緒に氷を降らしたり、でんきバチバチさせたりした方がもっと派手じゃなかったか?」

「何言ってるのよ。あれ以上は技が相殺し合って勢いが死んじゃうからもう足せないわよ。何でもかんでも足せると思ったら大間違いなんだから。最後の『サイコキネシス』での操作だってかなり繊細なのよ?」

「ただ技でまとめているだけじゃないのかよ?」

「真ん中にほしぐもちゃんいたんだからそれだけでうまくいくわけないでしょ。まったく、これだから何も知らない脳金は……」

「お前には言われたくねぇ!!」

「わたしたちの中で一番の脳金はどう考えてもあんたでしょ……」

 

 続いてヒカリとジュンがいつも通りのテンションで軽口を叩き合いながら歩いて行く。

 

「にしてもウルトラビースト……不思議な存在ね。あれだけの破壊力を備えているのも驚きだけど、何よりあの異形さ……本当にポケモンと言っていいものなのかしら?」

「とりあえず、今回のことはわたくしの方から国際警察の方に連絡しておきますね」

「ええ、お願いするわ……シロナも、このことに興味を持つのはいいけど……知っての通り国際警察が関わっているのだから……あまり変なことはしないでよ……?」

「するわけないじゃない。ただ純粋に興味を惹かれただけよ。一考古学者として、ね?」

「そう言えばあなたそんな職業だったわね……」

「これでも、その方面でもかなり名をあげている方だと思うのだけど?」

「変わりませんねぇ……」

 

 その後ろではシロナさんとカトレアさんが砕けた口調で話し合い、コクランさんが苦笑いを浮かべながらついて行くという、これまたちょっと暢気な空気感を漂わせている集団がついて行っていた。

 

「んぅ~……ボクも返ってシャワーを浴びて、のんびりしたいなぁ」

 

 そんなみんなを見てボクの中の緊張感もなくなり、完全なOFFモードへと切り替わる。夜も深いことだし、そうなって来ると先ほどまで緊張によって遠くに飛ばされていた眠気も一気に押し寄せてきた気がする。さっきのクララさんじゃないけど、本当に今夜は熟睡できそうだ。

 

「……て、あれ?ユウリ?」

 

 と、そこまで考えて、改めて先を歩いているメンバーに視線を向けていると1人足りないことに気が付く。前を向いてもその人がいないので、後ろを振り返っていると未だに足を止めて広場を見つめているユウリの姿。

 

「どうしたの?何かあった?」

「え!?あ、ううん、何でもないよ!!さ、帰ろ?」

「う、うん……」

 

 その姿が妙に気になって声をかけてみると、なんだか少し焦っているような空気を出しながら前に走っていく。それが心に引っかかってしまったけど……

 

「う~ん……ま、いっか」

 

 ボクに何も言わないということはたいしたことではないか、もしくはボクや他の人に聞かれたくない内容ってことなのだろう。あまり関わりすぎるのもよくない。そう思い改めて帰路につくボク。

 

「ウルトラビースト……まだいるのかな……」

 

 今日起きたあの出来事に、少しだけ後ろ髪を惹かれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 ダイマックス巣穴から帰ってきた私たちはマスタードさんからのお礼を受けた後に解散という形をとって、各々が自由な時間を取っていた。ある人はお風呂に向かい、ある人はさっきの出来事で空いてしまったお腹を満たすために食堂へ向かい、またある人は疲れからベッドに飛び込んで熟睡をしている。みんながそんなひと時の休息を楽しんでいる中私は何をしているかというと、再び外に出てちょっと夜風に当たっていた。

 

 本当なら明日に備えて、私もみんなとおなじ様に体を休めるのが良いんだろうけど、どうにもそういう気分になれなかった。

 

「はぁ……本当に壁は大きいなぁ……」

 

 思い出されるのヒカリさんの言った壁。次の大会前にぶつかり合う事となるみんなの姿。私とみんなが闘う姿を何度も何度も頭の中でシミュレーションをするのだけど、どうにももやもやして上手くいく気配がしてこない。

 

 特訓はしているし、その成長はしっかりと感じることはできている。昨日の自分より今日の自分の方が絶対に強いし、今日の自分よりも明日の自分の方が絶対に強いと言い切れる。けど、それでも勝てるビジョンがなかなか固まらなくて……その理由は明白だった。

 

「あのバトル……凄かったもんなぁ……」

 

 私の頭の中で再生されるのはジュンとフリアのバトル。エンペルトのパワーとゴウカザルの技術がぶつかりあったあのバトルはとても面白く、そしてハイレベルなものだった。今の私が闘ったら間違いなく負ける。圧倒的な実力差の前にその事を嫌でも思い知らされてしまう程だ。それに……

 

「ヒカリも絶対に強いよね……」

 

 さっきダイマックス巣穴で視させてもらったヒカリの大立ち回り。一見ポケモンコンテストに振り切った見た目重視のそれに見えるけど、あの氷のお城を一瞬で作り上げるには、それだけ大きな水と氷の力が必要となる。最後のサイコキネシスだって、相当な出力とコントロール力がないとあんなことなんてできないはずだ。

 

 フリアと同じで私たちよりも前から旅を続けているのだから当然と言えば当然かもしれない。けどそれは、次のトーナメントにおいて負けていい理由にはならない。勿論ヒカリとジュンとはトーナメントでぶつかることはないからいいのだけど、肝心のフリアが参戦しているうえ、その2人よりも明らかに強いのだから手に負えない。

 

(ジュンにはパワーで押し切られそうだしヒカリにはテクニックで抑え込まれそう……フリアはその両方を兼ね備えてて……)

 

 こうして考えてみるとフリアの弱点が思いつかなくて、フリアの心を折ったとされるシンオウチャンピオンが本当に意味が分からなくなってきた。上には上がいるとは聞くが、本当に上が果てしない。

 

(うぅ、ヒカリはフリアと目を合わせるだけで完璧なやり取りしててうらやましいし……って、これはいま関係なくて!!)

 

 ちょっと思考が脱線したけど首を振ってすぐに修正。とにかく、今私が抱えている悩みはこの先どうすれば自信をもって戦えるかだ。もしかしたら本当は私とフリアたちとの差はあまりないのかもしれないけど、現状私自身がそのことに対して前向きにとらえることが出来ていないから、このままだと気持ちで負けてしまう。

 

「とはいっても、気持ちの問題だもんなぁ……」

 

 こればかりは練習や特訓でどうにかなるものではなく、完全に私の心持次第だ。相談や練習でちょっとくらいは楽になるかもしれないけど、最終的には自分でちゃんとけじめをつけて乗り越える必要がある。

 

「自信を持つ方法……どうすれば……ん?」

 

 自分がここから成長するためにはどうすればいいのか。それを改めて検討していると、何やらどこからか戦闘音が聞こえてくる。それも、かえんほうしゃや10まんボルトと言った特殊技の音じゃなくて、何かを殴るような打撃音だ。

 

「こんな時間に特訓……?ってそんなことないか。野生のポケモン同士のいざこざかな?……でも、この近くって野生のポケモンいたっけ?」

 

 時間をスマホロトムで確認してみればもうとっくに日付はまたいでしまっている。外に出ている門下生なんて当然いないので野生のポケモンのいざこざかなと考えたけど、この道場周辺に野生のポケモンが来ることはあまりなく、またここまで大きな打撃音をならせるポケモンもいなかったと記憶している。一礼野原にいるポケモンの中でこれくらいの音を出せそうなのはキングラーくらい……かな?それもいる場所は砂浜近くなのでここから遠い。となるとこの音の正体がますますわからなくなる。

 

「ちょっと見てこようかな……」

 

 知的好奇心の刺激に従って音のほうに歩いて行く。音の発生場所は道場横手の林の中で、清涼湿原まではいかない場所だ。

 

 暗い木々の中を音を頼りに歩くこと数分。音の発生源はそんなに遠くなかったらしく、ほどなくしてその正体を確認することが出来た。

 

「あの子は……」

 

 その正体は2人のポケモン。片方はラランテス。普段は陽の光にあたるところで活動する彼女が、こんな夜に動いているのが凄く珍しくてちょっと驚いてしまうが、それ以上に気になるのはそのラランテスの対戦相手だった。初めて見るようで、どこかで見たこともあるようなそのポケモンに向かって、無意識のうちにスマホロトムを掲げていた私は、スマホロトムからの声に耳を傾けながら記憶を探っていく。

 

 ダクマ けんぽうポケモン かくとうタイプ

 

 頭の白く長い体毛を引っぱると気合が高まり

 丹田からパワーが湧きあがる。

 

「ダクマ……そういえばお兄ちゃんが持っていたポケモンがそうだったような……?」

 

 スマホロトムによってそのポケモンが『ダクマ』というポケモンであると知った私は、その名前を聞いたと同時に前回のジムチャレンジに挑戦したお兄ちゃんの手持ちのメンバーを思い出した。テレビの中で見たお兄ちゃんの手持ちのポケモン。その中の1人がこのダクマだった気がする。正確には、この子が進化した姿だけど……

 

「お兄ちゃん、あのポケモンはここで貰ったんだ……」

 

 ダクマを見たことはあるものの、ガラル本島にいないため、どうやって捕まえたのがわからなかったけど、長年の謎を解消した私は少しだけすっきりした感覚を覚えながら改めてダクマの方に視線を向ける。

 

「クマッ!」

「ララァ!」

「あっ……」

 

 ぶつかり合うラランテスのリーフブレードとダクマのつばめがえし。先ほど私が聞いた音と同じ打撃音を響かせるその鍔迫り合いは、ダクマが吹き飛ばされる形となって収まっていく。もんどりうったダクマは木に叩きつけられてその身体を地面に落としてしまうけど、それでもすぐさま起き上がり、再びラランテスへととびかかっていった。

 

 決して諦めることなく突き進んでいくダクマ。しかし、身体の大きさからして全く違う両者。当然大きい方が有利なこの勝負は、その前提を覆すことなく進んで行き、近くの木に背中を打ち付けるような形で再びダクマが吹き飛ばされてしまう。

 

「ク……クマッ!!」

「……」

 

 既に何回も同じ展開になっているらしいこのバトルは、ダクマの身体に刻まれている傷の数がその繰り返しの数を物語っている。2桁を超えるその傷の数を見た私は思わず息をのんでしまった。

 

「あんなになるまで……」

 

 鍔迫り合いに負けるたびに傷がつくわけではないはず。そのことを考慮すれば、今ダクマに刻まれている傷の数よりもはるかに多い数吹き飛ばされているはずだ。下手をすればもうちょっとで3桁に到達する可能性だってある。それだけの回数負け続けて、それでもなおダクマの目は死ぬことなくラランテスをにらみ続けていた。

 

「どうして?」

 

 もし私がダクマの立場なら、そんな回数挑んで全部負けているのだとしたらとっくに諦めてしまっている。今だって何度も突撃しているダクマだけど、何回ぶつかっても勝てる兆しなんて一切見えていない。なのに、それでも真っすぐラランテスを見つめるダクマの表情は何1つ変わることなく、いまだにその闘志が消えることはなかった。

 

「クマ……ッ!」

 

 ボロボロな身体をそれでも何とか持ち上げるダクマは、目をたぎらせながら頭の鉢巻きのような部分をぎゅっと引き締める。すると、ダクマの下腹部からオレンジ色のエネルギーがあふれ出し、ダクマの身体を包み込んだ。

 

「クマッ!!」

 

 全身を駆け巡るオレンジの光は徐々にダクマの右手に集束していき、物凄いエネルギーを生み出していた。

 

「あれって、『きしかいせい』……だよね?」

 

 ホップのバイウールーも覚えているその技は、自身の体力が低ければ低いほど威力の上がる一発逆転の技。最後まであきらめなかったものにのみ許される、最後の一手。

 

 腰を下ろし、腰に拳を添えて、正拳突きの格好をしながらゆっくりと目を閉じるダクマ。

 

 深呼吸を1つ落とし、目を見開くと同時に一気に前に駆けだしていく。対するラランテスは、いい加減何度も立ち上がるダクマにうんざりとしたのか、この一撃で完膚なきまでに仕留めるというつもりで、こちらも両手に緑色のエネルギーをため込み始める。

 

「こっちは『ソーラーブレード』……」

 

 本来なら陽の光りを元として繰り出すはずのその技は、夜なため太陽こそ出ていないものの、雲1つのなく晴れ渡った夜空は私が予想しているよりも早くソーラーブレードのチャージを完了させる。

 

「ララァ!!」

 

 そしてそれを思い切り上から下に振り下ろすラランテス。大地そのものを断ち切らんと振り下ろされるその攻撃に対して、ダクマは真正面から拳を叩きつける。

 

「クッ……マァッ!!」

 

 ギリギリと激しい音を鳴らせながら続く鍔迫り合い。しかし、先ほどまでの結果を見ていた私としては、今回もダクマが押されると思っている。その証拠に、攻撃の傾きもだんだんとダクマの方に向かっていた。だけど……

 

「……クッ……マァ~~~~ッ!!」

 

 ダクマは一切諦めない。

 

 さらに声を張り上げたダクマは、オレンジの光を更に発光。全身を再び輝かせたダクマは、押されていた分を押し返し、そこから更に押し込め始める。

 

「……凄い」

 

 今まで全く歯が立たなかったのにここにきて一気に出力を上げていくダクマ。叫び声に呼応するように輝きを増す拳は、徐々に刃を押し返し、ついにソーラーブレードを砕ききる。

 

「ララッ!?」

「クマッ!!」

「……いけ!」

 

 全力で懐まで潜り込んだダクマの渾身の一撃がラランテスに突き刺さり、まるで今までのお返しだと言わんばかりの勢いでラランテスを吹き飛ばしていく。そのまま何本かの木をなぎ倒してようやく止まったラランテスは戦闘不能へ。思わず応援してしまう程激しい攻防の結末は、負けると思っていたダクマが勝つという結果に終わった。

 

 それと同時に、スマホロトムから声が聞こえる。

 

 戦いに負けると発奮して、より熱心に鍛錬に取り組む。

 

「負けると……より……」

 

 負ければ負けるほど強くなる。その姿を見て、ようやくダクマのことが分かった。

 

「そっか……そもそも負けることを恐れてないんだ……」

 

 負けることなんて100も承知。そのうえで挑みつづけ、そして成長していく。そうすれば、いつか相手を越えられるから。

 

「クマ……クマッ!?」

 

 闘いが終わり、一息ついていたダクマは、今度は私の存在に気づいてすぐに戦闘態勢に入る。

 

「ま、まって!私は……」

 

 何か誤解しているダクマをなだめようとして、言葉が止まる私。

 

 このダクマはきっと私のこともラランテスと同じような目で見ている。ボロボロの身体で戦えば当然負ける。けど、それで少しでも自分が成長できるのなら負けなど厭わない。そんな気迫が伝わって来る。その気迫受けて、ようやくわかった。

 

「私は……負けにおびえているんだ……」

 

 今までと違って負けたら終わりのトーナメント。そこに名を連ねる一番の壁。負けるのが怖いのは当然だ。けど……

 

「うん、今絶対に越えないといけないわけじゃない」

 

 勿論最初から負けを受け入れるわけじゃない。けど、例えここで負けても最後じゃない。負けを恐れて、手が縮こまる方が絶対もっと後悔する。

 

 負けてもいい。けど、勝ちをあきらめるわけじゃない。そんな矛盾した気持ちを持つのは、おそらくすごく難しいことだ。けど……

 

「ダクマ……あなたを見て、何となくその考えがわかってきた気がする。そして……あなたと戦えば、もっとわかる気がする……だから……!!」

 

 懐から取り出す1つのモンスターボール。そこからはタイレーツが飛び出してく。

 

「ダクマ!!私と勝負して!」

「ヘイ!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 私とタイレーツによる気合を込めた言葉。

 

「……クマッ!!」

 

 そんな私たちの行動に驚いたのか、少し表情を変えたダクマは、しかし再びすぐに戦闘態勢を整える。

 

「さあ、勝負!!」

「クマッ!!」

 

 深夜の林にて、誰の目にも入らない場所で、私とダクマによるちょっと変わった特訓が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダクマ

鎧の孤島と言えば忘れてはいけないのがこの子。話の通り、ユウリさんの兄であるマサルさんは所持しています。ユウリさんがこのあたりの情報についてあやふやなのは、
マサルさんが暫くヨロイ島に滞在していたからですね。ジムチャレンジ参加前に、集中的に特訓していたみたいですよ。また、ダクマのあの頭の白い部分は、絞めると丹田から力があふれ出すそうです。丹田は道教の用語みたいですね。




みなさんアニポケは観ましたか?作者は涙を流しながら見ました。本当に凄かった……ここまで追いかけてよかったなぁと心から思いました。






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150話

いよいよ明日発売……

あと、今回はあとがきの最後にてちょっとお知らせがございます。


「ユウリ〜、朝だよ〜。もうご飯できてるよ〜」

 

 ズガドーンとデンジュモクという2人のウルトラビーストの問題を解決した次の日。疲れた体を癒すため、お風呂に入り直した後に早々に就寝したボクは、昨日の疲れはすっかりと抜けており、気持ちの良い朝を迎えることが出来た。そんなこともあり、朝からそこそこ体が軽くなっていたボクは前と同じようにキッチンに向かい、いつも通り早起きして朝ごはんの準備をしてくれていたヒカリとミツバさんと合流。そのまま朝食の準備をしながら、軽い雑談をしていた。激動だった昨日と比べてこういういつも通りのまったりした時間を過ごすことによって、問題が解決したんだと改めて実感したボクは、この日常をのんびりと楽しんでいたし、ヒカリもどこかやりきった感というか、ちょっとした満足感を漂わせながら朝食作りに励んでいた。そんなこともあってか、わりと順調に朝食作りが進んでいき、いつもよりもちょっと早く、そしてより美味しそうにできた朝食は、とてもいい匂いを道場内に運んでいき、お腹を空かせた門下生たちがその匂いにつられて起き始めてくる。

 

 程なくして人が少なかった食堂に活気があふれ初め、最初こそ昨日の爆音について不安げな表情を浮かべ、そのことについて話し合いながら集合していたものの、美味しいご飯を目の前にそんなことはすぐに忘れ去り、いつものメンバーも顔を見せ始めたころにはすっかりいつもと同じ風景が広がっていた。

 

 この時間が終われば、またいつも通りの厳しい特訓の時間が帰って来る。そうなれば、昨日のことなんてもうみんなの記憶からは消えていくことになるだろう。国際警察がらみということでカトレアさんとコクランさんからも箝口令が敷かれているため、できればあまりこのことについて口にしたくないボクたちにとってはとてもありがたい状況だったりする。嘘をつけないわけじゃないけど、あまり嘘をつき続けるのもちょっと心苦しいしね。特に、ホップやジュンなんかは嘘がへたくそだから別の意味でも心配が大きかったり。そのあたりを気にしなくてもいいことから、ボクとヒカリ、そしてクララさんとマリィとそろってほっとしたのは2人には内緒のことだったり。

 

 さて、ここまで話したことでもうわかったと思うけど、ここにきてひとつ気になることが生まれた。それは、もうみんなが朝食を食べ終わりそうなタイミングになってもユウリが食堂に顔を出さないことだ。

 

 食べることが大好き且つ、ボクたちの中でも割と時間に対してはしっかりとした対応をするユウリにしてはこれは珍しく、みんなして心配してしまうほど。特に、昨日あれだけのことが起きたので、もしかしたらボクたちが知らないだけで何かあったのではないかと思い、みんなを代表してボクが起こしに行き、冒頭に戻る。というわけだ。

 

「ユウリ~。大丈夫~?」

 

 コン、コン、コン、コン。

 

 礼儀正しく4回ノックをしながら声掛けを試みるも、やっぱり反応はゼロ。女性の部屋だし、勝手に入るのはものすごく気が引けるんだけど、昨日が昨日だったので流石にこのまま放置もできず、シロナさんやマリィと言った女性陣にお願いしようにも、どうにも今回の件についてはみんなボクを行かせたいらしく、全然取り合ってくれない。

 

「ユウリ~。入るよ~?」

 

 そのため、ものすっごく気乗りはしないんだけど、今回は仕方なくお邪魔させてもらう。ノックも念入りにしたし、声掛けもしたのに声が返ってきていないということはおそらく着替え中というわけではないはずだ。と考えると、例え事故みたいなことが起きたとしても最悪のケースである可能性は低いと言っていい。

 

 ほんの少し緊張でしっとりとしてしまっている掌のことを考えないようにしてゆっくりとドアを開けるボク。

 

「お、お邪魔しま~す……」

 

 ノック等で反応がないことは確認したけど、それでもやっぱり湧いてくるちょっとした不安から思わず小声になりながら中を見渡したボクは、部屋の構造が自分の使わせてもらっている部屋と同じであることを確認しながら体をゆっくりと部屋の中に滑り込ませている。

 

(なぜだろう、物凄く悪いことをしている気がする……)

 

 心の中に芽吹く謎の罪悪感に若干の戸惑いを感じながら部屋の中に入ったボクは、後ろ手にドアを閉めユウリの姿を確認する。

 

「やっぱり、昨日の疲れがたたっていたのかな……?」

 

 そこにはベッドから少しだけでも身体を起こそうともがいていたユウリの姿。本当に眠そうな身体を、それでも朝だからということで頑張って起こそうとするユウリを見ていると、不思議と鼓動は落ち着き、なんだか庇護欲を掻き立てられるような感覚に陥る。

 

「なんか……こんなユウリを見るのはちょっと新鮮……ユウリ、大丈夫?」

 

 そんなユウリに声をかけながらベッドに近づき、顔の高さを合わせるようにしゃがみ込む。

 

「ぅん……ふり、あ……?」

「そうだよ~。フリアさんですよ~」

 

 なんだかシュートシティの宿で行われたやり取りをやり返しているみたいで少し楽しい。そんな思いからついつい伸びてしまったボクの右手が、ユウリの頭の上にぽふっと乗せられる。そのまま軽く左右に手を動かせば、寝ぼけ眼を少ししんどそうに擦っていたユウリの目が、細く気持ちよさそうなものへと変わっていた。

 

「ふりあだ〜。えへへ〜」

「……うん」

 

(……あれ!?なんかいつもと様子違うくない!?ふわふわしてない!?)

 

 頭に手を乗せてしまったのでちょっとは小言を言われちゃうかなぁなんて思っていたんだけど、帰ってきたのは物凄く幼く純粋な反応だった。いつものユウリとどこか違うその反応は、ボクの思考を鈍らせていき、思わず動きを止めてしまう。その際、ユウリに乗せていた右手の動きも止まっていたみたいで、そこを感じ取ったユウリが少しだけ顔を不満に歪ませる。

 

「むぅ……もっと〜……」

 

 今度こそ怒られるかもとちょっとだけ身構えたものの、ユウリがとった行動はボクの右手を取って無理やり左右に動かすというもの。どうやらまだ撫でられたりないみたい。そのおねだりに無意識のうちに従ってしまったボクは手の動きを再開。程なくしてユウリはボクの手に添えられていた自分の手を降ろし、その手を今度はボクの身体に向けられる。

 

「えへへ〜……ふりあ、おはよぅ〜……」

「お、おはよう……ってユウリ!?」

「んぅ……すぅ……」

 

 今度は一体何をされるのか。落ち着いていたはずの鼓動がまた早くなるのを感じながら、しかし手を止めてしまうとまた不満を言われそうな気がしたので、手の動きは止めずにユウリの動きに気をつけていると、ユウリの腕がボクの背中に回されてしまい身動きが取れなくなってしまう。さらにその状態でボクにもたれかかって、そのうえで二度寝に入ってしまった。

 

「……ん!?」

 

(ちょ、ちょっと!?これどうすればいいの!?)

 

 寝ているというのに……いや、寝ているからこそしっかりとボクの背中に回されている腕は、とてもじゃないけど簡単には外せそうになく、むしろここで無理やり外してしまえばユウリが腕を痛めるのではないかという気持ちになってしまう程。それに右手はともかくとして、左腕の方は身体と一緒に抱き留められているため下手に動かすことが出来ない。

 

 ……それ以上に、この状況になぜかどんどん速くなる鼓動と、体の芯から仄かに湧き上がってくる温かさのせいで力が入らないというのが一番の原因なんだけど……。

 

「ユ、ユウリ~!起きて~!!」

 

 結果ボクが出来ることと言えば、こうやって小声で叫ぶという謎に器用なことだけ。ユウリを傷つけたくはないし、できればこの気持ちよさそうな顔をしている彼女を起こしたくはないんだけど、同時に速く起こしてあげないと、朝食を一番美味しくいただける作り立ての状態が提供できないという2つの想いの板挟みの証みたいなその中途半端な対抗策は、どうやらユウリを起こしたいという気持ちに軍配が上がったらしく、二度寝をしてしまったユウリの瞼が再びゆっくりと開かれる。

 

「ぅん……ふぁ……」

「お、起きた……?」

 

 小さくあくびをしながら、少し腕の拘束を緩めるユウリは、まだ半分ぐらい夢見心地でありながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「んぅ……幸せな夢……見たなぁ……」

「夢……?」

「ぅん……」

 

 まだ完全な覚醒ではないため言葉はたどたどしいし、目の焦点もあっているようには見えない。けど、ちょっとずつ、確かに瞼は持ち上がっているため、そう遠くないうちにちゃんと覚醒してくれるだろう。

 

「……あのね?……なんだかね?ねむくて、ねむくて、しかたのないわたしをね?フリアがぎゅ~ってしてくれるをゆめをね……?」

「…………うん」

 

 しかしなぜだろうか。このままユウリが起きたら絶対ダメなことになりそうな気がして、ボクの心がいろいろな意味でざわめき始めた。しかし、そんな状態でも抱きしめられているボクにできることはなく、そして覚醒を始めているユウリを止めるすべもない。ボクはこの変な空間において、ただひたすらに待つことしかできない。

 

「みたんだぁ……ぽかぽかしてて、あたたかくて……幸せだったん……だ……よ?」

「そ、そっか……それは、よかった……ね?あ、あと……改めて……おはよ……?」

「お……おはよ……?」

 

 そしてついに、その時がやてくる。

 

 自身が先ほどまで見ていた夢についてゆっくりと、そして曖昧なまま喋っていたユウリの目が完全に開かれ、意識も覚醒しきり、同時に今の自分の状態を確認する。

 

「…………」

「…………」

 

 さっきまで夢だと思って話していた状況が、今まさに目の前に起きているということに思わず動きを止めてしまうユウリと、そんなユウリを前にして動くことが出来ないボク。そのまま制止した時間が続いていったけど、その時間を打ち破ったのはユウリ。ユウリはボクの目を見た後、ゆっくりと顔を伏せ、そのまま額をボクの胸へと押し付けながら小声でつぶやく。その内容は……

 

「し、幸せな夢だったな~……」

 

 完全な現実逃避だった。

 

「え、えと……ごめん……ね?」

「ううん……大丈夫……フリアは悪くないから……」

 

 若干声を震わせながらそういうユウリ。表情は見えないけど、ちらりと見える耳は真っ赤に染まっており、それだけで彼女が物凄く恥ずかしがっているんだなというのが嫌でも伝わって来る。

 

(……ユウリだけじゃなくて、ボクも恥ずかしいんだけどなぁ)

 

 ユウリが顔を真っ赤にしているのと同じように、多分ボクも真っ赤になっていることだろう。正直ボクも恥ずかしさから動くことを放棄したいけど、このまま2人で抱き合っているのはもっとまずい。こんなところを誰かにでも見られたりしたら……

 

「ちょっとフリア~!早く降りてこないとユウリの分冷めちゃう……」

「「あ……」」

「あ……」

 

 なんてことを考えているときに聞こえるのは、さっきボクが入ってきた扉が開かれる音。そして、その音の後に聞こえてきたのはヒカリの声だ。

 

 さて、では改めて今のボクの状況を確認してみよう。

 

 顔を真っ赤にさせながら抱き合うボクとユウリ。それも、ユウリに至っては涙目だ。これは先ほどまでの自分の行動故の恥ずかしさから起きた結果なんだけど、それを知っているのはボクとユウリだけ。今入ってきたばかりのヒカリには全く知らないもの……そうなれば当然彼女の反応なんて1つしかないわけで。

 

「ま、まさかそこまで……お、お邪魔しました……」

 

 そっと謝りを入れながら扉を閉める。多分、ボクがヒカリの立場でもそうするだろう。しかし、ヒカリの性格上、絶対にボクとは違う行動を1つすることも想像できる。

 

『みんな~!!フリアがついにやったよ~!!』

 

 

「「誤解!!誤解だから~!!!!!」」

 

 

 扉越しに聞こえるのはヒカリのとんでもない叫び声。

 

 人をからかうことに全力をかける彼女にとって、これは絶好のえさでしかない。ゼッタイ止めなければ!!

 

「っていうか『やった』って何!?何のこと!?」

「あうあう……」

 

 問題を乗り越えた次の日の道場の朝は、こうやって騒がしく始まっていった。

 

「……クマぁ」

 

 そんな騒々しい一幕に、文句を告げるポケモンの声はかき消されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ、青春だね~」

「「ううぅ………」」

「あっはははは!……いやぁ、あのフリアがねぇ~」

「ヒ、ヒカリ……だからあれは誤解だって……」

「なぁ、何かあったのか?」

「わっかんねぇ。誰も教えてくれなくてよ~……全く、なんだってんだよ~……」

 

 あの騒々しい一幕から時間を空け、ユウリのお着替えと朝食が終わったところで改めて集合したボクたち。その間も終始ヒカリにいじられ続け、その言葉を聞きながら顔を赤くするユウリという状態がずっと続いていた。気づけばマスタードさんまで悪乗りしてしまい、もはや新手のいじめでは?と思ってしまう程のからかいになっていた。ただ、そんな2人の口撃を止めるものは誰もおらず、いつものメンバーに至ってはむしろ、ホップとジュン以外は暖かい視線を向ける始末。どうしてこうなった……

 

「違うもん……疲れてただけだもん……あれは夢だもん……」

「ふふふ……ごめんごめん。もう言わないから……ふふっ」

「だったら笑いこらえてよ~!!」

 

 ポカポカとヒカリを叩きながら抗議するユウリと、その様子を更に微笑ましそうに見つめるみんな。いい加減かわいそうだと思うんだけど、ボクも当事者なので手を貸すことはできない。

 

「で、フリアはどうだったと?」

「……何が?」

「ユウリのこと、ぎゅってしてあげたんでしょ?」

「……知らないもん」

 

 なぜならこうやってマリィに問い詰められているから。

 

(絶対に答えるもんか!……でも、暖かくて、柔らかかったなぁ……)

 

「成程成程、暖かくて柔らかかったと……」

「なんでわか……あ、いや!ちがっ!?」

「ふ~ん……?」

 

 もしかしたら表情に出ていたかもなんて思い、顔を抑えながら反応を返すものの、マリィのちょっとにやりとした表情を見てカマかけだと気づいたボクは慌ててごまかすための言葉を探す。しかし、出てくる言葉はどれもあたふたしたもので、形を保っていない。

 

「よかったとね?」

「よくないよぅ……」

「本音は?」

「……なぜかちょっとドキドキした」

「……こういう時のフリアって、反応が乙女と」

「う、うるさい!」

 

 これ見よがしにいじって来るマリィを少し睨んだあとそっぽを向く。これ以上は恥ずかしいから本当に勘弁してほしい……。

 

「はいはい。楽しい話で盛り上がるのは分かるけど、そろそろ切り替えるわよ」

「「はぁ~い」」

「「ううぅ……」」

 

 そんなボクとユウリの願いが通じたのか、シロナさんの手を叩く音でようやくいじりをやめてくれたヒカリとマリィ。どうせならもっと早く止めて欲しかった気がするけど、助けてくれたのは事実なので文句は言わないようにしよう。

 

 恥ずかしさからあらぶっている鼓動と心を落ち着けるために深呼吸。

 

 すぅ~、はぁ~。すぅ~はぁ~。……よし、もう大丈夫だ。

 

 深呼吸をして落ち着いたボクとユウリを確認したシロナさんは、そっと頷いて本題に入る。

 

「じゃあ早速昨日のことについてと、今日の特訓についてなんだけど……」

 

 シロナさんが言葉を喋ると同時に段々とふわふわしたものがなくなっていき、意識が引き締まっていく。それはみんなも同じみたいで、気づけばいつも特訓前の集中を始めるあの状態へとメンタルがシフトしていく。そんなちょっとした緊張感を持ちながらシロナさんから告げられた言葉を大まかにまとめるとこんな感じだ。

 

 まずは昨日のことについて。昨晩も言った通りボクたちには箝口令が敷かれることとなる。これに関しては正直予想通りというか、昨日からわかっていたことなので特に気にならないし、大事なことに関してはここにいるメンツは口が堅い……いや、1部不安な人はいるけど……それでも、まだ大丈夫だと思うので、ひとまずは大丈夫だろう。重要なのはもうひとつの方で、どうやら今回に件について詳しく聞きたいらしく、国際警察の方から人がこちらに来るのだとか。ウルトラビーストを担当している人が現在アローラ地方におり、距離が距離なため今日明日すぐにくるという訳では無いみたいだけど、それでもそんな人たちに質問されるとなると緊張する。一応シロナさんとカトレアさん、マスタードさんが対応するため、ボクたちには関係ない可能性があるけど、もしかしたら質問が来るかもしれないから頭には入れて欲しいとの事。少し怖いけど、その時はちゃんと協力しよう。

 

 そしてもうひとつは今日の特訓について。ヨロイ島での特訓もそこそこ長い日にちになってきた。本戦トーナメントこそまだ期間があれど、それでもジムチャレンジ突破時のような『まだ期間がある』と余裕を持つような時間は残されていない。ここからみんな少しずつ仕上げへと移行していくだろう。その説明を受けた。これに関しては各々が自分で考えることなので、後で考える。

 

 と、シロナさんからの説明はこんなところだ。上記のふたつの説明を受けたボクたちは解散し、それぞれ今日やることに向けて動いていく。思い立ったがなんとやら。みんながみんな今日することをぱぱっと決め即行動。気づけば残っているのはボクとユウリ、そしてマスタードさんだけとなる。と、この状況になったことでボクはずっと気になっていたことを漸くユウリに質問する。

 

「そういえばユウリ。その子はどうしたの?」

「ああ、この子?この子は……」

「この子はダクマちん。この道場で育てているポケモンだよん」

 

 最初こそドタバタしてて気づかなかったけど、ユウリの部屋を見た時からずっとそばにいた黒いヒメグマのようなポケモン。ユウリの言葉を遮りながら説明をしてくれたマスタードさん曰く、ダクマというポケモンらしい。

 

「今でこそガラルから離れた山岳地帯に生息しているけど〜昔の名残でまだここにいる子もいるんだよねん。そういった子たちを育てて、またここで過ごせるようになればなぁって思いながら頑張ってるんだよん。わしちゃんがこの島を買った理由の1つでもあるよん」

「「成程……」」

 

 初めて聞いたマスタードさんの想いにちょっとだけ心を揺らされる。普段は飄々としているというか、ふわふわしている人だけど、やっぱり根底にある部分は紳士なんだなぁと素直に憧れてしまう。こういうところが、たくさんの門下生に好かれている所以なのかもしれないね。

 

「しかし、ダクマちんがこうやってなつくなんてすごいねぇ」

「「そうなんですか?」」

「そうだよ~。この子、特訓に対してはストイックなのに、人間に対しては引っ込み思案なところがあるからね~。ストイックなのも自分に自信が持てないことの裏返し……意外とネガティブで繊細な子なんだよん」

「「へ~……」」

「クマぁ?」

 

 マスタードさんの言葉につられてボクたちが視線を向けるのは、いまだにユウリの腕の中で若干眠そうにしているダクマ。そんなちょっと愛らしい彼からは、とてもじゃないけどマスタードさんの言うようなネガティブさなんて感じられなかった。

 

「ふっふっふ~、本当になつかれているね~。……よかったらユウリちん。その子を貰ってみるかい?」

「「え!?」」

 

 ダクマを眺めているときに急に提案されるダクマを預かるかどうかの話。話を聞く限りとても貴重というか、大切なポケモンだというのは分かったけど、だからこそこんなにも簡単に打診されることにボクもユウリもそろって驚いた。けど、さすがにそう簡単に話がうまくいくわけではなく……。

 

「勿論、それ相応の試験は受けてもらうけどねん。ユウリちんのお兄さんもそうやってダクマちんを手にしたわけだしねん」

「お兄ちゃんも……」

「当然その試験はちょっとやそっとでこなせるものじゃない。少なくとも、試験を受ける許可を出せるのはジムチャレンジの本戦が終わった後だね~」

「トーナメントの後……ダクマのための……」

 

 ダクマを見つめるユウリ。彼女の決心はすぐについた。

 

「……やります。やらせてください!」

「うんうん。ユウリちんならそういうと思ったよ。お兄さんと同じ……いや、それ以上に良い目をしているからねん……待っておるぞ。若きトレーナーよ」

「はい!!」

 

 元気に返事をしながらダクマをマスタードさんに渡すユウリ。マスタードさんも、ダクマを受け取る時は背筋を伸ばし、ときたま見せる威圧感と荘厳さを前面に押し出していた。

 

「さぁ、今日も励むとよい」

「そうさせていただきます!行こう、フリア!!」

「あ、うん……って、ちょちょ、引っ張らなくても~!」

 

 マスタードさんとの会話を終えたと思ったらボクの手を引っ張りながら走り出したユウリ。その勢いにびっくりして、思わず抵抗しそうになるものの……

 

「絶対、迎えに行くんだ……その時は、今よりもっと立派なトレーナーとして、胸を張れたらいいなぁ。……えへへ」

「……頑張ろうね。お互い」

「うん!!本戦……全力でぶつかるね、フリア!!」

「勿論!!」

 

 ユウリの笑顔に見とれてしまい、気づけば隣を走っていた。

 

 笑顔で拳を軽くぶつけ合うボクたち。そんな彼女の顔からは、昨日巣穴で見たような不安や悩みはすっかり消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




寝起き

個人的には避けづ展開よりも、こうやってしっとりというか、ゆるい甘さというのが好きです。まったりな甘さが届けられたらいいなと思っていたり……

ダクマ

マスタードさん曰く実は奥手なダクマさん。実機ではそう言われてますけど……実際はどうなんでしょうね?生息地に関しては公式設定です。実はこの子が野生で生息している場所が別にもあるらしいんですけど……そこ、絶対対戦環境やばそうですよね……




明日。いよいよ。SVの発売ですね。
私は相も変わらずパッケージも欲しい人間なので、パッケージ版が来るのを待ちます。スタートダッシュは行いません。なので、おそらくしばらくはTwitterを見ないようにするかも……ワンチャン通知とDMだけは分かるようにするかもですけどね。もっとも、活躍の場なんて現状ほぼないのであまり関係ないかもですが。




さて、本題のお知らせに入ります。

本小説の次の投稿日は、本来なら11/21になるのですが、土曜日から私事ですが一週間ほど家におらず、まとまった執筆時間が取れません。そのため、少しの間投稿をお休みすると思います。具体的な日付をこたえると、次の投稿は最遅で11/29になると思われます。少し長めのお休みとなりますが、ご了承くださいませ。……ご時世的に、そこからさらに伸びる可能性があることも……もしそうなったら本当に申し訳ありません。

できれば、その間にひとつくらいは出したい気持ちはあるのですが……

ちょっと間が空いてしまいますが、それでもお持ちいただけたら嬉しいです。

以上、お知らせでした。






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151話

お待たせしました。151話です。
今日よりまたいつも通りに戻ると思います。

……何気に初代ポケモンと同じ数になりました。長く続いて自分でもびっくりです。
ポケモンSVもすごく楽しいですし、まだまだ沢山楽しめますね。


「ふぅ……よし、みんなお疲れ!!戻って〜」

 

 ボクの終わりの言葉に返事をしたみんなが、お互いを労うように声を掛け合いながら手持ちのボールへと戻っていく。そのボールの重さをひとつ、またひとつと確かめながら、11個全てのボールをしっかりと腰のベルトやカバンに固定しておく。その後で、ボクも体をリラックスさせるために大きく伸びをする。

 

「んんぅ〜……はぁ……今日も今日とて、いい特訓ができた」

 

 朝に色々起きてしまったため、合間合間にてヒカリやマリィにからかわれるというちょっとした妨害はあったものの、それ以外は別段特に変わったことも無く、カトレアさんやコクランさん、シロナさんといった、もはや師匠と呼んでも差し支えない方たちに師事してもらい、またひとつ強くなった実感がある。その事にちょっとした満足感を感じながら、一先ず体を休めるために自分の部屋と戻っていく。

 

 道中すれ違ういつものメンバーに、「調子はどう?」とか「お疲れ様」とか、「本戦楽しみにしているぞ!」等、色々な声掛けをしながら部屋に戻ったボクは、バッグやホルダーなどを机の上に置き、自身の身体を軽くしてまた伸びをひとつ。あとはご飯を食べ、お風呂に入れば今日は終わりだ。そして同時に、本戦の始まりへと1歩近づく。

 

「なんか、こうして先のことを考えると少しドキドキするなぁ……」

 

 部屋の中にこだまする独り言。いや、正確には、ボクの声に反応するようにモンスターボールがカタカタ揺れているから独り言にはなってはいないのだけど、こうやって直接的な人の視線がないところで改めて言葉を口にしてみるととても感慨深い。

 

 シンオウ地方でジュンともう一度約束して旅立って、長い長い旅をしてきたはずなのに、なんだかガラル地方にやってきたのがつい昨日のように思い出される。それが今やもう大会トーナメントまであと少しだ。

 

「色々あったなぁ……ん?」

 

 頭を通りすぎていく思い出は、ボクがガラル地方に訪れてから体験した数々の思い出たち。どれも楽しく、大切なそれは、想起するだけで心から何かが湧き上がってくるような感覚がする。そんな時に何かが開く音が聞こえたのでふと視線を横に向けてみると、そこにはボクの相棒が現れていた。

 

「ヨノワール……どうしたの?」

 

 自分からボールを開く回数こそ多いものの、それでも基本的にボクに対して自発的に何かをしてくることの少ない彼にしては少し珍しい行動。それが気になったボクは、素直にその気持ちを口にする。けど、相棒はそんなボクの言葉をスルーして窓の方にふよふよと動いて言った。

 

 無視された。とは思わない。もとより口数の少ない彼だからこそ、言葉よりも行動で示すというスタンスを理解しているボクは、特に何を言うでもなくヨノワールの行動を見守っていく。すると、ヨノワールはいきなり窓を開け出して、とある一点を見つめだす。その姿がどうにも昨日のことと重なってしまい、思わず耳を塞いでしまいそうになるけど、それ以上にヨノワールの視線の先が気になったボクは、ゆっくりと窓際によって外を眺める。

 

 そこには、恐らくジュンとヒカリが見たであろう光景と全く同じだと思われる景色が映っていた。

 

 バトルコートの端にて空を見上げてじっとしているマスタードさん。その姿にひどく視線を奪われてしまったボクは、しばらくマスタードさんを見つめた後、なぜか呼ばれている雰囲気を感じたため、無意識のうちに足を動かしていた。

 

 まだ遅い時間というわけではない。なのに、ボクがマスタードさんへと向かうまでの道中、なぜか誰も人がいない。それがますますボクをバトルコートへと案内しているように見えて……そんな不気味な程静かな廊下をボクとヨノワールが並んで駆け抜ける。

 

 バトルコートへの扉をあけ放ち、長い一本道をとにかく駆け抜けたボクとヨノワールは、昨日と同じく、夜のバトルコートにて待つマスタードさんのもとに辿り着く。

 

「うんうん。今日も月がきれいだね~」

「そうですね……でも、星の方がきれいだと思います」

「あらら、振られちゃったね~。それとも、星は昨日のヒカリちんのことかな?」

「さぁ……どっちでしょうね?」

「あ、それともユウリちんかな?」

「ユ、ユウリは関係ない……じゃなくて!!」

「むふふ~、ちょっとはわしちゃんに対する返しがわかってきたみたいだけど、まだまだ詰めが甘いね~」

「知りません!!」

 

 何故か心がざわつくやり取りを無理やり切ってマスタードさんと向かい合うボク。さっきまで感じていた不思議な魅力が霧散してしまいそうな気持ちになるけど、それでも最低限の威厳は保ったうえでこう言う行動を起こしてくる来るからたちがわるい。今だって、変な会話をしているけど気を抜くタイミングなんてないのだから……。

 

「うんうん……相変わらず、ちゃんと気張るところはわかってるね〜。いや、この合宿でその心持ちが鍛えられたというのもあるのかなん?」

「……誰のせいですか」

「ふっふっふ〜」

 

 ボクの問に対して本当に楽しそうに笑うマスタードさんからは威圧感こそ無くならないものの、しかしその笑顔もまた嘘ではないということもよくわかるほど晴れやかなもので……これが自惚れじゃなかったら、多分だけどかなり気にいられているということがありありとわかってしまうほど。これ自体は凄くありがたいことなんだけどね。ただ、どうもマスタードさんは気に入った相手にはとことん意地悪をしてくるみたい。好きな子にちょっかいを出す子供みたいだ。

 

「……本当に、フリアちんたちが来てくれて、毎日がとても楽しいよん」

「……」

 

 けどそのちょっかいをどこか心地いいと感じてしまっている自分がいるのも本当なところ。だって、楽しいと思っているのはボクも同じだし、何よりも、マスタードさんはボクとヨノワールが明確に成長している原因でもある。シロナさんやカトレアさんのことを師匠と呼んでいたけど、マスタードさんもそう呼ぶに相応しい……ってこんな言い方したら、何上から目線で言ってるんだなんて思われるかもだけど、とにかく、それだけ感謝している相手だ。そんな人と長時間一緒にいれば、少なくない恩を感じるのは必然だと思う。

 

 そんなマスタードさんから告げられた珍しくストレートな感想に、ボクは思わず言葉が詰まってしまう。

 

「勿論みんなが来る前からこの島は賑わっていたよん?けど、ここ数日間の賑わいは……うん、やっぱり凄かったよねん」

「そんなに変わったんですか?」

「それはもう凄い変わりようだよ~。シロナちんとカトレアちんというトップトレーナーのおかげで、全体の力の底上げがされた。フリアちんやユウリちん、ジュンちんと言った実力は違うけど歳が近い馴染みやすい人と競い合うことで向上心を刺激された。ヒカリちんのおかげでご飯がさらにおいしくなってみんなの士気が上がり空気が明るくなった。……チミたちが来ただけでこれほどのプラス要素があったんだよん?これを凄いと言わずしてなんていうのかなん?」

「そう言われると……否定はできないかもですね」

 

 特にご飯に関しては生活の潤いもそうだけど、ポケモンたちの体調管理にもつながっている。この食に気をつけることによって、ポケモンたちの気持ちは勿論、ポケモンたちの体を内側からつくることができ、常にハイクオリティなパフォーマンスをすることが出来るように整えることが出来る。……って、偉そうなことを言っているけど、これは全部ヒカリの受け売りだ。ポケモンの体調に関して誰よりも気を遣っているヒカリだからこそ、彼女がこの道場の食事に関わっている今の状況というのはマスタードさんにとっても予想外のプラス効果なのだろう。ミツバさんも食の知識という点ではかなり凄いのだけど、コンテスト仕込みの食生活のバランスからたたき込まれているヒカリの方が1枚上を行っている。だからこそ、ミツバさんもヒカリを勧誘しているわけだしね。

 

「本当に、感謝してもし足りないね~」

「それを言うなら、ボクも感謝ばかりですよ」

 

 しかし今回のこの合宿はそもそもボクたちのためにあるものだ。さっきも言った通り、この合宿のおかげでボクはヨノワールとの戦い方を大分身に着けることが出来た。だからこそ、マスタードさんに多大な恩を感じているわけだしね。その事を思いながら、ボクはマスタードさんに対して真っすぐ思いのたけをぶつけた。

 

「マスタードさんのおかげで大分形になりました。本当にありがとうございます」

「ほう……成程成程……感謝か……」

「……ッ!?」

 

 ボクの言葉を受け、それに返事をしながら歩み寄って来るマスタードさん。しかしそんなマスタードさんから放たれる威圧が一気に膨れ上がる。

 

「確かにお主のヨノワールはかなり強くなっておるみたいじゃな……しかし、()()()()()()()満足してもよいのかな?」

「……」

 

 感謝の言葉に対して返されたのはマスタードさんからの挑発的な言葉。その言葉に芯を貫かれた気がした。そして同時にマスタードさんが今このバトルコートで待っていた理由に思い至った。

 

「ワシはお主とヨノワールの可能性を信じておる。こ奴らならきっとワシでも見たことの無い高みに行くのではないかというな……しかし!!」

 

 マスタードさんが普段来ている緑色のジャージを脱ぎ、帽子とともに宙に放り投げる。すると下から現れたのは、剣と盾の模様が書かれた山吹色に輝くユニフォーム。帽子がなくなったことによってしまわれていた白色の頭髪は根本以外が赤く染められており、まるで魂を燃え上がらせているかのような印象を受ける。今まで何回かマスタードさんが口調を崩し、威圧をまき散らすことは何回もあったけど、今回のようにスタイルまで変え本気でこちらを見てくるのは初めてのことだった。

 

 否が応でも気が引き締まる。

 

「その可能性は今ここで立ち止まっていては永遠にたどり着くことはできぬ。確かにお主たちは現在進行形で成長しておるだろう……しかし、ワシから言わせてみればまだまだ足りぬ。だから……」

 

 懐からモンスターボールを取り出しながら空中に飛び出すマスタードさん。そのまま何回も体をひねり、回転を終えたマスタードさんはバトルコートに端に着地しながらこちらに向かってモンスターボールを突き付けてきた。

 

「ワシの道場をにぎやかしてくれたお礼……そしてお主とヨノワールの特訓の大きな壁として……ワシと一戦、いかがかな?」

 

 本気のマスタードさんからのバトルのお誘い。これこそがマスタードさんがここで待っていた理由。

 

 ボクを誘い、ヨノワールとボクをさらに上のステージへと引き上げてくれるための荒業。

 

(そんなの……ボクからの答えなんて最初から決まっている!!)

 

 こんなことをされて乗らないなんてありえない。ヨノワールに視線を向けてうなずいたボクは、すぐさまマスタードさんとは反対側のバトルコートへと駆けていき、振り返る。

 

「やりましょう……マスタードさん!!」

「その返事やよし!!」

 

 ボクの言葉に嬉しそうに返事をするマスタードさん。それと同時にさらに威圧が増していく。

 

「では行くぞ!!フリア!!」

「はい!!……いくよ、ヨノワール!!」

「ノワ……ッ!!」

 

 その威圧に負けないように、気合を引き締めたヨノワールが前に出た。

 

「久しぶりじゃな……こんなにも血沸き、肉踊り、心が燃え上る!!強敵とのバトルはいつになっても辞められん!!今はお主がヨノワールしか持っておらん故、一対一でしかバトルできんのが少しもったいなく思うが……だからこそ、本気のヨノワールとぶつかり合うこの場を楽しもうか!!」

 

 ハイパーボールを握り締めながら、声高に叫ぶマスタードさん。

 

 

「さぁ、世界一楽しい勝負の始まりじゃ!!」

 

 

道場主の マスタードが

勝負を 仕掛けてきた!

 

 

「ゆくぞ、ウーラオス!!」

「ウラァッ!!」

「ヨノワール!!」

「ノワッ!!」

 

 マスタードさんが繰り出すのはウーラオスと呼ばれるポケモン。腰を少し落としどっしりと構えるその姿は、どこから攻めても確実に受け止められ、そのうえで一撃で仕留めてくるのではないかという静かな、それでいて強大な圧力を感じる。

 

 一瞬の隙も見せることはできないだろう。ボクもすぐさまヨノワールと心をつなぎ共有化。すべての感覚が一つになるこの現象に身をゆだねていく。その時間はもう一秒を切っているし、もう視界の共有で酔うこともない。カトレアさんとシロナさんのおかげで慣れることが出来たから。

 

(タイプはわかんないけど、多分かくとうが入っていると予想。それでもって、どことなくダクマに似ているような気もするから多分ダクマの進化系……なら相手のメインウェポンはボクたちには通用しない……と思う。けど、この嫌な予感……間違いなく、一手でもミスればこちらがやられる)

 

 そしてそんな刹那の間にも思考を回すことをやめずに考える。

 

「良き速度。ならこちらも早速放つぞ!!」

 

 頭を回しながら構え、ウーラオスの行動を見逃さないようにじっと見つめ続ける。すると、元々腰を少し落としていたウーラオスが、更に腰を少し落とす。そして……

 

 

「ウーラオス……『あんこくきょうだ』!!」

「ゥラァッ!!」

 

 

「「……ッ!?」」

 

 ウーラオスの姿がぶれたと思った瞬間、ボクの両腕にありえないほどの衝撃と痺れが同時に襲ってくる。

 

「ッ……ぐぅ……ッ!!」

 

 元々あった嫌な予感に従って無意識のうちに両腕をクロスしたことによって直撃こそ避けることが出来たものの、そのあまりにも重い一撃にヨノワールの身体が後ろに飛び、ボクにも少なくない浮遊感が伝わって来る。その衝撃はとても大きく、昔のボクだったら痛みと浮遊感にまた酔って膝をついていたかもしれないレベルだった。改めて特訓の成果を実感したとともに、ボクの中で答えが出る。

 

(この火力……間違いなくあくタイプの技……ッ!!)

 

 耐久にかなり自信のあるヨノワールでさえこのダメージを受けるというのなら、その技の正体は間違いなくゴーストにばつぐんを与えることのできるあくタイプの技だ。一応ゴーストタイプも弱点を突くことが出来るけど、ゴーストタイプは基本的に物理技に強い技が多くはない。それに技名に『あんこく』の言葉があることからも、そうみてまず間違いないはずだ。

 

「耐えたか!本来ウーラオスの拳は『ふかしのこぶし』故守ることは不可能に近いが……共有化して感覚が研ぎ澄まされている主らは少し感じ取ることが出来るようじゃな!!それに本来なら正確に急所を打ち抜く技でもあるのにほんの少し体をずらして外しておる。見事!!」

「何そのインチキ特性……防御不可能って意味わからないし、そのうえ急所必中ってバカじゃないの……?」

 

 マスタードさんの口から明かされるトンデモ説明につい言葉が悪くなってしまう。しかし、いくら悪態をついてもこの効果が変わるわけではない。それにこれはマスタードさんが本気を出している証でもある。なら、四の五の言う前に反撃をすることこそが最善の手。

 

「ヨノワール!!」

「ッ!!」

 

(確かにさっきの攻撃は強力。だけど、だからこそためが必要だし動きは直線だし、そのうえ後隙はちゃんとある。そんでもって相手があくタイプならこっちだってまだ有効打はある!)

 

 もはや指示をすることなく、右腕を左から右に薙ぐことで発動したかわらわりは真っすぐウーラオスへと飛んでいき、先ほどのお返しとばかりに叩きつけられる。ヨノワールと同じように振っていたボクの右腕にもその感覚はしっかりと残っており、その証拠と言わんばかりにウーラオスがマスタードさんの元へと飛ばされる。

 

「『いわなだれ』!!」

 

 そんな姿を見送る暇なんてなく、すぐさま技を指示。空中から降りそそぐ数多の岩石たちは次々とあたりに散らばっていく。

 

「『かげうち』!!」

 

 その岩たちをすぐさま影の手で掴ませたヨノワールは、その影を操って次々とウーラオスへと飛ばしていく。

 

「キバナとの戦いでも見せた影の触手と岩による連続攻撃。成程よく考えられておる。だが明確な弱点もあるようじゃな!!『インファイト』!!」

「ッ!!」

 

 しかし、無数の岩たちはそのほとんどを一瞬で粉々に打ち砕かれてしまう。

 

「まず火力がない。ある程度の力があれば、その程度の岩なぞ簡単に打ち砕ける。そして何より……」

 

 残った岩と影の手は片手で数えられるほど。しかし、それでも攻撃の手を止めるわけにはいかない影の手は懸命にウーラオスへと伸びていき……

 

「手というわかりやすい形をとっているため軌道が読みやすく、そして小回りが利かぬ」

 

 その岩を小さく屈んで避けたウーラオスは、小さくステップを踏んで影の手首の横へと位置を取る。

 

「体の構造上手首付近のモノをその手で殴ることはできまい?影ゆえ普通の手首よりは可動域は広いみたいだが限界はある。その隙を縫えば……この通り」

 

 その位置は綺麗に影の手の死角となり、そこを縫っていくウーラオスはすべての攻撃をよけ、再びヨノワールの懐へと潜り込む。

 

「『あんこくきょうだ』」

「『かわらわり』!!」

 

 再び放たれる必殺の一撃に対して、なんとしてでも威力を削ぐために両腕を白く光らせたヨノワールがもう一度腕をクロスさせ、ウーラオスの真っ黒な右拳による正拳突きに対して叩きつける。しかし、あくタイプであると思われるウーラオスに対してばつぐんを取れるであろうかわらわりは、それでも威力を殺し切ることは叶わず、腕を貫通して再びボクたちの身体に深く突き刺さる。なんとか自分から身体を後ろに飛ばすことによって衝撃を逃がし、ダメージそのものを抑えることは出来たけど、後ろに下がったボクたちをウーラオスが逃がす訳もなく、すぐさま追撃準備に取り掛かる。

 

 対するボクたちは、足を止めてしまえば再びあんこくきょうだが飛んでくるため、とにかく動きまくって的を散らすことに専念。さらに相手の進軍を少しでも止めるためにいわなだれとかげうちによる触手で相手の邪魔をする攻撃を放ちまくる。しかしもう種が割れている技が通る訳もなく、一瞬で安全地帯と死角を見つけたウーラオスは、その間をくぐり抜けるように走り出し、再びヨノワールの元へとたどり着く。幸いなことに、あんこくきょうだを打たせないように立ち回っているおかげで3発目は飛んできていないものの、代わりに放ってくるつばめがえしによる連撃にて、やっぱりボクたちの不利状況は変わらない。今も動き回りながらかわらわりで反撃を仕掛けるものの、縦に振り下ろした右手のかわらわりを下からアッパー気味に放たれた右手のつばめがえしに押し返され、体勢を少し崩される。その隙を逃さないウーラオスが、アッパーの勢いで少し宙に浮いた身体をその場で前宙返りさせ、今度は右足によるつばめがえしをかかと落としのように振り下ろしてボクたちに追撃をしてきていた。

 

(上手い、速い、正確、そして何よりも強い……!!)

 

「どうした!!そんなものか!!」

 

 火力も手数も機動力も勝てない。延々と攻撃し続けられるこの状況。しかし下手な攻撃はむしろ相手に隙を与えるだけになってしまう。もはや今この場においていわなだれとかげうちはそういう技になってしまっている。あと使える技としてはじしんとかわらわりがあるけど、じしんはためが必要だから密着では中々打つことが出来ず、かわらわりは辛うじて打ちあえてはいるけど見てのとおり色々足りない。

 

(どうすればこの差を埋められる……!?)

 

 打ち合う相棒を見ながら必死に頭を回転させるが答えは出ず、その状況は次第にボクを焦らせていく。

 

「ノワッ!!」

「ッ!?」

 

 そんなまとまらないボクの頭を一喝し、意識を切り替えてくれたのはヨノワール。彼の言葉が頭に響くと同時に一気に視界は開け、ざわめいていた心が落ち着いていく。

 

「ヨノワール……いけるんだね」

「ノワ」

「うん……なら、任せる!!」

 

 頼もしい言葉に全幅の信頼をよせ、ボクはひたすら前を見る。

 

「来るか!!ウーラオス!!」

 

 ボクたちの雰囲気が変わったことを察したマスタードさんがウーラオスに指示を出し、迎撃準備へ。対するヨノワールはいわなだれを発動。自分の周りへと落とし、()()持ち上げてウーラオスへと飛ばす。

 

「またその攻撃か?『インファイト』!!」

「ウラッ!!」

 

 雰囲気の違いから構えていたものの、飛んできた技に若干の落胆を感じながら、それでも技を迎撃するために拳を構えるウーラオス。飛んでくる岩を叩き落とそうと握られたそれは、的確に岩の中心を捉え……

 

「グゥッ!?」

「ウーラオス!?」

 

 ウーラオスの()()()()()()()()()()()

 

「ヨノワールッ!!」

「ノワッ!!」

 

 ウーラオスに技が当たったことを確認したボクたちは、さらに追撃をするべく()()()()()()()を飛ばしまくる。

 

「ウーラオス!!避けよ!!」

「グ……ゥラァッ!!……グゥ!?」

 

 再び飛んでくる岩の嵐に今度は影の手の死角をついて避けようとするものの、この攻撃は岩が闇に包まれているだけで、岩を()()()()()()()()()()()()()()。そのため先程まであった死角が綺麗になくなっており、それにより追尾性能及び機動力が上がったため、ウーラオスでさえも避けきれなくなっていた。

 

「ぬぅ……この技は……もしや……!!」

 

 飛び回る岩の嵐を見て、何か心当たりがあったのか呻くマスタードさん。そんな彼に対して、ボクたちはゆっくりと口を開く。

 

「そうです……これがボクたちの……『ポルターガイスト』です!!」

「ノワッ!!」

 

 ポルターガイスト。

 

 本来は相手のポケモンの持ち物を使って攻撃するこの技は、今回は周りの岩を代用することで可能としており、そしてこの技で操られているものはその間はゴーストタイプの物として扱う。つまり、インファイトなどのかくとう技で止まることの無い弾幕となる。

 

 ヨノワールが特訓して、自身の影を操る力を昇華させ、ついに身につけることが出来たこの技。同時に脳内に流れるのは、この技を身につけるために、この孤島で特訓をしてきたヨノワールの記憶と想い。共有化の副次効果として、ヨノワールだけの記憶が少し流れてきていた。

 

(こんなにも、頑張ってくれていたんだ……)

 

 ボクの知らないところでも頑張っていた彼の想いを受け、身体の奥からどんどんと熱い気持ちが溢れてくる。

 

(ヨノワール……本当にありがとう)

 

 ひたすらに前を向き、自身を磨くその姿に感謝しか言葉が出ない。

 

(こんなにも誠実なヨノワールと戦えるんだ。ボクは幸せ者だ。でも……)

 

 この子と隣合って戦える。それだけで誇らしい。けど、それだけじゃ足りない。

 

(そうだよね。ここで満足しちゃいけない!!)

 

 ボクとヨノワールの身体を、闇の渦が包んでいく。

 

(もっともっと、気高く勝利に飢えなくては!!)

 

 ヨノワールと、さらに心が繋がっていく。

 

「行くよ……ヨノワール……」

「ノワ……」

「……カッカッカ、ついに来よったか!!」

 

 小さく、しかしどこまでも響き渡るボクとヨノワールの声。そして……

 

「今度こそ、()()()()()()に追いつくために!!」

「ノワッ!!」

 

 纏った闇を振り払ったヨノワール。

 

 その姿は、いつものヨノワールとは違う姿をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウーラオス

剣盾環境最強ポケモンの1体です。
ゴースト統一を好んで使う私なのですが、この子のおかげで酷い目に……ハチマキウーラオスに誰1人として勝てない……これが普通に野性で住んでいる地方があるんですから恐ろしい……パルデアにはくるのでしょうか?

あんこくきょうだ

剣盾環境屈指の壊れ技の1つ。多分これのおかげでニャオハさんたちの専用技もおかしくなってるのでは?と……
確定急所はただ火力が上がるだけでは無いということを、これでもかと知らしめてくれた技ですね。

マスタード

本気の師匠。
このお話を書くにあたって、何度か孤島のストーリーを見直していたのですが……やはりこういう老人キャラは渋いかっこよさがあって素敵ですよね。とても好きです。

ヨノワール

覚醒。最初から最後のきっかけはマスタードさんとのバトルでと決めていましたので。

ポルターガイスト

鎧の孤島似にて追加された新しいゴースト物理技。威力110、命中90という、物理型のゴーストタイプが喉から手が出るほど欲しがっていた技です。いつかこの技をメガジュペッタで使いたいなぁ……
今回はアニメっぽく、かげうちが進化したような表現にしてみました。ヨノワールも成長している証ですね。




ポケモン新作本当に楽しいですよね。作者はとりあえずヴァイオレットにて、ストーリーと図鑑を全て終えたので、今はレイド用やバトル用のポケモンの育成準備をしているのですが……ゴーストが豊作で嬉しいです。型を考えるだけでワクワクしますね。旅パもメンバーも愛着が湧いてしまい、本当に楽しいです。

あとは一通り落ち着いたら、スカーレットの方をフリアさんのアカウントとして、またゆっくりパルデアを回るつもりです。フリアさんの手持ちで内定しているキャラが少ないのが少し寂しいですが、逆に言えば新しい仲間を増やすことも出来るので、それはそれで楽しそうです。

ゲームフリークさん、本当にありがとうございます。






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152話

気づけばUAが500,000超えていましたね。たくさんの人に見ていただいているようで、嬉しく思いながら少し緊張もしていたりします。これからものんびりと頑張ろうと思いますので、この作品をよしなにお願いしますね。


(不思議な感覚だ……)

 

 今日にたどり着くまでに、ボクとヨノワールは何回も感覚の共有を行ってきた。

 

 最初は相手の攻撃が避けられないことから始まった。

 

 ボクとヨノワールの感覚共有によって研ぎ澄まされた感性に気付くことが出来ず、攻撃の軌道こそ見え、確かに避けたのに、攻撃へとシフトする動きが速すぎて攻撃が通り過ぎるのを待つ前にまた前へと出てしまったことによって被弾をし続けていた。この現象がちょっとずつ起き始めたのが、ボクの記憶が正しければ大体7番目のジム……そう、キッサキシティのジムリーダーのスズナさんとのバトルの途中から……だった気がする。

 

 ただでさえその辺から明確にコウキとの差を感じ始めていたのに、その上急に意味のわからない現象に悩まされてしまったせいで、あのころのボクは上面は素面を装っていたけど、その実少しずつ焦りと不安を蓄積させていた。それが積もりに積もってスランプという結果を起こしてしまったわけだしね。

 

 そこから長く苦しい時期が続いて、本格的に置いていかれて……けど、今は違う。

 

 ジュンが引っ張りあげてくれて、ガラル地方でまた1から初めて、そしてネズさんのところで再発こそしたものの、この現象と向き合い始めて……そしてこのヨロイ島にてようやく使いこなすまでに至ったこの現象。

 

 沢山の人のおかげで、もはやラグを生むことなくこの状態に突入することができ、さらにちょっと前の自分のように、この現象に振り回されたり酔ってしまったりすることももうなくなっている。ただ、それにしたってやけに身体の調子がいい。

 

(体が軽い……)

(ノワ……)

 

 言葉を交わさなくても心がつながっている感覚はずっとあったけど、ここまで完全につながって、こんなにも体が軽くなったのは初めてだ。

 

(いや、キバナさんとの闘いの最後のも、こんな感じだったっけ……)

 

 その時も、今回のようにヨノワールの身体には闇が纏っていたはずだ。その闇の中にたたずむヨノワールの姿も、その時のようにいつもと違った姿をしていた。

 

 闇を振りはらったヨノワールの目はいつもの赤から変色し、ボクの目の色と同じ淡い水色に輝いていおり、クールな印象を与えるヨノワールの姿がより研ぎ澄まされていく。そんな水色の目に見とれていると、今度は振り払った闇が渦を巻きながら再びヨノワールの方へ集まっていく。集まった闇はヨノワールの首周りへ集中し、とある形を取り始めていった。それはヨノワールの首元から風によってたなびき、ゆらゆら揺れながら伸びていく。その姿はまるでボクがいつもしているマフラーのようで……首の周りで実体を持ったその黒い靄に右手をかけるその姿はボクがマフラーに手をかける時と全く同じしぐさだ。これだけでかなり姿が変わっているけど、更に変わっているところがヨノワールの身体。闇の靄を纏うことによってほんのりとその体を全体的に黒く染め、ヨノワールの大きな特徴であるお腹の口は、その両端から水色の焔をこぼしていた。

 

「それがお主の変化した姿か……」

「ノワ……」

 

 首元の灰色の襟をよけるように巻かれた黒いマフラーで首周りを隠しながら小さく、しかしはっきりとした声で呟くヨノワール。その姿を見たマスタードさんも、思わず見とれるような反応を示していた。

 

「かっかっか、実に良き!お主とヨノワールの迫力、ひしひしと伝わるぞ!!」

「迫力だけじゃない……ボクたちの本気を見せつけます!!『かわらわり』!!」

 

 ボクが右手を振り上げながら技名を宣言すると、ヨノワールも同じように右手を振り上げながら直進。

 

 ただひたすら、馬鹿みたいに真っすぐ突っ込む単純な行動。しかしその動きは先ほどあんこくきょうだを放つために懐に飛び込んできたウーラオスと同等……否、それ以上の速度をもって飛び込み、ボクと動きをシンクロさせて右腕を振り降ろす。その右腕は今までの攻撃とは威力が違うんだぞと思い知らせるように、いつもの白い輝きではなく、黒い輝きをまとっていた。

 

「ラゥッ!?」

「……やりおる」

 

 あの時の仕返しとばかりに放たれたその技は、ウーラオスに防御させる間もなく叩きつけられ、ウーラオスを大きく後退させる。その際のヨノワールの動きは、口の端の焔とマフラーがたなびいた軌跡だけがその動きを教えてくれるほど速く、普通には視認することが出来ないほど。

 

「ここから反撃する……行くよヨノワール!!」

「ノワッ!!」

「ウーラオス!!まだいけるか?」

「ウラァッ!!」

 

 ヨノワールが叫ぶとともにあふれ出す黒色のオーラ。辺りを怪しく照らすその光は、ヨノワールから放たれるプレッシャーとしてさらにウーラオスたちを威圧していく。それに対し、かわらわりで抜群のダメージを受けながらも、その圧力を気合とともに放つ叫び声によって押し返していく。

 

「滾る……熱い……実に良いぞ!!」

「ボクも……今最高に楽しいです……!!」

 

 ヨノワールが変化した姿によって放たれる黒いオーラと、ウーラオスが力を入れることによってあふれる黒いオーラがぶつかり合い、びりびりとした空気を響き渡らせる。

 

 黒と黒。お互いの全力と全力をぶつけ合うバトルは、まだまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨノワール!!『いわなだれ』!!」

「ノワッ!!」

 

 指示と共に左手を上に掲げたヨノワールは、その手をゆっくりと振り下ろす。同時に起きるのはまさに岩の雨。ウーラオスに対してはもちろんのこと、ダイマックスを前提としたこの広いステージ全てを範囲とした岩の豪雨が降り注ぐ。本来いわタイプでは無いヨノワールではここまでの芸当なんて出来ないはずなのに、それでもできてしまうのはやはり、今行われている主と繋がっている絆の最高点……あの変化現象が原因なのだろう。

 

「ウーラオス!!『インファイト』で打ちくだけぇい!!」

「ゥラァッ!!」

 

 一方で降りそそぐ岩石の雨に対抗するは長年の修行にて辿り着いた技の最高峰。全てを一撃の名のもとに屠るその両の拳は、今回は威力よりも手数を重視し、何度も何度も上に向けて繰り出され、落ちて来る岩石のことごとくを打ち砕いて行く。結果として、あらゆるところに岩石が突き立っているのにウーラオスの周りだけは岩の粉がパラパラと散っていくだけにとどまっていく。パラパラと落ちて来る粉の中心にて、拳を振り切った姿でとどまるウーラオスはまさに歴戦の戦士としてみるものを引き付けていた。

 

「『ポルタ―ガイスト』!!」

 

 しかし今のインファイトで止めたのはあくまでもヨノワールの準備の1つに過ぎない。ヨノワールが新たに憶えたゴースト技のポルターガイストが周りの岩石全てを包み込み、ウーラオスめがけて縦横無尽に飛び回る。

 

「『つばめがえし』でいなせ!!」

 

 ゴーストのエネルギーを纏った岩はかくとうタイプであるインファイトではすり抜けてしまい弾くことが出来ない。かといってあんこくきょうだでは一発一発力を籠める必要があるため、この数のポルターガイストをさばくことが不可能だ。なので火力は心もとないとわかっていてもつばめがえしを行うしかない。

 

 しかし、足りない火力は技術で補う。

 

 真正面から飛んでくるポルターガイストの群れを、1つ目は屈んでかわし、2つ目は左手の甲を使って、向かい合ったポルターガイストを右から軽く叩いて自身の左後方へと逸らしていく。続く3つ目と4つ目を右手のアッパーと右足の回し蹴りで弾き、5つ目に対して体重をかけた左足でソバットを放ち、ポルターガイストを跳ね返す。跳ね返されたポルターガイストが他のポルターガイストに干渉することによって飛んでくるものをさらに何個か撃ち落とす。これでそこそこの数のポルターガイストが相殺されたものの、これは四方八方から襲い掛かって来るポルターガイストのほんの一部に過ぎない。まだまだ襲い掛かってくるポルターガイストに対して今一度拳を構えたウーラオスは、つばめがえしを巧みに使って次々と攻撃をいなしてく。その様はまるで攻撃の嵐の中で舞を踊っているようにもみえ、思わず見とれてしまう程綺麗だった。

 

 一方で、ポルターガイストをさばかれている側のヨノワールは当然この状況を黙ってみておくことなんてしない。

 

「ヨノワール!『じしん』!!」

「ノワッ!!」

 

 ポルターガイストを操作しながらもしっかりと右手を地面にたたきつけたヨノワールは、自身を中心に激しい地面エネルギーを放ち、大きな揺れとしてウーラオスを攻撃していく。

 

「ウーラオス、上じゃ!!」

「ラァッ!!」

 

 周りすべてをポルターガイストに囲まれ、地面からは地震が迫ってきているという、まさに八方塞がりな状況に立たされるウーラオス。しかしそんな状況でも全く動じていないウーラオスの主は、ウーラオスにすぐさま指示を飛ばし、その指示に答えたウーラオスは軽く飛び上がりながら前宙返り。そのまま迫って来るポルターガイストの1つに向けて、ひこうタイプのエネルギーを纏った足でかかと落としを行う。すると、ポルターガイストを殴った反動がウーラオスへと帰っていき、その勢いに身を任せた彼が空中へと飛び上がっていく。

 

「追撃!!『かわらわり』!!」

「そのまま宙を舞えぃ!!」

 

 空中へ飛んだことにより隙だらけになったと判断したヨノワールが再び両手を黒く光らせながら猛進。一気にウーラオスへと詰め寄り、左手を右から左へ、右手を上から下へと十字を切るように振り、追撃を行う。これに対してウーラオスが行った戦法は、なんと空中まで追いかけてきたポルターガイストを足場にして宙を舞うというもの。本来なら空中では身動きは取れないはずなのに、両手両足にひこうエネルギーを纏っている今なら、ポルターガイストを無理やり足場にすることが出来るという判断を下し、機動力を無理やり手に入れるその手腕には素直に見惚れてしまう。

 

 そこから始めるのはヨノワールとウーラオスによる空中戦。

 

 ポルターガイストを足場に飛び回るウーラオスと、変化によって手に入れた身体能力を全力で発揮し飛び回るヨノワールによる激しい打ち合い。本来の素早さなら間違いなく自分の方が上のはずなのに、両者の動きはすばやさに自信のある自分でさえ見失ってしまう程身のこなしが上手かった。

 

 ぶつかり合う技と技。そして笑い合うお互いのトレーナー。

 

 ボクの主とウーラオスのトレーナーの本当に楽しそうな笑顔は、見ているだけでこちらも嬉しくなってしまう程。と同時に、少しだけボクの心に影を落とす。

 

「レオ……」

 

 バトルとしては本当に最高峰のモノ。それをこの目で見られたことに物凄く感動は覚えた。しかし、それ以上にその場に自分が立っていないことにとても大きな悔しさを感じてしまっていた。

 

 ボクよりもはるか前から主のパートナーとしてずっとそばで支えていたヨノワール。彼と自分を比べたら、至らないところなんてたくさんあることは百も承知している。初めて彼と並んだときはその圧倒的な実力に気圧されたし、当時泣き虫だった自分はすぐさま泣きそうになってしまっていた。けど、しゃべらないながらも確かな優しさをもってボクと接してくれた彼に抱く感情が、恐怖から憧れに変わるのにそんなに時間はかからなかった。

 

 ボクよりもずっとすごい、ボクのあこがれのポケモン。彼には実力では勝てないとは思っている。けど、それでも、そんな彼に対しても唯一負けたくないものがある。

 

 それは主への想い。

 

 主と初めて出会ったまどろみの森での出来事は今でもしっかり覚えている。初心者用のポケモンとしてとある2人のトレーナーの前に呼びだされたボクたち3人は、どっちに選ばれるのかドキドキしながらその時を待っていた。まだまだ外の世界を知らないボクにとってこれは新しい旅の始まりだし、この先どんな人と出会うのか、そしてどんなポケモンと手を合わせるのか、そんなことを考えれば考えるほど、臆病ながらもワクワクしていた自分が確かにいた。

 

 けど結果は、そのどちらからも選ばれなかった。

 

 サルノリは少年に選ばれ、ヒバニーは少女に選ばれた。元の持ち主に、『きみは俺と来よう!』と呼び掛けてもらえたものの、それでもやっぱり新しい気持ちで外に出る気でいた自分としてはかなりショックな出来事だった。

 

 別にボクを選ばなかった2人を恨んでるつもりはないし、当時のボクはとにかく弱気で、サルノリにもヒバニーにも自分は劣っていると思っていたから、選ばれなかったことも仕方ないという気持ちはあった。だけど、そんなボクでも、確かに悔しいという気持ちに襲われていた。そんな気持ちを抱いていたからこそ起こしてしまった、近くにいたウールーを巻き込んだ失踪事件。後から聞いた話だと、入ってはいけないと言われているまどろみの森に迷い込んでしまって、アーマーガアに襲われたあの瞬間。

 

 ああ、ここで倒れちゃうんだと、全てをあきらめようとしたときにボクの前に現れた運命の出会い。ボクとウールーを守るように立ちふさがった1人の少年。

 

 最初こそ、急に現れたその人に大きな恐怖を感じたけど、その人が放つ優しく柔らかい雰囲気は、ボクの心を一瞬でほぐしていった。そこから彼に介抱され、森から外に出るために一緒に歩いたあの時間は今までで一番安心のできる時間で……

 

(この人と、一緒に旅をしてみたい)

 

 先日まで選ばれることを考えていた受動態な自分が、この人にだけは自分からついて行きたいと能動的に思うようになったあの瞬間。元の持ち主に返される瞬間が、あんなにも嫌だと思ってしまったのは後にも先にもあれが最後だったと思う。そんなボクの思いが通じて、あの人ととともに旅ができるようになった時は本当にうれしかったし、そのあとに初めてサルノリと戦った時に、ボクの力を全部信じて、ボクを勝ちに導いてくれた主には本当に感動したし感謝した。

 

 そこから始まった主との旅は本当に楽しくて……でもそんな旅の途中に主の悩みを知ったボクは、どうにかして主の役に立ちたいと思った。

 

 ボクを外の世界へ連れてきてくれた主のために、ちょっとでもその恩返しをするために、それこそマホイップとの戦いのときは無理を通してでも戦場に出させてもらって活躍して……喜んでくれる主の顔がとてもうれしかった。

 

 けど、それからのジムでは大きな活躍というのはできなかったと思っている。

 

 相手が強くなればなるほど、頼る相手は次第にボクからヨノワールへと移っていった。そのたびに、『昔からの仲間だから仕方ない』という気持ちと、『それでも、その信頼の少しでも自分に向けてほしい』という気持ちがぶつかり合い、とてももやもやした気分を抱えてしまっていた。勿論、優しい主のことだから、ボクたちに対しての信頼に順位をつけているなんてことはないのだろう。だけど、他でもないボク自身がそう思ってしまっていた。そしてその気持ちは今も、こうしてヨノワ―ルとウーラオスの激しい戦いを見ている間にどんどん膨らんでいっていた。

 

「レオ……」

 

 どうすればあの位置に行けるのか。どうすればまた頼ってくれるのか。そして、どうすればヨノワールのように強くなれるのか。

 

(強くなりたい)

 

 ヨノワールのように、彼の隣に誇りをもって立てるような仲間になりたい。

 

 きっとボクの主は、今のボクのまま成長が止まったとしても、あの優しい笑顔を浮かべたままボクを受け止めてくれるだろう。けど、それだと、ボク自身が納得できない。

 

「バスバース」

「グラ」

「レオ」

 

 そんなことを考えていると、後ろからとてもよく聞きなれた声が聞こえてくる。振り向けばそこにいたのは、あの日ボクと違ってちゃんと選ばれたことによって、一足先に旅立ったボクの幼なじみとでも言うべき人たち。どうやら激しい戦闘の音にひきつけられ、いつの間にかここに集まっていたらしい。

 

 あの頃と較べ、みんな最後まで進化したからそれ相応に成長してしまっている。しかしこうして3人で顔を合わせてみるとなんだか懐かしい気持ちが込み上げてくる。たとえ姿形は変わってしまっているとはいえ、3人でじゃれていた思い出が消える訳では無い。サルノリに棒でつつかれた時や、ヒバニーの走った跡に残った火の粉の音で驚いた時に思わず泣いてしまったこともあったけど、なんだかんだあの頃は本当に楽しかった。その時のみんなはただ漠然と、素敵なトレーナーと出会って、素敵な旅が出来ればいいなぁということしか考えていなかった。けど、今はそれぞれが自分が支えてあげたい主がそばにいる。その主のためにここにいる3人全員がもっと強くなることを望んでいる。そんなボクたちの前で繰り広げられる、遥か格上同士の戦い。その様子にボクたちは、ただ見とれるしかできなかった。

 

 これからボクたちは、主たちの人生の大きな分岐点の戦いに参加することとなる。勿論これだけでこの先のすべてが決まるわけではないけど、少なくとも大きな分岐点の1つにはなるはずだ。そんな大事な時に、大好きな主のために活躍できるのは何よりも名誉なことである。けど、今この場で繰り広げられているバトルを前にした時、このままの自分でこれほどの活躍が出来るのかとどうしても悩んでしまう。特に、ゴリランダーとエースバーンに関してはそれぞれの主のエースでもある。……ここに自分の名前が上がらないことにもっと悔しさが湧き上がるけど、とりあえず今は置いておいて……とにかく、この先の大会で活躍するのなら、このヨノワールは必ず立ちふさがる壁となる。つまり、どうにかしてこの壁を越えないと勝つことはできない。けど、今も空中で激しく拳をぶつけ合い、あまりの速さにその動きを見失ってしまう程のヨノワールとウーラオスのバトルを見ていると、自分があのレベルに追いつけるのかがわからない……否、今のままでは絶対に追いつけない。闘う前からこんな気持ちになるのはダメだけど、それ以前の話になってしまっている。

 

 どうすればいいのかわからない。そんなちょっとした後ろ暗い気持ちがボクたち3人を包む。

 

「あら、3人そろって……どうしたのかしら?」

 

 そんな暗い空気に刺さる新しい声。振り返るとそこにはこの道場でご飯を作ってくれる人がいた。

 

「随分と暗い空気ねぇ……せっかくあの人があんなにも楽しそうな表情を浮かべて、あんなにも面白いバトルをしているのに……もっと見とれるものじゃないのかしら?」

 

 若干のとげを含んだような発言は、しかしそんな挑発を受けても燃え上れないほど、ボクたちのテンションというのは高くならなかった。

 

「ま、この先どうにかして勝たないといけない当事者としてあのバトルを見たら、あまり気持ちのいいものではないのは分かるけどね」

 

 そうつぶやきながらその女性はボクたちの横に並ぶ。

 

「けど、明らかに勝てない敵が相手だったとしても、それであなたたちの主はあきらめるのかしら?」

「バス!?」

「グラ……」

「……」

 

 女性の言葉に衝撃を受けたような顔を浮かべるエースバーンと、考え込むような顔をするゴリランダー。かく言うボクも、きっと今は思いつめたような顔を浮かべていることだろう。

 

 この女性が言う通りだ。ボクたちの主は、たとえこのような敵が相手にいたとしても絶対にあきらめない。なのにボクたちだけが先にあきらめることなんてどうして許されようか。……でも、それでも気持ちだけであの壁を越えられるという楽観もできない思いが強すぎて……。

 

 ここまで成長したからこそわかる実力差。どうやったってその差を埋められるパーツが見つからない。

 

「……そんな悩めるあなたたちに、ちょっとだけ手を貸してあげることはできるわよ」

 

 そのパーツを埋めるための試行錯誤をしているときにかけられる女性からの声。

 

「あなたたちが、本気で主のために頑張りたいというのなら……どう?」

 

 女性の試すようなその言葉。これが言葉だけで何の意味もない可能性もあるかもだけど……この女性から向けられた圧力がその可能性を消してくる。その圧力に向かい合うボクたちは、ほんの少しの迷う時間すらなく首を縦に振る。

 

 2人は主のエースとして少しでもその座にふさわしくあるため。

 

 ボクはあこがれのパートナーに少しでも追いつくため。

 

「ふふふ……ほんと、あの子たちも罪なトレーナーね。ポケモンにこんなに思われているなんて……ついてきなさい。あなたたちにとっておきの料理をふるまってあげるわ」

 

 嬉しそうに呟いた女性は、そのまま道場のキッチンの方へと足を進めていく。

 

「ヨノワール!!『かわらわり』!!」

「ウーラオス!!『あんこくきょうだ』!!」

 

 その女性を追いかけるボクたちは、後ろから聞こえる戦闘音には振り向きもしなかった。

 

 だって、あの場所に立つためにも、少しだって時間は無駄にしたくないから。

 

「レオ……!!」

 

 むしろ次は、自分があのバトルをする番なのだ。そう決心したボクは、静かに闘志を燃え上がらせながら、道場へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヨノワール

というわけでようやく最終形態。フリアさんとおそろいの瞳と、ペアルックのようなマフラーを巻き、おなかの口からはメガリザXのような水色の焔が漏れ出る姿。
どこかで見かけたような気がする、記憶の中の「もしヨノワールがメガシンカをしたなら」というものを少し参考にしてみた姿です。今はもう検索しても出てこないかもですね。ゲッコウガもサトシさんを模したと思われる黒い前髪のようなものが出てきていたので、ヨノワールにもフリアさんの姿に少し似せてみています。目元を黒いマフラーで少し隠すヨノワールの姿に、1人で妄想して勝手に悶えている変な人の妄想の産物ですが……どうでしょうか。

インテレオン

フリアさんたちがバトルしている一方で行われるお話。インテレオンたちにも、この間指をくわえて待っているわけではありません。どうやら道場の料理担当であるあの女性に何かをしてもらうようですが……いったい何なんでしょうかね?




新ポケたちのパワーが高くてとてもびっくりしています。歴代で一番新ポケが多い環境になっていますよね。個人的にはとても新鮮なバトルが出来るので嬉しかったします。それでいて、エルレイドのように新しい特性を貰って強くなった既存ポケモンたちもいるので嬉しく思います。

エルレイド……新技ももらって本当に頼もしい……よかった……






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153話

SVが楽しくて止められない……推しはペパーくん、サワロ先生、チリちゃんになりそうです……。


 道場のバトルコートにてフリアとマスタードによる手合わせが行われている時、裏ではもうひとつの特訓が行われていた。その会場は一礼野原の砂浜。道場からでは死角となっており、深夜ということもあり、唯一の駅ももう閉まっているため、今この場にいるのは秘密の特訓をしているものだけとなっている。

 

 では肝心の特訓をしている人は誰なのか。それは……

 

「いいわよエルレイド。だけどあと少し踏み込みを前に出来れば、あなたのその切れ味はもっと素晴らしいものになるわ。このあと少しの踏み込みがあなたをより成長させるの。踏ん張りどころよ」

「エ……エル……ッ!!」

「いい気合いね。ガブリアス、もうちょっと付き合ってもらってもいいかしら?」

「カブァ!!」

 

 エルレイドと呼ばれた僕と、雄たけびをあげながら相対するガブリアス。そしてそのガブリアスの主であるシロナ様だ。

 

 主様とヨノワールが急に飛び出したことが気になった僕は、インテレオンが外に出ていったのをきっかけに、少しまどろんでいた意識をしっかりと覚醒させて外に出る。すると、開け放たれていた窓から何やら凄い戦闘音が聞こえてきたため、もしかしたら主様に何かがあったのではないかと思い、慌てて駆け寄る。するとそこには、とても楽しそうに戦う主様と、いつもの姿とは違う、そして物凄い力を感じるヨノワールの姿だった。

 

(凄い……)

 

 空中を飛び回り、ウーラオスと対峙するヨノワールは今まで見たことの無い動きで打ち合っていた。と同時に、動きもパワーも何もかもが違うその姿を見て、僕は素直に見とれ、憧れてしまった。

 

 洗練された技は鋭く相手の急所を捉え、かといってたまに混ぜられる力任せな一撃は、より強力なものとして相手の身体を薙いでいく。柔と剛。そのバランスがとても綺麗で、見ているだけでこちらの心まで熱くさせられてしまう程。

 

 こんなすごいバトルを見させられて何もしないなんて絶対できないし、何よりも、ヨノワールの強さを改めて知ったボクは、ここで引き離されてしまったら主様を守る時にそばに立てない可能性があると思った。ただでさえ、1度イワパレスの件で失敗してしまいそうになったのに、2度目なんてあっていいはずがない。

 

 能力の出力がへたくそで仲間から外されて、1人でさまよっていた時にダイマックスの力に囚われたボクを助けてくれた主様。そんな主様を危うく傷つけてしまう事となったあの事件。結果としてはエルレイドに進化することができ、より主様をしっかりと守ることが出来るようになったけど、まだまだ力不足は否めない。あのヨノワールの戦いを見ていたら、その気持ちはさらに大きくなってしまった。なら、僕が今からやることなんて1つしかない。どうやらインテレオンも何かを感じているみたいだし、ここでインテレオンにまで差をつけられるわけには絶対に行かない。

 

 ヨノワールとの差があるのはまだ納得できるけど、ほぼ同期であるインテレオンとの差が出来てしまうのはさすがに看過できない。向こうは何も思っていないかもしれないけど、少なくとも僕は対抗意識を抱いている。そんな相手が何かを得るために動くというのなら、僕だって動かないわけにはいかない。そう思い至った結果、外に出た時にたまたま見かけたシロナ様に師事をお願いしたというわけだ。

 

 本来なら僕たちポケモンの言葉というのはなかなか主様たちには通じにくいのですが、そこはかんじょうポケモンから進化した僕の能力の見せ所。流石にそのあたりはサーナイトの方が優秀なため、エルレイドである僕には完全に伝えることは不可能だけど、それでもある程度を伝えることはできる。それに、シロナ様ほどのトレーナーとなれば、その『ある程度』を伝えるだけでも十分受け取ってくれる。

 

「成程ね……いいわよ、付き合ってあげるわ。……ふふふ、本当罪な子ね。フリアも」

 

 そんな僕の狙い通り、しっかりと意味を受け取ってくれたシロナ様はそのまま僕とガブリアスを連れて、一礼野原のビーチへ移動。その砂浜にて特訓をはじめ、冒頭に戻るというわけです。

 

 ガブリアスと僕によるぶつかり合いは、道場の方から聞こえてくる戦闘音に比べたらまだまだ静かなものかもしれないけど、音が小さい=戦闘の規模が小さいという訳では無い。マスタード様もシロナ様も、どちらも1度頂点にたった実力者。その腕前に優劣などつけられるはずもなく、2人とも等しく強い。マスタード様が力で押すタイプなら、シロナ様は戦術で相手を撹乱して自分のペースに引き込む、いわば主様と同じ戦い方のトレーナー。つまり、このガブリアスの動きを理解すれば、間接的に主様の戦い方も理解出来る。

 

 主様はよく突飛な発想をして、僕たちにとんでもないことをお願いしてくることがある。けど、それは僕たちの実力を理解し、そのうえで僕たちなら出来ると信じてお願いをしてくる。

 

 そう、先程から言っている通り、あくまでも()()()

 

 きっと主様のことだから、僕たちが出来ないと返事をしても、僕たちを怒ることなく別のプランを考えて勝つ道を探す手繰り寄せることだろう。けど、僕たちをまっすぐ信じて伝えられるその言葉は不思議な力を含んでおり、僕たちに勇気を与えてくれる。僕が技の出力に困っている時だって凄い奇抜な解決方法を提案してくれたけど、なぜか失敗する気はしなかったし、実際そのおかげで僕はこうして成長することが出来たのだから。

 

 そんな主様にお願いをされれば、誰だって答えたくなるに決まっている。少なくとも、主様の手持ちのみんなは同じ気持ちのはずだ。なら、この先もっとされるであろう無茶なお願いに絶対に答えるためにも、もっともっと強くなって、もっともっと主様を助けたい。

 

 想いは拳にのり、そのまま威力へと変換され、打ち合っているガブリアスへと叩き込まれていく。それに対してガブリアスも、どこか嬉そうな表情を浮かべながら僕との稽古を続けてくれていた。

 

「……よし、そこまで!2人ともお疲れ様。今日はこのあたりにしましょうか」

 

 そんな楽しく充実した時間は、だけど僕の想像よりもあっけなく終わってしまう。空を見上げてみれば、星がかなり動いていることから思ったよりは時間が経っているようだけど、それでも個人的にはまだ動き足りないと思ってしまう。そのことを証明するかのように、僕の身体からは若干の不機嫌オーラがこぼれてしまっていた。

 

「オーバーワークは体調管理の大敵よ。ヒカリやフリアもよく言っているでしょ?」

「エル……」

 

 当然そのことを感じ取っているシロナ様は、僕を諭すように柔らかく言葉を伝えてくる。

 

 身体と心はもっともっと頑張りたいと伝えて来るけど、こうやって主様を引き合いに出されると頷かざるを得ない。強くなりたいという気持ちは大きいけど、主様に迷惑をかけるのはもっと嫌だから……。

 

「うん、えらいえらい。本当にいい子ね」

 

 自分の想いを何とか抑え込みながら耐えているところに、シロナ様の手が優しく載せられる。その温かさに身をゆだねていると、シロナさんが僕の目の前に何かを見せてきた。

 

「大丈夫。私が教える限り、あなたに損なんて絶対にさせないわ。……あなたに渡したいものもあるしね」

 

 それはとてもきれいな石で、色も形も全く違うはずなのに、その石を見るとどうしても心がざわついてしまい、つい僕が進化したあの瞬間に見ためざめいしを思い出してしまう。

 

「この石は、あなたの想いを叶えてくれるもの。だけど、今あなたに渡しても意味がないものでもあるわ」

 

 シロナ様の指の間で輝くそれはとてもきれいな球体状の石で、1つの傷もない綺麗な新球の形をとっていた。さらにその新球の中心に見えるものは、僕の体の色を表したような緑とピンクの遺伝子が螺旋を描いている姿だった。その模様に見とれていた僕は、シロナ様の言葉が通り過ぎかけてしまう程に夢中となっていた。

 

「多分、フリアは元となるものを持っていないでしょうし、そもそもジムチャレンジでは使用を禁止されているからね。だからあなたがこれを使うのはきっと……」

 

 そこまで言いかけてシロナ様はぎゅっと石を握り締めた。

 

「あなたも感じ取ったわよね。この石の力……」

 

 コクリと、シロナ様の言葉にゆっくり頷く僕。

 

「私の特訓についてくることが出来れば、この石をあなたに託すわ。だから今日は休みましょ?」

 

 頷く僕に差し伸べられるシロナ様の手をそっと取り、特訓で疲れた体を休めるためにそっと深呼吸。

 

(そうだ。まだまだ時間はある。今は焦る時じゃない)

 

「エル!」

「よし、じゃあ帰りましょうか」

 

 僕の返事に嬉しそうに頷いたシロナ様は、ガブリアスをボールに戻しながら道場へと歩いて行く。その後ろについて行くと同時に、再び道場から大きな音が響き渡った。

 

「……どうやらあちらも落ち着いたみたいね」

 

 恐らくこの音の発生源は、主様とヨノワールだろう。

 

(今度は、僕がその場所へ……!)

 

 シロナ様の後ろでそっと拳を握った僕は、新たな誓いを立てて道場へと戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 あがる息にかすみ始める視界。

 

 実際にはそんなに経っていないのかもしれないけど、もうかれこれ1時間くらいはぶっ続けで戦っているような気がするほどの疲労が体に襲い掛かって来る。そんなボクの目の前には、ボクと同じように肩で大きく息をする2人のポケモンの姿。

 

 片方はウーラオス。今ボクが相手をしているマスタードさんのエース。

 

 片方はヨノワール。現状ボクと感覚を共有させ、新たな力を発揮しているボクのエース。

 

 そんな両者が物凄く息を乱しながら、しかしそれでいて決して闘志を潰えることなくにらみ続ける。

 

「うむ……実に楽しい時間だ……。本当に、ここまで燃えるのは何時ぶりか……」

「それは……よかったです……」

 

 ウーラオスとヨノワールによるぶつかり合いは激しく、そして拮抗していた。

 

 新しい力にめざめたヨノワールは、その圧倒的な力とスピードで。長年の研鑽によって洗練されたウーラオスは、経験と技術によって。お互いの決め手を確実につぶし合いながら行われるバトルは、永遠に続くのではと思われるほど互角で、30を超えたくらいから数えるのをやめてしまう程拳をぶつけ合った。その数は多分3桁なんてざらに超えているだろう。しかし、その均衡した状況は、完全なイーブンではなくボクたちの不利という状況へ傾いて行く。理由は物凄く単純だ。

 

(この状態……維持するのに……体力の消費が……半端ない……!!)

 

 今日初めて行ったヨノワールとの完全な共有化。発揮される力は物凄く、本来なら勝てないであろうウーラオス相手に善戦どころか、下手したら押し勝つのではないかという場面も多々あった。しかし共有化しているだけあり、ヨノワールの増加した運動能力の分、ボクに返って来る負担も比例して大きくなっていた。

 

 今もまた、ボクとヨノワールの右手のかわらわりが左から右に振られるものの、初めてこの状態になった時のようなキレはなく、バックステップでウーラオスに避けられた技は空を切る。

 

(体が……重い……重心が腕に持っていかれる……空振りが1番きつい……!)

 

「じゃが、さすがにもう限界のようじゃな。恐ろしく強い力じゃが、まだ慣れておらん。次手合わせするときは是非とも、その力をも手中に収めてほしい……だから……」

 

 ヨノワールのマフラーが少し形を保てなくなり始めているあたり、いよいよこの状態を維持できなくなっているのかもしれない。勿論、ここまであからさまならマスタードさんだって気づく。だからこそ……

 

「今回は……これで決めるぞ!!」

 

 腰を少し落とし、右手に黒いオーラを纏わせながら意識を集中させるウーラオス。文字通り、この一撃で決めるつもりだろう。本来ならつばめがえしなどでいなして、僕の体力が尽きるのを待てばいいのにそれをしないところに、マスタードさんなりの武士道精神を感じる。

 

 ボクも、それに応えなくては。

 

「ヨノワール!!」

「ノワッ!!」

 

 怠い体に喝を入れて無理やり起こし、最後の攻撃の準備をする。

 

 周りの岩に使っていたポルターガイスト用の霊力をすべて右手に集中させ、ヨノワールの右手を黒く怪しく光らせていく。その輝きは、まるですべての光を飲み込もうとしているかのようにも見えるほど強く、そして重く輝いていく。

 

 正真正銘、最後の攻撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端に静まり返るバトルコート。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に動いたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウーラオス!!」

「ウラァッ!!」

 

 ウーラオスだった。

 

 マスタードさんの声を引き金に弾かれたように飛び出したウーラオスは、今日一番のスピードをもってヨノワールの懐に飛び込み、右こぶしを思いっきり後ろに引き絞る。

 

「ヨノワール!!『かわらわり』!!」

 

 あまりの速さにウーラオスの駆ける音が遅れて聞こえて来るけど、共有化しているボクたちには確認が可能だ。むしろ自分から近付いてきてくれたことで攻撃を合わせやすくなる。

 

「ノワッ!」

「ラゥッ!?」

 

 己の全速力にまさかカウンターを合わせられるとは思わなかったのか、驚愕の表情を浮かべるウーラオス。このまま右手を右から左に薙ぎ、ウーラオスの側頭部にかわらわり叩き込めばボクの勝ちだ。

 

(とった!!)

 

 しかし、マスタードさんは慌てない。

 

「ウーラオス!チャージ!!」

「ッ!!」

 

 マスタードさんの言葉にハッとしたウーラオスがさらに1歩踏み込んで、ヨノワールに向かって左肩によるチャージを行う。

 

「うぐっ!?」

「ノワッ!?」

 

 お腹に急に襲い掛かる衝撃に、思わず呼吸が止まり、体が後ろに傾く。それでも何とか倒れないように体を支えることには成功したものの、後ろに少し下がってしまったせいでヨノワールのかわらわりはウーラオスの眼前を通りすぎて空ぶってしまう。

 

「しまっ!?」

 

 本気で振っていたため、態勢は崩れ明確な隙となる。当然そんな大きな隙をマスタードさんが見逃すわけがない。

 

 

「ウーラオス!!『あんこくきょうだ』ァッ!!」

「ウラァァッ!!」

 

 

 力強く握りしめられる、ウーラオスの真っ黒な右拳。

 

 限界まで引き絞られ、ありったけの力がそそがれた必殺の一撃が、マスタードさんとウーラオスのがなり声とともに打ち出される。

 

 音を置き去りにする必殺の一撃は、態勢を崩したヨノワールに避けるという動作を取ることを許さない。瞬きの間に繰り出されたその一撃は、ヨノワールの体の中心に吸い込まれる。

 

「ノワッ!?」

「あぐっ!?」

 

 突如襲い掛かるとてつもない衝撃。

 

 お腹の奥に響くその衝撃。

 

 ボクも、ヨノワールも、この衝撃によって意識を揺さぶられ、次に力抜け、体が傾いて行く。

 

 徐々に地面に近づいて行く視界が、今ボクが前に倒れようとしていることを如実に表していて。

 

 膝も折れ、地面に落ち……

 

 

 

 

「ノワァァッ!!」

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 ヨノワールの叫び声を聞きながら身体に喝を入れ、無理やり身体を支える。

 

「ウラッ!?」

「なんと!?」

 

 まさか耐えられるとおもなかったマスタードさんの驚く声が聞こえた。それもそうだろう。本来ならこんな一撃を貰えば、ボクたちはこんなギリギリの状態じゃなくても一撃で倒れていたはずだ。ではなぜボクたちは耐えることが出来たのか。その答えはヨノワールというポケモンの特徴にある。

 

「うぐぐ……腹筋……きつい……!!」

「ノワ……ッ!!」

「まさか……お主……ッ!!」

 

 ヨノワールの身体はかなり大きい。それこそボクの身長分よりもさらに高い位置に首があるくらいには。そんなヨノワールの大きな身体にはとある特徴がある。それは身体を横切る大きな黄色い線……現在は水色の焔を両端から溢れさせているその部位。

 

 そう、ヨノワールの()だ。

 

 人間なら顔の下半分に存在するその部位は、ヨノワールの場合は胴体の真ん中に存在する。ウーラオスがあんこくきょうだを放ったのは、そんなヨノワールの口がある胴体だった。

 

 ここまで言えばわかるだろう。ボクとヨノワールが耐えることが出来た理由、それは……

 

「お腹の口で右手首を噛んで、無理やり止めおったか!!」

「うぐぐ……」

 

 マスタードさんが正解を口にするけど、正直それに反応するどころではない。

 

 ボクとヨノワールの身体は感覚が共有されている。つまり、今ヨノワールがお腹に力を入れてウーラオスの拳を止めている感覚も返ってきてるわけで……

 

(自分の体にない部分の感覚が返ってきて妙に気持ち悪い……!!それに……おなかに力を入れ続けないといけないから腹筋がはちきれそう……!!)

 

「ウ、ウラァッ!!」

 

 今この瞬間も腹筋に力を入れ続けているせいでしんどくて仕方がない。そんな地獄の筋トレをしている中、ようやく自分の今の状況を理解したウーラオスが慌てて右腕を引き抜こうとする。しかし、ここでウーラオスの拘束を外してしまえばいよいよ勝機をなくしてしまう。だから……!!

 

「絶対に……逃がさない!!」

「ノワッ!!」

 

 ヨノワールとともに左手を伸ばし、ボクは自分のお腹の前の空間を握り締め、ヨノワールはウーラオスの右腕をがっしりと掴む。

 

 これでもう、逃げられない。

 

「ウラッ!!ウラッ!!」

 

 それでも何とか逃げだそうとウーラオスが必死の抵抗を行うけど、ボクとヨノワール。2人分の力が加わったその手は、何があっても動くことはない。

 

 その状態のまま、ボクとヨノワールはゆっくりと右手を持ち上げる。

 

 ボクの白い手と、ヨノワールの黒い手が、真上に掲げられた。

 

 

「ヨノワァァァァルッ!!」

「ノワァァァァァッ!!」

 

 

 ウーラオスとマスタードさんが挙げた雄たけび。その声に負けないくらいの声量を上げるボクとヨノワールは、そのまま動けないウーラオスの上から全力のかわらわりを叩き込む。その衝撃はとてつもなく大きく、ウーラオスを通して地面まで流れ、地震と衝撃音となって辺りに響き渡る。

 

「はぁ……はぁ……」

「ノワァ……」

 

 文字通り、正真正銘最後の一撃。

 

 全てを出し切ったボクとヨノワールは、一気に脱力。共有化も切れてしまい、ヨノワールの姿も元に戻ってしまった。

 

「もう、指1本も……動かせない……」

 

 もう風が吹くだけで倒れそうなボクは、それでも何とか気力だけで立つ。だって、まだ戦いは終わっていないから。

 

 ボクとヨノワールの視線の先には、かわらわりを受けたというのに微動だにしないウーラオス。依然として動くことの無い姿に、『もしかしたら効いていないのではないか』と不安になる。しかし、その不安は一瞬で霧散した。

 

「……」

「立ったまま……気絶してる……」

 

 ヨノワールの一撃にて最後の体力を奪われたウーラオスは、しかし決して背中を地面につけることをよしとしなかった。その姿に素直に賞賛の念を送りながら、同時に安心感に包まれたボクの意識はゆっくりと閉じられていく。

 

「勝てた……?よかっ……た……」

 

 ウーラオスと同じく、体力の限界を超えたボクは、そのまま身体を倒していく。

 

「ノワッ!?」

 

 最後にボクを呼ぶ声と、身体を抱き上げる優しい感覚に包まれたボクは、とうとう意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻れ、ウーラオス。……お主の戦い、見事じゃったぞ」

 

 立ったまま右腕を前に突き出した状態で固まっているウーラオスに、労いの言葉をかけながらリターンレーザーを当てて、ボールの中に戻してあげる。そのボールを腰のホルダーに戻しながら視線を前に向けると、そこには大切そうに主を抱えるヨノワールの姿。

 

 もう既にあの不思議な状態は解かれており、ワシの見慣れた姿に戻った彼は、いきなり気を失った主に対して焦りながら、しかしそのことを決して表に出さず、努めて冷静に介抱を行っていた。その冷静さにまた舌を巻く。本当に、心から信頼しあっているのであろう。

 

「見事じゃったぞ。お主らの本気」

「ノワ……」

 

 そんな彼らの行動を称えて声をかける。しかし、ヨノワールは喜ぶどころか、フリアを抱えたまま少し警戒するような目でこちらを見つめてくる。

 

「安心せい。疲れから気を失っておるだけじゃ。すぐに道場で診て、安静にすれば明日には元気になっておるはずじゃ。……まぁ、全身筋肉痛くらいにはなってそうじゃがな」

 

 警戒を解くために投げかけた言葉は、ヨノワールの心を落ち着けることに成功したようで、彼から感じるプレッシャーが少し落ち着いていく。この物分りの速さも、バトル中の判断力の速さに繋がっているのだろう。その結果がお腹の口によるキャッチなのだから。

 

 と、さっきの戦いを振り返ると、落ち着いていた身体がまた湧き上がってしまうのを感じる。

 

「かっかっか……本当に、実に楽しかった……フルバトルでは無いとはいえ、本気のぶつかりは久方ぶりだったからな……しかもその上で負けたときた。本当にあっぱれよ」

「ノワ……」

 

 湧き上がった感情のままヨノワールに対して賞賛を再び送るが、またもやヨノワールの反応は芳しくない。理由は、ヨノワール本人が納得していないからだろう。

 

 さっきも言った通り、全力とはいえ今回はフルバトルでは無い。それに、確かにウーラオスは負けたが、それは最後に力比べという戦法を取ったため。ここで力比べではなくつばめがえしによるいなしを選択していたら、間違いなくヨノワールたちのスタミナが切れ、あの状態が解除されていただろう。そうなってしまえばウーラオスが負ける理由は無くなる。つまり、ヨノワールからすれば、わざわざ勝てるチャンスを与えられたと感じてしまうのだろう。

 

 そのストイックさが、ますますワシを魅了する。

 

 恐らく、頑固なこやつには何を言ってもこの勝負の結果には納得しないであろう。だから、ワシから折衷案を出す。

 

「ヨノワールよ。そんなに納得がいかぬのなら此度の勝負は、引き分けとしよう」

「ノワ……」

 

 ワシの言葉に少し疑問の声をあげるヨノワール。だがそんなことを気にすることなくワシは言葉を続ける。

 

「次はフルバトルで、本気の()()()()()戦わせてもらう。……その時までに、その力を己のものとするが良い」

「……」

 

 最初こそ疑問を浮かべていたものの、徐々にその雰囲気を引き締めていくヨノワール。

 

 その瞳にはもう、次戦う時は勝つという決意しか映っていなかった。

 

(実に若く、実にエネルギッシュ。思わずこちらも若返ってしまうわい)

 

 そんな彼からの視線にこちらも少し燃えてしまう。だが、今はまだ、抑えなくては。

 

「そういうことだから、まずは身体を休めるよん。……フリアちんも、大分無理をしたみたいだしね〜」

「……ッ!!」

 

 わしちゃんの言葉でようやく落とし所を見つけたヨノワールが、慌ててフリアちんの介抱に戻っていく。その少し慌てた姿が妙に愛らしく、先程まで死闘を繰り広げていた猛者にはちょっと見えなかった。そのギャップが面白く、つい頬が緩んでしまう。

 

「ふっふっふ〜。何はともあれ、道場に戻るよん」

「ノワ」

 

 けど、早くフリアちんを休ませたいのはほんと。すぐさまヨノワールを連れて、道場への道を歩いていく。

 

(ああ、本当に……未来が楽しみな子たちだ……)

 

 その道中、ワシの心は、きっと明るい未来を視て、さらに湧き上がっていた。

 

 どうやらワシも、まだまだ若いらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エルレイド

ガラル地方のもう1人のエースを狙う子です。マホイップたちが狙っていない訳では無いですが、インテレオン、エルレイドの2人はちょっとほかのメンバーと比べても意思が大きいですね。出会いと過去が原因ではありますが。そして何やらシロナさんから不思議な石が……シロナさんが言うには、ガラル地方にいる間には使わなさそうみたいですね。さて、一体なんなのでしょうか?

ヨノワール

ということで、何とか勝つことは出来ましたが、マスタードさんとヨノワールは納得していませんね。当然フリアさんも納得してません。記述している通り、マスタードさんが逃げに徹していれば、間違いなく勝てますからね。公式戦ではその戦法をとったでしょう。しかし、彼らの性格ならここで安全策には絶対走らないですよね。実は当初の予定ではもうちょっと戦闘を切るか、ヨノワールが敗北するルートを考えていたのですが……この状態に初めてなったというのに、負けるのもなにか変だったので、間をとってこのような結果に。フリアさんも気絶してしまっている以上、完全な勝利とは言えない感じでもやもやするかもしれませんが、ご了承くださいませ。




さて、そろそろヨロイ島のお話も終わりが近づいていたりします。書きたいことはだいぶかけましたので……となると次はあちらですね。あちらではどんなことが起きるのでしょうか……?






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154話

「んぅ、うぅ……」

 

 柔らかな心地に包まれて、鼻腔をくすぐる少し甘い香りに心地良さを感じてしまい、少し声が漏れてしまう。けど、その匂いや心地良さに身を委ねようと身体を捩った瞬間に、体の節々から少し鈍い痛みが入ってしまう。それがちょっとしたストレスになることにより、微睡んでいる意識が少しだけ起こされる。

 

「もぅ……ちょっ……と……」

 

 でもそれ以上に、身体の芯に染み込んでしまっている疲れがボクにのしかかってきて、ボクの身体を布団の中へと引きずり込んでいく。

 

 疲れによる脱力感に身を委ね、眠りにつこうとするものの、それを邪魔する身体の痛みという構図に、自分でもどうしていいのか分からず、少しいらいらを募らせながら布団の中でもぞもぞと動いていく。すると、頭にふと柔らかいものが載せられるような感覚に陥る。

 

 それはとても暖かく、ボクの心をゆっくりと落ち着けてくれ、ストレスといらいらと痛みによって苦しかった呼吸をゆっくりと整えてくれる。

 

(優しい……)

 

 頭の上からじんわりと広がっていく暖かさと優しさに身を委ねていくボク。すると、ボクの中で消えそうになっていた眠気が再び押し寄せてきた。このまま身を任せれば、また夢の中にゆっくりと浸ることが出来るだろう。そう思ったボクは、特に抵抗することなくその眠気を受け入れる。

 

「ありが……と……ぅ……」

 

 その前に、せめて今ここで優しくなだめてくれた人、もしくはものに対してお礼をしなきゃと思ったボクは、最後の気力を振り絞ってお礼を口にする。自分でも上手く発音できているか不安だったけど……

 

「どういたしまして」

 

 そんなボクの不安を消すかのように、頭に何かを乗せられた時よりももっと暖かく、優しい返事が鼓膜にそっと寄り添ってくれた。その声に満足したボクは、今度こそ意識を夢の中へと落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありが……と……ぅ……」

 

「どういたしまして」

 

 安らかに微笑みながら熟睡しているフリアヘ返答をした私は、規則正しい呼吸をしながら体を休めている彼の髪を優しく、丁寧に撫でながら、そっと顔をのぞき込む。安らかな顔を浮かべながらぐっすりと寝ているその姿は、童顔もあってかいつも以上に幼く見えてしまい、とてもじゃないけど年齢もトレーナー歴も私よりも上の人だなんて思えない。むしろ『もし私に弟がいたらこんな感じなのかな』なんてことを思っていまうくらいには庇護欲をそそられてしまい、ついつい頭を撫でる手が進んでしまうほど。

 

「でも、戦っている時は凄くカッコイイんだよね……」

 

 ふと思い出されるのは、私がリアルタイムで直接試合を見ることが出来た、メロンさん、ネズさん、そしてキバナさんとのジム戦の様子。毎回毎回あの手この手でいろいろなピンチを乗り越えて、でも絡め手だけじゃなくてちゃんと真正面からのぶつかり合いだって出来て……

 

(だからこそ、私は憧れたんだから……)

 

 いくら触っても一向に起きる気配のないフリアの頭を優しく撫でながら、昨日の夜のことを思い出す。

 

 昨日は、一昨日がダクマとの特訓で夜更かししすぎちゃったから、その反省を込めて早めに寝たんだけど、途中私が寝ている部屋の外からバトルの音が聞こえてきたから1回だけ目が覚めて起き上がっていた。

 

 外から聞こえる音の正体が気になった私は、ゆっくりと窓に手をかけたところで……

 

『ヨノワール!!『かわらわり』!!』

 

 というフリアの声がかすかに聞こえたため、すんでのところで窓から離れた。

 

 フリアがこんな時間に誰かと戦う。もしくは秘密の特訓をしている。それも切り札であるヨノワールと。そうなると、多分フリアは共有化についてのさらなる進化を目指しているんだと思う。

 

(あの時のフリア、物凄く気になったなぁ……)

 

 けど同時に、現在の私たちの現在の状態も頭によぎる。

 

 私たちは仲間であると同時にライバルだ。もう少し経てば、ジムチャレンジを突破した人たちによるトーナメントが開催される。その時に正々堂々と戦えるように、お互いの手の内をあまり公開しないための個別特訓なのだ。

 

(でもあそこで私が覗いちゃったら、その意味が無くなっちゃうもんね)

 

 だから、昨日は自分の好奇心を押し殺して、再びベッドに体を沈めた。直ぐには寝付けなかったけど、程なくして音も止み始めたので、疲れがまだ残っていた私は割と時間をかけることなくまた寝付けることが出来た。そして今日。まるで昨日とは真逆のことが起き、みんなに押し切られる形でフリアを起こしに来た私。そんな私が見たのが、ちょっと苦しそうにうなされているフリアの姿だった。そこから冒頭に戻るわけなんだけど……

 

「全く……昨日どれだけ無茶したんだか……」

 

 フリアが共有化って言っている現象を使い始めたあたりから、こうやって体調を崩すというか、倒れるというか……明らかに無茶をする回数が増えた気がする。正直、何回見ても痛々しいし、できればあまり使って欲しくはない。けど、フリアの想いとか、フリアと戦うことを考えると止めることなんてできなくて。

 

「ほんと、心配させすぎ……全く……人の気も知らないで……」

 

 最近はフリアがあの状態を発動する度に私の心はハラハラしてしまう。だから、みんなは盛り上がっていたキバナさんとの闘いだって、私はカッコイイという気持ちの裏で、どこか心の奥では無事でいてと祈り続けていた。勝った時だって、嬉しいという感情よりも、無事に終わってよかったという安心感の方が強かった。これも全部、惚れてしまったよしみと言われたらそれまでなんだけど……

 

「もう……このこの!」

 

 そんな不満を指先に乗せてフリアのほっぺにぶつけてみる。これくらいはしても許されるだろう。

 

「って……ほっぺた柔らか……もちもち……」

 

 指先から伝わって来るその感触と温かさに、ついつい指が動いてしまう。肌に張り付くようなもちもち感は、とても魅力的かつ心地いいもので、可愛い寝顔姿と相まって本当に男の子なのかと疑いたくなってしまう程だ。こんな見た目で料理もできて、面倒見もよくて、なおかつしっかり者で……

 

(私よりもよっぽど女子力高い……)

 

 ほっぺをつんつんしながら、自分と比べた時のその能力の高さに、果たして自分はこの人の隣にちゃんと立てるのかがちょっと心配になる。特に私は料理が得意ではないし、家事もできるかどうか……

 

(っては私は何の想像しているの!?いくらなんでも気が早すぎるよ!?)

 

「ぅう、うぅ~ん……」

「うわぁ、ごめん!?」

 

 私が変な未来の想像をしているうちに、私がフリアのほっぺを突くスピードがどんどん上がっていったみたいで、触られすぎたことによってちょっと苦しそうな声を上げるフリアに慌てて謝罪の声を上げる。そういえば、今のフリアは昨日疲れが大きすぎて休息をしている状態なのだ。本当は昨日のやり返しをしておいでってヒカリに言われて、寝ているフリアを起こすためにここに来たんだけど……このあまりにも疲れている様子から、今日の午前中はずっと眠らせてあげた方がいいだろう。そのためにも、そろそろフリアをいじるのもこの辺にして、私は1度部屋を出た方が良さそうだ。

 

「邪魔してごめんね?」

 

 そう言いながら、ほっぺをつついていた指を再び頭の上に持っていき、再度なでなでしてあげる。すると先程まで少し不満そうな顔を浮かべていたのが、再び幸せそうな顔に変わっていく。この表情の変化を見ていると、なんだか母性をくすぐられる。

 

(昨日のフリアも、こんな気分だったのかな……?)

 

 と心の中で思ったと同時に、昨日の出来事を思い出してしまい、思わず頬が赤くなってしまう。

 

「……ちょっとくらい、甘えても……いい、よね?」

 

 さすがにおでこに……その……あれするのとかは恥ずかしいから……寝ているフリアの体を軽く抱きしめるに留めておく。

 

「……暖かい」

 

 体に感じる確かな温もり。その温度に、私の心も身体もじんわりと温められていく。それがとても心地よくて、願うことならずっとこのままでいたい。そんな気持ちにさせてくれるような安心感が私の体を包み込む。けど、ずっとこうしている訳にも行かない。

 

「よし、満足!……フリアはもうちょっとゆっくりしてから来てね」

 

 一通り満足した私は、そっとフリアの元から離れてドアの方へと向かう。

 

 できる限り音を立てないようにゆっくりとドアを開けた私は、最後にフリアの方を向きながらそっと呟いた。

 

「ゆっくりおやすみなさい。フリア」

 

 さあ、今日も厳しい特訓の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「録画完了ロト!録画完了ロト!」

「……」

「いいもの撮っちゃった!!で、どうだったユウリ?フリアの暖かさは。ご感想をどうぞ!!」

「……今すぐ消してください!!」

 

 今日も道場は平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……あぁ……いっつつ……」

「おうおう、眠り姫さん。今日は辛そうだなぁ?」

「誰が眠り姫か!!」

「午後入る直前まで眠ってたらそう言われるのも仕方ないだろ?」

「うぐ、あまり反論できない……」

 

 マスタードさんとの激闘から次の日。目が覚めたボクの目に最初に入ってきたのは、最近ではもう見慣れてしまった天井だった。ボクの記憶が正しければ、マスタードさんとの闘いの決着がついた瞬間に気を失ってしまったため、勝った実感もなければ記憶も曖昧だ。けど、ベッドで目が覚めたことから、おそらくヨノワールがボクをベッドまで運んでくれたということなのだろう。後でお礼を言わないとね。

 

 そんなこんなで目が覚めたボクなんだけど、正直体調はあまり良くない。

 

 お昼に目が覚めてしまうくらいには熟睡していたんだけど、まだまだ体はほんのりとだるく、身体の至る所は筋肉痛で常にちょっとピリピリしてしまう。日常生活をする分には問題は無いんだけど、動く度にちょっと痺れるこの感覚はいいものとは言い難い。真面目に今からもう一度布団に入ってしまえば、もう1,2時間位は眠ることが出来そうな気がする。……特訓はしたいからそんなことはしないけどね。

 

「でも実際珍しかね。そんなに疲れることがあったと?」

「まぁ昨日、色々とね……」

 

 思い出されるのは昨日起こったヨノワールとの共有化の先……えっと……仮名で一体化、とでも言えばいいのかな?あの現象によるヨノワールの進化は目覚しいものがあった。ただ、見てのとおりそれ相応のリスクというかデメリットと言うか代償というか……少なくとも、今のボクに上手く扱えるという訳では無いということはよくわかった。

 

(まさか大会に向けての作戦立て兼最終調整の場面で新しい課題が見つかるとはなぁ……)

 

 でも、自分がまだまだ強くなることができると分かっただけでも大きな収穫だ。それに、どうやらインテレオンとエルレイドも何かがあったらしく、ボールの中からでも伝わってくるそのやる気に、思わずこちらが1歩下がってしまったくらいには色々滾らせていた。詳しくは分からないけど、2人もこんなにやる気だということは、ボクとヨノワールがマスタードさんとぶつかっている間にその気にさせるようなイベントがあったということ。特に、ミツバさんとシロナさんの表情がものすごく明るくなっているところから、あの2人が何かをしてくれたみたいだ。この2人にも後でお礼をしておこう。

 

「あ、そうそうフリア〜。そういえばなんだけど、寝てる間になにか違和感とかなかった?」

「寝てる時に?」

「ちょ、ヒカ━━」

「はいはいィ、ユウリンはこっちよォ〜」

「待ってクララさん!?」

「さてさて、ユウリちゃんは置いておいて〜……」

「え、あれ置いておいて大丈夫なの……?」

 

 ユウリが羽交い締めされながらボクからちょっと離れたところに連行されていく姿に妙な不安感を感じながらヒカリに問いかけてみるけど、当の本人はいたって気にした風も見せず、むしろ物凄くいい笑顔を浮かべたまま質問をしてくる。

 

(あ、これ絶対変なことを考えているやつだ……)

 

 その笑顔にとんでもなく嫌な予感が伝わってくるけど、どうやらマリィとクララさんもグルなようで、ボクを助けてくれそうな人は周りにない。ジュンとホップ?多分、鈍感なあの2人には今の状況はわからないと思うので関係なしである。仕方ないね。

 

「で、どうだったの?寝ているときに何かなかった?」

「寝ている時ね~……」

 

 しかし、そんなふうに警戒はしてみるものの、実際のところは質問の内容が意味わからなさ過ぎて拍子抜けしてしまうというのが実のところだ。『寝ているときに何かあったか』って質問だけど、当然ながら記憶なんてあるわけがない。というか、寝ているときに何かあったのかわかる人って、本当に存在するのか怪しいレベルだ。もしいたとしたら、どんな人なのか物凄く気になるよね。よってボクの答えは1つしかない。

 

「いや、特に何もなかった気がするけど……いや、正確にはわからないが答えだけど……」

「あ~、う~ん……そうじゃなくって~……」

 

 だけど、どうやらヒカリの聞きたいのはそういったことではなく、もっと別のところにあるらしい。

 

「寝てる時と言ってもさ、夢の中で何かあった~とか、ちょっと意識が覚醒しかけているときはあったかな~とか……違和感みたいなものよ。何かなかった?」

「ん~?」

 

 その事を何とか説明しようと口にするものの、どうも要領を得ていないためか、ボクも返答に詰まってしまう。けど、さてどうしたものかと首を傾げたあたりで、そういえば一度だけ、筋肉痛と眠気の間に挟まれて、少しだけ起きかけた時間があったことを思い出す。

 

「そう言われると、一度だけ筋肉痛で起きかけたことがあるような……ないような……」

「じゃあその時!!その時何かなかった!?」

「なんでそんなに食い気味なのよ……」

 

 その事を伝えた瞬間に一気にテンションが上がるヒカリ。ボクの言葉に食い気味に入ってくるその言葉に、ボクも思わず半歩下がってしまう。が、このまま後ろに下がることはヒカリの性格上許してはくれないので、仕方なくあの時の感覚を思い出してみる。

 

「あの時は確か……身体が痛いのと眠気に挟まれてちょっと苦しかったんだけど……頭から急にじんわりと温かい感覚が広がって、そこから安心して眠れるようになったぐらい……かなぁ……」

「ほ~……ふ~ん。へ~……」

「……なんかその笑顔むかつく」

 

 ボクの言葉を聞いた瞬間ものすごくいい笑顔を浮かべながらこちらを見つめてくるヒカリ。その顔が妙にむかつくんだけど、気になるのがヒカリ以外にもこの表情を浮かべている人がいること。グルというだけあって、マリィとクララさんも気になる笑い方をしているんだけど、それ以上にシロナさんまでもが凄く微笑ましそうにこちらを見てくるのが本当に気になる。一方で、ユウリは顔を真っ赤にしているし……本当に何が何だかわからない。

 

「それはそれは、さぞかし素晴らしい夢を見たんじゃない~?」

「いや、夢は見なかったよ?よっぽど疲れてたみたいで、本当に熟睡していたっぽいし……」

「え~……、ほんとでござるか~?」

「うわ、うっざ!?」

「その言い方は酷くない!?」

 

 そう思うのならその口調はやめて欲しい。

 

「じゃあ普通に聞くけど~……本当にそれだけだった?」

「そんなに深堀して何が聞きたいのさ……まぁ、そう聞かれると、確かにいつもよりもちょっと暖かくて、柔らかくて、安心感はあった気がするけど……」

「へ~、へ~!へ~!!」

「ああもう!だからいちいち反応がうるさい!!」

 

 かと言って、ここまでテンションの上がってしまったヒカリというのは、正直ジュンの相手をする時よりも遥かにめんどくさい。自分の納得のいく答えを貰わない限りこのテンションが終わることなんて絶対にないだろうし、嘘をつこうものならもっと面倒なことになってしまうだろう。……いや、嘘つくつもりは無いし、覚えていることも曖昧なことでしかないから、これしか言えないというのが正直なところではあるんだけど……。

 

「だってだって~ユウリ~!」

「よかったとね」

「やっぱりうちたちの判断は正解ィ~!!」

「も、もうやめてぇ……」

 

 そんなボクの解答を聞いてさらにテンションを上げたヒカリたちは、そのままのテンションでユウリへと絡んでいく。マリィもクララさんも物凄く楽しそうに絡んでいるけど、絡まれている側のユウリはもう勘弁して欲しいと言った感じで、顔を覆いながらうずくまってしまう。そこからはもうちょっとしたお祭り騒ぎで、あれだけボクに向かって食い気味で質問していたヒカリは、その標的を完全にユウリへと変更していた。

 

「何だったんだあれ?」

「さあ?よくわからないぞ……フリアは心当たりあるのか?」

「いや、全然……まぁ、ヒカリが変なところで盛り上がるのは前からだし、多分理解しようとしてできるものではない気がするかな……」

 

 とりあえずボクの解答はあれであっていたという事なのだろう。ユウリにはちょっと申し訳ないけど、今回は助けられないのでそのまま弄られてて欲しい。

 

「ふふふ、本当に、あなたたちといると退屈しないわね」

「シロナさん、おはようござ……いや、こんにちは……?です」

「ええ、こんにちは。よく眠れたようね」

「おかげさまで……コクランさんとカトレアさんもこんにちはです」

「こんにちは……」

「はい、こんにちはです。フリア様」

 

 ひとまずボク周りの空気が落ち着いたところで、次に話しかけてきたのはボクたちを見守っていたシロナさん。他にも、後ろにはカトレアさんとコクランさんも控えていた。

 

 いつもの師匠3人組。けど、どうやらその姿はいつもとちょっと違う見たいで。

 

「なんかいつもよりも物々しいぞ……?」

「荷物も多いな?」

「どこか行くんですか?」

 

 シロナさんたちの方を見れば、これからどこか行くのか少し多めの荷物が並べられていた。勿論そんな分かりやすい変化はジュンやホップも気づいており、且つせっかち気味な2人はボクよりも素早く質問を投げかける。その質問に対して、シロナさんはジュンに対してだけちょっとしたあきれ顔を見せながら答えてきた。

 

「ちょっとジュン……あなたは気づくと思ったのだけど……本当に心当たり無いのかしら?」

「えぇぃ!?」

「ジュン……」

 

 なんというか、こういうところは相変わらずだなぁと思いながらシロナさんの言葉に耳を傾ける。

 

「まぁいいわ。改めて私がここに来たそもそもの理由を話すわね」

 

 そこから聞くことになるシロナさんの言葉は、ホウエン地方で巨人伝説を巡って旅をしていたことと、一通り回り終えたので、巨人伝説の続きが残されているこのガラル地方に来たという物。

 

「このヨロイ島での滞在は予想よりもかなり長くなってしまったけど、とてもいいものを見させてもらったし、とりあえずの区切りにはなったと思うのよね。だから、そろそろ目的の場所に行こうかと思って」

 

 それでこの荷物の量。ということはしばらくこのヨロイ島を離れることになるというわけで、そうなると特訓もできないし、単純にしばらくの間はなれることになるのでちょっと寂しくなるという気持ちもある。と、そこまで考えた時に、ふと思い出したことがあった。

 

 ボクはガラル地方のいろんなところを巡り終えた自負があるんだけど、巨人伝説がありそうな場所なんて思い当たらなかった。ということは、まだボクの行ったことがない場所にある可能性が高いと思っているんだけど、そうなって来ると、現状ボクの知っていてかつ行ったことの無い場所が1つだけある。

 

 ボクのカバンから取り出すのは1枚のチケット。それはダンデさんからもらった2枚のチケットのうちの1つ。

 

「シロナさん、ちなみにその巨人伝説のある場所ってどこなんですか?」

 

 ヨロイ島へのチケットと一緒に貰ったチケットの行き先。そこに書かれていた地名は……

 

「ガラル地方南部に広がる雪原地帯……カンムリ雪原と呼ばれる場所よ」

 

 シロナさんの口から告げられた地名と同じ場所だった。

 

 そうとなれば、ボクがしたい行動なんて1つしかない。

 

「シロナさん、その巨人伝説への旅……ボクもついて行っていいですか?」

 

 ダンデさんから頂いた、もう1つの寄り道が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、こんな真面目な話をしている間もすぐ近くではヒカリたちが話していたけど、特に大事そうな話ではないと思うので無視する。だからきっと、ヒカリの手に握られているサーナイトを模したドレスは気のせいだし、あれをボクに着せようという話も、それを聞いて少し期待の目を向けてくるユウリも、ボールをカタカタさせて、その服を着たボクをキルクスタウンのジムチャレンジの時のようにお姫様抱っこしたがっているエルレイドの気持ちも気のせいだという事にして無視しておく。

 

「さー、新しい地に向けて準備をしなくちゃー」

「急に棒読みになってどうしたんだ?」

「さぁ?ヒカリもヒカリだが、フリアもフリアでよくわかんないぞ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




逆パターン

今回は逆転を。こういう事は大体ヒカリさんのせいです。

カンムリ雪原

というわけでそろそろもう一つの地へ。あちらではどんなものが待ち構えているんでしょうか?

衣装

88話の後書きで書いていたものの回収です。衣装のイメージとしては、ポケモンユナイトのおめかしスタイルのサーナイトです。完全に姫ですね。




いよいよカンムリ雪原。こちらもこちらでいろいろ置きそうですね。例えば、SVで出てきたあのキャラのあれと思われる方とか……

実機の話なら、SVでメガシンカ復活の可能性とか期待したいですよね。スペインの右上がフランスみたいですし、マップも不自然に黒いですし……DLC期待してもいいのかな?だとしたら、メガジュペッタを使ってあげたいですね~。






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155話

「『カンムリ雪原。雪が降り積もり、白銀の景色が広がる神秘的な場所』……いくら検索してみてもこれしか文がない……う〜ん、やっぱりそんなに情報がないなぁ……」

「おいおい、こういうものは前情報がない方が面白いだろ?気持ちはわかるけど、そういう無粋なことはせずに純粋に楽しもうぜ!」

「無粋って……まぁ、ジュンの言いたいことはわかるけどさぁ?」

「ジュンはジュンで警戒心が無さすぎるのよ。振り回されるわたしたちの身にもなって頂戴よ」

「そうそう……でもヒカリも人のこと言えない気が……」

「何か言った?」

「いえ、なんでもありません……」

 

 ガタンゴトンと、どこか眠くなりそうな独特のリズムと音を奏でながら進んでいく列車に揺られながら、これから向かうところについてのんびりと会話をするボク、ヒカリ、ジュンの3人。ふと視線を横の方向に向ければ、通路を挟んで反対側にはユウリ、ホップ、マリィが座っており、ボクの目の前に座るジュンのさらに後ろに目を向ければ、シロナさん、カトレアさん、コクランさんの座る姿が少し見える。3:3:3の組み合わせで別れてボックス席に座っているボクたちは、各々のグループで小さく盛りあがっていた。

 

 シロナさんの本来の目的を知ったボクはダンデさんから貰ったもうひとつのチケットを使うべく、シロナさんの旅について行くことを決意した。腰のボールに入っていたエルレイドもうずうずしていたし、この選択に間違いは無いと思っている。そうと決まったらそこからの話は早くて、ひとまずここまでお世話になったマスタードさんにお礼を言って、しばらく道場を離れる旨を伝える。と同時に、カンムリ雪原へのチケットを持っていないクララさんともひとまずにお別れとなるので軽く挨拶を済ませ、手早く準備を済ませたボクたちはカンムリ雪原へと向けて出発した。

 

 道場をでたボクたちはまず一礼野原の駅に向かい、飛行船に乗ってブラッシータウンへと戻っていく。久しぶりにガラル本島に帰ってきたことにちょっとした懐かしさを感じはしたけど、今回の目的は新しい場所への旅なので、感傷に浸るのはひとまず置いておき、防寒具の準備をしてからブラッシータウン駅の駅員さんにカンムリ雪原行きのチケットを見せ、カンムリ雪原駅へ行く列車へと乗り込んだ。

 

 乗り込んだ列車は豪快な汽笛を鳴らしながら、程なくして出発。その行先は南西方向。

 

 まずは西側に真っ直ぐ走り出した列車は、まどろみの森やハロンタウンがある場所よりもさらに西側にそびえる山の方に走っていき、その山に空いている洞窟へと走り出す。ここからはしばらく洞窟内を走り続けるため、窓の景色も真っ黒のまま。せっかくの新しい場所なのに、景色が見れないのがもったいなく、その上ちょっとつまらないから、スマホを用いていろいろ検索してみているという状態だ。

 

 しかし、これから行くカンムリ雪原に関しては、どれだけ検索してみてもほとんどの情報が出てこなかった。わかったことといえば、白銀の世界が広がっているということと村が1つあることのみ。何があって、どんなことがされているのかということについてはまるで情報がなく、本当に謎が多い場所となっている。だからこそ、シロナさんの求めているものが隠されている可能性が高いというのは納得はできるけどね。あと、強いて言うのなら、最近新しい研究が始まった影響で、何やらあるアトラクションのようなものができたとか。そちらに関しては設立が新しすぎて別の意味で情報がなかったので、どちらにせよこの目で見て判断するしかないみたいだ。

 

「だけどジュンの言う通り、新しい場所での探検って、やっぱり何も知らない方がワクワクするぞ!」

「ヨロイ島も新しい場所だったけど、探検って感じじゃなかったしね」

「あの島自体、マスタードさんが買った島だから仕方なかと」

「ほらほら!やっぱりホップは分かってくれると思ったぜ!!」

 

 ボクたちの会話を聞いていたっぽいホップたちの言葉に嬉しそうに声を上げるジュン。その姿に『はいはい』と呆れたような声を上げるボクとヒカリは、その奥から聞こえる微笑んだような声を聞き、そちらに視線を向ける。

 

「元気なのはいい事よ。私も、こういった知らない場所の探索は久しぶりだから少し楽しみだしね。あなたたちもそうなのでは無いかしら?」

「まぁ、そうですね……」

 

 シロナさんに指摘されて、改めて今ボクが検索していたページに視線を落とす。こうやって調べるということはその場所に興味があることの証明でもある。それにボク自身も冒険は大好きだ。ただ、いつもの冒険と比べてちょっと情報が少ないことに、いつの間にか不安な気持ちが少し積もってしまってたみたいだ。

 

「安心して……何かあればあたくしたちが守るから……」

「ええ。そのためにわたくしたちが控えておりますので」

 

 そんなボクの不安な気持ちを察してか、カトレアさんとコクランさんから頼もしい言葉を頂く。その言葉に気持ちが少し軽くなったボクは、『ありがとうございます』とお礼を言って、再びカンムリ雪原へと思考を伸ばす。

 

「でも、本当にどんなところなんだろ……?キッサキシティみたいな感じなのかな?」

「雪原って言うくらいだからそうなんじゃないか?兎にも角にも、着いてみれば分かるだろ」

「それもそうだけど、そう言われたからって想像しないのも変な話じゃない?フリアの性格なら余計ね」

「それもそうだな」

「だって楽しいもん……想像するのも」

「「はいはい」」

 

 2人の素っ気ない態度にちょっと不満を感じながらも、それでも考えることはやめない。それだけ未知の場所にちょっとした憧れを抱いているというわけだ。

 

「それにしても……本当に誰も乗ってないぞ」

「ちょっとした貸切と」

「そこはちょっと不安だよね……もしかして、結構寂れちゃってるのかな……」

 

 そんな時に聞こえてくるホップたちの声に引っ張られるように周りを見てみると、彼らの言っている通りボクたち以外の人影は一切確認することが出来ない。それも、今ボクたちが乗っている車両だけではなく、両隣の車両も、少なくとも今いる場所から見える範囲には誰も座っていない。マリィの言う通りちょっとした貸切状態になっており、村が存在するにしては利用者があまりにも少ない。ヨロイ島に行く飛行船にも乗っている人は多いとはいえなかったけど、こちらはその比では無さそうだ。もしかしたら、カンムリ雪原にある唯一の村も、人がどんどん都会に旅立つことによって過疎化が進み始めている場所だったりするのかもしれない。となると、これから行く場所には人がかなり少なそうだし、同時に自然がものすごく多そうだから情報が少ないのもちょっと納得かもしれない。

 

「どっちでもいいぜ!オレはどんなやつが待っているのか楽しみにするだけだからな!!」

「結局はさっき言った通り、『見ればわかる』だからね」

「それもそうだね……あ!!」

 

 雑談を繰り広げている間にも列車は進み続け、ボクたちを目的地まで運んでいく。いい加減真っ黒な外の風景に飽きてきたなぁと思ったところで、その風景についに変化が訪れる。

 

 真っ暗な風景から一転。急に真っ白へと変わる景色に、黒に慣れてしまった目がついて行くことが出来ずに眩しさから目を閉じる。その目を徐々に慣らしていき、少しずつ変わっているであろう窓の外へと視線を向ける。

 

 長い長い、真っ暗なトンネルを抜けた先。そこでボクたちを待っていたのは……

 

「「「「「「おお〜……!!真っ白!!」」」」」」

 

 視界いっぱいに広がる白銀の世界……そう、雪国であった。

 

 別に雪景色自体を見てこなかった訳では無い。キルクスタウン近くやホワイトヒル駅、10番道路などはそれこそずっと雪が積もっていたためその時に目で見て感じている。ボクとユウリに至っては、ワイルドエリアでも吹雪に晒されているしね。けど、ここで目に入った雪景色は、このガラル地方で見てきた雪景色たちを遥かに凌ぐ勢いで綺麗だった。

 

 枯れ木に積もる雪が重さに耐えきれず落ちていく様は、さながら刹那の滝のようでその動きすらどこか美しく、その時に舞う雪がここに積もっている雪の柔らかさを象徴しており、触ったら冷たいというのは分かっていても、目で見ているだけでは、寝転がったら布団のようなのでは?と錯覚してしまうほど。また、その雪が陽の光を反射してキラキラ輝いている姿はこれだけでひとつの舞台となっており、今この瞬間を撮影するだけでひとつの芸術と言っても過言では無い程の景色となっていた。

 

 ただただ綺麗。それしか感想が思い浮かばないその景色に、ボクたちはもちろんのこと、シロナさんたちまでもが言葉を失う。ついさっきまでヨロイ島という比較的暖かい場所から急にここに来たというギャップも手伝ってか、この景色に見とれてしまっていた。

 

(この景色を目に入れられただけで、来てよかったって思っちゃえるほど綺麗だなぁ……)

 

 腰の方に視線を向ければモスノウが入っているボールが物凄くカタカタ動いていた。そういえばモスノウにとっては本当に久しぶりの新雪だ。外に出たらまずこの子を外に出してあげよう。

 

「いよいよ、カンムリ雪原だ……!!」

 

 本当に外が楽しみなモスノウのボールを握りしめ、少し落ち着かせながらも、ボクも同じように早くなっている鼓動に身を任せ、テンションを上げながらそう呟いた。

 

『まもなく、カンムリ雪原駅。カンムリ雪原駅です。お出口は━━』

 

 汽笛を響かせながら徐々に落ちていく列車のスピード。その時に起きる揺れなんてなんのその、我先にとジュンとホップが出口に走り出し、それについて行く形でマリィ、ユウリ、ヒカリ、そしてボクと歩き出す。そしてボクたちの後ろからはシロナさんたちの着いてくる気配。それを感じながらも、待つことの出来ないボクたちはいよいよ到着した列車のドアが開かれると同時に飛び出した。

 

(さぁ、新しい冒険の始まりだ!!)

 

 新しい寄り道の第1歩。それは、ボクの身体に冷気と新鮮な風を運んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カンムリ雪原駅。

 

 カンムリ雪原にある唯一の駅で、ここに来る時はまずこの駅に足を運ぶことになるだろう。駅の構造自体はヨロイ島と特に変わることはなく、発着場に止まっているのが列車か飛行船かの違いだけだ。

 

 新しい場所に来たというのに、まず目に入ったものが既に見なれているものだったため、そこに関してはちょっとした退屈感を感じてしまうものの、いざ駅から外に出れば、そこはもうヨロイ島とは天と地ほどの差がある雪国だ。

 

 滑り出し雪原。

 

 ヨロイ島で言う一礼野原のようなポジションの地域で、カンムリ雪原の玄関口を担うエリアだ。駅で貰ったカンムリ雪原全体の地図を見る限り、どうやらカンムリ雪原の西側に位置するらしいこの場所は、南以外を山に囲まれた場所となっており、特にこの場所から北東を見上げればとても大きな山が視界に入る。

 

 天を貫かんばかりにそびえたつその山は、見ているとどこかテンガン山を思い起こさせてくる見た目をしており、『あの頂上には何があるんだろう』と思わずにはいられない。もしかしたらあの子たちみたいな何かがいたり……

 

(なんて、そんな凄い存在とまた出会うってなかなかないよね)

 

 さすがにあのクラスの体験をすることはそうない……とは言いつつも、今シロナさんが追いかけているものも1つの伝説だし、ナックルシティの宝物庫のタペストリーなどを確認する当たり、この地方でもあの子たちに近しい存在がいた可能性はあるから、この場所にもいる可能性は全然あると言えばあるんだけどね。

 

「しかし、改めて見てみるけどここまで白銀って言葉が似合う場所もなかなかないよね……」

 

 元々知ってはいたし、列車の窓からだって確認したけど、外に出てみるとやっぱり白銀の世界。地面を踏みしめるたびに聞こえてくる『サクッ』という足音が、より今いる自分の環境を教えてくれる。肌にちょっと刺さるようなこの寒さも、足を踏み込む度に聞こえる雪の音と柔らかさも、どこかシンオウ地方のキッサキシティ周りを思い出して懐かしい。

 

「っと、そろそろ出してあげないとね。出てきて!モスノウ!!」

「フィフィィィ!!」

 

 感傷に浸っているときに腰から鳴ったカタカタという音によって現実に引き戻されたボクは、約束通り腰のホルダーからボールを取り出してモスノウを呼び出す。久しぶりの雪景色にテンションの上がったモスノウは、そのまま宙を羽ばたきながらくるくると回り、楽しさを全身で表していた。こおりのりんぷんを撒きながら舞うその姿は、この景色と相まってこれまた映える姿となっている。

 

「ふふ、楽しそうでよかった」

 

 マフラーをぎゅっと握りながらその様子を眺めていると、こちらも少し心が温かくなった気がする。

 

「綺麗ね。そして楽しそう」

「これは思わず見とれてしまいますね」

「これを見られただけでも……ここに来た価値はあるかもしれないわね……」

 

 そんなモスノウを見つめている間に防寒着をしっかりと着込んだシロナさん、コクランさん、カトレアさんが合流する。3人ともボクのモスノウに見とれているようで、ボクとしてもちょっと誇らしい。

 

 ちなみにユウリたちもしっかりと防寒具を着込んでおり、ユウリ、ホップ、マリィは、今はちょっと離れたところでこのカンムリ雪原ならではのポケモンと触れ合っている。特に、ガラル地方本島では見られない、ルージュラやタブンネ、ブビィなんかにテンションが上がっている。一方でジュンとヒカリはポケモンにはもちろん興味をしめしているが、同時に周りの景色にも目を向けており、シンオウ地方との違いを見つけては楽しんでいた。

 

 各々がこのカンムリ雪原にきて最初の一歩を楽しんでいる。そんな中でシロナさんが何やら気になるものを見つけたらしく、顎に手を添えながら言葉を紡ぐ。

 

「しかし不思議な場所ね……野生のアマルスがいるなんて……」

「え?」

 

 シロナさんの言葉につられてそちらに視線を向けてみると、確かに野生のポケモンと思われるアマルスの姿がある。アマルス自体は、その進化系であるアマルルガをマクワさんが持っているあたり、この地方でも存在が……というよりは、この地方の地層からアマルスの化石は見つかっているみたいだけど、そもそもアマルスのような化石ポケモンはかなり昔に絶滅したと言われているポケモンで、野生で存在することは本来ありえない。しかし、今ボクたちの目の前では、実際にこうして野生で生きている。

 

「これが何かの特別な現象によって起きたものなのか。はたまた、育てきれなかったトレーナーが捨てたことによって野生化してしまったのか……気になるところではあるわね」

「シロナ……興味を惹かれるのはいいけど……あたくしは巨神伝説しか手伝わないわよ……あとは知らないわ……流石にちょっと寒すぎるもの……」

「確かに……いくら対策を取ったとはいえ、雪原というだけあってやっぱり寒いのは寒いですね……」

 

 そうした本来ならありえない現象に思わず興味を惹かれてしまったシロナさんに対して釘を刺すように意見を出すカトレアさんと、今の環境について言葉を零すコクランさん。ここまで言われて改めてこの地域の寒さを実感する。

 

 着いてすぐの時は防寒着を着てすぐだったことや、体が温まっていたこと、それにテンションが高かったこともあって、寒さを忘れてはしゃぐことが出来たけど、いざこうして冷静になってみると、今まで来たどの場所よりも寒いのではないかと感じるほど厳しい環境だ。この寒さを改めて自覚したユウリたちも、いつの間にかこちらに戻ってきていた。

 

「防寒着があると言っても、さすがに長時間は厳しそうとね」

「まぁ分かっていたことだけどな。防寒着のおかげでまだまだ活動自体はできそうだ」

「けど、ひとまずは村に行った方がいいんじゃないかな?荷物もあるし、宿の位置は確認しておきたいかも……」

「ユウリの意見に賛成ね。わたしもとりあえず荷物は置きたいかも」

 

 けど、こちらも寒さ対策は万全にしていたので、寒さが得意ではないユウリもまだ平気そうな顔をしている。そのことに安心感を感じながらも、確かにまずは拠点に行くことを優先するべきだ。そのことを進言したユウリとヒカリの言葉に特に反対する人もおらず、まずはここ滑り出し雪原から南に行ったところにあるらしい『フリーズ村』というところを目指す。どうやらこの村にある民宿を1つ、シロナさんの名義で借りているらしく、ここにいる間はそこを拠点とするらしい。となれば、ボクたちの最初の目的地はそこだ。体が冷え切ってしまう前に、まずはそこに行くとしよう。

 

 モスノウに一声かけてボクの傍らに寄り添ってきたのを確認したら、そのままボールには戻さずに一緒に歩いて行く。その道中もユウリたちは新しいポケモンに目を輝かせ、シロナさんたちは先ほどのアマルスについて意見交換をしたりし、ボクはモスノウとスキンシップを取ったりしていた。

 

 そんな時にボクたちのもとにふと誰かの話声が聞こえた。

 

「ああもう!!ほんとしつこいし!アタシはそんな伝説よりもダイマックスアドベンチャーをしたいんだってば〜!!」

「ダーッハッハッハ!!その言葉もパパと冒険に出たらあっという間に意見が変わっちまうからよ!!だから一緒に遊ぼうな!!」

「チョ~ありがた迷惑なんですけど!?」

 

 そちらに視線を向けてみると、なにやら言い合いをしている親子らしい2人を発見した。

 

 フリーズ村への道のど真ん中で行われるそのいい合いは本来なら通行人の邪魔になるように見えるものの、人通りの少ないここでは肝心の通る人がボクたち意外おらず、結果としてあの2人を止めるものが何も無かった。そういう理由から2人の言い合いは少しずつ熱くなって……

 

(いや、娘さんと思われる人が一方的に毛嫌いというか反抗というか、そういうことをしてるっぽいだけ……?)

 

 そう考えるとどこかじゃれあっているだけのような気がし始め、シロナさんたちもそう判断したらしく、ここはスルーして先に進むことを選択する。2人の口論を邪魔しないように端を歩いていき……

 

「あのー!もしもーし!そこの方たちー!!誰でもいいから助けてくれませんかー!!」

「ええぇ……」

 

 見事に巻き込まれてしまった。さすがにこうなっては無視するにもあれなので仕方なく巻き込まれに行く。

 

「おい坊主!……いや、嬢ちゃんか?」

「男です!!」

「ぶっ」

「おおそうかい!そいつあすまねぇ!!」

 

 なんだか久しぶりにこのやり取りをした気がする。最近めっきり間違えられることがなかったのに……特にガラル地方で間違えられた覚えはないのに、ここに来てこのやり取りをするとは思わなかった。とりあえず吹き出したヒカリは後でお仕置する。

 

「だがこれとそれとは話が別だ!親子水入らずの会話に、事情も知らずに首を突っ込むのはいただけねぇな!!」

「いえ、巻き込まれただけなんですけど……」

 

 今の会話の流れからどうすればそういう解釈になるのだろうか……。

 

「ただまぁ、お前さんを倒してシャクちゃんが納得するのなら、やってやるぜ!!」

「あの!話を!聞いて!くれません!?……ってユウリたちも何か言って!?」

「え!?えっと……頑張って?」

「フリアなら行けるぞ!!」

「頑張ると〜」

「味方いないの!?」

 

 いきなりモンスターボールを構えるお父さんと思われる人。何が何でも娘の前でいいところを見せて納得させる気満々だ。しかしなぜだろう、どこかでこの人を見かけたような気がする……。

 

「まあいっか……それよりなんでこんなことに……」

「まあまあ。少なくとも、あなたにとって無駄な戦いにはならないと思うわよ」

「え?」

 

 が、そんな疑問もすぐにどっかへ飛んでいき、理不尽をふっかけられたことに対して思わずため息をこぼしてしまうボク。そんなボクに対して、どこか意味深な言葉を残すシロナさん。その意図が理解できずに首をかしげていると、腰のボールがカタカタと揺れだし、中から勝手にポケモンが飛び出してくる。

 

「エルレイド!?」

「エルッ!」

 

 飛び出してきたのはエルレイド。しかも、なぜか物凄くやる気に満ち溢れていた。

 

「お、坊主のポケモンはやる気満々みたいだな!!」

「戦いたいの……?」

「エルッ!」

 

 ボクの質問に対して元気に答えるエルレイド。よくわからないけど、この子がそういうならここは任せてみよう。

 

「じゃあ……お願いね?」

「エル!!」

「おっし!じゃあ始めっぞ!!オレの名前はピオニー!!ちいとばっかし強ぇから覚悟しろい!!」

「フリアです。よろしくねがいします!」

 

 ピオニーと名乗る、どこかで見たことある見た目のおじいさんとのバトルが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カンムリ雪原

始まりましたカンムリ編。カセキポケモンが普通に歩いているのに驚いた覚えがあります。凄い環境ですよね。

ピオニー

みんな大好き(?)ピオニーさんです。……いえ、実際には好き嫌い別れそうなキャラですが、少なくとも私は好きですね。とても面白いお父さんだと思います。誰かと似ているらしいですけど、誰に似ているんでしょうか……(今更)

シャクヤ

立てばこの名前で呼ばれるらしい名前が元ネタの方。ただ、この名前でギャルっぽい見た目はちょっとだけ意外だなぁと、個人的には思ってしまいました。




意外と書くのが難しいカンムリ編。ヨロイ編と違って道が沢山あるのが悩ましい点ですね。






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156話

「行くぜ、ダイオウドウ!!」

「パオォォッ!!」

「エルレイド、頑張るよ!!」

「エルッ!!」

 

 いきなり始まってしまったピオニーさんとのバトル。ルールは一応1対1。お互い最初に繰り出した子だけでのバトルとなる。そんな後も先もない一発勝負にお互いが選出したのが、ボクは自分から出てきたエルレイドで、ピオニーさんがダイオウドウだ。

 

「ダイオウドウ……見るのは初めてじゃないけど、戦うのは初めてだね……」

 

 ダイオウドウと言われて思い出されるのはラテラルタウンで起きたあの事件のこと。操られてしまったビートがローズ委員長から借りて大暴れしてしまった時に利用されていたのが、今ボクの目の前で大きく吠えながら睨んでくるこのポケモンだ。

 

 ダイオウドウ。

 

 体色は緑で、四角い身体から伸びている大きな牙と鼻が特徴の巨大なポケモン。その見た目通り彼の力は凄まじく、その威力は突進でラテラルタウンの石版を壊しきってしまうほど。そんな一撃を受けようものなら、物理に対して固いとは言いづらいエルレイドに手痛いものを残すことになるだろう。体格差も歴然なため、純粋なパワー勝負では話にならなさそうだ。だけど、こちらにも有利な点はちゃんとある。

 

 それは相手がはがねタイプであるということ。

 

 こちらはかくとうタイプ。相手にとってばつぐんの技で攻めることが出来るため、足りないパワーはここで補うことになるだろう。

 

(まずは『かわらわり』とかで様子を見ながら……)

 

「元ジムリーダーに喧嘩を売るたぁ大したやつだ!!ダイオウドウ!!『じゃれつく』!!」

「だから巻き込まれただけですって!!『かわらわり』!!」

 

 相手の動きを確認してゆっくり攻めていこうとした瞬間に、元ジムリーダーというなかなか大きな情報を口にしながら突っ込みの指示を出すピオニーさん。本当はその情報に反応したいけど、もうひとつのことに対する反論したい気持ちと、いきなり突っ込んできたダイオウドウを止めるのに忙しいせいで反応が出来ない。

 

 真正面から猛進してくるダイオウドウに対して、体を半身右にずらしながら左のかわらわりを右から左に薙ぐことで受け流し、ひとまず初撃をよける。

 

「『サイコカッター』!!」

 

 そのままエルレイドの横を通り過ぎたダイオウドウの背中に追撃をするべく、両腕の刃から虹色の斬撃を飛ばしていく。

 

「そのまま走り続けるぜ!ダイオウドウ!!」

 

 対するダイオウドウは、攻撃が外れたのを確認したうえでそのまま止まることなく走り続け、大回りしながら反転していく。こうすることによって、飛んでくる斬撃をよけながらもう一度エルレイドと向き合う形を取り始める。

 

「『てっぺき』しながら『10まんばりき』だぜ!!」

 

 再び真正面を向き合ったところで、今度は身体をてっぺきで固めながら再び直進。鈍色に光りながら、じゃれつくの時よりもさらに激しく力強い速度で突っ込んでくる。その強さはいくら当たってもすべてを弾かれてしまうサイコカッターの姿が物語っている。このままではサイコカッターごと押し切られてしまうだろう。

 

「『インファイト』!!」

 

 相手が全力ならこちらも全力で。身体ごと突っ込んでくるダイオウドウに対して、こちらもばつぐんを取れるかくとう技の最高威力をもって迎え撃つ。

 

 全体重をぶつけるダイオウドウと、ありったけの力を両の拳に乗せて叩きつけるエルレイドの攻撃は、辺りに物凄い轟音を鳴り響かせながら拮抗する……かと思われた。いや、確かにほんの一瞬、お互いの力は拮抗した。しかし、その拮抗はダイオウドウに押し切られるという形で崩れ去る。

 

「なっ!?」

「エルッ!?」

 

 確かにパワーはダイオウドウの方が上だし、てっぺきによって防御が挙げられているためこちらの攻撃がなかなか通りにくくなっているのは理解できる。けど、それを見越したうえでかくとうタイプで一番威力が出るインファイトを選んでいる。なのに、まるでそれを意に返さない勢いでエルレイドが弾き飛ばされた。

 

「ダーハッハッハッ!!言っただろ?これでも元ジムリーダーなんだ!坊主がどれくらい強ぇか知らねぇが、オレのことを甘く見ていたんだったら残念だったな!!」

 

 別に甘く見ていたつもりも油断していたわけでもない。ただただ単純にこの人が強い。今も、弾き飛ばされたところから態勢を整えて、相手の攻撃の後隙に向けてかわらわりを放っているものの、攻撃は確かに当たっているのに、てっぺきによる防御アップと、ダイオウドウ本人によるステップで攻撃を綺麗にいなされているため、思いのほかダメージが通ってくれない。

 

(強いだけじゃない……上手い……!?)

 

 身体が大きく、被弾してしまう回数の多さを自分の身のこなしでカバーするその戦い方は思わず魅入ってしまう程。しかし関心している場合じゃない。

 

「そんなちまちました攻撃じゃあいつまでたってもオレは倒せないぜ!!ここは一発、ド・派手な一撃決めなきゃな!!ダイオウドウ!!ジャンプだぜ!!」

「パオォォッ!!」

 

 ピオニーさんの一言とともに高らかに叫びながら、その巨体でどうやっているのか不思議なほど高く飛び上がるダイオウドウ。

 

「その状態でまずは『てっぺき』だぜ!!」

 

 姿が見えなくなるほどとはいかないけど、それでも高く飛んだ彼は体を更に鈍色に輝かせる。元々高く、そこからぐーんと上げた防御力を更に研ぎ澄ませた。

 

 この状況で繰り出す技なんて1つしか思いつかない。

 

「エルレイド!!避ける準備!!」

「エルッ!!」

 

 空にいるダイオウドウをにらみながら、いつでも横に飛べるように少しだけつま先立ちになるエルレイド。足元が雪なため踏ん張りがちょっと効きづらく、最初のスタートダッシュもしにくそうだけど、それでも頑張ってもらうしかない。それくらいには、次の一撃は絶対に貰うわけにはいかないから。

 

「行くぜダイオウドウ!!『ボディプレス』!!」

 

 ボディプレス。

 

 自身の防御力が上がれば上がるほど威力が上がるという一風変わったその技は、今回においてはてっぺきでかなり強化されたダイオウドウによってとんでもない火力となってエルレイドを襲ってくる。

 

 まるで地面に落ちて来るねがいぼしのような速度で落ちて来るダイオウドウ。その姿を見逃さないようにしっかりと見つめていたエルレイドは、その攻撃を何とか避けることに成功。しかし、ダイオウドウが地面に落ちたと同時に、その破壊力から起きた振動によってエルレイドのバランスが少し崩され、そのうえでダイオウドウが直地と同時に舞い上がった雪がエルレイドを包み込むことによって、エルレイドからの視界が奪われる。

 

(攻撃じゃなくて視界隠しが狙いか!?)

 

 あんな派手な動きをしておいて、真の狙いはただの目隠し。ド・派手な一撃なんて枕詞を使うから余計身構えてしまったけど、この様子だと本当にただのブラフなのだろう。……いや、雪をまき散らすという演出のことを派手と言っているだけ……なんて可能性も無きにしもあらずかもしれない。関わってまだ数分のピオニーさんだけど、何となくそんな性格していそうと思ってしまった。

 

(けど今の攻撃があくまでも目隠し目的ならボクとエルレイドにとっては何も怖くないね)

 

 確かにエルレイドの視界は奪われることになったけど、エルレイドは相手を探る術として視界に頼り切っていない。他者の感情を読み取ることが出来る彼にとって、この程度の雪は決して障害にはなりえない。それに、ボクは舞う雪の外から全体を俯瞰して見える。いくら雪で目隠しをしたからと言って、体の大きいダイオウドウの身体を完全に隠すのは難しい。現にボクの視界ならちらちらとダイオウドウの影は確認できる。

 

「ダイオウドウ!!雪の中から吃驚『10まんばりき』だぜ!!」

「エルレイド!!左後ろに『かわらわり』!!」

 

 エルレイドから見て大雑把な位置を提示することで、そこからはエルレイドが感情を読んでダイオウドウの位置を確定。すぐさま振り返ったエルレイドは、ダイオウドウが突っ込んでくる方向に正確に向き直り、突っ込んでくるダイオウドウに向かって肘から伸びる光の刃を叩きつける。

 

 ダイオウドウの体とエルレイドの刃がぶつかり合い、その時に起きた衝撃で舞っていた雪が吹き飛ばされ、2人の身体がはっきり見える。しかし、それと同時に2人のぶつかり合いのおかしなところが目に入る。それは、ダイオウドウの大きな鼻がエルレイドの縦に振られた腕に側面からぶつけられ、エルレイドの左腕がダイオウドウから逸らされて地面に突き刺さっているところだった。

 

「な!?」

「エルッ!?」

「ダイオウドウ!!ド・かませ!!」

「パオォォッ!!」

 

 空振りに終わったかわらわりの後隙を当然逃す相手ではない。地面に腕が刺さってしまったエルレイドに対して、全体重を乗せた突撃を叩き込むダイオウドウ。左腕のせいで避けることも防ぐこともできないエルレイドはこの攻撃を真正面から受けてしまい、大きく後ろに弾き飛ばされる。空中で何とか態勢を整えたため、背中から地面に不時着なんてことはなかったものの、それでも体に刻み込まれたダメージは決して少なくない。

 

「エルレイド、大丈夫!?」

「エル……ッ!!」

 

 それでもボクの言葉に返事をして、両足でしっかりと地面を踏みしめるエルレイド。けど、そのあとすぐにちょっと足元をふらつかせてしまう。

 

(……強い)

 

 エルレイドの後ろで晴れやかな笑顔を見せるピオニーさん。その表情を見るボクは、厳しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エルレイド!『サイコカッター』!!」

「ダイオウドウ!『てっぺき』!!」

 

 飛び回る虹色の斬撃を、自身の防御をさらに上げることで受けきってしまうダイオウドウ。そこから再びボディプレスの準備をするため高く飛び上がり、垂直落下。轟音とともにまた巻き上がる雪とその中から聞こえる打撃音から、着地したダイオウドウに対してエルレイドがインファイトを仕掛けたのだということが予想できる。しかし、てっぺきを3回も行ったダイオウドウにはてんでダメージが入っていないようで、雪が晴れた後には何事もなかったかのようにダイオウドウが立ち尽くしており、エルレイドだけが一方的に消費しているように見える。そこからは再び両者の身体と拳がぶつかり合うけど、ぶつかり合うたびにエルレイドが押されているように見え、このままではエルレイドが負けるという未来が誰の目から見ても明らかだった。

 

「おいおい、あのフリアが一方的だぞ……」

「ここまで押され続けてるのはなかなかなかと……」

「あのピオニーって人、もしかしてものすごく強い……?」

 

 そんな両者のバトルを傍から見ていた私たちは口々に感想を零していく。特に、フリアと自分たちの差をよく知っているホップ、マリィ、私は、この状況に少なくない衝撃を受けていた。ヒカリとジュンも、言葉こそ出していないけどその視線は驚きに揺れているように見える。そんな私たちに対してシロナさんは少し微笑みながら説明をしてくれた。

 

「ガラル地方に住んでいる人でも知っている人はあまりいないのね。……まぁ、彼の現役時代はそんなに長くないから仕方ないのでしょうけど」

 

 どこか意味深なことを言うシロナさんに首をかしげながら耳を傾けていると、シロナさんの言葉に続くようにカトレアさんが説明をしてくれた。

 

「ピオニー……彼は今のポケモンリーグ委員長であるローズ氏の実弟……そして元はがねタイプジムリーダーでもあり……一年未満という短い期間とはいえど……確かに頂点に一度は立った……元ガラル地方チャンピオンの1人よ……」

「え?」

 

 

「「「「ええええぇぇぇぇっ!!??」」」」

 

 

 私の一言に続いて大声を上げるホップたち。それもそのはずで、シロナさんとカトレアさんが言っていることが本当なら、あのピオニーさんは少なくともマスタードさんと同じくらいの実力は兼ね備えているということになる。それに、あのローズ委員長の兄弟だという事にも驚きだ。

 

「もっとも、あの口ぶりから自身が元チャンピオンであることは認めてないみたいだけど……」

「そこはピオニー様の感情によるところもあるので何とも言えませんが……彼の実力が陰るわけではないでしょう」

「フリア……」

 

 シロナさんとコクランさんの言葉を聞きながら、いまだに苦しそうな戦いを繰り広げているフリアに視線を送る私。きっかけは理不尽だったし、私たちもちょっとおふざけ感覚でフリアに押し付けてしまったけど、蓋を開けてみればまさかの強敵の登場で、さすがの私もちょっとした罪悪感を感じてしまう。あんな悪ふざけをしたのだって、フリアなら負けることがまずないだろうといった一種の信頼からだ。勿論、ここで負けたからと言って、フリアの性格ならここで折れることはないんだろうけど、だからと言ってフリアが負けるところを見たいわけではない。どうせ戦うのならフリアが勝って喜ぶ姿が見たい。そう思い、さっきまでフワフワしていた空気を一転させ、祈るように手を合わせて願う私。ふと横を見ればホップたちもその表情を引き締めさせており、じっと戦場を見つめていた。そんなどこかピリピリした空気が流れ始める観客側だけど、シロナさんだけは相変わらず微笑んだようなその表情を変えない。

 

「大丈夫よユウリ。この試合はフリアが勝つわ」

「え?」

 

 シロナさんの私にだけ聞こえるような小さな言葉に思わず聞き返してしまう。その言葉の意味を聞き返そうとして、そんな私の言葉を遮るようにシロナさんが口を開く。

 

「あなたはただ、フリアを信じてじっとこのバトルを見ておきなさい」

 

 それ以上は喋ることはない。そのことを態度で表すかのように、シロナさんはバトルの観戦へと戻っていく。きっともう私が何を質問しても答えることはないのだろう。

 

(フリア……頑張って……!!)

 

 ならわたしもシロナさんの言葉を信じて今はただ見守るだけ。さっきよりも強く手を握りながら、私はぶつかり合うエルレイドとダイオウドウの戦いをじっと見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右手のかわらわりを縦に振る。それに対して相手の鼻が左からぶつけられ逸らされる。次に左手のインファイトを急所に当てるためにしっかりと狙って相手の身体に振るう。しかしこれを細かいステップを踏まれることによって急所を逸らされてしまい、結果当たりはしたけど大したダメージにはならなず、返しに10まんばりきをぶつけられそうになる。これを後ろにステップで下がることによって何とか避け、追撃されるのを止めるためにサイコカッターを飛ばしていく。このサイコカッターを、ダイオウドウは鼻を扇風機のように振り回すことですべて弾いて行く。

 

(攻撃が……届かない……)

 

 10まんばりきによる手痛いダメージを貰った僕は、それでも諦めることなくダイオウドウに技を振るっていく。しかし、その悉くを逸らされ、いなされ、受け流され、受け止められてしまう。てっぺきによって上がった防御を急所を打ち抜くことで無効化しようとしても、小さくステップを踏むことでインパクトの地点をずらされて急所に当てることが出来ず、では力ずくで行こうと構えると、向こうがそれ以上の力でつぶしてくる。

 

 ただただ身のこなしが上手すぎる。

 

(このままじゃあ……負けてしまう……!)

 

 主様のために自分からこの戦いに立候補して、シロナ様に教えてもらった動きを身体で覚えるために頑張って、けど現状は全然うまくいかなくて……このままではダイオウドウにどうやったって勝てない。

 

 僕の一番の強みは鋭く切れるような一撃だ。スパッと切断するようなその一撃は一瞬で相手の体力を削りきる代わりに重さというのが存在せず、今回のような力と力のぶつかり合いではまず勝つことが出来ない。その対策として、シロナ様に更に一歩踏み込むことを教えてもらったけど、意識して前に踏み込んだところで距離を見誤ってしまったり、思うように拳に力が入らずにむしろ火力が下がってしまったりしているように感じてしまう。

 

(何が違うんだろう……何が足りないんだろう……)

 

 ガブリアスとの模擬戦ではかなり形になっていたとシロナ様には言って貰えた。そしてそこからあと半歩詰められたら成長できると言う言葉も貰えた。だからこそ、その言葉を意識してもっと前に行くことを目指してみてはいる、けど、そうなってくるとどうしてもタイミングと距離が変わって攻撃が合わない。勿論ダイオウドウの動きが巧みで、こちらのインパクトをずらされているというのもあるが……。

 

 相手は上手いし僕は動きがどこかぎこちない。それを理解しているからこそ余計悔しさが増してくる。

 

 悔しさと上手くいかないもどかしさから自分の中でどんどん焦りが募っていく。その焦りによってまた自分の動きが悪くなり、今もまた僕の浅い攻撃がダイオウドウに避けられる。

 

「エルレイド!!」

「っ!?」

 

 そんな時に響く主様の声。僕の耳から通り、僕の心の焦りを一瞬にして取り除いていくその声は、身体の隅々までいきわたって、ゆっくりと緊張で固まった身体をほぐしていく。と同時に、今までしてしまった失態を思い出し、何か言われるのではないかという別の緊張に襲われた。

 

 後ろから掛けられた主様の声にゆっくりと振り返る。その時間がとても長く感じてしまい、凄く心が苦しい。けど、これは自分の責任で起きたことだ。だから、主様からの叱責はしっかりと受ける。そう覚悟を引き締め、改めて主様と向き直り、主様と顔を合わせ……

 

「大丈夫……落ち着いて?君なら勝てる。信じてるから」

「っ!?」

 

 主様の穏やかな表情と、主様から感じる優しい感情に息をのんだ。

 

(そうだ。主様は、こんな時、絶対に僕たちのせいになんかしない人なんだ……)

 

 負けた時は自分の采配のせい。勝った時は僕たちポケモンが頑張ってくれたから。自分は何もしていないんだと常に謙遜して、いつも僕たちを立ててくれる、そんな優しい主様。そんな主様だからこそ、僕たちはみんな頑張ろうと思うんだ。だからこそ、主様の采配は誰が相手でも通じるんだと証明したくなるんだ。

 

(なのに、こんなところで焦っている暇なんてない!!)

 

 深呼吸を1つ。

 

 焦りによって乱れていた心の波を穏やかにし、心の刃を研ぎ澄ます。

 

(今までの僕じゃ、ダイオウドウの防御を貫けない……)

 

 防御力を完全に上げ切った今のダイオウドウには生半可な攻撃は通じない。あの壁を崩すとなると、より強い力で攻撃する必要がある。けど、やっぱり僕にはそんな力はなくて、力勝負になるともっと勝てなくなる……だから!

 

(いくら防御をあげても関係ない……いくら逃げようとされても関係ない……もっと奥まで踏み込んで、もっと鋭い、この自慢の刃で……!!)

 

 主様に勝利をささげると誓ったこの剣で、相手の意識を、防御の隙間を縫って断ち切る。

 

(そのためにも、もっと鋭く……もっと速く……!!)

 

「エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 主様の声に弾かれたように身体が動く。

 

 今まで動きづらかった身体が嘘みたいに動き、一瞬でダイオウドウの懐へと潜り込む。

 

「ダイオウドウ!!『10まんばりき』!!」

「パオオォォッ!!」

 

 今までで一番の速度が乗った僕の動き。しかし、それにもなんとか反応し反撃の態勢を取るダイオウドウ。流石の反応速度だし、このままでは僕の攻撃は弾かれ、この攻撃を受けて戦闘不能になってしまうだろう。

 

(でも……もう大丈夫!!)

 

 主様の想いを再確認し、今一度心の刃を研ぎ澄ませた僕の自慢の刃。

 

(主様に勝利を届けるこの刃に……切れぬものなどほとんど……ううん、全くない!!)

 

「エルレイド!!いっけぇぇっ!!」

「……エルッ!!」

 

 主様の声援を受け止めた僕の足はさらに奥へと踏み込まれ、僕の身体はさらに加速する。

 

 加速した僕の身体は、そのままダイオウドウの横を通り抜け、同時に刻まれる僕の刃。

 

 ダイオウドウの10まんばりきは、そんな通り過ぎ去った後の僕の影を踏みつぶすように着地。同時に、ダイオウドウの身体が崩れる。

 

「パオォッ!?」

「ダイオウドウ!?」

 

 いきなり受けた、本来なら受けるはずのない大ダメージに混乱するダイオウドウ。

 

(また、受けきれると思ったんだよね……?でも、もうそんなことさせない……)

 

 そんなダイオウドウと向き合うように振り返り、再び僕は刃を構える。

 

(主様の想いを乗せたこの……『()()()()()()()』にて……貴方を切り伏せます!!)

 

 その刃は、いつもよりも更に()()()()が増している気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ピオニー

元チャンピオンですが、本人の自己紹介は元ジムリーダーとしか言われないです。やっぱりお兄さんとはあまり仲が良くないみたいですね。性格も全くの正反対なのでそりは合わなさそうですよね。

せいなるつるぎ

威力90命中100。効果は、『相手の能力ランクを無視して攻撃する』です。つまり、相手がいくらてっぺきを積もうが関係ないという事ですね。え、エルレイドはせいなるつるぎを覚えない……?いえいえ、ちゃんといただいていますよ。剣盾では確かに憶えませんが……。

きれあじ

またもや聞きなれない言葉ですね。こちらも剣盾にはない要素ですが……こんなことをされたら書かざるを得ないですよね。
12/20追記
一応現状はまだ「きれあじ」になれていたいこともあり、補正は1.1か1.2くらいのイメージですね。本来は1.5なんですが……まだまだ成長の余地ありということですね。




追加要素も取り入れることが出来そうならどんどん入れたいですね。ですが、とある方面に関しては取り入れないようにしようかなと。それが何なのかは……お楽しみにですね。






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157話

前回のあとがきに書き忘れてしまいました。

きれあじについて。本来なら1.5の倍率がかかりますが、現状のエルレイドはまだこの力を使いこなせていないので、実機風に言えば倍率は1.1か1.2くらいです。まだまだ成長の余地ありですね。


 白く輝くエルレイドの刃が、ダイオウドウとすれ違った瞬間に叩き込まれる。

 

 今までのかわらわりやインファイトの時とは違う、一瞬で潜り込み、相手を切り裂きながら駆け抜ける、刀の達人が行う居合切りを彷彿とさせるようなその刹那の一撃は、ダイオウドウの体に確かな傷をつけ、自身はしっかりと残心。今の一撃に満足することなく、再び向き合っては両の刃を構え、いつもよりも数段研ぎ澄まされているその刃をさらに鋭く研ぎ澄ませる。

 

 さっきまでと比べて全然圧力が違う。そのことに気づいたダイオウドウもピオニーさんも息を飲む。勿論ボクも、今までのエルレイドと違うことに驚いているけど、ボクが一番気になったのはそこでは無い。

 

(今の技……『せいなるつるぎ』……?確かに『せいなるつるぎ』なら今のダイオウドウには『インファイト』よりも大きなダメージになる技だけど……)

 

 ボクが気になったのはエルレイドの使った技だ。せいなるつるぎは相手の能力を無視して攻撃することができる。今回で言えば、てっぺきで能力をあげたダイオウドウに対して、てっぺきの分を無視して殴ることが出来るという訳だ。てっぺきによる防御アップの影響を受けてしまうインファイトと比べると、今この状況においては火力が上になる。この説明を聞けば、今のダイオウドウにせいなるつるぎで攻撃することは最適解だということがわかるし、それを指示せずとも理解し、自分で繰り出したエルレイドは傍から見れば称賛ものの活躍だ。しかし、これができるならそもそもボクだってさすがに気づいて指示を出すし、聡いエルレイドならここまで追い詰められる前に自発的に使ってくれるはずだ。ではなぜ今使ったのか。その答えは簡単で……。

 

(エルレイドって、そもそも『せいなるつるぎ』を覚えなかったような……)

 

 エルレイドのことは、ボクのエルレイドがキルリアだった頃から進化の可能性があったので一応調べてはいた。けど、基本的にせいなるつるぎを覚える個体がいたという話を聞いたことがなかった。もしかしたら、別の地方ならそういう子がいる可能性もあるけど……

 

(って、今はそんなことはどうでもいいか。とにかく、今のエルレイドは『せいなるつるぎ』が使えることを頭に入れて戦う!!)

 

 気になることは沢山あるけど今は対戦中。思考を回すのなら謎に対してではなく、目の前のダイオウドウに向けるべきだ。幸いにもせいなるつるぎがきれいに刺さったおかげでダイオウドウの足元はおぼついていない。畳みかけるならここしかない。

 

「エルレイド!!『せいなるつるぎ』で追撃!!」

「エルッ!!」

「おいおい、そんな技使えるなんて聞いていねぇぞ!?『じゃれつく』で何とか跳ね返せ!!」

「パオッ!!」

 

 どうやらせいなるつるぎによる反撃はピオニーさんにとっても予想外だったらしく、ここに来て初めての驚き顔を見せて来る。しかし、そんな予想外の状況でも判断をたがえることをしないのはさすがの手腕。自慢の鼻を振り回しながら突撃を行い、エルレイドから繰り出される刃を何とか弾いて行こうと試みる。フェアリータイプの力を纏ったその攻撃は、かくとうタイプの技であるせいなるつるぎの威力をそぐことが出来ると読んでのこの行動は確かにかなり効果的ではある。エルレイドがかくとうタイプであることも考えればなおさらだ。

 

そんなセオリー通りの行動は豪快なことが好きそうなピオニーさんが好むとは思えないほど普通過ぎて。

 

「エルレイド!!蹴り上げて!!」

「エルッ!!」

「パオッ!?」

 

 故に読みやすく、こちらも動きやすかった。

 

 ダイオウドウが散々地面に落ちてきたおかげですっかり固められてしまった地面の雪の塊を蹴り上げ、ダイオウドウの顔面に飛ばしていく。

 

 自身の体に深い傷をつけた鋭く大きな刃に視線を奪われていたダイオウドウにとって、急に飛んでくる雪の塊は完全に不意を打たれる形となって、ダイオウドウの視界を奪っていく。当然いきなり視界を奪われてしまえばダイオウドウの動きはぎこちなくなる。それでも動きを止めてはだめだという一心から必死に鼻を振り回すダイオウドウにはさすがと言いたい。けど、やたらめったら振り回される攻撃は予想はしづらいかもしれないけど腰が入っていないから火力が低い。それはエルレイドでもはじけてしまう程までには落ちていて。

 

「エルレイド!!今!!」

「エルッ!!」

 

 その隙に地面の雪を巻き上げる勢いで踏み込んだエルレイドが両腕で鼻を弾きながら、さっき切りつけた時以上の速さでダイオウドウの横をすり抜け、同時に両腕の刃にて斬撃を叩き込む。てっぺきでしっかり固くなっていたはずのダイオウドウの身体を、トウフにナイフを入れるかのようななだらかで、それでいて確かな速度をもって刻んでいく。

 

 攻撃を終えたエルレイドは、そのまま勢いを殺さずボクの目の前で膝を着いた姿勢を取り、まるで居合を終えたあとの侍が刀を納刀するかのようにゆっくりと伸ばした刃を元の長さに戻していく。そして……

 

「……エル」

「パオッ!?」

 

 刃が元の大きさに戻り、腕に集まっていた光が霧散すると同時に、ダイオウドウの身体の側面に大きくクロスの斬撃痕が刻まれる。言うまでもなく、せいなるつるぎが叩き込まれた跡だ。

 

「ダイオウドウ!?」

「パオ……ゥ……」

 

 自身の防御を無視して刻まれる2度目と3度目となるその斬撃に、何とか耐えようと1度踏ん張りはしたものの、きれあじの上がったエルレイドの攻撃を受けすぎてしまったダイオウドウは、こらえきることが出来ずにその巨体をゆっくりと雪の中に沈めていく。

 

「……かぁ、あんまし自分で強いとか言うもんじゃねぇなぁ……オレの負けだぜ。完敗だ!」

「そんなことないですよ。とても強かったです。ありがとうございました!……エルレイドも、お疲れ様」

「エル……」

 

 雪に沈んだダイオウドウにリターンレーザーを当ててボールに戻しながら、少し恥ずかしそうというか、ちょっと歯切れが悪そうな表情を浮かべるピオニーさん。あれだけ啖呵をきったのに勝ちきれなかったことに思うところがあるようで……けど、対戦していたボクからすれば、元ジムリーダーという肩書きも納得の強さだった。さすがにマスタードさんほどとまでは行かないけど、近しいくらいの強さはあったのではないかと思うほど。そんな強敵に勝てたのも、エルレイドが頑張ってくれたおかげだ。

 

「本当にありがとうね」

「エル……!!」

 

 エルレイドを労うようにそっと頭を撫でてあげると、とても幸せそうな声を上げると同時に、膝まづいていた姿勢から体を起こし、ボクの方に飛びついてくる。

 

「ちょ、エルレイド!?もう、仕方ないなぁ……」

「エルエル!!」

 

 ボクを抱きしめて、本当に嬉しそうな声をあげるエルレイドをそっとなだめで、甘やかしてあげながら、ボクたちはひとまずの勝利の余韻に浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダーハッハッハ!!まさか若造にコテンパンにされるとは思わなかったぜ!!」

 

 あれからエルレイドが落ち着くまでちょっと待ち、その後シロナさんからのアドバイスを頂いたボクは、エルレイドを戻して改めてピオニーさんと対面していた。その時にエルレイドが新しく覚えた技と、エルレイドが新たに身につけた特性についてシロナさんから説明を受けたんだけど……うん、とても凄かったし、とても頼りになる力だった。けど、まだまだ使い方が甘いところがあるので、そこはもっと特訓しなさいとの事。勿論、ボクもエルレイドもこんなところで満足するような性格では無いので、しっかりと気を引き締めて先のことを考えている。と、とりあえずエルレイドのことは一旦ここで締めておいて、今気になるのはこうしてボクたちと対面しているピオニーさんについてだ。

 

「ボクも、まさか元ジムリーダーだとは思わず……いい経験をさせて頂きました」

 

 きっかけはちょっとアレだけど、戦えたこと自体はボクに取ってはプラスの経験でしかない。実際に、このバトルのおかげでエルレイドがさらに強くなるためのきっかけに出会えたわけだしね。そのことに感謝こそすれ、邪険に扱うなんてとてもじゃないけどできない。そんなことを考えているとアドバイスのためにボクの近くにいたシロナさん以外のみんなもこちらに近づいてくる。

 

「フリアお疲れ様!!」

「ありがとユウリ!!」

 

 真っ先に近づいてきたのはユウリで、ボクが勝ったことに対して物凄く喜んでくれているのか、笑顔を浮かべながら駆け寄ってきてくれた。そのことに対してお礼を言いながら、後ろから続々と続いてきたみんなにも視線を向けていく。

 

「最初はやばいかと思ったけど、それでもやっぱり勝ち切っちゃうあたりさすがだぞ!!」

「ほんと、よく逆転したとね……エルレイドも凄かったと」

「相変わらずお前の底がわかんないな……オレも、まだまだ強くなんないと……」

「ガラル地方の元とは言えチャンピオンだものねぇ……フルバトルではないとはいえ、勝っちゃうのはさすがよね……」

「みんなも、押し付けてきたことはともかくとしてありが……って、チャンピオンだったんですか!?」

 

 各々が各々の感想を述べてきたのでそれに対して返答していると、最後のヒカリからとんでもないことを言われて思わずピオニーさんの方に振り返ってしまう。他の人の反応を見る限り、どうも知らなかったのはボクだけみたいで、ちょっとそのあたりは物申したいような気もするけど、今は聞いたことの確認をすることが先だ。

 

「あ~……そうだなぁ……」

 

 ピオニーさんの過去があまりにも気になったボクはしばらくピオニーさんの方を見るけど、肝心の本人はどうも歯切れが悪そうな表情を浮かべながら後頭部に手を伸ばす。表情もどこか後ろめたさを感じさせるものを浮かべているあたり、どうも彼にとってはあまりいい思い出ではないのかも知れない。その結論に至ったボクは、すぐに視線を下げて謝罪の言葉を述べる。

 

「す、すいませんでした!!……話しづらい事、聞いてしまいましたか?」

「いや、単純にオレが逃げただけっつーかなんつーか……まぁ、気にせんでくれや」

「えっと……?」

「それよりも!!愛しの我が娘のシャクちゃんがいねぇじゃねえか!?」

「そう言えば……」

 

 どうもこの話題はピオニーさんにとっては地雷だったようで、あまり触れてほしくないみたいなのでピオニーさんのごまかすような叫び声にこちらも乗っておくことにする。あのままだと変な空気になっていただろうし、ピオニーさんのことは気にはなるけど、急にいなくなったピオニーさんの娘さんの動向も確かに気になる。ピオニーさんにとっては大切な娘さんだろうし、余計に心配になっていることだろう。

 

「娘さんならあちらの方に行かれましたよ……?」

 

 娘さんを探すために彼方此方に視線を飛ばすピオニーさんに対しておずおずと声をかけながらとある方向を指差すのはユウリ。その場所は、今ボクたちがいる場所から東の方向へ少し言ったところにある、縦に長くぽっかりと口を開けて、入ってくる人を歓迎しているように見えるひとつの洞窟の入り口だった。

 

「おお、あの洞窟か!そういやシャクちゃん、『ダイマックス巣穴』っつー所に行って『ダイマックスアドベンチャー』をしたいっつってたな!!ってーことはあれか?先に行ったのはパパに追っかけてほしいからってことか?ったく愛情表現が相変わらずへたっぴちゃんだなぁ!ま、そんなところもド・愛らしいんだけどな!!そうと決まれば善は急げ!!っちゅー訳でオレはもう行くぜ!!じゃあな!楽しいバトルだったぜ!ポケモン強い坊主と、その愉快な仲間たちさんよ!!」

 

「あ、ちょっと!ピオニーさん!!」

「余程娘さんのことを大事になさっているのでしょう」

「でもあれは……娘さんがかわいそう……」

「愛が深いのも考え物ね……」

 

 娘さんの行き先がわかった瞬間に、もう誰にも首をつっこませないと言わんばかりに言葉を並べたかと思えば、ボクたちに別れを告げて洞窟に走りだしてしまったピオニーさん。よっぽど娘さんのところに行きたかったのか、もうすでにピオニーさんの姿は見えず、洞窟の闇の中に吸い込まれてしまっていた。そのあまりにも極端な姿にボクたちはそろって開いた口がふさがらず、何とか反応できたコクランさん、カトレアさん、シロナさんも苦笑いを浮かべながら戸惑っていた。

 

 嵐のような人だったピオニーさんがいなくなったことによって静かな空気が漂い始め、これからどうしようかという無言の会議がボクたちの間で始まる。が、ほどなくしてその空気も霧散する。

 

「くちゅん……ご、ごめんなさい……」

「うぅ……そういえば忘れていたけど、ここは雪国だったぞ……」

「フリアの試合を見ている間ずっと止まっていたから身体が冷えてるとね……」

「とりあえず歩いて、少しでも身体を温めましょ?」

「だな。幸いにも、ピオニーさんを追いかけるにしても、村に行くにしても、途中までは道は一緒みたいだしな」

 

 ユウリがくしゃみを1つこぼすことによって、改めて自分たちの今の状況を思い出す。

 

 寒さを訴えるホップとマリィに対して、とりあえず進むことをみんなに提案するジュンとヒカリ。その提案に特に反対することなく全員で頷くことで賛成の意を伝え、ボクたちの足はとりあえず洞窟の入り口の方へと向いて行く。もし洞窟に行くのならこのまま直進すればいいし、村を優先したいのなら、右手に見え始める坂道を下ればいいだけだからね。

 

 サクッ、サクッ。

 

 雪国ならではの子気味のいい足音を奏でながら歩くボクたちは、その間に雑談をし、少しでも寒さを紛らわせるようにしていた。勿論ボクもそのうちの1人で、この集団の中でも先頭を歩いているシロナさんの隣に並びながら話を振る。

 

「シロナさん、昨日と言い今日と言い……エルレイドが本当にお世話になりました」

「気にしなくてもいいわよ。私とあなたの仲じゃない」

「それでもです。それに、シロナさんにはエルレイドだけではなく、いろいろお世話になっているので……」

 

 シンオウ地方での旅の道中でも、道を塞ぐコダックのための頭痛薬を作ってもらったり、このガラル地方でジムチャレンジをするための推薦状を出してくれたりと、振り返れば感謝の言葉だけではとても返すことが出来ないほどたくさんのことを送ってくれた恩人とでもいうべき人だ。この人がいなかったら、ボクは今も家のベッドで腐っているのではと思うと正直シャレにならない。

 

「それなら私もよ。今も私の個人的な仕事に巻き込んでしまっているもの。テンガン山の件もあるしね?だから、あなたたちはあなたたちの思うまま旅を楽しんでくれればいいのよ」

「……はい!」

 

 こういう余裕のある所は素直に尊敬できる人だ。お家の方は……ちょっと残念なことになっているけど、さっきもっと癖の強い大人の人を見てしまったせいか、シロナさんが凄く聖人に見えてしまう。

 

(ボクが大人になったとしても、ピオニーさんのようにはならないように、気を付けよう……)

 

 別に悪い人だとは思わないんだけどね……?とりあえず、ピオニーさん。ごめんなさい……。

 

 そんな謝罪文を頭の中に浮かべながら歩いていると、程なくして洞窟へ行くか、村の方へ行くかの分かれ道にたどり着くこととなる。

 

「さて、どっちから行きましょうか?」

 

 着くと同時にシロナさんが振り返り、さっき置いておいた問題を再び提出する。しかし、今度はさっきまでの悩み時間はなく、ここまで歩いてくる途中にしっかりと決めておいた自分の答えを順番に口に出していく。

 

「やっぱり村に行くのを優先したいです」

「オレも賛成だぞ」

「さすがに荷物とか置いて色々安心したいからな……」

「洞窟も村から遠くない場所にあるし、洞窟に行きたいとしても、腰を落ち着けてからでも構わないものね」

「身体も温めたかと」

 

 ユウリ、ホップから始まり、マリィで締められる意見は全員村優先という内容。その意見に頷きながら、次はカトレアさんたちの方へ耳を向ける。……とは言っても、正直答えは予想できるけどね。

 

「断然村派……あたくしはそもそも洞窟に興味無いもの……」

「わたくしはお嬢様について行くだけなので……」

「ボクもどちらでも。みんなに合わせます」

 

 予想通りのカトレアさんの回答と、そのカトレアさんの意見に乗っかるコクランさん。そして最後に言ってなかったボクの意見を添えて、シロナさん以外全員の考えを提出する。

 

「私も村に行くことを優先するわ。……って、当たり前よね?」

 

 最後の意見を抱えているシロナさんに全員の視線が向いたところで、シロナさんも自分の意見を提出。結果は満場一致で村優先。やっぱりこの寒さからちょっとでも早く逃げたいという気持ちをみんな抱えているみたいで、その雰囲気を何となく感じ取っているシロナさんも、分かりきっていたけど『さっきは色々あって考えが纏まっていなかったから一応ね?』と微笑みながら言葉をこぼす。その様子にボクたちもつられてしまい、表情が緩む。

 

 相変わらず寒いけど、今のやり取りで少しだけ暖かくなった気がした。

 

「さて、それじゃあさっきの人の言葉を借りる訳では無いけど、善は急げ。村の方に向かいま━━」

 

『あの!困ります!!これ以上勝手に動かれるのでしたら━━』

『この中にシャクちゃんがいるってのに止めるんじゃねぇ!!オレもそのナンタラアドベンチャーってのをするって言って━━』

 

「……」

 

 柔らかくなった雰囲気が広がり、いざ村の方へ行こうと足を坂道へ向け始めたところで、洞窟の方から微かだけど確かに揉めるような声が聞こえてくる。その声がてんで知らない人のものなら特に気にすることなく村へ行く判断を下すことが出来ただろう。けど、どう考えてもこの声の主は、先程までボクと激闘を繰り広げていた元チャンピオン……は本人が嫌がるからやめといて、元ジムリーダーであるピオニーさんのものだ。

 

「シロナさん……」

「はぁ……」

 

 頭に手を当てながら、やれやれと言った雰囲気でため息をつくシロナさんは、心の底から無関係を貫いて通り過ぎたいという空気を醸し出してはいた。しかし、ユウリに指差された後のピオニーさんの、人の話を聞くのが下手くそそうなあの姿を知っているため、その情報を持っている自分がこのまま困っている人を放っておいてい良いのかという気持ちと、かすかに聞こえる困っている女性らしい声に、同情の気持ちが沸いてしまい、足を鈍らせてしまっていた。優しい性格のシロナさんのことだから、できることなら助けてあげたいのだろう。……女性の方を。

 

 一方で、早く先に行きたそうなカトレアさんは、もう足の先が村の方へと向きかけていた。この寒いのが耐えられないと言った空気も出しており、こちらもこちらで急ぎたそうにしている。他には、マリィ、ホップがこちら側の思考だった。寒さに強くないユウリは珍しくこちら側ではなく、シロナさんの方に回っていた。

 

 ちなみにジュンは何も考えておらず、ただ先に行きたいだけの様子で、コクランさんは相変わらずカトレアさん優先のようだ。

 

「仕方ないわね。カトレア、コクラン。村に先に行くメンバーのまとめ役お願いできるかしら?民宿は私の名前で借りているから、私の名前を出せば大丈夫のはずよ」

「任せて……ちゃんと連れていくわ……」

「わたくしたちにお任せを」

 

 シロナさんの言葉に小さく頷くカトレアさんと、深々と頭を下げるコクランさん。2人から了承を得たシロナさんは、そのことに首を小さく縦に振りながら次のメンバーに視線を送る。

 

「助かるわ。ホップ、マリィ、ジュン。あなたたちは先に村に行って身体を休めておきなさい」

「だけど……」

「大丈夫、こっちは私たちで何とかするわ。気にせず村を目指しなさい」

「おう!!」

 

 助けたい気持ちはあるけど、寒さのせいでつらい2人は少し申し訳なさそうな顔で、先に行くことしか考えていない1人は元気よく返事をして村の方へ歩いて行った。

 

 これでこの場には、ボク、シロナさん、ヒカリ、ユウリだけが残ることとなる。

 

「ユウリ、寒いのは大丈夫?」

「身体も震えてるわよ?」

「結構寒い……けど、なんか放っておけないなって」

 

 そんな残っているメンバーで、ボクとヒカリはくしゃみをしていたユウリに確認を取るけど、ユウリは確かな意思をもって答えてくれる。これはユウリの意見を尊重してあげた方がいいだろう。シロナさんもユウリの意見を汲んで頷く。ちなみに、他のメンバーはシンオウ地方で寒い所を経験しているからまだまだ平気だ。

 

「さて、ユウリの意志もよくわかったところで、私たちは……」

 

 それぞれの状態を確認したボクたちは、未だにもめる声が聞こえる洞窟の方へと目を向ける。

 

「めんどくさいお父様を止めるとしましょうか」

「「「はい」」」

 

 ちょっとあきれた声を零しながら前を歩くシロナさんについて行くボクたち。

 

 面倒なことに巻き込まれている自覚を持ちながらもなぜか、この洞窟の奥から感じるものにちょっと興味を惹かれながら、洞窟の中へと吸い込まれて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エルレイド

嬉しさだいばくはつ。ここまで喜ぶこの子は初めてかもしれませんね。

ピオニー

人の話を聞くのが苦手なお父さん。本当に好き嫌い別れそうな方ですよね。ボクの友人は嫌い派でした。どうでもいいですけど、口癖の『ド』……言いにくくないですかね?




ポケモンSVの要素もちょくちょく入れていきたいと言いましたが、ストーリーに直接かかわるようなものはいれるつもりは一応ありませんが……どんな小さなことでも、初見でいたいという方は、今更になってしまいますが、ブラウザバックの方がいいかもしれませんね。






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158話

「この洞窟の中に、その新しくできた『ダイマックスアドベンチャー』ってものがあるんですよね?」

「聞いた話だとそのようね。あくまでの研究の一環として、そのお手伝い兼アトラクションとしてつくられた設備みたいだけど……」

「研究のお手伝い……?」

 

 もめる声に導かれて洞窟の中に入って言ったボクたちは、この場所についての話をしながら進んで行く。

 

 ボクの確認するような言葉に返してくるシロナさんに対して、ユウリが更に質問を重ねていく。確かに、『アドベンチャー』といういかにもアトラクションじみた言葉がついているのに、その真の意図が研究施設というのは少し疑問が残る言葉だ。その言葉に対して、シロナさんがそのまま言葉を続けて説明する。

 

「ええそうよ。この洞窟から行けるダイマックス巣穴はどうやら今まで見てきた巣穴以上に入り組んでいるみたいなのよ」

「それって、ズガドーンやデンジュモクと出会った時の巣穴よりも……ですか?」

「ええ、どうもあの洞窟の何倍も広く複雑みたい」

「うへぇ……」

 

 シロナさんからの言葉で思わず変な声を出してしまうヒカリ。

 

 ボクたちの記憶にも新しいズガドーンとデンジュモクがいたあの洞窟は、くねり具合や深さからしても今までボクたちが経験したどの巣穴よりも複雑だった。だからこそマスタードさんが元凶である2人を見つけるのに時間がかかったわけだし、実際に歩いてなおその複雑さを感じることが出来た。けど、あの時歩いた洞窟よりもさらに複雑で、更に深いと言われると、ヒカリの反応も納得できるものがある。実際に顔には出していないけど、ユウリとボクも同じような感想を抱いていると思う。

 

「ただ、その分ダイマックスできる広い空間もたくさんあるみたいでね。ダイマックスポケモンが今までの巣穴と違って、絶対に存在する上に、複数体同時で発見されるみたいなのよ」

「複数体同時に……それは凄いですね……」

 

 ダイマックスポケモンというのは何も毎回現れるわけではない。ダイマックス巣穴と言われる場所はワイルドエリアや、ヨロイ島、そしてボクたちが今いるカンムリ雪原にもたくさんあるんだけど、その中にダイマックスポケモンがいるのは、巣穴の中にダイマックスエネルギーがたくさんたまり、巣穴から赤い光か紫の光が伸びている時だけだ。だからこそ、ボクが初めてワイルドエリアを訪れて、ラルトス相手に初めてのレイドバトルをした時や、そのあとユウリやホップがレイドバトルの感触を確かめる戦いをするのに光を探し回って歩いたわけだしね。なのでレイドバトルというのは、実際にしようと思ったら実はちょっと大変だったりする。

 

 しかし、どうやらこの巣穴は、他のダイマックス巣穴とは違って、常にダイマックスエネルギーがあふれているらしく、この洞窟の奥にはダイマックスポケモンが数えきれないくらい生息しているんだとか。なんだか映画の中の話みたいだ。

 

「本来なら一度ダイマックスを終えたらしばらく消えてしまうそのエネルギーがどうしてここでは滞留しているのか。その謎を研究するのが一番の目的みたい。けど、そのためにはたくさんレイドバトルをして、たくさんのダイマックスポケモンと戦って、たくさんのデータを取る必要があるのよ。でもそれだけの数レイドバトルをするのは時間もかかるし人の手も沢山かかってしまう。当然、いくら気になることと言っても、ここに人手を割き続けるわけにもいかない」

「そこで一般人の手を借りる……」

「そういう事」

 

 シロナさんの説明を聞いて大体の事情を理解したユウリがボソッと呟いた言葉に、嬉しそうに返答をする。右手で丸を作りながらそんな表情を浮かべるシロナさんは本当に楽しそうに洞窟内を歩いていた。もしかしたら考古学者としての一面が刺激されているのかもしれない。……いや、ここが古い場所というわけではなさそうだけどね?

 

「アトラクションとして一般公開することによって、研究の手伝いを増やすのと同時に、人の訪れが少ないこのカンムリ雪原に人をたくさん呼ぶのが大きな目的なみたいね。実際に、わずかとはいえ効果はあるみたいだし……」

 

 そういうシロナさんの言葉につられて周りを見渡してみると、確かに人数は少ないけど、このダイマックスアドベンチャーを目的に訪れているらしき人たちがちらほらと見受けられる。

 

「列車に乗っている時は他の人なんて見かけなかったのに、こうしてみると意外と人がいるんですね」

「他の車両に乗ってたんじゃないかな?さっきの様子だと、ピオニーさんたちも私たちと同じ列車で来たみたいだし……」

「恐らくそうでしょうね。……さて、お喋りはこの辺りにして、そろそろ取り掛かるとしましょうか」

 

 そんな周りの人たちは、せっかくのアトラクションを楽しみに来ていたのに、楽しそうな表情は誰一人として浮かべておらず、みんなしてとある一点を見つめていた。その視線の先には2人の人物がおり、現在進行形で言い合いをしていた。

 

「だ・か・ら!オレもアドベンチャーするんだって!今する!すぐするぞ!」

「ですから!許可できません!!」

 

 言い合いをしていた2人のうちの片方は、やっぱりと言うか予想通りというか、さっき洞窟の外で戦ったばかりのピオニーさんだった。話の内容からして、多分洞窟の外まで聞こえていた話からひとつも進んでいないのだろう。そんな不毛な言い争いに辟易としているのか、ピオニーさんと言い合っているもう片方の人……白衣に身を包んだ、おそらく研究員兼この施設の責任者と思われる女性が、疲れと怒りをないまぜにしたかのような表情を浮かべていた。

 

「こんにちは。どうかされましたか?」

 

 一向に収まる気配のない両者の言い合いに、周りの人たちは呆れと戸惑いの表情を浮かべながら場を見つめる。誰しもどうすればいいのかが分からないという気持ちと、面倒くさそうだから巻き込まれたくないという気持ちが半々といった感じで、少し離れた位置に陣取って、会話を止めようとする気配はひとつもない。

 

(気持ちすごいわかる……巻き込まれたくないもんね……)

 

 ボクたちだって出来れば巻き込まれたくないけど、知り合いが関係するのだとしたら放っておけない。さっき出会ったばかりの、言ってしまえばまだまだ薄い繋がりだけど、それでもエルレイドの件もあり、少なくない恩のある相手だ。ここは少し巻き込まれに行こう。そんな気持ちを抱きながら、誰も行かなかった2人の言い争い現場に勇気を持って声をかけてみる。すると、急に声をかけてきたことに驚いたのか、2人とも少し驚いたような声を上げながらこちらを見てきて、声をかけていたのがボクたちだとわかった瞬間、2人揃ってその表情を明るくした。

 

「お!さっきの坊主じゃねぇか!!ちょうどいいところに来てくれたぜ!!」

「あ、あなたはフリア選手にユウリ選手ですか!?それにシンオウチャンピオンのシロナさんにグランドフェスティバル準優勝者のヒカリさんまで!!ちょうど良かったです!!」

 

 ピオニーさんは純粋に知った顔が来てくれたことに。研究員さんは自分を助けてくれそうな人が来てくれたことに。それぞれがこの不毛な時間を終わらせてくれる人が現れたことに嬉しそうな表情を浮かべながらこちらに近づいてくる。

 

 ……正直その時の圧力がちょっと強くて怖い。特に研究員さん、シンオウ地方の事情まで詳しいなんて、余程の情報通の人なのでは?嬉しいことではあるんだけどね?

 

「坊主の方からも言ってくれよ!このド・うるせぇ研究員、オレの言葉をちっとも通してくれねぇんだ!!」

「話を聞かないのはどっちですか!!あとうるさくありません!!」

「なら通してくれてもいいじゃねぇか!!」

「ですから!!さっきから私の説明をちゃんと聞いてくれれば通してあげられると言ってるでは無いですか!!」

「だぁーっ!!そういうまどろっこしいのは苦手なんだよ!!」

「こういう平行線で進まないわけね……」

「そうなんです……」

 

 2人の決して交わらない会話に、頭に手を当てながらボソッと呟くシロナさん。凡そ予想していたこととはいえ、こうやって実際に目の当たりにするとなると、なかなか破壊力があると言うかなんというか……

 

「ですが、シロナさんたちが来てくれて助かりました!それにどうやらこの方とお知り合いのようですし、おかげでようやく話がまとまります!!」

 

 そんな疲れたような表情から一転。ボクたちの方に向けて晴れやかな表情を浮かべる研究員さんは、ようやくこの平行線から抜け出せると、意気揚々と言葉を並べていく。

 

「この人と一緒に、あなた方が一緒に話を聞いてくだされば、一応この方も中に入ることを許可できますので!!」

「な、なるほど……」

 

 ピオニーさんとの会話の決着がよっぽど嬉しいのか、かなり前傾姿勢で喋る研究員さんに思わずたじろぐシロナさん。……気迫だけでおされているシロナさんを見るのは初めてだ。何気にこの人は凄い人なのかもしれない。

 

「では、改めてしっかりと説明させていただきますね?」

「おう!よろしく頼むぜ!!」

 

 晴れやかな顔で言葉を続ける研究員さんは、ピオニーさんのことを最初からいない人のような雰囲気を醸し出しながら説明をする。それに気づかず普通に返事をしているピオニーさんを見ていると、若干かわいそうに見えて来るけど……うん、今は研究員さんの話を優先させよう。

 

「この洞窟がつながっている場所は、皆さんが今まで見てきたダイマックス巣穴とはちょっと変わった構造となっています。通常の巣穴と比べて、まるで迷宮のような作りと、その広大さから、他の巣穴と区別するために『マックスダイ巣穴』と呼んでいます」

「うんうん」

 

((((この人もう聞いてなさそう……))))

 

 ボクたち4人で真剣に研究員さんの方に耳を傾ける中、ピオニーさんは後頭部に腕を回し、目を閉じながら相槌を打つ。そんな彼に対して、ボクたちの気持ちがまた1つになったことを感じながら、再び視線を研究員さんへ。

 

「このマックスダイ巣穴では、基本的に皆様の手持ちのポケモンは使うことが出来ません。というのも、この巣穴の中ではガラル粒子の濃さや、ガラル粒子そのものの構造がわずかに違うみたいだからです」

「違う結果、もしこの巣穴の中で自分のポケモンを使うとどうなるんですか?」

「最悪、暴走して敵味方関係なく攻撃をしてしまう状態になってしまいます。実際に、私たち研究員のうちの何人かが、手持ちを連れて入ってそのような状態になったことが確認されています」

「「「「……」」」」

 

 ヒカリの質問に対して真っすぐ答える研究員さんの言葉に思わず息をのむボクたち。成程、暴走して参加者に危険が及ぶ可能性があるのなら、このアトラクションの参加条件に『しっかり人の話を聞くこと』が入るのは納得だ。何も知らずに手持ちの子を連れて行ってしまえば、暴走したポケモンとそのトレーナーは勿論、レイドを組む他の味方まで巻き込みかねない。迷宮と揶揄されるほどの道中なら、途中で棄権や撤退と言った、帰る対応を取ることも難しいため、このような危険は1つでもなくしておかなければならないという事だろう。

 

「では一体どうやってこのマックスダイ巣穴を進んで行くのかというと、元々この巣穴に住んでいた子たちの力を借りることになります」

「成程、現地調達という事ね」

「そうなりますね」

 

 外から連れてきた子たちで暴走するのならどうすればいいのか。答えは単純で、『元々この巣穴に適応していた子たちを連れて来る』というわけだ。これなら暴走する必要はない。なんせここのちょっと特殊なガラル粒子にすでに慣れている個体だから。

 

「また、途中で使うポケモンを変えたいときは、途中で倒したダイマックスポケモンを捕まえて交換するか、途中に待っている他の研究員の人に話をかけて交換してもらってくださいね。いつ、どの子を交換するかは、疲れたポケモンや、巣穴の先の状況を見て、適宜、参加者であるみなさまが判断してあげてください。迷宮の奥まで進み、ぜひ、珍しいポケモンと戦いましょう!」

 

 ここまで長い言葉を話し続けた研究員さんがほっと一息つく。この説明をする前にピオニーさんとの言い合いもあったことを考えるとちょっと喉が心配になるけど、そう感じさせない笑顔を見せる研究員さんを見ていると、もはや研究員よりもどこかの遊園地の案内人の方が向いているのではないかと思ってしまうほど。心配はする必要はなさそうだ。

 

「以上がダイマックスアドベンチャーの基本的な流れになります。ご理解いただけたでしょうか?」

「「「はい!」」」

「ええ、よくわかったわ」

「ああ、ばっちりだぜ!!マックスレイドが危険で手持ちが暴走して頭を交換して最奥でパーンってやつだな!!」

「一番頭がパーンなのはあなたですよ!!」

「「けほっ、けほっ!?」」

 

 研究員さんの説明を受けて頷くボクたち。しかし、最後に頷いたピオニーさんの意味の分からない返答によって、再びその表情を般若へと変えていった。けど、傍から見た2人のそのやり取りはどう見ても漫才のそれでしかなく、ユウリとヒカリは合えなく吹き出してしまっていた。ふと横を見れば、シロナさんも目を閉じて心を落ち着けることに集中してしまっているあたり、限界が近いのかもしれない。かく言うボクも、絶賛太ももつねり中だ。もしかしたらこの2人は意外といい組み合わせなのかもしれない。

 

「本当に危険な場所ではあるんです!!だからちゃんとルールを守って……」

「とにかく!!頭がパーンするから気をつけろって事だろ!!任せておけ!!俺にはこまけぇことわかんねぇからあれだけど、とにかく行くぜ!!待ってろよシャクちゃぁぁぁぁぁん!!!!」

「あ、ちょっと!!本当に危ないんですって!!……ああもう!!なんなんですかあの人!!きっちり自分のボールはちゃんと収納場所において、この巣穴の子たちを借りているのが余計に腹立ちます!!」

 

 急に見せられる漫才に耐えている間に、いつの間にか進んで行くピオニーさんと研究員さんの会話。止めようにも2人の会話ペースが速すぎて、そのうえで内容が面白いものだから挟み込むスペースが存在しない。正直笑いをこらえるので精一杯で、それどころではなく、そうこうしているうちにピオニーさんは洞窟の奥に駆けだしてしまい、あっという間にその姿を洞窟の闇の中に持って行ってしまう。

 

「本当にあの人何なんですか……顔はローズ委員長にすごく似ているのに、性格は真反対じゃないですか……」

「すいません、悪い人ではないんですけど……」

「私にとっては迷惑な方でしかありませんよ……まぁ、自分のポケモンをちゃんと預けて、この巣穴で使うことが出来るポケモンを使ってくれていることはありがたいですけど……」

 

 心底疲れたといった表情を浮かべながら愚痴をこぼす研究員さんに頭を下げながら、何とか笑いを飲み込んだボクたちは改めてダイマックスアドベンチャーへと意識を向ける。

 

「あなたたちはちゃんと聞いてましたよね……?」

「大丈夫です。安心してください」

「ですよね……本当に大丈夫ですよね?」

「本当に大丈夫ですからね!?」

 

 ピオニーさんがあんな感じだったせいで、その知り合いであるボクたちまで疑われるのは大変遺憾ではあるけど、それだけインパクトが強かったことなので仕方ないと割り切ってしまおう。言葉で信用してもらうよりも、態度で信用してもらわなきゃね。

 

「では準備が出来次第、また戻ってきますね」

 

 そう告げてボクたちから1度距離を取り、他の参加者に対して同じように説明をしていく研究員さん。その行動を見送ったのち、ボクたちもそれぞれ準備に取り掛かる。

 

「申し訳ないけど、少し待っててね?」

 

 腰のホルダーに着いているボールたちに一言謝ってから外し、ポケモンを預かってもらえる場所に控えている別の研究員さんに渡しておく。ボクに続いてユウリたちも自分の手持ちを預けたことを確認したら、次はダイマックスアドベンチャーを行うために一時的に使わせてもらうポケモンの選定だ。と言っても、それほどポケモンの種類が豊富という訳では無い。しかし、それでもこの巣穴が特別ということを象徴するかのようなポケモンが1部見受けられた。

 

「ジュカインにバシャーモ、ラグラージ……ホウエン地方のポケモンだ……」

 

 本来ならここガラル地方に出現するはずのないポケモン。それがレンタルポケモンとして今ボクたちの目の前に並べられていた。この巣穴ではこういったガラル地方にいないポケモンも確認されている。もしかしたら、こういったポケモンが外に出てガラル地方の生態系を崩してしまうことを恐れて、この研究所を一種の防波堤代わりにしている可能性もあるかもしれないね。

 

「せっかくだから、私はバシャーモ選んでみようかな……」

「じゃあわたしはラグラージ!」

「ボクはジュカインで行こうかな?」

 

 そんなことを考えている間にユウリとヒカリがポケモンを選び始めてしまっていたので、ボクも彼女たちに続いてポケモンを選ぶ。

 

「出ておいで〜」

「ジュカッ!!」

 

 手に取ったボールからジュカインを出し、軽くポケリフレ。短い時間と言えども、一緒に戦うこととなるこの子とちょっとしたコミュニケーションを取ってみる。

 

 特殊なガラル粒子に適応した姿ということもあって、最初こそは『なにか他のポケモンと違うところがあるんじゃないのか?』なんて警戒しては見たものの、実際には頭を撫でてあげたら気持ち良さそうな声で鳴いてくれるし、ボクの指示もちゃんと聞いてくれる物凄く素直な子だった。どうやらその辺は他のポケモンと違いはあまり無いようで、これならこの先もちゃんと戦うことができるだろうとホッと一息。横に視線を向けたら、ユウリとヒカリも、それぞれが選んだポケモンといい関係が築けていそうだった。

 

「みんな準備は良さそうね」

 

 そうして少しの間、自分たちが選んだポケモンと最低限の連携が取れるくらいには信頼関係を築けた辺りでシロナさんから声をかけられる。

 

 傍らにドレディアを控えさせたシロナさんも、ボクたちと同じくしっかりと関係を築きあげたみたいで、初めて出会っているはずなのにまるで昔から手持ちにいたのでは無いかと錯覚してしまうほど様になっていた。

 

「さすがフリア。それにヒカリとユウリも。出会ってすぐの子とそれだけ仲良くなれるなんて、やっぱりあなたたちは物凄い才能の持ち主ね」

「ありがとうございます。シロナさんにはまだまだ及びませんけどね……」

「歴が違うもの。むしろ、もう超えられてたら私の方が落ち込んでしまうわよ」

「その点で言えば、1番トレーナーになりたてのユウリが同じくらい手懐けていることに驚きね。もしかしたら1番の才能ウーマンだったり?」

「そんなことないよヒカリ。私はただフリアに『こうした方がいいよ』って教えてもらったことをしてるだけだから……そういう意味では、やっぱりフリアが1番凄いと思うよ?」

「ほ〜ん。ふ〜ん。へぇ〜」

「だから!そのやけにイラってくる顔やめてってば!!」

 

 相も変わらずこちらを向いてからかってくるヒカリに心を乱されていると、その様子を見て微笑むシロナさんから声をかけられる。

 

「はいはい。仲が良いのは認めるけど、今はそれよりもやらなくちゃいけないことするわよ」

「はーい!」

「全くもう……」

「ぁぅ……」

 

 シロナさんの言葉に元気よく返事をするヒカリとその様子にため息を零すボク。そして、何故か赤くなっているユウリという、はたから見たらおかしな集まりに、一通り周りに説明を終えて戻ってきた研究員さんも思わず苦笑い。しかし、すぐに表情を戻して、説明の続きを始める。

 

「ここで捕まえたポケモンたちはこちらで預かることとなっています。なのでこの洞窟から出る前に、私たち研究員の誰かに返却するようにお願いします。そして最後の注意点……」

 

 1度ためを作り、ボクたちの視線を集めることによって、これから言うことが本当に大事なんだということをいやでも意識させてくる。そんな中、ゆっくり紡がれる研究員さんの言葉は、やけに心に残るものとなった。

 

「最奥にて待つポケモンが、たまにとても強力なポケモンになる可能性が、ここ最近になってわずかですが見受けられます。その時は、無理をしないでくださいね?」

「強力なポケモン……ええ、気をつけておくわ」

 

 強力なポケモンの正体が気になったけど、そのことを言わないということは、自分の目で確かめろということなのだろう。少なくとも、『これで説明を終えた』という顔をしているこの研究員さんからは、もう何も聞くことは出来なさそうだ。

 

「それでは、ダイマックスアドベンチャー。及び、人の話を聞かない迷惑な方の救出、頑張ってくださいね!!」

 

「……行くわよ。3人とも」

「「「はい!!」」」

 

 これから向かう巣穴にて待つ、珍しく、そして強力なポケモンたち。

 

 彼らとの出会いを前に、ボクたちは鼓動を速くさせながら、1歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マックスダイ巣穴

ダイマックス巣穴の前後を入れ替えただけ……と思いきや、実はワイルドエリアなどの巣穴は『巣穴』としか呼ばれてなかったり。ここでは一応このように分けておきます。

研究

元々はガラル粒子を研究する施設です。アドベンチャー化した理由はあくまでも私の考察……というか、ただの理由付けですね。もしかしたらどこかに詳しい設定があるのかもしれないです。

ピオニー

実機でもここでは意味のわからない言葉を述べていましたね。本当に話を聞くのが苦手なんだなぁと。

珍しいポケモン

実機では持って帰れますが、ここでは預かる仕様に。でないと、フリアさんが手持ち制限の意味が無いですからね。……自然現象(?)と人為的なものを混合するのは良くないかもですが……

強力なポケモン

イッタイナニガマッテルンデショウ……
この当たりのポケモンも、最近になって目撃されたらしいですね。原因はとあるポケモンが見かけられるようになったかららしいですけど……誰のことでしょう?




楽しい楽しいアドベンチャーの始まりですね。色違い求めて何回も回っていたのを意味でも覚えています。そしてあいつに一撃でポケモンを4人全員滅ぼされたことも……さすがにあれは固まってしまいました……。






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159話

 ダイマックスアドベンチャー。

 

 複数人のトレーナーで協力し、広大なマックスダイ巣穴を進んで行くカンムリ雪原に作られたアトラクションで、カンムリ雪原への来客を増やすことと、この洞窟内に広がるちょっと特殊なガラル粒子を研究することを目的としてつくられた施設。このちょっと特殊なガラル粒子を研究することによって、新しいエネルギー施設をここにも作り上げるのがこのアトラクションの最終的な目標なのかもしれない。そんな、もしかしたら未来のガラルを支えることになるかもしれない重要な場所に足を踏み入れたボクたちは、目の前に広がる巨大な洞窟に一度足を止めていた。

 

「これは……想像以上に広いわね……」

「広いだけじゃなくて、道が一杯あってどこに行けばいいのかも迷っちゃいますね……」

 

 先頭を歩いていたシロナさんとボクがぼそりと今の状況を呟く。

 

 今までのダイマックス巣穴と言えば、ダイマックス、及びレイドバトルが出来るくらい広い場所はあったんだけど、そこまで行く道は狭く細長いというのが普通だった。今まで入ってきた巣穴の中で一番複雑だと言われていたズガドーンとデンジュモクがいた巣穴でもそれは例外ではなく、細く曲がりくねって険しくはあったけどこの前提を崩してはいなかった。しかしこのマックスダイ巣穴は、レイドバトルが出来る広場に行く道すらも大きかった。

 

「なんというか……列車でも通ってそうな大きさですね……」

「天井は高いし、横幅も広いし……何よりも行ける場所が多いのも凄いわね……まるでアイアントの巣にバチュルよりも小さくなった姿で迷い込んだみたいだわ……」

 

 そのあまりにも広い空間から、ユウリとヒカリも思わず声を漏らしながら周りの壁に触れてしまう程。しかもこれだけ大きな洞窟であるにも関わらず、木枠などで補強されているところも見受けられないことから、これが自然にできたもと思われるのが驚きなところだ。いったいこの洞窟が出来るまでにどれほどの年月が経っているのだろうか。

 

「この洞窟の中に、一体どれほどのダイマックスポケモンがいるのかしらね?」

「これだけ広ければ、数十体どころじゃない数いてもおかしくなさそうですよね」

「研究員さんが言うには、ダイマックスポケモンが2匹並ぶことはないそうだからそこは安心できるけどね」

「でも、ダイマックスポケモンとの連戦って、私経験ないからそこはちょっと不安かも……」

 

 ユウリの言葉に『そういえば確かに』と納得するボクたち。確かに、ダイマックスバトルやレイドバトルは何回も経験したけど、ダイマックスポケモンとの連戦は経験したことはない……というか、それ以上に気になることを今更ながらに思い出したボクは、慌ててヒカリの方に視線を向ける。

 

「そういえばヒカリってダイマックスできるの?ダイマックスバンドがないとそもそもできないんだけど……」

「あ、そっか……ヒカリってシンオウ地方とホウエン地方しか行ったことないから、ダイマックスバンドを貰う機会ないもんね」

 

 シロナさんはチャンピオンとしてのイベントだったり、考古学者として世界中を回っているから、その時に手に入れててもおかしくはない……というか、実際に右腕の袖の下にちらりと巻かれているのを確認できているため、シロナさんはダイマックスをすることは可能だ。けど、ヒカリは別地方からやってきたお客様。ガラル地方に来たのもつい最近のため、ダイマックスバンドを持っていない可能性が高い。今になってようやく気付いたそのことが、このダイマックスアドベンチャーでは立ち回りの手数が減る可能性があるというなかなか大きな痛手になってしまう。挑む前にこのことについて確認を取った方がいいだろう。

 

「そのことに関してはあまり気にしなくてもいいわよ。ほら」

 

 そういいながらヒカリは、防寒着の右袖を少しめくり、その下に巻いてあるバンドを見せてくれた。それは、ボクとユウリの右腕に巻いてあるものと全く同じものだった。

 

「この地方に来るにあたって『持っていた方が便利でしょ?』ってシロナさんからもらったの。ジュンとカトレアさん、コクランさんも、同じように貰ってたかな」

「成程、それなら安心……って、よくそれだけの数持ってましたね」

「ダイマックスバンド自体はそれほど貴重なものではないから、私みたいなイベントへ呼ばれる人はその度に記念でよく渡されるのよ。持っているからいいって断ってはいるんだけど、それでも渡される時があるからその分が余っててね?」

 

 少し苦笑いを浮かべながらそう説明するシロナさんに成程と言った表情で頷くボクとユウリ。何となくだけどその現場を想像するとちょっと面白い。っと、そのことは置いておいて……とにかく、ヒカリもダイマックスできるというのであればちょっとは安心だ。まだ経験はないから最初は戸惑うこともあるかもしれないけど、そこはボクたちでフォローしてあげよう。

 

「さて、お喋りはいいけどそろそろ前に進みましょう。まずはどっちに行くか、かしらね」

 

 シロナさんの言葉に頷いて前を見据えるボクたち。その視線の先には、右と左と真ん中の3つの道がある。どの道も先から大きな圧力を感じるあたり、どれを選んでもダイマックスポケモンと戦う事にはなりそうだけど……どの道を選ぶかで誰と戦うかは変わって来るからちょっと悩んでしまう。

 

「一番はピオニーさんを追いかけることなんだけど……」

「正直どの道行ったかなんてわからないわね。あの人の性格上、後ろの人に分かってもらうための目印もつけなさそうだし……」

 

 ユウリとヒカリが分かれ道を見つめながらウンウンと唸っている。さっきも言った通り、目の前には右、左、真ん中の3択の道だ。足跡が残るような場所でもないため、純粋な3分の1を当てなければピオニーさんの後ろをついて行くことが出来ない。

 

「まぁあの研究員さんも、私たちがちゃんとあの人についていけるとは思っていないでしょう。ついで感覚でいいじゃないかしら?それに、先に進めば娘さんがいるでしょうし、そちらに先に合っておくのもいいと思うわよ」

 

 そこについてはシロナさんがのんびりと回答する。確かに、ここまで入り組んでいるのならば、先に行ってしまった人を追いかけるのは至難の業。一応戦闘音がする方向に行くという、先に行った人を追いかけられる可能性のある行動はできるけど、これだって確定で出会えるわけじゃないしね。っというか、このアドベンチャーに参加している人が意外にも多いことと、洞窟という音がこもる場所のせいで至る所から戦闘音が聞こえてくるため、とてもじゃないけど目当ての人を狙って追いかけるのは不可能だ。ピオニーさんが娘さんと会うことを目的として、戦闘を避けて走り抜けている可能性だってあるしね。そのことを諸々考えると、やっぱりシロナさんの言うように、難しく考えずに気楽に進む方がよさそうだ。それにせっかくのアトラクションなんだ。楽しまないとね?

 

「じゃあどっちに進むかは適当に決めよっか!」

 

 そうと決まれば早速行動。この中で一番の行動力を持っているヒカリが一歩前に出て、『どれにしようかな?』なんて言いながら順番に分かれ道を指差していく。それを見つめるボク、シロナさん、ユウリは、特に自分の意見を通したいというのもないので、それをちょっと微笑みながら見つめている。

 

「ア・ル・セ・ウ・ス・の・言・う・と・う・り!よ~し、じゃあわたしはこの道を選ぶわよ!!」

 

 程なくしてヒカリが選んだ道は右側の道。右を指差しながらこちらを振り向くヒカリは、本当に楽しそうな笑顔を浮かべながらこのアドベンチャーに臨んでいた。そんな彼女を見ていると『ボクも楽しまなきゃ』と自然と思わせてくれる。

 

「じゃあまずはヒカリの希望通り右に行こうか!」

「うん!さ~て、どんな子とあえるかな~」

「ふふふ、珍しい子と会えるといいわね」

 

 ヒカリにつられて自然と明るい雰囲気が広がるボクたちは、同じように笑顔を浮かべながらヒカリの指差した右側に向かって足を進めていく。どんな子がこの先に待っているのかワクワクしながら談笑し、足を進めていくボクたちは程なくして広い空間に辿り着いた。その空間の中心には赤い霧が広がっており、その中心にて待っているであろうダイマックスポケモンを覆って隠していた。とはいっても完全に隠しているわけではなく、ダイマックスポケモンの輪郭はうっすらと確認できた。

 

「さぁて、ダイマックスアドベンチャー……記念すべき最初のポケモンは誰なのかしら?」

「ダイマックスの霧のせいでうまく確認できない……でも、ほんのり輪郭は見えるような……」

「あの輪郭……フリア、もしかして……」

「うん……間違いない……!!」

 

 霧のせいで輪郭しか見えないとはいえ、ユウリはともかくいろんな地方を歩いてきたボクたち3人にとって、それだけわかればポケモンを判別することは難しくない。

 

 見えた輪郭は人型の大きなポケモン。しかし人と明らかに違うのは後ろに伸びる長い尻尾。頭や背中から伸びている大きな棘は、このポケモンの強大さと凶悪さを如実に表してる。また、シルエットだけでも分かるほど太くたくましい腕や足、尻尾は、とても硬そうな外殻に覆われており、全体的なシルエットだけ見れば屈強なヨロイのようにも見える。

 

 この時点でボクとヒカリ、そしてシロナさんは相手がどのポケモンなのかを完璧に把握した。

 

「行くわよみんな!!」

「「「はい!!」」」

 

 シロナさんの号令とともに投げられる4つのモンスターボール。そこから現れる先ほども確認した4匹のポケモンたち。彼らが雄たけびをあげながら一列に並ぶと同時にダイマックスの霧が晴れ、ついにダイマックスポケモンが姿を現す。

 

「あのポケモンは……!?」

 

 姿を現したポケモンを見て声を上げるユウリ。どうやら実際に見たことはなくても知識としてこのポケモンのことは知っていたみたいだ。

 

 体色は紫で、胸部と腹部、爪が白。振り回すだけで大木や鉄筋コンクリート、電柱はおろか、鉄塔さえも倒壊させると言われているほどの破壊力を持ち、皮膚も石や鉱石で例えられるほどの屈強な体格をしたポケモン。その正体は……。

 

「さぁ、キミがボクたちの初戦だ!!勝負!!ニドキング!!」

 

 

「グギャアァァァァッ」

 

 

 ドリルポケモン。ニドキング。

 

 彼がボクたちのダイマックスアドベンチャー、最初の対戦相手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バシャーモ!!『コーチング!!』」

「シャモ!!」

 

 戦闘が始まると同時にユウリから上がる聞きなれない技の指示が飛んでくると同時に、バシャーモも叫び声をあげて、みんなに何かの指示を飛ばす。すると、バシャーモ以外のポケモンの身体が赤く光り、何かしらの能力が上がったのが確認できた。

 

「今のは味方の攻撃と防御を強化する『コーチング』って技みたい。ニドキングって確か物理攻撃が得意だよね?」

「成程そんな技が……ありがとうユウリ!!」

 

 ユウリの援護によっていきな能力が強化されたジュカインたちは、そのことによってさらに気合が入ったみたいで、更に張り切ってニドキングをにらむ。

 

(そっか、レンタルポケモンだから普段使っているポケモンと技構成も全然違うんだ。しっかり技を確認しておかないと……)

 

 今ボクが一緒に戦っているのはジュカインだ。勿論ジュカインがどんな技を使うことが出来るのかはおおよそ理解はしている。しかし、エルレイドが新しい技を使っているみたいに、住む地域や成長の過程で、本来は覚えないと言われている技を覚えることは往々にして存在する。となると、この洞窟で育ったジュカインは、独自の成長を遂げていつもと違う技を使う可能性がある。その技を確認するためにも、一度ジュカインのデータを見ておこうと思い、ジュカインのボールと一緒に貰った小さなメモ用紙を読んでみる。

 

「覚えている技は……『くさのちかい』、『ワイドブレイカー』、『リーフストーム』、『シザークロス』……成程ね」

 

 戦闘が始まってしまっている故、そんなに細かいところまで確認することはできないけど、ボクが初めて見る技についても、普段あまり見ることがない珍しい技についても、基本的なことは全部頭に叩き込むことが出来た。

 

「こうやって臨機応変に適応する力が求められるんだね……面白い……なら、ボクもユウリに倣ってまずは場を整えることから行こうかな!!ジュカイン、『ワイドブレイカー』!!」

「ドレディア、『ちょうのまい』!!」

「ラグラージ!!『だいちのちから』!!」

 

 ボクが技を理解し、自分の頭の中で戦い方を組み立てた後、それを行動に起こすためにさっそく指示を出す。すると、ボクと同じタイミングで戦術を組み立て終えたらしいシロナさんとヒカリの指示も聞こえてきた。

 

 ボク含めてみんながやった行動を簡単に説明するなら、さっきも言った通り『場を整える』だ。

 

 ジュカインのワイドブレイカーとラグラージのだいちのちからで相手の攻撃と特防を落とし、ドレディアはちょうのまいを行って自身の能力を底上げすることによって、これからのバトルを有利に進める算段だ。その意図をしっかりと汲み取ったみんなは、それぞれの行動を起こしていく。ジュカインはニドキングの足元に入り込んで、右足を足払いするように尻尾を振り、ラグラージも相手のバランスを崩せれば御の字と言った様子で、ジュカインと同じ足を狙って技を放つ。その甲斐もあってか、ニドキングのバランスがわずかに崩れ、重心が右に傾いた。

 

「バシャーモ!『ブレイズキック』!!」

「ドレディア、『かふんだんご』」

 

 その様子をしっかりと確認していたシロナさんとユウリがすかさず追撃。ニドキングの左側に回ったバシャーモが、自慢の脚力で大きく飛翔。ニドキングの左側のこめかみあたりへと急接近していく。勿論そのまま攻撃を通すにニドキングではなく、左側に飛んできたバシャーモを叩き落とそうと技を構えるが、その動きはシロナさんが見逃さない。ちょうのまいで強化されたかふんだんごは、正確に左腕の関節に命中し、ニドキングの攻撃を一瞬ずらすことに成功する。少しそれたニドキングの腕は、バシャーモの少し右を通り過ぎ、腕と自分がすれ違う瞬間に、バシャーモがその腕を足場にすることによってさらに加速。渾身のブレイズキックをニドキングの側頭部に叩き込むことに成功する。

 

「まずは一発!!」

「良い調子だよユウリ!!」

「まだ安心するには早いわよ」

 

 初撃を綺麗に決めたことに、ユウリと軽いハイタッチを決めるけど、そこにシロナさんがすかさず言葉を挟む。勿論ボクたちだってこれでニドキングが倒れるだなんて思ってはいない。

 

 

「グギャアァァァァッ」

 

 

 攻撃を受けたことに怒ったニドキングが、両手に雷を纏わせて反撃に出る。

 

「『かみなりパンチ』!!来るわよ!!」

 

 ヒカリが叫ぶと同時にバチバチと光る両拳のうち、右はジュカインを、左はバシャーモをめがけて振りおろされる。

 

「ラグラージ!!ジュカインを守りなさい!!」

 

 ジュカインに振り下ろされた拳に関しては、じめんタイプを含んでいるため、でんきタイプを無効にすることが出来るラグラージが盾になることによって完全に防ぐことに成功する。本来なら足の遅いラグラージでは間に合わないけど、先ほど同じ右足を狙って攻撃していたためたまたま近くにいたのが幸いした。しかし、ブレイズキックを空中で放ち、着した直後ということもあって、満足に回避行動をとることもできなかったバシャーモにはこの技が命中。ユウリの近くまで吹き飛ばされる結果となってしまう。

 

「バシャーモ!」

「シャモ……」

「ドレディア。バシャーモに向かって『かふんだんご』」

「ディアッ!!」

 

 なかなかのダメージを負ってしまい、思わず膝をつくバシャーモ。しかし、そこにすぐにドレディアのかふんだんごが降り注ぐ。本来なら攻撃技であるはずのこの技は、味方に対して放つと体力を回復させる技へと効果を変える。その特性をしっかりと把握した的確な援護のおかげで、バシャーモはすぐさま元気になり、再び戦線へ復帰していく。

 

「ありがとうヒカリ」

「貸し1つね?」

「シロナさん、ありがとうございます!」

「気にしないで。さ、どんどん行くわよ!」

 

 反撃されたことによってさらにスイッチが入るボクたち。各々の目にさらなるやる気を満ち溢れさせていると、ヒカリの方から何か音が聞こえたのでそちらをちらりと確認する。

 

「これって……」

「ヒカリのバンドにダイマックスエネルギーがたまった証ね。ヒカリ!」

「「やっちゃえ!!」」

 

 その様子にヒカリが少し不思議そうな声をあげていると、すかさずシロナさんが説明し、同時にヒカリにお願いするかのように名前を呼ぶ。この時に状況を察したボクとユウリも、ヒカリに向かって声を上げた。当然ヒカリもこの状況を理解できないほど鈍感ではない。むしろ、初めての経験に身体を震わせていた。

 

「待ってました~!!さぁ、記念すべきわたしの初ダイマックス……見せてあげるわ!!ラグラージ!!」

「グラァ!!」

 

 楽しそうに宣言したヒカリは、ラグラージに向けてリターンレーザーを当てて一度ボールに戻し、ダイマックスバンドから光を送ってモンスターボールを巨大化。大きくなったそれを自信満々に宙に放り投げる。

 

「大きくいくわよ!!ダイマックス!!」

 

 

「グラァァァァッ」

 

 

 現れたのは赤い光を纏った巨大なラグラージ。本来ならガラル地方で見ることが出来ないはずのその姿に、思わず少しだけ見とれそうになるのをぐっとこらえて前を見る。

 

 じめんタイプとどくタイプの複合であるニドキングにとって、ラグラージの一撃はボクたちの中でこうかばつぐんを突くことが出来る唯一の手だ。ダイマックスアドベンチャーにはまだまだ先がある以上ここで消耗するわけにもいかないので、少しでも体力を残してここを乗り越えるためにはラグラージの攻撃にて速攻で仕留める必要がある。ちらりと左右を見ると、どうやらユウリとシロナさんも同じ結論に至ったみたいで、ボクと目が合った瞬間小さく頷くのが見えた。

 

 

「グギャアァァァァッ」

 

 

 ボクたちの中で作戦が固まったと同時にニドキングが叫び声をあげながら右腕を地面にたたきつける。すると地面が急に隆起しはじめ、ボクたちを巻き込む大きな地震が発生しはじめた。ニドキングのダイマックス技だ。

 

「『ダイアース』がくるよ!!ヒカリ!!」

「任せて!!守ればいいのよね?なら『ダイウォール』!!」

 

 地面から襲い掛かって来る大きな波に対してラグラージが一歩前に出てみんなを守る盾となることで被害を抑えていく。両者の力が拮抗しているのか、ギリギリという音を響かせる2つの力。その衝撃の大きさに思わず顔を覆いたくなるけど、今ここで動かないとラグラージが守ってくれている意味がない。

 

「ジュカイン!!」

「ジュカッ!!」

 

 ボクの言葉に答えたジュカインが真っすぐニドキングの方へ走り出す。ラグラージとの鍔迫り合いに力を使っているニドキングは、ジュカインの行動に目を向けてはいるけど行動することが出来ない。

 

「『リーフストーム』!!」

 

 そんなニドキングの足元に潜り込んだジュカインは、地面に打ちつけてある右腕に対して、下から打ち上げるようにリーフストームを放つ。

 

 

「グギャッ!?」

 

 

 だいちのちからによって特防を下げられていたニドキングは、この攻撃によって少しのけ反ってしまい、右腕が地面から離れていく。

 

「ラグラージ!!」

 

 

「グラァッ」

 

 

 力が弱くなった瞬間にバリアに力を込めて、相手の攻撃を完全に弾くラグラージ。これでダイアースは止まった。

 

 

「グギャアァァァァッ」

 

 

 しかしニドキングの攻撃はまだ終わらない。自分の攻撃を邪魔したジュカインに標的を変えたニドキングは、右手にほのおのパンチを、左手にこおりのパンチを構えて、ジュカインを左右から押しつぶさんと拳を振るってくる。

 

「ドレディア!!」

「バシャーモ!!」

 

 だけどこっちだってそんな攻撃を簡単には通さない。

 

 技の後隙で動けないジュカインをカバーするために走るのはバシャーモとドレディア。

 

「バシャーモ!!右肘に『インファイト』!!」

「ドレディアは左肘に『はなびらのまい』よ」

 

 バシャーモは特性『かそく』によって、ドレディアはちょうのまいによってあげられたすばやさを生かして、ニドキングの拳よりも早くニドキングの体の前に移動する。そこで2人が放つのは、かくとうタイプとくさタイプの現状放てる最高火力の技。それを両腕の肘の内側から叩き込むことによって、攻撃を防ぐと同時にニドキングの両腕を左右に弾いて態勢を大きく崩すことに成功する。

 

 攻撃は止まった。態勢も崩しているから防御行動もとれない。ならば、あとはもう決まっている。

 

「「「ヒカリ!!」」」

「まっかせなさい!!ラグラージ!!『ダイストリーム』よ!!」

 

 

「グラァァァァッ」

 

 

 ヒカリとラグラージが大きく吠えると同時に、ニドキングに向かって飛んでいく大きな水の砲撃。

 

 洞窟の中だというのにこの広場一帯に一瞬で雨を降らせてしまう程の強力な一撃を受けてしまったニドキング。無防備な状態だったことと、こうかばつぐんなのも相まって、致命的なダメージを負ってしまった彼が耐えられるはずもなく。

 

 

「グギャ……ッ」

 

 

 小さく声をあげながら地面に倒れ伏す。

 

「「「お疲れさま!!」」」

「さすが、なかなかいいんじゃないかしら?」

 

 それを確認したボクたちは小さくハイタッチし、そんなボクたちを見てシロナさんも嬉しそうに言葉を零す。

 

 ダイマックスアドベンチャー緊張の初戦は、ボクたちの快勝という景気のいい形でスタートを切ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




分かれ道

実際のところはどうなっているのでしょうかね?もしかしたら不思議のダンジョンシリーズのように、入るたびに構造が変わっている可能性もありますよね。

ニドキング

技構成が『10まんばりき』と3色パンチになっている個体ですね。基本的にフルアタは無難に使えますよね。NPCに是非とも持ってもらいたい個体です。今回はフリアさんたちの最初の相手になってもらいました。




今年も今日でもう終わりですね。言うまでもないですが、これが今年最後の投稿となります。今年も1年、この作品に触れてくださりありがとうございました。来年もよしなにしていただけたら嬉しいです。それでは皆様、よいお年を……。






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160話

「よっととと……こんな感じでいいのかしら?」

「そそ。そのまま思いっきり投げてしまえば、晴れて捕獲完了だよ」

「オッケー。じゃあ……せ〜のっ!!」

 

 ニドキングとのレイドバトルを終えたボクたちは、ヒカリにレイドバトルが終わった後の、ダイマックスポケモンの捕まえ方をレクチャーしていた。

 

 今回倒したニドキングは確かにガラル地方で考えたら珍しいかもしれないけど、シンオウ地方は勿論、他の地方も冒険しているボクたちにとっては物凄く珍しいというわけでもなく、またボクやユウリはガラルトーナメントが控えており、ここで手持ちを増やしてもトーナメントまでに調整が間に合わなかったり、そもそもニドキング自体がボクのシンオウ地方の手持ちと同じ理由で大会に出場させてあげることが出来ないため、今現在捕まえてあげる理由というのがとくには存在しなかったりする。なのでいつもならここはスルーして、元の大きさに戻ったニドキングにきずぐすりを使ってあげた後にリリースしてあげるというのがいつもの流れなんだ。けど、今ボクたちはダイマックスアドベンチャーを行っている最中。このダイマックスアドベンチャーで捕まえたポケモンは研究員さんに渡されて、この洞窟内に蔓延している特別なガラル粒子の研究としての大事なサンプルとなる。……いや、サンプルって言い方をしたら悪印象を与えてしまうかもしれないけど……勿論そんな悪い扱いはせず、一通り研究が終わったら洞窟内にリリースしているらしいからそこは安心して欲しい。とにかく、このガラル粒子の研究のためにも、ここにいるポケモンたちは基本的に捕まえる必要があるため、手持ちに入れるつもりがなくてもモンスターボールを投げなくてはならない。そこで、どうせなら今日初めてダイマックスを行ったヒカリに最後までやってもらおうということで、みんなで手取り足取り教えていたというわけだ。

 

 ヒカリが気合を入れた声を上げ投げられた巨大なモンスターボールは、空中で蓋を開けたと同時にニドキングを丸呑みする勢いで飲み込んでいく。ニドキングを飲み込み、蓋をがっしりと閉じたモンスターボールは、そのまま大きな音を立てながら地面に落下。地面についた後、3回その体を揺らしたモンスターボールはダイマックスの光を散らしながら元の大きさに戻っていき、カチッという音とともに完全に閉じ切る。ニドキングを無事捕獲した証だ。

 

「ふぅ、これで捕獲完了だよ。お疲れ様」

「お疲れ様ヒカリ!初めてなのにナイスダイマックスだったよ!」

「ありがと2人とも。みんなの指示が的確だったからよ。シロナさんもありがとうございます!」

「だとしても、初めてにしてはいい動きだったわよ。この呑み込みの速さはさすがね」

 

 捕獲されたニドキングのボールを回収しながら改めて褒め合うボクたち。想像以上に綺麗に事が運んだし、何よりも特に大きなダメージを受けることなく勝つことが出来たというのもボクたちの雰囲気がいい理由の1つだろう。シロナさんのドレディアによる合間合間のかふんだんごの回復がとても刺さっている印象だ。

 

「さて、この後は本来なら今捕まえたニドキングと、私たちのうちだれかのポケモンを交換して次のダイマックスバトルに挑むことになるのだけど……」

 

 ニドキングのボールを持ちながらボクたちを順番に見まわしていくシロナさん。だけど、ボクたちはだれもそのボールを受け取ろうとしない。さっきも言ったけど、シロナさんの回復や、みんなの連携が的確過ぎて全然消耗していないから、正直ここで交換する必要性が全くないためだ。まぁ、最初からこうなることを望んでバトルを展開していたから、想像通りの結果ではあるんだけどね。それはシロナさんも同じなので、特に驚く様子もなくそのボールを懐にしまっていく。

 

「決まりね。まぁ、万が一何かあったら途中で入れ替えることも視野に入れておきましょう。何も今ここで入れ替える必要はないからね」

 

 シロナさんの言葉に頷くことで返事を返したボクたちは、先に進むためにニドキングが立っていた場所からさらに奥の方向へと視線を向ける。その先にはまた洞窟があり、ボクたちを誘うかのように大きな口を開けて待っていた。

 

「では次に行きましょうか。この調子で何事もなく進めたらいいのだけど……」

「さすがにどこかでつまりそうですよね」

「技構成を自分で選べないのがちょっと不便なところよね」

「それが出来るのであれば、そもそもアトラクションとして展開されなさそうだけどね」

 

 ひとまず一戦を終えての感想を、シロナさん、ボク、ヒカリ、ユウリと順番に述べていく。

 

 このダイマックスアドベンチャーを1回闘ってみて思ったことは、『そのポケモンがどんなことが出来るかが重要』という事だ。今でこそボクたちが力を借りているポケモンたちは全員バランスよくいい技をそろえているけど、捕まえたその場でそのポケモンをすぐに起用するとなると、この先偏った技構成をしている子も出てくることが予想できる。勿論その子を弱いというつもりはないんだけど、活躍が限定的な子は、この先どのポケモンと戦うことになるのかが予想できないこのアトラクションにおいては、どうしても動きずらさを感じてしまう要因の1つとなってしまう。例えば、今手に入れたニドキングのようにたくさんの技を覚えている子はとても戦いやすい子と言えるけど、中には覚えている技4つのうちのほとんどが変化技で埋められてしまっている子もいる可能性がある。それがリフレクターやひかりのかべのような、とりあえず使えばいいだけの技ならいいんだけど、このゆびとまれや、なかまづくりみたいな使い方の難しい技ばかりだとかなり戦うのが難しくなっていく。そうなるとただでさえ変化技によって使える技の量を圧迫されるのに、そのうえでそのポケモンが覚えている攻撃技が相手に効果がなければ目も当てられない。そうなってしまえば、どんなに能力の高いポケモンだったとしてもその場面では活躍することが出来なくなってしまう。だからこそ、ポケモンを交換するときは、そのポケモンの能力よりも、そのポケモンがどんな技を覚えていて、どんなことが出来るのかに目を向けないといけない。

 

「正直そのあたりは運任せとしか言いようがないわね。もしかしたら、私たちが選んだこの4人のポケモンたちは、実はかなりのあたり枠なのかもしれないわね」

「だとしたら、この子たちの消耗はより抑えないといけないかもしれないですね……」

「途中にポケモンセンターみたいな簡単に回復できる場所もないから、本当に消耗が命とりになるわね」

「このアトラクション……もしかして想像以上に頭を使わないといけない……?」

 

 ヒカリの結論にちょっとだけ不安そうに答えるユウリ。この中で一番トレーナー経験が少ない彼女にとって、今回のような事前知識を問われる展開はちょっとだけ気後れするところがあるのかもしれない。だとしても、ユウリの地力はもうかなり成長しているからこの場でも問題なく活躍できるはずだ。現に、ニドキングとのバトルでは一番最初に行動してみんなのサポートをしてくれたわけだしね。そのことを加味しても、ユウリがボクたちの足を引っ張る可能性なんて万が一にもないだろう。……正直、シロナさんというベテランなんて言葉では生ぬるい人の前では、誰しもが経験不足扱いされそうだから本当に気にしなくていいとは思うんだけどね。

 

「大丈夫よ。ヨロイ島での特訓を見る限り、あなたの能力は十分高い水準にあると思うわ。そう気負わずに、気楽にいきましょ?何かあっても私たちがちゃんとサポートしてあげるわ。……さっきの戦いに関しては、むしろ開幕サポートしてもらっちゃったしね?」

「……はい!」

 

 シロナさんも同じことを思っていたみたいで、さっきの戦いのことを思い出しながらユウリを励ましていく。ポケモンバトルだけでなく、こういった人の心を支えるのもうまいあたり、本当に尊敬できる凄い人だと改めて思う。

 

「それにしても、ダイマックス楽しかったなぁ……フリアはこんな楽しいことをずっとしていたのよね?いいなぁ……」

「楽しいは楽しいけど、今までダイマックスをしてきた人全員強かったから、それ以上に大変だったっていう感想の方が強いけどね」

 

 ユウリの方の話が一通り落ち着いたところで、改めてヒカリとダイマックスについて語り合う。

 

「バトル自体はわたしもアーカイブで視させてもらったわよ。ガラル地方のジムリーダーはみんな強そうだったから、たしかに当の本人たちは大変なんだろうけど……それ以上に見てる側からしたら展開がわかりやすいから、ダイマックス含めて物凄く面白そうに見えるのよ。だから自分でもいつかやってみたいって気持ちが出てきたわけだしね?」

「そういう見方もあるんだ……」

 

 言われてみれば確かに納得できる。

 

 ポケモンが急に大きくなって大技をぶつけ合うというのは傍から見ても派手だし盛り上がる。同時に、ダイマックスを使ったということは、ここがバトルの大きな分岐点だということが自然と理解できるため、例えポケモンバトルをよく知らない素人が観戦していたとしても、重要どころを無意識のうちに自覚できるというわけだ。この一目で状況がわかりやすい部分は、他のスポーツ観戦や他の地方のバトルにはない特徴かもしれない。

 

「興味が引かれたらわたしのようにダイマックスをしたくなって、小さい子供も、他の地方のトレーナーも、ダイマックスを体験するためにこの地方に来てみたくなる。そうなればこのガラル地方にはたくさんのトレーナーが集まって、たくさんのバトルが巻き起こる。そうやって色なんな人とバトルすることによって、この地方の人たちはどんどん強くなっているのかもしれないわね」

「他の地方に比べてポケモンバトルにストイックなのは、ダイマックスのおかげってところもあるのかもしれないんだね」

 

 チャンピオンを巡っての争いにここまでジムリーダーが深くかかわる地方をボクは知らない。ジムリーダーすらも挑戦者であるこの状況は、ポケモンバトルというものに地方単位で取り組んでいる証拠だ。その原因にはやっぱりダイマックスというものの存在は欠かせない。

 

「ポケモンバトルに関わって、しかもガラル地方のエネルギーにも使われている……そう考えると、この洞窟の研究に必死になるのも何となくわかっちゃうね」

「そう考えるとこの研究施設は出来るべくし出来たのかもしれないわね……と、そうこうしていたらまた分かれ道ね」

 

 ヒカリと話しながら歩いていると、2つ目の分かれ道に到達した。ボクとヒカリの後ろからついてきていたシロナさんとユウリも、分かれ道の存在に気づいて足を止める。そんなボクたちの目の前には右側に2つ、左側に2つの計4つの分かれ道が現れる。

 

「今度は4択の道ね」

「さっきよりも1つ多い……奥に行けば行くほど、どんどん複雑になっていくのかな?」

 

 シロナさんとユウリの言葉を聞きながら、とりあえず耳を澄ませて4つの道すべてを何となく確認してみるけど、やっぱり聞き分けることはできない。

 

「どの道からも戦闘音が響いてて、やっぱり区別はできそうにないかな」

「さっきよりも道が多いってことは、より沢山の音が混じることになるわけだから、ただでさえ区別できないのにもっと区別できなさそうだものね……さて、どの道に進む?さっきはわたしが選んじゃったから、今回は他の人に譲るわよ?」

 

 改めて完全なランダムなことを確認したうえで、ヒカリがボクたちの方に振り向きながら確認を取って来る。どうやら今回は他の人に選択権を譲るつもりらしい。とはいっても、さっきも言った通り、ボクたちは特にこれと言って我を通すタイプの人ではないから、こういった時の即決力は少し頼りない所がある。

 

「そうねぇ……じゃあ、ユウリ!あなたが決めなさい!」

「え、私!?」

 

 それをヒカリも理解しているので、ヒカリは選択権を無理やり渡すことで解決する。ちょっと急かもしれないけど、こういう場面ではむしろありがたいかもしれない。

 

「う~ん……どの道でもいいんだけど……」

「だからこそ、直感でぱっと決めちゃいなさい!」

 

 やっぱり悩んでしまうユウリの背中を押してあげるヒカリの言葉。その言葉につられて前に出たユウリが、少しだけ目を閉じて、『えいっ!』という言葉とともに、適当に指を振った。

 

「じゃあこの道に行きましょう」

 

 そういいながらユウリが指を差したのは、左から2番目の分かれ道。

 

「じゃあこっちに行きましょうか!」

 

 その選択に特に反対意見を述べることなく、ヒカリの言葉にボクとシロナさんも頷いて、4人そろってユウリが選んだ分かれ道を歩いて行く。

 

「次はどんな子がいるのかな?」

「楽しみという気持ちと、厄介な子が来ませんようにって気持ちが混じっちゃうね」

 

 選ばれた道を歩きながら、ワクワクと不安が混じった表情を浮かべながら、それでもなお楽しそうに話し合うユウリとヒカリ。その様子を後ろから見て、微笑ましい気持ちになりながらついて行くボクとシロナさん。そんな和やかな時間とともにゆっくり歩いて行くと、ほどなくして再び開けた場所に辿り着く。

 

「さあ2戦目、誰が来るのかしら?」

 

 シロナさんの言葉とともにボールを構えたボクたちは、広場の中心に集まる赤い霧を見つめる。

 

 

「グラッ!!」

 

 

 その赤い霧を振り払うかのように、叫び声をあげながら現れたのはキングラー。それもただのキングラーではなく、いつもの姿と違うキョダイマックスキングラーとして、ボクたちの前に立ちふさがる。

 

「次の相手はキングラーか……」

「この子はワイルドエリアでも見る子だ……でも、最初からキョダイマックスしている子は知らないかも……」

「ただダイマックスポケモンが多いだけじゃなくて、キョダイマックスポケモンも歩き回っているってことね。ますます興味深いわ」

「見とれるのはいいけどまずは戦う準備!ほらみんなもポケモン出して!!」

 

 ワイルドエリアでも見ることの出来る、ニドキングと比べたら珍しいわけではないポケモン。しかし、最初からキョダイマックスした状態で相まみえることはかなり珍しい。そんな状況に思わず手が止まりそうになるけど、ヒカリの言葉にハッとしてすぐさまボールを構えなおし、ジュカインたちを呼び出す。

 

 

「グラッ!!」

 

 

 ボールから飛び出ると同時にすぐに戦闘態勢を取るジュカインたち。その姿を見たキングラーも、自慢のハサミを大きく掲げながら再び声を上げる。

 

「じゃあキングラー……対戦よろしくね!!」

 

 その叫び声に応えるようにボクたちも構え、バトルに臨む。

 

 いつもと何かが違うバトルアトラクション、ダイマックスアドベンチャー。

 

 その魅力に、ボクたちは少しずつ惹かれ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウリ!!捕獲できるよ!!」

「うん!!お願い、モンスターボール!!」

 

 目の前にいるミルタンクが大きく態勢を崩し、ダイマックスの維持が出来ないくらいに弱ったところでユウリに声をかけるボク。その言葉に頷いたユウリは、手に持っているモンスターボールを大きくして、ミルタンクに向かって投擲。慣れた手つきで行われるその動作によって綺麗な放物線を描いたモンスターボールは、ミルタンクの目の前で大きく口を開け、そのまま中に吸い込んでしまう。

 

「相変わらずいつ見ても仰々しいわね〜……普段から見て慣れている光景のはずなのに、サイズが変わるだけでこんなにも変わって見えるなんて」

「サイズが変わるだけと言っても、その変わりようが凄いからそう見えるって感じなんだろうけどね」

「よし、捕まえたよ〜!!」

 

 さすがにここまで来ればもう慣れてしまった捕獲シーンを見てぼそっと呟くヒカリ。そんなヒカリと並んでその様子を見ていると、程なくして捕獲を終えたユウリがモンスターボールを拾い、大きく手を振りながらこちらに駆けてくる。

 

「みんなお疲れさま。大分慣れて様になってきたわね」

 

 ユウリが駆けてきたと同時に後ろから声をかけてきたのは、たった今木の実でドレディアのまひを治してあげていたシロナさん。ミルタンクの使ってきたでんじはで少し厄介な状況になってしまったものの、弱点をつけるバシャーモをダイマックスさせて素早く撃破することで被害を押えて勝利を収めたことに、シロナさんも凄く満足そうな表情を浮かべていた。ちなみにこの木の実はボクたちが持参したものではなく、この洞窟の道中に転がっていたもので、ありがたく回収させてもらったものだ。っていうか、このアトラクション、きずぐすりとかも持参できないからこういったものでしか回復ができない。この辺りもガラル粒子が関係しているとかしないとか。ガラル粒子が別の意味で万能の言葉になっているね。

 

「それにしても、結構奥まで来たわね……」

 

 捕まえたミルタンクを今の手持ちたちと交換するかどうかの話し合いをした結果、今回も交換をすることなくシロナさんの懐にしまわれることとなり、このままの手持ちで先に進むために次の洞窟への入口を見つめながらヒカリが呟く。

 

 たった今戦ったミルタンクを含めて、ここまでボクたちが戦ってきたダイマックスポケモンは5人。最初からあげていくと、ニドキング、キングラー、サンドパンのアローラの姿、ダグトリオ、そして今回のミルタンクという順番だ。ここまで連続で、しかも普段のポケモンとは違う子でレイドバトルをするとなると、さすがのボクたちもちょっと疲れが出始めている。シロナさんだけはまだ余裕そうなあたり、ボクたちとのちょっとした違いを感じたけど、あと1、2戦もすれば、先にユウリの限界が来てしまいそうだ。唯一幸いなのは、ここまでポケモンたちの消耗はかなり抑えることが出来ているので、もう使い慣れていると言っても過言ではない今のメンバーを入れ替える必要がないというところだろうか。とりあえず、この挑戦の間は、ボクたちはどの子も入れ替える必要はなさそうだ。

 

「そう言えば、結局このアトラクションのゴールはどこなのかしら?」

「最奥に強力なポケモンがいるって事しか聞いてないですよね?」

「まさか今のミルタンクが強力なポケモン……ってそんなことないわよね?」

「思いっきり続きの道があるからね」

 

 疑問の声を上げるヒカリに対して、ユウリが言葉に疲れを乗せながらも返答し、なんとかボクたちについてきて洞窟の奥へと足を進めていく。流石にここまで来てしまうと、洞窟という決して変わることの無い周りの景色に少なくない飽きを感じ始めてはいる。アトラクションをつまらないとは思わないけど、そろそろゴールを見てみたい気持ちも出てきていた。

 

「ユウリの体力的にも、そろそろゴールだとありがたいんだけど……」

「うう、ごめんなさい……」

「あ、謝る必要はないって。ボクも結構つかれているし、元々ユウリは外の寒さに辛そうにしていたところもあったから、その分を考えると……ね?もしきついんだったら、今から来た道を戻るけど……」

 

 ここに来るまでにもなかなか体力を使っているはずのユウリをここまで付き合わせてしまっているのはむしろボクたちの方だ。その点を考えると謝りたいのはボクたちの方だったりもする。けど、それでもユウリは前を見る。

 

「だ、大丈夫。まだ頑張れるから……それに、もうちょっとでゴールがありそうな気がするから……」

 

 少し息を荒くしながらそういうユウリにつられて前を見ると、今までは分岐点があったはずの道が、今回は一本道になっていた。そのことに気づいたシロナさんは、ボクたちより先行して前の様子を確認し、すぐに振り返る。

 

「ユウリの言うとおりね。この先から、何か凄い気配を感じるわ……おそらく、最奥に待っている強力なポケモンっていう子のことだと思うのだけど……」

 

 シロナさんの言葉に急に緊張感が高まり、周りの空気が引き締まっていくのを感じる。自然と会話も少なくなっていき、足も速くなっていくボクたちは、気づけば6度目になる開けた空間に出てきた。

 

「……みんな、気を付けて」

 

 その空間に出た瞬間に感じる、今までとは明らかに違う圧倒的なプレッシャー。その空気にあてられながらも、シロナさんからの忠告のおかげでしっかりと前を見ながら構えることが出来た。そんな中、目の前の赤い霧が霧散していき、今回ボクたちが歩んだルートの最奥に待つ、強力なポケモンが姿を現した。

 

「このポケモン……まさか!?」

「「「ッ!?」」」

 

 そのポケモンを見た瞬間シロナさんが声を上げ、ボクたちも息をのむ。

 

 そのポケモンは、ジョウト地方で伝わる伝説のポケモンのポケモンの1匹だった。

 

 しなやかな体躯はダイマックスした身体でもなお美しく、額のクリスタルを思わせるリングから放たれるオーロラの光も相まって、思わず見とれてしまう程綺麗だ。しかし、そのポケモンから吹きすさぶ風は、こちらの身体を芯から凍えさせてしまうのではないかと錯覚するほど冷たく、さっきからぶつけてくるプレッシャーと相まってこちらを畏怖させてくる。

 

 北風の化身。

 

 ある場所ではそう呼ばれるポケモン。その名は……

 

「スイクン!?」

 

 オーロラポケモン。スイクン。

 

 最奥にてボクたちを待っていたのは、湧き水のやさしさを宿した、伝説の清きポケモンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダイマックスアドベンチャー

実機では4体目が伝説ですが、このお話ではちょっと増やしてます。特に深い意味はないのですが、しいて言えば、分岐点を増やして、ルートを複雑にすることで、選んだ道を記録するという実機の設定の意味を通すためですね。実機では不思議のダンジョン方式ですが、お話的には合わないかなと。

スイクン

実機でもチュートリアルで出てくる伝説のポケモン。この作品でも、ここの壁として立ちはだかってもらいます。




あけましておめでとうございます。くしくも、去年と同じ投稿日ですね。今年も定期更新を頑張りたいと思いますので、この作品をよしなにしていただけたら幸いです。






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161話

 

 

「クオオオオォォォォン」

 

 

 赤い霧を霧散させると同時に、高らかに嘶くオーロラを纏いし伝説のポケモン、スイクン。彼の声とともに放たれる風とプレッシャーを前に、両腕を盾にして顔を守りながら何とか立っているボクは、簡単な疑問を口にする。

 

「なんでスイクンがこんなところにいるの!?」

 

 だけどこの疑問にちゃんと回答できる人なんて当然この場所にはいない。あのシロナさんでさえも、この状況に驚いて動きが一瞬固まってしまっている。しかし、そこからすぐに切り替えてボールを構える姿はやっぱり頼りになる凄い人で。

 

「なぜあの子がここにいるのかは分からないけど……決してこれが夢や幻なんかじゃないことは確かよ。さぁみんな、構えなさい!!」

「「「はい!!」」」

 

 分からないことだらけだけど、シロナさんの言葉をきっかけにみんなの意識も切り替わっていき、自然と手がモンスターボールへと伸びていく。

 

「行きなさいドレディア!!」

「ジュカイン、行くよ!!」

「バシャーモ、お願い!!」

「ラグラージ、行くわよ!!」

 

 スイクンの前に並び立つ4人のポケモン。伝説のポケモンを前にして、決して臆することなく向かい合う彼らに頼もしさを感じながら、ボクたちはダイマックスアドベンチャーのボスへと立ち向かう。

 

「ドレディア、『ちょうのまい』!!」

「ジュカイン、『ワイドブレイカー』!!」

「バシャーモ、『コーチング』!!」

「ラグラージ、『ドわすれ』!!」

 

 まずはダイマックスアドベンチャーで戦っているうちにもはやテンプレ化してしまった場を整える作業を行う。ジュカイン以外のみんなは味方や自分のステータスを強化し、ジュカインは相手の能力を下げることを目的とする。スイクンのことをイメージだけで語るのならば、ハイドロポンプやれいとうビームと言った特殊技を主体に戦ってくるタイプのポケモンだと思ってはいるから、ジュカインやバシャーモの行動は正直あまり意味ないのではないか?なんて思ってしまうところもある。しかし、このダイマックスアドベンチャーでは、技構成にかなりばらつきがあるため、そういった固定概念に囚われるのはあまり宜しくない。現に、特殊の方が強いジュカインはワイドブレイカーやシザークロスといった物理技を覚えているし、攻撃の方が強いバシャーモも特殊技を覚えているしね。そのことを考えると、特殊が得意なスイクンであっても物理技を使ってくる可能性は十分にある。その思考を頭の隅に置いていると、スイクンの右前脚に水が集まり始め、スイクンはそれを叩きつけるようにバシャーモに向かって振り下ろす。

 

「『アクアブレイク』か……ジュカイン、『シザークロス』!!」

「ラグラージ、『だいちのちから』!!」

 

 早速みずの物理技で攻めてきたスイクンに対して、まずはシザークロスをぶつけて勢いを少しでも弱める。本当ならリーフストームを打ちたいところだけど、あの技は放てば放つほど自分の特攻を下げてしまうデメリット付きの技だ。こんな序盤で使う訳にはいかない。しかしシザークロスでは当然威力が足りず、技を止め切ることが出来ずに弾かれてしまう。が、こちらは1人で戦っている訳では無い。ジュカインが飛ばされ、受け身を取っている間に、次はラグラージがだいちのちからにてバシャーモの前の地面を爆発させ、その爆風をアクアブレイクにぶつける。これにより大分勢いが落ちたためバシャーモは反撃の準備を行う。

 

「バシャーモ!!『ブレイズキック』!!」

「シャモ!!」

 

 ゆっくりになったスイクンの前足とすれ違うように飛び上がり、右足に焔を携えたバシャーモがスイクンの顔目掛けて技を構える。効果はいまひとつではあるけど、まずは一撃を決めて流れを引き込もうという考えだ。

 

 アクアブレイクの後隙によってこの攻撃を避けられないスイクンは、顔に強烈な蹴りを受け……

 

「っ!?ユウリ!!横よ!!」

「え?」

「シャモ!?」

 

 その直前でバシャーモがはたき落とされる。

 

 何が起きたのか一瞬分からなかったボクは、慌ててスイクンの方に視線を向けると、スイクンの左右にひらひらと漂う、スイクンの尻尾の片方に水が纏われているのが確認できた。自身の前足をよけられたのを確認して、すぐさま尻尾によるカバーを行ったというわけだ。

 

「バシャーモ、大丈夫!?」

「シャ、シャモ!」

 

 尻尾による攻撃故あまり火力はないものの、こうかばつぐんの技に変わりはない。声をあげて無事を伝えてくるものの、やはりダメージはちょっと大きい。すかさずかふんだんごにて回復はするけど、この回復だって何回もできるわけではない。

 

「芸達者だね……」

「それなりの場数を踏んでいるという事かしら……ますます何でここにいるのか気になるわね……」

 

 さっきのやり取りを見て思わずつぶやいてしまうボクとシロナさん。トレーナーに指示されてならともかく、自分の判断であの行動をしたのは素直に賞賛するべき所だ。シロナさんの言う通り、かなりの戦いを乗り越えてきた子だと思う。

 

「気合入れるわよ……!『かふんだんご』!!」

 

 強敵を相手に気合を入れなおしたシロナさんの指示より、ドレディアがかふんだんごを発射する。そのだんごを防ごうと、スイクンは体を薄く虹色に光らせながら構える。目に見えないことから、『サイコキネシス』や『ねんりき』、『じんつうりき』系統の技だと見て取れる。

 

「ジュカイン、『ドラゴンテール』!!」

 

 その防壁に対して、ドラゴンテールでだんごを弾くことで、見えない壁を迂回してスイクンに叩きつける。

 

 

「クォッ!?」

 

 

 急に軌道が変わっただんごにはさすがに対応できなかったスイクンに確かなダメージを与える。

 

「ラグラージ!『だいちのちから』!!」

 

 少しぐらついたスイクンの足元めがけて今度はラグラージが追撃。じめんのエネルギーを爆発させて態勢を崩しにかかる。

 

「『インファイト』!!」

「『シザークロス』!!」

 

 だいちのちからによって少しだけ後ろに下がったスイクンを追撃するために前に走るはジュカインとバシャーモ。それぞれ右と左に別れて、挟み込むように攻撃を構える両者に対して、スイクンは再び白い尻尾に水を纏ってアクアブレイクの準備。

 

「『だいちのちから』!!」

「『かふんだんご』!!」

 

 右のジュカイン、左のバシャーモに対して、スイクンの左右にひらひらと浮かぶ尻尾が縦横無尽に駆け回って進軍をせき止めて来る。なかなか前に進むことが出来ないジュカインとバシャーモの状況を見て、その動きをサポートするようにラグラージとドレディアから攻撃が飛んでいく。右と左に意識を割いているため、真正面からの攻撃に対しては反応が遅れるスイクン。しかし、それを無理やり押し返す強烈な風があたりを巻き込んでいく。

 

「っ!?ドレディア、『ひかりのかべ』!!みんなも下がりなさい!!」

 

 その風に嫌な予感を感じたシロナさんから指示がとび、慌てて後ろに下がるボクたち。すると、スイクンから強烈な風が叩きつけられる。

 

 こおりタイプでもトップクラスの威力を誇る大技、ふぶきだ。

 

「何、この威力……っ!?ラグラージ、平気!?」

「止めきれない!?ドレディア、無茶はしないで!!」

 

 相手の特殊技を抑えるひかりのかべを展開してなおせき止めることの出来ないその威力に、ひかりのかべの後ろまで下がったジュカインたちにもかなりのダメージが刻まれる。特に、こおりタイプをばつぐんで受けてしまうジュカインとドレディアにはかなり深刻なダメージが刻まれることとなる。

 

「凄い威力……これが伝説……」

「さすがに一筋縄じゃいかないね……」

 

 ユウリの言葉に賛同するように答えるボク。ユウリにとっては初めての伝説のポケモンということもあって、余計に何かに圧されるように下がりかける。その背中を支えるように軽く叩きながら前に歩く。

 

「けど……大丈夫。ボクたちなら勝てるよ」

「……うん!!」

 

 ダイマックスしたうえで、ここまで強力な野生のポケモンと戦うのはウルガモス以来だ。ユウリはあの時、少しだけ怯えて下がってしまった。けど今回はちゃんと前を見ている。あの時はアブリボンに背中を押してもらってようやくだったけど、今はちゃんと自分の足で前を見てる。さっきは背中を支えてあげたけど、きっとボクの手がなくても前を見てくれていただろう。

 

「長期戦では絶対に勝てないわ。相手が『ふぶき』を使ってくる以上ドレディアの援護でも絶対に間に合わない。だから……二撃必殺で決めるわよ!!」

「二撃……必殺……」

「一撃じゃないのは?」

 

 シロナさんの作戦を聞いて小さくつぶやくユウリと、作戦に対して疑問を投げるヒカリ。ボクもどちらかというとヒカリと同じ疑問を持っていたので、無言のままシロナさんの返答を待つ。

 

「威力だけで言えば、おそらく私のドレディアで一撃で倒せる可能性はある……けど、それまではかなりの時間が必要だし、あなたたちを援護することが出来ないわ。だから……」

「その時間を稼げるほどの一撃をまずぶつけて、そのあとシロナさんのドレディアでとどめを刺す……って感じですか?」

「ええ、そういうことよ」

 

 シロナさんの作戦を途中まで聞いたところで、シロナさんがボクたちに何を求めているのか察したボクは、シロナさんに確認を取って返答を貰ったら、すぐにユウリとヒカリの方に視線を向ける。

 

「ユウリ、ヒカリ。聞いてた?」

「うん……だけど、あのスイクンを大きく崩す一撃なんてどうやって……?」

「……あの技よね?」

 

 ボクの言葉に対して疑問を上げるユウリと、ボクの様子から何となく戦い方を察してくれているヒカリ。このあたりはボクとの旅の経験値がものを言ってくるところだ。少しだけユウリが不満そうな顔を浮かべているけど、そこは仕方ないと割り切ってもらいたい。

 

「シロナさんの要望を応えるのならあの技しかない。そのためにも、その技をぶつけるための隙を少しでもつくる。そこはバシャーモとジュカインで作ろう。ラグラージはその援護をお願い」

「あの技……そっかあれなら……うん!」

 

 だけど、ボクの説明を聞いてすぐにユウリも理解を示してくれた。これだけのやりとりだけ理解してくれているのなら十分だ。この後も安心して動けるだろう。

 

「……任せてよさそうね。ドレディア!『ちょうのまい』!!」

 

 ボクたちの作戦会議を聞いて大丈夫だと安心したシロナさんが、スイクンを落とすための準備を行っていく。おそらくあと4回、この舞を終えるまでシロナさんは他の指示を出すことはないだろう。その姿を横目に確認したボクたちは、改めてスイクンとにらみ合う。

 

「行くよ!」

「うん!」

「ええ!」

 

 

「クオオオオォォォォン」

 

 

「ジュカッ!!」

「シャモッ!!」

「グラッ!!」

 

 ボクたちの構えに呼応するようにスイクンも吠え、両前足と2本の尻尾に水を纏っていく。対するジュカインたちも、それぞれの構えを取って、やる気を伝えるために大きく吠える。

 

「ラグラージ!『だいちのちから』!!」

 

 緊迫した状況にて、まず最初に動くのはラグラージ。地面を伝わるエネルギーが再びスイクンの態勢を崩そうと襲い掛かる。

 

 

「クオオオオォォォォンッ!!」

 

 

 それに対してスイクンが前足を思い切り地面に叩きつけることで起きる衝撃をぶつけて対応。さらに、地面を叩いた衝撃で石礫をまき散らし、それらをじんつうりきでこちらにまとめて飛ばしてくる。

 

「ジュカイン!『シザークロス』!!」

「バシャーモ!『ブレイズキック』!!」

 

 飛んでくる石の嵐に対しては近接技を使える2人が前に出て技を繰り出し、次々と落としていく。強烈な攻撃ではないけど、こういったこまごまとした攻撃は、体力を削られている今全部防ぎきるのがかなり難しい。被弾こそしなかったものの、全ての石を落とし切ったところで、特にダメージの大きいジュカインが少し体をふらつかせる。

 

 

「クオオオオォォォォンッ!!」

 

 

 そこを見逃さないのはスイクン。再び大きな咆哮をあげながら、スイクンの周囲の空気を凍らせていく。

 

「また『ふぶき』!?」

「今あの技受けたら全員戦闘不能になるわよ!!」

「絶対に止める!!ヒカリ!!」

「わかったわ。ラグラージ、『ふぶき』!!」

 

 スイクンから放たれる氷の嵐に対してラグラージも同じ技で対抗する。スイクンに比べるとどうしても威力は劣ると言わざるを得ないけど、あたり全体にまき散らしているスイクンに対して、ラグラージは一点に集中して放つことでその威力を補っていく。その甲斐もあってか、そこそこの威力を削ることが出来たものの、それでもまだスイクンのふぶきは止まらない。

 

「ユウリ手伝って!!ジュカイン!!『リーフストーム』を周りに散らして!!」

「ジュカッ!」

 

 それに対してボクがとった行動はあたりに葉をばらまくこと。出せる限りの葉を繰り出して、あたり一面を緑にしたボクはユウリにアイコンタクトを送る。すると、ボクの意図をくみ取ってくれたユウリがすぐさまバシャーモに指示を出す。

 

「バシャーモ!『ブレイズキック』!!葉っぱを全部燃やして!」

「シャモ!」

 

 バシャーモの燃える脚が舞い散った葉っぱに当たり、そのすべてが燃え上る。

 

「よし、あとはヒカリ!!」

「そういう事ね!!ラグラージ!!尻尾で吹き飛ばして!!」

「グラッ!」

 

 いきなり現れる簡易的な焚火。燃え上る葉っぱたちを今度はラグラージが扇のような尻尾を団扇で風を仰ぐように薙いで、燃え盛る葉っぱをそのままスイクンのふぶきに叩きつける。

 

 氷と炎がぶつかり合うことによって巻き起こる大量の蒸気。自分体の視界をも埋め尽くすその現象は、本来なら視界が防がれることによって戦いに沢山の弊害が生まれてしまう。相手の姿や位置がわからないせいで飛んでくる攻撃がわからないからだ。しかし、今この場においてはそのデメリットはあまり表に出てこない。なぜなら、こちらは体は小さいけど相手はダイマックスをしているせいで、蒸気で煙が生まれる程度ではその姿が隠れきれないから。むしろボクたちの身体を隠すだけにとどまり、スイクンだけが一方的に狙いを定めることが出来ない状況となっている。一応この時の解答としては、もう一度ふぶきを打てばいいだけなんだけど、たった今防がれてしまった技をもう一度打つ気にはなれないのと、スイクン自身の目に少し煙でも入ってしまったのか、ちょっとしたうめき声が聞こえてくるのでおそらくそれどころではない可能性が高い。

 

 シロナさんにお願いされた、致命的な二撃のうちの片方を叩き込むには今しかない。

 

「ユウリ!ヒカリ!」

 

 ボクの言葉に頷いた2人は、すぐさまバシャーモとラグラージに指示を出して、自分たちの前に集合させる。

 

「ジュカ……」

「シャモ」

「グラァ」

 

 ボクたち3人の前に並んで、スイクンの影が見える方向をじっと見つめる3人。どうやら、これから行う一撃のために、じっくりと力を蓄えているらしい。とは言っても、これから行う技は別にソーラービームのような溜めを必要とする技ではない。そのため、その時間も程なくして終わりを告げ、ジュカインたちはボクたちの方に視線を向けて準備が出来たことを教えてくれる。その視線を受けたボクは、今度はユウリとヒカリと目を合わせて頷き、ジュカインたちに技を宣言する。その技は……

 

「バシャーモ!『ほのおのちかい』!!」

「ラグラージ!『みずのちかい』!!」

「ジュカイン!『くさのちかい』!!」

 

 ほのお、みず、くさの、それぞれのちかい。

 

 この技たちは、それぞれ単体ではそこそこの火力が出る、それぞれの技の特殊技に過ぎない。火力がないわけではないけど、それぞれのポケモンが覚える、リーフストームやオーバーヒート、ハイドロポンプのような高火力技と見比べるとどうしても見劣りのしてしまう技だ。しかし、この技たちにはある特殊な特性が隠されている。

 

 それは、『他のちかいと組み合わせることで威力が跳ね上がる』というものだ。

 

 3つのちかいはそれぞれのちかいと共鳴し、増幅し、より強力な技となって相手に襲い掛かる。ほのおとくさが組み合わされば相手を燃やし尽くす烈火となり、くさとみずが組み合わされば敵の自由を奪う自然となり、みずとほのおが組み合わされば味方に幸運と敵に不幸を送る光となる。

 

 そんな技を3つ同時に放てばどうなるのか。2つのちかいだけでも強力な技へと変わるそのちかいは、さらに共鳴してより増幅される。その威力は、ダイマックスをして体力をあげているスイクンすらをも圧倒できるほどのものとなる。

 

「ジュカッ!!」

「シャモッ!!」

「グラァッ!!」

 

 それぞれから伸びていく、緑、赤、青色の光の柱は、お互いが絡み合い、混ざり合い、一つの大きな白色の光の柱となってスイクンへと伸びていく。

 

「「「いっけぇぇぇぇっ!!!」」」

 

 ボクたちの叫びとともにまっすぐ伸びていくその攻撃は、ふぶきと焔によってあたりに漂っていた煙全てを吹き飛ばし、スイクンへと直撃する。

 

 

「クォッ!?」

 

 

 煙が晴れ、視界がクリアになったと思った瞬間に叩き込まれる強力な一撃に、思わずうなり声をあげるスイクン。そんなスイクンに対して追い打ちをかけるように、次々と不思議な現象が巻き起こる。

 

 スイクンの機動力を支える後ろ足の周りには突如湿原が現れて、そのぬかるみによって素早さをがくーんと落としていく。

 

 スイクンの攻撃技の起点となる前足の周りには火の海が展開され、その火力によってスイクンの体力を確実に削っていく。

 

 そして、そんなスイクンの頭上では、まるでボクたちの動きを応援するかのように、綺麗なアーチを描く虹が輝き始めた。

 

「凄い……話として効果は聞いていたけど、実際に見たのは初めて……」

「こんなことになるのね……わたしもびっくりだわ」

「うん……ボクも……」

 

 そのあまりに現実離れしている光景に、今の状況も忘れて思わず見とれてしまうボクたち。そんなボクたちを現実に引き戻すかのような、大きな音が鳴り響く。

 

 

「ディィィィッ!!」

 

 

 その大きな音につられて後ろを振り向くと、そこにはダイマックスをしたドレディアと、そのドレディアの前で嬉しそうに微笑むシロナさんの姿があった。

 

「さすがね。ここまでよく頑張ってくれたわ。あとは任せなさい」

 

 そう告げたシロナさんは、ボクたちの横を通って一番前に躍り出る。そして後ろで構えるドレディアに対して、最後の指示を出した。

 

「ドレディア!!全力で『ダイソウゲン』!!」

 

 

「ディアアアァァァァッ!!」

 

 

 ちょうのまいを6回行ったドレディアによる必殺の一撃。その技の危険性に気づいたスイクンが、何とか反応して反撃しようと頑張るものの、機動力を奪われたことで避けることが出来ず、攻撃しようにも虹の光と火の海の熱気が邪魔をしてその行動を許さない。

 

 完全な八方塞がり。そんなスイクンに向けて放たれる、大きな緑色のタネ。それがスイクンの足元に着弾すると同時に大きな草木を生やし、同時に大爆発。スイクンに向けて強力な草エネルギーが叩き込まれる。

 

 こうかはばつぐん。

 

 耐えきることのできない致命的な一撃を受けたスイクンは、ダイマックスを維持するエネルギーを体にためることが出来ずに、内側から爆発するかのように赤色の光があふれ出した。その現象はスイクンの体力がなくなった証。

 

「「「シロナさん!!」」」

「ええ、分かっているわ!!」

 

 その証を目にしたと同時にシロナさんに視線を向けるボクたち。その視線を受ける前から、シロナさんは既に準備を終えていた。

 

「とりあえず、本当にやっちゃってもいいのかわからないけど、あなたを落ち着かせるためにもさせてもらうわよ!」

 

 シロナさんの右手に握られているのはモンスターボール。そこにダイマックスバンドから光がそそがれ、巨大な赤色のボールへと変わっていく。

 

「行きなさい、モンスターボール!!」

 

 シロナさんの掛け声とともに放たれる大きなモンスターボール。それを見たスイクンは、自分が捕獲されることを悟り、何とかあらがおうとしてきた。しかし、もうモンスターボールの吸い込みは始まっており……

 

 

「ク……ォ……!!」

 

 

 スイクンの踏ん張りもむなしく、モンスターボールへと吸い込まれていき、大きな音とともに地面を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちかい

それぞれの技と組み合わせることで特殊な場を作り、相手に大きなダメージと追加効果を送る連携技です。短髪で放てば威力は80ですが、同ターンに別の誓いが放たれていた場合は威力150まで跳ね上がります。近作品では、その技が3つ同時に放たれたので、全部が150となって飛んでいるという状態です。チョットご都合入ってますが、そこはご了承くださいませ。

ほのお+くさ

相手の場を火の海にすることにより、毎ターン最大HPの1/8のダメージを与えます。ほのおタイプには効かないみたいですね。

くさ+みず

相手の場を湿原にすることにより、相手の素早さを1/4にします。ネット系と違って、空を飛んでいても効果があるみたいですね。

みず+ほのお

味方の上空に虹をかけて、味方が放つ技の追加効果が出やすくなる状態になります。今回のお話では特に出番はありませんでしたね。

以上が誓いのそれぞれの実機での効果になります。実際に見たことある人は少ないのではないでしょうか?私も実は見たことはなかったり……。




ちかいのようなロマンのある技とてもいいですよね。お話としても映えるのでとても書きやすいです。






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162話

 長いようで短かった、しかし何か歯車がずれていたら間違いなくこちらがやられていた、そんな一世一代の大勝負にひとまずの決着がつき、シロナさんから投げられたモンスターボールがスイクンを飲み込んで地面に落下する。激しい音を奏でながら落下したそれは、地面に落ちて少し経ってから、飲み込んだものを吐き出さないように必死に耐えながら、その身体を小さく揺らし始める。

 

「さて……どうなるのかしらね……」

 

 1回。シロナさんが見つめながら呟いた、少し緊張を帯びた言葉に答えるように振動する。

 

「捕まってくれると嬉し……いえ、嬉しいのかしら?伝説のポケモンのゲットチャレンジってちょっと恐れ多さもあるのだけど……」

 

 2回。本当に捕まえてしまってもいいのか。そんな心配を胸に引っ掛けながらも、それでも視線を外さないヒカリの前で、1回目の時折よりも小さく振動する。

 

「仮に捕まえられたとして、大事になりそうならリリースっていう答えも取れるから、その時に考えたらいいかも……」

 

 3回。少し緊張しながらも、それでも何とか自分の考えを口にし、それでもボールからは決して視線を逸らさないユウリの目の前で、今までで1番大きく振動する。

 

「それよりも、今ボクたちが1番考慮しないといけないことは、捕まえられなかった時のこと。もし捕まえられなかったら……もう1回……っ!!」

 

 振動を終えいよいよ最後。カチリという音と共に、ボールのロックがかかればゲット成功。かからなければ失敗の最終分岐点。ロックの音を聞き逃さないよう、みんなで食い入るようにボールを見つめる。果たしてその行方は……

 

 

『クオオオオオォォォォォッ!!』

 

 

「「「「っ!?」」」」

 

 ボールが弾ける音と共に鳴り響くのは、何とか自由の身に戻ったスイクンによる高らかな嘶き。その声には押されてしまっていたことに対する怒りが多分に含まれており、その中にほんのわずかな安心感を感じた。おそらく、あと少しで捕まってしまうところから何とか抜け出すことが出来たというのが、この感情の正体だろう。そんな感情を隠すことなく吠えるスイクンに、ボクたちは再び構えを取る。

 

「やっぱり一筋縄ではいかないわね」

「正直これで終わって欲しかったんですけどね……」

 

 冷や汗を流しながらシロナさんと言葉を交わすボクは、さっきの攻防で疲れてしまい、膝をついて息をしているジュカインに駆け付けたい気持ちをぐっとこらえてスイクンを見つめる。まだジュカインが闘う意思を見せているのもそうだし、スイクンがここから何をしてくるのかがわからないのでひと時も気が抜けない状態だ。なんせ、今並んでいる4人の中で一番体力が少ないのは間違いなくジュカインなのだから。

 

(最悪ジュカインを今まで捕まえてきた子たちと入れ替えるっていう手もあるけど……今まで捕まえてきた子たちでばつぐん技を打てるのが弱点を突かれるニドキングしかいないし、今からスイクン相手にジュカインから入れ替えてすぐの急造コンビで戦い抜ける自信がない……)

 

 他の人との連携を考えても、ちかいによって威力を引き上げやすく、またダイソウゲンによってグラスフィールドが張られている今、この恩恵を一番受けることが出来るジュカインから変えたくないというのも大きな要因だ。どちらにせよ、今は本気で集中しないと一番足を引っ張ってしまう可能性が高いのがボクである以上、行動は慎重に行わなければならない。

 

(さて、どう動こうか……)

 

「ピュピュイ~!!」

「ちょ、ほしぐもちゃん!?」

「え?」

 

 これから始まるであろう、明らかにこちらが不利なスイクンとの第2ラウンドのことを考えて前を見ていた時に、ふと横から聞こえてくる声に視線を向けると、その先には本来なら預けられているため、ここに来ることが出来ないはずのほしぐもちゃんが浮いていた。

 

「なんでここにほしぐもちゃんが!?」

「わ、わからない……いつの間についてきていたんだろう……」

「それよりも!!マックスダイ巣穴の外のポケモンがここに来たら、ここのガラル粒子との反応で暴走する可能性があるんじゃないの!?」

「「っ!?」」

 

 ヒカリの言葉でボクたちの頭の中に浮かんだものが、『何でここにいるのか』から『暴走したらやばい』へと変わっていく。ヒカリの言う通り、ほしぐもちゃんはこの洞窟の外から連れてこられたポケモンだ。研究員さんの話では、外から来たポケモンがこの洞窟内のガラル粒子に触れると暴走する可能性が高く、その場合スイクンによってただでさえダメージを受けているボクたちが、更に追い詰められる可能性が出てきてしまう。……いや、ほしぐもちゃんに戦闘能力があるかと聞かれたら微妙ではあるんだけど……とにかく、今ここでほしぐもちゃんが暴走するのはかなり危ない。シロナさんももちろんその思考にたどり着いており、いつでも攻撃が飛んできてもいいようにダイウォールの準備を進めていた。

 

「ピュピュイ〜!!」

 

 

『クオオオオオォォォォォッ!!』

 

 

「……え?」

 

 そんなかなりの緊張感を抱えながら場が動くのを見守っていると、とても信じられないことが目の前で起き始める。それは……

 

「ウルトラホール!?なんで今!?」

 

 デンジュモクとズガドーンを抑える時にも開かれたウルトラホールが何故か目の前に現れるというものだった。驚嘆の声を上げているのはボクだけだけど、ズガドーンたちのことがまだ記憶にしっかりに根付いているボク以外の3人も、この穴が現れることの意味を理解しているために驚きの表情を浮かべ、同時にさらに警戒度を引き上げていく。

 

 ただでさえスイクンとの戦いでかなり消費しているのに、ここにほしぐもちゃんの暴走と、新たなウルトラビーストが参戦なんてしてきたら溜まったものでは無い。それこそ、今まで捕まえてきた5人の仲間たちの力を借りたとしても、とてもじゃないけど乗り切ることなんて不可能だ。そう考えたボクたちは、とにかくいつでも逃げられるように、重心を少し後ろに傾けていつでも走り出せるようにし、しかし背中を急に襲われることだけはされないように視線は相手の方に固定してゆっくりと後退りをしておく。

 

(何が起きても直ぐに逃げられるように……っ!)

 

 しかし、そんな警戒をしているボクたちの予想を裏切るようなことがまたしても起きる。

 

 

『クオオオオオォォォォォッ!!』

 

 

 その予想外の行動を起こしたのはまさかのスイクン。雄叫びを上げながら急に走り出したスイクンを見て、思わずこちらも反撃をしようと構えたところで、スイクンの身体が180度反転。その身を翻して駆け出したスイクンの走る先には、先ほどボクたちの前に顔をのぞかせた、水色に光る大きな穴が広がっていた。

 

「なんでウルトラホールに向かって……?」

「ま、まさか!?」

 

 ユウリの言葉の途中で察してしまったボクは言葉を途中で詰まらせてしまい、そのまま状況に見入ってしまう。そんなボクの視線なんてまったく気にしていないスイクンは、そのまま開いたばかりのウルトラホールへと突撃していき、穴の中へと吸い込まれていく。

 

「ちょ!?スイクンが中に入ったわよ!?」

「むしろ、あの穴が開いたことが分かった途端に必死になったようにも……」

 

 スイクンの行動に対して驚きの声を上げるヒカリと、なにか思うところがあるのか、顎に手を当てながら物思いにふけっていくシロナさん。ボクも今起きたことに対して呆然としてしまっているし、ユウリに関しては未だに暴走する気配のないほしぐもちゃんに対して『どうして?』と言った顔を浮かべていた。

 

 全員が全員各々の行動をしている間にスイクンの姿は完全にウルトラホールの中へと吸い込まれていき、やがてその穴があった場所はダイマックスの赤い霧に包まれていく。

 

「あ、まって!!」

 

 そこまで時間が経ってようやく動けるようになったボクは、手を伸ばしながら慌ててウルトラホールの方へ走っていくけど、ボクが少し足を進めたあたりで再び赤い霧が晴れていき、ボクの視線の前がクリアになる。

 

「……ない……消えちゃった……?」

 

 クリアになった視界の先には、さっきまでぽっかりと開いていたウルトラホールの姿はなく、先ほどまで激闘を繰り広げていたスイクンの姿もない。急に訪れた静かな空間は、さっきまでスイクンがいたことがまるで夢だったかのような、そんな空虚感を運んできた。

 

「ピュピュイ~!」

 

 思考に囚われたり、今起きたことに呆然としてしまったり、いまだに現実感を感じない出来事に取り残されたりと、全員の感情がバラバラになってしまったため、どうまとまればいいのかわからない変な時間が生まれてしまった。バトルが終わったばかりで疲れているジュカインたちでさえも、その変な空気感に飲み込まれてどうすれば良いのか戸惑ってしまっている状態だ。

 

「すぅ~……ふぅ~……」

 

 とりあえず深呼吸を1つ。いろいろなことが立て続けに起きたことで確かに混乱しているけど、改めて今の状況を考えれば、スイクンは居なくなったし、新しい敵が出てくる可能性のあったウルトラホールも一緒に消えている。となれば、今ボクたちを脅かすものは何もない。こうやって一息つく時間はいくらでもある。まずは落ち着くことから始めよう。

 

「ふぅ……よし、順番に片づけていこう。まずは……お疲れ様ジュカイン。本当に、ここまで頑張ってくれてありがとうね」

「ジュカッ!」

 

 自分の心が大分落ち着いたところでまずはジュカインにお礼を言っておく。ここまで大きなダメージを受けながらもなんとか耐え、最後まで戦ってくれた彼には感謝しかない。レンタルポケモン故、残念ながらこの子とはお別れとなってしまうけど、短いながらもここまで付き合ってくれたことに本当に感謝だ。今一度頭を撫でて、ここまで頑張ってくれたことを労った後にボールに戻す。

 

 ここまでのやりとりにゆっくり時間を使ったことで、どうやら周りのみんなも大分落ち着き始めていたらしく、シロナさん、ユウリ、ヒカリ、それぞれがここまで戦ってくれた臨時のパートナーにお礼を言いながらみんなをボールに戻していく。ちなみに、ほしぐもちゃんはもうユウリにつかまっており、けど現状はモンスターボールを預けてしまっているのでとりあえずユウリのカバンの中にしまわれている状態だ。少なくとも、暴走状態になっているようには見えないのでとりあえず大丈夫という事ではあるのだろう。そこは安心かな?

 

「とりえあず、いろいろあったけどみんなお疲れ様。もう先の道が見えないし、とりあえず今回はここがゴール地点という事でいいでしょう」

 

 みんながやることを終えて顔を向き合わせたところでシロナさんから一言。その言葉を聞いてユウリとヒカリも『お疲れ様』とこぼしながらお互いの顔を見合わせていく。その表情には色々な謎や気になるところがあったせいで、晴れやかな表情をしていたとまでは言い切れないけど、それでもひとまずの山を越えたことに対する労いの表情を見せていた。今回スイクンを撃退できた理由の1つにみんなの連携がよかったこともあるので、余計にお互いへの労いが大きいんだと思う。

 

「ん~、疲れた~……楽しかったけど、さすがにここまで連戦したうえに最後の最後でスイクンとバトルってなると、気分としてはちょっとしたコンテストシーズンを走り抜けた後みたいな感覚ね」

「私も、ジムチャレンジとジム戦を同時にした気分だよ……」

「さすがに今回はボクも疲れたかな……」

 

 3人で伸びをしながら今回のダイマックスアドベンチャーに対する感想を述べていく。スイクンのこともあってとても大変だったけど、それ以上に楽しかった今回のアドベンチャーは、ボクたちにとってもとてもいい経験になった。これは確かに癖になりそうなアトラクションだ。

 

(ピオニーさんの娘さんや、いろんな人がこのアトラクション目当てでここに来たがる理由も何となく理解することができ……)

 

「あああっ!?」

 

 そこまで考えて、今回ボクたちがダイマックスアドベンチャーをするに至った経緯と目的を思い出した。いきなり叫んでしまったため、ユウリたちをちょっとびっくりさせてしまったけど、ボクの声を聞いてユウリたちも今回の目的を思い出したらしく、ユウリたちも口々に言葉を零す。

 

「そう言えば結局ピオニーさんに会うことはなかったね……」

「ということはこっちのルートは通ってこなかったってことね」

「あ~あ、そこに関してはちょっと損した気分……」

 

 ユウリとシロナさんの言葉に対してちょっとだけ不満そうな言葉を零すヒカリ。確かに、研究員さんに頼まれてここに来たというのもあるので、そういう意味ではサブミッションは達成できていない。研究員さんもついで感覚で頼んでいたため、むしろ合流できないことを前提に置いたお願いではあったのだろうけど……いざ会えないとなると、ちょっと思うところがあるし、純粋にピオニーさんが心配にもなる。

 

「まぁ、ピオニーさんなら何とかなってそうな気がするし、いいんじゃない?」

「それもそうね」

「ねぇねぇ!!あなたたち!!」

「ん?」

 

 ピオニーさんについて軽く話をしていたところに突如かけられる明るい声。とても今いる環境にはそぐわないその声につられて視線を向けてみると、そこには1人の女性がいた。

 

 薄めの褐色肌に髪の色はプラチナブロンド。毛先に行くと桃色になっているそれをふわふわと揺らしながら歩いてくる彼女はピオニーさんの娘さん。ピオニーさんと同じ緑色の瞳をキラキラさせ、アイシャドウトリップでオシャレにメイクされた顔を輝かせながら喋ってきた彼女の勢いにちょっとだけ押されながらも、視線はしっかりとむけて対応をする。

 

「あなたたちって、あの時オヤジの相手をしてくれた人たちだよね!?ダイマックスアドベンチャーもしに来てくれたんだ!?なんかちょっと感じるものがあるかも!!」

「そ、そっか……それはどうも?」

 

 ピオニーさん程とまではいかないけど、ちょっとテンションの高い喋り方を見ていると少しだけ血縁関係を感じるなぁと思いながら話を続けていく。

 

「そう言えばまだ自己紹介まだだったよね?アタシはシャクヤ!よろしくね!そっちの名前は?さすがにシロナさんは知ってるけど、最近ガラル地方を離れることも多かったから、他の人はガラルでは有名でもはまだ知らないからさ~。お願い!!」

「大丈夫ですよ。ボクはフリアって言います。よろしくお願いします」

「私はユウリです。よろしくお願いします」

「わたしはヒカリ。よろしくね」

「私も一応……知っているみたいだけど、シロナよ。よろしくね、シャクヤちゃん」

「フリアにユウリにヒカリね。そしてシロナさん……改めてよろしく!!あっ、フリアとユウリは敬語禁止!年も近そうだし、そういう堅苦しいのアタシ苦手だからさ。ヒカリだってタメ語なのに2人は敬語とか意味わかんないし、そこんところもシクヨロ!!」

「そういう事なら……わかったよ。よろしくシャクヤ」

「よろしくねシャクヤ」

 

 ピオニーさんの娘さん……シャクヤの名前をようやく知ることが出来たボクたちは、彼女の作りあげる独特な空間に染まっていくかのように自己紹介をしていく。こういう周りを無意識に巻き込んでいくところはまさしくピオニーさん譲りだなぁと思った。本人に言ったら納得しなさそうだけどね。

 

「いやぁ、それにしてもみんな強すぎっしょ!まさかスイクンを退けちゃうなんて!!」

「その様子だと……シャクヤちゃんもスイクンと戦ったのかしら?」

「そ!!けど負けちゃってさ~……その時一緒に戦ってくれた人たちは先に帰っちゃって、アタシもそこについて行こうと思ったんだけど……そしたらあなたたちが来てね。そこからちょっと気になっちゃって、覗いちゃってたってわけ!!」

「なるほど……ってことは最初からいたの!?」

「まね〜!」

 

 ぶいぶいなんて言いながら得意げに喋るシャクヤに少し呆れた表情を浮かべるボクたち。つまりはさっきのバトルもあのやり取りも全部見られていたということだ。全く気づかなかった……というか、ほしぐもちゃんのことは大丈夫なのだろうか?最初から見ていたということはバレてる気も……

 

「あ!さっきの雲みたいな子のことは黙っててあげるから!あなたたちの大切なダチなんでしょ?それにいいもの見せてもらったし、いつかアタシと一緒にアドベンチャー回って欲しいし?ここでいざこざとか起こす気ないし~。だからそこは安心してちょーだいな」

「あ、ありがと……そうして貰えるとすごく助かるよ」

 

 なんて考えていたら先にそのことについて喋られてしまった。隠し事をしないサバサバとした性格でありながら、それでいてきっちり自分の有利になることは頼んでくる強かさも兼ね備えた彼女の性格は、しかし独特な距離感と彼女自身の明るさ及び人懐っこさから嫌悪感などは感じず、むしろ隠すことをせずにまっすぐ思ったことを話してくれる姿に好印象を抱くほどだ。少なくとも悪い人では無いのだろう。ユウリも戸惑いながらも嬉しそうに言葉を返した。

 

「って、フリアたちがここにいるってことはオヤジはどうしたの?けしかけておいて言えたあれじゃないけど、オヤジってば諦め悪いし人の話聞かないから、大人しくどっか行ったようには思えないんだけど……」

「ピオニーさんなら『シャクちゃんを探すんだ~!!』って叫びながらボクたちよりも先にここに突撃しちゃったよ。それが心配で追いかけてきたんだけど……」

「まじ?でもアタシも会ってないからわっかんないな〜……ワンチャン迷って入口に戻ってんじゃね?」

 

 次の話題はピオニーさんについて。こちらに関してはまぁ概ね予想通りだ。会ってたら梃子でも離れなさそうだし、こうやってシャクヤが1人でいる時点で証明になってしまっている。案外シャクヤの言う通り先に入口に帰っている可能性も低くはなさそうだ。

 

「それじゃあ1度捕まえたポケモンや借りたポケモンを渡すためにも1度戻りましょうか。こんなところで雑談続けても……ね?」

「ですね」

 

 シロナさんの言葉に頷きながら、今度こそボクたちは帰路に着く。シャクヤも加え、1人増えた5人で帰るその道は、人数が1人増える以上に騒がしくなっていた。

 

「ねね、フリア。そういえばオヤジとのバトルはどうなったの?」

「ピオニーさんとのバトル?」

 

 人1倍明るく、おしゃべりなシャクヤからの質問攻めに最初こそびっくりしたけど、これくらいの元気の良さはよくよく考えたらジュンやヒカリに近しい。そう考えるとちょっと気楽で、ボクからの返答もいつも通りの空気を帯び始めた。

 

「とても強かったよ。まさか元ジムリーダーだったなんて……エルレイドが頑張ってくれたから何とか勝てたけど、本当にギリギリだった……」

「え!?ってことは勝ったの!?すっご!?バカンス中だし離れてかなり経つから全盛期の実力じゃないと言っても、アタシのオヤジかなり強い人なのに……フリアってもしかして凄い人だったりすんの?」

「それはもう!今期ジムチャレンジャーを無敗で乗り越えてる凄い人だもん。フリアはそれだけ強いんだから!」

「な~んでユウリが自慢げに言うのかな~?」

「ふ~ん……今のヒカリの言い方と表情。それにユウリの喋りからしてもしかして……ねぇ、ユウリってばまさか……」

「な、なにかな……?」

「……ユウリ、あなただんだん隠すの下手になってない?」

 

 話の話題はボクとピオニーさんのバトルからなぜかユウリを中心としたものに移り変わっていく。それからはボクをそっちのけで盛り上がる女性3人。姦しいとはよく言ったもので、どんどん盛り上がっていく彼女たちの会話に、『これは混ざらない方がよさそう』という感想を抱いたボクは、そこから少し離れてシロナさんと並んで歩く。

 

「相変わらず元気でいいわね」

「巻き込まれてる身としては、大変なんですけどね」

 

 微笑みながら語りかけてきたシロナさんに対して苦笑いで返すボク。

 

 そこからは賑やかな3人の会話をBGMに、概ね楽しく帰路につくことが出来た。ダイマックスアドベンチャーはひとまず成功したと言って差し支えないだろう。けど、同時に気になる謎も増えた。

 

「なぜあそこにスイクンがいたのか……」

「なんでウルトラホールが開いたのか……」

「ほしぐもちゃんは一体……」

「シロナさん……」

「そうね……少し、注意してみましょうか」

「……はい」

 

 ボクとシロナさんから交互にあげられた、スイクン。ウルトラホール。ほしぐもちゃんの3つの謎が、少しだけボクの心をざわめかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




スイクン

残念ながら今回はゲットならず……しかしそれ以上に気になることに。ウルトラホーへと走っていきましたね。彼はなぜ必死に穴に飛び込んだのでしょう?

ほしぐもちゃん

いつの間にかついてきていた問題児。なぜここに?

ウルトラホール

何故か急に空いた穴。今回はスイクンを飲み込んで消えましたね。

シャクヤ

強かな子ですが、なんだかんだでいい子。多分、父親のことも嫌ってはいなさそうですよね。なんだかんだでいい親子だと思ってます。




もうちょっとでサトシさんの最終章が……楽しみですけど、同時に寂しさもありますね。






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163話

 スイクンとの激闘を終え、ダイマックスアドベンチャーの帰路に着いたボクたちは特に何事もなく歩いていた。新しくパーティに加わったシャクヤのおかげで、濃密なアドベンチャー後という体力をかなり使った後だと言うのに、物凄く明るく楽しく帰ることができた。ちょくちょくボクを除いて盛り上がるシーンも見受けられたけど、よくよく考えれば今回のメンバーで男子はボクだけ。女子同士の方が話は盛り上がるのは当たり前だし、話しづらいところも沢山あるはずなのでそこは仕方ないだろうと割り切る。この時はちょっとだけ、『ホップかジュンを連れてくれば』と思ってしまった瞬間だ。とは言っても、少しすればまたすぐに会話に引っ張られたので寂しさを感じたわけでも、悪い空気になったわけでもなかった。この当たりの塩梅は、ヒカリとシャクヤのコミュ力のなせる技と言ったところかな?

 

 さて、そんな賑やかな時間を共有しながらダイマックスアドベンチャーから帰ってきたボクたちは、そこそこの時間をかけてようやく入口付近まで戻ってくることに成功した。特に迷った訳では無いけど純粋に距離が長かったため、思ったよりも時間がかかってしまった。そのせいか、少しだけこの入り口周りの景色が懐かしく感じた。そんないわゆるダイマックスアドベンチャーのロビーにあたるこの場所に戻ってきたボクたちなんだけど、帰ってきて早々、ボクたちは足を止められ、ある一点に視線を奪われてしまった。それは……

 

「…………」

「……オヤジ、なにしてんの……」

「ピオニーさ~ん……返事がない……」

「……ただのしかばね……?」

「死んでないと思うわよ。ユウリ」

 

 広場のど真ん中でうつぶせの状態で、大の字になって地に伏しているピオニーさんの姿だった。愛しの娘さんであるシャクヤの声を聞いてもその身体が動くことは全くなく、もしかしたら実はやばい状況なのではないかと不安になるものの、近くを通る研究員さんやアトラクションの参加者は、まるで関わりたくないと言った顔を浮かべながら通り過ぎていくので、多分大丈夫なんだろう……大丈夫だよね?

 

「どうするのが正解なのかな……?」

「放っておけばそのうち勝手に動くっしょ。オヤジ、見た目通り頭も体もカッチカチなんだから、この程度へいきへいき~。さ~て、オヤジの無事も確認できたし、アタシはまたダイマックスアドベンチャーに行くね!!じゃ、まったね~!!」

「あ、ちょっと!!ピオニーさんはいいの!?」

 

 倒れたピオニーさんを前にどうしようか悩んでいると、シャクヤがさっさとこの場から離れようとするので慌てて引き留めてしまう。そんなボクに対して、シャクヤはあっけらかんと返事を返してきた。

 

「確かにちょっと心配だったけど、わりといつものことだからだいじょ~ぶ!……ただ、そうね~……よかったら、フリアたちでオヤジの探検ツアーに付き合ってあげてくんない?」

「探検ツアー?」

 

 シャクヤから零れた言葉に首をかしげるユウリ。その言葉を復唱しながら、シャクヤの説明が続く。

 

「どうもカンムリ雪原に遊びに来るにあたってさ?なんかいろいろな調べものしてたみたいで……『シャクちゃんと楽しく伝説を探すぞ~!』ってウキウキしててさ~?」

「伝説……もしかして……」

 

 シャクヤの説明に少し考え込むシロナさん。シロナさんがここに来た目的を考えると、確かにこの『伝説を探す』という一文は、何か思うところがあるのかもしれない。

 

「正直な話、そっちの伝説も気にはなるんだけど……アタシとしては、やっぱりダイマックスアドベンチャーでスイクンを見た以上、確実に伝説と触れ合えるこっち側に行きたいんだよね~」

「もしかしたら、ピオニーさんの方はガセかもしれないものね~……」

「そうそれ!!オヤジのことだから、本当にあったとしても調べもののどっかに抜けがある気もしてさ~……」

「ああ……さもありなん……」

 

 ヒカリの言葉に困ったように返すシャクヤ。その言葉にユウリもどこか納得したような表情を浮かべながら言葉を零す。さっきまでの研究員さんとのやり取りとか、外でのやり取りを体験した後だと、どうしても大胆というか大雑把というか……少なくとも、調べものなんて繊細なものが似合うようには全く見えない。そのせいでシャクヤの言葉もよくわかってしまう。

 

「だからもしよければなんだけど……オヤジに付き合ってあげてくんない?オヤジに勝ったフリアたちになら安心して任せられるからさ?おねがい!!」

 

 両手を合わせて片目を瞑り、ペロッと舌を出しながらお願いしてくるあたりが何とも彼女らしい。だけど決して全部が全部適当というわけではなく、父親に対しての心配と、信頼できる相手に任せたいという彼女なりの気遣いも見え隠れするそのお願いの仕方に、少しだけ彼女のやさしさを感じる。

 

「う~ん……どうしよっか……」

「私個人としては別にいいんだけど……」

「今回ばかりは独断では決められないからねぇ……」

 

 だけど、彼女のお願いにすぐ首を縦に振るかはまた別のお話。というのも、ボクたちだってこのカンムリ雪原には『シロナさんのお仕事のお手伝いをする』という目的があってきている。そのため、ここでシャクヤのお願いを聞くかどうかはシロナさんの事情と意見も含めなくてはならない。ボクもユウリもヒカリも、ここに来たのが個人的な用事によってだったのなら何も気兼ねすることなく受けたのだけど、今回ばかりはそういうわけにもいかない。ボクたち3人の視線は自然とシロナさんへとむけられることになる。

 

「そうねぇ……」

 

 かく言うシロナさんも少しだけ悩む様子を見せている。優しいシロナさんのことなので、おそらくボクたちと同じくピオニーさんの面倒を見ることに肯定派なように見える。けど、今回は仕事で来ているというのと、多分だけど先に民宿に行っているカトレアさんたちのことを考えているのだろう。確かに、先に宿で休憩して待っていたら、なぜか新しい人が増えたとなったら、カトレアさんたちも驚いてしまうし、反応に困ってしまうだろう。簡単に了承することはできないんだけど……

 

「ま、何とかなるでしょう。説得は私に任せてもらえばいいわ」

「ほんと!?」

 

 シロナさんは特に気にすることなくシャクヤのお願いを了承。シャクヤもなんだかんだ断られることを前提にお願いしていたみたいで、シロナさんの言葉に嬉しさ半分、驚き半分と言った感情で言葉を返す。

 

「アタシが言うのもなんだけど……無理とかしてないよね?」

「全然してないわよ。大丈夫だから気にしないで?」

 

 まさかここまで簡単に話が進むと思っていなかったシャクヤが、逆に心配そうな表情を浮かべながらこちらに問いかけてきたけど、それに対してシロナさんは至って何事もないかのように返答する。

 

「あなたのお父さんの面倒を見ることで、どうやらこちらにメリットがありそうな予感がするのよ」

「メリット……?」

 

 そんなシロナさんの返答に、今度はユウリが疑問の声を上げる。一方でボクはシロナさんの考えに辿り着いていた。

 

「多分、伝説のことですよね……?」

「そ、フリアの言うとおりね」

「伝説……成程、そういう事ね」

 

 ボクの言葉でヒカリも答えに辿り着いたみたいで、そんなヒカリの反応に微笑みながらシロナさんが言葉を続ける。

 

「彼はこのカンムリ雪原で確認できる伝説の存在について調べていたのでしょ?なら、私の目的である巨人の伝説についても調べている可能性が高いわ。勿論、私が持っている情報と差異があまりない可能性や、不確かなものが多い可能性だってあるかもしれないけど……こういった情報は数が多いに越したものはないですもの。同じ情報なら、それはそれで今ある情報の信憑性が上がるしね。得られるものはしっかりといただいていくわよ」

 

 少しだけ得意げに微笑みながら説明するシロナさんに、そこはかとない強かさを感じる。シャクヤと言いシロナさんと言い、女性というのは少なからずそういう一面があるのかもしれない。少しだけ恐さを感じるね。

 

「そういうわけだから、あなたのお父さんについては私たちに任せなさい」

「本当にありがとう!!アタシも、ダイマックスアドベンチャーに満足したら途中で合流するからさ!!みんなで先に伝説巡りしておいて!!そうと決まれば、また洞窟探検!いっくぞ~!!」

 

 シロンさんがピオニーさんを見てくれ、自分のしたいことに集中できるとわかった瞬間、さらにテンションを上げたシャクヤが、再びダイマックスアドベンチャーに臨むために洞窟の奥へと駆けだしていった。次にここに帰って来るのは数十分か……いや、下手をしたら何時間か経った後になるだろう。

 

「いてぇ……ド・いてぇよう……シャクちゃん……シャクちゃぁぁん……!!」

 

 ウキウキのシャクヤを見送ったところで、ボクたちの下から特徴的な口癖とともに、洞窟内に響くうめき声が聞こえてくる。全員でそちらに視線を向けると、先ほどまでピクリと動かなかったピオニーさんがようやく身体を身じろぎさせ、ゆっくりとうつぶせの状態からあおむけの状態に寝返りを打つ。それでもまだ意識は混濁しているようで、目は瞑ったまま、呪文でも唱えるかのように『いてぇ』と『シャクちゃん』を繰り返していた。

 

「そういえば、結局ピオニーさんはどうしてこんな姿になっているんだろ?ぱっと見どこにもけがはなさそうだし……」

「確かに……フリアの言う通り外傷があるようには見えないからポケモンに襲われたって感じでもなさそうだし……」

「そもそもダイマックスポケモンと戦っているかも怪しそうだしねぇ……どうもシャクヤとの合流を優先して走り抜けてたような感じだし……」

 

 レイドバトルをしていたらダイマックス技の余波を頻繁に受けるため、わりと身体や服が汚れたり濡れたりしてしまう。こればかりは仕方のない事なんだけど、ピオニーさんの着ている防寒着にはそんな戦いによってついたと思われる汚れが見当たらない。ヒカリの言う通り、バトルを避けてとにかくシャクヤとの合流を一番に考えて動いた結果なのだろう。では一体どうしてこんなことになったのか。その謎について考えていると、研究員さんがこちらに近づいてきた。

 

「この人、どうやら洞窟を走り回っている間に石に躓いて転がって、頭をぶつけてしまったらしいんですよ……全く、何をしているんだか……」

「えぇ……」

 

 研究員さんの口から聞かされたのは、申し訳ないけどしょうもないと言わざる得ない解答。いや、頭を打っているのならちょっとは心配しなきゃなんだろうけど……

 

「シャクちゃ~ん……うおおお……シャクちゃぁぁん!!」

 

 こんなピオニーさんを見ていると、『あ、大丈夫そうだな』となってしまうことを許してほしい。そんなボクの考えを裏付けるようにピオニーさんも意識を取り戻し、頭を少し抑えながらもしっかりと両足で立ち始める。

 

「ってて……ダイマックスアドベンチャー……なかなか恐ろしい所だな!ふと見かけた地面の穴の中に潜ってないか確認しようと駆けだしたらこのざまよ……」

「娘さんのことをモグリューかディグダかとでも思っているんですか……」

 

 少し悔しさをにじませながらそういうものの、内容が内容だけに全然しまっていない。研究員さんも少し呆れたような言葉を残しながら、ピオニーさんの無事を確認したところで業務に戻っていく。弱若干冷たく感じるかもしれないけど、むしろ忙しい中でも一応身体の心配をしてくれていたので扱いは悪くは……いや、この研究所、一応宿泊できるようにベッドが置いてあるはずなのに、そこで眠らせてあげてなかったあたり、やっぱり対応は悪いかもしれない。とりあえずその事は置いておいて、今はピオニーさんの無事を喜んでおこう。

 

「ッし!なんかいろいろあったけど、ちょっと休んだから体力は全快したぜ!!」

「それはよかったです。広場で倒れているときは何があったのかと心配しましたから……」

「おう坊主!!さっきぶりだな!!っと、その辺はどうでもよくてだな……シャクちゃん知らねぇか?結局見つからなくてよ~……」

「それに関しては私から説明するわ」

 

 起きて早々最愛の娘の行方を気にするピオニーさん。相変わらずの我が道を行くその性格にむしろ感心しているところに、シロナさんが前に出てこれまでの経緯を説明する。最初こそその説明を少しむずかしそうな顔をしながら聞いていたものの、話を聞いて行くうちに自分の中で何か変わったのか、考え込むように顎に手を当てながら言葉を零していく。

 

「今回の伝説ツアーはだな。シャクちゃんと楽しむために夜なべしてプランを考えたんだ。だからオレとしては絶対に楽しんでくれる自信があったし、シャクちゃんもこっちに付き合ってくれると思ってたんだけどな……誰かの組み立てたものよりも、自分で一からいろいろやってみたいってことなのかねぇ……」

「良くも悪くも、子供の成長というのは早いもの。それは、子育て経験のあるあなたが一番わかっているのではなくて?」

 

 考えながら言葉を零すピオニーさんに対して、諭すように説明をするシロナさん。穏やかな表情を浮かべながら言う彼女の視線はなぜかボクとヒカリに対して向けられており、懐かしむような空気を漂わせていた。

 

「わたしたちはシロナさんの子供じゃないですよ~……」

「わかっているわよ。ただ、あなたたちとは長くかかわってきたから、それに近しいものを感じているという訳よ」

「まぁ、付き合いは長いですけど~……」

「ふふふ」

 

 ヒカリがちょっと照れながらシロナさんとやり取りをする。確かにやりとりは長い方だとは思うけど、そんなものなのだろうか?このあたりの感情はもう少し成長したらわかるのかな?現にピオニーさんはどこか納得したような表情を浮かべていた。

 

「そうかもしれないな!!あんましオレの考えを押し付けるのはキョ―イクジョウ?よくないしな!!いいぜ、お前さんたちと一緒にオレ様が調べたとっておきのド・すげぇ伝説追いかけてやるぜ!!そんでもって、すっげぇ楽しい冒険をして、シャクちゃんの興味を惹いて、まざりたいっつ―気持ちを引き出せたらオレの勝ちだ!!」

「なんというか、あなたが娘離れすることは永遠になさそうね」

 

 ピオニーさんの成長しているようで成長していない決意表明にため息を零しながら話すシロナさん。ユウリとヒカリもちょっとあきれたような視線を向けるものの、ピオニーさんはそんな視線をものともしない。ここまで来ると逆にすがすがしいというかなんというか。

 

(とか何とか言ってるけど、ボクも大人になったらこんな人になったりして……)

 

 そう思うとちょっとだけ他人事だとは思えなかったり。

 

「そうと決まれば!まずはこの先のフリーズ村で作戦会議だな!!どうせあれだろ?お前さんたちもあそこの村で民宿取ってるんだろ?」

「そうね。一応数週間は貸出しさせてもらってるわね」

「おし!じゃあ詳細は現地にて!!迅速に集合されたし!!なんつってな!!オレは先に村に行って準備してくるぜ!!ダーハッハッハッハ!!」

 

 とりあえずこれからどうするのかの大まかなやり取りを決めたピオニーさんは一気テンションを上げ、高らかに笑いながら洞窟の外へ走り出していく。その時の声があまりにも大きく、周りの人たちも少し煩わしそうな顔を浮かべながら耳を塞ぐ動作を取っていた。研究員さんに関しては本当にめんどくさそうな表情を浮かべている。そんな周りの人の様子にまたちょっと溜息を吐きながら、シロナさんがボソッと言葉を零す。

 

「協力者……間違えたかしら?」

「あ、あはは……とりあえず行きましょうか」

 

 最初は少しだけの不安だったのが、時間を置く度にどんどん膨れ上がりそうだったので、とりあえず先に行くことを促すボク。その発言に『そうね』と返してくれたシロナさんは、そのままボクたちの前を歩いて洞窟から出ようとする。

 

「それじゃあまずはフリーズ村に行きましょうか。カトレアたちも待ってるでしょうし、何より今日はもう疲れたわ……さすがにそろそろ休むとしましょう」

「「「は〜い」」」

 

 軽く返事をしながら洞窟を出たボクたちは、洞窟の外の寒さを思い出し、少しだけ憂鬱になりながら村への道を進むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリーズ村。

 

 カンムリ雪原にて存在する唯一の集落で、現在は高齢化が進んでおり、限界集落に片足を入れ始めている、少し寂しさを感じさせる村だ。村の中心とそれぞれの家庭にはそこそこの大きさを誇る畑があり、ここの村が農業を中心として生計を立てている姿を簡単に想像することが出来る。しかし、ここの村が寒冷地に存在することもあり、野菜や果物といったものの育ち具合も、とてもじゃないけど芳しいとは言いづらい。これも集落が限界化し始めている理由の一つかもしれない。しかし、だからといって全てが寂れているかと言われるとそんなことはなく、並んでいる家屋はどれも綺麗で、木製ゆえの温かさを感じさせるものとなっている。雪を落とすための鋭角な屋根の形も、ログハウスみたいで少しワクワクする。

 

「あまり距離が離れていなくて助かったわね」

「雪道と言うだけあって、かなり歩きづらかったですしね。近くて本当に良かったです」

「わたしも久しぶりの雪道だからちょっと足取られそうになったし……何よりユウリが……ねぇ」

「…………わ……私は……だ、だだ、ダイジョブ……だよ……」

「大丈夫に見えないわよ……」

 

 そんななかなか雰囲気のいい村の入口に着いたボクたちは、ここまで特に問題なく進むことが出来たことにちょっと安心する。隣で現在進行形で震えまくっているユウリを見ると、本当にすぐ着いてよかったと心から思う。防寒対策をしっかりしてこれなので、マックスダイ巣穴からフリーズ村の距離が長かったらと考えたらさすがにやばかったかもしれない。

 

「もうちょっとだから頑張ろ……?ね?」

「うん……頑張る……」

 

 背中をさすりながら声をかけると最後の力を振り絞ろうと顔を上げるユウリ。けど本当に限界そうなので早く民宿に連れて行って一番風呂に入れてあげたい。

 

「で、シロナさん。肝心の民宿はどれ?」

「私が借りているのは……あそこね」

 

 そういいながら指を差すのはフリーズ村の西の方に位置する建物群。他の民家と同様の作りになっているように見えるその民宿は、外観だけを見るのなら普通におしゃれで綺麗に見えた。これが何件もたっているのは純粋に凄いと思った。これが出来るのは田舎故の、土地の余り具合という事情がありそうだ。と、その話は置いておいて、シロナさんが借りている民宿はその中でも一番西に建っている民宿だった。明かりがついているのもその家とその1つ隣の家だけで、おそらくもう片方の民宿がピオニーさんが借りているところなのだろう。

 

 民宿の位置が分かったのであればやることは簡単。ユウリを支えながら一緒に歩き、その宿に向けて足を進めていく。村長さんへのあいさつや、この村にある畑たち。そしてその畑の傍らに存在する何かの生き物の姿を象ったと思われる像等々気になる点はたくさんあるけど、そのあたりの確認は明日でもいいだろう。どうせしばらくこの村に滞在することになりそうだし、この辺の観光はゆっくりしたいからね。

 

「もうちょっと……は、はやくあたたまりたい……」

「わたしはおなかすいちゃった~……そろそろいい時間だし、バトルも頑張ったしでペコペコ~早く何か作らせて~……」

「私たちは勿論、カトレアたちもきっとお腹を空かせているわ。今日のところはご飯を食べた後はまったりして、明日から調査に乗り出しましょうか。このあたりのことも後でピオニーさんに私から言っておくから、あなたたちは今日1日自由にしなさい」

「ありがとうございます!そうさせていただきますね」

 

 とりあえず今日の予定が埋まった……じゃなくて、すべてなくなって自由になったと言った方がいいのかな?みたいなので、ボクは一息呼吸を落としながら民宿への扉を開けて、中で入ろうとする。

 

「ただいま~」

 

(さぁ、明日からはこの新天地で新しい冒険だ!)

 

 心の中で少しだけ大きくなったワクワク感をひとまず落ち着けながら、ボクは先に待っているであろうジュンたちに向けて、帰りの言葉を告げながら家へと入っていく。

 

 

 

 

(フォ~……フォ~……)

 

 

 

 

「……え?」

「ん?どうしたのフリア?中はいんないの?」

「あ、ううん。何でもないよヒカリ。ちゃんと入るよ」

 

 その時、ボクの脳に何かの声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シャクヤ

強かさに磨きがかかってますね。

シロナ

此方も右気がかかってます。ただし、ピオニーさんは想像以上に癖がありそう。

フリーズ村

当然ですけど実機より家の数を増やしています。実機通りだと、民宿1、家1、村長宅、ソニアさんが借りる家1の四件しかありません。いくら何でも限界すぎる……。

??????

今、あなたの脳内に語り掛けています……




1008カウント、とても素晴らしい動画でした。形が足跡だったり、石の形だったり、技選択と同じかたちだったり……あとはヒンバスやヒドイデなどのエンカウントのしかたっだったりと、小ネタも多くとても感動しました。伝説ラッシュと999及び1000なんか特にアツかったですよね。あと、調べたらあの中に(現状分かっている限りだと)2匹色違いが混ざっているんですね。本当に細かい……改めて、素晴らしい動画をありがとうございました。






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164話

「おおぉ……うおぉ……」

「だから、大丈夫って言ってるでしょう?」

「大の大人が……みっともない……」

「お気持ちはわかりますので、まずは落ち着きましょう。こちらハーブティーになります。どうぞ」

 

「……何この状況」

「あ、フリア!おはよう」

「おはようユウリ。……で、これは何?」

「あ、あはは……」

 

 ダイマックスアドベンチャーを終え、民宿までたどり着いたボクたち。冷えた身体を温めるかのように作られた、ヒカリお手製の美味しいシチューをみんなで食べ、明らかに身体を震わせていたユウリを初めとして順番に入浴。その後、復活したユウリの姿を見て安心しながら、先に民宿に来ていたグループと意見交換をして、そこから民宿でできることをして過ごした後就寝。9人という大所帯ではあるものの、2階建てであるこの民宿はかなりの広さを誇っており、全員が足を伸ばして寝られるだけのスペースはちゃんと確保されていた。さすがに全員分の個室がある訳ではないので、床にみんなで雑魚寝状態だ。一応ベッドがあるにはあるけど、そのベッドはカトレアさんに優先的に回されている。お嬢様育ちであるカトレアさんにとっては、雑魚寝というのは慣れないだろうし多分寝られない。ボクたちは冒険者としてこの辺りのことは慣れているというのもあるし、カトレアさんの事情も理解はできるので、特に文句は起きることなく、その日は終わりを迎えた。

 

 ちょっと話はそれたけど、とりあえず昨日は長旅兼ヨロイ島との寒暖差による体力の消耗を癒すことに使ったことで、お陰様で朝からすっかり元気な姿で起きることが出来た。ただそれでもダイマックスアドベンチャーによってかなり体力を使わされていたみたいで、起きた時に周りを見れば誰もおらず、自分が最後に起きた人物であることを悟る。かと言って、別に慌てるようなことでもないので、軽く髪や服装を整えてから、賑やかな声が聞こえてくる1階に足を運び、みんなに合流しようとしたところで……ロビーの中心に泣き叫ぶピオニーさんがいて、冒頭に至るというわけだ。

 

「朝起きて1階に降りたら、大人の男性が声を上げて泣いてる……」

「その言葉を聞くだけだと、フリアの朝は最悪とね」

「オレが起きた時から泣いているから、かれこれ1時間は泣いているぞ」

「よく涙枯れないよな」

「みんなおはよ……ってそんなに泣いてたの!?」

 

 気づけば隣に立っていたマリィ、ホップ、ジュンの言葉を聞いて思わず変な声を出してしまう。まさかそんなに長い時間あの状態だなんて思わなかった。そこまで聞けば、対応しているシロナさんとカトレアさんが物凄く疲れている顔をしているのも納得がいく。朝から本当のおつかれさまだ。

 

(もうちょっと早く起きたら手伝えたのかも……?)

 

「フリアがいてもあまり変わらなかったと思うから大丈夫よ」

「ナチュラルに思考読まないでくれない?」

 

 ヒカリに当たり前のように読まれたので思わず突っ込む。表情にはあまり出るタイプでは無いと思っているし、バトルの時は動きが読まれることがあまりないから、ボクがわかりやすく顔に出るタイプでは無いと思うんだけど……

 

「フリア、性格がわかりやすいから表情にでてなくてもわかりやすいよ?バトルの時はそもそも思考方向が違うから読めないけど……」

「そうなの……?って、今はそんなことじゃなくて!!」

 

 ユウリによって今まで思考を読まれていた驚きの理由を知ったボクは、けど今はそんなことよりもピオニーさんのことが気になったのでそちらに視線を向ける。

 

「で、最初の問いに戻るんですけど……この状況はなんですか?」

「あ、フリア。起きたのね。おはよう。それでこの状況についてなんだけど……」

「シャクちゃんが民宿に来なかったんだよぉぉぉぉっ!!」

「ということらしいわ」

「あぁ~……」

 

 シロナさんと挨拶を交わして、理由を聞こうとしたところでピオニーさんのシャウトがカットインする。その叫びでボクは全てを理解してしまった。

 

 ダイマックスアドベンチャーの舞台となっているマックスダイ巣穴は、研究員が何人もいることと、場所が場所なため洞窟内に宿泊できる施設がある。じゃないと、アクセスが悪いのにその上泊まれる場所がフリーズ村の民宿しかない状態になってしまうからね。さすがにカンムリ雪原の日帰りツアーは距離的にちょっと辛すぎる。ピオニーさんの話を聞く限りだと、シャクヤもそこに泊まっていると考えて間違いないだろう。地方が建ててある設備でもあるわけだから、下手をしたらその辺のホテルよりもしっかりしている可能性だって高い。心配の必要は正直あまり無さそうだ。

 

 しかし、娘大好きピオニーさんにとってはそれはそれ、これはこれらしい。いくら自分に付き合ってくれないからと言って、民宿まで戻ってこないというのはなかなか心にくるものがあったみたいだ。

 

「せめて夜くらいは帰ってこいよぉぉぉっ!!……ゴクッ、ゴクッ……」

「紅茶はそのように豪快に飲むものでは……」

「まぁ、連絡もなしに向こうで泊まられたら心配になるのは分かりますけど……」

「それが……スマホロトムにもちゃんと連絡は入っているのよねぇ。シャクヤ、意外としっかりしているから、その辺はちゃんとしているのよ」

「ええ~……」

 

 コクランさんの小声のツッコミをスルーしながらピオニーさんのフォローをするものの、シロナさんからそのフォローに対するカウンターをもらう。その後スマホロトムを見せてもらうと、確かにシャクヤから連絡は来ているし、なんならピオニーさんから『わかったぜ』と返信までしている。ここまでちゃんとやり取りをして、その上でこうなられてはさすがにどうしようもない。いよいよ手詰まり感が生まれ、どうしようか悩んでいると、紅茶を一気飲みし終えたピオニーさんがグッと顔を上げる。

 

「っしゃぁ!!紅茶を飲んだおかげで心が落ち着いたぜ!!コクラン……つったか?サンキューな!!お前さんの紅茶、ド・美味しかったぜ!!」

「は、はい。お褒めに預かり恐悦至極です……」

「ええぇ~……」

 

 そんなピオニーさんの口から告げられたのは、紅茶のお礼と心が落ち着いたというもの。シロナさんとカトレアさんが1時間かけても立ち直らなかったものが、たった紅茶1杯で綺麗に収まってしまった姿を見て、思わず変な声が出てしまう。当事者であるシロナさんとカトレアさんなんかは、頭を抑えながら首を左右に降っていた。

 

「シロナ……あたくしこの方と上手くいく気……全然しない……」

「奇遇ね。私も協力者を間違えた気しかしないわ……」

「ん?何だ何だ?朝から暗い顔してっと、幸せが逃げっぞ嬢ちゃんたち!!ダーハッハッハッハ!!」

 

 現在進行形で逃げてるとでも言いたそうな視線でピオニーさんを睨む2人だけど、当の本人は全く気にしていない。ジュンを超える暴走人間に出会うことは無いと思っていたけど、もしかしたらそれ以上の逸材かもしれない。そう感じたボクとヒカリは、密かに震えていた。

 

「もしもの時はなんとしてでも止めるわよ」

「……うん」

 

 ボクとヒカリが密かに決意を共にする瞬間だった。

 

「さて、とりあえずひと段落ついたし、ようやく腰を据えて話せるようになったし……本題の話と洒落こもうぜ!!」

「それもいいけど……まずは朝食を取らせてちょうだい……。まだ食べてないのよ……」

「まだ食べてなかったのか?今日から伝説巡りだってのに、随分とまったりしてるんだな」

「あなたのせいよ……」

「そ、そうか……いや、そうだったな……すまん……って、よくよく考えたらオレも食ってなかったぜ!オレも貰っていいか?」

「……はぁ。ヒカリ……。コクラン……」

「承知しました」

「1人増えるくらいならあまり手間は変わらないから気にしないでくださいな〜。……なるほど、カトレアさんのようにすれば止まるんだ……

 

 いい加減に疲れてきたらしいカトレアさんの視線を受けて、さすがに色々悟ったピオニーさんが頷くことによってようやく待ちかねた朝食を食べることとなった。カトレアさんに感謝である。カトレアさんにとっても、朝食を邪魔されたのはさすがに堪えたみたいだから、本人としては深く考えての行動ではなさそうだけどね。それ以上に、ボクはカトレアさんがサラッとヒカリにも朝食の準備をお願いしているところに驚いた。どうやらヒカリの腕は、お嬢様の御眼鏡にもかなうほどらしい。本当に凄い友人を持ったものだ。

 

 そんな波乱な早朝を乗り越えたボクたちは、ヒカリとコクランさんによって作られたサンドイッチに舌鼓を打ちながら、ひと時の幸せを文字通り噛み締めていた。相変わらずこの2人の料理の腕はとんでもない。ボクも料理できるけど、この2人には絶対に追いつくことが出来ないだろうなぁと思った。2人的にはもっと凝ったものを作りたかったみたいだけど、朝からあれだけの騒ぎがあって、時間がない中つくられたものと考えたら、ボクたちからすれば十分に凄いものだ。だって、サンドイッチに使う具は勿論、ソースまで一から手作りしていくんだから本当にこだわりが凄かった。食べた今でもきのみをどの分量で混ぜたのかが……って、あまりここの話をしても仕方ないよね。とにかく、本当に素晴らしいご飯を頂いた。

 

「ふぅ、食った食った!!紅茶の時からわかっていたが、ド・美味しいサンドイッチだったぜ!!こんなうめぇもん食ったことねぇぞ!!シャクちゃんにも食べさせてやりたくなったぜ……」

「当り前よ……あたくしの自慢の執事ですもの……」

「もったいなきお言葉です」

「わたしだって、料理には自信があるんだから!!」

 

 2人の料理を始めて食べたピオニーさんもこれにはご満悦。凄く嬉しそうな笑顔を浮かべながらコクランさんとヒカリのことを褒め、褒められた側も朝のことは一旦忘れて素直にその賛辞を受け止めていた。カトレアさんも、少しだけ自慢げにしているのがちょっと微笑ましい。

 

「朝食を貰ったことで改めて元気100倍だ!!」

「それならよかったわ。……いえ、本当に……さて、じゃあそろそろ本題の話と行きましょうか」

「そうだな!!飯の礼もあるし、しっかり話させてもらうぜ!!」

 

 朝食を食べ終えて、そのあとの飲み物もいただき、みんなが一通り落ち着いたところでシロナさんが今日ボクたちが行うことに関しての催促をピオニーさんにする。

 

「んじゃあさっそく、オレがシャクちゃんのために必死こいて調べた、自慢の伝説を紹介させてもらうぜ!!」

「前置きはいいからどうぞ」

 

 元気いっぱいにしゃべりだすピオニーさんと、『やれやれ』とため息を発しながら首を振るシロナさん。もしかしたらピオニーさんの情報に関して、昨日以上に信用してないかもしれないね。

 

「まあそう急かすなって!なんせオレが調べた伝説は全部で3つあるからな!!お前さんたちにささる奴がどれかわかんないから、順番に話していくぜ」

 

 3つ。話しぶりからして1つではない気はしたけど、本人から本当に複数あると聞かされるとさすがに驚いてしまう。それはこの場にいる全員が思ったようで、みんながみんな驚いた表情を浮かべていた。

 

「まずはひとつ目行くぜ!ひとつ目は~……デデン!!」

 

 自身の口で変な効果音を付け足しながら聞かされるピオニーさんの言葉と同時に、ピオニーさんから地図が出される。

 

 

『目撃!大樹に集う伝説の鳥伝説!!』

 

 

「鳥伝説……?」

「おう、そうさ!!」

 

 ユウリの言葉に嬉しそうに反応するピオニーさんは、そのまま地図を指差しながら説明をしていく。

 

「このカンムリ雪原は大きく分けて3つのエリアが存在する。まずは北側の雪原エリア。そして中腹にある草原エリア。そんでもって、南に位置する湖地帯のボールレイク湖エリアだ!……正確には、まだ洞窟や海もあるし、雪原も2つに分かれているみたいだが……」

「それはもはや『3つのエリア』じゃなくて『6つのエリア』な気が……」

「ダッハハ!細けぇこたぁ良いんだよ!」

 

 マリィのツッコミを笑い飛ばしながら、ピオニーさんは言葉を続ける。

 

「まず、今オレたちがいるフリーズ村がここなんだが……この鳥伝説があるっつー噂が立っているのはこの場所だ」

 

 北側においてあったピオニーさんの指が動かされた場所は、一番南にある湖地帯。ピオニーさんがボールレイクエリアと言っていた場所だ。

 

「この湖の中心にあるダイ(ぼく)の丘で、メラメラしたやつとギザギザしたやつ、そんでもってシャナリシャナリしたやつの3羽の鳥ポケモンがいるらしい!!」

「メラメラ……」

「ギザギザ……」

「シャナリシャナリ……」

 

 ピオニーさんが挙げた3つの特徴を反芻したのはホップ、ジュン、ヒカリ。その3人の言葉を受けて、ボクはあるポケモンたちが思い浮かんだので、その名前を口にした。

 

「もしかしなくても、ファイヤーにサンダー、それにフリーザー……?」

「おお!よくわかったな!!オレのメモした名前は確かそんな奴だ!!なんだ?結構有名なのか?」

「まぁ、かなり有名な方だと思いますよ?」

 

 ファイヤー、サンダー、フリーザーと言えば、幻の翼と呼ばれるほど珍しい伝説のポケモンであるが、伝説を冠するポケモンの中では生息地が割とわかっている方であり、徘徊するタイプもいるのかいろいろな地方にて目撃証言ある方ではある。勿論、だからと言って簡単に目撃できるわけではないし、現にボクも実際にこの目で見たことはない。なので、可能ならばぜひ見てみたいんだけど……

 

「確かに、彼らをこの目で見ることが出来るのならかなり貴重なのだけど……残念ながら今私が求めているものではないわね……」

「そっか、そいつはすまねぇ」

「いえ、気にしないで頂戴」

 

 シロナさんの言うとうり、今回ボクたちが求めている伝説とは関係がなさそうだ。そのことが分かったピオニーさんは少し寂しそうな顔をしたものの、すぐに気を取り直して次の伝説を口にする。

 

(ちょっとかわいそうだし、シロナさんの用事が速く終わったら他の伝説も回ろうかな?)

 

「そんじゃ次だ!!次の伝説はずばり……これだ!!」

 

ボクがこの後のことを考えている間に、ピオニーさんより2つ目の伝説が口にされる。

 

 

『神秘!伝説の王と愛馬のキズナ伝説!!』

 

 

「伝説の王と愛馬……?」

「おうよ!」

 

 次にピオニーさんが挙げたのは馬と王様の話。鳥伝説の時と同じように声を上げたユウリに、これまた自信満々に答えるピオニーさん。

 

「王っつーのは『豊穣の王』のことを言ってるみてーだな!!その王サマと、そいつが乗る愛馬の伝説がこの村に伝わっているらしいぜ」

 

 そういいながら、今度はフリーズ村を指差すピオニーさん。どうやらこの伝説は、この村が発祥であるらしい。そう言われてとあるものが思い出される。

 

「そう言えば、この村の畑の近くに何かを象ったような像が……」

「そうそうそれだよ!!そいつが関係あるらしいぜ!!……と言っても、オレが調べた奴とあの像、ちと形が違うんだけどな」

「形が違う……?」

 

 ピオニーさんのが疑問の声をあげながら1枚の紙を取り出したので、その紙をのぞき込むようにみんなで見てみると、確かに形が違って見える。具体的に言えば、ピオニーさんの紙に写っている像は頭に大きな何かを乗せていたけど、ボクがこの村で見かけた像の頭にはなにも乗っかっていなかったと記憶している。

 

「もしかしたら、まだ他に似た像があるのかもしれねぇな!……んで、どうだ?こいつも欲しかった奴じゃねぇ感じか?」

「そうね……これも違うわ」

「そうか……んじゃ最後だ!」

 

 こちらはこちらでかなり気になるけど、これもシロナさんの求めるものではないのでまたスルー。いよいよ最後の伝説だ。

 

「最後の伝説はこれだ!!」

 

 

『発見!開かずの扉と伝説の巨人伝説!!』

 

 

「!?」

 

 最後の伝説の発表とともにみんなの表情が変わった。

 

 巨人。それはまさに今シロナさんが追いかけている伝説にも使われている言葉だからだ。

 

「……顔色かえたな?っつーことはこれが求めてたもので間違いないな?」

「……まだ話を聞かないと、なんともね」

「任せな!!」

 

 ピオニーさんも手ごたえのある回答が来てくれたことに満足しながら説明を続けた。

 

「この伝説がある場所は、平原エリアから東に行ったところにある洞窟を抜け、その先に広がる海の端っこだな。そこにポツンと、赤と黄色の遺跡が建っててだな……その中に、点々の巨人が眠っているって話だぜ」

「点々の巨人……シロナさん……!!」

「ええ……どうやら私が求めているもので間違いなさそうね……」

「っし!ようやくビンゴだな!!」

 

 ピオニーさんの説明でテンションの上がったヒカリがシロナさんに視線を向けると、シロナさんも頷いた。どうやらシロナさんの目的は達成できそうだ。シャクヤのお願いがとりあえずはプラスに働いたみたいでよかった。

 

「私がその伝説について持っているのは、大地を引っ張った巨人が、この地でドラゴンエネルギーの結晶と電気のエネルギーの結晶を固めてとある巨人を作り上げたというものね」

「ドラゴンと電気……ってコトは、タイプもその2つって事か?」

「おそらくね。最も、言い伝えではドラゴンの方は未完成らしいのだけど……」

 

 ジュンの質問に返答するシロナさん。カンムリ雪原に来るまでに、シロナさんが歩んできた道は一通り話を聞いたけど、シロナさんは現在いわ、こおり、はがねの巨人を手に入れている。伝承によると、この巨人を集めると何かが起きるらしいのだけど……シロナさんはその先を見たいらしい。この地に眠るでんきとドラゴンの巨人を加えると一体何が起きるのか……そして何がわかるのか……こう言われるとボクもかなり気になってきた。

 

「私が調べた範囲だと、わかるのはその巨人の大まかな生態くらいね。あとは遺跡の場所について。場所に関しては、私の持っている情報と一致しているから信頼度は高そうよ」

「んじゃ、オレが知っていることを話させてもらうぜ」

 

 シロナさんが巨人についての情報を提示し、次にピオニーさんが言葉を引き継ぐ。

 

「オレが知っているのはその遺跡に書かれている文字だな」

「文字……」

「ああそうだ」

 

 シロナさんのつぶやきに返し、ピオニーさんが1枚のメモを取り出した。半分が赤で半分が黄色の、独特なタッチで描かれた遺跡と思われる外観の絵の下に、殴り書きされた文字が書いてある。

 

「この伝説を説明した時に『開かず』っつったろ?実際この遺跡の入り口はかたーく閉ざされてんだが……その入り口に点々が掘られててな。そいつを頑張って解読したら、こう書いてあったんじゃないかって予想がたてられててだな……」

 

 

『…つのき……ん…つま…し…き、うん……の…びらひら…ん』

 

 

 メモ帳にも書かれている、虫食い状態の言葉。それを復唱したピオニーさんは、そのまま難しい顔を浮かべながら言葉を続ける。

 

「遺跡の入り口にあった点々文字……そいつを、かろうじて読めるやつが解読して、何とかわかったのがこれだけだ。あとは点々が欠けてたり、解読者が未熟だったみたいでな。ここまでしか読めなかったらしい。これだけだとてんでわからんだろ?点々だけにな!!ダーハッハッハ!!」

「くだらない……」

 

 ピオニーさんの変なシャレにため息をこぼすカトレアさん。みんな思っていたことだけど口にしなかったそれを、スルッと言葉にするあたりカトレアさんっぽい。そのことに苦笑いをしながらシロナさんが言葉を続ける。

 

「点字なら私が解読することが出来るわ。その遺跡の解読が出来なかったのは、点字が欠けただけが原因ではないのよね?」

「おう、読めないところもあったらしいから、お前さんが読めるのならもっとわかる部分も多そうだな!!そうなれば開かずの扉を開けるヒントもわかるんじゃないか?」

「そういう事なら大丈夫そうね。私がそこに向かう理由はしっかりとあるわ」

 

 自分が向かうことによって情報が更に進むことを確信したシロナさんのやる気が目に見えて上がっていく。もうあと数分を待つのも嫌だという感覚がひしひしと伝わってきた。それはここにいる全員が感じたみたいで……

 

「わたし、お昼のお弁当の準備するわね!!」

「オレも準備しなきゃだな!!」

 

 ヒカリとジュンが準備に走り出したのを見て、周りのみんなもにわかにせわしなく動き出す。勿論、ボクも急いで準備をしなきゃだから、2階に戻って準備をするためリビングから走り出す。

 

 巨人の伝説への挑戦。そのことにどんどんボクの鼓動が速くなる。

 

 そんな状態で階段を駆け上がりながら、ふとシロナさんの方に視線を向けてみる。すると、シロナさんの表情がみたこともないくらい晴れやかなものになっていた。

 

(シロナさん、楽しそう……)

 

 その表情を見て、ボクもつられて微笑んでしまう。

 

(ボクも……楽しもう!!)

 

 なかなか経験することの無い貴重な体験。それを心から楽しむべく、ボクは再び2階へ足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




宿泊施設

マックスダイ巣穴にある川分かりませんが、あってもおかしくなさそうだなと。むしろ、ないと凍死する人が多そうです。

伝説

ピオニーさんから告げられる3つ(のちに4つ目が出ますが)の伝説です。どうでもいいですけど、どれも『伝説』の文字が2回入っているため、ちょっとムズムズしていたりします。実機でも狙ってこのタイトルなのでしょうけどね。




いよいよ巨人伝説ですね。いったい何が出てくるんでしょうか……楽しみですね。


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165話

 ピオニーさんの口から聞かされた3つの伝説。そのうちの1つである巨人伝説は、シンオウ地方にもゆかりのある伝説だ。シンオウ地方の最北端に位置する、キッサキシティ。その最奥に建つキッサキ神殿には、今回ピオニーさんから聞かせられた巨人伝説の、そもそもの原因となるものが眠っていると言われている……らしい。ボクもこのあたりはシロナさんからの聞き伝えでしかないから詳しくはわからないんだけどね。

 

 シンオウ地方に関わる伝説として、ボクたちにとっても物凄くかかわりが深いのが『シンオウ神話』だ。詳しく説明すると長くなってしまうのでおおまかに端折って説明するのだけど、簡単に言えば、混沌からひとつのポケモンが生まれ、そのポケモンから2つ……いや、正確には3つなんだけど……言い伝えでは2つのポケモンが生まれ、そしてさらに3つのポケモンを生んだ。最初に生まれた3つのポケモンにより、時、空間、反転世界が生まれ、次に生まれた3つのポケモンによって、意志、感情、知識の3つが生まれたというもの。どのポケモンも伝説のポケモンとして今の時代まで語り継がれており、ボクたちにとっても決して他人事ではないお話となっている。

 

 そんなシンオウ神話なんだけど、では一体この神話と巨人伝説のどこに接点があるかというと、シロナさん曰く、シンオウ神話と巨人伝説、それぞれの原点とされるポケモンは、どうやら大昔に大きな戦いを起こしたことがあるらしい。その戦いはとてつもなく激しいもので、長い年月と大きな被害をもって終息したと言われている。歴史的にも大きなその戦いは、しかし詳細はあいまいで、多岐にわたり仮説や考察が立てられてはいるものの、残念ながら現在でも究明されていない。シロナさんは今、そんな未だに分かっていないことについて研究するためないし、自分の中で立てた仮説があっているかの確認をするために各地にいる巨人を追いかけているらしい。今回、ここにいるとされるでんきの巨人と、ドラゴンの巨人を追いかけてきたのもそのためだ。

 

 その巨人を追いかけるために、ボクたちが朝から急いで準備をしてやってきた場所は、カンムリ雪原は東側に広がる、雪原以上の寒さを備えた氷海、『凍てつきの海』。

 

 ここ凍てつきの海は、沖からこのカンムリ雪原へと流れて来る潮によって、流された流氷が数多く存在する海域だ。文字通り、身体が凍てついてしまう程寒いこの海域には、この場にふさわしいこおりタイプのポケモンが多く存在し、流氷の上でのんびりしたり、この冷たい海の中でも優雅にバカンスを楽しむように回遊していたりと、各々が自然のままに自由に過ごしていた。この景色だけを切り取ってしまえば、思わず寒さを忘れてしまいそうになるほど幻想的な風景になっている。最も、そう感じるにはいささか寒すぎるし、一緒に冒険している仲間がちょっと放っておけない状態なので、完全にこの景色に見とれるということはちょっと難しいんだけどね。

 

「うぅ……やっぱり寒い……」

「大丈夫……?やっぱり民宿で待ってた方がよかったんじゃ……?」

「ううん……大丈夫。昨日よりはましだし、それに私も伝説っていうのを見てみたいから……」

 

 綺麗で澄んだ海と、そこを泳ぐポケモンたちからちょっと視線を横に向ければ、そこには身体を振るわせるユウリの姿。あいかわらず寒さにあまり強くない彼女は、少しだけ辛そうな表情を浮かべているものの、彼女の言う通り、場所は雪原より寒いものの昨日よりは確かに高い気温と、昨日のことから学んでさらに厚着をしていることによって、その表情はだいぶ良く見えた。彼女の言うことはあながち間違いでも強がりでもないという事だろう。そこはちょっと安心だ。

 

「それにしても……本当に凄い所と……」

「まるで秘境よね」

「こういうところってワクワクするよな!!」

「ああ!!沢山のポケモンも見られて楽しいぞ!!」

 

 他にも、この凍てつきの海をみて口々に感想を漏らす仲間たち。マリィとヒカリは景色に見とれ、ホップとジュンはこおりタイプのポケモンたちの姿を見て興奮していた。特に、ホップとマリィは見慣れないこの景色と初めて見るポケモンたちに感情を抑えることが出来なさそうだ。

 

「……寒い……早く終わらせて民宿に戻りたいわ……」

「もう少しで目的地だから我慢してちょうだい。それにこの程度、あなたにとっては言うほどつらくないでしょうに」

「気持ちの問題……あたくしは別に古いものに惹かれるわけではないもの……コクラン……」

「はい。お飲み物でしたらこちらに……」

 

 一方で、そこまで現状に対して思いを馳せていないカトレアさんは、少しだけ憂鬱そうに言葉を紡ぎながら、いつになくテンションの高いシロナさんとやり取りをしていた。ピオニーさんまでとは行かないものの、わりとはっきり自分の意志と気持ちを口にするカトレアさんらしいやり取りだなぁと思ってしまう。それに、四天王と言う役職の都合上、色んなところに顔を出す必要はあるだろうから、もしかしたら似たような景色を見たことがあるのかもしれない。そうじゃなくても、お嬢様という立場としても色々な場所を回ってそうだしね。

 

 ちなみに、ここまで賑やかなのに一切声がしていないことからわかる通り、ピオニーさんはここにはいない。というのも、いつシャクヤが戻ってきていいように、民宿を空き部屋にしないためだとか何とか。心配なのはわかるんだけど、あれだけ自信満々に伝説について語っていたのに、いざ当日になると『オレはこの民宿に残るぜ!!』と言われた時のみんなの呆れた顔は、地味に記憶に残っていた。

 

 さて、結局ココ最近で見てみると、もはやいつものメンバーという言葉がしっくり来てしまう顔ぶれになってしまったボクたちは、御覧の通り凍てつきの海に来たわけだけど、目的の定めの遺跡は今ボクたちがいる場所からさらに南に行く必要がある。本来ならそこに行くためには凍てつきの海を渡る必要があるのだけど、今は運良く大きな流氷が連なっているため、この上を歩くことで先に進むことが出来そうだった。流氷がなければ、ポケモンの力を借りて船なりなんなりを引っ張ってもらう必要があったため、手間が多かっただろうし冷たい思いをすることになっていただろう。ユウリがいる以上、その手を取ることにならなくて良かったと、ホッと一安心だ。

 

「流氷の上を歩くって……大丈夫ってわかっててもちょっと不安だよね……」

「だいじょーぶだいじょーぶ!思ったより頑丈だし、そんなに気負わなくってもいいのよ?ユウリ!」

「そうだぞ!流氷って言っても、クレベースよりも大きくて頑丈そうだからな!!こうやって上に乗っても、硬すぎて地面と遜色ないぞ!!」

「ヒカリとホップの言う通りだから大丈夫と」

「ヒカリの『だいじょーぶ』って言葉は、ちょっとしたフラグだったりするんだけどね」

「ちょっとフリア!それはどういう意味よ!!……ってあれ?ジュンのやつはどこに……」

「お前ら何やってるんだよ!!定めの遺跡まで競走だぞ!!遅れたら罰金5000万円だからな!!」

「「また暴走してるよあいつ……」」

「なんか……シンオウ地方での3人の旅の模様が簡単に想像できると……」

 

 流氷の上を歩くというちょっとした貴重体験に各々の言葉を並べていくボクたち。不安そうな声を上げながらも、その表情はどこか明るく、みんな楽しんでいる雰囲気を感じることが出来た。もちろんボクもちょっと楽しんでいる。こういうのって、海に落ちてしまうって危険は確かにあるんだけど、どうしてもテンションが上がっちゃうよね。

 

「しっかし……今度はアバゴーラにプロトーガかぁ……」

 

 そんな楽しい冒険をしながらもふと視線を海に向ければ、そこには海をゆったりと泳ぐアバゴーラとプロトーガの姿。こだいがめポケモンの分類に当てはまるこのポケモンは、このカンムリの雪原にきてすぐに見かけたアマルスと同じく、化石の復元によってその存在を確認された種類のポケモンだ。そういった背景があるため、アマルス同様本来なら野生として存在するはずがないポケモンである。他にも、ここに来る途中にもリリーラやカブトプス、オムスターなどのポケモンが徘徊している姿を確認できた。もはや化石のポケモンが普通に生活しており、一瞬自分の常識を疑いたくなってしまう程。それほどまでに、今目の前にあるこの状態を信じることが出来なかった。

 

「カセキポケモンが普通に歩いているの、やっぱり慣れないなぁ……」

「こればっかりは仕方ないわね」

「シロナさん」

 

 ボクがボソッと言葉を零しているときに、いつの間にか横に寄り添っていたのはシロナさん。少しだけ悲しそうな表情を浮かべながらプロトーガたちを見つめるシロナさんの視線が妙に引っかかってしまい、ついつい言葉を投げかけてしまう。

 

「そう言えば、アマルスの時に『調べる』って言ってましたけど……こっちは何かわかったんですか?」

「ええ。大体のことについてはね……」

 

 ボクの質問に対してシロナさんが返す言葉は肯定。しかし、その言葉を口にしてもあまり表情が晴れていないあたり、結果はあまり気分のいいものではなかったらしい。

 

「このカンムリ雪原にカセキポケモンが沢山見受けられるのは、どうも復元されたポケモンを逃がしている人がいたかららしいわね」

「ってことは、この子たちは元々研究所で復元されて管理されていた子たちだったんですね……」

「そういう事。研究するために復元されたカセキポケモンが多すぎて管理が出来なくなってしまったから、人の出入りが少ないこのカンムリ雪原に、秘密裏に逃がして隠ぺいしていたみたい……」

「責任もって面倒みれないなら……復活なんてさせるなって話……」

「まったくもってその通りですね」

 

 ここにいるポケモンが、昔から頑張って生き残ってきた子たちの家系なのではと期待していたのに、現実はなかなかショックなことだったと思い知らされているところにかけられるのは、カトレアさんとコクランさんの言葉。2人ともあまり感情を表に出す方ではないんだけど、それでも少なくない不満を乗せているあたり、この件に関してはかなり嫌悪感を抱いている様子だ。他の地方でも、ラプラスが乱獲されたことによって絶滅寸前まで追いやられたり、そこから過保護に扱われすぎてむしろ数を増やしすぎたりと、人の都合によって未来を左右されてしまっている子たちを見てしまうと、どうしてもやるせなさが残ってしまう。

 

「ガラル地方に地方外からのポケモンを持ち込まないような決まりが出来てしまったのも、このあたりが原因なのかもしれないわね」

「少なくとも、この地域の生態系は影響を受けてしまってますもんね……これ以上この被害を増やしたくないっていうガラル地方側の意見もわかる気がします」

「そうね……ただそれでこちらが被害を被るのは、やっぱり何とも言えないわね」

「あたくしやシロナはともかく……フリアは確か手持ちが……」

「ヨノワール以外は連れてこられなかったとか……」

「初めてガラルに来たときは凄くショックでしたね……今となっては、新しい仲間と出会ういい機会だったと、割り切っていますけどね」

 

 ガラル地方のリーグがとったこの決まりは、今となってはボクにとってもいい転機になったと思っている。シンオウ地方のみんなと離れ離れになったのは確かに寂しいけど、ボクの戦闘スタイル的には沢山の人と戦い、沢山の仲間と経験を積むことによって、たくさんの手札を手に入れることが出来た。結果、ゴウカザルがカブさんの戦い方を取り入れることが出来たことから、ボクにとってはいい方向に傾いてくれたと思っている。

 

「改めて、推薦状ありがとうございました!」

「ふふふ、気にしなくていいわよ」

 

 もう何回想い、もう何回言ったか思い出せないお礼をまた言う。と、ちょっと脱線してしまった話を戻すべく、ボクの視線は再びプロトーガたちへ向けられた。

 

 研究員の勝手な行動によって起きてしまった被害。それにより、この地域には少なくないカセキポケモンがあふれかえってしまう事となった。流石にどこにでもいるというわけではないけど、ちょっと詳しくあたりを見渡せばすぐ見つかるくらいにはいた。生態系の破壊はなかなか深刻な状態になっているらしい。……しかし、この光景を見て、少しだけ気になることがあった。

 

「……研究員が逃がしてしまったことから野生化した割には……カセキポケモン、多くない……?」

「やっぱり……フリアも気になった……?」

「ということはカトレアも気づいたのね。……ええ、あなたたちが言う通り、研究員が逃がした時期から考えると、カセキポケモンたちの数が些か多いように見えるわ」

「ってことは、やっぱり別の要因があるという事でしょうか……」

 

 それは明らかに視界に入るカセキポケモンが多い事。これだけの数を一気に逃がしてしまえば、いくら隠ぺいしたと言えどすぐにばれてしまう。管理できないポケモンを野放しにするっていう、頭の悪い行動をしているとはいえ、さすがにそこまでおかしなことをするとは思えなかった。となると、コクランさんの言う通り、別の要因があるのではないかという考えは自然と浮かんでくる。どうやらシロナさんもその線で考察を回していたみたいで、コクランさんの言葉に頷きながら言葉を続ける。

 

「ほぼ間違いなく、何かしら別の要因があると思うわ。でないと、やっぱりこの数は説明できない。ではその要因は何なのか、という話なんだけど……」

 

 顎に手を当てながら考えを述べていくシロナさんの視線が動いたのを確認したボクたちは、それを追いかけ、とある部分を見つめる。

 

 それは、ユウリの腰元についている1つのモンスターボールだった。その様子から、ボクたちの中で1つの予測が立った。……いや、正確には、すでに予想自体は出来ていたため、答え合わせだ。

 

「……やっぱり、ほしぐもちゃんですか?」

「さすがに2回も現場にいたら……ね?」

 

 苦笑いを浮かべながら喋るシロナさんに言われて、今まで起きたことを振り返ってみる。

 

 1回目はズガドーンとデンジュモクの小競り合いの時。そして、2回目はつい先日起きたスイクンとのバトルの時。ウルトラホールが急に開き、それぞれのポケモンがその穴へと吸い込まれて行き、どこかへ旅立ってしまったあの事件。この2つの事件の共通点は、1つがそれぞれのポケモンが穴を見つけた途端、その穴に自分から入ろうと動いていたこと。そしてもう1つが、その場所には楽しそうにしているほしぐもちゃんがいたことだ。勿論、まだたった2回のサンプルでしかないので、3回目以降は違う結果が出てきてしまうかもしれないけど、少なくとも、ほしぐもちゃんが何かに関わっているのではないかという疑惑をぶつけるだけの根拠とはなりえるはずだ。

 

「あの穴に飛び込んで、元の居場所に帰るのが目的なのだとしたら、ここに来るときもあの穴を通ってきた可能性だってあるわよね?あくまで仮説だけど、もしそうなら、その穴はどうやって開いたのかしら……?」

「……」

 

 一連の出来事にほしぐもちゃんが関わっているのではないかという疑問はどうやったって付きまとう。まだ疑念の段階とはいえ、こうも都合よく出来事が重なってしまうとどうしても疑わざるを得なくなってしまう。それはよくわかっているし、シロナさんの考えは多分間違っていないのだと思う。けど、ホテルで初めて出会い、そして今までユウリと一緒に楽しそうに暮らしているほしぐもちゃんを見て、どうしても疑いたくないと思ってしまう自分もいた。あれだけ天真爛漫で、少なくともここに居るみんなにはすごく人懐っこく接してくれるこの子に、そんな力があるとは思えなかった。

 

 けど、否定したいのに否定材料がない。それほどまでに、ボクはまだ、このほしぐもちゃんという存在のことを何も理解していなかった。

 

「……でも」

「大丈夫……」

「え?」

 

 そんな悩みを抱えながら、じっとほしぐもちゃんのボールを見つめていると、背中に何かが当たるのを感じると同時に、カトレアさんから声が掛けられた。その時に、背中に当たったものがカトレアさんの手だということに気づく。

 

「あの子……エスパータイプだから何となくわかる……。あの子に悪意は無い……純粋で無垢で天真爛漫……まるで赤ちゃん……だから、あたくしたちがしっかりと監督すれば……大丈夫……あの子が望んで堕ちることはないはずよ……」

「カトレアさん……」

 

 カトレアさんから伝えられたのはほしぐもちゃんの心について。イッシュ地方の四天王であり、ボクとヨノワールを繋げてくれた、エスパータイプのエキスパートである彼女にこう言われたら、ボクの心の中ですごい安心感が拡がっていく。多分、不安がっているボクを見て励ましてくれたということなんだろう。あまり慣れていないのか、話し方がいつも以上にちょっとまごついている気がしたけど、それでも励ましてくれようとしてくれていることはちゃんと伝わった。その事がさらにボクを嬉しくさせてくれた。

 

「ふふ、カトレアの言う通りね。私も、ほしぐもちゃんが悪意を持って、わざとこんなことをしているようには見えないわ。そも、まだほしぐもちゃんの仕業だとも確定していないのだしね」

「関係なければそれでよし。関係あれば、我々で正しい道へと手を引いてあげましょう。それくらいの軽い気持ちで大丈夫と思いますよ。フリア様」

「シロナさん……コクランさんも……ありがとうございます!!」

 

 不安なことはまだあるし、問題が解決された訳では無い。でも、こんなにも頼りにできる人がこう言ってくれたことに、少なくない安心感はあった。

 

「それに……あたくしたちは四天王にチャンピオン……そしてフロンティアブレーン……大抵のことなら……何とかできる……」

「だから、あなたは少し肩の力を抜いても大丈夫よ。それよりも、今は巨人伝説のことを考えましょ?どうやら、もうすぐで着くみたいよ」

 

 シロナさんの言葉を聴きながら視線を前に向けると、凍てつきの海からいつの間にか離れ始めていたみたいで、周りから雪景色が消え始めており、気づけば三つまたヶ原と呼ばれる場所までやってきていた。

 

 ここに、ピオニーさんに教えてもらった、半分が赤、半分が黄色という、特徴的な色をした遺跡があるはず。そして、その中にはでんきとドラゴンの巨人がいるはずだ。

 

(一体どんな子なんだろう……)

 

 いよいよまみえることの出来る伝説の存在に、ボクの心はまた速く鼓動を打つ。

 

(早く会ってみたい……!!)

 

 こうなってしまえば、ボクの頭の中は巨人のことで埋め尽くされてしまい、先程までほしぐもちゃんのことで埋まっていた不安は綺麗に消え去っていた。

 

 そして、そんな伝説に心を引き寄せられたのはボクだけじゃないみたいで、そんなはやる心を抑えられないボクやジュンたちは、いよいよ姿を見せ始めた定めの遺跡に向かって駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……」

「急に笑い出してなに……?」

「いえ、あなたがあんなにも人の事を思って話すなんて珍しいからつい……ね?」

「失礼ね……あたくしにだって……ちゃんと思いやりの心くらい持ってるわよ……」

「ですが、それを表にあまり出さないのも事実です。お嬢様にしては、なかなか珍しい行動だったと思いますよ」

「あなたまで……まったく……」

 

 私とコクランで、珍しく人を励ましていたカトレアをからかいながら、フリアの方に視線を向ける。

 

 興味のあること以外、とことん無頓着なカトレアにここまで言わせてしまうフリア。彼は自分のことを低く評価するけど、そんなこととんでもない。彼には彼なりの大きな魅力がある。だからこそ、私もカトレアもフリアに興味を持っているし、大きく育って欲しいと思っているのだから。

 

 きっとポケモン界の未来を担ってくれるだろう若き世代。

 

(本当に、面白い子)

 

 そんな子たちだからこそ、ひとつでも多くのものに触れ合って、大きく成長して欲しい。そんなことを願いながら、遺跡に走っていく楽しそうな彼らをゆっくりと追いかける私たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シンオウ神話

まるでスケールの違う話ですよね。今の伝説たちと比べて、まさしく『伝説』という感じがします。一方で、最近の伝説は人に寄り添う子が多いので、これはこれで親近感が沸いて、感情移入しやすいですよね。ストーリーのコライドン、及びミライドンは本当にいい子でした。どちらの扱いでもいい所はありますよね。

カセキポケモン

どうやら実機でも、ここにカセキポケモンが多い理由は『逃がしたトレーナーが多かったから』らしいです。今作品では、研究員さんのせいにしてますが、どちらにせよ、ちょっと逃がされたくらいで葉、あそこまで大量にはいない気はしますけどね。

ほしぐもちゃん

やっぱり怪しいほしぐもちゃん。今回で、カセキポケモンの疑惑も増えてしまいました……。




アニポケが毎回懐かしくて楽しくて……まるでアルバムを見ているようですね。早く先が見たいような、終わって欲しくないような……不思議な気持ちです。






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166話

 三つまたヶ原。

 

 カンムリ雪原の東端にあり、3方を岩壁に囲まれ、北側が海に面した小さなエリアだ。しかし、決して目立たないエリアという訳ではなく、このエリアにそびえ立つ先端のとがった3つの巨岩は大きな目印となっており、それはカンムリ雪原全体のマップを見てもちゃんとその存在が記されているほど。とは言うものの、このエリアの役目は名前の通り3つの場所に挟まれた それぞれへの道の中継地点と言ったような意味合いが強い。先程あげた3つの巨岩に囲まれた位置から北に進めば、たった今ボクたちが歩いてきた凍てつきの海へと進み、南西に進めば海鳴りの洞窟へと行くことができる。そしてここから行けるもうひとつの場所。そここそが、今回ボクたちが目的地としている場所だった。

 

「これが……『定めの遺跡』……」

「凄いね。こんな僻地にひっそりと建っているのに、物凄い……なんて言うか、圧迫感?みたいなのを感じる……」

「ああ。見ているだけで少し圧倒されるぞ……」

 

 ボクがつぶやくと同時に、ユウリとホップも声を漏らす。ヒカリやジュン、マリィも、言葉こそ発してはいないものの、同じように視線を釘付けにされていた。

 

 定めの遺跡。

 

 簡単にこの遺跡の見た目を説明するなら『ツートーンカラーの遺跡』だ。向かい合って左半分が黄色。逆に反対側が赤色になっているこの遺跡は、少し欠けた柱が聳え立っているところや、年季の入った階段が見れるところから、構造自体はThe遺跡と言った感じなんだけど、先程述べた赤と黄色という見た目が遺跡っぽさを少しだけ減らしており、そのちょっとした歪さが逆にこちらを威圧させる。色が少しくすんでおり、重い配色になっているのもそう感じさせる要因かもしれない。そして何よりも特徴的なのが、遺跡の上側に並べられた点だ。黄色と赤、それぞれに7つの点が並べられた記号のようなものが描かれており、黄色の方は、Yのおしり同士をくっつけて横にかたむけたような形を、赤色の方は三叉の槍のような形をして並べられていた。果たして、この点の配置に意味はあるのだろうか。

 

「これが定めの遺跡ね。ピオニーさんから頂いたメモの通りの見た目だわ」

「メモを見た時から思っていましたが……個性的なデザインですね」

「趣味が悪いわね……あたくしには理解できないデザインだわ……」

「昔の人やポケモンは、そう言うのは意識してないかと思うのだけど……」

 

 遺跡に見とれている間にシロナさんたちも合流。コクランさんとカトレアさんの言葉に苦笑いを浮かべながら、シロナさんは後ろから前に歩いていき、定めの遺跡の入口へと進んでいく。

 

「なるほど……これが言われていた点字ね……」

 

 入口までたどり着いたシロナさんは、外観と同じく黄色と赤のツートーンカラーでできた扉を眺めながら小声でつぶやいた。その後ろをついて行き、シロナさんの肩越しに扉の方へ視線を向けてみると、ピオニーさんが言っていた点々の羅列が目にはいる。

 

「これが……『点字』って記号……ですか?」

「ああそうだぜ。オレたちが今まで巡ってきた遺跡にも、同じような記号が並んでたんだ」

「フリアはシロナさんに質問してたと思うんだけど……まぁいいわ。このせっかちの言う通り、今まで巡ってきた遺跡前部にこの記号の羅列があったわ。そこにも意味のある言葉が書いてあったみたいなんだけど……」

 

 シロナさんに呼びかけたところで、ジュンとヒカリからアンサーが帰って来る。正直、ボクがシロナさんに声をかけた時点で、シロナさんは考古学者モードに入っており、ボクの声が届いていないような気がしたので、ジュンたちが返答してくれたのは、今回においては助かっていたりする。そんな彼らの説明を受け、改めてシロナさんがじっと見つめている記号の羅列を眺めてみる。ヒカリの言うことが本当なら、今ここには、おそらくピオニーさんに教えてもらった言葉の全文が書き記されているんだろうけど……

 

「……全くわかんない」

「あたしにもわかんなかと……」

「これ本当に文字なの……?」

「ただの凸凹にしか見えないぞ……」

 

 ボク、マリィ、ユウリ、ホップと、順番に眺めてみるけど、誰一人としてその文字を読むことが出来なかった。どこからどう見ても点々が適当に並んでいるようにしか見えず、これで文字と言われても全く理解できない。どうやら点々は文字だけという訳でなく、実際に凹凸があるため、触ったらちゃんと点のところは出っ張っていて、指が引っかかるみたいなんだけど……現在進行形でシロナさんが指を触れているところを見ても、とても解読しているようには見えなかった。

 

 せっかくの伝説巡りなのに、一番最初に目にしたのが意味の分からない点の羅列ということに、少なくないがっかりを感じてしまっている。そんなちょっと手持ち無沙汰になっているボクたちに対して、カトレアさんが小さく、しかし全員に聞こえる通った声で、現状についての説明をしてくれた。

 

「あの点字は本来……文字を見ることが出来ない人に対する配慮なのよ……」

「文字が見えない人……?」

「ええ……」

 

 ユウリに対する質問に頷きながら返したカトレアさん。そんな彼女に続いて、今度はコクランさんが解説を続ける。

 

「点字というのは本来、盲目の方に伝わるようにと開発されたものです。昔は盲目の方は勉強をする必要がないと言われ、周りから迫害される傾向にありました。しかし、そんな中でも、『盲目でも学びたい』と声を上げ、努力をした方がいたのです。その方が、周りの方の援助や、本人の弛まぬ努力の結果として作られたのが、この点字と言われています」

「この文字、そんなに凄かったのか……」

「けど、そこでこの遺跡についての謎が出てくるの」

「え……?」

 

 コクランさんによって語られる、この点字の起源に思わず声を上げてしまうジュン。ボクも、声には出さなかったものの、同じように感心していたら、文字の解読が終わったのか、シロナさんが扉から手を離し、こちらに振り返りながら、そのうえでこの遺跡の謎について語り出す。

 

「コクランの言う通り作られた場合、この点字が作られたのは200年程度昔ということになるわ。けど……」

「この遺跡、どう見ても建てられてから何千年……ううん、下手をすれば何万年とか、途方もない時が経ってる可能性だってあると……」

「そう。この劣化は200年程度では起きない劣化……つまりは、それだけ昔から存在するということ……」

 

 扉を手でなぞりながらそう説明するシロナさん。その手を追って改めて扉を見ると、点字の欠けや、色んな人が触ったことによって起きた磨耗による突起の削れ具合が見て取れる。きっと、何人もの研究者がここを訪れ、この入口を調べ、そして追い返されたのだろう。そう思うと、先程までまるで意味を理解できなかった点字にも、ちょっとした趣を感じ始めてしまう。我ながら単純だなぁと思わなくもない。

 

「ではなぜ、そんな昔からあるこの建造物に点字が書いてあるのか。この点字は後に掘られたのか、はたまた、そもそも点字が別にあり、点字を作った人はこれを参考にして作ったのか。……もしくは、偶然、たまたま、太古からある点字と、後で作られた点字がほとんど一緒の意味を持つ記号として作られたのか……現段階では、この点字ひとつとっても、謎に満ちて分からないことだらけよ。けど……」

 

 扉から手を離し、ゆっくりと距離をとるシロナさん。その姿は、暗に『扉から離れて』と言っているような気がして、その姿を追って、ボクたちも慌てて遺跡の入口から距離をとる。

 

「少なくとも、その歴史の一端に触れることの出来る存在が、今この遺跡の中にいるはずよ!」

 

 ある程度離れたところで振り返るシロナさん。その手には3つのモンスターボールが握られていた。そんなシロナさんに対して、ずっとソワソワしていたジュンが口を開く。

 

「で!で!結局あの点字には何が書いてあったんだ!?」

 

 答えを今か今かと待ち望んでいるジュンに対し、小さく微笑むシロナさん。そこからゆっくりと口を開き、言葉を発した。

 

「『みっつのきょじんあつまりしとき、うんめいのとびらひらかん』……遺跡の扉にはそう書かれていたわ」

「3つの巨人集まりし時……」

「運命の扉開かれん……」

 

 ボクとユウリが復唱し、その言葉を聴きながらシロナさんが説明を続ける。

 

「正確には風化が激しかったり、人の手の触れすぎによって曖昧なところや抜けている部分もあったけど、前後の文字と組み合わせると補完可能だったから、そこは私の予測が入っているわ。けど、おおよそこの文で間違いは無いはずよ。そして、その上で重要なのが、最初に書かれている『3つの巨人』の部分」

「……当然、あの子たちのことよね?」

「ええ、そうね。それ以外にないわ……それじゃあ早速、『運命の扉』とやらを開けるわよ!!」

 

 ヒカリの質問に答えながら手にした3つのボールを宙へ投げるシロナさん。綺麗な放物線を描いたそのボールは、遺跡の入口付近まで近づいたところで景気のいい音を立てながら開かれる。そこから伸びる白い光に包まれながら現れたのは3つの巨人。

 

「ロロ……ジ……」

「イイ……スス」

「チチ、ジジジ」

 

 岩の巨人、レジロック。氷の巨人、レジアイス。鋼の巨人、レジスチル。

 

 シロナさんがここに来るまでに捕まえた、3つの巨人が今ここに集結する。それぞれが顔を突合せ、独特な機械音のような声でコミュニケーションをとっている姿は、とてもじゃないけど現実味のあるものとはいえなかった。急に現れた3つの伝説に、ユウリたちも思わず息を飲む。そんなユウリたちの姿なんて気にも留めず、お互いの顔を見合わせながら顔の点々を光らせている巨人たちは、ほどなくして遺跡の入り口へと視線を向ける。すると、3つの巨人が両手を入口の方へと伸ばし、何かを呟くような音とともに顔の点を光らせていく。すると、辺りに突然地響きが鳴り出した。

 

「わわわ!?地震!?」

「落ち着きなさい……地震ならもっと大きなことになっているわ……」

「ええ、そうね……そして、どうやらこれでこの入口の問題は間違いないようね」

 

 急な揺れに思わずこけそうになるユウリを背中から支えるカトレアさん。ユウリの不安を取り除く言葉をかける彼女に続いてしゃべるシロナさんは、ユウリへの心配の気持ちを残しつつ、しっかりと入口を見つめ続ける。この地響きがなんてことないものと理解した瞬間、他の全員も視線をまた集中させた。数多の視線を集める中、それでも自分のペースでゆっくりと開いていく扉は、数秒後にひときわ大きな音を立てたと同時に、完全に開ききる。

 

「……ありがとうみんな。戻ってちょうだい」

 

 扉が開ききったのを確認したシロナさんが、3つの巨人を再びボールへと戻していく。

 

「行くわよ……」

「いよいよだな……!!」

「ええ。ホウエン地方から数えたら4回目だけど、この空気はやっぱり慣れないわね……」

 

 3つの巨人がボールに戻ったところで、シロナさんが先頭を切って遺跡へと歩いて行き、その後ろに続くようにジュンとヒカリが歩き出す。

 

「さて……さっさと終わらせて……紅茶でも飲みながら本が読みたいわ……」

「行きましょう。お嬢様のお力があれば、今回の件もすぐに片付きますよ」

 

 次いで歩き出すのはカトレアさんとコクランさん。伝説が待っているというのに2人のテンションはいつも通りで、どこか安心感を抱かせる歩調で進んで行く。

 

「伝説……ちょっとドキドキすると……」

「なんせ初めての出会いだもんな!!オレもワクワクしてきたぞ!!」

 

 その次に歩き出すのはマリィとホップ。2人とも、初めて出会う伝説のポケモンという言葉に胸をときめかせながら、カトレアさんとコクランさんの後ろについて行こうと小走りで駆けだした。

 

「フリア……どうしよう……怖い気持ちと楽しみの気持ちがぶつかり合って……なんていうか……」

「大丈夫。ボクも同じ気持ちだから……行こ?」

 

 最後はユウリ。武者震いからくる振動によって、逆に体が上手く動いていないユウリの背中をぼくがカトレアさんにしてもらった時のように軽く叩いてあげる。すると、程よく体の力が抜けたのか、いまだに武者震いが完全になくなっているわけではないけど、それでもちょうどいい緊張感に包まれた状態にはなってきた。

 

「ありがとフリア。もう大丈夫!!」

「ならよかった。さ、伝説に会いに行こう!!」

「うん!!」

 

 もう不安はない。改めて気合を入れなおしたボクとユウリも、先に行ったみんなに置いて行かれないように足を動かして、遺跡の中に入っていく。

 

「……思ったよりも暗くない?」

「というよりも、そんなに深い構造じゃない感じかな?」

「お、フリアにユウリ!遅いぞ!!罰金もらうぞ?」

「はいはい罰金罰金」

「流すなよ!!もう、なんだってんだよ~!!」

 

 相変わらずのテンションのジュンを放置して中に入って、ボクたちが真っ先に思った感想が、『思ったよりも狭い』だった。ダイマックス巣穴のように中が入り組んでいたり、洞窟のように高低差があったり、入口のようなギミックがあったりと、そういうのを覚悟していたんだけど、いざ蓋を開けてみれば、入口すぐのちょっと細い道を進めば、もう目の前に広場がやってきた。

 

 広場の中は、外観と同様に左半分が黄色で、右半分が赤色の空間になっており、それぞれの色の空間の最奥にて、腕を胸の前でクロスさせた巨人の像と思われるものがたたずんでいた。また、それぞれの巨人の顔には点が全部で10個並んでおり、その並びは入り口の上に掲げられた2つの模様を重ね合わせたようなものになっていた。そして、その顔に掘られている点と同じ並びが地面にもあった。

 

 想像よりも少し明るいこの空間にて、ボクは近くにいたヒカリとジュンに質問を投げかける。

 

「これが遺跡の内部……ねぇヒカリ、ジュン。他の遺跡もこんな感じだったの?」

「いや、オレたちが見た遺跡はもっと薄暗かったし、巨人の像なんかなかったぞ」

「そうね……足元の点も初めて見るわ」

「そっか……逆に今まではどんな感じだったの?」

「今まではもっとジメっとした暗い洞窟の中で、一番奥の壁に点字で、巨人の封印の解放条件が書いてあったんだよ」

「技を使ったり、特定のポケモンを連れて来たり……果ては特定の場所でじっとしてろ。なんて指示もあったわね」

「もしそれをなぞるのなら、今回も何かしらの指示か条件を満たしたら、巨人が出て来るって事かな……?」

 

 ヒカリとジュンの言葉を聞いて、ボクなりの仮説を立ててみる。けど、だからと言って何かが思いつくわけでもなく、とりあえず、床に並んでいる点の模様が関係あるのかな?くらいの素人意見しか出すことが出来ない。それはマリィやホップ、ユウリも同じみたいで、それぞれ考えるようなしぐさを見せるものの、答えに辿り着いているものはいないみたいだ。そんななかで、シロナさんがゆっくりと前に進み、床に描かれている点の一つの上に足を置いてみる。すると、シロナさんが足を置いた円が1つ、淡く光りだした。

 

「わ!?光った!?」

「……」

 

 いきなり起きた現象に小さく声を上げるユウリ。けど、シロナさんは再び考古学者モードとなっており、こちらの声は届いていなかった。そんなシロナさんが再び同じ場所に足をつけると、光は消えていった。

 

「一度踏むと光り、もう一度踏むと消えるのね。ということは特定の場所を光らせたら巨人が動きだす。という事かしら?けど……」

「もう1つの方が気になるわね……」

 

 左側で点を踏んでいたシロナさんに続いて、右側の点を踏むカトレアさん。すると、シロナさんの時と同じように点が淡く光りだす。しかし、その動きに続いてシロナさんが左側で点を踏むと、カトレアさんが踏んだ時に光った点が消灯した。

 

「どちらかが踏まれると……もう片方の光が消えるのね……」

「となると、どちらか片方だけを光らせるのが良いのかしら?もしくは……」

「あたくしとシロナ……2人で同時に光らせるか……」

 

 お互いの視線を合わせてコクリと頷く2人。一方でそんな2人を見つめるボクたちは、何が何だかさっぱりわからず、2人のやり取りについて行けずにいた。

 

「何が何だか……いつもこんな感じなの?」

「あはは……残念だけど、わたしたちに点字は読めないからね。わたしたちが手伝っているのはその先のバトルばっかりだったから……」

「何回か覚えてみようとは思ったんだがな……難しすぎて覚えられないんだよなぁ」

「確かに、あの記号の解読を覚えるはの難しそうと……」

「覚えようと思えば、実は案外簡単に憶えられますよ?もし興味がおありでしたら、わたくしが民宿に戻ったのちに教えてあげますよ」

 

 謎解きをしている2人を見ながらヒカリとジュンに質問を投げかけてみるけど、この感じはどうやら前から変わらないみたい。マリィも解読の難しそうな点字に少しだけ苦言を呈していると、コクランさんからあの文字の勉強を提案される。ちょっとだけ気になりはするんだけど……それ上に今は大会が近いから、その時間は特訓ないし、イメトレに使いたいから、勉強は後回しかな?

 

「ありがとうございますコクランさん。大会が終わって落ち着いたらお願いしていいですか?」

「そうでしたね。あなた方は今は大事な時期……それに、わたくしが教えられるのはあくまで現代にて使われている物のみ。今回のような、古代からあるものに対しては適応されませんでした。失礼いたしました」

「そ、そんなかしこまらないでください!!こちらこそ、断ってすいません……」

 

 胸に手を当てながら、恭しく頭を下げるコクランさんに慌てて謝罪を入れるボク。こういうところを見ると、やっぱり住む世界が違うんだなぁと理解させられてしまうね。

 

「そんなことよりも、そろそろ謎が解けそうだぞ!!」

「いつの間にか凄く順調に謎といてる!?」

 

 点字についてのあれやこれやをみんなと話しているうちに、ホップとユウリが声をあげたので現場に目に向けると、地面の点がそれぞれ5つずつついている状態だった。

 

「成程、どっちかが踏んでもう片方が消えちゃうのなら、両方同時に踏んでしまえばいいってことなんだ……」

「それに地面の点を光らせている位置……あれって、入口の上の黄色と赤にそれぞれ飾ってあったものと同じ形よね?」

 

 ユウリとヒカリの言葉を聞きながら見ていると、確かに黄色側を光らせているシロナさんはYのお尻をくっつけて倒したあの形を作っており、赤色を担当しているカトレアさんは三叉の槍の形を作っていた。そうこう話しているうちに、たった今アイコンタクトでタイミングを合わせた2人が、同時に6つ目の光をともした。

 

「これで6つ目……確か、入口の模様は7つの点で作られていたよね?」

「ああ、だから次が最後だな」

 

 ボクの質問に答えるジュンと話をしている間にも、シロナさんとカトレアさんの足はゆっくりと進んで行き……

 

「……みんな、準備をしてちょうだい」

「え?」

 

 シロナさんから急な忠告が飛んでくる。その言葉に一瞬だけ反応が遅れてしまったけど、みんなその言葉の意味を理解してすぐさまボールを構えた。恐らく、2人が7つ目の点を光らせた瞬間、何かが起きる可能性を危惧しているのだろう。

 

 みんなが息をのむ音が聞こえた。同時に、ボクのボールを握る手に力が込められていく感覚がはっきりと伝わって来る。

 

「……行くわよ。カトレア」

「ええ……いつでも……」

 

 みんなが準備できたのを確認したシロナさんが、カトレアさんと目を合わせながら頷き、いよいよ最後の光をともすための一歩を踏み出す。

 

「また地震……」

 

 7つと7つ。計14の光がともされた瞬間、入口が開いた時と同じように地響きが鳴り出した。けど、さすがにここまで来たら誰もひるみはしない。呟くユウリの言葉も震えてはいなかった

 

「いよいよだね……」

 

 地面にともされた光と同じ並びで、前にたたずむ巨人の顔に光がともされていき、更に地響きが強くなると同時に、ボクの言葉にみんなが頷き、さらに気を引き締める。

 

 辺りをほとばしるは黄色と赤黒い稲妻。

 

 バチバチとはじけるような音をまき散らしながら、空間中を走り抜ける稲妻は、ボクたちに否応なくプレッシャーを与えていく。その稲妻が巨人の像の頭の上に集まっていき、はじけて視界が一瞬真っ白になる。そして、その光が晴れた時、ついに目的の巨人が姿を現した。

 

「あれが……」

「龍と……電の……巨人……」

 

 シロナさんとカトレアさんが呟く視線の先に現れる2人の巨人。

 

 片方は黄色い球体に同じ色の触手が左右に伸び、針のような2本の足でぴょんぴょん跳ねている電気の塊のような巨人。

 

 片方は真っ赤な球体に、まるでドラゴンの上顎のような右腕と、下顎のような左腕を携えた、ひときわ大きな巨人。

 

「ようやく会えたわね……あなたたちの歴史……しかと体験させてもらうわ!!」

「さっさと決めましょ……伝説と言えども……時間は掛けないわ……」

 

 カトレアさんとシロナさん対2つの巨人。

 

 4人の視線のぶつかり合いが、これから起きる激闘を予感させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




点字

コクランさんがここで語っているのは、現実世界での発祥理由です。ポケモンの世界でもこうなのかはわからないです。それに、レジ系列のお話は遥か昔ですからね。……本当に、あの点字はどうして書かれているんでしょうかね?

巨人

ついに登場ですね。どちらが出るのか気にされていた方も多かったと思いますが、今回は両方出てきていただきました。ギミックの形としては、アニポケもと同じだと思っていただいてかまいません。あちらでも、同じように2人が協力していましたよね。




アニポケがずっと懐かしいですよね。出てくるキャラもですし、音楽も懐かしくてたまらないです。そしてやっぱり、エスパータイプってずるいですよね。改めて、ターン制ではないエスパータイプの強さを認識しました。






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167話

「これが電の巨人と龍の巨人……」

 

 ボクたちの前で佇み、見下ろすかのように視線を向けてくる2つの巨人。さっき入口で確認したレジロックたちと同様に、生き物と言うよりも機械的な雰囲気を漂わせながら見つめてくるその姿にはやはり現実感がないように感じた。というより、なんで生きているのかすらもよく分からない。一目見た時の印象はやっぱり、『無機物』という言葉がピッタリだった。

 

「電と龍……レジロックたちに習うのであれば、さしずめレジエレキとレジドラゴ、と言いったところかしら?」

「その呼び方……借りるわ……いつまでも巨人では格好がつかないもの……」

 

 ボールを握りしめながら会話をするシロナさんとカトレアさんの言葉を聴きながら、ボクもボールからポケモンを出す準備を整えた。

 

(名前とレジロックたちの傾向から、そして見た目から察するに、でんきタイプとドラゴンタイプとみて間違いない。けどボクの手持ちにはこの両方に強く出られる子はいない。ならせめて、どちらかに強い子を出すのが得策……じゃあどっちにするかだけど……)

 

 でんきに強いグライオンを出すか、ドラゴンに強いマホイップを出すか。頭の中で思い浮かべた時、ボクの頭の中の天秤がグライオンに傾いたため、早速グライオンの入ったボールを投げ……

 

「フリア。みんな。今回は任せて貰えないかしら?」

 

 ようとしたところで、シロナさんからの言葉で手が止められる。それはボクだけでなく、ボクと一緒のタイミングでボールを構えていたジュンとヒカリも一緒のポーズで固まっていた。そこからさらに、どうしていきなりそういうことを言い出すのかを聞こうと口を開きかけたところで、シロナさんからさらに言葉が続けられる。

 

「伝説との戦いを手伝いたいって言ってくれて、ここまで付き合ってもらって、そのうえでこんなことを言うのは、あなたたちに対してちょっと失礼だってことは理解しているわ。でも……」

 

 シロナさんの言葉を聞き続けているボクは、その視線をシロナさんの手元に落としていく。そこには、緊張からか、はたまた興奮からか、遠目に見ても明らかに震えているモンスターボールが目に入る。シロナさん自身の震えもあるけど、それ以上に中に入っている子が、『外に出せ』と主張しているようにも見えた。それは今すぐ伝説と戦いたくてしょうがないがためから来た主張に見えてしまい、そのあまりに激しい気迫から思わず息をのんでしまう程。

 

「ヨロイ島とカンムリ雪原を経て、あなたたちの成長と進化を見てたら、私もだんだん心の奥から湧き上がってくるものを止められなくなってきたみたい」

「本当に……心の奥はポケモンバトルバカ……もうちょっと慎みを持てばいいのに……」

「そういうあなただって、なんだかんだやる気じゃない。昔のあなたのこともよく知っているんだから、今更ごまかせはしないわよ?」

「過去を持ってくるのは卑怯……はいはい、分かったわよ……あたくしも少なからず触発されてるわ……これで満足……?」

「ふふふ、ありがと」

 

 その視線をあげれば、今度目に入って来るのはシロナさんとカトレアさんの少し微笑んだ姿。シロナさんはともかくとして、あのカトレアさんまでもが浮かべる好戦的な笑みに、思わず見とれてしまう。

 

「カトレアさんまで……笑ってる……」

「なんか……珍しか……」

 

 ユウリとマリィから零れる言葉に頷きながら、それでも2人から視線を逸らさない。そんな彼女から、言葉がかかる。

 

「コクラン……」

「はい……」

「ここは広い割には隠れる場所がない……戦いの余波が及ぶ可能性があるわ……だから……あなたがみんなを守りなさい……」

「仰せのままに……ムクホーク!エンペルト!」

「ホーッ!!」

「ペルッ!!」

 

 カトレアさんからの指示を聞いてコクランさんが繰り出したのはエンペルトとムクホーク。シンオウ地方にいたボクにとってはどちらも見慣れたポケモンだ。しかし、そんな見慣れているはずのポケモンなのに、この両者から感じる気迫はジュンのポケモンともヒカリのポケモンとも全然違う。

 

(コクランさんのポケモンは初めて見るけど……やっぱりフロンティアブレーンの名前は伊達じゃない……凄く育ってる……)

 

 一目見ただけで伝わって来るその力強さに思わず息をのんでしまう。こんなに育ったポケモンが、懐を見る限りまだあと3匹控えていると考えると、この人もやっぱり四天王クラスの実力を持っているとみて間違いない。

 

「いつか、戦ってみたいかも……」

「機会があれば、ぜひやりましょうね?」

「あ、はい!?……ッ!?」

 

 どうやら無意識に声を出してしまっていたようで、コクランさんが微笑みながら言葉を返してくれた。……ちょっと恥ずかしい。しかしそんなボクの気持ちも一瞬で吹き飛んだ。なぜなら、目の前で今、圧倒的な存在感を放つ2匹のポケモンが出てきたから。そのポケモンは、それぞれの主を守るように立ちはだかっていた。

 

 シロナさんの前に立つのは黒と紺色の間の色をした龍。シャープながらも力強さを感じさせるその身体はまるでジェット機のような姿にも見え、実際に空をマッハの速度で飛び回ることを可能としている。また、身体を覆う繊細なウロコは触れるものを逆に傷つける盾となり、同時に自身が飛び回る際に周囲のモノを切り裂くソニックムーブを発生させる矛ともなる。

 

 カトレアさんの前に立つのは4つのポケモンが合体した鉄のポケモン。4つの脳が磁力とサイコパワーで連結しており、鉄の身体という無骨な見た目とは相反して、スーパーコンピューターをも超える計算能力を持つと言われるそのポケモンは、しかし決して見た目だけではない破壊力を備えた4つの足を地面に打ちつけながら、目の前の伝説を赤い双眸で睨みつけていた。

 

「行くわよ、ガブリアス!」

「メタグロス……やるわよ……」

「グアアァァブッ!!」

「メッタッ!!」

 

 ガブリアスとメタグロス。ポケモンの中でもトップクラスの力を秘めたそれぞれの切り札が、目の前の巨人と相対した。

 

「ジジ……キキキ!!」

「ゴゴ……ジジゴ……」

 

 お互い黙って見つめ合い、かかること数秒。開幕の合図は、レジエレキから聞こえた電気のはじける音だった。

 

 瞬きをひとつ。もちろんこの間にも決してレジエレキとレジドラゴから注意をそらすことなんてしていない。しかし……

 

「キキキ!」

「なんッ!?」

「はやッ!?」

 

 その瞬きの間に、レジエレキは一瞬でメタグロスの真後ろに回っていた。そのあまりの速さに、ボクとジュンの言葉が中途半端なところで遮られてしまう。しかも、レジエレキは既に攻撃体勢を整えており、左右に伸びる触手は、それぞれの手の先でエレキボールを作りあげ、今まさにメタグロスに叩きつけられようとしていた。

 

 このままでは、いきなり大ダメージを受けてしまう。しかし

 

「ガブァァァッ!!」

「キキッ!?」

 

 そんな速攻を決めようとしていたレジエレキが、ガブリアスの紫色の光をまとった爪にて弾き飛ばされた。

 

「『どくづき』!?いつの間に技なんて構えて……」

「ゴゴゴ!!」

「次はレジドラゴ!?」

 

 レジエレキとガブリアスのやり取りにびっくりしている間に、レジドラゴも準備を終えて攻撃を放ってくる。構えた技はげんしのちから。空中に漂うおびただしい数の岩石が、一斉にこちらに向けて発射される。しかし、その岩石たちはこちらに届くことなく、全てが一瞬のうちに粉々に破壊されていき、辺りに舞うのは砂だけとなる。

 

「『コメットパンチ』……だよね?」

「……全く見えなかった」

 

 ボクたちの視線の先には、鈍色に光った右前足を振りぬいた姿で止まっているメタグロス。ユウリの言う通り、そのしぐさはコメットパンチを打ち切った姿だった。けど、次に呟いたホップの言う通り、メタグロスが拳を振っていた瞬間が見えなかった。自分の意識がバトルに集中していなかったから、あまり注視していなかったこともあるけど、それにしたって速すぎる。ガブリアスもだけど、技を発動するときの予備動作というのが感じ取れなさすぎる。

 

「これが四天王とチャンピオン……」

 

 マリィがボソッと呟く言葉も右から左へと流れていく。そんなボクの心の中は別のことで埋まっていた。

 

(間違いなく強くなってる……)

 

 シロナさんの強さは理解していた。だって、コウキとシロナさんの戦いは当たり前のようにリアタイしていたのだから。その時だって、お互いの動きの凄さに打ちひしがれたし、『もう追い付けないのでは?』なんて思ったりもした。けど、今のシロナさんの動きはあの時以上に洗練されている。まだどくづきを一回見ただけなのに、そのことがありありと伝わってきた。

 

(あたりまえだけど……成長しているのはボクだけじゃないんだよね……)

 

 ヨロイ島でジュンと戦った時に分かっていたはずだけど、シロナさんのこの姿を見てさらに実感させられる。そして、みんなが成長しているということは当然コウキも強くなっているはずで……。

 

(勝てるかな……)

 

 自分の中で少し大きくなる不安。けど、その不安もすぐに消える。なぜなら、ボクの腰についたモンスターボールたちが一斉に揺れたから。

 

「……そうだよね。みんながいるもんね……ありがと」

 

 腰にいる大切な仲間たちに勇気を貰ったボクは、2人の動きを1つでも多く吸収するべく、視線を前に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……啖呵を切ったからには、しっかりとしなきゃいけないわね」

「当り前でしょ……足を引っ張ったら承知しないわよ……」

「あら、いまだに私に勝ててない人が言うにはなかなか大きなセリフね?」

「ムカつく……あとで覚えていなさい……」

「ふふ、カトレアとの全力バトルも予約できるなんて、本当に運がいいわね」

「いいから前を見なさい……」

 

 頬を叩きながら意識を切り替えていると、前方からシロナさんとカトレアさんの雑談が聞こえてきた。その会話感がボクとジュンたちとの会話に似ていて、どこか親近感を覚えた。そのことにほんの少しだけ頬が緩むけど、すぐさま気を引き締め、じっと戦場を見つめる。もう、何1つとして見逃さないために。

 

「開幕は派手に行こうかしら!!」

「仕方ないから合わせてあげるわ……」

「「『じしん』!!」」

「グアアアッ!!」

「メッタッ!!」

 

 シロナさんとカトレアさんからの指示が力強く宣言され、その言葉に答えるようにガブリアスとメタグロスが地面を殴りつける。

 

 巻き起こるのは圧倒的暴力。

 

 激しく揺さぶられる地面は、破壊のエネルギーを携えてレジエレキとレジドラゴに進んで行く。これに対して2人の巨人は空に飛びあがることで回避しようとするものの、そんなこと予想通りとばかりに、いつの間にか2人よりもさらに上に移動していたガブリアスとメタグロスが、それぞれの技を構えていた。

 

「『どくづき』!!」

「『コメットパンチ』……」

 

 上から地面に叩き落して、再び地面に接地させることでじしんをぶつけようという考えらしく、勢いよく上から振り下ろされる2つの攻撃は、しかし突如横から突撃してきた塊に邪魔される。

 

「『しんそく』……レジエレキ……想像以上に速い……」

「あの速度は厄介ね……」

 

 それは先ほどまでガブリアスたちの真下にいたはずのレジエレキ。一瞬でその場から移動して回り込み、上で構えていた2人に渾身の体当たりをぶつけているところだった。それでもただでは反撃されまいと、でんきタイプを無効化できるガブリアスが盾になる形で前に出ていた。しかし、技を受けたのが空中ということもあってバランスを崩した両者に対して、レジドラゴが追撃のげんしのちからを発動。それもさっきみたいな前からだけの攻撃ではなく、全方位から集中するように数多の岩石が放たれたため、逃げ場が存在しなかった。

 

「『サイコキネシス』……」

 

 しかし、そんな状況にも決して焦ることのないカトレアさんは、静かに指示を落とす。

 

 ガブリアスとメタグロスを守るように展開されたサイコエネルギーは、集中してくる岩石たちを外にはじき返していく。当たると思っていた攻撃が外れてしまったことに、少なくない衝撃を受けたレジドラゴの動きが一瞬だけ止まった。

 

「『コメットパンチ』……」

 

 そこにすかさず攻撃を入れるメタグロス。そんなメタグロスの攻撃を防ごうと、レジエレキが一瞬にして移動し、レジドラゴとメタグロスの間に割り込んで……

 

「『げきりん』!!」

「グバァッ!!」

「キキキッ!?」

 

 そのレジエレキがガブリアスによって面白いように吹き飛ばされ、地面へと叩き落された。その姿を確認することすらせずにレジドラゴに突撃していくメタグロス。その姿は、最初からシロナさんがレジエレキを吹き飛ばすことを確信しているからこそできる動きだ。

 

「メタッ!!」

「ゴゴッ!?」

 

 そのまま叩き込まれる鈍色の足。この技でレジドラゴもレジエレキと同じように壁に叩きつけられる。

 

 一瞬のうちに起きた攻防に、視線をついて行かせるのがやっとなボクたちは、ここまで来てようやく口を開けるようになった。

 

「あのガブリアス……レジエレキの速度にちゃんとついて行ってる……」

「メタグロスも、レジドラゴにパワー負けしてなかと」

「それだけじゃないぞ。レジエレキにはガブリアスが、レジドラゴにはメタグロスが常に注意を払うことで、それぞれが相手の主力技を効率よく受け止められるように位置取りしてたぞ……」

 

 ユウリ、マリィ、ホップの言葉に頷くボク。彼女たちの言う通りほんの少しの攻防だったけど、それだけで2人の実力とコンビネーションの高さを実感させられた。レジドラゴを吹き飛ばす時のお互いの信頼も含めて、本当に凄いという感想しか出てこないほどだ。そのうえで、丹精込めて育て上げられた2人の強力な一撃が叩き込まれたんだ。少なくないダメージを負った2人の巨人は、すぐには動き出すことが出来ないだろう。

 

「ひとまず試しましょうか。モンスターボール!!」

 

 地面と壁に埋め込まれるように叩きつけられたレジエレキとレジドラゴ。その両者に対して、とりあえずモンスターボールを投げるシロナさん。真っすぐ投げられた2つのボールは、2人の巨人にこつんとあたり、赤い光に変えてボールの中に収納していく。

 

 2人の巨人を完全に取り込んだ2つのモンスターボールは、そのまま地面に落下し、ゆっくりと揺れだした。

 

「1回、2回、3回……」

「あとはロックがかかれば……」

 

 その様子を見つめているジュンとヒカリから言葉がこぼれる。その言葉に乗っかるようにユウリたちも祈るように手を合わせており、当事者であるシロナさんとカトレアさんもじっとボールを見つめていた。しかし……

 

「ッ!?ガブリアス!!」

「メタグロス……ッ!!」

「エンペルト!!ムクホーク!!」

 

 シロナさん、カトレアさん、コクランさんが、それぞれの仲間に声をかけた瞬間にモンスターボールが弾け、閉じ込められていた2人の巨人が同時に外に飛び出した。

 

 

「キキキーーーーィッ!!!」

「ゴゴ……ゴゴゴゴッ!!」

 

 

 同時にあたりにまき散らされる龍と電のエネルギー。それはまるで一時的にとはいえ、ボールという狭いものの中に閉じ込められたことに対して激怒しているようにも見えた。その余波はすさまじく、コクランさんのポケモンが盾になってくれなければ、間違いなくボクたちから怪我人が出てきたであろうことが予想されるほど。

 

「やっぱり一筋縄ではいかな……」

「シロナ……!感想は後よ……!」

「ガブァッ!?」

「ッ!?」

 

 感想を零している間にレジエレキのしんそくによって吹き飛ばされるガブリアス。ただでさえ速いのに、さっきよりも明らかに上がっている速度によってぶつかられたガブリアスは、レジエレキにさっきのお返しと言わんばかりの速度で吹き飛ばされる。

 

「メタグロス……『しねんのずつき』……」

 

 急なカウンターによって一時戦線を外されるガブリアス。しかしそんなことにも動じないカトレアさんは、この間に来るであろうレジドラゴに応戦するべくすかさず技を指示。その判断は確かで、今まさに攻撃しようとしていたレジドラゴにカウンターのような形で技が放たれる。サイコエネルギーをまとったメタグロスの巨体が、両腕のアギトで大きな顎を作り、かみくだくを構えていたレジドラゴに対して先手を打とうと前に飛び出した。

 

「キキキキィッ!!」

「メタッ!?」

「……ッ!本当に速い……!」

 

 しかしメタグロスの攻撃は、さっきまでガブリアスに攻撃していたはずのレジエレキが放った電撃によってせき止められる。それもただの電撃ではなく、圧倒的な速さでいつの間にか真上を撮っていたレジエレキから、まるで檻のような形で電撃が降り注いでおり、直撃を受けたメタグロスはとてもじゃないけど動ける状態では無い。まひとは違い、相手を拘束することに特化した技らしい。

 

「ジジ……ゴ……ッ!!」

「メタッ!?」

 

 メタグロスが攻撃を中断させられたということは、必然的にレジドラゴの攻撃が繰り出されてしまうということ。電撃で動けないメタグロスを襲うのはレジドラゴのかみくだく。メタグロスにこうかばつぐんなこの技は、メタグロスの腕にしっかりとその牙を突き立てており、メタグロスにさらなるダメージを与える。

 

「振り払いなさい……!」

「メタッ……!」

 

 やられてばかりではいられないメタグロスはこれをすぐさま振り払う。元々の力はメタグロスの方が上らしく、レジドラゴは思ったよりは早く離れてくれた。しかし電撃のせいで追撃はできないため、メタグロスは耐えるしかない。

 

「ガブリアス!!」

「ガブアァッ!!」

 

 そんなメタグロスへと駆けつけるのは再起したガブリアス。じめんタイプを含んでいるガブリアスがメタグロスを閉じ込める電撃の檻に突撃。でんきをじめんで消すことによって、電撃の檻からメタグロスを解放する。

 

 これで安心できる。と、思い、ボクたちが一息こぼした時に、何かがチャージされるような音が鳴り響く。

 何が起きているのかを確認するべく、慌てて色々見渡していくと、その音の正体にたどり着いた。

 

「何かやばそうだぞ!?」

 

 ホップの声に先にいるのは、身体をかたむけて両腕を龍の顔の形にし、その中心にて技を溜めているレジドラゴの姿。口の中心に溜まっていく赤黒いエネルギーは、ジュンの言う通り明らかにやばい気配を漂わせていた。けど時は既に遅く、程なくしてレジドラゴから赤いレーザーが解き放たれる。その一撃は寸分たがわずカブリアスたちのいる位置を射貫き、派手な音と共に大爆発を起こしてしまう。

 

「なんて火力……ッ!」

 

 余りの爆風に顔を覆う事で精一杯なボクの言葉は、爆風に消されて誰の耳にも届いていない。

 

 辺りに舞う土煙に視界を奪われ、前を見ても現状を理解できない時間が生まれるけど、あれだけの攻撃を受けたんだ。ガブリアスたちが無事なようには全然見えなかった。

 

「ガブリアス……」

「メタグロス……」

 

 そんな中聞こえてくるシロナさんとカトレアさんの小さな言葉。その言葉に、シロナさんたちもショックを受けたのかと思った。

 

 けど、そんな浅い考えは一瞬で蹴散らされる。

 

「「まだやれるわよね……?」」

 

 低く、低く、背筋まで冷えてしまう程冷たい一言。小さいはずなのに、しっかりと体の芯まで届くその声に……

 

 

「ガアアアァァァァッ!!」

「メッタアアァァァッ!!」

 

 

 まるで『あたりまえだ』と答えんばかりに咆哮しながら土煙を吹き飛ばし、傷つきながらも滾らせ、ギアを更にあげ始めているガブリアスとメタグロスの姿が目に入る。その姿があまりにも勇ましく、先の咆哮と合わせて体の震えが止まらない。

 

(……凄い……!)

 

「全く……横着するからこうなるのよ……」

「それに関しては悪かったわよ。でも、あんなにもやられたような姿しちゃったら、ボールを投げたくなってしまうのが性じゃないかしら?」

「あたくしにはわからないわよ……でも、想像以上に強かったのは同感ね……」

 

 ガブリアスたちに見とれているボクたちだけど、当事者であるシロナさんたちは一切気に留めず、いつも通りの会話をする。

 

 

「キキキキィィィッ!!」

「ゴゴゴ……ゴゴゴ……ッ!!」

 

 

 一方でレジエレキとレジドラゴは、ダメージこそ負っているものの、普通に立ち上がって臨戦態勢を整えているガブリアスたちが気に入らないのか、こちらも大きく吠えながらギアをあげていく。

 

 4人のポケモンの気迫がぶつかり、それだけでバチバチとはじけるような音が聞こえてくる。

 

「……やっぱり伝説……甘く見ていたわけではないけど、ちょっと本気で行きましょうか。カトレア!」

「ええ、よろしくてよ……今あたくしたちに放った攻撃……そのお返しは、高くつくわよ……」

 

 一触即発。この言葉がここまで似合う場面もそうそうないだろう。だけど、緊迫した状況でもいつも通り言葉を紡ぐシロナさんたちは、会話をしながら胸元に隠していたペンダントを取り出した。

 

「あれは……もしかして……!!」

 

 その正体に気づいたボクは思わず声を出してしまう。

 

 シロナさんとカトレアさんが取り出したペンダント。その先についているのは1つの石だった。その石の中心には、遺伝子を思わせる模様が描かれており、七色に輝きながら存在を主張してくる。

 

 その不思議な石の名前は『キーストーン』。対となるもう1つの石とを絆でつなげることで、ポケモンをさらに先のステージへと昇華させる神秘の石。

 

「ガブリアス……」

「メタグロス……」

 

 カロス地方で見つかったその石によって行われるポケモンのさらなる進化。

 

「「『メガシンカ』!!」」

 

 進化を越えた進化。その境地へと、ガブリアスとメタグロスが変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シロナ、カトレア

ということで、レジ戦はまさかのこのお2人です。出てきたは良いのですが、ここまでしっかり彼女たちの手持ちを活躍させていないので、ここで暴れていただくことに。いろいろ悩んだのですが、話を書いて行くにつれ、シロナさんが闘いたいと言っているような気がしましたのでこの展開に。2人の仲は、この小説内ではフリアさんとジュンさんのような関係ですね。素を出し合える仲なので、シロナさんのテンションもかなりくだけてます。こういう関係は個人的に大好きです。

メタグロス

BWでは強化版にてトリを務める彼。最初はゴチルゼルかランクルスを考えていたのですが、せっかくガブリアスと並べるのなら、同じ600属が映えるかなと。実機とは技構成は変えてますけどね。

メガシンカ

ガブリアス、メタグロスと並んだのであれば、思い切ってこちらも出してしまおうということで、ここまで書いてこの作品初のメガシンカです。巨人対メガシンカ。激しくなっていくバトルを、お楽しみいただけたらと思います。




この話を書いていると、レジ全種の色違いを集めるため、3,4か月ほどひたすらエンカウントと地面の点を踏むのを繰り返していた日々を思い出します。中には1年かけて出会えていない人もいるみたいなので、自分はこの期間でレジ全種の色違いが手に入って本当に良かったなぁと思いました。けどやっぱりレジアイスの色違いはよく分からない……






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168話

「メガシンカ……」

「あれが……噂に聞く……」

「初めて……観ると……」

 

 ユウリ、ホップ、マリィ。3人の呟きの目の前で起きる神秘の瞬間。

 

 まずはガブリアス。

 

 全身の筋肉が膨張し、両腕の刃は大きく鋭く成長。さらに、手足にあった棘は胴体にまで拡がっており、ただでさえ攻撃的な見た目だったのがより凶悪になっていた。他に変わったところは、腕の羽が溶けて無くなっていること。ただ、これによって飛行能力が落ちるかと言われたらそういうことでは無いらしく、今も吠えながら元気に空を飛び回っている当たり、移動に弊害が起きることは無いらしい。そしてガブリアスの見た目で1番変わったところが両爪。鋭い爪があった場所は大きな刃に変わったと言ったけど、その大きさがとてつもなく、もはや鎌となったその両腕は、ひとたび地面に振るわれれば、大地はズタズタに引き裂かれてしまうだろう。それほどの破壊力を秘めた姿に変わっていた。

 

 続いてメタグロス。

 

 4つ足だったメタグロスの足が倍の8本に増え、それぞれが前方に4つ、後方に4つ伸びている状態となっており、実質8匹のダンバルが合体した状態となっている。それぞれの足の先の爪も長く鋭く発達していることから、その爪を前に構え、そのまま突撃するように放たれる拳は凄まじい破壊力を誇ることになるだろう。メタグロスの時点で4つあった脳の数も足の数同様8つに増えているらしく、それに伴って情報の収集と処理のスピードが格段に早くなっている。その結果、元のメタグロスの状態の比にならないくらい賢さも増しており、戦闘中はさらに冷徹に、冷静に、そして冷淡に判断を下す、まさにバトルマシーンと呼ぶにふさわしい姿に変化を遂げていた。

 

「これが……メガガブリアスとメガメタグロス……」

「メガシンカ……こんなにも迫力あるなんて……ちょっと、身体が震えたと……」

「凄い……凄いぞ!!かっこいいぞ!!」

 

 進化を超えて進化をするメガシンカ。ガラル地方ではまず見られない現象にどんどんテンションを上げていくユウリたち。ボクも初めて見た時は物凄く興奮したのをはっきりと覚えているし、メガシンカのことを知っている今でも心から湧きあがってくるものがある。それはジュンたちも同じようで、ふと横にし線を向ければ、嬉しそうに頬を綻ばせるジュンとヒカリの姿があった。

 

「やっぱりかっこいいよな、メガシンカ!」

「わたしも、1度でいいからしてみたいわ」

「うん……そうだね……」

 

 メガシンカに存在は知っているものの、シンオウ地方でもメジャーという訳では無いこの能力は、ボクたちもすることが出来ない。そのため今目の前で起きていることはとても貴重だ。だからこそ……

 

(余計目を離せない……!!)

 

 ただでさえ気になる戦いがさらに興味深いものへと昇華する。こうなったらとことん見て吸収していこう。そう思い、さらに目を前に向けると同時に、戦場が動き出す。

 

「ゴゴゴ……ゴッ!!」

 

 まず動いたのはレジドラゴ。言葉と共に再び現れる大量の岩石は、1度空中に浮かび上がり、今度は雨あられのように降り注ぐ。

 

「ガブリアス、『つるぎのまい』」

「え……?」

 

 この岩に対して動いたのはガブリアス。迫ってくる岩石に対して行うのはまさかのつるぎのまい。攻撃技ですらないその指示に、マリィが思わず言葉をこぼすものの、その疑問は一瞬で解消される。

 

 なぜなら、つるぎのまいを行った時に現れるガブリアスを囲む剣たちが、まるで彼を守るように周りを飛びまわり、岩を全て切り刻んだから。

 

「なっ!?あんな使い方知らないぞ!?」

「ちょっとした応用ですね。攻撃に転用することはできませんが、あのように弾くことはできますよ」

 

 ホップのように驚いるところに、コクランさんから説明が入るけど……理解はできても納得はできなかった。自身の能力をあげる技は、その間無防備になるから使いどころが難しいのに、こんなことが出来るのであれば、いくらでも技を積み放題だ。

 

「『げきりん』!!」

「ガブアアアァァァッ!!」

 

 そしてつるぎのまいを終えたガブリアスは、強化された攻撃力にものを言わせて突撃を行う。メガシンカによって膨張した筋肉のせいで、機動力に支障が出るのでは?という懸念はあったものの、そんなことは杞憂だったと思わせるような速度でレジドラゴに突撃する。

 

 圧倒的暴力を纏ったガブリアスは、両腕を振り回しながら突撃。この技を食らってしまえばこうかばつぐんになるレジドラゴは溜まったものでは無い。それを理解しているレジエレキが、すかさずフォローのためにしんそくで間に割り込む。が……

 

「ガブアアアァァァッ!!」

「キキッ!?」

 

 割り込まれたのなら割り込まれたで標的を変えるだけのガブリアスは、鎌を大きく振りかぶってレジエレキに叩きつける。殴られたレジエレキは、さっき吹き飛ばされた時よりもさらに速い速度で吹き飛んだ。

 

「入った!!」

「つるぎのまいで攻撃が上がっている『げきりん』ならさすがに……!!」

 

 強力な一撃を目にしたユウリとホップが嬉しそうに声をあげ、レジエレキのダウンを確信する。

 

「2人とも……いえ、みなさん、入口まで下がりましょう」

 

 しかし、そんな2人を窘めながら、コクランさんがボクたちを連れて下がることを提案する。何を言っているのかはわからなかったけど、言うことを聞いておいた方がいいと判断したみんなは、疑問的な顔を浮かべながらも遺跡の入り口の細い通路まで下がり、改めてシロナさんたちの方へと視線を向ける。

 

「なっ!?」

「なにあれ!?」

 

 そこで驚きの声を上げるジュンとヒカリ。他のみんなも声をあげないだけで、同じような表情を浮かべながら戦場を見た。

 

「キキキキ!!」

 

 そこにいたのは、遺跡内を縦横無尽に飛び回るレジエレキの姿。強力な一撃を貰ったはずなのに、そんなことを気にさせないように飛び回るその姿は、速すぎて黄色の残像しか目に入らないほどだった。

 

「なんで『げきりん』を受けてあんなに速く……いや違う、『げきりん』を受けたからこそ速くなってるのか!?」

「そのようですね……」

 

 ボクの考えに肯定をしてくれるコクランさん。この言葉でボクは確信を得た。

 

 行ってしまえば簡単で、げきりんで吹き飛ばされた勢いを利用して、その流れに逆らわず自分からジャンプ。当然そのまま飛べば壁にぶつかってしまうけど、そこを自身の丸い身体と触手を巧みに扱うことによって、まるでボールが壁にバウンドするような挙動を描いて走り回っていた。げきりんによる吹き飛びと、元々速い自身の速度を乗せたその移動法。黄色い閃光とでもいえばいいのか、速すぎて黄色い線がやたらめったらに走り回っているようにしか見えず、そのたびにバチバチと走る電撃が、こちらの足を更に縫い付けて来る。

 

「速すぎと……」

「どうやって追いつくのかな……」

 

 その速さにマリィとユウリも不安そうな声をあげてしまう。

 

「ゴゴ……」

 

 そして、速いレジエレキに見とれてしまうだけではいけないのがこの戦場。飛び回るレジエレキを見て、レジドラゴも小さく吠える。すると、げんしのちからによって空中に無数の岩の塊が浮かび上がる。一見この空中に浮かぶ岩たちは、飛び回るレジエレキの邪魔をしているようにしか見えない。しかし、現実はそんなことはなく、その岩でさらにバウンドすることによって、レジエレキの軌道が更に不規則なものへと変わっていった。

 

「キキッ!!」

 

 更にその状態からレジエレキがエレキボールを連続射出。レジエレキと同じように、電気の弾が岩や壁を跳ね回り、一種のアトラクションのような状態になっていた。この状態になってしまうと、じめんタイプを含むガブリアスはまだしも、メタグロスはこの中を動くことが難しくなってくる。しかもこの状況で、弾かれる足場とならない岩が的確にこちらを狙ってきていた。

 

 弾幕の集中砲火。それに対して、ガブリアスとメタグロスはどう動くのか。

 

「ガブリアス」

「ガブアアァァッ!」

 

 まずはガブリアス。いまだに切れていないげきりんを振りまわすことによって、飛んでくる岩も電気もすべてを力ずくで叩き伏せていく。どれだけ弾を飛ばされようともそんなものをものともしない暴力の嵐は、あらゆる攻撃をひねりつぶす。

 

「メタグロス……『サイコキネシス』と『コメットパンチ』……」

「メッタ……!」

 

 一方のメタグロスは、サイコキネシスとコメットパンチを丁寧に使い分けて、飛んでくるエレキボールを止め、げんしのちからを砕き、止めたエレキボールをサイコキネシスでそらすことで、別の攻撃にぶつけて相殺したりと、あばれまわるガブリアスとは逆に、その場から一歩も動くことなくすべての攻撃をさばききっている。自身よりも数百倍速い攻撃は、彼の抱える8つの脳から計算された答えによってすべてあばかれてしまっていた。

 

「あんなに激しい攻撃なのに……どっちも当たる気配がない……」

 

 ユウリの呟きを聞きながら、まさしくその通りの戦場を見つめる。しかし、この均衡はボクが思うに長くは続かない。事実、その予想はしっかり当たり、シロナさんたちの不利展開という形で現れる。

 

「ガ……ブァ……?」

 

 げきりんの反動によってとうとう混乱状態になったガブリアス。こうなってしまうと、攻撃を防ぐ術が半分失われてしまう。

 

「ゴゴゴ!!」

 

 その隙を狙って動くのはレジドラゴ。先ほど見せた赤黒い波動をため始めたレジドラゴが、いまだにふらふらしているガブリアスに向かって解き放つ。

 

「メタグロス……!!」

 

 そんなガブリアスをカバーするためにメタグロスが動き、サイコキネシスをドーム状に展開。ドームの壁に触れたレジドラゴの攻撃が、その壁に沿って少しずつそれ始めた。しかしこれで安心はできない。

 

「キキキ!!」

 

 展開されたドームを上から押しつぶすかのように、レジエレキが電撃の檻をドームの上からかぶせて来る。これにより、逸れ掛けていたレジドラゴの攻撃も無理やり押し戻され、更に周りの岩もドームに集中していくことによって圧が増していく。

 

 電撃、龍の砲撃、岩の連撃。そのすべてにさらされると、さすがのメタグロスも受け止めきることが出来ない。実際、メタグロスとガブリアスを覆うサイコエネルギはーその大きさを徐々に小さくし、罅を走らせ、ついに砕けていき……

 

「ガブリアス!」

「メタグロス……」

「「『じしん』!!」」

 

 弾けると同時に2人が同時に、地面に拳を叩きつける。

 

 メガシンカによって圧倒的な破壊力を手に入れた両者による破壊の一撃は、自身で張ったサイコキネシスの壁と一緒に全ての攻撃を弾き飛ばす。そのあまりにも激しい余波に、思わずボクたちも膝をついてしまう程。遺跡が壊れないかがちょっと心配だ。

 

「最初繰り出したときより激しいぞ……っ!」

「それより、なんでガブリアスは動けてると……?」

 

 ホップが技の威力に驚いているところに投げかけるマリィの疑問。けど、その疑問の答えはすぐに目に入ることとなる。

 

「ガブリアス、おでこ、ちょっとしたけがを負ってる……。混乱した時、自分で地面に打ちつけたんだ」

 

 ユウリの言葉につられてそちらに視線を向けると、確かに傷跡が残っていた。ユウリの言葉を裏付ける何よりの証拠だ。地面に自分で頭を打ちつけることによって、痛みで無理やり混乱を治す荒業。当然自身にダメージは少し入るものの、混乱で動けないことと天秤にかければ、その程度は受けたって問題ないというところだろう。

 

 じしんによってすべての攻撃が吹き飛ばされた戦場。本来なら空中に攻撃をする術がないはずなのに、地面に残っていたげんしのちからによってできた岩石たちがものすごい勢いで打ち上げられることによって、空中に浮かぶげんしのちからと、飛び回っているエレキボールと巨人たちを次々と襲っていく。

 

「『どくづき』!」

「『しねんのずつき』……」

 

 攻撃していたはずなのにいつの間にか押されてた巨人たち。大きなダメージこそ追っていないものの、まさかの反撃に反応が一瞬遅れてしまう。そこを逃すシロナさんたちではない。すかさず指示を飛ばし、ガブリアスとメタグロスをそれぞれの巨人へと向かわせる。

 

 ガブリアスはレジエレキへ。メタグロスはレジドラゴへ。それぞれがそれぞれへ強力な一撃を叩き込むために猛進する。その両者の動きはすさまじく、反応が遅れている2人には反応できない。

 

「キキキィッ!!」

 

 そう思っていたのに、それでもなお動くことが出来たのは、速度だけでなく反応速度も速い電気の巨人。機械じみた方向をあげながら動き出したレジエレキは、ガブリアスの攻撃をギリギリ受けてしまいながらも、自分から後ろに飛んで何とか軽傷に押さえながら、後ろの壁でバウンドしてメタグロスへ突撃。しねんのずつきを構えていたため、レジエレキの突撃を避けることが出来なかったメタグロスはこれを、しねんのずつきの標的をレジエレキに向けることで対策。レジエレキのしんそくと、メタグロスのしねんのずつきがぶつかり合い、激しい音を響かせた。

 

「ゴゴゴゴ!!」

 

 メタグロスがレジエレキと相対したことによって手が空いたレジドラゴ。当然この状況を黙ってみたままではいない。自分を守るために戦ってくれているレジエレキに応えるように吠える彼は、咆哮とともに、自身を目とした黒いたつまきを発生。レジドラゴの周りに落ちていた岩石を巻き込みながら、その規模をどんどん大きくしていく。そして、成長したたつまきは岩を巻き込みながら少しずつメタグロスとレジエレキへと近づいていく。

 

「メタグロス……急いで飛ばしてはなれなさい……」

 

 このままではまずいと判断したカトレアさんがメタグロスに撤退命令を出す。それに従うメタグロスは、レジエレキをたつまきの方に飛ばし、同士討ちを狙いながらカトレアさんのそばまで下がる。対するレジエレキは、メタグロスによってたつまきの中に押し込まれ、荒れ狂う岩石にもみくちゃにされる

 

「キ……キキッ!」

 

 と、思われたが、たつまきに巻き込まれながらレジエレキが声を上げた瞬間、たつまきの中に電撃が発生。更に、たつまきに巻き込まれながらもレジエレキがエレキボールを発射しまくることによって、電撃と岩石が四方八方に飛び散るという、さっきよりもひどい状況になってしまっている。こうして観察している今も、ガブリアスとメタグロスは攻撃を避けることに専念している状態となっている。

 

「ほんと、次から次へとよく変な戦い方を思いつくわね。それも全部厄介な方で」

「全くよ……まるでどこかの誰かを見てるみたいだわ……」

 

(なんだろう、それとなく呆れられている気がする……)

 

 シロナさんとカトレアさんの視線を感じたけど、気のせいと判断して放っておく。それよりも今はあのトンデモコンビネーションの解決方法だ。さっきから無差別に攻撃をまき散らしているせいで、いつ不慮の事故が起きてもおかしくない状況。ガブリアスたちの体力は傍から見ても大きく削れているようには見えないけど、このままではいつ不意な大ダメージを受けるとも限らない。特に、メタグロスの方が消耗は大きそうだから余計にだ。幸いたつまきに巻き込まれている以上、さっきの攻撃もあってレジエレキはかなりの体力が削れているはずだ。レジドラゴはともかく、このたつまきを止めることが出来れば、レジエレキは戦闘不能になるだろうとボクは予想している。この予想は大方外れてはおらず、シロナさんとカトレアさんも大体同じ結論に到達しているようだ。

 

「次から次へと戦法は変わっているけど、あちらはかなり苦しくなっていると見るわ」

「でしょうね……特に……レジエレキは少なくない傷を負ってるわ……とは言っても……あたくしのメタグロスの消耗も少なくは無い……だからここで決めるわよ……」

 

 小さく、決意を込めるようにつぶやくカトレアさんと、その問いに対してゆっくり頷くシロナさん。伝説対メガシンカのバトルも、いよいよ佳境を迎える。

 

「キキッ!!」

「ゴゴッ!!」

 

 その気配を感じているのはこちらだけでなく、巨人たちも一緒。声を上げ、気合を入れた巨人たちは、たつまきと電撃の威力を更にあげていく。もはや部屋の半分近くを埋め尽くす大きな黒いたつまきは、電撃と岩石を纏って少しずつガブリアスとメタグロスを圧迫していた。

 

「ガブリアス、『つるぎのまい』!!」

「ガブァ!」

 

 そんな、もはや災害と呼ぶにふさわしい状況を前にしても、シロナさんたちの表情は変わらない。冷静に自分を磨き、来たるべき一撃に備えるため、ガブリアスが舞い始める。

 

「メタグロス……『コメットパンチ』と『サイコキネシス』……」

 

 その間にも飛んでくる災害級の攻撃の嵐は、しかし前に立ちふさがるメタグロスが全てをシャットアウト。岩石は殴って壊し、電撃はサイコキネシスで逸らしていく。飛んでくる量が圧倒的に多いのに、そのすべてに対して全く間違えることの無い回答を用意していなしていく。

 

「ゴゴッ!!」

 

 永遠と動かない戦況に苛立ちを見せ、先に変化を投じたのはやはり巨人たち。たつまきの中心にてじっと構えているであろうレジドラゴから声が聞こえたと思った瞬間、たつまきの中から3度、赤黒いレーザーが飛び出してきた。岩石や電撃に対処をせざるを得ないメタグロスを狙って放たれたその一撃は、とてもじゃないけど他の攻撃を受けながらさばけるほどやわな一撃ではない。

 

「ガブリアス!『げきりん』!!」

「ガブアアァァァァッ!!」

 

 しかし、その攻撃を簡単に切り裂くポケモンが1人。シロナさんからの指示を聞き、再びその身体を激怒にゆだね、あばれまわるガブリアス。飛んでくる赤黒いレーザーを、右腕の鎌を縦に振ることで一刀両断。つるぎのまいを限界まで行った彼の一撃は、そのまま地面に突き刺さり、地面を大きく揺るがした。

 

「行きなさい!!」

「メタグロスは援護なさい……!!」

 

 その一撃で止まらないガブリアスは、シロナさんの指示を聞く前から猛進。飛んでくる電撃も岩石も、その全ての処理をメタグロスに完全にゆだねてひたすら前に走り出す。流石にやばいと感じ取った巨人たちも慌てて攻撃のペースを引き上げるものの、ガブリアスの足は止まらず、たつまきまで一直線。たつまきの足元まで辿り着いたガブリアスが、両手の鎌を合わせて、力任せに振り下ろす。

 

「ガブアアアアアッ!!!」

 

 二刀の鎌による渾身の一撃は、あれだけ大きかったはずのたつまきを一撃で縦に切り裂いた。

 

「キキッ!?」

「ゴゴッ!?」

「凄い……」

 

 思わず言葉を零してしまう程には壮絶な光景。まさか自分たちの攻撃が真っ二つに割れるだなんて夢にも思わなかったであろうレジドラゴとレジエレキは、それでもここでやられるわけにはいかないと、たつまきを割るために攻撃したガブリアスの後隙を狙い、レジエレキはげんしのちから、レジドラゴは例の赤黒い波動を構えだす。

 

「『サイコキネシス』……ガブリアスへ……!」

 

 そこに手を差し伸べるのはメタグロス。サイコキネシスを相手の技にではなく、まさかの()()()()()()()()()放つ。それにより、攻撃を放った後隙で動けないガブリアスが急に空中に投げ出される。本来動けないはずなのに。メタグロスによって無理やり動かされたことにより、ガブリアスがいた場所に岩石と赤黒いレーザーが突き刺さり、巨人たちの技は不発へ。何が何でもガブリアスを落とそうと息巻いていたため、力んでしまった巨人たちは逆に後隙をさらすことに。

 

「カトレア!!」

「わかってるわ……決めなさい……!!」

 

 シロナさんの言葉に食い気味で返すカトレアさんはすぐさまメタグロスに指示。サイコキネシスの飛ぶ先をレジエレキに設定。メタグロスによって射出されたガブリアスが、一瞬でレジエレキに接近し……

 

「ガブアアアア!!」

「キキ……ッ!!」

 

 渾身の一撃にて地面にたたきつけ、レジエレキへたしかなダメージを刻み込む。

 

「ゴゴッ!!」

「させるわけ……ないでしょ……?」

 

 叩きつけられたレジエレキの仇を取ろうと、龍の口をガブリアスに向けるレジドラゴ。しかし、そんな彼の後ろに、冷徹な戦闘マシーンが回り込む。

 

「『コメットパンチ』……」

 

 静かに放たれる指示に従って、鋼鉄の拳がレジドラゴに振り下ろされ、レジエレキと同じように地面にたたきつけられた。

 

「キキ……」

「ゴゴ……」

 

 それでもまだ反撃の意志を見せる巨人たち。流石伝説のポケモンの意地と言ったところだけど、四天王とチャンピオンは最後まで手を抜かない。げきりんによって再び混乱したガブリアスを、サイコキネシスで無理やり直すメタグロス。両者は地面に落ちた巨人を見下ろした。

 

「ガブリアス」

「メタグロス……」

「「『じしん』」」

 

 地面に叩き落され、動けない両者に降り注ぐ最後の一撃。鋼の拳と大きな鎌が地面に突き刺さり、破壊の暴力がレジエレキとレジドラゴを襲っていった。

 

「これが……メガシンカ……」

 

 伝説相手に一切引けを取らない圧倒的な強さを前に、ボクは言葉を零すことしかできなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




げきりん

一定ターン暴れまわった後、混乱してしまう技ですが、アニメでもオノノクスが地面に頭を叩きつけて混乱を治していましたね。わかりやすい対策ですが、確かにと納得できるものでした。

レジドラゴ、レジエレキ

たつまきを絡めたコンビネーションをしていただきました。アニメだと、カメックスが逆に利用していましたね。まるでどこかの誰かみたい……誰のことでしょうか?




実際問題、ポッ拳でもガブリアスの破壊力はすさまじいので、アニメ空間だとメガガブリアスはとんでもなく強くなってそうですよね。こういうのは書いててとても映えるので楽しいです。残念ながら、アニメだと活躍の場は多くはありませんでしたが……。






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169話

「キキ……キ……」

「ゴ……ゴ……」

 

「ガブアアァァッ!!」

「メッタ……」

 

 遺跡内に木霊する4人の声。2人は度重なるダメージから今にも絶え絶えな声を発しており、もう2人はようやく勝ちきることが出来たことを心の底から喜ぶように、方や大きく叫び、方や噛み締めるように呟いた。そんな感傷にひたっている2人は、バトルが終わったことを悟ったためメガシンカを解除し、元の姿へと戻っていく。通常の進化とは違い、一時的にしか行えないというのもこのメガシンカという現象の不思議なところだ。どことなく、ボクとヨノワールのあの現象に似てなくもないよね。

 

「こんな所かしらね……シロナ……」

「ええ、わかってるわ」

 

 同じく、バトルの終わりを感じとったシロナさんとカトレアさんも、戦闘態勢事態は解いているものの、まだやることは残っているため、警戒だけはしておきながら巨人たちを見つめる。

 

「キ……」

「ゴ……」

 

 一方、シロナさんの視線の先にいる巨人たちは、最後に受けた攻撃が致命傷となったみたいで、顔の点字を不規則に点滅させながら、頑張って起きようとするものの、ピクリとも動けない様子だった。メガガブリアスとメガメタグロス……それも、ガブリアスに関してはつるぎのまいを限界まで積んでいるのだ。この結果は仕方ないと言うべきだろう。この様子を見て、今度こそ巨人たちを捕まえるべく、シロナさんは2つの空のモンスターボールを投げつける。

 

「行きなさい!」

 

 少し気合いの入った声とともに投げられたそれは、綺麗な放物線を描きながら巨人たちにコツンとあたり、先ほどと同じように巨人たちを赤い光で包み、モンスターボールへと吸収していく。完全に赤い光を閉じ込めたモンスターボールは、そのまま地面に落下。

 

 みんながじっとその様子を見守る中、先程と同じく3回小さく揺れた後に、今度こそ、『カチッ』というロックのかかる音が響き、レジエレキとレジドラゴ、両者の捕獲が完了したことが告げられた。

 

「ふぅ……これにて目標達成ね!お疲れ様、カトレア!」

「ええ……お疲れ様……けどあなたの本番はここからでしょ……?気を抜くのは早いのではなくて……?」

「その通りだけどいいじゃない、少しくらい感傷にひたっても。あなただって少し満足そうな顔を浮かべているし、満更でもなかったのでしょう?」

「……うるさいわよ……」

「お疲れ様でございます、シロナ様、カトレア様。お飲み物を」

 

 巨人たちを捕獲したことでいよいよ完全に緊張を解いたシロナさんたちは、いつも通りの温和な空気を放ちながら、さっきまでの戦いで少し固まった心を解すように、のんびりとした会話を繰り広げていく。コクランさんも頑張った2人を労うために、魔法瓶を取り出しながら2人の元へ近づいていた。

 

「お疲れ様ですシロナさん!カトレアさん!」

「バトル凄かったぞ!」

「ああ!すっげぇ感動した!!」

 

 そんなコクランさんに続くように、ボクとホップ、ジュンの3人で声をかけながら小走りで2人の元に駆けつける。後ろから足音が聞こえて来るあたり、ユウリたちも同じように小走りで追いかけてきているみたいだ。

 

「ありがとうコクラン。それにみんなも……むしろ。急に私たちだけで戦うなんて言い出してごめんなさいね?」

「いえ!メガガブリアスとメガメタグロスのコンビネーション凄かったです!」

「破壊力もさることながら、判断力に瞬発力……勉強になったと……」

「2人ともお疲れ様だぞ!!もちろん、エンペルトとムクホークもな!ありがとうだぞ!!」

 

 シロナさんの言葉に、やや興奮気味に返すのはユウリ、マリィ、ホップの3人。みんながみんな、先のやり取りに感動を覚えたみたいで、とても嬉しそうな声を上げながら声をかけていた。特にホップは、この戦いを陰から支えてみんなを守ってくれたエンペルトとムクホークにもお礼を述べていた。いつもは大雑把というか、前ばかり見ているというか、盲目になりがちな彼だけど、こういう時はしっかりと目を向けているのはいい所だ。

 

「ガブァッ!!」

「メタッ!」

「ペルッ!」

「ホークッ!」

 

 ポケモンたちもみんな、それぞれがちゃんと褒めて貰えたことに嬉しがっているみたいで、さっきまで暴れていたのが嘘のような可愛らしい一面を見せてくれた。

 

「本当によく頑張ったわ。ゆっくり休んでちょうだい、ガブリアス」

「メタグロス……お疲れ様……戻って……」

「エンペルト、ムクホーク、よく耐えてくれました。戻ってください」

 

 一通り労ったところでそれぞれの手持ちをボールに戻していくシロナさんたち。ボクたちも口々に『ありがとう』や『お疲れ様』と言葉を送り、その言葉を聴きながら戻っていくガブリアスたちは、どこか満足そうな顔を浮かべていた。

 

 さっきまで4人のポケモンが暴れ、2人のポケモンが守ってくれていた騒がしい空間が一瞬にして静かになり、後に残ったのはポケモンバトルによって色々と損傷が見られる遺跡だけが残ることとなる。

 

「この辺りの修復もいずれしなくてはいけないわね。ここは歴史的にも貴重な建物。保全はしっかりしなくちゃ」

「さっきまで暴れていた人の発言……?」

「それはあなたもでしょうに」

「あたくしは考古学者では無いもの……」

「でも、バトルは楽しかったでしょ?」

「……ノーコメントよ……」

 

 ちょっとだけ拗ねたような顔をしながらそっぽをむくカトレアさんとシロナさん。このやり取り、この遺跡に来てから頻繁に見かける気がするけど、やっぱりこの空気がいつものシロナさんとカトレアさんのやり取りなんだと思う。2人からは安心感を感じるし、2人を見つめるコクランさんの表情もすごく穏やかだ。本当に素の会話をしているんだろう。その空気感は、どことなくボクたちの会話のそれとよく似ていた。

 

「っと、あまりここで長話は禁物ね。ここですることは終わったし、1度民宿に帰りましょうか。……カトレアも早く帰りたそうだしね?」

 

 シロナさんから未だに顔を背けているカトレアさんを微笑ましそうな顔を浮かべながら見つめ、みんなに帰ることを指示するシロナさん。この遺跡がある三つまたヶ原は、寒冷地帯では無いため思ったよりは暖かいけど、それでも全体的に見れば寒い方の地域だ。長居をすればその分じんわりと体温を奪われることになるだろう。現に、少しだけユウリが震え始めていた。

 

「さぁ、帰りましょうか!」

「「「「「「はい!!」」」」」」

 

 激しさで溢れていた遺跡から一転、寂しさを漂わせ始めた遺跡を後にするボクたち。シロナさんのことだから、全ての研究が終われば巨人たちを再びここに返しに来るのだろうけど、それまでの間ここは無人の場所だ。

 

「またね」

 

 ボク自身がもう1度来るかどうかは分からないけど、何となくそんな言葉を残さないと行けないような気がして。最後尾で遺跡の広間を出たボクは、少し駆け足気味に外に出る。

 

「ふぅ……いい天気ね」

 

 遺跡を後にして外に出て見れば、空を見上げながらそうこぼすシロナさんの姿。その言葉に釣られながら空を見上げてみれば、広がるのは言葉通りの快晴。清々しいほどに晴れやかな空だった。

 

「早く戻るわよ……」

 

 そんな感傷なんて露知らず。早く帰ろうと言葉をこぼすカトレアさんに、みんなは苦笑いを浮かべながらも足を運んでいく。

 

 フリーズ村へ帰っていくボクたち。そんなボクたちの上空には、空に溶け込むような、薄紫色をした何かが飛んでいるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお!!こいつはすげぇな!!これが『発見!開かずの扉と伝説の巨人伝説!!』の正体なんだな!!」

「ええ、間違いないわ」

「へ~……しっかし、巨人が実は5人もいるなんざ、ド・たまげたぜ!!」

 

 定めの遺跡からフリーズ村に向けて移動すること数時間。再び帰ってきたこの極寒の地にて、身体を震わせながらも無事に戻ることができたボクたちは、今回の巨人伝説についての報告をするためにピオニーさんの民宿へお邪魔させてもらい、言葉を交わしていた。今回はずっと民宿にいたため、レジエレキとレジドラゴに関してピオニーさんはほとんど関わることはなかったけど、ピオニーさんから貰った情報のおかげで、定めの遺跡への道のりはすごくスムーズだった。ついてこなかった理由はちょっと一言物申したくなるかもしれないけど、少なからず助かったところもあるので、今回の件についてはピオニーさんにも知る権利は十分にある。そう判断したシロナさんが、『せっかくだからほかの巨人についても見せてあげましょう』という案を出したため、こうして民宿にて報告会兼発表会が行われているというわけだ。

 

 そんな発表会も順調に終え、たった今5人目であるレジドラゴをピオニーさんに見せて、ボールに戻したところだった。本当なら5人並べて順番に眺めるという、ちょっとした贅沢をしてみることも考えたんだけど……家の中でそんなことをしてしまえば床が抜けてしまう可能性があるし、かといって外で出すとなると住民の視線が多いのであまり褒められたことではないというのと、せっかく寒い所から帰ってきたのに、また外に出るのがボクたち的にはちょっと億劫ということで、民宿の中で1人ずつの紹介となった。

 

「しっかしあれだな!!ド・ハデな間接照明みたいだったり、ボウリングのボールみてぇだったり、今のくさジムリーダーみてぇに肩幅ごつかったり。果ては食べるとパチパチするお菓子みてぇだったり、強力な洗濯ばさみみてぇなやつだったりと、伝説のポケモンってやつらはどいつもこいつもド・おもしれぇ見た目してるな!!ダーハッハッハ!!」

「この子たちを見てそんな感想を述べる人なんて、おそらくあなたくらいしかいないのでしょうね……」

 

 ピオニーさんによる独特な講評に思わず苦笑いを浮かべるシロナさん。恐らく、シロナさん的には必死こいて捕まえた貴重な子たちの評価がこんな扱いにとどまってしまっていることに、ちょっとした思うところがあるのかもしれない。

 

「ほんとに……この子たちの歴史的重要度がわからないなんて……もったいない……」

「あ、あはは……ま、まあ、みんながみんな歴史に詳しいわけではないので……」

 

 ボクの予想は当たっていたみたいで、口の中で小さく零すシロナさん。だけど、ピオニーさんの性格的に、貴重なモノをしっかり丁寧に扱うと言った行動はとらなさそうだ。けどそれは決してマイナスという意味ではなく、伝説のポケモンに対してもフレンドリーに接することが出来る、ある意味懐が深いというか、馴染みやすい性格をしていた。巨人たちに感情があるかはわからないけど、もし仲間になるのなら、ピオニーさんのような人の方が一緒に冒険しやすいのかもしれない。

 

「とりあえず、報告はこんなものよ」

「おう、サンキューな!!レジエレキとレジドラゴ……それぞれ電と龍の巨人としてしっかりと探検達成としておくぜ!!」

 

 兎にも角にも、これでピオニーさんが持ってきた伝説は達成。どこからか取り出したのか、ピオニーさんは巨人に関するレポートにハンコをポンと押しだした。これで達成のしるしとしているみたいだ。

 

「じゃあ私は少し部屋にこもるわね」

 

 レジエレキをボールに戻し、巨人たちの入ったボールを抱えたシロナさんは扉を開けて、一足先にボクたちが借りている方の民宿に戻っていこうとする。

 

「なんだ?もう行っちまうのか?確かに日は暮れてきてるが、まだ真っ暗ってわけでもないだろ?」

「私は考古学者よ?そして手元には歴史を紐解く重要なヒントがある。なら、満足いく答えが出るまでとことん調べなきゃ!!」

「……なんか、いつになくテンションたけぇな。嬢ちゃん」

「あなたに言われるのはちょっと心外だけどね」

 

 自分の求めている謎の答えに明確に近づいていることに、いよいよ上がる気持ちを抑えられなくなってきたシロナさんのテンションがコイキングのぼり。その上がり用に、思わずピオニーさんがちょっと引いたけど、シロナさんの言う通り、こればかりはピオニーさんには言われたくない。

 

「それに、レジエレキとレジドラゴの治療もしなくてはいけないしね」

「ああ、そっか。この村ってポケモンセンターがないんだよね?」

「そういえば!この村に来た時、なんか足りないと思ったんだぞ!」

 

 そういいながら、今度は少し慈しみの表情を浮かべるシロナさんと、その様子からとあることに気づいたユウリの言葉に、この村の違和感がようやく解消されたホップが声を上げる。ユウリの言う通り、フリーズ村にはポケモンセンターが存在しない。ポケモンセンターがなかった場所としては、他にもマスタードさんが管理しているヨロイ島もあげられるんだけど、あちらは私有地なのに対して、こちらは1つの村だ。ポケモンとともに生活していることが多い今の時代、ポケモンセンターがない村なんて基本的に存在しない。だって、ないとものすごく困るからね。けど、そんなポケモンセンターすらないあたり、この村の限界度をより引き立てている感じはあった。そのこともあって、レジエレキとレジドラゴは勿論のこと、ガブリアスやメタグロスの治療だって、ここにいる以上は自分たちの手で行う必要がある。実際に、カトレアさんとコクランさんは、この村に帰ってきてすぐにメタグロスの治療を行っていたからね。

 

「レジエレキにレジドラゴ……そしてガブリアスも治療しなくちゃいけないもの。時間はいくらあっても足りないわ」

「大変そう……」

「けど、あたしたちに手伝えることってなかと……」

「ふふ、ありがと。その気持ちだけでも嬉しいわ」

 

 ポケモンの治療に考察と、どちらもやるとなったら、ユウリの言う通り時間はあっという間に無くなってしまいそうだ。けど、今度はマリィの言う通り、残念ながらボクたちにできることはほとんどない。それがわかっているからこそ、シロナさんも『気にしないで』といった雰囲気を出していた。

 

「ご飯になったら顔を出すから、それまではゆっくりしてちょうだい」

 

 そう残しながら、シロナさんはピオニーさんが借りている民宿から出ていく。その時の動きが少し弾んでいるあたり、やっぱりシロナさんのテンションは高そうだ。

 

「あれは……多分ご飯の時間が来ても出てこないわね……」

「そうなりそうですね。今宵のご飯はシロナ様のものはしっかり取り分けておくことにしましょう。ヒカリ様もその予定で今晩は作りましょう」

「任せてください!となると、冷めても美味しいものか、簡単に温め直せるものがいいわね……」

 

 そんなシロナさんの姿を見て、近い未来を予想したカトレアさんとコクランさん。ヒカリもこのことを考慮して、今日の献立を考え始めた。

 

「ふぃ~……しっかし、まさか本当に伝説を連れて来るとはな!!オレ自身しらべておいてなんだが、半信半疑なところもあったから、実際に伝説をこの目で見れてなんだかんだ嬉しいぜ!!」

「自信なかったのか……」

「まぁ、伝説って眉唾なものもとか、嘘の噂も多いからね。そのあたりは仕方ないんじゃない?」

 

 ピオニーさんの珍しく弱気な発言にツッコミを入れるジュン。だけど、こればかりはピオニーさんが不安がる理由もよくわかるので、フォローを入れておく。こういった伝承とか噂が正しく伝わっていることって本当にまれだからね。テンガン山で出会った彼らだって、正しく伝わってはいなかったわけだし。

 

「巨人の伝説が本当だったということは、他の2つの伝説もマジな可能性があるってことだ!!だ・ん・ぜ・ん!!やる気上がるってもんよ!!」

「確かに、信憑性は上がったよね」

「ってことは、最低でもあと5人の伝説に出会えるって事?なんか、実感なかと……」

 

 燃え上るピオニーさんにつられてテンションがちょっと上がっているユウリと、逆に冷静になってしまったマリィ。そんな2人の様子が面白くて、ついつい頬が緩んでしまう。

 

「そうなると、次はどっちの伝説を調べるかだな!!」

「あと残っているのは、『神秘!伝説の王と愛馬のキズナ伝説!!』と『目撃!大樹に集う伝説の鳥伝説!!』だな!!どっちから行くかは、お前さんたちに任せるぜ!!」

「うう、どっちも実際にあるとなると、すっごく気になるぞ……!!」

「というより、ピオニーさんに付き合うのはもう確定なんだね……」

 

 最初は巨人伝説のヒントがもらえたらラッキー程度だったのに、気づけばジュンとホップはもう心を掴まれてしまっているようだ。これはこのまま全部の伝説を回るコースかな?まぁそこに関しては、正直ボクも心惹かれ始めているので一緒に全部回りたい……かな?

 

「ダーハッハッハ!!とにかく、オレの調べた伝説に興味を持ってくれて嬉しいぜ!!だが、そこの調査は明日に回すとするか!!」

 

 ピオニーさんの言葉につられて窓の外に視線を向ける。シロナさんが出ていく時にも言ったけど、既に日は落ち始め、夜の帳が降りてこようとしていた。カンムリ雪原は極寒の地。夜に外に出るのはさすがに自殺していると言われてもおかしくない行為だ。ユウリもいるし、ここはピオニーさんの言う通り、今日はゆっくり休んで明日から伝説の探索へと赴くとしよう。

 

「さて、明日こそシャクちゃんが帰ってきてくれるといいが……」

「おいホップ!!雪合戦しようぜ!!」

「のったぞ!!絶対に負けないからな!!」

「さて、冷蔵庫の中身と相談して……さすがに昨日と同じメニューは嫌よね……コクランさんはどう思います?」

「ヒカリ様の采配にお任せいたしますよ。お嬢様も、ヒカリ様の腕を頼りにしておりますので」

「あたしたちはどうしよっか?ユウリ」

「じゃあ一緒にみんなのお手入れしない?マリィも最近できてないでしょ?ポケリフレ!!」

 

 今日はもう自由時間とわかった瞬間に各々が自由なことをして過ごしだす。まぁ、コクランさんとヒカリは自由というにはいささか縛られすぎている感はあるけど、本人たちは楽しそうにしているからよしとしておこう。

 

「さて……あなたはどうするの……?」

「そうですね~……」

 

 そうこうしているうちに、リビングに残っているのがボクとカトレアさんだけとなる。カトレアさんにこれからの予定を聞かれたボクは、少し上を見ながら考え込み……

 

「マホッ!」

「ブラッ!」

「ちょ、2人とも!?」

 

 いつの間にか横に現れたマホイップとブラッキーの頬ずりにその思考は中断させられる。ボクのこれからの予定が決まった瞬間だ。

 

「全くもう……でも、そういえば最近みんなとの触れ合いの時間なかったね」

 

 ヨロイ島に来た辺りから特訓ばかりで、まったりした時間を過ごせていないことに気づいたボクは、ここにきて甘えてきた彼女たちに時間を使うことに決めた。

 

「ということで、ボクも彼女たちと遊ぶことにします」

「そう……」

「あ、もしよろしければ、カトレアさんもどうですか?マホイップたちと遊ぶといっても、いつもお茶しながらまったりとするだけなので、ポフィンたべながらのんびりしているんですけど……」

 

 少しだけ寂しそうに聞こえたその声に対して、ボクはバッグから久しぶりにポフィンを取り出した。この雰囲気も久しぶりだ。なんせヒカリがいるから、ボクのここでのポジションが1つなくなっているんだよね。

 

「ヒカリには及びませんけど、よろしければぜひ」

「では……いただこうかしら……」

「マホマホ~」

「ブラ」

 

 机の上に出したポフィンを食べるカトレアさんとマホイップにブラッキー。3人がひと口含んだ瞬間に、表情がパッと明るくなった。

 

「なかなかいいわね……」

「マホマホ!!」

「ブラ!!」

「お口に合ってよかったです」

 

 カトレアさんの口から好評を貰ってほっと一息。ヒカリにコクランさんと、料理上手い人たちの食べ物をよく食べているため、舌が肥えているであろうカトレアさんに食べてもらうのはさすがに緊張するね。

 

「まだあるのでたくさん食べて━━」

『ちょっとフリア~!もうちょっとでご飯なんだから、あまり間食したらだめよ~!』

 

 ポフィンを更に準備しようとしたところにかかるヒカリからの声に、『お母さんみたい』なんて感想が出てきたボクは、思わず笑ってしまう。

 

「……ふふ、らしいので、控えめにいただいてください」

「そうね……そうさせていただくわ……」

「マ~ホ!」

「ブ~ラ!」

 

そうかと思えば、今度はカトレアさんにすり寄るマホイップとブラッキー。

 

「あなたたち……」

「すいません、どうもカトレアさんとも遊びたいみたいで……」

「仕方ないわね……付き合ってあげるわ……」

「ありがとうございます」

 

 そこからは、人懐っこいマホイップとブラッキーも交えた4人で、まったりと会話をしながら過ごしていった。

 

(四天王であるカトレアさんと、まさかこんなふうに過ごすだなんて夢にも思わなかったなぁ……でも、楽しい……本当に、ここに来て良かった)

 

 伝説と戦った日と同じとはとても思えないくらい穏やかな時間は、ボクもカトレアさんも、終始微笑んだ状態で流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




定めの遺跡

ポケモンバトルの後ってよく地形変わってませんよね。いつも不思議に思います。ここもかなり荒れているんでしょうね。一種の荒らしなのでは?

伝説

よくよく考えたら、ピオニーさんの情報収集力ってすごいですよね。とてもじゃないですけど、テレビで流れていたとは思えない内容です。というか、この情報を普通に流すテレビもテレビな気がしますが……実機でもテレビでこの情報を得ているのが信じられないです。

ポフィン

久しぶりですね。というより、ヒカリさんがこのあたりに対して万能なため、どうしてもフリアさんの役目が一つ消えてます。師匠故仕方ないですね。




ポケモンdayまであと少し……DLCの発表がちょっと待ち遠しいです。






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170話

「うおおおお!!朝だぁぁぁぁ!!」

「うるさいわね……そんな大声で言わなくてもわかってるわよ」

 

 巨人たちの伝説に挑んだ次の日。あれから夕飯を食べ、再び各々で自由な時間を過ごして就寝。そのまま夜が明け、清々しい程綺麗な空が窓から見える中、朝食を食べ終えたジュンが身体をグッと伸ばしながら大声で叫ぶ。その声があまりにも大きく、隣にいるヒカリが思わず不機嫌そうに眉を顰める。

 

「あはは、朝から元気だね……」

「ピュイピュイ!」

「ほしぐもちゃんも元気そうと」

「オレもジュンの気持ちわかるぞ!!」

 

 少し離れたところでほしぐもちゃんと戯れているガラル組のみんなもジュンの言動にはちょっと呆れ顔だ。唯一同じテンションになれるホップだけは、同じように燃えてるみたいだけどね。

 

「若いわね……本当に元気……」

「カトレアさんもかなり若い方だと思うんですけど……」

「お嬢様はこのような若い見た目ですが、その実……」

「コクラン……?」

「……失礼致しました。さっきの言葉は聴かなかったことにしてくださいませ」

「あっはい……」

 

 カトレアさんからの鋭いにらみつけるは、コクランさんの防御力と勢いを完全に殺し切った。そのにらみの余波はすさまじく、思わずボクまでもが少し震えてしまう。

 

(もしかして、意外と年齢……)

 

「フリア……?」

「はい!?」

「……」

「ご、ごめんなさい……」

 

 心の中でちょっと考えたところに、カトレアさんにさらに釘を刺されるボク。どうしてボクの周りの人はこうも心を読む人が多いのか。

 

「よぉお前ら!!元気してっか!!」

 

 そんな、ハブネークに睨まれたニョロモの気持ちになっている中響き渡るのは豪快な声。少しだけ冷えた空気を思いっきり吹き飛ばしてくれるその声は、固まったボクの身体を一瞬でほぐしてくれて、空気をいつも通りに戻してくれる。ここまでピオニーさんに感謝したのは初めてかもしれない。

 

「ピオニーさん!!待ってたぜ!!」

「伝説の続き!伝説の続き!」

「本当、来てくれてよかったと……」

 

 そんなピオニーさんの登場に喜ぶ声を上げたのはホップとジュン。マリィも小声で安堵したような声を零していた。ピオニーさんがこちらに来たとなれば、ボクたちの話の流れは伝説へと変わっていく。年齢の話はそのまま流れてくれたのでほっと一安心だ。

 

「おいおい、そんなに楽しみにしていたのかぁ?仕方ねぇなぁ。で、あと伝説は2つあるんだが……どっちからやるんだ?」

「鳥の伝説と、豊穣の神の伝説……だよね?」

「鳥の伝説が南の方で、豊穣の伝説がこの村の中の伝説だね」

 

 ピオニーさんの言葉から改めて今ある伝説をおさらいしていく。ユウリがボクの方に視線を向けながら聞いてきたので、ボクはその言葉に頷きながら、プラスして伝説の場所を提示。すると、ホップとジュンが考えるように顎に手を当てながら吟味していく。

 

「鳥と豊穣……想像しやすいのは鳥の方だぞ」

「なんせ、名前だけはオレたちでも知ってるポケモンだからな」

 

 ジュンの言う通り、鳥伝説に関しては既にポケモンの名前まで明らかになっている。ファイヤー、フリーザー、そしてサンダーの3鳥と呼ばれる伝説たちだ。珍しくないというわけではないんだけど、それでも他の伝説と比べると、まだ確認されている数の多い伝説たちだ。名前も姿も全く想像できない豊穣の神と比べると、個人的には少しだけ物足りなさを感じてしまう。……この意見はファイヤーたちに失礼になるかもしれないね。ごめんなさい。

 

「そうなって来ると、先に気になる豊穣の神を調べてみる……?」

「いや、鳥伝説を先にしよう!!」

 

 既に名前を知っている伝説だけあって、言い方を悪くすれば、少しだけ期待値の低い鳥伝説を後に回すことを提案するユウリだったけど、それを否定したのはホップだった。

 

「どうせなら最後に調べるのは一番ドキドキするのにしたいだろ?あ、いや、鳥伝説にドキドキしてないわけではないんだけどな」

「言い訳みたいに言わなくても、あなたの言いたいことは何となくわかるから大丈夫よ」

 

 慌てて訂正するホップに、みんなを代表してヒカリが言葉を零す。ホップの『鳥伝説ももちろんドキドキしているが、強いて差異をつけるのなら豊穣の神の方がちょっと上回っている』という気持ちはここにいるみんなが理解していた。ご飯で言えば、一番好きなものを最後に食べる感じだよね。先に食べる派の人とぶつかることが多いこの手の意見だけど、少なくともここにいる人たちはみんな、最後にとっておくタイプの人間だったみたいだ。……ごめんちょっとだけ嘘。せっかちなジュンだけはこれに当てはまっていない。

 

「オレは豊穣の神から回りたかったけどなぁ……ま、みんながそういうなら仕方ないか」

 

 けど、だからと言って流石にみんなの輪を乱したりしないあたりは、地味にちゃんとしているところだ。普段からこの思いやりを別方向にも発揮して欲しいんだけどね。

 

「おし、そんじゃあ今日調べるのは『目撃!大樹に集う伝説の鳥伝説!!』でいいんだな?」

「「「「「「はい!!」」」」」」

 

 ピオニーさんの最終確認に元気応えるボクたち。ちなみにコクランさんとカトレアさんは少し離れたところで紅茶を飲んでいる。鳥伝説に関しては特に興味もなく、我関せずにスタイルを貫くみたいだ。ちょっと寂しいと思ってしまったけど、元々ここに来た理由がボクのヨノワールとの現象を調べるためと、シロナさんの手伝いをするためだったみたいだし、そう考えるとカトレアさんの目的はもう達成している。これ以上外に出る必要がない現状、興味を持つ理由も特にないと言った感じかな?

 

「そんじゃ、改めておさらいするぜ!!」

 

 とりあえず今はカトレアさんにではなく、ピオニーさんに意識を集中させよう。

 

「うんじゃ、改めて鳥伝説についての説明をするが……まずこいつの伝説が関係する場所は、このカンムリ雪原の南側だ」

「『ボールレイクの湖畔』……でしたっけ?」

「おう!そんでもって、その湖畔の中でも特に目立つ、『ダイ木』ってのが目印だな」

「『ダイ木』……それって、定めの遺跡に行く途中に見えたあの赤い木のことかな……?」

 

 ユウリの質問に補足を入れるピオニーさん。もしこのダイ木がユウリの言っている通り定めの遺跡に行く途中に見かけたものだとしたら……

 

「あれがそうなのだとしたら……サイズ、とんでもなかとよ?」

「そうよね……わたしもちらっと見えたけど、遠目からでも相当大きかったわよ?」

「それこそ、自然の木がダイマックスしたような……あ、だから『ダイ木』って呼ばれてるのかな?」

 

 マリィ、ヒカリ、ユウリが、そのダイ木の大きさについての議論をする。彼女たちの言う通り、定めの遺跡へ向かう時に通る巨人の寝床から、ボールレイクの湖畔と思われる場所と、その中心に立っているダイ木と呼ばれるものも視認することができるのだけど、巨人の寝床からボールレイク湖畔はかなりの距離がある。それでもしっかりとダイ木の存在感を確認することが出来るということは、それだけ大きなものということだ。近づいたらどれだけ見上げることになるのだろうか。

 

「それにあの木……どうやらきのみもなってるみたいなのよね。……食材に使えたら、わたしは飛んで喜ぶんだけど……」

「ヒカリの新しい料理が食べられるのか!?」

「それは楽しみだぞ!!」

「……それは食べなきゃ」

 

 また、ヒカリによるとダイ木には赤くて大きなきのみもなっていたらしい。そのきのみの味しだいでは、ただでさえ美味しいヒカリの料理にさらに幅が生まれそうだ。そう言われると、ボクもジュンとホップ、そしてユウリみたいに期待が膨らんでしまう。鳥伝説とは関係ないことではあるけど、これも目標のにとつにしてみたい。

 

「嬢ちゃんが作る新しいメシか……もし上手くいったら、オレにも食わしてくれよな!!」

「ええ、勿論」

 

 

「…………」

「お嬢様……食べたいのでしたら素直に言えばよろしいのに……」

「う、うるさいわね……別に気になってないわよ……」

「そういうところですよ。お嬢様」

 

 

 ヒカリの料理の腕の良さはみんなの共通認識だ。ピオニーさんもまだ2回しか食べていないけど、その腕の高さをしっかりと理解し、虜になってしまっている故のこの発言だ。ボクも楽しみなので、できればピオニーさんの要望も応えてあげたいね。あとは……

 

 

「ヒカリ……もし料理が上手く行ったらの時なんだけど……」

「『カトレアさんたちの分も確保して欲しい』、でしょ?わかってるわよ。お世話になったお礼もしたいし……カトレアさんとコクランさんの会話、小声で言ってるみたいだけどばっちり聞こえているもの……」

「だよね……コクランさんも物凄く分かりづらくこっちを見てる辺り……」

「カトレアさんはともかく、コクランさんは間違いなくわざとね。……本当に、カトレアさんってこうしてみると意外とめんどくさい所あるわね。あ、悪い意味じゃないわよ?」

「わかってる。人間臭くて、ちょっと親近感沸くって話でしょ?理解してるから大丈夫だよ」

 

 

 このあたりは、マホイップとブラッキーを含めて一緒にお話をしているときにそれとなく拾っていた要素なので、ボク自身もいまの印象はヒカリ寄りになっている。そのためヒカリが感じたその感想はとても共感できるし、ヒカリがもし料理が上手くいったのなら是非とも持って行ってあげたいとも思っている。あのきのみがとても美味しいものなら、ボクも頑張ってヒカリの手伝いをしようかな?

 

「ボールレイクの湖畔に行くには、巨人の寝床の南側に川が流れているから、そこを下っていけばたどり着けるぜ。途中までの道のりは定めの遺跡に行くルートと一緒だから、たぶん迷うこともないはずだ!!」

「川……確かに見かけたかも……いにしえの墓地から少し進んだところの右手にあったあれだよね?」

「あたしも見たと。あれを下ればいいとね」

 

 ピオニーさんに道のりを教えてもらい、昨日の記憶と照らし合わせを行うユウリとマリィ。その道のりはボクの記憶にもしっかりと残っているので、2人の言っていることとピオニーさんの言っていることに偽りはないだろう。昨日と同じく、進む道がわかっているのはとてもありがたいことだ。

 

「よし、行く場所が分かったなら早速行こうぜ!!」

「善は急げっていうもんな!オレも早く行きたいぞ!!」

 

 目的地と行き方がわかってしまえば、あとはうちのせっかちコンビの独壇場だ。早く行きたいという気持ちを高ぶらせながら、誰よりも早く準備を進めていく2人。その速さに思わず苦笑いを浮かべてしまいながらも、楽しみな気持ちは同じなので2人程とはいかないけど、ボクたちも準備を進めていく。今日もまた、お昼ご飯用のヒカリお手製の弁当を携えていざ出発の時。

 

「ではいってきますね。シロナさんにはよろしく言っておいてください」

「了解しました。……あなたたちが帰ってきても、部屋から出てくることはなさそうですけどね」

「ははは……えっと、シロナさんのご飯は……」

「ええ、キッチンに作り置きがあるのも確認しております。機を見てお渡ししますのでご安心を」

 

 ボクとヒカリでコクランさんにいろいろ言づけておくけど、確かにシロナさんは部屋から出てくることはなさそうだ。結局昨日も、夕飯の時間になっても出てくることはなかったしね。……倒れてなかったらいいのだけど、そこはコクランさんに任せておくしかなさそうだ。

 

「おいフリア!ヒカリ!早く行くぞ!!」

「余り遅れると罰金だかんな!!」

 

 そんな話をしているうちに、さっさと民宿から外に出て行ってしまうホップとジュン。そんな2人に連れられ、ユウリとマリィも外に出ていく。

 

「2人とも早く来てね!私たちだとあの2人を止められないから……」

「無茶しないように見張っておくのが限界と。だから急いでくるんよ!」

 

 4人が出ていった民宿に一気に静けさが訪れる。このままぼーっとしていたら本当において行かれてしまいそうだ。

 

「ボクたちも行こうか」

「そうね、もう罰金は勘弁願いたいもの」

「『もう』って……一度も払ったことないくせに」

「それはフリアもでしょ?気持ちの問題よ」

 

 先に行った4人置いて行かれないように、お話をしながらボクたちもすぐに扉の方へ歩いて行く。

 

「んじゃ、気を付けていって来いよ!!いい報告待ってるぜ!!」

「……って、今回もついてこないんですね」

「おう!シャクちゃんが帰ってくるかもしれないからな!!」

「……行きましょうフリア。」

「うん……」

 

 結局今回も旅には不参加のピオニーさんにため息をつきながら、ボクたちも民宿を出た。

 

(できれば、最後の伝説くらいは一緒に来て欲しいなぁ……)

 

 そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお~……ここが『ボールレイクの湖畔』か~」

「だいぶ暖かくて過ごしやすいかも……空気も綺麗で美味しい~……」

 

 フリーズ村を発って数時間。氷点雪原、巨人の寝床、いにしえの墓地と経て、川を下っていよいよ辿り着いたボールレイクの湖畔。そこは、カンムリ雪原とは思えないほど温暖な地域で、広がる草原と長閑な雰囲気がとても心地よく、フリーズ村とは打って変わって物凄く過ごしやすい気候となっている。それは『村を建てる位置を間違えているのでは?』と思ってしまう程。ここなら作物もよく育ちそうなのにとどうしても思ってしまう。ただ、ピオニーさんの話だと、あの村は豊穣の神を祀っているらしい村なので、もしかしたら土着的な意味合いがあるのかもしれない。そのあたりはシロナさんに聞いてみたら答えが返ってくるかもしれないね。

 

 ちょっと話が逸れてしまったので修正。とりあえず今はボールレイクの湖畔についての話をしよう。

 

 ボールレイクの湖畔。

 

 雪原南部に位置するこの地域の一番の特徴は、なんといっても中心部に存在する大きな湖とダイ木のセットだろう。中心にダイ木が生えた丘があり、その丘を囲うようにして大きな湖がある。その湖を更に囲うようにして草原が広がっているのがこのボールレイクの湖畔という場所だ。恐らくこの中心部にある湖のことを、『ボールレイク』と呼ぶのだろう。また、先ほどはこちらの方が住みやすいのでは?なんてボクが言ったと思うけど、よくよく周りを見渡せば集落と畑の跡を確認することが出来た。昔はこのあたりにもたくさんの人が住んでいたみたいで、それでもこうなってしまっているあたり、やっぱり土着のこととか信仰のこととか、この土地の住む人ならではの何かがあるのかもしれないね。

 

 そんなボールレイクの湖畔なんだけど、ボクたちの目的地はこの湖畔の中心にある丘のど真ん中だ。

 

 ダイ木の丘と呼ばれるらしい場所の中心にそびえ立つダイ木。フリーズ村にいる時にユウリが言った通り、巨人の寝床に差し掛かった時点で見え始めたこの木は、これまたユウリが言った通り、自然の木がダイマックスしたかと思ってしまう程の大きな木だ。その大きさは、ボールレイクの湖畔に来たことによって、より顕著に確認することが出来た。

 

「でっっっっっっけぇ……」

「わかってはいたけど……こんなにでかいんだ……」

「見上げてもてっぺんが見えないわね……」

 

 そのあまりにもスケールの違う大きさに、思わずジュンが言葉を零す。そこに続いてボク、ヒカリと感想を零していくけど、本当に『でかい』という言葉しか出てこない。

 

 木の幹は、まだ少し遠いこの位置から見ても、巨人として扱われいたはずのレジエレキやレジドラゴよりもはるかに大きく、木になっている葉と木の実は、ダイマックスをしたときに現れる赤い雲や光を象徴するかのように赤に染まっており、木の幹に負けないくらい大きく育っていた。また、よくよく目を凝らせば他にもいろいろな木の実がなっているみたいで、そちらはボクたちのよく知るきのみやぼんぐりと言った、みたことのあるものがいろんなところに実っており、こちらは、これまたボクたちがよく見るサイズで実っていた。

 

 いろんな実が同時になる大きな木。まさしく不思議な木と呼ぶにふさわしい木……それがダイ木だった。

 

「こんなにも色々な実をつけるなんて……初めて見たかも」

「ワイルドエリアにも木の実を沢山つける木はいっぱいあるけど……ここまでよりどりみどりなのは初めてと……」

「なんか、木の実の宝石箱みたいで凄いぞ!」

 

 その木の実の豊富さはここにいる全員が思わずはしゃいでしまうほどで、自然の多いと言われるワイルドエリアなんかよりもずっと多い。それはガラル地方をよく知るはずのユウリ、マリィ、ホップでさえも見たことがないと言葉を零すほど。

 

「オールフルーツはここにあったのね……」

「何?オールフルーツって……」

 

 特にテンションが高いのはヒカリだ。料理に使うことの多いきのみたちは、料理をこよなく愛する彼女にとってはホップ以上に宝石箱として……いや、宝石箱よりも価値のあるものとして目に映ることだろう。そのせいでちょっと意味のわからないことを喋り出したため、思わずツッコミを入れてしまったけど、彼女の精神状態を考えてみれば仕方の無いことなのかもしれない。

 

「さぁ早くあの木の根元まで行くわよ!!まだ見ぬ食材がわたしを待っているんだから~!!」

「あ、ちょっとヒカリ!!」

「お、競争なら負けないぜ!!」

「ジュンまでも!?」

 

 こうなってしまえばヒカリを止められる人なんてどこにもいない。ジュンの性格もあってどんどん盛り上がっていく2人の勢いに振り回されるしかなく、急に走り出してしまった2人を慌てて追いかけ始める。

 

「はぁ、また始まっちゃった……」

「いつもこんな感じと?」

「シンオウ地方を巡ってた時は、出会う度にこんな感じだったね……」

「えっと……お疲れ様?」

「ありがとユウリ……」

「そんなに悲観することなのか?オレは楽しそうだと思ったぞ?」

「ホップの性格だと、確かにそんな答えになりそうだよね」

 

 走りながら言葉を交わしていくボクたちは、どんどん遠くなっていく2人の背中に追いつくことを若干諦めながら駆け出していた。暖かい気候ということもあり、生息しているポケモンも寒いのが苦手なチゴラスやガチゴラスといった子たちが顔をのぞかせていた。相変わらずの化石ポケモンではあるけど、彼らがのんびりと過ごしている姿を見ると、少なくとも今は幸せみたいなのでそこは良かったなぁと思えた。人の手が届かないここではのんびり過ごしてほしいよね。

 

 そんなこんなで、先に走ってしまった2人を追いかけながらも、周りの景色を楽しむ余裕を持ちながら走り続けること十数分。若干息が上がってきて、気分が高揚し始めたくらいで、ボクたちはようやくダイ木の根元までやってきた。

 

「お前ら遅いぞ!!これ以上遅れたら罰金1000万円だったぞ!!」

「はいはい罰金罰金……にしても、本当に大きいね~……」

 

 ダイ木に着いたと同時にいつものセリフを投げられるものの、それを華麗にスルーして見上げてみると、視界一杯に広がるのは綺麗な紅葉。木陰になっているため、少しだけ肌寒さを感じる場所ながらも、走って火照った体にはこの寒さはちょうど良く感じた。また、葉と葉の隙間からほんの少し零れる光が風と一緒に揺れる姿もちょっとした心奪われるポイントとなっており、その様に見とれていると疲れもなくなるような、ちょっとしたパワースポットのような空気も感じる。本当に綺麗で心地いい場所だ。

 

「なんか、ここでピクニックでもしたい気分だね」

「すっごく分かると!」

「なんなら、今からここでちょっとキャンプでもするか?」

 

 神秘的な光景に心奪われているところに聞こえてきたのはガラル組によるキャンプの提案。その提案に反対する声は特に上がらなかったし、ボク自身も『いいアイデアだなぁ』と思ったので、そんな彼女たちに倣ってボクもレジャーシートやら机やらを準備していく。ほどなくしてキャンプの準備が出来たボクたちは、手持ちのみんなを呼び出してお遊びタイム。みんながみんな思うように過ごし、のびのびと羽を休めていた。

 

「……壮観だね~」

「うん……凄く賑やかで楽しい……」

 

 みんなが楽しそうに過ごしている姿を見ながら言葉を零すと、いつの間にか隣に来たユウリが言葉を返してくれた。

 

「ヨロイ島についてから特訓が多めだったし、シロナさんやカトレアさんっていう年上の凄い人たちが身近にいたから、なかなかこういった機会なかったもん。このメンバーでこんなにはしゃぐのは初めてだけど……うん、すっごく楽しい!」

「それはよかった」

 

 グライオンたちが空を舞い、エースバーンたちが地をかけ、インテレオンたちが木陰でくつろいでいる。総勢41人のポケモンたち。彼らが一斉に遊ぶ姿は、このダイ木の環境もあって本当に壮観だ。

 

「ちょっとフリア!ユウリ!何のんびりしているのよ!!」

 

 そんな壮観な景色に見とれていると、ヒカリから言葉を貰ったのでそちらに振り返る。すると、そこにはいつになくやる気をたぎらせているヒカリの姿が。

 

「今日は何のためにここに来たと思っているの!?余裕が出来たのならさっそくあの赤い実を手に入れるわよ!!手伝って!!」

「はいはい、分かってますよ~……ユウリも行けそう?」

「ヒカリのご飯が食べられるもんね!!私は全然手伝えるよ!!」

「あぁ、そういえばこの子も健啖家だった……」

 

 もしかしたら今日を一番楽しみにしていたのはユウリだったのかもしれないね。

 

「ヒカリ!!期待しているからね!!」

「まっかせなさい!!最高のモノを作って見せるわ!!」

「て、適度に頑張ってね?」

 

 まだ美味しいと決まったわけではなのに、ダイ木になる赤い実を求めて、ボクたちの今日の目的が今実行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?今日の目的は鳥伝説じゃないのか?」

「オレもそうだと思ってたぞ……」

「ジュンもホップも、今のヒカリとユウリを止めたらだめとよ?もし止めたら、どうなってもしらんけんね」

「「お、おう……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鳥伝説

ということで、お次は鳥伝説です。彼らに出てきてもらうのですが、今回はコクランさん、カトレアさん、シロナさんと言った大人組がお休みですね。子供たちによる冒険(?)をお楽しみください。……さっそく脱線してますけどね。

ボールレイクの湖畔&ダイ木

本当に大きい木ですし、本当に長閑ですよね。チョット奥に行くとお墓とかがあるので、そこまで見てしまうと流石に楽しめない気もしますが……。

やる気滾るヒカリ

特殊固体ですね。大変興奮して手が付けられないので、対応する際は気を付けましょう。




鳥伝説目的だと思ったらいつの間にか料理目的になりました。なんでこうなったのか作者もわかっていませんが……ちゃんと伝説たちにも出番はあるのでそこはご安心を。……それ以上にヒカリさんがはっちゃけはじめているのが不安ですけどね……。






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171話

「じゃあ早速あの赤い実をとるわよ!!ついてきなさい!!」

「はい、先生!!」

「うわぁ、この2人……今更だけど相性良すぎ……」

 

 ダイ木を目の前にして突如起きる熱血のやり取りに思わず苦笑いをこぼすボク。作るのが大好きな人と食べるのが大好きな人が組むと物凄い科学反応が起きるということの片鱗を味わってしまった。とまぁ、現状のテンションに少しばかり困惑はしているものの、ボクの頭はちゃんとダイ木の赤いきのみへと向かってはいる。料理に使うにしても、味を確認するにしても、まずはあの赤い実を入手することから始めなくてはいけない。ただ、問題はその赤い実をどうやって入手するかだ。

 

「入手って簡単に言っても、これ……かなり難しいぞ?」

「とてもじゃないけど、気楽に取りに行ける高さでは無いよな」

「落とすにしても、大きさ的にかなり重そうと。下手に落としたら潰されそうやんね」

 

 ホップ、ジュン、マリィの言う通り色々障害が高いせいでなかなか手が出しづらかった。木の幹も太くて、表面も滑らか且つ綺麗なせいでよじ登ろうにも手を引っ掛ける場所が少なく、また、何度も述べているとおりダイ木そのものの高さがとんでもなく、命綱などを持っていない現状、きのみがある所まで登った上で落ちようものなら間違いなく命は無い。かと言って、ポケモンの技を使ってあのきのみを落とすとなると、あの大きな塊がものすごい勢いで落ちてくることとなる。勿論ポケモンたちの力で緩和こそするけど、きのみの重さが分からないのと高さがある以上、位置エネルギーによって体感重量は格段に跳ね上がってしまうので、しっかりと受け止められる保証がない。そんな状況で先の提案を安易に行えるほど、ボクたちはお気楽ではない。

 

「さて、どうしたものかな……」

「そんなことよりも、まずはやるべき事があるでしょ?」

「え?」

 

 どうやってあのきのみを収穫するか考えていたら、横にいるヒカリから何故か怒られてしまう。どういうことか分からずに首を傾げていると、ヒカリから『呆れた』と言った雰囲気を醸し出されながら口を出される。

 

「味よ味!何においてもまずは味!!あの実が一体どんな味なのか?そしてどんな成分を含んでいるのか?まずはここを調べないと、そもそもあの実が収穫するに値するかどうかがわからないででしょう!?全く、普段バトルでは鋭いのに、なんでこんなこともわからないのよ……」

「なんでボクはこんなにも怒られてるんだろ……」

 

 さも『自分は至って冷静ですよ』といった風を装いながらこちらに向かって意見を述べているけど、今一番冷静ではないのは間違いなくヒカリだ。そんな彼女にこのような意見を落とされるのはいささか心外というほかない。

 

「そうだよフリア!味は大事なんだから……ちゃんと覚えてね?」

「……」

 

 なのにどうしてユウリにまでこんなのことを言われているのか。

 

「諦めるとフリア。今この場には、料理ジャンキーと食事ジャンキーがいる。どちらもあたしたちには止められなか。下手するとフリアが食われるとよ?」

「割と冗談じゃなさそうなのが怖い所だよ……」

 

 マリィからの忠告に身体を震わせながら反応するボク。マリィの言っていることがあながち間違っていないところに、更なる怖さとリアリティを感じさせてくるのがもっと嫌だ。ここは歯向かわないようにしよう。

 

「とりあえず、ユウリとヒカリが今から何かしたいのかは分かったけど……結局どうやってその味を確かめるの?結局は収穫しないとその味は確認できないと思うんだけど……」

「その点に関しては問題ないよ!」

 

 ただ、それでも疑問点の残っていたボクはそこをあげてみる。すると、その回答はユウリが行った。

 

「アブリボーン!!こっちきてー!!」

「リリ?」

「成程、アブリボン……」

 

 そんなユウリが呼んだのは彼女の手持ちの1人であるアブリボン。その姿を見て、ボクはユウリが何をしようとしているのか納得した。

 

 アブリボンというポケモンは、様々な花粉や花の蜜を集めて、花粉のだんごを作り出すという習性をもっているんだけど、この際つくられるかふんだんごは、食料にもなればリラックス効果を持つサプリメントの原料にもなるという、かなりの高性能なものなんだ。それを作ることが出来ることからわかる通り、アブリボンはそういった蜜を集める力に長けている。さて、この話と果物をつなげれば、もうユウリが何をしようとしているのかがわかっただろう。ユウリは、アブリボンのこの習性を利用し、アブリボンに赤い実の果汁を取ってきてもらおうという魂胆らしい。果汁さえ持って帰って来ることが出来れば、あとはヒカリの独壇場。ユウリの狙いにいち早く気付いたこともあってか、すでにヒカリは料理の準備を進めており、各種料理道具は勿論のこと、糖度計なんて物も取り出して、これからの出来事に対する大きな意気込みを見せていた。

 

「……と言うわけなの。お願いできる?」

「リリ!」

「よし……じゃあ行ってきて!アブリボン!!」

「リリィ!!」

 

 ユウリとヒカリを見てボクが考察を回していた間に説明を終えたユウリは、そのままアブリボンに赤い実に向かって飛ぶように指示をする。

 

「ポットデス!!アブリボンの援護をお願い!!」

「トゲキッス!!あなたも援護に向かって!!」

「ティティ~」

「キィ!」

 

 そんなアブリボンについて行くように、ユウリとヒカリの言葉を受けて飛び立つトゲキッスとポットデス。どちらもアブリボンを守るように少し後ろをついて行く。というのも、このダイ木、大きな紅葉で見づらいけど、木の中にホシガリスやチェリンボといった、沢山のポケモンが隠れている。みんな基本的には怯えるように隠れているため、こちらに危害を与えてくるようには見えないんだけど……念には念を入れての行動だね。何かあってだと遅いし。

 

 そういうわけで、赤いきのみを目指して飛び立った3人なんだけど、結論から言うと、特に大きな問題が起きることは無かった。ダイ木になる大きな紅葉が目隠しとなったため、アブリボンが蜜を回収する瞬間を確認することは出来なかったけど、程なくして嬉しそうに帰ってきていたあたり、そんなに難しい事でもなかったみたいだ。アブリボンにとってはちょっとしたお使い気分だったのだろう。ユウリの役に立てたことが嬉しいというのもあるのかもしれない。

 

「リリィ!!」

「ありがと、アブリボン!!はいヒカリ!これくらいあれば足りるかな?」

「充分よ。ありがとうねユウリ。それにアブリボンも」

 

 アブリボンから果汁を貰ったヒカリは、早速それを調べ始める。見た目や色味、そして糖度と味。いつになく真剣な表情でそれらを吟味していた。

 

「ふむふむ……遠目だと赤く見えたけど、こうして近くで見てみる色はピンクの方が近いのね……香りはすごく甘い匂い……なるほど、どちらかと言うとモモンのみのそれに近いのかしら……?でもモモンのみと比べても明らかに甘さが……」

 

「なんか、ヒカリがいつになく怖いぞ……?」

「ああ気にしないで。モードに入ったヒカリはいつもあんな感じだから」

「面白いよな!!」

「面白かと……?」

 

 ボクとジュンの反応に戸惑いを隠せないホップとマリィは、しかし『ボクたちが言うならいっか』と、半ば諦めにも似た形で納得をする。え、ユウリ?彼女は目を光らせながらヒカリを見つめているよ。

 

「糖度20!?高くない!?」

「それって凄いのか……?」

 

 糖度計とにらめっこしながら凄い声をあげるヒカリに対して疑問を投げるホップ。それに対して、ヒカリがゆっくりと答えてくれた。

 

「この計器、糖度計なんて名前がついているけど、測定されるのは糖度だけじゃないの。その辺はちょっとややこしいから割愛するけど、そんなことがあるから『糖度計の数字が高い=甘いもの』という図式が絶対成り立つという訳では無いの。それでも一種の指標にはなるわ。それを前提に話すのだけど、それでもこの20という数字はかなり異常ね。もちろん、いい意味で」

「どのくらいすごいの?」

 

 いつも以上に食い入るように視線を向けるユウリ。そんなユウリに対しても……いや、そんなユウリに対してだからこそ、ヒカリはさらに真面目に回答する。

 

「このダイ木のについてる実。どうやら元はモモンの実の親戚みたいなんだけど……そのモモンの実は平均的には糖度は11か12くらいと言われているわ」

「え、ってことは2倍くらい甘いってこと!?」

「正確には、甘さはその果汁に含まれている酸味とのバランスによって成り立つから、安易に2倍なんて言えないけど……うん、モモンの実なんて目じゃないくらい甘いわね」

「モモンの実よりも甘い……」

 

 ヒカリの説明を受けてマリィも喉を小さく鳴らす。ユウリ程では無いにしろ、やっぱりマリィも女の子故、甘いものには目がないと言ったところかな?実際、ボクもちょっと惹かれ始めてるし。

 

「はぁ~……どうやって調理しちゃおうかなぁ……甘いならやっぱりクリームかしら?それともジュレやジャムにして他のものと合わせちゃう?それともそれとも、ピーチパイにするとか……」

「うぅ、どれも美味しそう……食べてみたい……」

 

 あの赤い実をどうやって料理するかという点にトリップするヒカリと、ヒカリが作るかもしれないものを夢想してこれまたトリップするユウリ。しかし今度はそんな2人に呆れることなんてなく、むしろヒカリの料理が楽しみなユウリと共感するように想いを馳せ始めていた。

 

「なんかこう……具体的なモノを出されると想像力を刺激されるよな……」

「この場の状況と具体案のせいで、お昼はまだなのに少しお腹空いてきたぞ……」

 

 それはあのジュンとホップをも食べることに夢中にさせてしまう程。ここにいる全員が頭の中をヒカリの作る料理に占領され始めていた。こうなってしまえば、みんなの目はもうあのきのみにしか向いていない。

 

「よ~し、そうと決まれば、さっそくダイ木のきのみを……」

 

 

「ギャオオオォォォォッ!!」

 

 

「「「「「「っ?!」」」」」」

 

 収穫しようとボクたちが準備を始めた瞬間に響き渡る、何かが大きく吠える声。そのあまりにも強い圧と迫力に、ボクたちの動きが一瞬にして止められてしまう。しかし、辺りを見渡してみてもどこにも声の主と思われるポケモンは見当たらなかった。

 

「な、なんだ今の声……?」

「身体の奥から痺れるような……」

「凄い声だったよね……」

 

 ホップ、マリィ、ユウリがあたりを見渡しながら言葉を交わしていく。その表情は何が何だかわからないと言った雰囲気で、若干の戸惑いを見せ始めている。

 

「なぁ、フリア、ヒカリ……この空気……」

「うん、間違いない……この雰囲気……あの子たちのモノに近いよ……」

「……」

 

 一方でボクとジュンは、どこかで感じたことのあるこの雰囲気に、自然と気を引き締めていく。ヒカリだけは顔を伏せているから何を考えているのかわからないけど、感じたことのあるこの雰囲気に構えていると思いたい。

 

「……レオッ!」

「バース!!」

「グラッ!」

 

 経験があるかないかで別れるボクたちの反応。それを1つにまとめたのが、インテレオン、エースバーン、ゴリランダーの声。3人が視線を向けた方向を追うようにしてみると、その先にはとある鳥型のポケモンの影が見えた。

 

「あれは……もしかして……」

 

 ユウリが緊張を乗せた声で呟きながら見据えた先にいるポケモン。それは、ピオニーさんの口よりきいた鳥伝説の1つ。メラメラした赤い鳥ポケモン。

 

「ファイヤー!?」

「あれが、伝説のとりポケモン……」

「初めて見るけど……凄く強そうだぞ……」

 

 初めて見るファイヤーの姿に、嬉しさ半分、恐れ半分と言ったテンションで声を上げるユウリたちガラル組。話にこそ聞いていたけど、実際に見た時の迫力が凄すぎて、声をあげずにはいられないと言った感じだ。

 

 レジエレキ、レジドラゴに続いて3人目の伝説。勿論ボクたちだって驚いている。しかし、驚きが半分を占めていたユウリたちと違って、ボクの反応は戸惑いと困惑を含んだ反応になってしまった。

 

「あれが……ファイヤー……?」

「確かにメラメラしてるが……なんだ、違和感があるぞ?」

「うん……ボクが知っているファイヤーと見た目がちょっと違う……」

 

 確かに、ピオニーさんが挙げていた『メラメラしたやつ』という特徴をしっかりととらえた見た目をしており、実際、長いくちばしとメラメラと揺らめく翼こそファイヤーのそれと合致しているものの、ボクが知っており、そして今同時にポケモン図鑑で検索して表示した子と比べると全くと言っていいほど違う姿をした子が目の前に現れていた。身体は黒く変色しており、目は鋭く青色に、そして長いくちばしは少し曲って邪悪な笑みを浮かべているように見えた。今まで知識として頭に入っていたファイヤーとはかけ離れた姿をしたポケモン。それが今上空に現れたポケモンの姿だった。

 

「え、これがファイヤーじゃないのか!?」

「ファイヤーに近いとは思う……けどボクの知ってるファイヤーじゃない……もしかして、リージョンフォーム……?」

 

 ファイヤーではないけどファイヤーではある可能性……そうなると、地方によって姿を変えるリージョンフォームである説が出て来るけど……

 

(なんでだろう……、どことなく違うような気もする……?)

 

 妙な違和感が頭を駆け巡ってはなれず、思わずその姿を中止してしまう。それはボクだけではないみたいで、ここにいるヒカリ以外の全員が、ポケモンたちも含めてファイヤーを見つめていた。対する見つめられる側のファイヤー(仮)は、そんな視線なんてものともせず、悠々と空を飛びながらダイ木の上の方へ飛んでいく。

 

「何をすると……?」

「さぁ……でも、少なくとも敵対はしてこないのかな……?」

 

 話しながらも決して視線を外すことのないユウリとマリィは、ファイヤー(仮)の動きを目で追いながら、自分の手持ちのみんなを集めていく。いつ襲われても大丈夫なように準備を整えているみたいだ。その姿に倣って、ボクたちも各々のポケモンをそばに集め始めた。相変わらずヒカリだけは全く動き気配を見せないけど、エンペルトたちは自分から集まっているので、とりあえずは大丈夫だろう。それよりも、今はあのポケモンの観察だ。

 

 ファイヤー(仮)は、ダイ木の上の方に飛んだあと、ダイ木になっているきのみの前で滞空をはじめ、そこから長いくちばしをきのみに向かって突き立て始めた。

 

「もしかして……食事?」

「ぽいね……」

「だよね……やっぱり美味しいのかな……いいなぁ……

 

 その姿を見て思ったままの感想を零すユウリ。ボクも同じ感想を抱いたのでその言葉を肯定すると、何やら小声でぼそっと何かを呟いた。声が小さかったので上手く聞き取れなかったけど、とりあえず気にする必要はなさそうかな?

 

「食事をしに来ただけなら、下手に刺激しなければ襲われないよな?」

「だな……とりあえずは、ゆっくり観察をして……ってなんだ!?なんか聞こえないか!?」

 

 そんな会話をホップとジュンがしている間にも食事を続けているファイヤー。彼を刺激しないようにじっと観察し、情報を集めようとしていると、今度は遠くの方から地鳴りのような音がし始める。『今度は何事か』と思いながらそちらに視線を向けると、視線の先には地面を猛スピードで走る、『ギザギザしたやつ』が姿を現した。

 

「今度はサンダーか!?」

 

 その姿を見てホップが思い当たるポケモンの名前を叫ぶものの、その声に全くの無反応を示した『ギザギザしたやつ』は、バチバチと雷の音を響かせながら猛ダッシュ。ダイ木の根元までたどり着いたそいつは、そこから地面に足跡がくっきりと残るほど激しく地面を踏みしめ、ダイ木よりも高いところまで飛び上がった。

 

「凄いジャンプ力……バシャーモみたい……」

 

 ユウリの言葉に同意するように頷きながら『ギザギザしたやつ』に視線を向けていると、そいつはさらに激しい雷の音を鳴らしながら、鋭い飛び蹴りをファイヤー(仮)に放つ。直前で気づいたファイヤー(仮)はこれを何とか回避し、蹴りを放った敵に対して向かい合う。

 

 伝説2人の睨み合い。

 

 先のレジエレキとレジドラゴは、昔からの仲間として協力してこちらを襲ってきたのに対して、こちらは昔からのライバルかのような因縁を感じる。

 

「ギャオオォォォ!!」

「キイイィィィィ!!」

 

 向かい合って叫び合う両者。……もうめんどくさいからとりあえずボクの知っている姿と同じ名前で呼ぼう。地面から見上げるサンダーと、空から見下ろすファイヤーの視線がぶつかり合い、今度は食事を邪魔されたファイヤーが、怒りを撒き散らすかのように黒色の炎を解き放つ。この攻撃を華麗なステップで避けきったサンダーは、再び蹴りを放とうとファイヤーへと走り出し……

 

「フォウウゥゥゥッ!!」

 

 両者をまとめて吹き飛ばさんと突き刺さる、白色の光線が明後日の方向から放たれた。

 

「今度は何と!?」

 

 声を上げながら攻撃が放たれた方に視線を向けるマリィ。その動きにつられて一緒に視線を向けると、その視線の先には、ピオニーさん曰く『シャナリシャナリしたやつ』がいた。そいつが放った白の光線は他の2人に当たることなく、地面にぶつかって爆ぜるに留まる。その時に上がった砂埃は、ファイヤーが羽ばたいた時に起きた風で吹きとばされ、そこからはそれぞれがそれぞれを睨み合う、三つ巴の状態となった。

 

「となると、あれがフリーザー……」

「伝説のとりポケモン3種、勢揃いとね……」

「凄い瞬間だぞ……」

 

 ガラル組の3人が見とれながら声を上げる。確かに伝説のポケモンが3人もこうやって並び立つ姿は壮観だ。だけど、ファイヤーと同じく、サンダーもフリーザーもやっぱりボクの知る彼らとは違った姿をしているせいで、どうしても少しモヤモヤしてしまう。

 

 サンダーは体毛が少し濃いオレンジ色になっており、自慢のギザギザした翼はドードリオのような小さなものになってしまっているせいで、とてもではないが羽ばたけるようには見えない。その分、強く発達した脚のおかげで、さっきのような跳躍ができるのだろうけど、空を悠々と飛ぶあのサンダーとは似て非なるものだ。見た目はファイヤーと違ってまだ面影は残っているけどね。

 

 そしてフリーザー。こちらも体色が少し変わっており、ボクの知っている水色から薄紫色に変わっており、顔にはジョウト地方の四天王が着けていたものと似た仮面をつけている。また、空を羽ばたいていたあちらの姿と違い、こちらは翼をマントのようにして、身体を包みながら佇んでおり、その姿は『飛ぶ』と言うより『浮かぶ』と言った方が適切に見えるほど。優雅というよりは、上から見下してくる姿から冷酷という言葉の方が似合う様となっている。

 

「やっぱり……確かに似てるところはあるけど、サンダーもフリーザーも、ボクの知ってる姿じゃない……」

「それだけじゃない。なんか、使ってる技もちょっと違う気がするぞ……もしかして、タイプも違うんじゃないのか?」

「確かに……」

 

 ファイヤーは燃えているはずなのに熱を感じないし、サンダーは羽からバチバチと音を立てているだけでよくよく見たら電気は流れていない。そして、フリーザーは視線こそ冷たいけど冷気はなく、浮いてる様はエスパーのそれに近い。ジュンの言う通り、どうやらタイプまでもが違うようで……。

 

「それよりも、なんか危なそうな雰囲気と」

「このままあの子たちがバトルしたら巻き込まれちゃうよ!?」

「とりあえず、キャンプ道具とか片付けて、安全な場所に……」

 

 

「ギャオオォォォ!!」

「キイイィィィィ!!」

「フォウウゥゥゥッ!!」

 

 

 マリィ、ユウリ、ホップが避難の準備を始めた瞬間にあがる3鳥の叫び声。その声をきっかけに、ファイヤーは黒い炎を、サンダーは雷鳴の蹴りを、フリーザーは白い光を同時に放つ。その3つの攻撃が、それぞれの中心でぶつかることによって爆発。轟音と衝撃が荒れ狂い、その余波にあおられそうになる。

 

「みんな無事!?」

「な、何とか……!」

 

 余波を踏ん張って耐えながら周りに声をかけると、ユウリが声を返してくれた。他のみんなもとりあえずは無事そうだ。けど、今の余波でボクたちのキャンプ道具がいくつか飛ばされ、地面を転がっていた。

 

 その中にはヒカリの調理道具もあって……

 

「あ……やば……」

「……」

 

 その様子を見て嫌な予感がしたけどもう遅かった。

 

「マンムー……『ふぶき』……」

「ムーッ!!」

 

 ぽつりと、ヒカリが指示を零した瞬間吹き荒れるは白い風。おそらくひこうタイプを含むであろう彼らにとってはこれ以上ない天敵の風。急遽吹き荒れたその風に、技をぶつけ合った後も戦おうと構えていた彼らの動きが完全に止まった。

 

「人の楽しみに水を差すのは……マァいいわ。自然の摂理ってことで我慢してあげる……でも、人の大切な道具を傷つけるだなんて……」

「ああ……これはまずい……」

「またヒカリの暴走が始まっちまったか……」

「な、なに!?ヒカリに何があったの?」

 

 急に雰囲気の変わったヒカリにユウリが焦りながら質問してくる。それに対してゆっくりボクが答えた。

 

「単純なことだよ。ヒカリは料理が大好きなんだ。そんな彼女が大好きな料理を作るための調理器具を傷つけられたらどうなると思う?」

「あ……」

 

 この説明で気づいたユウリが声を漏らす。そう、調理道具はヒカリにとっては宝物だ。それを傷つけられ、邪魔されたら、本当にシャレにならないくらい怒ってしまう。

 

「こうなったら……うん、止められないかな」

「……」

 

 ユウリの息をのむ音が聞こえる。そんなボクたちの会話なんて目もくれず、当の本人は前に歩いていた。

 

「あんたたち……この代償はでかいわよ……」

「「「……」」」

 

 ヒカリから放たれる重圧に、とりポケモンたちも息をのんでいるような気がした。

 

「覚悟しなさい……!!」

 

 そんな中告げられる、ヒカリの思い思い言葉。

 

 料理好きによる、とてつもないやつあたりが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダイ木の実

実機のムービーを見るに、桃のお湯な割れ目が見えることと、ガラルファイヤーが食事をするシーンに手飛散っている薄ピンクの果汁から、モモンの実をもととした何かでは?ということにしました。どこかに設定あったりするんですかね?

糖度

11,12は、リアルの桃の平均糖度だったりします。20は特に糖度が高い高級品の桃ですね。ちなみに他の果物をあげると、リンゴは15くらい。ブドウとバナナが20くらいです。こうして数字で見てみると、桃がそんなに甘くなさそうに見えますが、実際はヒカリさんが言っている通り、酸味とのバランスによって成り立つため、一概には言えないみたいですね。数字通りに行くなら、イチゴとレモンが糖度一緒の7くらいらしいですよ。

ガラル3鳥

ファイヤー、サンダー、フリーザーのリージョンフォーム……と言われていますが、実際には、カントー人からこの3鳥の特徴を聞いたガラル人が、カンムリ雪原にて見かけたこの3鳥を『ファイヤーたちだ!!』と勘違いしたからそう呼ばれているだけの、実際には別のポケモンという説があるみたいですね。今回はそちらの説を色濃く出すために、フリアさんたちには違和感を感じ貰いました。

ヒカリ

滾った次は極限化しました。気を付けましょう。




ポケモンのアプデのおかげで、ボックスなどが軽くなりそうでしたね。ストーリーはすごく良かったのですが、操作面で課題の多かったSVなので、そのあたりが直ってくれるのはとても嬉しいですね。ちょっと楽しみです。






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172話

 

 

「ギャオオォォォ!!」

「キイイィィィィ!!」

「フォウウゥゥゥッ!!」

 

 

「絶対に……許さないんだから……!!」

 

 叫び合う伝説の3鳥と、道具を傷つけられてご立腹なヒカリの視線が絡み合う。3つ巴のバトルと思われたものが、気づけば4つ巴になってしまっていた。

 

「え、えっと……ヒカリ……?」

「フリア……ここはわたしがやるから手は出さないで頂戴。……大丈夫よ。本当に、フリアが思っている以上に冷静は保っているから……」

「……」

 

 ボクから見て、『もしかしたら周りが見えていないのでは』と不安を感じてしまったので、それを確かめるためにゆっくりと声をかけてみる。すると、帰ってきた返答は彼女の言う通り意外にも落ち着いている声だった。だからと言って、料理道具を傷つけられたことに怒りが収まっているわけではないため、それをぶつける先にあの3鳥を選んだことに変わりはないみたいだけどね。

 

「……わかった。でも、無茶はしないでね」

「わかっているわ。大丈夫。自分の実力はちゃんと把握しているつもりよ」

 

 ヒカリほどの実力者ならばそんなに心配する必要は確かになさそうだけど……相手が伝説となるとちょっと心配の比率が上がってしまうのは仕方ないと思って欲しい。ヒカリは確かに強いけど、そもそも彼女の専門はあくまでもコンテストだからね。もし何かあった場合は、ヒカリに怒られるのを覚悟で割り込むとしよう。

 

「とりあえず、ちょっと下がって荷物をまとめておこうか」

「本当に大丈夫と……?」

「やっぱり一緒に戦った方がいいと思うぞ……?」

「そうだけど……」

 

 ヒカリとの会話を終えてみんなの方に向き直ったボクに対して、ユウリとホップが不安の声を投げかける。その声を聞いてしまうと、さっき振り払ったばかりの不安がまた帰ってきそうになるけど、それをもう一度振り払ってユウリたちに視線を合わせる。

 

「ヒカリがやるっていったから、ボクはそれを信じるよ。まぁ、もし本当に危なかったら無理やり乱入するけど……ヒカリだって経験は豊富だからね。自分の実力はちゃんと理解しているだろうし、無理はしない……と思ってる」

 

 はっきりと言い切れないところに、やっぱりボクの中にまだ不安があるのを感じるけど、そんなちょっとふわふわしたボクの発言をそれでも信じてくれたユウリとホップは、ボクの言った通り荷物をまとめ始めていた。

 

「フリアがそういうなら……うん。信じる!」

「おう!それに、フリアが言っている通り、本当に危なくなったら無理やり入ればいいだけだもんな!むしろ、伝説のバトルをまた見れることをありがたく思いながら楽しむぞ!」

「……うん、ありがと」

「おし、んじゃあ、オレたちも片付けしながら準備するか」

「そうね……あたしも、いろいろ気にかけておくと」

 

 そんな2人にお礼を言いながら、ボクもジュンとマリィに倣ってヒカリの料理器具等を集めたり、汚れた道具を綺麗に拭いたりしながら戦場へと目を向ける。

 

「ふぅ……」

 

 視線の先には深呼吸を入れるヒカリ。やはり、伝説3人同時に相手というのは相対するだけでもかなり身体が固まってしまうのだろう。けど、今の深呼吸でかなり解れたのか、ヒカリの表情が少しだけ柔らかくなった気がした。

 

「よし……行くわよ!」

「ギャオオォォォ!!」

「キイイィィィィ!!」

「フォウウゥゥゥ!!」

 

 ヒカリの声に呼応するように叫ぶ3鳥たち。その声をきっかけに、全員が一斉に動き出した。

 

「マンムーは『ふぶき』!!トゲキッスは『エアスラッシュ』!!エンペルトは『ハイドロポンプ』!!」

「ギャオオォォォ!!」

「キイイィィィィ!!」

「フォウウゥゥゥ!!」

 

 ヒカリからは3つの技が放たれて、ファイヤーたちからは先ほども見たそれぞれの固有の技と思われるものが飛んでくる。それらが先ほどと同じように全員の中心にてぶつかり合い、しかしエンペルトたちの技が加わったことによってさらに激しい衝撃と轟音をまき散らしながら周りをあおっていく。

 

「パチリス!『てだすけ』!!エンペルトはファイヤーに『たきのぼり』!!エテボースはサンダーに『ダブルアタック』!!ミミロップはフリーザーに『とびはねる』!!」

「パチパチッ!!」

 

 しかし先ほどと違うのは、その衝撃に耐えるだけでなく、その間にヒカリが攻撃を指示していること。爆風によって上がった土煙のせいで悪い視界を利用して、パチリスの手拍子とともに3人のポケモンがそれぞれの標的に向かって走り出す。水を纏ったエンペルトはファイヤーの真下まで一瞬で移動し、そこからアッパーカットのような形で、エテボースは地面にいるサンダーに向かって真っすぐ走り抜け、自慢の尻尾で殴り抜ける形で、ミミロップは一転してその場で超ジャンプ。ダイ木を超えるのではという高さまで飛びあがって、そのまま落下する力を利用してフリーザーに向かって突撃する。どの攻撃も相手の不意を突く強力な攻撃でありながら、パチリスのてだすけによってさらに強化されているのでいくら伝説と言えでもこの技を無視するわけにはいかない。

 

 伝説の3鳥が行った行動は、それぞれ違った。ファイヤーは攻撃を避けるべく羽ばたいてさらに上空へと飛び上がり、サンダーは攻撃を迎え撃つべく蹴りで応戦。フリーザーのみは、死角から急に現れたため反応がおくれ、技がちゃんとヒットしており、態勢が崩れた。

 

「エンペルトとミミロップはバック!!エテボースは『アイアンテール』!!」

 

 攻撃を避けられたエンペルトとダメージを与えたミミロップは、とりあえず反撃される前にすぐさま戻ってくることを指示。逆に、技を受け止められたエテボースは、反撃される可能性があるため、押し切られないように注視しながら指示を出す。

 

「エポ……ッ!!」

「キィィィッ!!」

 

 ダブルアタックからアイアンテールに切りかえて、攻め手を休めないようにするものの、サンダーの蹴りが強烈過ぎて、攻撃を受け止められた上で押し返されてしまう。

 

「エテボース、下がって!!」

「キィィィッ!!」

「エポッ!?」

「エテボース!?」

 

 エテボースでは分が悪いと悟ったヒカリがエテボースにも退却命令を出すものの、エテボースが下がりきる前にサンダーの蹴りが当たり、ヒカリの近くまで吹き飛ばされる。

 

「大丈夫!?」

「エポッ!!……エポッ!?」

 

 ヒカリの呼びかけに元気に答えようとするけど、それでもふらついてしまうエテボース。想像以上にダメージが刻まれているみたいだ。

 

(蹴ってるところからもしかしてとは思ったけど……あのサンダー、かくとうタイプを持っている……?)

 

「ひこう、かくとうタイプと言ったところかしら……まずは1人目……伝説と戦うなら、全員のタイプから調べないと……全く、変に前情報があるせいで先入観が邪魔しちゃうわね……」

 

 エテボースの様子からボクと同じ結論にたどり着いたヒカリが、少しだけ面倒くさそうな表情を浮かべる。ヒカリの言う通り、変に知識があるせいで逆に動きづらさを感じてしまう。まずヒカリが行わなければならないところは、彼女の言う通りタイプの調査からだ。とりあえずはサンダーのタイプがエテボースの様子から確定できた。いくらかくとうに弱いエテボースと言えども、このダメージの受け方はタイプ一致の威力上昇も考えないと説明がつかない。

 

「残り2人なんだけど……さて、どうやって調べましょうか……」

 

 タイプすらわからない伝説とのバトル。レジエレキとかと違い、名前からの予想も全くできない以上、手探りで行くしかない。しかし、なにも悲観するだけの状況ではない。というのも、このバトルは先ほども言った通り4つ巴。ならば、敵の攻撃はこっちに来るだけじゃない。

 

「ギャオオォォォ!!」

「フォゥッ!?」

 

 ヒカリがサンダーへと思考を回しているときに、上空から聞こえてきた声をに視線を向けると、たきのぼりをよけて空に飛んだファイヤーが、とびはねるを受けて怯んでいたフリーザーに向かって黒色の炎を放っているところだった。

 

「その調子でもっと争ってなさい!!」

 

 黒い炎を受けてしまったフリーザーはさらに態勢を崩し、地面へと真っ逆さまに落ちていく。そんなフリーザーにとどめを刺すべく、上空にいたファイヤーが急降下。自身の身体に纏っている真っ黒の焔を更に滾らせ、ありったけをフリーザーに叩き込もうと構えた。

 

(まずはフリーザーが落ちるか……)

 

「ギャウゥッ!?」

 

 そう予想し、2人の行く末を見つめていると、突如ファイヤーが風の刃に襲われて弾き飛ばされる。

 

「……ほんっと、自分から喧嘩売っておいてあれだけど、伝説ってどいつもこいつも一筋縄じゃいかないわね……」

 

 ファイヤーを弾き飛ばしたのは、二度の技の直撃を受けて満身創痍になっているのではと思われたフリーザー。地面すれすれまで落とされた彼は、それでもなおあの冷えた視線を崩すことなくファイヤーを見つめており、同時に彼自身の身体に刻まれた傷をどんどん治していく。

 

(『じこさいせい』……このフリーザーは回復技持ちなのか……)

 

「フォゥゥ……」

 

 そうこうしている間にあっという間に傷を完治させたフリーザーは、先ほどまでの出来事がなかったのように優雅にたたずむ。これにはさすがのファイヤーも苦い視線をフリーザーに投げかけた。返しで貰ったエアスラッシュが確かに効いた瞬間だった。

 

「少しずつ技は見えてきたけど……肝心のタイプが……」

「キイィィィッ!!」

「ヒカリ!!前!!」

「っ!?トゲキッス!!」

「キィ!!」

 

 ヒカリがファイヤーとフリーザーのやり取りに目を奪われているところに鳴り響くサンダーの声。再びバチバチという元気の音を響かせながらかけてきたサンダーは、自慢の蹴りを叩き込むべくヒカリの方へと猛進してくる。その攻撃を受け止めるべく、かくとう技のダメージを大きく減少させることの出来るトゲキッスを前に出すことでこれをしっかりと受け止めた。

 

「ごめんなさいトゲキッス」

「キィ!!」

「ありがとう!マンムー!!『れいとうビーム』!!パチリス!!『スパーク』!!」

「ムーッ!!」

「パチィッ!!」

 

 トゲキッスが受け止めている間に右からマンムーが、左からパチリスがそれぞれひこうタイプにこうかばつぐんの技を放っていく。サンダーを倒すべく放たれた2つの強力な技は、真っすぐ突き進んでいき……

 

「ギャオオオォォォッ!!」

 

 逆上したかのように叫び声をあげたファイヤーがフリーザーに向けて放った黒色の炎が、フリーザーがよけてしまったことによってこちらに流れ弾として飛んできてしまい、その炎によってかき消されてしまう。

 

「みんな下がって!!」

「キイィィィッ!?」

「キィッ!?」

 

 そんなアクシデントにも何とか反応できたヒカリが急いでみんなに退却を促すものの、取っ組み合っていたトゲキッスだけが逃げきれず、サンダーとともにその黒い炎に巻き込まれる。

 

「トゲキッス!!」

 

 ヒカリが心配そうな声を上げる。あのフリーザーに一撃でかなりのダメージを負わせたあの技を意識外から喰らってしまった。そのことに流石に焦っている様子だ。傍から見ているボクやユウリたちも、思わず息をのんでいた。

 

「キキ!!」

「キィ!!」

「よかった……無事なのね」

「あまり効いてなかと……?」

 

 しかし予想に反して、黒い炎を喰らったトゲキッスとサンダーにはたいしてダメージが入っているように見えなかった。その様子から、今の攻撃が2人に対しては効果がいまひとつだったことがうかがえた。マリィもそのことに気づき、少しいぶかしげな声を上げる。

 

「トゲキッスとサンダーに対して効果があまりない……」

「サンダーをひこう、かくとうと仮定した場合、トゲキッスと被って効果が低いタイプは……あく、くさ、かくとう……の3つだよね?」

「あの技が黒い所を見ると……うん。間違いなかと。ファイヤーの攻撃はあくタイプと!!あくタイプを使うあたしが断言すると!!」

 

 そこから思考を回していったガラル組によって、ファイヤーのタイプを看破していく。

 

「ありがとみんな。これで2人目ね……あとはフリーザーだけ。予想は何となくできているけど……最終確認と行きましょうか!!」

「キキィィッ!!」

 

 タイプがわかったことでさらにテンションが上がっていくヒカリと呼応するように、さっき横やりを入れられたことに怒ったサンダーが猛ダッシュし、トゲキッスからファイヤーへと標的を変える。

 

「ギャオオッ!!」

 

 走って来るサンダーに対して威嚇するかのように叫び返すファイヤー。ボクたちが初めて彼らと出会った時と同じように再びバトルが始まろうとしている所に、フリーザーがエアスラッシュの構えを取り、両者をまとめて吹き飛ばそうと画策する。

 

「エンペルト!!『たきのぼり』!!ミミロップは『でんこうせっか』!!」

 

 そんなフリーザーを邪魔するべく走るのはヒカリのポケモン2人。技を構えている隙をねっらて2人が地面をかけ、フリーザーの真下に辿り着くと同時に、そこから直角に上昇。フリーザーに向かってアッパーを繰り出すように攻撃を放つ。

 

「フォウッ!!」

 

 しかし、そう何度も攻撃を喰らうようなやわポケモンではない。華麗に空を飛び回り、2つの攻撃をさばききったフリーザーは、飛び上がって無防備となったエンペルトとミミロップに向かって、両目から白い光線を放った。このままでは2人に大きなダメージが入ってしまう。

 

「『エアスラッシュ』じゃなくて、あなたの得意技且つ、自分と同じタイプの可能性があるその攻撃をして欲しかったのよ!!トゲキッス!!エテボース!!」

 

 しかし、相手がよけるのならこちらも攻撃を華麗に捌く。トゲキッスに乗ったエテボースが、自慢の尻尾の大きな手でエンペルトとミミロップを構え、3人分の体重を抱えたトゲキッスが、それでも仲間を守るために全力で空を駆けて白い光線の範囲から逃れる。

 

「よし!!そのままくらいなさい!!そしてフリーザー!!あなたのタイプも見させてもらうわよ!!」

 

 フリーザーの放った光線はそのまま直進し、右目の光はサンダーへ、左目の光はファイヤーへと突き刺さる。

 

「キキィッ!?」

「ギャオ……?」

 

 恐らくフリーザーが一番得意とし、自身と同じタイプであろう技を受けた両者の反応はとても極端で、サンダーは激しく苦しむように悶え、ファイヤーは何をさらたのかわからないと言ったような声を上げる。

 

「かくとうタイプのサンダーがこうかばつぐんで、あくタイプのファイヤーに効果がないみたいだな!!」

「そんなタイプなんて1つしかない……ヒカリ!!」

「ええ、ようやくわかったわね!!」

 

 ここまでの戦いでようやく最後の伝説のタイプもわかった。勿論ヒカリもそのことを理解しており、ジュンとボクの言葉に嬉しそうに反応する。ファイヤー、サンダー、フリーザー……それぞれ、ひこうを含みながら、あく、かくとう、エスパータイプを含んでいる。ここだけでちょうど3すくみになっている形だ。

 

「じめんタイプやこおりタイプ、くさタイプを含んでなくてよかったわ……これでようやく暴れられるってわけね」

 

「キイィィィッ!!」

「ギャオォォッ!!」

 

 再び横やりを入れられたことで激昂するサンダーと、サンダーにつられて吠えるファイヤー。

 

「邪魔されまくって怒っているって事かしら?わたしだって、今まで戦いづらくてもやもやしていたんだから、その分のお返しをするわよ!!」

「フォオォォッ!!」

 

 その声に返すのはヒカリの気合の入った言葉と、技を利用されたことに少なくない怒りを覚えたフリーザー。今の全員の声の出し方から、相対する4人全員のテンションが1段階引き上げられたのを感じた。おそらく戦闘はますます激化していくだろう。

 

「ギャオオォォォッ!!」

 

 まずはファイヤー。両翼を激しく羽ばたかせて、辺り一面に嵐を巻き起こし始めた。ひこうタイプの強力な技。ぼうふうだ。

 

「マンムーは『ふぶき』!!エンペルトは『ハイドロポンプ』!!」

 

 飛んで来る嵐に対して、ヒカリは2つの技で受け止めることを選択。フリーザーは身体で受け、じこさいせいで回復し、サンダーは地面をとにかく走りまくることで避けるという、各々が自分の得意とする行動でぼうふうの対処を行っていた。

 

「フォォォォォッ!!」

 

 嵐を捌ききった中で一番最初に行動したのはフリーザー。翼を大きく広げながら大きな声をあげ、何かを起こした。その行動に視線を奪われ、思わず身構えてみるヒカリ。しかし何も起きない。

 

「今のは……?」

「キィィィッ!!」

「ギャオォッ!!」

 

 何が起きたのか気になるヒカリは、そちらに一瞬思考を取られ、その間にサンダーとファイヤーが吠える。

 

 サンダーはフリーザーに向かって走り出し、くちばしを光らせてドリルくちばしの態勢へ。一方ファイヤーは、ヒカリに向けて黒い炎を発射してきた。さっきの疑問を考えても答えは出ないので、とりあえずはファイヤーの対処だ。

 

「トゲキッス!!『マジカルシャイン』!!ミミロップ!!『とびひざげり』!!」

 

 飛んで来る黒に対するは虹の光。おそらくあくと思われる技をフェアリーで受け止め、その間に飛び上がったミミロップが、自慢の膝を構えながら突撃する。

 

「フォオォォッ!!」

「ミロッ!?」

「エンペルト!!」

 

 しかしミミロップはフリーザーに放たれた光線によって撃ち落とされてしまう。着地地点にエンペルトを向かわせることによって、地面にたたきつけられることこそ防いだものの、大きなダメージを刻まれてしまった。どうやら、サンダーはフリーザーの攻撃で一時的に押し返されていたみたいで、その隙にこちらを攻撃して来たみたいだ。

 

「ギャオォォォッ!!」

 

 ヒカリの攻撃が不発に終わったところで吠えるはファイヤー。翼を羽ばたかせ、今度はエアスラッシュをばら撒き始める。

 

「マンムー!!『こおりのつぶて』!!パチリスは『てだすけ』!!」

 

 風の刃に対しては氷に塊をぶつけて相殺。てだすけも相まって今度は余裕を持って受け止めることに成功。エアスラッシュを止めてなお威力の余ったこおりのつぶては、そのままファイヤーへ飛んでいき、突き刺さる。

 

「エンペルト!!右に『ハイドロポンプ』!!トゲキッスも同じ方に『エアスラッシュ』!!ミミロップとエテボースは構えなさい!!」

 

 しかし、そんなファイヤーになんて目もくれず、ヒカリはすぐさま別の方へ視線を向ける。すると、そちらにはヒカリに向かって白い光線を放っているフリーザーの姿。この攻撃に気づいていたからこそ、ヒカリはファイヤーではなくこちらに視線を向けたというわけだ。その狙い通り、フリーザーからの攻撃は無事せき止めることに成功。お互いの攻撃がぶつかり合い、爆発によって砂が巻き上がり、視界が悪くなる。

 

「来るわよ!!」

 

 そんな砂をかき分けるように突っ込んできたのがサンダー。サンダーが突っ込むこともちゃんと考慮していたため。構えていたミミロップとエテボースがしっかり対応する。

 

「キキィッ!!」

「ミミッ!!」

「エポッ!!」

 

 また電気の音を立てながら猛進してくるサンダーに対し、苦手タイプであるはずの2人がそれでもしっかりと前を見て相対する。

 

「『とびひざげり』と『ダブルアタック』!!」

 

 強力な蹴りに立ち向かう尻尾と膝は、辺りにかなりの衝撃をまき散らして相殺。その余波で辺りの砂埃が飛び去り、サンダーとミミロップたちの距離が開いて行く。この間にファイヤーも態勢を立て直しており、フリーザーもいったん様子見のために一定の距離を置いた。

 

「……ふぅ」

 

 これで全員が等間隔で離れたこととなり、バトルはいったん仕切り直しへ。

 

「凄いぞ……伝説3人を相手に引けを取ってないぞ……」

「ヒカリってコンテストメインだよね……?」

「ジムチャレンジに参加してたら、絶対に最後まで行ってると……」

 

 ヒカリの大立ち回りに賞賛の言葉を贈るホップ、ユウリ、マリィの3人。確かに、伝説のポケモン相手に、1人でここまで互角に渡り合えるのは褒められるべき快挙だ。けど……

 

「なんでだろう……凄く嫌な予感……」

「ああ。オレもあのフリーザーの行動が気になって仕方ないぜ……」

 

 ボクとジュンが気になったのはフリーザーの行動。吠えただけで何もしなかったあれの意味がどうしても分からず、頭に引っかかってしまう。

 

(横やりを入れたり、『じこさいせい』まかせのやられたふりをしたり、様子見を多くしたり……間違いなくこのメンツの中で一番強かなのはフリーザーだ。そんなフリーザーのあの行動が、何の意味もないとは思えない)

 

 こうして改めてこちらを見下ろしてくるフリーザーを見ていると、やっぱり今も何かを考えているような気がして気が気じゃない。エスパータイプの力で浮いていると思われる姿を見て、よりその毛色を強く感じてしまい……

 

「まって……エスパータイプ……っ!?ヒカリ!!上!!」

「え?」

「フォウウゥゥゥッ!!」

 

 フリーザーのタイプを思い出して、答えに辿り着いたボクは慌ててヒカリに忠告をする。しかし、ボクが声を上げた時にはもう遅く、フリーザーの攻撃は()()()()()()

 

 上空から降りそそぐは無数の光。まるで流れ星のように降りそそがれるその光は、サンダー、ファイヤー、そしてヒカリのポケモンたちに余すことなく降りそそいだ。

 

「『みらいよち』!?みんな逃げ……ッ!?」

 

 ヒカリが慌てて逃げる指示を出すがもう遅い。激しい攻撃が降り注ぐ中、ひたすら受けることしかできないみんな。

 

「フォウウゥゥゥッ!!」

 

 フリーザーが嬉しそうに吠える中行われた攻撃は、数10秒ほど続いてようやく止まる。タイプ上効果のないファイヤーと、鋭いステップで避け切ったサンダーは、特に変わらない姿でお互いをにらみつけるが、ヒカリのポケモンはそうはいかない。きっと何人かのポケモンが倒れ、倒れていない子はそれでも大きなダメージを受けているだろうと思っていた。

 

「……っ!?」

 

 しかし、その予想は裏切られる。

 

「キィ……」

 

 攻撃が消え、視界が晴れたところでボクたちの目に映ったのは、みらいよちからみんなを守るように羽を広げ、攻撃を一身に受けたトゲキッスが、ゆっくりと倒れる姿だった。

 

「トゲキッス……ありがとう……あなたのおかげで、みんなが助かったわ。本当に、感謝してもしきれない……ゆっくり休んで……」

 

 トゲキッスをボールに戻すヒカリと、そんなトゲキッスを見送るヒカリのポケモンたち。

 

「みんな……絶対に勝つわよ……」

「ペルッ!!」

「ムーッ!!」

「エポッ!!」

「パチッ!!」

「ミミッ!!」

 

 トゲキッスからのバトンを受け、彼女たちの目の色が、変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タイプ

ファイヤー、サンダー、フリーザーと、本来なら名前だけでタイプがわかるはずなのに、姿が違うせいでこの名前がミスリードになるという展開。やっぱり別固体ですよね、この子たち……。

みらいよち

この技を見ると、アニポケのゴジカさんとの闘いを思い出します。あの時は対処方法がとても可愛かったですよね。

トゲキッス

この地方では白い悪魔だなんて呼ばれてましたが、ヒカリさんの手持ちではお母さんのようなポジションですね。




花粉がひどい……これだから作者は春が一番嫌いだったりします……。






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173話

「エンペルト!!『ハイドロポンプ』!!パチリス!!『てだすけ』!!」

「ペルッ!!」

「パチッ!!」

 

 パチリスの手拍子とともに放たれる激流。全てを押し流すそれは、トゲキッスを落としたフリーザーに向けて真っ直ぐ放たれた。

 

「フォォッ!!」

 

 対するフリーザーはこれに対して白い光線を発射。激流とぶつかりあった結果水飛沫となって辺りに散らばり、再び視界が悪くなる。この隙にフリーザーが再び構えるのはみらいよち。声だけ上げて、未来に攻撃を予知しようと翼をはためかせ……

 

「キキキィィッ!!」

「フォゥッ!?」

 

 みらいよちを阻止るるべく、高く飛び上がったサンダーがドリルくちばしにてフリーザーに突撃を行う。自身にもこうかばつぐんであるみらいよちを止めたいのはサンダーも一緒だ。ここに関しては協力できるだろう。

 

「ギャオオォォォッ!!」

 

 しかし、みらいよちが効かないファイヤーにとっては、みらいよちは敵同士がつぶし合ってくれるのでむしろ行って欲しものだ。それを邪魔するサンダーはすぐにでも倒してしまい大敵であるため、そちらに向かってファイヤーがエアスラッシュを放っていく。

 

「マンムー!!『ふぶき』!!」

 

 ヒカリはサンダーと同じ視点であるため、ここではファイヤーの攻撃を止めるためにマンムーで攻撃をおこなう。風の刃と氷の風がぶつかり合ったところで、この隙を狙ってヒカリが更に畳みかける。

 

「エテボース、『ダブルアタック』!!ミミロップは『とびひざげり』!!」

 

 エアスラッシュの後隙を狙ってミミロップとエテボースが飛翔。ミミロップが左羽の、エテボースが右羽の付け根を狙って攻撃を叩き込む。これによってバランスを崩したファイヤーが地面に落ちていく。が、空中で動きが取れないミミロップたちに対して、白い光線が飛んでくる。どうやら、サンダーの攻撃を更に浮かぶことによって攻撃を回避したフリーザーが、こちらの攻撃した後の隙を狙って攻撃してきたみたいだ。

 

「マンムー!『こおりのつぶて』!!」

 

 この光線を止めるべく、マンムーが氷の弾丸を発射。白い光線をめがけて飛んでいく攻撃は、しかし完全に止めきることが出来ずに、左目からの光線のみを止めるに終わる。右目から発射された光線はそのままミミロップめがけて飛んでいく。

 

「ミミロップ!!」

「エポッ!!」

「ミミィッ!?」

 

 ヒカリがミミロップの方を見て叫び声をあげる中、エテボースが尻尾を振ってミミロップを突き飛ばした。それによって、白い光線の導線からミミロップが弾かれ、攻撃が不発に終わる。

 

「ナイスエテボース!!」

「エポ!!……エポッ!?」

 

 しかしそのエテボースを、攻撃をよけられたことで攻撃対象を変えたサンダーが攻撃。空中で強烈な蹴りを受けたエテボースが、そのまま地面に落とされ目を回してしまう。

 

「ごめんなさい……ありがとうエテボース……マンムー!!『ふぶき』!!パチリスは『てだすけ』!!」

 

 戦闘不能になったエテボースを回収してすかさず指示を出すヒカリ。パチリスのてだすけで威力を底上げされたふぶきが伝説を襲っていく。

 

「ギャオッ!?」

「フォウゥッ!?」

 

 この攻撃に地面に落ちていたファイヤーと、白い光線を打った後で動けなかったフリーザーに直撃。こうかばつぐんのダメージを刻み込み、後ろに後退させる。

 

「キキィッ!!」

 

 そんな中、エテボースを蹴ったと同時に後ろに飛んで下がったサンダーのみが素早くステップを踏んでよけきり、ふぶきを放ったマンムーめがけて走り出した。

 

「エンペルト!!ミミロップ!!」

 

 突撃してくるサンダーに対して迎え撃つのはエンペルトとミミロップ。両者の間に割り込むようにして飛び込んだ2人は、そのまま技の態勢へ。

 

「『たきのぼり』と『とびひざげり』!!」

 

 サンダーが放ってきたドロップキックに対して、水を纏ったエンペルトの右翼の縦振りと、ミミロップの左膝がぶつかり合う。その時の衝撃によって少しだけ両者の間が空いたものの、その隙間をすぐに埋めるようにお互いがダッシュで詰め寄る。

 

 エンペルトが右翼を縦に振ったのを半分左に身体をずらしてよけ、左足で蹴り上げる動作を取るサンダー。ここをミミロップが左膝で受け止めることで攻撃を相殺。ミミロップとサンダーの身体が後ろにちょっとのけ反ったところを、エンペルトが身体に水を纏って突撃を行う。これを避けることが出来ないと悟ったサンダーが、身体を低くして受け止める態勢へ。

 

「っ!?エンペルト!!ミミロップ!!バック!!」

 

 そのまま鍔迫り合いが発生すると思われた瞬間に嫌な予感を感じたヒカリは慌てて退避命令。ミミロップは後ろに飛び、エンペルトはサンダーにぶつかった反動を利用して帰って来る。そこに突き刺さるのはファイヤ―が放った黒い炎。ヒカリのポケモンとサンダーをまとめて狙ったそれは、先に逃げ切ったことでヒカリのポケモンだけ巻き込まれることなく、サンダーに降り注ぐ。

 

「キ……キキィッ!!」

 

 視界外から飛んできたまさかの攻撃に、態勢を低くしていたサンダーは押しつぶされるように技を喰らうものの、これを地面を思いっきり踏み抜くことで辺りに衝撃波を出して霧散させる。

 

「力業ね……」

「キキィッ!!」

 

 ヒカリの呟きに呼応するように叫びだすサンダー。その瞬間、サンダーの筋肉が一瞬膨張し、身体がほんのりと赤くなった。自身の攻撃と防御を上昇させる技。ビルドアップだ。

 

「エンペルト!!『ハイドロポンプ』!!マンムーは『ふぶき』!!」

 

 その動作を見てすかさず攻撃を行うヒカリ。この技をよけられて反撃されてもいいように、すぐ近くにはミミロップを控えさせて、パチリスで援護できるようにてだすけの準備も整えておく。

 

「フォゥ……」

 

 一方で、このやり取りの間に自身を回復させて万全の状態に戻っておこうと画策したフリーザーが、じこさいせいにて傷を癒すことに集中し始める。本来ならこの行動を真っ先につぶしておきたいのだけど、それでも今はサンダーが目の前にいるからそれが行えないことにヒカリが歯噛みしていると、ここでファイヤーが動き出す。

 

「ギャォ……ギャオギャオゥッ?」

 

 空中に飛びあがあり、全員に視線を向けたファイヤーが放ったその声は、まるで『どうした?そうやらないと勝てる自信がないのか?』と言っているように聞こえ、現在闘っているポケモンたち全員が、ファイヤーのその言葉につられて怒りだしたように見えた。

 

「『ちょうはつ』……正直ありがたいわね」

 

 これでサンダーはビルドアップを、フリーザーはじこさいせいを行うことが出来なくなった。勿論ヒカリ側も変化技を行うことが出来なくなってはいるけど、幸いにもヒカリのエンペルトとミミロップはフルアタ型だし、マンムーはあられしかないので今回使うことはない。しかも運がいいことに、てだすけの準備のためにミミロップの後ろに回っていた、このパーティで一番変化技を行うパチリスは、視界が遮られていてファイヤーの行動を見ることが出来なかったため、このちょうはつに乗ることなく動けていた。

 

「フリーザーが『じこさいせい』できない今のうちに行くわよ!!」

 

 ヒカリの掛け声とともに声を上げたポケモンたちが、サンダーとフリーザーも含めて、ちょうはつをしてきたお返しをするべくファイヤーに向かって突撃を行う。対するファイヤーは、声をあげながら翼を激しくはばたかせ、ぼうふうを発動。突如バトルフィールドに嵐が巻き起こり、しかしそれに臆することなく全員が走り出して技をぶつけ合っていた。

 

「凄い……」

「伝説の3鳥もだけど、ヒカリの指示の無駄のなさがずごか……」

「思わず見とれてしまうぞ……」

 

 嵐が巻き起こる中、稲妻のような蹴りが走り、凍てつくような光線が飛び、全てを流す激流が通り、まるで弾丸のような氷塊が駆け、縦横無尽に飛び跳ねるうさぎポケモンが踊るように技を繰り出いていく。その様を見て、ユウリ、マリィ、ホップが思わず言葉を零す。

 

 当たろうものなら大ダメージは間違いない本気の攻撃たちは、しかし誰にもあたることなく時にぶつかり合い、時にいなし合うことによってそのすべてが不発に終わっていく。その様はまるで一種の殺陣を見ているようで……ヒカリがコンテストを主戦場にしているということもあって、ますますこの一幕が何かの劇の一部のように見えてしまう。

 

「お互い実力は互角……かな?」

「ああ。じゃなきゃこんなすげぇ景色にはならないぞ」

 

 そんなバトルに見とれているのはボクたちも一緒だ。ヒカリの実力は知ってはいたからいいバトルをすること自体は分かっていた。しかし、それでもここまで凄いことになるのはちょっと驚いた。ユウリたちの誰かがどこかで呟いたように、もし彼女が今からバトル競技シーンに転向したとしても、十分に名をとどろかせることはできるだろう。それだけ今目の前で起こっていることは凄い事だった。しかし……

 

「お互いの実力が互角……でも、こうなってくると……」

「先にボロが出ちまうのはヒカリの方だよな……」

「ペルッ!?」

 

 もうすぐこの互角の状況も終わると予想した瞬間に聞こえるのは、エンペルトが嵐に圧されて少し後退するところだった。それを皮切りに、先ほどまで互角のバトル挑んでいた状況から、少しずつヒカリのポケモンが押され始める。

 

「ちょっとずつ弾かれ始めてると!!」

「なんで!?さっきまで互角だったのに!?」

 

 慌てたような声を上げるユウリとマリィ。そんな彼女たちに、ボクはゆっくりと説明をする。

 

「単純にスタミナの問題だよ。伝説のポケモンと普通のポケモンではそもそものスペックが違う。だから普通にぶつかり合えば、当然伝説のポケモンたちが勝ってしまう。けど今回そうなっていないのは、複数のポケモンによる連携と、それを指示するトレーナーの存在が大きいんだ。ヒカリがいるから、俯瞰的な情報もある分動きやすい。けど……」

 

 ボクの言葉に続いて、みんなの視線がヒカリに誘導される。その先には……

 

「はぁ……はぁ……エンペルト……『たきのぼり』!!」

 

 息を切らせながら技を指示するヒカリの姿があった。

 

「ポケモンと人間だと、当然人間の方が体力は少ない。そのうえ、伝説のポケモンと相対しているというプレシャーも重なれば、ヒカリの体力はとんでもない速さで削れていくはずだ。疲れは判断力の低下を生み、判断力の低下は手持ちの子たちの動きの制限につながる。そしてそのデメリットはこの状況においては致命傷になる」

「「「……」」」

 

 ボクが説明をしている間にも、ミミロップが弾かれてヒカリの下まで飛ばされる。

 

(もう長時間のバトルはできない。勝負は大詰め……ヒカリ……どうする……?)

 

 ここが勝負所。ボクの説明によって、勝にしても負けるにしても、そろそろ決着がつくことを悟ったユウリたちも固唾を飲んでフィールドに視線を向けた。

 

「ムーッ!?」

 

 同時にマンムーがエアスラッシュを受けて後退してしまう。身体に刻まれたダメージは相当のようで、身体を見れば逞しい巨体のいろんなところに傷が見えた。その傷は他のポケモンたちにも刻まれており、エンペルトもミミロップもパチリスも、みんながみんな傷ついた状態で立っていた。伝説の3鳥も身体に傷が目立ち始めてはいるものの、それでもヒカリたちの方が傷は多かった。

 

「マンムー!!『ふぶき』!!パチリスは『てだすけ』!!」

「フォウッ!!」

 

 それでも抗うためにマンムーはパチリスの応援を受けながらふぶきを発射。全てを凍らせるその技は、しかしフリーザーが白い光線を放つことによって相殺し合い、辺りに爆風を生むに終わる。

 

「キキィッ!!」

 

 その隙間を縫うように走り出すのはサンダー。稲妻のようなジグザグとしたステップを踏んだサンダーはあっという間にマンムーの懐に潜り込み、強烈な蹴りをマンムーに叩き込む。

 

「ム……ゥ……」

「マンムー、ありがとう……戻りなさい」

 

 こうかばつぐんの技をこのタイミングで受けてしまえば当然耐えることなんて不可能。その巨体を倒したマンムーが、ヒカリのボールに戻っていく。

 

 これであと3人。

 

「エンペルトは『たきのぼり』!!ミミロップはパチリスを背負って『とびはねる』!!パチリスは『てだすけ』!!」

 

 マンムーは落ちたものの、まだ爆風によって巻き起こった煙は残っている。サンダーはマンムーを倒してすぐに下がってしまったため攻撃できないけど、他の2鳥になら攻撃できる。

 

「フリーザーを狙いなさい!!」

 

 ヒカリの指示に従ってフリーザーに狙いを定める2人。まずはエンペルトが前に走り出し、水を纏った突進を行う。視界を防がれてなおこの攻撃を何とか察知したフリーザーは、これを横にずれることで回避したものの、次に上から降ってきたミミロップの攻撃を避けることが出来なかった。攻撃を受けたフリーザーはそのまま後ろに後退。技をよけられたことと、とびはねるが当たったことによって再び飛び上がったミミロップが空中でその姿を見送る。

 

「ギャオオォォォッ!!」

 

 しかし、このフリーザーと交代するように前に出たのがファイヤー。身体に黒い炎を纏っていた彼は、空中で身動きが出来ないと踏んだエンペルトとミミロップに向かってその炎を発射した。

 

「エンペルト!!『ハイドロポンプ』!!パチリスは『てだすけ』!!」

 

 このままではまずいと判断したヒカリが慌てて技を指示。しかし遠距離技を放てるのがエンペルトしかいないため、エンペルトとファイヤーで打ち合ってもらう事となる。が……

 

「ペル!?」

「なっ!?」

 

 ファイヤーが放った黒い炎は、エンペルトの攻撃とすれ違うようにしてエンペルトに突き刺さる。自身の方が残り体力が上ということを理解しているがゆえに、攻撃を喰らってでもエンペルトを落としてやろうという捨て身の行動だった。そしてその行動はしっかりとヒカリに刺さることとなる。

 

「ぺ……ル……」

「エンペルト。ありがとう……」

 

 地面に落ちていくエンペルトの目は回っており、これ以上のバトルは不可能だったためボールに戻す。

 

 あと2人。それも、パチリスは基本的に援護を主としているため、パチリスだけが残ってしまえばどうしようもないため、実質ミミロップのみとなっている絶体絶命の状況。

 

「ヒカリ……」

「もうあとがなかと……」

「ヒカリは十分やったぞ!!あとはオレたちが何とかすれば……」

 

 ユウリたちも、もうこの状況はどうしようもないと判断しているみたいで、『次は自分たちが闘う番だ』と考えながら準備をしていく。その考えはファイヤーも同じようで、ようやく4つ巴から一人脱落者が出そうなことに安堵しながら、迫りくるハイドロポンプに対して特に臆することなく技を受けようとする。

 

 エンペルトのげきりゅうが乗ったこの技は確かに痛いが、受けきれない威力ではない。これを受けて、あとはヒカリの残りのポケモンを倒してしまえば、それでひとまずは完了だ。空中に姿がいないことから、この間にヒカリの元に戻ったであろうミミロップを仕留めれば、ヒカリの脱落は待ったなしである。ふと視線をヒカリに向ければ、周りに誰もいない状況で彼女が1人で悔しそうな表情を浮かべているのが目に入る。その表情に自身の優位性を確信したファイヤーの表情がいびつに歪み……

 

「ギャォ……?」

 

 ここでファイヤーがようやく違和感を感じた。

 

 空中には誰もいなかった。そしてヒカリの周りにも誰もいなかった。では……

 

 

 

 

 ミミロップとパチリスはどこに行った?

 

 

 

 

「かかったわね!!ミミロップ!!『おんがえし』!!」

「ミミィッ!!」

「ギャオッ!?」

 

 ファイヤーの身体にハイドロポンプが当たったと同時に、ファイヤーの身体にさらなる衝撃が襲い掛かる。その正体は、ハイドロポンプの中に入り、一緒に流されて突っ込んできたミミロップだった。

 

 トレーナーと仲が良ければ良い程威力の上がるおんがえし。当然ヒカリとミミロップはかけがえのない仲間だ。故に、最高峰の火力となったその技を、ハイドロポンプとともにファイヤーの身体に叩き込む。

 

「ずっとまってたのよ!!あんたたちが()()()()()()()()()を!!」

 

 ヒカリの言葉につられてみんなの視線がファイヤーの後ろへ。すると、そこには確かに、ファイヤーとすれ違うように後ろに下がったフリーザーの姿があり、そこからさらに後ろに視線を向ければ、地面で空を見上げているサンダーの姿があった。

 

「ミミロップ!!そのまま押し込みなさい!!」

「ミミィ!!」

「ギャオッ!?」

 

 気合の入った声をあげながら恩返しによる突撃を行うミミロップ。これに対して何とか反撃を試みようと黒い炎を身体に纏い始めるものの、ミミロップから受けた攻撃が強烈すぎて行動に移すことが出来ず、そのままフリーザーの方へまとめて落ちていく。

 

「フォオオオォォォッ!!」

 

 自分に向かって飛んでくるファイヤーたち。それを視線に収めたフリーザーは、このままこちらに突っ込んでくるのを防ぐために技を構える。あくタイプのファイヤーがいるため、光線を打つことが出来ないフリーザーはエアスラッシュを選択。両翼を白く輝かせ、攻撃の準備に取り掛かる。

 

「させるわけないでしょ!!パチリス!!『てだすけ』!!」

「パッチ!!」

 

 対するヒカリはこの勢いを落とすわけにはいかないので、ここでパチリスのてだすけによるブーストをかけてミミロップの勢いを底上げさせる。これにより、技を放とうと構えていたフリーザーの予想よりも速くフリーザーに辿り着くことによって、フリーザーの技が不発に終わり、ポケモンの隕石にフリーザーが追加される。

 

 後はサンダーだけ。

 

「キキィッ!!」

 

 次は自分。それを理解しているサンダーは羽を擦り合わせ、いつも以上にバチバチという音を響かせていき、同時に利き足と思われる右足を少し後ろに引いて、渾身の蹴りを放つ準備を行う。

 

「ここが最後ね。悪いけど、この一撃に全部かけてんのよ。そんな気合の入った技をたかがあんたなんかの蹴りごときで止められてたまるもんですか!!」

「キキィッ!!」

 

 これから起きる最後のやり取りに、お互いが声を上げ、ついにサンダーがぶつかる。

 

「キキィッ!!」

 

 引いた右足を思いっきり振り上げ、自身に向かってくる塊に向かって今までで一番威力を込めた最高の蹴りを放つサンダー。その速度と威力は申し分なく、これを喰らえばミミロップたちの塊は、野球のホームランのごとく遥か彼方に吹っ飛ばされてしまう事だろう。だからヒカリも反抗する。

 

 この蹴りに勝つための最後の一手。その指示を、ヒカリは()()()()()()()()

 

「パチリス!!『プラズマシャワー』!!」

「パッチィッ!!」

 

 ヒカリの指示とともに放たれたのは電気を帯びた粒子。それがこの場のあらゆる場所に拡散され、辺りにサンダーの羽音のようにバチバチとした音を響かせる。これそのものは粒子が細かすぎて、とてもじゃないけど攻撃技とは言えない代物だ。この程度ではサンダーの蹴りに抗うことはできない。しかし、この技には重要な効果がついている。

 

 それは、この粒子がある場では、『ノーマルタイプがでんきタイプの技に変換されてしまう』という事。

 

 効果自体は癖のあるもので、普段日常的に見ることの無い技だろう。しかし、今この場ではその効果は何よりも強力な武器になる。なぜなら、ミミロップが現在放っているおんがえしがノーマルタイプの技だから。

 

 

「ミミロップ!!行きなさい!!」

「ミミィッ!!」

 

 

 身体に電気を帯び、自身の技をでんきタイプにかえ、伝説の3鳥全員にこうかばつぐんな電撃のおんがえしとなってサンダーに落ちていく。

 

「キキィッ!?」

 

 ミミロップ、パチリス、ファイヤー、フリーザー。その4人の塊にサンダーが足をつけた瞬間に、辺りに電撃のはじける音が響き渡る。急にタイプが変わったことに困惑したサンダーは、思いもよらないこうかばつぐんの技に一瞬動きを硬直させてしまう。それでも伝説の意地なのか、無理やり力を入れ直しておんがえしにぶつかっていくサンダー。

 

 

「ミミロップ!!」

「ミミィッ!!」

 

 

 しかし、一度ミミロップに傾いた流れをヒカリが簡単に逃すわけがない。ヒカリの言葉に再び声を上げたミミロップが、最後の力を振り絞ってヒカリの想いに答えていく。

 

 電気を帯びたミミロップの勢いはもう止まらない。

 

 サンダーの蹴りによって、一瞬だけミミロップたちの勢いは削れたものの、ミミロップの叫びとともに一気に吹き返し、とうとうサンダーをも巻き込んで地面に墜落。同時に大きな電撃と破壊音をまき散らす。

 

「ミミロップ……ッ!!」

 

 爆風と余波によって巻き上がる砂ぼこりに目を覆いながら耐えるボクたち。

 

 砂のせいで何もわからない場に、それでも目線を送り続けるボクたちは、バトルの最後をしっかりと視界に刻む。

 

「ミミィ!!」

「パチィッ!!」

 

 喜ぶパチリスを背負いながら、勝鬨を高らかに上げたミミロップの姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おんがえし

剣盾以降の世代で削除された技ですね。ポケモンとトレーナーのなつき度によって威力が変わります。最高で威力102です。デメリット無しでこの威力を出せるノーマル技はなく、6世代ではあの最強ポケモンがよく使ってましたね。最終的には、ひみつのちからの方が多かったらしいですが。

プラズマシャワー

此方も剣盾以降では存在しない技ですね。効果は、この技が発動されたターンは、ノーマルタイプの技がでんきタイプの技に変換される。というものです。バトルシーンでは、こうすることによってちくでんやひらいしんのポケモンが攻撃をうけなくなるというのが強みです。パチリスのプラズマシャワーと言えば、某世界大会のタッグバトルを思い出しますよね。




伝説の3鳥戦、決着。






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174話

「ミミィ!!……ミッ!?」

「パチッ!?」

「ミミロップ!!」

 

 伝説の3鳥をまとめて撃破し、自分が勝者であることを宣言すかのように叫ぶミミロップ。しかし、ここまでの激闘が身体に響いたのか、はたまた、勝ったことで緊張が解けて力が抜けたのか。……おそらく両方が原因だと思うけど、その両方に身体を襲われたミミロップが、その場でガクンと態勢を崩してしまう。未だにミミロップの肩に乗っかっているパチリスがそのことにびっくりして声を上げ、ヒカリも慌てて声を上げながら近寄っていく。

 

「ありがとうミミロップ。本当によく頑張ってくれたわ。パチリスも、ナイスサポートだったわよ。お疲れ様」

 

 ミミロップが倒れる寸前でどうにか抱きつくことのできたヒカリは、ミミロップを抱きしめたまま一緒に地面に座り込む。遠目から見ているだけでもわかるミミロップの怪我の多さに、近づいて抱きしめることによってより強く感じたそれを労わるように、ヒカリはゆっくりとミミロップを撫でてあげる。勿論、今回のバトルの影の功労者でもあるパチリスへの賛辞も忘れないけど、やっぱり今日の主役は彼女だろう。パチリスもそのことを理解しているようで、どちらかと言うとヒカリと一緒にミミロップを褒める方へと行動をしていた。

 

「勝っちゃった……ひとりで、伝説に……」

「本当に、コンテスト専門にしている人の強さなのか……?」

「にわかには信じられなかと……」

 

 一方で、このバトルを最後まで見届けていたユウリたちは、『ポカン』という効果音がぴったりなほどなんとも言えない表情を晒していた。その姿がちょっと面白くて、思わず笑ってしまいそうになってしまう。

 

「さすがヒカリだぜ!!やっぱりオレたちと一緒に色々乗り越えただけはあるよな!!」

「それはそうだけど、あの時ジュンってそんなに活躍してたっけ?」

「お、おいおい!!ちゃんとオレも戦ってただろ!?覚えてないとかないよなぁ!?」

「うそうそ。流石にあれを覚えていないはまずいからね」

「おまえの冗談は心臓に悪いんだよ……」

 

 一気に脱力してぐでっとしているジュンをよそに、ボクの視界はまたヒカリに戻される。さっきと特に変わっていないその姿からは、バトルによる疲れを少し感じさせるけど、ほどなくしてミミロップとともにゆっくりと立ち上がる。しかし、やっぱり思ったように力が入らないようで、2人そろって倒れかけてしまう。

 

「ヒカリ!」

「っとと……悪いわねフリア……ちょっとふらついちゃったわ……」

「それのどこがちょっとなのさ……とりあえず、お疲れさま?」

「どういたしまして……とりあえず……ミミロップ、ゆっくり休んでちょうだい。改めて、ありがとうね」

 

 ボクが肩を支えている間に、ミミロップにリターンレーザーを当ててボールに戻すヒカリ。同時に、ミミロップの肩にいたパチリスがヒカリの肩に飛び移る。しかし、そのちょっとした重さでさえ、今のヒカリにとってはなかなかつらいものがあるみたいで、ほんの少しだけ声が漏れたように聞こえた。パチリスも、自分の行動が負担になってしまったことに気づいて、不安そうな顔をしてヒカリをのぞき込む。

 

「大丈夫よ。心配させてごめんねパチリス」

「パチ……」

「ヒカリ……流石にちょっとは休んだ方がいいんじゃ……」

「そうもいかないわよ……」

 

 それでも自分の仲間を心配させまいと声を張って答えるヒカリに、ボクもちょっと不安を感じてしまったので休むことを提案するものの、案の定断られてしまう。この後ヒカリがしようと思っていることも、これからしないといけないことも、どちらも想像がついているので、確かに彼女の力が必要なのはわかるんだけど、それでも本心ではちゃんと休んで欲しいと思っている。もっとも、こうなってしまったら彼女は意地でも意見を変えないので、ここはヒカリがちょっとでも楽が出来るように、出来る限り手伝ってあげることとしよう。

 

「ヨノワール、グライオン。お願いしていい?」

「ノワ」

「グラ」

「フリア……悪いわね」

「気にしないで。どうせ休んでくれないなら、手伝ってさっさと済ませた方がいいでしょ?」

「そうね……」

「フリア、ヒカリ、これからどうすると?」

 

 ボクとヒカリでどんどん話が進んで行く中、このやり取りを眺めるだけで話についていけていない他のみんなを代表してマリィが声をかけてきた。その質問に対して、ヒカリが自分を奮い立てるように声をあげながら答える。

 

「どうって、まだ片付いていない問題があるでしょ?」

 

 そう答えるヒカリの視線の先には、先の戦いで地面に崩れている伝説の3鳥の姿があった。地面に落ち、重なるようにして倒れている彼らは、確かに戦闘不能状態になっている。しかし、視線だけはまだしっかりとしており、若干敵意を込められていたそれは、いまだにヒカリの方にしっかりとむけられていた。

 

「もしかして、その姿であの伝説に近づくのか!?」

「さすがに危険じゃない……?」

「それでも、あの子たちを無視して『はいおしまい』ってわけにはいかないわ。少なくとも、あの子たちの本来の目的も達成させてあげないとね……」

「「「本来の目的……?」」」

 

 ヒカリの言葉に理解が追いついていないホップとユウリ、そしてマリィ。声に出していないだけでジュンもまだ理解出来ていないのか、首を傾げたままだ。一方で、ボクはしっかりと理解出来ているため、ヒカリを伴ってファイヤーたちの方へ近づいていく。

 

「ギャォ……」

「キキィ……」

「フォゥ……」

 

 身体は動かないけど目は動かせる。そのため、視線をこちらに向けて、倒れてもなおプレッシャーを放ってくる伝説たち。特に、フリーザーは視線で攻撃を行うことが出来るため、細心の注意を払って近づかなくてはならない。

 

「……本当に近づいて大丈夫か?」

「なにかしてくるほどの体力は無いはずだから大丈夫……それよりも、わたしの道具たちはちゃんとあるかしら?」

「道具?道具って……もしかして調理器具?」

「それならフリアが洗ってたと。それで今は……」

 

 心配するホップとこの期に及んで道具を気にするヒカリに困惑を隠せないユウリとマリィ。しかし、全員に説明する間も惜しいと感じているヒカリは、これを一旦スルーし、自分にとって宝物と言っても差し支えない大切な道具を探し始める。ユウリの言った通り、ヒカリがバトルをしている間にボクが集め、綺麗にしておいたヒカリの調理器具たちは、ファイヤーたちから少し離れたところに準備されていた。そばにはインテレオンとエルレイドが控えており、彼らがこの準備をしてくれたことを物語っていた。

 

「さすがフリア。準備万端のようね。インテレオンとエルレイドもありがとう」

「レオ」

「エルッ!!」

 

 2人の声を聴きながらボクの肩からそっと離れたヒカリは、ゆっくりとその足を動かしながら調理器具の前に立つ。

 

「フリア」

「はいはい。頼んではいるから、もう来ると思うよ」

「ノワ」

「グラァ!!」

 

 ボクがヒカリに言葉を返したと同時に聞こえてくるボクの仲間の声。そちらに視線を向けてみると、ヨノワールとグライオンは2人で協力して、大きな赤い実を持ってきていた。

 

「赤いきのみ!?いつのまに!?」

「っていうか、どうやって収穫したんだ!?」

「明らかに重そうと……グライオンとヨノワールが力持ちだったとしても、上から持ってくるってなるとかなり厳しそうだけど……」

「まさか、ヒカリが闘っている間ずっと指示していたのか!?」

 

 上から順にユウリ、ホップ、マリィ、ジュンと、ヨノワールとグライオンが持ってきた赤い実をもって驚愕の声をあげて来る。どうして持っているのかを問い詰めるためにどんどん迫って来る彼女たちを何とかなだめながら、彼女たちの視線をボールレイク湖の水面に誘導していく。

 

「そんな難しいことしてないよ。ほら、あれ……」

 

 ボクが視線を誘導した先には、湖に浮かぶ大きな赤い実の姿があった。それも1つだけではなく、いくつもの実が転々と浮いており、中には湖に住んでいるポケモンに食べられているものもあった。

 

「赤い実が沢山……どうして?」

「少なくとも、あたしたちが来たときは1つも浮いてなんてなかったと……」

「もしかして、ヒカリと伝説たちのバトルの余波で揺れて落ちてきたのか?」

「ホップ、正解だよ」

 

 ユウリとマリィの言葉から1つの予想を立てたホップの言葉に肯定を返す。彼の言っている通り、この実はあの激しいバトルの余波によって木が揺らされ、その時に落ちてきた実だ。あれだけ大きな実なのだから、落ちてきたときにはそれなりに大きな音と水しぶきが上がってはいたんだけど、みんなヒカリのバトルに集中してて気づいていなかったみたいだ。まぁ、それだけヒカリのバトルが凄かったという事でもあるんだけどね。

 

「湖に落ちていた赤い実を拾ってきただけ。だからボクは何もしてないし、特に凄いこともしてないよ。……ありがと。ヨノワール、グライオン。お疲れ様~」

「ノワ」

「グラッ!!」

 

 そんな話をしている間に、赤い実をヒカリの近くに降ろし終えたヨノワールとグライオン。2人にお礼を告げると、今度はヒカリの方に視線を向ける。

 

「これでいい?」

「ええ、本当にありがとう。助かったわ」

「どういたしまして。料理の方でも手伝って欲しいことがあったら言ってね。ボクにも手伝えることは多いし、ヒカリはバトル終えたばかりであまり体力が万全じゃないんだから……」

「わかってるわ。けど、今回はわたしのちからでどうにかしたいから……どうしてもきつかったら、その時はお願いするわね」

「了解。……無理しないでね。頑張れ」

「ええ」

 

 そういい、ボクはヒカリから離れて彼女が料理に集中できるような場を用意してあげる。

 

「……よし、始めるわよ!」

 

 ボクが離れたことを確認したヒカリは、そこで一度目を閉じて深呼吸。心が落ち着いたところでゆっくりと目を開けて、目の前の食材に包丁を片手に挑んでいった。

 

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫……とは言い切れないけど、ああなったヒカリは本当に梃子でも動かないからなぁ……」

 

 料理を始めたヒカリを眺めているときに横から声をかけてきたのはユウリ。その表情はやはり心配の色に染まっており、今もちょっとおぼつかないように見える足取りに、少しはらはらしながら見つめていた。手もあわあわと揺らしながら見つめている姿から、本当に心配しているんだろうということがよく分かる。けど、ボクが言った通り、何かと強情な彼女は何を言ってもおそらく自分を曲げることはない。となると、今のボクたちにできることは、ヒカリを見守ること。そして……

 

「……大丈夫だよ。そんなに警戒しないで。ヒカリは、キミたちをどうこうしたいわけじゃないんだよ」

「ギャォ……」

「キキィ……」

「フォォ……」

 

 現在進行形で、ヒカリのことを『訳が分からない』と言った表情で見つめ続けている伝説たちを落ち着かせてあげることだろう。

 

「……よし、ヒカリの料理が出来るまで暇だし、こっちはこっちでやることをしよっか」

 

 誰に言うでもなくそうつぶやいたボクは、ファイヤーたちに近づいて腰を下ろし、持ってきたカバンから道具を取り出し始める。

 

「ギャォ……ギギャッ!?」

「こらこら。おとなしくしてないと……傷口広がっちゃうよ?」

 

 いきなり近づいてきたボクに警戒度を一気に引き上げ、威嚇しようと動くものの、身体に刻まれたダメージが大きく、思わずうめいてその場にうずくまってしまうファイヤー。そんな彼に注意をしながら、ボクはどんどん道具を取り出していく。ちなみに、サンダーとフリーザーも同じように警戒心をあらわにしてはいるけど、ファイヤーの痛がり具合を見て、自分も同じようなことになるだろうと判断した彼らは、こちらをじっと見つめて来るにとどまっている。伝説のポケモンは他のポケモンと比べて、その個体が持つスペックはかなり高いという話はしたけど……どうやらこの子たちは知能もかなり高いみたいだ。……って、そんなことはヒカリと戦っているのを見たらわかるよね。

 

「じゃあまずはファイヤーから。順番にしていくからおとなしくしててね」

 

 動いても無駄だと悟ったファイヤーもようやくおとなしくなり、ボクの行動をいやいやながらも受け入れてくれた。そんな渋々許してもらえたボクがこれから何を始めるかと言われたら、ファイヤーたちの治療だ。ヒカリは勿論、ボクたちは別にファイヤーたちを傷つけたくてここに来たわけではない。今回のバトルだって、突発的だったからこうなっただけであって、本来なら遠目から確認するだけの予定だったんだ。けど、ヒカリのちょっとした暴走と、ヒカリが見てしまったとあるものが理由でこうなったという色々タイミングの悪いことが重なった結果こうなってしまった。ヒカリも、むしろこれからすることの方が本題と思っているので、その時にファイヤーたちがちゃんと動けるように、彼らの手当てをしてあげるのが一番だ。

 

「ちょっとしみるけど、我慢してね~……マホイップ。手伝ってくれる?」

「マホッ!!」

「ギャゥ……」

 

 きずぐすりを吹きかけ、その部分にゆっくりと包帯を巻いて行く。この時、ちょっと薬が染みるのか、ファイヤーが少しだけ顔をゆがめる。その姿がちょっとかわいそうだったので、その痛みを少しでもやわらげてあげるためにマホイップにお願いして、辺りにあまいかおりを漂わせる。

 

「キキィ……」

「フォゥ……」

「甘くて、いいかおり……」

 

 マホイップを起点に広がっていくその香りは、ファイヤー以外にも届いて行く。結果、近くにいたサンダーとフリーザーは勿論、料理をしている途中のヒカリの下まで届いていた。

 

「……マホイップ……クリーム……成程!フリア!!少しだけマホイップのクリーム分けてもらえないかしら?」

「勿論。マホイップも大丈夫?」

「マホマホ!!」

 

 ヒカリからのお願いが入ったので、今度はそちらに向かっていったマホイップの背中を見送りながら、ボクは手当の続きをしていく。

 

「フリア!オレたちも手伝うぞ!!」

「何かできることはあると?」

「なんでもするよ!」

「ヒカリを待つだけってのも暇だしな!!」

 

 離れていったマホイップと入れ替わるように近づいてきたのは、ようやく今の状況に慣れて動けるようになったユウリたち。既にヒカリの心配をすることをやめた彼女たちの表情はもう慌てている様子はない。

 

「じゃあ、次はサンダーの治療に進もうと思っているから、その道具の準備をお願いしてもいい?回復用のオレンのみとかも、近くから集めてくれると嬉しいかも。あ、でも、この後のことを考えて、あまり量は持ってこないようにね?」

「「「「了解!!」」」」

 

 ボクの指示に元気に返答をしたみんなは、それぞれが自分の出来ることをやろうと動き出した。これなら安心して頼ることが出来るだろう。

 

「お疲れ様ファイヤー。あとはちょっと安静にしていたらオッケーだよ」

「ギャゥ……」

 

 そうこうしている間にファイヤーの治療が無事終了。次の子に移るために、身体の向きを変えていく。

 

「じゃあサンダー。次は君の番だよ」

「キキィ……」

 

(こっちは何とかしておくから、頑張ってね。ヒカリ……)

 

 大きな赤い木の下で、方や料理を。方や治療をという、少しミスマッチな、けど、それでいてなぜか自然に見えてしまう、不思議な時間が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……出来た!」

「お、ついにか!!」

「待ってたぞ!!」

「わ〜い!!」

 

 あれからサンダーたちの手当も無事に終え、それでも時間が余ってしまったので、各々で自由な時間を過ごして時間を潰していると、ふと香ってくる甘い匂いと同時に、ヒカリが小さく、それでいてはっきりと通った声でお菓子作りの終わりを告げた。この声に目ざとく……いや、耳ざとく?とにかく、素早く反応したジュンとホップ、そしてユウリが嬉しそうに駆け出した。

 

「ボクたちも行こっか」

「そうね。あまり遅れたら、あたしたちの分も全部なくなってしまいそうと」

 

 そんな3人の後ろを追いかけるようにボクとマリィもヒカリの方へと歩いていく。すると、元々漂ってきていた、モモンのみのような爽やかな甘さを感じさせる匂いがさらに強くなったのを感じる。匂いだけでこちらの食欲を誘ってくるそれらに、隣にいるマリィも期待値が上がってしまったのか、喉を鳴らす音がかすかに聞こえた。かく言うボクも、昼を回った後ということと、ファイヤーたちの治療の後ということで空いてしまったお腹をしっかりと刺激されてしまっている。ボクたちでもこれだけ刺激されているんだ。もう間近まで近づいており、そしてボクたちよりも食べることが大好きなユウリなんかは、もうとんでもないことになっていそうだ。

 

「みんな、待たせて悪かったわね。けど、これで完璧なはずよ!!」

「「「「おお〜……っ!!」」」」

 

 ボクたちが全員揃ったのを確認したヒカリが嬉しそうに両手を広げながら、今回自分がつくりあげた料理たちを披露していく。あんなに大きな実を使ったと言うだけあってその種類は豊富で、今目の前の状況だけを切り取れば、ちょっとしたフルーツパーラーで贅沢に色々注文した後のような形になっていた。そのうえでまだまだ実が余っているあたり、本当にあの実の大きさがよくわかる。もしかしたら、カトレアさんたちの分を考えての分量なのかもしれないけどね。とりあえず、今は目の前にあるメニューに集中しよう。

 

 ヒカリが用意したメニューはとても豊富で、パフェにシャーベット、デコレーションケーキに、ゼリー、プリン等々多岐にわたる。冷やしたり焼いたりの過程はポケモンたちの力を借りたみたいで、そこにヒカリのあらゆる知識をプラスして作られたそれらは、本来もっと時間がかかってもおかしくないものばかり。それも外で作られているのが信じられないくらいのラインナップだ。

 

 外にいるのにいきなり現れたデザート群に、ボクたちのテンションもシビルドンのぼりだ。

 

「とりあえず今できる分をありったけ作った感じね。本当ならもっと凝ったものを作りたかったのだけど……」

「十分凝ってるっつーの……ほんとすげえな……」

「ヒカリの腕も凄いし、これだけ作ってまだ一個分使いきれてない赤い実も本当に凄い……」

 

 ヒカリの言葉にツッコミを入れるジュンと、ヒカリの腕と赤い実両方に素直な賞賛の言葉を零すボク。ガラル地方のみんなにとっては初めての出来事でお口あんぐり状態だけど、シンオウ地方の頃から経験しているボクたちはすでに慣れてしまっている。いや、それにしても凄いのは凄いんだけどね?ボクもヒカリに料理を教わってはいたけど、ここまでのモノは絶対に作ることが出来ない。

 

「こ、これ……本当に食べても……?」

「勿論。そのために作ったもの」

「じゃ、じゃあ……?」

「さっそく……」

「ええ、いただきましょうか!!」

「「「わ~い!!」」」

 

 ようやく動けるようになったユウリとホップ、そしてマリィは、ヒカリの言葉と同時に勢いよく赤い実のデザートに走り出す。

 

「みんなもたくさん食べてよね!!」

 

 そこから更に声をかけられるのはみんなの仲間のポケモンたち。ユウリたちに続くように吠えた彼らは、ユウリたちと同じようにテンションをあげながらかけていく。

 

 そこから始まるのは一種の宴。食べて騒いで楽しむみんなの姿はとても楽しそうで、みているだけでこちらも楽しくなってきてしまう程。それは近くにいた野生のポケモンたちにも伝染しており、気づけばポケモンの数もとんでもないことになり始めていた。

 

「こうしちゃいられねぇ!!オレも楽しむぞ~!!」

 

 そんな光景を前にしてジュンが耐えられるわけもなく、人とポケモンが交じり合って楽しんでいる宴へと突撃していく。

 

「さて……」

 

 本当ならボクもここに混ざりたい。だけど、最後のやることをやらないといけない。ボクはヒカリと顔を合わせて頷き、ヒカリが今作った食べ物の一部をもって伝説の3鳥の前に歩き出す。

 

「待たせたわね。はいこれ。あんたたちの目的はこれでしょ?」

「ギャォッ!?」

 

 未だに警戒しながらこちらを見ていた彼らに近づいたヒカリは、何でもないようにそっと今作ったばかりのモノを置いた。この行動は全く予想していなかったみたいで、声を上げたファイヤーは勿論、こちらを見つめているサンダーとフリーザーからも同じような空気を感じた。

 

「あんたたちがお腹を空かせているのは戦ってみた時のちからの足りなさとか、ここに来て真っ先に赤い実にかじりついたところとかを見て分かってはいたけど、それにしてもやりすぎなのよ。最初のぶつかり合いで、いったいどれだけのポケモンが怯えたと思っているの?」

 

 3鳥たちの視線を集めていると自覚したところから始まるのはヒカリのお説教。そんな彼女の視線はダイ木の上へと注がれていた。

 

 その先には、わいわい騒いでいるみんなの輪になかなか入れないでいる、怯えたような視線でこちらを見ていたホシガリスたちだった。

 

「本来なら食べ物に飛んでいくような子たちなのに、さっきのことが怖くてこちらにこれない……小さいポケモンの、些細な出来事かもしれないけど、あの子たちにとっては死活問題。……少しくらい、周りのことも気に留めなさい。あと、わたしの料理道具を傷つけたことは今でも許してないから」

 

 ヒカリの圧が、道具の話になった瞬間だけ強くなった気がしたけど、気にせずヒカリの言葉を待つファイヤーたち。ここで突っ込んだらやばいと本能が理解したのだろう。

 

「……けど、わたしもちょっとやりすぎたとは思っているわ。だから、これはそのお詫び。そのまま赤い実を食べるよりも、遥かに美味しいんだから感謝しなさいよね?」

 

 そう言い残し、やることは終えたと離れていくヒカリ。そんなヒカリについて行きながら、ボクは声をかけた。

 

「もういいの?」

「大丈夫よ。あの子たち、凄く賢そうだもの。わたしの言うことだって理解出来ているはずよ。それに……」

 

 ヒカリが振り向いたのでボクも立ち止まって後ろを向く。

 

「あ……」

 

 するとそこには、先ほどヒカリが持っていったものを咥えて、木の上のホシガリスのもとに持っていき、いくつかに分けてホシガリスたちと一緒に食べている3鳥の姿があった。

 

「ふふ。……さぁフリア!速く食べないと無くなっちゃうわよ?あいにく、残りはジャム用とカトレアさんたち用だから、おかわりなんてないわよ?」

「大変。それは速く食べなくちゃ」

 

 人とポケモンによるフルーツパ―ティ。それは、伝説をも巻き込んだ小さな祭りとして、しばらく続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




赤い実

あれだけの料理を作って、まだ余っているという実。一体どれだけ大きいんでしょうね?

料理

全部を同時進行すれば、一応2時間以内に作ることはできますが……それでもかなり難しいかと。これが出来るヒカリさんは、速く店を出してプロになった方がいいかもしれません。

3鳥

本当なら渡り鳥というくだりも入れたかったのですが、彼らが渡り鳥ということはどうやっても知りようがないので、そのワードは出せませんでした。こういうところはちょっともどかしい。

ホシガリス

このダイ木、実機では何回も揺らすと……




ポケモンのDLCの発表もありましたね。イイネイヌの悪い犬感が凄くてわらってしまいました。






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175話

「「「「「ご馳走様でした!!」」」」」

「お粗末さまでした」

 

 ヒカリによって作られたケーキたちを食べる小さなパーティは、最初こそ3鳥の存在もあって一部ギクシャクしていたポケモンもいたものの、ヒカリの言葉と行動によって柔らかい雰囲気を持つようになった彼らを見て、怯えていた子たちも無事に合流。さらに賑やかになったパーティはそのまま楽しく、そして騒がしく流れていき、たった今、全ての食べ物を食べ切り、消化し、食休みをいれたところでつつがなく終わりを迎えた。

 

「で、どうだった?わたしの作った子たちは。初めて扱う食材だけど、結構自信はあったから、なかなかいいものができたとは自負しているのだけど……」

「もう最高でした……まだ食べたい……」

「ほんとだぞ。あれだけ食べたのにまだ物足りなくなってくる……」

「本当に幸せな時間だったと……」

 

 ヒカリの作ったケーキたちはどれも美味しく、ユウリたちが言うようにとてもたくさん食べたはずなのに、まだ食べたくなってしまう不思議な魅力があった。おかわりがないと聞いて最初はちょっと寂しく感じたけど、こうなってしまうのであればむしろおかわりなんてなくてよかったのかもしれないね。下手をしたらダイマックスよろしく、ボクたちの身体が悪い意味で大きくなってしまったかもしれない。

 

「肥大マックス……」

「何か言った?フリア?」

「あ、ううん!!何でもないよ!!」

 

 思わず変なことを口走ってしまったので、ユウリに対して慌てて訂正する。うん。他の人も首をかしげているあたり、ちゃんと聞いた人はいなかったみたいよかったよかった。

 

「……下らない」

「うぐっ!?」

「フリア!?」

 

 ただ、ヒカリにはばっちり聞こえていたみたいだ。白い視線を送られるけど、ここは知らんぷりをしておこう。ユウリからの視線が更に刺さって来るけど、今だけはスルーさせてもらう。

 

「さて、そうこうしているうちに結構時間が経ってるわね」

 

 そんなちょっとあたふたしているボクを一瞥したヒカリは、今度は空へと視線を向ける。ケーキを食べ始めた時には昼を回ったばかりだった時間は、ケーキを食べながらいろんなポケモンと触れ合っていくうちに驚くほどの速さであっという間に流れていき、若干のオレンジ色に変わり始めていた。もう少しすれば、この空もどんどん暗くなっていくだろう。今ボクたちがいる場所は暖かいけど、カンムリ雪原という寒い場所に拠点を置いている以上、帰るのは速めにした方が賢明だ。

 

「あまり遅くなると、帰る時本当につらいから急いで準備しないとだね」

「あたしたちがテーブルとかテントとかを片付けるから、みんなは料理器具とかを片付けてほしいと」

「よろしくな!!」

 

 みんなそのことはしっかりと理解しているため行動は迅速。ユウリ、マリィ、ホップが言葉を残してすぐさま片付けに移行していく。

 

「じゃあわたしとフリアで器具を洗っていくから、ジュンは皿を持ってきて、それが終わったら拭いてちょうだい」

「了解だ。ちゃちゃっと集めてちゃちゃっと拭いちまうぜ!!」

「調子に乗って割らないでね?」

 

 ガラル組3人を見送ったボクたちもすぐさま片付けへ。分担して行われた片付け作業はあっという間に終了し、すぐにでも帰られる準備が完了した。周りを見渡せばもう野生のポケモンたちもそれぞれのお家に帰り始めており、片付けも終わったダイ木の周りは、とてもじゃないけどパーティを開いていたようには見えないほど静かに、そして綺麗になっていた。立つスワンナ跡を濁さずだ。

 

「ギャオ……」

「キキィ……」

「フォゥ……」

 

 そんな綺麗になったダイ木には、まだ重要な存在が残っていた。鳴き声から分かる通り、このダイ木にて激闘を繰り広げ、仲直りし、そしてヒカリのケーキを通じて仲良くなったあの伝説の3鳥だ。

 

「あなたたちはどうするの?」

 

 すっかりヒカリに胃袋を掴まれてしまった3鳥は、ヒカリの言葉に素直に反応をする。

 

「ギャォ」

「キキィ」

「フォォ」

 

 小さく頷きながら順番に吠えた3鳥は、翼を羽ばたかせてダイ木の葉の中へと飛んでいく。

 

「……しばらくここに滞在するって事かな?」

「もしかしたらここが気に入ったのかも?」

 

 葉の中に入って再びホシガリスたちと話しながらくつろぎ始めた彼らを見て、ボクとユウリはそっと微笑みながらその様子を見守る。

 

「伝説って言っても、こうやって見るとひとりのポケモンなんだなって感じるぜ」

「だな。なんか、初めてウールーと友達になって、はしゃいでた頃を思い出すぞ」

 

 和やかに、それでいて心地よさそうに過ごす彼らは、ジュンとホップの言う通り、いい意味で伝説には見えなかった。

 

「うん。凄く楽しかったと」

「写真も一緒に取ってくれたものね。意外とサービス精神旺盛なのかしら?」

 

 ボクが自分のスマホを起動してフォルダを開けば、さっきの宴のさなか撮影した全員の集合写真が見える。そこに映っている伝説の3鳥たちもとても楽しそうで、この写真を見るだけで楽しい気持ちが沸き上がる。

 

(出来ることなら、この写真の時間がずっと続けばいいのに)

 

 そんなことをついつい願ってしまうけど、残念ながらボクたちは今から帰らなくてはならない。

 

「また来よ?ね?」

「……だね」

 

 少し寂しい感情にさいなまれているときにかけられるユウリからの言葉。その言葉に寂しさを消してもらったボクは、小さく頷きながら、再びここに来て彼らと再会することを約束する。

 

「また来るね!ファイヤー!!サンダー!!フリーザー!!」

「その時は今日以上に遊ぼうぜ!!」

「わたしも、もっと沢山料理つくってあげるから、楽しみにしてなさい!!」

「ヒカリの料理、また一緒にたくさん食べようね!!」

「今度はもっと長い時間遊ぶと!!」

「そんでもって、余裕があればオレとも戦って欲しいぞ!!」

 

 ボクに続いて、ジュン、ヒカリ、ユウリ、マリィ、ホップの順番で言葉を残していく。すると、ダイ木の方から返事が返ってきた。

 

 

「ギャオォォォッ!!」

「キキィィィィッ!!」

「フォオォォォッ!!」

 

 

 伝説の3鳥から帰って来る、とても圧のある咆哮。しかし、それは初めて会った時に聞いた、こちらを威圧するような重いものではなく、ボクらの背中を『いってらっしゃい』と押してくれているような、暖かな声だった。

 

「……ふふ」

 

 その事がとてもうれしく、ついつい頬が緩んでしまう。隣に視線を移せば、みんなも同じ感想を抱いたようで、ボクと同じように微笑んでいた。それがまたおもしろくて、ボクたちの笑い声がどんどん大きくなっていった。

 

「っははは!!……じゃあ帰ろっか!!」

「「「「「お~!!」」」」」

 

 一通り笑い終えたボクたちは、フリーズ村へと足を向けていく。

 

「オレたち、絶対凄い経験したぞ!!な、ユウリ!!」

「だね!またみんなで遊びに来よ!ホップ!!」

「次のレシピはどうしようかしら……」

「もうそんなこと考えてるのかよ……ま、楽しみだからいいけどよ」

「ヒカリの変なスイッチが入っちゃったとね」

 

 みんなでワイワイ話しながらつく帰路はとても穏やかで心地よくて。

 

(……本当に、とても楽しかった。絶対に、また来なくちゃね)

 

 今日という1日が、ボクの思い出にしっかりと刻まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「ただいま~!!」」」」」」

「おうお前ら!!お帰りだ!!……ほう、そのテンションの高さ、さてはなんかいいことがあったな?」

「それはこれから順を追って話しますよ」

 

 ダイ木の下から発って数時間。行きの時よりもスムーズに帰路に着いたボクたちは、空が少し暗くなったくらいにフリーズ村に到着し、自分たちの民宿に戻ってきた。勢いよく扉を開け、声を出しながら帰ってきたボクたちを出迎えたのはピオニーさん。朝聞いたばかりなのに、昼にあった濃密な時間のせいで少しだけ懐かしさを感じてしまったその声に思わず苦笑い。関わり初めて日は浅いはずなのに、ちょっとこのうるささに慣れてしまっているようだ。

 

「おかえりなさい……」

「お帰りなさいませ。皆さまお冷えでしょう。すぐに暖かいものを用意しますので少々お待ちを」

「ありがとうございます!」

 

 ピオニーさんに返事を返してそのままリビングへ行き、みんなでソファや椅子に腰を下ろすと、カトレアさんとコクランさんから言葉をもらう。コクランさんは一旦キッチンの方へと行き、人数分のカップに、おそらく紅茶と思われる匂いのする飲み物の準備を始めた。カトレアさんは変わらず読書を続けているけど、ちらほらと視線をこちらに投げてきているあたり、気になることはあるみたいだ。

 

「……大丈夫ですよ。ちゃんとカトレアさんの分もありますから」

「!?……そう……まぁ、ちょっとだけ期待して待っておくわ……」

「素直になればよろしいのに……」

 

 ヒカリの言葉にほんのちょっとだけ頬を緩めながら視線を本に戻すカトレアさん。その姿が面白くてついつい笑ってしまいそうになるのをこらえながら、コクランさんに持ってきてもらった暖かい紅茶でのどを潤し、身体を温めていく。

 

「ふぅ~……温まる~……」

「生き返るって感じだぞ……」

「心地よかと……」

「紅茶ならちょうどいいわね。早速用意しようかしら」

 

 美味しい紅茶に舌鼓を打つガラル組と一緒に紅茶を一口嗜んだヒカリは、紅茶とこれから出すものが合うと確信して、キッチンへと足を運んでいった。あと数十分もすれば、ダイ木の下で食べたあのスイーツたちが再びここに並ぶこととなるだろう。一度食べたユウリたちは勿論、ヒカリの腕を知っているカトレアさんたちも少しワクワクしているように見えた。最も、今回はカトレアさんたちが主役になるから、ユウリたちはあんまり食べられなさそうだけどね。

 

「じゃあ嬢ちゃんがおいしそうなものを準備している間に、今回の冒険の報告でも聴こうか!!つっても、伝説の3鳥っつーのは目撃情報多いみたいだから、あんまし目新しさはないかもしんねぇがな」

 

 またもや紅茶を一気飲みしながら豪快に話すピオニーさん。その姿にコクランさんが渋い顔を浮かべるものの、おそらく何を言っても聞かないのであきらめてもらうしかないだろう。それよりも今は報告だ。確かに伝説の3鳥と言われたら目新しさはないかもしれないけど、ボクたちが出会った3鳥はちょっと違う存在だ。存分に驚いてもらうとしよう。そのいたずら心は、この中ではジュンが真っ先に反応したようで、急に立ちあがってはスマホロトムを堂々とあちらに向け始めた。

 

「そう言ってられるのも今のうちだぜ!!オレたちが出会った伝説はちょっと違うからな!!」

「ほう……」

「お、やけに自信満々じゃねぇか!!んじゃ、さっそく見させてもらおうか!!」

「任せろ!!」

 

 ジュンの言葉に反応を示したのはピオニーさんとコクランさん。特にコクランさんは、ジュンの『ちょっと違う』という言葉に目を光らせているようだ。

 

「刮目してみるんだぜ!!」

 

 そんな期待を背負っているとはつゆ知らず、スマホを堂々と掲げながらジュンはあの場所で取った集合写真を見せた。

 

「ほうほう、これが伝説の3鳥だな?……んん?なんだこいつら?」

「これは……確かに普通のファイヤーたちとは違いますね……」

「あなたがそういうなんて……あたくしにも見せてちょうだい……」

 

 その写真を見たピオニーさんとコクランさんがいぶかしげな声を上げる。ピオニーさんはともかく、コクランさんまでもが声をあげていることが気になったのか、カトレアさんも遅れて画面をのぞき込んだ。

 

「確かに……あたくしの記憶にある3鳥とは見た目が違うわね……」

「写真でしか確認できないので何とも言えませんが……サンダーが地面に足をつけていたり、フリーザーが変わったお面をしたり、ファイヤーの口元がゆがんでいたりと、小さなところで違いが見受けられますね……」

「ん~……ファイヤーたちって言われたらそうだが、ちげぇって言われるとちげぇなぁ?」

 

 それぞれがちょっと姿の違う3鳥の姿を見て、思い思いの感想を述べていく。その反応がとても嬉しかったのか、ジュンが調子に乗ってどんどんしゃべりだす。

 

「ただ見た目が違うだけじゃないぜ!!なんとこいつら全員、タイプも違うんだ!」

「ファイヤーがあく、ひこう。サンダーがかくとう、ひこう。そしてフリーザーがエスパー、ひこうと」

「成程……こちらは3すくみの関係になっているのですね」

「他にもいろいろあってだな……」

 

 ジュンの言葉をマリィが引き継ぎ、その言葉にコクランさんが思考を回していく。適度に頷きながら返答をするコクランさんは、話している側からしてみればかなり話しやすく、話していて心地いい相手だ。その心地よさに乗ったジュンは、次々と話していき、最終的には彼だけで今日起きたことの説明を全部終えてしまった。

 

「面白い技を使うのですね……ここにシロナ様がいないことが惜しいくらいです」

「シロナがこのことを聞いたら……飛んで喜びそうね……」

「しっかし……あの嬢ちゃん、1人で全員倒しちまったのか……シャクちゃんみてぇに恐ろしい一面もあるんだな……」

 

 話を聞き終えた全員の反応は、どれも驚愕半分、興味半分と言ったところか。知っている伝説のポケモンかと思っていたら、まさかの出会いを果たしたことにみんな興味深そうにしていた。

 

「と・に・か・く!ちゃんと伝説には会えたみてぇだし、達成の印を押しておかねぇとな!!」

 

 一通りジュンの話を聞いて満足したピオニーさんは、懐から伝説の3鳥についてまとめられていた紙を取り出し、『ポンッ』という軽快な音とともにハンコを押した。

 

「これで2つ目達成だな!!あとは最後の伝説、『神秘!伝説の王と愛馬のキズナ伝説!!』だけだな!!」

「最後の伝説……このフリーズ村で広がってる話とね?」

「だな。ピオニーさんのメモによると、村の中心にある像が関係あるみたいだが……」

 

 2つの伝説を終え、いよいよ残す謎もあと1つとなった。今までが2つとも本当に伝説のポケモンと出会えた確かな情報だったことと、今回はシロナさんの情報や、ボクたちの前知識と言った事前情報が一切ない未知の伝説のということもあり、ジュンの好奇心を刺激してやまない。

 

 今から早く、その最後の伝説に対して挑戦してこの目で見てみたい。

 

 その気持ちを身体全体で表し、持ち前のせっかちさも相まって、どんどん話を薦めようとするジュン。そんな彼の前に、コトンと軽い音とともに、ケーキの乗せられたお皿が置かれた。

 

「はいはい。とりあえず今日は一旦お話は終わりにしてゆっくりしましょ?どうせもう日も落ちて動けない。捜索するのは明日からなんだし、別のことで話していたいわ」

「それって単純に、今日のヒカリの仕事量が多かったからって話だろ?」

「悪いかしら?こっちはもうへとへとなのよ……ミミロップたちももうくたくただから、今日は速く休ませてちょうだい」

「料理つくって、伝説と1人で戦って……本当に今日の仕事量凄いよね……」

「ほんとよ……コンテストのシーズン中でもこんなに疲れなかったわよ……」

 

 ジュンが若干不満そうに意見を述べるものの、それ以上に不満げな態度をもって返すヒカリ。ボクが改めてヒカリの今日の行動を振り返ってみたけど、今日のヒカリは本当に頑張りすぎだ。今日は……いや、基本いつもそうだけど、ヒカリの方が正しいので、ボクはヒカリの肩を持つ発言をする。

 

「って、わたしのことは今はいいのよ。それよりも……カトレアさん、コクランさん。……あとついでにピオニーさんも」

「……嬢ちゃん。オレだけ扱い悪くねぇか?」

「約束通り、あの赤い実で作ったデザートを用意したので食べてください。お口に合えばいいのだけど……」

「スルーかよ!厳しいな!!」

 

 ヒカリの見事なスルースキルに、あんな言葉を残しながらも豪快に笑うピオニーさん。シャクヤにもしょっちゅうあんな態度を取られているから慣れているのかもしれないね。そんなピオニーさんの言動をスルーしているのはヒカリだけでなく、カトレアさんとコクランさんも一緒みたいで、ピオニーさんがしゃべり終わるころには、すでにフォークでケーキを一口サイズに切り分けており、今まさに口に運んでいる最中であった。

 

「……!?」

「ほう、これは……」

 

 程なくして口の中に入れられた赤い実によるデコレーションケーキ。味わうようにゆっくり、上品に、丁寧に咀嚼していくカトレアさんとコクランさんは、その表情をすぐに変えていく。

 

「甘く、しかし、甘すぎるわけではないさわやかな味わい……フリア様と一緒に過ごすことで、幸せを感じているマホイップの、甘みとコクが深まったクリームとよく合っています。また、赤い実の柔らかくもしっかりとある触感も食べていて心地いいですね。成程、これはたしかに紅茶ととてもよく合います。贅沢を言うのであれば、美しい花々を眺めながら、暖かい日の光りでこのひと時を過ごしてみたいものです。お嬢様はいかがでした?」

「しゃべりすぎよコクラン……あたくしの言うことがないじゃない……」

「ってことは……!」

「ええ……凄く美味しいわ……コクランの言う通り……このケーキにふさわしい場所でまたいただきたいものね……その……ありがとうヒカリ……とてもいいものだわ……」

「ふふ、お嬢様にそういっていただけて、恐悦至極にございますわ」

「ちょっと……誰の真似なのよ……」

 

 カトレアさんからのちょっと珍しい素直な賛辞に、思わず頬を緩めながら、まるでコクランさんのような丁寧さを演じながら礼を言うヒカリ。その姿は傍から見てもちょっとしたユーモアとからかいを合わせたもので、それを理解しているカトレアさんも少しだけ不満そうな、しかしそれでいてちょっと楽しそうな色を乗せながら言葉を落とす。そんなやり取りを見送りながら、ボクたちも改めてケーキを口にし、そのおいしさに笑みをこぼす。感想自体はお昼の時と変わらないけど、何回食べてものこのケーキのおいしさは凄い。ほっぺたが落ちそうという言葉が、これほど似合うケーキもなかなかないだろう。ジュンもさっきまで不機嫌だった表情を崩しているし、ユウリたちも幸せそうな顔をしている。

 

「お、こりゃうド・めぇな!!ただ、もうちっとでご飯なのに、その前に食っちまったのはちとあれだな!!」

「あ……」

 

 そんななか、ケーキを大口でがぶりと豪快に食べたピオニーさんが言葉を零す。その言葉に反応して振り返ってみれば、壁にかかっている時計は6時くらいを指していた。外はだいぶ暗くなっており、もう少しすれば夕飯時である。その前にケーキというのは、ピオニーさんの言う通り確かにミスマッチだ。

 

「やっちゃったわね……ごめんなさい。荷物の片付けとか終えたら凄くに夕飯を……」

「いえ、今回はヒカリ様のデザートを楽しみにしすぎていたが故の事故。むしろ非はわたくしにございます。お気になさらないでください。また、今日はわたくしに料理を撒かせていただけませんか?ヒカリ様は今日はかなりのお疲れの様子……明日も外に向かわれるのであれば、今日のところはご自愛なさってください」

「コクランさん……じゃあ、お願いしようかしら……?」

「承知いたしました」

 

 ピオニーさんの言葉を聞いてすぐにご飯の準備をしようと動くヒカリをコクランさんが止め、自分が料理をする提案をする。ボク個人としても、今日のヒカリの仕事量はとんでもないので是非ともゆっくりと休んで欲しい。身体が心配なのはもちろんだし、このフリーズ村は前も言った通り限界に近い集落だ。環境も相まって、一度体調を崩したら回復させるのはなかなか難しいと思われる。なので、体調不良の根本から回避していくというのはとても大事だ。それを理解しているヒカリは、ちょっと悔しそうな表情を浮かべながらもこの提案を了承。休憩のために2階の部屋へと移動していった。

 

「さて、ではわたくしは料理を始めますね」

「おし、飯が出来るまで別の遊びをしようぜ!!」

「ほんと、元気いっぱいと……」

「でも、確かにちょっと時間あるみたいだし、いろいろお話したり遊びたいかも」

「それじゃあオレたちも2階に行くぞ!何をするにしても、まずは荷物とかおかないとだぞ」

 

 コクランさんの言葉を聞いて、他のみんなもヒカリに続いて2階に上がり始める。

 

「あなたはいかないのかしら……?」

「すぐ行きますよ。ちょっと失礼しますね」

 

 その姿を少しぼーっと見つめていた時にカトレアさんから声をかけられたので、ハッとしたボクもすぐに追いかけようとする。もしかしたらボクもちょっと疲れているのかもしれないね。となれば、今日は早く眠れるように、そのあたりの準備もしておこうかな。

 

 

 

 

(フォ~……フォ~……)

 

 

 

 

「「!?」」

 

 そう思い、足を動かした瞬間聞こえてきたのは、先日も聞いた何かが鳴くような声。

 

「今の声……」

「フリア……あなたも聞こえた……?」

「カトレアさんもですか?ってことは、やっぱり気のせいなんかじゃあ……」

 

 前は気のせいと判断し、今回は疲れのせいかと思ったけど、カトレアさんも聞こえているのなら話は変わって来る。

 

「この声……何かある気がするわ……」

「いったい、何なんでしょうね……」

 

 かすかに聞こえてきた謎の声。もしかしたら、ピオニーさんの話と何か関係があるかもしれない。そんな予感を感じながら、ボクはカトレアさんとちょっと話込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




3鳥

実際は渡り鳥なので、いつかここからいなくはなりますが、しばらくはちょっと滞在するつもりですね。仲良くもなっているので、次戦う時は連携もしてきそうです。恐ろしいですね。

伝説

いよいよ最後の伝説。やっぱり最後はあの子ですよね。

謎の声

最後に聞こえた謎の声。いったい誰なんでしょうね。




ビッグランを走りながらも、こちらもしっかり更新。流石に私情で遅らせるのは申し訳ないので……。






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176話

「さて、んじゃぁ最後の伝説の話をするか!!」

「「「おお〜!!」」」

 

 伝説の3鳥とのやり取りがあった次の日の朝。またリビングにて全員が集合したところで、ピオニーさんがいつもの大声で宣言し、その声にジュン、ホップ、ユウリが元気に返答。マリィとヒカリも声こそ出してはいないものの、その表情は『楽しみ』という感情で埋まっていた。特にヒカリは、昨日あれだけの重労働を行っていたので今日の体調が若干心配だったものの、今のこの感じを見るに大丈夫そうだった。さすがは旅経験者。このあたりの体調管理は完璧だ。

 

「ううん……」

「フリア?どうかしたの?」

「ううん、ちょっとね……」

 

 むしろ、今日に関してはボクの方がいろいろ考えこんでいるから、周りから見たら少し体調が悪そうに見えてしまうかも知れない。その証拠に、ボクの顔を横からユウリが心配そうにのぞき込んできた。実際には体調自体は悪くないから普通に言葉を返すのだけど……。

 

「……」

 

 ふと視線を横に向ければ、ボクと同じように悩んでいるそぶりを見せるカトレアさんの姿。というのも、昨日夕飯の前に聞こえたあの謎の鳴き声。実は、あの時聞いたものが最後になったわけではなく、それから夕飯を食べている時も、お風呂に入っている時も。果ては寝る直前にも聞こえ、そのたびにカトレアさんと話し合って考えた。しかし結果はダメ。しかも不再議なことに、あの鳴き声はボクとカトレアさんにしか聞こえていないみたいで、ユウリたちにそれとなく聞いてみても首を傾げられるだけに終わってしまっていた。

 

(やっぱり意味が分からないし、気になっちゃうなぁ……)

 

 ボクとカトレアさんにしか聞こえない謎の声。そのことが気になりすぎて、眠れないとまではいかなくても、ボクたち2人の思考はかなりそちらに割かれていた。コクランさんにも相談してはいるけど、心当たりはないらしく、結局わからずじまい。そのままこうして今日を迎えてしまったという訳だった。

 

「今日は最後の伝説に挑むんだから、そんなに暗い顔したら楽しめないよ?」

「そう……だね。うん。そうしなきゃ!」

 

 一晩経っても解けない謎に凄く頭を悩ませてしまったけど、ユウリの言う通りこれからみんなで冒険に行くんだ。そんな中ボクだけ難しい顔を浮かべているのもおかしな話で、それは他の人を心配させるだけでなく、せっかくの明るい空気を壊しかねない行為だ。どうせ考えても解決できないのなら、今は放っておいてこっちに集中した方がよさそうだ。幸いにも、ボクが他のことに意識を向けている間にもカトレアさんは考えてくれるだろうし、昨日も感じたけどもしかしたらこの謎の声は、これからピオニーさんに聞く最後の伝説に関係があるものかもしれないしね。

 

「坊主、悩みは解決か?」

「ばっちり……とは言いませんけど、区切りはつきました!!大丈夫です!!」

「そうかそうか。んじゃ、はじめっぞ!!」

 

 ボクの様子を見て判断したピオニーさんが、懐から紙を一枚取り出して机に叩きつける。

 

「いよいよ最後の伝説……『神秘!伝説の王と愛馬のキズナ伝説!!』だ!!」

「「うおおお!!」」

 

 バンッという大きな音と共に告げられた最後の伝説に、ホップとジュンが声をあげながら拳を突き上げる。思いの他テンションの高い2人に気をよくしたピオニーさんが、そこから言葉を続けた。

 

「まずはおさらいから行くぜ。ここで言われている『伝説の王』はこのフリーズ村で始まった噂だ。それは村の中心にあるあの意味深な像が物語っているな!!」

「確かに、ここの初めて来たときは寒すぎて気にも留めていなかったけど、変な像が立っていたよね」

「それはユウリだけと。みんなこの村に来た時にまず目が入ってたと……」

「あれ……?」

 

 ユウリの言葉にみんなで苦笑いを浮かべるけど、話が逸れそうなのでピオニーさんに視線を向けて続きを促す。

 

「とにかくだ。あの像がその『伝説の王』であり、噂では『豊穣の王』って呼ばれているやつだ。だが、前も言った通りオレが知ってる姿とちと違うんだよな」

「頭がちょっと違うんだっけ……?」

「ピオニーさんの写真には、何か被り物をしているような像が映っているけど……」

「この村にある像にはそんなもんなかったよな?」

 

 ピオニーさんの言葉に乗っかる形でヒカリ、ボク、ジュンが今の状況をまとめる。話題にあがった像はこの村でもかなり目立つところに建っており、この民宿の窓からも確認ができるけどやっぱり頭には何もなく、ピオニーさんが見せてくれたものとはちょっと違っている。

 

「うん……やっぱりかぶってないよね……」

「被り物……やっぱり被り物も木製なのか?」

「さぁ……って『も』って……どういう事と?」

 

 ユウリも一緒に確認していたのでボクと同じような感想を述べると、ホップが気になることを述べた。マリィも突っ込んでいるけど、あの場所に建っている像が木製だってことは誰も知らない情報だ。それをホップが知っているということに少なくない驚きを感じている。

 

「どういうことって、この前ジュンと外で遊んでた時にたまたま近くを通ったから、気になって少し観察したんだぞ。最初は銅とか金属なのかなと思いながら近づいてみたんだけど、明らかに金属系のそれじゃなくてな……それで、ますます気になって少し触って見たら、明らかに木の感覚だったんだぞ」

「なんというか……ジュンとはまた違った好奇心の伸び方だよね」

「……なんか、ホップを褒めながら、またフリアにサラッと毒を吐かれた気がするんだが?」

「気のせいだよ」

 

 未知のものにただ走るだけのジュンとは違い、物事の根幹に疑問を持とうとするホップの姿勢は、どちらかと言うとシロナさんやナナカマド博士のような研究者が持つ視点によく似ている。もしかしたら、ポケモン博士の道を選んでみたら、ホップは意外と活躍するのではないかと思ってしまうほど。まぁ、今はチャンピオンをめざしているし、ホップ自身がバトルの方が好きそうだし、未来は彼自身が決めるものだから変に口出しはしないけどね。

 

「とにかく、あれが木製なら、頭についているこれも木製ってことでよかと?」

「うん、その方向性でいいんじゃないかな?」

「じゃあまずはこの頭の部分を探しましょうか。ついでに、この村の人への聞き込みも行いましょ?この伝説がこの村の発祥であるのなら、色んな人から情報が聞けるはずよ」

 

 少し話が逸れてしまったところをマリィが修正し、その言葉にユウリとヒカリが続く。ヒカリが出した提案は凄く真っ当で、まずは何から始めるかで少し悩んでいたボクたちの行き先が定まった。そしてやることが明確になったのなら、いつも通り彼が動き始める。

 

「おし!じゃあ早速聞き込みと確認、そして頭探しに行こうぜ!!」

 

 我先にと扉の方に歩いていくジュンの姿に、自然とやる気を引っ張られたみんなは苦笑いを浮かべながらも身体を椅子から離していく。なんだかんだ、こういう先陣を切ってくれる人というのは心強かったりするものだ。だからこそ、みんなこんな表情を浮かべながらも内心少し感謝しているのだろう。他でもないボク自身がその感情を抱いていることだしね。

 

「遅れた奴!そんでもって、この伝説に貢献できなかった奴は罰金1000万円な!!よーい、どん!!」

「あ、ずるいぞ!!オレも頑張るぞ!!」

「「「「……」」」」

 

 なんて、ちょっとプラスの感情を抱いた途端にこれだ。彼は褒めたらその分評価を下げないと気が済まないのだろうか?今回ばかりは、素直について行くことの出来るホップがちょっとうらやましい。

 

「はぁ……なぜかどっと疲れた気がするわ……まぁ、今に始まったことではないのだけど……」

「だねぇ……ま、気にせずいつも通りいこっか」

 

 慣れたくないけどこの流れに慣れてしまったボクとヒカリは渋々頷きながら外へ。

 

「あ、ちょっと!おいて行かないで~!!」

「はぁ……なんか、出鼻くじかれたと……」

 

 続いて駆け寄って来るユウリとマリィ。

 

「良い報告、待ってるぜ~!!」

「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」

 

 そして、そんなテンションの落差がひどい冒険者を送るのが、またもやテンションが全然違う2人。

 

「ほんと、まとまりないなぁ……」

 

 思わずそんな言葉を零してしまいながらも、ボクはコクランさんとピオニーさんに『行ってきます』と返しながら、フリーズ村の住人の元へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか……」

「ごめんねぇ……」

「いえ、ありがとうございました!!またお話させてください!!」

「いやいや、あたしも若い子と久しぶりに話せて楽しかったわ。またいつでも、話しにおいで」

「ぜひ!では失礼します」

 

 ボクがちょっと残念そうな顔を浮かべてしまっていたので、それに対して申し訳なさそうな顔を浮かべてしまったお婆さんに慌てて謝りを入れるボク。そのあとは話も区切りがついたので、こんなボクに対しても嫌な顔一つ浮かべることなく対応してくださったおばあさんにお礼を言って離れ、近くでボクを待っていたみんなの元へと歩いて行く。

 

「どうだったと?……って、その様子だと……」

「うん、特に何も……収穫はゼロだね」

「はぁ……まさかこんなに難儀とは思わなかったなぁ……」

 

 ボクが近づいてきたことに対し、質問を投げながらもどこか諦めたような表情を浮かべたマリィと、ボクの返答を聞いて『やっぱり』という空気を出しながら空を仰ぐユウリの姿。ヒカリとホップも特に期待していなかったようで、その表情はどこか浮かない。ジュンに至っては、さっきまでのやる気がどこに行ってしまったのかと疑いたくなるほどのやる気のなさそうな表情を浮かべていた。

 

「今までで一番難しい捜査になりそうね」

「なんだかんだ、他2つは明確なヒントとか、前情報があったからなぁ……今回はそれがないのが厳しいぞ……」

 

 ヒカリとジュンの言葉を聞きながらう~んと唸るボクたち。2人の言う通り、何もない所から手探りで探していく今回の伝説は、今まで歩んできたもののどれよりも難しいものとなりそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「もしかしたら、今までの行動を振り返ってみたら何か見つかるかもしれないし、もう一度考え直してみよっか」

 

 このままではどんどん暗い雰囲気になってしまうので、とりあえずまずは行動をしようとボクから一つ提案し、みんなで考えてみる。

 

 民宿を出たボクたちがまず行ったのは、このフリーズ村にある像の確認だ。ホップの言葉を疑っているわけではないけど、やっぱり一度は自分の目で確認したいということで、何かを象られた像を直接触ることで確認したボクたちは、改めてその像が木製であることを知る。雪が降りしきるこの場で、それでも立派に立っているその像は、どうやら地面に埋められる形で作られているみたいで、ちょっとやそっとではびくともせず、まるでこの地の守り神なのではないかと思わせるような不思議な力を感じさせた。しかし、やっぱり写真に写っていた物はなく、こうしてまじまじと見つめてみるとどうにも物足りなさを感じてしまう。定期的に手入れはされているのか、雪はそんなにかぶっていなかったけどね。

 

 像に関してはこれくらいで、次にボクたちが行ったのはこの像の頭探しだ。もしピオニーさんから頂いた写真通りだったり、ボクたちが感じた物寂しさが事実ならば、この像の頭に被せるものがどこかにあるはずだ。そう考え、このフリーズ村を一周していろいろ探し回ってみた。しかし結果としては惨敗。頭のあの字も見つからないのではという程どこにも見当たらなかったし、家の裏に転がされているなんてこともなかった。

 

 では、もしかしたら誰か別の人が管理しているのではないか。その考えを思い描いたボクたちは、次にこの頭を探すついでに、今回の『豊穣の王』に関する情報の聞き込みを開始した。このフリーズ村が発祥である伝説ならば、この像について詳しい人も多いだろうし、同時にこの像の頭が見つかる可能性も高いからだ。……まぁ、そんなこと言わなくても誰だって思いつくよね。実際、ボクたちの一番の目的はこれだったのだし。というわけで、さっそくこの伝説についてこの村の住民たちに質問をして周り、豊穣の王について聞き込みを開始した。今回の一番の目的ということもあり、ジュンが更にテンションをあげて臨んだのが今でも記憶にしっかりとある。が……

 

 聞く前からわかる通り、結論から言うとこちらも収穫はゼロだった。

 

 誰に聞いても、『そんなものは知らない』。もしくは、『本当にそんな存在がいるのなら、今すぐこの村を豊かにしてほしい』と言った愚痴しか聞くことがなかった。フリーズ村にいる住民は決して多いとは言えないので、全員から話を聞くことは簡単だったのだけど、その全員から同じような言葉が出てくれば、さすがにボクたちも頭を抱えざるを得ない。唯一村長さんだけは少しだけ知識が深そうに感じたけど、そんな村長さんも、『実際にいれば観光客が~』と愚痴をこぼすだけに終わってしまった。

 

 そして、先ほどのおばあさんとのやり取りに戻る……というわけなのだけど……

 

「だめね、振り返ってみても何もわからないわ……」

「しいて言えば、『何もわからないこと』がわかっただけだったね……」

 

 みんなで今日の行動を改めて口にしてみたけど、やっぱり手掛かりはゼロ。ヒカリとユウリの言う通り、出てきた結論は『わからない』だった。

 

「っていうか、なんでこの村発祥の伝説なのにこの村で知っている人がゼロなんだ?おかしくないか?」

「確かに……発祥の地なら、ガラル地方のいろんなところにある剣と盾の英雄よろしく色々証拠や話がここであってもおかしくなかと……」

 

 いい加減じれったくなったジュンが、言葉に若干の苛立ちを募らせながらそもそもの謎を口に出す。マリィの言う通り、あの剣と盾の英雄と比べ、これだけたくさんの人に話を聞いたのに何一つ話題がないというのは明らかにおかしい。

 

「もしかして、この伝説はハズレ……とか?」

「おいおい、ここに来てそれはないぞ……」

 

 そのあまりにも証拠がないことから、いよいよユウリとホップが諦めの言葉を出し始める。確かに、伝説の話というのは眉唾物の方が多い。むしろ、今までがどちらも大当たりだったことの方が本来はすごい事なのだ。そう考えると、この伝説がハズレだったとしても何らおかしなことはなかったりする。けど……

 

「にしては、あの像は大切にされているんだよね……」

 

 ボクはどうしてもこの村の中心にあるあの像が気になって仕方がない。何の意味もなく、あの像が大切にされている理由がよくわからないからだ。それに……

 

 

(フォ~……フォ~……)

 

 

(まただ……また聞こえた……)

 

 ボクたちがこの伝説を調べ始めてからというもの、あの謎の声が聞こえる頻度が明らかに上がってきているのだ。相変わらずこの声はボク以外には聞こえていないみたいだから、明確な証拠として提示することが出来ないのが残念だけど、どう考えても何か関係があるとしか思えない。ただ、同時に少しの違和感も感じた。

 

(でも、今まで聞こえてきた声よりも……少し小さくなってる……?)

 

 それは声の大きさだ。ボクたちの雰囲気が、『この伝説はハズレなのでは?』という答えを出しそうになるにつれて、聞こえてくる声がどんどん小さくなってきている気がする。それはまるで、今にも消えてしまいそうな、蠟燭の火のようなはかなさで……。

 

(やっぱり今回の伝説と関係があるのかな……)

 

 声の聞こえてくる回数と、ここに来て小さく、弱々しくなっていく声に、朝に捨て去ったはずの疑問が再び浮かび上がってくる。どうにも自分の中で、この2つの関連性がどんどん明確化されているような気がしてならない。

 

「ひとまず、一旦民宿に戻りましょうか。ここに立ってても寒いだけだし……」

「うん……ちょっと温まりたい……」

「ピオニーさんとも、話しておきたいしな」

 

 ボクが1人頭を悩ませていると、ヒカリが一旦帰ることを提案した。この案に反対する人は特におらず、寒がりのユウリと、今回の伝説に疑問を持ち始めたジュンは特に賛成の色を強くしていた。ボクもこれといって反対する理由もないので、ヒカリに提案に頷く。

 

 全員の意見が揃ったところで、ボクたちは揃って民宿へ。大きい村では無いので、シロナさんが借りている所へはほんの数分で到着する。もう慣れきってしまったその民宿に、今更緊張をもつ必要も無いので特になにか思うことも無く扉を開け、挨拶をする。

 

「「「「「「ただいま〜」」」」」」

「おや、お帰りなさいませ。随分とお早いのですね」

 

 民宿に戻ったボクたちを迎え入れたのはコクランさん。コクランさんの言う通り、ここを発ってから時間はあまり経っていないので、特に朝と変化は無い。近くで椅子に座り、若干眠たげな顔を浮かべながら、本に視線を落としているカトレアさんにも特に変わった様子は見受けられなかった。……もっとも、思考は間違いなくあの声に向けられているだろうけどね。だって、ボクが頻繁に聞こえたというのなら、カトレアさんも間違いなくたくさん聞いているだろうから。

 

「フリア……」

「はい。わかってはいるんですけど……」

 

 なんてことを考えていたらさっそくカトレアさんから声をかけられる。しかし現状はボクから出せる情報は特にない。カトレアさんもあまり期待はしていなかったみたいで、ボクの言葉を聞くと同時に『そう』と言葉を残し、再び本へと視線を落とした。そんなボクとカトレアさんのやり取りを横目で見たコクランさんは、今のやり取りで何となく察したみたいで、少し影を落とした表情で声をかけてきた。

 

「その様子だと、あまりいい情報は得られなかったみたいですね……」

「そうなんだよ~……被り物はおろか、知っている人すらいなかったんだよな~……」

「知っている人すらいない……それはおかしな話ですね……」

 

 ジュンの愚痴を聞いてすぐさま疑問点に辿り着くコクランさん。このあたりの思考の速さは本当に凄いと思った。

 

「だよな~……だからもしかしたら今回の伝説はハズレなんじゃないかと思ってな……そのあたりをピオニーさんに確認したかったんだが……」

「成程、そういう事でしたか。ピオニー様ならあちらにいますよ」

 

 ジュンの提案に納得と言った顔をしたコクランさんが、リビングのソファへと指を差す。そこには……

 

「ぐがぁ……ぐごぉ……」

 

 物凄く気持ちよさそうな顔をして寝ているピオニーさんの姿があった。

 

「なぁ、この人ってシャクヤって子を待つためにここに残っているんだろ?なのに寝てて意味あるのか……?」

「あ、あはは……」

 

 その姿に思わず呆れた声をだすジュンと、苦笑いを零すユウリ。ボクたちが外で寒い思いをしながら情報を集めているのに、ピオニーさんはこの暖かい部屋でくつろぎまくっていることに少なくない何かを感じているみたいだ。声に出していないだけで、他のみんなもちょっと不満げな顔を浮かべていた。

 

「本当に、この人って自由奔放と……」

「この人に振り回されているシャクヤの気持ち……元々わかってはいたけど余計に同情するわ……」

「それよりも報告どうするんだ?さすがにたたき起こすっていうのはちょっと……」

 

 これだけ色々話しているのに一向に起きる気配のないピオニーさんに苦言を呈するヒカリとマリィ。確かに文句を言いたくなる気持ちは分かるけど、ホップがボクたちの目的に引き戻すことによって、みんなの思考が正しい方向に流れ始めていく。そこからは、これからどうするかの会議が始まっていったのだけど……ボクはそれ以上に気になるものがあって、どうしてもその会話に集中できなかった。

 

「う~ん……」

「どうしたのフリア?」

 

 みんなの会話から少し浮いて声をあげているところが気になったユウリが、ボクに対して言葉を投げて来る。それに対し、ボクもみんなの意見が聞きたかったので、思い切って今思っていることをしゃべってみた。

 

「ねぇ、ピオニーさんが枕にしているあれって……もしかして……」

「「「「「え……?」」」」」

 

 ボクの言葉に沿って、ピオニーさんの頭の後ろにおいてあるものに視線を動かしていく。

 

 それは、枕にしては珍しく木でできており、まるく膨らんだようなその姿は、どこかで見たことがあるような形をしていた。例えるなら……

 

 ピオニーさんからもらった写真に写っていた、あの像が被っていた冠のような……。

 

 

「「「「「ああ~~~!!」」」」」

 

 

「木彫りの頭!!こんなところに!!」

「ふごがっ!?」

 

 ピオニーさんが枕にしているものが、まさしくボクたちが求めているものだと知った瞬間、ジュンが物凄い速さでその枕を奪い取り、駆けだしていった。その際に、枕をいきなり奪われたピオニーさんが頭を思いっきり落とされてソファの角にぶつけてしまっていたけど、それを心配する人は誰もいなかった。……今回ばかりはちょっとフォローできそうにないので、ボクもノーコメントを貫こう。

 

「これ!!早速あの像に被せて来るぜ!!」

 

 風のように出ていったジュンを見送るボクたち。ひとまずこれで1つ話が進みそうで何よりだ。

 

「はぁ……灯台下暗しとはよく言ったものね……まさかここにあったなんて……」

「あたしたちの時間、返して欲しかと……」

「いてぇ……な、なんだなんだ!?地震でもあったのかぁ!?」

 

 ヒカリとマリィがどっと疲れた表情を浮かべながら言葉を零す中、ようやく目が覚めたピオニーさんが慌てて周りを見渡し、みんなに何事かを聞いて回るが、みんなから塩対応をされてしまう。

 

「畜生……なんだってんだよ……いつの間にかお気に入りの枕ちゃんもいなくなっちまってるしよぉ……」

「あはは……」

 

 その対応に若干しょんぼりとした表情を浮かべるピオニーさん。流石にここまで来るとちょっとかわいそうに見えてきた。やっぱり後でフォローを……

 

「しなくていいわよフリア」

「だから読まないでって……」

 

 しようと思ったところでヒカリに釘を刺される。っていうか、またさらっと心を飛んでくるあたり、下手をすればカトレアさんよりもエスパーに長けているのではないだろうか。

 

「とにかく、ようやく情報が見つかってよかったぞ」

「まだどうなるかわからないけど、手詰まりではなくなったもんね」

 

 またもや脱線しそうになったところを引き戻すホップ。そこにユウリが乗っかることによって話が再び伝説の件の方向へ。ユウリの言う通りこれからどうなるかはわからないけど、とりあえずは一歩前進だ。

 

「じゃあそろそろジュンを追いかけましょうか。被り物も載せているでしょうし……」

「あたしも確認したいし、賛成と」

「これで写真と同じになっているといいんだけど……」

「だな。それを確認するためにも早く行くぞ!」

 

 みんなが像を確認するために足を動かし始めたので、ボクもそれについて行こうと足を動かし始める。

 

(これで新しい情報が手に入ればいいのだけど……)

 

 

 

 

(フォ~……フォ~……)

 

 

 

 

「「!?」」

 

 そんな時にまた聞こえた不思議な声。それも、今までで一番大きな声で、ボクの頭を駆けて行った。

 

「フリア……」

「はい……」

 

 勿論ボクと一緒に気づいているカトレアさんもこちらを見て来た。

 

(やっぱり……この声の正体って……)

 

 うすうすは勘づいていた。けど、最後の答えが出てこなかった。

 

 でも今まさに、その答えに近づいている。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




豊穣の王

此方で言う土着神みたいな扱いですよね。信仰がなくなれば存在を保てなくなってしまう神様と同じ雰囲気を感じます。実際に、現在の豊穣の神様は誰にも覚えてもらえていませんしね。



全部木製なんですよね。これだけ雪が降るここだと、簡単に傷んでしまいそうなので、おそらく表面に何か塗ってあるのでしょうが……技術とか、彼の出来事とか考えると、いろいろハテナが浮かびそうですよね。いつ建てられたのでしょうか……。



実機でも枕にしていたみたいですね。硬すぎて頭痛めそうです……。




こうしてみると本当に鋼の大将という言葉が似合いますよね。頑丈な方です。






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177話

 ボクの鼓膜を叩いてきた不思議な声は、外に飛び出すことによってさらに大きくなっていく。それはまるで、今この瞬間にもボクに近づいてきているようで……

 

「おお、完璧だな!!サイズもぴったりだし見栄えもいいぞ!!」

「何よりも写真通りの見た目と。これでしっくりくるとね」

「うんうん。かっこいいね!!」

 

 ジュンが被り物を乗せたことによって、ピオニーさんの写真と同じ姿になった像を見て声を上げるホップとマリィ、そしてユウリ。ようやく見ることになったその姿を前にして、物凄くテンションをあげている3人だけど、それ以上に頭に響く声に気を取られすぎてそちらに反応できなかった。

 

「声……だんだん近づいている……でもどこから……」

「フリア……?どうしたの……?」

「なんだ?せっかく像が完成したのに、なんでフリアは上の空なんだ?」

 

 どんどん大きくなっていく声に思考を奪われ、フリーズ村のあちこちに視線を飛ばすけど、一向にその声の主が見えてこない。そのことがどうしても気になってしまい、ヒカリとジュンから声をかけられてしまっても反応を返すことが出来ない。そんなボクの態度が気になったみんなは、像のことは一旦おいておいて、代表してヒカリがボクに声をかけて来る。

 

「フリア、本当にどうしたの?あの像の頭に物を乗せてから、明らかにちょっとおかしいわよ」

「えっと……」

 

 さすがにボクもこのまま無視……いや、無視しているつもりはないんだけど……このまま反応しないのはおかしいから言葉を返すんだけど、みんなが聞こえていない声に対してどういう説明をすればいいのか分からなくて、ついつい言葉が詰まってしまう。そんなボクの様子にますます疑念を抱いて行くヒカリたちに、『もう思い切って全てしゃべっちゃおうか』なんて思った時、再び頭に声が駆け巡る。

 

(こちらである……気づいてくれ……)

 

「っ!?」

 

 もう何回も聞いた不思議な声。しかし、今までは何かの鳴き声としてしか反応できなかったその声は、今回ははっきり意味の分かる言葉として耳に届く。何かの鳴き声なんかじゃなくて、人間の言葉を話してきたその不思議な声に、少なくない驚愕を感じた。しかも、それだけじゃない。

 

「ねぇ……今、何か聞こえなかったかしら?」

「ヒカリもか?オレも何か聞こえた気がしたんだよな……」

「じゃあ今の声ってきのせいじゃないってことと……?」

「その様子だとみんな聞こえてたんだ……何かの鳴き声みたいだったよね?」

「ああ、何を言っているのかまではわからなかったけど、確かに何かポケモンのような生き物の鳴き声だったぞ」

 

 どうやら今まで声を聞き取ることが出来なかったヒカリたちまでもが、今回は声を聞き取ることが出来たようだった。ボクと違って、声の内容までは聞き取ることはできなかったみたいだけど、少なくともボクとカトレアさんが今まで聞いてきた声までは聴くことが出来ているようだった。

 

(ボクとカトレアさんが聞こえていたものがみんなにまで聞こえているってことは、この声の主の力が戻ってきたって事……?じゃあ何をきっかけに……いや、十中八九ジュンがあの像の頭に被り物を乗せたことが原因なんだろうけど……)

 

「フリア……!」

「カトレアさん!!」

「お嬢様!急に出歩かれては危ないですよ!!」

 

 声が大きくなってきた理由に頭を回しているときに突如かけられる声。振り向けばカトレアさんが家から飛び出している所であり、その後ろにはいきなり動き出したカトレアさんに驚きながらも、従者としての職務を全うしているコクランさんの姿があった。ヒカリたちも、急に民宿から飛び出してきたカトレアさんの姿に驚きを隠せない様子だった。

 

「今の聞いたわよね……?」

「はい。確かに『こちらである……気づいてくれ……』って言ってました」

「あたくしも同じ言葉が聞こえたわ……声も大きくなっているし……ここまでくれば場所も特定できる……」

「「「「「え!?」」」」」

 

 一方で、カトレアさんが出てきた理由をしっかり把握しているボクは、カトレアさんからの質問にすぐさま返す。ボクとカトレアさんのやり取りにびっくりした声を上げるみんなだけど、コクランさんだけは事情の一端を知っていたからすぐさま適応する。

 

「成程、今の声……あれがお嬢様たちがいつも聞いている声でしたか……そして、お嬢様たちだけが言葉の意味を受け止めることが出来たと……」

「そうよ……ずっと頭に響いて気になっていたけど……ようやく答えが出そうね……」

「声の方向は……あっち……ですよね?」

 

 カトレアさんの言葉に頷きながらボクは感覚的に声が聞こえたと思われる方向に指を差してみる。その先は、ボクたちが借りている民宿の裏手を進んだところにある小さな広場だった。木々に囲まれたこの広場は、もしこの村が子供であふれていたなら今頃雪だるまがたくさん並んでいたことが予想されるくらいには絶好の遊び場ポイントのようにも見えた。

 

「あっちに何かあるのか?」

「さっき見て回った時は何もなかったけど……」

 

 ボクが指を差した方向を見ながら言葉を零すユウリとホップ。2人の言う通り、先ほど村を回った時にはあの広場にはなにもいなかった。隅々まで探したうえ、特に何か障害物があるわけでもないので見落とししているという可能性だってない。でも、確かに今聞こえてきた方向は間違いなくあちらだ。他のみんなも先ほど何も見ていないことから半信半疑になっているけど、それでもここは信じてもらいたい。

 

「行きましょう。絶対何かいるはずだから……」

「ええ……」

 

 先陣を切るのは勿論ボクとカトレアさん。真っすぐはっきりと発言し、迷いのない足で進んで行くボクたちの姿を見て、信じるしかないと判断したユウリたちも後ろをついてきてくれた。そのことに対してちょっと申し訳ない気持ちを抱きながらも、それ以上にこの声の主が気になるので、ボクとカトレアさんはザクザクと音を立てながら進んで行く。とはいえ、それほど距離があるわけでもないので、目的の場所にはすぐにたどりつく。

 

「君は……」

「あなたが……声の主なのね……」

 

 広場に着いたボクたちを待ち受けていた物。それは、1人のポケモンと思わしき生き物だった。

 

 顔の形はシキジカやオドシシのそれに似ており、頭にはカンムリのような、巨大な緑色の球体を頭上に乗せている。また、首周りには数珠のような、小さな球体が連なった首飾りをかけていた。大きな冠をかぶっているせいで頭の主張が激しいけど、対する身体は細く、足は特に顕著だ。頭を除けば全体的に小柄な印象を受けてしまうこの子は、しかしそれでいて、その細さが彼の優雅さを強調しており、佇むだけで威厳が確かに伝わって来る。

 

 対面するだけで確かな緊張感がある。それがかのポケモンだった。

 

(よくぞ……ヨの言葉を受け止めてくれた……)

「いえ、むしろ気づくのが遅れてごめんなさい」

「言葉の反応を感じるのに……時間をかけてしまったわね……」

「え!?フリアとカトレアさんは何を言っているのかわかるのか!?」

「……ジュンには、この子の声はどんなふうに聞こえてるの?」

「えっと……『かむんぱ、くらうんぱ』……?」

「なにそれ……?」

 

 対面した子から聞こえた声に返事をすると、ジュンから驚きの声が上がる。どうやらジュンを含め、ボクとカトレアさん以外は彼の声を聞き取ることができないらしい。試しにジュンになんて聞こえたのか聞いてみると、返ってきたのは謎の呪文のような言葉だった。全く意味の分からない言葉は、意味が伝わっているボクたちからしたらちょっとした悪ふざけのようにも聞こえたんだけど……ユウリたちも真面目な顔をしているままだし、ヒカリに関しては何回も頷いていたからこの言葉に間違いはないのだろう。とりあえず、このことに関しては置いておいて、今はこの子と対面することにしよう。

 

(ふむ……オヌシらにはヨの言葉が正しく伝わっておるが、他のモノには伝わっておらぬようだな……)

 

「ですね。他のみんなには呪文のような言葉となって伝わっているようです」

 

(成程……では……)

 

「おいおいおい!!ちとトイレに行ってから出てみたら民宿に誰もいねぇからド・驚いちまったぞ!!……ん?なんだその緑と白の奴は……?」

 

 ボクとジュンのやり取りから、自分の言葉が全員には正しく伝わっていないことを理解した彼は、何か解決案を考えようとしていた。そんなところに、いつの間にか自分以外が外に出ていることに気づいて慌てて外に出てきたピオニーさんが合流してきた。急に全員いなくなったら確かにびっくりするだろう、ピオニーさんの気持ちも何となくわかる。

 

「頭でけぇ!?なぁなぁ!!なんなんだこいつ!!」

「え、えっと……」

 

(新しい人の子か……ふむ、これならできるな……)

 

「え?」

 

 そんなピオニーさんがこの子を見て純粋な言葉を発すると同時に、ピオニーさんに一番近いマリィに説明を求めた。急に話を振られたことと、まだ彼の言葉の意味を理解できていないため、情報が整理できていないマリィは当然この言葉に返すことが出来ず、たじたじな反応をしてしまう。そんな2人のやり取りを見て、ボクがどうにかしようと思った時に、彼から何かを決意したような声が聞こえてきた。それがボクの中の興味を一気に惹き、思わず彼の方に目を向けてしまう。すると、彼は一瞬空に浮かび上がったと思ったら、ピオニーさんの目の前に急降下。

 

「おわぁっ!?」

 

 突然目の間に現れた彼に思わず変な声を上げるピオニーさん。他のみんなも、声を出してはいないけどいきなりピオニーさんの目の前に移動したことに少なくない驚きを示していた。

 

「な、なんだぁ……?」

 

 目の前に現れたと思ったら、じっと自分の目を見つめてくる彼に、疑わし気な声を上げるピオニーさん。しかし彼はその言葉に対して一切返答する気配を見せずに、ただひたすら見つめ続けるだけだった。その時間には不思議な圧力があり、外から見ているボクたちは2人の間に入ることが出来ずにいた。

 

 そのまま待つこと数秒。

 

「な、なぁ……こいつは一体……」

 

(むん!!)

 

「え!?」

 

 なにもないことにしびれを切らしたピオニーさんが、今がどういう状況なのかを確認するために口を開いた瞬間、彼の目力が強くなり、一瞬だけほんのりと青色に発光する。そのことに驚いてしまったボクは思わず変な声をあげてしまう。

 

「どわぁっ!?」

「「「「「ピオニーさん!?」」」」」

 

 一方、そんな何かを込められたであろう眼力に見つめられたピオニーさんは、ボク以上に変な声をあげて目を見開いた。そんなピオニーさんの反応に一気に不安の気持ちが募ったユウリたちが声をそろえてピオニーさんの名前を呼ぶ。その瞬間。

 

 

『てょわわわぁ~ん』

 

 

「「「「「「……へ?」」」」」」

 

 素っ頓狂な声を発したと同時に、目を閉じて上を向き、腕をコオリッポみたいに下げて、つま先立ちをしているような姿をしたまま薄く青色に発光し、ちょっとだけ宙に浮きだすピオニーさん。その姿があまりにもシュールで、今度は全員口をそろえて変な声をあげてしまった。何とか声を上げることを我慢したカトレアさんとコクランさんも、目の前で起きた珍事に、目が点になっている。

 

(本当はピオニーさんの心配をする場面なんだろうけど……ご、ごめんなさい)

 

「ぶっはははは!!」

「ちょ、ちょっとジュン!笑わな……ふふっ……つ、つられ……ふふふっ……」

「わ、笑っちゃダメ……だよね……?……ふ、ふふっ……」

「………………んんっ……………ふっ」

 

 現在のピオニーさんの姿がおかしすぎて、とてもじゃないけど我慢しないと声が漏れてしまいそうになるので必死に口を抑える。しかし、ボクのすぐ隣でとっくの昔に我慢の限界を超えたジュンがおなかを抱えて笑い出してしまい、それにつられてヒカリも決壊。結果として、ボク、カトレアさん、コクランさん以外の面子は笑いをこらえきれなくて吹き出し始めていた。マリィなんて、下を向いてプルプル震えてしまったうえで声が漏れている。必死にこぶしを握ってこらえようと努力している姿がどこか可愛らしい。

 

『ふむ、なかなか良い強靭な身体をしておる』

 

 そんな若干のネタ空気になっているこちらのことなんてつゆ知らず、彼はピオニーさんの身体をおそらく乗っ取ったうえでピオニーさんの身体の調子を確認していた。その様子が余計にシュールさを増している。

 

『すまぬが少々借りさせていただくぞ』

「はぁ……はぁ……笑ったぜ……ってあれ、今の声、ピオニーさんが喋ってるわけじゃないよな?」

「確かに、口は動いているけど……とてもじゃないけどピオニーさんの意志で喋っているようには見えないわね……」

「ってことは、これはあの子が喋ってるってことなのかな?」

 

 彼がピオニーさんの身体の調子を確認し終えたところでようやく落ち着いたジュン、ヒカリ、ユウリもゆっくり現状の確認をしていく。と、そこまでみんなの動きを確認してからボクもあることに気づく。

 

「あれ、みんなも言葉を理解できてる……?」

「うん……そっか、フリアたちは最初から言葉が通じてたとね。今ならフリアたちの会話について行けると」

「ピオニーの身体を通して……あたくしたちに言葉を通しているみたいね……成程、なかなかいい考え……この子……頭もかなりいいわよ……」

 

 ボクの疑問にマリィが返答してくれたことで、ボクの謎に答えが提示された。そこからカトレアさんが今起きたことを整理していく。そんなカトレアさんの様子を見ながら、彼は小さく、それでいてどこか嬉しそうにうなずいていた。

 

『なかなか聡い人の子であるな。ヨとしても、話が速くてとても助かる』

「ポケモンに褒められる……初めての経験だから……なんだかちょっと複雑ね……」

『ふむ、無理もない反応ではあるが、こればかりはなれてもらうしかあるまい』

 

 ポケモンに褒められるなんて物凄く貴重な体験ではなかろうか?なんせ、人の姿を取るポケモンは何人か存在するけど、人の言葉を発するポケモンというのは本当に数が少ない。ボク自身も、人の言葉を話すポケモンはこの子が始めてだ。

 

『さて、これでようやく腰を据えて話すことが出来るのである』

「ピオニーさんは据えるどころか浮いているけどね……」

「そこは突っ込んじゃダメと。フリア」

 

 思わず出た言葉をマリィに窘められるけど、こればかりは突っ込んでしまったことを許してほしい。ボクらと出会ってから、なんだかピオニーさんが不憫に見えることが多い気がする。

 

『本当にすまぬとは思っている。なのでこの埋め合わせは後で行うことにする。……それよりも、まずはここまで引き延ばされてしまった自己紹介を行うことにしよう』

 

 彼の反応からして、これは本意ではないことが伝わって来る。彼もピオニーさんにあとで詫びると言っているし、この件に関してはとりあえずもうおいておこう。

 

『ヨはバドレックス。豊穣の王と呼ばれしものである』

「『豊穣の王』……」

「ピオニーさんが言っていた伝説の話だぞ!」

 

 彼……バドレックスの口から伝えられる彼の名前と二つ名。それを復唱するボクに乗っかる形で、ホップが嬉しそうに声を上げる。これでピオニーさんの持ってきた3つの伝説ツアー、そのすべてが実在することが証明された。そのことに、心の中で何か湧き上がるものがある。やっぱり、この伝説との邂逅の瞬間はワクワクしてしまうね。

 

「えっと、ボクはフリアと言います」

「わたしはヒカリ」

「オレはジュン!!」

「ホップだぞ!!」

「私はユウリです」

「あたしはマリィ」

「カトレアよ……」

「コクランと申します。そして、今バドレックス様が身体を拝借されている方の名はピオニー様でございます」

『うむ……オヌシらの名、しかと刻んだのである』

 

 バドレックスが自己紹介をしてくれたので、こちらも慌てて名前交換。ポケモンと名前を交わすことにやっぱり違和感はあるものの、それでもようやくお互いを名前で呼び合うことが出来ることに謎の嬉しさを感じる。

 

『まずはオヌシたちに一言礼を言わせてほしい。ヨの像を元の姿に戻してくれたこと……至極感謝である』

 

 感傷に浸っているボクにまず投げられたのは感謝の言葉。どうやらバドレックスにとって、この村にある像はかなり大きな意味を持つらしい。

 

『遥か昔、ヨはこの地を統べ、豊穣の王として君臨していた。草花を生やし、畑に実りを与え、人間から崇められていたのだ』

「この像は……その時代に作られたものね……」

『その通りである。信仰を力に変え、より強力な力を持って人の子を統べていたヨにとって、この像はヨの象徴であると同時に力の源でもある。ヨは土着の王故、信仰されないと姿すら維持できないのでな』

「シロナが聞いたら……喜んで飛びつきそうね……」

『オヌシらとともにいた最後の仲間であるな。是非とも、彼女とも言葉を交わしたいものである』

 

 その像について、カトレアさんとバドレックスが話すことによって、ボクの中で知見が広がっていくのを感じる。成程、それならジュンやホップたちが伝説を諦めかけた時に声が小さくなってしまったことも、像が完成した瞬間に声が大きくなったことも説明が着く。

 

『話を戻そう。そんな人の上にたち、人の子を導いていたヨだが、長い時を経て、どうやら人々はヨのことを忘れ去ってしまったらしい。昔はあったヨへの捧げものも、今や影も形もない。先程も言った通り、ヨは信仰無くしては存在すらも危ぶまれる。人々に忘れられたことにより、ヨはどんどん力を失ってしまった』

「そっか……だからこの村であれだけ聞き込みをしてもなんの情報もなかったのか……」

「忘れ去られた王……少し、悲しいわね……っていうか、そんな王の話、ピオニーさんはどうやって見つけてきたのかしら……?」

 

 続いて説明された言葉によって、ジュンが納得した声を上げる。ヒカリの言う通り、あまり気分のいい話では無いのは確かだ。謎が多く、手段も気になるけど、もしピオニーさんがこの伝説の話を見つけてなかったらと思うと、少しゾッとしてしまう。バドレックスは1度、本当にピオニーさんに感謝をするべきだろう。現在進行形で乗っ取られてるけど……って思い出したらまた笑いそうになるので、ちゃんとバドレックスに意識を向けよう。

 

『かつての勢いを失い、威厳もなくなってしまったヨは、愛馬たちにも逃げられてしまった。愛想をつかされた、というのであろうな』

「そういえば、あの像では確かにバンバドロみたいなものに乗ってたと」

「けど今はいないってことは、そういうことなのか」

 

 像の姿と今のバドレックスの姿から、彼の言葉の信憑性が上がっていく。マリィとホップの言葉に頷いたバドレックスは、再び話を始めた。

 

『力も信仰も、そして愛馬も失い、ついにヨの象徴である像も冠を外されて半端なものとされてしまった。結果ヨは姿を維持することもできずに、かすかな声を出すことしかできぬ存在になってしまったのだ』

「それは……」

 

 凄惨すぎて言葉を失うボク。今も本当にギリギリのところでこうしてこの場にいるのだろう。

 

『あと少しでヨは完全に消え去っていたであろう。だが、オヌシらのおかげで、こうして再び姿を取り戻し、人の肉体を介して想いを伝えられる程度には力が戻ったのだ。……オヌシらはいわば恩人。恩人には、是非とも明るくいていただきたい』

「バドレックス……」

 

 余なんて仰々しい一人称を使っていることと、彼自身から放たれている伝説特有の緊張感も相まって、若干気後れしてしまうところもあったのだけど、こうして関わってみるととても人にやさしく、接しやすいポケモンだということが分かった。これだけ親しみやすい子なら、彼がしっかり王として存在していた時代はさぞかし沢山の人に慕われていたことなのだろうということが予想できる。

 

『そんな慈悲深い人の子であるオヌシらにひとつ……頼みごとをしても構わぬだろうか……?』

「頼み事……?」

「私にできることなら手伝うよ!」

 

 ここまでの話を聞いて、ユウリはもう手伝うことを決意している。他のみんなも、勿論ボクだって、声には出していないだけで気持ちはユウリと同じだ。そんなボクたちの視線を受け、バドレックスは視線を少し緩める。

 

『オヌシらの慈愛……誠に染み入る……』

「気にしないで!!」

 

 かみしめるようにつぶやくバドレックスに、努めて明るく返すユウリ。バドレックスの言っていた、『恩人には明るくいて欲しい』の返しとして、ユウリもバドレックスに明るくいて欲しいという事だろう。その真意をしっかりと理解したバドレックスは、一瞬下げた顔を引き締め、凛とした顔で皆を見つめる。

 

『では改めて、オヌシらに頼みを告げる』

 

 緊張感を再び纏ったバドレックスは、こちらを見つめ、はっきりと言葉を落とす。

 

『ヨの復活のために、手を貸してほしい』

 

 その言葉は、今までバドレックスから聞いたどの言葉よりも心に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バドレックス

ようやく登場。『冠の雪原』の大目玉ですね。彼を楽しみにしていた方が多いみたいで、お待たせしてしまい申し訳ないという気持ちと、やはり最後に持ってきてよかったなという気持ちがあります。彼の愛馬含め、これからの活躍を楽しんでください。

ピオニー

てょわわわぁ~ん

復活

この話は、常に横にあのピオニーさんがいます。




昨日の日曜日をもって、この作品も2周年ですね。ここまで長く、定期更新が続くとは思わなかったですね。これからもまったりと関わってくれたらと思います。3年目もよしなにお願いしますね。






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178話

『ヨの復活のために、手を貸してほしい』

 

 バドレックスから伝えられた、はっきりと芯の通ったお願い。威厳溢れるその言葉は、こちらの決まっていた返事をするのに一瞬詰まらせてしまうほど。勿論協力したくないから詰まったのではなく、これは単純にバドレックスに見とれてしまっていたからだ。こういうところで、バドレックスは元々王様だったんだなというのを実感させてくるあたり、やはり伝説の名に恥じないポケモンということなのだろう。

 

「手を貸してあげるのは吝かではないわ……けど……具体的にどうするつもりなのかしら……?」

 

 しかし、ずっと見とれてしまう訳にも行かないので、一番最初に我に返ったカトレアさんが、バドレックスに対して質問を投げた。カトレアさんの言う通り、『手伝う』といっても言葉が抽象的でどうすればいいのか分からない。ここの内容いかんによっては、ボクたちが役に立てないかもしれないしね。そんなボクたちの思考を汲み取ったバドレックスが、小さく頷きながら言葉を綴る。

 

『至極真っ当な質問である。そこについても答えよう』

 

 改めてみんなを一瞥したバドレックスは、自身の手を見ながら続きを喋る。

 

『力を戻す一番の正攻法は、ヨの存在を再び知らしめ、信仰を取り戻すというものである。しかしこれは現実的では無い。理由は……オヌシたちが調べてくれたであろう?』

「うん……」

 

 バドレックスの言葉に、みんなして少し苦い顔を浮かべながら頭を縦に振り、その理由を代表してボクが述べていく。

 

「バドレックスのことをもう誰も憶えていない以上、これからみんなの前に姿を現しても効果はあまり見受けられないと思う。それ以上に、奇跡的に上手く行ったとしても、フリーズ村は限界集落に片足を入れてしまっている場所……バドレックスの全盛期がどれくらい凄かったのかは、ボクたちは想像することしかできないけど、多分この村の住民全員から信仰を得られたとしても、とてもじゃないけど信仰力は……」

『うむ。間違いなく足りないであろうな。そしてそもそもこの村の人の子を、『ヨが豊穣の王である』ということを納得させるだけの力が、今のヨには備わっておらぬ。信仰を再び集めるのは、おそらく不可能だろうな』

「でもよ、あくまでも力を少しでも取り戻すことが今の目的だろ?それに今この村は畑が育たなくて困ってる。そこを手伝えばちょっとくらいは信仰は手に入りそうだぞ?」

 

 ボクとバドレックスの言葉にツッコミを入れたのはホップ。確かに彼の言うとおり、今この村にある問題をバドレックスが解決をすれば、信仰が戻ってくる可能性が高い。けど、この方法はそもそもの前段階の時点で躓いてしまっているため、実行が不可能なのだ。

 

『すまぬな、そのほんの少しの手伝いをする力すらも、今のヨにはほとんどないのだ。一度の祈りでせいぜい野菜のタネを2つ、育てられるかどうか……』

「それは……」

 

 バドレックスの言葉を聞いたたホップが、また申し訳なさそうな顔をうかべる。それに対して、バドレックスは少し苦い表情を浮かべながら、しかしホップを気遣うように言葉を落とす。

 

『そう気を落とすでない。ヨは豊穣の王である。人に期待をするほど浅はかでは……いや、オヌシらのことは信用しているのではあるが……』

「あなた……周りから甘いって言われるでしょ……」

『……黙秘するのである』

 

 バドレックスの言葉がふよふよし始めたあたりで、カトレアさんがズバッと切り込む発言を残し、それに対してバドレックスが明後日の方向を見始める。威厳はあるのに人当たりがよく、優しい一面のある王様がここに来て可愛らしく見えてきてしまった。そう感じたのは他のみんなも同じらしく、みんなの表情がどこか緩んだような気がした。

 

『ん……話を続けるのである……』

 

 そんなちょっと緩んだ空気をごまかすように咳払いをしたバドレックスは、自身の力を取り戻す続きの話をする。

 

『先ほど話した通り、信仰によるヨの力の復活は望みが薄い。それゆえヨの力が全盛期のそれに戻ることはまずありえないであろう。しかし……信仰に頼らずヨの力を取り戻す方法はひとつ存在する』

「その方法は?」

『その方法は、愛馬を取り戻すことである』

「愛馬って……像であなたが乗っていたあの……?」

『左様である』

 

 バドレックスが語った力を取り戻す方法は、像でもバドレックスが乗っていた愛馬の存在だ。マリィとユウリの疑問に対しても真っすぐ解答したバドレックスは、過去を懐かしむような眼をしながら、それでいて、どこか不安そうな眼をもって虚空を見つめる。

 

「その愛馬もポケモンなのか?」

「どんなポケモンなんだ!?」

『遥か昔、ヨと共に野山を駆け巡り、数多の戦いを切り抜けた盟友である』

「豊穣の王の盟友ですか……さぞお強いポケモンとお見受けします」

 

 伝説と共に歩んだ大切な仲間と聞いて、ホップとジュンが目に見えてテンションを上げる。そんな彼らの質問に対しても、バドレックスは自分のことのように嬉しそうに返答した。その姿から、コクランさんも愛馬と呼ばれるポケモンに対して強い興味を示し始める。

 

『だが……今はどこに行ったのか、まったくもって行方は分らぬのである……それに、例え見つけられたとしても、力なき今のヨでは乗りこなせないやも知れぬ……』

「余程の暴れ馬だったみたいね……」

『なんせ、ヨと共にゆくまではこの地を荒らしていた厄介者と呼ばれていたのでな』

「言葉だけではその厄介さは分からないけど、さぞ激しいバトルだったのでしょうね……」

『実際かなり強かったであるな。生涯戦った中で2番目くらいには……な』

 

 カトレアさんとヒカリの質問で再び過去の思いをめぐらせそうになるバドレックス。しかし、このままではまた話しが逸れてしまうため、バドレックスはぐっと堪えていた……いや、正確にはそれ以上は考えたくないと言った表情……かな?とにかく、あまりいい感情では無いそれを浮かべ、次の話をし始めた。

 

『だが永き眠りより目覚めたばかりのヨは、現在力とともに記憶もかなり抜け落ちてしまっている。故に愛馬のことも、印象に深い出来事は辛うじて覚えているが、それ以外のことが何一つ残っていない。肝心の愛馬の見た目すら全く思い出せぬほどだ。共に駆けた盟友を忘れてしまうほど衰弱した己の未熟さが恨めしくある。……おそらく、今のヨはオヌシら誰と戦っても、手も足も出ずに敗れることになるだろう。だが、それでも、こうして姿を取り戻した今、ヨは再び友とこの地を駆けたい。そこでオヌシらにお願いである。どうにかして、ヨの愛馬を見つける方法を探しては貰えないだろうか』

「バドレックス……」

 

 長い前置きの末、ようやくバドレックスから頼まれたのは彼の愛馬の捜索。その捜索が、彼にとってはとても大きなことみたいで、頭を下げながらこちらに頼み込んでくる。

 

 バドレックスは豊穣の王だ。そんな人の上に立つものが、頭を下げるという行為には大きな意味が生まれてしまう。それを理解出来ていない人はここにはいなかった。

 

『頼む』

「あ、頭を上げてバドレックス!!私たちはさっきも言ったよ!!協力は惜しまないって……」

 

 それだけ本気のお願いなんだろうけど、ユウリの言う通りボクたちはとっくに協力することに賛成している。なのにそれ以上にお願いをされても、また同じ答えを返さないといけないのは正直時間がもったいないし、頭を下げられることにちょっとした重さを感じてしまう。

 

「もっと合理的に行きましょう……あなたも……早く力は取り戻したいのでしょう……?」

『オヌシら……やはり人の子は今も昔も、変わらぬものは変わらぬのだな』

 

 カトレアさんの厳しくも優しい言葉にようやく理解を示したバドレックスがゆっくり顔を上げる。その表情はもう暗くなく、復活を目指す意欲の目に変わっていた。その様子が嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。

 

「これからよろしくね。バドレックス!!」

 

 ここから始まるバドレックスとの協力関係。まずはそのきっかけとして握手をしようと、ボクはそっと右手をバドレックスに差し出した。

 

『…………』

 

 しかし、バドレックスは手を取ってくれるどころか、ボクの手を見つめて、小刻みに震え始めてしまう。

 

『す、すまぬフリアよ……何故か分からぬが……ヨは手のひらを見せられると、情けないことに身体が震えてしまうのだ……オヌシの気持ちは充分わかっておるし、そのうえでこの言葉をオヌシに向けるのは失礼と分かっている。それでも……その手は隠して貰えまいか……』

「そっか……」

 

 手のひらが苦手……初めて言われたけど、人に個性があるように、ポケモンにだって個性はある。ちょっと不思議だけど、ここはバドレックスの言う通り手を下げよう。

 

「じゃあ、こうならどうだ!」

 

 そう思い、手を引っ込めているところをジュンに掴まれ、手をぎゅっと締められて再びバドレックスの方に突き出された。

 

「って、いつつ……ジュン強引だって!!」

「わ、わりぃわりぃ。でも、手のひらがダメならグーでどうだ?」

「そんな屁理屈な……」

 

 いきなり変な行動をしてきたジュンを睨みながら、しかし屁理屈と言いながらもどこか期待したボクは、再び視線をバドレックスに戻す。

 

『……うむ。これならヨも怯えることなく拳を合わせられる。フリアよ。これからの友好と先程の謝罪を載せて、この拳を当てさせてもらう』

「っし!!」

「ほんとに通っちゃった……」

 

 すると、先程の震えは既に収まり、嬉しそうな表情を浮かべたバドレックスがそっと拳を差し出した。その事に嬉しそうにするジュンに、思わず呆気に取られてしまうボク。けど、バドレックスに嫌な思いをさせなくて済んだことにほっと一安心したボクは、コツンと拳をバドレックスとぶつけ合う。

 

「わ、私もグータッチしたい!!」

「オレもするぞ!!」

「あ、あたしも……」

「もちろんオレも!!」

「じゃあわたしもお願いしようかしら」

 

 その姿をみて、カトレアさんとコクランさんを除いたここにいるみんながバドレックスと拳を当てあった。

 

『オヌシら……誠に感謝する』

「おう!気にすんな!!」

 

 その光景に感極まったバドレックが、再び顔を下げようとするものの、それを無理やり持ち上げてジュンが視線を合わせてにかっと笑う。その笑顔につられたバドレックスも顔が崩れていった。微笑ましい2人のやり取りを見送ったボクは、みんなの方に振り返りながらこれからの予定を話し出す。

 

「さて、これからの目的は決まったけど……まずはどうしよっか」

「伝承が昔のこの村発祥なら、もしかしたら記憶はなくても記録はあるんじゃないかな?」

「成程……この村なら本とかになりそうとね」

「でも、本がたくさん保管されていそうな所なんてなさそうだけど……」

 

 ボクの質問にユウリとマリィがきっかけを提示するけど、それに対してヒカリが問題点を挙げた。確かに、この村に図書館なんてたいそうな建物は存在しないし、あるのは民宿と民家だけだ。ただ伝承として噂されていて、像も存在するのなら何かしらの形で残っている可能性は確かに高い。

 

「そうなると、石碑とか像が一番有力になるのかな?」

「ってなるとダイ木のところか?あそこ、沢山石碑みたいなのがあった気がするぞ?」

「でもこの村から遠くない?バドレックスってこの村の王様でしょ?ならその石碑や石像も基本的にこの村の近くにあると思うのだけど……」

「それもそうだよなぁ……実際木彫りの像はここにあるんだし」

 

 が、ホップの考えもヒカリの返答によって綺麗に返されてしまう。もしかしたらもっと深く探せば何か見つかる可能性は十分あるかもだけど、それにしたってまず行う場所ではない気がする。

 

「となると……やっぱり聞き込み?」

「でもこの村で伝承を知っている人は……」

「うう~……答えが見つからないぞ……」

 

 どれにしたって先ほどまで無駄足だったことが足を引っ張って、どうしても足を動かそうという気持ちにはならなかった。どれからやっても遠回りな気がして、どこかに近道があるのではと思ってしまう。

 

「でしたら、村長にお話を聞くのはどうでしょうか?」

「村長に?」

 

 そんな時に助け舟を出したのはコクランさん。悩んでいろんな議論が飛び交っている間に飛び込んできた案に、ボクが代表で言葉を返す。

 

「でも、村長さんも話は聞きましたけど特に詳しい知識は……」

「それはあくまでも知識の話でしょう?その点に関してはあなた方が話していた通りです」

「ボクたちが話してた……あ!」

 

 ここまでコクランさんに言われてようやくコクランさんの言いたいことが理解できた。

 

「勿論、わたくしの考えが外れている可能性はありますが……少なくとも、今みな様が考えているどの案よりも遠回りになりづらく、何か得られるものもあるかと思いますよ」

「ありがとうございます!!」

「なぁ、どういう事だ?」

 

 一方でボク以外のみんなは未だに理解できていないらしく、コクランさんとの会話を終えたボクにみんなの視線が集中してきた。その疑問に対して、ボクは自分でも驚くくらいテンションの上がった声で喋りだした。

 

「さっき言ってたことだよ!伝承がここまで伝わっているのなら何か物として残っている可能性があるんでしょ?ならそういった書籍が一番保管されている可能性があるのって村長さんの家じゃない?」

「成程……確かに、それなら村長さんの知識がなくても納得はいくと」

「でも、村長さんの家にあげてもらえるかな……?」

「最悪あがらなくても、本なりなんなり、関係のあるものだけでも見せてもらえばいいんじゃないか?」

「とにもかくにも、最初の目的地がわかったのならまずは動かない?ここで待っているよりも早く動きましょ?」

「ヒカリに賛成と。この後愛馬も探すことを考えたら、時間には余裕を持ちたかと」

 

 ようやく定まってきた目的にすぐにでも行けるように準備を整えておくボクたち。そのタイミングでジュンが話を終えたらしく、こちらに近づいてきた。

 

「お、なんだなんだ?もしかしてこれから行くところが決まったのか?」

「まあね。だから早くジュンも準備していくよ」

「おう!!」

『ふむ、ヨがいろいろ話しているうちに話がまとまったのであるな』

 

 ボクたちの様子を見て、この場所を離れて何かをすることを悟ったバドレックスが、改めてこちらを見つめて来る。

 

『愛馬の情報、何か見つかればまたヨに教えてくれると助かるのである』

「任せて!……って、自信満々に言うことはできないけど、善処はするよ」

『今のヨにとっては、手を貸してくれるだけで助かるのである。……任せたぞ』

「……ふがっ!?」

 

 そう言い残し、バドレックスはピオニーさんの支配を解除して、どこかへ溶け込むように消え去っていった。

 

「ありゃ?おめぇら、頭……でっけぇ……くない?っつーか、立ったまま寝てたのか!?」

「フリア……あなたたちは先に村長の下へ行きなさい……この人はあたくしとコクランが見ておくわ……」

「見ておくのはおそらくわたくしだけですがね……」

「何かしら……?」

「いえ、何もありません」

「あはは……」

 

 意識を取り戻したピオニーさんは、今の状況がわかっていないのか、周りをきょろきょろしているため教えるにしろごまかすにしろ、説明に時間を要することだろう。その部分をカトレアさんがコクランさんに押し付けげふん……コクランさんと引き受けてくれそうだったので、苦笑いを浮かべながらもその提案に甘える。

 

「じゃあ行ってきます!……コクランさん、頑張ってくださいね」

「お気遣い、感謝します」

「ちょっと……どういう事よ……!」

「おし、じゃあ行くぞ!!」

「なんだなんだぁ!?なぁ、何が起きてんだぁ!?……っつーか、身体がなんかみょーだし、ド・さみぃし……へ……へ……へっぶしょぉい!!」

「わたくしの方から説明しますから、まずは民宿へ入って温まりましょう」

 

 カトレアさんのことを軽くスルーしながら、ボクたちは村長さんの家の方へと足を運んでいく。村長さんの家は、この村の南側の少しだけ高台になっている位置に建てられている。家の形もほんの少しだけ豪華に見え、一応初めて来た人でもそれとなーくどれが村長の家かわかるようにはなっている。ボクたちも今朝訪れたばかりの場所なので、後ろから聞こえてくるピオニーさんとコクランさんのやり取りを聞き流しながら村長の家へと特に迷うことなく赴いた。

 

「ごめんくださ〜い。先程来たばかりで、またお時間取らせて申し訳ないんですけど、少しお話いいですか?」

 

 程なくしてたどり着いた村長さんの家。朝は玄関のところに立っていたため、特に呼び出したりすることも無く声をかけることができたんだけど、今は同じ場所に姿が見当たらなかったので、家の中にいるのではと予想したボクは木製の扉を4回ノックし、少し声を張って呼びかけてみる。呼び鈴やモニターと言った道具はこの村には無いので、あとは届いていることを願って待つだけだ。……こういうところは、やっぱりちょっと不便に感じるかもしれないね。いや、ボクの家にも、それらの道具はどっちもないから言えた義理じゃないんだけどさ。

 

(家……家かぁ……そういえば、母さんは今頃どうしてるのかなぁ……もしかしたら、ガラル地方の中継を見ていたりするのかな?)

 

 ふと自分の家のことを思い出したので家族のことをそれとなく考えてみる。ヒカリやジュンのように、ボクの動きをテレビで追ってくれていたら少し嬉しいね。

 

「って、出てこない……?」

「すぐに出てくることはなくても、声の返事くらいはあると思ったけど……」

「すっごく静かだな……」

 

 なんてことを考えながら待っていたんだけど、中から村長の声どころか、物音1つも返ってくる気配がない。この様子だと、今は出かけてしまっている。ということだろうか。

 

「村長さんなら今でかけてるよ」

「え?」

 

 みんなで村長さんの家の前でとどまっていると、少し離れたところから2人組のおばあさんが声をかけてきた。そちらに視線を向けると、穏やかな表情を浮かべたおばあさんがこちらを見つめていた。どうやらおばあさんたちは村長の行方を知っているみたいだ。

 

「どこに行ったか分かったりしますか?」

「確か、『巨人の寝床』の畑を調べに言っているはずだから、急ぎの用事なら探しに行くといいよ。場所はこの村から南東の、『氷点雪原』を抜けてずっと左に行ったところにあるはずだよ」

「ありがとうございます!!」

 

 質問をしてみたら予想通りの答えが返って来る。今も首を長くして待っているバドレックスのためにも、少しでも早く情報を集めたいボクたちにとってはとてもありがたい。早速その情報に則って走りだそうとしたときに、ヒカリがボクに待ったをかける。

 

「あ、フリア。どうせなら愛馬について、おばあさんたちにも聞いてみない?今まで『豊穣の王』についてしか聞いてなかったけど、もしかしたら愛馬については知っている人がいるかも……勿論、あまり可能性は高くないけど……」

「確かに……」

 

 豊穣の王とセットである以上知らない可能性の方が高いけど、それでも聞かないよりはましだ。聞いたところで損もロスも特にないし、聞いておいていいだろう。

 

「すいません。あの木彫りの像の、馬の方について何か知っていることってあったりあします?」

「『豊穣の王』とかいうのの次はあの馬についてかい?」

「はい、ちょっと気になっちゃって……」

「好奇心旺盛で、若くていいねぇ……」

「それよりも、馬のことについてよねぇ!?それならおばさん、すこし知ってるわよ」

「ほんとか!?」

 

 特に期待せずに質問をしてみたら、まさかの解答にホップがテンションをあげて返答する。周りのみんなも、おばあさんたちの言葉を今か今かと待っていた。そんなボクたちのテンションの変わりようなんてつゆ知らず、おばあさんたちはいつも通りマイペースに返していく。

 

「確か……そう、雪のように白いお姿だと、私は教えられたねぇ」

「雪のように真っ白……この地にぴったりだな!!」

「とても綺麗そうな気がする……」

 

 おばあさんから聞かされた情報は、バドレックスから得ることの出来なかった見た目の情報だ。ここに来て手に入ったわりと大きな情報に、ジュンとユウリが楽しそうに想像していく。ボクも頭の中に、真っ白で猛々しい姿の愛馬を想像し始めた。

 

「そうだっけ?あたしゃ、それはそれは美しい、黒い毛並みって聞いたけど……」

「「「「「「え?」」」」」」

 

 しかし、そんな想像に待ったをかけるのがもう1人のおばあさんの言葉。そのおばあさんによると、どうやら愛馬の見た目は黒色の毛並みをしているらしい。最初の情報と真逆だ。

 

「いやいや、わたしは白って教えられたよ」

「い~や、あたしゃ黒って聞いたね」

 

 そこから始まるのはおばあさんによる情報のぶつかり合い。正直、ここまで平行線だと第三者からしたらどちらも嘘にも聞こえてしまう。

 

「やっぱり、自分の目と耳で確かめるしかないみたいね」

「うん、あたしもそう思うと……とりあえず、ありがとうございました」

 

 その様子に溜息を吐きながらヒカリが言葉を零す。それに頷いたマリィが、もはやボクたちのことなんて眼中にない2人のおばあさんにとりあえずと言った感覚でお礼を言って走り出す。勿論、ジュンたちもおばあさんたちを置いて走り出した。

 

「うん……やっぱりそううまくいかないか。けど、一応覚えておこっと……」

 

 一度期待をあげられただけにちょっと残念な結果。だけど、もしかしたらちょっとは重要かもしれない。そう思ったボクは、今の情報を頭の片隅にとどめながら、マリィたちを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




記憶

記憶がなくなるほど衰弱した結果があの技範囲と種族値なら、全盛期はこの姿でもかなり強そうですよね。その時の彼も見てみたいです。

グータッチ

みんなでグータッチ。微笑ましいですね。




アニポケの最新話が……最新話が……






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179話

「ほんと、カンムリ雪原ってガラル地方でも屈指の寒暖差よね……」

「だよな~、ちょっと南下すればもう雪は消えてるし、あったかいもんなぁ……」

「逆にこれだけ温度差が激しかったら体調を崩しそうと……」

「私にとっては、まだちょっと寒いけどね……」

 

 ヒカリ、ジュン、マリィ、ユウリの言葉を聞きながら歩く道中。ボクたちは、フリーズ村でおばあさんから聞いた情報をもとに氷点雪原へと南下。その先にある巨人の寝床へと足を踏み入れた。

 

 巨人の寝床。

 

 カンムリ雪原中部の大部分を占める巨大なエリアで、ジュンの言った通りフリーズ村と比べて幾分か温かく、その証拠に雪が溶けてなくなっていた。特に、この巨人の寝床は巨大なエリアを崖上と崖下の2つのエリアを坂でつなぐ形になっているエリアなのだけど、崖下の状況はかなり顕著だ。春先をちょっと超えるくらいには温かくなっているこの地域は、寒いと言われているカンムリ雪原でもかなり過ごしやすい。いろんなところにある集落跡と畑の跡がその証拠だろう。流石に昨日赴いたボールレイクの湖畔に比べたらちょっと寒いけどね。ただ、今回ボクたちがいるのは崖上側なので、ほんのりと肌寒さは感じている。

 

 巨人の伝説の時も3鳥伝説の時も通ったこの巨人の寝床だけど、崖上の方を歩くのは今回が初めてだったりする。目的が全部南側経由だったからね。まぁ、崖上と崖下で変わることなんて、景色的にはほとんどないから、特に目新しさがあるわけではないけど。

 

「にしても、畑の状態を確認しにここまで……かぁ」

「こんなところまで来ないといけないほど追い詰められているってことだよね。……何とかなればいいんだけど……」

「さすがにそこまで行くと、オレたちがどうこうできる問題越えているぞ……」

「そうなんだけど……バドレックスが力を取り戻せたら、何とかならないかなぁって……」

「……信仰とバドレックスの力の関係の逆を行く感じか」

 

 愛馬を手に入れたらバドレックスは力が戻るらしい。ならば、その時に復活した力を豊穣の力に傾けてあげれば、フリーズ村の問題を解決できるのではないか。なんてことを考えていた。それが上手くいけば、バドレックスの信仰も増えて便利だなんて思ったから、ホップとそのあたりについて話をしていたんだけど……。

 

「どちらにせよ、現状だと憶測の粋でしかないっていうか、まずはそんな先のことよりも目の前のことで精いっぱいだから、何とも言えないぞ」

「だよね……ちょっと焦ってるのかなぁ」

「バドレックスのあの様子を見たら、その気持ちもわからなくないけどな……っと、それよりも。フリーズ村のおばさんたちが言ってた畑、あれのことじゃないか?」

 

 ホップと話をしながら歩いて行くこと数十分。野生のポケモンたちを視線で見送りながらようやくたどり着いたのは、集落跡の瓦礫に囲まれた、荒れ果てた畑が密集しているところだった。かなり長い間放置されていたのか、畑の上には雑草やらごみやらであふれかえっており、周りにある木枠がないと、とてもじゃないけど畑だと識別するのが不可能なくらいにはボロボロの状態になってしまっていた。その姿はボクたちの足を思わず止めて、言葉を失わせてしまうには十分なくらいの荒廃具合だった。

 

 そんな荒れた畑の集団の前に、黒色のコートとニット帽を身に着けた老人が1人。

 

「この畑も手遅れじゃな……」

 

 その老人がこぼした言葉をききながら、ボクたちはその老人の近くへと歩いて行く。

 

「土が完全に痩せ細ってしまっておる。これでは野菜は育つまい。カンムリ雪原の土地はもう、だめなのかもしれんな……」

 

 畑を見ながらとても寂しそうにつぶやく村長さん。その姿がどこか痛々しく、思わず声をかけるのを躊躇してしまいそうになるけど、ボクたちにも譲れない用事があるので、代表してボクが意を決して声をかける。

 

「あの……すいません……」

「おや?あなたたちは今朝も話した……いかがなさいましたかな?」

 

 ボクの声を聞いた村長さんは、先ほどまでの声を隠しながら振り返り、朝も聞いた明るく穏やかな声で返事をする。客人であるボクたちに不安そうなところを見せたくないと言ったところだろうか。村長としての威厳を少し感じた。そのことに敬意をし抱きながら、ボクたちはここに来た目的を伝える。

 

「村長さん。ボクたち、やっぱり『豊穣の王』のことが気になって……今は、その王様が乗っていたと言われている愛馬についていろいろ探っているんですが……」

「村長さんの家に、そのあたりについて詳しく記録されていたりするものってあったりしませんか?例えば……本とか……石碑とか……?」

「ふむ……」

 

 今朝聞いたときにはあまり情報を得られなかったところから、ボクとユウリはコクランさんからもらった案をもとに別角度から質問を投げかけてみる。すると、村長の反応がさっき聞いたものとはちょっと違うものになった。

 

「結論から言うと、お嬢ちゃんの言うその本に心当たりはある」

「「「「「「!!」」」」」」

 

 村長さんから帰ってきた言葉はまさかの『YES』。コクランさんの考えがズバリ当たった形となる。これは後でコクランさんに感謝をしなきゃいけないね。

 

「じゃが、ここで話すと身体が冷えてしまう。まずはフリーズ村にあるわしの家に来なさい。そこでゆっくりお話ししましょうぞ」

 

 そう告げた村長さんは、ボクたちに返事を聞く前に歩き出してしまい、フリーズ村へと帰ってしまった。本当はみんな、何かしら一言や二言、お礼なりなんなり言いたかったのだけど、その歩幅が老人とは思えないほど大きく、そして会話が思いのほかあっさりしていたこともあって、喋るタイミングを逃がしてしまっていた。そのため、ボクたちが動けるようになったのは、村長さんの背中が見えなくなったあたりだった。

 

「なんか……ここまでビンゴだとは思わなかったぞ……」

「もしかしてコクランさん……何か知っていたと?」

「さすがにそれはないんじゃないかな……あはは……」

 

 村長さんの姿が見えなくなり、ようやく口が回るようになったところで、ホップ、マリィ、ユウリが口を開く。確かに、さっきまでどこから手をつけたらいいのか分からない状況だったのに、まるで答えを知っていたかのようなアドバイスをくれたコクランさんに、なにか思う所が出てきてしまうのはちょっとわかる。けど、さすがにそれはないと思うので、否定の言葉が飛ぶ。

 

「ユウリの言う通りよ。あまり変なこと言わないの」

「ま、オレも意見はホップとマリィ寄りだけどな!!」

「アンタねぇ……」

「コクランさんって、シロナさんともよく話をするから、その過程でこの手のものに沢山触れてきたから、ノウハウが身についているってことじゃないかな?」

「「なるほど……」」

 

 ヒカリとジュンの言い合いをそこそこに聞き流しながら、ボクは思ったことを伝え、ホップとマリィの説得……って言う程でも無いけど、コクランさんへのフォローも兼ねて説明を入れる。それに納得したホップとマリィは、『確かに』と言った表情を浮かべていた。これでコクランさんに変な疑惑が向くことは無いだろう。それよりも、今は村長さんのことだ。

 

「早くフリーズ村に向かおう。せっかく協力的なのに、待たせた結果『やっぱり見せたくなくなりました』なんて言われたら勿体ないからね」

「そうね……急ぎましょう」

 

 ボクの言葉にヒカリが乗っかり、他のみんなも頷くと同時に足を動かし始めた。豊穣の王の伝説。その歴史に触れるために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくぞいらっしゃいました。何の変哲もない普通の家ですが、ゆっくりしてください」

「「「「「「お邪魔します!!」」」」」」

 

 巨人の寝床からフリーズ村に帰ってきたボクたちは、今日三度目となる村長の家へと訪問し、家の中に招いてもらった。外から見たらちょっとだけ豪華な外観に見えた村長の家だけど、内装まで豪華かと言われると特にそうでもなかった。というか、シロナさんが借りて、ボクたちが現在の拠点とさせてもらっている民宿のそれとあまり大差ないように見える。勿論、複数人で宿泊することを前提として作られている民宿と比べると、家庭用に少し縮小されているようには感じるけど、差なんてそれくらいで、むしろどこか安心感を感じてしまう程だ。

 

「なんか……思ったよりも普通の家だな」

「逆にどんな家を想像していたのよ……」

「いや、村長ならもっと派手な内装に変えてんのかなぁと……」

「ほっほっほっ、お気に召しませんでしたかな?」

「あ!?い、いや!!別にそういうわけじゃあ……」

「このあほが失礼しました!!」

「い、痛い!!わかったから無理やり頭ひっ捕まえて下げるなって!!」

 

 そんな感想抱いていると、ジュンがボクと似ているようで、その実ちょっと失礼に傾いた感想を呟いてしまい、それを聞いたヒカリが慌てて謝罪。ジュンの頭を鷲掴みにして思いっきり下げる。あまりの勢いにジュンが首を痛めそうだけど、相変わらずの自業自得なので見て見ぬふりをしておく。失礼なことに関してはボクも思っていたかもだけど、ジュンと違って口に出していないからボクはセーフ。こういうものは思っていても口に出してはいけない。

 

「かまいませんよ。あなたの言う通り、この村には特別目を引くものはありませぬ。それはわしの家も一緒……」

「そんなことは……」

「それよりも!あなたたちに聞きたいことがある!!」

「ひゃい!?」

 

 村長さんの自虐を止めようと声をかけていると、急に村長さんが元気よくこちらに声をかけてきたので、思わず変な声をあげてしまうボク。こちらの手を握り締めるかのような勢いでこちらに近づいてきた村長さんは、かなりテンションをあげながらボクたちに質問を投げかけて来る。

 

「『豊穣の王』の像が!!頭が大きくなっておった!!わしが子供のころから壊れていたこの像だったのだが……もしかしてあなたたちが直したのか?」

「ま、まあ……と言っても、頭を乗せただけなんですけどね……」

「その頭は一体どこから持ってきたので?」

「持ってきたというか、裏手に隠されてあったというか……」

 

(とてもじゃないけど、知り合いが枕代わりにしていただなんて、ボクには言えない……)

 

 村長さんの言葉にごまかしながら視線を逸らすボク。この意見にはみんなも賛成みたいで、それぞれ苦笑いを浮かべていた。

 

「しかしあの姿……確かに、わしが作ったTシャツと同じ形ではある……」

「あれが本来の『豊穣の王』の姿らしいぜ!!」

「そうのなのか……しかし、まるで本物を見てきたかのような自信の持ちよう……」

「ま、まぁ……そこはな!!」

 

 村長の言葉にやっぱりしどろもどろになりながら返すジュン。本当ならバドレックスのことは正直に話した方がいいのかもだけど……なんだろう、こういう時の判断って難しい。本当のことを話すべきかどうか迷っていると、横からユウリが小声で聞いてくる。

 

 

「フリア、本題に早く入らないと……」

「っとと、そうだった……」

 

 

 ユウリに言われて今回の訪問の目的を思い出し、改めて村長さんに向き合って質問を投げる。

 

「すいません村長さん。本題の愛馬についてなんですけど……」

「おお、そうじゃったな。すまんすまん……なんでそんなことを調べているのかはてんでわかりませんが……そのことについてなら、確か昔本で読んだことがある。確か、王の愛馬はカンムリ雪原のとある野菜が好きだっと……」

「とある野菜……?」

「うむ……しかし、その肝心の野菜のことを忘れてしまってなぁ……いかんのう、最近物忘れがひどくてのう……」

「そうですか……」

 

 情報が手に入りそうなところでギリギリとどかない。そのことがちょっともどかしくて、ついつい声を漏らしてしまう。そんなボクたちを見て、村長さんは励ますように声をかけてくれた。

 

「そんなに気を落とさないでくだされ。わしが覚えていないだけで、その本は今もこの家に残されておる」

「え!?」

 

 村長さんから本の話をされた瞬間、みんなの顔が弾かれたように上がる。

 

「確かあそこの本棚の中に一通りそろっているはず……散らかさない程度であれば、探してもらってよいぞ」

「じゃ、じゃあ……!!」

「失礼します!!」

 

 村長さんからの許可をもらった瞬間、ホップとユウリが先頭を切って本棚へと走り出す。それに負けないように、ボクたちも続き、村長の家のリビングにおいてある本棚へとみんなで手を伸ばした。

 

 収納されている本の数はそんなに多くはない。本棚とはいっても、飾ってあるのは本だけでなく、観葉植物や写真、置物など、いろいろなものが置いてある状態となっており、探すところは意外と少ない。これならそんなに時間をかけずに探し終わりそうだ。

 

「まずはカンムリ雪原に関係ありそうな本を、タイトルから探して区別していきましょうか」

「本の数も少なそうだし、そのおおまかな組み分けだけでも時間は掛からなさそうだよな」

「あたしも賛成と。おおまかに組み分けて、そこから詳しく読むのがよさそう」

 

 ヒカリが音頭を取ってジュンとマリィがこれに賛成の声を上げることで、これから行うことを明確化し、みんなで探していく。本が収められているのは5段ある本棚の1番下と、下から2番目だ。とりあえずここに収められていた本を一度全部取り出し、1番下の段に収められていた本をボク、ヒカリ、ジュンで、下から2番目の段に本をユウリ、ホップ、マリィでそれぞれ目を通していく。勿論、あまり散らかしては村長さんに迷惑が掛かってしまうので、本のタイトルや表紙を見て、関係なさそうなものはちゃんと順番通りに並べて元の場所に戻していく。その作業を行っていくことで、ボクたちの手元には6冊の本が残った。

 

「関係がありそうなのはこのあたりか?」

「そうだね。あとはこの本の中を読んでいく作業になるんだけど……」

 

 本の選別を終えたあたりでホップがそれぞれの本を見ながら声を上げ、その言葉にユウリが続く。ボクたちの手元に残った本のタイトルを順番に読み上げると、『豊穣の王』『王の愛馬』『キズナのタヅナ』『雪原の野菜』『フリーズ雪踊り』『お土産アイデア』となっている。正直一部はもう関係ないものとして切り捨ててもよさそうなのが混じってはいるけど、万が一のことを考えて少しでもカンムリ雪原に関係あるものは全部集めた結果がこれだ。

 

「ここにあるのは6冊。そしてボクたちの人数もちょうど6人……」

「1人1冊調べればちょうどよさそうとね」

「よし、じゃあ各々が気になる本を取って調べるぞ!」

 

 ボク、マリィ、ホップという順番で口を開き、同時にみんながそれぞれ気になった本を手にし始めた。幸いにも、各々が気になった本が被るということはなく、全員が別々の本を手にした。

 

「オレはこの『フリーズ踊り』ってのを読んでみるぜ。面白そうだしな!」

「じゃああたしは『王の愛馬』を見ると。多分一番大事な情報そうだし、頑張って読むけんね」

「私は『お土産アイデア』を読もうかな……?」

「わたしは『雪原の野菜』ね。食材のことなら何かわかるかもだし」

「オレは『豊穣の王』を読むぞ!!」

「じゃあボクは……『キズナのタヅナ』……だね」

 

 上から順番にジュン、マリィ、ユウリ、ヒカリ、ホップ、そしてボクの順番で、自分が手に取った本のタイトルを読み上げる。みんながみんな、それぞれの趣味や好きなもの、気になる言葉に惹かれた結果、このように綺麗に別れたというわけだ。ヒカリやボクなんかが一番わかりやすいよね。

 

「さて、じゃあ次はこの本からの情報収集よね」

「そうなるね。けど……村長さんの家にそんなに長居してもいいのかな?」

「ああ……」

 

 ヒカリが次のステップの話をしているときに、ふと思ったことを口にするボク。ヒカリもボクの言葉を聞いて、何か思うところがあったようで困ったような声を上げた。他のみんなも、あまりここに長居するのは気まずいみたいで、少しだけ表情が曇る。

 

「村長としての仕事とかも考えると、さすがにそろそろ離れた方がよさそうと」

「でも、本はどうしよっか……?」

「借りたりできないか?民宿に持っていけたら、仕事の邪魔にもならないだろ?」

 

 マリィとユウリの言葉に対して、ホップが本を借りて民宿に戻るという案を出す。確かにそれなら、ボクたちの目的も達成できるし、村長さんの邪魔になることもなさそうだ。他のみんなもその案におおよそ賛成らしく、ホップの言葉に頷いていた。そうと決まれば、あとは村長さんに話を通すだけだ。

 

「すいません村長さん」

「ん?どうされましたかな?」

「村長さんのおかげで愛馬については調べられそうなんですけど……」

「ほう、それはよかったですな」

「はい。ありがとうございます。それで、この本についてなんですけど、民宿の方でじっくり読んでみたいので、少しの間本を借りたいのですけどいいですか?」

「その事でしたか。ちゃんと返してくれるのであれば構いませんぞ。自由にして下され」

「ありがとうございます!!」

 

 村長さんからの許可も、思ったよりもスムーズに受けることが出来た。これで心置きなく調べることが出来る。

 

「よし、じゃあまずは民宿にもどろっか」

「そうね。ついでにコクランさんやカトレアさん、ピオニーさんにもこの顛末を話しておきましょ」

 

 ボクの言葉に頷くみんな。更にヒカリがこれから追加でした方がよさそうなことも提示してくれたので、これも一緒に遂行してしまおう。

 

「「「「「「お邪魔しました!ありがとうございました!!」」」」」」

「またいつでも来てくだされ」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 本を大事に抱えたボクたちは、村長さんにお礼を言ってから、民宿へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キズナのタヅナ。それは、昔王様が愛馬を手懐けるために、私たちが作ったものに丹精に力を込めて作られたタヅナである。

 

 実りを与えてくださる王様に、私たちが人間がそのお礼として代々捧げていったものである。実りの対価として王様にささげられたこのタヅナは、王と愛馬をつなげるだけのモノでなく、人と王様とのキズナのつながりでもある。このタヅナを、年の初めに王様へと捧げることを忘れてはいけない。なぜならそれは、王様と私たち人とのキズナであるから。奉納を忘れるということは、私たち人間と王様の、キズナの終わりを示してしまうから。そのキズナが未来永劫途絶えないように、ここにタヅナの作り方を記しておく。

 

 必要な素材は2つ。輝く華と鬣である。この2つを、幾重にも重ね、織ることで完成する。

 

 この作り方を、子々孫々に至るまで語り伝えよ。私たち人間と、王様のキズナを途絶えさせぬように……。

 

「バドレックスの言っていた奉納品って、これのことだったんだ……」

 

 ボクが手に取った『キズナのタヅナ』には、要約するとこのようなことが書いてあった。他にも、このタヅナによって起きた出来事や歴史、奉納の儀式の様子などが書かれていたけど、特に大事と思われるところはたぶんこの部分だろう。

 

「この奉納品がなくなったからバドレックスは力を失って、バドレックスと愛馬をつなぐものもなくなったから、愛馬も逃げてしまった……という事なのかな?」

 

 この本を読む限りだと、ボクの頭ではこのような考察に辿り着く。そしてもしこれが正しいのであれば、例え愛馬の居場所が分かり、捉えることに成功したとしても、このタヅナがないと以前のように乗りこなすことが出来ないということになる。これに関しては、バドレックスに力があるない以前の問題の可能性が高い。暴れ馬と言われていた愛馬をおとなしくさせる唯一のアイテムである可能性が高い以上、捜索と同時にこのタヅナの作成も大事になるだろう。

 

「と言いつつも、これはあくまでもボクだけで考えた結果……この辺は、みんなとも情報共有しておかないとね」

 

 とりあえずボクは本を読み終えたので、ぱたんと音を立てながら本を閉じる。周りを見てみると、みんなも本を読み終えたみたいで、各々が満足したような表情を浮かべていた。

 

(よし、じゃあ次は情報交換会だね)

 

 本を読み終えたボクたちは、カトレアさんたちも含めて、リビングに集まって話し合いを始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




巨人の寝床

雪の積もる積もらないの分け目が凄いですよね。実際にこんな感じなのでしょうか?私はあまり雪に縁がないので、このあたりはよくわからないのですよね……。

村長

この人が子供のころから壊れている像。果たして、そんな中見つけてきあピオニーさんが凄いのか、ここまで来て見つけられなかった村人の視野が狭いのか……。単純に、興味がなかった可能性の方が高そうですけどね。

キズナ

キズナという言葉を見て、フリアさんが反応しないわけがありませんよね。




いよいよアニポケ、次が最終回ですね……やっぱり寂しさが強いです……。






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180話

「みんな自分の本は読み終えたかしら?」

「バッチリ読み切ったと」

「オレも大丈夫だぞ!!」

「ボクも、理解出来たから説明できるよ」

「……オレもOKだ」

「うん……私も大丈夫……」

「皆さんの発表、楽しみですね」

「なにか進展があればいいわね……」

「いつの間にこんなに話が進んでいたんだ!?この手の速さ……おめぇらド・すげぇな!!」

 

 全員が本を読み終えて改めて顔を合わせたところで、ヒカリがみんなに確認を取る。この言葉に対して、マリィ、ホップ、ボクが自信ありの空気を纏いながら返答する。一方で、ジュンとユウリはどこか落ち込んだ様子で返答。まぁ、2人が選んだ本的におそらくいい収穫はなかったということが何となく予想できる。そこはドンマイと言うしかないだろう。そして、この中でまだどの情報も持っていないコクランさん、カトレアさん、ピオニーさんは、どこか期待を込めたような視線を投げかけてくる。その前に、ピオニーさんの返答が本当に何も知らない人のそれで少し困惑してしまったのだけど……。

 

「あの、コクランさん……ピオニーさんはなんで何も知らなさそうなんですか……?」

「申し訳ございません。説明はしたのですが……」

 

 そのあまりにも何も知らなさそうな姿が気になったのでコクランさんに質問をすると、とても困ったような顔を浮かべながら言葉を返してきた。その様子を見たカトレアさんが、溜息をつきながら説明を引き継ぐ。

 

「コクランが説明を初めて……5分もしないうちに寝たわ……だからこの人は何も知らない……」

「あぁ……」

 

 さもありなん。

 

「ほんと……枕なくてもすぐ寝るじゃない……」

「ダッハッハ!!すげぇだろ!オレの快眠力!!」

「褒めてないわよ……」

 

 皮肉も一切効かないこの豪快さに思わず頭を抑えるカトレアさん。本当にお疲れ様です。

 

「……本題に入ってもいいかしら?」

「おお、すまなかったな!!いい報告待ってるぜ!!」

 

 話が脱線し始めたところでヒカリがストップをかけ、元の流れに戻していく。返事を返したのが流れを崩したきっかけのピオニーさんであることにまたひとつ溜息をこぼすヒカリだけど、ここを突っ込むとまた逸れると感じたヒカリはこれを無視し、さっさと本題に入っていく。

 

「じゃあ順番に調べてわかったことを話しましょうか」

「じゃあオレから話すぜ……」

 

 まずは誰から話し出すか。トップバッターを務める人をヒカリが探していくと、ジュンが真っ先に発言をする。しかし、彼のテンションが低いことから、今回の名乗り出しはいつものせっかちから来るものではなく、彼が手にした本から特に大きな情報を得ることが出来なかったというガッカリ感から来るものというのが伝わってきた。……まぁ、彼が手にした本のタイトル的にも、あまり情報はなさそうだったしね。

 

「オレが読んだ『フリーズ踊り』に書かれていたのは老後の運動に対するものだったぞ。頑張って最後まで読んだけど……何も、なかった……」

「お疲れ様。最後まで読んだだけ今回はあんたは偉かった。うん、ドンマイよ」

 

 普段本を読まないジュンの行動に素直に褒め言葉を送るヒカリ。いつもの彼なら途中で本を投げてもおかしくないので、最後まで読んだというジュンの行動は確かに褒められていいだろう。よく頑張ったよ。うん。

 

「じゃあその流れで私も言うね?私の手にした『お土産アイデア』にも、特に重要そうなものはなかったよ。中に書いてたのは……ほら、村長さんが喋ってた『豊穣の王』がプリントされてるTシャツについてだったから。……もしかしたらあの本自体、村長さんが書いたものなのかも……」

 

 ジュンに続いてユウリも特に情報なしとの報告をあげる。この2つに関してはタイトルの時点であまり期待はしてなかったのだけど、その予想通りの結果となった。周りのみんなも同じみたいで、この2つの本には期待していなかったみたいだ。

 

「さて、茶番はこのくらいで……」

「ここからが本番だね」

「おい!!お前ら分かってて止めなかったのかよ!?ユウリもなにか言えよ!!」

「私は何となく分かってたから……」

「ユウリもかよ!?くそ〜、なんだってんだよ〜!!」

 

 ヒカリとボクがこれからが大事だという旨の言葉を発すると、ジュンが噛み付いてきた。しかし彼だけがこの結果を予想してなかったみたいで、騒いでるのがジュンだけだったのでスルーする。むしろ、伝説に触れたことのあるジュンには分かって欲しかったと思わなくもない。

 

「じゃあまずはオレから行くぞ!!」

 

 そんな騒がしいジュンを置いて説明を始めたのはホップ。ここから話す、ボクを含めた4人の言葉はとても大事なものになる可能性が高い。聞き逃さないようにしっかりと聞かないとね。

 

「と言っても、オレも無茶苦茶情報があったって感じじゃないんだよな……」

「そうだったの?」

「ああ。オレが読んだ本って、『豊穣の王』ってタイトルだったろ?だからちょっと嫌な予感はしたんだが……やっぱり書かれている内容は、どちらかというと『バドレックスがどんなポケモンで、どんなことをしてきたか』っていう歴史の話になってたぞ。『右手は草花を、左手は畑を豊かにし、そして足跡には命が芽吹く』……だったか?おおよそはバドレックスから聞いた通りの力と歴史だったぞ。……そのあたりを調べるのなら、この本を読むよりは、本人に聞いた方が圧倒的に正確だし早いぞ」

「そういう系だったのね……」

 

 3番手で発表したホップの内容は、バドレックスについてのこれまでの歴史だった。豊穣の王である彼が、どんな力を持ち、どんなことをして、人々にどのように接していたかを纏められた本は、言わばバドレックスの冒険記。貴重な資料であることは変わらないし、ボク自身その中身はとても気になる。しかし、実際のところはホップの言う通り、愛馬についての情報もなければ、本人と話をすることが出来る現状において、態々本で調べる必要がほとんど無い。残念ながら今この場においては、特に必要のないものになってしまうだろう。

 

「悪いな。あまり役に立てなくて……」

「ホップのせいじゃなかと」

「そうそう。気にしないの」

 

 手にした本がたまたま悪かっただけなのに、申し訳なさそうな声を上げるホップをマリィとヒカリが慰める。実際に、ホップには一切の非がないのだからあまり気にしないで欲しい。そんなみんなの空気に、ホップも安心したようなため息を着く。

 

「そう言ってくれて助かるぞ」

「うん。じゃあ気を取り直して……4番目!!」

「あたしが言うと」

 

 ホップが切り替えて、空気も元に戻ったところで次を促すヒカリの言葉。これに反応したのはマリィだ。彼女が手にした本のタイトルは『王の愛馬』。タイトルからして、1番の注目株だ。これで何も情報がないと言われたらさすがにお手上げというか、残っている本の質を疑ってしまう。……ただ、先程のホップの例もあるため、もしかしたら愛馬に関する歴史ばかりで、居場所などは分からない可能性がちゃんと残されているのが怖いところではあるけど……。そんな不安を帯びた視線をそのままマリィに向けてみると、マリィは少し申し訳なさそうな表情を浮かべていた。……ちょっと嫌な予感がした。

 

「あたしが手にした『王の愛馬』の本だけど……内容はどちらかと言うとホップのそれに近かと」

「やっぱり……」

 

 マリィの表情から何となく察したけど、本人の口から改めて聞かされると、少なくないショックと失望を感じてしまう。ただ、ホップの時と違い、愛馬本人がここにいないので、歴史を調べる方法がこれしかないのがせめてもの救いかな。この本からしか分からない情報も『豊穣の王』の本に比べたら多いはずだ。それが気になったのか、ユウリが率先して質問をする。

 

「で、なんて書いてあったの?」

「えっと……バドレックスの愛馬は、バドレックスの従順なる足であると同時に、バトレックスの力を引き出す役目も担っていたみたいと。2人の相性がとてもいいみたいで、愛馬とバドレックス、2人が本気を出せば、一晩で森を作ることができるって言われてみたい。元々は暴れん坊で、村の作物を食べ荒らしてたけど、そこをバドレックスが諌めて、部下にした……ここはバドレックスに聞いた通りの話とね」

「2人の相性が良くて、相乗効果が出てたんだね。……なんか、フリアとヨノワールみたい」

「確かに、言われてみたらそうとね」

 

 マリィの説明を聞いたユウリが、ボクの方を見ながらそう呟いたので、マリィ含めてみんながこちらを見てくる。確かにボク自身も、ボクが読んだ本のこともあってか少しシンパシーを感じていた。ただ、今はマリィのターンなので、彼女の話を進めていこう。

 

「あと、愛馬の見た目についても書かれてたと」

「見た目!?超重要情報じゃねぇか!!」

「うん……ただ……」

 

 マリィの言葉にジュンが嬉しそうに声を上げるものの、マリィの表情は優れない。

 

「この本には、『愛馬の毛並みは凍てつくこおりのような白と言うものがいれば、闇夜のゴーストのような黒というものもいる』って……『どちらの言い分が正しいかは分からない』って書いてあったと」

「それって、村長さんの家の前にいた、おばあさんたちの言ってた内容と一緒よね?」

「うん……」

「結局、ハッキリはしないってことか……」

 

 続けて喋ったマリィの言葉に、ヒカリとホップが納得しながら声を漏らす。確かにはっきりしない情報だった。でも、ボクとユウリ、そしてコクランさんとカトレアさんは違った意見を持っていた。

 

「でも、少なくともその2択までは絞れてるよね?」

「うん、他の色はなさそう……?」

「そこに関しては前進ですね」

「白と黒……どちらもわかりやすいから……見つけるのは楽かもしれないわね……」

「あ、確かにそうとね。……じゃああたしのは無駄じゃなかったんだ……良かったと」

 

 ボクたちの言葉にマリィたちも気づき、今の情報が少し役に立つものだということが全体に伝わった。自分の担当した本が役に立ったことに、安心と嬉しさの表情を浮かべていた。

 

「よし、4冊目はこの辺りかしらね。じゃあ次、5冊目は……わたしが喋るわね」

 

 マリィの話が落ち着いたところで、次に発表をするのはヒカリ。

 

「わたしが読んだこの『雪原の野菜』なんだけど……どうやらこのカンムリの雪原だと、野菜の……特に、にんじんの育ち方がちょっと変わってるみたい」

「変わってるって?」

 

 ヒカリの言葉に首を傾げながらユウリが質問をする。これに対して、ヒカリは顎に手を当てながら説明した。

 

「雪の深い土地の畑なら『つめたいにんじん』が、お墓の近くの畑なら『くろいにんじん』が育つらしいわ」

「『つめたいにんじん』に『くろいにんじん』……なんだかまずそ━━」

「美味しいのかな!?」

「ええ~……」

「さぁ、どんな味がするのかしらね?ただ、少なくとも食べられないなんてことはなさそうよ」

「え、そうなのか?」

 

 ヒカリの言葉にジュンが苦い表情を浮かべるものの、その言葉をユウリがカットインしてしまう。こんな時にも食い意地が前に出て来るユウリにはさすがにジュンも苦笑いを隠せない。ただ、この謎のにんじんを食べようとする意識自体は間違っていないらしい。となれば、予想されることは1つだけ。

 

「どうもこのにんじん、元々ポケモンに食べさせてあげるためのモノみたい。『つめたいにんじんは』こおりタイプが、『くろいにんじん』はゴーストタイプが好んで食べるみたいね。そして何よりも、おとぎ話に出て来る豊穣の王の愛馬も、これらのにんじんが好物だったみたいよ」

「じゃあ、このにんじんがあれば、愛馬の場所が分からなくてもおびき寄せることは出来そう……ってこと?」

「そうだとわたしも思うわ」

 

 やっぱりこのにんじんはバドレックスの愛馬の好物でもあるみたいだ。ボクが出来そうなことを提示してみると、ヒカリも同じ考えみたいで、ボクの考えに肯定を示してくれた。これは確かに重要な情報だ。しかし、ここに来てもやっぱり大きな問題が立ちふさがる。

 

「で、結局愛馬って黒か白、どっちなんだ?」

「そこなのよねぇ……」

 

 それはホップが挙げたように、愛馬が黒色なのか、白色なのか、その判別が出来ていないという事だ。ヒカリの読んだ本が正しいのなら、愛馬が黒いのならくろいにんじんが、白いならつめたいにんじんが好物ということになるのだけど、結局どっちが正しいのかわからない以上どちらのにんじんを準備すればいいのかわからない。……まぁそもそも、このにんじんの所在を知らないから、問題はそこからな訳なのだけど……

 

「ヒカリの本にも書かれてないのか?」

「それが、書かれている本によっては、白い馬がつめたいにんじんをたべていたり、黒い馬がくろいにんじんを食べていたりで、ここでも表記が揺らいでいるみたい。描かれ方が違うから、どちらが正しいかは分からないわね……」

「おばあさんと言い、この本といい、ここまで綺麗に2分割されるのも凄いね……」

 

 噂が嘘にまみれたり、時を重ねることで拡大、もしくは縮小されるのはよく見かけるけど、ここまで2分割されて続いているのはなかなかな聞かないことではないかなと思う。ここまで来ると、もしかしたらどっちも正しいのかと思ってしまいたくなる。例えば、時間帯によって馬の見た目が変わるとか。ボクたちの身近なところで言えば、モルペコのハラペコスイッチのようなそれだ。

 

(いやでも、それだと好物が変わるのが説明つかない……いや、多重人格みたいなもので、変わってしまう可能性もあるけど……)

 

 なんだかそれだとどうしてもしっくりこない。というか、そもそもの時点で勘違いしているような……

 

「もしかして……」

「おや、フリア様は気づかれたようで……」

「え?」

 

 考察していく過程で、とある仮説が出てきたボクは思わず言葉を零してしまう。その言葉はコクランさんにはしっかりと聞こえてきたみたいで、そのうえで、まるで最初から答えがわかっているかのような口ぶりでボクに声をかけてきた。

 

「なんだなんだ?何かに気づいたのか?」

「考え、聞かせてもらってもいいかしら?」

 

 そんなボクとコクランさんの会話は、こそこそ話ではないため当然ここにいる全員に聞こえていた。その中を代表して、ホップとヒカリがボクに質問を投げかけて来る。それに対し、ボクは自分の考えをまとめながらゆっくり喋った。

 

「あくまでもこれはボクの想像なんだけど……もしかしてだけどさ、この2つの説明……両方『正しいこと』を言っているんじゃないのかなって」

「両方正しい……?」

「うん」

 

 ジュンの返事を確認して、ボクは続きを喋る。

 

「ある方では白い愛馬が語り継がれ、もう一方では黒い愛馬が語り継がれている。お互いの意見がぶつかり合って、どっちが正しいのかがわからない。けど、そもそもだよ?もしこの2つの意見、両方が正しいんだったら……ボクたちの前提条件の方が間違っているんじゃない?」

「ん~?回りくどくてよく分かんなかと」

「ごめんごめん。結論をはっきり言うね?」

 

 ボクの悪い癖が出てきたみたいで、少し説明が回りくどくなってしまった。カトレアさんは今の言葉で、ボクが何を言おうとしているのか理解したらしく、小声で『なるほど……』と呟いていたけど、マリィをはじめ、ほとんどの人が首を傾げ始めたので、ズバッと結論を言う。

 

「もしかしてだけど……愛馬は2()()()()んじゃないのかな……?」

「「「「「!?」」」」」」

 

 ボクの言葉に驚愕の表情を浮かべるユウリたち。ボクの言った考えは全く頭になかったらしい。……いや、それが普通の反応だ。だって、そもそもこの村においてある像が、愛馬に乗ったバドレックスだけだった。あれを見させられたら、愛馬は1人しかいないと、ほとんどの人が思ってしまうはずだ。

 

「それなら、噂が2つに分かれているのに、歴史や書物に残っている情報がやたらとはっきりしていることにも説明がつくと思う」

「けど、そんなに都合のいい話があるのか?」

「『都合のいい』っていうけど、実際問題、シンオウ地方での伝説だって2つの姿が語り継がれていたし、ハクタイの像はその2つの姿が組み合わさった像だった……1つだと思ったものが実は2つだったっていうケースは、少なくともボクたちも経験があるはずだよ」

「……そういえばそうだったな」

 

 ボクの仮説に異を唱えるジュンだったけど、ボクの反論にすぐに納得する。シンオウ地方でも同じようなことが起きたという経験は、ジュンを説得するのに十分な材料になったみたいだ。

 

「黒と白……両方の愛馬が存在する……成程ね……」

「フリア様の考えは概ねわたくしも同意です。こうもはっきり形が残っているのであれば、その線は高いかと」

「なんかどんどん伝説を解明してる気がしてド・すげぇな!!要はあれだろ?白黒がパカラっとして、荒れるくらいならオレの作ったにんじん食え!!ってやつだな!!」

「ほんと……どれだけ人の話を聞くのが苦手なのよ……」

 

 ここまでボクたちの話をじっと聞いていたカトレアさんたちも、話がいったん落ち着いたのを見計らって言葉をつぶやく。ピオニーさんに限って言えば、静観していたというよりかは、さっきまでうとうとしてて今起きたって感じだけどね。ダイマックスアドベンチャーの時もだけど、本当に長話や説明を聞くのが無理らしい。まぁ、ここはあきらめよう。

 

「でも、結局のところはフリアの考察どまりだろ?確証は……」

「確かにないよ?でも、そのことに関しては本人に聞けばいいんじゃない?ね?」

(そうであるな……)

「「「「「え!?」」」」」

 

 それでもどこか納得いかないような言葉を零すのはホップ。彼の言いたいことも何となくわかるけど、それなら、それこそ本人に確認を取ればいい。ボクは入り口付近に視線を向け、その本人様に声をかける。

 

「やっぱりいた」

「隠れる必要なんてないでしょうに……」

(すまぬ。盗み聞きをするつもりはなかったのだがな……どうもオヌシたちの空気がピリッとしていたのでな。邪魔するのが忍びなかったのだ)

 

 カトレアさんの言う通り、どうせこの後バドレックスに全部報告するのだから、最初から会議に参加すればよかったのにと思っていると、どうやらボクたちの空気を読んでの行動だったみたい。だとすれば、むしろボクが気づいた時点で声をかけてあげればよかったね。ちなみに、ボクがバドレックスに気づいたのはホップが発表していたあたりだ。その辺で、自分の伝説が残っていることに嬉しそうにしたバドレックスの気配隠しが少し緩んだので気づけたというわけだ。ちょっとかわいいよね。カトレアさんなんかはもっと早く気付いていそうだ。

 

「空気なんて気にしないでもいいのに……とりあえず、ここからはバドレックスも話を……」

「ストップストップ!!フリア!!私たちはバドレックスの声聞こえないから!!」

「あ……」

 

 兎にも角にも、ここからはバドレックスも交えて会議をしようとしたところで、ユウリから待ったがかかり、気づかされる。バドレックスの言葉はみんなには聞こえない。そのことをすっかりと失念していた。

 

(そういえば、フリアとカトレア以外の者には、ヨの声は届かぬのであったな。少し待っておれ)

「な、何だ!?また頭でけぇのが急に民宿に……てょわわわぁ~ん……

「……ふふっ」

「ぷっははは!!」

「や、やっぱり……我慢できなか……」

 

 話が通じていないことに気づいたバドレックスは、すぐさまピオニーさんの身体を乗っ取り、再び話せるように調整を始める。その姿がやっぱりシュールで、ヒカリとジュン、マリィは嬉しそうな声をあげていた。

 

「でも、なんでカトレアさんとフリアは話を聞けるんだろ?」

「確かに、そこはオレも気になるぞ」

「そう言えば……なんでだろ……?」

 

 そんななか、何とか笑いをこらえられたユウリとホップは、ボクとカトレアさんを見つめて疑問点を上げる。確かに、ボク自身なんでバドレックスの声が聞こえるのかはよくわからない。改めてどうしてか考えていると、その答えはカトレアさんがしてくれた。

 

「とても簡単なことよ……あたくしはエスパータイプ適性があって……昔からテレパシーが使える……だからバドレックスとも相性がいい……おそらく……他のエスパータイプのエキスパートも声が聞こえるはずよ……」

「成程……それならカトレアさんの方は納得したぞ」

「でもフリアは?チリーンやエルレイドみたいに、エスパータイプの仲間はいるけど、エスパータイプのエキスパートじゃないよね?」

「そこも簡単……」

 

 カトレアさんの問題は解決したけど、一方でそれはボクには当てはまらないので、やっぱり疑問の声を零すユウリ。それに対してもカトレアさんは、何でもないように言葉を返す。

 

「フリアはそもそも……ポケモンと心を繋ぐことに慣れてる……だから声が聞こえるのよ……」

「ポケモンと心を……あ、ヨノワール」

「そういう事」

 

 ボクはヨノワールととある現象によって心を繋げ、ポケモンの気持ちを感じることに対して他者よりも慣れている。今回バドレックスの声をしっかりと聞き取ることが出来るのは、その影響があるから、と、カトレアさんは言いたいのだろう。物凄く説得力のある答えに、ユウリもホップも今度こそ納得した。

 

「それよりも……まだお話は終わってないのでしょう?続きを始めましょう……」

『うむ……人の子よ、待たせたのだ』

 

 そんな話をしているうちに、バドレックスの準備も終わったらしい。

 

 さぁ、この報告会ももうちょっとで終わり。最後まで気を引き締めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




愛馬

というわけで、愛馬は2人います(今更)。
どうせならみんな出て欲しいですからね。出し惜しみは無しです。

バドレックスの声

カトレアさんとフリアさんが聞こえる理由は本編の通りです。感想欄でも、早い段階で気づいている方は居ましたね。本当ならもうちょっと早く説明する予定でしたが、このタイミングしかなかったですね。




サトシさんの長い旅が……終わってしまいましたね……
涙を誘うような展開ではなく、『まだまだこれから続くんだよ』と示唆してくれるような、明るい最後なのがとてもらしいなと思いました。それに、あの子も返ってきたみたいでよかったですね。それ以上に、私はあのキャラが喋っているところを久しぶりに見れてびっくりしたんですけどね。






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181話

『して、オヌシたちが聞きたいのは、愛馬が2体なのか1体なのか、その点であったな』

「うん。これまでの情報の残り方とか、村の人のお話的に、その説が濃厚かなと思ったのだけど……」

 

 ピオニーさんの身体の調子を確かめながら、今までのボクたちの会議を頭の中で整理して、ボクたちに質問を投げかけるバドレックス。質問の内容はボクたちが聞きたかったそれと全く一緒なので、ボクは素直に頷いて答えを待つ。するとバドレックスはなんでもないように答えた。

 

『うむ、フリアの言う通り、ヨの愛馬は1体だけでは無い。ヨは状況に合わせて、2体の愛馬を乗り分けていたのだ』

「やっぱり!!」

「そうだったのか……すっかり騙されてたぜ……」

「騙すというより、わたしたちが勝手に勘違いしているだけな気がするけどね」

 

 その答えがボクの予想通りだったので思わず声を出してしまう。一方で、ジュンはちょっと悔しそうな声をあげていた。結果としてはヒカリの言う通り、ボクたちが先入観に囚われた結果なため、騙すとはちょと違う気はするけどね。

 

『そもそも、ヨは愛馬()()と呼称していたから、オヌシたちには届いていると思ったのだが……そこはヨも固い考えをしていた。すまぬな』

「「「「「「え……?」」」」」」

 

 そんなことを考えていたら、バドレックスからまさかの解答が返ってきてボクたち全員で揃って変な声を出す。いや、正確にはコクランさんとカトレアさんは声を出していないけど……とにかく、改めてバドレックスとの今までの会話を思い出してみる。

 

「そう言われてみたら……確かに『愛馬たちにも逃げられてしまった』って言ってたような……」

「じゃあ、やっぱり愛馬は2人いたんだ?」

『確かにヨは見た目を忘れるほど記憶を欠落させてはいるが、さすがに数を間違えるほど弱ったつもりはないぞ?』

 

 ホップとユウリが、外の広場で話していたことを思い出しながらバドレックスに言葉を返すと、バドレックスも少し苦笑いを含ませながら返答してきた。確かにバドレックスの言う通り、そこまで言ってしまうともはや物忘れの粋を越えている気がしなくもない……いや、見た目を忘れている時点で大概だからやっぱりちょっと納得がいかない。……まぁここは気にしないでおこう。

 

「……って、今まで的確なアドバイスをしていたり、フリアの案に賛成していたり……コクランさん、絶対知ってて言ってたとね?」

「さて、何のことでしょう?」

「……性格悪かと」

「悪かったわね……意外とこういうところがあるのよ……」

 

 一方マリィは、ここまで的確なヒントを出してくれたコクランさんに対してジト目で訴えかけるような言葉を返していく。これに対して、相変わらずにこやかな表情を浮かべたまま誰がどう見ても分かるしらじらしさを残したまま、コクランさんはゆっくり返す。この表情にはマリィも思わずふくれっ面をしており、その様子を見たカトレアさんは、ため息をつきながらマリィに謝罪を入れていた。

 

「とにかく、バドレックスの愛馬は2人。その色は、黒と白の2種類ってコトでいいの?」

 

 このままではカオスまっしぐらになることを悟ったボクが、この空気を1回リセットするためにみんなの視線を集めてから、改めてバドレックスに質問をする。すると、バドレックスもこれ以上話が逸れることは本意ではないため、ボクの言葉に乗っかってきた。

 

『相違ない。ヨのパートナーは2体の愛馬である。見た目に関しては、ヨは記憶があいまいだったせいで全く思い出すことが出来なかったが……オヌシたちが調べて、ここで話し合ってくれたおかげでヨの記憶が刺激されて、少しずつだが記憶も戻ってきている。そのうえでオヌシたちに返そう。ヨの愛馬は黒と白の2体で間違いない』

「……なんか、こうしてはっきり告げられると調べた甲斐があるとね」

「謎解きみたいでちょっと楽しいかも」

 

 バドレックスから告げられる確かな情報に、思わずマリィとユウリが言葉を零す。マリィの言う通り、調べた結果が影響して、確実に前に進んでいるこの感じを見ると、本を読んだのは正解だったんだなと確信を持てる。

 

 これなら、ボクの読んだ本もきっと役に立つはずだ。

 

「ってことは、黒い愛馬も白い愛馬も捕まえなきゃだよな?」

「ならにんじんは2つともいるってことね」

「だが肝心のにんじんがどこにあるかわからないぞ……」

 

 新しく分かった情報によってにわかに騒がしくなる会議模様。ジュン、ヒカリ、ホップが、その続きとしてにんじんのありかについて話しているところに、ボクが最後の話題を持ち込む。

 

「にんじんのことも大事だけど、最後の本の内容……それも忘れないでね?」

「っと、そうだったわね……じゃあ最後。フリア、教えてくれるかしら?」

「うん、わかったよ。多分、ボクが本で調べた内容も結構大事だと思うからよく聞いてね?」

 

 そう前置きをしたボクは、自分が持ち帰った本、『キズナのタヅナ』から読み取れた情報をみんなに伝えた。前置きもあったためか、いつも以上にボクの話を真剣に聞いていたみんなは、ボクの話を聞き終えたと同時にバドレックスの方へと視線を向けた。恐らく、愛馬の見た目と同じように、ボクから話を聞いたことによって記憶を刺激され、また何かを思い出したのではないかということに期待しているのだろう。

 

 果たして、結果は……

 

『キズナのタヅナ……懐かしい響きであるな……いかにも、それこそが毎年ヨに捧げられていたものの正体である。タヅナがなければ、ヨが再び愛馬と共に野をかけることは不可能であろうな。フリアの話のおかげで、当時の光景を鮮明に明確に思い出すことが出来た。あのタヅナの感触……とても懐かしい……』

「バドレックス……」

 

 自身の手を見つめながらしみじみと呟くバドレックスは、少しだけ感傷に浸っていた。その姿が哀愁漂うものに見え、それを見たボクたちは、『絶対にバドレックスの力を戻してあげたい』とさらに強く思った。

 

「おし、じゃあ改めて今からやることを決めるぞ!!」

「まずはにんじんを手に入れる事ね。これがなければ話が始まらないわ」

「フリアの話的に、確かにタヅナも必要なんだろうけど、それ以前に肝心の愛馬が見つからんと意味が無いけんね」

『ヨもその方向に賛成である。そもそも、タヅナを作るのに愛馬の鬣も必要なのでな』

「なら尚更にんじんがマストになるわね」

 

 全員から情報が出終わったことと、バドレックスの姿を確認したみんなの議論がさらにまとまっていく。とりあえずは目下の目標を決めて、そこに突き進む形をとることになるだろう。そのための目標を、ジュン、ヒカリ、マリィが明確にしていく。

 

「にんじん探し……カンムリ雪原で育つ特産物って書いてたし、フリーズ村の人に聞いたら何かわるのかな?」

「でもココ最近不作なんだろ?譲ってくれるか不安だぞ……交換するにしても、オレたちから出せるものも限られてそうだしな……」

『最悪、タネさえ見つかればヨが何とかしよう。確かに全盛期と比べると力は無いが、種2つを成長させることは何とかできる……やもしれぬ』

「そういえば、そういうこと言ってたね……もしかしたら、タネを探す方が楽かもしれないね」

 

 にんじんに対しての不安要素をユウリとホップが挙げていくが、これに対してバドレックスが別案を出す。確かに、フリーズ村が今不作なのだとすれば、植える場所すらまだ見つかっていない手付かずの種が余っている可能性はかなり高い。バドレックスに負担を強いることにはなってしまうけど、本人が『出来る』と言っているのなら、そこは甘えてしまおう。

 

「まずはタネを確保して、次に黒いにんじんとつめたいにんじんが育つ畑を探して……なんだかにわかに忙しくなってきたね」

「なら早く行動しないとね!!さ、いこ!!」

 

 最初はなんの情報もないと思っていたのに、気づけばトントン拍子に進んでいく伝説の探検。それがとても楽しいみたいで、気づけばみんなの表情は笑顔に溢れていた。現に、寒さが得意では無いユウリまでもがここまで積極的に動くほど、みんなの平均テンションは上がっている。……まぁ、そんな彼女に腕を引っ張られる形で立ち上がったボクも、この状況はすごく楽しんでいるので、あまり人のことは言えないんだけどね。

 

「オレたちも行こうぜ!!」

「今回は外と民宿を行ったり来たりすることになりそうね……」

「それはそれでちょっとした研究みたいで楽しいぞ!」

「それもそうとね。それに……完全に力を取り戻したバドレックスを見るのも楽しみと」

 

 先に行くボクたちに置いて行かれないように、慌てて席を立つジュンたちの声を背に、ボクとユウリは外へと飛び出した。

 

「楽しいね、フリア!!」

「うん……そうだね」

 

 満面の笑顔を浮かべるユウリは、外の雪化粧も相まって、とてもきれいに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、まずはここの畑だな?」

「ええ。近くにお墓もあるし、ここの畑ならまだ土は死んでいないから野菜も育つと思うわ」

「本で読んだところとも一致してるし間違いなさそうだね」

 

 ジュン、ヒカリ、ボクの3人でしゃがみこみ、目の前に広がっている小さな畑の土を触りながら、自分たちがまとめた情報と差異がないかを確かめていく。

 

 あれから場所は変わって、ここは再び『巨人の寝床』。その中でも、今回は崖下に位置している『いにしえの墓地』と呼ばれる場所にボクたち6人は来ていた。というのも、ボクたちの予想よりも早く野菜のタネが見つかったため、だったらそのままの勢いでにんじんも作ってしまおうということで、半ばその場のノリのようなテンションでここまで来てしまった。

 

 経緯を順番に話すと、まず民宿を出たボクたちは、村の中心部にある畑にて腕を組んで唸るような声をあげながら悩んでいたおじさんがいたため、その人に声をかけ『にんじんのタネは知りませんか?』と質問をしてみた。するとボクの予想通り、不作の影響もあってかタネがかなり残っているらしく、そのタネの扱いに困っていたので、ボクたちの持っているものと交換してもらうことを条件に、無事に2粒のタネをいただくことに成功した。ちなみにこの時に渡したものは、カンムリ雪原に来てすぐに挑んだ、ダイマックスアドベンチャーの協力報酬であるマックス鉱石なんだけど、どうやらこれを使えば野菜を巨大化させることが出来るんだとか。どういった仕組みなんだろうか……。

 

 話しを戻そう。

 

 意気揚々と外に出てみれば、まさかの物々交換一回で目当てのものが手に入ってしまったので、それをもってバドレックスの下にとんぼがえりしたボクたちは、バドレックスにちゃんと野菜のタネであり、くろいにんじんにもつめたいにんじんにも成長することが出来ることを確認してから次の手順へと移行した。その際、野菜のタネが紙袋に包まれていることに、バドレックスがちょっとした感動を覚えていたけど、これもまた関係ないのでスルーしておく。

 

 タネを無事に手に入れたボクたちが次に行うのが、この野菜の成長だ。

 

 愛馬を呼ぶのに必要なくろいにんじんとつめたいにんじんの作成。本によるとそれには、お墓に近い畑と雪が深い畑が必要らしい。この畑の位置に関しては、バドレックスが自然を感じとる力によっておおまかな位置を確認できるらしいので、そこはバドレックスの力を頼りにし、道案内役として同行してもらう形で再びフリーズ村より歩き出した。その結果、お墓に近い畑はここ、『いにしえの墓地』にあることがわかり、あの会話に戻るというわけだ。

 

「バドレックスからも見てどう?いいにんじんはつくれそう?」

『そうであるな……』

 

 一応ボクたち……特に、食材について高い知識を持っているヒカリからはお墨付きを得ることの出来た畑だけど、それはあくまでも一般的な目線と野菜を作る場合に限る。今回作るのはあくまでも愛馬用の野菜だ。決してボクたちが食べるためのものではない。となると、本当に求められる質の水準を満たしているかどうかはバドレックスに聞いた方が確実だ。これでタネを埋めた後に、『実はここではありませんでした』となってしまえば、また野菜のタネをもらいに行く手間がかかってしまうからね。そのための確認をバドレックスに振ると、土に手を触れたバドレックスは、静かに、そして少し嬉しそうに頷く。

 

『ここなら十分の栄養もある。ヨのちからと合わせれば、タネを1つ成長させることも可能であろう』

「やった!!」

「じゃあ、ここにタネをまけばいいだな?」

『よろしく頼む』

 

 バドレックスの返答は是。そのことに飛んで喜ぶユウリと、さっそくタネを1粒つまんで、土に植え始めるホップ。優しく土を掘り、そこに種を植え、ゆっくり土をかぶせ、最後にぽんぽんと軽くなじませるように手を当てるその作業は、なぜか見ているこちらまでもがちょっと緊張してしまう瞬間だった。

 

「ふぅ……終わったぞ!」

『うむ!子気味良い土さばきであったぞ』

「おう!!」

 

 その手際はバドレックスも満足いくものだったらしく、とても嬉しそうに目を細めながら頷いた。

 

 豊かな土に野菜のタネ。お墓の近くという条件も満たしている。あとはこのタネを成長させるだけだ。

 

『次はヨの番であるな。今こそ、『豊穣の王』の力を見せようぞ!!オヌシら、少し距離を……』

「ああ!!……いよいよ『豊穣の王』の本気だな!!」

「ちょっと楽しみとね」

 

 タネの前に移動するバドレックス。彼の力の本領を発揮する瞬間はここだ。伝説として語り継がれる豊穣の力を間近で見られることにさらに期待を膨らませたジュンとマリィは、目を少し光らせながらバドレックスを見つめている。勿論他のみんなも声を出さないだけで期待を込めた眼差しを向けていた。

 

『では……行くぞ!!』

 

 そんな中、バドレックスが気合を入れた声で、豊穣の力を解き放つ。

 

『ンム、ムイ!カム ムイ!カム カムーィ!!』

 

 そんな王様が行ったのは、不思議な呪文と共に行われる、少し変わった踊りだった。短いながらも不思議な力を感じた踊りと呪文を同時に行い、それが終わるとと同時に両手を上にあげたバドレックス。すると、今さっきタネを植えた畑が薄い青色に光りだす。その神秘的な光景に本来なら見とれるはずだったのだが、一部の人たちにとってはそれどころじゃなかった。

 

「……ふふっ……な、なんでピオニーさんまで……」

「く……くそっ……な、慣れたと思ったのにこんなところで……」

 

 いきなりお腹を抑えながらうずくまるのはマリィとジュン。なぜこんなことになったかというと、たった今行った踊りを、通訳役として未だについてきているピオニーさんも、てゅわわってる状態で踊りだしたから。青い光を放ち、コオリッポのような態勢のまま浮いたピオニーさんが、いきなり踊りだしたことに衝撃を受けてしまい、元々この状態のピオニーさんがツボだった2人はあえなく撃沈。他のメンバーも、何とか耐えてはいるけど、ジュンとマリィにつられそうになってしまっている。かく言うボクもそんなに余裕はない。

 

 しかし、そんなボクたちのことなんてお構いなしに状況は進んで行く。

 

 暫く青色の光を発していた畑は、その光を徐々に小さくしていき、やがて先ほどと同じ色の畑の姿に戻る。一見何も起きてない失敗かのように感じるその光景だけど、さらに数秒経った後に、軽い地震のような揺れが起きる。その振動につられて畑の方に視線を向けてみると、畑の中心……ちょうどホップがタネを植えた場所に、黒色の何かが生えている状態となっていた。

 

「すぅ……ふぅ……よし。あれが例の野菜なのかな?」

「みたい……かな?採ってみる?」

 

 地面から顔を出すそれを目的のものと感じたボクとユウリは、深呼吸をひとつ。心を落ち着けてから、改めて黒いにんじんと向き合う。そしてそれを採取するため、にんじんの前に腰を下ろし、ユウリと一緒に手を添えて、一気に引っこ抜く。

 

「「せ〜のっ!!」」

 

 息のあった掛け声とともに景気よく引っこ抜かれた黒いにんじんは、ボクたちが普段食べるものと比べると、名前の通り黒く、そして少しだけ細長くてくねくねした見た目となっていた。……正直、見た目だけの話をするのであれば、あまり美味しそうには見えないというのが初見の印象だ。しかし、目的の物を手に入れたことに変わりは無い。早速バドレックスに見てもらい、確認を取ってもらおうと目の前に掲げてみる。

 

「バドレックス、綺麗に収穫出来たよ。どうかな?」

『うむ、良い出来である。これならヨの愛馬も飛んで喜ん……っ!?』

「「バドレックス!?」」

 

 黒いにんじんの評価は概ね良好だったものの、その判定をしている途中にバドレックスが膝をつき、少しだけ息を切らせてしまう。その姿に慌てたボクとユウリが慌てて駆け寄る。さすがにこの状況にはびっくりしたみたいで、笑いの引っ込んでしまったジュンたちもそばまで走ってきた。

 

 とりあえず代表して、ボクが背中を撫でながら様子を確認する。

 

「大丈夫?」

『あ、ああ……問題ない。しかし……高々種1つ成長させるのにこの疲労……なんと嘆かわしいことか……』

「バドレックス……」

 

 タネを一瞬で成長させる。その様は、ボクたちにとっては物凄く神秘的に写ったものの、バドレックスにとっては自身の弱体化を突きつけられる結果となってしまったことに、少なくないショックを受けているみたいだ。その様子を見て、ユウリが寂しそうな声を上げる。しかし、バドレックスの表情はすぐに切り替わった。

 

『だがこの嘆きとも間もなく別れの時。さぁ人の子たちよ。次に畑に赴こうぞ』

 

 あと少しで、完全とは言わないもののバドレックスは力を取り戻すことが出来る。そう思えば、この疲労も今のバドレックスには耐えられるものということか。ここにいる誰よりも本気なバトレックスに、思わず微笑んでしまいそうな表情を軽く叩いて、気合いを入れ直したボクたちはバドレックスについて行った。

 

『さぁ、次は雪の深い畑である』

 

 次に行く場所は、『雪中渓谷』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ンム、ムイ!カム ムイ!カム カムーィ!!』

 

 巨人の寝床を中心として、フリーズ村のある北西とは逆の北東に進んだところにある『雪中渓谷』。フリーズ村と同じく、雪化粧に彩られた美しい道を進むこと数十分。そんなに深いところまで行かないところに、バドレックスの求める畑は存在していた。

 

 畑の質を確認して、再びタネを植えたホップの合図を聞いたバドレックスが、あの不思議な呪文と踊りをすぐさま行い、ホップが植えたタネが少しの地響きと共にまた芽をのぞかせる。流石に2回目となると、みんなもピオニーさんの不思議な踊りにも耐えられようになっており、視線を少し逸らしはするものの、なんとか吹き出すことなくバドレックスの踊りを見送ることに成功していた。そんなボクたちの目の前には、薄い水色をし、自分の腕や太ももなんて目じゃないほど丸々と太ったにんじんが成っていた。先ほど手に入れた黒いにんじんと比べるとすべてが真逆の形となっており、とてもじゃないけど同じタネからできたものと信じられないほどの変貌ぶりだった。

 

「「せ~のっ!!」」

 

 そんなにんじんを、今度はジュンとヒカリが一気に引き抜くことで、その姿を地上へと表した。

 

「これがつめたいにんじんかぁ……って冷たっ!?」

「ちょぉ!?いきなり手を離さないでよジュン!!」

「わ、わりぃ……けどそれ、名前通り無茶苦茶冷たいぞ……素手で触るだけでしもやけしそうだ」

「そ、そんなに冷たいのね……」

 

 急に手を放してしまったジュンに変わって、厚い手袋をつけたヒカリが大切そうににんじんを抱える。下が雪だから落としてもクッションになりそうだけど、つめたいという事と、丸々と大きくなっているこの姿を見ると、氷のような脆さを感じてしまうから、出来る限り落としたくはない。もしかしたら杞憂かもしれないけど、本当に割れたら……いや、砕けたらそれこそ大変だ。

 

『ふぅ……ふぅ……これで2つとも……出来たであるな……』

「バドレックス、大丈夫と?」

「きつかったらちょっと休んでいくか?」

 

 今日2回目の能力行使によって、激しく体力を消耗してしまったバドレックスを労わるマリィとホップ。彼本人から、『今は作物2つを育てるのが限界』と言った旨を伝えられているので、その心配度はさらに高いだろう。できることなら、ここでいったん休憩をはさんで、バドレックスの体力を回復させてから戻ることが望ましい。

 

『そうであるな……人の子たちよ、すまぬが少し休憩を……』

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 

 

「バクロォース!!」

「バシロォース!!」

 

 

 バドレックスが腰を下ろそうとした瞬間に響き渡る2つの大きな叫び声。いきなり鼓膜を殴ってきたその大きな声に、ボクたちもかなりびっくりさせられた。

 

「な、なに!?」

「なんか、凄い大きな声がしたぞ!?」

 

 ユウリとホップの声が聞こえるけど、みんな声の主を見つけるために視線を動かすことに集中していてそれどころではない。そんな中、唯一落ち着いた態度を取っていたバドレックスが、ぼそっと呟いた。

 

『この声は……来たのだな……ヨの愛馬、レイスポスと、ブリザポスが……!!』

「レイスポスと……ブリザポス……」

 

 鳴き声によって記憶を刺激されて名前を思い出したのか、鳴き声の正体と思われる存在の名を口にするバドレックスの方に、ここにいるみんなの視線が集まった。

 

 豊穣の王と愛馬の再会が、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダイマックス鉱石

野菜を大きくする……効能は勿論、使い方もよくわからないですよね。大きな株もこのせいで……?

バドレックス

今作では明確に2つのタネとなってますが、実機ではタネはたくさん植えてあって、そのうちの1つしか目を出さなかった。という形ですね。今回はにんじんを2つとも出したいのでこの形に。

にんじん

冷たい方はともかく、黒い方は……うん……美味しいんですかね?

愛馬

いよいよ登場。




最近になってスカーレットの方を、フリアさんの手持ちでクリアしました。キャラメイクも寄せて遊んだので、本当にそこにいるような感じがして楽しかったですね。兎にも角にも、SV両方ともエンディングまで行けて満足です。さぁ、今度はダイケンキが降臨するので備えないといけないですね。……ハピナス、常設にならないかなぁ……()






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182話

「バドレックス……今名前を……」

『うむ。久方ぶりに聞いたが、今の声でようやくヨの頭が覚めた。間違いない、あの声の主こそがレイスポスとブリザポスである!!』

 

 ボクの思わず口から漏れたか細い言葉に、バドレックスが自信満々に答えを返してくれた。

 

 ようやく判明した愛馬の名前。その名前を聞いたボクたちは、それを口々に唱えながら周りを見渡していく。

 

「けど、肝心の姿が見えないな……どこにいるんだ?って言うか、そもそもなんで今姿を現したんだ?」

『おそらく、好物のにんじんの匂いを感じ取ったからであろう。あヤツらは嗅覚はかなり鋭い故な。……ただ、未だにここに姿を現していないところを見るに、おそらくあヤツらも、久しぶりに匂う好物のそれなためか完全には匂いの元を把握しきれてはいないのであろう。となると、ヨたちも鳴き声が聞こえる位置から予想するしかないのであるが……』

 

 声は聞こえるけど、未だに姿を表さない愛馬についての思考を回していくバドレックス。その答えに納得すると同時に、それに対する対抗策をボクたちは顔を見合わせることで示していく。

 

「ようはその愛馬たちの姿を直接視認すればいいんだろ?」

「だったらもっとシンプルに行こう」

「だな!!やっぱりこういうのが1番分かりやすくて楽だぜ!!」

 

 ホップ、ボク、ジュンの順番で、モンスターボールを構えながらバドレックスに返答。ここまで聞いてバドレックスもボクたちが何をしようとしているのかわかったみたいで、ボクたちの動きを見守る姿勢を取り始める。

 

「頼むぞ、アーマーガア!!」

「お願い、メガヤンマ!!グライオン!!」

「来い!!ムクホーク!!」

「じゃあわたしもついでに……トゲキッス!!」

 

 最初に話していたボクたちにプラスして、ヒカリも繰り出すことによって編成されたひこう部隊。ボクたちの作戦は至ってシンプル。空を自由に駆けることの出来る彼らに、上から探してもらおうという寸法だ。声が聞こえた以上、近くにいることはわかっているので、発見するのにそんなに時間もかからないだろうし、疲弊しているバドレックスをいたずらに動かすこともないので、体力的にも効率的だと思う。残念ながら、上空を素早く動けるポケモンを持っていないユウリとマリィは、若干申し訳なさそうな表情を浮かべているものの、こればかりはどうしようもないので気にせず任せて欲しい。強いて言えば、アブリボンがユウリの手持ちの中では飛べる方ではあるんだけど、アブリボンは高所まで飛べる羽では無いからね。

 

「グァ?……グアァッ!!」

「ホークッ!!ホークッ!!」

「どうしたアーマーガア?」

「なにか見つけたのか!!ムクホーク!!」

 

 程なくして聞こえてくるのは、アーマーガアとムクホークからの呼び声。その両者に対してホップとジュンが返答すると、ある方向を向きながら続けて吠え始める。どうやらあの方向に、バドレックスの愛馬たちがいるらしい。

 

「あっちのほうでよかとね」

「鳴き声的にもっと北の方かと思ったけど……西の方だったんだね」

「山岳地帯だから、声が山に反響して場所がちょっと分かりづらいのよ。みんなに捜索を任せたのは正解だったわね」

「西からの声が山に反射してこっちに飛んできてたとね……」

 

 思った方向とは違う方向に愛馬がいたことに、少なくない驚きを覚えたユウリとマリィにアンサーするのはヒカリ。このあたりはテンガン山付近を冒険していた時の経験が役に立っている形だ。こういうときって方向感覚凄く狂わせて来るからわかりづらいよね。

 

「方向もわかったのなら早速行こうぜ」

「まあ、立ち止まっておく理由は確かにないけど……バドレックス、体調はどう?」

『まだ少し身体は重いが……大丈夫である。それに、例えヨが回復していなかったとしても、急がなくてはならぬ』

「そうだね。バドレックスのためにも速く愛馬の下へ……」

『そうではない』

「え?」

 

 相変わらずジュンが急かしてくるので、バドレックスの体調を気遣いながら追いかけるかどうかを判断しようとすると、バドレックスが少し焦ったような表情を浮かべながら身体を持ち上げていく。その様子に疑問を持ったボクは、変な声をあげながら聞き返すと、ムクホークたちが声をあげている方向を見ながらバドレックスが続きを話す。

 

『今しがたムクホークたちが差し示しているあの方向……あれはフリーズ村の方向である。もしかしたら、にんじんのありそうなところを片っ端から荒らしていくつもりやも知れぬ』

「「「「「「!?」」」」」」

 

 バドレックスの言葉に反応して、反射的に西の方向を向くボクたち。成程、道理でムクホークたちが焦っているわけだ。嘶きを響かせる2人の愛馬が、村に向かってまっすぐ走っているのだとすれば、確かに報告に力を入れているのもうなずける。

 

「確か、バドレックスの愛馬って元々暴れん坊だったんだよね?」

「バドレックスとの出会いによって丸くなったとしても、長く会っていない時間があったから、今はもう昔の性格に戻っているかもしれなかと!!」

「もしそうならフリーズ村が危ないわよ!!」

 

 女性陣の声を聞いて、ボクたちの足はすぐさまフリーズ村へと向かっていく。フリーズ村にはカトレアさんにコクランさん。それにシロナさんがいる。だから最悪なことにはならないとは思うけど、だからと言ってゆっくり行っていい理由にはならない。カトレアさんたちだって、予想は出来ていても準備はできていないだろうから、急に愛馬たちが暴れることに対しての対応はどうしても遅れてしまう。そうなってしまえば、少なからず村へ被害が出てしまうだろう。シロナさんだって、まだ研究に手が離せない可能性だってあるしね。だから、それだけは何としてでも止めなくてはいけない。

 

「メガヤンマ!!先にフリーズ村に行って、カトレアさんたちにこのことを伝えに行って!!」

「シシィ!!」

 

 せめてもの対抗策として、この中で一番素早さに自身のあるメガヤンマを先行させて、この危機を伝えに行ってもらう。本来なら、メガヤンマだけ送られても何も伝わらない可能性があるけど、ポケモンの心を読み取ることの出来るカトレアさんと、鋭い推理力を持つコクランさんなら、これだけで何となくは伝わってくれるはずだ。後はボクたちが出来る限り早く辿り着くだけだ。

 

「お願い……間に合って……!!」

 

 伝言役として飛んでいったメガヤンマを見送ったボクたち。一方で、ジュンたちは役目を終えたムクホークたちにお礼を言いながらボールに戻し、ボクたちはフリーズ村への道を走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バクロォース!!」

「バシロォース!!」

 

 

「聞こえた!!あの声!!」

「この感じ、もう村の中に入っているわよ!!」

「急ごう!!」

 

 フリーズ村近くまで戻ってきたところで聞こえてくる、愛馬たちの嘶きにさらに足を速める。ヒカリとユウリの声を聞くよりも速く足を動かしたボクは、フリーズ村に飛び込んで、すぐ近くで固まっているおばあさんたちを通り過ぎて、村の中心部にある畑群を見る。

 

「いた……!!」

 

 そこにいた愛馬の姿は、本に書いてある通り真逆の見た目をしていた。

 

 片方はその身体を真っ黒に染めており、頭部は長く紫色をした髪に包まれている。特に顔の右側は、その長すぎる髪のせいで完全に目がふさがっている。最も、確認できる左目も閉じられているため、おそらく視力に頼った行動はしていないみたいだけど……。そしてもう一つ特徴的なのは、よくよく見ていると分かる、繋がっていない球節部分。そのため、脚と蹄が完全に分離しており、足音も重量のあるものではなく、シャラシャラと鈴が鳴っているような音が響きわたる。名前の通り、まさしく幽霊のポケモンと言った風貌をしていた。

 

 もう片方は身体を真っ白に染めており、顔、脚、そして尻尾を、薄く水色に輝く氷で覆われた姿をしていた。全体的に身体の線が太く、がっしりとした印象を受けるその四肢は、全体的に細い印象を受ける黒い愛馬とは、身体つきからしても真反対だ。固まっている氷と、地面を踏みしめるたびに響く重い音から、かなりの重量感を感じる。あの足で攻撃を受けたら、さぞかしい大きなダメージを貰うことになるだろう。

 

 何もかもが真逆に見える2人の愛馬。そんな彼らが、今ボクたちの目の前で、まるで畑の野菜を取り合うかのように睨み合っていた。

 

「あれがレイスポスとブリザポス……」

「見てるだけで不思議な圧があるぞ」

 

 ジュンが呟くように言葉を落とし、両者を見たホップが思わず足を止めながら呟く。それほどまでに、畑群の中心でにらみ合っている2人の愛馬は、並々ならぬ圧を発していた。それほどまでに、久しぶりにいただく好物を手に入れたいのだろう。

 

「皆様!!慌てずにこちらへ!!」

「あたくしたちの後ろへ……あまり離れないように……」

「カトレアさん!!コクランさん!!」

 

 そんな両者を見ていると、少し離れたところから聞き覚えのある声が聞こえた。そちらに視線を向けると、村の住人たちの避難をして、その人たちを守るように対塞がっているカトレアさんとコクランさんの姿があった。何かしらのアクションはしてくれているだろうとは思っていたけど、やっぱり村の人たちを守るために動いてくれていた。

 

「フリア様、それに皆様も……ご無事でしたか」

「はい!」

「あなたのメガヤンマが飛び込んできたときは何事かと思ったけど……成程こういう事なのね……あなたのメガヤンマがいなかったら……もっと反応が遅れていた可能性があるわ……」

 

 メガヤンマのおかげで対策を迅速に行うことが出来たので、まだ被害はそんなに大きくなっていないようだ。このあたりはメガヤンマの足の速さのおかげだろう。この様子だったら、レイスポスたちよりも速くこの村に到達した可能性もあるね。流石の速さだ。

 

「役に立てたのならよかったです。メガヤンマもありがとね?」

「シシィ!!」

 

 大活躍のメガヤンマにお礼を言いながら、休ませてあげるためにボールに戻しておく。この寒空、あの速さで飛んだのなら、間違いなく消耗は大きそうだからね。本当にお疲れさまだ。

 

「フリア様のおかげで大体の避難誘導は終わりましたが、まだ完全にできているとは言えません。愛馬たちの激突が本格化する前に、全員の避難を終えましょう」

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

 コクランさんの指示の下、ここにいる全員で残りのフリーズ村の住人たちの避難に取り掛かる。ほとんど終えているとはいえ、今避難している人を守りながら避難を続けるとなるとさらなる人数と時間、そして正確性が求められる。だからこそ、コクランさんたちもなかなか手が伸びなかったんだろうからね。今からボクたちがやる部分はそこだ。そのことをみんな理解しているため、避難場所の護衛をする人と、まだ避難していない人たちの誘導をする人とで別れて行動をする。内訳としては、ボク、ユウリ、ジュン、カトレアさんが護衛係。マリィ、ヒカリ、ホップ、コクランさんが避難係となっている。

 

 内訳を決めるのもさして時間をかけることなく、誰かが何かを言う前に自然と別れており、素早く行動開始。このあたりはこれまでの冒険の経験が生きている故の迅速さだと思う。

 

(まぁ、一番の問題は避難を終えてから……なんだけどね……)

 

「フリア……」

 

 避難を終えた後のことを少し考えようとしたときにかけられる声。そちらに視線を向けると、レイスポスたちを気にしながらも何かを探しているようなそぶりを見せるカトレアさんがいた。

 

「バドレックスはどこなのかしら……?見当たらないようだけど……」

 

 どうやらカトレアさんの探しものはバドレックスらしい。確かに、にんじんのタネを植える時は一緒に出ていったはずなのに、返ってきた今一緒にいないのはカトレアさんからしたら当然疑問の残るところだろう。ボクが逆の立場でも同じような質問をすると思うので、特に何か思うこともなく答えを返す。

 

「タネを成長させるのに豊穣の力をたくさん使ったみたいで、今少し疲弊してます。一応こっちには来ているみたいですけど……速く動くのはまだ辛いみたいで、遅れたらだめだからということでボクたちを先に行かせてくれました。今もバドレックスが出せる最高速度でこっちに来てくれているとは思うので、じきに来ると思います」

「そう……確かにあなたたちを先にここに来させたのはいい判断ね……ってコトはついでにピオニーも……?」

「はい、バドレックスと共にゆっくりと……」

 

 本来ならこの村の戦力としてはピオニーさんもカウントすることが出来るのだけど、残念ながら現在はバドレックスの通訳役として身体を使われているため期待することが出来ない。勿論このメンバーで不備があるとは思わないのだけど、こういう役割は一人でも多い方が確実だからね。

 

「となると……あの子たちを止めるのはバドレックスが合流してからの方がいいかしら……?」

「かもしれないですね」

 

 そんな話をしていると、カトレアさんも避難を終えた後の話に移り始める。確かに、現状だと人は安全だけど村の財産である家や畑、そしてバドレックスの像が壊されかねない。カトレアさんも、このままこの村の畑が荒らされるのはちょっと思うところがあるようだ。特にバドレックスの像は、今のバドレックスにとっては生命線のようなもの。今はまだ睨み合っているだけだけど、ここでバトルが起きて流れ弾があの像に当たろうものなら……

 

「バクロォース!!」

「バシロォース!!」

 

「「!?」」

 

 避難した後のことを考えていたら、いきなり愛馬2人の嘶きが鳴り響いた。いつか来るとは思っていたけど、まだ避難が完全に終わっていないのに動き出した両者に、ボクとカトレアさんの……いや、ボクたち全員の緊張度が一気に上がる。

 

「皆様慌てずに!!」

「あたしたちが守るから大丈夫と!!」

「押さないようにゆっくり歩くんだぞ」

「落ち着いて、安心して、わたしたちがしっかり守るわ」

 

 愛馬たちが暴れそうなことを察知したコクランさんたちは、落ち着けるために声をかけながらも避難のスピードをほんのりと速める。このままでは戦いに巻き込まれる可能性が出て来るからだ。その様子を横目で確認しながら、もう一度愛馬たちの方に視線を向ける。すると、レイスポスとブリザポス、それぞれが口元に技を構えた。

 

「クロォー!」

「シロォー!」

 

 レイスポスが構えたのはシャドーボール。ブリザポスが構えたのはつららおとし。霊と氷、それぞれが得意とする技を構えた両者は、向かい合った状態から同時にその技を放つ。同じ速度で放たれたその技は、両者の真ん中でぶつかり合い、激しい音とともに雪を巻き上げ、周りに爆風と衝撃をまき散らしていく。その破壊力に、思わず悲鳴を上げてしまうフリーズ村の住民たちだけど、そんな住民たちを守るように護衛組が前に出る。そんな防衛線が繰り広げられていることなんて全く知らない愛馬たちは、周りの状況を無視して攻撃をぶつけ合う。

 

 巻き上がる雪を貫通して更に飛び交う攻撃達は、はじけ、炸裂し、相殺し合い、次々と繰り出されていく。その様は嵐のようで、少しでも巻き込まれようものなら間違いなく大怪我ではすまない状況となっていた。

 

「なんて破壊力……これが伝説の愛馬……!!」

「おいおい……これはさすがに止めないと、このままだと村がむちゃくちゃになっちまうぞ!!」

「わかってるけど……」

 

 隣に来たジュンが焦ったように喋るので、ついついこちらも焦りながら返すけど、正直下手に刺激するよりかは、みんなが乱入できる準備を整えてから一斉にとびかかった方が確実性が高い気がする。そんな考えがボクの手を少しだけとどめた。その間にも、愛馬たちは動き続ける。というのも、レイスポスとブリザポスの攻撃がぶつかり合う戦場の様子が少し変わり始めた。

 

 技の振り方が力任せのぶつかり合いから、相手本体を狙うための変わった軌道をする攻撃にシフトし始めていた。それによって何が変わるかというと、今までは真正面からぶつかり合っていた攻撃が、横殴りだったり、掠り合う形になるという事。そうなると、今度はレイスポストブリザポスに到達する攻撃の数も増えるので、これに対してレイスポスは軽やかなステップで回避を行い、ブリザポスは屈強な身体を氷で覆うことで盾として使い、攻撃を受けきっていた。

 

 攻撃がお互いの下に到達する状況。それだけならまだよかったのだが、一番の問題は、こうなってしまうと相殺もされず、両者にも当たらなかった流れ弾が増えるという事だ。レイスポスが避けたものは勿論、弾と弾が掠って逸れた攻撃もあらぬ方向に飛んでいくため、村への被害が増えてくる可能性が高くなってくる。

 

「これは……まずいわね……」

「どうしよう、流れ弾が増えているから避難組も動けなくなってるよ……」

 

 その状況に苦言を零すカトレアさんとユウリ。その言葉通り、避難組の4人は村人の盾になるように前に出て、飛んでくる攻撃を弾いていた。勿論ボクたちもポケモンの力を借りて攻撃を弾いていたけど、こちらはカトレアさんも含めた4人だったので、まだ余裕がある方ではあった。問題は避難組の方で、避難組はそれぞれバラバラにいるせいで、個人で戦わないといけないから、移動する余裕がなくなってきている。今はかろうじて守れているけど、愛馬たちのスタミナがどれくらいあるかわからないので、このまま耐え続ける選択を取ると、一気に苦しくなりそうだ。

 

 そんな中、レイスポスの放ったシャドーボールが、つららおとしに掠って軌道を逸れて、バドレックスの棒に向かって飛んでいくのが視界に入った。

 

 フリーズ村に建てられている、バドレックスの存在を証明する唯一の物。

 

 あれが壊されてしまうと、バドレックスが存在を保てなくなる。

 

「「ッ!!」」

 

 攻撃を確認したと同時に像に向かって走り出すボクとジュン。何かを考える前に、自然と身体が走り出してしまっていた。同時に、懐からボールを1つ取り出す。

 

「ヨノワール!!」

「エンペルト!!」

 

 いつもよりも鋭く投げられたボールは、バドレックスの像まで物凄いスピードで飛んでいって展開。ボクとジュンの切り札が、像絵おまもるように立ちふさがる。

 

「『いわなだれ』!!」

「『アクアブレイク』!!」

 

 すぐさま技を発動して飛んでくる攻撃を弾ききり、何とかバドレックスの像を守ることに成功。これでバドレックスが消えることはないだろう。けど、この場を離れるわけにもいかなくなったのでヨノワールとエンペルトには引き続きここに残ってもらうことになる。そして……

 

「クロ……」

「シロ……」

 

 今の行動によって、レイスポスとブリザポスがボクたち2人を視認してしまったため、もう引くこともできなくなってしまった。

 

「ジュン……」

「ああ、分かってるぜ……」

 

 隣にいるジュンに声をかけながら、ボクはボールを1つ構える。これはジュンも同じ。

 

「こうなったら止めるよ!!」

「おう!!相手が伝説なら不足無しだぜ!!」

「バクロォース!!」

「バシロォース!!」

 

 賽は投げられた。ボクたちが戦闘態勢に入ったことで、レイスポスとブリザポスもより力を入れ始めた。

 

 ここから始まるのは村を掛けた三つ巴バトル。

 

「お願い、インテレオン!!」

「頼むぜヘラクロス!!」

「レオッ!!」

「ヘラクロッ!!」

 

 此方から飛び出すはヘラクロスとインテレオン。

 

「とりあえず、バドレックスが戻ってくるまでは時間を稼ぐこと!!」

「んなこというけどよ、別にあいつらを倒しても問題ないんだろ?」

「全く、相変わらず調子がいいんだから……」

 

 愛馬からのプレッシャーを感じながらも、ジュンのおかげでいつも通りの空気感でいられることに感謝しながら、ボクはぐっと拳を握り締める。

 

「バクロォース!!」

「バシロォース!!」

「インテレオン、『ねらいうち』!!」

「ヘラクロス!『メガホーン』!!」

 

 インテレオンとヘラクロスが場に出たことで、いよいよこちらに狙いを定めた愛馬たちが、こちらに向けてシャドーボールとつららおとしを繰り出してきた。それに対し、こちらはねらいうちとメガホーンにて対抗。お互いの技がぶつかり合い、周囲に爆風を撒きおこす。

 

 舞い上がる雪。それを合図に、4人のポケモンが走り出す。

 

「伝説の愛馬……いざ、勝負!!」

「ちゃっちゃと倒してやるぜ!!」

 

 フリーズ村での、負けられない戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




愛馬たち

村を襲っていたということは、こちらも少なくない記憶障害を受けている可能性があると思ったのでこの展開に。何もかもが真逆な2人なので、ここの間の対立もありそうだなと思いました。

バドレックスの像

像が完成したことで力を取り戻したらのなら、今この像が壊れたらいよいよ存在が保てなくなりそうですよね。愛馬の記憶に引き続き、こちらも私の主観的考察が入ってます。

シロナ

メガヤンマから報告を受けて、すぐさま外に飛び出したので何も知らされていません。音も聞こえていない模様。ちょっとダメなところが出てき始めました()

ピオニー

引き続き絶賛てょわってる状態。




四災が解禁されましたね。ゴースト統一がさらにきつくなりました。……あの子のあの耐久どうしよう……。






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183話

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

「ヘラクロス!!『メガホーン』!!」

 

 舞い上がる雪を突っ切る勢いで走り抜けるインテレオンとヘラクロス。目標はもちろんその先の愛馬たち。インテレオンはレイスポスに、ヘラクロスはブリザポスに向かって技を構えて懐に入り込もうとする。これに対して愛馬たちは、それぞれの特徴を活かして回避していく。具体的には、レイスポスは高いすばやさを利用した華麗なステップで後ろへ下がっていき、耐久が自慢のブリザポスは、身体に氷をまとって防ぎ切っていた。

 

 単純な攻撃はまず当たらない。そう理解したインテレオンとヘラクロスは、一旦ボクたちの下へと帰ってくる。

 

「このまま1対1を2つする?それとも2対2でコンビ組む?」

「1対1を2つ!!んでもって、どっちが先に勝つか競走だ!!遅れたら罰金な!!」

「ほんとに、いつでも変わらないなぁ」

 

 こんな時でも平常運転な彼に呆れを通り越して関心すら生まれてしまう。そんな大物だからこそ、今この場にいるだけでも、ボクの心は落ち着いているのだろう。そこは感謝だ。……絶対に口には出さないけど。

 

「それじゃあそういうことで……そっちは任せたよ」

「おう!!さっさと倒して、お前から罰金貰うぜ!!ヘラクロス!!『インファイト』!!」

「ヘラクロッ!!」

「バシロォース!!」

 

 ジュンの気合いの入った指示に呼応するように吠えたヘラクロスが、両の拳にありったけの力を込めながら突撃。これに対してブリザポスは無数の氷を呼び出し、ヘラクロスへ向けて連続射出。氷の弾幕が雨あられとなってヘラクロスに突っ込んでいく。どれもこれも当たればただでは済まないそんな一撃たちを前にして、しかしヘラクロスは怯まない。全力で拳を振りまくるヘラクロスは、その悉くを拳で薙ぎ倒しながらブリザポスへと猛進していく。

 

 拳と氷の弾ける音が鳴り響き、完全な力と力のぶつかり合いとなっていた。

 

「……向こうは向こうで任せてよさそうだね」

 

 少なくとも現状はイーブンなので、向こうは任せてこちらに集中する。

 

 ボクの前には黒色の愛馬のレイスポスが、ボクの出方を伺うように観察していた。ブリザポスと違って力押しするタイプではなく、バトルスタイルは冷静な子なのだろう。暴れ馬と聞いていたから少し意外だ。けど、それはあくまでバトルスタイルの話であって、レイスポスから感じる迫力はとてつもなく強い。間違いなく、『食事の邪魔をするものは何が何でも始末する』という視線を向けてきている。食べ物の恨みは恐ろしい。けど、それで村を無茶苦茶にされたのではたまったものではない。

 

(試しに、ここで好物を取り出してみる……?)

 

 村から引きはがすために、好物をちらつかせて外に連れていくことで、何とかレイスポスたちの攻撃を村に行かないようにできないかなんて考えてみるけど、よくよく考えたら今にんじんを持っているのはヒカリだし、ここで好物を見せようものならさらに興奮して手が付けられなくなる可能性がある。

 

「やっぱり自分でどうにかしないとダメか……インテレオン!!『ねらいうち』!!」

「レオッ!!」

 

 穏便に済ませる手を考えたけどやっぱりうまくいきそうにないので、思考を戻してまずはインテレオンに攻撃を指示。相手の出方を観察して、レイスポスの戦い方を研究する。

 

「クルォー!!」

 

 インテレオンから放たれた高速の弾丸に対して、バドレックスは同じサイズの黒色の弾丸を発射する。技はシャドーボールだけど、これはさっきまでブリザポスとの打ち合いで行っていた時と比べて球の大きさがかなり小さい。恐らく、ねらいうちと相殺するために素早くわざを放ちたかったため、出力を抑えて、すぐに発射できるように最低限の力で打ったという事なのだろう。その狙い通り、ねらいうちは止められて爆散する。

 

 攻撃を防いだレイスポスが次に行ったことは、小さなシャドーボールを自分の身体の周りに浮遊させること。そのまま自身の周りをゆっくりと周回していく黒色の弾は、まるで自分の身体を自動で守るビットみたいな状態だ。試しにインテレオンが再びねらいうちをするものの、その攻撃は周回する黒い弾に防がれてしまう。

 

「器用な子だね……ほんとに暴れ馬なの……?」

 

 シャドーボールを頻繁に使う事から、もしかしたら使える技の幅はかなり少ない子なのかもしれないけど、その分応用範囲がかなり凄い。まだボクがこのバトルで見たのはこの自衛シャドーボールと、相殺するための威力操作だけだけど、それだけでかなりの正確さなのがよく分かる。きっとまだまだ引き出しはあるとみていいだろう。

 

「攻めは慎重に……けど、大胆に行かないとスペックで負けてるから押し勝てない……なら……インテレオン、『ねらいうち』!!」

 

 3度インテレオンから放たれる水の弾丸は、先と同じようにレイスポスの周りに浮かぶシャドーボールに触れて爆発する。しかし、先程と違うのはねらいうちが爆発したことによって辺りに蒸気が舞い、ちょっとした視界不良を起こしているということ。この時に巻き上がった水をインテレオンが被ることによって、インテレオンの性質による変色が発動し、身体を周囲の背景に溶け込ませる。

 

「今!!」

「……ッ!!」

 

 その隙に後ろに回り込んだインテレオンに指示を出し、死角からアクアブレイクを叩き込もうとする。

 

「クロースッ!!」

「レオッ!?」

「インテレオン!?」

 

 しかし、そんな行動なんてお見通しと言わんばかりに、後ろ足によるにどげりを叩きつけるようにして反撃を行ってきた。咄嗟にガードをしたものの、少なくないダメージを受けたインテレオンはたまらずボクの所まで戻ってくる。

 

「……そうだった。レイスポスは目が見えていない可能性が高いから、そうなると目くらましなんて意味が無いんだ……」

 

 長い前髪に隠れた右目とずっと閉じられている左目。そこからもしやとは思っていたけど、やっぱりレイスポスは周りからの情報収集に視覚を使っていない可能性が高いということがわかった。おそらく、聴覚か嗅覚……にんじんの件を鑑みるに、嗅覚の方が可能性は高いけど、その辺が発達しているということだろう。これだとインテレオンの強みは生かしづらい。

 

(こうなってくると、ポケモンの交代も考慮した方がいいかも……?)

 

 本当だったら正々堂々と真正面から1対1で戦うべき所なんだろうけど、正直言ってそんなことを言ってられる状況ではないので、このあたりは臨機応変に動くとしよう。とりあえず、レイスポスに関する情報がもっと欲しいので、こちらからどんどん仕掛けていくこととする。

 

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

「レオッ!!」

 

 両手両足。それに加えて尻尾に水を纏ったインテレオンが、レイスポスに向かって直進。まずは右手を横に薙いで相手の出方をうかがう。この技に対して、レイスポスはバックステップで回避すると同時に、周囲に浮かぶシャドーボールを5つ、インテレオンに向かって飛ばしてくる。この黒球に対して、まず最初にねらいうちを2回行って2つを弾く。同時にその場で1回転し、アクアブレイクを纏った尻尾を右から左に薙ぐことでまた2つ弾き、最後の1個は右足のかかと落としで粉砕。

 

「追って!!」

「レオッ!!」

 

 今の攻防でレイスポスの周りに合ったシャドーボールが全部消えたので、更に攻めるべく前に進むインテレオン。素早さに自身のあるインテレオンなら、この隙に間違いなく急接近できるはずだ。……と思っていたんだけど……

 

「クロッ!!」

「レオ……ッ!」

「追いつけない……インテレオンよりも速い……!!」

 

 シャラシャラと軽やかな音を立てながら動き回るレイスポスは、その音から想像できない素早さをもって動き回っており、その速度はインテレオンよりもわずかに上といった形だ。このまま長時間続ければいつかは追いつけるような気がするけど、そのころには攻撃を芯に叩き込むスタミナが残っていないだろう。

 

「やっぱり手数増やした方がいいかも……ブラッキー!!」

「ブラッ!!」

 

 インテレオンがレイスポスを追いかけているうちに新しくブラッキーを呼び出す。ここから援護しながら、つきのひかりによる回復も行うことで、レイスポスとの差を埋めていく算段だ。

 

「ブラッキー!『あくのはどう』!!」

「ブラッ!!」

 

 インテレオンのアクアブレイクをバックステップでちょうど回避しているところに、その着地地点に当たるようにブラッキーから攻撃が飛んでくる。

 

「クロッ!!」

 

 そんなあくのはどうに対してレイスポスが行ったのはスピードスター。相変わらず素早く、あくのはどうを正確に打ち抜く精密動作性を披露してくれはするものの、シャドーボールと比べて威力がかなり劣るため、完全に相殺しきることが出来ずに余波を受ける。

 

「クロッ!?」

「インテレオン!!」

「レオッ!!」

 

 素早さと火力に身体能力を注ぎ込んでいるためか、見た目通り体力はあまり多い方ではないらしく、余波だけで少したたらを踏むレイスポスを見かけたボクは、すぐさまインテレオンで追撃。アクアブレイクを上段に構え、縦に真っ二つにするべく右腕を振り下ろす。

 

「クロースッ!!」

 

 これに対し回避は不可能と判断したレイスポスは、口元にシャドーボールを展開。それを咥えたまま、逆に前に突進をし、インテレオンの右手首に向かってぶつかってきた。

 

「レオッ!?」

「クロ……ッ!」

 

 インテレオンの手首とぶつかると同時にシャドーボールが爆発。これによって、インテレオンが爆風に煽られて無理やり後ろに下げられた。勿論、自身の口元で爆発したため、レイスポス自身にもダメージが入っているから、こちらとしてはダメージをしっかり与えることには成功出来てはいるんだけど……

 

「クロース……」

「力づくだね……ほんとに迷いがない……」

 

 あの手この手でこちらの勢いを無理やりそいでくるその姿は、与えているダメージよりもおおきな精神的ダメージをこちらが負うことになってしまっている。インテレオンも、まさかの方法で防がれてしまったことに、身体へのダメージは勿論のこと、少なくない衝撃を受けてしまい、思わず足を止めてしまう。当然それは相手に態勢を立て直すには十分な時間を与えてしまう事となる。

 

「バクロォースッ!!」

 

 レイスポスが嘶くと同時に、再びレイスポスの周りにシャドーボールが展開。ビットのように周りを飛び回るそれらは、先ほどよりも数が多く、一つ一つから感じる圧も強くなっていることから、込められている威力も相当なものだということが予想される。

 

(あれだけの力をあそこまで圧縮できるんだ……)

 

 ふと視線を横に向ければ、ブリザポスも同じように身体の周りに氷柱を出現させ、ジュンのヘラクロスとカビゴンを前に堂々と佇んでいた。

 

(ほんと……バドレックスはよく1人でこの2人を沈めたよね……)

 

 本人に聞いたところ、バドレックスのタイプはくさ、エスパータイプとのこと。つまり、レイスポスからもブリザポスからも弱点を突かれてしまうタイプだ。真正面から戦えば当然不利となる。それなのに昔はしっかりと抑え、あまつさえ自身の仲間として引き入れたのだから、彼の手腕には感心させられる。同時に、ここに来る前に対策の1つや2つでも聴いておくんだったとちょっと後悔。

 

(けど、そんなことする暇があるのなら、前を見なきゃね!!)

 

 ないものねだりはしても意味がない。今ある手札で、なんとしてでもフリーズ村を守るために頑張るしかない。幸いあちらはまだ本調子ではない。その他いろいろ考えても、勝率はこちらの方が高いはずだ。

 

「ブラッキー!『でんこうせっか』!!」

「ブラッ!!」

 

 次はでんこうせっかを使えるブラッキーに走ってもらい、レイスポスの動きを乱していく。ブラッキーなら耐久も高いし、あくタイプということもあってシャドーボールを比較的軽傷に抑えられるからだ。あくのはどうを止めたのがスピードスターだったこともあって、おそらく使える技の数が少ない。もしくは、使える技のタイプが多くないかのどちらかなのだろう。ブラッキーがいればとりあえずの耐久は出来そうだ。ブラッキーもそのことに気づいたみたいで、でんこうせっかで接近している間も、レイスポスは回避しながらシャドーボールを打っているけど、それに臆することなく、若干強引に近づいていた。

 

「インテレオンは『ねらいうち』!!」

 

 ブラッキーの無茶な攻撃は、そのままレイスポスの隙へとつながり、明確な狙撃チャンスとなる。最も、この攻撃もレイスポスの周りに飛ぶ、シャドーボールのビットが防いでしまうため、レイスポスにダメージを与えることなく爆発して終わってしまうんだけど……

 

「今だよブラッキー!!『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

「クロ……ッ!?」

 

 シャドーボールが爆発するということは、付近で大きな音がするという事だ。視覚を持っておらず、他の感覚に頼っているであろうレイスポスにとって、この大きな音は少なくない弊害になるはず。その瞬間こそが、足の速いレイスポスが確実に止まり、且つこちらが一番大きな攻撃を叩き込むことが出来るタイミングだ。

 

 相手の攻撃を利用したブラッキーの強烈なタックルがレイスポスに突き刺さる。これによって、大きなダメージを負ったレイスポスは、たたらを踏みながらも後ろに下がるべくバックステップ。一度ブラッキーから距離を取って、またシャドーボールを展開するつもりなんだろうけど、そこでレイスポスにとって予想外のことが起きる。

 

「クロォース……」

「シロォース……」

「おし!!あとちょっとだぜ!!フリア!!そっちも順調みたいだな!!」

「ジュンこそ!!このまま抑え込むよ!!」

「おう!!」

 

 それは自分と背中合わせになる形で追い詰められていたもう1人の愛馬、ブリザポスの存在だ。

 

 自分の背中にぴったりくっつくように立っている対となるものの存在にちょっと衝撃を受けたみたいで、同時に自らの不利を悟ったレイスポスは小さく嘶く。

 

「確かに器用だし、『シャドーボール』の出力は高い」

「こっちも、なかなかの耐久力だし、一発一発の攻撃は重かったぜ」

「けど、やっぱりバドレックスと同じで力を削られてるせいか、まだ本調子じゃないよね?」

「いくら伝説の愛馬と言えども、本調子じゃないならオレたちの敵じゃないな!!」

 

 1対1だとどうなるかはわからないけど、今は公式対戦ではない。なら、こちらはいくらでもポケモンは繰り出せるし、交代もし放題だ。そこまでこちらにいい条件がそろっているのであればさすがに負けることはない。住民をみんなが守ってくれているおかげで、周りも気にしなくていいしね。カトレアさんたちが手を出せなかったのは、あくまでも住民の守護を優先していたからだし。

 

 さて、とにもかくにも、もう少しで彼らの暴走を抑えることが出来る。このままジュンと挟み込んでしまえば、数分と経たずに解決するだろう。

 

 けど、ボクもジュンも、決して油断はしない。

 

「バシロォース!!」

「バクロォース!!」

 

 なぜなら、野生のポケモンが一番怖いのは追い詰められたときだから。

 

「来るよ、ジュン!!」

「わかってるぜ!!お前こそしくじるなよ!!フリア!!」

 

 ここからが本番。自然とそのことを悟ったボクたちは、お互いに声をかけ合うことで気合いを入れ、目の前の愛馬たちに注目する。

 

 一方で、愛馬たちは声を上げながら、レイスポスは黒色のオーラを、ブリザポスは水色のオーラを解き放ち、それぞれの得意技を構え出す。

 

「バシロォースッ!!」

 

 ブリザポスは空気を凍らせ、空中の至る所に氷柱よりもはるかに大きい氷塊を生み出し始める。

 

「バクロォースッ!!」

 

 レイスポスは空気を暗くし、自身の蹄鉄に圧縮したシャドーボールを生成。もちろん身体の周りにもさらにシャドーボールのビットを展開し始める。

 

 おそらく、現状両者が出せる全力の攻撃。きっと受け止めるだけでかなり苦労するだろうけど、まだ受け止めきることの出来る範囲ではあるはずだ。

 

(村を守るためにも……引かない!!)

 

 拳を握りしめ、来るべき一撃に備えるボクとジュン。

 

 合図はブリザポスが出現させた氷塊たち。それらが、ぴしりと音を立てた瞬間、愛馬たちが動き出した。

 

「クロースッ!!」

「シロースッ!!」

 

 ブリザポスは空中に現れた氷を足場にし、レイスポスは足の裏のシャドーボールを爆発させることで空中に舞い上がっていく。

 

「インテレオンは『ねらいうち』!!ブラッキーは『あくのはどう』!!」

「ヘラクロス!!『ロックブラスト』!!」

 

 勿論この行動をただ見送るボクたちではない。空中で何をするのかわからないけど、放置するのがよくないのはわかる。だからこそ、何かをされる前に撃ち落とすべく、インテレオン、ブラッキー、ヘラクロスによる同時攻撃で攻めていく。

 

「バシロォース!!」

 

 しかし、その攻撃は空中に突如現れた氷によってせき止められてしまう。

 

「ちょ!?その氷はまずくないか!?」

「良いから溶かすよ!!お願いゴウカザル!!」

「ギャロップ!!お前も頼むぞ!!」

 

 更に、ボクたちの攻撃を止めたことによって砕けた氷たちがこちらに降り注いできた。このままではボクたちにこの氷の礫が降ってきてしまう。それを止めるべく、ボクとジュンで今度はほのおタイプのポケモンを呼ぶ。

 

「「『フレアドライブ』!!」」

「ガウッキィ!!」

「ロォー!!」

 

 呼び出した2人にお願いするのは、圧倒的な火力で氷を溶かしてしまう事。火炎の塊と化したゴウカザルとギャロップが、ものすごい勢いで氷の雨に激突。同時にさらに火力を上げることで、落ちて来る氷全てを溶かしきる。これで氷に関しては大丈夫だろう。けど、問題はここからだ。

 

「バシロォース!!」

「バクロォース!!」

 

 今の氷は愛馬たちの攻撃の前準備。これからあの2人が行う攻撃こそが本番だ。その証拠に、叫び声と共に展開された攻撃は、2人の技の駆け合わせである、黒いオーラを纏った氷の塊だった。その攻撃が、重力に従ってゆっくりとこちらに降り注いでくる。

 

「正真正銘、本気の一撃かな」

「んな攻撃なんて返してやるぜ!!フリア!!」

「わかってるよ!!みんなお願い!!」

「全力で打ち消すぜ!!」

 

 それに対して、こちらもいま場に出しているポケモンたち全員で一斉に攻撃を行う。

 

 インテレオンはねらいうち。ブラッキーはあくのはどう。ゴウカザルはフレアドライブ。ヘラクロスはインファイト。カビゴンはギガインパクト。ギャロップはフレアドライブ。

 

 それぞれが行うことの出来る最高火力をもって、愛馬たちの合体技とぶつかり合う。その破壊力はまるで音が一瞬消えたかのような現象を起こし、同時に発生する爆風によって目を開けられなくなってしまい、場の状況を確認できなくなってしまう。

 

「ぐぅっ……わかっていたけど……凄い破壊力……」

 

 思わず声を出して感想を言うけど、この声すらもかき消される風圧に顔を覆う。そのまま数十秒経過し、ようやく前を確認できるようになったので前を確認すると、すでにその場には愛馬たちはおらず、あたりには戦いの余波で少し荒れてしまっていた村だけが残っていた。

 

「……逃げた……のかな?」

「くっそ~……倒したかったぞ……」

「もしかしたら、今の技……」

「ん?何か気づいたのか?」

「……ううん、何でもないよ」

「……?なんだってんだ?」

 

 突然姿を消した愛馬たち。そして、今の技とこの場の状況を見て思ったのが、今の技がこの場所から逃げるためのブラフだった可能性だ。

 

 暴れ馬だけど知能がないわけではなく、むしろ聡い方である彼らは、間違いなくこのままでは負けることを悟っているはずだ。なら逃げることに思考を回していてもおかしくはない。ボク自身も、いくら伝説と言えど本調子ではない彼らにはまだ勝てるくらいの力はあると思っているので、その結論に辿り着くのも理解はできるし、この状況も納得できる。そのことに気づいたのだけど、これをジュンに言うとまた調子に乗る可能性があるので、あえて黙っておく。不満げな声をあげているけど、調子に乗ったジュンはいろいろとめんどくさいから許して欲しい。

 

「それよりも、まずは村のことをどうにかしよう」

「……なんとなーくはぐらかされてるが……まぁ、その通りだから今回は見逃してやるぜ。みんなサンキューな」

 

 愛馬たちがいなくなったことで避難をする必要がなくなったため、村人やコクランさんたちの言葉でにわかに騒がしくなっていく村の様子。これから村人への事情説明やら村の修理やらでもっと騒がしく、そして忙しくなっていくだろう。それを予見したジュンが、ボクの言葉に渋々納得しながら、エンペルトたちをボールに戻してみんなの下へと走っていく。

 

「ボクも速くみんなに合流しないとね……ありがと。戻って休んでね」

 

 ボクも遅れるわけにはいかないので、今回活躍してくれたヨノワールたちにお礼を言い、ボールに戻してから後を追おうとする。

 

「バドレックスも到着してるみたいだし、早速……あれ?」

 

 みんなの近くの木陰にバドレックスと、寝ぼけ眼を擦るピオニーさんの姿も確認できたので、その場所に走っていこうとしたときに、ふと視界の端で何かが光る。

 

「なんだろ……これ……?」

 

 ボクの近くに落ちていた光るもの。それは、なにか細長くて、繊維状の物の束で……

 

「お~いフリア~!速く来ないと罰金だぞ~!!」

「すぐ行くよ~!!」

 

 これが何なのか確かめようとしたところでジュンから声がかかったので、拾ったものを慌ててバッグにしまって走り出す。

 

(思わず拾っちゃったけど……よかったのかなぁ?)

 

 頭の中で、拾ったもののことを考えながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シャドーボール つららおとし

どちらもどこかで見た使い方をしてますね。ちなに見流石に威力は落ちてますよ。あれはあの状態で初めて完成するあれなので。……あればっかり言ってますね。つまりあれです。

バドレックス

本当によく抑えましたよね。くさ、エスパーなんて全身弱点みたいなものですから、相当苦労したと思います。




振り返るとこの作品の文字数凄いですね。ポケモン作品を文字数順で検索すると一番上に来ているような気もします。……長くなったなぁ。






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184話

「さて、じゃあ改めて話をまとめましょうか」

『うむ。ヨもしっかり話しておきたいのである』

 

 レイスポスとブリザポスを何とか退け、フリーズ村の住民からお礼を貰いながら村の復興に取り掛かったボクたち。復興と言っても、家に傷は入っていなかったため、やったことといえば畑の整備や倒れた柵の修理、戦いの余波で積もる場所の偏った雪の切除くらいで、ポケモンたちの力も借りることによってそんなに多くの時間を使うことなくその全ての作業を完了。ただ、あくまでも『思ったよりは』というだけなので、時間で見てみればもう日は暮れ始めており、今から村の外に出て探索をするにはさすがに寒さがきつい時間帯となり始めていた。愛馬たちの情報のすり合わせもカトレアさんたちとしたいこともあり、今日の探索にいったん区切りをつけたボクたちは、そのままピオニーさんの民宿に戻ってまた話し合いを始めていた。

 

 ちなみに冒頭の会話を見てもらったら分かる通り、ピオニーさんにはもうてょわってもらっている。そのため、残念ながら今回もピオニーさんだけは話を聞くことが出来ない。……やっぱりちょっとかわいそうになってきた。いや、バドレックスの操作に耐えられる身体を持っているのがピオニーさんくらいだから、どうしようもないのは分かっているんだけど……そんなボクの微妙な感情を無視して、話は進み始めていく。

 

「とりあえず……さっき村を襲ってきたポケモン……あれがバドレックスの愛馬ということで間違いないのね……?」

『うむ。白銀の馬がブリザポス。漆黒の馬がレイスポス。それぞれ、こおりタイプとゴーストタイプのポケモンである。実際に戦ったフリアとジュンならばよくわかったやも知れぬが、双方自身と同じタイプである、『つららおとし』と『シャドーボール』をかなりの精度で操って来る』

「ああ。あの氷、攻撃にも防御にも使える万能の技だったぞ」

「ボクの方も、あんな風に『シャドーボール』を使ってきた相手は初めてだよ。まるでトレーナーに指示を貰っているかのような機転の利かせだった……」

 

 お互い別方面で器用な戦い方をしていた愛馬たちは、全盛期の力を持っていたのならさぞ強かったことだろうということがよく分かる。

 

「もし力を失っていない状態だったら、村に被害をもっと出してたと思う。何とか抑え込めることはできても、多分村を意識できるほど余裕がなかっただろうし……」

「悔しいがその点はオレも同意だな。最後の一撃なんて、安全策を取るのなら受け止めるよか逃げた方が速かったしな……」

 

 ボクの言葉に素直に頷くジュン。ジュンの戦闘をすべて見られたわけではないので、あっちの状況は全く知らないけど、話を聞く限りでは順調そうに見えても危ない所はいくつかあったみたいだ。本当に相手が本調子でなくてよかった。

 

「私たちも見守ってたけど、凄いバトルだったもん。とても野生のポケモンとのバトルのようには見えなかった……」

「ここに来てからスイクンに巨人たち、それに3鳥と、伝説のポケモンと戦うことが多かったけど、どれとも毛色の違う戦い方だったわね。ユウリの言う通り、トレーナーのポケモン同士のバトルと言われても納得できる内容だったわ」

「やっぱり伝説はレベルが違うと。……そう考えると、ヒカリはよく勝てたとね……」

「わたしの場合はほら、4つ巴だったからすり抜けて戦えたもの。今回のような防衛線でもなかったから、周りを気にする必要もなかったしね?もし気にしなくていいのなら、フリア、あなたはまずやたら目ったらの方向に『ねらいうち』をしまくってたでしょ?」

「まぁね」

 

 レイスポスの目が見えていない以上、全力で戦うのならレイスポスにとって重要な情報の1つである聴覚をつぶすためにも、ねらいうちによっていろんなところで爆発を起こして妨害をすることは勿論考えた。けど、戦場が村の中だったため、その戦法を取らなかったからこそ、今回はブラッキーに攪乱をお願いしたわけだしね。そのあたりを理解しているヒカリから指摘があったので、ボクはそこに肯定で返す。

 

『全盛期ならともかく、力を失っている今ならその戦法は確実に刺さるであろうな。その考えにすぐ到達する思考の速度、見事である』

「ありがと。って、今はそれよりも話すことあるでしょ?」

『っと、そうであったな』

 

 ボクに対して賞賛を送るバドレックスを止めて本題を促す。褒められるのは嬉しいけど、ちょっとこそばゆいし、今はもっと大事なことがあるのでそちらを優先してもらおう。

 

『まずは改めて、此度はこの村、そしてヨの像を守るために奮闘してくれて感謝する。オヌシらが警戒したように、力が少なく、あの像に存在のほぼすべてをゆだねている現状、あの像を壊されてしまえば、いよいよヨは存在を保てなくなる。本当に助かったのである』

「おう!!気にすんな!!」

「困ったときはお互い様だからね」

 

 ボクとジュンの態度に、改めて嬉しそうに頭を下げたバドレックスは、そのまま次の話へと続けていく。

 

『本当ならヨが間に割って入るべきだったのだが……思念を飛ばして立ち去らせるのが限界であった……』

「最後大技を使って逃げたのは、バドレックスが先に思念を飛ばしたからだったのか」

「そこに関してはむしろ助けられたよ。ありがとね」

『お礼を言われるほどではない。レイスポスたちも聡い子ゆえ、思念を飛ばす必要もあまりなかったやも知れぬがな』

 

 あの視界も音も消えて何も確認できなかった瞬間に、どうやらバドレックスがレイスポスたちに思念を飛ばしてくれていたから、技が終わった後にレイスポスたちの姿が消えていたみたいだ。けど、バドレックスが遠回しにボクが立てた説もあっていると肯定してくれていた。こういうフォローもしっかりしてくれるところが、バドレックスが人に慕われてきた理由の1つな気もするね。ジュンの性格を図らずも考慮しているところも、ポイントが高くなっているところだ。

 

『しかし、思念を飛ばして引かせることが出来たとはいえ、やはり完全に御するには『キズナのタヅナ』の存在は欠かせぬな』

「『キズナのタヅナ』……フリアの読んだ本に書かれていた物ね……」

「確か、素材に愛馬の鬣が必要という話でしたね」

「だからこそ、タヅナよりもにんじんを優先したものね」

 

 バドレックスの言葉から話の内容は『キズナのタヅナ』の話へと移っていく。昼に話したばかりのその内容を、カトレアさんとコクランさん。そしてヒカリの言葉で振り返りながら、みんなが頭の中で情報を整理していく。

 

『にんじんが両方手に入った今、次に取り掛かるべきものはこの『キズナのタヅナ』を作るところであるな。しかし、先ほども述べたようタヅナを作るにはレイスポスとブリザポス、それぞれの鬣が必要……となると再びあやつらと対面しなければならぬ。次に対面した時は、間違いなくフリアとジュンのことは警戒しておるだろう。力を取り戻すために研鑽をする可能性もある。再び戦う時は強力になっているとみてよい』

「ただでさえあんな強さだったのに、そこから更に鬣を取って帰らないといけないってかなり難しかと……」

「それに、またどこに行ったかわかんなくなったからな。探すところからやりなおしだぞ……」

 

 次に必要なのは『キズナのタヅナ』。それには愛馬たちの鬣が必要となる。というのも、それぞれの愛馬を従えるのにそれぞれの鬣を使うようで、レイスポス用のタヅナにはレイスポスの、そしてブリザポス用にはブリザポスの鬣が必要となって来る。そのためどちらか片方から余分にとって、もう片方に流用するという手は使うことが出来ない。なので、次は正真正銘、彼らと真正面からぶつかって勝たないといけないのだけど……

 

「あれ、そういえば……」

 

 ここまで話をして、ふと村を復興する作業に取り掛かる前に、ボクが畑群の中心で見かけてカバンにしまったものが頭をよぎった。

 

「ねぇバドレックス。みてもらいたいものがあるんだけど……」

『何かあったのか?』

「えっとね……」

 

 思案顔を浮かべているバドレックスに声をかけながら、レイスポスとの戦いの後に拾ってカバンに入れた、例の繊維状のものを取り出してバドレックスに見せてみる。

 

『これは……!?』

「レイスポスたちとの戦いが終わった後に、畑群の真ん中に落ちていたから思わず拾ってみたんだけど……」

「薄い水色の繊維と、黒い繊維……もしかして!!」

 

 ボクの見せた2つの繊維の束。それを見たバドレックスとユウリが、驚きと喜びの混じったような声を上げる。

 

『まさしく!これがレイスポスとブリザポス、それぞれの鬣である!!それこそがタヅナに必要なものである!!』

「ってことは!愛馬たちをまた探す手間は省けたとね!!」

「あとはもう1つの素材を集めるだけね」

「もう1つの素材って何だっけ?」

 

 キズナのタヅナを作るには、愛馬たちの鬣ともう1つの素材を編み込む必要がある。そのもう1つ素材についての話をマリィとヒカリの話を引き継いだユウリがボクに向かって投げてきたので、ボクは本の内容を思い出しながらその素材を口に出す。

 

「確か……『かがやくはな』……だったかな?」

『『かがやくはな』……確かに、そういっておったな……』

「バドレックス……?」

 

 ボクがその名前を口にすると、しみじみと言った風に口を紡ぐバドレックス。その姿が少し気になったので、ボクはバドレックスの方に言葉を投げかける。すると、バドレックスは思い出したかのように言葉を漏らした。

 

『いや、ヨに対しても奉納がなくなってしまった理由が分かったのでな……』

「理由?」

「何か心当たりでも?」

 

 そんなバドレックスの反応に疑問を持ちながら、ホップとヒカリが問いかける。

 

『恥ずかしながら、ヨは昨日の話を聞くまで『キズナのタヅナ』がいかにして作られているのかを知らなかったのである。勿論、その素材についても同様である。レイスポスたちの鬣が必要なのは、村の者たちからお願いされていた故知ってはいたのだが、他に必要なものと作り方に関しては全くの無知であった』

「そうだったんだ……」

『今まで貰うことが当たり前だった故、そんなところまで深く考えることすらなかったのだ。しかし……そうか……あのタヅナ、『かがやくはな』が必要だったのだな』

「そういえば、その『かがやくはな』って何なんだ?正直聞いたことも見たこともない花なんだが……」

 

 バドレックスの独白についてボクが相打ちを打っている中、ジュンから質問が飛んでくる。それに対して、バドレックスが引き続き説明をしてくれた。

 

『『かがやくはな』というのは、ヨの力によって咲く花の名前である。オヌシたちも本で読んだであろう?『右の手をかざせば草花は生い茂り』……と』

「オレが読んだ本の内容だぞ!!確かにそんな文があったな!!」

「ってことは、花の方は特に意識して作ってたものではないって事?」

『そこに関しては否である。普通の花を咲かせるのであればそれで構わぬのだが、『かがやくはな』に関してはヨが多くの力を使わねば咲かぬものなのだ。主にお祝い事や、祭事、祭日にてヨが作っていた花であったのだが……よもやそれまで素材として作られていたとは思わなかった』

 

 バドレックスから聞いた話は、ホップの読んでいた本に裏付けされていたものだった。実際にはその時出てきた花とはちょっと違うらしいことがヒカリからの質問への返答によって分かったけど、本質的には同じらしく、バドレックスが力を籠めることによってつくることが出来るらしい。しかしここで気になることが1つ。そして、ボクと同じ疑問に辿り着いたコクランさんとカトレアさんから、バドレックスに向けてその気になることが投げられる。

 

「バドレックス様。『かがやくはな』についての詳細はよくわかりましたが……もしそれが事実なのだとしたら、その花はもしやすぐに手に入れることが出来ないのでは……?」

「あなたは今力を失っている……そしてただでさえ少ないその力を……にんじんを育てるという行為に消費している……今のあなたにその多くの力を使う花を……新たに生み出すだけの力はあるのかしら……?」

 

 その疑問の内容は、『今のバドレックスにその花を作るだけの力があるのか』という点だ。確かに、花をバドレックスが作ることが出来るのなら、素材に関しての問題はもうクリアしたも同然だ。ボクが読んだ限りでは、他に必要な道具や素材に特別なものが書いてあったという記憶もないし、手順も少し複雑ではあるけど、こういったことが得意なヒカリにお願いすれば、再現が可能なレベルではあることはヒカリ自身から聞いている。なので、『キズナのタヅナ』そのものを作ること自体はかなり現実味が帯びてきた。

 

 しかし、カトレアさんの言う通り、今のバドレックスは力の多くを失っている状態となっている。更に今日は既ににんじんを2つ種から成長させるために多くの力を使っているので、現状のバドレックスは更に力がない状態となってしまっている。となると、『かがやくはな』をそもそもつくられるかどうかが怪しくなってくる。今の質問で他のみんなもそのことに気づき、『あ……』と言った表情を浮かべ始める。

 

『その点においては大丈夫である』

 

 一方で、みんなから不安の視線を送られたバドレックスは、しかし特に不安げな表情を浮かべることなく、むしろ目を閉じ、落ち着いた状態で言葉を返しており、祈るように合わせられた手と、冠のような緑色の頭部が淡く青色に輝いていた。

 

「バドレックス……その光は……」

『うむ。どうやら先ほどレイスポスたちが暴れていた際、最後にヨが思念を飛ばしている姿を見ているものが何人かいたみたいでな……まだ完全にヨの存在を認知したわけではないが、少なくともヨへの感謝の念はあったみたいでな。それが力へと変換されてヨに還元されているらしい。おかげでヨの力も、わずかであるが戻っておる。これなら……1輪は無理としても、花びらを何枚か咲かせるくらいなら……『クラウス……ブルムス』ッ!!』

 

 その光を見てボクが言葉を漏らしていると、バドレックスがその光をだんだん強くさせながら、気合の入った掛け声とともに力を解放していく。すると、にんじんを作った時と同じような光が一瞬部屋全体に広がり、同時にわずかに地面が揺れるような感覚に襲われる。そのことにびっくりしてしまい、少しだけ目を瞑ってしまう。けど、青い光も一瞬で収まったので、程なくして目を開けてみると、バドレックスの掌には2片の花びらが青く輝きを放ちながら浮いていた。

 

『ヒカリよ……これを……』

「これが……『かがやくはな』……」

『1輪ではないため、正確には『かがやくはなびら』であるがな……っ!?』

「バドレックス!?」

 

 バドレックスによってつくられた花びらを受け取ったヒカリは、割れ物を扱うかのように丁寧な手つきでそれに触れる。と同時に、バドレックスの表情が一気に苦しそうなものへと変わったため、ボクたちは慌ててバドレックスに駆け寄る。

 

『フーッ……フーッ……わかっていはいたが、やはり今のヨではこれが限界であるな……』

「バドレックス様。お飲み物を……これで少しは落ち着くはずです」

『ありがたくいただこう……ヒカリよ。花びらはそれで足りるだろうか?』

「え、ええ。作り方を見る限り、タヅナを1つ作るのに花びらが1枚必要みたいだから、2つ分作るのに十分だとは思うけど……」

『それは僥倖……ではそれを用いて、是非とも『キズナのタヅナ』を作っていただきたい。……頼めるか?』

 

 コクランさんから紅茶を受け取ったバドレックスは、その紅茶を飲んで一息。落ち着いたところでヒカリに向き直り、タヅナの作成をお願いする。その時の視線が物凄く真摯で真っすぐで……

 

「……任せてちょうだい。完璧なものを仕上げるわ」

 

 その視線に、ヒカリも同じ熱意をもって頷き返す。

 

 初めて作るものだろうけど、ポケモンコンテスト用の衣装なども自分で手掛けるほどの器用な指先の持ち主であるヒカリなら、きっと満足のいくものを作り上げるだろう。その事を知っているバドレックスは満足そうに首を縦に振り、今度はみんなに向けて言葉を放つ。

 

『今日はもう遅い。ヒカリがタヅナを作る時間も必要。それにヨも、にんじん2つに『かがやくはなびら』2枚の作成、そしてレイスポスたちに思念を飛ばしたりと多量の力を使い疲れてしまった。本番であるレイスポスたちとの改めての相対に備え休んでおきたい。他に何も無ければ、ヨは解散と行きたいのだが……構わぬか?』

「うん。問題ないよ。みんなも、特に何も無いよね?」

 

 バドレックスからの意見とボクからの確認。その両方に特に言葉のないみんなは、無言にてこの声掛けに返答をする。誰も意見がないことを確認したバドレックスは、改めて首を縦に振りながら、ゆっくりと民宿の出口へと進んでいく。

 

『手綱ができるのが明日か、明後日か、はたまたもっと遠くかはヨはよく分からないが……時がきたらまた声をかけてくれるとありがたい。そして是非とも、ヨが力を取り戻す瞬間を見届けて欲しい』

「ええ。できる限り早く作り上げるから、それまでゆっくり休んでなさい」

「最後まで見届けるよ。手伝うって約束したからね!」

『……本当に感謝する。やはり、オヌシらに頼んで良かったぞ』

 

 扉に手をかけながらこちらを振り向き、嬉しそうな表情を浮かべるバドレックス。その姿がとても微笑ましく、声を返したヒカリとボクは勿論、他の人もみんな表情を柔らかくしていた。ジュンやホップに関しては、名残惜しさからさらに言葉を続ける始末だ。

 

「なぁなぁ、別に休むだけならこの民宿にいれば良くないか?」

「そうだぞ!民宿の方が暖かいし美味しいご飯もあるし、快適だぞ?」

『それは誠に魅力的な提案であるな。しかしヨは土着の王。故にヨにとって1番の快適は自然の中なのである。この民宿も、木製という点で言えば『自然の中』と定義することが出来るのだが……やはり1番は自然の中なのである。それゆえ、迅速な回復が必要な今回においては、心苦しいがオヌシらの提案は此度は断らせて頂こう。すまぬな』

「いや、理由がちゃんとあるならいいんだ。オレたちこそ悪かったぜ」

「オレも、わがままが混じってなかったと言えば嘘になるからな……すまなかったぞ……」

『なに、謝ることもない。オヌシらとの会話はヨも好きであるからな。ヨが力を取り戻し、余裕が生まれたその時はゆっくりと話し合おうぞ』

「「おう!!」」

 

 ジュンとホップとの会話を終えたバドレックスは、同時にゆっくり扉を開け、その身をもう夜になってしまったフリーズ村へと滑り込ませる。

 

『ではまた。失礼するのである』

「うん、またね!!」

 

 そしてひとまずの別れを告げたバドレックスは、ガチャンと言う音を立てながら扉を閉め、その姿を完全に消してしまう。

 

「さて、わたしはやることできたし、チャチャッと夕飯を作って準備に取り掛かろうかしら?」

「それなら、今宵もわたくしが料理を行いますよ」

「でも、昨日も任せてしまっているから……」

「いえいえ、お気になさらず」

「肉!!コクランさん!!今日はいろいろ動いたから肉が食いたいぜ!!」

「あんたはちょっとは遠慮を覚えなさい!!」

 

「……ふごっ!?あ、あれ……?また寝ちまったのか……?って村の復興はどうなったんだ!?」

「もう終わりましたよ。それよりも、今日はもう休むので部屋の掃除とかしましょう」

「今日はいろいろ動き回ったし、力仕事も多くて疲れたからな!!」

「しっかり休める準備も大事と」

 

 バドレックスがいなくなって、いつも通りの空気が民宿の中に戻って来る。それがどこか心地よくて、その様子を見ているだけで、不思議と肩の力は抜けていく。

 

 コクランさん、ヒカリ、ジュンの晩御飯のやり取りも、ピオニーさんとガラル組のやり取りも、それぞれがボクを日常へ引き戻してくれる、のんびりとしたやり取りだ。

 

「相変わらず騒がしいわね……」

「でも、嫌じゃないですよね?」

「ノーコメントよ……」

 

 そしてボクとカトレアさんの紅茶を飲みながらの雑談も、そんな日常の1つになっていた。

 

「……でも……伝説を追い続けて……心が疲れているというのであれば……あたくし相手で落ち着くのであれば……まぁ……付き合ってあげないこともないわ……」

「ふふ、ありがとうございます」

「……全く……別に構わないとは言ったけど……あまりあたくしに構うと……パートナーに嫉妬されるわよ……」

「パートナー?ヨノワールですか?あまりそういう感情を向けられたことはないですけど……」

「……何でもないわよ……忘れてちょうだい……」

「???」

 

 カトレアさんの言葉に首をかしげながらも、ひと時の休息を過ごすボク。その日常に帰ってきた感覚は、いつも以上にボクの心を落ち着かせてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




素材

実機ではバドレックスは、タヅナの素材を一切知らないのですが、さすがに鬣を手に入れっるルートが思いつかなかったので、この場では知っている状態に。花の方は相変わらずでしたが。

ヒカリ

実機ではタヅナはピオニーさんが作成しますが、この作品ではもっと適任がいますので、ヒカリさんにお願いしました。ヨロイ島辺からの貢献度が凄いですね。




もう少しで新しいアニポケが始まりますね。こちらはこちらで楽しみなので、ゆっくり待ちたいですね。






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185話

「これが……『キズナのタヅナ』……」

「光にかざすととっても綺麗……」

「ああ。青色に淡く輝く様も、そこはかとなくバドレックスの力を見てるみたいでいいな!!」

 

 ヒカリがバドレックスから『キズナのタヅナ』の作成を依頼されて2日後。朝起きて、ピオニーさんを招き入れ、いつも通りのんびりコクランさんお手製の朝食を摂っていたところに、ヒカリが達成感を携えた表情を浮かべながらリビングに降りてきていた。その様子からここにいるみんなが察し、すぐに駆け寄って進捗を聞く。すると、とても嬉しそうな表情を浮かべながら、ヒカリが2つの布を見せてくれた。それこそが『キズナのタヅナ』だった。

 

 完成した『キズナのタヅナ』を早速見せてもらったボクたちは、万が一壊れてしまわないように丁寧に触れながら、ヒカリが作成したそれに見とれていく。ゆっくりと持ち上げて、試しに部屋の明かりに透かせてみれば、タヅナは綺麗な薄い青色の光を放っているように見えた。その様がとても美しく、ボクとユウリは思わず声を漏らし、ホップはその光から一昨日のバドレックスの放った光を想起していた。ホップの言う通り、バドレックスの力を象徴していると言われても納得できる代物だ。

 

「これ、ほんとに凄か……」

「とてもじゃないが、花と鬣から作ったようには見えないよな……」

「わたし自身も初めて作るものだからなんとも言えないけど……うん。会心の出来だとは思っているわよ」

 

 続くマリィとジュンからの褒め言葉設けて、達成感を含んでいた顔にさらに喜びを混ぜていくヒカリ。会心の出来と思っていたものがここまで高評価されて嬉しそうだ。

 

「綺麗だけでなく……頑丈そうでもあるわね……ここで破ってしまいたくないから引っ張ったりはしないけど……それでもちょっとやそっとではこの布は裂かれることは無いわね……」

「本当に素晴らしいクオリティです。しかしこれだけのクオリティをこの短期間で仕上げるのは大変だったのでは?」

 

 その評価はボクたちだけではなく、こういったものに触れることの多いだろうカトレアさんとコクランさんもしていた。と同時に、短期間でこれだけのものを仕上げたことに少なくない心配の念を抱いているみたいだけど、それに対してヒカリは首を振り、動作でコクランさんの言葉を否定しながら返していく。

 

「確かに作業自体はとても複雑だったわ。とてもじゃないけど、ジュンのような人だと多分、一生かけても作れないレベルね」

「なぁ、ここでオレをディスる必要あったか?」

「けど複雑な分、鬣と花を織る回数自体は意外と少なかったのよ。その証拠がその布面積の少なさね。実際にそのタヅナ、長さはあるけど太くはないでしょ?」

「確かに……」

「いや聞けよ!!」

 

 ヒカリに言われて改めてタヅナを見てみるけど、確かに形状は細長いし、肝心の長さもボクたち人間が使うにしてはちょっと足りないようにも見える。おそらく、バドレックスが使うように、人間のそれと比べて少し短めに調整されているのだろう。

 

「織り方も複雑ではあるけど、この形状ならコツを掴んでしまえばあとは繰り返し作業。そこまで行けば作るのに苦労はしないわね。正直、コンテスト用の衣装を作る方が、布の面積や細かさも加味すると大変かも。だから思ったよりは疲れていないわね。コクランさんも、ご心配ありがとうございます」

「さすがね……」

「過ぎた言葉でしたか。失礼しました」

 

 なんでもないように喋るヒカリは、幼馴染のボクからしても嘘を言っているようには見えず、本当に疲れたり無茶をしたりはしていないんだなということがよく伝わった。そのことにカトレアさんは関心の言葉を漏らし、コクランさんは軽い謝罪を入れる。そんな2人の反応にヒカリは、少しだけ照れながら視線を逸らし、逃げるように話をずらす。

 

「それよりも、早くバドレックスに見せてあげましょ?きっと首をキリンリキ見たく長くして待っていると思うわ」

「珍しい……照れから逃げるヒカリなんて久しぶり見たかも……」

「明日は槍が降るのか?」

「ジュン、後で覚えてなさいよ……」

「なんでオレだけなんだよ!!」

「一言余計だからだよ……」

 

 相変わらずのジュンに思わず苦笑いを零すボク。ただ、今は優先するものが別にあるため、ボクにとってはに慣れたいつもどおりのやり取りをとりあえずおいておき、ヒカリの言う通り早くバドレックスに見せるためにさっそく外出の準備を行う。

 

「お、今日も探検に行くんだな!!しっかり冒険を楽しんでくれよな!!」

「あ、あはは……了解です~」

 

 そんなボクたちを見かけたピオニーさんが、いつもと同じくボクたちを送る言葉をかけてくれる。けど、この後バドレックスと出会い、いつものようにお話をすることを考えると、ピオニーさんとは別の形で再会するので、そのことを知っているピオニーさん以外のメンバーはさっきよりももっと大きい苦笑いを浮かべることとなる。

 

「んん?どうしたお前ら?オレの顔に何かついてんのか?」

「いえ、何でもないですよ。行ってきますね」

 

 そんなボクたちの様子を見て怪訝な表情を浮かべるピオニーさんだけど、正直に答えることはできないので、ちょっと強引にごまかして外へと出かけていく。

 

「ちと気になるが……まぁいいか!!行ってこい!!」

 

 何とか誤魔化しきったボクたちは、ピオニーさんの豪快な見送りを背に受けながら、民宿の扉を開けて外に出る。

 

「ふぃ~、やっぱり寒か~」

「けど心地いい寒さだよな!!今日も天気がいいから気持ちは楽だぜ」

「私はやっぱり寒いのは嫌かなぁ」

 

 外に出たボクたちを迎えたのは、地面の雪に反射してさらに輝いている朝のフリーズ村。白銀の世界であるその光景はマリィとジュンの言う通り寒いけど綺麗でどこか心地いい。もうカンムリ雪原に来て何日か滞在したおかげでこの厳しい寒さにも慣れ始め、周りを見る余裕が出来たことも、こんなことを感じた理由だろう。最も、寒さが嫌いなユウリだけは相変わらずの反応をしているけどね。

 

「さ、バドレックスの元に早く行きましょ」

「おう!……でも、バドレックスのやつ、今どこにいるんだ?」

「う~ん、そういえば確かに集合場所は決めてなかったよね」

 

 そんな感動的ながらも、ちょっと見なれてきたため少しだけドライな反応を示したヒカリは、目的を早く達成するべくみんなを促していく。しかし、その言葉に対して肝心のバドレックスの居場所を知らないことを思い出したホップとボクは、辺りを見渡しながら言葉をこぼす。みんなもそのことに気づき、「そういえば」といった表情を浮かべながら辺りを見渡したり、考え込むように顎に手を当てたりしていた。

 

 そんな中、ふと頭の中に何かが響く。

 

(む?ヨを探しておるのか?であるならば、ヨとオヌシらが初めて出会った場所にて落ち合うとしよう)

 

 それはバドレックスからのテレパシー。最近はピオニーさんを介して会話をしていたため、急に聞こえた声に少しだけびっくりしてしまうけど、直ぐに理解したボクはみんなに向き直る。

 

「バドレックス、ボクたちが最初に出会ったあの広場で待ってるって」

「……ああ!!今の声バドレックスのか!!」

「いきなり鳴き声が響いてびっくりしたと……」

「そういえば、何も無い状態でバドレックスの声を聞き取れるのって、ボクとカトレアさんだけだったね」

 

 ボクの言葉にみんなの反応が少し遅れていたから「一体どうしたんだろう?」と思ったけど、そういえばそうだったと理解した。いつかホップやマリィたちも、何も無くても会話ができるくらいバドレックスの力が戻ると嬉しいね。

 

 とにかく、バドレックス本人から集合場所を提示してもらったので、ボクたちは早速民宿近くの広場へとその足を動かしていく。距離自体はそんなに離れていないので、程なくしてたどり着いたその場所には、既にバドレックスが待機をしていた。

 

(待っておったぞ人の子よ。その様子だと……)

「ああストップストップバドレックス!!声!ボクにしか届いていないから!!」

(む?そういえばそうであったな。むぅ、やはり力が無いと不便であるな……むん!!)

 

 早速話を進めようとするバドレックスだけど、このままだとボクしか話を聞くことが出来ずに、ボクが永遠と通訳をすることとなってしまう。流石にそれが続くとなると、ボクもバドレックスも色々と疲れてしまうので、やっぱりバドレックスの言葉をちゃんと人の言葉として発することの出来る媒体……っていうと、まるでピオニーさんを物みたいに扱っているような気がするのでちょっといやだけど、とにかくそういった存在が必要だ。バドレックスもそれはしっかりとわかっているので、ボクたちがさっき出てきた民宿のドアを、バドレックスがサイコキネシスで動かした木で軽くノックをする。すると、民宿の中からドタドタという音が鳴り響き、程なくして弾かれるようにドアが開かれる。

 

「シャクちゃんか!?帰ってきてくれt……」

 

(すまないが、今一度身体を借りるぞ!!)

 

「てょわわわぁ~ん……」

 

 中から飛び出してきたのは当然ピオニーさん。シロナさんは未だに研究に集中しているし、カトレアさんはそもそもテレパスの内容を人の言葉として理解している。そうなればコクランさんは何が起こるのかをカトレアさん経由で知ることが出来るので、当然コクランさんも動かない。となれば、ピオニーさんが出てくるのは必然だ。そんなまんまとおびき寄せられたピオニーさんは、外に出た瞬間にバドレックスによってキャッチされ、いつものてょわった姿となってしまう。

 

「……やっぱりだんだんかわいそうに感じてきた」

「私も……どうしようもないとはいえ、なんかね……」

『ヨもできればこんな手は取りたくないのだがな……もう少しの辛抱故、耐えて欲しい』

 

 ここまで綺麗につられてしまうピオニーさんに、どんどん悲しい気持ちが募り始めていく。ユウリもボクの意見に賛同しており、バドレックスも思うところがあるみたいで苦い反応をしているけど、バドレックス本人が言う通り、彼が力を取り戻すまではどうしようもない。ただ、その時もあと少しだと思うので、ピオニーさんにはあとちょっとだけ頑張ってもらいたい。

 

 ちなみに、マリィ、ジュンあたりはやっぱりこの姿がツボみたいで、けど流石に慣れてはきたみたいなのか、声を漏らすことはないけど必死にこらえている表情を浮かべていた。……いや、途中で噴き出してるからやっぱり耐えれていないね。

 

『してフリアよ。ヨを呼んでいるような気がしたのだが……』

「あ、そうそう!!バドレックス!!『キズナのタヅナ』が完成したよ!!」

『誠であるか!?』

「ヒカリが頑張って作ってくれたんだ!!」

「あまり持ち上げないでよ。わたしにできることをしただけよ」

 

 笑いを堪えきれていないメンバーはとりあえず放置して、バドレックスに向けて本題を話す。カバンの中に入れていた『キズナのタヅナ』を取り出して、バドレックスの前に2本ともたらして見せる。その際、ユウリがまるで自分のことのように嬉しそうに紹介をし、その姿にヒカリが照れながら言葉を返していく。

 

 素直で真っすぐなユウリと、自分に正直ではあるけど、どちらかというと他人を引っ張りまわす側のヒカリの組み合わせは、こうしてみると案外面白い組み合わせなのかもしれない。

 

『うむ……この手触り。この光沢。何よりタヅナより伝わるこの感覚……間違いない。これこそ『キズナのタヅナ』である。嬉しく、そして懐かしい……』

 

 ボクの手元から2つのタヅナを受け取り、両方をじっくりと見つめるバドレックス。その表情はとても穏やかで、とても嬉しそうで……まるで久しぶりに親友と出会ったかのような、懐かしむ雰囲気を感じた。

 

『このタヅナをもって、再び野を掛けられる可能性がある……それが現実味を帯びてきただけで、ヨは本当にたまらないのである』

 

 本当に嬉しそうにそうつぶやくバドレックスは、見ているこちらまでもが幸せになるほどだ。さっきまでユウリの純粋な言葉に照れていたヒカリも、この表情の前ではごまかすこともやめ、素直に嬉しそうな表情を向けていた。

 

 そんな少しふわふわした、穏やかな時間が流れていたけど、これはあくまでもスタートライン。大事なのはここからだ。もう少し感傷に浸っていたそうなバドレックスを止めるのは少し忍びないけど、本題に入らせていただこう。

 

「で、バドレックス。これでにんじんと『キズナのタヅナ』がそろったわけだけど……」

「肝心の愛馬たちが今どこにいるのかは、また1から探し直しだよな」

「近くに入ると思うから、また一昨日みたいにポケモンたち総出で探してもらうか?」

『いや、それには及ばぬ』

 

 ボク、ホップ、ジュンの3人で、この先のこと……具体的に言うと愛馬の捜索方法について話し合っていると、バドレックスから待ったの声がかかる。一瞬その意味が分からず、思わず首をかしげてしまう。勿論、ホップとジュンも同じ考えだったので、ボクより先に口を開いて疑問を投げかけた。

 

「及ばないってどういうことだ?」

「愛馬を見つけないと先に進めなくないか?」

『ヨが身体を休めている2日間、何もしなかったとでも?』

「「……成程ね」」

 

 そんなジュンとホップに対して、若干のどや顔を決めながら口を開くバドレックス。その様子からいろいろ察したヒカリとボクは、思わず口をそろえて言葉を零す。

 

『ブリザポス。そしてレイスポスは、このカンムリ雪原の北側に位置する『カンムリ神殿』という場所を根城にしているのである』

「休んでいる間に位置を探ってくれてたのか!!……でも、どうやって探したんだ?」

『身体を休めたこと。認知されたことによって力が戻ったこと。そして何より、愛馬たちがヨを思い出したことが重なって、ヨは愛馬たちとの繋がりをかすかに感じ取ることが出来たのだ。そこから今のアヤツらの居場所を探知したというわけである』

 

 ボクとヒカリの声に小さく頷いたバドレックスは、そのまま状況を説明。それに対してホップが首をかしげるものの、バドレックスが更に説明を重ねることで、みんながバドレックスの言葉に納得した。しかし、ここに来てもう1つの疑問が浮かび上がる。

 

「でも、2人そろって同じ場所にいると?フリーズ村であんなにバトルしてたから、てっきり別々の場所にいると思ってたと……」

「確かに……そこは気になるね……」

 

 それはレイスポスとブリザポスが同じところにいるという事。マリィが代表して口を開き、それにユウリが続いた。この謎はバドレックスも抱いていたみたいで、ボクたちと同じように考え込む様子を見せた。

 

『そこに関してはヨも不思議である。ヨと会う前から仲が悪かった両者故、ヨと繋がっていない今、例えヨのことを思い出したとしても、アヤツらが一緒にいる理由はないはず。いや……』

 

 そこまで話したバドレックスはその顔を下に向け、更に考え込むように言葉を零す。

 

『もしかして、ヨの言葉を聞いて昔を思い出し、アヤツらもヨとの思い出に浸って……いや、まさかな……』

 

 自分の中で答えを出したかのような言葉を落とすも、すぐに首を振って否定するバドレックス。バドレックスの独白を聞いたせいか、少しだけ空気がしんみりしたものの、それを振り払うかのようにバドレックスが口を開いたので、ボクたちも意識を切り替える。聞きたいことはあるけど、それは移動しながらでも聴けるしね。

 

『ともかく、まずはカンムリ神殿へ向かおうぞ。場所は北の山の山頂……ここから見えるあの枯れ木が目印であるな』

 

 バドレックスにつられて北に目を向けると、確かにここからでも見えるくらい大きな枯れ木が見えた。

 

『行き方はヨたちが『つめたいにんじん』を育てた場所から更に先に進むだけである。とはいうが、それでもちょっとした登山となる。オヌシら、準備はよいな?』

「「「「「「勿論!!」」」」」」

 

 バドレックスの言葉に頷いたボクたちは、愛馬たちと再び相まみえるため、カンムリ神殿へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今ヨたちが向かっている『カンムリ神殿』は、昔ヨたちが共に過ごしていた場所なのだ。……昔の嫌な事を思い出してしまう故、ヨの足が向くことはなかったがな……』

「成程、昔のバドレックスのお家みたいな所だったんだね」

 

 バドレックスとてょわっているピオニーさんを先頭にしてカンムリ神殿へと足を動かしていくボクたち。その間、バドレックスから昔話を聴き、相槌を打ちながら『頂への雪道』と呼ばれる所をゆっくりと進んでいく。

 

 頂への雪道。

 

 つめたいにんじんを手に入れた『雪中渓谷』から頂に向けて登山していき、途中にある『登頂トンネル』を抜けた先にある一本道の名称で、ここに来るまで複雑で急斜面などが目立っていた道と比べると、比較的緩やかな傾斜をした登山道だ。雪が降り積もっているのはもちろんのこと、そこに雪で化粧された木が乱立する姿はとても幻想的で、ここからダイ木を見下ろした先に見える壮大な景色と相まって、もしここが認知されていたら、間違いなく人気スポットになっているだろうと思えるほどの素敵な場所だった。枯れ木の間を踊るように飛びながら、氷の鱗粉を撒くモスノウたちも、この景色と相まって1つの芸術のようだ。この寒ささえ我慢できれば、間違いなく好きな場所になると思う。

 

『うむ。人の子がヨのために建ててくれたので、ありがたく住まわせていただいていたのだ。やはり、拠点というものはあれば安心できるうえ、一番身体を休めることが出来るのでな』

「でも、力を養うには自然が一番なんだろ?実際一昨日もそれを理由にして一旦別れたわけだしな」

「確かに……これだとバドレックスの話にちょっと矛盾が出来ちゃう……?」

 

 バドレックスがこれから向かう『カンムリ神殿』について説明しているところで、ホップから疑問を投げられ、それに追従する形でユウリも言葉を落とす。確かに、一昨日の行動と矛盾しているように感じたけど、これに対してバドレックスは、さも何事もないかのように答える。

 

『確かにそう聞こえるやもしれぬが……忘れておるかもしれぬが、ヨは土着の王であり、人の信仰を力の源としているのである。今は人がヨを覚えていないゆえ力が出ぬが、人がヨを覚え、称え、崇めるほど逆に力がみなぎるのである。しからば、その信仰の象徴であるこの神殿は、村にある像と同じく、ヨの力の源になりえる建物なのである。故に、ヨを象徴するこの建物は、自然以上にヨの力をためる場所にはうってつけの場所なのである』

「成程……シンオウ地方で言う祠とか神社のような役割なのかな……?」

「ああ、カンナギタウンに似たようなのがあったっけな」

『ほう、そちらの地方にも似たような役割を持つ建造物があるという事か……大変興味深い。ヨも見てみたいのである』

「なら、どこかのタイミングでシロナさんに声をかけてみましょうか。あの人カンナギタウンの出身だし、いろいろお話が聞けると思うわよ」

 

 バドレックスの話に、ボク、ジュン、ヒカリが乗っかっていく。

 

 シンオウ地方とガラル地方。見た目や伝説の内容は違えども、風習や人とポケモンの関係にどこか近しいものを感じるあたり、根幹の部分は一緒なんだなということがよく分かる瞬間だった。これから向かう場所も、『神殿』という言葉にすると仰々しく感じるものの、『バドレックスの昔のお家』や、『バドレックスを祀る神社』という言い方をすれば、幾分かリラックスした気持ちで臨めそうだ。

 

『シンオウ地方の歴史……まこと興味深くあるな……だが、昔話に花を咲かせるのは一旦やめるとしよう』

 

 お互いの文化に対して盛り上がる空気を止めるバドレックス。しかし、その話題転換に文句を言う人はいない。

 

 なぜなら、目的の場所が目の前に迫ってきたから。

 

 バドレックスの言葉と同時に、足元も雪道から石階段に変わり始めていた。

 

 見える景色も、綺麗な景色から立派な石造りの建物へと変わっていく。

 

『オヌシらよ……準備良いな?』

「「「「「「……うん!」」」」」」

 

 バドレックスの力を取り戻す旅。その最終章の会場へと、ボクたちは進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作成期間

実機だとピオニーさんが一瞬で作りましたが、実際はかなりの器用さと技術が必要みたいなので、少しだけ期間を延ばしました。おかげでヒカリさんの体力は思ったよりは消費されていません。

神殿

テンガン山、やりのはしらも同じような作りですけど、フリアさんが音ぞれた時には壊れてますからね。それよりかは、カンナギタウンの祠などの方がイメージしやすいかと。一応、シンオウ地方は北海道を、ガラル地方はイギリスをモデルにしているので、それぞれの地域では神社と神殿という形になるのでは?という意図もあったり。




バドレックスのお話もいよいよ終盤ですね。






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186話

今回はお知らせがあります。


「これが『カンムリ神殿』……」

『うむ。遥か昔、ヨとレイスポス、ブリザポスが共に過ごし、長い時を過ごした思い出の場所である』

 

 頂への雪道を歩ききったボクたちの目の前には、大きく立派でいて、しかし長い年月をかけて風化してしまった石造りの神殿がそびえたっていた。

 

 カンムリ神殿

 

 カンムリ雪原北部の山奥に位置するこの神殿は、ここに来る途中に寄った巨人の寝床にある石碑や、バドレックス本人の話によると、当時村の作物を食い荒らしていたレイスポス、及びブリザポスを服従させたバドレックスを称えた人間が、神木の苗木を囲うようにして建てたのがこの神殿だという。フリーズ村からも存在が確認できたあの大きな枯れ木がその神木だね。その大きさは近くに寄ることでますます実感することとなり、さすがにダイ木ほど大きいというわけではないけど、少なくとも神殿の2倍以上の高さはあることが確認できた。

 

 風化しているとはいえ、言う程ボロボロににはなっておらず、いまだにその荘厳さにてこちらを待ち構えて来る神殿の様は、雪によってうっすらと視界が悪くなっているところも相まって、寂しさと同時に神聖さも醸し出していた。

 

「話に聞いていた通りかなり風化している建物だけど……凄く綺麗だね」

「『昔に建てられた』っていうけど、巨人の伝説と言い、この神殿と言い、当時のカンムリ雪原の住民の建築技術の凄さがうかがえるわね……」

「なんだか、見ているだけで圧倒されそうと……」

 

 女性陣は、そんな見た目から感じ取った感想を思うままに口にしていく。別に会話を交わしているというわけではなく、それぞれが思わずと言った風に口を開いているけど、聞いている側としてはお互いに感想を言い合っているようにも見えた。

 

「この中にレイスポスとブリザポスがいるんだな……!!」

「さて……何が起きるか、楽しみだぜ!!」

 

 一方男性陣は、この中にいるであろう愛馬たちへと意識を向けている。これからこの神殿にいると思われる愛馬たちとバトルが起きるのか、はたまた別の何かが起きるのか、それはまだわからないけど、とりあえずこの2人が闘う気満々だというのは伝わってきた。些か早とちりしすぎな気もしなくはないのだけど、やる気がある分には構わないので放っておくとしよう。

 

『いよいよであるな』

「うん。慎重に行こう。大丈夫。バドレックスならできるよ」

『……そうであるな』

 

 そしてバドレックス。

 

 神殿を見つめるバドレックスは、少し緊張した面持ちで神殿を見つめていた。そんな彼を応援する言葉をかけると、ほんの少し、表情が綻んだ気がした。これで緊張がほぐれてくれるといいのだけど……。

 

『では、入るぞ』

 

 バドレックスの言葉に無言で頷き、先頭を進んで行くバドレックスに続いて行く。

 

 風化したからなのか、はたまたもともとそういう設計なのかはわからないけど、扉のない入口をくぐったボクたちは、いよいよ神殿の中へと足を踏み入れる。

 

 神殿の中は大きく2つのエリアに分かれており、その2つのエリアを階段によって真ん中で区切られている。

 

 階段を境に手前側は、入口から階段に向けて真っすぐ石畳の道が続いており、左右は土の地面に何本かの枯れ木が生えている状態となっていた。そして階段を上った奥側。こちらは手前側と違い、石畳の道はなくなっており、地面のほぼすべてが土となっている。一部黒い正方形の床があるけど、これについては素人目ではよくわからないので今は置いておこう。

 

 この奥側でまず目につくのが、この空間の一番奥にそびえたつ1本の大木だ。先ほども言った神木の苗木が成長し、そして枯れた姿。まるで神殿への来客を見下ろすかのように出迎えてくれたその木は、枯れているはずなのにどこか強い生命力を感じる。

 

 そして奥側にあるもう1つの目を引くもの。それが、階段を上ってすぐの左手に建てられた小さな小屋だ。

 

 その中には藁の束が敷かれていた。その姿は、ターフタウンで見かけた農業用に連れているポケモンを休める場所に似ており、これ単体で見ると普通だけど、神殿にあるものとしてはちょっとミスマッチなように見える。恐らくはレイスポスとブリザポスの寝床のような役割の場所なんだろうけどね。

 

 神木が高く成長している兼ね合い上、屋根が存在しないこの神殿はあまり建物の中という感じがしないけど、唯一屋根のあるこの小屋の下だけは落ち着いて身体を休めそうな気がした。そう考えると、この小屋はかなり大事なのかもしれない。

 

 神殿の中を説明するとこんな感じだろうか。先ほども言った通り屋根がない建物なので、あまり屋内という感覚がしないこの神殿。中に入ったボクたちを待ち受けているのはこれらの景色だったけど、逆に言えば、この景色しか目に入ることはなかった。

 

「……いないね」

『外出しているさなかであったか……』

 

 ボクとバドレックスが言うように、今この神殿にレイスポスとブリザポスの姿はない。もしかしたら、好物の匂いを探して走り回っているのかもしれない。

 

「う〜ん……藁を触っても冷たさしか感じないわね……最近までここにいたかどうかも分からないわ……」

「っていうか、霊体と氷の身体ってそもそも体温しっかりあるのか?」

「……それもそうね」

 

 ヒカリが小屋の中にある、寝床に使っていたと思われる藁に触れて、最近までここにいたという痕跡を探ろうとしてみるけど、ホップのツッコミ通り、彼らに高い体温があるとはとても思えないのですぐに断念。他にも、足跡などで何か分かることはないかと周りを散策してみるけど、特にそういった類のものは、逆に多すぎてあてにならなかった。

 

 探しても見つからないことと、どこに行ったか分からないことから、またフリーズ村を襲っているのでは?なんて嫌な想像が膨らんでしまい、少しだけ焦りそうになってしまう。

 

『大丈夫なのである』

 

 そんなボクたちの心境を察したバドレックスは、ボクたちに一言告げ、その身体を淡く青色に光らせる。

 

『確かにアヤツらは今近くにはおらぬ。しかし、同時にフリーズ村にも行ってはおらぬ』

「レイスポスたちの位置がわかるの?」

『何となく、ではあるがな』

 

 ユウリからの問いに答えたバドレックスが、ゆっくりと身体の光を消し、ボクたちの方へと視線を向ける。

 

『今は大体巨人の寝床と雪中渓谷の狭間くらいであるな。おそらく1番好物の匂いが残っていた所を探っておったのだろう。村の方には好物がないのが分かっているゆえ、今も襲おうとは思っていないみたいであるな。フリアとジュンに簡単には勝てないということを理解しているのも、あまり行こうとしない理由やもしれぬ』

「ほっ……それなら良かったと」

「さすがに今村に行かれたらやばいもんな」

 

 バドレックスの言葉にとりあえず安心といった表情を浮かべるマリィとジュン。ボクたちも、言葉こそ残していないけど、同じように一息ついていた。しかし、あまり悠長なことをしている余裕もない。そこを理解しているバドレックスはすぐに言葉を続ける。

 

『だがいつアヤツらの気分が変わるかは分からぬ。すぐに取り掛かるに越したことはないであろう』

 

 バドレックスの言葉に頷くボクたちは、改めて気を引きしめる。

 

『ヒカリよ。にんじんはあるな?』

「ええ。ここにしっかり」

 

 バドレックスに声をかけられたヒカリは、頷きながらカバンからにんじんを取りだす。つめたいにんじんとくろいにんじん。どちらもヒカリが管理していたと言うだけあって、新鮮な状態をある程度保たれた状態となっていた。

 

『うむ。それをアヤツらの寝床の横にあるカゴの中に入れて欲しいのである。それでにんじんの匂いを漂わせ、レイスポスたちをおびき寄せるのである』

「このカゴね。……カゴが2つあるのだけど、どちらがどちらのカゴとかあるのかしら?」

『ふむ……特に気にしなかったであるな……それに、例えちゃんと決まっていたとしても、さすがにヨもそこまでは覚えておらぬ。少し不安ではあるが、ヒカリの采配に委ねるぞ』

「わかったわ」

 

 つめたいにんじんとくろいにんじんを抱えたヒカリは、小屋の端に備えられているカゴの前に辿り着く。けど、カゴが2つあり、どちらがどちらのカゴかがわからない。バドレックスもここまでは覚えていないようで、判断をヒカリに委ねると、委ねられたヒカリはカゴ近くの地面を観察し始める。

 

「そうねぇ……地面のへこみが激しいこっちがブリザポスのカゴとでも予想しようかしら?」

 

 片方のカゴは綺麗だけど、もう片方のカゴは地面が凸凹していた。愛馬たちの足跡自体はフリーズ村についていた物から判別できたため、そこからどっちがどっちのカゴかをそれとなく予想したヒカリが、凹凸の酷い方につめたいにんじんを、綺麗な方にくろいにんじんをセットしてこちらに帰って来る。

 

「置いてきたわよ。こんな感じでいいかしら?」

『うむ。問題ない。さぁ、あとはじっくり待つとしようぞ』

「と言ってもどこで待つんだ?さすがにここだとバレバレだと思うぞ……?」

『神木の根の影に隠れるのである。あれだけ成長した根であれば、死角も多分にある。ここにいるものたちが身を隠す余裕は十分にあろう』

「成程……じゃあ早く動くぞ!」

 

 ヒカリが合流したところで、あとはひたすら待つだけの状態となったボクたちは、ホップからの質問に対して、バドレックスが返答しながら紹介してくれた場所に移動して、その身を隠していく。場所で言えば、にんじんが置かれている場所が階段を上ってから左側手前の位置だとすれば、今のボクたちの位置は対角線の右奥側だ。ここまで離れて、且つ物陰に隠れていれば、見つかることはないだろう。……レイスポスの索敵はちょっと不安だけど、どちらにせよ今のボクたちにできることはじっとしているだけだ。

 

 しいて問題をあげるとすれば、今ボクたちがいるのは極寒の山の頂だという事。正直、身体を温めることの出来ないこの制止の時間が一番きつかったりする。

 

「うぅ……いい隠れ場だとは思うけど……やっぱり寒い……」

「ユウリ、大丈夫?コクランさんから温まる飲み物貰ってるから、よかったら飲んで」

「ありがとフリア……」

 

 そうなればこちらで一番被害が出るのはユウリだ。すぐさまカバンから魔法瓶を取り出し、ユウリに飲ませてあげながら、少しでも温まればと思い、身体をさすって温めてあげる。

 

「ふぅ……少しはましになったかも……」

「ならよかった。魔法瓶はもう一つ貰ってるから、安心していいからね」

「うぅ……本当にありがとう~……」

 

「……あれで付き合ってないの?っていうか、フリアってあんな子だった……?」

「ヒカリから見ても異常なんね……あたしがおかしいわけじゃなくてよかったと……」

『あの2人は誠に仲が良いな。良きことである』

 

 ユウリを元気づけている間に、かすかに何か聞こえてきた気がするけど、それ以上にユウリの体調が心配なので今はスルーしておこう。……いや、物凄く気にはなるし、なんかもやっとするけど……うん今はこれでいい気がする。

 

「それにしても、ここを根城にするってことは、やっぱりバドレックスとの思い出に浸りたかったのか?」

「可能性はありそうだよな」

『そこに関しては……おそらく違うであろうな……』

 

 そんなボクたちのやり取りにあまり興味を持っていなさそうなホップとジュンは、愛馬たちへと話の内容を移していく。なぜわざわざここを根城に選んだのか。そのことが気になったホップとジュンは妄想を膨らませていくけど、バドレックスはこれを否定する。

 

『アヤツらはフリーズ村での一幕で、確かにヨの言葉に一瞬耳を傾けてくれた。しかし、そのあと力を失ったヨの姿を見て侮りを始めたのだろう。一種の下剋上のつもりなのだろうな』

「そういう事か……だったら、しっかりと見返してやらないとな!!」

「おう!!次こそはしっかりと決着をつけてやるぜ!!」

 

 バドレックスの言葉にさらにやる気を滾らせるホップとジュン。特にジュンは、フリーズ村での戦いが中途半端だったせいで不完全燃焼ということもあり、余計にやる気を募らせていた。勿論、ジュンと同じ立場であるボクも、少しだけ決着をつけたいという気持ちはあるため、気合は十分だ。けど、バドレックスは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべながらボクたちの方を向いてきた。

 

『意気込んでいるうえ、ヨからのお願いでここまでついてきてもらって悪いのだが……やはり最後の仕上げはヨに任せてほしいのである』

「うぇ!?なんで!?」

 

 当然この発言に驚きの表情を見せるジュン。あれだけ意気込んでいたし、ここに来るまでもこちらに準備を問うてきたから、こちらはすっかりやる気だったのだ。そんな時にこんなことを言われてしまえば、誰だってこのような反応になってしまう。そんなジュンに対して、少し目を垂れさせながら、しかしはっきりとした口調で、バドレックスは言葉を続ける。

 

『落ち着くのである。ちゃんと理由はある。1つ。アヤツらは気位の高いポケモン。故に、アヤツらよりも力が上であることを証明せねばならぬ。だのに、オヌシらに押さえてもらったところをヨがいいとこどりしても意味がない。きっと、今はよくてもすぐに離れてしまう。ならば、やはりここはヨが自力で、このタヅナを用いて従えないと意味がない気がするのである』

「確かに……一理あるね……」

 

 まずはひとつ目の理由。それに対してある程度納得してしまい、ボクは思わず声を漏らすと同時に、バドレックスの手元に握られた2つのタヅナに視線が行く。

 

『そして2つ目。先ほどアヤツらは気位の高いポケモンと言ったが、同時に脅威となるものには自ら近づかぬ慎重さも兼ね備えておる。荒くれ者ではあるが、愚者ではないのだ。特に、フリーズ村で一度闘い、そして勝てない相手と理解しているフリアとジュンに対しては、ますますの警戒を持っていると予想できる。となると、オヌシらが出るよりもヨが単独で近づいた方が警戒心を保たれない可能性がある』

「……」

 

 そのまま告げられる2つ目の理由。それを聞いたジュンは、すっかり口を閉ざしてしまう。その様がいつもの彼らしくなく、バドレックスもついつい不安そうな表情を浮かべてしまう。

 

『以上の理由から、誠に勝手とわかっておるが、それでもヨに託して欲しい。……よいか?』

 

 それでもここは譲りたくないと声をかけるバドレックス。そんな彼に、ジュンは伏せた顔を一気に持ち上げ、バドレックスの手を握る。

 

「良いも何も、バドレックスの想い、確かに感じたぜ!!そういう事ならオレはしっかり見守る!!頑張れよ!!」

『ジュン……感謝する!』

 

 ジュンからの返答は完璧な肯定。その返答が嬉しかったのか、バドレックスも笑顔で頷く。

 

 少し荒れそうな空気が漂ったけど、これなら安心そうだ。

 

「さて、そうと決まったならそろそろ静かにするわよ。あまりうるさくして隠れている場所がばれたら元も子もないからね」

『っと、それもそうであるな。オヌシら……』

「「「「「……」」」」」

 

 バドレックスの言葉に無言で頷き、ボクたちは木の根に隠れて小屋のカゴと神殿の入り口に視線を向ける。

 

 声を殺して入口を見張ること数十分。思ったよりも少し時間がかかったところで、ボクたちの耳元に鈴の鳴るような軽い音と、地響きがしそうなほど重い音が聞こえる。

 

(……来た)

 

 その2つの特徴的な足音の持ち主は、ボクたちの目的のポケモンであるレイスポスとブリザポスだ。彼ら2人はゆったりとした動作にて神殿の中に戻ってきて、自身の寝床である階段の上の小屋の方へと歩いていく。

 

「クロォース?」

「シロォース?」

 

 すると2人は、小屋の中にあるあるものに視線を奪われる。言わずもがな、ヒカリがセットしたにんじんだ。

 

「クロォース!」

「シロォース!」

 

 いきなり現れた好物にテンションの上昇を隠せない彼らは、高く嘶きながらにんじんの入ったカゴへと走り出す。

 

『かかった……ここからは集中するゆえ、身体操作も切る。ピオニーの介抱、頼んだぞ』

 

 そういうや否や、ボクたちからの返事を聞く前に光を失ったピオニーさんが、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。それを慌てて受け止めたジュンとホップは、ゆっくりとその身体を木の根にもたれ掛かるように寝かせる。この間にも愛馬たちは、好物を目の前に嬉しそうにしながら、ついに口をにんじんにつけた。

 

 にんじんに集中している今こそが、絶好のチャンスだ。

 

(ゆくぞ!!)

(頑張って……!!)

 

 ピオニーさんを介していないため、頭の中に直接響く形となったバドレックスの声に心の中で返す。この言葉に小さく頷きを返してくれたバドレックスは、意を決して愛馬たちに向けて身体を飛び出させる。

 

「クロ!?」

 

 その行動に一番最初に気づいたのは、周りの情報収集に視覚を使わないレイスポス。好物の匂いに気を取られていたせいで反応こそ遅れてしまったものの、持ち前の素早さをもって素早くバドレックスから距離を取る。これに対しバドレックスは、レイスポスに対してアクションを行うことは不可能だとすぐに判断し、目標をブリザポスへとむける。

 

「シロッ!?」

「カムゥッ!!」

 

 レイスポスが逃げたことによってようやくバドレックスが近づいてきたことに気づいたブリザポスは、レイスポスに続くように逃げようと動き出す。しかし、レイスポスに比べて素早さがかなり低いブリザポスは、そのまま逃げ切ることは出来ずに背中にバドレックスを乗せてしまう。

 

「シロォース!!」

「カム……クラウゥ……ッ!!」

 

 背中に乗ったバドレックスを振り落とそうと必死に身体を振り回すブリザポス。対するバドレックスは、手に握った『キズナのタヅナ』をブリザポスの口に引っ掛けようと動かしていく。

 

「クロ……」

 

 お互いのしたいことを必死に貫こうとする姿に、レイスポスはどうすればいいのかわからなくなっており、その動きを止めている。これなら今のバドレックスを邪魔されることはないだろう。

 

 バドレックスの手に持つタヅナが、少しずつブリザポスの口に回っていく。

 

「行ける……!!」

「あとちょっと……!!」

「頑張れ!!」

「ふがっ!?……なんだぁ?ドタドタとド・うるせぇぞ……ってなんじゃこりゃぁ!?」

 

 ボクとユウリ、そしてホップで声をあげながら応援しているところに、ようやく意識を取り戻したピオニーさんが、今の現状に驚いて声を上げる。しかし状況はそれどころではないので、残念ながら今はピオニーさんの方に意識を向けている暇はない。こんなことをしている間も、バドレックスの持つタヅナは、ブリザポスの口に入っていく。そして……

 

「……ムゥ!!」

 

 バドレックスが声をあげると同時に、タヅナへと力を注いでいく。すると、バドレックスの手元からブリザポスの口元へと青色の光が伝っていき、そのままブリザポスとバドレックスの身体がまぶしく輝きだす。その輝きに視界を奪われ、少しの間目を瞑ってしまうけど、程なくして視界は元に戻り、ボクたちの前に神殿の風景が戻って来る。けど、視界が戻った後の神殿は、とある存在のおかげで別の空気をはらんでいた。

 

 その風景の真ん中に立つのは、ブリザポスを完全に従えたバドレックス。

 

「カム……クラウン……」

「シロォス……」

 

 感慨深そうに呟く両者は、おそらく昔のようにお互いを支え合う主従関係に今、戻った。

 

「クロ……」

 

 さっきまで一緒に謀反を起こしていた仲間が急に寝返ってしまったことに対して、思わず声を零すレイスポス。そんな彼が後ずさりしながらその様を眺めていると、昔の力の一端を取り戻したバドレックスがゆっくりと右手をレイスポスへとむける。それはまるで、『お前もこちらに戻って来い』と言っているような気がして。

 

「クロォース!!」

 

 しかし、これに対してレイスポスは最後の抵抗とばかりにシャドーボールを繰り出していく。黒い球の流星群は、バドレックスを仕留めるために猛進していく。

 

「クラウ、カム!!」

「シロォ!!」

 

 対するバドレックスは、ブリザポスと共に声を上げながら周りに氷を出現させる。それは、ジュンと戦っていた時の物と似ているようでその実、まるで槍のようにさらに鋭く冷たくなっていた。当時に比べ、威力が明らかに上がっているのが対峙しなくてもよく分かる。

 

「カム……」

 

 バドレックスの周りに浮かぶ無数の氷槍が、バドレックスの振り下ろされた右手を合図に、レイスポスに向かって飛来する。

 

「クロッ!?」

 

 レイスポスのシャドーボールのすべてを弾いた氷槍は、そのままレイスポスの足元に突き刺さり、レイスポスの足を止めてしまう。そして……

 

(……レイスポスよ。またヨと共に野を駆けようぞ)

 

 足を止められたレイスポスに、バドレックスからそっと、2本目の『キズナのタヅナ』がひっかけられた。

 

 その時放たれた青色の光は、地面に突き刺さる氷槍に反射して、思わず見とれてしまう程綺麗な姿をしており……

 

 

「カムゥ!!」

「クロォース!!」

 

 

 その様は、王の帰還を祝福しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カゴ

2人いるので2つ分。足跡に関しても自己流ですね。だってブリザポスの体重、800キロですし……

バドレックス

やはり従える瞬間は一人で頑張ってもらいたく、この流れに。バドレックスが従え、某勇者のようなポーズを取る瞬間って凄くかっこいいですよね。私は鳥肌が立つくらい見とれてました。

王の帰還

某ゲームの九州の王を見たせいか、少しうつってますね。それだけ衝撃が凄かったです。




前書きで言っていたお知らせですが、次の投稿予定日である4/22から少しだけ私情により時間が取れない可能性が高いです。そのため、次話投稿が遅れます。26までには出そうと思いますので、ご了承くださいませ。

新アニポケ、なかなか興味を惹かれてしまいました。サトシさんのいない寂しさはありますが、これからどうなるのかのワクワクも同時にあるので、ゆっくり楽しもうと思います。






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187話

お休み失礼しました。再開しますね。


 レイスポスの口元に2本目の『キズナのタヅナ』を咥えさせることに成功したバドレックスは、ブリザポスの時と同じように青色の光を散らせながら、レイスポスとの繋がりも構築していく。

 

「……あぁ、実に懐かしいな」

「「「「「「!?」」」」」」

 

 そしてその光が収まり、レイスポスにまたがるバドレックスがゆっくりと天を仰いだ時。バドレックスの口が動くと同時に、ボクたちの耳にはっきりと声が届いた。

 

「レイスポスの滑らかな毛並みも、ブリザポスの少し冷たいこの毛並みも、何もかもが懐かしや。長かった……ようやく、昔のものが帰ってき始めた……誠に嬉しや嬉しや……」

「バドレックス……声が……!!」

 

 それはバドレックスが、ボクたちが理解できる言葉を話している証だった。今までは頭の中で響く言葉として、それもボクとカトレアさん以外は意味のわからない鳴き声としてしか受け取ることにできなかったそれを、今ははっきりと意味のわかる言葉として受け取ることが出来る。そのことに感動しながら言葉を零したボクの反応に、バドレックスもようやく話が出来ていることに気付き、慌ててこちらに確認を取ってくる。

 

「そういえば……オヌシら!!今ヨは、ちゃんと伝わる声で話せておるか!?」

「ああ、バッチリ聞こえるぜ!!」

「ピオニーさんを介さなくても、バドレックスの声をちゃんと聞けてるよ!!」

「そうか……そうか……!!」

 

 その確認にホップとユウリが嬉しそうに返事を返すことで、ようやく不自由なく会話ができることに対して安堵の言葉をこぼすバドレックス。その表情はとても嬉しそうで、ともすれば、感動によって今すぐにでも泣いてしまいそうなほど、感極まった態度をとっていた。

 

「本当に良かったと」

「そうね。この姿を見たら、手伝ってよかったって本当に思えるわね。お疲れ様、バドレックス」

「だな。……バドレックス!!おめでとうだぜ!!」

「うむ……本当に良かったのである」

 

 その姿を見て、今回の目的を達成できたことを改めて実感したマリィ、ヒカリ、ジュンはバドレックスに労いの言葉をかけていく。目元を拭いながら答えるバドレックスを見ていると、こちらも思わずつられてしまいそうだ。

 

「な……なんじゃこりゃあ!?頭デケェし乗ってるし、なんか白黒だぁ!?おいおい、これはどういうことなんだ!?」

「そういえば、ピオニーさんはずっと操られていたもんね」

「後で詳しく説明してあげると。今はこの子が、ピオニーさんの持ってきた『豊穣の王の伝説』ってことを知ってたらよかと」

「なにぃ!?この頭のデケェやつがか!?」

 

 一方で、バドレックスと初めてこうして会話するピオニーさんは、今更な反応を示しながら声を荒らげる。確かにピオニーさんの視点で見ればこのような態度は理解できるけど、今はバドレックスとの話に集中していたい。幸い、ピオニーさんに対してはユウリとマリィが色々話してくれているので、ここは彼女に任せて、ボクたちはこのまま会話を続けさせてもらおう。

 

「どうやら愛馬を両方従え、ヨに力が戻ったおかげで人の言葉を話せるようになったみたいであるな」

「なんか、ちょっと不思議な感覚だね」

「今までピオニーさんの口からきいてたものね」

「これでピオニーさんが操られることがなくなったわけだよな!」

 

 ボク、ヒカリ、ジュンの3人で、バドレックスの喋り方に新鮮さを感じていく。今までがちょっと変わった聞き方をしていたせいか、これがバドレックスの本来の喋り方だとしても、慣れるのには少し時間がかかりそうだ。

 

「ヨの声に慣れぬのなら、再び操って声を聞かせてもよいのであるが?」

「そ、それはピオニーさんがかわいそうだからやめてあげて?」

「フフ……わかっているのである」

 

 ブリザポスから降り、2人の愛馬を従えながらボクたちの近くへ来たバドレックスは、少しいたずらな笑みを浮かべながらこちらへ来た。

 

(バドレックス……こんな表情も浮かべるんだね……)

 

 その表情は、ボクたちが出会ってすぐの頃ではとてもじゃないけど浮かべることの無かったはずの表情だった。力を取り戻したことによって、精神的の余裕が出てきた結果なのかもしれないね。

 

「さて、オヌシらよ。改めて礼を言おう。オヌシらのおかげで愛馬は戻り、全盛期の頃とまではいかなくとも、かなりの力を蘇らせることに成功した。全てをなくし、孤独の淵にいたヨを、オヌシらは掬いあげてくれたのだ。感謝してもしきれぬ」

「困ったときはお互い様だよ」

「ああそうだぞ!何度も言わせんなって!」

 

 改めて頭を下げてきたバドレックスに対して、ボクとホップで言葉を返していく。ホップの言う通り、このやり取りは何度もしたやり取りだ。だから今のバドレックスには、ボクたちに気にせずもっと喜んでほしい。

 

「とはいうものの、やはり大きな借りではある。故に、何かお返しがしたいのであるが……」

「もう、律義なんだから……」

「王たるもの、借りたものを借りっぱなしでは、面目が立たんのでな」

 

 けど、バドレックスにはバドレックスの仁義があるようで、こればかりは譲れるものではないらしい。そこまで言うなら、あまり否定しても可愛そうだし、バドレックスの好意を棒に振ることとなる。素直に受け取っておくとしよう。

 

「しかし、オヌシらに返せるものがぱっと思いつかぬのも事実……オヌシらの趣味や目的がてんでバラバラ故、これというものがないのである」

 

 とはいったものの、どうもバドレックスも具体的な内容は思いついていないらしい。確かに、ここにいる面子全員を満足させるものとなるとかなりジャンルが広い。勿論、全員にそれぞれ満足いくものをプレゼントするとかすれば間違いはないのだけど、それはいくら何でもバドレックスへの負担が大きい。

 

「何か簡単なものがあればいいんだけど……」

「そうねぇ……」

「……ふむ。ではこうしよう」

 

 ユウリとヒカリも特に何も思いつかないみたいでウンウンうなっていると、バドレックスが何かを思いついたかのような声を漏らす。

 

「オヌシらよ。ヨと戦ってみぬか?」

「「「「「「え?」」」」」」

 

 その提案はまさかのバドレックスとの戦闘というものだった。

 

「話を聞くに、オヌシらの大半は今この地で行われている大会の参加者と聞く。その場で鎬を削るというのであれば、大会に対しての練習期間が必要のはずである。しかし、その貴重な時間をヨの力を取り戻すための時間に使わせてしまった。なら、その時間を取り戻すことこそが、オヌシらに対するお返しと判断したのだが……いかがであるか?」

「それは……」

 

 バドレックスが言いたいことは何となく理解することはできた。けど、力を取り戻したばかりという不安定な状況で、いきなりそんなことをしてもいいのだろうか?たった今レイスポスたちを従えるのに力を使ったばかりということを考えても、少し思うところがあるのだけど……なんてことを考えていると、その考えを理解したうえでバドレックスが言葉を続けている。

 

「むしろ、力を取り戻してすぐだからこそ、少し闘わせてほしいのである。これはオヌシたちへの恩返しであるとともに、ヨの力の感覚を取り戻すための試運転だと取ってもらっても構わぬ」

「成程、そういう事か……」

 

 追加の言葉でようやくバドレックスのしたいことの全部が見えてきたため、思わず声を漏らす。

 

 ようやく戻ってきた力。けど、久しぶりの力すぎて、まだうまく扱える自信が今のバドレックスには存在しない。下手をしたら加減を間違えてしまうけど、実力が保証されているボクたち相手なら安心して戦える。だからこその、この提案という事なのだろう。

 

「バドレックス……いいんだな……!!」

「あとでやっぱダメって言われても……止まらないぞ……!!」

 

 伝説とのバトル。そう聞いて嬉しそうな表情を浮かべるのはホップとジュン。バトルすることが大好きな2人はとても前向きな反応を示していた。特にジュンの方は、ブリザポスとの再戦を止められてしまっていたので余計に嬉しい提案なのだろう。今にもボールに手をかけてバトルできる状態となっていた。

 

「う~ん、意見は分かったけど……」

「ほんとに大丈夫と……?」

「心配の方が流石に強いわよ?」

 

 一方で女性陣は未だに乗り気ではない。特に、大会に参加していないヒカリは全くと言っていいほどメリットがないため、バドレックスへの心配に思考が振り切れているようだ。それに対して、バドレックスは次の返答を返す。

 

「もしヨに勝つことが出来れば、オヌシたちの手伝いも全力でするとしよう。ユウリとマリィに対しては、バトルの相手やいろいろな相談を、ヒカリに対しては野菜の無償提供であるな。力が戻った今、豊穣の力も存分に扱える故、料理好きのヒカリに手を貸せると思うのだが……」

「野菜の……無償提供……!?」

 

 バドレックスの提案でヒカリの目の色が変わる。

 

 カンムリ雪原に来て、あまり食材が潤沢ではないということもあり、少し料理の時に窮屈な思いをしていたヒカリにとって、この提案はまさに天からの啓示なようなもの。今まで抑制されていたこともあって、ヒカリのやる気が一気に跳ね上がる。と同時に、ヒカリの料理を更に食べられると分かったユウリも同じように燃え上がっていた。

 

「フリア!!絶対に勝つわよ!!」

「ヒカリの美味しい料理が食べられるのなら、私も頑張るよ!!」

「うわぁ、分かりやすい」

「これはもう止められなさそうとね。ま、あたしはあたしで頑張らせてもらうと!」

 

 2人の後ろに炎が幻視できるほどやる気を滾らせている姿に、ついつい苦笑いを零してしまうボクとマリィ。こうなってしまったからにはもう止める人はいない。マリィはマリィで、ジムチャレンジの参加者ということもあり、なんだかんだ伝説とのバトルを楽しみにしている節があったので、すぐさま意識を切り替えて準備を始めていく。

 

「さて、あとはオヌシだけだが……?どうする、フリア?」

「……そんなの、決まってるでしょ!」

 

 準備を終えたみんなからの視線を受け、そしてバドレックスからの質問を受けながら、ボクは腰のボールを1つ取って、それを真正面のバドレックスに構える。

 

 ボクだって、レイスポスとのバトルをお預けされているんだ。不完全燃焼感は否めなかったので、この申し出はありがたい。バドレックスがいいというのなら、喜んでその勝負を受けるだけだ。

 

「うむ。みな合意と見てよいな?」

 

 バドレックスからの最後の確認作業に頷くボクたち。この中で唯一動けていないのは、いまだに現状を把握し切れていないピオニーさんだけだ。

 

「こ、これは何が起きてんだ?なんか話的にバトルが始まりそうな流れになってるが……それでいいのか?」

「うむ。これよりヨとフリアたちでバトルを行う。それに際しピオニーよ。オヌシに審判を頼みたいのだが、問題はあるか?」

「オレが審判!?そうか……」

 

 そんなピオニーさんを審判役に任命するバドレックス。一から説明するのも時間がかかってしまうので、端的に説明を終えたバドレックスだけど、それに対してピオニーさんは一瞬考えるしぐさを見せるけど、すぐに表情を切り替える。

 

「おっし、何が何だかわかんねぇけど、とにかく任せろ!!なんかお面白そうだし、しっかりと勤めさせてもらうぜ!!」

「うむ、感謝する」

 

 経験からくる切り替えの早さなのか、はたまた何も考えていないのか。どちらかはわかんないけど、とりあえず今の状況に適応を見せたピオニーさんが、ボクたちとバドレックスから離れながらも、両者の真ん中に位置するような場所に移動していく。

 

「では始めるとしようか」

「うん……あ、使うポケモンはそれぞれ1人の方がいい?」

「そうであるな。さすがのヨも力を取り戻してすぐの今、41ものポケモンとのバトルはきついのでな」

「うん。わかった」

 

 最後にバドレックスとバトルのルールを決めて、ボクたち全員がポケモンを1人選んで構えを取る。

 

「みんな、行くよ!!」

「「「うん!!」」」

「「ああ!!」」

「来い!!人の子よ!!」

 

 

バドレックスが 現れた!

 

 

 力を取り戻し、威厳を取り戻した豊穣の王が、ボクたちの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い、エルレイド!!」

「エルッ!!」

「行くぞ、レイスポス!!ブリザポス!!」

「バクロォース!!」

「バシロォース!!」

 

 ボクが繰り出したポケモンはエルレイド。両肘の刃を伸ばしながら高らかに声を上げるエルレイドは、目の前でブリザポスに乗りながら、2人の愛馬に指示を出すバドレックスをじっと見つめる。

 

「行くよ、タイレーツ!!」

「頼むぜアーマーガア!!」

「行くと!ズルズキン!!」

「行くぜギャロップ!!」

「やるわよエテボース!!」

 

 ボクとバドレックスの準備が出来たのに続いて、ユウリ、ホップ、マリィ、ジュン、ヒカリの順でポケモンを繰り出していく。本当なら再戦の意味も合わせて、ボクはインテレオンを、ジュンはヘラクロスを選択することも考えたのだけど、防御力が厚くなりがち且つ、現在バドレックスが乗っているのがブリザポスであるということを念頭に置いてこのチョイスをしたという形だ。ジュンに関しては、そのあとのレイスポスにも戦えるという意味でギャロップを選出していそうだけどね。ヘラクロスの得意技は両方レイスポスには通らないし。

 

「では手始めに……レイスポス!『シャドーボール』!!ブリザポスは『つららおとし』である!!」

「クロォース!!」

「シロォース!!」

 

 バドレックスの合図をもとに、黒い球と氷の槍が射出される。さらに、この攻撃に合わせてバドレックス自身がサイコキネシスを打つことによって、三位一体の攻撃となった。

 

「エルレイド!!『つじぎり』!!」

「エテボース!!『アイアンテール』!!」

 

 その攻撃に対し、まずはエルレイドとエテボースが弾速のあるシャドーボールを弾くために前に出て技を振るう。

 

「アーマーガア!!『はがねのつばさ』!!」

「タイレーツ!!『インファイト』!!」

「ギャロップ!!『フレアドライブ』!!」

 

 続いて飛んでくる氷の槍に対しては、こおりタイプに強い技ですべてを打ち消す。シャドーボールと比べ質量がある攻撃なため、こちらはさっきよりも1人多いメンバーで対処する。そして最後のサイコキネシスは……

 

「ズルズキン!!前に出ると!!」

 

 あくタイプを含むズルズキンが前に出ることによって、タイプ相性で打ち消していく。

 

「ふむ。流石のコンビネーションである」

「攻めるよ!!」

「アーマーガア!!」

「ギャロップ!!」

 

 ボクたちの動きを冷静分析するバドレックス。さっき言った通り、今の行動はバドレックスにとって小手調べという事だろう。力の使い方を振り返るためにはわからなくはない行動だけど、申し訳ないけどこちらは最初から全力だ。ボクの言葉を合図にホップとジュンが指示を出し、ギャロップとアーマーガアが前に走り出す。

 

「クロォース!!」

「ギャロップ!!『スマートホーン』!!」

「アーマーガア!!『はがねのつばさ』!!」

 

 これに対してレイスポスが前に出てシャドーボールをばらまき始めるが、はがねのつばさとスマートホーンを連続で繰り出し、飛んでくるシャドーボールに何度もぶつけることによって爆発音を発生させ、攻撃を防ぎながらレイスポスの動きをそいでいく。

 

「ブリザポス!!」

「シロォース!!」

 

 これに対し、ブリザポスがつららおとしにて援護を開始。アーマーガアとギャロップの上空から氷の柱が現れ、次々と落下をはじめる。

 

「エテボース!!『ダブルアタック』!!」

「ズルズキン!!『ドレインパンチ』!!」

 

 だけどこの氷の柱は、マリィとヒカリの援護によって全て砕かれる。

 

「エルレイド!!」

「タイレーツ!!」

 

 バドレックスからの小手調べを弾いてすぐに行われるアーマーガアたちと愛馬たちによる攻防。この隙を見逃さず前に走り出すのはエルレイドとタイレーツ。2人の視線は、バドレックス……ではなく、彼が乗っているブリザポスに向かっていた。

 

(愛馬と一緒にいることによって力を増すのであれば、まずは足を担っているブリザポスから仕留める!!)

 

「エルレイド!!『せいなるつるぎ』!!」

「タイレーツ!!『インファイト』!!」

 

 つららおとしをしたばかりで明確な隙が出来たブリザポスに肉薄したエルレイドとタイレーツは、ばつぐんの技を叩き込むべく力を込めて全力で腕を振り切る。

 

「良き狙いと連携である」

 

 ボクたちの動きに感嘆の声を漏らすバドレックスだけど、その言葉に反応する余裕はない。そのままエルレイドとタイレーツの技を見守っていると、ブリザポスの懐に入り込んだ両者の技が、ブリザポスに吸い込まれるように飛んでいく。

 

「おし、入るぜ!!」

「まずは一発!!」

 

 まずはファーストヒット。それを確信したジュンとボクが声を出す。

 

「久しぶり故少し不安だが……うむ、できそうであるな……カムゥ!!」

 

 しかし、エルレイドたちの技は、()()()()()()()()()()()()()()

 

「「なっ!?」」

「エルッ!?」

「ヘイッ!?」

 

 バドレックスが何かをしたせいか、どうやらブリザポスとレイスポスの場所が入れ替わったらしく、バドレックスはいつの間にかレイスポスに跨っていた。そのせいでかくとうタイプの技であるエルレイドたちの技は、ゴーストタイプの身体をすり抜けて不発に終わってしまう。急に起こったその現象にボクたちは驚きの声を隠せず、そのまま少し固まってしまった。当然そんな隙を逃すバドレックスではない。

 

「やるぞレイスポスよ!!『アストラルビット』である!!」

「バクロォースッ!!」

 

 バドレックスの掛け声に反応したレイスポスは、周りにシャドーボールのような黒い球体を出現させる。それは大きさこそ野球ボールほどのものだけど、フリーズ村で見たシャドーボールよりもはるかに威力が高いことが、見た目でわかるほどには力が凝縮されていた。そんな黒い球体に、今度はバドレックスが力を注ぐことによって、その威力と色をさらに深くしていく。

 

 あれはやばい。

 

「エルレイド!!バック!!」

「タイレーツ!!下がって!!」

 

 すぐさまその結論に至ったボクとユウリは慌てて後退を指示。しかし、ブリザポスを倒すために大振りになっていたせいか、すぐに身体を動かせる状況にない。

 

「アーマーガア!!『ひかりのかべ』だぞ!!」

 

 エルレイドとタイレーツの状況がまずいと判断したホップがすかさずフォロー。翼をはためかせ、両者の中間に飛び込んだアーマーガアが、ひかりのかべの展開をギリギリ間に合わせる。

 

「この一撃、オヌシらに受け止められるかな?」

「ガァッ!?」

「アーマーガア!?」

 

 しかし、放たれたアストラルビットの威力がとてつもなく高いため、受け止めるために展開されたひかりのかべを一瞬のうちに破壊し、その後ろに隠れていた3人に直撃してしまう。

 

「エルレイド!!大丈夫!?」

「エ……エルッ!!」

 

 幸い、ひかりのかべで威力が下がってくれたことと、その際に起きた僅かな時間のおかげで防御行動を取る事は出来たため何とか致命傷こそ避けたものの、決して少なくないダメージを負ってしまった。それはタイレーツとアーマーガアも同じらしく、2人とも戦闘状態こそ解除していないものの、その表情はかなり険しくなっていた。

 

「ほう、余裕を持って耐えるのであるな……かなり本気で打ち込んだのであるが……」

「この耐えで『余裕を持って』って言われるのかよ……」

 

 バドレックスの呟きに、悪態をつくように吐き捨てるホップ。正直ボクも同じ気持ちだ。一撃でこれほどの被害を生んでおきながらこう言われるのは、さすがに気持ち的に来るものがある。

 

「エテボース!!『ダブルアタック』!!」

「ズルズキン!!『かみくだく』!!」

 

 しかしやられてばかりのこちらでは無い。今の隙に走り込んでいたエテボースとズルズキンが、いつの間にかバドレックスの後ろに回り込んで技を発動していた。今度は愛馬ではなく、その上に跨るバドレックスを標的としている。

 

「速い!」

「足がダメなら頭よ!!」

「いただくと!!」

 

 完全に死角を取った鋭い一撃。そんじょそこらの相手なら間違いなくここで決まる連携。

 

「だが、まだ反応できるのである!!」

 

 だけど、やはりこの攻撃も届かない。

 

「今度はバドレックスが消えた!?」

「いや違う!ブリザポスの上に戻っていると!!」

 

 さっきまでレイスポスの上にいたはずなのに、エテボースたちの攻撃が当たる時には、レイスポスと位置を入れ替えていたはずのブリザポスの上にバドレックスが移動していた。

 

「次はブリザポス!行くぞ、『ブリザードランス』!!」

「バシロォース!!」

 

 先ほど行われたレイスポスとの連携の対を成すように、今度はブリザポスとの連携技を構えるバドレックス。ブリザポスが嘶きながら地面を踏みしめると、地面から氷が突き出し始め、先ほど攻撃を空ぶったエテボースとズルズキンをがっしりと固めてしまう。

 

「受け取るがいい!!」

 

 固まったエテボースたちはバドレックスにとっては格好の的。そのまま右手にブリザポスのつららを集中させ、自身の力を注入。一本の巨大な氷の槍を完成させたバドレックスは、サイコキネシスによる斥力を重ねながらその槍をエテボースたちに向けて投擲した。

 

「エテボースたちを助けるぞ!!ギャロップ!!『フレアドライブ』!!」

「グロォーッ!!」

 

 このままだとまずいと判断したジュンが、すかさず炎を纏いながらエテボースたちへタックル。エテボースたちを閉じ込めていた氷を、槍が到達する前に何とか溶かし切って、ズルズキンを背中に、そしてエテボースの尻尾を口に咥えながら、ギャロップが猛ダッシュを行って攻撃範囲から逃れていく。

 

「助かったわジュン」

「ありがと」

「気にすんな!それよりも……やっぱ強ぇな……」

 

 ヒカリとマリィの言葉に返しながら額の汗を拭うジュンに、ボクたちは頷きで返す。

 

「ふむ、やはり慣れ親しんだ技は身体が覚えているものであるな……さぁ、人の子よ、どうする?」

 

 バドレックスの言葉を聞きながら、ボクたちは仕切り直すように自分の下に仲間を戻し、場はいったんの仕切り直しとなる。けど、ボクたちの顔は一様に険しく、ただひたすらにバドレックスから発せられる圧に半歩だけ下がっていた。

 

(攻撃の後隙はちゃんとある。けど、その隙をあの瞬間移動のせいで消されているから攻撃が当たらない……でも、バドレックスはテレポートはできないはず。もしそれが可能なら、タヅナを引っかけるのだってもっと簡単なはずなのだから……ってコトは、何かこの瞬間移動にはからくりがある……ってことだよね?)

 

「オヌシらの本気。ヨに見せてみるがよい!!」

「バクロォース!!」

「バシロォース!!」

「「「「「「絶対に負けない!!」」」」」」

 

 それでも、ボクたちの闘志は全く消えていない。

 

(そのからくり……絶対に見破る……!!)

 

 ボクたちの豊穣の王とのバトルは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






実機ではこの時点で全盛期に戻っているらしいですが、個人的には愛馬を片方戻した時点で全盛期というのは少し気になったところがあるのでこの形にしました。この作品では、これでもなお全盛期ではないあたり、全盛期は更にやばそうですね。



力が上がったことに伴って、普通にしゃべられるようにもなっています。これは力が増えたこともそうですが、バドレックスの過去と思われる話に、『人語を解しそれを諌めると言った』という文言があったので、『昔は喋ることが出来たのでは?』と思いこの形に。やはり言葉を喋るポケモンは、少し特別感がありますよね。

瞬間移動

結論を言えば、バドレックスが覚える技より考えています。ただし、フリアさんが言う通りバドレックスはテレポートは覚えません。ではどの技でしょうか?




ようやくかけたバドレックス戦。愛馬を両方出した理由が少しずつ明かされていますね。私個人としても、ようやく話せるという気持ちです。






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188話

「畳み掛けるのである!!」

「バシロォース!!」

「跳んで逃げるよ!!」

 

 仕切り直からまず動いたのはバドレックス。再び地面を踏み鳴らしていくブリザポスの姿を見たボクたちは、氷に閉じ込められないように空中に飛び上がり、地面から生えてきた氷を避けていく。

 

「レイスポス!!」

「バクロォース!!」

 

 飛び上がったみんなを見たバドレックスは、すかさずレイスポスに指示を出すと、空中にいるみんなに向かってシャドーボールをばら撒き始める。当然空中ではできる動きに制限があるため、避けることが出来ないほとんどのポケモンは技をぶつけることで何とか相殺していく。

 

「アーマーガア!!行け!!」

「エテボース!!構えなさい!!」

 

 そんな中でも、空中で動けるアーマーガアと、タイプ相性上そもそも攻撃を受けないエテボースはそのままレイスポスへと突っ込みながら技を構える。

 

「させぬ!」

 

 そんな両者へ、今度はバドレックスから緑色のエネルギー弾……おそらく、エナジーボールと思われる攻撃が飛んでいく。

 

「『はがねのつばさ』!!」

 

 自分たちの動きを邪魔してきたその球は、しかしアーマーガアが鋼鉄の翼で野球よろしく打ち返すことで、むしろこちらの攻撃へと利用させてもらう。この反撃に、バドレックスはすかさずブリザポスに指示を出して氷の盾を作ることで対処されてしまうけど、おかげでレイスポスを守る行動は少しの間取れなくなった。

 

「今よエテボース!!『アイアンテール』!!」

「エポッ!!」

 

 ようやく作り上げられたレイスポスとのタイマン状態。短い時間だけど、このチャンスを生かすために、エテボースが尻尾を鈍色に光らせながら乱舞していく。

 

「クロォースッ!!」

 

 だけどレイスポスだって伝説のポケモン。タイマンが弱い訳では無い。身体の周りに浮かせたシャドーボールを巧みに操り、時には前見せたように、蹄や口元に構えた状態でエテボースの尻尾にぶつけ、攻撃を逸らしていく。現に今も、十字を刻むように振るわれたエテボースの尻尾に対して、その中心点にシャドーボールを放つことで攻撃を弾き、生まれた隙をついてレイスポスが180°向きを反転。後ろ足を振り上げてにどげりを行い、エテボースに叩きつける。

 

「威力は無いけど、動きが上手い……やるわね……」

 

 特殊主体のレイスポスのにどげりはあくまでも近接を拒否するための技だから、こうかばつぐんだったとしても痛くは無いため、エテボースは特に大きなダメージを負った様子は無い。しかし、距離は取られてしまった。

 

「シロォースッ!!」

「またっ!?」

 

 距離がはなれ、ゆっくりとエテボースが着地したと同時に、目の前に入れ替わって現れた()()()()()がいななき、つららを飛ばしてくる。

 

「タイレーツ!!」

「ズルズキン!!」

 

 そのつららに対して、エテボースを守るようにタイレーツとズルズキンが前に出る。そして、そんな攻防戦を繰り広げているところに、レイスポスに乗ったバドレックスが攻撃を加え、そこにエルレイドとギャロップも加わって、再び6対3の攻防戦へと舞台が移っていった。

 

「くっそ~……いいところまでは詰められても、最後の最後でいつも瞬間移動されるぞ……」

「レイスポスとブリザポスが入れ替わったり、バドレックスが乗っている場所が変わったり……うが~!!目がぐるぐるする!!」

 

 此方の攻撃が届かない現状をじれったく感じたホップとジュンが、声を荒げながら戦況を見つめている。いつもならこの行動を収めようとする女性陣も今回ばかりは焦りが前に出ているのか、少し険しい顔を浮かべていた。

 

 このままでは、翻弄されたまま終わってしまう。現に、今もレイスポスに乗ったバドレックスを攻撃しようと、アーマーガアとズルズキン、エテボースが前に出たところで、レイスポスがその場に残ったままバドレックスがブリザポスの上に瞬間移動をし、ブリザードランスを構えているところだった。この攻撃に対してはエルレイドとギャロップが、それぞれせいなるつるぎとフレアドライブを行うことで牽制をし、引かせることで事なきを得たけど、このままではいつこちらのリズムが崩れてもおかしくはない。

 

(ブリザポスとレイスポスの位置が入れ替わったり、バドレックスが2人の愛馬の上を瞬間移動したりする……でもテレポートではない……う~ん……心当たり自体は1つだけ確かにある……けど、それだとバドレックスだけが瞬間移動している説明がつかない……)

 

 そんな中でも……いや、そんな中だからこそ、ボクが落ち着きを失ったら一瞬で負けてしまうため、ボクは周りをなだめるよりもいち早くバドレックスの動きを見極めるためにとにかく観察をしていた。

 

 答えの予想自体はおおよそのものがある。けど確信がない。だからそのピースを埋めるためにも、とにかくじっと見つめていく。

 

「エテボース!!『ダブルアタック』!!」

「アーマーガア!!『ドリルくちばし』!!」

「ズルズキン!!『かみくだく』!!」

「ムゥ!!」

 

 そんなことを考えている間にも、レイスポスの上に乗っているバドレックスを狙って攻撃していたら、バドレックスが移動してブリザポスの上に移っており、3人の攻撃がからぶっていた。

 

「また!!」

「あんな風に好き勝手飛ばれたら無理だぞ!?」

「でも、バドレックスを止めない限りあの移動法はなくならか!!」

 

 その様子にまた声をあげるヒカリとホップとマリィ。確かにこうもバドレックスに自在に逃げられたら、彼に攻撃するなんて出来ない。このテレポートじみた事をしているのは確かにバドレックスだ。けど、肝心の彼を殴ろうとすると逃げられてしまうから止めることが出来ない。じゃあバトレックスを無視するのかと言われると、愛馬の方もテレポートじみた行動で逃げられるからやっぱり攻撃できない。

 

 敵は攻撃できるのに、こちらは攻撃できない。そんな一方的な関係を早くどうにかしないと、本当に何も出来ずに終わってしまう。けど、そんな攻防の中にも気になる点はいくつかある。

 

(やっぱり、バドレックスがテレポートが使えないのは本当だ。豊穣の力が戻ってもそこに変化はない。だって、本当に瞬間移動が自由にできるのなら、レイスポスとブリザポスを入れ替える必要がない)

 

 入れ替わることによって、ブリザポスへのかくとう技をレイスポスで透かすという、凄く映える行動をしているのは確かにわかるんだけど、本当に安パイを取るのなら、そもそもブリザポスだけを攻撃の当たらないところに移動させた方がよっぽど安心だし、ボクならそうする。けど、今までそういった方面でのテレポートは一回も見ていない。必ずレイスポスとブリザポスを入れ替えることでしか使用していない。これに対しての解答は正直思いついてはいる。しかしこのままでは、今度はバドレックスだけがテレポートしている件についての説明が出来ない。だから……

 

(あと一回だけ、観察したい)

 

「ジュン、少し付き合って」

「フリア、その表情は……いや、分かったぜ!」

 

 ボクの言葉に察してくれたジュンが、さっきまでの苛立ちを募らせた表情から一転させ、嬉しそうな表情を浮かべながらボクの横に並んでくれる。そんなボクとジュンのやり取りをしっかりと横目で確認したヒカリも、ゆっくりとこちらに並んできた。

 

「わたしも何かすることあるかしら?」

「ヒカリ……うん。ヒカリも、ついてきてくれると嬉しい」

「わかったわ」

 

 特に深く聞くこともなく頷いてくれる2人には感謝しかない。このあたりは長く一緒に旅をしてきた経験によるものだ。けど、ユウリたちだってそこは負けていない。

 

「フリア。何か気づいたんだね。……ううん、正確には、何か気になっているものが見つかったってところ?」

「ユウリがすぐに移動するから何事かと思ったと」

「相変わらずユウリは、フリアのことになるとすぐ動くよな!」

「た、たまたまだもん」

「あはは、みんなも手伝ってくれる?」

「「「勿論!!」」」

 

 ガラルを一緒に旅してきた仲間たち。その期間も決して短くはない。ボクが何かを確認したいという狙いにすぐに気づき、それを手伝ってくれようとすぐに駆けよってくれていた。

 

(ほんと、もったいないくらいいい仲間を持ったよ……)

 

 その事に深く心で感謝しながら、みんなにバドレックスに聞こえないように、けど時間はないので手短に、みんなにして欲しいことを伝えていく。

 

「ユウリ、ホップ、マリィはバドレックスの攻撃をとにかく弾いてくれると嬉しい。後はボクとジュン、ヒカリで、詰める」

「「「了解!!」」」

 

 ボクの言葉を聞いた3人が、すぐさま返事をしながら指示を出す。

 

「来るか……よいぞ。受けてたつのである!!」

 

 そんなボクたちの動きを見たバドレックスがレイスポスとブリザポスに指示を出し、シャドーボールとつららおとしの弾幕を放ってくる。

 

「タイレーツ!!『はいすいのじん』!!」

 

 その攻撃の前にまず立ち向かうはタイレーツ。後ろに下がるという道を捨て、自らを追い込むことで能力を底上げしたタイレーツは、飛んでくる攻撃を前に陣形を組み始める。

 

「『インファイト』!!」

「ヘイ!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 全ての準備を終えたタイレーツは、そのままユウリの指示に従って拳の嵐を放つ。彼ら6人の放つ攻撃は、飛んでくるつららを次々と落としていく。本来なら1人では撃ち落とすことが出来ない氷の雨も、覚悟を決めた6人なら防ぎきれる。ここが正念場だと意気込むタイレーツは、次々と氷を打ち砕いていた。

 

 けど、これだけではシャドーボールは止められない。

 

「ズルズキン!!『かみくだく』!!」

 

 そんなタイレーツの隙間を埋めるのはズルズキン。あくタイプを持っている彼がシャドーボールを受け持ち、攻撃をひたすら耐えていく。しかし、タイレーツと違って能力を強化していないことと、攻撃方法が口という回転率の悪い攻撃であることが、攻撃をさばききることを難しくしていた。

 

「アーマーガア!!『ひかりのかべ』だぞ!!」

 

 そんなズルズキンに手を差し伸べるのがアーマーガア。ひかりのかべを展開することで、特殊攻撃の雨を緩和していく。アストラルビットは防ぐことは出来なくても、シャドーボールならまだ耐えられる。

 

「いいぞアーマーガア!!そのまま意地を見せつけるんだ!!」

「グアァ!!」

 

 それでも少し苦しそうだけど、ホップの激励を受けてアーマーガアは吠えながら力を入れる。

 

 3人による完璧な迎撃態勢は、レイスポスとブリザポスの攻撃をしっかりと受け止めながら前進していく。このままいけば、こちらに対して被害を出すことなく距離を詰めることが出来るだろう。そんな此方有利の展開をバドレックスは当然無視しない。

 

「ムゥ!!」

 

 バドレックスが右手を掲げると同時に放たれるのは緑色のエネルギー弾。真っすぐ放たれたエナジーボールは、ひかりのかべとかみくだくの隙間をすり抜けて、タイレーツに向かって飛んでいく。タイレーツの動きさえ止めてしまえば、こちらの防御が瓦解するからとの考えだろう。その考えは正しいけど、だからこそ、こちらだって対策はする。

 

「エルレイド!!『つじぎり』!!」

「エル!!」

 

 タイレーツを守るように立ちはだかるのはエルレイド。肘の刃で緑の弾を一刀両断した彼は、そのまま攻撃の弾幕の間を縫うようにしてバドレックへとむけて走り出す。

 

「ム、来るか!!」

 

 つららおとしを屈んで避け、さらに低く飛んでくるシャドーボールをスライディングすることで、そのさらに下をくぐって進み続けるエルレイド。このままでは自分の下へエルレイドが走って来るけど、かといってレイスポスとブリザポスの攻撃を外すとタイレーツたちをフリーにしてしまうため、攻撃の矛先を変えることも難しい。そうなれば、バドレックスが自ら相手をするしかない。

 

「ムゥ!!」

「連続で『つじぎり』!!」

「エル!!」

 

 けど、そんなバドレックスから飛んでくるエナジーボールは、黒色のオーラを纏い、特性『きれあじ』によって更に研ぎ澄まされたエルレイドの斬撃にて次々と切り裂かれる。攻撃の悉くを切り伏せたエルレイドは、ついにバドレックスの目前まで辿り着いた。

 

「エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 バドレックスの近くまで来たエルレイドはそこから跳躍。腕にさらに力をこめ、黒色の刃を伸ばしながらとびかかる。エスパータイプを含んでいるバドレックスにとっては、この攻撃は絶対に受けたくないはずだ。ともすれば絶対に逃げようとするはず。

 

(さぁ、逃げてみなよバドレックス!!)

 

 バドレックスが逃げる瞬間を見逃さないためにじっとバドレックスを見つめるボク。そんなボクの目の前で、エルレイドの凶刃が今まさに炸裂しようとするところで、もう何回も見たバドレックスの移動が始まる。

 

「エル……ッ!!」

「いい狙いである」

 

 結果、やはりエルレイドの攻撃は空を切り、ブリザポスの上から移動。バドレックスの声は少し離れたレイスポスの上から聞こえてきていた。

 

「だがいまだにヨの動きについてこれていない様子……このままでは、ヨに一太刀も浴びせることは出来ぬぞ」

 

 レイスポスの上から声を出すバドレックスは、少し自慢げに声をかけて来る。

 

「さて、次はこちらから仕掛けるぞ!!」

 

 レイスポスの上で座り直し、気合を入れなおしたバドレックスは反撃をするべく準備を進める。構えからして、おそらくアストラルビットを行うつもりだろう。敵の攻撃をさばき続けていたタイレーツたちが今この攻撃を受けてしまえばひとたまりもない。この技は何としてでも阻止しなければならない。それを理解しているからこそ、バドレックスも勝負を決めるべく大技を放つ準備をし……

 

「クロッ!?」

「レイスポス!?」

 

 その準備を、レイスポスが態勢を崩してしまうことで無駄にさせられてしまう。

 

「一体何を……」

 

 レイスポスの様子を慌てて確認するバドレックス。すると、レイスポスの身体の一部がやけどを起こしていた。

 

「やけど……ギャロップの攻撃であるな……ということは、ヨがエルレイドに視線を奪われたときに……」

「その通りだよ。でも、それだけじゃない」

 

 原因は簡単で、エルレイドが上に飛んで視線を集めている隙にギャロップが攻撃しただけだ。ただ、この攻撃の仕方に一番大きな工夫がある。

 

「……成程。オヌシ、確かめたな?」

「原理は何となくわかったからね。後はその確認がしたかっただけだから」

 

 その工夫というのはギャロップ、そして実はギャロップと一緒に攻撃を行っていたエテボースの攻撃する相手だ。エルレイドが空中にいる間に、それぞれの愛馬に向かってこの2人は別々に攻撃をしていたんだけど……

 

「よし!!ようやく愛馬たちに攻撃が入ったぜ!!」

「それはそうだけど……でも、なんでブリザポスに攻撃したはずのギャロップの攻撃痕がレイスポスについているの?」

「フリア、どういう事と?」

 

 ユウリが疑問に挙げた通り、ギャロップとエテボースの立ち位置が重要だ。その肝心な立ち位置は、やけどを負っているレイスポスの近くにはなぜかエテボースがおり、ブリザポスの近くにやけどを与えた張本人であるギャロップが存在していた。

 

「順を追って説明するよ。まず、バドレックスが瞬間移動している原理だけど、これは『サイドチェンジ』という技を使っているんだ」

「『サイドチェンジ』……?」

「そ。ボクたちがよく戦うシングルバトルでは使わないから、ユウリたちは馴染みないかもだけどね」

 

 サイドチェンジ。

 

 その名前の通り、自分と味方の位置を入れ替える技。これだけだと一体どう言った用途で使うのか分からないと思うけど、この技の真骨頂はダブルバトルで発揮される。その強さは、ブリザポスへの攻撃をレイスポスで透かされていることからよく分かるだろう。

 

「サイドチェンジ……成程、そういうこと」

「でも、それだとバドレックスだけがテレポートしてる理由が……いや、だからこそギャロップとエテボースなのか!!」

「そう、そこを見極めたかったからジュンたちに頼んだんだ」

 

 技の名前を聞いて納得した声をあげるヒカリと、言葉を整理している間に答えにたどり着いたジュン。一方でユウリたちは未だに頭にはてなを浮かべていたので、そのまま説明を続けていく。

 

「『サイドチェンジ』は本来『自分と味方を入れ替える』技なんだ。だから自分だけをテレポートとか、味方2人だけをテレポートなんて出来ない」

「でも、バドレックスはそれをしてるよ?」

「そこが1つ目のポイント。バドレックスは多分、愛馬に乗っている時は自分を1人のポケモンとしてカウントしてるんじゃないかな?一言で言うなら、『人馬一体』……かな?」

 

 自分と馬を合わせて1つと考えるのなら、バトレックスは自分の半身同士を入れ替えているに過ぎない。言葉にするのなら、『自身の半分であるレイスポス』と『味方であるブリザポス』のチェンジという訳だ。

 

「とりあえず言いたいことは分かったぞ」

「じゃあ次、バドレックスだけがテレポートしているのは?」

「これは簡単。『サイドチェンジ』を連続で行っているだけだよ。これが2つ目のポイントだね」

 

 1つ目の疑問に納得を示すホップに続き、2つ目の疑問を投げて来るマリィに対して、これもすぐに返答をする。

 

 2つ目の謎に関しては、さっき上げた1つ目のポイントの延長だ。ブリザポスとレイスポスを入れ替えた後に、今度は連続で自分を含めて交換している。前の言葉に続けるのなら、『人馬一体のポケモン』と『味方のレイスポス』を入れ替える。この2つの工程を高速で行うことによって、あたかもバドレックスだけがテレポートしたように見えているだけだ。

 

「その証拠に、さっきブリザポスに向けて『フレアドライブ』をしたはずなのにやけどを負っているのはレイスポスでしょ?」

「フリアはこれを確認したかったから、ジュンに声をかけたという訳ね」

「そういう事」

 

 これがレイスポスの近くにエテボースがいて、ブリザポスの横にギャロップがいるのにレイスポスがやけどを負っている理由だ。1回目の入れ替えの時に攻撃が当たって、2回目の入れ替えが行われたからこそ、レイスポスに不思議な傷が出来たというわけだ。恐らく、ブリザポスの方にも目立たないだけで、エテボースが行った何かしらの技の跡が残っているはずだ。

 

 本当はこの件に関しては合っているかの自信がなかった、けど今回ジュンたちが手伝ってくれたからこそ、この確信が持てた。ボクを信じて協力してくれたみんなには本当に感謝だ。

 

「見事である。よくヨのトリックに気づいたのである」

「あれだけ見せられたら流石にね?」

 

 うぬぼれてるわけではないけど、こういった観察力は人よりも秀でているという自覚はあるし、それ相応のプライドとまではいかないけど、思うところはあるわけで。こんなにも目の前で見せられているのに見抜けないのは個人的にはちょっと嫌だったから、こうしてバドレックスから答えを貰えてほっと一安心だ。

 

「原理は分かったよ。でもフリア、じゃあなんでバドレックスはわざわざそこまでしてこんなことを……?」

「そこが3つ目……最後のポイントだよ」

 

 原理とからくりがわかったところで、最後の謎であるこの行動の理由を唱えるユウリ。それに対して、ボクがゆっくりと言葉を返す。

 

「この行動の意味はずばり、弱点を隠すため」

「弱点?」

 

 ユウリの言葉に頷きながら続きを喋る。

 

「こんなふうに翻弄されたら、誰だってこの技の主であるバドレックスを倒さないとって躍起になる。だから攻撃が通らないとわかっていても、バドレックスにどんどん攻撃をしてしまい、そこを逆に突かれてどんどん不利になってしまう。事実、みんなバドレックスへの攻撃が多かったでしょ?」

「確かに……少し多かったと……」

「けど、『サイドチェンジ』という技は入れ替え先の味方が元気でないと発動できない技なんだ。だから、ボクたちが優先して狙わなきゃいけないのは……」

「ブリザポスとレイスポスのどっちか……!!」

「そういう事!!どちらかさえ倒せば、そもそも『サイドチェンジ』自体の発動を防げる!!だから……」

 

 ボクの言葉にマリィとユウリが反応を返しながら、みんなの視線がレイスポスとブリザポスへと向かっていく。

 

 対処法は分かった。これからするべき行動も明確化した。なら、もうさっきみたいに焦る必要なんてない。

 

「……レイスポス、そしてブリザポスよ。気合を入れるぞ。ここからバトルはどんどん厳しくなる」

「クロォース!」

「シロォース!」

 

 ボクたちの視線を受け、バドレックスたちも気合を入れなおす。

 

 ここからはお互いの弱点を攻め合うバトルになる。そうなると被弾は増え、バトルはどんどん激しくなるだろう。

 

「行くよみんな!!」

「「おう!!」」

「「「うん!!」」」

 

「本当に、人の子の成長は侮れないであるな……」

 

 そんな戦況とは裏腹に、バドレックスの少し嬉しそうな、そして穏やかな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サイドチェンジ

ダブルバトル専用技ですね。剣盾では技レコードでいろんなポケモンが覚えるようになったので、ダブルバトルの読み愛がかなり厄介になっている印象があります。そのせいか、SVでは覚えるポケモンかなり減りましたよね。どくどくに似たような対処を感じます。そういう意味でも、記憶に根付いている人多いですよね。感想欄でも感じっていた方が多かったです。これをしたいがためだけに、愛馬を2人とも出しましたからね。




GWですね。これがずっと続けばいいのにと心から思います。


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189話

「ギャロップ!!ブリザポスに『フレアドライブ』!!」

「エテボース!!レイスポスに『アイアンテール』!!」

「ムゥ……ブリザポスはエテボースに『つららおとし』、レイスポス、オヌシはギャロップに『シャドーボール』である!!」

 

 ジュンとヒカリの発言を受けて、ギャロップとエテボースがそれぞれ近くにいる愛馬に対して攻撃技を仕掛けていく。それも、例えレイスポスとブリザポスが入れ替えられてもいいように、どちらもブリザポスの弱点をつける技かつ、ゴーストタイプで透かされることの無いタイプで攻めていた。

 

「相手が『サイドチェンジ』を使っているということは、入れ替えることしかできないという事。ならその対策は凄く単純。レイスポスとブリザポスを両方同時に殴ればいい!!」

「確かに、これなら入れ替えられても両方ダメージも入るもんね」

「それに、かくとう技を使わないことによって入れ替えられても大丈夫なように対策もしてると」

「しかもどっちもこおりタイプのブリザポスの弱点を突けるから、一番の目的の愛馬をどちらか落とすっていうのも達成できるもんな!!」

 

 エテボースとギャロップの攻撃を見ながら、ようやく見えた勝利への道にテンションをあげていくユウリ、マリィ、ホップの3人。勿論この間にも3人とも指示を出しており、エテボースとギャロップを狙った攻撃を次々と落としていく。

 

「やはり同時攻撃されるとつらいであるな……」

 

 一方で、自身の一番の立ち回りを防がれているバドレックスは、それでもレイスポスの機動力とブリザポスの防御力をうまく活用し、被弾こそ増えているものの、致命傷だけは何とか避けている動きを続けていた。交換ができないと理解し、レイスポスがギャロップに向けて攻撃を、逆にブリザポスはエテボースに向けて、それぞれを狙ってい来る敵とは逆の方を攻撃していた。これならまだフォローしやすいとの考えからの行動だ。しかし、この行動すらもさっき述べたように、ユウリたち3人による手厚いフォローによって防がれていく。その様を見たバドレックスは、今度はエナジーボールを構え、愛馬たちだけでどうにもできない状況を自らの手でこじ開けようと考える。しかし……

 

「エルレイド!!『サイコカッター』!!」

 

 その緑のエネルギー弾はエルレイドが放つエスパーの刃で切り裂かれた。

 

「やはりオヌシが手を出すか……」

「バドレックス本人を狙う必要がないんだったら、みんなは愛馬に集中してもらって、ボクが君を止めることに集中した方が絶対に良いからね」

「その判断の速さ、やはり厄介であるな……わかってはいたがさすがである」

 

 ユウリたち3人は防御に専念し、ヒカリとジュンというなんだかんだ昔からかかわりがあるゆえに存在するコンビネーションで愛馬を攻め、司令塔であるバドレックスはボクが抑え込む。現状ボクが思いつく完璧な布陣。このままいけばそう遠くない未来にブリザポスを落とし切ることが出来るはずだ。

 

 問題があるとすれば、バドレックスがこの程度で音を上げるようなポケモンではないと言ったところか。

 

(伝説の意地……まだ引き出しあるよね?)

 

 バドレックスの次の手を見逃さないために再び観察モードに入るボク。すると、バドレックスの口元がかすかに動いた気がした。

 

(来る!)

 

 そう確信したと同時に起きるのは、バドレックスの乗るレイスポスとブリザポスのチェンジ。勿論この時もギャロップとエテボースは同時に攻撃していたので、攻撃はしっかりと両者にぶつかる。防御の低いレイスポスにも、弱点を突かれるブリザポスにも決して少なくないダメージが入るけど、問題はその入り方だった。

 

「おし!!同時にダメージ入ったぜ!!」

「……いや、軽いわ」

「レイスポスは自分から後ろに飛んで衝撃を減らしてるね」

「マジか!?」

 

 ボクとヒカリの言葉にジュンが驚きの声を上げる。

 

 チェンジしたと同時にフレアドライブを受けたレイスポスは、攻撃を受けながら瞬時に自分から後ろに飛ぶことによってダメージを軽減させながら、自身の素早さを生かして一気に距離を取り始める。一方でバドレックスが乗っているブリザポスは、思いっきり踏ん張りながら自身の周りに氷の鎧を生成することによって、こちらもダメージをを最小限に抑えていた。ギャロップよりもエテボースの方が火力が低いことをしっかりと理解している対処法だ。

 

「ブリザポス!!」

「バシロォース!!」

 

 攻撃を受けきったことを確認したら、今度はバドレックスの指示と同時に、ブリザポスは勢いよく地面を踏みしめる。すると至る所から氷の山が生えだしていき、特に後ろに下がったレイスポスの足元には見上げるほどの巨大な氷山が出来上がり、その頂上にレイスポスが待ち構える状態となる。

 

「ムゥ!!」

 

 その状態でバドレックスは再びサイドチェンジを発動。ブリザポスに乗ったままのバドレックスは氷山の上に移動し、レイスポスは氷山の下に戻ってきた。

 

「『サイドチェンジ』を狙われるのであれば、立ち回りを変えるだけである。ゆくぞブリザポス!!」

「バシロォースッ!!」

 

 氷山の上で嘶くブリザポスに続き、バドレックスは右手を上に掲げる。するとそこに氷の塊がどんどん集まっていき、氷の槍が大量に量産される。

 

「おいおい、まさか……」

「あの威力を連発する気と!?」

 

 その様から予想されるのは、ブリザポスとバドレックスの協力技であるブリザードランス。あの時はジュンとギャロップの活躍によって直撃を受けることがなかったため、どれだけのダメージが出るのかはわからないけど、喰らったらダメージをいまひとつに抑えられるはずのギャロップでさえ致命傷になってしまうということが簡単に予想できる。そんな技を連発して来ようとしている。

 

 いくらこちらにこおりタイプに強いポケモンが多いからと言って、あんなものに長時間さらされたら防御を上げているタイレーツだって耐えきれない。当然ここにいる全員がそのことに気づいており、現にホップとマリィは、若干顔を青ざめながら声を上げる。

 

「なんとしてでも止めるよ!!エルレイド!!」

「ギャロップ!!」

「タイレーツ!!」

 

 こんな行動を許してしまえば一瞬で蹂躙されてしまう。それを止めるべく急いで氷山を駆け上がるエルレイドたちだけど、当然それをレイスポスが許さない。

 

「バクロォース!!」

「エルッ!?」

「グルッ!?」

「「「「「「ヘイッ!?」」」」」」

 

 自身の周りにシャドーボールを展開しながら駆け回るレイスポスが、前に出ようとするエルレイドたちを的確に射貫いて行く。とっさの防御行動こそ間に合っているものの、バドレックスとの距離は離され、この隙に近づいたズルズキンはレイスポスがすぐさま飛びのいてしまったため追いかけることが出来ずにいた。

 

 そんなことをしている間にブリザポスの準備が整ってしまう。

 

「『ブリザードランス』!!」

「来るッ!!」

 

 バドレックスの合図とともに、氷の槍が雨のように降り注ぐ。

 

「『せいなるつるぎ』!!」

「『インファイト』!!」

「『はがねのつばさ』!!」

「『ドレインパンチ』!!」

「『アイアンテール』!!」

「『フレアドライブ』!!」

 

 バドレックスとブリザポスの共同作業によって飛んでくる暴力の嵐。それに対して、こちらもこおりタイプに対して持ちうる最大火力をもって対抗する。が、それでも押し切られてしまいそうになってしまう程相手の火力が高すぎる。

 

「うそだろ!?こっち全員弱点ついてるんだぞ!?」

「いくらなんでも火力が高すぎるぞ!!」

 

 思わず声を上げるジュンとホップ。メロンさんとの闘いの時も思ったけど、やはりこおりタイプは攻撃面においてはかなりの強さ誇ると言ったところか。ここにいるメンバーも防御面においてはギャロップ以外は普通にダメージが通っていしまう。更にこの攻撃の辛い所は、レイスポスが自由に動けてしまう点。

 

「バクロォース!!」

 

 降りそそぐ氷の槍の中、黒い影か間をすり抜けながら球を飛ばしてくる。しかも、飛んでくるシャドーボール1つ1つも、さっきより威力が高くなっている。

 

(こっちの弱点……っていうよりも、向こうの強みである伝説としての火力の高さを押し付けてきた!!)

 

 此方が相手の弱点を攻めるのなら、あちらは自身のスペックを押し付けて来る。実際に、伝説のポケモンと普通のポケモンではそもそもの差があるため、純粋な力押しが一番つらい。それがわかっているからこそのこの行動。素早さの低いブリザポスが固定砲台役を担うことで、その作戦はより凶悪さを増していた。

 

「こ、これどうするんだ!?どうにかしてブリザポス止めないとどうもできないぞ!?」

「いくら何でもむちゃくちゃしすぎよ!!」

「わかってはいるけど……」

 

 ホップとヒカリの言葉に返答しようも言葉が出てこないボク。いつもなら何かしらの作戦をすぐ思いつくんだけど、こうも力押しされると策がどうのこうの言っている暇が……

 

「……いや、行けるかも!」

「ほんとか!?」

「これならいけると思う!!ヒカリ!!またお願いしていい?」

「任せなさい!!」

 

 ジュンの言葉に頷きながらヒカリに作戦の要を託して、ボクはすぐさまみんなにお願いをする。この作戦においてまず重要なのは、何よりもバドレックスに気づかれないようにすること。そのためにも、まずはレイスポスに気づかれないように常に何かしらの破壊音を鳴らすこと。そのためにも、ちょっとバドレックスには申し訳ないけど、この建物の中で暴れることを許してほしい。

 

「タイレーツ!!『インファイト』!!」

「ギャロップ!!『ドリルライナー』!!」

 

 地面に向かって攻撃を放つ2人のポケモン。彼らが地面に攻撃することによって、雪と土埃が同時に舞い、一瞬視界が埋まっていく。

 

「ふむ……その程度の目隠し、ヨには通じないのである」

 

 しかしこの土煙たちすべてを見下ろしているバドレックスは、そんなもの気にせずに土煙全体に降り注ぐように氷の槍を飛ばしてくる。

 

「エルレイド!!」

「タイレーツ!!」

 

 その様子を見たボクとユウリは、それぞれ右と左から逃げるようにエルレイドたちに指示を出し、土煙の外へ飛び出す。

 

「『サイコカッター』!!」

「『メガホーン』!!」

 

 右にエルレイド。左にタイレーツの布陣から、両者が氷山の頂上にいるバドレックスに向かって技を放ちながら前進していく。

 

「左右から挟撃……ヨの意識を分散させるためであるか?残念ながら、ここから見下ろしている分には、視線は逸れないので無駄である」

 

 しかし、宙に浮かぶ氷の槍にはまだまだストックがある。そのため真ん中に放っている槍の一部分をそれぞれに向けて放つだけで、左右からの進軍はいとも簡単に止められてしまう。今も、エルレイドがせいなるつるぎで、そしてタイレーツがインファイトでブリザードランスを追い払いながら前進するものの、氷の量と威力が規格外すぎて前に出られない。

 

「ズルズキン!!」

「ギャロップ!!」

 

 しかし左右に攻撃が行くということは真正面の手が薄くなるという事。この間に土煙の中でまだ耐えていたズルズキンとギャロップが走り出す。

 

「『ドレインパンチ』!!」

「『フレアドライブ』!!」

 

 技を構えながら真正面から猛進していく2人は、けど降りそそいだ氷の槍がいくつか当たっているみたいで、若干痛みに顔をゆがめながら走り出していた。そのせいか、足取りも少し遅く、力もあまり入ってないように見受けられる。

 

「レイスポス!!」

「クロォース!!」

 

 そうなってしまえば、もはやバドレックスが前に行くまでもなく、レイスポスが連続で放ってくるシャドーボールによって足を止められてしまう。

 

「レイスポスが速すぎて進めなかと……!」

「くそっ!」

「まずは2人からである」

 

 そんな2人に向けて、とどめを刺すべく右手に今までで一番大きな槍を構えるバドレックス。彼はそのまま、その槍と思いっきりズルズキンたちに向けて投擲して……

 

「アーマーガア!!『はがねのつばさ』だ!!」

 

 すんでのところで間に割り込んだアーマーガアが翼を打ち付けて、その軌道を何とか逸らすことに成功する。

 

「ガァ……ッ!!」

「アーマーガア!?」

 

 が、この行動をするためにかなり無茶したらしく、ダメージこそ何とか抑えてはいるものの、バランスを崩してそのまま地面に落ちてしまう。そんなアーマーガアに追撃するべく走り出すレイスポスと、それを守るズルズキンたちの構図が生まれ、氷山のふもとで3人のポケモンによる大立ち回りが始まる。しかし、アーマーガアを守りながらの戦いを伝説相手にするのは厳しく、徐々に押されてしまっていた。

 

「エル……ッ!」

「ヘイ……ッ!」

 

 一方で氷山の頂上の方でも動きが起き始める。

 

 降りそそぐブリザードランスに何とか食らいついて行くエルレイドとタイレーツは、身体に傷を増やしながらも確実に、一歩ずつバドレックスに近づいていた。

 

「この攻撃に喰らいつくか……見事!!」

 

 土煙が晴れ、レイスポスたちとのバトルを見届けたバドレックスは、そのまま視線をエルレイドたちに戻す。

 

「だが、そろそろ退場してもらおう」

 

 ここまで自分の攻撃をさばいてきたことを素直に賞賛したバドレックスは、エルレイドたちを称えたうえでその視線を少し鋭くさせ、身体をほんのりと青色に染めていく。

 

(また何か派手なことを……?)

 

 そう感じたボクとユウリはバドレックスとエルレイドたちををじっと見つめ、何があっても見逃さないという意思を表す。しかし、バドレックスが行った行動はとてつもなくシンプルで、だからこそ大技を警戒していたボクたちにとっては意表を突く行動だった。

 

 それは今まさに、エルレイドとタイレーツが真正面から飛んできた氷の槍を壊そうとしたときの出来事だった。

 

「ムッ!」

 

 バドレックスが手を少しだけ揺らすと、それに合わせて氷の槍の軌道が少しだけ変化する。その差を数字にすればほんの数ミリほど。しかし、今この場においてその数ミリは致命的な誤差となる。現にそのわずかなずれによって、本来なら防ぐことの出来るはずだった氷の槍は、エルレイドたちの攻撃をすり抜けて2人の身体に突き刺さる。

 

「エルッ!?」

「ヘイッ!?」

「エルレイド!?」

「タイレーツ!!」

 

 何とか急所こそ外してはいるものの、決して少なくないダメージを負ってしまったエルレイドたちは氷山を転がるように下って行ってしまう。そして同時に繰り広げられていた麓でのバトルも、ここまでのダメージによって態勢を崩していたズルズキンとギャロップがレイスポスの前で膝をつきかけている状態だった。

 

 バドレックスはそんな状況を確認し終えると同時に、再び上空に氷の槍を作り上げる。

 

「現状の本気のヨを前にここまで戦えただけでも上々……誇るのである。そんなオヌシらに敬意をこめ、この一撃にてこの戦いの幕を下ろそう」

 

 右手を上にあげながらそう告げるバドレックスは、この一撃で決めることを宣言。そんな話をしている間にも次々と氷の槍が錬成され、いよいよもって終わりが見え始めて来る。そしてその槍の数が10を超えたところで、その攻撃を放とうとし……

 

「……なぜ、1人おらぬのだ?」

 

 ここまで来てようやくバドレックスがこの場の違和感に気づく。

 

 氷山の周りを見ても、麓を見ても、そしてさっきアーマーガアが空から来たことを思い出して空を見上げても、バドレックスの視界にはとあるポケモンが見当たらない。

 

「一体どこへ……」

「エルレイド!!」

 

 バドレックスの視線が宙をさまよい、ほんの少しの戸惑いが見えた瞬間にサイコカッターを放つ。バドレックスの隙をついた攻撃だけど、それにしては些か距離があいていたため、攻撃が当たる前に反応し切ったバドレックスのサイコキネシスで止められてしまう。けど、サイコキネシスを行ったこの時間こそが、ボクの一番欲しかった時間だ。

 

「ヒカリ!!」

「わかってるわよ!エテボース!!『アイアンテール』!!」

 

 サイコキネシスとサイコカッターがぶつかると同時に響くのは氷が割れる音。その音の正体は、バドレックスの足跡から響き、そこからエテボースが尻尾を鈍色に光らせながら飛び出してくる。その際繰り出された尻尾によるアッパーはブリザポスの身体にしっかりと直撃し、大きく態勢を崩すことに成功していた。

 

「氷山の中を掘ったのであるか!?」

「わたしのエテボースは器用なのよ。悪いけど、氷を削ることはなれてるわよ?」

 

 バドレックスの驚愕に対して嬉しそうな顔を浮かべるヒカリ。彼女の言う通り、コンテストでこういうパフォーマンスをよくする彼女はこの手の動きを得意としている。現に先日のヨロイ島でズガドーンたちを退けた時にも氷を削っていたしね。だからこそ、今回の奇襲役を彼女に任せたわけだ。

 

 この奇襲を成功させるためにボクたちはひたすらバドレックスたちの視線をこちらに集め続けた。そして今、その策は成り、ブリザポスに致命打を与えることが出来る瞬間を得た。

 

「『ダブルアタック』!!」

 

 この機を逃さず、確実にブリザポスを仕留めるためにエテボースが自身の持つ最高火力をもって、エテボースが攻撃準備に取り掛かる。先ほどの攻防で態勢を崩しているブリザポスはこの技を避けるすべを持たない。だからこの技は確実にブリザポスに叩き込まれる。

 

「『サイドチェンジ』!!」

 

 しかし、その寸前でブリザポスとバドレックスが麓にいたレイスポスとチェンジをし、ダブルアタックがレイスポスの身体をすり抜ける。

 

 確かに避ける動作をブリザポスがとることは不可能だ。けど、乗っているバドレックスは自由に動ける。その事をすぐに理解した彼による素早い対策。本当にこ判断の速さはそこいらのトレーナーと比べて群を抜くものだ。

 

 けど、予想できなかったわけじゃない。

 

「みんな!!」

 

 ボクの言葉と共に動き出すのは、麓でレイスポスと戦っていたアーマーガア、ズルズキン、ギャロップの3人。サイドチェンジで自分たちの前にブリザポスが来ることを信じて疑わなかった彼らは、バドレックスがサイドチェンジを行う前から技を構えていた。

 

「『はがねのつばさ』!!」

「『ドレインパンチ』!!」

「『フレアドライブ』!!」

「なっ!?」

「シロォースッ!?」

 

 入れ替わった瞬間飛んでくる攻撃の嵐。しかもそれらすべてがブリザポスへ致命傷を与える技。これならいっそのこと入れ替わらなかった方がまだましだったと思えるほどだ。そんな攻撃の嵐に巻き込まれ、ブリザポスは自身の身体を維持させられなくなり、倒れ込んでしまう。そしてその先背中に乗っていたバドレックスも振り落とされ、少し離れたところに転がっていしまっていた。

 

「うぐ……ブ、ブリザポス……」

「クロォースッ!?」

「ッ!?レイスポス!!」

 

 そんなバドレックスがブリザポスの身を案じているときに響くもう1つの鳴き声。それは、今のやり取りに目を奪われているうちに、エルレイド、タイレーツ、エテボースによって攻撃を受けたレイスポスの鳴き声だった。そのことに気づいてバドレックスが顔を向けた時にはもう、攻撃が全て当たり終え、ブリザポス同様ぐったりしているレイスポスの姿が出来上がっていた。

 

「……ヨが入れ替わりを反射で行うことを利用したのであるな」

「ゴーストタイプで透かせる技を見せれば、それをよけようと無意識化で入れ替わりを行うって思ったからね。たとえ入れ替わりされなくても十分なダメージが入るから読み得だし、やらない手はないでしょ?」

「本当に見事である」

 

 心の底から感嘆したという声を漏らすバドレックス。しかしまだボクたちの警戒は解かれていない。

 

 バドレックスの目はまだ死んでいないし、レイスポスもブリザポスも、まだ完全に戦闘不能にはなっていないから。

 

「何かされる前に愛馬たちを落とすよ!!」

「させぬ!!」

 

 ボクの言葉に頷いたみんなはレイスポスたちにとどめを刺すべくまた技を構える。当然これを見過ごすバドレックスではなく、すぐさま両手に緑色のエネルギーをためて、それぞれの愛馬の方にひとつずつ球を発射。片方はアーマーガアの方へ行き、もう片方はタイレーツを狙った形となっていた。

 

「アーマーガア!!弾け!!」

 

 距離的にブリザポスの方が近いため、先に着弾するのはアーマーガアの方。避けることを不可能と判断したアーマーガアは、この攻撃をはがねのつばさにて弾くことで防ぐ。結果、アーマーガアはブリザポスへの攻撃に参加することが出来なかったけど、代わりにギャロップとズルズキンが技を当てることで、ブリザポスの動きは完全に止まった。けど、気になることが一つ。

 

(今バドレックスが打った技って『エナジーボール』……?でもアーマーガアが弾いたときの技の消え方がちょっと違うような……)

 

 しかしそんな思考を回している間にも弾は飛んでいき、もう1つの球はタイレーツとぶつかる寸前まで進んでいた。

 

「避けて!」

 

 これに対してタイレーツは回避を選択。避けることで標的を失った緑の弾は、その先にいたレイスポスの方へ飛んでいき……

 

「ッ!?ユウリ!!その攻撃避けちゃダメ!!落として!!」

「え!?」

 

 そこまで飛んでようやく今の攻撃の正体に気づいたものの、その頃には遅く、緑の球はレイスポスに直撃。緑の球は淡い光を放ちながら、()()()()()()()()()()()()()

 

「な、なに!?レイスポスが回復してる!?」

「やられた……最初からこれが狙いか……!!」

 

 バドレックスが放った技がエナジーボールではなく、味方にあてると攻撃技から回復技に変わるむしタイプの技、()()()()()()である証拠だった。

 

「エルレイド!!引いて!!」

「エテボースも下がって!!」

「タイレーツ!!戻って!!」

 

 その様に嫌な予感が爆発したボクとヒカリはすぐに後退を選択。一瞬遅れてユウリも下がる指示をしたけど、その一瞬の差が命取りとなる。

 

「クロォース!!」

 

 緑の球を受けたレイスポスは急に立ち上がり、大きく嘶くと同時にシャドーボールを発射。この技が後ろに下がりきるのが遅れたタイレーツに直撃し、タイレーツが目を回しながらユウリの足元まで飛ばされてくる。

 

「来い!!」

「クロォースッ!!」

 

 それを確認したバドレックスがすぐさま指示。それに応えるように嘶き、身体をほんのりと赤く光らせながらバドレックスの下まで猛進するレイスポス。そのままバドレックスを拾い、背中に乗せたレイスポスはその勢いを殺さぬまま駆け回り、再びシャドーボールを今度はブリザポスと戦っていた3人に向けて連発。これに対して回避を選択するギャロップと、タイプ相性やひかりのかべで受け止めることを選ぶアーマーガアとズルズキンに別れた。が、ここで思わぬ事態が起きる。

 

「クロォースッ!!」

「ガァッ!?」

「ズキッ!?」

「ズルズキン!?」

「アーマーガア!?……な、なんか火力上がってないか!?」

 

 さっきまでなんとか受け止められていたはずの攻撃を、アーマーガアとズルズキンは受け止めきれずに吹き飛ばされる。そこにさらにシャドーボールが突き刺さることにより、アーマーガアたちもタイレーツと同じく、目を回すこととなる。

 

 

「クロォースッ!!」

 

 

「ブリザポス、タイレーツ、アーマーガア、ズルズキン……戦闘不能だぜ」

 

 ピオニーさんの判定をかき消すように叫ぶレイスポスの身体が再び赤く光る。

 

「まだ……粘らせてもらうのである……!!」

 

 王の意地が、追い詰められたバドレックスを奮い立てていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かふんだんご

ウルガモス戦でも活躍しましたよね。敵にあてれば攻撃技。味方にあてれば回復する変わった技ですね。こうしてみるとサイドチェンジと言い今回と言い、バドレックスはダブル向けの技をよく覚えますよね。愛馬と共に戦うからでしょうか?

レイスポス

彼の身体が赤く光るのはあれのせいですね。この手の特性は本当に強いと思います。特にダイマックスとの相性がいいので、8世代では本当に猛威を振るっていましたよね。




新アニポケのOPが個人的にかなり好きです。本当にいい曲ですよね。






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190話

「レイスポスとバドレックスの身体……どんどん強く赤色に光っているわね」

「あの光を見てから一気にシャドーボールの火力が上がったように見えたぞ……」

「いや、実際にあがっているんだよ」

「その通りである」

 

 ヒカリ、ジュン、ボクの言葉に肯定を示すバドレックス。そのままバドレックスはこの赤い光についての説明をしてくれた。

 

「この光はレイスポスの特性、『くろのいななき』である」

「『くろのいななき』……」

「左様……効果は、相手を倒すたびにとくこうを強化するというものである。そしてこの効力は、人馬一体となっているヨにも効果を及ぼす」

「っつーことは、今は2人とも3段階強化されてるってことか……あのシャドーボールがさっきよりも強くなってるとか、考えたくもないな……」

「受け止めることはもう不可能でしょうね……」

 

 バドレックスの説明を聞いて険しい顔を浮かべるジュンとヒカリ。ボクもヒカリの意見には賛成だ。1段階強化された時点でさえ、タイプ有利のズルズキンと、防御に定評があり且つひかりのかべを作ったアーマーガアでさえも耐えきることの出来なかったあの技がさらに強化されていると考えると、いよいよもって一撃も喰らことなんてできない。特にエルレイドなんてこうかばつぐんで受けてしまうから、間違いなく一撃で戦闘不能だ。

 

「本当なら、ブリザポスも同じようにこうげきを強化できたのであるがな……」

「ブリザポスも似たような特性なんだね」

「うむ。あちらは『しろのいななき』であるな。効果はレイスポスとほぼ一緒である」

「シロォ……」

「無理をするでない。よく頑張ってくれた。ゆっくり休むのだ」

 

 バドレックスの言葉に悔しそうな声を浮かべるブリザポスをしっかり労うバドレックス。元の関係に戻ったばかりだけど、キズナのタヅナの影響かその関係はもう昔のそれに戻っているようだ。……いや、もしかしたら、この戦いを通じて昔よりもキズナは深まっているのかもしれない。

 

「戻ってタイレーツ。ありがとうね。ゆっくり休んで……フリア、ごめんなさい」

「よくやったぞ、アーマーガア。……オレたちが負けたから、レイスポスが強くなっちまったな……」

「お疲れ、ズルズキン。……本当にもうしわけなかと」

 

 一方こちらも、戦闘不能になってしまった仲間をモンスターボールに戻したユウリたちが、申し訳なさそうにしながらこちらに来る。悔しいという気持ちはもちろんあるんだろうけど、それ以上にレイスポスが強くなってしまったことに対して申し訳ないという気持ちが大きいようだ。

 

「全く、何気にしてるのよ。あなたたちがいなかったら、そもそもブリザポスを倒せてないんだから気にしなくていいのよ」

「そうだぜ。むしろありがとな!!」

「あとは任せて。絶対に勝つから」

 

 そんな3人の気持ちを背負って、ボクたちは改めてバドレックスと向きなおる。

 

「では……行くぞ!!『シャドーボール』!!」

「「避けて!!」」

「躱せ!!」

 

 お互い仕切り直したところで、バドレックスがバトルの再開のきっかけを放つ。

 

 鋭く、そしてくろのいななきによって威力の上がったこの攻撃に対してすぐさま回避行動を選ぶボクたち。避けられた攻撃はそのまま神殿の壁にぶつかり、派手な音を立てながら大きな破壊痕を残していく。やはりあの火力を貰うわけにはいかない。

 

「『サイコカッター』!!」

「ムゥッ!!」

 

 返す刀でサイコカッターを飛ばして反撃に出るものの、こちらはバドレックスのサイコキネシスで止められ、それどころかそのまま反射されてこちらに返って来る。

 

「『ダブルアタック』!!」

「『メガホーン』!!」

 

 その返ってきた刃を更に跳ね返すようにエテボースとギャロップが技を振り、反射を更に反射されたサイコカッターが再びバドレックスの方へ。またこの刃を反射されるのでは?とすこし身構えたけど、今度はこれをレイスポスの素早さを利用して回避。そのまま 神殿内を走り回った彼は、走りながらシャドーボールをこちらに打ちまくって来る。

 

「『つじぎり』!!」

「『ドリルライナー』!!」

「『アイアンテール』!!」

 

 4方から飛んでくるため回避が難しく、仕方なく技での相殺ないし逸らしを選択するけど、やはり相手の火力が高すぎて、回避に対してリスクが高すぎる。それに、氷山での攻防でサイコキネシスによる機動操作も確認している以上、やっぱりこういった技を技で消すという行動はとりたくない。となるとやっぱり回避行動を大目にする必要があるんだけど……

 

(その回避をレイスポスの速さで抑え込んでるんだよね……本当にうまい……)

 

「フリア……お前がカギだぞ」

「そうね……わたしとジュンであなたを完璧に援護してあげるわ」

「ジュン?ヒカリ?」

 

 そんなことを考えているところにジュンたちから投げられる言葉。その言葉の意味が一瞬理解できずに首を傾げそうになるけど、すんでのところでその意味を何となく理解できた。

 

「まず前提だ。こっちは体力削れてて、向こうはレイスポスに対して限定とはいえ回復技がある」

「それに、レイスポスの特性で火力はここからさらに上がるわよね?そうなれば……」

「長期戦は論外だし、細かい技でちびちび削るのも無理。となると、一撃ですべてを決める必要があり、現状ボクたちの中でそれが可能なのが、ボクのエルレイドだけ……ってコトだね」

 

 ボクの言葉にコクリと頷くヒカリとジュン。

 

「オレのギャロップだと火力が足りない」

「わたしのエテボースはそもそもゴーストタイプを攻撃しづらい」

「……わかってる。バドレックスを仕留めるなら……」

 

 エルレイドのきれあじを乗せたつじぎりを叩き込むしかない。

 

「けど、どうやって攻撃するの?このままだとレイスポスが速すぎて、とてもじゃないけど力を込めた一撃なんて……」

「そこはほら、オレに任せろよ!!」

「え……?」

 

 ボクの疑問に対して自信満々に答えるジュン。それに対して今度は本当に意味が分からなかったので首をかしげるボク。それに対しジュンは胸を叩きながら答える。

 

「ギャロップが足になる!!」

「……え?」

「何それ、バドレックスへの対抗意識?」

「良いじゃないか、かっこいいだろ?」

 

 その案はいたってシンプル。エルレイドをギャロップの背中に乗せて駆け回るというもの。それはまるでレイスポスに乗っているバドレックスの真似をするようなもので、間違いなく彼に影響されているものだと気づいたヒカリは少し呆れたような表情を浮かべながら答える。だけどまぁ確かに、かっこいいかどうかは置いておいても、ジュンの言うことはかなり理にかなっていたりはする。移動するのをギャロップに任せることが出来れば、エルレイドは攻撃に集中するだけでいい。これなら、バドレックスに大きな一撃を与えることが出来るだろう。

 

「じゃあ、わたしがサポートしてあげたらいいのね」

 

 ヒカリも呆れてはいたものの、この案が現状だと割といい線いっていることを理解しているため、すぐさまこの行動に合わせる旨を告げる。

 

「エルレイド!!」

「ギャロップ!!」

 

 作戦が決まったのならあとは行動するだけ。すぐさま指示を出してエルレイドをギャロップの背中へ。

 

「エル」

「グロォッ!!」

 

 背中に乗ったエルレイドがギャロップに声をかけると、ギャロップが大きく嘶く。すると、ギャロップの炎が強く燃え盛り、しかし一方でエルレイドをやさしく包み込んでいく。

 

「ギャロップの炎はなついた相手には熱くない炎になるからな。その炎を利用すれば、ちょっとした守りにはなるだろ?」

「ここまでされると確かにかっこいいかも」

 

 淡い焔を纏ったエルレイドの姿は普通にかっこいい。これでマントをつけた日にはいよいよ騎士に見えるだろう。

 

「んじゃいくぜ!!ギャロップ!!」

「グロォッ!!」

 

 エルレイドがしっかり乗ったのを確認したギャロップは、ジュンの指示の下駆け始める。

 

 飛んでくるシャドーボールを細かいステップで避けながらかける姿はさながら宙を走るねがいぼしのようだ。しかし、そんな綺麗な動きを見せるギャロップよりも素早く動けるレイスポスがギャロップの動きの上を行くため、シャドーボールをよけきることが出来ない。けど、そこを埋めてくれるのがエテボース。

 

「『アイアンテール』!!」

 

 鈍色の尻尾を携えたエテボースが果敢にシャドーボールへ向かっていく。が、シャドーボールの威力が高すぎて、軌道を少し逸らすことが精いっぱい。何なら、弾くために動いたはずのエテボースの方がその威力の高さにのけぞらされている。

 

「ムゥ!!」

 

 そんなエテボースにとどめを刺すべく飛んでいくのはエナジーボール。態勢を崩しているため、避けることが難しいこの攻撃は、だけどギャロップが駆けてエルレイドが手を伸ばし、その腕に尻尾を巻き付けることで回収してもらう。

 

「フリア!!」

「わかってる。エルレイド!!」

 

 エテボースが回収されたのを確認してすぐに視線を送って来るヒカリ。それに頷きすぐさまエルレイドに指示を出す。その内容は、先ほどバドレックスが……いや、正確にはブリザポスが作り上げた氷山の残りにエテボースを投げ飛ばしてほしいというもの。それに従ってすぐさまエルレイドはエテボースを投擲する。

 

「『ダブルアタック』!!」

 

 その狙いはこの氷を削って辺りに散らばらせ、レイスポスの足場を奪っていくというもの。削られた氷はまきびし以上に鋭く、歪な形として地面に転がり始めていく。踏めばもちろんダメージを負い、大きなものはそもそもの走行の邪魔になる。それによってレイスポスの機動力を奪う形になっている。しかもこの氷のトラップ、便利なのがギャロップに対しては影響がないこと。

 

「『フレアドライブ』!!」

「レイスポス!!」

 

 ギャロップが炎を纏えば、この氷たちは溶けてなくなるためギャロップに牙をむくことはない。それを利用し、炎の塊と化したギャロップが、動きづらそうにしているレイスポスを追いかけるべく猛進する。これに対してバドレックスがエナジーボールを複数発射。効果いまひとつとは言え、とくこうが3段階もあがっていれば、さすがのギャロップの足も順調とはいかない。

 

「来るぞギャロップ!!」

「グロォッ!!」

 

 飛んでくる緑の弾幕に気合を入れるように声をかけるジュンと、それにこたえるギャロップ。嘶きながらさらに炎を燃やすギャロップに襲い掛かる緑の弾幕は、ギャロップとの距離を確実に詰め……

 

「ハッ!!」

「エポッ!?」

 

 バドレックスの掛け声とともに軌道が曲り、氷を砕いていたエテボースへと突き刺さる。

 

「エテボース、戦闘不能だ!」

「……頼むわよ」

 

 エテボースを戻しながらそうつぶやくヒカリ。機動力でも火力でも、そしてタイプ相性でも追い付けないと悟っていたヒカリは、こうなることを理解していたからこそ、ここで倒れること分かっていてなお、最後の場づくりに専念した。

 

 この意志は絶対につなぐ。そんな思いが通じたのか、レイスポスがいつの間にか氷の罠に囲まれたところに動かされていた。これでレイスポスは自由に動けない。けど、そんな状況でもレイスポスは落ち着いて真正面のギャロップをじっと見つめる。

 

「クロォースッ!!」

「グロォ―ッ!!」

 

 エテボースが倒れたことでくろのいななきを発動させたレイスポスと、エテボースの姿を確認したギャロップがその遺志を継ぐように大きく嘶いた。

 

「レイスポス!!」

「ギャロップ!!」

 

 ジュンとバドレックスの声が重なる。

 

 身体を更に赤く光らせたレイスポスがシャドーボールを展開し、その弾幕を一気にギャロップに解き放つ。一方のギャロップは、元々構えていたフレアドライブの火力を更に跳ね上げ、自身の身体全て炎の中に閉じ込めた。もはや地面すら溶けているのではと思わせるほどのその温度は、しかし親しきものへ害を与えることの無い性質上、ボクたちへは優しく温かいそれへと変換されている。勿論、バドレックスに対してはすべてを燃やし尽くす劫火となっているため、シャドーボールを止めるのに障害はない。

 

「クロォースッ!!」

「グロォッ!!」

 

 両者の技をぶつけ合いながら、それでも絶対に負けるわけにはいかないと嘶く声を上げる。その先に起きる衝撃はとてつもなく、思わず目を覆ってしまう程。結果として周りの雪や氷は吹き飛び、溶かされ、いつの間にか地面は綺麗な石畳のステージへと変貌しており、その石たちが戦いの熱狂に比例してほんのり赤く変色していく。

 

 とくこうが4段階もあがった状態なのに、それでも一見互角に見える状況を作り上げているギャロップの意地には目を見張るものがある。ジュンのエンペルトと戦った時に彼の成長具合はよくわかったつもりでいたけど、この様子だと他のポケモンたちもかなり強くなっているのだろう。本当に頼もしい。

 

 けど、だから勝てるかと言われると伝説は甘くない。

 

「グ……ルゥ……」

 

 やはりくろのいななきによる火力上昇はすさまじく、一瞬だけ拮抗しているように見えたこの闘いの天秤はすぐにレイスポス側へと傾いて行く。それでも諦めないギャロップだけど、ここに来てぶつかり合っている技が遠距離技であることと近距離技であることが影響してくる。

 

「レイスポス!!」

「バクロォース!!」

 

 ギャロップがシャドーボールの嵐に苦戦している中、まだ身体の自由があるバドレックスたちが、いよいよ勝負を決めるべくアストラルビットを構えていく。

 

「ギャロップ!!」

「グ……ル……ッ!!」

 

 さすがにこの状況からあれを受け止められる力なんて当然ないので、慌ててジュンが声をかけるものの、シャドーボールの嵐が強すぎて動けない。

 

 

「『アストラルビット』!!」

 

 そんなギャロップに向けて、必殺の一撃が今放たれる。

 

「フリア!!行け!!」

「エルレイド!!」

「エルッ!!」

「ヌッ!?」

 

 レイスポスの周りから放たれる漆黒の弾丸。それらがジュンに向けて放たれると同時に、ジュンから合図を貰ったボクはエルレイドに指示。すると、フレアドライブの炎をギャロップから受け取ったエルレイドが炎を纏いながら、爆風からバドレックスたちへ向けて一直線に飛び出した。その際に飛んでくるアストラルビットとは、身体をひねることで紙一重ですれ違っていく。すれ違ったアストラルビットはそのままギャロップに直撃。激しい爆風と共に、その中心でギャロップがその身体をゆっくりと地面に落とす。けど、この時生まれた爆風が、まるでギャロップからの最後の後押しのようにエルレイドの背中を押し、エルレイドの速度がさらに上がる。

 

「レイスポス!!」

 

 爆風を受けてさらに高速で飛んでくるエルレイドに対して慌ててレイスポスに声をかけるものの、アストラルビットを打ったばかりのせいで回避が間に合わない。

 

「エルレイド!『つじぎり』!!」

 

 そんなレイスポスとバドレックスに向けて、エルレイドの黒色に染まった両腕の刃がすれ違いざまに叩き込まれる。

 

「ムゥッ!?」

「ク……ロ……ッ」

 

 自身にも、そしてレイスポスにもこうかばつぐんであるあくタイプの刃を貰ってしまった彼らは、エルレイドが通り過ぎて、刃を軽く振り払うと同時に膝をつく。それでもレイスポスが主を守るために少し身体を逸らしていたためか、上に乗っているバドレックスに対してはダメージが僅かに少なく、レイスポスは倒れてもバドレックスだけはまだ戦える状態だった。

 

「ギャロップ、レイスポス、戦闘不能だ」

 

 ピオニーさんの声を聞き届けながら、満身創痍なバドレックスとエルレイドがゆっくりと向かい合う。

 

「……ここまで追い詰められるか。見事である」

「みんなに託されてるからね。……気づけば、熱くなっちゃった」

 

 レイスポスを撫でながら、少し覚束無い足でこちらを見据えてくるバドレックス。エルレイドも、腕を振り抜いた状態から元に戻る動作を取るだけで凄く苦しそうな表情を浮かべている。

 

 もうお互い、あと1回の攻撃が限界だろう。それがわかっている故に、両者右腕のみに力を注いでいく。

 

「……ゆくぞ」

「エルレイド……頑張って……!!」

「エル……ッ!!」

 

 バドレックスの右手には緑色のエネルギーが。エルレイドの右腕には黒色のエネルギーが集まっていく。それぞれ、エナジーボールとつじぎりという、現状相手に1番火力の出る技を構えた両者は、力を貯めながらじっと見つめ合う。

 

 一瞬の静寂。その時間は、どこからともなく聞こえた何かしらのポケモンの鳴き声とともに打ち破られる。

 

『チル〜』

「「ッ!!」」

 

 声が聞こえると同時に前に走り出すバドレックスとエルレイド。エルレイドは近距離技だから走るのは当たり前だけど、バドレックスももうあと1発しか打てないことを理解しているから、確実に技を当てるために放つことをせずに、右手を直接ぶつけるつもりらしい。本当はエルレイドにも避ける力が残っていないからありがたい。

 

「カムゥッ!!」

「エルッ!!」

 

 今までのレイスポスとギャロップのバトルを見ていたら決して速いとは言えないその速度は、しかし両者の気迫と、最後の一撃ということもあって一瞬たりとも目が離せない。そんな極限状態の中、気づけば両者とも攻撃が届く範囲に足を踏み入れる。

 

「いけ……エルレイド……ッ!!」

 

 ボクの思わずでた小さな言葉。だけど、この言葉をしっかりと聞き取ったエルレイドは、小さく頷きながら右腕を振るう。バドレックスも同じく、右手を伸ばし、エルレイドに渾身の一撃を叩き込もうとしてくる。

 

 そんな両者の攻撃がぶつかり合い、再び視界が衝撃と爆風に覆われて、確認が出来なくなってしまう。

 

 

「エルーーッ!!」

「カムーーゥ!!」

 

 

 目を強制的に瞑らされた真っ暗な視界の中、ボクの耳には2人の最後の叫び声だけが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カンムリ神殿で行われた激しく長いバトルを終えたボクは、綺麗に澄み渡る空を眺めながら余韻に浸っていた。

 

 お互いの意地と意地がぶつかり合ったあのバトルは、途中からはバドレックスの言うボクたちの修行時間の埋め合わせという目的を忘れたものになっていた。それだけ白熱したバトルは時間を忘れるほど楽しかったし、それが終わった今は逆にその反動が押し寄せてきたみたいに緊張が解け、軽い放心状態となっていた。

 

「ほんと……凄かったなぁ……」

 

 今思い出しただけでも実感がわかないくらいには衝撃的で刺激的な戦いだった。

 

「ム……ムゥ……」

「あ……気づいた……?」

 

 そんなバトルを思い返していると、ボクの膝元から声が聞こえてくる。そちらに視線を向けると、ようやく意識を取り戻したバドレックスがゆっくりと目を開けていく。

 

「ムゥ……ヨは……一体……」

「おはよ、バドレックス。身体は大丈夫?」

「フリアか……うむ、身体の節々が少し痛いが……動くのに問題はないのである」

 

 ボクの膝から頭を上げたバドレックスは、身体の調子を確かめるように起き上がりながら周りの様子を確認する。

 

「クロォース!」

「シロォース!」

 

 そんな彼のすぐ近くには、バドレックスが起きたのを確認したレイスポスとブリザポスが駆け寄る。主の起床に少なくない安堵を感じているようだ。

 

「オヌシら……そうか……その様子だと、ヨは負けてしまったのだな……」

 

 その様子にほんの一瞬嬉しそうな顔を浮かべるもののその表情をすぐ曇らせる。自身の負けを悟り、少し悔しいという思いがあるのだろう。けど、ボクはその言葉を否定する。

 

「いや、引き分けだよ」

「引き分け……?」

 

 自身の身体の様子から勘違いをしてしまったバドレックスに対して、最後の状況をバドレックスに伝える。

 

 あの後、お互いの技をぶつけ合ったエルレイドとバドレックスは、相手に攻撃を当てることだけを考えていたためお互いの技をお互いの身体に貰ってしまっていたみたいで、視界が戻ったところでボクの視線に入ったのは、重なるようにして倒れていた両者だった。そんな両者を確認して、2人の戦闘不能を宣言したピオニーさんによって、今回のバトルは幕を閉じた。

 

「成程……そのような……」

「ありがとね、バドレックス」

「ム?」

 

 ボクの説明に納得するような声を漏らしたバドレックスに対して、その言葉を遮ってお礼を言う。そのことに疑問を持ったバドレックスが首を傾げたので、ボクは言葉を続けた。

 

「バドレックスとのバトル、気づけば熱くなって全部忘れて戦ってた。本当に楽しくて、刺激的で……貴重な体験だった。だから……ありがとう」

「フリア……」

 

 ボクの言葉に少し目を見開くバドレックス。そんなにボクの言葉が意外だったのかな?

 

「礼を言うのはヨの方である。オヌシたちが頑張ってくれたからこそ、今日ヨはオヌシたちとこの戦いを演じることが出来たのだ。……感謝する」

 

「……ふふ」

「……ムムゥ」

 

 バドレックスの言葉が終わると同時に、ボクとバドレックスの笑い声が重なる。この時間が少し心地いい。

 

「……そういえば、他の者は何処に?」

「神殿の入り口でみんなの治療をして、帰る準備を整えてるよ」

「そうであるか……そういえば、もういい時間であるな」

 

 空を見れば、茜色に染まった景色が目に映る。

 

「大丈夫だよ。また会いに来るから。……なんなら今日は一緒に村に帰る?」

「……それもよいな」

「じゃあ、一緒に帰ろ!!バドレックス!!」

 

 さみしそうな表情を浮かべていたバドレックスを誘うために右手を差し伸べようとして、そういえばバドレックスが手のひらが苦手なことを思い出して、開きかけた拳をぐっと握ってバドレックスに突き出した。

 

「……ヨをこうも親しく誘うのは、オヌシらくらいなのであろうな。まったく、よき人の子たちである」

 

「何か言った?」

「いや、何でもないのである。村への帰還、ヨも一緒にさせてもらおう」

 

 赤い光が降り注ぐ神殿。その中心で、ボクはそっとバドレックスと拳を突き合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




決着

ということでようやく決着ですね。想像より長くなってしまいました……書きたいことが多すぎます。決着の仕方としては、どこかウーラオス戦に近しいものがりますね。そして最後はやはりグータッチ。バドレックスさん、手のひら苦手ですからね……

膝枕

??「……いいなぁ」
??「頼めばよかと」
??「というか、前されてなかったかしら?」
??「……え?」




カンムリ雪原編も終わりが近づいてきましたね。あと一つ書きたいことがあるので、それを書いたらいよいよ……






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191話

「そんなことが……はぁ、自分の仕事だし、私がやりたいからしていたことだから後悔に関しては一切ないけど、そんな面白い話を聞かされたら、少しもったいないことをしたと言わざるを得ないわね……」

「むしろ村で暴れてたのになんで気づかないのよ……あたくし的にはそこの方が問題よ……」

「仕方ないじゃない。好奇心に勝るものは無いのだもの」

「その好奇心の持ち方が異常なのよ……まぁ……そこまで興味無いと考古学なんてできないんでしょうけど……」

「あら、よくわかっているじゃない。さすが私の親友ね」

「ぅうるさいわね……」

「あ、あはは……えっと、とりあえずボクの説明で良ければちゃんとお話しますので、それで少しでも埋め合わせになれば……」

「っと、そうだったわね。早く続きを聞かせてちょうだい」

 

 バドレックスとのバトルを終え、カンムリ神殿を後にしたボクたちは、そのまま楽しく談笑しながら村への帰路へと着いていた。

 

 総勢人数7人+3人のポケモンというちょっとした大所帯となったこのパーティは、当然の事ながら帰りの時もその賑やかさを失うことは無い。むしろ、さっきまでの戦いを振り返るのが楽しかったのか、厳しい寒さと登山、激しいバトルと、体力をかなり使っているのにも関わらず、行きの時よりもより騒がしくなっている印象さえ受ける。やっぱりそれだけ刺激的なバトルだったということなのだろう。ジュンとホップなんか、明日また直ぐに戦おうとしてるしね。

 

 そんな騒がしさを楽しみながら村に着いたボクたち。さすがにレイスポスとブリザポスは民宿には入れないことと、最近村を襲ったばかりということで、そこを理解している彼らは村に着く直前で別の方向へと走り去っていった。どこに行ったかは分からないけど、キズナのタヅナがある以上バドレックスとのつながりはずっとあるので、もう離れ離れになることは無いはずだ。バドレックスは少し寂しそうな顔をしてたけどね。いつか昔みたいに、この村の中も一緒に歩けたらなと思う。っと、話が脱線したね。

 

 村に帰ってきてボクたちが泊まっている民宿の中に入ると、カトレアさんとコクランさん、そしてシロナさんが出迎えてくれた。久しぶりに姿を見せたシロナさんに驚くボクたち。どうやらひとまずの節目には到達したらしく、ようやく部屋から出てきたみたいだ。驚きの様子を見せるボクたちに、苦笑い半分、申し訳なさ半分と言った表情を浮かべている時に、シロナさんの視界に入ったのがバドレックスだ。

 

 初めて見るポケモンが、しかもボクたちと親しそうにしている上に人の言葉を話すということに一気に興味を引かれたシロナさんに色々質問されたので、それに一つ一つ返答をしていき、それで冒頭のような話になったというわけだ。

 

 シロナさんからの質問は興奮しているとは言っても、ちゃんとしたところでは落ち着いていたのでバドレックスもとても話しやすそうにしていた。バドレックはバドレックスで、以前シロナさんのことを軽く教えていたら少し興味を持ったような反応も示していたし、彼にとってもこの質問の時間は嫌ではなかったのだろう。傍から見ても楽しそうに話をしていた。

 

「聞けば聞くほど面白いわね。これは是非ともレイスポスとブリザポスにも会いたいわね」

「ヨもオヌシとの会話は楽しいのである。レイスポスたちも喜ぶだろう。是非とも合わせてみたいのである」

 

 そんな話も、ひとまずボクたちが戦ったところまで話し終え、満足気な顔を浮かべるシロナさんとバドレックス。シロナさんなら喜んで耳を傾けると思ったけど、やっぱりこの手の話はとても好きみたいだ。こういい反応をしてくれると、話しているボクもちょっと嬉しい。

 

「しかし、ガラル地方に巨人伝説以外にもこんなお話があったなんて……ほんとに面白い地方ね。巨人伝説について色々落ち着いたら、またここに戻ってきてしばらく滞在するのも面白そうね」

「その時はあたくしは付き合わないわよ……」

「さすがにそこまで付き合わせたりはしないわよ。でも、1人は少し大変そうね……その時はまたジュンとヒカリにお願いしようかしら?」

「オレは全然付き合うぜ!」

「わたしは今回みたいなオフシーズンなら……かしら?」

 

 豊穣の伝説と鳥の伝説について聞いたシロナさんはもうすっかりガラル地方の……というより、カンムリ雪原の魅力に引き込まれてしまっている状態だ。こうなったらそう遠くない日にまたみんなで来ることになりそうだ。ジュンとヒカリも案外乗り気だし、その時はボクもまた巻き込まれるんじゃないかな?

 

(……その時は、5人で来れたらいいなぁ)

 

 この場に居ないあと1人のことを思いながら、近くでポフィンを食べているブラッキーをゆっくり撫でる。心地よさそうに目を細めるブラッキーにちょっと癒されながら、今度はリビングでご飯を食べながらじゃれあっているポケモンたちに視線を送る。

 

 民宿に帰ってきたのがかなり遅かったということもあり、シロナさんへの説明は夕食を食べながら行われていた。もちろんその間はポケモンたちもご飯を食べているわけで、全員呼び出すスペースはさすがにないので、何人かのポケモンが順番に出てきてはご飯を食べている。そのせいでこの時間の民宿内は軽い宴会みたいな状態だ。もっとも、近所迷惑にはならない程度に抑えてはいるけどね。

 

 そんな中でも、ボクの視線はエルレイドに向かって多めに注がれていた。

 

「エルレイド」

「エル?」

 

 ボクの呼びかけに反応したエルレイドが、口元に少しおべんとうをくっつけながらこちらに近づいてくる。バトルの時の凛々しい姿からのギャップで少し頬が緩んでしまい、和やかな気分になりながらそっと口元を拭いてあげる。エルレイドもようやく気づいたみたいで、少し恥ずかしそうな顔を浮かべていた。可愛い。

 

「っと、これで綺麗になった」

「エ、エル……」

「よしよし……で、身体は大丈夫?問題ない?」

「エルッ!!」

 

 綺麗になったところで、今日たくさん頑張ってくれたエルレイドに身体の調子を問う。カンムリ神殿で粗方の治療は行ったから大丈夫だとは思うけど、一応の確認。それに対してエルレイドは元気よく返事をしてくれた。その姿がやはり微笑ましく、またついつい頭を撫でてしまう。

 

「それは良かった。『きれあじ』の方も上手く使えそう?」

「エルエル!!」

 

 ボクの質問に腕を軽く振りながら答えるエルレイドの表情は、先程の恥ずかしそうなそれとは一転して、頼もしいものを浮かべていた。やはりバドレックスとのバトルがいい刺激になったみたいで、いい方向に成長ができたみたいだ。勿論このことに満足はしておらず、次は引き分けではなくちゃんと勝ちたいと思っているみたいで、エルレイドのやる気はさらに満ちている。これなら、ガラルトーナメントの時はもっと頼もしい姿を見せてくれることだろう。

 

「エルレイド、気合入ってるな!」

「まぁ、あんなバトルをしたらねぇ。いやでも気合いが入るわよね」

 

 ボクがエルレイドと話をしていると、横からジュンとヒカリが割ってくる。2人ともエルレイドの様子に、大会への意気込みを感じているみたいだ。

 

「楽しみだな!エルレイドの活躍!」

「いいところみせなさいよ?」

「当然!」

「エル!!」

 

 ヒカリとジュンの言葉に元気よく返すボクとエルレイド。もちろんエルレイドだけじゃなく、周りにいるマホイップたちや、今もボクのそばにいるブラッキーも、この時ばかりは気合いの入った表情を見せていた。

 

 ボクたちがジムチャレンジを走り抜け、トーナメントに参加する権利を手に入れた時は大会までの日にちはかなりあったけど、ダンデさんのおかげで手に入れたヨロイ島とカンムリ雪原のチケットで冒険しているうちになかなかの時間が経っている。明日明後日と言った急な話ではないけど、それでもそろそろ意識し始めないといけないくらいには日にちも迫っている。そんなこともあってか、エルレイドたちのテンションは少し高くなっている。とはいうもののもうちょっと日にちがあるから、今から気張るというのは少し体力と心の維持が難しそうな気もするけど……そのあたりはボクの手腕の見せ所だろう。頑張ってオーバーワークにならないようにしないとね。ボクの面子だと、ヨノワールは大きな大会が2回目ということもあってかなり落ち着いているから、いろいろ手伝ってもらうとしよう。

 

「う~ん……」

「ん?どうしたのユウリ?」

「なんかあったか?」

「気になることでも起きたと?」

 

 そんなやる気に満ち溢れているみんなに視線を送っていると。隣から悩んでいるような声が聞こえてくる。そちらに視線を向けてみると声の主はユウリだった。そんな彼女の様子が気になったボクとホップ、そしてマリィは、少し近寄りながら声をかけてみる。すると、不安げな声をしながらも、それでも首を振りながらユウリは答える。

 

「何でもないよ。ちょっと持ち物減ってきたなぁと思って……ほら、最近いろんなところでバトルすることが多かったし、この村にはポケモンセンターってないでしょ?だからきずぐすり関連が少なくなってきたなぁって」

「確かに、そういわれるとオレも少なくなってきたぞ」

「あたしもちょっと不安とね……」

「では一度ブラッシータウンに戻りますか?この民宿にまだ滞在するようでしたら、食料なども少し心もとないので、そのついでにそろえてみてはいかがでしょう?」

「ムゥ、ヨの送る野菜だけでは不満であるか……」

「いや、流石に野菜だけっていうのは……ねぇ?」

 

 その内容は今の手持ちについてのもの。確かにユウリの言う通り、ここ最近伝説たちとのバトルのせいか傷つくことも多くて沢山の道具を消費した。それはホップとマリィも同じらしく、改めてバッグを見るとやっぱり足りていないらしい。となれば、コクランさんの言う通り、食料もかなりなくなってきているのでその他もろもろを調達するためにも、一度ブラッシータウンに戻るというのは大いにありだ。食料に関しても、さっきの戦いが引き分けだったからヒカリは受け取りを拒否しようとしていたけど、バドレックス自身がぜひ送らせてくれということで野菜が大量に送られたため、これらに合うものを買っておきたいはずだ。……流石に野菜だけのご飯は、育ち盛りであるボクたちにとってはなかなかつらいものがあるからね。

 

 ということもあって、みんな特にユウリの言葉に疑問を持つことなく、明日以降のやることについて話し合いを始めていく。けど、どうにもボクは気になることがあって……

 

(ユウリって、民宿に戻ってからカバンの中を確認してたっけ……?)

 

 今までの行動を振り返ってみると、この民宿に入ってまずみんな部屋にカバンを置き、すぐにリビングへ。そしてリビングに降りてポケモンたちを呼び出してご飯を作って……っていう流れだったから、ユウリがカバンを見るタイミングはなかったように思う。ここに来るまでに確認していたそぶりも見ていないし、そうなるとさっきのユウリの発言がちょっと嘘に聞こえてしまって……

 

(何か隠してる……?それとも見落としてる……?)

 

 このことが妙に気になって、ボクはそれからもユウリの姿と、一応その周りも注視するようにしてみた。

 

(何もないといいのだけど……)

 

 特に嫌な予感がするというわけではないけど、心配するに越したことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん……やっぱりいない……」

 

 みんなと民宿に戻って、シロナさんたちと夕ご飯を食べながらお話をして、食後の休憩もしたりして……その間もずっと気になってて周りをちらちら見ていたんだけど、私はどうしてもとある子だけを見つけることが出来なかった。

 

「タイレーツ……どこに行ったんだろう……」

 

 それは私の手持ちの1人……ううん、正確には6人のタイレーツ。

 

 民宿に行くまではちゃんと私のボールの中でおとなしく……というより、さっきしたバトルのせいでへとへとになっていたタイレーツは、民宿のリビングで皆と一緒に呼び出したときも、誰かと騒ぐというよりかは、今日の疲れを癒すために休むことを優先しているような節があって、特に何か動くようには見えなかった。だけど、フリアがシロナさんにいろいろお話をしている間に、気づけばタイレーツの姿が見えなくなっていた。ちょっと話に夢中になっていたからついつい目を離してしまっていたけど、まさかここまで見つからないなんて思いもしなくて……いろいろ探し回った結果、民宿の中にはいないと判断した私は、今はもう暗くなってしまっているこのフリーズ村の夜に、寒いのを我慢して外に出ることにしたというわけだ。ちなみに他のみんなに関してはもう就寝済み……だと思う。タイレーツは私のポケモンだし、みんな今日はバドレックスとのバトルで疲れているはずだからどうにも声が掛けづらくて……だから今回は一人で頑張ろうと思ったのだけど、実は既にちょっと後悔していたりする。

 

「うぅ……やっぱりこの時間から探すのは無謀かなぁ……でも、タイレーツは心配だし……はぁ、意地なんて張らずに、今からでも誰かの手を……」

「誰かの手を……なに?」

「わわっ!?」

 

 私の苦手な寒さに、今にも心を折られそうになってしまっているところに、誰かが後ろからコートをかぶせながら声をかけてきた。急に身体にのしかかった温かい重さにびっくりした私は、後ろに振り返りながらその主を見る。

 

「フリア!?なんで……」

「なんでも何も、こんな時間に外に出ていったら気になるに決まっているでしょ?全く……」

「あぅ……も、もしかして……他のみんなにも……?」

「ジュンはともかく、他のみんなの目をごまかせるとでも?この場には四天王にチャンピオン、フロンティアブレーンがいるわけだけど?」

「……だよね」

 

 こういわれると確かに、世界的に見ても上から数えた方が速い人たちばかりなのに、私なんかの隠し事がばれないなんてことは絶対にありえない。

 

(うぅ、これは後で怒られちゃうかも……)

 

 想像に難くない未来のことを思い浮かべ、少しげんなりしてしまう私。でも、それはそれとしてやっぱりタイレーツのことは気に合って……

 

「ま、今起きているのは確かにボクだけだけどね。みんななぜかボクに全部任せてるみたいだし」

「ごめんなさいフリア。でも、私やっぱりタイレーツのことが心配で……」

「やっぱり、タイレーツがいなくなっちゃってたんだね」

「タイレーツがいないことも気づいていたの!?」

「あ、ううん。タイレーツがいなくなったって知ったのは今なんだけど……わざわざユウリが嫌いな寒い所にこんな時間になってでも飛び出す理由を考えたら、なんとなく……ね?」

「ああ、そういう……」

 

 どうやら私の行動から予想を立てていたみたいだ。この行動だけで大体のことを読み取られるというのは、なんだかそれだけフリアに理解してもらえているという事のような気がして……今思う事ではないとわかっていても、少しだけ心の奥が暖かくなったような気がした。けど、それはそれ、これはこれだ。確かにこんな時間から外に出るのは褒められたことじゃないけど、私はやっぱりタイレーツが心配だ。

 

「私の事情を知っているのなら、なおさらごめんなさい!私、タイレーツを探し━━」

「わかってる。だから一緒に行こう?」

「……え?」

 

 自分の意志を押し通してでも探しに行こうとしたところで、フリアから言われた言葉はまさかの一緒に捜索するということ。話の流れ的に民宿に連れ戻されると思っていた私にとっては、少し予想外の言葉だった。

 

「1人で探すよりも、一緒に探した方がいいでしょ?それに、ユウリがタイレーツのことを心配しているのと同じように、ボクたちだってユウリが心配なんだよ?だから一緒に……ね?」

「フリア……」

 

 まっすぐこちらに手を差し伸べるフリアの表情はやっぱり穏やかで、いつ見ても優しい彼のそれだった。

 

(ほんと、敵わないなぁ……)

 

「ありがとう、フリア」

 

 その手を握りながらお礼を告げた私の心が、またひとつ暖かくなった気がした。

 

「うん!じゃあ探しに行こっか。あてとかある?」

「それが全然分からなくて……あまり遠くに行ってないとは思うんだけど……」

「そっか~……じゃあまずはこの村の中から探していこうか」

「うん」

 

 そのままフリアと一緒に、まずは村の中を回ることにした。民宿や畑の周りはもちろんのこと、バドレックスと初めてであった広場のような、あまり人目につかないようなところにも足を運んだけど、特にタイレーツの姿は見かけることは無かった。

 

「いないねぇ……」

「うん……本当にどこに行ったのかな……」

「村の中にはいないのかも……よし、じゃあ次はちょっと外の森見てみようか」

「うん」

 

 フリアの言葉に少し不安気に答える私。けど、そんな私を元気づけるように、フリアは明るく声を出しながら私を優しく引っ張っていく。こういったさり気ない気遣いが本当にいいなぁと思いながら、ふと私は自分の手元に視線を移す。するとそこには、さっきフリアと出会ってから()()()()()()()()()()手が映った。

 

「……っ!?」

 

(ってそういえばずっと手を繋いでる!?)

 

 さっきまでは何ともなかったのに、こうして意識し始めた途端に急に身体と頬の温度が上がっていくのを感じる。フリアと手を繋ぐことは初めてでは無いとはいえ、2人っきりでこうして並んでずっとというのはさすがに経験がない。意中の相手とこんなにくっついてしまう。それだけで私の心は少しあたふたしていた。

 

 当然そんな心の機微を、観察力の高いフリアが見逃すはずもなく……

 

「ユウリ?何かあった?」

「いや、あの……その……」

 

 ただ一言、『手』と言うだけなのに、その言葉が妙に引っかかって出てこなかった。そのことにますますフリアが疑問に持ち、今度は私の体調を気遣うように、おでこに手を伸ばそうとしてきて、すんでのところでようやく口が回った。

 

「手!そ、その……ずっと繋いでるなぁって……!」

「ああ、そのこと。ユウリ、寒いの苦手だし、手を取った時のユウリの手がちょっと冷たかったからさ。こうしてた方が暖かいかなって」

「な、なるほど……」

 

「あと、なぜかわかんないけど……こうしていたいなぁと……」

 

「え?」

「なんでもないよ!!」

「そ、そうなの?じゃあいいけど……」

 

 フリアが小声で何か言っていたような気がするけど、自分の心臓の音がうるさくて上手く聞き取れなくて。フリアもこう言っているし、特に気にしないようにしていると、今度はフリアの方から声をかけられる。

 

「えっと……こういうの、あまり好きじゃなかった……?」

 

 その声色はどこか不安そうで、ともすれば怯えも混じっているようにも見えて。本当に私のことを心から気遣ってくれているのがよくわかった。だからこそ、そんな優しくて大好きなフリアにそんな表情を浮かべて欲しくなくて、けどドキドキしてしまっている私の口はやっぱり上手く動かなくて、それでも、勇気と根性で動かされたこの口は、言いたかったことは何とか伝え切る。

 

「嫌じゃ……ないよ……?むしろ暖かくて嬉しいから……だから……ありがとう、ね?」

「そ、そっか……なら良かった……かな?」

「うん……」

「「……」」

 

(……って何言ってるの私ー!!)

 

 言いたいことを伝え終わった私は、改めてさっき言った言葉を思い出して、心の中で悶絶してしまう。我ながらよくもまぁあんな恥ずかしいセリフを言えたものだとびっくりしてしまう。フリアも今の言葉に困っているのか、心做しか私から視線を逸らしているようにも見えるし……

 

(うぅ、変なことを思われてないといいなぁ……)

 

 かと言ってこのことを再び話題に出す勇気もなく、私たちの間に少し話しづらい空気が流れ出す。この空気を破る勇気がなくて、私もフリアも、少し戸惑いながらも、でも決して手を離すことはなく、ギュッと握りしめたまま、私たちの足は森の中をを進んでいく。

 

 

『ドンッ……ドンッ……』

 

 

「な、なに!?」

「この音……」

 

 そんな中急に聞こえてきたのは何かを殴るような音だった。私はその音を不気味に感じてしまい、少し怯えてしまうけど、フリアは私を安心させるように優しく身体を叩きながら、何かを考えるような顔をうかべる。

 

「もしかして……ユウリ、行ってみよう」

「え?う、うん」

 

 そのまま何かしらの答えを出したフリアは、私の手を引いて音の鳴る方へと足を進めていく。この音がまだ怖い私は、ついつい少し強くフリアの手を握ってしまうのだけど、フリアはこれを優しく受け止めてくれる。その事が嬉しくて、安心して……いつしか私はフリアの後ろから、フリアの横に並んで歩いていた。それだけ私の中から恐怖が消えていったということなのだろう。

 

 そして程なくして、私の前に音の正体が現れる。

 

「やっぱり、ここにいた」

 

 そう告げたフリアの視線の先。そこには……

 

「ヘイ!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

「ヘイ!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

「タイレーツ……!!」

 

 沢山の木に対して、何回も身体をぶつけているタイレーツの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シロナ

お久しぶりですね。ようやくひと段落してバドレックスとご対面です。考古学者としては、間違いなく興味の対象ですよね。

エルレイド

悔しいけど気合十分。『きれあじ』の精度もあがってます。

ブラッキー

ポフィン美味しい。

マホイップ

ご飯美味しい。

タイレーツ

1人(6人)陰で特訓。何か思ったことがあるようで……?




一難去ってまた一難……と思ったら、途中変に甘くなりました。……なぜ?






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192話

「ヘイ!」

「「「「「へヘイ!!」」」」」

「へヘイ!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 夜中の森に響き渡るタイレーツの掛け声と木を叩く音。定期的にリズムよく聞こえてくるその音は、聞いている側からすればどこか心地よく、ついついそのまま聞き入ってしまいそうになってしまうけど、問題は今が寒さの厳しいカンムリ雪原の真夜中だという事。当然気温は氷点下を下回っているため、今この瞬間も身体がどんどん冷えていく。だから本当は一秒でも早くタイレーツに声をかけて連れて帰った方がいいんだけど……私から見てタイレーツの表情はとても必死そうに見え、どうしてもこの特訓を無理やり断ち切ってしまう程の思考を私は持ち合わせていなかった。

 

「フリア、ちょっと時間かかりそうだけど……いい?」

「勿論。ユウリのやりたいようにして?」

「うん。ありがと」

 

 このことをフリアに告げ、許可をもらった私はゆっくりとタイレーツの方に向かっていく。

 

「タイレーツ……」

「!?……へ、ヘイ……」

 

 特訓の合間を見つけてゆっくりと声をかける私。この呼びかけでようやく私に気づいたタイレーツは、今まで気づかなかったことと、こんな時間に勝手に外に出てしまい、心配させたことに若干の負い目があるのか、私と目を合わせようとはせずに、少しうつむいて暗い表情を浮かべていた。そんな彼らを元気づけるように、私はしゃがんで、出来る限りタイレーツと目線を近くして話しかける。

 

「そんなに怯えないで?別に怒っているわけじゃないんだ。ただ、どうしてこんなことしてるのかが気になっちゃって……教えてくれる?」

「……ヘイ」

 

 私が怒っていないということが分かったタイレーツは、少し安心したような表情を浮かべて、けどすぐまたちょっと落ち込んだような表情を見せて私に語り掛けようとしてくる。けど、そこで問題が一つあって……

 

「……へヘイ」

「……どうしよう、全然わかんない」

 

 当然だけどタイレーツは……というか、ポケモンは人の言葉を喋ることはできない。バドレックスという特異中の特異とずっとかかわっていたせいで混乱しがちだけど、本来だとこれが普通。勿論、タイレーツが今どんな気持ちなのか自体は感じるとることができる。私だってそこそこトレーナー業が身についてきているし、タイレーツと共に過ごした時間は短くないのだから。だけど、そこから更に奥深くまで知ろうと思うと、どうしても言語の壁というものが邪魔してしまう。だから今も大体の感情は理解できても、その原因とまで行くとなかなか理解することが難しい。というか、理解できる人なんて、それこそシロナさんレベルじゃないといないのでは?と思ってしまう程だ。

 

「う~ん……どうしよう……」

「出てきて、ヨノワール」

 

 今日何度目かわからない悩みの声。私の口から知らず知らずのうちにそんな言葉を零していると、後ろからフリアの声が聞こえてくる。振り向けば彼の横にはヨノワールがたたずんでおり、二人並んで此方を見つめていた。

 

「ヨノワール……?何かあったの?」

「ううん、特に何もないんだけど、ユウリが困っているみたいだからね。その悩み、ボクとヨノワールなら解決できるかなって思ってさ」

「解決……どうやってやるの?」

「こうするんだよ」

 

 どうやらヨノワールとフリアで、タイレーツの言いたいことを通訳してくれるらしいんだけど、私にはその方法が全く想像出来なくて、ついつい質問を返してしまう。これに対してフリアは、自信満々に答えながらヨノワールの身体に手を触れ、目を閉じていく。すると、ヨノワールとフリアの身体が黒い靄に覆われたような気がして……

 

「ヨノワールの身体が……変わってる?」

 

 身体が靄に覆われているだけで、うっすらとしか変化が見受けられなかったから、実際にどう違うのかと言われるとちょっと言葉にしづらいけど、でも確かに何かが違うような気がした。それ以上に、フリアから漂う気配も少し変わってて、なんだかいつものフリアと違ってて少しだけ違和感を覚えてしまった。けど、だからと言って恐さはなく、この状態でもフリアの優しさはしっかりと感じた。むしろ、フリアから感じる暖かさをヨノワールからも感じるような気がする。もしかしたら、ネズさんの時に見たあの姿を、このヨロイ島とカンムリ雪原を冒険している間に昇華させているのかもしれない。

 

(ほんとに、どんどん先に行っちゃうなぁ……)

 

「この状態ならタイレーツの気持ちを……ユウリ?何かあった?」

「ううん、なんでもないよ」

「ならいいんだけど……」

 

(私も置いていかれないように頑張らないと……!!)

 

 フリアの成長を実感した私は、改めて気合いを入れ直す。その様にフリアが少し首を傾げたものの、私が特に気にした様子を見せていないところから問題は無いと判断したフリアは説明を続けていく。

 

「説明に戻るね。今のボクとヨノワールは心が繋がっている。この状態を利用して、ヨノワールとタイレーツに会話をして貰って、その時の内容をヨノワールを通じてボクに伝えてもらおうって考え。そこで得た内容をボクがユウリに伝えたら、実質タイレーツとの会話が可能でしょ?これでユウリに手助けになればいいんだけど……」

「そんなことが出来るんだ……むしろありがとうね?そこまでしてくれて……」

「それこそ気にしないでよ。ボクもタイレーツのこと気になるしさ」

 

 私のお礼に対しても朗らかに笑いながら、なんでもないように返すフリア。本当に、油断したらこの優しさにどこまでも甘えてしまいそうだ。

 

「じゃあ始めるね」

「うん。お願い」

「ヨノワール!」

「ノワ」

 

 私の返事を聞いたフリアはヨノワールに声をかけたあと、ヨノワールの身体に手を当てながら目を閉じ、集中する雰囲気を見せる。

 

「ノワ……」

「ヘイ……へへイ……」

 

 一方でヨノワールとタイレーツは、私たちがお話をする時のように言葉を交わしていく。相変わらず私からは何を言っているのかさっぱり分からないけど、2人の様子を見るに、タイレーツの悩みをヨノワールが聞いてあげる、お悩み相談室のような雰囲気を感じる。いつも自信満々で、強さに貪欲で、とにかく前を見続けているタイレーツからは想像もできない姿だ。こんな姿を彼らにさせてしまっていることに、ちょっとだけ罪悪感が湧いてしまう。

 

(今回の件で嫌われてたら……ううん、何があっても受け止めないと……)

 

 タイレーツの言葉にヨノワールが相槌をうち、その近くでフリアがじっと目を閉じて立っている。その姿は、何も事情を知らない人が見たらちょっとおかしく映ることだろう。けど、私からしたらとても長く、そして重い時間だった。

 

 今の私に出来ることは、何があっても受け止める。そんな覚悟を固める時間に回すことだけ。

 

「……ふぅ」

 

 そんな嫌なドキドキが付きまとう時間は、フリアがため息とともに目を開けることで終わりを告げる。

 

「フリア……えと、どうだった……?やっぱり、私が悪かった……のかな……?」

「落ち着いてユウリ。とりあえずわかったことを順番に教えるね?」

「うん……」

 

 会話の通訳を終えてすぐのフリアに、思わず勢いをつけて質問をしてしまう。そんな私を宥めるように肩に手を置き、フリアはゆっくりと言葉を続けてくれた。

 

「まずは特訓を始めたきっかけだね。結論から言うと、今日したバドレックスとの戦いが原因だったっぽい」

「バドレックスとの戦い……」

 

 フリアに言われて頭をよぎるのは今日のお昼に行われたバドレックスとのバトル。6対3で行われた伝説とのバトルは、バドレックスは納得していなかったけど引き分けという形に終わり、そのバトルに参加したタイレーツは、ブリザポスと同じタイミングで戦闘不能になってしまった。途中退場という形ではあるものの、ブリザポスの攻撃をエルレイドと一緒に最前線に出てて止めていた勇姿は、私の脳裏にはしっかりと焼き付いている。そんなバトルが、タイレーツにとっては少し思うとところがあったようで……その気になる部分を、フリアはゆっくりと伝えてくれる。

 

「タイレーツは、あのバトルで一番最初に戦闘不能になったのが自分だったことに、大きな悔いを残しているみたい」

「あ……」

 

 フリアの言葉を聞いて改めてバドレックスとのバトルを振り返ると、確かに一番最初に倒れてしまったのはタイレーツだ。勿論それだけ強敵とのバトルだったというわけだし、タイレーツの立ち位置は最前線だったから1番被弾の多いポジションだ。そのうえでちゃんと活躍していたのだから、私から今回のことを咎めるなんて絶対にない。けど、本人はどうやらそうとは思っていないみたいで。

 

「あの時自分がもっと強かったら、あの時自分がちゃんと攻撃を防げてたら、そして何より、あの時の攻撃に気づいて、ちゃんと『かふんだんご』を叩き落とせていたなら、もっと簡単に、そしてユウリが安心して勝てたのではないか。一番の後悔はこの部分みたい」

「そ、そんな!!だってあの時は私が『躱して』って指示を出したからで……タイレーツのせいなんかじゃ……」

「それでも、自分がそもそも強かったなら、ユウリも回避ではなく、弾くことを指示出来たのでは?って考えてしまっているみたい」

「ヘイ……」

「そんな……どうして……」

 

 明らかに自分の指示ミスのせいなのに、どうしてそこまで自分を責めてしまうのか。それがどうしても理解できなかった私は、改めてタイレーツのヘイチョーさんを持ち上げて視線を合わせる。そんな私の視線から逃げるように、少しだけタイレーツの視線が下げられた。その行動が少し寂しくて、私は思わずタイレーツに声をかけてしまう。

 

「そういえば……イワパレスとの戦いの時も凄く気合を入れてたけど……そもそもどうしてあなたはそんなに強さを求めていたの?」

「ヘイ……」

「そこに関しても、ヨノワールはしっかりと聞いてくれていたみたい」

 

 私の質問にまた視線を逸らしかけるタイレーツだけど、その行動をフリアが、他のタイレーツたちを撫でながら優しく言葉を繋ぐことで止めていく。

 

「どうやら、ボクたちと出会う前に、とあるポケモンに思いっきり負けちゃったみたい」

「タイレーツが!?」

「うん」

 

 私の手持ちの中でも突破力の高いタイレーツ。イワパレスとの闘いも、そのあとのメロンさんやネズさんとの闘いも、バドレックスとの闘いだって、その高い攻撃力と根性に助けてもらったのに、そんな彼らが何もできずに完敗したというのがとてもじゃないけど信じられなかった。

 

「本当に一瞬だったみたい。仲間たちと遊んでいるところに急に現れたそいつに、一瞬で負かされて……」

 

 そこからフリアによって伝えられるのはタイレーツの過去。仲間たちと遊んでいるときに何かしらのポケモンに襲われて負傷して、そんな仲間たちのために強くなりたくて、ここまでストイックになってきた彼ら。そんな彼らにとって一番最初に戦闘不能になるというのは、間違いなく一番許せない事ではある。こうやってフリアから詳しい言葉を通訳してもらうと、なるほどタイレーツがこんな時間から外に出て特訓をするというのも深く頷くことが出来る。

 

「タイレーツ……それがあなたの原点だったんだね」

 

 ようやく知ることが出来たタイレーツの根幹部分。と同時に、私はタイレーツに対して申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 

「ごめんなさい……私がもっと優秀なトレーナーだったら、今頃あなたたちは……」

「へ、へヘイ!!」

 

 心のうちに広がるのは自身の劣等感。もし私がフリアやヒカリ、ジュンのように、経験豊富且つ優秀なトレーナーだったら、タイレーツは間違いなく今よりも強くなっていたはずだ。バドレックスとの闘いでももっと活躍していたかもしれない。そのことがどうしても頭から離れなくて、思わずタイレーツに謝ってしまう。タイレーツはそんな私に対して、まるで『そんなことを言いたかったんじゃない』というような声を上げるけど、どうしても思考はそっちに傾いてしまって……

 

「こーら」

「いたっ!?」

 

 そんなマイナス思考に囚われた私の頭を、フリアが咎めるような声を上げながら軽くチョップする。思わず『いたっ』なんて言ってしまったけど、当然フリアが力を入れているなんてことはなく、急にあてられたことによって反射的に出てしまった言葉だから、実際は痛みなんて全然ない。けど、それ以上にフリアから向けられる視線がちょっと怖くて、真っすぐみられなかった。

 

「タイレーツがここまで強くなれたのはユウリのおかげだよ。あの時、あの場所で、タイレーツと出会って、ヘイチョーを命を懸けて助けたのはユウリなんだ。だからこそ、タイレーツも君について行きたいって言ったんだよ」

「ヘイ!!」

「「「「「へヘイ!!」」」」」

「タイレーツ……」

 

 視線をそむけている間にフリアから告げられるのはちょっとしたお説教。けど、その口調は怒っているようには聞こえず、どちらかというとお母さんが諭してくるような言い回しで。そのことに安心した私はゆっくりと顔を上げて、タイレーツとフリアの目を見る。そんな私の目に映ったのは、声色通り優しそうな目で見つめて来るフリアの顔と、私を励ますように元気な顔を見せてくれるタイレーツたちだった。

 

「『たられば』の話なんて意味がない。タイレーツは、他でもないユウリと強くなることを選んだんだ。それなら、主であるユウリがしっかり前を見ないとね?……じゃないと、主がふらふらしちゃうと、ポケモンたちも凄く不安になっちゃうから……」

「フリア……」

 

 フリアから告げられる言葉が凄く重く、真実味が深い。間違いなく、昔の自分を重ねながら発言している。だからこそ、その発言は私の奥深くに突き刺さった。

 

 フリアがどんな気持ちでこのガラル地方を訪れたのかはよく知っている。ヨロイ島で昔話をした時に、どれだけの思いを込めてここに来たのかを知った私にとって、この言葉は好きな人の言葉というフィルターを外したとしても無視できないものだった。

 

「だから今、改めてタイレーツの気持ちを知ったところで、ここからまた2人で始めればいいんだよ」

「一緒に……」

「ヘイ!」

「「「「「へヘイ!!」」」」」

 

 フリアの言葉を受けながら、もう一度タイレーツたちと目を合わせる。すると、タイレーツはまた元気よく声を上げる。

 

 またここから。もっと高みを目指して。

 

「タイレーツ……頑張ろう!!」

「「「「「「ヘイ!!」」」」」」

 

 フリアの言葉をしっかりと受け止めた私とタイレーツは、今度こそ悔しい思いをしないために、大会までに更なるレベルアップを約束する。新たな決意をした私たちは、その決意を固めるために、お互いの拳をあてがおうとし……

 

「……ッ!?ノワッ!!」

「え、ヨノワール?どうし……ッ!?ユウリ!!タイレーツ!!」

「え?」

「ヘイ?」

 

 その瞬間に急に声を荒げるヨノワールとフリア。

 

 一瞬何が起こったのかわからない私とタイレーツは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。私はタイレーツと意思を確認し合っていた瞬間だったため、周りに意識を割くなんてことが出来ずに、フリアとヨノワールが焦っている理由に反応することが出来なかった。その結果は今、目の前でとんでもない事態として現れる。

 

「ヨノワール!!守って!!」

「ノワッ!!……ッ!?」

「あぐっ!?」

「フリア!?」

 

 私たちを守るように包み込んでくるヨノワールと、同時に響き渡るヨノワールとフリアの苦痛にゆがむ声。それだけで、今私たちが襲われてしまっているということが判断できた。けど、ヨノワールの身体で周りを確認することが出来ない私は、顔をゆがめながら地面に倒れそうになるフリアを支えることしかできない。

 

「な、何があったの!?大丈夫!?フリア!!ヨノワール!!」

「へ、ヘイヘイ!!」

「ノワ……ッ」

「だ、だいじょう……ぶ……それよりも、気を付けて……!!」

「で、でも、いったい、何に気を付けたら……」

 

 急にヨノワールを襲った犯人の姿が分からなかったので、せめてその姿だけでも確認しようと顔を横にずらすけど、ヨノワールの身体が大きいのか、はたまた襲ってきたものの身体が小さいのか分からないのか、どちらにせよ、未だにその姿は確認出来なかった。

 

(このままだとまたヨノワールが攻撃されちゃう……そしたらフリアも……!!)

 

「タイレーツ!!『インファイト』!!」

「ヘイ!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 明らかに私を庇って傷ついた2人をみて、もう傷ついて欲しくないと願った私は、姿は確認できないけど、小柄な身体ゆえすぐに動くことができるタイレーツに指示を出し、ヨノワールの後ろにいるであろう敵に対して攻撃するように指示。それに応えたタイレーツはすぐさま移動を開始して拳の嵐をお見舞いする。

 

「よし、当たってる……!フリア!ヨノワール!」

 

 攻撃を指示して直ぐに激しい打撃音が聞こえてきたので、とりあえず攻撃が当たったのだろうということを理解した私は、ひとまずヨノワールとフリアの身体を確認する。すると、ヨノワールの背中には、なにかに切り裂かれたような痕が残っていた。ダメージを共有するフリアにも、恐らくこれと同じ痛みが伝わっているのだろう。

 

「ノワ……」

「っつつ……」

「待ってて、すぐに応急手当を……ああでも、荷物ほとんど民宿に……タイレーツ!!2人を運ぶのを手伝って!!」

「ヘイ……ッ!?」

「タイレーツ?」

 

 致命傷では無いけど大きな怪我であることに変わりは無い。なので直ぐさま治療を行おうとして、そういえばろくに荷物を持ってきていないことを思い出して、すぐに治してあげられない現状に混乱しそうになる。ひとまずはフリアとヨノワールを民宿に運ぼうとタイレーツに指示し、すぐに行動開始。しかし、その瞬間にタイレーツの動きが止まり、驚愕の声を上げる。

 

 同時に、タイレーツの表情が、どんどん険しいものへと変わっていく。

 

「タイレーツ、何があったの……?」

 

 急なタイレーツの雰囲気の変化に戸惑った私は、改めてヨノワールの後ろへ視線を動かす。ダメージ故に身体を少し倒したことによって、ようやくヨノワールの後ろを確認できた私は、そこで初めて今回の襲撃者の姿を確認することとなる。

 

「なに……あの子……ポケモン……?」

 

 そのポケモンは、まるで風に煽られるかのように空中をヒラヒラと漂い、一見して小さいその姿はとてもヨノワールにこんな大きな一撃を加えたようには見えなかった。熨斗と式神を合わせた、まるで折り紙で作ったデフォルメされた人のような姿をしたそのポケモン(?)は、イーブイくらいの身長しかない。もちろんタイレーツよりも小さいその子は、しかし感じる圧は凄まじいものがあり、特に両腕と思われる部分からは、触れただけで切り裂かれるのでは?という、想像しただけでもポッポ肌が立ってしまいそうなほどの冷たい気配を感じる。実際、あれで攻撃を受けたヨノワールは大ダメージを受けていることだし、最注意案件であることは間違いない。

 

「気をつけて……ユウリ……」

「フリア!あんまり喋ると怪我が……」

「ボクなら平気……確かに痛いけど、何とかなるから……」

「でも……」

「それよりも、タイレーツを見ててあげて」

「タイレーツを……」

 

 痛みに冷や汗を流しながらも、自分のことよりもタイレーツの心配をするフリア。その姿がどうしても引っかかって、私もゆっくりとタイレーツに目を向けると、タイレーツから凄まじい覇気を感じた。

 

「タイレーツ……」

「……あのポケモンだ」

「え?」

 

 その覇気に驚いた私は言葉を零し、その横でフリアが口を開く。それにつられて今度はフリアに視線を向けると、フリアがゆっくりと告げる。

 

「あのポケモンが……タイレーツにとっての因縁の相手だ……!!」

「あの子が……!!」

 

 私たちと出会う前に、タイレーツが仲間諸共襲われてしまった、タイレーツが強さを求めた理由の原点。

 

「スラ……スラ……ヤー、ターン……」

「ヘイ……!!」

「「「「「ヘイッ!!」」」」」

 

 その原点との、まさかの再会を果たした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タイレーツ

ヨノワールとの協力でユウリさんたちも知ることが出来ましたね。1度出しましたが、改めての彼の原点です。振り返るとこのお話を前に出したの、もう100話近く前なんですね……恐ろしい……

ヨノワール

フリアさんがこの現象をどこまで物にしてるのかは、他の人は知りません。そんな描写も入れていません(はず)ですしね。何気にイツメンの中なら、ユウリさんが1番手だったり。

謎のポケモン

バドレックスが出てカンムリ雪原編終わり……ではありません。最後にエクストラボスに出ていただきます。一体誰なのでしょう?()




タイレーツの因縁の相手再び。彼は乗り越えられるのでしょうか?






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193話

「ヘイ!」

「「「「「へへイ!!」」」」」

「タイレーツ……」

 

 突如現れた謎のポケモン。スマホロトムで検索をかけて見ても該当ポケモンは存在せず、どこかポケモンらしくないその雰囲気は、ヨロイ島で見かけたデンジュモクとズガドーンのそれに似ていた。

 

「ピュ、ピュイ……」

 

 そして何よりも、いつの間にかくっついていたほしぐもちゃんが少し反応を示しているところが、より私たちの予想を確固たるものへと押し上げていく。

 

「ねぇフリア。もしかしなくてもあの子って……」

「うん。多分ウルトラビースト。しかもあの姿はカトレアさんに見せてもらった覚えがある。コードネームは『UB SLASH』。名前は確か……『カミツルギ』」

「カミツルギ……」

「ヤー、ターン!!」

 

 私とフリアが名前を口にしたと同時に、カミツルギが呼応するように声を上げる。ヨノワールを攻撃した両手を広げ、ゆらゆら動くその姿は、自然体に見えるからこそ隙がない。今にもこちらに攻撃してきそうな気迫を見せてくるカミツルギから少しでも視線を外してしまえば、一瞬で切って捨てられることだろう。それがわかっているから……ううん。そんなこと関係なしに、仲間の敵であるカミツルギを、タイレーツはただじっと見つめていた。多分、今のタイレーツにはカミツルギ以外見えていないと思う。

 

「タイレーツ、大丈夫?」

「……ヘイ」

 

(かろうじて返事はしてくれてる……さっきの約束が効いてるのかも……)

 

 試しにタイレーツに声をかけてみると視線はカミツルギから一切外れはしないけど、私の声には何とか反応してくれた。これなら暴走する心配は今のところは無さそう。問題は……

 

(カミツルギを相手に、どこまで戦えるのか……)

 

 見た目がかなり小さく、折り紙のような身体をしているためか、常に身体をヒラヒラさせ、流されているように見えるその佇まいからは、正直あまり強そうな感想を抱くことは無い。しかし、不意打ちとはいえ、耐久力に自慢のあるフリアのヨノワールに、一撃でここまでダメージを与えられるポケモンというのは私は知らない。少なくとも、タイレーツにはここまでヨノワールを傷つけられるだけの力は単発では出せない。間違いなく、素の力比べでは向こうに軍配が上がるだろう。ヨノワールに対してのふいうちでした攻撃が、弱点をつくあくかゴーストタイプの技では無いのなら尚更だ。

 

 ここまで現状を考え直して、やっぱり勝ち筋があるようにはあまり思えない。タイレーツ以外のボールは民宿に置いてきてしまっているし、他のみんなには内緒で来てるから援軍も期待できない。唯一ここに来てくれたフリアも、私と同じくヨノワール以外は寝ているから連れて来ていないみたいだし、何よりも怪我をしている彼をバトルに巻き込みたくない。

 

「ほしぐもちゃん。私の後ろに隠れててね」

「ピュイ……」

 

 本当なら、あらゆることをしてでもここから逃げるのが正解なのだろう。ここまであげてきた、こちらが不利な理由を見ればそれは明らかだ。でも……

 

「……ヘイ!!」

「「「「「へへイ!!」」」」」

「タイレーツ……」

 

 タイレーツの原点が目の前に居て、こんなにも感情を爆発させている彼らを見ると。

 

「絶対勝つよ!!」

「!?……ヘイ!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 止めることなんてできなかった。

 

「『メガホーン』!!」

「ヘイ!!」

 

 私の指示を聞くと同時に、ヘイチョーが自慢の角を緑色に光らせながら、仲間と共に突進していく。

 

「ターン!!」

 

 それに対しカミツルギは、自身の両手をピッタリとくっつけ、それを頭上に掲げる。すると合わされた両腕が緑色に光だし、ひとつの大きな刀となって、それをそのままタイレーツに振り下ろされる。

 

「スラ……ヤー!」

「ヘイ!?」

「あの技……エルレイドも使ってた。『リーフブレード』だ……タイレーツ!!引いて!!」

 

 振り下ろされた緑の刀と、突き出された緑の角は、ぶつかり会った瞬間甲高い音をかなでて、少しだけ拮抗状態となる。が、やはり単発火力は向こうが上らしく、少しするとタイレーツはすぐに押され始めてしまう。なので私はすかさず下がることを指示。タイレーツもそこまで理性を失っている訳では無いので、不利を悟ってしっかり引いてくれた。

 

 どうやらカミツルギの鋭そうな両手も見掛け倒しという訳ではなく、本当に切れ味が鋭いみたいで、エルレイドと同じ技だけど、特性で強化されたエルレイドのそれと遜色ない威力で放たれていた。

 

(エルレイドと同じで、切る事が得意な子なんだ。もしかしたら技も似てるのかな……?もしそうなら、少しありがたいんだけど……)

 

 バドレックスや3鳥のように、彼らだけが放つ専用技は基本強力なものが多い。その上初めて見るということはこちらの反応がどうしても遅れてしまう。そうなれば、こちらが致命傷を受ける可能性もグンと高くなってしまう。そう考えると、まだ確定ではいものの、おおよその戦闘スタイルが見えてきたのは、心情的には少し嬉しかったりした。

 

 もっとも、それで勝てるほど甘い相手ではないんだけど。

 

「ヤー、ターン!!」

「『メガホーン』!!」

 

 少し気が抜けそうになるような声を上げたカミツルギが放つ次に技は、恐らくせいなるつるぎ。リーフブレードと同じく、両手を光らせてくっつけたその刃を、今度は右上から左下へ袈裟斬りの形で奮ってくる。これに対して再びメガホーンで応戦するタイレーツは、やっぱり力の差で押し負けてしまうけど、見た感じ、リーフブレードよりは火力は出ていないように見えた。

 

(火力が違うってことは、あの子は『リーフブレード』を使う方が得意ってことだよね?名前に『カミ』って入ってるし、紙と似てる性質なら、くさタイプの可能性は高いかも……でも、むしタイプの『メガホーン』は効果抜群じゃなさそうだし……あと1個のタイプ、なんだろう?)

 

「ユウリ、ボクも一緒に……っ!?」

「って、フリアは動いたらダメ!……ここは、私が頑張るから……っ!!」

「……ごめん、ありがとう」

 

 未だ分からないことが多いカミツルギの、せめてタイプだけでも見極めようと思考を回している時に、私の後ろから苦しそうな声を上げながらフリアが無理やり起きようとしたので、慌ててそれを抑えて前を向く。いつもいつも、誰よりも前に出て、誰よりも他者を想って、誰よりも傷つく姿を、関わりがまだ浅い私でも沢山見てきた。だから、せめて今日くらいは私が守る側でいたい。

 

(でないと、あなたの隣に、胸を張って立てないから)

 

 フリアを守ることを改めて誓い、気合いを入れ直して戦況を見ると、再びタイレーツが押し返されてこちらに戻される瞬間だった。

 

「ヘイ……ヘヘイ!!」

「「「「「ヘイ!」」」」」

 

 力の差は歴然。ヘイチョーもそれを理解しているけど、それを表に出しては他のメンバーに伝染してしまうため、みんなを鼓舞するためにも明るい声で発破をかける。因縁の相手と言うだけあって、絶対勝ちたいのはもちろんのこと、何よりも後ろには傷ついたフリアとヨノワールがいる。下がる訳には行かない。この逆境的状況が、むしろタイレーツたちの心を昂らせており、どんどん士気を高めていく。

 

 もちろん、私も同じ気持ちだ。

 

「タイレーツ、いくよ」

「ヘイ!」

「『はいすいのじん』!!」

「ヘヘイ!!」

「「「「「ヘーイ!!」」」」」

 

 能力が足りないなら増やせばいい。自ら退路を断ったタイレーツは、その代わりとして全ての能力を引き上げる。これで少しはくらいつけるはずだ。

 

「『スマートホーン』!!」

「「「「「「ヘイ!!」」」」」」

 

 能力を強化したタイレーツたちは、私の言葉と共に一斉に走り出す。6人のタイレーツが全員頭の角を鈍色に光らせながら走る姿は、さながら戦車軍団の突撃のようだ。

 

 はいすいのじんで強化された能力を活かしながらかけるタイレーツに対して、カミツルギは両手の刃を淡い虹色で覆い、そのまま振りかぶってピンク色の斬撃を飛ばしてくる。間違いなくサイコカッターだ。フリアのエルレイドが使っているところを何度も見ているからよくわかる。

 

 タイレーツの弱点をつくこの技は、何がなんでも回避しないといけない。幸い、現在頭にまとっているのがスマートホーンだということもあり、この鋼の部分であればあの虹色の刃もダメージは抑えられる。そう判断したタイレーツは、自分たちを2人3組に分け、ヘイチョーを含んだ一組が最前線に出てサイコカッターを受け止める。次々と飛んでくる弱点を突かれるその攻撃を、しかしはいすいのじんで上げた体力と、エスパーをいまひとつで受け止められる鋼を纏った角を利用して何とか逸らしていき、同時にカミツルギの視線を集めていく。その間に左右に走り込んだ2組は、左右から挟撃するように前進。押しつぶすように繰り出されるその攻撃は、カミツルギに当たる直前まで相手に気取られることなく肉薄することに成功した。結果、カミツルギはサイコカッターを止めざるを得ず、攻撃を防ぐことに専念。しかし、反応速度が速いのかカミツルギは、両腕に緑色の光を纏いながら左右に構えることですぐに対応。まさか防がれると思わなかった左右の組は、驚きの声を上げる。けど、攻撃を止めて左右に手を伸ばすということは、真ん中への防御が甘くなるという事。

 

「『インファイト』!!」

「「ヘイ!!」」

 

 真正面から走り出すのはさっきまでサイコカッターを防いでいたヘイチョーともう1人のペア。その2人が両手の拳を構えて猛進し、カミツルギの懐まで潜り込む。

 

「「ヘヘヘイ!!」」

「ヤヤッ!?」

 

 懐に入り込むと同時に2人から放たれる拳の嵐は、カミツルギの身体に想像以上のダメージを叩き込んでいく。けど、このまま押し切られるわけにはいかないと力を振り絞ったカミツルギは、その場で身体を一回転。暴力的なまでに鋭い切れ味を振り回して、自身の周りにいる6人のタイレーツ全員を弾いて行く。これでいったん振りだしに戻る形となる。けど、収穫はあった。

 

(リーフブレードが得意だからくさタイプなのは分かっていたけど、むしタイプの攻撃が思ったより通らない理由がわからなかった。けど、『インファイト』に対するあのダメージ具合……かくとうが苦手になるタイプが一緒についているんだ。むしに耐えられて、そのうえでかくとうが苦手なタイプは1つしかない!!)

 

「カミツルギ……あなたのタイプはくさ、はがねタイプ……!なら、かくとうで押していくよ!!タイレーツ!!」

「ヘイ!!」

「「「「「へヘイ!!」」」」」

 

 突破口が見えたことに対してさらに士気を上げるタイレーツは、陣形を組みながら拳を構え始める。

 

「スラ……」

 

 一方でカミツルギは自身にダメージを与えた敵をしっかりと見据え、タイレーツを今一番倒すべき相手へと認定した。

 

 空気が変わる。

 

「ヤ―……ターン!!」

「あれは……」

 

 雰囲気を変えたカミツルギ。そんな彼が横に1回転すると、彼の周りに赤い色の剣が漂い始める。その剣たちは、現れると同時に、カミツルギの周りをゆっくりと回り始める。

 

「ユウリッ!!」

「タイレーツ!!あれを止めて!!」

 

 その動きを見てカミツルギが何をしているのかに気づいた瞬間、私はフリアの声を聞くと同時にタイレーツに攻撃を指示。なんとしてでもあの行動を止めないと、間違いなくこちらが勝てなくなってしまう。

 

 あの行動はつるぎのまい。自身の攻撃力をグーンと上げるあの技は、せっかくはいすいのじんで縮まったカミツルギとの差を、最初以上に引き離されてしまう。それだけは避けないと、さっき以上の最悪な状態になってしまう。

 

「『インファイト』!!」

 

 12の拳を携えて走り出すタイレーツ。とにかく相手に早く攻撃を当てることを意識した彼らは、直進でその距離を詰めていく。が、止めに走るには、カミツルギの行動に気づくのが少し遅かった。

 

 赤い剣と共に舞を踊るカミツルギの攻撃がほんのり赤く光りだし、両手、両足の刃は鋭さをさらに増していく。

 

「スラ……」

 

 舞を踊り終えたカミツルギの周りからは、赤い剣か消えていく。これでつるぎのまいは完了してしまった。けど、だからと言ってこちらの攻め手を止めるわけにはいかない。相手の攻撃が上がったということは、長期戦になるとこちらが押し負けるという事。なら、カミツルギが舞っていた間に詰めたこの距離を生かしてどんどん攻め込んでいく。

 

「タイレーツ!!カミツルギを囲んで!!」

 

 直進で最短を選ぶ必要がないと判断した私は、攻め方を変える指示をタイレーツに飛ばす。すると、カミツルギを中心に、その周りを囲い、6人で包囲するように位置取りをする。そして全員がちゃんと配置につけたところを確認して、私は攻撃の指示した。

 

「いって!!」

「「「「「「ヘイ!!」」」」」」

 

 中心に向かって走り出し、カミツルギに対して360°全方位から攻撃を叩き込まんと拳を振るタイレーツ。その攻撃には『ここで決める』という意志がしっかりと乗っており、今までタイレーツが行ってきたどのインファイトよりも気持ちのこもった連撃となっていた。

 

 相手が私の推測通りのくさ、はがねタイプなら、この攻撃が決まれば倒れてくれるはずだ。けど、この予想はカミツルギの予想よりはるか上の行動をもって覆されてしまう。

 

「ヤ……スラッ!!」

 

 自身が包囲されたと理解したカミツルギは、自身の身体を地面に対して垂直から水平に寝かせる。その姿を見た私は、最初はタイレーツの攻撃を受ける面積を減らすつもりなのかと考えたけど、カミツルギはその状態を維持したまま両手両足を緑色に光らせ、身体を高速で回転させ始めた。

 

 その姿は、まるで回転のこぎりのようで、それを見た私の脳内には、その刃に触れ、ボロボロにされてしまうタイレーツの姿が頭をよぎってしまった。

 

「タイレーツ!!下がって!!」

 

 ただでさえ鋭いカミツルギの切れ味が、つるぎのまいによってさらに強化されているため、あんなものに巻き込まれようものなら間違いなくこちらが一撃で倒されてしまう。それを危惧した私はすぐに撤退を指示。それを聞いてタイレーツも、この攻撃はまずいと判断したみたいで、一斉に後ろに飛んで下がった。しかし、カミツルギはわざわざ自分のテリトリーに近づいた敵を逃しはしない。

 

「ヤ―、ターン!!」

 

 身体を回転させ、のこぎりと化したカミツルギは、タイレーツが飛びのいたのを確認するや否や、自身の回転を維持したままタイレーツたちを追いかけ始める。幸い素早さそのものははいすいのじんのおかげでこちらの方がわずかに速いけど、問題はそこじゃない。

 

 もし追い付かれでもすれば一貫の終わり。そのプレッシャーが永遠と付きまとった命がけの追いかけっこ。それはこちらの方が足が速いとわかっていても、タイレーツの心を一気に蝕んでいく。そのせいで、ただでさえ疲れているのに余計にスタミナを削られてしまう。

 

 このままだと捕まるのも時間の問題だ。

 

「タイレーツ!!みんなを集めて『スマートホーン』!!」

「へヘイ!?ヘイヘイ!!」

「「「「「ヘイヘイ!!」」」」」

 

 逃げによる勝ち筋はないと判断したユウリとタイレーツは、ばらばらに逃げていたヘイたちをヘイチョーの下に集め、6人で壁のような陣形を作成。そこから頭部の角に鈍色の光を宿らせ、剣山のような防壁を作り上げる。

 

「ヤ―!!」

「ヘイ……ッ!!」

 

 相変わらず気の抜けるようなカミツルギの掛け声と、想像以上に重い一撃を耐えるヘイチョーの必死な叫び声が重なる。そんな、少し離れた位置からでも伝わって来る両者の迫力あるぶつかり合いは、しかしタイレーツにはあと一歩がどうしても届かない。その証拠は、タイレーツたちが弾かれて転がって来るという形であらわされる。

 

「ヤー!」

「タイレーツ!」

「へ……ヘイ!!」

 

 弾かれたタイレーツに対して追撃をするために再び回転しながら突っ込んでくるカミツルギを見て、タイレーツにすぐさま起きることを指示。タイレーツも身体を起こしてすぐさま陣形を組もうとするけど、それよりも速くカミツルギが突っ込んできたため、スマートホーンで受けざるを得ず、当然受けきることの出来ないタイレーツはまた吹き飛ばされる。

 

「ヨノワール!!」

 

 飛ばされたタイレーツをすぐに抱き留めるのはヨノワール。いまだに背中を痛そうにしてるけど、動けないことはないらしく、せめてもの援護としてタイレーツたちをしっかりと受け止めてくれた。けど、タイレーツは6人で1人のポケモン。ヨノワールだけで全員を受け止めることが出来ずに、1人だけ違う方に飛ばされてしまう。

 

「タイレーツ!!大丈夫!?」

「ヘイ……」

 

 そんなタイレーツの下へは私が直接駆けつけて抱きしめる。これで全員の救出に成功。しかし、タイレーツたちはばらばらにされている状態。

 

 こんなチャンスを、カミツルギが逃すわけもなく。

 

「ユウリ!!逃げて!!」

「え?」

 

 フリアからの悲鳴ともとれる声に反応して前を見ると、もう目の前までカミツルギが迫っているところだった。当然今の私はタイレーツを抱えているから、避けることが出来ず、タイレーツも私の下には1人しかいないから、カミツルギの攻撃を防ぐこともできない。

 

(これ……やば……っ!?)

 

 いよいよ本気で打つ手なし。せめてタイレーツだけでも守るため、今抱きしめているタイレーツの盾になろうとしたその時。

 

「ふぅ……間に合ったであるな……」

 

 どこからともなく聞こえてくるとても頼もしい声。その声に気づき、再び前を見た時、そこには巨大な氷が生まれており、その氷にカミツルギは止められていた。

 

「この氷……バドレックス!?」

「うむ、何やらレイスポスとブリザポスが騒がしかったのでな。慌てて外に出てみれば、危ない状況だった故手を出させてもらった」

 

 急に出てきた氷に驚いていると、私たちの後ろからレイスポスとブリザポスを伴って、バドレックスが近づいてくる。今はブリザポスに乗っている状態で、その状態によって生み出された巨大な氷は、今も尚、必死に暴れているカミツルギを閉じ込めていた。

 

「大丈夫であるか?何やら見たことないポケモンに襲われていたように見受けられるが……」

「うん……ありがとうバドレックス。助けられちゃった」

「気を付けて。あの子はウルトラビーストっていう、違う世界から迷い込んだポケモンみたいだから」

「この程度の手助け、ヨにしてもらったことに比べたら安いものである。しかし、成程……異世界からの来訪者であるか……」

 

 助けに来てくれたバドレックスにお礼を言う私と、カミツルギのことをバドレックスに説明するフリア。そんな私たちの言葉を聞いたバドレックスは、返事をしながら考え込むような動作をする。

 

「フリアはふいうちによって傷を負った状態であるか……」

「あっはは……不甲斐ない……」

「他者を守った故の行動であろう?むしろ誇るべきである」

「ありがと」

「うむ。そしてユウリよ。どうやら相手はかなりの強者と見る。ヨもともに戦おう」

 

 フリアの姿を見て、少し心配そうに声をかけるバドレックス。それに対して、フリアも申し訳なさそうに返すけど、バドレックスは過去のことを引き合いにしてフリアに声をかけていく。こういわれてしまうと、返すことも難しそうだ。

 

 そして次にバドレックスは、私への協力を提案してくる。ここに来てとても大きな援軍。伝説の存在であるバドレックスが一緒に戦ってくれたら、カミツルギ相手にも絶対に勝つことが出来るだろう。ここは是非とも一緒に戦っていきたい。

 

 ……けど、今も私の腕の中で、悔しそうに顔をゆがめるタイレーツを見ていると、その案に乗ることなんてできなかった。

 

「ごめんなさい、バドレックス。助けてくれたことは嬉しいし、その手は是非とも受け取りたい。……でも、ずっと追いかけていたもんね。ずっと勝ちたかったんだもんね」

 

 抱えているタイレーツと顔を合わせながら言葉を紡ぐ。その間に、ヨノワールに抱えてもらっていた子たちもこちらに集まっていた。

 

「カミツルギは、この子たちの目標の1つ。だから……わがままかもしれないけど……私1人で戦わせてほしい!!」

「……ヘイ!!」

 

 私の言葉に嬉しそうに声を上げるタイレーツ。

 

「ユウリ……」

「オヌシ……」

 

 自分でもらしくないことをしていると思う。その証拠に、フリアもバドレックスも、少し驚いた顔をしていた。

 

 確かにこのままだと勝てる気配はない。でも……それでも……タイレーツの気持ちを知ったら、この気持ちを優先させてあげたいと思ってしまったんだ。

 

「絶対、勝つんだ!!」

「ヘイ!!」

 

 私の前に並び立つタイレーツ。それと同時に、カミツルギが自身を閉じ込める氷を打ち破って飛び出した。

 

「ヘイ!」

「「「「「へヘイ!!」」」」」

「ヤ―!!ターン!!」

 

 再び向かい合う両者。

 

(なんだろう……今なら、フリアが強い人と戦うのを楽しそうにしてたのが、ちょっと分かるかも……)

 

 そんな2人の姿を見た私は、頬が緩むのを止めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カミツルギ

ということで3人目のUBですね。その圧倒的なこうげきの種族値は、数値だけで言えばザシアンをも超えて全ポケモン3位に位置します。その3位という座も、上にいるのがメガミュウツーとメガヘラクロスというメガシンカしかいないので、現状では実質1位ですね。恐ろしい火力です。

ヤー

どうしても某筋肉様が出てきますね。原作でもこの言葉なのですが、やっぱり書いてて気が抜けます。

タイレーツ

いろんな援軍が来てくれましたが、それでもタイマン希望。頑張れ。




いよいよポケホーム連携ですね。ようやく中国語のメタモンを連れてこられる……ヒスイポケモンもつれてこられると思うと楽しみですね。バグが少し心配ですが……。






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194話

「ヤー!!」

「ヘイ!!」

「「「「「へへイ!!」」」」」

 

 急に氷に閉じ込められた事に若干の苛立ちを乗せながら吠えるカミツルギと、それに対して絶対に勝ちたいという思いを乗せながら言葉を返すタイレーツ。お互いの気持ちと気持ちがぶつかり合うこの戦場は、自分がこの戦いの関係者ということもあってか物凄く心が揺さぶられる。けど、緊張しすぎるということも無く、思ったよりも落ち着いて戦況を見つめている私がいた。この辺りは後ろにフリアがいるのが理由かもしれない。

 

 ただ、それと同時に冷静な私の頭の中は、だからこその壁にもぶつかっていた。

 

(……うん。冷静になって考えてみても、やっぱりこのままだと勝てるビジョンが見えてこない。あれだけの啖呵を切ったんだから、何がなんでも勝ちたいんだけど……正直このまま戦っても絶対に勝てない……何かをしなきゃいけないんだけど、いったいどうすれば……)

 

 ここまで手を合わせてその実力の差というのを嫌という程思い知らされた。真正面から戦えばまず勝てない。なら、搦手を考える必要があるのだけど、私はまだ経験が浅いからフリアのように突飛な作戦をぱっと思いつくことは到底できない。タイレーツが器用なポケモンというわけでもないということも、この作戦の組み立てにくさに手を貸してしまっている状態となっている。

 

(どうすれば……)

 

「ユウリよ……」

「え?」

 

 頭の中で何をすればいいのかをぐるぐると考えていると、私の後ろに控えていたバドレックスから声をかけられる。その言葉に反応して振り返ると、バドレックスは私の目をじっと見つめながら、ゆっくりと言葉を続けていった。

 

「オヌシはヨの恩人である。故に、オヌシの意志は尊重しよう。……が、今のオヌシがあヤツに勝てる確率があまり高くなさそうに見えるのも事実である」

「……」

 

 バドレックスの正しい分析結果に私からの反論はない。フリアも難しそうな表情を浮かべている以上、同じことを思っているのだろう。けど、それは私もわかっていることなので特に気にする点ではない。私なんかが気づくことなのだから、この2人が気づかないはずがないのだから。

 

 だから、重要なのは次にバドレックスから伝えられる言葉。

 

「だからこそ、オヌシにはヨからアドバイスを送りたい。その形で、オヌシを手助けさせてもらおう」

「アドバイス……」

 

 予想通り、私が一番聞かなくてはいけない話をバドレックスがし始めたので、私はカミツルギに注意を向けながらもしっかりとバドレックスへと耳を傾ける。

 

「ユウリ。そしてタイレーツよ。オヌシたちの覚悟は確かにすさまじい。オヌシらの勝利と力への貪欲さは、ことバトルでの成長という面においてとても重要である。が……」

 

 ここまで喋って一度言葉を区切り、目を閉じるバドレックスは、数秒経った後ゆっくりと瞼を上げ、私の方をさらに鋭く見つめながら次の言葉を告げる。

 

「オヌシらの()()は、そこが限界であるのか?……オヌシらが抱く野望に対する覚悟、そこへ払える()()は、それだけであるのか?」

「背中……代償……」

 

 バドレックスが強調して言った言葉を繰り返す私。まだこれだけだと理解できず、つい私の思考が自分だけの世界を作り出しかける。

 

「ヤ―!!」

「っ!?タイレーツ!!『メガホーン』!!」

「ヘイ!!」

 

 そんな隙をカミツルギは逃さず攻めて来る。私も反応が遅れてしまったから慌てて技を指示するけど、今回もかろうじて技が間に合っただけで、攻撃のぶつけ合いは勿論こちらが負け。再びタイレーツが大きく後ろに下げられる。

 

 けど、そんな状況もお構いなしと、バドレックスは言葉を続けていく。

 

「勿論、本来は褒められたものではない行動であろう。ヨもできれば薦めたくはない。が、今、この瞬間……そして、近くの大会で結果を出したいのであれば、オヌシは今できるものにどんどん手を出すべきである」

「今できるもの……」

 

 襲い掛かるカミツルギに対して、必死に緑色の角で抵抗していくタイレーツ。後ろに圧されながらも、それでもかろうじて耐え続けているタイレーツの姿を見ながら、バドレックスの言葉を自分なりにかみくだいていく。

 

「覚悟……背中……代償……今できること……タイレーツ、今のあなたが払って手に入れられるもの……あ!!」

 

 今も尚、()()()()()()()()()()()くらいついているタイレーツの姿を見て、バドレックスの言いたいことをようやく理解した。

 

(そうだ。弱気になっちゃダメなのに……もっと攻めなきゃなのに……全然その通りに動けていない!!)

 

 長期戦はダメだからと頭でわかっているのに、その後に行う攻撃はどれも中途半端で決め手に欠けている。そんな攻撃はたとえカミツルギに当たったとしても致命傷になんてなるわけがない。

 

 では何故私の攻撃は中途半端になってしまているのか。心の中ではずっと『攻めなきゃ』や、『長期戦は無理』と思っているのにだ。タイレーツも勿論そのことは理解しているのに、それでもカミツルギ相手には中途半端になってしまっている。その理由はなにか。

 

 それは今、この瞬間もフリアやバドレックスが後ろにいてくれているという安心感に、どこか委ねている自分がいるから。そして、攻めなきゃと言いながら、今のタイレーツは『下がりながら相手の攻撃を逸らして』いるからだ。

 

(どこかに甘えている自分がいる。また助けてくれるって考えてる自分がいる……それじゃあダメなんだ。そんなの、全然『はいすいのじん』じゃない!!)

 

 はいすいのじんは、自身を追い込むことによって力を引き出す技。けど、今の私たちはこの技で払った代償は、『このバトルが終わるまでタイレーツをボールに戻せない』という、実質なんにもリスクを背負っていない制約だけだ。

 

(バドレックスの言う通り、私たちにはまだまだ支払えるものがある……!!)

 

「ヤー!!」

「ヘイ!?」

 

 攻撃のぶつかり合いによって、もう何度目かも分からない弾かれを受けたタイレーツがこちらにころがってくる。けど、すぐさま立ち上がって相手を睨みつけるタイレーツ。そんな彼らの隣へと移動した私は、タイレーツからちょっと驚いたような反応の雰囲気を感じるけど、気にせず前を見続ける。そして、その状態で技を指示する。

 

「タイレーツ。『はいすいのじん』」

「ッ!?……へへイ!!」

「「「「「ヘヘヘイ!!」」」」」

 

 私の指示にさらに驚きに反応を見せたタイレーツ。それはそうだろう。だって、『はいすいのじん』という技は、全ての能力を引き上げる代わりに、そのバトルが終わるまで技の使用者を下げることは出来ず、またこの技は本来は場に出てから1回しか使えないと言われている技だからだ。今回タイレーツは既に1回はいすいにじんを行っている。つまり、本来ならはいすいのじんはもう行うことが出来ない。

 

 けど、それが私の思い込みだったら?技の発動条件を、『交換不能』ではなく、『自身に対して何かしらの負荷をかける』だと思い込むことが出来るのなら?それなら、バドレックスの言う通り、私たちはもっと自分たちを追い込むことが出来るはず。

 

 そのことを理解してくれたヘイチョーは、周りに声をかけて陣を作り上げる。出来た陣は、Vを逆さまにしたようなもので、その頂点にヘイチョーがいて、左右にヘイたちが構えている。槍の先端のようなその陣は、下がることを考えておらず、これからは直進しか出来ない攻撃的なものとなっており、またその陣をこのバトル中は二度と解くことは無いと言う制約を自分に課していくことで、まず1回、はいすいのじんを発動させる。ほのかに身体を赤く光らせるタイレーツの能力がまた一段階上昇する。

 

 これで2回。……まだ、削れる。

 

「『はいすいのじん』!!」

「「「「「「へへイ!!」」」」」」

 

 次の一言で、タイレーツたちは自身の身体の右と左斜め前にある、盾の役割をしている殻を自身の側面まで持っていき、完全に防御を捨てた構えを取る。ヘイチョーを担う子が特に前に展開をしていたこの盾も、これから行う行動には全く必要ない。

 

 普段は前に展開し、その隙間から瞳を覗かせているタイレーツたちが、ここまで顔を見せてくれているのはかなりレアかもしれない。

 

 これで3回目。タイレーツたちの纏うオーラも、さらに濃くなっている気がする。

 

「でも……まだ、行けるよね?!」

「「「「「「ヘイ!!」」」」」」

「うん!!だから……ッ!!」

 

 私の声に大きな声で発言するタイレーツたち。その声の大きさに習うように、私も大きな声で宣言する。

 

 

「『はいすいのじん』!!」

「「「「「「ヘイッ!!」」」」」」

 

 

 私の大声の宣言と同時に、タイレーツたちがお互いを鼓舞するかのように身体をぶつけ合い、気合いを引きしめ、高めあっていく。

 

 退路を捨て、陣の選択肢を捨て、盾を捨て、既に3つの事柄を捨てたタイレーツが最後に捨てるもの。それは己の体力。身体をぶつけ合って味方を鼓舞するとは言ったけど、この際、味方に対して手加減をしている子は誰も居ない。全員が全員、陣形を崩さない範囲で全力でぶつかり合って、どんどん士気を高めていく。当然そんなことをすれば、お互いに傷つけあうために相応のダメージを受けることになる。けど、『そんなこと知るもんか』とばかりにぶつかり合うみんなは、その熱気を力へと変えていき、いよいよもってタイレーツたちがオレンジを超えて赤いオーラを……いや、もはや炎と言っても差し支えないのでは?と思うほどの力を滾らせている。

 

 先ほど挙げた代償にさらに自分の体力をささげたその姿は、傍から見ただけでもすべてを圧倒するかの如く、覇気を放っていた。

 

 全能力4段階上昇。その強さは、すぐに証明される。

 

「タイレーツ、『メガホーン』」

「……ヘイ!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 私の指示を聞いて自身の角を緑色に光らせたヘイチョー。彼の背中を押し出すように構えたヘイたちは、準備を整えたヘイチョーが声を上げると同時に声を返し、思いっきり地面を踏み込んで走り出す。すると、今までとはけた違いの速度と、地震でも起きるのではないかというくらい激しい踏み込み音をもって、タイレーツは爆ぜるようにその場から飛び出した。そのままカミツルギの身体ど真ん中に自身の角を叩きつけた。

 

「ヤ……タ……ッ!?」

 

 急に身体を襲うとてつもない衝撃に、思わず苦悶の声を漏らすカミツルギ。表情が全く変わらないのでどれくらい効いているのかはわからないけど、今日初めてのカミツルギの苦悶の声に、確かな手ごたえを感じる。特攻に等しいその一撃は、間違いなくカミツルギの身体の芯に叩き込まれたことだろう。

 

「スラ……ターン!!」

 

 先ほどと比べてとてつもない威力を誇るタイレーツからの攻撃。けど、カミツルギだってただやられるわけにはいかない。すぐさま反撃のリーフブレードを構え、自身をのこぎりのように回転させながら突っ込んでくるカミツルギ。タイレーツたちにとっては一度全員まとめて吹き飛ばされた、嫌なイメージのある技だ。けど、捧げる代償のありったけを払ったタイレーツにとって、カミツルギが何をして来ようともすることは変わらない。

 

「タイレーツ。『スマートホーン』!!」

「ヘイ!!」

 

 緑色だった角は鈍色へと変化。技の準備が完了と共に、先ほどと同じように爆発音を奏でながら突っ込む。

 

「ヤー!!」

「へヘイ!!」

 

 万物を切断する刀と、全てを攻撃に変換した最強の鉾がぶつかり合う。どちらも自身の身体をぶつけているはずなのに、ぶつかったときに響き渡る音は金属同士が激しくこすれ合う不協和音。甲高く、聞くだけで背筋に悪寒が走るようなその音は、今までのバトルであれば、タイレーツが弾かれて転がされることによって途切れていたけど、今回は逆だった。

 

「「「「「「ヘイ!!」」」」」」

「ヤッ!?」

 

 ずっと負け続けていた鍔迫り合いをついに押し切ったタイレーツ。のこぎりのように高速回転していたその身体は、タイレーツに弾かれたことによって回転を止められて、四肢に纏っていた緑色の光も霧散させられる。

 

 千載一遇のチャンス。

 

「タイレーツ!!『インファイト』!!」

「へヘイッ!!」

「「「「「ヘイッ!!」」」」」

「ヤ……!!」

 

 このチャンスを逃さないために、両の拳に渾身の力を込めて突っ込むタイレーツ。カミツルギも身の危険を感じ取ってすぐさま反撃に出ようとするけど、カミツルギが構えを取る前にタイレーツが懐に潜り込んだ。

 

「行って!!」

「へヘイ!!」

 

 ようやく手に入れた攻撃チャンス。これで決めるべく、タイレーツから繰り出される拳の嵐は、カミツルギの身体を正確に貫いて行く。カミツルギの身体に拳がぶつかるたびに聞こえてくる重い打撃音が、木々に反響して聞こえてくる。

 

「ピュイ!!ピュイ!!」

 

 いよいよ見えてきたバトルの終わりに、懐に隠れていたほしぐもちゃんも表に出て応援するかのように声をあげてくれた。それと同時に、カミツルギの後ろの方で小さく青色の光がほとばしり始める。その光は、ヨロイ島の巣穴でも見た覚えのある光だった。

 

「あれは……ウルトラホール!?」

「うるとらほーる……?あれの名前であるか?」

「うん。このカミツルギはあの穴を通ってこっちに来たんだ。カミツルギがウルトラビーストならまた出て来るかもって思ったけど、やっぱり出てきた!!ユウリ!!」

「わかってる!!タイレーツ!!あの穴に押し込んで!!」

「ヘイ!!」

 

 ついに現れたウルトラホール。あの穴に押し込めばカミツルギは元の世界に戻って、私たちの完全勝利になる。ようやく見えた希望の光に、タイレーツたちの力が更に入っていく。カミツルギもどんどん苛烈になっていく攻撃に対して耐えきれなくなっていき、ついに……

 

「ヤッ!?」

「飛んだ!!」

 

 タイレーツの拳に負けて後ろに吹き飛んだ。そのままウルトラホールまで飛んでいき、あとちょっとでカミツルギを追い返すことが出来る。しかし、すんでのところでカミツルギが最後の抵抗を見せた。

 

「ヤー!!」

 

 穴のギリギリで踏みとどまったカミツルギが、最後の力を振り絞って、自身の身体の周りに赤い剣を躍らせて構えを取る。

 

 つるぎのまい。さらにグーンと強くなったカミツルギのこうげき。恐らくその火力は、4回はいすいのじんを行ったタイレーツにも勝るとも劣らない……ううん、間違いなく勝っていると言っても過言ではないはずだ。攻撃のぶつかり合いになってしまえば、さっきと同じように弾かれてしまう事だろう。

 

 けど、それはあくまでも、攻撃力だけを見た場合だ。

 

「タイレーツ!!最後に行くよ!!『インファイト』!!」

「へヘイ!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

 

 本当に本当の最後のぶつかり合い。穴のギリギリで耐えているカミツルギを押し込むべく、タイレーツが最後の突撃を行う。これに対して、カミツルギもつるぎのまいで鍛え上げられた四肢に緑色の光を纏って待ち構える。

 

 拳と剣の最後のぶつかり合い。その勝敗はすぐについた。

 

「ヤ……ッ!?」

「へ……イ……ッ!!」

 

 天秤はタイレーツの方へ傾く。なぜなら、はいすいのじんで上昇しているのは攻撃だけではなく、全ての能力だ。攻撃だけが上がるつるぎのまいと違って、実際のぶつかりで重要な素早さや防御も一緒にあがることもあって、こういった遠距離からの助走をつけた一撃は今やタイレーツの方が有利になっている。速さの分だけさらに重く、防御の分だけさらに固くなった一撃は、攻撃しかあげていないカミツルギに対しては必殺の一撃となりえた。

 

「へ……へーイッ!!」

「「「「「へへイ!!」」」」」

「ヤ……タ……ッ!?」

 

 正真正銘最後の一撃。タイレーツの拳はカミツルギの緑の刃を打ち砕き、トドメの一撃を貰ったカミツルギは、その身体をウルトラホールへと落としていく。

 

「さよなら、カミツルギ。元の世界ではちゃんと生きるんだよ?」

「ピュピュイ!!」

 

 飛んでいくカミツルギの姿を見送りながら、そんな言葉をなげかける私。この言葉が終わると同時に、カミツルギを飲み込んだウルトラホールはゆっくりと閉じていった。

 

「……へーイッ!!」

「「「「「ヘイヘーイッ!!」」」」」

 

 最後に残ったのは、このバトルの勝者であるタイレーツの、万感の思いを込めた叫び声だった。

 

(勝てた……よかった……)

 

 その姿を見て、私は心の底から安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイ……ッ!?」

「タイレーツ!!」

「ピュイ!?」

 

 ウルトラホールが消え、カミツルギとの激闘が終わってすぐ。ホッと一息ついたのも束の間、激闘が終わったことによる安心感と、はいすいのじんを複数回行うために払い続けた代償のしっぺ返しがここに来て同時に襲ってきたのか、タイレーツが身体を崩してしまう。それが心配になった私とほしぐもちゃんは、慌てて駆け寄って身体を抱きしめる。

 

「本当によく頑張ったね。かっこよかったよ……ありがと……」

「ヘイ~……」

 

 ぎゅっと抱きしめて、さっきまでの激闘を制したことを心の底から褒めてあげる。抱きしめながら頭を撫でてあげると、とても気持ちよさそうな声が聞こえてきた。タイレーツも喜んでくれているようで、労っている私もとても幸せな気分になっていた。もちろんこの労いはヘイチョーだけでなく、他のヘイたちにも等しくしてあげていく。この6人だったからこそ、勝ちを手繰り寄せることが出来たから。

 

 一通り撫でて、そして抱きしめていったところで、再びタイレーツが少しだけ顔を痛みで歪めたので、私は次にやることへ意識を向けていく。

 

「早く怪我を治してあげないとだよね。タイレーツ、民宿まで我慢出来る?そこまで行かないときずぐすりが……」

「その心配は不要である」

 

 激しいバトルで傷ついた身体を癒そうとした時に、後ろから投げかけられる声。バドレックスのものであるそれに反応して振り返ると、私の視線と交差するように緑色の球が飛んできて、タイレーツへとぶつかった。

 

「ふぇ!?」

「安心するのである。攻撃技では無い。……というより、ここで追い打ちはなかなか鬼畜ではあるまいか?」

 

 いきなり飛んできたその球に驚いて変な声を挙げてしまうけど、バドレックスの説明と、球が当たった後に光に包まれたタイレーツを見て、ようやくバドレックスがしてくれたことを理解した私は、そっと息をこぼした。

 

「『かふんだんご』である。完全に体力を戻すことは不可能ではあるが、少なくとも、かなり回復はできるはずである。気分は如何程であるか?小さき英雄たちよ」

「「「「「「へへイ!!」」」」」」

「うむ、良かったのである」

 

 かふんだんごを受けたタイレーツたちは目に見えて傷が治っており、返事の声も大分明るいものへと変わっていた。とは言っても、これはあくまでも応急処置だ。民宿に戻ったら、ちゃんと手当てしてあげよう。

 

「お疲れ様、ユウリ」

「フリア!ありがと……って、フリアは大丈夫!?背中は……」

「あはは、ボクの背中のダメージはヨノワールが感じたもののフィードバックだから、実際に怪我したわけじゃないから大丈夫。ヨノワールも、バドレックスの『かふんだんご』で治して貰ったからもう平気だよ」

「よ、よかった~……うぅ……」

「っとと、ユウリ!!」

 

 フリアの無事を知った私は、タイレーツと同じように緊張から解放されて思わず膝をつき、同時に今ここが極寒の世界だということを思い出して、身体を震わせる。

 

「ユウリこそ大丈夫?はい、温まって~」

「え、ちょ……」

 

 タイレーツをボールに戻しながら身体を震わせていると、カイロを持ったフリアの手が私のほっぺを包んでくる。

 

「ふふぃふぁ……?」

「お疲れ様ユウリ。今回は助けられちゃった。……ありがとね?」

 

 そういいながらゆっくりと私を褒めてくれるフリア。その手がとても温かくて。

 

「で、でも最初はむしろかばわれて……」

「それでもだよ。そこから1人で戦って、カミツルギを退けたのはユウリの実力でしょ?自分の成長には胸を張らなきゃ」

「自分の……成長……あ……」

 

 フリアの言葉で思い出されるのはウルガモスと戦った時のこと。あの時は最終的には勝ったけど、途中心がくじけてフリアに守られてしまった。けど、今回はその逆だ。

 

「怪我をしたヨノワールをかばって前に出て、タイレーツと一緒に全力で挑む姿、かっこよかった!」

 

 バドレックスの援護があったけど、それでも確かに自分1人で勝つことが出来た。

 

「これはユウリとのバトル……気が抜けないね~。楽しみにしてる」

「っ!!」

 

 その言葉は、とても私の心に刺さって、同時にフリアに認められたような気がして……

 

「ユウリ?大丈夫?」

「え?」

 

 フリアに心配されて最初は実感がわかなかったけど、どうやらその言葉がとても嬉しくて、頬の暖かさに少し液体が混じっていたようだった。それを気にしたフリアが、更にぎゅっと抱きしめながらあやしてくれた。

 

「本当に……お疲れ様……」

「……うん」

 

(私……ちょっとは隣に立てる人に……なれたのかな……?ううん……もっと、成長しなきゃ……!!)

 

 その温かさに甘えながら、私はさらなる成長を心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、フリアにされていたことを思い出して、1人悶絶しちゃったのは内緒……です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はいすいのじん

説明がある通り、実機では交換不可になる代わりに全能力上昇。そして、場に出てから一度しか使えないという技なのですが……正直こういった積み技をする場合はその場にとどまるのがほとんどなので、実質代償はないですよね。立ち回りでタイプをごまかせるアニポケ的戦闘においては、ますます意味のない制約です。なので、ここでは制約を選べ、そのうえで能力を上げるという方向性に。

小ネタ

実は実機でもはいすいのじんを何回も使う方法があったりします。それは、はいすいのじんを行う前に、くろいまなざし等で逃げられない状態にされている場合ですね。こうなると、『はいすいのじんでにげられない』というテキストが出ず、これがキーなのかこれから何回でもはいすいのじんが行えるという……やっぱり、本気を出せば何回でもできそうですね。




というわけで、タイレーツ強化回でした。さぁ、書きたいこともかけたので、ようやく……






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195話

「なるほど、そんなことがあったのね……」

「ほりゃぁふぁいふぇんふぁっふぁなぁ~」

「うん、ジュンはご飯を食べきってから喋ろうか」

 

 昨日の夜、ユウリがカミツルギを下し、無事に帰ることが出来たボクたちは、民宿に戻って、冷えた身体を温めるためにもう一度シャワーを浴びた後に、余程疲れていたのか、まるで倒れるようにして眠りについた。ユウリは当たり前だけど、どうやらボクも、何もしていなかったとはいえ、背中に受けた痛みとユウリを見守っていた時に感じていた緊張がかなり大きかったみたいで、自分でも驚くほど一瞬で眠りに落ちてしまっていた。そんなこともあってか、ボクとユウリは次の日は起きるのが遅れてしまい、他のみんなが朝食の準備を終えたくらいでようやく目を覚まし、そこで昨日のことを何となく察しているみんなに何があったのか聞かれたので、それに答えたことによって冒頭に繋がるというわけだ。

 

 この話を聞いたヒカリとジュンは相槌をうちながら言葉を返してくる。いや、ジュンは食べ物を含んでいるせいで何言ってるか分かんないんだけどさ。

 

「とりあえず、あなたたちが無事でよかったわ。一応その辺についても、あとはこちらで色々連絡してみるわ」

「3人目のUB……ここに来て少し不穏ね……」

「何も無ければいいのですが……」

 

 ボクとユウリの言葉を聞いて、神妙な面持ちになるのはシロナさん、カトレアさん、そしてコクランさんの3人だ。ボクとユウリが出会った出来事が、かなり重要度の高いものであることは理解しているけど、シロナさんたちがここまで真剣に話している姿を見ると、事の重大さを余計に認識させられる。

 

「ま、次に出てきたら今度はオレが追い返してやるけどな!!」

「いいなそれ!オレも乗っかるぞ!!」

「随分な自信と……」

「あはは、出来ればもう出会わないことが理想なんだけどね……」

 

 そんな少し重い空気もジュンの一言で少し軽くなる。おかげでホップやマリィ、ユウリも、割といつも通りのテンションで会話をできていた。……いや、ユウリだけは少し顔を赤くしてる気がする。何かあったのだろうか?

 

「大丈夫である。もし同じことが起きたら、次はヨも全力で戦おう」

「頼もしいわね」

 

 胸を叩きながら嬉しそうに喋るバドレックスに微笑みながら返すシロナさん。ボクたち全員も同じような表情を浮かべていた。

 

「しっかし世の中変なポケモンもいるんだなぁ……シャクちゃんが余計に心配になってきちまったぜ……」

「なら、またダイマックスアドベンチャーの様子を見に行きます?幸い、今日は食材調達のために駅の方に行きますし、巣穴はその途中にあるので……」

「そうだな……さすがに気になるし、1度確認しに行くか!!」

 

 一方で、ボクたちがウルトラビーストと出会ったことで娘のことが心配になってきているピオニーさん。シャクヤのことを心から愛しているピオニーさんからすれば、今回のことは確かに気が気じゃないだろう。これを機に1度安否確認を取るのは大事だ。よくよく考えなくても、ずっと洞窟で寝泊まりしているみたいだから、その点でも不安要素はあるしね。

 

「うしっ!!そうと決まれば早く会いに行ってやらないとな!!シャクちゃ~ん!!待っててくれよ~!!」

「うるさい……」

 

 今日の予定が固まったことで、またいつもの猪突猛進モードに入るピオニーさん。叫び声を上げながら、けどご飯は粒も残さないほど綺麗に、そして丁寧に素早く掻き込む姿を見ながら、カトレアさんはぼそっと悪態をつく。もはや見慣れた様式美に、思わず苦笑いを浮かべていると、シロナさんが何かを思いついたかのように手を叩き、ピオニーさんに声をかける。

 

「そういえばピオニーさん。今更なのだけど、本当に良かったのかしら?」

「ん?何がだ?」

「いえ、あなたがここに来た理由は、最愛の娘とカンムリ雪原の伝説を巡るためなのでしょう?」

「おう、そうだな」

「その肝心の伝説……もう全て確認してしまったのだけど……」

「……はっ!?」

 

 シロナさんの言葉にピオニーさんはもちろん、声に出さないだけで、ボクたちも同じような表情を浮かべてしまう。シャクヤのためにせっせと集め、そして本当に存在した伝説たち。彼らとの出会いは貴重で、それこそシャクヤの父親に対するイメージを覆すには十分の内容ではあったけど、その肝心の冒険をボクたちの手で消化してしまった。これではダイマックスアドベンチャーに満足して帰ってくる彼女を満足させることができず、下手をすればまた洞窟へとトンボ帰りする可能性がある。それに気づいたピオニーさんは、ご飯を食べ追えると同時に焦り始める。

 

「く、くそぅ……このままじゃあシャクちゃんがまたドリュウズ生活に戻っちまう……うおおおおぉぉぉ!!なんでもいい!!今からトンデモない伝説をでっち上げて、ド・面白そうな冒険チャートを……」

「さすがに嘘は辞めなさい……」

 

 暴走手前まで行くピオニーさんと、それを何とか宥めるシロナさん。そしてその横でまた呆れるカトレアさん。いつも通りすぎてもはや安心感さえ覚え始め、なんならヒカリたちはもうそちらの会話には興味はなく、別の方へと話題は変わっていく。

 

「それよりもユウリ~。朝からよそよそしいけど、昨日何かあった?」

「ふぇ!?な、何もないよ?」

「……怪しか」

「よねよね!!なんだかラブでコメディな香りするわよね!!」

「うん。これは詳しく聞かないと……」

「ほ、ほんとに何も無いんだけど!?フリア!!助けて!!」

「あ、アッハハ……」

 

 こうなったらもう誰にもヒカリは止まらない。諦めてもらうとしよう。

 

 こうして女性陣は女性陣で別の話題で盛り上がる。ちなみにホップとジュンは食べることしか脳がない。全員マイペースで各々のやりたいことではしゃいでいる姿は、ここ最近伝説を求めて走り回っていたのと比べるととてもまったりしていて、なんとも気の抜ける風景だった。

 

「平和だね~」

「ブラ~……」

 

 そんな風景を見ながら、ボクは膝の上で気持ちよさそうにしているブラッキーの頭を撫で、紅茶をゆっくりと口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「はぁ……はぁ……」

 

 自然と吐き出される俺の荒い息。そんな俺の視線の先には、相手のピクシーと俺のストリンダ―がボロボロの姿でにらみ合っていた。どちらも見た目以上に満身創痍で、今すぐに倒れてもおかしくない状態となっていた。そんななか、お互いの最後の指示が飛ぶ。

 

「…………『ムーンフォース』」

「『ヘドロウェーブ』!!」

 

 月の輝きと毒の波。お互いのポケモンが全力で放ったその技は、ぶつかり合うことなく相手に直撃してしまう。当然俺のストリンダ―はこれを耐えられるほどの体力はなく、しかもこの技が急所に当たってしまったため、苦しそうな声を上げながら地面に倒れ込む。

 

 一方で、相手のピクシーも弱点であるどく技を受けているため、残りの体力を考えてもこれで戦闘不能になることとなる。それを見届けるためにピクシーに視線を送ると、しかし俺の予想を上回り、ギリギリの淵でまさかの耐えきりを見せていた。

 

「ほんと、わけわかんないよな……」

 

 相変わらずのそのおかしな能力に本当に嫌になる。けど、どうやら今回はこちらにもちゃんと天秤が傾いていたみたいで……。

 

「ピ……ク……」

 

 ギリギリで耐えきったと思われたピクシー。そんな彼女の頭の上で、紫色の泡が弾ける。これの効果は、先ほどのヘドロウェーブの追加効果で起きる毒状態の証拠。ここまでありえない粘りを見せたピクシーも、急に患ってしまった毒の前では耐えきることが出来なかったのか、毒に身体を蝕まれてそのまま地面に倒れた。

 

 このバトルの結果が、引き分けに決まった瞬間だった。

 

「しょ、勝負ありです!!この勝負、両者戦闘不能の引き分けです!!」

「く……っはぁ……」

「…………」

 

 息の詰まる戦いが終わり、ようやく思いっきり力を抜けるようになった俺は、大きく息を吐きながらナギサシティの砂浜に背中から倒れた。けど、このままだと相手に失礼だと思い、倒れた時の反動を使って上半身だけでも何とか起こし、砂浜に座り込んだまま対戦相手に言葉を告げる。

 

「今日もバトルありがとうございました!」

「…………」

 

 俺の言葉に相変わらず無言を貫く彼。しかし、それは無視しているというわけではなく、単純に彼自身の心の問題なので、俺は特に気にすることなく、目の前で目を回して倒れているストリンダ―に向けてリターンレーザーを伸ばしていく。

 

「お疲れ様ストリンダ―。よく頑張ってくれたな」

「お疲れ様ですマサルさん。今日も凄いバトルでしたね。それに、内容も今までで一番よかったですし……あ、これお水です」

「ありがとうございますミカンさん。けど、やっぱりまだまだですね……本当にトップの壁は高いや……」

 

 ボールに戻したストリンダ―を労いながら、彼が入ったモンスターボールを撫でていると、今回も審判を担ってくれたミカンさんが言葉をかけながらお水をくれた。それを受け取った俺は、その封を開けながら豪快に飲み干していく。疲れた身体に冷たい水がしみわたる感覚が気持ちよく、飲み終わると同時についつい息を漏らす。

 

「んん~……いいところまではいくんだが、やっぱりむずかしいなぁ……」

「あと少しなんですけどね……」

「俺的にはそうは思えないんですけどね……」

「それは……」

 

 俺が少しネガティブな発言を残していると、ミカンさんの言葉が詰まってしまう。

 

 俺とコウキさんのバトルは、あれからもほぼ毎日のペースで行われていた。使うポケモンこそコロコロ変わってはいたけど、行っているルールはずっと3対3。いろいろな組み合わせを利用したコンボ攻めだったり、交代を主軸に置いたサイクル戦だったりと、あの手この手で攻めてみたものの、結果は全戦全敗。今日のバトルで初めて引き分けまでもっていくことが出来たけど、それだって低い確率を引いて相手に毒を与えて、それで何とか持っていけただけだ。たとえこれで勝ったとしても、俺は納得をすることはできなかっただろう。……いや、相手の攻撃がやたら急所に当たったり、謎の耐えを見せられたり、謎のタイミングで急に状態異常が治ったりという、おそらく普通のトレーナーにとっては十分納得いかない現象は起きまくっているんだが……

 

「いやぁ、こんなにもどうすればいいのかわかんないのは初めてだなぁ……」

 

 何をしても勝てず、どうしても突破できない。ここまで手詰まり感を覚えたのは、ダンデさんとのバトルでもなかった。しかもやばいのがこれがまだ3対3だという事。もしフルバトルだったらと考えると、想像もしたくない。

 

 まさに手詰まり。何もすることがない状態。これほどまでに差があるのかと、その壁の高さに委縮してしまう。

 

 では、今の俺は絶望しているのかと聞かれると、その答えは否だった。

 

「でも、その割には楽しそうですね……?」

「……っはは、そう見えます?」

 

 ミカンさんの言う通り、これほどの巨大な壁にぶつかっておきながら、俺の表情は全く陰ることはなかった。

 

 最年少タイのチャンピオン。曰く、歴代最強とうたわれるそのチャンピオンの実力をここまで感じれるのはまさに貴重な体験で、ここまで強い人とここまで戦えることに少なくない高揚感を感じていた。

 

 世の中には、こんなにも強い人間がいるのか。

 

 それをリアルタイムで肌に感じられるこの瞬間が、俺は何よりも好きだった。それに、何も全く前進がないわけではない。さっきも述べた通り、俺は今まで全戦全敗だったのに今回は運が多分に絡んでいるとはいえ引き分けまでもっていくことが出来た。それはつまり、ちゃんと俺が育っている証拠。

 

 俺はまだまだ強くなれる。そのことがわかっているのに、今ここで心が折れるなんてもったいない。

 

「ふふ、本当に楽しそうに話しますよね」

「実際楽しいですからね」

 

 そんな俺の心情につられてか、ミカンさんの表情も明るくなっていく。ここ数日ずっと一緒にいるから、ミカンさんの顔自体はもうかなり見慣れてしまっているけど、やっぱりこうして朗らかに話している時間は好きだなと、改めて実感をする。本当にミカンさんとあえてよかった。

 

「では、今日はこれからまた特訓に行きますか?」

「ああ!……って言いたいんですけど、そろそろ準備を進めておきたくはあるんですよね~……」

「準備……ってあ、そういえば……」

 

 俺の言葉で思い当たるものが見つかったミカンさんは、納得と言った表情を浮かべながら手をポンと叩く。その様子に対して、俺は頷きながら先ほどの準備という言葉の補足をしていく。

 

「そろそろガラル地方のジムチャレンジが終わるころなんで、ここら辺で一度ガラル地方に帰ろうかなって思ってるんですよね。今年のジムチャレンジには妹が出てるんで、さすがに本戦は実地で視たいな……」

「予選を突破できない可能性とかは考えたりは……あ、いえ、これはそう意味では……」

「あはは、分かってますよ」

 

 受け取り方次第では勘違いしてしまいかねない発言だったため、慌ててミカンさんが謝って来るけど、俺はミカンさんがそんな人ではないことは理解しているので笑って宥める。

 

「勿論100%突破できるかって言われるとあやしいけど、それでも俺の妹ですからね。ちょくちょくニュースを見る限りだと、どうやら注目選手の1人として紹介されているみたいだし、もしかしたらって……ちょっと期待しているんですよ」

「……妹さんのこと、大事にしているんですね」

「まあ……そうですね~……別段仲が良いとまではいわないんですけど、なんだかんだ身内ですから、気にはしますよ」

「いいお兄さんですね」

「や、やめてくださいよ……」

 

 いつになく温かい表情でこちらを見て来るミカンさん。その表情がとてもむず痒くて、ついつい目線を逸らしてしまう。そんな視線から逃げるかのように、俺はスマホロトムを呼び出しながら、その場でニュース番組を視聴する。内容は勿論ガラル地方のジムチャレンジの内容だ。

 

『さぁ今年も大変盛り上がっておりますジムチャレンジ!!今日は新しくジムチャレンジを突破した2人の選手をご紹介します!!まずは━━』

 

 ミカンさんから逃げるように開いたスマホロトムからは、ニュースキャスターの人がジムチャレンジに関する速報を連絡していた。画面にはシルクハットっとメガネをつけた金髪ロングの男性選手と、褐色の肌に黒色のリボンがついたカチューシャをつけた女性格闘家のような選手が表示される。片方は俺の知っている人だが、もう片方は知らない人だ。

 

『どちらもそれぞれエスパータイプとかくとうタイプのエキスパート選手ですね!!これは大会でも活躍が期待できます!!さぁ、この2人がジムチャレンジを突破したことにより、今回のジムチャレンジクリア者の数が8人となりました!!この数は凄いです!!歴代で1番多いのではないでしょうか!!』

 

 少し興奮気味に喋るキャスターの人。確かに、俺もジムチャレンジの内容は毎年欠かさずチェックはしているが、突破者8人というのは聞いたことがない。この盛り上がり具合も納得だ。

 

『今年は豊作ですね!!ではそんな優秀な選手が多い今回のジムチャレンジの突破者を順番に見ていきましょう!!』

 

 キャスターの人の言葉と同時に並べられる8つの顔写真。その中の4つが、俺のよく知る顔だったことに、思わず声を出す。

 

「ほら!やっぱり!!それにホップも一緒に突破しているんだな!!あいついつも『アニキみたいになりたいんだ!!』って言ってたもんなぁ……いやぁ、やっぱり知っている人が出ているのを見るとワクワクするな!!それと……セイボリーさんとクララさんも突破してるのか!!これは同門として目が離せないな……」

「ふふふ、そうですね」

「っと……すいません。ついつい嬉しくて……」

「いえいえ、そんなに楽しそうに話すマサルさん、凄く珍しいからちょっといいなぁって」

「だ、だから!そういう恥ずかしい所突くのやめてくださいよ……」

 

 いつになく悪い笑顔を浮かべながらこちらを見てくるミカンさん。はて、この人はこんな性格の人だったろうか?まぁ、これが長い付き合いからくる遠慮のなさなら、全然いいんだが……

 

「ですが突破者8人……わたしもガラル地方のジムチャレンジについてはよく見るのですけど、確かにこの人数は多いですね……キャスターさんの言う通り、豊作っていうのがよく分かります」

「しかもただ豊作ってだけじゃない。凄い人に推薦されている人が多いっていうのが今大会のレベルの高さを物語ってますね」

「推薦……ああ、確かジムチャレンジって推薦状がないと出られないんでしたっけ。推薦者も一緒に公開されているんですか?」

「はい。それによると今回突破した人たちの推薦者は、ダンデさんだったり、俺のお師匠だったり、極めつけは元シンオウチャンピオンのシロナさんだったりと、普段なら絶対推薦状を書かなかったり、初めて推薦状を書く人もいるから、余計にそれだけの人がいるんだなと際立って見えるんですよね」

「確かに、それだけ聞かされると前情報だけでも期待が持てそうですね」

 

 俺とミカンさんがジムチャレンジの仕組みを話している時にも、今開いているニュースは流れていく。その内容はそれぞれのプロフィールや推薦者、使用しているポケモンと言った、基本的な情報からそれぞれの選手のハイライトシーンが映し出されていく。このハイライトの順番は、ジムチャレンジの突破順らしく、たった今最初の突破者であるマクワさんの紹介が終わり、次の突破者へと移るところだった。

 

「そんな選手が8人も……ただの豊作ではないのが、とても気になる部分ですね。……ちなみに、前回ジムチャレンジを突破して、ダンデさんの下まで行ったマサルさん的に、今回の優勝者は誰になりそうですか?」

「それは勿論、俺の妹……って言えたらいいんですけどね……」

「……?」

 

 ハイライトシーンを眺めていると、ミカンさんからそんな質問が飛んでくる。これに対して俺は自信満々に答えようとして、途中でその勢いを落としていく。その様子に首を傾げられたので、俺はそのまま補足説明を入れていく。

 

「身内びいき無しで発言すると、ユウリはトレーナー経験っていうのがないんですよ。俺は師匠に特訓してもらってからの出場だったから、それなりに経験を積んで参加できたんですけど、ユウリは多分そんな期間は取っていない。ってなると、セイボリーさんやクララさんと言った経験者が多い大会だと、どうしても遅れてる部分が出て来るんですよね」

「成程……確かにポケモンバトルって経験値がものを言いますもんね、そういう意味では、今回は初心者が少ないってことですか……」

「まぁ、推薦状を貰って出てる時点で、このジムチャレンジはむしろ初心者の方が少ないんですけどね……そういう意味では、初心者なのにここまで上がってきているユウリとホップは、むしろ天才なのかもしれないですけど……」

 

 基本的にジムリーダーたちの下で修業を積んでからここに来ている以上、参加者はそのほとんどがそこそこのキャリアを積んでいる状態で参加している。それでもなお、カブさんのところを突破できる人でさえ、半数を切る難易度。そんなチャレンジを初心者で突破しているのは才能と言っても過言ではない。そういう意味では、逆にユウリの優勝は確かに高いんだけど……

 

「今回ばかりは、この人がなぁ……」

 

 俺が言葉を零しながらスマホロトムを見ると、その画面にはとある選手のハイライトシーンが流されていた。その選手の戦い方は、正直一言では言い表せない。攻撃も防御も立ち回りもすべてが高水準。そのうえでポケモンの特性をしっかり理解しており、アドリブに弱いように見せて、作戦の構築が上手いせいでその弱点を華麗にごまかし切って見せているその立ち回りは、今回の突破者の中でも明らかに頭一つとびぬけていた。

 

「その選手……凄いですよね。わたしも少しバトルを見たんですけど……なんというか……とにかく巧いです。この言葉だけでは全然足りないくらいには……」

「ですよね~……この番組でも紹介している通り、本線はこの選手じゃないかなぁと……」

 

 ミカンさんと意見を合わせながらハイライトシーンをそのまま見るけど、やっぱり巧い。そんな彼のバトルを見つめながら、俺はぼそっと言葉を零す。

 

「フリア選手か……戦ってみたいなぁ……」

「…………フリア……?」

「……え?」

 

 そんな俺の言葉に、今まで何の反応も示さなかったコウキさんが、初めてアクションを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マサル

一方その頃。こちらはこちらで何かが起きている様子ですね。




さぁ、書きたいことも一通り書き終えましたのでいよいよ……






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196話

「モスノウ!!『むしのさざめき』!!」

「フィー!!」

 

 モスノウを中心に緑色の音波が飛び交い、あらゆるものを巻き込んで荒れ狂う。

 

「ブラッキー!!『でんこうせっか』からの『あくのはどう』!!」

「ブラッ!」

 

 そんな攻撃の嵐を駆け抜ける一陣の黒い風。そんな彼から漆黒の波動が放たれて、緑の音波に負けじと進軍していく。

 

「マホイップ!!『ドレインキッス』!!」

「マホッ!!」

 

 そんな緑と黒が荒れ狂う場所に突如現れるのは、地面に伸ばされたクリームより飛び出す、甘い香りの中にほんのりミントを混ぜて漂わせるクリームの塊。彼女から放たれたピンクの光は、この両者の攻撃を仲裁するかのように飛んでいく。

 

 同時に引き起こされる爆発音と土煙。

 

「エルレイド!!『リーフブレード』!!インテレオン!!『アクアブレイク』!!ヨノワール!!『かわらわり』!!」

「エルッ!!」

「レオッ!!」

「ノワ……!」

 

 そんな音と土煙を切り裂くように飛びこむ3つの影。それらは、土煙の中心でお互いの攻撃をぶつけ合って、先程に負けないほどの衝撃音と風圧を巻き起こし、土煙とクリーム全てを弾き飛ばす。そのあまりにも激しい勢いに、ついつい目を閉じそうになるけどしっかりと前を見据える。

 

 しばらく3人による鍔迫り合いが行われるものの、程なくして全員が同時に後ろに下がることによって、鍔迫り合いも終了。全員が一定の距離を保ち、お互いを見つめ合うことで、この場を静寂がつつみ始めた。

 

「……よし、今日はここまで!!みんなお疲れ様」

 

 その静寂は、ボクの言葉によって終わりを告げ、ボクの声を聞いた瞬間に気が抜けたようにみんなからほっとしたような声が聞こえてきた。

 

「ブラー!!」

「マホー!!」

「フィー!!」

「っとと、よしよし、みんなも頑張ったね」

 

 と同時に、ボクの手持ちの中では甘えん坊よりのブラッキー、マホイップ、モスノウが飛びついて来た。全員の頭や身体を優しく撫でながらゆっくり労っていると、その後ろからヨノワールたちもやってくる。

 

「みんなも大丈夫?調子は良さそう?」

「エルエル!!」

「レオ」

「ノワ……」

 

 この3人にも確認の言葉を投げてみると、返ってきたのは元気な返事。普段あまり言葉を発さないヨノワールでさえ、今回は気合いが入っているのか言葉を返してくれた。それが嬉しくて、ボクもついつい笑顔で頷き返してしまう。

 

「みんなコンディションは抜群だね。この調子で身体を大切にして、本番を迎えよう!!」

 

 ボクの〆の一言に、みんながもう一度返事を返してくれる。そのことに満足しながら、ボクはスマホを取りだし、今日の日付を改めて確認する。そこには、ボクたちがジムチャレンジを終えて2ヶ月近くたったあとの日付が表示されていた。

 

「あと少し……もうちょっとだね」

 

 この期間は長いようで、けどヨロイ島やカンムリ雪原を駆け回っていたためとても楽しく、あっという間に過ぎていった。濃密な時間を過ごしていくことで、確かなレベルアップも果たしている。心身ともに万全と言っても差し支えないだろう。

 

 あとは、全力を出すだけだ。

 

「いよいよ始まるね。……本戦が!」

 

 今日の特訓を終えたボクの視線は、シュートシティのスタジアムの方へと向けられていた。

 

「……頑張ろう!!」

 

 そんな言葉を零しながら、ボクは胸元のにあるうしおのおこうで作られたペンダントをぎゅっと握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、フリア!!もう帰ってきてたんだな!!体調はどうなんだ?」

「ホップもお帰り!!ボクの方は大丈夫だよ。そっちこそ大丈夫?」

「おう!!いつでも戦えるぞ!!なんなら今からでも始めたいくらいだぞ!!」

「やる気満々だね~」

「あったりまえだぞ!」

 

 特訓を終えたボクは、大会本戦が近づいてきたということで、長らく過ごしていたヨロイ島とカンムリ雪原を離れていた。場所はシュートシティの『ロンド・ロゼ』。ボクたちがジムチャレンジを突破し、突破者の特典として泊まる部屋を用意された場所兼、ダンデさんにヨロイ島とカンムリ雪原に行くためのチケットを貰った場所だ。

 

 実に数ヵ月ぶりのホテルへの帰還だったのだけど、いまだに突破者として部屋を借りられていたらしく、しかもこの間にもしっかりと掃除をしてもらっていたため、帰ってきたときでさえ、連絡を入れていなかったのにいつ帰ってきてもいいように清潔さを保たれていた。本当にジムチャレンジというのを重く置いているんだなぁと改めて実感した瞬間だった。

 

 なんというか、さすがにちょっと申し訳なく思ったよね。

 

 そんなホテルに帰ってきたのは勿論ボクとホップだけではない。特訓を終えて、ホテルのロビーでホップと楽しく談笑していると、程なくしてこちらに近づいてくる影が現れる。

 

「あ!2人とも帰ってきたんだ!!」

「珍しか。むしろここに来るの一番最後と思ってたと」

 

 その影の正体はユウリとマリィ。2人ともボクたちと同じく、大会が近づいてきたのでこちらに戻ってきた次第だ。

 

「ユウリとマリィこそ、結構早めに切り上げてるよね?」

「あはは、まぁね」

「さすがに今日は早く切り上げてしまいたくなると」

「それもそっか」

 

 時計を見てみれば時間はまだ14時程を差しており、ボクたちの活動時間を考えるのなら、むしろ今から活発化するまである時間帯だ。そんな時間にこうして特訓を切り上げてここに戻ってくるのはたしかに珍しい。特に、ホップはこういう時は間違いなくギリギリまで煮詰めてしまうタイプだから、マリィたちにとっては尚更珍しい状況になっていることだろう。それだけ明日行われることに対しての緊張感と楽しみと、そこに向けての体調管理を優先したいという証左なのかもしれない。

 

「いよいよ明日からなんだぞ。そこで無様な姿なんて見せられないからな!!……やれることはやった。あとは万全の体調で望むだけだぞ!!」

 

 明日に思いを馳せながら、旅の初めと比べるとひと回りもふた回りも成長しているホップの姿に、思わず頬が緩んでしまう。一時期スランプに陥り、それでも諦めずに前を向き、ようやく自分とちゃんと向き合えるようになった彼は、明日以降も堂々とした姿で歩くことができるだろう。勿論それは ユウリとマリィも一緒だ。

 

 ユウリはおそらく見つけることが出来たであろう新しい目標に向かって。そしてマリィは地元への愛を糧に。

 

 各々が心に宿す大きな思いを目標に、大きく前進することとなる。

 

 そしてそれは、ボクにも言えることだ。

 

(ここで勝って……また挑むんだ……!!)

 

 見つめ合うみんなの瞳には、既に闘志が溢れている。明後日以降は、この瞳がさらに燃え上がるのだろう。

 

「ん……?おや、皆さんお集まりでしたか」

「お!!もうみんな集まってバチバチって感じィ?」

「いい気合いですね。その熱気、わたしにも伝わってきそうです」

「もっとも、今大会最後まで勝ち残るのはこのワタクシですがね」

 

 この闘志を抑える術が見つからないボクたちが、少し気持ちをもてあましていると、ボクらの元へ新しく4つの声が聞こえてくる。そちらの方に視線を向ければ、そこにはボクたちにとっては一時期共に旅をした仲間かつ、今回しのぎを削るライバルでもある4人の姿があった。

 

「マクワさん、お久しぶりです!!」

「クララ!元気しとう?」

「そういうサイトウさんも、凄く熱くなっているのが分かります!!」

「お、優勝宣言か!?でも、優勝は渡さないぞ!!セイボリー!!」

 

 マクワさん。クララさん。サイトウさん。そしてセイボリーさん。

 

 楽しい思い出も辛い思いでも分かちあった、ボクがガラル地方で出会った大切な仲間たち。そしてなによりも、今回のジムチャレンジを最後まで駆け抜けた、正しくガラルの未来を担う希望の花たち。

 

 今や世間の注目を集めてやまないメンバーが、今ここに集結した。

 

「フリアも元気そうでなによりですよ」

「うちは元気いっぱいだぞォ!!」

「やはり伝わってしまいますよね。まだまだわたしも甘いですね」

「ふふふ、進化したワタクシを前に、同じことが言えますかね!!」

 

 マクワさんは落ち着いた声色で、クララさんは元気いっぱいに、サイトウさんは自分に厳しくしながらも、楽しみという気持ちを抑えられないのか微笑みながら、そしてセイボリーさんは自信満々に笑いながら、それぞれ自分たちへと声をかけてくれた人に返しながら、そのまま談笑に花を咲かせていく。

 

 みんなに習って、ボクもマクワさんと久しぶりの会話を初めて行く。

 

「いよいよですね」

「ええ。明日の結果次第でどうなるのかは変わってしまいますが、どう転んでも恨みっこ無しで行きましょう」

「当然です!!ぶつかる時は……本気で行きます!!」

「ええ」

 

 キルクスタウンで別れて以来のマクワさんとの再会は、とてもメラメラしたものとなった。普段の立ち回りや言動が割とクール寄りなマクワさんにしては、感情が多分に含まれた言動だったため、ボクもつられて熱くなってしまう。

 

「兎にも角にも、まずは明日、ですね」

「はい。ボクも今からどうなるのか楽しみです」

 

 ボクたちの会話で出て来る『明日』という発言。これは明日、ボクたちにとって大事な要件があるからだ。

 

 その用件の名前は、トーナメント抽選。

 

 ジムチャレンジの期限の締め切りが今日の15時……つまりあと1時間後となっており、終了時間到達と同時にジムチャレンジ突破者が改めて発表。それが終わった次の日に、突破者を集めて全員の軽い紹介をし、そしてトーナメントの抽選という流れの式を行うことになっている。

 

 そう、このトーナメント抽選の結果によって、今ここにいる8人がどうぶつかり合うかが決まってしまう。そんな重大なことを、ここにいるメンバーが気にならないわけがない。ボクたちがそわそわして、練習を早めに切ったのはこれが理由だ。

 

 勿論、まだジムチャレンジは終わっていないためここからまだ人数が増える可能性はある。けど、セイボリーさんとサイトウさんの突破の知らせを見て以降、残念ながら他の突破者が出たという知らせは何1つ入ってきていない。もっと言えば、ボクたちとセイボリーさんたちの間にも突破者がいたという話も全く聞かないので、ボクの情報にぬけがなければ、ここにいる8人だけが今のジムチャレンジの突破者だと思われる。

 

 どうでもいいけど、突破者が全員自分の知り合いというのはちょっと面白いよね。

 

「おいおい!2人で盛り上がるんじゃないぞ!!オレとも当たったら全力バトルだぞ!!」

「わ、私だって!!」

「あたしも、手加減は抜きと」

「わかってるよ。そんなことできる相手とも思っていないから……!!」

「「「……」」」

 

 ボクが真面目な顔をして返すと、ユウリたちも少し嬉しそうに、けど表情を引き締めてこちらを見つめてくれた。それだけボクのことを1つの壁としてみてくれているという事だろうか。

 

(その思いには……ちゃんと応えないとね……)

 

 応えられる余裕があるかどうかは、若干怪しくはあるけどね。

 

「っと、そろそろ時間ですね」

 

 そんなこんなで、みんなでいろいろ話していると、サイトウさんがスマホロトムを確認しながらぼそっと言葉を零す。それにつられて、各々が手持ちの時間を確認できるものに目を通すと、確かにサイトウさんの言う通り、時刻がちょうど15時をお知らせした。

 

 それと同時に、ホテルのロビーから確認できるテレビや、街のいたるところにある放送器具から、速報が流れだす。

 

『皆さんこんにちは!!たったいま15時を訪れたことをお知らせします。そして、この時間を持ちまして、今年のジムチャレンジの終了を宣言します!!ジムチャレンジに挑戦した皆様、お疲れ様でした!!突破できなかった方も、ジムチャレンジは来年以降も開催されるので、奮ってご参加ください!!』

 

 聞こえてくるアナウンスはジムチャレンジ終了のお知らせ。このお知らせが流れると同時に、テレビの画面にはボクたち8人の顔写真が並べられる。

 

『さて、ではそんな波乱なジムチャレンジを乗り越えたジムチャレンジャーを軽く紹介しましょう!!本格的な紹介は明日の抽選会場にて行うので、あくまで軽くですが、ひとまずは、ここまで残った選手がどんな凄い人なのかをそれとなく知っていただけたら━━』

 

「ひとまず、本選進出者は決まったね」

 

 とうとう訪れたジムチャレンジの終了時間。それと共に紹介された、突破者である8人の姿は、前情報通りここにいる全員だけだった。やっぱり、ボクたち以外にジムチャレンジを乗り越えられた人はいなかったらしい。みんなでそのことを理解したら、今度は全員で顔を合わせる。

 

「やはり突破者はワタクシたちだけの様子……ふふふ、いいでしょう。相手にとって不足はありません!!」

「全力をもってぶつからせていただきます」

 

 セイボリーさんとサイトウさんの声に無言でなずくボクたち。

 

「みんな……悔いのないバトルをしよう」

 

 ボクたちの冒険の、一番の山場まで、あと少しのところまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいヒカリ!!早くしないと始まっちまうぞ!!」

「ああもう!!どっかの誰かが皿も洗濯物もとっ散らかして片づけないからでしょ!!」

「はいはい、間に合ったんだからヒカリも落ち着きましょ」

「全く……テレビくらい静かに見ればいいのに……」

「とりあえず付けますよ」

 

 フリアたちが本戦が近づいているということでフリーズ村を旅立って数日後。今日はいよいよ大会の組み合わせ抽選日だ。オレたちの親友であるフリアたちが出場し、そしてぶつかり合うガラル地方で一番盛り上がる大会。本当は現地で見たかったが、こちらでいろいろやることがあったため、残念ながら抽選会はテレビ視聴となった。その代わり、試合は絶対現地で見れるのでよしとしておこう。

 

 さて、このトーナメントだが、これはオレがシロナさんについてホウエン地方を回り、たくさん修行してきたのに対して、フリアがしてきた旅の集大成が発揮される大事な大会だ。ここでの結果如何では、フリアがどこまで成長し、先に行ってしまったコウキにどこまで通用するかの指標が見えてくる。……いや、フリアの実力という点で言えば、ヨロイ島とカンムリ雪原を一緒に巡っていたため何となくは分かっている。けど、問題はその実力でどこまで通用するかという話だ。

 

 ガラル地方のチャンピオンであるダンデさんがどこまでの実力かは詳しくはわからない。けど、いち地方のチャンピオンというだけあって、コウキの実力と比べても遜色ないレベルのトレーナーであることに間違いはない。そんなチャンピオンに、成長したフリアはどこまで喰らいつけるのか。いや、そもそも辿り着くことが出来るのか。たどり着くまでに誰と戦うことになるのか。そんな、フリアにとって人生の分帰路の1つと言ってもいいほどの大きな腕試しの場なのに、気にならないわけがない。

 

「どんなトーナメント表になるかしらね」

「さぁな~……でも、誰と当たっても面白いカードにはなりそうだよな!!」

 

 テレビに映し出されている、まだ誰も名前が埋まっていないトーナメント表を見ながらオレに質問を投げかけて来るヒカリ。それに対してオレは素直な解答を返した。確かにこの大会は、フリアの目的という点ではとても重要なポイントだ。けど、それとは別にオレのいちトレーナーとしての純粋な興味が、知り合い同士の熱い戦いを求めていたりする。

 

 フリア以外はヨロイ島で初めて会う人たちばかりだったけど、みんながみんな素晴らしいトレーナーだ。どんなカードになったとしても、間違いなく全てが見応えのあるカードになる。まぁ勿論、そんな中でも起きて欲しいカードというものは存在するにはするけどな。

 

「オレ的には、フリアとホップの試合が気になるんだよなぁ……ヒカリはどうだ?」

「わたしはクララとマリィかしらね。なかなか癖の強そうなバトルが起きそうよ」

 

 自分の中で気になるマッチアップを挙げていると、ヒカリも乗ってくれる。やっぱりこういう場ではこの手の話題はどうしても巻き起こるものだろう。当然シロナさんたちもそれぞれ気になるものはあるようで、オレとヒカリの会話の後に続くように意見をくれる。

 

「わたくしはクララ様とセイボリー様の対決でしょうか。お互い同門ということもあって、よく知っている相手だと思います。それゆえの立ち回りというのも、見ていて面白そうに思います」

「あたくしは、フリア以外なら、しいて言えばセイボリーの試合が見れれば相手は誰でも……エスパー使いみたいだし……その中では特にマリィとぶつかった時かしら……あくタイプ相手にどう動くのかしらね……」

「私もカトレアのように、どれかひとつの組み合わせと言われるとなかなか挙げづらいものがあるわね……。気になる点で言えば、今回の大会はマリィやクララのようなタイプのエキスパートと、フリアやユウリのようなマルチタイプ使いが、少し傾きはあるけどだいたい半々に別れているわ。この辺りの違いについては、1つの注目ポイントになりそうね」

「なるほど……」

 

 ポケモン界全体を見ても、おそらく上から数えてすぐに名前が上がるであろう3人の話を聞いて頷くオレ。感覚的なもので選んでいるオレと違って、しっかりと何かを見据えたり、予想したりした上で楽しみにしているあたり、もしかしたらおおよその順位予想は終わっているのかもしれない。この辺りはさすがに経験と観察力の差を感じさせられた。『オレも成長しているとはいえ、まだまだだな~』なんて思っていると、オレの頷きに対して、シロナさんが『ただ……』と言葉を続けたので、オレは勿論、ヒカリたちも耳をすませて、その続きの言葉を待つ。

 

「やはり、1番みんなが気になっているのは、フリアとユウリにバトルじゃないかしら?」

「……」

 

 シロナさんの言葉にオレたちは反応を返さない。けどこれは無視している訳ではなく、シロナさんの言葉と同時に抽選が始まり、トーナメントに名前が埋まり始めたからだ。決してこのマッチアップを見たくない訳では無い。いや、むしろシロナさんの言う通り、1番気になるカードだ。なんせ、ユウリの中に眠っている才能……あれは間違いなく、チャンピオンへと届きうるそれだから。

 

 バドレックスの件から今日まで、特訓期間としてユウリと何回かバトルをしたんだが、最初こそはオレが普通に勝っていた。けど、ある程度戦ったあたりから、どんどんユウリの動きが洗練されていき、オレの動きが読まれ始める。それでも負けるまでは行かなかったが、特訓最終日近くまで行ったら、ユウリのポケモンたちがさらに洗練され、急所狙いや根性耐えを見せ始めたりもした。

 

 その動きは、まるでコウキの動きを見ているようで。

 

 そんな才能を開花させ始めているユウリと、才能を開花させた先の人間を目標としているフリア。その構図は何処か運命めいたものを感じる。だからこそ、この2人のぶつかり合いはここにいる全員が気になるカードとなっていた。

 

「たしかに気にはなるけど……わたし的にはそのカードは決勝でして欲しいわね」

「そこは同感ね。……もっとも、ここまできたらどのカードも決勝と言われてもおかしくないくらいのハイレベルなものになるでしょうけどね」

「他の地方と違って、このトーナメントにエントリーすること自体が難しいですからね。自然と出場者の強さというのも、高くなりますよ」

 

 ヒカリ、シロナさん、コクランさんと続いた言葉を皮切りに、話題が二転三転と移り変わっていき、さらに盛り上がっていく。その間もオレたちはテレビから目を離すことはなく、トーナメントに埋まっていく名前1つ1つに反応していった。

 

『最後に突破したセイボリー選手とサイトウ選手の名前をトーナメントに配置し……さぁ決まりました!!これが今回のトーナメント表となります!!』

 

 ジムチャレンジを突破した順に、くじ引きによって名前を埋められたトーナメントは、8人しかいないということもあってすぐに埋まることとなる。とはいっても、ガラル地方の人にとっては、8人でも多いみたいだから、少し長く感じていたかもしれないが……とにかく、そんなことよりも今注目するべきはトーナメント表だ。

 

 結果はこうなった。

 

 

 1回戦

 

 第1試合 フリアVSマクワ

 

 第2試合 セイボリーVSクララ

 

 第3試合 ホップVSマリィ

 

 第4試合 ユウリVSサイトウ

 

 ここから、1試合と2試合の勝者と、3、4試合の勝者が決勝をかけてぶつかり合い、その勝者同士で、決勝を行うという形だ。

 

 オレたちの意見が通ったカードもあれば、そうでもないカードもある。だけど、やっぱり一番目が行ったのは、あの部分だろう。

 

(なんか……この組み合わせは変な運命を感じるな……)

 

 このトーナメント表を見て、オレの心は少し不思議な感覚に襲われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジムチャレンジ終了

ジムチャレンジが終了しましたね。実機では突破者4人でしたが、このお話では倍の8人です。設定上ではこの人数は多いと言っても差し支えない気がします。……しかし、こうしてみると、トーナメントはかなり組みづらいですよね。中途半端な人数ならどうなっていたのでしょう?リーグ戦、もしくは、スイスドロー形式にでもするのですかね?

トーナメント

というわけで内訳はこうなりました。組み合わせ理由は割とシャッフルをしていたり、してなかったりしています。さぁ、どのようなバトルになるのでしょうかね?ちなみに、もう一つの案として、ダブルイリミネーション制にするのも考えたのですが、さすがに長くなりすぎな気がしたのでやめました。この方がドラマは生まれそうなんですけどね……




ジムチャレンジが終わり、DLCも終わり……この話も大分佳境まで来ましたね。とはいってもまだまだ簡単には終わりそうにないので、もう少しお付き合いいただけたらと思います。






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197話

 暗く深く、そしてとても静かな地下の底。今まで微睡んでいた私の意識が、少しずつ目覚めていき始める。

 

 はて、ここはどこだろうか……。

 

「進捗の方はどうかな?」

「はい……それが、前回検出してからというもの、また反応がぱたりと消えてしまったのでなかなか……申し訳ありません……」

 

 そんなことを考えていたら、私の耳に人の声が聞こえてくる。

 

(ああそうか、私はあの子を逃がすために力を……そしてそのまま……)

 

 同時に思い出される、初めて私の友となってくれたあの、星の子のような色をした身体を持つ小さきものの姿。あの子は無事逃れることが出来たのだろうか。いや、聞こえてくる声的に無事に逃げられたのであろう。そのあたりはほっと一安心だ。しかし、同時に逃がしてしまっているからこその、人間側の執着の強さもうかがい知ることが出来た。

 

「これは困ったねぇ……私の計画のためにも、可能ならば1日でも早い決行が望ましいのですが……」

「すいません、わたくしの方からも急ぐように指示を……」

「ああ、そこまで急がなくてもいいよ。あの子に関してはあくまでも理想ではある。ダメならば最悪そのまま決行するまでだよ。勿論、可能であるのなら、ちゃんとこの場にいて欲しいがね」

「あなたの希望を叶えるのがわたくしたちの役目です。必ず見つけて、なんとしてでもこれが目覚める前に、こちらまで……」

「ふふふ、期待しているよ」

 

 まだ、あの子に手が及ぶ可能性があるというのか。やはり、人間はこういうものばかりなのか。

 

 私の心の中で、ふつふつと湧き上がるものがある。

 

「!?新たな反応をキャッチ!!場所は……シュートシティ!?」

「なんですって!?1回目はヨロイ島、そして2回目はカンムリ雪原だったはず……なぜ急に一気に北へ……」

「いかがいたしましょう?」

「そんなこと聞かなくてもわかるでしょう!?当然すぐに人員を派遣なさい!!一刻も早く!!」

「はっ!!」

 

 私が沸き上がる思いに震えそうになっている間に、にわかに場が騒がしくなっていく。人の足音も増え、慌てている音がよく聞こえる。

 

 そんななか、やけに落ち着いた男性の声が聞こえてくる。

 

 その声は、私の心をひどくざわつかせた。

 

「この子が完全に目覚めるまで、あと少し……その時が、決行タイミングです」

 

 私の力が完全に目覚めるまで、あと少し……その時が、私が動くチャンスだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初戦はマクワさんか……」

 

 トーナメントの抽選会を終えたボクたちは、しばらく抽選結果をもとに盛り上がり、そのまま話し込んでしまっていたらいつの間にか夜時間になっていたので、流れで全員で食事をとり、それが終わってももう少し話し込んで、さすがにこれ以上遅くなると明日に影響が出るかもしれないというところで解散。そこでみんなと別れたボクは、ホテルで自分の部屋に帰ってきて、最後の追い込みとして1人で作戦会議を行っていた。……いや、1人なのに会議って言葉はおかしいんだけど……とにかく会議だ。

 

「マクワさんの手持ちのポケモンも、大体公開されていたっていうか、突破者紹介で、6匹のポケモンの名前が出てたよね」

 

 思い出されるのは先の式でのそれぞれのトレーナー紹介シーン。そのシーンでは、ジムチャレンジの突破者順で紹介が行われたため、マクワさんの紹介は一番最初だったんだけど、そこで紹介されたポケモンたちは、キャンプで見せてもらったポケモンたちと相違はなかった。

 

「ツボツボ、イシヘンジン、バンギラス、ガメノデス、セキタンザン、アマルルガ……どの子も癖のありそうな戦い方をしてきそうで怖いなぁ……」

 

 マクワさんの戦い方は一度メロンさんのジムのところで直接確認はしているけど、その時はステルスロックを使った変わった戦法を駆使していた。ボクに似て、変化球を好んで戦うタイプという可能性が高い。よくよく考えたら、こういった変化球を主な武器として戦うタイプというのは、ガラル地方に来てからぶつかった記憶があまりない。勿論、搦め手という話であれば、ヤローさんのしびれごなを乗せたはっぱカッターだったり、おにびを駆使したカブさんの攻めだったりといろいろ出会ったけど、バトル全体を通して構築したり、前のポケモンが整えてくれた場を利用するような戦い方をしてきたのはポプラさんくらいしかボクは知らない。キバナさんも天候を利用という意味では構築かもしれないけど、どちらかというとその天候下で有利なポケモンをとにかく並べ、個人の力を引き上げていると言った感じで、作戦というにはちょっと違う気がしなくもない。

 

 もっとも、今まで戦ってきたジムリーダーたちは、いわばボクたちの実力を試す試練の1つとして立ちふさがっただけで、本来のバトルスタイルで闘ってくれたわけではないから、実際のところはどうかはわからないんだけどね。もしかしたら本戦ではバチバチの知能派プレイを見せてくれる可能性もある。それはそれで楽しみだ。

 

「っと、今からジムリーダーたちのバトル考えたって早計すぎるって……今はとにかく、マクワさんのことを考えておかないと……」

 

 先のことよりもまずは直近の出来事。そのことに視野を向けるため、頭を軽く振って考えを戻し、再びマクワさんへの対策に頭を向けていく。

 

「フルバトルとなるとやっぱり『ステルスロック』がかなり脅威だよね……とはいっても、相手が全員いわタイプである以上、いくらい対策しても多分絶対どこかで『ステルスロック』は発動されるし、『ちょうはつ』とかで対処しようにも、撒いてきそうなポケモンが多すぎてどうにもできないんだろうなぁ……」

 

 ステルスロックに対する策をたくさん練らないと多分止められないうえ、止めたところでそこへかける労力が大きすぎて割に合わない。しかも、もしこの対策が失敗したら不利なんてレベルではなく、一瞬で敗北が決まると言っても過言ではないレベルで押し込まれる。それならいっそ、撒かれることを前提とした戦い方をするべきだろう。

 

「となると、ボクの初手はほぼ二択……いや、絶対に一択かな。『ステルスロック』を撒かれることを前提とした立ち回りをするのなら、やっぱり初手は……」

 

 そこから頭の中は更に深いところまで潜り込んでいき、本格的にマクワさんとの闘い方を構築していく。勿論、この考え通り戦いが進むことなんて絶対にないので、他の案も考えながら、そして最後はどうせすべての案を出し切った後になるので、いつでもアドリブに移行できるように、この案に固まりすぎないように柔軟にしていくつもりで構えておく。

 

「あとは、あまり意味がないかもだけど、当たるかもしれない相手のこともちょっとは考えておかないと……今回のトーナメントだと、2回戦はセイボリーさんとクララさんの勝者と当たるから、ここまでは対策を考えておかないと……」

 

 さっきは直近のことを見ないととは言ったけど、セイボリーさんとクララさんに関しての対策は十分直近の部類に入るだろう。ここまでは考えておいて損はないはずだ。流石に決勝戦までとなると、候補が4人もいるから対策しきれないけどね。

 

「そうなると、一度ヨノワールたちを出して、みんなのコンディションとかを改めて確認した方が……」

 

 今度はポケモンたちと相談しながら煮詰めていこうと準備するボク。そんなボクの行動を止める音が聞こえてくる。

 

 コンコンコン……

 

「ん?」

 

 音の発生源はボクの泊まっている部屋の扉から。3回聞こえる丁寧なノック音に反応し、首を向けながらボクは声を出す。

 

「は~い」

 

(この様子だと、ユウリかマリィ……かな?マクワさんとサイトウさんは4回しそうだし、クララさんやホップ、セイボリーさんは2回か、もしくは声を上げて呼び出してきそう。……他の人だったらわかんないや)

 

 なんて軽い予想をたてながら、扉のロックを解除してゆっくり扉を開けると、ボクの予想通りの人物が扉の前で待っていた。

 

「こんばんは~。……今大丈夫?」

「こんばんは。大丈夫だよ。中はいる?」

「えっと……うん。お邪魔します」

 

 その人物はユウリ。こんな時間に訪問したことに負い目を感じているのか、若干申し訳なさそうに頭を下げながら部屋に入って来る。そんなユウリを迎え入れたボクは、ユウリを椅子に座らせた後に、部屋にそなえつけられている小型のキッチンで飲み物の準備をしようとし……その前にユウリがどのような理由でここに来たのかを確認する。

 

「今回は急にどうしたの?もしかして、またナックルシティの時みたいに眠れなくなったとか……?」

 

 ユウリと話しているときにふと思い出されるのは、キバナさんへ挑戦する前の夜にもあった一幕。あの時は、本人曰く、緊張と不安で眠れなくなったと言っていたけど、今回も同じなのだろうか?そういう意味もかねてユウリに尋ねてみると、あってはいるけど細かい所は違う見たいで、首を遠慮がちに振りながら言葉を返してくる。

 

「ううん、あの時みたいに不安や緊張はないの。……ああいや、ちょっとはあるけど……今はそれ以上に、どっちかというと楽しみとか、やる気とか、そういったプラス方面の意識が強くてね?えっと……つまり……」

「興奮して眠れない……と」

「は、はい……」

 

 若干頬を赤く染め、俯きながらゆっくりと答えた。その姿がどうにもいとおしくて、ついつい微笑みがこぼれてしまう。もしかしたら、他の人も同じなのかもしれない。現に今もスマホが揺れ、画面にはマリィからヘルプの連絡が入っていた。そこには全文がうつっていたわけではないので詳しく全容を知りえることはできなかったけど、見える部分だけでも、ホップ辺りが眠れずに突撃してきたであろうことはよくわかった。とはいえ、こちらもユウリの相手をしなくちゃなので、マリィには悪いけどそのままホップの相手を頑張ってもらうとしよう。……明日小言を言われるかもだけど、そこは我慢しよう。なんてことを思っていると、ホップやマクワさん、サイトウさんからも続けて連絡が入って来る。ただ、連続で連絡はくるものの、みんなで集まっているわけではなく、ホップとマリィ。クララさんとマクワさん、セイボリーさんとサイトウさんという感じで綺麗に分かれているみたいだ。

 

 ホップ以外からは、『一緒にいる人がちょっと騒がしいから助けられるなら手伝って欲しい』という旨なのも、余計におかしくて笑ってしまう。

 

「ふふ、やっぱりみんな同じなんだろうなぁ……」

「……?どうかしたの?フリア」

「ううん、何でもないよ」

 

 一方で、特に連絡が来ていないのかユウリは不思議そうに首をかしげる。確かに、ユウリだとあの騒がしいみんなを止められる力は一番なさそうだもんね。連絡がいっていないのも納得だ。

 

(さて、ボクはボクでやることをしなくちゃね、とりえずみんなに返信をして……と。あとは、飲み物は落ち着くものがいいよね。となると、ホットココアかな……?)

 

 とりあえず自分の今の状況を説明し、今は部屋を動けないことを全員に返して、ボクはキッチンでやろうとしていたことを再開しながらユウリとおしゃべりを開始する。

 

「はい、お待たせ。やっぱり初めての大型大会は緊張しちゃうよね」

「あ、ありがと。……うん。でも、自分でも思った以上に楽しみにしているの。……フリアも、最初はそうだったの?」

「う~ん……その時のボクはあんまり余裕がなかったからなぁ……」

「あ、そっか……えと、ごめんなさい」

「いいよいいよ、気にしないで」

 

 ユウリの目の前にホットココアを置きながら、ボクも自分の分を用意して椅子に座る。それから2人して一緒に目で乾杯をし、ゆっくりと口の中に流していく。

 

「あったか~い……」

「落ち着くよね~」

「うん~」

 

 幸せそうに頬を緩めながらホットココアを飲むユウリ。その姿にこちらも頬が緩んでしまう。

 

「でも意外。ユウリもそんなに楽しみにしてるなんて」

「私も自分でびっくりしてるよ。ここまで楽しみな気持ちであふれてるなんて……もしかしたら、ホップたちの気持ちがうつっちゃってるのかも?」

「それはあるかもね」

 

 ホットココアのおかげで口が回るようになったのか、ユウリの口が少し軽くなる。勿論いい意味でそうなっているので、こちらも気楽におしゃべりが出来た。

 

「で、ユウリの方はどう?初戦はサイトウさんとのバトルだけど……」

「う~ん……一時期一緒に旅をしていたとはいえ、あの時から比べて絶対に強くなっているから、まずは先入観から取り除こうかなって。でも、それも本番じゃないと難しそう……」

「確かに……でも幸いなところは、ユウリの手持ち的にかくとうタイプが苦手じゃない事かな?」

「そこはそうだね。ポットデスには攻撃が当たらないし、ストリンダ―はいまひとつにおさえらる。アブリボンに関しては完全に強いから、そこは戦いやすいかも。その3人を中心にうまく立ち回ろうかなって」

「うん、それがいいかもね」

「逆にフリアはどう?マクワさんとのバトル、何か考えてる?」

「ボクは━━」

 

 そこからどんどん膨らんでいくボクとユウリの会話。やっぱり内容は明日開催される大会についてのそればかりになるけど、こればかりは仕方ない。

 

 ホットココアを飲みながら明日について考えている作戦をそれとなく言い合うボクたち。幸いボクとユウリがぶつかる可能性があるのは決勝戦だ。1回戦と2回戦の話をしても、ボクたちがお互いの対戦相手に話をしない限りバトルに影響はないし、勿論そんなことをする仲でもないことはしっかりと理解しているからこそ、ボクたちは安心してそういった話をしていく。逆に、マリィとホップみたいな明日当たることが確定している2人はどんな話をしているのだろうか?少し気になる。

 

「それでね、もしこのまま勝ち進めたらなんだけど……ふぁ……ふぁぁ……」

「っとと、大丈夫ユウリ?」

 

 そんなことを考えながらも、ユウリとずっと楽しく話していると、ユウリがほんのり涙目になりながら口を開ける。その際に少し身体を傾けていたので、倒れないように軽く支えながら、手に持っていたカップを受け取って机の上にそっと置く。この部屋にかけられている時計を確認するともうかなりいい時間になっていた。

 

「落ち着いたら眠くなった感じかな?」

「うん……ホットココアを入れてくれたっていうのもあるかも……これなら、今日はちゃんと寝て明日に備えられるかも……」

「それならよかった。じゃあそろそろ部屋に戻ろっか」

「うん……あ、カップ……」

「ああ、置いておいていいよ。後で洗っておく」

「んん……ありがと……」

 

 いよいよ言葉も動きもまったりしてきたので、本当に眠気が本格的にやってきたのだろう。逆に部屋に戻れるのかが不安になって来るけど……。

 

「……送ろうか?」

「ううん、大丈夫……流石にそこまでお世話になるのはちょっと……」

 

 そういいながら椅子からゆっくり立ち上がったユウリは、ゆっくりとドアのほうに歩いて行く。多少おぼつかないように見えるけど、足並みは真っすぐなのでユウリの言う通り大丈夫なのだろう。ただ、それにしても不安は少しあるので、せめて扉のところまでは送っていこう。そう思って扉までついて行くと、ボクの部屋の扉を開けて外に出たユウリが、ボクの方をふりかえってその足を止めた。見送りはここまででいいということだろうか?そう思い、こちらから最後の確認をしようとしたところで、先にユウリが口を開く。

 

「フリア。改めてさっき言いかけたこと言うね?」

「言いかけたこと?」

「うん。欠伸の前に言った、『もしこのまま勝ち進めたら』って言葉」

「ああ、言ってたね。確かに続き気になってたかも……」

 

 内容は欠伸をする前にユウリがこぼした言葉について。ついさっき喋ったばかりの言葉だけど、それ以上に眠そうなユウリが心配で、気になることよりもそちらを優先してしまっていたため、記憶からこぼれてしまっていたけど、今の言葉で完全に思い出した。1度思い出してしまえば、その時に感じたことも思い出してしまい、再びその言葉の続きが気になってしまった。なので、これから話されることについて一言も聞き漏らさないように、ボクはユウリの言葉にしっかりと耳を傾ける。

 

「私が言いたかったこと……もし、今回のガラルリーグの決勝で、私とフリアが戦うことになったら……絶対に手加減はしないでね?」

「それはもちろんそうだけど……」

 

 一体何を言われるのかと身構えながら聞いていると、言われたことはいたって普通のことだった。ここ最近一緒に特訓していないので、今のユウリの腕前は分からないけど、少なくとも手加減する余裕なんて全くないので、当然手加減なんてすることは無い。

 

(いや、もしかしてこれは自分に言い聞かせてる……?)

 

 今のユウリの発言は、どちらかと言うとボクに向けてと言うよりも、自分の心を固めるために言っているようにみえた。多分、ボクがヨノワールと繋がった時に、ダメージがフィードバックすることに対して、ちょっと思うところあると言ったところか。

 

 キバナさんとの戦いの後や、ヨロイ島でのやり取りもあってか、ボクがヨノワールと繋がるあの現象を多用することにみんな難色を示しているけど、今回ばかりはそれを止めないと言う意思でもあるこの言葉は、やっぱりボクに向けて言っているようには見えない。あるいみ、覚悟を決めているということなんだろう。

 

(……答えなきゃね)

 

 ボクも、少し覚悟した方がいいだろう。

 

「それともうひとつ」

「ん?なぁに?」

「あ、あのね……」

 

 ボクとユウリ。2人して形は少し違えど、先についての覚悟を固めていたところに、今度は少し態度を軟化させたユウリが、もじもじしながら言葉を続ける。けど、言いづらい内容なのか、話し出すのに少し時間がかかっていた。ただこのタイミングで話すということは、よっぽど大事な話だということだろう。なので、ボクは急かすことはせずに、ゆっくりと話し出すのを待ってあげだ。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 その間深呼吸をして心を落ち着けたユウリは、改めて言葉を述べる。

 

「もし、決勝戦で私とフリアが闘って、その結果が出たとして……そのバトルで、私自身の成長を確認出来たら……私が、あなたの隣に立ってもいいって、確信出来たら……」

 

 真剣な目で、さっきまでのしおらしい態度とは一変して、ボクから一切視線を逸らさないユウリの言葉に、ボクの視線が逸らせない。

 

 そして同時に、ボクの心音がうるさく聞こえてくる気がしてきた。

 

「……その時は、私からの大事な話を……聞いてもらっていいですか?」

「……」

 

 ユウリの言葉に、ボクは言葉を返すことが出来なかった。けど、決して無視をしたというわけではなく、空気に飲まれて声を出せない代わりに、ボクは首肯にて返答をする。

 

「……うん。ありがと。……じゃあ、また明日!!」

 

 ボクの返事を聞いて満足したユウリは、自分の部屋へと帰っていく。その姿を見送って、完全にユウリの姿が見えなくなった辺りで、ボクはようやくかなしばりのようなものから解除され、思わずその場に座り込んでしまう。

 

「い、今の……何……?」

 

 頭をよぎるのは、さっきまで真剣な目でこちらを見つめていたユウリの瞳。

 

 その瞳は見ているだけで吸い込まれそうな魅力があって……。

 

「とりあえず……寝よう……」

 

 そう言葉を零すものの、未だに激しく聞こえる心音と、ボクを襲っている脱力によって、しばらく動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っちゃった……言っちゃった……!言っちゃった……!!」

 

 部屋に戻って、自分がいましたことを思い出した私は、急に襲ってきた羞恥心に顔と心を熱くさせられる。けど、不思議と嫌な気持ちにはならず、むしろ自分でも驚くくらい落ち着いていた。

 

 私の中で、確かな覚悟が決まったという事なのかもしれない。

 

「明日……絶対に……頑張るんだ……!!」

 

 そう言葉を零すとともに、私に再び眠気がやって来る。

 

 今日はゆっくりと眠ることが出来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




地下

終わりが近いということは、こちらも動くという事。あらかじめ言っておきます。この子が動く編は、思いっきりはっちゃけさせていただきます。

ユウリ

此方も、別の覚悟を決めるものが1人。頑張って欲しいですね。




だんだん、自分でも書くのがドキドキし始めていますね。






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198話

 ユウリから謎の約束をお願いされたボク。その瞬間は、ユウリの覚悟と、彼女の目と思いから伝わる熱にあてられて少しだけ身体が動かなかったけど、程なくして動けるようになり、そして自分でも驚くくらい身体が落ち着きと眠気に襲われていたので、すぐにベッドへと身体を沈みこませていた。

 

 確かに、やけに緊張する瞬間ではあったけど、思いのほか落ち着いて寝られたことから、ボクの心が本能的に、『この約束は緊張しなくても大丈夫だ』と理解しているということなのだろうか?それとも……期待をしているのかもしれない。……いや、何に期待をしているのかは分からないんだけど……でも、とにかく、自分にとってはいい事なんだろうなと言う不思議な感覚があった。

 

「……うん。目覚めも大丈夫」

 

 ベッドから身体を出し、洗面台で顔を洗って鏡を確認。身だしなみを軽く整えて、自身の顔色がおかしくないことを見たボクは、頬を軽く叩く。

 

 ユウリとの約束は気になる。けど、今は優先するべきものがあり、そしてユウリ自身にも、『本気で戦おう』と言われた。

 

 そのお願いには、しっかり答えなくては。

 

「よし、じゃああとは軽く準備を済ませてっと……」

 

 服は着替えた。

 

 リュックは背負った。

 

 マフラーは巻いた。

 

 おこうのペンダントはつけた。

 

 そして、ホルダーに今日の戦いを共に駆け抜ける仲間も携えた。

 

「さ……行こっか」

 

 準備完了。それを確認したボクは、仲間にそう声をかけながらホテルの部屋を出ていく。その時、仲間たちがボクの声に反応するかのように、カタカタと揺れたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁさぁ皆様!!ついにこの時がやってまいりました!!ジムチャレンジを突破した実力者たちが一同に集う大会!!この大会の優勝者は、今年1年の顔として確かな注目が約束されていると同時に、この先の活躍次第では現チャンピオン、ダンデ選手への挑戦権も得ることが可能となります!!去年はこの大会から勝ち続け、チャンピオンへの挑戦権を手にした選手が現れましたが、今年はいったい━━』

 

「うんめぇ!!やっぱりこういう空気で食べる焼きそばって格別に美味いよな!!」

「気持ちはわかるけど、こういう場所の料理ってちょっと高いのよねぇ……あまり食べすぎて気持ち悪くなったり、お金無くなっても知らないわよ」

「平気だって」

「まぁ、さすがにそこまで馬鹿じゃないだろうからいいけど」

 

 街中に響き渡るアナウンスをBGMに、ガラル地方1の都市であるシュートシティを歩くわたしとジュン。遊園地や空港、観光地があり、常に人で溢れて賑わっているこの都市は、今日はさらにそれを超えて賑わっている。その理由はもちろん、今日から始まるトーナメントが理由だ。

 

 1年に1回開かれるガラル地方の祭典。ひいては、ガラルの地方の未来のポケモン界を担うかもしれない人物の最初の活躍の場……いや、なんならチャンピオン交代という歴史的瞬間を起こすかもしれないこの大会は、注目をするなというのが難しいほど。となれば、ここまでの盛り上がりようは、必然なのかもしれない。とは言え、さすがにこの盛り上がりには驚かざるを得ない。

 

「ほんと、凄い盛り上がりね……」

「あむ……んぐ、そうだよな。スズラン大会の時だって、無茶苦茶盛り上がっていたけど、ここまでじゃなかったもんな」

 

 わたしの口から漏れた感想に、焼きそばを豪快に食べながら賛成するジュン。こいつの言う通り、シンオウ地方の大会でもここまでの盛り上がりは見たことがない。わたしが出たポケモンコンテストの大会でも、ここまではいかないだろう。それほどまでの熱気を既に感じている。

 

「こんな大舞台で戦えるって……いいなぁ、オレも出てみたかったぜ……ジムチャレンジ」

「あんたはシロナさんについて行くのを自分で決めたんでしょ?なら文句言わないの。……でも、気持ちはちょっと分かるかもしれないわね」

 

 この盛り上がりにあてられると、わたしもみんなの前に出て活躍したいという欲が刺激されるのはよくわかる。わたしだって、パフォーマーとして、注目を浴びたいという気持ちはあるのだから、そんなわたしよりもずっと目立ちたがりなジュンにとっては、この大舞台はただただ自分のテンションをあげるそれにしか見えてこないだろう。

 

「もしかしたら、シロナさんに頼めば来年の推薦状は出して貰えるかもしれないわね」

「なるほど!そいつはいいな!!カンムリ雪原に戻ったら頼み込んでみるぜ!!」

 

 来年のこの大会に出られる方法を提示したら、さらにテンションをはね上げるジュン。喜んでくれるのは良かったけど、これから観戦するというのにこんなにはしゃいで体力は持つのだろうか。心配では無いけど、これでダウンされたらめんどくさいので、少しはペース配分を気にして欲しいところだ。

 

 ちなみに、今この場にはわたしとジュンしかいないのだけど、シロナさん、カトレアさん、コクランさんはこちらには来ていない。というのも、UB関連で国際警察から連絡があったり、考古学の件で新しく調べることがあったりと、何かとやることが増えて大変だということで、来ることができなくなってしまった。現地でみんなで応援したかったのだけに残念だ。それに伴って、わたしたちのポケモンも1部シロナさんに預けている。元々ガラル地方に居ないポケモンをここに連れてこられている理由は、あくまでも『元チャンピオンであるシロナさんの手持ち』という扱いだからだしね。今頃、向こうで何をしているのかしら。

 

「っと、いつまで食べてないで早く会場に行くわよ。時間はまだあるけど、この調子だと混雑でいつ入れるか分からなくなるわよ」

「おう!!もう食い終わったからいけるぜ!!ヒカリこそ遅れんなよ!!」

「誰のせいでこうなってると……ってもう先に行ってるし……全く……」

 

 時間を見てそろそろだと感じたわたしは、焼きそばを頬張るジュンに先を急ごうと促していると、気づけば焼きそばは食べ終わり、容器もゴミ箱に投げ捨てて走り出してしまっていた。このまま立ち止まってしまえば、程なくしてあいつの後ろ姿を見失うことだろう。

 

(……なんというか、フリアの気持ちが少しだけわかった気がするわ)

 

 どちらかと言うと振り回す側の人間の自覚はあったけど、わたし自身ジュンと2人きりになることがあまりなかったから、こうして振り回される側に回ってみるとその面倒くささがちょっとわかった。これを毎回されていると言うと、確かにため息がこぼれちゃいそうだ。

 

(……ま、フリアを振り回すのは辞めないんだけど)

 

 そのうえで、こういったことも最終的には笑って許し、着いてきてくれるフリアにはついつい甘えてしまう。みんなそれをわかっているからこそ、フリアに対してはあんな行動を取ってしまうのであろう。

 

「そう考えると、ユウリが惹かれるのもわかるわね〜……いや、ユウリが一番惹かれているところは別みたいだけど」

 

 料理もできて気遣いもよし。バトルも強くて甘えさせてくれて、その上で見た目が男の子とは思えないほど可愛い。

 

「……あれ、もしかしてフリアって超優良物件……?」

『おーいヒカリ〜!!まじに置いていくぞ〜!!早く来ないと罰金だかんな〜!!』

「……はぁ、それに比べてあいつは間違いなく事故物件ね……」

 

 フリアとユウリの事を考えていると聞こえてくるジュンの大声。何年経っても変わることの無いこの様子にもはや呆れを通り越して感心してしまう。まぁそれでも、この破天荒さに助けられていることも少なくないから、あいつを憎めないところではあるんだけど……

 

「やれやれ、本当に退屈しないメンバーよね。わたしが言えた義理じゃないんでしょうけど……ちょっとジュン!!チケット持ってるのわたしなんだから、あんたが先に行っても入れないでしょ!!」

 

 そんな昔からの腐れ縁なジュンを、なんだかんだと言い、あきれる顔はしながらも嫌な顔は浮かべずに追いかけるわたし。どうやらわたしたちのつながりは、それだけ強固なものになってしまっているらしい。

 

(さて、あいつがこの輪に戻ってくるのはいつになるかしらね~)

 

 そう思いながら、わたしは先に行ったジュンを追いかけるために足を動かして……

 

『━━━━』

「!?」

 

 遠くから、かすかに聞こえてきたような気がした声に反応して振り返る。

 

「今の声……」

 

 その声はわたしにとってはとても聞き覚えのある声で、何よりも当の本人をさっきまで思い浮かべていたため、必要以上にその声に関して敏感になっていた。今でも余裕で脳内再生可能なその声を、わたしが聞き間違えることなんてまずない。といいたいけど……

 

「いやまさか……だって、ここガラル地方よ?いるわけが……」

『ま、まってくれ!本当にチケット持ってるんだって!!あ、あれぇ?どどこに……ああもう!!なんだってんだよー!!』

「……はぁ」

 

 ガラル地方にいるはずのないその声の主について考えていると、遠くから聞こえてくるもう一つの利き馴染みのある声。こちらももちろん脳内再生余裕ではあるけど、こっちは既にもう聞きたくなくなり始めていた。人が悩んでいるうちにも止まることの知らないあいつは、次々と問題を呼び込んでくる。

 

(ほんと……退屈しない……)

 

「はぁ~い!すいませ~!!その人のチケットはわたしが持ってます~!!」

 

 このままではジュンがいろいろ迷惑を振りまいてしまうため、急いでジュンの行ったであろう方向へと駆けていく。

 

 その頃にはもう、わたしの耳に届いていたかすかな聞き覚えのある声のことについては、忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?なんかトラブル?……まぁ、委員の人が何とかするから、大丈夫か」

「これがガラル地方のシュートシティ……凄く大きい街です……」

「あはは、ですよね。本当に広くて、俺も初めて来たときには同じような反応をしましたよ」

 

 遠くから聞こえてきた、何か抗議するかのような声を無視して、俺は久しぶりに帰ってきた地元の祭り騒ぎに懐かしさを覚えていた。隣を見てみれば、ただでさえ大きく賑わっているシュートシティが、この祭り騒ぎで更に盛り上がっている様子に声を上げることしかできないミカンさんの姿があった。

 

 俺が妹のユウリの様子を見るために里帰りをする際に、ミカンさんも特に急ぎの用事がないという事だったので思い切って誘ってみたのだけど、この様子だと楽しんでくれているみたいなのでよかったよかった。

 

「わたしもジムリーダーの仕事でこういう盛り上がるバトルスタジアムに顔を出すことはあるのですが……ここまで大盛り上がりなのは初めてです……!!」

「やっぱり、他の地方から見てもこの様子は異端なんですね。むしろ俺は他の地方の静かさにびっくりしたくらいですよ」

 

 シンオウ地方で初めて挑んだジムリーダー戦……というか、シンオウ地方で行ってジムリーダー戦はどれも観客がいなかった。観客の声援によって空気が出来上がり、その空気にあてられて更にパフォーマンスを上げていく俺たちガラル地方のトレーナーにとって、その静かなフィールドでのバトルというのは逆に新鮮だった。勿論、観客のいないバトルをしたことがないわけじゃない。スパイクタウンなんて中継すらないから、いよいよもって現地の人だけだし。けど、やっぱり経験が一番多いのは観客が沢山いるスタジアムでのバトルだ。だから、俺としてはやはりこれくらい盛り上がっている方が闘いやすい。

 

「さて、それじゃあ中に入りましょう。ユウリのバトルは第4試合みたいなのでまだまだ時間はあるけど、どうせなら他の人の試合も見たいですからね」

「特に第1試合は一番の注目株ですからね……」

「ですです。俺も、ユウリの試合に次いで気になっているので。それに……」

 

 俺とミカンさんで気になる試合を上げていきながら、最後はとある方向に視線を向ける。

 

 その先には、もう1人の同行者がいた。

 

 その人物は、光の伴っていない、空っぽの瞳で、しかし何かにすがるような、寂しそうな雰囲気をだしながらシュートスタジアムを見つめていた。

 

「フリア……」

 

 そんな彼から、もう何度目かわからない、今回のトーナメントの一番の注目選手の名前が紡がれていた。

 

 この人と、フリア選手の間に、どんな関係性があるのか。

 

 里帰りのついでに、ミカンさんと一緒に彼、コウキさんを連れてきた俺は、そのことがどうしようもなく気になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?今の気配……?」

「ん?どうかしたのか?フリア」

「あ、ううん。何でもないよ」

 

 ふと、どこか懐かしい空気を感じたけど、ホップに声をかけられたことでその気配もすぐになくなったので、気のせいということにして視線をホップたちに向ける。

 

 シュートシティはシュートスタジアム。いよいよ大会を目前に控えたボクは、ホップたちとスタジアム内の控室に入っていた。とはいっても、こちらの控室に全員いるわけではない。今この控室にいるのは、ボク、セイボリーさん、ホップ、ユウリの4人だ。残りの4人は、反対側の控室に待機している状態で、今は今大会の実況と解説を担当する人が、この試合でのルール説明を諸注意を行っている状態なので、あと数時間もすれば、それぞれの控室から戦う選手が1人ずつ入場する手はずになっている。

 

 あと少しで、負けることの許されない大会が始まる。そのことを意識すると、少しずつ自分の心音がうるさくなっていくのを感じる。それはここにいる全員が同じようで、いつもは集まればすぐに談笑するメンバーが集まっているのに、控室内の空気は少し重い。けど、この重さは緊張に寄るものであって、悪い意味で重いわけではない。

 

「いよいよ始まるね……」

「うん。……ユウリは緊張してる?」

「勿論。今も心臓バクバクだよ。私の試合、まだまだ先なのにね。ホップとセイボリーさんもでしょ?」

「ああ!無茶苦茶緊張しているぞ!!まぁ、それ以上にワクワクもしてるけどな!!」

「ワ、ワタクシは一切緊張してませんが!?!?ええ!!ぜんッぜん緊張してませんが!?!?」

「……セイボリーさん、膝が笑ってるぞ」

 

 これから始まる大会に、緊張はすれど、怯えている人はいない。ホップに指摘されているセイボリーさんでさえ、膝は少し震えているけど、どちらかというと武者震いの意味の方が強く、傍から見ても意志はしっかりとしているように見える。

 

 一応緊張とは別に、昨日ホテルの部屋であった一幕から、ユウリとのあれこれで変な空気になるかもしれないというのはあったけど、それに関しても特に問題はなかった。今日控室に入って、最初に顔を合わせたのがユウリだったんだけど、その時に交わした挨拶はいつも通りのそれで、昨日のことはまるでなかったことのようにふるまってきたので、こちらも同じテンションで接することが出来た。

 

 今はちゃんと大会に集中したいという事なのだろう。なら、ボクもそれに従うだけだ。

 

(どっちにしろ、ボクとユウリがぶつかって、そのうえで納得して、ようやく大会後に分かるわけだからね)

 

 そこに到達する前に負けてしまえば意味がない。だから、なおさら今は前を見るべきだ。

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 胸に手を当て、深呼吸をひとつ。

 

(もう少し……もう少しで始まる……!!)

 

 外からかすかに聞こえてくる、実況の人の説明が佳境に入ったのを感じる。ともすれば、ボクが呼ばれるのも時間の問題だろう。

 

「フリア……」

「ん」

 

 深呼吸を終えると同時に、背中からユウリの声が聞こえてくる。その声に従って振り向くと、そこには昨日ホテルで別れる前と同じ、全てを飲み込まんとする真っ直ぐとした瞳を持って、こちらを見つめるユウリの姿があった。

 

 けど、昨日と唯一違うのは、その瞳から感じるものが魅力ではなく温かさに変わっていることだった。

 

「……昨日の約束、覚えてる?」

「勿論」

 

 ユウリからの問いに即答するボクは、ユウリと同じように視線をそらさない。そんなボクの姿がどこかおかしかったのか、少し頬を崩しながら言葉を返してくる。

 

「約束、ああは言ったけど、多分私の方が破る可能性が高いからさ……それでも、頑張って追いつくから……だから、先に行って、待っててくれる?」

「……うん。わかった。……でも、それはむしろボクの方かも?」

「え?」

『フリア選手!!準備をお願いします!!』

「あ、はい!!」

 

 ユウリが疑問の声をあげると同時に、リーグスタッフの人から声をかけられる。もう1回戦を始める準備が出来たということだろう。その声に従って、ボクはバトルコートへ足を進めながら、ユウリに言葉の続きを伝える。

 

「今のユウリ、凄く輝いて見える。まだ戦ってないのに、君の成長を凄く感じる。きっと今の君は、物凄く強い。だから、自信を持って!そんでもって……君の成長に、ボクも全力で返すから……だから……!!」

 

 決勝で。

 

 その言葉を飲み込んで、けどこの意味をしっかりと受けとったユウリは深く頷いて。

 

「頑張ってね!!」

 

 ユウリの言葉を受けて、ボクは改めて前を向く。

 

「ユウリとフリアがどんな約束をしたかはわかんないけど、オレも応援するぞ!!」

「ワタクシからも、次に戦うかもしれない相手に言うのもおかしな話ですが……ご武運を」

 

 背中にホップとセイボリーさんの声を受けながら、足を進める。

 

「……行ってくる!!」

 

 3人からの声援にボクは振り向かずに、右手をあげ、声を返して、前に進む。

 

(これで9回目……)

 

 歩き出したボクの前に広がるのは、バトルコートへと続く暗い道。

 

 スタジアムのなかったスパイクタウンを除いて、既に8回経験しているこの行動は、しかし今まで以上に通路から聞こえてくる声援の大きさのせいで過去の経験を吹き飛ばしてしまうほど。けど、そんな状況にも臆さずに足を進める。

 

 

『では選手に入場していただきましょう!!まずはフリア選手!!』

『『『『わあああああああああ!!!!』』』』

 

 

 暗い道を超え、バトルコートに足をつけた瞬間、ボクを紹介する声をかき消す勢いで聞こえてくる爆音。

 

 いつものボクなら、この音にびっくりして変な声をあげていたけど、今は不思議と何も驚かなかった。

 

 落ち着いて。一歩、また一歩と、バトルコートの中心へ。

 

 

『続いて入場するのは!マクワ選手!!』

『『『『わあああああああああ!!!!』』』』

 

 

 そんなボクの向かい側から、もう一人のトレーナーが歩いてくる。

 

「……マクワさん」

 

 先に中心に辿り着いたボクは、その場にて、あとから入場してきたマクワさんをじっと待つ。

 

 実況の掛け声とともに盛り上がっていくバトルコート。けど、そんな周りの音が聞こえなくなるくらい、ボクはマクワさんに視線を奪われている。

 

「……ようやく、戦えますね」

 

 ゆっくり入場してきたマクワさんは、コートの中心に立つと同時にこちらに向き直り、自慢のサングラスを指で押しあげながら呟いた。

 

「キルクスタウンでの約束、ようやく果たせそうです」

「ええ、本当に……とても長かったです。最も、欲張りを言うのであれば、あなたとは決勝でぶつかりたかったですがね。因縁的にも……実力的にも……まぁ、おそらく、誰しもがあなたに対してそう思っているでしょうが。流石の注目株、期待されてますね」

「相変わらず、周りからの持ち上げに混乱しちゃいそうですけど……」

 

 そこまで言葉を零しかけて、ユウリに言われた言葉を思い出す。

 

『もしこのまま勝ち進めたら』

 

 ユウリはボクが勝ちあがることを確信している。

 

 周りの人も、注目株として持ち上げている以上、予想をつけられている。

 

 そして、こう発言する以上、マクワさんも。

 

「……ううん」

 

 ここでいつも通りの謙遜を入れてしまえば、それは一種の逃げだ。こんなところまできて、そんな及び腰で彼の前に辿り着くなんて、出来るわけない。

 

(もう、逃げない!!)

 

「期待されている。求められている。そして、約束している……だから」

 

 深く息を吸い、マクワさんに向かってはっきりと告げる。

 

「その期待通り、勝たせてもらいます。マクワさん!!」

 

 ボクの言葉に、一瞬だけ目を見開くマクワさんは、しかしすぐに表情を戻して、そのうえでニヤリと笑いながら、言葉を返してくる。

 

「まさか、そんな挑発をしてくるとは……」

 

 

『では両者!!準備をお願いします!!』

 

 

 実況の人の声に言われた通り、ボクとマクワさんが背を向け合い、ゆっくり離れる。

 

 そして、お互いが定位置に着いたと同時に振り返る。

 

 その時のマクワさんの表情は、さっきと変わらないにやけ顔を浮かべており、同時にさっきの言葉の続きを高らかに叫びだす。

 

 

「燃えてきた……っ!僕の信念のためにも、今ここで!アップセットを起こしてやりますよ!!」

「させない!!ボクだって!!こんなところで立ち止まれないから!!前に進むために、期待を越えて勝つ!!」

 

 

ポケモントレーナーの マクワが

勝負を しかけてきた!

 

 

「お願い!モスノウ!!」

「頼みますよ!!ツボツボ!!」

 

 ガラルリーグトーナメント。一回戦は第一試合。

 

 その火蓋が今。切って落とされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




観客

ニアミスしてますね。登場人物が少しずつ、集まってきています。こういうところも、終盤感がありますよね。

ガラルリーグトーナメント

いよいよ開幕。誰が勝ち、誰が進むのか。お楽しみくださいませ。




ここからはフルバトルまみれです。引き出し、足りるかな……?






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199話

「お願い!モスノウ!!」

「頼みますよ!!ツボツボ!!」

 

 ボクとマクワさんの言葉とともに投げられたモンスターボールとハイパーボール。その2つは空中で軽快な音を立てながら開き、中から宣言通りのポケモンが現れる。

 

「フィー!!」

「ツボ!」

 

 方や真っ白の翅を広げ、一瞬にしてスタジアムの気温を下げる冷気のむしポケモン。

 

 方や赤い甲羅に身を隠し、全てを弾かんとする鉄壁を構えるむしポケモン。

 

 お互いむしタイプを持っていながら、もう一つのタイプの兼ね合いで明確な差が出来ているポケモンがお互いの初手となった。

 

 ツボツボ。

 

 穴の開いた赤色の甲羅から、黄色の触手と顔を伸ばす、少し変わった姿をしているポケモン。その見た目通り、防御に高い定評があるポケモンで、大体の攻撃ならその自慢の甲羅で弾くことを可能としている。一方で、足の速さと攻撃方面に関してはお世辞にもいいとは言えず、むしろ全部のポケモンの中でも下から数えてすぐに名前が上がるであろうポケモンでもある。

 

 そんな尖ったポケモンであるツボツボが何をするのか。

 

 耐久力があるポケモンであるため、その役割は大体場を整える起点づくりだ。これが6VS6のフルバトルであるのなら尚更その行動の従事することだろう。そんなツボツボに対する、ボクの取れる回答なんて1つしかない。

 

(ガン攻めのみ!!)

 

 

『第1試合、開始!!』

 

 

「モスノウ!!『ふぶき』!!」

「ツボツボ!!『スト―ンエッジ』!!」

 

 審判の合図とともに飛び出すモスノウが、ツボツボに向けて先制攻撃を叩き込むために氷の嵐を発生させる。これに対してツボツボは自身を囲うように岩の柱を立てて壁を形成し、ふぶきをすべて防いでいく。これに対してモスノウは、この壁を飛び越えるように飛翔。中心にて守りの態勢を取っていたツボツボに対して、今度は真上からふぶきを叩きつける。

 

「『ねばねばネット』です!!」

 

 それに対してツボツボは、先ほど立てたストーンエッジの先端に糸を飛ばし、ねばねばネットによる屋根を作成。今度はこの屋根で氷の嵐を受け止める。けど、岩と違って強度のないネットは一瞬で凍り付く。

 

「そのまま突っ込んで!!『アクロバット』!!」

 

 凍ったネットごと突き破って、中にいるツボツボに向かって飛び込むモスノウ。凍ったネットはモスノウの突撃で簡単に砕け散り、中に隠れているツボツボに今度こそ攻撃を与えるために懐まで潜り込む。

 

 ツボツボ側は攻撃が間に合わない。まずは一撃。

 

「フィー!!」

「ツボッ!?」

 

 懐まで潜ったモスノウの一撃によって吹き飛ばされるツボツボ。だけど、この場所はストーンエッジの壁によって囲まれている。だから例えモスノウの攻撃によって飛ばされても、モスノウとの距離はあまり離れないはずだから、場合によっては追撃が出来る。しかしその予想は外れ、ツボツボは岩と岩の隙間を縫って外に飛び出してしまう。

 

ふとマクワさんの方に目を向けると、浮かべているのは笑み。

 

(誘われた!?)

 

「今です!!『ねばねばネット』!!」

 

 外に飛び出したツボツボは、この隙に自身が飛び出した隙間をねばねばネットで封鎖。さらに、ストーンエッジの屋根に再びネットをかぶせることによって、モスノウをストーンエッジの檻の中に隔離される。

 

「ツボツボ!!今のうちに『ステルスロック』です!!」

 

 モスノウが隔離されているうちに仕事を終えるため、すかさずステルスロックを撒き始めるツボツボ。これでここから先、この岩を除去しない限りボクのポケモンたちは場に出てたり、激しく動くたびに少量のダメージを負ってしまうことになるだろう。

 

「続いて『パワートリック』!!」

 

 岩を撒き終えたツボツボは、続いて自身の攻撃力を手に入れるために、自身の攻撃力と防御力を入れ替えるパワートリックを行う。これで絶大な防御力を誇るツボツボの盾が、無敵の矛となってこちらに襲い掛かる。

 

「『ストーンエッジ』!!」

 

 その矛が早速モスノウを閉じ込めている岩の檻を、檻破壊するべく襲い掛かる。こおり、むしタイプであるモスノウにとって、当然この技は一撃で落とされる技だ。こんなものを受けるわけにはいかない。だからこちらも()()()()にて相手をする。

 

「モスノウ!!『ふぶき』!!」

 

 岩の檻から立ち上る氷の嵐。ねばねばネットも一瞬で凍るその冷気は、このスタジアム全体の気温を更に引き下げる。幸い、このバトルスタジアムの観客席はバリアに守られているため、この寒さが視聴者に届くことは無いが、バトルフィールドにいるボクたちは別で、その温度を直に感じる。

 

 そんな嵐の中から、ストーンエッジから逃れるために飛び出したモスノウは、自慢のこおりのりんぷんを、さらに美しく輝かせながら撒き散らしていた。

 

「『ちょうのまい』……完了!」

 

 ツボツボが外でステルスロックとパワートリックをしている間、こちらも何もしてなかったわけじゃない。モスノウが岩の中に閉じ込められた時点で、ステルスロックに関して諦めたボクは、すぐに次のプランへ移行。ツボツボが攻撃に出るまでの間にできる限りちょうのまいを行うことによって、この先の展開に対する準備を行った。

 

 切り替える時は素早く。さもないと、一瞬で持っていかれる。

 

「『ふぶき』!!」

「『ストーンエッジ』!!」

 

 準備を終えた両者はすぐに攻撃を行う。

 

 ちょうのまいで素早さと火力を手に入れたモスノウによるふぶきをきっかけに、ふぶきごと切り裂く岩の刃がモスノウに向かって飛んでいく。この岩の雨を、隙間を縫うようにアクロバットで飛んでいくモスノウ。これに対してツボツボは、今度はタイミングを見計らって、接近してくるモスノウに対してちょうど当たるように計算して地面から岩の刃を突き出させる。けど、この技も予想していたモスノウはアクロバットを途中でとめ、地面に向かってふぶきを行う。地面からせりあがってきた岩の刃は、ちょうのまいによって強化されたふぶきによって相殺されて砕かれる。

 

「『ぼうふう』!!」

「『ねばねばネット』!!」

 

 砕けた岩は嵐に巻かれ、岩の弾丸となってツボツボへと返される。これをツボツボはねばねばネットを広げて回収。岩の弾丸を余すことなく受け止めたツボツボは、ネットを手繰り寄せて一つの大きなハンマーとし、これをモスノウに投擲。返したと思ったものを更に返されてしまう形になったものの、これに対してもモスノウは特に焦ることなく、すぐさまふぶきを発動。

 

 ネットと岩による塊と、氷の嵐がぶつかり合うことでお互いの技が相殺し合い破裂。岩は砂になり、ネットは氷の破片となって空を舞う。太陽に光を反射しながら両者の間を漂う技の残りは、記念すべき初戦を照らすライトのようになっていた。

 

 

『『『『わあああああああああ!!!!』』』』

 

 

 モスノウとツボツボ。スピードに関してあまり強くないこの両者によって行われたこの打ち合いは、しかしまだ時間にして2分程度しか経ってないのに、既に両者の放った技の数が合計して10を余裕で越えていた。

 

 場を整えるだなんてとんでもない。開幕からフルスロットルで行われる攻防に、観客席のボルテージはさらに上がる。

 

(観客の声が心地いい……うん。この声を聞くとやっぱり、実感する!!)

 

 そんな観客の声に比例するようにボクの心も盛り上がっていく。サングラスを指で持ち上げながら、相変わらずニヒルな笑みを浮かべているマクワさんも同じ気持ちだと信じたい。

 

 

 

 

 だからこそ、少しだけモスノウに申し訳なさが出て来る。

 

 

 

 

(ほんと、自分の力不足が嫌になって来るね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっそく白熱してるな!フリアのモスノウもいい感じだぜ」

「そうねぇ……」

 

 周りから湧き上がる歓声に負けないように、少しだけ声を上げながら隣で盛り上がっているジュンと話をする。その間にもモスノウとツボツボは互角の戦いを繰り広げているけど、わたしにはとてもじゃないけどこの状況が互角には見えなかった。

 

「なんか、あまり嬉しそうじゃなさそうだな?」

「ここはまだまだ序盤だし、そもそもモスノウの限界が近いから、かしらね。っていうか、あんたも気づいているでしょ?」

「まぁ……さすがにな」

 

 一件互角のバトルをしているようだけど、モスノウとツボツボのバトルは互角ではない。というのも、モスノウは現状自分が出来ることをフルで出し切っているけど、ツボツボはまだまだ自分にできる手札を隠している状態で闘っている。しかもタイプ相性上、例え体力が両者満タンだったとしても、モスノウは一度たりとも攻撃を受けることが出来ないのに対して、ツボツボはまだ何回か攻撃を受けることが出来る。それは、パワートリックの性質が理由でもあった。

 

 パワートリックは攻撃と防御を入れ替える技。そのため、今のツボツボは強力な攻撃力を手に入れたかわりに、防御力がかなり貧弱になっている。ツボツボは防御力は強いと言っても、体力はかなり少ない。そのため、パワートリックを行った後は著しく耐久は下がる。だから、ツボツボのパワートリックはまさにもろはの刃というべき技だ。

 

 けど、それはあくまでも物理面の話。

 

 入れ替えているのは攻撃と防御だけだから、特防に関しては一切変わっていない。そして、モスノウの主力技は全部特殊技だ。一応物理技もアクロバットはあるものの、モスノウは物理攻撃が得意ではない。あれは近距離をごまかすために覚えさあせているだけであって、主力技じゃないからツボツボに対してのダメージは期待できない。

 

 どれだけ頑張っても、相手の技に一度でも掠れば一撃でおじゃん。そんな緊張感がずっと続くわけもなく……

 

『フィッ!?』

『モスノウ!!』

 

 話をしているうちに少しずつ綻びが生まれ始める。

 

「こういうところはマルチタイプ使いの辛い所よね」

 

 マルチタイプ使いはタイプ統一と違って、いろいろな場面に対処することの出来るバランスの良さが強みだ。だけどデメリットとして、こういった統一タイプと戦う時に役割が極端に偏ってしまうというものが挙げられる。フリアの手持ちだと、弱点を突けるインテレオンとエルレイドにはたくさんの役割が課せられ、逆にモスノウのように完全に不利なポケモンは役割がかなり少なくなってしまう。これがジムチャレンジ中のように3VS3や4VS4ならそもそも選出しなければいい。けど今回はフルバトルだから絶対に選出しなきゃいけない。そのうえ、相手はステルスロックを絶対に使ってくるいわタイプが相手。そうなると、一番活躍が難しいモスノウが一番輝けるのは最初しかない。そしてそんなことは、ここまで勝ち進んだトレーナーなら簡単に読み切れる。だからマクワ選手も、一番特殊に強く出れ、そしてモスノウを一番起点にして場を作ることの出来るツボツボから入っているのだろう。そして数的有利を最初に作って、苦手な相手であるインテレオンとエルレイドに対しては、数の暴力で押し切る作戦のはずだ。

 

 当然、フリアだってこの作戦は読めているはず。それでも最初にモスノウを出さざるを得ない。じゃないと本当にモスノウがタダの捨て駒になってしまうから。だからきっとこの選出はフリアにとってもかなり悔しい選択のはずだ。

 

 現状は相手の掌の上。さぁ、ここからどう頑張るのか。

 

「気張りなさいよフリア。相手はしっかりとあんたの対策を練って、本気で勝ちに来ているんだから」

「頑張れフリアー!!負けたら罰金5000万円だぞー!!」

 

 想像以上に不利状況から始まっている2人の戦いをみながら、わたしとジュンは声を出して応援をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、簡単に言ってくれるね……」

 

 後ろからかすかに聞こえるジュンとヒカリの声に軽口を叩きながらも、戦況からは一切目をそらさない。

 

 相も変わらず岩の刃と氷の嵐が荒れ狂っている戦場は、けど徐々にモスノウが押され始めていた。理由はごくごく単純に、タイプ相性が悪すぎる。そのうえ、空中にステルスロックがばらまかれているせいで、下手に動き回ろうものならこの岩の礫がよりモスノウを苦しめてしまう事となる。

 

(やっぱり『ステルスロック』がうっとうしい……!!)

 

「モスノウ!!『ぼうふう』!!」

 

 此方の動きを阻害するステルスロックを少しでも軽減するためにたまらずぼうふうを選択。モスノウを中心に起きる竜巻が、空中に舞っている岩の礫を巻き上げていく。

 

(これでちょっとはましに……)

 

「『ねばねばネット』です!!」

「そうはうまくいかないよね!!」

 

 巻き上げられた岩はもれなくすべてネットで回収。そして最初の時と同じようにモスノウへと塊を投げ返される。これに対してこちらもふぶきで応戦し、塊を一瞬で凍らせて、そのまますぐに砕くことでこれを防ぐ。が、凍ったネットとステルスロックの塊が砕けると同時に、真正面から追加で岩の刃が飛んでくる。

 

 どうやらネットの塊の陰に、ストーンエッジが隠れていたみたいだ。

 

「モスノウ!!『アクロバット』で避けて!!」

「フィッ!!」

 

 この攻撃をよけるために慌ててアクロバットを指示。これを聞いたモスノウは、声を上げて気合を入れながら翅を広げた。けど、モスノウがその翅を羽ばたかせることはなかった。

 

「今です!!ツボツボ!!」

「ツボッ!!」

 

 モスノウが前から飛んでくる岩の刃に気を取られた一瞬の隙をついて、モスノウの真下から岩の柱が突きあがり、モスノウの右翅を打ち抜いた。

 

「フィッ!?」

「モスノウ!?」

 

 それでも何とか致命傷を避けようと身体をひねったモスノウは、ギリギリのところで瀕死を免れた。しかしその代償は大きく、制御を失ったモスノウはそのまま地面に落ちていく。

 

 当然こんなチャンスを見逃すマクワさんではない。

 

「まずは一本!!ツボツボ、『ストーンエッジ』!!」

「モスノウ!!『ふぶき』!!」

 

 それでもなんとか抵抗しようと、地面に落ちたモスノウが最後の力を振り絞ってふぶきを放つ。けど、どうやらマクワさんはここで確実にモスノウを落としたかったらしく、技をぶつけ合うのではなく、ふぶきを受けてでもモスノウへとストーンエッジを当てるように軌道を修正。モスノウの最後の攻撃は、ツボツボに当たったものの、ツボツボを落とすには至らず、逆にこちらは身体の真ん中にストーンエッジを受けてしまい、そのままモスノウは目を回しながらこちらまで飛んできた。

 

 

「モスノウ、戦闘不能!!」

 

 

「モスノウ!!」

「フィ……」

 

 飛んできたモスノウを抱きしめながら、モスノウの様子を確認する。すると、とても悲しそうな声で鳴いてきた。

 

「ごめんね。ボクが不甲斐ないばかりに……よく頑張ってくれた。ありがとう、モスノウ……あとは任せて……」

「フィ……」

 

 ボクが頭を撫でてあげると、そのままモスノウはゆっくり目を閉じる。やはり苦手ないわ技をあれだけもらったのがこたえたのだろう。すぐにボールに戻しながら、改めて心の中でモスノウに謝る。

 

「よくやりましたよ。ツボツボ」

「ツボ!……ッ!?」

「……ツボツボ?」

 

 一方でマクワさんは、先手を取ったことをツボツボと一緒に喜んでいた。けどどこか様子がおかしい。マクワさんもその違和感に気づいたみたいで、慌ててツボツボに声をかけるものの、答えには辿り着いていないみたいだ。最も、ボクもまだわかってはいないんだけど……

 

(ツボツボの顔がゆがんだ……ってことは、少なくとも、何かしらのスリップダメージが入っている……?でもそんな技なんて……いや、あれは!?)

 

 そこまで思考を回したところで、ツボツボの足の先がうっすらと赤くはれているのが目に入る。その様子を見て、ある答えに辿り着いたボクは、すぐさま次のボールに手をかける。

 

「ありがとうモスノウ!!君からもらったバトンは絶対繋ぐ!!お願いインテレオン!!」

 

 ボクの2番手はインテレオン。いわタイプに弱点をつけるポケモンの1人であり、今回のバトルの重要な役割を持つポケモンだ。予定よりも登板が早いけど、ツボツボの身体に起きている状態異常と、モスノウのおかげで現状ステルスロックが無くなっている今のうちに、インテレオンを出してリードを取り返す作戦にチェンジする。特に、まだマクワさんはツボツボが貰っている状態異常の正体に気づいていない。だから、今ここでツボツボを落とし切る。

 

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

 

 両手に水の刃を構えたインテレオンが、ツボツボに向かって猛進。素早さに大きな自信を持つ彼は、一瞬にしてその距離を0にしようと駆け抜ける。

 

「ツボツボ!!『ねばねばネット』です!!」

「ツボ……ッ!?」

「ツボツボ!?あなたまさか!?」

 

 そんなインテレオンに対して、ねばねばネットで機動力を落とそうと試みるツボツボだけど、技を放とうとしたところでツボツボの表情がまた歪む。ここでようやくマクワさんも何が起こったのか気付いたみたいだ。

 

 けど、もう遅い。

 

 その一瞬で懐に飛び込んだインテレオンが、右手のアクアブレイクによるアッパーでツボツボを空中に打ち上げて、トドメの一撃を構える。

 

「『ねらいうち』!!」

「……すいません、ツボツボ。『ステルスロック』です」

 

 インテレオンの構えを見て、ツボツボはもう戦えないことを悟ったマクワさんは、ツボツボに対して謝罪をすると同時に、最後のお仕事としてモスノウに除去されたステルスロックをまき直し、ねらいうちを貰ってそのまま地面に落ちていった。

 

 

「ツボツボ、戦闘不能!!」

 

 

「お疲れ様です。ツボツボ、ゆっくり休んでください」

 

 労いながらボールに戻すマクワさんは、そのまま次のボールに手をかけながらこちらに話しかけてくる。

 

「『しもやけ』……気付くのが遅れてしまいましたね。これは後で母さんに怒られそうです」

「あ、あはは。それは……頑張ってください」

 

 マクワさんの少しそれた言葉に思わず苦笑いがこぼれる。

 

 状態異常、しもやけ。

 

 こおりタイプの技を受けた際に低確率で発症する状態異常で、継続的なダメージを受け、且つその痛みで力を上手く込めることが出来ずに、特殊技の威力が下がってしまうというものだ。基本的にこおりタイプの追加効果は、受けたポケモンの動きを止めるこおり状態なので、そもそもあまり発生するものでは無いけど、1度発生したらその効果はかなり厄介なものとして付きまとってくる。

 

 モスノウが最後に放ったふぶきが、ボクたちにバトンを繋ぐために引き起こしてくれた確かなだった。

 

「モスノウ……本当にありがとう」

「母さんのモスノウと言い、あなたのモスノウと言い、本当に不利を意地でも跳ね返してきますね……全く、自信がなくなりそうですよ」

「こうでもしないと、勝てないですからね……!!」

「本当に……やはりあなたとは決勝で当たりたかったですね」

 

 そう言いながら、マクワさんは2体目のポケモンを繰り出す。

 

「頼みますよ、アマルルガ!!」

 

 現れたのはアマルルガ。

 

 ボクのインテレオンと同じく、マクワさんも切り札のうちの1人を早くも登板させる形となった。間違いなく、ボクのインテレオンを重く見ての選出だろう。

 

「インテレオン……当たり前ですけど、僕のパーティはあなたが重いです。だから、ここでこのカードを切ってでも、インテレオンを倒させてもらいます!!『でんじは』!!」

「あれは受けちゃダメ!!避けて!!」

 

 繰り出すや否やいきなり打ってきたでんじは。相手をまひさせ、機動力を一気に奪うその技は、素早さを売りにしているインテレオンにとっては致命傷だ。絶対に受けてはならない。大きく動けば、新しく漂い始めたステルスロックによって傷を負ってしまうけど、そんなことはまひに比べれば100倍マシだ。

 

 こちらの動きを阻害させることを目的とした微弱な電気を軽やかなステップで避けたインテレオンは、そのまま指先をアマルルガに向ける。

 

「『ねらいうち』!!」

「レオッ!!」

「『ラスターカノン』です!!」

「ルオッ!!」

 

 ボクの言葉と同時に発射される水の弾丸は、アマルルガから放たれる鈍色の弾丸とぶつかり合い、爆音を奏でながら消滅していく。

 

「走って!!」

「構えてください!!」

 

 その爆風をかき消すように走り出すインテレオン。

 

 対する待ちのアマルルガ。

 

 岩と水の舞う少し幻想的なフィールドで、まだ序盤でありながらも、お互いの主軸となるポケモンの一角がぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モスノウ

やっぱり岩相手には厳しいですね。振るバトルという兼ね合い上、どうしても活躍が難しい子が出てくるのはつらい所ですね。

しもやけ

アルセウスにて登場した状態異常。毎ターン最大HPの1/12を失い、特殊技で与えるダメージが0.5倍になる状態異常ですね。言ってしまえば、やけどの特殊版です。個人的には、こおり状態よりも嫌われないのでは?と思っているのですが、実際のところどうなんでしょうね?てっきりSVに実装されると思っていたものの1つだったりします。




フルバトル祭りの幕開けですね。






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200話

祝(?)200話


「『ねらいうち』!!」

「『ラスターカノン』!!」

 

 どっしりと構えるアマルルガの周りを翻弄するかのように走り回りながら、指先から次々と水の弾丸を放っていくインテレオン。自慢の素早さを存分に生かしたその戦法は、しかしマクワさんの的確な指示によってしっかりと撃ち落とされていく。

 

 お互い致命打のない膠着状態が続くが、そうなってくると地味ダメージを貰うのはこちら側だ。ステルスロックが空中にある兼ね合いで、場に出た瞬間と比べれば少ないが、それでも激しく動く度に傷を負ってしまう。戦いが長引けば、ダメージを多く負うのはこっちになってしまうだろう。

 

 しかし、何も悲観することばかりな訳では無い。

 

 確かに現状場は膠着しているけど、手数は明らかにこちらが上回っている。今はマクワさんの手腕で辛うじてさばけてはいるが、アマルルガの辛そうな表情が、この状況を長く持たせられないことを物語っているように感じた。

 

 アマルルガが堪えきれないのが先か、はたまた、インテレオンがスリップダメージで倒れるのが先か。

 

 先程の大技同士のぶつかり合いから一転し、ジリジリした戦いが続く今回は、このまま行けば時間が解決することだろう。現上維持をすれば、およそ半分くらいの確率で勝つことは出来る。

 

 けど、ボクもマクワさんも、そんな消極的なことは望んでなんか居ない。

 

「アマルルガ!!『ラスターカノン』をばらまいてください!!」

 

 先に仕掛けたのはマクワさん

 

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

 

 撒き散らされたラスターカノンは、周りに浮くステルスロックに反射してインテレオンを四方八方から襲っていく。

 

 ステルスロックを利用した集中攻撃。これはマクワさんがメロンさんとの戦いで見せた戦い方だ。相変わらず凄い精度と弾幕でこちらを狙ってくるけど、これは一度目にしたコンボ。故に、まだ冷静に対処できる。

 

「後ろから3発と上から2発。左右から1発ずつ!!」

 

 冷静にどの弾がどのようにしてこちらを襲うかを見極めたボクは、インテレオンに飛んでくる順番を伝える。すると、インテレオンもアクアブレイクを振り抜いて、的確に技を弾いていく。

 

 後ろからの弾は身体を右に回転させ、尻尾を薙いで弾き、上からの弾はサマーソルトをしながら両足のアクアブレイクで。そして最後の左右からは、サマーソルト後の着地した瞬間にすぐに両腕を左右に突き出して、両手のアクアブレイクをラスターカノンと当たると同時に爆発させることで全て弾き切る。

 

「次はこっちの番!!『ねらいうち』!!」

 

 ラスターカノンを全て弾いたことを確認したボクはすぐさま攻めへ移行。最後のアクアブレイクの時に突き出した両手を、そのまま銃の形に変えて、その場で狙い撃ちを発射。インテレオンから左右に飛んで行った水の弾丸は、まるでラスターカノンが逆再生したかのような軌道を取ってアマルルガに飛んでいく。それも、頭の上からと真後ろからという、身体が大きく、かつ機動力に難があるアマルルガにとってなかなか対処しづらい方向から攻撃が迫って行った。

 

「真上に『ラスターカノン』です!!」

 

 しかしマクワさんは動揺しない。下手に全部防ごうとしても絶対に上手くいかない。それをわかっているマクワさんは、素早く対処出来る方に絞って、そちらの攻撃を防ぐように指示。

 

 真上に打ち出された鈍色の弾は的確にねらいうちと相殺する。が、当然この間に飛んできた背中からくるねらいうちは直撃する。

 

「ルルッ!?」

「落ち着いてください!『ラスターカノン』!!」

「避けて『アクアブレイク』!!」

 

 背中からの効果抜群の攻撃で思わずたたらを踏むアマルルガ。その隙を逃さないように懐に潜り、インテレオンは両手の刃を構える。アマルルガも何とか反撃をしようと弾を打つが、態勢が悪い状態で打った技は狙いが甘く、簡単に回避可能。だけど、それでも何か嫌な予感がしたので、攻撃の気配だけを見せてあえて近くで寸止めを行う。

 

「そこで止まって!!」

「『でんじは』でこうそ……っ!?」

「跳んで!!」

 

 でんじはでインテレオンを捕まえようとした瞬間飛ぶボクからの指示に、思わず声を詰まらせるマクワさん。ここまで警戒されているとは思わなかったのだろう。直前で足を止めて空中に飛び出したことで、アマルルガからのでんじはは不発に終わり、小さくない後隙を晒すことになる。

 

 当然このチャンスを逃がすわけが無い。

 

「『ねらいうち』!!」

「レオッ!!」

 

 両手の人差し指を真っ直ぐアマルルガに向けて発射。真っ直ぐ飛ぶ弾丸は、アマルルガを仕留めんと猛進する。

 

「ルオッ」

 

 それでも何とかダメージを抑えようと考えるアマルルガは、その場で身体を右に一回転。遠心力を伴った尻尾の一撃にて、かろうじて片方のねらいうちを弾くことはできたものの、もう片方のねらいうちが突き刺さる。

 

「ルッ!?」

「アマルルガ!!」

「インテレオン!!ダッシュ!!」

「レオッ!!」

 

 アマルルガにぶつかると同時に起きる大きな水の爆発。同時にまう水飛沫を見ながら、攻撃を受けたアマルルガはたたらを踏み、インテレオンは着地と同時に追撃のために前に走る。

 

 接近してくるインテレオンに対し、態勢を崩してもなお反撃をしようと前を向くアマルルガだけど、水飛沫の中をインテレオンが駆けたために、インテレオンの身体に異変が起きる。

 

「くっ、溶け込み……アマルルガ!!透明化に気をつけなさい!!」

 

 身体の表面を水飛沫で濡らしたインテレオンは、自身の性質である周囲への溶け込みが発動。マクワさんの言葉通り透明なポケモンとして、アマルルガの視界の外へと消えていく。。

 

「ル、ルオ……」

 

 右に左にと、長い首を回して何とかインテレオンの場所を確認しようと頑張っているものの、それでも完全に周囲に溶け込んだインテレオンを見つけるのは不可能だ。見失ってしまい、再び補足するのができないアマルルガが目に見えて焦っている。

 

 ここがチャンス。

 

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

 

 こちらを見失ったアマルルガの背後に忍び寄るインテレオン。水飛沫という決して多くない水分から発動した透明化ということもあり、ここで水気が失われて透明化が解除されるものの、ここまで近づければ問題ない。右手に溜めた渾身のアクアブレイクを避ける術は無いため、確実に叩き込まれる。

 

「レオッ!!」

「ルルッ!?」

 

 ここまで来てようやく自身の後ろにインテレオンがいることに気づいたアマルルガは、慌てて首を回して振り返るものの、既にアクアブレイクは放たれた瞬間で、インテレオンの技は真っ直ぐアマルルガの顔面へと進んでいき、同時に攻撃が当たる衝撃音が鳴り響く。

 

「よしっ……え!?」

「アマルルガ……よくやりました!!」

 

 攻撃は確実に直撃。間違いなくアマルルガにダメージは入った。けど、そのうえでボクから上がる声は驚愕。なぜなら、攻撃を受けたはずのアマルルガが、身体に傷をつけながらも、インテレオンの右手をしっかりと口で咥え、そのうえで首と同じくらい長い尻尾をインテレオンに巻き付け、しっかりとホールドしていたから。

 

(自分の身体を犠牲にして無理やり捕まえに来た!?ってまずい!!この状態であの技を使われたらひとたまりもない!!)

 

「インテレオン!!もう片方の手で『ねらいうち』を━━」

「アマルルガ!!『フリーズドライ』です!!」

「ルルォッ!!」

 

 急いで反対の手でアマルルガを攻撃して距離を離そうと考えるけど、マクワさんの指示には間に合わない。インテレオンが攻撃する少し前にアマルルガの口元が白く光り、インテレオンの腕にフリーズドライが突き刺さる。

 

 フリーズドライ。

 

 こおりタイプでありながら、本来ならいまひとつに抑えることが出来るはずのみずタイプにもこうかばつぐんを与えることの出来るこの技は、当然インテレオンにとっても手痛い反撃となる。ねらい撃ちこそ何とか放つことが出来たものの、それよりも先に零距離で喰らったフリーズドライは、決して防御の高くないインテレオンに深々と突き刺さる。

 

 少し遅れて放たれたねらいうちの爆発と合わせることで、何とかアマルルガと距離を離すことに成功はするけど、インテレオンの右腕にはその攻撃痕が深々と残っていた。

 

「レオ……ッ」

「くっ……」

「手痛いダメージは貰いました。ですが……」

 

 インテレオンの右腕にしっかりと残る赤い腫れ。それはくしくも、先ほどツボツボの足に残っていたそれと全く一緒だった。

 

「レオッ!?」

「しもやけ……インテレオンにも発症しちゃってる……」

「やはり確率というのはちゃんと平等のようですね」

 

 これでインテレオンは定期的にダメージを受けることになってしまうけど、正直この症状はツボツボが発祥するそれと比べて全く意味が変わって来る。というのも、先ほども述べた通りしもやけには特殊技の威力を下げられてしまうという効果も持っている。ツボツボは物理を中心に戦うけど、インテレオンは特殊を中心に戦う。つまり、メインウェポンを取り上げられている状態になってしまっている。

 

「『ラスターカノン』です!!」

「『ねらいうち』!!」

 

 そんな状態の中、再びこちらに迫りくるのはラスターカノンによる集中砲火。これに対して、さっきと同じようにねらいうちで撃ち落とそうとしていく。けど、しもやけが右腕に発症しているせいで右腕が上がらず、こちらが放てる技が半分になってしまっていることと、しもやけの効果で特殊技の威力も半減されてしまっているせいで、相手の攻撃を全然止められなくなってしまっている。幸い、ラスターカノンはフリーズドライと違って、こちらに対していまひとつの技であるため受けるダメージは少ない。けど、受ける回数が多くなってしまっているため、大きなダメージこそ受けていないものの、総合的な被ダメージはいつの間にか逆転してしまっている。

 

(このままだと絶対に勝てない……なら、いちかばちか……!!)

 

「インテレオン!!前に『ねらいうち』!!」

「レオ……ッ!!」

 

 鈍色の弾幕にさらされながらも、ボクの言葉の意図をくみ取ったインテレオンが前から飛んでくる鈍色の弾にねらいうちをぶつける。すると、インテレオンの目の前にはねらいうちとラスターカノンがぶつかることによって起きた水飛沫が巻き上がる。

 

「突っ込んで!」

「レオッ!」

 

 その水飛沫に飛び込むインテレオン。これによって、再びインテレオンの身体が周囲の風景と溶け込んでいく。

 

「また奇襲作戦ですか……しかし、しもやけで下がっているあなたのとくこうでは……」

「『きあいだめ』」

「っ!?」

 

 マクワさんの言葉を遮るように指示するのは、自身の集中力をあげ、相手の急所を打ち抜くことに特化する技のきあいだめ。ポプラさんとのバトルでも見せた、インテレオンの切り札の1つだ。

 

「行ける?インテレオン」

「……」

 

 インテレオンから声は返ってこない。当然だ。今は姿を透明にして隠しているのだから、下手に声を上げてしまえば自分の居場所がばれてしまうのだから。でも、声がなくてもインテレオンの気持ちはよくわかる。

 

 準備は完了した。後は、渾身のねらいうちをアマルルガに叩き込むだけだ。

 

「インテレオン……用意……!」

「くっ、アマルルガ!自身の周りに『フリーズドライ』で氷の障壁を!!」

「ル、ルルッ!」

 

 マクワさんの言葉を聞いて慌てて周りに壁を作るアマルルガ。その速度は慌ててやった甲斐もあってかかなり早く、一瞬にしてアマルルガの姿を、氷の結晶の中に閉ざしていく。

 

 これでアマルルガを守る鎧が出来た。けど、関係ない。

 

「インテレオン……『ねらいうち(FIRE)』」

「レオッ!!」

 

 ボクの合図とともに放たれるインテレオンからの渾身の一撃。

 

 極限にまで圧縮された水の弾丸は氷の鎧をも突き抜けて、その奥にいるアマルルガに突き刺さる。

 

「ルゥッ!?」

「アマルルガ!!」

 

 その威力はしもやけ故控えめではあるものの、的確に急所を貫いたその技によって、氷の障壁は砕け、アマルルガの身体はゆっくりと崩れていく。

 

 けど、まだアマルルガの目は死んでいない。

 

「インテレオン!!もういちど『ねらいうち』!!」

 

 とどめを刺すべく、最後のねらいうちを構えるインテレオン。この技が当たれば、ようやくアマルルガを落とすことが出来る。その一歩を手に入れるべく、指先を真っすぐ構えたインテレオンの指先から真っすぐ水の弾丸が放たれて……

 

「……ようやく見せてくれましたね。アマルルガ、今です。『メテオビーム』!!」

「っ!?」

 

 水の弾丸が、岩の光線にかき消された。

 

「インテレオン!!避けて!!」

「レオ……ッ!?」

 

 いきなり放たれた反撃の一撃。こんなものを貰えば当然瀕死になってしまう。だから慌ててインテレオンに逃げる指示を出す。が、しもやけのダメージのせいで動きが鈍ってしまい、避けるのに一歩遅れてしまう。そんなインテレオンに、メテオビームが直撃する。

 

「インテレオン!!」

 

 つい声を荒げて叫んでしまうけど、ボクの声で結果が変わるなんてことはなく。

 

 

「インテレオン、戦闘不能!!」

 

 

「……ふぅ、まずは第一関門……!」

「……ごめん、ありがとう。インテレオン」

 

 岩の光線が晴れた後に残っているのは、目を回しているインテレオンの姿。そんな彼に謝罪の言葉を投げながら、ボクはボールに戻していく。

 

(やられた。あの氷の壁の中にこもって、ボクのインテレオンが『きあいだめ』をしている間に、アマルルガは『メテオビーム』のチャージをしていたんだ)

 

 ボールに戻しながら頭の中を巡るのは、先ほどのやり取りの裏の出来事。インテレオンの準備に気を取られて、アマルルガにも最高打点の技があることを失念していた。メロンさんとのバトルを直で見ていたうえでのこの結果は、ボクの不注意以外の何物でもない。

 

(ほんとにごめん……)

 

 けど、起きてしまったことはしょうがない。ここから切り替えて、マクワさんのアマルルガを倒すプランを組み立てないといけない。

 

「戻ってください。アマルルガ」

「え?」

 

 なんてことを考えていたら、マクワさんがアマルルガをボールに戻してしまった。

 

 メテオビームの効果で特攻は上がっているから、てっきりこのまま続投してくると思っていたのだけど、そこはアマルルガの休憩を優先させたらしい。この判断が吉と出るか凶と出るかはわからないけど、少なくとも今この瞬間においてのボクの意見は、少しだけ厄介だなという感想だった。

 

(できれば、今ここで落として安心したかった……けど、それこそ文句を言っても仕方がない)

 

 頬を軽く叩き、自分の失敗を戒める。

 

 インテレオンをここで失ったのはとても痛い。けど、だからと言ってここで焦ってはいけない。

 

「お願いします!ガメノデス!!」

 

 ボクが心を落ち着けている間に繰り出されたのはガメノデス。みずといわタイプの複合ポケモンだ。

 

(大丈夫……落ち着いて……インテレオンの分も頑張るんだ……!!)

 

 ガメノデス。彼の戦い方は何となくわかっている。なら、ボクが次に出すべきポケモンは……

 

「お願い、ブラッキー!!」

 

 ボクから繰り出される3人目のポケモンはブラッキー。登場とともに、辺りを舞う岩の礫がまた刺さって来るけど、ブラッキーは特に気にした様子もなく前を見つめる。

 

「頼むよ、ブラッキー!!」

「ブラッ!!」

「ブラッキー……ここに来て守り重視のポケモンですか……意外ですね……ここは流れを取り戻すために、エルレイドで来ると読んでいたのですが……」

「マクワさんこそ、ボクはてっきりこのままアマルルガで押してくるんだと思ってました」

「そうしたいのはやまやまなのですが、あいにくと、僕はまだまだ全然安心してませんし、この先を考えると、後2人は警戒しないといけないポケモンがいるのでね……温存できるところはしたいのですよ」

「そういう事ですか……」

 

 何となく、マクワさんのプランがわかってきたような気がする。そしてマクワさんが警戒しているであろうポケモンも……だからこそ、少しだけボクの中の対抗心が燃え上る。

 

 だって、マクワさんはそうは思っていないとわかっていても、今の発言は、他のポケモンはまだ何とかなると思われているような気がしたから。

 

「守りに定評があるポケモンですが……僕のガメノデスでその盾をこじ開けます!!『からをやぶる』!!」

「その考え、悪いですけどすぐに改めてもらいますよ!!ブラッキー!!『でんじは』!!」

「避けてください!!」

 

 からをやぶるで自身の能力を強化しようとしているところにとんでいくでんじは。アマルルガがに散々打たれたので、今度はこっちがし返す番だ。

 

 からをやぶるによってせっかくあげた機動力を落とされないためにも、少し大げさにでんじはを避けるガメノデス。けど、無理やり避けたせいで態勢が悪く、バランスを崩してしまっていた。

 

「ブラッキー!!『でんこうせっか』!!」

 

 その隙を逃さず、ブラッキーがダッシュ。空いていた距離を一瞬で詰めたブラッキーが、ガメノデスの懐に潜り込んだ。

 

「ガメノデス!『シェルブレード』!!」

 

 懐に潜り込んだブラッキーに対して距離を取りたいと考えたガメノデス。そんな彼が、からをやぶるによって強化された攻撃力でブラッキーを攻撃しようと技を構えたので、ブラッキーはその攻撃を()()()()()()

 

「なっ!?」

「ガメ!?」

 

 攻撃はしっかりと直撃している。しかし、そんな攻撃を受けてもびくともしないほど、ブラッキーの防御力は鍛えられており、そのうえでガメノデスの手を弾いて、攻撃の構えを取っていた。

 

「ブラッキー!!『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

 

 そこから放たれるブラッキーの技はイカサマ。からをやぶるで上がった攻撃力を逆に利用し、その攻撃を自身の攻撃としてガメノデスに押し返す技。シェルブレードを行ったばかりの隙だらけの身体にカウンターの形で叩き込まれたこの攻撃は、ガメノデスに大きなダメージを与える。

 

「ガメッ!?」

「ガメノデス!!」

「たたみかけるよ!!『でんじは』!!」

「ブラッ!!」

 

 イカサマによるダメージが大きく、思うように動けないところに追い打ちで放たれるでんしは。これでガメノデスの機動力はガクンと落ちることになる。少なくとも、からをやぶるによって上がった分は消えただろう。

 

「『でんこうせっか』!」

「くっ、『ストーンエッジ』!!」

 

 そのままステージを駆け回るブラッキー。この動きを邪魔しようと、ガメノデスが地面を何度も殴りつけ、そのたびに地面から岩の柱がどんどんせりあがって来る。しかし、この岩の柱すらも足場にしたブラッキーが、更に縦横無尽に駆け回った。

 

「く……まさかここまで動けるとは……」

「ガメッ!?ガメッ!?」

 

 岩の柱から柱へ。陰を縫うように駆けまわっていくうちに、ガメノデスはとうとうブラッキーの姿を見失っていく。いくら攻撃が上がったとしても、その技がちゃんと相手に当たらなければ意味がない。そして、こちらの姿を隠してくれているこの岩の柱は、でんこうせっかで駆け回っているブラッキーにとっては有利なものでしかない。

 

 フィールドを駆ける黒色の影。その影は、ガメノデスの死角を突いて、懐より強力な攻撃を叩き込む。

 

「ブラッキー!!『イカサマ』!!」

 

 黒く光るブラッキーの前足が、ガメノデスの顎をしたからかちあげるように振りぬかれ、さらに追撃とその場で回し蹴りもプレゼント。

 

「ガメッ!?」

「ガメノデス!?」

 

 でんこうせっかの速さと、からをやぶるを利用した重さを兼ね備えたその連撃は、岩の柱を数本折りながら、ガメノデスをマクワさんの下へと吹き飛ばした。

 

 

「ガメノデス、戦闘不能!!」

 

 

「戻ってください、ガメノデス」

 

 そのまま目を回したガメノデスは、マクワさんのボールに戻っていく。

 

「ブラッキー……想像以上に厄介ですね……」

「うちの守りの要ですからね!!簡単には抜かせないですよ!!」

「ブラッ」

「……別に甘く見ていたわけではありません。けど、これは考えを改める必要がありそうですね……」

 

 そんな言葉を零しながらも、マクワさんの表情はずっと笑っている。

 

 そしてそれはきっとボクも。

 

「行きなさい!!バンギラス!!」

「グガァァァァッ!!」

 

 マクワさんの4人目の手持ち、バンギラス。

 

 彼の咆哮と共に、場にはすなあらしが吹き荒れた。

 

「バンギラス!!『じしん』!!」

「ブラッキー!!『でんこうせっか』!!」

 

 そのすなあらしの中で、げっこうとよろいの名を冠したポケモンがぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フリーズドライ

みずタイプにもばつぐんを取れるこおりタイプの技。ただでさえ通りの強いこおりタイプの攻撃性能をさらに引き上げている技ですね。本当に強い。




200話……長く書いてますね。もう読み返すのがおっくうになりそうですね。ここまで付き合ってくださりありがとうございます。これからも、もう少しお付き合いいただけたらと思います。


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201話

「バンギラス!!『じしん』!!」

「ブラッキー!!『でんこうせっか』!!」

 

 2人のバトルが始まると同時にバンギラスは地面を揺らし、ブラッキーはこれを避けるために岩の柱の頂点を利用する。

 

 柱の上を軽やかに飛び回るブラッキーは特にじしんに被弾することなく華麗に避けていく。しかし、バンギラスが行ったこの技が、こちらを攻撃するために放った訳では無いことにはすぐに気づいた。なぜなら、時間が経つと共に、ブラッキーが飛び回れる岩の柱がひとつ、またひとつと崩れ去って、小さな礫となって地面にちらばっていったからだ。それによって、自身の機動力を担う大切なオブジェクトとしてあった岩の柱は、むしろブラッキーの足に刺さるまきびしのような形として辺りにばらまかれていくこととなってしまう。

 

「ブラッ!?」

「ブラッキー、平気?」

「ブラッ!!」

 

 そしてとうとう全ての岩柱がなくなり、辺りが礫だらけになったフィールドに足をつけた瞬間、ブラッキーからは苦悶の声があがる。ステルスロックの存在もあって、今のブラッキーには小さくない岩の削りダメージがどんどん突き刺さっていく。

 

(対策が本当に早い……ステルスロックの使い方と言い、今回の岩の柱の逆利用と言い、絶対このコンボ元から思いついていたやつだ……)

 

 岩の柱を崩すこの戦法は、何もブラッキーの足場を奪うだけでは無い。この作戦には2つの効果が存在する。

 

 1つは先程いったとおりまきびし代わりとして地面にまくこと。これをすることで、ブラッキーが地面に足をつける度に小さいダメージが積み上がっていくこととなる。しかもこのまきびしは本来ならマクワさんの方にも影響が出るはずなんだけど、バンギラスはよろいポケモンという分類の通り、鎧のように硬い皮膚に覆われているため、この程度の礫なんて簡単に踏み砕けるからダメージを受けない。一方的にこちらを邪魔してくるギミックになってしまっているということだ。

 

 そしてもう1つ。それはでんこうせっか封じ。

 

 こうも地面に邪魔なものがとっちらかっていたら、ブラッキーは自由に動くことが出来ない。走れば礫が足に刺さるし、そもそも岩が散らばりすぎて足場が悪く、踏ん張りが効かないフィールドになってしまっている。ただでさえ技で素早さをごまかしているブラッキーにとって、この踏ん張りが効きづらいフィールドはやり辛くて仕方がない。

 

 それに……

 

「ブラ……」

 

(ガメノデスの攻撃が今になって効き始めている……)

 

 先の戦いでインテレオンをやられてしまった流れを取り返す大立ち回りを見せてくれたブラッキーだけど、当然代償は払っている。一見無傷そうな様相を見せてはいるけど、からをやぶるで能力をあげたガメノデスの攻撃を、全くの無傷で抑えられたわけではない。勿論、ブラッキーの防御はこの特訓期間でかなり鍛えたから、ダメージそのものは最小限に抑えている。うちの防御の要は伊達ではない。けど……

 

(言ってしまえばボディブローのような攻撃。即効性のある痛みではなく、身体の内側からじわじわと嬲って来るようなダメージ……マクワさんの事だから、ワンチャンこれも狙って……?いや、そこ重要なところじゃないか)

 

 問題は今目の前のバンギラスに対して、このままブラッキーを続投していいのか。

 

(……すっごくマホイップに変えたい)

 

 あくまでもブラッキーへのダメージは大きいわけではなく、脳の揺れや、重い一撃が身体に残ったことによるちょっとした障害だ。だから一度手持ちに戻せばその不調は何とかなるだろう。戦闘スタイルで考えてみても、現状でんこうせっかが使いづらいフィールドになってしまっているし、この礫だらけのフィールドならマホイップの得意分野でもある。

 

 だけど、サングラスの奥で光るマクワさんの目がそれを許さない。

 

(絶対にボクがモンスターボールを構えた瞬間に、その隙をついて攻撃をしてくる)

 

 試しに少しだけ指をボールの方に近づけてみる。

 

「バンギラス!!『ストーンエッジ』!!」

「やっぱり!!避けて!!」

 

 すると予想通りマクワさんから攻撃の指示が飛んできたので、ブラッキーに回避行動を取らせる。また足に礫が刺さってしまうけど仕方がない。現在進行形でバンギラスが飛ばしてくる岩の塊に比べればまだマシだと思うしかない。

 

(しかし、当然とはいえ岩の柱の方はもう打たなくなってる……本当に徹底しているなぁ……)

 

 ストーンエッジの打ち方ひとつとっても、最初のような地面から突き出す柱を放つのではなく、岩の塊を弾丸のように飛ばしてくる使い方にシフトしている。こうなるとさっきのように足場として利用することが出来ないし、単純に弾幕が壁になってしまいなかなか接近ができない。こうなってしまうと、遠距離技をあくのはどうしか持たいないボクのブラッキーでは決定打にかける。そのため長期戦を余儀なくさせられるんだけど、そうなってくると地面の礫とすなあらしがこちらの体力を削ってくる。それに、今回は覚えさせていないけど、この砂によってつきのひかりの回復の阻害もばっちり対処していた。

 

 本当に、ブラッキーの対策が完璧だ。

 

 進むも地獄。耐えるも地獄。

 

(けど、前に行かなきゃ勝てない。なら!!)

 

「ブラッキー!!『あくのはどう』をしてダッシュ!!」

 

 ストーンエッジにあくのはどうをぶつけ、岩を砂煙に変えてその中を突き進む。

 

 行っても行かなくても地獄なら、まだ勝てる確率のある前に行く。その覚悟を決めたブラッキーはとにかく走る。今この瞬間にも、ブラッキーの足の裏はどんどん傷が増えているだろう。それでもしっかりと表情を引き締めて前に駆けていくブラッキーは、引くことを一切考えていない。

 

「バンギラス!!『じしん』!!」

 

 まさに特攻。守りに主を置くポケモンによるまさかの行動に、マクワさんの表情も少しだけ揺れたような気がする。けど、その揺れもほんの少ししか見せることはなく、すぐさま反撃の指示を落とす。その指示を聞き届けたバンギラスによって再び巻き起こされる大地の暴動は、真っすぐブラッキーを襲っていく。

 

「跳んで!!」

 

 当然こんなこうげきを受けるわけにはいかないブラッキーは宙に跳ぶ。これならじしんをよけるついでに地面の礫を踏むことはない。その代わりに空中にいるい間は相手の攻撃をよけることはできないというデメリットはあるけど、じしんを行った後の隙を突けば、その可能性も大分抑えられるはずだ。

 

「バンギラス!!」

「グガアアァァァッ!!」

 

 そんなことを考えていると、マクワさんの指示でバンギラスが大声で叫び始める。すると、さっきからずっと流れているすなあらしがさらに強くなる。

 

「ブラッ!?」

「ブラッキー!?」

 

 急に強くなったすなあらしが目に入り、思わず声を漏らしてしまうブラッキー。更に、ただ砂が目に入るだけではなく、じしんによって打ち上げられた岩の礫がすなあらしに吹きあげられることによって、それらが一斉にブラッキーに襲い掛かる形となってしまう。

 

「ブ……ラ……ッ」

「ブラッキー!!地面に『あくのはどう』!!」

 

 このままではただでさえ大きいスリップダメージがさらに大きくなってしまうので、ブラッキーに指示を出して地面を攻撃。その時に巻きあがる砂煙で、自身の周りにある石礫を吹き飛ばして地面に着地する。

 

 じしんはもう収まっているし、じしんによって礫が打ちあがり、すなあらしによってそれらがすべて吹き飛んだから地面にまきびしのようなものもない。ブラッキーとバンギラスの距離も大分詰まってきているので、再びじしんを打たれる頃には、もうブラッキーは自身の手が届く範囲にまで近づけていることだろう。

 

「『でんこうせっか』!!」

 

 となればすぐさま行動。着地と同時に地面を踏み込んだブラッキーが、一気にトップスピードまでギアを上げてバンギラスの下まで飛び込む。

 

「バンギラス!!」

「グガアアァァァッ!!」

 

 再び響きわたるバンギラスの咆哮。じしんでの迎撃が間に合わないと判断したマクワさんは、再びすなあらしを巻き上げるためにバンギラスに指示を出す。けど、さっきと違って礫のないただのすなあらしならブラッキーの動きは止められない。再び目にすなあらしが入ったブラッキーは思わず目を閉じてしまうけど、その分の視界はボクが担う。

 

「そのまままっすぐ走って!!」

「ブラッ!!」

 

 ボクの指示を信じて前に進むブラッキー。すなあらしにさらされながらも進んでくれた彼の勇気もあって、ついにバンギラスの懐まで潜り込むことに成功する。

 

「今!!真正面に『イカサマ』!!」

 

 目は見えなくとも、ボクの言葉とここまで経験してきた戦いから自身の目の前にバンギラスがいることをしっかりと把握したブラッキーは、ガメノデスを倒したときのように前足を構え、背の高いバンギラスのお腹を殴りぬこうと更に身体を前に運ぶ。

 

 これでバンギラスが倒れるなんてことはないだろう。ガメノデスよりももっと物理に耐性があるバンギラスには少し通りが悪いし、そもそもイカサマはあくタイプの技だ。バンギラスも同じタイプを持っている以上相性はいまひとつ。でも手痛いダメージは入るのは間違いない。ガメノデスのように攻撃を上げているわけではないけど、バンギラスはそもそもの攻撃力が高いポケモンでもあるため、その攻撃を利用したイカサマは決して小さくないダメージを叩き込めるはずだからだ。

 

 そんなことを考えている間に、ブラッキーの手がバンギラスの身体に触れようとしていた。と同時にあたりに響くのは打撃音。バンギラスの攻撃を借りた重い一撃が叩きつけられる音がしっかりとボクの耳に届いたと同時に、バンギラスの身体が少し傾いたのを確認する。どうやら右足を後ろに一歩下げたらしい。

 

「入った!!ブラッキー!!そのままもう一回━━」

 

 いい一撃が入った。なら次にするのは追撃だ。それを指示するために口を開こうとし……

 

「バンギラス!!『かわらわり』です!!」

「グガァッ!!」

「ブラッ!?」

「え!?」

 

 さっきまで有利な状況で戦いを進めていたと思ったブラッキーが、複数の岩の礫と一緒にボクの目の前まで吹き飛ばされていた。

 

 何が起きたのか一瞬理解が出来なくて、慌ててバンギラスの方に視線を向けると、そこにはさっき下げた右足を右手と一緒に前に出し、更に、自身の前に岩の塊を6つ、アスタリスク状に並べて展開していたバンギラスの姿があった。

 

「『ストーンエッジ』で受け止めてカウンター!?」

「ふぅ、何とかなりましたね」

 

 まさかのストーンエッジの使い方に驚愕が隠せない。

 

 直撃したと思っていたブラッキーのイカサマはバンギラスに当たらず、すなあらしによって存在そのものを悟られないようにして展開された岩のバリアによって防がれていた。その隙にブラッキーにとってばつぐん技であるかくとうタイプのかわらわりを貰ってしまっていた。しかも、その時にストーンエッジの槍も追加で貰うというおまけつき。

 

「ブラ……」

「ブラッキー!!」

 

 それでも何とか身体を起こそうと踏ん張るブラッキー。けど、すなあらしにステルスロック、そしていわのまきびしによってどんどん体力を奪われ、ガメノデスの攻撃がまだ身体に残っていたブラッキーの脚は震え、今にも倒れてしまいそうなほど弱っていた。むしろ、今も立っているのが不思議なくらいだ。

 

「これでも耐えますか……ですがここであなたは落とさせてもらいます!!バンギラス!『じしん』!!」

「ブラッキー!!避けて!」

 

 そして、そんなブラッキーの最後の体力を削りきらんと放たれる最後の技。この技に対して避けるように指示を出すものの、もう足腰に力の入っていないブラッキーに避けられるはずもなく、あえなく地面の振動に巻き込まれて、今度こそその身体を地面に横たえてしまう。

 

 

「ブラッキー、戦闘不能!!」

 

 

「……ありがとう。ゆっくり休んで」

 

 倒れてしまったブラッキーをボールに戻しながら、ボクは次のボールを構える。

 

(本当に凄い。そしてなによりも手札が多い。あんな反撃をされるなんて思わなかった……)

 

 すなあらしの操作による阻害や、ガメノデスのストーンエッジを利用したまきびしに、ストーンエッジによる的確なカウンター。そして何よりもびっくりするべきは、ガメノデスをブラッキーによってかなり早期に落とされたにもかかわらず、これだけのことを冷静にこなす落ち着きよう。

 

(ガメノデスとのバトルでこっちに流れを取り戻したと思ったのに、それでもまだ崩れない……本当に岩のように固い心を持っているんだ)

 

 今もサングラスを指で持ち上げ、額にうっすらと汗を流しながらもこちらをニヒルな笑顔で見続けるマクワさん。

 

 けど、心の奥底は、今も物凄くクールなのだろう。

 

(ほんと……強いなぁ)

 

 思わずこちらも笑みがこぼれる。

 

 このバトルが楽しくてたまらない。

 

「頼むよ!!マホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 ワクワクしてくる心を抑えながら繰り出すボクの4人目。

 

 青色のクリームの身体から甘く、けど少しさわやかな匂いを放ちながら現れた彼女の身体に、ステルスロックがまたまとわりつく。けど、マホイップは特に気にしたような表情は見せない。

 

「クリーム展開!!」

 

 そんなマホイップにまずはフィールドづくりを提案。あたり一帯にクリームをまき散らし、クリームの海を作ると同時に、空中に浮かぶステルスロックにクリームがかかっていき、ステルスロックの位置が分かりやすく視認できるようになっていく。

 

「これでステルスロックも避けやすくなったね」

「……やはりそう来ますよね。ブラッキーを落としておいて正解でした」

 

 これがボクがブラッキーを下げてマホイップを出したかった理由。マホイップのクリームがあれば、このように岩は視認できるし、バンギラスのじしんを抑えながら、かつ地面の岩の礫も気にせずに行動できたから。最も、今はもう礫はないから、地面は気にしなくてもいいんだけどね。

 

 この展開を予想していたからこそ、マクワさんもブラッキーを無理やり落としに来たという事だろう。本当に先を見据える力が強い。おかげでせっかくとったと思った流れを再びイーブンに戻された。

 

 全体の状況を見れば、お互い残りのポケモンは3人VS4人と負けている。けどアマルルガの消耗具合から、その差は微々たるものだ。むしろ先程までの流れを考えれば、ボクの方が展開は良かった。

 

(この流れをまた奪い取って、そのまま勝ちきりたい……そのためにも、マホイップの行動は大きく関わって来る……慎重に、けどこの作戦を絶対に通す!!)

 

 ボクの頭の中に浮かぶ1つの作戦。これが通れば勝てる見込みがかなり高い。

 

 ここが勝負所。けど、マクワさんに悟られてはいけない。

 

「マホイップ!!クリームに飛び込んで『とける』!!」

「マホッ」

 

 まずはバンギラスの攻撃をしっかりと受け止められる準備をする。地面に拡がった水色の海に飛び込んだマホイップは、そのまま自身の場所が悟られないようにしばらく回遊してから自身の身体を鍛えていく。

 

「バンギラス!!『じしん』!!」

 

 一方で、防御の上昇を止めたいバンギラスは、地面に拳をたたきつけて地面を揺らす。これによって、マホイップがどこにいようが気にせずダメージを与えるつもりなのだろう。しかし……

 

「マホ?」

 

 とけるを積み終わったマホイップは、不思議そうな顔を浮かべながらクリームの海から顔を出す。地面に拡がっているこのクリームは、この場においては振動と威力を和らげる緩衝材となっていた。

 

「『マジカルシャイン』!!」

「マホッ!!」

 

 相手の攻めを止めたのなら次はこちらの番。地面の揺れが収まったと同時にマホイップから虹色の光が放たれて、バンギラスに飛んでいく。あくタイプを含むバンギラスにとって、フェアリータイプのこの技はこうかばつぐんだ。当たれば間違いなく大きなダメージを刻むことが出来る。

 

「バンギラス!!砂を!!」

「グガァァァッ!!」

 

 この光に対してバンギラスが取る行動は咆哮。もう既に何度も見たこの咆哮は、すなあらしが吹き荒れる前触れだ。今回もその例に漏れず、視界を覆うほど激しく吹き荒れるすなあらしは、しかし攻撃技という訳では無いのでマジカルシャインを止めるには至らない。砂の中をそれでも進み続ける虹の光はバンギラスにちゃんと直撃する。

 

「グゥ……」

「良い気迫ですよ。バンギラス」

「やっぱりこの程度じゃ足りないよね……」

「マホ……」

 

 しかし、自身が苦手な技を受けたはずのバンギラスは、それでも全く効いていないかのように佇んでいる。

 

 これは決してマホイップの火力が低い訳では無い。原因は今も尚吹き荒れているすなあらしのせいだ。

 

 天候すなあらしは、いわ、じめん、はがねタイプのポケモン以外に定期的にダメージを与えるだけでなく、いわタイプのポケモンを特殊技から守る壁の役目も一緒に担っている。そのため、すなあらしが舞っているこの場において、バンギラスは常に特殊技に対しての鎧を1枚羽織っている状態となっている。

 

 一応マホイップなら、おそらくめいそうを何回もしてとくこうを積み上げれば、いつかバンギラスの鎧を越えることはできる。けど、それには多大な時間がかかり、その間マホイップはすなあらしにさらされ続けることとなる。

 

(本来ならすぐ止むはずのすなあらしもなかなか止まないし、なんならバンギラスが吠える度に強くなっている気がする……時間で止むことに期待しない方がいいよね……なら、やっぱり当初の狙い通り、この作戦で行こう!!)

 

「マホイップ!!もっと『マジカルシャイン』!!」

「力押しですか。それならこちらの領分ですよ!!『ストーンエッジ』!!」

 

 覚悟を決めると同時に放たれるお互いの技。

 

 両者の中間でぶつかり合ったその技は、しかしストーンエッジの方が威力が高いため、相殺せずこちらの攻撃を貫いて飛んでくる。

 

「クリーム!!」

「マホッ!!」

 

 けどそんなことは予想済み。すぐさまクリームを展開して岩の刃を受け止めていく。

 

「バンギラス!!すぐに追い打ちを!!嫌な予感がします!!『ストーンエッジ』!!」

「グガァッ!!」

「もっともっとクリームを出して!!マホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 この様子を見て、こちらの意図を感じとれはしなかったけど、それでも嫌な予感を感じたマクワさんは、こちらのクリームを貫くことを考えてさらなる力押しをしてくる。けど、とけるによって防御を上げ、さらにクリームにとけこみ、ポプラさんのようなクリームさばきにまたひとつ近づいていたマホイップには届かず、そのすべてをクリームの柱によってせき止めきる。

 

「これほどとは……」

「さぁ行くよ!!もう一度『マジカルシャイン』!!」

「マホッ!!」

 

 目の前で起きたことに、さすがのマクワさんも驚愕を隠せず一瞬動きが止まる。そこを逃さず、今度はクリームで止まったストーンエッジに向けてマホイップがマジカルシャインを放つ。すると、空中で止められていた岩の塊がマジカルシャインの推進力を得て、バンギラスの方へと雨霰のように返っていく。

 

「くっ!!『かわらわり』です!!」

 

 その岩に対してバンギラスが慌てて対処していく。しかし、クリームを突破しようと何回も放った代償ともいうべきか、跳ね返ってくる岩の数が多すぎる。致命傷こそ受けていないものの、バンギラスはしばらく岩の対処に追われることだろう。

 

 仕上げをするなら、マホイップが自由に動ける今しかない。

 

「マホイップ!!仕上げ行くよ!!」

「マホ!!」

「バンギラス!!難しいかもしれませんが、岩を落としながら警戒を!!」

「グガッ!!」

 

 ボクたちが何かしてくることに対して受けに回ることしかできないマクワさん。この状態なら、絶対に止められない。

 

「マホイップ!!上空に向かって『()()()()()()()』!!」

「マホ~ッ!!」

「『デコレーション』……?なぜこのタイミングで……」

 

 ボクの指示に従って上空に飛ばされるクリームと飴細工。身構えていたところに指示された技がまさかの補助技で、それもおおよそシングルバトルで有効に活用されることの無いそれに、マクワさんの混乱はさらに加速する。

 

 その間にボクはマホイップをボールに戻し、5()()()()()()を繰り出した。

 

「ありがとうマホイップ……そして行くよ、エルレイド!!」

「ここで交代……まずい!!バンギラス!!あのクリームを落としてください!!『ストーンエッジ』です!!」

 

 ここまで来てようやくボクの考えに気づいたマクワさん。

 

 だけど、もう遅い。

 

 マホイップと交代して現れたエルレイドは、その場で目を閉じ、ゆっくりと肘の刃を伸ばしていく。

 

 まるで騎士が剣を構えるような、そんな優雅な動きを取っているエルレイドの上空から落ちてくるのは、先ほどマホイップが放ったクリームと飴細工。不思議な力が込められたそのクリームは、しっかりとエルレイドの身体に降り注ぎ、エルレイドの側頭部にクリームでできた花と、ベリーあめざいくをつけていく。

 

 その効能は、攻撃と特攻2つの2段階上昇。

 

 効能を受けたエルレイドはゆっくりと目を開く。そして……

 

「エルレイド。『せいなるつるぎ』」

「……エルッ!!」

 

 抜刀。

 

 クリームを落とすために放たれた、全てのストーンエッジを一刀のもとに切り伏せる。

 

「……これは、まずいですね」

「グガ……」

 

 マクワさんとバンギラスの苦い声が聞こえてくる。

 

「さぁ、行くよ!エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 それに対してボクとエルレイドは、ここで決め切るつもりで気合を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストーンエッジ

地面から岩を生やす使い方と、岩の塊を弾丸にして打ち出す2つの使い方に咥え、カウンターのかべとしても使われましたね。後半2つに関してはポッ拳のガブリアスが使っていたストーンエッジを3個にしています。あれもカウンター技でしたよね。ちなみに、最初はカウンターのところを『当て身』と書こうと思ったのですが、どうやら当て身は打撃技全般のことをいう見たいで、カウンターの意味はないみたいですね。当身技も、本来の意味は『当て身(打撃技)を受け流して投げる技』という意味みたいです。これを省略して、当て身技と言ってしまったのが定着してしまったのだとか。面白いですね。

デコレーション

まさかのシングルデコレーションです。実機でする場合は、相手に付与して、それをメタモンでコピーするというのが応用になりますかね。どちらにせよ、かなりトリッキーですね。

すなあらし

吠える度に巻き起こり、決して止むことの無いすなあらし。これは第5世代以前の仕様を持ってきています。当時は、特性によって替えられた天候は永続だったんですよね。だからこそ、雨パ、砂パ、晴れパなどの天候パは、かなり猛威を振るっていました。ニョロトノとキングドラ(通称トノグドラ)が最強クラスのコンビだっただなんて、今の人が聞いたら驚くでしょうね。




VSマクワさん。少しずつ、終わりに近づいてますね。






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202話

前話にて、マクワさんの残りポケモンのカウントを間違えているところがありました。現在は修正していますが、それに伴って少しだけ文を変えています。展開自体は変わらないので、気になる方は見返していただけたらと思います。

失礼しました。

後、今回はあとがきにて今後の更新について少しお知らせを入れます。確認していただけたらと思います。


 すなあらしが吹き荒れ、地面はクリームだらけ。そんなちょっとしたカオス状態なフィールドに姿を現したのは、側頭部にマホイップより託されたクリームと飴細工をつけたエルレイド。彼がひとたび腕を振るえば、デコレーションによって強化された技が、その余波だけで辺りのものを吹き飛ばしていく。

 

「もう一度、『せいなるつるぎ』」

「エルッ!!」

 

 現に、今もまたこの一振で、現れたばかりのエルレイドを傷つけようと迫ってきたステルスロックが次々と砕かれていった。

 

「……どこかでこの壁をどうにかしなくてはと思いましたが、まさかこんなにも最悪なタイミングで、こんなにも強化されて出てくるとは思いませんでしたよ……」

「だからこそ、このタイミングを選んだんです!!」

 

 エルレイドはインテレオンと同じく、いわタイプに強く出ることの出来るポケモンだ。それはこのバトルにおいての重要なポイントのひとつになってくる。故に、ボクはこの子が活躍できる作戦を考えたし、マクワさんはエルレイドをどうにかする方法を考えたはずだ。

 

 けど、マホイップによるフォローでその計画が狂った。

 

(多分、マクワさんの今の手持ち的で考えるなら、エルレイドはあの子で止めようとしてたはず。いや、あの子だけで止められるとは思って無さそうだから、バンギラスでマホイップを撃破。その後、バンギラスでエルレイドを削って、もう1人の子で相打ちに何とか持っていく……ってプランかな?)

 

 マホイップが出てくるまでは予想通りだっただろう。けど、そのマホイップがここでバンギラスと戦いきる前に引いて、デコレーションを使ってくるとは思わなかったはずだ。だから、本来ならエルレイドとバンギラスが対面する前に、もっと有利な展開に持っていきたかったはず。

 

 それほどまでに、マクワさんはインテレオンとエルレイド。そしてこのプランからわかる通り、最後に2人のポケモンを当てようとするくらいには、ヨノワールを警戒していた。

 

 マクワさんの最初のプランは多分、インテレオンにはツボツボの起点とアマルルガで、エルレイドはガメノデスとまだ出ていないあの子で、そしてヨノワールをバンギラスとマクワさんの切り札に託していたと思う。マクワさんの頭の中では、モスノウ、ブラッキー、マホイップは、まだ勝てる見込みがあったと考えていたはずだ。

 

 けど、蓋を開けてみれば計画は大狂い。

 

 モスノウこそ理想通り行ってるけど、ガメノデスはブラッキーに敗れ、マホイップはエルレイドを強化して逃げてしまった。

 

 マクワさんが警戒していなかった子たちから崩れ去っている。だからこその、マクワさんの『最悪』という表現。

 

 逆に言えば、このプランを途中で気づくことが出来たからこそ、ボクがマクワさんの意表を突いて勝ち取った、ボクに取っては『最高』の展開。

 

 マホイップに託されて強化されたエルレイドは止まらない。

 

「エルレイド!!『せいなるつるぎ』!!」

「エルッ!!」

「くっ、バンギラス!!砂を!!」

「グガァァァァッ!!」

 

 自身の剣を振りかぶるエルレイドに対して、バンギラスは再び大声を上げて砂を巻き上げる。が、巻き上がる砂はエルレイドの一振りによって起きた風圧で、一瞬のうちにかき消される。

 

「ダッシュ!!」

 

 すなあらしが途切れたと同時に走り出すエルレイド。クリームから力を受け取って、いつもよりも鋭く光るその刃は、かくとうを4倍のダメージで受けてしまうバンギラスにとっては死神の鎌にも見えるだろう。

 

「バンギラス!!『じしん』!!」

 

 そんな技を受けるわけはいかず、かといって避けられるほどの機動力を持たないバンギラスは、この突撃を技で止めるしかない。

 

 地面を揺らしてエルレイドの突撃を止めようと考えたマクワさんはバンギラスに指示を出し、それに応えるように地面を殴るバンギラス。エルレイドに襲い掛かる災害を模したその一撃は、しかしエルレイドが軽く飛ぶことで簡単に避ける。が、避けた先は空中。ブラッキーの時もそうだったけど、空中では身動きは取れない。

 

「『ストーンエッジ』!!」

「まだまだ『せいなるつるぎ』!!」

 

 そんな無防備なエルレイドに向けて放たれる岩の刃。エルレイドを中心に、四方から飛んでくるそれは、エルレイドがその場で回転斬りを放つことでまた全て砕け散る。

 

「そのまま回転を維持して!!」

 

 さらに、その際行った回転をさらに加速させ、高速の独楽となってバンギラスに向かって前進する。

 

「周りがダメなら……下から『ストーンエッジ』です!!」

 

 いよいよやばくなってきた状況に焦るマクワさんは、それでも何とかしようと手を打ってくる。

 

 独楽となっているエルレイドの中心を下から撃ち抜くようにせり上る、青く光った岩の柱。その狙いは正確で、全くのずれなく下からエルレイドを突き上げる。けど、極限まで研ぎ澄まされたエルレイドの精神はこの攻撃をしっかり察知し、岩が上がると同時にジャンプ。岩がギリギリ届かない所まで飛び上がったエルレイドは、そのままその岩を踏み台にして踏み込み、バンギラスに向けてさらに加速する。

 

「叩き込んで!!」

「とにかく耐えてください!!『かわらわり』!!」

 

 もうここまで来たら止めるのは不可能。せめて受けるダメージを抑えるためにかわらわりを構えるバンギラス。右腕を白く輝かせながら、上から下に振り下ろされるその攻撃は、そんじょそこらの攻撃なら簡単に吹き飛ばしてしまうだろう。けど、今バンギラスを襲っているのは特性とデコレーションで強化された、かくとうタイプの中でも最高峰の威力を内包された技。自身の最大の弱点をこれでもかと突いてくるその一撃は、たとえバンギラスであろうと受け止め切ることは難しい。そのことを証明するかのごとく、バンギラスの腕がエルレイドの独楽にぶつかった瞬間、鈍い音を響かせながら弾かれる。

 

「グガッ!?」

 

 腕を上に跳ね上げられ、大きな隙を晒すバンギラス。当然エルレイドはこれを逃さない。

 

「エルッ!!」

 

 バンギラスの懐まで入り込むエルレイド。ここまで近づけば、もう技を防がれることもない。

 

 独楽の回転に任せて何度も刃を叩きつけるエルレイド。それに合わせて打撃音も何回も響きわたる。

 

「ガッ……グッ……」

 

 自身を襲う弱点の嵐。けど、そんな中でもまだバンギラスは必死に喰らいつく。

 

「『かみくだく』!!」

「グ……ガァッ!!」

「エルッ!?」

 

 もはや執念に取りつかれていると言われても納得するほどの意地を見せ、攻撃の嵐を受けているというのに、それでも何とかエルレイドの右腕に喰らいつき、無理やり回転を止めて来るバンギラス。

 

(本当に凄い執念だ……それだけマクワさんを慕って、勝利を届けたいと願っているんだね)

 

 バンギラスの思いがボクの心に確かに刺さっていく。けど、ボクだってここで負けるわけにはいかない。それはエルレイドも一緒で、腕を噛まれて動きを止められたことに驚きはしたものの、すぐに表情を引き締めて、止められたのを理解したうえで行動を起こす。

 

「エルレイド!『せいなるつるぎ』!!」

「エルッ!!」

 

 確かに腕を噛まれて止められたことには驚いた、しかし、止めることに力を使いすぎたバンギラスは、そこからの追撃が出来る体力が残っていない。腕を噛み続けて捕まえることもできないため、すぐさま腕を振り払ったエルレイドは右腕を真上から振り下ろした。

 

「グ……」

 

 頭上から振り下ろされた会心の一撃は、ここまで必死に耐えきっていたバンギラスの意識をついに刈り取り、その巨体をゆっくりと地面に倒すことに成功する。

 

 

「バンギラス、戦闘不能!!」

 

 

「エルッ!!」

「良い調子だよエルレイド!」

「お疲れ様です……ゆっくり休んでください」

 

 これで倒れたポケモンの数はイーブン。けど、総体力はこちらの方が多いだろう。相手のアマルルガはかなり削れているけど、こちらのマホイップはあまりダメージを貰っていない。せいぜいすなあらしとステルスロックによるスリップダメージくらいだ。今場にいるエルレイドのダメージと合わせても、アマルルガの方が被ダメージは大きい。しかも場に残っているエルレイドはマホイップによって強化済み。万全の状態で次の戦いも迎えることが出来る状態だ。

 

(ブラッキーの時に奪って、バンギラスで奪われかけたけどエルレイドで再び奪い取ったこの流れ。何が何でも維持する!!)

 

 調子も流れも良い。このまま駆け抜けるつもりで、ボクとエルレイドは改めて気を引き締める。

 

「本当に凄い人です。やはり一筋縄ではいかない。僕の考えなんて簡単に飛び越えて来る……ですが、まだ負けていない。挽回なんていくらでもできる。だから……取り返しますよ、イシヘンジン!!」

 

 マクワさんから出て来る5人目のポケモン。現れたのはイシヘンジンだ。

 

 太くたくましい脚と、その上に乗っかる可愛らしい顔と手がとても特徴的なポケモンだ。太い脚からわかる通り蹴りが得位なポケモンで、同時にいわタイプの中ではそこそこ走れるポケモンでもある。少なくとも、能力を上昇させる技のことを考えないのであれば、今のマクワさんの手持ちの中で一番足が速いのはこのイシヘンジンだ。

 

(……いや、違うか。()()()()()()()()()()、一番速いのはこの子だ)

 

「行きますよイシヘンジン!!『ロックカット』!!」

「させちゃダメ!!エルレイド、『サイコカッター』!!」

 

 自身の岩を磨いて、余計な部分を落とすことによって素早さをぐーんと上昇させるロックカット。もともとあるそこそこの素早さを更に鍛えることによって、イシヘンジンは強力な機動力を手に入れる。どっしりと腰を据えて戦うマクワさんの中では珍しい戦い方をするそのスタイルは、ボクも通したくないから邪魔するように斬撃を飛ばしていく。

 

「イシヘンジン!!気にせず『ロックカット』を!!」

「ヘーン!!」

 

 これに対してのマクワさんの指示は斬撃の無視。いわタイプのポケモンの多くに見受けられる、体力と防御の高さを用いて、無理やり受け止めて自分磨きすることを選んだみたいだ。実際、その作戦は物凄く有効に働く。

 

 特性とクリームによって強化されたその斬撃は、しかしイシヘンジンの動きを止められず、イシヘンジンのロックカットを許す形となる。それでもダメージはしっかりと入っているため、続けてサイコカッターを放つものの、一度ロックカットを積んでしまえば攻撃をかわすのはたやすい。とても体重が520あるとは思えない、すばやいステップでサイコカッターの嵐を華麗に避けていく。

 

(やっぱり速い……流石はエルレイド対策の予定を背負っているポケモンだ……)

 

 先ほど話していたマクワさんのプラン予想があっているのであれば、この子はガメノデスと一緒にエルレイドと戦うことを頼まれていたポケモンのはずだ。そしてその戦法は、からをやぶるやロックカットと言った素早さを上げる技を使って、こちらを翻弄するというもの。実際、その戦法はエルレイドに対してはかなり有効となる。エルレイドは遅いポケモンというわけではないけど、特別速いかと言われたらそうでもないポケモンだからだ。そのため、距離が少しでも空いてしまえば、こちらの攻撃方法はサイコカッターしかない。だからこそ、ロックカットをサイコカッターで止めようとしたけど、やはりいわタイプの強固な守りを崩すにはせいなるつるぎがないと厳しいみたいだ。

 

「そのためにもまずは近づかなきゃね……『サイコカッター』!!」

「『てっぺき』!!」

 

 近づくきっかけを作るために、再び斬撃の弾幕を作り出すエルレイド。これに対してイシヘンジンが次に行うのはてっぺき。素早さに続けて防御もぐーんと成長させたイシヘンジンは、サイコカッターの嵐を体で平気に受け止めてしまう程には硬くなってしまっている。

 

(自身の長所をとにかく伸ばしてる……これはいよいよ『せいなるつるぎ』じゃないと倒せないね……)

 

 てっぺきによって防御を育てられた以上、いよいよもってせいなるつるぎじゃないとイシヘンジンを倒せなくなってしまった。けど、逆に言えばせいなるつるぎさえ当てられたら、イシヘンジンは倒せるはずだ。ロックカットをするために体力を少し犠牲にしているイシヘンジンになら、一回流れを通せば倒せるはずだ。というのも、せいなるつるぎには相手の防御変化を無視して殴ることが出来るという効果もある。だから、エルレイドが覚えている技の中では唯一、相手のてっぺきを無視して攻撃できる重要な技だ。

 

 勿論マクワさんもそのことは分かっているので、こちらとの距離には細心の注意を払うはずだ。

 

「『ストーンエッジ』!!」

「避けて!!」

 

 イシヘンジンが上がった素早さを使って距離を取り、思いっきり地面を踏みしめる。同時に地面からせりあがって来る岩の柱。もう何度も見たその風景は、さすがに見慣れているというだけあって簡単に避けることが出来る。地面から湧き上がるくらいならもう戸惑うことはない。けど、注意するべきはここからだ。

 

「イシヘンジン!!蹴りなさい!!」

「ヘーン!!」

 

 少し気の抜けるような声とともに振られる、イシヘンジンの大きな足。すると、彼の足が触れると同時に砕け散ったストーンエッジが、礫となってこちらに跳んでくる。それもただ跳んでくるだけでなく、ロックカットによって速くなった脚力をそのまま岩に乗せて打ち出されたため、物凄い速さでこちらに跳んできていた。

 

「はやッ!?」

「エルッ!?」

 

 その速度は、下手をすればインテレオンのねらいうちよりも速いのではないかと錯覚させるほどで、気づいたときにはボクたちの顔の横を通り過ぎて、バトルコートの壁にまで突き刺さっているものまで見受けられるほどだった。

 

「エルレイド!!耐えて!!」

「エルッ!!」

 

 ここまで速いと技を構える暇もないので、エルレイドの反応速度に任せるしかない。両肘の刃を伸ばしたエルレイドが、ボクの想いに答えるように声を上げながら腕を振るう。けど、これだけの速さを誇る攻撃を完全に防ぐことはできない。そのため、エルレイドが防ぐのは自身の急所を捉えてきそうなものだけだ。それ以外の物は全て無視しているため、エルレイドの身体には着実にかすり傷が増えている。

 

 とても痛々しい。けど、ボクにできることは対策を考えて指示を出すことだ。エルレイドもそれを信じてくれているからこそ耐えてくれている。だから、その期待に応えるためにもボクは必死に策を考える。

 

(ストーンエッジを蹴って礫のショットガン。それも脚力を上げて放たれる圧倒的速さ……この間は下手に攻撃するよりも防衛に回るしかない……チャンスはこの技が終わった後。岩の柱だって無限じゃない。柱を使い切った瞬間が前に走るチャンスだ……けど……)

 

 そこで問題なのがイシヘンジンの機動力。

 

 ロックカットで素早さがぐんと上がっているイシヘンジンは、今のエルレイドでは追いかけられない。それでも追いつくというのなら、何かしらの搦め手が必要だ。

 

(相手の機動力を奪う何か……)

 

 エルレイドが身体に傷を作りながら礫を弾く中、いろいろ考えて1つの答えを出す。

 

(いや違う!岩の柱が消えるのを待たなくてもいい!!機動力を奪うんじゃなくて、今みたいに()()()()()()()()()()()()いいんだ!!この場合、またダメージは増えちゃうけど……倒せるのならそれに越したことはない!!)

 

「エルレイド!!『サイコカッター』!!」

「エルッ!!」

 

 高速で飛んでくる礫に対してパリィを行っていたエルレイドは、その手を少し止めて腕にパワーをためていく。その間は礫を止めるものがなくなるため、エルレイドに少なくないダメージが積み重なるものの、その代わりにたまった斬撃を連続で繰り出すことによって、イシヘンジンへの返しの攻撃となる。

 

 跳んでいく虹色の斬撃は、礫を崩しながら何発もイシヘンジンの下へ到達していく。

 

「『てっぺき』です!!」

「ヘーン!!」

 

 しかし、そのすべてを鉄壁の身体にて受け止められてしまう。わかっていたことだけど、この防御力は見ていて少し心に来る。けど、相手から飛んでくる礫はなくなった。この一瞬を逃すわけにはいかない。

 

「エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 少しある距離を速く詰めるために、思いっきり地面を踏み抜いて前に走り出すエルレイド。ここで懐に入らないとイシヘンジンは捕まえられないとわかっているその走りは、今までで一番のスピードを見せていた。けど、それでもイシヘンジンとの距離はかなりある。

 

「落ち着いてくださいイシヘンジン。引き続き岩の柱を蹴って石の礫を!決して近づけないでください!!」

「ヘーン」

 

 マクワさんもこの距離なら追い付かれないことを知っているため、冷静に迎撃準備。次の岩の柱に移動したイシヘンジンが、再び礫の弾丸を発射するために、大きく足を振りかぶる。

 

 やっぱりこのままじゃ間に合わない。

 

「ヘーン!!」

 

 当然イシヘンジンはこちらを待たない。振りかぶった足で思いっきり岩を蹴り、物凄い衝撃音を奏でる。結果……

 

「へン?」

「な!?」

 

 蹴られた岩の柱が粉々に砕け、礫を越えてもはや砂となって舞っていく。

 

「エルレイド!!今!!」

「エルッ!!」

 

 礫を越えて粉々になっているということはこちらに攻撃が飛んでこない時間が増えたという事。しかも、イシヘンジンは足を振りぬいている状態なのですぐに動くことが出来ない。その隙に懐に走り込むために、エルレイドがどんどん距離を詰めていく。

 

「一体何が……」

 

 今まで礫に変わっていたのが、急に粉々になるようになったことに驚くマクワさん。けど、その理由にすぐ気づく。

 

「イシヘンジン?いつの間に()()()()()()を……」

「ヘン?」

「いえ、そういう事ですか」

「エルレイド!!『せいなるつるぎ』!!」

「エルッ!!」

「って今はそれどころではないですね。『ストーンエッジ』!!」

 

 けど、そのころにはもうエルレイドは懐まで入り込んでいる。慌てて岩の刃を生成してエルレイドを追い返そうとするけど、懐に入ってしまえばエルレイドの方が技は早い。

 

「打ち上げて!!」

 

 イシヘンジンが地面を踏み抜くよりも先に、技をアッパー気味に打ち出すエルレイド。それも一発では重いイシヘンジンは浮き上がらない。なので何回も刃を叩きつけてイシヘンジンの身体を無理やり空中に打ち上げた。

 

 これでイシヘンジンの機動力は完全に奪った。そんな空中に飛ばされたイシヘンジンの頭には、さっきまでエルレイドについていたクリームとアメざいくがついていた。

 

「岩の柱が礫にならずに粉々になったのは、『サイコカッター』で礫を弾いたときにクリームも一緒に飛ばしたから。そのクリームがイシヘンジンに付着したことによって、イシヘンジンの攻撃が上昇。そのことに気づかなかったイシヘンジンが、いつもと同じ力で岩の柱を蹴ったことによって、いつも以上に岩が砕けてしまった……それが今の現象の原因ですね」

「その通りです。エルレイドの攻撃が下がってしまうデメリットはありますけど、その分いい展開が取れました。1つの賭けでしたけど、うまくいってよかったです。このまま打ち取ります!!『せいなるつるぎ』!!」

 

 空から落ちて来るイシヘンジンに対して、とどめのせいなるつるぎを構えるエルレイド。空中にいるイシヘンジンには避けるすべはない。

 

「確かに、もうイシヘンジンは戦えないでしょう。次の技で確実に落とされる……しかし、抗うことはできます。幸い、あなたのおかげでイシヘンジンの攻撃は上がっている……なら!!」

「!?エルレイド!!やっぱり技は中止!!一回下がって━━」

「もう遅いです!!イシヘンジン!!最後の力を振り絞って『ヘビーボンバー』!!」

「へ……ヘン!!」

 

 けど、マクワさんはこの状況を逆に利用する。自由落下によって落ちるスピードを生かし、そのままエルレイドに向かって自慢の体重を叩きつける。

 

 イシヘンジンはもうこの技を使うしかできないため、この技さえ避けてしまえばもう動けない。けど、技の発動準備をしてしまったエルレイドにはこれを避けられない。それを悟ったエルレイドは、ヘビーボンバーにせいなるつるぎで立ち向かう。

 

「エルッ!!」

「ヘーン!!」

 

 ぶつかり合うお互いの技と声。同時に捲きあがる土煙。

 

 戦場を覆いつくすその煙は結果を隠していくけど、程なくして晴れて、ボクたちに勝敗を伝える。

 

 そこには……

 

「エル……」

「ヘン……」

 

 

「イシヘンジン、エルレイド、戦闘不能!!」

 

 

 目を回して倒れる両者がいた。

 

「お疲れ、エルレイド……ゆっくり休んで」

「ありがとうございましたイシヘンジン。いいガッツでした」

 

 これでお互い4人ダウン。

 

 ボクは、次のボールに手を添えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イシヘンジン

とても所属地の偏ったポケモンですよね。本来はダブルで活躍するポケモンです。実は蹴りが得意という設定も面白いですよね。




前書きに書かれた通り、更新についてのお知らせです。

7月1日より、諸事情によりしばらく家を空けるため、次の投稿予定日の6月29日の後から少し投稿が止まります。その次の投稿は7月11日を考えておりますので、ご了承いただけたらと思います。


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203話

コレクレーの色違いが出なくて、永遠と走り回っています。


 お互いの残りは2人。けど、同じ2人でも残りの体力には大きな差がある。どちらも最後の1人は場に出てきていないから万全だけど、1度場に出たアマルルガとマホイップの差を見ればそれは一目瞭然。インテレオンと激しい戦いをしたアマルルガと、エルレイドの強化のために一時的に場に出ただけのマホイップ。その消耗具合は比べるまでもない。

 

 有利なのは間違いなくボクの方だ。ともすれば、マクワさんは何がなんでも流れを取り戻すために、ここを分岐点として重く見るはずだ。

 

 そう考えると、次にマクワさんが繰り出すであろうポケモンも、自然と浮かび上がる。

 

(……ここだ。切るなら、ここしかない)

 

 恐らくマクワさんも、自分の次の手はバレていると思っているだろう。けど、それでも手を止めない。

 

 ボクとマクワさんの気持ちがシンクロし、お互い手を5人目の……否、6人目の仲間が入ったボールに添えた。

 

「……まだよ。まだ崩れ去って砂となってはいない……ここで返すために……全力で戦う!!」

「みんなが繋いでここまで来れた。この流れのままに勝つ。だから……ここで決め切る!!」

 

 6人目のボールを右手に持つと同時に、お互いの腕に着けたバンドが光り出す。

 

 その光は、このガラル地方でのバトルにおいてひとつの分岐点を表す切り札のひとつ。

 

 本来であれば、盛り上がり的に1番最後に残ったポケモンに切られるのが主流の使い方。けど、最後のポケモンに対して切られていないこの状況に文句を言う観客は誰もいない。むしろ、数多の試合を観戦し、目が肥え始めた観客にとって、こここそが勝負を決める大事な場面だという事がわかっている。

 

 マクワさんのアマルルガでは既に大きく体力が削れているから、この力を十全に発揮できない。

 

 ボクのマホイップでは、マクワさんの切り札に対して有効打がないから読み負けたら勝てない。

 

 だからこそ、お互いまだあとがあるこの状況こそが、自分の最後の切り札を切る場所だということを理解し、観客もその空気を感じ取っている。

 

「行きますよ……!!」

「行くよ……!!」

 

 マクワさんとボクの声が重なり、お互いの持つ6人目のボールが、赤い光を吸うと共に大きくなる。そして、完全に大きくなりきったと同時に、マクワさんとボクの声が再び重なった。

 

 

「山のような岩となれ!!セキタンザン、キョダイマックス!!」

「キミに託す。だから絶対勝って!!ヨノワール、ダイマックス!!」

 

 

 言葉と共に放たれる赤く巨大なボールは、空中で開くと同時にとてつもなく大きなポケモンが吐き出される。

 

 方や存在するだけで周りに熱を届ける竈の山。方や全てを鷲掴む大きな手。お互いを象徴する身体の部位を強く主張させながらバトルフィールドに君臨する。両者は、相手の姿を確認するなり、自身に気合いを入れるために声を上げ、その声につられるかのように空が一気に赤色に染まっていく。

 

 

「ダアアァァァァァン!!」

「ノワアアァァァァァ!!」

 

 

『わあああああぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

 その声は大気と、聞いた者の心も震わせながら同時に鼓舞していく。現に、この声を聞いた瞬間に観客からの歓声がさらに大きくなり、もはや叫び声と言っても過言では無い音が響き、そしてその声は徐々にボクとマクワさん、それぞれを応援する人への応援コールへと変わっていく。

 

 

「マ・ク・ワッ!!マ・ク・ワッ!!」

「フ〜リ、アッ!!フ〜リ、アッ!!」

 

 

 聞いてて少し恥ずかしい、けど、ボクの心も一緒に震わせてくれるそのコールは、今ここで戦っているボクたち全員の表情を強制的に笑顔にさせる。

 

「やはりヨノワールで来ましたね。マホイップは考えなかったのですか?」

「悔しいけど、マホイップだと今回みたいにセキタンザンが来たら苦しいですからね。それに、この状況だとマクワさんは絶対にアマルルガにはダイマックス権を切らないって読めてましたから!!なら、ヨノワールを出さない理由はありませんよ!!」

「……フフフ、本当に、あなたとのバトルは楽しいですよ」

 

 そんな中で交すボクとマクワさんの会話。こんな歓声の中でも不思議と聞こえてくるその声は、お互いの顔色と同じくらい弾んでいた。

 

 本当に楽しい。ずっと続いてくれればと思うほどに。けど、決着はつけなきゃいけない。だから……

 

「ボクもすごく楽しいです。けど、だからこそ勝ちで終わらせたい!!」

「ええ。ですから……あなたのその切り札を超えてみせる!!」

「ヨノワール!!『ダイアース』!!」

「セキタンザン!!『ダイアース』です!!」

 

 

「ダアアァァァァァン!!」

「ノワアアァァァァァ!!」

 

 

 主の指示を聞くと同時に雄叫びを上げながら地面を殴る両者。その部分を起点とし、一気に拡がっていく破壊の衝撃は、お互いの中間地点でぶつかり合い大爆発。衝撃音とその余波、そして土煙をこれでもかというくらいにぶち撒け、ボクたちの視界を一瞬で奪っていく。

 

 あまりにも豪快な切り札同士のバトルの幕間けに観客のボルテージもさらに跳ね上がり、声援によってスタジアムが揺れているのではと錯覚してしまうほど盛り上がりを見せていく。

 

「セキタンザン!!『ダイバーン』!!」

 

 そんな盛り上がりを切り裂くような指示がボクの耳に届いてくる。先にしかけてたのはマクワさんだ。

 

(土煙で前が見えないけど、『ダイアース』を打ってきた方向は覚えてる。キョダイマックス状態だから機動力があまりないことを考えれば、攻撃の方向はまだ読める!!)

 

 頭の中でおおよそ攻撃が飛んでくる方向に当たりをつけ、そちらの方を集中してバトルフィールドをじっと見つめる。すると、フィールド全体を覆っている土煙が微かに揺れるのが見えた。

 

「来た!!ヨノワール!!2時の方向に『ダイロック』!!」

 

 それを確認したボクは、予想を確信に変えてヨノワールに指示。再びヨノワールが地面を殴ると、今度は地震ではなく巨大な岩の壁が現れる。同時にフィールドを覆う土煙が吹き飛び、その先から大きな火の玉が飛んできた。

 

 着弾地点はたった今ヨノワールが生やした岩の壁のど真ん中。

 

 肌を焦がす熱を帯びた炎塊は、しかしヨノワールを襲うことはなく、岩の壁にしっかりと受け止められることとなる。

 

 いわタイプはほのおタイプに強い。その相性に則って、マクワさんの攻撃を防ぐことに成功したボクは、すぐさまヨノワールに指示を出す。

 

「ヨノワール!!そのまま岩を殴り飛ばして!!」

 

 

「ノワッ!!」

 

 

 ボクの指示を聞いたヨノワールは目一杯拳に力を込めて、岩を殴りぬける。すると、岩の壁が岩石のとなって、ダイバーンが飛んできた方向へと飛んでいく。

 

 いわタイプを持ちながらほのおタイプも持っているセキタンザンにとって、自身と同じいわタイプも弱点を突かれる攻撃だ。よってこの岩石の弾幕は大きなダメージ源となる。ダイバーンを打ったことで、マクワさん側の行えるダイマックス技があと1回しかないことも加味すれば、この攻撃をセキタンザンのダイマックス技で防がれたとしても、十分におつりが返って来る。というか、むしろそれを狙っての一撃だ。

 

(攻撃が通ればそれでよし。攻撃を防がれたとしても相手のダイマックスが切れるからそれもよし。マクワさんはどっちの手を……)

 

「その程度の岩で、僕たちに選択を迫れるとでも?岩の扱いならこちらの方が何倍も上手ですよ!!セキタンザン!!」

 

 

「ダアアァァァァァン!!」

 

 

「ッ!?」

 

 マクワさんがどのような行動に出るか視線を送っているところに響く、マクワさんの指示とセキタンザンの叫び声。同時にセキタンザンは重い脚をゆっくりと上げ、思い切り地面に叩きつけてしこを踏むような行動をとる。すると、セキタンザンの前にまるで盾のように、地面から物凄い勢いで岩の壁が現れて、どんどん上に向かって伸びていく。

 

 

「でかい身体そのものが強さ!!全身で痛みを味わえ!!『キョダイフンセキ』!!」

「ダアアァァァァァン!!」

 

 

「これ、やばッ!?」

「ノワッ!?」

 

 

 甘く見ていたつもりはなかったけど……いや、ボクの想像をはるかに超えたということはボクがマクワさんを甘く見ていた証拠だ。そこは反省をする。けど、それにしたって現れた岩の壁は大きく、身長が42Mはあるはずのキョダイセキタンザンよりもはるか高くそびえるそれは、ヨノワールが呼び出したダイロックの2倍はあるのではないかと思われるほどの大きさだ。当然こんな壁をさっきヨノワールが放った岩石の弾幕程度では突破することはできず、キョダイフンセキにせき止められてそのすべてを地面に落とすこととなる。そして、ダイロックをすべて防いだキョダイフンセキは、そのままヨノワールを押しつぶさんと、ゆっくりとこちらに倒れて来る。

 

(くっ、『ダイナックル』で壊して……いや、時間も間に合わなければ威力も足りない!!かくとうタイプが得意なエルレイドならまだしも、ヨノワールじゃこれを止めきれない!!ってなると……)

 

 視線を彷徨わせるボクの視界に映ったのは、先のやり取りで地面に転がった岩石の残り。

 

(これを使うしかない!!それでもダメージは貰っちゃうけど、セキタンザンにも相応のダメージを与えてやる!!)

 

 

「ヨノワール!!岩石を使って『ダイホロウ』!!」

「ノワアアァァァァァ!!」

 

 

 ボクの指示を聞いたヨノワールはすぐさま力を解放。雄たけびと共にヨノワールの周りからは闇の波動が広がり、その波動が岩石に触れると岩石が闇を纏いながら浮き上がる。

 

 

「放って!!」

「ノワッ!!」

 

 

 浮き上がった岩石は、倒れて来るキョダイフンセキの威力を少しでも削ろうと次々と突き刺さっていく。ダイロックとして飛ばされただけでは防ぐことはできずとも、ダイホロウの力を上乗せした岩石であれば、それ相応の威力となってキョダイフンセキの威力をそいでくれる。ヨノワールとのタイプ一致もあってさらに威力も上昇だ。

 

 しかし、これはあくまでもキョダイフンセキの威力を削いでくれるだけ。

 

「その程度の石ころでは、僕の岩は止められない!!」

 

 そんなマクワさんの言葉を証明するかのように、キョダイフンセキは体積を削られながらも、それでもなおゆっくりと、ダイホロウもろとも押しつぶさんと倒れてきている。やはり威力では向こうの方が何枚も上手だ。

 

 だけど、そんなことは分かっている。

 

「止められないのは分かっている。だから、本命はこっちじゃない!!」

「それはどういう……」

 

 ボクの言葉に疑問の声を上げるマクワさん。だけど、その返答はボクがするよりも先に、フィールドに現象として起きる。

 

 

「ダンッ!?」

「セキタンザン!?」

 

 

 キョダイフンセキの壁の後ろにいたセキタンザンが突如声を上げ始める。残念ながらセキタンザンの様子は、ボクからだとキョダイフンセキの壁が邪魔しているから確認できないけど、ボクの作戦通りに事が進んでいるのなら、今セキタンザンにはヨノワールの放ったダイホロウがしっかりと直撃していることだろう。

 

「成程、『キョダイフンセキ』の壁を透過して『ダイホロウ』をぶつけてきたというわけですか!」

「『キョダイフンセキ』を止められないのはすぐにわかりました。できるのはせいぜい威力を落とすだけ。でも、それだけで満足できるほど、ボクたちは謙虚じゃありませんよ!!」

 

 岩石を媒体に発動したダイホロウはキョダイフンセキにぶつけ、ゴーストのエネルギーだけで発現させた、椅子やカップ、ティーポットを象った実態を持たないダイホロウは、透過させて本体を殴る。こうすることで、キョダイフンセキへの攻撃量は減るけど、その分セキタンザンへとダメージを叩き込むことはできる。これで一方的にやられるなんてことはない。

 

「思い切りましたね……もし失敗すれば不利なんてレベルではないですよ……」

「外れるわけがありませんからね」

「……全く、本当に頭の回転が速い」

 

 マクワさんの言う通り、攻撃が外れたり避けられたりすればセキタンザンへのダメージはなく、抑えられえるはずだったキョダイフンセキのダメージは増え、こちらは大きな痛手となる。けど、この攻撃のやり取りでダイマックス技は使い切っているため、お互いの技を相殺する手段はもうなく、そのうえキョダイフンセキの壁があるから、マクワさんがこちらの攻撃を視認することはできない。壁をすり抜けてくる攻撃を視認したとしても、その頃には攻撃を避けられる距離じゃない。

 

 つまり、現時点でセキタンザン側は、どうやったってこうげきを防ぐ術が無い。だからこそ『外れるわけがない』。

 

 ダイホロウの直撃音と共に、地面が揺れながら音を立てる。恐らくダイホロウを貰ったセキタンザンが、追加効果で防御をダウンさせられながら身体を少し崩した音だろう。これでひとます、ボクたちがやりたいことはできた。

 

 けど、安心はできない。

 

「ヨノワール!!備えて!!」

 

 相手に攻撃が当たれば、次はこちらの番。

 

 セキタンザンが攻撃を避けられなかったように、こちらも目の前に迫る壁がでかすぎてどうやったって避けることが出来ない。岩石媒体のダイホロウも全て打ち終わり、いよいよキョダイフンセキがこちらに倒れて来る。だから、せめてもの抵抗としてヨノワールに防御態勢を取らせて、少しでモダメージを減らす。

 

 腕をクロスに構え、防御態勢をとるヨノワール。そんな彼に対して、巨大な岩盤がダイマックスしたヨノワールをその上から押しつぶす。

 

 

「ノ……ワ……ッ!!」

「うぐっ……ヨノ……ワール……頑張れ……!!」

 

 

 岩盤が倒れると同時に捲きあがる噴石と、その中から聞こえてくるヨノワールのくぐもった声。間違いなく大きなダメージを負っているけど、こればかりはヨノワールを信じるしかない。

 

 お互い使えるダイマックスエネルギーを使い切ったため、ここで頭上に広がっていた赤い空がゆっくりと青色を取り戻していくと同時に、力が霧散していく音が聞こえる。噴石が舞っているため、あまりしっかりと場を確認することはできないけど、おそらくセキタンザンとヨノワール、両者のダイマックスが切れて、元の姿に戻っているはずだ。

 

 その予想は当たっており、程なくして元の姿に戻った両者のにらみ合い状態へと状況は変化していく。けど、ただの睨み合いにしては、とてもおかしなことに状況はなっていた。

 

「ダン……」

 

 セキタンザンはダイホロウの影響で防御を削られており、その影響でまだ身体を少し傾けており。

 

「ノワ……ッ!?」

 

 ヨノワールは上空から降って来る噴石の雨によって、少しずつ体力を削られていた。

 

「くっ……攻撃は勿論だけど、追加効果も厄介すぎる……」

 

 ダイマックス技にはすべて何かしらの追加効果がある。当然キョダイフンセキにも追加効果があり、その追加内容は、受けた側の場に噴石を降らせ続ける、技名をそのまま冠した『キョダイフンセキ状態』にするというもの。この場になっている間は、その場に立つポケモンの体力が常に削られていく、言ってしまえばステルスロックの強化版みたいなもの。現に今も、ヨノワールの頭上からは噴石が降り注いでおり、決して小さくないダメージがしっかりと刻み込まれている。

 

 ダイマックスの撃ち合いに関しては、与えているダメージも場の状況も、どちらもこちらが負けていると言っていいだろう。エルレイドが作ってくれた流れを活かせなかったことに、悔しさが募る。

 

「ヨノワール……キバナさんと貴方のバトルビデオを見た時からずっと楽しみにし、そして警戒してきました。なんとしてでも貴方を倒し、そのうえで僕は目標を達成したいから。しかも、その思いが功を奏して幸運にも、今まさに貴方を倒すチャンスがやってきた……絶対に負けたくない。貴方を超えて、トーナメントを駆け上がり、ダンデさんを倒し、僕はいわタイプが、そしてアマルルガが最強であることを証明します!!」

 

 一方で戦いを有利に進めているマクワさんは、ここに来て優勝宣言を口にする。この言葉には実況の人も観客も大盛り上がり。会場の空気までもが、マクワさんを持ち上げてどんどん空気が変わっていく。このバトルを彩る、熱い言葉としてみんなは受け取ったのだろう。

 

 けどボクには、今の言葉が自分を追い込み、鼓舞する覚悟の言葉にも聞こえた。

 

(凄いなぁ……)

 

 フィールド状況だけじゃない。このスタジアムの空気をまるっと自分のものにする手腕。まるでスターと戦っているかのようなそのカリスマ性。思わず呑まれそうになってしまう。けど……

 

「負けられないのは、ボクだって同じです」

 

 マクワさんに絶対的な目標があるように、ボクにだってもう破りたくない約束がある。

 

(あれをしたら……痛いんだろうなぁ)

 

 ヨノワールに降り注ぐ噴石を見ていると、ついつい足がすくんでしまいそうになる。これからあの痛みが自分に返ってくると想像したら本当に怖いし、少し逃げたいという気持ちも湧いてくる。

 

(でも、1番痛いのはボクを信じて前にいるヨノワールなんだ。今ボクと戦っているのは、この怖さを跳ね除ける覚悟を持って戦っているマクワさんだ。そして、ボクがもう破りたくないと誓った約束は、この先にしかないんだ!!)

 

 けど、ここで逃げたら昔と同じ、またあの時間に戻ってしまう。それだけは絶対に嫌だ。

 

「シンオウ地方で挫折して、無気力になって、それでも約束をどうしても守りたかったから、また立ち上がって……」

 

 ヨノワールの身体が、黒い渦に包まれていく。同時に肌に、少しだけピリピリとした痛みが走り始める。

 

(今ここにユウリがいたら、絶対止められちゃうね)

 

 痛みとともに、頭の中にこの地方で1番一緒に行動した大切な人を思い浮かべ、そんな彼女に心の中で頭を下げながらながら、ボクは言葉を続ける。

 

「ようやくここまで来た。ようやく何かをつかみかけてきた。約束を守るためのピースを……」

 

 ヨノワールを包む渦が強くなり、ボクの視界と聴覚に違和感が生まれていき、そして直ぐに消えていく。

 

「もう、手放さない。今度こそ、現シンオウチャンピオンと……コウキと一緒に、昔描いた夢と約束を叶えたいから!!だから!!」

 

 黒い渦の中で佇むヨノワールの姿が変わる。

 

 赤のモノアイはボクの目と同じ水色へと変わり、首元に集まっていく闇はボクが着けているマフラーを象るように纏われた。身体全体はほんのり黒くなり、そしてお腹の口の両端から水色の焔を零しているその姿。

 

 自身を包む渦を右手の一振で振り払いながら、ボクとヨノワールが完全に繋がった姿が顕現する。

 

「これは……っ!!」

 

 この姿のヨノワールをみて会場が、そしてマクワさんが驚愕の声をあげる。けど、そんなこと一切気にせず、ボクは言葉を続ける。

 

「マクワさん……貴方に優勝は譲らない。このトーナメントを勝ち上がって、ダンデさんに勝って、対等な立場になって……今度こそ約束を果たすのは……ボクだから!!」

「ノワ……ッ!!」

 

 マクワさんの優勝宣言を優勝宣言で返す。

 

 見たことの無いヨノワールの姿と、ボクの言葉を聞いた実況と観客の声がさらに盛り上がる。

 

 そして、ボクの対面にいるマクワさんは、そんなボクたちを見て、驚愕に染まっていた顔を直ぐにニヒルな笑みに変える。

 

 その笑顔につられて、ボクも笑ってしまう。

 

「「優勝は、譲らない!!」」

 

 お互いの声とともに、このバトルが佳境を迎えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見たこともないヨノワールの変化。これは色々な人の心を揺るがした。

 

『なんだあの見た事のないヨノワールは!!ここに来て、フリア選手のさらなる隠し球かー!!!!!』

 

 バトルを実況している人は興奮と共に声をはりあげた。

 

「はっはっは!!……本当に面白いなぁ、きみは!!」

 

 ガラルが誇る無敗のチャンピオンは、そのヨノワールと戦うことを想像して、心と身体を震わせた。

 

「うむ。よく研ぎ澄まされている。完璧に物にしたのだな」

 

 そのチャンピオンの師であり、今は孤島にて隠居している老人は、嬉しそうな声を上げた。

 

「ふふ、ちゃんとものにしたのね。ほら、あなたのおかげで凄いことになってるわよ」

「別に……あたくしは何もしてないわ……」

「その割には、少し表情が嬉しそうに……いえ、失礼いたしました」

 

 寒冷の地で見守っていた3人は、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「うおおおおっ!!なんだあれ!?」

「キバナさんと戦ってた時にも起きてたあれね。わたしたちに内緒にしたまま、ちゃっかり完成させちゃって……頑張りなさいよ」

 

 昔から共に過ごし、共に成長した友は、その変貌ぶりに驚きながらも、嬉しそうな表情を浮かべた。

 

 そして……

 

「今年はレベル高いな……これ本当に1回戦か?それにあのヨノワール……凄い力だ……」

「ほんとに凄いですね……目が離せないです……」

 

 前年の覇者と鋼の少女は、バトルのレベルの高さと、見たことの無い姿の変わり方に虜になり……

 

「フリア……お前は……そんなことを考えて……」

 

 そんな2人と共に観戦していた光を失っていた少年は、親友の心からの言葉とその成長ぶりに、少しだけ目に、光を取り戻しかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キョダイフンセキ

本文である通り、場をキョダイフンセキ状態にし、4ターンの間体力の1/6を削るという技です。1/6ってかなり脅威ですよね。

ダイホロウ

正直ポルターガイストと役割がかなり被ってますよね。実機でも技エフェクトはまんまポルターガイストです。

観戦者

誰が誰だか分かりますよね?




前話で話した通り、次話は少し遅れます。最遅で7月11日からの再開となりますので、ご了承頂けたらと思います。気になるところで切ってしまい、すいません。






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204話

「「『じしん』!!」」

「ノワッ!!」

「ダァンッ!!」

 

 お互いの切り札同士の開戦は、ダイマックスの時と同じく大きな揺れから始まっていく。

 

 ヨノワールは拳を叩きつけ、セキタンザンは四股を踏むことで技を発動させ、お互いの中間地点でぶつかった揺れが共振をし、さらなる大きな揺れとなってスタジアム全体を揺るがしていく。

 

「『かわらわり』!!」

 

 この大きな揺れによってセキタンザンが少しバランスを崩しているところに、ヨノワールが右手を白く光らせながら突っ込んでいく。地面はまだ余震で揺れているけど、ヨノワールは空に浮くことが出来るからこれくらいならまだ動ける。

 

 黒いマフラーをたなびかせ、通った後に闇の軌跡を残しながら走るその姿は、普段のヨノワールからは考えられない速さとなっており、この変化にまたマクワさんの顔色が驚きに染まる。

 

「『ストーンエッジ』です!!」

 

 それでもさすがの判断力ですぐさま攻撃を指示するマクワさん。その指示に従って、さっきと同じように四股を踏むセキタンザンは、地面から岩の柱を呼び出していく。

 

 今までのどのポケモンよりも鋭く、そして速く突き出てくる柱は、セキタンザンがマクワさんの手持ちの中でもレベルが違うことを顕著に教えてくれた。この攻撃は並大抵の人ではまず避けられないだろう。

 

 けど、ヨノワールと感覚を繋ぎ、敏感になっているボクたちのセンスがその上を行く。

 

(分かる……ヨノワール!!)

(ノワ……ッ)

 

 前のめりになっているところにブレーキをかけて止まるヨノワール。すると目の前に岩の柱がいきなり現れ、その柱が現れた瞬間、ボクとヨノワールは右腕を左から右に一閃して割る。

 

「なっ!?」

 

 マクワさんから驚きの声が聞こえるけどその言葉を無視して突き進み、途中で停止や軌道逸らしを混ぜて岩の柱を避けたり砕くことでやり過ごす。その際ボクも無意識のうちに一緒に腕を動かせていた。その度にヨノワールとさらに繋がるような気がして、どんどん動きが洗練されていく。その証拠に次どころか、3手先に飛び出してくるであろうストーンエッジの場所すらも、ヨノワールを通じて感覚で伝わってくる。

 

 前に進むヨノワールを止めるように生える岩を察知したボクたちはまたその場で急停止。同時に現れた岩の柱に、左から右にかわらわりを振って粉砕。と同時にその勢いを殺さずに回転することで、すぐさま飛んでくることが分かっていた他のストーンエッジたちもまとめて粉砕。

 

(行くよ!!)

(ノワッ!!)

 

 合図とともに回転を止めて、今度は両手を前に突き出して、両手に黒いオーラを纏わせる。すると、今まで砕いてきた岩たちが同じように黒いオーラを纏いながら空中に浮かび出す。

 

「『ポルターガイスト』!!」

「ノワッ!!」

 

 準備が出来たのを確認した瞬間すぐさま手を動かすボクたち。指示を受けた黒い岩は、弾丸のようにセキタンザンへと飛んでいく。

 

「くっ、『フレアドライブ』です!!」

「ダァン!!」

 

 この黒い岩に対するマクワさんの解答は、自身の身体を炎に包むというものだった。自分の石炭を強く燃やすことで、さらに強い大きな炎と化したセキタンザンは、ポルターガイストによる岩を辛うじて受け止めていく。けど、共有化したことによって威力の上がったポルターガイストを完全に受け止めることは出来ずに、その大きな身体を少し後退させる。

 

「『いわなだれ』!!」

 

 下がったセキタンザンをそのまま攻めるために、今度は頭上から岩の雨を降らせていく。

 

「『ストーンエッジ』!!」

 

 これに対し、頭上に向かって岩の柱を生やしていくことで何とか攻撃を防いだセキタンザンは、この隙にも前に飛び出してくるヨノワールに対する防御行動としてさらに岩を生やして、その裏に隠れるように移動を始める。

 

(そんな防御!!)

 

 けど、その程度ではヨノワールの進撃は止まらない。両手を再び白く光らせて、かわらわりの準備を整えたヨノワールは岩の柱を次々となぎ倒しながら……

 

「っ!!そこっ!!」

「ノワッ!!」

 

 上から振りそぞぐ噴石に紛れたストーンエッジに反応して、これも打ち砕く。

 

「なぜこれにも……いえ、まさかっ!?」

 

 マクワさんが何かに気づいたような声をあげるけど、身体に当たる噴石がヨノワールを通して、ボクの身体に継続的な痛みを与えてくるためそれどころでは無い。噴石とストーンエッジの雨を砕きながら猛進するヨノワールに意識を向け続けるボクは、額から汗を流しながら、それでも腕を休めることなく振り続ける。

 

「今もなお、ヨノワールと一緒に、そして同じように振り続ける腕に、本来なら反応できないであろう死角からの攻撃に対する超反応。そして何より、噴石がヨノワールにあたる度に微かに歪められるあなたの表情……なるほど、ようやくわかってきましたよ。その状態、攻撃力と素早さの上昇以外に、五感を共有するという効果もあるわけですね……それなら先程の反応速度も、今のあなたの行動も理解出来る。しかし……」

 

 その間にも思考を回していたマクワさんは、程なくしてこの現象の正体にたどり着く。この辺りの考察の速さはさすがとしか言いようがない。けど、そんなマクワさんは、同時にボクが現在進行形で痛みに襲われていることも理解したためか、ボクの姿を見てほんの少しだけ躊躇するような視線を向けてきた。優しいマクワさんのことだ。これいかんの戦いで、ボクを傷つける可能性があることに思わず手が止まってしまうのだろう。実際未完成とはいえ、似たような状態で戦ったキバナさんとの戦いでは、終わったあとにボクは身体を崩している。ボクとキバナさんの戦いを履修しているマクワさんは、当然その場面も見たはずだ。だからこそ、ちょっとした躊躇いが出てきてしまうのだろう。

 

 そんなマクワさんの優しさを、ボクは視線で跳ね除ける。

 

(マクワさん。ボクは大丈夫です。このデメリットも、覚悟の上で使っています。だって、これがボクの本気だから……!!だからマクワさんも、気にせず本気で来てください!!)

 

 声に出すことはしない。……いや、出来ない。痛みと共有に集中しているからそれどころじゃない。けど、マクワさんにはこれで伝わるはずだ。その証拠に、視線を向ければその先でマクワさんは、いつものニヒルな笑みを浮かべながら口を動かしていた。

 

「全く、そこまで意思を通されたら、気にする方が失礼になるじゃないですか。……いいでしょう。あなたの本気、しかと受け取りました。ならこちらも、もうなりふり構いません!!セキタンザン!!」

「ダァン!!」

 

 ヨノワールのかわらわりが空を切り裂き、ついにセキタンザンが隠れていた岩をも砕いた。その後ろにいるセキタンザンの姿を、ヨノワールの視界を通してボクも見る。

 

「『かわらわり』!!」

「ノワッ!!」

 

 セキタンザンに対して攻撃を叩き込まんと右腕を振り上げるボクとヨノワール。このまま脳天へ落とそうと構えたその攻撃は、視界がいきなり()()()()()()()ことで、空ぶった感覚が腕に残った。不発に終わった証だ。

 

「っ!?目がっ……!!」

「ノワッ!?」

 

 急にやってきた目への異物感に反射的に目を瞑ってしまうボクとヨノワール。あくまで潰されたのはヨノワールの視界だけなので、ボクの視界に集中すれば視力は戻る。その状態でヨノワールの身に何があったのか確認すると、ヨノワールの目の周りに黒色の液体が付着しているのが確認できた。

 

 セキタンザンが発射できる、黒色の液体なんて1つしかない。

 

「『タールショット』か!!」

 

 タールショット。

 

 黒い粘性のある液体を相手にぶつけ、相手の機動力を奪う技だ。粘性の高いこの液体は簡単に振り払うことが出来ず、受けたポケモンの素早さを落とし、しばらくへばりついて逃さない。そしてこのタールショットにはもう1つの効果がある。いや、むしろこちらの方がメインの効果だ。

 

 セキタンザンの身体から生み出されたこの液体は非常によく燃える性質がある。そのため、この技を受けたポケモンは以降受けるほのおタイプの威力が倍になる。

 

「『フレアドライブ』です!!」

「ダァン!!」

「まずっ!?ヨノワール!!」

「ッ!!」

 

 黒い液体にまみれたヨノワールに向かって、全力の焔を纏った突撃を開始するセキタンザン。技の予備動作だけで感じる熱さから、すぐにやばさを悟ったボクは慌てて撤退動作に入る。しかし、タールショットのせいで動きが遅くなったヨノワールは、セキタンザンの突進よりも速く逃げることが出来ないため、下がりきることが不可能になる。

 

「『いわなだれ』からの『かわらわり』!!」

「ノワッ!!」

 

 下がれないとわかったボクとヨノワールはすぐさま下がることを放棄。地面に手をつき、頭上より岩を落として少しでもセキタンザンの火力を落とし、そのうえでかわらわりをクロスに構えて受け止める。

 

「っつつ!?」

「ノワッ!?」

 

 それでも決して勢いの衰えることの無いセキタンザンの攻撃は、タールショットのこともあってかいつも以上に強い熱をもってヨノワールを襲っていく。けど、攻撃に負けずに踏ん張るヨノワールの意志に答えるために、ボクも痛みに耐える。

 

「セキタンザン!!」

「ダンッ!!」

 

 ただ、そんな意地すらもねじ伏せる火力を叩きつけて来るセキタンザンは、そのまま身体を押し込んでヨノワールを思いっきり押しのけた。

 

「ノワッ!?」

「うぐっ!?」

 

 後ろに弾かれるヨノワールと同時に、ボクの腕にのしかかる痛みと熱に声が漏れる。けど、ここで怯んでしまうと相手に追撃を許してしまうことになるので、そんなことをさせないためにもすぐさま態勢を立て直して前を向く。しかし、そこでマクワさんが行った指示は意外なものだった。

 

「セキタンザン!!意趣返ししてやりましょう!!上に向かって『タールショット』!!」

「ダン!!」

 

 指示した技は攻撃技ではなく変化技。それも、ヨノワールに向かって放つわけではなく、上空に向かって放つもの。フレアドライブを解除しないまま上空に放たれたタールショットは、黒色の液体としてではなく、炎を纏った塊として空中に打ち出された。そして、ある程度空中まで飛んだその炎の塊は動きを止めて、逆再生するかのように落ちていく。

 

 それはまるで、セキタンザンが放った、セキタンザン自身への攻撃のような気がして。

 

「ッ!?ヨノワール!!『ポルターガイスト』!!」

「ノワ……ッ!!」

「うぐっ!?」

 

 その様を見てマクワさんの狙いに気づいたボクは、なんとしてでもこれを止めるべくヨノワールに指示を出すけど、さっきの攻撃と、相変わらず降りそそぐ噴石によって痛む身体に意識を持っていかれ、動きが止まってしまう。その間にも落ちて来る炎の塊は、ついにセキタンザンに直撃し、セキタンザンにわずかなダメージを刻む。そして……

 

「ダアアァァァンッ!!」

 

 セキタンザンの火力がさらに跳ね上がり、身体に積まれた石炭の色が黒色から赤色へと少し変わっていった。

 

「……ボクがやった『デコレーション』を見て思いついた作戦なんだろうけど……まさか自分自身に攻撃を当てて『じょうききかん』を無理やり発動させるなんて……」

「言ったでしょう?『意趣返し』と……セキタンザン!!再び『フレアドライブ』!!」

「ダァンッ!!」

「ヨノワール!!」

「ノワッ!!」

 

 セキタンザンが持つ特性『じょうききかん』は、自身がほのおタイプ、もしくはみずタイプの技を受けた時に発動し、技を受けた時のエネルギーを自身の素早さへと変換して、能力を一気に引き上げるというものだ。その上昇量はとてつもなく、元の素早さがかなり低いはずのセキタンザンでも、この特性を発動してしまえば大体のポケモンを置き去りにするほどの機動力を手に入れてしまうほど。現に、また炎を身体に纏いながら駆け回るセキタンザンの動きは先ほどに比べて格段に速くなっており、目で追いかけるのがやっとなレベルだ。

 

「そこです!!」

(右ッ!!)

 

 圧倒的な素早さを手に入れたセキタンザンは、目が未だに見えず、そしてダメージも重なってきたヨノワールへふいうちを仕掛けるべく、ヨノワールの右から突撃をしてくる。けど、ボクと視界を共有しているため、自身を俯瞰してみるという少し独特な視界見ることの出来るヨノワールは、この攻撃を前に飛び出すことによって何とか回避する。

 

「まだです!!」

(次は後ろから!!)

 

 この回避行動を苦し紛れと判断したマクワさんは、そのまま攻撃の手をやめずに攻めを続行し、今度はヨノワールの後ろから飛び込んでくる。けど、これも視界共有のおかげでタイミングを把握し、右に身体を倒すように動かして避ける。

 

 それからも何度かセキタンザンによる炎の突進は続くものの、そのすべてをギリギリのところで回避していた。

 

(確かに『じょうききかん』で素早さはかなり上がっている。でも、自身で無理やり発動しているせいか本来よりも上昇量が少ない……これならまだ見切れる!!)

 

「ヨノワール!!」

「ノワッ!!」

 

 ギリギリのところで回避していくうちにタイミングに慣れ始めたボクたちは、少しずつ余裕をもって攻撃を避け始める。あと少しすれば、完璧にタイミングを掴んで避けることが出来るだろう。そうなればこの攻撃に対してカウンターを決めることもできそうだ。けど……

 

「『ストーンエッジ』!!」

「「ッ!?」」

 

 此方がタイミングを掴んできているなら、マクワさんはそのタイミングをずらしてくる。それを表すかのように、ヨノワールがフレアドライブをよけたタイミングで地面を踏みしめたセキタンザンは、ヨノワールの回避先にかなり背の高い岩の柱を生やしていく。

 

 この攻撃を察したヨノワールは何とか回避。しかし、この回避行動の終わりを突くように今度は炎の突進が飛んでくる。

 

「手数が……一気に……ッ!!」

「突進だけでだめなら岩の柱も加えたコンボで崩します!!」

 

 この突進も何とか回避するけど、その回避の終わりを再び岩の柱に襲われる。それでも頑張って何とか避けると、襲ってくるのはまた炎の突進。

 

 炎と岩。どちらも決して安くない攻撃が交互に跳んでくる様は、傍から見ているとひやひやものだろう。意識を共有しているボクは勿論、当事者であるヨノワールは更にそのプレッシャーを受けている。そんな極度の緊張感のせいか、ヨノワールの動きも少し悪くなり始め、攻撃もちょっとずつ掠るようになる。その度にまた皮膚に鈍い痛みが走るけど、それでもここで意識を逸らすと取り返しがつかないことになってしまうため、意地でも前を見て避け続ける。

 

 そんなギリギリのところで何とか踏ん張り続けていたボクたちだけど、その抗いも終わりを迎える。

 

「ヨノワール!!そっちはダメ!!」

「ッ!?」

 

 もう何回目かになる岩の柱を何とか避けるヨノワールは、ようやく取り戻し始めた自分の視界で周りを見渡す。すると、自身の周りを岩の柱で完全に囲まれていた。ボクの視界からだと死角があって分からなかったけど、ヨノワールの主観として見渡すとひとつの隙間もなく、完全に閉じ込められている状態になっていたことが分かった。

 

(なら上に!!)

「『じしん』!!」

 

 けど柱に囲まれているという設計上、真上は解放されている。そこから脱出するべく、すぐさま宙に浮き上がるヨノワール。けど、それと同時にセキタンザンがじしんを放ってきた。すると、地面が大きく揺れ、ヨノワールの周りの柱が崩壊。大きな岩石となって、ヨノワールの真上から降りそそぐ。

 

「ノワッ!?」

「ヨノワール!!」

 

 最初の何個かはかわらわりで砕くことは出来たけど、ヨノワールを囲む岩が一斉に崩れたことで発生した岩石があまりにも多く、両腕では足りない物量に押されてしまい、あっという間に生き埋めになってしまう。それでも何とか這い上がろうともがくヨノワールを襲うのは、未だ止まない噴石たち。岩石を覆うように降るそれが、ヨノワールをさらに追い詰める。

 

「うッ……ぐ……」

 

 岩のこすれる鈍い音と地響き、そして噴石が止んだのは、ボクが身体の痛みに耐えきれず、片膝を地面に着いた時だった。

 

「……ヨノワール」

 

 そして訪れる静寂。

 

 あれだけ騒がしかったフィールドが嘘のように静まり返り、響くのはボクの声だけ。実況も観客もマクワさんも、誰も喋らない。強いて聞こえてくるのは審判の人が、ヨノワールが戦闘可能なのかを調べるために近づいていく音だけ。その審判の視線の先にある岩石の山も、ピクリとも動かない。

 

 ヨノワール戦闘不能。

 

 この状況に置いて、誰もがこの答えに行き着いた。故に観客は、今からマクワさんのコールを行おうと準備をした。なんなら、マクワさんさえも、勝ちを確信していた。

 

 けど、未だに『共有化が切れていない事』を感じることの出来るボクはゆっくりと、しかしはっきりと告げる。

 

「……『じしん』」

「ッ!?セキタンザン!!下が━━」

 

 ボクの指示を聞いてようやく悟ったマクワさんが慌てて指示を出すけど、その指示をかき消すような轟音が鳴り響き、岩石の山がじしんの衝撃と共に吹き飛んでいく。その中心には、自身の周りに黒い岩を浮かばせながらオーラを纏い、両手と身体を更に真っ黒に染め、そして腹の口の端からさらに焔を滾らせるヨノワールの姿。

 

 心なしか、水色のモノアイも強く、深く輝いているような気がする。

 

「力に応じて、色と焔が濃く……それに、目の光が……っ!!」

「……『ポルターガイスト』!!」

「ノワ……ッ!!」

 

 マクワさんの声が聞こえてくるけど、その声をかき消すようにヨノワールが力強く腕を振る。するとヨノワールの周りに浮いていた黒い岩が、弾かれるようにセキタンザンに向かって飛んでいく。

 

「くっ、さっきよりも勢いが強い……!!『フレアドライブ』!!」

「ダ……ンッ!?」

「セキタンザン!?」

 

 この岩の群れに対して、セキタンザンが炎を纏って迎撃を始めるけど、突如セキタンザンの身体が傾く。何が起きたのか分からないと言った顔を浮かべたマクワさんは、しかしその原因にすぐに気づいた。

 

「さっきの『じしん』で吹き飛んだ岩のひとつを『ポルターガイスト』で操作していたのですか!!」

「気づいても遅いです!!」

 

 ヨノワールが吹き飛ばし、派手に構えることによって視線を誘導し、その間に弧を描くように遠回りした岩がセキタンザンに命中。不意を打たれた結果となったこの攻撃に、セキタンザンはその炎を少し散らせながら膝を着く。

 

「ここで決める!!『ポルターガイスト』!!」

「ノワッ!!」

「セキタンザン!!意地でも耐えますよ!!」

「ダ……ンッ!!」

 

 そんなセキタンザンに最後の攻撃を叩き込むべく、黒い岩の雨を落とす。それは今まで噴石やら岩石やらを落とされた鬱憤を晴らすかのようで、見ているだけで圧倒されそうなほどの物量が叩き込まれる。しかし、それでもマクワさんの言葉を頼りに意地を見せるセキタンザン。1度揺れて、脆くなったはずの炎を何とか持ち直し、足をしっかりと地面に着けて耐えるセキタンザン。

 

 物凄い執念だ。だけど、こうなってしまえば、彼自慢のじょうききかんはもう頼りにならない。そして機動力を失ったセキタンザンは、もうヨノワールの敵では無い。

 

「ヨノワール……!!」

「……ノワ!!」

 

 セキタンザンに飛んでいくポルターガイストの岩。そのひとつに身体を潜り込ませていたヨノワールが、岩が当たる瞬間に身体を出す。

 

「なっ!?」

「ダッ!?」

 

 急に目の前に現れた黒の霊。その姿に声を漏らすことしか出来なかったマクワさんとセキタンザン。そんな彼らに対し、ボクは右腕を上にあげながら、告げる。

 

「『かわらわり』!!」

「ノワッ!!」

 

 一閃。

 

 高く振り上げられ、そしていつも白とは違う、漆黒のオーラを輝かせたヨノワールの右手は、ボクの腕と寸分たがわない動きで振り下ろされる。

 

「……」

 

 手刀が当たったはずなのに音はせず、むしろ何かが切れたかのような音を鳴り響かせ、同時にセキタンザンの炎を霧散させていく。そして……

 

 

「セキタンザン、戦闘不能!!」

 

 

 今までヨノワールの前に立ちはだかった石炭の壁が、音を立てて崩れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タールショット

相手の素早さを一段階落とし、同時に相手にほのお抜群のデバフをつける、セキタンザン専用の技です。一見効果は強いのですが、如何せんセキタンザンが遅すぎるのと、じょうききかんによる素早さのバフが極端すぎて、すばやさダウンがあまり役に立っていないのが悲しい技。ですが、お話としては映えますよね。ちなみに、宙に向かって打って自分で受け、自身を強化するのはアニポケの棒ジムリーダー戦を参考にしています。金色のピカチュウを見た時の感情は今でも覚えていますね。

じょうききかん

ダブルバトルではちょくちょく見る強力な特性。ただ、はらだいこと違って『限界まで引き上げる』ではなく、『六段階上昇』みたいですね。




少し期間があいてすいませんでした。今日からまたいつも通りになりますので、よしなにお願いします。






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205話

「お疲れ様です、セキタンザン……ゆっくり休んでください」

 

 音を立てながら地面に沈んだセキタンザン。そんな彼にリターンレーザーを当てながら、マクワさんは小さく言葉を落としていく。その声はとても穏やかで、けど静かなはずのその言葉の奥には大きな悔しさも交じっているように聞こえた。けど、残念ながら今のボクに、そこを気にするだけの余裕はない。

 

「ノワ……」

「はぁ……はぁ……きっつい……」

 

 噴石が止んだおかげで、自身の身体を蝕む継続的なダメージはなくなった。けど、タールショットからのフレアドライブや、じしんとストーンエッジによる埋め立て等々、セキタンザンに受けた数々の攻撃がボクの身体にもしっかりと刻まれてしまっているため、想像以上に体力が消耗されている。ここまで長時間共有化を続けたことも相まって、少し立ち眩みも出始めてきた。

 

(かといって……ここで倒れるわけにはいかない……!!)

 

 マクワさんの切り札を倒すことはできたけど、マクワさんとのバトルに勝ったわけではない。まだマクワさんにはあと1人、アマルルガが残っている。インテレオンのおかげでかなり体力は削れているとはいえ、ここまでずっとボールの中にいたこともあって少しはスタミナが回復しているはずだ。対するこちらは、かなり消耗しているヨノワールと、まだまだ元気なマホイップ。けど、ポケモンの体力は残っていていても、肝心のボクの体力がほとんど残ってない。正直ヨノワールが倒されたら立てなくなる可能性が高い。マホイップには申し訳ないんだけど、今回はこのまま耐え抜く必要がある。

 

「ヨノワール……行ける……?」

「ノワ……」

 

 ヨノワールから伝わって来る、『主の方こそ大丈夫か?』と言う心の声。ボクと意識を繋げているのだから、当然ヨノワールもボクの身体の状態についてはよくわかっている。

 

(逆に心配されちゃったや。全く……ほんとヨノワールはしっかりしてるなぁ……)

 

 初めて出会った時も、ボクが落ち込んだ時も、決してボクから離れようとしなかった最高の相棒。確かに、今のボクはかなり限界が近い。けど、この自慢の相棒がいれば、不思議と今の状況でも疲労感がなくなっていくのを感じる。

 

「あとひと踏ん張り……だよ!!」

「ノワッ!!」

 

 頬を叩き、小さく拳を握って気合いを入れ直す。

 

 声をかけあって、心を昂らせる。

 

 最後のバトルに向けて、ボクとヨノワールはさらに心を深く繋げていく。

 

「……本当に、楽しい。この戦いを終わらせるのが、実にもったいない。それに、追い詰められているはずなのに、悔しいはずなのに……まだ……まだ最後の岩が残っている。それだけの事で、力が湧いてきます。……フリアさん、あなたも限界なのでしょう?」

 

 一方で、サングラスに左手の人差し指を当て、笑顔を隠さずに言葉を紡ぎながら、右手で最後のボールに手をかけるマクワさん。そんな彼は、ボクがもう限界が近いことをしっかりと理解しており、そのうえで語りかけてくる。

 

「僕のアマルルガも、少し休めたからと言ってダメージが無くなるわけじゃない。インテレオンから受けたダメージは小さくなく、しっかりと刻み込まれている。こちらも長くは戦えないでしょう……アマルルガ!!」

「ルオ……ッ!!」

 

 語りと共に現れる、マクワさんの最後のポケモンアマルルガ。元気よくボールから飛び出したアマルルガだったけど、地面に足をつけると同時に少しぐらつきを見せる。少し距離のあるボクからでも目視できるくらいに身体にしっかりと残っているねらいうちの痕が、アマルルガのダメージの深さと、マクワさんの発言の裏付けを物語っていた。

 

「楽しいバトルも、ここで終わらせなければなりません。ですが、先程も言った通りこちらも限界。ですから……」

 

 言葉を1度切り、深呼吸をするマクワさんは、息を吐いて落ち着いたと同時に、このバトル最後の攻撃の指示を行う。

 

「一撃で決めますよ。……アマルルガ、チャージ」

「ルオッ!!」

 

 マクワさんの指示に力強く答え、アマルルガが口元に集めていくのは宇宙色に光るエネルギー。それはメロンさんのラプラスや、ボクのインテレオンを倒すのに用いられた、今アマルルガが放つことの出来る最高火力の技、メテオビーム。チャージ時間がかなりかかるこの技は、本来なら相手の大技に合わせたり、自分の安全を確保したうえで放つのが普通だ。

 

 けど、今回マクワさんは、何もせずに、そのままでチャージを始めている。

 

(……この一撃で決める気満々だし、なんならボクがこの攻撃を妨害したり、避けることすら考えていない感じだね)

 

 色々な策を巡らせていくマクワさんにしては珍しい、本当に力押しすることしか考えていない最後の攻撃。……いや、一応この後万が一マホイップが出てきたときも、メテオビームでとくこうを上げておけば有利ではあるから、先のことを考えていないわけではないみたいだけど……どちらにせよ、この攻撃でヨノワールが倒されてしまえばボクは意識を保てないだろうし、マクワさんもそこは分かっているだろうから本当に一応の保険でしかない。

 

 さっき思い浮かべた通り、この攻撃をやり過ごすだけなら、避けるなりチャージ中を叩くなりすればいい。そうすればボクが勝てる確率はぐんと上がる。けど……

 

(こんなことされたら……やるしかないよね!!ヨノワール!!)

(ノワッ!!)

 

 マクワさんの意気込みに応える。それ以外の選択肢なんてない。

 

(……行くよ)

 

 そうと決まれば、こちらもメテオビームに負けない力をためなければならない。幸い、ヨノワールの周りにはここまでの戦いによって積み上げられてきた沢山の岩石が転がっている。

 

 これらすべてを、自分の力に変える。

 

(目には目を、岩には岩を……なんてね)

(……ノワッ!!)

 

 ヨノワールが心で声を上げると同時に黒いオーラがあふれ出し、同時にヨノワールの周りに落ちている岩石が黒いオーラを纏いながら浮かび上がる。その様を見上げたヨノワールは、岩石たちと一緒に宙画浮かび上がり、右手を上に掲げる。すろと、ヨノワールの掲げている手の上に、黒い岩石たちがどんどん集まり始めた。

 

 それは、1つの大きな黒い球へと姿を変えていく。

 

「「……」」

 

 宇宙色の光線と漆黒の巨球。それぞれが放つ、暗くも綺麗で、見ているものを吸い込んでしまうかのような錯覚を見せる光は、時間とともにその輝きをどんどん強力なものへと成長させていく。

 

 同時に、ボクの右手にも、ずしりと重い感覚が伝わって来た。

 

 観客の声も再び静かになっていく。みんな、この攻撃が最後のそれだと気づいているから。

 

 ただひたすら緊張が走るだけの時間。それは数秒だったのか、はたまた数十分もかかっていたのか、凝縮され、濃密な時間となっている今となっては、体内時計は狂いに狂って役に立たない。けど、不思議とお互いの攻撃が準備完了になる時間はしっかりと把握出来た。

 

 その証拠に、静かな空間で、合図も何も無いこのフィールドで、ボクとマクワさんの声が、全く同じタイミングで重なった。

 

 

「ヨノワール!!『ポルターガイスト』!!」

「アマルルガ!!『メテオビーム』!!」

 

 

 同時に放たれるふたつの指示。その言葉に反応して、ヨノワールもアマルルガも全力で最後の技を放っていく。

 

 

「ノワ……ッ!!」

 

 

 短く声をあげながらボクと一緒に右手を振り下ろしたヨノワールは、上に掲げていた巨大なポルターガイストの球をアマルルガに向かって投げつける。

 

 

「ルオオオォォォッ!!」

 

 

 大きな声を上げ、溜めに溜めた力の封を一気に解き放ったアマルルガは、今までで1番太いメテオビームをヨノワールに向かって吐き出した。

 

 お互いを狙った両者の攻撃が、ちょうど中間地点でぶつかり合う。瞬間訪れたのは、まるでこの世から全ての音が消え去ったのではないかと錯覚してしまうほどの無音空間。しかし、その時間は一瞬で終わりを告げ、次の瞬間ボクとマクワさんを襲ったのは、一転して全てを塗りつぶすかのような衝撃音と風圧だった。

 

「「ッ!?」」

 

 荒れ狂うバトルフィールド。その余波を受けたボクたちは、耳や顔を覆いながら、吹き飛ばされないように身体を維持することに精一杯で、とてもじゃないけど声なんて出せない。最も、たとえ出せたとしても、技と技がぶつかり合う音が大きすぎて、それに全てかき消されることになるだろうけど。

 

(ヨノワール……頑張れ……ッ!!)

(ノ……ワ……ッ!!)

 

 けど、意識を共有しているボクたちならこんな状況でも会話はできる。今のボクにできることなんて応援することだけだけど、それが少しでも力になるのであれば、何度でもヨノワールに声を届ける。

 

 四肢を地面にしっかりと押し付け、全力で光線を放つアマルルガと、投げた黒球に力を注ぐため、右手を真っ直ぐ向けた状態でオーラを滾らせるヨノワール。全力と全力のぶつかり合いは、どちらに傾くことも無くただひたすら拮抗して行く。その間も常に衝撃に晒されるボクとマクワさんは耐えながら、ただひたすら念を送り続けた。

 

 この念が先に伝わったのはアマルルガ。

 

 

「ルオオオォォォッ!!」

「ノ……ワ……ッ!?」

 

 

 アマルルガが叫び声をあげると同時にメテオビームの太さが倍になる。その変化は見かけ上なだけでなく、威力もしっかり跳ね上がっている。その証拠に、先ほどまで拮抗していたはずのバランスが少しずつ崩れ、徐々に黒い球がヨノワールの方へと押し返されていた。押し返してくる力の強さは、ヨノワールの腕を通してボクにもしっかりと伝わってくるのだけど、フィードバックとして帰ってきているからあくまでこの感覚は錯覚に近いそれなはずなのに、真っすぐ伸ばされているボクの腕も押し返されて、肘が曲り始める。

 

(ほんとに凄い……ボクはヨノワールの受けている感覚を追体験しているだけなのに、それでも腕を押し返される。この攻撃に込められた力と思いを強く感じる……ッ!!)

(ノワ……ッ!!)

 

 ボクを後ろに押しのける力は、間違いなく2つの技の衝撃によって起きた風圧だけのはずだ。けど、さっきボクが心の中で思ったような感覚にどうしても襲われてしまう程、アマルルガとメテオビームには圧があった。

 

 それほどまでの想い。けど、こっちだって負けない。

 

 アマルルガに念が届いているのなら、ヨノワールにだって届いている。次は、こっちの番だ。

 

 押しのけられそうな右腕に、そっと左手を添えて支える。そして目をとして深呼吸。

 

(マクワさんのような凄い人と戦えて本当に良かった。もっと戦いたいし、もっとぶつかりたい。……けど、もう終わらせなきゃいけない)

(ノワ……)

(うん……そうだね。これで終わりじゃない。戦いたかったら、またバトルすればいい。その時は、もっと楽しいバトルをしたいね!)

(ノワッ!)

 

 あまり感情を表に出さないヨノワールが、珍しく声を弾ませながら返事を返してくれた。それだけこのバトルを楽しんでくれたという事だろう。その様子がどうしようもないくらい嬉しくて、ボクの心も温かくなる。

 

(さぁ……行くよ!!)

(ノワッ!!)

 

 想いを込めると、それは黒いオーラとなってヨノワールの身体を包み込んでいく。そしてそのオーラは右腕を伝って手のひらへと進み、ほんのりとした温かさをボクに伝えて来た。

 

 そのオーラを、ボクとヨノワールは一気に、押され始めている黒い球へと注ぎ込む。

 

 

(いっけえええぇぇぇッ!!)

「ノ……ワ……アアアァァァッ!!」

 

 

「ッ!?」

「ルォッ!?」

 

 右手から真っすぐ解き放たれた黒いオーラは、余すことなく黒い球へと注がれていき、力を注がれた黒い球はその体積をどんどんと膨らませていく。

 

 ここまで力を注ぎこまれれば、戦況は当然変化していく。

 

 さっきまで押していたはずのメテオビームが逆に押され始め、ポルターガイストが地面に向かってゆっくりと進軍を始めていく。その様はまるで、黒く大きな星が墜落しているようにも見え、見ている者の心すらも押しつぶしかねない威力と圧力を内包し始める。現に、急に威力が上がり、メテオビームを押し返してきた黒い球を見て、マクワさんとアマルルガが一瞬怯むのがかすかに見えた。勿論すぐに態勢を立て直し、またさっきのように無理やりメテオビームの威力を底上げして、せめてイーブンには持っていこうと気合を入れ始めていく。

 

 けど、もう逃がさない。

 

 

「ヨノワール……ッ!!『ポルターガイスト』ォォォ!!」

「ノワアアアァァァッ!!」

 

 

 ヨノワールと一緒に、雄たけびをあげながら最後の力を注ぎ込む。

 

「ッ……アマルルガ!!こちらも全力を!!」

「ル……オ……ッ!」

 

 どんどん膨らみ、どんどん押してくる特大ポルターガイストに、マクワさんとアマルルガの表情がどんどん焦りへと変わっていく。それでも何とか打開を図ろうと、出来ることをやろうと頑張るマクワさんたちだけど、ポルターガイストが止まる気配は全くない。

 

 黒い隕石が、アマルルガを光線ごと押しつぶさんと突き進む。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光線はかき消され、ついにポルターガイストが地面に落ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……うわぁ!?」

 

 ポルターガイストが地面に落ちた瞬間耳をつんざぐような轟音と、全ての物を一瞬で吹き飛ばす暴風が吹き荒れ、ここまでの戦いで消耗していた身体に鞭を打って、何とか耐えていたボクの身体は支える力が足りなくなってしまい、後ろに倒れ込んでしまう。そのまま何度かもんどりうちそうになりかけたけど、そんなボクを何かが優しく受け止めて止めてくれた。けど、衝撃を受けたことによる身体へのダメージで飛びそうになっている意識を何とか保つことに精一杯で、受け止めてくれた存在に意識を向ける余裕がない。今はとにかく自分を守って意識を続かせ、このバトルの最後を見届けたい。

 

 目を瞑り、全身に力を入れて緊張感を保ち、何とか意識をつなげ続ける。その間も、何かに包まれている故か、耳に入ってくる音はかなり小さくなってきてはいる。けど、地面が震えている感覚はボクを包んでいる物を通り越して伝わってくるあたり、まだポルターガイストによる衝撃は収まっていないらしい。

 

 そのまま何かに包まれてながら待つこと数十秒。ぎゅっと目をつむったまま耐えていると、ようやく地面が揺れる感覚が消えていったのを感じた。

 

「……もう、大丈夫なの?」

 

 音と揺れがなくなったのを感じたところでボクは目を開く。本当ならヨノワールに聞けばいい所なんだけど、今までの出来事で集中力は切れ、ヨノワールとのリンクも切れてしまい、感覚共有もなくなってしまっているので、外の確認は目で行うしかなくなっていた。

 

「あれ……これって……」

「マホッ!!」

「うわぁ!?」

 

 そんなボクが目を開けると、視界に広がるのは水色の世界。そして鼻孔をくすぐるのは甘く、けどミントも混ざったさわやかな匂い。思わず心地よくなってしまいそうないい匂いに心が安らいでいくのを感じていると、突如目の前に現れるのは上からさかさまの状態でぶら下がってきたマホイップ。まさかの登場の仕方に思わずびっくりしていると、周りが少しずつ明るくなっていく。ここまできて、ようやく吹き飛ばされそうなボクを受け止めてくれたのがマホイップで、同時にこの周りにあるのがクリームであることが分かった。

 

「受け止めてくれたんだ……ありがとうね、マホイップ」

「マホホ~」

 

 クリームが徐々に落ちていくのを、マホイップを腕に乗せて頭を撫でながら待つ。3回ほどゆっくりと頭を撫でたくらいで完全にクリームの防護壁がなくなり、バトルフィールドがきれいに見渡せるようになった。外の空気に触れ、甘い匂いが徐々に薄くなっていく中、ボクの目の前に現れたのはいつもの姿に戻ったヨノワールだった。

 

「ヨノワール……」

「ノワ……」

 

 向かい合うボクたち。

 

 アマルルガがどうなったのかは見ない。いや、見なくても結果は分かっている。

 

「……お疲れさま!」

「ノワ」

 

 

「アマルルガ、戦闘不能!!よってこのバトル、フリア選手の勝ち!!」

 

 

『ウワアアァァァッ!!』

 

 

 ヨノワールと拳をぶつけあうなか響く、審判からの決着の宣言。同時にあふれる観客からの叫び声に震える大気。

 

「マホーッ!!」

 

 ガラルリーグ1回戦第1試合。

 

 マホイップの嬉しそうな叫び声に微笑みながら、ボクとヨノワールはハイタッチを交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ってください、アマルルガ、お疲れ様でした」

「ありがとう、ヨノワール、マホイップ。ゆっくり休んで」

 

 バトルが終了して、お互いの手持ちをボールの中に戻していく。未だに歓声が鳴りやまない中、ボクはボールを腰のホルダーにしっかりと着いたことを確認して、マクワさんの方へ歩き出した。時を同じくして、マクワさんもハイパーボールを腰につけながらこちらに向かって歩いてくる。

 

 歩み寄ったボクたちは、バトルフィールドの中心で向かい合い、右手を出す。

 

「マクワさん、ありがとうございました!」

「ええ、こちらこそ。よいバトルでした」

 

 固く握手を交わしながらお互いの健闘を称えあう。

 

(本当にいいバトルだった)

 

 お互いいろんな策を練って、だめなら次策を組み立てて、そして時には相手の戦略さえ自分の策として組み込んでいく。そんなやり取りが、戦っている側からしてもとても楽しかった。次バトルする時は、今日とは全く試合展開になることだろう。策を組み立てる人同士のバトルは、そういうところが少し楽しみだ。そうじゃなくても、今からマクワさんが行ってきた作戦について語るのがちょっと楽しみで……

 

「『ステルスロック』を使った反射勿論、『ストーンエッジ』で檻を作ったり、セキタンザンの『じょうききかん』の活用だったり、相手にしててその引き出しの多さに本当に━━」

「そう一気にまくしたてられると恥ずかしいですが、嬉しくもありますね。ですが、今はするべきことがあるでしょう?」

「え?……あっ……」

「っとと……」

 

 マクワさんのしてきたことに対して若干興奮気味に言葉を返していると、膝の力が抜けて視界がガクッと揺れる。そういえば、自分がいまかなり無理をしてここに立っていることを忘れていた。

 

「もう限界なのでしょう?話なら何時でもできます。まずは部屋に戻り、身体を休ませましょう。お互いのポケモンたちもかなり消費していますしね」

「……ですね。想像以上につかれているみたいです……すいません……」

「気にしないでください。さ、もどりましょうか」

 

 マクワさんの手を貸してもらい、何とか身体を持ち直したボクはマクワさんに礼を言う。ボクからの礼を受けたマクワさんは、マクワさん自身が入ってきた方の入口に歩きだし、背中を向けながらこちらに手を振ってきた。なんというか、バトル中のニヒルな笑顔だったり、サングラスを指で持ち上げたりと、最後までああいったかっこいい動作がとても様になる人だ。

 

(本当に、ありがとうございました!!)

 

 そんな彼の背中を見送ったボクは、もう一度心の中でお礼を言いながら、少しおぼつかない脚で控室の方へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 バトルフィールドから退場した僕は、控室に返ってきていた。とはいっても、バトル前にいた部屋とは違うようで、この部屋には誰もいない。そのため、今この部屋は先ほどまでの歓声が嘘のように静かだ。もっとも、今の僕にとっては好都合ではあるが……

 

 誰も入ってこないように控室の鍵を閉め、1人でこの部屋に引きこもる。悪い癖だとわかっていても、どうしても負けた後はいろいろ考えて、塞ぎ込んでしまう。

 

 あの時ああすれば。この時この作戦なら。頭に浮かんでは消えるのは、先の戦いに関する後悔ばかり。

 

 フリアさんにはああいわれましたが、僕の本性なんてそんなものです。

 

「フリアさんに、失礼なことを言って無いでしょうか……」

 

 そしてまた1つ、僕の思考をマイナスに落としていくことが浮かんでいく。どうやら、今回の負けは想像以上に僕の心を追い詰めていたみたいで。

 

 これで僕のガラルリーグは終わりを告げる。その事実が、どうしようもなく苦しくて。

 

「……本当に、どうしようもないくらい……悔しいですね……」

 

 見上げた時に目に映る照明の光が、サングラス越しに目に染みた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ポルターガイスト

最後の一撃はどことなく某手裏剣をリスペクト。かっこいい。

メテオビーム

もはやか○は○波ですね。そうなって来ると、先のポルターガイストも元○玉みたいです。

マクワ

原作設定で、負けた後は控室に引きこもってしまう記者泣かせな選手という設定があるので独白を。負けた側にもちゃんとストーリーはありますよね。




ようやく第1試合終了……やはりフルバトルはボリュームが凄いことになりますね……






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206話

「全く、初戦から無茶しちゃって……」

「あはは、ほんとごめん……」

「そんな調子でこの先闘い続けられるのかしら……幸い、2回戦は後日だからそこまでは休めるでしょうけど……」

「一応体力回復には自信あるから、そこまでには間に合わせるよ」

 

 バトルフィールドから退場して控室に戻ったボクは、そのままスタジアム内にある休憩室に通され、そこでポケモンとボク自身の体力を回復させるために、しばらく安静という形でベッドに寝かされていた。やっぱりあの共有化による疲労はかなり大きく、ベッドに寝転んでしまった今、しばらくは足が動きそうにないくらいには固まってしまっている。とはいっても、ジョーイさんより、一時的な疲れでこうなっているだけで、異常そのものはないからすぐに良くなるとの言葉はいただいているので、大事になることはなさそうだ。けど、こんなことをあと2回はしないと優勝できないのは、ちょっと怖い所はあるかもしれない。もし優勝しようものなら、さらに上のトーナメントがあるからもっと戦うことになるしね。

 

 と、そんなちょっとしたダウン状態になっているところにお見舞いに来てくれたのが、さっきまで観客席でボクとマクワさんの試合を見に来てくれていたヒカリとジュンだった。ヒカリは少し呆れた顔で、ジュンは若干興奮した表情で話しかけてくるのが、2人の性格をよく表している。ヒカリは普段は引っ張りまわす側だけど、こういった状況ではむしろちゃんとした視点で見て来るから、暴走した時とのギャップが少し面白い。

 

「どっちにしろ、これにはなれるしかないからね……これでもましにはなった方なんだよ?」

「わかっているわよ。マスタードさんとの闘いの後気絶したのも知っているんだから。その時に比べたら、痛覚とか疲労の共有に関しては、慣れているのかそこだけ意識的に遮断しているのかは知らないけど、向き合い方もわかっているようだしね」

「それ以上に、共有化した時の強さも凄いもんな!!お前とヨノワールの戦い凄かったぞ!!」

「ありがと。共有化の話はちょくちょくしてたけど、実際に戦うところをみんなに見せるのは初めてだったもんね」

「ああ!!進捗も聞いてはいたけど、あそこまで完成してるとはな~……口から炎が出てたり、黒く光ってたり、水色の目が輝いてたり……くぅ~!!おいフリア!!ガラルリーグが全部終わったら、そのヨノワールと戦わせてくれよな!!」

「勿論。結局全力で戦えたのはヨロイ島での一件だけだったもんね。今度はもっと本格的にやろう!!」

「はいはい。暑苦しい男の友情はよくわかったから、フリアはちゃんと身体を休めなさい。当り前だけど、トーナメントは相手がどんどん強くなっていくんだから、明日はもっときついわよ?」

「うん。わかってるよ」

 

 ボクとジュンが次のバトルの約束をしている間に、ヒカリがボクのために疲れの取れる、それでいて軽く食べやすい料理をいくつか作って横においてくれた。やっぱりこと料理と身体の健康面においては、ヒカリは本当に細かい所まで目が行く。本当に、なんでこんなに優秀なのか不思議なくらいだ。後でお礼しなきゃね。

 

「お礼は今わたしが作っているコンテスト用の衣装を試着してくれればいいわよ!!」

「……それ絶対女性向けの服じゃん。お礼するのやめようかな……」

「大丈夫大丈夫!絶対にフリアに似合う服だから!!」

「なんで自分がコンテスト用に着る服がボクに合わせられてるのさ……」

 

 前言撤回。やっぱりヒカリもおかしい。

 

「それよりも、2人は次の試合は見に行かなくてもいいの?もう始まるんじゃない?」

 

 なんて、いつも通りのボクたちの会話を続けていた時にふと時計に目をやると、もう少しで第2試合が始まる時間に近づいていた。具体的に言うと、今から観客席に走ってギリギリ開始に間に合うかどうかと言ったところか。

 

「っと、そうだったな!!次はセイボリーとクララのバトルだったか……これはこれで見ものだからちゃんと見なきゃな!ヒカリ!!すぐに観客席に戻るぞ!!遅れたら罰金5000万円な!!」

 

 ボクの言葉を聞いたジュンは、慌てて部屋を飛び出していく。いつものせっかちモード全開の彼は、この休憩室の扉を閉めていくことなく走り去ってしまった。

 

「……ったく、あいつ、あとで絶対説教してやるんだから」

「あ、あはは……まぁでも、試合が気になるのはヒカリも同じでしょ?ボクはもう大丈夫だから行って来たら?」

「そうさせてもらうわね。じゃ、く・れ・ぐ・れ・も!変なことせずにちゃんと休むのよ?」

「わかってるよ。ジュンじゃないんだから、自分の限界はちゃんと理解してる」

「……若干怪しいけど、まぁいいわ。それじゃあ、わたしは戻るわね。何かあればスマホに連絡頂戴」

「ん、りょーかい」

 

 一通り伝えたいことは伝え終えたヒカリも、ジュンの後を追ってこの部屋を出ていく。ボクに気遣って、音を立てずに扉を閉めていくヒカリを見送ると、訪れるのは無音の空間。休むことに重きを置いているこの部屋は、遮音性に優れているためか外の声も入ってこない。これなら落ち着いて休むことが出来るだろう。……試合の雰囲気を全く味わえないのは、ちょっと残念だけどね。

 

「セイボリーさんとクララさんの試合……どうなるのかな……」

 

 今頃始まっているであろう、次の試合について想像を膨らませながら、ボクはゆっくりと意識を沈めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと、良かった。試合は今から始まるところなのね」

「お、遅いぞヒカリ!!」

「あんたがせっかちすぎるだけなのよ。全く……」

 

 フリアが休んでいる休憩室を後にしたわたしたちは、自分たちが元いた席に戻っていた。これから始まる第2試合も観戦するためだ。というか、今回このトーナメントに参加している人のほとんどを知っているわたしたちにとっては、全ての試合が観戦したいカードになっている。もちろん、1番注目していた試合はフリアの試合だったから、1番気になる試合は最後まで見届けることは出来ている。けど、やっぱりみんなが出ているトーナメントならちゃんと見守ってあげたい。知り合いの活躍はなんだかんだ嬉しいしね。応援にも身が入るというものだ。

 

(そういう意味では、次の試合はどっちの応援をすればいいのか悩みどころだったりするのだけどね)

 

 視線をあげてスタジアムに掲げられているディスプレイに目を向けると、そこには次の対戦カードであるセイボリーさんとクララさんの顔が表示されていた。

 

 どちらも一時的にとはいえ、フリアが一緒に旅をした仲間であり、フリアを通して知り合いになってそこそこ話すようになった相手だ。クララさんは言わずもがな、セイボリーさんも実は紹介してもらっており、バドレックスの一件が終わったあと、また特訓のためにヨロイ島に戻った時に済ませた感じだ。

 

「さ~て、このバトルはどうなるかしらね?」

「同門対決だよな!!ってことは、お互いの戦略とか、手持ちのポケモンのこともよくわかっていそうだし、お互いやり辛そうだなぁ」

「そうかしら?話を聞く感じ、道場に入ってすぐはお互いあまり真剣に練習していなかったみたいだから積極的にバトルはしてないでしょうし、そもそもジムチャレンジが始まってからこのリーグが始まるまで、チャレンジの進み具合とか、リーグまでの手札隠しによる停戦協定とかでろくに情報が手に入っていないみたいだし、むしろ中途半端な先入観が邪魔して色々ごちゃごちゃしそうと見るのだけど」

「まぁ、お互いのことを知っているにしろ知らないにしろ、結局やり辛いに変わりはないだろ?そのうえでどうなるのか、楽しみだな!!」

 

 ジュンとわたしでこのカードによる考察をしていると、バトルコートの東と西、真反対の入り口からひとつずつ影が現れる。片方はシルクハットに浮いているボールが特徴的な、長い金髪にメガネ姿の見た目紳士的な青年が、もう片方はピンク色の髪に、ドクケイルを模したようなリボンを結わえた女性が、バトルコートの中心に向けて歩き出していた。

 

 その両者がバトルコートの中心に立って向かい合い、言葉を交わしていく。その内容が気になったわたしは、ルール説明をしている実況者の声を意識的にシャットアウトしながら、2人の方へと耳を傾けた。

 

「こうして向き合って戦うのは初めてですね。クララさん」

「そうだねェ……お互い、道場では不良門下生的な位置だったしィ?認知はしていたけど、深くかかわろうとはしてこなかった的なァ?」

 

 トレーナーの指示が観客にも聞こえるように、普段はトレーナーの首元についてあるマイクはオンになっているけど、今はまだバトルじゃないからオンにはなっていない。そのため、声を聞き取るためにはかなり集中しないといけないけど、コンテストの時に観客の1つ1つの声をしっかりと聞きながら演じるわたしにとって、これくらいの距離ならばまだ聞き取れる。そんな中聞き取った情報によれば、どうやら2人はそこまでかかわりが深いわけではないらしい。むしろ、悪かったかのようにさえ感じる。

 

「当時の……いえ、このジムチャレンジの途中まで、ワタクシは腐っていましたからね。むしろ、いつも適当で軽いあなたが、視界に入るたびに疎ましく思ったほどです」

「それはこっちのセリフ的なァ?道場に入った時は荒れに荒れてたしィ?いろんな人にガン飛ばしてて、『こいつなにサマァ?』って思ったこともたくさんあったしィ?ほんっと意味わかんないやつ~って感じてたしィ」

 

 どうやらファーストコンタクトは想像以上に悪いみたいだ。現に、過去を話し合う2人の表情は、口を開くたびに少しずつ目元とこめかみがぴくぴしていた。このままでは別のバトルが始まるのではないかと、少しだけ不安になってしまう程。周りの観客たちがこれに気づいていないのだけが幸いと言ったところか。

 

 けど、そんな表情を浮かべていた2人は、しばらく経った後、すっと穏やかな表情に変わっていった。

 

「ですが、このジムチャレンジを越え、あなたという人間を改めて知った時、あなたが歩んできた道の辛さを知りました。夢を目指し、しかし、周りの環境がそれを許さなかったあなたの道を」

「うちが挫折して落ちていったのと同じように、セイボリちんの心に住む闇の部分を、セイボリちんがジムチャレンジを突破して帰ってきたときの、リーグに向けての話し合いがきっかけで知った」

 

 次いで2人が口にしたのは、相手がどのような軌跡を歩んできたかというもの。どちらも挫折を知り、堕ちていき、荒れに荒れた黒歴史。

 

 はじめましてでは絶対に知ることの出来ない、その人の根幹に巣食う、闇の部分。

 

(……こうしてみると、2人とも境遇はかなり似ているのね。ほんと、物凄い偶然)

 

 しかも、このお話がどことなく、どこかの幼馴染を思い出させるから余計に思うところが出てきてしまう。

 

「きっと、クララさんが見てきた闇は深いのでしょう」

「きっとォ、セイボリちんが受けた傷は大きいんだろうなァ」

 

 そんなわたしの心なんてつゆ知らず……いや、何なら聞かれているとも思っていない2人の掛け合いは、徐々に独白の色を強くしていきながら、少しずつヒートアップしていく。

 

「でも、そんな闇の中でも、ちゃんと光を見つけた」

「でもォ、同じように傷を負いながらも、それでも前を向いていた人を見つけちゃったんだよねェ」

 

 2人の視線が、熱くなる。

 

「ええ。とてもかっこよく、とてもやさしく、とても強い……今のワタクシの一番の目標です」

「うんうん!!うちも!!夢を思い出させてくれる最高の推しに出会ったァ!!」

 

 セイボリーさんの念により、ボールの1つが前に突き出される。

 

「その目標に、1つでも近づきたいのです」

「その推しの隣にィ、恥ずかしくない姿で立ちたいんだァ」

 

 クララさんの手が、懐のボールをきつく握りしめる。

 

「ですから……」

「だからァ……」

 

 

『━━と、説明はこのくらいにしまして、さぁ始めて行きましょう第2試合!!両者ポケモンをお願いします!!』

 

 

「先で待っているフリアのために、勝たせていただきます!!」

「マリィセンパイの隣に立つためにィ、ぜってェ勝つ!!」

 

 

 実況の人の言葉と共に、セイボリーさんとクララさんの首元のマイクがオンになり、2人の魂からの叫び声が響き渡りながら2つのボールが宙に投げられた。

 

 

「「行け!!ヤドラン!!」」

 

 

 宙に投げられたボールが割れると同時に現れるのは2人のヤドラン。しかしその姿はわたしがよく知るそれではなく、ガラル地方に適応した姿……いわゆるリージョンフォームした姿となって佇んでいた。

 

 エスパータイプのエキスパートであるセイボリーさんと、どくタイプのエキスパートであるクララさん。そんなお互いが得意としているタイプの2つを含んだこのポケモンが、お互いの初手として向かい合った。

 

「いきなりミラー戦か……こりゃ本当にややこしいな」

「お互い同じポケモンだけど、得意としているタイプは違うものね。そうなって来ると、普段なら一番よく知っているポケモンなのに、自分とは違う動きをしてくる姿に調子を狂わされる可能性が出て来るわね。そうなって来ると、有利なのはセイボリーさんの方かしら?」

「純粋に、エスパータイプはどくタイプを攻撃するのが得意だもんな。クララさんが不利相性をどう攻略するかがカギになっていくぞ」

 

 同じようで大きな違いがある2人のポケモン。そんな2人による、負けられない第2試合が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『シェルアームズ』ゥ!!」

「『サイコキネシス』!!」

 

 同じポケモンによるバトルの開幕は、お互いの得意とする技による挨拶から始まった。

 

 2人の中間でぶつかり合う毒の弾丸と虹色の波は、しかし拮抗することなく毒の弾丸がもみ消されていく。やはりタイプ相性はかなり大きいようだ。

 

 毒の弾丸を消した波はそのまま流れ、クララさんのヤドランに向かって飛んでいく。一方でクララさんのヤドランはこの攻撃を避けて再びヤドランの左腕に着いた大砲から球を発射。当然これも撃ち落とすために、セイボリーさんが再び虹の波を放つけど、それと同時にセイボリーさんのヤドランの頭上から酸のボムが落ちて来る。

 

 相手にダメージを与えながら特防をガクッと下げるどく技、アシッドボム。

 

 クララさんは、弱点を突かれることによるダメージレースの差を、相手の耐性を下げることによって埋めようという作戦らしい。

 

「ならこちらは『ひかりのかべ』と攻めの準備を!!」

 

 それに対するセイボリーさんの解答は、ダメージレースの有利を取らせない動きをすること。ひかりのかべを行うことによって、下げられた特防をすぐさまカバー。これによって短期間とはいえ、下がった特防分の防御はひとまず補えた。

 

「優位は渡しません!!『サイコキネシス』!!」

 

 タイプ有利を離さないセイボリーさんは、1度ヤドランに力を溜めさせた後に、ひかりのかべを盾とした攻めへと転ずる。虹の波を放ったセイボリーさんの攻撃は、今度は避けられることなくクララさんに命中。エスパーとどくの複合であるため、ばつぐんで受けることはないけど、それでも少なくないダメージを受けた。

 

 しかし、クララさんの表情は困るどころかにやけていく。

 

「良いですよ!!このままもう一度『サイコ━━』」

「させねーぞォ!!『かなしばり』ィ!!」

「なっ!?」

 

 それに気づいていないセイボリーさんが再び攻撃を宣言したところで、クララさんが一歩先にかなしばりを発動させる。相手が最後に発動した技を一定時間封印するこの技によって、セイボリーさんが得意とするサイコキネシスを的確に封じていく。こういったところの強かさは、クララさんの性格をよく現していると言っても差し支えないだろう。

 

「さァ、どんどん押してくぞォ〜!!『アシッドボム』ゥ!!」

 

 相手の主力技を止めたクララさんは、ここからさらに自分の流れを作り上げるためにアシッドボムをばら撒き始める。この技にあたってしまえば、それだけで特防がどんどん下げられて、ひかりのかべで補っていた部分を上回って耐性を下げることが出来る。そうなってしまえばもうクララさんの独壇場だ。

 

「くっ、『ドわすれ』です!!」

 

 対するセイボリーさんは、苦し紛れのドわすれで自身の耐久を何とか維持しようと頑張る。正直この行動はただイタズラに決着までの時間を伸ばすだけの意味の無い行動でしかない。というのも、どう考えてもド忘れをするよりもアシッドボムが当たる回数の方が多いからだ。実際その通りになっているし、この試合を見ている人のほとんどが、この開幕はクララさんが持っていくと確信していた。

 

 しかし、セイボリーさんの表情は一切崩れない。それは先程かなしばりを決めたクララさんの姿にダブって見えた。

 

「ヤドラン!!あと数秒で『かなしばり』が消えるので準備を!!」

 

 かなしばりの時間をしっかりとカウントしていたセイボリーさんは、解除と同時に攻撃できるように準備を始める。一方でクララさんは、この発言を聞いて再びかなしばりを構える。

 

「それを言わなかったら1回くらいは攻撃出来たのにねェ?ヤドラン!!準備ィ!!」

 

 両者が準備を進めたところでかなしばりは解除。アシッドボムの雨も終わり、場に残っているのはかろうじて特防を守りきった、傷を負ったヤドランと、まだまだ元気なヤドランの2人。どちらがどちらだなんて言うまでもない。

 

「『シェルアームズ』ゥ!!」

 

 先手を打ったのはやっぱりクララさん。相手にサイコキネシスを打たせたい彼女は先に攻撃を仕掛けることで、サイコキネシスを発動しなければ直撃を受け、発動すればかなしばりで再び縛るという2択を迫っていく。

 

「『サイコキネシス』です!!」

 

 対するセイボリーさんの解答はサイコキネシス。技を封じられることよりも体力を削られることを嫌ったのだろう。特防がかなり下がっている今、ひかりのかべがあったとしてもこの攻撃はかなり痛手になるはずだからだ。その考え通り、サイコキネシスは最初と同じように毒の弾丸を中和し、揉み消していく。これで攻撃を受けることはなくなったが、同時にかなしばりの的にもなってしまう。そこでわたしはひとつの疑問を抱えた。

 

(セイボリーさんは、なぜポケモンを交換しないのかしら?)

 

 現状ヤドラン同士の戦いにおいてはクララさんが1枚上手に見える。なら、ここでするべき行動はヤドランに有利なポケモンに入れ替えるべきだ。フリアのブラッキーみたいに、変えたいけど変えられないなんて状況にも見えないし、まだまだ序盤である今のうちに交換はしておくべきだと思う。

 

(ミラー戦にプライドがある……とかかしら?いえ、それもないわね。そんなものに囚われて立てるほど、今のフリアの隣は軽くないもの。となれば……『あれ』、かしらね?)

 

 色々考えていくうちに、そういえば先程セイボリーさんのヤドランが『準備』と言われていたことを思い出す。それはまるでフリアがなにか技を隠す時の指示に見えて。

 

 そこに気づいたわたしは視線を上に向ける。すると、バトルフィールドの上空が少し歪み始めていた。

 

「そんなに簡単に『サイコキネシス』していいのかなァ?また縛っちまうぞォ!!」

 

 けど、そんな空気の異変に気付いているのはほとんどいない。恐らく、現地で観戦しているトップ層の人たちしかわかっていないだろう。対面しているクララさんも気づいていないのだから、その精度はかなりのものだ。

 

「ヤドラン!!『かなしばり』ィ!!」

 

 気づいていないクララさんは、当初の予定通りかなしばりを宣言。セイボリーさんの攻撃技を止めるべく、再び術を掛けようと目を光らせる。

 

「ヤドラン!!今です!!」

「エ!?」

 

 その瞬間、ここぞとばかりにセイボリーさんが動き出す。すると、空中の歪みから光の球が現れ、クララさんのヤドランへと殺到。強力な力を秘めたそれは、ぶつかると同時に爆ぜ、大きなダメージを与えていく。

 

(『みらいよち』……完璧に入ったわね)

 

 未来に攻撃を予知し、時間差で強力なエスパータイプの攻撃をする技。ひかりのかべと同時に撒いておいたタネが芽吹いた瞬間だった。

 

「『サイコキネシス』です!!」

 

 みらいよちによってできた隙を逃さず攻撃するセイボリーさん。このまま流れを取り切っていく考えだろう。

 

「ぐゥ……!!ヤドラン!!ここで引いたらだめェ!!『シェルアームズ』ゥ!!」

 

 一方クララさんも、ここで引いたらだめなことを理解しているため、無理やり攻めに転じる。

 

 再びお互いを狙って放たれる虹の波と毒の弾丸。しかし、今度は相殺することなく、技と技がすれ違ってお互いの身体に直撃した。

 

「ぐっ!?ヤドラン!!」

「大丈夫ゥ!?」

 

 飛んでくる衝撃に耐えながら戦況を見る2人。その視線の先では、方やみらいよちとサイコキネシスのコンボによってかなりのダメージを一度に貰ってしまい、方やがくーんと下げられ、更にひかりのかべも消えてしまったことにより脆くなった特防に重い一撃を貰ってしまい、地面に伸びた姿をさらすヤドランがいた。

 

 

「クララ選手、セイボリー選手、ともにヤドラン戦闘不能!!」

 

 

(ダブルKO……まさしく互角ね)

 

 第2試合の開幕は、両者ダブルノックアウトによる、お互い譲らない完全な互角から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第2試合

同門対決。実は二人とも技構成もポケモンも同じなのに、切り札が違ったりするんですよね。まぁ、同じポケモンにするのはちょっとあれな気もするので納得ですが。

みらいよち

この技と言えば、やはりゴジカさんを思い出します。サトシさんの攻略の仕方は面白かったですよね。

アシッドボム

今となっては、レイドバトルのお供。いつもうちのハラバリーがお世話になっています。




実機では未来のジムリーダー対決ですね。どうなるのでしょうか。






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207話

 第1試合2回戦。ほぼ互角の両者の初手はダブルノックダウンから始まり、バトルの行方はますます予想しづらくなっていく。その事が嬉しいのか、隣にいたジュンはそれはそれは楽しそうに口を開く。

 

「おお~!!開幕から凄いな!!やっぱり見応えのある2人だぜ!!」

「まだ1人目のポケモンだからなんとも言えないけど、それでも既にお互いの得意分野が見て取れるわね」

 

 セイボリーさんはサイコパワーを使った変化技や、工夫した技の使い方で翻弄し、クララさんはどくタイプらしく相手の能力を下げたり妨害したりしながら攻めていく。同じヤドランというポケモンを使っていたのに、戦い方が全然違ったのを見る限り、確かにジュンの言う通り見応えのあるバトルと言っても差し支えない。やはりガラル地方のレベルは、他の地方と比べても頭一つ分飛び抜けている気はする。とはいえ先程も言った通り、この対戦もまだまだ序盤。ここから流れが変わって、どちらかが一気に崩れる可能性が0という訳では無い。特に、常に弱点を突かれることを念頭にしないといけないクララさんは1歩間違えれば一瞬で負けかねない。ここから先はもっと集中する必要があるだろう。

 

「さてさて、お互いの2人目はどう出るのかしら?」

「トレーナーとしての腕は互角っぽいもんな。なら次の対面はすごく大事だぜ」

 

 ジュンの言葉に小さく頷きながらわたしはバトルコートを注視する。すると、ヤドランをボールに戻し終えた2人はすぐに次のボールに手をかけて、宙へと放り投げる。

 

「行きなさい、ギャロップ!!」

「マタドガスゥ!!出番だぞォ!!」

 

 現れたのはギャロップとマタドガス。どちらもわたしが聞いたことのある名前だけど、またもや姿形はわたしの知るそれでは無い。リージョンフォームした彼らは、前者がエスパー、フェアリータイプ。後者がどく、フェアリータイプと、お互いが得意とするタイプにフェアリーが足されたものとなる。ヤドランに続いてまたもや共通点のある選出に、思わず少しだけクスりとしてしまう。ある意味相性はいいのかもしれない。なんて、少しだけ呑気なことを考えている間に、マタドガスを中心に変わった色をしたガスが溢れ出して行く。

 

「ふっふっふゥ~、セイボリちん、残念だったねェ」

「……なんのことでしょうか?」

 

 そのガスの動きを見て、クララさんは少し嬉しそうな顔を浮かべ、逆にセイボリーさんは口では強がっているものの、表情は少しだけ歪んで見えた。おそらく……いや、間違いなくこのマタドガスのガスのせいだ。

 

 マタドガスの特性『かがくへんかガス』。この奇妙なガスは、その場にいるポケモン全ての特性を無効にする力がある。そして、確かガラル地方のギャロップには、特性『パステルベール』があったはずだ。その効果は単純で、『どく』及び『もうどく』状態にならない。というもの。

 

 相手がどくタイプのエキスパートである以上、この特性はかなり大事なものとなる。そんな特性をこうも簡単に封じられたら、セイボリーさんとしてもあまりいい気持ちにはならないだろう。ダブルノックアウトからの選出読み合いは、クララさんが1歩上を行っていた。

 

(と言うよりも、全体的にこの手の強かさはやっぱりクララさんの方が上ね。本当に上手いわ)

 

 この辺りの人読みは、もしかしたらアイドル時代の処世術からいくつか流用しているのかもしれない。そう考えると、少しだけ納得出来たような気もする。

 

「じゃあ早速行くぞォ!!『どくどく』!!」

 

 パステルベールがない今、どく技はなんの障害もなく暴れることが出来る。そこを生かし、早速ギャロップをもうどくにするべく、身体から毒液を撒き散らすマタドガス。

 

「特性で防げないのであれば技で防ぐのみ!!ギャロップ、『サイコカッター』です!!」

 

 対するセイボリーさんは当然この技を回避したい。そのため、虹色の斬撃を飛ばして飛んでくる毒液をどんどん切り裂いていく。

 

「特性は確かに封じられてますが、タイプはまだ有利なのです!!そのままマタドガスごと攻撃を!!」

「ルロォ!!」

 

 そのまま攻撃を続け、タイプ有利を使ってゴリ押しをはかるセイボリーさん。どくどくはあくまで変化技であって攻撃技では無い。そうなるとサイコカッターを止めるにはいささか威力が不十分と言わざるを得ない。そう考えると、セイボリーさんのゴリ押しは割と理にはかなっている。実際、この攻撃はマタドガスの方までちゃんと飛んでおり、何発かの被弾を確認できた。こうかはばつぐんだ。

 

「やったなァ?マタドガス!!『ヘドロばくだん』!!」

 

 けど、そんな大きなダメージを受けているはずのマタドガスはまだ平気そうな顔をしながら、今度は毒の爆弾を飛ばしてくる。本来ならエスパータイプに対しては等倍で入るどくタイプの技だけど、今のギャロップにはフェアリータイプが複合されているため、今回の場合はギャロップにもこうかばつぐんでダメージが入ってしまう。

 

「『こうそくいどう』です!!」

 

 この攻撃を避けるためにセイボリーさんは自身の機動力をアップ。元々速い方であったギャロップの足がさらに速くなり、攻撃を次々と避けていく。マタドガスが遅いポケモンというのもあって、更にその差は顕著になっている。

 

「このまま攻めますよ!!『サイコカッター』!!」

 

 機動力に物を言わせ、マタドガスを中心に右回りに走りながら虹色の斬撃を飛ばしていくギャロップ。360°から飛んでくる虹の斬撃は、いくら防御力に自身のあるマタドガスと言えども、かなり致命傷を受けてしまうに間違いない。

 

「きつい所ついてくるなァ……マタドガス!!『ヘドロばくだん』!!」

 

 このまま攻撃を受け続けるわけにはいかないクララさんは、マタドガスに攻撃を指示し、少しでも相殺していくことを狙っていく。しかし、ギャロップの攻撃が速すぎて、簡単に攻撃の間をすり抜けて斬撃が飛んでくる。たとえギャロップをわざと狙わず、適当に打ったヘドロばくだんでさえも、地面に着弾して飛散った泥の破片もつかせない勢いですべて避けていく。

 

「くゥ……こうなったら360°『かえんほうしゃ』ァ!!」

 

 どんな攻撃をしても避けられる。なら戦場全体を攻撃すればいい。そんなちょっとしたやけくそ具合を感じるクララさんの指示は、それを忠実に再現するべく、まるでスプリンクラーのように回転しながら、炎をまき散らすマタドガス。これならいくら機動力が高くても攻撃を避けられない。仮に避けるとしても上しかなく、ジャンプしてしまえば足が使えなくなるからそこを狙えばいい。

 

「成程……ですが、その手は効きません。ギャロップ、引きなさい!!」

 

 しかし、そこは冷静なセイボリーさん。確かに全方位かえんほうしゃは、ギャロップの前進を止めるという点においてはかなりの強さを誇る行動だ。だけど、その代わりに射程と威力を犠牲にする必要がある。そこを見抜いたセイボリーさんは、すぐさまギャロップに下がる指示をし、マタドガスから十分な距離を取る。

 

「ここから『サイコカッター』です!!」

 

 安全な位置に到達したセイボリーさんは、そこから悠々と攻撃をし始める。

 

 360°攻撃してくるのなら、遠くから強い攻撃で一点突破すればいい。そんなセイボリーさんの考えは見事的中し、範囲攻撃のために薄くなってしまっている炎の壁を、虹色の斬撃が切り裂きながら飛んでいく。

 

 物理攻撃が得意なギャロップだけど、これが普通の物理攻撃ポケモンというだけだったなら、このかえんほうしゃだけでよかった。しかし、セイボリーさんのギャロップのメインウエポンはサイコカッターという、遠距離でも攻撃できる技だ。そのせいでかえんほうしゃで止めることが出来ない、フリアのエルレイドも御用達の技だけど、本当に便利な技だ。

 

(さて、クララさんはどう出るのかしら?)

 

 接近を拒否すれば遠くから高火力で殴られ、距離を近づけたら機動力で押し込まれる。ここまで不利ならポケモン交換も視野に入るけど、ギャロップの射程と機動力が高すぎて交換にすらもリスクが伴う。かといって、判断に迷ってしまえばギャロップによってどんどん押し込まれていく。

 

 素早く、そして正確な判断が求められるこの瞬間。ここでの一手はとても重要だ。だからこそ、クララさんの方にじっと視線を向ける。

 

「マタドガスゥ!!『ヘドロばくだん』!!」

(『ヘドロばくだん』……?)

 

 そんな不利状況のクララさんが指示したのはヘドロばくだん。サイコカッターを止めるにしてはタイプが悪く、そもそも今の機動力の高いギャロップには簡単に接近を許してしまう行動。攻めとしては正直何かが足りず、これをするくらいなら、リスクを取ったとしても素直にポケモンを交代した方がよかったのでは?と思ってしまう程。そんなわたしの予想通り、このヘドロばくだんを簡単に避けたギャロップは、ヘドロばくだんとすれ違うようにマタドガスの方へ走っていく。

 

「そのまま『サイコカッター』で直接切り付けてやって下さい!!」

 

 紙一重ですれ違ったギャロップはマタドガスの下へと走り出し、自慢の角を虹色に輝かせる。この攻撃が叩き込まれれば、さすがのマタドガスもダウンするだろう。セイボリーさんもそのつもりでいるからこその零距離攻撃。こうそくいどうで上げた自慢の足によって、見る見るうちに距離を詰めたギャロップは、すぐさまマタドガスの懐に潜り込んで自慢の角を振り上げ……

 

「マタドガス!!『ヘドロばくだん』!!」

「ルオッ!?」

「なっ!?」

 

 何故かギャロップの攻撃よりもマタドガスの攻撃が速く発動した。

 

「なぜ!?『こうそくいどう』したギャロップが間に合わない……!?」

「いつから『こうそくいどう』してたと錯覚してたのかなァ?」

「それはどういう……」

「ルゥ!?」

「ギャロップ!?」

 

 ギャロップが受けてしまったヘドロばくだん。その事実に驚いているうちに、攻撃を受けて少し下がったギャロップの頭から紫色の泡が出る。

 

「どく状態まで!?く、『ヘドロばくだん』による追加効果が……」

「果たしてそうかなァ?」

「ル……ウゥ……」

「この苦しみ方は……もうどく!?なぜ!?」

 

 次から次に起こる不可解な現象。こうそくいどうで上げたはずの機動力はいつの間にか失われており、そしてヘドロばくだんの追加効果ではなるはずのないもうどく状態になってしまっている。この現象のおかしさは観客にも伝染しており、未だに原理を理解できない人は何かズルをしたのではないかと疑ったりもしている。正直わたしも今ようやくわかったところで、そういう気持ちを抱いてしまうのも理解できてしまった。事実、隣のジュンはまだ正解に辿り着いていない。

 

「おい……今何があったんだ?」

「どうやら、『ヘドロばくだん』と『どくどく』を外した時点で準備完了してたみたいね」

「そんな初めからか!?」

「じゃないと、今『かえんほうしゃ』によって浮かんでいる霧の説明が出来ないじゃない」

「霧……蒸発か!!」

 

 地面に飛び散ったヘドロばくだんとどくどくの液がかえんほうしゃの熱で蒸発。毒霧が発生し、その中を走ってきたことによってギャロップの身体に少しずつどくが蓄積されて行ったからこそ、ギャロップがもうどくを発症してしまったというわけだ。

 

「そっちは理解できた。……じゃあ、『こうそくいどう』の無効化はどうなったんだ?」

 

 どくの原理は以上。となれば、次に気になるのはギャロップの足が遅くなった理由だ。最も、正確には『遅くなった』という表現はちょっと違うのだけど……。

 

「それもこの霧が関係はしているわよ」

「そうなのか?でもどくって別に素早さを落とす効果は……」

「どくにはなくても、霧の方にはあるでしょ?正確には、『素早さを落とす』ではなく、『変化したステータスを元に戻す』だし、『霧』じゃなくて『煙』……だけど」

「元に戻す……『クリアスモッグ』か!!」

 

 相手に少量のダメージを与えながら、能力変化のすべてをリセットするこの技は、毒の霧に混じって打ち出すことによってギャロップが気づかない間に命中し、少量のダメージ故被弾したことにも気づかずに効果が発動。ギャロップとセイボリーさんはこうそくいどうによるバフが消えているのに、消えていない想定で動いてしまったからこそ、想定よりも遅くなってしまい『遅くなった』と勘違い。その隙をついたクララさんが、ヘドロばくだんを叩き込んだ。という流れだ。

 

 最初から行われていた仕込みと、ここまでの動きすべてが作戦。本当に強かで、どくタイプらしい狡猾さを体現したかのような立ち回りだ。下手をすればフリアよりも、作戦という観点なら巧いかもしれない。

 

「このまま『ヘドロばくだん』で押しちゃってェ!!」

「くっ、『サイコカッター』です!!」

 

 ここまで流れを取ってしまえばもう取り返せない。ヘドロばくだんに対してサイコカッターで応戦するけど、もうどくになってしまっている以上、相殺すらもギャロップにとっては重くのしかかる。時間のかかるバトルは当然クララさんに傾く形となり……

 

 

「ギャロップ、戦闘不能!!」

 

 

「っしィ!!」

「……戻ってください。お疲れ様でした」

 

 そのまま毒が回りきってしまったギャロップがダウン。クララさんが先制する形となった。

 

「これでようやく差が出たな……クララさんが先制するか……」

「けど、まだそんな開いているわけではないわね。簡単にひっくり返るわよ」

 

「行きなさい!!オーベム!!」

「ベム……」

 

 今後について話しているときに繰り出されるセイボリーさんの3人目。宙に浮いた埴輪のような見た目をした、ポケモンの中でもさらに不思議なことが多いポケモンが現れる。

 

 とくこうが高く、特殊技の種類も豊富なオーベムでマタドガスをさっさと倒してしまおうという考えだろう。実際、マタドガスはそんなに特防は高くない。追い付くという観点なら、確かに有利とは言える。

 

「『サイコキネシス』!!」

「『ヘドロばくだん』!!」

 

 ギャロップの時と同じように、わざと技のぶつかり合い。けど今回はあの時よりも明らかに速くヘドロばくだんがかき消される。それだけオーベムの攻撃が強いという事だろう。

 

「ちょォッ!?火力違いすぎないィ!?……けど、粘るぞォ!!『かえんほうしゃ』!!」

 

 その差はクララさんにとっても予想外らしく、ギャロップとの違いに面を喰らう。けど、動揺は最小限にし、すぐに行動。時間がかかり、薄くなってきた毒の霧を再び強くするためにかえんほうしゃを撒くマタドガス。同時に、徐々に濃くなっていく紫の霧は少しずつオーベムに迫っていく。このままではギャロップのにのまいになってしまうだろう。

 

(さぁ、どうするの?)

 

 セイボリーさんに視線を移すと、深呼吸をしている姿が目に入る。何かを仕掛けるという事だろう。その予想通り、程なくしてセイボリーさんから指示が飛ぶ。

 

「行きますよオーベム。『いわなだれ』です!!」

「へェ!?」

 

 セイボリーさんが意を決して選んだ技はまさかのいわなだれ。特殊が得意なオーベムだけど、物理方面に関しては、お世辞にも良い能力とは言えない。……いえ、本来は特殊だけで戦うポケモンだから、あまり物理が得意である必要はむしろないのだけど……どちらにせよ、オーベムで物理技を使う人はほとんどいない。そんなオーベムがいきなり繰り出すいわなだれに、クララさんは思わず面を喰らったような顔をするが、その技の使い道はすぐに理解できた。なぜなら、その岩たちはマタドガスめがけてではなく、自身の前に壁として積み上げていったため。

 

 その様は、フリアがヨノワールでよくやる戦法と一緒で、何なら先ほどのマクワさんとの闘いでも、このいわなだれで相手の攻撃を妨害していたほどだ。最も、控室からはバトルコートの内の様子はわからないので、本人たちは知ることはないだろうけど。

 

「なんか……フリアみたいな使い方するよな」

「ふふ、目標にしてるだけあって、こういうところはマネしたくなるのかしらね?」

 

 とてもなじみ深い戦い方にわたしたちは思わず声が漏れてしまう。そしてセイボリーさんがフリアに似た戦法を取っているのは、フリアとともに旅をしてきた経験のあるクララさんにも当然理解されている。

 

「フリアっちみたいな戦法とっちゃってェ~、本当に大好きだなァ?」

「ええ、目標にしている相手の戦い方は研究するものです。あなたも、マリィさんの戦法は熟知しているのでしょう?」

「モチのロン!!」

 

 お互い口元を緩めながら、お互いにとって心に刻まれているトレーナーについて言葉を交わす。

 

(これは後でフリアとマリィがアーカイブ見たらさぞ照れるのでしょうね~……しっかり弄ってあげましょっか!)

 

 今日の戦いの後の楽しみが1つ増えたところで、セイボリーさんは更に岩を落とし始めていく。オーベムの周りに積み上げられていく岩はまるで城壁のようになっており、攻撃の低さ故に強固とは言わないまでも、少なくともマタドガスの火力では突破するのはかなり時間がかかると思われる。

 

「オーベム!!『メテオビーム』です!!」

 

 そんな城壁を作ったオーベムが行うのは、先の戦いでもマクワさんが行っていた、チャージしながら自身のとくこうを上げるメテオビーム。壁で自身を守っている間に大技を準備するという魂胆だ。先ほども言った通り、マタドガスだとこの壁を突破するのは時間がかかる。だから安心してチャージすることが出来るだろう。

 

(あくまで、クララさんが()()()()()()()()()の話だけどね)

 

 とはいえ、あくまでも壁は壁だ。天井があるわけじゃない。だから上からの攻撃を防ぐことはできないし、だからこそフリアが岩のかべを作るのは相手の攻撃が放たれてからだ。たとえ技前に打ったとしても、上から来ても対処できる何かを準備している。だから今回のように、攻撃される前に作るのはあまりしない。

 

「そんな壁じゃうちの攻撃は止まんないぞォ!!マタドガス!!上から『ヘドロばくだん』!!」

 

 クララさんもそのことは理解しているため、すぐさま上空に向かってヘドロばくだんを打ち上げる。ある程度の高さまで打ち上げられた爆弾は、途中で方向転換し、上から下へ自由落下。そのままオーベムが隠れているであろう壁の裏に降り注いでいく。

 

 クララさんの視点からではわからないだろうけど、俯瞰して見える観客席から見ても、しっかりとオーベムに降り注ぐその攻撃は、メテオビームのチャージ中の彼には避けられない。

 

「さすがに壁を作るのが速すぎたんじゃないィ?」

「……」

 

 ヘドロばくだんの雨にさらされるオーベムの姿は、次第に攻撃によって巻き上げられた土煙で隠れていく。この土煙が消えたころには傷だらけのオーベムが見られることになるだろう。

 

 けど、土煙が晴れていくよりも先に、セイボリーさんの指示が走る。

 

「オーベム、発射!!」

 

 この指示を聞いて、クララさんを含めたほとんどの人が、ヘドロばくだんを耐えたオーベムが無理やり攻撃してきたように聞こえただろう。しかし、そんな予想を裏切る形でオーベムからの攻撃が飛んできた。

 

 具体的に言えば、マタドガスの()()()()

 

「へ……?」

 

 視線を上に向けてみれば、その先には両手を前に突き出したオーベムがいた。

 

「上からァ!?いつの間にィ!?」

 

 メテオビームが直撃したマタドガスは当然撃沈。

 

 

「マタドガス、戦闘不能!!」

 

 

「くゥ……ありがとう、マタドガスゥ……」

 

 マタドガスのダウンを見届けたクララさんは、悔しそうに声を漏らしながらボールに戻していく。その姿を見ながらわたしとジュンは言葉を交わす。

 

「『テレポート』か……あれって技をためながらできるんだな……」

「セイボリーさんがエスパーに造詣が深いからだと思うけどね。普通はできないわよ。負荷が大きすぎるもの」

 

 メテオビームをためながら上空にテレポートして、そこから気づかれないようにチャージして攻撃。やっていることは単純だけど、やれと言われて簡単にできるものじゃない。そこはエスパータイプのエキスパートである彼ならではの戦略だ。いわなだれの壁も、この戦略を通しやすくするためのデコイだと考えれば、なるほどと凄く納得する。

 

「フリアの真似だけじゃなくて、ちゃんと自分らしいものに落とし込んでいるのは凄い所よね」

「だな。……さて、あっという間に追いついちまったな」

「むしろとくこうを上げられている分逆転しているかもね」

 

 一進一退の攻防。

 

 第2試合はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かがくへんかガス

特性を無効化する空間を作り出す強特性……なんですけど、肝心の消したい特性が消せなかったりするちょっと残念な特性。特に、ミミッキュの特性を消せなかったことに落胆した方も多いのでは?

テレポート

セイボリーさんが実機でも得意(?)にしている技。ウルガモスとの戦闘でも役立っていましたが、今回は瞬○移○か○は○波みたいな使い方になっていますね。




ピクミンが楽しい今日この頃。1~4まで全部switchでできるのがありがたすぎる……






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208話

 空中をテレポートしながら飛び回るオーベムは、倒れたマタドガスを確認しながら悠々とセイボリーさんの近くに帰ってくる。その姿からは余裕が感じられ、この先も圧倒してやろうという意志を滾らせている。

 

「『テレポート』……あれ普通にやばい技だよな」

「野生のポケモンが使う分にはただ逃げられるだけの技だけど……トレーナーが手足となって指示を出した瞬間、いつでも奇襲できる最強の移動技になるものね」

 

 もちろん1回テレポートするだけで消費される力はかなりのものだ。それだけテレポートという技は繊細で難しい。けどセイボリーさんはそういった技を得意とする家系の産まれだ。幼い頃からこの手の特訓は受けているだろうし、そもそも産まれがらにしてこの方面に高い適性を持っているはずだ。まぁ、本人が軽く話してくれた過去的に、あまり掘り返されたくは無い事柄ではあるみたいだけどね。

 

(あれで落ちこぼれって、見る目ないわね~……ポケモンの『テレポート』を自身のサイコパワーを使ってサポートしてあげるなんて、できる人なんかそうそういないのに)

 

 確かに、目で見える範囲の超能力は微弱なサイコキネシスしかないけど、ポケモンのサポートという点ならかなりいい線いっていると思う。それを落ちこぼれというのは、やっぱり明確に目で確認できないと評価されないということだろうか。残念ながら、わたしはその辺の事情に明るくは無いから、よくわからないのだけど。

 

(……っと。いけない、少し脱線しちゃった……ちゃんと見なきゃね)

 

 バトルに関係ない思考を振り払って前を見ると、テレポートであちこち現れるオーベムを見ながらクララさんが3人目のポケモンを繰り出すところだった。

 

「ドラピオン!!行っちゃってェ!!」

 

 クララさんの3人目のポケモンはドラピオン。あくタイプとどくタイプを併せ持つ彼は、正しくエスパータイプに対する最強のカードのひとつになるだろう。ここが重要どころとわかっているセイボリーさんも、一瞬だけ表情が固くなる。

 

「ドラピオン……勝負をかけてきたな」

「ええ。タイミングとしては悪くはないわよね。オーベムの技構成がわかった以上、現状ドラピオンに使える技はあまりないし」

「『サイコキネシス』は無効にされるし、『メテオビーム』はチャージがいる。『テレポート』は攻撃技じゃないし、オーベムの『いわなだれ』じゃあドラピオンは痛くも痒くもなさそうだもんな」

 

 ジュンがあげていくオーベムの技構成を聞いて、やはりドラピオンに対しては有効打がないようにも見える。セイボリーさんもそれを理解しているためか、今回は素直に交換しようとボールを構えていた。メテオビームで上がったとくこうは少しもったいないけど、賢明な判断だろう。

 

「オーベム。ここは一旦引いておきましょう。戻って━━」

「ドラピオン~。この間に『どくびし』、撒いちゃおォ?」

「……やはりそう来ますよね」

 

 セイボリーさんがポケモンを交代する合間に飛んできたクララさんの指示はどくびし。同時にドラピオンの身体から撒かれる毒の針は、踏もうものなら問答無用で毒になる、どくタイプの場づくりの有名な技。まきびしやステルスロックと同じく、交代してきたポケモンに効果を及ぼす技の1つだ。

 

「交代の隙間を縫って『どくびし』……けど、わかってもこれ止められないよな」

「今のオーベムの技でドラピオンと戦う選択をできるのは、未来視を持っているか、バカのどっちかしかいないわよ。わたしでもそうする。でも、だからこそクララさんはこのタイミングでドラピオンを出した。本当によくわかってるわね」

 

 地面に怪しい紫のトゲが散らばる中、セイボリーさんも交代先のポケモンを繰り出す。

 

「頼みます、ココロモリ!!」

 

 セイボリーさんの次のポケモンはココロモリ。エスパー、ひこうタイプである彼なら、ひとまずどくびしを受けることは無い。けど、結局後続は受けることになるから、ひとまずはこの子でできる限り、毒になったとしても大丈夫な場を作りたいと言ったところからの選出か。あとは、マタドガスの残した毒霧の対処も兼ねてだろう。

 

 オーベムのメテオビームによる爆風でかなり弱まっているとはいえ、まだほんのり残っている。これだけ薄まっているのなら気にしなくてもいいような気がするけど、一応の安全策を撮りたいということだろう。

 

「ココロモリ!!『エアスラッシュ』です!!」

 

 その予想通り、まずは風の刃で残っていた毒霧を全部吹き飛ばす。これでもうマタドガスの残したものは無くなったから安心して戦うことが出来るだろう。けど、この毒霧を消すという手段に一手使っているということは、この隙にクララさんも何かを仕掛けることが出来てしまう。

 

「ドラピオン~もう1回『どくびし』っちゃおうゥ~」

 

 クララさんが選ぶ技はまたどくびし。これによって、どくびしの効果がもうどくびしにパワーアップしてしまう。こうなるとセイボリーさんはますます耐久力を落とされることとなってしまう。いや、クララさんは多分ここまで考えてドラピオンを選んでいる可能性すら怪しんでしまう。

 

(出来れば戦いたくない相手ね……)

 

 現在進行形でドラピオンから放たれた毒の針たちは、ゆっくりと辺りにちらばろうと落下を始める。

 

 このどくびしが地面に着くと同時に、またバトルが繰り広げられるだろう。そう予想したわたしは、視線をココロモリに向けようとしたところで、視界に端に映った()()()()()()()()()()()()()()に気づく。

 

「申し訳ないですが、その『どくびし』は却下です」

「ドラッ!?」

「ドラピオン!?」

 

 それは本来は毒霧を消すために放たれたもので、役目を終えたその攻撃はそのまま直進してスタジアムに壁にぶつかるはずだった。しかし、ココロモリのサイコキネシスによって軌道を変えられ、毒霧を消したエアスラッシュは、今度は空中にとんでいるどくびしを回収して、そのどくびしと一緒にドラピオンの方に飛んでいく。

 

「既に撒かれた『どくびし』は地面に刺さっているため、ココロモリでは吹きとばせません。ですが、まだ空中にあるものなら、お返しは間に合いますよね?」

「グゥ……」

 

 エアスラッシュとともにドラピオンに突き刺さる毒のとげ。ドラピオンはどくタイプを持っているため、どく状態にこそならないものの、まきびし部分のとげは普通に刺さる。いくら甲殻に身体が覆われているドラピオンと言えども、大量のまきびしを一気にぶつけられれば、甲殻や節の間と言ったドラピオンの脆い部分に刺さるものもいくつか現れる。大きなダメージになることはないけど、それでも少なくない痛みは走っているはずだ。

 

「このまま畳みかけます!!さらに『エアスラッシュ』を!!」

 

 地味な痛みにたじたじの様子を見せるドラピオンに向かってさらに放たれる風の刃。次々と突き刺さるその攻撃は、地味な痛みで怯んでいるドラピオンを更に怯ませていく。

 

「ド……ラ……ッ!?」

「ウググ~……ドラピオン!!『つじぎり』ィ!!」

 

 飛んでくる風の刃にしびれを切らして、両腕のハサミを黒く染めながら振り回す。やたら目ったら振り回されるハサミは、なんとかエアスラッシュとどくびしの嵐を弾いて行くけど、相変わらずココロモリは安全地帯である空中から悠々と攻撃してくる。あくタイプがあるから、得意のエスパータイプで殴ることはできないけど、それを補って余りある位置的有利を手にしている。やはり空を飛んでいるポケモンはこういうところが強い。

 

「フハハハ!!その悪あがき、いつまで続けられますかね?もっと『エアスラッシュ』です!!」

「コロ~ッ!!」

 

 圧倒的優位。

 

 マタドガスに散々苦しめられていたあの立場から一転、自分が押している状態だと理解したセイボリーさんは高らかに声を上げながら攻撃を指示する。一見調子に乗ってどんどん攻撃をしているように見えるけど、その実ドラピオンが頑張って弾いたどくびしを再びドラピオンに返すかのように技を放っているせいで、せっかく痛みから逃げたはずのドラピオンに再び小さなダメージを積み重ねていく。本来なら緻密な技の操作が求められるけど、そこはセイボリーさんが自身のサイコキネシスを送ることによってサポートをし、一方的な状況を作り上げている状態だ。

 

 あんな高笑いを上げながらも、やるべきことはちゃんとしているし、その技術はかなり素晴らしい。高笑いをしても許されるレベルだ。

 

(……まぁ、細かすぎて普通の人はなかなか気づきにくい所だから、変なところに敵は作っていそうだけど)

 

 現に、上空から風の刃を乱射し、針と一緒にどんどん攻撃しながら高らかに笑う様は、悪役が暴れているようにしか見えない。セイボリーさんの胡散臭さも相まって、どんどんヒールみが増していく。

 

『クララ姐さん!!負けないでくだせぇ!!』

『勝ってお嬢とワン・ツーフィニッシュを見せてくだせぇ!!』

『あんな胡散臭いやつ、あの時の姐さんの勢いでつぶしちゃいやしょう!!』

『空飛んで逃げるなんてなんてやつだ!!』

『逃げるな卑怯者ォ!!』

 

 その証拠というわけじゃないけど、ふと横に視線を向ければ、顔に独特のペイントを施し、クララさんの姿がプリントされたハンドタオルを掲げたり、振り回したりしながら、少し過激な言葉で応援をする軍団がいた。恐らくクララさんのファンと思われる集団だろう。他の地方と違って、ジムチャレンジの頃から観戦ができるこの地方ではこの時点から根強いファンを獲得する人も多いって聞いたけど……実際にこうして目の当たりにするとその熱気がよくわかる。もしかしたら、わたしが気づかなかっただけでフリアにもこのようなファンがいたのかもしれない。

 

「……なんだか急にアウェー感出てきましたね……ですが気にせず攻め立てるのです!!」

「コロッ!!」

 

 さすがにここまで観客の声が大きければセイボリーさんの耳にも入って来るけど、そんなことで集中力は欠かさずにどんどん攻撃していく。大きなダメージが入るわけではないけど、小さいダメージをどんどん積み重ねられていくドラピオンは、かなり動きづらそうで、とても苦しそうな表情を浮かべていた。

 

 けどここで、クララさんからの予想外の指示が飛び出す。

 

「ええいチクチクうっとおしいィ!!ドラピオン!!こうなったらあのどくばりを無茶苦茶に利用するぞォ!!針で『つぼをつく』ゥ!!」

「ドラッ!!」

「は?」

 

 指示が飛ぶや否や、今まででつじぎりを振り回していたドラピオンの手がピタリと止まり、身体を広げてどくびしの針を受け入れ始める。当然そんなことをすれば、エアスラッシュとどくびしの雨が全てドラピオンに降り注ぎ、次々と攻撃が刺さっていく。しかし……

 

「な、なぁ……エアスラッシュはともかく、『どくびし』の針がドラピオンに当たるたびに、ドラピオンの身体が赤く光ってないか?」

「……いくら何でも奇想天外すぎるでしょ」

 

 身体を赤く光らせる度にどんどんやばい雰囲気を醸し出していくドラピオン。それは、沢山の攻撃を受けてボロボロの身体になっているはずなのに、全く手負いの状態というのを思わせないほどの覇気をみなぎらせている。

 

 つぼをつく。

 

 自身の身体にあるツボを刺激することによって、能力を活性化させる変化技。その際、自身の能力がランダムで1つぐーんと成長する。何が成長するかを狙うことはできず、本当に何が上がるのかわからない一種のギャンブルなんだけど……

 

「今、何が上がったのかしらね……いえ、全部合わせてどれくらい上がったのかしらね」

「正直今のドラピオンには勝てる自信ないぞ……」

 

 あれだけ何回も発動していれば、正直どこが上がろうと関係ない、下手したら全ステータスがとんでもないことになっている可能性がある。ここまでくれば、一種の戦略兵器と言っても差し支えない可能性がある。

 

「やっちゃえドラピオン!!今までやられた分すべてをお返しだァ!!『つじぎり』ィ!!」

「ドラァ……ッ!!」

 

 指示を受けた瞬間飛び出すドラピオン。けど、ドラピオンが飛び出したとわかった時にはもうすでにドラピオンの攻撃は終えた後で……

 

「コ……ロ……」

「……はえ?」

 

 気づけばセイボリーさんの真横に、目を回したココロモリが落ちてきていた。どうやらドラピオンが、極限にまで上げられた攻撃と素早さに物を言わせて、ココロモリのいる位置まで大ジャンプ。そこから弱点を突く鋭いつじぎりによって、一撃で落とされてしまったらしい。らしいというのは、速すぎて誰も目にで追えていないから。

 

 

「コ……ココロモリ、戦闘不能!!」

 

 

 そのあまりにも圧倒的な姿に、審判の人も思わず宣言が遅れてしまう。それほどまでに強力かつ素早い一撃だった。ただ、その分代償も大きかったらしく、攻撃を終えたドラピオンは、クララさんの横で膝をついた。

 

「ドラピオン……平気ィ? 」

「ド、ドラ……」

「ごめんねェ……ついカっとなっちゃったァ……」

 

 あれだけの攻撃の前に身体を無防備でさらし、さらに傷ついた状態で普段の何倍もの力を無理やり引き出せば、身体に帰って来る反動はすさまじいものになる。その結果、戦闘不能とまではいかないにしろ、今のドラピオンはかなり衰弱しているように見える。

 

「うゥ……ここまで強化されたドラピオン、もっと戦わせたいけど……流石にダメよねェ……休んでくれる?」

「ドラ……」

 

 クララさんの少し申し訳なさそうな声と共にボールに戻っていくドラピオン。とんでもない作戦をしたかと思えば、こういうところの引き際はちゃんとわかっているらしい。

 

「なんか、すげぇもん見たな……」

「ほんとね……でも、とにかくこれでまたクララさんが有利になったわよ」

 

 セイボリーさんが3人。クララさんが2人失っている状況。有利状況から一転して、一気に差をひっくり返されたセイボリーさんは、さすがに動揺が顔に映る。確かに、あの状況からあんなことをされたらわたしだって面を喰らうかもしれない。

 

 けど、今はトーナメント。どれだけ心を乱されたって、誰も待ってはくれない。

 

 今のドラピオンに関しては完全な自己だ。そう割り切って次に行くしかないのだけど……

 

(さて、セイボリーさんはうまく切り替えられるのかしら?)

 

 流れは間違いなくクララさんが握った。これを取り返すには、かなりの集中力が必要になる。そんなときに、今みたいに動揺したままだと間違いなくクララさんに飲み込まれる。そこが気になったわたしは、未だにフリーズしているセイボリーさんへと視線を向けた。

 

「……本当に、何てでたらめな……」

「言っとくけど、うちだって想定外だからねェ?」

「……わかってますよ」

 

 分かっている。けど納得はいっていない。そんな表情を浮かべるセイボリーさんは、ゆっくりと手を次のボールにかけていく。

 

「だから、絶対に仕返しします!!フーディン!!」

 

 その理不尽をばねにして、目に闘志を宿らせるセイボリーさんが5人目であるフーディンを繰り出す。どうやら、動揺に関してはもう大丈夫そうだ。

 

「さっきのはごめんだけど、それはさせねーぞォ!!この勢いのままうちが勝つ!!行っちゃって!エンニュートォ!!」

 

 セイボリーさんが不利の中で行われる3回目の同時呼び出し。現れたのはフーディンとエンニュート。どちらも素早さととくこうが高く、その代わりに耐久に難があるポケモンだ。決着が着く時は一瞬だろう。

 

「フーディン!!『サイコキネシス』です!!」

「エンニュート!!『こうそくいどう』!!」

 

 準備が出来たと同時に、お互いが技を発動。セイボリーさんが得意技で仕掛け、その攻撃をエンニュートが素早さを強化して走り出し、攻撃を避けていく。

 

「『ヘドロばくだん』!!」

 

 攻撃を避けたエンニュートはすかさず反撃。速くなった足を生かし、フーディンの周りを走り回って、相手の視界を翻弄しながら毒の塊を叩き付けようとする。

 

「『テレポート』!!」

 

 対するセイボリーさんはこれをテレポートで回避。姿を消したフーディンは、エンニュートから離れたところで再び攻撃を構える。が、ここに来てフーディンの頭に毒の泡が出てくる。

 

「そう言えば『どくびし』がありましたね……」

「気をつけてねセイボリちん。時間はうちの味方なんだからァ!!エンニュート!!『こうそくいどう』!!」

 

 フーディンが毒になったのを確認して、すぐさまこうそくいどう。おそらく、相手の攻撃を避けることに集中して、そのまま毒で削る作戦だろう。たとえ相手が特攻をしかけてきたとしても、素早さをここまで上げていけば回避も難しくない。なんなら、スピードバトルにおいては、相手に先に技を振らせて、そこにさし返すように技を繰り出した方が圧倒的に有利な展開を作れる。そうなってしまえば、毒で削れるよりも早くエンニュート自身の技で決めることも可能だ。

 

 早く攻めなければ毒で倒れ、しかし焦ればエンニュートのカウンターを貰う磐石の構え。先行しておりかつ相手を毒にしているからこその展開を存分に活かしているクララさんに対して、セイボリーさんがどのような作戦に出るのか。

 

(どう足掻いても攻めに出るしかなく、しかも速攻で決めないとイーブンにすらならない。まずはこのエンニュートに対して、どう切り込むのかしらね?)

 

「この技、一応入れておいて正解でしたよ……フーディン!!『トリックルーム』!!」

「はェ!?」

 

「『トリックルーム』!?」

「……まさかの技ね」

 

 期待を込めてセイボリーさんを見ていると、放たれた指示はまさかのトリックルーム。不思議な空間を作り出すこの技は、空間内の素早さを逆転させる効果がある。速いものは遅く、遅いものは速くなるここでは、先ほどこうそくいどうで素早さを上げまくったエンニュートの素早さは逆転。今は全く動かない身体に目を白黒させていた。

 

「なんでフーディンにそんな技入れてるのかなァ!?」

「あなた対策ですよ。いろいろ考えた結果、こうするのが一番効果的でしたので」

「確かにうちに刺さってるけどォ……でも、身体が重いのはそっちもでしょォ?エンニュート!!『ヘドロばくだん』!!」

 

 しかし、クララさんの言う通り、それは同じくスピードアタッカーであるフーディンも同じだ。

 

「確かに、エンニュートの動きを止められはしたけど、これだと足の速いフーディンも動けないぞ?」

「……なるほど、それなら確かにフーディンには関係ないわね」

「え?」

 

 ジュンもそのことに対して疑問をあげるけど、わたしはその先の意図に気づいた。そんなわたしにジュンが声をかけるけど、わたしの言葉よりも先にセイボリーさんが動く。

 

「『テレポート』!!そして『サイコキネシス』です!!」

「フ……ッ!」

「エンッ!?」

「そういうことォ!?」

 

 飛んでくるヘドロばくだんをテレポートで避け、死角からサイコキネシスで攻撃するフーディン。この行動を見て、ジュンもようやく理解を示す。

 

「そっか、移動を全部『テレポート』に任せれば、そもそも素早さなんていらないのか」

「相手が遅ければ自分の足で、相手が速ければこの技の組み合わせで、常に相手の速さの上から攻撃を叩きつける。本当に理にかなった戦法ね。この作戦に囚われたエンニュートに、もう逃げ場はないわ」

 

 そこから始まるのはフーディンによる一方的な攻撃。エンニュートは動けず、次々飛んでくるサイコキネシスをもろに食らい続けてそのままダウンする。

 

 

「エンニュート、戦闘不能!!」

 

 

「倒し切っちゃったぞ……凄いな……」

「けど、この作戦の一番の要はここからよ」

「え?」

 

 エンニュートをボールに戻すクララさんを見ながら、わたしはこの戦法の一番の目的を見据える。

 

「……くゥ、ごめんドラピオン!!また頑張ってェ!!」

「ド……ドラ……ッ!!」

 

 クララさんから繰り出されるのは、身体を気遣って戻されたばかりのドラピオン。その姿を見て、ジュンが疑問を口にする。

 

「なんでドラピオンなんだ?まだ回復しきってないだろうし、ここで出すならそれこそ戦いっぱなしの方がよかったんじゃあ……」

「クララさんのドラピオン以外の手持ちは切り札とペンドラーでしょ?けど切り札はできる限り温存しておきたい」

「ならペンドラーを出せば……って、そういう事か!!」

 

 ここに来てようやく気付いたジュン。

 

「そう。クララさんがペンドラーを出さなかった理由は、彼の特性に答えがあるわ」

 

 クララさんのペンドラーの特性は『かそく』。フリアのメガヤンマと同じく、時間が経てば経つほど速くなるその特性は、本来とても強力だ。けど、その特性がこのトリックルーム下ではとんでもないことになる。

 

「速くなるはずの特性が、空間のせいでどんどん遅くなっていくのか……さしずめ『しっそく』だな」

「いやな特性ね……間違ってないけど」

 

 だからこそここではペンドラーは出せない。よって、手負いのドラピオンを引き出すことに成功したというわけだ。クララさんとしては。このトリックルームを少しでも消費させる時間稼ぎをしたいから。

 

「技ひとつでまたひっくり返ったな……もうセイボリーさんの方が有利だぞ」

 

 どんどんひっくり返る戦況に、ジュンの興奮が納まらない。

 

 そのテンションに、わたしも少し引っ張られる。

 

「本当に、目が離せないわね」

 

 それは久しぶりに、わたしもバトルをしてみたくなるほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




つぼをつく

あまりいい思い出のある技ではないでしょう。主にレイド関連で……なので、むしろここでは八茶けさせました。さしずめ針治療ですね(たぶん違う)

トリックルーム

素早さを逆転させるダブルバトルの花形。いつの時代も、この技は一定の需要がありますよね。私も好きです。

しっそく

もはやデメリット特性。ジャイロボール使いにはありがたい……?




フルバトルラッシュ。私の引き出しが持つかが心配です。まだ大丈夫ですけどね。






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209話

「ドラピオン!!『つじぎり』ィッ!!」

「ド……ラッ!!」

 

 傷つき、重い身体を何とか持ち上げたドラピオンは、歪んだ空間の中を頑張って動き出す。黒く光るドラピオンの爪は、耐久の低いフーディンには一撃で自身を倒してくる最凶の刃に見えるだろう。しかし、それは当たればの話だ。

 

「『テレポート』です」

 

 体力を一撃で刈り取るその攻撃は、やはりフーディンの瞬間移動で避けられる。そして瞬間移動で距離が離れるということは、遠距離技が主体のフーディンがのびのびと技を放てるというわけで。

 

「『マジカルシャイン』です!!」

「フッ!!」

「ッ!?『クロスポイズン』!!」

「ド、ラァッ!!」

 

 離れたフーディンから放たれる妖精の光。残り体力の少ないドラピオンを仕留め切ろうと放たれたそれを、ドラピオンは毒の爪で何とか弾く。けど、弾くだけではダメージは抑えられず、少しだけダメージを受けてしまう。

 

 時間は相変わらずクララさんの味方をしているはずなのに、エンニュートの時と比べて明らかにクララさんが苦しい表情を浮かべる回数が増えてきた。先程の避けるだけでいい状況とは違い、体力の少ないドラピオンでいなすというのが、フーディン相手だととてつもなく辛いのだろう。現に、フィールドではまたもやクララさんが一方的に攻撃を受け続ける展開が繰り広げられている。言ってしまえば、さっきのエンニュートの時のリプレイみたいなものだ。

 

「『トリックルーム』の切れ際……それが勝敗を左右するな……」

「できれば切れる直前で次のポケモンにつなげたいわね……」

 

 それでも必死に攻撃に耐えるドラピオンを見ながら、わたしとジュンは理想展開について語る。もしトリックルームの時間がまだ残っている状態だと、次のポケモンもこの被害にあってしまう。かといって、ドラピオンで耐えきってしまうと今度はトリックルームを再展開する時間を与えてしまう。そうならないようにするには、切れるギリギリのところでドラピオンが倒れ、トリックルームが切れる前に次のポケモンを出すしかない。そうすれば、トリックルームを再展開される前に戦うことが出来る。恐らくクララさんもそれを狙っているからこそ、ドラピオンへの指示はつじぎりによる防御行動のみにしている。ただ、それをセイボリーさんに悟られないように、ちゃんと攻める形は見せていた。そうでもしないと、一番最悪なのはここでセイボリーさんにこの作戦がばれ、トリックルームをセイボリーさんの意志で解除し、再び張り直されてしまう事だからだ。

 

 そのために、クララさんは必死に演じている。その心中は決して穏やかではないだろう。むしろ、ドラピオンに対する申し訳なさでいっぱいのはずだ。

 

(言ってしまえば、ドラピオンに負けるように指示をしているようなものだものね……けど、ドラピオンも、自分が倒れた方が勝てる未来があるとわかっているから、反論することなく指示に従っている。主人であるクララさんを信じて、主と一緒にしっかり演じてる)

 

 コンテストで演じることの多いわたしとしては、どうしても惹かれてしまうことがある。どちらかに傾いて応援するつもりは特になかったのだけど、こんな姿を見せられるとクララさんに少し寄ってしまいそうだ。心の中で少しだけクララさんへの応援を強くしていると、クララさんの意地と願いを聞き届けようと奮闘していたドラピオンが、とうとうその身体を地面に沈めてしまう。

 

 

「ドラピオン、戦闘不能!!」

 

 

 これで倒されたポケモンの数は、セイボリーさんが3人にクララさんが4人。気づけば残りポケモン数すら逆転している。そんな逆転のきっかけを作ったフーディンの強さに、観客のみんなは釘付けになっていく。一方でクララさんのサポーター陣は、先ほどまでよりもさらに声を張り上げ、ここからまた逆転をするための応援の言葉を投げかける。

 

「ありがとうドラピオン……ごめんねェ……あなたのために、絶対に逆転するからァ……だから、行くぞォ!!ペンドラー!!」

 

 そんな言葉に押されて、クララさんが懐から投げた次のポケモンはペンドラー。赤い甲殻に身を包んだ大きなむしポケモンで、その身体の大きさは実に2.5メートル。むしポケモンの中ではトップクラスの大きさを誇るそのポケモンは、しかしその身体に似つかわしくない素早さを誇る。先ほども述べた通り、特性『かそく』を持つ彼が流れを掴めば、その動きを止める者はいない。

 

 もっとも、その流れをつかめることが出来ればだが。

 

「『トリックルーム』はいつ切れるんだろうな……」

「さぁ?でも時間的にもうすぐのはずよ。そして、その切れた瞬間がこのバトルの注目ポイントよ」

 

 トリックルームの効果が切れた時、フーディンによって再び展開されるのか。はたまたペンドラーがトリックルームのない間にかそくを行って再展開を防ぐのか。このバトルの一番の分岐点を前に、見ているこちらも心臓が鳴りだしていく。

 

「ペンドラー!!『ミサイルばり』!!」

「ペン……ッ!!」

 

 トリックルームはまだ切れない。もう少しだけ時間が残っているようだ。けど、だからと言って何もしないわけにはいかないクララさんは、自身の素早さが関係ない技で攻撃していく。ペンドラーから放たれた沢山の針は、いろんな軌道を描いてフーディンの方へ飛んでいく。

 

「『テレポート』です」

「フッ」

 

 まるで追尾と言わんばかりに飛んでいく針だけど、テレポートによる瞬間移動ですべて避けられる。やはり遠距離攻撃だと見てから判断する余裕があるため、あのフーディンを捉えるには自身の速さで追いつく必要がある。そのことを改めて確認したクララさんは、その壁の高さにまた表情を苦しくする。

 

「『サイコキネシス』です!!」

 

 一方のセイボリーさんは至って冷静に指示を下す。調子に乗ってやられてしまった先ほどのココロモリの戦いを思い出して、少しだけ考えを改めているみたいだ。その結果が、ペンドラーの後ろに回り込んでのサイコキネシス。ペンドラーの死角からの攻撃に、このままでは大ダメージを貰う気配を感じてしまう。

 

「後ろに『メガホーン』!!」

 

 しかし、この攻撃に対してすぐさま振り向いたペンドラーが、技やフ-ディンを確認する前にクララさんを信じて真後ろにメガホーンを放つ。すると、後ろから飛んできていた虹の念動とぶつかり合って衝撃を散らす。

 

 ペンドラーにとって死角ならば、その死角はクララさんが補う。当り前だけどそれがトレーナーの役目だ。

 

「『ミサイルばり』ィ!!」

 

 攻撃を防いだペンドラーは、そこからさらに追撃を戦と技を放つ。本来ならここでまたメガホーンをしたいところだけど、残念ながら現在は特性のせいで素早さがどんどん落ちている状態なので、仕方なくミサイルばりを選択。しかし、この攻撃もまたテレポートによって距離を開けたフーディンが簡単に避けきる。

 

 全く進歩の無い対戦は、しかしこのままいけばいつかペンドラー側にミスが出来てダメージを負う可能性が出てくる展開になっている。フーディン側もテレポートの負荷は大きいものの、セイボリーさん自身も能力を使ってフーディンのサポートをしているためペンドラー側よりも負担は少なそうだ。そのかわり、こちらはこちらでどく状態になっているため、現在進行形で体力を奪われているからその点での消耗はあるけど……それを加味してもペンドラーの方が厳しそうだ。

 

 でも、それもここまで。

 

 何かが割れるような音とともに、現在張られているトリックルームが崩壊していき、歪んでいた空間が元に戻る。

 

「ペンドラー!!」

 

 同時に、反転していた素早さが元に戻った。それは、ここまでしっそくしていたペンダラーの足がかそくされた状態に戻るという事。

 

「『メガホーン』!!」

「ペンッ!!」

 

 戻った瞬間に攻撃を選択するクララさん。すると、まるで身体からおもりを外してすぐのような、軽やかな速度で走り出すペンドラー。その速さは、いままで瞬間移動以外でまともなダッシュを見ていなかったわたしたちにとって余計に速く見え、テレポートで遠くに離れていたはずのフーディンの下にも一瞬で辿り着く。

 

「かましちゃえェ!!」

 

 今まで窮屈な思いをした分のすべてをお返しするかのように、緑色に光らせた角を叩きつけるペンドラー。

 

「フーディン!!防御を!!」

「フッ!?」

 

 そのあまりにも速い攻撃に、テレポートが間に合わないと判断したセイボリーさんは手持ちのスプーンをクロスさせて守ることを指示。しかし、防御としてはあまりにも頼りないその壁は、ペンドラーの一撃を簡単に許して吹き飛ばされる。

 

「フーディン……平気ですか?」

「フ……ッ!?」

「……やはり、一撃の重さはとんでもないですね」

 

 一撃で倒されるなんてことはなかったものの、ペンドラーの重さと速さ。そしてフーディンの脆さが重なってかなりのダメージが入っている。どくのダメージも相まって、もうあと何か一つでも喰らえば戦闘不能になってしまうだろう。セイボリーさん的には、その前に少しでもペンドラーを削っておきたいし、出来るなら倒してしまいたい。

 

「フーディン!!上へ!!」

 

 そのためにも、もうこれ以上攻撃を受けたくないフーディンは空へ浮き、一方的に攻撃できる位置を取る。

 

「逃がすかァ!!『ミサイルばり』ィ!!」

 

 当然これを許したくないクララさんは遠距離攻撃で追撃。緑色の針の嵐が、宙に浮くフーディンを打ち落とさんと飛んでいく。

 

「『サイコキネシス』です!!」

 

 この攻撃を迎撃するべくサイコキネシスで応戦。しかし、先ほどよりも技の速度も上がっているこの攻撃をいなすには、技だけでは少し足りない。

 

「まだまだァ!!『いわなだれ』!!」

 

 そんな防御にいっぱいいっぱいなフーディンに、クララさんがさらに追撃を仕掛けるために岩を飛ばしていく。

 

「フ……ッ!?」

「くっ、さすがにこれは……」

 

 質量の重い岩の攻撃と、軽いけど威力とタイプで勝てない針の嵐。これらの攻撃をさばききるのはさすがのフーディンでも難しい。体力が少ないこともあって、若干力のぶれが出始めているフーディンの身体に、少しずつ技が掠り始めていく。

 

 そんなフーディンに、今のペンドラーの動きを気にする余裕はない。

 

「ペンドラー!!『いわなだれ』に乗ってけェ!!」

「ッ!?」

 

 その間にペンドラーは、フーディンに向かって飛んでいく岩の1つに、自身の素早さを生かして飛び乗る。飛び乗って足場的に問題なことを確認したら、また次の足場へ飛び乗りまた確認。これを繰り返していくペンドラーは、徐々に自分のいる位置を高くし、フーディンに向かって徐々に距離を詰めていく。

 

 とどめにメガホーンを叩き込んで、確実に仕留める気だ。

 

「叩き込むぞォ!!」

 

 岩と針の対処で動けないフーディンに着実に近づくペンドラー。このままいけばあと少しでフーディンの下に近づくだろう。そうすれば、ようやく一番の目標であるトリックルームの再展開を防ぐことが出来る。

 

 フーディンまでの距離は、あと5メートルもない。

 

「フーディン!!『サイコキネシス』です!!」

 

 いよいよやばいと判断したセイボリーさんが、ペンドラーを迎撃するために技を指示。フーディンはこれに応えるためにスポーンを構え、今までで一番の力をもってペンドラーを迎撃する。

 

「負けるなペンドラー!!『メガホーン!!』」

 

 これに対してペンドラーが行うのはさっきと同じくメガホーン。先ほどこの2つの技をぶつけた時はペンドラーが勝ったので、その時の経験から今回も勝てると踏んでの行動。また、もしこれで勝てなかったとしても、この後に跳んでいく岩と針は刺さることになるからそれはそれでいいという判断だ。やっぱり、クララさんはちゃんと後のことも考えて行動している。

 

 わたしの中での予想がまたクララさんの方に傾いた所でぶつかり合る両者の攻撃。どちらも相手を倒すために全力で放たれているその技は、しかしタイプ相性という大きな壁をどうしても超えることが出来なかったサイコキネシスが崩れていく。相手の技を突き抜けたペンドラーはそのままフーディンの下へと飛び込み、ついに攻撃のチャンスがやって来る。

 

「射程距離内に……入ったぞォ!!『メガホーン』!!」

「ペンッ!!」

 

 自身の角の範囲に入ったのを確認したペンドラーが、さらに力を込めてメガホーンを振りかぶる。これが当たれば当然フーディンは戦闘不能。その事実に、いやが応にも力が入るペンドラーは、フーディンをしっかりと見据えて技を振りぬく。

 

「フーディン!!『テレポート』!!」

 

 が、その攻撃が当たる寸前のところでフーディンの姿が掻き消える。

 

「エェ!?あのタイミングは間に合わないって思ってたのにィ!?」

 

 あれだけ緊迫し、且つ目まぐるしかった状況でテレポートなんてできるわけがない。事実、こんなことが出来るのなら、トリックルームが切れた瞬間の組み合の時もすればよかったはずだ。けど、あの時は出来ずに今回は出来たということは、おそらく原因はセイボリーさんの方にあるはずだ。

 

「念のためにワタクシの方で演算しておいてよかったですよ……ギリギリ間に合いました」

 

 そちらに視線を向けてみると、そんなセイボリーさんの声が聞こえてきた。わたし自身サイキッカーではないからその手の話には明るくないけど、どうやら能力を使う時は頭の中で演算を組み立てて行うらしい。その過程の計算式的なモノをあらかじめセイボリーさんが立てておいて、フーディンがそれを使わせてもらうことで、余裕をもって発動で来た……みたいなかんじでいいのだろうか。……理解できたような出来ないような。とにかく、凡人であるわたしたちにはセイボリーさんが何かしたという事だけ分かっていればいいみたいだ。今はそんなことよりも、『フーディンがペンドラーとの距離を離すことに成功した』という事実の方が問題だ。しかも、ただ距離を離したのではなく。ペンドラーが空中にいる状態で、地面に逃げたというのがとにかく大きい。これなら例えペンドラーの足が速くとも、空中から加速する方法は取りづらい。岩を足場にして飛べば、さっきみたいにまた速く動けるかもしれないけど、そうなると予備動作がわかりやすいし、されたらまた空中にテレポートすればいいだけ。

 

 これでもう一度トリックルームを発動する準備が出来てしまった。

 

「フーディン!!相手に絶望を!!『トリックルーム』です!!」

「ペンドラー!!」

 

 セイボリーさんから宣言される最悪の一手。それに対し、クララさんが声を上げて何とかしようとするけど、すでに組みあがってしまった空間ではもうどうしようもない。ここまで長く戦っていたペンドラーは、特性のおかげで素早さも極限まで上がっているので弊害も大きく受けてしまう。

 

「ペンッ!?」

 

 空中にいながらトリックルームの影響を受け、徐々に高度を落としていくペンドラー。そこには先ほどまで軽快に飛び回っていた元気の良さはなく、身体に再びおもりを乗せられ、不器用にもがく姿があった。

 

 ここまで遅くされたら、もう岩を足場としたアクロバットな動きもできない。空中で自由の聞かないペンドラーは、もはやフーディンにとって格好の的だ。

 

「フーディン!!トドメです!!『サイコキネシス』!!」

 

 そんなペンドラーに対して、フーディンが勝負を決める態勢に入る。こんな無防備なところに、フーディンからのタイプ一致弱点技を貰おうものなら戦闘不能は確実だ。クララさんのサポーター陣営も、そのこと理解しているからか悲鳴のような声が上がる。

 

「『メガホーン』!!」

「ペン……ッ!!」

 

 それでも決して諦めないクララさんは、緑色の角を振り回してサイコキネシスだけでもかき消すように技を振る。身体の自由が効かないながらも、それでも懸命に技を奮った結果、何とかサイコキネシスを1回防ぐことに成功する。けど、状況が好転した訳では無い。

 

「どうしよォ……どうしよォ……!?」

 

 独り言のようにオロオロするクララさん。表情にすら出そうなその姿は、本当にどうすればいいのか分からないと言った様相を呈しており、その戸惑いの声はわたしの下まで届いていく。

 

 たとえ今は凌げたとしても、ここからもう一度トリックルームを耐え切るだけのそ体力は無い。そうなればこのままペンドラーは倒され、3対1の構図となり、状況はいよいよ絶望的なものになる。かと言って明確な対処はおそらくこの場にいる誰にも分からない。

 

「……ッ!!」

 

 顔色をどんどん悪くさせていくクララさん。もう何もすることが思いつかない彼女に、セイボリーさんがいよいよとどめを放とうと、最後のサイコキネシスを構える。もうあと数秒もすれば、無防備なペンドラーにこの技が炸裂し、2人の差がさらに開くことになるだろう。

 

 けど、そんな状況でも、クララさんの目は死んでいない。

 

「こうなったら……一か八かァ!!ペンドラー!!地面に『メガホーン』!!」

「ッ!!ペンッ!!」

 

 クララさんの投げやりにも聞こえる叫び声のような指示に頷くペンドラーは、自身の角を更に濃く光らせ、クララさんの言う通り地面に向かって振り下ろしていく。

 

「何をしても無駄です!!フーディン!!とどめの『サイコキネシス』を!!」

 

 セイボリーさん視点ではもはや狂った行動としか見ることが出来ないその行動。そんなことをすればこちらの攻撃を防ぐことなんてできないから、セイボリーさんにとっては絶好の的だ。そこを突くフーディンの攻撃が飛んでいき、いよいよペンドラーに大ダメージが入ると思われた瞬間。

 

「やっちゃえェ!!」

「ペン……ッ!!」

「……は?」

 

 わたしたちの耳に、何かが割れるような音が響き渡る。

 

「なんだ……今の音……?」

 

 その不思議な音が気になったジュンが、辺りを見渡しながら声を漏らす。それにつられて一緒に周りを見ると、わたしはあることに気づいた。

 

「成程……そういう事……」

 

「そんな……ばかな……!?」

 

 わたしが気づくと同時に、音の正体に気づいたセイボリーさんが驚愕の声を上げる。

 

 わたしとセイボリーさんが気づいた音の正体。それは……

 

「『トリックルーム』が……()()()()!?」

 

 歪む空間の崩壊。素早さを反転する部屋が崩れる音だ。

 

「『トリックルーム』が壊れた!?どういうことだよ!?」

 

 言葉の意味を受け止めきれなかったジュンが、焦りながらわたしの方を見て聞いてくる。

 

「わたしだってよくわからないわよ。でも多分、『トリックルーム』はエスパータイプの技でしょ?だから、『こうかばつぐんを取れるむしタイプの技なら壊せるんじゃないか?』なんて思って攻撃したら、なんか壊れちゃったって感じじゃないかしら?」

「そんなバカなことあるのか!?」

「バカなことだけど、実際に起こってるじゃない!」

 

 正直わたしだって意味が分からない。わたしがセイボリーさんの位置にいるのなら、彼と同じく目が飛び出そうなほど驚いた表情を浮かべ、しばらく放心してしまうだろう。

 

 しかし、トリックルームが消えた今、この数瞬の停止は致命的となる。

 

「ペンドラーァ!!」

「はッ!?しま……ッ!?」

 

 トリックルームが壊れたということは、すばやさ関係が元に戻ったという事。となれば、ペンドラーを縛るものはもうない。

 

 着地した瞬間再び俊足を手に入れたペンドラーは、飛んでくるサイコキネシスをすんでのところで回避。そのままフーディンの下へと一瞬で駆け抜ける。

 

「ペンドラーァッ!!『メガホーン』!!」

「ペンッ!!」

「フ……ッ!?」

「フーディンッ!?」

 

 そしてそのままフーディンの横を通り抜けながら、すれ違いざまに緑の角を叩きつけるペンドラー。遂に叩き込まれた渾身の一撃は、防御の低いフーディンにとっては当然致命傷となり……

 

 

「フーディン、戦闘不能!!」

 

 

「ッしィ!!」

「……お疲れ様です、フーディン」

 

 ここまで場を制していたフーディンが、ついに戦闘不能となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




トリックルーム

トリックルームと言えば、やはりVSマーシュさんとのバトルで見せた『トリックルーム破り』ですよね。お話を書くにあたって、このくだりは外したくないなと思いました。なんせ、初めて見た時は本当に驚いたので……




アニポケ最新話で、オーベムがなかなか怖いことをしていましたね。やはりリアルファイトのエスパータイプはチートなんだなと改めて思いました。






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210話

「すげぇな……まさかあんな方法で打破するなんて……」

「奇想天外な行動はフリアで慣れているつもりだったのだけどね……」

 

 トリックルームを破壊して倒す。言葉にするのは簡単だけど、それを実行しようとは普通思わないし、思ったとしてもそれを実行するのも難しい。なぜなら、生半可な攻撃なら簡単に弾くからだ。じゃないと、フーディンに当たらなかったミサイルばりなんかがいちいちトリックルームを傷つけていたことになるし、そんなただの流れ弾で壊れたりしていたらたまったものでは無い。だからこそ、たとえこうかばつぐんの技だったとしてもある程度は平気で耐えるように設計されている。それだけこの歪んだ部屋というのは強度のある部屋のはずだった。

 

 けど蓋を開けてみれば、ペンドラーの一撃にて綺麗に粉砕と言う結果が残っている。

 

 果たしてその一撃が、あるのか分からないけどたまたま部屋の急所部分に当たったのか、それともペンドラーの力あってこそなのか、残念ながらその正体については一切分からないけど、今はとにかく、ペンドラーが起死回生の一手で状況をひっくりかえしたというのさえ分かればそれでいい。不正もズルもしていない以上、その結果だけが今のバトルに反映されるから。

 

「くッ……頼みます!!オーベム!!」

 

 まさかの行動でフーディンを失ったセイボリーさんの次の手は、1度下がったオーベムの繰り出し。クララさんと同じく、後ろにエースしかいない状況下であまり負担をかけさせたくないことと、オーベムのテレポートなら、ペンドラーに対してまだ動ける可能性が高いからという理由からの選出。また、オーベムの使うメテオビームとサイコキネシス、あとついでにいわなだれも、その全てがペンドラーに対してこうかばつぐんで殴ることの出来る技というのも大きい。

 

「オーベム!!『テレポート』です!!」

 

 その予想通り、早速動き始めたオーベムは瞬間移動で上空へ移動。そこから攻撃しようと技を構え……

 

「行かせねェぞォ!!『メガホーン』!!」

 

 その技が打たれるよりも速くペンドラーが懐に飛び込んで、緑の角を振り回す。1度でも距離を離してしまえば厄介になることはもう承知している。ならクララさん側がそれを止めない理由は無いし、むしろオーベムが使える技のほとんどは若干のため時間が必要になる技ばかりだ。となれば、距離を詰めるというのは相手に攻撃を当てるだけでなく、相手の技そのものをつぶす役割も担うことになる。

 

 攻撃は最大の防御。その言葉をまさしく体現するような行動だ。

 

「くっ……!!オーベム!!もっと距離を!!」

「べ……ム……ッ!?」

 

 そんな猛攻を受ける側であるオーベムは、それでもテレポートを連続することで何とか技の嵐を避けていく。しかしペンドラーの動きが速すぎて避けることがせいぜいで、その続きがどうしても続かない。テレポートで避けたとしても、瞬間移動して少ししたらもう目の前にペンドラーがいる状態になっているから攻撃を挟む隙がない。そんなことをすれば相手のメガホーンの方が先に当たってしまうから、結局またテレポートをせざるを得ない状態になってしまっている形だ。結果、戦況は永遠の鼬ごっこ状態になってしまっている。

 

「ペンドラー……凄い速さだな……テレポートで逃げきれてないぞ……」

「フリアのメガヤンマもそうだけど、乗りに乗ったら本当にこの特性はやばいわね……」

「ああ……でも、セイボリーさん側にも打つ手はまだあるよな?」

 

 そんなセイボリーさんが防戦一方な戦況を眺めながらジュンと会話をしていると、ジュンから疑問の言葉が浮かぶ。

 

「打つ手って?」

「『テレポート』の距離だよ」

 

 その言葉にわたしが聞き返すと、得意げにジュンが返してくる。

 

「攻撃にためが必要なら、そもそも瞬間移動する場所をうんと遠くにすればいいだろ?もしくはフーディンの時みたいに空中に行くとか!それならペンドラーも簡単に追っかけられないし、技を打つ時間も稼げるだろ?」

 

 帰ってきた言葉の内容は至極普通のこと。実際こう動けたらペンドラーは何もできることがないだろう。岩の足場を使った攻撃もミサイルばりも、どちらも既に晒した手札且つ、初見ですらフーディンにダメージを与えられなかった戦法だ。相手がオーベムとフーディンよりも機動力こそ下がっているものの、同じ手が何にもなしに通るようなことは無いだろう。となれば、ますますジュンの言うように行動すれば、セイボリーさんはまた流れをとりかえせるように見える。けど、わたしはそれを否定する。

 

「それに関しては不可能ね。多分だけど、セイボリーさんはその行動を『やらない』のではなく、『できない』のよ」

 

 その理由には心当たりがある。

 

「『できない』って、どういうことなんだ?」

「これはわたしの予測が入っているから、確実にこうとは言えないのだけど……おそらく、『テレポート』という技の飛距離は、ため時間に比例するのよ」

「ため時間?」

 

 そもそもとして、テレポートという技はかなり繊細な技の可能性が高い。セイボリーさんはポンポン行っているから感覚が麻痺しちゃいそうだけど、よく考えたら瞬間移動なんて大層な技が簡単に行えるわけがない。恐らく、今この瞬間もセイボリーさんとオーベムは、今自分がいる位置と、これからテレポートで飛んでいく先の位置の座標やらなんやらを計算して行っている可能性が高い。そのうえで、今のセイボリーさんは攻撃を避けるためにすぐにテレポートをしなければいけない状況になっている。たった数秒……いや、コンマ以下の秒数であっても遅れることの許されないこの状況。テレポートの演算に使える時間だってかなり最小限に抑えなくちゃいけない。そんな中で、もしわたしの考え通り、飛距離を伸ばすのにため時間が必要なのだとしたら、この状況では遠くに飛ぶことが不可能になる。むしろ分かる人にとっては、この短時間でこんなにもテレポートを連打していることの方がよっぽどすごいのかもしれない。

 

「成程な。それなら納得だ。と同時に、やべぇ状況ってわけでもあるわけだ」

「そうね。このまま逃げに徹しても攻撃できず、むしろ『テレポート』の演算で頭が疲れるだけ。ダメージは受けなくても、精神的な疲労によってパフォーマンスはどんどん落ちるでしょうね。そうなればむしろ、セイボリーさんの疲れのせいで余計に戦えなくなるんじゃないかしら?」

 

 またまた一転して時間がクララさんの味方になる展開。時間とともに頭が疲れるセイボリーさんに対して、ペンドラーはただ走るだけでいい。その走るという行為だって、特性のおかげで十分に加速されているからペンドラー側の消費は少ない。どくびしのせいでオーベムにはどくダメージも積み重なっているから、体力だって削られていく。

 

(どこかで腹くくらないと、逃げてばかりじゃどうしようもないわよ。どうするの、セイボリーさん?)

 

 防戦一方なセイボリーさんに目を向けて、彼がどう動くのかに注目する。そんなわたしの視線の先には、苦しそうな顔を浮かべながらも、何かを決意したような表情を見せる姿。何かをするのだろう。

 

「……仕方ありません。オーベム、一度だけ、我慢を……!!『いわなだれ』!!」

「……べムッ!!」

 

 懐に飛び込んできたペンドラーを見ながら、セイボリーさんはこぶしを握り締めて言葉を口にする。その言葉に返すように返事をしたオーベムが、意を決してテレポートをやめ、いわなだれを構える。

 

「やっと捕まえたぞォ!!ペンドラー!!」

「ペン……ッ!!」

 

 テレポートと比べ、発動に時間のかかる攻撃技を選んでいるため、当然この間にペンドラーの攻撃を受けてしまう。

 

 むしタイプの技はエスパーダイプにはばつぐん。しかも、どくびしのせいもあって余計に体力が削れている。テレポート続きで疲れた体に重たい一撃を貰ったオーベムは、体力の限界に一気に近づいてしまう。けど、それでもセイボリーさんの指示を遂行しようとしたオーベムは、メガホーンによって吹き飛ばされながらもいわなだれを発動。攻撃を受けながらの発動故か、狙いの甘くなってしまった岩の雨は、その分広範囲に落ちていく。狙われていない分逆によけにくくなっている状態だ。

 

「べ……ム……ッ!!」

「ナイスガッツです。オーベム」

 

 まばらに落ちていく岩の雨はオーベムにも予想はできない。ランダムに落ちていく岩は、攻撃が高くないオーベムが発動しただけあって威力こそ心もとないけど、ペンドラーに対してはこうかばつぐんでダメージが通る。大ダメージは期待できなくても、怯みくらいはするはず。そうなれば、サイコキネシスをためる時間は十分稼げる。わたしが頭の中で考えていた打開策の1つだ。

 

 けど、これだけじゃ足りない。

 

「そんな攻撃、全部避けちゃってェ!!」

 

 ただ岩が降って来るだけならペンドラーの動きを止めることは不可能だ。確かに、狙って放たれているわけじゃないから予測して避けるのは難しいだろう。けど、ペンドラーはそんな予測を上回る移動速度を持っている。これくらいの攻撃なら反射神経だけでよけきることは造作もない。実際、クララさんの指示通り縦横無尽に駆け回るペンドラーにこの岩の雨はどれもあたることはなく、結果として周りに岩をばらまくだけとなってしまう。

 

 いや、状況として言えば、セイボリーさんにとっては更に悪い方へ傾いたかもしれない。

 

「ベム!?」

 

 何かが落ちる音共に後ろを振り向くオーベム。そこには、自分が落とした岩が降ってきており、自分が下がるための退路をつぶされてしまう。一応オーベムにはテレポートがあるため、いざとなれば飛べばいいのだけど……

 

「チャ~ンス!!ペンドラー、とどめぶっかましちゃってェ!!」

「ペンッ!!」

 

 それはペンドラーが許さない。

 

 テレポートをさせる時間をも与えずに突き進むペンドラーが、気づけばオーベムの近くにまで迫っていた。地面には岩が散らばっているから走りづらくなっているはずだけど、同じくいわなだれを使えるペンドラーにとっては慣れたものなのかもしれない。じゃなきゃ、岩を足場に空中を跳ねるなんてできないし。

 

 とにかく、降りそそいだり、障害物になった岩も簡単に躱したペンドラーが迫って来る。後ろは岩に塞がれ、思いのほかペンドラーが速いせいでサイコキネシスをためる時間も確保できていない。しいて言えばテレポートで飛ぶことはできるけど、それだと先ほどの繰り返しに戻ってしまう。

 

(さぁ、どうするの?)

 

 これに対するセイボリーさんの答え。

 

「オーベム!!『テレポート』です!!」

 

 その技はテレポート。けど、ただテレポートをしただけでは先ほども言った通り繰り返しになってしまう。だから、ここでのテレポートの使い方はここまでとは違うものとなっていた。

 

「岩を目の前に!!」

「ベム!!」

「エッ!?」

 

 今までは自分が瞬間移動するために使っていたテレポート。それを、自分以外の物を動かすのに使用する。それが、この土壇場でセイボリーさんが行ったとっておきの一手だった。

 

 オーベムの後ろには自身の退路を断つ岩がある。けど、これを自分とオーベムの間に瞬間移動させることによって、瞬間的に間に障害物を作り上げた。

 

「そう言えば忘れてたけど、あの技って自分以外の物も移動できたんだったな」

「技の使用者が触れているものに限るみたいだけどね。確か、フリアもその能力を借りて、セイボリーさんと共闘した時があったって言ってたかしら?」

 

 その時はすごく大変な闘いをしたらしいけど、今はその話はあと。みるべきは目の前のバトルだ。

 

 オーベムによって岩を目の前に出されたペンドラー。本来ならこの程度の岩を簡単に避けたり壊したりできたはずだけど、ここでは最大まで育った素早さが仇となる。

 

「ンぺッ!?」

「ペンドラーッ!?」

 

 急ブレーキでも間に合わないほどいきなり現れたこの岩に、ペンドラーが頭から突っ込んでしまう。まさかの現象とダメージに、クララさんも思わず声が漏れた。

 

「スピードの乗った分だけ、熱烈なキスを岩としてくださいな。オーベム!!『サイコキネシス』!!」

 

 岩とぶつかり、怯んだことで生まれた大きな隙。オーベムとセイボリーさんが欲しくて欲しくてたまらなかったこの時間を利用して、オーベムはサイコキネシスを準備する。

 

「放て!!」

「ベムッ!!」

「ペンッ!?」

 

 チャージが完了と同時に放たれるオーベムの最大火力。威力もタイプ相性も申し分ない攻撃が、ついにペンドラーを捉えて吹き飛ばす。

 

「よし、ここから反撃です!!第2射を!!」

 

 一度大きな攻撃が決まれば、流れも隙もさらに作れる。サイコキネシスによって飛ばされたペンドラーは、オーベムとの距離を離していくから、ここを利用してまたサイコキネシスを準備する。このまま流れを引き込んでペンドラーを落とし切る態勢に行くつもりだ。

 

「ペンドラーッ!!岩に角ォ!!」

「ペ……ンッ!!」

 

 しかし、クララさん側もすぐに反撃の一手に出る。

 

 サイコキネシスで吹き飛ばされたペンドラーは、自分が飛ばされた先にある岩に角を突き立てて、それ以上吹き飛ばないように身体を支える。

 

「ぶん投げちゃってェ!!」

「ペンッ!!」

「なッ!?」

 

 身体を無理やり止め、地面に足をつけたペンドラーが、角に刺さった岩をオーベムの方にぶん投げる。まさかの反撃に、今度はセイボリーさんが驚きの声を上げる。

 

「ベムッ!?」

 

 飛んできた岩に何とか反応できたオーベム。構えていたサイコキネシスを利用することによって岩を弾いたオーベムは、何とかこの窮地を脱出。しかし、岩への対処のせいでせっかく溜めていたサイコキネシスを使い切ってしまう。

 

「ペンドラーッ!!」

「ペンッ!!」

 

 その隙を、ペンドラーが逃さない。

 

「『メガホーン』!!」

 

 今度こそ逃げる手を失ったオーベムに対して、最高速で走りだしたペンドラーがとどめの一撃を叩き込む。

 

「べ……ム……」

 

 2回目の弱点攻撃。当然オーベムに耐えられるダメージではない。

 

 

「オーベム、戦闘不能!!」

 

 

 ペンドラーにより、セイボリーさんの5人目の仲間が倒れる。

 

「……ありがとうございました。オーベム。ゆっくり休んでください」

 

 これでセイボリーさんの手持ちはあと1人。

 

「……行きますよ。絶対に勝つために。ヤドキング!!」

 

 セイボリーさん最後の1人はヤドキング。ガラル地方のリージョンフォームとなっているその姿は、またもやわたしの知るヤドキングとは違う姿をしていた。

 

「やっぱり、セリボリちんのエースはヤドキングゥ!!ヤドキングは足が遅いポケモンだからァ……ペンドラー!!あなたの速さで押し込んじゃってェ!!」

 

 しかし、違う姿をしているからと言って、他の姿と能力が大きく変っているということはないらしい。わたしの知っている姿と同じく、ヤドキングの弱点である素早さをついた攻撃で、ペンドラーが一気に肉薄していく。

 

 もうあとがないセイボリーさんは、一刻も早くペンドラーを落とし、ヤドキングの負荷を少なくした状態で次に繋ぎたい。一方で、クララさんの方はこのバトルを優位に進めるために、ペンドラーで倒せないにしろ、ダメージを蓄積させておきたい。特に、ガラルヤドキングはどくタイプを含んでいるのかどくびしのどくを貰っていないので、純粋に殴ってダメージを与えないといけない。もっとも、すばやさにかなりの差があるため、このままだとペンドラーがまた押し切ってしまいそうにも見えてしまうが。

 

 いよいよもってセイボリーさんの敗北色が濃くなり始めてきたフィールド状況。たとえペンドラーを倒せたとしても、これだけ足に差があれば、その頃にはかなりにダメージを貰っていることだろう。送りバントをするだけでいいペンドラーとは相性が悪すぎる。クララさんもそれを理解しているから、もう押せ押せムードが止まらない。

 

「『メガホーン』!!」

「ペンッ!!」

 

 角を光らせて、縦横無尽に走り回る赤の影。ヤドキングの何倍もの速さを誇る彼が、周りを走りながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。そんなペンドラーに対し、しっかりと目を向けようとするヤドキングだけど、動きが速すぎて追いかけきれていない。視線を左右に揺らせながら、少し戸惑ったような声を上げる姿が、ヤドキングの動揺具合を何よりも物語っていた。

 

「ヤドキング、落ち着いてください」

「ペンドラー!!やっちゃってェ!!」

 

 そんなヤドキングを見て落ち着くように声をかけるセイボリーさんだけど、その声をかき消すようにクララさんの指示が飛び込んでくる。

 

「ペンッ!!」

 

 その指示を受け取ったペンドラーが、ついにヤドキングの懐まで潜り込んできた。頭の角に眩い緑の光を携えた巨大なむしポケモンは、自身の最高火力を叩きつけるべく、勢いよく角を振り上げる。

 

 当たれば大ダメージ。倒せないにしても、この先の戦いに負担がかかる。避けなくてはいけない攻撃だけど、それをヤドキングの低いすばやさが不可能にしてしまう。だからこの攻撃は直撃してしまう。

 

(これは……厳しいわね……)

 

 ペンドラーの素早さを攻略出来なかった時点でこうなる未来は確定していた。本当ならフーディンで倒しておきたかっただろう。けど、もうフーディンを失った今、最大加速のペンドラーを止められるポケモンはいない。

 

 勝負あり。わたしはそう思い、しかし最後までちゃんと見ておこうと視線を送り……

 

「ヤドキング。避けてください」

「ヤド……」

「エ?」

「ペンッ!?」

 

 ヤドキングの姿がぶれ、ペンドラーの攻撃が避けられる。

 

「ヤドキング。『ぶきみなじゅもん』」

「ヤド……」

 

 攻撃を避けたヤドキングが、すかさず口元を動かして何かを唱える。すると、ヤドキングの周りが強力なサイコパワーによって歪み、その波動が目の前にいるペンドラーを勢い良く吹き飛ばす。

 

「ペンドラー!?」

「ぺ……ン……」

 

 ヤドキングの攻撃で吹き飛ばされたペンドラーは、そのままクララさんの目の前まで転がっていき、その巨大な身体を横たえる。

 

「……今、何をしたんだ?」

「わたしにもわからなかった……でも、ヤドキングが本来ならありえない速度で動いているのだけは見えた……どうして……?」

 

 本来は足の遅いヤドキングがどうしてあんなに素早く動けたのか。原因の分からなかったわたしとジュンは、見た目ゆったりなのに明らかに動きが違うヤドキングに目を奪われる。

 

 

「ペンドラー、戦闘不能!!」

 

 

「ウゥ……ありがとペンドラー……あなたのおかげでここまで挽回できたよォ……」

 

 一方、ここでようやく宣言を受けたクララさんは、ここまで大立ち回りを見せてくれたペンドラーにお礼を言いながらボールに戻していく。戦績だけで見れば、ペンドラーだけでフーディン、オーベムの2人を撃破しているので十分な活躍だ。けど、目の前でありえない動きをしたヤドキングに、もの凄く嫌そうな顔を浮かべながら言葉を零す。

 

「……セイボリちん、もしかしてここまで予想しててその技を入れていたのォ?」

「フーディンだけに対策を仕込むと流石に負担が大きいので。……もっとも、他の選手の対策でもあるので、出来れば使いたくなかったのですがね……やはり出し惜しみして勝ち登れるトーナメントではないですね」

「あ~あ、うちももっと警戒するべきだったなァ……その技、うちも知ってる……っていうか、覚えてるしィ」

 

 どうやらクララさんはこの現象の正体について知っているらしい。心当たりがある反応を示しながらボールを構えているその姿は、少しだけ後悔がにじんでいた。

 

 けど、その後悔もすぐ振り払う。

 

「でも、ペンドラーのおかげでここまで持ってきた。……ぜってェ勝つ!!」

 

 すぐに切り替えて、クララさんも最後のポケモンを呼び出す。

 

「いっくぞォ!!ヤドキング!!」

 

 出てきたのはセイボリーさんが繰り出したポケモンと全く同じのヤドキング。

 

 同じポケモン同士のミラーバトル。それはくしくも、この2人のバトルの開幕と同じ形となる。

 

「行きましょうヤドキング。今こそ、エスパーの底力を見せる時です!!」

「負けてたまるか。最後まで、うちらのハートはくじけねェ!!」

 

 ヤドキングVSヤドキング。

 

 同門対決の、最後のバトルが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




テレポート

他者も瞬間移動できるのはスマブラなどでやっていますね。この作品でもウルガモスとの戦いで行っていました。……この技さえ覚えられたら、いつでも旅行行けるんですけどね……。

ヤドキング

ガラルヤドキングも素早さの種族値は30と、原種と同じ数値です。が、どうやら最大加速したペンドラーの攻撃を簡単に避けた様子。一体何をしたのでしょうか?




あと少しで2戦目が終わりますね。やはり長くなりがちですが、付き合っていただけたらと思います。頑張れ、私の引き出し……


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211話

「ヤドキング対ヤドキング……最初と全く同じ展開になったな……」

「それだけお互いの実力が拮抗してるって事でしょ。本当に、どっちが勝つかわからなくなったわね……」

 

 フリアとマクワさんのバトルに関してもそうだけど、ここのリーグはレベルが高すぎて誰が勝ってもおかしくない。どのカードをとっても、別の地方のリーグの決勝戦と言われても納得してしまう程のレベルを誇っている。これがガラルの平均なのか、それとも今年がやけに豊作なのかはわからないけど、少なくともシンオウ地方では豊作と言われてもここまでレベルの高い試合は見ることは難しいだろう。

 

「これが1回戦なんだもんな……正直もうお腹いっぱいだぞ……」

「気持ちは分かるけど、これが終わっても今日は後2試合あるからね?」

「……いやぁ、戦っているときはまだ戦いたいって気持ちでいっぱいなのに、見ごたえある試合は何度も見せられるとおなか膨れるな」

「後は録画して後日見たい気分と言われても咎められないもの、けど、出ている人全員知り合いとなると、そうも言ってられないわよね」

「だな……って、もう終わったかのような話しているけど、まだ終わってないぞ?」

「そうだったわね」

 

 ジュンに言われて視線を落とした先には、動きにやけにキレがあるセイボリーさんのヤドキングと、出てきたばかりで元気満タンのクララさんのヤドキング。まずは、この機敏になってしまったヤドキングに対する対処からだ。まぁ、これに関してはクララさんはもう辺りがついているらしいから、そこまで気にする必要はないでしょうけど。

 

「ヤドキング、『ぶきみなじゅもん』」

「ヤドキング。うちらももらっちゃおォ『じこあんじ』」

 

 早速先制攻撃を仕掛けようと技を放つセイボリーさんと、その技が到達する前にじこあんじを行うクララさん。ここまで来てようやくわたしとジュンは、先ほどのヤドキングとペンドラーの結果の理由を理解した。

 

「成程、『じこあんじ』……」

「確かにそれなら、一瞬でペンドラーに近づけるよな」

 

 じこあんじ。

 

 相手の能力変化をそのまま自分に落とし込むことの出来るこの技は、例え相手の能力がどれだけ変化しようとも全く同じ形にコピーする。だから、時間とともにどんどん速度を積み上げていくペンドラーが相手でも、彼の最高速度を一瞬でコピーできたというわけだ。正直そんなに有名な技でもなければ、目にする機会が多い技でもないので最初は気づかなかった。

 

 ペンドラーをコピーしたセイボリーさんのヤドキングをクララさんが更にコピーすることで、場に最高速度で動き回るヤドキングが2人並ぶこととなる。セイボリーさん側から放たれたぶきみなじゅもんは、一瞬で最高速度に到達したクララさん側のヤドキングが簡単に避ける。その際の動きが、本来のろいはずのヤドキングとのギャップがかなりあるせいで、どうしても違和感が凄くてムズムズしてしまう。変な気分だ。

 

「やはりされますよね……まぁ仕方ないです。この展開は予想していたので……ここからはまさしく、小細工無しのアドリブ勝負です!」

「うちも、相手がどくタイプならどくにしてじわじわって戦い方が出来ないしィ……ここからはマジのガチにぶつかり合いだもんねェ!」

 

 そんなわたしたちの気持ちなんか知らないセイボリーさんたちは、ただひたすら相手を見据えながらボールを構え、ヤドキングを一度ボールに戻す。この姿を見て、観客の声量が1段階上がる。こうしたということは、2人ともあれを使うという事だ。

 

 ヤドキングが戻された2つのボールが、赤色の光を吸収して大きくなっていく。

 

 

「ビッグに おなりなさい!!ワタクシのエレガントさん!!」

「スタジアムのみんなァ!! クララのオンステージ……いくからねェ!」

 

 

 2人の気合が勝った言葉と共に大きくなったボールが投げられ、空中でそのボールが爆ぜる。

 

 

「「ヤド……ッ!!」」

 

 

 現れるのは2人のダイマックスヤドキング。声を上げながら相見える両者は、より一層の気合いを決めながら、それぞれの主の指示を待つ。

 

「「『ダイアシッド』!!」」

 

 まず指示されたのは両者ダイアシッド。追加効果で特攻を上昇させることが出来るこの技で、ヤドキングを育てたいという考えからの行動だろう。元となった技はヘドロばくだんか。

 

 

「「ヤド……ッ!!」」

 

 

 お互いの位置から徐々に現れる毒液柱は、互いに干渉することなく両者にぶつかる相打ちとなる。相殺をされた訳では無いから追加効果はしっかりと現れた。が、やはりここはどくのエキスパート。両者の様子を見る限り、セイボリーさんの方が若干多くダメージを受けているように見える。

 

「「『ダイサイコ』!!」」

 

 セイボリーさん側のヤドキングが少し怯み、一瞬だけ行動が遅れたところで次に行われるのは、おそらくぶきみなじゅもんが元となっていると思われるダイサイコの打ち合い。さっきと同じく、同じ技同士が放たれた今回もまた、お互いから出た虹の波動がぶつかり合うことなく両者に直撃する。同時に地面に展開されるサイコフィールドが、辺りを不思議な感覚で覆っていく。

 

 今回の技のぶつけ合いは、少し技の発射が遅れたけど、そこはエスパータイプ使いの意地を見せて、セイボリーさんがやり返すような形でクララさんに少し多めにダメージを与えていく。

 

 これでトントン。

 

 サイコフィールドが展開されきったところで、すぐさま3回目のダイマックス技を構える両者。出し惜しみなんて考えていない、正真正銘の真正面からのぶつかり合い。そんなこのバトル最後のダイマックス技は、お互いの得意技で締められる。

 

「ヤドキング、『ダイサイコ』です」

「ヤドキング!!『ダイアシッド』ォ!!」

 

 エスパータイプとどくタイプのダイマックス技。普通に考えたら間違いなくエスパータイプが一方的に勝つ。実際ヤドラン同士の戦いでは、サイコキネシスとシェルアームズのぶつかり合いでちゃんとサイコキネシスが勝っている。その事を考慮すると、今回もダイアシッドがかき消されて終わるのでは?と思ったけど、技の出方からまたもやお互いの技が干渉することなくお互いにぶつかっていく。

 

 

「「ヤド……ッ!?」」

 

 

 空から降りそそぐように飛んでくる虹の波動と、地面から間欠泉のように噴き出してくる毒液の柱は正確に対戦相手に直撃する。ダメージに関しては、タイプ相性的にいまひとつにされない且つ、サイコフィールドによって威力が上げられているダイサイコを放ったセイボリーさん側に分があるけど、未来のことを考えると、いまひとつとは言え自身の特攻をさらに一段階成長させているクララさんの方に分がありそうだ。結局お互いにじこあんじがある以上自身の能力を上げる技は意味がないようには見えて来るけど、実際のところは相手に『じこあんじを使わせる』と言った隙を作らせることになる。

 

 クララさんが能力をコピーした際は、『素早さ』という技の回避に関わる項目だったことと、ぶきみなじゅもんという技がそんなに速く飛んでいく技ではなかったことが大きい。それに対して、クララさんの攻撃技はおそらくぶきみなじゅもんよりも弾速の速いヘドロばくだんが中心だし、先ほどのやり取りからそもそも技を0距離から放つようにする可能性も大きい。それでもセイボリーさんが被弾覚悟でじこあんじを行ってくる可能性もあるけど、それはそれでクララさんの方が1回多く攻撃できるから、結果今回のダメージと合わせれば同じくらい、もしくはクララさんの方が少し有利に傾くはずだ。

 

「今この時のダメージを取ったセイボリーさんか、それとも、未来の火力にかけたクララさんか……」

「同じポケモンで、ヤドキングに至っては技構成までかなり似てるのに、立ち回りはまるで逆」

「それでいてちゃんとトレーナーの性格がちゃんと出てきてるから面白いよな」

 

 赤黒い雲が消え、お互いのダイマックスが終了。元のサイズに戻ったヤドキングが、身体に傷を残しながら、それでもお互いを見つめて闘志を燃やしていく。

 

「ダイマックス技をお互い真正面からぶつけ合っているものね。体力の消費はかなりありそう」

「フリアの時と違って、技を技で相殺したんじゃなくて、お互いノーガードで殴り合ったもんな。追加効果も全部発動しちゃっているから、ごまかしてあるとか、喰らったフリでもない。ちゃんとダメージを貰っている」

「お互いの足の速さもあるし、もう時間はあまり残されてなさそうね」

 

 注目するべきはセイボリーさんの対応だ。

 

 先ほども言った通り、ダイアシッドを1回多く行っているクララさんはここからの火力が高い。これに対してセイボリーさんがじこあんじで追いつくのか、はたまたこの差は諦めて向き合い続けるのか。

 

「ヤドキング!!『ぶきみなじゅもん』です!!」

 

 これに対するセイボリーさんの答えは『このまま殴り合い』。じこあんじによる隙をさらす行為そのものを嫌った形になる。

 

「『ヘドロばくだん』!!」

 

 これに対してクララさんは応えるようにヘドロばくだんを選択。有利タイプであるぶきみなじゅもんと、威力そのものが上げられているヘドロばくだんはちょうど両者の中間で激突し、今まで負けていたヘドロばくだんが、強化された分でものを言わせて何とか引き分けへ。爆発音とともに、2つの技が弾けて散っていく。

 

「走っちゃってェ!!」

 

 技が消えるのを見届ける前に、今度はクララさんから動きを始める。

 

 限界まで上がった素早さを生かして、セイボリーさんの方に向かってシュールなガンダッシュを見せるヤドキング。煙の中を突き抜けて迫る様は、先ほどの技の打ち合いを引き分けまでもって行けた自信からかくるものか。とにかく今が攻め時と判断したクララさんはガン攻めモード。相手を毒にできない以上攻めるしかないので、どちらにせよこの判断は間違えていないように見える。

 

「『ぶきみなじゅもん』を!!」

 

 対するセイボリーさん側は、まだ動くことはせずにどっしりと構えて技の準備をしていく。威力で負けている以上、技を簡易で出すのではなく、1つ1つに力を込めて放つつもりだろうか。

 

「発射!!」

「ヤド……!!」

「『ねっとう』!!」

 

 強力な念動力を生み出し、周りの空間をゆがめているところにクララさんが放つのはねっとう。湯気を立ち昇らせたアツアツの一撃は、念動力にぶつかると同時に蒸気をまき散らし、セイボリーさん側の視界を奪っていく。

 

「飛び越えながら『ヘドロばくだん』!!」

 

 その水蒸気の上を飛び超えたクララさん側のヤドキングは、真上に到達したと同時に、打ち下ろすように毒塊を叩きつける。

 

 水蒸気の中に落ちていった毒塊は、そのまま中に隠れているセイボリーさんの方へと降りそそぐ。

 

「もっと『ぶきみなじゅもん』を!!」

 

 一方のセイボリーさんは、ここからさらに念動力の威力を上げて、堕ちて来る毒を無理やり弾き返そうとする。ぶきみなじゅもんが音技であることを利用し、自身を守るドーム状に放たれたその技は、周りの水蒸気と毒をまとめて消去。一気に視界をクリアに戻し、すぐさまクララさんサイドを視界に収める。

 

「まだまだァ!!走り回って『ヘドロばくだん』!!」

 

 ぶきみなじゅもんの壁を作り上げたセイボリーさんに対し、クララさんは攻めの手を止めない。セイボリーさん側を中心に、反時計回りに走りながら連続でヘドロばくだんを発射し、四方八方からぶきみなじゅもんを殴り続ける。エスパータイプに中和されるなんてお構いなしに放たれる強力な弾幕は、本来不利であるはずの呪文の壁を、威力と物量で無理やりぶち壊そうと押していく。

 

「クッ……!!」

 

 これにはさすがのセイボリーさんも表情をゆがめる。やはり特攻の上昇幅が1つ違うのがここに来てちゃんと響いてきた。かといって、今からじこあんじをしてしまうと周りから飛んでくる毒に対処が出来なくなってしまう。

 

「ヤドキング!!ワタクシも協力します!!さらに『ぶきみなじゅもん』を!!」

 

 今からじこあんじをしないのであればもう頑張ってこらえるしか道はない。セイボリーさんは自身のサイコパワーも使ってヤドキングを更に援護。足りない能力は自身が補うというこちらもパワープレイで乗り越えようと画策していく。結果、念動力のドームはその大きさを徐々に大きくしていき、その表面に毒々しい液体をどんどん付着させ、虹色に歪んでいたドームはいつしか、濃い紫色をしたとてもあやしいドームへと変貌していた。

 

 この毒液のせいで、再びセイボリーさん側のヤドキングは姿見えなくなってしまう。

 

「あとちょっとで押せっぞォ!!ヤドキング、『ヘドロばくだん』を打ちながら右手に溜めろォ!!」

 

 これを好機と見たクララさんは、いよいよとどめの準備を始めていく。

 

 ドームの中に押し込められているということは、ここからセイボリーさんは動くことが出来ないという事。なら、クララさん側はゆっくりと準備ができる。

 

 右手に毒液を圧縮させ、拳の周りに纏わせるように構えながら、左手で普通のヘドロばくだんを継続して注ぎ続けるクララさん。気にするべき点はやはり右手のそれで、わたしたちはこの攻撃方法に見覚えがあった。

 

「あれって、フリアのエルレイドがまだキルリアだった時の!!」

「身体から力を離して技を放つのが苦手だった、当時のキルリアが全力で戦うために編み出した戦法ね」

 

 アーカイブでしか見たことないけど、確かに何度か見かけたその戦法に声を上げるジュンとわたし。きっと、今日のためにこの技術も凄い練習したのだろう。込められた力の強さを感じる。

 

「……懐かし戦法ですね」

「何が何でも勝ちたいからねェ!!吸収できそうなもんは、何でもやるゥ!!ヤドキング!!」

「ヤドッ!!」

 

 右手に毒々しい塊を携えたヤドキングが、周走行をやめてセイボリーさんサイドへ向けて一直線に駆け始める。

 

「来ますよヤドキング!!集中を!!」

 

 ここが勝負所。

 

 セイボリーさんも気合を入れるように、ドームの中にいる自分のパートナーに声をかける。返事は返ってこないけど、きっとあの中でぶきみなじゅもんによるドームを維持するためにさらなる念動力をためていることだろう。そんなドームに向かって走るクララさん側のヤドキングは、ドームまであと数歩で手が届く位置に到達すると同時に、右腕を思いっきり後ろに引き絞る。

 

「叩き込むぞォ!!腰入れて叩き込めェ!!」

 

 右腕を引き絞った状態でついにドームの目の前まで到着したクララさんのヤドキング。腰の横に添えて溜められたその拳は、渾身の力と毒エネルギーをため込んだまま、真っすぐドームに突き刺さる。けど、ドームの周りがヘドロばくだんの毒でコーティングされていたせいか、帰ってきた音は『ベチャッ』という水音だけ。何かが起きるわけでもなく、ドームに対して右腕を突き立てて動かなくなったヤドキングだけがフィールドに残る形となる。

 

 訪れる一瞬の静寂は技の不発を予感させ、観客から戸惑いの声が漏れ始める。が、当事者であるセイボリーさんとクララさんの表情は、焦り顔としたり顔に別れている。

 

「ヤドキングゥ!!打ち込んでェ!!」

「ヤド……ッ!!」

 

 右腕を突き立てた状態から、その右腕に左手を添えたヤドキングは、一瞬だけ腕を引いたかと思えば、すぐさま押し込んだ。その時、微かにだけど『ピキッ』というなにかにヒビが入るような音が聞こえてくる。

 

「……まさか!?ヤドキング!!今すぐ『ぶきみなじゅもん』をやめてそこから回避を━━」

「遅ェ!!」

 

 同じく音に気づいたであろうセイボリーさんもその表情を驚愕に染め、慌てて回避行動を取ろうとするが、それよりも早くフィールドに爆音が響き、セイボリーさんが籠っていたぶきみなじゅもんのドームが()()()()()()()

 

 右腕に溜め込んだヘドロばくだんを、ドームのヒビから無理やり中に押し込んで、ドーム内に落ちたヘドロばくだんを起動。正しく、密室の中に爆弾を放り投げて爆発させたという訳だ。

 

 密室空間ゆえに衝撃が逃げる先がなく、むしろドームの内側で衝撃が反射しあってしまうため、中にいるセイボリーさんのヤドキングには尋常ではないダメージが刻まれる。結果、被ダメージの大きさからドームを維持できなくなったセイボリーさんのヤドキングは、戦闘不能こそなっていないものの、爆ぜてバリアも毒も全て吹き飛ばされたその中心でたたらを踏みながら、今にも倒れそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「ヤドキング!!とどめいくぞォ!!」

 

 このチャンスを逃さないクララさんは、ドームに爆発によって押され、少し距離を離されたヤドキングに再び突撃命令。右腕に再度ためられるどくエネルギーは、『この一撃で絶対に決める』という意志を感じた。

 

「走ってェ!!」

 

 右腕を引き絞りながらあと数歩の所まで迫り来るクララさんのヤドキング。

 

「ヤドキング!!」

 

 未だにたたらを踏んで、動きがおぼつかないセイボリーさんのヤドキング。

 

 先にしかけたのはやはりクララさん。

 

「もう一度ォ、『ヘドロばくだん』!!」

「……ヤドッ!!」

 

 右手に溜めた毒を、もう瀕死手前のヤドキングに、しかし油断は一切せず着実に叩き込むために狙いを定めて繰り出していく。

 

 もう距離は離れていない。あとは腕を振り抜くだけ。この技が当たればセイボリーさん側は確実に倒れる。

 

 

「叩き込めェ!!」

「ヤドッ!!」

 

 

 ヤドキングとクララさんの叫び声が重なり、ヤドキングの拳が真っすぐ放たれる。邪魔するものはもうない。当たるまでの瞬間がまるでスローモーションのように流れていき、わたしたちの時もゆっくり流れているような錯覚に陥っていく。

 

 徐々に縮まる顔と拳。この距離がゼロになり、このバトルに決着がつく。誰もがそう予想し……

 

「ヤドキング……回避からの捕獲を!!」

「ヤド……ッ!!」

 

 拳が当たる寸前で意識をはっきりと取り戻したヤドキングが、顔を小さく横に傾けるだけで避け、拳を振りぬいた状態でバランスを崩しているクララさんのヤドキングを抱きしめるように捕まえた。

 

「なァッ!?」

「ヤ、ヤド……ッ!?」

 

 まさかの反撃に驚きの声しか出ないクララさん。ヤドキングも、しっかりとホールドされたせいで見動きが取れない。

 

「やっと捕まえましたよ……さぁヤドキング!!ワタクシたちの勝利で幕を引きましょう!!」

 

 捕まえた相手を絶対に逃がさないようにしながら技の準備を進めるセイボリーさん。攻められていたところから一転。一気に逆転したセイボリーさんが、逆にとどめの一撃を放つ。

 

 

「この一撃でとどめを!!『アシストパワー』です!!」

「ヤドッ!!」

 

 

 放たれた技はアシストパワー。自身の能力が上がれば上がるほど威力も上がるこの技は、現在素早さが限界まで上がり、且つ特攻も少し上がっているヤドキングにとっては最高且つ最強の技となる。

 

「ヤドキング!!『ヘドロばくだん』!!」

「ヤ……ド……ッ!!」

 

 そんな技を目の前にし。かつ捕まっている状態でもひるまず懸命に反撃をしようとするクララさん。慌ててヘドロばくだんでアシストパワーを止めようとするけど、当然タイプも威力も負けている今の状態では、この技を止めることは不可能だ。

 

「地面にィッ!!」

「ッ!?」

 

 そこで選んだのは地面への攻撃。アシストパワーが当たるよりも前に地面へ打ち付け、爆風で距離を離そうと考えたクララさんの素早い機転は、その想定通り地面でしっかりとは爆ぜ、辺りに毒と土煙をまき散らしてフィールドと2人のヤドキングの姿を隠してしまう。

 

「……どうなったんだ?『アシストパワー』、避けられたのか?」

「さぁ……どっちでしょうね……避けられたらクララさんの、避けられていなかったらセイボリーさんの勝ちよ」

 

 わたしからの視界では、爆風の方が先に広がっていたからギリギリヘドロばくだんが間に合ったように見えた。しかし、土煙が広がる前に一瞬、アシストパワーの光が煌めいたようにも見えた。

 

 本当に、どっちが勝っているのかわからない。恐らく、2人のヤドキングにはこの土煙を飛ばす力も残っていない。だから結果を知るには、この煙が自然に消えるのを待つしかない。

 

 誰もが固唾を飲み、その煙を見つめる。

 

 その時間は数秒か、はたまた数十分か。

 

 音の消えた空間で、誰もが見つめる中、徐々に煙が消えていき、ついに勝者が目に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヤドッ!!」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毒液に身体を汚されながらも、アシストパワーの光を放ちながら立つヤドキングの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クララ選手のヤドキング、戦闘不能!!よってこのバトル、セイボリー選手の勝ち!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宣言とともに上がる大歓声。

 

 同門対決は、エスパータイプのエキスパートが勝つことによって、幕が降ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




同門対決

ということで、今回はセイボリーさんに軍配が上がることに。書いているわたし自身、最後までどちらを勝たせるか迷ってました……




2戦目終了。自分で書いててあれですが、本当にボリューミーですね。




追記

ヨノワール内定ありがとうございます。ヨノワール内定ありがとうございます。ヨノワール内定ありがとうございます。


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212話

 審判による決着宣言とともに、スタジアムは溢れんばかりの歓声に包まれる。みんなこのバトルのレベルの高さにひたすら感動し、心を打たれたのであろう。実際、わたしとジュンもしっかりと感銘を受けており、周りの人につられて思わずスタンディングオベーションをしてしまうほどには、心を持っていかれてしまっていた。

 

 本当に、最後まで結果が分からない白熱したバトルだった。

 

 そんなにわかに騒がしくなるスタジアムの空気とは対象に、この盛り上がりの原因である2人は一言も喋ることなく、ただひたすら自分の相棒を見つめていた。

 

 片や地面を見つめ、悔しそうに唇を噛んでいる姿を見せ、片やまるで今の状況が信じられないという表情を浮かべながら、どこか遠くに視線を送っていた。その姿を見るだけで、2人の感情がこちらに流れてくるような気がして、胸がいっぱいになりそうになる。

 

「……アリガト、ヤドキング……お疲れ様」

 

 そんな2人のうち、先に口を開いたのはクララさんの方だった。

 

 血がにじむのではないかという程強く噛みしめていた口を開きながら零れるその言葉は、聞いているこちら側も悔しいという気持ちに襲われるほど。

 

「本当に、ありがとうございます。ヤドキング……ゆっくりお休みを……」

 

 次いで口を開くのはセイボリーさん。万感の思いが込められたその言葉は、聞いているとこちらの目にまで何かが届くような気持ちになる。

 

 勝者と敗者。フィールドをちょうど半分に分けた2つの感情は、傍から見ているわたしにとってはやはり何とも言えないものを感じる。仕方ないとはいえ、両方とも知人である身としては素直に喜ぶのが少し難しい。けど、本当にいいバトルであったという感想には変わらないので、2人の健闘をたたえて拍手を送る。

 

「本当に凄かったわね……」

「ああ……なんか、思わずうずうずしてくるぞ……!!」

 

 ジュンと感想を交わしながら、そんな間にも手を叩いていく。一方、拍手の雨を受け続けている2人のトレーナーは、ヤドキングを戻したボールを腰のホルダーに戻しながら、バトルコートの真ん中に歩み寄る。その距離がかなり近くなったところで、お互いの言葉が聞こえてきた。

 

「いやァ……こうやって全力で戦うのは初めてだったけどォ、セイボリちん強いねェ」

「クララさんこそ、本当にお強かったですよ……あなたの策、厄介でした」

 

 お互いの健闘を称えながら手を伸ばし、握手をする両者からは先ほどまでの差があった表情はなくなっており、微笑みを浮かべながら言葉を交わしていた。

 

「あ~あ、うちのリーグ終わっちゃったァ」

「ご安心を。あなたの分までしっかり勝ちますので。優勝者に負けてしまったのであれば、例え初戦敗退でも仕方ないと言えるでしょう?」

「……セイボリちん、人を気遣うの下手だよねェ」

「んなッ!?」

 

 もうマイクが切れているため、2人の声が拡張されることはないけど、バトル前との時と同様に、かすかに聞こえる声と口の動きで会話の内容を何となく察する。バトルが終わればそこからは友達。そんな空気を感じる会話を繰り広げる2人は、傍から見たら同門の中でも特に仲のいいもの同士の微笑ましいやり取りに見えるだろう。

 

 最も、その裏にはどんな感情が隠されているかはわからないが。

 

「まァ、一昔前ならそんな感情を抱くこともなかったんだろうけどォ?」

「う、うるさいですよ。慣れないことをしているのにわざわざ突っ込まないでください」

「それを言っちゃうのがもっとダメなんだぞォ。まったく、フリアっちなら絶対気の利いた言葉を言ってくれただろうにィ」

「ああもう!!本当にあなたは━━」

「大丈夫よ。ちゃんと納得しているから」

「……そうですか」

 

 一通り握手と会話を終えた2人はゆっくりと手を離し、少しだけ距離を取る。

 

「頑張ってね。セイボリちん」

「ええ……絶対に!!」

 

 その言葉を最後に、両者は控室のある方へと歩いて行く。そんな2人を見送るかのように、観客の拍手はさらに強く大きくなる。

 

 ちょっとしたバトル終わりの感傷に浸っていると、隣のジュンから声が聞こえた。

 

「いや~、本当にいい勝負だったなぁ……んでもって、これでフリアの相手はセイボリーさんになったわけだな!」

「間に休みもあるからフリアもちゃんと身体を治してくるでしょうし、セイボリーさんも今日の試合のアーカイブを見直して対策を立てるだろうし……また今日とは違う動きがみられるかもしれないわね」

 

 今日のこのバトルでまた成長しているであろうフリアとセイボリーさんのバトルが、今から楽しみで仕方がなくなってきた。まぁそれよりも今は、激戦を繰り広げてくれた2人を労うとしよう。

 

(おめでとう、セイボリーさん。そしてお疲れ様、クララさん)

 

 心の中で改めてそう告げたわたしは、2人に対して、心から敬意を表するために拍手を送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はァ」

 

 セイボリちんとの長く熱いバトルを終えたうちは、セイボリちんにこの先のバトルを託し、一通り言葉で背中を叩いて控室まで帰ってきた。帰ってきた控室は、バトルする前に待機していた控室とは別みたいで誰もいない。戦ってすぐのトレーナーを気遣っての対処なのだろう。

 

 ……今は、この対処が凄くありがたい。

 

「負けちゃったなァ……」

 

 控室の真ん中に並べられているベンチに座りながら、天井を見つめてぼそっと言葉を零すうち。当然うちの言葉に返答する声はなく、うちのか細い言葉はこの静かな控室の壁をむなしく反射して小さく響くだけ。そのことが、よりうちのガラルリーグの終わりを伝えているような気がして、響いた声が消えると同時にまた心に重くのしかかる。

 

「こんなに心に来たのは、初めてかもォ……」

 

 アイドルを夢見て頑張って、そしてアイドルの裏側を見て絶望して、一度夢を捨てたあの時だって、ここまで気落ちすることはなかった。確かにショックなことはあったけど、どこか納得しちゃった所がなかったかと言えばうそになるし、あの時はうち自身の考えが甘い所もあったからくじけちゃった所もなくはない。そういう意味では、夢しか見ていなかった当時のうちがこうなるのはある意味必然と言われても仕方がない。

 

 けど、今回は全然違う。

 

「アイドル目指していた時よりも、本気で頑張ったと思ったのになぁ……」

 

 挫折を知って、くじけて、それでも新しい目標と夢を見つけて……特に、ジムバッジを集めて、みんなでヨロイ島で特訓したあの期間は、今までのどんなことよりも本気で取り組んできた。それが楽しかったし、確実に強くなっていく自分を実感できたから、それがますます嬉しさにつながった。今日の大会だって、憧れのマリィセンパイと同じ舞台に立てることが本当にうれしくて、だからこそ、この大会はうちにとって特別で……

 

「あ、あれェ。おっかしいなァ……」

 

 気づけば、頬に何か温かいものが流れている感覚があった。その感覚が煩わしくて手で拭うけど、いくら拭ってもこの感覚が消えなくて。

 

「うゥ……うちの……大会……終わっちゃったァ……」

 

 その感覚がどんどん私の心を苦しめて来る。

 

 知らなかった。本気でやるポケモンバトルがこんなに楽しくて熱いものだなんて。

 

 知らなかった。本気でやるポケモンバトルで負けた時に、こんなに悔しいだなんて。

 

「もっと……もっと……戦いたかったァ!!」

 

 あの時ああすれば。この時こうすれば。あとからあとから湧いてくる後悔。たとえ全部結果論だと言われても、それでもやっぱり納得できないことも多くて、その思いは涙と声となって外へ出ていく。誰もいない部屋で本当に良かった。今なら、誰にも迷惑をかけることなく叫べるから。

 

「うわあああァァァ……ッ!!」

 

 メイクが落ちることも気にせずひたすら泣き叫ぶうち。一昔前だと考えられなかったけど、それだけ悔しくて悔しくてたまらなくて。

 

 初めて味わう本気の悔しさにどうしていいかわからないうちは、ただひたすらこうすることしかできなかった。

 

 ロトロトロトロト。

 

「うゥ……え……?」

 

 うちがそうやって打ちひしがれていると、うちのスマホロトムに着信が入って来る。ここ最近はうちと仲が良い人みんなすぐ近くにいたから、あまり鳴ることの無かったスマホロトムの着信音。久しぶりに聞くその音に思わず変な声が出てしまうけど、スマホロトムを取り出して映し出される名前を見て、うちはすぐにその着信に出た。

 

『ふっふっふ~、クララちん、お疲れ様~。その様子だと、ちゃんと全力で頑張れたのかな?』

「し、ししょ~……」

『試合、ちゃんと見てたよん。頑張ったね~クララちん』

「頑張ってないィ……勝てなかったァ……勝ちたかったァ……」

『ふっふっふ……そんな姿のクララちんを見るのは初めてだね~……悔しい?』

「うん……う゛ん゛……ッ!!」

『そっかそっか~』

 

 スマホロトムの先から聞こえてきたのは師匠の声。きっと道場で闘っているうちを見て電話をかけてくれたのだろう。その気遣いが嬉しくて、気づけばうちは思いのたけをぶつけていた。そんな子供みたいなわがままにも、優しく対応してくれてた師匠。このやり取りがとても嬉しくて。

 

「それだけ悔しいって気持ちがあれば、クララちんはもっともっと強くなれるよ~。……帰ってきたら、またうんと特訓しようねん」

「う゛ん゛~~~~~ッ!!」

 

 本当にこの人の下に行ってよかった。心からそう思えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拳が震える。

 

 身体が震える。

 

 鼓動が躍動する。

 

「いよいよか……!!」

 

 ついさっきリーグスタッフの人から聞いた話によると、先ほど第2試合が終了し、今バトルフィールドの整備に入っているらしい。それはつまり、次の第3試合であるオレの試合がもう少しで始まるという事だ。

 

 朝からずっと待っていて、いよいよオレがこの大舞台で闘う瞬間。

 

 テレビからしか見ることの出来なかった、小さいころから夢見ていたあの舞台に対に立つことが出来る。それだけで心の奥から震えて来る。

 

「ホップ、凄く嬉しそうだね」

「当り前だぞ!!オレはこの瞬間を何年も待ち続けていたんだからな!!」

 

 小さいころに見たアニキの姿は今でも鮮明に思い出される。

 

 あの時、あの瞬間、オレはこの世界に一目ぼれした。そんな小さい頃から見てきた大きな夢の一歩に、ようやく足をかけることが出来た。

 

 勿論、ここで負けてしまったらなんの意味もないけど、そうならないようにこれだけ頑張ったんだ。負けた時のもしもよりも、それ以上の思いがオレの胸に宿っている。

 

「子供のころ抱いていた、『アニキのようになる』から、『アニキを越えてチャンピオンになる』に変わった夢を実現させる……その時がついに来たって思ったら、こうなるのも理解できるだろ?」

「……そうだったね」

「……ハロンタウンでのこと、ちょっと思い出すよな」

 

 オレ以外で控え室に残っている唯一の人間であるユウリと話しながら、この旅の始まりを思い出す。

 

 アニキからポケモンを貰って、一緒に旅立って、入っちゃいけない森に入って、そこでフリアと出会って……挫折もあったし、つらいこともあった。けど、そんなときはみんなが助けてくれて。いろいろな経験を経て、オレは今ここにいる。その中でもやっぱり、オレがここまで来ることが出来た大切な存在は、フリアとユウリの2人だった。

 

「なぁユウリ。あの時した約束、覚えているか?」

「『オレとオマエ。2人で競い合って、チャンピオンを目指すんだ』だよね」

「ああ」

 

 オレの言葉に当然と言った表情で返してくれるユウリ。それが嬉しくて、少しだけ頬が緩む。だから、オレは心の底から思ったことをぶつける。

 

「ありがとな!ここまでついてきてくれて。……オマエが本当はチャンピオンに興味ないっていうのは、ちょっとわかっていたんだけどな」

「あはは……それはごめん」

 

 オレが夢に焦がれたあの日、ユウリは楽しそうにしては居たけど、憧れとまでいっていなかったのは何となく気がついていた。もっとも、今はフリアのおかげで明確にチャンピオンになる理由を見つけたみたいだが……だとしても、旅に出た当初はそんな目標はなかったはずだ。

 

 それでもユウリはオレと一緒に旅出てくれた。

 

「あの時はすまなかった。オレは周りが見えていなかったみたいで……ユウリがもし嫌に感じていたなら本当に申し訳なかったぞ」

「謝らないでホップ。確かに昔の私はそんなにチャンピオンに……ポケモンバトルに特別興味を惹かれているわけじゃなかった……でも、ポケモンバトルが嫌いってわけじゃなかったの。みているのは楽しかったし、ホップが嬉しそうに話してくれるのを聞くのも楽しかったから、いやじゃなかったよ」

「そう言ってくれると助かるぞ」

 

 オレの唯一の不安としては、オレのせいでユウリが嫌な思いをした可能性があるのではないかと思ったけど、そんなことはないみたいでとりあえず安心だ。

 

「本当にありがとうだぞ」

「ううん。私も、ホップに引っ張られなかったら、こんな素敵な出会いをすることはなかったから……だから、私の方こそ、ありがとう!」

「ははっ!なんか、変にくすぐったいな!!オマエとこういう会話は初めてだし!!」

「ふふ、そうだね」

 

 最近はいろんな人と仲良くなって、とても賑やかになったこともあってか、こうして2人きりで話すのは凄く久しぶりだ。

 

 昔からずっと一緒だったオレたち。だからこそ言えることを、今ここで言う。

 

「オレの今の夢は、フリアのおかげで見つけることが出来た」

「私の今の夢は、フリアが魅せてくれたから出来た」

「フリアはオレたちにとっての師匠であり、先生みたいなもんだよな」

「いつも先を行って、本人に自覚はないんだろうけど、私たちを引っ張ってくれているもんね。私はどっちかというと、先輩って感じがしたけど」

「確かに!そっちの方があってる気がするぞ!!」

 

 2人の共通の師であるのはフリアだ、それは間違いない。

 

「でも、やっぱり夢の1歩を一緒に踏み出してくれたのは……ユウリ、オマエだぞ」

「うん。一緒に踏み出して、同じ目標を進んで行ったのはホップだった」

「だから、オマエのライバルとして、改めて言うぞ!!」

「……うん」

 

『ホップ選手。次の試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

 

 リーグスタッフの人からの招集がかかった。いよいよオレの番だ。その前に、ユウリに言わなくちゃいけない事だけを伝える。

 

「マリィに勝って、オレは先に2回戦で待ってる。だから、絶対に来いよ!!ライバル!!」

「……うん!!」

 

 オレの言葉に力強く返してくれるユウリ。その返答にオレも満面の笑みを返し、バトルフィールドへの道を歩いて行く。

 

 もう振り返らない。

 

 次にユウリと顔を合わせる時は、お互いが勝って、次の対戦相手として決まった時だから。

 

「よし……行くぞ……!!」

 

 控え室の扉を開けて進むオレの足は、心なしかいつもよりも軽かった。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……ふぅ……」

「……いい集中ですね」

「うん……。正念場……だからね」

 

 深呼吸を1つするあたしに声をかけてきたのは、先ほどまで同じように集中力を高めていたサイトウさん。あたしの後に出番を控える彼女は、あたしよりもさらに長いこと待たされることとなる。それまでこの集中力を維持しないといけないと思うと、ちょっと大変そうだなと思いはするけど、正直今は自分のことで手一杯なので、気の利いた言葉は掛けてあげられそうにない。

 

「対戦相手はホップ選手……強敵ですね」

「うん……まぁ、ここにいる人は強い人しかおらんけどね」

「ふふ、違いないですね。わたしの対戦相手もユウリさんです。そして他の山にいる方たちも全員、わたしのよく知る強い人たちばかり……本当に、今年は大変ですね」

「全くと……」

 

 本当に今年のレベルはとても高い。他地方に比べてガラル地方のレベルが高いことはよくわかってはいたつもりだけど、あたしが毎年見ていたリーグと比べて今年はおかしい。そもそも突破者が8人というのが訳が分からない。普段なら多くても4人程度なのだ。

 

 そんな多い時の倍の人数を誇る今回の突破者。当然そんな人たちが弱いわけもない。

 

 でも、あたしだってそんな突破者の1人なんだ。

 

「あたしも、頑張る。やっと立ちたかった舞台に立てるけん……」

 

 スパイクタウンを盛り上げるためにここまで来た。それは間違いなくあたしの本心だ。けど……

 

「ここまで来たら、やっぱりチャンピオン目指したかと!!街のためって気持ちと同じくらい、あたし自身がチャンピオンになりたいから!!だから……絶対勝つ!!」

 

 チャンピオンになればあたしも嬉しいしスパイクタウンのみんなも嬉しい。一石二鳥の素晴らしいことだ。なら、やっぱり目指さない手はない。

 

「良い気合ですね。ですが、優勝は渡しません。その場所は、わたしがいただきますので」

 

 そんな気合を入れているところに、サイトウさんは挑発するような笑みを浮かべながらこちらを見て来る。この人がこんな表情を浮かべるなんてちょっと意外だけど、だからこそあたしを認めてくれているような気がして少し嬉しかった。だから、あたしもちょっと挑発気味に返してみる。

 

「渡さんよ。ホップのチームもサイトウさんのチームも、あたしがコロッとやっちゃうけんね!!」

 

『マリィ選手。次の試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

 

 お互い発破をかけ合いながら視線を合わせているところにかかる、あたしを呼ぶ声。

 

 いよいよ運命のバトルが始まる。

 

「じゃあ、行ってくるけん!!」

「先で待っててください。必ず追いつきますので」

「うん!!」

 

 サイトウさんとの約束をして拳を軽く当てるあたしは、そのまま控室の出口へ向けて足を運ぶ。

 

 徐々に聞こえてくる歓声が、あたしの鼓動を更にはやめていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようマリィ!!ようやくオレたちの番だな!!」

「そうね。すっごく待たされた気分と」

「まぁ仕方ないだろ。前2つの試合も、いい試合してるんだとしたら長いのも納得だ」

「観客もすっごく盛り上がっとるもんね。きっと、本当に凄いバトルをしてたんだと思う」

 

 視線を左右に伸ばしてみれば、エール団も社会人も子供も、観客たちみんな大盛り上がり。ここまで2つの試合がそれだけ白熱していたことがよく分かる。これは是非とも、アーカイブを確認して、試合を見直さなきゃいけない。けど、今はそれよりも大事なことが目の前にある。

 

「そんなみんなのバトルに負けないくらい、いい試合しないとな!!」

「勿論!!この大会の主役は誰なのか、教えてあげるけん!!」

「お?その言葉は聞き過ごせないな!!今回の大会の主役、そして優勝者はオレだ!!悪いけど、ここは逃せないぞ!」

「ふふ」

「へへっ」

 

 実況の人による説明の影で行われる、あたしとホップの掛け合い。多分一部の人には聞こえているだろうけど、それでも2人だけの会話なような気がして少し楽しい。同時に、お互いを挑発して発破をかけるような発言に、あたしたちの心も、バトルに向かってあがっていく。

 

『お嬢!!頑張れ~!!』

『スパイクタウンの星!!このまま駆けあがってくれ~!!』

『絶対勝つって信じてるわ~!!』

 

 後ろから聞こえてくるのはエール団のみんなの声援。スパイクタウンの1件から改心して、ちゃんと真面目に応援してくれるようになったあたしの大事なサポーターのみんな。彼らの声が、あたしの背中をぐっと押してくれる。

 

 彼らの声に応えたい。そのためにも、絶対に勝つ。

 

 

『では両者!!準備をお願いします!!』

 

 

 心を決めたと同時に、審判の人から合図が入る。同時に、あたしとホップが腰に着いたボールに手を添えて、第3試合の先鋒の準備をする。

 

 

「行くよホップ!!あんたのチーム、コロッっとやっちゃうけん!!」

「行くぞマリィ!!オマエを越えて、オレはチャンピオンになる!!」

 

 

ポケモントレーナーの ホップが

勝負を しかけてきた!

 

 

「行くよ、レパルダス!!」

「行くぞ!!バイウールー!!」

 

 1回戦第3試合。みんなの声援を受けて、あたしの大勝負が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クララ

悔しさはバネに。師匠もきっと誇り高いでしょう。

ホップ

いよいよ夢に見た舞台。果たしてその舞台で輝けるのか。

マリィ

街のためでもあり、自分のためでもある戦い。




第3試合開始。熱戦が終わったらまた熱戦。大忙しですね。






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213話

「行くよ、レパルダス!!」

「行くぞ!!バイウールー!!」

「ニャゥ……」

「メェッ!!」

 

 1回戦第3試合。勢いよく繰り出されたポケモンは、あたしからはレパルダスで、ホップからはバイウールー。お互い、ジムチャレンジ時代からずっと決まっている、もはやルーティーンとなっている初手のポケモンだ。

 

 別にこのポケモンが先鋒に向いているとかでは無い。相手のパーティに強く出られる訳でもないのだけど、何故か最初に出してしまう。ないし、最初に出さないと気分の乗らないポケモンというのが人によっては存在すると思う。あたしとホップにとって、この子たちはそういった役割のポケモンだ。この子たちの戦い方次第で、今日の自分のコンディションや、相手との地力差、場の空気感をなんとなく掴むことが出来る。

 

 逆に言えば、今日一日の流れを取れるかどうかは、あたしたちがこの子たちを上手く動かせるかで変わってくる可能性も高い。

 

(出来れば先制はこちらが取りたかと。幸いこちらのポケモンの方が足は速い。上手くこっちが攻撃出来れば……けど、『ねこだまし』が使えないのは痛いところ)

 

 ポケモンが場に出た瞬間のちょっとした隙をつき、先制で小さな攻撃を繰り出しながら相手をひるませるねこだまし。初撃が大事であるバトルにおいて、かなりの安定択として放つことの出来るこの技は、しかし今回においては悪手になる。というのも、ホップのバイウールーの特性は『ふくつのこころ』。これは自身がひるむ度に素早さが上がる特性だ。

 

 確かに、無条件で相手を怯ませながらダメージを与えられるねこだましはかなり使い勝手がいい。けど、与えられるダメージはわずかだ。そんな微々たるダメージを与えるだけで、せっかくこっちが有利としている足の速さを相手に譲ってしまうのはちょっと割に合わない。もしかして、ここも考慮していたりするのだろうか。

 

(って、それは考えすぎとね)

 

 どうやらこの大一番でのバトルということもあって、あたしも想像以上に緊張しているみたいだ。ここは落ちついて行こう。

 

「レパルダス!!『つじぎり』!!」

「バイウールー!!『コットンガード』だぞ!!」

 

 兎にも角にも先手は取る。こちらがアドバンテージを取っている素早さを生かして、まずは速攻を仕掛ける。前右足を黒く染め、怪しく光らせたレパルダスは、身体中に毛を集めて自分の防御をぐぐーんと高めているバイウールーに向かって駆けだす。相手は物理攻撃技であるつじぎりを見て反応し、すぐに防御を固めたという事だろう。ホップにしてはとても手堅く、故にらしくない消極的な動きにホップにも緊張があるのかもしれないという気持ちを抱きながら、相手の動きに注意する。

 

 防御を固めているバイウールーに対して近づくことはそう難しいことじゃない。軽快に走り出したレパルダスは程なくしてバイウールーのそばに辿り着き、黒い爪を思いっきり振り下ろす。けど、ホップ側には特に焦った表情は見えない。恐らく、レパルダスぐらいの攻撃なら、これで十分受け止めきる自信があるからだろう。確かに、レパルダスは攻撃も特攻もどちらもできる代わりに、どちらも突出しているわけではないといういわゆる器用貧乏な能力をしている。

 

(けど、その考えは甘か!!)

 

「メェッ!?」

「バイウールー!?……急所か!!」

 

 本来なら防御をしっかりと上げたおかげで難なく受け止めることが出来るはずの攻撃に対して、バイウールーが必要以上の反応を示す。その理由は、攻撃が急所に当たってしまったため。

 

 いくら防御力をしっかりと育てたとはいえ、急所を鍛えることは不可能だ。そしてつじぎりという技はそういった急所を狙うという点において優れた技となっている。上がった防御力を貫通して叩き込案れる攻撃は、バイウールーに対して予想外のダメージを与えることに成功した。

 

 まずは先制。

 

「レパルダス!!このまま行くよ!!」

「バイウールー!!ジャンプだ!!」

 

 この流れを渡したくないあたしは、そのまま追撃を指示。その命を受けて黒い爪を振りかざしながら突き進むレパルダスは、連続で攻撃を当てようとする。これに対してホップ側がとった指示は、ジャンプで避けるというもの。バイウールーの速さでは横や後ろに下がれないと判断したみたいで、確かに今のレパルダスの攻撃を避けるという点においては一番楽な方法と言える。事実、今しがたレパルダスの放った攻撃は避けられてしまう。

 

「でも空中に行ったら、次は避けられなかと!!」

 

 しかし、空中に行ってしまえば今度は動けない時間が増えてしまう。その間は絶好の攻撃チャンスだ。

 

 空中に飛んだバイウールーを追いかけるようにレパルダスも飛んで、つじぎりの構えを取る。

 

「『コットンガード』!!」

 

 そんな此方の動きを見てもホップ側の動きは変わらない。これで防御力はマックスまで上げられてしまったけど、それだけならまたこちらが急所を突いて攻め切るだけだ。勿論、急所に必ず当たる技というわけではないため、次も絶対にそこを狙えるという確証はないけど、そこは攻撃回数でカバーすればいい。何回も攻撃すれば、どこかで必ずまた急所に当たるはずだ。

 

(やっぱりいつものホップの動きに見えなかと。緊張のせい……?ちょっと残念だけど、でも、それはそれであたしにとっては都合がよかと!!悪いけど、このまま押し切らせて貰うけんね!!)

 

「レパルダス!!連続で『つじぎり』と!!」

「ニャウッ!!」

 

 ここがチャンスということをレパルダスも感じ取ってくれているみたいで、片手だけだった黒い爪を両手にして振りかぶる。ここから連続攻撃を仕掛けて、急所に当たる確率をあげるという、作戦と言うにはいささか力押しすぎる、しかし現状において、多分正解だと思う行動を行っていく。空中で逃げ場のないバイウールーは、この攻撃を見つめることしか出来ない。

 

「いって!!」

 

 両方の前足を突き出し、いよいよバイウールーに攻撃が直撃する。

 

「へへっ、バイウールー!!キャッチだぞ!!」

「えっ?」

 

 しかし、直撃したあとの展開は、あたしの想像とは違う方に向かっていった。

 

 確かに攻撃は当たった。今もレパルダスの爪は、コットンガードでふわふわになったバイウールーの毛の中へと突き刺さっている。だけど、問題はこの前足が「毛に埋まって全く抜けない」状態になってしまっているという点だ。

 

「『コットンガード』は確かに急所は苦手だ。でもさ、そもそも急所に届かないくらい、毛の密度と量を増やせば、全く問題ないよな!!」

「防御方面のゴリ押しってこととね……」

 

 さっきはホップらしくないって言ったけど前言撤回だ。方向性が変わっているだけでホップのプレイスタイルであるゴリ押しを通していくというのは変わっていない。攻めっけが強く、あまり搦手をしないからこういうことはしなさそうという先入観に囚われてしまっていた。あたしのミスだ。

 

「んでもって、この状態ならレパルダスに回避手段はないだろ!!」

「レパルダス!!どうにか前足をひっこ抜くと!!」

 

 ホップの言う通り立場は逆転。有利だったはずのレパルダスは前足が埋まって動けない。ここからできることなんてほとんど無いだろう。そして、この状況はバイウールーにとっては絶好の状況だ。

 

(一見この状況だとバイウールーにも攻撃手段はないように見えるけど、あたしの考えが正しいなら絶対にあの技が来ると!!それだけは絶対に避けないと……!!)

 

「レパルダス!!『あくのはどう』!!」

「ニャゥッ!!」

 

 両手が塞がれてしまっているのなら両手を使わない攻撃をするしかない。けど、現状あたしのレパルダスが覚えている特殊技はこれくらいしかない。そしてこの技は確率で相手を怯ませてしまう技だ。そうなれば、最初に懸念していた『ふくつのこころ』が発動してしまい、すばやさが逆転してしまう可能性がある。

 

(けど、今はそんなこと考えている暇はなかと!!)

 

 ただそれ以上に、このまま無防備にあの技を喰らうわけにはいかないので、ここはバイウールーが怯まないことを願って攻撃を当てるしかない。

 

 レパルダスから零距離で放たれる黒い波動は、もふもふに身体を膨らませたバイウールーに突き刺さる。コットンガードによって身体の守りを固めているとはいえ、それはあくまでも物理に対してのみだ。だから特殊技であるあくのはどうに対しての耐性が出来ているわけではない。そのため、相手の怯みを考慮しないのであれば、むしろこちらの方がダメージ的にも正解ではある。

 

「平気だよな!!バイウールー!!」

「メェッ!!」

「ッ、止まらなかと!!」

「ニャゥッ!?」

 

 けど、元々の耐久力が高いバイウールーにとっては、器用貧乏なレパルダスの攻撃を受け止めるのはわけない。例えここで急所に当たったところでバイウールーを落とし切ることは無理だろう。それでも、次の攻撃の威力が下がればと思ってしてみたものの、やはりうまくいかず……

 

「バイウールー!!一気に決めるぞ!!『ボディプレス』!!」

「メッ!!」

 

 バイウールーが気合を入れた声を発しながら、レパルダスを下に向けた状態で一気に地面へと落ちていく。

 

 ボディプレス。

 

 本来相手を攻撃するときは、物理技なら攻撃の、特殊技なら特攻の高さによって、その技を強く放つことが出来るのかが決まって来る。しかし、このボディプレスという技はこの基本に当てはまらない。身体を全力でぶつけて攻撃してくるこの技は、物理攻撃の技でありながら、『技使用者の防御力が高ければ高いほど威力の上がる』という性質を持っている。当然、変化技で防御を育てればその分強くなる。

 

 そして、今バイウールーはコットンガードを2回行っているため、防御の育ち具合がとてつもないことになっている。ボディプレスが防御力で殴る技であるなら、その威力は比例して上がっている。更に、このボディプレスという技はかくとうタイプに分類される技だ。あくタイプであるレパルダスにとって……いや、あくタイプを中心に使うあたしにとって、もはや天敵と言ってもいい技。

 

(レパルダスは耐久力も高い方じゃなか!あんな技受けたら、ひとたまりもない!幸い、まだ地面までの距離はある……なら!!)

 

「レパルダス!!もっかい『あくのはどう』!!」

「レ……パ……ッ!!」

 

 このまま押しつぶされたら間違いなく戦闘不能になる。まだ戦いは始まったばかりだし、バイウールーに対して満足にダメージが入っていない今、レパルダスを落とされるのはさすがに避けたい。こうなったら意地でもバイウールーを引きはがす必要が出て来る。怯むのを承知で……いや、むしろ逆に怯むことを望んでもう一度あくのはどうを放つ。これで怯むと、素早さも上を取られるという悪状況になってしまうけど、もうそこも受け止めるしかない。

 

(お願い!怯んで!)

「ニャッ!!」

「メッ!?」

 

 そんなあたしの祈りとレパルダスの想いが届いたのか、バイウールーとレパルダスの身体が少し離れ、バイウールーから少し戸惑ったような声が聞こえる。

 

「バイウールー!!気合で押し切るぞ!!」

「メッ!!」

 

 けど、ホップとバイウールーはその怯みを気合で抑え込む。特性の恩恵で素早さが上がるという有利展開を捨ててでもレパルダスを落とし切るつもりらしい。

 

「いっけぇ!!」

「メェッ!!」

 

 怯みを抑え込んだバイウールーは、少しだけ距離が離れたレパルダスを逃がさないと言わんばかりに再び毛で巻き込む。

 

「ミャッ!?」

 

 いよいよ身動きの取れなくなったレパルダスと一緒に、バイウールーがまるで1つの白い流れ星のように地面に落ちていき、衝突と同時に轟音と衝撃をまき散らす。

 

「ッ……レパルダスッ!!」

 

 風圧と音に思わず目と耳を一瞬瞑ってしまったあたしは、すぐに前を向き直し、声を上げながらバトルフィールドを確認する。

 

「ミィ……ァ……」

 

 そこには、バイウールーの下敷きになり、目を回しているレパルダスの姿があった。

 

 

「レパルダス、戦闘不能!!」

 

 

「ッし!!いいぞバイウールー!!」

「メェッ!!」

 

 レパルダスの姿を確認すると、同時にあがる審判の言葉とホップ陣営の喜ぶ声。

 

 あくのはどう2回につじぎりの急所と少なくないダメージは入っているはずなのに、それを感じさせないほど元気な姿を見せるバイウールーの姿。それに少しだけ圧されてしまいそうになる。

 

(……強か)

 

 分かっていたことだけど、こうやって改めてつきつけられるとかなりくるものがある。

 

 今回大会に出場している人の中で、あたしが一番かかわりが深いのはホップだ。ひとつ目のジムからジムを制覇し、ヨロイ島で特訓をするまでの長い期間をほとんど一緒に活動している人。彼のことはよく知っているし、挫折した辛い時間もそばで見てきた。だからこそわかる。

 

(元々の経験と柔軟さで駆けあがったのがフリア。そのあとを圧倒的な才能と吸収力でついて行くのがユウリだとすれば、誰よりも心を成長させ、がむしゃらに走り切ったのは間違いなくホップと)

 

 直近で大きな敗北を知っているホップは誰よりもそのばねを利用している。その反動の勢いを殺さずにここまで来た彼には、未だに衰えていない勢いがある。しかも、ただでさえそんな勢いがついているのに、最近になって攻めに特化した戦闘スタイルであるジュンという先輩に刺激してもらったことで、その勢いは更に増している。

 

 この勢いを止めないと、あたしに勝ちはない。

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 決して甘く見ていたわけじゃない。

 

 けど、あたしの予想は遥かに超えていた。

 

 確かにここ最近はお互いの手札がばれないように、各々特訓の時は少しだけ距離をとっていた。けど、それにしたってあたしの知るホップからの成長具合が激しすぎる。

 

「ありがとうレパルダス。ゆっくり休むと」

 

 けど、それはこちらだって同じだ。

 

 少し距離を取って特訓している間、あたしだって成長している。

 

「次……行くと!!」

「ズルッ!!」

 

 深呼吸をし、気合を入れ直したところであたしはレパルダスを戻して次のポケモンを繰り出す。

 

「次はズルズキンか……かくとうタイプで弱点を突いて、無理やり倒してくるつもりだな!!だが、『コットンガード』を2回したバイウールーは、物理じゃ簡単に落ちないぞ!!」

「メェッ!!」

「……」

 

 ホップの言葉を聞き流しながら、あたしはここからどう動くかを考える。

 

(真っすぐ攻撃するだけじゃダメ。この子を出した意味がなかと。それに、すぐに変化技を積むのもダメ。それこそ一瞬で攻め切られると)

 

 となると、一番は相手の攻撃を避けて、その隙に細かくばれないように準備を続けていく必要がある。

 

(なら最初の手は……)

 

「『ヘドロばくだん』をして前進!!」

「ズルッ!!」

 

 相手を動かすためのヘドロばくだん。

 

 ズルズキンはあまり特殊技が得意なポケモンではないから、この技に対してホップは変な違和感を感じたのかちょっと首を傾げたけど、そのあとすぐに前に出る姿を確認することで、あたしの考えを何となく理解する。

 

 別段大きなダメージは受けないけど、もしも毒になったら厄介なので、バイウールーはこれを横に飛ぶことで回避。そのままステップを踏みながら、バイウールーは軽快にこちらに走ってくる。

 

「『ヘドロばくだん』で誘導か?悪いが、この程度じゃバイウールーは止まらないぞ!!バイウールー!!『ボディプレス』だぞ!!」

 

 そのまま勢いよく走るバイウールーは、先程レパルダスを倒したように、今回も踏み潰そうと軽く飛びながら突っ込んでくる。

 

 飛ぶと言っても、空高く跳ねている訳ではなく、先程の反省を活かして少し低めに飛んでいるので、素早さを維持しながら、且つ隙があまりでないように技をしかけてきていた。ゴリ押しが目立つホップだけど、どうすればそのゴリ押しが安全に、そして確実に決まるかをちゃんと理解しているし、その対策スピードも磨きがかかっている。

 

「ズルズキンはそんなに速いポケモンじゃないはずだぞ!!ならこの攻撃も避けづらいはずだ!!」

 

 ホップの言う通り、ズルズキンは防御と特防は高いけど、代わりに足は遅い。敵の攻撃を受け止めて、そこから返すのがいちばん得意な戦い方であるポケモンだ。かと言って、今のバイウールーのボディプレスにこの戦法を適応すると、おそらく耐える前に重傷を負ってしまい、反撃に出ることが出来ない。そうなれば、連続でボディプレスを受けてすぐに落とされることになるだろう。

 

 けどそれは、あくまでも普通のズルズキンならという話だ。

 

「後ろに下がって避けると!!」

 

 前から飛んでくる白色の塊に対して、()()()後ろに跳ぶことによって、攻撃の範囲外へと逃げていく。

 

「はやっ!?」

「あまり舐めないで欲しかと!!『ヘドロばくだん』!!」

 

 その速度が予想以上に速かったらしく、思わず声を上げるホップ。そんな彼にお返しと言わんばかりにヘドロばくだんを飛ばしていく。

 

「思ったより速いな……なら仕方ない!!それくらいなら覚悟すれば行けるぞ!!バイウールー!!『とっしん』で突き抜けて、『ヘドロばくだん』ごとズルズキンを吹き飛ばせ!!」

 

 不意を突かれた動きから飛び出してくる遠距離攻撃はさすがに反応が遅れてしまう。けど、技を打っているのはあくまでズルズキン。特殊技が得意ではないズルズキンからの攻撃であるなら、バイウールーの耐久があれば打ち負けることはない。毒の可能性は捨てきれないが、それを捨ててでも今攻めるべき。そう思考を変更し、バイウールーは全体重を乗せた突撃を行ってくる。

 

 飛んでくる紫の爆弾を真正面にして、恐れるどころか突っ込んでくるところが実にホップらしいし、そのうえであながち間違っていない選択をしっかりしてきているのが本当に恐ろしい。確かに、ズルズキンが放つ特殊技なら、いろんなポケモンが割ると簡単に打ち破ることが出来るだろう。もしあたしがホップの立場にいたとしてもそうしたはずだ。

 

 けど、何度も言うように、このズルズキンはただのズルズキンじゃない。

 

「甘かね……ホップ」

「?なにが甘いん━━」

「メッ!?」

「なっ!?」

 

 あたしの言葉に疑問の声を上げたホップは、次の瞬間声色が困惑から驚愕へと変化される。

 

 なぜなら、バイウールーがヘドロばくだんに負けたから。

 

「バイウールー!?無事か!?」

「メ……メェ……ッ!」

 

 本来ならバイウールーでも勝てるはずの攻撃に弾かれて地面を転がるバイウールーは、ホップの声に答えてすぐさま身体を起こすけど、思いもよらないダメージにたたらをふんでしまう。

 

 仕掛けるならここだ。

 

「『わるだくみ』!!」

「ズルッ」

「『わるだくみ』だって!?」

 

 このタイミングであたしが指示したのは、自身の特攻をぐーんとあげるわるだくみ。特殊攻撃を主軸に置くポケモンの何人かが覚えるあくタイプの変化技だ。覚えるポケモンは別段少ないという訳でもなく、珍しい技という訳でもない。けど、ホップはまるで『ありえない』とでも言いたげな表情を浮かべながら、あたしに言葉を復唱した。

 

 理由は簡単。

 

 だって、ズルズキンはわるだくみなんて()()()()のだから。

 

「まさかそのポケモンは……っ!!」

「気づくのが遅すぎと!!流れが取れたことが嬉しすぎて、視野が狭まったんじゃなかと?いくよ……『()()()()()()()』!!」

 

 ここでようやく何がおかしいのか気づいたホップは、しかし既に準備が完了しているあたしの攻撃を防ぐことはできない。

 

 ぐーんと強化され、このポケモンの()()()()()をもって、バイウールーにとどめの一撃を叩き込む。

 

「メ……ェ……」

 

 

「バイウールー、戦闘不能!!」

 

 

 当然一撃。得意技をここまでおぜん立てすればその威力はかなりのものになる。相手が防御を育てて殴るなら、こっちだって特殊を育てて殴るだけだ。

 

「くっ、サンキューだぞ、バイウールー。ゆっくり休んでくれ」

「……ありがと。ナイスファイトと、いったん戻って」

「ズルッ!!」

 

 バイウールーを戻すホップと、活躍してくれた子に激励の言葉を贈りながらボールに戻すあたし。

 

 これでイーブン。

 

「さぁ、流れ取り戻して、ちゃっちゃと勝つとよ!!」

 

 次のボールを構え、あたしはさらに気合を入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ボディプレス

防御で殴るという新しい特徴を持つ技。なぜか盾のあの人がもらえなかった技ですが、新作では……

???

マリィさんの二番手。あの技を行っている時点でもう隠す気もないですが、一応この形で。イッタイダレナンダー。




DLC情報を今でもちょくちょく見返すくらいには楽しみにしていますが……キバナさんがどんどん渋いキャラになっていきますね。






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214話

「行くと!!」

「頼むぞアーマーガア!!」

 

 お互い1人目のポケモンを失い、そして後にポケモンを倒した側となったマリィがポケモンをチェンジしたことによって2回目となるポケモンの同時呼び出しとなる。結果、場に現れたのはオレのアーマーガアとドクロッグ。だけど、先のやり取りのせいで、オレの頭の中に1つの懸念点が生まれる。

 

(あのポケモン……()()()()?)

 

 レパルダスを倒した後、オレのバイウールーはズルズキンと対峙していると()()()()()。けど、最後のわるだくみとナイトバーストを見て確信する。あれはズルズキンではなくゾロアークだ。

 

 ゾロアーク。

 

 ばけぎつねポケモンというものに分類されるこのポケモンは、その名前の通り、他のポケモンに化ける特性「イリュージョン」というものを持っている。この特性によって姿の変わったゾロアークは、1度攻撃を当てることが出来ればその変化を解くことが可能だが、逆に言えば、一撃当てないとその正体がゾロアークなのかどうかを判別することが出来ない。一応、さっきみたいに相手がしてきた技から正体を看破することもできなくは無いが……正直その辺りの観察眼には自信が無い。

 

(今回みたいに技を見てからだと看破の意味が無いよなぁ……その頃には攻撃を受けてお終いだ。かと言ってオレは多分、技以外の行動から本物を見分けるのは多分苦手……くっそう、フリアならこの辺りは得意そうなんだがなぁ)

 

 技を見るまで判断基準がほとんど無いというのがどうしても辛い。ここまでのレベルになると、相手に技をひとつ通されるだけでどうしようもない展開になる可能性も少なくない。さっきのバイウールーとゾロアークのバトルがそのいい例だろう。積み技なんて特に顕著だ。思わずないものねだりをしてしまう気持ちもわかって欲しい。

 

 そして、このイリュージョンという特性の、もうひとつやばいところがある。

 

(今対面してるドクロッグ……あれは本当にドクロッグなのか……?)

 

 それが相手トレーナーに与える疑心暗鬼。

 

 アーマーガアとドクロッグの対面は、タイプ的にはこちらがかなり有利だ。相手のかくとうわざはひこうタイプのおかげで減らせ、どく技に関して言えばはがねが全て止めてくれるし、こちらはひこうタイプの技で一方的に弱点を突くことが出来る。一対一のバトルなら、基本的に勝つことが出来るだろう。

 

 しかし、マリィの手持ちにゾロアークがいるのだとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()は100%では無い。耐性的には余り変わらないけど、2人のポケモンは戦闘スタイルがまるで違う。いつものオレなら、相手がドクロッグだと分かればノータイムでてっぺきを行っていた。けど、もし相手がゾロアークなら、特殊で殴ってくるゾロアークの前に大きな隙を晒すことになる。さっきのバイウールーのコットンガードが正しくいい例だろう。

 

 しかも厄介なのが、このイリュージョンが発生するタイミングだ。

 

 イリュージョンによる変化は、先も言った通り1度攻撃を当てれば解除することが出来る。しかし、せっかく解除しても1度ボールに戻ってしまうとイリュージョンが復活してしまい、次にフィールドに出てきたときに再び化けた姿で出てきてしまう。

 

 しかも、その時はまた別のポケモンへと化けて……。

 

 一応、ゾロアークがイリュージョンする先にはある程度の法則性があるらしいが、その法則性もどうやらマリィが懐でちょっといじるだけで簡単に操作が可能らしいから、思考するのもあまり意味は無い。

 

 本来なら、対面で出てきたポケモンを疑う必要は一切無いはずなのに、このポケモンが1人いるだけで余計なことにも頭を回さなくてはいけない。今目の前にいるポケモンだって、さっきまでズルズキンに変化していたゾロアークを、マリィがボールに戻して懐に持っていき、そこで交換する振りをしてまた繰り出し直しているだけでドクロッグでは無い可能性もある。

 

(相手がドクロッグなら『てっぺき』が一番いい。けど、相手がゾロアークなら、多分『ブレイブバード』とかでさっさと殴った方が絶対にいい……ああチクショウ!!どっちがいいんだ!?)

 

 どっちかを選べばどっちかの対策がおざなりになるというジレンマ。相手の技を打たせる前に対策したいのに、正解の対策が相手の技の後じゃないと分からないのが余計にややこしい。なまじゾロアークが足の速いポケモンというのがなお厄介だ。ちょっとでも迷って隙を与えてしまえば、その瞬間刺されてしまう。

 

(って、この迷ってる時間もあれだよな!?なら一か八か!!)

 

「アーマーガア!!『てっぺき』だぞ!!」

 

 さっきズルズキンに化けて出てきていたから、連続でゾロアークじゃないだろうという考えからてっぺきを選択。これで相手がドクロッグであるのなら、防御をかなりあげられたから攻撃のごり押しが通る。

 

(さぁ、どうだ……!!)

 

「『かえんほうしゃ』!!」

「またゾロアークかよ!?逃げろアーマーガア!!」

 

 願うように相手のドクロッグを見てると、飛んできたのはかえんほうしゃ。どうやら交換したように見せかけただけで、実際はボールに戻して腰に持って行ったあと、控えの子のボールに触っただけでボールの交換はしなかったらしく、ゾロアークの変化を変えるためだけにこうしたらしい。

 

 はがねタイプの身体を持つアーマーガアにはこうかばつぐんで刺さってしまう攻撃に、空中に逃げざるをえなくなる。けど、予想とはずれてしまった展開にすぐに反応できなかったアーマーガアは、その身体を少し焼かれてしまう事となる。幸いやけどにはならなかったものの、こうかばつぐんのダメージは決して少なくはないだろう。

 

「くっ、『ブレイブバード』だぞ!!」

「ガァッ!!」

 

 一通り攻撃を避けたらすぐに反撃。相手がゾロアークであるのなら、てっぺきは必要のない技になる。なら今できることは、とにかく攻撃をして相手に好きに行動をさせないようにすることだ。反動で自身の身体も傷つくけど、その分強力な威力を誇るこの技で、とにかく速くゾロアークを落としたい。こう何度も姿を変えられては、こちらのテンポがどんどん崩される。

 

 気合を入れたアーマーガアが黄色の光を携えながら、目にもとまらぬスピードで空を駆ける。

 

「『ナイトバースト』からの回避!!」

「クロッ」

 

 これに対しマリィは、ナイトバーストを放ってブレイブバードの速度を少し、その隙に横に飛ぶことでこの技を回避。アーマーガアの攻撃を綺麗にいなす。そして……

 

「戻って!!」

 

 この隙にゾロアークをボールに戻し、次のポケモンを準備する。

 

(逃げられた……っでも、交代だ!!出てきた瞬間のポケモンを攻撃すれば、さすがに避けられない!!)

 

「アーマーガア!!」

「ガァッ!!」

 

 オレの一言で察してくれたアーマーガアは、すぐさま上空に飛びあがりブレイブバードの準備をする。再び黄色の光を纏いながら空を駆けまわるその姿は、まるで1つの流れ星のようだ。

 

「次!!お願い!!」

 

 そんな状況で出てくるのはモルペコ。マリィのそばによくいるポケモンで、でんきタイプとあくタイプを備えた小さく可愛いポケモンだ、もっとも、おなかが減ったらかなり凶悪な姿に変わることでも有名な、ちょっと変わったポケモンでもあるが。

 

(そんなことよりも、やっぱりポケモンの名前を呼ばないんだな……)

 

 レパルダス以外に、種類だけで言えば既に4人のポケモンを繰り出しているわけだが、マリィの口からこのポケモンたちの名前を聞いたのは1回もない。間違いなく、オレにこのポケモンが『ゾロアークの可能性がある』という可能性を植え付けるための言い回しだ。実際、この言い回しのせいでオレの判断が、毎回正体判定に少し割かれるから困りものだ。

 

(さて、こっちは本物か、はたまた偽物か……けど、やることは決まってる!!)

 

 既に空中でブレイブバードの準備が出来ている以上、こちらがする技は1つだけ。場に出た瞬間で、まだ細かい動きが出来そうにないモルペコに向かって突撃を行う。でんきタイプを所持しているためあまり効果的ではないけど、耐久力の低いモルペコならこれでも小さくないダメージになるはずだ。ひこうタイプ最高火力をもって、少しでも大きなダメージを与えたい。

 

「『オーラぐるま』!!」

「ペッコ!!」

 

 対するマリィ側は、モルペコだけが覚えることの出来る技、オーラぐるまによって反撃に出る。

 

(『オーラぐるま』が出来るってことはこれは本物か!!タイプ的には不利だが、戦い方が物理寄りなら今度は『てっぺき』が生きて来るぞ!!)

 

 ブレイブバードとオーラぐるまのぶつかり合いは、タイプ相性のこともあってアーマーガアが少し押されるような形で、だけども体格の差もあって何とか相殺に持っていくことに成功する。ひこうタイプの技でこれなら、他の技でならなんとかなる可能性が高い。

 

「よ~し、じゃあ早速━━」

「『ボルトチェンジ』と!!」

「ちょ!?」

 

 早速こちらから攻撃を仕掛けて今度こそ流れを取り返そうとしたら、今度はモルペコがボルトチェンジの構えを取った。

 

 ボルトチェンジは相手を攻撃しながら控えのポケモンと交代する技だ。同じような技として、フリアがヤローさんとのバトルで見せたとんぼがえりがあるんだけど、あちらと違ってこちらは特殊技。またもや鉄壁の意味をなくしてくる技だ。今の状況でこういった技をしてくるのは本当にやめて欲しい。

 

「アーマーガア!!『はがねのつばさ』だ!!」

 

 せめて受けるダメージを減らすために翼を固くし、飛んでくる電撃に対して防御行動をとるアーマーガア。おかげでボルトチェンジ自体のダメージはかなり抑えることが出来たけど、その代わりにモルペコの交代を許してしまう。ボルトチェンジで戻ったモルペコを腰に移し、マリィは次のポケモンを繰り出してくる。

 

「次!!お願い!!」

「ズルズキン……」

 

 現れたのはズルズキン。これでマリィの切り札意外でポケモンの見た目だけなら、切り札以外のポケモン全てがお披露目したこととなる。ゾロアークのイリュージョンは、手持ちにいるポケモンにしか変化することはできないから、これでマリィの手持ちのほぼすべてがわかったこととなるわけだが、正直マリィの手持ちなんてオレたちにとっては周知の内容だ。マリィにとっては今更バレたところでなんのデメリットにもなりはしない。

 

 一方のオレは、これでまたこのズルズキンが本物なのか、はたまたゾロアークが化けた姿なのかをいちから判断しなければならない。

 

(くっそ……最初はうまくいったのに一気に流れ持ってかれてるな……何とかしなくちゃだぞ……)

 

 どうにかして相手のこのサイクルを崩さないと、オレは永遠とゾロアークに振り回され続けることとなる。ここいらで一発ぎゃふんと言わせないと、オレが勝つことは不可能だ。

 

(どうすれば……)

 

 そんな悩みで頭を埋め尽くされている間に、マリィからの攻撃が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻められてるわね。ホップ」

「ああ。お得意のガン攻めを、正解の択を散らすことで判断を鈍らせてる。……だぁ~もう!!せっかくオレがいろいろ教えてやったのに、それを生かせないじゃないか!!」

 

 状況はマリィ優勢。ゾロアークのイリュージョンを利用した巧みな戦術はホップの攻めの悉くをいなし、ゆっくりと、真綿で首を締めるようにホップを追い詰めていく。その様は熟練のトレーナーの動きで、とてもじゃないけど同い年の立ち回りには見えない。奇想天外な作戦で相手の虚をつくのがフリアなら、繊細でいやらしく、そして小さな動きをコツコツ積み重ねて勝利をもぎ取る知能派。それがマリィだった。もっとも、その作戦の要が交代というなかなか珍しい行動という時点で、彼女も奇想天外という点ではそうなのかもしれないけど。

 

「フリアとは別方面で本当に厄介ね。ここまで交代を駆使して戦うトレーナーも珍しいんじゃないかしら?」

「本来は交代って行為はそれなりにリスクを伴うからな。そんなに頻繁に行う人はチャンピオンとかでもそういないぞ」

「けど、今はこの行為がとても刺さっている」

「ソロアークの特性に噛み合っているのもそうだけど、ホップの場合はゴリ押しを通す戦い方だからな。こうも弱点となるタイプがコロコロ変わるとなると、そのたびにゴリ押しの仕方に工夫を入れないとだめだから、余計に難しくなっているな」

 

 ゴリ押し戦法というのは、当然だけどそれなりに火力が高くないと成立しない。最初のバイウールーが攻撃を通せたのも、防御力を極限にまで高め、その防御を使って巨大なダメージを与えたからだ。しかし、今はそのダメージを与える前に防がれたり、いなされたりしてしまっている。これではホップの強みが生かせない。

 

 ……まぁ、方法がないわけではないのだけど。

 

「ホップの手持ちなら、あのポケモンが大活躍の場面なんだがな」

「そのためにも、このポケモンをうまく使わないとなんだけど……気づくかしらね?」

「気づいてもらわないと困るぞ。じゃないと、オレが鍛えた甲斐がないからな!!」

「すっかり師匠面しちゃって……」

「でも、オレの戦闘スタイルに引っ張られてるのは事実だろ?」

「確かに、似ているところはあるわよね……もしかして、ちょっと情が移ってる?」

「……知らないぞ」

「……ま、そういう事にしてあげるわ」

 

 そんな話をしている間にも戦況は動いて行く。

 

 マリィがサイクル過程で再び出したモルペコが、オーラぐるまでアーマーガアに突撃した姿が目に入る。こうかばつぐんである技を受けたアーマーガアはかなりのダメージを受け、もう少しでやられてしまいそうな雰囲気を見せ始めていた。

 

「もう少しで落ちるわね」

「ああ」

 

 さぁ、ここからどういった反撃を見せてくれるのか。期待して見させてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ボルトチェンジ』で戻ると!!」

「ペッコッ!!」

「くっ、『はがねのつばさ』だぞ!!」

 

 モルペコから飛んでくる電撃を翼で弾き、何とかこれ以上の被弾を減らすアーマーガア。ここまでたくさんのポケモンと変わる変わるぶつかり合い、そのたびに少しずつ消耗させられたアーマーガアは、もう瀕死手前まで削られていた。とんでもない大きいダメージなどは貰いはしなかったものの、それでも多種多様な攻撃は着実にアーマーガアのダメージを削っていっている。ほどなくしてアーマーガアは倒れることになるだろう。

 

(せめて何か爪痕を残せれば……もしくは、何か突破口を……)

 

 オレの一番得意な戦法はとにかく攻撃しまくって押しまくることだ。けど、現状はゾロアークが攪乱してくるせいで攻撃が通りづらい。どうにかしてゾロアークを倒すか、何かしらの攻撃を通す必要があるのだが。

 

 幸い、今はマリィがモルペコから次のポケモンを繰り出すまでのちょっとした時間が発生するので、この間に考えをまとめておく。

 

(……別方面から考えてみよう。正直今のオレだと、マリィのこのサイクルを止める方法を考えるのは無理だ。どうしようもない。だからマリィの残り手持ちメンバーから考えるんだ)

 

 マリィの残りは、ズルズキン、ドクロッグ、モルペコ、ゾロアーク……そして切り札のオーロンゲだ。

 

 ゾロアーク以外は基本的に物理技が得意なメンツが集まっており、こうしてみると結構片寄った編成に見える。

 

(……っていうか、そもそもあくタイプって特殊技を覚えているポケモン少ないのか……それなら、もしかしてやりようが……?)

 

「いくと!!」

 

 考えがまとまり始めたところで、マリィから繰り出されるズルズキン。相変わらず名前を呼ばないせいで正体は分からないけど、だんだんとオレのするべきことが分かってきた。

 

 そうするためには、おそらくアーマーガアの犠牲が必要になるかもしれないが。

 

(すまないアーマーガア。けど、絶対勝つから、頑張ってくれ!!)

 

「『てっぺき』だぞ!!」

 

 アーマーガアに謝罪をしながらてっぺきを指示するオレ。もしこのズルズキンが本物であるのなら、アーマーガアはまだ戦うことが出来るだろう。けど……

 

「『ナイトバースト』!!」

「ゾロアークか……」

 

 正体がこちらなら、もう耐えることも逃げることもできないほど消耗しているアーマーガアでは避けることはできない。後は瀕死になるのを待つだけになる。

 

 けど、これでいい。最後に仕事をして後に託す。それが今のアーマーガアのやるべきことだ。

 

「『ひかりのかべ』!!」

「ガァッ!!」

 

 アーマーガアも、オレを信じて最後の仕事を完遂してくれる。特殊技の威力を抑えてくれるこの技は、しかし消耗しすぎたアーマーガアではその減らした威力でさえ自身を倒し切る威力になってしまう。

 

 

「アーマーガア、戦闘不能!!」

 

 

「ありがとうだぞ、アーマーガア」

 

 けどこれでいいい。このおかげでひかりのかべを味方に長い時間残すことが出来る。

 

「頼むぞカビゴン!!」

 

 アーマーガアを戻してすぐにカビゴンを繰り出し、相手に思考の時間を与えない。ここから先は時間とのバトルだ。ゾロアークが場にいる今のうちに、やりたいことをどんどん進めていく。

 

「カビゴン!!『のろい』!!」

「!?ゾロアーク!!『ナイトバースト』!!」

 

 選ぶ技はのろい。ゴーストタイプか、それ以外のタイプが使うかで効果がまるっと変わってしまうこの技は、ゴーストタイプ以外だと自身の素早さを下げる代わりに、攻撃と防御を強化する。本来なら特殊技を得意とするゾロアークの前では意味がないが、ひかりのかべがある今なら、ゾロアークの攻撃はもともと半減で受けられる。しかもカビゴンは特殊技に対する耐久が高い。それ相まって、今のゾロアークの攻撃くらいなら全然余裕で受け止められる。

 

「『のろい』、『のろい』、『のろい』……まだまだ『のろい』だぁッ!!」

「カ~ビ……」

 

 欠伸をしながら、しかしやることはしっかりとするカビゴンは自身の能力をどんどん育てていく。一番最初にわるだくみさえできればゾロアークでも何とか倒すことが出来ただろうけど、ここまで育ってしまえばやられる前に全部を倒せる。

 

「戻ってゾロアーク!!ズルズキン!!『とびひさげり』!!」

「ズルッ!!」

 

 ここに来てマリィの言葉がくずれはじめ、明確な焦りを見せて来る。ゾロアークではもうわるだくみを積んでも遅いと判断したマリィが、名前を隠すこともせずにズルズキンを呼び、ズルズキンが放てる最大のかくとう技を放ってくる。のろいのせいで足が遅くなってしまったカビゴンはこの技を避けることが出来ないので真正面からこの技を受けることになってしまう。こうかばつぐんの強力な一撃だ。

 

「カビ……?」

「ズルッ!?」

「嘘!?」

 

 しかし、すばやさを犠牲に防御を育てたカビゴンにとってはこの技ですらもう効かない。柔らかいお腹で弾かれたズルズキンは、そのことが衝撃的過ぎて受け身を忘れ、地面を転がってしまう。

 

 今こそ、反撃開始の時。

 

「カビゴン!!『じしん』!!」

「カ~……ビッ!」

 

 ゆっくりと、しかし、のろいによってとてつもない力を秘めた拳が地面に突き刺さる。同時に起こるのは災害クラスの破壊の嵐。その攻撃は、例え防御力に自身があるはずのズルズキンだろうと一瞬で吹き飛ばす。

 

 

「ズルズキン、戦闘不能!!」

 

 

「っし!!」

 

 バイウールーにされた時と同じく、一撃で地に沈むズルズキン。しかし、マリィの表情はその時以上に焦りに焦っていた。

 

 当然だろう。だって、バイウールーの時は特殊で殴ったり、かくとう技を半減で受けられるドクロッグで受けると言ったわかりやすい対策が見えていたのだから。

 

 けど今は違う。

 

 特殊はひかりのかべが受け、物理はのろいによって育った防御が受ける。そしてオレのカビゴンがメインとして使うじしんは地面技。この技はマリィの手持ちでは半減以下で受けられるタイプが存在しない。つまり、タイプでの耐久も成立しない。

 

(いつかジュンが言ってたっけな)

 

 ゴリ押しは無理やり通すのではなく、通せるように下地を作ってあげるのが大事だと。

 

「作ったぞ……その下地……!!」

 

 ここまではゾロアークに好き勝手された。

 

 けど、もう迷う必要はない。

 

 ここからは何が起きようと、カビゴンがひたすらじしんをするだけでいいのだから。

 

「見せてやるぞ……これが最強のゴリ押しだ!!」

 

 右手の拳を左の掌に打ち付け、パチンという音を立てながら宣言する。

 

「さぁどうするマリィ?このままだと……『じしん』だけで全部終わるぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




のろい

のろいカビゴンは剣盾でも一定数の活躍をしていましたよね。なんだかんだ強いです。

マリィ

こうしてみると、あくの弱点に関しては切ってますけど、地面タイプの一環は切れていないという。もっとも、タイプ統一なので、何かしらの一貫性は生まれてしまいますけどね。




新アニポケの最新話が普通にかっこよくて魅入ってました、やはりいですね。






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215話

「ゾロアーク!!『ナイトバースト』!!」

「ゾロッ!!」

 

 ゾロアークから放たれる渾身の黒い波動。自身が今放てる最高火力は空気を揺るがし、見るものの動きを一瞬止めてしまうほどの威力と迫力を内包していた。

 

 ゾロアークの調子はすこぶる良い。むしろ最高クラスと言ってもいい。しかし、そんな頼れるパートナーから放たれた渾身の一撃は虹色にうっすら光る透明な壁と、ふくよかに丸まった柔らかいお腹にてあっさりと弾かれてしまう。

 

「カビゴン!!『じしん』だぁ!!」

「カ~……ビ……」

 

 こちらの攻撃に対してビクともしないカビゴンは、そのままゆっくりと右腕を持ち上げて地面へと叩きつける。

 

「ゾロアーク!!跳んで避けると!!」

 

 動きはまるでスローモーションなのではないかと思うほどゆっくりで、本当にじしんをすることが出来るのか怪しい速度。しかし先程この技に一撃でズルズキンを持っていかれたあたしにとって、このスローモーションはまるで走馬灯を見せる時間を与えてくる死神の執行猶予のように感じてしまう。当然こんな技を真正面から受けてしまえば、あたしのポケモンは誰も耐えることが出来ない。本来なら宙に浮いているポケモンで対処するのが一番なのだろうけど、残念ながらあたしにそういったポケモンはいない。だから頑張ってタイミングよくジャンプして、何とかやり過ごす必要があるのだけど……

 

「ゾロ……ッ!?」

「……これ、どうやって避ければよかと……」

 

 どれだけ高く跳んで避けてもカビゴン自身の力がありすぎて、ゾロアークが跳んで着地した上でまだじしんが終わらない。勿論、普通に直撃を貰うってしまうよりかは幾分かダメージを抑えることには成功している。

 

「ゾ……ロ……ッ!!」

「ゾロアーク……っ」

 

 しかし、そのうえでゾロアークの体力をほとんど削りきられてしまっている。これではひかりのかべの時間耐えて、そこから少しでもダメージを蓄積させて次へ繋ぐということすらも難しい。

 

(ゾロアークでは突破は無理と。せめて最初に『わるだくみ』をしておけばまだ何とかなったかも知れんけど……ううん、たとえ出来てたとしても勝てなさそう……)

 

 ひかりのかべは確かにダメージを抑えることはできるけど0にする訳じゃない。半減にされるだけでダメージはちゃんと通る。けど、カビゴンの耐久力が高すぎて1回わるだくみをした程度ではカビゴンは倒せない。そうなれば当然返しのじしんで即敗北だ。

 

(かと言ってここで交代しても、控えのポケモンも誰も受けられなかと……)

 

 じゃあカビゴンに有利なポケモンを出すかと聞かれたら、これこそNO。あたしの手持ちの中で一番の守備を誇るズルズキンが一撃でやられてしまっている以上、たとえオーロンゲでダイマックス権を切ったとしても、おそらく耐えることは出来ない。そうなってしまえば、無意味にカビゴンにポケモンを1人倒されるだけになってしまう。

 

(倒すまでの贅沢は言わない。せめて、少しでも多くカビゴンの体力を削って、あの子がかろうじて勝つことが出来る体力までは減らさないと……!!)

 

 ここまで来たらゾロアークは倒され、次のポケモンもかなり削られることを覚悟した上で動かないといけない。

 

(せめてあと1回はカビゴンの攻撃を避けて、その間にゾロアークの攻撃を3、4回は叩き込みたか……)

 

「カビゴン!!もう1発行くぞ!!」

「カ~ビ……」

「ッ!?」

 

 頭の中を思考で埋めていると、とうとうカビゴンの腕がまた動き始める。

 

 あれが地面に叩きつけられる前に、明確な対処法を思いつかないとゾロアークは確実にやられてしまう。

 

(何か……何か方法は……)

 

 あちこちに視線を動かして何とか避ける方法を模索するあたしだけど、じしんの攻撃範囲が広すぎて逃げ場所がどこにも存在しない。フリアがよくする、いわなだれによる障害物の作成みたいなこともされていないこのフィールドは、現状まっさらな状態だから何かを利用するという工夫すら許してくれない。

 

 カビゴンの拳が地面に当たるまであと数秒。のろいのせいで遅いその拳は、しかし着実にゾロアークの終わりの時間を刻んでいく。

 

(この『じしん』を避けられる明確な方法……っ!!)

 

 そんな刹那の時間もひたすら思考を回し続ける。

 

 だってまだ、諦めたくないから。

 

(……あ、あった)

 

 そうやって諦めずに考えた結果なのか、あたしの中にこの場に対する答えが浮かぶ。

 

(これなら……避けられると!!)

 

「ゾロアーク!!前に走って!!」

「ゾロッ!!」

 

 ゾロアークにとっては突如聞こえたあたしからの指示に、痛む身体を声を発することで無理やり押さえ込みながらカビゴンに向かって走り出す。

 

「せめての悪あがきか?悪いけど、そどんな攻撃をしてもカビゴンは止まらないぞ!!」

 

 ホップはその様子を見ながら否定の言葉を投げかけてくる。確かに、今のゾロアークは相手をひるませる技は覚えていない。わるだくみもしていないため火力は足りないし、そもそもあたしのプレイスタイルは火力で押していくそれでは無いため、今回のように力でゴリ押しされると大抵不利に落とされる。

 

 いまのあたしにこのじしんを止める術は無いし、かと言ってジャンプで避けようとすれば先程の二の舞になってお終いだ。ひかりのかべとのろいの防御によってこちらの攻撃では止まらず、相手の火力と持続の長さで逃げてもそのうえで狩られてしまう。

 

 けど、良く考えれば1箇所だけ、明確に技の影響を受けず、時間いっぱい逃げられる場所があった。

 

 その場所に向かうため、あたしはカビゴンに近づいたゾロアークにその場所を伝える。

 

「ゾロアーク!!カビゴンの()()()()乗ると!!」

「ゾロッ!!」

「はぁ!?」

「カビ……?」

 

 あたしの指示を聞いたゾロアークは、素早く飛び上がってカビゴンの頭の上に立つ。この行動にはさすがのホップも驚いたみたいで、凄く大きな声でその感情を表していた。

 

 じしんという技は、本来の自然現象のじしんのように地面の奥から揺れている訳では無い。技の使用者の位置を起点に、そこから周囲にじめんタイプのエネルギーを送って地面を揺らすことによって、じしんに限りなく近い現象を起こして攻撃してくる技だ。

 

 だから、自然のじしんと違って、明確な安全ポイントというのが存在する。

 

「その安全ポイントこそが、術者と同じ場所!!じしんを行っているポケモンを中心にして、そこから周りに攻撃を発しているのなら、今のカビゴンは言わば台風の目と!!そこに行けば、攻撃は避けられると!!」

 

 もちろんそんな簡単な話では無い。警戒されたら頭に乗るなんてことはさせてくれないだろうし、そもそもこれは相手のポケモンの図体が大きくないと無理だ。

 

 けど、今回はその全てを満たしてくれている。

 

 急な行動に加えて、のろいで遅くなっているカビゴンにはこの行動を止める術がなく、カビゴンの身体の大きさなら十分上に乗れる。結果、あたしの狙い通りじしんをやり過ごすことが出来た。

 

 そして今、カビゴンと0距離の位置という最高のポジションも手に入った。絶好の攻撃チャンス。

 

「『ナイトバースト』!!」

「ゾロッ!!」

「カビッ!?」

 

 両手に貯めた黒色の波動をカビゴンに叩きつけるゾロアーク。ひかりのかべが特殊技を防ぐことが出来るとはいえ、ここまで距離を詰めればさすがに小さくないダメージが入るはずだ。事実、カビゴンからは少しだけ苦悶の声と表情が見て取れた。着実にダメージは刻まれている。

 

「カビゴン!!気合いだぞ!!打ち上げろ!!」

 

 しかし、これだけ攻撃を受けてもカビゴンは倒れない。ナイトバースを受けて少しバランスを崩すカビゴンだけど、ホップの声を聞いた瞬間表情が変わり、上に乗っていたゾロアークを気合いで空中におしのけた。これでゾロアークの動きが縛られた。

 

「まだと!!『ナイトバースト』!!」

 

 次に地面に足を着いた時が恐らくゾロアークの最後の時だ。それまでにちょっとでも多くの体力を削るためにも、両手に溜めた黒色の波動をとにかく飛ばしまくるゾロアーク。これで次にじしんを打たれるまでに、かなりの攻撃を当てることが出来るはずだ。

 

「面食らったけど、こっちだってやられっぱなしじゃないぞ!!せっかくとった有利展開……逃すもんか!!カビゴン!!ジャンプだ!!」

「カ~ビッ!!」

「と、跳んだ!?」

 

 しかし、こちらが動けば当然あちらも動く。のろいで横への動きが弱いのなら、ジャンプで高く跳べばいい。理屈では分かる……いや、全然わからないけど、とにかくのろいで上がった攻撃力を足に乗せ、力いっぱいその場でジャンプをするカビゴン。その高さは、カビゴンの巨体からでは想像できないほど高く、打ち上げられたはずのゾロアークよりもさらに高く跳んでいた。その行動に思わず目が点になりかけるけど、空中に行ってくれたのならむしろこちらとしては攻撃のチャンスだ。自分から身動きの取れない場所に動いてくれたカビゴンに向かって、再び攻撃を仕掛ける。

 

「自分から空中に行ってくれるのなら都合よかと!!ゾロアーク!!もっともっと『ナイトバースト』!!」

「ゾロッ!!」

 

 これだけ身体が大きいポケモンが空中に行けば、こちらにとってはただの的だ。そんなカビゴンに向かって、ゾロアークは次々と黒い波動を放っていく。頭の上に乗った時と違って距離が離れているから、ひかりのかべの防御も相まってかなりダメージは下がるけど、それでも全く攻撃しないよりはましなはずだ。

 

(とりあえず、これでカビゴンが『じしん』を放つまでの時間はまた稼げた。この間にもっとダメージを━━)

 

「カビゴン!!一気にぶち抜くぞ!!『ヘビーボンバー』だッ!!」

「カビッ!!」

「なっ!?」

 

 ここからまたダメージを積み重ねようとしていると、カビゴンが別の技を構え始める。

 

(って、あたしはなんで『じしん』を打たれることしか想定してなかったと!!メロンさんのヒヒダルマみたいに、技の制限がかかる状況でもないんだから、『じしん』が使えないなら他の技を使うのは当たり前と!!)

 

 相手のじしんの火力が凄すぎだったのと、じめんタイプの技があたしのパーティによく通るから、頭の中で無意識に、「相手は『じしん』しかしてこない」と思い込んでしまっていた。これは完全にあたしのミスだ。

 

(何よりも、絶対ホップはそんなこと狙ってないだろうからそこが一番ムカつくと!!)

 

 言ってしまえばあたしの自爆なんだけど、なんかその事実が物凄く嫌だ。

 

「って、そんなことは今はよかと!!ゾロアーク!!」

「ゾ、ゾロッ!!」

 

 そんなちょっと変なプライドが刺激されているところに思考を奪われていたところを、無理やり頭を振って追い出してまた前を見る。ゾロアークの目前には、自身の身体を目一杯広げ、ゾロアークに向けて加速し、落下していくカビゴンの姿。

 

 ヘビーボンバー。自身の体重を使ったその一撃は、お互いの体重差によってその威力が変わる。カビゴンの体重がおよそ460kgなのに対し、ゾロアークの体重は大体80kg強。その差は実に5倍。ここまで差があると、とんでもない威力になってしまうだろう。そんな技を喰らえば当然体力の少ないゾロアークは倒される。だからこの技を止めるべく、自分の上にいるカビゴンに向かって何度もナイトバーストを放っていく。

 

「そんなものじゃ、オレのカビゴンは止まらないぞ!!」

「カ~ビッ!!」

 

 しかし、重力を味方につけたカビゴンは、自慢の大きなおなかで攻撃を弾きながら、はがねタイプのエネルギーを纏って落ちて来る。その質量と威力の前ではゾロアークの攻撃は何も通らない。かといって、ゾロアークには空中を移動する手段はないから、技を避けることもできない。

 

「ゾロ……ッ!!」

 

 何もできないゾロアークは、それでも最後まであきらめずにカビゴンに向かってナイトバーストを放つが、2人の距離は徐々に縮まっていく。そして2人の距離が0になったと同時に、2人の場所は空中から地上へと落ちていった。

 

「ッ!?……ゾロアーク!!」

 

 地面に落ちると同時に響く轟音と衝撃。落下した2人を隠すように舞い上がった土煙は程なくして晴れ、その中心にうつぶせに寝るカビゴンと、その下敷きになって目を回しているゾロアークの姿が目に入った。

 

 

「ゾロアーク、戦闘不能!!」

 

 

「……お疲れ様、ゾロアーク」

 

 カビゴンにつぶされて倒れたゾロアークにリターンレーザーを当てて戻す。これであたしの残りは3人。カビゴン1人に2人持っていかれた計算になる。

 

 そして、多分あたしがこのカビゴンに勝つには、あと1人の犠牲が必要になる。

 

(正確には犠牲までは必要ないんだけど……今のカビゴンの体力、ゾロアークのおかげでかなり削れているけど、倒し切るとなるとかなりの火力が必要……だから、あなたにはつらい役を演じてもらうけど……信じてると……!!)

 

「頑張って……ドクロッグ!!」

「クク……ッ!!」

 

 あたしの4人目、ドクロッグ。もうゾロアークが倒れてしまった以上、イリュージョン目的の名前隠しもしなくていい。だからあたしは、ドクロッグのやる気を引き上げるために、彼の名前をしっかりと呼んで背中を押す。

 

「次はドクロッグか……そいつもすぐに倒してやるぞ!」

「……」

 

 どくタイプを持つドクロッグはゾロアーク以上にじしんに弱い。当然一撃でも貰えば致命傷。運がよくないと耐えることすらできないだろう。

 

 けど、おそらくあたしの手持ちで唯一カビゴンを止められる可能性を持つのもこの子だけだ。

 

(なんとしてでも倒すと!!)

 

 頬を軽く叩き気合を入れる。カビゴンがじしんを放つその瞬間が一番大事だ。

 

「ドクロッグ!!前!!」

「ククッ!!」

 

 喉を鳴らしながら前に走るドクロッグ。その姿を見たホップは、まずカビゴンの頭の上に乗られないように注意を払う。

 

「カビゴン!!もう乗られたらダメだぞ!!注意しながら『じしん』で確実に仕留めるんだ!!」

「カ~ビッ!!」

 

 ホップの指示を受けたカビゴンは、再びゆっくりと、しかし全力をもって拳を握り、ドクロッグの動向を注視しながら地面にたたきつける準備をする。もし今カビゴンの頭に乗ろうとしたら、おそらくじしんのために構えている拳を直接ぶつけてくる算段だろう。

 

(そこがチャンス!!)

 

「ドクロッグ!!上!!」

「クククッ!!」

「やっぱり来たか!!同じ作戦は2度は通じないないぞ!!カビゴン!!」

「カビ……ッ!!」

 

 再び頭の上を狙って飛ぶドクロッグに対して、拳を振り上げてカウンターを狙うカビゴン。この一撃は勿論強力な威力を誇り、ドクロッグの耐久なら十分倒す火力を秘めているだろう。けど、これは本来のじしんの使い方ではないから、じしんを直接喰らうよりかはダメージは低いはずだ。

 

(合わせるなら……ここしかない!!)

 

「ドクロッグ!!『イカサマ』!!」

「ククッ!!」

「っ!?カビゴン!!」

「カビッ!!」

 

 相手の攻撃力を利用してこちらの攻撃とするイカサマ。攻撃が育ちきっているカビゴンの攻撃をもれなく完全にコピーしたドクロッグの拳は、じしんのために握られた拳とぶつかり合い、空気が痺れるような音を響かせる。

 

 イカサマによって攻撃を真似たことと、相手のじしんが本来の使い方でないことが合わさって、何とかお互い痛み分けに持っていくことに成功する。しかし、同じ痛み分けでも貰うダメージはやはりこちらが大きい。相手は防御も育てている分、どうしても受けるダメージに差が出てきてしまう。実際、叩き合わされた拳が弾かれた時、明らかに表情を歪めているのはドクロッグの方だった。

 

「『イカサマ』で発生前を無理やり相打ちに……やるな!!ならこっちの技ならどうだ!!『ヘビー━━』」

「『アンコール』からの『イカサマ』!!」

「『━━ボンバー』……って、なにぃ!?」

 

 それでも、他の技を使われるよりは確実に痛み分けに持って行けるから、アンコールで相手にじしんしかできないように縛って、ホップの言葉を無視して放たれるじしんに対してまたイカサマをぶつけていく。

 

 大きな衝撃音が2度、3度……そして4度。連続で振るわれるじしんの拳全てに相打ちを取っていくドクロッグ。この攻防と、今までのみんなの頑張りもあってか、3人掛かりで挑んでようやくカビゴンの身体がほんの少しぐらついたような仕草を見せた。あと少しで倒せるところまで追い詰められた証だ。

 

「ク……グ……」

「ドクロッグ!!あとちょっと頑張ると!!」

 

 しかし、先も述べた通りただ相殺するだけではダメージレースはこちらが勝てない。カビゴンの凶悪な攻撃と立ち向かった結果、ドクロッグはもうボロボロ。

 

 もう技の相殺は出来ない。次しようものなら、間違いなく力負けしてダウンする。

 

「オマエのドクロッグ……すごい粘りだったぞ。だけど、もう限界みたいだな。なら、このまま押し切るぞ!!カビゴン!!『じしん』!!」

「カ~ビッ」

 

 十分な粘りに対して賞賛の声を上げながら、あたしにとって無慈悲な宣言をするホップ。あの拳が振り下ろされたら、相打ちだろうとドクロッグは倒れてしまう。

 

 もうドクロッグは限界だ。むしろ、今のカビゴンとここまで戦えたことを褒めるべきだ。観客の方からもそんな雰囲気を感じる。

 

 けど……

 

「ググッ!!」

「うん……いくと!!」

 

 あたしとドクロッグは諦めていない。むしろ、()()()()()()()()()()

 

(あたしの戦い方だとどうしても一撃の重さに難が出てくる。これは昔から思ってたこと。だからこそ、その一撃をあたしでも使えるように、他の人を見て、吸収して、ちょっとだけあたしの立ち回りに入れることが出来た!!)

 

「ドクロッグ!!」

「クク……ッ!!」

 

 ゆっくりと落ちる拳に向かって、痛む身体にムチ打ちながら走るドクロッグ。もう何回も見た光景に、しかし、もはや風前の灯火のような体力のドクロッグの前に、ホップの行動は変わらない。この技を相殺されたところで、ドクロッグは倒せるという考えからだろう。

 

 間違ってはいない。けどそれは、あくまであたしがイカサマを選択し、さっきまでと同じ展開を繰り返したらの話だ。

 

(見せてあげると……ホップ!!あんたから見て学んだ、今のあたしの最高火力……!!追い込まれれば追い込まれるほど威力の上がるこの技で、この壁(カビゴン)を打ち壊すと!!)

 

「ドクロッグ!!『きしかいせい』!!」

「なっ!?」

 

 このカビゴンを落とす最後の秘策。それはきしかいせい。ホップがスランプから脱出するきっかけとなった技で、今回の戦いでは見れなかったけど、今もバイウールーがしっかりと覚えている思い出の技だ。

 

 さっきも言った通り、あたしがこのジムチャレンジ期間で1番一緒にいた時間が長いのはホップだ。長い時間一緒にいて、ホップと一緒に頑張ってきたからこそ、ホップの技はよく分かる。ホップにこの技のことを聞いて、ドクロッグが本気で技を覚えたいと願ってきた時のことは今でも覚えている。

 

 身体を黄色いオーラに包み、拳にありったけの力を込めたドクロッグがカビゴンの下に駆ける。これに対してホップが慌てて技を変えるなり、じしん用に構えた拳をドクロッグにぶつけるなり、色々行動を変えようとするものの、ここに来てのろいによる素早さの低下が響いてくる。

 

「ドクロッグ!!」

 

 あっという間に懐に潜ったドクロッグは、拳を腰の横に添え、思いっきり踏み込みながらカビゴンの身体に叩きつける。

 

「決めると!!」

「ク……クッ!!」

 

 オレンジ色に輝く拳は寸分たがわずカビゴンのお腹のど真ん中を貫いた。

 

 体力がわずかしか残っていないドクロッグによるこの一撃は、自身と同じかくとうタイプの技であり、且つカビゴンの弱点をつける技。たとえのろいでどれだけ硬くなったとしてもさすがに抑えきることはできない。

 

「カ……ビ……」

「カビゴン!?」

 

 その事を証明するように、あたしの前に立ちはだかった壁が崩れ去る。

 

 

「カビゴン、戦闘不能!!」

 

 

 とりあえず山を一つ越えた。けど、総合的に見て勝っているわけではない。

 

「まだ……まだと……!!」

「クク……ッ!!」

 

 絶対に追いつくために、ドクロッグと前を見据えて吠える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




きしかいせい

ホップが立ち直ったきっかけの技をマリィが使う展開。ともに冒険していたからこそ分かるものですね。




チャデス可愛い……最初から使えていたら絶対旅パにしていた子ですね。






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216話

「お疲れだぞカビゴン。ゆっくり休んでくれ」

 

 目を回しながら仰向けに倒れたカビゴンにリターンレーザーを当ててボールに戻し、ゆっくり休ませる。カビゴンがやられたのはかなり痛いが、それでもマリィの手持ちを2人倒し、そのうえでドクロッグの体力も残りわずかまで削ってくれているという大立ち回りを見せてくれた。これ以上求めるのは贅沢だろう。それに、マリィならこれくらい乗り越えてくるというのがわかっていたはずだ。

 

(まぁ、その方法が『きしかいせい』とは思わなかったけどな……マリィも、人知れず特訓を頑張っていたんだな)

 

 いつしかオレを助けてくれたこの技に、今度は反撃されるだなんて夢にも思わなかった。それだけオレにとってはかなり衝撃的な事だった。

 

(さて、問題はこのドクロッグをどうするかだな……)

 

 きしかいせいの強さはオレが1番よく理解している。体力が少なくなればなるほど威力の上がるこの技は、今ギリギリのところで立っているドクロッグが放てば、それはもうとんでもない威力になる。けど、逆に言えばドクロッグの体力はもうわずかだという事。それだけ追い詰められているのであれば、きっとそこら辺の野生のポケモンのたいあたりでも倒れてしまうだろう。

 

(かといって油断はできないからな。逆に言えば、一撃でも攻撃を許せば、こっちは手痛いダメージじゃすまない被害を被るぞ……)

 

 だからこそ、ここからはあまり得意じゃないけど慎重な行動が求められる。

 

(となれば次は……こっちだ!!)

 

「頼むぞ!!ウッウ!!」

「ウッ!!」

 

 そんなオレの4番手はウッウ。

 

 青色の翼をはためかせるウッウは、目の前のドクロッグを前にしても、いつも通りのちょっと間抜けな顔を浮かべている。緊張とは程遠そうなこいつらしい。

 

 さて、オレがウッウを呼んだ理由だけど、それはこいつの特性にある。

 

「ドクロッグ!!『きしかいせい』!!」

「ウッウ!!『ダイビング』だぞ!!」

 

 その特性を発動させる兼相手の攻撃を避けるために、地面に水を展開してその中へと潜っていく。一瞬にして姿を消したウッウに攻撃は当たらない。さっきまでウッウがいたところを通り抜けたドクロッグは、急に消えたウッウを探すようにキョロキョロと視線を動かす。

 

「ドクロッグ!!警戒すると!!」

 

 どこからウッウが現れるか分からない以上、マリィにできることはこちらがどこから出るかを警戒するだけ。これなら向こうから手を出されることはないだろう。その間にこっちは準備を進めていく。

 

 マリィからの攻撃で警戒しないといけないのは2つ。

 

 1つは『きしかいせい』。当り前だけど、これだけは絶対に食らうわけにはいかない。

 

 そしてもう1つ。それはアンコール。相手を直前に出した技で縛るこの行動は、こちらの動きを一気に制限してくる。だから下手な技で動くことは許されない。特に、変化技で相手に仕掛けるのは絶対にしちゃいけない。

 

 だからこそのウッウ。

 

「いまだウッウ!!」

「ウ~!!」

 

 オレが合図を出すと同時に、水面から顔を出したウッウは口に咥えた()()()()()をドクロッグに向かって吐き出す。

 

「っ!?ドクロッグ!!頭を下げて避けて!!」

「クッ!?」

 

 ドクロッグの死角から飛んでいくサシカマス。その軌道を見ていたマリィが慌てて頭を下げるよう指示すると、気配で察したドクロッグも慌てて頭を下げる。結果、先ほどまでドクロッグの頭があったところを、サシカマスが通り抜けっていく形となる。

 

「ウッウ!!」

「ウッ!!」

 

 その回避行動を見て、ウッウは再び潜行。飛んでいるサシカマスの先回りをし、空中でキャッチしたウッウはそのサシカマスを再びドクロッグがいる方に返していく。

 

 ウッウの特性『うのミサイル』は、なみのり、もしくはダイビングをして水の中に入った際、自分の残り体力によってサシカマスか、ピカチュウを咥えた状態で地上に戻ってくるというものだ。この時咥えたものは自身の攻撃手段として用いることができ、サシカマスの場合はダメージを与えながら防御を奪い、ピカチュウの場合は相手にまひ状態を与えるという追加効果も発生する。……なんで咥えてくるのかはわかんないけど……多分、ダイビングやなみのりする際に流れてくる水に、一緒に流されてくるんだろうな。そういう事にしておこう。

 

 とにかく、今はダイビングでドクロッグの周りに移動しまくって、サシカマスを発射しまくる。近距離が強いドクロッグにわざわざこちらから近付く必要はないし、相手は体力が少ししかないのなら、この攻撃が少し掠るだけでも倒れてくれるはずだ。それに、これならたとえアンコールで縛られても問題なく攻撃できる。

 

(本当なら『ダイビング』で直接攻撃したいところなんだがな……)

 

 潜っている場所に対してすぐに反応できないくらいに消耗していいる以上、本来なら直接殴った方が手っ取り早いのだが、ここにきてドクロッグの特性がちょっと邪魔をする。

 

 マリィのドクロッグの特性は『かんそうはだ』。この特性を持つポケモンは、ほのおタイプの攻撃や、晴れ状態には弱くなってしまうけど、みずタイプの攻撃や雨を受けると体力が回復する。だから、オレのウッウがダイビングをぶつけてしまうとその分体力が回復してしまう。相手のきしかいせいの威力を下げるという意味ではありかもしれないけど、相手の体力が回復するデメリットと比べると、やはりみず技は当てるべきではない。しかし、今のままだと、まだドクロッグには避ける余裕はあるみたいで。

 

「じゃあその分数を増やすぞ!!ウッウ!!」

「ウ~ッ!!」

 

 オレの言葉を聞いたウッウがサシカマスを咥える量を増やす。そうすれば当然こちらからの手数は増えることとなる。

 

「連続発射!!」

「『どくづき』!!」

 

 ウッウから3発のサシカマスが飛んでいく。これに対して、ドクロッグが右、左、右の順で腕を突き出し、サシカマスを弾いて行く。その隙にドクロッグの右側に回り込んだサシカマスが、右腕のせいで死角になるような位置から2発発射。これを見たドクロッグは右腕を突き出したままその場で一回転し、腕を薙ぐことで1つを弾き、もう1つはしゃがんで避けながらサシカマスをキャッチ。逆にウッウの方に投げ返してきた。

 

 本当に体力が少ししかないのか怪しい所だけど、サシカマスを投げているときに少し態勢を崩しているあたり、やっぱり限界は近いと信じたい。かといって、遠距離だけだと時間がかかるのも事実。

 

(なら、リスクは少しあるけど、ここで確実に決める!!)

 

「ウッウ!!下に『はがねのつばさ』!!」

「ドクロッグ!!来ると!!」

 

 オレの指示を聞いたウッウは、翼を鈍色に光らせ、足元の巣面に叩きつけて大きな水飛沫を上げる。その姿は真正面から見れば大きな水の壁がいきなり現れたようになっており、お互い相手の姿が視認できなくなる。

 

「この状態でサシカマスを発射しまくるんだぞ!!」

「ウッ!!」

「ドクロッグ!!つらいと思うけどもうひと踏ん張りと!!しっかりと集中!!」

「クク……ッ!!」

 

 水の幕を挟んで行われる、サシカマスの弾幕による攻防。水のせいでこちらは相手の位置がわからないので、狙いなんて付けずに適当にばらまく。一方相手は水のせいでサシカマスを視認できる時間が短いので、かなりやり辛そうに動いているようだ。それでも被弾はまだしていないあたり、集中力は本当に凄い。

 

(けど、ここで決めるぞ!!)

 

 攻防を繰り返している間に水の壁は消えていく。ドクロッグはどうやら、途中でサシカマスをまた捕まえて、それを得物として振り回すことで先の弾幕を防いでいたみたいだ。そのサシカマスをウッウが視認できたと同時に投げるつもりで構えていたみたいだけど、ウッウは既に水の中。そしてウッウがいないことに少なくない焦りを見せたドクロック。

 

 その隙を逃さない。

 

「『はがねのつばさ』!!」

「っ!?後ろと!!」

 

 ドクロッグの真後ろから現れたウッウは、鈍色の翼を携えて突撃を行う。対するドクロッグは、振り向きながら相手をしなくちゃいけないから技が間に合わない。苦肉の策として、右手に持っているサシカマスで殴ろうと振りかぶるけど、はがねのつばさを腕にぶつけることで弾き、ドクロッグを完全に無防備状態にする。

 

 そのまま、もう限界で動けないドクロッグに2発目はがねのつばさをぶつけてダウンさせる。

 

 

「ドクロッグ、戦闘不能!!」

 

 

「ありがと。あんたのおかげで、繋がったと」

 

 カビゴンを倒した立役者を褒めながらボールに戻し、マリィは次のポケモンを繰り出す。

 

「いくと!!モルペコ!!」

「ペッコッ!!」

「来たな……モルペコ……!!」

 

 次に現れたのはモルペコ。マリィの一番の相棒と呼んでもいいくらい、常に外に出てマリィのそばで一緒にいるポケモンだ。見た目は可愛らしいけど、あくと一緒にでんきタイプを持つこのポケモンは、ウッウにとっては天敵と言ってもいい相手だ。本来ならすぐにでも別のポケモンに変えた方がいい場面だろう。しかし、オーラぐるまで素早さをぐんぐん上げることの出来るモルペコを前に交代はかなりリスクが高い。ボルトチェンジもある以上、下手なサイクル戦ではこっちが不利だ。

 

「きつい相手だけど、頑張るぞ!!ウッウ!!」

「……ウ!!」

 

 相手がでんきタイプとわかって若干震えを見せるけど、すぐに気合を入れるウッウ。少し悪い気はするが、頑張ってもらおう。

 

「『ダイビング』!!」

 

 早速水の中に潜って特性発動。サシカマスを咥えながら、今度は直接モルペコを攻撃しようと突っ込んでいく。

 

「モルペコ!!帯電!!」

「ペッコ!!」

「な!?下がれウッウ!!」

 

 これに対してモルペコは、自身の身体に電気を纏って電気の鎧を着る。それを見て慌てて下がるように指示を出すけど、ウッウが攻撃する直前すぎてウッウの反応が間に合わない。結果、でんきの塊にぶつかったウッウは、モルペコにダメージを与えながらも自身も手痛いダメージを貰ってしまう。

 

「平気か!?」

「ウゥ……」

「『オーラぐるま』!!」

「ペコッ!!」

 

 まさかのカウンターにたたらを踏んだウッウはまひこそしていないものの、でんき技特有の痺れもあって動きが少し遅れる。その間に得意技のオーラぐるまを構えたモルペコは、フィールドを駆け回りながらウッウの方へ突っ込んでくる。

 

「ウッウ!!動けるか!?動けるなら潜るんだ!!」

「ウ……ッ!!」

 

 オレの声を聞いて何とか反応したウッウが慌てて水の中に戻ていく。その数瞬後に通り抜けていくモルペコを見てほっと一安心。

 

「逃がさないと!!そのまま水に突っ込んで!」

「ペコッ!!」

 

 しかし、マリィは安心しているこっちを逃さない。でんきの滑車に乗ったモルペコは、そのままウッウの潜ったところに突撃し、そこで電気をまき散らす。

 

 水の中を通して感電させて来ようとする作戦に一瞬息が詰まりそうになるけど、水の中を高速で泳ぐウッウの姿を見て、ほっと一安心。ギリギリ範囲外から逃げることが出来たみたいだ。

 

「『なみのり』!!」

 

 このまま接近戦を挑むのは分が悪い。あの帯電モードに入られるといよいよ手出しができなくなるので、次は接触しないように攻撃をしてみる。そのためにウッウは大きな波を巻き起こしてその中に潜り、波を操ってモルペコへ突撃を始めた。

 

「『オーラぐるま』!!」

 

 一方のモルペコは、再び電気の滑車に乗り込んで走り回り、なみのりの波に対してサーフィンをするように波の内側へ移動する。これだとどっちがなみのりをしているのかわからない。

 

「ほんと器用だぞ……けど、移動することに必死なら!!ウッウ!!」

 

 波に乗って走っているモルペコに対して、波の中からうのミサイルを飛ばすウッウ。吐き出されているポケモンがサシカマスからピカチュウに変わっているあたり、やはりさっきの電気の鎧の反撃はかなり痛かったみたいだ。

 

「避けると!!」

 

 迫りくる波の内側を走るモルぺコは、そんな状況ながらも飛んでくるピカチュウを、波の内側をピンボールのように跳びながら避けていく。

 

 波の内側で起こる電気の火花。モルペコが波の表面を跳ねる度に光るその様は、見ている人の視線を奪っていく。

 

 しかし、その電気の花火が急に止まる。

 

「ペコ~ッ!!」

 

 同時に聞こえだすのはモルペコの怒り声。モルペコの特性であるはらぺこスイッチが発動し、姿が変わった証だ。これでオーラぐるまのタイプがでんきからあくに変わる。同時に、波が少しだけ落ち、波の内側が水のトンネルへと姿を変えていく。

 

「『ダイビング』だ!!」

 

 この変化を見て、オレはウッウの攻撃方法をうのミサイルからダイビングへ変更。水がトンネル状になっているのであれば、そしてオーラぐるまが電気を纏っていないのであれば、水を纏ってダイビングをすれば、威力も攻撃スピードも上がるし、でんきによるカウンターも少ないはずだ。

 

 ピカチュウと電気が飛び交っていた状況から一転。黒色の滑車と水の線が飛び交う状況へとなり、更に、先ほどと違ってこの2つの攻撃がぶつかり合って、そのたびに波に音が反響し、不思議な戦闘音が聞こえてくる。

 

 モルペコの足元から飛び出したウッウの攻撃を跳ねて避けたモルペコは、トンネルの天井と左壁の2か所で反射して、左側の側面を走る。対するウッウも、攻撃を避けられたと判断するや否や、モルペコと同じように天井で反射して、着地したモルペコに向かって再度突撃。

 

 このまま逃げてもらちが明かないと判断したモルペコは、今度はウッウにぶつかりに行くようにジャンプ。波のトンネルの中心でぶつかり合う2人は、一瞬の拮抗の後弾かれ、モルペコは波の左側面を走り、ウッウは天井から波の中に潜り込む。そしてまたウッウが別の場所からモルペコに飛び出し、同じような高速バトルが繰り広げられていく。

 

 そんなバトルを数分ほど続けていると、波が崩れ、フィールドは再び地面に水が張っているだけの状態に変わる。

 

 波が荒ぶる激しい環境から凪のように静かな状態となる戦場にて、お互いを見つめるウッウとモルペコ。ウッウはピカチュウを咥えており、モルペコははらぺこモードからまんぷくモードへとチェンジして、最初の黄色い可愛らしい姿にもどっていた。

 

 ダメージを見るだけなら、ウッウがなみのりをする前と後では何も変わっていない。しかし、オーラぐるまを何回もしていたモルペコの速さは間違いなく上がっている。そういう点で見ても、現状を説明するのなら、やはりウッウの方が押されていた。

 

(やっぱ長期戦はきついな……!!)

 

 ウッウには瞬間的な火力というのはあまりない。だかららこそ、サシカマスをぶつけまくって防御を落としたかったのだけど、その前にウッウの体力を減らされてしまった。

 

 しいて幸いなことを言えば、モルペコ自身があまり攻撃が高いという程ではないところ。だけど、ウッウもあまり防御が高いわけでなく、そしてどうしても覆せないタイプ相性があるため、むしろマイナスの方が色濃く出ていた。

 

 しかし、ウッウの瞳に諦めは一切なく、なみのりによって発動した特性の効果でピカチュウを咥えたままじっとモルペコを見つめていた。

 

(……いや、なんか締まらないな?)

 

 見た目はともかく、本人に意志はあるし、先ほど波の中で凄い攻防を見せてくれていたからこんな顔でもやる時はやるってことを観客もしっかりと理解してくれている。

 

「ウッウ!!絶対勝つぞ!!『ダイビン━━』」

「『でんこうせっか』!!」

「ペコッ!!」

「ウッ!?」

「ウッウ!?」

 

 気合いを入れ直そうとしたところで飛んでくるのはモルペコの速攻。素早さが上がっていることもあり、もはや目で追い切れない速度で飛んできたモルペコは、文字通り電光となってウッウにぶつかって吹き飛ばす。この衝撃に何とか耐えたウッウは、しかしピカチュウを咥えている時に衝撃を受けたせいでピカチュウを吐き出してしまう。幸い、ピカチュウ自体はモルペコの方へ真っ直ぐ飛んで行ったため、攻撃としてはカウンターの形とはなった。

 

「もう1回『でんこうせっか』!!」

 

 しかし、無理やり吐き出された攻撃とあって、速度が伴っていないこの攻撃はモルペコにとって避けるのは容易い。

 

 小さなステップで飛んでくるピカチュウを避けたモルペコは、そのまま再びウッウの元へ飛び込んでくる。一方でウッウの方は、ダメージを受けてる兼ね合いで動くのに少しのラグが入る。これではダイビングは間に合わない。

 

「『ドリルくちばし』だぞ!!」

 

 せめて相手の攻撃の勢いを止めようと、真正面から攻撃をぶつける準備をするウッウ。嘴を光らせ、飛んでくるモルペコに対して迎撃の準備を整えたウッウは、そのまま嘴を突き出した。

 

「来た……モルペコ!!流して!!」

「え?……はぁ!?」

 

 そんなウッウの攻撃を見て、まるで待ってたと言わんばかりの声をあげながら変な指示を出すマリィ。その言葉の意味が分からなかったオレは、一瞬変な声をあげ、そこから起きてしまったことに今度は驚きの声をあげてしまう。

 

 何があったかと言うと、真正面から迫ってくる嘴に対してモルペコは少し右にそれ、右手でウッウの嘴を、モルペコから見て左に少し押して攻撃をいなす。攻撃がいなされたことによって本来であればすれ違っていく両者を、モルペコがウッウの翼を掴むことによって距離が離れるのを阻止。そのままウッウにおんぶしてもらう様な態勢へと持っていった。

 

「ッ!!ウッウ!!急いで『ダイビング』だ!!」

「ウ~ッ!!」

 

 ここまでの一連の流れがあまりにも綺麗すぎて、思わず見とれてしまいそうになってしまうけど、それ以上にこの状況がやばいことに気づいたオレはすぐさまダイビングを指示。ウッウも、モルペコを簡単に振り払えないことを理解したため慌てずに素早く水の中に飛び込んだ。

 

「モルペコ!!絶対にここで決めると!!帯電!!」

「ぺ……コ……ッ!!」

 

 水の中をかなりの速さで泳ぎ回るウッウ。振り回され、急に水に引き込まれたことで息も苦しそうにしているモルペコだけど、こちらもここが最大のチャンスとわかっているため、全力で抗って手を離さない。そのまま身体の中で少しずつ電気を貯めていき、一気に放電。水の中でバチバチと激しく弾ける音を響かせながら、水の中を2人が高速で泳ぎ回る。

 

「ウッウ!!」

「……ッ!!」

 

 効果抜群のタイプをゼロ距離で受け続けるウッウ。もういつ倒れてもおかしくないのに、それでもウッウはギリギリまで頑張っていた。

 

 声を出す気力すらもダイビングへ向け、水中を飛ぶように泳ぐウッウ。痺れる身体に鞭打つ彼は、そのまま水面から空へと思いっきり飛び出した。

 

 ここに来て、ようやくウッウの狙いを悟る。

 

(このままモルペコと地面に墜落するつもりか!?)

 

 もはや捨て身の一撃。

 

 本当は凄く止めたい。けど、こちらに視線を送るウッウの瞳が、いつになく燃えていて……

 

(そんな目見せられると……止められないぞ……!!)

 

 そんな彼の意思を尊重したくなったオレは、むしろ声を上げてウッウの背中を押す。

 

「行けッ!!ウッウ!!」

「ウッ!!」

 

 オレの指示を聞いて声をあげたウッウは、纏う水を推進力にして加速。さらに、この状態で身体を回転させ、息苦しさから少し力が抜けていたモルペコを一度振り払い、離れたモルペコを嘴ではさんで逆に捕まえる。勿論モルペコは今も帯電状態。触るだけでウッウにとってはとてつもないダメージが入るはずなのに、それを根性で耐えて咥え続けた。

 

「モルペコ!!もっと出力を上げると!!」

「ペ……ッコォッ!!」

 

 対するモルペコもこのままやられるつもりはない。嘴から逃げられないことを悟ったモルペコは、さらに電気出力を上げて先にウッウを倒し切る作戦に出る。

 

 お互いの意地と意地がぶつかり、その意地の大きさに比例してウッウの周りの水の流れの激しさと、モルペコのスパークの光の強さが増していく。

 

 激しく光り輝く1つの流星と化した2人が、そのまま勢いをつけて地面にぶつかり、電気と水をまき散らしながら大爆発を起こす。その爆心地から目をそらさずに、ただひたすら見つめていると、程なくして結果が目に入る。

 

 そこにいたのは……

 

「……ペッコォッ!!」

「ウ…ウゥ……」

 

 

「ウッウ、戦闘不能!!」

 

 

 大きなダメージを受けながらも立つモルペコと、目を回しているウッウの姿だった。

 

 どうやらギリギリモルペコの意地が上回ったらしい。

 

 あとちょっとで勝てそうだっただけに、とても悔しい。

 

「ありがとな、ウッウ。本当によく頑張ってくれたぞ!!」

 

 けど、同時にとても誇らしい気持ちもあった。

 

「ウッウの気持ちを繋いで……行くぞ、バチンウニ!!」

 

 ウッウが自分自身をかけてつなげたバトンを最後までもっていくため、オレは5人目の仲間を元気よく繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダイビング

水の無い場所でこれほどの水技を……
実際問題、雨も濁流も波も起こせるポケモンなら、ダイビングの時は薄い水を地面に張るくらい、簡単にしそうな気もしたりします。

うのミサイル

けどやっぱりこれは分からない……サシカマスはともかく、ピカチュウ……君はどこから……?
ちなみにピカチュウはウッウに吐き出されるたびに「チャァ~……」と情けない声をあげています。そして、サシカマスの複数発射は、ポケモンユナイトから。ウッウのユナイト技がこんな感じですよね。

モルペコ

なみのりピカチュウ改め、なみのりモルペコです。もしかしたら、電気ネズミ全員出来るかもしれませんね。サーフィン中のぶつかり合いは危険ですので、リアルでは市内でくださいね。




最近少し忙しいので、もしかしたら事前連絡なく投稿が遅れる可能性があります。(実際、この話を書き終えたのが22時50分)それでも、5日目には投稿できるようには頑張るつもりですので、4日目に投稿がなければ『そういうことなんだな』と思っていただけたら幸いです。少しご迷惑を掛けますが、ご了承くださいませ。






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217話

「行くぞバチンウニ!!」

「ニニニ……」

「バチンウニ……同じでんきタイプ対決ってこととね。モルペコ、連戦で辛いかもだけど、頑張ると!!」

「ペコ……ッ!!」

 

 今日初めて場に出て、元気いっぱいな姿を見せるバチンウニと、ウッウとのバトルで少なくないダメージを貰って、少しだけ辛そうな表情を浮かべているモルペコ。当たり前だけど、控えのポケモンも含めて不利な状況にあるのはあたしの方だ。けど、カビゴンにあれだけ暴れられたにしてはちゃんと巻き返している方だと思ってはいる。ここまで逆転できるのであれば、勝つことだってできるはずだ。

 

(ただ、お互いでんきタイプっていうのはちょっと面倒くさか……)

 

 でんきタイプの攻撃はでんきタイプに対して効果はいまひとつ。お互いのメインウェポンが封じられているこの対面は、互いに決定打がなく試合が長引きやすい。そうなってくると、まだまだ元気満タンなバチンウニの方がどうしても有利。

 

 それにこのバトルは、タイプ上は平等に見えて全然平等じゃない。

 

(ホップのバチンウニは、確か『ひらいしん』……)

 

 でんきタイプの攻撃をわざと自分へと向けさせるこの特性は、でんき技を受けるとダメージを無効化して自身の特攻を成長させる。幸い、バチンウニは基本的に物理で戦うポケモンだから、その点に関してはまだ被害は少ないけど、あっちの攻撃は通るのにこっちの攻撃が通らないというのは、ちょっとずるさを感じてしまう。……まぁ、そこに関しては、あたしのドクロッグもみずを無効にしちゃうからなんとも言えないんだけど。

 

 とにかく、現状あたしの攻撃手段が一部制限されているということは頭に入れておかなきゃいけない。

 

「モルペコ!『でんこうせっか』!!」

「ペコッ!!」

 

 モルペコの体力は少ないけど、かといってここで焦ってはいけない。長期戦上等。モルペコには頑張ってもらうしかないけど、あたしのスタイルは今は変えるつもりはない。

 

 あくまでじっくりと。

 

 幸い、バチンウニに攻撃の選択肢を縛られているとはいえ、こちらには素早さというアドバンテージが存在する。

 

(バチンウニは全ポケモンの中でもかなり遅い方!!今のモルペコなら、追い付かれることなく攻撃できるはずと!!)

 

 バチンウニを中心に周りを走りまくるモルペコ。動きの遅いバチンウニは当然こちらの動きを追いかけることはできず、せいぜいが視線でこちらを追うくらい。

 

「『タネばくだん』!!」

「ペッコ!!」

 

 これだけ動き回れば、どこから攻撃が飛んでくるかはあちら視点分からないはずだ。実際、でんこうせっかで走り回っている間に、だんだんとバチンウニの視線がモルペコから外れていく。だから、あたしはそこをつくようにタネばくだんを乱射させる。ただでさえモルペコの姿を見失っているのに、そこから更に大量の攻撃を投下することで、本人の意識をかき乱していく。バチンウニの視点から見れば、自分よりもはるかに大きく、そして明らかに硬いとわかるタネの雨が降ってくる様はさぞかし強烈なインパクトを受けることになるだろう。

 

(逃げ場もなければ避ける脚もない……さぁ、どうすると!!)

 

 ここまでやればさすがにどれか1つくらいは攻撃が当たってくれる。そう思い、モルペコへの指示を出しながらバチンウニとホップの動きに注目する。

 

「バチンウニ!!『びりびりちくちく』だ!!」

「『びりびりちくちく』……?」

 

 四方八方から攻撃が迫りくる。そんな絶望的な状況であるはずなのに、ホップの表情はむしろ笑顔。そんな自信満々のホップから告げられる技はびりびりちくちく。相手にぶつかって電気を流し、相手を文字通りびりびりと痺れさせてくるこの技は、かわいらしい名前に反してそこそこ威力の高い技とはなっている、しかし、そうもあたしにはこの状況を突破できる技とは思えなかった。そんなあたしの気持ちが思わず口から零れる。

 

 しかし、次の瞬間、あたしのこの気持ちを吹き飛ばすようなことが起きる。

 

「ニニ……!!」

「へへっ、いいぞバチンウニ!!」

「え……!?」

 

 その異変は、バチンウニの身体から伸びている棘にあった。

 

 バチバチと音を立てている棘は、なんとタネばくだんが当たる直前にその長さを一気に伸ばし、タネばくだんをその場に縫い止めてしまう。表面がかなり硬いはずのそれをやすやす貫いてしまうあたり、かなりの鋭さがあると見て取れる。しかも、後続で飛んでくるものも全てしっかりと受け止めており、棘を伸ばしたバチンウニが、タネばくだんのドームによって姿が隠れてしまっている状態になっていた。

 

(攻撃全部受け止められたと……棘を伸ばして止めたのも凄かけど、それ以上にこれだけの攻撃をしっかり受け止められる筋力が凄か)

 

 タネばくだんは、そのでかい見た目通り質量がかなりある。それを全く動じることなく受け止めるということは、それだけ筋肉が鍛えられている証拠だ。この特訓期間中、さぞ厳しい訓練をしてきたのだろう。

 

「お返しするぜ!!バチンウニ!!回転!!」

「二二ィ!!」

 

 攻撃全てを受け止め終えたバチンウニは、もう攻撃が来ないことをホップに聞いた後、その場でぐるぐると回って、自身が突き刺したタネばくだんを棘から外しながら、周りへ飛ばしてばらまいていく。

 

「モルペコ!!」

「ペコ!!」

 

 当然撒き散らされたこのタネばくだんは、投げ返された側のモルペコに帰ってくる。勢いこそ落ちてはいるけど、体力が削られているモルペコはこのダメージさえも受けたくない。名前を呼ぶだけでそのことを察してくれたモルペコは、でんこうせっかを自分で判断して発動。無造作にばらまかれるタネばくだんの隙間を何とか縫って避けていく。

 

 被弾こそゼロに抑えることはできたものの、急な反撃に態勢を崩しているモルペコ。これがバチンウニ以外だったら手痛い反撃を貰っている所だろう。その事だけはちょっと安心。

 

「バチンウニ!!今度はこっちから行くぞ!!『びりびりちくちく』で駆けまわれ!!」

「ニニィッ!!」

「……は?」

 

 なんて思ったら、またもやホップから変な指示が飛び出してくる。

 

 びりびりちくちくで駆けまわれ。なんて言葉だけでは全くもって意味が分からないあたしは、どう対処すればいいのかが分からなくて、少しだけ動きが止まってしまう。

 

 この間に準備を始めたバチンウニがした行動は、身体を丸めてボール状になること。

 

 丸まったバチンウニは、傍から見たら黒いボール……にしてはとげとげしてて、とても遊び道具には向いていなさそうだけど……とにかく黒い球にしか見えない。しかし、そんな姿を維持しているのは一瞬で、次の瞬間にはバチバチという音とともに黄色に光りだす。と同時に、その場でバチンウニが縦回転。身体から飛び出している棘がスパイクとなって地面に刺さり、それが回転することによってバチンウニ本体が動き始めた。

 

 ……って、ちょっと仰々しく説明したけど、要はバチンウニが棘球になって、激しく回転しながらこちらに転がってきたという事だ。

 

「ちょちょちょちょ!?それなんと!?と、とにかくモルペコ!!逃げて!!」

「ぺ、ペコッ!!」

 

 急遽襲い掛かる黄色の棘球から、慌てて逃げるように指示をするあたし。いきなり始まってしまった鬼ごっこに、本能が逃げることを選択したモルペコは、すばやさが上がっていることもあって、ものすごい勢いで距離を離す。

 

(い、いきなりのことでちょっとびっくりしすぎたと……よくよく考えたら、今のモルペコについてこれるポケモンなんてほとんどいない。落ち着いてみれば、ちゃんと攻撃する隙があるはずとね)

 

 距離を離したことによって生まれた余裕を使って思考を回すあたし。

 

 動きが遅いバチンウニが急に元気よく動き出したからびっくりしたけど、よくよく見ればそこまで速く転がっているわけではない。これならモルペコのオーラぐるまの方がよっぽど速い。落ち着いて戦えばまだ何とかなる。

 

「バチンウニ!!慣れてきたか?だったらギアを上げるぞ!!」

「ニニィッ!!」

「……え?」

 

 なんて思っていたら、ホップからさらに指示が飛んできて、それと同時にバチンウニの電気出力と回転速度が一気に跳ね上がる。そうすれば当然前に進む推進力も上がり結果として━━

 

「ニニニニィッ!!」

「いっけぇ!!爆走バチンウニ戦車だぞ!!」

「意味わかんなと!!モルペコ!!ダッシュ!!」

「ペッコォッ!?」

 

 さっきまでよりもさらに速度の上がったバチンウニが、とんでもないスピードでモルペコを追いかけてきた。その速度は、おかしなことにオーラぐるまでかなり素早さがかなり上がっているはずのモルペコを追い抜かす勢いだった。

 

「ほんと!!カビゴンと言い、バチンウニと言い、変な方に突き抜け始めてるとね!!」

「技の使い方が広がったって言って欲しいぞ!!」

「やってることの根本が変わってなかと!!」

 

 バイウールーもカビゴンも、そしてこのバチンウニも、あれやこれやと色々な手を使っているように見せて、使っている技は根本的には2つ以下。その技だけでできる限り押し込もうと、決まった動きしかしていない。それなのにこうも戦い方が変わって見えてくるあたり、やっぱりジュン辺りに変な知識を吹き込まれたと考えてよさそうだ。

 

 なんて、文句ばかり言ってられない。

 

(ツッコミどころは満載だけど、この状況が理にかなっていて、かつやばいのは変わらなか。なぜかわからないけどすっごく速いし、すっごく痛そう。あんなものに轢かれたらひとたまりもなかと!!何か止められるものは……)

 

「あ、モルペコ!!タネばくだんを使うと!!」

「ペコ!!」

 

 迫りくる棘球を何とかして止めるために考えている途中で、あたしの目に映ったのは先ほどのやり取りでばらまかれたタネばくだん。先ほども言った通り、硬い殻に覆われたこのタネは、先ほどは針に刺さって止められはしたものの、転がる球となった今なら、回転を止める障害物になりえる可能性が高い。たとえ止められなかったとしても、威力や回転力がちょっとでも落ちてくれれば、それだけでモルペコが止められる可能性がある。そこを狙って、まずはモルペコに、背中にタネばくだんを背負うように立ってもらう。

 

 この時点で、あたしの狙いが相手に筒抜けになる可能性はある……というか、間違いなくばれてはいるけど、だからと言ってこの回転はすぐに止められるものではない。ばれたところで意味はないだろう。実際、モルペコがポジションについても、バチンウニは止まることなく突っ込んできていた。

 

「モルペコ!!ジャンプ!!」

「ペコッ!!」

 

 猛進してくるバチンウニをギリギリまで引きつけて、モルペコにぶつかる寸前で大ジャンプ。モルペコに当たることの無かったバチンウニの戦車は、あたしの狙い通り転がっていたタネばくだんにぶつかり、派手な音を立てる。

 

「そんなものじゃ、バチンウニは止まらないぞ!!」

「ニニィ!!」

 

 しかし、バチンウニにとってこの程度では障害物になりえないようで、タネばくだんを派手な音を立てながら破壊し、再びモルペコの方に向き直って突進を再開した。やはりこれくらいで止まるほど、やわな攻撃ではないみたいだ。

 

 けど、確かにスピードは落ちている。

 

(とりあえずバチンウニの行動を抑える方法は見つかった。ならあとは時間だけ……!!)

 

「モルペコ!!もう一回!!」

「ペコッ!!」

「何度やっても無駄だぞ!!」

「ニニィ!!」

 

 時間稼ぎと威力減衰。この2つを求めて、あたしはもう1回同じことをする。勿論もさっきと同じで、また1つタネばくだんが音を立てて壊れていく。

 

(もうちょっと……!!)

 

 まだ時間が足りないあたしはもう一度繰り返し、やっぱり同じことが起きて、また1つのタネばくだんが壊れる。これでバチンウニの速度は目に見えて落ち始めたけど、それでもまだかなりの威力を秘めているのが見て分かるし、この攻撃を避けるために奔走している今のモルペコがこの攻撃を受けると間違いなく倒れることも理解できる。

 

(速く……速く……!!)

 

 けど、あたしの欲しい時間はまだ訪れない。いつもなら全く気にならないのに、今日に限ってはこの時間がものすごく長く感じる。それはモルペコも同じで、だんだんと吐く息を荒げていくモルペコの姿から、限界が近づいてくることも伝わってくる。

 

 そんな焦りからか、ついにモルペコの足がもつれ、でんこうせっかが解けてこける。

 

「モルペコ!?」

「バチンウニ!!今だぞ!!」

「ニニィッ!!」

 

 態勢を崩したモルペコを狙って猛進し始めるバチンウニ。このままいけば間違いなくモルペコにぶつかって、戦闘不能に持っていかれるだろう。

 

(くっ……流石にここまでか……)

 

 むしろここまで頑張ってくれたことにお礼を言いたい。そんな気持ちで、少し気持ちが落ち込んで行ったときに、モルペコの様子が変わる。

 

「ペッコ……!!」

「ッ!?やっときた!!」

 

 黄色の姿から徐々に身体の色を黒色に変えていくモルペコ。ようやくはらぺこスイッチが発動し、モルペコがまんぷくからはらぺこに変わった。

 

 この瞬間を何よりも待っていた。

 

 だって、この状態になれば、モルペコが一番火力を出せる技を打つことが出来るのだから。

 

「モルペコ!!意地を見せると!!『オーラぐるま』!!」

「ペコ……ペッコッ!!」

 

 普段の姿だとでんきタイプの技になってしまい、バチンウニのひらいしんによって吸収されてしまう。しかし、はらぺこ状態のモルペコなら、オーラぐるまのタイプはあくタイプとなって、バチンウニに吸収されることはない。これなら安心して真正面から対決を挑むことが出来る。

 

「このための時間稼ぎか……いいぞ!!真正面からぶつかってやる!!バチンウニ!!」

「ニニィッ!!」

 

 此方の狙いにようやく気付いたホップだけど、真正面からのぶつかり合いが大好きなホップはこの作戦に乗って来る。

 

 有利は不利かなんて関係ない、楽しそうだからそっちに乗る。

 

 実にホップらしい理由で、挑んでいるこちらも気持ちいいくらいだ。

 

「モルペコ!!」

「バチンウニ!!」

「ペッコッ!!」

「ニニィッ!!」

 

 漆黒の滑車と電撃の棘球。

 

 2つの攻撃が高速で駆け回り、バトルフィールドのど真ん中でぶつかり合う。

 

「ペコ……ッ」

「ニニ……ッ」

 

 お互いの攻撃がきれいに相殺し、滑車と棘玉、両方の回転が止まって、お互いが技の状態を解かれながら、一定の距離を取って立ち止まる。

 

 ようやく攻撃を止められた。なら、今度はこちらが追いかける番だ。

 

「もう一度『オーラぐるま』!!」

「ペッコォッ!!」

 

 漆黒の滑車を呼び出して再びかける準備をするモルペコ。一方でバチンウニは、転がるための事前準備に少し時間がかかる兼ね合いで、まだあの棘球状態に移行していない。

 

 このままなら、先にこっちが攻撃を当てられる。

 

「バチンウニ!!『びりびりちくちく』だ!!」

 

 それでも何もしないわけにはいかないホップは、何とかするために同じ技を選択する。しかし、やはり予備動作の多さが足を引っ張って、どう見ても丸まる前にモルペコが到達する未来しか見えない。

 

(取った!!)

 

 攻撃動作に入っているため避けることも不可能。この攻撃が決まれば、戦闘不能にはならなくても、体力関係は逆転するはずだ。モルペコもそのことを理解し、いつも以上に足を動かして滑車を回し、全力で突撃する。

 

 時間にすれば1秒にも満たない。それほどの速さでバチンウニの元にたどり着いたモルペコは、激しい音を立てながら、漆黒の滑車ごと体当たりをかまし……

 

「ペ……コ……」

「……え?」

 

 

「モルペコ、戦闘不能!!」

 

 

 何故か()()()()()()()()()()()()()

 

 何が起こったのか分からなかったあたしは、一瞬だけ頭が真っ白になり、1歩も動けなくなる。しかし、程なくして倒れたモルペコ越しにバチンウニの姿を確認し、その正体を知る。

 

「自分の針を……全部前に……」

「へへっ、凄いだろ!!」

 

 そこには、自身の身体から生えている棘を全て前に向け、巨大な1本の針として、まるで槍のように真っ直ぐ突き出しているバチンウニの姿があった。その槍を持って、モルペコの突撃に対してカウンターをしたのだろう。あれだけの速さを持って槍の先端に突撃すれば、モルペコが倒されるのも納得出来る。もっとも、モルペコの速さがありすぎたため、全部は受けきれなかったのか、バチンウニもかなり苦しそうな顔は浮かべているけど。

 

 ただそれ以上に、あたしの残り手持ちが1人になってしまった方がずっと心に来た。

 

(この子が倒れたら、あたしの負け……)

 

 明確に近づいてくる終わりの足音に、少し手が震える。

 

「ロン……」

「っ!?」

 

 そんな手に握られているボールから、あたしに最後の仲間の声が聞こえてきた。

 

「……あたしを励ましてくれていると?」

 

 不安がっているあたしを元気づけるようなタイミングで紡がれるオーロンゲの声。その声に背中を押されたあたしは、自然と頬が緩んだ。

 

(全く、まだ負けてないのに何を怯えてるんだか……らしくなかと!!)

 

 目を閉じて深呼吸をし、心を入れ替えてぐっと前を向く。それだけで、あたしの中に巣食っていた不安が全部吹き飛んだ気がした。

 

「行くよ!!オーロンゲ!!」

「ローグッ!!」

 

 高らかに声をあげながら飛び出してきたのは、ルミナスメイズの森で出会って、ここまでずっとあたしを支えてくれた頼もしい仲間であるオーロンゲ。

 

 長い髪の毛を全身に巻きつけて、筋力を強化しているこの子は、カイリキーおもねじ伏せると言われるほどのパワーを発揮できるポケモン。それでいて、特性のいたずらごころによりいろいろな搦め手も得意とするとても器用な子だ。

 

「来たな!オーロンゲ!!」

 

 そんなオーロンゲを見て嬉しそうな顔を浮かべるホップ。バトルもいよいよ終盤を迎え、それに応じてホップの心も盛り上がっている証だ。

 

「このままオーロンゲもやっつけてやろうぜ!!バチンウニ!!『びりびりちくちく』だ!!」

「ニニィッ!!」

 

 ホップの指示を受けて、バチンウニが再び棘を一か所に集中し、一本の槍となる。その姿のまま電気を纏い、オーロンゲに向かって飛び出す姿は、電気の矢のようにも見えた。

 

 当たれば当然痛い。……いや、痛いではすまないダメージを貰うことになるだろう。

 

(本当に、凄い力技と……)

 

 この技の使い方を覚えるのに、この特訓期間を凄く大切に使っていったのだろう。

 

 けど、筋力勝負だというのなら、こっちだって負けていない。

 

「オーロンゲ!!」

「ロンッ!!」

 

 あたしが一言声をかけると、オーロンゲは右手を前に突き出して右腕に纏っている髪を解いて行く。すると、髪が触手のようにうねりを見せながら動きだす。その状態で待ち構えたオーロンゲは、飛んでくるバチンウニをしゃがんでかわし、すれ違いざまに棘の部分のみをからめとる。

 

「ニニィッ!?」

「なっ!?」

「力押しは確かに凄いけど、元の筋力はオーロンゲの方が上と!!」

「ローグッ!!」

 

 髪の毛でがっしりと掴んだオーロンゲは、電気によって痺れこそ感じてはいるけど、筋肉が痺れた際に起きる収縮によって、逆にバチンウニを強く握りしめていた。とはいえ、電気による継続ダメージは蓄積していくため、この手は速く離してしまいたい。

 

 だから、オーロンゲの全力を叩きつける。

 

「オーロンゲ。『ソウルクラッシュ』」

「ログッ!!」

 

 自由に動く左手をぎゅっと握りしめ、渾身の力をもってバチンウニを殴りぬく。

 

「ニッ!?」

「バチンウニ!?」

 

 技の工夫によって威力や素早さが上がっているとはいえ、元の能力が上がっているわけではない。ましてや、体力が少ないバチンウニ。モルペコとのぶつかり合いが予想以上に身体に負荷がかかっていたこともあってか、バトルフィールドの壁際まで吹き飛ばされたバチンウニは、ひっくり返って目を回していた。

 

 

「バチンウニ、戦闘不能!!」

 

 

「今までいろいろ策を講じて対応してたけど……オーロンゲなら、ホップのごり押しにも対抗できる力を持っていると!!」

「ローグッ!!」

 

 両腕を掲げ、自身を鼓舞するオーロンゲと共に、目の前のホップたちを見据える。

 

 これでお互い5人の仲間を失い、とうとう最後の1人ずつとなる。

 

「ここからは……純粋な殴り合いと!!」

 

 あたしとホップの戦いが、終盤を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バチンウニ

棘のまま転がる姿は、某忍者の肉弾針戦車。もしくは、某コピーするピンクの悪魔のニードルの技、『ローリングタックル』に似ていますね。ゲームがゲームなら無敵判定ももっていそうです。また、もう一つの『1つに束ねて~』のくだりは、同じく某ピンクの悪魔さんより、『チックもどき』という技を参考にしてます。バチンウニの身体が凄いことになっていますね。

オーロンゲ

遂に登場マリィさんの切り札。筋肉を髪の毛で強化する、長毛巨魔さん。ホップさんの切り札と合わせて、とてもムキムキなマッチアップになりそうですね。




次回、ナイスバルク。(たぶん違う)






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218話

「ローグッ!!」

 

 バトルフィールドの真ん中で声をあげ、『次の対戦相手を速く出せ』と言わんばかりの意志を醸し出すオーロンゲ。その後ろには、同じように次を所望しているマリィが、笑顔を見せながらこちらを見つめていた。

 

(ったく……普段あまり表情が動かないくせに、こういう時にそんないい笑顔みせやがって……こっちもつられるぞ……!!)

 

 めったに見せないマリィの表情に、こちらも思わず笑ってしまう。そんな昂ぶる気持ちのままバチンウニを戻したオレは、最後のポケモンが入ったボールを取り出し、マリィに向かって()()()()()()()()()()()()()()()()突き出した。

 

「っ!?……そういうこととね」

「最後のポケモンなんだぞ?やっぱり派手にいかないとな!!」

 

 自分でもわかるくらいに満面の笑みを浮かべながら、オレはマリィにある種の宣言をする。直接言葉には出していないけど、聡明なマリィならこれだけで十分に伝わってくれるはずだ。実際、オレの予想通り、マリィは懐からモンスターボールを取り出し、オーロンゲに向かってリターンレーザーを当て、ボールの中に戻した。

 

 オーロンゲがボール戻り、お互い最後の1人が入ったポケモンを前に突き出す状態。ボールを握っている腕には両者とも赤いバンドが巻いてあり、そのバンドが同時に赤く光りだす。

 

「みんなのエールがあるったい!!絶対の絶対に勝つもんね!!」

「どっちが勝つかわからない?違う違う!ここからオレが勝つから最高なんだよ!!」

 

 バンドからあふれ出た光はそのままボールに吸収され、大きさを一気に膨らませていく。そのボールをぎゅっと抱えたオレたちは、気合を入れて上空に向かって放り投げた。

 

 

「アニキが使わなくても、あたしは夢のために!!勝つために使う!!オーロンゲ!!キョダイマックス!!」

「ねがいぼしに込めたオレの夢と想い……今解き放つぞ!!ゴリランダー!!キョダイマックス!!」

 

 

 大きくなったモンスターボールから現れる2人の巨大な影。オレの方に現れるのは、背中に背負っている大きな木の太鼓が成長し、まるでドラムのような形をした巨大な森と、その上に鎮座する森の王者。ゴリランダー本人の身体は少ししか成長していないが、代わりに髪の毛がとても長くなっており、その髪の先端にそれぞれバチを握ることで、森林化したドラム全てを叩けるようにしており、今も登場と同時に激しくバチを振るって音を奏でていた。

 

 今までゴリランダーをダイマックスさせてもこんな姿にはならなかった。けど、ヨロイ島で特訓している時にいつの間にかできるようになっていたキョダイマックス。オレはこれをこいつの覚悟と受けとった。そんなオレの解釈を肯定するかのように、オレの切り札は両手でバチを握った姿で吠えた。

 

 一方、マリィの方に現れたのも、ただ大きくなったオーロンゲ……というわけではない。全身に纏った髪の量はさらに増加し、自慢の筋肉質な四肢は延長されスマートな見た目となる。特に手足の先端は鋭い棘のような見た目となっており、ここから繰り出される攻撃はさぞ痛いだろう。

 

 オーロンゲのキョダイマックスの姿。世界一高いビルを飛び越え、足先の髪をドリル状にして放つ蹴りはガラルの大地に大穴を穿つと言われている。そんな破壊の権化ともいうべき相手が、オレのゴリランダーの相手だった。

 

 

「グラアアアァァァッ!!」

「ロオオオォォォグッ!!」

 

 

 雄たけびをあげる両者。キョダイマックス同士のぶつかり合い。

 

 自分こそがこのバトルの大将を担っていると自覚しているからこそ……もうあとがないことを自覚しているからこそ……全力で自分を鼓舞して最後の戦いに挑む両者の姿がそこにあった。

 

「『ダイアース』!!」

「『ダイフェアリー』!!」

 

 

「グラアアアァァァッ!!」

「ロオオオォォォグッ!!」

 

 

 叫び声と共に放たれるお互いのダイマックス技。

 

 ゴリランダーは右手に茶色の、オーロンゲは右手にピンク色の光を携えて、バトルフィールドの中央にて拳を打ち付けあう。

 

 激しい轟音を奏でながら巻き起こる破壊と破壊の衝突は、見ているこちらを風圧で吹き飛ばす勢いで吹き荒れ、思わず腕で顔を覆ってしまう程。それでも決して目は瞑らないオレとマリィは、今しがたお互いが放った技が相打ちになり、追加効果が発動していないとわかった瞬間、すぐさま次の手へ移行する。

 

「『ダイジェット』!!」

 

 先に動けたのはオレの方で、選んだ技はダイジェット。相手を攻撃しながら素早さをあげられるこの技は、ダイマックス技の中でもかなり強力な技の1つだ。右手と右側の髪で持っている、3つの大きなバチに風を纏わせて思いっきり振りかぶったゴリランダーは、オーロンゲの左横腹を薙ぐように技を振るう。

 

 思いのほか素早く繰り出されたこの技に、オーロンゲの反応がわずかばかり遅れてしまい、綺麗に攻撃がヒットする。しかし、ただでやられるオーロンゲではない。

 

「掴んで!!」

 

 

「ロオオオォォォグッ!!」

 

 

 自身の横腹に攻撃が当たったことを感じたオーロンゲは、しかしこの攻撃をしっかりとたえ、左腕と左横腹の間でがっちりと掴んでいた。どうやら右腕にまとっていた髪の毛を解き、横腹に持っていく事で筋肉を補強し、一時的な防御力の上昇を狙ったらしい。その作戦は見事刺さっており、こちらの攻撃をしっかりと受け止めることに成功している。

 

「『キョダイスイマ』!!」

「防ぐんだ!!」

 

 攻撃を受けきったオーロンゲは、そのままバチをホールドした状態で今度は右足に髪の毛をまとめていき、筋力を増強した状態で右足を振り抜いてきた。バチを掴まれており、さらにドラムセットに座っている状態のゴリランダーは、簡単にこの攻撃を避けることができない。そこで、ドラムセットの中でもいちばん大きな太鼓を、自身の身体とキョダイスイマの蹴りの間に置き、右のバチを手放して太鼓を支えるのに手を使うことで盾として踏ん張った。しかし、それでも威力を殺しきれなかったのか、ゴリランダーがダメージを負いながら、ドラムセットごと後ろに無理やり下げられる。分かってはいたが、とんでもない威力だ。

 

「ほんと、すんげぇ馬鹿力だな……」

「あたしのエースをなめないで欲しか!!それに、『キョダイスイマ』の怖い所はここからと!!」

 

 

「グ、ラァ……ッ!!」

 

 

「っ、貰っちまったか!!」

 

 マリィの宣言と共に現れるゴリランダーの不調。キョダイマックスした頼もしい姿をしているにもかかわらず、その瞼は少し下がっており、動きもどこかふよふよし始めていた。

 

 キョダイスイマ。および、その追加効果、ねむけ。

 

 キョダイオーロンゲがダイアークの代わりに放つことの出来るこのキョダイスイマは、名前の通り相手に猛烈な眠気を与える技だ。さいみんじゅつやうたう、くさぶえのような技で起こるねむり状態とは違い、完全に寝ることはないが、眠気でこちらの行動が中断されてしまう可能性が出て来る状態異常だ。

 

 ここだけ聞けばねむりの下位互換のように聞こえるけど、ねむりと違ってこちらはなかなか解除されない。長くじわじわと、こちらの行動をゆっくり縛っていく。それがこのねむけだ。

 

 この先、オレのゴリランダーはこの眠気にしばらく襲われ続けるだろう。この状態であの強力なオーロンゲと戦わないといけない。

 

「けど、動けないわけじゃない!!気合を入れろゴリランダー!!」

 

 

「グ……ラアアアァァァッ!!」

 

 

 身体を襲ってくる強烈な眠気に何度も舟をこぎながらも、叫び声をあげて何とか意識を繋ぐゴリランダー。これならまだ何とか戦うことが出来るだろう。けど、睡魔と戦っている間はマリィにとっては絶好の攻撃チャンス。

 

「頑張って起きなくてもよかとよ?そのままおねんねさせてあげちゃうと!!オーロンゲ!!もう一回『キョダイスイマ』!!」

 

 

「ロオオオォォォグッ!!」

 

 

 マリィの声と共に、全身の髪をまずは両足に集中させ、思いっきり上空に飛び出したオーロンゲ。これだけの巨体がいきなり大ジャンプしたことに、観客たちは全員口を開けて驚いた表情を見せている。

 

 ある程度の高さまで飛んだところで、今度は両足に回していた髪の毛を右足だけに集中。そのまま纏った髪の毛をねじれさせ、巨大なドリルの形に変えて、ゴリランダーへと真っすぐ落ちてきた。まるで小さいときに見た、特撮ヒーロー、イルカマンの必殺キックのようだ。

 

「ゴリランダー、行けるか?」

 

 

「グラ……ッ!!」

 

 

 迫りくる攻撃に対して、首を振って何とか眠気を飛ばしながら返事をするゴリランダー。

 

 この技を返すには、オレたちも全力の一撃をもって迎撃するしかない。

 

「よし、行くぞゴリランダー……オレたちの特訓の一番の見せ所だぞ!!」

 

 

「グラァッ!!」

 

 

 オーロンゲに奪われ、彼がジャンプした際に投げ捨てられた3本のバチを木の根を操って回収し、再び6本のバチを構えたゴリランダーは、眠い眼を擦りながらも全力でドラムをたたき始める。

 

 海を越え、聞いたものの気持ちを心から高ぶらせ、湧き上がるリズムによって沢山の人を虜にするその音色は、人ならざるものにも影響を与える。その証拠として、このバトルフィールドの地面から沢山の根っこが生えてきた。

 

 準備は整った。

 

 

「ゴリランダー!!『キョダイコランダ』!!」

「グラアアアァァァッ!!」

 

 

 6つのバチによる乱打によって、ドラムから雄々しく、楽しく、そして力強い音が鳴り響き、その音に呼応するように根っこが荒れ狂う。まるで踊るように暴れる木の根っこは、音が盛り上がるにつれてどんどんと1か所に集まっていき、ねじれるようにくっついて1つの大きなドリル状の山となる。それはまるで、空から落ちて来るオーロンゲの蹴りと対を成しているようにも見える。

 

 

「グラアアアァァァッ!!」

「ロオオオォォォグッ!!」

 

 

 その技が今、オーロンゲの渾身の蹴りとぶつかり合う。

 

 バチバチと音を立てながら空気をびりびりときしませる衝撃は、ダイマックスをしてすぐの時よりも明らかに強くオレとマリィに叩きつけられる。その衝撃に一瞬身体が吹き飛びそうになるものの、ここで吹き飛ばされるわけにはいかないのでぐっと力を入れて踏ん張る。むしろマリィの方が心配になって一瞬視線を向けるけど、あっちもあっちで気合で耐えているようだ。

 

(なら、なおさらここで倒れるわけにはいかないな!)

 

 風圧に耐えながら、未だにぶつかり合っている飛び蹴りと根っこのぶつかりを見つめるオレとマリィ。

 

 お互いの攻撃力が互角なためか、ぶつかり合った状態から全く動かない2人は、この状況を変えるためにお互いが出来る範囲で行動していく。

 

 オーロンゲは更に体重を右足に乗せ、そのうえで右足の髪の毛の形をより鋭くすることで貫通力を上げて、木の根を貫こうと画策。一方でゴリランダーは、より速く、より力強くドラムをたたくことで木の根を太くさせ、質量を上げていくことで対策とした。

 

 貫通力か。はたまた質量か。

 

 お互いが攻撃の仕方を変えて数十秒。遂にこの均衡が崩れる。

 

 

「ロォグッ!?」

 

 

 崩れたのはオーロンゲの方だった。

 

 ドラムを叩けば叩くほど威力をあげられるゴリランダーに対して、空中から攻撃しているオーロンゲは、初撃は強いが継続力がない。そのため、どんどん力が強くなっていくキョダイコランダに押し負ける形となり始めていく。

 

「オーロンゲ!!」

 

 

「ロ……グッ!!」

 

 

 それでも決してあきらめないオーロンゲは、気合でこの状況を乗り切ろうと声をあげる。

 

 けど、ここまで来たらこちらのものだ。

 

「このまま押し切るぞ!!ゴリランダーァッ!!」

 

 

「グラアアアァァァッ!!」

 

 

 さらに声をあげてドラムを乱打するゴリランダー。技を放った時と比べて、およそ2倍以上の根っこが生え始めたこのフィールドにおいて、もうゴリランダーの攻撃を止めるすべはない。

 

 伸びに伸びた木の根っこは、オーロンゲの周りにもその触手を伸ばし始め、攻撃と相打ちになっている物とは別の根が足に絡みつき始める。その結果、オーロンゲの技は止まり、勢いが完全になくなった。

 

 

「ログッ!?」

 

 

「オーロンゲ!!急いで防御すると!!髪の毛を解いて!!」

 

 キョダイスイマによる飛び蹴りを完全に止められたオーロンゲは、思わず困惑の表情を浮かべるものの、マリィの指示ですぐに正気を取り戻し、右足に集中していた髪の毛を解放。すぐさま全身を覆うように操り、来たるべき衝撃に対する防御姿勢を取った。

 

「ゴリランダー!!押し込めェ!!」

 

 

「グラアアアァァァッ!!」

 

 

 相手が攻撃をあきらめたのなら、あとは存分に攻撃を叩き込むだけ。オーロンゲの四方より伸びた巨大な根たちが、オーロンゲに卒倒して、その大きな身体を叩きつける。地響きと土煙が巻き上がり、キョダイコランダが直撃したことを確認した。それと同時に、こちらのキョダイマックスが終わりを告げ、大きな音と共に赤い光が霧散し、ゴリランダーが元の姿に戻ってしまう。

 

「グ……ラァ……」

 

 元に戻ったゴリランダーは、キョダイコランダに使った体力の大きさと、ここまで眠気に無理やり耐えていた反動、そして、1つ目のキョダイスイマで受けたダメージがたたって猛烈な虚脱感に襲われており、身体がふらふらし始める。それでも、自前のドラムに手をつき、決して倒れないのはエースとしての意地だろう。本当に頼れる相棒だ。

 

 一方で、未だ巻き上がっている土煙で姿が確認できないオーロンゲ。バチンウニの電撃を少量と、こちらのキョダイダイマックス技をもろに受けているのならば、戦闘不能になっていてもおかしくはない。むしろ、今のゴリランダーの状況的に倒れていてくれと願うまである。

 

「ロ……グ……ッ!!」

「オーロンゲ……よく耐えてくれたと!!」

「……へへっ、やっぱり、あまくないぞ」

「グラ……」

 

 しかし、そんなオレの願いをあざ笑うかのように、いつもの姿に戻ったオーロンゲが、ボロボロになった身体を引きずりながらも、こちらをじっと見つめて両足で立っていた。

 

「まだ……勝負はついてなかと!!」

「ロォォグッ!!」

「『ソウルクラッシュ』!!」

 

 声をあげ、身体に鞭を打ちながらこちらにダッシュしてくるオーロンゲ。右腕に髪の毛と光を携えた状態で、今にも寝てしまいそうなゴリランダーに向かってそれを振り下ろす。

 

「ゴリランダー!!『10まんばりき』!!」

「グラ……ッ!?」

 

 これに対し、全身を使った攻撃で迎え撃とうとするゴリランダー。しかし、眠気と疲れによって思うように動けなかったゴリランダーは、相手の攻撃を受けきることが出来ずに吹き飛ばされる。

 

「ゴリランダー!?」

「グ……ラ……ッ!!」

 

 それでも何とか空中で態勢を整えたゴリランダーは、受け身を取ってすぐさまオーロンゲを視界にとらえる。しかし、今の攻撃がクリーンヒットしてしまったゴリランダーは、着地と同時に片膝をついてしまう。

 

「オーロンゲ!!このまま追撃!!」

「ログ……ッ!?」

「くっ、こっちもダメージが……ッ」

 

 この隙に追撃を仕掛けようとするオーロンゲ。しかしこちらも抱えているダメージは馬鹿にならない。その証拠に、今にも崩れそうなほど膝が笑っており、いつもの力強さはもはや何も感じられなかった。なんなら、オレが押しても倒れそうなほどに、今のオーロンゲは頼りない。

 

 けど、こっちのゴリランダーももう眼が閉じかけている。

 

(ダメージではこっちが勝っているのに、状態異常が蝕んでくる!!)

 

 もはやいつ眠ってもおかしくないその様子に、見ているこちらがハラハラしてしまう。

 

 方やボロボロの身体で、方や今にも倒れてしまいそうなほど不安定な状態。どちらが有利でどちらが不利かだなんてもう分からない。今この瞬間にも、吹けば飛んでしまいそうな両者は、それでも自身の立場と意地が、ここで倒れることを拒否していく。

 

(あと一撃……それが限界だ……)

 

 本当なら、ダイマックスが切れたあとも長く戦いたかった。けど、お互いの強すぎるキョダイマックスがそれを許さなかった。ダイマックス中のやり取りだけで、ここまでお互いが消耗するとは思わなかった。

 

「オーロンゲ!!頑張って!!これが最後と!!『ソウルクラッシュ』!!」

「ロ……オォォォグッ!!」

 

 お互い満身創痍。そんな状況で先に動いたのはオーロンゲ。先程叩き込んだ攻撃をもう一度放つために、また右腕に力を込めて、1歩、また1歩とゴリランダーの方へ進んでいく。

 

「ゴリランダー!!目を覚ますんだ!!」

「グ……ラァッ!!」

 

 早く反撃しないと、このままでは真書面から技を受けて終わってしまう。必死に呼びかけるオレの声に、ゴリランダーも反応して、最後の力を振り絞って前の敵を見る。

 

「頼む!!ここが正念場なんだ!!ゴリランダー!!『ドラムアタック』!!」

「グ、ラアアアァァァッ!!」

 

 眠気に抗って最後のドラム演奏を行うゴリランダー。しかし、それでもいつもよりもドラムのビートが遅いため、ドラムアタックによって出てきた根っこに勢いが足りない。

 

 このままでは絶対にソウルクラッシュに勝てない。

 

「グラァァッ!!」

 

 そう確信したゴリランダーは、根っこを自分の腕に巻き付かせて、まるでオーロンゲの髪の毛のように纏っていく。これを直接ぶつけることによって、最後の攻撃の威力を底上げするつもりらしい。

 

 これなら、威力は申し分ない。オーロンゲともやり合える。

 

 右腕にピンクの光を携えた者と、右腕に根を纏わせた者。両者の距離がゆっくり近づき、そしてある程度詰まったあたりで同時に飛び出した。

 

 その動きはとても俊敏とはいえなかったけど、それでも確かに、今両者が出せる最高速度を持って走り出していた。

 

「ロオオオォォォグッ!!」

「グラアアアァァァッ!!」

 

 雄叫びを上げ、力を決め、ついに両者が、バトルフィールドの中心で拳をぶつけ合う。

 

 もう何度目か忘れた、攻撃と攻撃のぶつかり合い。

 

 けど、今回は風圧に怯みすらせず、オレもマリィも目を逸らさない。

 

 これがこのバトルの、最後の攻防になるから。

 

「「いっけえぇぇぇぇぇッ!!」」

「ロオオオォォォグッ!!」

「グラアアアァァァッ!!」

 

 

 重なる4つの声と2つの攻撃。当たり前だけど、キョダイマックス技同士のぶつかり合いと比べれば威力は低い。けど、感情という一点を見れば、この一撃にかける想いは先ほどのぶつかり合いよりも比にならないくらい大きい。

 

 だって、この勝負が決まる運命の一撃だから。

 

 喉がつぶれるくらいの叫び声をぶつけ合うオレとマリィ。その声に押され、ゴリランダーとオーロンゲも死力を尽くす。

 

 拮抗した2つの技が、びりびりと空気を痺れさせながらぶつかり合うこと数秒。この攻撃のぶつかり合いは、突如として終わりを告げる。

 

「グラッ!?」

「ログッ!?」

 

 ぶつかり合っていたお互いの右腕が、どちらかの力が少しぶれたせいですれ違う形となり、そのまま両者の顔面に突き刺さる。同時に攻撃を受けた両者は、それぞれの主の下まで吹き飛んだ。

 

「ゴリランダー!!」

「オーロンゲ!!」

 

 共にあおむけに倒れる両者。だけど、このまま倒れてしまうと戦闘不能になってしまうため、それを拒否するために気力だけで意識をつなぎ止め、ゆっくり、ゆっくりとその身体を起こしていく。

 

 膝は笑い、身体はボロボロになり、もう限界なんてとうに越えている。それでも、ここで倒れるわけにはいかないから。

 

 1分かけてゆっくり起き上がり、地面に両の足をつけて立つ両者は、そのままお互いを見つめ合う。

 

 まだ戦うのか。はたまた立っているだけなのか。

 

 観客も、審判も、この状況をどう判断すればいいのかわからず、ただひたすら固唾を飲むことしかできない。

 

 けど、不思議と、オレとマリィにはこの勝敗がわかっていた。それを理解したオレとマリィは、ゆっくりと目を閉じた。

 

 そんな中、先に動いたのは……

 

「グ……ラ……ッ」

 

 ゴリランダー。

 

 眠気と傷によって立つことすら難しいゴリランダーは、声を漏らしながら膝をつく。

 

「ゴリランダー……よくやったぞ……ありがとな……」

 

 ゴリランダーに対し、オレはお礼を述べる。

 

 同時に聞こえる、ドサリという何かが倒れる音。その音を聞いたと同時にオレは走り出し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この勝負、オレたちの勝ちだぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を回して倒れたオーロンゲを確認した後、ゴリランダーに飛び付いて、心の底から喜びをあふれ出させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1回戦、第3試合の勝者が、オレに決まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オーロンゲ

身体に纏う髪の毛によって筋力をサポートするのなら、纏う場所を変えれば強化具合を変えられるのでは?と思い、この形に。一方で、飛び蹴りでガラルの大地に大穴を開けられるというのは公式設定だったりします。こんな技で相手を眠らせるって、むしろ永眠してしまいそうなのですがそれは……

ゴリランダー

遂にお披露目キョダイマックスゴリランダー。ヨロイ島でちゃんと大スープを飲んでましたからね。ホップさんたちからしたら、いつの間にかできるようになっててさぞびっくりしたでしょう。ちなみにマリィさんのオーロンゲも、ヨロイ島でちゃっかりいただいています。




第3試合もこれにて決着。本来ならもう少しダイマックス後のやり取りを書くつもりでしたが、ゴリランダーもオーロンゲも、ダイマックスした瞬間パワフルに動いてくれたのでこの形に。書いててとてもパワフルだなぁとわたし自身思いました。






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219話

 

 

「オーロンゲ、戦闘不能!!よってこのバトル、ホップ選手の勝ち!!」

 

 

「よっしゃあああっ!!やったぞゴリランダー!!」

「グラ……!!……グラッ!?」

「っとと、大丈夫かゴリランダー。もう休んで大丈夫だぞ」

 

 審判からの宣言を受け、勝者として次に進めることを心から喜んだオレは、その勢いのままゴリランダーに飛びついた。ゴリランダー自身も勝てたことが嬉しかったみたいで、オレのことを受け止めながら笑顔で返してくれた。しかし、ここまで頑張ってきた反動が来たのか、ゴリランダーがいよいよ自分で立てないくらいぐらついてきたので、慌てて支えて、もう大丈夫だということを伝える。

 

「グラ……」

「おう!!本当によく頑張ってくれたぞ!!お疲れ様だ」

 

 すると、オレの言葉に安心したのか抗うことをやめ、自身に襲いかかっている眠気に素直に従って瞼を閉じていくゴリランダー。リターンレーザーを当てボールに戻る瞬間には、もう規則正しい寝息が聞こえ始めていたので、今頃はボールの中でぐっすり寝ていることだろう。このままゆっくり休んで欲しい。

 

「オーロンゲ。お疲れさま」

 

 ゴリランダーを戻し、周りを見渡してみると、バトルコートの反対側ではマリィがオーロンゲを戻しているところだった。それを確認したオレは、オーロンゲの姿が完全に見えなくなったところで、マリィに駆け寄った。

 

「マリィ!!」

「ホップ?」

 

 オーロンゲのボールを腰のホルダーに収めたところで、オレが近づいてきたことに気づいたマリィも、こちらに向かって歩いてくる。

 

 バトルフィールドの真ん中で足を止めて向かい合うオレたち。

 

 歓声が降り注ぐ中、じっと目線を合わせるオレたちは、何か合図があるけでもなかったのに、ぴったりのタイミングで同時に右手を伸ばす。

 

「楽しかったぞ!マリィ!!」

「あたしも、楽しかった……いや、悔しいからやっぱり楽しくなかったと」

「うぇ!?そ、そういわれてもなぁ……」

「……ふふ、冗談と。ちゃんと楽しかったと」

「全く……冗談きついぞ……なんでバトル終わった後の方がひやひやするんだ?」

 

 握手をしながら交わす言葉は、さっきまでの鬼気迫る空気とはかけ離れた、いつものオレたちの空気に戻っていた。正直、勝者と敗者という明確な差がある以上、ちょっとくらいはぎくしゃくするんじゃないかという懸念がなかったわけじゃないけど、そこはやっぱりここまで一緒に冒険してきた仲。そもそもお互いの実力がほぼ拮抗しているのは知っている以上、どれだけ自信ありと言っても、なんだかんだ負ける可能性は常に頭の片隅にはおいてあった。この勝ちだって、今日たまたまオレが勝っただけで、明日も同じ結果になるかと言われたら絶対にノーだ。少なくとも、もうカビゴンの戦法はもう通用しないだろう。色々含めると、なんだかんだ、負け自体は納得できる。そういう点ではぎくしゃくする理由は案外ないのかもしれない。

 

「にしても、惜しかったなぁ……あとちょっとだったと……」

「オレのゴリランダーも限界だった。本当にどっちが勝ってもおかしくなかったぞ……」

「でも、今回はあたしのまけ。そこはもう決まって変わらないところと。……あたしのガラルリーグは終わりと」

「マリィ……」

 

 目を閉じ、少しうつむきながらそういうマリィに、オレの口が止まってしまう。やっぱり、表面上は平気そうな顔をしていても、心の奥では思うところがあったのだろうか。そんな不安な気持ちを感じながら見ていたけど、オレの不安なんて吹き飛ばすように、次の瞬間にはマリィの表情がいつものそれに戻っていた。

 

「だから、ちゃんとあたしの分までしっかり戦うとよ?明日からのバトル、観客席でしっかり見させてもらうけんね!!」

「……おう!!」

 

 マリィの口から伝えられる、明日以降への激励。こんなことを言われてしまうと、マリィの心配をする方がかえって失礼な気がしてくる。まだオレの次の相手は決まっていないから、どっちが上がって来るかはわからないけど、例えどっちが上がってきても、マリィが安心して見れる試合をしていきたい。

 

「ま、あたしがあんたを応援し続けるかは、知らんけどね?」

「おい!!ちょっと感動したおれの気持ち返せ!!」

 

 ちょっと前言撤回したくなってきた。

 

 とはいえ、次のオレの対戦相手はユウリとサイトウさんのバトルの勝者という、どちらもオレたちの知っている相手だ。というか、そもそもこの大会は全員が知ってる面子。正直なところ、オレがマリィの立場でも、誰を応援するか分からないっていうのが本音ではあったりする。……まぁ、オレの場合はなんだかんだで1番付き合いが長いユウリにはなりそうだけどな。おそらく、さっきのマリィの発言もそんな心境を少し隠しながら、ついでにオレをからかうためにこういう言い回しをしたのだろう。

 

 あとは、『自分のことは気にせず、前だけ見てろ』と言いたかったのか。

 

(……どれもただの妄想だな)

 

 本人を目の前にこんなことに思考を回すなんてらしくないことをして、思わず呆れ笑いが出そうになる。

 

「ったく……」

「どうかしたと?」

「いや、なんでもないぞ」

 

 そんなオレの様子を見て、マリィがキョトンとした顔を浮かべながら聞いてきたので、オレは首を振りながら返し、続きを口にする。

 

「オレの夢はアニキを超えること。ここはその通過点だ」

「……」

 

 オレの独白を黙って聞いてくれるマリィ。その態度に甘え、オレはさらに口を動かす。

 

「だから次のバトルも、その次も……なんならジムリーダーのみんなにも勝ってアニキに挑む!!だからさ……」

 

 話している途中に段々と恥ずかしさが込み上げてきた。だから、それをちょっと隠すように、オレは笑顔を浮かべ、手を頭の後ろで組みながら、オレが結局何を言いたかったのかを伝える。

 

「応援はいいから、最後まで見てってくれよな!!後悔はさせないぞ!!っへへ!!」

「っ!?」

 

 オレの言葉を聞いて目を丸くするマリィは、しかしすぐにその目を少し細め、口元を緩めて軽く笑った。

 

「ふふっ、本気にしすぎと。ちゃんと応援してあげるったい。あたしたちのエール……ちゃんと届けるけん、あっさり負けたら承知せんとよ?仮にもあたしを下した人なんだから、気張りんしゃい」

「おう!!」

 

 喋りたいことを喋り終えたオレたちは、最後にハイタッチをしてバトルフィールドを離れる。その時の威力がなかなか強かったせいか、ハイタッチに使った右手は控え室に戻る間、ずっと痺れていた。

 

(……しっかり、受け取ったぞ)

 

 ただ1回勝てばよかっただけのジム戦とは違い、1戦勝つ毎にオレの背中にのしかかる重さ。自分が倒した人の思いを明確に感じる、この大会特有の空気。けど決して嫌じゃないこの重さと緊張感に、オレの心はまた震える。

 

「頑張るぞ!!」

 

 控え室への暗い道を歩きながら、オレは拳をギュッと握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 誰もいない控え室で、ポツリと息を漏らすあたし。

 

 既に服は着替え終わっており、身にまとっているのは白のユニフォームから、いつものピンクのワンピースと黒のジャケットスタイルに戻っている。

 

「……負けちゃったと」

 

 こうして誰の目もないところに行って、改めて振り返ってみると、心にずっしりと敗北の2文字がのしかかってくる。

 

 ジムチャレンジを突破し、ヨロイ島とカンムリ雪原をめぐり、そこから頑張った特訓期間。

 

 マスタードさんやシロナさん、カトレアさんにコクランさんという凄い人たちに師事してもらって、おそらくあたしの人生で1番本気で取り組んだ、とても濃密な時間。それがこのような結果に終わってしまったことに、少なくない虚しさを感じてしまう。

 

「あたしのリーグ、終わっちゃったと……」

 

 スパイクタウンのアピールのため、そして何より自分の新しく出来た夢のために頑張った結果は、順位だけを見れば初戦敗退というなんとも呆気ないものだった。もちろん、ガラル地方のみんなはあたしとホップの戦いをしっかりと見てくれていたし、そもそもジムチャレンジを抜けること自体がひとつのステータスとなるため、周りからの評価が落ちたり、変なことを言われるなんてことは絶対にない。むしろ、自惚れじゃないけど、あたしの年齢を加味すれば、期待のホープなんて持ち上げられる可能性の方がよっぽど高い。

 

 けど、あたしの目標はちやほやされることじゃない。

 

 もっと強くなって、もっと上に行きたい。

 

 最初はスパイクタウンのためだけだった目標も、フリアやホップ、ユウリに触発されて、いつしかとてつもなく大きなものへと成長していた。

 

 なのに、結果はこの通り。

 

 悔しいし、後悔だって大きい。ifの話は今でも頭をよぎる。

 

 けど同時に、決して目標が遠いけど見えないわけではないこともわかった。

 

 今回負けた一番の原因は、間違いなくカビゴンの対策が甘かったことだ。それも、落ち着いて振り返ることのできる今なら沢山対処法は思いつく。次に戦う時には絶対に勝てる。そんな自信もある。

 

 今日は負けてしまった。けど、チャンスはまだある。

 

 今日は手が届かなかったけど、その背中が見えないわけじゃない。

 

 あたしに足りないものがあったということは、あたしはまだまだ強くなれるという意味でもある。それなら……

 

(こんなところで腐ってるなんて……勿体なかと!!むしろこれをバネにもっと強くなる。それこそ、今日戦ったホップのように……)

 

 ホップに出来たのなら、同期のあたしに出来ない道理は無い。そう考えると、不思議とやる気が溢れてくる。

 

「みんな……もっともっと……頑張ろう!!」

 

 みんなが収まったダークボールを両手に抱え、あたしのこの溢れるやる気を、言葉としてみんなに向ける。そんなあたしのエールが届いたのか、中に入ってるみんなは、バトル終わりで疲れているはずなのに、それでもボールを揺らして答えてくれた。

 

 その事がとても嬉しくて……

 

「次は……絶対勝つけんね!!」

 

 あたしとみんなは、次の目標を定めて、心を燃やす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、すっげぇギリギリのバトルだったな!!第2試合以上にどっちが勝つかわからない試合だったぜ」

「本当にギリギリのところだったわね。こう言ったら失礼かもしれないけど、本当に運の差と言われてもおかしくないくらいの差だったわ……」

 

 シンオウ地方でもたくさんの試合を見てきたけど、ここまで互角だった試合は見たことない。絶対そんなことはないのだろうけど、もし今日と全く同じ展開で2人が闘ったとしても、明日はマリィが勝っている結果に変わっていてもおかしくない。そんなバトルだった。

 

「本当にまったくの互角……でも、流れが常に中間にあったってわけではなかったのよね」

「最初はマリィがゾロアークでひっかきまわしまくって、途中はホップがノリに乗りまくってたからな。正直あのカビゴンで全部持っていくと思ったぜ」

「わたしも、あのカビゴンをひっくり返すなんても無理だと思ったもの。そういう点では、マリィの方が対応はうまかったって言っていいのかもしれないわね」

「だが攻めは間違いなくホップだな。……こうしてみると、2人の戦闘スタイルってまるで真反対なのに、よくこんなに拮抗したよな……」

「普通はどちらかに思いっきり傾くのだけどね」

 

 これはどちらかが弱いというわけではなく、スタイルが真反対同士の人が闘うと、基本的に先に流れを取った方がそのまますべてを持っていくパターンが多いからだ。めぐりあわせやその日の調子次第で、実力が互角の人同時のバトルでも全然4タテ5タテなんてざらにある。それくらい、バトルにおいて流れというものは大きい。そんな流れの取り合いがしっかりあったし、なんなら完全に傾いている時すらあったのに互角になった。

 

 こんな勝負はめったに見られるものじゃない。

 

「本当に、退屈しないなぁ!!」

「本当に、楽しそうにするわねぇ」

「だって楽しいからな!!」

 

 良い笑顔でこちらを見てくるジュンにちょっと溜息をつきながら、ホップとマリィのバトル後のフィールド整備中のバトルコートを眺める。

 

「次がいよいよ今日最後のバトルね」

「ユウリ対サイトウ……だな。どっちが勝つと思う?」

「さぁ?正直、サイトウさんのバトルは、今回の参加者の中だと一番わからないのよね」

 

 フリアと一時期一緒にいたというのは知っているけど、深くかかわってきたわけではない。ユウリの強さはよくわかるけど、相手の力が未知数だ。

 

(かくとうタイプのエキスパートだというのは分かるけど……攻めがとにかく巧いのかしら?)

 

 色々考えてみるけど、やはりどれも憶測の粋を出ない。今までとは別ベクトルで予想が出来ないカードになっていた。

 

「もしガン攻めなら、ユウリがどんな手でいなすのかが楽しみだな!!」

「そういう点では、ユウリのスタイルもちょっとわかりづらくはあるのよね」

 

 対するユウリは、フリアを参考にしている動きはいくつか見受けられはするんだけど、ここ一番ではホップのようなごり押しを見せる時もある。しいて特徴を上げるのなら、その択の通し方が異様にうまく、戦っていくうちにゆっくりと相手の動きを無意識に読んでいっているような……

 

(そう考えると、一番近いのはもしかして……)

 

「キュキュイ!!」

「ってちょっと、ほしぐもちゃん!?」

 

 ユウリについていろいろ考えていると、わたしの懐からいきなりほしぐもちゃんが声をあげながら出て来る。

 

 ユウリが試合をするにあたって、ポケモンが登録されているボールを6つ以上持つことを禁止にされているということもあって、今日はわたしがこのほしぐもちゃんを預かっていたのだけど、どうやら、一番なついているユウリの試合の始まりを本能で感じ取ったみたいで、今までおとなしくボールの中にいたのに、ここにきて我慢できずに飛び出したみたいだ。

 

「ほしぐもちゃん、ポフィンあげるから今は落ち着きましょ?ね?」

 

 観戦すること自体は別に構わない。むしろ、気にならない方がおかしいだろう。けど、現状ほしぐもちゃんはシロナさんですら知らないと言っていた未確認のポケモンの可能性が高いポケモンだ。当然そんなほしぐもちゃんのことを周りの人が知っているわけもなく……

 

『おい、何だあれ……ポケモン?』

『わぁ、かわいい!!』

『ガラルにいたっけか?』

『もしかして新種!?』

 

 

「お、おい、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわよ。ちょっと待って……」

 

 

 わたしたちの周りだけがほんの少しだけ騒がしくなる。

 

 未確認のポケモンということもあるし、何よりもガラルのポケモンではない可能性があるこの子をあまり人眼に見せるわけにはいかない。だから小声でジュンに返し、1度ほしぐもちゃんを布で隠しながらボールに戻す。

 

 ガラル地方では、生息していないポケモンを連れてくるのは禁止にされている。誤魔化すにしても、ポケモンでは無いことを強調しながらしなきゃいけない。軽くジュンと目を合わせながら、言葉を合わせていく。

 

「おいおい、また変な小道具か?昔から人形作るの好きだよな」

「別にいいでしょ。()()()()()()()()()で使う道具でもあるんだから、そこは文句言わせないわよ」

 

 ポケモンコンテストという言葉を少し強調しながら、そしてほしぐもちゃんをボールに入れたことを確認しながら、ほしぐもちゃんを隠していた布をしまう。

 

 ガラル地方にはポケモンコンテストは無いため、もしかしたら話が通じない可能性もあるけど、そこは自分の名前がどれだけ通っているかの勝負だ。

 

『なんだ、コンテスト用の小道具か~』

『コンテストって?』

『知らないの?ホウエン地方とかシンオウ地方で有名なポケモンを魅せるための……』

『え、まって、そういえばあの人見たことあるかも……』

『もしかしてヒカリさん!?』

 

 色々覚悟をしながら耳をすませば、知っている人から話が広がり、わたしの名前が徐々に上がり始める。そうすれば、もうほしぐもちゃんについて話している人は誰もいなくなった。

 

 どうやら賭けには勝ったみたいだ。

 

 その分、プチ騒ぎになるかもしれないけど、そこは代償ということで大人しく受けるとしよう。サインくらいなら全然答えられる。

 

「ふぅ……一段落ね」

「良かったのか?」

「仕方ないでしょ?」

 

 ジュンの言葉に言葉を返しながら、あたしはほしぐもちゃんの入ったボールを口元に寄せる。

 

 

「ごめんなさいね、ほしぐもちゃん。本当なら外に出してあげたいのだけど……ほしぐもちゃんはちょっと目立ちやすいから……」

 

 

 わたしの声に対して、小さく揺れることで反応を返してくる。その反応からは、少し残念そうな感情を受け取った。ほしぐもちゃん側から見たら当然の反応だろう。

 

「その代わり、ちゃんと見えるようなところに置いてあげるから……それで我慢してちょうだい」

 

 その反応を見たわたしは、ほしぐもちゃんがボールの中にいても試合が見えるように、膝元に置いて真正面を向ける。すると、それが嬉しかったのか、今度はさっきよりも少し大きくボールが揺れた。

 

「はは、ほしぐもちゃんも楽しみにしてるんだな」

「いよいよユウリのバトルだもの。それは……ね?」

「だな!!」

 

 ひとまず、ほしぐもちゃんのことが落ち着いたので視線をバトルコートに戻す。すると、ちょうど整備が終わり、次のバトルの準備が出来たところだった。

 

 今日最後のバトルまで、あと僅かだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 騒がしかった控室から、とうとう人の声が消えて数十分。その間、ただひたすらに目を閉じ、意識を集中させ、ただただ戦う準備を進めていたわたしは、ふと感じ取った空気から、そろそろ自分の出番が来るということを悟る。

 

 この控室は防音性能が高いため、観客の声やバトルルによる音は聞こえてこない。ダイマックスなどによる地響きに関しても、それを想定して頑丈に作られているスタジアムは建物にまで影響はない。あったらむしろ困ってしまう。

 

 だから本来なら、この場所から外の様子を知る方法はないのだけど……普段から修業を行い、場の空気を感じ取ることの出来るわたしは、何となく雰囲気で前試合の終わりと、整備の完了を感じた。

 

「……」

『サイトウ選手。次の試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

 

 目を開くと同時に呼びかかるリーグスタッフの人の声。

 

「……行きましょうか」

 

 深呼吸を一つ落とし、気合を入れ、しかし心は落ち着け……わたしはゆっくりとバトルコートへ足を進める。

 

 相手はユウリさん。去年ダンデさんの下へたどり着いた、あのマサル選手の妹。

 

 一緒に旅をしたこともあるし実力も知っている。その時点でも強かったのに、そこからさらに成長しているのだとしたら、間違いなく強敵となっているだろう。けど、絶対に負けない。

 

「あの子の隣に立つために……わたしもここで止まるわけにはいかないですから……!」

 

 思い浮かぶのはラテラルタウンでジムリーダーを務めるいとこの存在。

 

 一度生死をさまようことで手に入れてしまった不思議な力。

 

 結果としては彼の味方となっているけど、当時のわたしは酷く取り乱してしまった。

 

(もう、あんな思いをしたくない)

 

 だからこそ、わたしは強くなりたい。彼を守れるくらいに。そのためには、まずは彼の横に立たなければならない。そのためにも……

 

「勝たせてもらいますよ……ユウリさん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ユウリ選手。次の試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

「はい!!」

 

 いよいよ来た。

 

 最初は4人いた部屋から人の声がなくなって、少し寂しい気持ちを感じながらも待ち続けて、ようやく呼ばれた私の名前。

 

 ドキドキと高鳴る心臓はさらに速くなり、私の体温をあげていく。

 

 みんなはどうなったんだろうか。誰が勝って、誰が負けてしまったんだろうか。もし、このバトルに勝った時、私は誰と戦うことになるのだろうか。

 

 なにより、フリアは……勝ったのだろうか。

 

 沢山気になることが浮かんでは消え、私の頭の中をたくさん埋め尽くしていく。

 

 けど、今はもっと大事なことがある。

 

「まずは目の前……サイトウさんに勝たなくちゃ……!!」

 

 自分からフリアに向かってあんなことを言っておいて、私がここで負けてしまったら格好がつかなさすぎる。それだけは絶対に嫌だ。

 

(それに、少なくともウルガモスと戦った時は、私はサイトウさんのかなり後ろにいたんだ。当り前だけど、油断なんてできない)

 

 あの時、私とセイボリーさんは途中で怯えて動けなくなってしまった。けど、フリアとサイトウさんだけは前に立ってた戦っていた。

 

 あの時の差を、どれだけ埋められているのだろうか。

 

「……行こう!!」

 

 その差を確かめるために、私は足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ホップ

夢に向かって一歩前進。それはそれとして人の良さが少し出ています。

マリィ

マリィさんは落ち込むというよりも、そこからばねにして伸びそうなイメージですね。

ヒカリ

色々セーフ。機転が利きますね。

ジュン

観戦楽しい。

サイトウ

目標はオニオンさんを守るため。久々登場ですので、改めて。

ユウリ

いよいよ満を持して登場。約束のため動き出します。




次回投稿日はいよいよ碧の仮面配信日ですね。作者は早くチャデスと会いたくて会いたくてたまりません。





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220話

 暗い道を1歩ずつゆっくりと進んでいくと、私の鼓膜を叩く音がどんどんと大きくなっていく。暗い道を進めば進むほど強くなるそれは、暗い道の出口にたどり着く頃には、目に入る光と一緒に最高潮に到達する。

 

(これでこの体験も8回目……でも、全然なれない……ううん。むしろ今日は、いつもよりもすご凄く緊張している……)

 

 降り注ぐ大歓声の中胸に手を当ててみれば、初めてこの道を通った時よりもさらに鼓動が激しく動いていた。けど、緊張で身体が動かなかったり、胸が痛くてしんどいという気持ちは全然起きてこない。

 

 むしろ、この状況を楽しんでいる節がある気がしてくる。

 

(不思議な感覚……)

 

 暗い道を抜け、バトルフィールドに足を踏み込めば、私の鼓膜への声はさらに大きくなり、思わず声の壁に押されるのではないかと錯覚してしまうほど、前から圧力が飛んでくるのを感じた。やはりトリということで、みんなの気持ちも盛り上がっているということなのだろう。勿論、前3つの試合が凄かったということも影響していそうだ。

 

(これはあとでアーカイブを見ないとね)

 

 緊張をしている割には、こうやってバトル後に楽しみを作り出せるあたり、やっぱり私の精神状態は予想以上に落ち着けてはいるらしい。これならバトルでもちゃんと頭は動いてくれそうだ。

 

「あ、サイトウさん……」

 

 こうやって色々なことから今の自分の調子を確かめていると、既にバトルフィールドの真ん中に立って、目を閉じて集中しているサイトウさんの姿があった。その姿は、見ているだけですごく集中しているのがよく分かり、何もしていないはずなのに、周りから聞こえてくるたくさんの声を全部合わせても、彼女から発せられる空気の方が明らかに重かった。

 

 嵐の前の静けさ。この言葉がこれほどぴったりなのもそうそうないだろう

 

 その迫力を肌で感じた私は、けど、それに押されることなく1歩ずつ、暗い道を歩いていた時と同じように歩き出す。

 

(きっと、昔の私だとここで怯えていたんだろうなぁ)

 

 昔の自分との相違点に少しだけ笑がこぼれそうになる。過去の私が、今の私を見るとさぞ驚くことだろう。過去の自分の反応を予想するという、ちょっと変なことをしながらも、私の足は止まらず、程なくしてサイトウさんの目の前まで移動した。

 

「……お待たせしました。サイトウさん」

「いえ、わたしも今来たところです。そんなに待っていませんよ」

 

 私が声をかけると、瞑想をやめ、ゆっくりと瞼を開きながら、なんでもないように言葉を返してくるサイトウさん。それはさっきまで発していたプレッシャーの重さとは全然違い、まるで友達との待ち合わせをしていたかのような軽い言葉で返された。開かれた瞳もとても優しく、こちらを気遣うような温かさを感じさせてくれた。

 

 とてもじゃないけど、これからバトルをする相手とのやり取りには全然見えない。

 

 私たちが向かい合ったと同時に実況の人と解説の人が話を始める。それはつまり、私たちのバトルまであと少しだけ時間があることを表している。なので、その時間を潰す意味でも、私はサイトウさんと言葉を交わしていく。

 

「会場、すごい盛り上がりだね」

「ええ。きっとみなさん全員が本気で挑み、作りあげた空気なのでしょう。ここでこうして目を閉じると、彼らの意志をまだ感じられるような、そんな錯覚をしてしまいそうです」

「ですね……」

 

 サイトウさんの言葉につられて一緒に目を閉じれば、確かにさっきまでここで闘っていたフリアたちの想いを感じるような気がする。

 

 フリアたちが闘い、周りの観客が乗り、このバトルコート全体が盛り上がっていく。その瞬間を追体験するかのように、私の身体の中を、熱い何かが駆け巡っていく。

 

「私も……そんなバトルをしたい……!!」

「ええ……!!」

 

 私とサイトウさん。2人でこれから起きるバトルへの意気込みを口にしながらゆっくりと目を開く。

 

 その頃にはもう実況と解説の人の説明も終わったみたいで、私たちの首元につけられているマイクのスイッチが入った気配も感じた。けど、そんなことなんて気にせず、私たちは会話を続けていく。

 

「そう言えば、そこそこの期間一緒に過ごしましたが、こうやって直接戦ったことは、ついぞありませんでしたね」

「うん。どっちかというと、一緒に困難を乗り越えて戦う事の方が多かったもんね」

「ええ。ですから今日、こうやってあなたと戦えるのがとても嬉しく、そして楽しみです」

「私も、テレビで見て想像するしかなかった対決が出来て、嬉しい!」

 

 準備は整った。

 

 私もサイトウさんも、懐から1つのボールを取り出して見つめ合う。

 

「不思議ですね……心が騒がしくて、ただただ待ち遠しいです。もうまもなく始まるのに、この時間さえ惜しい……」

「……」

 

 あとは審判の人の合図を待つだけ。だけどその時間さえも、サイトウさんの言う通り物凄く待ち遠しい。

 

 右手に持った私の先鋒が震える。

 

「行きましょう。今こそ、あなたたちの心を騒がせるような攻撃を見せる時!!」

 

 サイトウさんが言葉を紡ぎながら目を閉じ、そして直ぐに開かれる。そうして私の視界に入るようになったサイトウさんの瞳からはハイライトが消えていた。それと同時に一気に膨れ上がるプレッシャーに、しかし私も押されないように気合を入れ、少し笑いながら言葉を返す。

 

「あの時の、背中に守っていただけじゃない!!成長した姿を今ここで見せる!!」

 

 言葉と同時に2人揃って背を向け歩き出し、定位置へ。そこから改めて向かい合うと同時に、大きな声が会場に響く。

 

 

『では両者!!準備をお願いします!!』

 

 

「いざ参りましょう!!ユウリさん、お手合わせ、お願いします!!」

「こちらこそ!!ここまでの特訓の全てをぶつけるから、覚悟してね!!」

 

 

ポケモントレーナーの サイトウが

勝負を しかけてきた!

 

 

「お願いします、ルチャブル!!」

「お願い、アブリボン!!」

「チャボ!!」

「リリィ!!」

 

 ついに告げられた開戦宣言と共に、私とサイトウさんから同時にボールが投げられる。現れたのはルチャブルとアブリボン。どちらも素早さが高く、且つ複合タイプの片方が相手にばつぐんを取ることの出来る組み合わせだ。また、どちらも素早さに重きを置いているポケモンであるため耐久力があまりないため、先も述べたタイプ相性も加味すると、決着はすぐに着く可能性が高い。

 

(速いポケモンで最初の流れを取る……考えることは同じだね)

 

 サイトウさんとの意識疎通が図らずとも取れたのを確認した私は、早速行動に移っていく。

 

「アブリボン!!『マジカルシャイン』!!」

「ルチャブル、『つばめがえし』!!」

 

 両者共に相手にばつぐんを取れる技選択。アブリボンを中心に広がる光を、右の翼を光らせたルチャブルが上から振り下ろすことで勢いを1度止めて、そこから右足のサマーソルトを放つことで完全に相殺しながら、ルチャブルは空に旅立つ。

 

「『かふんだんご』!!」

 

 そんなルチャブルに対して、緑色に光る3つの球を投擲。空を華麗にまうルチャブルの動きを読むように放っていく。

 

「『みきり』!!」

「チャブ……」

 

 対するルチャブルは、集中してこの攻撃を見つめ、順番に避けていく。1つ目は羽ばたいて自身の位置を少し高くして上を通り、そこから翼を畳んで急降下して、右と左にあった2つ目と3つ目の間をすり抜けていく。

 

「『フライングプレス』!!」

「『マジカルシャイン』を小さく!!」

 

 攻撃を避けた時にした急降下の勢いをそのまま利用し、アブリボンに向かって突撃をするルチャブル。これに対して私がとった対処は、アブリボンに小さなマジカルシャインを纏わせること。自身を中心に小さな虹の球体となったアブリボンは、そのままルチャブルのフライングプレスを受け止め、球体の表面を利用してルチャブルの突撃を受け流す。

 

「リィ!!」

「チャボ!?」

 

 インパクト同時に少し右にずれることによって、マジカルシャインの表面を滑ったルチャブルは、アブリボンの左側をすれ違うように通り抜けて、そのまま地面へと着地する。

 

「解き放って!!」

「リィ!!」

 

 勢いよく着地したことによって、ルチャブルの方には明確な隙が生まれる。ここを狙ってアブリボンは、纏っているマジカルシャインの範囲を一気に広げ、光の波にルチャブルを巻き込むように攻撃する。

 

「『どくづき』!!」

「チャ……ボ!!」

 

 これに対し、避けることが不可能と悟ったサイトウさんは、ルチャブルにどくづきを指示。これを受けて両手に紫の波動を纏ったルチャブルは、両手をくっつけて前に突き出し、簡易的な槍のような形を作って技を貫く。

 

 範囲攻撃という、マジカルシャインの明確な弱い所をちゃんとついてきた防御方法だ。

 

「アブリボン!!そのまま『マジカルシャイン』を纏って突撃!!」

 

 しかし、足を止めて技を構えている以上、遠距離攻撃をしているこちら側に行動の自由がある。

 

 範囲攻撃故の一点に対する火力の低さは、相手との距離で補う。

 

「なら、正々堂々真正面から打ち抜きましょう!!ルチャブル、こちらも前進!!」

「チャボ!!」

 

 しかし、アブリボンが近づいて威力が上がっているはずのマジカルシャインに対して、ルチャブルは逆にさらなる前進を見せて来る。

 

 タイプが一致しており、且つ弱点をつけるこちらのフェアリータイプの技に対し、弱点はつけるものの、自身とタイプが違うせいで少しだけ威力が低いはずのルチャブルだけど、それでも声をあげ、気合を入れて真っすぐ突き進む。

 

(かくとうタイプ使いだから何となくわかっていたけど、やっぱりホップやジュンみたいな力押し系の動きだ……!!)

 

 マジカルシャインを大きくしたため、さっきみたいな受け流しはもうできない。だからこのルチャブルを止めるためには、こっちも力押し勝負を仕掛けないといけない状況になってしまっている。……けど。

 

「やりようはまだあるよね……アブリボン!!()()!!」

「リィ!」

「チャボ!?」

 

 その状況でアブリボンはあえてマジカルシャインをやめる。すると、前に進もうと力んでいたルチャブルの推進力がから回って、つんのめった状態でアブリボンの方に飛んでいく。予期せぬ挙動のため、その動きは遅く、アブリボンの動きが速いこともあって、このどくづきを少し右に動くだけで簡単に避ける。

 

「『マジカルシャイン』を再発射!!」

「リリィ!!」

「チャブ!?」

 

 攻撃を避け、ルチャブルがちょうど真横に来たところで再びマジカルシャイン。妖精の力を宿した虹の光は、至近距離で大きく爆ぜ、空中で無防備な隙をさらしていたルチャブルに直撃。彼を大きく外に吹き飛ばす。

 

「ルチャブル!!壁を使って跳ねてください!!」

「チャボ!!」

 

 しかし、サイトウさんもただではやられない。

 

 攻撃を避けられないと悟ったサイトウさんは、ルチャブルに攻撃を受ける覚悟をさせ、そのあとのことを考えて行動していた。

 

 身体を丸めて攻撃を受けえる態勢を取っていたルチャブルは、被害を最小限に抑えながら壁に足をつけて着地し、そこからばねが跳ね戻るようにこちらに勢いをつけて飛んでくる。

 

「『どくづき』!!」

「チャボ!!」

「避けて!!」

「リィ!」

 

 反動を利用したこの攻撃は、私が思っているよりもスピードが速く、攻撃を避けようと直ぐに動いたアブリボンでも素早さが足りずに攻撃が少し掠る。しかもその部分が翅部分という自身の機動力の根幹を担うところだったため、ダメージはあまり入っていないものの、アブリボンが姿勢を崩して地面に足をつけてしまう。

 

「ルチャブル!!」

「チャボ!!」

 

 その隙を見逃さないサイトウさんは、攻撃を終えて反対側の壁に辿り着いたルチャブルに再度突撃を指示。もう一度壁を使って跳ねたルチャブルが、右腕に紫色の波動を纏って飛んでくる。

 

 この攻撃は避けられないし、ここまで勢いがついていたらマジカルシャインでも勢いに負けて突破されるだろう。だから、ここで大事なのは避けることではなく、攻撃を()()()()()()

 

「アブリボン!!身体に『かふんだんご』!!」

「リィ!」

 

 それを理解したアブリボンは、身体の周りに緑色の綿を集めていき、自分の身体を隠す準備を整える。

 

 アブリボンを中心に、徐々にその体積を増やしていく緑色の花粉は、身体が小さいこともあって、アブリボンの身体を完全に隠しきる。

 

「読めてますよ!!『つばめがえし』!!」

 

 この防御態勢にサイトウさんがとった行動は、何もしていない左腕によるつばめがえし。むしタイプの攻撃を纏っているアブリボンにとっては天敵となる攻撃。実際に、到達と同時に左腕を振り下ろしたこの攻撃によって、防御用に固めていたかふんだんごは簡単に飛び散り、中身が少し見えるようになる。

 

「『どくつき』です!!」

「チャボ!!」

 

 アブリボンを守る鎧が剥がれた。そこを突く本命の攻撃をルチャブルは全力で放ち、辺りに技が直撃した音が響き渡る。

 

 こうかはばつぐん。

 

 ルチャブルの渾身の一撃は、受けたものを吹き飛ばし、地面を転がった。

 

 もっとも、転がったのは()()()()()だけど。

 

「チャボッ!?」

「なっ、『みがわり』!?」

「今!!『マジカルシャイン』で突っ込んで!!」

「リリィ!!」

 

 ルチャブルが渾身の力を込めてはなった一撃は、アブリボンがかふんだんごの中に隠れている時に作り上げたみがわり人形に当たっており、本体であるアブリボンには、身代わりを作る際に消費するダメージはあれど、どくづきによるダメージは1つも入っていない。

 

 右腕を振り終えたルチャブルは、攻撃の後隙と目の前に突然現れたみがわり人形に驚きすぎて、すぐに動ける状態ではない。

 

 そんなルチャブルの真上から差し込む1つの影。

 

 今のやり取りの間に上に飛んだアブリボンが、マジカルシャインを携えた状態でルチャブルに突っ込む。

 

「チャブッ!?」

「ルチャブル!!」

 

 こうかばつぐんの技を当てられたと思ったら逆に当てられていた。そのことに少なくないショックを受けたサイトウさんが思わず声をあげる。

 

「このまま追撃行くよ!!『かふんだんご』からの『マジカルシャイン』!!」

「リリィ!!」

「耐えてください!!『つばめがえし』です!!」

 

 こうかばつぐんの技を不意を打たれる形で受けてしまったせいで大ダメージを刻まれたルチャブルは、地面を転がりながらアブリボンから距離を取る。そんなルチャブルを逃がさないように、アブリボンが追撃のかふんだんごをばらまいて行く。

 

 これに対してルチャブルは両手両足に白い光を纏い、つばめがえしのかまえ。1つ目の球を右手を振り下ろして裂き、2つ目を左手を右から左に薙いで消す。続く3つ目と4つ目を、サマーソルトをしながら両足で消し、最後のひとつを今度は前へ縦回転してかかと落としで消していくという、華麗な5連撃でいなしていく。

 

 一瞬見とれそうになるつばめがえし捌きだけどぐっと堪え、この一連の動きをしている間に、アブリボンに指示を出して再びマジカルシャインを纏った状態で突撃。この突撃に対してどくづきを構えるのは間に合わないので、両腕のつばめがえしをクロスに構えることでルチャブルは受け止めた。しかし先のやり取りで浮いてしまっているため、空中で攻撃を受けている故に衝撃を吸収しきれないルチャブルは、そのままアブリボンに押されるように下がっていく。けど、そんな中でも膝をしっかりと畳んでいるルチャブルは、この状態が続くようならアブリボンを蹴飛ばして、その勢いでまた壁まで飛んで、そこから跳ね戻って攻撃を返してくる準備をしているように見える。

 

「もうそれはさせない……アブリボン!!上!!」

「っ、そう簡単にはさせてくれませんか……」

 

 今ルチャブルがアブリボンに押されているのは、空中で踏ん張りが効かない状態だからだ。ここからまた1度でも足をつけられたら、この有利展開が返される。それをさせない為にも、突撃の方向を上に向けることで、今押しているルチャブルごと上空に連れ去ってしまおうという考えだ。

 

 ルチャブルの反撃を的確に呼んで行われたこの行動に、少しだけ表情が崩れるサイトウさん。

 

「ですが、別に構いません!!ルチャブル、構えをといてください!!」

「え?」

「チャボ!!……ッ!?」

 

 しかし、すぐに表情を引き締めたサイトウさんは、ルチャブルに抵抗を辞める指示を出す。その意味がわからなかった私は、つい声を漏らして思考を止めてしまう。その間にも戦況は進み、つばめがえしを止めたルチャブルは、顔面にアブリボンの突撃を受け、身体を大きく仰け反らせる。

 

「まさか……アブリボン!!『マジカルシャイ』を今すぐ強く放って!!」

「遅いです!!『つばめがえし』!!」

「チャボッ!!」

 

 と同時に、ようやくサイトウさんの狙いに気づいた私は、慌てて技を指示する。しかしルチャブルの方がひと足行動が速く、指示を受けてすぐに準備に取り掛かる。

 

 攻撃を受けて仰け反った勢いを利用してそのままバク宙をするルチャブルは、またサマーソルトを行い、右足でアブリボンを掬いあげるように攻撃。これをもろに貰ってしまったアブリボンは動きを止めてしまい、その隙にアブリボンの真上を取ったルチャブルは、その場から両腕をクロスさせ、クロスチョップのような軌道で両腕のつばめがえしを叩きつけられる。

 

「リィッ!?」

「アブリボン!!」

 

 まさかの反撃と、地面にたたきつけられたことによって動きが鈍るアブリボン。そんなアブリボンに向けて、ルチャブルは翼をたたみ、空中から一気に急降下。

 

「ルチャブル、『どくづき』!!」

「チャ〜……ボッ!!」

 

 その状態で右腕に紫のオーラを纏いながら突き出し、まるで流れ星のような速度で落ちてくる。

 

(速い!?)

 

 この速度だとみがわりによる回避も間に合わない。スピードが乗っている分強力なこの攻撃を耐える手段もアブリボンには無い。

 

 けど、まだ手はある。

 

「アブリボン!!『ねばねばネット』!!」

「リリィ!!」

「なっ!?」

 

 地面に落ちた状態で、空にいるルチャブルに対して粘着性の強いネットを発射する。

 

「チャ!?」

 

 目の前にいきなり展開された糸の壁にルチャブルは当然回避できない。まるでルチャブルの身体を包み込むかのように覆っていくねばねばネットは、ルチャブルを核とした繭を作り上げていこうとする。

 

「よし、捕まえた!!」

「このタイミングで『ねばねばネット』……本当に上手いですね……ですが!!ルチャブル!!腕を前に!!」

「ッ!!」

 

 繭で包まれて上手く声を出せないながらも、サイトウさんの声を聞いたルチャブルは、紫のオーラを纏っている右腕だけを前に突き出し、繭の中からどくづきだけを飛び出させた状態になる。

 

 ただ繭の中から腕を出すだけなら大して問題では無い。一番の問題は、ねばねばネットの繭に包まれながらも、ねばねばネットにルチャブルが抵抗しなかったせいで、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「っ!?アブリボン!!避けて!!」

「リリッ!?」

 

 本来は繭で包んでルチャブルを動けなくしたところで、トドメのマジカルシャインをぶつけるはずだったのに、肝心のルチャブルの落下速度を止めることが出来ていないせいで根本的な解決が出来ていない。故に、ルチャブルの攻撃はネットで包む前の勢いと変わらずアブリボンに向かって突き進む。

 

 そう、地面に落ちて、現状上手く動くことが出来ない彼女に向かって。

 

「リッ!?」

「アブリボン!!」

 

 避けようと必死に身体を動かすも、ルチャブルの速度に追いつけなかったアブリボンはそのまま被弾。こうかばつぐんの大ダメージを受けた彼女は、そのまま私の足元まで飛ばされ、目を回して倒れた。

 

 

『アブリボン、戦闘不能!!』

 

 

「ルチャブル、『つばめがえし』」

「チャ……ボッ!!」

 

 アブリボンの敗北宣言と同時に、つばめがえしで繭を壊して自由の身になるルチャブル。ネットの粘着によってかなり素早さを落とされているようには見えるけど、体力はまだ残っているように感じた。

 

「ありがとう。アブリボン……ごめんね」

 

 アブリボンをボールに戻しながら、私は少し辛そうな顔を浮かべながらも、こちらを見てくるルチャブルと視線を合わせる。

 

(……強い)

 

 わりと渾身の策だったのに、その上をいかれてあっさりとアブリボンを倒された私は、冷や汗を少し流しながら次のボールを構える。

 

 開幕の流れの奪い合いは私の完敗。間違いなく不利状況からのスタート。

 

 けど、何故か私の心の中は、ワクワクで埋めつくされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サイトウ

バトルにはいる時に、目のハイライトが消えるあの瞬間が最高に大好きです。

ルチャブル

先発彼なのは、どことなくXY&Zを思い出しますね。




ついに今日配信。この作品が出ている頃には、私も旅立っているでしょう。新しい場所の冒険、楽しみましょう。






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221話

「チャボ~ッ!!」

 

 バトルフィールドの中心で拳を突き上げ、声を上げて自分を鼓舞するルチャブル。その姿に答えるように観客も叫び声をあげるこのやり取りはプロレスのそれに近い。会場の空気もまるっと自分のものにして、さらに流れを引き込むという作戦なのだろう。

 

「チャボチャボ~ッ!」

「……」

 

(いや、これルチャブルが調子に乗っているだけかも……)

 

 と思ったけど、全く目が笑っておらず、未だにハイライトのない瞳で見つめてくるサイトウさんとあまりにもギャップがあるので、おそらくルチャブル本人の性格からの行動だろう。よくよく考えたら、サイトウさんはそういう周りの空気とかあまりに気にしなさそうな人だ。

 

 けど、どちらにしたって今会場の声援はルチャブルとサイトウさんに向けられているという事実は変わらないし、割とこの空気感はアウェー感が出て少し戦いづらさは感じてしまう。そういう言う意味では狙ってるにしろ狙ってないにしろ、こちらの心揺さぶることは出来ているので、私としては対処したい出来事のひとつだ。

 

(この空気感に流されずに、且つルチャブルに有利に立ち回れる子……うん、あなたしかいない!!)

 

 現状を分析し、次に出すべきポケモンを決めた私は勢いよく2つ目のボールを放り投げた。

 

「お願い!!ストリンダー!!」

「リンダーッ!!」

 

 私の2番手はストリンダー。胸の6つの発電器官を激しく揺らすことで、電気とともに音も鳴らすその姿は、ミュージシャンが激しくエレキギターを演奏するような姿にも見える。実際バトルフィールドの真ん中で胸元を掻きむしり、激しい音を振りまくその姿は、ロッカーによるパフォーマンスのそれにしか見えない。

 

 そして、そんな派手なパフォーマンスを見せられれば、ノリと空気をとても好むガラルの住民が見逃すなんて絶対しないわけで……

 

「リンダーーーーッ!!」

 

 

『『『うおおおぉぉぉッ!!』』』

 

 

「チャボッ!?」

「……なるほど、とても興味深い」

 

 ストリンダーの声と共に、サイトウさんの応援ムードだった場が一気にひっくり返る。そのあまりにもな周りの空気に変化に、ルチャブルは若干驚きのあまり動きが縮こまり、サイトウさんも戦わずしてこの場の空気を一転させたこの行動に、素直な賞賛の言葉をこぼしていた。まさかこんな方法でひっくり返されるとは思わなかったのだろう。

 

「ですが、それだけで勝てるほどわたしは甘いつもりはありません!!ルチャブル!!『つばめがえし』!!」

「チャブ……!!」

 

 しかしそこは流石の冷静さ。感情を灯さない灰色の瞳は空気に飲まれることなく、状況自体は変わっていないことをすぐに思い直し、ルチャブルに向かって冷静に指示を下す。いつも通りの様子のサイトウさんの姿に、ルチャブルもすぐさま落ち着きを取り戻して、両手両足を白く光らせながら突っ込んできた。

 

(やっぱり切り替えの速さはさすがだ……でも、()()()()()()()()()()()()()みたいだね!!)

 

 持ち前の素早さから一気に距離を詰めたルチャブルは、懐に一瞬で飛び込んで、アッパーカットのような形で拳を振り上げる。これをストリンダーは、()()()()()()()()()()受け止める。

 

「チャブ……?」

「それは!?ルチャブル!!下がって下さ━━」

「もう遅いです!!ストリンダー!!『オーバードライブ』!!」

「リ……ッダァァァ!!」

 

 渾身の一撃を不思議な感覚で止められたルチャブルは、その感覚に思わず首を傾げて止まってしまう。その事にサイトウさんはすぐに危険を感じて撤退を促すけどもう遅い。すぐさま胸元の発電器官を激しく揺らしたストリンダーは、そこから大きな音と振動を電撃と共に飛ばし、ルチャブルにゼロ距離で叩きつける。

 

「チャボッ!?」

 

 ルチャブルにとってこうかばつぐんで入るこの攻撃は、まだ余裕があったはずのルチャブルの体力を一瞬で消し去っていく。

 

(サイトウさんが犯したのは2つのミス。1つは、空気を一瞬でイーブンに戻されたことで焦って、ルチャブルで突っ張ったこと。ルチャブルの技は『フライングプレス』、『つばめがえし』、そして『どくづき』……全部ストリンダーには半減以下でしか入らない。ばつぐんも簡単に取られるんだから、ここの正解は交代……のはず)

 

 心を落ちつけて、冷静な判断をしているように見えるけど、やっぱりサイトウさんにもしっかりと隙はある。それを実感できたいい場面だ。

 

(そしてもう1つは……こういった注目を集めた時、私のストリンダーはとても凄い力を発揮できるってこと……!!)

 

 観客の声を力に変え、胸を手で弾くストリンダ―。そのたびに周りにあふれ出る電撃と音波は、ただでさえばつぐんの技を受けてふらふらになっているルチャブルを追撃するかのように降りそそぐ。

 

 ガラル地方でも流行っているバンドチームの、マキシマイザズの曲の一部を披露するストリンダ―のノリノリな攻撃は、観客を巻き込み、空気を飲み込み、そのままルチャブルを攻め切った。

 

 

『ルチャブル、戦闘不能!!』

 

 

「戻ってください。……お疲れ様です」

 

 戦闘不能となったルチャブルを戻しながら、すぐさま次のボールに手をかけるサイトウさん。

 

「リンダアアアァァァッ!!」

 

 

『『『うおおおぉぉぉッ!!』』』

 

 

 一方でストリンダ―は一曲弾き終えたことにテンションが上がり、大声をあげてアピールする。すると、それに触発された観客も大歓声。戦況的にはこちらがちょっと不利だけど、それでも空気は間違いなくこちらが身に着けた。

 

(これで少しはサイトウさんの動きが硬くなってくれればいいのだけど……)

 

「行きますよ、オトスパス!!」

「パァス……」

 

 相手への声援がこれだけ大きければ少しくらい怯んでもいいと思うけど、サイトウさんの瞳は全く揺れず、声もいつもの平坦な声で、淡々と次のポケモンを繰り出してくる。さっきの戦いではほんの少しのほころびを見せているとはいえ、それでも鋼の心は健在。局所局所でのとっさの判断は間違えることはあるかもしれないけど、それは誰だって起こりえる普通のことだし、どちらかというとそこは経験や頭の回転がものをいうところだ。基本的なところで精神的動揺による行動ミスは決してない、そう思って戦った方がいいだろう。

 

(オトスパス……確かサイトウさんのオトスパスは『じゅうなん』だったよね……?ってことは、まひによる弱体化は期待できないね。『ほっぺすりすり』は使えない)

 

 ストリンダ―と観客が盛り上がる中で、私は冷静に相手のポケモンを見て考える。ストリンダ―に一人倒されて出てきたということは、間違いなくストリンダ―に対応できる何かがあるという事だ。けど、ルチャブルとストリンダーの時のように、明確にタイプで負けているなんてことはない。下がる必要はないだろう。

 

「どのみち、何をするにしてもこれが安定するよね……『オーバードライブ』!!」

「リッダァァッ!!」

 

 観客にアピールしていたストリンダーが、そのままのノリで2曲目に突入。じゃかじゃかと胸の発電器官を搔きむしり、辺りに電撃波をまき散らす。ストリンダーを中心にまるで波紋のように広がっていく攻撃は、一見すると逃げ場なんて見当たらない。音波の技であるがゆえに、何か身代わりを立てて逃げるということも難しいこの技は、フリアの時のように地面に潜るくらいしか逃げ道はない。

 

(けど、ここでオトスパスを出してきたってことは多分……)

 

「オトスパス、『あなをほる』!!」

「パッス!!」

「やっぱり……」

 

 広がる電撃波を確認したサイトウさんは、すぐさまあなをほるを指示。オトスパスもこの攻撃は受けてはいけないということをボールの中で待機中に確認していたのかその動きは迅速で、攻撃速度が割と速い方であるはずのオーバードライブが届くよりも速く穴を掘り終え、その穴に飛び込んだ。

 

 フリアがネズさんの技を避けた時と同じ展開だ。

 

「リダ……?」

 

 自身の攻撃をあっさり避けられ、しかも姿まで見失ってしまったストリンダーは、演奏の手を止めて周りを見渡す。フリアの時と違って、完全に地面の中に潜っているから地上から確認できる術がない。しかもあなをほるはじめんタイプの技。どく、でんきタイプであるストリンダーにとっては致命打になる。絶対に受けちゃいけない攻撃だ。

 

 だけど、あなをほる攻撃はその性質上相手の姿を確認できないから、どこから攻撃が飛んでくるのかわからない。だから避けることは難しい。オトスパスの姿を確認したころにはもう、相手の攻撃射程範囲ないだろう。フリアだって、そこをついてネズさんのストリンダーにかげうちを当てていた。

 

(けど、打つ手がないわけじゃない!!)

 

 フリアの時と対比してここまで考えてきたけど、あの時とは違う点がもう1つ。それは、『いわなだれによって視界が封じられていな』ことだ。あの時は岩の壁がヨノワールを隠していたから、ヨノワールが影に潜んだのがわからなかった。けど、今回は私の目の前で地面に潜っているから、地中にいることは分かっている。

 

「それなら、ここは思い切って!!ストリンダー!!地面に向かって『ばくおんぱ』!!」

「リッダアアアァァァッ!!」

 

 今度は発電機能を発揮させずに胸の器官を震わせるストリンダー。特性のパンクロックの効果もあって、すさまじい音量と振動によって地面をえぐっていく音の波。音は振動。その振動が激しく地面を打てば、当然地面の中にも衝撃は伝わっていくし、地面の中にいるってことは視覚が使えない代わりに、聴覚が過敏になっているはずだ。そんな状態でこんな技を喰らえば大ダメージは免れない。

 

「パスッ!?」

 

 その予想通り、めくれ上がった地面と一緒に外に放り出されたオトスパスは、触手のような腕で耳を塞ぎながら、苦しそうな表情を浮かべて飛び出してきた。

 

「『オーバードライブ』!!」

「リッダァッ!!」

 

 空中で無防備なオトスパスに対してすぐさま電波の追撃。空中でかつ耳を塞いでいる状態のオトスパスにこの技を防ぐ方法はかなり限られる。

 

「オトスパス、落ち着いて……周りの岩を!!」

「パ……スッ!!」

 

 しかし、そんな限られている手を正確に見抜いて対処するサイトウさん。

 

 指示を受けたオトスパスは、『空いている触手を使って』、自身と一緒にめくりあげられた地面の破片を集めて簡易的な盾を作る。

 

(そういえばオトスパスは触手が8本あるもんね。その体質上、本来なら無防備なところでも無防備になりえないんだ)

 

 耳を塞いでいる触手以外で器用に岩の盾を構えるオトスパスを見ながら、自身の固定概念にちょっとだけ反省をする。

 

「けど、『オーバードライブ』は音技……その岩の盾だと、衝撃は回り込んでオトスパスに当たるはず!!」

「誰が守るために作ったと言いましたか?」

「え?」

 

 オーバードライブの性質上この岩の盾は大丈夫だと思っていたところに入るサイトウさんからの忠告。素の言葉に一瞬思考を持っていかれていると、オトスパスがすぐさま動く。

 

「『アクアブレイク』です!!」

「パスッ!!」

 

 耳を塞いでいるもの以外の触手全てに水を纏わせて、自身が集めた岩の盾を殴りつける。すると、自身の触手から岩に水が移っていき、結果水を纏った岩の流星が6つ、ストリンダ―に向かって降りそそぐ。

 

「これが狙い!?」

「そもそも私は最初から『盾を作れ』だなんて言ってません」

「リダッ!?」

「ストリンダ―!?」

 

 サイトウさんの言葉に納得している間に岩の直撃を貰うストリンダー。その岩の雨はストリンダーにダメージを与えるだけでなく、ストリンダーの足元を埋めるように積み重なって、ストリンダーの足を奪っていく。幸い、岩の大きさ的にストリンダーの攻撃で十分壊せるものだから、この先動けないなんてことは起きないだろうけど、それでも間違いなくこちらの体力を削っていた。

 

 手痛い反撃だ。けど、被害を被っているのはこちらだけではないはず。

 

「あの岩が自身を守るためじゃなくてこっちを攻撃するための物なら、『オーバードライブ』もしっかり当たっているはず!!……え?」

 

 オトスパスにもストリンダーと同じくらいダメージが入ってしかるべきだ。それを確認するべく、オトスパスに視線を向ける。するとそこには、身体から赤色のオーラを放っているオトスパスの姿。その身体にはいたるところに電撃の跡が見えるものの、彼の目は決して死んでおらず、燃えるような意志を宿しながらストリンダーを見つめ、こちらに向かって真っすぐとびかかってきていた。

 

「相打ち上等。こちらは最初から覚悟していたんです。ならば、あらかじめ構えることは可能でしょう?」

 

 相打ちを覚悟していたオトスパスと、攻撃を受けることを予想していなかったストリンダー。ダメージそのものをは一緒かもしれないけど、心構えの差でお互いのポケモンがダメージから復帰する速度には差があった。ストリンダーがまさかの反撃と、岩で足を取られたことによる混乱でまだ復帰できていないうちに、覚悟を決めていたオトスパスはストリンダーの目の前まで迫っていた。

 

「ストリンダー!!『オーバードライ━━』」

「遅い!!オトスパス!!『リベンジ』!!」

「パッス……ッ!!」

 

 赤いオーラを纏ったオトスパスは、自身の身体から生えている触手のうち3つを搦めて、1つの大きなドリル状の触手に合体する。その状態で身体のオーラをその触手に移し、筋肉を隆起させて思い切りストリンダーにぶつける。

 

 リベンジ。

 

 この技を放つ前に攻撃を受けていれば、自身の攻撃をその瞬間だけ2倍にして相手に叩きつけることの出来る一種のカウンター技だ。相打ちでダメージを受ける覚悟をあらかじめてしていたからこそ、このダメージを利用して自身の攻撃力を底上げしてきたというわけだ。

 

「スト……ッ!?」

 

 オーバードライブが間に合わず、足元も岩で埋められていたストリンダーにこの攻撃を防ぐ術はない。幸い、ストリンダーの持つどくタイプがかくとうタイプの技を半減することが出来るから、体力を削りきられるまではダメージを貰っていない。また、さっきのリベンジの威力が高すぎたせいか、ストリンダーの周りの岩も吹き飛ばしてくれたため身体の自由自体は確保できた。

 

 もっとも、遠距離技が主体のストリンダーの懐に、オトスパスが潜り込んでいる事実に変わりはないため、決して楽観視できる状況ではない。

 

「『オーバードライブ』!!」

「リ……ダ……ッ!!」

 

 だからまずはオトスパスとの距離を離すために、相手にあてることは考えず、とにかくやたらめったらに音と電気を放つために、両手をせわしなく動かしながら胸の発電器官に手を持っていこうとする。

 

「させません。この距離はもう、オトスパスの距離です。オトスパス、『たこがため』!!」

「スパッ!!」

「リダッ!?」

「ストリンダー!?」

 

 しかし、ストリンダーの腕が胸に到達するよりも速く、オトスパスの触手がストリンダーの四肢をからめとる。後ろから羽交い絞めするかのように組み付いているせいで発電器官にオトスパスをぶつけることが出来ず、また手足に1本ずつと腰に2本、それに、ストリンダーの首に1本という徹底的な拘束状態のせいで、そもそも指1本すら動かすことが出来ない状態になってしまっている。むしろ、下手に動いてしまえば触手が更に食い込んで、逆に痛みとして自分に返ってきてしまいそうだ。

 

 かといって、こんな状況で焦るなという方が難しい。実際に拘束されている本人は、現在進行形で軽いパニック状態になっており、身体を動かそうとして逆に絞められている状態になってしまっている。

 

「ストリンダー!落ち着いて!!」

「リダッ!?……」

 

 焦っているストリンダーに声をかけて、パニック状態を何とかやわらげてあげている。

 

 私の声に気づいたストリンダーは、焦ることが一番ダメだということに気づいてくれたみたいですぐさま自分の行動を反省。さっきまで暴れていたのが嘘のように、微動だにすらしない完全なる静止状態に変わる。

 

「良い判断ですね」

「もっと判断が速くて凄い人が身近にいたからね……」

「そう言えばそうでしたね」

 

 私の言葉にそっと微笑むサイトウさん。しかし、その笑顔はすぐに引っ込み、私たちにとって無情の判断を下す。

 

「オトスパス。『アクアブレイク』」

「パス!!」

 

 ストリンダーの身体を縛るのにつかわれているオトスパスの触手は全部で7本で、オトスパス自身には8本の触手が存在する。つまり現状オトスパスには1本だけ自由に動かせる触手が残っている。その触手に水を纏わせたオトスパスは、後ろから組み付いたまま、右の横腹を狙うようにアクアブレイクを放ってくる。

 

 組み付かれているうえゼロ距離から放たれるこの技を避ける方法は全くない。また、たこがためという技のせいで、身体の力を抜かざるを得ないストリンダーは必然的に防御面の弱体化を余儀なくされている。オトスパスが邪魔なせいでリターンレーザーを当てることもできないため、どんな手段を用いたとしても攻撃は受けざるを得ない。

 

 けど、逆に言えばこの攻撃の瞬間こそが、一番の隙になる。

 

 アクアブレイクで攻撃をするということは、当然その触手に力を入れる必要が出て来る。そうなってしまえば、現状たこがためのために力を入れている7本の触手からはわずかに力が抜ける。

 

(この拘束を解くなら、このタイミングが一番のベスト!!)

 

「ストリンダー!!『ヘドロウェーブ』!!」

「リダッ!!」

 

 私の声に、待ってましたと言わんばかりに技を構えるストリンダー。叫び声と共に、締め付けが緩んだことでわずかに動かせるようになった足を踏み鳴らし、地面からヘドロの波を発生させて渦を巻かせ、自分をも技の対象にし、すべてを巻き込むように放つ。

 

「パスッ!?」

 

 その技範囲の広さから、ストリンダーにくっついたままのオトスパスは、ストリンダー自身すらをも巻き込んだ毒の渦に一緒に巻き込まれ、ダメージを蓄積させながら追加効果の毒状態も入っていく。これでオトスパスは長期戦が出来なくなった。たこがためによる拘束から相手をじわじわと追い詰める戦い方を好むオトスパスにとって、この毒状態というのはかなりきついだろう。

 

 ストリンダーと一オトスパスは、2人そろって毒の渦にもみくちゃにされていく。けど、同時にダメージを受けるのなら、どくタイプを持っている故に被ダメが少ないストリンダーの方がダメージレースは勝っている。このままいけば、被害はあるものの、それでも最後に立っているのはストリンダーだろう。

 

「オトスパス……まだいけますね?」

「……スパッ!!」

 

 しかし、そんな状況でもオトスパスは決して触手を緩めない。

 

「凄い根性……ストリンダー!!」

「リッダッ!!」

 

 そんなオトスパスを見て、さらに毒の渦の勢いをあげていくストリンダー。けど、それでもオトスパスは離れない。

 

「オトスパス!意地を見せましょう!!『リベンジ』!!」

「ス……パッ!!」

 

 渦にもみくちゃにされ、毒に蝕まれ、それでも決してあきらめないオトスパスは、水を纏っていた触手に赤いオーラを纏わせる。

 

 ダメージを受けた後に発動すれば威力が倍になるリベンジ。その赤い光が、さっきと比べて強力になっていた。

 

「さっきよりも強く……まさか、受けたダメージの大きさによってその分威力を上げている……?でも『リベンジ』にそんな効果なんて……」

「やられた分を返すから『リベンジ』なんです。お覚悟を……オトスパス!!」

「パスッ!!」

 

 赤い光を見て慌てたストリンダーが更に毒を強くするけど、それすらも耐えたオトスパスが、一本の触手を思いっきりストリンダーに叩きつける。

 

 その衝撃と同時に撒きおこる毒液の飛沫。

 

 舞い散る飛沫はじめんに落ちると同時に蒸発して姿を消していく。すると、毒の渦があった場所に、ストリンダーとオトスパスの姿が見えた。そこには……

 

「……」

「パ……ス……」

 

 リベンジによるダメージで倒れたストリンダーと、かろうじて残ってはいたものの、毒によるスリップダメージに耐えきれずに、たった今ストリンダーの上に重なるようにして倒れるオトスパスの姿があった。

 

 

「ストリンダー、オトスパス、戦闘不能!!」

 

 

 両者ノックダウン。

 

 白熱した互角の戦いに、周りのボルテージはさらに上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストリンダー

発電器官から電気と音波をまき散らす性能上、多分原作よりもアニメの方が技範囲広すぎて対処が難しそうですよね。音技はアニメシーンの方が厄介そうです。

リベンジ

技の使い方としては、スマブラのガオガエンに近くなりましたね。どんどん蓄積して最後に放つようなものになっています。

たこがため

此方も、効果は原作寄りではなくアニメ寄りの効果へ。リオルが脱力によって拘束を抜けていたのが記憶に新しいですね。




DLC来ましたね。ポルターガイストが返って来たり、どくどくが返ってきたりと色々ありますが、個人的にはやはりチャデス関連ですね。いい技ももらっているようなので楽しく戦っていきたいです。






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222話

「お疲れ様、ストリンダー。ゆっくり休んでね」

「お疲れ様ですオトスパス。ゆっくりお休みを」

 

 2人重なってダブルノックダウンになっているところに、私はモンスターボールを、サイトウさんはハイパーボールを向けてリターンレーザーを当て、労いながら戻していく。

 

 ストリンダーが攻めていた展開から一気にまくられて、かろうじてとはいえ相打ちにまで持っていった今の戦い。戦いの流れという意味では、最後のやり取りでサイトウさん側に寄っていた。けど、手持ちの状況としては、私の方が体力を削られていた状態から完全なイーブンに持っていけてるため、結果だけを見るのなら勝っている。

 

 1度離されていた差をすぐに取り返すことが出来ている。それは少なくとも、昔よりは着実にサイトウさんとの距離を詰めることが出来ているということの証明になっていた。

 

(追いつくことは出来てる。なら、あとは追い抜くだけ……!!)

 

 絶対勝って次にコマを進める。その思いが溢れ、3人目の仲間が入ったボールを握る手に自然と力が込められる。

 

 前を見据え、相変わらずハイライトの消えたその瞳と向かい合いながら、私はサイトウさんと同じタイミングでボールを宙に放った。

 

「お願い、タイレーツ!!」

「頼みます。タイレーツ」

 

 出てくるポケモンはどちらもタイレーツ。

 

 6人で1人のこのポケモンが同時に現れ、元気に『ヘイ』と声を上げる姿は綺麗に揃っており、ちょっとした大合唱になっている。その様はとても綺麗で、聞いているだけでちょっと心地良さを感じるほどだ。

 

 ただ、私の心の中は穏やかじゃない。

 

(タイレーツミラー……予想してなかったわけじゃないけど、出来ればしたくなかったなぁ……)

 

 ミラーバトル自体は私にとって苦手でも得意でもない、無の感情の対戦相手だ。けど、こと今回に限っては、相手があのかくとうタイプのエキスパートであるサイトウさんという事実が、どうしようもなくこちらに圧をかけてくる。

 

 ミラーバトルである以上、タイレーツのことはお互いよく知っているが、サイトウさんはそこから更にかくとうタイプの知見を広げている。1つの知識に特化しているわけではない私と比べたら、純粋に手札の数が違う。私の旅の例で上げるなら、フリアとポプラさんのマホイップミラーや、フリアとメロンさんのモスノウミラーがそれにあたるだろう。……モスノウに関しては、ユキハミからの進化も含んでいるから、少し違う気もしなくはないけど。

 

 とにかく、私にとっては一番不利な相手と言っても過言じゃない。あまり弱気な発言はしたくないけど、ことここにおいては正直自信はない。実際、当時のフリアもかなり苦戦していたのを見ているわけだしね。

 

(だからと言って、簡単に負ける気はないけどね。こういう時こそ、気合を入れなきゃ!!)

 

「「タイレーツ、『はいすいのじん』!!」」

「「ヘイ!!」」

「「「「「「「「「「へヘイ!!」」」」」」」」」」

 

 お互いが見合った状態でまず行われたのははいすいのじん。一歩も下がるつもりのない両者が更に退路を断つ陣形を組み、自身のすべての力を一段階進化させる。

 

 背中に荒まく波と焔を携えた両者が、声をあげながら前傾姿勢を取った。

 

「「『インファイト』!!」」

「「へヘイ!!」」

 

 私とサイトウさんの指示が重なり、同時に爆音。自身の力をあげたタイレーツたちが、地面を爆ぜさせながら踏み込み、一瞬で相手との距離を詰め、渾身の拳をぶつけ合う。12対12の、計24発もの拳が高速で何発も発射され、それらが空中でぶつかり合ってとてつもない数の破裂音が響き渡るそのやりとりは、近くにいる私たちの下まで振動と風圧を運んでくる。

 

 火力面は、やはりかくとうタイプの育成が得意ということもあって、サイトウさんのタイレーツの方に分があるけど、それでも押し切られないほどにはこっちのタイレーツも喰らいついていた。少なくとも、このやり取りだけで負けるなんてことはないだろう。その証拠に、ヘイたちが拳をぶつけ終わって、その反動で少し距離があいたところで、ヘイチョー同士が最後の拳をぶつけ合い、それすらも互角になってお互いが距離を離す。

 

「「スクラム!!」」

 

 しかし、ここで攻めを休めるような両者ではない。すぐさま陣形を並び替えて、縦2、横3の列を作って突進。まるでラグビーのぶつかり合いのような展開が出来上がる。

 

「「ヘイ!!」」

「「「「「「「「「「へヘイ!!」」」」」」」」」」

 

 お互いの構える盾のような装甲が、金属の擦れるような不協和音を響かせながらつばぜり合う。今回もやはり互角の押し合いとなっており、お互いのタイレーツがぶつかり合い、全力で相手を押しのけようとするものの、バトルフィールドの真ん中からやっぱり動かない。

 

「良いタイレーツです。しっかり育てられていますね」

「かくとうタイプのエキスパートに褒められるのは、素直に嬉しいね」

「その実力なら、ガラル空手の道場でもかなり戦えると思いますよ。いかがですか?」

「あ、あはは……申し訳ないですけど、私はやりたいことがあるので……」

「ふふ、言ってみただけです」

 

 少しだけ空気が弛緩するのを感じたけど直ぐに引き締まる。こんな会話をしている間にも、タイレーツは全力の押合い中だ。気なんて一切抜けないし、なんなら現在進行形で少しずつ戦況が変わろうとしていた。

 

 私のタイレーツの身体が浮き始める。

 

 こういった身体同士の押し合いは、基本的には相手よりも低く潜り込んだ方が有利になる。理由は簡単で、下に潜り込んで突き上げほうが、足腰の踏ん張りが効きやすいからだ。また、重心を相手よりも低い位置に持ってくることが出来るため、体幹が安定しやすい。そのため、今回のようなぶつかり合いの時は、基本的に相手の下に潜り込むように突っ込むのが正解なんだけど……

 

(こういう駆け引きだとサイトウさんの方が上手い……)

 

 さっきも言った通り、こちらのタイレーツの身体が徐々に浮き上がってしまっていることから、その下側というのをサイトウさんに取られそうになっている。1度こうなってしまえば、挽回はかなり難しい。するとなると1度引いて、すぐさま頭を下げ、相手と同じ高さでまたぶつかりにいく必要があるのだけど、当然サイトウさんは態々下がらしてくるれるような隙なんて作らない。そんなことをしてしまえば、一気に押し切られるだろう。かと言って、下に潜り込まれた以上、前に進んでも負けが確定しているこの状況。なにか手を下さないと、一方的にやられてしまう。

 

「このまま押し切りましょう!!タイレーツ!!」

「ヘイ!!」

 

 サイトウさんの声に返事を上げた相手のタイレーツがさらに下に潜り込み、またこちらのタイレーツが少し浮く。

 

 もう時間は残されていない。出し惜しみは負けにつながってしまう。

 

「……やるしかない。タイレーツ!!『はいすいのじん』」

「ヘヘイ!!」

「っ!?『はいすいのじん』!?」

 

 私のタイレーツが行う2回目のはいすいのじん。本来は1度しかできないと言われている技の使用に、さすがのサイトウさんの表情にも驚きが現れる。

 

 組み合いをしながらも自身の盾を左右に投げ出し、防御という行動を代償にしてさらに自身を強化したタイレーツは、下から突き上げてくるタイレーツを力技で無理やり押さえつけ始める。急にくる上からの圧に押しつぶされるサイトウさんのタイレーツは、苦しそうな声を上げ始めた。押し切るならここだ。

 

「タイレーツ!!『メガホーン』!!」

「ヘイヘイ!!」

 

 押さえつけながら自由に動かせる角をのばし、緑の光を携えて横に薙ぐ。

 

 角と言いながらも、力任せに振り回される巨大な角はもはや大剣のそれと言っても遜色なく、実際にこれを受けたサイトウさんのタイレーツは、6人そろって後ろに吹き飛ばされる。タイプ相性ゆえダメージは見た目以上には入っていないけど、それでも勝っている状況からいきなり巻き返されて吹き飛ばされたら、少なくない衝撃を受けるはずだ。

 

(ここを起点に攻めていきたいんだけど……)

 

「成程、『はいすいのじん』の解釈を変えているのですね……とても興味深いです」

「ヘイ……ッ!!」

 

 しかし、攻撃を喰らってなおサイトウさんの表情はすぐに戻ってしまっている。

 

 2回目のはいすいのじんをした瞬間の時こそ、その表情を驚愕に変えて目にハイライトを戻していたものの、メガホーンから受け身を取って、こちらを見つめ直した瞬間にはまた光の灯っていない瞳に戻っていた。タイレーツも、びっくりはしたものの、ダメージ自体は少ないからすぐさま構えを取って、反撃の準備を始めていく。

 

「本来は交代が出来なくなることを代償として発動しますが……代償は別でもいい、という事ですか……残念ながらわたしにはその代わりとなる代償をすぐに思いつくことはできませんが……そうですね、試してみましょうか」

 

(……嫌な予感がする)

 

「タイレーツ、気を付けて」

「ヘイッ!!」

 

 私の心の奥からはいよるこの気持ち悪い感覚に嫌な予感を感じ、すぐにタイレーツに構えるように指示を出す。タイレーツも私と同じ気持ちだったのか、ヘイたちに指示をしてすぐに陣形を整え、次の攻撃の準備をした。

 

 そんなわたしとタイレーツが見つめる中、サイトウさんは何にもなさそうにそっと言葉を零す。

 

「タイレーツ。盾を捨てて『はいすいのじん』」

「へヘイッ!!」

「なっ!?」

 

 その言葉は、私がした2回目のはいすいのじんを真似するというもの。私のタイレーツと同じく、盾の機能を果たしていたサイトウさんのタイレーツのヘイたちの装甲が横に動いて行く。

 

 同時に輝くつぶらな瞳とタイレーツたち。それはサイトウさんのタイレーツの能力全てがまた1つ進化したことを証明するものだった。

 

(たった一度見ただけで……真似された……!?)

 

「これは……本当に凄いですね。おかげでわたしはまだ戦えそうです!!『インファイト』!!」

「ヘイ……ッ!!」

「っ!!こっちも『インファイト』!」

「へヘイ!!」

 

 はいすいのじんの重ね掛けを真似して強くなった勢いのまま、サイトウさんが攻撃を畳みかけて来る。これに合わせてこちらもインファイトを選択。再び最初と同じようなインファイト合戦が始まった。

 

 どちらも2段階強くなっているのなら、この拳のぶつけ合いもまた互角となる。最初の時と同じように拳と拳がぶつかり合う膠着展開。けど、私の心中はむしろ、追い詰められている時のそれに近づいていた。

 

(『はいすいのじん』の重ね掛けは私のタイレーツにとっては結構な切り札のはずだったんだけど……こうも簡単に真似されたら簡単に使えない……)

 

 私のタイレーツは、カミツルギとのバトルを思い出すのなら後3回ははいすいのじんを行うことが出来る。

 

 全能力5段階上昇。

 

 これだけを聞けば、間違いなく私の切り札になりうる強力な手札だけど、こと今回においては相手が悪すぎた。かくとうタイプのエキスパートであるサイトウさんに対しては、例え切り札を持っていたとしても、それがかくとうタイプであるのなら再現を許してしまう程の技量がある。

 

 今はまだ、はいすいのじんという技の経験値は私の方が上だ。だから私が使わない限りサイトウさんがこのはいすいのじんを進化させることはないだろう。勿論、サイトウさんの実力ならいつかこの答えにも辿り着きそうだけど、少なくともこのバトル中は平気なはずだ。

 

(ごめんタイレーツ……せっかく強くなれたのに、今はあなたを存分に生かしてあげられない……!!)

 

「別のことに思考を回すなんて……随分余裕ですね?タイレーツ!!」

「っ!?」

 

 私がはいすいのじんについて考えている間に、サイトウさんのタイレーツが下に潜り込んで、こちらのインファイトの拳をアッパーカットでかちあげ、隙だらけの身体をさらされた。

 

 インファイト同士の打ち合いだからずっと互角だと、無意識のうちに思い込んでしまっていた隙を的確に疲れてしまった。

 

「しまっ!?」

「このまま『インファイト』!!」

 

 無防備になってしまったこちらのタイレーツに向かって降りそそぐ拳の嵐。受け身も取れない状況で受けたこのダメージは馬鹿にならず、倒れはしないもの、こちらの体力を大幅に削ってきた。

 

(しっかりしなきゃ!!)

 

「タイレーツ!!まだいける?」

「へ……ヘイ!!」

 

 飛ばされたヘイチョーに声をかけ安否確認。苦しそうな表情を浮かべながらも返事を返してくれたヘイチョーは、すぐさま周りのヘイたちに声をかけてくれたから、立ち直りはすぐにできた。

 

「追撃!!『インファイト』!!」

 

 しかし、そんな此方にさらに追い打ちをかけるべく飛んでくる拳の嵐。威力自体は変わっていないし、攻撃力はこちらも同じものを備えてはいるけど、こちらのダメージが大きいせいで腰の入った攻撃をできないから、さっきのように打ち合ったら絶対勝てない。だからここは工夫が必要になる。

 

「左右に展開!!」

「へヘイ!!」

 

 私とヘイチョーの指示で3、3に別れたこちらのタイレーツは、サイトウさんのタイレーツの攻撃を左右に避ける。

 

「挟撃!!『インファイト』!!」

 

 分かれた2つの部隊の間にサイトウさんのタイレーツが来たと同時に挟撃。左右から拳の嵐を叩きつけて圧殺する作戦に出る。

 

「円陣を!!『メガホーン』を構えながら回転!!」

 

 これに対するサイトウさん側は、背中合わせに円陣を組み、その状態で全員が角を緑色に光らせて強化。その状態で独楽のように回転することで、緑の刃による丸鋸が完成。左右から飛んでくる私のタイレーツの攻撃を全て弾いてきた。

 

 弾かれたこちらのタイレーツはバランスを崩し、隙をさらす。しかも現在のタイレーツは3と3に別れているせいで、この状況下では戦力が半減になってしまっている。

 

 こんな状況をサイトウさんが逃すわけがない。

 

「攻めぬきましょう!!『インファイト』!!ヘイチョーの方を狙いなさい!!」

 

 絶好のチャンスを取りきるべく、サイトウさんはヘイチョーを含んだ方の部隊に突撃。円陣から三角形を描くような陣形に変えて、とにかく前に走り出す。

 

(ここでヘイチョーを倒されたら戦えない!!)

 

「急いでヘイチョーのところへ戻って!!ヘイチョーは『メガホーン』を構えて!!」

 

 倒されるわけにはいかないけど、6対3と数で負けているこちらに勝てる理由がない。真正面から受けるのは無理だから、せめて全員揃うまでの時間稼ぎをするための行動だ。ヘイチョーのそばに残っている2人のヘイも、全力でヘイチョーを守るために小さな角を構える。それも、いつもならヘイチョーの後ろにいるヘイたちが、自分から前に出て盾になる形でだ。

 

 ヘイチョーを先頭に突撃する側と、ヘイチョーを後ろに下げて守る側という真反対の状況。ほどなくして2つの陣形が真正面からぶつかり合った。

 

 まずはサイトウさんのヘイチョーとこちらのヘイ2人がぶつかり、鍔迫り合いへ。体格の大きいヘイチョーを止めるにはどうしても1人では足りなかったため、ヘイ2人がかりで何とか食い止める。しかしそれは、同時にヘイチョーの守りがいなくなることを意味する。

 

「ヘイ……ッ!!」

 

 そんなこちらのヘイチョーに向かって、鍔迫り合い中の3人を飛び越えて突っ込んでくる相手のヘイ。拳を構えながら迫ってくるヘイに対して、こちらは緑の角を右から左に振って、受け流すような行動をとる。その狙い通り、飛んできたヘイは身体を流され、こちらのヘイチョーの左側に態勢を崩す。本当ならここで反撃に出たいけど、この隙をカバーするかのように、左右から次のヘイが拳を構えて走ってくる。

 

 これに対して、さっき態勢を崩した子も合わせて、いっそまとめて全員ふっ飛ばそうと考えたヘイチョーはその場で一回転。緑の角による回転斬りを放った。1番近くにいたヘイはもちろん吹き飛び、続いて左右から迫るヘイに対して攻撃しようとし……

 

「「……」」

「ヘイッ!?」

 

 その2人が直前で足を止めてしまったため、回転斬りがギリギリ届かず、技を空振る。

 

「「ヘイッ!!」」

 

 技の空振りを見届けたヘイの2人は、その後再びダッシュ。後隙で動けないヘイチョーに拳を叩きつけ、たたらを踏ませた。

 

「ヘイチョー!!後ろ!!」

「ッ!?」

 

 そしてこのやりとりをしている間に、いつの間にか後ろに回り込んでいた残り2人のヘイがここが、チャンスとばかりに距離を詰め、同時にアッパーを繰り出す。これを避け切ることの出来ないヘイチョーは、攻撃を受けて空中に打ち上げられる。

 

 ヘイチョーが打ち上げられた空。その先には……

 

「ヘヘイッ!!」

「ヘイッ!?」

 

 自身を止めに来たヘイを返り討ちにし、目を回しているヘイを踏み台にして飛び上がり、拳を構えて待っていた相手のヘイチョーの姿。

 

「タイレーツ。『インファイト』」

「ヘヘイッ!!」

 

 待ってましたと言わんばかりの声を上げる相手のヘイチョーは、自身の目の前に飛んできたこちらのヘイチョーに向かって、拳の嵐を叩き込む。

 

 はいすいのじんで盾を捨てたこちらのヘイチョーに防ぐ術はなく、何発か攻撃をもろにくらってしまい、目に見えて力が抜けていっているのが感じられた。

 

「トドメです!!」

「ヘイッ!!」

 

 そんなヘイチョーを確実に仕留める最後の一振が叩き込まれ、ヘイチョーが地面に向かって叩き落とされる。その先には、必死にこちらに向かってきていた3人のヘイもおり、その3人を巻き込んで、地面に落ちると同時に衝撃音がなった。

 

「ヘ……イ……」

 

 その音の中心で目を回すヘイチョーたち。その姿は、誰がどう見ても戦闘を続行できるそれではない。

 

 

「ユウリ選手のタイレーツ、戦闘不能!!」

 

 

「みんな、お疲れ様……ゆっくり休んで……」

 

 目を回したみんなをまとめて回収し、ボールの中に休ませる。

 

(分かってはいたけど……本当にかくとうタイプに関しては越えられる気がしない……)

 

 間違いなく差をつけられた一幕に、思わず握りしめた拳に力がさらに加わり、少しだけ爪が食い込むような感覚が伝わる。けど、その時に感じた少しの痛みが、逆に私を冷静にしてくれた。

 

(タイレーツには申し訳ないことをしちゃった。これは後でちゃんと謝らないといけないこと。けど、今はそれを引きずっちゃいけない。今するべきは、ここをどう乗り越えるかだから……)

 

 微かに揺れるタイレーツのボールからも、どこが背中を押してきているような感覚を感じることから、多分彼らも頭の片隅では分かっていたのだろう。この思いを無駄にしないためにも、次に繋げなくちゃいけない。

 

 頭が冷静になれば、自然と次の思考もスマートになっていく。

 

(うん……自然と次の手も決まってきた。大丈夫……まだ戦える……!!)

 

「お願い……ポットデス!!」

「ティ~」

 

 私が繰り出す4人目の仲間はポットデス。真作の証であるマークをつけ、通常とは違うピンク色のポットに身を包んだポットデスは、穏やかな香りを漂わせながら現れる。

 

 色違い真作ポットデス。

 

 真作かどうかの判断はつきづらいけど、少なくとも色違い個体ではあることを理解した1部の観客から驚きの声が上がる。ジム巡りでも繰り出していたけど、このリーグで初めて私を見るという人もいるため、やはり何人かはなかなかの衝撃を受けるみたいだ。

 

 けど、そんなことに気にかけている余裕は私には無い。残り人数で負けている以上、ここは絶対に勝ちきらないといけない。逆にサイトウさんはここを取れば、勝ちに王手をかけることとなる。能力も上がってる事だし、攻めは苛烈になるはずだ。

 

「流れに乗って行きましょう!!『アイアンヘッド』!!」

「ヘヘイッ!!」

 

 そのことを証明するかのごとく、ポットデスの姿を確認すると同時に、タイレーツが陣形を組んで突っ込んできた。ヘイチョーを先頭に、槍のような形でこちらに来るその姿は、はいすいのじんの強化も相まってとてつもない鋭さと速さを秘めている。その速さは、とてもじゃないけど、場に出てきたばかりのポットデスでは反応しきれないものだった。

 

「ティッ!?」

 

 結果、避けることも出来ずに真正面から攻撃を受けてしまうポットデス。耐久が高いポケモンでは無いため、かなりの痛手となるだろう。ただでさえ追い詰められているのに、さらに辛い状況へと追いやられてしまう。

 

 ……けど。

 

「……行けるよね?ポットデス」

「……ティッ!!」

 

 私の声と共に、自信満々の声を上げるポットデス。その声は、痛みに少し震えているけど、ポットデスの身体からぱらぱらと落ちる破片が、この子への同情を抱かせない。

 

 特性、くだけるよろい。そして、からをやぶる。

 

 自身の防御を捨て、速さと火力を一瞬のうちに手に入れる。

 

「タイレーツ。警戒を……」

「『シャドーボール』」

「ティ……ッ!!」

 

 その速さを証明するようにポットデスは姿を消し、サイトウさんが構えるよりも先に動いたポットデスが、タイレーツの真後ろから黒い球を叩きつける。

 

 強化されたポットデスと、度重なるインファイトによる防御方面の弱体化を受けたタイレーツは、その一撃で沈んでいく。

 

 

「サイトウ選手のタイレーツ、戦闘不能!!」

 

 

「まだまだ……行くよ!!」

「ティー!!」

 

 甘い香りを漂わせるピンクの霊が、穏やかに揺れながら牙を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はいすいのじん

エキスパートがいるということで、簡単に後してくれない技に。やはりエキスパートは強かったです。

タイレーツ

サイトウさん側が、ユウリさん側へのとどめとして行った一連は、どこか某忍者の連弾を思い出させますね。

ポットデス

足が速いお茶。(意味が違う)




DLCの図鑑も無事完成し、早速お茶の色違いを求めて走る旅。ミライドンさんのタイヤが擦れていきますね。






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223話

「タイレーツ。お疲れ様です。ゆっくりお休みを」

 

 ポットデスによる高速移動からのシャドーボールによって、身体を横たえることとなったタイレーツを戻すサイトウさん。その間に、こちらはポットデスと言葉を交わして士気をあげていく。

 

「この調子でガンガン行くよ!!」

「ティ~……ッ!?」

「ポットデス!?……やっぱり、強力な力の代償って大きいなぁ……」

 

 私の声に元気に反応してくれるポットデスだけど、返事の最後に少しだけ息を飲むような声が聞こえた。

 

 今のポットデスは攻撃と特攻が2段階。素早さに至っては4段階進化している状態だ。並の相手なら、ここからこの子が大暴れするだけで大体の人に対して勝ち星をあげることが出来るだろう。しかし、相手が私と同等以上の腕を持っているのなら話は変わってくる。

 

 からをやぶるとくだけるよろいは、長所が強力な反面デメリットも大きい。その証拠に、今のポットデスは特防が1段階。防御に関しては2段階も下がっている。元々の耐久の低さも相まって、かくとうタイプゆえ基本的に物理攻撃を得意とするサイトウさん相手に、このステータス状況というのは少しリスキーすぎると言われてもおかしくない。2回のはいすいのじんで強化されたタイレーツの攻撃も1度受けてしまっている以上、あと一撃でポットデスが落ちる可能性もゼロじゃない。いや、むしろ高い方だろう。

 

(攻撃よりも、避けることの方が大事かもしれないね)

 

「ポットデス……厄介な相手ですね……」

 

 そんな思考を回していると、サイトウさんからポツリと言葉がこぼれる。

 

 さっきまでは私視点の注意点をあげていたから分かりづらいかもしれないけど、現状辛い盤面にいるのは実はサイトウさんの方だったりする。というのも、サイトウさんの中で最速のルチャブルと、素早さをあげられるタイレーツがいなくなった今、ハイスピードについてこられるポケモンというのはいなかったりする。そういう点では、さっき述べたように避けることに集中出来れば、ここから被弾を無くすこと自体は意外と可能かもしれない。

 

(ポケモンの総体力は負けているけど、展開自体は悪くない。戦える……!!)

 

 少しずつ見えてくる終わりに、徐々に力が入っていくのを何とか抑えて、次にくるポケモンに注視する。

 

「頼みます。ゴロンダ」

「ゴロッ!!」

 

 現れるサイトウさんの4人目はゴロンダ。かくとうタイプにあくタイプも兼ねたこのポケモンは、本来ならかくとうタイプが打点を持ちにくいゴーストタイプにも強く出られる、ポットデスにとってはかなり辛い相手だ。しかも、このゴロンダはゴーストタイプにさらに強い特徴を持っている。

 

(特性は確か『きもったま』だよね……『てつのこぶし』じゃないから威力はちょっと控えめだけど、かくとう技も飛んでくるって考えたら、やっぱり油断はできないね……)

 

 あくタイプがばつぐんを取れる以上、基本的にはあくタイプで攻撃をすればいいけど、物理攻撃において単発威力の高さはやはりかくとう技に分がある。そういう意味でも、ゴーストだろうとなんだろうと問答無用で殴ることの出来るこの特性は少し厄介だ。

 

「ゴロンダ、『バレットパンチ』!!」

「ゴロッ!!」

 

 そんなサイトウさんが最初に選んだ技はバレットパンチ。弾丸のように固く拳を握り締め、その状態で高速で拳を叩き込む、威力よりもスピードを重視した攻撃だ。ポットデスの防御力の低下を見て、威力よりも当てやすさから選んだ技だろう。実際、たったこれだけの攻撃でも、今のポットデスにとっては致命傷になりかねない。

 

「避けて!!」

「ティ~!!」

 

 しかし、それはあくまでも当たればの話だ。守りを代償に手に入れたこの素早さは、バレットパンチだろうと追いつけない速度で飛び回る速度をポットデスに与えてくれた。

 

 次々と飛んでくる拳の弾丸を、ポットデスは余裕をもって回避。そのまま距離を取り、反撃の準備に移る。その動作を見て、ゴロンダはサッと腕をあげて飛んでくる技に対しての構えを取った。

 

「『ギガドレイン』!!」

「ティッ!!」

 

 そんなゴロンダに向かってこちらが放つのは緑色の小さな針。これが刺さったところから、相手にダメージを与えながらこちらの体力を回復する、ギガドレインだ。

 

「その技なら……『アームハンマー』!!」

「ゴロ━━」

「もう1回『ギガドレイン』」

「ティッ!!」

「なっ!?」

 

 ギガドレイン自体にそれほど威力はない。からをやぶるで威力が上がってたとしても、ポットデスとタイプが違う事や技の威力の低さから、アームハンマーで十分打ち破ることが出来ると判断したサイトウさんが、技による相殺を狙ってきた。が、拳を振り上げ、ギガドレインの針ごと叩き潰そうと振り下ろした拳が技に当たるよりも先に、いつの間にかゴロンダの真後ろまで移動を終えていたポットデスが、ゴロンダの背中に緑色の針を突き刺し、そこから体力を吸っていく。

 

「後ろです!!」

「ゴロッ!!」

 

 体力を吸われながらもなんとか反応するゴロンダは、そのまま振り返りながら腕を横なぎに振るう。しかし、ゴロンダが後ろを向いて腕を振るうころには、そこにはもうポットデスはおらず、私の近くまで下がってきていた。

 

「速い……」

「ゴロッ!?」

「っ!?……いえ、振り向いたせいで最初の『ギガドレイン』も止められていなかったのですね……」

 

 後ろに腕を振っている間に、最初に打っていたギガドレインも刺さって二重で体力を吸い取られるゴロンダ。体力の多いゴロンダに対して、体力の上限が低いポットデスは少し吸い取るだけで大量に体力を回復できる。既にタイレーツのアイアンヘッドで削られた分は回復……つまり、体力満タン状態までもっていくことはできている。もっとも、下がった防御が元に戻ったわけではないから、ゴロンダの火力があれば十分ポットデスをワンパンすることは可能だろう。避けることに集中しないといけないことには変わりない。

 

(でも同時に、ゴロンダはポットデスのスピードに追い付けていないことが分かった!気を付ければここは一方的に勝てる!!)

 

 強いて注意する点をあげるとするのなら、ゴロンダの放つバレットパンチだろうか。あれだけはポットデスの素早さに追いつけるだけのスピードがある。こちらの特性がくだけるよろいである以上、攻撃を受ける度に防御が下がるので、こういった小さい技も受けたくない。

 

「『シャドーボール』!!」

「ティ~!!」

 

 ならばこちらがするべきは、遠くからの弾幕攻撃。無数の黒い球は、ゴロンダを狙っている物から無差別に放っているものまで多岐にわたり、辺り一面に散らばる技は相手に防ぐべき球の判断を鈍らせる。

 

「『バレットパンチ』です!!」

「ゴロッ!!」

 

 それでも、この素早さから放たれるシャドーボールに対応するにはこの技しかない。あくタイプの身体と、バレットパンチの速さをもって何とかさばくゴロンダ。それも、ただ拳をぶつけるだけだと、攻撃が相殺した時の爆煙で視界が奪われて余計不利になってしまうので、拳の甲でそらしたり、関係ない方に飛ばすことで何とか耐えている。

 

(奇をてらう必要はないよね……私はこのままずっと攻撃し続けて、相手が対処してから動くことにしよう)

 

 どう考えても私の有利な展開。このまま続けばサイトウさんはひたすらジリ貧になるだけだ。勿論、こんなところで終わるサイトウさんじゃない。だから絶対何か対応策を練って来るだろうけど、かといってこちらが先に動きを変える必要はない。この有利展開を維持したままじっくり攻めていきたい。

 

「……ゴロンダ!『ストーンエッジ』!!」

「ゴロッ!!」

 

(来た!!)

 

 そんなことを考えていたら、早速サイトウさんの方に動きが出る。シャドーボールを止めることをやめ、少し被弾しながらも無理やり地面に拳を当てると同時に盛り上がる岩の刃。もはやおなじみと言ってもいいストーンエッジの壁が、ゴロンダを守るようにせりあがった。

 

 ストーンエッジが生えるまでの数秒の球はゴロンダに当たったけど、ストーンエッジが生えてからは、シャドーボールはすべて岩の柱に防がれる。これだと確かにこちらの攻撃は当たらない。けど……

 

「それなら上から打てばいいだけ!!ポットデス!!」

「ティ~!!」

 

 ポットデスは空中に浮いているポケモンだ。地面からいくら壁を生やしたところで、その高さには限界がある。なら、その壁を越えて上から叩きつければいい。ただ、岩の近くで上にあがってしまうと、こちらにとって死角である柱の裏や頂点で待ち伏せされたときに対応できないので、柱から離れた位置で上昇していく。

 

「『シャドーボール』!!」

「ティティ~」

 

 高い所まで浮いたポットデスが、全体を見渡すように見下ろし黒い球を雨のように降らせるべく構える。

 

「……ティ?」

 

 しかし、そこでポットデスの動きが止まってしまう。

 

「ポットデス?どうしたの?」

「ティ!!ティティ!!」

 

 何かこっちに向けて伝えるかのように声をあげるポットデス。私の視界からだとストーンエッジが邪魔して見えないけど、ポットデスの視点だと何か無視できない事情があるのだろう。

 

(攻撃をやめる程の理由……?)

 

「ゴロンダ!!『ストーンエッジ』!!」

 

 

「ゴロッ!!」

 

 

「え?」

 

 ポットデスの手が止まった理由を考えようとしたところで飛んでくるサイトウさんの指示。それに対してゴロンダが返事を返したけど、その返事の声に違和感を感じてしまい、思わず声がもれる。

 

 ゴロンダの声は、旅中サイトウさんと別れる前から聞いているからよく知っている。そのこともあってか、今こうして戦っている間も少し懐かしい気持ちになるくらいだ。そんなちょっとしたなじみのある声が、少し小さく、それでいてぐぐもって聞こえてくることにどうしても違和感を感じてしまった。

 

 なぜこんな声の聞こえ方なのだろうか。

 

 しかし、そんな疑問について考えるよりも速く場が動き始めた。

 

 ゴロンダの小さな声が聞こえると同時に地面から次々と生えて来る岩の柱。一瞬で形成される岩の森は、見るものを圧倒するレベルの光景だ。

 

 けど、私が本当に圧倒されたのはこの次の展開。

 

「わわっ!?地面が揺れ……!?」

 

 岩の柱が並び終わると同時に、私の足元を襲う大きな揺れ。その揺れに驚いた私は、思わずしりもちをついてしまう。一瞬、ポケモンの技ではなく、自然災害の方の地震が起きたのでは?と錯覚してしまう程の強烈な揺れを感じた私は、その説をすぐさま取り下げて、原因をゴロンダだと決めつけ、慌てて立ち上がりながらフィールドを見る。と同時に、地面から生えている岩の柱たちが粉々に砕け、礫となって一斉に上空へと舞い上がった。それは空中にいるポットデスにとっては、まるでショットガンの球を乱射されているように見えていることだろう。

 

「避けて!!」

「ティティッ!?」

 

 気になることが出来たと思ったら急に飛んでくる岩の逆雨。上に落ちて来るその礫たちは、1つ1つが防御の低いポットデスに対して強烈なダメージを与えて来る。ひとつであろうと受けるわけにはいかないポットデスは、私の指示を聞いて慌てて回避。身体が小さいことと、素早さを上げていることで何とかその攻撃を回避するポットデスだけど、礫の数が多すぎてとてもじゃないけど無傷で避けきるなんて不可能で、その身体にかすり傷を作っていく。しかも、上に飛んでいる兼ね合い上、例え一回避けても、今度は落ちて来る礫が後ろから降ってくることとなるので、通常の倍の回数避ける必要があるのが更につらい。

 

 そんな状況が地面にある岩の柱の数だけ長く続くので、私はポットデスがこの攻撃を躱し切るのをただひたすら待つしかできない。だからせめて、この攻撃が終わった時にすぐ動けるためにいろいろ考えてみる。

 

(ゴロンダの技が今わかっているので、『バレットパンチ』、『アームハンマー』、『ストーンエッジ』の3つ。そしてこの揺れの直前に『ストーンエッジ』の指示を受けていた。だから、今ポットデスを襲っている技も『ストーンエッジ』のはず。でも、『ストーンエッジ』だとあの揺れは起きない。かといって、揺れが『ストーンエッジ』の指示の後に起きた以上、『じしん』によるものではないもんね……じゃあこの攻撃は一体どうやって……?)

 

 この状況をどうやって起こしているのか皆目見当がつかない私は、視線を上空にいるポットデスから、地面にいるゴロンダに向ける。

 

 そこで私は、ようやくこの技の正体に気づいた。

 

「あ……いない!!」

 

 私の視界に入っているのは、岩の柱が壊れて、()()()()()()()()()()()()()()()()()、その『なにも』には、ゴロンダも含まれている。そして、そんなバトルフィールドの真ん中には不自然に空いた穴が1つ。

 

(やっとわかった!!ゴロンダは、()()()()()()『ストーンエッジ』をしていたんだ!!)

 

 地面の中からのストーンエッジ。それこそがこの上に落ちる礫の正体。

 

 ゴロンダの4つ目の技であるあなをほるによって地面の中に潜ったゴロンダは、その状態で地上に向かって拳を放ち、地面を振動。岩の柱を壊し、礫へと変換したうえで、上空に向かってストーンエッジを放った。それが今ポットデスを襲っているコンボの全容だ。地面に潜っているからこそ、さっきのゴロンダの返事がぐぐもって聞こえたのだとしたら、あの小声にも納得がいくし、ポットデスが空中にいて技を打とうとしたときに混乱し、動きを止めてしまったのも納得がいく。だって、ポットデスが空に飛んだ時にはもう、ゴロンダは地面の中にいてその姿が消えていたのだから。

 

「ティ、ティ~……」

「ごめんポットデス。気づくの遅れちゃった……」

 

 私が答えに辿り着くと同時に一旦落ちつく岩の礫。直撃こそ受けなかったものの、何回も身体をかすめた礫は、着実にポットデスの身体に細かい傷を作っていた。

 

(相手が動くのを待っているのが裏目に出ちゃった……せめてオトスパスの時みたいに潜るのが視認できていれば、まだダメージを抑えられたのに……)

 

 オトスパスの時のように目の前で潜るんじゃなくて、今回はちゃんと岩で隠して潜っているところに、サイトウさんの対策の速さを感じる。

 

「ようやく気付いたようですね。ですが、あなたのポットデスではどうすることもできないはずです!!もう一度『ストーンエッジ』!!」

 

 

「ゴロッ!!」

 

 

 サイトウさんの言葉で再び生えて来る岩の柱。私がコンボに気づいたところで、遠距離攻撃でかつ、実態を持たない特殊技を主体としている以上、地面の中にいるゴロンダには干渉できない。そのうえ、ゴロンダが隠れている兼ね合いで、ギガドレインによる体力の回復も同時に防がれてしまっているので、サイトウさんの言う通りこのままだと対策しようがない。以上のことから、安心してまた岩の柱を大量に準備したゴロンダは、ここから再び礫のショットガンを大量に発射。さっきと同じ量の攻撃がポットデスを襲っていく。

 

「ティ……」

 

 身体に細かくつけられた痛みのせいで集中力を途切れさせられているポットデスには、この攻撃をさっきみたいに避けるのは不可能だ。今度こそ直撃を貰ってしまうだろう。

 

(でも、それはあくまでこの攻撃を避けることに専念したらの話!!ゴロンダが地面の中にいるのがわかっているのなら、また引っ張り出してあげる!!そのためにも、今私がとるべき行動は回避じゃない!!)

 

「ポットデス!!『サイコキネシス』!!」

「ティ……ッ!!」

「ここで『サイコキネシス』ですか……仕掛けてきますね。ゴロンダ!!注意を!!」

 

 飛んでくる礫に対してポットデスが行ったのはサイコキネシス。エスパータイプであるこの技は、あくタイプであるゴロンダには通用しない。勿論そんなことはここにいる誰もが理解している。だからサイトウさんも、なにかしてくると予知してゴロンダに注意を促す。肝心の本人が地中にいるため、ストーンエッジによる地響きも相まって声は聞こえないけど、きっとゴロンダは今地面の中で警戒しているだろう。

 

 そんなの関係ない。

 

「どんどん礫を集めちゃって!!」

「ティ!!」

 

 ボロボロになりながらも元気に声を上げたポットデスは、両手を前に突き出して虹色の光を集めていく。すると、まるでその引力に引っ張られるかのようにポットデスへ飛んでいく礫が集まっていく。

 

 1つ。また1つと、ひとつひとつの礫はとても小さいけど、ゴロンダが放ったストーンエッジが集まっていくことにとって、その大きさは気づけばひとつの巨大な隕石のようなそれとなる。勿論、全てを集めきるのは不可能だから、一部は被弾してしまっているけど、それでも体力ギリギリで堪えたポットデスは、現状集められるだけの礫を集めきった。

 

「叩きつけて!!」

「ティッ!!」

 

 その隕石を、からをやぶるで威力を上げたサイコキネシスを存分に振るうことで、地面に向かって投げつけていく。地面の中にまだゴロンダがいるのなら、この隕石が地面に着弾した時の衝撃は全部ゴロンダにまで伝わるはずだ。逃げ場のない地中でそのダメージは、ゴロンダに対して致命傷になりうる。

 

「さすがに受けられませんね!ゴロンダ!!地上へ!!」

「……ッダァ!!……ゴロッ!?」

 

 この隕石を見てさすがに地面の中にいるわけにはいかないと判断したゴロンダが、勢いよく地上に出て来る。と同時に、今自分が置かれている状況をようやく視認したゴロンダが、驚きの表情を浮かべる。

 

 呼ばれて地中から飛び出した瞬間、視界一杯に広がる隕石を見たら、誰だってこんな反応になってしまうだろう。

 

「すぐに避けてください!!」

「ゴロッ!!」

 

 しかしそこはここまで勝ち抜いた猛者。そんな動揺はすぐに捨て、迫ってくる隕石を避けるべくすぐに横へ走る。

 

 時間が経つたびに近づいてくる圧倒的な質量に普通なら足がすくんでしまうところを、それでも走り抜けたゴロンダが、ギリギリのところで範囲から逃れることに成功。ゴロンダが範囲から逃れた2秒後に隕石が着弾し、地響きと衝撃が辺りに響き渡る。

 

「ひゃっ!?」

「っ!?」

 

 この衝撃によって、また立つことが出来なくなった私は再び尻餅をつく。真正面を見てみれば、さすがにサイトウさんにとっても衝撃が大きかったみたいで、倒れてはいないけど、左膝をついた状態になっている姿を確認できた。

 

 けど、私もサイトウさんも、自分のことなんて気にせずにすぐ視線を戦場に戻す。なぜなら、この衝撃を一番近くで受けていたゴロンダは、隕石衝突時の揺れをジャンプすることで回避していたから。

 

 しかも、そのジャンプ先はポットデスのいる方向。

 

 こんな状況になっても、ゴロンダとサイトウさんはしっかりと勝利への道を見逃していなかった。

 

「『バレットパンチ』!!」

「ゴロッ!!」

 

 拳を鈍色に輝かせながら突っ込んでくるゴロンダは、ポットデスに対して高速の拳を連続で繰り出してくる。岩の礫でかすり傷をたくさん負ったポットデスにとっては、この拳どれか1つ受けるだけで、倒れるには十分のダメージとなる。

 

 けど、こっちだってこの展開を予想しなかったわけじゃない。

 

「『サイコキネシス』!!」

「ティッ!!」

「ゴロッ!?」

「まだ岩のストックがありましたか……」

 

 飛んでくる拳に対して、こちらは隕石を作る際に集めきれなかった、余りの礫で作った小さな岩の球を拳にぶつけることで相殺。また、岩が砕かれたことで舞う砂によって、ゴロンダの視界を一瞬だけ奪う。

 

 時間にして1秒にも満たない刹那の時間。しかし、それだけの時間があれば、今のポットデスにとっては十分で。

 

「『ギガドレイン』!!」

「ティッ!!」

「ゴロッ!?」

 

 この間に背中に回り込んだポットデスが、両手をそっとゴロンダの背中に当て、ゴロンダに残っている体力をすべて吸い取ろうとしていく。

 

 さっきは針を刺すことによる間接的なドレインだったのに対して、今回は両手から直接吸われることによって、さっきよりも凄い勢いで体力を奪い去る。からをやぶるの効果もあって、威力の倍増したドレインを直で受けたゴロンダは目に見えて力を失っていき、拳からは鈍色の光が消えていった。

 

「ティッ!!」

 

 それに反して技を当てた側であるポットデスは、かすり傷がどんどん癒えていき、また完全な姿となって喜んでいた。

 

 その姿にほっと一息つく私。

 

 しかし、その一瞬が、今度はこちらの命取りになる。

 

「ゴ……ロ……ッ!!」

「ティッ!?」

「ポットデス!?」

「良い根性です。ゴロンダ!!」

 

 もう体力なんて残っていないはずなのに、それでも最後の意地で背中に手を当てているポットデスに右腕を回すゴロンダは、そのままがっしりとホールドする。

 

「ティ……ッ!ティ……ッ!!」

 

 ただのホールドなら霊体であるポットデスは逃げることが可能だ。けど、きもったまであるゴロンダは、その霊体をも実態ある物として掴んで離さない。

 

 そ子からポットデスを無理やり目の前まで持って、未だに空いている左腕を振り上げたゴロンダは、真っすぐそれを振り下ろす。

 

「『アームハンマー』!!」

「ゴロッ!!」

「ティッ!?」

 

 轟音とともに振り下ろされた腕は、圧倒的な破壊力を持ってポットデスへとぶつけられ、受けたポットデスは目にもとまらぬ速さで地面に打ちつけられて目を回す。

 

 

「ポットデス、戦闘不能!!」

 

 

「ポットデス!!」

「ゴロ……ッ」

「よくやりました。ゴロンダ」

 

 ポットデスが倒れたところを見届けたゴロンダは、ニヒルな笑顔を浮かべ、サイトウさんを見る。その表情にサイトウさんが言葉を返し、それを聞いたゴロンダは満足げな顔へと変えながら、地面へと落ちていく。

 

 大きな音を立てながら落ちたゴロンダは、そのまま眠るように目を閉じていった。

 

 

「ゴロンダ、戦闘不能!!」

 

 

 ストリンダーたちに続いてまたもやダブルノックアウト。しかし、残りの手持ちは着実に減ってきている。

 

 一進一退の攻防も、徐々に終わりが見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストーンエッジ

何時しか話した、ポッ拳のガブリアスが放っているものの贅沢バージョン。地面の中から礫を連続発射されるのは、想像しただけで足が痛そうです。

サイコキネシス

一方のこちらは、一種のポルターガイストを起こしてますね。ポットデスの英語名も『ポルティーガイスト』と、とても合っているの名前をしています。最も、本家のポルターガイストは物理なので、ポットデスには合わないんですけどね。

ギガドレイン

実機ではいきなり吸われていますが、昔のルビサファでは、まず『チクッ』という音の後に吸われているアニメーションだったので、私の中では未だに針のイメージがあったりします。……この話伝わる人、今は少ないんでしょうね。




鬼退治フェスが難しすぎてやばいですね。チャワンが乱獲できない……






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224話

先実投稿が出来ずにすみませんでした。少しリアル事情で時間が取れませんでした。また、次の投稿日は今日から四日後なのですが、もしかしたらそこも厳しいかもしれません。ここから1、2話ほどは予告なく何日か遅れる可能性があります。申し訳ありません。


「戻って、ポットデス。お疲れ様」

「良い根性でした。ゴロンダ、休憩を」

 

 地面は荒れ、隕石は元の礫となって散らばり、バトルコートは静寂を取り戻す。そんな中に飛び交う2本のリターンレーザーは、倒れたポケモンを主の下へと返していく。

 

 ポケモンを戻した私たちは、そのまま懐で次のボールへ持ち替えて、次のバトルの準備をする。

 

(今倒されているポケモンはお互い4人……どっちもあと2人しか残って居ない……)

 

 またひとつ近づくバトルの終わり。このバトルが終わった時、先に進めるのは私たちのうちのどちらか1人だけだ。

 

 いやがおうにも力が入る。

 

(絶対に負けない……!!約束のためにも……目標のためにも……夢のためにも……!!)

 

「お願い、ミロカロス!!」

「頼みます、ネギガナイト!!」

「ミロォ〜!!」

「ギャモ……ッ!!」

 

 5体目、副将として場に出たのは、私からはミロカロスで、サイトウさんからはネギガナイト。

 

 ミロカロスは特殊方面が強く、ネギガナイトは物理方面に強い。また、ミロカロスが受け寄りなのに対して、ネギガナイトは攻め寄りの能力に秀でているという、何もかもが真反対のポケモン同士のマッチアップとなる。

 

 じわじわ攻める方が勝つのか、或いは一瞬でかたがつくのか、ここにいる観客たち全員が一瞬息を飲む。

 

(まずはミロカロスが長く戦えるように整えてあげるところからしないとだね)

 

「ミロカロス!!『アクアリ━━』「ネギガナイト!!『であいがしら』!!」『━━ング』……え?」

 

 ミロカロスの持久力をあげるべく、まずは恒久的な回復が期待できる技を指示していたら、いつの間にかネギガナイトがミロカロスの目の前まで走ってきていた。

 

 ネギガナイトは決して足の速いポケモンでは無い。ゴロンダほどでは無いにしろ、大きな盾と剣を構えているせいでそれなりに機動力を犠牲にしてしまっている子だ。けど、お互いが場に出たばかりの、この一瞬の隙を逃さなかったサイトウさんが、速攻をかけることによってファーストヒットを許してしまう。

 

「ギャモッ!!」

「ミロッ!?」

 

 ネギガナイトを象徴する、長くて大きなネギの直剣による一撃を受けたミロカロスは、苦しそうな表情を浮かべながら後ろに押される。唯一の幸いとして、アクアリングの発動だけは攻撃を受ける直前にできたため、ミロカロスの周りには彼女を守るように水の羽衣が生まれている。もっとも、この羽衣がミロカロスの傷を癒しきるような時間は、サイトウさんは許してくれないだろう。

 

(ポットデスの時と同じだ……油断しているわけじゃないのに、私の気がちょっとだけ緩んでしまう、呼吸と呼吸の間のような刹那の瞬間を的確に突いてくる……!!)

 

 時間にして1秒に満たさない、本当に瞬きすればそれだけで過ぎてしまいそうな僅かな隙間を絶対に逃がさない集中力と判断力。私とのバトルを通じて、サイトウさんの集中力のギアがどんどん上がっていくのが目に見えてわかる。

 

(私も、より一層の集中を見せないと、一瞬で飲まれる……)

 

 別に侮っていたわけじゃない。けど、バトルも終盤に近づき、さらに覚悟を決めないといけない時間になる。

 

(気持ちで負けるな!!頑張れ私!!)

 

「ミロカロス!!『ねっとう』!!」

「ネギガナイト!!盾を前に前進です!!」

 

 覚悟を新たにした私は、早速ミロカロスに攻撃を指示。湯気を登らせ、相手に火傷の可能性を考慮させながら放たれたねっとうは、しかし左手の盾でしっかりと受け止められ、そのまま盾を前に出した状態で無理やり前進してくる。本来ならねっとうの温度のせいでやけど状態になってもおかしくないのに、盾という自身を守る道具がしっかりと受け止めてくれるおかげでその熱に身体を蝕まれる心配なく近づくことが出来る。徐々に詰まるミロカロスとネギガナイトの差。詰まりすぎて盾にあたって跳ねた水滴がミロカロスに帰ってきそうな距離になったところで、ネギガナイトが動きを見せる。

 

「『リーフブレード』!!」

 

 射程距離内に入ったことを確認したサイトウさんが技を指示。盾を思いっきり左に振り、水しぶきを弾きながら、今度は右手に持った長く太い、ネギの剣に緑色の光を纏わせる。

 

 くさタイプの力を内包した鋭い刃は、今しがた盾で弾いたねっとうを放った本人に向けて、鋭く右上から左下へと振り下ろされる。

 

「『アクアテール』!!」

 

 これに対してミロカロスは、尻尾に水を纏わせて、鞭のように振るってネギガナイトの剣にぶつける。ぶつけると言っても、ただ真正面からぶつけ合うんじゃない。力ではどうやったってネギガナイトに勝てないのだから、鞭の原理を利用して高速になった尻尾の先端を打ち付けることで、この攻撃の軌道を無理やり逸らし、ネギガナイトの態勢を少し崩す。

 

 この間に少しでもネギガナイトから距離をとるために、長い身体をくねらせ、サダイジャやスナヘビのように地面を滑りながら移動をする。もちろん、この間も攻撃をする手は休めない。

 

「『ねっとう』!!」

 

 ネギガナイトを中心に反時計回りに周り、かつ徐々に距離を離しながらねっとうを再び発射。これに対してさっきと同じように盾で受け止めてくるけど、今回は移動しながら攻撃しているため、さっきのように盾を前にしたままの前進が意味をなさず、その場で受け続けることとなっている。こちらもこちらで、腰を据えての攻撃では無いため、ダメージに関しては正直期待はできないけど、これはあくまで時間稼ぎ。アクアリングで回復できるだけで私にとってはプラスになる。時間は私の味方なのだから、ここからじっくりと攻めていけばそれでいい。

 

 周回しながらのねっとうによって、ある程度の回復と距離をとることが出来たミロカロスは、撒き散らされたねっとうによって立ち昇る湯気で肌を潤わせながら、今度は別の技を構える。

 

「『れいとうビーム』!!」

「盾で弾いてください」

 

 ねっとうで熱くさせられたところに、今度はれいとうビームで急速冷凍。急激な寒暖差で相手の感覚を鈍らせると同時に、辺りに浮かぶ湯気が水滴に戻ることによって、ネギガナイトの身体に水滴が一気に付着し始め、ネギガナイトの動きが少し重くなる。また、その水滴にれいとうビームの冷気が当たることによって、水が一気に冷え、ネギガナイトに技が直接当たっていないのにも関わらず、ネギガナイトの体温も急激に下げていく。技2つを連続で出しただけに見えて、その実なかなかに厄介なコンボの完成だ。

 

「つらいコンビネーションですね……盾で受け続けるのは得策ではありません。ネギガナイト、『つじぎり』!!」

 

 このまま受け続けると負けると悟ったサイトウさんは、すぐさま盾で受けることをやめて、黒色の光を宿した剣で迎撃することを選択。右手に持った剣を大きく左から右に薙いで、光線を弾けさせる。これで一時的にれいとうビームとのつながりを切ったネギガナイトは、身体に付着した水分や霜を吹き飛ばすため、身体を震わせていく。とてもうまいけど、これだけならまだこちらの攻撃チャンスだ。

 

「ミロカロス!!もう一度『れいとうビーム』!!」

「ミロッ!!」

 

 水気を切ったとはいえ完全に乾いたわけではないネギガナイトに向けて、まずは真下を向き、自分の足元にれいとうビームを発射し、そこから顔を持ち上げることで狙いをつけて発射する。少なくとも、この打ち方によって盾で防ぐにはタイミングを取る必要があり、避けるにしてもジャンプすることは不可能になる。となればサイトウさんの次の行動は自然と読める。

 

「回避です!」

「ギャモ!!」

 

 サイトウさんの声に合わせてネギガナイトがよける方向は当然横。私から見て右にジャンプして避けたネギガナイトは、着地と同時にミロカロスへととびかかれるように膝を少し曲げて、駆け出す準備をする。

 

(安心して、私から行ってあげるよ!!)

 

「ミロカロス!!」

「ミロッ!!」

 

 けど、そんな突撃思考のネギガナイトよりも速くミロカロスが動く。

 

 私の指示を聞いたミロカロスが少しジャンプして飛び乗ったのは、先ほど自分が地面からネギガナイトに向かって打ったれいとうビームの跡。地面にあててから顔を持ち上げたこともあって、ミロカロスからネギガナイトがジャンプする前までいたところに、一直線に真っすぐの細い氷のラインが出来上がっていた。それは1つのレールのようにも見え、それに乗ったミロカロスは滑るようにそのラインを移動してネギガナイトの横まで一気に突き進む。

 

「ギャモッ!?」

「またアクロバットな……ネギガナイト!!『リーフブレー━━』」

「『アクアテール』!!」

「ミロッ!!」

 

 氷のラインを滑って移動したミロカロスは、ネギガナイトが剣を構えるよりも先にその真横まで辿り着く。身体の大きいミロカロスからはとても想像できない速度で滑るその姿は目で追うのも大変だ。しかし、それでも何とか直撃だけは避けようと、身体をミロカロスと向い合せ、一番すぐに手元に動かせる、右手に持つ剣の柄を盾代わりにすることで、少しでも威力を下げようという素早い判断を見せて来る。流石の反応だ。

 

「でも、サイトウさんならそうするって信じてました!!」

「ミロッ!!」

「ッ!?」

 

 私から見て、氷のラインから右に飛び、そして右手に持つ剣の柄で身体を守っているネギガナイトは、ラインの上を滑っているミロカロスから見て右手におり、且つ左側の防御が薄くなっている状態だ。それを見越していたミロカロスは、氷のラインを滑りながら身体を時計回りに回し、水を纏った尻尾を左から右に薙ぐように振るう。そうすると、ネギガナイトの右側面部に向かってしなった尻尾が飛び、ネギガナイトの右側頭部へ直撃する。

 

 側頭部を殴られたことで、ちょっとしら脳の揺れを感じたネギガナイトは視線を少しさまよわせながらミロカラスが元々いた方向へ吹き飛んでいく。

 

「ギャモッ!?」

「ネギガナイト!!気を確かに!!」

「ギャ……モッ!!」

 

 けど、サイトウさんの一括を聞いてすぐさま頭を振り、正気と正しい視界を取り戻したネギガナイトは、その状態で地面に剣を突き刺して、自分がこれ以上吹き飛ぶことを阻止する。

 

 地面に剣を刺した瞬間にすぐさまネギガナイトが止まったあたり、ネギガナイトの筋力の高さがよく分かる。それには確かに驚いたし、脳の揺れも気合だけで跳ねのけたこともびっくりしたけど、ネギガナイトがいる場所は空中。こちらが有利になっていることに変わりはない。

 

「『ねっとう』!!」

「ミロッ!!」

 

 空中でストップしているネギガナイトはこちらにとっては格好の的。そのネギガナイトに向かって、ミロカロスが全力でねっとうを放つ。これが当たれば大ダメージは間違いないし、やけどを引こうものならいよいよネギガナイトの勝ち目がなくなる。

 

「盾をぶつけてください!!」

「ギャモッ!!」

 

 これに対してネギガナイトは、右腕の力だけで剣を引き抜きながら少しジャンプ。しかし、これだけではねっとうの射程範囲から逃げられないので、そこを補うために、左腕の盾を飛んでくるねっとうの線に上から叩きつけるようにぶつけ、その反動で上に飛びあがって無理やり避けてきた。

 

(こんなことしておいて、私だけ『アクロバット』って言われるの納得いかないんだけど!?)

 

 某誰かさんのせいで、みんなヘンな動きを取り入れるようになっている気がしなくもないけど、今はとりあえず避けたネギガナイトを攻撃することを優先する。

 

(距離を取った状態で『ねっとう』を打っちゃうと、さっきみたいに逸らされる。なら……!!)

 

「ミロカロス!!『れいとうビーム』!!」

「盾を投げつけてください!!」

 

 今度は盾を使って逸らされないように、触れるだけで凍るれいとうビームに変更。さっきよりもさらに高く跳んだネギガナイトにれいとうビームを放つけど、ネギガナイトは今度は盾をこちらに投げつけてきた。

 

「『つじぎり』!!」

 

 ネギガナイトは盾を投げただけだから、まだ自由な剣を黒色に光らせ、れいとうビームに叩きつけてビームを弾く。

 

「『アクアテール』!!」

 

 一方のこっちは、尻尾に水を纏わせて盾をネギガナイトがいない方向へ弾き飛ばす。これで相手は防御手段を失った。もうねっとうを盾でそらされることはない。

 

「今なら当てられる!!『ねっとう』!!」

 

 今度こそちゃんと当てるために、しっかり狙いを定め、力を込めてねっとうを発射する。

 

 身体をどっしりと構えて放ったねっとうは、さっき地面に剣を刺して止まっていたネギガナイトを狙った時よりもさらに強く、荒々しく飛んでいく。これだけの威力があれば、つじぎりやリーフブレードでも止めることはできないだろう。

 

「……ネギガナイト。今なら、ミロカロスは動けないはずです」

 

 しかし、サイトウさんはそんな状況でも焦りを見せない。いや、むしろ嬉しそうな顔を浮かべているまである。

 

(『今のミロカロスは動けない』……?確かに今のミロカロスは自由に動けない。けどそれはネギガナイトも同じはず。できてせいぜい技で迎撃をするだけ……いや、技……まさか!?)

 

 そこまで考えて嫌な予感を感じた私は、しかしもう打ち出した技を今更止めるなんてできない。私が出来ることは、ただこの技が決まってくださいと願うだけだ。

 

「ネギガナイト。今こそあなたの全力を見せる時!!『スターアサルト』!!」

「ギャモッ!!」

「やっぱりっ!!」

 

 そんな私の視線の先で剣を構えるネギガナイトは、ミロカロスに向かって真っすぐ剣先をつきつけ、身体全体をオレンジ色に光らせはじめた。

 

 スターアサルト。

 

 渾身の力を剣に乗せ、全体重と全力をもって相手に突撃を行う技。技を打った後、その反動でしばらく動けなくなってしまうというデメリットこそあるものの、そのデメリットを越えるほどの圧倒的な破壊力を誇る、真に鍛えられたネギガナイトだけが行うことの出来る、かくとうタイプでも随一の威力の必殺技だ。

 

 ミロカロスだって、今自分が放てる全力をもってねっとうを打っているけど、この攻撃がかわいく見えるほどの威力を秘めたこの技は、ねっとうの湯を一瞬で切り裂き、そのまま技の主であるミロカロスに向かって飛んでくる。

 

「ミロカロス!!『アクアテール』!!」

「ミロッ!!」

 

 このままこの技を受けるわけにはいかないこちらは慌ててクッションとなる技を発動。当然勝てるだなんて一切思ってはいないけど、少なくとも受けるダメージを減らすことくらいはできるはずだ。

 

(『アクアリング』のおかげで最初のダメージも大分回復できたし、今なら耐えられるはず!!……ミロカロスを信じるんだ!!)

 

 ミロカロスに祈っている間に、ねっとうを完全に切り裂いたネギガナイトが一瞬で目の前に迫って来る。それに対してなんとかアクアテールを間に合わせたミロカロスは、スターアサルトに対して真正面からぶつかり合う。

 

 2つの技がぶつかると同時に響き渡る衝撃と爆風。しかし、この2つの技が拮抗することはない。一瞬こそ、2人の動きがぴたりと止まったような気がしたけど、その拮抗は直ぐに打ち破られ、ミロカロスが負けるという結果で現れる。

 

 尻尾を弾かれたミロカロスはその際の痛みで動きが固まり、その隙にネギガナイトがすれ違いざまにスターアサルトを叩き込んで静止する。ネギガナイトが通り抜けた後に起きたオレンジ色の爆発は、ミロカロスを包み込んでその姿を隠し切る。

 

「ミロカロスッ!!」

 

 思わず声を荒げてしまう私。

 

 あれだけ派手な爆発と大きな衝撃を見てしまえば、ミロカロスの体力がどれだけ減らそれてしまっているか心配になってしまう。この技自体は、サイトウさんのバトルのアーカイブを見ていれば何回か目にすることはあるのだけど、テレビ越しでもその威力の高さは理解出来た。けど、こうやって生で見てみるとますますその威力の高さが分かる。いや、あの時から時間が空いていることを考えると、あの時よりももっと威力が上がっているのだろう。

 

(お願い……耐えてて……)

 

「ギャモ……ッ」

 

 巻き上がる爆煙を背に、剣を振り終えたあとのネギガナイトは攻撃の反動で動くことが出来ない。腕や足、腰といった、身体の至る所を痺れさせ、苦悶の声をあげるネギガナイトは、再起に時間がかかることをこれでもかと教えてくれた。だからこそ、もしミロカロスが耐えているのなら、間違いなくネギガナイトは落とすことが出来る。そうすれば、先に王手をかけられるのはこちらだ。

 

(ミロカロス……)

 

 巻き上がる爆煙が少しずつ消えていき、徐々に視界がクリアになる。

 

 風が吹き、煙がはれ、ついにミロカロスの状態が確認できた。

 

 そこには、身体中に傷を負い、世界一美しいと言われる身体をポロボロにさせ……

 

 

 

 

「……ミロッ!!」

 

 

 

 

 それでもなお、水の輪を纏い、凛々しくネギガナイトを見つめるミロカロスの姿があった。

 

「ミロカロス!!」

「……お見事」

 

 その姿に私はまた声をあげ、サイトウさんはひたすらに賞賛の声をあげた。

 

「ギャモ……」

 

 ネギガナイトも、耐えきったミロカロスに敬意を表すように目を閉じ、動きを止める。

 

「ミロカロス。『ねっとう』」

「ミロッ!!」

 

 そんなネギガナイトに、渾身のねっとうを放ち、しっかりとトドメをさす。

 

盾もなく、動くこともできない彼にこの攻撃を止めるすべはない。

 

 

「ネギガナイト、戦闘不能!!」

 

 

「よしっ!!」

「お疲れ様です、ネギガナイト。ゆっくりお休みを」

 

 ネギガナイトにリターンレーザーを当てて戻すサイトウさん。これで残り最後のひとりまで追い詰めることが出来た。

 

「ミロ……ッ!?」

「ミロカロス、大丈夫?」

「……ミロッ」

 

(返事は元気だけど……やっぱりしんどそう……)

 

 けど、ミロカロスの消耗もすごく激しい。あと何か技がひとつ掠るだけでも、そのまま倒れてしまいそうな程に儚く見える。

 

(でも、逆に言えば体力さえ戻すことが出来れば、一気に有利になる……!!)

 

 ただ、ミロカロスにはアクアリングがある。時間とともに体力を戻してくれるこの技がある限り、ミロカロスは完全に倒れない限り、相手にとっては安心できない大きな壁となるだろう。

 

(時間を稼ぐだけでこちらが勝てる確率がぐっと上がるけど……できるかな……?)

 

 問題は、その肝心の相手が攻めに特化したサイトウさんだということだ。なんせ、サイトウさんの最後は、サイトウさんの手持ちの中でもトップクラスの攻撃性能を兼ね備えたあの子だ。例えミロカロスの体力が満タンだったとしても、耐え切るのは至難の業だろう。

 

 それを、体力が僅かな状態で行わなければならない。

 

(多分無理……でも、出来れば勝てる可能性がぐっと上がるなら……やるしかないよね!!)

 

 無理難題だけど、やる価値はすごく高い。ならやるしかない。

 

 気合いを入れ直し、サイトウさんの最後のポケモンと対面する。

 

「人数ではずっと有利だったのに、最後の最後でまくられましたね。流石です」

 

 ネギガナイトのボールを懐にしまい、代わりのハイパーボールを取り出しながら、サイトウさんは少し口元を緩めながら感想をこぼす。

 

 けど、そんな柔らかな表情も直ぐに消える。

 

「ここが踏ん張りどころ……私も、共に頑張ります!!行きましょう!!カイリキー!!」

「リィアアアッ!!」

 

 引き締まった表情から、思いっきり力を込めて投げられたハイパーボールから現れる、4本の腕に筋骨隆々の筋肉が逞しいかいりきポケモンのカイリキー。繰り出されるパンチは2秒間で1000発打てるほどの速度を持つ。腕一本でも山をも動かすと言われている怪力が、4本も同時にこの速度で打ち出されるのは恐怖でしかないだろう。

 

(来た……サイトウさんの切り札……!!)

 

 サイトウさんは『ここが踏ん張りどころだ』と言っていたけど、多分本当に踏ん張りを見せないといけないのは私の方だろう。

 

「頑張るよ……ミロカロス!!」

「ミロッ!!」

 

 ミロカロスと頷きながら、サイトウさんの最後の壁を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ねっとう

言わずと知れたチート技。DLCで帰ってきましたけど、覚えるポケモンはだいぶ制限されていましたね。当然と言わば当然ですが。

れいとうビーム

氷のラインを滑って進む移動法は、某鍵の主人公が放つあの氷魔法をもとに。あれがないと、船に追いつけないのに気づかないと、なかなか突破できませんよね。

スターアサルト

ネギガナイトの必殺技……なんですが、やはり反動が痛いということでなかなか使われませんね。ダイマックス技とは相性がいい所は長所ですが、ダイナックルとダイアシッドは、攻撃系が上がる兼ね合いで威力を少し下げられているせいで、やっぱりかみ合わせはよくないという……なのになんでダイジェットは威力高いままなのか謎でしたけど……




投稿日がちょっと不安定な期間になりましたね。少しご迷惑を掛けます。改めて、申し訳ありません。






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225話

「ミロカロス!!『ねっとう』!!」

「ミロッ!!」

 

 サイトウさんの最後の壁であるカイリキー。とても強力で、間違いなくサイトウさんの手持ちの中でいちばん強い彼相手に、私は時間稼ぎをしなくてはいけない。しかし、だからといって逃げ腰で勝てるような相手じゃない。だからこそ、ここは先手必勝。ミロカロスより打ち出されるのは彼女が1番得意としているねっとう。相手にみずタイプのダメージを与えながら、確率でやけども与える強力な技は、大きく湯気をたち登らせながら真っ直ぐ飛んでいく。

 

(これでちょっとでもひるんでくれれば御の字だけど……ただ『やけど』が嬉しいかと言われると……苦しいなぁ……)

 

 とても頼もしい仲間が放つ強力な技だけど、私の心は全然休まらない。なぜなら、本来ならカイリキーのような物理アタッカーに対して、とても優位に働く技であるはずのこのねっとうが、もしかしたらこちらに牙を剥く可能性がある。

 

(特性『こんじょう』……状態異常になったらむしろ強くなる、逆境を真正面から力でねじ伏せるサイトウさんとカイリキーらしい特性……でも、かといって『ねっとう』をやめるわけにもいかないのが何とも……)

 

 カイリキーほど力の強いポケモンが相手なら、こちらも相応の火力が必要になる。それに対し、れいとうビームだとみずタイプであるミロカロスでは火力が少し足りないし、アクアテールだとタイプは一致しているけど、近接戦が得意なカイリキーに対しては、物理が得意ではないミロカロスではどうしても頼りないと言わざるを得ない。

 

 時間稼ぎはこっちに分があるけど、時間稼ぎするだけの火力を持つには、やはりねっとうしかない。

 

(『やけど』になったらその時に考えよう。どっちにしろサイトウさんのカイリキーにはあの技があるから、攻め手を止めるわけにはいかない!!)

 

 真っすぐ飛んでいく高温の水は、寸分たがわずカイリキーのど真ん中に直撃する。

 

「リキッ!?」

 

 湯気と飛沫を両方まき散らし、苦悶の声をあげながら、しかしそれでも堂々と受けきるカイリキーは、一切ひるむことなく胸を張る。

 

「カイリキー!!『ビルドアップ』!!」

「リッキッ!!」

 

 ねっとうを受けながら全身に力を込めたカイリキーは、かけ声と共に、自身の身体を一回り大きくする。

 

 全身の筋肉は激しく鼓動を打ちながら隆起し、更に、灰色混じりの青色をしたカイリキーの身体が赤く変色。ねっとうで上がった湯気なんかよりもさらに強い蒸気を立ち昇らせるその筋肉からは、見るだけでこちらを戦慄させてくるような圧力と熱気があった。

 

(これ……『やけど』で『こんじょう』を発動させるかどうか以前の問題なんじゃ……)

 

「カイリキー。『インファイト』」

「っ!?ミロカロス!!全力で避けて!!」

「ミロッ!?」

 

 そんな見るからに危険な力が込められた筋肉を携えながら、4つの腕を構えるカイリキー。同時に私の頭をよぎるのは、『2秒間に1000発ものパンチを放てる』というポケモン図鑑の説明文。

 

(あんな筋肉でそんなに殴られたら絶対にやばい!!)

 

 脳内に響き渡る警鐘に本能のまま従い、ほぼ反射的に口から出た指示にミロカロスもすぐに従う。ネギガナイト戦で見せたれいとうビームによるラインをカイリキーから逃げるように引いたミロカロスはすぐさまその上を滑って退避を開始し、カイリキーから思いっきり距離を取る。その際にカイリキーの方は絶対に見ない。なぜなら、少し大げさかもしれないけど、ここまで離れても脳内の警鐘が治まらないのだからしょうがない。

 

 一方でひたすら逃げるこちらの事なんてお構いなしに拳を構えたカイリキーは、そのまま拳を連続して地面にたたきつける。

 

「っ!?」

「ミロッ!?」

 

 秒間500発の速度で叩きこまれる鉄拳は、地面に突き刺さると同時に地震を発生させる。その揺れはとてつもなく、技でもないのに、距離をうんと取ったミロカロスの足を地震で簡単に取ってしまう程。しかも驚くべきことに、地面を殴った時の衝撃で地面がめくり上がり、めくられたことによって地面から隆起した岩の塊がこちらに向かって飛んできた。

 

(さっきの揺れと言い、この岩の礫と言い、なんで普通に『じしん』や『ストーンエッジ』をするよりも規模が大きいの!?)

 

「ミロカロス!!『アクアテール』!!」

 

 相手の攻撃の規模の大きさにひっくり返りそうになるけど、とにかく今は守るしかない。飛んでくる岩の槍に対して水の鞭で立ち向かったミロカロスは、何とかこれらを叩き落とすことに成功する。アクアリングの小さな回復のおかげで、何とか迎撃するだけの体力は戻ったらしい。

 

「カイリキー!!投擲!!」

「リキッ!!」

 

 しかし、カイリキーの攻め手は休まらない。

 

 地面へのインファイトによって隆起した岩を4つ、それぞれの腕に抱えたカイリキーは、タイミングを少しだけずらして、ミロカロスに向かってやり投げの要領で投げてくる。

 

「はやっ!?」

 

 風きり音を奏でながら飛んでくる凶器は、速すぎて感想を言うだけでミロカロスとの距離を0にしてしまうほど。指示が出せなかったことに気付き、後悔しそうになってしまうけど、ここはミロカロスが反射的に反応し最初2つを身体をくねらせて避け、あとの2つをアクアテールで弾くことで何とか回避。指示を待たずに動いてくれたことに、感謝と謝罪の気持ちを心の中で思う。

 

 けど、まだ安心できない。

 

「構え!!」

「リキッ!!」

 

 今の1連の行動をしている間に、開けていた距離を一気に詰めていたカイリキーは、身体の色こそ赤色から青灰色に戻ってはいるものの、思いっきり力んで筋肉を隆起させ、構えを取ってミロカロスに攻撃する準備を整えていた。

 

(回避は無理!!迎撃しかない!!)

 

「『ねっとう』!!」

「ミロッ!!」

 

 身長の高いミロカロスが、至近距離まで来たカイリキーの上から潰すようにねっとうを叩きつける。距離が近い分、威力も温度も高くなっている全力の攻撃でカイリキーを押し流す作戦だ。距離がここまで近ければカイリキーも簡単に回避することはできないみたいで、この攻撃はしっかりとカイリキーに直撃する。ミロカロスに近づくまでの間に岩を拾っている姿も見かけていないので、岩による盾も無いはずだ。

 

「カイリキー。平気ですね?」

「リ……キッ!!」

 

 しかしカイリキーはこのねっとうに対して、そもそも盾なんていらないとばかりに、上側に生えている2本の腕でクロスチョップを打つような構えで受け止めていた。勿論、生身の身体で受けているからダメージは入っている。ねっとうを至近距離で浴びているから、きっとあの腕はやけどを負ってしまうだろう。けど忘れては行けない。このカイリキーは、こういった状態異常に強いということを。

 

「弾け!!」

「リキッ!!」

 

 サイトウさんの言葉と共に力を入れたカイリキーは、腕2本でねっとうを弾き飛ばす。腕にはやけどの痕が見えたけど、逆にこれがこんじょうを発動させてしまい、カイリキーの火力アップに一役買ってしまっている。

 

「ッ!!ミロカロス!!『アクアテール』!!」

 

 けどここに思考を向ける暇は無い。ねっとうを弾かれたということはすぐにでも攻撃が飛んでくる可能性があるということ。その攻撃を事前に防ぐため、頼りないけどすぐに打てる近接拒否のアクアテールを放つ。鞭のようにしなるミロカロスの尻尾の先端は、鞭の原理に則って音速に近い速度で振るわれた。

 

「掴んでください」

「なっ!?」

 

 目の前に振られる高速の攻撃。けど、この攻撃を完璧に見切ったカイリキーは、残っている下側の腕2本で完璧に受け止め、ミロカロスの尻尾をホールドする。

 

「ミロカロス!!『ねっと━━』」

「カイリキー、『ビルドアップ』からの『じごくぐるま』!!」

 

 ホールドしてきたカイリキーを引き剥がすために今度はねっとうを当てようとするミロカロスだけど、そのミロカロスがねっとうを吐き出す前に、全身に力を入れて再び身体を赤色に変え、腕の筋肉を隆起させたカイリキーが、ジャイアントスイングするかのようにミロカロスを振り回す。その際に込められた力が強すぎて、振り回される側のミロカロスはそこに遠心力も載せられて身体が伸びきってしまい、とてもじゃないけど攻撃をできる状態ではない。

 

「ミ……ロ……ッ」

「リキッ!!」

 

 それでも何とか身体を起こしてねっとうを当てようとするけど、速度に乗ったカイリキーの回転がさらに加速。その速さのせいでさらに強くなった遠心力によって、ミロカロスは再び身体を伸びきった状態にさせられてしまう。そのままさらに数秒スイングされることによって、ミロカロスは完全に目を回して抵抗が出来ない状態になる。

 

「叩きつけなさい!!」

「リキッ!!」

 

 もうミロカロスに打つ手なし。それを確認したサイトウさんがとどめを指示。その言葉に従ったカイリキーが、じごくぐるまの勢いを維持したままミロカロスを叩きつける。

 

 響き渡る地響きと衝撃音。ミロカロスがどうなったかなんて見るまでもない。

 

 

「ミロカロス、戦闘不能!!」

 

 

 地面に体を横たえると同時に、周りを漂っていたアクアリングがゆっくりと消えていく。ここまで私の想いを背負って耐え続けてくれたミロカロスがついに倒れてしまった。

 

「リキッ!!」

「ありがとう、ミロカロス」

 

 カイリキーがポージングを取り、身体をまた青灰色に戻しながら喜んでいるのを横目に、私はミロカロスにお礼の言葉を告げ、ボールに戻す。

 

 これで私も最後の1人まで追い詰められる。それに、ねっとうによるやけどでこんじょうは発動してしまっているから、カイリキーの火力は跳ね上がってしまっている。けど、こんじょうはあくまでも、『やけどによる火力ダウンを防げる』のであって、『やけどのスリップダメージまで抑えられる』わけではない。それに、あれだけねっとうを浴びているのであればかなり体力は削れているはずだ。

 

(カイリキーの戦い方も何となくわかった。あの『ビルドアップ』……本来は自分の攻撃と防御を成長させる技だけど、サイトウさんのカイリキーは少し違う。1回『ビルドアップ』するだけでかなり攻撃と防御を成長できる代わりに、技を何か1つでも使ったら元に戻るんだ。急な火力アップは確かに怖いけど、逆に言えば相手の攻撃タイミングがわかりやすいという事。それなら……!!)

 

 カイリキーとの戦い方を頭の中で浮かべながら、私は最後のモンスターボールを構える。

 

(いよいよ、あなただけだね……)

 

 この中にいるのは、私の始まりのポケモン。

 

 ガラル地方を巡るための第1歩。

 

「行くよ……エースバーン!!」

「バスバースッ!!」

 

 ヒバニーから進化し、ここまで来た私の相棒。

 

「あなたから始まった冒険……その集大成を見せるよ!!」

「バースッ!!」

 

 私の声に呼応するように、天に向かって吠えるエースバーン。

 

 やる気は十分。ミロカロスがつないでくれたバトンをしっかりと握ったエースバーンは、自身の名前に含まれている言葉通り、『エース』の役割を果たすために、全力で地面を踏みしめる。

 

「『でんこうせっか』!!」

「バスッ!!」

 

 私の指示と共に、クラウチングスタートから駆け出したエースバーンは、一瞬でカイリキーの懐へ潜り込む。

 

「リキッ!?」

「速い!」

 

 そのあまりの速さに、カイリキーとサイトウさんの表情が揺れた。

 

「『ブレイズキック』!!」

「バースッ!!」

 

 驚きで反応が少し遅れているうちに、右足に炎を纏ったエースバーンが、カイリキーの左横腹めがけて思いっきり足を右から地面と水平に放つ。これに対して何とか反応したカイリキーは、左腕2本を持ち上げて何とかガード、しかし、火傷しているところに更に炎を叩きつけられたことで、痛みから苦悶の表情を浮かべる。

 

 けど、ブレイズキックは確かに止まった。

 

「『じごくぐるま』!」

「リキッ!!」

 

 止まったエースバーンを捕まえるべく、残った右腕2本でエースバーンを捕獲しようと動くカイリキー。ここでつかまれば、ミロカロスと同じように倒される。

 

「カイリキーの左腕を軸に回転して『ブレイズキック』!!」

 

 絶対につかまるわけにはいかないエースバーンは、左腕に止められた右足を器用に使う。

 

 カイリキーの左腕にぶつけている右足の首を曲げて左腕に引っ掛けた後に、脚の筋肉を使って自身の身体を、ひっかけているカイリキーの左腕を軸に、身体を地面と水平状態にしたまま回転。そのまま回れば自分の背中とカイリキーと背中で十字の背中合わせになるように動き、背中がぶつかり合う寸前で左足に炎を纏わせてカイリキーの後頭部めがけてドロップキックを放つ。

 

「回避して確保!」

「リキッ!!」

 

 これをダッキングすることで回避するカイリキー。そのまま右腕を頭の上に持っていくことでエースバーンの左足を掴もうとする。

 

「『とびはねる』!!」

 

 当然捕まるわけにはいかないエースバーンはこれからも逃れるべく行動。ブレイズキックを外した左足から炎を消し、左膝を曲げてカイリキーの肩に載せ、そこを足場にして大ジャンプ。カイリキーの魔の手から空へと逃げおおせる。遠距離技の無いカイリキーには、手の届かない場所だ。

 

「『ビルドアップ』からの『インファイト』!!」

「リキッ!!」

「バスッ!?」

 

 これに対してカイリキーは、身体を赤色に変えながら地面を殴打。ミロカロスの時と同じく、地面を殴った衝撃で岩の塊を作り出し、今度はそれを殴ってエースバーンの方と飛ばしてきた。

 

 来ると思っていなかった遠距離技に、エースバーンの表情が一瞬強張る。

 

「『かえんボール』!!」

「バスッ!!」

 

 けど、私はこの攻撃を一度見ているから落ち着いて指示が出来る。

 

 私の指示を聞いたエースバーンは、炎の球を作り出してオーバーヘッドキック。飛んでくる岩の塊に対して飛ばし、ぶつかると同時に爆発させることで、飛んでくる岩全てを粉砕していった。

 

 爆炎で両者の視界が覆われているところに着地するエースバーン。同時に煙が晴れ、カイリキーの身体も青灰色へと戻り、開幕位置と同じ場所にて、お互いが目を合わせる。

 

「リキ……」

「バス……」

「やりますね……!!」

「サイトウさんこそ……!!」

 

 最初の戦いは体力だけ見ればエースバーン微有利。けど、そのやり取りはほぼ互角と言ってもいいようなもので、周りの観客の声も一連のやり取りのレベルの高さに驚き、この試合中一番響き渡る歓声を上げた。けど、その声がほとんど聞こえないくらいには私もサイトウさんも、お互いの事しか見えていない。

 

(火力は負けているけどスピードは負けていない。突破口はここしかないね。でも、それは相手も知っていること……ってことは、サイトウさんは力をうまく使えるような立ち回りをしてくるはず、具体的には……)

 

「『ビルドアップ』!!」

「リキッ!!」

「やっぱり……カウンター狙い……」

 

 速度で追いつけないことを知っているから、あらかじめビルドアップをして、突っ込んできたところを捉える作戦で来るカイリキー。でんこうせっかに合わせて一撃叩き込まれるだけで、こちらはかなり苦しい状況になるだろう。けど、さっきも言った通り、サイトウさんのカイリキーは1度技を打てばビルドアップは解けてくれる。なら、対処は簡単で、技を振らせればいい。

 

「『かえんボール』!!」

「バスッ!!」

 

 あちらの作戦に対して、こちらは遠距離から火力のある技を放って、相手に技で防がせる作戦に出る。これが、相手が速いポケモンなら難しいところだけど、カイリキーは足が速いポケモンでは無い。反応の速さから、身のこなしで避けることはあっても限界はあるはずだ。

 

(幸い、戦いの影響で石ころは地面にいっぱいあるから、こっちの弾数に困ることは無い……何回も打てば、いつかは技を使うはず!!)

 

 地面の石をリフティングして火球に変え、次々と蹴り出して弾幕を張るエースバーン。これに対してファイティングポーズを取ったカイリキーは、細かいステップやダッキング、スウェーなどで回避していくけど、数が多すぎて徐々に被弾の数が増えていく。

 

「カイリキー!!『インファイト』!!」

「リキッ!!」

 

 堪らず技による迎撃を選んだカイリキーは、上側の2本の腕でまた地面を殴って岩を隆起させて防御。そのまま岩を殴って礫を飛ばしてくる。

 

「『とびはねる』!!」

 

 この岩の弾幕に対してエースバーンは自分から突っ込み、岩そのものを足場にして、その間を飛びまわりながらカイリキーへと向かっていく。

 

「バスバースッ!!」

「いいよエースバーン!!」

 

 飛んでくる岩から岩へ次々とジャンプするエースバーンの動きは絶好調。瞬く間にカイリキーとの距離を埋め、再び至近距離の間合いとなる。

 

「『ブレイズキック』!!」

「バースッ!!」

 

 勢いに乗ったエースバーンは、そのまま両足に炎を纏わせてドロップキック。とびはねるの速度も加わって、さらに轟々と燃え盛る焔は、傍から見てもかなりの威力を内包しているように見える。当たれば大ダメージは間違いないし、インファイト後の疲れを見せているカイリキーに避けるすべは無い。

 

(取った!!)

 

「『かみなりパンチ』!!両手をぶつけ合いなさい!!」

「リキッ」

「え?」

 

 そんな中急に告げられるサイトウさんの謎の指示。この言葉に理解が追いつかない私は、カイリキーの動きに注視する。すると、カイリキーはインファイトに使わなかった下側の拳2つに電気を纏わせて、拳同士を打ち付けあった。

 

(一体何を……)

 

「放電!!」

「リキッ!!」

「バスッ!?」

「なっ!?」

 

 瞬間起きるのは視界を真っ白に染めるスパーク。

 

 でんきタイプでは無いし、かみなりパンチという突出して威力が高いわけではない技によって起きるスパークは、破壊力自体はそんなにない。実際、エースバーンのブレイズキックを止めることは出来ないだろう。けど、一番の問題は、このスパークの光で、一瞬とはいえこちらの視界を潰してくること。

 

 目の前が急に白くなったことで、エースバーンの身体の軸が少しブレ、ブレイズキックの威力と軌道がちょっと揺れた。それによって、少し屈むだけで避けられるようになったカイリキーが、しゃがんで回避。

 

「『じごくぐるま』!!」

 

 そのまま頭上を通り過ぎるエースバーンの右足をキャッチし、ミロカロス同様ジャイアントスイングの態勢へ。このまま行けば、大ダメージがエースバーンを襲うだろう。けど、エースバーンはミロカロスと違って足技を主力に戦う故に抵抗ができる。

 

「『ブレイズキック』!!」

 

 じごくぐるまを防ぐために、掴まれていない左足に焔を纏ったエースバーンが必死に抵抗。自身の右足を掴むカイリキーの4本の腕をとにかく蹴って外しにかかる。一方のカイリキーは、徐々にスイングの速度を上げてエースバーンに抵抗する気力を失わせようと企む。

 

 振り回されて力尽きるのが先か、はたまた痛みとやけどから手を離すのが先か。

 

 意地のぶつかり合いによる耐久勝負の結果は、徐々にエースバーンに傾くことになる。

 

「リキ……ッ!!」

 

 手を蹴られ、やけどが広がっていくカイリキーの手が徐々に離れていき、ついに腕のうち1本がエースバーンの足からはがされる。相変わらずじごくぐるまの速度は遅くはならないけど、このまま手が離れたら、エースバーンは叩きつけられるよりも先にすっぽ抜けて、叩きつけられることを避けることが出来るだろう。

 

「カイリキー!!ここで決めるのは諦めて早めに攻撃を!!」

「リキッ!!」

 

 このままでは全力の力で叩きつける前に逃れられてしまう。そう判断したサイトウさんは、この一撃でエースバーンを仕留めることを断念し、確実にダメージを与えるために、残っている腕だけでも力を込めてエースバーンを叩きつける判断をした。

 

「エースバーン!!」

「バスッ!!」

 

 叩きつけられるとわかった私はエースバーンに声をかける。エースバーンもこれだけで私が何を言いたいのかわかったらしく、自身の足を掴むカイリキーの手への攻撃を加速させていく。

 

「バスッ!?」

「リキッ!?」

 

 エースバーンが足の動きを加速させると同時に、エースバーンの身体が持ち上がる。それと時を同じくして、エースバーンの足からまた1つ、カイリキーの腕が外れる。けど、腕はまだ2本残っている。

 

 せめて、あと1つは外したい。

 

「頑張って!!」

「バスッ!!」

「カイリキー!!」

「リキッ!!」

 

 私の声援を受けて気合を入れるエースバーンと、サイトウさんの返事に声と行動で答えるカイリキー。けど、ここでも軍配が上がったのはエースバーン。最後の力を振り絞って打ち出したブレイズキックは、カイリキーの腕をまた1本引きはがし、ついに足を掴む腕が1本だけとなる。結果、エースバーンが叩きつけられる前に、脚を掴む力が足りずにエースバーンがすっぽ抜けた。これで地面に叩きつけられることはなくなった。

 

「バスッ!?」

 

 けど、エースバーンが高速で振り回されていた事実は揺るがない。すっぽ抜けた時もその速度を維持したまま飛んでいったエースバーンは、受け身を取れずに地面を転がる。

 

「大丈夫!?」

「バ……バスッ!!」

 

 私の近くまで転がったエースバーンに慌てて声をかけると、傷ついた身体に表情をゆがめながらも、元気に声をあげて答える。

 

 これでまたお互いの立ち位置は最初の状態へ。しかし、体力は確実に減っている。

 

 

 

 

 いよいよ決着をつける時だろう。

 

 

 

 

「エースバーン……」

「カイリキー……」

 

 お互いの相棒を呼ぶ声が重なり、私とサイトウさんの手が同時に、相棒が入っていたボールへと伸びる。

 

 その腕に巻かれているのは、ダイマックスバンド。

 

「行くよ!!」

「行きますよ!!」

「バスッ!!」

「リキッ!!」

 

(バトルの決着は……ダイマックスで決める!!)

 

 サイトウさんとの長くて、けど短いバトルは、最後のやり取りへと進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カイリキー

ビルドアップとじごくぐるまが原作と少し違いますね。どちらもポッ拳の方を参照させていただいています。ポッ拳のように、動きがしっかりあって激しいと、見ていてとても楽しいですね。勿論、実機のエフェクトも好きなのですが。

エースバーン

実はSVで現状憶えられないブレイズキック。まぁ、バシャーモも内定していますし、遺伝で復活しそうではありますけど……対戦ではかえんボールを使いそうですし、それゆえに亡くなったのでしょうか?命中安定技として残しておいてもよさそうでしたけど……




前話に引き続き、また1日遅れの投稿、すいません。次話からは、また4日ペースに戻れそう……だと思います。多分。きっと。メイビー……






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226話

 お互いの持つボールからリターンレーザーが伸び、それぞれの相棒をボールの中へと戻していく。

 

 バトルフィールドを包むのは静寂。しかし、これはバトルが終わったからでは無い。むしろ、ここからが一番の魅せ所。

 

 両者ボールを右手に握りしめたまま、その手首に巻かれた赤色のバンドに視線を送る。すると、そのバンドから赤い光が溢れ出し、光はボールの中へと吸い込まれていく。

 

(いよいよ、これで決まる……)

 

 右手の中で徐々に大きくなるボールの感覚に比例して、私の鼓動も早くなる。

 

 泣いても笑っても、これがこのバトルの最後のやり取り。

 

(負けたくない。勝ちたい。先に進みたい!!)

 

 手の中で大きくなりながら、私の思いを受け取ったエースバーンがボールをカタカタ揺らしていく。

 

「本当に、ギリギリのバトルですね……」

 

 大きくなったボールを抱えながら、対面から聞こえてきたサイトウさんの言葉に耳を傾ける。あちらも、大きくなったボールを抱えながらこちらを見ていた。

 

「あなたを侮っていた訳ではありません。しかし、ここまで拮抗したバトルになるとは思いませんでした。戦う時は感情を出さない……それがわたしの信条だったのですが……それが簡単に崩れてしまう程、楽しいです」

 

 サイトウさんの目には、彼女の言葉通りハイライトが入っており、口元が緩んでいるその表情は年相応のかわいらしい微笑みとなっていた。正直私も見とれてしまう程のレベル。けど、それ以上に、サイトウさんにこのバトルが楽しいと言われたことが嬉しかった私は、サイトウさんのようにかわいくは無理かもしれないけど、それでも同じように微笑みながら言葉を返す。

 

「私も、凄く楽しいし、サイトウさんにそう言ってもらえるバトルが出来て嬉しいです。もっともっと戦いたい……でも……」

 

 私とサイトウさんからすっと、微笑みが消える。

 

 私はこれからの最後のやり取りのために気を引き締め、サイトウさんは戦闘モードに移行して目のハイライトを消す。

 

「それはそれ。これはこれ……わたしは優勝したい。あの子を近くで守る存在になるために」

「私はあの人の隣に自信を持って立つ存在になりたいから!!」

 

 赤く、大きく輝くモンスターボールを掲げ、思いっきり空に投げつける。

 

 

「ここを勝つために!!もう、全部壊しましょう!!尊敬を込めて、キョダイマックス!!」

「みんながここまで連れてきてくれた!!そのみんなに応えるために、行くよエースバーン!!キョダイマックス!!」

 

 

 空中で同時に開かれる巨大なモンスターボールが重厚な音を立てるとともに、中からキョダイマックス化したカイリキーとエースバーンが現れる。

 

 まずはカイリキー。通常と比べて筋肉は引き締まり、頭部の3つある角は真ん中がさらに伸びて、某ヒーローのような見た目にも見えなくはない。目も黒い部分が消え、全体的に黄色く光って、首回りも黒い模様が加わったことで、全体的に覆面レスラーの様な人相となっている。そして何よりも注目するべきは、カイリキー自慢の4本の腕。パワーの大半が集中しているのか、太みを増した4本の腕はひび割れ上にオレンジ色に光っており、そのうえでパンチの速度は元の姿から変わっていないため、パンチの威力はもはや爆弾球と言っても差し支えない。

 

 そんな暴力の化身ともいうべきカイリキーと対峙するのは、こちらもキョダイマックスとなって姿が変わったエースバーン。

 

 身長こそは元のエースバーンから少し伸びただけ。大きく変わった点と言えば、ラビフットからの進化に伴って失われた垂れ耳だろうか。それも、ただ垂れただけでなく、自身の身長よりも長くなった垂れ耳は、普通に地面に立てば地面にこすりつけてしまうのは必至だ。

 

 これだけの変化だと、キョダイマックスとしては些か物足りないように見えるけど、エースバーンのキョダイマックスにおいて一番注目するべきは、エースバーン本人ではなく、エースバーンの足元にある巨大な火球だ。まるで何者かの魂が宿ったかのような顔を浮かべる巨大な火球は、エースバーンが蹴った際に込めた闘志によってその大きさを変化させる。最大で直径100メートルまで大きくなることが確認されたこの火球は、当然破壊力もすさまじく、カイリキーの拳にも勝るとも劣らない。キョダイマックスによって目に見えないけど、脚力も大幅に強化されているエースバーンによって蹴りだされるこの火球の威力が今から楽しみだ。その気持ちを表すかのように、火球の上に乗り、腕を組んで仁王立ちするエースバーンの表情も、不敵な笑顔を浮かべている。

 

 キョダイマックス同士の対面。

 

 試合順番的に、マリィとホップもキョダイマックスが出来るトレーナーだから、観客にとっては2戦連続のキョダイマックス対面だろう。その事がとても嬉しいのか、観客たちの声援はさらに跳ね上がり、その声に応じて私の鼓動も早くなる。

 

 エースバーンの火球と、カイリキーの筋肉から発せられる熱気のせいで、バトルフィールドの温度が上がっている。その上昇と、私にかかって切る緊張、そしてここまでの激闘による疲れから、頬を汗が伝うのを感じた。対面のサイトウさんも、一筋の汗を伝わせていることから、精神状況も同じだということがよく分かる。

 

「「……」」

 

 お互いじっと見つめ、動かない時間がしばしば。

 

 周りの声は大きいのに、対面する私たちは、汗の伝う音すら聞こえてくるのではないだろうかという程集中された、無音の空間に放り込まれていた。

 

 そんな私たちの頬を伝う汗が顎にたまり、地面へと落ち、弾ける音がした。

 

「『ダイジェット』!!」

「『ダイサンダー』!!」

 

 弾ける音が聞こえたと同時に繰り出される私とサイトウさんの指示。エースバーンは右足に竜巻を纏わせ、カイリキーは右側2本の腕に電気を纏い、お互いに向かって走り出す。

 

 

「バースッ!!」

「リキッ!!」

 

 

 電撃と風が真正面からぶつかり合って、爆音と暴風をまき散らしていく。その2つの攻撃はこのバトルコートを包む竜巻となり、電気は空へと昇って、一瞬にして空に暗雲をたちこませた。

 

 天候すら変更させる両者の攻撃に,観客の声が止まる。

 

 どちらも得意とする自分のタイプと同じ攻撃ではない一撃なのにこの威力だ。

 

 果たして、本気の一撃だとどうなってしまうのか、その威力を想像した観客たちの息を飲む声が聞こえた気がした。

 

「エースバーン!!」

 

 雷の音が響く中、火球から飛び降りたエースバーンは全力ダッシュ。キョダイマックスすると大体のキャラが大きさ故に機動力をある程度犠牲にするけど、身体の大きさ自体があまり大きくなるわけではないエースバーンにはその理屈は当てはまらない。大きくなろうとも健在な、むしろ上がった脚力を生かして通常以上の足をもって走り回るエースバーンは、自身の何倍もの大きさを誇るカイリキーの周りを走り回り、カイリキーの視線を困惑させる。

 

「カイリキー。落ち着きましょう」

 

 

「リキッ……」

 

 

 しかし、焦るカイリキーもサイトウさんの一言で冷静を取り戻し、すっと目を閉じる。目で追えないのなら、耳で聞いて追いかけると言ったところか。はたまた、サイトウさんが目となるのか、心の目で見るのか。どちらにせよ、これで簡単に崩せるなんてことは無くなっただろう。

 

(それでも崩す……!!)

 

「エースバーン!!『ダイアタック』!!」

 

 

「バスッ!!」

 

 

 

 駆け回ったエースバーンが、脚に白色の光を宿してカイリキーの足元に入り込む。

 

 大ダメージと共に相手の素早さを奪う効果を持つこの技は、カイリキーの足を狙うことによってその効果をさらに強くしようという考えの下放たれる。背が高くなった分、小回りが利きづらい今のカイリキーでは足元への攻撃は対処が難しいだろう。

 

 けど、サイトウさんはむしろこの技を待っていたかのような表情を浮かべる。それを見てやばいと思った私は、慌てて退避を指示。

 

「エースバーン!!避け━━」

「逃がしません!!カイリキー、『キョダイシンゲキ』!!わたしのカラテと、あなたの技を重ねますッ!!」

 

 

「リキッ!!」

 

 

 サイトウさんの指示と共に、拳のオレンジの光をさらに強くさせたカイリキーは、その4つの光をすべて同時に地面にたたきつける。急に頭上から襲い掛かってくる4つの拳に対しては、足の速いエースバーンはまだ回避ができる。攻撃と攻撃の隙間を縫って何とか避けきったエースバーンは、カイリキーの右足に自身の足を叩きつける。

 

 

「リキッ!?」

 

 

 カイリキーの膝裏にきっちり叩き込まれるエースバーンの右足。これにより、カイリキーの態勢がわずかに崩れた。これを機に、カイリキーに対して追撃をしていきたいエースバーンだったけど、追撃が出来ない。なぜなら、キョダイシンゲキの攻撃はまだ終わっていないから。

 

 

「バスッ!?」

 

 

 攻撃を一度当てたエースバーンが上を見上げると、拳をまた振り上げ直したカイリキーの姿。カイリキーの拳は秒間500発の速度で放たれる。その物量はたとえキョダイマックスしても変わらない。しかも、キョダイシンゲキの追撃によって、カイリキーの拳に追従するかのように、空から拳の形を象ったオーラが降り注ぐ。

 

 カイリキー本体からのラッシュと、空から雨のように降りそそぐ拳の嵐。まさしく、強大な軍勢がエースバーンに向かって空から進軍してくるような、圧倒的な圧力が襲ってきた。

 

「走って!!」

 

 ゲリラ豪雨のごとく、空から落ちて来る拳の嵐を前にして、エースバーンは必死に足を動かして避けていく。これで1つ1つが軽いのであればまだいい、けど、キョダイマックス化し、拳にひび割れ上に目に映るほどのエネルギーを拳に込めているカイリキーの一撃は、1つ1つが爆弾級の火力を秘めている。地面にぶつかるたびにそのエネルギーが周りに飛ぶことによって、例え拳本体を避けても余波がエースバーンを襲っていく。その余波でさえとんでもない火力を秘めているせいで、もはや地面は爆発の嵐。そのせいで地面は揺れに揺れ、立っているのも難しいほどのものとなる。そんな地獄のような状況がたっぷり10秒ほど続き、カイリキーの足元が煙で全く確認できなくなった。が、その煙が晴れるよりも速く、煙からエースバーンが弾き飛ばされ、火球にぶつかってきた。

 

「エースバーン!?大丈夫!?」

 

 

「バ……バス……ッ!!」

 

 

 自分の大きな火球に背中を預けながら起き上がるエースバーン。素早さと攻撃力の高い代わりに、防御面が少し頼りないエースバーンにとって、ここまでのバトルで受けたダメージも相まってかなりのダメージを負ってしまっている。そんなエースバーンに対して、さらに追い打ちをかけるようにカイリキーの身体が薄く黄色に光りだす。

 

 キョダイシンゲキの追加効果、きあいだめ状態。

 

 キョダイシンゲキを行った後のカイリキーの意識は、極度の集中状態へと入っていく。これによって、カイリキーの攻撃は更に正確無比なものとなり、その攻撃精度は、技のことごとくが急所に吸い込まれるかのように真っすぐ飛んでいき、例え防御を技で育てた相手であろうとも敵を確実に仕留めに行く。2秒で1000発叩き込まれる拳そのすべてが急所に直撃すると考えたら、その恐ろしさはよくわかるだろう。ダイアタックで機動力を奪われているとはいえ、それを補って余るほどの破壊力を、今のカイリキーは手に入れたことになる。

 

「強いね……エースバーン……」

 

 

「バス……」

 

 

 エースバーンの前に腕を組み、こちらをまっすぐ見下ろしてくるカイリキー。その姿はまさしく、こちらを押しつぶす巨人の壁となって立ちはだかっている。

 

 とても高く、強力な壁。見上げるだけでこちらを絶望に落としてきそうな圧力を感じる。

 

 けど、私もエースバーンも、瞳に宿す焔は消していない。

 

(この壁を越えなきゃ、フリアの横になんていけない!!)

 

「エースバーン!!」

 

 

「バスッ!!」

 

 

 私の声とともに勢い良く立ち上がるエースバーン。声をあげて気合を入れなおしたエースバーンは、自分の後ろにある大きな火球へと向かい合い、右足に焔を纏って構えを取った。

 

「行くよ……全力!!」

 

 

「バースッ!!」

 

 

 その構えから繰り出される強烈な蹴り上げによって、蹴られた火球は轟々と激しい音を立てながら、雷雲立ち込める天へと飛んでいき、雷と焔のぶつかりによる不協和音を辺りに奏でる。

 

 

「……バスッ!!」

 

 

 そんなカオス状態になっている上空めがけて、自慢の脚力を生かしたエースバーンは火球を追いかけるようにジャンプをし、その身体を雷雲に隠して行く。

 

「……来ますよカイリキー。準備を!!」

 

 

「リキッ!!」

 

 

 大技の準備をするエースバーンの姿を見つめながら、サイトウさん側も最後の攻撃の準備をする。極限の集中状態へと意識を落としているカイリキーも、両腕にたまっているオレンジ色のエネルギーを燦々と輝かせて拳を構える。

 

 そのカイリキーが目を向ける黒雲の中で、その黒色を徐々に赤く染めていくものが現れる。

 

 黒い雲が押しのけられ、姿を現して行くのは、まるで太陽を思わすかのように輝き、熱を発する巨大な火球。その火球の表面には、エースバーンと私の心情を表すかのように、勇ましい表情が描かれていた。

 

(正真正銘、これが最後の一撃。この攻撃が通用しなければ、私の負け……)

 

 空に浮かぶこの火球の裏には、私の指示を今か今かと待つエースバーンがいることだろう。そんな彼に届くように、私はおなかの中から、空に響き渡る声をあげる。

 

 

「エースバーン!!『キョダイカキュウ』!!」

「バースッ!!」

 

 

 空から返って来るエースバーンの叫びと共に、炎の燃え上がる音と衝撃音が鳴り響き、空に浮かぶ火球が隕石のようにカイリキーに向かって落ちていく。

 

 身長が25メートルあるカイリキーよりも圧倒的に大きい火球。それが自分に落ちてくる様は、私とエースバーンがさっき感じた絶望感と同じくらいの迫力があることだろう。けど、私とエースバーンが絶望を跳ね返したように、サイトウさんとカイリキーだって、このくらいの攻撃なら全力で立ち向かってくる。その心意気を表に出すように、私とエースバーンの叫びに負けないくらいに張り上げた声で答える。

 

 

「カイリキー!!『キョダイシンゲキ』!!」

「リッキッ!!」

 

 

 元々輝いていたオレンジの光をさらに強くした4つの拳を構えたカイリキーは、自身の周りにオレンジ色のオーラで作り出した拳を沢山権限させる。先ほど空から振り下ろした拳の雨を、今度は空に向かって打ち出す構えだ。

 

 徐々に迫りくる巨大な火球。その距離が徐々に近づき始めたときに、カイリキーの腕が動き出す。

 

 

「リッ……キィィッ!!」

 

 

 打ち出される拳の豪雨。

 

 落ちてくる隕石を打ち返さんばかりの力を込められたその攻撃は、周知に熱風と衝撃を撒きちらしながら拮抗していく。

 

 打ち出される1000を超える拳と直径100メートルに迫る火球同士のぶつかり合い。拮抗しているように見える両者の技は、徐々にカイリキーの力によって上に押しあげ始められていく。集中状態のカイリキーが、火球の核を的確に殴ることによってその勢いを確実に削っていた。このままでは火球は消されるだろう。

 

 けど、そんなことわかりきっている。

 

「エースバーン!!」

 

 

「バスッ!!」

 

 

 徐々に規模を小さくしている火球に対して、未だに天空にいるエースバーンが、足に纏わせた炎を下に向けながら急降下。押され始めている火球に対して飛び蹴りをかます。すると、エースバーンの足の裏の器官から発せられる焔が火球へと燃え移り、小さくなっていた火球のサイズが元に戻り始める。また、エースバーンの蹴りが追加されることによって、カイリキーへと向かう重さと速度が上昇。ここまで優勢を保っていたカイリキーの表情がゆがみ始める。

 

 

「リ……キ……ッ!!」

 

 

「カイリキー……つらいのは分かります。ですがここが踏ん張りどころです!!ともに堪えましょう!!」

 

 

「リキッ!!」

 

 

「エースバーン!!ここで引くなんてできないから!!絶対に押し切るよ!!」

 

 

「バースッ!!」

 

 

 火球を挟んで行われる、カイリキーの拳とエースバーンの足による鍔迫り合い。この掛け声を皮切りに、エースバーンも両足に焔を纏わせて、単発から連続蹴りへと変更し、何度も何度も火球を蹴りまくっていた。

 

 拳と蹴り。それぞれが火球にぶつかるたびに熱風と轟音が交じり合い、壮絶な押し合いが発生する。

 

 火球に叩き込まれているのはどちらも威力としては申し分ない攻撃だ。そのせいで、いくらエースバーンが供給しているからと言っても、蹴りと拳による破壊で散らさせる火炎の方が量は多い。結果として、供給され直しによって元の大きさに戻った火球は、再びそのサイズを小さくし始めていく。けど、エースバーンが蹴りで押し合いに加わった事で、火球は小さくなりながらもカイリキーの方に押し込まれていた。

 

 火球が消えるのが先か、はたまた火球が落ち切るのが先か。

 

 カイリキーの方に落ち、徐々に大きさを小さくしていく火球を見つめながら、私は心の中で信じる。

 

(大丈夫。エースバーンなら勝てる。……そうだよね?)

 

 視線を火球からエースバーンに向けると、エースバーンと目が合った。瞬間、エースバーンが一瞬だけ、こちらを見て微笑み、すぐにカイリキーの方へと視線を向ける。

 

 

「バス……バースッ!!」

 

 

 叫び声をあげると同時に、エースバーンの身体が薄く赤色に光りだす。エースバーンの特性である、もうかが発動した証だ。体力が減ったエースバーンは、その残りの体力を更に燃やし、全力以上の力を引き出した。

 

「やっちゃえ!!エースバーン!!」

 

 

「バアアアァァァスッ!!」

 

 

 身体を光らせたエースバーンは、その輝きを右足に集中し、今までで一番の力をもって火球を蹴り飛ばし、カイリキーに向かって最後の押し込みを行う。

 

 

「リキ……ッ」

 

 

「カイリキー!!」

 

 急にのしかかる重さに表情をゆがめたカイリキー。しかし、それでも最後の意地とばかりに、サイトウさんの声をブーストにしながら耐えていく。これにより再び火球が拮抗しそうになったが……

 

 

「バスッ!!」

「リキッ!?」

 

 

 エースバーンが火球の中に入り込み、通り抜けてカイリキーに向けて直接蹴りを叩き込んだ。その光景を見た瞬間に、火球が大爆発。バトルコート全てが爆煙に包まれて見えなくなってしまう。

 

「うわっ!?」

 

 身体に叩きつけられる熱風と衝撃に、思わず顔を覆ってしまう私。しばらくしてその衝撃もなくなってゆっくり顔を上げるけど、それでも爆煙が私の視界を覆って確認できない。音で確認しようにも、火球が爆発した後の余韻で耳も正常に働いていないので確認もできない。

 

 そんな何もわからない、まるで闇の中に放り込まれたかのような状況に取り残された私。けど、不思議と不安感はなかった。

 

 なぜなら、私の中には根拠はないけど確かな信頼があったから。

 

(大丈夫。だって、エースバーンは私に向かって笑っていたもん。だから、そういう事だよね?エースバーン?)

 

 

「バアアアァァァスッ!!」

 

 

 私の心の言葉に応えるように聞こえるエースバーンの雄たけび。同時に煙は晴れ、視界が広がったバトルコートの真ん中で、エースバーンは天に向かって、心の底から吠えていた。そんな彼の足元には、目を回したカイリキーが倒れている。

 

 

「カイリキー、戦闘不能!!よってこのバトル、ユウリ選手の勝ち!!」

 

 

 エースバーンの勝ちは確信していた。あれだけ自信満々なエースバーンが負けるわけないってわかっていた。けど、こうやって審判の人に正式に言葉として告げられると、やっぱり心の奥から湧き上がるものがある。

 

 その思いは、無意識のうちに、私の口と身体が漏れ出した。

 

 

「~~~~~~~しッ!!」

 

 

 膝を曲げ、渾身のガッツポーズをしながら、私は声にならない音を、会場に響き渡るくらいに発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キョダイシンゲキ

ただ殴るだけではなく、拳のオーラも落ちるようになっています。実機がちょっと弱いので、これくらいしてもいいのかなと。キョダイマックス全般に言えることですけど、基本技の方が強いのはやっぱり残念ですよね。

キョダイカキュウ

対する実機でも強いキョダイマックス技。天候こそ変えられませんけど特性貫通は普通に強いですよね。




1回戦完了。お疲れ様でした。






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227話

「バスバースッ」

「エースバーン!!」

 

 審判の人から宣言が下り、私の勝ちが確定した。そのことに心の底から喜んだ私は、キョダイマックスから元の姿に戻っていくエースバーンに向かって駆け出していた。エースバーンも勝てたことが嬉しかったみたいで、なんなら私よりも先に動き出し、こちらに向かって走り出していた。

 

「ありがとう、エースバーン……」

「バース……」

 

 ダイマックスが終わり、ダイサンダーとダイジェットのぶつかり合いによって起きた雷雲も消えたことによって、さっきまでの快晴が帰ってきたバトルフィールド。そこに降り注ぐ太陽の光が、勝利の余韻から抱きしめ合う私とエースバーンをそっと包み込んでくれていた。

 

「バスバース~……」

「ふふ、くすぐったいよ~」

 

 そんなお日様の下で飛びついてきたエースバーンは、嬉しさのあまりに私に頬擦りをしてきた。それがくすぐったくて、そしてバトルの時の勇ましさとはまるで違って、その差がとても面白くてついつい笑みがこぼれてしまう。

 

「お疲れ様でした。カイリキー。戻ってください」

「エースバーンも、少し休んでね」

 

 エースバーンと噛み締めるように余韻に浸っていると、サイトウさんの声が聞こえてきた。もっともっと浸っていたい気持ちはあったけど、まだここは公式の場だ。喜びも程々に、まだやらなきゃ行けないことのために、一旦この気持ちを押し込めて、私もエースバーンをボールに戻しながら、サイトウさんの元へと歩き出す。

 

「サイトウさん。ありがとうございました」

 

 バトルコートの真ん中で向き合った私はサイトウさんよりも先に声を出して頭を下げる。こういう時は、『勝者からかける言葉なんてない』って言われているけど、少なくとも私は、こんな凄いバトルをしてくれたサイトウさんには心から感謝の気持ちが湧き上がっていた。それを伝えたくて仕方がなかった私は、さっきのことが頭にあっても、それでもなお口にせざるを得なかった。ただ、武人気質であるサイトウさんにとっては、もしかしたら嫌な事だったかもしれないと、言葉にしたから思った私は、少しだけゆっくり頭をあげた。

 

 心配が少し湧き始めながら持ち上げられた視線は、徐々にサイトウさんの視線と交わる。

 

「わたしからも感謝の言葉を。とても強かったです。裸足のわたしが、思わず『裸足で逃げ出したい』と思ってしまうほどでしたよ」

 

 そう告げながら、右肘に左手を添えながら右腕をこちらに伸ばすサイトウさんの瞳には、いつも以上に優しい色がともされており、その表情にまた見惚れてしまいそうになってしまった。そのせいで少しだけ反応が送れた私は、慌てて右手を伸ばしてサイトウさんと握手。お互いの健闘を称え合う。同時に、今日最後のバトルをした私たちに向かって、観客からの拍手の雨が降り注いだ。どうやら、観客の視点からも、今回のバトルは満足のいくものだったらしい。観客のみんなのために戦った訳では無いけど、こうやって喜んでもらえていると私も少し嬉しい気持ちになる。

 

「私も、何度負けてしまうかとひやひやしました。でも、それ以上に楽しくて……また、戦いたいって思いました」

 

 握手をしながら、私の口から零れる少したどたどしい言葉。激戦後ということもあって、少しだけ私の息が上がっているみたいだ。

 

「そう言っていただけて嬉しいです。わたしも、あなたとの立ち合いでとても心が躍りました。負けて悔しいという気持ちはありますが、同時に清々しさも感じます。そういう点では、今回のバトルはとても理想的なモノだったのかもしれませんね」

 

 そんな私の言葉にも、表情こそ柔らかくなっているものの、呼吸は一切乱れることなく喋るサイトウさん。やっぱり、体力面ではどうしようもなく負けているみたいだ。長期戦にならなくてよかった。

 

 そのまましばらく握手をしたまま手をシェイクしていた私たちは、満足したところでゆっくりと手を離す。

 

「ユウリさん。わたしに勝った以上、絶対に優勝してくださいね」

「サイトウさん……」

 

 手を離しながらサイトウさんに伝えられた言葉は、私に先を託すもの。こう言われて改めて実感するのが大会の残酷さだ。私は何とか明日以降にも希望を繋げることが出来たけど、サイトウさんのガラルリーグはここで終わった。

 

(ううん、私が終わらせたんだ)

 

 もちろん、お互い全力でぶつかり合っての結果だから納得はしている。その証拠が、さっきのサイトウさんの『清々しい』という発言でもあるし、今も微笑みを浮かべているサイトウさんの表情も、悔しいという気持ちがゼロではないにしろ、決して無理をして浮かべているのではなく、ちゃんと心からスッキリしているというのが分かる。だから、私も心置き無く明日以降に向かって心を作ることが出来る。

 

 けど、負けた人の思いがこんなに重いとは思わなかった。

 

 これから私は、サイトウさんに勝った人としてこの先戦う。つまり、私への評価の一部が、そのままサイトウさんにものしかかるのだ。

 

(もう、私だけの大会じゃない)

 

 多分、他の人にこのことを言えば……いや、なんならサイトウさんでさえ『気にしすぎ』と答えるだろうし、私がサイトウさんの立場なら絶対に同じことを言う。けど、当事者だからこその、ちょっとした責任感というのはどうしても存在していた。

 

 少しだけ緊張する。

 

「大丈夫ですよ」

「え?」

 

 そんな私の心の機微をしっかりと読み取ったサイトウさんは、やっぱり微笑みを浮かべながら私に言葉を落とす。

 

「今まであなたは沢山の出会いと試合をしてきました。それら全てが、ちゃんとあなたたちの心の糧となっているはずです。自分を信じて、前を見てください。あなたの目標のために」

 

 サイトウさんに言われて思い出すここまでの旅路。

 

 大変なこともあったし、怖いこともあったけど、私の夢と大事なものを見つけることのできたかけがえのない思い出だ。その時に思い、そして今日の大会までに育った感情を、サイトウさんの言葉で一気に思い出していく。

 

 同時に、私の身体から少し緊張が抜けていく。

 

(ほんと……敵わないなぁ)

 

「サイトウさん、本当にありがとうございます!!」

「いえいえ。こんな心躍る立ち会いをしてくれたお礼ですよ」

 

 改めてサイトウさんに頭を下げてお礼を言う私。これでちゃんと前を向いて戦える。むしろ、私が勝った側なのにこうやって気にかけて貰って、少しだけ恥ずかしい。

 

 

『サイトウ選手とユウリ選手の試合、実に盛り上がりましたね!!両者の素晴らしいバトルに今一度拍手を!!』

 

 

 サイトウさんとの会話が一旦区切られたところで、バトルコートに実況の人の声が響きわたり、私たちに向けられていた拍手がさらに大きくなる。

 

 まさしく雨のような音に包まれた私たちは、軽く観客の人たちに反応を返しながら、実況の人へと視線を向けた。この時に、ヒカリとジュンが見えたので、そちらにも軽く手を振っていくのも忘れない。

 

 

『さぁこれで今日全てのバトルが終わったということですが……それはつまり!!次の対戦カードが決まったということでもあります!!』

 

 

(そうだ……私たちが1回戦最終試合だから、これで今日の勝ち抜けが全員決まったんだ)

 

 実況の人の言葉にさらに盛り上がる観客たちと、この言葉で大事なことを思い出した私。

 

 控え室で待っているあいだは外の様子が一切分からなかったから、他のみんながどのようなバトルをしてどんな結果になったかを知らない。けど、私とサイトウさんの決着がついたことによって、少なくとも今日のバトルで生き残った人は決定した。当然、私の対戦相手だってもう決まっているし、反対の山だってどんな対戦カードになるかが決まっている。

 

 

『ではさっそく見ていきましょう!!今日の激戦を乗り越えて、次のステージへコマを進めたのは~……このメンツだアアアァァァ!!』

 

 

 そんなとても気になる情報が、テンションが高い実況者の言葉と共にスタジアムのディスプレイに映し出された。

 

 今日という激戦を乗り越えた勝者。そのみんなの顔写真を、私はしっかりと目に焼き付けていく。

 

「初戦はフリア。第2試合はセイボリーさんが勝ったんだ……」

「反対の山が気になるのは分かりますが、今は目の前の相手に注視した方がいいのでは?」

「あっ、と……そうだね……私の次の相手は……ホップか……」

 

 ディスプレイに表示されたのは、フリア、セイボリーさん、ホップ、そして私の4人。

 

 私よりも先に戦って、先に進む権利を得た3人を、サイトウさんと確認しながら喋り合う。サイトウさんの言う通り、私の次の対戦相手は同じ山のホップ。一方で、反対の山の組み合わせはフリアとセイボリーさんになっていた。つまり、今日でマクワさん、クララさん、マリィ、サイトウさんの4人が脱落ということになる。

 

 8人だった参加者が、一日で半分になってしまった。その残酷さに、少しだけ息をのむ。

 

 

『今日という運命の日を乗り越えたこの4人が、次はどのような戦いを繰り広げるのか!!今から楽しみで仕方ありませんね!!』

 

 

 そんな少し複雑な気持ちでいる私と、隣で真っすぐな視線を向けるサイトウさんの事なんて気にせず盛り上がっていく実況者。そういう仕事だから仕方ないとはいえ、負けたばかりのサイトウさんがここにいるのに、先の話をするのは少しだけ思うところがあったりはする。当の本人はあまり気にしていないのか、私の視線に気づいてこっちを見ながら微笑んでいるけど……

 

「何度も言いますが、わたしのことは気にしないでください」

「でも……」

「負けたわたしの責任ですし、ここの実況者も進行上仕方なくお話している感じです。悪意はありません。それに、この間にわたしたち選手が動いてはいけないという決まりもありません。もしここにいるのが辛ければ、退出は自由のはずですから」

「サイトウさん……」

 

 こうして目を合わせて喋っていても、やっぱり気負っている様子はない。本当に心から気にしていないみたいだし、サイトウさんの言う通り、もし本当に嫌なら彼女はすぐにこの場を離れる権利がある。サイトウさん自体、こういった場面でウソをつくような人でもないから、この言葉は本当なのだろう。それでもまだ気になりはするけど、これ以上詮索するとしつこくなりそうだからやめておく。

 

 それよりも、サイトウさんの言う通り今は目の前のことだ。

 

「ホップ……」

 

 頭の中をよぎるのは控室で約束した言葉。

 

(約束……ちゃんと守って先に勝って待っててくれてたんだ……)

 

 自分のライバルがしっかりと勝ち残っていることに、そして、そのライバルとの約束を私がしっかり守れたことに、心の中で熱くなるものがある。

 

「ふふ……やはり、あなたもトレーナー、ですね」

「あ!?え、えっと……えへへ……」

 

 そんな熱い視線をディスプレイに向けていると、私の横顔を見てサイトウさんが微笑んでいた。

 

 ちょっと恥ずかしい。

 

「次の試合も応援していますが、まずは今日のバトルの疲れを癒してください。傷つけたわたしが言うのもおかしは話しですが、今日のダメージはしっかりと癒しておかないと、次の対戦が大変ですよ?」

「そうですね」

 

 実況の人の話も、次の試合の日程やら、今日のバトルの振り返りやらで盛り上がり、観客たち全員の視線もそちらに集まっているため、今私たちの方をしっかり見ている人はあまりいない。元々離脱しても何も言われていないのだから、だったらサイトウさんの言う通り、今やるべきはことはすぐにみんなを休憩所に連れて行って回復させてあげることだろう。ポケモンセンターの技術があれば、次の試合までにダメージが残るなんてことは絶対にないとはいえ、利用するのは速いに越したことはない。となれば早速行動だ。

 

「じゃあ、先に失礼します!サイトウさん。またポケモンバトルしましょうね!!」

「はい。お疲れ様です。また戦いましょう」

 

 まだここに残りそうな雰囲気を出しているサイトウさんに声をかけて先に控室の方へと走っていく。もしかしたら、回復設備を先に私に使わせてくれるように待つのかもしれない。

 

(もしそうなら、なおさら早く休ませて、サイトウさんも早く使えるようにしないとね)

 

 新しく出来た早く休む理由を頭に浮かべながら、私は足を動かした。

 

 その足取りは、激闘の疲れが残っていにもかかわらず、少しだけ軽かった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行きましたね」

 

 走って控室の方へと戻っていったユウリさんを見送り、私は視線を再びディスプレイへとむけた。

 

 自分の顔が映っていないそのディスプレイは、わたしが負けたという事実をこれでもかと叩きつけて来る。そのことが悔しくて、つらくて、心の奥にしこりのようなものを少し残す。けど……

 

「本当に、完膚なきまでに負けてしまいました……」

 

 空を仰ぎながら先のバトルを思い出す。

 

 最初はわたしの方が優勢だったのに、気づけば追い付かれ、追い抜かれていた。決して油断していたわけじゃないのに、戦いの中で恐るべきスピードで成長したユウリさんに、わたしの背中を掴まれてしまった。

 

(このバトルが始まってすぐの時は、間違いなくわたしの方が強かったはず……なんですけどね)

 

 長くカラテを習い、目を鍛えたおかげでこういった観察力もそれなりに鍛えていると自負はしていたし、わたしの判断も間違えていなかったと思っている。

 

 でも負けた。

 

 本当に、私の戦いにどんどん追い付いて、最後に追い抜いた。その成長速度には目を見張るものがあった。

 

(もし天才というのがいるとすれば、ユウリさんのような人のことを言うのでしょうかね)

 

 あまりこういう言葉で片づけるのは好きではないが、そう思いたくなるほどのことが起きている。

 

「全く……壁は多く、そして高いですね……」

 

 その姿が、どこかひ弱な従弟と重なってしまう。

 

 わたしよりも身体が弱くて、頼りなくて、事故に合って生死を彷徨った、かけがえのないわたしの親族。そんな彼が、意識不明から返ってきたと思ったらゴーストタイプのポケモンと深く繋がりを得て、一瞬でジムリーダーまで駆け上がって……その時の成長速度と、どうしても今回の出来事を見比べてしまう。

 

 天才というのは、やっぱり理不尽だ。わたしの一歩を簡単にすっ飛ばしてしまう。そのことに心が折れそうになることだってある。

 

 でも……それでも……

 

「わたしは、あの子を守れる立場でいたい」

 

 もう2度と、彼が生死の淵を彷徨うことにならないように。そんなことになってしまう前に助けられるように。

 

「そのためにも、まだまだ鍛錬をしないといけませんね」

 

 気合を入れて、ユウリさんが去っていった方向を見つめる。

 

 才能の差なんて上等。もとより、わたしには努力するしか方法がないことなんて百も承知。それでも足りないのであれば、もっと努力の質を上げるだけだ。

 

「このリーグが落ち着いたら、ヨロイ島の道場の戸を叩く必要があるかもしれませんね」

 

 ガラル地方本島より少し離れたところにある孤島。そこには、伝説のかくとうジムリーダーだった人が師範として活動している道場がある。勿論わたしもとても興味はあったものの、伝説とうたわれる人にわたしみたいな未熟者がうかがってよいものかと委縮していた。けど、今のわたしが、本気でわたしの望む場所に行くのだとすれば、こんな萎縮はさっさと捨てる必要がある。

 

「……彼のことを思えば、今まで萎縮していたのがバカみたいですね」

 

 あんなに足がすくんだり、心が躊躇し続けていた内容のはずなのに、自分の目標を改めて明確にしたらこんなにもあっさりと覚悟が決まることに、少しだけおかしさが込み上げて笑ってしまう。

 

「あなたもそうなのでしょうか。ユウリさん。そしてフリアさん」

 

 人は人のためならどこまでも強くなれる。それを体現していた今日の対戦者と、そんな彼女が焦がれる少年を思い出しながら、わたしは騒がしいスタジアムの中心で、無意識に言葉をこぼしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい~っす。調子はどうだ~?」

「お見舞いに来たわよ。……って、その調子だと問題はなさそうね」

「ジュン!ヒカリ!2人が来たってことは、今日の試合は終わったんだね?」

 

 スタジアムの休憩室のベッドでゆっくりしていると、少し抜けた声を上げながらジュンが入り、それに呆れたような表情を見せながらヒカリも続いてきた。仕方ないとはいえ、休憩のためにずっと1人で暇をしていたボクは、彼らの訪問に思わずテンションが少し上がる。

 

「ああ終わったぞ。どれもすっげぇバトルだった!」

「いいなぁ……生で見たかった……」

「今回は当事者なんだから諦めなさい。その分しっかりとわたしたちが楽しんであげるわ」

「意地悪だなぁ……」

 

 一方で、ジュンは満足いくものを見たあとの達成感に包まれた様子を見せ、ヒカリも表情を綻ばせながらボクに話しかけてくる。どうやら本当に凄いバトルが行われたらしい。

 

 ヒカリの言う通り、当事者であるボクは今回のような休憩や、控え室での待機時間などもあってリアルタイムで試合を見るのは少し難しい。試合自体は後でアーカイブを見ればいいから問題は無いのだけど……やはりこういうのは現地でリアルタイムで見てこそだ。そこだけはちょっと惜しい。と、そこまで考えて、ボクは一番聞かなくちゃいけないことを思い出して、2人に話題を振る。

 

「っと、そうだった。今日の試合が全部終わったってことは、2回戦の組み合わせはどうなったの?」

 

 それは今日の生き残り。そして次の試合のカードだ。ボクの場合、クララさんとセイボリーさんの勝者と戦うことになっているのだけど、果たしてどっちが上がってきたのか。そして……

 

(ユウリはどうなってるんだろう……)

 

 先日の夜に約束をしたユウリが、ちゃんとあがってきているのかがとても気になった。

 

 そんなボクの期待に応えるべく、ヒカリが真剣な眼差しでボクを見ながら結果を教えてくれた。

 

「今日のバトルを勝ち残ったのは、フリア、セイボリーさん、ホップ、ユウリの4人よ。つまり、2日後に行われる2回戦で、次にフリアと当たるのはセイボリーさんってことになるわね」

「セイボリーさんか……」

「何か思うところあるのかしら?」

「まぁ、ちょっとね……?」

 

 セイボリーさんと言えば、初めて会った時はどこかうさん臭くて怪しい人だったけど、一緒に旅をしていくにつれて少しずつかっこいい所を見せてきて、最後は自身の過去と決別するかのような覚悟と共に、ボクの前に出て守ってくれた頼りになる人。ラテラルタウンでの出来事は、昨日のようにちゃんと思い出すことが出来るほどだ。あの時の彼の、『超えるべきひとつの壁として、あなたに出会えてよかった』という発言は今でもしっかりと記憶に残っている。

 

 そんな彼が、ついにボクの下へとやってきた。

 

 うぬぼれじゃないけど、セイボリーさんはユウリと同じくらいにボクに対して大きな思いをも持っている人だ。

 

 その思いを、ようやく本気でぶつけられる場所で相まみえることになる。

 

 間違いなく、今までで一番の気合を入れて向かってくるだろう。

 

(……全力で迎え撃ちます。セイボリーさん!!)

 

 マクワさんという強敵に勝ったと思ったらまた強敵とのバトル。

 

(ヒカリによると、2回戦は2日後に行うんだったよね。それまでに、少しでも体力の回復と、作戦の構築を行って迎えよう。彼のエスパー技はかなり強力だからね。となるとやっぱり大事なのは……)

 

 セイボリーさんと戦うということを明確に理解した時から、再びボクの心は昂ぶっていき、すぐさま頭の中が作戦で埋め尽くされていく。

 

 もう、ボクの頭はセイボリーさんと戦う事しか入っていない。

 

「ふふ、本当に楽しそうよね」

「全くだぞ……あ~あ、オレも出たかったなぁ……」

 

 そんな幼馴染の言葉すらもスルーしたボクは、ユウリたちがこの部屋に来るまでの間、ひたすらに頭の中でシミュレーションをし続けた。

 

(次も……絶対に勝つ!!)

 

 ボクの想いに呼応するように、近くに置かれた6つのボールも、カタカタと揺れたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エースバーン

エースバーンのと言えば、やっぱり頬擦りな気がします。完全にアニポケ効果ですね。

サイトウ

彼女もまた、マリィさんのようにしっかりと先を見て歩いて行く人だと思い、このような描写に。実機でもかなり綺麗な微笑みを見せてくれますよね。




久しぶりの主人公君。一体何話ぶりでしょうか……これも全部フルバトルが長いせいですね。もうちょっと短くまとめたい気持ちもあるのですが、やはり書きたいことが多すぎる……






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228話

 ジュンとヒカリからいろいろな話を聞いて、その後にユウリ、マリィ、ホップも合流。そこからいろいろな情報交換や、自分たちのバトルの話を軽くしていると、ジョーイさんが来て軽い検査の時間となったので、みんなに一度退室してもらって現在。スタジアム内に設置されている休憩室にて、ボクの体調とポケモンたちを診てくれていた。

 

「はい。もう体調は大丈夫そうですね。ヨノワールたちももう大丈夫なので安心してくださいね」

「ありがとうございます。ジョーイさん」

 

 そんなジョーイさんから無事全快を言い渡されたボクは、お礼を言いながらベッドから足を下ろしていく。数時間とはいえ、ずっと横になっていたこともあって少し身体が凝ってしまっているので、明後日のことを考えても少し身体を動かしてはおきたいのだけど……

 

「無茶は厳禁……とは、明後日のことを考えたらなかなか言えませんが、まだ傷が治っただけで、疲れが完全に消えたわけではありません。少なくとも、今日は無茶な練習はしないでくださいね?」

「わかりました」

 

 その手の専門の人にこのような釘を刺されてしまったので、今日はおとなしくしておこう。やると言っても、ちょっとしたストレッチをして、身体をほぐすことにとどめておくことにする。確かに、作戦はいくつか思いついてはいるけど、どれも今の自分でできる範囲の行動でしか考えていないから、ぶっつけ本番でも何とかなるレベルだと思う。それに、どっちにしろ次の試合までは2日しかないわけだから、今更何か凝ったものを考えてもうまくいかない可能性の方が高い。例え体力が万全でも、無茶な練習は逆に本番への支障となるから、ここは疲れを残さないという意味でも、おとなしくジョーイさんの指示に従っておくべきだろう。

 

 改めて診てもらったみんなを腰のホルダーにつけ、ユニフォーム姿からいつも通りの服装に身を包んだボクは、ベッドを挟んでジョーイさんと向かい合う。

 

「今日はありがとうございました」

「いえいえ、これがお仕事なので。それに、フリア選手のバトルはわたしも楽しませていただいているので。先ほどのマクワ選手とのバトルも、とても素晴らしかったですよ」

「そ、そういわれると……あはは……」

 

 頭を下げてお礼を言うと、むしろさっきのバトルについての賞賛の言葉を貰ってしまい、思わずこそばゆくなってしまう。知り合いから褒められることこそ多くはなっているものの、こうやって世間の声を真正面からもらうことは本当に少なかったので、やっぱり慣れない。

 

 ジョーイさんの顔はどこの地方に行っても基本変わらないから、余り他人のような気がしないというのはあるっちゃあるけど……それはそれ、これはこれだ。中には、誰がどのジョーイさんかの見分けがつく人がいるらしいけど、少なくともボクにはそんな技術はないので知らない。

 

「ただ、ファンとしてはとても楽しいのですけど、医療従事者としては不安なところは、なんとも言えませんね……」

「そこは申し訳ないです……多分、次の試合終わりももしかしたらお世話になる可能性が……」

 

 ヨノワールとの共有化に完全に頼り切った戦い方をしているわけではないけど、やはりボクの切り札はこれだ。これを使わずにこのリーグを突破できるほどこの世界は甘くない。セイボリーさんも、次に戦う可能性のあるユウリとホップのどちらかも、この手札を切らないと勝てないとは言わないけど、つらい戦いが待っているのは間違いない。となれば当然この反動がまた襲い掛かって来る。その時はまたジョーイさんのお世話になることだろう。医療関係者としては、なかなか難しい顔をせざるを得ない状況だ。

 

「わかってます。ですので、わたしたちが出来るのは、例えその能力を使わないといけない状況になっても、そのアフターケアをしっかしとしてあげることです!何があっても、必ずあなたを万全な状態に治しますので、少なくとも、このガラルリーグに関しては安心して全力を出してくださいね」

「本当に、ありがとうございます!!」

 

 こんな素晴らしい人が働いている施設をタダで利用させてもらっていることに逆にちょっとした罪悪感みたいなものを感じてしまう。このお礼は、素晴らしい試合内容という形で返させて頂こう。

 

「では、先に失礼しますね。お大事に」

 

 ボクの言葉を聞いてもう大丈夫だろうと判断したジョーイさんは、最後に常套句のようなものをボクに残して退室する。ジョーイさんがいなくなったことで、室内を支配し始める静寂に対してすぐに『よしっ』声を出したボクは、リュックやマフラー、ペンダントといった道具、ないしはアクセサリー等を身につけて休憩室を退室。そのまま裏口の方へと足を進める。

 

 行きには正面の入口を使っていたけど、今その入口を使うと間違いなくファンやサポーターの人たちによって渋滞が起き、混乱する可能性があるから、この期間中はリーグ参加者はこの裏口を使って外に出ることになる。もちろん、この裏口も複数用意されており、簡単に待ち伏せできないように対処を施してくれている。そのため、目下注目株であるらしいボクが外に出るこの瞬間も、意外と静かな時間を過ごしながら行動することが出来た。この辺りは、ガラル地方の運営さんの慣れ具合が伺える。

 

「っよいしょ。ふぅ、疲れた~」

「お、きたきた。こっちだこっち~」

 

 そんな静かな道を進んで、外に出るための最後の扉を開けてスタジアムから出ると、待ち伏せしていたのかボクを呼ぶ声が聞こえる。本来なら待ち伏せなんてあるわけが無いけど、逆に言えば待ち伏せできる人というのはそれだけ限られた人間となる。となれば、聞き覚えのある声も合わせて、ボクの右側から聞こえる声の正体というのは、たとえ目で確認しなくても判断できた。

 

「お待たせみんな」

 

 その想像通り、ボクが返事を返した先には、声をかけてきたホップを筆頭に、ユウリ、マリィ、ジュン、ヒカリといういつものメンバーが揃っていた。もはやお馴染みすぎて、顔を合わせるだけで安心感を感じさせるこのメンバーも、今日はこの裏口から出てきたみたいだ。本来なら参加者では無いジュンとヒカリは利用できないんだけど、ジュンもヒカリも別地方での活躍から話題になる可能性を考慮されたのか、今回は特例で使用を許可されているみたいだ。確かに、観客席をチラッとみた時の2人の浮き具合はちょっと面白かった。

 

「ううん。そんなに待ってないよ」

「ここに全員揃ったのはついさっきと」

「ユウリのポケモンの回復がさっき終わったんだ。だからオレたちが揃ったのもそんなに前じゃないんだよな」

「それよりも、全員そろったならホテルに戻るわよ」

「腹も減ったしな!!」

 

 みんなを待たせたことから、少しだけ申し訳なさを滲ませたボクの言葉に対して、ユウリ、マリィ、ホップ、ヒカリ、ジュンの順番で返してくれる。一番試合が遅かったユウリは、ボクの部屋に来る前にポケモンを預けてから来ていたので、ボクの診察時間のときはその預けたポケモンたちを受け取りに行っていたらしい。今ではもう元気なのか、ユウリの腰のホルダーでゆらゆらと揺れるボールも確認できた。また、ヒカリが試合中預かっていたほしぐもちゃんも今はユウリの下へ戻っているらしく、ユウリの背負うカバンも小さく揺れていた。この調子なら、ホテルから戻った瞬間すぐさま飛び出して、ユウリに甘え倒すことになるだろう。

 

(その時はポフィンを用意してあげようかな?)

 

「フリアこそ、身体の方は大丈夫?ジョーイさんから何か言われていない?」

 

 そんな感じでホテルに向かってみんなで足を進めながら、戻ったあとのことについて考えていると、今度はいつの間にかボクの隣まで来ていたユウリから質問が投げられる。1度休憩室でボクの体調が戻っていることは確認しているけど、改めて専門の人に診てもらった結果が気になるらしい。ごもっともな心配だけど、ボクとしてはそんなに心配することでは無いと思っているから、不安を与えないように明るく振る舞いながら言葉を返す。

 

「全然何も。ご覧の通り健康体だよ」

 

 共有化による疲れや痛みは確かに辛いものがある。けど、身体が感じるものはあくまでもヨノワールの感じた痛みの再現でしかない。こんなことを言うとまた怒られそうだけど、言ってしまえばボクが感じている痛みは全部錯覚だ。実際に受けている訳では無い以上、立ち直りもすぐだ。もちろん精神的な疲れはかなり負うので、そこの回復には相応の時間がかかる。しかし外傷的な意味ではダメージは無いから、健康体から大きく外れることはほとんどないと言ってもいい。

 

「そっか、なら良かった」

 

 ユウリもその事は分かっているので、これはあくまでも確認作業。それでもこうやって安堵しているあたり、ユウリの中では大きな不安要素だったみたいだ。

 

 嬉しくはあるけど、ここまで心配されるとジョーイさんの時同様少し罪悪感が湧いてきてしまう。かといって、完全に向こうの善意からくるものだから反論等もしづらい。そして、さっきジョーイさんに応援された時とはまた違ったこそばゆさに襲われる。

 

(う~ん……嫌じゃないけど、調子が狂う……)

 

「はいはい、乙乙~」

「……え、何が?」

「何でもないわよ~」

 

 頭の中でこの謎のこそばゆさについて考えていると、横腹をヒカリが肘で突きながら謎の言葉を投げて来る。その時の表情がやたら明るく、正直言うと少し気持ち悪かったので、ヒカリからの言葉の意味も含めて質問を返してみるけど、やっぱりのらりくらりと躱されてしまう。ここ最近、こういうやり取りが増えている気がするから余計に気になるんだけど……きっとこの謎については未来永劫答えてくれることはないだろうから、もういっそのこと無視を決め込んでもいいのかもしれない。

 

「ちなみに、わたしへの反応を無視したら、今度コンテストで使う用のサーナイトの衣装着せるからね?」

 

 と思ったら、ヒカリに肩を掴まれながら逃げ道を塞がれてしまう。

 

「だから!人の心読まないでってば!それに、無視されたくなければ答えてくればいいのに……ねぇ、ユウリからも何か言って━━」

「フリアの……サーナイトドレス……?」

「ユ、ユウリ……?」

 

 その助けとしてユウリの方に声をかけてみるけど、ユウリはユウリでどこか遠くに視線を向けて少し表情を緩める。その顔はとても穏やかで幸せそうなのに、なぜか背中に悪寒が走り、本能が『関わるな』と警告を発してきたのでそっとそのそばを離れる。

 

 

「ヒカリ……その話について詳しく……」

「良いわよ~。なんなら他の衣装も今日の夜に見せようかしら?いっそのこと2人でどんな衣装なら似合うかの談義を……」

 

 

「…………」

「ん?どうしたんだフリア?」

「急にこっちに飛んでくるとか珍しいな?」

「な、何でもないよホップ。ジュン。うん、何でもない……何も聞いてない……」

「ならいいんだが……っておい、本当に大丈夫か!?なんか震えていないか!?」

「……なんというか、お疲れ様と」

 

 去り際に聞こえた言葉を幻聴だと決めつけて、ホップたちの集団に合流して雑談へと入るボク。最初こそ身体が震えていたものの、おそらく一番事情を分かってくれたであろうマリィが気を効かせてくれたおかげで、ホテルに着くころには何とかいつも通りの状態に戻ることが出来た。

 

 そんな恐ろしくも、けどむしろいつも通りのような感覚がして落ち着きも感じる不思議な空気感のままホテルに辿り着いたボクたち。

 

「「あ」」

「え?」

 

 そのホテルの自動ドアが開かれ、その中へと足を進めようとしたボクたちの前に、2つの影が声をあげながら立ちふさがった。その正体はクララさんとサイトウさん。今日の試合で負けてしまい、ガラルリーグの敗退が決定してしまった2人だ。

 

「サイトウさんにクララさん……」

 

 ユウリからの話でサイトウさんの方は平気だというのは何となく聞いたけど、クララさんの方は分からない。対戦相手であるセイボリーさんとはまだ話せていないし、クララさんの目元を見れば、化粧で隠してあるとはいえ少しだけ泣いた跡が見受けられる。白目の部分もほんのりと受血していたことから、少なくない時間泣いたという事だろう。

 

 正直、何て声をかけたらいいのかわからないから、少しだけ言葉に詰まってしまう。けど、そんなボクの気持ちをスルーして、今この場で一番気兼ねなく声をかけられる、リーグ不参加者のヒカリが前に出た。

 

「サイトウさんにクララさん。こんにちは。珍しい組み合わせな気がするのだけど、2人でお出かけかしら?」

「こんにちはヒカリさん。あなたのお噂はかねがね……いつかあなたのパフォーマンスを直で見てみたいですね」

「あはは、そういってもらえてうれしいわ。その時は気合を入れなくちゃね!」

 

 切り替えの早いサイトウさんと、こういった時のコミュ力が強いヒカリのおかげで最初の気まずい空気は一瞬にして消える。こういった時のヒカリには本当に頭が上がらない。

 

「っと、本題からずれてすいません。わたしとクララさんで何をするか、でしたね。それは……」

「……特訓」

「特訓……?」

 

 若干話しやすくなった空気に変わったところで、本題を喋ろうとしたサイトウさんの言葉を遮ってクララさんが口にした特訓という言葉。こんな言い方をしたらちょっとあれだけど、敗退が決まってしまい、もう先がないのに繰り出されたその言葉に少なくない疑問を抱いてしまう。それはボクだけでなく、同じく敗退が決まっているマリィの口からも無意識に零れてしまう程だった。そんなマリィの言葉を聞いたクララさんは、一回頷いた後、ゆっくりと口を開いて説明を始める。

 

「うちって今、師匠の道場に通ってるでしょォ?そのことを思い出したサイチャがァ、うちを仲介人にして師匠とお話をしたいっていうからァ、それならうちもついでにヨロイ島に戻ってェ、今の自分にできることをしよっかなァって……」

「今回の立ち合いのおかげで、わたしにはまだまだ足りないものが多いということがわかりました」

 

 クララさんの説明になるほどと納得していると、今度はサイトウさんがその続きを引き受ける。その時の表情がとても真剣で、ここにいるみんなの視線がすっと集まり、同時にその表情に魅入られて口を閉ざす。

 

 その中心にいるサイトウさんは、ゆっくりとボクたちへ向けて言葉を並べていった。

 

「わたしは今まで、ヨロイ島に伝説のかくとうジムリーダーがいることは知っていました。しかし、未熟者であるわたしが声をかけるのは些か早いのではないかと思っていたのです。しかし、今日の立ち合いを経て、わたしが本当に目的を達するのであれば、そのような小さなプライドにこだわるのはダメだと思ったのです」

「成程。だから、今この時ってわけね」

 

 ゆっくりと語られるサイトウさんの独白を聞いて、サイトウさんの狙いに気づいたヒカリが小さく口を開いた。他の人も、声には出していないものの、サイトウさんの狙いにはうすうす気づき始めている。

 

「わたしのガラルリーグは終わってしまいましたが、わたしのトレーナーとしての生涯が終わった訳ではありません。むしろ、ここはまだまだスタート地点です。なら、リーグが終わり、一足先に自由の身となったこの期間を逃す手はないでしょう?あなたがたが大会のために激しい練習のできない今こそが、あなたがたとの距離を縮める絶好のチャンスです!」

 

 ヒカリの言葉に頷きながら、徐々に語気を強めて話していくサイトウさん。その瞳にはギラギラした光が灯っており、ハイライトさえ消すバトルの時とは違う意味でこちらを圧倒する何かを発していた。

 

(これでボクたちと距離があるって嘘でしょ……?気迫だけならもう誰よりも強いんだけど……)

 

 正直、こんな相手にユウリはよく勝てたなぁと感心せざるを得ない。けど、そんなサイトウさんと同じくらいの圧を出している人がもうひとり居た。

 

「これは、うちたちの下克上ゥ……今はフリアっちたちが前を歩いているゥ。でも……ぜってェ追いつく。ここまで悔しい思いしたのは初めてだからァ、今度は本気で挑みに行くからァ!!」

 

 サイトウさんと同じくらいギラギラした光を目に宿すクララさん。2人の強烈な光を見て、ボクたち全員が同じことを思っただろう。

 

 このガラルリーグは、あくまでも通過点。この結果に満足して天狗になってあぐらをかけば、この2人のような人たちに、一瞬で喉元を食い破られると。

 

(元々通過点のつもりだったけど、ますますその色が強くなったね……)

 

 勝って兜の緒を締めよ。いや、勝ったからこそ、余計に強く緒を締めなければ、這い上がってきた人に撃ち抜かれる。

 

 サイトウさんとクララさんの言葉に当てられたボクたちも、同じように燃え始めていく。

 

 気合いがどんどん漲る。この調子だと、明後日の大会はもっと激しくなりそうだ。

 

「とまぁ、そういうわけで……わたしたちは一足先にここを離れます。ですが、あなたがたの試合はちゃんと見るつもりでいますので、素晴らしい立ち会いが見られることを楽しみにしていますね」

 

 みんなが改めて気合いを入れ直したところで、ようやく目の光を元に戻したサイトウさんの雰囲気がいつも通りに戻る。隣にいるクララさんの気迫も収まり、ボクたちの周りにはいつも通りの空気が流れ始める。心做しか、みんなの呼吸音も少しゆったりになったような気がした。そんな感じでみんながちょっと落ち着き始めたところで、クララさんがマリィに向かって質問をなげかける。

 

「ねえねェ。もし良かったらなんだけど、マリィせんぱいも行かないィ?」

 

 それはマリィもヨロイ島で一緒に特訓をしないかというお誘いだった。確かに、すでに敗退しているマリィなら時間はある。今からヨロイ島に行って特訓に力を注ぐのも全然ありだ。マリィも今日も結果に思うところはあるだろうし、割とクララさんの提案はいいような気もする。

 

「そうとね……その提案はすごく魅力的だけど、やっぱりあたしはここでちゃんとみんなのことを見ていたかと。凄い人の下で特訓も大事だけど、現地の空気でしっかりと目で確認することも、立派な勉強だしね。……それに、ここまで一緒に旅をしたみんながどこまで行くのか……あたしは見ていたかと」

 

 しかし、マリィの答えはシュートシティへの残留。マスタードさんの下ではなく、ここで見ることで勉強する方向に考えているみたいだ。……それよりも、ボクたちを見ていたいって気持ちの方が強そうだけどね。こういわれると、ちょっと嬉しいし、頑張ろうと思う。

 

「そっかァ……でも、マリィせんぱいならそう言うと思ってたしィ、解釈一致ダカラオッケェ!!」

「……相変わらず元気になるスイッチが謎だぞ」

「考えちゃだめだよホップ」

 

 マリィに断られたというのに、どこか納得した表情を浮かべながらサムズアップするクララさんと、そんなクララさんを見て呆れるホップとユウリ。ユウリの言う通り、ここはあまり気にしてはいけないところだ。

 

「では、わたしたちは先に失礼します。大会、頑張ってくださいね」

「フリアっち!ホップきゅん!ユウリン!ファイトだぞォ!!マリィせんぱいとピカリンとジュジュンもまたねェ!!」

 

 会話が一つの区切りを見せたところで、サイトウさんとクララさんはホテルから出て駅の方へ向かっていく。次に会うころには、おそらく一回り以上成長している彼女たちとまみえることが出来るだろう。

 

(そんなクララさんたちに、良い報告が出来るように頑張らないとね!)

 

 前を向いて別の道へ歩いて行く友人を見送ったボクたちは、入れ替わるようにホテルの中へと足を進める。そのままボクの泊まっている部屋に集まったみんなは、今日のバトルについてのアーカイブを見ながらいろいろな話をして時間を使っていく。

 

(クララさんの期待に応えるためにも……まずはセイボリーさん!!絶対に勝つよ……!!)

 

 そんなまったりした時間を過ごしながら、ボクは明後日のことで頭の中を埋めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サイトウ クララ

実機でも特に絡みがあるわけではないので、かなり珍しい組み合わせ。セイボリーさんに関してはそもそもバージョン違いで出会いすらしませんからね。そういう意味では、サイトウさんは本当に道場とのかかわりが少ないですね。まら、クララさんはクララさんで毎回あだ名にちょっと頭を抱えたりしています。今回で言うと、ヒカリさんジュンさんのあだ名はなかなか……




もう少しでまたフルバトル。クライマックス感が凄いですね。






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229話

「じゃあ今日もよろしくね」

「ええ。責任をもって預からせて貰うわ」

 

 1回戦が終わって2日後の今日。2回戦が行われる当日になったので、ボクたちはシュートスタジアムの裏口から会場入りして、控え室までの長い廊下の途中で固まっていた。していたことはユウリのほしぐもちゃんをヒカリに預けるというもの。1回戦の時にもしていたけど、原則としてバトルコートに連れて行っていいポケモンは6人までだ。それ以上のボールを持ち込むことは、少なくともこのガラル地方では禁止されている。理由としては単純で、7人以上のポケモンを出させないためだ。

 

 ポケモンバトルの戦術のひとつとして交代というのがあるけど、この交代自体に制限は無い。何回交代したとしても基本的には許される。しかし、場に出て戦える累計ポケモン数は6以下にしないとダメだ。ボクで例えるなら、今のボクの手持ち全員を1度場に出して、そのうえで交代してグライオンを出す感じだ。たとえグライオン以外のポケモンが誰も戦闘不能になっていなかったとしても、1度場に出てしまったら記録されてしまうので、そのポケモン以外は場に出すことを許されない。

 

 そんなことはわかりきっているし、7人目を出したらその瞬間すぐわかるのだから、わざわざする人なんていない。普通の人はそう思うけど、ここに来て少し厄介なのが、ゾロアークのような見た目を変えるポケモンだ。彼らが関わってしまうと、見た目は一緒だから規約を守っているように見えても、実は戦っているポケモンは7人いたなんてことが起きる可能性がグンと上がってしまう。そういったトラブルを予め防ぐために、そもそもアクティブ状態のボールを6つまでしか持ち込めないようにするという規則が生まれた。

 

 こういう規則が出来たということは、残念ながら過去にこういう手を使った人が居るということなのだろう。

 

 ちなみに、ボクもアクティブ状態のモンスターボールは、今回戦うみんな以外は全部誰かしらに預けている。例えば、シンオウ地方からの仲間は、ヨノワール以外はシロナさんに預けているし、カバンの中に入っているもう1つのボールはジュンに渡してある。まぁ、このカバンの中にあるボールに関しては、登録こそされているけど、中身は空っぽだからどっちにしろバトルでは力を借りられないんだけどね。

 

 そんなことを考えている間に、「ピュピュイ……」と寂しそうな声を発しながらも、ユウリのことをしっかりと理解しているほしぐもちゃんの譲渡が完了し、ヒカリの腕の中に収まっていた。人前に出す訳には行かないから、この後ボールの中に戻されることにはなるのだろうけど、お見送りはこのまましたいらしい。ユウリの好かれ具合が本当によくわかって、思わず頬が緩んでしまいそうになるほどだ。

 

 しかし、こうしている間にも時間はしっかりと進んでいる。

 

「さて、じゃあ行こうか」

「うん」

「おう!」

 

 あと少しで2回戦が始まるので、ボクたちは控え室に行って準備をしなければいけない。

 

「じゃあわたしたちは観客席に」

「だな!みんな頑張れよ!!今日も期待してっからな!!」

「しっかり見て勉強させてもらうと。変な試合したら、許さんけんね!!」

 

 そんなボクたちの背中を押して激励するヒカリ、ホップ、マリィの声。3人の声に頷きを返したボクたちは、3人並んで控え室の方へと歩いていく。その間はホップを中心に会話が回っていき、なんでもない雑談をして歩いていく。

 

 ただ、この間にポケモンバトルについての話は一切しない。

 

 少しでも情報を漏らさないようにするために。

 

 そういう意味では、バトルはもう始まっているのかもしれない。

 

 ちなみに今ここに最後の2回戦進出者であるセイボリーさんはいない。どうやらボクたちよりも先に控え室に行っているみたいだ。

 

 そうやってしばらく、パッと見は和やかだけど、その実少しピリピリしたような空気感の中しばらく歩いていたボクたちは、ひとつの分かれ道に到達する。

 

「じゃあ2人とも。私はこっちだから」

「おう!!次はバトルコートで会うぞ!!」

「またね。ユウリ」

 

 ここでボクたちの中で1人だけ待つ場所の違うユウリが分かれ道を左に行って、ボクとホップは右に行く。人数が一人減ったとしても、ホップの口数が減るなんてことは特になく、ボクが聞きに回る形で会話が続いていく。そうこうすれば、いつの間にかそこそこの距離を歩いていたみたいで、程なくして今日ボクたちが待つこととなる控え室にたどり着いた。

 

「よ~し、準備するぞ!!」

「だね」

 

 控え室にあるロッカーに自分の荷物を置き、白色のユニフォームを取り出して着替えていく。もちろんこの間もホップとの会話が切れることは無い。「今日の調子はどう?」とか、「昨日はよく眠れた?」とか、なんてことの無い雑談をしながら準備を進めていくボクとホップ。

 

 そう、やっていることは一昨日と同じ。ただ、準備をしながら会話をしているだけ。

 

「なぁ……フリア」

「……何?」

「……控え室ってさ、こんなに狭かったかな……」

「……どうだろうね」

 

 だけど、そんなボクたちの心は、少しずつ早鐘を打ちながら、ちょっとした圧迫感を感じ始める。

 

 今この控え室にはボクとホップしかいない。人数だけで言えば、昨日よりも2人少ないからむしろ伸び伸びと控え室を利用できるはずだ。けど、実際にはホップの言う通り、この控え室の広さを感じることが全然できない。むしろ、檻の中に閉じ込められたかのような圧迫感さえ感じてしまうほど。

 

 昨日からたった1回戦進んだだけ。それなのにボクたちにかかるプレッシャーは、昨日とは比べ物にならないくらい大きなものとなっていた。

 

「フリアはさ、この感覚は初めてじゃないんだろ?」

「まぁね……でも、正直シンオウリーグの時よりも……うん、緊張してる」

 

 ホップの言う通り、この大会特有の緊張感は、ボクに関しては初めてじゃない。大会を勝ち上がる度に襲いかかるこの緊張は、たしかに重いし簡単に慣れるわけじゃないけど、1度経験しているというのはそれだけでちょっとした余裕には繋がってくれる。そのおかげで取り乱したりなんてことはしないけど、それでもボクは、間違いなくあの頃よりも強い重さを感じていた。理由は多分、出場者全体のレベルが高いことと、あの時よりも観客が多いこと。そして何よりも、ボクがコウキに近づくための、一番の山場だからということ。……だと思う。

 

「そっか……なんか、それを聞いてちょっと安心したぞ」

「全く、ボクをなんだと思っているのさ」

「オレたちの目標だぞ」

「……」

 

 そんな、いつの日よりか強いプレッシャーを感じていると、ホップが少し表情を和らげながら答える。相変わらずボクを持ち上げる発言に、いつも通りの謙遜を加えながら返答すると、今度はちょっと真面目な顔を浮かべながら言葉を返してきた。

 

「あの日、初めてフリアと戦った時から、お前はずっとそうなんだ」

 

 準備を終えたボクとホップは、真っ白なユニフォームに身を包んで向かい合う。

 

「オレの夢の存在はアニキだ。オレのライバルはユウリだ。それは何があっても変わらない。でも……あの日、あんなすごいバトルを見せられて、その上でずっと前を走っていたお前は、オレたちの中で一番身近な目標だったんだ」

 

 マグノリア博士の家の前で戦ったあの日からという短期間で、ホップはここまで来るほどの成長していた。その成長速度はすさまじく、下手をすればボクなんてあっという間に追い抜いてしまいそうなほどの勢いだ。

 

「あの日あの場所で、画面越しじゃない凄い戦いを見たおかげで、明確な目標っていうのがちゃんと見えた。途中で一回、すっごいつまずきもしちゃったけど……その時だってフリアのおかげで乗り越えられたんだ」

 

 けど、この成長速度は1人で得られるものじゃなかったと言いたいんだと思う。

 

 ここまで来られたのは、ボクが前にいたから。ボクが手を引っ張ったから。

 

 相変わらずボクに何かをしたという実感は無い。けど、ユウリ然り、次に戦うセイボリーさん然り、みんなからのボクに対する評価というのはかなり高い。ボク自身の自己評価がいくら低くても、この事実に変わりは無い。

 

「ホント、サンキューだぞ。お前がいなかったら、オレは絶対にここまでこれなかった。いわば恩人みたいな人だな!!」

「大袈裟だよ……」

「大袈裟じゃないぞ!本気だ!……でも、そんなフリアでもちゃんと沢山緊張はするんだなって思うと、ちょっと安心したぞ」

「緊張くらい、ボクだってするよ」

 

 過去を振り返りながらどんどん持ち上げてくるホップに、こっちが恥ずかしくなってくる。

 

「けど、それでもオレたちにとってお前が絶対的な壁であることに変わりはない」

「うん……」

 

 いろんな人からそんな視線を向けられてしまえば、さすがのボクも自覚する。だから最近は少しずつその考えを持つように心を作っているつもりではあるけど、やっぱりこうやって真正面から言われるとその意識の大きさに少しだけびっくりしてしまう。

 

「そんな目標だからこそ……オレはその壁を越えたいって燃えるんだ。それは少なくとも、今残っているやつらはみんな思っているはずだぞ」

「セイボリーさんも……ユウリも……」

 

 ホップの言う通りだろう。だからこそ、ユウリはあの夜にあんな約束を残し、逆にセイボリーさんはボクと戦うことに集中するために顔を合わせに来なかったんだ。

 

『フリア選手。次の試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

 

「……はい」

 

 ホップに言われ、改めて自分の立ち位置を理解する。

 

 みんなに狙われ、挑まれ、目標にされている。

 

 スパイクタウンで、クララさんの叫びを聞いたときから徐々にのしかかって来る、別のプレッシャーが更に大きくなった気がした。

 

 このガラル地方に来て、マクワさんとバトルをした一昨日までは、公式の場で戦った相手はボクの前を行く人、もしくは、ボクの前に壁として立ちはだかってきた人ばかりだった。けど、今日闘うセイボリーさんからは、明確にボクを追いかけ、目標にしてきた人たちとぶつかることになる。

 

(こういう場で、むしろ挑まれる側の人間になるなんて、そういえば初めてだ……)

 

「だから、絶対勝つんだぞ!!オレも、お前に挑みたい……!!だから、先に決勝に行って待っててくれよな!!」

 

 満面の笑顔を浮かべながらボクの背中を叩くホップ。

 

 背中の中心に紅葉がつくんじゃないかという勢いで叩かれた背中は、そこを中心にじんじんとした温かさを広げていく。その熱が、ボクの背中にのしかかった重みを少しずつ溶かしていく。

 

「……ありがと。ホップ」

「ん?おう!!」

 

 そのおかげでボクの緊張が程よく解れたので、そのことに関してお礼を述べると、お礼を言われた理由にピンと来ていないホップが、それでもとりあえず返事はしようという気持ちからお礼を返してくる。それを背に受けて、手をあげて返事をしながら、ボクはゆっくりとバトルコートへと足を進めていく。

 

(行くよセイボリーさん……!!)

 

 その速度は、バトルへの楽しみからかだんだん早くなっていっている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじゃましま~す……あ、やっぱり、先に来てたんですね」

「……ユウリさんですか。気づきませんでした。すいません」

「いえいえ、私も今来たところでしたから。それよりも、私の方こそ瞑想を邪魔してすいません」

「大丈夫ですよ、そろそろ呼ばれる時間でしょうしね」

 

 フリアとホップと別れて、2人とは反対側にある控室に辿り着いた私は、おそらく先客がいることを予想して中をのぞく。すると、その予想通り控室の中心には、目を閉じて瞑想し、自身の周りに6つのモンスターボールを浮かばせているセイボリーさんがいた。そのセイボリーさんに、反射的に声をかけてしまい、結果的に私に気づいたセイボリーさんが瞑想をやめる。それを、セイボリーさんの邪魔したと思った私はすぐさま謝罪するけど、セイボリーさんは特に気にした風を見せずに立ち上がる。そんなセイボリーさんの言葉につられてスマホロトムの時計を確認すると、確かに試合開始予定時間に大分迫った時間となっていた。ほどなくすれば、ここのスタジアムスタッフが呼びに来るだろう。私が来たタイミングとしては、ちょっと微妙と言わざるを得ない。

 

「でも、ギリギリまで集中していたかったんじゃ……」

「良いですよ。あまり詰めてもいけませんし、むしろ適度に会話した方が、緊張はほぐせていい気がします」

「あ……」

 

 そう言いながら立ち上がるセイボリーさんの手を見てみると、目に見えて震えていた。

 

「……ふふ、情けないですよね。ここに来て、ワタクシは少し怯えているみたいです」

「……」

 

 震える右腕を何とか左手で抑え込もうとしているセイボリーさんだけど、収まる気配はない。けど、どうも私には、その震えが怯えから来ているようには見えなくて……

 

「本当に怯えからの震えですか?」

「え……?」

「だってセイボリーさん、表情が嬉しそうですよ」

「ワタクシが……嬉しそう……?」

 

 そう言葉を零すセイボリーさんは、控室内においてある鏡の方に視線を向ける。すると、そこには少し頬を緩めたセイボリーさんの姿が映っていた。

 

「……本当に、笑ってる」

 

 そんな姿を見て信じられないと言った言葉を零すセイボリーさん。そんな彼に対して、私は言葉を続けていく。

 

「その震えは怖さではなく、フリアと戦える嬉しさからくる武者震いみたいですね」

「武者震い……これが……」

 

 セイボリーさんの過去を聞く限り、おそらくここまで本気になって挑んだのは初めてなのだろう。そしてそのきっかけを作ってくれたのは他でもないフリアだ。私とホップがフリアに目標を設定しているのと同じように、セイボリーさんにとってもフリアは大きな目標の一つになっているだろう。

 

(だって、あの時悔しかったもんね……)

 

 思い出されるダイマックスウルガモスとの戦い。

 

 私とセイボリーさんは相手に怖気づいてしまい、サイトウさんとフリアに守られる瞬間を作ってしまったという、共通の悔しい過去を持つ。だからこそ、あの時守られることしかできなかったフリアに挑むというのは、それ相応の意味を持っている。

 

(……羨ましい)

 

 故に、私よりも一足先にそれを実現できるセイボリーさんが、ちょっと羨ましい。

 

『セイボリー選手。次の試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

 

「来ましたか……」

 

 自身の震えの正体を理解し、落ち着きを取り戻したセイボリーさんがスタッフの人に呼ばれる。

 

 立ち上がって、バトルコートの方に視線を向けた彼の腕はもう、震えは収まっていつもの姿に戻っていた。

 

「では、行ってまいりますね」

 

 頭にかぶったトレードマークのシルクハットを触り、その周辺にボールを浮かばせながら、ニヒルな笑みを浮かべるセイボリーさん。そんな彼に、私は声をかける。

 

「セイボリーさん!!頑張ってください!!」

 

 正直フリアが勝つと思っているし、フリアが勝ってくれないと、私が決勝戦で闘えないというのがあるため、少し残酷なことを言ってしまうのならフリアが勝ってほしいという気持ちが半分以上はある。でも、私と同じ悔しい気持ちをしてきたセイボリーさんの想いが、フリアに届いて欲しいという気持ちも確かに存在する。そう思うと、『勝ってください』とは口が動かなかったけど、応援はしたいという気持ちからこのような言葉が出てきた。セイボリーさんもそんな私のジレンマを理解しているのか、少しだけ苦笑いを浮かべ、しかしその表情をすぐに微笑みに変えながらこちらに言葉を返す。

 

「無理して応援しなくても大丈夫ですよ。あなたの気持ちも理解はしていますので……ですが、残念ながら、今回はワタクシが勝ってしまいますので、あなたのやりたいことは次回に取っておいてください。出会うことの無かったトーナメント運を呪うのですね!!はーっはっはっはっは!!」

 

 いつも通りのテンションに戻ったセイボリーさんが、ゆっくりとバトルコートに向かって歩いて行く。その背中を見送る私は、いつも通りの姿にちょっとだけ呆れたため息を零しながらも、これがセイボリーさんらしいと思いながら、着替えや準備を進めていく。

 

(頑張れ……!!)

 

 改めて心の中で応援の声を零しながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い道を歩ききり、一気に明るくなる外。目に入る光に少しだけ目を閉じると、視界が黒で染まると同時に、ボクの身体に大声援が叩きつけられる。相変わらずのその声量びっくりしそうになるけど、それでもここまで来たらちょっと慣れる。昨日と同じ観客席にジュンとヒカリ、そして今日はマリィも一緒にいるのが見えたので、軽く手を振っておくと、向こうも気づいて返してくれていた。

 

 控え室にいた時は凄いプレッシャーを感じていたけど、今こうしてジュンたちを見つける余裕があるということは、だいぶ身体は解れてくれているらしい。ホップに感謝だ。

 

(さて、セイボリーさんは……っと)

 

 少し落ち着いた足取りでバトルコートの中心に向かいながら、今回の相手であるセイボリーさんが、反対側からくる姿を確認する。

 

 足取りはしっかりとしており、こちらを真っすぐ見つめる瞳からは、このバトルにかける思いをくみ取ることが出来た。心なしか、シルクハットの周りを周回する6つのモンスターボールも、速度が速まっているような気がする。

 

「こんにちは。セイボリーさん」

「ええ、こんにちは」

 

 真ん中に到着し、お互い向かい合ったところで挨拶を交わすボクたち。けど、ただ挨拶を交わしただけで、空気がちょっと張り詰める。

 

「ようやく、あなたに挑めるのですね……」

「……本当に、みんなボクを目標にしてくれているんですね」

「当り前ですよ」

 

 少しだけ表情を緩めながら答えるセイボリーさんは、本当に心から今日という日を待ち望んでいたということがよく分かる。

 

「一番身近で、一番わかりやすいく、そして一番憧れた相手ですから……だからこそ、今回は絶対に勝たせていただきます!!そのために、いろいろ考えましたからね……!!」

 

 意気揚々と答えるセイボリーさんは本当に楽しそうで、今まで見てきた中で一番の笑顔を浮かべる。それを見るのがボクも嬉しくて、つい笑顔で返す。

 

「ボクも、セイボリーさんに勝つためにいろいろ考えました。だから、凄く楽しみにしています!!」

 

 お互いに試合に対する意気込みを口にして、すぐに定位置に移動していく。

 

 もう、言葉は必要ない。

 

 

『では両者!!準備をお願いします!!』

 

 

 定位置につき、振り向いたと同時に実況者から合図がかかったので、ボクとセイボリーさんは同時にボールを構える。

 

 

「さぁ!!このワタクシの歴史一番の大勝負!!過去最高のエレガントをお見せしましょう!!」

「負けない。ボクだって先に行く理由がある!!だから、絶対に乗り越えさせないよ!!」

 

 

ポケモントレーナーの セイボリーが

勝負を しかけてきた!

 

 

「行きなさい!!ヤドラン!!」

「頼むよエルレイド!!」

 

 お互いの初手はガラル地方のヤドランとエルレイド。セイボリーさんはアーカイブで見た時と同じ初手で、ボクは初戦とは変えた形になる。

 

「エルレイド!!『サイコカッター』!!」

「ヤドラン!!『サイコキネシス』!!」

 

 まずは挨拶代わりのエスパー技のぶつけ合い。お互いの中心でぶつかり合った虹色の刃と波動は綺麗に相殺し、白い土煙をあげて一瞬だけお互いの姿を隠す。

 

「もう一回!!」

「エルッ!!」

 

 その土煙ごとヤドランを攻撃するべく、再びサイコカッターを放つエルレイド。煙を切り裂いて真っすぐ突き進むその刃は、両腕を空に掲げるヤドランに当たる。

 

 ファーストヒットは奪った。けど、安心はできない。

 

(今の構えは間違いなく『みらいよち』!!ってことは、時間差で攻撃が飛んでくる!!だから、それを頭に入れて行動する!!)

 

「ヤドラン!!『シェルアームズ』です!!」

「『サイコカッター』!!」

 

 ヤドランがみらいよちの時間を稼ぐべく、シェルアームズによる弾幕を張ってきたので、これを切り裂くべく、三度虹の刃が放たれる。今回はタイプ相性もあって、エルレイドの攻撃が貫通してヤドランに飛んでいく。

 

「戻りなさい!!」

 

 これでヤドランに攻撃が入ると思ったけど、それよりも速くセイボリーさんがヤドランをボールに戻した。それによってこちらの攻撃は外れてしまったけど、これならボクも落ち着いてみらいよちに対応できる。

 

「戻ってエルレイド!!お願い、ブラッキー!!」

 

 エルレイドを戻して繰り出したのはブラッキー。あくタイプを含むこの子なら、みらいよちに関しては何一つ気にする必要はない。その証拠に、上空から降りそそぎ始めた光の球を前にして、ブラッキーは何一つ気にした様子もなく佇んでいた。

 

(よし、ここからゆっくりと汲み立てて、じっくり追い詰めて━━)

 

 

「行きますよ!!1、2の3で巨大化せよ!タネもシカケもございません!!」

 

 

「え……?」

 

 これからの展開について頭を働かせようとしたところで、急に響くセイボリーさんの声。これにはボクだけでなく、観客たちも驚いたようで、困惑の声が広がっていく。

 

 理由は簡単。

 

 なぜなら、本来なら切り札として大事に使われるべきその手札を、セイボリーさんはこんな序盤で繰り出したから。

 

「行きますよギャロップ!!『()()()()()()()』!!」

「まずっ!?」

「ブラッ!?」

 

 その切り札とは、ダイマックス。

 

 

「ルロォォォォォッ!!」

 

 

 ピンクの光を纏い、空から星を大量に落としてきたギャロップを前にして、まさかの手札切りに驚いたブラッキーは、その光を前にして動くことが出来ずに、光に包まれていく。

 

「ブラッキー!!」

 

 セイボリーさんとのバトルは、まさかの意表を突かれた形で始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




持ち込みポケモン

ゾロアークやメタモンのような返信ポケモンの判断が難しそうですよね。アニメではディスプレイにポケモンが表示されましたけど、その時点でゾロアークとか表示されたら、された側はたまったものではなさそうです。

ダイマックス

まさかの初手ダイマ。けど、実機的にはむしろこういう使い方の方が多いですよね。それもこれも、副次効果で能力値が上がった、天候が変わるからなのですが。




フルバトルタイムスタートです。楽しんでくださいませ。






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230話

「ブラッキー!!」

 

 開幕いきなりダイマックス。そんな思いっきりのいい作戦に度肝を抜かれてしまったボクは、相手からの強烈な一撃を許してしまう。ブラッキーにとって効果抜群であるフェアリータイプのダイマックス技。ただでさえとてつもなく痛いその攻撃を、フェアリー技が得意なギャロップによって叩き込まれるというおおよそ最悪の展開。そのことに、ボクの心は穏やかでは無い感情に包まれていく。

 

「よし……まずはいい出だしです……!」

 

 一方で、作戦通りことが運んだと思われるセイボリーさんの表情は少し明るい。彼にとって、自身の技を一方的に防ぐことの出来るブラッキーはかなりきついから、こうしてでも落としておきたかったのだろう。

 

(『みらいよち』はブラフ……ボクがアーカイブで『みらいよち』への警戒を上げると信じてのこの采配か……ヤドランのモーションをボクに見せたのはブラッキーを釣り出すためってわけだ。そんでもって、その釣り出したブラッキーが、また何かしらの展開でボクの控えに戻ることすら嫌った。だからこそ、ここで確実にブラッキーを仕留めるためのダイマックス切り……思いっきりがよすぎるけど、確かに効果覿面だ……!!)

 

 セイボリーさんの奇策はボクの出鼻を綺麗に挫いた。その証拠に、ダイフェアリーによる爆風が消えたその中心点にいるブラッキーは、さっきの一撃がかなり響いてしまい、その身体を大きくふらつかせていた。本来なら防御にとても定評があるはずなのに、その自慢の耐久力が既に心許ないことになっている。いや、ブラッキー以外ではそもそもこうやって立つことすらできなかった可能性が高い。

 

「ブ……ラ……ッ」

(……さて、どうする?)

 

 ダイフェアリーの効果で足元にミストフィールドが展開されていく中、今のブラッキーにできることを考える。

 

 回復技は無理だ。間に合わない。同じ理由で交代も出来ない。ギャロップが既にダイフェアリーの次弾を構えている以上、たとえ交代できたとしても裏に多大な負担をかけてしまう。そうなると今できる最前の手は……

 

「ごめん、ブラッキー」

「……ブラッ」

 

 ボクの言葉に対して、無理をしてでも元気に返事を返すブラッキー。今の自分の状況を悟って、自らその役を担ってくれるということだろう。本当に賢くて自慢の仲間だ。だからこそ、ブラッキーをここで切らざるを得ないことに、大きな悔しさを感じてしまう。

 

 けど、こういう判断もしっかりしないと勝てるものも勝てない。

 

(ただでさえ初手ダイマックスっていう奇策で一気に流れを持っていかれているんだ……この辺りの判断は間違っちゃいけない!!)

 

「ブラッキー!!『でんこうせっか』!!」

「ブ……ラッ!!」

「ギャロップ!!『ダイフェアリー』です!!」

 

 

「ルロォォォォォッ!!」

 

 

 軋む身体に鞭を打って、高速でフィールドを駆け回るブラッキーと、そんなブラッキーに向かって降り注ぐ無数のダイフェアリー。地面に着弾する度に爆発するギャロップの攻撃を、紙一重で何とか避けながらギャロップへ接近したブラッキーは、距離が充分詰まったところで大ジャンプ。目線をダイマックスのギャロップと合わせることに成功した。ただし、こうしている間にもダイフェアリーは降り注ぐ。空中に飛び出している時点で次のダイフェアリーは避けることが出来ないし、この間にブラッキーができることなんてひとつ技を打つだけだろう。

 

 そのひとつの技は、しっかりと先のことを考えて決める。

 

(今ブラッキーが使える技で、ここで選ぶべきは一つだけ……!!)

 

「『でんじは』!!」

「ブラッ!!」

 

 選んだ技はでんじは。相手に微弱な電気を流して、身体を痺れさせることによって、今後の動きを阻害するための技。

 

 ギャロップは足の速いポケモンだ。その素早さを活かしてフィールドを駆け回り、速度を利用した鋭い一撃を放つことを得意としている。そんなギャロップだからこそ、素早さを削られるのはかなりきついはずだ。ダメージを与えられる時に与えるべきという考えも分からなくは無いが、ブラッキーは耐久は光るものがあるけれど、攻撃面に関してはあまり強いとは言えない。そんなブラッキーが、ダイマックスによってさらに耐久の上がっている相手に攻撃しても効果はほとんど無いだろう。なら、相手に致命的な状態異常をぶつけて、後続が有利に立ち回れるように場を作ってあげた方が建設的だ。

 

 

「ルロッ!?」

 

 

 ダイマックで身体を大きくしているギャロップに、この電波を避けることは出来ずにしっかりと突き刺さってまひを与える。これで足を奪うことに成功した。

 

「ブラッ!?」

 

 しかし、でんじはを空中で行ったことによって、次の行動ができないブラッキーもまた、天から降り注ぐダイフェアリーに対して何も出来ずに、無防備なところに技を直撃させてしまうこととなる。技によって空中から叩き落とされたブラッキーは、そのまま地面を何回かバウンドしてボクの近くまで飛ばされる。

 

「ブラ……」

 

 

「ブラッキー、戦闘不能!!」

 

 

 これだけのダメージを受けてしまえば、さすがのブラッキーだって耐え切ることは出来ない。ボクの目の前で身体を横たえたブラッキーは、目を回して小さな声を発していた。

 

「本当にごめんね、ブラッキー……」

 

 そんなブラッキーを抱きしめて、身体を何度か撫でた後にボールの中へと戻していく。

 

 ブラッキーのボールを腰のホルダーに入れて、前を見上げるボク。その視線の先には、未だにダイマックスエネルギーを保持して、ダイマックス状態のままこちらを見下ろすギャロップの姿。まひによって身体が少し不自由なのか、時折表情を歪めてはいるものの、その立ち振る舞いはこちらを威圧するには十分だ。

 

 そんなギャロップを見て、ボクは次にどうするかを考える。

 

(この状況、どっちが正解かな……)

 

 このギャロップとの戦うプランは2つ。

 

 1つは、ダイマックスを切って早々に倒してしまうこと。こちらの方が後出しになるため、ダイマックスが切れたギャロップに向かって攻撃を当てることが出来る。そうすれば間違いなくギャロップを落とし、イーブンに戻すことが出来るだろう。今回において、表択と言うべき安定行動だ。あと1発残っているギャロップのダイマックス技も、こちらのダイマックスで安全に受け止められるのも評価できるポイントだ。

 

 では気になるもうひとつのプラン。それは、ここでダイマックスを切らずに、何とかしてこのギャロップの一撃を耐え、ダイマックス権をバトルの後半に送るというもの。正直かなりリスクは高い。次のギャロップの一撃でこちらの次のポケモンが倒れようものなら、今度はこちらがダイマックスを切った時にセイボリーさんのポケモンを3人倒さなくては精算が取れないレベル。たとえ倒されることがなくても、1つミスすればこちらに致命傷が入る。が、通ればこのバトルの流れを根幹から覆せる一手になる。

 

(安定を取るか……賭けに出るか……)

 

 どちらが正解かと聞かれたら間違いなく前者だ。ここが大会の場で、相手がボクと同等近くの強さであることを考えても今ここで無茶をする必要は一切ない。ブラッキーがまだ1人目の脱落者であり、相手がまだ誰も落ちていないというバトルの序盤の展開だということも加味しても、本当に理由がない。これが、相手がどうしようもなく格上が相手で、そもそもの勝算がないなら試す価値はあったかもしれないけど、少なくとも今は違う。

 

(落ち着け……いきなりダイマックスを切られてボクの思考も混乱しているんだ。勝負に出るとしても今じゃない。冷静に……冷静に……)

 

 いきなりダイマックスを切られたことや、エスパータイプ使いに一番有利なブラッキーを早々に落とされたせいで、ついつい思考が博打を打とうとする方向に流れそうになるのを何とか抑える。

 

(安定択は間違いなくダイマックスを切ること。元々ダイマックスは後に切るだけで有利なんだから、今でも十分巻き返せる。なら……!!)

 

 深呼吸をして頭の中を落ち着けたところで、ホルダーから次のボールを取りだしたボクは、ダイマックスエネルギーをボールに送り込む。

 

 バトル序盤でのダイマックスバトル。

 

 まさかの珍しい展開に、本来なら後半のガス欠を危惧して若干荒れる可能性のある試合内容にもかかわらず、観客たちの声援は下がることなく鳴り響く。恐らく、1回戦での全員に腕前を理解したからこそ、例えここでこの手札を切っても、まだまだ凄いことをしてくれるという1種の信頼が有るのだろう。それに応えられるかは分からないけど、最低限このバトルでは、セイボリーさんに勝つために今できる最高のパフォーマンスを魅せることを心に決めてボールを送る。

 

「いきなりで吃驚だよね……でも、キミなら行ける。信じてる!」

 

 光を吸収したボールが大きくなり、片手で持てなくなる。そんな巨大な赤い球を、ボクは渾身の力を込めて空へと投げた。

 

 

「キミに託す。だから絶対勝って!!エルレイド、ダイマックス!!」

「……エルッ!!」

 

 

 空中で開かれたボールから飛び出してきたのは、赤い光を受けて、目の前のギャロップに対してゆっくりと両腕の刃を構えるエルレイド。その両の刃に黒色のオーラを纏っていく。ボールの中にいる時からこの戦況を見つめており、自分が何を指示されるのかを最初から理解してくれているからこその行動。そのことに少しだけ頬を緩めながら、エルレイドが予想している通りの技を選択する。

 

「『ダイアーク』!!」

 

 

「エルッ!!」

 

 

 ボクの指示を受けてすぐに両腕から黒いオーラを解き放ち、目の前のギャロップに向けてたたきつけるエルレイド。技の準備をしていただけあって、想像よりも速く飛び出したその技は、ギャロップに反撃の隙を与えない。

 

「『ダイウォール』です!!」

 

 

「ルロッ!!」

 

 

 技による相殺が間に合わないと判断したセイボリーさんは慌てて防御を選択。ギャロップの身を守るように現れた透明なシールドは、エルレイドからの攻撃をしっかりと受け止めていなしていく。

 

(いい反応……)

 

 なかなかの速度で打ち出されたはずの攻撃は、見ての通りかろうじてとは言えしっかりとギャロップに受け止められてしまい、ノーダメージとなってしまう。その証拠を突き付けるかのように、黒いオーラは透明なバリアと激しい音を響かせ合いながらはじけ飛び、お互いのダイマックスポケモンが少し後ろに下げられる。これでお互いの距離が空き、仕切り直しだ。

 

(けど、これで相手のダイマックスが切れる!!)

 

 此方は1回目の技使用だけどあちらは3回目の技の使用だ。ダイマックスのリミットを迎えるのはあちらが先。あとは、ギャロップが小さくなったところにこちらのダイマックス技を叩き込めばいい。早速その準備をするために、再びエルレイドにダイアークの準備をさせ……

 

「戻りなさい!!ギャロップ!!」

「!?」

 

 ギャロップのダイマックスが切れるよりも速くセイボリーさんが手持ちに戻し、次のボールを構えた。

 

「オーベム!!行きなさい!!」

「ベム……」

 

 現れたのはオーベム。茶色の身体をした浮遊体は、ダイマックスをしたエルレイドを前にしても特に何か反応をするわけでもなく、いつも通りの態度をとっていた。

 

(ここに来て交換……?けど、やることは変わらない!!)

 

 どちらにしろ、相手がエスパータイプの使い手である以上こちらの最高打点はエスパーに弱点をつける技だ。こちらが放つ技は特に変わらないので、この準備は無駄にならない。

 

「もう1回『ダイアーク』!!」

 

 エルレイドも理解してくれているので、特に動揺することなく技を再び発射。黒いオーラの塊が真っすぐオーベムに向かって飛んでいく。

 

「『リフレクター』です!!」

「……そういう事か」

 

 そんな迫りくる弱点の技に対してオーベムがとった行動はリフレクター。物理技を半減に抑えるこの技は、しばらく場に残って使用者のパーティをやさしく守る壁となる。

 

 ダイマックスが切れるよりも速くギャロップを戻したのはこの壁を素早く張るため。これによって、本来なら大ダメージを受けるはずの技をしっかりと抑え、こちらのダイマックスによる被害を最低限に抑えるのが目的というわけだ。

 

 結果論の話になってしまうけど、こうなるのならダイマックスはもうちょっと温存しておいてもよかったかもしれない。オーベムの技構成をわざわざ変えているあたり、おそらくこの展開こそがセイボリーさんの望んだ展開なのだろう。

 

「オーベムが生きている間にダイマックスを切ってくれてよかったです。突飛な作戦はあれど、冷静な時はとことん冷静なあなたの事、序盤は冒険しないと信じていました」

「……本当に研究してきたんですね」

「あなたに勝つためなら……どこまでも……!!」

 

 その発言と共に目の色をぎらつかせるセイボリーさん。ボクも技の構成を少し弄ることはあるけど、いわなだれにテレポート、メテオビーム、そしてサイコキネシスと言ったガン攻めスタイルだったものをこんなに変えるのはなかなかない。なんせ立ち回りそのものが変わるから、そのための練習や動きを考える必要があるからだ。『ただ壁を2回張るだけなのでは?』と思う人も多いかもしれないけど、セイボリーさんはダイマックス技を受け、そのうえで後続に続けるためにこの技構成にしている。それはつまり、このオーベムが活躍できるかどうかは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にかかっている。できなければ、ポケモン1人が置物になるも同義だ。

 

 そのタイミングをしっかりと読んで、ぶっつけ本番で成功させてきた。

 

(それだけボクの動きや思考を何回も考えてきたってことだよね……)

 

「エルレイド!!『ダイアーク』!!」

「オーベム!!『ひかりのかべ』です!!」

 

 三度エルレイドから飛んでいく黒色のオーラに対して、今度はひかりのかべを張るオーベム。ひかりのかべは特殊技を抑えるための技だから、今エルレイドが放たったダイアークに対しては意味がないし、リフレクターがあるとはいえ、物理防御に対して自信があるわけではないオーベムでは耐えることはできず、この技で落ちることにはなるだろう。その予想通り、黒いオーラがオーベムにぶつかり、爆ぜた後に残ったのは目を回したオーベムの姿。

 

 

「オーベム、戦闘不能!!」

 

 

 これで残りポケモン自体はイーブンになったけど、オーベムとブラッキー、それぞれが行った仕事量があまりにも違いすぎる。ブラッキーがギャロップをまひさせたのに対して、オーベムが行ったことは2つのかべをしっかりと場に残すこと。このせいで、これからこちらが行う攻撃は、そのほとんどが半減されることになる。

 

(それに、この戦法を取ったということは、おそらくオーベムには『ひかりのねんど』を持たせているはず。この壁が消えるのはかなり後と考えてよさそうだね……)

 

 この壁を乗り越えるのならかなりの威力が必要になるけど、その威力を簡単に出すことの出来るダイマックスはオーベムを落とすのに使いきってしまった。エルレイドの姿も、程なくして元の大きさに戻ることになるだろう。

 

「行きますよ、ヤドラン!!」

「ヤァド」

 

 そんなタイミングでセイボリーさんが繰り出してきたのはヤドラン。奇しくも、巡り巡ってバトル開始の状態に戻ってきた対面となる。が、あの時と違うのは、ヤドランの体力が少し削られていることと、セイボリーさん側にリフレクターとひかりのかべが貼られていること。ヤドランの体力も、削れているとは言ってもサイコカッターが1回当たっただけ。オーベムと違って、物理方面を受ける方がまだ得意なヤドランは全然ピンピンしている。1度ボールに戻って休んだのも、ヤドランとしては精神的に大きいかもしれない。

 

(完全に場は整えられてる……)

「エル……ッ」

 

 ダイマックスが切れ、エルレイドが元の大きさに戻りながら、少し嫌そうな声を上げる。今の状況があまり良くないということを理解しているのだろう。

 

「守りは万全!!行きますよヤドラン!!『みらいよち』!!」

「『サイコカッター』!!」

 

 こちらのダイマックスが切れると同時に、天に向かって何かを呟くヤドランの姿。それを見てすぐさまエルレイドが虹の刃を放つものの、それらは全て、ヤドランの前にたちはだかる壁によって、威力を大きく削られた上でヤドランに到達する。分かっていたこととはいえ、これでは致命傷にはならない。と、同時に、セイボリーさんの攻撃プランがようやくわかってきた。

 

(セイボリーさんはこのまま『みらいよち』をふんだんに絡めてこちらを攻めるつもりなんだ……)

 

 みらいよちは未来に攻撃を予知する兼ね合いで、技が発生するまでに時間がかかる。けど、そのデメリットを補えるくらいに威力が高い。また、このラグを上手く利用することでとても避けづらい波状攻撃を仕掛けることも可能な技だ。しかもこの技、なんとまもるやみきりといった、自身を技から守るタイプの攻撃を無視できる。みがわりがないと、基本的に攻撃を誰かしらが受けることとなってしまう。

 

 高威力且つ、タイプ一致の強力な技が、だ。

 

 だが、技である以上タイプ相性というのが存在し、エスパータイプの技であるためあくタイプのポケモンにはどうしても勝てないというのは揺るがない。なので、最悪あくタイプのポケモンを場に出せば、無傷で攻撃をいなすことは可能だ。

 

 だが、今のボクにはその行動も許されていない。

 

(ボクがブラッキーで『みらいよち』を対策することを予見して、その上でギャロップにその対処を任せ、通ったら自分の防御を磐石にして『みらいよち』で攻めまくる。ボクにはブラッキーがいたけど、逆に言えばエスパータイプの技を半減以下で抑えられるのはブラッキーしかいない。ブラッキーが居ない今、ボクのパーティにはエスパータイプの技が一貫している。それを最初から狙ってたんだ)

 

 エスパータイプに弱点をつけるポケモン自体はこちらにも何人かいるけど、受けるという点では、こちらはタイプでそれを行うことはできない。そしてこちらの攻めに対しては壁で対処する。

 

(本当に完璧なプラン……一体どれだけボクの研究に時間をかけたんだろう……)

 

 セイボリーさんと共に旅をした期間は決して長い訳では無い。ジム2つ分の道のりを一緒にいただけだ。それなのに、ボクの思考パターンをしっかりと研究して、こんなにも完璧な作戦を立ててきている。

 

(分かっていたつもりだったけど、本当にただの『つもり』だった……)

 

 ボクの中で、セイボリーさんへの警戒度が跳ね上がる。

 

(応えなきゃ……ッ!!)

「エル」

 

 そんなボクの心の機微を悟ったエルレイドは、小さく声を上げてながら肘の刃を伸ばしていく。

 

「『つじぎり』!!」

「エルッ!!」

 

(遠距離がダメなら、近距離で殴る!!)

 

 ボクの指示とともに、肘に黒いオーラをまといながらダッシュするエルレイド。ヤドランに対して効果抜群であるこの技なら、たとえリフレクターで伏せがれたとしても悪くないダメージは入るはずだ。それに、つじぎりは急所に当たりやすい技でもある。急所を捉えた技は、たとえ壁が間に入ったとしても、その効果を無視してダメージを叩き込むことが出来る。期待値も高いこの技なら、現状かなり固くなっているヤドラン相手にでも善戦はできるはずだ。

 

「ヤドラン!!『シェルアームズ』!!」

 

 対するヤドランは左腕の砲台から毒の弾丸を複数発射。こちらの進撃を止めるように打ち出されたそれは、鋭く、そして素早い。しかし、エルレイドの集中力がそれを上回っており、飛んでくる毒弾を切り裂きながら駆け抜ける。ヤドラン自身の素早さが遅いこともあって、みるみる詰まっていくエルレイドとの距離は、程なくしてゼロになることだろう。そうなればエルレイドの間合い。一気に攻撃を叩き込むことが出来る。

 

「……ッ!?下がって!!」

「エルッ!?」

 

 が、その直前で嫌な予感を感じたボクはエルレイドに撤退を指示。エルレイドが慌てて下がったところで、エルレイドがいた場所に向かって沢山の光の弾が降り注ぐ。みらいよちによる時間差攻撃だった。

 

 この技を避けるために下げられてしまったエルレイド。再び距離が空いてしまったので、ヤドランの距離となる。

 

「ヤドラン!『みらいよち』!!」

「ヤド……」

 

 そして再び放たれるみらいよち。

 

(厄介……)

 

 アーカイブでわかっていたとはいえ、やっぱり時間差の攻撃がとても厄介だ。

 

「まずはこれを攻略しないとね……セイボリーさん、ボクの『みらいよち』対策がブラッキーだけじゃないってことを、教えてあげます!!」

「エルッ!!」

 

 セイボリーさんに宣戦布告をしながら、ボクは右手の指で、自身の太ももを定期的に軽く当てながらエルレイドと構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オーベム

今回は壁張り。実機のフルバトルで強いのかはわかりませんが、少なくとも弱くはなさそうですよね。

みらいよち

やっぱりいつ考えても厄介な技。実機ではあまり見ませんが、リアルでこれをされるとかなりきつそう。




アニメでヨノワールを見て、『相変わらずカッコいい』とついつい声が漏れてしまいました。本当にかっこいい……

あと、次回の更新についてお知らせを。

もしかしたら次話、もしくは次々話に関しては、諸事情で遅れる可能性があります。その際、どれくらい遅れるかの目安がないので、下手をすれば一週間遅れるなんてこともあるかもしれません。ご了承くださいませ。






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231話

お待たせしました。諸事情もひとまず落ち着いたので、次話からはまたいつも通りに戻せるかと思います。


「『サイコカッター』!!」

「エルッ!!」

 

 地面を踏みしめ、両腕に超能力の波動を溜めたエルレイドは、そこから一気に虹色の刃を放つ。特性のきれあじの乗った鋭い刃は空気を切り裂き、真っすぐヤドランに向けて飛んでいった。

 

「『サイコキネシス』です!!」

「ヤド……」

 

 これに対してヤドランの行動はサイコキネシス。念動力の波によってこちらの斬撃を逸らそうと飛ばしてくるその波動は、的確にこちらの技を逸らしていく。ヤドランを中心にドーム状に展開された念動によって攻撃を逸らされた刃は、あらぬ方向へと飛ばされて散っていく。

 

「まだまだ!!」

「エルッ!!」

 

 しかし、そんな姿にも臆することなく前に走るエルレイド。斬撃を飛ばしながら突撃するエルレイドは、例え攻撃を逸らされてもそのまま攻撃をし続ける。

 

(『サイコキネシス』で自分を守っている間は、むしろこっちに攻撃できないもんね)

 

 自分を包み込むように発動しているということは、逆にそのドームの外へと攻撃を飛ばすことが出来ないという意味でもある。この間にしっかりと距離を詰めて、こちらの攻撃の射程範囲にヤドランを捉えていく。

 

「『つじぎり』!!」

 

 しっかりと距離を詰めたところで、攻撃方法をサイコカッターからつじぎりに変更。虹色から黒色に変わった肘の光を、念動力のドームに叩きつけて、ヤドランのサイコキネシスを破壊する。

 

 もはや見慣れた光景だ。ここまで距離を詰めれば、ヤドランに大ダメージを与えていくことはそう難しくはない。けど、やはり今回もあの技がこちらの邪魔をする。

 

「今です!!『シェルアームズ』!!」

「ヤドッ!!」

 

 ドームが消えると同時に発射されるヤドランからの毒弾と、上空から降りそそぐ光の球。ヤドランの攻撃自体はつじぎりで弾くことが出来、懐に潜り込むことには成功するものの、それと同時に空から降ってきた光球がエルレイドに直撃することによって、こちらに大きめのダメージが入ってしまう。が、ただではやられないと肘の刃を右から左に振り切ったエルレイドの執念の攻撃がきまり、ヤドランを大きく後ろに吹き飛ばす。

 

 ようやく取れたクリーンヒット。かのように思われたけど、よくよく見ればヤドランは左腕のシェルダーの砲台でしっかりと防いでおり、更にリフレクターの効果によってエルレイドの攻撃は大きく軽減されていた。最終的なダメージ量は、エルレイドに比べれば本当に微々たるものだろう。そして、先のやり取りでまたエルレイドとヤドランの距離が空いたということは、ヤドランが準備をする時間がまた生まれたという事であり……

 

「ふっふっふ!ヤドラン!!『みらいよち』!並びに『サイコキネシス』!!」

 

 嬉しそうに笑うセイボリーさんの言葉と共に、ヤドランが天に向かって祈りを捧げ、それが終わると同時にまたヤドランを守るようにサイコキネシスのドームが展開される。

 

「盤石!!ワタクシの考えたこの作戦に、敵は居ません!!」

 

 自信満々に、大胆不敵にそう告げるセイボリーさん。まだ勝負が決まっていないこの段階での発言は、人によっては不快を覚えるかもしれないけど、実際にボクの攻撃はしっかりといなされている。その実績があるせいか、セイボリーさんの言葉に対して、観客はむしろ大盛り上がりを見せている。観客のみんなからすれば、優勝候補であると言われているらしいボクが、ここまで追い詰められていることに、なにか思うところがあるのだろう。

 

 けど、ボクだってこの状況にただ指をくわえて待っているわけじゃない。

 

(うん、今のやり取りのおかげで、明確にタイミングはつかめた。後は……)

 

 

「エルレイド。ボクが合図をしたら……」

「……エルッ!」

 

 

 ボクが小声で指示をしたことを理解し、しっかりと頷いてくれたエルレイド。と同時に、ボクは右手の人差し指で、また太ももを『トン、トン』と、リズムよく叩いて行く。更に、左手にはモンスターボールをこっそりと構え、()()()()()()()()()()()を整える。

 

「GO!!」

「エルッ!!」

 

 ボクの準備が出来たと同時に、エルレイドがダッシュ。またサイコカッターを構えながらヤドランとの距離を縮めていく。

 

「ヤドラン!」

「ヤド……」

 

 一方でヤドランは、こちらからの攻撃をできるだけ遅らせるべく、自身を守るドームの大きさを徐々に大きくしていき、ドームの斥力を持ってエルレイドを突き放そうとする。この膨らんでいく攻撃に対して、エルレイドは肘に貯めた力を解放。鋭く小さく放つことを意識して出された虹の刃は、つじぎりで攻撃する時に、1秒でも早くサイコキネシスのドームを壊せるように、表面に罅をいれておく。

 

「『つじぎり』!!」

 

 そしてドームとエルレイドの距離がゼロになった瞬間に、また虹のオーラを漆黒に変えてドームの真正面に穴を開け、そこから侵入してヤドランにダッシュ。

 

「『シェルアームズ』!!」

 

 サイコキネシスが破られることは想定内。それを確認したセイボリーさんは、今度は毒の弾丸を発射。ここまでは予定調和だ。強いて予定と違うところを言えば、今回はサイコキネシスのドームを壊したのが最低限だったため、壊れ始めているとはいえまだ一部分はドームの形を維持していたという事くらい。

 

 けど、この小さな違いをセイボリーさんはしっかりとみていた。

 

「ドームの残りを利用なさい!!」

 

 まだほんのりと残っているドームの欠片は立派な障害物。そこにシェルアームズの弾丸をぶつけることによって、毒の弾丸は複雑な起動を描いてエルレイドに向かって飛んでいく。

 

(マクワさんやメロンさんの戦術を真似てる!!)

 

 物に反射して弾を飛ばしてくるこの戦術はあの2人がしてきたそれだ。ここに来て新しい引き出しを見せてきた。

 

(でもそれはもう体験している!!)

 

 確かにこの攻撃は、攻撃の方向がばらばらになるために対処が難しい。けど、既に体験している以上、ボクはこの手のものに目が慣れている。だから、ボクがエルレイドの目になって、彼が避けられない物はボクが見て指示を出す。

 

「エルレイド!!左右から来るよ!!」

 

 早速左右から飛んでくる毒の弾丸。これに対してエルレイドは小さくジャンプし、前宙返りをしながら避ける。

 

 華麗な身のこなしで左右からの攻撃を避けたエルレイドは、そのまま着地も綺麗に決めて再びダッシュ。ジャンプの高さが小さかったのもあって、前に走る動作への移り変わりも凄くスマートだった。

 

「ヤドラン!!」

 

 せっかくサイコキネシスのドームを広げて時間を稼いだのに、エルレイドのアクロバティックな行動のせいでその時間を帳消しにされたことを嫌ったセイボリーさんが、失った時間を取り戻すために再び毒の弾丸を発射。今度は反射を使った攻撃ではなく真っすぐドストレート。その分スピードの乗った攻撃は、エルレイドの身体の中心に向かって真っすぐ飛び……

 

「エル……!!」

 

 向かい合うエルレイドはその弾に対してスライディングをして潜り抜け、自身の頭の上を弾が通り抜けたと同時にまた起き上がり、再びダッシュ。ヤドランとの距離を一気に縮める。

 

「エルレイド!!『つじぎり』!!」

「ヤドラン!!近接の『シェルアームズ』を!!」

 

 ドームを壊し、毒の弾を潜り抜けたエルレイドが再びヤドランの下に辿り着き、黒のオーラを纏った刃を振り切る。これに対してヤドランは、いつもは特攻が高い故に、毒の弾丸による攻撃になっていたシェルアームズを無理やり近接仕様に変更し、毒を纏ったシェルダーの砲台で無理やり殴りかかってきた。

 

 急な近接攻撃に一瞬表情を驚きに変えるエルレイド。しかし、その変化も一瞬だけで、すぐに表情を引き締めて相対する。むしろ、近接の勝負の方が得意なエルレイドにとっては、この打ち合いは願ったりかなったりだ。その想い通り、左腕を振り下ろす形で攻撃してきたヤドランのシェルアームズを、エルレイドは下からかちあげるように左肘の刃を振り上げてパリィする。攻撃を弾かれたことで万歳状態になったヤドランは、思いっきり大きな隙をさらすこととなった。

 

 勿論この隙は逃さない。

 

(けど、忘れてはいけない『あれ』のことも、どうにかしなくちゃね!!)

 

「28……29……30……!!エルレイド!!今だよ!!ヤドランを()()()()()!!」

「エルッ!!」

「は……?」

「ヤドッ!?」

 

 大きな隙をさらしたヤドランは、来たるべき衝撃に備えて身体中に力を入れて身構えていた。しかしそんな彼を襲ったのは、急にエルレイドに持ち上げられたことによる浮遊感。殴られると思っていたのに、いきなり背中から手を添えられて持ち上げられるとは思わなかったヤドランは、軽いパニック状態になる。いや、正確にはセイボリーさんも軽くあたふたしているから、ヤドラン『たち』という方が適切か。

 

「一体持ち上げて何をする気で……」

「何をするって……忘れたんですかセイボリーさん?あなたがやった技の対策ですよ?」

「ワタクシがやった技の?……いえ……まさか!?」

 

 ボクの言葉にようやく心当たりを思いだしたセイボリーさんと一緒に視線を空を見上げる。すると、その視線の先には白色の光球が現れ始めた。

 

「来た!!『みらいよち』!!タイミングぴったり!!」

 

 光の球の正体はみらいよち。もう何度もヤドランの手によってエルレイドに降り注いだエスパータイプの高威力技は、今回も()()()()()()()()()()エルレイドに向かって降りそそぐ。

 

 みらいよちは文字通り未来に攻撃を予知する技だ。技をあらかじめ打っておくことで、時間差で敵を攻撃する技。時間がかかる反面威力が高いという性質があるけど、このみらいよちにはもう1つ弱点がある。

 

 それは、『攻撃タイミングが読みやすい』という事。

 

 みらいよちによって攻撃が飛んでくる時間は常に一定だ。だからこそ、その攻撃はボクでも利用できる。

 

「ヤドラン!!すぐにエルレイドから離れて━━」

「遅い!!エルレイド!!真上にぶん投げて!!」

「エルッ!!」

 

 光の球が定刻になって落ちてくると同時に、その光の球の群生地に向かってヤドランをエルレイドがぶん投げる。これにより、本来エルレイドに向かって落ちてくるはずの攻撃は、間にヤドランが入り込むことによってそのすべてがヤドランへと向かっていった。

 

「くっ、『サイコキネシス』です!!」

「ヤド……ッ!!」

 

 このまま受けてしまえば大ダメージは必至。しかし、ここまでみらいよちに接近を許してしまえば無傷で切り抜けることは難しい。だから、せめてもの抵抗とばかりにサイコキネシスのドームを張ることによって、少しでもクッションを作ってガードする動きを見せるヤドラン。しかし、急に作ったドームというだけあって大きさはかなり小さく強度もない。最初数発を防ぐことこそできたけど、ドームはみらいよちの球2、3発を受けてすぐに割れ、残りが全てヤドランに突き刺さる。

 

「ヤド……ッ」

「ヤドラン!!……まだいけますね?!」

 

 大ダメージを受けて思わず声を漏らすヤドラン。しかし、派手な攻撃を受けた割には、ダメージは想像より少ない。ひかりのかべがヤドランを守ったおかげだろう。

 

「『ひかりのかべ』のおかげでまだ戦えそうです!!ヤドラン!!着地と同時に攻めてきますよ!!準備を……なッ!?」

「ヤド!?」

 

 ヤドランがまだ戦えることを確認したセイボリーさんが、すぐにヤドランに態勢を整える指示をする。

 

 そこでようやくヤドランから視線を外し、バトルフィールドを見渡すセイボリーさん。そんな彼から驚愕の声が上がる。

 

「エルレイドはどこに……!?」

「ヤド……」

 

 理由は、ヤドランの対戦相手であるボクのエルレイドがフィールドに見当たらないから。

 

「セイボリーさんがヤドランに夢中になっている間に、ボクの方でもいろいろやりましたからね」

「くっ……ヤドラン!『サイコキネシス』です!!」

「ヤド……ッ!!」

 

 ボクが不敵に零した言葉に何かを感じ取ったセイボリーさんが、ヤドランに守りのサイコキネシスの指示をする。これによってまたヤドランの周りに防御壁が生まれ、リフレクターとひかりのかべも相まって堅牢な防御となる。これを外から崩すとなると、かなり骨が折れることだろう。だから……

 

「殻にこもらないで出てきてくださいよ。無理やり引っ張りだしてあげますから」

「やれるものならやってみるがよろしいのです!!」

「そう言うなら喜んで……()()()()()!!『()()()()()』!!」

「……は?」

 

 ボクが指示を出すと同時に、ヤドランの陰に潜んでいた()()()()()()()()()

 

 ヤドランがみらいよちに集中していた隙にこっそり交代をしていたヨノワールは、地面に潜んでヤドランが下りて来るのを待っていた。そしてサイコキネシスのドームを張られることも予想していたボクは、その内側にヨノワールを滑り込ませ、ヤドランの逃げ場が作れない状況を作成。絶対にヨノワールの技が当たる状況を作成し、ヤドランの後ろからかわらわりを放った。

 

「ノワッ!!」

「ヤドッ!?」

 

 ヨノワールからの攻撃に驚いたヤドランが、ダメージこそあまり負っていないものの、何かが割れるかのような音を響かせながら後ろに下がる。

 

 エスパー、どくタイプであるヤドランにかくとうタイプであるかわらわりはほとんど通らない。けど、かわらわりにはリフレクターやひかりのかべと言った防御壁を破壊する効果がある。先ほど響いた割れるような音は、この時の音だ。

 

 これでもうヤドランを守るものはない。

 

「『いわなだれ』!!」

「『サイコキネシス』!!」

 

 一転攻勢。すぐさまヨノワールに追撃を指示し、岩を降らせるこちらと、それを防ぐためにサイコキネシスを全力で放出し、斥力によって抗うヤドラン。流石に今回はサイコキネシスに軍配が上がり、いわなだれが外に飛ばされたものの、この岩が周りに散らばったおかげでこちらの技の幅が広がった。

 

「ヨノワール!!」

「ノワ!!」

「しまっ!?」

 

 岩が周りに散らばったのを確認したと同時に、ボクとヨノワールの意識が交わり、ヨノワールの姿が変わる。視界が混ざり合う独特の感覚に一瞬だけ襲われるが、もはや慣れたこの感覚にこちらがリズムをずらされることはない。

 

「『ポルターガイスト』!!」

「ノワ……ッ!!」

 

 1秒と掛からずに完了した共有化を、ちゃんと行えているかの確認をすることもせず、すぐさま技を指示。ゴーストの力を纏った岩は、一気にヤドランの周りを周回し、ヨノワールが手のひらを握り締めると同時に卒倒。黒い岩に押しつぶされたヤドランは、爆発とともに倒れていく。

 

 

「ヤドラン、戦闘不能!!」

 

 

「お疲れ様です……ヤドラン……」

「ナイスヨノワール。一回戻って休んで」

 

 ヤドランが倒れると同時に、ボクとセイボリーさんがリターンレーザーを当ててポケモンを戻す。

 

「まさかこんな序盤にヨノワールを登板させるとは……」

「確かにヨノワールはボクにとって切り札の1つです。けど、だからと言って最後しか出さないわけじゃないですよ?」

 

 確かに、今までの公式戦ではヨノワールの出番は最後だけだったけど、別にそこにこだわりはない。共有化のせいで序盤に出しにくくはなっているけど、だからと言って出しどころを誤るつもりもない。万が一ヨノワールが倒されても、うちはヨノワールに全てを背負わせているようなメンツじゃない。

 

 最も、共有化による疲労の蓄積が大きいことに変わりはないから、控えに戻せるのならこうやってこまめに戻してはおきたいんだけどね。

 

「だから……引き続き行くよ、エルレイド!!」

「エル!!」

 

 ひと仕事終えたヨノワールと入れ替わりで場に帰ってきたエルレイドは、短く声を発しながら腕の刃を伸ばして次の敵に備えていく。これに対してセイボリーさんは、少し汗を流しながら次のポケモンを構えた。恐らく、自信満々に準備して、1度術中にもはめたはずなのに、その上で被害少なめで突破されたことに少なくない衝撃を受けてしまっているようだ。実際は、エルレイドはかなりダメージを受けているため、長く戦えるわけじゃないんだけどね。その証拠に、今も少し表情を歪めて痛みに耐えるような姿を見せている。

 

「……ッ」

(もうちょっと……頑張って……!!)

 

「行きなさい!!ココロモリ!!」

「コロッ!!」

 

 そんな少し苦しそうなエルレイドに声援を送っている間に、セイボリーさんが繰り出してきた4人目のポケモンはココロモリ。てっきりギャロップを出してくると思っていたけど、どうやらまひ状態のギャロップにはエルレイドは荷が重いと判断したようだ。その代わり、また別方面から弱点をつけるココロモリが選ばれたというところか。

 

(個人的にも、ギャロップよりココロモリの方がエルレイドも弱点をつきやすいから、こちらとしてもありがたくはあるけど……ココロモリかぁ……)

 

 タイプ上は不利だけど、相変わらずこちらのつじぎりはよく通るのでこちらのメインウェポンは変わらない。けど、ココロモリはクララさんとのバトルでも、正直エアスラッシュをしていた記憶しかないため何をしてくるのか分からない。

 

(セイボリーさんはこのバトルに対して並々ならない思いで挑んできている。その象徴がさっきの壁と『みらいよち』による波状攻撃作戦。けど、当然これだけで勝てるとは思っていないよね。なら、次の作戦を用意していそうではあるけど……)

 

 はたしてそれがココロモリ1人でできるものなのか、はたまた先程のオーベムとヤドランのように、コンビネーションで戦うものなのか。

 

「ココロモリ!!空へ!!」

「コロッ!!」

 

 ボクが思考を回していると、セイボリーさんの指示に従ってココロモリが天高く飛び上がり、こちらが簡単に手を出せない位置まで高度を上げ、その位置でホバリングを始めた。

 

「『めいそう』」

「ッ!!『サイコカッター』!!」

 

 ココロモリが滞空したことを確認したセイボリーさんは、すぐさま技の指示を出す。それを聞いた瞬間、ボクはセイボリーさんのやりたいことを全て理解し、エルレイドに攻撃の指示を出す。これに従ってエルレイドは無数の斬撃を飛ばして、空中で目を瞑って無防備な姿を晒しているココロモリに次々とダメージを与えていくけど、それを無視してめいそうを行い続ける。ココロモリ自身はさして耐久が高い訳でもないから本当ならつじぎりで一発で仕留められる。しかし高度があるせいで手が届かないからサイコカッターしか当てることが出来ないうえ、このサイコカッターがココロモリにはいまひとつ且つ、距離が離れすぎていることによる減衰が大きすぎてめいそうを止められない。

 

(こうなったら無理やり……!!)

 

「エルレイド!!」

「エルッ」

 

 サイコカッターの減衰を少しでも抑えるために、今エルレイドが込められる最大の力を持ってジャンプ。それでもココロモリには届かないので、ココロモリとの距離が1番近くなったタイミングで、再びサイコカッターを構える。

 

 これで1秒でも早くめいそうを止めたかったから。

 

 が、1歩遅かった。

 

「『アシストパワー』!!」

「コロッ!!」

 

 一足先にめいそうをし終えたココロモリが、ピンク色の輝きを周囲に撒き散らしながら、圧倒的な破壊の嵐を撒き散らす。

 

「エルッ!?」

 

 空中に飛び出したエルレイドは、これに対して防御行動をとることが出来ず、まるで逆再生をしているかのように地面に戻され、叩きつけられた。

 

「エ……ル……」

 

 

「エルレイド、戦闘不能!!」

 

 

 ここまでダメージが蓄積していたエルレイドは、急に襲いかかってきた一撃必殺の威力を前に、あえなく戦闘不能。

 

「ココロモリ……『はねやすめ』です」

「コロ~……」

 

 その威力を目にし、思わず言葉を失うボク。そんなボクの目の前で、ココロモリはゆっくりと着地して身体を癒し始めた。

 

(なるほどね……次はワンマンプレーのゴリ押しで来るか……)

 

「コローッ!!」

 

 身体を休め、元気に声を上げる新しい挑戦者に対して、ボクはすぐに思考を回し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みらいよち返し

アニポケでもありましたね。タイミングを計って相手に逆にぶつける戦い方です。……アニポケの方は、少しずるい気がしますけどね。

ヨノワール

ちょこっと出番のヨノワールさん。ちょこっとでも頼りになりますね。

ココロモリ

前回は活躍できなかったので、今回は頑張ります。




最近ちょくちょく更新がぶれますね。申し訳ないです。






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232話

(『アシストパワー』……ガラル地方では2回目に立ち向かう技になるけど、やっぱり強いね……)

 

 この戦法を受けて思い出すのは、アラベスクタウンで戦ったポプラさんのマホイップ。あの時は、全ての準備を終えたマホイップに、インテレオン以外の全員を倒されてしまい、有利展開を一気にひっくり返されたという苦い思い出がある。マクワさんたちの戦法に続いて、こちらも見た事のある技だ。こうしてみると、セイボリーさんはボクが戦い、そして苦戦した戦法を取り入れたりもしているのかもしれない。本当に、普段の態度からは想像ができないほど勉強熱心だ。

 

(それにしても、ポプラさんの時よりも『めいそう』をする時間がかなり短かった)

 

 空中に飛んで、少しでもサイコカッターの威力をあげてめいそうを止める。それ自体は悪くなかった作戦だと思うし、当たれば間違いなくめいそうは止まっていた。たとえ当たったとしても、そのあとで距離を取られてめいそうや、はねやすめで回復される可能性はあれど、時間を稼ぐことはできるので、そこをつくこともまた可能だった。ポプラさんの時に掛かっためいそうの時間と回数を考えても、十分余裕はある計算だったのだけど……それでも間に合わなかったということは、ボクの中で答えはひとつしか見当たらなかった。

 

(特性『たんじゅん』……厄介だね……)

 

 たんじゅん

 

 自身の能力に変化が起きた時に、その変化量を2倍に増やす効果を持つ特性だ。例えば、このたんじゅんを持つポケモンがからにこもるを行った場合、本来なら防御が1段階成長するだけのはずが、特性の影響で2段階成長に変わる。てっぺきでのように2段階上がる技ならなら4段階上げられるし、コットンガードのように3段階上がる技なら6段階成長させることが出来る。一応デメリットとして、この特性は能力を下げられる方向にも適応されるので、にらみつけるを受けたら1段階ではなく2段階下げられるし、いやなおとを受けたら2段階ではなく4段階下げられる。なので対策が出来ない訳では無いが、それでも強力な特性であることに変わりは無い。今回の場合は、めいそうの上昇値を上げられているから、本来なら特攻と特防が1段ずつ上がる技なのに、どちらも2段階上がっているというわけだ。そんなことをされたら当然強い。

 

 さて、種が分かったところで、次にボクがするべきなのはこのココロモリに対して誰で挑むかという話だ。一応、今ボクの手持ちでココロモリに対して攻撃ができないポケモンはいない。インテレオンとマホイップは特殊技が主体だから技が届くし、モスノウとヨノワールに至っては自身も空を飛んでいるから追いかけることが出来る。最も、ココロモリはかなり素早いポケモンではあるから、追いかけられるかどうかという不安はあるけど……

 

(それに、『アシストパワー』の火力に目がいきがちなんだけど、一緒に特防が上がっているのも厄介なところだよね……)

 

 めいそうは攻防一体の技だ。火力を上げていると同時に特殊に対しては耐性も手に入れられる優秀な技。しかも、今ボクの手持ちはヨノワール以外が特殊よりなせいで、特防上昇はかなり分が悪い。もちろん、そんななかでもどうにかする方法は既に考えてはいるが……。

 

 というか、ココロモリのたんじゅんに関してはある程度予想はしていた。だからボクは、この時のために少しだけ技を変えたこの子にこのバトルを託す。

 

 ポプラさんの時はインテレオンのねらいうちで、急所を撃ち抜いてトドメを差した。今回もそれをしても良かったのだけど、個人的にはもうひとつの作戦の方が確実な気がしたし、相手の特性の弱点もつけるから適材な気がする。その自分の考えを信じて、ボクは次のポケモンを繰り出した。

 

「お願い!!モスノウ!!」

「フィ~!!」

 

 現れたのはモスノウ。氷の鱗粉を撒き散らしながら空を舞うその姿は妖精のようで、見ているものの視線を思わず奪ってしまう。さながら妖精の舞と言ったところか。

 

「『ちょうのまい』!!」

「フィッ!!」

 

 そんな見るものを虜にする幻想的な姿を、さらに煌めかせるように空を舞うモスノウ。めいそうのように特功と特防を上げるだけにとどまらず、自身の素早さも上昇させる完全上位互換の技だ。上昇値そのものは、たんじゅんによるブーストがかかっているココロモリに比べれば小さいけど、こちらはその分素早さが上がっているため、飛行速度でココロモリを翻弄できる。

 

「『アシストパワー』です!!」

「コロッ!」

「横に『ふぶき』!!その勢いで移動しながらもう一回『ちょうのまい』!!」

「フィッ!!」

 

 素早さが上がったモスノウは元気よく空を舞う。そんなモスノウを追いかけるようにココロモリがアシストパワーを発射。舞いながら宙に浮かびあがるモスノウを上からたたき落とすように打ってきたので、これに対してこちらは真横にふぶきを放ち、その反動で逆側に飛ぶことで範囲外から逃れ、その速度を維持したまま2回目のちょうのまいへ移行。これで素早さはココロモリを絶対に上回っているはずだ。

 

「駆け回って!!」

「フィッ!!」

「速い……」

 

 アシストパワーを避けた速度をそのまま維持したモスノウは、ココロモリの周りを周回しながら上を取るように高度を上げていき、太陽を背にしながら技を構える。

 

「『ふぶき』!!」

「『アシストパワー』!!」

 

 太陽の光を背にしたまま放つふぶきは、光を乱反射して輝きながらココロモリに向かって突き進む。背中にある太陽光も合わさってモスノウが光り輝き、眩しさに目を細めるココロモリは、アシストパワーでふぶきを相殺しようとするけど技が少しそれてしまう。結果、アシストパワーはモスノウの左を通って天に向かい、モスノウのふぶきはココロモリにしっかり直撃をした。

 

 こおりタイプの技はひこうタイプにこうかばつぐん。それも、こおりタイプの中でも群を抜いて威力が高いふぶきが当たったということもあり、ココロモリにしっかりとしたダメージが入った。けど、めいそうによって火力だけでなく、守りも上がっているココロモリは、まだまだ余裕そうな表情を浮かべて空で羽ばたき、眩しさにくらんだ視界を取り戻していく。

 

「こうかばつぐんは取れたけど……やっぱり固い……」

「これならまだ戦えそうですね。『アシストパワー』!!」

「避けて!!」

 

 視界を取り戻したと同時に、相手の火力に対してもはねやすめで回復が間に合うと判断したセイボリーさんが、ココロモリの位置を調整してモスノウと同じ高度に到達させて、再びアシストパワーを放ってくる。こちらもちょうのまいで特防はあげているし、こおりのりんぷんのおかげで特殊攻撃は半減にできるとはいえ、相手の火力が高すぎて受けとめきることが出来ない。ココロモリのようにはねやすめによる体力回復もすることが出来ない以上、被弾は絶対に許されない。物凄い勢いで飛んでくるピンク色の波動に対して、素早さをあげたおかげでふぶきの反動を利用せずとも避けられるようになったモスノウは、一瞬力強く羽ばたいて、高さを上にずらすことで回避。同時に、後ろに風を送ることでココロモリまで一気に距離を詰めていく。

 

(『ちょうのまい』のおかげでまだごまかせているけど、技の打ち合いになったら絶対に勝てない。あと一回『ちょうのまい』をすれば、機動力もさらに上がってココロモリに迫れるようになるけど、どうやっても『アシストパワー』の火力には追い付けないからどこかでボロがでる可能性がある。だから……ここでココロモリ対策の技を切る!!)

 

「モスノウ!!『むしのていこう』!!」

「フィッ!」

「ッ!?まずい、ココロモリ、下がりなさい!!」

 

 ココロモリに一気に近づいたモスノウが、自身の技を避けられない距離まで肉薄したところでボクが指示したのはむしのていこう。むしタイプの特殊技の1つではあるけど、別段威力が高い技ではないし、そもそもむしタイプの技という時点で、どうしても技の通りがよくないこともあって、まず使う人のいないマイナーと言われる技だ。せめて弱点をつければ、まだましなダメージになる可能性こそあるけど、エスパータイプと共にひこうタイプも持つココロモリには、残念ながらばつぐんで通ることはない。めいそうで特防も上がっていることを考えれば、ただでさえ威力が低い技なのに、その通りはより悪くなっていることだろう。

 

「コロ……?」

 

 その証拠に、焦ったセイボリーさんの声に反応して避けようとしたココロモリは、思いのほか痛くなかった事実に思わず首をかしげるほどだった。

 

「コロッ!?」

 

 が、首をかしげて、ちょっとおかしな表情を浮かべていたココロモリの表情が、身体が薄く青色に光ると同時に、驚愕の色に変わった。

 

「くっ、やってくれますね……」

 

 ボクがわざわざ威力を捨ててまでこのむしのていこうという技を選んだ理由。それはこの追加効果にある。

 

 むしのていこうは、威力こそ低いものの、この技が当たったポケモンの特殊攻撃を1段階下げる効果がある。とはいえ、この効果が威力を犠牲にするほど強い物なのかと言われたら、やっぱり割に合わないから、この効果があったとしても、決して強い技とは言えない。

 

 が、ここで思い出してほしいのがココロモリの特性、たんじゅんだ。

 

 特性、たんじゅんは、先も言った通り能力変化がいつもよりも大きくなる特性だ。そのせいで少ないめいそうでこんな強力な状態になってしまっているが、逆に言えば、能力が下がる時も一気に下がってしまうという事でもある。つまり、本来なら1段階特攻を下げるだけのこの技が、ココロモリにとっては、自身の火力を2段階も下げられる技になってしまうという事になる。向こうからしてみれば、さぞかし厄介な技になっているだろう。

 

「まだ終わりじゃないよ!!もう一度『むしのていこう』!!」

「フィッ!!」

「『エアスラッシュ』です!!」

「コロッ!!」

 

 驚きで目を白黒させているココロモリに対して、もう一度むしのていこうを放つモスノウ。これに対して、この技のやばさを体感したココロモリは、今度はセイボリーさんの言葉にすぐに反応して、翼から白い風の刃を飛ばしてくる。自身とタイプが一致し、さらにむしのていこうに対してタイプで有利を取っているエアスラッシュは、むしのていこうをかき消してモスノウに飛んできた。これに何とか反応したモスノウは、自身の身体を半分右にずらしたことで何とか避ける。

 

「ココロモリピンポイントの対策とは、ずるいですよ!!『エアスラッシュ』!!」

「セイボリーさんだって、ブラッキーピンポイントの対策してたじゃないですか!!お相子です!!こっちも『エアスラッシュ』!!」

「うぐ、そういわれると言い返せない……」

 

 唐突に始まるボクとセイボリーさんの言い合い。ちょっと不毛で下らない言い合いだけど、そんなことを離している間も、空中ではエアスラッシュの打ち合いが行われている。

 

 お互い3発ずつ放ったエアスラッシュは、両者の中間地点でぶつかり合うが、ココロモリが放った方が貫通してモスノウの方へ飛んでくる。これを、自身の羽ばたきを小さくして、高度を下げることで避けたモスノウは、今度は力強く羽ばたいて加速。ココロモリとの距離を詰めながらエアスラッシュを放つ。対して、自身を近づけたくないココロモリは、一発の大きなエアスラッシュを放つことによって、この3つのエアスラッシュの全てとまとめて相殺。同時に、少し強い爆風を起こすことで、その風にあおられる形となったモスノウが、後ろの方に弾かれることによって仕切り直しの形となる。

 

 威力で勝るココロモリと、機動力で勝るモスノウ。そんな、自身の長所を押し付け合うバトルを繰り広げていた。そんな、一見互角に見える空中の打ち合いは、観客たちのボルテージをまた1段階あげていくこととなる。

 

「……ですが、まだワタクシの有利は揺らがないようですね」

「……」

 

 が、一見互角に見えるこのバトルも、実際のところはセイボリーさんの言う通り、ボクの方が不利な戦いになっている。

 

 アシストパワーは、自身の能力値が上がれば上がるほど威力の上がる技だけど、上がる能力が特攻である必要はない。そのため、特防も一緒にあがっている今は、例え特攻をあと2段階下げたとしても、まだココロモリの方が威力的には上になるだろう。じゃあもう1回むしのていこうを当てればいいのでは?と思うのだろうけど、そう簡単にはいかない。先も言った通り、むしのていこうは相手の特攻を下げられるかわりに、威力を犠牲にしている技だ。威力を犠牲にしているということは、ただ相手に与えるダメージが下がるという単純な話しではない。このデメリットにプラスして、相手の技にかき消されやすい可能性も上がるという注意点も存在する。つまり、セイボリーさんからすれば、次からはむしのていこうを打たれようが、さっきのようにエアスラッシュでかき消してしまえば関係ないという思考になる。勿論、この作戦は、モスノウが懐に潜り込めば瓦解してしまう。だからこそ、さっきの打ち合いでわかる通り、今のセイボリーさんは距離を取るように動いている。

 

(もう一度『ちょうのまい』をできれば、今度はこっちが一気に攻められるんだろうけど……多分、次は手数の多い『エアスラッシュ』で技を妨害される。『ふぶき』じゃまだ威力は足りないし、『むしのていこう』と『エアスラッシュ』に関してはもっと勝てない。……やっぱり、現状でどうにかして懐に入ってもう一度『むしのていこう』を当てないと、ココロモリは落とせなさそうだね……)

 

 不利展開は変わらない。けど、やるべきことが明確なら、迷う必要はない。

 

「行くよモスノウ!!」

「フィッ!」

「させません!!『エアスラッシュ』!!」

「コロッ!!」

 

 前に走るモスノウと、迎え撃つココロモリ。

 

 地面と直角の方向に伸びた状態で飛んでくる風の刃を前に、モスノウは右、左、右と、身体をローリングさせながら軸をずらして回避。鱗粉をまき散らしながら速度を上げていくモスノウは、ココロモリに向かって真っすぐ進み、羽ばたきを強くしていく。

 

「ココロモリ!!前です!!」

「コロッ!!」

「なっ!?」

「フィッ!?」

 

 これに対してココロモリは、自分から体当たりを仕掛けて来た。まさかの行動に驚いたモスノウは、相手が迫って来ることによって、ほぼ倍の速度で近づいてきたココロモリの身体に反応できずにお互いごっつんこ。求めていたはずの近距離にこそ入ったけど、お互いの頭がぶつかったせいで軽い痛み分け状態となった両者は、その反動でモスノウは下、ココロモリは上に向かってそれぞれ跳ね飛ばされる。

 

「『アシストパワー』!!」

「『ふぶき』!!」

 

 弾かれたせいで、変な回転をしながら弾かれた両者は慌てて自身の態勢を整えてすぐに相手に向かって全力の技を放つ。が、態勢を整えるだけでいいココロモリと、態勢を整えながら、地面に落ちるのを防がなくてはいけなかったモスノウとでは、ココロモリの方が一瞬早く技を打ち出しており、威力の差もあってか、ふぶきを貫通してきたアシストパワーがモスノウへと襲い掛かる。

 

「モスノウ!!」

「フィ……ィッ」

 

 ふぶきと、こおりのりんぷんによって威力を抑えられたけど、それでも強力なアシストパワー。減衰してなおモスノウはその威力によって吹き飛ばされ、地面に向かって落ちていく。それでも気合を入れたモスノウが、地面にぶつかる直前で態勢を立て直し、地面すれすれの位置で間に合った。

 

「『エアスラッシュ』!!」

「避けて!!」

 

 けど、セイボリーさんの攻めは止まらない。地面間近を飛んでいるモスノウに向かって風の刃の雨を落とすココロモリ。対するモスノウは、上からの攻撃に対して、身体を左右に揺らしながら高速で飛ぶことで的を散らし、何とか直撃こそ避けていく。しかし、地面にぶつかったときに巻き上がる石礫が細かくぶつかり、それらが跳ねてモスノウにぶつかっていくことで小さな傷を作っていく。

 

(このままだとじり貧……なら!!)

 

「真上に『ふぶき』!!」

「フィッ!!」

 

 エアスラッシュが被弾することを覚悟して、真上に向かってふぶきを放つモスノウ。羽ばたきと共に巻き上げられる雪たちは、竜巻となってフィールドの真ん中に鎮座する。

 

「くっ」

「コロッ!?」

 

 その竜巻は誰かを狙って作られたものじゃなく、適当に放たれたものだからココロモリに直接大きなダメージを与えているわけではない。けど、竜巻の風は空を飛んでいるココロモリの平衡感覚を崩していく。

 

「上に!!」

 

 その間にモスノウは、竜巻の風に乗って上に飛びあがり、ココロモリに向かって一直線に飛んでいく。

 

「『むしのていこう』!!」

 

 ふぶきの風に乗ったモスノウの速度は、一瞬でトップスピードになってココロモリにぶつかりに行く。先と違ってぶつかることをしっかりと意識しての突撃だったから、モスノウが弾かれることもない。そうやってココロモリにぴったりとくっついたモスノウは、この状態でむしのていこうを発動。ココロモリに小さいダメージを与えながら、特攻をさらに下げていく。

 

「『エアスラッシュ』です!!」

「『ふぶき』!!」

 

 くっついたモスノウを剥がすために必死に羽を振るココロモリに対して、こちらも負けずに翅を羽ばたかせて雪をふぶかせる。

 

 刃と雪のぶつかり合いは、一瞬の拮抗を見せた後に、むしのていこうの影響からか、モスノウの勝利という形で決着がつく。

 

「『ちょうのまい』!!」

「フィッ!!」

 

 雪の嵐に巻き込まれて吹き飛ばされるココロモリを確認したと同時に、こちらは3回目のちょうのまいを行った。

 

 これで特攻の上昇値だけの話をすれば逆転できた。

 

「本当に……なんでここまでやって逆転してくるのでしょうね……」

「こっちも必死ですからね」

 

 お互い少なくないダメージを負いながら向か会うモスノウとココロモリ。だけど、最初と比べるとこちらの特攻と特防もしっかりと育っている。技の威力では未だに負けるけど、ステータスの高さならこっちが勝っているはずだ。ここまでくれば、こうかばつぐんであることや、モスノウの特性も込みで考えれば、アシストパワーともしっかり渡り合えることが出来るだろう。

 

「『ふぶき』!!」

「『アシストパワー』!!」

 

 お互いかなり体力が削れていることから、もう長くは戦えない。セイボリーさんはこれ以上特攻を下げられるわけにはいかないし、こちらも、アシストパワーの余波や、エアスラッシュの雨で受けた細かいダメージのせいで、能力の成長具合だけを見れば確かに速く放っているけど、全速力を出せるわけじゃない。そう判断したので、お互いが今だせる最高威力の技をぶつけ合う。

 

 ぶつかり合うピンクの光と雪の嵐。

 

 荒れ狂う2つの力は、爆風を巻き起こして、空を飛んでいる両者をも巻き込んでいく。その爆風の中でもみくちゃにされる両者は、それでも何とか態勢を立て直そうと必死に羽を羽ばたかせ、風を掴んでいく。その様をボクとセイボリーさんも確認していたので、ボクたちは、自分のパートナーこそが先に態勢を立て直すと信じて、最後の技を選択する。

 

「「『エアスラッシュ』!!」」

「フィ……ッ!!」

「コ……ロッ!!」

 

 ボクたちの言葉を聞いてさらに力強く羽を広げる両者。相手よりも1秒でも早く風を掴んで攻撃するために、光と雪が乱れる中で羽を白く輝かせる。

 

 先に風の刃を飛ばしたのは……

 

「フィッ!!」

「コロッ!?」

 

 モスノウだ。

 

「しっ!」

「くっ……」

 

 風の刃を受けたココロモリは、雪と光の嵐の中で完全にバランス崩して振り回され、その身体を地面に叩きつけることとなる。

 

 

「ココロモリ、戦闘不能!!」

 

 

「フィーーッ!!」

 

 決着がつくと同時に散っていく雪と光。その中で雄たけびをあげるモスノウの姿は、とても幻想的に見えた。

 

 空のバトルの軍配は、モスノウの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たんじゅん

説明通り、能力変更がいつもよりも多くなるという効果ですね。この特性をタイレーツや、ポットデスみたいな強力な積み技持ちが持っていたらどうなるのだろう?と言ったロマンは、いろんな人が考えたりしたのではないでしょうか?

むしのていこう

対ココロモリようにフリアさんが用意した技。この技のせいで、ぼうふうとむしのていこうをくしているので、フリアさんの中では割と一番対策用に調整されていた子ですね。ふぶきでは安定性がなく、むしのていこうでは威力が足りない。なので、安定した攻撃技が欲しいけど、ぼうふうでは安定性がなく、むしのさざめきではむしタイプが被るなぁ。という思考からフリアさんは、今回はこの技構成にしているみたいですね。




マクワさんとのバトルで活躍できなかったモスノウが、今回は輝いてますね。






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233話

「フィ~ッ!!」

 

 地面で目を回しながら倒れているココロモリを見ながら、モスノウにしては珍しく声をはりあげて喜ぶ姿。その様子から、先のバトルがかなりギリギリであったことがよくわかる。現に、既にモスノウの身体はかなり傷ついており、ただホバリングをしているだけなのにたまに身体が傾いているくらいにはダメージを負っている。それでも最後まで戦い、しっかりと勝ちきったのはこちらだ。おかげで手持ちのポケモン的にもリードできた。本当にモスノウのおかげだ。

 

「戻ってください、ココロモリ。……お疲れ様です」

 

 モスノウの声が響く中で、セイボリーさんはココロモリをボールに戻し、次のポケモンを準備する。

 

「一筋縄では行かない……分かってはいましたが、こう実際の距離を明確に見せつけられると、さすがに心に来ますね……」

「……」

 

 苦しそうな顔を浮かべながらこちらを見るセイボリーさん。壁貼り作戦に続いて、ココロモリによるアシストパワーのゴリ押しも打ち破った。セイボリーさんがあと幾つ手札を隠し持っているかは分からないけど、少なくともその手札はかなり減らされていることは予想できる。いくらボクを研究したからと言って、ボクと戦うことが決まってからそんなに日数は経っていない。仕込むのにも限界があることを考えれば、奇を衒った行動は打ち止めになっている可能性が高い。

 

(残りのポケモンも、変わっていなければギャロップ、フーディン、ヤドキングの3人……この中で変な動きをしそうなのはヤドキングだけど……)

 

 フーディンに関しては、構成が変わっていなければトリックルームによる素早さ操作で襲ってくるわけだけど、クララさんのように壊すことが出来るのならまだ何とかなるし、ギャロップに関してはまひしてしまっているから仕込んでいたとしても動きづらいはずだ。そう考えると、やっぱり手の込んだ策を仕込むとなるとヤドキングになるんだけど……

 

(ヤドキングが覚える技も一通り勉強してみたし、アーカイブも見直したけど……『アシストパワー』はともかく、『じこあんじ』は使いどころと言われたら今しかないだろうし、来るのがわかってたら交代すればいいだけだもんね……対策はすごく簡単だ)

 

 正直搦め手を準備したところでどのように来るのかが思いつかないし、現状思いついているものは何とかなりそうだから、とりあえずは現状維持で何とかなりそうだ。

 

(まぁ、先のことを考えてもわかんないし、まずは目先の事!!……次は絶対あの子だ)

 

「行きますよ、ギャロップ!」

「ルロォッ!……ッ!?」

 

 セイボリーさんが繰り出してきたのはギャロップ。出てくると同時に声をあげたギャロップは、程なくして少し苦しそうな声をあげた。理由は、ダイマックスの時にブラッキーからもらったでんじはによって起きたまひのせいで身体が痺れたから。意気揚々と出てきたけど、まひはボールに戻ったくらいで治ることはないから、今も引き続き、自慢の足はつぶされている状態というわけだ。

 

(うん、予想通り)

 

 その様子を見てとりあえずボクの予想が当たっていたことに安堵する。

 

 ヤドキングはセイボリーさんのエースだからまだ切りたくないだろうし、例え体力があとわずかしか残っていないとはいえ、現在特攻、特防、素早さの3つが3段階上がっているモスノウを前に、特殊技で闘うフーディンは絶対に出したくないという思考になるはずだ。特にフーディンに関しては、モスノウから弱点も突かれてしまうから、次にセイボリーさんが繰り出すのは、この中で唯一物理攻撃で闘うギャロップであろうことが予想できる。

 

(しかも、ギャロップって『こうそくいどう』を覚えているもんね)

 

 状態異常のまひは、身体の痺れのせいで発症者のすばやさを落とす効果があるけど、能力上昇でまかなえないわけじゃない。せいぜいが素早さ半減くらいだから、こうそくいどうを1回すれば十分補えるレベルではある。もっとも、ときたま身体を襲う痺れによって、行動を阻害されるのは避けられないが。

 

「あなたが頼みの綱です!!ギャロップ!!『こうそくいどう』です!!」

「ル……ルォッ!!」

「やっぱり……!モスノウ!!『ふぶき』!!」

「フィ……ィッ!!」

 

 ギャロップがまずやってきたのは予想通りこうそくいどう。失った素早さを取り戻すために行われたそれを見て、ボクもすぐさま攻撃技を選択。ギャロップの小刻みなステップを阻止するべく、雪の嵐がギャロップに向かって突き進む。方やまひによる痺れが、方やダメージから来る疲労が身体を伝わっていき、ボクたちの判断こそ早かったものの、肝心の技が少し遅れて発生。そのことに少しだけお互いのポケモンが言葉を詰まらせるものの、それでも何とかやりたいことを遂行していく。

 

 ギャロップが動いて自身の身体の動きを速くしているところを阻害するように飛んでいくふぶき。これに対してひとまず1回こうそくいどうを終えたギャロップは、上がった速さを使って攻撃範囲から逃げようとするものの、ここで身体が痺れて上手く動けず、ふぶきの直撃を貰うことになった。

 

「まだいけますか!?」

「ル……ルロッ!!」

「あたりが浅かった……」

 

 特攻が3段階上がった状態のふぶき。当然ギャロップには少なくないダメージが刻まれることになるが、それでもそのダメージを少しでも抑えようとしていたのか、自身の身体が痺れたと同時にギャロップは全身の力を抜いて、ふぶきの風に逆らわないようにして自分から後ろに飛んでいた。そのせいで、1度身体を倒すものの、すぐさま身体を起こしたギャロップは、またこうそくいどうの構えを取り始める。

 

「もう一度『ふぶき』!!」

「フィ……ッ!?」

 

 それを止めるために、こちらはもう一度技を発動。しかし、今度は身体に蓄積していたダメージから、モスノウの方が身体を崩す。

 

「ギャロップ!!」

「ッ!!」

 

 この隙に2回目のこうそくいどうを終えたギャロップ。元々素早さが高いポケモンということと、モスノウがダメージのせいで動きが悪いこともあって、これでギャロップの足は十分モスノウに肉薄できるレベルまで育っている。そう判断したセイボリーさんは、言葉を荒げてギャロップに攻撃の準備をさせる。

 

(させない!!)

 

 セイボリーさんのギャロップがしてきた技は、クララさんとのバトルと変わっていないとしたら、こうそくいどう、サイコカッター、そして恐らくダイフェアリーの元となったであろうじゃれつくの3つだ。あとひとつが何かわからないのが怖いけど、もうここまで来たらこちらも技で迎え撃つしかない。

 

「最後の踏ん張り!!『ふぶき』!!」

「『サイコカッター』を角に貯めてこらえなさい!!」

 

 モスノウが痛む身体を持ち上げて、必死の思いでふぶきを放つ。これに対してギャロップは、角にサイコカッターを集め、虹色に輝かせて真正面に向け、その角でふぶきを自分の身体から後方へ流すように受け止めていた。

 

(ここに来て受けの構え!?)

 

 モスノウの体力は少ないが、火力においては未だにとてつもないものを誇っている。なので、今の最善はちょっとの体力をすぐさま削るために少々無茶をしてでも攻めて、モスノウを落とすことのはずだ。ここで守りに入っていては、勝てるものも勝てなくなる。けど……

 

「モスノウ!!『ふぶき』を絶対に辞めないで!!このまま倒し切るつもりでし続けて!!」

「フィ……ィッ!!」

 

 何か嫌な予感を感じたボクは、モスノウにさらに攻めることを指示。モスノウもこの感覚を感じ取ってくれたみたいで、必死に翅を羽ばたかせて風を放つ。

 

「ギャロップ……まだです……!!」

「ルォ……」

 

 一方、風に晒され続けているギャロップは、角で風を受け続けながら四肢にどんどん力を込めており、その証拠にギャロップの足元の土が踏み込みの力で押されて、踵あたりに小さな土の山が出来上がっている。その様を見てボクは確信する。

 

(これは守りの構えじゃない!!むしろ逆だ!!)

 

「モスノウ!!つらいかもだけどもっと火力上げて!!」

「フィ……!!」

 

 セイボリーさんの狙いに気づいて更に羽ばたきを強くするモスノウ。それに伴って、どんどんふぶきが濃くなり、バトルフィールドが白色に染まっていく。同時に、ギャロップの身体にも雪が積もり始めていたため、その白色の景色にギャロップ自身も埋もれ始めていた。

 

「ギャロップ!!今です!!」

「ルロォッ!!」

 

 しかし、そんな積もった雪たちを一気に散らしながら、白い世界の中を虹色の光が一気に駆けだした。角の一点に力を集約させたギャロップが、ふぶきという範囲攻撃の中にわずかにある雪と風の少ない所を正確に見破って、そこにこうそくいどうの速さも上乗せしたことによって、モスノウの下へと一瞬で駆けつける。

 

 モスノウはふぶきのために全力で羽ばたいていたせいで回避への動作が間に合わない。ただ、幸いにもギャロップの方もふぶきの壁を突破するのに力を使い切ったのか、角から虹色の光が消えているのが見えた。そこを確認したボクは、思考を回避から反撃へとシフトして指示を出す。

 

「『エアスラッシュ』で距離を離し━━」

「逃がしませんし離しません!!『からげんき』!!」

 

 迫られたギャロップを押し返すために、現状で1番モスノウが早く打ち出すことの出来るエアスラッシュを選択するボクだけど、セイボリーさんもサイコカッターが消えることを想定していたのか、すぐさま次の手を選択してくる。しかもその技がよりもよって、自身が状態異常の時に威力が上がるからげんき。力をためるとかでもなく、とにかく自身の身体を相手にぶつけるこの技は、モスノウのエアスラッシュ以上に出が速い上に、まひになっている今、モスノウに対してギャロップが覚えている中で一番威力が出る技になっている。ちょうのまいでは防御は上がらないし、モスノウ自身物理にも弱いという事もあって、急に襲い掛かってきた高火力技によって雪が舞う嵐の中からモスノウがボクの下へと弾き飛ばされる。

 

 

「モスノウ、戦闘不能!!」

 

 

「ありがとうモスノウ。ゆっくり休んで」

 

 体力の限界が来て目を回してしまったモスノウにねぎらいの言葉をかけながらボールに戻してあげる。

 

 ココロモリを倒し、ギャロップに対しても少なくないダメージを与えてくれた。活躍としては本当に十分すぎるくらいの仕事をしてくれたこの子に、本当に感謝だ。後はゆっくり休んで、次の仲間に任せてほしい。

 

「次、行くよマホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 そんなモスノウのバトンを請け負って場に出てくるのはマホイップ。元気よく声をあげながら、ミントのさわやかな香りとともに降り立った彼女は、くるくる回りながら自身の周りに青色のクリームを少しまき散らす。

 

「マホイップ……ここに来てまた厄介な相手が……」

「ルゥ……」

 

 マホイップの登場とともに苦い顔を浮かべるセイボリーさんとギャロップ。ギャロップはまひとダメージによる苦しさからの物だとして、セイボリーさんの表情の理由は、おそらく情報が少ないという点だろう。よくよく振り返ってみれば、マクワさんとの闘いではマホイップは場に出て戦った時間はかなり短い。セイボリーさんにとっては、今一番直近の情報が少ない相手になっていることだろう。デコレーションによる交代作戦も、あんな大味な作戦は一度バレてしまったら絶対に通用しないから、ボクとしてももう絶対にしないと決めてるし、セイボリーさん的にもそういう思考になっていそうだしね。

 

「さぁ、思いっきり動くよマホイップ!!クリーム!!」

「マホ!!」

「『サイコカッター』です!!とにかく自由にさせないでください!!」

「ルロッ!!」

 

 久しぶりのがっつりバトルにちょっとテンションが上がっているマホイップが嬉しそうにクリームを量産していく。これに対してギャロップは、角を振り回してサイコカッターを飛ばしまくり、飛び出したクリームをすぐさま切り裂いて、そのまま斬撃の風圧で飛ばしていく。

 

「マホイップの最新情報はあまりありませんが、長期戦が得意ということは変わっていないはずです。そして物理防御も『とける』がなければ脆いということも……!!ならば、先手必勝以外あり得ません!!ギャロップ!!『からげんき』です!!」

「ルロォッ!!」

 

 マホイップが生み出したクリームを全て吹き飛ばしたのを確認したセイボリーさんが、ギャロップに指示を出して突っ込ませる。こうそくいどうによって素早さが鍛えられているギャロップの足は、マホイップにとっては絶対に追いつけない神速の域に達している。これだけ速かったら確かにとけるは間に合わないし、かといって潜るためのクリームも除去されているので避けることも難しい。

 

 速攻。これは確かに、マホイップに対しては最高の対策となっている。けど、だからこそ、ボクだってその弱点を放っておくわけがない。

 

「マホイップ!!クリームマジック!!」

「マホッ!!」

「ルロッ!?」

「なっ!?」

 

 ボクの言葉と同時にマホイップが声をあげると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。流石にこけるとまではいかなかったものの、前に走っていた勢いが完全に死んで、バランスを崩し切ってしまったギャロップはマホイップの前でその足を完全に止めてしまい、大きな隙をさらしてしまう。

 

「まずい!!ギャロップ!!こちらにバックを━━」

「『マジカルシャイン』!!」

「マッホ!!」

「ルロゥッ!?」

 

 そんなギャロップが態勢を整える時間を与えずにすぐさま反撃開始。虹色の光を放って、目の前で止まっていたギャロップを思いっきりセイボリーさんの方に吹き飛ばしていく。これによって、ギャロップの体力はかなり削られ、戦闘不能に片足が突っ込まれている状態となった。

 

「ギャロップの足が止まった……いったいなぜ……いえ、言葉的にクリームを使っているはずですが、肝心のクリームはすべて吹き飛ばしたはずです。それを、どうやって……」

「驚いてるね。正直、種も仕掛けもない、単純な話しなんだけどね。さぁマホイップ!!どんどん行くよ!!今度こそクリーム!!」

 

 ギャロップに対する妨害の正体がわからず目を白黒させるセイボリーさん。そんな彼の反応が面白くて、ついつい笑みをこぼしながら、ボクは今度こそマホイップのステージを作るべくクリームを広げていく。

 

「ギャロップ!!頑張ってください!!『サイコカッター』をもう1度です!!」

「ル……ッ!?」

「くっ、こんな時に……っ!!」

 

 対するセイボリーさんは、フィールドだけは作らせたくないと技を指示するけど、ここに来てギャロップの身体をまひが襲い、痺れて動けなくなってしまう。その間に水色のクリームがどんどん広がっていき、フィールドがさわやかな匂いに包まれていく。

 

 これでマホイップのステージが完成した。

 

「さぁ……行くよマホイップ!!」

「マホ!!」

 

 飛び上がったマホイップがクリームの海へと飛び込んでいく。この中を泳いでいくことで、マホイップは自身の弱点である機動力のなさを完全にカバーできた。さすがにギャロップほど速い訳では無いけど、あちら視点からすれば、どこから出てくるか分からないこの状況は、単純に足が速いよりも戦いづらい相手のはずだ。

 

「来ますよギャロップ……」

「ルロ……」

 

 クリームに飛び込んで姿を消したマホイップを探して見渡すギャロップ。いくらマホイップが神出鬼没な動きができるからと言って、元々視界が広いギャロップに加え、ギャロップの死角部分をセイボリーさんがしっかり注視して警戒しているこの状況では奇襲は難しいだろう。

 

 だから、相手の注目をそらす。

 

「マホイップ!!」

「ギャロップ!!後ろです!!」

 

 ボクが指示を出すと同時に、ギャロップの後ろの地面からクリームが伸びていき、そのクリームは天に昇る途中で軌道を変えて、まっすぐギャロップの方に向かって飛んでいく。

 

「『サイコカッター』!!」

「ルロッ!!」

 

 後ろからの奇襲だったそれに対してセイボリーさんがすぐに指示を出したことで、スマートに技の発動に移行できたギャロップが、角の刃でクリームを切断。

 

「今のクリームが出てきた発生源にマホイップがいるはずです!!そこに『からげんき』を!!」

「ル……ロォッ!!」

 

 そのままマホイップの位置を割り出したギャロップが、クリームの足場に少しだけ足を取られそうになりながらも思いっきり踏み込み、今出せる最高スピードを持って、先程のクリームの発生源に体当りをしかけていく。

 

「マホイップ!!『マジカルシャイン』!!」

 

 このまま放っておけば、間違いなくあの場所に攻撃が刺さることだろう。それを確認したボクはマホイップに攻撃を指示。同時に地面のクリームが爆ぜ、虹色の光が()()()()()()()()()()突き刺さり、戦闘不能こそならなかったものの、セイボリーさんの目の前まで吹き飛ばされていた。

 

「なっ!?なぜそこから!?」

「ルゥッ!?」

「マホマホ~!!」

 

 ギャロップが被弾すると同時に、表情を驚愕に染めるセイボリーさん。そんなセイボリーさんに対して、まるで『イタズラ完了』とでも言いたげなマホイップが、マジカルシャインによって爆ぜたクリームの位置から顔を出して笑っていた。

 

 本来いると思っていた場所におらず、気付けば後ろから攻撃されていた。それが納得いかないセイボリーさんは、思わず声を出していく。

 

「ギャロップを狙ったクリームは確かにあそこから伸びていました。それなら、マホイップはあそこに居ないとおかしいはずです!!……いえ、まさか……!?」

「……えへへ」

 

 自分の思考を改めて口に出して、今の状況がいかに不可解かを説明するセイボリーさん。しかし、そんな彼もここまで話しているうちにひとつの結論にたどり着いた。

 

「最初にギャロップが躓いた時も……!!」

「うん、そうだよ。大正解」

「マホマッホ!!」

 

 ボクの言葉を復唱するように、胸を張りながら声を出すマホイップ。それはまるで、今まさに見せた技に対して、マホイップが自身の努力を成果を自慢しているかのように見えた。

 

 そう、マホイップはたくさんの努力をした。もしマホイップの努力が足りなかったら、最初のギャロップの攻撃で大ダメージを受けることとなっていただろう。下手をすれば、戦闘不能になっていた可能性もある。けど、ポプラさんとのバトルで自分との差を見せつけられたマホイップは、負けないように努力をした。

 

 その努力の成果は、しっかりと花開いた。

 

「マホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 ボクの声に合わせて手を振ったマホイップ。すると、ギャロップの足元のクリームが蠢き、つるのむちのように伸びてギャロップの足をひとつ捕まえる。

 

「またクリームが()()()()()()()()!!やはりそのマホイップ……!!」

「昔は確かにできなかったけど、できてる人が他にいるのなら、ボクにだってできるはずだから……!!停滞は努力の放棄。約束のためなら、止まる訳には行きません!!」

 

 クリームの遠隔操作。

 

 あの時は、ポプラさんに一方的に操作されて格の違いを思い知らされた。けど、そこで折れることなくずっと特訓していたマホイップの力がついに追いついた。勿論、まだ完全に身につけれられているわけじゃないから、ポプラさんのように沢山のクリームを自由自在にとまではいかない。操作はうまくできても、その許容量はまだ少ない方だ。

 

 けど、今はこれでも十分戦える。

 

「マホイップ!!『マジカルシャイン』!!」

「マホッ!!」

 

 クリームが絡みついて動けなくなったギャロップに向かってとどめのマジカルシャインを放つマホイップ。足が動かないギャロップはこれを避けられず、技が直撃して地面に倒れる。

 

 

「ギャロップ、戦闘不能!!」

 

 

「マホッ!」

「うん、まだまだ行くよ!!」

 

 勝ったことに喜んで、ボクに振り返って声をあげるマホイップに、ボクも頷いて返す。

 

 これで残り3対2。

 

(前半引っ掻き回された借りは、絶対返すからね!!)

 

 小さく拳を握りながら、ボクはセイボリーさんを見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マホイップ

モスノウ同様全開であまり活躍無かったので、今回は楽しそうにバトルしてもらっています。成長した彼女の姿を見守ってあげてください。




11月なのに25℃とかを見かけてびっくりしますね。体調管理、お気を付けを。






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234話

「戻ってください、ギャロップ。よく頑張りました」

 

 クリームの中で身体を横たえるギャロップにリターンレーザーを当て、ボールに戻しながら労いの言葉をなげかけるセイボリーさん。しかしその表情はとてもすぐれているとはいえず、今の状況の苦しさから、まるで苦虫を潰したかのような、苦しそうなそれを浮かべていた。

 

(セイボリーさんって、『対応する側』の戦いが苦手そうだもんね)

 

 クララさんとのアーカイブを見直した時もそうだったけど、セイボリーさんは予め作戦やら何やらを決めた状態で動く戦い方を好んでいるイメージだ。クララさんとのバトルではトリックルームを使った戦法が、ボクとのバトルでは壁を貼ってからのみらいよち戦法がその代表例になるだろう。そしてその戦法はどれも強力で、ボクも何とかその策を乗り越えることは出来たものの、それ相応の犠牲は払っているし、もう一度打ち破れるかと言われたら怪しいところも多い。

 

 けど、1度打ち破ってしまえば、そこからは一気にこちらに傾く。クララさんとのバトルの時も、そして今回のバトルも、1度策を破られたセイボリーさんの勢いは一気に落ちてしまっている。これが作戦の代償と言われたらそうなんだけど、それでも策が無くなったあとのアドリブが得意では無いというのは確かなはずだ。実際、セイボリーさんとクララさんのバトルでも、全体的にバトルを見てみると支配率はクララさんの方が高かった印象だ。

 

 得意では無いアドリブを強いられる展開。その上、今はクララさんを相手にしている時以上にボクに追い詰められているというさらに苦しい状況。セイボリーさんがあんな表情を浮かべるのは自然と言えば自然かもしれない。

 

(でも、油断はしない……!!)

 

 かと言って、ここで勝ち誇るなんてことは絶対にしない。セイボリーさんだってボクを超えようと必死に抗っているし、実際に数々の困難を突破して強くなっている。じゃなきゃ、こんな大舞台にまで昇って来れない。それに、確かに試合の支配率では遅れをとっているものの、それでもクララさんには勝利している。これは紛れもない事実だ。

 

(こんなところでセイボリーさんは折れない!!)

 

 ボクの中でセイボリーさんへの警戒度を上げながら、もう一度表情に視線を向ける。

 

 そこには、さっきまで苦しそうな顔を浮かべていたはずなのに、今は目に闘志を宿し、こちらに対して気迫を放つセイボリーさんがいた。

 

(来る……っ!!)

 

「行きますよ、フーディン!!」

 

 セイボリーさんの5人目はフーディン。クララさんとのバトルではトリックルームとテレポートを使って、ポケモンのスピード感覚を狂わせてくる戦い方をしていたポケモンだ。

 

 はたして、今回はどのような手を使ってくるのか。

 

「フーディン!!あなたならマホイップに勝てるはずです!!『サイコキネシス』!!」

「フゥッ!!」

「マホイップ!!防御!!」

「マホッ!!」

 

 場に飛び出すと同時に自信満々に技の指示を出すセイボリーさん。

 

 指示した技はサイコキネシス。特攻が高く、そして自身と同じタイプであるこの技は、おそらく今フーディンが放つことの出来る最高火力の技。いくらマホイップが特殊に対して態勢がそこそこあると言っても、さすがにそれ以上に特殊が強いフーディン相手では分が悪い。せめて1回でもめいそうをすることが出来れば話は変わってくるのだけど、残念ながらそんな隙は無いので、今回はクリームを前に展開して技を防ぐ方向でいく。

 

「マ~ホ!」

 

 ボクの指示を聞いて素早く展開されたクリームの壁は、フーディンから飛んでくるピンクの波動を優しく受け止める。その様を見て、しっかりと防御できたことを確信したマホイップは嬉しそうな声をあげる。

 

「捕まえましたよ!!フーディン!!」

「フゥ!」

「マホッ!?」

 

 しかし、そんなマホイップの表情が一瞬で驚愕に変わる。その原因は勿論フーディンのサイコキネシスなんだけど、問題はそのサイコキネシスの使い方だった。

 

「成程……最初からそれが狙いだったんだ……」

 

 ボクとマホイップの目の前に広がるのは、宙に浮かぶクリームの塊。そう、セイボリーさんのさっきのサイコキネシスは、マホイップを攻撃するためではなく、クリームを空中に取っ払うためのサイコキネシスだった。サイコキネシスによって空中に持ち上げられたクリームは、綺麗な球を保っており、クリームによってできた巨大なシャボン玉が複数宙に浮かび上がるという幻想的な空間を作り出していた。

 

「マホイップ」

「マホ……マホ~……」

 

 その様を見たボクは、一瞬見とれそうになるのを必死にこらえて、とりあえずマホイップに声をかけてみる。しかし、帰ってきたのは悲しそうな顔からの首振り。どうやらサイコキネシスにつかまっているクリームの支配権はフーディンにあるらしい。より正確に言うなら、マホイップのクリームを外側からサイコエネルギーで覆われているせいで、マホイップからの指示が阻害されていると言った方が正しいか。

 

「でも、それはあくまでも操られているものに限るって話だよね。今あるのがダメなら新しいのを出すだけ!!マホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 けどこちらの手が全部封鎖されたわけじゃない。ボクの言葉を着て表情をキリっとしたものに変えたマホイップは、またクリームを指先から生み出していく。しかも今度は地面に伸ばすようにではなく、フーディンに向けて発射するイメージだ。見ようによっては、クリームによるビームにも見えるだろうか。

 

「『テレポート』です!!」

 

 迫っていく水色の線は、しかしフーディンがぶつかる直前でフーディンの姿が掻き消えることで不発となり、そのままフーディンが浮かせたクリームの塊の1つに当たる。

 

「『サイコキネシス』です!!」

「フッ!!」

「マホッ!?」

「マホイップ!!」

 

 そのクリームの飛び先を追いかけているうちに、マホイップの真後ろに瞬間移動していたフーディンがサイコキネシスを発射。地面にあったはずのクリームを取り上げられているせいで機動力を失っているマホイップにこれを避けるすべはない。直撃を受けてしまったマホイップはそのまま飛ばされ、浮かんでいるクリーム球の1つの真下まで転がっていく。

 

「『めいそう』していなければフーディンで押し切れます!!クリームもない今のうちに追撃を!!」

「フッ!!」

 

 防御手段が乏しい今のうちにマホイップを仕留めるべく、追撃を図るフーディン。倒れているマホイップに向かって再びサイコキネシスを放ち、こちらを完全に倒しに来る構えを取る。

 

 防御手段も乏しく、めいそうによる成長もしてないから受けて耐えることも難しい絶望的な状況。けど、これを予期していなかったわけじゃないボクは、マホイップにすぐさま指示を出す。

 

「マホイップ!!逃げて!!」

「逃がしません!!そもそも逃げる手段はすべて封じてます!!このまま素直に━━」

「クリームを手繰り寄せて!!」

「……へ?」

「フゥ?」

 

 此方に逃げる手段がないと思っていたセイボリーさんとフーディンが、ボクの言葉に素っ頓狂な声をあげながら固まってしまう。それによりほんの少しだけ産まれたラグ。そこをついて、マホイップは自身の真上に、フーディンによって浮かばされていたクリームの球に引っ張られるように飛んでいく。

 

「なっ!?」

「フゥッ!?」

 

 いきなりアクロバティックな動きを始めたマホイップに驚く2人。けど、その驚愕も、マホイップの指先から伸びるクリームを見て納得する。

 

「先ほどフーディンを狙って放ったクリームを、そのまま宙に浮いたクリームにワイヤーの様にくっつけて、それを引っ張ることで空中に……いえ、やっぱり意味が分かりませんが!?あの柔らかいクリームでそんなことできますっけ!?」

「そんなこと言ったら、クリームの触手で足を掴まれただけで、あのギャロップが足を止めるわけないじゃないですか」

「それはそうですが……いえ、それで納得してももよろしいので!?」

 

 と思ったらやっぱり納得していなかったセイボリーさんが軽い錯乱状態に入る。その突っ込み具合が、いつものボクたちのやり取りの真逆の対応になっていて少し面白かった。しかし、忘れていけないのは今が真剣バトルの最中だという事。錯乱するのは結構だけど、こういう時に冷静を失っているようではまだまだと言わざるを得ない。

 

「マホイップ!!今のうちに!!」

「マホッ!!」

 

 フーディンとセイボリーさんの動きが固まっている間にマホイップはクリームを展開していく。しかし今回は展開の形をいつもと変えており、地面に海のように広げるのではなく、宙に浮いているクリームの塊を利用し、クリームの橋がいたるところにかかるようにした。クリームの塊同士は勿論のこと、クリームと地面や、クリームと壁までも繋げるように沢山張り巡らせていく。

 

「これは……」

「フゥ……」

 

 クリームによるジャングル。言葉にするならそうだろうか。張り巡らされたクリームの線は、その数をどんどんと増やしていき、その中心にいるマホイップの姿が少しずつ視認しずらくなっていく。

 

「これでは『テレポート』の位置調整も難しいですね……」

「フゥ……ッ」

 

 テレポートは確かに便利な移動手段だ。しかし、強力で便利故、それなりの制約というものがある。それは、『移動先に物があった場合は、その移動がキャンセルされる』というものだ。これはポケモンたちによる一種の生存本能みたいなものらしく、テレポート先に物があった場合、無意識のうちにそれを止めてしまうらしい。理由としては割とシンプルで、テレポートした先が壁の中や地面の中だと、最悪そのまま窒息してしまうから。だからこそポケモン側が無意識のうちにセーフティをかけているらしい。最も、これはいくつかある諸説のうちにひとつらしいから、これが正しいと断定できるわけではないんだけどね。

 

 ちょっと専門的な話は置いておくとして、今回大事なのは『このセーフティがかかる条件がどれほどのものなのか』という点だ。さっき言った通り、テレポートは自身がテレポートする先に物があったら行うことが出来ない。これは間違いない。それを踏まえたうえで、ここからが本題だ。

 

 じゃあ、テレポートした先を、『フーディンが持つスプーンだけが壁に埋まるような立ち位置に設定したら』どうなるか。

 

 フーディン本体は壁の中……つまり、物体に触れてはいない。しかし、フーディンが持っているものは移動先に物体があることになる。という特殊パターンだ。……まぁ、特殊と言っておきながら、こういうパターンの方がよく起こりそうな気はするけどね。むしろ全身壁の中に埋まるようなテレポートをすることの方がまずない気がするが……。

 

 また脱線しそうなので話しを戻す。と、同時にさっきの疑問に対する結論も一緒に出してしまおう。

 

 答えは、『テレポートはキャンセルされる』だ。

 

 術者であるフーディンがたとえ物体に触れていなくとも、持っているものが触れたらアウト。もっと言うなら、テレポートする、もしくはされる予定のもののどこか一部分が触れていたらアウトだ。それがたとえ自分が飛んだとしても、他の誰かを飛ばしたとしても、一部分でもかかっているのならテレポートはキャンセルされる。だから、テレポートの効果を十全に発揮したいのならそれなりにスペースのある場所で闘う必要がある。

 

 それは逆に言えば、狭く、入り組んだところで闘えば、テレポートを防ぐことが出来る。ということの裏返しでもある。

 

(このクリームの橋は、そんな『テレポート』を防ぐための守護結界……)

 

 そして今フィールドには至る所にクリームの線が張り巡らされており、この線全てを避けてテレポートするのはとても現実的じゃない。

 

 つまり、もうテレポートはできない。

 

「マホイップの機動力を奪われたのなら、フーディンの機動力を奪っちゃえばいい……!!」

「マホッ!!」

「くっ……!!」

「フゥ……!!」

 

 いつの間にかフーディンの周りまでも覆っていくクリームの線。そのことに怯んだフーディンが、少し後ろに下がった際に、下げた右足がクリームの線を1つ切断してしまう。

 

「『マジカルリーフ』!!」

「マホッ!!」

「フッ!?」

「なぁっ!?」

 

 クリームが切断されると同時にクリームから飛び出してきたのは虹色の葉っぱ。その正体は、マホイップがクリームの線を伸ばしたときに一緒に仕込んでいたマジカルリーフだった。

 

「そのクリームの線1つ1つが、『テレポート』を防ぐ防御結界でありながら、フーディンの動きをからめとる罠結界でもあります。動くときは気を付けてくださいね?」

「マホッ!!」

「そんなこと言われましても……」

「フッ!?」

 

 クリームの断面から飛んできたマジカルリーフを受けて、そのダメージからまた一歩足を下げたところで次のクリームの線を切断してしまい、そこからさらにマジカルリーフが飛んでくる。これを今度は避けようと上に飛ぶと、上に張られたクリームの線に接触して切断。上からも降りそそぐことになってしまう。

 

「ええい、『サイコキネシス』です!!」

「フッ!!」

 

 どうアクションしても、身体のどこかしらがクリームの線に触れて、マジカルリーフが飛んでくることにしびれを切らしたセイボリーさんが、自身を守るように周りにサイコエネルギーを展開さ、飛んでくるマジカルリーフをしっかりと受け止めて、葉っぱを自身の足元へ落としていく。

 

 これでようやくフーディンを追い詰めていた一連の攻撃が一旦停止し、落ち着いて周りを見られるようになる。

 

「……なんと」

「フゥ……」

 

 そこでセイボリーさんの目に入ったのは、マホイップを中心に半径数十メートルに及ぶクリーム結界が敷かれた空間。この結界の中では、フーディンがどのように動くかが、手に取るようにマホイップに伝わることとなる。この状況でまた何かしらのアクションを起こそうとすれば、また先ほどと同じようにマジカルリーフの雨がフーディンを襲うことになるだろう。

 

 じゃあ何もしなければいいのかと言われると、そういうわけでもない。こちらはクリームの間を縫って攻撃できるマジカルリーフが存在するから、相手が動かないという選択肢を取るのなら、今度はこちらから攻撃をしかけ、相手を無理やり動かすという戦い方に移ることだってできる。

 

「くっ……どうすれば……」

「フゥ……ッ!!」

 

 勿論、いまボクが述べた戦法についてはセイボリーさんだって理解している。だからこそ、今もどうすればいいのか迷って混乱しているし、フーディンへの指示も出せない状態で固まってしまっている。

 

「マホイップ!!押し切るよ!!」

「マホッ!」

「『サイコキネシス』です!!」

 

 そんなセイボリーさんの隙を当然逃す選択肢はない。マホイップから虹色の葉っぱが放たれて、それらが張り巡らされたクリームの間をすり抜けてフーディンに向かって飛んでいく。威力に関しては少し心もとない所があるから、サイコキネシスをされてしまえばさっきみたいに防がれる可能性はあるけど、サイコキネシスとマジカルリーフでは、技を打つ時に使うスタミナが違う。サイコキネシスよりも、マジカルリーフの方が打つのに全然体力を使わない。だからこの打ち合いをずっと続けた場合、先にガス欠を起こすのはフーディンの方だ。耐久戦はこちらも望むところである。

 

 そこからはしばらく場が動かず、フーディンに向かって葉の刃が突き刺さり続ける。サイコキネシスの壁にその葉がどんどんくっつくことによって、フーディンの姿が葉っぱに隠されていくけど、未だにサイコキネシスの壁があることから、あの中にフーディンがいることに変わりはないだろう。ボクはこのまま攻撃を続ければいいだけだ。けど……

 

「……嫌な予感。なんか、クララさんとのバトルの最後を思い出す……」

 

 ぶきみなじゅもんの周りに毒を纏わせて、そこから巻き返したセイボリーさんのラストアタック。あれを見てしまうと、どうしてもこの状況でも安心できない。

 

(セイボリーさんは、まだ何かする気だ……)

 

 有利状況でも消して目を離さず、何が起きてもすぐ対応できるように注視するボク。そんな時に、ついに場に動きがあった。

 

「ッ!?マホイップ!!攻撃ストップ!!」

「マホ!」

 

 ボクの言葉を聞いて攻撃をやめるマホイップ。すると、サイコキネシスにくっついていた葉っぱたちが、勢いを無くして重力に沿って落ちていく。それはサイコキネシスにくっついていたものも同じで、刺さっていた物がひらひらと舞って地面に落ちる。が、問題なのはここから。

 

 サイコキネシスのバリアが消え、葉っぱが落ちることで本来目に入ってくるはずのフーディンがそこにはいなかった。

 

「やっぱり……!!『テレポート』で脱出してる!!いったいどこに……」

「マホッ!?」

「マホイップ!?」

 

 瞬間移動で消えたフーディンを探すために、視線をいろんな方向へ向けている時に聞こえたマホイップの声。そちらに無意識のうちに視線を向けていくと、そこには、サイコキネシスの浮力がなくなり、どんどん地面に落ちていくクリームの塊たちがあった。それに伴って、沢山広げて展開していたクリームの線も一緒に落下していく。

 

(フーディンが『サイコキネシス』の全部を切ったんだ。だから空中に浮いていたクリームが落ちて、それにくっついていたクリームの線も全部落とされたんだ)

 

 クリームの結界を全部消すならサイコキネシスを切ればいい。とても単純な答えだから勿論ボクもその反撃は視野に入れていた。けど、この対策の問題は、自分の上からクリームが降ってきてしまう点にある。たとえ結界の線を全て消すことが出来ても、自分がクリームの中に埋もれてしまったらもっと逃げ場がなくなってしまい、意味がない。だから絶対にこの手は使わないと思っていたのだけど……

 

(まさかあれだけ『サイコキネシス』に力を入れながら『テレポート』をすることが出来るとは思わなかった……いや、『テレポート』用の力をためるために、わざと『サイコキネシス』で受け続けていたんだ……)

 

 地面に落ちるマホイップとクリームの塊たちを見送りながら、先の展開の答え合わせをしていく。テレポートに込める時間で瞬間移動の距離が延びるのは、先日のオーベムの活躍でわかっていたから、この答えで間違いなはずだ。

 

(クリームは大丈夫。いくらマホイップの上に積み重なっても、マホイップ自身もクリームだからダメージはない。けど問題は……)

 

 どこを見渡しても、肝心のフーディンがいない。もしかしたら、このサイコキネシスの解除は、相当遠くに瞬間移動したから起きてしまったものであって、自分の意志で切ったものではない可能性がある。それなら今も姿が見えないのは納得だ。

 

(でもじゃあ……どうしてそんなことを……)

 

「マホッ!!」

 

 そちらに思考を回しているうちに、クリームの海からひとまず顔を出したマホイップが、頭だけを表に出して、周囲の状況を確認しようと辺りを見渡し……

 

「フーディン!!見えましたか!!ここです!!」

「ッ!?」

 

 マホイップの姿を見たセイボリーさんが天に向かって声を張り上げる。と同時に、マホイップの前にフーディンが瞬間移動で現れた。

 

「マホイップ!!クリーム━━」

「『サイコキネシス』!!」

 

 すぐさまクリームに潜るか、クリームで壁を作ろうとするけど、ここまで接近されてしまうと防御は間に合わない。

 

「マホッ!?」

 

 サイコキネシスを直撃させられたマホイップは、そのまま壁の方まで吹き飛ばされて叩きつけられる。

 

「マホイップ!!」

「マホ~……」

 

 突如目の前に現れたという奇襲性と、フーディンという高火力特殊アタッカーの攻撃を至近距離から受けてしまったという結果から、マホイップは壁に背中を預けながら目を回していた。

 

 

「マホイップ、戦闘不能!!」

 

 

「ありがとう、マホイップ」

 

 倒れたマホイップに声をかけながら戻すボク。モスノウ同様、大暴れしてフーディンをかなり削っているので十分な活躍だ。安心して次に任せて欲しい。

 

「はぁ……はぁ……後2人……並んでいるはずなのに、遠いですね……」

「フゥ……」

 

 一方で、明らかに疲れの色が見え始めたセイボリーさんとフーディン。

 

 リードは未だこちらにある。

 

「譲らない……このまま行くよ、インテレオン!!」

「レオッ!!」

 

 そのリードを死守するために、ボクの5人目が出陣する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クリーム結界

半径20メートルくらいはありそうですね

フーディン

苦戦はしましたが突破。初代の意地ですかね。




アニポケの新しいOPがとても綺麗で好きです。見ててちょっと鳥肌が立ちました。ああいう感じもいいですね。






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235話

「いくよインテレオン」

「レオッ」

 

 場に出ると同時に気合いの入った声を上げたのは、ボクの5人目であるインテレオン。いつもクールな彼が、マホイップとモスノウの頑張りに押されてか、気合いの入った声を張り上げる。心做しか、指先にたまる水が少し漏れているようにも見える。それだけこのバトルに気持ちが籠っている証ということか。

 

「フーディン……まだ、行けますか?」

「……フッ!!」

 

 一方で、息を切らせながらも何とかやる気だけは途切れさせないように気を張っているフーディンとセイボリーさん。マホイップからのダメージもそこそこに受け、そしてそれ以上に大量のクリーム操作と、長距離テレポートによる疲れが身体を蝕んでいるため、動くのがかなりしんどそうに見受けられる。

 

「回復される前に攻め落としちゃおう!インテレオン!!『ねらいうち』!!」

「レオッ!!」

「『サイコキネシス』です!!」

「フッ!!」

 

 体力的優位はこちらにある。その優位を維持するために、相手に休憩の時間を与えずに仕掛けていくように指示を出したボク。これに従ったインテレオンは、右手人差し指をまっすぐフーディンへと向け、水の弾丸を3発放った。その弾丸の速度は凄まじく、音を置き去りにするのではと思ってしまうほど。だが、スピード勝負には慣れているフーディンも、すかさずサイコキネシスのバリアを貼ることでこの3つの弾丸を逸らし、事なきを得る。いくら疲れているとはいえ、これくらいならまだ何とかなるレベルみたいだ。

 

「なら……インテレオン!!クリームを手に!!」

 

 攻撃を防がれたこちらが次にした行動は、先程マホイップが使って、そのまま放置となっていた水色のクリームを両手につけるというものだった。

 

「また何か変なことが来ます!!警戒を!!」

「フゥ……」

 

 その行動にまた警戒度を一段階あげて、こちらをずっと見つめてくるフーディンたち。けど、そんな彼らの行動なんて気にもせず、ボクはインテレオンに向かって考えていた通りの行動をしてもらうように告げる。

 

「『アクアブレイク』で飛ばして!!」

「レオッ!!」

 

 ボクの指示を受けたインテレオンは、クリームが着いた両手に、クリームのさらに上から両手を包むように水を纏い、構えと準備が出来たと同時に、水を纏った両手を素早く振り抜いた。すると、水の塊で圧縮されたクリームが、腕を振るわれたことでインテレオンの両手から離れ、水に閉じ込められたまま飛ぶ斬撃の形に変形。そのまま真っ直ぐフーディン目掛けて突き進み始める。

 

 右手は上から下に、左手は右から左にと、十字を描くように振られた腕と同じ形に伸びた斬撃が飛ぶ。その様は、エルレイドが得意とするサイコカッターを水で真似たようなものに見えた。

 

「本当に手札が多いですね……ですが遠距離ならまだ何とかなりますし、クリームを閉じ込めたところで格段に威力が上がっているとは思えません!!『サイコキネシス』です!!」

「フッ!!」

 

 いきなり放たれたクリームとの合体技。その意外性に最初こそ驚きの表情を見せるものの、よくよく考えたらそんなに驚異では無いことに気づいたセイボリーさんが落ち着いて防御を指示。セイボリーさんの声で落ち着きを取り戻したフーディンも、すぐさま自身の周りに念動の守りを敷いて、水とクリームの刃に対する盾を作る。これでインテレオンの攻撃は防がれてしまうだろう。

 

(でも、それでいい!!)

 

「フッ!?」

「なっ!?」

 

 斬撃と念動は程なくして衝突。技と技の衝突結果はサイコキネシスの圧勝。少しの鍔迫り合いをすることも無く刃は弾け、圧縮されたクリームも圧が消えたので元に戻ろうと形を変える。が、このクリームが形を変えるというのがセイボリーさんたちにとっての予想外であり、ボクの狙っていたものだった。

 

 圧が無くなったクリームは、枷が無くなったことでその体積を膨らませ、一気に周りにその身体を伸ばし始めるのだけど、水の刃が消えた時にそれが起きたということは、中のクリームはフーディンの目の前で視界を防ぐように展開されてしまうということになる。

 

「フッ!?」

 

 自身の目の前に急に現れる水色のカーテン。サイコキネシスのバリアよりも大きく広がるそのクリームを前にして、フーディンは驚きの声を上げて身体を固まらせていることだろう。残念ながらボクからはどうなっているのかが確認できないから予想でしか語れないけど、少なくともテレポートの移動を瞬時に判断できるほどの心理的余裕は無さそうだ。

 

「前が……しかし、それならこうするまでです!!」

 

 そんなフーディンの心を落ち着け、さらに先程マホイップのマジカルリーフを受けながら行った時のようにテレポートで移動する指示を出そうとしているセイボリーさん。だけど、それよりも先にインテレオンが動く。

 

「インテレオン、『ねらいうち』」

「レオ」

「フッ!?」

「なっ!?」

 

 フーディンが指示に従ってテレポートをするよりも早くフィールドに響く、ガラスが割れたような音。その音の正体は、フーディンが自身を守るように展開していたサイコキネシスのバリアが砕ける音。よくよく見れば、フーディンから見て左手側のバリアには確かに穴が空いており、そこを中心に念動の壁がぶれ始めて崩壊しているのが確認できる。

 

「左から!?しかし左には何も……」

「よそ見してていいんですか?」

「っ!!」

 

 慌てて攻撃が飛んできた方向に視線を向けるセイボリーさん。サイコキネシスを破ったインテレオンの位置を確認するために視線を向けるけど、そこには誰もいないように見える。そのことに意識を取られついつい考え込んでしまっているけど、今フーディンの目の前には広がったクリームがあり、自身を守るものはもうない。そんな状態で何もしなければ、当然目の前のクリームはフーディンを襲うわけで……

 

「フ……フゥ……ッ!!」

 

 フーディンの上から降り注いだクリームがベッタリと身体に張り付いていき、フーディンの動きを阻害する。これでテレポートはともかく、通常移動の制限はできたはずだ。

 

「『きあいだめ』」

「レオ……」

 

 身体を襲う気持ち悪い感覚にフーディンがうなされている間に準備を進めるボクとインテレオン。

 

「フーディン!!『サイコキネシス』で身体のクリームも地面のクリームも全部集めて辺りに飛ばしまくってください!!今になってようやく気づきましたが、相手は今透明になっているはずです!!捜索を!!」

「フッ!!」

 

 そんなボクとインテレオンに声を聞いて、ようやく答えにたどり着いたセイボリーさんが、慌ててボクたちの動きに対する解答を出し始める。

 

 セイボリーさんの言う通り、先程サイコキネシスを壊した時はインテレオンは自分の姿を隠していた。メッソンの頃からその身体に備わっている擬態能力によって、身体の表面を濡らすことで自身の姿を透かせて背景と同化。視認できない状態にして、クリームに気を取られている間に接近し、ほぼゼロ距離からねらいうちを発射することでサイコキネシスのバリアをぶち抜いたと言う訳だ。

 

 その事に気づいたセイボリーさんが、今度は自分がし返すとばかりに、地面のクリームを操ってやたらめったらと飛ばしまくる。

 

(成程、透明になっているインテレオンのあぶり出しか……)

 

 インテレオンの透明化は、背景に擬態しているだけで本当に消えているわけじゃない。だからこの状態でも攻撃が当たってしまえば普通にダメージは通るし、今回のようにクリームをぶつけられたら身体にクリームが付着してしまう。そうなると、インテレオンはクリームまでは擬態させることはできないから、空中に不自然に浮かぶクリームの塊を作り出してしまう事となり、それがインテレオンの場所の証明になってしまう。セイボリーさんが狙っているのはそれだ。だから今も、地面に広がっている大量のクリームを沢山の小粒に分けて操り、竜巻に巻き込まれたかのように振り回す。

 

 これだけのクリームの嵐。避けるのは難しく、そしてこれのどれか1つにでも当たったら、フーディンはこの力を一気にインテレオンに向けることだろう。

 

 けど、どこに目を向けても、フーディンが操るクリームが何かにぶつかる気配がない。

 

「フ……!?」

「い、いない……そんなことは……どこに……」

 

 右も左も、前も後ろも、フーディンから見てどの場所に視線を動かしても、どこかにぶつかった跡のあるクリームの塊は見つからず、インテレオンの気配が全く感じられない。そのことが信じられず、自分の見落としの可能性を考慮してあちこち見まわすセイボリーさん。その姿を見て、ボクは小さく指示を出す。

 

「インテレオン、『ねらいうち』」

「……」

 

 ボクの言葉に返ってくる言葉はない。代わりに、ボクが今インテレオンがいるであろう場所に視線を向けると、そこにはほんのわずかに見える水の弾。

 

(地上にいないのなら、インテレオンがいる場所なんて1つしかない。さぁセイボリーさん。さっきマホイップに対してフーディンがしてきたことに対する意趣返しです。……ぜひ、受け取ってくださいね)

 

発射(FIRE)

「上!?」

「フッ!?」

 

 ボクの言葉と同時に、上にいることに気づいたセイボリーさんとフーディンの顔が上にあがり、それから一拍遅れて、上空に浮かぶ小さな水の弾丸がわずかな発射音を立てて打ち出される。

 

 音すらも置き去りにしたその弾丸は、ボクたちの誰にも視認されることなく飛び出し、気づけばフーディンの足元で、一度だけ何かが穿たれたような音が小さく響いた。

 

「……フーディン?」

 

 穿たれた音が聞こえると同時に、ステージを荒まくように動いていたクリームの動きがピタリと止まった。それはまるで時を止められたかのように見え、そのあまりに不自然な現象に、セイボリーさんも若干声を震えさせながら、小声でゆっくりとフーディンに声をかける。

 

「……」

 

 しかし、フーディンから声は返ってこない。

 

 何ひとつ音のならない無音空間。観客も、息をすることさえ忘れているのではないかという場所で、しかしほどなくして耳に小さな音が入って来る。

 

 その音は、何かが落ちてきたような音で、しかしその音の発生源には何も見えない。だけど、そのなにも見えないというのが、逆にその音の正体を教えてくれた。

 

「……」

 

 ほどなくして、音の正体はゆっくりと姿を現す。

 

 答えは勿論インテレオン。擬態を解いた彼が、目を閉じ、人差し指を立て、優雅に、そしてゆっくりと地面を踏みしめ、一歩、また一歩と、ボクの方に歩いてくる。そして……

 

「フゥ……」

 

 インテレオンが立てた指に、まるでろうそくの火を消すかのようにそっと息を吹きかける。その動作を合図に、空中に浮いていたクリームのすべてが一斉に落下し、辺りに水分を多めに含んだ音を響かせた。

 

 そして、このクリームたちを持ち上げた張本人もまた、堕ちていったクリームと一緒に、その身体を地面に横たえた。

 

 その様は、インテレオンがフーディンの命の灯を息で消したように見えた。

 

 

「……はっ!?フ、フーディン、戦闘不能!!」

 

 

 ドラマのワンシーンのような余りにも現実離れした光景に、審判の人も思わず宣言が遅れてしまう程の一幕。

 

 急所必中。一撃必殺。

 

 元々急所に当たりやすいねらいうちを、きあいだめで集中力をあげてから放つことによって、絶対に急所に当てることが出来るようになっている水の弾丸は、その効果を証明するようにフーディンの脳天に直撃し、まだもう少し余裕があったはずのフーディンの体力を削り切ってしまっていた。これでまだげきりゅうが発動しているのだから、やはり条件の揃った時のインテレオンは物凄く頼りになる。

 

(……でもやっぱり、威力がちょっと出すぎている気がしなくもないけど……)

 

 その威力の高さに少しだけ違和感は感じるけど、いい方向で誤算なのは別に構わないので、少なくとも今気にする必要はないだろう。

 

「……戻ってください、フーディン」

 

 まだバトルは終わっていない。顔を伏せながらフーディンを戻すセイボリーさんが、今一体どんな心境なのかはわからないけど、まだ最後のヤドキングが残っている以上、例えセイボリーさんの心が折れていたとしても油断はできない。99%勝ちが確定していたとしても、1%の確率で負けてしまうのなら、それは安心の材料にはなりえない。

 

「……本当に、強いですね」

「……」

 

 ボールにフーディンを戻し、ホルダーに引っ掛けながら言葉を零す。

 

「あなたに勝つために、ここまでたくさんの策を立ててきました。しかし、その悉くを弾かれてしまい、とうとう手元はヤドキングだけ……」

 

 次のボールを自分の頭の前に浮かばせながら、それでも顔をあげないセイボリーさんの姿を、ボクは黙って見続ける。

 

「対するあなたはまだまだ元気なインテレオンとヨノワールを残している……だれがどう見ても絶望的な状況……」

「……」

 

 今の状況を整理するかのように、小さく言葉を零していくセイボリーさん。その言葉はとてもネガティブで、聞き方によってはこのバトルをもうあきらめているかのようにも聞こえてくる。

 

 けど、ボクはそれでもセイボリーさんから何かを感じ、目を離せない。

 

「昔のワタクシなら、間違いなく諦めていた場面ですね……ですが……なぜでしょう……」

 

 ゆっくり顔を上げるセイボリーさん。そしてようやく合わせることが出来たその瞳。

 

「今のワタクシ、これっぽっちも負ける気がしません!!ヤドキング!!行きましょう!!勝ちを確信している相手の足元を、ひっかけてやりましょう!!」

 

 今までで一番ギラギラした瞳をしながら、セイボリーさんは胸元に手を添えて深く一礼。それと同時に、頭の前に浮かんでいたボールが前に飛び出し、中からヤドキングが放たれる。

 

「ヤド……ッ」

「追い込まれるほど高まる……ワタクシの本気パワー……!!お見せしましょう!!これぞワタクシの人生一番の大勝負!!『サイコフィールド』!!」

 

 ヤドキングが地面に足をつけると同時に、ヤドキングを中心にピンク色の空間が展開。地面に未だ残っているミント色のクリームも相まって、とてもファンシーな空間が出来上がった。

 

 サイコフィールド。

 

 地面を不思議な空間に変え、地面に足をつけているもののエスパータイプの技の威力を底上げするのと同時に、でんこうせっかやかげうちと言った、相手より速く動いて攻撃することを目的とした技の発動を阻害する効果を持っている。まあ、後者に関してはインテレオンもヨノワールも、そういった技を覚えていないので気にする必要はないけど、問題は前者の方だ。

 

 エスパータイプの技の威力上昇。これは純粋にセイボリーさん側へのバフになるし、こちら側にエスパータイプの技を使うポケモンはもういないので、この空間にタダのりすることもできない。

 

(そしてこのタイミングでこの技を選んだってことは……)

 

「ヤドキング!!見せてあげましょう!!この日のための最終奥義!!『ワイドフォース』です!!」

「ヤドッ!!」

「インテレオン!!とにかく下がって!!」

 

 ピンク色の空間ができると同時に宣言されたのはワイドフォース。元々サイコフィールドの恩恵を受けるエスパー技の中でもさらにシナジーが良い技で、フィールド効果による威力上昇量が他のエスパータイプの技よりも圧倒的に大きく、またその威力の上昇量故に、攻撃範囲も比べ物にならないくらい広がる、正しくサイコフィールドでこそ輝く一番の大技。その破壊力は見ているだけで背筋が冷えるものであり、ヤドキングを中心に広がるピンクの光は、まるで大爆発が起きたのでは無いかと錯覚するほどの威力と音を伴ってインテレオンに向かって飛んでくる。

 

「レオ……ッ!?」

「インテレオン!?」

 

 見るだけでわかってしまうこの技のやばさに、さすがのインテレオンも冷や汗を流しながらバックステップ。少しでも距離を開けて、たとえ受けてしまったとしてダメージをちょっとでも抑えようと努力する。そのおかげがもあってか、ワイドフォースが広がり始めるよりも先にある程度距離をとる事は出来た。が、なぜかインテレオンの身体が少し仰け反る。一体何事かと視線をインテレオンに向ければ、インテレオンの左目に、ワイドフォースによって吹き飛ばされたクリームが付着していた。勢いよく飛ばされて目に入ってしまったらしい。

 

「レ、レオ……ッ!!」

「大丈……インテレオン!!前!!」

「ッ!?」

 

 慌てて目を擦って視界を取り戻そうとするけど、今バトルフィールドには沢山のクリームがある。それらがこんな攻撃を受けて、たかだか目にちょっと入る程度のクリームしか飛び散らないわけが無い。それに気付いたボクが慌てて声をかけるけど、その時には既に遅く、ワイドフォースによって飛び散ったクリームが壁となってインテレオンを襲ってくる。

 

「『アクアブレイク』!!」

 

 こんな勢いで飛ばされたらいくらクリームと言えどもダメージは貰ってしまう。しかし避けることは不可能。なので、せめて技でうち落とそうと両手でバツ印を書くように振るったインテレオンは、クリームの壁に小さな隙を作ることに成功。この隙間に身体をねじ込んで、大ダメージを避けようとする。ただ、急いで作った隙間ゆえ、綺麗に通り抜けることは出来ず、身体の至る所にクリームが付着することにはなってしまった。

 

 これで透明化も難しくなった。けど、同時に一旦ワイドフォースも落ち着いた。

 

「『ねらいうち』!!」

「『ヘドロばくだん』!!」

 

 技が切れたところを見て水の弾丸を放つインテレオン。真っ直ぐ突き出された指から放たれたその弾は、しかしヤドキングが生み出した毒の玉によって相殺。水と毒液の飛沫が辺りに飛び散る。

 

「走って!!」

 

 そんな水と毒の相殺を確認するよりも早くインテレオンに次の指示を出す。クリームが身体に付着したせいで若干動きが鈍いものの、ヤドキング相手にはこれでも充分速いので気にせずダッシュ。ヤドキングを中心に時計回りに周回しながら、右の人差し指をヤドキングに向ける。

 

「『ねらいうち』!!」

「『ヘドロばくだん』!!」

 

 向けた指先から次々と放たれる水の弾丸。ヤドキングもインテレオンを止めるべく、毒の玉をばら撒き始める。どちらも発射している攻撃の量が多く、先のような相殺のしあいではなく、自分に来るものに対する回避行動が少し増え始めた。

 

「レオッ!!」

 

 高く飛んできた毒の玉は姿勢を低くしてよけ、足元を狙って飛んできた次弾を前宙しながらジャンプして回避。その際にヤドキングに向けて2発ねらいうちを放って攻撃を仕掛けると同時に、インテレオンの着地を狙って放たれたヘドロばくだんを、ねらいうちを放った反動で少し下がったことで着地地点をずらして回避。着地と同時に再び走り始める。

 

「ヤド……ッ!!」

 

 一方ヤドキングは、頭を下げて初段を回避しながらヘドロばくだんを1発発射。その間に飛んできた次の水を、右足をあげてしこをふむ前のような態勢をとって回避。一時的に片足状態になってしまったため、バランスを崩しそうになり、そこを付け狙うように次の水弾が飛んでくる。が、これに対して左足を軸にして反時計回りに身体を回転させることによって、半身をずらして弾を避け、回転の勢いを載せてヘドロばくだんを発射してくる。

 

 華麗に、そしてスマートに避けながら攻撃するインテレオンと、危なっかしく、そしてコミカルに避けながら攻撃するヤドキング。常に動く片方と、最低限の動きしかしない片方の、まるで正反対でありながら、しかしどちらもしっかり攻撃を回避しているこのやり取りから、この場にいる誰もが視線を釘付けにされていた。

 

 動きに華があるのは確かにインテレオンだが、最小限の動きで避けているということは、ヤドキングもこの攻防の全てを見分けられているということだ。ここにいる観客たちも、その事を理解しているからこそ、今この場のレベルの高さに目を奪われていた。

 

 お互いクリーンヒットが出ない膠着状態。しかし、今回はこの膠着状態は、セイボリーさんに有利な展開だ。ヘドロばくだんがばら撒かれることによって、毒のガスが漂い始めているからだ。長くこの状況を続けていくと、いずれインテレオンは毒に蝕まれ、倒れることになるだろう。

 

(どこかで勝負かけなきゃね……)

 

 拮抗している場を見つめ、ボクはぎゅっと拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ねらいうち

設定ではこれをマッハ3で打ち出すインテレオン。こんなのが急所に当たれば……って、この話、以前したような気がしますね。けど、そんな技でもフーディンはまだしも、ヤドキングもしっかり見極めてます。恐ろしいですね。

ワイドフォース

ダブルでよく見かける技ですね。フィールド下で強くなるシリーズの1つであり、カプ系に渡されない技の1つです。パルデア環境を考えたら、貰っても平気そうですけどね。それだけパルデアのポケモンたちは戦闘に特化してますから……




もう少しで、セイボリーさんとの闘いも終わりですね。






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236話

 ずっと追いかけていた背中は遥かに高く、そして険しかった。

 

 勝つためにたくさんの策を考え、没にし、そしてようやく形になって挑んだ今日。でもその悉くを破られ、結果は1対2の完全なる負け状況。今でこそ互角の勝負をしていますが、現状で負けている以上引き分けでは意味が無い。かと言って、彼がここでワタクシにリードを譲るほど甘い人間では決してないことなんて、ワタクシ自身がよく知っている。

 

(きっと、観客の中では既に勝敗を決めつけている人もいるのでしょうね……)

 

 ちらりと観客席に視線を送れば、ワタクシの考え通り、応援の声をあげてはいるものの、表情はどこか達観している人が何人か見受けられた。そのことに何か意見するつもりはありません。ワタクシが同じ立場でも、同じことを思ったことでしょう。

 

(ですが……それでも……!!)

 

 不利状況上等。こんなところで諦めるようなら、彼の隣に立つことなんて不可能だ。

 

(あの時、あのウルガモスとのバトルのような、みじめな頃のワタクシには絶対に戻らない!!そのためにも……)

 

 だから前を見る。最後の最後まで目線を逸らさずに。

 

 だから虚勢でも声をあげる。己の心を燃やすために。

 

 まだ、勝ちを拾うルートはある。だから……

 

(あなたの戦い方、参考にさせてもらいますよ!!クララさん……!!)

 

 ワタクシが負かした人の気持ちをも背負って、前に駆けだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオッ!!」

「ヤド……ッ」

 

 ヤドキングを中心に行われる弾幕の撃ち合い。

 

 避け、落とし、逸らし、そして返す。

 

 左目が未だクリームによって潰されているインテレオンと、元々動きが緩慢な方であるヤドキングであるため、お互い全力のパフォーマンスが出せている訳では無いけど、少なくとも現状できることを全力で行っている両者は、その意地の張り合いに見事に喰らいつきあっていた。

 

 インテレオンは速度と機動力で、ヤドキングは読みと精密度で勝っており、その強みを生かすように立ち回っているゆえのこの結果だろう。だが、そんな拮抗していた両者のバトルにも徐々に差が出始める。

 

(……やっぱり出てきたね……毒ガス)

 

 少しずつ……でも確かに、バトルフィールドが紫色の煙で包まれ始めようとしている。これは、さっきからヤドキングが飛ばしているヘドロばくだんが気化し始めている証で、強い毒性を持つこの技は、気化する程度ではその効果が消えることは無い。炎で燃やしたりすれば多少はマシになるけど、みずタイプであるインテレオンにはそんなことは出来ない。だから、ここで何もしなければインテレオンは毒によって着実に削られてしまうだろう。

 

(それにしても、ここに来てまさかの毒攻め……)

 

 じわじわと追い詰められるこの戦法を見て思い出されるのは、セイボリーさんの1つ前の戦。

 

(クララさんとのバトルの時に、マタドガスにされていた戦法だよね……)

 

 毒のエキスパートの人が行っていた戦術を真似ているセイボリーさん。だけど、その時の戦いをそのまま使ってくるという先入観を持たないようには注意しておく。というのも、ここまで戦ってきたことで、セイボリーさんがいろんな人の戦い方を真似てきているのは理解できたけど、今までのそれはどこかしらにエスパータイプならではのギミックが入っていたし、最終的なメインの攻撃はエスパー技だった。そのことを考慮すれば、おそらくセイボリーさんの攻撃は、この毒ガスでは終わらない可能性が高いからだ。

 

(このままだとじわじわやられるから、こちらから仕掛けなくちゃって構えていたところに、まさか先に仕掛けて来るとは思わなかったけど……セイボリーさんも先のことを見据えているって事かな)

 

 インテレオンの後ろにまだヨノワールがいる以上、勝つためにはここを速やかに突破しないとヤドキングのスタミナが持たない。だからこその采配なのだろう。

 

(さて、どうくる……?)

 

 インテレオンと一緒にヤドキングを見つめ、ねらいうちで攻撃しながらどう動くかを注視する。すると、セイボリーさんが満を持して口を開く。

 

「ヤドキング!!『サイコキネシス』!!」

 

(『サイコキネシス』……?)

 

 セイボリーさんに紡がれたヤドキングへの指示。その言葉に少しだけ違和感を感じた。

 

 クララさんとのバトルでは、ぶきみなじゅもんをメインウェポンにおいて毒を弾くような動きをしていた。それに、ぶきみなじゅもんといえばガラル地方のヤドキングだけが使うことの出来る特殊な技だ。専用技というだけあってその効果も独特で、この技を受けた相手のスタミナを少し奪うという、キバナさんのキョダイマックスジュラルドンが使ってきたキョダイゲンスイのちょっと控えめ版となっている。強力な技ではあるし、ヤドキングの代名詞という技でもあるし、だからこそクララさんとのバトルでも頼っていたと思われる技でだけに、今回その技を切ってまでサイコキネシスを入れていることに疑問を感じたボク。

 

 しかし、その疑問も次の瞬間には払拭されていた。

 

「さぁヤドキング!!存分に操っていきましょう!!」

「ヤド……ッ!!」

 

 気合の入ったヤドキングが、目を青白く光らせながら技を発動し、自身の周りのクリームと毒ガスをどんどん集めていく。

 

「『ねらいうち』!!」

「レオッ!!」

 

 何か大技の気配を感じたボクは、すぐさまそれを止めるべくインテレオンにねらいうちを指示。ヤドキングめがけて高速で飛んでいく弾は、しかしサイコキネシスによって操られたクリームが盾となって防ぐ。

 

「そこです!!」

「ヤドッ!!」

 

 ねらいうちを防いだヤドキングは、すぐさまサイコキネシスでクリームの盾を外して視界確保。ねらいうちを打ったばかりで少しだけ後隙があるインテレオンに向かって、今度は毒ガスの方をサイコキネシスで操ってこちらに伸ばしてくる。

 

 サイコキネシスによってまとめられ、一本の大きなうねりとしてこちらに迫ってくるその様は、ともすれば一匹の大きなジジーロンが口を開いて突っ込んできているようにも見えた。

 

「『ねらいうち』!!」

 

 襲い掛かってくる毒の竜。その頭に対してねらいうちで迎撃を試してみるけど、インテレオンの水の弾は毒の竜の頭をすり抜けて、明後日の方向に飛んでいってしまう。

 

(『サイコキネシス』で集められているとはいえ、毒そのものはガスだから攻撃だととまらない……)

 

 ねらいうちをものともせずにこちらに突っ込んでくる毒龍を見て、すかさず回避行動に移るインテレオン。自身の足元を嚙みつこうと突っ込んできたこの毒に対して素早く右に飛び、今度はヤドキングを狙って直接ねらいうち。毒龍を止められないのなら本体から叩くしかないので無理やり狙ってみる。が、しかしこれもやっぱりクリームに止められてしまう。

 

(毒竜を止めようと思ったらクリームが邪魔して、クリームを突破するために移動しようとしたら毒竜がちゃんとその進路をふさいでくる……厄介……)

 

 自分が出したクリームに首を絞められる展開にどうしても歯がゆい気持ちが募っていく。どうにかこの展開を打開するために、インテレオンがステージを縦横無尽に駆け回るけど、ヤドキングからすればクリームの盾を少しずらすだけでねらいうちの射線は簡単に切れるから何も怖い所がない。ここまで攻防一体という言葉を実現している戦法もなかなかないだろう。

 

(せめてヤドキングの周りにあるクリームだけでも除去できれば、こちらからの攻撃が通るようになるからだいぶ楽になるのだけど……)

 

 ねらいうちを防がれたところを再び突っ込んでくる毒竜を今度はバックステップでよけ、そんなインテレオンを更に追いかけてきた毒竜からもっと距離を足るために背を向けてとにかく走りまわるインテレオンの様子を見ながら、必死に次に打つべき手段を考えていく。

 

(毒竜を誘導させてヤドキングにぶつける……は無理か、『サイコキネシス』で動かしている以上自由が利くわけだし、そもそも今はたまたまあの形をとっているだけで、その気になれば全方位から追い込むことだってできるもんね)

 

 竜の形をとって追いかけているのは、単純にサイコキネシスの速度で動かせる速度に限界があるからそうなっているだけだ。時と場合が来れば、この形はすぐに崩れることとなるだろう。むしろ、崩された方がやばいからインテレオンが走り回っているまである。しかし、そうなるとヤドキングからさらに距離が離れることになるため、クリームを飛ばすという行為はますます難しくなる。

 

(『ねらいうち』を地面にぶつけて、圧縮された水が爆発する勢いを利用してクリームを飛ばすのが間違いなく一番いい。だけど、ここまで距離を取らされたらそれも難しい……)

 

 クリームを飛ばすだけならさっき考えた作戦で十分なのだけど、その肝心のクリームがサイコキネシスで固められている以上、サイコキネシスごと吹き飛ばすための威力が必要になって来る。圧縮された水を解放するだけでいいのならあまり距離は関係ないと思うかもしれないけど、遠くまで飛ばすと圧縮状態を維持するのが難しいから、発射してから圧縮を解除するまでの間に少し圧縮が解けて、爆発の規模が下がる可能性が高い。となれば、やっぱり近づいて攻撃したいところ。

 

(さて、どうやってヤドキングに近づくか……って、あれ?)

 

 そこまで考えたところで、ある所に気が付く。

 

(今セイボリーさんが操っているのって、『ヘドロばくだん』の余りじゃなくて、『ヘドロばくだん』によって出来上がったガス……なんだよね?実体がないから相殺できずに避けるしかなくて、インテレオンは逃げることを強要されている……)

 

 実体がなく、相殺できない攻撃というのはかなり厄介だ。防ぐことが出来ず、避けるしか回避方法がない攻撃であるため、神経を使う必要があるから。だからこそ今ボクは凄く困っている。

 

(でも、実体がないからこその対策方法だってある!!)

 

「インテレオン!!ヤドキングに向かってダッシュ!!」

「ッ!?……レオッ!!」

 

 その困っている原因に対しての解決案を思いついたボクは、現在進行形で毒の竜からの突撃をジャンプで避けたインテレオンに対して突撃を指示する。これに対して一瞬びっくりした様子の顔を浮かべるインテレオンだったけど、ボクの目を見て、ボクの作戦を信じて、すぐさま表情を引き締めて返事を返しながら着地。同時に、自身の向いている方向をヤドキングに向けて、一気に突っ込みだした。

 

「ヤドキング!!」

「ヤドッ!!」

 

 勿論セイボリーさんはこのインテレオンの進撃を阻止するために、自身とインテレオンの間に毒の竜を呼び込んで、通せんぼするようにして構えさせる。このままインテレオンが突き進めば、この毒の竜が大きく開けた口に飲み込まれることになるだろう。

 

 だからどうした。

 

「そのまま突っ込め!!」

「レオッ!!」

「……ッ!!」

 

 大きく口を開けて、こちらに噛みつこうとしている毒の竜に対して、こちらがとった行動は無視。まるで毒の竜なんて最初から存在していないとでもいうかのように、インテレオンは動く足の速度を止めない。

 

「レオッ!?」

 

 そうなれば当然毒の竜はインテレオンにかみつく形になる。これでインテレオンの身体には毒が入り込み、時間と共に体力を削られることとなるだろう。

 

 だが、それで構わない。

 

「怯まないで!!」

「……レオッ!!」

「やはり、そうきますか!!」

 

 自身が毒になっても、それに気にかけることなく突き進むインテレオン。本来なら、攻撃を受けた勢いで後ろに弾き飛ばされてもおかしくないけど、ここに来て毒の竜がガスによってできた、実体のない攻撃というのが悪い方に……いや、ボクにとってはいい方に作用してきた。

 

「実体のないただのガスなら、攻撃を受けて吹き飛ばされることはない。毒状態は確かに厄介だけど、それにさえ目を瞑ってしまえばこちらの進撃は絶対に止められない。……ごめんインテレオン。今のボクにはこれしか思いつかなかった。少しつらい思いをさせるかもしれないけど……頑張って……!!」

「レオッ!!」

 

 ボクの言葉に、気にするなとでも言いたげに返しながら、それでも足を止めないインテレオン。頭上には紫色の泡が立ち上り、目の下あたりにも薄い紫色の模様が浮かび上がっているけど、自分の身体に鞭を打って走り出す。

 

 いつものボクなら、こんな捨て身の作戦は思いついたとしてもなかなか踏み出すことはしなかっただろう。けど、今回は他に手が思いつかなかったのもそうだけど、セイボリーさんが最後のポケモンであるのに対して、ボクにはまだヨノワールという強力なバックがいるというのがとにかく大きい。別にインテレオンを捨て駒として使うつもりは一切ないし、軽んじているわけでもない。インテレオンも、それをわかってくれているからこそ、ボクの指示を信じて行動してくれている……と信じたい。

 

「レ……オッ!!」

 

 そんなボクの祈るような気持ちを後押しするかのように走るインテレオンに、一切の迷いはない。

 

 毒の竜の中を駆け抜けたインテレオンは、程なくしてクリームのドームに包まれたヤドキングの目の前までやって来る。ここまでくれば、もうインテレオンの邪魔をするものはないし、ヤドキングの速度では、ここから反撃する方法は持ち合わせていない。

 

 これでボクのやりたかったことが出来る。

 

「『ねらいうち』!!」

「レオッ!!」

 

 右手人差し指に水を圧縮して溜めたインテレオンが、ヤドキングを守るクリームの足元に向けて弾丸を発射。今までで一番の水量を込めたその弾丸は、距離が空いているはずのボクのところでも、その弾の姿がしっかりと視認することが出来るくらいには、インテレオンにしては珍しく大きな弾丸を準備していた。

 

「ヤドキング!!『サイコキネシス』でもっとクリームを━━」

「インテレオン!!解除!!」

 

 その弾丸を見て、ボクのやりたいことを見抜いたセイボリーさんが慌てて防御の準備を始めるものの、それよりも速く水の爆発音が響き渡り、セイボリーさんの言葉とクリーム、そしてインテレオンを後ろから追いかけていた毒ガスの竜を外へと弾き飛ばしていく。

 

「「っ!!」」

 

 その爆風はとてつもなく、離れているボクとセイボリーさんも、その衝撃に思わず顔を覆うように腕を構える。一方で、水の爆心地の近くにいるインテレオンとヤドキングもこの爆発の余波を受けてしまうけど、この両者は気合で踏ん張り、吹き飛ばされることなくその場にとどまり続ける。

 

(インテレオンもヤドキングも凄い……ッ!!)

 

 その様子に思わず賞賛の言葉を送ってしまうボク。それから程なくしてねらいうちの爆風が治まり、爆発によって消えた音が返ってき始めた。

 

 インテレオンとヤドキングの周りには何もない。

 

「インテレオン!!」

「レ……オッ!!」

 

 その状況を一歩速く確認したボクは、インテレオンにすぐさま前進の指示を出し、インテレオンも毒によって少しだけ反応が遅れながらも、すぐに足に力を入れて走り出す。対するヤドキングは、ボクの方からは少し下を向いていて、まだ怯んでしまっているように見えた。

 

 ここが一番のチャンス。

 

 飛び出したインテレオンは一瞬でヤドキングとの距離を詰め、懐に潜り込んだ。

 

 これでもうクリームにも邪魔されないし、サイコキネシスでバリアを張られても、既に懐に潜り込んでいるから防御も意味をなさない。つまり、インテレオンの攻撃は確実にヤドキングへと刺さる。それを確信したボクは、インテレオンに指示を出そうとし……

 

「……ヤドッ!!」

「ッ!?」

 

(ヤドキングの目が……生きてる!!)

 

 普段は頭をシェルダーに噛まれているせいで確認できないヤドキングの目元が少しだけ見えた時に、その瞳から感じる気迫を感じて一瞬だけ息を飲むボクとインテレオン。かと言って、決して油断をしていたわけじゃないから隙を見せたという訳でもない。

 

 問題は、セイボリーさんの表情が、この時を待っていたとばかりに、表情に笑みを浮かべていたことだった。

 

「ヤドキング!!『ワイドフォース』です!!」

「「ッ!?」」

「ヤドッ!!」

 

 自信満々な笑みを浮かべながら指示を出すセイボリーさん。

 

 その技名はワイドフォース。

 

 未だにサイコフィールドの残っているこの空間でのその技の威力はさっき体感したばかりだ。そして、あの時と違ってインテレオンはヤドキングの目の前にいるため、今回ばかりは走って下がるというのが絶対に間に合わない。このまま行けば、あのとてつもない火力を秘めたピンク色の爆発が、インテレオンを包み込んで強制的に戦闘不能へと持っていくことだろう。

 

 恐らく、セイボリーさんは最初からこれを狙っていた。足の速いインテレオンを確実に潰すために、ギリギリまで近づかせて大技を当てる。だから先程の攻撃では、ヘドロばくだんそのものではなく、毒ガスの方を操ってこちらを攻撃していたという訳だ。

 

 ボクが、最後の手段として毒の中を無理やり突っ込むという作戦を立ててくることに賭けて。

 

(ほんとに凄いよ……セイボリーさん)

 

 どんどんピンク色のエネルギーを貯めて、それを解放する時を今か今かと待ちわびているヤドキング。インテレオンの方が一足早く技を構えているため、幸いワイドフォースを受ける前に一撃を当てることは出来るだろうけど、今の状態からインテレオンがヤドキングのこの攻撃を止める手段は持ちえない。ヤドキングの体力も沢山残っているから、一撃で倒すということもないだろ。

 

 インテレオンを着実に落とし、次にヨノワールに繋ぐ、勝ちを貪欲に求める良い作戦だ。

 

(でも、そんなセイボリーさんだからこそ……このことは予想出来た!!)

 

 ボクが突っ込む指示をした時に驚かなかったり、負ける気がないという発言を残したり、色々な小さな言葉の違和感を汲み取ったボクは、絶対に何かを隠しているという予感を頭の片隅に残していた。そしてそれはワイドフォースを見て確信した。

 

 必ずどこかで、これを使った何かを仕掛けてくると。

 

(だから……この戦法を逆に利用する!!)

 

「インテレオン!!『とんぼがえり』!!」

「レオ……ッ!!」

「は……?」

 

 ボクの指示を聞いて表情を固めるセイボリーさん。そんな彼を無視して、インテレオンはヤドキングに蹴りをぶつけ、その反動を利用してボクの方に跳んで帰ってくると同時に、ヤドキングのワイドフォースが発動する。

 

 とんぼがえり。相手を攻撃しながら、他のポケモンと素早く交代できる技。

 

 ヤドキングを蹴り、急いでボクの方に飛んできたインテレオンは、ボクが予め準備して右手に持っていたインテレオンのボールに吸い込まれていく。ここまでの移動を迅速に行っていた結果、インテレオンはワイドフォースの範囲に巻き込まれることなく帰ってくることに成功した。

 

 そして、インテレオンが帰ってきたと同時に、ボクの左手からもうひとつのボールが投げられ、その中からボクの最後のポケモンが姿を現す。

 

「ノワ……ッ!!」

 

 場に出ると同時にこちらに飛んでくるワイドフォース。さすがに交代してすぐでこの攻撃を避けることは出来なかったヨノワールだけど、耐久が高い彼は腕を交差してしっかりと受け止め、技の終わり際に合わせて腕を振り払うことで、ワイドフォースの余波を弾き飛ばす。

 

「ヨノワール……」

「ノワ……」

 

 同時につながる心。変わる姿。闇の嵐に包まれたヨノワールは、今日2度目の変化を見せ、技を構える。

 

「『ポルターガイスト』」

「ノワッ!!」

 

 お腹の口の端から燃える青い焔を滾らせながら、黒く染まった両手を左右に広げるヨノワール。すると、バトルフィールドの外周から黒い塊の波が盛り上がり、それを確認したヨノワールが腕を前に突き出す。すると、浮き上がった黒い塊がヤドキングに向かって卒倒。その姿は、ヤドキングを中心に向かっていく黒い津波に見えた。

 

「や、ヤドキング!!『サイコキネシス』でクリームの盾を……」

「ヤ、ヤド……!!」

「ってクリームがない!?……いえ、まさか!?」

 

 この波を見てセイボリーさんがクリームの盾を作ろうとするものの、ヤドキングの周りはワイドフォースのせいですべてのクリームが吹き飛んでしまったせいで全くなく、さらには、その吹き飛んだクリームを全てヨノワールがポルターガイストで支配下に置いてしまったせいで、ヤドキング側に操作できるものがなくなっていた。

 

「な、なら『ワイドフォース』を!!」

「ヤドッ!!」

 

 クリームがないことに気づいたセイボリーさんは、慌ててワイドフォースに技を変更。確かに、この技が最大威力を発揮すれば、ヨノワールのポルターガイストは止められるかもしれない。

 

 ……けど、その希望も、地面のピンク色の光が、徐々に消えていくことによって失われていく。

 

「じ、時間切れ……」

「すいません、セイボリーさん。サイコフィールドの終了時間です」

 

 天候や壁と違って、効果時間を延ばすアイテムの無いフィールドは、ボクにとってはカウントのしやすいギミックだ。その終了時間を正確に読み切ったボクは、サイコフィールドが切れると同時に、ヨノワールの最高火力を叩き込むように調整していた。

 

「……楽しかったです、セイボリーさん。また、戦いましょう!!」

「ノワ……ッ!!」

 

 勝負は決した。けど、バトルはしっかりとどめを刺すまでだ。だから、ボクはヨノワールと一緒に、前に突き出した手のひらをぎゅっと握る。

 

 同時に、黒い波がヤドキングをワイドフォースごと飲み込み、大きな爆発を起こす。

 

 すぐに収まる黒い爆発。その爆心地には、目を回したヤドキングが倒れていた。

 

 

「ヤドキング、戦闘不能!!よってこのバトル、フリア選手の勝ち!!」

 

 

 ヨノワールとの共有化を解きながら、ボクは楽しかったバトルの終わりに、満足感と寂しさを混ぜ合わせた感情を浮かべながら、ほっと溜息を1つついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぶきみなじゅもん

ここではぶきみなじゅもんはキョダイゲンスイの劣化的なポジションにしていますが、実際はぶきみなじゅもんの方がPPを奪う量が多いです。……どうして?

サイコキネシス

やっぱり便利なサイコキネシス。アニポケ軸では、やはりこの技チートですね。

ポルターガイスト

やっていることはサイコキネシスと同じかもしれません。こちらもアニポケ軸ならやばそうです。




セイボリー戦、終了。






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237話

「ヨノワール、お疲れ様!!」

「ノワ……」

 

 ボクの勝利宣言がされ、改めて決勝進出が確定したところでヨノワールに労いの言葉をかけるボク。だけど、肝心の張本人は腕を組んで少し違う方を向いていた。心を繋げてみると、どうやら『今回はあまり自分は活躍していないのだから、労うなら他の人を労ってあげてくれ』という意味らしい。確かに、明確な活躍はと言われたら、結果だけを見ればヤドランとヤドキングへとどめを決めたという功績ではあるものの、どちらかと言うと、他のみんなが体力をしっかりと削って、その最後の仕上げをヨノワールがしたという形になっている。活動時間で言えば、ヨノワールが場に出て戦った時間は確かに短い。

 

 けど、最後を決め切るというのも立派な仕事だ。とどめの難しさというのは、コウキとのバトルで嫌という程思い知らされているしね。勿論、今回1番頑張ったのがヨノワールではないのは確かだけど、それでも、労わない理由にはならないはずだ。そう思い、ヨノワールの背中を軽く撫でてからボールに戻してあげる。

 

「他のみんなも、頑張ってくれてありがとね」

 

 ヨノワールをボールに戻したら次はインテレオンたちの出番だ。ヨノワールと違って出番が多かったみんなはそれ相応に疲れているし、インテレオンに至っては毒状態になってしまっているから、ボールの外に出てあげるのは逆に辛くなってしまうから控えるけど、全部終わって怪我が治ったら、全員ちゃんと外に出て撫でてあげることをしっかりと覚えておく。とりあえず今は、みんなのボールを順番に撫でるだけで我慢してもらおう。

 

「ありがとうございました、ヤドキング。みなさんも、ゆっくりお休みを……」

 

 一通りみんなを愛で終わったボクは、視線を真正面にいるセイボリーさんへと向ける。ちょうど彼もボクと同じように労いが終わったところらしく、頭の周りに浮かんでいたボールたちがゆっくりと腰のホルダーに納まっていくところを確認することが出来た。

 

 そしてお互いがバトル後のスキンシップみたいなものを終えたところで、実況者の熱の篭った声をBGMにしながら、バトルコート中央へと足を運んでいく。

 

「……フリアさん、ありがとうございました」

 

 お互いが中心にたどり着いたところで、一瞬だけ無言で見つめ合う時間が生まれる。しかし、程なくしてセイボリーさんの方から、ちょっと気まずい時間を打ち破って、声を出しながら右手を伸ばしてきた。

 

「こちらこそ、ありがとうござい……あ……」

 

 その右手を取るべく、ボクも感謝の言葉を述べながら右手を伸ばし、握手をしようとする。けど、セイボリーさんの右手を取ろうとした時にボクの目に入ったのは、こちらに伸ばした状態で、小刻みに震えるセイボリーさんの右手だった。

 

「なんというのでしょうかね……ワタクシとしては、間違いなく今までで1番の全力を出したつもりではあるのです。少なくとも、人生でここまで本気になったことは無いと、胸を張って言えるくらいには……」

「……」

 

 顔を伏せ、声を震わせながらそう零すセイボリーさんに、ボクから掛ける言葉はない。きっと、何を言っても今のセイボリーさんにとってはプラスの言葉にはならないだろうから。声をかけるにしても、そのタイミングは慎重に選ばないといけない。だから、ここは沈黙を貫く。

 

「ですが、やはりまだまだ足りなかったみたいですね……せめて、残りのポケモンを同じ数にするくらいにはあなたを追い詰めたかったです……」

 

 震える手につられて、声も一緒に震え始めてきた気がする。

 

 でも、まだ声は掛けない。

 

「これではまだ、あの2人から……そして家からなじられるのを止めることは出来なさそうですね」

 

 セイボリーさんの言葉を聞いて思い出されるのは、ラテラルタウンで現れたあのコンビ。セイボリーさんの家庭事情に踏み込んだその過去は、とてもじゃないけどボクが簡単に口を出していいものじゃない。

 

 余計にボクから口を出す理由がなくなった。

 

「本当に、どこまでも遠いですね……これじゃあ、ワタクシが倒したクララさんに向ける顔がありません……」

 

 ずっと続くセイボリーさんの独白。それに対して未だに動くことが出来ないボクは、右手を出して固まることしかできない。

 

(こういう時、いい言葉をさっと思いついて掛けられたらいいのに……)

 

 何もできない自分に、少しだけ嫌な気持ちが募りそうになっていく。人の心の機微に聡いヒカリなら凄くいい言葉を投げかけていそうだけど、そこまで器用じゃないボクにはそう簡単に言葉が思いつかなくて。それでもどうにかセイボリーさんの心を軽くしてあげたいと思っていた時に、今まで固まったまま動かすことの出来なかったボクの右手に、急に衝撃が来る。

 

「っ!?」

「ですが!今回、確かにあなたの背中を少し追えた気がするのです!!」

 

 その衝撃に驚いて前を向くと、そこには声を震わせ、ボクの手を握る腕も振るわせ、目じりに少し悔し涙をためながらも、真っすぐこちらを見て、しっかりと言葉を続けていくセイボリーさん。

 

「あの時、後ろで震えることしかできなかったワタクシが、少なくともあなたにヨノワールを使わせるところまで来ることが出来た!確かに、まだ無理やり引っ張りだしたわけではないので、ワタクシの腕はまだまだかもしれません。ですが!それでも!!ワタクシはちゃんと前に歩いているのだとわかった!!なら……」

 

 ぎゅっと力強く握られた右手から感じる熱い想い。そしてこの熱と共に投げられた言葉は、セイボリーさんの熱い心を真っすぐと伝えて来る。

 

(なんだ、ボクの言葉なんて必要ないじゃないか)

 

 ボクが言葉をかけなければ、セイボリーさんの気持ちを持ち直すことが出来ないなんて思ったけど、蓋を開けてみれば全然そんなことはない。ここまで真っすぐ自分の気持ちを前に向けられるのであれば、セイボリーさんはこれからもしっかりと成長して、いつか家族を見返すような凄いトレーナーになるだろう。ガラル地方のジムリーダーになるのだって、そう遠くないうちに達成するはずだ。

 

(本当に、みんな逞しくて、強いなぁ……)

 

 この大舞台までしっかり駆け上がり、例えそこで負けても折れることなく前に進み続けるその心意気に、過去の折れて腐ってしまった自分の姿との対比を見てしまって、むしろ自分の方が少し不甲斐なく見えてしまう。

 

 今でこそボクが勝っているけど、あと少し経てば、ボクなんてすぐにおいて行かれるだろう。

 

(わかってる。ボクに才能がないことはしっかりと承知している。でも、それでも歩き続けるって決めたんだ)

 

 セイボリーさんに握られた手に、ボクも力を込めてしっかりと返す。

 

「うん、セイボリーさんは、凄い速さで僕を追いかけてきてる。この調子なら、間違いなくすぐに追いつかれちゃう……でも、ボクだって意地があるし、辿り着きたい場所がある。これからも、セイボリーさんに追いつかれないように必死に走り続けます。だから、追いかけたいのなら、覚悟していてくださいね」

「ええ……必ず、必ず追いつきますから、そちらこそお覚悟を」

 

 改めて手に力を込めて握りしめ合うボクとセイボリーさん。

 

 そのまましばらく見つめ合ったボクたちは、どちらかともなく手を離して少し後ろに下がる。

 

「いよいよ決勝戦ですね。ユウリさんか、ホップさんか……どちらが上がって来るかはわかりませんが、ワタクシに勝った以上、必ず優勝してくださいね」

「言われなくても、ボクはこのトーナメントを抜けて、ダンデさんに挑む気満々ですからね。……だから、見ていてください」

 

 お互い言いたいことを言い終えて満足したボクたちは、合わせていた視線を外してそれぞれが出てきた通路に足を動かしていく。

 

 前回はこの道を通る時はかなりグロッキーな状態だったから、息も絶え絶えに歩くことになっていたけど、今回は体力にまだ余裕があったからゆっくり、しっかりと歩くことが出来る。そんなボクに向けられる拍手の雨。その1つ1つをしっかりと受け止めながら、ボクは次のバトルへと思いを馳せる。

 

(次は……いよいよ決勝戦……)

 

 ガラルに来て、もうかなりの時間が経っている。そして、このガラルに来て送ってきた濃密な時間は、ボクが思っていた以上の経験値を与えてくれた。

 

 その経験を試す、1つの区切りとなる場所が、もう目の前までやってきた。

 

(ホップ……ユウリ……どっちが来ても、簡単には勝てない相手……)

 

 どちらも、ボクより高い才能を秘めた、将来性の高い原石だ。比べるのはちょっと失礼かもしれないけど、成長性の高さは、今日闘ったセイボリーさんよりも上だと思っている。その様は、まるでコウキの姿を幻視するようなそれだ。下手をすれば、今日行われるホップとユウリのバトルで、とんでもない才能が開花して、一気に成長する可能性もあると思っている。

 

 今まで以上に、先入観というのが敵になる相手だろう。なまじ長い間一緒に旅をしているせいで、余計にその罠にはまりやすい。

 

(それでも……勝つ!!)

 

 けど、勝たなきゃボクはコウキの下に辿り着けない。

 

 今度こそ、彼を越えるために。

 

(そのためにもまずは……ッ!?)

 

 来たるべき決勝戦に向けて、これから何をするべきかを考えていた時に、何か懐かしい気配を感じたボクは、そちらの方に視線を向ける。

 

 今いるところから見て、左側のやや上くらいから感じたその気配に身体を硬直させてしまったボクは、そちらの方向を重点的に捜索。一方で、自分たちに視線を向けられたと感じた観客たちは、ボクが視線を向けた瞬間に少し歓声を大きくし、席から立ち上がってさらに拍手を送ってきた。この行動自体は、ボクにとっては恥ずかしくも嬉しい行動ではあるものの、立ち上がった観客が多いせいで、座ったままの観客の姿を視認することが難しくなってしまった。

 

 これでは、例えあの位置にこの気配の正体がいたとしても、気配の正体を確認することはできないだろう。観客たちが座るのを待つというのもあるけど、さすがにそこまで待ってしまうと、大会の進行に影響が出てきてしまうから、今のところは諦めて控室の方へ足を進めるしかない。

 

 けど、やっぱりボクの頭の中は、今感じた懐かしい気配に引っ張られて……

 

(今の、やっぱり……いや……そんなわけ……だって……)

 

 自分の感覚が感じた結果と、ボクの理性が導き出した理論が齟齬を起こし、頭の中が混乱する。

 

 決勝戦に通過することの出来たボク。けど、その余韻は気づけばなくなっており、ボクの混乱が治った時にはもう、みんなをジョーイさんに預けて終わった後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリアさんとのバトルを終え、控室へ戻ったワタクシは、改めて今日のバトルを反省していた。

 

 ワタクシの動きで悪い所は、特に思いつくことが出来なかった。文字通り全力を出し切って、それで負けたという、納得のいく敗北だ。

 

 だからこそ、ワタクシは改めてフリアさんとの差をつきつけられた。

 

 納得がいく敗北ということは、もしもという可能性すらないという事だ。きっと、何回戦ったとしても、展開こそ変わった可能性は大きいが、それでもワタクシの敗北という結果が変わることはなかっただろう。それだけ、今のワタクシとフリアさんの間には大きな差があったということになる。

 

「本当に、凄い人たちばかりですね……」

 

 これでフリアさんのほかにも、ホップさんにユウリさん、そして、負けてしまったものの、サイトウさんにマクワさんという、ワタクシよりも格上の人がまたいたのだから、本当に世界の広さと壁の高さを実感する。正直、ワタクシが2回戦に進めただけでも、かなり運がいいというしかなかった。きっと、2回戦がフリアさん以外の2人のどちらかだったとしても、やっぱりワタクシの負けは硬かったと思う。

 

「その人たちに、今度こそ追い付かないといけませんね……」

 

 そうと決まれば、早速ワタクシも特訓をするべきでしょう。聞く話によれば、サイトウさんとクララさんはもうヨロイ島に向かい、次に向けての特訓を開始しているのだとか。

 

 ワタクシよりも才能がある人が、すでに次に向けて動いているのに、ワタクシが足を止めることなんてあってはならない。

 

「全く、過去のワタクシからは考えられない思考ですね……」

 

 少し前までの、腐っていた自分を思い出して、思わず苦笑いを零してしまう。

 

 高い壁。遠い背中。果てしない道。

 

 先を見据えれば見据えるほど、まったくもって嫌になってしまう程、つらく険しい世界だ。

 

「ですが、そこをちゃんと歩けている今のワタクシの状態に、どこか喜びを感じてしまっているのも確かなのですよね……」

 

 それもこれも全部、ワタクシに背中を見せてくれた彼のおかげなのだろう。

 

「さぁ!!悔し涙も流しましたし、反省も終わりました!!明日から、もっと前を向いて、頑張りましょう!!ふっふっふ、今度こそ、ワタクシの素晴らしきサイコパワーを見せてやりますよ!!」

 

 確かに苦しい世界だ。でも、それ以上にやりがいと楽しさを感じてしまう。

 

(この気持ちを大切にしましょう)

 

 家族や、ワタクシをなじってきた人を見返す以上に、今を支える大切なやりがいを見つけたワタクシは、これからも前を向いて歩いて行ける。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わったみたいだな」

 

 控え室の椅子に座り、瞑想して集中力を高めていたオレは、ふと感じた気配から、バトルが終わったことを悟る。

 

 別にドアが開いた音がしたわけでもないし、何かが聞こえてきたわけでもない。けど、何となく空気が変わった気がし、それを、何となくフリアとセイボリーさんのバトルが終わったそれだと、直感で感じることが出来た。

 

「……ッ!!」

 

 それと同時に、一気にオレの身体にのしかかって来る大きなプレッシャー。

 

 シュートスタジアム。その大舞台に立つのは、2回目だというのに、1回戦をした時とは既に違う空気を感じてしまう。それはまるで、戦う場所そのものが変わってしまったのではないかと錯覚してしまう程だ。

 

(たった1回勝って、次に進んだだけでこんなにも重さが変わるのか……)

 

 既に今から椅子から立ち上がるだけの行動が、しようとするだけで拒否反応が出そうになるほどいやなそれになってしまっている。人によっては、これだけで心が折れてしまいそうだ。

 

「……へへ、そんな凄い所で、ユウリと戦うのか……!!」

 

 けど、今のオレにとっては、それさえもバトルへ向けての興奮剤にしかならない。

 

 小さいころに2人してテレビを見ていて、ずっと憧れていた舞台。そこに2人そろって立つことができ、更にそこで戦うことが出来る。

 

 これが嬉しくないわけがない。

 

(速く……速く……ッ!)

 

 もうすでに心は準備万端。後は、呼ばれるのを待つだけ。

 

『ホップ選手。次の試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

 

「来た!!はいっ!!」

 

 そう思っているところに、ついに来たオレの出番を告げる声。

 

 その言葉に反射で反応したオレは、跳ねるようにして椅子から立ち上がり、足を向けていく。

 

(ユウリ……行くぞ……!!)

 

 名前を呼ばれてさらに上がるオレのテンション。そのテンションに引っ張られるように、オレの足はぐんぐんと進んで行く。

 

(絶対勝って、決勝に行く!!)

 

 目指すは頂点ただ1つ。

 

 アニキにまた1つ近づくために、オレはこの先に待っているであろう幼馴染に、闘志を燃やしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、おめでとう。フリア」

 

 控え室にて、明らかに変わった空気を感じて、フリアとセイボリーさんのバトルが終わったことを確信した私は、無意識のうちにそう呟いた。それも、フリアの勝利を確信したような様子で。

 

 だって、ここまで来て、フリアが約束を破るような人には思えなかったから。

 

 それに、セイボリーさんにはちょっと申し訳ないけど、現状の腕なら間違いなくフリアの方に軍配が上がることは、私からしてみれば当然と言うべき結果だから。

 

 これは嫌味とかではなく、どちらとも一緒に旅をした過去があり、2人の実力をしっかりと把握している私だからこそ、客観的に、そして贔屓無しに導き出せる予想だ。だからこそ、セイボリーさんが戦う前に私は『勝ってください』ではなく、『頑張ってください』としか言えなかったのだから。

 

「……って、ここまで考えてて、結果セイボリーさんが勝ってたら無茶苦茶恥ずかしいかも……」

 

 と、ここまでフリアが勝つことを確信したようなことを述べているけど、勿論セイボリーさんが勝つ可能性だってゼロではない。たとえ99%の確率で勝つことの出来る相手だったとしても、裏を返せば1%の確率で負けうる相手だと言うことだ。

 

 ポケモンバトルにおいて、絶対という言葉は無い。

 

 そういう意味では、何が起きるかなんて分からないから、セイボリーさんが勝っていても不思議では無い。もし今日の結果がそうなっていたら、私はとんでもない道化師だ。穴があったら入りたくなってしまいそうなほど痛いことを言いまくってしまっている。

 

「で、でもでも、誰も聞いていないからセーフ……」

 

『ユウリ選手。次の試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

 

「ひゃい!?」

 

 なんてくだらない事を考えていたら、いつの間にか準備が整っていたのか、私を呼ぶリーグスタッフの声が聞こえてきた。急に聞こえてきたその言葉にびっくりした私は、思わず変な声を発してしまい、その事が、さっきの思考も相まって、妙な恥ずかしさを与えてくる。

 

(ああもう、私何しているんだろう……)

 

 これから大事なバトルがあるというのに、まるで緊張感がない。緊張のしすぎで身体が強ばることに比べれば遥かにマシなのだろうけど、いくらなんでも緩みすぎだ。相手がホップであることを考えれば、ここまで気持ちを緩めるのはいくらなんでもダメすぎる。

 

(そう、相手はあのホップなんだ……)

 

 控え室の椅子から立ち上がり、気持ちを切り替えて、これから戦う相手のことを頭に浮かべていく。

 

 小さい頃から一緒に色々なことを体験し、そしてこの舞台を夢見てきた2人。

 

 最初こそは、私はこの場所に特別なおもいがあったわけではなく、漠然と『ホップが言うのなら……』ぐらいにしか考えていなかったここまでの道。今となっては、フリアのおかげで私の夢の1つとして、私自身の強い思いでここに立っている大舞台。

 

 確かに、私の心を変えてくれたのはフリアだ。けど、忘れては行けない。

 

 私に、そもそもこの世界があるということを教えてくれたのはホップであるという事を。

 

 ホップがこの道を教えてくれなければ、そもそも私はここにすらいないし、フリアと会うことすらなかっただろう。

 

 私がフリアと出会わなかった世界線。それは、今となっては考えられず、そして同時に恐怖すら感じてしまうほど迎えたくない結果軸。そんな私の運命を変えたホップとのバトル。

 

(ホップ……)

 

 勿論、このバトルがホップにとっても大事なバトルで、夢のための大切な1歩というのは知っている。私の運命を良い方に変えてくれた恩人の夢だ。私がこうして立ちはだかることに、なにか思うところがあるのも事実だ。でも……

 

「たとえホップが相手でも、もう負けたくない理由ができたから……!!」

 

 ホップの実力はよく知っている。セイボリーさんとフリアのカードと違って、客観的に見てもお互いの腕は互角。どっちが勝ってもおかしくない、先の読めないバトルとなるだろう。私自身、勝てるかどうか、今になって不安が押し寄せてくる。

 

「それでも、約束したから。……決勝で戦うって、フリアと決めたから……!!」

 

 その不安を押しのける。

 

 さっきと違って、身体を程よい緊張が包み込む。

 

 もう、頭の中はバトルモードに切り替わっていた。

 

「行くよ、ホップ……!!」

 

 足をバトルコートへと向け、1歩。また1歩と進めていく。

 

 お互いの夢のための、譲れないバトル。

 

「夢へかける思い……どっちが大きいか……勝負だよ!!」

 

 私の運命のバトルのひとつが、もうすぐ始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フリア

みんな折れずに前を向いていることに、素直に感心しています。ガラルのメンバーはメンタルも強いですね。

セイボリー

自身が劣っているのを改めて分かったうえで、更なる成長を夢見ます。大きくなって欲しいですね。

ホップ

アニキにむけて、いざ出陣。

ユウリ

少しふわふわしていますが、気持ちの切り替えはしっかりしています。こちらも約束のため、ゆっくり足を進めます。






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238話

「これでフリアが決勝進出確定か……」

「まぁ、評判道理というべきか、妥当というべきか……」

「手持ちのポケモンがほぼリセットされているとはいえ、経験値という点では頭1つ抜けてはいるからな……まぁ、フリアよりも経験値を稼いでいそうな人としては、マクワさんやサイトウさんが上げられそうだが……」

「そう言う点では、セイボリーさんも家の出からして経験豊富なのよね。ああ……ってこととは、フリアは自分より後輩の人とは当たっていないのね」

「セイボリーさんは、フリアのことを上の人って見ていたみたいだけどな」

 

 フリアとセイボリーさんのバトルを見届けたわたしたちは、今しがた着いた決着をもとに、フリアの大会に関するあれこれを振り返りながらジュンと言葉を交わしていく。

 

 初戦にマクワさんに当たっている以上、トナメ運もよかったとは言えない道を進んでいるのは確かだ。それでも、基本的にみんな残り1人まで追い詰められているのに対して、本人の体力的に一度限界は迎えていたとはいえ、ここまでの試合で唯一残りポケモンを2人残して突破し続けているフリアは純粋に凄い。勿論、内容をしっかり見れば快勝をしているわけではないけど、それでも他のみんなと比べると、勝利に対する安定性が1つ高いのはよくわかるだろう。

 

(かといって、じゃあ決勝戦でもフリアが絶対安定するだなんて、言えはしないけどね)

 

 そのことをしっかりと理解しているのか、少し考え事をしながら、ゆっくりと控え室へ歩いて行くフリアを、拍手をしながら見送るわたしとジュン。

 

 次にぶつかるユウリかホップについて考えているのだろう。わたしからみても、今大会でフリアを除けばトップクラスに強力なトレーナーだ。コウキの面影も感じるあの姿を見れば、ああなってしまうのも理解でき━━

 

「「っ!?」」

 

 フリアの行動に対して、納得を示している時に感じたほんの少しの気配。遠かったせいか、はたまた気配が小さかったせいか、詳しい気配の場所までは分らなかったけど、隣のジュンもわたしと一緒に肩を跳ねさせていたので、わたしの勘違いというわけではなさそうなその気配は、とても馴染みのあるそれに感じた。

 

「な、なぁヒカリ……今の……」

「……えぇ、ほんのちょっとだけど、確かに感じたわ……でも、なぜ……」

 

 とても馴染みのある、けど本来ならこんなところで感じるはずのないその懐かしい気配は、確かにわたしとジュンのセンサーに引っかかった。さらに、そんなわたしの感覚を裏付けるかのように、今しがた拍手で見送っていたフリアも、その場で立ち止まって気配を感じた方を見ていた。

 

「フリアも足を止めてるな……ってコトは、やっぱりオレたちの勘違いって事じゃなさそうだぞ……」

「ええ。それに、フリアの方が近かったのか、ある方向を重点的に探してるわね……」

 

 もっとも、立ち上がっている観客が多いのと、ここからでは遠すぎて、顔を帽子とかで隠されるといくらわたしたちの視力がいいと言っても確認するのが難しい。夏も過ぎ始めているとはいえ、未だに熱い日差しを避けるために帽子をかぶっている人も多いため、フリアの視線を追って、その延長線上の人を確認してもその人の正体までは確認できなかったりする。

 

(もし、万が一ここに来ていたとしても、あいつの性格だと顔を隠して見に来てそうだし、フリアの視線だけでどこにいるかの予想立ては無理ね……あっちも気配漏らしたことは気づいているでしょうから、下手したら場所かえてる可能性もあるし……)

 

 今の心情的には、フリアたちに自分のことがばれるのは気まずいどころの話ではない。となると、間違いなくしばらくはおとなしくするか、ここから離れるだろう。そうなれば、ますますこの気配の正体を見つけるのは困難だ。

 

(って、ほぼ決めつけみたいになっているわね……違う人の可能性もあるというのに……)

 

 どうもわたしも少なくない混乱を受けているようだ。

 

(だとしても、もしこれがコウキだったのなら……)

 

 もしかしたら、今のフリアの試合を見て、ちょっと心を動かされているのかもしれない。

 

(もしそうなら……ふふっ、競争はフリアが一歩リードってところかしら?)

 

 未だ気配のことで頭を悩ませているジュンを横目に見ながら、わたしはフリアたちと入れ替わるようにバトルコートに入ってきたユウリとホップを見る。

 

(なにはともあれ、今は目の前のことに集中しましょうか。……さて、どっちが勝つのかしらね?)

 

 うんうん唸っているジュンの声をBGMに、わたしはこれから起きる試合に視線を向ける。

 

 ぶつかり合う幼なじみの対戦。その姿に、フリアとジュン、そしてコウキの姿を重ねながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カツ……カツ……と、靴で地面を叩く軽快な音を奏でながら、私はゆっくりと、この暗い道を照らし、人の声が漏れてくる光の中へと足を進めていく。

 

 1歩進める度に少しずつ重くなっていく空気に、思わずしり込みしてしまいそうにはなるけど、その度に胸に手を当てて深呼吸をして、自分に気合を入れ直す。

 

 そんなことを繰り返していれば、気づけば私は道を照らす光の中まで足を進めており、暗い場所から明るい場所に出た瞬間に起きる特有の眩しさに襲われる。けど、程なくしてこの明るさに順応した視界は、私にこれから試合が行われるバトルコートの状況を鮮明に写してきた。

 

(凄い……前よりも歓声が大きい……)

 

 芝生のコートに少し眩しい日差し。そして、空から降り注ぐ大歓声。サイトウさんと戦った時も大きいと感じたその歓声よりも、さらに盛りあがっているバトルコートは、その声だけで気温を2、3度はあげているのではないかと錯覚させるほどには興奮の渦を作っていた。その事実に、また身体を強ばらせそうになるけど、ふと漂う爽やかな香りが、私の心を落ち着ける。

 

(この香り……フリアのマホイップのミントの香りだ……)

 

 いくらバトルコートを整備し直しているからと言って、完全に綺麗にするにはさすがに時間が足りないみたいで、ほんのりとだけど、ミントの爽やかな香りが漂ってきた。周りの人からしたら変な人と思われかれないけど、それでも私にとっては馴染み深いその香りに自然と表情が緩みそうになる。

 

(……うん、大丈夫)

 

 自分の心がいいコンディションに近づいてきたことを自覚した私は、そのまま真っ直ぐバトルコートの真ん中へ。

 

 ホップも私と同じ速度で歩いていたみたいで、私たちはバトルコートの真ん中に同時にたどり着き、同時に身体の向きを変えて向かい合った。

 

「「……」」

 

 そこから始まる実況者と解説の人のやり取り。それを聞き流しながら、私はホップと無言で向かい合っていた。

 

 湧き上がる会場に対して、静かな空気を作り出す私とホップ。

 

 そんな、まるで別世界かのような空間を先に破ったのは、ホップだった。

 

「……いよいよだぞ」

「……うん」

 

 お互い真剣な表情を浮かべたまま、真っ直ぐ目と目を合わせていく。

 

 ふと、こうやってホップと真剣に目を合わせたことなんてあったっけ?と思い返してみる。私の記憶が確かなら、横に並ぶことは沢山あっても、向かい合うことはあまりなかったように思う。

 

「こうしていると、色んなことが頭をよぎっていくぞ」

「そうだね。私もホップも、長い時間一緒にいたから……」

 

 勿論ホップとバトルをしたことがなかった訳じゃない。ここに来るまでの間に、特訓として軽めとはいえバトルをしたこともあったし、向かい合うだけならご飯の時とか話している時にいくらでもある。けど、そういう意味じゃなくて。

 

「ガラル地方でも田舎の方だったオレたちにとって、同い年の知り合いは貴重だからな!遊び相手は自然と決まっちまうよな」

「そうだね。一緒にテレビ見たり遊んだり、ご飯食べたり……色んなことをしたよね」

「ああ……でも、こうやってぶつかり合う事って、今までなかったよな」

「喧嘩だってしたことなかったもんね。私たち」

「っはは、ユウリは温厚だからな!あまり怒ったところが想像つかないぞ」

「そう言うホップはおおらかだもんね。ホップこそ、なんか想像つかないかも」

 

 実況者の声にかき消されそうな、決して大きくない声で昔話に花を咲かせる私とホップ。けど、私たちの纏う雰囲気は、とてもじゃないけど穏やかなそれとは言えなかった。

 

 これから、お互いの夢をかけた戦いを行う。そのことを決して忘れてはいない私たちの言葉は、交わされている内容とは裏腹に、とても重いものとなっていく。

 

「本当に……まだ夢のような気分だ」

「うん……でも、夢じゃない」

「ああ……あの時した約束を果たさすため……いくぞ!!」

「うん!!」

 

 私とホップが頷き、お互い後ろを向いて歩きだす。その間私は、今日のトップバッターを務めてもらう子に手を掛けながら深呼吸。

 

 息を吸って、吐ききったところでちょうどトレーナーの立ち位置に到着した私はその場で反転。まったく同じタイミングで振り返ったホップと目を合わせ、声をあげる。

 

 

「約束のため……夢めのため……勝つのはオレだ!!」

「負けない……今回ばかりは、例えホップでも譲りたくない!!」

 

 

ポケモントレーナーの ホップが

勝負を しかけてきた!

 

 

「行くぞバイウールー!!」

「行くよ!!タイレーツ!!」

「メェッ!!」

「へヘイ!!」

 

 遂に幕が切って落とされた私とホップのバトル。

 

 実況者の宣言と共に繰り出されたポケモンは、ホップからはバイウールーで、私からはタイレーツ。ホップの初手は、相手がたとえどんなポケモンを繰り出してくるのかわかっていたとしても、絶対にバイウールーから始めるというルーティーンがある。ホップがスランプから抜け出したきっかけのポケモンでもあるから、こうすることでホップの気持ちを無意識に引き締めているのだと思う。けど、ポケモンバトルにおいて、初手が決まっているというのは明確なディスアドバンテージでもある。

 

 今回はお互い手加減抜きの真剣勝負。こういう突くことの出来る弱点はしっかり突いて行くべきだ。

 

 両手でほっぺを2回軽く叩く、自身の行動のルーティーンもしっかりと取って、表情をキリっと引き締めたホップが気合十分にこちらを見つめて来る。

 

「やっぱりタイレーツか……お前のことだ。こうかばつぐんを狙ってくる……当然だよな!!」

「ホップこそ、最初は絶対その子からだもんね。その子の強さはよくわかっている。だから、こうかばつぐんをつけるくらいで安心なんてしない!!『はいすいのじん』!!」

「『コットンガード』!!」

 

 場に出てまずお互いが始めたことは自分磨き。タイレーツは自身の退路を自分から断って、全ての能力値を底上げ。一方のバイウールーは、自身の弱点を突いてくる敵に対して、自慢の防御で無理やり受け止めきるために身体の綿の密度を深くしていく。

 

(『コットンガード』……厄介……)

 

 防御力をぐぐーんと伸ばすこの技は、文字通り能力の成長させ具合が大きい。成長量だけならこちらのはいすいのじんだって負けてはいないのだけど、こちらが上げられるのはあくまで1段階。1回の行動で3段階も成長させられる向こう側と比べても、どうしてもその成長幅に差が出来る。そして、成長スピードに差が出来るということは、その次への行動も速く移れるという事でもある。

 

「タイレーツ!!もう一回━━」

「させないぞ!!『ボディプレス』!!」

「メェッ!!」

 

 3段階上がった向こうの防御に対して、こちらはまだ攻撃が1段階上がっただけ。その差を少しでも縮めるべく、2回目のはいすいのじんを構えるものの、何か嫌な予感を感じたのか、それともただのカンか、私が何かをするよりも速く攻撃の指示を出すホップ。その言葉に従ったバイウールーが高くジャンプをして、もこもこの身体を勢いよくタイレーツの上から落としていく。

 

「ッ!!技中断!!避けて!!」

「ヘイ!!」

 

 これに対してタイレーツは、前に進むことによって落下地点か場所をずらし、バイウールーのボディプレスを回避。むしろ、着地した瞬間の隙をついて、こちらから攻撃を叩き込む。

 

「『アイアンヘッド』!!」

「へヘイッ!!」

「「「「「ヘイッ!!」」」」」

 

 自慢の角を鈍色に光らせて突撃。はいすいのじんで攻撃も上がっているため、かなりの破壊力を秘めた攻撃がバイウールーを襲っていく。が、ホップのバイウールーは防御が3段階上がっているため、この程度だと全然ダメージが入っていない。

 

「メェッ!?」

「え?」

 

 と思ったのだけど、タイレーツの攻撃によって、思いのほか勢い良く転がっていくバイウールー。あそこまで防御が上がっていたのだから、入ったとしてもちょっと掠り傷を与えただけで終わると思っていたのに、この結果は些かおかしい。

 

 そう思ったからこそ、私はこの攻撃の意味にすぐ気づく。

 

(いや違う、わざと自分から後ろに転がったんだ。ってことは……!!)

 

「バイウールー!!そのまま転がり続けろ!!」

「メェッ!!」

 

 攻撃を受けて転がっていたバイウールーは、その丸い身体を生かしてそのまま回り続け、ある程度ころがったところで急旋回。タイレーツから離れるように転がっていたのに、気づけばタイレーツに向かて突っ込むように転がり始めていた。

 

「さらに『とびはねる』だ!!」

 

 タイレーツに向かって勢い良く転がって来るバイウールー。その動きが、ホップの指示によって更に奇怪な動きをし始める。

 

 とびはねるによって地面をバウンドし始めたバイウールーの姿は、まるで白いバランスボールが跳ねまくっているように見える。しかも、ただ跳ねまくっているだけでなく、跳ねる度にどんどんその速度が上がっている。

 

「突撃だ!!」

「メェッ!!」

「迎撃するよ!!『インファイト』!!」

「へヘイッ!!」

「「「「「ヘイッ!!」」」」」

 

 回転しながら突っ込んでくる白い球。これに対して、タイレーツは6人がかり拳を構え、とにかくバイウールーに対して乱打を繰り出しまくる。

 

 ノーマルタイプでありながら、ひこうタイプの技で暴れまくるバイウールと、自身の得意なかくとうタイプの拳嵐を叩き込むタイレーツ。

 

 お互いが有利タイプで攻撃を繰り返す互角の勝負は、今回は防御力じゃなくて攻撃力で突っ込んできたバイウールーが負ける形で打ち上げられる。流石に攻撃力勝負ではこちらの方が上だ。

 

「もう一度『ボディプレス』!!」

 

 しかし、押されてもただではやられないバイウールーは、打ち上げられた場所から落ちて来る勢いも利用して、インファイト終わりで隙が出来たタイレーツに向かってさっきよりも速い速度で落ちて来る。

 

「もう一回『インファイト』!!」

 

 回避は間に合わないので慌てて拳で迎撃。天から落ちて来る白いボールは、しかしとびはねるのときよりも更に重い一撃となって落ちて来る。

 

「へ……イ……ッ!?」

 

 結果、今回はタイレーツの技が打ち負け、後ろに大きく吹き飛ばされる。

 

「タイレーツ!?」

「へ……ヘイ!!」

 

 まるで先程攻撃された分のお返しと言わんばかりに飛ばされ、それでも何とか受身を取ったタイレーツは、すぐさま陣を敷いてバイウールーに視線を向ける。

 

 これで仕切り直し。しかし、受けたダメージはバイウールーよりもこちらの方が大きい。やはり防御の差が顕著に現れていた。

 

(せめてあと1回は『はいすいのじん』を重ねたい……)

 

 私のタイレーツは、普通のタイレーツと違ってはいすいのじんを重ねがけできる。重ねる度に何かひとつを犠牲にするという少なくないリスクを背負うことにはなるものの、その度に全ての能力を底上げできるのであれば、それは大きなリターンに繋がる最強の手札になる。相手のしっかり育っている防御に対抗するためにも、積めるなら何回でも積みたい技だ。けど……

 

(サイトウさんと言いホップと言い、なかなかそうさせてくれない……!!)

 

 サイトウさんとのバトルで、2回までならはいすいのじんを重ねることが出来るのは既にバレているが、その先もまだできることについてはバレてはいない。けど、その先の存在を何となく予知はしているみたいで、こちらが素直に構えようとすればすぐさまそれを阻止してくる。

 

(やっぱり、ここまで残った人に単純な行動は通らない……積みたいなら、積める隙を自分で作る!!)

 

「タイレーツ!!『はいすいの━━』」

「それだけはさせないぞ!!『ボディプレス』!!」

 

 こちらが陣を敷く素振りを見せた瞬間素早く跳躍するバイウールーは、的確にこちらの陣の中心を狙って落ちてくる。

 

「『はいすいのじん』の2回掛け……サイトウさんとのバトルから、自由にさせるのはやばいって気配は感じたぞ!!それだけはさせない!!」

 

 そう宣言したホップの言葉を裏付けるように、バイウールーの動きは迅速で正確だ。こんな動きをされたら陣を敷く所では無い。

 

(でも……逆を言えば、『はいすいのじん』を止めるために()()()()()()()()()()()()!!)

 

「ヘイチョーは2歩前に!!他のみんなは散開!!」

「「「「「「ヘイッ!!」」」」」」

「な、なんだ……?」

 

 落ちてくるバイウールーを前にタイレーツがとった行動は、バイウールーの着地地点を中心に、綺麗に円で囲むようにヘイたちを散開させ、ヘイチョーだけは着地地点から少し身体を動かして、紙一重で避けられる位置に移動するというもの。これでさっきと同じく、ボディプレスの回避は成功する。けどこれで終わりじゃない。こちらの動きに困惑しているホップを無視して、私は自分の作戦を遂行する。

 

「『メガホーン!!』」

「ヘイッ」

「メッ!?」

 

 着地してきたバイウールーに対して、次の行動を取られる前に1番近くにいたヘイチョーが、角を緑色に輝かせて右から左に振り切った。すると、バットで打たれたボールのようにバイウールーが飛んでいく。

 

「さっきよりも『ボディプレス』への反撃が早い……!!けど、そのくらいじゃまだバイウールーの防御は貫けないぞ!!バイウールー!!また転がるんだ!!」

 

 が、ホップの言う通りまだ致命傷が入っているようには見えないバイウールーは、先と同じように身体を丸くして転がり始め、また跳ね回る準備を始めた。このまま頬っておけば、再びとびはねるによる大暴走が始まることになるだろう。

 

 けど、そのための周りのヘイたちだ。

 

「ヘイのみんな!!『アイアンヘッド』!!」

「「「「「ヘイ!!」」」」」

「なっ!?」

 

 私の指示と共に、ヘイチョーとバイウールーを中心に円形に構えていたヘイたちが一斉に頭を鈍色に変色させて構えを取る。

 

 声をあげながら士気を上げるヘイたち。そんな彼らのうち、バイウールーが転がっていく方で待っていた1人のヘイが、バイウールーの転がる速度が最大値に行く前に頭を思いっきりぶつけて、バイウールーが予想していない方向に吹き飛ばす。

 

「メッ!?」

「次!!」

「ヘイッ!!」

 

 1人のヘイによって派手に転がっていくバイウールー。そんなバイウールーが転がっていく方には、また別のヘイがアイアンヘッドを構え、思いっきり頭をぶつける。

 

「メ、メェ!?」

「バイウールー!!」

 

 2人目のヘイに飛ばされ、また派手に転がった後に今度は3人目のヘイが構えており、また吹き飛ばされる。そして今度は4人目へ、更に5人目へ、そのあと1人目に戻ってまた2人目へと、バイウールーをボールとした、サッカーのようにヘイたちがアイアンヘッドによって弾き飛ばし合う。

 

「メ……ェェ……」

「バイウールーしっかりするんだ!」

 

 弾かれて転がらされまくったバイウールーは、そのまま目を回して動きを制御できなくなる。その姿にホップが慌てて声をかけるけど、改善の兆しは見られずに、変わらずに変な声をあげたまま転がっている。

 

「みんな!ヘイチョーにパス!!」

 

 もう反撃は来ないと判断した私は、ヘイに指示をして、みんなの中心で構えているヘイチョーに向けてバイウールーを飛ばす。

 

「ヘイチョー!!『メガホーン』!!」

 

 勢いよく転がって来るバイウールー。これに対して、待ち構えていたヘイチョーは渾身の力で緑色の角を振り上げて、バイウールーを空中へ飛ばす。

 

 打ち上げられたバイウールーの回転が徐々に止まっていき、空高く打ち上げられたバイウールーは、簡単に行動することが出来ない。

 

 絶好のチャンス。

 

「タイレーツ!!集まって『はいすいのじん』!!」

「ヘイッ!!」

 

 この間に散会していたみんなが集まり、全員で陣を敷きながら盾を捨てる。

 

 2回目のはいすいのじん。防御を捨てて、再び全能力を強化させる。

 

「バイウールー!!力を振り絞れ!!『ボディプレス』!!」

「メ……ェッ!!」

 

 はいすいのじんが終わると同時に、回転が止まって平衡感覚を取り戻したバイウールーは復活。空中にいることを利用して、そのままボディプレスで攻撃しようと構える。けど、飛ばされた位置が高すぎて、攻撃に移るのが襲い。

 

「タイレーツ、もう一回!!」

「ッ!?」

 

 この隙にもう一回はいすいのじん。今度は自身の陣の選択を捨てる。

 

 Vの字型に展開したタイレーツは、もう何があろうともこの形を崩すことはない。このまま上から降って来るバイウールーに備える。

 

 全能力3段階上昇。ここまでくれば、コットンガードの守りを貫いて攻撃できる。

 

「タイレーツ!!『インファイト』!!」

「負けるなバイウールー!!押し込め!!」

 

 上から落ちて来る白い星と、下から打ち上げられる拳の嵐。

 

 どちらも積み技によって鍛えられた、かなりの威力を込められた技同士のぶつかり合い。しかし、その技のぶつかり合いは、一瞬にしてタイレーツ側に傾く。

 

「ヘイ!!」

「「「「「へヘイッ!!」」」」」

「メッ!?」

 

 こうかばつぐん。

 

 両者同じ育ち具合なら、ポケモンバトルで最も基本となるタイプ相性がやはりものをいう。

 

 かくとうタイプが苦手なバイウールーは、拳の暴風雨に耐えられずにまた打ち上げられ、目を回しながら地面へと身体を落としていく。

 

 

「バイウールー、戦闘不能!!」

 

 

「よしっ!」

「ヘイ!!」

 

 まずは1歩。私が夢へと足を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒカリとジュン

当然この2人も気づきます。不思議な縁でつながっていますから。

バイウールー

転がって移動するのはウールーの頃からの癖みたいなものですね。その癖も突き詰めると武器になる……そんな感じです。

タイレーツ

サッカーしましょう。バイウールーがボールです。






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239話

「戻ってくれバイウールー。活躍させてあげられなくてすまなかったぞ」

 

 先手を取られたホップは、少し悔しそうな顔を浮かべながら、けど決して焦ることはなく、落ち着いてバイウールーをボールに戻していく。そして、バイウールーが入ったことを確認した後に、ボールを軽くひとなでして、腰のホルダーへと戻していく。

 

「さすがだぞ。まさかあんな戦い方してくるとは予想外だった」

「ホップこそ。ウールーの頃から好きだったコロコロ転がるのを、ここまで活かしてくるなんて思わなかった」

 

 まだ戦いは始まったばかり。逆転は当然起こりうるし、この先どうなるかなんて全く分からない。けど……

 

(なんだろう……すごく楽しい……!!)

 

 私もホップも、気付けば浮かんでいる表情は笑顔。さっきまで感じていた重さはだいぶ軽くなっており、今はとにかく、この最高の舞台で、最高の相手と戦えることが楽しくて仕方がない。

 

「先手は取られたけど、まだまだこれからだぞ!!行くぞ、ウッウ!!」

「ウッウ……嫌なチョイスだね……」

「ウ~」

 

 ホップから飛んでくる2人目のポケモンはウッウ。相変わらず少し抜けた表情を浮かべながら、けど気合いは十分と言った声をあげるウッウのタイプはみず、ひこうタイプ。技構成がメガホーン、インファイト、アイアンヘッド、そしてはいすいにじんとなっている今のタイレーツにとっては、攻撃技を全ていまひとつで受けてくるという厄介な相手になっている。いくらはいすいのじん3回重ねと言っても、少し技を通すのが難しいだろう。

 

(それにウッウって、逃げながらに戦いの長けてるもんね……)

 

 ダイビングやなみのりを行うことで水の中に逃げ、うのミサイルによる遠距離攻撃も可能な彼は器用に立ち回ることを得意としている。タイレーツの攻撃をいなすのが割と可能寄りのポケモンというわけだ。

 

 タイレーツにとっては間違いなく不利な相手。だけど、はいすいのじんの効果で自発的に交換をすることは出来ない。相手がふきとばしや、ほえるなどで強制交代をさせてくれば話は違うけど、残念ながらウッウはそういった技は覚えないし、たとえ覚えてもこの有利展開を自分から崩すことは無いだろう。

 

 結論、とにかく頑張るしかない。

 

(って、そんなことは『はいすいのじん』をした時点で決めてる!!)

 

「タイレーツ!!『メガホーン』!!」

「ヘイ!!」

 

 緑の角をのばし、槍のごとく突き進むタイレーツ。後ろから支えているヘイの力もあって、物凄い勢いとなって、空気を裂きながら飛んでいく姿は、緑色の流れ星のようだ。

 

「『ダイビング』!!」

「ウ~」

 

 対するウッウは、自身の特性を生かすために、地面に薄い水の幕を張っていき、その水の中に潜り込もうとする。が、そこはさすがに素早さを3段階上げているタイレーツ。水の幕を貼ることは許しても、次のダイビングまでは間に合わず、水に飛び込む準備をしていたウッウの身体に、技がしっかり叩き込まれる。

 

「そのまま後ろの壁に潜り込むんだ!!」

「ウッ……ウ~!!」

 

 しかし、素早さ勝負では勝てないことを理解しているのはホップとウッウも同じ。ウッウ自身が、わざと自分から後ろに飛び、大袈裟に飛ばされることで威力を逃がすと同時に、本来なら叩きつけられるはずの、バトルコートの壁にまで水の幕を展開していたウッウは、そのまま壁の中に潜りこんでしまう。

 

(上手い……水に中に入ってせいで、こっちの攻撃の勢いを完全に吸収された……)

 

 ダイビングという言葉から、どうしても下に潜るイメージを持っていたけど、水に潜ることがダイビングなのだから、水があるのなら下だろうが横だろうが、たとえ空に浮かんでいろうが関係ない。そのすべてがウッウにとっての入り口となる。

 

 そして、ひとたび水の中に潜ってしまえば、もうそこはウッウの独壇場。

 

「へ、ヘイ……」

「は、速い……」

 

 水が深いわけではないので、視線を下向けたらウッウの影は見ることはできる。問題はその速さだ。

 

 影を見るだけで分かるウッウの速度は、はいすいのじんを3回行って、高い素早さを得たタイレーツでさえも視認が難しいほど。ステージを自由に、そして縦横無尽に駆け抜けるその様は1つの魚雷のようにも見える。

 

(やっぱり水中は追い切れない……となると、出てくるところを叩くしか……)

 

「ウッウ!!『うのミサイル』だ!!」

「ジャンプ!!」

 

 作戦を考えている時に飛んでくるホップの指示。この言葉に嫌な予感を感じた私は、場を確認するよりも早くタイレーツに回避を指示。その指示に従って、その場で一斉にジャンプしたタイレーツの下を、サシカマスが通過していくのが見えた。あと一歩でも動くのが遅かったら、今のに被弾していた可能性がある。

 

「まだまだぁ!!もっとだぞ!!」

 

 何とか綺麗に回避はした。けど、ホップはこの1回で満足はしない。すぐさま次弾を装填したウッウが、今度はタイレーツの右側面から3発、サシカマスの弾を発射してくる。

 

「『メガホーン』!!」

 

 これに対してタイレーツは、着地と同時にすぐさま角を緑にして、右を振り向きながら角を薙いで弾を弾く。が、息付く暇もなくウッウは活動しており、タイレーツが振り終わると同時に、今度は左側面から3発飛んでくる。

 

「タイレーツ!!今度は左!!そのあとは後ろから!!」

 

 左を振り返りながら角を振り抜いて弾き、さらに後ろから飛んでくるものに対しては再びジャンプで避ける。けど、こちらがサシカマスを避ける度に飛んでくるサシカマスは増え、着地と同時に今度は左右から飛ばされ、しかもその後には前と後ろからと、ジャンプした時に当たるように、対空気味に放たれたサシカマスも確認できた。

 

(いちいち飛んでくる方を見ていたら間に合わない……なら!!)

 

「タイレーツ!!『メガホーン』で回転斬り!!」

「ヘイッ!!」

 

 タイレーツに向かって、360°全方位から向かってくるサシカマスの弾幕。1つ1つ丁寧に返していたら絶対に間に合わないと判断した私は、その場で回転斬りを指示。角を前に向けたまま、何回も回転したタイレーツは、自分の周りに緑色の軌跡を残してサシカマスを全て弾く。が、陣形をV字型のまま無理やり弾いたせいか、回転の中心にいたヘイチョーはともかく、後ろに並んでいたヘイたちが少し苦しそうな表情を浮かべていた。

 

(『はいすいのじん』で陣形を固定させた所をつかれてる……ここに来てこの陣形の不自由なところを突かれるのは予想してなかったかも……)

 

 全方位からのサシカマスの弾幕。これに対して、タイレーツがとることの出来る一番の最適解は、間違いなく全員で背中合わせの円陣を組んで、それぞれが迎撃を行う事だ。個ではなく、6人で1人のポケモンだからこそできる作戦ということを考えれば、タイレーツにとってこの攻撃は本来楽に乗り切ることの出来る攻撃だ。

 

 けど、今のタイレーツははいすいのじんの影響で陣形を崩せない。いや、普通のタイレーツならこんなことにはならないのだけど、重ね掛けのデメリットが予想外の方向から私の首を絞めてきた。

 

「成程……3回も『はいすいのじん』をされたときにはびっくりしたけど、その分制限も大きいんだな!!なら、そこをどんどんつかせてもらうぞ!!」

「っ!!タイレーツ!!サシカマスをウッウのいる方に返して!!」

 

 どんどん増えて来るサシカマスの攻撃に、こちらはメガホーン1本で立ち向かう。

 

 ただ回転切りをして跳ね返すだけではとてもではないけど時間が足りない。そう判断した私は、サシカマスをウッウの方に返して、こちらの攻撃手段に転用するように指示。無茶を言っていることは分かっているけど、はいすいのじんのバフ効果と、やらなきゃどうしようもないという状況が相まって、こういう指示しか出せない。

 

「ヘイッ!」

「ウッ!?」

「……なんでここにきてそんな凄いことできるんだ……」

 

 けど、火事場の馬鹿力というべきか、追い詰められて逆に集中力が上がったタイレーツの反撃が、最初こそただ弾くだけに終わっていたその行動が、徐々にウッウの身体を正確に狙い始めていく。

 

 さっきまで自分が一方的に攻撃していたのに、気づけば自分にも少しずつ攻撃が返され始めていることに焦りを感じ始めるウッウ。そのせいか、こちらへ飛んでくる弾幕も少しずつ少なくなってきている。それもこれも、今フィールドの中心で、逆境に耐えて頑張っているタイレーツのおかげだ。

 

(凄い……タイレーツが、勝つために今まで以上のパフォーマンスを見せてくてる……)

 

 勝ちたいという気持ちがどんどん伝わってくるその動きに、私も自然と力が入っていく。

 

 絶対に勝たせてあげたい。

 

(っ!?聞こえた!!)

 

「タイレーツ!!右斜め後ろ!!」

「ヘイ!!」

 

 タイレーツからの想いを受け取った私は、いつの間にか上がった集中力のおかげで、ウッウがわずかにならした水音に気づき、反射的にその方向を指示。すると、タイレーツがすぐさま反応して、そちらに向けてメガホーンを振るう。そのタイミングは、ちょうどいま飛んできたサシカマスとばっちりかみ合い、まるで逆再生でもしたのではないかと思う程綺麗に反射。吸い込まれるように飛んでいったサシカマスは、その場で次弾を構えていたウッウに直撃する。

 

「ウッ!?」

「ウッウ!?」

「よし!!大当たり!!」

「ヘイ!!」

 

 攻撃を受けたことでバランスを崩したウッウ。これによって、一時的に弾幕が止まる。

 

「走って!!」

「ヘイッ!!」

 

 絶好のチャンスを逃さないために、タイレーツが全力疾走。一瞬で距離を詰め、伸びた緑色の角をまっずぐつきつけ……

 

「ここで捕まったら負けるぞ!!何が何でも潜るんだ!!」

「ッ!!ウッ!!」

 

 タイレーツの攻撃が当たる直前に、気合を入れたウッウが水の中に身体を滑り込ませてぎりぎりメガホーンを避けていく。

 

「くっ、惜しい!」

「良いぞウッウ!!そのままもう1回『うのミサイル』で攻めていくぞ!!」

 

 絶好のチャンスを逃してしまった代償は大きく、再び全方位からうのミサイルが飛び始める。けど……

 

(うん……さっきの集中がまだ続いているから、音がよく聞こえる……!!)

 

 私の鼓膜を叩く水の音が、今ウッウがいる場所と、飛んでくるサシカマスの方向を正確にとらえてくれる。

 

「まずは右前。次が左でその次が前と後ろ同時!!」

「へヘイ!!」

 

 右前から飛んでくるサシカマスは左下から右上に振り上げて弾き、左から来たものは、さっき振り上げた動きと逆の動きをして叩き落す。そして前と後ろのサシカマスはジャンプしてよけ、両者の頭をぶつけ合わせて空中に打ち上げる。

 

 ここで耳に聞こえる水音。

 

(聞こえた!!ウッウの音!!)

 

「左後ろ!!」

「へヘイ!!」

 

 私が指示した位置に、先ほど頭がぶつかって浮き上がったサシカマスを飛ばすタイレーツ。もはや慣れてしまったその行動によって、飛ばされたサシカマスは正確に水音が鳴った場所に突き刺さる。

 

(よし、これでまた隙が……)

 

「いまだ!!『ダイビング』!!」

「ウ~!!」

「ヘイッ!?」

「え?」

 

 しかし次に私の視界に映ったのは、真下から飛び上がったウッウに身体をつかれているタイレーツの姿。攻撃の衝撃で打ち上げられたタイレーツは、Vの字形を保ったまま空中で態勢を崩す。

 

(なんで!?確かに音が聞こえた方に攻撃を……あっ!?)

 

 水音が聞こえた方向。そこに視線を向けると目に入ったのは、目を回したサシカマスの姿が3()()

 

(あの音はサシカマスが跳ねた音!!)

 

 ウッウがわざとあの場所にサシカマスを飛ばしたことで、私に位置を誤認させ、ウッウとは関係ない方に攻撃するという隙を作らせるための工作。私が耳でウッウの位置を悟っていることを逆手に取られた。

 

「ウッウ!!『うのミサイル』!!」

「『アイアンヘッド』!!」

 

 タイレーツを下から打ち上げ、そのままタイレーツよりも上空まで飛びあがったウッウは、真上から咥えているうのミサイルを2回発射。それに対して頭を鈍色に染めたタイレーツが、サシカマスの側面に頭を添えて1つ目を後ろに流し、2つ目に対しては足裏を合わせ、かかと落とすをするかのように下にさげ、逆に足場にしてウッウの方に向かって飛び出した。

 

「『うのミサイル』!!」

「避けて!!」

 

 サシカマスを足場にして飛び出したタイレーツに対して、3度目のうのミサイル発射。これに対してタイレーツは陣形ごと回転して3発目を回避。とうとうウッウの懐に飛び込むことに成功し、タイレーツのチャンスがやって来る。

 

「『インファイト』!!」

「ヘイ!!……ヘイッ!?」

「タイレーツ!?」

 

 そのチャンスをものにすべく、拳を構えて突撃するタイレーツ。しかし、そんなタイレーツの進撃を止める影が1つ。

 

「へへ、セーフ……」

「サシカマス!?なんで後ろから!?」

 

 それはタイレーツを後ろから射貫くうのミサイル。けど、ウッウから飛ばされたうのミサイルはさっき全部避けたはずだし、今ウッウは空中にいるから新しい弾を装填は出来ない。新しいうのミサイルを発射してきた覚えだってない。

 

(打たれた『うのミサイル』だって全部下に……いや、下……?)

 

 そこまで考えて視線を下に落とすと、そこには水面をぴちぴち跳ねるサシカマスが目に入った。

 

「ま、まさか……最初に打ち出した2発のサシカマスに向かって、3発目を打ち出して……跳ね返してもらったの……?」

「サンキューだぞ!サシカマス!!」

 

 ウッウと戦っているはずなのに、まさかサシカマスに邪魔されるとは、またもや予想外の出来事だ。

 

「へ、ヘイ……ッ」

 

 後ろから突き刺さるサシカマス。その衝撃のせいで、せっかく拳に溜めていたインファイトの力が少しずつ抜けていく。

 

 さっきまでタイレーツがチャンスだったのに、そのチャンスが180°反転。今度はウッウ側のチャンスへと変わる。

 

「ウッウ!!『ドリルくちばし』!!」

「タイレーツ!!『アイアンヘッド』!!」

 

 態勢を崩しているところに上から嘴を突き付けて来るウッウ。対するこちらも、何とか応戦するべくアイアンヘッドを構えるけど、頭を鈍色に変える前にウッウの鋭いくちばしが突き刺さり、タイレーツが地面に叩き落される。

 

 こうかはばつぐん。そのうえ、せっかくはいすいのじんであげた防御もインファイトによって下がってしまっているので、想像よりも打たれ弱くなっていたタイレーツはそのままダウン。目を回して倒れることとなる。

 

 

『タイレーツ、戦闘不能!!』

 

 

「ありがとう、タイレーツ」

 

 ここまで頑張ってくれた戦士にお礼を言いながらボールに戻す。予想外のことが多かったけど、それでもウッウに少なくないダメージを与えていたのも事実。十分戦ってくれた。むしろ、サシカマスの妨害が入るまではこちらの流れだったくらいだ。

 

「っていうかずるい!!サシカマスの力借りて、複数で闘ってくるなんて!!」

「それを言ったらタイレーツも同じじゃないか!!こっちは1対6だったんだぞ!!」

「それとこれとは話が別だもん!!」

 

 此方は6人で1人なのに、あちらは純粋に2人のポケモンで襲ってきている。普通にずるい。けど、負けは負け。ここで文句を言っても仕方がない。ちゃん意識を切り替えて、私は次のポケモンを構える。

 

「お願い、ストリンダー!!」

「リンダッ!」

 

 私の2番手はストリンダー。純粋にウッウに弱点をつけるでんきタイプの選出。それに、これなら万が一耐えられてうのミサイルをまた繰り出されたとしても、その頃にはうのミサイルに使われる弾はピカチュウに変わる。ストリンダーならまひになることはないから、相手の攻撃を気にせず動ける。

 

「ストリンダーか……」

「ホップが基本に忠実に行くなら、私もしっかり則っていくよ!!」

 

 みず、ひこうタイプであるウッウに対して、でんきタイプはかなり効果的にダメージが入る。

 

 奇をてらった作戦を立てて相手を引っ掻き回すのは大事だけど、根幹部分は忘れてはいけない。ポケモンバトルにおいて、まず大事なのはタイプ相性だ。ポケモンスクールでも最初に教わる一番の初歩。それはどこまでもついてくる。なら、ここはしっかりと注視するべきだ。

 

(いくらタイレーツが削ってくれているとはいえ、ウッウに致命的な攻撃が入ったわけじゃない……体力的にもまだ半分以上は絶対残っている。数値化してみるのなら多分……7割くらい……かな?でも、そこまで削れているのなら、ストリンダーの威力なら一撃で持っていけるはず!!)

 

「ストリンダー!!『オーバードライブ』!!」

「リンダァッ!!」

「マリィの時と言い、連続ででんきタイプと戦わせてすまないぞ……でも、踏ん張れれば一気に傾く!!頑張るぞ!!『ダイビング』からの『うのミサイル』!!」

 

 その証拠であるオレンジ色の胸ビレを引っ掻き回し、辺りに電撃を解き放つストリンダー。それに対し、絶対に技を受けられないウッウは水の中に潜って電気の衝撃波を回避。そのまま自分が勝っている機動力をもって、タイレーツの時以上の一方的なバトルをするために、再びうのミサイルにより貼り付けをし始める。

 

 確かにタイレーツに比べてストリンダーの機動力は、お世辞にも強いとは言えない。けど、ストリンダーにはそもそも機動力がいらない。なぜなら、ストリンダーが主力とする技は、音技故に攻撃範囲が凄く大きいから。

 

「『オーバードライブ』!!」

「リンダッ!!」

 

 飛んでくるサシカマスたちをまとめて撃墜する電気の波は、一瞬のうちに痺れたサシカマスたちを行動不能に追いやっていく。

 

「そのまま身体を水につけて!!」

「っ!?さがれウッウ!!」

 

 更に、そこから自分の胸ビレを足元の水につけるように屈むストリンダー。先ほど、サシカマスに気を取られている間に、真下からダイビングを受けたことを反省して、すぐさま足元への対処を施す。

 

 電気をよく通す水に、発電器官の備わっている胸ビレを浸すことにより、足元の水がストリンダーを中心に電撃を帯びていき、電気のドームを作り上げていく。

 

 水を伝ってどんどん体積を増やしていくそのドームは、傍から見ているだけでもかなりの電力を内包しているように見える。その威力は、離れているはずのこちらまでもが、肌がピリピリ痺れてくるような気がするほど。当然この攻撃を見てウッウがとる行動は逃げること。私の予想通り、やっぱりストリンダーの足元まで迫っていたウッウは、この電撃を見て慌てて退避。私の位置からでも目に見えて分かるほど、黒色の影が高速で壁際まで下がっているのが確認できた。あそこまで下がられたら流石にこちらの攻撃は届かない。

 

「直接攻撃は回避するぞ!『なみのり』!!」

 

 この状況になってしまったらもうウッウには近づく理由がない。壁際まで寄ったウッウは、ここからはさらに距離を取って戦うようで、壁際から大きな大きな津波がやって来る。

 

「おっきい……」

 

 此方の身長の何倍も大きく、もっと言えばダイマックスポケモンですら飲み込んでしまうのではというほど高い波。見る人が見れば、一種のトラウマにもなりかねないその迫力のある攻撃がゆっくりとストリンダーに向かって流れてきた。

 

 これに飲み込まれてしまえば、いくら体力がまだ減っていないとは言っても致命傷は必至。この大規模な攻撃は、何が何でも止めなくちゃいけない。

 

「やれる?ストリンダー」

「……リンダッ!!」

 

 とてつもなく大きな、言ってしまえば一種の災害級の攻撃。それを前にして、こちらに向かってニヒルな笑みを浮かべるほどの余裕を見せてくれるストリンダー。その姿に頼もしさを感じた私は、頷きを返しながらストリンダーに指示を出す。

 

「ストリンダー!!『ばくおんぱ』!!」

「リッダァッ!!」

 

 放たれる技はばくおんぱ。全てを吹き飛ばす強烈な音波は、そのまま波の中心に向かって真っすぐ飛び、ぶつかるとともにとてつもない衝撃音と爆発を巻き起こす。

 

「っ!?なんて火力だよ!!」

「特性『パンクロック』と合わさった私のストリンダーの火力は、毎日毎日成長しているからね!!」

 

 爆発によって波を2つに割かれ、真ん中にぽっかりと大きな穴が開き、波の形が崩れていく。

 

「ウッ!?」

 

 文字通り波に乗ってこちらに進撃してきていたウッウは、突然自分が乗っていた波が消えることによって空中に投げ出されてしまい、自由が利かなくなる。

 

「ストリンダー!!『オーバードライブ』!!」

「リッダッ!!」

 

 空中に投げ出されたウッウ。そこに向かって放たれる電撃の波。

 

「ウッウ!!『うのミサイル』!!」

 

 せめて少しでも威力を下げようと、最後のサシカマスを発射するウッウ。しかし、この程度で止まるわけがない電気の波は、そのままサシカマスを貫通してウッウに直撃。

 

「ウッ!?」

「ウッウ!!」

 

 全身余すことなく電気にまみれたウッウは、そのまま地面に落ちて目を回す。

 

 

『ウッウ、戦闘不能!!』

 

 

「ふぅ……次!!」

 

 激闘はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タイレーツ

サシカマスを足場にしているところは、6人全員で踏んづけています。サシカマスかわいそう……

なみのり

実機の表現を見る限り、なみのりってかなり凄い規模になっていそうですよね。ポッ拳やユナイトでは、かなり規模は小さいですが。






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240話

「リッダァッ!!」

 

 大声とともに胸ビレを掻きむしり、ロックな音を撒き散らすストリンダー。本人の派手好きな性格と、ガラルのみんなのノリが合わさって、会場の空気が一気に騒がしくなっていく。

 

「ありがとうな、ウッウ。ゆっくり休んでくれ」

 

 そんな中、熱い空気に当てられることなく、いつも通りの……いや、むしろいつもよりもほんの少しだけ低いテンションで紡がれるホップの言葉。2人目の仲間を倒され、リードを取り返すことが出来ていない現状に、少なくない思いが募っているのだろう。けど、それはあくまでもいつもと比べると少し違うというだけで、別段大きく取り乱している訳では無い。

 

(凄く冷静……)

 

 けど、普段のホップを知っている私からすれば、こういうホップの方が逆に新鮮だ。それだけこのバトルに万感の思いを込めているということだろう。

 

(当たり前だけど……まだまだ全然気は抜けない……!!)

 

 改めて気持ちを引締め、来たるホップの3人目の仲間に目を向ける。

 

「頼むぞカビゴン!!」

「カァビ……」

「来た……カビゴン……!!」

 

 現れたのはカビゴン。ホップの手持ちの中でも屈指の耐久力と破壊力を秘めており、その爆発力は先のマリィとの戦いでも大活躍したほどだ。

 

(『のろい』をされたらそこから一気に崩されかねない……!!やるなら速攻!!)

 

「『オーバードライブ』!!」

「リッダ!!」

 

 私の頭をよぎる、のろいからの大あばれによるマリィの押され具合い。アーカイブで見てるだけでも伝わってきたその破壊力は、今でも私に脳裏に深く刻まれている。

 

 あれだけは許す訳には行かない。けど、私が対策するのはホップにとっても予想出来たこと。

 

「へへっ、なんか警戒されるってちょっと嬉しいよな!カビゴン!!その警戒を超えて技をぶつけてやろるぞ!!『じしん』だっ!!」

「カッビ」

 

 ストリンダーの速攻を見てカビゴンが取った行動は、こちらも即攻撃。1度軽くジャンプしたカビゴンが、その巨体を勢いよく地面に落とし、全方位に無差別の揺れを巻き起こす。

 

「わわっ!?」

 

 その威力は凄まじく、かなり距離が離れているはずの私の足元だけでなく、スタジアム全体を揺るがす勢いで広がっていく。当然対面しているストリンダーは、私が感じるそれとは比べられない揺れを受けることとなる。

 

「ストリンダー!!ジャンプ!!」

「リダッ!!」

 

 でんき、どくタイプを持つストリンダーにとって、じめんタイプの技は何がなんでも避けなくてはいけない技だ。こんなものを受けてしまえば、たとえ体力が完全にあったとしても耐え切れるかどうか怪しい。この技を放ったのが、高い攻撃力を誇るカビゴンであるのならば尚更だ。

 

 のろいをしてくると読んで、それを止めるべく放ったオーバードライブを無理やり中断してジャンプするストリンダー。この程度でじしんの勢い全てを避けられるだなんて甘いことは考えていないけど、それでもオーバードライブと相殺することも相まって、それなりの威力減衰が見込めると思っての行動だ。

 

(致命傷は受けても、一撃で戦闘不能とまではいかないはず……とにかく、まずはこの『じしん』をやり過ごすことを考えて……)

 

「逃がすなカビゴン!!もっと『じしん』!!」

「カッビィッ!!」

「え?」

 

 地面に勢いよく足をつき、全方位に破壊の揺れを広げているカビゴンが、ホップの指示と共にもう一度ジャンプして地面に足を叩きつける。すると、ただでさえ強力なじしんが、さらに威力を増して地面を揺らしてくる。その揺れ具合は、地面より岩を隆起させて、礫が空中に打ち上げれれていくほど。

 

「リダッ!?」

 

 礫が飛び上がるということは、空中にいるポケモンにも少なくないダメージが入るという事。それは跳んで躱そうとしたストリンダーにも適応され、次々と礫が身体を打ち付ける。しかもそれだけではなく、礫のせいで勢いを殺されたストリンダーは、まだ揺れが残っている地面へとゆっくり落下を始めていった。

 

 このままだと、じしんに巻き込まれてしまう。

 

「ストリンダー!!地面に『ばくおんぱ』!!」

「っダァッ!!」

 

 慌てて地面に向けてばくおんぱ。じしんのエネルギーを抑えると同時に、地面に衝撃がぶつかった反動で、ストリンダーの身体が軽く浮き上がり、落ちかけていたところからさらに上に上昇する。これで少なくとも、何も無ければじしんが直撃することは無いはずだ。

 

 そう、何も無ければ。

 

「逃がすなカビゴン!!『ヘビーボンバー』!!」

 

 空に逃げるストリンダーに対してカビゴンは、ここで逃げられたら面倒になることを察してさらに追撃をしかけてくる。今までがウールーの転がるだったり、ウッウのうのミサイルによる釘付けだったりと割とテクニカルな動きが多かったためか、こういったとにかく力で押していくホップ本来の動きがとても新鮮に見え、今までの戦いとのギャップで判断が鈍りそうになる。それでも何とか頭をはたらかせて、今こちらにできることを必死に模索していく。

 

(空中で機動力のないストリンダーにこの『ヘビーボンバー』は避けられない。かと言って、ここで『ばくおんぱ』を使ったら、技の反動でまだ揺れてる地面に落ちて、結局『じしん』を受けちゃう……今求められるのは、空中にいたままカビゴンの攻撃をいなすこと……なら、私の今するべき技は……!!)

 

「ストリンダー!!『ほっぺすりすり』!!」

「リダッ!!」

「カビッ!?」

「なっ!?」

 

 空から落ちてくるカビゴンに向かって、逃げるのではなく逆に手を伸ばしたストリンダーは、カビゴンの手を掴んで引っ張り、身体をカビゴンの真下の位置から少し横にずらして、そこから抱きつくように密着。2人がくっついてひとつの塊となったところで、ストリンダーが自身の頬に貯めた電気をカビゴンに押し付けて、その身体をまひにおかしていく。

 

「よしっ!!」

「くっ、結構押してるつもりなんだけどなっ!!」

「簡単にはやりたいことさせないよ!!」

 

 さっきから危ない橋を渡りまくっている気がしなくは無いけど、それでも何とかギリギリのところで回避し続けている。カビゴンのじしんも、2人が地面に落ちる頃には収まっていることだろう。少しだけ息を吐いて、心を落ち着ける。

 

「なら、無理やりやりたいことを通してやる!!カビゴン!!仕返しだ!!ストリンダーを掴んで離すな!!」

「カビッ!!」

「リダッ!?」

 

 けど、そんな私の呼吸の隙間をホップは見逃さない。

 

 私とストリンダーの気が緩んだ一瞬の隙に、痺れる身体に鞭打って自分に頬を擦り付けてきたストリンダーをガッチリホールドしてきたカビゴン。いくら電気を放っているといっても、ストリンダーの身体で一番電気を発する瞬間は胸ビレを手で弾いたときだ。今回みたく、真正面から抱きしめるようにホールドされてしまうと、発電器官が押さえつけられるせいでうまく電気を発することが出来なくなってしまう。一応ストリンダーの発電方法は胸ビレを弾く以外にもあるにはあるけど、その方法が淀んだ水を飲んで身体の中に取り入れた後に、毒素を分解したときのエネルギーで発電されるという仕組みなため、今回はどうやったって発電できない。

 

(『ハイパーボイス』も胸ビレを起点とする技だから放てないし、『ヘドロウェーブ』も毒液を分泌する場所を抑えられてる……)

 

 この状況になると打てる技なんて1つしかない。

 

「『ほっぺすりすり』!!」

「リ……ダ……ッ!」

 

 新しく発電する術を抑えられたストリンダーは、頑張ってほっぺをこすりつけ、自身の体内に残っている電気をぶつけるしか抗う方法がなく、必死にカビゴンの身体に引っ付いて電気を流す。しかし、この程度の攻撃では、カビゴンの逞しい防御を打ち破ることなんてとてもじゃないけどできず、カビゴンが少し気合を入れるだけで、その攻撃は完全に受けきられてしまう。

 

 その間にも、カビゴンはストリンダーを抱いたまま、真っすぐ地面にへと落ちていく。

 

「このまま決めるぞ!!カビゴン!!『じしん』!!」

「ストリンダー!!なんでもいいからとにかく何かしら放って逃げて!!」

 

 まるでちきゅうなげのようにも見えるその技行動。このままカビゴンのじしんが発生してしまえば、ストリンダーは地面とカビゴンの間に挟まれ、そのうえでじしんのダメージをその身に全て受けてしまうから、どうやったって戦闘不能になってしまう。

 

(それだけは避けたい……!!)

 

 もうなりふり構ってられないこちらは、毒液やら電撃やらをやたらめったら放つしかなくなってしまった。私の指示を何とか聞いて、身体のいたるところから、紫色の液体やら電気ショックやらを弾けさせていく。しかしそれはとても技と呼べるようなものではなく、そのどれもがカビゴンの厚い脂肪を突き破ること敵わずに、ただただいたずらにストリンダーの身体から消費されていく。

 

 そんな無茶苦茶な戦いをして、ストリンダーのガス欠がすぐ来ることなんて誰が見ても明らかで……

 

「ダ……」

 

 身体にため込んだものを吐き出し切ってしまったストリンダーは、カビゴンの腕の中でぐったりしてしまう。一方のカビゴンは、身体のいろんなところに紫色の液体を付着させてはいるものの、そのどれもが表面に軽くついているだけで、カビゴンが空から落ちて来る時の風圧だけでそれらがどんどんはがされていく。

 

「カッビッ!!」

 

 そしてついに地面に落ちるカビゴンとストリンダー。地面に落ちると同時に今まで起きた2回のじしんを遥かに凌ぐ威力をもって地面を揺らし、カビゴンたちが落ちた周辺の地面が思わず隆起してししまうほどの衝撃に思わず顔を覆ってしまう。

 

 1、2秒ほど続くその暴風から顔を守り、衝撃が消えたと同時に前を見る。するとそこには、目を回してカビゴンの下敷きになるストリンダーの姿があった。

 

 

『ストリンダー、戦闘不能!!』

 

 

「良いぞカビゴン!!」

「カ~ビ……ッ!!」

 

 ストリンダーの戦闘不能の言葉と同時に、喜びの声をあげるホップとカビゴン。カビゴンはまひによってわずかに声を詰まらせるけど、首を振ってすぐさま振り払い、我慢の様子を見せている。身体に付着していた毒液に関しても、地面にぶつかった時の衝撃できれいさっぱり吹き飛んでおり、毒のダメージが入っているようには見えなかった。

 

 もっとも、ポケモンは基本的に何か1つの状態異常になった場合、ポケモン自身が持つ抗体が激しく反応するせいなのか、どうも2つ目の状態異常に対しては耐性を持つみたいなので、今回はどうやったってどくにはならない。今回はどく目当てで毒液を掛けていたわけじゃないから、そこは別にいいんだけどね。

 

「ありがとう、ストリンダー」

 

 ストリンダーをボールに戻しながら労いの言葉をかける。その間、私の視線はカビゴンに向けられていた。

 

(マリィとのバトルを見返していた時も思ったけど、やっぱりホップのカビゴン、凄く強い……)

 

 ホップの研究をするうえで、一番しっかり確認したマリィとのバトルでもカビゴンは大暴れをしていた。のろいを積んで防御と攻撃を同時に強化し、とにかく力で押して暴れるあのスタイル。まだ私とのバトルでは積まれてはいないけど、あれをされたら私だってたまったものではない。

 

(なんとしてでもそれだけはさせちゃいけない……そのためにも、次の子は……)

 

「行くよ!!ポットデス!!」

「ポ~!!」

 

 私の3番手はポットデス。ピンク色のティーポットから顔を出しながら、ゆらゆらと身体を揺らすその姿は、さっきのウッウと同様に少しバトル向きのそれとは思えない表情を浮かべていた。

 

「よろしくね?」

「ポルティッ!!」

 

 しかし、そんな余裕そうな表情も、私が声をかけるときりっと引き締まったものに変わり、やる気満々というかのようにティーポットから腕を伸ばし、力こぶを見せる。

 

 ……サイズ的に多分この力こぶが見えているのは私だけだと思うけどね。それが少しかわいらしくて、くすっとしてしまいそうになる。

 

(っと、和んでいる場合じゃないよね!!)

 

 軽く頬を叩いて気合を入れなおす私は、前を真っすぐみる。その視線の先には相対するポットデスとカビゴン。両者は、見た目こそ少しほんわかしてはいるものの、相手を観る目線は鋭く、戦闘準備は万端と言った様子を見せていた。そんな2人を見て、私とホップは同時に指示を出す。

 

「カビゴン!!」

「ポットデス!!」

「「『のろい』!!」」

「……って、お前もか!?」

 

 出された指示は、私もホップものろいだった。

 

「カ~ビ……」

 

 ホップの指示と共に欠伸をするカビゴンは、自身の素早さを犠牲にする代わりに、攻撃力と防御力を一段階成長させていく。マリィとのバトルでも猛威を振るった、攻防一体の要注意技の1つだ。これを何回もされれば、私のポケモンなんて一瞬でつぶされてしまう事だろう。そのうえで防御も一緒にあがるのだから、倒すのに苦労する難攻不落の壁となる。

 

 でも、だからこそのポットデス。

 

 ポットデスもカビゴンと同じで、行った技はのろい。しかし、この技は使ったポケモンがゴーストタイプなのか、はたまたそれ以外なのかで効果が全然違うものとなる。

 

「ポ……ティッ!!」

 

 カビゴンが欠伸をしている目の前でポットデスが行ったのは、紫色に光る五寸釘を自分に突き刺すというもの。

 

「ティ……ッ!!」

 

 自分の身体にぐんぐんと釘を沈めていくポットデスは、沈んでいくたびに苦しそうな声をあげていく。その姿が少し痛々しく、自傷することを指示した自分にちょっとした後悔が沸いてしまう。しかし、ポットデスはこれを理解してくれたうえで、自分からこの役目を買ってくれた。そんなポットデスの覚悟をしっかりと見届けるため、目をそらさずに前を観続ける。

 

「カビ……?」

 

 そんなポットデスの、自分の体力を生贄にささげた行動の結果は、カビゴンの目の前に徐々に表れ始める。

 

 それは、ポットデスが自分に刺した五寸釘と全く同じもの。カビゴンの斜め上に急に現れたそれを、カビゴンは不思議そうに眺める。

 

「カビゴン!!その釘を叩き落とすんだ!!」

「カビッ!?」

 

 しかし、この釘の意味を理解しているホップは、カビゴンに対してすぐさま攻撃を指示。カビゴンも、ホップの声を聞いてこの技のやばさに気づいたらしく、慌てて右腕を上から下に振り下ろす。しかし、ポットデスが呼び出したこの釘は、目には見えるものの実体を持っているわけではない。そのため、カビゴンが必死に降ろした腕はすり抜け、紫の五寸釘は真っすぐカビゴンの胸へと吸い込まれていく。

 

「カ……ビ……ッ!?」

「カビゴン!?」

 

 胸へと刺さった五寸釘は、そのままポットデスの時と同じようにどんどん奥に突き刺さり、カビゴンの身体へ少しずつ沈み込んでいく。そして、その釘が沈む度にカビゴンから苦痛の声が上がる。

 

 この効果を見てわかる通り、ゴーストタイプがのろいを行った際、その効果は自身の体力を消費して、文字通り『呪い』を相手に与えるものとなる。これでカビゴンは常にのろいによって体力を蝕まれることとなる。

 

「さぁ、いくらでも『のろい』を積んでもらっていいよ?その代わり、カビゴンの体力は少しずつ削らせてもらうけどね?」

「ぐ……っ!」

 

 ゴーストタイプののろいは、発動に自分の体力を半分消費する必要のある、かなりリスクの高い技となっているけど、その代わり1度発動してしまえば、モンスターボールに戻らない限り永遠とのろいによる苦しみに襲われることとなる。こうなってしまえば、カビゴンの寿命がすぐそばまで迫っている以上、のろいを積んで強化するだなんて悠長なことはしていられない。では、『ここでホップはカビゴンをボールに一旦戻してのろいを解除してくるのでは?』と思うかもしれないけど、そうなったらなったで今度はこっちがからをやぶるをして、逆にこちらの攻めの起点にできる。ホップの残りのメンバーからしても、からをやぶったポットデスと真正面から戦いたくなんてないだろう。今も苦しそうな声を上げながらこちらを見てくるホップの表情には、今私が考えていることと同じことを思い浮かべ、どうするか悩んでいるように見える。

 

(すごく悩んでる……でも、時間はこっちの味方。動かないのならこっちからじっくり仕掛ける!!)

 

「ポットデス!!『ギガドレイン』!!」

「っ!?カビゴン、避けろ!!」

「カビ!!……ッ!?」

 

 私の指示を聞いてようやくハッとしたホップが慌てて回避を指示。しかし、元々の足の遅さと、身体がまひしていることが合わさって、動きがかなり遅くなってしまったカビゴンは、緑色の針を避けることに失敗。刺さったところからエネルギーが吸い取られ、ポットデスの方へと吸い込まれていく。

 

 これでのろいによって消費した体力を、いくらか回復することに成功。心做しか、ポットデスの表情が少し明るくなった気がする。

 

「……随分とえげつない作戦だぞ」

「こうでもしないと、ホップのカビゴンは簡単に暴れちゃうからね。対策は凄く考えたよ」

「嬉しいけど、嬉しくないぞ……」

 

 のろいによるスリップダメージに、ギガドレインによる体力回復。ホップにとって苦しい状況が積み重なっていく。今も五寸釘を叩き込まれているカビゴンは、目の下あたりに紫色の隈のようなものが浮かび上がらせており、かなり苦しそうにしている。カビゴンが倒れるのも、時間の問題だろう。……けど。

 

「嬉しくは無いし、かなり苦しい状況だけど……でも、おかげでやることは明確になったぞ!!」

 

 ホップの表情は明るくなる。

 

(本当に……)

 

「時間をかければかけるほどダメなら……防御を捨てればいいだけ!!攻めて攻めて攻めまくるだけだ!!カビゴン!!『じしん』!!」

「カッビ!!」

「ああもう!!気持ちいいくらい切り替え早いんだから!!ポットデス!!『ギガドレイン』!!」

 

 時間をかければ不利になるのなら、何も考えず攻めることだけに集中すればいい。そんな最適解を知ってか知らずか、すぐさま導き出したホップは、カビゴンにじしんを指示。カビゴンも、その言葉を聞いて右腕を思い切り地面にたたきつけ、今日4度目の大地震が発生。これを見て私はギガドレインで少しでもダメージを与えて、じしんの発生を遅らせようとするけど、そんなこと無視と言わんばかりに地面を殴っていく。

 

「すまないぞカビゴン……けど、お前の頑張りは無駄にしないぞ!!さぁ最後の悪あがきを見せてやるぞ!!『じしん』をしまくれーッ!!」

「カァビッ!!」

 

 のろいによるダメージのせいで残された時間は無い。それを理解しているからこそ、呪われようが、痺れようが、そして緑の針によって体力を吸い取られようが、その全てを無視してひたすらに地面を殴って大地震を起こしまくる。

 

「ポットデス!!攻撃中止!!避けることだけに集中して!!」

「ティッ!!」

 

 威力が上がる度に増えていく礫の数。その増加スピードはとても早く、ギガドレインを打つ余裕はものの数秒でなくなってしまった。だから、攻撃をすぐ辞めたポットデスはカビゴンを見ることすらもやめて、地面から飛んでくる礫に注視。とにかく避けることに専念する。

 

「ティ……ッ!?」

「くっ、攻撃が激しぎる……っ!!」

 

 けど、それでもポットデスは回避し切ることが出来ず、いくつかの礫をその身に受けてしまう。のろいの発動に体力を削っていたポットデスにとって、このダメージはかなり重く、物理耐久の低さも相まってかなり辛い状況に追いやられてしまう。が、何も悪いことばかりが起きた訳では無い。

 

「……ッ!!ティッ!!」

「ポットデス!!」

 

 ポットデスの特性、くだけるよろい。

 

 物理技を受ければ受けるほど、自身の防御力を犠牲に素早さを成長させるこの能力は、当然じしんにも反応する。礫が当たる度に発動していくこの特性の効果で、ポットデスの動きはみるみる成長していく。結果数秒後には、あれだけ苦戦させられたじしんによる礫の嵐を全て捌けるようになっていた。

 

 屈み、揺れ、逸らし、回り、あらとあらゆる方法で礫の嵐を避ける様は、舞を踊っているようにも見え、思わず見とれてしまいそうになるほど。

 

「凄い……」

 

 そんな、誰もが見とれそうなその回避劇は、じしんの収まりと共に終焉を迎える。

 

 カビゴンの身体に突き刺さる五寸釘が、最後まで刺さり切ったみたいだ。

 

「カ……ビ……」

 

 

『カビゴン、戦闘不能!!』

 

 

 のろいの回り切ったカビゴンは、そのままゆっくりと身体を横たえる。

 

 ホップの大きな壁を打ち崩した、大きな一歩。けど……

 

「ティ……ティ……」

 

 ポットデスも、少なくない傷を負っている。

 

 まだまだ気は抜けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストリンダー

図鑑説明を見ると、なかなか面白い生態をしている子です。ちなみに、パソコンで「すとりんだー」を文字変換すると「ストリンダ―」と、伸ばし棒が変になってしまうので、「すとりんだ」までを打って変換し、そのあとに「ー」をつけるというめんどくさいことをしていたりします。一発で全部ちゃんと変わって欲しい……

のろい

呪いと鈍い。面白い言葉遊びですよね。



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241話

「大丈夫?ポットデス……」

「ティ……ティッ!」

 

 ホップの大きな壁であるカビゴンを無事突破したポットデス。しかしその代償は大きく、削られた体力はかなりのもの。いくらくだけるよろいで素早さが極限まで上がっているとはいえ、ここまで削られてしまえば、疲れからのミスが増える可能性が高い。そうなれば、普段なら避けられる攻撃でも、判断をミスして被弾する可能性が出てくる。しかも、代償として防御力を沢山犠牲してしまっているので、この被弾がとどめとなる可能性が高い。っていうか、かするだけでも多分ダメ。ポットデスはそれだけでダウンすると思われる。

 

(……着実に差が縮まってる)

 

 最初こそ、タイレーツとバイウールーという圧倒的有利な対面によって、私は大きなリードを作ることが出来たけど、その貯金がどんどん崩されている感覚がある。ポケモンの残りの数的にはまだ私が勝ってはいるものの、ポットデスの残り体力はわずか。体力の総量で言えば、もはや誤差レベルまで詰められてしまっている。

 

(ポットデスの足を上手く使えるかどうかで決まりそう……)

 

 残りのホップの手持ちは、前と変わっていなければアーマーガア、バチンウニ、ゴリランダーの3人。全員足が速いポケモンではないので、ポットデスが一方的に翻弄すること自体は出来る。……いや、素早さが極まっている今のポットデスに追い付けるポケモンの方が少なくはあるんだけど……今はそこは置いておいて、自身の素早さを上げる方法も持っていない先の3人では、どうやったってポットデスに追いつくことはできない。だから、この速さをうまく生かせば、流れによっては完封することが出来るはずではある。特に、バチンウニが出てきてくれれば、より有利な展開に持っていくことが出来そうだ。

 

(ま、バチンウニだけは来なさそうだけど……私がホップの立場なら、出すならアーマーガア……かな?……うん、ある程度のダメージなら……)

 

「よし、行くぞバチンウニ!!」

「ニニ!!」

「え?」

 

 先の展開について予想をつけ、それをもとにおおまかな作戦を組み立てようとしていたら、一番来ないと思っていたバチンウニが現れて少し困惑してしまう。バチンウニはホップの手持ちの中だけでなく、全てのポケモンを比べてもかなり足の遅い方に分類されるポケモンだ。ただでさえ足が遅いのに、そんなポケモンがポットデスというとんでもない速さを手に入れたポケモンに追いつき、そして闘う姿なんて全然想像できない。

 

「行くぞバチンウニ!!『びりびりちくちくだ』!!」

「って、そうだった!!ポットデス!!すぐに上に浮かび上がって『シャドーボール』!!」

 

 しかし、そんな私の乏しい想像力も、ポップからの指示を聞いた瞬間に一気に目が覚めていく。

 

 びりびりちくちくを指示されたバチンウニは、自身の針を器用に動かして、自分の姿をハリーセンのような形に変更。その状態でスパークを発しながら高速回転を初めたバチンウニは、車のタイヤのように辺りを駆け回り始める。

 

 よくよく考えなくても、マリィとのバトルでも見せてくれたバチンウニの高速移動だ。カビゴンの方に意識が向きすぎていて、しっかりアーカイブを確認していたはずなのにこのことをすっかり忘れてしまっていたらしい。正直自分でも呆れるほかないけど、今は自分を責めることよりもやるべきことがある。幸い、すんでのところでバチンウニの戦いを思い出した私は、すぐさま指示を出したおかげでこの攻撃を間一髪のところで回避。空に飛んだポットデスは、走りまわるバチンウニに対して黒球の雨を振らせていく。

 

「ティ……ッ!!」

「避けるんだ!!」

「ニニ!!」

「……っ」

 

 バチンウニの干渉できない空というステージからの攻撃は、しかしポットデスの体力が減っていることが大きく影響しているためか、自身の速度に伴っていない、いつものそれと比べると心もとないシャドーボールは簡単にバチンウニに避けられる。

 

(普通の攻撃は通らなくなり始めてる……こうなっちゃったなら、いっそのこと……)

 

 頭の中をよぎったのは、先ほどカビゴンを倒したのろいをもう一度発動させる戦い方。

 

 ゴーストタイプの放つのろいは基本的に外れることがない。理由としては、攻撃の要となるのろいの釘が実体を持たないから。さっきカビゴンが腕で叩き落せなかったのを見てわかる通り、あの釘は物理攻撃だろうが特殊攻撃だろうが、そのすべてが通り抜けていく。これは攻撃技に限った話ではなく、まもるやみがわりといった、自身を守ってくれる技ですらもそうだ。そのため、こののろいという技は、ちょうはつなどで技の発動そのものを止められることはあれど、発動さえしてしまえば必中の強力な技となる。

 

 ただし、さっき言った通り、ゴーストタイプののろいを発動させるには自身の体力を犠牲にする必要がある。たとえそれで、自身の体力が消えることとなっても。

 

(もうポットデスの体力はないから、ここで『のろい』を使っちゃえば、間違いなくポットデスは倒れちゃう。それでもバチンウニに『のろい』は入ってくれるけど……そのあとすぐにバチンウニをボールに戻されたら、ポットデスを無駄に失うことになっちゃう……けど……でも……)

 

 地面を転がるバチンウニと、シャドーボールを打ちまくるポットデスのやり取りを見ながら、これからどうするべきか頭を悩ましていく私。その中で、強力な択の1つである、のろいによる相手へのスリップダメージが頭をよぎるけど、だめだった時の展開と、それによってなくなるかもしれないこのリードを手放すのが怖くてどうしてもあと一歩が踏み出せない。

 

 のろいをするべきか否か。この議題について悩んでいる時間はそんなに長くはない。時間にしてみればほんの数秒もかかっていないくらいだろう。けど、そんな一瞬でも、戦況というのはどんどん変わっていってしまう。

 

「バチンウニ!!『まきびし』!!」

「っ!?」

 

 ホップの声にハッとして前を見ると、フィールドにある変化が起き始めていた。

 

「地面に……棘………?」

 

 その変化とは、地面にまばらにまき散らされた棘たち。まきびしを指示されているのだから、棘があるのは当たり前なのでは?と思うかもしれないけど問題はその棘の撒かれ方だった。

 

(棘の部分が上じゃなくて下に向かってる……?地面に刺さっているせいで下を向いているっていのは分かるけど、でもこれだと本来の効果が発揮しないんじゃ……)

 

 まきびしという技は、いわばトラップ技だ。相手の場にまき散らすことで、相手のポケモンが地面に足をつける度にダメージを与えるという技。特に、交代して出てきたポケモンへ与えるダメージが大きく、そのあたりはマクワさんが使っていたステルスロックにかなり近しいものとなっている。違いを上げるのなら、ステルスロックと違って、タイプ相性によるダメージの増減がないことと、地面に撒くという兼ね合いで、浮いているポケモンには当たらないと言ったところ。

 

 けど現在、そんなダメージを与えるはずのまきびしの棘が地面に向かっているせいで、本来の効果が発揮できなくなってしまっている。ポットデスはもともと浮いているから大丈夫だとしても、これでは他のポケモンが踏んだとしても、対してダメージにはならないように見える。

 

「一体何考えて……」

「『びりびりちくちく』!!針を飛ばせ!!」

「っ!?避けて!!」

 

 地面に刺さるまきびしを見ていると、今度はポットデスに向けて身体の針を飛ばし始めてきた。それも、びりびりちくちくの電気を纏ったままこちらに飛ばされてきているので、破壊力はバチンウニから離れていても衰えることはない。こんなのを受けてしまえばポットデスは倒れてしまうので回避。外れた電撃針は、そのままポットデスよりも高い方向へ飛んでいってしまう。

 

(くっ、こんな遠距離技を使ってくるなんて……!!)

 

 バチンウニが針を飛ばしてくるということは、身体から針が消えていくこと意味するけど、バチンウニの針は時間が経てば再生していく。だからこれでバチンウニの火力が下がることはないし、むしろこんな遠距離攻撃がるのなら、空を飛ぶというポットデスの優位性も少し損なわれる。しかも、相手がまきびしを覚えているのなら、下手にバトルを長引かせると、今でこそ機能していないとはいえ、ここからさらにまきびしを撒かれてしまうと後続の仲間が闘うのが難しくなってしまう。

 

(悩んでる時間はもうない!!ポットデスには申し訳ないけど……切るしかない!!)

 

「ごめんなさいポットデス!!あなたの最後の力を貸して!!」

「ティッ!!」

 

 私の少し残酷な指示に、しかしそれを覚悟していたポットデスは、自信満々に笑顔を浮かべながら、こちらを向いて返事を返してくれる。

 

 本当に感謝しかない。

 

「ポットデス!!『のろい』!!」

「ティッ!!」

 

 私の指示と同時に、再びポットデスの前に現れる紫色の五寸釘。これがポットデスに打ち込まれたとき、ポットデスは倒れ、同時にバチンウニに定期的に大ダメージが入るようになるだろう。このバトルにおける、ポットデスの最後の攻撃だ。

 

 バチンウニから飛ばされた電撃針をすべて躱し、一時的にバチンウニの針がなくなった瞬間にのろいの準備を行う。いくら針が再生すると言っても、一瞬で再生するわけではない。ほんの少しのラグがある以上、自身の身体にこの釘を打ち込む時間はある。

 

 準備は整った。

 

「ティッ!!」

 

 現れた紫の五寸釘を右手に持ち、その先端を自分に向けたポットデス。バチンウニからの妨害がないことを確認したポットデスが、その右手を一気に自分に向かって引き寄せる。

 

(ありがとうポットデス。あなたのその覚悟、絶対につなげて見せるから!!まずは相手が交代をする可能性から考えて……)

 

「ティッ!?」

「……え?」

 

 ポットデスの勇気ある行動に感謝しながら、私は次のボールを構えながら作戦を考えるべく、思考をホップの残りの面子から伸ばしていこうとした瞬間、私の耳に入ってきたのは、ポットデスが驚き、そして何かに被弾したかのような声。

 

 バチンウニの身体に針はなく、その前に攻撃も全部避けてからのろいを構えているため、バチンウニから攻撃が飛んでくるはずはない。それなのに、ポットデスの声に気が付いて空を見た時、確かにポットデスはダメージを受け、目を回しながら落ちてきていた。

 

「なんで!?いったい何を……あっ!?」

 

 突如ポットデスを襲った謎の攻撃。その正体がわからず、いろんなところに視線を向けて原因を探した私は、ポットデスがいたところよりも更に上の場所に、それを見つけた。

 

 それは先ほどポットデスが避けた、びりびりちくちくを纏ったバチンウニの針。それが、空中でバチバチと音を立てながら、定期的に電気を放電していた。が、別にこの針が放電していただけなら何も問題はなかった。放電したところで、ポットデスには攻撃が当たらないからだ。

 

 問題は、地面にささっているまきびし。

 

「オレのバチンウニの特性は『ひらいしん』だ。でんき技を打たれたら、オレのバチンウニは、その電気を自分の針に引き寄せて吸収、自身の力に変換する」

「……そういう事だったんだ」

 

 知っている。マリィのモルペコと対面していたし、マリィもその特性のせいでうまく立ち回れていなかった気がするから。そして同時に、今ポットデスを襲った攻撃の正体にも気づいた。

 

 バチンウニの針は、例え本人から切り離されていても、それ単体で蓄電及び放電する性質があり、その実、3時間は常に放電し続けることが可能となっている。この性質が、ポットデスを襲った攻撃の原因の半分。そして、もう半分こそが、先ほどホップが言った特性、ひらいしん。

 

「この『ひらいしん』は、何も相手の攻撃でしか発動しないわけじゃない。味方のでんき技でも発動する。自分のでんき技じゃ発動しないけどな。でもさ……自分の身体から引き離されて、勝手に放電している針はさ、自分の攻撃じゃないって言ってもいいよな?」

 

 ホップの言葉と共に、空中に飛んでいた電撃針が放電。

 

「そんでもって!バチンウニから離れて、勝ってに地面に転がっている針も、『ひらいしん』の性質を持っただけのただの道具!!バチンウニじゃない!!なら!!」

 

 そしてその電撃が、まるで導かれるかのように、地面に撒き散らされているまきびしに向かって落ちていく。

 

「こいつらは、勝手に放電して勝手にひかれあう、自然の電撃トラップになるわけだ!!」

 

 結果起きるのは、地面に落ちたまきびしとまきびしを繋ぐ電気の線。それらがデンチュラのネットのように張り巡らされていく。というか、まんまエレキネットのようだ。

 

 そんなネットの中心に、ポットデスは目を回しながら墜落していった。

 

 

『ポットデス、戦闘不能!!』

 

 

「……ごめんなさいポットデス。もっと早く判断するべきだった」

 

 ポットデスにのろいを指示するかどうか、ほんのちょっと迷った瞬間に起きたホップからの攻め。これによって、私が持っていたリードがついに消え去った。しかもそれだけじゃなく、まきびしと電気による罠まで設置される始末。

 

(これじゃあミロカロスは戦えない……)

 

 みずタイプのミロカロスには、当たり前だけどでんきタイプの技はこうかばつぐん。こんなにもでんきだらけのフィールドに、そんなミロカロスを投げたら大変なことになってしまうだろう。おかげで、私の次のポケモンはほぼ固定されたようなものになってしまった。

 

 ポットデスをボールに戻し、次のポケモンを構える私。繰り出すポケモンは、もう決まっている。

 

「お願い、アブリボン!!」

「リリィ!!」

 

 私の4人目はアブリボン。可愛く鳴きながら空を舞う小さな妖精は、笑顔を振りまきながら空を舞う。

 

「リィッ!?」

「アブリボン!?」

 

 しかし、そんな彼女を襲う電撃。

 

 後ろから射貫かれるように飛んできた電撃は、ボールから出てきてすぐで、周りの状況を詳しく確認できていないアブリボンには避けることが出来ず、いきなりダメージを負ってしまう。これで体力関係は逆転。

 

(でもまだ、これくらいなら覆せる!!)

 

「避けて!!」

「リリィ!!」

 

 電撃を受けて、頭の中でスイッチが切り替わったアブリボンは、私の指示を聞いてすぐに移動を開始。持ち前の素早さを利用して、四方八方から飛んでくる電気のネットを悉く躱していく。

 

「『かふんだんご』!!」

「リィッ!!」

 

 電気の包囲網から脱出して、すぐさま技を構えるアブリボン。黄緑色の球を作り出した両手を真っすぐバチンウニに突き出すことによって、弾を複数発射する。

 

「『びりびりちくちく』!!」

「ニニ!!」

 

 これに対してバチンウニは、再び電気を帯びたまま回転を始める。まきびしや、針発射の際に無くなったバチンウニの針はもう再生しており、回転による突撃も難なく行えるようになっていた。

 

 電気を走らせながら回転するバチンウニは、速度を上げて走り回り、飛んでくるかふんだんごを避けていく。蛇行しながら高速回転して突っ込んでくるその姿は、ドンファンの突撃のようにも見えて来る。

 

「『ムーンフォース』を地面に!!」

「リリィッ!!」

 

 回転している状態でどうやってアブリボンの位置を正確に判断しているのかは知らないけど、そこはホップが上手くやっているのだろう。まるで追尾してくるかのように突っ込んでくるバチンウニに対して、直接攻撃を当てられる可能性がないと感じた私は、攻撃を地面にぶつけるように指示。地面に攻撃を当てて、爆発した時の風圧で無理やりバチンウニのバランスを崩させる。

 

「ニニッ!?」

「地面に針を刺すんだ!!」

 

 いくら勢いよく回転しているとはいえ、バチンウニ自身の体重はかなり軽い。アブリボンの力ではそんなに強い衝撃を起こすことは少し厳しいけど、バチンウニを動かすくらいの力なら十分持っている。対する、爆発のあおりを受けた側のバチンウニは、身体が一瞬空中に浮き上がり、態勢を崩してしまう。けど、このトラブルに対してバチンウニは、全身の針を一か所に集めて大きな針にして地面に突き刺すことで、吹き飛ばされるのを拒否する。

 

 マリィの時も見せていたけど、本当に器用な子だ。

 

「でも、それをするってことは動きが止まるって事!!『かふんだんご』!!」

「リリィッ!!」

 

 地面に針を刺し、空中でピタリと止まるバチンウニ。ここから再度転がって避けるには時間がかかる。そう判断した私は、すかさず攻撃を指示。黄緑色の球が真っすぐバチンウニに向かって突き進む。

 

「止めろ!!」

 

 これに対して、転がるのが間に合わないと判断したホップは、地面に刺さっている針を戻し、今度は前に向けて針を伸ばしてかふんだんごを突き刺すようにする。躱せないのなら受け止めるという判断なのだろう。

 

 でもそれは読めてる。

 

「爆発!!」

「リィッ」

「ニィッ!?」

「なっ!?」

 

 バチンウニの針にかふんだんごが刺さった瞬間爆発させて、緑色の花粉をまき散らすことでバチンウニの視界を奪っていく。かふんだんごの圧縮をあえて緩くして、ちょっとの衝撃で弾けるようにした結果だ。

 

「今度こそ『ムーンフォース』!!」

 

 花粉にまかれて視界と動きを阻害されたバチンウニ。この間に右手に月の光をため込んだアブリボンは、バチンウニに向かって発射。目も動きも不自由なバチンウニはこれを回避できずに直撃し、吹き飛ばされる。

 

「くっ、『びりびりちくちく』!!」

「ニ……ニィッ!!」

 

 攻撃を受けて吹き飛ばされるバチンウニは、しかしそのおかげで花粉の霧から脱出は出来た。これで動きに自由が戻った彼は、身体の針に電気を帯びさせて、真っすぐ飛ぶ物と、山なりに飛ぶ物に打ち分けてこちらに飛ばしてきた。

 

「避けて!!」

 

 前から飛んできた数本の針を少し高度を上げ、上から降りそそぐ針を、前に出ることでこれを避けようとするアブリボン。

 

「放電!!」

「ニニッ!!」

 

 しかし、アブリボンが回避する前に飛ばされた針が放電。地面のまきびしと、飛んでいる最中の針同士が次々とひらいしんを発動。電気の線が次々と伸びてき、アブリボンを囲う檻のようになった。

 

「『マジカルシャイン』!!」

 

 このままではこの電気の檻に捉えられ、今度はこちらの動きを止められてしまうので、それを防ぐためにマジカルシャインで自身を守る壁を作成。アブリボンを中心に円状に広がっていく光が、迫りくる電気の檻を受け止めていく。

 

(これなら耐えられ━━)

 

「『びりびりちくちく』!!」

「そんな甘くないよね……もっと『マジカルシャイン』!!」

 

 電気と光が拮抗し、何とか耐えられそうだと思ったけど、こんな状況を見て頬っておくほどホップは甘くない。針を全身に戻したバチンウニは、再び高速回転からの針戦車と化し、拮抗していたアブリボンに向けて突撃を始める。これに対してアブリボンは、マジカルシャインの火力を上げることで対抗しようとするけど、全体に攻撃を向けるとアブリボンと、一点集中で良いバチンウニの差が出てきてしまい、マジカルシャインのかべを突き抜けて、今度はアブリボンが吹き飛ばされる。

 

「リィッ!?」

「追撃行くぞ!!」

「くっ……『ムーンフォース』!!」

 

 吹き飛ばされたアブリボンを追いかけるように、さらに回転をして加速するバチンウニ。これに対して、再びムーンフォースを構えて地面を爆発させようと準備をするけど、それよりも速くバチンウニが懐に転がり込んでくる。

 

 これでは間に合わない。

 

「直接叩きつけて!!」

 

 投げるのをやめて、一時期のフリアのキルリアのように、右手にパワーをためたまま拳を振るうアブリボン。これならこちらに突っ込んでくるバチンウニに対応できる。

 

「リィッ!!」

 

 普段慣れない近距離ながらも、なかなか様になっているアブリボンの拳を構えた姿は、真っすぐバチンウニに向かって放たれ、拮抗を見せる。

 

 ぶつかり合う拳と針。思いのほか検討しているアブリボンの姿を見て、このまま頑張れば押しのけるではないかという期待が私の中で高まっていく。

 

 が……

 

「リィッ!?」

「アブリボン!?」

 

 綺麗に拮抗していたと思われていたお互いの力が一瞬でバチンウニに傾いた。

 

 そしてアブリボンの周りに舞う、()()()()()

 

「毒!?じゃあさっきの突撃は……まさか!?」

「へへ、『どくづき』だぞ!!」

 

 フェアリータイプにばつぐんのどく技。。それをふいうちの形で直撃を受けてしまったアブリボン。電気による開幕のダメージと、びりびりちくちくによる突撃によってダメージを積み重ねていたアブリボンは、この毒がダメ押しとなって致命傷を負う事となる。

 

「リィ……ッ」

「アブリボン!!しっかり!!」

 

 地面に落ち、それでも何とか身体を起こそうと踏ん張るアブリボン。しかし、もう体力の少ないアブリボンを、バチンウニが見逃すことなんて当然なく……

 

「今度こそ決めるぞ!!『びりびりちくちく』!!」

「アブリボン……!!お願い!!最後の羽ばたきを見せて!!」

 

 物凄い勢いで転がって来るバチンウニ。このまま攻撃を受ければ戦闘不能は必至。そのため、何が何でもこの攻撃を避けるべく、一生懸命身体を起こしたアブリボンは、最後の力を振り絞って飛び上がり、懸命に羽を動かしていく。

 

 徐々に強くなっていく羽ばたき。それに比例して、アブリボンから放たれる強風。その風は、どんどんバチンウニに向かっていき、彼の周りをかなりの勢いで流れていく。

 

 が……

 

「そんな風がどうした!!吹き飛ばすぞバチンウニ!!」

「ニニィッ!!」

 

 向かい風を無視して転がりづけるバチンウニ。彼の勢いを止めるには風では足りなかったみたいで、そのまま直進を続けて、ついにアブリボンに激突する。

 

「リリィッ!?」

「アブリボン!!」

 

 電撃を帯びた突進を受けて吹き飛ばされるアブリボンは、目を回しながらわたしの下へと飛ばされる。

 

 

『アブリボン、戦闘不能!!』

 

 

 これで逆転。とうとう追い抜かれてしまった。

 

 この逆転劇に会場は大盛り上がり。その声援に、思わず押されそうになる。けど……

 

(ありがとうアブリボン。……あなたのおかげで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!)

 

 私の目は、まだ死んでいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




びりびりちくちく

肉弾戦者に続いて針飛ばし。そして果てには帯電と放電まで。避雷針と組み合わせてトラップなんかもできましたね。凄い万能技になっていますけど、特性と、バチンウニの設定を組み合わせればこれくらいならできるかなと。




ここに来て逆転。ですが、アブリボンの仕事はちゃんと果たせているようですね。






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242話

「戻って、アブリボン。……ありがとう」

 

 ボールに戻したアブリボンをぎゅっと抱き締め、目を閉じながら感謝の言葉を伝えていく。

 

「よくやったぞバチンウニ!!これで逆転だ!!」

「二二ッ」

 

 一方で、ついに奪うことにできたリードに飛んで喜んでいるホップサイド。

 

 残りのポケモンはあと2人と言う終盤戦で、こうやって逆転するのは確かに大きなことだ。大事な試合であるのなら、余計に。

 

 でも、まだバトルは終わっていない。

 

(カビゴンへの警戒を大きくしすぎて、他のポケモンへの対策が甘かった。このリードは……仕方ないものとして受け入れる。むしろ、バチンウニが暴れないように抑えてくれたアブリボンが本当にファインプレー。本当にありがとう)

 

 アブリボンのボールを腰に戻しながら、私はアブリボンにとにかく感謝する。

 

 彼女が最後の最後まで諦めずに羽ばたいてくれたおかげで、一方的な状況は起きなくなったのだから。

 

「アブリボンの意思……受け継ぐよ!!ミロカロス!!」

「ミロォッ!!」

「へへっ、来たなミロカロス!!」

 

 私の5人目のポケモンはミロカロス。美しい鱗とヒレをなびかせて、水しぶきと美しさを振りまくその姿は、見るもの全ての視線を奪っていく。綺麗な声を響かせながら降臨した、世界で1番美しいと言われるポケモンは、まっすぐとバチンウニを睨みながら構えをとる。

 

「気をつけろバチンウニ!!生半可な攻撃は止められるぞ!!」

「二二ッ!!」

 

 ミロカロスを見て、笑顔を浮かべながらも警戒を強くしていくホップとバチンウニ。どうやら、私がカビゴンを警戒するのと同じように、ホップも私のミロカロスを警戒していたようだ。成程そういうことなら、バチンウニであれだけ大暴れし、かつ後続に負担がかかるように電気のまきびしをばら撒いたのも納得ができる。私とサイトウさんの戦いを見て、スターアサルトを耐えきったあの姿を見れば、少しでも耐久を削っておきたいと考えるのは自然だ。

 

「ま、その前にこの電気の罠を食らってもらうけどな!!」

 

 だからこそ、ミロカロスの弱点をつけ、且つ回避が間に合わない、場にでてきた瞬間にダメージを与える電気のまきびし作戦。その作戦は見事にはまり、早速ミロカロスの方へ向けて矛を向け……

 

「ミロカロス!!『ハイドロポンプ』!!」

「ミロッ!!」

「二二ッ!?」

「……あれ!?なんで電気が発生しないんだ!?」

 

 られることはなく、ごくごく普通にミロカロスから攻撃が放たれて、まっすぐバチンウニに突き刺さり、勢いよく吹き飛ばされた。

 

 バチンウニによって作成されたまきびしと電気による、対ミロカロス最強作戦は、まさかの不発によって終わってしまう。

 

「な、なんでだ!?」

「なんでも何も、すごーく分かりやすく対策をしたと思うんだけどなぁ……もしかして、逆転できることに気持ちが先行しすぎて、気づかなかった?」

「は……?」

 

 私の言葉に困惑しながら、ここに来てようやくバトルフィールドを見渡すホップ。それと同時に何かがはじける音が、バトルフィールドの()()()()()聞こえてきた。

 

「地面にバチンウニの針が全くない!?っていうか、『まきびし』が吹き飛ばされてる!?なんでだ!?あれだけ地面に刺さっていたら、ちょっとやそっとじゃ抜けないはずだぞ!?」

 

 その音につられてそちらを見れば、そこにあるのは端に追いやられ、積み重なって放電しあっていたバチンウニの針。正直、今更気づいたのかとちょっと呆れそうになるけど、それだけ私のことに集中しているのかと思うと、同じ理由で私もバチンウニの戦い方を忘れていたからあまり責めることが出来ない。むしろラッキーだとさえ思ってしまっている。

 

 さて、色々混乱しているホップだけど、ここで種明かしといこう。とはいっても、何ら難しいことはしていないのだけど。

 

「確かにちょっとやそっとの衝撃だと、あの『まきびし』を外すのは至難の業だったはず。でも、その至難の業は、アブリボンとバチンウニの強さが可能にしてくれた」

「2人の強さ……あの時か!!」

 

 思い出されるのは、アブリボンのムーンフォースとバチンウニのびりびりちくちく……いや、あの時点で既にどくづきだったんだっけ?その2つがぶつかり、一瞬だけ拮抗した時に起きた衝撃。周りに広がっていったその衝撃は、地面に刺さっていたまきびしを振動させ、少しだけ浮き上がらせていた。これによって、本来なら簡単に動くことの無いまきびしたちが、ちょっとの力で動くようになる。

 

 これがまず1つ目の種。そして大事なのは、次の種。

 

「動くようになってしまえばこっちのもの。あとはアブリボンが頑張るだけだから……ね?」

「……そういう事か」

 

 ここまでの説明でホップもようやく答えにたどり着いたみたいで、少し表情を悔しそうなそれに歪めていく。

 

 最後のアブリボンの頑張り。それは、倒れる前に必死に翅を羽ばたかせていたあの動きだ。ホップから見れば、必死に向かい風を放って、転がってくるバチンウニを追い返す動きに見えただろう。けど、アブリボンの狙いはそこじゃない。アブリボンが狙って風を起こした先はバチンウニではなく、地面のまきびしに対してだ。

 

 ここまで言えば、最後にアブリボンが行った技の正体がわかるだろう。ホップも気づいたみたいで、ゆっくりと答えを口にする。

 

「『きりばらい』……最後に、これを放ったんだな……」

「うん。正解だよ」

 

 きりばらい。

 

 強い風を巻き起こし相手の身体に風を纏わせることによって回避力を低下させる技だ。そして同時に、まきびしやステルスロック、ひかりのかべ、果てはエレキフィールドみたいな、フィールドに展開されたギミックすらも散らしてしまうことが出来る技。

 

 アブリボンが最後の最後に力を振り絞って行われたこの技によって、バチンウニの作ったまきびし電気のトラップは完全に除去された。おかげでミロカロスはこの通り、のびのびと戦うことが出来る。本当にアブリボンには感謝しかない。

 

「さぁ、アブリボンのためにも、挽回するよ!!」

「ミロッ!!」

「くっ、けど除去されたならまた撒くだけだぞ!!バチンウニ!!」

「ニニッ!!」

 

 こちらの種が明かされたことで悔しそうな顔を浮かべたホップは、しかしこの程度で諦めることはなく、再びまきびしを撒くための準備を始める。アブリボンが落ちてしまっている以上、もういちどまきびしを撒かれてしまったらいよいよ除去する方法がなくなってしまう。だからこそのまきびしの再展開。だけど、当然私がそんなことを許しはしない。

 

「させないよ!!『ハイドロポンプ』!!」

「ルロォッ!!」

 

 バチンウニが回転して動こうとしたところで、ミロカロスの口元から勢いよく水が発射される。

 

「避けろバチンウニ!!そしたら続けて『びりびりちくちく』だ!!『ハイドロポンプ』ならまだ避けやすいはずだぞ!!」

「ニニッ」

 

 全てを穿たんと放たれたこのハイドロポンプは、みずタイプの技の中ではかなりの威力を誇る反面、技の操作が難しく、当てるのが難しい技だ。ホップの言う通り、避けるのはそんなに難しくはなく、むしろ威力に振り切った技のため、技の後隙がかなり大きい。この技を避けられてしまえば、ホップのバチンウニの機動力ならば問題なく反撃をすることが出来るし、なんなら反撃とまきびしの展開を同時に行うことも可能だろう。

 

 故の、ホップからの指示はびりびりちくちく。理にかなった正しく、そして素早い判断だ。

 

 もっとも、それはこのハイドロポンプを避けられればの話だが。

 

「ニニィッ!?」

「バチンウニ!?」

 

 真っすぐ飛んでくるハイドロポンプを避けようと、右に向かって走り出そうとしたバチンウニ。判断も走り出しも早かったため、避ける余裕は十分にあった。これでバチンウニが万全の状態であれば、間違いなく回避は成功していただろう。

 

 しかし、忘れてはいけないのが、アブリボンの放ったきりばらいは、受けたものに風をまとわりつかせ、()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 バチンウニの周りにうっすらと漂う空気の層。それがバチンウニの動きをほんの少しだけ阻害し、ハイドロポンプの射線から逃れるのを防ぐ。結果、ミロカロスから放たれた激流はバチンウニに直撃し、派手に音を立てながら大きく吹き飛ばされた。

 

 宙に浮かんだバチンウニが勢いをつぶされ、びりびりちくちくのために溜めていた電気を放電させながらホップの方に飛ばされていく。放電されている電気もステージの端っこに飛ばされた針に誘導されているせいで、ミロカロスに飛ぶことなんて万が一にもあり得ない。けど、それでもバチンウニはまだ目を回しておらず、その瞳に闘志を宿していた。

 

 ちゃんととどめを刺さないといけいない。

 

「ミロカロス!!もう一度『ハイドロポンプ』!!」

「ルロッ!!」

「バチンウニ!!針を飛ばせ!!」

「ニ……ニッ!!」

 

 とどめを刺すべく放たれた3発目のハイドロポンプ。空中にいるために回避する手段を持たないバチンウニは、最後の抵抗とばかりにこちらに針を飛ばしてくる。しかし、それらすべて水にまきこんで押し流し、再びバチンウニに叩き込む。

 

 これでバチンウニは倒れるだろう。けど、このバチンウニを相手にして、最後の最後まで気を抜いてはいけない。

 

「ミロカロス!!上に『れいとうビーム』!!」

「……流石にダメか」

 

 バチンウニが飛ばされているのを見送りながら、次は空に向かってれいとうビームを指示。すると、ミロカロスの上空で、何かが次々と凍っていき、ミロカロスの周りに落ちていく。

 

「さすがに、ここで毒を受けるわけにはいかないからね……」

 

 その正体は、バチンウニがどくづきをしながら飛ばしてきた針。毒を纏って、紫色に変色していたそれは、氷に閉じ込められたまま地面に散らばり、そのあとにミロカロスに振るわれた大きな尻尾によって、これまたまきびしと同じようにステージ端まで追いやられる。

 

 

『バチンウニ、戦闘不能!!』

 

 

(これでイーブン!!)

 

「ありがとう、バチンウニ。休んでくれ」

 

 アブリボンのおかげで取り戻したこの状況に、心の中でガッツポーズをしながらも、あくまでもイーブンに戻しただけだということを忘れずに前を見据える。

 

「……やっと追い越したのに、すぐ追いつかれちまった。本当に油断できないぞ……」

「油断してたの?」

「してなんかいないぞ!一瞬すらも気を抜けないってことだ!!」

 

 バチンウニをボールに戻し、腰のホルダーにつけながら次のボールを構えだす。

 

「取り返すぞ……アーマーガア!!」

「ガアァッ!!」

 

 ホップの5人目はアーマーガア。

 

 気合満々と、鋼の翼を広げながら高らかに吠えるアーマーガアは、その赤い瞳でひとにらみするだけで、睨まれたものの心をすくませてしまうかのような威圧感がある。

 

「ミロカロス……頑張るよ!!」

「ルロォッ!!」

 

 しかし、睨まれた側であるミロカロスはそんな視線をものともせずに、綺麗な声を響かせながら構える。

 

「『ハイドロポンプ』!!」

「『ブレイブバード』!!」

 

 お互い準備万端。それを感じ取った私たちは、何か合図をするわけでもなく、同時に技を指示した。

 

 ミロカロスは口から激流を放ち、アーマーガアは身体を白く光らせながら翼を広げ、嘴を前に突き出しながら真っすぐ突っ込んでくる。

 

 この2つの技がぶつかり合うのに、時間は1秒もかからない。

 

「ッ!?衝撃が……!?」

「ぐぅ……凄い圧力だぞ……っ!!」

 

 激流と鋼の身体がぶつかり合うと同時に撒き散らされる飛沫と衝撃に、思わず顔を腕で覆う私とホップ。けど、腕の隙間からしっかりと前は見ており、状況はちゃんと確認する。

 

(戦況はほぼ5分……でも、ミロカロスがちょっと押されてる)

 

 ピタリと止まって鍔迫り合いを起こしているように見える、水の流れと鋼の鳥。しかし、その実少しずつアーマーガアの進撃が進んでいるように見える。ほんのわずかずつしか動いていないそれだけど、それもでしっかりと動いてしまっているあたり、純粋な力勝負ではアーマーガアの方がわずかに上らしい。ただ、現状だとそこまで焦る必要もないように感じる。

 

(『ねっとう』から『ハイドロポンプ』に変えたのに、それでも負けるなんて……凄い威力……でも、確かに力比べはほんの少し負けているけど、多分ミロカロスの下に到達するときにはお互いのスタミナが切れて仕切り直しになるはず……大丈夫、まだ焦る段階じゃない。むしろ、ミロカロスに近づけば近づくほど水の勢いは上がって来るんだから、そこまで近づいてくれれば……!!)

 

 そんな私の予想通り、少しずつ近づいてくるアーマーガアは、ミロカロスに近づくほどその表情を苦しそうなものにゆがめていく。それでも気合を入れてどんどん突き進んでくるアーマーガアだったけど、ミロカロスとの距離があと数十センチというところで進撃はピタリと止まり、完全な拮抗状態へ。そのまま鍔迫り合いが5秒ほど経過したところで、お互いのスタミナがいったん切れ、ハイドロポンプとブレイブバードが止まり、その数秒後にエネルギーが爆散。ぶつかり合った時よりもさらに大きな衝撃と音をまき散らしながら、両者の距離が初期状態へと戻されていく。

 

「ミロ……」

「グァ……」

 

 距離が離れたところで一呼吸し、酸素を取り入れる両者。その緊張感は私たちにも伝わっており、私とホップの深呼吸も重なった。

 

 そして、お互いの深呼吸が終わったところで、再び私とホップの指示が重なる。

 

「『れいとうビーム』!!」

「『ひかりのかべ』!!」

 

 次のお互いの手は、私がれいとうビームでホップがひかりのかべ。地面を凍らせながら真っすぐ伸びる青白い光線は、しかしアーマーガアの展開した透明な壁にせき止められる。

 

「行って!!」

「ルロッ!!」

 

 けど、ホップのアーマーガアがひかりのかべを覚えているのはマリィとの闘いを見ていて知っていたので、特に焦りはしなかった私はすかさず氷のレールに乗って、アーマーガアへ接近する指示を出す。ひかりのかべはあくまでも特殊技に対する回答だから、それなら物理で殴ろうという単純な考えからの行動だ。

 

「『アクアテール』!!」

 

 目的地である、アーマーガアの懐に素早く到着したと同時に、今度は尻尾に水を纏わせたミロカロスは、先の考え通り物理技にてアーマーガアへ攻撃を開始。下から上に、サマーソルトをしながら思いっきり尻尾を振り上げる。

 

「『てっぺき』して翼を叩きつけろ!!」

 

 これに対してアーマーガアは、全身を鈍色に輝かせて、今度は防御力をぐーんと伸ばし、その状態で右の翼を上から振り下ろす。

 

 ぶつかり合った2つの技は、またもやきれいに相殺することとなり、両者の距離がまた少し開く。

 

「『はがねのつばさ』!!」

「『アクアテール』!!」

 

 しかし今回は仕切り直しなんてせずに、相打ちによってのけ反った身体を無理やり前に戻し、再び攻撃の構えを取る。

 

 まずは一足先に態勢を立て直したアーマーガアが、翼を再び鈍色に輝かせながら伸ばし、今度は左の翼をすれ違いざまにぶつけるイメージでこちらに突っ込んでくる。

 

「かがんで『ハイドロポンプ』!!」

 

 これに対してミロカロスは身体を地面に伏せて、自身の頭上をアーマーガアに通り抜けさせる。そして、自身の真上にアーマーガアが来たタイミングで、真上に向かってハイドロポンプ。アーマーガアのお腹を攻撃するように発射しようと、口元に水を集めて、球状に圧縮していく。

 

「『ブレイブバード』!!」

 

 下を取られたアーマーガアは、ハイドロポンプの予兆を確認したと同時にすぐさまはがねのつばさを停止。技をブレイブバードへと変更して、翼をはためかせ、嘴の向きを真下に無理やり変更し、ミロカロスに向かって落ちていく。

 

「水をぶつけて!!」

 

 技の出はブレイブバードの方が早いため、このまま行けばハイドロポンプを放つ前にミロカロスがダメージを受けてしまう。そこで、攻撃の仕方を水を吐くのではなく、この圧縮した水を直接ぶつける路線に変更。落ちてきた嘴を受け止めるように、ミロカロスは水を前に向けたままアーマーガアに突撃。

 

「グアッ!?」

「ミロッ!?」

 

 ブレイブバードとハイドロポンプの相打ち結果は引き分け。圧縮した水に嘴が触れたことによる爆発によって、ミロカロスは地面を転がされ、アーマーガアは空に向かって吹き飛ばされていく。

 

 両者に決して少なくないダメージが入った。が、総合的なダメージで見ると、空に衝撃を逃せたアーマーガアの方が少ないように見える。

 

「『れいとうビーム』!!」

「ミ……ロッ!!」

 

 しかし、態勢を整えたのはこちらの方が早かった。そのため、まだ空中でバランスを崩しているアーマーガアに向かってすかさず攻撃。凍てつく光線はまっすぐ綺麗に飛んでいく。

 

「『はがねのつばさ』!!羽を盾にするんだ!!」

 

 この攻撃は避けられない。そう判断したホップは、避けるのではなく受けることを選択。右翼を自身の前に持ってきて広げ、盾にして受け止める。

 

「突っ込め!!」

 

 翼の盾で攻撃を受け止めたアーマーガアは、そのまま翼を前に展開したままミロカロスに向かって突き進む。その姿はまるで盾の兵士が攻撃をかき分けて進軍するそれに見えた。

 

「出力あげて!!」

 

 このままでは間違いなく押しつぶされると判断した私は、氷の勢いを強くすることで、アーマーガアが落ちてくるよりも速く凍りつかせて、行動不能にすることを選択。身体が鋼である以上、温度が下がるのは速いはず。そこに期待を込めてれいとうビームをとにかく放ち続けた。

 

「くっ、このまま凍らされるわけにはいかないぞ……でも引くのはもっと無しだ!!アーマーガア!!左の翼も重ねろ!!」

 

 徐々に凍り始める右の翼。その様子に苦い顔を一瞬浮かべるホップだったけど、その表情をすぐに戻し、今度は左の翼も使うことを指示。この指示に従ったアーマーガアは、左の翼を右の翼の後ろから重ね、その状態で更にミロカロスに向かって力を籠め始める。翼は機能していないので、もはや『飛ぶ』ではなく『落ちる』となっているけど、ひかりのかべによる軽減に物言わせて無理やり落ちてきていた。

 

 純粋な力勝負では、先ほど負けた通りアーマーガアに分があり、技という面においても、今回はブレイブバードではないとは言え、こちらもれいとうビームになっているので分が悪い。そのうえでひかりのかべがあるので、やっぱりミロカロスの火力が少し足りない。その証明をするかのように、ハイドロポンプとの打ち合いの時以上に速いスピードでアーマーガアが突っ込んでくる。

 

(これ……止められない……!!)

 

「弾け!!」

 

 まずいと思った時にはもう間に合わず、ミロカロスの直前まで迫ったアーマーガアは、ギリギリまで近づいたのを確認したと同時に、盾のように重ねていた2つの翼を一気に解放。力任せに振るわれた鋼の翼は、氷を無理やり砕き、その破片をミロカロスの方に飛ばしていく。

 

「ルロッ!?」

「いまだ!!『ブレイブバード』!!」

「グアァ!!」

 

 氷の破片で怯むミロカロス。その瞬間に、翼が自由になったアーマーガアがさらに加速。自身の嘴を矛に変えて、ミロカロスに向かって思いっきり突っ込む。

 

 怯んでいるミロカロスに、これを回避する術はない。

 

「ルッ!?」

「ミロカロス!!」

 

 身体に突っ込んでくる鋼鉄の嘴。その重さと威力にミロカロスはつぶされ、苦しそうな声をあげる。

 

「いいぞアーマーガア!!」

「グアァッ!!」

 

 それでも一切の力を抜かないアーマーガアは、さらに力を込めて押し込んでいく。

 

 絶体絶命の状況。けど……

 

「……ミロカロス、行けるよね?」

「ミ……ロ……ッ!!」

 

 サイトウさんのネギガナイトのスターアサルトを耐えきったミロカロスは、これくらいの攻撃ならまだ耐えられる。

 

「『ハイドロポンプ』!!」

「ミ……ロォッ!!」

「なっ!?」

「ガァッ!?」

 

 押しつぶされながらも、それでも最後まで耐えきったミロカロスが、死力を尽くしてハイドロポンプを放つ。

 

 ブレイブバードを放ち、零距離にいたアーマーガアに、この技を避けることは出来ない。

 

「ミ……ロォォォッ!!」

「グ……ア……ッ!」

 

 むしろ、近づきすぎた故に、ひかりのかべがほとんど機能しなくなってしまっているアーマーガアは、そのまま激流に押し流され、気づけばステージの端の壁にまで叩きつけられていた。

 

「グ……」

 

 

『アーマーガア、戦闘不能!!』

 

 

 息も絶え絶え。

 

 もう瀕死一歩手前。それでも

 

「ミロ……ッ!」

「ありがとう……ミロカロス!!」

 

 ミロカロスが、最後の最後で粘りを見せた。

 

「……本当に、やるな……ッ!!」

 

 このミロカロスの意地には、ホップもこういうしかなくなっていた。

 

 勝利まであと一歩。

 

 最終ラウンドの幕が、開かれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




きりばらい

種明かしはこの技でした。初登場時から少しずつ除去できるものが増え、剣盾からフィールドも消せるようになっているんですね。地味にいろいろ強化されている技です。もやもや気分はこれで払いましょう。

ミロカロス

ユウリさんの砦を担う1人になっていますね。耐久力の鬼です。まるでBDSPのシロナさんのミロカロスみたいですね。




さぁいよいよ追加DLC第二弾ですね。私もさっそく留学してきます。新しい冒険を楽しみましょう!

……個人的に気になっているのは、どうも『のろい』の技マシンがあるとか?……流石にディンルーやサーフGOにはありません……よね?






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243話

「アーマーガア。戻って休んでくれ。……ごめんな」

 

 アーマーガアにリターンレーザーを当てながら声をかけるホップ。

 

 これでホップのポケモンは5人倒れ、いよいよ最後のひとりとなる。

 

(あと1人……でも、こっちもミロカロスはかなりピンチ……)

 

 ここに来て再びリードを取り返せたけど、差が大きいとはお世辞にも言えない。いつもならとても頼りになるミロカロスだけど、今の状態の彼女はさすがに少し心もとない。

 

「ミロ……っ!!」

 

 それでも決して目をそらさず、まっすぐ前を見る彼女の意思は潰えていない。

 

(うん……最後まで、お願いするね!)

 

 そんな彼女の意志を受け取りながら、私も前を見て拳を握りしめる。

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 前を見つめる私に対して、ホップは胸に手を当てて深呼吸。アーマーガアが入っていたボールを腰に戻しながら、最後のボールを構えるホップは、緊張と喜びと焦りがごちゃ混ぜになったような表情を浮かべていた。

 

「ヘンだよな……リードずっと取られてて、やっと取り返したと思ったらまたすぐ挽回されて……このバトル中、オレは終始押され続けて、とうとう最後の1人まで追い詰められた」

 

 言葉をつづりながら、ボールを握り締めた右手にどんどん力を込めていくホップ。ここから見ているだけでも、ボールが割れるのではないかと思われるほど力の込められているそれは、それだけこの状況に対する大きな気持ちを込めていることが伝わって来る。

 

「すっげぇピンチだ……いつものオレだったら、こんな状況でもピンチじゃないって強がってた……けど、ここまで来たら全く強がれない……でもさ……」

 

 万感の思いが込められたモンスターボール。そのボールを、ダンデさんと全く同じ投球フォームをして投げ、ボールの中からホップの切り札を呼び出す。

 

「グラアアァッ!!」

 

 ゴリランダー。

 

 ホップが旅立ちと同時に貰った、ホップにとってバイウールーに並ぶ最高の相棒。

 

「それでも楽しくて……だからこそ!お前と一緒に!このピンチから逆転して勝つのが!!最高にかっこいいって思っちまった!!」

「っ!?ミロカロス!!『れいとうビー━━』」

「『ドラムアタック』ッ!!」

「グラアァッ!!!」

 

 ホップが声をあげると当時に、ゴリランダーから感じる圧が一気に膨れ上がる。その圧に押された私は、慌ててミロカロスに攻撃技を指示。しかし、それよりも速く、ゴリランダーが地面に置いた木のドラムが躍動する。

 

 叫び声をあげながら物凄い速さで叩き込まれたそのリズムは、ゴリランダーの周りを一瞬で森林地帯に変えていき、ミロカロスのれいとうビームは、森林地帯に生い茂る気の根っこに受け止められてしまって、ゴリアンダーには当たらない。むしろ、れいとうビームを受けたことで、木の根がまるで起こったかのようにその身体を伸ばしていき、ミロカロスを四方から追い立ててくる。

 

「『アクアテール』!!」

「ミロ……ッ!?」

 

 ここまで迫られたらハイドロポンプやれいとうビームのような溜めのいる技は間に合わない。それでも何とか根っこを逸らそうとアクアテールを構えたミロカロスは、その場で尻尾を回転切りのように振り回す。が、迫って来る根っこのすべてが、高度を変えることによってこの回転切りを回避。そのままミロカロの下まで到達し、ミロカロスを包み込んで天高く昇っていく。

 

「ミロカロス!!」

「ミ……ロ……ッ!!」

 

 完全に根っこにつかまったミロカロスは、身動きを取ることが出来ず、そのまま地面に叩きつけられる。その衝撃がとどめとなり、遂にミロカロスが落ちてしまった。

 

 

「ミロカロス、戦闘不能!!」

 

 

「ゴリランダー!!」

「グラッ!!」

 

 ミロカロス戦闘不能。その言葉が宣言されると同時に、ホップはゴリランダーの名を呼びながら、自身のモンスターボールをゴリランダーにつきつけた。これに対してゴリランダーも声をあげて返事をし、ホップのボールの中へ戻っていく。

 

 

「ねがいぼしに込めたオレの夢と想い……今解き放つぞ!!ゴリランダー!!キョダイマックス!!」

 

 

 ホップの声を共に、ゴリランダーが戻ったボールはその体積をどんどん膨らませ、同時に赤色の光を帯び始める。そして、一番大きくなったタイミングでボールを投擲。軽快な音と共に割れたボールの中からは、マリィとのバトルでも見せた、豪華な木製のドラムに鎮座し、森の王者の姿として君臨するゴリランダーの姿が現れた。

 

 

「グラアアアァァァッ!!」

 

 

 キョダイマックスゴリランダー。

 

 さらに膨れ上がる圧力に、思わず冷や汗が流れ、地面に落ちる。

 

(……え!?)

 

 しかし、そんな圧された私の感情が、次に起きたことによって今度は驚愕に染められることとなる。

 

「行くぞ、ゴリランダー……見せてやれ!!」

 

(な、なにこれ……!?)

 

 

 

 

 その元凶がある場所は地面。

 

 

 

 

「今、この場においてだけは……」

 

 

 

 

 ゴリランダーの叫びと、ホップの言葉と共に、地面の状態がどんどん変わっていく。

 

 

 

 

「ゴリランダー……オマエこそが……!!」

 

 

 

 

 ゴリランダーを中心に広がっていくそれは、すでに私の足元にまでその効果が及んでいる。

 

 

 

 

「真の王者だってことを!!」

 

 

 

 

「グラアアアァァァッ!!」

 

 

 

 

(『グラスフィールド』!?)

 

 

 

 

 それは芝生。

 

 青々と伸び、そしてフィールド一杯に茂ったそれは、まるでゴリランダーを崇めるかのように、風にたなびいて揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははっ、本当に、俺の知らない間にどんどん成長していくな……」

 

 シュートスタジアムは特別観客席。実況者や解説者が座っている所のように、観戦するための特別な部屋が用意された場所にて、俺は今行われているバトルに目を向けていた。

 

 対戦カードは俺の弟であるホップと、その弟の幼馴染であるユウリ。どちらも俺が推薦状を出した、今大会の注目株の人間であり、ジムチャレンジを乗り越え、このガラルリーグを準決勝まで勝ち上がった若きホープたちだ。

 

「推薦状を出したときから、いい線まで行くとは思っていたが……」

 

 2人のことは、勿論小さいころから知っている。俺が試合で勝つたびに飛んで喜ぶホップと、その後ろで小さく微笑んでいるユウリの姿。まだまだ小さく、ポケモンバトルのポの字も知らなかった彼、彼女たちは、なんならポケモンを手に入れ、推薦状を手にして旅立ったのすら数か月前という、新人も新人という立場の人間だ。

 

 そんな彼らが、今こうやって、大舞台にて、俺の心すらひきつけるような物凄いバトルをしている。

 

「やはり俺の目に狂いはなかったな!さすが俺の弟とその幼馴染だ。ここにマサルがいたら、彼も大喜びだろうな……いや、もしかしたら今ここにいるかもしれないな」

 

 頭の中に、去年俺に挑んできた少年を思い浮かべながら言葉を零す。

 

 ユウリの兄であるマサルもまた、俺の喉元に届きうる力を持っていた人間だった。

 

「しかし、本当に今年は有望株が多い。たまたま当たり年だったのか……はたまた……いや、完全に、彼の影響だろうな」

 

 続いて思い浮かんだとある少年。

 

 シンオウ地方から来た、俺をしても未だに底が見えないトレーナー。

 

 ヨノワールとの不思議な現象は、リーグの上の方でもかなり話題になっているらしい。

 

 そんな彼が吹かせてくれた新しい風。それがホップたちに影響しているのは、誰の目から見ても明らかだった。その影響度はすさまじく、俺の想像を遥かに超えてくれていた。

 

「まさか、ここで『グラスメイカー』を発現させるとはな……」

 

 あの時ホップたちに任せたあの3人は、俺の手持ちであるゴリランダーたちがいつの間にか持ってきた卵からかえった子たちだ。故に、グラスメイカーを発現させる素質そのものはある。けど、ポケモン側に素質があるからと言って、トレーナーがそこまで育て上げられるかどうかはそのトレーナー次第だ。発現させることもできずに、そのまま終わってしまうものも多い。

 

 だが、今俺の目の前で、キョダイマックスと同時に地面に草原を作っているゴリランダーは、間違いなくゴリランダーが秘めた力を引き出すことに成功している姿だった。その要因の1つとして、例の彼もまた大きくかかわっていることだろう。

 

「ああ、本当に凄い……そして同時に……もったいない……!!」

 

 バトルを見ながらどんどんうずいて行く俺の心。

 

 今、彼らとバトルをすれば、さぞ楽しいバトルをすることが出来るだろう。

 

 しかし、オレと戦えるのは、多くてもこの中から1人だけ。

 

 それが本当にもったいない。

 

「だが、そう決まっているなら仕方ない……それに彼らなら、例えここでチャンスを逃しても、いつか俺の下に来るだろう」

 

 闘う時はその時でも遅くない。とにかく今は、この素晴らしい戦いをしかと目に焼き付けていたかった。

 

「ゴリランダーは見事に秘めた力を発現させることが出来た。……なら、同じ時に生まれ、同じ時間を成長にあて、そして同じく才能あふれるトレーナーに育てられた他の子どもたちもまた……」

 

 今なお吠えながら、地面を緑に染めていくゴリランダー。そんなゴリランダーとこれから戦う、反対側に立つ少女に目を向ける。

 

「さぁ見せてくれ。きみの、成長の証を……!!」

 

 彼女の見せる可能性に、期待を込めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グラアアアァァァッ!!」

 

 

 私の目の前で吠えるゴリランダー。その声の大きさに比例して広がっていくグラスフィールド。

 

 本来なら、ダイソウゲンを放った後で展開されるはずのこのフィールド。しかも、キョダイマックスしたゴリランダーはダイソウゲンではなく、キョダイコランダに変わるため、このフィールドを展開することはできない。なのに、今私の目の前には、確かに草原のフィールドが張られていた。

 

(『グラスメイカー』!?『しんりょく』じゃなくて!?……いや、でも確かにダンデさんのゴリランダーは『グラスメイカー』だった……そして私たちのポケモンはダンデさんからもらっている……だったら確かに納得できるかも……だけど……!!)

 

 とはいえ、こんな土壇場で覚醒するだなんて思いもしなかった。

 

 このフィールドが展開されていると、地面に足をつけているポケモンのくさタイプの技が強くなってしまう。つまり、純粋にゴリランダーの火力が上がるということになる。そうなると、ただでさえ強力な技であるキョダイコランダが、更にやばい技になってしまう。

 

 間違いなく、今までで戦ったポケモンで一番の強さを秘めたポケモンになるだろう。

 

(でも……負けられない……!!)

 

「戻って、ミロカロス。……お疲れ様。本当にありがとう」

 

 ゴリランダーの変化にあっけにとられてしまい、戻すのを忘れていたミロカロスをボールに戻す。サイトウさんとのバトルに続き、その耐久力を存分に生かした粘りによって、また私は助けられてしまった。私のために、今回もたくさん頑張ってくれたミロカロス。そんな彼女の想いを、目の前のゴリランダーにおびえたからという理由で踏みにじるなんて絶対にありえない。

 

(ううん、ミロカロスだけじゃない。アブリボンもストリンダーも、ポットデスもタイレーツも、必死に頑張ってきた。そのバトンを私のせいで落とすなんて絶対にヤダ!!)

 

 前を見て、最後のボールに手を掛ける。

 

(確かに、ゴリランダーは予想外の強さを手に入れてる)

 

 右腕に巻かれたダイマックスバングルを赤く光らせる。

 

(でも、それなら私のエースバーンだって、負けてない!!)

 

 右腕から伸びた赤い光が、モンスターボールに吸い込まれていき、大きく膨らんでいく。

 

 

「みんながここまで連れてきてくれた!!そのみんなに応えるために、行くよエースバーン!!キョダイマックス!!」

 

 

 そして、大きくなったそのボールを構え、私は天高く放り投げる。

 

 

 

 

 現れるは巨大な火球。

 

 

 

 

 何者かの魂を宿したかの如く表面に顔を浮かべたそれは、目と思われる部分がしっかりとゴリランダーを向いており、これから倒すべき相手としてその闘志を燃やし、その熱を自身の身体に再現するかの如く、火球を燃え上らせていた。

 

 

「バアアアァァァスッ」

 

 

 その火球の上で、天に向かって声をあげるエースバーン。いつもの姿に比べて耳を長く伸ばしている彼もまた、ゴリランダーに負けず劣らずの声を張り上げていた。

 

 キョダイマックス対キョダイマックスの対面。

 

 スタートは、ホップが切った。

 

「『ダイアース』ッ!!」

 

 

「グラアアアァァァッ」

 

 

 ホップの声と共に雄たけびをあげたゴリランダーは、バチを持っている長い4本の髪を同時に地面に叩きつけ、大きな地震を発生。叩かれた地面を起点に発生したその揺れは、地面に罅を作り、黄色いエネルギーを漏れさせながらエースバーンの方へと向かっていく。

 

 ゴリランダーから放たれる、地面タイプのダイマックス技。

 

 攻撃力の高い彼が放ったこの一撃は、例えキョダイマックスしているとしても、打たれ強いわけではないエースバーンには致命傷として突き刺さることになるだろう。だからこそ、この攻撃は絶対に受けてはいけない。

 

 けど、不思議と私の心は穏やかで。

 

(大丈夫……確かに怖い攻撃だけど、今のエースバーンなら、絶対に何とか出来る。だから、怖がる必要なんて……ない!!)

 

 迫りくるダイアースに向けて真っすぐと視線を向けた私は、臆することなくエースバーンに指示を出す。

 

「エースバーン!!『ダイジェット』!!」

 

 

「バアアアァァァスッ」

 

 

 私の指示を受けたエースバーンは、大きな声で吠えながら右足に風を集めていく。この風を纏った右足を思いっきり振りぬけば、嵐と見間違うほど強烈な風が飛んでいくこととなるだろう。

 

(『ダイジェット』と『ダイアース』をぶつければ、きっと威力を抑えられる!!……けど、思ったよりもために時間がかかってる!?)

 

 が、エースバーンが技の準備を終えるよりも、想像以上にダイアーズの攻撃スピードが速い。このままでは、エースバーンが足を振るよりもダイアースがぶつかってしまう。かといって、今から私が出来ることも何もない。

 

(ぶつかる!?)

 

 

「バスッ」

 

 

「……エースバーン?」

 

 そんな危ない状況だというのに、エースバーンはこちらに視線を向けて笑顔を返す。それはまるで『心配しないで』と言っているようで。

 

「……」

 

 その言葉を信じて、エースバーンに視線を向け続ける。

 

 エースバーンに迫っていくオレンジ色のエネルギー。地面を伝って迫るそれは、未だに右足に風を集めているエースバーンに真っすぐ突き進んできて……

 

 

「バスッ」

 

 

「……え?」

「……は?」

 

 エースバーンが吠えると同時に撒きおこった風がエースバーンと火球を包みこみ、オレンジ色のエネルギーを跳ね返していく。

 

(いや違う……跳ね返しているんじゃなくて……受け流している?)

 

 跳ね返していると錯覚してしまったけど、よく見れば風に沿ってオレンジのエネルギーが明後日の方に流れていくのが見えた。この現象を正しく言葉にするのなら、跳ね返すではなく受け流すという言葉になる。けど、それと同時に疑問が浮かぶ。

 

「一体どうやって……」

「あ……」

 

 私と同じ疑問を浮かべたホップが思わず言葉を零す。その言葉に心の中で同意しながら、ゆっくりとエースバーンを眺めていく。すると、1つ気になる点を見つけた。

 

 それはエースバーンの額。

 

 本来は赤色に輝く、エースバーンの自慢の髪型が、今は空色に変色して輝いていた。

 

「あの色は……もしかして……」

 

 その変色を、私は見たことがある。

 

「……そりゃ、ゴリランダーがこうなったなら、エースバーンもそうなるよな」

 

 私よりも何回もダンデさんのバトルを見ていたホップも、当然この変化に気づく。

 

 エースバーンの頭部の変色。これはエースバーンのとある特性によって起きる現象だ。その髪型と色は、これから自分が放つ技に影響され、その技に適応し、より強く放つために変わっていく。変幻自在のエースストライカーだからこそ行える、ゴリランダーにとってのグラスメイカーのような、彼自身に秘められた、もうひとつの特性。その名を……

 

「……『リベロ』。エースバーン……あなたも、成長したんだね」

 

 

「バスバスッ」

 

 

 普段のほのおタイプからひこうタイプへと変化したエースバーンが、嬉しそうに声を上げる。

 

「……えへへ」

 

 その笑みにつられて、私も笑う。そして……

 

「うん……エースバーン!!やっちゃって!!」

 

 

「バスッ!!」

 

 

 ひこうタイプとなり、ひこう技が得意となった彼の右足が、勢いよく振り抜かれる。

 

「ゴリランダー!!」

 

 

「グラッ!!」

 

 

 突如荒れ狂う暴風に、ホップの慌てた声が飛び出す。この声に反応したゴリランダーは慌ててドラムを乱打。すると、ゴリランダーの周りに生えた根っこたちが、ゴリランダーを守るように集まって壁になっていく。しかし、ダイウォールでもなく、キョダイコランダでもないその行動は、ダイジェットを受けるにはあまりにももろく、一瞬で細切れになり、そのままゴリランダーに突っ込んでいく。

 

 

「グラ……ッ」

 

 

 こうかはばつぐん。いくら根っこが威力を多少なりとも削ってくれたとはいえ、ここまで強力なダイジェットとなってしまえば、ゴリランダーを襲う攻撃の威力はとてつもない。少なくないダメージを負ったゴリランダーは、その身体を少しぐらつかせた。

 

「畳み掛ける!!『ダイナックル』!!」

 

 

「バースッ」

 

 

 これを好機ととった私は、すかさず攻撃を指示。エースバーンもここが攻め時とわかっているので、私が指示を言い切るよりも前に火球の上から飛び上がり、髪の色と両足を少し濃いオレンジ色の光でコーティングしながら構える。

 

「ゴリランダー!!『ダイジェット』!!」

 

 

「グラッ」

 

 

 これに対してゴリランダーは、ぐらついた態勢をすぐに立て直し、長い4本の髪をひとつに束ね、エースバーンが放った時のように竜巻を纏わせて右から左に凪ぐ。この一撃が、空から飛び蹴りを放つ格好で急降下してくるエースバーンとぶつかり合い、辺りに爆風が撒き散らされた。

 

 

「バスッ!?」

 

 

 リベロによって今度はかくとうタイプに変わったエースバーンのダイナックルが、いつもよりもさらに火力が上がっている状態で放たれてはいるものの、元々の攻撃力が高く、さらに技のタイプ相性でも有利を取っているゴリランダーに分が少し傾いたため、この髪の鞭と飛び蹴りのぶつかり合いは、エースバーンが押し切られることで決着となる。攻めるつもりが、逆に痛手を喰らったエースバーンは、そのままこちらに跳んで帰ってきた。

 

「よし、いい耐えだぞ!!」

「くっ、やっぱり一筋縄じゃ行かない……!!」

 

 

「バスッ」

 

 

 飛ばされたエースバーンは火球の側面に足をつけて停止し、ゴリランダーを睨む。

 

 

「グラッ」

 

 

 一方のゴリランダーは、ダイジェットの構えを解き、髪を4本に分けて再びバチを構える。

 

「「……」」

 

 これでお互いが打てるダイマックス技はあと1回。

 

 放つ技は、もちろん決まっている。

 

「エースバーン!!『キョダイカキュウ』!!」

「ゴリランダー!!『キョダイコランダ』!!」

 

 

「バアアアァァァスッ!!」

「グラアアアァァァッ!!」

 

 

 指示を受けると同時に両者天に向かって吠えながら、最後のダイマックス技の準備に取り掛かる。

 

 火球の側面に着地していたエースバーンは、そのまま地面に降りて、火球を思いっきり天に蹴り上げながら、自身の髪と光を赤色に変え、タイプをほのおタイプに戻す。そしてさっき蹴り上げた球を追いかけるように自身もジャンプをして、自身と火球の位置を入れ替える。そこからオーバーヘッドキックを叩き込むことで、ゴリランダーに向かって、もはや隕石とも言える大きさと威力の攻撃を繰り出した。

 

 対するゴリランダーは、4本の髪と、両腕に構えた6本のバチを振り回し、木で出来たドラムセットをリズムに合わせて乱打。この音を皮切りに、地面を隆起させながら躍動する根っこたちが、次々とくっつき、ねじれ、大きな1本のドリルのような形となり、飛んでくる隕石に向かって真っ直ぐ突き進む。

 

 落ちる火球と穿つ木の根。ぶつかり合う2つの技は、お互いの技を破壊していく。

 

 根は燃え、火球は爆ぜ、お互いの技は徐々にその規模を小さくしていき、最後は赤色の混じった爆炎とともに、フィールド全てが覆われてしまい、状況が確認できなくなってしまう。

 

 

 

 

 ……でも、そんな状況になっても、私とホップの目は、決して揺れない。

 

 

 

 

「エースバーン!!『とびはねる』!!」

「ゴリランダー!!『アクロバット』!!」

 

 状況が見えないけど、『絶対にこんなことでは倒れない』とを確信している私とホップが、すぐさま指示を出す。すると、重なった指示が飛ぶと同時に、今度は煙の中から何かがぶつかる衝撃音が鳴り響いた。

 

「バス……ッ!!」

「グラ……ッ!!」

 

 このやり取りによって、フィールドを覆っていた爆炎は吹き飛び、その中心には蹴りと拳をぶつけ合う両者の姿。

 

 きっかり1秒ほど拮抗した後に、2人は距離をとって、お互いの主の前に降り立った。

 

「バースッ!!」

「グラァッ!!……ッ!?」

「……やっぱりタイプ相性がキツイか」

 

 お互いの主の元へ着地した両者。エースバーンは元気よく吠えたけど、ゴリランダーは少しだけバランスを崩した。どうやら先のやり取りで、少し火の粉が降り掛かってきていたらしい。

 

「……グラッ!!」

 

 しかし、すぐさまいつもの構えに戻り、声を上げるゴリランダー。ダメージはそんなに大きくないことが伺える。

 

「いいぞゴリランダー。……まだまだやれるぞ!!」

「エースバーン……勝つよ……絶対に……っ!!」

「グララァッ!!」

「バスバースッ!!」

 

 ダイマックス技の効果で、特防と素早さが上がったゴリランダーと、攻撃と素早さが上がったエースバーンが吠える。

 

 ここから先は、純粋なぶつかり合い。

 

 私とホップの、最終ラウンドが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




グラスメイカー

ゴリランダーの夢特性。ダンデさんのゴリランダーは、実機ではしんりょくですが、エースバーンがリベロならこれでもよいのではと思います。……ダンデさんのゴリランダー、アニメだととんでもなく強かったですよね。

リベロ

第9世代にて弱体化を受け、リベロとへんげんじざいが発動するのは、場に出てから1回だけになってしまっていますが、この作品では全盛期のままで書かせていただきます。やっぱり、一番強い時代の性能で掻いた方が、お祭り感あって楽しいですよね。リベロの発動描写はアニポケを参考にしています。あの描写、結構好きですよ。





dlcでタロさんとフリアさんの絡みを想像してみたり。性格的には、むしろヒカリさんと気が合いそうですけどね。ドレスを着させられたフリアさんを見て、変なことが起きそうな予感()。






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244話

「『かえんボール』!!」

「バスッ!!」

 

 ダイマックスが終わって、いよいよ最後のぶつかり合いへと発展していく私とホップのバトル。その開幕はエースバーンの行動から始まっていく。

 

 大きく振りかぶって、思いっきり蹴り出した小さな小石は、一瞬にしてその姿を火球に変えてまっすぐゴリランダーへと突き進む。その火力は凄まじく、地面がグラスメイカーによって草原になっていることもあり、その軌跡は燃えてくっきりと跡が残るほど。弱点タイプであるこの技をゴリランダーが喰らえば、致命傷は必至だろう。

 

「『ドラムアタック』!!」

 

 この技を貰う訳には行かないホップ側は、この火球を防ぐべく、背中の太鼓を設置した後、両手のバチを景気よく振り回してリズムを奏でる。

 

 大地を騒がす独特なリズムに共鳴した根っこは、身長をぐんぐんと伸ばし、絡まり、1本の大きな鞭へと変貌。振るわれる度に鋭い風切音を鳴らすそれは、飛んでくるかえんボールに対して、まるでバッターがホームランを打つかのようなフルスイングを見せ、あさっての方向にかえんボールの軌道を逸らしていった。

 

「そのまま続けろ!!」

「グラァッ!!」

 

 自身への脅威を無事取り除いたゴリランダーは、そのままドラム演奏を継続させ、地面からどんどん木の根を呼び出し、こちらに向かってその触手を伸ばしていく。

 

「『でんこうせっか』!!」

「ッ!!」

 

 飛ばされた木の根に捕まったら最後、ミロカロスのようになることを理解しているエースバーンは、額の髪を白色に変えながらダッシュ。上から狙ってくる根っこが地面に着くよりも速く前に出たエースバーンは、右から飛んでくるものを屈んで避け、左から来るものは背面跳びの形で回避。次いで真正面から迫る根っこに対しては、背面跳びの着地を両手で行い、そこから腕の力で少しジャンプ。身体を回転させ、今度は両足で今しがた迫ってきた根っこに着地し、この根っこの上を走る形でゴリランダーに迫っていく。

 

 一連の流れを全てでんこうせっかを維持しながら行ったこともあり、ゴリランダーとの距離はかなり近くなった。今乗っている根っこを走り切れば、すぐにでも射程圏内に到達する。

 

「走って懐に入った瞬間に『とびひざげ━━』」

「バス!!……ッ!?」

「エースバーンッ!?」

 

 しかし、エースバーンが根っこの道を走りきる前に、根っこの上から吹き飛ばされ、私の前まで戻ってきてしまう。何が起きたのかと思い、慌ててエースバーンがさっきまでいたところに目を見けると、そこには右足を振り切った姿で止まっているゴリランダーの姿。その姿を見るに、どうやら右足のハイキックを貰ったようだけど、注目する点は今ゴリランダーがいる根っこの部分だ。

 

「根っこに芝生が生えてる……!?」

 

 キョダイマックス化と共に展開されたグラスフィールドの芝生が根っこの上にも展開されている。どうやら、この芝生ととある技の組み合わせによって、エースバーンよりも速く動いて攻撃をして来たみたいだ。

 

(そんなことが出来る技なんて、ひとつしかない……!!)

 

「良い『グラススライダー』だったぞ!!ゴリランダー!!」

「グラッ!!」

 

 グラススライダー。

 

 地面を滑るようにして移動し、相手に突進を行うこの技は、バトルコートがグラスフィールドの状態で行うと、そのスライディングの速度が一気に跳ね上がるという特性がある。その特性を、ドラムアタックによって生えてきた根っこの上にも適応することで、その根っこを自身が滑るためのレールとして活用し、エーズバーンの懐に潜ったという形だ。使い方としては、私のミロカロスのれいとうビームによるレール移動にかなり近い。

 

 ……それよりも汎用性が高いのがちょっと悔しい所だ。

 

「大丈夫?エースバーン……」

「バ……バスッ!!」

 

 素の速さだけで言えば間違いなくエースバーンの方が速かっただけに、急に自分よりも加速して懐に潜ってきたという奇襲性に、想像以上にダメージを貰ってしまっているエースバーン。ほのおタイプからかくとうタイプに変わったことで、本来ならいまひとつだった技を等倍で受けてしまったのが災いしたみたいだ。元気よくボクに返事を返してくれてはいるものの、少し呼吸は苦しそだった。

 

「まだまだ行くぞ!!『ドラムアタック』!!」

「グラッ!!」

 

 そうやってこちらが呼吸を整えようとするところに、再びゴリランダーの演奏が飛んでくる。腹の奥まで響いてくるようなその音は、根っこたちの動きをさらに躍動させ、まだ呼吸を整えきれていないエースバーンに向けてさらなる追撃を指示してくる。

 

「避けて!!」

「バスッ!!」

 

 真上から落ちてくる根の槍をバックステップで避け、次いで左右から飛んできたものを上体を反らせることで回避。しかし、上体を逸らしたことで上を向いた視界に、さらに3本の根がこちらを狙っているのを確認したため休むことは出来ない。先程まで自身の頭があった場所を通り抜けたその根っこのうち、右から飛んできたものに手をかけて、片手で逆上がりをしたエースバーンは、1回根の上に着地してすぐさまジャンプ。1番最初にバックステップで避けた根の側面に着地するように移動。同時に、さっきまでエースバーンがいた所に3本の根が突き刺さり、衝撃音が撒き散らされる。

 

「バス……」

「……厄介だね」

 

 ここまで来てようやくひと呼吸着いたエースバーンは、空に視線を向け、現在進行形で空を通る根の上を滑って移動しながら、ドラムを叩いてさらに根っこを増やしているゴリランダーの姿。正直、軽く絶望を覚えてしまうような光景だ。

 

 通常ならドラムアタックのための演奏のせいで足が止まってしまうという弱点を、明確に消すことに成功しているコンビネーション。

 

 物凄く強力だ。しかし、付け入る隙が無いわけじゃない。

 

(この戦法……それは時間制限!!)

 

 ひかりのかべやトリックルームのような、場の状況を変更するものは基本的に時間制限があるものが多い。それはグラスフィールドも一緒だ。私自身その正確な効果時間を測ることは出来ないけど、このフィールドがはられたキョダイマックス同士のバトルから考えるとかなりの時間が経過しているはずだ。だから、そう遠くないうちにこの芝生は消えることとなる。

 

(そうすれば、『グラススライダー』は弱くなる!!)

 

 グラススライダーは、先も言った通りグラスフィールド下で真価を発揮する技だ。グラスフィールドさえ消えてしまえば、今の機動力は消え、再びエースバーンの方が速い状態が帰ってくる。

 

 なんてこと考えていると、地面の芝生が少しずつ消え始めた。

 

(よし!!この芝生さえなくなってくれれば、まだこっちに━━)

 

「ゴリランダー!!ドンドコやってくれ」

「グラァッ!!」

「え?」

 

 が、そうは問屋が卸さない。

 

 ホップの指示で、ドラムアタックの時とはまた違ったリズムを奏で始めるゴリランダー。すると、効果時間を過ぎ、徐々に枯れ始めていたグラスフィールドが、その青さを取り戻していく。

 

「なっ!?」

「これで元通りだぞ!!」

「グラァッ!!」

 

 芝生が戻ったことで、再び根のレールを滑って加速するゴリランダー。通常の方法ではありえないこの現象のロジックこそは理解出来たけど、とてもじゃないけど驚くなという方が無理だった。

 

(技の『グラスフィールド』で貼った芝生じゃない!!特性の『グラスメイカー』と、ゴリランダー自身の能力で無理やり草原を維持してきた!?)

 

 ゴリランダーの太鼓は、ドラムアタックという技を見ればわかる通り、その音で植物を活性化させることが出来る。今回の無理やりなグラスフィールドの延長は、その性質を生かした戦法だった。

 

(これじゃあ場の流れは取り返せない……!!)

 

 私の逆転へのプランを根底から覆されてしまった。こうなってくると、フィールドを味方につけたゴリランダーと真正面から戦うしかない。

 

(……踏ん張りどころ、だね)

 

 覚悟を決める。

 

 グラスフィールドが枯れるのを待つ消極的な行動ではなく、こちらからこの牙城を崩す攻めの姿勢へ。

 

「エースバーン!!」

「バッス!!」

 

 私の想いを受け取ったエースバーンが、髪の毛をノーマルタイプの証である白色に染めながらクラウチングスタートの構えを取る。

 

「来るぞゴリランダー!!『ドラムアタック』!!」

「グラァッ!!」

 

 この動作を見てホップは、あらかじめ手を打つためにすぐさまドラムアタックを指示。今まさに飛び出さんとしているエースバーンを、開幕の一歩から止めるべく、数多の根っこを突撃させる。

 

 それはまるで根っこの津波の様で、外から見ても迫力満点なその光景は、エースバーンから見たら恐怖心を揺さぶられるほどの光景だろう。

 

「『でんこうせっか』!!」

「バスッ!!」

 

 しかし、私のエースバーンはその光景を前にしても、怯えるどころかむしろ笑顔を浮かべながらその津波に突撃。真正面から伸びて来る根っこの1つをギリギリまで引きつけて、身体を右に半分だけずらして回避することで、前に進む足は止めずにすれ違いながら走ることに成功。

 

「止めろ!!」

「グラッ!!」

 

 これに対して、今度は3本がかりでエースバーンの進行方向に根っこを飛ばしてくるゴリランダー。少しだけ高度が高めなそれを見つめたエースバーンは、でんこうせっかの速度を維持させながらスライディングで下をくぐる態勢を見せ……

 

「エースバーン!!ジャンプ!!」

「ッ!?バス!!」

 

 その瞬間に根っこの角度がガクンと下がったのが見えたため、慌ててジャンプを指示。何とか反応したエースバーンは、地面に突き刺さった根っこに飛び乗って、再びダッシュ。あのままスライディングをしていたら、根っこに突き刺されていただろう。

 

「さすがの反応だぞ……でも!!ゴリランダー!!前だ!!」

「グラッ!?」

「っ!?」

 

 根っこの上をでんこうせっかで駆けている所、その進行方向を塞ぐように、エースバーンの目前に新しい根っこが突き刺さり、今エースバーンが乗っている根っこが折られ、少し傾く。

 

「そこだ!!『ドラムアタック』!!」

 

 これに一瞬だけ足を取られたエースバーン。それを隙と捉えたホップはすかさず指示を出し、根っこを一斉にエースバーンへと向けていく。その数は何と12本。それらすべてがエースバーンを狙っているわけではないのがまたいやらしく、12本のうち半分が直接エースバーンを狙っており、残りの半分はエースバーンが避けた時に当たるように、エースバーンの周りをめがけて突き進んできていた。

 

「厄介……でもまだ何とかなる!!『かえんボール』!!」

「バス!」

 

 これに対してエースバーンは、自身が足場にしていた根っこに、最初の根っこが突き刺さったことで巻き上がった根の破片を利用。6つの破片が固まっているところに右足を振り、6つの火球を同時に蹴りだす。

 

 木の根の破片を核にしたかえんボールはすぐに燃え尽きてしまうから、そんなに威力が出るわけではない。けど、エースバーンを狙って飛んでくる6つの根っこを全て防ぐくらいなら十分だ。これでエースバーンを直接狙う脅威はなくなった。同時に、エースバーンの周りに6本の根っこが突き刺さる。

 

「『とびはねる』!!」

 

 脅威を乗り越えたところで、今度はこちらから攻撃するべく、今なお上空でレールの上を滑っているゴリランダーを見据えながらジャンプするエースバーン。

 

「『とびはねる』……直進で来るのなら、迎撃して……」

「さっき刺さった根っこを足場に跳躍!!」

「っ!?」

「バスッ!!」

 

 しかし、ただ真っすぐジャンプするのではなく、先ほど落ちてきた6本の根の側面を足場に、次々と飛び移ることでピンボールのような軌道を描きながら、ゴリランダーに向かって高速で近づいて行く。

 

「くっ、『ドラムアタック』!!」

 

 高速で飛び回るエースバーンを止めるべく、根っこをとやたらめったら伸ばしてくるゴリランダー。

 

「全部蹴りばして!!」

 

 これに対して、髪を空色に変えているエースバーンは、リベロの効果で変わったことよって得たひこうタイプのエネルギーを足に纏い、伸びて来る根っこを蹴りで裂きながらさらに加速。全ての根っこを蹴り飛ばして、いよいよゴリランダーの下へ到達。ゴリランダーが現在進行形で滑っている根っこに相乗りする形でそばに立ったエースバーンは、そのまま右足を引いて蹴りの準備を整えた。

 

「『アクロバット』!!」

 

 これに対してゴリランダーも腹をくくり、右腕に力を込めて突き出してくる。

 

「バス!!」

「グラ!!」

 

 ぶつかり合う拳と蹴り。

 

 激しい衝撃音を鳴らす2つの攻撃は、しかし速度とタイプ相性で有利を取っているエースバーンが勝つ。

 

「グラッ!?」

 

 拳を弾かれて隙をさらしたゴリランダー。そんな彼のお腹に、左足の飛び蹴りをかまして勢い良く吹き飛ばす。

 

「グッ!?」

「ゴリランダー!?」

 

 蹴られたゴリランダーはかなりの勢いで吹き飛ばされる。その証拠に、ドラムアタックの根っこを3つほど貫通して吹き飛んだゴリランダーは、4つ目の根っこにぶつかることでようやく勢いが止まる。

 

「ようやくとま……ゴリランダー!!真上だ!!」

 

 けど、ここでこちらの攻め手は止まらない。

 

 勢いが止まったことで追いつきやすくなったエースバーンは、ゴリランダーをとびはねるで追いかけて再び接近。ゴリランダーの真上を取って、そこで膝を構える。

 

「『とびひざげり』!!」

「バスッ!!」

 

 髪をオレンジ色に染め、オーバーヘッドの要領で突き出された膝は、真っすぐゴリランダーの頭めがけて振り下ろされる。これが当たれば、地面に叩きつけられてさらなるダメージが期待できる。

 

「パワー比べなら負けないぞ!!『10まんばりき』!!」

「グラアァッ!!」

 

 しかしゴリランダーも黙ってやられはしない。

 

 吠えると同時に身体に薄い茶色のエネルギーを纏ったゴリランダーは、力任せに腕を振るってエースバーンを迎撃。とびひざげりと10まんばりきという、先ほどよりも威力の高い技のぶつかり合いは、その威力に比例して大きな音を立てる。

 

「バスッ!?」

 

 そして今回は、天秤がゴリランダーの方へ傾いた。

 

「『アクロバット』!!」

 

 今度は先ほどと真逆で、弾かれたエースバーンに対してゴリランダーが蹴りを放つ。威力としてはそんなに高くはなかったものの、とびひざげりを使ったことによって、自身のタイプがかくとうに変わっていたエースバーンに、このアクロバットは抜群として突き刺さる。結果、エースバーンも先ほどのゴリランダーと同じように吹き飛ばされ、太い木の根に背中から叩きつけられてしまう。

 

「『ドラムアタック』!!」

「『とびはねる』!!」

 

 叩きつけられたエースバーンに卒倒していく木の根たち。これを貰うわけにはいかないエースバーンは、傷む身体に鞭打ってジャンプ。こちらをねっらってきた木の根を何とか回避することに成功する。

 

「『グラススライダー』!!」

「『とびひざげり』!!」

 

 その回避先に滑り込んでくるゴリランダー。

 

 一瞬でエースバーンの目の前に出てきたゴリランダーは、右腕を振りかぶってパンチの構え。それに対してエースバーンは膝をぶつけて相殺し、お互いが弾かれるように吹き飛ばされ、両者また木の根に背中からぶつかっていく。

 

 これで仕切り直し。しかし、距離が空いたというのは互角に戻ったという意味では無い。このバトルにおいて、遠距離が強いのはゴリランダーの方だ。

 

「『ドラムアタック』!!」

 

 よって、ここからの展開は再びホップ主導のもと行われていく。

 

 頭を狙って伸びてきた根っこを屈んで避け、足元を狙ってきたものを右に跳んで回避。その回避終わりを狙って来たものにはかえんボールをぶつけ、その後に狙ってきたものはとびはねるで何とか回避していく。

 

(……苦しい)

 

 距離が空いたことによってどんどん苛烈になっていくゴリランダーの攻撃。1度近づかれて危ない目にあったという経験からか、今度は徹底してきているせいでなかなか近づくことが出来ない。今も、エースバーンが飛び退いた場所に、大きな根っこが轟音を立てながら地面を叩きつけていた。

 

(本当に、凄いパワー……)

 

 音だけで伝わるそのパワー。一体今日のためにどれだけ練習し、そしてどれだけの思いが込められているのだろうか。

 

(夢のためだもんね……わかるよ……)

 

 ホップがこの大会にかける思いは私がいちばん知っている。

 

 だってずっと隣で見てきたから。

 

 ずっとこの場所に憧れる視線を横で見てきていたのだから。

 

(でも、それは私だって一緒なんだ!!)

 

 一昔前の私なら、ホップの気持ちを汲んでわざと負けたかもしれない。辞退していたかもしれない。けど、今の私には出来てしまった。どうしても譲りたくないものが生まれてしまった。だから……

 

「絶対に勝つんだ……エースバーン!!」

「バスッ!!」

 

 ずっと休むことなく攻撃を避け続けていたため、ダメージも相まって息が切れ始めているエースバーン。だけど、私の声にはそんなことを表に一切出さずに元気よく返答。その姿を見て私も思わず頬を緩める。

 

(私とエースバーンなら、どこまでも跳べる!!)

 

「『かえんボール』!!」

「バァスッ!!」

 

 木の根を避け続けていると、ほんの一瞬だけ生まれた僅かな余裕。その一瞬の空間で、しっかり息を吸い込んだエースバーンは、右足に焔を溜め、足元にあった石を思いっきり蹴り飛ばす。

 

 業と音を立てながらまっすぐ突き進むかえんボールは、道中にある細い木の根を貫きながら、ゴリランダーの元へと直進する。

 

「させないぞ!!『ドラムアタック』!!」

「グラァッ!!」

 

 これに対してゴリランダーはさらに太鼓のリズムを速め、貫かれた木の根よりも何倍も太い根を召喚。

 

「打ち返せ!!」

 

 その根を用いて、飛んできたかえんボールを打ち返してくる。

 

 跳ね返る際に用いた木の根はこの攻防で燃え尽きてしまうものの、かえんボールはしっかりと打たれており、あちらこちらにある木の根を3回ほどバウンドしてエースバーンの方に飛んでいく。

 

 このバウンドによって木の根に炎が燃え移り、ゴリランダーが作り上げた森が延焼し始めていくけど、それでもかえんボールそのものはしっかりとエースバーンに帰ってきていた。それも、ただ帰ってきたのではなく、木や草原を巻き込んでさらに激しく燃えており、エースバーンが打ち出していた時と比べると、かえんボールの体積はかなり大きくなっていた。

 

「ここで決めるぞゴリランダー!!『ドラムアタック』!!」

「グラアアァァァッ!!」

 

 さらに、跳ね返したかえんボールに追従する形で伸びていくドラムアタックの根っこと、その上を滑って来るゴリランダー。かえんボールの火力が高すぎて若干引火してしまっているけど、そんなことなんてお構いなしと突き進む根っことゴリランダーは、ほんのりと身体を緑色に光らせていた。

 

(『しんりょく』……『グラスメイカー』が発現しても、一緒に併発するんだ……)

 

「そのまま全力で『グラススライダー』だ!!」

「グラァッ!」

 

 特性の複数発現。キバナさんが見せたジュラルドンと同じその現象。それを知ってか知らずか発動していたゴリランダーは、緑色の光と共に突っ込んでくる。

 

 火球とゴリランダーの突撃。これを喰らってしまえば戦闘不能だ。

 

 安全を取るのなら、避けることがマスト。だけど……

 

「……ここまで来て、逃げるなんてないよね!!」

「バスッ!!」

 

 この状況を前にして一切引くことを考えないエースバーンは、髪と身体を赤く光らせながら、右足に焔を纏っていく。

 

 特性もうかとリベロの同時発動。

 

 ゴリランダーが出来るのなら、エースバーンにだってできるはずだ。

 

「エースバーン!!」

 

 私の声を聞いて右足を強く踏み込み、焔を更に強くするエースバーンは、真正面から迫る火球をじっと見つめている。

 

「行くよ……その炎が誰のものなのかを……知らしめる!!『かえんボール』!!」

「バアアァァァスッ!!」

 

 一際大きく響き渡るエースバーンの声と共に、赤々と光る右足の回し蹴りが火球に叩き込まれる。瞬間、かえんボールの火力がさらに跳ね上がり、その大きさを2回りも大きくした。もはや1つの小さな太陽と言っても差し支えないほど大きくなったその火球は、周りの根っこを根こそぎ燃やしていく。

 

「熱いな……でも、負けるなゴリランダー!!」

「グ……ラァァァッ」

 

 しかし、そんな熱の中でも、ゴリランダーは自身の周りに更に大量の根っこを纏うことで耐え、火球を挟んで反対側からエースバーンに向けて突撃をし続けていた。

 

 本来なら相性不利で燃えてもおかしくないのに、それをゴリランダー自身の火力で無理やりぶち抜こうとしている。

 

(本当に凄い火力……でも!!)

 

 今、この場において、絶対的な立場にいるのが誰なのかを証明するために。

 

「エースバーン!!」

「バ……アアアァァァスッ!!」

 

 火球を挟んで行われるゴリランダーとエースバーンの鍔迫り合い。

 

 時間が経つとともにどんどんその体積を大きくしていく火球に、ゴリランダーもエースバーンも跳ね飛ばされそうになるけど、気合で耐えてひたすらに攻撃を続ける。

 

 気付けばその大きさはとてつもないものになっており、先ほどよりも更に3回りほど大きくなったそれは、あと少しの衝撃が加われば爆発でもするのではないかと思ってしまう程の熱を秘めていた。

 

「バ……スッ!!」

「グ……ラッ!!」

 

 そんな危ない状況なのに、それでも一切引かない両者。

 

「「……ッ!!」」

 

 2人の止むことなに攻撃の勢いに、私とホップは拳を握って見つめることしかできない。

 

(頑張れ……エースバーン……ッ!!)

 

 祈り、見つめ、ひたすら待つ。

 

 果たして、先に限界を迎えるのはどちらか。

 

「バスッ!?」

「グラッ!?」

 

 その答えは、エースバーンでも、ゴリランダーでもなく、その中心にある火球だった。

 

「わっ!?」

「ぐっ!?」

 

 響く爆発音。染まる視界。

 

 エースバーンとゴリランダーが挟んでいた火球が、弾ける。

 

 そして、バトルフィールドから……音が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




グラススライダー

言わずと知れたゴリランダーの得意技。新作では弱体化されていましたね。流石に、全盛期のファイアロー以上の火力は許されなかったみたいです。不遇な草タイプなので、別に良かった気がしなくもないのですが……テラスタルと相性が良すぎるのがいけなかったんですかね?

グラスフィールド

根っこの上も地面と扱ってもよい。という、カードゲームみたいな理論で移動するゴリランダーさん。アクセルシンクロもしそうです。

太鼓

ゴリランダーの太鼓は実機でも説明されていますよね。こうなると、グラスフィールド張り放題なので、それはそれでやばそうですが。




フリアさん名義で遊んでいるスカーレットでタロさんと話していると、少し楽しいのですが、それ以上に罪悪感が湧いてきました。誰に対してとは言いませんが、謝罪しておきます。ごめんなさい……。






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245話

「う……うぅ……」

 

 身体を打ち付けて来る熱と衝撃。それに対して私は、両腕で顔を覆いながら声を漏らすことしかできない。その漏れだした声も、衝撃音が凄すぎて、本来なら自分の声は骨の振動で耳を塞いでいても聞こえるはずなのに、衝撃が身体を叩く方が強くてそれすらも聞くことが出来ない。爆発の時に発せられた光のせいで視界も防がれてしまっているせいで、本当に状況の確認が全くできない。

 

「エース……バーン……ッ!!」

 

 それでも声をかけずにはいられない私は、衝撃に飛ばされないように踏ん張って、きっと戦場で耐えてくれているであろうエースバーンに向かって必死に声をあげる。

 

 きっと今頃ホップも、私と同じようにパートナーの無事を祈ってひたすら耐えていることだろう。

 

 そんなもどかしい時間を過ごすこと数十秒。無限にも感じたこの時間が、ようやく終わりを迎え始める。

 

「衝撃が……あ、声も!!」

 

 私の身体を襲ってくる衝撃が少しずつ小さくなっていくのを感じた。と同時に、今しがた私が呟いた言葉もはっきりと耳に聞こえるようになってきた。

 

「エースバーンはッ!?」

 

 一度小さくなってしまえばもうあとは消えるだけ。徐々に収まっていく光と衝撃を耐えきった私は、すぐに腕をどかせて戦況を見る。

 

「これは……」

 

 そんな私の目に入ってきたのは、一言で言えば凄惨。

 

 あれだけ生い茂っていた草原と木の根は全て燃え尽きており、焦げてくたくたになってしまった木の根の群れは、まるで山火事にでもあったのではないかと錯覚させるほどの光景になっていた。今も、焦げきってボロボロになった木の根が1つ、また1つと、音を立てながら崩れ始めていく。このまま放置すれば、根っこの群れ全てが崩れ経ってしまうだろう。

 

 そんなちょっとした災害の跡のような景色広がるバトルフィールドだけど、その中でも一か所だけまた様子が違う場所があった。

 

 それは、私の記憶が確かならば、最後にかえんボールを挟んでゴリランダーとエースバーンが鍔迫り合いをしていた場所で、かえんボールが爆発したのを最後に見ることが出来なくなったその場所は、今は爆発のせいか全てが吹き飛んでおり、木の根の森の中だというのに、そこだけがぽっかりとあいた、綺麗な空間となっていた。それだけとんでもない爆発が起きたという証なのだろう。

 

 そして、その爆心地の中心にて、エースバーンとゴリランダーが、向かい合う立ち位置で、うつぶせに倒れていた。

 

「エースバーン!!」

「ゴリランダー!!」

 

 遂に確認することが出来た、私の最後のポケモン。しかし、目を瞑って倒れている姿からはピクリとも動く気配を感じず、相手のゴリランダーともども、傍から見たら戦闘不能になっているようにしか見えない。私とホップが必死に声をかけても特に反応を見せず、どうすればいいのか頭が真っ白になってしまう光景となっていた。

 

「これは……」

 

 それは審判の人も同じみたいで、どう宣言すればいいのかを言いあぐねている様子だった。

 

 両者のノックダウン自体はさして珍しい光景ではない。今回のリーグ中だって何度か見たし、今までを振り返っても少なくない結果だからだ。でも、このトーナメントそのものの勝敗を決める、殿同士の対決で起きたことはなかった。私の記憶を振り返っても、確かにトーナメントの勝敗が引き分けで終わったことはない。

 

(もし引き分けになったら……どうやって勝敗を決めるんだろう……?)

 

 引き分けになった時の対処はアナウンスされていなかったと思うので、その時に私とホップの結果がどういう扱いになるのかが気になってそちらに思考が伸びていく。

 

(後日、また戦うとかになるのかな……だとしたら大変そう……)

 

「バ……ス……ッ」

「グ……ラ……ッ」

 

「「ッ!?」」

 

 と、この後のことを考えているとかすかに耳に届いたゴリランダーとエースバーンのうめき声。その声に弾かれたように顔を上げると、そこには震えながらもゆっくりと、腕を着いて上体を起こそうと頑張るエースバーンとゴリランダーの姿があった。

 

 産まれたてのシキジカのように頼りなく、そして不安定な腕の動きは、先程までの激しい動きと比べるとスローモーションのように遅い。けど、両者の浮かべる表情は至って真面目で、とてもじゃないけど茶化すことなんて全くできない。むしろ、こんなボロボロにまでなって、それでも私に勝ちを届けようとしてくれる健気さに、なにか込み上げてくるものを感じてしまうほどで。

 

「エースバーン!!頑張って!!」

「ゴリランダー!!踏ん張れ!!」

 

 気づけば私の口は勝手に動いており、必死に応援の声を投げていた。反対側から同じようにゴリランダーを応援する声が響いているので、ホップも私と同じ気持ちなのだろう。結果を見守る静かなバトルコートで、私とホップの声だけが響き渡る。

 

「バ……スッ!!」

「グ……ラァ!!」

 

 私たちの声を受けたエースバーンとゴリランダーは、声援に応えるべくさらに力を込めて、ゆっくりと身体を起こしていく。その頑張りもあってか、両者とも片膝を立てるところまでは起き上がることが出来た。あとは腰を持ち上げるだけだ。

 

「頑張って……エースバーン……!!」

「立つんだ……ゴリランダー……!!」

 

 普段なら、もう休んでいいよという場面。だけど、今だけはその言葉を言えない。言う訳には行かない。それほどまでにこのバトルは大切で、逃したくない場面で。もはや私のわがままでしかないこの願いに、この状態のエースバーンを付き合わせてしまっていることに罪悪感すら感じてしまうほど。

 

 それでも、エースバーンは嫌な顔をひとつも浮べることなく、私のために頑張ってくれている。

 

「バ……アアアァァァスッ!!」

「グ……ラアアアァァァッ!!」

 

 その頑張りを証明するかのように、一際大きな声を上げながら立ち上がるエースバーンとゴリランダー。天に向かって雄叫びをあげる姿は、今にも倒れそうなほどふらついているのに、同時に何にも負けない力強さを見せつけてきた。

 

「バス……」

「グラ……」

 

 天に向けていた視線をゆっくりおろし、お互いを見つめ合う両者。この対面を見守る観客たちは、『今まであんなに激しいバトルをしていたのにまだするのか』という驚きの声と表情を浮かばせている。そう思わせるほどの気迫を両者は放っているし、私も何も知らない状況でこの2人を見たら、きっと今の観客たちと同じことを思ってしまうだろう。

 

 けど、当事者だからこそ、私とホップの意見は他のみんなとは違った。

 

(もう、エースバーンもゴリランダーも、戦う体力なんて一切残っていない)

 

 ぱっと見は両足をしっかり地面につけている両者だけど、よくよく見ればその足が笑っているのがかすかに見え、立っているのだけでも限界なのが分かる。それはホップも理解しており、だからこそ、私もホップも攻撃技の指示を一切しない。

 

 ただ立っているだけ。しかし、たったそれだけが今の2人にとっては死ぬほどつらい。今からもう一度地面に倒れてしまえば、今度こそ戦闘不能になってしまうだろう。

 

(だからこれは我慢比べ。どっちが先に力尽きるかの、最後の意地の見せあい)

 

 膝を最初に折ってしまうのはどちらか。その決着は、思ったよりも速くやって来る。

 

「グラ…ッ!?」

「ゴリランダー!?」

 

 先に崩れたのはゴリランダー。膝が笑い、崩れ、地面に身体を落としそうになる。それを無理やり抑えるべく、前にドラムを置いて、それに身体を預けることで無理やり身体を支えるゴリランダーは、けど、確かに必死に耐えて立っていた。

 

「バスッ!?」

「エースバーン!!」

 

 となれば、当然次に限界が来るのはエースバーン。しかもこちらはゴリランダーと違って、身体を預けられるものがないため、素直に膝をついて倒れかけてしまう。元の耐久力がゴリランダーよりも少ないこともあって、かなり危なっかしく目に映る。

 

「エースバーン……ありがとう……」

 

 その姿を見て、私はエースバーンに言葉を投げかける。

 

 ここまで頑張ってくれたことに、本当に感謝しかない。だから、私はエースバーンに告げる。

 

「お疲れ様。もう……いいんだよ」

「バス……」

 

 私の声を聞いたエースバーンがゆっくりと、もう片方のひざも曲げ、腰を落としていく。

 

 そして同時に、審判の人が、このバトルの結果を宣言する。

 

「だって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴリランダー、戦闘不能!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたのおかげで……勝てたから……!!」

 

 

「よってこのバトル、ユウリ選手の勝ち!!」

 

 

「~~~~~~ッ!!」

「バアアアァァァスッ!!」

 

 腰をかがめるエースバーンの前で、音を立てて地面に倒れるゴリランダーを見た審判から告げられる宣言。これを聞き、膝を曲げたエースバーンが、その膝を伸ばす反動で、バック宙しながら高く跳び、着地と同時に大声で叫び声をあげる。その声につられた私も、背を丸め、声にならない叫び声をあげながら、その感情を解き放つように2回、両手を広げながら大きくジャンプをした後、左手の人差し指を立てて真っすぐ空に向ける。

 

 同時に湧き上がる大歓声。

 

 遂に終わり、そして決まった準決勝の結果に、周りのテンションはどんどん跳ね上がる。

 

 降りそそぐ拍手喝采は私とホップ、そしてエースバーンとゴリランダーに向けられ、惜しみない賞賛として響き渡る。その拍手の雨の中、私とエースバーンは抱き合い、ハイタッチを交わした。

 

「ありがとう!!エースバーン!!本当に、ほんっとうに、ありがと!!」

「バスバスッ!!」

 

(……勝てた……これで、約束を果たせる……!!)

 

 ついに到達できた、フリアとの約束の場所。

 

 ついに手にすることが出来たフリアへの挑戦権。

 

「ふぅ……」

 

 万感の思いがこもった呼吸を1つ。私は零す。

 

 私の準決勝のバトルはこれで終わった。けど、ずっと喜び続けるのは一旦休憩。だって、私にはもう1つやるべきことがあるから。

 

「……っ!!」

 

 一通り喜んで、エースバーンともう一度ハイタッチして、エースバーンをボールに戻した私は、今回の対戦相手であるホップの方に視線を向ける。すると、ホップの表情が少しだけ目に入る。

 

 とても悔しそうな表情を浮かべていたホップは、歯を食いしばり、何かを後悔するかのように右手を握り締め、下に下げていたその拳をゆっくりと腰の上くらいまで持ってきた後、それを小さく、けど力強く下に振り下ろした。

 

 たった1秒ほどで行われるホップのその行動は、しかし彼の心境をこれでもかという程表しており、ホップとバトルが終わった後の会話をするために、バトルコートの中心に歩こうとしていた私の足が思わず止まってしまう程。けど、ここで私が足を止めることは許されない。

 

 だって、ホップの夢を遠ざけたのは、他でもない私自身なのだから。

 

 ホップの実力があれば、ダンデさんを越えるという夢はどうなるかわからないけど、少なくともダンデさんに挑むところまで帰って来ることはできるだろう。でも、だからと言って今この瞬間すぐに気持ちを切り替えられるかと言われたら、多分無理だ。私だったら落ち込んでしまう。

 

(ホップ……)

 

 悔しそうな姿を見たら、いやが応にもホップの心が気になってしまう。けど、この不安も杞憂に終わる。

 

「……サンキューな、ユウリ。オマエがいてくれて……本当によかったぞ!!」

「ホップ……」

 

 そういうホップの表情は、先ほどまでの悔しそうなものとは一転し、とても晴れやかで、どこかすっきりしたものを浮かべていた。先ほどの拳を振りぬく動作で、ひとまず今渦巻いている感情は出し切ったのかもしれない。

 

(……でも、多分このバトルが終わって、ホテルに戻ったらまた感情が返って来るんだろうなぁ)

 

 こういった敗北の感情というものは、徐々に押し寄せて来る。今この瞬間は大丈夫でも、後になってまた落ち込む可能性は全然ありそうだ。

 

(そういう意味では、杞憂って決めつけるのはまだ早いかも……)

 

 ひとまずは、ゴリランダーをボールに戻しながらこちらに向かって穏やかな表情を見せるホップを信じて、私はホップとの会話をしていく。

 

「私の方こそ……ありがとうホップ。あなたと戦えて本当によかった」

 

 バトルコートの中心で、握手を交わす私とホップ。

 

 ハロンタウンから始まった私たちの物語の1つの終着点。私はまだ続くけど、ホップのお話は一旦ここで終わってしまった。

 

「……次はフリアだな」

「うん……」

 

 そんな寂しさからか、周りの大歓声とは裏腹に、私とホップの会話はとても静かで、最低限の言葉だけで行われていた。

 

「もしかしたら、セイボリーさんかもしれないけど……」

「かもだけど……どうしても、な」

「あはは……」

 

 私たちはまだ反対側の山の勝者を知らない。けど、セイボリーさんには申し訳ないけど、フリアの負ける姿が思い浮かばなかった。だから、少なくともここでの会話は、フリアが勝っている想定で進められていく。

 

「……勝てそうか?」

「……わかんない」

 

 小さい声量で、そして最低限の言葉でのラリー。だけど、今はこのやり取りがちょうど良く感じてしまう。

 

「……大丈夫だ。オマエならやれるぞ」

「……うん!」

 

 すっきりした表情から、徐々にいつもの笑顔へと表情を変えていくホップ。そんなホップからもらうエールが、半分嬉しくて、半分申し訳ないという気持ちで埋まっていく。

 

 けど、悲しいという気持ちを前に出すわけにはいかない。

 

「……オレの夢、今回はお前に託すぞ……勝ってくれ!!」

「……うん!!」

 

 ホップも、私の肩に手を置き、私をとにかく激励する。

 

 私に、後ろを振り向かせないために。

 

(私の目標を知っているホップだからこそ、こう言ってくれるんだ)

 

 こんなことをされてしまったら、私にもうホップを心配することなんてできない。背中をこんなにも押されたのなら、前を見て進むべきだ。

 

「絶対勝つ……って約束は、ごめんなさい。ちょっとできないかも……」

「ま、そうだよな」

「でも……私の望んだ舞台だから……観ててね、ホップ。少なくとも、退屈しない試合は出来ると……思ってる」

「……そっか!その言葉を聞けて安心したぞ!!」

 

 私の言葉に微笑みを浮かべながら、両手を後頭部で組むホップ。それにつられて、私も頬が緩んでしまう。

 

「じゃあ、とりあえず今日は先に返って休めよ。次があるオマエに、先にポケモンを休める装置も譲るからさ」

「うん、ありがとう。じゃあ、先に戻るね」

「おう!!」

 

 ホップに先を譲ってもらったので、私は少し駆け足で控室へと戻っていく。こうすることで少しでも早く装置を使って、ホップのポケモンたちも回復させてあげたいから。

 

 私が退場すると同時にまた一段と大きくなった拍手に手を振って返しながら、控室へと続く暗い道をかけていく。

 

(次は、いよいよ決勝だ……)

 

 ホップのことは未だに頭の片隅にどうしても残り続けちゃうけど、今の私はそれ以上に気になることが出来てしまっている。

 

(フリア……)

 

 いよいよここまで来た。

 

 勿論、まだセイボリーさんが上がって来る可能性はあるけど、それでも9割くらいは確定だろう。

 

(……本気で、挑むからね)

 

 私は心を引き締めて、先へと思考を向ける。

 

 ようやく立つことの出来る、目標の舞台へ思いを馳せながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いっちまったな」

 

 控え室に向かって少し小走りに向かい、そして振り向くことの無いユウリの背中を見届ける。オレと違ってまだ先があるユウリは、こんなところで振り向いている場合じゃない。少しでも早く腰を落ち着け、次の決勝戦の準備をするべきだから。

 

「……おし、オレも戻るか」

 

 そんな先を行く人の背中を見送って、完全に姿が見えなくなったあとも少しだけこのバトルコートで余韻に浸り、いよいよ実況者の長い話が終わりを迎え始めたところで、オレもユウリが消えた方とは逆側のルートを通って控え室の方に帰っていく。その際に、ユウリに送られた拍手と同じくらいの量をオレの方にも送ってくれた。その事が嬉しくて、手を振りながら退場するオレは、しかし控え室に続く暗い道を歩くと同時に、段々と心が下へ下へと沈んでいく感覚に襲われる。

 

「……はぁ」

 

 気づけばオレは控え室の中に入っており、その中心に置いてある椅子に座って大きなため息を零していた。

 

「終わっちまったなぁ……」

 

 ユウリに負けたことで、オレのジムチャレンジは終了した。昔からの夢を昇華させた、アニキを超えるという目標が遠ざかった。

 

 もちろん、これでオレのトレーナー人生が終わったわけじゃない。むしろ、長い目で見ればここからが本当のスタートと言っても過言では無い。ここまで勝ち残ったのならば、スポンサーが着いたり、新しいジムリーダーやリーグ関係の仕事に呼ばれたりなんて未来もある。将来性だけの話をすれば、むしろオレはかなり勝ち組の道を歩むことが許されている側の人間だと思う。

 

 けど、それでも……

 

「勝ちたかった……なぁ……」

 

 オレにとってこのジムチャレンジは特別で、小さなころからのあこがれで……

 

 何より、目標にしていたアニキが、チャンピオンになるまでに通ってきた道だった。

 

 アニキを越えるという目標を掲げている以上、真にその目標を達成するのなら、やっぱりオレはジムチャレンジでチャンピオンになりたかった。

 

「しかも……よりにもよって負けたのがなぁ……」

 

 今日の対戦相手のユウリ。

 

 小さいころからずっと一緒にいて、オレの夢を誰よりも知っていて……

 

 そして、オレと全く一緒のタイミングで旅を始めた一番のライバル。

 

 同期で同い年と言えば、ユウリのほかにもビートやマリィがいるにはいる。けど、マリィはジムリーダーの妹として既にある程度の経験はあったはずだし、ビートもビートで、ジムチャレンジ開始時点からかなり抜けていたことと、あのローズ会長からの推薦という事から、マリィと同じくジムチャレンジ開始時点ですでに経験があった側の人間だって分かる。……まぁ、ビートはそもそもここまで来ることが出来なかったんだが……今は置いておく。

 

 とにかく、真の意味でオレと全く同じ条件で旅を始めたと言えるのはユウリだ。そんなユウリと真正面からぶつかって負けた。その事実は、他の参加者の誰に負けるよりも意味があるものだった。

 

(だって、それってつまり、ユウリに才能で負けているって言われてる気がしてなぁ……)

 

 今でこそ、ユウリもしっかりと目標を見据えて戦っているけど、本人が言う通り、昔からこれほどまでトーナメントに熱意があったわけじゃない。ユウリが得た目標はあくまでも後天的なものであって、オレみたいに遥か昔から燃え続けていたそれではない。

 

 比べるのが間違いなのは分かっている。それでも、負けた直後の今の心境だと、そんな小さいことも思うところが出てきてしまう。その事実が、自分の器の小ささを思い知らされている気がして、余計に嫌になって……

 

「はぁ……ん?」

 

 またため息を零しながら落ち込むオレ。しかし、そんなオレの頭に何かが乗せられる感覚。

 

「グラ……」

「ゴリランダー……オマエ……」

 

 その正体はゴリランダー。

 

 まだ傷は治っていないから、いつ倒れてもおかしくない状態だ。なのに、それでもオレを励ましてくれるために出てきてくれた最高の相棒。

 

「うっ……ぐっ……」

 

 それがとても心にしみて、思わず頬を温かいものが伝っていく。

 

「すまん。ゴリランダー……絶対立ち直る。絶対強くなって、また挑む……だけど……今だけは……弱音……はかせてくれ……」

「グラ……」

 

 弱音を吐くオレを励ますゴリランダー。そして、そんなゴリランダーに続くように出て来るウッウ、バチンウニ、カビゴン、アーマーガア、そしてバイウールー。

 

 みんな相応に傷ついて辛そうなのに、それでもオレのために声を出してくれた。

 

「……ありがとな、みんな」

 

 その姿に、更に心が温かくなり、同時に改めて心に誓いを立てる。

 

「絶対に……帰って来る。そして今度こそアニキを越えるんだ……だから、その時まで……ついてきてくれるか?」

 

「グラッ!!」

「ウッ!」

「ニニッ!」

「カ~ビ」

「ガァ!」

「メェッ!!」

 

 オレから絞り出されるように発せられる小さな声と、これに応えてくれるみんなの声が控室に響いた。

 

(絶対リベンジするからな……だから勝てよ!ユウリ!!)

 

 オレの心に新しい目標が出来た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ホップ

実機でも見せたとても悔しそうなあの場面。そのあとの落ち着いた表情が、またちょっと心に刺さりますよね。それでも立ち直っているあたり、やはり心は強いです。少なくとも、とある人物よりは、よっぽど……

ユウリ

幼馴染に前を向けと言われたので、振り返ることなく前を向きます。それが、自分が夢を摘んだ相手への礼儀と信じて。




メロエッタの入手方法がワザップみたいで、最初に見つけた人が本当に凄いと思いました。そしてBP集めが本当に大変……






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246話

「お疲れだぞフリア!!」

「ちゃんと勝てたわね」

「あ、2人とも!!うん!とりあえず決勝には進めたよ!!」

 

 ボクの試合は無事終わり、そして手持ちのみんなの治療も完了したボクは、一足先にシュートスタジアムのロビーで待機していた。本当なら、特に用事がある訳でもないし、マクワさんとのバトルの時と違って、共有化を使っていた時間が短かったことから、ボク自身の体力も全然減ってないから、ボクの試合のすぐ後に始まったユウリとホップのバトルを観戦してもよかったのだけど、どれだけ急いでも2人の試合を最初から観戦することが出来ない事と、どうせ後で手持ちのみんなと一緒に、ユウリ対策として試合を見直すということを考えたら、今焦って見なくてもいいのかなという結論に至った。ボク自身の体力はあっても、闘ってくれたみんなの治療には時間がかかるからね。そうなると、みんなで落ち着いて試合を見るのは、どうやってもホテルに戻ってからになるし。

 

 とまぁ、そういう理由でボクは1人、ロビーの隅っこで人目につかないようにまったりと過ごしていたのだけど、そんなボクの所にジュンとヒカリがやってきた。どうやらホップとユウリのバトルに決着がついたらしい。

 

「とりあえずって内容かよ。オレにはまだまだ余力はあるように見えたぜ」

「少なくとも、セイボリーさんのやりたいことはちゃんと防げていたわよね」

「ヨノワールが『かわらわり』で壁を壊せたのが大きかったかな。でも最初からダイマックスきって来るのはびっくりしちゃった」

「面白い戦法だよな。それに通ったら普通に流れ持っていけるだろうし、悪くないんじゃないか?」

「実際にブラッキーは倒されちゃったものね」

「みんな一生懸命戦法を練って来るから、本当に気が抜けないよ」

 

 ボクと合流した2人は、そのままボクのついている席の対面に座り、今日のボクとセイボリーさんのバトルについての感想戦を始める。開幕の予想外な戦い方から始まり、ヨノワールの逆転の一手。そしてマホイップたちの成長に、インテレオンの大立ち回り。軽く流れを振り返ってから、『ここはこうすればよかった』や、『この動きはよかった』等、ボクの動きやセイボリーさんの戦法についてあれやこれやと盛り上がっていくボクらは、気づけばかなりの時間を話し込んでしまっていた。

 

 こうして3人で長時間話すのは、ユウリたちと話すのとはまた違った落ち着きがあって楽しい。その心地よさにしばらく浸っていたけど、それでもいい加減時間が経ちすぎているので、ボクはちょっと気になっていた質問を投げてみる。

 

「そういえば、マリィたちはもう行っちゃったのかな?」

 

 別にマリィたちを待つためにずっと話し込んでいたというわけではないのだけど、今日はジュンとヒカリと一緒に観戦していたと記憶している。となれば、ここに来るのは一緒になっていてもおかしくはないのでは?と気になっていた。それに、ヒカリはほしぐもちゃんを預かっていた人間でもある。そして今のヒカリはほしぐもちゃんを持っていない。となると、ほしぐもちゃんをユウリに返すためにも、一度合流はしているはずで、ならばいっしょにここに来るのが自然だし、例えちょっと用事があって少し遅れるにしても、ここまで時間がかかるとは思えなかった。

 

「ああ、ユウリたちについてね。それの事なんだけど……」

 

 そんなボクの疑問について答えてくれたのがヒカリ。

 

「やっぱり決勝戦でフリアとぶつかるってことを考えると、少し思うところがあるみたいね」

「成程」

 

 その言葉にボクは納得の意を示す。確かに、この後すぐにぶつかる相手と考えると、今から会って話し合うというのはどこかぎこちなくなることもあるだろう。

 

(……いや、ユウリやホップに限ってそんなことはないか。ってことは、単純に、本気でボクに勝つための作戦を考えるから、作戦内容が少しでもバレることを避けるため……ってことかな?)

 

 それだけボクのバトルに本気になってくれている。なら、こちらからその想いを崩しに行くのはよくないだろう。

 

「ああ、ほしぐもちゃんはマリィに預けておいたから大丈夫よ。今頃ご主人様の腕の中にいるんじゃないかしら?」

「はは、それを想像したらちょっと和んじゃうかも」

 

 試合終わりのちょっとした休憩に、ほしぐもちゃんを抱きしめながら一息ついているユウリを想像して、思わず頬が緩むボク。目の前でそんな光景を見せられたら、ついついお菓子を並べてしまいそうだ。それはヒカリも同じみたいで、視線を向ければボクと同じような微笑みを見せていた。

 

(なんていうか……本当に姉妹みたいな関係だよね)

 

 ヒカリたちがガラルに来て、もうそこそこ日にちが経っているけど、ヒカリとユウリの仲はかなり近づいている。どこか抜けているユウリと、しっかりはしているけどちょっと人をからかうのが好きなヒカリの組み合わせが上手くマッチングしており、ヒカリがユウリをからかっているところをちょくちょく見かけるけど、その姿が妹をからかう姉のように見えてとても面白い。ユウリもそのやり取りがまんざらでもないように感じているので、本当に波長が合うのだろう。

 

「和んでる場合かよ。向こうも作戦考えてるんなら、こっちもしっかり考えていこうぜ!!」

「はいはい、分かったから分かったから」

 

 そうやって2人でほっこりしていると、相変わらずのせっかちボーイであるジュンがボクたちの背中を無理やり押してくる。けど、ジュンが言いたいこともわからなくはないから、今回は特に文句をいう事もなくその通りにしようとして……ふと疑問が浮かんだので立ち上がるのをやめて、ヒカリと一緒にジト目でジュンをにらむ。

 

「……って、その言い方だと、まさかボクのホテルの部屋までついてくる気?」

「当り前だろ?向こうがホップ、ユウリ、マリィの3人がかりで考えるなら、こっちはオレたち3人で考えるのがフェアってもんだろ?」

「……そんなこと言って、あんた絶対私たちと一緒に試合見直してワーワー騒ぎたいだけでしょ。本当にフェアに行くのなら、経験値で勝るフリアにわたしたちの手助けはむしろダメでしょ」

「……サーナンノコトダロウナー」

「「こいつ……」」

 

 相変わらずの態度に思わずいつものノリが出て来るボクとヒカリ。一方の睨まれているジュンは明後日の方向を向きながら、下手くそな口笛でごまかしになっていないごまかしをしていくかと思ったら、すぐさま席を立ってまた声を張り上げる。

 

「いいからいいから!!ユウリたちがこっちに来る可能性はもうないわけだし、だったらここにいる理由もないし、これからする予定だってもうないだろ?ならオレが提案した案が一番いいと思うぞ!!」

「まぁ……そうなんだよねぇ」

 

 いつも通りのボクとヒカリの塩対応に、少し興奮気味に反論を返してくるジュン。そのせっかち具合にボクとヒカリで揃ってため息を零すものの、ジュンが言っていることが間違えているわけでもないのは事実だ。ヒカリの言っていることが正しければ、ユウリがここに来ることはないし、なんならボクとユウリが闘う時まで顔を合わせることすらないだろう。それならば、ボクたちがここで話し合いをする意味はない。ここに居続けたらいつか他の人に見つかって、サイン攻めみたいな目にあう可能性もゼロではないことも考えると、やはりここはすぐに移動するべきだろう。……ここまで駄弁ってて言える発言ではないけどね。

 

「仕方ない。ジュンの言葉に従うのはちょっとあれだけど、今日はこのままホテルに戻ろうか」

「そうね。ついでに、あなたの作戦立てに付き合ってあげるわよ」

「ん、よろしくねヒカリ」

 

 ということで、これからやる予定が決まったボクとヒカリはそろって椅子から立ち上がり、横並びに歩いて話しながらシュートスタジアムの出口の方へ足を運んでいく。勿論正面から出ると人目についてしまうので裏口から。

 

「さて、まずユウリと戦うにおいて注意するポケモンはって話からだけど……っと、そういえば、ユウリが決勝戦に勝ち残ったのは知ってるわよね?」

「ううん、まだ知らなかった。……でも、何となくそうなんじゃないかとは思っていたけどね」

「そんな事だろうと思った。ま、そういうってことは、おおまかには考えているって事よね?」

「まあね。やっぱり一番目に付くのはエースバーンだよね。後はミロカロス。あの耐久はやっぱり脅威だ。対策はしっかりしておかないと……」

「お、おい!!さっきまでオレの意見に反対だったのに急に結託して動くなよ!!」

 

 となれば、移動する間もとりあえず話せることを話しておこうと、ヒカリと会話をしながら歩き出すボクとヒカリ。その急な心変わりの速さに、ジュンが何か言っているような気がするけど、彼が発案したことなので、彼は何も言わなくても勝手についてくるだろう。そう判断したボクとヒカリは、後ろから掛けられる声に気にすることなく前に進み続ける。

 

「その2人が目立っているだけで、タイレーツとかもかなりやばいわよね?」

「ただ、タイレーツに関してはまだ対策立てやすい方な気はしているんだよね……先発に選ばれそうな所から考えても、ボクの先発は……」

「ああもう!!なんだってんだよー!!お前らオレを置いて行くんじゃない!!」

 

 後ろから聞こえてくるジュンの叫び声をBGMに、作戦を立てながら歩くボクとヒカリ。

 

 ある意味でいつも通りなその光景に、ジュンにばれないように少しだけヒカリと目を合わせ、微笑み合い、また元の表情に戻って何事もなかったかのように会話を続けていく。

 

 懐かしく、けどちょっと真面目な空気。それがボクの緊張を程よくほぐしてくれる。

 

(さぁ……ユウリ!!こっちも準備するから、そっちも全力で準備してきてね……!!)

 

 見据えるは決勝。

 

 シンオウ地方3人組による、少し緩い作戦会議が続いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「……はぁ」」」

「ぴゅい?」

 

 私とホップによる決勝戦を掛けた激闘から数時間後。ポケモンたちの治療も終わって、ホップも想像以上に気落ちしていなかったことから、観客席で観戦していたマリィを含めて合流した私たちは、さっきの試合の反省や感想を少し話した後、来たるべき決勝戦の相手であるフリアに対して全力で対策を立てるために、ホテルの私の部屋に全員で集合。今日フリアが行っていた、セイボリーさんとの試合をみんなで見ながら、次に私が闘う時にどんな作戦を持ち込むかの緊急会議を行っていた。

 

 改めてフリアの手持ちを確認し、そしてそれぞれのポケモンがどんな技や戦い方を得意にしているのかを復習。そして、どんな戦い方をされたときにフリアが苦戦しているのかを振り返るということをして、私とホップ、そしてマリィの3人で意見交換をしていた。しかし結果は芳しくなく……

 

「ううん……フリアって確かに苦戦している回数は多い方なんだけど……でも結局最後は勝っちゃっているんだよね……」

「一番対策を立てにくい理由は、何よりも『負けたところを見ていない』ことなんだよなぁ」

「確か、このジムチャレンジ中も全く負けることなくトーナメントまでこれたのはフリアだけだったはずと」

「しいて言えば1回だけ負けたところを見たことはあるけど……あれはねぇ……」

 

 ジュンとのエキシビションでこそ負けてはいたものの、あれはどちらかというとただの確認というか、お互いの小手調べ感が強くて正直参考にはならないというのが本音だ。あの時闘っていたゴウカザルだって、この大会には出てくることはないからいよいよ参考にはならない。となると、やはりガラル地方の公式大会では未だ無敗というその戦績は、私たちにとってはかなり異常なものとして映って見えてしまう。

 

「まずやっちゃいけないことは、フリアの行動に対して後出ししてはダメってことだよね……」

「手札はすごく多いからな……」

 

 フリアの強い所は何かと言われたら、まずぱっと思いつくのが適応力の高さと、それによる手札の多さだ。マホイップなんかが一番わかりやすいけど、そのポケモンの特性をこれでもかと生かし、さらにそこからできることを開拓して自身が一番得意としている戦法に引き込むのが本当にうまい。ただ、手札がバラバラすぎて戦い方が変わりすぎるというわけではなく、ある程度共通点があるのは違いない。

 

「おそらく……というか、たぶんここにいるみんなは分かっていると思うけど、その中でもフリアが主軸においてる闘いって、ポケモンの『速さ』を生かしたものだよね」

「どのポケモンでも動きは確かに激しか」

「確かに、それは感じるな。あまり速くないって言われるモスノウやマホイップまでもアクロバットに動くし……ただ、あの機動力も突飛すぎて止めづらいんだよなぁ」

「それを無理やり止めようと『トリックルーム』したりしても、多分フリアは簡単に乗り越えてくるよね……」

「クララが突破してるの見てるしね……それ以前に、ユウリって『トリックルーム』使えると?」

「……出来ない」

「だと思ったと」

 

 その共通点である機動力は、変化技で成長させることもあれば、そのポケモンの特徴を生かして行うこともある。この機動力さえ抑えることが出来れば、フリアの戦闘力をかなり削ることが出来るとは思う。だけど、マリィやホップが言っている通り、何かしらでフリアの妨害をしたところで、それに対しての対策が速すぎて乗り越えられる未来しか見えない。それほどまでフリアの適応力というのは高い。最も、全くの無意味というわけではないけど。

 

「ただ、何かしらの奇策は準備しないとだよな。全く効かないってわけじゃないし」

「そこがしいて言えばの付け入る隙とね」

「フリア本人も、急な作戦を未然には防げないって言ってるもんね」

 

 そんなフリアがよく零している言葉が、『自分はあらかじめできることを考えてから挑む人間だから、急な変化球にはどうしても後手に回るしかない』というものだ。正直私たちからすれば、そんなの嘘だと言いたくなるけど、確かにフリアが苦戦しているときは、大体フリアが驚いている時だと言われたら納得は出来る。

 

「現に、セイボリーさんの作戦はちゃんとはまってはいたと」

「ブラッキーは速攻で落とせていたもんね。いきなりダイマックス……そういう意味では、悪くない作戦だったんだ」

「実際、流れは取れるよな。ダイマックスって基本的に先に切る方が弱いって言われてるけど、だからこそその固定概念を崩すような作戦は、意表を突くのにぴったりだぞ」

「あとは、そこで取った流れを取られないように維持するのが大事と。……フリアに対して、それをするのが一番の鬼門だけど」

「結局そこの壁に当たっちゃうんだよね……」

 

 けど、どれだけ苦戦しても……そしてどれだけ策の壁に当たっても、しっかりと返しの策を構築して戦ってくるのがフリアというトレーナーだ。フリアが自分のポケモンと、今できることをしっかりと把握しているからこそ、その場でどうすれば返せるのかをすぐに組み立てることが出来る。この逆転力を抑えるには、こちらもそれ相応の作戦をもっと用意する必要が出てきてしまう。

 

 手札の多いフリアと手札の数で競わないと、そもそも有利展開を続けるのが難しいという無理難題。そんなフリアを唯一完封しかけた人がいるにはいるのだけど……

 

「ポプラさんなぁ……あそこまで完璧に戦法を組み立てられるのなら、ワンチャンってところか?」

「あのバトル、インテレオンに進化していなかったら、かなりきつかったよね」

「きついなんてもんじゃなかと。急所以外で突破できる方法なんて今考えても思いつかなか」

「ってことは、ポプラさんを真似るのが一番って事?」

 

 唯一私たちの前で勝ちかけたポプラさん。あの人クラスの戦略性と、最後まで押し切るパワーがあってようやく『惜しい』と言われるところまでフリアを追い詰めることが出来る可能性がある。なので、一番手っ取り早いのはこれをもとに組み立てていくことなんだけど……

 

「問題はそのバトルではヨノワールが参戦していないってこととね」

「あぁ……」

 

 そのうえで立ちはだかるフリアのエース、ヨノワール。フリアに勝つには、このヨノワールを倒し切る必要がある。

 

「手札をそろえるか、抑えきるパワーを手に入れて、そのうえでヨノワールを倒さないと勝てないのかぁ……どうすりゃいいんだ?」

 

 振り返るほど高く感じるフリアの壁。3人でどれだけ考えても突破口が見つからないことに、本当に頭を悩ませていく。

 

「あ~あ、どうやっても最後のヨノワールが重いなぁ」

「ダイマックスを使われることも考えると、セイボリーさんみたく最初に切らせるのを狙ってみると?」

「う~ん……」

 

 どのルートを通っても、どうしても最後の一押しが出来ない。そんな気がしてならない私たちは、頭を悩ませ続ける。

 

(せめて、最後のヨノワールを倒す策だけでも……あれ?)

 

 と、そこまで考えたことで、私の頭の中を電気が駆け抜けた。

 

「そうだ……逆だ……ああすればチャンスあるかも!!」

「「え?」」

 

 急に立ち上がって声をあげる私に、ホップとマリィが疑問の声をあげる。けど、そんな2人に対して、私は今頭に浮かんだ作戦を伝えていく。

 

(どうか、うまくいきますように……!!)

 

 私の挑戦を、この作戦にかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、今年は豊作って風の噂で聞いてきてみたらさ、なかなかどうして面白い奴らばっかりじゃないか。なぁ?」

「…………」

「ああ……ダメだこりゃ。こいつ、頭の中でもうあのヨノワールとの戦いをシミュレーションしてやがる」

 

 未だ盛り上がり冷めやらぬ会場の観客席にて、とある青年2人が今日の試合を見て言葉を零していた。

 

「おれ的には、最後の特性同時発動同士のぶつかり合いの方が好きなんだがな。まだトレーナー業初めて1年も経ってない奴同士で、これだけ見せてくれるならかなりやべぇと思うが……」

「…………」

「お、そこは納得してくれるんだな」

 

 その2人も他の観客と同じく、先ほど行われていたバトルに大きな興味を持ったらしく、その展開についてと、自身が興味を惹かれたポケモンについての話をしていた。

 

「だが、おまえがあのヨノワールに惹かれるのも十分理解はできるぜ。……あれって確か、カロス地方で見つかった現象だよな?」

「…………」

 

 片方の青年の言葉に頷くもう片方の青年。傍から聞いたら、かなりポケモンに精通していそうな2人の会話は、しかし他の誰にも聞こえることはなく、2人の間だけで行われていく。

 

「確か名前は……『キズナ現象』。一番最初にこの現象が発見されたポケモンはゲッコウガだったな。で、そこから他のポケモンにもちらほら見られたことから、他のポケモンにも起きうる可能性があるにはあるが、とてつもなく珍しいから見かけることはまずないってじいさんが言ってた」

「…………」

「ははっ、そういや、おまえもその現象の使い手だったな。おまえとこうしてどっか出るの久しくて忘れてたよ」

「…………」

「お、じゃあこの後いっちょやるか?おれは何時でもいいぜ!!久しぶりにガチでバトルしたいしな!!」

「…………!!」

 

 今ガラル地方にて騒がれている、ヨノワールの現象についても象司が深く見える2人は、とりあえず今のバトルについて一通り話すことに満足したのか、席を立ちあがり、観客席の出口へ歩き始めていく。

 

 どうやら、久しぶりに全力で対戦を行うみたいだ。

 

「さすがに街中じゃあやばいから、ワイルドエリアのどっかにするか。どこがいい所はっと……人目に付きにくいって点なら、多分『げきりんの湖』ってところが一番人が来づらいか?」

「…………」

「おし、んじゃそこで決まりだな。この数年間でどれくらい強くなったか見せてやるから、覚悟してろよな!!」

「…………!!」

 

 仲のよさそうな2人はゆっくりとこの場を去っていく。

 

『なぁ……おい、今の2人組って……』

『いや……まさか、そんなわけ……』

『だよな……』

 

 一部の人たちの視線を、その背中に集めながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シンオウ組

いつもの空気。バトル続きでこういうのが少なくなりがちなので、たまには。

ガラル組

何か思いついたみたいですね。ユウリさんの作戦が刺さるかどうか……

2人組

怪しげな2人組。フリアさんとヨノワールのことについても知っていそうですね。

キズナ現象

アニメでも、昔からちらほら確認されていたとのこと。設定上でも、一応はゲッコウガ以外でも確認されているみたいですよ。だからこそ、本作でもヨノワールさんに頑張ってもらっているのですが。……これも前話した気がしますね。




今年の投稿はこれが最後になります。みな様、今年も付き合っていただきありがとうございました。また来年からもよしなにしていただけたらと思います。ではでは、よいお年を。






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247話

『今日のガラルニュース。最初の見出しは、『野生ポケモンの暴動!?げきりんの湖の惨劇!!』です。今朝、リーグスタッフの人間がワイルドエリアの定期確認のために周回をしていた際、げきりんの湖の奥にて、明らかにおかしい破壊痕を発見しました。調査をした結果、激しい雷が落ちた跡と、不自然に散った花びらが沢山あったことから、でんきポケモンとくさポケモンが激しく戦った跡の可能性があると判断されました。げきりんの湖の近辺には強力なポケモンが多数住んでおり、ポケモンが育っていないトレーナーの場合は襲われる危険性があるため、もともと立ち入りできる人に制限がかかっているのですが、リーグ側は今回の事件、及び原因が究明するまでは、しばらくの間この制限される水準を上げることを発表しました。詳しい制限のガイドラインはこちらより確認できますので、トレーナーの方は一度確認の方をよろしくいお願いします。それでは次のニュースです。昨日━━』

 

 ホテルの一室に響くテレビの音を消し、時計を確認。時刻はなかなかいい時間を示しており、今からこのホテルを出てスタジアムに迎えば、ちょうどいいくらいの時間に控室につくことが出来るだろう。テレビが消えて少し静かになった部屋で、時間に余裕があることに安堵しながら、私は髪型と服装を整えて部屋から退出し、外へ出る。

 

「うん……いい天気!!」

 

 ふと視線をあげてみれば、今日も清々しいほどの晴天が私を出迎える。

 

 秋も深まり始めているため、少し肌寒さを感じてはくるものの、元々寒冷よりであるこの地方ではむしろこれくらいがデフォルトと言っても差し支えないだろう。けど、そんな少しの肌寒さは、上から照り付けて来る太陽が緩和してくれており、かなり過ごしやすい季節となっていた。

 

 寒いのがあまり得意じゃない私にとっては、本当にありがたい天候だ。

 

 そんな少し心上がる天気の中歩くこと数十分。ちらほらと人目に映り、声こそ掛けられないものの、いたるところからちょっとした話声が聞こえる中、私はスタジアムの裏口近くにて待ってくれていた幼馴染と親友と合流する。

 

「おはようだぞ!……大丈夫か?ユウリ」

「おはよう!……うん、大丈夫!」

「緊張はしてなかと?」

「してるに決まってる!……でも、不思議と落ち着いているから、そっちも大丈夫」

 

 合流した親友たちであるホップとマリィに言われて、改めて深呼吸しながら自分の右手を見ると、かすかな震えこそみられるものの、どちらかというと、これからのバトルが楽しみで起きている武者震いのそれだ。これから始まる決勝戦に対して、私の心は穏やかとは言い難いものの、振れている方向はプラス寄りなので特に問題はない。むしろ、良いコンディションと言えると思う。

 

「ぴゅいぴゅい!!」

「うん!!私、今日頑張るから、ちゃんと見ててね?ほしぐもちゃん!!」

「オレたちも応援しているぞ!!」

「ユウリ。きばっていくと!!」

「2人とも……うん!!行ってくる!!」

 

 ホップとマリィだけじゃなく、ほしぐもちゃんにも背中を押された私は、3人に笑顔で返事をしながらシュートスタジアムの控室へと足を向けていく。今日ばかりは、フリアたちと一緒にここに来るのは避けたかったため……というか、戦うことが決まってから、顔を合わせるのはちょっと違う気がしたため、今日もこうやって別行動だ。

 

(戦う前に顔を合わせたら、ちょっと感情を引っ張られちゃいそうだからね)

 

 エンジンシティから始まった私のジムチャレンジは、ふと振り返ると常にフリアと一緒の旅だった。

 

 ジムに挑戦するときも、預かり屋やワイルドエリアを冒険するときも、ジムチャレンジ終わりに特訓するときも、私はフリアとずっと一緒に過ごしていたし、経験も実力も、すべてが上を行っているフリアは、自然と私たちの1歩前を歩いており、その姿は私にとって、自然と道しるべとなった。

 

 常に先に行く彼の戦いはとても面白くて、とても興味深くて、いつも私の気持ちを惹いて離さない。そんな彼だからこそ、私は憧れ、焦がれ、惚れてしまった。

 

 そんな彼と、初めて別の道を歩いて、初めて本気でぶつかり合う今日のバトル。

 

(私がどこまで歩いてこれたかの、確認だ)

 

 控え室に入り、ロッカーを開け、ユニフォーム姿に身を包んでいく。

 

 私の誕生日である『227』が刻まれた数字を背負い、腰にボールを6つつけ、グローブをしっかりと手にはめ、深呼吸を1つ。

 

(大丈夫……どう戦うかは、昨日までの間にしっかりと考えた……)

 

 先発で出す子のボールを撫でながら目を閉じ、じっと待つ。

 

 前と違い、いよいよ最初から誰も人がいない控室。

 

 静かで、何の音もしないこの空間は、集中力を高めるにはうってつけの場所となっていた。

 

(ちょっと前の私だったら、この静かさに不安を覚えていたかもしれないなぁ……)

 

 また私の頭の中を通りすぎていくこれまでの旅路。それらが浮かんでは消え、それらの1つ1つが、私の背中を押す思い出となる。

 

『ユウリ選手。試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

 

「……はい!!」

 

 前回と違って、あたふたすることなく声をあげる私。

 

 心はもう決まっている。

 

(行くよ……フリア……!!)

 

 追いかけていた背中に挑む闘いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……はぁ」

 

 息を吸いながら天井に視線を向け、しばらく見つめた後に息を吐く。けど、天井の模様なんてボクの目には入っておらず、頭の中にはユウリとの思い出を浮かべていた。

 

(あの森で出会ったユウリが、ここまで来たんだね……)

 

 まどろみの森で迷って倒れていたところから始まったあの出会いから、気づけば数か月たっていた。

 

 出会ったばかりの頃は、まだまだ前も後ろも知らない新米トレーナーで……確かに才能は感じたけど、こんな短期間でここまで登ってくるだなんて思わなかった。

 

(……羨ましいなぁ)

 

 ボクはこんなに早くリーグへの挑戦権を手に入れることはなかったし、リーグに参加できた後も、気持ち的に余裕なんかなくて、とてもじゃないけど1つ1つの試合に一喜一憂している暇なんてなかった。

 

(わかってる。きっとボクの才能は、ユウリやホップと比べて全然ないんだ)

 

 こればかりは生まれ持ったものだ、今からどれだけ羨んだってどうしようもない。きっとこの先もこの才能の差に嫌な思いをすることなんてたくさんあるだろう。

 

(でも、負けるわけにはいかない)

 

 ボクにだって意地があるし、負けられない理由がある。だから全力で迎え撃つ。

 

(さぁユウリ、約束通りの決勝戦だよ……)

 

『フリア選手。試合の準備が整いました。準備の方をお願いします』

 

「はい!!」

 

 控え室のベンチから立ち上がり、928の背番号が書かれている服の調子とマフラー、そしてユウリからもらい、マクワさんに作ってもらったおこうのネックレスを触り、心を決める。

 

 立ち上がって控室の方に視線を向ければ、そんなボクの心についてくる意志を示すかのようにボールも揺れてくれた。

 

「行こう、みんな!!」

 

 声に出して気合を入れたところで、軽く頬を叩いて歩きだす。控え室の扉から外へ出れば、もう何度目かになる真っ暗な廊下と、徐々に大きくなって来る観客たちの歓声が聞こえ始めてきた。やはり、この声が聞こえ始めると、バトルが始まるんだなんと無意識のうちに気が引き締まっていく。

 

(もう十分引き締まっているんだけどね……このまま引き締めすぎたら逆に苦しくなりそう)

 

 この感覚に少しだけ苦笑いを零すくらいの余裕はあるらしく、肩の力を抜きながら廊下を歩ききり、いよいよバトルコートへ。外へ出ると同時にボクを襲う白む視界と同時に降り注ぐ拍手を前に、少しだけ足を止めて、けど、バトルコートを挟んで反対側のにある黒い空間から出て来る今日の対戦相手が視界に入ったため、すぐさま足の動きを再開させていく。

 

 中心へと近づくと同時に、だんだんはっきりと確認することの出来るユウリの表情。

 

(ユウリの顔って、こんな凛々しかったっけ……)

 

 たった2、3日しか顔を合わせていなかった期間を作っていなかったのに、物凄く久しぶりに感じたユウリの表情は、今まで見たユウリの姿の中で一番凛々しく、かっこよく見えた。

 

 それは、思わず一瞬見惚れてしまいそうになるほど綺麗で、バトルコートの中心で向かい合い、目を合わせた瞬間に、息をのんでしまう程。

 

(凄いな……ちょっと飲まれちゃったや……)

 

 目を合わせただけで感じるユウリの覚悟。それは、今響いてくる実況者と解説者の挨拶の声すら吹き飛ばしてしまう程凄いものだった。

 

「……フリア。やっと……だね」

「うん……あの夜の約束から、ずっとこの日のこと、意識していた」

「そっか……」

 

 あの日、あの夜、ユウリが言葉とともに見せてきた覚悟の姿は、今でもボクの脳裏にフラッシュバックするほど強烈な印象を与えてきていた。あの日以来ボクがユウリの言葉を忘れたことはないし、ふとした時に思い出しては、ボクの心を揺さぶって来る。今も、あの時の感覚を思い出して、足が震えそうになるのをちょと我慢していたり。

 

 ……当の本人は、ボクが覚えていると答えたことが嬉しかったのか、少し表情を緩めているけどね。そのおかげか、少しだけ威圧感というか、プレッシャーが少なくなった気がする。けど、そんなちょっと緩んだ表情もすぐに戻り、ユウリは再びきりっとした表情をボクに向けてきた。

 

「見ててねフリア。今日は、今までの私の全力をぶつけるから……!!だから、私がちゃんと成長しているか、あなたの隣にいてもいいか……それを試させて」

「試させて……ね」

 

 言葉をそのまま受け取れば、今のボクにどれだけ通用するかの腕試しのように聞こえるその発言。しかし、その実表情には腕試しどころか、可能ならばボクの首を取るとでも言わんばかりの気迫を見せていた。

 

(勝つ気満々……ってところかな?って、当然か)

 

 最初から勝てないつもりで勝負を挑む訳がない。ユウリは、最初から本気でボクに挑んでくる気だ。

 

 望むところだ。

 

「ボクも、簡単に超えさせる気はないよ。全力でぶつかって来るなら、全力で跳ね返す。だから……ユウリこそ、覚悟しててね」

「……うん!!」

 

 その言葉を最後に、ボクとユウリは背中を向けて距離を取る。

 

 時間にして数秒程歩いたボクたちは、自分が定位置にいることを確認したと同時に振り、一番最初に繰り出すポケモンが入っているモンスターボールを構える。

 

 

「ずっと焦がれてた戦い。絶対に証明して見せる!!」

「ずっと待っていた戦い。簡単には超えさせない!!」

 

 

ポケモントレーナーの ユウリが

勝負を しかけてきた!

 

 

「いって!!タイレーツ!!」

「いくよ!!エルレイド!!」

 

 ついに始まったボクとユウリのバトル。それぞれの初手は、タイレーツとエルレイドだった。

 

「へヘイ!!」

「エルッ!!」

 

 場に出たと同時に吠えるタイレーツとエルレイドは、このバトルがボクとユウリにとってこのバトルが特別なことを知っているため、今までで一番気合の入った声をあげた。その声に呼応するように、ボクとユウリの熱も一気に上がっていく。

 

「エルレイド!!『せいなるつるぎ』!!」

「タイレーツ!!『インファイト』!!」

 

 バトル開始と同時に前に走り出すタイレーツとエルレイド。あいさつ代わりに繰り出される、現時点でお互いが放つことの出来る最高火力をぶつけ合う。

 

「エル……ッ!」

「ヘイ……ッ!」

 

 ぶつかり合う拳と刃。同時に響く破裂音と衝撃は、離れているボクとユウリのマフラーと髪をたなびかせる勢いで吹き荒れる。

 

 数秒間鍔迫り合いを行っていた両者は、ある程度の時間が経つと同時に、一緒のタイミングでバックステップ。先の一撃は、本当にただのあいさつでしかないので、特に追撃や次の手を打つことなく、元の位置に戻って目を合わせ、小さく言葉を漏らして仕切り直す。

 

(さて……挨拶はこのくらいでいいとして……初手はやっぱりタイレーツか……)

 

 開幕の攻撃を終えたボクは、いったん落ちついて戦況分析から始める。

 

 ユウリの初手がタイレーツの可能性は、今までの経験から予想することは簡単だった。ホップのように固定で出すというわけではないにしろ、やはり最初の突撃部隊として、自身の勢いをつけるための役をお願いしている姿をよく見かけた。だからこそ、まずはタイレーツに対して優位に動くことが出来るエルレイドをボクも先頭に置いたという形だ。

 

(最初は読み勝ち。ひとまずはこのまま攻めさせてもらおうかな!!)

 

「エルレイド!!『サイコカッター』!!」

「エルッ!!」

 

 あれだけの啖呵を切った以上、こちらが手加減する必要なんて一切ない。いきなり全力で攻撃するべく、タイレーツの弱点をつけ、且つエルレイドの特性のきれあじが乗るピンク色の刃を複数タイレーツに向かって飛ばしていく。

 

「『アイアンヘッド』!!」

 

 これに対してタイレーツは、全員そろっておでこを鈍色に変化させ、飛んでくる刃に対して順番に突撃。しかし、真正面からぶつかり合うのではなく、飛んでくる刃の側面にそのおでこをぶつけることで、全ての刃を逸らしていた。

 

(うまい……けど、『はいすいのじん』をする時間はなさそうだね……)

 

 ユウリのタイレーツと戦う時に注意するべきは、やはりはいすいのじんだ。逃げることが出来なくなるかわりに、全ての能力を強化することの出来るその技は、1回されるだけでもそこそこの優位性を奪われることとなる。しかもさらに怖いのが、ユウリのタイレーツはこのはいすいのじんを何回も行えるという点。普通はこの技は一度しか行うことが出来ないんだけど、ユウリはバドレックスから助言を貰い、この技の仕組みをしっかりと理解したことで、少なくとも5回は連続して行うことが出来る。

 

(全能力5段階成長とか、させたら絶対にやばいからね……)

 

 そんなことをされてしまえば、その時点で勝敗が決定すると言われても過言ではない。しかし、明確な弱点もちゃんと存在はしている。

 

 それは、時間がかかるという点だ。

 

 5回もはいすいのじんを行うとなると、それ相応の時間がかかるし、陣を敷くという技である以上、タイレーツたちがしっかりと集合している必要がある。なら、その技をされないように、こちらから連続で攻撃を振り続けてしまえば、邪魔をすること自体はそんなに難しいことじゃない。現に、ユウリが今まで戦ってきたホップとサイトウさんは、その手をもってはいすいのじんの複数使用を妨害をしていた。

 

(この弱点はそう簡単に克服できる類のものじゃない。だからこそ、サイトウさんとの闘いで弱点を突かれても、ホップとの闘いでは克服できていなかった。なら、今回もその弱点を突くことが出来るはず!!)

 

「エルレイド!!隙を与えないで!!どんどん『サイコカッター』!!」

「エルッ!!」

 

 例え攻撃を防がれても構わない。はいすいのじんをされるよりはよっぽどましなので、こちらからどんどん攻撃を仕掛けていく。その結果、やはりはいすいのじんをする暇がないのか、ひたすら防御に徹しているタイレーツの姿が見えた。

 

(まずはこちらの予想通り!!……でも、さすがにユウリだってこんなことは理解しているよね?)

 

 しかし、こんな状況でもユウリは焦った様子は見せていない。ということは、ここから何かをする方法があるという事だ。

 

(……嫌な予感はすごいする。けど、ここからユウリが何をするのかが気になるボクもいる。それに、現状だとどっちにしろ対策は立てられない。なら……)

 

 じっと戦況を見つめるユウリ。その姿に、ボクは多量の警戒と、ほんの少しの興味を乗せた視線を送った。

 

(ユウリ。見せてくれるよね?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……試されてるね)

 

 飛んでくるピンクの刃の嵐に対して、何とか耐え凌いでいるタイレーツと、その先でこちらをじっと見て来るフリアの視線。その瞳からは、『こんなもんのじゃないよね?』という意志を感じる。私がこれからどう戦ってくるのかを楽しみにしているようだった。確かに今の状況は私にとっては好ましくない。タイレーツが闘うにおいて重要な技であるはいすいのじんをする暇がないため、徐々に押されている展開になっている。

 

 この展開は、サイトウさんとの闘いでもホップとの闘いでも起こったそれだ。これが理由で、本来なら何回でもできるタイレーツのはいすいのじんが上手くできずに、タイレーツを万全の状態で闘わせることが出来なかった。タイレーツが万全の状態で闘えたら、絶対に強力な手札になるのにだ。

 

 そこで私は考えた。ではどうしたらはいすいのじんを素早く行い、万全な状態で闘うことが出来るのか。

 

 はいすいのじんは、何かを犠牲にし、自身を追い詰めることで能力を上げるものと解釈している。だから、交代を禁止したり技を固定したり、陣を固定することで能力を上昇している。けど、逆に言えば陣を固定する時間がないとはいすいのじんをすること自体が出来ない。たとえ隙が出来たとしても、ここまで勝ち抜いてきた猛者が何回もはいすいのじんをできるほどの隙を与えてくれるわけもない。できて2回が限界だ。

 

 ならどうすればはいすいのじんを何回も行えるのか。それは、まず前提条件から考え直す必要があった。

 

(『はいすいのじん』は陣を敷くところから始める必要がある。こればかりは前提条件以前の話だから流石に変えることはできなかった。でも、そのあとに関しては違う)

 

 陣を敷き、何を犠牲にするかを決めることで、そのあとに能力を上昇させるというプロセスをたどる必要がある。犠牲の内容は、交代不可。技の固定。盾の破棄。体力の消費。陣の固定等々様々だ。一応最初に交代不可をしないとダメという制約こそあるものの、そのあとにどの制限を課すかは基本的に自由だ。どの順番で行ってもちゃんと能力は上がってくれる。

 

 なら、もっと単純に考えてみる。

 

「タイレーツ!!行くよ!!」

「へヘイッ!!」

 

 ピンクの刃が飛び交う中、私の声がタイレーツに真っすぐ届き、返事を返しながらタイレーツがV字の陣を敷く。

 

「攻撃を受けながら無理やり構えるつもり?させないよ!!エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 攻撃を受けることすら厭わないその行動に、フリアはすぐさま対応。ピンクの刃の密度をさらに増やし、タイレーツが陣を敷く前に倒し切るという作戦に見える。

 

(本当に対応が速い……流石だよフリア。こんなことをされたら、『はいすいのじん』が終わるころには倒されちゃう)

 

 いくらはいすいのじんで能力を強くしたところで、その前に沢山ダメージを受けてしまったら次が続かない。能力上昇だって、1回だけならその上がり幅は大きくはなく、簡単に逆転も許されてしまうだろう。

 

(でも……だったら……すっごく簡単なことで全部解決できるよね?)

 

「タイレーツ!!全部一気に捧げる『はいすいのじん』!!」

「ヘイッ!!」

「え?」

 

 私の指示と共に、無理やり陣を組んだタイレーツは、一回の行動で退路を捨て、構えを固定して陣の選択を捨て、盾を捨て、体力を捨て、額を鈍色に固定し技の選択を捨て、前に走り出す。

 

「ヘイ……ッ!!」

 

 ピンクの刃を無視してこの行動を行ったため、自傷のダメージを含めてタイレーツに大きなダメージが入る。もうタイレーツの体力はちょっとしか残っていないだろう。しかし、その甲斐もあってか、タイレーツの身体が赤く輝き始める。

 

「『アイアンヘッド』!!」

「ヘイッ!!」

「エルッ!?」

「……は?」

 

 力をみなぎらせたタイレーツは、一瞬でトップスピードに辿り着き、瞬きをした時にはすでにエルレイドの身体にその額を突き刺していた。

 

 フリアたちからしてみれば予想だにしていなかったその一撃は、受け身や防御行動をとる暇すらも与えない。結果、エルレイドは一撃で吹き飛ばされ、目を回しながら壁に叩きつけられた。

 

 

『エルレイド、戦闘不能!!』

 

 

 エルレイドをまるで轢き倒すように走り抜けたタイレーツは、エルレイドが倒れても足を止めることなく走り続ける。

 

 陣を敷く暇が1回しか取れないのなら、その1回にありったけの犠牲をつぎ込めばいい。

 

 最初のはいすのじんで、先ほど挙げた5つの代償にプラスして、もう1つの代償である足を止めないという制限を設けることで、一気に6段階能力を引き上げる。

 

 これでもう、タイレーツは簡単には止まらない。それでも止めようとするのなら……

 

(フリアは……あの子を出すしかないよね……?)

 

 さぁ始めよう。これが私のフリア対策。

 

 最後にぶつかるのがきついのなら、最初に無理やり引きずり出す。

 

 セイボリーさんがした、いきなりダイマックスを切る作戦から着想を得た究極のごり押し。

 

「やってくれるね……!!」

 

 私のこの行動に、フリアの表情が嬉しそうに歪む。

 

 私とフリアの待ちに待った大勝負は、最初からクライマックスの荒れ模様となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ガンガン行こうぜを越えたもはや特攻作戦。相手の切り札を無理やり引きずり出す作戦ですね。




年明け初投稿。今年もこの作品をよしなにお願いします。






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248話

「戻って、エルレイド。……ごめんね、こんなことになってしまって」

 

 壁にもたれ掛かりながら座り込み、ピクリとも動かないエルレイドをボールに戻しながら謝罪の言葉を口にする。

 

(エルレイドが一撃で……とんでもない火力だ……)

 

 エルレイドは決して防御が高いポケモンという訳では無く、どちらかと言うと特殊面に対して強い耐性を持つポケモンだ。だからこういった力任せの攻撃に弱いというのは納得はできる。けど、いざこうして現実として突きつけられるとさすがにくるものがある。ユウリには悟られないように表情こそ作ってはいるものの、ボクの内心は全く穏やかでは無い。

 

(タイレーツの『はいすいのじん』重ねがけ自体は、カミツルギと戦っているところを見ていたから知ってたけど、あの頃よりもそれを昇華させている)

 

 ボクが見た時は1回ずつ行っていたはいすいのじんを、1度で6回分行うというとんでもない荒業。ホップの時にも使わなかったということから、最初からボク用に隠していたのか、はたまたホップとの戦の後に気づいたのか……多分後者であろうこの作戦は、しっかりとボクの予定を狂わせてきた。

 

(さて……どうするか……次は何を出そうか……)

 

 赤いオーラをまといながら縦横無尽に駆け回るタイレーツを眺めながら、ボクは次にどうすればいいのかを考える。

 

(交代、陣、体力、技、盾を捨てた上で、止まることを禁止した多重縛り……そんなことをすればタイレーツにかかる負荷はとんでもないことになる。体力もほとんど残ってないだろうし、当然長期戦なんてもっての他だから、多分放っておけばそのうち勝手に倒れる。けど……)

 

 ボクが思考を続けている間も走り続けているタイレーツの速度はとても速く、その速さは走ったあとに赤い軌跡を残している程で、とてもじゃないけどあれが体力をかなり削られている姿だとは思えない。それに、いくら時間経過でいつか倒れるとわかっていても、あれだけ速く動かれると、逃げに徹したところで避けきれない。必ずどこかで被弾してしまうだろう。無茶苦茶非情な判断をするのなら、このまま迷っているフリをしてボールを投げるのを待てば、その分タイレーツは疲労してくれると思う。けど、それをするのはボクの心が許さない。ここまで待ちに待った戦いを、そんな逃げ腰の一手で切り抜けたくない。それは実質ボクの負けだ。

 

 では、一体どうすればこのタイレーツを止められるのか。誰なら抗うことが出来るのか。

 

(マホイップとモスノウは無理だ。モスノウは物理には強くないし、マホイップは物理に強くなるのにクリームの展開や『とける』が必要だ。けど今のタイレーツにそんなことをする暇がない。そもそも技を『アイアンヘッド』に固定されている今、こうかばつぐんで技を受ける2人には荷が重すぎる。かと言って物理に硬いブラッキーにお願いするかと言われると、『でんこうせっか』ですら追いつけない速さを持ってる今のタイレーツには、ブラッキーだと攻撃手段がない。そうなると、インテレオンの速さもダメだ。簡単に追いつけない上に、インテレオンは防御面はかなり脆いから下手をすれば一瞬でやられちゃう……)

 

 ボクの手持ちのポケモンたちが戦うとどうなるのかを順番に頭に思い浮かべては却下を繰り返す。あのタイレーツをどうにかするには、速度、防御、攻撃力……その全てを一定水準以上持っておく必要がある。どれかひとつに秀でているタイプだと、それ以上に能力が強化されているタイレーツに勝てない。

 

 そうなると、答えはひとつしか出なかった。

 

(……わかってたよ。ユウリに狙いは最初からこれだったんだって)

 

 ユウリの考えにたどり着きながら、しかしそこから逃れる方法を今のボクでは思いつかなかったので、ボクはこの状況に唯一対抗出来るポケモンが入ったボールをぎゅっと握りしめる。

 

(本当に……やってくれるね……!!)

 

 少し悪い笑みを浮かべながらこちらを見てくるユウリと目が合う。ユウリも、ボクがここでこの子を出すしか勝つ方法がないと確信しているかこそ、その表情を浮かべていた。

 

(……いいよ、のってあげる。……ううん、のるしかない!!だから……ここで切る!!)

 

「いくよ……ヨノワール!!」

「ノワッ!!」

「……来たッ!!」

 

 ボクの2番手はヨノワール。この選出に、観客や実況者から驚きの声が少し上がるのが聞こえてくる。それもそうだろう。ボクにとってのヨノワールは切り札の1人だし、ボク自身もこの子には並々ならない思いを込めている。本来なら、殿として出て来るポケモンだろう。

 

 けど、今この状況においては、この子をここで出す以外の選択肢が存在しない。ユウリもこの展開を望んでいるから、周りがいくら驚こうとも、当事者であるボクたちは一切驚くことはない。

 

「……出してくれるんだね。ヨノワールを」

「出さなきゃ、そのタイレーツを止められなさそうだからね……ユウリも、それをわかっててそこまで身を削ってるんでしょ?」

「……えへへ」

 

 真剣で、緊張した空気が、ユウリのあどけない微笑みで少しだけ緩和され、しかしすぐに元に戻っていく。

 

「『アイアンヘッド』!!」

「ヘイッ!!」

 

 少しやんわりした会話をしながらも、はいすいのじんの代償によって止まることを許されないタイレーツが、赤い軌跡を残しながら走っていたところから、ユウリの指示ひとつでその軌道を直角に曲げ、真っすぐヨノワールの方に突っ込んでくる。

 

「『かわらわり』!!」

「ノワ……ッ!!」

 

 これに対してヨノワールは右腕を光らせて、真正面からくるタイレーツに対して少し左に身体をずらしながら左から右に振るうことで、タイレーツの側面を叩いて突進を右に逸らしてく。しかし、この一撃で終わらないタイレーツは、ヨノワールの横を通り抜けた後、すぐさま反転し、今度はヨノワールの後ろから突撃を始める。これに対してヨノワールは、その場でバック宙をするように身体を動かすことでタイレーツの攻撃を再び躱す。

 

 文字にすればとても簡単なことのように聞こえるけど、実際はタイレーツがとてつもない速さとパワーで突撃して来ているため、時間にすれば1秒前後の出来事でしかないし、動作の方だって少しでもかわらわりを当てる場所を間違えたら、むしろヨノワールが致命傷を負っていただろう。これをしっかりと対処できるヨノワールの身のこなしとパワー、そして経験値の高さがよく分かる瞬間だ。しかし、逆に言えばここまでヨノワールのスペックを引き出しても、タイレーツの攻撃をいなすことしかできないという事でもある。そう考えると、ユウリのタイレーツの強化具合もすさまじい。全能力6段階強化は伊達じゃない。

 

(そうなると、やはりこれしか手はない……!!)

 

「ヨノワール!!」

「……ッ!!」

 

 ボクの呼びかけに頷いたヨノワールは、タイレーツからいったん距離を取り、ボクの近くに寄りながら宙に浮いて行く。この時もタイレーツは止まることは出来ないから、高速でヨノワールの周りを走り回っているけど、さすがに空中にまで逃げられると攻めの手は少し緩む。

 

 この間に、ボクはヨノワールとの間に絆を繋ぐ。

 

(行くよユウリ……これがボクたちの全力だ……!!)

 

「タイレーツ!!止めて!!」

「ヘイッ!!」

「『かわらわり』」

 

 ボクとヨノワールの周りに黒色の竜巻が発生すると同時に、その竜巻に飛び込んで来るタイレーツ。パスをつなぐ一瞬の間隙をついてくるつもりのこの攻撃は、しかしこちらももう共有化に慣れているので、タイレーツが飛び込む前につながり終えたヨノワールの手刀によって、再びヨノワールの後ろに流される。

 

「うん……いつも通り!!」

「ノワッ!!」

 

 黒い竜巻が消え、中から現れたのはおなかの口の端から青い焔を漏らし、全体的に暗い色に変色したヨノワール。黒いマフラーをたなびかせながら、かわらわりを振り終えた姿で佇むヨノワールと視界を共有しながら、ボクはタイレーツに視線を向ける。

 

「『いわなだれ』」

「ノワ」

 

 再び後ろに流されたタイレーツ。しかし先ほどと違うのは、地面から飛んでヨノワールに突撃を行ったため、流された先が空中で、一瞬とはいえタイレーツが走れない瞬間が生まれているという事。勿論、このジャンプのスピードも上がっているため、受け流してちょっと時間が経った今、ヨノワールとの距離はかなり離れてしまってはいる。しかし、それでもヨノワールの攻撃が届かない距離ではない。

 

 すぐさま振り返りながら右の掌を向けたヨノワールは、かけ声と共に岩の槍を連続発射。飛んでいくタイレーツを追いかけるように、次々と空を駆けていく。

 

「そのまま駆け抜けて!!」

「ヘイッ!!」

 

 これに対してタイレーツは、下手に対抗することはせずそのまままっすぐ飛び続け、バトルフィールドの端の壁に着地。そのまま時計回りの方向に壁を走りながら飛んでくる岩の槍を避けていく。

 

「『アイアンヘッド』!!」

「ヘイッ!!」

「『ポルターガイスト』!!」

「ノワッ!!」

 

 バトルコート外周の、およそ4分の1ほどの壁を走り続けたタイレーツは、その場から再びヨノワールに向かって突撃。これに対してヨノワールも、付近に落ちている岩をかき集めて、大きな黒色の塊を右手に纏い、これを飛んでくるタイレーツに向かって上から叩きつける。

 

「つ……っ!?」

 

 ぶつかり合う霊の塊と鋼の額。ぶつかり合う時の衝撃はすさまじく、共有化しているボクはこの衝撃を右手の拳にしっかりと感じる。

 

(これ……想像以上に重っ……!?)

 

「ノワッ!?」

 

 これはまずいと感じた時にはもう遅く、ヨノワールの右腕はアイアンヘッドに打ち負け、右腕を大きく上に打ち上げられてしまう。

 

「もう1回!!」

「ヘイッ!!」

 

 壁から真っすぐ飛んできていたタイレールは、ヨノワールの右腕を打ち上げた反動で地面に一度着地し、そこから深く踏み込んで、今度は攻撃を逸らされないように、ヨノワールのお腹の中心めがけて突進する。

 

「ッ!?」

「ぐぅっ!?」

 

 右腕を弾かれて態勢を崩しているヨノワールはこの攻撃を避けられない。せめてもの軽減行動もとることが出来ないヨノワールのお腹に直撃した攻撃は、ボクにもしっかりと返って来る。

 

(意識を逸らすな!!次が来る!!)

 

 お腹に来る強烈な痛みを堪え、しっかり前を観続けるボク。しかし、おなかに受けた勢いが強すぎたヨノワールは、そのままフィールドの壁の方にまで吹き飛ばされる。

 

(ぶつかる!?)

 

 このままだと背中にもダメージが襲ってくるので、そのために気合を入れて衝撃に備えておく。けど、予想と反してその衝撃はボクを襲うことはなく、ヨノワールはそのままフィールドの壁の中に潜ることで、このダメージを回避する。

 

(ノワ)

(ありがとうヨノワール)

 

 ボクを気遣ってその行動をとってくれたヨノワールに礼を言いながら、すぐさま視線をタイレーツに向ける。壁に吹き飛んだヨノワールを追いかけていたタイレーツは、突如壁の中に消えたヨノワールに驚きながらも、制約によって止まれないため、ヨノワールが消えた壁に足をつけて、再び時計回りに壁を走りだす。

 

「『かわらわり』!!」

「ノワッ!!」

 

 走っているタイレーツを壁の中から観察したヨノワールは、タイレーツとは逆回りに壁を走り、タイレーツの目前へ。走っているタイレーツの足を払うように、顔と手だけを壁から出して、右腕を振るう。

 

「避けて『アイアンヘッド』!!」

「迎え撃って!!」

 

 これに対してすぐさま壁から足を離して地面に着地したタイレーツは、そこから壁に埋まっているヨノワールに向かって、頭をぶつけることを恐れずにアイアンヘッド。その動きが速すぎて、今からまた壁に潜って回避するのが間に合わないと判断したボクは、このアイアンヘッドに対して下から上に右腕を振るって、タイレーツを空へと逸らすように動く。

 

「ノワッ!?」

「ぐっ……」

 

 けど、やっぱりタイレーツの火力が高すぎて、ほんの少しだけ上にずらすことは出来たけど、自分の身体から射程を外すことは難しく、結局腕でタイレーツの攻撃を受け止める形になってしまう。そうなれば負けるのはこちら。結果、まるでタイレーツの額と壁の間につぶされるかのように圧力をかけられてしまう。

 

(腕が軋むように痛い……でも、まだヨノワールが壁に埋まっている状態でよかった……!!)

 

 腕に痛みが返って来るけど、ヨノワールがまだ完全に外に出きっていなかったため、タイレーツに押し込まれることに抵抗しないようにすることで、再び壁の中に潜っていく。そのまま壁の中を移動したヨノワールは、地面の中へ移動し、バトルフィールドの真ん中へと戻り、そこから地上に出て、再びバトルコートの外周を走り始めたタイレーツを見る。

 

(ふぅ……なんとか仕切り直しまでもっていくことが出来た、けど……っつつ)

 

 痛むお腹と右腕をさすりながら、未だに高速で走り回るタイレーツを見て、ボクは思わず表情を歪める。

 

(強いし速いし硬い……やっぱり、6段階上昇ってやばいね……)

 

 あの時は5段階だったとはいえ、カミツルギとの戦いを見ていたからある程度の火力は予想していたつもりだったけど、そんな予想なんて遥かに超えるレベルで火力がやばい。未だに痛む右腕とおなかが、『もう受けたくない』という悲鳴のようにボクに危険度を教えて来る。

 

(でも、逃げるわけにはいかない……ヨノワールで何とかしないと、本当にこのままゲームセットになってしまう……)

 

 今対面しているヨノワールだって、決して速いポケモンではない。それでもタイレーツにこうやって食いつくことが出来ているのは、ボクと視界を共有しているからこその視野の広さのおかげだ。正直これが無かったらヨノワールだって何もできずにやられてしまうだろう。それほどまでに今のタイレーツというのは強力だ。

 

(何とかして突破口を見つけないと……っ!?)

 

「ヨノワール!!頭下げて!!」

「ッ!?」

 

 なんて今の状況からいろいろ試行を回そうとすると、視界の端でタイレーツが飛ぶ姿が見えたので、タイレーツが見ている方向からこれから飛ぶ軌道を読んで頭を下げさせる。本来は意識が繋がっているから、指示を声に出す必要はないけど、それでもつい声に出してしまうくらいには慌ててしまっている。そんなボクの焦りが伝わったヨノワールは、ボクが指示を言い切る前に頭を下げ切っていた。

 

 同時に頭の上を通り抜けるタイレーツ。その速度がとてつもないせいか、ボクの髪もその勢いを受け、少しなびいて行く。

 

(こんなの貰ったら絶対に倒れる……!!)

 

 掠っただけで感じる威力の高さに、背筋に悪寒が走る。けど、ここで身体を固めてはいけない。

 

「タイレーツ!!『アイアンヘッド』!!」

「ヨノワール!!」

 

 頭を下げたヨノワールの後ろから突撃をするタイレーツ。これに対して右回りで振り返りながらかわらわりを行い、タイレーツを右に少し逸らしながら左に移動。何とか逸らすことに成功するものの、タイレーツの足が速すぎて、ヨノワールとボクが右腕を振り切った時には、ヨノワールの右肘に対して強烈なアイアンヘッドが飛んでくる。

 

「あぐっ!?」

「ッ!!……ノワッ!!」

 

 右肘を貫く激痛にまた表情を歪めるけど、ここで動きを止めてはいけない。受けた衝撃に逆らわず、身体をそのまま左回転させて衝撃を少しでも逃がし、けど、この間にも真正面から再び飛んでくるタイレーツに対して、地面に潜ることで攻撃を避けていく。

 

「地面に『アイアンヘッド』!!」

 

 しかし、この行動すら許さないとしたユウリの指示によって、攻撃を透かされたタイレーツは攻撃先をヨノワールが潜った地面に変更。すると、地面が割れ、岩が浮き上がり、その岩と一緒にヨノワールが空中に無理やり引っ張りだされる。

 

「ここなら逃げられない!!追いかけて!!」

「ヘイッ!!」

 

 逃げ場を失ったヨノワールを襲うのは、タイレーツによる神速の連撃。岩が空中に浮かんだことによって、一時的にとはいえ空中にも足場が出来たタイレーツは、これを使ってまさに縦横無尽に暴れまわる。

 

「ぐ……うぅ……」

「ノワ……ッ!!」

 

 これに対して、かわらわりを構えて逸らし、いなし、躱していくものの、やはり攻撃全てをさばくことが出来ず、時間が経つとともにヨノワールとボクの身体に痛みがどんどん蓄積されていく。

 

(このままだと……やばい……)

 

 防戦一方。けど、この防御をやめた瞬間一瞬で刈り取られるからやめられない。

 

 前からの突撃を身体を右に半歩動かし、左手でかわらわりを左に振りながら逸らし、次に左から迫ってきた突撃を後ろに半歩下がりながら、今度は左手を後ろから前に振って前に流す。けどタイレーツの攻めの手は緩まず、今度は真上から落ちてくるように突撃してきた。これに対してこちらは、右腕のかわらわりで無理やり受け止めながら左に身体をずらしていく。

 

 先ほどの右肘への突撃が強烈すぎて、もはや感覚もマヒし始めた右腕を犠牲にするかのような防御によって、再び右腕に激痛が走るが、それを無視して戦場を見る。が、それでも痛みによる動きの鈍りは隠せない。一瞬止まってしまった動きを逃さなかったタイレーツは、今度は真下から突撃を敢行。これに対して何とか身体を後ろに下げて避けようとするヨノワールだけど、反応が少し遅れ、身体の前側を突撃がかすめてしまい、ここまで蓄積したダメージも相まってヨノワールの身体がふらついてしまう。

 

(まずっ!?)

 

「タイレーツ!!」

 

 共有化している故に分かる立て直しにかかる時間をユウリは見逃さない。

 

 逸らすことすら許さないように真正面から突撃してくるタイレーツ。この攻撃を貰ったら、多分ヨノワールは倒れる。けど態勢を崩しているから完全に避けるのは不可能だし、右腕はもう動かないことを考えると防御だって不可能だろう。

 

 絶体絶命の一手。けど……

 

(いちかばちか……それを……待ってた……!!)

 

「ノワッ!!」

 

 青色に変わったモノアイを輝かせるヨノワールは、ほぼ機能していない右腕を再び盾にし、タイレーツの軌道を本の少しだけ左に逸らし、それに合わせてヨノワールも左を向く。

 

「なっ!?」

「ヘイッ!?」

 

 この状態で避けられると思わなかったタイレーツとユウリから驚きの声が上がる。けど、これだけだと結局タイレーツの攻撃は止まらない。このままタイレーツがヨノワールの横を通り抜けることを許したら、再びタイレーツの連撃が再開されてしまうだろう。

 

 だから、ここで決める。

 

「お腹に力……入れて……ヨノワール!!」

「ノ……ワッ!!」

 

 ヨノワールが左を向いたことによって、ヨノワールの真正面を通り抜けるように進むタイレーツ。とはいえ、タイレーツの足が速すぎるため、通り抜けるのは一瞬だ。だから、その一瞬を逃さないように……

 

 ヨノワールがお腹の口を開き、タイレーツの角に真横からかみついた。

 

「ええぇ!?」

「ヘイ!?」

 

 まさかの行動に再び声をあげるユウリとタイレーツ。まさかお腹の口で噛まれるだなんて思っていなかったのだろう。

 

「うぐ……こ、の……!!」

「……ッ!!」

 

 お腹に力を入れて意地でも離さないとかみつくヨノワール。けど、タイレーツの力が強すぎてこの程度では止めることが出来ず、しかしヨノワールが意地でも口を離さなかったゆえに、ヨノワールを中心に左回りに高速回転する独楽が完成する。

 

(う……きつ……)

 

 感覚を共有しているため、立っているのに高速で回って三半規管を揺らされる感覚に、思わず口を抑えそうになる。けど、ここを逃すとタイレーツを倒せないから必死に耐えて前を見る。

 

 タイレーツにかみついて高速で回るヨノワールは、その勢いを殺そうとせず、むしろ身を任せてさらに回転。そ勢いを維持したまま、自身の身体を少しずつ倒していった。

 

「……まさか!?タイレーツ!!速くヨノワールの口を外して!!」

「絶対に……離さない……!!」

 

 ここでボクの作戦に気づいたユウリが慌てて声を出すけど、ヨノワールとボクの意地がそれを許さない。

 

「ヨノ……ワール……!!」

「……ッ!!」

 

 高速回転をしたままついに身体を90°横に倒すことに成功をしたヨノワールは、勢いをつけたまま地面に向かって突っ込んでいく。

 

 狙いは1つ。回っている独楽の一番外にいるタイレーツを、この勢いを維持したまま地面に叩きつける。

 

「いっけぇぇぇ!!」

「ッ!!」

 

 速度の乗った分だけ威力が何倍にも膨れ上がった叩きつけ。それがバトルフィールドの真ん中に叩き込まれることによって、とてつもない衝撃音を奏でながら、地面に大きなクレーターを作っていく。

 

「へ……イ……ッ!!」

 

 まさかのカウンターに、はいすいのじんによって体力を削っていたタイレーツは意識こそ残ってはいるものの、ついにその身体から力が抜け初め、動きが空中で止まった。

 

「『かわらわり』!!」

「ノ……ワ……ッ!!」

 

 タイレーツを叩きつけると同時にかみつきをやめたヨノワールは、ここでとどめを刺すべく、地面にぶつけられた反動で空中に浮いたタイレーツに向かって、左腕を光らせ、真上から叩きつける。

 

「ヘイッ!?」

 

 もう力が残っていないタイレーツはこれを避けられない。

 

 かわらわりが直撃したタイレーツは、そのまま地面に沈み、目を回す。

 

 

『タイレーツ、戦闘不能!!』

 

 

「けほっ……けほっ……やっと1人……」

「ノ……ワ……」

 

 ようやく大きな壁を突破したボク。けど、戦況は全然芳しくない。

 

「これが……ユウリの本気……」

「ありがとう、タイレーツ」

 

 タイレーツを戻しながらこちらを見つめるユウリ。

 

 その瞳に宿る赤い焔に、彼女の本気を垣間見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かみつき

マスタードさんとの闘いでも見せたお腹のかみつき。腹筋チェックですね。




最近はマルチバトル用のポケモンばかり作っています。そのせいで変な方が沢山……これはこれで面白いですね。






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249話

「ありがとう、タイレーツ」

 

(まっずいなぁ……)

 

 ボールに戻っていくタイレーツと、戻しながらもギラギラとした光を放ちながらこちらを見てくるユウリを見て、ボクは心の中で今の状況を整理していく。

 

 全能力が6段階上昇したタイレーツを何とか下すことには成功したボクだけど、そのために払った代償があまりにも大きすぎる。

 

(ヨノワール……平気……なわけないか)

(ノワ……)

 

 ヨノワールに呼びかけながら今の体力を確認するけど、正直どうやったってこのまま戦いを続けられるとは思えない。数多の連撃に晒された身体はそこらじゅうが痛むし、先程の回転しながら叩きつけを行った攻撃のせいで視界も少し揺らいでいる。さらに、攻撃を振り切ったところに貰った右肘へのダメージが痛すぎて、フィードバックの痛みしか感じていないボクの右腕すらも動かすのに時間がかかる。何割か軽減された痛みしか受けていないボクですらこの状況なのだから、当事者であるヨノワールが感じている痛みはこの比では無いだろう。少なくとも、このバトル中はもう動かせない可能性が高いとみて間違いないと思う。

 

(ここは1度下げた方が……)

 

「お願い、ポットデス!!『からをやぶる』」

「ポッティ!!」

「……って、そう簡単に……下がらせてくれない……よね!!『ポルターガイスト』!!」

「ノ……ワッ!!」

 

 体力を少しでも回復することと、共有化を切って、ボク自身の体力を取り戻す時間を作ろうとしたところで、ユウリは次のポケモンのポットデスを繰り出してくる。

 

 出現と同時に指示された技はからをやぶる。ここでもしヨノワールを引かせるのであれば、その間にどんどん自身の能力をまた上げてやろうという魂胆だ。

 

 当然ここでヨノワールを下がらせるなんてことはしない。いや、できない。このまま相手にからをやぶるを何回もされてしまえば、それこそ先程のタイレーツの二の舞になってしまう。それだけは絶対に避けないといけない。

 

 どうやら、いよいよもってここでヨノワールを落とし切るつもりらしい。

 

(ごめんヨノワール……もう少しだけ……付き合って……!!)

(ノワ……!!)

 

 息も絶え絶えになりながらも、からをやぶるを止めるために、辺りにちらばっている石の礫や岩を使ってポルターガイストを行うヨノワール。技の指示自体は向こうの方が早いため、からをやぶるそのものを止めることは多分できないだろう。しかし、からをやぶるという技は強力な力とスピードを手に入れる代わりに、先程のタイレーツ以上に防御面で脆くなってしまう諸刃の刃だ。なら、からをやぶるが終わった直後に当たるように調節したこのタイミングは、むしろポットデスを一撃で仕留めうる完璧な攻撃になる可能性が高い。ただでさえヨノワールの体力を大きく削られている以上、挽回できるこのチャンスを逃す訳にはいかない。

 

(いくら『からをやぶる』で速くなるとはいえ……破った瞬間なら……避けれないはず……!!いけ……っ!!)

 

 ポットデスが、自身が宿代わりに使っているティーポットに一度潜り、その殻を破った瞬間を狙って放たれた黒の弾幕。それら全てが、ボクの思いどおりのタイミングで当たるのを確信。

 

「ポットデス!!そのまま維持!!」

「……なるほど……やられた……」

 

 したところで、ポットデスの動きが一瞬止まる。

 

 その行動の理由は、からをやぶるタイミングをずらすこと。

 

 からをやぶるをした時のデメリットは、先ほども言った通り自身の防御力を極端につぶしてしまう事だ。これによって、ただでさえ耐久力が高い方ではないポットデスがかなり脆くなってしまう。そこでユウリがとった行動が、からをやぶるによって自分が入っているティーポットが割れる直前を維持し、防御面が下がっていないギリギリの状態で敵の攻撃を受け止めるという作戦だ。こうすることによって、相手の攻撃をしっかりと受けた後にからをやぶることが出来る。とはいっても、ヨノワールは物理技が得意で、ポットデスは物理方面に元々脆い。故に、たとえからをやぶるをしなくても、素の火力で倒されていしまう可能性の方がかなり高い。ボクと絆でつながっている今のヨノワールの火力ならなおさらだ。

 

 だからこそ、この時起きたもうひとつの現象に、ボクは無意識のうちに苦い表情をうかべる。

 

「ポ……ティッ!!」

 

(……気合いで耐えてる。やっぱりユウリも……ッ!!)

 

 本来なら耐えられないはずの攻撃を、維持と気持ちだけで耐えるその現象。

 

 ポケモンが、主を悲しませまいとするために、無意識のうちに発動する根性。

 

 勿論ユウリはこれを狙ってやっていない。コウキと違って、これを狙ってできるほどの技術や能力までは開花していないのだろう。きっと、ポットデスなら耐えられると純粋に信じていただけに過ぎない。けど、その姿は間違いなく、コウキの姿と重なって見えた。

 

 いつか、あのコウキと同じことが出来るようになる。そんな予感をひしひしと感じた。

 

「いいよポットデス!!そのまま『からをやぶる』」

「ティッ!!」

 

 そんな、一種のトラウマ現象と言っても差し支えない出来事にボクが気を取られていた一瞬の間に、ポルターガイストを受け止めきったポットデスは途中で止めていたからをやぶるを再開する。すると、一瞬身体が青く光り、防御と特防が下がったことを伝えた後、身体が赤く光り、今度は攻撃、特攻、素早さが強化されたことを伝える。

 

 そしてもう1つ。

 

「『ポルターガイスト』って物理技だよね……?だったら!!」

「ティッ!!」

 

 ユウリの言葉と共に、再び身体を赤く光らせたポットデスは、ティーポットのからをさらに落としながら声を上げる。

 

(……『くだけるよろい』!!)

 

 物理技を受けた際、防御面が脆くなる代わりに、自身のスピードを一気にあげる特性。

 

 からをやぶるとは別に発動するこの特性が重なったことで、ポットデスのスピードはさらに上がることとなる。

 

「ポットデス!!『アシストパワー』!!」

「ポルティッ!!」

 

 合計8段階上昇。タイレーツほどとは言わないが、それでも自信を磨き上げた完璧な状態のポットデスによって、ポプラさんとのバトルでも見たピンク色の光がこちらに目掛けて飛んでくる。

 

「くっ、ヨノワール!!『ポルターガイスト』!!」

「ノ……ワ……ッ!!」

 

 8段階という上昇量によって強化され、さらに特攻が鍛え上げられたことによってとてつもない威力となったこの攻撃を受けてしまえば、こちらは100%戦闘不能。タイレーツとのバトルでほぼ満身創痍なヨノワールは、それでも最後の力を振り絞って技を放とうとし……

 

「ッ!?」

「うぐっ!?」

 

 あまりにも高火力であるアシストパワーに対抗するために、無意識に利き腕である右腕を持ち上げてしまい、タイレーツから貰った攻撃を思い出して、その動きを止めてしまう。感覚共有を通してでも激痛を感じるそれはとてもじゃないけど我慢なんてできない。が、今この状況でこうなるということは、目の前から迫る攻撃を止めることが出来ないということでもあり……

 

「あ……」

「ッ!?」

 

 そうなれば当然、アシストパワーはヨノワールに直撃することとなる。

 

「ヨノワール!!」

 

 ピンクの光に包まれるヨノワール。その姿に思わず叫び声に似た呼びかけをしてしまうボク。しかし、この声に答えてくれるものは誰もおらず……

 

「ノ……ワ……」

 

 ピンクの光が納まった時、そこには地面に身体を伏せ、動けなくなってしまったヨノワールがいた。

 

 

『ヨノワール、戦闘不能!!』

 

 

「ヨノワール……」

 

 ボクが誰よりも頼りにしていたポケモンが、ここで倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし……よし……!よし……っ!!)

 

 審判から上がる、ヨノワールが脱落したという宣言。その声を聞いて私は、飛び跳ねたい気持ちをぐっとこらえて、心の中でたくさんガッツポーズをした。

 

(本当にありがとう!!タイレーツ!!ポットデス!!あなたたちのおかげで、私の作戦がピッタリハマってる!!)

 

 タイレーツが本気を出してヨノワールを引っ張り出し、そしてポットデスと2人がかりでヨノワールを倒し切る作戦。失敗してしまえば、そのまま私の負けが確定するレベルの開幕フルスロットルな攻撃戦法。

 

 この作戦をしようと思ったきっかけは、フリアののこした『後手に回りがち』という発言と、セイボリーさんがとった開幕ダイマックス戦法の2つを思い出したときだ。

 

 フリアは、あとから作戦に対応することはできるけど、作戦の最初の一手はよく貰うという、言ってしまえば初見殺しには引っかかりやすいタイプではある。対応能力は高い代わりに、反射的な対応があまり強くないというところなのだろう。現にセイボリーさんの取った開幕ダイマックス作戦は、途中までは完璧に決まっていた。その後に行ったヨノワールによる壁破壊と、エルレイドによるみらいよちやぶりによって、セイボリーさんの作戦自体は頓挫してしまったけど、それが突破口のヒントに放った。

 

 結果生まれた作戦が、最初の一手が致命的なもの且つ、回避不可能なものならどうだろうか。というもの。

 

 恐らくフリアのことだから、回避不可能と言っても、何かしらの手で乗り越えてくる可能性が高い。私程度の人間による浅知恵では、特にそうなってしまうと思う。だから、対策を立てられるまでのわずかな時間で、多大な爪痕を残す何かを残せる作戦を用意する必要があった。

 

 それがタイレーツによる特攻。

 

 ホップとマリィといくら考えても見つからなかったヨノワールの攻略方法。最後の壁を乗り越えられないと思った私が思いついた逆転の発想。それが、越えられないのなら向こうから出してもらう作戦。

 

(理想を言うのならタイレーツだけで倒したかったけど、フリアはそんなに甘くはないと思ったから、次善策としてポットデスも構えていたけど……うん。本当によかった。それに……少し申し訳ないとは思うけど、ヨノワールとフリアは感覚を共有しているから、ヨノワールがダメージを受けている今、きっとフリアは……)

 

 正直言うならとても心が苦しい。タイレーツの攻撃が当たるたびに、フリアの表情も歪んでいるのは見ていてこちらもつらい。

 

(でも……多分、ここで私がそれを理由に手を休めることを、フリアは望んでなんかいない)

 

 今までの戦いだって、フリアはフィードバックを理解しているうえでバトルをしてきている。今さらその痛みが怖くてバトルなんてしないだろう。

 

(だから、私は手を休めないし、手加減もしない……!!)

 

 ヨノワールが倒されたことに少なくない衝撃を受けているのか、未だに伏せられているせいで確認することの出来ないフリアの表情。でも、きっとそこにはまだまだ諦めていない、燃えるような意志を秘めた瞳をしているフリアがいるはずだ。

 

(さぁ……見せてフリア……。私が憧れた、私が大好きな人のバトルを……!!)

 

 ヨノワールに勝った喜びをかみしめながら、ゆっくりと顔を上げたフリアの表情を見つめる。

 

 ちょっとずつ、しかししっかりと上がったフリアの表情。

 

「っ!?」

 

 そこに浮かべられた、フリアのいつにない迫力のある瞳に、私はまた、引き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨノワール……」

 

 ボクの前に倒れているヨノワール。

 

 ボクが一番信頼を置いているパートナー。そんな彼が、ついに倒れた。

 

(そういえば、ここに来てヨノワールが倒れたところ見てないや……)

 

 ガラル地方に来て、既に何回もヨノワールとバトルをしてきたけど、ボクが倒れることはあっても、ヨノワールが倒れることはなかった。

 

 ボクに常に背中を見せ、前で闘い続けてくれた自慢のパートナー。そんな彼が、こうして倒れるところを見ると、やはり心に来るものがある。けど、このまま固まっておくわけにはいかないから、ボクはボールを取り出して、ヨノワールをボールに戻そうとする。

 

(……あれ?)

 

 と、そこまでしたところで、ボクはある違和感に気が付いた。

 

(ヨノワールの身体……いつの間に元に戻って……)

 

 それはヨノワールの姿。戦闘不能になっているのだから、共有化状態から元に戻っているのは当たり前なのかもしれないけど、よくよく思い出したら、ヨノワールが倒れる前からこの姿に戻っていた気がする。そして、もう1つの違和感。

 

(そういえば、ポットデスの『アシストパワー』を受けた時の痛みが……まさか!!)

 

 そこまで考えて、ようやくヨノワールが最後に何をしたのかに気づいた。

 

(自分から共有化を切ったんだ……)

 

 アシストパワーによる痛みを受ける瞬間に、ヨノワール側からパスを切ることによって、ボクにフィードバックが返っていく前に倒れたヨノワール。それによってボクへの負担が減り、この先を戦い抜くための体力を残せるという考えからの気遣い。

 

(ヨノワール……!!)

 

 自分がこれ以上闘うことが出来ないと悟ったが故のその行動に、ボクは傷む身体を無視して拳を握り締める。

 

(ごめん……ボクがもっとちゃんとしていれば……!!)

 

 ヨノワールはいつもボクのことを考えて行動してくれる。それが嬉しくて、そして同時に不甲斐なくて……

 

(絶対に答えなくちゃ……!!)

 

「戻って、ヨノワール……」

 

 ボールにヨノワールを戻しながら、傷み、そしてふらつく身体に鞭打って、ボクは心を更に引き締めていく。

 

(ユウリ……凄いよ……本当に強い……!!)

 

 ボクよりも1年遅く旅に出ているのに、既にコウキを彷彿とさせるかのような耐えや戦い方を見せてくれるユウリ。その証拠に、まだまだ序盤とはいえ、現状ボクは圧倒的不利な状況に追いやられてしまっている。

 

(何が『簡単には追い越されない』なのさ……もう、とっくに追い越されちゃってるじゃないか……)

 

 今の状況だけ見れば、間違いなく観客はユウリの方が強いと答えるだろう。ボクだってそうだ。

 

 これが才能の差。生まれ持った者との差。

 

(わかってたよ……ユウリに才能があることくらい……いつか、追い抜かされてしまうことくらい……)

 

 凡才であるボクにとって、喉から手が出るほど欲しいものを、彼女は既に備えている。

 

 けど、もうその差にくじける時はとっくに過ぎている。

 

(才能に差があることなんて……わかってる!だからこそ……ボクはここに来て……また一から始めたんだ!!)

 

 心を引き締める。

 

(うぬぼれるな!『超えさせない』だなんて消極的なことを考えるな!!まだボクは、挑まれる立場に……トップに立ったことなんてないんだから!!)

 

 ボクが次に出すべきポケモンをすぐに思い浮かべ、次のポケモンが入ったモンスターボールに手を掛ける。

 

(待つな!挑め!少なくとも、コウキに勝つまボクは……()()()なんだから!!)

 

 心意気を新たに、ボクは真正面にいるユウリを完全にライバルと認識しながら、ゆっくりと顔を上げる。

 

「ごめんね……ここから、改めて君に挑む!!ユウリ!!」

「っ!?」

 

 ボクの言葉に、ユウリが息をのむ音を立てる。その音を聞き流したボクは、右手に握りしめた3人目の仲間をフィールドに送り出した。

 

「行くよ!!ブラッキーッ!!」

「ブラッ!!」

 

 勢いよく投げ出されたボールから現れたのはブラッキー。選定理由は色々あるけど、一番の理由はアシストパワーを受けない点だ。今のポットデスの最高打点であるこの技を無効に抑えられるというのは、この場においては重要なポイントになる。それに、メインウエポンのシャドーボールも半減できると良いことづくしだ。難点をひとつあげるなら、素早さの差が少し大きいところだが、これはでんこうせっかによる加速に頼る。

 

「『でんこうせっか』!!」

「ブラッ!!」

 

 ボクの指示に従って、軽く身体を薄い白色に光らせたブラッキーは、勢いよく地面を踏み込んで猛ダッシュ。先程暴れ回っていたタイレーツに比べれば見劣りはしてしまうものの、それでも十分な速度を持って、ポットデスに向けて走っていく。

 

「くっ、『シャドーボール』!!」

「ティッ!!」

 

 走ってくる黒色に流星に対し、ポットデスがとった行動はシャドーボールの乱射。黒色の球が次々と乱射されて飛んでくる様は、さながら黒い壁が迫ってきているようにも見える。

 

「まずは右に1歩ズレて、そこから今度は10時の方向にジャンプ!!そこで『あくのはどう』!!」

 

 この一見して絶対避けられなさそうな攻撃に対して、ボクはいつも以上に注意深く観察してブラッキーに細かく指示を出す。細すぎて1回聞いただけでは伝わらない可能性すらある指示だけど、ブラッキーはこれを完璧に再現。黒い壁の合間を綺麗に縫っていき、最後に放ったあくのはどうによって、シャドーボールを完璧にいなす。でんこうせっかの速度を維持しながら行われたその動きは、人によってはシャドーボールが勝手に避けていったと錯覚してしまうほど見事な動きだった。

 

「凄い……」

「『でんこうせっか』!!」

「っ!?下がって!!」

 

 一連の行動に見とれたユウリが思わず声を漏らす。いつものボクなら、そんな彼女に『見とれている余裕はないよ!』くらいの声をかけているものだけど、今はユウリを格上の敵と認定しているため、そういった声かけすらする余裕が無い。

 

 小さな隙は、どんなものだって逃してはいけない。

 

 慌てて下がるポットデスと、それを追いかけるブラッキー。シャドーボールを引き撃ちしてくるのに対して、それを恐れずに前に走るブラッキーは、直撃こそ受けていないものの、掠る回数が少しずつ増え、小さなダメージを積み重ねていく。けど、着実に距離は迫っており、このまま追いかけることが出来れば、いずれ追いつけることが予想できる。ユウリが見とれていた一瞬の合間に、すぐさま前に走り出せたのが要因の1つだ。

 

(とりあえず、まずはポットデスを早く落とす!!)

 

 小刻みに左右にステップを踏みながら前に走るブラッキーが、身体に傷を作りながらも着実に距離を詰めていき、あと少しで追いつけるという距離まで辿り着く。

 

(後は、懐まで飛び込んで『イカサマ』を当てることが出来れば、それだけでポットデスを落とせることが出来るはず!!)

 

 からをやぶる前にポルターガイストを受けて、ギリギリのところで気合耐えをしているポットデスの体力は残りわずかだ。何か攻撃が掠るだけでも、それがとどめになりかねない。これがコウキとバトルしている時なら、この気合い耐えを何回もされる可能性を頭に入れておく必要があるけど、さすがにユウリにそこまでのことが出来るとは思えない。たとえできたとしても、からをやぶるによって必要ない攻撃力まで上がってしまっているポットデスには、この攻撃力を利用したイカサマは気合で耐えられる以上のダメージを叩き込むことが出来るはずだ。

 

(あと少し……!!)

 

 そうこう考えているうちに、いよいよブラッキーの前足が届きそうな位置まで来た。

 

「ブラッキー!!『イカサ━━』!!」

「ポットデス!!反転!!」

「っ!?」

 

 とうとう射程範囲に入り、前足を黒色に染めるブラッキー。それをポットデスに叩きつけるべく、勢いよく振り上げたところで、逃げ切ることをあきらめたポットデスの向きが反転。離れるのをやめ、むしろブラッキーに向かって一気に近づいたポットデスは、攻撃モーション途中のブラッキーの懐に逆に入り込む形となる。

 

「『シャドーボール』!!」

「ティッ!!」

「ブラッ!?」

 

 そこまで潜り込んだところで、今度はポットデスが右手に黒色のオーラを溜め、零距離でブラッキーに叩き込まれる。

 

 予想外の一撃は、こうかがいまひとつでありながらも、意表をついたゆえの威力がのり、ブラッキーに思いもよらないダメージが入る。また、受け身態勢をとっていなかったことから、ダメージの他にも攻撃の衝撃によるノックバックを強く受けてしまうブラッキーは、結果としてあれだけ狭まっていたポットデスとの距離を大きく離されてしまう結果となる。しかも、その勢いもかなり強く、先ほどまでブラッキーを追い返すために放たれていたシャドーボールに追いつくくらいの勢いで飛ばされていた。

 

「よし、これで仕切り直せる……」

「ティッ……!!」

 

 ユウリたち側からすれば危機を乗り越えた形だ。そのことに少なくない安心感を覚えているのか、2人揃ってほっと一息ついていた。

 

 確かに、ここからまたあのポットデスを追いかけるのは骨が折れる。ブラッキーにも少なくないダメージが積み重なり始めているから、次に追いつく頃には、もうブラッキーは倒れてしまう可能性もある。いくらつきのひかりで回復できるからと言っても、限界があるだろう。

 

 だから……

 

(意地でも……ここで潜り込む!!)

 

「ブラッキー!!()()()『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

「え?」

 

 ボクの指示を聞いて、ブラッキーが前足を振ったのは自分の後ろ。そこには、先ほども言った通り、ブラッキーが避けてきたシャドーボールが残っている。ブラッキーが前足を振るったのは、このシャドーボールに対してだ。

 

 このシャドーボールは、ポットデスがからをやぶるの強化を乗せて放った攻撃だ。その分威力が上がっているため、この球が爆発した時の爆風も凄いものとなる。

 

 なら、この爆風を利用すれば、それは大きな推進力になるはずだ。

 

「ブ……ラ……ッ!!」

 

 ブラッキーが前足をシャドーボールにぶつけると同時に大きな爆発が起きる。この爆風の直撃を受けたブラッキーは、少し苦しそうな声をあげるものの、決して態勢を崩すことなくこの勢いに乗り、でんこうせっかの時以上の速さをもってポットデスの下へ帰って来る。

 

「ティッ!?」

「避け━━」

「『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

 

 一瞬にして帰ってきたブラッキーに反応できないポットデスにイカサマが直撃。そのまま勢い良く吹き飛ばされ、ユウリの足元にまで転がっていき、目を回す。

 

 

『ポットデス、戦闘不能!!』

 

 

「ふぅ……」

 

 審判の声を聞いて一息つくボク。けど、集中力は絶やさない。

 

(思考を止めるな!集中を切らすな!発想の差で負けるな!)

 

 勝って兜の緒を締めよ。

 

(これはコウキに挑むための……試練だ)

 

 天才相手に、油断は命とりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヨノワール

遂に陥落。せめてもの役割として、やられる前に共有化を切り、主にダメージがいかないように。健気ですね。

ユウリ

とりあえず作戦が上手くいき一安心。しかし、フリアさんの様子が……?

フリア

なんだかんだ、無意識のうちに甘く考えていた自分を叱咤。ユウリさんの本気に触れ、フリアさんもまた、真の意味で本気のステージへ。2人のバトルは、切り札を失っても、さらに激しくなっていきます。




この作品と同時に、実機では追加ストーリーが配信ですね。まだまだポケモンSV、楽しんでいきましょう。






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250話

「ポットデス、ありがとう……ゆっくり休んで」

 

 倒れたポットデスをボールに戻す私は、労いの言葉をかけながら次のポケモンを準備し、対面にいるフリアに視線を向ける。

 

(フリア……凄い気迫だ……)

 

 ポットデスを倒した後だと言うのに、一切気を抜くことなくこちらを見つめてくるフリア。きっと共有化のダメージが大きいのだろう証拠に、若干の冷や汗こそ流してはいるものの、真剣な瞳が揺れることは一切ない。

 

(そんな目も出来るんだね……)

 

 それは私を完全に敵として捉えている目で、人によってはもしかしたら恐怖を感じるかもしれないほど鋭い眼光。それほどまでに、今のフリアからは強力なプレッシャーを感じることが出来た。

 

 このジムチャレンジが始まって、ずっと一緒に旅してきたフリアが、私にこんな表情を見せたことなんて1度もない。それほど真剣で真っ直ぐな瞳。

 

(フリア……)

 

 私は、フリアがそんな瞳で見てくることが、この上なく嬉しかった。

 

(ありがとう……本気で私を見てくれて……!!)

 

 だって、ようやくフリアに認められたような気がして、ようやくフリアの横に立てたような気がして。

 

 ようやく、目標の1つに辿り着いたような気がして。

 

(でも……まだまだ!!)

 

 しかし、ここで安心なんかしちゃいけない。

 

 まだバトルは終わっていない。ともすれば始まったばかりだ。ここから不甲斐ないことをしてしまえば、ようやく得たこの信頼を裏切ってしまうことになる。それに……

 

(『追いつけた』だけじゃ満足できない……ここまで来たら『追い越したい』!!)

 

 過ぎた考えかもしれない。自惚れた考えかもしれない。けど、少なくともフリアは私を完全に同格のトレーナーと判断してくれた。なら、少なくともフリアにとって、今の私は負けうる可能性のあるトレーナーとしてしっかりと認知されている。

 

 なら、なおのこと本気で勝ちに行きたい。

 

(ここまで思われたら、私だって全力以上の力を出さなきゃ……!!)

 

 ボールを握る手に、自然と力が入っていく。

 

 私の目に宿る意志が、フリアにつられてもっと燃えていく感じがした。

 

「いくよ……ストリンダー!!」

「リッダーッ!!」

 

 いつも以上に声を張り上げながら、私は3人目の仲間を繰り出していく。そんな私の声と空気にあてられたストリンダーもまた、場に出た瞬間胸ヒレを激しく掻き鳴らし、大音量でギター音を鳴り響かせていく。その音もいつもより激しく、音が大きすぎてその振動だけで大地が揺れているのではと錯覚してしまう程。

 

「『ばくおんぱ』!!」

「リッダッ!!」

 

 その勢いのまま、特性の力と合わせて爆音を鳴らし続けるストリンダー。その衝撃波は、ヨノワールたちとの戦いで散らばった礫たちを巻き込んで、ブラッキーを攻める大きな振動の壁となって襲い掛かっていく。

 

「『あくのはどう』!!」

「ブラッ!!」

 

 これに対してブラッキーは、口元に黒色の波動を溜めて発射。攻撃範囲が広すぎる技に対して、一点を集中して攻撃することによって穴をあけ、その穴からストリンダ―と距離を詰めようと画策する。

 

「ブラッ!?」

「くっ……」

 

 しかし、ストリンダーの火力が高すぎて穴をあける前に衝撃がブラッキーに到達し、ブラッキーが押しのけられる。

 

「『オーバードライブ』ッ!!」

「リッダーッ!!」

「『イカサマ』!!地面に!!」

「ブラッ!!」

 

 ここに追撃を仕掛けるように電撃の波を放つストリンダー。あくのはどうでは勝てないと判断したブラッキーは、今度は前足にオーラをためて、地面を思い切り叩いて土砂を巻き上げる。

 

 巻き上がった土砂はオーバードライブを受け止め、しかしやはり土砂程度では特性の乗ったオーバードライブを止められるわけもなく、少しだけ止まりはしたものの、すぐに進軍を始めてその先にいるブラッキーを狙っていく。しかし……

 

「いない!?」

「『イカサマ』!!」

「っ!?」

 

 土煙の先にはブラッキーはおらず、いつの間にかストリンダーの真上にいたブラッキーが、黒色の前足を構えて振り下ろす瞬間だった。

 

(地面を殴ったと同時にその反動で飛んでたんだ!!)

 

「リダッ!?」

 

 殴られたストリンダーはそのまま後ろに引きずられるようにして下がっていく。

 

「『でんこうせっか』!!」

「ブラッ!!」

 

 下がったストリンダーを逃さないように、追撃のために走るブラッキー。遠距離戦はどうやったってストリンダーの方に分があるから、向こうとしては何が何でも距離を離されたくないのであろう。

 

「地面に『ばくおんぱ』!!」

「リダッ!!」

 

 ならこちらもそれを拒否する攻撃を放つ。

 

 地面に音波をぶつけて、先ほどブラッキーが巻き上げたものの数倍の土砂を巻き上げ、巨大な壁を生成。どれだけ突っ込んでも乗り越えられない壁を生成する。

 

「『あくのはどう』!!」

「リダッ!?」

「速っ!?」

 

 しかし、その壁をでんこうせっかですぐに横に回り込んだブラッキーが、ストリンダーの横からあくのはどうを発射。

 

「飛び付いて!!」

「ブラッ!」

 

 この攻撃によってぐらついたストリンダーを確認したブラッキーは、そのままストリンダーの背中にしがみつく。

 

「『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

 

 この状態から繰り出されるのはイカサマ。背中に張り付かれた状態で放たれたその技は、ストリンダー自身が物理よりも特殊の方が得意であることと、背中に引っ付いている故に振りかぶることの出来ない超至近距離という状況のおかげで、威力そのものはかなり控えめなものになっている。しかし、ストリンダーは胸ヒレから攻撃を行う関係上、自身の後ろに対する攻撃方法が乏しい。ホップの時にも突かれた明確な弱点だ。きっとフリアも私対策でしっかりと勉強しているということだろう。

 

(でも!!あの頃と違って私だって対策くらい立ててる!!)

 

「ストリンダー!!空に向かって『ばくおんぱ』!!」

「っ!?」

「リッダァッ!!」

 

 その姿を見て、私が指示をしたのが空に向かっての攻撃。当然この技はブラッキーを狙って打った技ではない。

 

(狙いは1つ!!この技の勢いを利用する!!)

 

 固定できる場所の無い空中でこれほどの規模の攻撃をすれば、その反動で後ろに下がってしまう。パンクロックで破壊力の上がったこの攻撃は、ストリンダーとブラッキーをまとめて弾き飛ばすほどの反動を発生。上を向いているストリンダーは、背中を地面に向けた状態で、弾かれたように落下した。

 

「ブラッ!?」

「リダッ!?」

 

 結果、背中にくっついているブラッキーから地面に高速で激突。ストリンダーにもダメージは入るものの、ブラッキーがクッションになっているおかげでかなり軽傷で済んでいる。むしろ、下敷きになったブラッキーは小さくないダメージを負ったはずだ。

 

「『あくのはどう』!!」

「ブ…ラッ!!」

 

 下敷きになったブラッキーは、しかしそれでも意地を見せてあくのはどうを発射。ゼロ距離ゆえ回避する方法の無いこの状況では、ストリンダーは大きなダメージを受けながら飛ばされることになるものの、これでブラッキーとの距離は広がった。

 

「『オーバードライブ』!!」

「リッダァッ!!」

「ブラッ!?」

 

 距離が空いたと同時に放たれる電撃の波は、ブラッキーがでんこうせっかで避ける前に辿り着き、ダメージを与えながら土煙を巻き上げていく。その際、ブラッキーの小さい悲鳴がしっかり聞こえたことから、まとまったダメージが入ったことを確信。

 

「……『あくのはどう』」

「ブラッ!!」

「っ!?」

 

 が、その土煙の中から黒色の波動が飛んでくる。

 

 自分で巻き上げた土煙が目隠しになって逆に攻撃を確認することが出来なかったため、反応が遅れてそのまま攻撃を受けてしまった。

 

「ブラ……」

「『つきのひかり』……回復までばっちりされてる……」

 

 しかも、土煙が晴れた先には、身体を緑色に光らせるブラッキーの姿。その頭上を見れば、白く輝く月があり、その光を一身に受けたブラッキーの傷が癒されていた。

 

「『でんこうせっか』!!」

「ブラッ!!」

 

 元気補充完了と言わんばかりに声をあげ、同時に猛ダッシュ。傷が癒えたことで、先ほどと比べてほとんど速度を落とすことなく走り出したブラッキーは、ストリンダーの周りをグルグルと周回し始める。

 

「『あくのはどう』!!」

「『ヘドロウェーブ』!!」

 

 その周回運動を続けたまましてくるのは黒い波動の乱射。中心にいるストリンダーに向けて次々と放ってくる黒い波動は、しかしこちらの全方位発射する毒の波によってその黒い波動の悉くを飲み込んでいく。当然この攻撃は、周回しているブラッキーの下まで届くから、この攻撃を回避するにはジャンプするしかない。

 

(飛んできたところを叩き落とす!!)

 

「ブラッキー!『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

「え……?」

 

 ストリンダーとも目を合わせ、対空の準備をしていると、フリアが指示した技はまさかのイカサマ。この距離で近接技なんて振る意味を見いだせない私は、思わず声を漏らしてしまうけど、相手はフリア。常識の範疇で考えると痛い目を見るのは間違いないので、すぐさま気を引き締める。

 

 一方指示されたブラッキーは、これまでの激闘で周りに転がっている岩の中で、比較的大きなものの近くに移動し、その岩に向かってイカサマを行い、ストリンダーの方に飛んでいくように殴った。しかし、ブラッキーの攻撃ではそんなに強く飛ばすことは出来ず、今までの攻撃からすればかなり遅い速度でこちらに飛んでくる。ストリンダーのヘドロウェーブの表面を滑って進んできているとはいえ、これではとても攻撃と呼ぶことはできないだろう。

 

(……いや、読めてきた)

 

「『でんこうせっか』!!」

「ブラッ!!」

 

 フリアの狙いがわかってきたと同時に、ブラッキーが毒の波をジャンプで躱す、そして、そのまま先ほど弾いた岩の上に着地し、毒の波にサーフィンのように乗って接近してきた。

 

(本当に、相変わらず器用なことを考えて来るね……)

 

「『オーバードライブ』!!」

「リッダッ!!」

「重心を後ろに!!」

「ブラッ!!」

 

 しかし、予想できていた私にとってはすぐに反応できるレベルだった。すかさずストリンダーで電撃の波を起こして攻撃。けど、これに対してフリアもすぐさま反応し、ブラッキーが乗っている岩の後ろ側に重心を傾ける。すると、ブラッキーの乗っている岩の前部分が少し浮き上がり、電撃に対する壁となって立ちふさがり、そのままの状態を維持して毒の波を滑って来る。

 

「蹴って!!」

「ブラッ!!」

 

 そしてある程度進んだところでブラッキーがその岩を蹴りだし、ゆっくりだった岩の速度が加速。ストリンダーに迫る壁となる。

 

「『ばくおんぱ』!!」

 

 この壁を吹き飛ばすべくばくおんぱ。高速で迫ってきているとはいえ、ブラッキーが動かせるレベル且つ、電撃を一度受け止めたことによるちょっとした摩耗によって、岩は簡単に吹き飛ばされる。が、攻撃範囲を選べないばくおんぱは、そのままストリンダー自身が出したヘドロウェーブも吹き飛ばしてしまう。

 

「『でんこうせっか』!!」

「リダッ!?」

 

(本命はこっち!?)

 

 毒の無くなった地面に足をつけ、再び強く踏み込むブラッキー。一陣の光と化した彼は、そのまま真っすぐストリンダーに走り出し、ばくおんぱ終わりをついて突進を仕掛けて来た。

 

「『オーバードライブ』!!」

「リッダァッ!!」

 

 これに対して何とか態勢を持ち直したストリンダーは、続けざまに電撃の波を奏でる。でんこうせっか自体は受けてしまったものの、攻撃を受けることを想定していたストリンダーはしっかり受け身を取り、反撃としてオーバードライブを放った。

 

「ブラッ……!!」

 

 ばくおんぱの隙をつかれたこちらだけど、そのお返しとばかりに、でんこうせっかの後隙に電撃の波をぶつけられるブラッキー。でんこうせっかこそあるけど、元々の足はそんなに速くないブラッキーもまた、この後隙から立ち直る方法がなく、こちらの電撃を直撃し、後ろに下がっていく。

 

 けど、耐久が高いブラッキーはまだ倒れない。

 

「『つきのひかり』!!」

「ブラ……!」

 

 そこからさらに回復技を使って長期戦に持ち込もうとするブラッキー。しかし、いい加減こちらもただで回復なんてさせない。

 

「月に向かって『オーバードライブ』!!」

「リッダッ!!」

 

 ブラッキーを癒すべく、光を下ろそうとしている月に向かって電撃を飛ばすストリンダー。月をめがけて放たれたこの技は、しっかりとその役目を果たし、空中に浮かぶ虚像の月を一撃で粉砕する。

 

「くっ……」

「もう逃がさない!!」

 

 これ以上ブラッキーに耐久をされてしまったら、ストリンダーの体力が先に尽きてしまう。ヨノワールを落としているとはいえ、ポケモンの残り人数を見るのであれば、私とフリアはまだ同数だ。ここで先手を取られるわけにはいかない。

 

「『ヘドロウェーブ』!!」

 

 ブラッキーを詰ませるための一手を放つ私。

 

「縦に!!」

「リダッ!!」

 

 先ほどは全方向に広がるように発射した毒の波を、今度はストリンダーの前に壁のような形で展開。ストリンダーが掛け声と一緒に地面を踏みしめると同時に、地面から生えるように登っていった。

 

「っ!?まずい、ブラッキー!!『でんこう━━』」

「遅い!!そのまま『ばくおんぱ』!!」

「リッダァッ!!」

 

 毒の壁が完成したと同時に、何かを察したフリアが慌ててでんこうせっかを指示するけどもう遅い。ストリンダーがばくおんぱを放ち、目の前に展開されている毒の壁を維持したままものすごい勢いでブラッキー側に押し出していく。横幅も十分にとったその攻撃は、少し横に走ったくらいでは逃げることは出来ず、更にヘドロウェーブとばくおんぱの2つの技の威力が重なることによって、かなりの破壊力を秘めた合わせ技となる。

 

「ブラッ!?」

 

 その技は容赦なくブラッキーを飲み込み、壁が倒れ込むような形でブラッキーを押し潰し、流れていく。

 

「ブラッキー!!」

 

 フリアの掛け声がこだまする中、ちょっとずつ引いて行く毒の波。その中心地点には、それでも意地で耐えているブラッキーが目に入る。

 

「ブ……ラ……ッ!!」

「……凄い意地……でも!!」

 

 が、あれだけの毒液につぶされたブラッキーの頭には、紫色の泡が立ち上っており、遠目から見てもかなり顔色が悪くなっていた。

 

 毒状態。それが、てっぺきとも思われたブラッキーの、最後の体力を削り切って地に伏せた。

 

 

『ブラッキー、戦闘不能!!』

 

 

「よし……!!」

「お疲れ様……ブラッキー……」

 

 フリアの最強の矛に続き、最強の盾を1つ陥落させた。そのことに無意識に声を出す私。けど、まだまだ安心はできない。

 

(フリアの目……どんどん鋭く、燃えてる……!!)

 

 倒れたブラッキーに対して、優しい声をかけ、労いながらも、決して闘志の火は絶やしていない。

 

「行くよ!!モスノウ!!」

 

 そして間髪入れずに繰り出されるフリアの4人目のポケモン。

 

 自慢のこおりのりんぷんを撒き散らしながら優雅に現れた彼女は、見ているだけで引き込まれてしまいそうなほど優雅で、しかし、モスノウ自身が瞳に宿す焔を見て、すぐさまその考えを改める。

 

(モスノウか……もしかしたら、ここは変に突っ張るよりも、1度ミロカロスに引いた方が……)

 

「『ちょうのまい』!!」

「フィッ!!」

「指示が早いっ!!『オーバードライブ』!!」

「リッダッ!!」

 

 ストリンダーを1度引かせるかどうかほんの少しだけ悩んでいるところに、一切の迷いを見せずに告げられるフリアの指示。判断が早すぎて完璧にタイミングを逃してしまった私は、せめて舞を行う回数を最低限に抑えるべく、ストリンダーが放てる最高火力をモスノウに打ち出す。しかし、こおりのりんぷんによって特殊に対する抵抗力が高いモスノウは、飛んでくる電撃をこの鱗粉と、ちょうのまいで育った特防にて抑え、しっかりと受け止める。

 

(受け切られてる!!このままだとずっと『ちょうのまい』をされちゃう!!)

 

 積み技による能力成長を放っておくとどうなるのか。それは開幕タイレーツで暴れていた私には手に取るように理解出来る。

 

 特殊方面に対して強く出ることの出来るこのちょうのまいという技は、今から全力で積まれてしまうと、モスノウの特性も相まって、本当に特殊で倒すことが不可能になってしまう。となると、今の私の残りではエースバーンでしか倒すことが出来なくなってしまう。

 

(ここでエースバーンを出すのはさすがに避けたい……ちょっとでも温存して欲しから……けど、このままストリンダーで殴っても、多分『ちょうのまい』と鱗粉を越えられない……ここまで来たら交代の時間も惜しい……なら!!)

 

「まだまだ『ちょうのまい』!!」

「ストリンダー!!とにかく『ヘドロウェーブ』!!」

 

 ダメージを見てまだちょうのまいをする余裕があると判断したフリアは、ちょうのまいを続行。私にされた積み技からの無双をやり返す魂胆らしい。私の戦法すら取り込む作戦構築の速さは本当に凄い。この技を通されてしまうと、ここまで積み上げてきたものが一瞬でひっくり返されない。かといって、エースバーンをまだ出すわけにはいかない私は、ここで少し賭けに出るためのヘドロウェーブを発射する。

 

 上空にいるモスノウにあてるために、先ほどと同じように高い壁のように展開した毒の波を、舞を踊っている間の無防備な状態のモスノウに向けて倒していく。これに対してモスノウは、こおりのりんぷんがあることと、ちょうのまいで特防をあげていることから、ちょうのまいを中断して避けることよりも。ちょうのまいを続行して、ダメージを受けながらも技を積むことを優先。

 

「フィ……ッ!!」

 

 結果、毒の波はモスノウに直撃するものの、こおりのりんぷんが盾となり、ちょうのまいの効果もあって、その威力を大きく減少させていく。これでは対してダメージにはなっていないだろう。けど……

 

「フィッ!?」

「よし!!」

「……そっちが狙いだったか」

 

 モスノウの頭上に、先ほどブラッキーの頭にも浮かんだ紫色の泡が発生。どく状態になった証だ。これでモスノウは、どれだけ頑張ってもどこかで必ず毒で倒れるようになった。特防上昇による要塞化や、上がった素早さによる逃げの耐えもされることがなくなったのは大きなポイントだ。

 

 これなら、もう少し欲張れる。

 

「ストリンダー!!もっと『ヘドロウェーブ』!!」

「リッダァッ!!」

 

 ストリンダーが気合の入った声をあげるとともに、さっきよりもさらに高い毒の壁が発生。どく状態になったモスノウに対して、さらに毒を入れてもうどく状態になるのを狙うべく、壁を再びモスノウの方へ倒していく。

 

「モスノウ、『ふぶき』!!」

「フィッ!!」

「リダッ!?」

「うぅっ……凄い風……」

 

 しかし、さすがに2回目は許さないフリアは、今度はふぶきを選択。荒れ狂う風は、ちょうのまいで火力が上がったということもあり、離れているはずの私たちの下までしっかりと届いており、ストリンダーが作り上げた壁さえも、一瞬で凍らせてしまった。

 

「『ばくおんぱ』!!」

「リッダッ!!」

 

 攻めて凍った毒壁を氷の礫としてモスノウにぶつけようと、出来上がった壁を壊す勢いで音波を放つストリンダー。しかし、この攻撃さえも、モスノウが羽を1回羽ばたくだけで全てを無に帰させられる。

 

「『ふぶき』」

「フィィッ!!」

 

 豪風。それは、ストリンダーが割った氷の礫のすべてを巻き込み、乱れ舞う刃としてストリンダーを襲っていく。

 

「リダッ!?」

「くっ……ストリン……ダ……ッ!!」

 

 風が強すぎることと、私が寒いのが苦手すぎることが相まって、まともに前が見れない状況になってしまい、思わず腕で顔を覆ってしまう。その間に少しだけ聞こえてきたストリンダーの苦しそうな声が、やけに私の耳に強く残った。

 

 程なくして風が止み、ようやく前を確認できるようになった私の目前には、身体中に霜を下ろし、礫が刺さった状態で、目を回して倒れているストリンダーの姿。

 

 

『ストリンダー、戦闘不能!!』

 

 

「フィィィィッ!!」

 

 

 審判の言葉と共に、身体を巡る毒に根性で耐えながら声をあげるモスノウ。同時に、辺りにはこれでもかというくらいこおりのりんぷんをまき散らし、このバトルコートの温度をガクッと下げ、一瞬で自分の世界を作り上げていく。

 

「……次、どうしよっかな……」

 

 そんな、普段温厚な彼女からは想像もできない激しい姿に、少しだけ悪寒を感じながら、けど、無意識のうちに笑顔を浮かべながら、私は次のボールを構えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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251話

「ありがとうストリンダー。戻って休んでね」

 

(はぁ……はぁ……)

 

 ボールに帰っていくストリンダーを見送りながら、ボクはゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 

 右腕は相変わらず痛むし、三半規管が揺れた感覚もまだ消え去っておらず、コンディションの話をするのであれば正直あまり宜しくない。わがままを言ってもいいのなら、今ここで横になって少し寝たいくらいだ。けど、そんなことは当然許されない。

 

(みんなが頑張っているのに……ボクが最初に弱音をあげるとか……絶対に嫌だ)

 

 ヨノワールのダウン。その衝撃は、ボクの心にとても大きなものを残した。ボクが信じていた1番の相棒だ。当たり前と言ったら当たり前の反応だと思って欲しい。けど、そのヨノワールが自分から共有化を切ってまで、ボクに先を見据えさせてくれた。あれがなければ、いよいよもってボクは立っていられなかったかもしれない。

 

(ヨノワールがせっかく繋いでくれたんだ。このバトンは死んでも離さない……!!)

 

「フィィィッ!!」

 

 そして、そんなボクの思いと比例するかのように、モスノウも大きな声で叫ぶ。毒を患っているにもかかわらず、それを感じさせないほど心強いその声は、聞いているこちらもまたやる気を漲らせてくれるものだった。

 

 ブラッキーのでんこうせっかがいつもよりも鋭かったり、モスノウの氷がいつもよりも冷たかったりと、みんなも気合いが入っている理由。これもやはりヨノワールが関係していた。

 

 ヨノワールのダウンは、何もボクだけが驚いたものでは無い。モスノウやブラッキーたちにとって、ヨノワールは絶対的な先輩だ。ボクの仲間になった時点で、既にボクの隣でその力を示していた彼の姿は、みんなにとってはさぞ大きな存在として映っていただろう。このトーナメントまでの期間だって、みんなで特訓をしていたけど、共有化関連以外の特訓の時はヨノワールもボクと同じで色々教える側に回っていたし、公式戦になれば、少なくともガラル地方に来てからは、必ずトリでのバトルで勝利を収めている。

 

 偉大な先輩であり、後ろから支えてくれる絶対的な柱。それが、みんなから見たヨノワールだった。

 

 そんな彼が、まさかの序盤で退場。その衝撃は大きく、下手をすればボク以上にショックだった子もいるかもしれない。

 

 けど、それ以上に、ヨノワールが自分から共有化を切ったということが、みんなの心に深くのしかかる。

 

 ヨノワールが共有化を切ったのは、ボクがこの先も戦えるようにするためだ。ここでボクが万が一でも痛みで倒れてしまえば、その時点で負けが確定してしまうから。だからヨノワールは、未来を見据えてこの行動に出た。それはヨノワールの気遣いであり、彼なりの優しい1面と捉えることが出来る。だからこそ、ボクはこんなにも心が燃えている。

 

 では、他のみんなからはこの行動はどう映るのだろうか。

 

 ボクがこの先も自由に戦えるようにするために、少しでも負担を減らすその行為。それは、裏を返せば、『たとえ自分が倒れたとしても、ボクと残りのみんなならこのバトルに勝てる』と思ってくれているということにならないだろうか。

 

 それは、ヨノワールからの1種の信頼だ。このことにすぐさま気づいたみんなは、ヨノワールの想いを受け取り、衝撃を受けた。

 

 自分たちの先輩で、自分たちの前を行き、自分たちを支えてくれた絶対的な人が、後輩を信じて託してくれた。

 

 こんなことをされて、熱くならないわけが無い。

 

(みんなも……嬉しかったんだね……)

 

 もちろんヨノワールは最初からみんなのことを認めてはいた。けど、決してそういったことを表に出すことの無いあのヨノワールが、まだ分かりづらいとはいえ、それでもちゃんと目に見える形で信頼の証を見せてくれたことが、みんなにとってはとても衝撃的で、とても嬉しいことだった。

 

 だから吠える。だからもっと頑張れる。

 

「フィィィッ!!」

 

 毒なんてなんのその。まだまだやってやると冷える彼女の周りがさらに寒くなる。

 

(ボクだけじゃない。みんなも挑戦している!!だから……来い!!)

 

 モスノウの気迫を受け、マフラーをぎゅっと握りしめながら、ユウリの方にじっと視線を向ける。

 

「……いくよ!!ミロカロス!!」

「ロォォォッ!!」

 

 対するユウリも、これだけの圧を受けても怯む事無く4人目のポケモンを呼び出す。

 

(ミロカロス……来たね……)

 

 現れたのはミロカロス。ユウリの手持ちの中でもトップクラスの耐久力を誇っている彼女は、ここまでの戦いでもその役割をしっかりとこなしている。頼もしく、そして相手にしていて厄介なポケモンだ。

 

(耐久を活かして、とにかく耐えている間に毒ダメージを蓄積させて粘り勝つ戦法かな?なら……!!)

 

「モスノウ!!『むしのさざ━━』」

「『アクアテール』!!」

「フィッ!?」

「っ!!」

 

 こちらから耐えきれないレベルの攻撃をぶつけてやろうと動いた瞬間、ミロカロスから水をまとった岩を飛ばされてくる。アクアテールで飛ばしてきた岩だ。

 

 攻撃をしようと構えていたところに、不意打ち気味で飛んできたその技は、直撃することは避けたけど、モスノウの翅に少し当たり、ダメージを貰ってしまう。

 

「『ねっとう』!!」

「ミロッ!!」

「『ふぶき』!!」

「ッ……フィッ!!」

 

 空中でバランスを崩したところにすかさず飛んでくる追撃。これをふぶきで相殺することで、熱と冷気がぶつかり合い、フィールドが一瞬で水蒸気に包まれる。

 

 このやり取りを見て、ボクは自分の間違いを改める。

 

(前言撤回。モスノウが毒で倒れるのを待つなんて、そんな消極的なこと絶対にしてこない!!なんなら毒のダメージと併せて、1秒でも速くモスノウを倒す気だ!!)

 

「『アクアテール』!!」

 

 ギラギラとした瞳をしながらどんどん攻撃技を指示するユウリを見て、本当の作戦を確信。それを証明するかのように、ミロカロスは次々と尻尾で岩を打ち出してくる。その速度とキレが凄まじく、当たれば岩が大の弱点且つ、物理に対して凄く脆いモスノウに対して、この攻撃は1つ1つが物凄いプレッシャーを放っていた。

 

「『ぼうふう』!!」

 

 美しい鱗を光らせながら、しかし、戦闘は荒々しいそのギャップに、ある意味見とれてしまいそうになるのをぐっと堪えたボクはぼうふうを指示。飛んでくる岩をそのまま吹き飛ばす勢いで荒れ狂う嵐は、岩にまとわりついていた水を弾き、岩を逆再生したかのごとくミロカロスへと返していく。

 

「『ねっとう』!!」

 

 返されることを想定していたミロカロスは、この岩をねっとうのより、軌道を逸らすことで回避。岩たちはミロカロスの周りに落ちていき、障害物として点在し始める。

 

「『ふぶき』!!」

「フィッ!!」

「ロッ!?」

 

 岩のせいで自由に走り回ることの出来ないことを確認したボクは、ミロカロスが避けられないことを確信してふぶきを指示。翅を羽ばたかせる度に流れていく白銀の風は、一瞬にしてミロカロスの元に到達し、その身体をどんどん冷やしていく。

 

 ちょうのまいによってかなり強化されたこの一撃。しかし、タイプ上いまひとつで受け止められることと、ミロカロス自身の耐久力の高さが相まって、余裕とはいかないまでも、充分余力は残した状態で耐えていた。予想はしていたことではあるが、やはり生半可な一撃では全然倒せる気がしない。さすがサイトウさんのネギガナイトの一撃を耐えきっただけはある。しかし、決して無敵では無く、ずっと攻撃すればいつか必ず限界はやってくる。ならば、ここでボクがするべきはガンガン攻めること。幸いミロカロス側からの打点は薄いように見えるので、こちらが有利であることには変わらない。それに、ストリンダーとのバトルで毒を貰ってしまっているので、時間をかければかけるほどこちらが不利になる。なら尚更止まる必要は無い。

 

「『ぼうふう』!!」

「フィィィッ!!」

 

 ふぶきが舞っている中にさらに風を送り込むモスノウ。これによって、ただでさえ強烈なふぶきがさらに強化され、ミロカロスを中心とした小さな嵐が発生。その様はまるで風の牢獄で、ちょっとやそっとでは脱出不可能な規模のそれになっていた。しかもこの攻撃は、ただ威力が高いだけでは無い。

 

「ル……ルロッ!?」

「ミロカロス!?」

 

 合体技を受けてもなお、まだ耐えようとしていたミロカロスの身体に異変が起き始める。その内容は、ミロカロス自慢の美しく、なめらかな白い身体が、このふぶきとぼうふうに晒されていくうちに徐々に赤くなっていくというもの。そして、その赤色の面積が増えていく度に、ミロカロスから苦しそうな声が上がる。

 

(きた……しもやけ!!)

 

 状態異常、しもやけ。

 

 これでミロカロスもスリップダメージを受けるようになり、長期戦が決してユウリ側にのみ味方する訳ではなくなった。もちろん毒に比べたらダメージは大きくは無いけど、しもやけのもうひとつの効果である、発症者の特殊技の威力が半減するという効果のおかげで、技の打ち合いには勝てるようになっているため、足りないダメージは別の部分で補うことが出来る。

 

(やっと……リードできそうだ)

 

 タイレーツの件からずっと握られていたリードをようやく取り返すことができそうな展開。もちろんここで油断なんてしない。いや、出来ない。今はとても寒そうで苦しそうで、痛みと寒さに必死に耐えているミロカロスを見ながら、表情を焦りに歪めているユウリだけど、瞳に宿る焔は決して消えることは無い。きっと今も頭の中では色々な考えが高速でまわっていることだろう。そして、ユウリが諦めていない現状なら、必ずこの状況を打開してくる。

 

(どんな手で来る……?)

 

 ボク自身も、ユウリの立場ならどういう手を打つかを逆算しながら構え、バトルフィールドを注視する。

 

(パッと考えただけだと、この状況を打破する策はそんな無さそう……だと思う。しもやけ状態によって『ふしぎなうろこ』が発動しても、あれは防御が強くなるだけだし、ミロカロス自身の火力も、モスノウみたいに強化できる技がないから大丈夫なはず……技構成も、サイトウさんとの試合とホップとの試合を合わせたら、『アクアテール』、『ハイドロポンプ』、『ねっとう』、『れいとうビーム』の4つ、だと思う。まだ見てない技のあるから、今日もこの構成だとは断定はできないけど……でも、ミロカロスの技の中には、やっぱり今を打破できる技は……)

 

「……えへへ」

「っ!?」

 

 思考に頭を回しているときに、突如聞こえてくる笑い声。その正体は、真正面で相対するユウリのもの。傍から見ればそれは、今の状況に困ったような、少し苦い気持ちを含んだそれに聞こえるだろう。

 

 けど、その声を真正面から受けたボクは、背筋に悪寒が走った。

 

「こうやってモスノウの攻撃を受け止めてると……ワイルドエリアでウルガモスと戦ったことを思い出すね」

「ミ……ロ……」

「……」

 

 急に始まるユウリの思い出話。それは、ワイルドエリアで吹雪に見舞われた時の話。

 

 ポケモンの巣穴のなかで行われた、ダイマックスしたウルガモスとのレイドバトルは、ガラルでの冒険の中でもかなり印象に深い出来事だ。

 

 このことをユウリに言われると、確かに今の状況はあの時のバトルに酷似しているかもしれない。もっともその場合、敵であるウルガモス役はボクが担っていることになるが……と、ここまで考えて、ボクの頭に何かが引っかかった。

 

(いや、待って……ウルガモスとバトルした時は確か……)

 

「あの時は、ミロカロスはまだヒンバスだったよね……」

「ミ……ロ……ッ!!」

 

 あの時は確か、ウルガモスとのバトルの途中でヒンバスも参戦していたはずだ。

 

(その時に使った技……ッ!?)

 

 ユウリが何をしようとしているのかわかったボクは、弾かれたように視線を上にあげる。

 

「モスノウ!!いますぐ『ふぶき』と『ぼうふう』を止め━━」

「もう、準備は出来た……くしくも、あの時と似たような状況になったね」

 

 慌ててモスノウに攻撃をやめるように指示を飛ばすボクだけど、その頃にはすでに、ミロカロスの前に透明な壁が出来ており、これから行う技の準備が完了している合図を出していた。

 

(せめて避けるだけでも……!!)

 

 これから来る大技に対して、最低限の防御行動をとろうと口を開くけど、今度は声を出すことすら間に合わなかった。

 

「ミロカロス……『ミラーコート』」

「ミ……ロッ!!」

 

 ユウリの言葉と、ミロカロスの声と共に、ミロカロスの前にある透明な壁が一気に発光。思わず目を塞いでしまう程強力な光と爆風を発生させながら、すさまじいエネルギーがモスノウに向かって解き放たれた。

 

「モスノ……ッ!!」

 

 威力が高すぎて、ボクの声すらかき消されるその爆風。

 

 ちょうのまいでかなり強化され、そしてぼうふうとふぶきという、それぞれのタイプの中でも特に威力の高い特殊技を合わせた強力な攻撃は、ミラーコートによってその威力を倍にされたうえでモスノウに返されていく。その威力は、いくらモスノウがこおりのりんぷんを散らし、ちょうのまいの強化によって特防を強くしたところで、その守りのすべてを無視して貫通するほど。

 

 こんな技、避けられるはずがない。

 

 程なくして、ミラーコートによる破壊の嵐は収まって、ようやく目を開けることが出来るようにはなったものの、正直結果は目を開く前からわかってしまっていた。けど、ここで目を逸らすのはモスノウに失礼だから、ボクはしっかりと前に目を向ける。

 

 

『モスノウ、戦闘不能!!』

 

 

「ル……ルロォッ!!」

 

 その視線の先には、目を回して落ちたモスノウと、しもやけと、ふぶきとぼうふうのダメージによって戦闘不能直前まで追い詰められてはいるものの、それでも踏ん張って吠えているミロカロスの姿があった。

 

「ミロカロス!!ありがとう!!」

「ルロッ!!」

「ありがとうモスノウ。ゆっくり休んで」

 

 モスノウを落としたことに喜ぶユウリとミロカロスの声をBGMに、労いの言葉をかけながら、ボクはボールにモスノウを戻していく。

 

(やられた……『ミラーコート』の存在を完全に忘れていた……)

 

 ミラーコートを使っていたのがかなり前だったことと、既に技を、試合またぎとはいえ4つみていたことが、意識していない先入観を植え付けられてしまっていた。

 

(いや、それを込みでの作戦だったのかも……だとしたら本当、成長してる……)

 

 番外戦術も組み込んでいるのならますます手が付けられない。本当に、誰からこんな戦法を習ったのか気になるところだ。

 

 とまぁ、今はそのことは置いておいて……これで再びボクがリードを取られる形となる。せっかくモスノウのおかげで流れが取れそうだったのに、ここにきてまさかの一手でその流れを無理やり取り返されてしまった。それが本当に痛い。

 

 しかし、ここに来てモスノウの意地と思いが、しっかりと天に届く。

 

「ロ……!?」

「ミロカロス!?」

「え?」

 

 モスノウのボールを腰に戻したあたりで、突如バトルフィールドから声が聞こえる。そちらに視線を向ければ、今まさしく、ミロカロスが最後の言葉を発しながら、地面にその巨体を倒れさせる瞬間だった。

 

「ミロカロス……」

 

 

『ミロカロス、戦闘不能!!』

 

 

 そしてそのまま告げられる審判からの宣言。その言葉が信じられず、一瞬思考が止まってしまいかけたけど、少ししてすぐに答えにたどり着いた。

 

「もしかして……『ぼうふう』と『ふぶき』の合体技を受けた時点で限界だった……?」

 

 氷と風の嵐にそこそこの時間晒し続けられたミロカロス。しかもその攻撃は、ちょうのまいを2回行ったことによって、ぐーんと能力を成長させたモスノウが放ったものだ。いくらミロカロスが耐久力のあるポケモンと言えども、さすがにこのダメージは看過できない。しもやけのダメージも相まって、想像よりも早くミロカロスの限界が来ていた。

 

 けど、きっとこの時に、ミロカロスはユウリを悲しませまいと、ユウリの思いに答えようと、ポットデスの時と同じように気合いで耐えた。

 

 そして、この期待に応えてミラーコートを放ち、モスノウが倒れたのを見送った後に、しもやけによるダメージで、とうとう力尽きた。おそらくこういう流れが起きたんだと思われる。

 

 絆による気合い耐え。ポットデスの時にも起きた現象の再発。それを見たボクは、ユウリの才能にどんどん押されていく。

 

(1回だけじゃなく2回目……どんどん近づいてる……今回はまだ良かったけど、次戦う時は、下手をしたら状態異常も気合いで治しちゃうかも……)

 

 コウキのポケモンは、コウキを心配させまいと気合いで状態異常をも治してくる。もしユウリがコウキと同じレベルに到達していたなら、ミロカロスはしもやけすらも治していただろう。そうなれば、いよいよもってボクの負けが見え始めてくるところだった。

 

(……って、何弱気になってるんだ。たとえそうだったとしても、勝つ!!気合い入れろ!!コウキはユウリより数倍強いんだぞ!!)

 

 天才たちのデタラメな戦い方にまた弱気になりそうな心を叱咤し、ふらつく身体を無理やり維持させながら、なれない左手でゆっくりと5人目の仲間が入ったボールを構える。

 

(とにかく、モスノウのおかげでようやく追いつけた!!)

 

 ミラーコートによるカウンターという、派手な負け方をしたせいで印象はあまり良くは無いけど、結果だけを見ればモスノウとミロカロスの相打ちだ。となれば、残りのポケモンはボクもユウリも残り2人の同数対決だ。

 

 タイレーツによって着けられた大きな差が、みんなに頑張によって少しずつ埋まっていき、遂に追いつくことが出来た。

 

(本当にみんな頑張ってくれてる。……ありがとう。追いつけたのはみんなのおかげだ。……そんでもって、追いつけたってことは、追い抜けるってことだよね!!)

 

 相変わらず身体は痛いし足はふらつく。頭も、常に思考を回しているせいか若干の知恵熱だって感じ始めていた。けど、それ以上にこのバトルへと掛ける思いが強すぎて、ボクの身体はまだまだ頑張れると、心が無理やり奮い立たせてくる。

 

「いくよ……マホイップ!!」

 

 不格好だけど、それでも気合いを入れて投げられたボールは、真っ直ぐ飛んで中からマホイップを吐き出した。

 

 出てくると同時に元気な声を上げ、周りにミントとクリームの混じった、甘くも爽やかな香りをばらまいて行くマホイップ。その香りのおかげで、ボクの腕の痛みと頭のふらつきももほんの少し和らいだような気がした。

 

「ありがとう、マホイップ」

「マッホ!!」

 

 えっへんと、小さく胸を叩きながら自信満々に答える彼女に少しだけ元気を貰ったボクは、改めてユウリの方へ視線を向ける。

 

「いこう、アブリボン!!」

「リリィッ!!」

 

 対面のユウリが繰り出す5人目はアブリボン。黄色い花粉を撒きながら、くるりと回転して滞空する彼女は、先ほどのモスノウと似ていながらも、綺麗さが目立っていたモスノウとは逆で、可愛さを前面に押し出した姿となっていた。

 

 くしくも、ターフタウン直前で仲間になったもの同士の対面。というか、先ほどから、モスノウとミロカロスだったり、ブラッキーとストリンダーだったりと、何かと関係性の深いポケモン同士がずっと闘っている気がする。今までのみんながいつも以上に気合が入っていたのは、そういったことも関係があるのかもしれない。

 

「マホッ!!」

「リリッ!!」

 

 出会った時期が一緒の彼女たちもまた、今までの戦いに感化され、らしくない凛々しい顔を浮かべながら声をあげる。

 

 長い戦いもいよいよ副将戦。見た目だけを言うのなら、およそ決勝には似つかわしくないカードだろう。実際に観客からも少し不安の声が聞こえたりはする。けど……

 

「「『マジカルシャイン』!!」」

「マホッ!」

「リリッ!!」

 

 そんな声を、お互いの技がぶつかり合うときの衝撃で無理やりかき消していく。

 

 お互いの見た目からは想像もつかないほどのその威力に、もう口をはさむ者はいない。

 

(まだまだ……いくぞ!!)

 

 可愛いだけじゃない2人の激突が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ミラーコート

久々のカウンター技。ヒンバスの時に大活躍しましたね。まさかの復活。

しもやけ

てっきりSVで採用されると思ってました。こういうのもあってもよさそうだとは思ったのですが、何かダメな理由があったのでしょうか?






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252話

「『かふんだんご』!!」

「クリーム!!」

 

 フェアリー同士の対決が開始したと同時に、アブリボンはかふんだんごを、マホイップはクリームを周りにばらまき始める。

 

 両者同時に行動を起こしてはいるけど、行動が完了するのはマホイップの方が速かった。相手にぶつけるのと自分の周りにばら撒くのでは、技が飛ぶ距離が後者の方が短いため、かふんだんごが到達する前にフィールドにクリームがセットされた状態になる。展開されたクリームはマホイップの指先ひとつで簡単に動き始め、マホイップの前に盾になるように展開。花粉を固めただけであるこの攻撃では、粘度の高いクリームの壁を突破することは出来ず、クリームの前に散っていく。

 

「捉えて!!」

「マホッ!!」

 

 かふんだんごを止めたクリームは、そのままアブリボンを捉えるためにその面積をアブリボン側へと広げていく。

 

「飛んで『ちょうのまい』!!」

「リリィッ!!」

 

 これに対してアブリボンは、自慢の素早さを生かして素早く飛翔。空中へと逃れたところでちょうのまいを行い、自身の素早さ、特攻、特防の3つを強化していく。

 

「なら……『めいそう』!!」

「マホッ!!」

 

 相手が自身の能力を強化していくのを見て、こちらも能力強化。素早さこそ上げられないものの、こちらは元々素早さが速いポケモンではないので、どちらにしろ追いつけないのであれば特に気にすることはない。

 

「『エナジーボール』!!」

「リリッ!!」

 

 此方がめいそうを行っているのを確認したアブリボンは、このままだと不毛な積み合いになり、そうなって来るとマホイップの方が強いと気づいたのですぐさま攻撃に映る。

 

(やっぱり『アシストパワー』は警戒するよね)

 

 マホイップのアシストパワーは、ポプラさんとのバトルもあってかなり印象に深いし、今回はちゃんとボクもマホイップに憶えさせてきているので、この警戒は凄く正しい。けど、マホイップは別にアシストパワー頼りの戦いをしてきたわけではないから、警戒されるのならそれはそれで問題ない。

 

「『エナジーボール』!!」

「マホッ!!」

 

 飛んでくる緑の弾丸に対して、こちらも緑の弾丸を発射。空中で相殺し合う2つの球は、綺麗な緑色の光を散らしながら爆発する。

 

「突っ込んで!!」

 

 空中で広がる爆煙は一瞬両者の視界を奪うものの、その煙の中をアブリボンが突っ切って来ることによって霧散。小さいながらも力強く羽ばたくことによって、かなりの速度をもってマホイップに突撃してきた。

 

「クリーム!!」

「マホッ!!」

 

 これに対して、マホイップは自身の周りのクリームを操ってクリームの触手を発射。アブリボンをからめとるべく、4本のクリームが猛進していく。

 

 うねうねとした動きは軌道が読みにくく、生半可なポケモンでは避けることがかなり難しいものとなっているクリームの触手。しかし、サイズが小さく、そしてちょうのまいによって素早さが高くなっているアブリボンにとってはその限りではない。

 

 アブリボンから見て右から伸びてきた触手を下に屈んで避け、左から伸びてきたものを高度を上にあげて回避。

 

「『マジカルシャイン』!」

 

 次いで、上から伸びてきたものと真正面から真っすぐ飛んできたものに対して、マジカルシャインを纏った状態を維持して突っ込んでくるアブリボン。虹色の光の球となって突っ込んで来たアブリボンは、クリームを弾きながら突進してきた。

 

「こっちも『マジカルシャイン』!!」

「マホッ!!」

 

 クリームで捉えられないと判断したこちらも、改めてマジカルシャインで反撃。再びぶつかり合う2つの光は、しかし変化技を挟んだことでさっきよりも勢いが激しくなっており、相殺した際の衝撃によって、アブリボンもマホイップも、後ろに強く弾かれることとなる。

 

「クリーム!!」

「マホッ!!」

 

 互角の打ち合いとなったマジカルシャンの激突は、しかしこの状況でも行動できるマホイップの方に分があった。

 

 飛ばされながらも指先を動かしたマホイップの指示によって、再びクリームの触手がアブリボンに向かって飛んでいく。さすがにマホイップの身体からかなり離れたものを操ろうとしたため、触手自体の強度や大きさはしっかりしたものでは無いけど、それでも一時的に行動を阻害される可能性のある技というのは、できる限りは受け付けたくないはずだ。

 

「そのまま下がって!!」

 

 ユウリもそれを嫌って、アブリボンに退却を指示。後ろに弾かれた勢いに乗って、むしろ加速しながらぐんと離れたアブリボンは、クリームと距離を離しながら、そのままバトルコートの壁際まで進み始める。

 

「マホイップ!!今のうちにクリームで止まって!!」

 

 一方こちらは、これ以上飛ばされるとせっかく自分で作り上げたクリームの領域から離れてしまうので、踏ん張る形で動き始める。

 

 まずは、今自分が飛ばされている先の方の壁に右手を向けて掌からクリームを発射し、壁に付着させる。それを確認したら、今度は左手をバトルコート中心付近の、クリームが広がっているところに発射し、こちらも付着したのを確認した後、右手と左手を合わせ、壁とバトルコート中心を繋ぐ1本のクリームの橋を完成させた。このクリームの橋の中に身体を滑り込ませることによって、マホイップはこれ以上飛ばされることを拒否し、更には中を泳いで行くことによってバトルコート中心に復帰。自身の周りにクリームが沢山ある状況を取り戻し、壁に向かって飛んでいるアブリボンをしっかりと見据える。

 

「クリーム!!」

「マホッ!!」

 

 今度は先程と違って、クリームがしっかりと近くにあるので、大きさも強度もしっかりとした触手を発射。スピードもしっかりと上がっているそれは、次々とアブリボンに向かって突き進む。

 

「逃げて!!」

「リィッ!!」

 

 捕まる訳には行かないアブリボンは、壁際まで到着した後、進行方向を左に変え、今度は壁に沿って飛行を開始。身体を90°傾け左に傾け、お腹を壁に向けた状態で飛ぶアブリボンは、自身を狙って飛び、壁に突き刺さって来るクリームの触手を避けながら進んでいく。

 

「『ちょうのまい』!!」

「っ!!」

 

 さらに、避けることが難しくないと判断したアブリボンは、回避行動をしながら身体を回転させ、無理やり舞を舞っていき、自身の能力を再び強化。そのアクロバットさに思わずボクも息を飲む。

 

「『めいそう』!!」

 

 けど、ここで動きを止めてしまえば能力に差が生まれてしまうので、すぐさまこちらもめいそうを行う。クリームの中心で目を閉じたマホイップは、精神を集中させて能力を強化。アブリボンに強化内容で離されないようにする。

 

(これで能力は大丈夫。けど、『めいそう』を()()()()()と言うことは……)

 

「今!!」

「リリィッ!!」

「そう来るよね……っ!!」

 

 めいそうによってクリームの操作が一時的に中断させられたため、アブリボンが自由に動ける時間が出来てしまった。その瞬間をしっかりと見極めたユウリは、このタイミングでアブリボンに突撃を指示。ちょうのまいでさらに素早さの上がっている彼女が、先ほど以上の速度をもってこちらに突っ込んでくる。めいそう終わりという事も相まって、すぐさまクリームを操作することもできないし、足の遅いマホイップが回避を行うことはもっと不可能だ。

 

(受け止めるしかない!!)

 

「『マジカルシャイン』!!」

「マホッ!!」

「『かふんだんご』!!」

「リリッ!!」

 

 突っ込んでくるアブリボンを迎撃するべく、虹色の光を展開するマホイップ。これに対してアブリボンは、両手に目一杯の花粉を集めて、マジカルシャインのバリアに向かって真正面から挑んできた。

 

「マホ……ッ!!」

「リリ……ッ!!」

 

 小さい身体から起きているとは思われない強烈な鍔迫り合いによって、周りに衝撃がまき散らされ、離れているボクたちにも風圧が飛んでくる。が、長く拮抗すると思われていた2つの技のぶつかり合いは、観客者の想像よりも速く天秤が傾く。

 

「マホッ!?」

 

 打ち負けたのはマホイップ。タイプ相性的にはマホイップの方が有利には見えたけど、3段階上がった素早さを乗せた一撃の方が勢いが強かったため、ガラスが砕けるような音を立てながらマジカルシャインを散らされたマホイップが大きく後ろに飛ばされた。

 

「『エナジーボール』!!」

 

 飛ばされたマホイップを追い打ちするかのように、今度は緑色の球が何発も放たれる。威力よりも数を重視したその攻撃は、マホイップを押し込む弾幕のようになっており、とてもじゃないけど空中に飛ばされているマホイップに、これを避けきる術はないように見える……が。

 

「マホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 マジカルシャインとかふんだんごがぶつかり合った時点で、ボクとマホイップは打ち負けることを予感し、別の種を仕込んでいた。

 

 その種の正体は、自身の手から、地面に向かってクリームの糸を繋げておくこと。

 

 マジカルシャインを構えながら地面にクリームを張り付けておくことで、大きく後ろに吹き飛ばされながらも、クリームの糸でつながっていたマホイップは、パチンコで引っ張られたかのような形で、ある程度後ろに飛んだところでピタリとその動きを止めた。

 

「戻りながら『マジカルシャイン』!!」

「マホッ!!」

 

 その状態から、クリームの糸を巻き取るように引っ張ることで、吹き飛ばされる前にいた場所に、逆再生のように戻っていくマホイップ。さらに、この時にマジカルシャインを纏いながら飛んでいくことによって、マホイップ自身が1つの大砲の球ような形となって突っ込んでいく。

 

 アブリボンと同じ回数能力を積み上げた今のマホイップなら、威力を控えめにしている弾幕くらい正面から打ち抜くことが出来る。

 

「リリッ!?」

「くっ……強引……!!」

 

 その証拠に、マホイップへの追撃で放っていたエナジーボールの弾幕全てを弾いたマホイップは、その勢いを殺すことなくアブリボンに向かって突進。先ほど吹き飛ばされたことに対するやり返しをするかのように、アブリボンを吹き飛ばし返した。

 

「今度はこっちの番!!マホイップ!!クリーム!!」

 

 吹き飛ばされたアブリボンが復帰できないうちに、マホイップはクリームをばらまいてもらって再びフィールド作成。それも地面にばら撒くのではなく、セイボリーさんとのバトルで実践したように、クリームの線を縦横無尽に飛ばしたジャングルの作成を行った。

 

「クリームの結界……アブリボン!!来るよ!!」

「リリ……ッ!!」

「移動!!」

「マッホ!!」

 

 ジャングルを作り終えると同時にアブリボンが空中で姿勢を立て直したので、それを確認したと同時にマホイップがクリームの中に潜行開始。張り巡らされたクリームの線は、マホイップ専用の移動経路となり、アブリボンほどの速いとは言えないものの、普段のマホイップと比べたら格段と速くなった動きで移動を行い、アブリボンの真後ろを取る。

 

「アブリボン!!後ろ!!」

「リッ!?」

「『エナジーボール』!!」

「マホッ!!」

 

 アブリボンの死角に回り込んだマホイップにすぐさま攻撃の指示を行うものの、アブリボンの後ろをしっかりと注視していたユウリによって何とか反応できたアブリボンは、この攻撃を浮かび上がることで何とか回避。

 

「良し、なんとか避け━━」

「リッ!?」

「え!?」

 

 が、避けたエナジーボールがその先に張り巡らされていたクリームの線の1つに引っかかり、軌道が変更。トランポリンのように跳ねたエナジーボールが、アブリボンの避けた先に回り込むように飛んできて直撃した。

 

「そんな攻撃の仕方!?」

「リリ……ッ」

「避けたところで安心しないでね……『エナジーボール』!!」

「マホッ!!」

 

 エナジボールの不思議な動きに、さすがに困惑を隠せないユウリ。アブリボンもここに来て大きなダメージがあったことによる動きの停止が入ったため、この間にマホイップはクリームの中を移動しながら次々とエナジボールを発射する。

 

「と、とにかく回避!!」

「リリッ!!」

 

 マホイップが直接狙って放ってきたエナジーボールと、避けたことでクリームに跳ね返って複雑な軌道を描くエナジーボールが組み合わさって、アブリボンがいる位置がとんでもない攻撃の密度に襲われていく。最初の数発こそは、上がった素早さに物を言わせて何とか回避することが出来ていたものの、時間を追うごとにエナジーボールの数は徐々に増えていくため、避けきることがだんだんと不可能になっていく。

 

「下に下がって右に一歩ずれて!次は浮き上がってすぐに急降下!!そこから左上に進んでそのまま結界の外に……」

「絶対に逃がさないで!!クリーム追加!!」

 

 身体にかすり傷を少しずつ増やしながら、それでも何とかここまで避けてきていたアブリボンだけど、さすがにもう限界が近いと判断したユウリが、このクリームの結界から外に出るべく、脱出までの道のりを提示。アブリボンもその考えに同意して素早く行動をするけど、当然ボクはその行動を許さない。アブリボンが通ろうとしている道を塞ぐようにクリームの橋を追加していき、アブリボンの動きをどんどん制限していく。

 

「く……逃げれない……!!」

「このまま……落ちて!!」

 

 せっかく少しずつ外側に近づいてきたアブリボンの動きが、今のクリームの妨害が効いたせいで再び中心まで引き戻されていく。となれば、アブリボンを襲う攻撃の密度も再び濃くなっていき、さっきの時点で限界ギリギリだったアブリボンの被弾率が一気に跳ね上がる。

 

 このままいけば、そう遠くないうちに大きな攻撃がアブリボンに決まることだろう。

 

「ううぅ……アブリボン!!『マジカルシャイン』で無理やり防いで!!」

「リ……リィッ!!」

 

 もう避けられないことを悟ったユウリは、回避から受け止める方向に思考をシフト。全力のマジカルシャインを放つことによって、全方位からの攻撃を力業で弾こうと画策する。一見やけくそになって行われたものに見えるそれは、しかし自身と同じフェアリータイプの技であるため、マホイップの放つエナジーボールよりもそこそこ威力が高い。その甲斐あってか、ギリギリのところで攻撃を受け止めきっていた。

 

「意外と何とかなってる!?頑張ってアブリボン!!」

「リリィッ!!」

 

 その事にやる気が上がったアブリボンの出力がさらに激化。ギリギリだった力関係が徐々にアブリボンに傾いて行き、光をどんどんと大きくしていた。

 

 ここに来てのさらなる成長に、本当に心を押されそうになる。

 

(……本当に、ここまで策をめぐらせてもどんどん返してきちゃう……でも!!)

 

 けど、この展開だってまだ予想の範疇。じゃないと、こんなクリームだらけの中に無理やり閉じ込めたりなんかしない。

 

「マホイップ!!クリームを手繰り寄せて!!」

「マッホッ!!」

「まずっ!?アブリボン!!」

「リッ!?」

 

 マジカルシャインで耐えているアブリボンをしっかりと視界に捉えながら、この光に巻き込まれないように結界の外に出たマホイップが、両手を前に突き出した状態でぎゅっと掌を握り締める。すると、アブリボンの周りに張り巡らされていたクリームの結界が一斉に収縮。中心にいるアブリボンを核とした、巨大なクリームの球が出来上がった。

 

「アブリボン!!大丈夫!?」

 

 

『リ……リィ!!』

 

 

 クリームの中に閉じ込められたアブリボン。急に出来上がった甘い牢獄に、ユウリが慌てて声をかけると、小さな声ながらもアブリボンの声が返ってきた。この声を聞くに、エナジーボールと一緒にまとめて圧縮したため、クリームの中はなかなかにカオスな空間となっているはずなんだけど、それでもマジカルシャインを維持して耐えているみたいだ。しかし、あくまでもギリギリ耐えているだけであり、動いたり、なにか別の動きをする余裕は無い。そんな風に読み取れる声色だった。

 

(これならいける!!)

 

「マホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 アブリボンが動けないことを確認したボクは、マホイップに指示を出す。

 

「思いっきり引っ張れ!!」

「何をする気なの……?いや、まさか!?」

 

 大きなクリームの塊となったその状態は、マホイップの手元にある1本のクリームと繋がっている。これを、ボクの指示に従ってマホイップが思いっきり引っ張ると、塊がまずはゆっくりと、しかし徐々に速度を上げてマホイップの方に動き始めた。

 

「アブリボン!!その中から早く脱出して!!」

「出られる前に叩きつけて!!」

「マ~~~~ッ……ホッ!!」

 

 ここまでくればさすがにユウリも何をするのか理解したけどもう遅い。クリームの紐を背負い投げのような形で引っ張るマホイップ。すると、とてもその小さな身体から行われたと思えない速度でクリームの塊が動き、勢いよく地面に叩きつけられた。

 

 ユウリの指示も虚しく、アブリボンが入ったまま地面に叩きつけられるクリームの塊。本来であれば、クリームが叩きつけられただけではたいしてダメージにはならない。しかし、今回は何発ものエナジーボールも一緒に閉じ込めてあり、クリームの中はたくさんのエネルギーが詰まった状態となっている。そんなものが、いきなり外から大きな衝撃を受けるとどうなるのか。

 

「「ッ!!」」

 

 答えは大爆発。

 

 形を維持できなくなったエナジーボールの群れが一斉に爆発を起こし、とてつもない音と衝撃が広がり、ボクとユウリ、そしてマホイップが吹き飛ばされそうになる。強力なものになると予想はしていたけど、めいそうによるせいか想像より何倍も強くなっているこの衝撃に、しばらくの間動けなくなってしまう。当然周りのクリームもこの衝撃で全て飛ばされており、バトルコートの端っこに全て追いやられた。

 

(これだけの威力なら……さすがに……!!)

 

 体調が良くない今のボクにとって、この衝撃は正直耐えられているだけでも奇跡みたいなもので、爆風に煽られた右腕も物凄く痛む。けど、それを歯を食いしばって何とか耐え、爆風が納まったバトルフィールドへと視線を送る。そこには……

 

「リ……リィ!!」

「……嘘でしょ」

 

 身体をボロボロにしながらも、それでもユウリのために耐えたアブリボンの姿。

 

 絶対に決まったと思った攻撃を、本日3回目の気合い耐えによって耐えきっていた。

 

 いや、どこかでこうなる可能性は頭の片隅においてあった。けど、それでもここまで大きな火力をぶつければ、この気合い耐えを乗り越えて倒せるのではないかと期待していたところも大きい。

 

 これが通用しないということは、コウキにはもっと火力が必要になるということだ。

 

(他の人と戦っても脳裏によぎってくるとか……本当に根強くこべり着いてるなぁ……それに、やっぱり遠い……!!)

 

 ユウリ。そしてコウキという天才たちの格をますます見せつけられる。けど、ボクの心はまだ折れない。

 

(でも逆に、気合い耐えが発動してるのなら、体力はほんの少ししかないということ。まだいける!!)

 

「マホイップ!!『マジカルシャイン』!!」

「マホッ!!」

 

 今度こそとどめを刺すべく、フラフラになっているアブリボンに向かって光を放つマホイップ。いくら耐えることが出来ても、体力の限界に嘘は無い。広範囲に広がる光を避け切るほどの機動力はもう無く、避けることは不可能だ。

 

「アブリボン!!最後の力を振り絞って!!『マジカルシャイン』を右手に!!」

「リ……リィッ!!」

 

 故に、アブリボンは回避を選ばない。

 

 右手に圧縮し、これでもかとエネルギーを溜め込んだその光は、少し視界に入れるだけで目が焼けそうなほど強く発光。その拳を前に突き出すと、マホイップの放った攻撃が砕け散る。

 

「なっ!?」

「マホッ!?」

「前にっ!!」

「リリッ!!」

 

 まさかの反撃に一瞬反応が遅れるマホイップ。この隙を着いて、最後の羽ばたきを持って急加速し、一瞬でマホイップの懐に潜り込むアブリボン。

 

 先程の爆発の影響で、もう周りにクリームがないから、マホイップは誤魔化すことが出来ない。

 

「『マジカルシャイン』!!」

「マ、マホッ!!」

 

 せめて、少しでも反撃をするために攻撃を放つマホイップ。しかし、その攻撃よりも一瞬早く、アブリボンの拳が届き、マホイップの身体を一瞬で吹き飛ばした。

 

「マホッ!?」

「リリィ!?」

 

 しかし、殴られたと同時に何とか発動が間に合ったマジカルシャインも同時にアブリボンを押し返す。

 

 お互いダメージを受けた両者は、それぞれの主の近くに墜落し、目を回した。

 

 

『マホイップ、アブリボン、戦闘不能!!』

 

 

 ダブルノックアウト。

 

 戦況は完全な5分。

 

「「はぁ……はぁ……」」

 

 ボクはもちろん、ユウリの表情にも疲れが見え始める。

 

 ギリギリのバトル続きで、お互いの集中力も切れてくる頃合だ。

 

 でも、まだ終われない。

 

(次が……最後……!!)

 

 震える左手でボールを持ち、ダイマックスバンドの準備をする。

 

 大将戦が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気合耐え

ゲームをプレイしているときは、自分が主人公なのでとても助かっていますが、こうして敵にしてみると主人公補正ってかなり理不尽ですよね。この作品のテーマの1つは、『主人公に挑むモブ』だったりします。




いよいよ大将戦。最後は、あの2人に戦っていただきます。






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253話

「ありがとう。戻ってアブリボン」

「お疲れ様マホイップ。ゆっくり休んで」

 

 同時に倒れた5人目の仲間をボールに戻したボクたちは、いよいよ、最後の仲間が入っているボールに手をかける。

 

 泣いても笑ってもこれが最後。残りポケモン的にも、そしてボクの体力的にも、これで決着が着くこととなる。

 

「……本当に、フリアは凄いなぁ」

「……?」

 

 最後の戦いに向けてなけなしの集中力と体力を振り絞っていると、対面からユウリの呟くような、それでいてはっきり聞こえる声が届いてきた。その言葉に首を傾げながら耳を傾けると、ユウリはさらに言葉を続けていく。

 

「今日は……本当に勝つために色々考えた。フリアに勝つために、たくさん考えて……そして今日、その考えたことを一先ずは全部できたと思う……」

「……」

 

 本当に、この短期間でよく考えたと思う。タイレーツの本気も、ポットデスによる詰めも、ストリンダーの壁も、ミロカロスの隠し技も、アブリボンの近接技も……考えついてすぐに出来るものでは無い。ミスなく、自然に出来るように、努力やポケモンたちとの会話をしっかりと積み重ねてきたのだろう。

 

 天才が努力をした姿。それがユウリ……そしてコウキだった。

 

「でも、その尽くを乗り越えられちゃった。私の脳内だったら、この時点では何とか私の方が手持ちを多く残せている想定だったのに」

「……たまたま……だけどね」

 

 実際にユウリの作戦はとてつもなく鋭いものだった。ヨノワールを開幕に落とすことで、精神的な有利を奪う。これのせいで、本当にこのバトルは終始きつかった。こうやって戦えているのは、みんなが頑張ってくれたからだ。

 

(……手持ちにキャリーされるトレーナー。こう聞くと、やっぱり情けないな……)

 

「ううん、そんな事ない」

「え?」

 

 心の中で自虐していたボクの言葉を、ぴったりなタイミングで否定する。

 

「この結果はフリアの努力の証。フリアが1人のポケモンとだけじゃなくて、みんなと絆を作り上げた証。だからヨノワールが倒れても、みんなの心が折れることなんてなくて、むしろ強くなって反撃してきた。……本当に、凄いよ」

「……」

 

 ユウリから言われたことに返そうとするけど、咄嗟に言葉が思いつかない。だって、今言われたことはボクにとっては当たり前で、なんなら全トレーナーにとって当たり前のことで。

 

 別に特別なことはしていない。ただただみんなが凄いポケモンだっただけ。けど、そんなボクの気持ちを、言葉を聞く前にユウリは否定する。

 

「フリアにとっては、当たり前のことで取るに足らないことなのかもしれない。けど、少なくとも、私にとっては違った」

 

 右手に最後のモンスターボールを構え、袖を少し引いてダイマックスバンドを露出させ、最後のバトルの準備を進めるユウリ。

 

「ポケモントレーナーが、陰でどれだけ頑張っているのか知らなかった。どれだけ努力しているのか知らなかった。何よりも……どれだけポケモンを愛しているか知らなかった。そんな大事な部分を、誰よりもちゃんと見せて、教えてくれたのは、1番近くにいたフリアだった」

 

 ダイマックスバンドから光が溢れ、ユウリの右手のモンスターボールに吸い込まれていく。

 

「フリアは自分のことを凡人だって言うかもしれないけど、私はその言葉を否定する。だって私には、陰で1番頑張っているように見えたのはフリアだったから。勿論他のトレーナーもみんな頑張ってる。でも……それでも……!!私にとって誰よりも頑張っているように見えたのはフリアだから!!……私にその努力は真似出来ない。そういう意味ではきっと……フリアは努力の天才なんだなって、そう思った」

「っ!?」

 

 光を吸収しきってボールはその体積を一気に膨らませ、両手じゃないと持てないくらいの大きさになる。それをしっかりと掴んだユウリは、目を閉じて深呼吸を1回し、ゆっくりと目を開く。そして……

 

 

「そんなあなただから、私は憧れて、惹かれて……超えたいと思った!!そんなあなたに、挑みたい!!いくよ、フリア!!」

 

 

 ボクが今まで聞いたユウリの声の中で、間違いなくいちばん大きな声。ありったけの気迫と想いを込めた魂の言葉。そして、言葉と同時に放たれたダイマックスボールは、空中で弾けて、その中に眠っていた猛る焔を解き放つ。

 

 全てを焼き尽くす巨大な火球の上で、腕を組みながらフィールドを見下ろす、キョダイマックスしたエースストライカー。そんな彼は、まるで「早く出てこい」と言わんばかりに、ボクの方へと……いや、正確には、ボクが握りしめているボールへと視線を注いでいた。

 

 そんな見られるだけでも火傷してしまいそうなほど熱烈な視線を投げかけられたボクは、しかしそれ以上に、ユウリの言葉が心に響いていた。

 

(努力の天才……か。そう言われたのは初めてかも……)

 

 ここまでの旅で、読めないだの手札が多いだの、そういった褒め言葉を貰うことはしばしばあったけど、努力の天才と言われたことは無かった。

 

 正直いって、嬉しくはあるがやはり素直に受け止めることは出来ない。やっぱり、上を知ってしまっているせいか、いくら努力しても届いている気が一切しない。となると、みんなからは努力をしていると思われている今のレベルでも、全然足りないのではと思ってしまうからだ。でも……

 

(……ほんの少しは、そう言って貰えるような人に……彼らと同じ舞台に……近づけているのかな……?)

 

 客観的視点から見て、ボクもその天才たちと少しは肩を並べられる場所に来ることが出来たのかもしれない。そう思うと、少しだけ、救われた気がする。

 

(はは、これが自惚れじゃなければいいな)

 

 少しだけ頬が緩むけど、すぐに引き締める。今はまだ、試合中だ。

 

(まだユウリに勝ってないのに、そんなことを言えるわけない……まずは、ここを勝たないと!!)

 

 左手で最後のボールを握りしめ、右手の手首に着いているダイマックスバンドに持っていって押し付ける。

 

 赤い光を直接吸収したモンスターボールは、いつものやり方よりも数段速くダイマックスボールへと姿を変える。

 

「ボクには、その言葉を素直に受け取ってもいいのか……分からない。だって、それでも到達できなかった側の人間だから。……主役には、なれなかった人間だから……」

 

 右手が使えない今、急に大きくなったボールを支えるには少々ぎこちない姿となる。左腕一本で抱き抱えるようにしてボールを持つ姿は、さすがにちょっとかっこ悪い。

 

「でも、その言葉に似合う人になりたいと……ボクは思っている。そのためにも……やっぱりボクは、負ける訳にはいかない!!」

 

 でも、そんなの関係ない。

 

 かっこ悪くて上等。むしろ、1度折れている時点でボクにそんなものは無いし、気にしている余裕もない。ボクが目指す場所は、それほどまでに凡人には遠いところだから。

 

 

「もう一度約束の場所にいくんだ!!そのためにも、天才の君に挑んで、今度こそ超えていく!!いくよ、ユウリ!!」

 

 

 利き手じゃない手で何とか投げたボールは、少しだけ頼りない軌道を描きながらも高く飛び、エースバーンの目線と同じくらいの高さで弾け、中からボクの最後の仲間が解き放たれる。

 

 

「レオ……!!」

 

 

 現れるはインテレオン。しかし、こちらもいつもの姿では無い。その姿は、アラベスクタウンでダイマックスした時の姿とは大きく異なっており、身長に関しては本当にダイマックスしているのか疑ってしまうほど小さく、元の姿から大きくなっていない可能性すらある。が、そんなインテレオンが普段から揺らし、時には武器として操る尻尾部分に大きな変化があった。

 

 その変化は長さ。

 

 インテレオンのお尻部分から伸びている尻尾は、キョダイマックスの効果によって全長をグンと伸ばしていた。その長さを数字としてあらわすのであれば、おそらく50メートル弱はくだらない。しかも、ただ長くなっただけでなく、太さも何倍も広がっているこの尻尾は、そのおかげもあってか筋力と質量も物凄く増加している。そんな強く、太く、長く、そして何より逞しくなった尻尾は、地面で一度渦を巻いた後、天に向かってまっすぐ伸び、40メートルほどの高さでもう一度渦の形をとっていた。傍から見たら背の高い小さな丸机のような形に見えるだろう。インテレオン本人はその尻尾の上にて、普段は黄色い瞳を真っ赤に染め、右手の人差し指から伸びた水塊を構えながらエースバーンを見下ろしていた。その赤い双眸は目標までの距離だけでなく、気温や気圧、対象の温度を見ることもでき、右手の水塊から放たれる弾丸は15キロ先の木の実だろうと打ち抜く正確無比さを兼ね備える。

 

 狙った獲物は絶対に逃さない冷酷無比なスナイパー。それがキョダイマックスしたインテレオンの姿だった。

 

 

「バスッ!!」

「レオ……」

 

 

 火球の上のエースバーンと、尻尾で出来た櫓の上のインテレオン。まだお互いがヒバニーとメッソンだったころからよく知っている2人が、ガラルリーグトーナメントの決勝戦という、1つの舞台の最高地点で向かい合う。そう考えると少しくらいは感慨深い気持ちになりそうだけど、今のインテレオンとエースバーンの瞳には、ただひたすらに目の前に立ちふさがる敵に勝つことしか考えていない。

 

 昔から一緒に進んできたからこそ、2人にとってお互いは、誰よりも負けたくないライバルの1人だった。

 

 言ってしまえば幼馴染対決。そう言われれば、2人の気持ちもよく分かる。ボクとユウリも闘志を燃やしているから、ボクたち4人の気持ちがお互いを刺激し合ってとてつもない熱気を生み出していく。

 

「インテレオン!!」

「エースバーン!!」

 

 発言は同時。

 

 キョダイマックスした両者が、お互いの主の声を聞いた瞬間、技を構えた。

 

「『キョダイソゲキ』!!」

「『キョダイカキュウ』!!」

 

 

「バアアアスッ!!」

「レオ……ッ!!」

 

 

 

 指示が下されたと同時に、エースバーンとインテレオンがすぐに行動を起こした。

 

 エースバーンは後ろに飛び、火球の後ろに着地しながら右足を後ろに振り上げシュートの構え。一方で櫓の上にいるインテレオンは、右手を目元に近づけて狙撃の構え。人差し指に水を圧縮して溜めていき、一撃で仕留める準備を整えた。

 

 

「バスバァァァスッ!!」

 

 

 この状態から先に仕掛けたのはエースバーン。振り上げた足を思いっきり火球に叩きつけ、櫓の上でじっとしているインテレオンに向けて高速で飛ぶ火球を放つ。

 

 エースバーンの勝ちたいという気持ちを汲んで、その体積をぐんぐんと大きくしていくその火球は、高さ40メートル近くあるインテレオンのすべてを飲み込む勢いで突っ込んでくる。

 

 

「レ……オッ!!」

 

 

 しかし、そんな状況においても一切の動揺を見せないインテレオンは、恐怖や熱気に揺らされることなく、ただひたすら冷静に、冷徹に、ゆっくりと、引き金を引くかのように右手の中指を小さく動かし、極限にまで圧縮された水の弾丸を解き放つ。

 

 インテレオンの指先を離れたた小さな水塊は、自身の何十倍も大きな炎の塊のど真ん中へと邁進し、そのまま火球の中に飛び込んだ。

 

 傍から見たら、火球に水の弾丸が飲み込まれ、蒸発して消えたように見えるだろう。

 

 ファーストヒットはエースバーンがとる。観客の誰もがそう思っただろう。が……

 

「『キョダイソゲキ』……凄い火力……」

 

 ユウリが言葉を零すと同時に、キョダイカキュウが大爆発。火球の中まで突き進んだキョダイソゲキが、火球の核に触れたと同時に圧縮を解き、元の大きさに戻る勢いをもって内側から消し飛ばしていった。

 

 結果、水が蒸発したことと急激な温度上昇が相まって、辺りに濃い水蒸気が漂い始めた。

 

 キョダイソゲキがキョダイカキュウを爆発させた衝撃も相まって、ボクの身体に熱い風が叩きつけられる。けど、その風圧に負けずに前を見て、すぐに動く準備をする。

 

「『ダイナックル』!!」

 

 

「バアァスッ!!」

 

 

 

 しかし、そんなボクよりも先にエースバーンが動き始めた。

 

 火球が復活するまでの時間を埋めるべく、自身の足にオレンジ色の光を纏ったエースバーンが、リベロによって自身のタイプをかくとうに変えながら、ダイマックス中とは思えない速度でインテレオンに詰めてきた。

 

「『ダイアイス』!!」

 

 

「レオ……ッ!!」

 

 

 これに対してインテレオンは、空中に氷の弾丸を打ち込み、空に大きな曇りぐもを発生。すると、その雲の中から巨大な氷塊が複数現れ、そのうちの1つがインテレオンとエースバーンの間に立ちふさがるかのように落ちてくる。

 

「そんなもの!!砕いちゃえ!!」

 

 しかし、この程度の障壁なんのその。右足を振り上げるだけで簡単に砕いたエースバーンは、進軍する足を止めることなくインテレオンに突き進んでいく。勿論、インテレオンの攻撃はこれで終わりではなく、ここからも次々と氷の塊は落ちてくるものの、次のそれを今度は左を足を振り上げて破壊し、その次の氷塊を右足の回し蹴りで破壊。その後ジャンプして4つ目の氷塊の上を取ったエースバーンは、その氷塊を少し威力を抑えて蹴りだし、この間に櫓から地面に降り立ったインテレオンに向かって、むしろ氷塊をぶつけるかのように飛ばしてきた。

 

「それだけ長くなった尻尾だと、せっかくの素早さが台無しになるでしょ!!」

 

 

「バスッ!!」

 

 

 ダイマックスによる素早さの低下を狙って畳みかけて来るユウリ。確かに、尻尾が伸びたことによって、どこでも高所を取れるようになったインテレオンは、狙撃という観点においてはかなり強力になったと言ってもいい。しかし、その代償に50メートル弱にも伸びた尻尾というのが、とにかく移動するのに弊害がある。ユウリの言う通り、ここはキョダイマックスインテレオンの明確な弱点となるだろう。

 

「インテレオン!!」

 

 

「レオ……ッ!!」

 

 

 しかし、それでもこちらは戦うしかない。迫りくる氷塊に対して、インテレオンは尻尾の先端だけを器用に動かして、飛んで来る氷塊をはたき落とす。ダイマックス技を使ってしまうとこちらのダイマックスが切れてしまうので、氷塊を落とすにはこうするしかない。けど、そんなことをすれば、エースバーンの進軍を止めることはできない。

 

「取った!!」

 

 インテレオンが氷を落としている間に距離を詰めたエースバーンが、インテレオンの真上で右足を振り上げた状態で待っていた。このままダイナックルによるかかと落としをぶつけるつもりだろう。

 

「エースバーン!!」

 

 

「バアァスッ!!」

 

 

 距離はゼロ。撃ち落としは不可能。技ももう間に合わないだろう。そんな状態で、エースバーンが声をあげながら足を振り下ろす。

 

「大丈夫だよね?……インテレオン?」

 

 

「レオ……ッ!!」

 

 

「え?」

 

 

「バス……ッ!?」

 

 

 が、渾身の力を込めたエースバーンのかかと落としは、インテレオンの消失と共に空を切る。

 

 当たると確信していたはずの技が当たらなかった。そのことはユウリとエースバーンに少なくない衝撃を与える。が、集中力が高まっているユウリはすぐさまその正体に辿り着く。

 

「上!!」

 

 

「バスッ!?」

 

 

 ユウリの言葉を聞き、驚きながら上を見るエースバーン。そこには、シュートスタジアムの天井に張り巡らされている鉄骨の1つに尻尾を巻き付けて、そこに引っ張られる形で浮き上がり、天井に張り付いているインテレオンの姿。確かに、長い尻尾というのは急な移動には不便だけど、今回みたいに尻尾を引っかけられる場所があるならその限りじゃない。利用できるものは何でも使う。

 

「インテレオン!!」

 

 

「レオッ!!」

 

 

 窮地を脱することが出来たインテレオンは、そのまま天井に張り付いた状態で赤い瞳をエースバーンに向けながら、右手の水塊に水を圧縮していく。

 

 打てるダイマックス技はあと1回。何が何でもこれは当てたい。

 

「エースバーン!!」

 

 

「バスッ!!」

 

 

 対するエースバーン側も、リベロによってオレンジ色に変わっていた髪色を再び赤色へ変更。同時に、最初に蹴り飛ばした火球が自身の横に復活したので、両足に焔をためて、最後のダイマックス技の準備を始めた。

 

 インテレオンは右手にどんどん水を集めていき、エースバーンは火球を蹴り上げて、その火球について行くようにジャンプすることで、インテレオンと同じ高度に到着。

 

 お互い準備は出来た。

 

「エースバーン!!」

「インテレオン!!」

 

 お互いの目が、真っすぐ相手を捉える。そして……

 

「『キョダイカキュウ』!!」

「『キョダイソゲキ』!!」

 

 

「バアアアスッ!!」

「レオ……ッ!!」

 

 

 エースバーンのドロップキックと、インテレオンのトリガーを引く動作が、同時に行われた。

 

 激しい音を響かせ、轟々と音を立てながらとてつもない勢いでインテレオンに向かっていく火球と、一方で、全く音を立てず、しかし火球と負けず劣らずの勢いと圧力を発しながらエースバーンに突き進む水の弾丸。

 

 ダイマックスしてすぐの1発目の時よりもさらに威力の上がっている両者の攻撃は、瞬きしている間にもうぶつかり合う寸前のところまで迫っていた。このままいけば、またさっきのように水の弾丸が火球に入り込み、火球を内側から破裂させるだろう。今この試合を観戦しているおおよその人が、そう予想しているはずだ。

 

 しかし、その予想は外れる。

 

(……火球も弾丸も、どっちも凄い回転がかかってる)

 

 お互いに向かって突き進む火球と弾丸は、どちらも最初の時と比べて物凄い回転が加わり、貫通力が増していた。これが最初のダイマックスの時よりも威力が高い理由の1つなのだけど、この回転が両者のぶつかり合いにさらに影響を及ぼしていく。

 

 具体的に言うのであれば、サイズの大きい火球は回転と熱気のせいで周囲に突風を巻き起こしており、水の弾丸の軌道をほんの少しだけずらし、水の弾丸はライフル弾のようにしてあることで、先ほどよりも鋭く速く貫通していき、キョダイカキュウの中を先ほど以上に簡単に突き進んでいく。

 

 結果、軌道が少しずれたキョダイソゲキは、キョダイカキュウの核にぶつかることなく突き進み、だけど貫通力が増しているがゆえに、火球を無視してエースバーンに到達する。そして、火球が狙撃で消されなかったということは、火球もまた、何物にも阻害されることなくインテレオンの下へと到達する。

 

 

「バスッ!?」

「レオッ!?」

 

 

「エースバーン!?」

「インテレオン!?」

 

 両者被弾。

 

 2人がいたところで大爆発が起き、エースバーンは水蒸気に、インテレオンは爆炎に包まれて、その姿を隠してしまう。そしてその数秒後、それぞれの煙から、地面に落ちていく2人の影が現れた。その姿はボクたちが知るいつもの姿に戻っており、ダイマックスが終了した証明となる。同時に、堕ちて来る2人の身体のいたるところに傷がついており、先ほどの攻撃がちゃんと両者に直撃していることもよくわかった。となれば、タイプ的に弱点を突くことが出来ているこちらの方が少し有利かもしれない。

 

(もっとも、ユウリ相手にその程度だと、全然安心できないけどね……むしろ、ここからが本番だ……)

 

 考えていると同時に、地面に2人が落ちて来る音が聞こえてきた。かなりの高さから落ちてきたこともあってか、2人とも落下のダメージもしっかりと身体に刻まれた。

 

「バ……スっ!!」

「レ……オっ!!」

 

 けど、当然こんなところで2人とも終わらない。終われない。

 

 若干笑っている膝に鞭打って、それでもしっかりと両足で地面に立っている2人は、瞳の闘志をさらに燃え上がらせながら、お互いを見つめている。

 

 エースバーンは赤色の、インテレオンは青色のオーラを身に纏う。もうかとげきりゅうが発生した証だ。

 

 もはや、2つの特性が同時に発動していることに驚きはない。ユウリならそれくらいやってきそうだから。

 

 お互いの体力はもうわずか。このバトルも、もう長くはないだろう。

 

(すぅ……ふぅ……)

 

 痛みすぎて、逆に痛みを感じなくなり始め、頭も少しクリアになる。

 

(さぁ……最後だ……)

 

 エースバーンも、インテレオンも……そして、ボク自身の体力もう限界が近い。

 

(……勝負!!)

 

 決着は、もう目の前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




インテレオン

インテレオンに限らずですけど、ガラル御三家のキョダイマックスの異質感はすごいですよね。他のキョダイマックスと比べて、かなり癖が強いと感じます。


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254話

「バ……バス……!!」

「レオ……ッ!!」

 

 肩で息をし、傷ついた身体を踏ん張って持ちこたえさせている両者。その姿は少し痛々しく、見ている人によっては少しだけ辛いという感情を抱いてしまうかもしれない。しかし、それ以上に見つめあっている2人から発せられる気合いがそんな気持ちを抱かせない。

 

 身体に纏うオーラ以上に激しく揺らめくその瞳は、どちらかが倒れるまで決して消えることは無いだろう。

 

 勿論、ボクもユウリも、相手が倒れるまで戦うという2人の意思を尊重する。

 

「『でんこうせっか』!!」

「『アクアブレイク』!!」

 

 特になにか合図を出した訳では無いのに自然と重なるボクとユウリの指示。この言葉を聞いた2人は、ボクたちが何を言ってくるのかを自然と察知し、指示を言い終える前に行動を終えていた。

 

「バスッ!!」

 

 リベロによって髪色を、ノーマルタイプの証である白色に変えたエースバーンが、とても手負いとは思えない速度で走り出す。元々脚力の強いエースバーンの本気のダッシュは、正しく目にも止まらない速度を体現しており、とてもじゃないけど、今の不調状態のボクでは目で追うことがかなり難しい。正直残像をとらえるのがやっとだ。

 

「レオ……!!」

 

 しかし、獲物を絶対に逃さない、千里眼とでも比喩できるほど優秀な視力を持つインテレオンにとっては、この動きは捉えることが可能な範囲だ。高速で立体的に動き、こちらを翻弄するかのように動いていると思われるエースバーンの動きをしっかりと捉えられていることが、インテレオンの瞳孔の動きで読み取ることが出来る。

 

 そして……

 

「バスッ!!」

「レオッ!!」

 

 走り回り、速度の乗った分だけ重くなったエースバーンの右足の蹴りが、水を纏い、鋭い一撃となったインテレオンの右手の貫手と激突する。

 

 げきりゅうの乗った強力なアクアブレイクがエースバーンの突撃をしっかりと受け止める。しかし、もうかこそ乗っていないものの、リベロによってノーマルタイプになることで威力を上げ、さらにほのおタイプを消すことで弱点ではなくなったエースバーンの攻撃だって負けていない。技そのものの威力はインテレオンが勝っているけど、そこはでんこうせっかの速度でカバーしており、ほぼ互角の鍔迫り合いを繰り広げていた。このままではらちが明かないだろう。

 

「インテレオン!!」

「レオッ!」

 

 この拮抗勝負を先に崩そうと仕掛けたのはインテレオン。エースバーンと違って、攻撃を繰り出している際に使っている身体の部分が右手であるため、足を使っているエースバーンよりも自由が利くこちらが先に追撃を放った感じだ。

 

 その身体の部分は尻尾。キョダイマックスの時とは違って、一見ただ細く長いだけの尻尾は、その実仕込み刀のようにスパッと切れるナイフのような切れ味を秘めた強力な武器になっている。そんな隠れた武器にアクアブレイクの効果で水を纏わせることで威力を底上げした尻尾が、インテレオンの身体の左側から回ってエースバーンに伸びていく。右足で蹴りを放っている以上、この角度からの攻撃はよけづらいはずだ。

 

「エースバーン!!下がって!!」

「バスッ!!」

 

 これに対してエースバーンは、一瞬だけ力を込めてインテレオンの右手を押し込み、すぐさま力を抜いて後ろに弾かれるようにジャンプ。こうすることで、尻尾が自分に突き刺さる前にインテレオンの攻撃範囲から脱出。インテレオンの攻撃がエーズバーンに当たる直前でピタリと止まってしまう。

 

「『でんこうせっか』からの『とびひざげり』!!」

「バスッ!!」

 

 インテレオンの尻尾が止まったのを確認したエースバーンが、下がっている状態から一気に反転。地面に足をつくと同時に力強く地面をけり、止まった尻尾とすれ違うように前にダッシュ。一瞬でインテレオンの懐に潜り込んだエースバーンが、今度は左膝を左から右に振り、インテレオンの右脇腹に向かって、髪の毛をオレンジ色に変えながら放ってくる。

 

「上!!」

「ッ!!」

 

 このままでは手痛いどころではないダメージを貰ってしまうため、何が何でも避けようと動くインテレオンは、迫り来る左膝に対してタイミングよく右手を上から乗せ、エースバーンの左膝の上で、右手だけで逆立ちを行う。その姿はさながら曲芸師だ。

 

「バスッ!?」

「レオッ!!」

 

 さすがにこの回避にはエースバーンも驚きを隠せず、一瞬だけ表情が崩れ、動揺によって動きが止まる。この隙を逃さないインテレオンは、逆立ちをしたまま回転し、右腕を軸とした独楽のような形となりながら、遠心力の乗った右足をエースバーンに叩きつける。

 

「上体逸らし!!」

「バ……スッ!!」

 

 が、ユウリの言葉でハッとしたエースバーンが、顔を狙ったその一撃を、間一髪のところで上体を後ろに倒すことで回避。さらに、そこからバク転を行うことによって膝を上に振り上げ、膝の上に逆立ちで乗っていたインテレオンを空中へと打ち上げる。

 

「『かえんボール』!!」

 

 いくら身体を器用に動かせると言っても空中では限度がある。そこを狙って、エースバーンが自身のタイプをほのおに戻し、もうかの力も載せたかえんボールを連続で蹴り出す。回転のかかった3つの火球は、その全てが違う軌道を描きながらインテレオンへと飛んでいく。これでは避けるのは難しい。

 

「『ねらいうち』!!」

「レオッ!!」

 

 だから技で相殺する。

 

 空中という不自由な場所であろうとも冷静なインテレオンは、その瞳ですぐさまかえんボールの軌道を捉え、人差し指から水の弾丸を3発発射。かえんボールの核を正確に撃ち抜くことでこの火球全てを消滅させる。

 

「『とびひざげり』!!」

 

 が、火球の処理を終えて、地面に着地しようとしたところで待ち受けていたのは、髪をオレンジ色にし、右膝を構えたエースバーンの姿。最初からこの着地狩りが本命だったらしい。

 

「『アクアブレイク』!!」

 

 かえんボール同様技で受けるしかないこちらは、両手と尻尾に水を纏って、3つの攻撃がかりで膝に対抗。攻撃同士がぶつかり、鈍い音が響いた。

 

「レオッ!?」

 

 この打ち合いで負けたのはインテレオン。空中で踏ん張りが効かない故に力で押し負けたため、技の衝撃自体は防げたものの、思いっきり後ろに弾かれた。

 

「『でんこうせっか』!!」

「『ねらいうち』!!」

 

 思いのほか速い速度で飛ばされたインテレオンを追撃するべく、猛ダッシュで走ってくるエースバーン。これに対してインテレオンは、飛ばされたまま指先から水を発射。エースバーンの進撃を止めるべく、とにかく弾丸をばらまいた。

 

 迫ってくる水の弾丸。これに対してエースバーンは、ジグザグ走行で4発回避し、5発目をスライディングで潜りながら距離を詰めてくる。

 

 この辺りでステージ端の壁まで飛ばされたインテレオンが、壁に着地してそのまま走行。走り出して少ししたところで、インテレオンと同じように壁に着地したエースバーンに向かってねらいうちを発射。が、この攻撃も着地と同時に直ぐにでんこうせっかを行い、インテレオンの後ろを同じように壁を爆走。同時にエースバーンが少しだけ身体を右にずらす事で回避し、再び追走戦が始まる。

 

 壁を走りながら逃げるインテレオンと追うエースバーン。勿論この間にも攻防はしっかりと行われており、前を走りながらも指先はしっかりと後ろに向け、ねらいうちを連射していくインテレオン。対するエースバーンも、壁面という決して足場が広くはない所なのに、上体を揺らしたり小さくジグザグに動いたり、果ては足で水弾の側面を叩いて逸らしたりしてきた。

 

 そんな高度なやり取りをしながら、しかし決して自身の足を止めない両者のダッシュは、この広大なバトルフィールドの壁を一周するまで続いた。その動きがあまりにも洗練されすぎていて、とてもじゃないけどキョダイマックス終わりにボロボロの姿を見せ、膝を笑わせていた2人のやり取りには全然見えない。そのうえで、この外周を走り切るまでの時間が1分未満だというのだから本当に意味が分からない。

 

(インテレオンもだけど、エースバーンも気力が凄すぎる……!!)

 

 バトルフィールドを一周走り終わったところで、ようやくインテレオンに追いついたエースバーンがとびひざげりを叩き込もうと構えていたのを、インテレオンがアクアブレイクでいなし、壁にぶつけてエースバーンに少しだけダメージを与えながらバトルフィールドの真ん中にジャンプして戻ってきた。

 

「エースバーン!!」

「バ……スッ!!」

 

 真ん中に着地して態勢を整えるインテレオン。そんな彼を追うために、とびひざげりを外したときの代償に顔をゆがめながらも、エースバーンが声をあげながらバトルフィールドの中心に帰って来る。

 

 肩で息をしながら帰ってきた両者の仕切り直し。当然体力は最初に比べてさらに削れ、お互いの限界にまた一歩足を突っ込み始めている。が、体力の減少に対してまるで反比例するかのように、インテレオンとエースバーンの集中力にギアがかかっていく。

 

「『アクアブレイク』!!」

「『とびはねる』!!」

「レオッ!!」

「バスッ!!」

 

 先に動いたのはインテレオンで、姿勢を低くしてエーズバーンとの距離を詰め、水を纏いながら右手の貫手を放つ。これに対してエースバーンはインテレオンに向かって飛んでいた軌道を地面に対して垂直に変更。地面を蹴ることで真上に飛びあがり、貫手を躱したのを確認して、そこからひこうタイプのエネルギーを纏った右足でかかと落としを放ってきた。

 

「右!!」

「ッ!!」

 

 この攻撃に対して、重心を右に揺らしてよけたインテレオンは、右足を軸に左回転。その勢いを利用しながら、今度は左足に水を集めてソバットキックを放つ。

 

「しゃがんで足を取って!!」

「バスッ!!」

 

 かかと落としを外したエースバーンは、このキックを躱すべく身体を思いっきり下げて、地面すれすれまで上体を落とす。両手をも地面につけ、大股の腕立て伏せのような姿になったエースバーンは、そのまま器用に身体を回して、回転するために右足一本で立っていたインテレオンの軸足に向かって、インテレオンのかかと側から足払いを仕掛けてきた。

 

「『とびひざげり』で追撃して!!」

「バスッ!!」

 

 これを避けられないインテレオンは、綺麗にバランスを崩し、身体をゆっくりと後ろ側に倒すこととなる。この隙を狙ったエースバーンは、伏せていた身体をインテレオンの真下に滑り込ませてから、うつ伏せの状態から仰向けの状態へ。その状態で上から倒れてくるインテレオンの背中に向かって右膝を構え、左足で地面をけって飛び上がる。

 

「尻尾でそらす!!」

「レオッ!!」

 

 このままでは背中に攻撃が直撃してしまうインテレオンは、しかしこの攻撃を尻尾を器用に操り、エースバーンの膝の左側に添わせることで軌道を少し右に逸らし、同時に自分の身体を左に傾けることでギリギリのところで避けていく。

 

「『ねらいうち』!!」

「身体を回して右手を弾いて!!」

 

 倒れるインテレオンと打ちあがるエースバーンがすれ違い、お互いの立ち位置が逆転。地面に倒れながら左に回転したインテレオンは、地面に落ちながら人差し指をエースバーンに向け、ねらいうちの準備。とびひざげりを外して隙だらけとなっている背中に攻撃を叩き込もうと画策する。が、このねらいうちを予見していたのか、とびひざげりを外したことを確認したエースバーンは、膝を前に突き出したまますぐさま身体を右回転。それにより、エースバーンの右ひざが、エースバーンに向かって伸びていた腕を下から救い上げるように弾き、ねらいうちが発射されると同時に真上に弾かれ水弾が明後日の方向に飛ばされていく。

 

 結局お互いまともな攻撃をぶつけることが出来ず、一瞬だけ産まれたこの空白の時間で距離を取り、また仕切り直し。

 

 お互いの攻撃が毎回すんでの所で防がれ、致命傷にならない。

 

 紙一重。皮一枚。

 

 先のやり取りだって、時間にすれば数十秒のやり取りだ。それほどまでにお互い速くて冴えているのに……いや、だからこそ攻撃が当たらない。人によっては一種のダンスを2人で踊っているのではないかと思う程。それほどまでに2人の攻防はとてつもないものだった。

 

 仕切り直しを終えて再び突撃する両者。

 

 インテレオンは右手を向けねらいうちを放とうとし、その右手をエースバーンが右足で上に弾くことでまた水弾が明後日の方へ飛び、しかしそれを予期したインテレオンが左手の手刀を左から薙ぎ、これを屈んで避けたエースバーンがしゃがんだまま左足で足払いを仕掛け、これをインテレオンが飛んで回避。その後、空中にいるインテレオンの尻尾と、エースバーンのとびひざげりがぶつかり合って、お互いが弾かれることでまたお互いの距離が開かれることとなる。

 

(ほんとに凄い……)

 

 まさしく手に汗握る戦い。片時も目を離せない両者の攻防は、ボクとユウリの集中力をも引き上げ、周りのすべての音を消し去り、この世にボクたち4人しかいないのではないかと錯覚させてくるほどのものとなる。

 

 止まない指示と、攻撃がぶつかる音。それがボクの鼓膜を心地よく鳴らし、更にテンションをあげて来る。

 

(……楽しい!!)

 

 徐々に、ボクの頬が緩んでいくのがわかる。

 

 大事な場面なのに、約束の場所に行くための大切な試合なのに、ボクにとって負けられない大きな戦いなのに……

 

 そんな感情が吹き飛んでしまう程、ユウリと繰り広げているこのバトルが楽しくて仕方がない。

 

 ふと視線を前に向ければ、ユウリの表情も獰猛な笑みに変わっていた。

 

 正直、普段のかわいらしいユウリの表情から考えたら全く似合わない。けど、だからこそユウリも本気で楽しんでくれていることがわかってなお嬉しい。

 

 昔は天才たちと戦うことが日に日につらくなって、最後のコウキと戦う時には苦しさしか感じなかった。けど今はそんなことなく、この状況を楽しみ始めている自分がいる。

 

 息は苦しいし身体はボロボロ。ボク自身の体力は底をつきかけ限界までもう秒読みだ。現状以外の話をするのであれば、ユウリはコウキじゃないし、コウキはユウリよりももっと強いことを考えたら、先の長さに頭を抱えてしまいそうになるほどだ。

 

 でも、それすらも楽しくなってきていた。

 

 それはボクがおかしくなっただけかもしれない。はたまた、バトルにハイになっているだけの一過性のものかもしれない。けど、間違いなくあの頃よりも、この状況を前向きにとらえることの出来ている自分がいた。

 

(もしかして、こんな気持ちになるのは相手がユウリだからなのかな……?だとするのなら……本当にありがとう)

 

 ガラルに来て一番長い時を共に過ごした、もはや親友と言っても過言ではない大切な人。

 

 後ろをついてきていると思っていたらいつの間にか前にいた天才児であり、ともすれば、ボクのトラウマを再起させかねない人。

 

「『とびひざげり』!!」

「バスッ!!」

「レオッ!?」

 

 芸術にも似た華麗な2人の攻防は、正直永遠と行っていたいほど素晴らしいものだった。その美しさは、時間が経てば経つほどさらに磨かれ、余計目が離せない最高のものとなる。しかし、それでも限界と終わりはやってくる。

 

 今まで頑張って均衡を保っていた両者のバトルがついに動いた。

 

 アクアブレイクの隙間を縫って放たれたとびひざげりがインテレオンのお腹に直撃し、身体を大きく後ろに飛ばされる。倒れる訳には行かないインテレオンは、何とか受身をとって着地するものの、これまでにダメージの蓄積が大きく、片膝を地面に着けてしまう。

 

 やはり、近距離戦の上手さではエースバーンの方が1枚上手だ。

 

「『でんこうせっか』!!」

「バスッ!!」

 

 ここが好機。そう捉えたエースバーンが、とどめを刺すべく高速でインテレオンへと肉薄。懐へと素早く潜り込んだエースバーンが、トドメの膝を叩き込もうと振りかぶり……

 

「『れいとうビーム』」

「レオッ!!」

「っ!?下がって!!」

「バスッ!?」

 

 10本の指全てを地面に向けて、指先から氷の光線を発射。するとインテレオンの周りを氷の柱が一気に立ち上り、エースバーンをも巻き込む勢いで生成。インテレオンを守るかのように、大きな氷の筒が生えてきた。

 

 今のエースバーンはかくとうタイプだったので、出来ればこの氷に閉じ込めたかったけど、そこは何かを察したユウリに指示によってエースバーンは下がっていた。れいとうビームはダイアイスを除けば今日は1回も見せていなかったのによく反応したと思う。ユウリの方を見れば、本当にギリギリだったらしく、冷や汗が流れているのが見えた。

 

 しかし、この技を避けられたということは、逆に言えばインテレオンは今、この筒の中に自分から閉じ込められていると言うこと。

 

 それは、この氷を簡単に溶かせるエースバーンにとっては、またとないチャンスだった。

 

「エースバーン!!『かえんボール』!!」

「バスッ!!」

 

 4回ほどリフティングし、その度に体積を大きくする火球。

 

 キョダイカキュウに比べたら当たり前だけど体積は小さい。しかし、それでもその時のに負けないくらい轟々と燃え盛るかえんボールが、インテレオンに向かってまっすぐ解き放たれる。

 

 

「いっけえええぇぇぇっ!!」

「バアアアァァァスッ!!」

 

 

 いつも以上の気迫に特性のもうかも答え、さらに火力が上がるかえんボール。こんなのを受ければこちらは戦闘不能だ。しかし、インテレオンの周りに出来た氷の壁が回避を阻害する。

 

 絶体絶命のピンチ。けど、やはりインテレオンは慌てない。

 

「……『きあいだめ』」

「レオ……」

 

 火球が迫る中、目を瞑って精神を統一するインテレオン。傍から見たら諦めるように見えるだろうその動きは、しかし氷の壁と火球の熱によってボク以外には視認できない。

 

(いくよユウリ……!!これが今のボクの全力だ!!)

 

 火球の熱で徐々に溶けていく氷の壁。もうあと数秒もすれば、この氷は完全に溶け、インテレオンに到達するだろう。

 

 けど、それよりも速く、インテレオンの指先がエースバーンに向けられる。

 

 きあいだめはした。これで次の技は急所に絶対当たる。

 

 げきりゅうは載せた。これでインテレオンの水技の威力は最高峰のものとなる。

 

 そしてインテレオンは、自身の瞳でエースバーンの全てを見抜き、そっと目を閉じ、指先から1発の弾丸を解き放つ。

 

 その玉はとても小さく、しかし極限にまで圧縮されたこの攻撃はマッハ3と言うとんでもない速度をもってエースバーンに襲いかかる。

 

「バ……ッ!?」

「エースバーン!?」

 

 かえんボールの核を撃ち抜き、炎を散らされたことに気づいた時にはもう遅く、弾丸はエースバーンの急所に直撃した。それも、ユウリの想像以上の破壊力を持って。

 

(……ポプラさんとのバトルの時点で、こっちの特性も覚醒していたんだね……)

 

 インテレオンのもうひとつの特性、スナイパー。

 

 急所に攻撃が当たった際、通常よりもさらに痛烈なダメージを与える急所特化型の特性。きあいだめ込みで、絶対に急所を攻撃することができるインテレオンに凄くかみ合っている特性だ。

 

 弱点且つスナイパー補正とげきりゅう補正が同時にかかったインテレオンの必殺の一撃。しかもこれがかえんボールを突き抜けて飛んできたこともあって、視認性が悪く、エースバーンにとってふいうちの形で直撃してしまった。

 

「バ……ス……」

 

 当然エースバーンにこの攻撃は耐えられない。体力を削りきられたエースバーンは、その身体をゆっくりと地面に倒し……

 

 

「エースバアァンッ!!」

「……ッ!!バアアアァァァスッ!!」

 

 

 ユウリの声を聞いて、気合で耐えきった。

 

 それと同時に、エースバーンのもうかが最大火力で発動。エースバーンの周りがゆがむ勢いで温度が上がり、近くにいるこちらまで熱でやられそうになる。

 

「こんな時でも、しっかりその耐えは発動するんだ……全く……」

 

 此方の最高火力を、絆ひとつで耐えて来るなんてたまったものじゃない。しかも、もうかのせいで更に強化されていると来た。

 

 インテレオンの体力だってもう限界だ。ここに来てそんなものを観させられたら、誰だって心が折れる。

 

「エースバーン!!『かえんボール』!!」

「バァスッ!!」

 

 そんな全力火力を火球として出現させ、右足で思いっきり蹴り飛ばすエースバーン。

 

 狙いはさっきまで氷の柱があり、今は徐々に溶けて柱が倒れそうになっている場所であり……

 

 

 

 

 インテレオンが、ねらいうちを放った場所だ。

 

 

 

 

(くっ……火力が高すぎる……)

 

 氷の柱が一瞬で溶け、火球が高速で通過。ねらいうちで破壊なんてとてもできそうにないその一撃は、バトルフィールド端の壁にぶつかり、爆発を起こして煙を巻き上げた。

 

 

「バアアアァァァスッ!!」

 

 

 同時にあがるエースバーンの雄たけび。

 

「……」

 

 巻き上がる煙をじっと見つめるボク。

 

 あの火球で倒されているのなら、インテレオンはあの煙の中で倒れているだろう。それはボクだけが思ったことではなく、ここにいる全員が同じ感想を抱いていた。

 

(……終わった……かな)

 

 目を閉じ、一呼吸。

 

(まだ、倒れられない)

 

 目を開け、前を見る。

 

「フリア……」

 

 ユウリと目線を合わせる。

 

 そして……

 

「ありがとう、ユウリ。キミと会えて……こんな最高の舞台で闘えて、本当によかった」

「……うん。私も、凄く楽しかった。ありがとう、フリア」

 

 お互い、今日行う事の出来た最高のバトルに対してお礼を言う。

 

「バ……ス……」

 

 同時に、力を出し切ったエースバーンが大の字で地面に倒れ、審判の人が声をあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()、戦闘不能!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 審判の声と同時に湧き上がる困惑の声。だって、この状況を見たら誰だってインテレオンが負けたと思うから。しかし、そんな観客に対して答え合わせをするかのように、エースバーンのすぐ横に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()インテレオンが、右手のアクアブレイクを纏った手刀を振り切った姿で現れた。

 

 

 

 

「よってこのバトル、フリア選手の勝ち!!」

 

 

 

 

「ふぅ……………」

 

 息を小さく吐く。

 

「…………っしゃぁぁ……」

 

 そして、ぐっとガッツポーズをし、泣きそうな感情と、限界寸前の疲れのせいで震える声を隠すこともせずに、ボクは声を出した。

 

 同時に湧き上がる大歓声。

 

 降りそそがれる拍手の雨の中、ボクは感情が爆発しそうになるのを、マフラーを握り締めて我慢しながら喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




決着。






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255話

「レオ……」

「インテレオン……」

 

 バトルコートを埋めつくし、決着が着いてからもう数分は経っていると思われるのに、それでも鳴り止まない拍手の雨。しかし、ボクはその拍手に答えられるだけの心理的余裕が無い。

 

 ようやくバトルが終わったというのに、その実感が全然湧いてこず、どこかふわふわとしたような感情に包まれた。けど、そんな状態でもインテレオンを労わなくてはという感情だけはしっかりとあり、いつも通りクールな表情を浮かべながら、しかし、指先も足元も若干震えさせ、今にも限界を迎えて倒れそうなインテレオンを迎えるべく、ボクもゆっくりとインテレオンに近づく。そして……

 

「本当に……ありがと……」

「レオ……ッ!?」

「インテレオン!?」

 

 ぎゅっと抱きしめ、インテレオンと気持ちを共有し、徐々に勝ちを実感し始めたことに身体を震わせながら、ついに限界が来て崩れ落ちそうになるインテレオンを支える。

 

 インテレオンの身体に触ることで、改めて今のインテレオンの状況を把握するけど、身体中に傷を作っており、今すぐにでも休ませてあげたいという気持ちで溢れそうになる。

 

「こんなになるまで……本当にお疲れ様」

「レオ……」

 

 最後まで頑張って勝ちを持ってきてくれた最高の仲間にいまいちどお礼を言ったボクは、インテレオンを休ませてあげるためにモンスターボールを軽く当てて中に戻していく。これで少しでも身体への負担が軽くなってくれれば嬉しい。勿論、この後すぐにポケモンセンター、ないしは、このスタジアムにある回復装置を利用するのは確定だ。

 

「フリア」

 

 インテレオンをボールに戻し、ホルダーに掛けたところで掛けられる人の声。こんな場所で掛けてくる人なんて1人しか居ない。

 

「ユウリ……」

 

 声が聞こえた方に視線を向ければ、そこにはユウリの姿。いつの間にかこちらの方まで近づいてきていたユウリは、少し悔しそうな、しかしどこか満足そうな表情を浮かべていた。

 

 今日ボクと激闘を演じてくれた天才。彼女のおかげで、ボクは何かを掴めたような気がした。そのことにすごく感謝したい気持ちがあり、ボクもユウリの名前を呼びながら近づいていく。

 

「あ、あれ……?」

 

 しかし、ボクの身体は全然思うように動かず、まるで卵からかえりたてのシキジカのように足を震わせながら、足を半歩前に引きづるだけでボクの前進は止まってしまう。また、今まではバトルの興奮によって大量に分泌されていたアドレナリンのおかげで誤魔化すことにできていた疲労と痛みが、ここにきて一気にぶり返してきて、とてもじゃないけど耐えられないほどの倦怠感に襲われる。

 

(あ……まずい、かも……)

 

 と思った頃にはもう遅く、バランスを取ることもできなくなったボクの身体は、気づけばもう少しで地面にぶつかりそうな所まで落ちており、もはやボクに出来ることは、これから来るであろう痛みと衝撃に備えることだけだった。

 

「っ……!!」

 

 ぎゅっと目を瞑り、動かせる範囲で身体を縮こまらせ、少しでも痛みを耐えようと頑張るボク。

 

「フリア!!」

 

 しかし、そんなボクと地面の間に、スライディングで身体を滑り込ませてきたと思われるユウリが、ボクの身体をやさしく受け止め、抱きしめてきた。おかげでボクの身体にダメージは一切ない。

 

「ユウリ……?」

「フリア!!大丈夫!?」

「う、うん……ありがと」

 

 ボクを受け止めたユウリは、すぐさまボクの顔を見つめながら心配の声をかけてきた。その姿はさっきまでの全力を出し切って満足した笑顔とは打って変わっており、ボクのことを心の底から心配してくれているのがよく分かる。

 

「身体は痛くない?調子とか、右腕とか……えっと……やっちゃった私が言えた事じゃないかもしれないけど……」

 

 そんな表情が、ボクの身体を触診するかのようにひとつひとつ調子を確かめていくうちにどんどん曇っていく。

 

「フリア……ごめんなさい。ヨノワールと感覚がつながっているってわかっていたのに……その……」

「ううん……気にしないで」

 

 そんなユウリの表情がこれ以上曇らないように、声を返しながらゆっくりと上体を起こしていく。

 

「こうなることは分かっていたし、ユウリも理解してくれたから、全力で闘ってくれたんでしょ?」

「……うん」

「なら、謝ることなんてないよ。……ううん、むしろボクがお礼を言いたいくらい」

 

 ユウリがボクの共有化現象の理解をしているうえで、全力で闘ってくれたらかこそ、ボクは今回のバトルで大きく吹っ切れることが出来た気がする。今も、体調という面では物凄く悪いのに、ボクの心はどこか晴れやかではあった。ユウリに勝てたことと、コウキに対する気持ちの整理が出来たのが本当に大きい。

 

「だからありがと。……えへへ」

「……もう」

 

 ボクが微笑みながら言葉を返すと、そんなボクの姿に毒気を抜かれたユウリもまた、ボクにつられながら表情を崩して言葉を漏らす。

 

「……うん、やっぱりフリアと全力でバトルできてよかった。改めて、おめでとうフリア」

「うん……ありがとうユウリ。ボクも、キミのおかげで沢山成長できた。本当に、決勝戦の相手がユウリでよかった!!」

 

 お互い検討を称え合いながら、更に表情を緩めていく。

 

 きっとユウリの心の中には悔しい気持ちも大きくあるだろう。今も、もしかしたら表に出していないだけで、叫びたくて仕方ないのかもしれない。でも、今はこうしてボクの身体を気遣ってくれている。そのことが、またちょっとしたくすぐったさをボクの心の中に残していく。

 

 柔らかくて暖かくて、ずっとここに甘えてしまいそうな、そんな雰囲気を感じるけど、残念ながら今は公共の場。他の人の目も沢山ある中なので、これ以上こうしているわけにもいかない。……いや、だからと言って2人きりの時にこうするってわけでもないけど……とにかく、今はもう動くべきだ。

 

「よい……しょっと……」

 

 震えておぼつかない脚でも、ユウリを支えにしながらゆっりと立ち上がる。

 

「大丈夫……?スタッフの人を呼んでくる?」

「ううん、平気だよ」

 

 相変わらずユウリが不安そうな声をかけて来るけど、それに対してボクは自分に喝を入れてしっかりと立つ。

 

 確かにもう限界をとっくに超えているとはいえ、少なくとも今この場では自分の足でちゃんと立って帰りたい。

 

「優勝者が、誰かに担がれてなんて格好がつかないでしょ?……最後は……ちゃんと胸を張って歩くよ」

「……そっか。……うん、分かった。……じゃあ最後の仕事、頑張って!!」

「うん!!」

 

 完全に立ち上がり、何とかバランスが取れたところでユウリの肩から手を離し、しっかりと立つ。と同時に、ようやく周りを見渡す余裕が生まれたため、観客の方に視線を向けると、送られてくるのは惜しみない拍手の雨。先ほどの戦いに熱狂してくれたらしいみんなからの、そして優勝者が決まったことによる賞賛の証であるそれは、疲れたボクの身体にゆっくりとしみ込み、同時にボクが優勝できたんだという実感を徐々に教えてくれた。

 

 ふと視線を向けたら、こちらに向かって手を振っているホップたちの姿も見える。残念ながら手を振り返す力までは残っていないので、微笑みを返す程度にしか反応を残せないけど、今はこれだけでもいいだろう。どうせこの場所から帰ったらいくらでも質問攻めされることになるだろうし。

 

 とにかく、今はこの拍手を受けながら、このガラルリーグの優勝者として、胸を張ってこの場所から退場する。それが今のボクのするべきことだ。

 

「すぅ……ふぅ……よし!」

 

 呼吸を整えて、ゆっくり1歩ずつ歩く。

 

 ただこのバトルコートから退場するだけなのに、その距離がやけに長く感じる。それほどにまで身体が重い。けど、決して不快ではなく、やり切ったという達成感が凄い。それに、後ろからユウリが見てくれているというのが、どこか安心感を感じさせてくれる。

 

 これなら、このまま退場することが出来るだろう。

 

(勝者も勝者で、なかなか気が抜けないんだね……)

 

 勿論、この優勝は言ってしまえば通過点だから安心するのは正直に言えばまだ早い。というのも、ガラルリーグを優勝したボクに待ち受けているのは、この次に行われるチャンピオンリーグとなる。そこでは、ボクとガラル地方のメジャーリーグのジムリーダー全員を含めた9人によるトーナメントが行われることとなり、そのトーナメントで見事優勝することが出来れば、晴れてダンデさんへの挑戦権を得ることが出来る。そう考えると、まだまだ道のりは長く、そして険しい。けど……

 

(今日だけは……誇ってもいいよね?)

 

 少なくとも、勝ってすぐの余韻に浸ることは許されるはずだ。

 

(これで、また1歩……コウキに近づけたはず)

 

 ボクを称える拍手を浴びながら、ボクはようやく人目のつかない暗い道に入った。

 

 もう、気を抜いてもいいだろう。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 壁に手をつき、肩で息をする。

 

 もう人の目がないという緊張感からの解放がボクの身体を弛緩させる。けど、いくら人の目がないからと言って、こんな廊下で倒れるのはそれでそれでまずい。せめて、控室までは戻っておかないと、いろいろ辛い。

 

「やっぱ……ユウリについてきてもらった方がよかったかも……」

「フリア」

「やっぱこうなってたか」

「え?」

 

 いよいよ足が動かなくなりそうになったところで聞こえてくる人の声。顔をあげてそちらに視線を向けると、そこにはヒカリとジュンがいた。

 

「2人とも……」

「色々話したいこともあるし、いろんな言葉をかけてあげたいのだけど……今はこうとだけ言っておくわね。……もう、いいわよ」

「あとはオレたちに任せとけ!!」

「……ふふ」

「「……?」」

 

 突如現れた、ボクにとってとてもなじみ深い声と姿。それを確認したボクは、ユウリに抱きしめられた時と同じくらいの安心感を覚えた。

 

 それは、ボクの心が安らぐと同時に、もう身体から完全に力が抜けてしまう合図でもあった。

 

「じゃあ……2人とも……おねがい……ね?」

「……ええ。お疲れ様、フリア」

「良かったぜ!お前のバトル!!」

「ふふ……本当に……ありが……」

 

 そこまで言葉に仕掛け、ボクの視界は完全に黒に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、おめでとう」

 

 ふらふらしながら、ボロボロの身体で、でも決してそんなことを感じさせないように、しっかりと自分の足で退場していくフリアの背中を見送る私。そんな背中を見つめていた私は、自然とそんな言葉を口にしていた。

 

 私の憧れた人は、私が思った以上に凄くて、そして私の期待にちゃんと応えて、私を越えて先に行ってくれた。そのことが嬉しくて、寂しくて……いろいろな思いが混ざり合って正直今はよくわからない状態になっていた。

 

「……私も、そろそろ退場しないと」

 

 そんな複雑な感情のまま、フリアの背中が完全に見えなくなったのを確認した私は、フリアが帰っていった方とは逆方向の道へと足を運ぶ。

 

 体力こそかなり減って疲れているとはいえ、フリアと違って身体にダメージはない私はすぐに暗い道へと進んで行く。すると、私の道を塞ぐように2つの影が現れた。

 

「よ、ユウリ」

「お疲れ様と」

「ホップ……マリィ……」

 

 そこにいたのはホップとマリィ。私と同い年で、私と一緒にこのトーナメントに挑み、そして敗れていった人たち。

 

「負けちゃった……」

「ああ、そうだな……」

「うん……勝てなかったと……」

 

 ここにいるのはみんな等しく敗北者だ。この大会のトップを目指し、そしてそこに届かなかった人たちだ。

 

 トーナメントというのは得てして、勝者を1人しか出すことの無い残酷なルール。それゆえにどうやったって悲しむ人は出てきてしまう。

 

 けど、だからこそ、そのてっぺんに到達した人の輝きが、さらに眩しく見えてしまう。

 

「いいなぁ……」

 

 私の脳内をかけたのは、勝ちが決定した瞬間にガッツポーズをして、少し変な声を出しながら喜ぶフリアの姿だった。

 

 いつもに比べて弱弱しく、突いてしまえば倒れてしまいそうなほど力のないガッツポーズ。けど、その姿が私にはどうしようもなくかっこよく見えてしまい、同時に羨ましくも見えてしまった。

 

(私も……いつかあんな風になりたい……!!)

 

 ただでさえ私はフリアにとても憧れているのに、そんなあこがれがさらに強くなってしまった。

 

(……って、ちょっと重くない?私……)

 

 その事に内心少し呆れてしまうものの、それでも私のあこがれは止められない。

 

 一度見てしまった。てっぺんに立った人の姿を。

 

 一度焦がれてしまった。そこで輝いている人に。

 

 なら、その人に並ぶためにも、目指さないなんて嘘だろう。

 

「ねぇ、ホップ……マリィ……」

「ん?なんだ?」

「どしたと?」

 

 私の言葉に首をかしげる2人。そんな2人に対して、私は目をしっかり合わせて言葉を告げる。

 

「今度は、私たちの中から優勝を……ううん、チャンピオンになる人を出そうね」

「「!?」」

 

 私からの言葉に目を見開く2人。そのことにちょっと不満が募る。

 

「もう~、そんなに私がこの言葉を言うのおかしい?」

「いや、だって……なぁ?」

「うん。てっきり、ユウリはそういうのにあまり興味がないと思ってたと」

「ひどい!?……いや、否定できないけどさ……」

 

 ジムチャレンジを始めてすぐのころの私を知っている人なら、確かにそういう発言が出てきてもおかしくなさそうだ。それくらいには、旅を始める前と後で、私の発言は大きく変わっているだろう。

 

 でも、それも仕方ないことだと思う。

 

「だって……あんなもの見させられたら……ね?」

「……っはは、そうだな!!」

「うん……それは間違いなかと」

 

 ここの2人だって、私と一緒にフリアが優勝するシーンを目撃しているんだ。だったら、2人も同じことを想像したっておかしくない。

 

 あの場所に、自分が立っていた時の姿を。

 

「次にあそこで勝ちをかみしめるのは……私でありたい」

「いや、オレだぞ!!今度こそアニキを越えるチャンピオンになる!!」

「悪いけど、あたしが先に底に到達すると。2人はその後にゆっくり追いかけてくればよかと」

「なんだと~!!」

 

「「「…………あっはっはっは!!」」」

 

 暗い廊下に響き渡る、私たち3人の笑い声。それは、これからあるかもしれない未来を思い、心を昂らせてくれる喝采の歌。

 

「……じゃあ誰が一番最初に、フリアの横に並べるか勝負!!」

「乗ったぞ!!絶対負けないからな!!」

「別にあたしはフリアの横を目指しているわけじゃないけどね。それはユウリだけと~。健気とね~?」

「なっ!?そ、そういうことじゃ……!!」

「?なんだ?どういうことだ?」

「つまりねホップ。ユウリは……」

「ああもう!!言わなくていいのマリィ!!」

 

 そこから続けられていく騒がしい会話。それが今はとても心地いい。

 

 いつまでもこの会話が続けられるような関係でいたい。そう思った私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゴウカザル!!『インファイト』!!』

『ドダイトス!!『ぶちかまし』!!』

 

 ぶつかり合うゴウカザルとドダイトス。2人の全力の攻撃は、バトルコートの真ん中でぶつかり合い、激しい音を立てていた。

 

 お互い一切引く気の無いその攻撃はとても苛烈で、見ているだけでこちらの心を昂らせてくれる。

 

(これは……え!?)

 

 こんなすごいバトルを誰がしているのかと気になって視線を動かしてみれば、そこに立っているのはボクのよく知る人物だった。

 

 その人物たちはボクを視認できていないのか、ボクのことなんてお構いなしにバトルを続けていく。

 

 その表情はとても明るくて、見ているこちらまでもが微笑んでしまいそうなほどで……

 

(じゃあこの夢は……まさしくボクの……)

 

 この夢が自分にとっての何なのかということに気づいたと同時に、だんだんとバトルコートが霧に包まれていき、ボクの場所から視認が出来なくなっていく。

 

(あ……)

 

 もうちょっと見ていたい。けど、もう時間みたいだ。

 

 霧に閉ざされていくバトルは、程なくして完全に見えなくなり、そしてボクの意識もだんだんと浮き上がるように曖昧になっていく。

 

(もっと見たかったら……目指せって事かな……?……うん、そうだよね!!)

 

 改めて、気合を入れる。

 

 この幸せな夢を、今度は夢ではなく現実で見るために。

 

 今のボクなら、それが出来そうな気がするから。

 

(まっててね……)

 

 最後にそう残したボクは、意識を完全に浮上させていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……ん……」

 

 まどろみの中からゆっくりと意識を浮上させ、閉じていた瞼を徐々に開けていく。途中で目に入ってくる光に少し苦しみながら、それでも何とか目を開け切ったボクは、今寝ている場所から見える天井をしばらくじっと見つめていた。

 

「見たことある天井だ」

「でしょうね」

「え?」

 

 目に入ったものをみて、適当に言葉を零しておくと、横から声が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、ベッドの横の椅子に座ってこちらを見ているヒカリと目が合った。

 

「ヒカリ……おはよ」

「ええ、おはよう。身体はもう大丈夫?」

「うん……多分……」

 

 身体を起こしながら軽く腕を回し、特に問題がないことを確認するボク。特に、右腕に関してはちょっと念入りに確認をし、ちゃんと動かせるかをしっかり確認。外傷こそは全くなかったけど、痛みで動かせなかった時間が確かにあった以上、少しの不安が残ってしまう。けど、どうやら本当に激痛があると錯覚していただけのようなので、共有化を切って元の感覚に戻り、じっくり休んだ今となっては自由に動く。

 

(これなら、これからも共有化をしても怯える必要はそんなに……)

 

「フリア?変なこと考えてない?」

「そ、そんなことないよ?」

「はぁ……まぁ別にいいけど、あんまり心配かけさせないでよ?」

「あ、あはは……善処します……」

 

 ボクがこれからも共有化を使うことについて難色を示すヒカリに対して思わず苦笑い。正直、今のボクにはこれに頼らずに上を目指す方法が思いつかない以上、こればかりは許してほしい。ヒカリもそのことを理解しているためか、そこまで強くは言ってこない。この問題は一生付きまとってきそうだ。

 

「けど、ここまでヒカリが心配してくれるなんて珍しいね」

「わたしが心配しているんじゃないのよ。ユウリが物凄くおろおろしちゃうからちゃんとして欲しいのよ」

「ああ~……成程……」

 

 ヒカリに言われて納得し、声を漏らすボク。確かに、バトル終わった後の慌てようを見る限り、ボクたちの中で一番心配してきそうなのはユウリだ。それはユウリがただただ優しい人間だからというだけだから、別に嫌というわけではないのだけど、反応がちょっと大きい時があるから逆に申し訳ない気持ちが大きくなる。

 

「ユウリもわかってくれてはいるけど、ちゃんと顔見せておきなさいよ……っていっても、もうじき来るでしょうけどね。その時はちゃんと声をかけておきなさい」

「うん、分かった」

「ん、よろしい」

 

 こういう会話をしていると、なんだかヒカリがお母さんみたいに見えてきた。ボクを振り回す回数も多いけど、衣装や料理が絡まなければなんだかんだかなり常識人の方だ。そういう意味ではやっぱり、こういうまったりとした会話はヒカリとするのが一番落ち着くかも知れない。

 

 なんてことを考えていると、ヒカリが何かを思い出したかのようにスマホを取り出し、何かを打ち込んでいた。

 

「ああそういえば、あなたにお客さんが来てるわよ」

「お客さん……?」

「そ。さっきも来て、その時はフリアが起きたら連絡するって伝えて帰ってもらったのだけど……っと、今連絡入れたから、そろそろ来るんじゃないかしら?」

「うん……?」

 

 ヒカリの言葉に思わず首をかしげるボク。普通に考えたらユウリたちのことなのかなと思うのだけど、それならわざわざお客さんだなんて言い方をしない。となれば、普段絡んでいる人とは別の人が来ているということになるのだけど……

 

「お、起きたみたいだな。体調の方は大丈夫か?」

 

 なんて考えていたら、ボクが休んでいる部屋の扉が開かれ、そこから声をかけられる。そちらに視線を向けると、そこにいたのは……

 

「ダンデさん!!こんにちは」

「ああ、こんにちは」

 

 ガラルチャンピオンのダンデさんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






どこかで見たことあるポケモンが闘っていますね。果たしてこれは目標化、はたまた予知か。




フルバトルラッシュがようやくひと段落。次はどうしましましょうかね……


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256話

「観客席から今日の熱いバトルを見させてもらった感じ、かなり身体に負担がかかっていたから少し心配だったんだが……その様子なら大丈夫そうだな」

「はい、もう完全回復です!」

「調子に乗らないの。少なくとも今日明日は安静だからね?」

「……あい」

 

 ヒカリが言っていたお客さんであるダンデさんは、部屋に入ってくると同時にボクの体調の確認を取ってくる。やっぱり他人から見たらあの状態のボクはちょっと宜しくないように見えるらしい。実際のところは、苦しいのは確かではあるんだけど、あくまでも錯覚の痛みでしかないから、痛みからの回復もそれなりに早いというのが現状ではある。だからといって、みんなが安心する答えという訳ではないのだろうけどね。

 

 ヒカリからしっかりと釘を刺されたボクは、少しだけしゅんとなりながらも、すぐに気持ちを切り替えてダンデさんの方に視線を向ける。

 

「それで……今日は一体どうしたんですか?」

「ああ、きみにお祝いの言葉を送ろうと思ってね」

 

 少し脱線した話を戻し、ダンデさんに話題を向けると、返ってきたのはお祝いの言葉。今日優勝したボクに対するちょっとした挨拶だった。

 

「本当におめでとう、フリア君。今日の試合、もの凄く楽しませてもらった!シンオウ地方の元チャンピオンに推薦を受けたきみと、俺が旅立った町と同じ場所から巣立ったばかりの新米トレーナーのぶつかり合い。当然始まる前は勝敗なんて大体の人が決めつけていた。しかし、そんな予想をしてきた観客を、いい意味で思いっきり裏切るハイレベルな攻防……片方が俺が昔から知っている人間ということもあって、途中で感傷に浸って涙を流してしまったほどだ」

「ダンデさん……」

 

 目を閉じ、拳を握りながら、ゆっくりと感情を吐露するダンデさんの姿は、ボクとユウリのバトルを本当に楽しんでみていたみたいで、当事者であるボクも、少しくすぐったい感情を感じながらも、それ以上の嬉しさに襲われる。一地方のチャンピオンの視線を釘づけにすることが出来るくらいには、いい勝負が出来たみたいで本当に良かった。

 

「本当に、純粋にいいバトルだった……ははっ、マサル君と言い、ユウリ君とホップと言い、もっと早く推薦状を渡すべきだったな。……いや、フリア君のおかげでここまで成長出来ていたと考えるのなら、ある意味タイミングは完璧だったのかもしれないが」

「買い被りすぎですよ。ボクが居なくても、みんなダンデさんが満足いくレベルまではすぐに成長していたはずです」

 

 戦っている時にどんどん開花していったユウリのトレーナーとしての才能を見れば、例えボクが居なくてもユウリはここまで昇って来ただろう。なんなら優勝していてもおかしくないレベルだ。しかし、そんなボクの言葉をダンデさんは否定する。

 

「そんなことは無いさ。少なくとも、人を惹きつける試合をできる人物が、すぐ近くにいて前を走っていたと言う事実は、彼女たちに大きな影響を与えたはずだ。オレも、彼女たちとの関係性だけで言えば身近な人間ではあるが、それでも、大事な部分はテレビ越しでしか見せることが出来なかったからな」

 

 ほんの少しだけ寂しそうな顔をしながらそう呟くダンデさん。ダンデさん的には、大切な弟とその友達だし、もしかしたら自分の手で育てたいという気持ちがあったりしたのだろうか?はたまた、まだ小さいと思っていた弟たちの成長に、感傷に浸っていたか。

 

(ポケモンバトルに関してはストイックなダンデさんなら、後者な気がするかも)

 

 ダンデさんがポケモンバトルを教えている姿はちょっと想像できなかったし、性格的に自分を超える人を自分で育てるような人じゃない気がした。

 

「とにかくだ、改めて優勝おめでとう。これできみは晴れて、チャンピオンリーグへの参加券を獲得できたわけなんだが……さてフリア君。ずばり、きみの目標は」

 

 まるで、ボクを試すかのような悪い笑顔を浮かべるダンデさん。答えなんて最初から分かりきっているくせに、ここでボクの口から言わせるとか、ちょっと意地悪だ。けど、それほどまでに楽しみにしてくれているということだろう。

 

 なら、ボクもそれ相応の態度で返すとしよう。

 

「勿論、このまま勝ち続けて、ダンデさん……あなたを倒すことです」

 

 笑みには笑みで返す。きっと今のボクも、悪いとは言わないまでも、ダンデさんに負けないくらい良い笑顔で返しているはずだ。隣で見守っているヒカリの表情が、呆れたものでありながらも、どこか微笑ましそうなものになっている辺りがその証拠だろう。

 

「ああ、それでこそだ!!」

 

 ボクの答えに満足したダンデさんは、笑顔をさらに輝かせながら、嬉しそうに言葉を落とす。

 

「この後行われるチャンピオンリーグで最後まで勝ち進み、そして俺の前に立つのが、きみであることを願って待っているぜ!!」

「はい!!」

「そしてそれが実現した暁には……全力を持って、ぶつからせてもらおう」

「……」

 

 最後の言葉とともに、ぐっと重くなる部屋の空気。

 

(これが、チャンピオンの重圧……!!)

 

 方向音痴で、感情的で、優しくて面倒見のいいお兄さんと言う、普段の姿からは想像もできないその圧倒的な存在感は、人によっては今すぐにでも逃げ出したくなってしまうような圧がある。しかし、こんなプレッシャーを受けてなお、ボクの心はワクワクしていた。

 

 わがままを言うのなら、明日にでも戦いたいほどに。

 

「ボクも、本気でとりにいきます!!」

「ああ!!」

 

 メラメラとした視線をぶつけ合うボクとダンデさん。まるで火花でも散っているのではないかと錯覚するほどまっすぐ視線をぶつけ合うボクたちは、しかし隣にいるヒカリのせいでそんなやり取りも中断させられる。

 

「はいはい、気持ちはわかるけど今は療養に専念しましょうね~。ダンデさんも、怪我から立ち直ったばかりの人間にプレッシャーを振りまかないでください」

「「はい……」」

 

 しかし、そんなヒカリからかけられたド正論パンチを防ぐ術を持たないボクたちは、そのまま大人しくこの言葉を受け取る。確かに、今は次の試合に備えて身体を治すことが先決だ。それに、まだダンデさんと戦うまでにはかなり長い道のりがある。先を見すぎて足元を救われないように、しっかり考えておかないといけない。

 

「ま、今日の用事というのはこういうことだ。優勝おめでとうという言葉と、きみの体調の確認。どうやら心配は杞憂に終わったみたいでよかった」

「ありがとうございます。それと、わざわざすいません」

「気にしなくていいさ。また全力で戦うきみの姿が見られるのを、いちトレーナーとして楽しみにしているぜ」

 

「おいっす~」

「フリア!!」

「起きたと?」

「もう身体は無事か!?」

 

「っと、どうやらきみの仲間たちも来たみたいだな」

「みんな!」

 

 太陽のようにニカッと笑うダンデさんに、ついついこちらも微笑みが生まれてしまう。そんなやりとりとをしていると、再びこの休憩室の扉が開かれた。その先にはジュン、ユウリ、ホップ、マリィがおり、一瞬にしていつものメンバーが集まることとなる。こうしておなじみのメンバーが集まると、やっぱりどこか落ち着くところがあるせいか、ボクの心も一気に安らぐ。

 

「その調子なら大丈夫そう……ってアニキ!?」

「ああホップ。お前のバトルもしっかり見させてもらったぜ。熱くいいバトルだった!!お前なら、この先ももっと強くなるだろう!!」

「おう!!絶対アニキを超えるから待っててくれよな!!」

「っはは、楽しみだ!!勿論、ユウリ君やマリィ君が来るのも楽しみにしている!!なんなら、次回はジュン君とヒカリ君も参戦してくれてもいいんだがな」

「いいのか!!く~っ、速く戦いたいぜ!!」

「わたしはパスかな……バトルにあくまでも本職はコンテストだし……」

 

 同時に、部屋にいるダンデさんの存在に気づいたホップたちがさらに騒がしくなる。ここは休憩所なので声量自体は下げているものの、それでもチャンピオンがいるというのは少しの盛り上がり要素だ。うるさくはないものの、人によっては煩わしさは感じてしまうかもしれない。今この周辺に人があまりいなくてよかった。

 

「フリア!」

「わっぷ!?」

 

 なんて、そんなダンデさんの方のやり取りを少しひやひやしながら眺めていると、突如身体に襲い掛かる衝撃。

 

「大丈夫!?大事ない!?」

「平気!平気だから!落ち着いて……ね?」

 

 いきなり飛び付いてきたその影はユウリ。バトルコートではボクを真っすぐ送り出してはくれたものの、その後ボクが廊下で気を失ったと聞いて気が気じゃなかったらしい。少し慌てた様子で訪ねてくるユウリに対して、ボクは落ち着かせるように言葉を柔らかくしながらユウリに話す。

 

「ごめんね?ボクを信じて送ってくれたのに、結局気絶しちゃった……」

「ううん、私の方こそ……でも、今は無事なんだよね?」

「うん、後遺症はないし、もう大丈夫だよ」

「よかったぁ……」

 

 少し大げさな気もするけど、ユウリからしてみれば自分が原因で起きてしまっている状態だ。たとえお互いが理解したうえでの出来事だったとしても、これでボクの身に何かあったらユウリにとっては悔やんでも悔やみきれないだろう。

 

(対戦相手にもちょっと色々強いてしまうのは、本当に困るところだね……ヒカリの言う通り、もうちょっと注意しよう)

 

「ごめんね~」

「はぇ!?」

 

 ユウリの頭を撫でながら今回のことを反省する。正直こんな子ども扱いするような行動で誠意ある謝罪と言えるのかというとあやしい所があるけど、これくらいしかやることがないので許してほしい。

 

「あうう……」

 

(……うん、あとでポフィンあげよう)

 

 ボクの方に顔をうずめてぐりぐりしながら声を漏らすユウリを見て、やはりこのやり方はあまりよくなかったと反省したボクは、あとでポフィンをあげることを決める。これはホテルに戻ったらすぐに料理にかからないとだね。

 

「うわ~お……」

「ん?どうしたのヒカリ?」

「いいえ~何でもないわ~」

「相変わらず凄いとね~」

「「ね~」」

「ん~……?」

 

 そんなボクとユウリのやり取りを見て、ヒカリとマリィが凄く変な笑顔を浮かべている。それがとてつもなく気になって質問を投げかけてみるけど、ヒカリもマリィもなんだか不気味なくらい優しい笑みを浮かべながら答えをはぐらかしていく。本当にどうしたのだろうか?

 

「さて、フリア君の様子も確認できたし、俺はそろそろ戻るとするよ」

「ええ~行っちまうのかアニキ~……これからオレたちで飯でも食べに行こうって話になってるんだけどよ~……」

「ははは、それは楽しそうだ。願わくば相席させてもらいたいものだが……チャンピオン業というのはそこそこにやることが多くてね」

 

 ボクがヒカリとマリィの行動に不気味さと気持ち悪さを感じていると、ダンデさんが声をかけてきた。話したいことを終えたので、ここから移動するみたいだ。そのことにホップはあからさまに残念そうな顔を浮かべる。どうやらこの後みんなでご飯を予定していたのだけど、そこにダンデさんが来れないことが少し不満らしい。……というか、ここに来たのはボクをご飯に誘うためだったのね。勿論、ボクの体調を確認して、大丈夫そうならという前提条件の下だろうけど……その話を切り出す前にダンデさんを視界に入れてしまったため、ちょっと話が進まなかったみたいだ。

 

「ご飯という事なら、また今度一緒に食べよう。その時は、俺がみんなの分をおごらせてもらうぜ!」

「絶対だからな!!約束だぞ!!」

「ああ!!」

 

 ホップと指切りしながら笑顔で答えたダンデさんは、ホップと手を離すと部屋の出口に向かっていく。そして出口付近で振り返ったダンデさんは、最後にボクの方を見て言葉を残す。

 

「ではな、フリア君!!チャンピオンリーグ、楽しみにしているぜ!!」

「はい!!」

 

 この言葉を最後に、ダンデさんは部屋を出ていく。室内から出ていくというだけあって、視界からいなくなってしまうのはすぐだったけど、ホップやジュンはダンデさんが部屋から出ていっても、しばらくはそちらの方を見ていた。ホップはともかくとして、ジュンもこの地方のチャンピオンの存在を目の当たりにして、どこか思うところがあるみたいだ。

 

「で、これからみんなでご飯食べに行くの?」

「おお、そうだった!!」

 

 ダンデさんがいなくなって産まれた、ちょっとした無音の空間。けど、このままだと話が進まないので、ボクから話を切り出していく。すると、思い出したかのように手を叩きながら、ホップがこっちを見てきた。

 

「フリアの身体の調子が大丈夫なら、みんなでご飯行こうって話をしてたんだ!!」

「今まではリーグ前ってこともあって、みんなピリピリしとったけんね。そんなリーグも終わったし、もう気兼ねなく顔を合わせられるけん、お疲れ様の慰労もかねてってことで、ご飯食べよって話しと」

「成程ね」

 

 ホップとマリィの説明に納得いったボク。確かに、ここ最近はお互いが闘う可能性があるということもあって、出来る限り顔を合わせないようにしていた。一応リーグ中の控室では顔を合わせていたけど、それ以外の期間ではほとんど顔を合わせていなかったため、こうやって全員がそろうのはなかなか久しぶりな気がする。

 

 そんなリーグも無事に終了した。

 

 ならば、ボクたちが出来る限り距離を開ける理由ももうない。

 

「勝ったり負けたりで、全員がいい気分とは言わないだろうけど、それでもとりあえずは区切りを1つ迎えたのだから、ここら辺でいったんパーっとやっちゃいましょ?」

「なんだかんだ、シュートシティでみんなでご飯ってなかったからな!!今から楽しみだぜ!!」

「はは、ヒカリとジュンも我慢してたもんね」

 

 ボクたちの試合が終わるまで待ってくれていたジュンたちも合わせて、ここにいるみんなでご飯にいく。うん、今からとても楽しみだ。

 

(一体何料理を食べに行くんだろう?)

 

 コンコンコンコン。

 

「フリアさん、今大丈夫でしょうか?」

「あ、はい!いいですよ」

「失礼します」

 

 みんなで食べに行くとして、どこの地方のご飯を食べるんだろうかと想像していると、またしてもこの部屋に来訪者の音。今度は入室前にボクの名前を呼んできたので、それに声をあげて返事をすると、シュートスタジアムのスタッフの人が入ってきた。

 

 その人の手には、6つのモンスターボールがあった。

 

「フリアさん、ポケモンたちの治療が終わりましたので、こちらにおいておきますね」

「ありがとうございます!!」

「いえいえ、優勝おめでとうございます。あ、あと体調が大丈夫なのでしたら、ジョーイさんをお呼びしますね。検査を受けて大丈夫でしたら、そのまま部屋から出ていただいて大丈夫ですので」

「何から何までありがとうございます」

「大丈夫ですよ。では、失礼します」

 

 ボクの手持ちのみんなが入っていたボールを、ベッド横においてある机の上に並べたスタッフの人は、用事が済むと同時に頭を下げて退出していく。恐らくジョーイさんを呼びに行ったのだろう。ということは、この部屋で最後の検査が行われるという事だ。

 

「という訳だからさ、外で待っててくれる?すぐに追いかけるから」

「そうね。沢山いてもジョーイさんの邪魔になってしまうし、先に外で待っているわ」

「早く来いよ!!遅れたら罰金500万円だからな!!」

「なんて言ってるけど、フリアのペースでいいけんね」

「その間に、オレたちの方で店見つけておくぞ!!」

「うん、お願い」

 

 ボクの言葉にヒカリたちがいつも通りの空気で返答し、すぐに部屋を出ていく。

 

 あれだけ騒がしかった休憩室が一気に静かになったことに、少しだけ寂しさを感じるものの、まだやるべきことがあるため、まずはそちらに声をかける。

 

「ユウリ……ユウリ……!大丈夫?」

「ふぇ!?あ……あれ……?」

 

 ここまでずっと蹲っていたユウリがようやく起動。辺りを見回したら自分以外が居ないことに凄く焦りを感じたのか、忙しなく動き始めていた。そんな彼女に、ボクはとりあえずこれからの動きについて説明する。

 

「この部屋には今からジョーイさんが来て、最後の検診するみたいだから、とりあえずユウリは外で待っててくれる?多分、いつも通りの裏口でみんな待っていると思うから」

「あ、みんなもう外に行ったんだ……い、いつの間に……」

「さっき出ていったばかりだから、今から行けばすぐ追いつけると思うよ。ボクも検診が終わり次第すぐに行くから、先に行って待っててくれる?」

「うん!!あ、あとごめんなさい!!病み上がり……?の身体にこんなことして……」

「大丈夫だよ。むしろ心配してくれてありがと」

「うん……」

 

 ようやくいつものユウリに戻り、ボクからゆっくり離れる。けど、その表情はやっぱり少し優れない。なので、あっているか分からないけど、ボクなりにユウリを元気づける言葉を投げかけてみる。

 

「心配したお詫びにポフィンとかお菓子とか、色々作ってプレゼントしたいからさ。ご飯終わったあとボクの部屋に遊びに来てよ。もしその後にまだ話し足りないことがあったら、そこでお話も楽しそうじゃない?」

「えっと……いいの?迷惑じゃない?」

「全然」

「そっか……うん、わかった」

 

 ボクの提案を聞いたユウリは、とりあえずは穏やかな表情を浮かべながらボクの意見に賛同してくれた。やっぱりユウリはポフィンが大好きみたいだ。これは腕によりをかけて作らないとね!!

 

(喜んでくれると嬉しいな……)

 

「じゃあ、待ってるね」

「うん、待ってて」

 

 ボクの言葉に頷いたユウリは、それでも若干後ろ髪を引かれながら部屋を出ていく。

 

(本当に心配症だなぁ……ユウリのためにも、早く戻らないとね)

 

 その姿に、相変わらずの優しさだなぁと思わず微笑みを浮かべ、ジョーイさんが来るのを待つ。

 

 ご飯を食べたあとのことを考え、少しだけ鼓動を速くしながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……やっぱりわかってもらえないかね……」

「わかってはいるつもりです。ですが、何も今やるべきことではないというだけです」

 

 ガラル地方最大の都市、シュートシティ。

 

 ガラル地方で一番発展し、規模も巨大なものとなっているこの都市は、夜になるとその発展力を示すかのように、煌びやかにライトが輝きだす。住宅街は勿論のこと、観覧車やシュートスタジアムまでもが華麗にライトアップされる中、それでも一番目を引き付けるのは、やっぱりリーグ委員長の名を冠したこのローズタワーだろう。当然こちらも夜になるとライトアップされており、いつも以上に自己主張を激しくしていた。

 

 そんなローズタワーの頂上にて、2人の男性が会話をしている。

 

「せっかく大会で盛り上がっているのに、それをわざわざ中止にしてまでやる理由がわかりません。確かに、未来にはこの資源がなくなる可能性もわずかながらにあるのかもしれませんが、何も数週間でなくなるわけではないでしょう?」

「甘い、甘いよ……。こういうのはすぐに取り掛からなくては意味がないんだよ」

「それでも、やはり俺はリーグを中止するに足る理由とは思えません。……大丈夫ですよ。リーグが終わったらちゃんと手伝います」

「そうではない……そうではないんだよ……」

「と言われましても……ならなぜリーグの時期をずらさなかったのですか。あなたなら、それくらい自由に変えられたでしょう?」

「それが出来なかったから、こうなってしまっているのだよ……もう、賽は投げられてしまっている」

「……」

 

 しかし、その2人の会話は並行線で、まるで着地点が見えない。微妙にすれ違っているだけのようにも見えるし、そもそも根本的な部分が伝わっていないようにも見えるその会話は、片方の男性がこの場を離れることで終わりを迎える。

 

「チャンピオンリーグの日にちはもう決まっています。それをあらかじめ変えていなかった以上、俺はチャンピオンリーグの日時を変更するほどのことではないと考えます。……何度も言ってますが、リーグが終わったらちゃんと手伝いますから……ですから、あなたは安心してチャンピオンリーグを楽しんでください。素晴らしいバトルになりますから」

 

 そう言い残し、男性は完全にタワーの頂上から姿を消した。

 

「……はぁ、違うのだよ。……もう、彼の誕生を止められないのだよ……私がガラルの未来を変える時は……もう決まっているんだ」

 

 その姿を見送った男性は、誰にも届かないと知っていながらも、そう言葉を残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ホップ

実機と違って、さらに強さを求める未来へ。もう一回心が折れるルートが消えそうですね。

ローズタワー

実機ではいろいろありましたけど……個人的には別に主人公が何かしなくても、何も起こらなかったのでは?と。血胸ダンデさんは普通に帰ってきてますし……。




それでも徐々に迫る不穏な空気。さて、どうなるんでしょうかね。






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257話

 ジムチャレンジを越え、シュートシティに辿り着いた8人の精鋭たちによる白熱したトーナメント、ガラルリーグトーナメント。その結果は、ボクの優勝という形で幕を下ろすこととなる。その結果にひとまず安心したボクは、その日の夜をみんなとの晩御飯の時間に使い、久しぶりの大人数による団欒を過ごした。

 

 大会でぶつかることを危惧して行われた会合の回避という制限がなくなったことによって、気兼ねなく顔を合わせられるようになったボクたちの会食は予想以上に盛り上がり、とても賑やかな時間を過ごすこととなる。結果、みんなのお腹がたまるよりも速く体力の限界が来てしまい、食べ物を残しはしなかったものの、普段食べている量と比べると少なめの量で食べ終わり、解散。各自、ホテルの部屋へと戻っていくこととなった。

 

 しかし、みんなのお腹は満足しているかもしれないけど、今日がっつり戦闘を行ったボクとユウリには少し物足りなかった。なので、休憩室でも約束した通り、2人でお話をするついでに足りない分を食べようという事にした。

 

「さてと……こんな感じで良いかな?」

「マホマホッ!!」

「うん、マホイップもありがとうね~」

 

 というわけで、ボクは自分に割り当てられたホテルの部屋にある、ちょっとした小さいキッチンを使って、マホイップのクリームを貰いながらお菓子を作っていた。あまり味が濃かったり、量を多くしたりしちゃうと身体によくないし、ユウリも女の子だから体重とか気にしそうな時間ということもあって、一応量は控えめに。……とはいっても、ヒカリがこの量を見たらなかなかに卒倒しそうだけど。

 

(というより、ユウリって普段あれだけ食べているのに、全然体系変わらないよね……どこに栄養行ってるんだろう?)

 

 かなり気になることだけど、これを本人に聞くといろいろ問題になりそうなので、ボクの頭の中だけの出来事として置いておく。

 

 

『フリア~。来たよ~』

 

 

「は~い、ちょっと待ってて~」

 

 なんてことを考えている間に、扉の方からノック音とユウリの声が聞こえてきた。そのユウリを迎えに行くために、オートロックの扉を開け、ユウリを迎え入れる。

 

「いらっしゃいユウリ」

「うん、来たよフリア」

 

 扉を開けると同時に、小さく手を振りながら挨拶をしてくるユウリ。昼の時のような焦った表情はもうどこにもなく、いつもの優しそうな表情を浮かべながら挨拶してきた彼女に、ボクも同じような表情を浮かべながら部屋に招いて行く。

 

「適当なところに座ってくつろいでて。お菓子の準備するからさ」

「うん、ありがと……あ、何人か出してもいい?」

「いいよ~。ほしぐもちゃんとか、今日全然ユウリと遊べてないからずっとうずうずしているんじゃない?」

「あはは、その通りなんだよね。……出てきて」

「ぴゅぴゅ~い!!」

「リリィ~」

「ティ~」

 

 ボクの言葉に頷きながらボールを3つ取り出したユウリは、そこからほしぐもちゃんと、アブリボン、そしてポットデスを呼び出した。その3人はユウリの周りを軽く跳んだあとは机の上に着地し、ボクが運んでいるお菓子を楽しみにしていた。

 

「マホマホ~」

 

 そんな3人の下へ駆け寄っていくマホイップ。その姿は、とてもじゃないけど今日激闘繰り広げていたポケモンの行動には見えない。特に、アブリボンとマホイップは直接戦った相手だというのに、もうそのことを忘れているかのように仲良くじゃれ合いをしていた。

 

 そんな2人のやり取りが微笑ましく、少し頬を緩めながら、ボクも席についてお菓子を並べていく。

 

「はい、お待たせ」

「わ~い!」

 

 今日作ったのは木の実を使ったタルトだ。そこにマホイップのクリームを少し乗せたものを準備してみた。とはいっても、そのままクリームを乗せてしまうと、クリームの水分がタルトの方に行ってしまうので、そこは表面に薄くホワイトチョコを塗っておくことで、浸透するのを阻止。……まぁ、この場ですぐに食べきっちゃうだろうから、こういう気づかいはあまり意味ないかもしれないけど……一応の対策だ。

 

「よし、じゃあ……」

「改めて、今日の試合お疲れ様兼、フリアの優勝を祝して……」

「その言葉をユウリに言わるのはちょっと罪悪感が……」

「いいのいいの。気にしないで。それよりも、速く食べよ」

「そだね。じゃあ改めて……乾杯」

「乾杯」

 

 ボクとユウリの間でこつんと音を立てた後に行われるささやかなパーティ。飲んでいるのはこの時のために準備した木の実ジュース。流石にツボツボが熟成して作ったそれに比べると勝てないけど、それでもヒカリに教わって覚えたオレンの実ジュースは自画自賛したくなるくらいにはいい出来だった。甘めのお菓子に対してすっきりした味わいのするこのジュースという組み合わせも存外悪くなく、飽きることなく飲めるというのもいい所だろう。

 

「ん~……やっぱりフリアの作るお菓子は美味しい~……」

「喜んでもらえて何よりだよ。ヒカリ直伝だから、ヒカリの方が美味しいけどね」

「私はフリアに作ってもらう方が好きだけどなぁ……」

「そうかなぁ……」

「そうだよ~、ね~?」

「ぴゅぴゅい!!」

 

 見てるこちらまでも頬が緩んでしまいそうなほど幸せそうな顔を浮かべながら食べるユウリと、そんなユウリにつられて一緒に声をあげるほしぐもちゃんたち。ユウリにはもちろんのこと、ポケモンたちにも評価は概ね良好で、みんな幸せそうな時間を過ごしていた。

 

「とりあえずお口に合って何よりだよ」

「うんうん~……幸せだよ~……」

「ふふ……」

 

 トリップ状態のユウリにつられながら、ボクも表情を緩ませ、お菓子を1つ。

 

(うん……美味しい)

 

 我ながらいい出来をしており、十分美味しいものが出来上がっていることに満足しながらもうひと口。木の実ジュースと違って少し甘めな味付けに、こっちはこっちで別の良さが広がっていく。マホイップのクリームのおかげでさわやかさも感じられるのが良い所だ。

 

(これなら別のものにも応用が効きそうだなぁ……今度ヒカリと話して色々考案するのもいいかも?その時はまたユウリに味見を頼もうかな)

 

「……いよいよここまで来たって感じだね」

「ん?」

 

 これからのお菓子作りに対する楽しみも思い浮かべながらフォークを進めていくと、ユウリから少し真剣みを帯びた声が聞こえてくる。そちらに対して視線を向けてみると、フォークを動かす手をいったん止めて、こちらをじっと見つめて来るユウリの視線とぶつかった。

 

「ハロンタウンから旅立って、全然時間が経ってないような、そうでもないような……そうやって時間間隔が狂っちゃうくらいには濃密で……」

 

 木の実ジュースをひと口のみ、喉を潤して一拍置き、続きを話す。

 

「私の冒険はひとまずの区切りを迎えたけど、でもフリアの冒険はまだ終わっていないからさ。最後まで見守りたいって思っちゃうと、なんだか別の感慨深さが広がっちゃって……」

「あはは、そういわれるとますます頑張らないといけないね」

 

 思い出を振り返るように言葉を零すユウリ。彼女の言葉を受けて、ボクの心が少し引き締まる。

 

 トーナメントの優勝者はボクで、先に進むことが出来るのはボクだけだ。それはつまり、ジムチャレンジに挑んで、しかしここまで来ることの出来なかった全てのトレーナーの代表者という意味になる。

 

 全員の想いを背負って立つ以上、初戦負けだなんて情けない結果で終わらせるわけにはいかない。

 

「初戦は一体誰になるんだろうね?」

「そこなんだよね~……」

 

 この後ボクが参加することとなるチャンピオンリーグは、ガラルリーグを優勝したボクと、ガラル地方のメジャーリーグジムリーダー全員を合わせた、計9名によって行われる。と、ここまで聞いて気になる点が、人数が合わないという点だ。トーナメントである以上偶数であるのが一番進行をしやすいのだが奇数でもシードをうまく使えば進行することはできる。が、それにしたって9人という数字はシードを取り入れたとしてもかなり中途半端な数字だ。

 

 では、どのようにしてこの数字を綺麗に整えるのかというと、メジャーリーグ8人のジムリーダーの中で抽選を行い、ガラルリーグの優勝者……今回で言うボクと、最初の一戦を行う人物を決めるという形で整えるみたいだ。

 

 例えば、このくじでヤローさんが選ばれたとしたら、ボクとヤローさんがバトルし、勝者を決める。そして、その勝者を組み込んだ8人でトーナメントを作り上げてバトルをするという方式だ。無茶苦茶言葉を悪くすれば、ジムリーダーから1人貧乏くじを引かせると言ったところだろうか。もっとわかりやすくいうな……なら逆シードって言い方で良いのかな?トーナメント表の名前を書くところの1つだけが、二股に分かれていて、そこにボクと選ばれたジムリーダーの名前がつく感じだ。

 

 挑戦者のバトル数を増やすというのは、このガラル地方がバトルに対してストイックで、とにかくたくさんの壁を用意する方式をとっているからだ。新参者で、未来に期待が大きく乗るホープだとしても、忖度なんてしないのが実にガラル地方らしい。

 

「誰が来ても苦戦は間違いないんだけど……う~ん……」

「フリア的には誰が一番来てほしくないの?」

「来てほしくない人か……」

 

 ユウリに言われて振り返っていくのは、今までボクが闘ってきたジムリーダーとの思い出。勿論あの時と比べて、手持ちは大会用のガチパーティに変わるのだから、ジムリーダーとして戦った時の調整用ポケモンとの思い出は無駄に先入観を植え付けて来るだけで、むしろ気にしない方がいいのかもしれないけど、だからと言って動きの癖とかが消えるわけではないと思うから、ボク的にはいろいろ考察の要素として入れておきたい。

 

(特にボクは謎に強い人認定されていたから、他の人と比べて少し難易度高かったしね……)

 

 というわけで、自分の経験からいろいろ考えて、ボクなりの戦いたくないランキングを作っていき、トップ3をユウリに告げる。

 

「うん……上から順番に、ポプラさん、ネズさん、オニオンさん……かなぁ……」

「やっぱり一番はポプラさんなんだ」

「こればっかりはね」

 

 今までの戦いを振り返って、ボクが一番絶望感を感じたのがポプラさんだったというのがやはり一番大きい。その時勝ったのだって、たまたまあのタイミングでインテレオンが進化してくれたからというのが大きすぎる。今もう一回闘ったところで、正直全力のポプラさんが突破できる未来が見えないというのが本音だったりする。

 

(ガラル地方のジムリーダーは、ヤローさん以外序列で並んでいるって噂だけど絶対に嘘でしょ……)

 

 あのマスタードさんとも頂点を巡って幾度となくぶつかり合ったという話も聞くし、今の4番目という地位すらも、調整して居座っているようにしか見えない。

 

「で、次に戦いたくないのがネズさんなんだ?」

「ダイマックスを使ってないのにあの順位って、誰だって怖いでしょ?」

「確かに……それに、ジム戦の時でも強かったもんね」

 

 闘いたくない理由は、ユウリの言う通り単純に強い。これに尽きる。

 

 ダイマックスがはびこっているこのガラルリーグにおいて、唯一ダイマックスをすることなく7番目という地位を守り続けているネズさん。それだけで十分凄いんだけど、やっぱりジムに挑戦した時にボク以外が誰も突破出来ていなかった瞬間があったというのも大きな要因だ。あくタイプという搦め手が得意なタイプというのも、ボクが少し手を引いてしまう理由でもある。

 

「搦め手を考えるのは得意なんだけどね~……」

「逆にされる立場になるとちょっと後手になっちゃうよね」

「そこをついてきた相手直々に言われると説得力が違うなぁ……」

 

 ユウリにもしっかりと突かれたボクの明確な弱点。リーグ中にも見ることが出来たそんな弱点を、ネズさんが許すはずもない。勿論他のジムリーダーも見逃してはないはずだけど、ネズさんは殊更そこを突いてきそうだ。

 

「とりあえず、2人までは私も何となく想像は出来たけど……最後のオニオンさんは意外かも」

「ここは単純に読めないって感じかな……ゴーストタイプの奇襲力と、オニオンさん自身の動きがわかりづらいっていうのがね……」

「そっか……オニオンさんって、フリアの共有化みたいにゴーストタイプと意思疎通が出来るもんね」

「あそこまで高い親和性を持っているのなら、全力で戦う時は指示すらなく行動できそうだからね……ジムリーダーとして戦ったのが4番目っていう比較的早い段階だったっていうのもあるかな……オニオンさんの本気……あの時とどれだけギャップがあるのかが一番読めないんだよね……」

 

 さっきも言った通り、ジムチャレンジの時に戦ったジムリーダーたちは全員その関門としての手持ちなため、全力のメンバーではない。となると、次のトーナメントでぶつかる時が一番の本気メンバーになるのだけど、そうなるとガラル地方にいなかったボクは、全員の本気パーティを知らない状態になる。となると、どうしてもジムチャレンジの時の情報を基にするしかなくなってしまう。勿論、そういう点で言えば一番ギャップが生まれるのはヤローさんなんだけど、それ以上に、ポプラさんと同じく運でねむり状態から脱出できたことによって勝つことの出来たオニオンさんの方が、ボク個人としてはいいイメージが持てずにいる。

 

「あの『さいみんじゅつ』はやばい……ああいうのを待たされたら今度こそ勝てない気がするんだよね~……」

「そっか……ふふ」

「ん?」

 

 なんて、これから行われるトーナメントについてのボクなりの感想を述べていると、対面から小さな笑い声が聞こえてきた。それがボク個人としてはよくわからなかったので、疑問の色を乗せてユウリに返すと、微笑みを隠すことなくユウリが言葉を返してくる。

 

「ううん、なんでもないよ。ただ……フリア、凄く楽しそう」

「……え?」

「気づいてないの?フリア、当たりたくない人の話をしながらずっと笑ってたよ?」

「あらら……」

 

 ユウリに言われて、思わず自分のほっぺをムニムニしてしまう。どうも、ユウリと戦っていろいろ気持ちに整理したところから、バトルに対する意識が変わり始め、且つその思いがちょっと先行している節がある。

 

(おかしいなぁ……そんなにボクはバトルジャンキーになっているつもりはないんだけど……)

 

 ただ、ボク自身が笑いを堪えられないというのもあながち間違っているわけではない。というのも、今さっき上げた3人は、ユウリに『戦いたくない人をあげて欲しい』という願いの元あげた3人ではあるものの、戦いたくない理由はあくまでも負けるビジョンが明確に思い浮かぶのがこの3人だったというだけで、正直誰と戦うことになっても構わない。

 

 むしろ、自分は挑戦者であるという気持ちを明確に芯に置いた今、誰が相手だろうとも、その戦いが楽しみで仕方がない。

 

「誰と戦うことになるんだろうね……」

「もう、笑顔隠す気なくなってるでしょ?」

「あはは……自分でもちょっと不思議。言っておくけど、これも全部ユウリのせいだからね?」

「私のせい!?」

「あれだけボクの心を焚きつけるようなバトルしておいて、その反応はなくない?」

「むぅ……あむ……」

 

 ボクがジト目で返してみると、ユウリはごまかすように視線を逸らしながらお菓子をひと口。何か言い返したいという気持ちがありながらも、ユウリ自身も今日の戦いは楽しくて、若干戦闘欲を刺激された節があるのか、特に言い返すことなくそっぽを向き続ける。

 

 ……まぁ、そんな微妙な顔も、お菓子のおいしさから表情を綻ばせているため、不満は一瞬で消え去っているんだけど……。

 

(そういうところが、可愛いというかなんというか……)

 

 ユウリの反応にほっこりしていると、ボクがユウリを見続けていることがばれ、先ほどまでの自分の表情を思い出したのか、若干頬を赤く染めながらユウリが慌てて話を逸らしていく。

 

「って、私のことはいいから!!……それで、対戦相手が決まるのって、明日だっけ?」

「そうだね」

 

 もうちょっとユウリをからかってもよかったのだけど、さすがに真面目な話に返ってきたからにはそちらを優先する。

 

 ボクがチャンピオンリーグで闘う相手は、明日のお昼からジムリーダーが8人集結し、そこでそれぞれが抽選を行うことで決めていく。この時、ガラルリーグ優勝者であるボクは参加する必要がない。だって、ボクが入る場所は既に決まっているからね。

 

 ボクが入る場所は、トーナメント表で名前を書くところで唯一二股に割れている所の片方でしかない。

 

「さて、誰が来るのかな?」

「誰が来ても、頑張ってね!」

「勿論。ユウリの分も背負って進むから、応援よろしくね」

「うん!!」

 

 それからも、ポケモンに関するあれこれで盛り上がるボクとユウリ。そんな2人だけのささやかな宴会は、日付が変わる直前まで、まったりと続けられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「視聴者の皆さん!!こんにちは!!」

 

 定刻になり、この番組の司会者の声が大きく響き渡る。そして、その声に返すように、この会場に入っている観客の声が呼応し、一種のお祭り状態になる。

 

「元気な声をありがとうございます!!やはり皆さん、昨日のバトルを見たばかりなので、まだまだ興奮が冷めないようですね!!」

 

 昨日行われたフリア選手とユウリ選手のバトルは、今回のガラルリーグベストバウトとも名高い評価を受けるほどの大盛り上がりを見せていた。その盛り上は1日経った今でも冷めておらず、むしろ今日これから行われる事柄も相まって、さらに盛り上がっているようにも見える。

 

「見ている私も大変興奮してしまいましたあのバトル!!しかし忘れていけないのは、あのバトルで終わりではないという事!!本番はむしろこれからです!!」

 

 司会者の人が声をあげると同時に現れる大きなトーナメント表と、その前に並ぶ人のジムリーダーたち。その姿は圧巻で、開会式の時以上の迫力を感じる。

 

「ガラルリーグの優勝者が決まったということは、次はチャンピオンリーグが始まるという事……今日は、そんなチャンピオンリーグのトーナメント抽選を行います!!」

 

 司会者の声を聞いて更に盛り上がる観客たち。しかし、この話を聞いて盛り上がっているのは観客だけではない。

 

「さて、誰があの位置に行くか……楽しみですなぁ」

「毎回だけど、貧乏くじとか言いながら全然そんなことないわよね」

「新しい風とのバトルは、誰だって望むところだからね。ぼくも、叶うならば戦ってみたいさ」

 

 司会者と観客が騒いでいる中、ジムリーダーの間だけで行われる会話。それは、誰が先のトーナメントの優勝者と戦うかというものだ。それも、1回対戦回数が増えるというデメリットがあるうえで臨まれるという稀有なパターンでだ。その話のきっかけとして、ヤロー選手、ルリナ選手、カブ選手が口を開き、それに続くように他の人も言葉を続けていく。

 

「……ボクも……戦ってみたいなぁ」

「おや、オニオン君がそういうなんて珍しいね。なんだかんだあたしも戦いたいって思ってるし……う~ん、モテモテだね」

「当り前だろ?あのダンデとオレさまが認めてるやつだからな」

 

 オニオン選手、メロン選手、キバナ選手と続く優勝者の持ち上げはとどまるところを知らず、まだまだ上っていく。そんな中で、違う反応を示す人もいた。

 

「やれやれ、おれは故郷の人のためになるなら、正直こだわりはないんですがね……」

「の割には、ジム戦はずいぶん楽しんでいたそうじゃないか。相変わらずのアマノジャク……ピンクじゃないねぇ」

「あいにくおれはピンクに興味はないので……」

 

 観客と同じく盛り上がるジムリーダーたちの中で、自分のペースを崩さないのはネズ選手とポプラ選手。落ち着いた雰囲気の2人は、この状況を少し外から見ていた。

 

「実際どうなんだい?あんたの目からして、あのコはどう見えるんだい?」

「……彼は自分のことを過小評価しがちですけど、十分輝いている人ですよ。才能も十分。チャンピオンリーグでも、波乱を呼ぶんじゃないですかね?……いえ、もっと波乱を呼びそうな人がここにいますが」

「はて?何のことかさっぱりだね」

「……はぁ。その返答がすでに肯定なんですよ。これだから……」

 

 面倒くさそうに首を振るネズ選手と、すっとぼけた表情を打浮かべるポプラ選手。他のジムリーダーが盛り上がっているせいで、なかなかここに焦点が当たることがないけど、2人を知る人が見れば、全員がネズ選手に同情の意を示していたことだろう。

 

「さぁ、ではさっそく始めていきましょう抽選会!!今回は誰がガラルリーグ優勝者と戦うことになるのでしょうか!!」

 

「ほらほら、そんなことよりもそろそろ始まるみたいだよ」

「……せめて、大会が荒れないことを願いますよ」

 

 司会者の言葉を合図に、いよいよ抽選会が始まっていく。

 

 もう何回もやっている抽選会は滞ることなく進んだため、すぐに完成することとなる。

 

「ほほう、これはこれは……」

「……まさか、仕組んだとかないですよね?」

「なにを行ってるのかさっぱりだね」

「本当にこの人は……」

 

 その完成した表を見て、ネズ選手は頭を抱え、ポプラ選手はからからと笑い始める。

 

「これは……また一波乱ありそうですね……」

 

 ネズ選手の小さなその言葉は、空気にとけるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




トーナメント

実際の所、どうするつもりだったのでしょうかね?9人でトーナメントって物凄い組みづらいと思うのですが……

初戦

さて、フリアさんの最初の対戦相手は一体誰なんでしょうか?楽しみですねー()

約束

??「まだ、言う時じゃなさそう……かな?」




終わりが近いように見えて遠い。まだまだ続きそうですね。






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258話

「う~ん、この対戦カードは……なんともまぁまぁ……」

 

 ガラルリーグが終わり、みんなとの会食とユウリとの二次会を終えた次の日の昼過ぎ。

 

 ボクは昨日ヒカリに言われた通り、念の為の安静を取りながら、視線をホテルに備え付けられたテレビに向けていた。そこにはテンションの高い司会者と8人のジムリーダーが集まっており、そのメンバーできたるチャンピオンリーグのトーナメント抽選会を見ていた……んだけど、その結果がなかなかなものになっていた。

 

 

 1回戦

 

 第1試合 0回戦の勝者VSルリナ

 

 第2試合 メロンVSオニオン

 

 第3試合 キバナVSヤロー

 

 第4試合 ネズVSカブ

 

 

 チャンピオンリーグのトーナメントは参加者が9人と言う中途半端な人数になっているため、まず最初に8人に整えるための試合が挟まるので、そのバトルを0回戦と定義した時の、1回戦の対戦カードがこうなった。

 

 この時点で、既に気になるところも沢山あるのだけど、それ以上にボクの心を引っ張ったのは、当然ながら0回戦のカード……つまりはボクの対戦相手だ。

 

 当たり前だけど、ここで当たるのは第1回戦の表の中に存在しない名前の人。そして、その人は当然1人しか存在しないので、自然と浮かびあがてくる。

 

「ポプラさん……ねぇ……」

 

 

 第0回戦

 

 フリアVSポプラ

 

 

 昨日ユウリと話した時に、1番当たりたくない相手としてあげたジムリーダー。その人が、ボクの初戦の相手になっていた。

 

「なんて言うか……フリア。頑張って!」

「あはは……そんな微妙な顔しながら応援しないでよ……」

 

 初っ端からなかなか大きな壁が用意されているなぁなんて思っていたら、隣で一緒にこの中継を見ていたユウリから、少し気遣ったようなトーンで応援の言葉を掛けられたので、ボクはそこにツッコミを入れるように返していく。ユウリには伝わっていると思うけど、あの時挙げた戦いたくない相手というのは、あくまでも勝率は高くないだろうという予想でしか無く、心の底では全員等しく戦ってみたい相手ではあるので、嫌という訳では無いのだ。まぁ、そのうえで一番最初にあげた人がいきなり当たるという運の無さに、同情したい気持ちも分からなくはないんだけどね。

 

「ん?フリアはポプラさんと戦うのは嫌なのか?」

「まぁ、あたしはその気持ちすっごくわかるとね」

「フリアが真正面からそう言うのは珍しいわね」

「マリィも結構嫌そうだな。そんなに強いのか?」

 

 そんなボクとユウリのやり取りをしていたら、同じくボクのホテルの部屋で一緒にテレビを見ていたホップ、マリィ、ヒカリ、ジュンの4人……いわゆるイツメンも声をかけてきた。ユウリ以外は昨日の二次会にいなかったので、ボクがどういう考えをしているのか知らないため、昨日のことを少し端折りながら伝えてみると、それぞれ納得といった表情を浮かべながら言葉を返してきた。

 

「確かに、あの人って掴みどころが本当になくて、あたしも終始ペースを握られっぱなしだった覚えがあると。タイプ相性も悪かったし、もしあたしが戦いたくないジムリーダーは?って聞かれたら同じようにポプラさんって答えると」

「そうなのか?オレはむしろ、ポプラさんとの戦いはすっごく楽しかったし、特に大変だったって記憶もないんだがな……」

「……そういえばホップは、対戦中に謎に問われたあの理不尽な問題、全部簡単に正解して、能力を上げてもらいまくってたとね……」

「あの問題、そんなに難しかったか?」

 

 まずはポプラさんと戦った経験のあるホップとマリィからの言葉。ホップはともかくとして、ボクと同じくとても苦戦した経験から苦手意識を持つマリィは、ボクの答えに凄く賛同してくれていた。ホップに関してはまぁ……申し訳ないけど、あまり参考にはならないかもしれない。それほどまでにホップの挑戦は、ボクから見ても意味がわからないくらいには順調だった。

 

「そんなに不思議な対戦相手なのか……そのポプラって言うジムリーダー……」

「っていうか、理不尽な問題ってどういうこと?」

 

 一方で、ポプラさんの戦闘スタイルを知らないジュンとヒカリ……特にヒカリは、ボクたちの会話からだけではイメージしきれないのか、少し首を傾げながら言葉を零したので、これに対してはユウリが答えていく。

 

「ポプラさんはフェアリータイプのポケモンで戦うのを得意としているんだけど……それとは別にもうひとつの特徴があって、それがクイズなの。急に2択のクイズを迫ってきて、それに正解したら能力を上げてくれて、間違ったら逆に下げられちゃうの」

「なんだそれ?」

「話を聞く限りだと、そのクイズもまた一癖も二癖もあるんでしょうけど……それ以上に能力を上下させるっていうのが全然分からないわ……」

「それがさ……信じられないかもしれないけど、こっちの視覚や感覚に刺激を与えて、そこから共感覚を引き起こすことでこっちの能力を変化させてくるんだよ。例えば、ついている杖を不規則に動かして、その動きを視認させることでこちらの力を抜けさせてくる……みたいな」

「「……は?」」

「ま、そうなるとね……」

 

 ユウリとボクの説明を聞いてぽかんと口を開けてしまうジュンとヒカリ。しかし、この反応も仕方の無いことで、ボクがヒカリたちの立場なら全く同じ反応を示したところだ。こうやって文字に起こしてみると、改めてその技術のおかしさに舌を巻く。マリィも少し呆れ顔だ。

 

「……ってことは何?相手は自分の姿を見せるだけで、思いのままに能力変化させられるってこと?技も使わずに?……それ、勝ち目あるのかしら?」

「ま、まぁさすがにリーグ中に使ったっていう話は聞かないから、多分トーナメントではしてこないと思いたいけど……」

「警戒するに越したことはないよな」

「それ以上に、そういう芸当ができるってことはさぞ観察眼も凄いんでしょう?一番の問題はそこね」

 

 ジュンとヒカリの言葉に頷きで返答する。ヒカリの言う通り、相手にとって見たら力が抜ける動きというのを即座にみつけ、すぐに実行できるその観察力と行動力は本当に未知数だ。先日ユウリにも伝えたけど、試合もどう展開してくるのか全くもってわからない。人は分からないものに恐怖すると言うけど、今のボクの心情は割とそこに近い。

 

「本当に……どう来るんだろうなぁ……不安だ」

「……ふふ」

「……っはは」

「っとと……」

 

 ポプラさんとのバトルに不安を感じ、言葉を零すと、ヒカリとジュンの笑い声が聞こえてくる。どうやら昨日の夜と同じく、無意識のうちに笑みがこぼれていたみたいだ。

 

「なんだかんだ言いながら、その調子なら大丈夫そうね」

「だな。当日はどうなるのか、楽しみにさせてもらうぜ!」

 

 頬を触り、表情を戻していると、ヒカリとジュンが笑みを深めながらボクを激励。ボクの心の切り替わりもしっかり察してくれたのか、安心感も孕んだ表情でこちらを見てくる。

 

(心配、してくれてたのかな)

 

 きっと2人はユウリと戦う時から、何かあったらボクが昔のアレに戻ってしまうんじゃないかと心配をしてくれていたんだろう。けど、今のボクの姿を見て、もうあの時みたいにはならないと、そう判断してくれたんだと思う。

 

「頑張りなさいよ。せっかくなら優勝しなさい」

「できなかったら罰金だからな!!」

 

 だから2人からかけられるのはいつもの言葉。それが嬉しくて、心地よくて……

 

「……はいはい、ちゃんと勝ってくるから、見ててね」

 

 程よく緊張が抜ける感覚がする。

 

「なんか……いいなぁ」

「ああいう気兼ねない感じ、ちょっと大人だよな!」

「本当に仲が良さそうと」

「改めてそう言われると……うん、なんかちょっと照れるね」

 

 ジュンたちとそんなやり取りをしていると、ユウリたちの羨む声が聞こえてくる。それがボクたちの仲の良さを客観的に再認識させられて少しムズ痒い。勿論嫌ではないんだけどね。

 

「あ、私たちも応援してるからね!!……って、私は昨日もう伝えてたっけ」

「頑張るとよ。あたしたち代表!!」

「オレたちの頂点としていくんだから、簡単に負けるなよ!!」

「うん!」

 

 そのまま続けられるユウリたちからの声援に、同じように頷く。

 

 つい先日までは、1つのトップを狙ってぶつかり合うライバルだったのに、今日になってボクたちは、1つのチームとなって手を取り合い、その代表としてチャンピオンを目指す仲間となっている。なんていうか、ライバルというものが何たるかというのが確かな形であらわされているような気がする。

 

 なら、ここは素直に甘えてしまおう。

 

「そのためにも……みんなの力、借りてもい?」

 

 ボクのちょっとすがるかのような、少しだけ小さくなった声に対して、みんなは一切の迷いを見せることなく頷いてくれた。そのことが少し嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。

 

「お~し、それじゃあさっそく作戦考えようぜ!!まずはポプラさんの手持ちのおさらいからだな!!」

「ポプラさんと言えば、やっぱりマホイップのことは外せなかと」

「マタドガスの『どくびし』もなかなか厄介だよね……」

「盛り上がるのはいいけど、まずは手持ちを全員知っている限りで教えてもらえないかしら?」

「オレたちは前情報すらないからな……今はもう手持ち変わっているかもしれないけど、とりあえず最近のポプラさんの手持ちを知りたいぜ」

 

 そんな、少しほっこりした気持ちになっていると、なぜかボクを放っておいて話が盛り上がり始めてしまった。

 

「全く……なんで戦う本人よりも盛り上がっているのやら……」

 

 わいわいがやがやと、急に騒がしくなっていくみんなを前にして、今度は呆れた表情を作ってしまうボク。本当に、みんなといるといい意味で緊張が消えて身体がほぐれていくのを感じる。

 

(ちゃんと、良い所見せたいね)

 

 カタカタ……

 

 ボクの気持ちに便乗するかのように動く6つのモンスターボール。その姿がまた面白く、微笑みを1つ。

 

(頑張ろうね、みんな)

 

「さて……そろそろ主役をハブにするのやめてもらっていいかな~!!」

 

 そこから、ボクたちの話はどんどん盛り上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初戦はポプラさんとのバトルね……なかなかつらい所を引いたわね」

「リーグ優勝者は他の人と比べて試合数が多い……なのにその相手がかなりつらい相手……しかもジムリーダーはみんな既に挑戦者であるフリアのバトルは3回も見ている……これ、下手すればあたくしたちの地方の四天王よりも果てしなく高い壁ね……」

「逆に、これこそがガラル地方のレベルの高さにつながっているのでしょう。実際、この壁を乗り越えてチャンピオンの座についているダンデ様は、ガラル地方だけでなく、ポケモン界全体で見てもトップの可能性がある選手ですからね」

 

 カンムリ雪原はフリーズ村。前まではヒカリやジュンもここにいたのに、結局試合をもっと見たいからということでシュートシティでホテルを取り始めてしまった2人がいなくなったこの宿舎は、フリアたちがいなくなった時以上に広くなってしまった。そのことに少し寂しさを感じはするけど、こうやってテレビの向こうで話題になっているところを見ると、それ以上にポケモン界の未来の明るさに期待を持ってしまって、こんな小さな寂しさなんて吹き飛んでしまう。

 

 しかし、だからと言って気にならないわけではなく……

 

「んん~……私の研究の方も大分まとまってきたし、次のチャンピオンリーグは私たちも現地で観戦しちゃおうかしら?あなたはどうする?」

「そうね……」

「あら、悩むなんて珍しい」

 

 彼らがシュートシティに移ってなんだかんだ数週間経っている。そろそろあの騒がしさがちょっとは恋しくなるというものだ。それは静かな場所を好むあのカトレアも同じみたいで、普段の彼女なら速攻で否定の言葉が返ってくるはずなのに、こうやって少しでも考察の余地を作ってしまっているあたり、カトレア自身も無意識のうちにフリアたちを気にかけているみたいだった。

 

「お嬢様も、皆様とのお時間が好きなのですよ」

「コクラン……?」

「失言でした。失礼を……」

「全く、たまには素直にコクランの言葉を認めた方がいいわよ?」

「うるさいわね……わかっているわよ……」

 

 少しそっぽを向きながら、恥ずかしそうに顔を赤く染めるカトレア。本当に、ここに来てからというもの、彼女の珍しい表情がたくさん見れて楽しい。それはコクランも同じみたいで、ふと彼の方を見ると視線が合い、2人揃って今のカトレアの姿に微笑みがこぼれてしまう。

 

 そんな私たちの反応が気に入らないのか、表情をいつものそれに戻したカトレアがこちらをジト目で見て来る。

 

「なんなのかしら……」

「別に何もないわ。で、結局行くの?行かないの?」

「ああもう……行くわよ……行けばいいんでしょ……これで満足かしら……?」

「ふふ、ええ。一緒に可愛い弟子の挑戦を見届けましょう」

「となれば、早速チケットを取らないといけませんね。確かチャンピオンリーグ0回戦の開催日は5日後のはずです。そちらの観戦券と、同時にシュートシティの滞在のためのホテルを取りましょう。日取りは0回戦の1日前から出よろしいですか?」

「ええ。それで構わないわ。頼んでいいかしら?」

「お任せください」

 

 私とカトレアの会話を聞いてすぐさま自分のやるべきことの最適解を導き出したコクランの確認に対して頷くと、彼はスマホロトムを呼び出しながら部屋を出ていく。恐らくネット予約をするのだろう。そんな優秀な彼の背中を見送った私は、再び話をトーナメント表へと戻していく。

 

「さてさて、フリアはどこまで行くかしらね?」

「このあたくしが直々に足を運ぶのだから……せめてリーグ決勝までは行って欲しいわね……」

「それはつまり、これだけの強力なジムリーダーに囲まれても、フリアは戦えると信じているって事かしら?」

「なんでいちいちあたくしの心を突くような言葉選びなのかしら……?」

「だって本当に珍しいのだもの。ここまであなたが入れ込むのは」

「……ま、否定はしないわ……」

 

 私の脳裏によぎるのは、ここ数年の退屈そうに欠伸を出すカトレアの姿。強い相手がおらず、常に寝ぼけ眼を擦っていたころと比べて、今は明らかに起きている時間が長い。そして何よりも、ここまで他人の試合を気にする姿が本当に珍しい。

 

 きっかけはヨノワールの変化という前代未聞の出来事を知るという名目だけだったろう。しかし、今はその現象についても何となくわかり始めている。つまり、カトレアの最初の目標であるヨノワールの変化の究明というのは大体終わりを迎え始めている。それでもここに残っているということは、単純にフリアといういちトレーナーを気に入っているという事を案に言っているようなものだ。

 

(本当に、不思議な子よね……これで自分には才能がないっていうんだから困りものよね……)

 

「何かしら……?」

「別に何でもないわよ」

 

 きっとカトレア本人にこのことを行っても否定するだろうから言わないでおく。今日はもう十分からかったので、やりすぎないようにちょっとセーブだ。

 

「さて……とにもかくにもまずは初戦ね。カトレア。あなたはどんなバトルになると予想するかしら?私は、最初のリズムの取り合いはポプラさんに傾くと思っているのだけど……」

「ふむ……」

 

 話しを一転させて試合の展開予想へ持っていく。シンオウ地方のチャンピオンとして、他の地方の視察のためにガラル地方のジムリーダーの試合も見たことはあるので、ポプラさんのスタイルもそれとなくは掴んでいるつもりだ。それを踏まえたうえで、私は1つの予想を組み立ててカトレアに告げてみる。私の経験上、この展開から大きく外れることはなさそうと思っている。

 

 そんな私に対して、カトレアは少しだけ悩んだ様子を見せ、しかしその思案顔は直ぐに少し崩れた微笑みに変わる。

 

「ええ、おおよそ間違っていないでしょうね……。シロナの言う通りよ……()()()()()()()()()()()……ね……」

「……?」

 

 そして告げられる、私の予想を肯定しているようで肯定していない返答。その言葉がよく分からず、思わず首を傾げてしまいそうになるけど、カトレアは気にせず紅茶を1口含み、唇を濡らしていく。その様はまさにお嬢様のそれで、何度も見ていて、且つ同性の私すらも見惚れてしまいそうなほど優雅な動きで……

 

「1番の大荒れが起きるならここよ……楽しみね……」

 

 エスパータイプ使い特有の、謎の電波を受けたらしいカトレアは、私には理解できないことに納得し、1人微笑んでいた。

 

(……0回戦、何が起きるのかしらね?)

 

 その姿を見て、私もますます興味を惹かれていた。

 

 0回戦が、今から楽しみで仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 ポプラさんと戦うということが決まってから5日。その猶予は、まるであの子が時間をいじくったのではないかと思ってしまうほど一瞬で流れて行った。

 

 正直みんなと気兼ねなく集まり続けるというのが久しぶりすぎて、大会への緊張よりも、楽しいという気持ちが勝っていたのが原因だと思っている。勿論、みんなで集まってしていたことは、ポプラさんへの対策会議であって、遊びではなかったわけだけど、それでもガラルリーグと違って、みんなで話し合って対策を考えるというのがとても心地よくて楽しかった。可能ならば、これからもこうしていたいと願うばかりだ。

 

 さて、そんな感じでボクに残された5日間という準備期間を、我ながらなかなか有意義に過ごすことが出来たと自負しているボクなんだけど、じゃあ今どこにいるかと言うと……

 

『フリア選手頑張れ~!!』

『応援しているぞ~!!』

『キャー!!可愛い~!!こっちみて~!!』

『ゴーゴーフリア選手~!!』

 

「分かってはいたけど、さらに歓声が凄くなってる……いや、1部おかしな声援混じってる気がするけどさ……」

 

 もう既にシュートスタジアムのバトルコートの中心にいたりする。

 

 あっという間に試合開始日になってしまったので、もはや通い慣れた道を歩いてスタジアムに来たボクは、いつもよりも気持ち早めにここに来ていた。というのも、相手はジムリーダー。間違いなくボクの格上の相手で、年齢で考えればさらに上の人だ。流石に待たせるわけにもいかないということで、いつもよりも早くこの場にいるのだけど……

 

「この声援……どこまで大きくなるんだろう……」

 

 バトルコートの中心に立ってから投げられる声援の大きさに、慣れたはずなのにまた驚いてしまう。

 

 ユウリと行われた決勝戦。あの時でさえとんでもなかったのに、さらに大きくなっているように聞こえるこの状況を前にすると、ダンデさんと戦う時は一体どんなことになってしまうのだろうかと、むしろ不安になってしまうレベルだ。ご近所の騒音対策とか大丈夫なのだろうか。

 

(しかもその声が、今この瞬間においては全部ボクに投げられているのがまたすごいよね……)

 

 現状ポプラさんが入場していないため、ここにいるのはボク1人だ。つまり、この場に巻き起こっている声は、全てボクに降りそそがれているということになっている。

 

(う~ん……速くポプラさん来ないかなぁ……)

 

 慣れ始めているとはいえ、ずっとここで待たされるというのもあまり落ち着かない。というよりも、そろそろ開始時間がもう目前にまで迫っていると思われる。だというのに、一向にボクが入ってきた道とは反対側の入場口に影が見当たらない。

 

(まさか……寝坊……とか?……って、そんなわけあるはずないか)

 

 ポプラさんに限ってそんな初歩的なミスがあるはずがないと決め、改めて空を見上げてぼーっと待つ。

 

 正直、せっかくのチャンピオンリーグの始まりだというのに、なんだか急に気が抜けていくような雰囲気に襲われた。

 

(もしかしたら、観客の人たちも同じ気持ちになってるんじゃあ……?)

 

 ジジ……ジジ……

 

「え?」

 

 それでもまだ顔を出さないポプラさんに、いよいよ不安感が募り始めていたところで、急にどこからかノイズ音が聞こえてきた。その音につられるように視線を動かすと、そこにはバトルコートに併設されている巨大モニターがすなあらしの画面を映していた。

 

「な、なに……?」

 

 急に起きたその怪奇現象が不気味で、思わず身構えるボク。これだけ大きなモニターなのだから、観客たちもしっかりと見えている。

 

 そんな、誰しもが注目する巨大モニターの異変は、数秒後、パチッという音と共に、とある人物が映し出されることで終わりを告げた。

 

 その人物は……

 

『やぁ優勝者。元気にしているかい?』

「ポプラさん……?」

 

 ボクがこれから戦う相手のポプラさんだった。

 

 巨大な画面いっぱいに映し出されるポプラさんの姿。それはまるで、何かを企んでいる悪の組織のトップのように見え……ボクは正直に言葉を漏らした。

 

「なんか……デスゲームの主催者……?」

『久しぶりに顔を合わせたと思ったら失礼だねぇ』

「ご、ごめんなさい……」

 

 結果、普通に怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カトレア

恐らくガラル旅行を一番楽しんでいるのは彼女の可能性があります。

ポプラ

いったいなにをたくらんでいるんだー。




フルバトルは終わらないですが、さすがに次からは、フリアさん以外の試合は書かないと思います。ご了承くださいませ。






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259話

 いきなりフルスクリーンに現れたポプラさんを前にして、呆気に取られてしまっているボク。もしこのままポプラさんとのバトルに突入したら、間違いなく流れを取られて負ける自信がある。それくらいには、今この会場の空気はポプラさんに支配されていた。

 

『やれやれ、なんだいそろいもそろって、クスネにつままれたような顔をして……』

「いや、それはポプラさんがいきなりこんなことをしているからだと思うんですけど……」

 

 いつもならバトル中にしかスイッチが入らない首元のマイクが、今回だけは既にONになっていたためかボクの声が大きく響き、同時にボクの言葉に、ここに観客として来ているほとんどの人が同意をするかのように首を縦に振っている。やっぱり、ポプラさんの行動はガラル地方にいる人にとってもなかなかつかみづらい様だ。

 

「それよりも……もう少しで試合が始まってしまうんですけど……ポプラさん、今どこにいるんですか?」

『なんだい、そんなこともわからないのかい』

 

 その掴みづらい行動の芯を確かめるために、今この場にいる人のほとんどが抱えている疑問を代表して投げかけてみると、返ってきたのはこれまた辛辣な言葉。たとえ誰にどんなことを思われたとしても、そんなこと知るもんかと我を貫く態度を一切変えないポプラさんは、画面越しでもわかるくらいに、めんどくさそうな表情を浮かべながら言葉を続ける。

 

『あたしがいる場所なんてアラベスクタウン以外にないだろう?わざわざ分かり切っていることなんて聞くんじゃないよ』

「いやでも、チャンピオンリーグは……」

『チャンピオンリーグ?あれはジムリーダーが参加するものだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただでさえあたしは移動が大変なのに、それでもシュートシティまで出向けと言うのかい?』

「いやジムリーダー……え?」

 

 そんなポプラさんから発せられたのは、思いもよらない言葉であり、ボクとこの場にいる観客たちのほぼすべてが、ポプラさんがモニターに現れた時以上にあっけにとられた表情を浮かべてしまう。

 

 ジムリーダーからの卒業。それは、ちょっと失礼な言い方になるかもだけど、ポプラさん程の年齢の方であるのなら全然納得できる行動ではある。しかし、問題はチャンピオンリーグが開催されるこの瞬間にやめていると発表されることだ。いくらなんでも急すぎるし、なんならトーナメント表の抽選の時はポプラさんは参加していたので、その時はジムリーダーはやめていなかったはずだ。なのに今ここで言うということは、ポプラさんがジムリーダーをやめたのはここ4日以内という事。

 

 正直、ポプラさんの言葉をすぐには信用することが出来ないし、例え本当だったとしても、よくそんな無茶苦茶な理論をリーグ側が許したなぁと思ってしまう。

 

(……いや、ポプラさんなら無理やり貫いてきそう……)

 

 が、マスタードさんと激戦を繰り広げたと言われているポプラさんなら、それだけの無茶を通せる権利があってもおかしくはなさそうだ。

 

 しかし、そうなって来ると今度は今日の対戦相手のことが気になって来る。あれだけ大々的に抽選会を行い、そして今日の試合のために競争率の高いチケットを販売しているのに、まさか肝心の選手の片方が当日になっていなくなったために、急遽試合をなくしました。なんて、そんなバカげた話はさすがにないはずだ。そんなことをしようものなら、いたるところから苦情の嵐がやって来る。そんな簡単な結末は誰だって想像できるし、そんな未来を簡単に許すほど、リーグ側も考え無しなんてことはないはずだ。

 

 となれば、考えられる可能性は1つ。

 

「……今日、ポプラさんの代わりにここに来る人は……ポプラさんの跡を引き継いで、新しくフェアリータイプにジムリーダーになった人は誰ですか?」

『ほう……考えればできるじゃないか。だったら初めからそうやって頭を回しな。あんたならそれくらいできるだろう?』

(この人はボクを高評価しているのか、はたまた低評価しているのか、どっちなんだろう……って、今はそこはどうでもいいか。それよりも……)

 

 相変わらずよく読めないポプラさんの考えを一旦他所においておき、ボクはポプラさんに変わってここに来るトレーナーについて思考を伸ばす。

 

「ポプラさんの代わりのジムリーダー……もしかしなくても……」

『さぁ、さっさと入ってきな!!』

 

 ポプラさんの声を聞きながら、ボクの視線はバトルコートの入口へと伸びていく。

 

 ポプラさんの登場で空気を持っていかれていたため気づくのに遅れてしまったけど、ボクが入ってきた方とは逆の入口には、確かに人影が見えていた。その人影は、今この場にいる全員からの視線を受け止めながら、それでも堂々と前を向いて歩いてくる。

 

 それはまるで、はなからボク以外眼中に無いとでも言わんばかりに。

 

 徐々に輪郭をはっきりさせ、招待を表したポプラさんの代わりにジムリーダーになったトレーナー。その()()、バトルコートの中心で待つボクの目の前まで歩いてきて、向かい合う。

 

「「……」」

 

 目を合わせて、じっと見つめるボクと新しいジムリーダー。その様子を前に、観客たちはあれだけどよめきで動いていた口をピタリと止めて、こちらを見守っていた。

 

 少し重く、緊張で強ばった空気。先に口を動かしたのは、ボクだ。

 

「久しぶりだね……ビート」

「ええ、久しぶりですね」

 

 新しいフェアリータイプジムリーダー、ビートに対して、ボクは懐かしさを感じながら言葉をかける。久しぶりに見る彼は、やはり目には色は灯っておらず、浮かべる表情は自信満々で慇懃無礼。しかし、それは相手を見下しているからのものではなく、自身の能力をはっきりと理解しているからこその態度。故に、不快感は感じず、むしろ引き込まれる空気をまとっているようにも見えた。

 

 服装ももちろんフェアリータイプのユニフォーム。水色とピンクのパステルカラーのユニフォームに身を包んだ彼は、ボクに一言挨拶をした後に、話したいことを伝えようと口を開きかけ、しかし、まだやることがあるのを自覚しているために、その視線をボクから観客席へと変え、訴えかけるように声をあげる。

 

 

「皆様、ぼくのことを憶えていらっしゃいますでしょうか。……ジムチャレンジで無念のリタイアとなってしまったビートです」

 

 

 マイクによって拡声されたビートの声が響きわたると同時に、にわかに観客席が騒がしくなる。ビートの名前は、ジムチャレンジに少しでも興味を持っている人なら、誰だって聞き覚えのある名前のはずだ。

 

 リーグ委員長であるローズさんから推薦状を出してもらった人で、ジムチャレンジを4つ目のジムまで順調に進み、そしてそこで消えていった選手。

 

 表向きには、ラテラルタウンの壁画を壊した罰として、ジムチャレンジの資格を剥奪されていることになっているが、その実はセイボリーさんと因縁のある人によって洗脳された故の出来事という、ビート側には一切の非がない事件だった。

 

 ボクやセイボリーさんのように事情を知っている人は、ビートのことで誤解は全くしていないのだけど、世間はそうはいかない。

 

『ビート選手?ビート選手って確か……』

『ああ、ラテラルタウンで暴れてたっていう……』

『捕まったって聞いてたけど、どうしてこんなところに?それにあのユニフォームって、フェアリータイプジムの物じゃない?』

『何でそんな危ないやつが今ここにその服を着ているんだよ』

 

「……」

 

 周りから聞こえてくる声は疑問と疑惑。しかも、その声にはマイナスの感情が多分に含まれている。もし許されるのならば、今ここでビートがどんな目に合い、どれだけ頑張ってきたのかをはっきりと伝えたい。

 

(でも、きっとビートはそれを望んじゃいない)

 

 ビートは、自分の力でこの状況をひっくり返そうとしている。だから、ボクはじっと事の顛末を見守る。

 

 

「ぼくは、フリア選手とは浅からぬ因縁があります。その因縁に、1つの決着をつけるために、ルールー違反は承知のうえでこの場に立たせていただきました。……ぼくについて思うところがある人も多いでしょう。この場に立つことすら、許したくない人もいるでしょう。……ですが、それでも通したい意地がぼくにもあります。そのために、ばあさ……ポプラさんの下で沢山の修行を積んできました」

 

 

 訴えかけるように言葉を紡ぎながら、観客に向けていた視線をゆっくりとボクの方に向ける。

 

「ビート……」

 

 ボクとビートの視線が、またぶつかる。

 

「無茶苦茶なのはぼく自身が一番わかっている。けど、ここで引くわけにも、言わないわけにもいかない。……あなたと、約束しましたからね」

「……ふふ、そうだったね。……覚えててくれたんだ?」

「当たり前です」

 

 ラテラルタウンで、そしてアラベスクスタジアムのジムチャレンジでもしたビートとの約束。

 

 スタジアムでぶつかり合うために、ボクが先に行って待っているという話。

 

(……って、今じゃもうフェアリージムのジムリーダーって、ボクを越えているじゃん……全く、本当にみんな成長が速い……)

 

 ユウリしかり、ビートしかり、成長性が高い人が多すぎる。ちょっと気を抜いたら一瞬で追い抜かれてしまう。

 

(やっぱり……『待つ』なんて消極的な考えはダメなんだね)

 

 ユウリとのバトルの時に着いた心の火が、また燃え上がる。

 

「さぁ、あなたとバトルするための最高の舞台は整えました。ばあさんの跡を継ぐという目標も、今日あなたとのバトルで、ぼくへの不満を持っている人を黙らせることで達成する。あとは……」

 

 ゆっくりと、スーパーボールを左手で構えるビート。

 

「あなたに勝って、ぼくが天才であることを証明する」

 

 ハイライトの灯っていない目で、ボクをじっと見つめる。

 

「……負けない。ボクだって、負けられない理由がある。まだ挑みたい場所がある。だから……勝つのはボクだ!!」

「……ふっ」

 

 ボクの言葉を聞いて、少しだけ笑みをこぼしたビートは、再び観客へ声をあげる。

 

 

「あの事件の頃のぼくと違うことを、今日フリア選手とのバトルで証明して見せます!!ですから……今だけは、ぼくがここで無茶をすることの許可をお願いします!!」

 

 

「その心意気、確かに受け取った!!」

 

 

「「!!」」

 

 再び響くビートの声。しかし、今回はこの声に同じ音量で返答をする声があった。

 

 それは観客席の一角の特別席。このガラル地方のチャンピオンが、このバトルを観戦するために設けられた特等席がある場所。ボクとビートがいる場所からは、さすがに遠すぎるせいかダンデさんの姿はかなり小さい。しかし、それでも楽しそうな表情が分かるくらいには、立ち上がってマイクを構える姿は一種の迫力があった。

 

 

「ガラル地方のチャンピオンとして、キミのジムリーダー就任と、この場でのバトルを認める!!さぁ、熱い試合を見せてくれ!!」

 

 

 ダンデさんによる最高のマイクパフォーマンス。これにより、不満感をにじませていた観客の声はピタリと止み、かと思えば一転して歓声が沸き始める。

 

『チャンピオンが許可するのなら、俺たちがいうことは何もねぇ!!』

『ビート選手!!それだけ大口叩いたなら面白いバトルを見せてくれよ!!』

『つまんなかったら承知しないわよ!!』

『生まれ変わったってところを見せて見ろ!!』

 

 嫌な空気が一気に霧散し、むしろビートを応援する声が増えていく。このことに、少なくない衝撃を受けたビートの表情が一瞬だけ驚愕に歪み、しかしちょっとだけ嬉しそうな笑みを浮かべた後に、いつもの慇懃無礼な笑みを浮かべてボクを見る。

 

「さぁ……舞台は整いましたよ……フリア」

「うん……!!」

 

 歓声を受け、いよいよバトルの準備を始めるボクとビート。視線を合わせ、同時に頷くとともに、背中を向けてそれぞれの立ち位置へ移動を始める。

 

(ビートとのバトル……久しぶりだなぁ……)

 

 始めて戦ったのは深夜のラテラルタウン。そして2回目に戦ったのはアラベスクジムのジムミッション。しかし、1回目は近所迷惑になってしまったゆえの強制終了をしてしまい、2回目に関してはビートの特訓期間ということもあり、まだ慣れていないポケモンでの戦闘ということもあって、彼の全力ではなかった。

 

 そういう意味では、こうやって何の気兼ねもなく全力をぶつけ合うことの出来るバトルは、これが始めてだ。

 

(どんな戦い方をしてくるのかな……)

 

 ワクワクとドキドキを胸に、一歩。また一歩と、立ち位置へと向かっていく。

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 深呼吸をしながら歩き、程なくして立ち位置に着いたボクは、後ろを振り返って既に場所についていたビートに向かって視線を合わせる。すると、さっきまでボクがしていたのと同じように、目を閉じ、呼吸を整えるビートの姿があった。

 

「ぼくのハートは、砕けてなんかいない……」

 

 目を閉じながら小さく、しかし力強くそう言葉を零すビートは、意を決して閉じていた目を見開く。

 

 その瞳には、アラベスクスタジアムのジムミッションの時にも見せた、眩しいくらいに輝くハイライトと闘志を宿していた。

 

 その意志に応えるべく、ボクもボールを握り締めて吠える。

 

 

「無理を通してやっと到達できたこの場所で、ぼくはあなたを倒す!!」

「ずっと焦がれていた君とのバトルを制して、ボクは前に進んで行く!!」

 

 

ジムリーダーの ビートが

勝負を しかけてきた!

 

 

「行くよ!!()()()()()!!」

「行きますよ!!()()()()()!!」

「ノワアアァァァッ!!」

「リオオオォォォッ!!」

 

 ついに始まったビートとの因縁のバトル。その開幕を飾るのはヨノワールとブリムオンというお互いの切り札同士のバトルから始まる。

 

 ビートの切り札に関しては、観客視点だと情報がまるでないのでわからなかったかもしれないけど、ボクが初手でヨノワールを出したのが信じられない観客たちから、少しだけ動揺したかのような声が浮かび上がる。しかし、そんな周りの空気なんてお構いなしに、ボクとビートのバトルが始まっていく。

 

「ブリムオン!!『サイコキネシス』です!!」

「受け止めて!!」

 

 ブリムオンから放たれる強力な念動力。それを腕をクロスさせて受け止めたヨノワールが、腕を広げると同時に念動力を霧散させていく。

 

「『じしん』!!」

「ルォッ!?」

 

 お返しとばかりに地面を殴り抜けるヨノワール。これによって大地が大きく振動し、攻撃が直撃したブリムオンが声を漏らしながら後ろに下がっていく。しかし、見た目以上にダメージを負っているわけではないのか、特に気にすることなくブリムオンはこちらを見て来る。

 

「ヨノワール、『いわなだれ』!!」

 

 余裕で耐えているブリムオンを前に、続いて此方がとる行動はいわなだれ。ヨノワールが地面に手を当てると、ヨノワ―ウの周りに岩の刃が現れ、それらが一斉にブリムオンに向かって発射される。

 

「『ムーンフォース』!!」

 

 対するブリムオンは、この岩の刃の雨に対して、自身を中心に月の光を模した輝きを周囲に放ち、そのすべてを打ち落として、岩を周りに散らしていく。が、眩しすぎる光によって、ブリムオンの視界が少し阻害されたので、この隙をついてヨノワールが影に潜り、ブリムオンに接近。

 

「……『かわらわり』!!」

 

 ブリムオンの懐まで潜り込んだヨノワールが、右腕を光らせながらブリムオンを殴り抜ける。これによって衝撃を受けたブリムオンが、また後ろに弾かれることになるけど、今度はさっき以上にダメージを抑えながら後ろに下がり、同時にヨノワールに反撃するべくムーンフォースを発射。しかしその時には再び影に潜ったヨノワールが既にボクの近くに帰ってきており、技は不発におわる。

 

「岩に向かって『サイコキネシス』!!」

 

 攻撃を外したブリムオンは、今度はサイコキネシスの準備。周りに落ちている岩を放置するとヨノワールの有利になると考え、これを除去しながらヨノワールを攻撃する算段だ。

 

「『かわらわり』!!そのままおかえし!!」

 

 これをかわらわりで次々砕いていくヨノワールは、バラバラになった小さな粒手を大きな手でキャッチし、それを思いっきりブリムオンに向かって投げ飛ばす。

 

「『ぶんまわす』で防いでください!!」

 

 この粒手を、ブリムオンは頭から伸びている触手を黒いオーラでまとい、それをムチのように振り回すことで全ての攻撃を除去。投げた粒手の一切を吹き飛ばしていく。

 

「ヨノワール、『じしん』」

 

 が、そんな防戦一方なブリムオンに対して、今一度拳に力を込めたヨノワールが、それを地面に叩きつけることによって再び大地が怒り、破壊の波がブリムオンを襲っていく。

 

 せめて少しでもダメージを減らすためと受け身の構えを摂るものの、被ダメージそのものはかなり抑えられたけど、威力が高すぎてブリムオンは空中に打ち上げられる。

 

「ヨノワール!とどめの『かわらわり』!!」

 

 この隙に、影に潜ってブリムオンの真下まで来たヨノワールが、影から飛び出して一瞬のうちにブリムオンの真上まで移動。

 

「叩きつけろ!!」

 

 そこから右腕を白く光らせたヨノワールは、かわらわりを上から下に振り下ろし、ブリムオンを地面に向かって叩きつける。

 

 ブリムオンが地面に叩きつけられることにより砂煙が発生し、ブリムオンの姿が隠される。傍から見ればかなりのダメージが入ったように見えるけど……

 

「……ッ!!ヨノワール、ガード!!」

 

 攻撃の気配を感じ、すぐさま防御姿勢をヨノワールに取らせる。すると、土煙が揺れ、中からサイコキネシスの波動が発射。それは寸分の狂いもなくヨノワールに直撃。両腕をクロスしてガードしているのに、その上から貫通してダメージを与えてくる。

 

「やっぱり立ってくるよね」

「当然です」

「ルオォン」

 

 サイコキネシスによって晴れた土煙の中から姿を現したのは、やはりまだまだ余裕そうなブリムオン。先のかわらわりも、頭の触手で受け止めていたということだろう。お互いのダメージを確認しても、どちらもまだまだ平気と言ったところだ。

 

「『かわらわり』!」

「『ぶんまわす』!」

 

 遠距離攻撃から一転。次はヨノワールが右腕を白く光らせながら接近し、真上から振り下ろし攻撃。これに対してブリムオンは漆黒の触手を右から左にないで迎撃。

 

 激しい音をたてながらぶつかり合うふたつの攻撃は、しかし攻撃力の差からヨノワールが打ち勝ち、ブリムオンが態勢を少し崩した。

 

「『いわなだれ』!!」

「『ムーンフォース』!!」

 

 バランスを崩しているブリムオンに追撃するべく、右手を前に向けたヨノワール。すると、それを合図にブリムオンの周りを囲むように岩の刃が生成され、その全てがブリムオンを全方位から包み込むように発射される。これに対してブリムオンは、自身の身体に月の光を貯め、輝きを周囲に発射。飛んでくる岩の全てを消し飛ばし、ついでにヨノワールにも少し攻撃。無茶をしないヨノワールは、これを後ろに下がって、ボクのそばに戻ることで回避した。

 

 これでお互い初期位置へ。仕切り直しの形になる。

 

 いきなり行われた淀みない攻防に、観客は思わず声を出すのを忘れる。傍から見たら、それだけ高レベルのバトルに見えたのだろう。

 

「「……ふ、あっはははは」」

 

 しかし、ボクとビートに取っては、今のやり取りは少し違った意味を持つ。

 

「全く、随分と味なことをしますね」

「そういうビートだって、まさか付き合ってくれるなんて思わなかったよ」

 

 ボクたちの首元には小型マイクが着いている。当然今のボクとビートの言葉もマイクは拾っており、観客たちは全員この会話を聞いている。しかし、この会話の理由を理解している人は誰もおらず、全員が首を傾げていた。

 

 それでいい。今は、ビートとのバトルを楽しむことが出来るのなら、構わない。

 

「さぁ……行くよ!!ビート!!」

「ええ……フリア!!」

 

 長く待ち望んでいた戦いが、本格的に開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ポプラ

ピンクの心は次世代にしっかりと受け継がれました。ちなみに、ポプラさんが堂々とたっていたディスプレイは、ビートさんが入場したと同時に消えています。

ビート

ピンク落ちですが、実機に比べて引き継ぐ気満々なので引退のくだりはありません。ここでは既に心決まってますからね。

試合

いざ、いつかの決着をつけるべく。




フリアさんとビートさんの笑顔の理由がわかったあなたには、多分私は頭が上がりません。本当にありがとうございます。

そして明日のニンダイが楽しみな作者。個人的にはリズム天国が欲しいこの頃です。






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260話

「『かわらわり』!!」

「『ぶんまわす』!!」

 

 白に光る両腕と、黒に光る触手が何度もぶつかり合い、その度に衝撃と快音を振りまいていく。

 

 激しく、それでいてどこか演武を踊っているような2人の攻防は、見ているものを思わず引きつける。けど、そんな素晴らしいバトルをしている当の本人は、決してそんなことを考えておらず、2人ともただひたすら楽しそうな顔を浮かべたまま戦況を見て、指示を出していた。

 

「フリアはともかく、ビートのあんな笑顔、初めて見たぞ……」

「うん……あんな風に笑うんだ……」

「少し、意外と……」

 

 その様子を見て、わたしと一緒に観戦しているホップたちが、少し戸惑ったような色を乗せながら言葉を紡ぐ。

 

 わたしはビート選手についてはまるで知らないためなんとも言えないけど、それでもバトルコートに入ってすぐの状態が彼の素なのだとしたら、ホップたちの言葉も何となく理解はできた。

 

(あのハイライトの乗っかっていなかった瞳……訳アリの子なのかしら?)

 

 何となく予想は立てることはできるけど、やはり彼を知らないわたしに考察できる範囲はそこまで広くない。なので、これ以上このことを考えても仕方ないので、今は目の前のことに集中する。

 

「『いわなだれ』!!」

「『サイコキネシス』!!」

 

 さっきまでの近距離戦から一転して、今度は岩と念動力が飛び交う超次元の世界へ。2人の楽しんでいるという心を技で表現しているかのごとく、バトルコートが荒れていく。

 

「……本当に楽しそうだな……羨ましいぜ」

「ええ。わたしたち以外にあんな顔をするの、珍しいんじゃないかしら?」

 

 その様を見て、わたしとジュンの表情が緩んでいく。今も、いつもの可愛い顔にはちょっと似合わない、少し威圧を含んだその笑みは、けどフリアの性格を知っているわたしたちは安心して見ることが出来る。

 

「フリアにとって、この試合はちょっと特別なのかもしれないわね」

「だな」

 

 まるでお互いの力を確かめるようなその動きは、もしかしたら1度手合わせをしたことがあり、その時の戦いをなぞっているのかもしれない。そう思わせるくらいには、お互いの技選びが、本気のバトルにしては少し不自然だった。勝負を決める気なら、もっと早く『ポルターガイスト』や『ムーンフォース』が見れてもいいはずだ。

 

「むぅ……」

「はいはい、妬かないと~」

「大丈夫よ。フリアにとって、間違いなくあなたも特別だから」

「ち、ちがっ!?」

 

 そんなバトルを見ながら頬を膨らますユウリを、マリィと2人がかりでいじっていると、バトルフィールドに大きな動きが現れる。

 

「戻って!!ヨノワール!!」

「戻りなさい、ブリムオン!!」

 

 フリアとビートの指示によってボールに戻っていくヨノワールとブリムオン。今まで順調に戦っていたのに、急にボールに戻っていく様を見てますます混乱していく観客たち。もちろん2人の戦いはレベルが高く、見ていて飽きるだったり不満が出る訳では無い。が、展開が予想外すぎて追いつけていないという感じなのだろう。

 

(ここに来てブリムオンとヨノワールを戻したというのなら、恐らく準備運動が終わったという合図。なら……)

 

「行くよ、マホイップ!!」

「行きなさい、クチート!!」

 

 ヨノワールとブリムオンの代わりに場にでてきたのはマホイップとクチート。この2人をみて、ようやく先鋒戦が始まるのだと言うことを理解する。

 

「始まるわね」

 

 わたしの独り言のように呟かれた言葉に頷くみんなは、ここから先の動きをしっかりと目に焼きつけるために、ひたすらじっと見続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マホッ!!」

「クチッ!!」

 

 場に出ると同時に元気な声を上げる両者は、相手を補足してすぐさま戦闘態勢に入る。

 

「チーッ!!」

「マホッ!?」

 

 まずはその挨拶としてクチートの特性『いかく』がマホイップを襲うけど、これには特に意味は無い。こちらに悪影響は何1つおきないからね。

 

 ヨノワールとブリムオンによる小手調べを終えたボクたちは、本気の切り札バトルを最後に取っておくために一時交代。『まだ早い』と心を落ち着けながら繰り出したポケモンは、またしても因縁のある組み合わせとなった。

 

「ふふ、本当に縁があるね」

「全くです。特に意識していた訳では無いのですが……まぁ、いいでしょう」

 

 口調は変わっていないのに、瞳の輝きと現在のビートのテンションの高さから全然受け取り方が変わるこの言葉に、思わず頬が緩んでしまう。

 

 今回の意組み合わせはジムチャレンジのミッション中に起きた対戦カードだ。あの時はボクが勝ちを収めたけど、ビートもフェアリータイプというポケモンの特性に触れたばかりで、まだ戦い方やクチートのことをよく理解していないときに行われたバトルだったため、今までのジムリーダとのバトル以上に参考にならない。

 

 きっとあのころと比べて、ポプラさんの下で修業したことで劇的な変化があるはずだ。

 

(さっきはヨノワールとブリムオンであんなことをしたけど、多分クチートとマホイップでは同じことはしないよね。……うん、ここからは本気だ!!)

 

 先ほどと違って、ビートの瞳は輝いたままだけど、微笑みは少し消えていることから、ここからは遊びがないことを察するボクは、警戒度を一段階あげる。

 

「クチート!!『アイアンヘッド』!!」

「マホイップ!!『マジカルフレイム』!!」

 

 あげたと同時にビートから聞こえた指示はアイアンヘッド。時間をかけてしまえば、クリーム展開やめいそうによってどんどん自分を強化され、手が付けられなくなると知っているからこその速攻作戦。額を鈍色に染めながら真っすぐ突っ込んでくるクチートは、こちらに何もさせないようにとにかく前に走って来る。それを見越したボクは、クリームによる展開は早々に諦めて迎撃の準備。クチートの弱点を突くことの出来る技で、手痛いダメージをあてに行く算段だ。

 

「標的変更!!地面へ!!」

「クチッ!!」

 

 このままではマジカルフレイムが直撃すると判断したビートは、攻撃方向をすぐさま変更。額を地面に叩きつけることで土砂を巻き上げて、煌めく焔を受け止める。これでマホイップの攻撃は無効化された。しかし、ビートが攻撃をあきらめたおかげで、こちらに攻撃のチャンスが生まれた。

 

「クリーム展開!!」

「マホッ!!」

 

 この隙に自分のフィールドを作り上げるためにクリームを周りに放ち、準備を整えた。これで攻撃も受け止めることが出来るし、逃げることも簡単になった。

 

「『かみくだく』でクリームを捕食!!」

「クチッ!!」

「……やっぱりそうくるか」

 

 そんなマホイップのためのフィールドを、クチートは自身の後頭部から生えている大きな口で次々とくらいつき、口の中にクリームをため込んでいく。いくら遠距離からクリームを操作できるようになったからとはいえ、さすがに口の中に含まれたクリームまでは、マホイップの操作の影響を及ぼすことが出来ない。あのクリームに関しては吐き出されるまでは放っておくしかないだろう。けど、たとえこれでクリームを除去できると言っても、食べることが出来る量に限りがある。クチートの口の中が埋まってしまったら、もうそれ以上に除去されることはないし、なんならクリームの重さのせいで機動力が落ちるはずだ。

 

 早速この間に攻撃を仕掛けようと技を構え……

 

「吐き出す!!」

「クチッ!!」

 

 マホイップが攻撃をする前にクチートが後頭部の口を吐き出し、クリームの塊をマホイップの方へと吐き出した。

 

「マホイップ!」

「マホッ!!」

 

 急に吐き出された塊に対して、すぐさまクリーム操作を行って自身に当たらないように軌道を操作。これによって、クリームは再びマホイップの周りに撒かれることとなるけど、その代わりに今度はこの隙をクチートが突いてくる形となる。

 

「『じゃれつく』!!」

「クチッ!!」

「マホッ!?」

 

 クリーム操作に夢中になっているところで夢中になっている間に懐に入り込んだクチートによる攻撃がマホイップに直撃。急に飛んできたクチートの最大火力は、マホイップの小さい身体を簡単に吹き飛ばす。

 

「マホイップ!!」

「マホッ!!」

「クチッ!?」

 

 しかし、吹き飛ばされたマホイップもされるがままでいるわけではない。飛ばされながらも右手をクチートの方に向けたマホイップは、細いクリームの糸を発射してクチートに付着。そのまま、自身が吹き飛ばされる勢いを利用して、クチートも一緒に引っ張り上げた。

 

「急いでクリームをかみちぎりなさい!!」

 

 飛ばされたマホイップに引っ張られるクチートは、それでも後頭部の大顎を振り回して何とかクリームを除去。しかし、既に空中に浮いており、マホイップの方向に飛んでいる最中の動きを止める術は無いため、クチートは依然マホイップに向かって飛んでいるままだ。

 

「マホイップ!!準備!!」

 

 クチートがクリームの糸を切っている間に、マホイップはステージ端の壁に無事着地。あと数秒も立たない間にクチートも同じ場所に突っ込んでくるものの、それでもほんの少しの時間の猶予が出来た。

 

「『マジカルフレイム』!!」

「マホッ!!」

 

 その猶予の間に、右手に虹色に煌めく炎を纏わせたマホイップが、飛んでくるクチートめがけて思いっきり振りかぶる。物理攻撃が得意なわけじゃないので、いつもの使い方よりも少し火力は下がってしまうものの、それでもこうかばつぐんをつくこの技は、クチートに良いダメージを与えてくれるはずだ。

 

「クチート!!身体をひねって『かみくだく』!!」

 

 これに対してクチートは、身体を左に倒しながらマホイップの方に背中の大顎をみせ、その状態で大きく口を開けて噛みついてくる。

 

 狙いはマホイップの右腕。

 

「クチッ!!」

「マホッ!?」

 

 接近するクチートに合わせて右腕を振り、伸びきったところに迫るクチートの大顎。それはマホイップの右拳部分のみを綺麗に避け、マホイップの身体の大きさに見合った短い腕の部分のみに、器用に歯を当てるようにしてかみついた。マホイップの拳はクチートの大顎の中にあるものの、これでは攻撃が当たっていないのでダメージはない。

 

(マホイップの腕だけにかみつくとか、とても器用なことを……いや、それが出来るくらいには、お互いのコンビネーションを鍛えてきたってことか……流石)

 

「そのまま投げ飛ばしなさい!!」

「クチッ!!」

 

 腕にかみついたクチートは、そのまま身体の小さいマホイップを力任せに振り回し、今度はステージの中央に向けて、ジャイアントスイングでもするかのように回転して投げ飛ばす。当然マホイップの力では、この投げに対抗する手段はない。

 

 けど、出来ることがないわけじゃない。

 

「マホイップ!!解放!!」

「マホッ!!」

「クチッ!?」

 

 クチートに投げ飛ばされる瞬間に、右腕に纏っていたマジカルフレイムを自分の意志で暴発。自身にもダメージは返って来るし、マジカルフレイムの追加効果であるとくこうダウンも、マホイップにしてみればかなり痛いけど、これでクチートにもようやくまとまったダメージが入り、投げ飛ばすために身体の態勢を少し不安定にしていたこともあって、大きくバランスを崩すこととなる。

 

「相打ち上等……そこまでしますか」

「そうしなきゃいけないほどの相手って思っているからね。『めいそう』!!」

「くっ、アフターケアは万全ですか……!!」

 

 マホイップは中央に飛ばされ、クチートはバトルコート端でたたらを踏んでいるこの状況。マホイップにもそこそこのダメージはあるけど、追撃されることは絶対にない状況が出来上がったのですかさずめいそう。下がったとくこうをすぐさま戻し、次の打ち合いに備える。

 

「これ以上させてはいけません!!『アイアンヘッド』!!」

「クリーム展開!!」

 

 このまま距離を離してしまうと、再びめいそうのチャンスを与えてしまうため、それを阻止するために走り出すクチート。これに対してマジカルフレイムを打つと、最初の時と同じになってしまうので今度はクリームの壁を作るマホイップ。鈍色に頭を染めたクチートは、急に現れた壁に対してすぐに反応すのは難しいため、そのまま壁に額をぶつけることとなる。

 

「からめとって!!」

 

 ベチャッ。という、クチートのアイアンヘッドがクリームに当たる音が聞こえたので、それと同時にクリームの壁を操作。クチートを包み込むように動かされたクリームは、一瞬にしてその形を球に変える。

 

「そのまま叩きつける!!」

 

 その球に対してすかさずクリームの糸を括り付けたマホイップは、力いっぱい引っ張り上げてその球を持ち上げ、そのまま地面に叩きつけるように動かしていく。これでさらにダメージを与えつつ、クリームを付着させることでクチートの機動力も奪うことが出来る、いいことづくめの攻めが可能だ。

 

「やはりそうくると思ってましたよ……クチート!!」

「クチッ!!」

「なっ!?」

 

 が、マホイップが地面に叩きつけようとクリームの糸を引っ張った瞬間に、マホイップの真上にまで持ち上げられたクリームの中から、何かが割れたかのような音が響き、同時に緑色の光と共にクリームが爆発四散した。

 

 中から現れたのは、相変わらず額を鈍色に輝かせたクチート。ニヒルな笑顔を浮かべたあざむきポケモンが、真下にいるマホイップに向かって真っすぐ突撃してきた。

 

「マホイップ!!『マジカルフレイ━━』」

「遅いです!!」

 

 急降下してくるクチートに対して、すぐさま対応しようと技を構えるけど、それよりも速くクチートがマホイップの下へ到達。焔を今まさに右手に集め始めたマホイップの顔を、真正面からクチートの額が襲ってきた。

 

「マホッ!?」

「マホイップ!!」

 

 弱点のタイプをクリーンヒットさせられたマホイップは、地面を転がりながらボクの方へ飛んできて、その身体を横たえる。

 

「マホ……ッ!!」

 

 まだかろうじて動ける状態ではあるものの、それでもダメージが大きすぎたみたいで、その身体はかなりボロボロだ。そんなマホイップの様子を見ながら、ビートはゆっくりと口を開く。

 

「ぼくが今まで誰の下で教えを請いていたと思っているんですか。クリーム操作に対する対策はばっちりですよ」

「みたいだね……でも、まさかそのためだけに『まもる』を仕込んでいるとは思わなかったけど……」

「……流石に、どの技で防いだかはバレたみたいですね」

 

 マホイップのクリームを防いだ技はまもるだ。緑色の球状のエネルギーを展開することで、あらゆる技をシャットダウンするこのバリアは当然クリームも無効化する。そのうえで、解除するときにこのバリアを弾けさせることで、バリアに付着していたクリームを弾いたという事だ。

 

(こうなって来ると、クリームによる妨害は難しいね……)

 

 クリームによる妨害行動は、技ではないためマホイップの自由に呼び出しが可能だ。ただ、その分普通の攻撃技に比べてどうしても技よりも展開速度に差が生まれてしまう。となると、こちらが攻撃を当てる前にまもるを展開するのは簡単だ。

 

 だからと言って、諦めるわけにはいかない。

 

「マホイップ!!『マジカルフレイム』!!」

「マ……ホッ!!」

「避けてください!!」

 

 ボロボロになりながらも煌めく焔を発射するマホイップ。しかし、真正面から正直に放たれた攻撃はいとも簡単に逃げられる。

 

(やっぱり、攻撃を当てるには足止めしなくちゃ難しい……なら!!)

 

「クリーム!!」

「無駄ですよ、『まもる』!!」

 

 相手の機動力を削るためのクリームは必須。そのために、マジカルフレイムを避けたところに再びクリームを放ち、クチートの足を奪う。が、当然ビートもすぐ反応して緑色のバリアを張り、それを破裂させることでクリームを霧散。同時に、マホイップに反撃するべく一気に間に走り出す。

 

「もう一度クリーム!!」

「マホッ!!」

「ちっ」

 

 これに対してこちらが行うのは再度のクリーム発射。2回も弾かれて、無駄だとわかっているはずなのにそれでもなお行われるこの行動に、観客たちはいぶかし気な表情を浮かべるけど、実際に攻撃を受ける側のビートは物凄く嫌そうな顔を浮かべる。

 

 まもるという技はあらゆる技を防ぐ力がある反面、連続で使用すると失敗しやすくなるというデメリットがある。もう一度確実にまもるなら、間に別の行動を挟まざるを得ないという事だ。

 

 つまり、先ほどまもるを使った今なら、ほぼ確実にクリームを通すことが出来る。

 

(押してダメならもっと押せ!!)

 

 クチートに向かって真っすぐ飛ぶ大きなクリームの塊。走り出していることと、クリームが大きいことから逃げることが出来なくなっているクチートは、このクリームを受けるしかない。

 

「けど、それも想定通りです!!クチート!!『アイアンヘッド』!!」

「クチッ!!」

 

 けど、こんな状況でも舌打ち以外の負の感情を見せないビートは、すぐさまクチートに行動を指示。すると、クチートはマホイップに背中を見せ、後頭部の大きな口全体を鈍色に染めながら突っ込んでくる。

 

「なっ!?」

「後頭部も頭です。なら、『アイアンヘッド』の対象でしょう?」

 

 小さなクチートの額と比べて何十倍も違うその質量を、持ち前の力を使って豪快に振り回す。ハンマー投げもかくやという迫力をもって振るわれたその技は、飛んできたクリームのすべてを、ホームランを打つ時みたいに吹き飛ばし、マホイップとの間に障害物の無い空間を作り出した。

 

「クチート!!」

 

 こうなってしまえばもうクチートの独壇場。残りの距離を詰めるべく、地面を強く踏みしめたクチートの動きを止めるものは何もない。

 

「『アイアンヘッド』!!」

「クッチッ!!」

 

 先ほどクリームを吹き飛ばした鈍色の大顎をそのまま振りかぶったクチートは、マホイップのすぐ目の前に到達すると同時に勢いよく振り下ろす。

 

 マホイップの目前まで迫られて振られたその一撃は、マホイップにとっては必殺の一撃だ。既にダメージを負ってボロボロのマホイップなら尚更。そんなマホイップにとっては死神の鎌のようにも見える最凶の一撃が、今まさに自身に向かって振られる。

 

「マホイップ!!」

 

 ボクの声と同時に振り下ろされる鉄の大顎。激しい衝撃音を立てながら巻き上がる土煙はすぐに消え、クチートの攻撃の結果がすぐ目に入る。

 

「な!?外れている!?」

「……よし」

 

 結果は、クチートの大顎がマホイップの目前の地面に突き刺さっている状態で固まっており、マホイップに隙だらけの姿をさらけ出すという形になった。

 

 そんなクチートの足には、わずかなガラクリームの糸が結ばれており、それがマホイップから離れるように伸びている。

 

「遠隔でクチートの足を!?」

「マホイップ!!『マジカルフレイム』!!」

「マ……ホッ!!」

「クチッ!?」

 

 絶好の攻撃チャンス。ここで仕留めるべく、全力の焔を宿したマホイップは、自分を巻き込むことをいとわない火力にてクチートを攻撃。先ほどクチートが放ったアイアンヘッド以上の衝撃音を奏でながら放たれた虹色の焔は、クチートをビートの足元まで吹き飛ばす。

 

 

『クチート、戦闘不能!!』

 

 

 飛ばされたクチートは目を回し、そのままダウン。これでビートは最初の1人目を失ったことになる。

 

「マホ……ッ!?」

「マホイップ!?」

 

 が、自身をも巻き込む勢いで炎を吐き出したマホイップの爆炎は、その想像通り自身の身体にも大きなダメージを残し、既に満身創痍だった自身の体力を完全に削りきる自爆技となってしまう。

 

 

『マホイップ、戦闘不能!!』

 

 

「お疲れ様です、クチート」

「ありがとう。ごめんねマホイップ……」

 

 戦闘不能になったお互いのパートナーをボールに戻すボクとビート。結果だけを見れば引き分けではあるけど、正直ボクとしてはこのバトルは完全にボクの負けとしか思えなかった。

 

 自爆技による無理やりの1対1交換。正直、ああしなかったらマホイップが一方的にやられていただろう。

 

「本当に、強くなったね……」

 

 手に汗を握りながら、ボクは次のボールを握る。

 

(辛いバトルになりそうだ……)

 

 しかし、同時にビートとこんなでバトルが出来ることを心から喜んでいるボクもいた。

 

 楽しいバトルは、まだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ビートとフリア

というわけで、前回笑った理由の答え合わせ。実際にはちゃんと再現した方のですが、残念ながら成長して変わってしまった技もあるのでこのような結果に。真の決着はまだ先です。

クチートとマホイップ

此方も因縁のバトルではありますが、先の戦いと違い、こちらは小手調べ無し。ビートさんの成長具合がうかがえますね。




もう少しでポケモンday。何が発表されるか楽しみですね。






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261話

(さて……次はどの子で戦おうか……)

 

 マホイップとクチートが相打ちとなり、その両者がモンスターボールに戻ることで、一時的に静かな時間が帰ってくることとなったバトルフィールド。勿論、ただ完全な無音空間になった訳ではなく、相変わらず観客からの歓声は止むことがないため、普通に騒がしくはあるのだけど、正直今のボクはそんなことに耳を傾けている場合では無い。

 

(決して油断してた訳じゃないけど、それでも1度勝った事のあるカードでここまで追い詰められるとは思わなかった……いや、言い訳はよくないね。普通に油断した……)

 

 マホイップ対クチートの内容は、ボクの主観から見ればとてもじゃないけどいいと言えるものでは無かった。それはボクの慢心と言われたらそれまでではあるのだけど、それ以上にビートの成長性がとてつもないことの方が重要だ。

 

(ポプラさんの下で無茶苦茶特訓したんだろうね……それも、今日のために……)

 

 今もキラキラと輝きながら、ギラギラと闘志を滾らせるビートの瞳を見ればよくわかる。それは、先日ホテルでボクにひとつの約束を持ってきたユウリが宿していたものと同じような種類で……

 

(キミも、こんなボクを目標にしてひたすら走ってきたんだ……)

 

 その事が嬉しくて、同時にその想いを中心に置いてここまで来ているのが恐ろしくて、そんな相反する気持ちに挟まれるボクの心は、さらに燃え上がる。

 

(なら、キミの方こそ、ボクにとっては等しく挑むべき壁だ!!……全力でキミを乗り越える!!)

 

 改めて気持ちを引き締めたと同時に、自然と誰を出すのかを決めたボクは、3人目の仲間をボールから繰り出す。

 

「お願い!!エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 現れたのはエルレイド。ボクの手持ちの中でとにかく前に出て殴り合うアタッカーを担う子で、同時に勢い付のために、最近ボクが先発で選ぶことの多い子。今回も、悪い流れを無理やり奪うために、このタイミングで登板させてもらった。

 

「エルレイドですか……」

 

 一方で、ボクの手持ちを確認してから次のポケモンを決めたかったらしいビートが、エルレイドの姿を見たと同時にすぐさま次のポケモンを繰り出す。

 

「行きなさい、サーナイト!!」

「サナッ!!」

 

 現れたのはサーナイト。エルレイドの分岐進化のもう片方の姿である彼女は、見る者を魅了する不思議な魅力を振りまきながら構えをとる。

 

 そんなサーナイトに対して、決して警戒を解くことをせず、むしろ肘の刃を伸ばして同じように臨戦態勢を整えるその姿は、一国の姫に対して挑む1人の騎士というちょっとした物語性を感じるかのような構図となっていた。

 

……いや、もしかしたらクーデターかもしれない。とまぁ、そんなことは置いておいて。

 

(サーナイト……タイプ相性上は不利だけど、能力的には有利……うん、また読みづらい相手だね……)

 

 サーナイトとエルレイドは、どちらも進化前がキルリアということもあって能力はかなり近い。具体的に言えば、2人の差はそれぞれの得意な攻撃方法が物理か特殊かという点だけだ。他の能力である体力や足の速さ、体力、そして、物理と特殊のどちらに対して耐性を持っているかという点まではほとんど酷似している。

 

 エルレイドとサーナイトは、特殊防御はかなり高いものの、物理防御に対してはあまり強くない。だからこそ、同じエスパータイプでありながら、フェアリーとかくとうという組み合わせのせいで不利なエルレイドだけど、相手が弱いとされる物理で殴ることが出来る点で、エルレイドもまだ戦える可能性があるというわけだ。

 

 もっとも、それを加味したとしても、タイプ相性が1番大事だと言うのは忘れてはいけないが。

 

「サーナイト。『シャドーボール』です!!」

「サナッ!!」

 

 2人が場に出揃い、戦闘態勢に入ったと同時にビートが指示。先手必勝とばかりに、闇の力を秘めた黒色に輝くの光球をエルレイドに向かって解き放つ。

 

 その数は4。その全てが、複雑な起動を描きながら飛んでくる。

 

「エルレイド!!『つじぎり』!!」

「エルッ!!」

 

 対するエルレイドは両腕の刃を黒く染め、飛んでくる黒色の珠に向かってその刃を降るって切り裂いていく。

 

「ダッシュ!!」

「エルッ!!」

 

 ゴーストタイプのエネルギーであるシャドーボールは、弱点であるあくタイプのつじぎりに面白いように切り裂かれ、真っ二つに割れたシャドーボールは全てエルレイドの後ろで爆発。その時に起こった爆風を推進力にし、いつもよりもほんの少し速くなったエルレイドがサーナイトに向かって走り出す。

 

「『ムーンフォース』!!」

「サナッ!!」

 

 走ってくるエルレイドを迎え撃つサーナイトは、今度はシャドーボールではなくムーンフォースを構えた。自身の最高火力であり、且つつじぎりに対してタイプ上でさらに有利を取り返すことの出来るフェアリータイプのこの技は、先程のシャドーボールと違って切り裂くことが難しい。

 

「『サイコカッター』!!」

「……やりますね」

 

 なので、この月の光珠に対しては黒の刃を消して、ピンク色の刃に変更して迎え撃つ。

 

 先程のシャドーボールと同様に4つ放たれたこの技に対して、再び切り裂くように両腕の刃を振って迎撃するエルレイド。しかし、先程と違って相手の技の威力が高く、またこちらが有利タイプの刃を準備できないということもあって切り裂くことが不可能だった。なので、ここは技を切るのではなく、そらすことで対応をしていく。

 

 真っ直ぐ飛んでくるムーンフォースに対して、右と左の刃を交互に振って受け流し、自分の後ろに飛ばしていくその様はとても洗練されており、この行動には敵側であるビートも思わず賛辞の言葉がこぼれる。

 

(あのビートから素直な言葉を引き出せただけでも、十分に嬉しいね)

 

 そのことに思わず頬が緩みそうになるけど、今回の勝利条件は相手を倒すことだ。

 

「感心してる場合?エルレイド!!」

 

 シャドーボールもムーンフォースも捌ききったエルレイドが、いよいよもってサーナイトの目前まで迫る。ここまで来れば、近接の得意なエルレイドの方が圧倒的有利。

 

「『つじぎり』!!」

 

 ムーンフォースのためにピンク色の光を宿していた刃を、再び漆黒に染めて技を構えるエルレイド。そんな彼が右腕を少しだけ後ろに引き、そこから思いっきり左に振るうことで、全力の斬撃をお見舞いする構えをとる。

 

「『リフレクター』!!」

 

 この直撃を受ける訳には行かないサーナイトは、エルレイドを前にして薄く光る壁を展開。物理に対して高い耐性を持つこの壁で、エルレイドの一撃を受け止めようという算段だ。

 

「エルッ!!」

「サナ……ッ!!」

 

 壁と刃がぶつかり、ギャリギャリと言う不協和音を奏でるバトルフィールド。その中心にて、エルレイドとサーナイトが気合いの入った声と共に鍔迫り合いを起こす。が、この天秤は思いのほか早くエルレイド側へと傾きを見せ始めていく。

 

 その理由は単純な技性能によるもののためだ。

 

 リフレクターという技は、あくまでも物理技の威力を落とすものであって、完全に防きるものでは無い。また、エスパータイプの壁対あくタイプの攻撃ということもあって、タイプ相性でもそんな強くないリフレクターが押されるのは想像に難しくない。その理論を証明するかのように、今現在も鍔迫り合い、そして押され始めているリフレクターから、限界を告げるかのようにきしむ音が響いてくる。

 

 あと少し押し込めば、リフレクターごと貫いてダメージを与えられる。

 

「エルレイド!!ガンバ……下がって!!」

「エルッ!?」

 

 が、その一押しをしようとした瞬間に嫌な予感が走り、少しエルレイドの周りに視線を動かした瞬間にボクの目にあるものが入ったため、慌ててエルレイドに下がる指示を下す。

 

 エルレイドも、困惑こそしていたものの、ボクの指示を疑うことなくすぐに反応して後ろに飛んでくれたおかげで、さっきまでエルレイドがいたところに突き刺さった攻撃に対して回避が間に合った。

 

「あっぶな……」

「ちっ、気づきましたか……」

 

 地面に突き刺さった攻撃の正体はムーンフォース。これは、エルレイドがサーナイトと鍔迫り合いをする前に弾いた残り物が原因になっている。

 

 エルレイドが逸らしたことによって明後日の方向に飛ぶはずだったムーンフォースは、その後サーナイトのサイコキネシスによって軌道を変更し、そのうえでボクの視界にも入らないように真上から襲い掛かるように調整していた。それが今の攻撃の種だ。

 

 そしてもっと気を付けなければいけないことが1つある。

 

 それは、エルレイドが弾いたムーンフォースが4つであるという事。

 

「エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 ボクが声をかけると同時に、下がり切ったエルレイドに向かって3つのムーンフォースが、それぞれ真正面、右後ろ、左後ろから飛んできた。

 

「サイコカッター!!」

 

 これに対してエルレイドは、まず真正面にサイコカッターの刃を発射し、1つ目のムーンフォースを破壊。続いて、すぐさま両腕の刃にピンク色の光をまた纏って、まずは右後ろに向かってダッシュ。片腕の攻撃では壊し切れないため、今回は両腕で無理やり破壊する方向で技を振るった。その甲斐もあってか、これで2つ目も破壊することに成功。

 

(弾いたらまた『サイコキネシス』で再利用されちゃうもんね……)

 

 この調子で最後のムーンフォースも破壊するべく、身体の向きを変えて、左後ろから狙ってきていた物に対して再びサイコカッターを構えた。

 

 唯一の不安要素として、2つ目を破壊している最中に後ろから襲われることを懸念していたんだけど、どうやら弾速自体はそれほど速いわけではなく、エルレイドの速度でも十分対応可能だったため、何とか迎撃は間に合った。

 

「これで最後!」

「エル!!……ッ!?」

「エルレイド!?」

 

 が、エルレイドの防御が間に合ったと思った瞬間、エルレイドのサイコカッターがムーンフォースに()()()()()()()()、エルレイドに直撃。幸い、腕をクロスしていたのがそのまま防御行動にもなっていたため、ばつぐんを取られたにしてはダメージを抑えることには成功していたものの、それでも少なくないダメージを受けたエルレイドは、衝撃で無理やり後ろに下げられたのちに膝を地面についていしまう。

 

 思わぬ大ダメージ。しかし、ボクはダメージの大きさよりも、なんでダメージを受けたかの方が気になっていた。

 

「なんで……確かに『ムーンフォース』は『サイコカッター』で防いだはずなのに……」

「ふっ……『ムーンフォース』!!」

「またっ!?エルレイド!!」

 

 なぜダメージを受けたのか。そのことに思考を回そうとしたところで、再びサーナイトからムーンフォースの弾幕。

 

 威力よりも数を優先したこの攻撃は、エルレイドの片腕の攻撃でも十分捌くことが出来るけど、それ以上に、先ほどエルレイドのサイコカッターが急に消えたことの方が頭にこべりついているせいで少しだけ行動が縮こまってしまう。そのため、威力の低い攻撃でもエルレイドの足は少しずつ後ろに下げられていた。

 

(……いや、ここで弱気になったらだめだ。まずはなんであんなことが起きたのか、しっかりと見極める!!)

 

 けど、このまま下がってしまうとただただ負けてしまう。ここまで来てそんな不甲斐ない姿は見せられないから、すぐ気に気持ちを切り替えて場を見つめる。

 

「エルッ!!」

 

 ボクの気持ちの切り替えを受け取ったエルレイドも、同じように気持ちを切り替えてムーンフォースの弾幕に立ち向かっていった。

 

 前から次々と飛んでくる攻撃に対して、ピンク色の刃を構えたエルレイドがその腕を振り回して1つ1つ丁寧に切り刻んでいく。

 

 その間も、ボクはエルレイドの周りを注視して、ビートが何をしてこちらを攻撃してきたのかを確認する。

 

(さぁ……見極めさせてもらうよ……!!)

 

 じっと戦況を見つめ、ビートが仕掛けてくるタイミングを待つ。すると、そのタイミングはすぐにやってきた。

 

「っ!!エルレイド!!次の『ムーンフォース』には『つじぎり』!!」

「ッ!?エルッ!!」

「……ったく、速すぎませんかね……」

 

 右から襲い掛かってきたムーンフォースに対して、すかさずつじぎりを放つエルレイド。すると、エルレイドの刃は、()()()()()()()()()()。その黒色の球の正体は……

 

「『シャドーボール』……これをムーンフォースの中に紛れ込ませていたんだね……」

「もう少し通じると思ってたんですがね……」

 

 エルレイドの刃からピンク色の光が消えた理由はシャドーボールだ。

 

 シャドーボールはゴーストタイプであるため、エスパータイプであるサイコカッターに対して、ちょっとした特攻を持つことになる。ビートはこれを利用し、ムーンフォースが防がれる瞬間にサイコカッターに対してシャドーボールをぶつけることによって、サイコカッターを無効化してムーンフォースを通したというわけだ。

 

「ですが、種がわかったところでこの攻めはさばききれないでしょう!!サーナイト!!『シャドーボール』と『ムーンフォース』の嵐を!!」

「サナッ!!」

 

 種が割れたことによって、シャドーボールを隠す必要がなくなったビートは、その数を増やし、月と闇の光が混ざった嵐を作り出す。それも、ただ真っすぐ攻撃を放つだけじゃなく、サイコキネシスによる軌道操作付き。それにより、かなり複雑な軌道を描いて、沢山の攻撃がエルレイドを襲っていった。

 

 シャドーボールとムーンフォースとサイコキネシスという、3つの技のによる同時攻撃。

 

「とんでもなく器用だね……本当、この短期間で強くなりすぎじゃない……?」

「それだけぼくがばあさんの下で修業したってことですよ」

 

 その言葉は嘘じゃない。今も、エルレイドの目の前で荒れ狂う攻撃の嵐が、その修行の成果をこれでもかと証明していた。

 

(本当に凄い……でも……ボクだって成長しているんだよ?)

 

「エルレイド。いけるよね?」

「エルッ」

 

 しかし、この程度で怯むボクたちじゃない。ボクの声に返事をするエルレイドは、両腕にサイコカッターを纏いながら、ゆっくりと弾幕の嵐に向かって歩いて行く。

 

 右から飛んできたムーンフォースをまずは右腕を振り下ろして切り裂き、次いで真正面からくるものを、左腕を左から右に奮って切断。その勢いを利用して回転切りすることで、周りから次いで来る3つのムーンフォースも切り割いた。

 

 今のところは順調に防げているけど、ここに来てこの攻撃の本領が発揮される。

 

「これならどうですか!!」

「サナッ!!」

 

 ビートが声をあげると同時に、右からシャドーボールが、そして左からムーンフォースが飛んでくる。

 

「エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 これに対してエルレイドは、右腕につじぎりを構え、左腕にサイコカッターを構え、同時に両方を切り割いた。

 

 ビートと同じく、2つの技の同時使用だ。

 

「……やはりできますか」

「ビートにできたのなら、ボクだって見せつけないとね!!」

「ですが、その程度ではぼくの攻撃は止められない!!」

 

 エルレイドが見せた行動に、しかし一切の動揺を見せないビートはさらに攻撃の手を速めてくる。

 

 真正面から飛んできたシャドーボールを右腕のつじぎりで一閃し、前へダッシュ。その動きを止めるようにムーンフォースの軍団が飛んできた。しかも、やらしいことにその軍団の中に、少しだけシャドーボールが混じっている。これでは、サイコカッターだけで防ぐということは不可能だ。

 

「エルッ!!」

 

 しかしエルレイドは特に臆することなく、引き続きこの攻撃にも真正面から対処していく。

 

 右腕を景気よく振り、次々とムーンフォースを切断。そのまま振り抜けばシャドーボールに当たってしまうというのに、それでも技を振り続けたエルレイドは……

 

「スイッチ!!」

「エルッ!!」

 

 ピンクの刃がシャドーボールにあたる瞬間だけ黒色に染まり、そしてrシャドーボールを切った瞬間またピンクの光に戻して、ムーンフォースとシャドーボールの群れを、右腕を振り切って全て切り伏せる。

 

「なッ!?」

 

 それからというもの、飛んでくるムーンフォースの全てを斬り伏せ、途中でまじるシャドーボールが触れる時だけつじぎりにシフトして、またサイコカッターに戻して突き進む。

 

 この行動にはさすがのビートも予想出来なかったらしく、思わず口を開けて固まってしまっていた。その間にもエルレイドは前に進み続け、あらゆる攻撃をさばきながらとにかく距離を詰めていく。

 

 真正面から来るムーンフォース、シャドーボール、ムーンフォースの順の攻撃を、左腕を右に振りながら、シャドーボールに触れる瞬間だけつじぎりに変え、シャドーボールを消したと同時にまたサイコカッターへと戻し、さらに最後のムーンフォースを切断とともにピンク色の斬撃を発射。前方から飛んできていたムーンフォースをいくつか破壊し、そこに生まれたスペースに身体をねじ込んで行く。

 

「どう?うちの子もなかなか器用なものでしょ?」

「サーナイト!!もっと密度を!!」

「サ、サナッ!!」

 

 その様子を自慢げに話すボクの声は焦っているビートには届かず、ビートは焦りのままサーナイトに次の指示を出す。これにサーナイトが答えた結果、攻撃の嵐はさらに強くなっていったものの、心に余裕がなくなっているのは確かみたいで、気づけばサイコキネシスによる軌道操作は消え去っていたため、むしろ攻撃が激化する前よりも気持ち避けやすくなっていた。

 

 前から来るムーンフォースを右腕で切り、次のシャドーボールをスライディングで潜る。次に前から飛んできたムーンフォースには、右腕をアッパーのように振り上げて切断し、その後に左右から飛んできたムーンフォースは屈んで避け、ムーンフォース同士がぶつかった衝撃を推進力にしてもっと前へ。同時にサイコカッターを飛ばすことで再び前方のムーンフォースを消していき、遂にエルレイドとサーナイトの間に、何も無い空間が生まれた。

 

 接近するなら、ここしかない。

 

「エルレイド!!」

「サーナイト!!『リフレクター』!!」

 

 前に走るエルレイドと、それを阻むサーナイトのリフレクター。

 

 恐らく、この壁で少しでも時間を稼ぎ、その間にサイコキネシスで周りのムーンフォースとシャドーボールをかき集め、弾幕の包囲網を作り上げるつもりなのだろう。今のエルレイドの力でも十分リフレクターは壊せるとはいえ、さすがに時間がかかってしまう。それだけの時間があれば、確かにその包囲網は作ることが出来る。そうなればこっちの負けだ。

 

「エルレイド!!『つじぎり』を突き刺せ!!」

「なぁっ!?」

 

 なら、その時間を与えることなく壁を破壊すればいい。

 

 右腕を大きく左後ろに引いたエルレイドは、そこから右腕で肘鉄を叩き込むようにリフレクターへと攻撃をする。こうすることによって、肘の刃の先端がリフレクターに触れ、一点集中で負荷がかかる。

 

 先程は面によって捉えていたが故に耐えられた攻撃。それが点の攻撃になれば防ぐのは不可能。

 

「サナッ!?」

 

 結果、一瞬でリフレクターは破壊され、遂に無防備な姿のサーナイトと対面する。

 

「もう1回……『つじぎり』!!」

「エルッ!!」

「サーナイト!!『ムーンフォ━━』」

「サナッ!?」

 

 サーナイトも、最後の抵抗としてムーンフォースの壁を作ろうとするけどもう遅い。既に懐まで潜り込んだエルレイドが、すれ違いながら右腕を振り抜き、サーナイトが構えていたピンク色の光を霧散させる。それと同時に、まるで糸が切れた人形のように、サーナイトが地面に伏していった。

 

 

『サーナイト、戦闘不能!!』

 

 

「よしっ」

「エルッ」

 

 これでサーナイト突破。先程と違って、明確にボクが流れを取って勝った結果に、思わず力が入る。エルレイドも、この結果には満足しているらしく、肩で息をし、少し膝を下げてはいるものの、それでも嬉しそうな声をあげていた。

 

「戻ってください。サーナイト」

 

 対するビートは、先ほど以上に悔しそうな表情を浮かべながらサーナイトを戻していく。が、そんな表情をすぐにしまい込み、次のボールを手にした。

 

(切り替えが速い……当たり前だけど、気は抜いちゃいけないね……)

 

「行きなさい!!ニンフィア!!」

「フィア!!」

 

 現れたビートの4人目はニンフィア。ピンク色のひらひらとしたリボンのような触角を揺らしながら、かわいらしい声をあげるその姿は、しかし瞳に宿している闘志から、見た目に引っ張られると痛い目に合うこと間違いなしだ。

 

「エルレイド、警戒を━━」

 

 そんなニンフィアを見て、エルレイドに注意を促そうとするボク。しかし……

 

「ニンフィア。『ハイパーボイス』」

 

 そんなボクの言葉を遮る形で声を出すビート。そして……

 

 

「フィ……アアアァァァッ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 妖精の力を乗せた強力な音波が、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ポケモンプレゼンツよかったですね。レジェンズの続編がとても楽しみです。






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262話

「エル……レイド……ッ!!」

「エル……ッ!!」

 

 場に出るやいなや、とてつもない大声でこちらを広範囲に攻撃してくるニンフィアのハイパーボイス。

 

 ユウリのストリンダーが放つばくおんぱと比べるとやや見劣りはするけど、それでもニンフィアの特性と相まって、強力な攻撃に昇華されたこの攻撃は、エルレイドに対して不可避の一撃となっており、その後ろにいるボクにまでその余波が飛んできてしまうくらいには強力だった。

 

 ニンフィアの特性、フェアリースキン。ノーマルタイプの技をフェアリータイプに変化させ、さらに威力を上昇させて放つことができる効果によって、本来ならエルレイドにとってはまだ耐えられる技が、自身の弱点を正確に射抜く凶悪な一撃へとなってしまっている。

 

(このままだと……まずい……!!)

 

「エルレイド!!地面に『せいなるつるぎ』!!」

「エ……ル……ッ!!」

 

 このまま音波に晒され続けると、サーナイトとのバトルでかなり削られているエルレイドは一瞬でやられてしまうため、ハイパーボイスの威力を少しでも下げるために地面に技を放って、その際巻き起こる土砂と振動によって無理やり威力を軽減させる。これによってエルレイドに技が直撃することはなく、技が本格的にこちらに到達する頃にはかなり威力を抑えることには成功した。

 

「エル……ッ!?」

「くっ……!!」

 

 が、それでもエルレイドにとってフェアリータイプの技はこうかばつぐん。ビートがフェアリータイプのエキスパートだから当たり前と言えば当たり前なのだけど、こうも苦手なタイプとの連戦が続いてくると、さすがにエルレイドも限界が近い。先のムーンフォースといい今回のハイパーボイスといい、直撃こそ貰ってはいないものの、確実にまとまったダメージを貰っているエルレイドは、倒れてこそいないけど既に満身創痍だ。

 

(このまま突っ張ってもいいビジョンなんて見えない。ならここは……)

 

「エルレイド。1度退いてくれる?」

「……エル」

「ありがとう。またキミに頼るから少しだけ休んでね」

 

 エルレイドに一言かけて一旦ボールに戻していく。

 

 敵を前にして退くという行為は、前に出て主を守るという意志が強いエルレイドにとってあまり好ましく思われない行動だけど、それでもボクの意見を尊重して戻ってくれた。本当にありがたい。

 

「大丈夫。また出番が来るから、その時にお願いね」

 

 ボールに戻ってくれたエルレイドに声をかけながら、ボクは次にボールに手をかける。

 

「その間は……キミに頼むよ!!モスノウ!!」

「フィィ!!」

 

 ボクの手元からでてきた3人目の仲間はモスノウ。こおりのりんぷんを煌めかせながら撒き散らし、空中で優雅に漂う姿はやはりいつ見ても綺麗だ。この紹介文も、もう何回も言っている気がするほどには見とれてしまっている。

 

「『ちょうのまい』!!」

 

 そんなモスノウが更にこおりのりんぷんを振りまきながら、空中で舞を踊って自身の能力を引き上げる。が、ビートは一切の動揺を見せずこっちをじっと見つめている。

 

(本当によく見てるし、ボクのモスノウのことも調べられてる……)

 

 素早さが上がる分こちらの方が能力の成長という観点では強いのだけど、問題は相手がニンフィアだという事。

 

(ニンフィアはブラッキーと同じイーブイの進化系だから、タイプ特有の技以外は基本的に憶える技は似通ってくる。特に、ノーマルタイプの技は基本的に一緒の技が使えるはずだ。ってことは……)

 

「『でんこうせっか』!!」

「フィアッ!!」

「やっぱりあるよね!!『ふぶき』!!」

「フィィッ!!」

 

 ビートが声を出したと同時に地面を勢いよく蹴りだしたニンフィアは、猛ダッシュでバトルコートを駆け回ってモスノウに突っ込んでくる。これに対してモスノウはすかさず翅を羽ばたいて、冷たい嵐を巻き起こそうとするけど、それよりも速く走りだしていたニンフィアの体当たりが直撃する。

 

「フィッ!?」

「大丈夫だよ!!」

「フィ……ッ!!」

 

 急に走り出したニンフィアの突撃で大きく後ろに飛ばされるモスノウだけど、すぐさま態勢を整えて翅を羽ばたく。これによって、先ほど出そうとして中断されたふぶきを発射。ちょうのまいによって強化されたこごえるかぜが、一直線にニンフィアに向かって飛んでいく。

 

「『ハイパーボイス』」

「フィアアァァァッ!!」

 

 しかし、技の威力を強化しているのはニンフィアも同じ。距離が空いているため、十分反撃も間に合うニンフィアから放たれたハイパーボイスがしっかりとふぶきと相殺し、お互いの技が散っていく。結果、バトルコートに少し涼しい風が待っていく程度に抑えられた。

 

「『でんこうせっか』!!」

「フィッ!!」

 

 宙を舞う氷の結晶。しかし、そんなものに見とれることなく指示を出したビートの言葉によって、その結晶の合間を素早くピンク色の影が走り抜ける。

 

 でんこうせっかはノーマルタイプだから、この攻撃すらも特性でフェアリーの力を乗せて放たれている。そのためただのでんこうせっかに比べたら火力がかなり違う。ニンフィア自身の物理火力はそんなに高く無いとはいえ、モスノウだって物理攻撃にはそんなに強くないポケモンだ。こういった攻撃を何回も受けるのはあまり宜しくない。かと言って、モスノウの機動力はちょうのまいありきのものだ。まだ十分に積めていない今の段階では、とてもじゃないけどこのでんこうせっかを避けることは不可能だった。

 

「なら、避けるんじゃなくて防げばいい!!モスノウ!!自分に『ぼうふう』!!」

「フィッ!!」

 

 だが、避けられないのであって防げない訳では無い。

 

 自身の周りに風を巻き起こし、嵐の鎧を纏ったモスノウは、突っ込んできたニンフィアをはじき返す。それもただはじき返すのではなく、先程ハイパーボイスとのぶつかり合いで舞った氷の結晶も自身の周りに巻き込むことで、触れたものに逆にダメージを与えるカウンターの鎧が出来上がっていた。

 

「フィアッ!?」

「……厄介ですね」

 

 氷の礫に傷をおわされながら何とか地面に着地するニンフィアと、その様子を見て舌打ちをこぼすビート。ちょうのまいの効果もあって、強固な鎧に進化したこの技は、ニンフィアの物理火力では突き抜けることは出来ない。これででんこうせっかは気にしなくて済む。

 

(けど、ニンフィアの得意技が『ハイパーボイス』な以上、油断はできない……)

 

「なら、『ハイパーボイス』!!」

「そうなるよね!『むしのさざめき』!!」

 

 しかし、この状態のモスノウを前にしても一切引くことはせず、すぐさまハイパーボイスで攻撃。それに対してこちらもむしのさざめきという音技で反撃。2つの音波は2人の中心でぶつかり合い、そして爆ぜた。

 

 その様子に、ボクは冷や汗を少し流す。というのも、音技は音ゆえにみがわりを貫通する効果を持っており、そういうこともあってか、みがわりと役割が少し似ている、今モスノウが纏っているような鎧やヨノワールがよくする岩の壁で受け止めるといった行動に対してとても強い。多少威力を弱めることが出来ても、他の技に比べると防御効率はかなり下がってしまう。ビートもそのことに気づいているからこそ、今もこうやってハイパーボイス主体で攻撃してきているという訳だ。

 

(正解への判断が速い……けど、まだこのくらいなら、モスノウの特性と『ちょうのまい』による上昇分を合わせて受け切ることも……)

 

「届きませんか……なら、『でんこうせっか』からの『ハイパーボイス』です」

「そう来るか!!なら……ここ!!後ろに『むしのさざめき』!!」

 

 距離のあるうちに受け止めながら無理やりちょうのまいをしようと思ったら、ニンフィアの姿が消え、気づけば後ろに立っていた。そこから再びハイパーボイスを放たれたので、何とか反応してむしのさざめきで防御。すぐさまこちらからも攻撃しようと動くものの、しかしその時には既にニンフィアは別の場所を走っており、とてもじゃないけどこちらの技を当てられる状況ではなかった。

 

(『でんこうせっか』を移動手段として用いる……どこかでよく見た戦法だね……)

 

 とても馴染み深い戦い方を、とても嫌なタイミングで押し付けてくる。実に上手い戦い方だ。けど、この程度の戦い方ならまだ弱点はわかっている方だから動きやすい。

 

「モスノウ!!全力で『ふぶき』!!」

「フィッ、フィィィッ!!」

 

 ボクの指示を聞いて、全力で翅を羽ばたかせたモスノウ。これにより、バトルコート全体の温度がガクッと下がると同時に、景色が一瞬のうちに白で埋め尽くされていく。

 

 周りを一切気にすることなく放たれる無差別攻撃。これなら、ニンフィアがどこにいようとも気にすることなく技を当てられる。

 

「フィア……ッ」

「力技ですね……ならこちらも……『ムーンフォース』!!」

「フィアッ!!」

 

 そんな全範囲攻撃を繰り出しているこちらに対してビート側が行った行動は、ボクの真逆の行動である一点突破。ムーンフォース1発に対して渾身の力を込めたニンフィアは、気持ちのこもった声と同時にこの一撃を発射。力は込め、しかし圧縮して放つことで本来よりも一回り小さいその攻撃は、荒れ狂うふぶきの中を真っ直ぐモスノウの方向へと突き進んでいく。

 

 全方位に攻撃範囲を広げたが故の弱点。そこを正確に着いてくるあたり、やはりビートの観察眼は鋭い。

 

(でも、その弱点はボクも承知なんだよね!)

 

「モスノウ!!突っ込んで!!」

「フィッ!!」

「え?」

 

 飛んでくる月の光球に対して、真っすぐ突っ込むモスノウ。おおよそ思っていたモスノウの行動ではなかったためか、ビートの顔がここに来て初めて何かが抜けたかのような表情を見せてきた。

 

 ようやくビートのちょっと崩れた顔を見ることが出来たのが少し嬉しい。

 

 その勢いのまま突っ込むモスノウは、迫りくるムーンフォースに対して回避行動なんて一切取らない。いや、避ける必要がない。

 

 なぜなら、ムーンフォースが勝手に避けてくれるから。

 

「なっ!?」

 

 モスノウに当たると思われたムーンフォースは、直前にモスノウが身体に纏っていたぼうふうの鎧によってその軌道をずらされ、明後日の方へ飛んでいく。これは、ぼうふうがモスノウのふぶきを巻き込んで、ふぶきとぼうふうの合体鎧と化していることが原因だ。

 

 2つの力が重なることで強力な防御となり、その結果ムーンフォースは弾かれる。

 

(最も、ちょっとでも調整しくじったら逆に『ムーンフォース』を引き寄せることになっちゃうけどね)

 

 そのあたりの力調整はモスノウ任せだ。もうずっと使ってきた技だし、今更その加減を間違えることはないと信じている。

 

「そのまま体当たり!!」

「フィッ!!」

 

 風と雪を纏いながら突っ込むモスノウの姿は、1つの大きな大砲だ。ひとたび受けてしまえば、そのダメージはとんでもないものになるだろう。ここまでくれば、例え物理攻撃力の低いモスノウでも、かなりのダメージが期待できるはずだ。それを見込んで、とにかく前に突き進む。

 

「くっ、『ムーンフォース』です!!」

「フィアッ!!」

 

 対するビートも、この状況になってしまっては打つ手がないのか、とにかくムーンフォースを連打しまくることしかできずにいる。しかし、どれだけ放たれようとも、月の光球はどれ1つ当たることなくモスノウからそれていく。

 

 これで、ちょうのまいで素早さの上がっているモスノウを止められるものは存在しない。

 

「モスノウ!!ゼロ距離で叩き込んで!!『ふぶき』!!」

「フィィッ!!」

 

 真っ白な雪景色の中、ふぶきの風に乗ってニンフィアの懐まで潜り込んだモスノウは、ゼロ距離まで近づいたところで自身の纏っているぼうふうとふぶきの鎧を爆発させる準備を始める。

 

(ここまで近づいて、これだけの嵐を起こせば、さすがのニンフィアもたまらないはず!!)

 

「……ふっ」

「……え?」

 

 しかし、ここに来て聞こえてきたのはビートの小さな微笑み声。先まで呆気にとられた間抜けな表情を浮かべていたのに、すでにその表情は消え、今はまたいつものニヒルな微笑みを浮かべていることにどうしようもない不気味さを感じてしまう。しかし、ここまで接近しておきながら今更こちらの行動を変えることはできない。ニンフィアの懐まで突き進み終えたモスノウは、何か嫌な予感を感じながらも、そのまま風を解き放とうとし……

 

「ニンフィア!」

「フィィアッ!!」

 

 ニンフィアが合図すると同時にニンフィアの周りにピンク色の風が通ったのがかすかに見えた。それと同時に、モスノウが纏っていた風が解放され、ニンフィアに強烈な暴風雪が叩きつけられる。

 

「フィアッ!?」

 

(……ダメージは入ってる?じゃあ、さっきのビートの笑いって……)

 

 風を受けたニンフィアの表情はとても辛そうで、正直演技には見えない。もしかしたら多少のダメージは軽減されているのかもしれないけど、それでも少なくないダメージが刻まれているようには見えた。けど、それだと尚更さっきのビートの表情の意味が分からなくて……

 

(気になる点があるとすれば、さっきかすかに見えたあのピンク色の風、ニンフィアで該当しそうな技は……『ようせいのかぜ』……?でも、わざわざそんな技を使う理由って……?)

 

 ニンフィアが使うことの出来る技で、且つ該当しそうな技を頭の中で思い浮かべてみたけど、どうしたってようせいのかぜしか思いつかず、そしてこの技を憶えておく理由が思い当たらない。ハイパーボイスがあって、ムーンフォースもあるのなら、他の技を使える方が範囲もとれるし強いと思う。ビートくらいのリアリストなら尚更そうだ。例えばこれがジュンなら想像は出来るし、実際にエンペルトはみず技にかなり寄った構成だから特に違和感はないのだけど、相手がビートというのがどうしても引っかかる。

 

(……とはいっても、今のビートはフェアリージムのジムリーダーだもんね……フェアリータイプの技の使い方をたっぷりしみこませた今なら、おかしくはない……のかな?)

 

 しかし、一応納得できる理由もあるにはあるので、とりあえず今は警戒しておくにとどめておいて、自分の行動をしっかり固めていく。

 

「とにかく、モスノウ!!もう1回自分に『ぼうふう』!!」

 

 固めたうえで今の自分の安定行動を模索するのなら、答えは自身の防御を固めることだ。ニンフィアの使う技が4つ全て確定している今、でんこうせっか以外は全部特殊技だし、でんこうせっかを含めたうえで、モスノウのぼうふうとふぶきの鎧を突破するのが難しいことが分かった。しいて言えば、ハイパーボイスが突破の鍵になるけど、こちらも先ほどのやり取りで、ぼううふうとふぶき、そしてこおりのりんぷんと合わせれば受けきることが出来るというのが証明されている。ならばもう恐れる必要はない。

 

「フィッ!!」

 

 モスノウもそのことを理解してくれているので、すぐさまぼうふう発動。モスノウの周りに風が集まり始め、そしてそのぼうふうに巻き込まれるように周りの雪が集まり、再び暴風雪の鎧の完成。これで完璧な防御を再び作り上げた。そして……

 

「掛かった」

「っ!?モスノウ!!今すぐ鎧を解いて!!」

「フィ……ッ!?」

 

 ビートの声を聞いた瞬間、視界の周りから集まってくる月の光球。その動きに嫌な予感を一気に感じたボクは、モスノウに慌てて鎧の解除を指示。せっかく作り上げたものをすぐに解除することに疑問を思いながらも、それでもボクを信じてくれたくれたモスノウがすかさず鎧の解除のため風を解放。しかし、その直前でモスノウに襲い掛かる物体があった。その正体は、先ほど視界の端に映っていた月の光球。それが、モスノウが風の鎧を解除する直前に全てモスノウに突き進んでいく。

 

 それはまるでモスノウの風に吸い込まれていくようで、少なくとも、視界に映る範囲全ての光球がモスノウの方へと誘導されていた。

 

 そして再び視界にかすかに映る、ピンク色の細い風。

 

「フィッ!?」

「くっ、やられた……」

「気づいてももう遅いんですよ」

 

 その正体はやっぱりようせいのかぜで、モスノウが鎧をまとうために身体に集めたぼうふうに、ようせいのかぜを少し混ぜ、その軌道にムーンフォースを滑り込ませることで、モスノウがぼうふうを纏う時にムーンフォースを一緒に巻き込ませる作戦というわけだ。

 

 その作戦はしっかり突き刺さり、モスノウが風を拡散させる直前にはもう、モスノウの周りはムーンフォースに包まれていた。

 

 結果、巻き起こるのは複数のムーンフォースによる大爆発。いくらこおりのりんぷんで守られていたとはいえ、先ほど鎧で弾いたムーンフォースのすべてがモスノウに返って巻き起こったこの大爆発は、そう簡単に威力を抑えることはできない。そのため、モスノウは大きなダメージを受けながらこちらの方に吹き飛ばされてくる。

 

「大丈夫!?」

「フィ……ッ!!」

 

 それでも何とか耐えきったモスノウが、ボロボロの羽を動かしながら再び宙に浮かび上がる。

 

「流石、特殊耐久は目を見張るものがありますね……」

「……凄いね……ちゃんとフェアリータイプのジムリーダーだ」

 

 そんなボクとモスノウの視線に映ったのは、こちらに対して自信満々の笑顔を浮かべながら、自身の周りにムーンフォースを漂わせるニンフィアの姿。

 

 フェアリータイプの技を自由自在に操るその姿は、まさしくフェアリージムのトップにふさわしい姿だった。

 

「ニンフィア。『ハイパーボイス』」

「フィ、アアアァァァッ!!」

「モスノウ!!『ふぶき』!!」

「フィッ!!」

 

 そんなビートから繰り出される無慈悲な指示。それと同時に、ニンフィアが特性によってタイプの変わった大声を放ち、この大声に乗ってムーンフォースも飛んでくる。

 

 ムーンフォースとハイパーボイスによる同時攻撃。それはまるで1つの大きな壁のようにこちらに迫って来る。

 

 これは打ち砕けない。けど、それがわかっても諦めるわけにはいかないモスノウは、必死に翅を羽ばたかせて最後のふぶきをはなつ。

 

「フィアアアァァァッ!!」

「フィ……ィ……ッ!!」

 

 お互いの火力は同じ。そのため、ふぶきとハイパーボイスはお互いが相殺し合い、綺麗な雪の結晶を散らすにとどまる。しかし、ニンフィアの攻撃はハイパーボイスだけではない。ハイパーボイスが消えた後も、その直進をやめないムーンフォースの弾幕が再びモスノウに襲い掛かる。

 

「……モスノウ、ごめん」

 

 連鎖して響き渡る爆発音を前に、ボクは未来のことを想像して先に謝りを入れておく。そんなボクの想像を証明するかのように、ムーンフォースの爆発によって上がった砂ぼこりが消えたところで、バトルコートの中心で倒れるモスノウの姿を確認できた。

 

 

『モスノウ、戦闘不能!!』

 

 

「お疲れ様。モスノウ」

 

 倒れたモスノウにリターンレーザーを当て、労いながら腰へ。

 

(ビートの技術……ほんとに凄い……)

 

 フェアリータイプへの造詣が深まっているおかげで、戦いの幅がぐんと広がっている。こんな戦い方は、例えビートがエスパータイプ使いのまま成長したとしても見せることの無かった戦い方だろう。それをこんな短期間で身に着けている。それが本当に凄い。

 

「フィァ……」

「……流石にダメージが大きいですか」

 

 だけど、なにも相手も無傷というわけではない。あの暴風雪の解放を至近距離で受けたんだ。それ相応のダメージは刻まれている。

 

「行くよインテレオン!!」

「レオッ!!」

「戻りなさいニンフィア」

 

 そんなニンフィアに追撃をするためにボクはインテレオンを選択。が、ビートもこのまま攻めても意味なく倒れるとわかってニンフィアを戻す。恐らく、まだ残っているボクのエルレイドを考えてのことだろう。どこまでも冷静な判断だ。

 

「行きますよ、マシェード!!」

「マーシュ……」

「マシェード……交代先も完璧……」

 

 サーナイトを落としたことで得たこちらの士気をゆっくりと摘むために、ビートの采配が少しずつ、光り始めるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ニンフィア

ニンフィアのようせいのかぜは、実機では剣盾から覚えなくなってしまった技ですが、アルセウスではまた覚えるようになって、そしてSVでまた使えなくなったというなんとも不思議な経緯をたどっています。ここでの解釈としては、ガラルのニンフィアは普通は覚えられない(もしくは、覚えられるけどそのことを認知されていない)けど、他地方の個体は使うことが出来、ポプラさんは長い経験からそのことを知っている故に覚えさせることに成功した。という想定だったりします。まぁ、技や特性に関しては、既にエルレイドという特例がいますし……広い心で見ていただけたらと思います。




本日投稿された、初音ミクとポケモンのコラボ曲であるメロメロイドが好きで好きで好きだらけでした。しばらくリピートが止まらなさそうです。






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263話

「マシェード……さて、どうしようか……」

 

 バトルコートで見合うのはインテレオンとマシェード。インテレオンについてはもはや言うことなんてなくて、今日も瞳を煌めかせ、獲物をしっかりと見据えているその姿は1種の安心感を覚える。

 

 けど、問題は対戦相手のマシェードだ。

 

 マシェード。くさとフェアリーの複合タイプであるこの子は、くさタイプと言うだけあって色々な状態以上に精通しているポケモンだ。マシェードが持つ特性のうちの1つも、ほうしと言う、直接攻撃をしたポケモンに対してまひ、どく、ねむりの状態異常のいずれかを押し付けるという中々厄介な代物だ。このせいでこちらはアクアブレイクを打ちづらくなっている。

 

 が、正直これはまだまだ序の口で、真にヤバい技は別にある。

 

「『キノコのほうし』だけは絶対に貰ったらダメだね……」

 

 それはキノコのほうし。受けたポケモンを強制的に眠らせる強力な睡眠技だ。しかも、これがねむりごなやさいみんじゅつといった他の睡眠技と比べると、範囲と攻撃速度が尋常じゃなく速いため、避けるのがかなり難しい技となってしまっている。幸い、マシェード自体が速いポケモンでは無いため、接近にさえ気をつければまだ何とかなる可能性は高いけど……近づかれたら避けるのは不可能だと思って間違いない。

 

「インテレオン。いつもよりも距離をとってゆっくり戦うよ」

「レオッ……」

 

 人差し指を構え、集中力を高めるインテレオン。

 

 ひとつのミスで強制的に眠らせてくる可能性のある相手ということもあって、この集中力を高めるという動作ひとつとっても、かなり気を使って行われている。

 

「マシェード!!『キノコのほうし』!!」

「マーシュ……」

 

 そんなことをしていたら早速胞子を撒き散らし始めるマシェード。その胞子はかなりの密度で放たれており、マシェードの周りを守る一種の壁のようにも見える。勿論、壁と言っても胞子が集まっただけのものだから、こちらの攻撃で簡単に霧散させることが出来るだろう。

 

 ……もっとも、その霧散させるというのが一番の問題なのだが。

 

「……インテレオン、『きあいだめ』」

「レオ……」

 

 その様子を見て、ボクの考えはひとつに固まった。

 

(さっき言ったゆっくりは撤回。この戦いは時間をかけちゃいけない……やるなら……一撃!!)

 

 集中状態からさらに気合いを込めて、インテレオンは指先に技を集中させる。その証拠に、インテレオンの右人差し指が青色に輝き始める。

 

「『ムーンフォース』です!!」

「マシェ」

 

 一方のビートも、インテレオンの準備をただ見送っているわけじゃない。キノコのほうしの鎧を作り上げて終わったマシェードに指示を出し、それに従ったマシェードの前には、もう何度も見た月の光球が顕現。力を込めて作られたこの技は強力な光を放っており、それをマシェードが両手を前につきだすことで発射。喋り方や動きがゆっくりなマシェードからは想像できないくらいの速度で解き放たれる。

 

「避けて!!」

「レオ!!……ッ!?」

「……なるほど、そういう連携ね……」

 

 とはいえ十分に距離の空いているこの状況なら、インテレオンのすばやさをもってすればそんなに回避は難しくない。余裕を持って横にジャンプして回避を終えたインテレオンは、しかし自身が先程までいて、そしてムーンフォースが着弾した後の場所を見てその表情を驚愕に染めあげる。

 

 なぜなら、ムーンフォースが地面にぶつかると同時に、その地点にキノコのほうしが撒き散らされたから。

 

 おそらく、ムーンフォースの中にキノコのほうしを仕込んでいたのだろう。最初に自分の周りに巻いていたものを一緒に閉じこめることで、キノコのほうしを大量に詰め込め、さらに高速で打ち出す。これによってダメージを与えながら相手を眠らせることが可能な技というとてつもなく強力なものになりかわる。しかもこの技の厄介なところが、『大量の胞子と一緒に』放っているということ。少量であるのならば、ムーンフォースが爆ぜたと同時に胞子も霧散するけど、今回のように大量に埋め込まれていると……

 

「『ムーンフォース』が着弾したところが胞子の溜まり場になってる……」

「たとえ避けることが出来ても、あなたの足場はひとつずつ消させていただきますよ」

 

 発射された胞子は消えることなくひとつの地点に留まり続ける。もしあの場所に足を踏み入れよう物なら、一瞬のうちに夢の世界に誘われることになるだろう。

 

「やっぱり長期戦は無理!!『れいとうビーム』!!」

「レオッ!!」

 

 胞子のトラップはマシェードが簡単に作り出すことができるし、消えるまでの時間もとてつもなく長い。となれば、インテレオンの足場がそう遠くないうちに消えるのは自明の理だ。そうなると、こちらの1番の勝機は速攻しかない。

 

 きあいだめによって集中力を極限にまで研ぎ澄ませたインテレオンは、その瞳にマシェードの急所をしっかりと収め、真っ直ぐ向けた人差し指から1本の白い光線を解き放つ。

 

 周りの空気を凍らせながら突き進むその光線は、マシェードのゆっくりとした動きとの対比も相まって、とてつもない速度で突き進み、とてもじゃないけど回避が間に合うようには見えない。

 

(直撃する!!)

 

 そう確信し、実際に氷の光線が当たってはじける瞬間をこの目に映した。

 

「……ギリギリセーフですね」

「そんな表情には見えないけどね」

 

 しかし、実際にはマシェードに攻撃は当たっておらず、こちらの攻撃はマシェードの前に展開されていたムーンフォースを凍らせるだけに終わっていた。

 

「マシェード!!」

「マーシュ……!!」

 

 その凍ったムーンフォースは、マシェードが両腕を勢いよく叩きつけることで粉砕され、これによってその体積を小さくさせられた胞子が、小さくなることによって微風でも空を舞うようになってしまい、さらに胞子が漂う範囲を拡大させてしまう結果となる。

 

「徐々に行きましょう……『キノコのほうし』」

「マシュ……」

 

 その状態からさらに放たれるキノコのほうしは、マシェードを起点としてどんどん範囲を広げており、このまま行けばバトルコート全てを埋めつくしてしまうのではないかと思わせるほど、圧倒的な支配率を誇っていた。

 

(どうする……どうする……!!)

 

 じわじわと追い詰められるインテレオンを見ながら必死に頭を回転させるボク。

 

 キノコのほうしで1度でも眠ってしまえば、タイプ相性で弱点をつかれているインテレオンは間違いなく瞬殺される。かと言って、マシェードとここまで距離が空いてしまえばいくら攻撃したところでさっきみたいに防がれるのが落ちだ。いくらマシェードが遅いからと言って、反応できない距離はもう胞子で埋まっているから近づけない。こういった胞子に強いポケモンに交代するという手も、モスノウが倒れてしまっている以上取る事が出来ず、他のポケモンだってヨノワール以外は全員フェアリーが弱点なためやはり胞子を受けることは許されない。

 

(インテレオンの透明化もこんな状況じゃ意味が無いし、消えたところで濡れた身体に胞子が付着して、むしろ逆に目立っちゃう……やっぱり、この胞子をどうにかしないと……まって……『胞子』、か……だったらあれをすればもしかしたら……?いやでもそれだと……)

 

「レオ……ッ」

 

 じわじわと後ろに下げられたせいか、もうインテレオンの背中がだいぶ近づいてきた。いくら攻め手がないからと言って、ここで何もしなければそれはそれでゲームオーバー。もう残された時間はほとんど存在しない。

 

(ここでくよくよしていたら、小さい勝ちの確率だって逃しちゃう……だったら……やるしかない!!)

 

「インテレオン……少し、我慢してくれる?」

「レオッ!!」

 

 追い詰められたことで、ボクの頭の中に浮かび上がったひとつの作戦。それを遂行するためには、インテレオンには少し辛い思いをさせてしまうことになる。そのことを確認するべく声をかけると、インテレオンはノータイムで返事を返してくれた。

 

 ボクを信じてくれている。

 

 そのことに胸を熱くしたボクは、気を引き締めて、今思いついた薄い勝ち筋へのルートを走り出す。

 

「インテレオン!!まずは空中に『ねらいうち』!!たくさん水を集めて!!」

「表情が変わった……マシェード!!なにかする気です!!『ムーンフォース』を構えて警戒を!!」

 

 ボクの指示を聞いてインテレオンは、水をたくさん込めたねらいうちをマシェードの真上に発射。いつも以上に水を込めて放ったそれは、普段のねらいうちに比べて弾速は遅いものの、多量の水を含んだそれは確かに真っ直ぐ上空へと飛んでくれた。これに対してビートはマシェードに警告をしながら技を構えさせる。

 

 マシェードの前に、盾のようにして現れる月の光球は、こちらも相当な力が込められているのか、その発射のときを今か今かと待ち望むかのように少し震えていた。

 

(けど、まだ発射される兆しはない……なら大丈夫!!)

 

「インテレオン!!もう1回『ねらいうち』!!」

「マシェード!!来ますよ!!迎撃を━━」

「さっきの弾に向けて!!」

「何!?」

 

 ビートが攻めてこないと分かったボクは、先程上空に向けて打った水の塊に向けてもう1発ねらいうちを指示。この指示を正確に遂行するべく、インテレオンは真っすぐ指先を上に向けて弾丸を発射した。この行動の意図を感じ取ることが出来なかったビートは、反応が遅れてしまったためにインテレオンの行動を止めることが出来ず、インテレオンのねらいうちはしっかりと狙いの場所に着弾。すると、1つ前にインテレオンが打ち出していた水の塊が爆発。マシェードの真上で破裂したその水は、文字通りバケツをひっくり返したような雨となって降りそそいだ。

 

「そういう事ですか!!マシェード!!『ムーンフォース』を諦めて『キノコのほうし』の準備を!!」

 

 ここまで来てようやく狙いに気づいたビートは、この水を消すことが出来ないとみて、その先に対する対策を進めていく。相変わらずの判断の速さに舌を巻くけど、こちらの狙いの最初の段階が通ったことにひとまず安心する。

 

「マシュッ!?」

 

 インテレオンがマシェードの上空で水を爆発させたことによって落ちてきた水は、そのすべてがマシェードとその周辺に降りそそいだ。とはいっても、あくまでも水が落ちてきただけなので、マシェードがダメージを受けることはない。むしろ、ちょっとダイナミックな水やりと受け取るのなら、マシェードからしたら逆に嬉しい出来事だろう。現に、かかった水を首を振って弾くその姿は心なしか嬉しそうだ。

 

 ここまで言えば、マシェードにとってプラスのことしか起きていないけど、当然ボクたちが狙ったのはこれじゃない。狙いはその先だ。

 

「一時的に『キノコのほうし』を落とされましたか……」

「これで動ける!!インテレオン!!」

 

 降りそそいだ水は空中に漂う胞子を地面に叩き落し、一時的にキノコのほうしによって生まれた領域を消し去った。この隙に飛び込んだインテレオンは、マシェードの真正面まで躍り出る。

 

「構えて!!」

 

 水によって胞子が落ちてからインテレオンが飛び込んで来るまでの時間はほんの数秒。この速度ならマシェードは反応できないと思っての行動。インテレオンは、この隙に攻撃をするために指先に青色の光をためて飛び込む。しかし、インテレオンが水を打ち抜いた瞬間にキノコのほうしを準備していたビート側は、この状況においても冷静に指示を下す。

 

「落とされたならまた撒けばいい!!その『れいとうビーム』よりも先に『キノコのほうし』を━━」

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

「レオッ!!」

「なっ!?『れいとうビーム』じゃない!?」

 

 そんなビートの表情がまた崩れると同時に、指先に溜めていた青い光を水へと変え、自身の手を包むように展開。そのままマシェードの頭部を右から左に薙ぐように手刀を繰り出す。

 

「マシュッ!?」

「マシェード!!踏ん張りどころです!!」

「マ……シュッ!!」

「耐えた!?」

 

 急に飛んできた攻撃に思わず身体をのけぞらせるマシェード。しかし、こうかいまひとつであったのが災いしてすぐさま態勢を整えるマシェードは、のけぞった身体を無理やり前に戻し、今度こそ本命の技を通す。

 

「『キノコのほうし』!!」

「マシュッ!!」

「レオッ!?」

「インテレオン!?」

 

 態勢を整え、身体を完全に起こし切ったマシェードは、技を振り終えた後隙のせいで離れるのが遅れたインテレオンに対して、頭のキノコ部分を全力で振って胞子を飛ばし、インテレオンを夢の世界へ誘っていく。

 

「レ……オ……」

 

 全身を胞子で包まれたインテレオンは、瞳をゆっくりと閉じながら、身体を少しずつ地面へと倒してく。

 

「ようやく眠りましたか……では、マシェード!!『エナジーボール』を」

「マシュッ!!」

 

 徐々に身体を崩していくインテレオンは、マシェードからすれば隙だらけの的でしかない。そんなインテレオンにとどめを刺すべく、頭上に両腕をあげてエナジーボールをため、の準備を始めていく。

 

 その間もゆっくりと身体を倒していたインテレオンは、ついにその身体を地面へと横たえた。

 

「インテレオン……」

 

 ボクの呼びかけにインテレオンは答えない。身体をうつぶせにしたまま動くことの無いインテレオンは、マシェードの攻撃をただ待つだけの状態になっていた。

 

「とどめです」

「マシュッ!!」

 

 そんなインテレオンに向けて、ビートの無慈悲な指示と、それを遂行するために、ゆっくりと両腕を振り下ろすマシェード。

 

 マシェードの両腕の動きに合わせて、エナジーボールもゆっくりと落ちていき、地面に倒れているインテレオンへと向けて、ゆっくり振り下ろされ……

 

「インテレオン!!『れいとうビーム』!!」

「レオッ!!」

「なッ!?」

「マシュッ!?」

 

 マシェードが腕を振り下ろす瞬間に、身体を転がして横によけ、すぐさま身体を起こしたインテレオンがすかさずれいとうビームを放つ。

 

「シュゥッ!?」

 

 れいとうビームの直撃を受けたマシェードは、身体が徐々に凍っていくのを防ぐためにエナジーボールを地面にぶつけ、その反動で地面を転がって無理やりインテレオンの射線から逃げていく。ビートの指示もなくすぐさまこの回避行動をとったあたり、このマシェードはタイプ相性以上にこおりタイプが苦手なのかもしれない。

 

 パートナーに対する大ダメージ。しかし、ビートはそんなことに気を回す余裕がなく、インテレオンを見ながらありえないものを見たというような表情で言葉を零す。

 

「ありえない……マシェードの放つ『キノコのほうし』は、そんな簡単に起きれるほど甘い催眠作用ではないはず……なぜ……」

「さぁ……なぜだろうね……インテレオン!!」

「……レオッ!!」

「くっ!ならもう一度眠らせるだけです!!『キノコのほうし』!!」

「マ……シュッ!!」

 

 ボクの言葉に()()()()()()()()インテレオンは、それでもマシェードに向かって走り出す。これに対してマシェードは、もう一度インテレオンを夢の世界に誘うために胞子を撒き散らし始めた。

 

 インテレオンの目の前で一瞬にして広がる睡魔の弾幕。1度呼吸をすれば一瞬で意識を落とされる強力な睡魔の幕は、インテレオンの前進を阻むように降ろされ、このまま走ればまたインテレオンが倒れるだろうことは一瞬で想像出来る。しかし、もう前傾姿勢になってトップスピードまで速度を上げているインテレオンは止まることが出来ない。

 

 また眠らされる。

 

 誰もがそう思った次の瞬間。

 

「インテレオン!!『れいとうビーム』!!」

「レオッ!!」

 

 インテレオンは胞子の幕を、()()()()()()()()()()()()()()()()、右手人差し指から氷の光線を解き放つ。

 

「なッ!?」

「マシュッ!?」

 

 眠り攻撃をいとも簡単に乗り越えたインテレオンによる攻撃は、マシェードの身体をしっかりとつきぬけ、その全身に余すことなく氷のエネルギーを叩きつける。

 

 それと同時にまた崩れるビートの表情。しかしビートからすればこんなことはあってはならない出来事だ。

 

 ビート自身が言った通り、マシェードが放ったキノコのほうしには強力な睡眠作用がある。それは気合で乗り越えられるような代物ではなく、胞子が効かないくさタイプであったり、特性のやるきやふみんのようなそもそも寝ることがないポケモン以外で耐えられるポケモンは存在しない。そして、この耐えることのできないポケモンの中に、インテレオンも含まれている。

 

 なのに、その常識をたった今、目の前のインテレオンが覆してしまった。

 

「一体何がどうして……」

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

「ッ!!マシェード!!『ムーンフォース』で迎撃を!!」

「マ……シュ……」

 

 なぜインテレオンが寝なかったのか。それを考えようとしかけた思考を、ボクが放った指示を聞くことによって、そんなことをしている場合じゃないと判断したビートが、その思考を一時的に放棄してマシェードに指示を出す。が、こうかばつぐんの技を受けたことと、思考してしまったために指示が遅れたほんの数秒のラグのせいで、マシェードの反撃が間に合わずにインテレオンの攻撃が炸裂。左手のアクアブレイクがお腹に突き刺さり、身体をくの字に曲げたマシェードを、今度は足に水を纏わせてからのサマーソルトキックによって、その身体を空中に打ち上げた。

 

「マシュ!?」

「レオ……ッ!?」

「インテレオン!頑張って!!『れいとうビーム』!!」

「レ……オッ!!」

「成程、そういう事でしたか……」

 

 打ち上げられたマシェードはもう、こちらの攻撃を避ける術を持ち合わせていない。そのため、次のインテレオンの攻撃は無条件で当たることとなる。この攻撃をとどめとするべく放たれたれいとうビームは3度マシェードの身体を捉え、その体力を確実に削りきる。

 

 ビートも、流石にここまでされれば耐えることは出来ないと悟っており、マシェードが倒れる姿を悔しそうにしながら見送る。

 

 

『マシェード、戦闘不能!!』

 

 

 そして同時に、今のやり取りでインテレオンがどうしてキノコのほうしを乗り越えたのかを理解した。

 

「……あなた、自分から『ほうし』を受けに行きましたね」

「……なんの事?『キノコのほうし』の事なら最初から━━」

「とぼけないでください。ぼくが言っているのは『キノコのほうし』ではなく、()()()『ほうし』のことです」

「そこまで言われたら、誤魔化せないか」

「レオ……ッ!!」

 

 ビートの追求とともにインテレオンの頭上に現れる紫色の泡。それは、インテレオンがどく状態になっている証だ。このどく状態こそが、インテレオンが眠らなかった証になる。

 

 どういうことかと言うと、ポケモンは一部の技を受けたり、持ち物を持たせると何かしらの状態異常になってしまうのだけど、この時、1つの状態異常を受けたポケモンは、他の状態異常に対して強い耐性を持ち、追加で状態異常にかかることは無い。詳しいことに関してはわかっていないが、一節によっては、状態異常になった瞬間に細胞が活性化し、これ以上衰弱しないように抵抗力を強めるためだと言われている。最も、これもあくまで仮設のひとつなので、真実かどうかは分からないけど……今はその原理のことはどうでも良くて、とにかく、ポケモンは2つ以上の状態異常にならないとだけ思ってもらえればいい。

 

 つまり、今のインテレオンはどく状態になっているから眠らない。という訳だ。

 

 では、その肝心の毒はどこから貰ったのか。

 

 その答えは、ビートが自分から口にする。

 

「マシェードの特性、『ほうし』を利用して、わざとどくになった……という訳ですか」

「正解だよ。さすが」

 

 特性、ほうし。

 

 冒頭でも説明した通り、この特性を持つポケモンに対して直接攻撃を行うと、そのポケモンからほうしが放たれ、どく、まひ、ねむり状態のどれかになる可能性が生まれてしまうという、本来なら厄介な特性だ。しかし、今回はその特性を逆に利用し、アクアブレイクでほうしを発動して、自分から毒の胞子を吸い込んだというわけだ。

 

 毒の胞子が生まれるかは賭けだったし、生まれたとしてそれが毒のものなのかの判断するのは完全にインテレオン任せだったけど、結果は成功。どくを患ったインテレオンは、ねむりにならないという大きな強みを得て、マシェードを倒したというわけだ。

 

 肉を切らせて骨を断つ。作戦は見事にハマった。

 

(けど、おかげでインテレオンの時間も僅かになった……)

 

「レオ……ッ!?」

 

 どくが回り始め、身体をふらつかせるインテレオンが、ボクの考えを裏付ける。だからこそ、勝っていても決して気は抜かない。

 

「戻ってください。マシェード。……やはり、あなたの覚悟はぼくの想像を超えていく……」

 

 そんなボクたちを見ながら、ビートはマシェードを戻し、次のボールに手をかける。

 

「そんなあなただからこそ、ぼくは勝ちたいんだ。ギャロップ!!」

「ルロォォッ!!」

 

 ビートから繰り出される6人目の仲間はギャロップ。

 

 猛々しいいななきを発するポケモンが、主に勝利を届けるために、その瞳に闘志を宿す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キノコのほうし

言わずと知れた睡眠技。キノガッサの代名詞でもありますね。私はポケモンの捕獲要因として重宝しています。

状態異常

実機でも、先にかかった状態異常を上書きして違うものになるのは『ねむる』くらいしかないと記憶しているので、その理由付けです。実際のところはどうなんでしょうね?

ほうし

ここだ放たれるほうしは、放つ側もどの症状を発するほうしか分かっていません。だからこそ、「いずれかになる」という表記だと思いますしね。そして、スパイがモチーフであるインテレオンなら、そのほうしも見分けられるのでは?という私の妄想です。




いよいよポケモンと初音ミクのコラボ曲も、3/9が最後ですね。ミクの日に合わせているところに趣があります。さて、個人的にメロメロイドが刺さりすぎている作者ですが、これを超えてくるものがてるのでしょうか?






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264話

「ルロォッ!!」

 

 前足を上げ、気合十分と声を張り上げるのはボクにも馴染み深いギャロップ……と言いたいのだけど、その姿はボクの知っている姿と大きく異なっており、真っ赤に燃える炎の鬣が一切確認することが出来ず、代わりにあるのが、今ビートが来ているユニフォームとおなじ、ピンクと水色のパステルカラーをした綺麗な鬣だった。

 

 蹄が地面を叩く度に鮮やかにひかるその美しい毛並みは、見ているこちらの気持ちを引き込む不思議な魅力があった。

 

 ギャロップのリージョンフォーム。ほのおタイプからガッツリとタイプが変わり、エスパー、フェアリータイプとなったガラルギャロップが次の相手だ。

 

「ギャロップ、『サイコカッター』!!」

「ルオォッ!!」

 

 ビートの指示とともに素早く放たれるピンク色の刃。それはギャロップが角を軽く振っただけで発生し、しかもそれだけの動作であるにもかかわらず、とてつもない数の刃が発生。それらがギャロップを中心として竜巻のように動き、辺り一帯を吹き飛ばす。

 

 とは言っても、インテレオンは現在ボクの近くにいるのでこの攻撃の影響範囲にはいない。だからこそ、ボクはこの行動に対して静観を貫いていた。

 

 では、この行動の意味とは?

 

 それはとても簡単で、正解は先程の戦いで残っていたキノコのほうしの除去だ。

 

「あなたに睡眠が効かないのであれば、これはもう必要ありません。むしろ、ギャロップが眠る危険を残しているため、逆に利用されるかもしれません」

「リスクケアが完璧だね」

 

 実際、インテレオンはもう眠らないので、この胞子を使って悪さできないかなと考えていたところだったので、ビートの動きは悪くない。いや、むしろ最適解と言ってもいいだろう。ねむり対策のためとはいえ、どくを貰ったせいでこちらが使える時間は少ない。使えるものはなんだって使って、できる限り早く決着をつけたかったこちらとしては、地味に痛い行動だ。

 

「だからといって、弱音はなしだけどね!!『ねらいうち』!!」

「『サイコカッター』!!」

 

 けど、こうなってしまったものは仕方ない。すぐに頭を切りかえて攻撃の指示。

 

 インテレオンの指先と、ギャロップの角から放たれた弾幕は、お互いの中心でぶつかり合い、弾けて煙幕を作り出す。

 

「レオッ!!」

「ルオッ!!」

 

 お互いに技が相殺されたのを確認した両者は、それと同時に今度は足を動かす。どちらも高いすばやさを売りとしているので、とにかく動いて相手に的を絞らせないように立ち回り始める算段だ。

 

「『サイコカッター』!!」

 

 先程できた煙幕を中心に、そこから時計回りで外周を走る両者は、煙幕のせいもあって相手の姿を視認することはできない。が、ガラル地方のギャロップはエスパーを含んでいるためか、相手の気配や感情にかなり敏感になっている。そのため、敵の補足を視界に頼る必要が無いから、この状況でも正確にインテレオンを狙うことが出来る。

 

 その特性を存分に生かしたギャロップの攻撃は、煙幕の中を突っ切って真っすぐインテレオンへと飛んできた。

 

「『アクアブレイク』!!」

 

 が、インテレオンはインテレオンで、視力と反射神経がずば抜けて高いため、煙幕と自分がかなり短い距離であっても、目の前に現れた瞬間の攻撃にすぐさま反応することを可能としていた。

 

「『ねらいうち』!!」

 

 煙を突き抜けて飛んでくる斬撃を全て、両手と尻尾に纏った水の刃で叩き落してガード。次に、飛んできた方向からギャロップの位置を逆算したインテレオンが、その方向に向かってねらいうちを発射。

 

「『メガホーン』!!」

 

 対するギャロップも、サイコパワーを使ってインテレオンが攻撃してきたことを感知し、事前に角を攻撃の軌道上に滑りこませることでガード。

 

「『サイコカッター』!!」

「『ねらいうち』!!」

 

 お互いの技が防がれたとわかった瞬間に、今度は両者ともに遠距離攻撃開始。

 

 サイコパワーによる先読みと、圧倒的な反射神経という別分野のぶつかり合いは、しかしどちらも高い水準によって行われているため、お互いにクリーンヒットはない拮抗状態となる。

 

 煙の中で響き渡る攻撃のぶつかり合いは、それによって発生する衝撃によって煙を徐々に払っていき、たちまちボクたちの目にも入ってくるようになる。

 

 このままではらちが明かない。そう判断した両者は、最後の一撃だけは少し力を込めて発射。が、両者力を入れたのならば、当然結果は変わらない。2つの攻撃は煙の中で大きく爆発を起こし、それによって煙を全部晴れさせたうえで、両者の位置を初期位置まで押しのけた。

 

 ひとまずのお互いの攻撃は拮抗。実力はそんなに差がないように見える。

 

 しかし、今回は互角だとダメだ。

 

「レオッ!?」

「く……やっぱりちょっときつい……」

 

 マシェードと戦うために身体に受け入れたどくが、じわじわとインテレオンを蝕んでいく。

 

 ポケモンの数ではボクの方が有利だけど、ことこの1対1だけを見るのなら時間はボクの敵だ。しかも、インテレオンの後ろに控えているのがブラッキーであることを考えても、やはりここではできる限りギャロップにダメージを与えておきたい。これはブラッキーを信用していないのではなく、単純に今回の戦い自体が、ブラッキーにとってとてもつらいものになってしまっているからだ。

 

(さすがにフェアリーしかいない相手となると、どうしてもブラッキーが動きづらいよね……)

 

 エルレイドのように攻め手が豊富なポケモンならまだしも、ブラッキーのように敵の攻撃を耐えることを求められるポケモンは、タイプでの負けはかなり痛い。そんなブラッキーのためにも、インテレオンでできる限り頑張るべきだ。

 

「インテレオン!!『ねらいうち』!!」

「レ……オッ!!」

 

 インテレオンもそれを理解しているからこそ、少しでも強引に攻めるべく、前に走りながら両手の人差し指からねらいうちを乱射。威力こそあまりないかもしれないが、きあいだめで集中状態になっているインテレオンのこの攻撃は、全てが急所に吸い込まれるように飛んでいく。

 

「攻めてきましたね……ですが、その『きあいだめ』こそがあなたの弱点でもあります。『サイコカッター』。守るように構えなさい」

「ルロッ!!」

 

 これに対してビートはギャロップに防御を指示し、それに従ったギャロップは、自身の急所を守るように角を構えた。そこから一切動く気配を見せないギャロップだったけど、ビートの言う通り、今のインテレオンから身体を守るならこれだけで十分だ。

 

 きあいだめを行ったインテレオンの攻撃は、急所に絶対当たる技となっている。しかし、逆に言うのならば、()()()()()()()()()()()でもあるわけだ。つまり、最終的に着弾する場所は、ギャロップにも筒抜けという意味でもある。なら、その部分を守るように技を置いておけば、あとはねらいうちの方から勝手に飛んできてくれる。

 

 この行動によって、インテレオンのねらいうちは全て防がれてしまった。

 

「『アクアブレイク』!!」

「レオッ!!」

 

 けど、そんなことなんてこっちだって理解している。だからこそ、相手が防御行動をとっている間に懐まで飛び込んだインテレオンは、右手に水をため、全力の手刀を左から右に振るう。

 

 インテレオンのねらいうちは確かに防がれはしたけど、決して反動がなかったわけではない。どくによって身体を蝕まれているインテレオンの体力は確かに削れている。しかし体力が削れているということは、インテレオンのもう1つの特性であるげきりゅうも本領を発揮し始めるという事だ。現に今もアクアブレイクを構えているインテレオンの身体はほんのり青色に光っており、アクアブレイクのために纏っている水の勢いもいつもよりまして強くなっている。こんな攻撃を角だけで受け止めているのであれば、受け止めた反動で動けない時間が生まれていてもおかしくない。

 

 そこを突くためのこの1手。ボクの狙いは最初からアクアブレイクによる接近戦だ。

 

「いけ!!」

「レオッ!!」

「……大丈夫、そこまではぼくだって見えている……『こうそくいどう』!!」

「ルロッ!!」

「ッ!?」

 

 が、インテレオンの決死の攻撃は、ギャロップの身体が一瞬ぶれることにより、その残像を切り割くにとどまってしまう。

 

 肝心の主は、さっきいた場所から半歩程後ろに下がっており、インテレオンに向けて緑色の角を光らせながら構えていた。

 

「まずっ!?」

「『メガホーン』!!」

「ルロッ!!」

 

 その状態から、クラウチングスタートを切るように強く地面を蹴りだしたギャロップの攻撃が一閃。こうそくいどうによって速度も乗ったこの攻撃は、インテレオンに回避の余裕を……なんなら、ボクが指示を出す暇すら与えずにインテレオンのお腹に突き刺さる。

 

「レオッ……!!」

「まだ……!!『れいとうビーム』!!」

「レ……オッ!!」

 

 お腹に攻撃を受けて大きく飛ばされたインテレオンは、しかし、ギリギリで自分から後ろに飛ぶことで威力を軽減させたことで何とか体力を残しており、飛ばされながらも右人差し指をギャロップの方に向けて凍てつく光線を発射。真っすぐ伸びたそれは、ギャロップの足元めがけて放たれた。足に当たれば機動力を奪え、例え回避されても地面に当たれば地面が凍り、踏ん張りが効かなくなって、間接的に足を奪うことが出来ると思っての行動だ。

 

「避けてください!!」

 

 これに対するビート側の解答は回避。言葉に合わせて軽くジャンプしたギャロップの行動によって、れいとうビームは地面にぶつかって地面を凍らせるにとどまる。しかし、先も言った通り、これで踏ん張りが効かなくなるから追撃をされることはなくなった。

 

(けど、体力がもうほとんどない。だからどくが回りきるよりも速くギャロップに攻撃を……)

 

「ギャロップ、追撃」

「ルロッ!!」

「なっ!?」

 

 しかし、そんなボクの思考を、ビートの指示とギャロップの行動ひとつで思いっきりつぶされてしまった。

 

 その行動は、ギャロップが()()()()()()()()()

 

 鬣と同じ色の雲を纏った蹄が光りだし、その部位より放たれるサイコパワーによって宙に浮いたギャロップが、空中を走りながらインテレオンに対して走り始める。

 

 あたりまえだけどれいとうビームで凍っているのは地面だけだ。空中に浮いてしまえばこんなのは何の障害にもなりはしない。

 

「『メガホーン』!!」

「ルロッ!!」

「ぐっ……『アクアブレイク』!!」

 

 空中に飛び出しているのにこうそくいどうの恩恵は受けているとかいう訳の分からない挙動で空中を邁進するピンクの一角獣は、インテレオンに向かって緑色の光の軌跡を残しながら突っ込んでくる。これに対して、ねらうちをするかアクアブレイクをするのか一瞬だけ迷ったボクは、急所守りで防がれたことを思い浮かべてしまったので、アクアブレイクを選択。

 

「ギャロップに対して物理技で対応……いくら『げきりゅう』で強化されているとはいえ、さすがにそれはピンクではありませんね」

「ルロォッ!!」

「レオッ!?」

「インテレオン!!」

 

 しかし、純粋な力勝負ではインテレオンは勝つことは難しい。そこにどくによる体力低下とこうそくいどうによる速度の乗った攻撃が重なることで、インテレオンへかかる負荷が更に上がり、つばぜり合う事すらなくインテレオンが力負けする形となって、ボクの下まで吹き飛ばされ、目を回すこととなる。

 

 

『インテレオン、戦闘不能!!』

 

 

「ありがとうインテレオン。ゆっくり休んで」

 

 どくを患ったうえでここまで頑張ってくれたインテレオンにお礼を言いながら腰のホルダーに戻し、ボクは6人目のボールを取り出す。

 

「お願い、ブラッキー!!」

「ブラッ!!」

 

 出てくるのは漆黒の身体に真っ赤な瞳をしたげっこうポケモン。その小さな身体に見合わず、高い耐久力を秘めた頑丈な身体は、しかしタイプ相性でかなりのディスアドバンテージを持っているため、いつも以上に表情を緊張に染めた状態で出てきた。

 

「大丈夫、頑張れるよブラッキー」

「……ブラッ!!」

 

 そんなブラッキーの緊張を、声掛けでほぐしてあげながら、ボクは目の前の強敵を見据える。

 

(フェアリージムに挑戦した時はそもそもブラッキーを選出しなかったもんね。だから、ブラッキーにとってここまで不利な相手とのバトルは初めてなんだけど……そういう意味では相手がギャロップでまだよかった)

 

 ギャロップはエスパーとフェアリーの複合タイプであるため、他のポケモンに比べてあくタイプの技がまだ通る方だ。それに、フェアリーもエスパーも、基本的には特殊技が強い傾向にあるのだけど、ギャロップの得意とする技は物理だし、能力的にも、ボクの知っているほのおタイプのギャロップと変わらないのであれば、物理攻撃の方が高いはずだ。それなら、攻めが強くないブラッキーの得意技であるイカサマが刺さりやすい。こうそくいどうによる素早さ勝負での負けも、そもそも足が速い方ではないブラッキーではその前から負けているだろうし、でんこうせっかを移動方法とするのであれば結局関係ない。ブラッキーを選出するタイミングとしては、これ以上にないタイミングだろう。

 

「『あくのはどう』!!」

「ブラッ!!」

「避けて『メガホーン』!!」

「『でんこうせっか』で前に退避!!」

「っ!!小癪ですね」

 

 ブラッキーでの戦い方を頭の中で構築しながら、とりあえず牽制の遠距離攻撃。これを右に小さくステップを踏んで避けたギャロップは、角を緑色に染めながら一気に突進。相手がフェアリータイプ使いということに埋もれて忘れがちかもしれないけど、あくタイプにとってむしタイプも弱点であるため、この技も受けるわけにはいかないブラッキーは、ギャロップの突進に合わせてでんこうせっか。それも、後ろに下がったり横に避けるのではなく、ギャロップとすれ違うように走り出すことによって、ギャロップの虚を突いて回避に成功する。

 

「反転して追いかけてください!!」

「逃げながら地面に『あくのはどう』!!」

 

 ギャロップの攻撃を避けたブラッキーは、でんこうせっかの速度を緩めずそのまま走り出すことでギャロップとの距離をどんどん離していく。

 

 現状確認出来た技で遠距離攻撃がサイコカッターしかなく、そのサイコカッターもタイプ相性でブラッキーには効果がないので、ギャロップが攻撃するには追いかけるしかない。そこを理解しているビートは、すぐさま追撃を指示し、それに従ったギャロップは身体を器用に反転させ、すぐさまブラッキーを追う。これに対してブラッキーは、ギャロップが近づいてくる前に地面にあくのはどうをぶつけ、砂煙を巻き上げてブラッキーの姿を隠していく。

 

「姿くらませ……先ほどのインテレオンとのバトルで学習しませんでしたか?ギャロップにその手の目くらましは効きませんよ」

「それはどうかな?」

「では試しますか……ギャロップ!!『メガホーン』!!」

「ルロッ!!」

 

 いつも以上に砂塵を強くして、自身の姿を隠していくブラッキー。しかし、それは裏を返せば自分の視界も狭めていると言うことでもある。これが相手も視界が無いのならまだいいのだけど、今回は煙幕の中でも相手の位置を確認できるギャロップが相手だ。ビートからすれば、この一手はむしろ自分が有利になる行動。こういう反応になるのも分かる。けど、わかってこれをしているボクは、煙幕の中で待っているであろうブラッキーに対して、信頼を込めて声をかける。

 

「タイミングは任せるよ!!ブラッキー!!」

「……」

 

 返答は無い。しかしこれは集中している証でもあるので、ボクはこのことを特に気にすることなく煙幕を見続ける。

 

 そんなやり取りをしていると、とうとう砂塵の近くまでたどり着いたギャロップが、緑色の軌跡を残しながら砂塵の中へと突進する。

 

 美しい毛並みと光を携えたその姿は、しかし一瞬で砂塵の中に吸い込まれて行ったため、もう確認することは出来ない。そして、砂塵の中に足の速いギャロップが突っ込んだというのなら、砂塵の大きさからして、もう1秒もしないうちにブラッキーとギャロップは接敵することとなる。

 

 果たして、両者のぶつかり合いの結果は……

 

「……ブラッ!!」

「ルロッ!?」

「っ!!来たっ!!」

「なっ!?ギャロップ!?」

 

 砂塵の中から聞こえてきたのは、ブラッキーの気合いの入った声と、ギャロップのなにかに戸惑う声。戦況を正しく判断することは出来ないけど、この声を聞く限り、どうやら砂塵の中ではブラッキーの方が少し有利な状況らしい。

 

「『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

 

 その有利な状況を信じたボクは、すぐさま攻撃を指示。同時に、再びブラッキーの声が聞こえると同時に、ドスンという鈍い音と共に砂塵がはれ、ようやくブラッキーたちの姿を確認できるようになった。

 

 そこには、苦しそうな表情を浮かべながら、両目をぎゅっと瞑るギャロップと、真っ黒に染めた前足を、ギャロップの首あたりに叩きつけ、今まさに吹き飛ばそうとしているブラッキーの姿だった。

 

「ブ……ラッ!!」

「ルロッ!?」

 

 その状態から、声を上げながら腕を振り抜いたブラッキーと、これによって吹き飛ばされるギャロップが、それぞれ初期位置に戻ることによって、一旦の区切りとなる。

 

「ギャロップ、無事ですか?」

「フルル……」

 

 自分のもとまで戻ってきたギャロップを気遣うように声をかけるビート。一方ギャロップも主を心配させまいとすぐに返事をしようとするものの、それ以上に別の不快感があるために、顔を振ることに一生懸命になってしまっている。

 

「……なるほど、汗ですか」

「気づくの早いなぁ……」

 

 顔を必死に動かすギャロップを見てこちらが何をしたのかを察するビート。

 

 ビートの言う通り、ブラッキーがしたのは自身の汗を飛ばすという行為だ。これがどういう事かと言うと、ブラッキーと言う種は元々自身に危険が宿ると、全身の毛穴から毒素を含んだ汗を飛ばし、相手の目を奪うという戦い方をする。そのため、ブラッキーは自身の意思をもって自在に発汗させることが可能だ。今回行ったのはそれで、自身の身に降りかかる危険に集中したブラッキーは、近くにギャロップが来たのを感じた瞬間に汗を霧散させ、ギャロップの目に掛けたというわけだ。

 

 いくら煙幕の中では目に頼っていないとはいえ、ギャロップは別に目を瞑っているわけではない。そんなデリケートなところに、急に異物が入ってきたら、たとえ頼っていなくてもひるむのは確実。残念ながら、ギャロップの特性がパステルベールであるためどく状態になることはないのだけど、それは置いておいてもこちらにとって有利な展開になることに変わりはない。

 

 ブラッキーの懐刀はしっかりと突き刺さり、ギャロップに一撃叩き込むことが出来た。

 

「『でんこうせっか』!!」

「ブラッ!!」

 

 目に汗が入ったことと、イカサマを貰ったことによって怯んでいるギャロップに対して追撃をするべくダッシュするブラッキー。

 

(タイプ不利を無理やり乗り越えたこの状況。当り前だけど、もうブラッキーの汗を使った技は通じない!!ここで決め切るしかない!!)

 

 ここまでやったうえで、ここを逃してしまうとブラッキーで勝てる未来を見通すことが出来ない自身の作戦の狭さを呪いながら、決死の追撃を指示。

 

「一本取られましたね……ですが、ぼくのギャロップは視界に頼った戦い方はしていません。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()。ギャロップ!!そのまま『こうそくいどう』!!」

「……やっぱ気づくよね」

 

 ビートの声に、この状況の対策を教えてもらったギャロップは落ち着きを取り戻し、さらに自身の足を加速させ、ブラッキーのでんこうせっかをバックして回避。

 

「『メガホーン』」

 

 そのまま下がったところで、勢いよく地面を踏みしめたギャロップは、先ほどよりも圧倒的に素早い動きでブラッキーとの間を詰め、緑に光る角を叩きつける。

 

「ブラッキー!!」

「ブ……ラ……ッ!!」

 

 これをもろに貰ったブラッキーは、そのまま勢いよく吹き飛ばされ、ボクの横を通過。後ろから鈍い音が聞こえたのでそちらを振り返れば、バトルコートの端に、背中をつけたまま倒れるブラッキーの姿が目に入る。

 

 

『ブラッキー、戦闘不能!!』

 

 

 耐久に自身のあるブラッキーに、一撃でここまで致命打を与えるその破壊力に思わず息をのむ。

 

(強い……けど……!!)

 

「ルロッ!?」

「……やってくれますね」

 

 ブラッキーを飛ばしたギャロップは、その身体をまひに蝕まれていた。

 

 フェアリー相手だと回復が間に合わないと踏んで、つきのひかりではなくでんじはを仕込んでいたのがここで役に立つ。これで、こうそくいどうによって上がった素早さの大部分をそぐことが出来た。

 

「ありがとう、ブラッキー!!行くよエルレイド!!この意志を引きつぐ!!」

「エルッ!!」

 

 ブラッキーが落ちたことで、残り手持ちポケモンは逆転されてしまった。しかし、ブラッキーの残してくれたものは、確かに次に続くものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ブラッキーの汗はちゃんと原作準拠です、だからこそ、実機でもどくどくを覚えるわけですね。……なぜか剣盾では没収されてますが。

でんじは

逆にこちらはSVで新規習得した技ですね。どんどん器用になってきて、ゴースト統一の私としては少しだけ恐い所です。




初音ミクとポケモンのコラボの18曲目も発表されましたね。BGMと歌詞が凄くて終始興奮してました。まだまだ次の曲も作られるみたいですし、ますます楽しみが募りますね。






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265話

「『つじぎり』!!」

「エルッ!!」

 

 ブラッキーが倒れ、残りがヨノワールと体力の少ないエルレイドだけになったボクは、せめてギャロップだけでも落とすべく、エルレイドに全力で攻めを指示する。

 

(ギャロップさえ落とすことが出来れば、残りのニンフィアは体力的にすぐ倒れると思うからなんとかなる!!)

 

 現状残りのポケモンを数ぞえるなら、ボクが2人でビートが3人。体力面で言っても、ヨノワールとブリムオンがわりと元気な状態で、ニンフィアとエルレイドがかなり削られている状態。そして、ギャロップが半分位の体力+まひ状態となっている。

 

 気づけば大きく逆転されている盤面ではあるものの、今この瞬間だけで言えば、痺れているギャロップを前に走っているエルレイドの方が何倍も有利な状況にいる。体力こそエルレイドはかなり少ないものの、エルレイドの火力があれば、体力半分兼まひのギャロップを落とすことはまだ難しくないはずだ。

 

 タイプ上何も出来ずに負けてもおかしくないブラッキーが作ってくれたチャンスを生かすために、腕の刃を黒く染めたエルレイドはギャロップに向かって猛進。痛みに少し表情を歪めてはいるものの、その足は決して止めない。

 

「『サイコカッター』です!!」

「ル……ロッ!?」

 

 これに対し、角をピンク色に光らせ、迎撃をする態勢を整えようとするギャロップだったけど、力を込めた瞬間に身体に痺れが走り、バランスを崩してしまう。これにより、角に溜まっていた力が霧散してしまい、明確な隙が生まれる。そこを確実に捉えるべく、懐に潜りこんだエルレイドがすれ違いながら右腕を全力で振り切る。

 

「エルッ!!」

「ルロッ!?」

 

 ブラッキーの時とは比較にならない大ダメージを受けたギャロップは、この一撃によって足を曲げ、倒れそうになる。が、それでも最後の意地なのかギリギリのところで持ちこたえた。

 

「なんて根性……でももう限界のはず!!エルレイド!!」

「ギャロップ!!最後の力を!!」

「「『サイコカッター』!!」」

 

 どちらの体力も限界。そんな状態で放たれるピンク色の斬撃は、数を飛ばすのではなく、一撃に力を込めて放たれたため、大きなひとつの線となって飛んでいく。

 

 エルレイドは右腕をフックのように振ったために横の、ギャロップは角を真下に振り下ろして放ったので縦の線となって飛んでいく斬撃は、お互いの中間地点で十字を結ぶようにぶつかり合った。

 

 そこから少しだけ拮抗するぶつかり合い。しかし、ここまで来たら元々の攻撃力の高さがものをいう。それに、特性によってさらに威力の上がっているエルレイドの斬撃は、この場においては負ける理由が存在しない。そんなボクの想像通り、地面に水平の斬撃が、垂直の斬撃を打ち破ってギャロップに到達。

 

「ル……ロ……」

 

 そのままギャロップの身体に直撃し、地面に倒れた。

 

 

『ギャロップ、戦闘不能!!』

 

 

「ありがとうございます。ゆっくり休んでください」

 

 倒れたギャロップを戻しながらボールを持ち変えるビート。

 

 これで手持ちはイーブン。

 

「頼みます、ニンフィア!!」

「フィ……アッ!!」

 

 ビートから繰り出されたのはニンフィア。

 

 モスノウとのバトルで大打撃を受けているこの子も、今のエルレイドと同じく、体力を大きく削れている状態なので、あの時のような細かい連携技なんてとてもじゃないけどできる状態ではないだろう。

 

 この対面も、長くは持たない。

 

「『サイコカッター』!!」

「『ハイパーボイス』!!」

「エ……ルッ!!」

「フィ、アアアァァァッ!!」

 

 そうなれば、やはりできることは今出せる全力の攻撃のぶつけ合い。妖精の力を乗せた声と、右腕から放たれたピンクの刃は、先程エルレイドとギャロップが戦った時と同じ位置でぶつかり合う。が、先程と違うのはお互いの攻撃が相殺しあったということ。

 

 空中でぶつかりあった2つの攻撃は、激しい衝撃音と風圧を撒き散らして消えていく。

 

「走って!!」

「『でんこうせっか』!!」

 

 この風圧に一切怯まないエルレイドとニンフィアが同時に前に走り出す。足の速さだけで言えばエルレイドの方が上だけど、でんこうせっかを構えているニンフィアの方が瞬発力では上をいっている。そのためエルレイドが何かをする前に、そのお腹にニンフィアの体当たりが叩き込まれる。

 

「ッ!?……エルッ!!」

「『サイコカッター』!!」

 

 フェアリースキンで自身にとってばつぐんの技に変わっているそれを、しかしここまで体力が減ったら避けることすらしんどいと悟ってるいたエルレイドは、お腹に力を込めてこの攻撃をしっかりと受け止める。先制技ならではの、速い代わりに威力を犠牲にしているという弱点をつき、意地で耐えたエルレイドはそのまま左腕を振り下ろし、ピンク色の刃を直接叩きつける。

 

「フィアッ!?」

 

 結果、でんこうせっか終わりで隙のあるニンフィアはこれを避けることが出来ずに直撃。大きなダメージを背負うこととなった。

 

「エル……ッ!?」

 

 が、エルレイドの蓄積されたダメージも物凄く、技を振っている途中で膝が笑ってしまい、腰の入った一撃が放てなかった。そのせいで、ニンフィアにトドメを刺すことが出来ず、結果としては距離が空いただけ。お互いに体力をギリギリまで削られた上で、初期位置まで戻される。

 

「『サイコカッター』!!」

「『ハイパーボイス』!!」

 

 そして、その位置から再び放たれるお互いの全力。

 

 もう歩くことすら怪しいお互いが動かずに攻撃できるからという理由で選ばれた2つの技は、先程見たそれに比べてかなり弱々しく、それでもせめて目の前の敵を倒すという意志が込められているせいで、圧はかなりのものがあった。

 

 防御なんて一切考えていないその攻撃は、意思がそうさせたかのように互いの技に干渉することなく、すれ違っていく。

 

「フィッ!?」

「エルッ!?」

 

 すれ違った技は、何にも遮られることなく、お互いの身体に突き刺さった。ここまで戦って、沢山の傷を作ってきた両者に、そんな一撃を耐えるだけの体力と精神力なんてあるわけがなく……

 

 

『ニンフィア、エルレイド、戦闘不能!!』

 

 

 両者同時に、その身体を地面に横たえる。

 

「ありがとう、エルレイド。ゆっくり休んで」

「お疲れ様でしたニンフィア。戻ってください」

 

 ダブルノックアウト。これで、ボクとビートの残りポケモン数が並んだ。

 

 あと残っているのは、お互いが一番最初に繰り出した、エースポケモンだけだ。

 

 ボクは右腕の、ビートは左腕の赤いバンドを外に晒しながら、お互いの最後のポケモンをその手に握りしめる。

 

「「……」」

 

 その状態で見つめ合うボクとビート。

 

 色々話したいことや、口から出してみたい言葉は浮かんではいた。けど、そのどれもが、今この場所で告げるものでは無いような気がして。

 

 望んで、そして無理を通して実現したこのバトルに、もう言葉は必要なかった。

 

 あとは、最後の力を振り絞るだけ。

 

「「っ!!」」

 

 お互いが握りしめるボールの力を入れると同時に、ダイマックスバンドから赤い光が迸り、ボールの中へと吸い込まれる。そして、赤い光を吸収したボールはダイマックスボールへと変化していき、その中に眠るポケモンの能力を一気に引きあげていく。

 

 あの日中断されてしまったあのバトルの続きの、決着の時だ。

 

 

「大いなるピンクを見せましょう!!ブリムオン、キョダイマックスです!!」

「ボクたちの成長を見せよう!!ヨノワール!!ダイマックス!!」

 

 

 ボクとビートの声が重なり、同時にボールが空中に投げられる。

 

 力を込めて投げられたそのボールは、天高くまで飛び上がって、その中身を解き放った。

 

 

「ノワアアァァァッ!!」

 

 

 まず開いたのはボクが投げたモンスターボールから。飛び出してきたのはいつもの大きさに比べて何倍ものでかさとなってスタジアムに降り立ったヨノワール。てづかみポケモンらしく大きく主張していた手はさらに大きくなって、世界を掴むのではないかと錯覚させるほどだ。

 

 

「リオオオォォォッ!!」

 

 

 そんな頼れる相棒の逞しい姿の対面に現れるのは、ビートの相棒であるブリムオン。

 

 あの日、あの夜でのバトルで進化したビート最強の相棒は、キョダイマックスすることでまた姿を変え、更なる力を手に入れていた。

 

 身長は目測で26メートルほど。頭から伸びている毛先は3本に増え、普段は隠れてみることの出来ない顔から下の上半身部分が丸見えになっており、その姿はさながら、本体が巨大なアーマーを操縦しているかのような、もしくは、とても高い塔の中からこちら辺りを見渡している魔女のような姿になっていた。

 

 触手のようになびく毛先から稲妻のようなビームを飛ばす姿から『荒ぶる女神』と称される、そんな彼女の凛々しい姿が、美しくも怪しく光り輝く。

 

 その姿に一瞬目を奪われそうになるものの、すぐさま意識を切り替えて、こちらを見下ろすせいじゃくポケモンに挑む。

 

「『ダイアース』!!」

「『ダイアーク』!!」

 

 

「ノワアアァァァッ!!」

「リオオオォォォッ!!」

 

 

 ボクとビートの指示が重なり、ヨノワールとブリムオンもまた、同時に行動を起こす。

 

 両手にありったけの茶色いエネルギーをためたヨノワールは、そのまま地面に叩きつけて大きな地震をを起こし、ブリムオンへ発射。対するブリムオンは、3本の毛先を1つにまとめ、そこから真っ黒色のオーラをためて解き放つ。

 

 地を進む茶色のエネルギーと、宙を飛ぶ黒いエネルギーはお互いにぶつかり合うことなくすれ違い、そのまま相手に向かって突き刺さる。

 

 

「ノワッ!!」

「リオッ!!」

 

 

 これに対してヨノワールを両腕をクロスし、ブリムオンは1つにまとめていた毛先を三つに戻し、サイコパワーの壁を作ることで受け止める。

 

 ダイウォールで行った防御行動ではないため、ダメージはしっかりと入ってはくるものの、両者ともに耐久面に秀でているポケモンであるため、この程度の防御行動で十分ダメージを抑えきることが出来ていた。ダイマックス技の追加効果も、ダイアークはこちらの特防を下げる効果があるものの、ダイアースがこちらの特防を上昇させる効果を持っているため、結局±0となっている。

 

 まだ互角。

 

 

「『ダイロック』!!」

「『ダイサイコ』!!」

 

 

「ノ……ワッ!!」

「リオォッ!!」

 

 

 お互いダメージが少ないことを理解した僕とビートはすぐさま次の技を指示。ヨノワールは先ほどと同じように両腕を地面に叩きつけ、しかし起きる現象は先ほどとは違い、キョダイマックスしたブリムオンよりもさらに高い大きな岩の壁を作り出し、この壁をブリムオンの方へ倒して押しつぶさんとする。対するブリムオンの様子は、ヨノワールの作り出した大きな岩の壁のせいで確認することはできないけど、気合の入った声と、岩の奥から聞こえてくる不思議な音からしてかなり強力なダイサイコを放っているだろうことが想像できる。

 

 そんなボクの想像通り、岩の奥から感じる強力な力は、ヨノワールが作り出したダイロックを砕き、大きな岩の破片として辺りに散らばせていった。幸い、ダイロックを壊すのに威力の大半を持っていかれているらしく、ヨノワールの下へと到達するサイコパワーは存在しなかったものの、ヨノワールがかなり力を込めて作り上げた壁を一瞬のうちに砕くその威力には、さすがに驚きを隠せない。けど……

 

「壊されるのはむしろありがたい!!ヨノワール!!『ダイホロウ』!!」

 

 

「ノワアアァァァッ!!」

 

 

 ヨノワールが声をあげると同時に、辺りに紫色のオーラをまき散らし、先ほどブリムオンが壊した岩の残骸たちに纏わせていく。すると、紫色の染まった岩たちは重力を無視して浮上。ヨノワールを中心として周回するその姿は、まるで地球と月の関係みたいだ。

 

「解き放って!!」

 

 

「ノワアアァァァッ!!」

 

 

 ヨノワールの周りを沢山の岩が周回したのを確認して、ボクは攻撃を指示。その声に従ったヨノワールは、両手を思いっきりブリムオンに向けて突き出した。すると、ヨノワールの周りを飛んでいたものがブリムオンに向かって突き進み、今度はブリムオンの周りを周回し始めた。

 

 

「『ダイホロウ』……遠くから見てもヒリヒリしますね。最後にふさわしい技です。なら……ぼくたちも見せてやりましょう!!ブリムオン!!」

 

 

「リオオオォォォッ!!」

 

 

 自身の弱点であるゴーストタイプの技に囲まれるという、人によっては絶望しかねない状況。しかし、そんな状況においてもビートは焦らずにブリムオンに声をかけ、それに応えるようにブリムオンも吠える。

 

「これがばあさんに叩き込まれた技!!それを今ここで、ぼくたちの技として使わせてもらう!!『キョダイテンバツ』!!」

 

 

「リオオオォォォッ!!」

 

 

 周りに紫色の衛星を回しながら、天に向かって大声をあげるブリムオン。その姿につられて、スタジアムの遥か彼方に浮かぶ、ダイマックスエネルギーによって真っ赤に染まった雲の方に視線を向けると、雲の隙間から3つの光が輝いているのが目に入る。

 

「何、あれ……」

 

 その輝きはボクの目に入ってから消えることなく輝き続け、何ならどんどんその輝きを強く……いや、大きくしていく。

 

 それはまるで、()()()()()()()()()()()()()()()……

 

「っ!?ヨノワール!!急いで攻撃!!」

 

 

「ノワッ!!」

 

 

「ブリムオン!!意地を見せますよ!!」

 

 

「リオォッ!!」

 

 

 近づいてくる光に嫌な予感を感じたボクはヨノワールに急ぐように指示。ヨノワールもその予感を受け取ったのか、突き出した両手をぎゅっと握りしめ、ブリムオンの周りに浮かんでいたものに指示を出す。

 

 ヨノワールの指示に従ったダイホロウは、そのまま中心にいるブリムオンに向かって突撃。紫色のまがまがしいオーラが一斉にブリムオンに向かって収束していき、全ての光を飲み込む強力な大爆発が巻き起こる。

 

 

「リォッ!?」

 

 

「ブリムオンッ!!」

 

 

 ブリムオンにとってこうかばつぐんの大打撃。ともすれば、これで勝負が決まってもおかしくないそんな一撃を、しかしボクは見送ることなくすぐに視線を真上に向ける、するとそこには、さっきまで米粒ほどの大きさだった光が、バスケットボールの大きさに見えるくらいまでになっており、そこからさらにヨノワールに向かって突き進んでくる。

 

「い、隕石!?」

 

 その正体は星の形をした隕石にも見える妖精の一撃。

 

 3つの流れ星は、そのすべてがダイオホロウを終えて動くことが出来ないヨノワールに向かって突き進み、落ち切ると同時にピンク色の大爆発が巻き起こる。

 

 

「ノワッ!?」

 

 

「っ……ヨノ、ワール……ッ!!」

 

 バトルコートに巻き起こる紫とピンクの大爆発。その衝撃はとてつもなく、そばにいるボクとビートは顔を覆う事しかできない。

 

 それでも、決して目を逸らすことはせずに、この爆発が治まるまでじっと真正面を観続ける。

 

「「……ッ!!」」

 

 お互い、自分のパートナーがまだ耐えていると信じて真正面を観続ける。そんなボクとビートの想いが通じたのか、爆発が晴れ、ダイマックスが終わり、青い空と白い太陽がバトルコートを照らしていき、そこには、大ダメージによって傷つきながらも、しっかりと真正面を見据えているヨノワールとブリムオンの姿があった。

 

「ノワ……」

「リオ……」

 

 お互いかなりの傷を負い、フラフラになってもおかしくなさそうな見た目なのに、それでも決してそんな様子を見せることなく堂々と立っている。その姿からは、『勝負はまだまだこれからだ』という気概を感じる。

 

 ボクもビートも、最初からダイマックス勝負だけで決着が着くなんて思っていない。

 

「ヨノワール、行くよ!!」

 

 だから、ここからが本番。そう自分に言い聞かせ、気をさらに引きしめて、ボクはヨノワールに心を繋げ、ボクとヨノワールの切り札を発動する。

 

「…………あれ?」

 

 が、何故かヨノワール側から反応が一切なく、今はもはや慣れてきたせいか特に気にせず行うことが出来る共有化が出来なくなっていた。

 

(な、なんで共有化が発生しないの!?もしかして、そんなことできないくらいにまでヨノワールにダメージが!?いやでも、そこまでには全然……)

 

「……ふっ」

「ノ……ワ……」

 

 なぜ共有化が発生しないのかについて頭で色々考えているところに聞こえてきたのは、ビートの小さな笑い声と、ヨノワールの不安定な声。それを聞いて慌てて目線を前に向けると、そこには先程までの堂々とした立ち姿からは想像できないほどにフラフラしたヨノワールの姿が目に入った。

 

 そのフラフラ度合いはボクの目から見ても明らかに不自然で、とてもじゃないけどダメージによってなっているそれではない。言い方を悪くするのなら、まるでお酒の飲みすぎた酔っ払った人みたいな……

 

「……まさか!?」

 

 そこまで考えて、そういえばボクはブリムオンが行ってきたキョダイテンバツの追加効果を知らないことを思い出した。元のダイフェアリーの追加効果は知っているけど、キョダイマックスになったブリムオンの技はそれではない。

 

 受けたポケモンの身体をここまでフラフラにさせる追加効果。そんなもの、ボクはひとつしか知らない。

 

「『こんらん』か!!」

「正解です。が、遅いですよ!!『ムーンフォース』!!」

「ヨノワール!!腕をクロスして防御!!」

 

 こんらん状態になってフラフラしたヨノワールに向かって、月の光球が真っ直ぐ飛んでくる。これに対して、今のヨノワールでは回避できないと判断したボクは防御を指示。けど、こんらん状態でフラフラしているヨノワールは、ボクの指示をちゃんと聞くことが出来ているのかが怪しい。いや、聞こえてはいるのだろうことは、ヨノワールの腕の動きを見ればわかるのだけれど、視界と平衡感覚が狂っているのか、腕を構える位置がおかしい。ただ、ヨノワールの腕が太いことが功を奏したおかげか、ブリムオンの攻撃自体は何とか腕で受けることが出来、ダメージを少し抑えることには成功。攻撃の勢いで後ろに下げられはするものの、致命傷にはならなかった。

 

「防ぎましたか……ですが、その運はいつまで続きますかね?『ムーンフォース』!!」

 

 が、それならば向こうは攻撃の手を増やすだけ。耐えたヨノワールを確認したビートは、さらに攻撃を指示。第2、第3の月の光球が放たれる。

 

 このままではいつか必ず被弾する。

 

「『いわなだれ』!!」

「ノ……ワ……」

 

 せめて障害物を作って、自身に当たる確率をちょっとでも下げようとヨノワールに指示。この声を聞いたヨノワールは、何とか岩を召喚して、自分の周りに次々と落としていく。

 

 一瞬で作り上げられた岩の林は、ブリムオンのムーンフォースを何とか受け止めるけど、その度に1つ、また1つと砕けていき、ヨノワールを守る壁が消えていく。

 

 この行動も、ただの時間稼ぎにしかならない。

 

(このままじゃダメだ……何か、何か……!!)

 

「ノワ……」

「ヨノワール……?」

 

 徐々に追い詰められている状況で、なにか打開策をみつけようと必死に頭を回していると、未だに混乱に苛まれているヨノワールが、落ちてきている岩の1つに手をついていた。

 

 もしかして、限界が来てしまったのだろうか。

 

 不安を孕んだボクの声が、無意識のうちにヨノワールの名前を呼ぶ。

 

「ノワ……ッ!!」

 

 そんなボクの声を聞いたのか聞いていないのか、少しだけ気合を入れたヨノワールは、声を上げると同時に思いっきり頭を振り上げて……

 

「ノッワッ!!」

「「なっ!?」」

「リオッ!?」

 

 その頭を思いっきり岩に叩きつけた。

 

 いきなり行われた自傷行為に、ボクだけでなく、ビートとブリムオンも驚愕の声を上げる。

 

 なぜこんなことをしたのか分からないボクたちは、頭をたたきつけたことでボロボロと崩れ去る岩の音を耳にしながら、ヨノワールにじっと視線を向ける。

 

「っ!?」

 

 それと同時にボクの心に繋がるヨノワールとのパス。

 

 ここに来て、ヨノワールがしたかったことをようやく理解する。

 

(自分で頭を叩きつけて、無理やり『こんらん』を治したの……!?)

 

「ノワッ!!」

「ッ!!」

「まさかっ!?」

 

 ボクが未だに驚きで固まっているところにかけられるヨノワールからの声。これによってボクは今するべきことを直ぐに思い出し、ヨノワールとの共有化を行う。そしてこのタイミングで、ビートもヨノワールの行動の意味を理解し、その表情を今日1番の驚きに染め上げる。

 

 同時に、ヨノワールを漆黒の渦が包み込み、その渦を消しながら、自身の姿を別物へと変えていく。

 

「……本当に、無茶するんだから」

「ノワ」

 

 繋がる視界。響く痛み。痺れる腕。そのどれもが、今日のヨノワールとの絆を教えてくれる。

 

「行くよヨノワール。反撃……開始!!」

「ノワッ!!」

 

 ようやく発動できたヨノワールとの切り札。その繋がりは、今までの繋がりよりさらに、深くなっている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんらん

自傷行為して無理やり直すのは、直近で言えばアイリスさんのオノノクスが行っていましたね。実機でも自傷したら混乱が治れば……いえ、それだと弱すぎるんですかね?






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266話

投稿予定から少し遅れて申し訳ありませんでした。一応活動報告とX(旧Twitter)ではお知らせをしたのですが、何分急でしたので、確認できていない方も多いと思います。

少しリアル事情で多忙になってしまい、書く時間を取れなかったので、今回は少し遅れる形となりました。

次話以降はいつも通り投稿出来ると思いますので、よろしくお願いします。












「共有化……出来ればさせる前に倒したかったのですが……」

「らしくない発言だね。昔のビートなら、ボクにさせた上で叩き潰すことこそが〜とか言いそうなものだけど」

「わざわざ相手の強化を待つバカがどこにいるんですか。勝てる時に勝つ方が建設的ってだけですよ」

「……ほんと、変わったね。いい意味で」

 

 慇懃無礼な態度は変わっていないものの、その中に感じる確かな相手へのリスペクトを感じるあたり、ビートもしっかり変わっていることを改めて感じるボク。

 

 いい方に変わってくれるのはとても嬉しいのだけど、ことこの戦いにおいては、そういう態度をとるということは、ボクに対して一切の油断をしてくれないということの裏返しでもあるので、正直昔の傍若無人の状態の彼の方がまだ戦いやすかった。

 

(ま、その分楽しい試合が出来るからいいんだけど……!!)

 

「『いわなだれ』!!」

「『ぶんまわす』!!」

 

 ヨノワールと動きをシンクロさせ、右腕を上から下に振り下ろすと同時に複数の岩を呼び出し、ブリムオンに向かって打ち出していく。

 

 尖っている部分を真っすぐ突き付けて勢い良く放たれた岩の刃は、そのすべてがしっかりとブリムオンに向かって突き進む。対するブリムオンは、頭から伸びている触手を真っ黒に染め上げ、それを思いっきり振り回すことで暴力の嵐を巻き起こす。

 

 物理攻撃があまり高くないとはいえ、ここまで豪快に振り回されると、遠心力も乗ってかなりの破壊力になる。その一撃は、ヨノワールの飛ばした岩のすべてを粉砕。周りに粉粒クラスまで砕かれた岩が散らばっていくこととなる。

 

「『ムーンフォース』!!」

「『かわらわり』!!」

 

 いわなだれを防いだブリムオンは、次は自分の番だと言わんばかりに月の光球を発射。今までのどのムーンフォースよりも強く輝いているそれは、しかしこちら側の、真っ黒に染め上げられた左手の振り下ろしによって真っ二つに割れ、そのままヨノワールの左右を通り過ぎて爆発。

 

「GO!!」

「ノワッ!!」

 

 共有化によって背中から感じるムーンフォースの爆風から、これを推進力に使えると判断したボクはすぐさま前進を指示。いつもよりも速く前に飛び出したヨノワールが、再び両手を黒く染めながらブリムオンへの距離を地締めていく。

 

「『ぶんまわす』!!」

「『かわらわり』!!」

 

 一方で距離を詰められている側のブリムオンは、いわなだれを吹き飛ばしていた力をそのまま引き継ぎ、毛先をもっと強く振り回し、遠心力を乗せた一撃を迎撃に使ってくる。その一撃は風きり音を強く奏でており、それだけで威力がかなりあると分かる。なので、こちらもそんな一撃に負けないように、両手に溜めていた黒いオーラを右手ひとつに集めていき、インパクト前に身体ごと右回りに回転させ、一回転分の遠心力を乗せて、右手を水平に放ってぶんまわすとぶつけ合う。

 

「ノワッ!!」

「リオッ!!」

 

 お互いの技がぶつかると同時に響く鈍い音。

 

 空気をひりつかせながら、激しいつばぜり合いを繰り広げるお互いの攻撃は、綺麗に中心で拮抗する。

 

 ブリムオンに対してはいまひとつでありながら、あくタイプであるぶんまわすに対しては強いかわらわりを繰り出しているヨノワールと、単純にヨノワールに対してばつぐんを取ることが出来るあくタイプの技を放っているブリムオンの力関係はとても複雑で、正直一言でどっちが有利かなんて言えない。けど、少なくともまだ流れがどちらにも傾いていない現状では、いかに初撃を速く叩き込むかが大切となっているので、ここは意地でも競り勝ちたい。

 

 ヨノワールと同じ動きをし、右腕を振っているボクの右手から感じる痺れに歯を食いしばりながら、ボクとヨノワールは右手に力を込めていく。そんなボクとヨノワールの視界の先には、同じく歯を食いしばっているような表情を浮かべているブリムオンの顔がよく見えた。あちらも、ここで流れを取られるのはよくないことをしっかりと理解しているのだろう。

 

 そんな最初の意地のぶつかり合いは互角のまま終了。バチンと言う弾かれるような音とともに、ヨノワールとブリムオンが大きく後ろに弾かれ、2人の距離が初期状態以上に離れていく。こうなって来ると、本来なら特殊攻撃力の高いブリムオンの方が有利な状況になる。幸いボクのヨノワールが物理攻撃でありながら遠距離攻撃が可能な技を多く持っているため、この状況下になっても戦うことが出来るから、まだ何とかなる方ではあるが。

 

(それでもとどめはやっぱり懐に入って行うべき。そのためにも、近づくために色々しないと……)

 

「『じしん』!!」

 

 飛ばされた身体を何とか整えたヨノワールに、すぐさま技を指示。ヨノワールと動きを合わせ、右拳を握り締めながら地面に叩きつけると、そこを起点にブリムオンに向かってエネルギーが伝わっていき、同時に地面から岩が隆起していく。

 

「まるで『ストーンエッジ』みたいな現象ですね……それだけ威力が高いという事なのでしょうが……ブリムオン!!」

「リオッ!!」

 

 自身に向かってくる破壊の波に対して、若干の冷や汗をかきながらも、しかし冷静に判断したビートは、ブリムオンの名前を呼ぶだけで何をすればいいのかを指示。これを読み取った彼女は、自身にサイコキネシスをかけて、じしんから逃れるために宙に浮いた。それも少し浮くのではなく、ちゃんと岩の柱が当たらない高度まで浮き上がり、しっかりと追加効果をケアをした動きを取っていた。

 

「もう1回『じしん』!!」

「ノッワ!!」

 

 だけど、そういう行動をしてくることはこっちも認識済み。だからこそ、今度は空いた左手も地面に叩きつけることで、1つの目のじしんを追いかけるように2つの目のじしんが発生。1つ目と同じ速度と威力で広がったその破壊の波は、出来上がっていた岩の柱を砕き、空中へと打ち上げていった。

 

 これが、相手がふゆうなりひこうタイプなりを持っており、空を飛ぶことに慣れているポケモンであるのなら、この攻撃にもすぐさま反応して逃げることもできたのだろうけど、残念ながらブリムオンはひこうタイプでもなければ空を飛ぶことに慣れているポケモンでもない。よって、急に飛んでくる岩の礫に対する回避行動は間に合わず、この攻撃を全身に受けてしまう。

 

「『サイコキネシス』です!!」

「リ……リオッ!!」

 

 しかし、回避が無理と判断して、すぐさま技での相殺に対策をシフトしたビートの指示によって、ブリムオンへのダメージは最小限で終わり、続けてブリムオンに飛んできた岩の礫は、そのすべてが動きを空中で止められてしまう。

 

「ヨノワール!!」

「ノワッ!!」

 

 けど、岩の動きを止めることに集中したことによって、今度はブリムオン自身の動きも空中で固定されてしまっている。これを好機ととらえたボクとヨノワールは、すぐさま行動を開始。ブリムオンと違って最初から空中に浮かんでいるヨノワールは、ブリムオンが動き出すよりも速くその距離を詰めていく。

 

「『いわなだれ』!!」

「岩の礫で反撃を!!」

 

 距離を詰めながら両手をパチンと合わせて岩を複数召喚。そこから両手を振り下ろすことで岩の雨を降らせる。

 

 対するブリムオンは、先ほどサイコキネシスで止めた岩の礫を再利用して迎撃。岩と岩がぶつかり合い、粉々に砕け散ったことで砂になって消えていく。

 

「『かわらわり』!!」

「『ぶんまわす』!!」

 

 お互いの遠距離攻撃方法がなくなったところで、再び両者同時の近接攻撃。真っ黒に染まって右手の振り下ろしと、真っ黒に染まった毛先の振り払いがぶつかり合い、鈍い破裂音が響き渡る。しかし、先ほどとは違って遠心力を乗せる暇がなかったブリムオンの一撃は思った以上に威力がでておらず、右手にフィードバックする痺れもさっきと比べたらそんなに強くないので、これなら力押しできると判断。

 

「ヨノワール!!」

「ノワッ!!」

「リオッ!?」

 

 声をかけると同時に左腕にも力を加えたボクとヨノワールは、現在進行形でつばぜり合っている右手と触手のぶつけ合いに左腕も追加。上からさらに圧力を押し付けるように振り降ろし、ブリムオンに叩きつけた。

 

 両腕によるかわらわりはさすがのブリムオンも耐えることが出来ずに地面へと叩きつけられ、大きな衝撃音と土煙をまき散らす。

 

「『いわなだれ』!!」

 

 ブリムオンが落ちたところに向けて追加の雨。多数の岩による質量攻撃は、ブリムオンが落ちたところにどんどん積み重なり、一瞬でい岩石の山を作り上げ、生き埋め状態となる。

 

「『サイコキネシス』!!」

「リオッ!!」

 

 が、そんな状態でもお構いなしと放たれた念動力によって、出来上がった岩石の山は一瞬ではじけ飛び、中からピンク色のオーラを纏ったブリムオンが飛び出してくる。

 

「『ムーンフォース』!!」

「リ……オッ!!」

 

 更に、自身に溜めた力を妖精の光球に変換し、ヨノワールに向かって弾幕として打ち出した。

 

 威力よりも数を重視したそれは、いわなだれを終えたばかりのヨノワールに向かって次々と向かってくる。けど、視界を共有し、更に感覚が研ぎ澄まされている今のヨノワールに避けられない量ではない。

 

「「ッ!!」」

 

 ボクとヨノワールの視界が重なり、流れて来る月の光球の軌跡が手に取るようにわかる。

 

 球と球の隙間に身体を滑り込ませ、飛んでくるすべてのムーンフォースを避けきったヨノワールは、そのまま次の攻撃態勢へ。

 

「『いわなだれ』!!」

「ノワッ!!」

 

 手を合わせ、再び岩の弾幕の作成。これをブリムオンへと叩きつける構えを取り、いざ攻撃へ。

 

「ブリムオン……行きますよ!!」

「リオッ!!」

「ッ!?ヨノワール!!何かくるよ!!」

「ノワッ!!」

 

 こちらのターンに徐々に傾き始めてきたところで、ビートから聞こえてくるのは意味深げな言葉。この声を聞いた瞬間に、背筋に嫌な予感が駆け巡ったボクは、すぐさまヨノワールと声をかけ合って警戒。

 

 しかし、この次にビートが指示をしたものは、例え警戒したところでどうしようもない一手だった。

 

「ブリムオン。『じゅうりょく』」

「リオッ!!」

「「ッ!?」」

 

 じゅうりょく。

 

 フィールド全体にかかる重力負荷を一気に跳ね上げ、空に飛んでいる物を地面に叩き落す技。このフィールド下では、あらゆるポケモンが空中に存在することが出来なくなり、すぐさま墜落する運命となる。また、かかって来る重力のせいでポケモンの動きそのものもかなり制限されてしまうため、相対的に回避という行動が難しくなり、技の被弾率が跳ね上がる。

 

 とはいえ、この技はあくまでもサポート技の1つであり、且つこの効果は自分自身も受けてしまうため、一概に使い得という技でもなければ、状況によっては自分にも害をなす可能性のある難しい技だ。それゆえに使い手はかなり少なく、ボクもこの技を使われたことなんて一度もない。

 

 けど、だからこそ、今のボクにこの技は綺麗に刺さってしまった。

 

(お、おも……ッ!?)

 

 ヨノワールと感覚を共有しているボクは、彼が受けている重さも返ってきている。その重さがとてつもなく、思わず膝を地面につくボクは、しかしそれだけで終わらないビートの攻めに目を見開く。

 

「ノ……ワ……ッ!!」

 

 空中にいるヨノワールはじゅうりょくによってその高度をどんどん落とし、更に自分の周りに展開していたいわなだれも維持をすることが出来ずに、そのすべてを地面に落とされていく。が、これだけであるのならば、ヨノワールにもそんなにダメージは入らない。

 

 問題は、じゅうりょくを行う前にブリムオンが放った攻撃。

 

「ヨノワール!!空に向かって『いわなだれ』!!」

「ッ!!」

 

 地面に向かってうつぶせの姿で落ちている身体を無理やり反転させ、あおむけの状態へ。するとそこには、先ほど空に向かって撃たれ、そしてヨノワールが避けたムーンフォースがじゅうりょくに引かれ、帰ってくる形でヨノワールに襲いかかってくる。

 

(『じゅうりょく』のせいで今度は多分避けられない!!なら、撃ち落とすしかない!!)

 

 雨のように降って来る月の光球に対してこちらは岩を発射。じゅうりょくによる加速も乗ったこの威力にはただのいわなだれでは対処できないと判断したボクは、降って来る数よりも多くの岩を発射することで対処。落ちて来るムーンフォースのすべてを何とか撃ち落としたうえで、少し多くの岩を出しすぎたのか何発かは空に向かってうちだされる。

 

「よし、何とか防げ……あぐっ!?」

「ノワッ!?」

「よそ見しすぎですよ。『ムーンフォース』!!」

「リオッ!!」

 

 しかし、ヨノワールが空中で上からの攻撃に対処している間に、地面で態勢を整え終えたブリムオンがヨノワールの背中に向けてムーンフォースを乱射。上に気を向けていたヨノワールとボクはこの攻撃に反応が遅れてしまい、背中に大きな衝撃を連続で受けてしまう。

 

「く……ヨノワール!!反転して『かわらわり』!!」

 

 ようやくまとまったダメージが入ったことを確認できたビートは、ここからさらに追撃をするべくムーンフォースを乱射。これに対してボクとヨノワールは身体を反転させて再びうつぶせの状態になり、両腕に黒オーラを携えて、打ちあがって来るムーンフォースを迎え撃つ。

 

 両腕の手刀を次々と振り、飛んでくるムーンフォースを横に弾くように飛ばしながらじゅうりょくに引かれるヨノワールは、手刀で捌ききれないものを身体に受けてしまいながら、それでもある程度ムーンフォースを弾いたところで、更に後ろに手を向ける。

 

 その先には、先ほど上から降って来るムーンフォースを迎撃するために放ったいわなだれの余り。それが、じゅうりょくに引っ張られることで、さっきのムーンフォースと同じように落ちて来る。これに対して掌を伸ばすことで、ヨノワールは次の技の準備とする。

 

「この『じゅうりょく』、逆に利用するよ!!『ポルターガイスト』!!」

「ノワッ!!」

 

 じゅうりょくで速度の上がった岩をポルターガイストで包むことによってさらに威力を底上げし、ブリムオンに打ち出すことによって、まだ飛んできているムーンフォースを打ち抜きながらブリムオンを攻撃していく。

 

「本当に、対応が速くて嫌になりますね!!『ぶんまわす』!!」

 

 自分が作り出したじゅうりょく空間を逆に利用され、黒い雨を降らせてくるボクたちに対して、悪態をつきながらもすぐさま応戦の指示を出すビート。これに従ったブリムオンは、自身の触覚を黒く染め、懸命に振り回してポルターガイストに挑んでいく。しかし、ヨノワールがムーンフォースを弾くのとは違って、物理攻撃が得意ではないブリムオンが行うこの弾き行為は若干の精細さを欠いており、被弾こそしてはいないものの、弾ききれなかったポルターガイストが地面に着弾した時の衝撃がブリムオンに少しずつダメージを刻んでいた。

 

 この間にも、じゅうりょく下で空中に身を置いているヨノワールは、かなりの速さをもって地面に落ちていた。しかもただ落ちているだけではなく、両腕に黒色のオーラをため、今にも攻撃を放ちそうな予備動作を見せている。

 

「ブリムオン!!回避を……」

「『じしん』!!」

「なッ!?」

「ノワッ!!」

「リオッ!?」

 

 この行動を見てかわらわりを警戒したビートは、飛んで回避は出来ないから地面を滑るように移動して避けることを指示。しかし、ボクがヨノワールと行った技はじしん。真っ黒に染まった拳を地面に叩きつけることで、その地点を起点として360°全方位に破壊の波動をまき散らす。

 

 衝撃をたたきつけられたブリムオンは、苦しそうな声を上げながら後ろの弾かれていく。

 

 パッと見自分から後ろに飛ぶことでダメージを軽減させているような動きを見ることはできたものの、ここに来てヨノワールの叩き込んだダイホロウがブリムオンに牙を向いてきた。

 

 キョダイテンバツによるこんらん付与がインパクトありすぎて忘れがちかもしれないけど、今このバトルにおいてはダイホロウの追加効果である防御ダウンの効果もこんらん付与と同じくらい……いや、ことによってはそれ以上に影響を与えるパーツだ。物理攻撃を主体にするヨノワールにとってこのステータス変化はブリムオンへ与えるダメージに直結する。

 

(こんらんのせいで最初は負けてたけど、その後のダメージレースは間違いなくこっちが勝ってる!!大丈夫、このまま攻め切る!!)

 

「ヨノワール!!『ポルターガイスト』!!」

「ノワッ!!」

 

 じしんを繰り出す際に拳を地面に叩きつけたことで隆起した岩石にオーラを送り込み、黒色の弾丸としてブリムオンに発射。後ろに弾かれているブリムオンへの追撃として次々と攻撃の雨を放っていく。

 

「引けない……ぼくたちは立ち向かう!!『ムーンフォース』!!」

「リ……オッ!!」

 

 ここに来て一気に流れを取られ始めた自覚を持ったビートが、それでもここから挽回するために攻めの指示。この声を聞いて、吹っ飛ばされている状態から無理やり態勢を整えたブリムオンが、ポルターガイストに対してムーンフォースで対抗。無数の光球がブリムオンから放たれ、ヨノワールとブリムオンの間でぶつかり合い、黒く輝く怪しい光となって辺りに舞う。

 

「突っ込むよ!!」

 

 そんな爆風荒れ狂う戦場をかけるひとつの影。

 

 ブリムオンの体力が着実に削れていると感じ取れたボクとヨノワールが、最後の攻めを決めるために駆け出していく。

 

「ブリムオン!!」

「リオッ!!」

 

 ここが最後のやり取りであることをビートも察し、ブリムオンと声をかけあってヨノワールの迎撃準備を整える。

 

 ぶつかるまで残り数秒。

 

「『ポルターガイスト』!!」

 

 ムーンフォースとポルターガイストがぶつかり合う中、そのうちの1つのポルターガイストを右手に持ったヨノワールが、そこにさらに力を加えることで、より黒くなった大きな塊が完成。これを叩きつけることで、このバトルに決着をつけることを心に決める。

 

「『ムーンフォース』!!」

 

 対するブリムオンも、頭から伸びる触覚に力を込め、大きな光球を作り上げる。その様はまるでチェーンハンマーのようで、溢れ出る輝きからその破壊力がよく分かる。

 

 正真正銘最後の攻撃。ブリムオンはダイホロウのせいで防御を落とされているため。ヨノワールはこんらんを治すときの自傷と、じゅうりょくを受けた時のムーンフォースの乱打を受けたため。そして何より、ダイマックスでの技の打ち合いによるダメージがお互いの身体にしっかりと刻まれているため、お互いのこの攻撃を受け止められるだけの体力が残っていない。

 

 この一撃を叩き込んだ方が勝つ。

 

 このバトルの終わりを前に、ボクもビートも、自然と拳に力が入る。

 

「ヨノワールッ!!」

「ノワッ!!」

 

 先にしかけたのはヨノワール。

 

 ムーンフォースとポルターガイストのぶつかり合いによる爆風を身体に受けながらも、その全てに耐え、逆に爆風を推進力として突き進むヨノワールは、想定していたよりも数秒早くブリムオンの懐へ入り込んだ。

 

「叩きつけろッ!!」

「ノッ……ワッ!!」

 

 懐に入ったヨノワールは、右手に携えた黒い塊を叩きつけるために、腰を下ろした状態からアッパーを放つように拳を振り上げる。

 

 威力もタイミングも申し分ない一撃。この攻撃を相殺する術も、避ける術も今のブリムオンにはない。そう確信できるほどの会心の一撃だ。

 

 しかし、ビートの思考がボクの行動の1個上を行く。

 

「ブリムオン!!『じゅうりょく』解除!!」

「なっ!?」

 

 ビートの声と共に、このバトルフィールドにかかっていた重力が一瞬で霧散。共有化しているボクの身体からも一気に重さが消え、変な浮遊感を感じてしまう。

 

「リオッ!!」

 

 その感覚に戸惑った一瞬の隙が、ブリムオンの回避行動を許す。

 

「まずっ!?」

 

 じゅうりょくから解放されたブリムオンが、自身にサイコキネシスをかけて浮遊。右拳を振り切ったヨノワールのさらに真上へと飛び上がり、攻撃を避けた。

 

「『ムーンフォース』!!」

「リオッ!!」

「ヨノワール!!」

「ノワッ!!」

 

 真上を取ったブリムオンが、触手の先のムーンフォースを叩きつけんと振り回し、ヨノワールに向かって振り下ろす。この攻撃に対して、せめて防御行動をとろうと身体を反転させるけど、その頃にはすでに技を放つ態勢が整っており、回避も迎撃も間に合わない状況となっていた。

 

「取った!!ブリムオン!!」

「リ……オッ!!」

 

 完全に無防備となったヨノワールの身体にめがけて放たれるブリムオンの渾身の一撃は、現状ブリムオンの放てる最高の技。これが決まれば間違いなくヨノワールは倒される。そしてそれを避ける術がない。だから、ビートは勝ちを確信して最後の攻撃を放ってきた。

 

 

 

 

 だからこそ、ボクもこの瞬間が、一番隙が生まれると思って構えていた。

 

 

 

 

「ヨノワール!!お腹!!」

「ノワッ!!」

「なっ!?」

 

 振り下ろされる触手に合わせお腹の口を大きく開け、触手の先についている光球をかみ砕くように顎を閉じる。当然そんなことをすれば、毛先についているムーンフォースは爆発し、咥えているこちらもダメージを受けてしまいかねない。

 

(だから、爆発しないように()()()()!!)

 

 ムーンフォースが爆発する前にポルターガイストの闇で包み込み、爆発のエネルギーを閉じ込める。これで爆発による事故も起きない。

 

「ヨノワール!!」

「ノワッ!!」

「ブリムオン!!『サイコキネシス』です!!」

「リオ……ッ!!」

 

 触手は止めた。

 

 暴発も起きない。

 

 そしてお腹の口で加えているから、逃げることも出来ない。

 

 腹筋に力を入れながら、ヨノワールが右拳に溜めたポルターガイストを、ブリムオンに向かって叩きつける。

 

 ビートもまずいと思い、この状況でも放てる技をすぐに判断して指示を出すが、ここまで来たらブリムオンの攻撃はもう間に合わない。ブリムオンがサイコエネルギーを放つ前に、ブリムオンの身体ど真ん中にヨノワールの拳が炸裂し、ブリムオンの身体を思いっきりビートの下まで吹き飛ばす。

 

「……終わった」

「すぅ……よし……」

 

 目を閉じながら言葉を零すビートと、深呼吸をしながら共有化を解除するボク。

 

 

「ブリムオン、戦闘不能!!」

 

 

「……ですが、不思議と悔いはないですね」

 

 

「よってこのバトル、フリア選手の勝ち!!」

 

 

「……あなたと戦えて、よかったですよ。フリア」

 

 

 急遽行われたビートとの対戦は、そんなビートの、らしくなく、けどとても心地いい小さな言葉と共に、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




じゅうりょく

実機では主に命中率の増加のために使われますよね。催眠じゅうりょくが最たる例です。他には、アップリューのGのちからという技を強くするためでしょうか。どちらにせよ、マイナーの域は出ませんが、アニポケ時空ならもっと悪さできそうですよね。






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267話

「お疲れ様ヨノワール」

「ノワ」

 

 観客たちの歓声が鳴りやまない中、ヨノワールと軽くハイタッチをしながら喜びをぐっと噛みしめる。

 

 強敵ビートとの戦いはとてもつらく、けど楽しいもので、それだけに勝った時の達成感が凄く、ヨノワールとのハイタッチはとても心地いいものとなっていた。

 

「……ッ!?」

「ヨノワール!!」

 

 けど、そんな感傷に浸る前にヨノワールがバランスを崩したので、慌てて身体を支える。

 

 いつもなら共有化した時のダメージフィードバックが大きすぎて、むしろボクの方が支えられる側なんだけど、今回に関しては共有化前に受けたダメージが大きかったせいで、ヨノワールの方が体力を消耗していた。

 

「本当にありがとうね」

「ノワ……」

「うん、今はゆっくり休んで」

 

 ボクの方にもたれかかっているヨノワールにリターンレーザーを当ててボールの中へ。腰のホルダーに戻されたヨノワールは一度だけかたりと揺れた後に、そのまま動きを止めた。疲れからぐっすり眠っているのかもしれない。

 

「……いい勝負、でしたよ」

「ビート……」

 

 ヨノワールの動きを一通り見守ったボクは、次にボクへ声をかけてきた人に目線を向ける。その相手は、先ほどまで激闘を繰り広げていた対戦相手のビート。いつの間にかボクの近くまで歩いて生きた彼は、先ほどまで熱い死闘を繰り広げ、その瞳を煌めかせていた姿とはがらりと変わっており、いつものハイライトの入っていない瞳に逆戻りしていた。

 

 オンとオフの切り替えがはっきりしていると言ったらそれまでなんだけど、ちょっとこの寒暖差にびっくりしちゃう。

 

「ですが、このジムチャレンジ中にあなたに勝つことはついぞできませんでしたね……」

「ボクも、上を目指すために成長し続けているからね」

「成長し続ける……ええ、そうでしたね」

 

 瞳の光が消えたことによって、不愛想な態度が返ってきたその姿は、しかし見る人が見れば分かるくらいには少し柔らかく、そして決して対戦相手に対する尊敬が消えているわけではないことがうかがい知れる。

 

「でしたら、次こそはあなたの成長を上回って、完膚なきまで叩きのめしてあげますよ。なんせ、ぼくはこんな短期間でジムトレーナーからジムリーダーになった、才能あふれる人ですからね」

「あはは、それは否定できないかも」

 

 ビートの言葉に似が笑う意を返しながらも、決して否定できないボク。

 

 ビートもユウリと同じく才能にあふれたトレーナーの1人だ。もしこのままボクに対する執着心を消さないまま、ずっとポプラさんの下で特訓を続けたのなら、ボクのことなんてあっという間に追い抜くかもしれない。

 

(本当に、おちおち立ち止まってられないね、立ち止まる気はないからいいんだけどさ)

 

 後ろから明確に迫って来る才能の塊たちに、呆れ半分とやる気半分を込めた心の声を零すボク。これも、コウキの下に辿り着くための試練と考えれば、まだまだ立ち向かうことが出来る。

 

 そうやってボクが心を引き締めていると、目の前のビートもこれからするべきことをまとめて口にしていた。

 

「そのためにもまずは、メジャーリーグの順位をあげなくてはいけませんね。……いえ、それよりももっとやるべきこととして、ボクがジムリーダーとして活動することに問題がないということを、沢山の人に知らしめる必要がありましたか……」

 

 やれやれと言いたげに首を振りながらそう述べるビート。

 

 確かに、罠にかかっていたとはいえ、彼がジムチャレンジ中にしてしまったことに対するイメージと言うのは簡単に払拭することは難しい。今この場でのバトルは、ダンデさんが声をあげてくれたから実現することが出来たものの、こんな都合のいいことは何回も起きないだろう。となると、ビートはこれから自分の力を1から証明しなければ、この地でジムリーダーとして活動することが出来ない。実力主義であるこのガラル地方で、1から評判を取り戻す難易度は、とてつもないものだろう。だからこそ、ビートもこうやって頭を悩ませている。

 

 しかし、ボクにとっては、そんなビートの悩みは杞憂にしか見えなくて。

 

「大丈夫だよビート。キミはもう十分認められているからさ」

「は?何を言って……」

 

 

『うおおおぉぉぉっ!!!』

 

 

「っ!?」

 

 ボクの言葉に理解不能と言った顔を浮かべながら返してくるビート。しかしそんな彼の言葉を遮るようにして、会場の声が爆発したかのように響き渡る。

 

 前兆もなく急に大きくなった歓声に、顔をしかめながら耳を塞ぐビート。度重なる大会での経験によって、ボクはもうこの歓声の大きさに慣れてしまっていたけど、今まで表に出ることなく、ポプラさんの下でずっと特訓してきたビートにとって、この量の歓声は経験したことの無いそれになるだろう。こういう反応も納得だ。

 

 それが、自身を称えてくれるものなら、なおさらに。

 

『かっこよかったぞビート選手!!』

『いい試合だった!!さっすがポプラさんの後釜だ!!』

『新しいジムリーダーかっこいい!!』

『過去に何かあったなんか関係ない、俺はもっとお前のバトルが見たいぞ!!』

 

「……」

「ね?認められてるでしょ?」

 

 ガラル地方はどこまで行っても実力主義だ。勿論最低限守らなくてはいけないところはあるけど、それ以上にいい試合、感動する試合が出来れば、それだけでここでの評価は一気に上がる。そして、今回ビートとボクが行ったバトルは、そんなガラル地方の人間が全員認めるにたる試合内容だった。

 

 ならば、この反応はボクからしてみれば当たり前のことだった。

 

「これは……」

「それだけ今回のバトルがみんなの心に刺さったってことだよ。大丈夫、まだビートを疑う声は一定数残ることにはなるだろうけど、その声も、今日バトルを見に来てくれた大多数の人がかき消してくれる。後は、ここからビートがどこまで行くか次第だよ」

「……」

 

 未だに観客からの歓声に呆気に取られているビートには、正直ボクの声が届いているのか怪しい。けど、これ以上の声掛けは必要なさそうだと感じたボクは、身体の向きを変えて、バトルフィールドの出口へと足を向ける。

 

(この感じだと、今日の主役はビートっぽいね)

 

 新しいジムリーダーの記念すべき初戦。結果だけ見れば敗北という残念な結果ではあったものの、チャンピオンリーグと言う大舞台を初戦にし、そのうえでここまでの激闘を繰り広げたというのは少なくないインパクトを与えてくれている。

 

 この試合をきっかけに、きっとビートはどこまでも上に伸びていくことだろう。と考えれば、今日の主役は勝ったボクではなく、新しいスタートを切ったビートであるべきだ。

 

「脇役はさっさと退場しないとね」

 

 ボクも今日のバトルを勝ち切った余韻に浸りたい気持ちがあるけど、それ以上に、これからのバトルの方が気になって仕方がない。

 

「あと……3回……!!」

 

 ここまでたくさんの人と戦って、たくさんの人に応援されて勝ち上がってきた。

 

 全てはコウキが待っている場所に辿り着くため。あの時交わした約束を、今度こそ守るため。

 

「次は、ルリナさんだ……」

 

 バトルコートから廊下に入り、真っ暗な道で目を閉じ、胸に手を当て深呼吸。そこには、ユウリからもらい、マクワさんに作ってもらった、おこうのかけらからつくられたネックレス。そこから漂う香りが、ボクの心を少しだけ落ち着けてくれる。

 

「ここまで来た。ユウリたちも応援してくれている。……うん、行けるよ、ボク」

 

 自分で自分に声をかけ、鼓舞をする。

 

 ここから先は、もっと過酷な戦いになるから。

 

「だからみんな……応援してね」

 

 ユウリたちに向け、小さく言葉を零しながら、ボクはゆっくりと足を動かし始める。

 

 見え始めてきた目標への道筋に、ボクの拳は自然と握りしめられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ビート選手~!!』

『この調子でメジャーリーグも頑張れ~!!』

『なんならおまえがチャンピオンまで駆け上がれ!!』

『後でサインくださ~い!!』

 

「……」

 

 360°。全方向からぼくに向けられる言葉の嵐。それはどれもぼくを称えるもので、正直そのどれもを簡単に信じられない自分がいた。

 

 ぼくは幼いころから1人だった。

 

 エスパーポケモンへの適正から、幼いころからその手のトラブルが絶えず、そのせいで親元からも離れることとなり孤児院へ。当然そんな経緯と言うこともあって、孤児院でも孤立したぼくは、そこで更に孤独な生活を送っていた。

 

 周りからの目は冷たく、孤児院に勤めている大人からも良い目では見られず、ぼくはただ自分の心を守るために他者を弾き続けた。

 

 そんなぼくに転機が訪れたのは、ローズ委員長が孤児院に来た時だった。

 

 孤児院で1人で孤立したぼくに声をかけ、ポケモンを授けてくれ、そして引っ張ってくれたローズ委員長。

 

 それまで、誰かに認められ、そして誰かに必要とされることがなかったぼくは、初めて自分の力を認めてくれた人が現れたことがとてつもなく嬉しくて、無意識のうちにその手を取っていた。

 

 心の奥から救われた気がした。心の奥から喜びの感情があふれた。誰もとってくれなかったぼくの手を、こんなにも簡単にとってくれた委員長のことを、ぼくはすぐに信じ、そして心酔していった。

 

 その手は、ずっと孤独だったぼくからすれば、麻薬にも等しい悪魔の誘いだったのだから。

 

(まぁ、結果は……御覧のありさまでしたが……)

 

 あの頃の自分は、何も知らないがゆえに、あの時簡単にぼくの手を取ったのが、ぼくのことを都合のいい駒としてしか見られていなかったのだということに気づかなかった。……いや、もしかしたら、その時はまだぼくに期待をしていてくれたのかもしれないけど、少なくとも、ラテラルタウンの1件が起きるよりも前には、ぼくのことはとっくに見限っていたはずだ。でなければ、あの日、あの場所で、ぼくの名前を全く覚えていないような言葉を零すはずがないのだから。

 

 結局ぼくは、いつまで経っても1人のままだった。

 

 頼りにしてくれていると思っていた人はそんなことなくて、その人の下についていた人には結局疎まれて、ぼくは仮初の関係を真だと勘違いして、ただただ踊っていただけだった。

 

(そんなぼくが、こんな声をかけられるなんて……)

 

 どん底に1人でいたぼくが、勘違いで踊っていたぼくが、こんな沢山の人にこんなにも賞賛される未来があったなんて、どうやって想像できるのだろうか。

 

(これも全部、あの2人のおかげ……いえ、あの2人のせいですね)

 

 ぼくをそこから拾い上げ、引っ張ってくれた2人の人間。

 

 1人は、どうしようもなくお人好しで、一度信じると決めたら何が何でも信じ切る厄介な人。

 

 1人は、どうしようもなく変にひねくれているせいで、とてつもなく面倒なおばあさん。

 

 2人とも、ぼくがいくら言葉を返そうとそんなこと気にせずにずかずか迫って来る恐ろしい人たちだ。そんな人たちのせいで、ぼくはもう逃げることの出来ないところまで引っ張られてしまった。

 

(本当にまったく……厄介なことをしてくれましたよ……)

 

 なんて言葉を口にしながらも、ぼくの表情が緩んでいくのを感じる。それはまるで、凍ってしまっていた心が少しずつ溶けていくようで。

 

「本当に……こんな世界に引っ張られたら……ここから離れるなんて……」

「リオ」

「わっぷ!?」

 

 ここまでの出来事と、今この場で起きたことのギャップに、内から込み上げてくるものがあり、認めたくはないけどそれが原因で気持ちが少しあふれ出そうになる。

 

 そんな感情に対して、まるで蓋をするかのように頭の上からかぶせられるものが1つ。

 

 頭をくしゃくしゃにしながら撫でてくるそれは暖かくて心地よくて。しかし、同時に髪型が崩れる不快感も感じてしまったため、対反射的にその手を外すように腕を動かす。

 

「は、離してください!!全く……あなたまでぼくをそういう扱いするのですか?」

 

 ちょっとしたやり取りの末、ようやくぼくの頭上からどかすことの出来た物体の正体は、ぼくの最初のポケモンであるブリムオンの触手。ぼくが孤児院から出た時からずっと一緒にいる一番の相棒。そんな彼女が、ぼくの頭を一通り撫で終えて満足したのか、とても晴れやかな笑顔を浮かべながらぼくを見つめていた。

 

「リオ~……っ!?」

 

 そんなブリムオンが、嬉しそうにこちらにすり寄ってきたかと思ったら、次の瞬間には苦しそうな表情を浮かべながら態勢を崩す。当り前だけど、先ほど激闘を終えたばかりのブリムオンは、まだまだ本調子なんかじゃないし、なんなら今すぐにでもジョーイさんに見てもらわなければならない状態のはずだ。なのにこうやって顔を出して頭を撫でてきたあたり、自分の身体を無視してでもこういう事をしたかったらしい。

 

「何やっているんですか全く……」

「リオ~」

 

 崩れそうになっているブリムオンを支えながら窘める。

 

 どうやらブリムオンは、今のこの状況と、ぼくの心境の移り変わりが嬉しいみたいで、身体が痛むはずなのに、それでも笑顔を向けながらこちらに身体を預けて来る。その姿に、先ほどまで上がってきた気持ちが下がっていき、急に落ち着きを取り戻した自分がいることに気づく。

 

 同時に、落ち着いたところで自分が今からどうするべきかなのか。何を目標に頑張りたいのかが自然と頭に浮かんでくる。

 

「リオッ!」

「はいはい、分かっていますよブリムオン。ここまで来たのなら、絶対にやってやりますよ」

 

 その相手は、先ほどまでぼくと激闘を繰り広げていたライバル。

 

 ぼくをこの場所まで連れてきた元凶の1人。

 

「ぼくをこんな目に合わせてくれた人なんです。たとえなんと言われようとも、どこまでも追いかけて絶対に目に物を見せてやりますよ」

「リオッ!!」

「……その時まで、力を貸してくださいね。ブリムオン」

 

 歓声響くバトルコートの中心で、ぼくは新しい目標を見据えながら、相棒の身体をそっと撫でる。

 

(いつか必ずこの恩は返す。だから、それまでぼく以外に負けることは許しませんからね。フリア)

 

 ブリムオンを撫でながら見つめる先は、フリアが退場していった出口の廊下。

 

 今は遠いその背中に必ず追いつくために、明日からまた気合を入れようと、心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そういえば、ぼくがこんな大立ち回りをしたら、絶対にあの人がどこかしらで乱入してくると予想していたのですが……あの人はどこへ?……いえ、ばあさんは気にする必要は無いと言ってましたし、今回もそんなばあさんの考えが当たっただけということにしておけばいいか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、凄かったなフリアとビートのバトル!!これが0回戦って信じられないぞ!!」

「うん、2人とも本当に凄かった。どっちも私と戦っていた時よりももう強くなってるんだもん」

「それ以上にビートの成長具合の方が凄か。もともと強いのは知っとったけど……ポプラさんの下での特訓が凄く表に出ていたと」

「わたしたちはそのビートって選手のことよく知らないのだけど、そんなに注目選手だったの?」

「ああ。なんてったって、リーグ委員長であるローズさんからの推薦を貰ってる人だし、優勝候補の1人って言われていたし、実際にオレは1回完膚なきまでに叩きのめされたしな」

「ホップが手も足も出なかったのか……それはやばいな……」

「今はそんなことないだろうけどな!!……って、ジュンの奴、オレの話を聞かずにもう自分が闘う事しか考えてないぞ……」

 

 シュートスタジアムはメインロビー。

 

 フリアとビートのバトルを見終えた私たちは、観客たちがいなくなり、だいぶ静かになり始めた時間帯を狙って、ロビーに備え付けられたスペースにみんなで腰を下ろして話していた。

 

 毎日毎日大騒ぎとなっているこのシュートスタジアムだけど、さすがに試合がない時は落ち着きを取り戻している。今となっては私たちもかなりの有名人なので、こうでもしておかないとスタジアム側に迷惑がかかってしまうからという理由で、こうやって時間をずらして話しているというわけだ。

 

 話の内容はもちろん先程の試合。あれからそこそこの時間がたち、もう夕暮れに差し掛かっているくらいだけど、それでも話が尽きることないくらいには、私たちの中でも興奮はなかなか覚めていなかった。

 

「フリアのエルレイド、絶好調だったよな。あんなにノリノリなのは初めて見たぜ」

「活躍という点ではブラッキーも頑張ってたわよ?不利な相性でも懸命にバトンを繋いでいるのは偉いと思うわ」

「あの辺はあたしも参考にしたか。ビートがメジャーリーグに入るってことは、これからも戦う機会があると思うけんね」

「むしろオレはビートのニンフィアに驚いたぞ。あいつ、昔はイーブイ持っていなかったはずだから、ジムリーダーになってからであった子だろ?なのに、この短期間であそこまで仕上げてるのは本当に凄いぞ」

「『ハイパーボイス』……凄い威力だったもんね」

 

 話せば話すほど出てくる今日の見どころ。それは私たちの心を強く刺激し、今すぐにでもバトルをしたいという気持ちにさせてくれるほどのものだった。

 

(と言うよりも、速くバトルを重ねて特訓をしないと、置いていかれそうな気がしちゃうよね……)

 

 大会という大きな経験値を得られる舞台は、それだけフリアの背中をどんどんと押し上げていく。

 

 フリアの事情を知っている身からすればとても嬉しいことに変わりは無いのだけど、フリア背中を目指している自分としては、その背中がどんどん離れている感覚も同時に覚え、若干の焦りも私の心に芽生え始める。

 

(……やっぱり、今からでもワイルドエリアに行って、ちょっとくらい特訓した方が……)

 

「大丈夫よユウリ」

「え?」

 

 そんな少し危機感を覚えていた私の頭にそっと下ろされる優しい手。急に声をかけられながら降ろされたその手の持ち主に視線を向けると、そこには手つきと同じく、とても優しそうな笑顔を向けているヒカリの姿があった。

 

「焦らなくても、あなたもちゃんと前に進めているわ。ユウリからみてフリアが離れて行っているように見えるのは仕方ないけど、私からすればまだまだ追いつける範囲よ」

「……それは、過去の経験談から?」

「まあね。なんだかんだ、とても距離が空いているように見えていたのに、フリアもコウキに追いつき始めているように見えるし、意外と何とかなるものよ。気楽に行き過ぎるのも良くないけど、抱えすぎるとそれこそ昔のフリアみたいになるわよ?」

「慰め方がすごーく辛辣……」

「当たり前よ。どれだけ心配させられたと思っているのよ全く……」

 

 明らかに不満顔を浮かべながら、けど今のフリアを見て安心感も覚えているのか、どこか柔らかい表情を浮かべているヒカリの姿は、それだけでフリアとの信頼関係の深さを窺い知ることが出来た。

 

(分かってたことだけど、ちょっと羨ましいな)

 

「ん~?」

 

 そんな関係にちょっとだけ嫉妬をしそうにしていると、私の視線に気づいたヒカリが1度私に首を傾げた後に、その表情を一気に微笑みに変えていく。

 

(なんだろう、すごーく嫌な予感……)

 

「安心してユウリ!フリアは盗ったりしないから!!」

「ななっ!?」

「ダイジョーブダイジョーブ!!」

「ヒカリがそういう時ってだいたい大丈夫じゃないの!!」

「まぁまぁまぁまぁ、そう言わずに~!!」

「ヒカリ~!!」

 

 そしてそこから始まるヒカリのいじり。

 

 もはや定番となってしまっているこのやり取りに、ホップとジュンは首をかしげ、マリィはヒカリと同じような表情を浮かべるのが恒例となっていた。正直とても恥ずかしいし、出来れば控えて欲しいと思う気持ちは強いのだけど、その気持ちのどこかに、このやり取りを楽しんでいる自分もいて。

 

 その気持ちを自覚する度に、「ああ、やっぱり私はフリアが好きなんだな」と改めて思い知る。

 

 同時に、心の奥が暖かくなるような気がして。

 

「あ、みんな!!おまたせ!!」

 

 そんな時に私の鼓膜を叩く、柔らかい声。

 

「ほら、来たわよユウリ」

「……うるさいよ、もう」

 

 ヒカリに小言を返しながら、その声に私は向き合う。

 

 私の好きな、そしてこれからもっと大変なバトルをする人へ。

 

(頑張ってね……フリア……!!)

 

 もう応援することしか出来ない私は、せめて全力で応援しようと誓い、手を振りながら迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ビート

彼の起こした遺跡事件は、ポケマスの話によると一応ガラル全土に広まっているらしいですね。ガラル地方出身である、ボタンさんからその話が効けるみたいです。犯人の名前はちょっとぼかしているみたいですが……この様子だと、やはり名前も広がっていそうですよね。それでもジムリーダーとして認められているあたり、心変わりももちろんですが、実力主義なガラル地方の土地柄も見れますよね。






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268話

「……」

 

 ビートとの激闘から数日後。次のバトルについての対策だったり、どうのように戦うかの構築だったり、疲れない程度のみんなの動きをチェックしたりしているとあっという間に日は流れ、気づけば1回戦当日となっていた。

 

 正直ここまで来たら何をやっても満足いくことなんてあまりなく、常にまだやることがあるのではないかという不安に駆られてしまうものの、かと言ってそんな不安を打開できるだけの案なんて簡単に出ないし、例え思いついたとしても、こんな短期間で出来るわけもないので、もうあとはなるようになるしかない。もちろんこれはなげやりの気持ちではなく、ある程度割り切った気持ちであるため、精神状態的には大分調子のいい状態に持っていくことは出来ていると思う。これも、途中からボクたちのところに顔を見せてくれたシロナさん、カトレアさん、コクランさんのおかげだろう。3人がボクの試合を現地で見たいからという理由で、フリーズ村からこっちに来てくれたと知った時はちょっと嬉しかった。

 

 いつものメンバーに加えて、そこにシロナさんたちの応援も乗っかってきた。相応のプレッシャーはあるものの、それ以上に応援して貰えていることがただひたすらに嬉しく、ボクの心も少し軽くなる。

 

(……頑張る!!)

 

 心を引きしめて、閉じていた瞳をゆっくりと空け、少し周りを見渡す。

 

 相変わらず大きく響く歓声にようやく慣れたボクは、0回戦の時と同じく、シュートスタジアムの中心にて対戦相手が来るのをじっと待つ。

 

 前回と同じく待たされる側に回っているボクだけど、今回は時間内にジムリーダーが来ないのではないかという不安は一切なかった。何故なら、今日のボクの対戦相手の姿が、ボクが入ってきた廊下の反対側から姿を現し始めていたから。

 

「来た……ルリナさん……!!」

 

 現れたのはボクの1回戦の相手であるルリナさん。

 

 健康的な褐色肌と、黒の色のロングヘアに水色のメッシュが入った髪型が特徴的なスタイルのいい女性。

 

 モデルの仕事もやっているとても綺麗な人だけど、今はそのモデル雑誌に載っている時の雰囲気とはまるで違う姿で、このバトルコートの中心へと歩いてきていた。

 

 1歩。また1歩とこちらに歩いてくるルリナさんの歩みは、その度にステージ全体が重く、そして狭くなるような錯覚を感じる。

 

(バウタウンで戦った時と全然違う……これが、本気のジムリーダーの圧力……)

 

 ただ歩いてくるだけ。それだけの動作に、とてつもない圧力と威厳を感じるのは、ここに立つためにそれほどまでの死戦を潜り抜けてきたということなのだろう。ガラル地方という、ポケモンバトルに対して特にストイックな地方だからこそ、ここまでの迫力を出せるのかもしれない。

 

(けど、ボクだって負けられない……!!)

 

 しかし、ガラル地方のバトルを勝ち進んだという条件であるのならボクだって負けていない。勿論、ルリナさんのそれと比べれば圧倒的に経験値は少ないけど、少なくとも、ガラルリーグで戦った人たちは全員、ルリナさんを含めたジムリーダーたち相手に戦い抜くことの出来る実力は持っていたと思う。そんな少数精鋭の中を勝ち進み、ここに立つ権利を取ることが出来たボクにだって、自惚れじゃなければ戦い抜く自力はちゃんとあるはずなんだ。

 

 なら、恐れることは無い。

 

(みんな応援してくれている。そしてその上で、ボクはジムチャレンジャーの代表としてここに立っている……経験値みたいなどうしようもないところでは絶対に負けているんだから、せめて気持ちだけは絶対に負けるな!!)

 

 首から下げているネックレスと、首元に巻いているマフラーを同時に握りしめ、かすかに漂ってくるおこうの香りを吸い込みながら深呼吸。

 

『フリア……頑張って……!!』

 

(……うん!!)

 

 目を閉じ、聞こえてきた気がする応援に頷いて、1拍置いて目を開ければ、ルリナさんからの圧力のせいで重く、そして狭く感じたバトルコートが元に戻った気がした。

 

「……凄い。この空気を跳ね除けるんだ」

 

 圧力から解放され、気持ちいつも通りのコンディションに戻ったボクを見て、いつの間にかボクの目の前にまで歩いてきていたルリナさんが、ボクの雰囲気の変化に気づきながら声をかけてくる。

 

 やはりこの会場に入ってすぐにボクを威圧したのは故意らしい。ジムチャレンジの時とは違うボクへの対応の差から、今回のバトルが前回とは別物であるということがひしひしと伝わった。

 

「お久しぶり!ちょっと見ない間に、さらに逞しくなったわね」

「ありがとうございます」

 

 腕を組みながら、ボクをじっと見つめ、嬉しそうに言葉をこぼす姿は、バウスタジアムでバトルした時とかさなっており、少しだけ懐かしさを覚える。

 

 あの時も、バトル前はこんな風に笑顔で話してくれた。

 

 しかし、あの頃とは立場も状況も全然違う。

 

「さすがシンオウチャンピオンとして名を馳せていたシロナさんが推薦していただけはあるわ。あなたの成長速度も、そしてポケモンバトルへの理解度も、下手をすればチャンピオンに届きうるかもしれない……それほどまでにすごい力」

「そ、そこまで褒められると……少し照れますね。ですが……うん、ありがとうございます!」

「……器量も成長しているわね。少なくとも、昔のあなたはこの言葉を謙遜して受け取らなさそうだもの」

「今でも、真正面から受け取るのは少し怖いですけど、少なくとも今は、他にも背負っているものがあるので……!」

「……ふふ、本当に凄いわね」

 

 実況者と解説の話の中行われる、もはや恒例となった話し合い。内容は和やかだけど、お互いの瞳から溢れる闘志は収まるどころか、むしろ燃え上がる。

 

「あなたの力は確かにチャンピオンクラスになっているわ。けど……それはあくまで他の地方ではの話!!」

 

 その瞳の焔につられていくように、ルリナさんの喋る勢いも激しくなる。

 

「このガラル地方ではあなたはチャンピオンじゃないし、なることも出来ない。だって……このリーグを超えて、ダンデに挑んでチャンピオンになるのは……このわたしだから!!」

「負けません。もしそうだとしても、意地でくらいつきます!!」

「ふふ、よりにもよってわたしに『くらいつく』ね……いいわ!!その心意気が本物だって見せてみなさい!!わたしも、ジムチャレンジの時の試すバトルじゃなくて、あなたを同格のトレーナーと判断して、本気で倒しに行くから!!」

 

 ルリナさんの言葉が終わると同時に頷きあったボクたちは、どちらが言うでもなく一緒に後ろに振り向き、そのまま定位置へ移動。

 

 1歩ずつ歩いていく間に、実況と解説の言葉も終わったのか、束の間の静寂がバトルコートを包んでいた。

 

 静かな空間の中、ゆっくりと歩いていたボクの足が、定位置に着いたことでピタリと止まり、その場で反転。同じタイミングで振り返ったであろうルリナさんと、再び視線を合わせる。

 

(……行くよ!!)

 

 目が合ったと同時に、ボクはモンスターボールを、ルリナさんはダイブボールを右手に持ち、突き出す。

 

 

「今度こそ、わたしの全力の大波をもって、あなたのチームを流し去る!!」

「負けない……今度だって、その大波を乗りこなして、跳ね除ける!!」

 

 

ジムリーダーの ルリナが

勝負を しかけてきた!

 

 

「行って!!エルレイド!!」

「行きなさい!!グソクムシャ!!」

 

 ついに切って落とされたチャンピオンリーグ1回戦。ボクとルリナさんの開幕の声を拾ったマイクによって、大きく響き渡る掛け合いに会場の熱気が一気に上昇。まるで地響きのような歓声が巻き起こる中、ボクはエルレイドを、ルリナさんはグソクムシャを繰り出した。

 

「『であいがしら』!!」

「ムシャッ!!」

 

 バトル開始と同時に動き出したのはグソクムシャ。ボールの中から飛び出したと同時にエルレイドに向かって突撃を仕掛ける。

 

「エルレイド!!『つじぎ━━』」

「遅い!!」

「っ!?」

 

 その動きに反応して何とかエルレイドに指示を出すものの、エルレイドが迎撃のために黒い刃を構えた瞬間に、グソクムシャがさらに加速。ルリナさんの言葉を証明するかのように、エルレイドが動き出そうとする前に懐に飛び込んだグソクムシャの右腕によるアッパーが炸裂。顎を打ち抜かれたエルレイドは、まるで空からつるされているかのように、身体を上に伸び切らされてしまう。

 

「『アクアブレイク』!!」

「ムッシャ!!」

 

 身体が伸びきり、おなかをさらしている姿のエルレイドは、グソクムシャからすれば隙だらけだ。当然そんなチャンスを逃すはずもなく、右腕でアッパーを放ったままの姿のグソクムシャは、そのまま左腕を後ろに引き、左拳に水をためて正拳突きのように真正面へと放ってくる。

 

 始まってすぐの流れるような攻撃。その動きの1つ1つが洗練されているためとてつもなく鋭い。

 

 まさにジムリーダーからの洗礼。けど、グソクムシャのであいがしらは正直読めていた。だから、まだ何とかなる。

 

「エルレイド!!」

「……ッ!!」

 

 ボクが声をかけると同時に、アッパーを受けて飛んだ勢いを利用したエルレイドが、バック転をしながら足を振り上げて、グソクムシャのアクアブレイクを下からかちあげることで技を逸らし、追撃を受けることなく、右膝を地面につけ、左足を立てた状態で地面に着地する。

 

「『つじぎり』!!」

「下がりなさい!!」

「エルッ!!」

「シャッ!?」

 

 アクアブレイクを跳ね上げられて、逆に隙をさらすこととなったグソクムシャに対して今度こそ黒色に染めた刃を振り切る姿を見せるエルレイド。鋭く、そして怪しく光る黒い刃に危機感を感じたグソクムシャは慌てて後ろに下がろうとするものの、足が速いわけではないグソクムシャはこの攻撃を避けきることが出来ずに直撃。下がろうとする行動と噛み合ったことで、衝撃こそは少し逃すことが出来てはいるものの、エルレイドの攻撃が強力すぎて逃し切ることが出来ず、苦痛の声をあげながら後ろに吹き飛んでいく。

 

「追撃!!」

「『アクアブレイク』で迎え撃ちなさい!!」

 

 飛んでいったグソクムシャに追撃を決めるために追いかけるエルレイドと、それを迎撃するべく構えるグソクムシャ。お互い両腕に水と黒のオーラをそれぞれ纏い、真正面からぶつかり合う。

 

 エルレイドの右腕とグソクムシャの左腕が衝突からの弾かれあいを起こし、小回りが利くエルレイドがすぐさま態勢を整えて左腕を水平に薙ぐ。これに対してグソクムシャが弾かれた勢いにわざと乗って半歩長く後ろに下がることでギリギリ回避。そこから右手を貫手の様に突き出すことで反撃。

 

「ジャンプ!!」

 

 この貫手に対してエルレイドは軽くジャンプをし、グソクムシャの右手を踏み台にしてさらにジャンプ。前宙返りをしながらグソクムシャを飛び越えて、頭から地面に落ちながら右腕のつじぎりを右から左に薙ぐ。

 

「しゃがんで振り返りながら『アクアブレイク』!!」

 

 一方グソクムシャはこの水平切りをしゃがむことで回避し、そのままの状態で身体を回れ右させ、回転の勢いを乗せた右腕の薙ぎ払いをエルレイドに向かって放つ。

 

「地面に『せいなるつるぎ』!!」

 

 頭から地面に落ちている兼ね合いですぐに回避行動に移ることが出来ないエルレイドは、地面にせいなるつるぎを放つことで、その時に起きた反動を利用して空中に戻っていく。これでグソクムシャの攻撃範囲から逃れ、再びグソクムシャの真上を取る形となった。

 

「『つじぎり』!!」

「エルッ!!」

「シャッ!?」

 

 独楽のように回転して攻撃した状態で固まっていグソクムシャに、今度こそ攻撃を当てるために、今度は左を腕を縦に振り下ろすことで避けることが出来ないように攻撃。既にしゃがんでいる状態だから、さらにしゃがむことも下がることも態勢的に難しいグソクムシャは、ついに攻撃に被弾。この攻撃が急所に当たったのか、グソクムシャの身体が更に揺らぐ。

 

「エルレイド!!」

「エルッ!!」

 

 ここで畳みかけるべく、地面に着地したエルレイドは再び両腕を真っ黒に染め、グソクムシャに向かって突進。とどめを刺すべく、右腕を大きく後ろに振りかぶり……

 

「戻りなさい!!」

「ムシャッ!!」

「……くっ」

 

 グソクムシャの特性、ききかいひが発動し、エルレイドの目の前からグソクムシャが消え、いつの間にかルリナさんのそばにまでもどっていた 。

 

 ききかいひ。

 

 体力が半分を切ると、自身の身を守るために一度下がる行動。これにより、グソクムシャは安全かつ迅速にルリナさんの控えのポケモンと入れ替わっていく。

 

「グソクムシャをもう半分削るなんて……やるわね。でもわたしの攻めはここからが本領よ!!ぺリッパー!!」

「ペリ~!!」

「来たか……!!」

 

 帰っていったグソクムシャに変わって場に現れたのはペリッパー。戦場に似つかわしくない、少し間延びした声と共に姿を現したペリッパーだけど、そんなペリッパーの姿を見たボクは、警戒度を一気に跳ね上げる。

 

 理由は、ペリッパーの特性にある。

 

「ぺ~リ~!!」

 

 場に出ると同時に翼を羽ばたかせ、空中に向かって声をあげるペリッパー。すると、太陽がぎらぎらと輝いていたバトルコートが一瞬にして暗くなり、更にフィールド全体に雨が降り注ぎ始める。

 

 特性、あめふらし。

 

 みずタイプの技を強化し、ほのおタイプの技を弱体化させるこのフィールドは、ルリナさんが一番得意とするフィールドだ。

 

 なぜなら、ルリナさんはあの特性を持つポケモンを何匹も持っているから。

 

「エルレイド!!『サイコカッター』!!」

「エルッ!!」

「ペリッパー!!『とんぼがえり』!!」

「ペリッ!!」

 

 エルレイドがピンク色の刃をペリッパーに向かって3発。空気を割きながら突き進んでいくこの攻撃を、ペリッパーは恐れることなく突っ込み、器用に羽を動かすことですべてを避け、エルレイドの真正面まで接近。

 

「直接叩き込め!!」

「反動を利用なさい!!」

「エルッ!!」

「ペリ!!……ッ!?」

 

 目の前まで来たペリッパーにビビることなく腕を思いっきり振るうエルレイドと、大きなヒレの付いた足でかかと落としをするかのように足を振るうペリッパー。攻撃力の差も相まって、ぶつかり合う2つの攻撃はエルレイドが圧勝。ペリッパーに手痛いダメージを与え、思いっきり後方に吹き飛ばすことに成功する。

 

「良いわよペリッパー。戻りなさい」

 

 しかし、その様子を見てもルリナさんの表情は崩れない。

 

(当たり前だよね。『とんぼがえり』ってことは、ペリッパーをここに出したのはこの雨を降らせるためだけだもん。つまり、ルリナさんの真の攻撃はここから……)

 

「行きなさい!!カマスジョー!!」

「シャーッ!!」

 

 手持ちに戻ったペリッパーに変わって出てきたのはカマスジョー。尾ひれを船舶のスクリューのように回転させながら泳ぐこのポケモンは、こと速度においては他の追随を許さない速度を誇るポケモンだ。

 

 そして、このポケモンこそがルリナさんと戦う上で1番目の壁とボクが思っている。

 

「エルレイド!!ここからが本番だよ!!気を引き締め━━」

「『アクアジェット』!!」

「シャッ!!」

「ルッ!?」

「━━てね……え?」

 

 その事をエルレイドと共有するために声をかけ、エルレイドの声が返ってきたと思った時にはすでに、エルレイドはボクの横を通ってかなり後方に吹き飛ばされていた。

 

「エルレイド!?」

「ッ、ルゥ……」

 

 幸い壁に叩きつけられたわけではないので、戦闘不能にこそなってはいないけど、そんなことは問題ではない。

 

「これは……想像以上すぎる……」

 

 目線を前に向ければ、そこにはアクアジェットによって高速で移動するカマスジョーの姿が()()()()()()

 

 いや、正確には見えているのかもしれないけど、動きが速すぎて、ボクの目に映っているのはカマスジョーが通ったであろう場所に残っている水の線だけだ。

 

 カマスジョーの特性であるすいすいと、相手よりも素早く攻撃することに重きを置いたアクアジェットと言う技が、元々かなり速いカマスジョーの速さをさらに押し上げることによって、下手をすれば音速に届いているのではと思う程の速度で、カマスジョーは空中を飛び交っていた。今も、1回瞬きをすると、その時には水の線が5本くらい増えてしまっている。

 

「さぁ最強の挑戦者さん、わたしの最高速度についてこられるかしら!!『アクアジェット』!!」

「くっ!!エルレイド!!『せいなるつるぎ』を合わせて!!」

「エルッ!!」

 

 空中を縦横無尽に飛びまわる高速の魚雷。これに対してエルレイドは目を閉じ、サイコパワーを持ってしてカマスジョーの軌道を先読みし、その途中に技を置こうと画策。そこらじゅうから聞こえる水の跳ねる音をシャットアウトし、ただひたすら集中していくエルレイドは、2秒ほどピタッと動きを止めたところで目を見開いた。どうやらカマスジョーの動きを感じとれたらしい。その感覚に従って、左を向きながら右腕を右下から左上へ、逆袈裟斬りのような形で振り上げる。

 

 サイコパワーによって感知し、置かれたその技は1種の未来予知だ。いくら動きが速かろうとも、未来予知までは避けることは不可能。真っ白に輝くエルレイドの攻撃は、高速で飛び回っているカマスジョーにカウンターのように叩き込まれる。

 

 ……はずだった。

 

「だから言っているでしょう?遅いわ!!」

「シャッ!!」

「「ッ!?」」

 

 正確に放たれたエルレイドの攻撃。それは、カマスジョーが速すぎて視認することは出来なかったけど、確かに感覚として当たる確信があった。それだけぴったりなタイミングだったと思っていたのだけど、エルレイドのすぐ左を通ったのであろうカマスジョーが残した水の軌跡が、エルレイドの真左で、僅かに山なりの軌跡を残しているのが確認できた。どうやらあんな超高速で動き回っているのに……否、あれだけ高速で動けるほどの反応速度を持っているからこそ、少々の攻撃では見てから避けることも難しくないみたいだ。

 

 それにしたって反応速度が異次元すぎる気もするけど。

 

(これがジムリーダーの本気……!!)

 

「攻撃の先読みなんて、それを上回る速度でねじ伏せるだけ。カマスジョー!!『アクアジェット』!!」

「シャッ!!」

「なら……『サイコカッター』をばらまいて!!」

「エルッ!!」

 

 先読みがダメなら手数で勝負。どこを狙うでもなく無差別にピンクの刃をやたらめったらに飛ばしていくエルレイド。しかし、この攻撃は直ぐに通らないと察してしまう。

 

(ダメだ。物量で押すにしては攻撃の手数が全然足りない!!)

 

 ヨノワールのいわなだれのように、球をすぐに準備して沢山発射できる攻撃ならまだしも、いちいち腕を振って刃を飛ばしていくこの攻撃方法だと、放てる弾幕に限界がある。そんな攻撃で作られた弾幕が濃い密度になる訳もなく、そしてそんなに密度の薄い攻撃では未来予知すら速度で振り切るカマスジョーを捉えられるわけが無い。

 

「足りなわよ……速さが」

「シャッ!!」

「ルッ!?」

「エルレイド!?」

 

 結果、全ての刃をくぐり抜けたカマスジョーの突進がエルレイドの身体のど真ん中を直撃。身体をくの字に曲げ、声を漏らしたエルレイドは、しかしその痛みに反応するよりも速く移動を終えたカマスジョーが、今度は左から右に駆け抜け、エルレイドの頬を貫く。

 

 そこから始まるのは一方的な乱打。呼吸を1つした時にはもう、エルレイドの周りにはおよそ20本もの水の軌跡が走っており、それだけの攻撃にエルレイドが晒されたのを理解した時にはもう、カマスジョーの攻撃が終わっていた。

 

 身体中に傷を作ったエルレイドは、そのまま声を発することすらさせて貰えずに地面に倒れる。

 

 

『エルレイド、戦闘不能!!』

 

 

「……ありがとうエルレイド。ごめんね」

 

 地面に倒れたエルレイドに謝罪の言葉をかけながらボールに戻していく。

 

 グソクムシャの体力を半分削り、ぺリッパーにも手痛いダメージを与えてくれている時点で十分な仕事ではあるんだけど、エルレイド的にはもっと活躍したかったはずだ。本当に申し訳ない。

 

 けど、反省は後だ。

 

(これ、どうしようか……)

 

 ボクの視線の先には未だに高速で飛び回るカマスジョー。雨が目に入り、瞬きする度に増える水の軌跡は、もうとっくに3桁に迫るのではないかという量になっている。

 

(素早さで戦ったら絶対に勝てないよね……)

 

 ボクの手持ちで1番足が速いのはインテレオンだ。けど、今のカマスジョーはインテレオンの比にならないほどの速度を持っている。ここで挑んでも負けるのは必至だ。

 

(となると、素早さ以外の部分で崩すしかない……なら!!)

 

「お願いするよ!!」

 

 だから別のアプローチを試してみる。

 

 ルリナさんの最初の壁を打ち砕くべく、ボクは次のポケモンが入ったボールを力強く投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カマスジョー

驚異の素早さ種族値136。すいすいなんて必要ないほど元から高い種族値……なのですが、今となってはこの数字も割とメジャーになってしまいました。一体どこの誰のせいなんでしょうね。






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269話

 ボクが声をかけると同時に投げたボール。それは空中で弾ける音を奏で、その中から1人のかわいらしいポケモンを吐き出した。

 

「マホッ!!」

 

 出てきたのはマホイップ。雨が降る中、それでもかき消されることの無い強力な、しかしそれでいてくどくないさわやかな香りを漂わせながら現れた彼女は、元気な声を響かせながら前に視線を向けていく。

 

 その視線の先には相変わらず飛び回っているカマスジョーの姿があり、現在進行形で通った後の軌跡が増え続けていた。

 

「マホイップ……はたしてその子でわたしの速度に追いつけるのかしら?」

 

 ボクの2人目のポケモンを見てそう言葉を零すのはルリナさん。相変わらず腕を組んで、自信満々に言うその姿は威厳があふれている。けど、そんな姿に臆することなく、ボクはマホイップと共にしっかりと前を見据える。

 

「マホイップ!!まずはクリーム行くよ!!」

「させないわよ!!『アクアジェット』!!」

 

 準備が整ったと同時にボクが指示をするのは、マホイップお馴染みのクリーム展開。やっぱり、マホイップがその力を十全に発揮するためには、何においてもこれをしなければ話が始まらない。基本スペックが低いわけではないのだけど、やはりマホイップの機動力の重要なファクターとなるためこれだけは何とかする必要がある。

 

(何よりも、これがないとカマスジョーを止められないからね……)

 

 勿論、カマスジョーの攻撃はとてつもない速さを誇っているため、このクリームを撒くという動作の途中でさえもカマスジョーの連撃がマホイップを襲っていく。しかし、エルレイドの時と違うのは、エルレイドよりもマホイップの方が少しの差とは言え物理防御面は優秀であるという点と、クリームをばらまいている最中に攻撃しているせいで、カマスジョーの身体にもクリームがくっつくため、少しずつだけど攻撃速度が落ち始めているところだ。

 

結果、徐々にカマスジョーの動きが鈍くなっていく。

 

「カマスジョー!!振り払いなさい!!」

「シャッ!!」

 

 しかし、ルリナさんもこの状態を看過することなんてせず、アクアジェットで突き進んでいる合間に身体をひねって回転させることで、付着したクリームを定期的にはがすことで速度を減少させないように行動していた。しかも、回転することによって、ライフル弾のような貫通力も備えてしまったため、威力はさっきよりも跳ね上がってしまっている。

 

「成程、こういう回転つければさらに威力が上がったのね……ありがとうフリア。あなたのおかげでさらに強くなれそうだわ!!」

「そんなつもりはないんですけどね……」

 

 回転をつけることによって威力をあげたカマスジョーのアクアジェット。まさかの強化に思わず声が漏れそうになるけど、しかし回転をつけるのに夢中になっていた瞬間と言うのは確かに存在していたので、その隙を少しでも有効活用するために、マホイップの周りにクリームの海を広げていく。

 

(この作戦を遂行するためには最初が肝心だ。とにかくクリームを大量に展開しないと話にならない!!)

 

 カマスジョーを止めるプランと言うのは頭の中に2つ思い浮かんでいた。

 

 1つはモスノウの力を借りた展開だ。

 

 猛烈なふぶきを起こすことによって、雨を一時的に停止し、カマスジョーの動きを落とす方向性の戦闘だ。すいすいをつぶす方向性であるこの行動は、運が良ければカマスジョーをこおり状態にし、一発でカマスジョーを機能停止にする可能性すらある。しかし、今回こちらをボクが選ばなかったのは、モスノウが物理防御に不安があることが理由だ。

 

 物理防御が少し低いとはいえ、根性のあるエルレイドが一瞬でやられたというのがどうしても頭に引っかかってしまった。そんな猛攻の中、エルレイドよりも脆いモスノウでは、間違いなく最初の攻撃で落とされてしまう。だからこそ、ボクはもう1つの、マホイップの力を借りプランに切り替えた。

 

 そんなマホイップで一体何をするのかと言うと、目標自体はモスノウの時と一緒で、先程見せたように、身体にクリームを付着させて、相手の身体の自由を奪う作戦だ。モスノウと違う点は、雨を止めるのではなく、カマスジョーの動きそのものに働きかける点。

 

(追いかけられないのなら、向こうを落とすしかない。けど……簡単にはさせてくれない……)

 

 しかし、ルリナさんは既にこの行動に対する解答として、回転をかけるという行動に出てしまっている。そのため、生半可な付着では一瞬でクリームを弾かれてしまい、意味をなさなくなっていた。だからといってクリームを付着するのを辞めるという訳にはいかないから、どうにかしてクリームで足を止める必要がある。

 

「マホイップ!!潜りながら回避して、そこからクリームもっと展開!!」

「マホッ!!」

 

 回転しながら飛び回るカマスジョーが突っ込んでくるのを、クリームに潜って泳ぎ、何とかカマスジョーの軌道から逃れることによって回避。回転によってクリームがえぐれるように削りとられ、飛び散っていく様は、物が違えばちょっとお見せできない物にすらなっていた可能性もある。

 

 しかし、それでもマホイップの回避が間に合い、そしてそこからクリームを増やす余裕が生まれ始めていた。

 

 理由は簡単で、カマスジョーが回転をかけることによって貫通力は増しているものの、回転してるからこその視界の動きにまだ慣れていないせいで、若干小回りが効かなくなっているからだ。さっきルリナさんが言っていた通り、ルリナさんとカマスジョーにとって、アクアジェットのこの使い方は初めてで、まだ慣れていない状態。そんな中急にこんなことをして完全制御なんてできるわけが無い。実際、これが原因でカマスジョーの動きが少しだけ雑になっている。勿論このことはルリナさんも気づいており、今も向かい側で少しだけ難しい顔を浮かべているのがその証拠だ。となれば、この動きの雑さの修正や、対処は程なくされるはず。けど、それまでは僅かにラグが存在するはずだ。

 

 突くなら、そこしかない。

 

「『とける』!!」

「マホ~」

「ッ!?カマスジョー!!回転をやめて速度を重視しなさい!!」

「シャッ!!」

 

 回転するカマスジョーを避け、僅かに生まれた隙。そこを確認したボクは、マホイップにとけるを指示。一瞬で物理防御をぐーんとあげるこの技は、物理主体で戦っているカマスジョーにとっては最もされたくない技だ。

 

 これを見たルリナさんは、今は回転よりも速度が大事と判断し、とにかく突撃することを指示した。この指示に従ったことによってカマスジョーの動きは加速され、先程までの誰も追いつけない高速の域に再び返っていき、とけている途中のマホイップに向かって連撃を浴びせていく。

 

「マ……ホ……ッ!!」

 

 防御をいくら上げているとは言っても、さすがに一瞬のうちに何十連撃も叩き込んでくる攻撃は痛い。受けているマホイップも、思わず苦悶の声を漏らしている。しかし、そんな連撃も、ある瞬間でピタリと止んでしまった。

 

「捕まえた!!」

「っ!!」

 

 身体に水をまとったまま空中で動きを止めるカマスジョー。その身体には、地面から伸びた無数のクリームの触手。

 

 攻撃を受けながらもクリームをばらまいていたマホイップの行動が、カマスジョーの動きを徐々に削っていき、遅くなった一瞬の隙を着いて触手でキャッチ。捕まえるのが不可能と思われていた高速の魚雷をついに捉えることが出来た。

 

 だが、安心するのはまだはやい。

 

(まだ、火力が足りない……)

 

 ようやく捕まえることは出来たものの、問題はこれだけではカマスジョーは倒せないと言うこと。

 

 カマスジョーは未だにダメージを負っておらず、そして攻撃性能が高い方ではないマホイップではとてもじゃないけど一撃で落とし切るのは難しい。となると、倒すには連続で攻撃を当て続ける必要があるのだけど、カマスジョーにはこの状態からでもクリームを弾く方法がちゃんとある。それまでにカマスジョーを倒すには、時間が足りず、かといって一撃で倒すにしても、せめてめいそうを2回はしておきたい。

 

(カマスジョーを押しとどめるのも無理。倒し切るのも無理。どちらにしたって、このカマスジョーを倒すのなら、もう一度クリームで捕縛する時間を作らないとだめ。なら、今ここでするべき最適解はこれ!!)

 

「マホイップ!!カマスジョーを空に向かって投げて!!」

「マホッ!!」

「っ!?カマスジョー!!『アクアジェット』の準備をしなさい!!」

「シャッ!?」

 

 カマスジョーを捉えているクリームの触手を動かして、思いっきり空中に投げ捨てるマホイップ。身体を固定されている状態から急に放り投げられたカマスジョーは、まさかの扱いに受け身を取るのが精いっぱいで、少しだけアクアジェットに移行するのが遅れてしまう。

 

 そんなわずかの隙をついて、ボクもマホイップに指示を出す。

 

「マホイップ!!『とける』と『めいそう』!!ありったけ!!」

「まずい、止めなさい!!カマスジョー!!」

 

 空中で少しだけバタバタしていたカマスジョーが態勢を立て直し、アクアジェットの状態に移る前に、マホイップは自身の周りをクリームで包み、ドーム状にしたうえで、その中でめいそうととけるを交互に行っていく。この姿を見て危機感を感じたルリナさんは、カマスジョーを更に急かし、その緊張感が伝わったカマスジョーもルリナさんの感化されてすぐさま水を纏っていく。

 

「シャッ!!」

 

 そのまますぐに尾ヒレを回して急発進。クリームのドームに引きこもってしまっているマホイップを止めるべく、再び音速に迫る勢いで走り出したカマスジョーは、少しでも速くマホイップの下に攻撃を届けるために回転も追加。再びライフル弾と化し、そのままクリームのドームを突き抜けて中にいるマホイップに向かって突撃を行った。

 

「潜行!!」

「マホッ!」

 

 これに対して、すぐさまとけるとめいそうを中断し、カマスジョーが突っ込んで来るよりも速く地面のクリームの中に潜り込んだマホイップは、間一髪のところでアクアジェットを回避。そのままクリームの中を移動して、カマスジョーから一番離れたところに顔を出した。

 

「もう一度クリーム!!」

 

 そこからさらにクリームを延ばしていき、地面にどんどんマホイップの領域を展開していく。

 

「追いなさいカマスジョー!!これ以上あのマホイップに『とける』と『めいそう』をさせてはダメよ!!」

「シャッ!!」

「マホイップ!!準備はいい?!」

「マホッ!!」

 

 クリームの中で行われていたため、いったいマホイップがどれだけ行動できたかはわからないけど、ボクの見た感じ、あの短期間でとけるを1回と、めいそうを2回を積むことが出来たのではないかとおおよその当てをつけておく。

 

(最初の『とける』と合わせて8段階……うん、カマスジョーを倒すだけならこれでも……!!)

 

 カマスジョーは素早さと攻撃力がとても強力な反面、耐久面に難がある、いわゆる高速アタッカーと言われるタイプのポケモンだ。この先を考えるのならもうちょっとめいそうをしてもいい気はするけど、十分妥協できるラインではある。特に、先ほども言ったようにカマスジョーのようなポケモンを相手するのなら十分の積み具合だ。

 

 これがポプラさんなら、もう1回ずつは積めていそうなのが、自分のまだまだ甘い所。

 

「クリーム!!」

「マホッ!!」

「突っ切りなさい!!」

「シャッ!!」

 

 回転しながら突っ込んでくるカマスジョーに対して、マホイップがクリームの塊を作り出して投げつける。これに対してカマスジョーは回転をさらに強くして、クリームの塊を一気に貫通して来ようと画策。今までで一番の速度と貫通力をもって繰り出された子のアクアジェットは、一瞬のうちにクリームを貫通して通り過ぎていく。

 

(さすがの破壊力と速度……けど!!)

 

「マホイップ!!」

「マホッ!!」

「っ!?後ろにいない!!いつの間に!?」

 

 しかし、クリームを貫通した先にはマホイップはおらず、すでに遥か彼方まで移動していたマホイップがボクの声を合図に手を広げる。すると、先ほどカマスジョーが貫いたクリームの塊が爆発四散。あたりに散らばっていき、無差別にいろんなものへと取り付いて行く。

 

 そのとりつく先にはもちろんカマスジョーもおり、カマスジョーはこれを避けるのに必死となり、軌道が不安定となって速度が落ちていく。

 

 その様を見て、ルリナさんの表情が焦りに染まった。

 

「カマスジョー!!速度を落としてはダメ!!」

「遅いです!!マホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 速度が徐々に落ちていき、マホイップでも十分補足できるくらい遅くなったカマスジョー。その瞬間に、広げていた両手をきゅっと閉じると、散らばっていたクリームがカマスジョーを起点にして集まっていき、再びカマスジョーをクリームの中に閉じ込めることに成功した。

 

「カマスジョー!!すぐに回転を━━」

「絶対に逃がしちゃだめだよ!!マホイップ!!『アシストパワー』!!」

「マホッ!!」

 

 2回目の捕獲。しかし、先ほどと違うのはマホイップの成長具合。

 

 さっきはマホイップの火力が足りなかったからこそ、一撃でカマスジョーを落とすことが出来ないから諦めたけど、今回は違う。とけるとめいそうを2回ずつ行うことが出来た今のマホイップなら、十分カマスジョーを落とすに足る一撃を放つことが出来る。

 

 マホイップからクリームの塊に向かって放たれたピンク色の波動は、カマスジョーが飛び回っていた以上の速度をもって衝突。ぶつかると同時に轟音と爆風をまき散らし、カマスジョーをルリナさんの足元へと飛ばしていった。

 

「シャ……ァ……」

 

 

『カマスジョー、戦闘不能!!』

 

 

 当然一撃必殺。飛ばされたカマスジョーは目を回し、ここでリタイアとなる。

 

「ありがとうカマスジョー。戻って休みなさい」

「良いよマホイップ!!このまま攻めよう!!」

「マホッ!!」

 

 倒れたカマスジョーに声をかけ、ボールに戻すルリナさんを見ながら、ボクはマホイップに労いと激励の言葉をかける。

 

(よし、うまくクリームが機能している!!さすがにポプラさんまでの域には及んでいないけど、少なくとも武器の1つとしては働いている!!)

 

 以前は離れたクリームのほんのちょっとを動かすのが精いっぱいだったけど、今となってはその操作精度もかなりのものとなり始めている。

 

 着実に感じる自分の成長。それが凄く嬉しく、同時にボクの自信につながっていく。

 

「やるわね……ポプラさんの扱っていたその戦法をしっかりと自分のものにしているなんて……」

「ボク個人としては、まだまだ納得していないですけどね。まだまだ成長していきますよ!!」

「マホッ!!」

「ふふ……いいわね。それでこそ最強の挑戦者!!」

 

 ボクのマホイップを見て、冷や汗を流しながらも笑顔を絶やさないルリナさん。

 

 落ち詰められている自覚はあっても、それ以上にこのバトルを楽しんでいるというのが伺い知れるその表情に、思わずボクも頬が緩んでいく。

 

「でも、まだまだ負けないわ!!グソクムシャ!!」

「ムシャッ!!」

 

 とにかく楽しそうな笑顔を浮かべたまま、カマスジョーを懐に戻したルリナさんは、最初に繰り出し、そしてききかいひによって手持ちに戻ったグソクムシャを再び場に出す。

 

「……うん、ちょっと今はこうするしかないわね」

 

 と同時に、空を見上げながら何かをポツリとこぼすルリナさん。その姿の意味がよく分からず、少しだけ首を傾げてしまうボクだけど、そちらに思考を回すよりも、グソクムシャが出てきたことによって間違いなく行われるであろうあの技に対して準備をするべく、マホイップに警告を飛ばす。

 

「マホイップ!!」

「マホッ!!」

「『であいがしら』!!」

「ムシャッ!!」

 

 やはり飛んできたであいがしら。自分がボールから飛び出した瞬間にしか発動することが出来ないという制約の代わりに、圧倒的速度と威力を持って相手に襲いかかるこの技は、グソクムシャんの最も得意とする技だ。下手をすれば、この一撃だけで吹き飛んでしまうポケモンも存在するレベルの攻撃は、しかしとけるを2回行って、防御力をしっかりと高めているマホイップにとっては、全然苦になるものでは無い。クリームの盾を展開して防御姿勢を取るマホイップに対し、クリームを無理やりつきぬけて、全身クリームまみれにしながらも迫ってきたグソクムシャは、そのままクリームの奥に隠れていたマホイップに、その大きな右腕を叩きつけ、強烈な一撃を与えてくるものの、タイプ相性もあってか、今のマホイップには全くと言っていいほどダメージになっていなかった。

 

「『ドレインキッス』!!」

「マホ~」

「っ!?離れなさい!!」

 

 むしろ、相手の体力を奪う技を使えるマホイップにとっては、今のグソクムシャはありがたい養分のようなものだ。先ほど受けたダメージは、このドレインキッスで回復することが出来る。

 

「ム……シャッ!?」

「逃がさない!!」

「……本当に扱いが上手いわね」

 

 この攻撃を受けてしまえば、今までしてきたことが水泡に帰してしまう為、慌てて回避を選択するルリナさん。しかし、であいがしらをするために無茶をしてしまったのが祟り、全身をクリームだらけにしている今のグソクムシャの動きは、マホイップがちょっとクリームを操作するだけで簡単にその動きをキャッチできてしまう。

 

 あっという間に行われる拘束に、グソクムシャも抜け出そうと必死に身体を動かしてはいるものの、カマスジョーとの戦いで散々クリームを展開しまくったおかげで、少々振り払われようとも、その上からさらにクリームがかぶさって、もうどうしようもない状況になってしまっている。

 

 1度ききかいひも発動してしまっているせいで下がることも出来ないし、体力が半分も切っていることがバレてしまっている。そんな状態のグソクムシャが、今のマホイップの前に無防備な状態で晒されてしまえば、正直このバトルは決まっているようなものだ。

 

「マホイップ!!『アシストパワー』!!」

「マッホッ!!」

 

 再び放たれるピンク色の光は、先程カマスジョーに叩きつけた時と同じ威力を持ってグソクムシャにも襲いかかり、体力をかなり消費していたグソクムシャをも、一撃の下吹き飛ばしていく。

 

「ム……シャ……」

 

 

『グソクムシャ、戦闘不能!!』

 

 

「よし、いいよマホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 マホイップによる華麗な2連撃破。予めクリームを展開できたことや、エルレイドが削ってくれていたこともしっかりと効いたが故のこの連勝は、確実に流れをボクの方に傾けてくれていた。

 

(凄くいい調子だ……けど、ルリナさんはこんなところで終わる人じゃない)

 

 正直今のマホイップは簡単には落ちない。下手をすればもう詰み状態と言ってもいいレベルのそれだ。しかし、これだけで詰んでしまうような人が、このガラル地方のトップに名を連ねられるわけが無い。

 

 必ず何かがある。そう思いながら、ボクとマホイップは警戒心を上げていく。

 

「ありがとう。ごめんなさいグソクムシャ。こんな役割を任せてしまって……でも、あなたのおかげで何とかなりそうよ」

 

 そんなボクたちの視線を受けたルリナさんは、グソクムシャを戻しながら空を見上げる。すると、先程までしとしとと降り注いでいた雨がピタリと止み、空に青色がもどり始めていた。

 

「雨が上がった……そっか、ルリナさんはこれを待って……」

「いいタイミング。もう一度行くわよ!!ぺリッパー!!」

「ペリ~!!」

 

 雨が止むと同時に現れるぺリッパーが空に声を上げることで、晴れていた空がまた一転。再び雨の降るスタジアムへと変わっていく。

 

 ポケモンが変えた天候は、1部の伝説と言われるポケモンが起こしたものを除けば、基本的に時間経過でおさまる。そして、その時間は延長することは出来ない。つまり、消費した時間をあまごいやあめふらしによって持続させるというのが出来ないという事だ。それでも雨を持続させたいというのなら、雨が切れた瞬間にまたあまごいなりあめふらしをし直す必要がある。

 

 正しく、今回のように。

 

「雨が止むタイミングを完璧に把握してる……」

「わたしはみずタイプのエキスパートなのよ?これくらいはできて当然よ。『とんぼがえり』!!」

「っ!!逃がさないで!!『アシストパワー』!!」

 

 そして雨を降らせるだけ降らせたぺリッパーは、再びルリナさんの方へ帰っていく。このままその行動を許せば、この雨が止んだ時にまた雨を展開されてしまうので、ここでぺリッパーを倒すべく、フルパワーで攻撃を行う。攻撃が当たればぺリッパーを落とせるし、たとえ当たらなくても、とんぼがえりのためにマホイップに近づくのであれば、クリームで捕まえることが出来る。そう思ってのこの行動だ。

 

「地面を蹴りなさい!!」

「なっ!?」

 

 しかしぺリッパーが地面のクリームの塊に対して技を放ったことによって、ボクの思惑は崩れる。

 

 地面を蹴り、塊をアシストパワーに放つことで攻撃の速度をほんの少し緩め、その僅かな隙をついて戦場を離脱。マホイップにダメージを与えることではなく、無傷でこの場を脱出するのが目的であるぺリッパー側の考えを失念していたボクのミスによって、まんまとぺリッパーが手持ちに戻っていく。

 

「よく帰ってきたわ。おかげで、わたしの攻めはまだ止まらない!!」

「気をつけてマホイップ。次、来るよ!!」

「マホッ!!」

「ふぅ……行くわよ!!この状況を打開させるわ!!」

 

 ぺリッパーが帰り、雨が降る中、ルリナさんの次のすいすいポケモンが繰り出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











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270話

「行きなさい、アズマオウ!!」

「マ~ウ」

「アズマオウ……」

 

 勢いよく足を振り上げ、野球選手も見惚れるだろう美しい投球フォームから繰り出されたのはアズマオウ。カマスジョーと同じくすいすいを特性に持つこの子は、しかしカマスジョーと違って、少し物理攻撃が得意なくらいで、能力値的にはバランスよく整っており、その分素早さが少し低めといったポケモンだ。その少し不安の残る素早さを、すいすいで補っているという訳ではあるのだけど……正直初見の感想は、この子ではマホイップの突破に乏しいのでは?という気持ちだ。

 

 カマスジョーは耐久が低い代わりに、攻撃力と素早さがかなり抜きん出ており、尖った戦い方をするポケモンだ。そういうポケモンは総じて癖が強く、その分型にハマった時の破壊力が凄まじい。実際に、雨とアクアジェットを絡めたあのコンボは、エルレイドが何も出来ずに落とされてしまったほどだ。

 

 けど、今はそれをも超えたマホイップが場にいる状況。カマスジョーが戦えなかった相手に、カマスジョーのような尖ったものを持っていなさそうなアズマオウには、この状況を打開できるものがあるようには思えなかった。

 

(けど、その考えはあくまでボクが考えた時の話だ。それでもルリナさんがここでアズマオウを選択したということは、ルリナさんには明確な対策があるということ……)

 

 ボクがやっている戦法は、ポプラさんのしていたそれとほぼ一緒だ。そしてポプラさんもルリナさんも、ガラル地方のメジャーリーグジムリーダーという同じ立場に身を置いている人。当然戦闘経験はあるだろうし、ルリナさんもこの戦法はされたことがあるはずだ。

 

(絶対に、何かある……!!)

 

 警戒心を上げ、じっとアズマオウを見つめる。

 

 何かあっても直ぐに対応できるように、その一挙手一投足を目に焼き付け、マホイップにすぐに指示を出せる状態で構え、アズマオウの動きを待った。幸い、雨に時間制限がある以上、時間はボクの味方だ。焦って前に出なくても、必ずルリナさんが動かなくては行けないターンが来る。そこを待ち構えて反撃するのが、1番安定しそうだ。

 

(本当は『とける』と『めいそう』をして、少しでも磐石にしたいけど……今はしない方がいいよね……)

 

 とけるやめいそうをして、アズマオウを無理やり動かす考えももちろん浮かんだけど、この動きが致命的な隙になる可能性も0じゃない。だからボクはルリナさんの言葉をじっと待ち……

 

「アズマオウ……」

 

(来る……っ!!)

 

「『なみのり』!!」

「えっ!?」

 

 ルリナさんからのまさかの指示に思わず声を漏らす。

 

 なみのり自体は別におかしな技では無い。大量の水を呼び出し、操り、その物量で相手を押し流す強力な技だ。問題なのは、この技を使ったのが別に特殊が得意では無い……いや、むしろ苦手よりのポケモンであるアズマオウが打ってきたという点だ。

 

 けど、ボクはその考えを自分に当てはめてすぐに切り替える。

 

(いや、ボクだって状況に合わせて戦えるように、インテレオンやモスノウに物理技を覚えさせる時はある。その延長線と考えたら納得は行く。特に、この『なみのり』が相手の自由を奪うためだったり、相手に近づいたくない時にするという目的なら尚更だ)

 

 今のマホイップはクリームの国に囲まれている。そんなマホイップに対しての下手な物理攻撃は、カマスジョーの二の舞……いや、カマスジョーよりも機動力のないアズマオウがすれば、それ以上の悲惨な目にあうのは間違いない。なら、こういう時の対応策として、アズマオウが特殊技を用意しているのは何らおかしなことでは無い。雨で威力が底上げされていることも加味すれば、十分な牽制技になるはずだ。

 

 最も、元々特殊耐久が高く、その上でめいそうを2回行っている今のマホイップに対しては、この程度の攻撃は全然痛くは無いし、なんならこれくらいの波は、簡単に粉砕できるのだが。

 

「マホイップ!!『アシストパワー』!!」

「マホッ!!」

 

 真正面から迫ってくる水の壁に対して、マホイップはピンク色の波動を発射。今までルリナさんの手持ちを2人倒している凶悪なその波動は、アズマオウが作り出した水の壁を真っ二つに割り、そのままマホイップのところを避けるようにして倒れてきた。

 

 激しい水音とともに、地面に拡がったクリームを押しつぶすように倒れてきたその圧力は、しかしマホイップには当たることなく、バトルコートの地面を水で埋めるに留まる。もちろんマホイップには1ミリもダメージは入っていない。

 

「相変わらずとんでもない威力ね……」

「この程度ではマホイップは止まりません!!」

「ええ。嫌という程理解しているわ」

 

 この状況に苦い表情を崩せないルリナさんは苦しそうに言葉をこぼす。やはりこのマホイップを超えるのは、ルリナさんを持ってしても大変らしい。けど、瞳の中の闘志が燃え尽きていないことから、まだ何かを仕掛けてきそうだから警戒は一切解かない。いや、解けないと言った方が正しいか。というのも、先程のなみのりによってバトルコート全体が水に浸ってしまったため、少しだけ問題が起きてしまっている。

 

 その問題は、マホイップが広げたクリームの操作難易度の上昇だ。

 

 ビートとの戦いを思い出して欲しいのだけど、クチートがクリームを口に咥えた時、そのクリームはマホイップの操作できないものとなっていた。これは、マホイップとクリームの間に障害物があったという点と、クリームが別の力で抑えられていたからという点の2つが影響しているからだ。この判定を受けたクリームは、マホイップがいくら頑張っても操作できないか、極端に操作精度が落ちてしまう。もしかしたら、ポプラさんならこの状況でも気にせずクリーム操作ができるのかもしれないけど、少なくとも今のボクたちには不可能だ。

 

 つまり、波乗りによって水位が上がり、ボクのふくらはぎより少し下くらいまで水が浸かってしまっている(実際にはボクとルリナさんの足元にもクリームの山があるので浸かっていないが)今のバトルコートでは、マホイップのクリームは上から水に押さえつけられているため、操ることが出来るのは、自身の足元に島のように盛られているクリームのひとかたまりだけとなっている。はたから見たら、小さな無人島に流されたあとのような光景だ。

 

 最も、今のマホイップなら、この量のクリームだけでも真正面からのバトルなら負けはしない。それはルリナさんも理解しているはずだ。となると、ルリナさんの作戦はここから。

 

(さぁ、どう来る……?)

 

 なみのりによって生まれた水の中を、すいすいの効果によって高速で泳ぎ回るアズマオウから目を離さないようにし、何が来ても対応できるように構えておく。マホイップも、次が相手の本命択だと理解しているから、いつもの可愛らしい雰囲気は消し、真剣な表情でアズマオウを見つめる。

 

「アズマオウ!!」

「マウ!!」

 

 そのまま数秒ほど、マホイップを中心に右回りで泳ぎ回るアズマオウ。そんな彼女に、ルリナさんが声を上げると、元気よく返事をしたアズマオウが身体の向きを変え、額の角を構えてマホイップのいる島に向かって突進を始める。先程までの遊泳とは違い、本気で攻めるためか、その速度は今までのアズマオウの中では1番のスピードとなっている。その速度の緩急のせいで一瞬アズマオウを見失いかけるけど、先程までカマスジョーを相手にしていたために順応できた。

 

 これなら、まだ迎撃できる。

 

「マホイップ!!」

「マホッ!!」

 

 迫り来るアズマオウに対してしっかりと瞳を向けるマホイップ。そんな両者の距離がぐんぐんと近づく中、あと数秒でぶつかり合うところでお互いが変化を生み出す。

 

「マウッ!!」

「マホッ!!」

 

 アズマオウは額の角を伸ばして貫通力を上げ、マホイップはクリームを生み出して大きな盾を作り上げる。

 

 アズマオウはこの伸びた角でクリームごと刺し貫く方向で、マホイップはクリームで絡めとって確実にアシストパワーを当てる方向で舵を切る。

 

 普段より長く伸び、そして角を回転させながら飛び込んでくるアズマオウを前にして、しかしボクとマホイップは特に焦ることなく構えていく。

 

(アズマオウよりも貫通力の高いカマスジョーの攻撃も絡め取る事が出来たなら、アズマオウがちょっと工夫してもマホイップには届かない。大丈夫。それに、例え受け切ることが出来なくても、地面に潜って避ける時間は稼げる!!)

 

 準備万端。そして、いよいよ回転した角がマホイップのクリームに触れる。これにより、クリームは飛び散り、アズマオウの身体に付着することで素早さを奪っていく事になるだろう。

 

(よし、狙い通り!!このまま行けば……あれ?)

 

 ことは想像通りに進んでいる。しかし、ここに来てある違和感が確認できた。

 

(クリームが……想像よりも飛び散りすぎてる……?)

 

 それは、アズマオウの角に飛ばされたクリームが、アズマオウの身体に付着することなくステージの端まで吹き飛ばされているという明らかにおかしな挙動をしている所。その状態に猛烈に嫌な予感を感じたボクは、ここに来てようやく耳に届いた、アズマオウの角から聞こえる不快な回転音の正体に気づき、慌ててマホイップに指示を出す。

 

「マホイップ!!その攻撃に触っちゃダメだ!!避けて!!」

「ッ!?」

 

 クリームの異様な弾かれ方にマホイップも何かを感じとったみたいで、ボクが言葉を言い終わる前に身体を右にずらし、アズマオウの突撃を回避。何とか技の直撃だけは避けることに成功した。しかし、アズマオウの放った技が強力すぎた故に、マホイップの足場となっていたクリームの島が真っ二つに割れ、その両方ともが水に沈み始めていく。

 

「マ、マホ……ッ!」

「落ち着いてマホイップ!!まずは足場を……」

「もう遅いわよ」

「っ!!」

 

 急に足場がなくなり、パニックになったマホイップを落ち着けるために声をかけるボク。しかし、すいすいによって機動力が上がっているアズマオウにとっては、この時間が生まれた時点で次の攻撃を当てられることが確定してしまっている。

 

「マホッ!?」

「マウッ!!」

 

 結果、マホイップが気づき、そして振り返った時にはもう、マホイップの目前にまでアズマオウの角は迫っていた。

 

 マホイップの機動力では、この攻撃はどうやっても避けることは不可能だ。

 

 そして……

 

「ッ!?」

「マウ~!!」

 

 アズマオウの額で回転する大きな角が、マホイップの身体のど真ん中を貫いた。

 

「……やられた」

 

 これがただの攻撃であったのなら、ボクは何も焦ることは無かった。だって、今のマホイップはとけるによって防御が4段階も上昇しているのだから。例えアズマオウが、マホイップの弱点を着くことができるスマートホーンをぶつけてきたとしても、ボクは何ひとつ気にする事はなかっただろう。寧ろ、カウンターのチャンスとさえ思ったはずだ。

 

 しかし、今回アズマオウが放った技は、スマートホーンなんて生ぬるい技では無い。

 

「……『つのドリル』」

 

 つのドリル。

 

 回転している角を相手に突きつけて、その圧倒的な破壊力を持って攻撃する最凶の技。その威力は決して計測することはできず、当たったポケモンはいくら防御ランクを上昇させていたとしても、問答無用でひんし状態にされることとなる。そしてこれは、今のマホイップにも当たり前のように適用される。

 

「マ……ホ……」

 

 

『マホイップ、戦闘不能!!』

 

 

 一撃必殺。

 

 自身の能力を磨き、ここまで破竹の勢いで相手を倒していたマホイップに対して、この手の技はとても有効に働くこととなる。

 

「そこまでカチカチに守りを固めてくるのであれば、いっそこういった突破の方がよっぽど楽よね。ポプラさん相手にも、たまにこうするもの。時にはこういったこともやらないとね!!」

「ですね……見事にしてやられましたよ……」

 

 マホイップは耐久力はあれど、機動力は無い。クリームによる移動方法だって、一見インパクトのあるアクロバティックな戦法だけど、それでも上げられる……いや、ごまかせる機動力に限界はあるし、今回のように動ける場所を制限されてしまうと、その強みすら失ってしまう。そうなってしまえばもうマホイップに攻撃を避ける手段は無く、その状態のマホイップに、すいすいで速度の上がったアズマオウが、つのドリルを外す理由は無い。

 

「ありがとう。ごめんねマホイップ」

 

 アズマオウの行動から、どの技が来るかは正直予想できたはずだ。けど、とけるとめいそう、そしてアシストパワーのコンボが決まり、ルリナさんの手持ちを2人も連続で倒したことで、ボク自身はそんなつもりがなくても深層心理のところで、どこか油断をしてしまっていたらしい。今回マホイップを落とされたのは、そんなボクの甘さが原因だ。

 

(しっかりしろ。まだボクは勝ってなんかいない。……ただ、負けてなんかもいない。だから落ち着け……まだまだ対策はできる。今度こそこの子に頼る!!)

 

 マホイップの戻ってきたボールを懐に戻し、次のボールを構えて空中に投げる。

 

「頼むよモスノウ!!」

「フィッ!!」

 

 ボクの3人目として出てきたのはモスノウ。マホイップの時に話した、雨を止める方向性ですいすいを邪魔する戦法をここで行うためだ。

 

「『ふぶき』!!」

「フィッ!!」

 

 その思いついた作戦を早速実行するべく、ボクはすぐさまモスノウに指示を飛ばす。この言葉に応えたモスノウは、返事をあげながら翅を羽ばたかせ、冷たい雪の嵐を巻き起こした。

 

「さすがにそれはさせたくないわね……アズマオウ!!『なみのり』!!」

「マウッ!!」

 

 荒れ狂う暴風雪が、降りそそぐ雨全てを吹き飛ばさんとバトルコート全てを包み込む。

 

 流石にこれを看過することが出来ないと判断したルリナさんは、モスノウが放ったこの攻撃に対してなみのりで対抗。先ほどマホイップを襲ったものよりも、さらに高さの増した大きな波は、モスノウのふぶきとつばぜり合うかのように真正面からぶつかった。その結果として、ふぶきの勢いは完全に消され、同時にアズマオウが放ったなみのりが崩れ去り、現在進行形で浸されている地面の水がすべて凍っていく。

 

(まさかモスノウの攻撃が相殺されるなんて……)

 

 モスノウは特殊攻撃を得意とするポケモンだ。対するアズマオウは、さっきも言った通りそんなに特殊攻撃が得意なポケモンではない。なので、モスノウと比べるとこのなみのりの威力はかなり心もとないものとなっている。それでもモスノウのふぶきと相殺できたのは、ひとえにこの雨によるみずタイプの強化とみずタイプとタイプの相性関係のおかげだろう。やはり、この天候はどうにかして変える必要があるらしい。

 

(けど、この凍った地面……むしろアズマオウにとっては苦しい状況なのかも?)

 

 しかし、ふと視線を地面に向ければ、そこに広がるのはアイススケートのリンクを彷彿とさせるような一面の氷フィールド。

 

 見るからに寒そうで、そして立つことすらままならないくらい滑りそうなその状態は、とてもじゃないけどアズマオウが動けるグラウンド状況には思えない。カマスジョーのようにアクアジェットも憶えないので、空中を飛び回ることもできないということを考えると、この状況はボクが目指していた物とはちょっと違うけど、目標としていたアズマオウの足を奪うというそれは達成できていた。

 

 雨を止ませることなく止まるアズマオウの足。こうなれば、むしろこの雨はボクの味方になるかもしれない。

 

「モスノウ!!『ぼうふう』!!」

「フィッ!!」

 

 雨の下放たれるぼうふうは、降りそそぐ雨を巻き込み、更に巨大な嵐となって飛んでいく。その攻撃範囲はすさまじく、とてもじゃないけど避けることは不可能だ。

 

 それが、地面が凍って機動力を奪われているアズマオウなら尚更。

 

「アズマオウ!!『なみのり』で防ぎなさい!!」

「マウッ!」

 

 迫りくる嵐に対して再び水を呼び出して、二度目の防壁としての展開をするアズマオウ。自身が乗る波ではなく、自身の前に壁のように伸びた波は、雨によって強化され、迫力のある物となっている。

 

 しかし、雨で強化されているのはモスノウのぼうふうも一緒だ。

 

 雨をまきこみ、なんなら、強力すぎる風ゆえに、徐々に削られて行った地面の氷やクリームの塊をも巻き込んだ1つの台風は、物量と質量をもってアズマオウの壁を打ち破ろうとしていく。

 

「ちょ!?そんなに強くなるの!?」

「マウッ!?」

「フィィッ!!」

「モスノウ……」

 

 全てを巻き込んでどんどん成長していくぼうふうは、ボクの予想すらも超越してどんどん強力になっていく。と同時に、ぼうふうの大きさに比例していくようにモスノウの羽ばたきと大声が重なっていく。

 

(そっか……マホイップの頑張りに触発されて……)

 

 ボールの中からマホイップの大立ち回りを見ていたモスノウは、マホイップの想いを引き継いで必死に翅を動かしていく。その思いが届いたのか、モスノウが放ったぼうふうがついにアズマオウの作り上げた波のすべてを吹き飛ばし切った。

 

「うん、行けるよモスノウ!!『ふぶき』で追撃!!」

「フィッ!!」

 

 波が吹き飛び、その後ろに隠れていたアズマオウにも風が叩きつけられ、身動きが上手くとれないところに更に叩き込まれる氷の風。その攻撃は回避も移動もできないアズマオウにしっかりと直撃し、大きく体力を削っていく。

 

「モスノウにここまで力押しされるなんてね……メロンさん以来かしら?」

「じゃあもっと力押ししないとですね!!モスノウ!!」

 

 ルリナさんの愚痴を聞いてますます勢いに乗ったボクとモスノウが更に出力を上げていく。

 

 強化されたふぶきはとどまるところを知らず、もはや災害級のそれへと変わっていく、バトルコート全体の温度を一段階下げていくと同時に、心なしか降りそそぐ雨にも雪が混じり始めたように見えてきた。

 

 このままいけば、雨雲をも吹き飛ばすかもしれない。そうなれば、ただでさえ足場がなくなってきているのに、アズマオウはすいすいまでも失っていく可能性がある。そこまで行けばもうモスノウの独壇場だ。

 

「さすがにこれ以上調子に乗らせるわけにはいかないわ!!アズマオウ!!『ドリルライナー』!!」

「マウッ!!」

 

 当然ルリナさんはこの状況を見過ごすことなんてしない。その逆転の一手として、身体ごと角を回転させたアズマオウは、そのドリルを地面の氷へと叩きつけ、自身の周りに大量の氷の塊を作り出す。

 

「打ち出しなさい!」

 

 そして、アズマオウの周りに大量に積もったそれを順番にモスノウに向かって発射。ドリルをバットに見立てて次々と打ち出される塊たちは、野球のノック練習のようだ。

 

「『ぼうふう』にチェンジ!!」

 

 対するこちらは、飛んでくる氷の弾幕を跳ね返すために技をふぶきからぼうふうにチェンジ。飛ばしてきた氷をそのまま逆再生するかのように跳ね返していく。

 

(これでこのまま攻撃を跳ね返せば、アズマオウに追撃でダメージが……)

 

「っていない!?」

「『なみのり』よ!!」

「マウッ!!」

 

 しかし、跳ね返っていった氷の先にはアズマオウはおらず、地面に視線を動かせば、氷の上を綺麗に滑って移動するアズマオウの姿が確認できた。その正体は、自身の足元に波を発生させ、なみのりを攻撃のために使うのではなく、自身の移動手段として使うことで、こんな悪路でも綺麗な動きを見せていた。

 

 その行動に気づくのが遅れてしまったため、アズマオウは既にモスノウの足元まで接近。

 

「このまま『たきのぼり』よ!!」

「マウッ!!」

 

 真下まで来たアズマオウは、その場で自分の下に作った波を爆発させ一気に上昇。同時に水を身体に纏い、強烈な突撃をモスノウに向かって放つ。

 

「物理防御は低いでしょ!!打ち抜かせてもらうわよ!!」

「マウッ!!」

 

 なみのりが爆発した勢いと、たきのぼりによる圧力を合わせ、そこにすいすいの速度を掛け合わせたアズマオウの一撃。雨によってパワーが上がっていることも考えれば、充分モスノウを一撃で落としえる威力を持っている。

 

 角を真正面に向け、宙を舞うモスノウめがけて突き進む1つの星。荒れ狂う嵐の中突き進むその水の線は、彗星のように綺麗で鋭い。

 

 ルリナさんの言う通り、これを貰えばモスノウは間違いなく落ちる。

 

 けど、モスノウにこの攻撃は当たらない。

 

「モスノウ。もっと『ぼうふう』!!そのまま集めて回して!!」

「フィッ!!」

「っ!?」

 

 ボクのモスノウはぼうふうを自在に操れる。それは今までの戦いで証明されている。だからこそ、今回も同じようにモスノウは風を操り、自身に纏わせ、鎧とする。

 

 モスノウを守る風の鎧は、飛んできたアズマオウの角をモスノウから見て右にわずかに逸らす。これを確認したモスノウは、身体を右に回転させることでその動きをさらに強くし、アズマオウを大きく右に弾いた。

 

(『つのドリル』じゃないなら……逸らせる……!!)

 

 アズマオウの身体が、空中で無防備にさらされた。

 

「『ぼうふう』!!」

「フィッ!!」

「マウッ!?」

 

 すかさず動くモスノウの翅。

 

 力強く羽ばたくことで巻き起こった嵐によって、空中のアズマオウがはたき落とされ、地面に墜落。

 

 受け身行動もとることの出来なかったアズマオウは、そのまま目を回すこととなる。

 

 

『アズマオウ、戦闘不能!!』

 

 

「フィィィィッ!!」

 

 モスノウの雄たけびが、バトルフィードに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




つのドリル

言わずと知れた一撃必殺技。アニメでは、どちらかと言うと他の攻撃で削られた相手にとどめを刺す技の1つと言う扱いみたいになっていましたね。アランさんとのバトルの時のキリキザンを想像すればわかりやすいでしょうか。この作品では、そんなこと気にせずに強制一撃必殺にしていますけどね。実機と同じく、『相手にレベルで負けていたら通用しない』と言う路線を取ろうと思っています。






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271話

 モスノウの声が響くバトルフィールドは、雨にふぶき、そしてクリームに氷の地面と、もはやバトルコートの原型を留めていない程の荒れ模様となってしまっている。このバトルが終わったあと、次の試合のために整備することを考えると、少しだけリーグスタッフの人たちのことが心配かつ、申し訳ない気持ちになるけど、それはそれとして、ここまでしないと勝てない相手ではあるので、そういった気持ちはすぐに横へ置き、ルリナさんの方へ視線を向ける。

 

(ルリナさんの手持ちは残り3人……誰が出てくるか……)

 

 ぺリッパーが帰ってくるのか、はたまた新しい子が来るのか、どちらを出してきても不思議では無いけど、ルリナさんの手持ちですいすいを持っているのはあと1人しかいない。逆に言えば、のポケモンのために雨を残す行動を取ってくるだろうから、そこから逆算すればおのずとルリナさんの次の手は見えてきそうだ。

 

(雨の効果を後ろに残したいのなら、グソクムシャの時みたいに時間稼ぎを目的にするのかな……となると、ぺリッパーじゃなさそう……エースは最後に出すことを考えるのなら、じゃあここで出るのは決まったようなものかな)

 

「戻りなさい、アズマオウ。お疲れ様。よくやってくれたわね」

 

 頭の中で軽く予想を立てながら場を見つめていると、ルリナさんがアズマオウにリターンレーザーを当てているところだった。

 

 その表情は少しだけ曇っているように見え、次に誰を出すかで迷っているように見える。

 

(どっちなんだろう……予想は新顔君なんだけど……)

 

「うん、やっぱりあなたが良さそうね。行きなさい!!ぺリッパー!!」

「ぺリッパー……」

 

 数秒悩む素振りを見せたルリナさんは、しかしキッパリと自分の中で答えを出したのか、晴れやかな表情を持ってぺリッパーを繰り出した。

 

 ボクの予想とは違う選出に、少しだけ思考が伸びていく。

 

(ここでぺリッパーを出すんだ……ぺリッパーが倒されたらもう雨が展開できなくなっちゃうけど……エースポケモンに雨を残すのを諦めた?……ううん、あのルリナさんがそんな消極的な考えをするなんて思えない。ってことは……このポケモンでモスノウを突破する何かを持ってる……?)

 

 自分の中で、自然と警戒心が上がっていく。

 

 さっきはアズマオウにしっかりと仕事をされてしまったので、ここで同じことを繰り返すつもりは無い。なにかされる前に仕掛ける。

 

「モスノウ!!」

「ぺリッパー!!」

「「『ぼうふう』!!」」

 

 変な搦手をされるよりも速く攻撃を仕掛けるために、雨を利用して一気に攻める指示を出す。すると、ボクとルリナさんの指示が重なり、同じ技が両者から放たれた。

 

「フィッ!!」

「ペリッ!!」

 

 指示と同時に羽ばたく翅と羽から起こるぼうふうは、雨も氷もクリームも、何もかもを巻き込んで、両者の中間でぶつかり合う。

 

「っ!!」

「……」

 

 風と風がぶつかり合うことによってさらに大きな台風となったその風は、バトルコートのど真ん中で大きな台風となる。その風が強すぎて、ボクは思わず顔を腕で庇ってしまう。もちろん、この状態でも視線は外さないように前を見続けてはいるけど、対面のルリナさんは、相変わらず腕を組んだままの姿で微動だにしない。この戦法に慣れている証拠だろう。

 

 そしてそれは、この状況に対して絶対に勝つことが出来るという自信の表れでもある。

 

「……徐々に押されてる」

 

 バトルコートの中心で起きた台風を確認したモスノウとぺリッパーは、その上で更にぼうふうを放つ。こうすることによって、真ん中の台風を相手側に押し込んで、2つ分のぼうふうがあわさったエネルギーを相手に叩きつけようと考えているためだ。

 

 台風を使った綱引きのような力比べ。しかしその結果は、先程ボクが言葉を漏らした通り、モスノウ側のフリという形で動いていた。

 

 特殊攻撃の得意具合であればモスノウの方に軍配は上がる。これが純粋な力比べであるのなら、なおさら勝つのはモスノウの方だ。しかし、現実問題としてそうなっていないのは、ひとえにぺリッパーがこの状況になれているためだ。

 

 雨の使い方。羽の使い方。風の使い方。技の使い方。そのどれもがモスノウの1歩先を行く。モスノウだって、ぼうふうによって自分の鎧を作り上げるだったり、飛んでくる石の軌道を操るだったりと、ぼうふうの扱いには長けているのに、それでもこちらの攻撃は全てぺリッパーの横を通り抜けるだけで、まるで攻撃が自分からぺリッパーを避けているようにさえ思うくらいに当たらない。今も、こちらが隙を見て、台風を迂回するようにはなった風と氷は、その全てがぺリッパーの直前で不規則に軌道を変えられてしまっている。しかも、ぺリッパーはこちらの攻撃を避けながらも攻めの譲らないように、常に台風の足元に自分のぼうふうを送り続けていた。結果、台風足元の占有率を取られてしまっているせいで、こちらがいくらぼうふうをたたきつけてもビクともしない。

 

(ぺリッパーはあくまでも、雨を降らせるための起点作成役だと思ってたけど……全然そんなことない。下手したら、今の所戦ってきたルリナさんの手持ちでトップクラスにやばいポケモンなのかも……)

 

「さぁぺリッパー!!このまま風と雨で押し流しちゃいなさい!!」

「ペリ~!!」

「くっ……!!」

「フィ……!!」

 

 考えているうちにぺリッパーの羽の動きが更に加速。それに比例するように、モスノウに近づく台風の速度も上がっていく。

 

(このままだと勝てない……なら、前に行く!!)

 

「モスノウ!!風をまとって乗って!!」

「フィッ!!」

 

 現状維持だとこちらが負けるだけ。そう判断したボクは、この台風の奪い合いを諦め、風を纏わせて台風に突撃するように指示。一見ただの自殺行為に聞こえるかもしれないけど、風を纏って、台風の中に混じっている氷やら石の礫やらを弾きながら台風の風に身を任せることで、本来のモスノウではありえない速度の機動力を得る形となっていた。

 

(ピンチをチャンスに。この台風すら利用する!!)

 

「本当に、無茶苦茶な作戦ね……そんなの誰も思いつかないわよ」

「思いつかなきゃ勝てないんですよ!!モスノウ!!」

「フィッ!!」

 

 こおりのりんぷんを撒き散らしながら台風の外周を高速で飛び回る姿は、まるで1本の白い線で、その姿は先程までのカマスジョーのアクアジェットを彷彿とさせる。もちろん、あちらと比べると速度は雲泥の差ではあるけど、それでもなかなかの速度を誇っていた。

 

 その姿を見たルリナさんは、思わず苦言をこぼすものの、そんなこと気にしてられないボクは、モスノウが十分加速したのを見て突撃を指示。最高速度を溜め込んだモスノウは、台風から弾かれるように飛び出し、ぺリッパーへと体当たりを仕掛けに行く。

 

「ぺリッパー!!『ハイドロポンプ』!!」

「ペリッ!!」

 

 これを見たペリッパーは、モスノウを落とすべく水の大砲を準備。大きく開いた口をまっすぐモスノウに向け、打ち返どうとする。

 

 けど、遅い。

 

「モスノウ!!爆発!!」

「フィッ!!」

 

 ぺリッパーが攻撃を貯めている間に、一瞬で距離を詰めてぺリッパーの真上を取ったモスノウ。その状態で、自身が纏っていた風の鎧を一気に爆散させ、風の爆弾と化す。

 

「ペリッ!?」

「ぺリッパー!!踏ん張りなさい!!『ハイドロポンプ』!!」

 

 いきなり自身を襲った風の爆弾をもろに受けてしまったぺリッパーはバランスを崩し、高度を下げられる。けど、ルリナさんの指示を聞いてすかさず態勢を整え、自身の真上にいるモスノウに向かって、さっき打とうとして途中まで溜めていたハイドロポンプを発射。下から真上に伸びるその攻撃は、天に昇る1本の水柱となっていた。

 

「避けて『ぼうふう』!!」

「こちらも『ぼうふう』!!」

 

 この水を、身体を少し右に動かして避けたモスノウは、すぐさま反撃のために翅を動かし、ハイドロポンプを打ったばかりの相手に上からぼうふうを叩きつける。これに対してぺリッパーも、すかさず打ち上げるようにぼうふうを放って、再びぼうふう同士のぶつかり合いが発生。しかし、今回はさっきのような竜巻が発生することはなく、両者の攻撃が相殺しあって、風の爆発が起きるだけに留まる。ぺリッパーが無理な態勢で慌てて攻撃したから、少しだけさっきと結果が変わったみたいだ。その証拠に、ぺリッパーはさらにバランスを崩しており、次への行動が遅れてしまっている。

 

「『ふぶき』!!」

「フィッ!!」

 

 その隙を逃さないように、すかさずモスノウが翅を羽ばたかせて雪の嵐を打ち下ろす準備をする。

 

 ぼうふうのぶつかり合いによってモスノウもバランスは少し崩してはいるけど、それでもペリッパーほどではない。先に態勢を整えて攻撃が出来るのは、相手が崩れているときに先に攻撃を仕掛けたこちらの方だ。だから、次の攻撃は必ず刺さる。

 

そんなこちらの絶好なチャンスの時、少し奇妙なことが起きる。

 

「ペリッパー!!」

「ぺ……ペリ~ッ!!」

 

 モスノウの翅が動き、今まさに攻撃放たれる瞬間まで迫ったその時。ルリナさんの言葉を聞いたペリッパーが、態勢を整えるよりも先に大声を空に放った。

 

 決して攻撃をするための行動ではないその言葉に、一瞬だけ身体を硬直させそうになるモスノウだけど、虚勢を張ってモスノウの動きを止めることが狙いの可能性もあるので、ためらうことなく翅を動かしてふぶきを放った。

 

 一分一秒……いや、それ以上に細かい刹那を競うクラスでのバトルだからこその、この思いっきりの良さ。おかしなことはなく、むしろいい方と捉えていいだろう。

 

 ……しかし、今回だけはこの判断があだとなった。

 

「……?」

 

 モスノウが攻撃を放とうとする瞬間に、耳に入って来る奇妙な音。

 

 その音の発生源は、ペリッパーのハイドロポンプが刺さった雲の中。ハイドロポンプと言うかなり威力が高い技が突き刺さっているはずなのに、穴が開くことなくすべての水を吸収し切った雨雲は、その部分だけを更に濃い黒色に染め、そして先ほどペリッパーが放った大声に呼応するように蠢いた。

 

 そして、その真っ黒な位置から、まるで滝のように水が落ちてきて、そのすべてがモスノウへと降りそそぐ。

 

「モスノウ!!」

「フィッ!?」

 

 急に上から降ってきた水に、ふぶきを構えていたモスノウは反応することが出来ず、全てを身体で受け止めてしまい、ずぶ濡れ状態となってしまう。

 

 その姿を見て、ボクは頭の中を嫌な予感が駆け巡り、慌ててモスノウに指示を出す。

 

「モスノウ!!今すぐ自分に『ふぶき』を打ってその水を━━」

「させないわ!!ペリッパー!!『ぼうふう』!!」

「ペリッ!!」

「ッ!!」

 

 モスノウが被った水全てを払うために構えていたふぶきを中断させて、今すぐにでも水をはじく行動をとってもらおうとするけど、その行動をさせないようにペリッパーがすかさずぼうふうを放ってくる。

 

「目標変更!!迎撃して!!」

「フィッ!!」

 

 この行動によって、自身の水をはじくことが出来なくなったモスノウは、仕方なく迫って来るぼうふうに対してふぶきを返す。ボクの指示を聞いたモスノウも、水を弾けないと理解したので、すぐさま標的を変えて翅を羽ばたかせた。

 

 ふぶき対ぼうふうのぶつかり合い。

 

 お互いの得意技であるこの技のぶつかり合いは、本来なら拮抗するだろう勝負だ。しかし、そんな予想を裏切るかのように、ペリッパーのぼうふうが一瞬にしてモスノウのふぶきをかき消した。

 

「ふふ、やっぱり力が入らないわよね?」

「……『みずびたし』……なんて技を仕込んでいるんですか……」

 

 敗北の理由は、ボクがこぼした通りみずびたしと言う技のせいだ。

 

 みずびたし。

 

 相手に大量の水をかぶせることで、全身をくまなく濡らし、相手のタイプを無理やりみずタイプへと変換させる技。ポケモンのタイプを変える方法はいくつかあるけど、相手のタイプを強制的に変換させるのはかなり珍しい技だから、受けるまで頭の中に浮かばなかった。

 

 一見、モスノウのタイプをみずに変えることに意味はなさそうに見えるかもしれない。しかし、このタイプ変化は想像以上に効果が出てきてしまう。

 

 その理由は、タイプ一致の技が変わってしまうから。

 

 ポケモンは、基本的に自身と同じタイプの技を得意技としており、他のタイプの技よりも強力に放つことが出来る。モスノウならこおりとむしタイプの複合なので、この2つの技の威力が上がるし、ペリッパーならみずとひこうの複合なので、この2つが威力を高く放てる。しかし、ここでモスノウが自身のタイプをみずに書き換えられたならどうなるだろうか。

 

 答えは、『むしとこおりタイプの技の威力が下がり、みずタイプの技を強く打てるようになる』だ。

 

 今のモスノウはみずタイプのポケモン。故に、ふぶきもむしのていこうも得意技ではない。逆にみず技は強く打つことが出来るようになったけど、残念ながら今のモスノウはみずタイプの技を覚えていないため、ただただ火力が下がっただけとなっている。とはいえ、一応このみずタイプへの変化は悪いことだけではない。むしタイプが消えたことで、ひこうタイプのばつぐんも消えてしまったため、防御面は少し有利にはなったと言えるだろう。

 

 しかし、ここでもう1つの問題が発生する。

 

「フィッ!?」

「モスノウ!!」

 

 ふぶきを打ち破られ、真っすぐ飛んできた風がモスノウの全身を襲っていき、もみくちゃにしながら吹き飛ばしていく。その際に、モスノウの身体を守ってくれるはずの、こおりのりんぷんが全て消えてしまっていた。

 

(全身に水をかぶっちゃっているせいで、『こおりのりんぷん』が流されて消えちゃっている……)

 

 モスノウの特性であるこおりのりんぷんは、全ての特殊技の威力を半減に抑えることの出来る強力な特性だ。これがあるからこそ、ちょっとくらいタイプ相性が悪い攻撃であろうともしっかりと受け止めることが出来た。しかし、今はその強力な特性が消えている。だからこそ、みずタイプと言う弱点の少ない、耐えることにおいて強力なそれを生かすことが出来ずに、大ダメージを受けてしまう事となる。

 

「フィ……ッ!!」

「大丈夫!?」

「フィフィッ!!……ツ!?」

 

 風にもみくちゃにされたモスノウは、そのままボクの近くまで吹き飛ばされるが、墜落する寸前で態勢を整えて、何とか空中に浮かび続ける。しかし、想像以上に攻撃を受けてしまっているせいで、再びバランスを崩しまった。

 

「モスノウ、1回ボールに……」

「『ハイドロポンプ』!!」

「くっ……ごめんモスノウ、『ぼうふう』!!」

 

 このままではペリッパーに絶対に勝てないから、一旦モスノウをボールに戻そうとする。一度ボールに戻せたらみずびたしの効果をリセットでき、モスノウの特性とタイプが返って来るからだ。それを狙っての行動なのだけど、当然そのことに気づいていたルリナさんからすかさず追撃が飛んでくる。こうなってしまったらもう引くのは間に合わないので、せめて一太刀浴びせるために最後の抵抗を指示。しかし、やはりずぶ濡れ状態で力が出ないモスノウではこれを返すことは出来ず、再び攻撃が直撃していしまい、今度こそ地面に落ちていく。

 

 

『モスノウ、戦闘不能!!』

 

 

「……ありがとうモスノウ」

 

 倒されたモスノウにお礼を言いながらボールに戻し、ボクはすぐに次のボールに手をかける。

 

「『みずびたし』があるのなら……こっち!!インテレオン!!」

「レオッ!!」

 

 ボクからの4番手はインテレオン。元からみずタイプであるこの子なら、この雨も味方にできるし、みずびたしも意味がない。だからこその選出。

 

 だけど、正直ここでペリッパーを倒せるとは全く思わなかった。

 

「『れいとうビーム』!!」

「レオッ!!」

「『ぼうふう』」

「ペリ……ッ」

 

 場に出ると同時に、右手人差し指を向けて凍てつく光線を放つインテレオンと、ここまでのダメージで少しバランスを崩しながらも、しっかりと羽ばたいて風を起こすぺリッパー。2つの攻撃はお互いの中間で相殺し、爆散。きらきらと光を撒き散らしながら消えていく。

 

「『ねらいうち』!!」

 

 そんな少し見とれそうな状況を無視して、ボクはすぐさま追撃を指示。相殺した場所を貫く3つの弾がぺリッパーに襲いかかる。

 

「ぺリッパー!!」

 

 これに対してぺリッパーは、痛む身体にムチを打って行動開始。1つ目を高度を上げて避け、2つ目を身体を右に傾けて回避。しかし、ここでまた痛みが走ったのか身体の動きが鈍くなり、3発目に被弾。当たった瞬間に起きた爆風によって、ぺリッパーの身体が大きく後ろに吹き飛ばされ……

 

「『とんぼがえり』……よく戻ってくれたわ。ぺリッパー」

 

 そのままルリナさんの右手にあるボールの中へと吸い込まれていく。

 

 避けることが体力的に難しいと悟ったため、ねらいうちにとんぼがえりをぶつけて帰ってきたということだろう。これで、エースにも雨を残されるのが確定してしまった。

 

 しかし、なにも悲観しなきゃいけないほど追い詰められている訳でもない。

 

(ペリッパーは帰ったけど、残りの手持ちのポケモンの体力的には勝ってる。なら、エースに繋げられる前にこのリードを広げる!)

 

 あのルリナさん相手に、微差ではあるけどリードできている。それは間違いなくボクの自信につながっている。驕るのは良くないけど、怯えすぎるのも良くない。事実はしっかりとみて、その上でポジティブに頭を動かしていく。

 

「行くわよ、ヌオー!!」

「ヌー……」

 

 そんなボクの前に現れたルリナさんの5人目のポケモンはヌオー。

 

 のっぺりとした顔に、どこか気の抜けるような声を漏らしながらゆっくりと腕を上げるその姿は、見ているだけでこちらの力を抜けさせてくるような不思議なオーラを放っている。けど、ここで出てきた以上強力な壁のひとつということに変わりはないので、警戒は解かない。

 

「行くわよヌオー!!『じしん』!!」

「ヌー」

 

 場に出てまったりと声を上げるヌオーに出された指示はじしん。ゆっくりと振り上げられた腕は、ヌオーの声と共に振り下ろされ、地面に広がる凍ったクリームの床全てを粉砕。砕けた氷は氷塊となって、あちこちに散らばり、同時にこの行動のおかげで久しぶりにバトルコートの地面を拝むことができるようになった。

 

「『なみのり』」

「ヌヌー」

 

 が、それも一瞬の出来事で、今度はその地面が水で満たされ、巨大な波が発生。ヌオーはその上に立って、自由自在に波を操っていく。

 

 インテレオンを飲み込む勢いで発生したそれは、じしんによって生まれた氷塊も一緒に流れており、これに巻き込まれたらただでは済まないことが見て取れる。

 

「氷塊を足場にして近づいて!!」

 

 だけど、この氷塊は寧ろ利用できる。流される氷塊を足場にして駆け抜けることで、波の上でゆらゆら身体を揺らしているヌオーに対して少しずつ接近していく。

 

「『ねらいうち』!!」

「レオッ」

 

 ある程度近づいて、インテレオンが正確に狙える位置に到達したところでインテレオンに攻撃を指示。相手の特性を確認するのも兼ねて、まずはねらいうちを発射した。

 

「ヌッ!?」

 

 インテレオンの指先からまっすぐ放たれた水弾はヌオーにしっかり直撃し、ダメージが入ったのを確認した。どうやら特性はちょすいではないらしい。それならば、こちらのメインウェポンはヌオーに通る。

 

(まぁ、通らなかったらブラッキーに変えるだけだけどさ)

 

 ひとまずこちらの攻撃がちゃんと効くことに安堵する。こうなって来ると、ヌオーの特性はてんねんだろうか。だとすれば、幸いこちらにはもう能力を磨くポケモンは残っていないので、ここに関しては気にする必要は無いだろう。インテレオンはのびのびと戦うことが出来るはずだ。

 

(けど……こういう時に限ってボクには味方してくれないんだよね~……)

 

 これからインテレオンが戦うという時に限って、ボクの視界に光が差し込んでくる。その光源である空に視線を向けると、暗雲たちこめていた空が徐々に晴れていき、天候が雨から晴れに変わっていく。

 

 これでみずタイプの技の威力が元に戻る。

 

(……まぁ、ボクは元々天候に頼ってない。いつも通りになるだけ)

 

 ボクとインテレオンの視線の先に、未だに波に乗ってユラユラ揺れるヌオー姿が見える。

 

(さて、後半戦……頑張ろう!!)

 

 ルリナさんとのバトルも、後半戦に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みずびたし

相手のタイプを強制的にみずタイプに変える技。実機で使われた例としては、ナマコブシがアーマーガアなどに打って、はがねタイプを消すことでどくどくをいれる。と言う感じですね。ダブルバトルで言えば、ヌケニンに使って弱点を変えるとかでしょうか。場合によっては相手の火力も落とせる変わった技ですよね。

なみのり

ヌオーのなみのり……どこかのおじいさんを想像しますね。個人的にとてもかっこよかったなぁと思っています。






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272話

「ヌ〜」

「レオッ!!」

 

 バトルコート中心で高波に乗り、呑気な声を上げながら腕をユラユラ動かすヌオーと、高波の麓で次々と氷塊の上を飛び移り、自身を襲ってくる波から逃げていくインテレオン。

 

 ヌオーが腕を上げると同時にどんどんと動きが複雑になっていく波の動きは、しかしインテレオン持ち前の視力と反射神経を持って、次はどこが安全なのかを瞬時に見切り、的確な移動をすることによってこの猛攻を凌いでいた。

 

 しかし、これはあくまでも現状維持という守りの1手でしかなく、こちらからの攻撃が出きていない以上、このままではジリ貧でしかない。

 

(本来なら、水の中に潜ってヌオーを下から攻撃したいところなんだけど……)

 

 氷塊を巻き込んで発生しているこの波は、表面上は複雑にうねって迫るだけだけど、ひとたび水の中に潜れば、氷を刃としたミキサー状態とでも言わんばかりに荒れ狂っている。こんな状況の中飛び込めば、いくら泳ぎの得意なインテレオンと言えどもただでは済まない。だから、この氷塊の上から攻撃を当てたいのだけど……

 

(最初の『ねらいうち』を受けたところからすごく警戒されてる)

 

 さっきねらいうちを当ててダメージを取られたのが相当嫌だったのか、あれから何発か打ってみたのだけど、その全てが波の壁に阻まれる結果となった。ルリナさんからの視点で見れば、雨を必要としないこの戦法中は、いくら時間を使っても構わないということなのだろう。

 

 実際に、そういうのがいちばん困ったりはする。

 

(兎にも角にも、まずは『なみのり』の壁を越えて攻撃できるようにならないと話にならない)

 

「インテレオン!!『きあいだめ』!!」

「レオ……ッ!!」

 

 ひとまず、こちらの攻撃の貫通力を高めるために、1番大きく、上に乗っても安定する氷塊の上に移動したインテレオンは、そこで1度目を閉じて意識を集中し、心を張り切っている状態に持っていく。これで少なくとも、インテレオンの放つねらいうちは必ず急所に当たる技へと昇華した。

 

「『ねらいうち』!!」

「レオッ!!」

 

 強化されたところで早速ねらいうち。インテレオンの右手人差し指に貯められた水が勢いよく発射され、ヌオーに向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 

「さすがにそれは受けられないわね……氷塊を盾にしなさい!!」

「ヌ~」

 

 このねらいうちをみて、なみのりだけでは防げないと判断したルリナさんは波を操り、ヌオーの前に氷塊ひとつを持ってきて盾替わりに活用。氷塊にぶつかった水弾は、威力の高さから氷塊を粉々に打ち砕きはしたものの、そこで威力を使い切ってしまい消失。ヌオーに届くことは無かった。

 

(波の防壁が厄介だね……やっぱり近づく必要があるかも……)

 

 そのままめげずに3発ほどねらいうちをしてみるものの、結果は変わらず全て波と氷塊のコンボで防がれる結果となる。もちろん氷塊の数には限度がある以上、このまま攻撃し続けていたらいつかねらいうちはヌオーに当たるようにはなる。しかし、問題なのがこの氷塊はインテレオンの足場でもあるということだ。

 

 この氷塊を全て壊してしまうと、ヌオーによって大荒れ状態となっているこの波に潜らないといけず、こうなってしまうと水中に残っている氷塊によるミキサーを受けることになる。それだけは避けないといけない。

 

(どうにかして、氷塊の消費量を抑えながら近づく!!)

 

「インテレオン!!『ねらいうち』!!」

 

 バトルコート真ん中で、祭りの櫓のように持ち上げられた波の上で踊るヌオーと、そのヌオーを中心に、波に巻き込まれないように時計回りに足場を飛び移っていくインテレオン。

 

 後ろから追いかけてくる波というのは、さながらパニック系の映画のワンシーンのようにも見えるけど、そんな状況でも冷静なインテレオンはボクの意図を汲み取って再びねらいうちを構えた。

 

 この様子を見たヌオーもすぐに反応。もう何回も起きているやり取りのせいで慣れてきたのか、今回はねらいうちを構えるよりも速く氷塊の盾を準備し終えていた。こうなってしまえば、もうインテレオンのねらいうちは防がれること確定だろう。しかし、それでもインテレオンは気にせず攻撃。インテレオンの指先から飛ばされる水弾は、ヌオーに向かって真っ直ぐ突き進み……しかし案の定氷塊に防がれる。

 

「何度やっても結果は同じよ。そのままイタズラに足場を消費し続けるといいわ」

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

「え?」

 

 繰り返された光景を前に、こちらに打つ手が無いと判断したルリナさんが言葉をこぼすけど、そんなことを気にせずにボクはインテレオンに指示。同時にインテレオンが、ヌオーのいる方向に走り出す。

 

 足の速いインテレオンが目的地に着くのは一瞬だ。相手が動けない位置にいるのなら、その速度は尚更速い。しかし、今のヌオーはねずみ返しを作った波の櫓の上にいるうえため、登るのが難しい。と言うか、普通に登ろうとしたらジャンプして無理やり上がるしか方法が無く、なんの策も無しにそんなことをすればヌオーに撃ち落とされ放題だ。するにしても、事前準備は必須。

 

(だから、これはその準備!!)

 

 そんな櫓に走るインテレオンの前に、上から氷塊の一部が降ってきた。これは先程インテレオンが打ったねらいうちによって壊れた氷塊の1部だ。今までなら、ねらいうちが当たった瞬間に粉々に砕けていたけど、今回はわざと威力を抑えて打ったことにより、氷塊がそこそこの大きさを保ったまま複数落ちてきていた。

 

「レオッ!!」

 

 この氷塊たちに向かって、インテレオンはアクアブレイクを放ち、全ての氷塊を上空へ打ち上げた。

 

「『ねらいうち』!!」

 

 打ち上げられた氷塊はヌオーのいる位置よりもさらに高い場所まで飛んでいき、ある程度のところで上昇が止まる。当然だけど、このままではただ氷塊が上がっただけで何も起きない。そこで、インテレオンはねらいうちを打ちあがった氷塊に角度を調整してぶつけることによって、氷塊をヌオーのほうに弾き飛ばし、打ち上げたものすべてがヌオーに当たるように操作する。

 

 これにより、空中にあがった数十の氷塊全てがヌオーめがけて回転しながら飛び出した。

 

「っ!?『なみのり』で防ぎなさい!!」

 

 急に牙を見てい来た物体に驚いたルリナさんは、それでも最小限のラグで反応してヌオーに指示を出し、これに応えたヌオーによってすべての氷塊が操作された波によって押し流される。

 

「ふぅ……っ!?」

 

 急に襲ってきた攻撃をいなせたことに一息つくルリナさん、しかし、その安堵も一瞬のうちに消え去る。

 

 なぜなら、インテレオンが現在進行形でヌオーが乗っている櫓を()()()()()()登ってきていたから。

 

「インテレオン!!」

「レオッ!!」

 

 なみのりで氷塊を落とすことに集中していたため、足元の確認が甘くなっている隙に、インテレオンはヌオーが足場としている波をれいとうビームで凍らせており、こおりの壁をものすごい勢いで駆けあがっていた。

 

「氷塊はフェイク。これが狙いだったわけけね」

「いい加減降りてもらいますよ!!後ろに『ねらいうち』を打ちながら『アクアブレイク』!!」

 

 ルリナさんとボクの会話が始まるころには、既にインテレオンは波の壁を登り切っており、ヌオーの目の前にまで迫っていた。その状態からボクがさらに指示を出すことによって、インテレオンは両手に水を纏い、ヌオーに向かって突撃。右拳による貫手が、真っすぐヌオーへと放たれる。

 

「レオッ!!」

「ヌッ!?」

 

 自分のうしろにねらいうちを打つことによって、その反動で加速したインテレオンの一撃は、動きが速くないヌオーでは避けることは不可能で、真っすぐ突き刺さった。さらに、そこから空いている左手を後ろに向かって突き出し、ねらいうちを連射することで推進力を維持。お腹に攻撃を突き刺したまま、突進することで、ヌオーをそのまま櫓の上から追い出そうとする。

 

「このまま引きずり落とすわけね……」

「ここから先は離れませんからね」

「熱いプロポーズね……でも、接近したからにはあなたにもリスクを背負う覚悟はあるわよね?ヌオー!!」

「っ!インテレオン!!ヌオーが落とせると判断したらもう引いていい!!」

「自分から迫っておいて、都合が悪くなったら引くの?逃がすわけないでしょ!!」

「ヌッ!!」

「レオッ!?」

 

 ヌオーに手を突き刺したまま進んだことによって、櫓の上から飛び出すことには成功。しかし、ここからルリナさんが何かを仕掛けてきそうだったので、インテレオンに指示してすぐさま距離を取ろうとする。

 

 右足を振り上げ、足によるアクアブレイクをぶつけた反動で離れようと行動。しかし、そこはヌオーが粘りを見せ、右足によるアクアブレイクを受けながらもインテレオンの右腕をがっしりホールド。これによって、インテレオンが離れられなくなる。

 

「『どくどく』」

「っ!!右手で『ねらいうち』!!」

 

 インテレオンを捉えたヌオーは、そのまま自身の身体から毒素を噴き出してインテレオンにしみこませる。これによってインテレオンにもうどくが入ってしまった。こうなってしまったらもうどうしようもないので、もうどくを受けることを割り切り、そのうえで右手に水を集中。ヌオーに抱きしめられるように捕まっている右手の指先で作られた弾丸は、ゼロ距離で大爆発を起こした。

 

「ヌッ!?」

「レオッ!?」

 

 その爆発によってくっついていた2人が同時にはじけ飛び、お互いのトレーナーの下へ吹き飛ぶ。その際、インテレオンは地面に向けてねらいうちを、ヌオーは地面に波を呼ぶことで受け身を取って着地。この時に、ヌオーがなみのりのために呼んだ水は一旦流れていき、久しぶりの地面が目に入る。もっとも、数は減ったとはいえ氷塊はまだそこらへんに転がってはいるが。

 

「ヌ~……」

「レオ……ッ!?」

 

 こんな至近距離で放てば、技を打った本人であるインテレオンにもダメージはくる。その証拠に、着地したインテレオンは少しバランスを崩す。とはいっても、総合的な被ダメージを見ればヌオーの方が大きい。もうどくを受けてしまっているとはいえ、現時点ならまだ有利だ。

 

 問題は、もうどく状態だからここから時間をかければかけるほどこちらが不利に傾くという事。

 

 ただでさえ、今回のバトルでは、氷塊の足場的に時間がボクの敵だ。なのに、ここに来てさらにどくという要素が入り込んだのでますます時間をかけるわけにはいかなくなった。

 

「インテレオン、つらいかもだけど頑張って!!」

「レ……オッ!!」

 

 どくによって顔色が少し悪くなっているインテレオンには酷なお願いかもしれないけど、さっきまでの戦いを見る限り、時間を稼ぐという分野においてこのヌオーはかなり強力なポケモンだ。またなみのりを使って上空に逃げられようものなら、それだけでかなりのタイムイートを喰らってしまう。だから、ここは頑張ってもらうしかない。

 

(氷塊を使った視線誘導からの奇襲はもう使えない。そんな手が二度も通じるような相手てじゃないし、そもそも氷塊の数がかなり少ない。打ち上げられたところで、そっちに注視しなければいけないほどの氷塊はもう打ち上げられない!!)

 

 心の中で少し焦りながら、しかしそれを表に出すことはせずにインテレオンを真っすぐみる。この視線を背中で受けているインテレオンも、ボクの気持ちが伝わってくれているのか、ただひたすらに真っすぐヌオーに向かって走り続けてくれていた。

 

「『ねらいうち』!!」

 

 右手人差し指を真っすぐ向け、乱射しながら距離を詰めるインテレオン。もうどくをもらってしまった以上もう離れて戦う理由はない。なら、あとはもう常に張り付くだけだ。

 

(……こうなるなら、あの時『ねらいうち』で爆発させなきゃよかったかも?いや、ずっと右腕掴まれて、そのまま攻撃を受け続ける方がまずいか……)

 

「ヌオー!!『アクアブレイク』!!」

 

 さっきの出来事についてちょっと後悔をしかけ、けど改めて考えたらこれでよかったと判断している間、ヌオーは両手に水を纏ってゆらゆらと動かし、飛んできた水の弾を逸らしていく。インテレオンのような鋭い攻撃ではなく、穏やかな波のようにゆらゆらと動かされるその手は、ダンスを舞っているようにも見える。

 

「インテレオン!!『アクアブレイク』!!」

 

 しかしその間はこちらが近づくチャンス。ねらいうちに対して対処しきっているヌオーに対してどんどん走り、直実に距離を狭めていく。

 

「『じしん』!!」

「ヌオッ!!」

 

 そんなインテレオンに対して、これ以上近づかれたら対処できないと判断したヌオーは、両腕を地面に叩きつけ、衝撃波を周囲に展開。急に広がる破壊の衝撃波は、インテレオンがヌオーに高速で近づいていることもあり、相対的に技の速度は上がっている。その分、被弾した時のダメージは大きいだろう。だから、これを避けるために少し高くジャンプをし、上から攻める必要がある。

 

「レオッ!!」

 

 インテレオンもそれを理解しているからこそ、ボクが指示をする前にジャンプし、ヌオーの真上を位置取った。更に右足に水を集中させ、その場で宙返りをしながら落下。このまま落下速度と遠心力を乗せたかかと落としをぶつけるようだ。

 

「ヌオー!!」

「ヌッ!!」

「「っ!?」」

 

 当たれば大打撃。しかし、その攻撃はヌオーがじしんを起こした際に殴った場所から突如沸き上がった水の柱によって吹き飛ばされる。

 

 まるで間欠泉のように噴き出したその水は、先ほどヌオーが乗っていた波の位置よりもさらに高く、それに吹き飛ばされたインテレオンも同じくらいの高さまで吹き飛ばされる。

 

「『なみのり』!!」

「『れいとうビーム』!!」

 

 一方で、湧き上がった間欠泉に乗って再び出来上がった櫓の上に立ったヌオーは、水を操って打ち上げられたインテレオンに追撃を放つ。これを受けるわけにはいかないインテレオンはすぐさまれいとうビームを放つことで、この攻撃を凍らせて防御。凍った波を足場に、ひとまずボクの近くまで降りて一呼吸つく。

 

(危ない所は脱出できた。けど……)

 

 インテレオンと一緒に上を見上げると、そこにはまた櫓の上でふらふらしているヌオーの姿。それも、先ほど言った通りさっきよりも高さのあるそれは、さっき以上に登るのを困難なものにしていた。

 

(きつい状況だね……)

 

 再び水で満たされたフィールドによって、再び氷塊が浮かび上がり、こちらの足場が制限された。また、もうどくのダメージも蓄積されているせいで長い時間をかけることもできない。

 

(時間を掛けずに、一瞬でヌオーのいる位置に行く方法……)

 

「ここからはゆっくり攻めるわよ!!『なみのり』!!」

「ヌ~!!」

「くっ、走って!!」

「レオッ!!」

 

 ボクが迷っている間に再び始まる波からの逃走。氷塊を足場に次々と飛び回るインテレオンは、しかし体力の減少に伴って動きの精細が掛けており、捕まるのは時間の問題のように見えた。

 

 その様が、余計にボクの心を追い詰めて来る。

 

(早く……早く何か思いつかないと……!!)

 

 けど、焦れば焦るほど何も思いつかない。そんな間にもインテレオンはどんどん追い詰められていく。

 

(どうすれば……)

 

「レオッ」

「?」

 

 焦りと迷いからつい指示が止まってしまうボクに対して、急に聞こえてくるインテレオンの声。苦しそうな身体を抑えて、無理やりこちらに声をかけてきたインテレオンに視線を向けると、インテレオンは急にねらいうちを構えだし、それを水の中に向かって打ち込み始めた。その弾に視線を向けていくと、その策には水中で動いている氷塊があり、インテレオンの攻撃あhその氷塊を打ち抜いていた。

 

「えっ!?」

「……?」

 

 指示もなく急に攻撃したインテレオンの行動に驚きを隠せないボク。それはルリナさんも同じようで、氷塊に当たっているのには気付いていないようだけど、ボクと同じく怪訝な顔を浮かべている。

 

(インテレオンは急に意味の分からない行動をする子じゃない。だとすれば何か意味があるはず……でも氷塊を壊したら足場がなくなって、水の中に落とされるのが余計に速く……いや、待って……もしかして……!!)

 

 ここまで考えてインテレオンの狙いに気づいたボクは、視線をすぐさま水の中に向け、今残っているすべての氷塊の数を把握する。

 

「1、2、3……インテレオン!!全部で14!!見えているのが6で中にあるのが8だ!!」

「レオッ!!」

「一体何を……いえ、関係ないわ!!ヌオー!!足場がなくなったところを『なみのり』で捕まえなさい!!」

「ヌッ!!」

 

 ボクの声を聞いたインテレオンは返事をしながら水弾を乱射。これによって、現状存在するすべての氷塊が粉々に砕かれた。水の中であろうとも正確に射貫くことの出来る射撃力には舌を巻くばかりだ。

 

 しかし、これでインテレオンの足場はすべて消え、あとは水の中に落ちるだけ。そんな隙だらけなところを無視するわけなく、ルリナさんの指示が飛び、ヌオーによってインテレオンに向かって波が集まり始める。

 

 このまま水に落ちてしまえば、インテレオンはもみくちゃにされてしまうだろう。だから……

 

「インテレオン!!」

「レオッ!!」

「っ!?そういえばそうだったわね」

 

 ボクの言葉と共に、姿を背景にとけこませて消えていくインテレオン。これだけ水があちこちにあるのなら、インテレオンはすぐに皮膚を濡らして消えることができる。これで簡単に技は当てられない。

 

「けど、フィールドはこっちの物!!ヌオー!!」

「ヌ~!!」

 

 これに対してヌオーは、インテレオンを狙って攻撃するのではなく、自分の足元の水全てを無差別に動かして全範囲攻撃を繰り出す。これによってインテレオンがどこにいようとも攻撃を当てられるという寸法だろう。今も、ヌオーの立つ櫓のふもとでは、とんでもない量の水が荒れ狂っており、とてもじゃないけどあの中を泳げるようには見えない。

 

(インテレオン……頑張れ……!!)

 

 インテレオンの姿はボクにも見えない。だから祈ることしかできない。

 

 けど、不思議と不安感はなかった。

 

 ボクの中で、インテレオンならできるという、確かな自信があったから。

 

 そして、その想いは現実となる。

 

「レオッ!!」

「ヌッ!?」

「っ!?あの波の中を抜けたの!?たとえ抜けても氷塊があるはず……いや、まさか!?」

「よし!!」

 

 荒れ狂う波を抜け、櫓を作り上げる間欠泉の流れに乗り、ヌオーの足元から飛び出したインテレオンの姿に、ルリナさんとヌオーの表情が驚愕に染まる。

 

 インテレオンの狙いはこうだった。

 

 櫓に登る一番の近道は、今回インテレオンがとったように櫓を作っている間欠泉に乗って泳ぎ、ヌオーのところまで持ち上げてもらう事だ。しかし、それまでの障害として、今までは氷塊が水の中にもあったため、下手に泳ぐとこの氷塊をぶつけられる不安があった。だから水の中は危険だと思って、氷塊を足場に逃げていた。けど、インテレオンはここで逆のことを考えた。

 

 それなら、いっそのことすべての氷塊を消せばいいと。

 

 氷塊がなくなってしまえば、泳ぎが得意なインテレオンにとっては水の中も自分のフィールドだ。唯一の懸念点としては、今回のようにヌオーの無差別ななみのりに巻き込まれる可能性があったこと。その可能性を最小限に抑えるための最後の行動が、あの姿隠しと言うわけだ。

 

 ここまで来てしまえば、本当に運とインテレオンの泳ぐ能力次第だった。特にダメージとどくにおかされている今のインテレオンにどこまで泳ぐ力が残っているかは本当に賭けだったのだけど、その賭けに勝ったインテレオンがルリナさんの想定よりもかなり速くヌオーの懐に潜り込めた。

 

 もう避けるのは間に合わない。

 

「『アクアブレイク』!!」

「レオッ!!」

 

 懐に入ったインテレオンの右アッパーが炸裂し、ヌオーの身体が上に伸びきりながら持ち上がる。

 

 そんな無防備な状態のヌオーに、さらに追撃として右足の回し蹴りを叩き込み、ルリナさんの近くまでヌオーを蹴り飛ばす。

 

「ヌッ!?」

「ヌオー!!」

 

 予想外の奇襲に高高度からの叩き落とし。それはヌオーの体力を削りきるには十分なダメージで。ヌオーは目を回しながら突っ伏す。

 

 

『ヌオー、戦闘不能!!』

 

 

「よし!!やったよインテレオン!!」

「レオ」

 

 ヌオーが倒れたのを見届けたボクは、ボクの近くに着地してきたインテレオンを見ながら喜びの声をあげ、ハイタッチをしようとする。

 

 本当によく戦ってくれた。その事が嬉しくて、その喜びを身体で表そうとするボクの右手。

 

「レ……オ……」

「……え?」

 

 しかし、その右手は空を切る。

 

 もうどくに蝕まれ、波に揉まれ、それでもヌオーの下に辿り着いたインテレオン。しかしそれは決して楽な道ではなく、どうやらインテレオンにとっても、この行動は後のことなど考えていなかった特攻だったらしい。

 

 そして、ヌオーを倒すという一番の目的を達成したインテレオンは、満足したかのように、ボクの横にゆっくりと身体を倒した。

 

 

『インテレオン、戦闘不能!!』

 

 

「インテレオン……ありがとう」

 

 その身体を抱きしめ、沢山の感謝を込めながら、ボクは言葉を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











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273話

「戻りなさいヌオー。よく戦ってくれたわ」

「戻って休んでね、インテレオン」

 

 ダブルノックアウトという形で決着が着いたインテレオンとヌオーのバトル。その結果を称えるように声をかけながら、ボクとルリナさんはポケモンをボールに戻していく。

 

 これで両者の残りポケモンは2人。

 

 ボクは残っているポケモンはどちらも体力万端の状態で残っており、これから戦うにおいては最高のパフォーマンスで動くことが可能だ。一方で、ルリナさんの残り手持ちのうち片方は、もう2回も場に出て戦っているぺリッパー。その体力はかなり削られているから、その面で見ればボクの有利だ。しかし、ぺリッパーは場に出るだけで雨を降らせるという最高のバトンを繋ぐことが出来る。最後のポケモンがあの子である以上、この雨は正しく恵みの雨となるだろう。

 

 万全のポケモンが勝つか、はたまた天を味方につけた方が勝つか。

 

(どちらにせよ、ここはしっかり勝ちきらないとね……)

 

 インテレオンのボールを腰に戻しながらフィールドに視線を向ける。

 

 ヌオーがいなくなったことで波は消え、地面からは水が流れ去っていき、インテレオンが全て砕いたことで氷塊も残っていない。マホイップのクリームも大量の水で流れたため、ボクたちの眼前には久しぶりの、いつも通りのバトルコートが目に入る。もしかしたら見かけ上だけで、湿っていたり滑ったりと、いつもの環境とは違うかもしれないけど、少なくとも現状は綺麗な状態に戻ってはいた。

 

 最も、次の瞬間にはまた水が溢れることになりそうだけど……。

 

(分かってはいるけど、もう止められない。なら、腹を括ろう)

 

 5人目のポケモンを構え、息を整える。

 

 対面のルリナさんも、次のポケモンはとっくに決めているので、1つのボールを右手に掴み、ボクの方に突き出しながら待っている。

 

「お願い!!ブラッキー!!」

「行くわよ、ぺリッパー!!」

「ブラッ!!」

「ペリ~……ッ!?」

 

 お互いのポケモンが決まったところで、両者同時にボールを投擲。出てきたのはブラッキーとぺリッパーだ。

 

 本日初登場であるブラッキーは元気いっぱいに声を上げているのに対して、ぺリッパーはここまでの戦いによるダメージのせいで少し苦しそうな声を上げている。体力もかなり減っているみたいで、ブラッキーが少し攻撃を与えたら直ぐに倒れてしまいそうだ。

 

「ぺリ~!!」

 

 しかし、そんなことなんてどうでもいいかと言うようにフィールドに響き渡るぺリッパーの咆哮。これにより、さっきまで晴れていた空がまた曇っていく。これで本日3回目の雨だ。

 

 そして恐らく、これが今日最後の雨でもある。

 

(さて、どっちのプランで行こうか……)

 

 ここでボクはどちらの選択肢を選ぶかで一度思考を巡らせる。

 

 1つはぺリッパーをさっさと落として、ブラッキーの体力を高く保って最後のポケモンと対峙すること。これによって、ボクはルリナさんの切り札に対してほぼ2対1という数的有利で戦うことが可能だ。シンプルに押し切りやすい陣形となる。

 

 そしてもう1つが、ここであえてぺリッパーを倒さずに耐えて、ゆっくり戦うという流れ。こうすると、ブラッキーの体力は削られてしまうから、ルリナさんの切り札に対して挑める戦力が少し減ってしまうけど、代わりにこの雨の時間を稼ぐことが出来る。この雨さえ止んでしまえば、ルリナさんの戦力も下がるため、結果的に戦いやすくなる可能性がある。

 

 どちらもメリットがあり、そしてどちらも相応のリスクがある。どっちが正解かは分からないけど、出来ればしっかり考えて答えを出したい。

 

 しかし、そんな時間をルリナさんは与えてくれない。

 

「『ぼうふう』!!」

「ペ……リッ!!」

「っ!!ブラッキー!!『でんこうせっか』!!」

「ブラッ!!」

 

 痛む身体に鞭打って、全力で羽を羽ばたかせるぺリッパー。その範囲は雨のせいでかなり広がっており、こんなものに巻き込まれようものなら一瞬で大ダメージを負ってしまうのは確実だ。1度見た攻撃ではあるけど、それでもこの光景は腰を抜かしそうになる程の迫力があった。

 

(こんな攻撃を前に耐えるとか無理!!プランは1つ目で行くしかない!!)

 

 この規模を前に耐えることを諦めたボクは、ぺリッパーを速攻で倒す方向に考えをシフト。やはり、この規模を耐えるにはモスノウクラスの特殊方面のエキスパートが必須だ。ブラッキーの場合、耐久は問題ないけど特殊火力が足りない。特殊攻撃の撃ち合いになると、こちらが耐えるだけで反撃ができないのだ。

 

(だからとにかく、近づいてさっさと攻め落とす!!)

 

 真っ直ぐ飛んでくる嵐に対して、身体を白く光らせたブラッキーは、一度大きく右に走って、嵐の範囲から逃れたことを確認した後に、進路をぺリッパーの方へ向ける。これに対してぺリッパーは、なんとしてでもブラッキーを突き放すために再びぼうふうを発射。先程と同じクラスの嵐が飛んできた。

 

「『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

 

 前に走っているところに放たれた2つ目の風は避けることが難しいと判断したボクは、ブラッキーにイカサマを指示。この意図を汲み取ってくれたブラッキーは、地面に黒く染った前足を叩きつけ、地面から塊を空中にひとつ浮かび上がらせる。

 

「『でんこうせっか』!!」

 

 その浮き上がった塊を足場としたブラッキーは、そこを起点に再びでんこうせっか。真っ直ぐ飛んでくるぼうふうの、ギリギリ上側をかすりながら、すれ違うようにして回避。かすったことで少しダメージは負ってしまったものの、おかげでぺリッパーとの距離はぐっと縮まった。

 

 万全のぺリッパー相手なら、こんな無理やりな接近は恐らく通らないのだろうけど、やはりここまでのダメージが祟っているようで、技にも動きにも精細さが欠けている。

 

「『イカサマ』!!」

「『ぼうふう』!!」

「ブラッ!!」

「ペリ~……ッ!?」

 

 先のやり取りで懐まで飛び込んだブラッキーによるトドメの一撃。これを阻止するべく無理やり羽を動かそうとするぺリッパーだけど、ここまで来てしまえばもうブラッキーが有利。痛みで動きが少し遅れたのもあり、ぺリッパーが風を起こす前にブラッキーの前足が直撃し、ぺリッパーがルリナさんの元まで吹き飛ばされる。

 

 

『ぺリッパー、戦闘不能!!』

 

 

「ふぅ……よし」

 

 ここでようやく、ルリナさんの起点役を倒すことに成功した。ブラッキーの体力もあまり減っていないし、かなり理想的なバトンを繋げただろう。

 

 けど、油断はしない。

 

(さぁ、ここからが本番だ!!)

 

「ありがとうぺリッパー。本当によく頑張ってくれたわ」

 

 ボクが気を引き締め直している間に、倒れたぺリッパーを戻すルリナさん。そのボールを腰に戻して最後のダイブボールを構え、目を閉じながら深呼吸をひとつ。

 

 ルリナさんにとって、この子が負けたら自身の敗北という後の無い状況だ。大切なチャンピオンリーグだからこそ、今一度呼吸を入れて、落ち着いて戦いたいということだろう。

 

 時間にすれば6秒ほどの行動。しかし、対面にいるボクにとっては数分の出来事かのように長く感じ、思わず手を握る。

 

 少し緊張し始めたボクに対し、深呼吸で落ち着きを取り戻し始めたルリナさんは、ゆっくりと瞳を開きながら、まるで自分を鼓舞するかのように声を上げる。

 

「この子は最後のひとりじゃない……ここから全てを押し流す、逆転の一手……隠し球のポケモンよ!!」

 

 元気よく、そして溌剌と発しながら勢いよく投げ出されるダイブボール。

 

「行きなさい!!カジリガメ!!」

「ガメェェェッ!!」

 

 雨が降る中、ダイブボールから解き放たれたのはカジリガメ。

 

 このポケモン自体はバウタウンでジムに挑んだ時にも確認したルリナさんの最後のポケモンだ。あの時もなかなかに苦戦した覚えがあるのだけど、今ボクの目の前に現れたこの子は、一目見ただけであの時戦った子とはまるで気迫が違い、ルリナさんが丹精込めて育て上げた最強の相棒だということがわかってしまうほど凛々しい姿をしていた。

 

 そんなただでさえ強烈な圧を放っているカジリガメが、ぺリッパーの残した雨を受けて、自身のパフォーマンス力をさらに磨き上げている。

 

「ブラッキー、気をつけてね」

「ブラ……」

「『くらいつく』!!」

「ガメッ!!」

 

 その圧に負けないように構えるブラッキー。何が来てもすぐに対応できるように警戒態勢を整えるボクたちだけど、そんなこちらの事なんて気にしないとでも言うかのように、ルリナさんは攻撃の指示を下した。それを受けたカジリガメも、一切の迷いを見せることなくダッシュ。雨のおかげですいすいも発動しているため、この攻撃は想像よりも速くこちらに飛び込んでくることになる。とは言っても、カジリガメの元の速度はそんなに速い訳では無い。そこからすいすいで速くなったとしても、カマスジョーのような速度にはならないからまだ反応できると踏んでいる。

 

「ブラッキー!!『イカサマ』準備!!」

「ブラッ!!」

 

 だから、突っ込んでくるカジリガメに対して前足を黒く染めて準備を整えた。もしこのままブラッキーに噛み付こうとしてくるのなら、その攻撃に対して1度前足で攻撃をいなし、その上でカウンターを叩き込む。カジリガメは攻撃力が高いポケモンだから、イカサマによるカウンターはかなり効くはずだ。

 

(来たっ!!)

 

 そんなボクの予定通り、真正面からすごい勢いで迫ってくるカジリガメ。すいすいで上がった速度は凄まじく、あの鈍重な見た目からは想像できない速度で、まるで地面を滑っているかのように接近してきたカジリガメは、大きな口を開け、ブラッキーの顔に向かって噛みついてきた。

 

「ブラッ!!」

 

 この噛みつき攻撃に対して、ブラッキーは右前足を前に出し、真正面からくるカジリガメの顔を左から添えるように当て、そのまま右に回転してカジリガメの顔を右に逸らす。これによってカジリガメの攻撃はブラッキーに当たることなく、ブラッキーの右側を通過していく。

 

 相手の攻撃を避けたブラッキーは、攻撃を逸らした勢いをそのまま利用して右に1回転。そのまま遠心力を乗せた右前足を、カジリガメの胴体に向かって叩きつけるように振るった。

 

 カジリガメの攻撃を利用して放つこの攻撃はさぞ痛いはずだ。それを期待したボクとブラッキーは、この一連の動きに対して力を込めて……

 

「カジリガメ!!」

「ガメッ!!」

「「っ!?」」

 

 ブラッキーの前足が空を切る。

 

 ほぼゼロ距離まで近づいていたブラッキーからしてみれば、カジリガメが目の前から一瞬で消え去ったように見えるだろう。一歩引いたところから場を見る事が出来るボクだからこそ、カジリガメがどういった動き画をしたのかをしっかりと確認することが出来た。とはいっても、正直説明することなんてほとんどない。単純に、くらいつくを逸らされた後にブラッキーの攻撃が当たる前に素早く移動し、ブラッキーの後ろに回り込んだ。ただそれだけだ。

 

 たったそれだけの動きのはずなのに、その動きが想像以上に速すぎた。

 

 すいすいは、基本的に素早さを2倍くらいまで引き上げる能力なのに、まるで3倍以上にまで膨れ上がっているようだった。

 

「ブラッキー!!後ろ!!」

「遅いわよ!!」

「ガメェ!!」

「ブラッ!?」

 

 その様子をしっかりと見ていたボクは、すぐさま後ろに攻撃するようにブラッキーに指示。この言葉通り、素早く後ろを振り向くブラッキーだけど、それよりも先にカジリガメの2撃目が飛んできて、ブラッキーの身体を左側から豪快に噛みつかれた。

 

「ガム……!!」

「ブ……ラ……ッ!!」

 

 強靭な顎でがっちりと噛みつかれているブラッキーは、少しでもこの拘束から抜け出そうと身体を動かすものの、カジリガメの力が強すぎて全く外れる気配がない。

 

「なら……『あくのはどう』!!」

「そのまま動きなさい!!」

 

 力で抜け出すことが出来ないなら、攻撃をぶつけて力を緩めようと考えるけど、これに対してカジリガメは、ブラッキーが攻撃を放つよりも速く移動を始めることで、ブラッキーの身体を揺らして集中させないようにしてくる。しかも、ただ走るだけでなく、噛んでいるブラッキーを地面に擦りながら爆走することで、くらいつくによるダメージだけでなく地面を擦る時のダメージも一緒に刻み込まれる。これのせいで、ブラッキーはダメージを受けたうえで、あくのはどうをうまく溜めることが出来なくなっていた。

 

(凄い連続攻撃……でも、この状態は逆に!!)

 

「ブラッキー!!」

「ブ……ラ……!!」

「投げ飛ばしなさい!!」

「ガメッ!!」

 

 カジリガメからの怒涛の攻撃に、いくら耐久に自信があるブラッキーと言えども、さすがに大ダメージは免れない。しかし、ここまで密着していれば、ブラッキーの奥の手を叩き込む絶好のチャンス。そう思ったボクは、すぐさまブラッキーに指示を出すけど、ブラッキーが準備を終える前に、ルリナさんが何かを察してカジリガメに口を離すように指示。カジリガメはすぐさまブラッキーを投げ飛ばした。

 

(『どくどく』のケアまで完璧……やっぱり、ビートとの戦いはしっかりと予習されている感じかなこれは……)

 

 インテレオンの透明化が通ってくれたことから、ブラッキーの性質もワンチャン見逃してくれないかと睨んでいたものの、こちらはしっかりと警戒されてしまっていた。

 

(相手が最後の1人であることを考えると、もうどく状態を与えるというのはとてつもなく大きなアドバンテージになるはずなんだけどな……いや、だからこそ警戒していたのか……)

 

 ルリナさんからしてみれば、この状況でもうどくを受けようものならその時点でゲームセットになってしまうため、最重要警戒項目にあげられてもおかしくはない。となると、このバトル中に毒を浴びせることはまず不可能と言っていいだろう。どくどくと言う技は、どくタイプのポケモンが使えば自由自在に操ることが出来るけど、どくタイプ以外のポケモンが使うと精度が悪くなってしまう。ブラッキーも、どくタイプのポケモンではないから、もうどくを当てるとなるとそれなりに近づかないと当てることが出来ないだろう。

 

 この精度では、とてもじゃないけどすいすいで機動力の上がっているカジリガメに当てることはできないだろう。少なくとも、このバトル中に当てるのは無理と見ていいはずだ。

 

(でも、逆にカジリガメは簡単に接近できないという事でもある。なら、まだ戦いようはあるはず!!)

 

「『あくのはどう』!!」

「ブラ……ッ!!」

 

 投げ飛ばされたところから受け身を取って、身体の向きをカジリガメに向けたブラッキーは、口元から黒色の波動を発射。勢い良く放たれたそれは、寸分たがわずカジリガメに向かって飛んでいく。

 

「避けて『ストーンエッジ』!!」

「ガメッ!!」

 

 しかし、今更そんな単純な攻撃が当たるはずもなく、こともなげに避けたカジリガメは、そのまま前足を力強く地面に叩きつけ、岩の柱を乱立させていく。

 

 カジリガメを起点に、ブラッキーに向かってどんどん生えてくるそれは、1つ1つが超強力な攻撃だ。できれば1つも当たりたくない。

 

「『でんこうせっか』!!」

「ブ……ラッ!!」

 

 地面から次々と生えてくる岩の柱たちに対して、ブラッキーは自身の身体を薄く白色に光らせながら高速でダッシュ。細かく左右にステップをふむことで、地面からの突き出しを避けながら、カジリガメに対して一定の距離を保つように移動をする。

 

「『あくのはどう』!!」

「ブラッ!!」

 

 この動きを数回行い、突き出た柱のひとつの上に乗ったブラッキーは、その位置からあくのはどうを発射。さっきと同じように、愚直に真っ直ぐカジリガメに向かって放つ。

 

「避けて『シェルブレード』!!」

「ガメェッ!!」

 

 これに対してカジリガメは、殻に籠って回転しながら高速で移動を行い、殻の隙間から水の刃を伸ばしながらブラッキーの方向へ突進。道中にある岩の柱を砕きながら、ぐんぐんと距離を縮めていく。その様はこちらを追尾してくる回転ノコギリだ。

 

「空中に『でんこうせっか』!!」

 

 このままでは足元を崩され、ノコギリに切り刻まれてしまうので、すかさず岩の柱から飛び出すブラッキー。この時、地面に向かって降りるのではなく、空中に飛び出すことによって、着地狩りをされないように移動。しかし、ただ空中に飛び出すだけでは結局身動きが取れずに追撃を受けてしまう。なので、ブラッキーは先程カジリガメが壊し、空中に舞っている岩の柱の残骸を足場にして、空中を立体的に移動する。

 

「ガ、ガメ!?」

「相変わらず芸達者ね」

「『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

 

 空中を細かく移動するのはさすがのカジリガメも驚いたらしく、思わず殻から顔と身体を出して視線をさまよわせる。ここをチャンスと捉えたボクはそのまま攻撃を指示。前足を黒く染めたブラッキーが、空中の岩たちを次々とカジリガメの方に発射する。

 

「『シェルブレード』!!」

 

 いきなり飛んでくる岩の雨。これに対してカジリガメは、再び殻の中に籠って回転。水の刃を撒き散らすことで、飛んでくる岩を次々と弾いていく。結果、カジリガメはすべての攻撃を防ぎきった。

 

「ブラッキー!!」

「ブラッ!!」

 

 しかし、岩を弾くことに力を使っている今なら、ブラッキーは自由に動ける。この時間を使って、カジリガメに急接近していくブラッキーは、今度こそ攻撃を当てるために黒色の前足を構える。

 

「『イカサマ』!!」

「ブラッ!!」

「ガメッ!?」

 

 水の刃に巻き込まれないように、少し斜め上から攻撃を仕掛けるブラッキー。その前足は綺麗にカジリガメに叩き込まれ、吹き飛んでいく。

 

「よし、そのまま『あくのはどう』!!」

 

 ようやくまともに入った攻撃に少し安堵しながら、このチャンスをものにする為にすかさず追撃を指示。イカサマによって飛ばされ、地面を滑っている最中のカジリガメのために、口元に黒いオーラを溜めていき……

 

「カジリガメ!!『くらいつく』!!」

「えっ!?」

 

 ブラッキーが攻撃を放つよりも速く、ブラッキーの目前にまで迫ったカジリガメが、その大きなアギトを持って喰らいついてくる。

 

 イカサマで殴られた時、甲羅の中に入ったままだったカジリガメは、地面を滑ったまま岩の柱に激突し、ピンボールのように跳ねていた。この跳ね返った時の反動が、すいすいによる速度アップも重ねることでさらなるスピードアップを起こし、ブラッキーが攻めるよりも速くブラッキーの足元に到達していた。

 

 その結果が、先ほどのカジリガメの高速攻撃の種。

 

 相手の攻撃を利用するイカサマを逆に利用し、自身の反撃の手段に変えるという機転。それが綺麗にはまったことにより、ブラッキーの頭がカジリガメの口の中につかまる形となる。

 

「叩きつけなさい!!」

「ブラッキー!『あくのはどう』!!」

 

 その状態から、顎の力だけでブラッキーを持ち上げたカジリガメは、ブラッキーを真上にあげたところから一気に振り下ろし、背中から地面に叩きつけた。

 

「ラ……ッ!?」

 

 せめて最後の抵抗をしようと口元に溜めていた黒色の波動も、この攻撃によって霧散し、ブラッキーはそのまま目を回しながら地面に突っ伏すこととなる。

 

 

『ブラッキー、戦闘不能!!』

 

 

「……ありがとう、ブラッキー。お疲れ様」

 

 ここまで頑張ってくれたブラッキーが倒れ、ボクの手持ちもついに最後の1人となる。

 

「カジリガメ」

「ガメ」

 

 そして、ボクがブラッキーをボールに戻し、懐のホルダーに引っ掛けている間に、ルリナさんもカジリガメをボールに戻す。

 

 その様子を見たボクも、最後のボールを構えながら、ルリナさんに視線を向けた。

 

「「…………」」

 

 泣いても笑っても最後の1人。ここで1回戦最初の敗北者が決定する。

 

「「っ!!」」

 

 その最後の1人に全てを託すために、ボクとルリナさんは右腕に巻かれているダイマックスバンドを同時に光らせ、手に持っているボールに吸収させて巨大化させる。

 

 

「スタジアムを海に変えましょう!!カジリガメ、キョダイマックスなさい!!」

「君にすべてを託す!!行くよヨノワール!!ダイマックス!!」

 

 

「ガメエエエェェェッ!!」

「ノワアアアァァァッ!!」

 

 

 解き放たれるキョダイマックスカジリガメと、ダイマックスヨノワール。

 

 2回戦進出をかけた、お互いの咆哮が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すいすい

実機では、ここで闘うカジリガメはすいすいではありませんが、すいすいの方が強力だと思ったので変更です。ここの間違いは、ルリナさんと初めて戦った時にも説明しましたね。キョダイガンシンがいわ技なら、凄くシナジーがあったんですが……惜しいですよね。






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