Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変― (ビーサイド・D・アンビシャス)
しおりを挟む

第1章 濃霧・奥多摩編
第1話 五里霧中



 


 

 虎杖悠仁は吉野順平の一件で思い知らされている。

【呪い】の悪意を、【呪霊】の本質を。

 だからこそ、分かる。

 

『お、かあさん……おかあさんおかあさんおかあさん! う、あ……わあああああ‼』

 

 母を求める、銀髪の幼女。

 彼女の悍ましい咆哮の中にある、悲哀。

 血涙に塗れた黄緑色の瞳の奥に宿っているのは、呪霊の悪意ではない。

 狂おしいほどの願望、その成就を切に願う祈りだった。

 それこそが、幼女が呪霊ではなく――――英霊である唯一の証左だった。

 

「っ……敵サーヴァント、ジャック・ザ・リッパー。来ます!」

 真っ赤に濁った視界の向こうで、紫色の髪の少女が、大盾を構えている。

 

 優しそうな声だった。

 切迫した状況を前にして、その声音が苦渋に塗れていても尚、生来の優しさが隠し切れない、声。

 戦いが怖い、戦うのなんてイヤだ。そんな健やかな弱さに満ちた少女を、一人で立ち向かわせてはならないと。

 

 祖父に掛けられた呪いが叫んでいた。

 

 遠ざかっていた虎杖の意識が帰還を果たし、バッと飛び起きる。

(本当に回復してる……)

 

 額から止めどなく流れていた出血は止まっていて、ギチリと常人離れした握力で拳を握り固める。切り裂かれていた腕の影響も無くなっていた。

 

 これなら、と虎杖はへそを起点に呪力を流す。すると蒼炎のような呪力が虎杖の拳から立ち昇った。

 そんな呪力が揺らめく様子を、虎杖の傍らでじっと見つめる少女がいた。

 

 虎杖は自分と釘崎を助けてくれた少女の方へ向き直る。

 藤丸立香と名乗ったその少女に、虎杖はもう一度だけ尋ねる。

 

「……本当にいいんだな」

 

 藤丸は小さくゆっくりと、でも確かに……首を縦に振った。

 藤丸の覚悟を受け取り、虎杖は立ち上がる。

 

「釘崎を頼む」

 

 虎杖の頼みを受け取り、藤丸は「まかせて」と告げた。大盾を構えるマシュの隣へと、虎杖は駆ける。

 

 異音が響き渡る。肉が捻じれ、骨が軋んでへし折れる。凄絶な痛みを支払い、銀髪の幼女は眼前の敵を解体する異形の構えを取った。

 

 腰を捻り、放つ回転の一撃。しかし、かの幼女は、その胴体を二転三転と捻じり切り、爆発的な剛力を溜め込んでいく。

 

 両手に握るナイフがぬらりと月光を孕んで――――次の瞬間、血潮を撒き散らしながら、渦の如き斬撃が虎杖目掛けて、突っ込んできた。

 

           ***************

 

「広域徘徊怨霊?」

「そうです。当初の予定だった埼玉の呪霊調査は別の術士に担当してもらい、虎杖君達には、こちらの件に向かってもらいます」

 

 虎杖達、東京校一年組を乗せて、伊地知は運転しながら今回の任務の詳細を話した。

 事件が起こったのは一週間前。

 東京・奥多摩町の各地で霧が連続発生した。

 

 それがただの自然現象なら良かったのだが、そうではない。霧が晴れると女性の死体が現れるからだ。

 

 被害者の共通点は三つ。

 ①女性 ②遺体はバラバラに切り刻まれている ③子宮がない

 

「短期間にこれだけの被害者……かなり活発ですね」

 

 資料に目を通して、伏黒は眉をひそめた。

 一週間で三人。

 

 元々、担当する予定だった埼玉の呪霊による被害が、三か月に三人であることと比べると、確かにこちらの任務の方が、優先度は高い。

 だが同時に危険度も高い。

 

「でもこの資料、肝心の呪霊の情報少ないわね。こんだけ暴れてる奴なら、もっとあっても良いんじゃないの?」

 

 右から割り込んできた釘崎が資料を覗き込み、『呪霊』について書かれた項目を指さす。釘崎の指摘を聞いて、反対側に座る虎杖も資料を覗き見て、

 

「あー確かに」

「離れろ、お前ら」

 

 両側から両者に迫られ、眉間にしわを寄せる伏黒。でも、二人とも伏黒の言うことを聞かずに、運転席の伊地知を見つめていた。

 

 やがて伊地知が苦虫をかんだような声で答える。

「それがですね……件の霧を調査していた窓の報告が不明瞭なんです。というより、記憶がないのです」

 

 窓とは、呪霊を見ることはできるが戦闘能力を持たない、呪術高専の協力者のこと。

 彼らに霧の中への侵入は指示されていなかったが、霧の規模が想定外の大きさで、誤って内部に入ってしまった。

 幸い、窓に被害は出なかったが、霧を発生させた呪霊に関する記憶が消えていた。

 

「なので、現時点では、呪霊の危険度は被害の規模でしか推定できないのですが……」

「――――術式持ちですか」

 伏黒の声色が緊張によって強張る。

 

 1級呪霊と2級呪霊には明確な違いがある。それは、術式の有無だ。

 たとえ呪力量・総合的な強さが1級クラスであったとしても、術式が無ければ、その呪霊は2級に認定される。

 

 更には――――記憶消去の術式。

 対策が取れない、厄介な術式だと、伏黒は知らず知らずの内に、手に力がこもる。

 

 自分たちでは荷が重い可能性がある。

 それでも、この任務が回ってきた理由は……

 

「おそらく、今回の任務は虎杖君の成長を加味した上での任務です。しかし、任務の主要な目的は『祓う』よりも『調査』の意味合いの方が強いです」

 

 つまり、戦闘能力があり、術式を有している術師が霧に入った場合、記憶はどうなるのか。それを明らかにする任務であって、呪霊を祓うことは第一目的ではない。

 

「……個人的には撤退を進めます。そうなった場合、君達には埼玉の八十八橋にいるとされている呪霊の任務に取り掛かってもらいます」

 強気な気性ではない伊地知の語尾がいつもよりも強かった。

 

 そう、伏黒達は一度、自分たちの等級以上の任務を受けたことがある。

 六月の少年院の件……この任務で虎杖悠仁は一度死亡している。

 その時の補助監督も伊地知だった。

 

 自分よりも幼い子供たちを送り出した結果、命を落とさせることになった悔恨が、彼の口調を強張らせたのだ。

 

 伊地知のその心情は理解できる。理解できるからこそ、伏黒は口をつぐんだ。伏黒も、虎杖が死んでからの二か月を、伊地知と似た感情を抱いて過ごしてきた。

 

「 駄目だ 」

 

 しかし、左側から飛んできたきっぱりとした声色が、二人の哀愁を消し飛ばした。

 

「これ以上、被害者出すわけにはいかないだろ」

「久々に祓い甲斐がありそうじゃない。やってやるわよ」

 

 自らの命よりも迷わず他者を思いやる虎杖と、大胆不敵に口の端を持ち上げる釘崎。

 二人に挟まれた伏黒は、脳裏に渦巻いていた感情を、重いため息に変えて吐き出す。

 

「……無茶だと感じたら、すぐに退かせるぞ」

「「うぃ~っす」」と軽い言葉が重なって返ってきた。

 

 伏黒は、生徒を引率する教師のような気持ちになって、がっくりと肩を落とした

 

 





 アニメ呪術廻戦で八十八橋編突入!
 これを機に、ずっと考えてきたFGO×呪術のクロスオーバー小説の投稿を決意しました。
 初投稿、ドキドキします……
 色々、ご意見あると思いますが、
 八十八橋編(二次創作)を頑張って書いていこうと思います。
 
 お手柔らかに、よろしくお願いします。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 五里霧中-怒

 


 

 奥多摩駅に到着してから、六時間が経過した。

 

「――――ぜんっぜん情報無いじゃない」

 

 うんざりといった表情で、釘崎はストローで野菜ジュースを吸った。

 疲労困憊といった様子の四人が、駅近くのデイリーストアで屯していた。

 

「記憶消去……分かっちゃいたが、相当やっかいだな」

「伊地知さん大丈夫かなぁ」

 

 虎杖は長時間、奥多摩中を車で走らせた伊地知を心配した。

 広域徘徊怨霊というように、普通は一か所に留まる呪霊とは異なり、件の呪霊は奥多摩の広範囲で出没している。

 

 東京の中で一番広い面積を持つ奥多摩市に、だ。

 まず被害者の遺族を調査したのだが、結果は、伊地知が長時間の運転で精神と腰に多大な疲労をかけただけだった。

 

「大丈夫っしょ。あそこの休憩室、マッサージチェアとかあったし」

 

 釘崎が口にしているのは、『もえぎの湯』という温泉だ。釘崎が言うように、今頃、伊地知は湯上りの体をマッサージチェアでほぐされている頃だろう。

 

「中々休んでくれなかったけどな」

 

 伏黒はコンビニに向かう前に起こった、一悶着を思い返す。『補助監督として、君たちより先に休むなんて』と言って、疲労がにじみ出ていながらも、コンビニまで車で送ろうとしたのだ。

 

「無理にとは言わないけど、休める時には休んでほしいよな」

 

 八月の下旬頃、虎杖は伊地知宅にお邪魔させてもらった時がある。その時に伊地知の心労や葛藤を、虎杖なりに理解した。だから労わりの心が強く出るのだが。

 

「……でもやっぱ車出してもらえば良かったかな~」

「えー、でも申し訳ねぇじゃん。別に大した用事じゃないんだし」

 

 マンガ雑誌やお菓子を少し買うのにも、伊地知を突き合せたら悪いと考える虎杖。

 だが、釘崎はじとりとした目で帰り道――コンビニから銭湯までの道のりを見やる。

 

「地味に遠いのよ。だから帰りがだるいって思っただけ! つーか、ここホントに東京⁉

実は群馬なんじゃないの⁉」

「お前が群馬をどう思ってるのかは分かった」

 

 釘崎は地元の田舎が嫌いだからという理由で呪術師になった女だ。だから奥多摩駅に着いた瞬間は、若干顔が引きつっていた。

 

(まぁ、確かに少し面倒だけどな)

 

 伏黒も釘崎と胸中を同じくしていたが、虎杖はパックマンのように目を丸くした。

 

「え、三分くらい全力ダッシュすれば着くじゃん」

「「お・ま・え・は・な‼」」

 

 五十メートルを三秒で走る奴の距離感覚だ。伏黒と釘崎の感覚とは離れている。

 一人の同意も得られなかった虎杖は「ちぇー」と口をとがらせた。そして明太子おにぎりをパクッパクッと二口で食べ終わる。

 

「んじゃ、ぼちぼち戻ろうぜ」

「食うの早いな」

 

 どれだけ文句を言おうと、歩いて来たからには歩いて帰るしかないのだ。釘崎は野菜ジュースのパックをごみ箱にシュートイン。憂鬱な気分を引っ提げて、さっさと歩き始める伏黒と虎杖の後を追う。

 しかし、踏み出した一歩は

 

「あ、あの!」

 

 袖を掴まれて、二歩目に行くことはなかった。

 唐突に引き留められ、面食らった釘崎が振り返ると、そこには眦に涙を溜めた若い女性が立っていた。

 

「霧の件を調べてる方ですよね? 母から聞いて探してたんです!」

「! 霧のこと覚えてんの⁉」

 

 釘崎が驚くのも無理はない。今日の調査で判明したことだが、被害現場にいた目撃者は霧に呑まれたことすら忘れていたのだ。

 

「おい伏黒ぉ! 虎杖ぃ!」

 

 男顔負けの音量で男子二人を呼ぶ。気づいた二人が戻ってくるまで、釘崎は可能な限りの聞き込みを行おうとしたが、両腕に走った鈍い痛みに思わず顔を歪めた。

 半ば混乱した様子で、女性が釘崎の腕を強く握りしめていた。

 

「だ、だれも覚えてないんです! みんな見てたはずなのに! 妹が、なにかに……なにかに……ば、ばら……」

「良い。言わなくて良い」

 

 毅然とした、しかしどこか優しい響きを伴った声音を聞くと、女性の堤防は決壊した。ぼろぼろと涙を流し、嗚咽交じりに喪ってしまった妹の名をつぶやいた。

 

「早織……さおりぃ」

「―――――――っ」

 

 その名を聞いて、釘崎は言葉を失った。

 奇しくも、その名は釘崎の親友にして、呪術師になる切っ掛けとなった少女の名前と同じだった。

 

  *************

 

 被害者である望月早織の姉、望月香織の情報により、新たな事実が判明した。

 

 一つは、記憶消去の度合いは個人差がある。

 霧が発生する数時間前後の記憶を失ってる者もいれば、逆に霧の中の出来事しか失っていない者もいる。現時点で、霧の中の出来事も覚えているのは望月香織のみだった。

 

 二つ目は、出産経験の有無だ。

 なぜ呪霊は望月早織を手にかけた時、すぐ隣に居た望月香織を襲わなかったのか? 

 被害者の情報を改めて総ざらいした結果、被害者の新たな共通点が現れた。

 

 妊娠・出産経験のない女性。

 

(……呪霊がここまで襲う人間を選ぶのか?)

 

 伊地知との情報共有を終えた伏黒は、今回の呪霊に違和感を覚えた。

 

 呪霊とは、人間(非術師)の負の感情が堆積して発生する存在だ。形ある悪意ともいえる奴らのほとんどは知性を持たず、己の悪意の赴くままに行動するのだが……。

 

(分娩経験のない子宮のみ求め、更にそれを見分ける力を持つ……呪詛師の可能性も出てきた――っ⁉)

 

 首筋に広がるひんやりとした感触に、疑問も思考も吹っ飛んだ。振り向くよりも先に、手首をつかみ、逃げられなくしてから振り返る。

 

「なにしやがんだオマエ」

「ぎゅ、牛乳いーかが⁉」

 

 眉間から黒いオーラを出す伏黒に、虎杖はビビりながらも風呂上がりの牛乳を差し出した。フルーツ牛乳とコーヒー牛乳。伏黒に差し出されたのはコーヒー牛乳だった。

 

「いらん」

「良いから飲めって。明日も調査で歩き回んだから」

 

 気張り過ぎだ、と言外に伝えられた。

 伏黒は息をついて強張りを解くと、おとなしくコーヒー牛乳を受け取る。

 甘いのは苦手だ。けれど、今はとにかく頭を冷やすために、流し込む。空になった瓶を旅館のテーブルに置いてから、

 

「この瓶、どこに片づけるんだ?」

「部屋の前に出しとけば、仲居さんが持って行ってくれるってよ」

「……釘崎にも渡したのか」

「断られた」

 

 そう言って、虎杖は残ったフルーツ牛乳の蓋を開けて、飲み始める。おそらく二本目なのか、ペースが普段よりも遅い。

 

 気を遣わせてしまった。

 

「すまん。気負い過ぎた」

「仕方ねぇよ。あの人の話聞いた後じゃあ……」

 

 視線を落とす虎杖を見つめながら、伏黒は望月香織が伝えてくれた情報を思い返す。望月香織は二年前、息子を出産している。望月早織は姉の息子の面倒をよく見ていた。

 

 その日も、姉の身を気遣って買い物の荷物持ちを手伝っていたらしい。

 滂沱の涙を流しながら、凄惨な事件当時のことを語ってくれた彼女は、後から来てくれた伊地知さんの車で家に送られた。

 

「でもさ、伏黒」

 

 虎杖が顔を上げて、伏黒の双眸を真っすぐ見据える。

 漏れ出た怒気が空気と伏黒の肌をひりつかせた。

 

「気張るぞ」

「当然だ」

 

 女子部屋で一人、怒りを研ぎ澄ませているであろう釘崎のことを想いながら、伏黒は応えた。

 




 八十八橋編での調査パート面白かったなぁ。
 あれを目指したつもりだけれども、やっぱり難しい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 おかあさん

 FGOのジャックちゃんパート + 宝具解放シーン!

 解体されるのは、九相図の次男か三男か!?

 


(あった……かい)

 

 ○○○○は、願いが達成された喜びごと、ずっと求めていた安寧に包まれていた。

 

 暖かな原初の寝床。

 聖なる杯に望み続けた安息の場所で、○○○〇は自身の両膝を抱えて、微睡む。

 胸の内を満たす湯水のような幸福感に、閉じている目蓋がすぅっと和らいで。

 

――――〇〇ちゃん!

 

 眉間に皺を寄せて、瞼をきつく閉める。

 

(だれ?)

 

 ――――〇〇〇〇ちゃん!

 

(誰なの? どうしてわたしたちを呼ぶの?)

 

 どこからともなく聴こえてくる、自分達を呼ぶ声。

 暖かな幸福感に満たされた胸中に芽生える、氷のような後悔が安息を乱す。

 

(誰なの? やめてよ、呼ばないで。ここで良いの。わたしたちはここにいたいの)

 

 噛み締めた歯の隙間から荒く冷たい息を吐き、呼び掛けられる声にかぶりを振る。

 土中に張り巡らされる霜のように、頭の中が凍りつく。

 

 頭中の霜はキラキラと瞬き、瞼の裏からとある少女の姿を映して見せる。

 茶色い瞳に、ぴょこんと跳ねた橙色のセミショートヘアー。

 

 凡人なのに、只人なのに、幾多の困難を乗り越えてきた……笑顔が素敵な女の子。彼女に抱きしめられて、くすぐられて、溌剌に笑う別の自分達の光景を見て、〇〇〇〇は

 

(……いいなぁ)

 

 少しだけ、羨んだ。

 

 当然、母の内に眠れる現状こそ最も幸せな時だったけれど、それでも「ちょっといいな」と思うほどには、その光景は暖かだった。

 

 そんな風に羨望に緩んだ〇〇〇〇の頬を――――薔薇の紋様が蝕んだ。

 

 

「   蝕爛腐術(しょくらんふじゅつ)(きゅう)】   」

 

 

 安寧の揺り籠が蝕まれる。

 柔らかな頬が爛れる。

 銀髪が腐る。

 走る激痛に、氷が見せた幻影が朽ち果てる。

 

(いたい、いたい、いたい!)

 

 母胎ごと自身を侵食する呪詛。

口から溢れた悲鳴が泡となって、羊水の中を駆け上がる。

 

『キャアアアアアアッッ!!』

 

 子宮の中にこだます母の叫びに、微睡んでいた殺人鬼の目蓋が開かれる。

 

(許さない)

 

 暖かな眠りも、冷たい羨望もかなぐり捨てて、殺人鬼は胎動する。

 

(わたしたちを、おかあさんを、虐めるな)

 

 自らの願いを阻害する輩を解体すべく。

 かつて霧の都を跋扈した殺人鬼が、呪霊の腹から産み落とされた。

 

     *************

 

『ちょっとお遣い行ってきてくんない?』

 

 ツギハギ顔の呪霊・真人は受肉した特級呪物『呪胎九相図』の壊相と血塗に、2件のおつかいを頼んだ。

 

 一つは、八十八橋にある宿儺の指の回収。 

 二つは――――東京奥多摩に突如として現れた強大な呪物の調査。

 

『それって宿儺の指なんじゃないの? 兄さん』

『あぁ、その可能性の方が高い。が……そうじゃない可能性もあるらしい。あいつらの反応を見る限りな』

 

 次男:壊相の問いに、長男:膨相は半信半疑といった不明瞭な答えを返す。

 

 それは自分達を受肉させた呪霊側……真人とその一派ですら把握しきれていないということだ。その正体不明の、しかして宿儺の指と同等と思われる呪物。その詳細を。

 

『お前達なら、八十八橋に巣くってる呪霊は訳ないはずだ』

 

 膨相は二人の弟である壊相と血塗に、兄弟への信頼を込めた眼差しを向ける。

 百五十年間、呪物として封印されながらも、互いの存在を頼りに生存してきた。

 だからこそ、宿儺の指一本分の呪霊に負ける筈が無いという信頼。

 

 俺達は三人で一つだ。

 

 長兄:膨相が繰り返し説くこの言葉が何よりの証左だ。 

 

『実際に確認して宿儺の指であれば回収しろ。ただ、もしそれ以外の何かだとしたら……』

 

 それでも尚、その信頼をも上回る懸念が、膨相の次の言葉に現れていた。

 

『血塗を連れて、すぐに退け』

 

 壊相は杞憂と思いつつも、頭の隅に兄の言葉を留めていたが――――呪霊の腹から産み落とされた銀髪の幼女を認めた瞬間、悟った。

 

 兄の言葉に、間違いは無かったと。

 

  *************

 

「なんだぁ? ガキかぁ? なんか弱そうだなぁ? 兄者ァ」

「……血塗、少し下がりなさい」

 

 血涙を垂れ流す虚空の眼孔の前に手をかざし、壊相は異形の弟:血塗を下がらせる。

 

 ぴちゃりと。

 羊水と産血の水溜まりの中で、幼女は屹立する。

 

(呪力が、感じられない……なのに)

 

 幼女の全身から立ち昇る呪力に類似した何かが、壊相の本能に警鐘を鳴らし、注意深く相手を観察することを強いる。

 

 裾が極めて短いノースリーブのジャケットに、ローレグのヒモパンという幼女にしては攻めた格好だ。

 

 相対する壊相も、女物のボディハーネスにTバックという、逞しい筋肉美を惜しげもなく晒す格好ではあるのだが、両者の格好に眉をひそめる一般人(感性)はこの場にはいない。

 

「……おじさん達、なの?」

 

 幼さの残る声が夜の奥多摩の森林にこだます。

 腰に装備したナイフを両手に握り、幼女は切っ先を自身の背後に向ける。

 

 月光に濡れる凶刃のギラツキを辿ると、そこには四つ目の呪霊が横たわりながら、下卑た笑い声を上げていた。

 

「おかあさんに、わたしたちに、痛いことしたのは」

 

 幼女が母と呼ぶ呪霊は、青白い肌をした人型。

 

(見た目は八十八橋で祓った指の寄手と同じ……)

 

 宿儺の指を宿した呪霊は姿形が統一される。だから、壊相と血塗は八十八橋でしたように、この呪霊にも自分達の血を浴びせ、術式を発動させていた。

 

蝕爛腐術(しょくらんふじゅつ)(きゅう)】。私達、兄弟が有する術式です」

「…………?」と、幼女は首を傾げる。

 

 壊相は幼女の問いには答えず、術式の開示による能力の底上げに掛かる。

 

(得体が知れない。とはいえ、この小娘にも血が侵食していたのは幸運だった)

 

 幼女の頬に浮かび上がる薔薇の紋様。

 それこそ、壊相と血塗の術式が発動している証拠だった。

 

「私達兄弟どちらかの血を浴びれば、侵食箇所から腐蝕が始まります。そちらの呪霊なら10分、お嬢さんならばもって5分が限界でしょう。朝を迎えずとも、骨しか残りません。さてどうしますか?」

 

 術式の開示が済んだ。

 

 これで術式の浸食速度は更に加速する。

 壊相は幾ばくかの達成感に口元を緩める。術式の開示を受けても、銀髪の幼女はただぼうっと突っ立っていただけ。

 

(縛りによる底上げを知らないのか? 何はともあれ、勝負はついた)

 

 勝負の決着を一方的に断じた壊相だったが、いち早く周囲の違和感に気付いたのは弟の血塗だった。

 

「兄者……なんだぁ、この霧?」

「っ⁉」

 

 幼女の放つ異様さが、壊相の認識を狭窄させていた。

 三者が集うこの場の森一帯に、白い霧が広がっている。

 霧の発生点は、ナイフを携えた腕をだらりと垂らす幼女の足元。

 

 大気が、塗り替えられる。

 幼女の殺意が、霧となって壊相と血塗を包み込む。

 

(生得領域の展開⁉ いや、違う。なんだ⁉ これは一体なんだ⁉)

 

  「 此よりは地獄 」

 

 霧がもたらすは、因果の混乱。

 黄緑色の瞳が見据えるは、解体対象。

 

  「 わたしたちは、炎・雨・力 」

 

 それは放てば絶命必須の凶刃。

 回避は霧が許さず、あらゆる防御は意味を為さない極大の『呪い』。

 

  「 殺戮をここに 」

 

 その『呪い』の真名は

 

  「 解体聖母(マリア・ザ・リッパー) 」

 

 幼女が、殺人鬼が露と消える。

 壊相は消えた幼女の姿を捉えようと、辺りを見回して――――虚空に舞い散る鮮赤の雫が目に入る。

 

 その雫は、否、水流は自身の背後から膨大に流れ飛んでいて。

 

「あ……にじゃ」

 

 振り返れば、そこには肉片になりつつも最愛の弟が、掠れる声を絞り出していた。

 

「血ッ塗ゥゥゥゥウウウウウッッ‼‼‼」

 

 変わり果てた弟の姿に絶叫する壊相の背中を目にして、殺人鬼は凄惨に嗤う。

 

「変な背中。解体してあげるね」

 

 壊相のコンプレックスである、背中に浮かび上がった人間の顔。

 異臭を放つその背中に向かって、横薙ぎの一閃が振り払われた。

 




 ついに始まった、呪術キャラVS英霊。
 
 やっぱり原作にない対戦相手を考えるの楽しいです。

 ここからは週1更新、呪アニが放送された後にしていくつもりです。
 よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 五里霧中―乱

「 バチ殺し‼ 」

 

 弟を刻まれた憤怒に、コンプレックスである背中を見られた赫怒が加わり、壊相は躊躇なく【(きゅう)】を解除。

 殺人鬼の頬に浮かぶ薔薇の紋様が消失するが、次瞬。

 

蝕爛腐術(しょくらんふじゅつ)極ノ番(ごくのばん)――――翅王(しおう)

 

 背中から吹き出した毒血のレーザーが、背後にいた殺人鬼の肩や太腿に突き刺さる。 ドドドンッッ!! と、血の噴射で殺人鬼は吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられた。

 

「いっ……たぁい」

 

 苦痛に歪む幼き相貌目掛けて、壊相は背から出ずる蝶の羽に模した血液を噴射する。

 幾本ものレーザーが殺人鬼の四肢を、臓腑を貫き、腐蝕の痛みを与える。

 喉が張り裂けるほどの絶叫が飛び出て、死ぬほどの激痛に殺人鬼が転げ回る。

 見てくれは幼女、けれどそんなことは壊相の殺意を収める理由足りえない。

 

(朽では殺さん! 翅王で全身を貫く!)

 

 ものの数分で死を与える【(きゅう)】よりも、【翅王(しおう)】で嬲ることを選択する壊相。

 霧に紛れさせる暇も与えず、【翅王(しおう)】による蹂躙を始めようとして、

 

 ピィィィィッッと、呪力の弦を引き絞る音を鼓膜が拾う。

 

 咄嗟に飛び退いた瞬間、さっきまで壊相がいた空間を呪力の矢が穿つ。

 

 遠方の木々まで貫き倒れていく矢の破壊音を聞きながら、ケタケタと笑う呪霊に意識を傾ける。すぐさま壊相は【翅王(しおう)】の毒血を噴射。

 

 殺人鬼を産み落とした影響か、木の幹にもたれる呪霊に六条のレーザーが迫る。

 対し、呪霊は笑みを消さず、全身に呪力を漲らせ、両腕を前に突き出すことで周囲に展開。

 

 呪力のバリアがレーザーを掻き消し、飛び散る飛沫が木々を、地面を溶かした。

 壊相は【(きゅう)】を解除した己の浅慮さに、舌を打つ。

 

(あの小娘にばかり気を取られた。宿手の呪霊にもう一度当てるには……)

 

 そこまで考えて、壊相は思考を止める。

 八十八橋に巣くう宿手の呪霊には、弟の血塗とのコンビネーションで毒血を被せ、【(きゅう)】で祓った。だが、もう弟はいない。

 

 ――俺達は三人で一つだ。

 思考を止めた脳裏に、長兄:膨相の言葉がよく響く。

 

(ごめん兄さん)

 戦闘中、2対1の状況でも堪え切れず流れる慈愛と後悔の涙。

 その一瞬の涙に躊躇する魔性は、この場にはおらず。

 

「しゃあ!」

 

 濃霧に紛れ、背後に迫った殺人鬼が壊相の背中を切り裂いた。バツ印を刻まれた苦痛に顔を歪めながら、展開していたはずの【翅王(しおう)】からレーザーを射出。

 

 しかし殺人鬼は空中で身をよじり、周囲の木々を足場にレーザーの間をかいくぐる。

 

(っ、まただ!)

 

 壊相は違和感を覚える。

翅王(しおう)】による周囲警戒・呪力による肉体強化。どれだけあの殺人鬼の奇襲を警戒していても、必ず先手を取られる。

 

 霧に溶け込み、気配に気づいた時には斬られている。

 

「おかあさん。無茶しないで」

 

 レーザーを避けきり、殺人鬼は今も横たわる呪霊の前に立ちふさがる。呪霊の身を案じ、下がらせるその光景は先刻の自分達と重なる。

 

(……すまなかった、血塗)

 

 自分の不甲斐なさを呪いながら、眼前でナイフを舐める殺人鬼を睨み据える。

 

「今すぐに、私が、仇を取る」

「あはは! お兄さんも解体してあげる! それでお揃いだよね!」

 

 無邪気に、邪気を放ち、殺人鬼は小さな体躯を縮めさせる。

 バネを抑え込むように、地面に足をめり込ませて、二刃のナイフを逆手に構える。

 濃霧立ち込める大気がひりつき、隙と間合いを伺う両者。

 膨れ上がる呪いと殺意が今まさに弾けようとした瞬間、

 

 

「―――――――【(ぬえ)】」

 

 

 猛風が、霧の都を払い飛ばした。

 







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 五里霧中―決

 もうそろそろ寝ようかと、伏黒と虎杖が浴衣に着替えようとしたタイミングで、釘崎が男子部屋に飛び込んできた。

 

「釘崎サン⁉ ノックくらいはしよ」

「窓見ろ、男子共! 霧が出たのよ!」

 

 虎杖の抗議を遮る釘崎の声に反応し、伏黒が部屋の窓を開け放つ。

 月明かりに照らされた山中の一部に立ち込める、真っ白な濃霧が三人の目に映る。

 同心円状に広がり、それ以上拡大せず、渦を巻く霧の様子から、自然現象ではないことは明白だった。

 

 三人の準備は迅速だった。

 もとより、三者三様に怒りに震え、血潮を煮え立たせていたのだ。

 数分も経たずに三人は手馴れた様子で(伊地知さんにバレないよう素早く)旅館を抜け出した。

 

 遠方から木々が倒れ伏す音が轟く。

 

「誰かが戦ってる……⁉」

「釘崎、この任務って俺達だけだよな⁉」

「私に分かる訳ないでしょうが!」

 

 呪力で強化した脚力で三者は木々を駆け抜ける。けれど、素の身体能力がずば抜けてる虎杖が先行するのは自然なことで、立ち込める霧に踏み出したのも虎杖が最初だった。

 

 結果的に、それは正解だった。

 

「二人とも止まれ!」

 

 霧に足を一歩踏み込んだ時点で、虎杖はとっさに後続する二人を押しとどめる。

 切羽詰まった声音に、伏黒と釘崎は土を抉りながら急停止。

 

「この霧、毒だ」

 

 虎杖は自身が体感して気づいたことを端的に述べて、霧の中に入れた足を二人に見せる。呪術高専の制服、そのズボンの裾がジュクジュクと溶けていた。

 

「硫酸の霧……こんなの報告になかったぞ」

「どうすんのよ。これじゃあ入れもしないじゃない」

「吹き飛ばすしかないだろ」

 

 伏黒は手を交差させる掌印で『鳥』の影絵を作る

 十種影法術。禅院家相伝の術式を発動し、影絵を媒介に鳥の式神を呼び出した。

 

「 【(ぬえ)】 」

 

 木々に狭まれた空間で所狭しと、式神:鵺は大翼を振るわせる。山中の霧が風圧で吹き払われていき――――現れた敵影に伏黒は静かに驚愕する。

 

 宿儺の指を宿した呪霊。

 

 3ヶ月前、虎杖を死なせた遠因との邂逅に、伏黒は瞳孔を開く。

 けれど、虎杖と釘崎が注視したのは、そっちとは別の相手方だった。

 

「うっげ⁉」

「女の子⁉ って、その歳で紐パンはまずいって! 風邪ひくよ?」

 

 成人男性のTバック姿(フワーォ)に、釘崎は露骨にドン引きし、虎杖は幼女の露出した下半身を心配した。

 

「っ! 違うもん! わたしたち、好きでこんな恰好してるんじゃないもん! お兄さんのエッチ!」

 

 幼女は羞恥に頬を染め、ナイフを持った手で下半身を隠す。

 虎杖はその光景+幼女にエッチと言われてしまった事実に、かなり心にキてしまったようだ。

 

「あっ、やばい死にたい俺。罪悪感半端ない」

「うわ、あんたうっわ……ちょっといやかなり離れろ私から」

「追い討ちやめて⁉」

「お前らちょっと黙ってろ」

「……呪術師、ですか」

 

 これまで静観していた男がそう呟いたのを、伏黒は見逃さない。

 絵面のTバックが思考を乱すが、男の背から伸びている蝶の羽と漲る呪力の圧から、伏黒は男が『特級』クラスであることを感じ取る。

 

 交流会を襲撃した森の呪霊・花御や少年院の特級仮想怨霊と対峙した経験のおかげともいえる。更には宿儺の指の呪霊。特級が2体。馬鹿げた光景に笑みすら浮かぶ。

 

(五条先生じゃねぇんだぞ、こっちは)

 

 そして……只ならぬ気配を発する未知数の戦力が1人。

 銀髪の幼女。見た目は完全に人間。呪力も感じられない。なのに、宿儺の指の呪霊と同等の悍ましさを放つ幼女が顔を綻ばせる。

 

「人が増えちゃったけど……よかったぁ、女の子がいた。だったら―――おかあさん」

 

 幼女の呼びかけに応えるように、宿儺の指の呪霊は笑いながら己の腹に手を突っ込んだ。位置は下腹部、無遠慮に突っ込まれた五指がグチャグチャと肉をかき混ぜて、取り出す。

 

「前のお部屋は少し冷たくなってきてたからね」

 

 それは、被害者から抜き取られていた子宮。

 呪霊はそれを口に含み、呑み下す。途端、呪霊の体に呪力が沁み込み、横たわっていた体をすっくと立ち上がらせた。

 

「おかあさんも手伝って。女の子の方は、わたしたちが綺麗に解体するから。わたしたちが入るお部屋を傷つけちゃ嫌だも

 

「――――やってみろよ」

 

 ドスン!

 

 幼女の姿をした悍ましき殺人鬼の口を止めたのは、腹部に突き刺さった釘。

 間髪入れずに、釘崎野薔薇は自身の術式を発動。

 突き刺した釘から揺らめく蒼炎のような呪力を流し込む。

 

芻霊呪法(すうれいじゅほう)(かんざし)】 

 

 突き立った釘を媒介に呪力の火柱が顕現、殺人鬼の腹を突き破った。

 

「うっ……っ! わああああああああっぃぎ!」

「わめくな。乳クセェんだよ」

 

 宙に放った釘を呪力で固定させ、そこにすかさず金槌を振るう。

 

 撃ち出された釘は苦悶に喘ぐ殺人鬼へと真っ直ぐ突き進むが、届く前に火花と金属音が生じる。ナイフで弾かれた釘は周囲の木々に刺さる。

 

「ひどいなぁ、もう……!」

 

 口端から吐血しながらも、殺人鬼は何事もなく立ち上がる。腹に開けられた風穴は、いつの間にか手に持っていた血まみれのメスによって縫合されている。

 

 もはや、疑う余地はない。眼前の幼女は、殺人鬼は、尋常の者ではない。

 

「安心しろ。親子共々、送ってやるからよっ!」 

 

(かんざし)】発動!

 

 弾かれ、木々に刺さった釘から呪力が爆ぜる。殺人鬼と呪霊に向かって、大木が一斉に倒れ込んだ。

 開いた花弁が閉じていくように、大木は中心の殺人鬼と呪霊を押し潰さんと迫るが――――ギギュゥッ! と、呪霊が掌に呪力を圧縮させ、開花。

 純粋な呪力の暴威が、倒木の悉くを跳ね返し、土塵が辺りに充満した。

 

「好機」

 

 事態を静観していたTバック男が、動いた。

 

 虎杖と釘崎、殺人鬼と呪霊を包む隠す戦塵目掛けて、Tバック男は背中の蝶の羽から、レーザーのようなものを射出する。

 呪術師と呪霊、二陣営のどちらも狙ったレーザーが無差別に降り注ごうとして、

 

「 【蝦蟇(がま)】 」

 

 伏黒は蛙の式神・蝦蟇を呼び出す。

 蝦蟇の口から伸びたベロがTバック男の腰に巻きつき、遠方へとぶん回す。

 

 漁夫の利に持っていける立場にいるTバック男を、最大限警戒していた伏黒は、レーザーが男の背中を起点に放っているのを看破。

 起点がずれることでレーザーの狙いも乱れ、もうもうと立ち込める戦塵が晴らされることは無かった。

 

「邪魔をするな、術師!」

 

 蝦蟇のベロを引き千切り、宙空から放り出されたTバック男が、背中の蝶の羽で浮遊する。翅からぽたぽたと垂れる雫が、地面や木の根を溶かす様子を目にして、伏黒は確信した。

 

(やっぱ毒か)

 

 土煙で姿も見えなければ狙いも定まらないのに、数撃ちゃ当たると言わんばかりに放たれたレーザー。そこから伏黒はTバック男の術式が『当たれば勝てる』もの=毒に関するものだと気づいた。

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 パシャッ、と水飛沫のような音を立てて、蝦蟇が溶ける。蝦蟇を引っ込めて、伏黒は両手で掌印を結ぶ。

 

(毒の術式。長射程で広範囲。虎杖と釘崎はどっちも短中距離。……こいつに対応できるのは俺だけだ)

 

 過度な強張りを解くために、息を吐き出す。特級と対峙するのは、今年に入って3度目。しかし一人で相手取るのは――――呪いの王に圧倒された、あの時以来だった。

 

(やるしかねぇ)

 

 静かに呪力を捻出し、その身に刻まれた相伝の術式に流し込んだ。

 あの時と同じように。けれど、あの時と同じ結果を迎えないように。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 五里霧中―影

 静かに呪力を捻出し、その身に刻まれた相伝の術式に流し込む伏黒。それを見過ごすTバック男ではなく、伏黒の式神召喚よりも前にレーザーによる弾幕を展開した。

 毒のレーザーが濃密度で噴射、伏黒に迫るが、

 

「 【脱兎】 」

 

 ぽん、ぽぽん、ぽぽぽぽぽん。

 

 影から出ずるはコロコロと湧き上がる兎の群れ。一匹ないし数匹なら可愛いかもしれないが、蛇口を捻って出る湯水の勢いで無数に湧き上がると気圧される。

 

 兎の式神が壁を築き、レーザーの狙いが逸れる。その隙に伏黒は脱兎の群れに紛れ、Tバック男の距離を詰めようと迫り―――――

 

「悪手なのでは?」

 

 男の声が耳朶を叩いたのと同時に、伏黒の視界いっぱいに紫毒の光線が迫った。

 

「――ッ!」

 

 どぷん、と伏黒の態勢が一瞬沈む。元は武器を取り出そうとした影に、己の足を沈ませたのだ。紙一重で光線を避ける。

 

「 【蝦蟇】っ! 」

 

 森の木陰に召喚しておいた蝦蟇を呼ぶ。それだけの合図で、茂みから蝦蟇の舌が伸び、伏黒を引っ張った。

 

 次の瞬間――――伏黒のいた場所にレーザーが雨あられのように打ち込まれた。

 空から地面へ降り穿つ、その速度を目の当たりにすると、伏黒は全力で走り出す。

 

(駄目だ、あの速度じゃ詰められる前に撃たれる!)

 

 脱兎を引き連れながら、伏黒は闇夜に紛れ、木々の中を駆け抜ける。

 しかし、レーザーは鞭のようにしなやかに軌道を曲げて、幹と幹の間を縫ってきた。

 

「っ!」

 

 ドズッ! と目の前を走っていた一匹の脱兎が毒の光線に撃ち抜かれる。あと一歩前に踏み出していたら、伏黒も共に撃ち抜かれていた。

 

「くそっ!」

 

 悪態をつきながら、伏黒は走り出す。しかし、背後から迫るレーザーの速度は、伏黒の速力の比ではなく、あっという間に追いついてくる。

 

「 【蝦蟇】っ!」

 

 伏黒の毛先にレーザーが掠めた瞬間、横合いから伸びた蝦蟇の舌が、伏黒を引っ張り込んだ。すると翅王の軌道がグン! と横に曲がり、正確に伏黒を追いかけてきた。

 

(虎杖なら振り切れるかもしれねぇが……っ!)

 

 脱兎の数を増やし、狙いを逸らす。それでも追いつかれそうになった時には遠隔で召喚した蝦蟇の舌で緊急退避する。それの繰り返しで、なんとか翅王から逃げおおせているが……

 

(このままじゃ、じり貧だ)

 

 あの毒レーザーの本当の脅威は、内包した毒よりも、その速度と精密性だ。Tバック男は呪力感知で伏黒の位置を把握して、レーザーで追跡させているのだろう。

 

 驚くべきは、レーザーの精密性を生み出す、Tバック男の優れた操作能力だ。

 迫る危機に反応し、伏黒は咄嗟にのけ反る。

 

 ドドドンッ! と眼前にレーザーが突き刺さった。

 

 なんとか背中のレーザーを解除せねば。このままでは、体力と呪力を使い切るだけ。

(毒の術式なのは分かってる。問題は、何から毒を生成して、操っているかだ)

 

 術師の呪力を源に、毒を生成する式神を持つ術式は知っている。式神遣いは術師に多く、小学一年生の頃からこの世界にいる伏黒には、心当たりは容易についた。

 

 だが伏黒の目には、あのTバック男が式神を連れているとは思えなかった。ならば毒の源は本人の呪力。しかし、そうだとするとTバック男は、あの量の毒=呪力を放出し続けていることになる。

 

(そんなことしたら、あっという間に呪力切れだ)

 

 ――――何かの物質に呪力を通わせ、操る。それが一番あり得る方法だった。交流会に襲撃してきた特級呪霊・花御は、自身の呪力だけで樹木を顕現させていた。だが、あれは例外で埒外な存在なのだ。

 

(だとしたら、その物質ってなんだ⁉)

 

 伏黒は翅王の猛追を避けながら、再びTバック男を目視できる距離まで戻っていく。男の呪力感知をやり過ごすため、大量の脱兎でチャフのように攪乱させる。

 

 ドドドドドドドドドッッ‼‼ と、周囲にいる脱兎が次々に消されていく。

 最初は遠方の脱兎から撃ち抜かれていくが、レーザーの矛先はだんだんと伏黒に迫っていき、何発か服や髪を掠めた。

 

(よく見ろ)

 

 伏黒は自分に強烈な命令を発して、瞳孔を限界まで開く。傍らの脱兎達が撃ち抜かれる、その様子を見て、翅王を構成する物質を見定めようとして――――――鼻先に、燃えるような激痛が走った。

 

「づっ!」

 

 噛み締めた奥歯が軋む。肌が沸騰して焼け爛れる激痛に苛まれながらも……伏黒は目を閉じなかった。

 

( 血、か!)

 

 呪力から生成した毒を、己の血に混ぜ、圧縮して放つ。

 そしてレーザーの仕組みを解いた伏黒の脳内で連想という名の閃きが弾けた。

 まっさらな意識はその閃きのままに体を動かし、掌印を結ばせ。

 

 ――後方から迫った腐毒の矢が、閃きを内包した伏黒の頭ごと突き刺さった。

 

               *

 

(当たった)

 

 手応えを感じた壊相は広く展開していた翅王を、己の背中へ引っ込ませる。

 毒血を蝶の羽の形状に留めて、壊相は忌々しい殺人鬼と乱入した呪術師が待つ戦場へ歩を向ける。

 

(随分、遠くに退き離された)

 

 おそらく、あの年若い術師が誘導させたのだろう。年の割に中々の遣り手だが、【翅王】を当てられた今、激痛で動けないだろう。

 

 ――【翅王】で当てて、【朽】で殺す。

 

 それが、壊相の必勝パターン。

 そして肝心なのは、【朽】を発動させるタイミングだ。

 

(翅王を当てたのは、あの小娘と宿儺の呪霊にウニ頭の術師。……残るは二人)

 

 ウニ頭の術師が引き連れてきた、釘を使う女術師と男の術師。

 全員に【翅王】を当てて、【朽】で一網打尽にする。

 

(心残りは……多少ありますが)

 

 あの幼女の殺人鬼には弟の痛みを僅かでも味わせてから殺したかったが、それにこだわって、そもそも殺せなかったのでは本末転倒。

 

 翅王の毒は死ぬほどではないが、かなりの激痛を与える。並の術師なら当たれば動けなくなるほどに。それで幼女をいたぶりたいのが、壊相の本音だが……

 

(確実に、一度に全員を【朽】で分解して殺す)

 

 それ以上の憤怒が、本音を、私情を押し潰した。

 怒りの感情に蓋をされ、壊相は完全にウニ頭の術師を忘却の壷中に追いやっていた。

 

           「 【満象】 」

 

 突如として、遥か頭上に現れた巨大な呪力の塊を感知。

 壊相は黒く濁った結膜を限界まで開いて、頭上を見上げる。

 月浮かぶ夜空から落ちてきたのは、呪力で生成された滂沱の如き水だった。

 純粋膨大な水量を、モロに浴びる。降り注ぐ滝のような水圧に目を閉じながらも、壊相は【翅王】を頭上に放とうとして、

 

「なっ⁉」

 

 ドロリ、と糸が解けるように、毒血が水流に洗い流されていく。

【翅王】が解け、無防備になった壊相に―――――――真上から降って来た巨大な象の式神が、その質量を活かした踏みつけを喰らわせた。

 

 衝撃に伴う風圧が辺り一帯の木々を根っこから吹き飛ばす。

 

「ぐっっおおおおおおおぉおぉぉぉぉおおおおっっっ‼‼⁉⁉」

 

 額に血管が隆起する。凄まじい重量に押し潰されそうなところを、とっさに呪力で強化した両腕で支えるが……ビキビキビキと肉の悲鳴が上がる。

 

(こんなものっ! 投げ飛ばしてくれる!)

 

 油断を衝かれたが、巨象の重量に適応した壊相は全身を呪力で強化し、巨象を投げ飛ばそうと力を込めて。

 

 パシャンと、呆気ない水音が鳴って、投げ飛ばそうとした重量から解放された。

 

 油断からの驚愕、適応からの解放で、目を丸くする壊相。そんな彼が立っているその場所は……周囲の木々が薙ぎ倒され、空からの見晴らしが良くなっていた。

 

              「 【鵺】 」

 

 上空から飛来した巨鳥の式神が、ずぶ濡れの壊相目掛けて、雷を帯びた大翼を振り下ろす。電撃による痺れが全身をつんざき、壊相は自由に身体を動かせなくなった。

 

「~~~~~っ!」

 

 苦悶に歪む壊相の視界に、茂みから飛び出すウニ頭の術師が飛び込んだ。

 木々が取り払われたことで、月光が地面に影を産み落とす。

 身を低くかがめ、駆けるウニ頭の術師は、落ちた月影に指を沈める。

 

 水面近くの魚をさらう鳥のように、伏黒の指は月影の中にあった呪具を、走る勢いそのままに取り出す。

 ズァァアッ‼ と、黒剣が影から引き抜かれ、そのまま斬り上げ一閃。

 

 壊相の右肩を斬り飛ばし、鮮血を噴き出させる。

 ウニ頭の術師は切断面から覗く凄惨な肉と骨を傍目に、壊相の真横を通り過ぎる。

 急激に失われていく血と熱を感じながら……壊相は月明かりに照らされる大地に伏せた。

 




 1週で3話ずつ投稿できたら、と思っています。
 お気に入りやしおりしてくださった皆様、ありがとうございます! 励みになります!
 
 感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 不還の境地

 

 男が地面に倒れる揺れを足裏に感じた伏黒は、その場で膝を折った。

 

「ぐっ……!」

 

 後頭部から首筋にかけて広がる腐蝕の激痛に顔を歪ませる。生きながらにして細胞単位で解体されているような激痛。だが、これは名残りだ。

 

 痛みは依然続いているが、肉を分解するジュァアという煙と音は鳴っていない。

 術式は解除されている。証拠に薔薇の紋様も消えている。

 

(毒は大丈夫なのか、これ。家入さんの治療が間に合うかどうか……関係ねぇか)

 拳を地に押しつけ、それを支えに震える腰を持ち上げる。

 

「待って……ろよ、虎杖。釘崎」

 

 毒の苦痛で息を荒くしながらも、伏黒は二人の助太刀のために立ち上がった。

 

 不平等に人を助ける。

 己の良心を信じて、善人を助ける。

 それが伏黒恵という呪術師の本幹だ。

 そこに、自身の保身というものは介在しない。

 自分の痛みに、生死に……危機に無頓着。

 

 故に。

 

 背後から迫る、紫毒の拳に気づけない。

 

「がっ⁉」

 

 衝撃に肉が波打つ。背中側からめり込んだ拳はそのまま肺を押し潰さんとして、更なる力を込めるが、その前に伏黒の体躯が吹き飛ばされた。地面に二転三転と転がり、木の幹に叩きつけられ、血に混じった酸素の塊を吐き出す。

 

「まさか腕を飛ばされるとは……少々あなたのことを侮っていました」

 

 月明かりを頭から浴びる壊相の姿が、薄れゆく伏黒の目に映る。切り飛ばした筈の右腕がある。

 

(受肉、たいの再生は……反転術式じゃなきゃ不可能の、はず)

 

 切り飛ばした肉の断面から、伏黒はTバック男が特級呪物を受肉した人間だと気づいた。だからこそ腕を切り落とせば失血死を免れないと考えたのだが……正確には、あれは肉の腕ではない。

 

 背中から噴射していた【翅王(しおう)】の毒血を、肩の断面から放出。宙に留め、腕の形に凝固させた仮初のもの。けれど、そんなことを知る術もない伏黒は、男が近づいてくるのをただ待つしかなかった。

 

「私の毒は全身に浴びでもしない限り、死にません。けれど、そこまでの深手なら別ですが。後頭部に打ち込まれ、更に背中に喰らった今、【(きゅう)】を使うまでもない」

 

 楽に殺してあげます。

 

 そう続けて、Tバック男は木の根元に転がる伏黒へと更に近づく。

 

 どくりと溢れ出す頭部からの出血が、伏黒の掠れかかった視界を赤く染め、壊相の姿を映さなくさせる。

 

(――――ここまでだな)

 

 呪術師として完成された精神が、伏黒にあの手段を躊躇なく選ばせる。

 

十種影法術(とくさのかげほうじゅつ)

 

 十種の式神を従える、禅院家相伝の術式。長く呪術界に君臨する御三家の一角。その相伝の術式の真骨頂は…………現代最強の術師・五条悟をも道連れにできる力を秘めている。

 

布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)

 

 勝者の愉悦に浸っていたTバック男が、頬を張られたかのように驚愕する。

 伏黒から膨れ上がる……否、伏黒の影の最奥から現れようとするナニカの気配に、男は気圧され、飛び退いた。

 

八握剣(やつかのつるぎ)……っ!」

「なんだ。貴様! 何を呼び出そうとしている!」

 

 Tバック男が声を荒げ、首を振り乱しながら、背中から蝶の羽を展開する。

 だが遅い。

 伏黒を門として、隙間風のように溢れ出す呪力。そんな隙間風に宿る神威は月すら墜としかねない程に濃厚で、重厚で……圧倒的だった。

 門の向こうから現れようとする【神】を出迎えんと、どこからか湧現した六体の玉犬が二本の縦列を組み、遠く咆えた。

 

異戒(いかい)……」

 

         『 おや、それはいけないよ 』

 

 【神】が通りたる参道。

 その正中に、細く、しなやかで、たおやかな爪先が、降り立った。

 薄れていた伏黒の視界が、白く柔い月光に染まっていく。

 

(――――お、んな?)

 

 月光と見紛うそれは、女が纏う純白の装束だった。

 一つにまとめた濡れ羽色の髪が尾のように翻り、女が背後に倒れる伏黒を振り返る。

 

『無事かな、少年?』

 

 衣のように柔らかく軽やかなでありながら、忍ばせた刃を思わせる鋭さを秘めた声音だった。切れ長の瞳は涼やかで、世捨て人のような達観さを持ち合わせつつも、義侠に燃ゆる情も宿している――――美しい目をした、女性だった。「風流」という言葉を着こなすその美女は伏黒を優しく見つめながら、戒めるように、立てた人差し指を唇に付けた。

 

『己の死を恐れず、生も求めない……そんな境地に立つには、君は少し若すぎる。――――もっと世を謳歌しなさい』

 

「――――――――っ」

 

 気づけば、伏黒は召喚の構えを解いた。

 

 出迎えの遠吠えをしていた玉犬達が水音を立てて影と消える。白装束の美女は辺りを見回して、充満していた神威の呪力が消失したのを確かめた。

 

 浅葱色の瞳が花弁のような柔味を帯びて、細まった。

 

『それでよし……さて、待たせたね』

 

 白装束の美女は声の調子も表情も、さっぱりと切り替えて、これまで静観していたTバック男と対峙する。その時を待っていたかのように、男は背中の蝶の羽を広げ、美女目掛けて一斉にレーザーを照射した。

 

『――――此処より己の死を恐れず、生も求めず』

 

 迫る紫毒の光条に避ける素振りすらみせず、美女は懐からある書を取り出す。それは俗にいう巻物だった。巻物を手にした方の手を振り上げる。

 

 すると、川の流れのように巻物から紙が流れ、美女の姿を覆い隠す。

 ジュジュジュンッ‼ と、毒のレーザーが巻物の紙を次々と貫く。それでも巻物からは紙が流れ続け、果てには男の目の前にまでブワッと過ぎる。

 

「くっ!」

 

 うっとおしそうに、男が眉間にしわを寄せて、後ろに下がろうとした。

 その傾いた態勢に、そっと一押しするように…………胸板に匕首が沈み込んだ。

 

『 ただ殺めるのみ 』

 

 鼻先と鼻先が掠れ合うよう程まで近寄り、白装束の美女はそう囁いた。

美女は、己が殺めた男の目から、決して目を逸らさなかった。

 

「血塗……すまな」

 

 浅葱色の瞳は、黒い瞳から流れる涙を、涼やかに、真摯に映して――――見届けた。

 ぐらりと倒れかかる男を、美女は避けずに受け止め、そっと地に下ろす。

 

 男を見下ろす美女の目に迷いも無いし、後悔も無い。ただ、少しばかりの憐憫を……男の遺体に供えた。

 

『……君のような若人が、酒の味よりも先にこんな想いを味わうものじゃないのさ。こんなことは、私のような亡霊がすれば良いのだよ』

 

 月明かりを仰いでから、美女は背後に座す伏黒へと振り返り、

 

「 【玉犬・渾】 」

 

 特級呪霊にも傷をつけた式神の爪を、喉元に突きつけられた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 五里霧中―盟

 黒と白の犬が混じり合い、変貌した式神【玉犬・渾】は、狼人間のような巨躯を誇り、二足歩行も可能になった。

 その爪牙は、特級にもダメージを与えられるほどに鋭さを増している。――――伏黒は、そんな得物を、窮地を救ったかの美女に向けているのだ。

 

 理由は唯一つ。

 

「――お前らは、何者なんだ」

 

 眼前の美女が、あの幼女の殺人鬼同様――――呪力に似通った、得体の知れない力を宿しているからだ。

 

 伏黒は頭部からの出血も抑えず、警戒に目をギラつかせて、美女を睨みつける。けれどそんな伏黒の眼光を受けて、美女は思案顔で俯いた。

 

『ふむ、お前ら、か……つまり君は会っているんだね? 変わり果ててしまった、あの子と』

「そうだ。あの子は人間じゃない。術師でもなければ、呪霊でもない。だがっ! 既に三人の被害者を死に至らしめている!」

 

 腹を切り裂き、子宮を抜き出し。

 あまりに邪悪。反吐の出る悪烈さだ。どんな理由があろうとも、伏黒はあの幼女を許すわけにはいかない。そして、その幼女と同等の存在らしき者に、心を許せるほど、伏黒の警戒は緩くない。

 

『 【英霊】 』

「……は?」

 

 美女がつぶやいた一言に、伏黒は片眉を上げる。顔を上げた美女は真摯な眼差しで、はっきりとした口調で自分達の正体を告げた。

 

『私達は、英霊という存在だ。人理に刻まれし英雄だが……あの子や私のような、らしくない存在も【座】は認めてしまっているのが如何ともし難いことだ』

「……何の話だ?」

『私達の正体さ。まぁ、君の警戒も無理のないことだし、君は正しい判断をしているよ。今すぐ心許さなくても良い。ただ、言うべきことだけは言っておく』

 

 喉元に人間大の狼の爪を突きつけられながらも、美女は堂々とした態度で伏黒の目を真っすぐ見据え続けた。

 

『人理継続保証機関・ノウムカルデアは、先刻をもって、東京都立呪術高等専門学校……呪術高専と協定を結んだ』

 

 伏黒は足元がぐらつく感覚を覚えた。

 驚愕に目を見開き、頭の中が混乱するが、美女は『そして信じられないかもしれないが』と前置きをしてから、胸を張った。

 

『安心しろ。人類最後の、私のマスターが君の友人を救いに行った』

 

 驚きと疲労と負傷のトリプルパンチ。

 ぐるん、と視界が回って、伏黒はそのままばたりと入眠した。

 

          **********

 

「 【蝦蟇】 」

 

「伏黒!」

 

 伏黒が蝦蟇で敵の男をぶん投げるなり、男の元へ走り出す。何も言わずに敵を分断し、各個撃破に移る伏黒を心配して、虎杖は思わず声を掛けるが……。

 

 ひらひら、と返事するのも煩わしそうに手を振られただけだった。

 茂みの奥へ消えていく伏黒の背に、「ははっ」と虎杖は笑ってしまった。

 

(――そっち任せた)

 

 思えば、虎杖は彼に心配ばかり掛けさせた。

 少年院の時も、交流会の時も、いつだって伏黒はなんだかんだ言いつつも、虎杖を信じて託してくれた。

 

 今度は虎杖が託す番だ。

 

「さぁて……」

 

 信頼のこもった年相応の純朴な目が、この世界に身をやつす呪術師のそれに切り替わる。振り返れば、向こうで釘崎があの幼女と戦っている。

 

 趨勢は幼女の方に分が上がっている。小柄な体躯を活かした素早い身のこなしに、釘崎が追いついていない。釘崎の実力を信じていない訳じゃない。ただ浅いとはいえ―――仲間を斬りつけていく幼女を許せないだけだ。

 

 その有り余る脚力で、地を抉り蹴る。虎杖は0距離で全力疾走に移り、釘崎の元へ駆け付けようとして、

 

「   アハッ♡  」

 

 宿儺の指を宿した呪霊が、腕を振るった。呪霊が放ったビンタは走り出した虎杖の頬っ面を捉えた。更に手の平に圧縮した呪力をインパクトの瞬間に解放。バァンッ‼ と爆音を弾き出し、虎杖を横合いに吹っ飛ばす。

 

 背中から木の幹にぶつかるが、勢い止まらず幹がへし折れた。

 地響きが倒れ伏す虎杖を起こした。

 

「……ってぇ~~~」

 

 キーンと甲高い音が聞こえ続ける。耳障りな耳鳴りに顔をしかめる虎杖は、耳の奥からドロリと何かが流れ出したのを感じた。

 

(あ、鼓膜破けたなこれ)

 

 片耳はしばらく使えない。それを念頭に、虎杖は呪霊を祓う組み方を考えながら、ぴょんと仰向け状態から体を跳ね起こした。

 

「アハッ!」

 

 虎杖が跳ね起きるのを予測したように、呪霊は呪力の矢を虎杖の顔面に向かって放つ。顔のど真ん中が消し飛ぶ寸前―――虎杖の拳が矢の側面を叩きつけた。

 バキィン! と呪力の矢を弾き飛ばした虎杖に、呪霊が四つの目を丸めた。

 

「そういや、俺、前にお前に負けてんだよな」

 

 少年院で遭遇した、宿儺の指を宿した特級呪霊。

 あの幼女を腹に孕んでいたこの呪霊は、少年院の特級呪霊と瓜二つの同種だ。

 厳密にいえば、同じ個体では無いのだが。

 

「お前に負けたせいで、宿儺に頼った。頼ったから、俺は死んで」

 

(伏黒達に……)

 

 親指から順番に指を一本一本、折り畳んでいき、ギギュウ‼ と拳を固く硬く握りしめる。少年院の時のような、感情任せの赤い呪力では無い。

 

 なぜなら、虎杖はもう……呪術師なのだから。

 

 感情を制御する呪術師が宿す、蒼炎の如き呪力が今の虎杖の拳から溢れ出す。

「――リベンジさせてもらうぜ」

 

 6月の雪辱を果たさんと、虎杖の呪力は燃える。対して、宿儺の指の呪霊には、『受けて立つ』という理性や知性は存在しない…………が

 

「――けひっ。ひっ、ひひ……ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラッッ‼‼‼」

 

 体を震わせ、両頬に手を添えて、笑う・哂う・嗤う。

 欺き、誑かし、殺す――――呪いの本能に忠実に従って、宿儺の指の呪霊は、殺し合いの愉悦に浸っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 五里霧中ー殴

 虎杖悠仁の身体能力は、常人のそれを遥かに凌駕している。

 駆ければ50メートル3秒という速力で誰も追ってこれず、投げ方が分からないからと言って砲丸をピッチャー投げした(砲丸はサッカーゴールにめり込んだ)。荒事だって歩き方から相手の力量を読めるくらいには、喧嘩慣れしている。

 

 だからといって、虎杖はそれらを誇ったりなどしない。精々、「俺ちょっと動けるかも」というささやかな自信をつける程度だ。

 

 ――俺にしか出来ない、なんて思ったことない。けど、どんな相手でも早々、遅れは取らない。

 

 そんな甘い自己分析を、嘲笑と共に蹂躙したのが、この呪霊だった。

 死を覚悟して殴りつける虎杖。その決死の想いを面白半分に小突き回していた特級呪霊……宿儺の指の呪霊は今

 

 ―――――――――虎杖に真っ向から殴り潰されていた。

 

「ガァァーーーーッ‼」 

 

 血反吐の混じった雄叫びをあげて、指の呪霊が高出力の呪力矢を引き絞った。原理は呪力をエネルギーとして撃ち出す、児戯のようなもの。しかし、指に宿る馬鹿げた呪力量と特級クラスの出力をもってすれば、児戯は爆風の如き純粋な暴威を振るう。

 

 放つことができたなら。

 

 地を這うような低姿勢から腕を伸ばした虎杖が、呪霊の手首を掴む。虎杖はぐいっと呪霊の手首を上にあげて、呪力矢をあらぬ所へ飛ばした。自らの呪力が遠くの夜空に爆ぜるのを見た瞬間、呪霊の視界いっぱいに虎杖の縦拳が迫った。

 

 ゴギャンッ‼ と、炸裂した虎杖の拳が、呪霊の剥き出しの歯を砕き飛ばした。

 

「ッ~~~~~~~~‼⁉」

 

 呪霊にとって肉体の再生は容易だ。呪力で構築された体なので、欠けた部位に呪力を流し込めば再生する。しかしその分、呪力は消費する上、何より痛みは感じるのだ。

 拳の衝撃を受けきれず、後方へのけ反る呪霊の後頭部に、虎杖は両手を掛けた。

 

「 下がんな 」

 

 膝を蹴り上げると同時に、虎杖は呪霊の頭部を己の膝へと引き寄せた。呪術師の中でも一歩抜きんでた腕力と脚力が、呪霊の頭を挟み潰す。

 

 ボジュンッ! と、たっぷりと中身を溜め込んだ水袋が一気に破裂するような音が鳴る。呪霊は青黒い血を撒き散らしながら、無音の悶絶に沈められるが――――がら空きの胴体を殴らない拳士はいない。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッッッッッ‼‼‼‼‼

 

 1級術師に引けを取らない拳打が呪霊の胴を滅多撃つ。肉がめり込み、骨がへし折れても尚撃ち続け、内臓は引き千切れ、砕けた骨の破片が体内に散らばる。

 

 4か月の時を経て、虎杖はかの呪霊を拳で蹂躙し、殴り負かしていた。

 

「――――――ッッ、ウヌァァァアアアアアアアアッ‼」

 

 拳嵐に晒される中、指の呪霊が絶叫し、腕を振り上げる。その手の平には橙色に光り輝く高圧縮した呪力塊。

 

 虎杖を叩き潰さんと、上から下へと振り下ろし、呪力塊が解き放たれた。

 森全体が震え、その余波で木々がドミノ倒しのように倒れていく。自分の手が行った破壊の振動に悦を感じた呪霊は、腕を振るって土煙を晴らす。

 呪霊の目の前には、呪力塊が圧し潰してできた大地のクレーター。そこに虎杖の姿は無く、血も肉も骨も、虎杖悠仁の存在を証明する一切のものが消え失せていた。

 

「……けっ、ひひ、ヒャハッ、ヒィァッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ‼‼」

 

        背後で爆ぜる、百万分の一の火花。 

 

「アハッ、アハッ、アッ……バッ、ぶぉ…………?」

 

 ごぼりと込み上げた血潮が狂笑を塞き止める。

 目を点にした呪霊は静かに、自身の身体を見下ろす。

 右腕を巻き込んで、上半身の右側が、ごっそりと削れ飛ばされていた。

 

「ハッ⁉」

 

 現実を受け止め切れない呪霊は怖気に震えながら、己の背後を振り返る。

 そこには、黒い火花の寵愛を受けた術師が、悠然と立っていた。

 

「――――黒閃」

 

 狙って出せる者はいない、呪力と空間のひずみが産み出すクリティカルヒット。

 残心のように、その拳閃の名を呟いた虎杖は、砂上の城の如く崩れ落ちる呪霊を、ただ静かに見下ろしていた。

 





 ひぃ~~バタバタしてて慌てて投稿してしまいました。
 
 ちょっとリアルの方が立て込んできたけど、続ける意思はあるので、引き続き週1投稿していきます!
 
 そう、例え呪アニが終わっても(泣) はよ2期こいこい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 CurseRound

 

 結果だけを見れば、圧倒的。しかし、虎杖は緊張を一瞬だけ解き、長く息を吐く。

(……危なかった)

 

 先の戦いを振り返った感想だ。虎杖の土俵は殴り合い。如何に相手をその土俵に引き下ろすかが、虎杖の戦い方の肝だ。対して、先の呪霊の土俵は中~遠距離戦であった。

 

 指1本分の膨大な呪力量と呪胎時で既に特級規模の出力は、遠方からの攻撃にこそ真価を発揮する。大砲や機関銃と同じで、距離を取られたら手の施しようが無かった。けれど、距離を詰めることができたのなら、虎杖に分がある。

 

 振り返ってみれば虎杖の圧勝の起因は、序盤で呪霊との距離を潰せたことと相手が本能に根差した獣同然の存在であったことだった。

 

 もしあの呪霊に、真人や花御のような理性と知性があったならば、軽率に距離を詰めさせる筈がない。そうなれば、結果は真逆だっただろう。

 

(……左腕は、もう使えないな)

 

 多少頑丈で鈍い、と評された通りに、虎杖悠仁は冷静にひしゃげた自分の左腕を見つめる。圧勝の代償は重い。先の呪霊が最後に放った一撃を、虎杖は相手の股下をくぐることで回避したが、左腕一本分があの圧力に曝されてしまっていた。

 

(――――だからこそ、使う)

 

 ギチュリッ‼ と、あらぬ方向に曲がっている五指で強引に拳を作り、虎杖は背後から迫る異質の存在に向かって放つ!

 

 痛みで鈍る呪力操作が、かつての虎杖の悪癖を蘇らせた。結果、特徴的な二重の衝撃が銀髪の幼女の腹部に当たるが……。

 

「ぐっ⁉」

 

 左腕に走る鋭い痛みに、虎杖は顔を歪めた。右の蹴りを放つが、幼女は軽業師のようにさらりと躱し、くるくると後方へ飛び消える。

 

 左腕を見やると、黒い医療用ナイフ(スカルぺス)が三本突き立っていた。

(あの一瞬で刺したのか⁉)

 

 医療用ナイフ(スカルぺス)を引き抜き、投げ捨てる虎杖。すると視界に白い違和感が過ぎって、すぐさま辺りを見回す。

 

「なんだ、この霧?」

 

 伏黒の鵺が吹き飛ばした筈の霧が、幼女が来た途端に再び立ち込める。じゃり、と土を踏みしめる軽い足音が、霧向こうから響く。

 

 聞こえてくる歩調はゆらゆらと力なく、頼りない。だが、虎杖は最大限に警戒して、足音が聞こえる前方だけでなく、全方位に意識を巡らせる。

 

(あのスピードと身のこなし。明らかアサシンタイプだろ)

 

 不意を衝かれて、翻弄されれば負ける。先の呪霊のように、「殴り合い」に持っていくのは不可能に近い。

 

(――――一撃で仕留める!)

 

 前方から歩み寄ってくる足音に耳を傾け、目を見開いて、相手の攻撃を待つ。一撃必殺のカウンターを放つため、虎杖は全身から呪力を漲らせ、意識を研ぎ澄ませる。

 

『 ねぇ、どうして? 』

 

 吐息が耳孔を愛撫した。途端、背中の全面に幼女の柔肌が触れている感触が降って湧いた。そこまで気づいてようやく虎杖は、幼女に背後から腕を回されて首に組み掴まれていることを認識した。

 

「なっ……⁉」

(いつの間に⁉)

 

 幼女にささやかれるまで、虎杖の研ぎ澄ました意識は幼女を一切知覚することができなかった。何より足音は、ささやかれる直前まで前方から聞こえてきたというのに。

 

『さっきのお姉さんもそうだったの。わたしたちの暗黒霧都(ザ・ミスト)は硫酸の霧なのに……お兄さんに至っては全然へっちゃらみたいだね?』

「やっぱこの霧はお前の術しっ⁉」

 

 刃が首の皮を突き破る。ぷしっと、缶コーラを開けたような音が鳴って、虎杖の首筋から血潮が流れた。ナイフを突きつける動作で、幼女は暗に「自分の問いに答えろ」と言った。

 

 しかし、虎杖には幼女の問いに答えることは出来ない。普通に分からないのだ。

この霧が硫酸を帯びる可能性は森に入った時に気付いていたが、呪力で防御すればある程度は防げるのではないかと考えた。

 

 その考えはある程度、正しい。事実、釘崎はその方法で効果を薄めている。だが、虎杖悠仁は違う。体内に宿す、呪いの王両面宿儺の毒ですら侵すこと敵わぬ肉体に、毒は効かない。

 

『……ほんとに分かんないんだ。ふぅん、じゃあ良っかぁ。でも、これだけは答えて?』

「んだよ」

         『  おかあさんは、どこ?  』

 

 背後で膨れ上がる殺気に、虎杖は唐突に滝の汗を流した。

 呪術師の世界に足を踏み入れてから、幾度も晒されたどの殺気よりも――――悍ましい。

 

 目だけを動かし、見れば、幼女は黄緑色の瞳を眼孔からはみ出るほどまで見開き、人の領域を超えた『鬼』の眼光を宿していた。

 

『おかあさんは、お兄さんの相手をしていたはずなのに。どうしてお兄さん生きてるの? 無事でいるの? おかあさんはどこに行ったの? あぁ、もしかしてまたお兄さんのこと放っておいてどこか行っちゃったの? おかあさんってば、たまーにわたしたちのこともそうやって放って行っちゃうの。でも、わたしたちがおねがいしたら、かならず帰ってきてくれるんだよ。それで、女の人のお部屋にわたしたちを入れてくれるの。じぶんのお腹を切り開いて。今まで誰もそんなことしてくれなかった。わたしたちのねがいを叶えてくれるおかあさんなんていなかった。ねぇ、そうだよね? おかあさん、急にどこかいっちゃったんだよね? だから、ねぇ、お兄さん     おかあさんはどこ? 』

 

 懇願にも似た、矢継ぎ早の言葉。

 本当は幼女も分かっているはずだ。なのに、事実から目を背けようとしている。

 その揺れ方に、虎杖は幼女の纏う悍ましさの本質に気付いた。

 

 この幼女はこれまで祓ってきた呪霊とは根本的に違う。歪んだ願いを持っているだけの、虎杖と同じ人間であるが故に感じる悍ましさなのだ。

 

「……さっきまで、そこにいたよ」

 

 虎杖はそう言って、足元に転がる呪霊の肉を指さす。呪霊の肉は祓われれば残らない。煙を吹き出し、時間と共に消えてしまう。けれど、指の呪霊は――幼女の言うおかあさんはまだその面影を残していた。

 

『……そ、うそうそうそっ‼』

 

 首筋に伝うナイフの感触が消える。幼女はやだやだと駄々をこねるように首を振って、呪霊の肉塊に縋りつく。その悲痛な叫びは、虎杖に今までにない苦渋を与えたが……虎杖にそれをゆっくりと味わっている暇など無いのだ。

 

「――――釘崎っ!」

 

 駆け出してほどなくして、虎杖は木の根元に倒れ伏す釘崎を発見する。

 

「く……」

 

 言葉を、失う。

 

 釘崎を中心に地面が赤く滲んで濡れている。土が釘崎の血を吸った痕跡が、夥しいほどの血痕が残されている。

 

 一体どれほどの時間が経過した? 一体どれほどの血を流した?

 

「釘崎‼」

 

 自問が脳裏に巡りながらも、前頭葉は眼前の現実に夢中だ。どうすれば助けられる? どんな攻撃でやられた? 治療法は? 脈は? 呼吸は? 尽きぬ疑問の処理をしようと、駆け付け、抱き起こす。

 

 釘崎の状態は見るからに深刻であった。左頬から左腕にかける広範囲の肌が硫酸の霧で溶け、焼け爛れている。高専の制服ごと深く切り裂かれ、肌を晒していたからだろう。更に体の至る所に黒い医療用ナイフ(スカルぺス)が刺さって、制服の生地に血を吸い込ませている。しかし最も深いのは―――――左肩から袈裟で裂かれた斬傷だ。

 

「釘崎! おい! 駄目だ釘崎!」

 

 どうしようもない、自分等では何も手を施せない。そんな現実を吹き飛ばさんとばかりに、虎杖は声を張り上げる。この現状をなんとかするには、反転術式で他者を治療できる家入がいなければ。けれど、ここに家入はいない。広い呪術界を見渡しても、他者の治療を可能な家入は唯一の貴重な人材だ。基本、高専から離れることは無い。

 

 今すぐこの場所に来れる筈がない。

 

「こんなっ……だめだ、くぎっ」

 

 

『――――此よりは地獄』

 

 背後、霧に霞む遠方から、紡がれる呪詛。

 

『わたしたちは、炎・雨・力』

 

 ひた、ひた、とこちらに歩み寄る足音。虎杖は震えを抑えながら、ゆっくりと振り返る。

 

『殺戮を……ここに』

 

 還るべき胎内(ところ)を失った一人ぼっちの殺人鬼が瞳を赤く紅く染め上げている。

 地獄はここにありと証明するように、怨嗟に塗れた赤き眼光で虎杖を貫く。

 しかし、それは虎杖も同じことだった。

 

「お前……」

 

 瞳孔が狭窄し、手のひらに爪を食い込ませる。指の隙間から溢れ出すのは血と、それと同じ色で揺らめく朱き呪力。

 釘崎の身体をそっと下ろし、虎杖は凶悪無比な呪いを放出する殺人鬼に、一歩踏み出す。

 

 呪詛を唱え終えた殺人鬼はだらりと垂らした腕を持ち上げ、おかあさんの肉塊から摘出した…………宿儺の指をえずきながらも呑み込んだ。

 

『おぶっ、うっ……んぐっ!』

 喉元を通り過ぎる桁外れの呪力が、三度目の宝具発動を可能にした。

 

 だが、虎杖には関係ない。

 今、両者は互いに、己の大切な者を踏みにじった――――――呪うべき怨敵を前にしているのだから。

 

『 解体聖母(マリア・ザ・リッパー)ァァアアアアアアアア‼‼‼ 』

「 じぁぁぁぁぁぁああああああああ‼‼‼ 」

 

 発動する宝具、それは因果逆転の極大の呪い。

 発動した瞬間、敵は切り裂かれ、バラバラの遺体となる。そういう結果が先に起こり、因となる理屈が後からやってくる。

 

 憤怒に呑まれ、咆哮する虎杖の頬が裂かれ、歯茎が露になる。筋肉の繊維に沿って指先から肘が裂かれ、爪先からふくらはぎに走った裂傷の隙間から青い神経が垣間見える。殺人鬼に近づく度に、虎杖の肉体の随所が切り裂かれ、額が横一文字に裂けた。

 ――――――しかし、心臓は依然として脈を打ち続けている。

 

 虎杖には、それで十分だった。

 

(ぐっちゃぐちゃに‼ 叩き潰す‼‼‼)

 

 紅蓮の呪力を漲らせた拳を振りかぶる。

 殺人鬼は噛み締めた歯を剥き出しにして唸る。呪いの、宝具の出力を上げ続ける。

 

 互いに互いを憎み、呪い合い、害する。

 廻る呪いの運命を――――――。

 

『 いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)‼ 』

 

 天空から降りたる円卓の盾(ラウンド・シールド)が呪いの廻りを断ち切った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 五里霧中―盾

 

 殺人鬼が放つ凶悪な呪いが虎杖の肉体を触れずに切り裂いてきた。殺人鬼に近づけば近づくほど、皮膚は裂かれ肉は割かれる。

 

(――何だ⁉ 何をされた⁉ 何をやられた⁉)

 

 得物持ちの近接戦をしてくると踏んでいた虎杖を襲ったのは、触れずに切り裂くという不可思議な現象。

 

(――腕斬られた! 足も‼ 壊れちゃいけないと四肢を壊された‼)

 

 因果逆転の攻撃が、虎杖にもたらしたのは致命的な激痛と理解できぬ混乱。

 虎杖は既に否応なく突きつけられている。敗北を、死を。

 直近の未来、確定しつつある現実が、怒りより恐怖を掻き立たせるが――――虎杖はズンッ! と更に一歩踏み出す。

 

(――分かった、俺の役割)

 

 最期に果たすべき仕事を悟った虎杖は、胸中に乱れる恐怖も、怒りも、全て呪力へ変える。

 死地にて得た、呪術師としての悟りだ。

 

(くれてやるよ、俺の命。だから――死んでもお前は祓う!)

 

 この幼き殺人鬼に殺される、最後の人間は自分だと、そう決めて。

 虎杖悠仁は突き進んだ。

 

 ――――そんな虎杖の道を遮る少女が二人、空から降り立つ。

 

いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)!」

 

 薄い紫色の髪の少女が叫びながら、自分の身の丈より大きな円盾を構える。

 盾から突き出した十字状の杭が大地に突き刺さった途端、魔を弾く城塞が虎杖の目の前に湧現した。

 

(女の子⁉ 空から⁉)

 

 映画のような現れ方をした紫髪の少女に、虎杖は瀕死の身を忘れてパチパチと目を疑う。しかし次の瞬間には、虎杖の目に内包する疑惑は驚愕に変じる。

 

(――攻撃が、とまった……?)

 

 進む度に奔っていた皮膚の裂傷が、肉の斬傷が、ぴたりと止まった。

 なぜ、と浮かんで、すぐさま虎杖の視界に答えが映りこむ。

 あの少女の盾が、殺人鬼の呪いを受け止め、防ぎこんでいるのだ。

 

「っ! もう止めてください! ジャックさん!」

 

 紫髪の少女が盾の向こう側の存在に、声を掛ける。

 しかし殺人鬼は少女の呼びかけに首を傾げるばかりで、一向に呪いの放出を止めない。

 

「……お姉さん、だぁれ?」

「マシュです! マシュ・キリエライト! どうして⁉ どうしてですか、ジャックさん!」

 

 少女の悲痛な叫びが、虎杖の決意を揺らがせた。

 事情は全く分からない。けれど、確かに少女の言葉には、あの殺人鬼と重ねてきた日々の重さを感じさせて。

 

「 ――お姉さんなんか、知らないよぉっ! 」

 

 殺人鬼は、その重みを一蹴した。

 ゴウッ‼ と放たれる呪いの圧が増す。

 マシュと名乗った盾の少女が苦しそうに呻き、盾を構える腕に亀裂が生じる。

 

 垂れるマシュの鮮血に虎杖は「おいっ!」と身を乗り出すが、そんな虎杖を押し留める者がいた。――マシュと共に降り立った、橙色の髪の少女だ。

 

「何してんだ! 早くしないとあの子が……」

「いっちゃだめ! あなたの治療が先よ!」

 

強い意志を秘めた茶色の瞳に、虎杖は射抜かれる。動きを止めた虎杖の胸板に、橙髪の少女は手を添える。すると、少女の手から緑色の光が溢れ出す。

 

「な、なにやってんの⁉」

「応急手当の治療魔術! 今はこれで……もう少し耐えてマ」

「――ご、めんなさい……先輩」

 

 これまでマシュが塞き止めていた極黒の斬呪が、白亜の城壁を押し砕く。

 砕破の余波が強風になって、その場にいる全ての者を吹き飛ばす。

盾を構えていたマシュが、虎杖と橙色の少女に向かって吹き飛ばされてきた。

 

「おっ⁉」

 

 虎杖はとっさに身構えてマシュと橙色の少女、そして巨大な円盾の質量を受け止め、

「おぉぉおわぁぁぁーーーーっ⁉」

 切れなかった。

 

 思ったより大きかった盾の重量に踏ん張りが効かず、虎杖は後方へ吹き飛ばされ――――木の幹に後頭部を打ちつけた。

 

「いったた……」

「す、すみません先輩……やっぱり私」

「気にしないでマシュ。それよりこの人が……」

「へっ、わぁ⁉ だ、大丈夫ですか⁉ お気を確かに!」

 

(――わちゃわちゃしてるなぁ)

 

 遠のく意識の中で、二人の少女が虎杖の胸の中で言葉を交わしている。

 ぼんやりとそのやり取りを聞いて、二人の安否を確認すると、虎杖悠仁は意識を失った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 呪術師と魔術師

「虎杖さん! 起きてください、虎杖さん!」

 

 マシュ・キリエライトは自分達を守って気絶した虎杖を心配して、肩を揺する。

 けれどすぐに橙髪の少女――藤丸立香が「起こさないで」とマシュの動きを制した。

 

「丁度良かったかも。……わたし達が味方だって、説明してる暇無かったから」

 

 藤丸立香は虎杖が気を失ったのをこれ幸いと、魔術礼装を起動した。手をかざせば、治療魔術の発動を意味する緑の燐光が溢れる。

 

 虎杖の身体に刻まれていた夥しい量の裂傷が少しずつ塞がっていく。その傷の深さに沈痛な表情を浮かべながら、マシュは確信した。

「やはりダヴィンチちゃんの言う通りでしたね。――ジャックさんは弱体化しています」

 

 宝具。

 それは、人理にその存在を刻み込んだ【英霊(サーヴァント)】が有する伝説の象徴、物質化した奇跡。

 人間の幻想を核に創り上げられた武装の開放は、伝説と神話の再現と同義である。

 虎杖悠仁――こちらの世界の人間が、それを受けて瀕死程度で済んでいることが、カルデアの技術顧問ダヴィンチの分析を正しく裏付けた。

 

「強制的な受肉によるステータス下降。セイレムの時に似てるかも」

 

 藤丸はこれまでの経験則の中で、最も今回の状況に近しいケースを挙げる。亜種特異点セイレムでは、共に同行したサーヴァントがレイシフトと同時に受肉した。

 おそらくこの受肉現象を引き起こしているのは――――魔力とは異なるこの世界独自のエネルギー【呪力】によるものだ。

 

 これから続々とやってくる味方も弱体化してしまうが……今、藤丸はこの弱体化に心から感謝していた。

 

「なんとかしてみせる……っ! マシュ! 周囲の警戒!」

「了解しました、せ――――先輩!」

 

 マシュの絶叫が耳をつんざいて、藤丸は虎杖を抱き寄せて、訳も分からずその場から飛び跳ねた。トトトトン、と軽い音が虎杖と藤丸がいた場所に突き刺さっていた。

 

「黒い医療ナイフ(スカルぺス)……」

(ジャックちゃんだ)

 

 共に戦ってきたカルデアの仲間の得物を目にした藤丸の背後から――逆手に握られたナイフの一閃が迫る。

 

 藤丸の首筋とナイフの僅かな隙間に、マシュが円盾を滑り込ませる。ガキィン! と火花が散り、マシュはジャックの一閃を防いだ。

 

「っ! 先輩、私がジャックさんを食い止めます。その間に虎杖さんの治療を!」

「わかった!」

 

 藤丸はマシュの言葉を受けて、すぐさま中断した治療魔術を再開する。緑の燐光とジャックを結ぶ線状に、マシュは割り込み、盾を構える。

 

 ナイフを携え、じりじりと回り込むジャック。マシュは常にジャックを視界に納めながら、じりじりとジャックの動きに合わせる。

 

「ジャックさん! 攻撃を止めてください! 私は、あなたと戦いたくないんです!」

「…………」

「どうして……少し前まではカルデアで遊んでいて……ナーサリーさんとバニヤンさん、オルタリリィさんも、みんなあなたを待ってます! かくれんぼの続きをしようって」

「――――なに言ってるのかわかんないよ」

 

 視界から、ジャックの銀髪が消える。

 

 マシュは直感に従って、盾を真上に振り上げる。甲高い金属音を響かせて、飛び掛かってきたジャックの斬撃が盾と衝突した。

 

「その人はおかあさんをころした」

 殺人鬼が縦横に跳ねて、マシュを切りつける。

「わたし達のお願いを、初めて叶えてくれたおかあさんだった」

 孤影の軌道を視界の端に納め、マシュは斬撃を防いでいく。

「わたし達にとって! 一番大切なものだったんだ!」

 

 ガギギギギギン! と回転を加えた六連撃の衝撃を、マシュは斜めに受け流した。

 子どもの体躯から繰り出されたとは思えない重い衝撃に顔を歪める。それでもマシュは、ジャックを攻撃しない。

 

 徹底的に攻撃を防ぎ、進行方向を遮り、治療が終わるまで凌ぎ続ける。

 言葉を、掛け続ける。

 

「その日々はっ! カルデアでの日々よりも大切だったんですか⁉ ――おかあさん(マスター)のことも忘れてしまうほど⁉」

 

 ――――金属音が、鳴り止む。

 ジャックは円らな瞳を丸めて、呆然とマシュの盾の向こう……橙色の髪をした少女を見つめる。マシュはジャックのその表情に、一縷の希望を見出した。

 

「思い出して……くれました、か?」

「あの人が……わたし達のマスター? ほんとうの……おかあさん?」

「そうっ! そうです! ジャックさん、もうこんなこと止めましょう? ……カルデアに帰りま」

 

          「それは駄目だよ、マシュ」

          「それは駄目だ、ぜったい」

 

 意志と言葉を同じくした虎杖と藤丸。両者の声が、ジャックを説得するマシュの背後を厳しく打ち据えた。

 

「ジャックちゃんは、もう取り返しのつかないことをした」

「あんた達には悪いけど、俺達はそいつを見過ごす訳にはいかない」

「命は決して――還らないから」

「報いは――受けなきゃいけない」

 

 魔術師と呪術師は、共に沈んだ顔で、共に同じ結論を告げる。

 マシュは戦いの中で忘却していた、目を逸らしていた――――3人の犠牲者の存在を噛み締める。

 

「て、敵性サーヴァント確認。真名……ジャック・ザ・リッパー」

「なぁんだ。結局、お姉さんも、わたし達を捨てるんだ」

 

 ロンドンの殺人鬼は、だらりと両腕を垂らして、どす黒い呪力を開放する。

 黄緑色の瞳から血涙を流し、敵と断じた盾の少女と呪霊を祓った呪術師、そして――――かつておかあさんだった橙髪の少女へ純全たる殺意をぶつける。

 

「いま、仇を取るからね、おかあさん…………お、かあさん……おかあさんおかあさんおかあさん! う、あ……わあああああ‼」

 

 母を求める悍ましい咆哮に込められた、悲哀と憤怒。

 血涙に塗れた黄緑色の瞳に宿るは、呪霊の悪意ではなく、英霊としての願い。

 虎杖は本質的にそれを理解した上で、尚拳を握る。

 

「……本当にいいんだな」

 

 藤丸は小さくゆっくりと、でも確かに……首を縦に振った。

 魔術師の覚悟を受け取り、呪術師は立ち上がる。

 

「釘崎を頼む」

「まかせて」

 

 仲間を託し、虎杖はマシュの隣に並び立つ。

 かの幼女に取り巻く罪を祓い、呪いを祓う。

 それが――呪術師だから。

 




たいあっぷに出す長編の直しマジきついマジどいひー

そんでもって、今更ながらルビの振り方をしりました!
これから修正祭りです! ご迷惑おかけします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 黒釘拳閃

 異音が響き渡る。

 肉が捻じれ、骨が軋んでへし折れる。凄絶な痛みを支払い、ジャック・ザ・リッパーは眼前の敵を解体する異形の構えを取った。

 腰を捻り、放つ回転の一撃。しかし、かの殺人鬼は、その胴体を二転三転と捻じり切り、爆発的な剛力を溜め込んでいく。

 

「……マシュさん、だっけ。一瞬だけあれを止めて欲しい。そしたら俺がやるから」

「それ、は……どういう」

「くるぞ!」

 

 虎杖の警告が、マシュの刹那の疑問を振り払い、盾を構えさせた。

 そして間髪入れずに、ジャック・ザ・リッパーは溜め込んだ力を開放。

 バウンッ‼ と殺人鬼は己の身を人肉削る削岩機(ドリル)と化して、虎杖に突っ込んだ!

 

「ふっ!」

 

 鋭く息を吐き、マシュは虎杖とドリルを結ぶ直線状に割り込んだ。軌道上の虚空を細切れにしながら、迫る螺旋斬撃がマシュの大盾にぶつかった。

 そびえる岩盤の如き大盾を削り切らんと、削岩機(ドリル)の如き斬撃が真っ赤な火花を散らせる。

 

「ぐっ、うぅううぅう!」

 

奥歯を噛み締めるマシュの顔が照らされる。凄まじい衝撃がマシュの踵を地に埋め、そのままマシュごと後方へ押しこめて行く。このままでは受け止め切れない!

 

「あぁぁああああああ!」

 

 薄弱な喉から張り叫んだ咆哮が、マシュの血を沸かせ、筋肉を膨張させた。

 

(止められないなら!)

 

 衝撃を、受け流す。――――真上へ!

 

 腕力だけでなく全身の力を連動させて、マシュは盾を真上へ振り上げた!

 貫かんと前進していたドリルの切っ先が、天へと昇らされる。斬撃が逸らされ、螺旋が解かれると……月光に照らし出されるのは、腰椎がねじれた幼き殺人鬼。

 

『うぅぅ~~~っ!』

 

 獣のような呻き声をあげて、ジャックは上空からマシュを視線で射抜く。幼くも愛らしい相貌を憎悪に歪ませ、吼える。

 

『邪魔をっ! しないで!』

 

 ゴギギンと前後反対になっていた下半身が元に戻る。そして黒い医療用ナイフ(スカルぺス)を投擲しようと、腰のポーチに手を潜らせた、その刹那。

 

 ――月光を遮る虎杖が、ジャックの双眸に影を落とした。

 

「ナイスガード、マシュさん」

 

 ジャックが空中で身を捻り、指の間に挟んだ医療用ナイフを上空の虎杖へ投げつける。否、投げつけようとして――先に振り下ろされた虎杖の踵が土手っ腹にめり込んだ。

 

 血反吐を吐きながら、ジャックは地面に叩き落とされる。小さな体躯が弾んだ直後、降り立った虎杖が拳を放つ。

 

 加速する正拳突きが、未だ宙に浮かぶジャックの横っ腹にめり込む。

 

 くの字に折れ曲がり吹き飛ぶ殺人鬼。虎杖の踏み込みが地面を陥没させた。

 迅雷の如き加速を見せた虎杖が、ジャックとの間合いを瞬時に潰すが――――くるりと虎杖の目の前でジャックが宙を回った。

 

 軽やかに身を翻し、あわや激突寸前だった木の幹を足の裏で蹴りつけた!

 

『しゃあっ!』

 

 反転したジャックがナイフを横薙ぎに振るう。虎杖の視界の端から迫る、鋭利な切っ先。踏み込み加速し切った今、虎杖は勢いを殺せない、ブレーキを掛けられない。

 

 それを認識した途端、虎杖の脳は思考を止める。その強靭な肉体に刻まれた格闘センスが脊髄反射で最善手を選び取る。

 

 膝を折り畳み、背中を思いきり逸らす! 

 下がった視界の中で、月光を孕んだナイフが煌めく。両者の突進は交差し、虎杖は木の幹に激突した。

 

「ぶっ」

 

 ジャックは爪先が地面に触れた瞬間、時計回りに回転して突進の勢いを流す。

 虎杖は即座に振り向いて、木の幹を背にした。

 

 再び相対する両者。

 視線の交錯は一瞬。

 宵闇の中で、互いの眼光が残像となる。

 

 殺人鬼は跳梁跋扈する鎌鼬を思わせる動きだった。闇より出でて斬撃を繰り出し、闇に隠れて医療用ナイフ(スカルぺス)を投げつける。

 対する呪術師は剛柔一体の拳法家の如き立ち回りを見せる。手首や肘を用いて斬撃を受け流す様は疾風の如し、投擲されたナイフの隙間を縫ってジグザグに距離を詰める様は迅雷そのものだった。

 

(――すごい)

 

 マシュはそんな両者の戦闘を、驚愕を以て見つめる他なかった。

 虎杖を助けなければと思っていた。彼は英霊ではなく、人間なのだから。サーヴァントの動きについていけるはずがないと。

 

 しかし実際はどうだ。

 寧ろマシュの方が二人の動きについていけない。連携するには虎杖の動きが早過ぎる。

 

 虎杖とジャックの戦いはますます速度を増していく。木の幹を跳ねまわり、樹上へ飛び出して攻撃を交わし合い、周囲の環境をフルに活用していく。

 

 マシュは激化する両者の戦いに追い縋りながら、虎杖の言葉を思い出す。

『そしたら俺がやるから』

 

「……だめ、だめです。それは違います……っ!」

 

 マシュは悲痛な表情で首を振る。紫の毛先が右へ左へと跳ねた。それは本来、自分が果たさなければならない業だ。それは虎杖が背負う必要のない重みだ。

 かつての仲間の間違いを正し、咎める役目をマシュ・キリエライトは背負わなければならないのだ。

 

 だから。

 

「――待ってください、虎杖さん!」

 

 制止の声を呼びかけた次の瞬間、マシュの瞳に映ったのは―――――天から翔ける英霊と大地に足を下ろす呪術師の、最後の攻防。

 

 枝葉の天蓋を突き破って斬りかかるジャックと蒼い呪力を纏った拳で迎え撃つ虎杖。

 呼びかけられた制止の声に、虎杖の右腕がピクリと震えた。

 その揺らぎは、迎撃に致命的な遅れを生み出す。

 

 マシュは後悔に囚われるより速く、盾を持って両者の戦いに介入せんとする。

 しかし、間に合わない。

 振るわれたジャックの斬閃が、虎杖の首に吸い込まれていく。

 

『死んじゃえぇぇええええええ‼‼』

 

 殺意と憎悪が叶うこの一瞬に叫ぶ殺人鬼。

 

 ―――その喉の内側から炸裂する黒い火花。

 

        火花の名は、【芻霊呪法・共鳴り】

 

『            えっ?』

 

 白黒と点滅する、ジャックの瞳を捉える虎杖悠仁。

 致命の遅れを縫い止めた釘の一撃を後押しするように、虎杖は拳を撃ち放つ。

 

 そうしてマシュは……ジャック・ザ・リッパーを貫く、黒い閃光を目の当たりにした。

 




 すみません、今回は1話だけ……
 謎の悪寒で書けませんでした。
 体調不良が直り次第、2話分の投稿を来週までに投稿しようと思います。
 
 申し訳ありませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 霧が晴れ

 釘崎野薔薇の術式【芻霊呪法】の術式範囲の制限は緩い。

 対象から欠損した部位を媒介に、対象本体にダメージを与える【共鳴り】において重要な要因は『対象から欠損した部位』であること。

 間違っても道具に打ち込めば、その所有者を攻撃できる術式ではない。

 しかし、こと【英霊】においてはその限りではなくなる。なぜならば、伝説に残る特定の武器や遺物などの『道具』の縁でこの世に現界する【英霊】にとって、自身の武器や持ち物の繋がりは本体と密接に繋がるからだ。

 

 そして、【共鳴り】は対象との『繋がり』を辿る。

 

 だからこそ、釘崎は自身の身体に刺さっていたジャック・ザ・リッパーの得物医療用ナイフ(スカルぺス)に【共鳴り】を打ち込んだ。

 

 その結果は。

 

「……信じるっきゃなさそうね」

 

 釘崎は今しがた医療用ナイフに打ち込んだ釘と、少し遠くで爆ぜた自身の呪力から、【英霊】という存在を信じるに至った。

 

 それは今も自分の身体を反転術式ではない、妙な緑の光で治療してくれている藤丸立香の話を信じるということでもあった。

 

「な、なんだったの、あの黒い光……」

「黒閃よ。まさかここで出せるとは思ってなかったけど……」

 

 忌むべき故郷の村で呪術師をやっていた祖母から、知識として聞かされてはいた。黒閃は狙って出せるものではない。だから釘崎はほとんどその存在を頭の中から追い出していた。

 

(……まだ残ってるわね、余韻)

 

 覚醒した呪力の本質に精神が昂っている。傷が治癒されることで晴れた痛みの中で、五感が研ぎ澄まされていく感覚を反芻する。

 

 釘崎は自身の手のひらをじっと見つめ……被害者の望月香織の顔が脳裏に甦った。

 ギュッと目を閉じて、目蓋の裏にいる望月香織の顔を鮮明に描く。そして手の平を固く握りしめ、目蓋の裏の彼女に仇を仕留めた感触を送った。

 

「――なにやってんだか」

 

 目蓋を開くと同時に、釘崎は感傷的になっている自分に呆れた。

 らしくない。

 自分らしさを至上とする彼女にとって、こんな情緒は自分らしさを歪めるだけの代物だった。

 

(らしくない、本当にらしくない。――なに気にしてんのよ、私)

 

 釘崎はそう思って、さっきからずっと心配そうに自分を見つめる少女……藤丸立香を見つめ返す。【英霊】について説明された時と、これまでの口振りから藤丸とあの幼女の殺人鬼は仲間だったことが分かる。

 

 だからこそ……釘崎にとって、藤丸の視線は煩わしく、しっしっと手振りで追い払った。

 

「いつまで見てんのよ、さっさとどっか行って。私はもう大丈夫だから」

「そんなっ……まだ駄目だよ! 宝具の傷がまだ完全に塞がってな」

「うっさいわね‼ 大丈夫だって言ってんでしょうが⁉ ここまで治してもらったんだから! はい、ありがと! はい、これでチャラ! さっさと行った行った!」

 

 釘崎は言葉をまくしたてて、少女――藤丸立香をこの場から離れさせようとする。苦手なのだ、藤丸の目が。彼女に見つめられると、気を揉んでしまう。

 そうしてどんどん自分らしさが無くなって、感傷的な気分に浸ってしまいそうになるからだ。

 

「言っとくけど、私、謝んないからね。仲間なのかどーか知ったこっちゃ無いけど、あのガキを祓ったこと……謝るつもりは一切ない」

 

 藤丸の円らな目が更に丸みを帯びる。そのせいで藤丸の童顔ぶりに拍車がかかって、本当に同い年かどうかも疑わしくなる。

 

 釘崎の毅然とした意思表示に、藤丸は驚いている様子だったが……不意にその眦がふっと緩められた。

 

「――優しいんだね、あなたは」

 

 藤丸の微笑みから顔を逸らし、釘崎は応えなかった。その沈黙で満足したのか、藤丸はそれ以上言葉を交わさずに釘崎の下を離れていった。

 

 遠ざかる足音を聞きながら、釘崎は独り呟く。

 

「……笑ってんじゃないわよ」

 

 いっそ怒りをぶつけられた方が楽だった――だなんて、ますます自分らしくない、と釘崎は自己嫌悪に歯噛みした。

 

             ***********

 

(――――さ、むい)

 

 お腹からだらだらと温もりが流れ出る。指先がかちかちと震えて力も入らない。

 

(あ、んなに……あったかかったのに)

 

 英霊ジャック・ザ・リッパーは、数刻前の胎内の温もりを思い出して、掠れた目を細める。それはずっと抱き続けてきた願いが叶っていた時間だった。

 

 そこには安らぎがあった。

 そこには懐かしさがあった。

 そこには温もりがあった。

 そう、確かにあの時、英霊ジャック・ザ・リッパ―は満たされていたのだ。

 

 たとえ化物の腹であっても、たとえ他人の子宮を使ってでも―――――この霊基に刻まれた願いが叶うなら、叶え方に拘りなど無いのだ。

 

(かなえ、てくれる……って、言ってたもん)

 

 ブルブルと震えながら、肘をついて起き上がろうとするジャック。しかし、途中で崩れ落ちて自分の血溜まりに沈む。

 

(そうだ、あの人は言ってくれた。わたしたちのお願いを……かなえ)

 

 血溜まりの中でジャックはふとして湧いた疑問に、目を見開いた。

 

 ――――あの人、って、だれ?

 

 視界の霞が、思考の霧が、晴れていく。

 晴れた先にあったのは、泥のように混濁した記憶。

 

【 これは〝縛り〟だ 】

 

 混じり、濁った記憶を、明確になったジャックの意識が掬い上げる。

 

 カルデア。聖杯。マスター。特異点。人理焼却。マシュ。異聞帯。人理漂白。……藤丸立香。汚泥の奥底に、沈められていた記憶の数々が甦ってくる。

 

【汝の願いを叶える。その代価として、吾に霊基・霊核の干渉権を譲渡せよ】

 

 藺草で編まれた笠で顔を覆い、黒漆の法衣を纏った男の声を、思い出す。

 宿儺の指を手に持つジャックに、男は命じる。

 

【さぁ、受諾したのなら――――指に、願え】

 

 ジャックは思い出した。闇泥の中で交わした男との契約を。

 ジャックは思い出した。カルデアに落ちていた、人の指らしき何かを。

 それを拾った途端……とぷん、と闇泥に呑み込まれたことも。

 全て、思い出した。

 

(あぁ、そっか。あの時に、わたしたちは……もう)

 

 視界いっぱいに広がる夜空の片隅で、金色の粒子が煙となって立ち昇る。魔力で構築された肉体が解けて、消失している証だった。

 

 ジャックは自らの身体が消えてゆくのを刻一刻と感じていく。

 世界から自分が消えていくことに、ジャックは恐れを抱かない。

 

 生まれることさえ拒絶され、産み落とされることなく墜とされた、胎児の集合体。数万以上の胎児の怨霊が寄り集まり、束ねられた1体の怨霊。

 

 それこそが、【英霊】ジャック・ザ・リッパ―の正体。

 

 そんな名前も存在も認められなかった彼彼女らにとって、世界は醜いものだから。そんな世界に行きたくなくて、生きていたくないから、ジャックは帰りたかった。

 

 あの、安らかで温もりに満ちた故郷へ――――胎内へ還りたかったのだ。

 

(なのに……なんなんだろぅ、この人達は)

 

 ジャックは、倒れ伏す自分を見つめる少年と少女が不思議でならなかった。

 マシュの大きな瞳から零れる涙が、ジャックの頬を暖かく濡らす。

 虎杖は少し離れたところで立ち尽くして、ただじっとジャックを見つめていた。

 

 耳が聞こえない無音の世界で、ジャックは二人を交互に見つめ返す。

 

(へ、んな……ひとたち。どぉして、そんな顔するの?)

 

 さっきまで戦っていたのに。自分は、二人を殺すつもりだったのに。

 どうしてそんな相手が消えていくのを見て、悲しそうな顔をするのか、ジャックには分からなかった。

 

 分からないけれど……悪い気はしなかった。自分達が消えることに悲しんでくれる人がいるのだと、知ったから。

 

 ほぅっと、息をつく。霊核の消失が始まった。そう静かに悟ったジャックは目蓋を閉じて―――――

 

「 ジャックちゃん 」

 

 無音の世界に、声が届いた。

 

 閉じた目蓋を開くと、茶色い瞳にぴょこんと跳ねた橙色のセミショートヘアーが目に入った。

 

 凡人なのに、只人なのに、幾多の困難を乗り越えてきた……笑顔が素敵な女の子。

 

(わたしたちの……おかあさん(マスター)

 

 倒れ伏したジャックを、藤丸立香が抱き起こす。

 彼女はただジャックに微笑みかけ、自分の銀髪を優しく撫でてくれた。

 

 途端、消失を受け入れていた心に浮かぶ、数々の光景。

 立香に抱きしめられる自分、くすぐられて溌剌に笑う自分、立香やマシュだけでなくナーサリーやバニヤン達と遊んでいる自分を――――カルデアでの日々を、思い出す。

 

「    めん、なさい」

 

 殺人鬼の目から、涙が零れ落ちる。

 丸くて大きい、真珠のような雫をぽろぽろ零して、幼い子どものように泣きじゃくる。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいおかあさん(マスター)! ごめん……なさ、ぃ」

 

 後悔が胸を占める。間違った方法で願いを叶えてしまった後悔に。

 そんなジャックを、立香は何も言わずに抱きしめる。

 頭を撫でて、背中をとんとんと叩いて、泣き止めない幼女に胸を貸した。

 

 ――かつて霧の都を跋扈した殺人鬼。

 ――無辜の女性を解体した怨霊。

 ――母のもとに帰りたいと願った幼女。

 ――【英霊】ジャック・ザ・リッパ―。

 

 その霊基は、マスター藤丸立香の腕の中で……完全に消失した。

 

                         目撃者、以下三名。

                             藤丸立香。

                             マシュ・キリエライト

                             虎杖悠仁

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 なにそれダブルパンチ

 

 虎杖悠仁は以前、人を殺した。

 3人、殺した。

 特級呪霊真人によって、その魂を歪められ、肉を作り替えられた改造人間を。元に戻す方法は無い。「ころして」とお願いされた。

 

 そして、今、幼女が遺した血だまりの中で俯く藤丸とマシュを見つめて思った。

 ――自分はまた引き金を引いたのだと。

 

「……いってぇ」

 

 殺人鬼を貫いた自身の拳を見下ろしながら、虎杖は独り呟いた。

 すると、その呟きをかき消すかのように、背後の茂みがガサガサと揺れた。

 

「なにこれ? どういう状況?」

「っ! 釘崎!」

 

 茂みから現れた釘崎に虎杖はすぐさま駆け寄った。釘崎の前で立ち止まって、傷が無いことを確かめると、虎杖は安堵の息を漏らした。

 

「よかった……無事で。ほんとによかっ」

「はいはい分かった分かった」

 

 安心する虎杖の反応を、釘崎はうっとおしそうにあしらった。

 虎杖は眦に少し滲んだ涙を拭いてから、釘崎への礼を口にした。

 

「ありがとな釘崎。おかげで助かった」

「あ? あー……あれね」

 

 あの幼女に打ち込んだ共鳴りのことを言っているのだと気づく釘崎。

遠慮なく虎杖からの感謝を受け取る。

 

「ん、苦しゅうない」

「ははっ、なんだそれ」

 

 喉の奥からこぼれた笑い声は、思っていたよりも乾いていた。そんな虎杖の様子を怪訝に思って、釘崎はズバッと口を開く。

 

「なにウジウジしてんのよ? キモいわよ」

 

 直球な釘崎の言葉に俯いてから、虎杖はポツポツと紡いでいく。

 

「――大丈夫かなって、思ったんだ。あの子を……呪ってさ。殺したのは、俺だけど」

「明らかあんたの方が大丈夫じゃないでしょ。んー……ぶっちゃけ私はなんともない」

 

 釘崎は虎杖の視線を追って、そして見つめる。

 

「あのガキ自体、よく分かんない存在だけど……そもそも相手が何なのかなんて気にしてる余裕なかったじゃない。あの子達が来てなかったら、危なかったのは私達の方だったし」

「……それは、そうだ。俺は、釘崎が助かって嬉しい。ホッとした。あんな姿見た後だから余計に。でもさ」

 

 幼女に切り裂かれた釘崎の姿が脳裏に浮かぶ虎杖。

 あの時、確かに虎杖は、はっきりと幼女を呪おうとした。

 けれど、虎杖が目にした彼女の最期は――――――――――

 

「あの子、泣いてたんだよ。最後、自分のやったことに謝ってた」

「……そっか」

「俺はただ……自分が呪おうとした相手にも涙はあって、それを看取る人がいるんだって……そう思っただけ」

「……そっか」

 

 釘崎と虎杖。

 二人の呪術師はただ真っ直ぐに、マスターの藤丸とそのサーヴァントであるマシュを見据える。

 

「じゃあ――加害者ね、私達」

 

 虎杖は目蓋を閉じて、釘崎の一言を噛み締める。

 そして目蓋を開くと……涙を拭って顔を上げる彼女達が映った。

 

「――おう」

 

 釘崎の言葉に応じてから、虎杖と釘崎は宿儺の指を手にする藤丸の下へ駆け寄った。

 

           ************

 

「あの、これってなんでしょう? 人の指? ですか?」

「あーあーもう黙んなさい、素人は。さっさと私達に渡して。でないと呪霊寄ってくるわよ」

 

 首を傾げるマシュに釘崎は「よこせ」と手を差し出す。

 すると釘崎の言葉に、藤丸はギョッと反応する。

 

「え⁉ そんな代物がなんでわたしの胸から⁉」

「さっきあの子が呑み込んでた分だろうなぁ」

 

 怒りに支配されて気にならなかったが、虎杖はジャックが指を呑み込んだことを思い出した。

 

「それ特級呪物。応急で封印の手当てしないと。だから私達に渡せ。オーケー?」

「せ、先輩。ここは渡した方がよろしいかと……」

「それか俺が食べようか?」

「食べるの⁉ これを⁉ 喉詰まらない⁉」

「何の心配してんのよ、あんたは! つーか残飯じゃねぇんだぞ虎杖!」

 

 虎杖の喉を心配する藤丸と、軽い口調で提案する虎杖にキレる釘崎。しかし現状、善人だが何者か分からない藤丸とマシュや、まだ傷が響く自分よりは……と釘崎は判断した。

 

「おいバカ。念押すが食うなよ絶対。あんたの指の許容量は分かんないんだから。食うなよ絶対!」

「そんな言わなくても良くない⁉」

 

 何度も言い含める釘崎を横目に、藤丸はおそるおそると虎杖に指を渡した。

 虎杖も何の気なく指を受け取り

 

             グパ パク ゴクリ

 

 受け取ったその手で、指を食してしまった。

 

「食うなっつっただろーがぁ!」

「え、俺ぇ⁉ へぶっ!」

 

 釘崎の鉄拳を喰らう虎杖。その相貌にズズッと黒い線が浮かぶ。

 

「せ、せせ先輩⁉ いま、手の平に口が……っ⁉」

「お、落ち着こうマシュ。とりあえず落ち着こう」

 

 口をパクパクさせるマシュの肩を優しく叩く藤丸。その口元は理解不能と言わんばかりに引き攣っている。

 

 動揺する二人を置いて、虎杖は苦い顔で手のひらを見つめる。

 

「こいつほんっと……っ! 全然働きやがらな」

【 なんだこれは 】

 

 傲岸不遜な声音が、手のひらから発せられる。

 それは虎杖の内に宿るもう一つの魂。

 呪いの王、【両面宿儺】の声だった。

 

【紛い物をよこすな、小僧】

 

 宿儺の口はそう言うと、もごもごと唇を歪め――――ブッと虎杖の額目掛けて何かを吐き出した。

 

「あだっ⁉」とのけ反る虎杖。

 

 額に跳ね返った何かは放物線を描いて……呆気に取られた釘崎、藤丸、マシュの間に落ちる。

 

 キン、と甲高い金属音が鳴る。

 吐き出された何かが放つ黄金の輝きが、少女達の瞳を照り返す。

 

【――不愉快だ】

 

 そう言い残して、呪いの王は虎杖の奥底へと退去した。

 マシュは震える指先で、呪いの王が吐き出した黄金色の金属片を拾い上げた。

 

「先輩……これって」

「――聖杯の、欠片」

 

 藤丸とマシュが驚愕に打ち震える中、今度は釘崎達が首を傾げる番だった。

 

「「 なにそれ? 」」

 

 






 オリジナル八十八橋編、これにて完結!

 次回からはカルデアと呪術高専の他キャラが関わっていく、かも!

 というか昨日はほんとすみません。おかげさまで続き書けました。
 がんばった!

 また来週ー! ただそろそろ3話更新キツイかも! プロットが無い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 チキチキ! 大人な交流会編
第16話 天空に境無し


ここから数話は、藤丸とマシュ視点になり、時系列が若干巻き戻ります。
藤丸達が呪術世界にレイシフトしてくる前となります。

これ書くためにFGOのイベントシナリオを読み返したけれど……やっぱよく出来てるなぁ
もっと自分も工夫を凝らして頑張ろうと思いました。

では、どうぞよろしくお願いします。


 

 広く、広く。

 高く、高く。

 

 誰に望まれた訳でも無く、ただ吾はそのように在り、ただ吾はそのように至った。

 

 ここは、果て無き蒼穹。

 青く色づくことで在るように見せかけた虚空。

 

 何もないが故に、人間は果てに夢想を託し、手を伸ばし、歩き続ける。

 ある者は黒き海を求めて上へ、ある者はまだ見ぬ地平を求めて横へ。

 昇り、進む。

 

 あな、怨めしい。

 

 行くという行為。自らを、自らでない場所へ至らしめる行為。

 それは自他の境界を確立しているが故に可能な行為。

 

 どこにでもいて、誰でもある吾には、程遠い、行為。

 

 それを容易く行う汝らが――――――――怨めしい。

 

 この呪いこそが、唯一、吾が吾であることを裏付ける楔。

 余りに心許ない、一つの楔。

 だが、こと今に限って言えば、これで良い。

 

【人間を呪う吾と、人間を愛する汝。この相違さえ在れば、今は良い。そうだろう?――――――藤丸立香】

 

 そう言葉を結んで、蒼天に座していた法衣を纏った男は空を仰ぎ見る。

 まるで自らに語り掛けるかの如く。

 そうして、その相貌を覆う藺草の笠を……天蓋を外す。

 

 天蓋の下より現れし隠された相貌は―――――橙の髪に茶色の瞳をした、藤丸立香その人だった。

 

             *********

 

「―――――――――はっ!」

 

 寝台から飛び起きた拍子に、額から流れていた寝汗が散る。

 藤丸は荒い呼吸を繰り返しながら、自らの胸に手を当てて……規則的な鼓動を手の平に感じると、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「……夢、かぁ」

 

 照明を落としたマイルームで独り呟く。

 藤丸立香は、事あるごとに夢を見る。

 時間も空間も自他の境も飛び越えて、藤丸はこれまで幾度となく誰かの過去や想いを見てきた。誰かと問われれば、「色々」としか答えられないほどだ。

 

 こと夢を見るということに関しては、ちょっと特技と言っても差し支えないのでは。そう冗談半分でも思ってしまうほど、『夢見』の経験を積んできた藤丸。

 

 その豊富な経験の中でも、今しがた見た夢はうなされるに足る『異常』だった。

 なぜならば、これまでの夢見では必ず二つの存在があった。

 

 藤丸立香と、藤丸が記憶ないし想いを共有する相手。

 自他の境を飛び越えて、藤丸は相手の記憶や想いを追体験したことは幾度かある。だがその時も、あくまで藤丸は『自分は自分だ』という自意識があった。

 

 しかし、かの夢は違った。

 

 あの法衣の男に『藤丸立香』と呼ばれるまで――――――藤丸は完全に、あの男と同化していた。

 

 自分とあの男は同じ存在だと思っていた。

 男が語ることに共感するのでなく、自分自身の過去のように思っていた。

 あの男に名を呼ばれ、分かたれることで、藤丸は藤丸に戻れたのだ。

 

 しかし夢の最期で目にした、あの男の素顔は間違いなく。

 

「………………」

 

 暗闇の中で藤丸は自身の顔に触れる。

 頬をつねり、閉じた目蓋を撫で、鼻をつまみ、唇を指でなぞる。

 それでも尚、藤丸は不安に苛まれる。

 果たして、今の自分は本当に自分なのか? と。

 

 上体をずらして、寝台から足を下ろし、立ち上がる。

 ペタペタと自分の顔を触りながら、マイルームにある鏡を覗き込む。

 

「あー……ひっどい顔ぉ」

 

 寝起きの自分の顔に苦笑する。

 セミショートに切った橙色の髪はぴょこぴょこと跳ねていて、猫のような茶色い目の目元には枕のしわが刻まれてる。

 

 自分以外には見せられない乙女の顔の一つに苦笑いして、ようやく藤丸は自分が自分だと思えた。

 

 そう確かに、あの男と自分は同じ顔だった。藺草で編まれた笠を外したら、ぴょこぴょこ乱れた橙色の髪が広がって、枕のしわを刻んだ眠たげな眼でこちらを見ながら語り掛けて…………

 

「   あれ?   」

 

 記憶の中の、あの男の素顔が、鏡に映る自分の顔と重なる。

 拭いかけた不安が、ブワッと洪水のように湧き上がる。

 どんどん同じように思えてきて。

 自分とあの男が同一人物のように思えてきて。

 藤丸の脳裏でとある願望が急速に膨らむ。

 

「きよひーちゃん⁉」

 

 藤丸は寝台のシーツを剥ぎ取る。気づけばいつも隣に潜り込んでいる清姫だが、その姿は見当たらない。

 

「静謐ちゃん⁉」

 

 今度は寝台の真下を覗く。いつの間にか闇に潜んでいる静謐のハサンだが、その双眸は暗中に浮かび上がらない。

 

「頼光ママ⁉」

 

 寝台に登って、天井の板を外す。いつもだいたい天井裏から見守ってる源頼光だが、その母の微笑みは存在していない。

 

 いつもいる筈なのに見当たらない他者の面影に、藤丸は歯噛みしてマイルームから飛び出す。

 

 とにかく誰かと出会いたかった。

 とにかく自分以外の他者と出会いたい。

 そうすることで、自分は自分だと――――藤丸立香だと証明したかった。

 

 自我が際限なく引き伸ばされていく。

 自己という概念が広くなっていく。

 氷が水となり、蒸気となり、雲になるように。

 視界に映る、カルデアの廊下も天井も照明ですら、『藤丸立香』という存在の一つの側面のように思えてくる。

 

「馬鹿げてる……っ!」

 

 頭の中に一瞬でも浮かんだ考えを一蹴する藤丸。しかし、それでも頭の片隅に引っ掛かるこの奇妙な、呪いのような感覚に侵され続ける。

 

 切り離したい。

 この万物と繋がったような感覚を。

 自分は自分だ、とそう言えるように……自分じゃない他者と出会いたい。

 普段なら絶対に思わない、気にしたことも無い願望を抱えて、藤丸は走り、そして。

 

「あ、先輩。そんなに急いで、どこに向かわれ……ぷわっ⁉」

 

 マシュに抱き着いた。

 

 激走の勢いそのままに抱き着いたため、藤丸とマシュはそのまま廊下に倒れ込む。

 

「ちょっ、先輩っ⁉ どうしたんですか突然こんな」

「わぁぁぁあーーーーーーん! マシューーーーーー!」

 

 ぎゅうっと、マシュの柔らかな体を抱きしめる。

 藤丸はぐりぐりと、マシュのふくよかな胸に顔を擦り付けて、何度も名を呼ぶ。

 

「マシュ!」

「は、はい!」

「マシュマシュマシュ、マシュ!」

「はいはいはい、はい!」

 

 困惑の只中にあるマシュはとにかく藤丸のテンションについていくしかない。何のことやら分からなくても、今の藤丸にとってこの呼びかけと抱擁は何よりも重要なことだった。

 

 自分以外の名を呼び、自分以外の人の身体を抱きしめる。

 自分と他者との確立こそ、藤丸に罹っていた呪いを祓う最良の方法だったのだ。

 

「お、落ち着きました?」

 

 ためらいがちに、マシュは藤丸の頭を撫でながら問いかける。マシュの胸に顔を埋めたまま固まっていた藤丸は、黙ったままコクリと頷いた。

 

「ありがと、ほんとに助かった……マシュのマシュマロのおかげだよ」

「頷き辛い返答をしないでくれません⁉」

 

 羞恥に頬を赤らめたまま、呆れ混じりの言葉を放つマシュ。藤丸はマシュの谷間から顔を上げて、そのままニヘッと笑った。その上目遣いの笑顔に、マシュは肩をがっくりと落とした。そして経緯を聞こうと口を開いた途端……。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。マシュと藤丸ちゃん、至急ロビーに集合してくれないかな』

 

 けたましく鳴るアラーム音と赤いランプ。深刻な緊急性を告げるそれらの装置に反して、その呼びかけは実に可愛らしく、のんびりしていた。

 

 だがしかし、それを聞いた二人の反応は迅速そのもの。

 

「マシュ」

「はい、先輩」

 

 鋭く名を交わし合い、二人は颯爽とその場を後にする。

 

 七つの特異点を調停し、五つの異聞帯を踏破してきた人類最後のマスターと契約サーヴァント。その二人の切り替えはさながら歴戦の戦士のようで、年頃の少女とは一線を画すものだった。

 





最近のFGOのイベントシナリオでは、ノーチラスのシナリオが一番好きです。
かなり影響受けてるというか、あんな風にしたいなって思って書きました。

ただ……うーん

この藤丸とマシュ、えらいフランクやなぁ!(完全に自分の手癖)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 特異点

「――――三十分前だ。カルデア内のサーヴァントの反応が消失した。その数は二十」

 

 カルデアの技術顧問にして天才幼女ダヴィンチちゃんは、藤丸とマシュの到着を確認すると、そう口火を切った。

 

「そしてほぼ同時刻に、新たな特異点の発生も観測された。微小特異点じゃない、正真正銘【人理崩壊の予兆】とされる規模のものだ」

 

 トリストメギスⅡが算出した【黒い淀み】を指さしながら、ダヴィンチちゃんは肩をすくめて、ある人物を見やる。

 

「さて、これで白紙化地球における特異点の発生は2度目になるわけだけど……何か弁明はあるかな?」

「ごめんごめーん×2! まぁ、平安京の時にも言ったけど、特異点ってマップ上に突然できる虫食い穴みたいなものだしぃ~。その起点になる本人にしか未来予測できないから……あとは任せたプロフェッショナル!」

 

「よーし、頑張っちゃうぞーってなるかコラ! ちょっとしっかりしてよアトラスの才女!」

 

 白アリ出たから駆除しといて、とでも言わんばかりの軽さで人理救済を依頼する映像の少女に藤丸はノリでキレる。

 

 立体映像に映る少女は、黒縁眼鏡を掛け、紫色の髪をツインテールにまとめたザ☆委員長という出で立ちだが、言動の軽さと明るさがとても親しみやすい印象だった。

 

 陽キャ委員長とでも言うべき彼女の名はシオン・エルトナム・ソカリス。白紙化地球を放浪していたカルデア一行に、彷徨海ベースの拠点を提供してくれたアトラス院の才女だ。

 

「だからごめんってばー。確かに破滅の予兆は無いって言ったけどー、平安京の時に撤回したじゃーん」と手を合わせるシオン。

 

「ぐぬぬぬ」と唸る藤丸。

 

「先輩、今はそれより事態の把握を……」となだめるマシュ。

 

「まっ、そういうことさ。起こったからにはやるしかない。いつものことでしょ?」とダヴィンチちゃんがウインクした。

 

 藤丸は苦笑交じりに「それもそっか」と納得のため息をついた。

 いつもいつも先手は取られてばかり。けれどそこからいつだって巻き返してきた。色んな人の力を借りて、色んな人の想いを紡いで。

 無論、端からそれを期待して行く訳ではないが……とにかく本当に『やるしかない』のだ。

 

 藤丸はスパッと切り替えた頭で、事態解決のための疑問を投げかける。

 

「特異点の発生場所は? それと消えたサーヴァントの行方。もしかして、その特異点に飛ばされちゃったとか? あ、消失したサーヴァントの共通項は?」

「順番に説明するね。まず特異点の発生場所は日本だよ。しかも時系列にズレの無い現代。藤丸ちゃんにとっては馴染み深い場所だけど、警戒は最大限に。なにせ」

 

「特異点の規模と範囲が異常だからな」

 

 ダヴィンチちゃんの説明を横から割って入ったのは、『トー〇ロ』と言って抱き着きたい立派なお腹をしている男だった。そのふくよかな威厳に、藤丸は生唾を呑み込んだ。

 

「クロワッサン所長……」

「ゴルドルフ・ムジークだ! その呼び方は辞めたまえよ、君ィ! まったくふざけてる場合か!」

 

 ゴルドルフは憤慨するも、金のちょび髭を整えながら、事態の深刻さを説明する。

 

「記録ではこれまで日本で発生した特異点は新宿や京都、秋葉原など限定的だったが、今回は違う! 日本全土を覆う規模の特異点だ!」

「――そして消失した二十のサーヴァントは、今回の特異点を形成した【犯人】の手によってレイシフトされた。日本各地にね」

 

 藤丸の疑問に答える形で現れたのは、カルデアの経営顧問にして名探偵シャーロック・ホームズだった。

 

 ホームズは「これを見て欲しい」と言って、とある映像を空中に再生させた。

 朗らかに遊ぶ子どもの声が、ロビーに響く。

 そこにはバニヤンやナーサリー、ジャンヌリリィといったお子様サーヴァントがかくれんぼで遊んでいる様子が撮影されていた。警備カメラが撮影した映像の一つらしい。

 

「サーヴァントが消失した瞬間の映像だ。消失したのは――ジャック・ザ・リッパ―」

 

 ホームズが補足した途端、映像の端で変化が起こっていた。

 廊下を走り回っていたジャックが不意に立ち止まり、しゃがみ込んだ。そして何かを拾い上げた途端…………とぷん、と足元に広がった影に沈んだ。

 

 隣からマシュが息を呑む声が聞こえて、藤丸はそっと彼女の手を握る。映像の再生が終わり、ホームズは自身の推理を続ける。

 

「何を拾ったかはカメラの角度から確認できない。しかし、この直後にジャック・ザ・リッパ―の反応は消失し、特異点にてその霊基を観測できた。場所は東京奥多摩」

「つまり、他の消えたサーヴァントもカルデアで何かを拾って、それで特異点に転移させられた?」

「その通り。そして消失したサーヴァントに共通する特徴は……混沌・悪属性であること。おそらく今回の特異点を形成した【犯人】と属性は何らかの因果関係があるとみられる」

 

「それを補足するようになっちゃうけど、この特異点の性質って結構寛容なんだよね。現状レイシフト完全同行できる英霊は、混沌属性のサーヴァント全てだ」

 

 ダヴィンチちゃんが告げた完全同行の条件に、マシュは目を見開いた。

 

 特異点の性質。

 それは『異物混入のための隙間の大きさ』と言い換えられる。混入する異物とは、これからレイシフトする藤丸やマシュ、そしてカルデアの英霊のことだ。

 

 そして今回の特異点は、その隙間の範囲が大きいらしい。

 

「混沌属性と言いますと……荊軻さんや牛若丸さんなど、数多くのサーヴァントに適性があるのですね」

「そう。しかも面白いことにペーパームーンで演算を重ねる毎に面白い結果が出るんですよね」

「面白い、ですか?」

 

 首を傾げるマシュに、シオンは好奇心を秘めた眼で頷く。

 

「どんどんレイシフトに完全同行可能な霊基が増えていくんですよ。まるで『こっちに来い』と招いてるような」

 

 シオンの言葉を聞いて、藤丸は思い当たることがあった。

 アルターエゴリンボが平安京で作った特異点。あの時も、リンボ自身の意図が反映されてアサシン風魔小太郎と加藤段蔵がレイシフトについて来れるようになった。

 

 それと同じ意図を感じた藤丸は、一つの懸念を浮かべる。

 

「行けるからと言って、あんまり皆を連れて行かない方が良いかもしれない」

「うん、私もそう思うな。いつものことだけれど、やはり可能な限り同行するサーヴァントは絞った方が良いと思う」

 

 ダヴィンチちゃんの肯定に、藤丸は頷いた。そうしてダヴィンチは今回のブリーフティングの内容をまとめ、任務内容を明確にした。

 

「というわけで、今回のキミ達の任務は二つ。一つ目は、この特異点の調査及び消去。二つ目は消失した混沌・悪のサーヴァントの保護だ」

「特異点がある限り、【犯人】は我々の常識を凌駕する方法で聖杯を用いているだろう。現時点での所業から、敵の脅威は【異星の使徒】アルターエゴ・リンボと比肩している。くれぐれも警戒を緩めないように」

「さぁ、行きたまえ、藤丸立香、マシュ・キリエライト!」

 

 カルデアの技術顧問、経営顧問、新所長の声に、藤丸とマシュははっきりと応えた。

 

「「 了解! 」」

 

 こうして藤丸とマシュのレイシフトが行われた。

 





FGOのシナリオの序盤っぽくしようと思って書きました。
結果、分かったこと。

めぇ~~~~~~~~っちゃ難しいぃいいいいい!
え、すごいなFGOのシナリオライター様達。ほんとにすごいな。もうすっごい難しい何回頭こんがらがったことか。

尊敬します!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 動くな

 

 蒼穹の只中に、藤丸はいた。

 上昇とも降下ともいえる感覚を全身で味わいながら、藤丸は青空の中を漂っていた。

 

(っ⁉ ここって……)

 

 夢で見た、法衣の男が座していたあの空間が、再び藤丸を囲んでいる。

 どこまでも広く、どこまでも高く。取り囲む青色は見れば見る程、無限の奥行を感じさせ、果てなど無いことを頭でなく心で思い知る。

 

(レイシフトの最中だったはず……どうして私……まさかレイシフトに失敗した⁉)

 

 特異点に飛ばされてから、異常な空間や場所に放り出されることは幾度となくあった。しかし、レイシフトの最中に別の空間に迷い込むという事態は初めてだった。

 

(声が出ない……! いつまでも景色が変わらない……まさかずっとこのまま?)

 

 カッ、と藤丸の双眸が開かれる。

 それだけはいけない。こんなところで藤丸は立ち止まるわけにはいかない。

 何とか状況に変化をもたらそうと、藤丸は四肢を動かそうとするが、吹き荒ぶ風圧に抑えつけられる。飛んでいるとも落ちているとも云える奇妙な感覚が消えないことに、藤丸は憔悴に駆られ―――――――――――――――。

 

【 閉ざせ(みたせ)閉ざせ(みたせ)閉ざせ(みたせ)閉ざせ(みたせ)閉ざせ(みたせ) 】

 

 五度にわたって繰り返された詠唱が、耳の中に滑り込んできた。

 藤丸は目を剥いて、声がした方へ振り向こうとする。

 すると視線の先に、藺草の天蓋に覆われ黒漆の法衣を纏うあの男がいた。

 男は指先から蒼炎のオーラを出し、虚空に円陣を描いていた。

 

 藤丸は見覚えのある円陣、聞き覚えのある詠唱に驚愕を覚える。

(なんで、どうして、この人が)

 

【 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ 】

 

 法衣の男は、英霊召喚の詠唱を唱え終える。

 瞬間、空に浮かぶ円陣から太陽の如き白い光が放たれ、蒼穹を埋め尽くす。

 藤丸は為すすべもなく白光に呑まれる。

 消えゆく意識の中、藤丸は法衣の男にかしづく何者かのシルエットを目にする。

 

 そのシルエットが携えし武器は余りに――――――マシュの円盾に似通っていた。

 

            **************

 

「―――先輩! 起きてください、先輩!」

 

 マシュの呼びかけによって藤丸の意識は一気に目覚め、ガバッと体を起こした。

 傍らに座り込んでいたマシュはホッと胸を撫で下ろした様子だった。

 

「良かった。レイシフトには成功した筈なのに、ずっと目を覚まさなかったんですよ」

「そっ……か。ごめんねマシュ。心配かけさせて…………あ」

 

 ふと目にしたソレに藤丸は息を呑む。

 ソレとはマシュが持つ武器のことであり、これまで幾度も自分を守ってくれた円盾(ラウンドシールド)だ。

 

(やっぱり……似てる)

 

 蒼穹の空間で最後に目にした、十字の杭が出た円盾。あの法衣の男の償還に応じた英霊が持っていた円盾とマシュの持つ円盾はやはり酷似していた。

 

(どう考えても、あの英霊って……)

 

 だとしたら、マシュに影響が無い筈が無い。藤丸はマシュに何らかの変化を尋ねようとしたが、突如入った通信に遮られた。

 

『あっ! 良かったぁ~~、起きたぁ! これで二人とも無事だね』

「ダヴィンチちゃん」

 

 藤丸は目を丸くした。カルデアとの通信の途絶はそう珍しいことじゃない。だからこそ、今回は意外とすんなり通信できたことに、藤丸は拍子抜けした。

 

 だがすぐに丁度良いと思った。

 レイシフト中、カルデアに残っているダヴィンチちゃん達は常にレイシフトした者の状態をチェックし、変質が起きる度に正常な状態に上書きする作業を行っている。この場合、レイシフトした者とは即ち藤丸とマシュだ。つまり藤丸とマシュ本人にすら気づかない変化にも、向こうは気づけるのだ。

 

「ダヴィンチちゃん。特異点にレイシフトした時点で、マシュに何か変化ってある? 例えば体の調子が凄く良いとか」

『……ほほぅ、さすが。自分と契約したサーヴァントのことはお見通しってことなのかな。うん藤丸ちゃんの言った通り。そちらにレイシフトした途端、マシュの中で彼の霊基が宿ったんだ』

「そうなんです先輩。今もはっきりと感じます。――私の中にギャラハッドさんが戻ってきました」

 

 ギャラハッド。

 円卓の騎士の一員にして聖杯探索を成功させた聖者。マシュの命を二度にわたって救ってくれた恩人だ。

 人理焼却の原因解決後は、マシュの中にあった彼の霊基・能力は退去したが……今その力が再び戻ってきた。

 

「けれど、どうして今……まさか今回の特異点と何らかの関係があるのでしょうか?」

「――どうなんだろうね」

 

 藤丸は顔を伏せて、言葉を濁した。

 あの蒼穹の空間のこと、法衣の男、そして男が呼び出した盾を持つ英霊のことを伝えるべきか否か迷ったからだ。まだ何にも分かっていないこのタイミングで伝えても、要らない混乱を招くだけかもしれない。打ち明けるならば、もう少し特異点の調査が進んだ時だ。

 

 そう判断した藤丸は、とにかくまず周囲の状況を見回した。

 

 立ち並ぶ寺社仏閣、境内を思わせる石畳、土の匂いが混じった空気と木々がざわめく音。どうやら、どこか山奥の大きな寺院に入り込んでしまったのだろうか。

 

「ここって……」

『東京郊外に位置する森の中だね。ただデータでは、そこに寺社仏閣なんて無かったと思うんだけどなぁ』

「特異点の性質によって形成された、私達の世界との差異……にあたるのでしょうか。それにしてはなんだか――――とても自然です」

 

 マシュの言う通りだった。

 微小、亜種も含めて数多くの特異点を訪れてきたが、探索すれば必ず元の世界とは余りに異なる差異があった(縄文時代に新選組とか)。

 そういう差異は明確に把握していなくても、なんとなく違和感として感じ取っているのだが、今回はそういった感覚は起こらなかった。

 

「うん。普通よりお寺とか多いけど、それ以外は本当に変わったところ無いね」

「周囲に敵性体の反応も無いことですし……もひとまず、このあたり一帯の調査から始めますか?」

 

 マシュの提案に頷いた藤丸は、散策気分でその場から一歩を踏み出した。

 

「   動くな   」

 

 どこからか飛んできた言霊が、藤丸のその一歩を束縛した。

 

(な、にこれ、からだ、うごかな)

 

 驚愕に目を見開く……ことも許されず、藤丸は目蓋も指先も爪先も動かせないまま、彫像のように固まった。

 

「先輩っ‼」

 藤丸を襲った異常に、マシュは切迫した声を張り上げて

 

「あん? ンだよ、利いてねぇのか?」

 

 左斜め後方から聞こえてきた別人の声に、体が反射的に反応した。

 

 身をよじり、声のした方へ盾を構えるマシュ。その円盾目掛けて、振り下ろされる薙刀の一撃に――――デミ・サーヴァントであるマシュは吹き飛ばされた。

 

「うぅっ⁉」

 

 マシュは予想外の重い衝撃と金属音に呻いた。そして手の痺れを押し殺し、身を覆い隠すほどの大きさの円盾から顔を覗かせる。

 

 そこに立っていたのは、学校の制服らしきものを着た少女だった。マシュ達とそう年は変わらない、黒髪を後ろで一つにまとめた眼鏡の少女。

 その意志の強さを湛えた美貌を備えた彼女は、どう見てもマシュをその盾ごと吹き飛ばす膂力を持っているとは思えなかった。

 

 動かなくなった藤丸の横で、少女はブォンッ! と薙刀を一旋。刃先が藤丸の鼻を掠める。

 

(ひぃゃあ~~~~っ⁉)

 

 瞬間的な恐怖に染め上げられるが、身動きの取れない藤丸はのけ反ることすらできない。

 

「……こっちは利いてんな。じゃあ、あれか。耳から脳まで呪力で守ったのか? 呆けた見た目の割に抜け目ねぇなぁ、お前!」

 

 少女はニィッと戦意満載の挑発的な笑みを浮かべて、薙刀の切っ先をマシュに向けた。

 どうやら何かを認められたらしいが、藤丸とマシュには何のことだか分からない。

 

「待ってください! 私達に戦闘の意思はありません! 私達は目覚めたらここに……」

「嘘つくんじゃねぇよ。何かしてやろうって思わない限り、高専の結界を越えられる訳ねーだろうが」

 

 薙刀の柄を肩に置いて、少女は鋭くマシュの言葉の粗を指摘する。結界という言葉と口振りから、どうやら一般人が通常立ち寄ることのない場所に来てしまったらしい。

 

「それじゃあ―――――行くぜ?」

 

 瞬間、マシュの視界いっぱいに少女の戦意と笑みが占有する。

 そうして視覚外から振るわれた薙刀の刃が、軌道上の虚空を切り裂きながらマシュへと迫った。

 






もっと殺陣の描写を特訓せねば。
そういう気持ちで書いている所存。

それにしても……思ったより話が壮大になっていく。書けるのか? 書き切れるのか?
あうー……これからもコツコツ書いていくぞー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 そろそろ笹食ってる場合じゃない

 

 ――右上段からの袈裟斬り。

 

 マシュは弧を描く薙刀の軌道を、冷静に脳内に描いた。黒髪の少女の腕を見る限り、このまま振り抜いてくる。そう予測したマシュは相手の斬撃が勢いに乗る前に、少しだけ円盾を右斜めに持ち上げた。

 

 元々、普通に持ってるだけでマシュの身体をすっぽり覆い隠す大盾。攻撃の出処さえ把握してしまえば、僅かなモーションだけで攻撃を防げてしまう。

 

 ガギィン! と円盾は薙刀の斬撃を正面から難なく防ぐ。

 

 先の攻撃では不意を突かれてしまったが、来ると分かれば少女の攻撃の重みを、マシュはしっかり受け止めることができた。

 

「ごめんなさい!」

 

 盾の向こう側から一礼叫んでから、マシュは盾をそのままサーヴァントの膂力で振り上げた。円盾は、下に長い十字架の真ん中が新円に膨らんだような形状をしている。

 マシュは十字架の下方向に伸びた、長い杭を振り上げて、下段から少女の身体を打ち付けんとした。

 

 しかし、

 

「――いやいや」

 

 少女は死角から駆け上った杭のアッパーを、身体を斜めにずらすことであっさり躱した。そして右半身の構えのまま、薙刀を腕一本で振り下ろす!

 

 ウォッ! と薙刀の柄全体が円弧にしなり、上方の空気にうねりを伝える。

 

 杭撃のために盾を振り上げたままだったマシュはそのまま振り下ろしを受け止めて――――足が石畳に沈められた。

 

「ぐっ⁉」

(さっきより重い⁉)

 

 両手で無ければ、押し潰されそうな程の重撃。

 不意の初撃、防げた二撃目。その想定を上回る威力に、マシュは混乱した。

 

「謝っても聞く耳持つ訳ねーだろ」

 

 薙刀が盾ごと真上からマシュを抑えつけてくる。盾と刃の迫り合いによって生まれた火花が、傘から垂れる雨粒のように降ってくる。

 

(跳ねのける!)

 

 キッとマシュは目を吊り上げ、足に力を込め、石畳の亀裂を広げた。フッ、と真上からの圧力が減った瞬間――迫る左の回し蹴りに、マシュは瞠目した。

 

 両腕を上げていた、がら空きの腹部に少女の蹴りが叩き込まれる。鈍い音がマシュの口から息の塊を吐き出させ、たたらを踏ませる。

 

「かっ……」

「そら、どんどん行くぞぉ!」

 

 戦意漲る裂帛が先駆けで飛び、マシュは奥歯を噛み締めて素早く顔を上げる。

 

 すると、少女は薙刀を一旋二旋と振り回しながら迫り、横薙ぎに柄を振る。

 右から迫る薙ぎの一撃に供え、マシュは盾を右に構えるが……左耳が捉えた裂音に反応して本能で盾の構えを反転させた。

 

 途端、右から来ていた筈の薙ぎが、左からやって来た。

 

 来たる衝撃は盾を持つ手を痺れさせはするが、三撃目程では無い。だが、一合交える度に可変する攻撃の重みに、マシュは警戒を覚え、飛びずさった。

 

(一度、距離を取って……っ!)

 

 背中に当たる、土塗の壁の感触。

 寺社の壁際を背にしたマシュは、刮目する。

 

 少女が振るう薙刀、その軌道は一度に三度の斬撃を幻視させるほどに鮮やかだった。

 

         ************

 

(――あの人、強い!)

 

 身体も口も動かないまま、二人の立ち合いをただ見ていることしか出来なかった藤丸は、少女の戦闘の運び方に驚愕した。

 

 不意打ちに続く二度目の攻撃でわざと手加減し、『攻撃を受け止められる』と印象づけさせる。そしてマシュの振り上げた盾にあえて三撃目を叩き込んで、マシュの動きを抑えつけたところで、回し蹴り。

 

 マシュが跳ねのけることを察知して一瞬だけ薙刀の力を緩めたのは、跳ねのけられると確信した時の油断について蹴りを入れるため。

 

 更に続く横薙ぎの四撃目とこれまでの威力が変化する斬撃に警戒を抱かせ、マシュに距離を取らせ、壁際に追い込む。

 

(動きに色んな武術盛り盛り! ベースは中国拳法っぽいけど……)

 

 数多の英霊と契約し、その戦い方を見てきた藤丸は、少女の動きに中国の気を感じる。李書文を連想させる長物の扱いにも、目を見張った。

 

 距離を詰めれば柄を短く持って薙刀を縦に回し、距離を取れば柄を長く持って横に振り回す。遠中近距離に対応可能な技量に、盛んに持ち手を左右入れ替えることで軌道の複雑さが増し、少女の連撃は舞の如く切れ間が無く、留まることを知らなかった。

 

(マシュに相手を仕留める気が無いからって、ここまで防戦一方になるだなんて)

 

 相手はこれまでの怪物とは違い、現地の人間。敵対することもできず、かといってやられっぱなしにもいかない。その意図が、マシュの盾捌きを鈍らせてることは確かだが……だからといってサーヴァントの力を豊富な技量で完封させられるとは。

 

 一度振るえば、三つの刃に分かれる。そう見えるほど変幻な軌道を繰り出す少女にマシュは圧倒されるばかりだった。

 

 現状を何とかしなければ。静止した体の中で、焦燥に駆られた思考が加速度的に募る。変化を一心に望んでいたからこそ――藤丸は僅かに自分の指がピクリと曲がったことに歓喜した。

 

(よし! 動き始め)

 

「 止まれ 」

 背中にぶつかった言霊が、僅かな指の動きを再びがっちりと束縛された。

 

「もぉおっ‼ あとちょっとだったのに……あれ?」

 

 藤丸は瞬きを繰り返す。口が動く。動かなかった口が。

 

 気配を感じて左隣を見やると、口元を隠したおかっぱ頭の少年が佇んでいた。

 藤丸はこの少年こそが言霊使いであると見抜いた上で、言葉を掛ける。

 

「お願い! あの女の子を止めて! 私達はこの場所のこと知らないの! 間違っては言っちゃったのは謝るから! 狙いなんて無いの!」

 

 無駄だと思いつつも、藤丸は自分達の潔白を示そうと言葉を紡ぐ。それに反応して、白髪のおかっぱ少年は藤丸の方を振り向き、言葉を返した。

 

「――おかか」

 

「…………え?」

(なんで……おにぎりの、具?)

 

 状況を振り返ってみても、今は別にランチタイムでは無い筈だ。故に藤丸にとって、少年の言葉は不明瞭かつ意味不明だった。

 

「お、お腹空いてるの?」

「おかか。高菜」

「えぇ~っと……と、とにかく私達に敵意は無いの! あなた達を傷つけたくないし、戦う気なんて更々ない!」

「昆布」

「白旗! 降参! 私が自由になれば、あの盾の子も戦わないから! 二人揃って連行されるから!」

「明太子ぉ」

「なにその、『ホントォ~?』みたいなイントネーション⁉ いや、ほんとほんと。おとなしくする。もう借りてきた猫並みに」

「ツナツナ」

「あっ、猫好きっぽい? そう、私達二人おとなし系美少女! ほら、よく見たら私もあの子も猫目でしょ?」

「おかか」

「腕をバッテンにすな! だんだん意味分かってきた! おかかは否定でしょ⁉ 否定したのが猫目のとこか美少女のとこかで、私の態度変わるぞコラァ⁉」

 

 おにぎりの具を重ねる度に、藤丸は少年とのコミュニケーションを円滑にしていく。元王様とか女王様の英霊にも物怖じしないメンタルが、ここにきて活性化し始めたのだ。

 片や薙刀と盾を交わし合い、片や言葉とおにぎりの具を交わし合う。

 場に響く音が、言葉がカオスになってきたところに――――ソイツは現れた。

 

『真希、棘。そろそろ、からかうの止めろよー』

「あぁ?」

「すじこ」

 

 渋みのある間延びした声に、真希と呼ばれた黒髪の少女は片目を吊り上げ、棘と呼ばれた少年は背後を振り返る。

 

(誰? この二人を止めた?)

 

 振り向けない藤丸は現れた三人目の正体が気になったが、それはすぐに明らかになった。藤丸の右横からヌゥッと現れたのは、見上げる程の巨躯を覆う白黒の体毛。

 

『言動的に悠仁より根明っぽいし、立ち回り的にも殺る気ゼロじゃん。呪詛師では無いって分かってるだろ? だから遊ぶのもその辺にしとけって』

 

 とても冷静に落ち着きのある言葉で助け船を出してくれた、動物園で人気なソイツの名を、藤丸は声を大にして叫んだ。

 

        「 パンダだーーーーーーーーーっ⁉ 」

 

 喋る馬は見たことあれど、喋るパンダを前にして、藤丸は動揺を隠せなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 この最強(ひとでなし)

『パンダァーーーッシュ! そらそら走れ走れぇーー!』

 

 縄で結ばれた藤丸とマシュを引っ張って、のっしのっしと白黒のあいつが走る。

 可愛い動物は人並みに好きな藤丸とマシュだが、可愛いと思うにはこのパンダ妙に人間っぽい。

 不気味の谷という程では無いのだが、それに似た困惑を二人は感じていた。

 

「あ、あの。パンダさんはその……どういう方なんでしょう」

「あ? パンダはパンダだ。それ以外なんもねーよ」

 

 おずおずと尋ねるマシュに、禅院真希は憮然とした顔色で応える。

 マシュはうぐっと口をつぐんで、それ以上何も言えなかった。

 

 そもそもファーストコンタクトが戦闘の時点で、すぐに打ち解けられる訳が無い。真希から警戒の意思を僅かに感じて肩身が狭かった。マシュ達はまだ彼ら呪術高専の生徒に完全には信用されていないのだ。

 

「ねぇ、もしかしてこの匂いってファブリーズ?」

『お、よく気付いたな』

「やっぱり! わぁぁ~~~、懐かしい匂いぃ~~‼ 種類って何使ってる? シトラス? リリー?」

「何やってるんですか先ぱぁい⁉」

 

 走りながらパンダの背中に顔を埋める藤丸にマシュは目を剥いた。肩を引き寄せて、白黒の体毛から剥がすと、マシュは藤丸にひそひそ声で詰め寄る。

 

「また彼らが敵対してきたらどうするんですか!」

「だって懐かしくなっちゃって……カルデアにも消臭剤はあったけどさぁ~。それにそんな心配要らないよ」

 

 あっけらかんとそう言って、藤丸はパンダを指さす。指先に釣られてマシュが見やると、

 

『やった……ちゃんと毎日ファブってて良かった……っ』

「しゃけ」

「いやまんま獣臭だろ」

 

 震えて感動するパンダに、狗巻棘はグッと親指を立て、真希は眉間にしわを寄せていた。そこに感じるのは談笑してる学生のような空気感だった。

 

「本当に()ろうと思ったら、こんな呑気に連れ回す訳ないし。まっ、もし危なくなったら、その時は……頼りにしてるよマシュ」

 

 首を傾げて、上目遣いで藤丸は笑いかける。マシュはそのヒマワリのような笑顔と信頼の言葉に円らな紫紺の瞳を更に丸めて、呟く。

 

「ずるいです」

 

 混じりっけの無い真っすぐな信頼に、マシュは否応なく応える覚悟を固める。頬を少し赤くして意気込み、いつ非常事態が起きても動けるように、縄を引き千切る準備をしておく。

 手首に縛られた縄が静かな悲鳴を上げたタイミングで、先行していた真希が振り返った。

 

「着いたぞ」

 

 連れてこられた先は、立ち並ぶ寺社仏閣の内の一つ。お堂の戸をくぐると、等間隔に並ぶ円柱と蝋燭が中をぼんやり照らしている。

 

 マシュはどこか仄暗いお堂の空間に馴染めなく、僅かに身を強張らせる。藤丸はこれまで何度か過去の日本にレイシフトした経験か、特に気圧されてる様子も無く、きょろきょろと見回していた。

 

「おい! 言う通り連れてきたぞ、バカ! 話済ませるならさっさとしろ!」

 

 罵倒交じりの真希の呼びかけが、お堂の円柱の間に響き渡る。元が静寂な空間だっただけにマシュは大声による振動を鮮明に肌で感じ取る。大気の揺れが収まり、凪のような静寂がお堂内に戻っていき、

 

    「――ん、ごくろーさん。じゃあ、みんな戻ってて良いよ」

 

「ったく、おつかいとかガキ扱いかよ」

『ふぃー終わった終わった。俺ほとんど何もやってないけど。おつかれ二人とも』

「高菜」

 

 わいわいと解散する三人。

 

 しかしマシュはお堂の奥の方から響く男の声を聞いて、盾を掴む手を強く握った。警戒心を露わにして、闇に目を細めるマシュ。

 

 奥の闇は蝋燭の灯りも届いておらず、真希が「バカ」と呼んだ男の姿は見えない。しかし、奥の男は軽薄な笑い声を出して、

 

「そんな警戒しなくて良いから。悪いけど、君らの方から来てくれない?」

「……先輩、私の後ろに」 

 

 千切れかけていた縄に止めをさしてから盾を構えると、マシュは藤丸を自身の背中で隠す。藤丸はマシュの盾の裏に重なると、振り返って去ろうとしているパンダ達に問うた。

「ねぇ、あなた達の先生って、どんな人?」

 

 それはこのお堂の奥にいると聞かされた人物について。ここに来るまでの道中で、呪術高専や呪術師のことは最低限教えてもらった

 

 だからこそ学生の呪術師がいるならば、パンダ達を教え鍛える教師もいると早い段階で予想していた藤丸。しかし、()()()()()()()()()()()()()――――――――――。

 

 片目を吊り上げ、しばし考えこんでから、真希はただ一つの言葉で教師なる人物を表す。

 

「最強」

『最強だな』

「しゃけ」

 

 三者三様の答え方、しかしどの答えも誇張でもなく世辞でもなく、厳然たる事実を口にしただけという響きを伴っていた。

 

 三人はあっさりとお堂の扉を閉めて出て行く。名目上は侵入者であるマシュと藤丸を教師に会わせようと言うのに、拘束の縄の確認もせずに。

 

 二人を縛っていた縄は、パンダ達がお堂まで連行するための場繋ぎであり、教師の安全を確保するためのものではないということ。それはもしマシュと藤丸が、その教師に襲い掛かったとしても、何も問題なく対応できるということでもあった。

 

 何より、奥からひしひしと漂ってくるこの魔力は――――――サーヴァントのものだ。

 

「マスター」

「マシュ、大丈夫」

 

 言わなくて良い、と言外に伝えられ、マシュは口を閉じる。盾越しから肌が粟立ち、臓腑が芯から冷えていく。この荒々しい狂奔の魔力を、かつてマシュはアメリカの大地で味わったことがある。

 

 バクバクとうるさい鼓動を深呼吸で抑えて、マシュはお堂の奥へ進んでいく。藤丸も付いて行き、一本二本と円柱を視界の端で見送っていく。

 

 そうして蝋燭の灯りが届かないお堂の深奥まで行きついて…………ぽうっと目の前の地べたに置かれていた蝋燭の火が灯った。

 

「――君らにさ、聞きたい事あるんだ」

 

 藤丸とマシュの双眸にいたのは、ヤンキー座りで頬杖を突く20代後半の男だった。銀髪を逆立てて、目を黒いバンダナで隠している。それなのに、しっかりと眼前に辿り着いた藤丸とマシュを認めて、男……呪術高専の教師はヘラヘラと軽い口調で尋ねる。

 

「こいつ、君らの仲間?」

 

 そうして男は、自分が椅子代わりにしている倒れ伏した大男を指さした。

 

 2メートルに迫る屈強な肉体を彩る赤黒い紋様の入れ墨。両腕と下半身を覆う黒い外装には魔獣の如き赫棘が形成されており、臀部からは藤丸の胴など簡単に縛り潰せそうな尾が生えている。虚ろで殺意しか満たされていない瞳は、空絶の白に染まっており、完全に気を失っていた。傍らにはへし折られた魔の朱槍が無造作に転がっている。

 

 歩く災厄。

 鏖殺の狂王。

 虚無と荒廃の化身。

 かつてアメリカの大地で敵対したラーマから『魔王(ラーヴァナ)』と称された狂戦士(バーサーカー)――――クーフーリン・オルタが現代最強の呪術師の下に組み伏せられていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 最も強者と接したマスター

『霊基パターン一致。間違いなく眼前にいるのは、カルデアで消失を確認された二十騎のサーヴァントの一騎。クーフーリン・オルタだ』

 

 マシュの耳のインカムから極小の音量でホームズの声が流れる。お堂から流れてきた魔力を感じた時から、マシュは何かの間違いだと思いたかった。

 

 しかし今こうして対峙すると、カルデアの分析を待たずとも分かってしまう。

 

 太陽神ルーの息子にして、アイルランドの光の御子。「アルスターの猛犬」と謳われた、間違いなく『大英雄』と称されるに足る英霊だ。

 

 その別側面(オルタ)と戦い、傷どころか何の消耗も見えない。

 それが、目の前の目隠しの男の実力。

 この特異点における最強。

 

「青森で派手に暴れてるやつがいるっていうから行ってみたら、こいつがいてさ。いやぁ、うっとおしかったなぁ。幾らボコっても起き上がってくるし。だから奥の手を使わせてもらったよ。数日はこのまんまでしょ。――――で、もう一回だけ聞くよ」

 

 男がおもむろに目隠しをずらす。

 そこから覗いたのは、眼孔に閉じ込められた天空。

 有り体な言葉では形容できない、埒外の美しさを秘めた双眸から、轟然たる圧が放たれる。

 

「こいつは、君らの仲間か?」

 

 マシュの全身の肌がビリビリと痺れる。明らかな格上。人間より完全に上位に位置する存在からの眼圧に、藤丸とマシュは吞まれてしまった。

 答えない二人に、男は肩をすくめて目隠しを戻した。

 

「この眼はちょっと特別でさ。まぁ、色々よく見えんの。で、こいつと……そこの盾の君。ほぼほぼ同じ存在(もん)なんじゃない? 呪霊と受肉体みたいな違いはあるけど」

 

 ごく一部の人間しか知らない筈の、自分の正体をあっさり見透かされ、マシュはびくっと肩を震わせた。

 

 マシュはデミ・サーヴァント。召喚した英霊と子どもを一つの存在にして、英霊の「人間化」を目指した実験の唯一の成功体だ。

 

 そこまでの詳細を、たった今男が見抜いた訳では無いと思うが、それでも男の目が特別である証左にはなった。

 

「でもさぁ~、妙なんだよ。呪霊の体って呪力で出来てんだけど、君やこいつは呪力で構築されてないんだよね~。体の組成は一緒なのにね。なんなの? 反転術式で生まれた生のエネルギーに似てるけど」

「……それが、クーフーリンを、私達を消さない理由?」

 

 息を整え終えた藤丸が、軽薄な声音と言葉を交わす。男は顔の前で手を組んで、さらりと言ってのける。

 

「うん。正体不明のエネルギーじゃなかったら、君もこいつも構わず殺してたよ」

 

「―――っ!」

 

 マシュが動いた。

 

 円盾を大きく振りかぶって、十字杭による殴打を男に繰り出す。

 男はクーフーリンを下敷きにしたまま、ぼぅっと自分の膝で頬杖を突いていた。

 

(当たる!)

 

 そう確信したまま、マシュは杭を振り抜き――――――見えない何かが男と杭撃の間に挟まった。

 

「僕には触れらんないよ? 君との間にある『無限』がある限り」

「なっ……」

「気済んだ? ちょっとカマ掛けただけだーけ。僕は生徒想いのナイスガイで通ってんの。生徒と同い年のガキんちょに早々手は出さないさ」

「~~~っ、マスター! 直ちに離脱」

 

「私達のこと全部教えたら、私達の仲間を探すの手伝ってくれる?」

 

 切迫したマシュの声を遮って、藤丸は目を逸らさずに最強の男を見据え続ける。藤丸は頭ではなく本能で分かっていた。

 

 今この場で、武力において彼に敵う者はいないと。

 

 だからこそ、それ以外の所で負けないように、対等である気構えを固める。

 自分より遥かに強力な【英霊】と言葉を交わし続け、交流し続けてきた藤丸だからこそ、この短時間で男に気圧されることなく、条件を提示できたのだった。

 

 男は、藤丸のそんな瞳を興味深そうに見つめ返した。

 

「ふ~ん……面白いね」

「さっき青森って言ってた。それって呪術高専って組織は、日本全国に情報網を敷けてるってことでしょ? いなくなって、散り散りになった皆を探すのにうってつけ」

「北海道だけは別。あそこはアイヌ呪術連の管轄だから。でもそれ以外なら、大方君が言った通りだ。うん、いいね。細かい条件詰めとか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「バレてるって、ダヴィンチちゃん」

『うそぉ~~? なんでぇ?』

 

 藤丸は肩をすくめて、カルデアの通信機を起動させる。するとすぐに青い立体映像が投影されて、仰天してるダヴィンチちゃんが映った。

 

「おぉ、未来感」と感心してから男は、初めて藤丸達に名を明かした。

 

「五条悟。東京都立呪術高専の一年担任を務めるグッドルッキングティーチャーさ。惚れられても困るから、そのつもりで」

「藤丸立香。こっちの可愛い子はマシュ。私の後輩。大丈夫です、この二年くらい美形に囲まれ過ぎたから」

 

 こうしてカルデアと呪術高専、初の交渉の場が開かれたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 こうして濃霧に至る


今回の話で時系列は過去から現在へ、一章の先へ!
しこたま情報詰め込んで、次回からバトル書けるようにしました!





 

「へぇー【英霊】ねぇ。特定疾病呪霊の英雄バージョンって訳だ。え、じゃあそっちの、カルデアにさ、石田三成いる? 僕、けっこう好きなんだよね」

『うーん、残念ながらいないかなぁ。あっ、織田信長の霊基なら登録されてるけど?』

「うーん、あいつ髑髏で注いでくるから微妙だなー。やっぱ秀吉並みの気遣い欲しいよね。草履温めてくれるくらいのガッツ欲しいよね」

「待ってください⁉ 給仕前提で話が進んでいませんか⁉」

「五条さん、ノッブを挑発しないで! でないと大変なことになるから! ぐだぐだになるから! 具体的にはちびノブの大軍とかロボとかハニワが襲来してくる!」

「それほんとに信長? もうサブカルにいじられまくって原型残ってないよね織田信長」

 

 五条自身がフラットな態度のせいか、藤丸のコミュニケーション能力が異様に高いせいか定かではないが、打ち解けるのにそこまで時は掛からなかった。

 

 クーフーリン・オルタを強制退去させた後、藤丸とマシュ、五条は揃って床に腰を下ろし、ダヴィンチちゃん(映像)と話に花を咲かせていた。

 

『それでどうかな、五条悟くん? こちらの事情は概ね把握してくれたかな?』

「うん、大体ね。にしても、あれクラスが残り十九かー。僕が全部ふんじばって連れて来れたら良いんだけどね。生憎、多忙なんだ」

 

(逆に言ったら、忙しくなかったら本当にこの人一人で解決できそうだなぁ)

 漠然とそう思った藤丸だが、それは正しかった。

 

 続く五条の見立てでは、【英霊】……サーヴァントの等級は特級相当とのこと。ダヴィンチちゃんからキャスターやアサシンなど、正面戦闘が不得手なサーヴァントの存在を聞かされても、五条は「それでも1級クラス」と断じた。

 

「現状、今の生徒達でそのクラスとやり合えるのは、三人くらいか。それと……見込み有りな子が二人」

「サーヴァントと戦える生徒が三人もいるの⁉」と藤丸が目を剥き、

「いるよ。その内の二人、乙骨と秤は僕と並べる術師さ」と五条はニッと頬を持ち上げた。

 

 藤丸は平安京に生じた特異点での出来事を思い出す。

 生前の坂田金時や源頼光、そして渡辺綱など、生身の人間でありながら、サーヴァントと戦ってみせた豪傑達を。

 

 こちらの【呪術師】という存在は、その豪傑達と見比べても遜色ない。

 ……そう、藤丸は思っていたのだが。

 

「けどねー。呪術師って万年、人手不足でね。1級術師なら【英霊】とも戦えるかもしれないけど……どいつもこいつも僕と同じく多忙の身さ。すぐ動かせるのは生徒達だけど、まだ荷が重いかな」

「あの、先程仰っていた乙骨さんと秤さんという術師は?』

「乙骨は海外、秤は謹慎中」

「じゃあ、残りの三人は? 見込み有りの子含めた」

「東堂は京都校の生徒だから。僕の指示じゃ動かない。まぁ、僕が言えばあんま関係ないけどね」

『やっぱり君が呪術高専という組織のリーダーなのかい?』

「違うけど? 僕はあくまで一教師。組織には上層部が別にあるんだけど……これがマジ腐ったみかんの集まりでさぁ~‼ ほんと皆殺しにしたくなんだよねー!」

 

 あはは、とハツラツ笑顔で物騒なことを口走る五条。

 マシュはその態度と言葉のギャップにギョッとして、次に憂慮の表情を浮かべる。

 

「そ、そんなこと言って大丈夫なのでしょうか?」

「ん? へーきへーき。だって僕、最強だし。あっ、でも言っとくけど、上層部に君らの存在バレたら秒で死刑だから。話通じると思わない方が良いよ」

 

 突然の死の予感に、藤丸とマシュは固唾を呑み込んだ。

 五条の口調は基本、飄々としていて言葉に重みが無いのだが……不意に容赦ない冷たさの現実を叩きつけてくる。

 そして、これまでの口ぶりから判断すると、呪術高専も一枚岩の組織ではないようだ。寧ろ、個人最強の五条のおかげでパワーバランスが保たれていると考えても良い。

 

『肝に銘じておこう。――君とはずっとずっと仲良くしたいな♡』

「あっははー、ぶりっ子ポーズ! 良さ分かんねー!」

 

 見え透いた愛嬌を振りまくダヴィンチちゃんを、五条は一笑した。ピシッと固まるダヴィンチちゃんの笑顔。藤丸があわわと心配してると、

 

「まぁ、そういう訳だから、君達の目的に手伝えそうなのは……一年の虎杖悠仁と伏黒恵だ」

 

 五条は床に生徒達の資料をザっと並べた。

 

 見ると、虎杖悠仁・伏黒恵・釘崎野薔薇の東京校一年の三人は奥多摩の任務についているとのことだった。

 ダヴィンチちゃんはショックを引きずった様子のまま、資料に言及する。

 

『こ……この二人の少年がさっき言っていた見込み有りの子かい?』

「そっ。悠仁はこないだ交流会に乱入してきた特級呪霊を東堂と組んで撃退したし、恵は術式のポテンシャル的には、僕と負けず劣らずだ」

 

 即断即決。

 藤丸は資料から顔を上げて、鋭く口火を切った。

 

「よしっ! その奥多摩の任務、私達が手伝ってくるよ!」

「そうすれば心強い助っ人が付いてくれますね。よろしいでしょうか、五条さん?」

「構わないよ。こっちも古今東西、実力のある英雄との戦いは生徒達の経験値になるから。あ、そーだ。他の生徒達にそっちのサーヴァントを臨時講師として鍛えてくれないかな。真希やパンダはそろそろ等級上がっても良い頃だし」

『稽古ということかな? 良いとも。こちらで募集しよう』

 

 藤丸はこれまでにない進展ぶりに、胸の奥から安堵する。これまでのレイシフトで、ここまでスムーズに問題解決の道筋が作られたことがあっただろうか。

 

 いや、無い。

 いつだってギリギリ。

 その時その時の窮地を、多くの人々に、英雄に助けられてきた。

 

(五条さんに感謝しなきゃ)

 

 順調に進展する状況に、藤丸はマシュと顔を見合わせ、綻ばせる。

 

「はい、じゃあこれ。奥多摩の任務詳細。呪霊の情報と被害者の情報は要確認ね」

 

 そう言って、五条が任務の詳細を記した資料を藤丸に手渡した。

 藤丸とマシュ、そしてダヴィンチちゃんは奥多摩の任務詳細に目を落とした。

 

 

【記録――2018年9月24日。

 東京西多摩郡奥多摩町氷川周辺に濃霧が三度にわたり発生。

 発生した濃霧に呑まれた非術師数名、一般人数名の内、三名の女性の遺体を確認。

 遺体の損傷が激しかったものの、鑑定した結果、被害者は望月早織・立花明日香・川谷雫と判明。三名の被害者の共通項は①女性②子宮欠損。

 また濃霧に呑まれた一般人に事情聴取したところ、霧内部での記憶が喪失していることが判明。

 点在する霧の発生地点から、件の呪霊は『広域徘徊怨霊』として登録。術式の有無は今のところ不明だが、記憶に作用する術式であることが推測される】

 

「は?」

 

 無機質に綴られた黒文字が、藤丸の視界を狭く引き搾っていく。

 淡々と記された事実が、肌の産毛をざわつかせ、背筋から空白が走る。

 

「じゃあ、悠仁達と合流して、サクッと祓ってきちゃってよ。お手並み拝見させてもらうよ、カルデア」

 

 最初から最後まで変わらない五条の軽い言葉を、藤丸は受け止めることができなかった。

 

 ――――この4時間後、ノウム・カルデアは虎杖悠仁の協力を得て、呪霊ジャック・ザ・リッパ―の祓除を達成。虎杖悠仁・伏黒恵・釘崎野薔薇の救出保護を遂行し、五条悟との同盟を締結させた。

 





今回は一話しか更新できず、申し訳ありません。
実は、ずっとこの作品と同時進行で執筆してきたオリジナル作品を、なろう・カクヨムにて、初投稿させていただきました(ユーザー名は統一しています)

JK4人がヤクザとマフィア相手にイカサマ仕掛ける麻雀放浪記ならぬ『麻雀帰宅記』です。ご一読して頂けたら幸いです。

また5月3日にVtuberデビューすることとなりました! 21時から初配信です!
名前は作者名と同じ「ビーサイド・D・アンビシャス」です。
よろしければ、お話しましょう!(お手柔らかに……) 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 3人目の秘匿死刑


申し訳ありません。先週、「次回からバトル書きます」と言いましたが、頭の中のモノを掻きだしたら、もう1話だけバトルへのお膳立て回が必要でした。

明日の25時から、サーヴァントと1級術師のタイマンが始まります。
是非読んでください、お願いします……



 

 深く沈み込んだ意識は口を閉じることまで忘れさせる。しかし口内から溢れ、顎を伝う唾液の気持ち悪さによって、藤丸の目蓋がノロノロと持ち上がった。

 

「ふぁ?」

 

 深い熟睡によって、頭はぼーっと霞に包まれている。

 パシパシと瞬きを繰り返し、辺りを見回す。

 

 四方の壁をびっしりと埋め尽くす、呪印が刻まれた札。黄色い灯篭が正方形の室内を照らしているが、この光量では、真上に広がる、どこまでも昇っていけそうな闇を暴くことは叶わない。

 

 寝ぼけた頭でも、藤丸は何となく『深い井戸の底にあるような部屋』だなと思った。そうして熟睡が取り除いてくれた肩の疲労に気付いて、次は熟睡に至る前の記憶を思い出そうとして……

 

「あれ?」

 

 眠る直前の経緯が思い当たらない。

 

 そもそも藤丸とマシュは虎杖達と共に、補助監督の伊地知清隆の車で呪術高専に送迎されていたはずだ。確かに車内で眠気に襲われたが、抗えない程では無かった筈。

 

「ていうか……あれ?」

 

 口周りのべとべとした感触に不愉快さを感じ、またなけなしの乙女心から拭おうとして――――腕が動かないことを知る。

 

 というか、藤丸は部屋の真ん中の椅子に座らされ、後ろ手に荒縄で縛られていた。

 

「あっれーーーーっ⁉」

 

 身じろぎすると、ギッギチと霊験あらたかそうな荒縄と呪印の札が藤丸の腕を逃がさんと縛り付ける。

 

 熟睡から覚め、すっきりした頭の中がサァッと冷えていく。混乱することも「なにこれ」と動揺することもせず、藤丸は的確に自分の現況を把握した。

 

(――あ、まずいやつだコレ)

 

 場数を踏んで、肝っ玉はついた自覚はあるけれど、だからってこの状況を打開する力が藤丸にあるかと言うと、そんなものは皆無だ。毎度のことながら、打てる手が無い自分自身を歯がゆく思う。

 

「やっと起きたね、藤丸立香」

「っ! 五条さん!」

 

 飛んできた声の方向は正面。

 藤丸の椅子と向い合せに位置する椅子の背に、五条は顎を載せて座っていた。

 

 一気に、藤丸の喉元に疑問や言葉がせり上がり、渋滞を起こす。けれどそれらが飛び出る前に、五条はタッハーと笑いながら現状を端的に伝えた。

 

「君らの存在、上にバレちゃった。だから藤丸立花――――君の秘匿死刑が決定した」

 

 死刑。

 

 幾度となく命の危険に晒されてきた藤丸でも、ここまで無機質で機械的に降り注がんとする死の予感は感じたことがなかった。

 

 システムに殺される感覚が脳裏に重く圧し掛かり、

 

「――で、何を条件にして助けてくれたんですか?」

 

 意にも介さず、死の予感を他力本願に跳ねのけた。

 

 目隠しの裏で、五条が目を見開いた気がした。

 藤丸は安心した心持ちで、五条に微笑みかける。

 

「だって、死刑ならわたしが寝てる間にやった方がいいでしょ。

 前に言った通り、わたしには令呪がある。サーヴァントと隔離させたところで呼び寄せられるもん。なのにわたしが起きるまで五条さんは待ってくれてた。ていうことは、何か条件付きで死刑を引き伸ばしてくれたんでしょ?」

 

「……聡い子だね」

「ふふっ、ありがと。嬉しい」

「それにイカレてる」

「あーそれは嬉しくない」

 

「褒めてるんだよ? 呪術師ってのは多少のイカレ具合が必要だ。ねぇ、君さ、魔術師じゃなくて呪術師になんない? 向いてるかもよ?」

 

「買い被りだよ。わたしは、立ち止まれないだけ。……まだ自分の『答え』を見つけてないだけだから」

 

 瞳を伏せると、浮かぶのは激昂した狼人の相貌。

 

『――負けるな。こんな、強いだけの世界に負けるな』

 

 あの異端のヤガの言葉が胸にある限り、藤丸立香が立ち止まることは、絶対に無い。

 震える唇をキュッと引き結び――――最強の前で気丈に微笑んでみせた。

 

「――君も面倒な呪いに掛かってんだね」

「え?」

「なんでもないよ」

 

 五条は椅子から立ち上がると、藤丸の前まで歩いて来て、その場にしゃがみ込んだ。

 

「今回、上が測りかねているのは【英霊】の戦闘力とその制御。あの老人共は臆病でさ。【英霊】の戦闘力を危惧してるのさ。1級から特級相当の存在が少なくとも二十体以上。それに……君、奥多摩で自分の【英霊】祓ったんだって?」

 

「――うん」

 

「頼んだ身として心苦しいけど、まずかったね。あれで上層部はマスターとしての君の能力を疑った。【英霊】の制御が出来ていないって捉えたんだ」

 

「うーん、まずその制御って考えが違うんだけどなー」

 

 藤丸は首を傾げる。

 藤丸はこれまで一度だって、【英霊】達を、英雄を、怪物を、自分の制御下に置こうとしなかった。しかし、藤丸の考えは本来の英霊……サーヴァントとしての扱いとしては間違っているのだ。

 

 主人と使い魔。明確な主従が為されていれば、上層部も【英霊】を『藤丸立香を介して、制御可能な力』として扱えていたのだ。

 

「ってことは、わたしに見掛け倒しでもいいから『英霊を従えられる』ところを見せれば、死刑を免れる?」

「そゆこと。出来る?」

 

 五条に可否を問われ、藤丸はむーと唸る。

 

(事情を知ったら、大体の人は従ってくれると思うんだけど……AUOとかコロンブスとかがなー。我が強いからなー。でも令呪があるから、見せかけるだけなら……)

 

 そういう手合いのサーヴァントが怖いのは令呪を使った後なのだが、そこは目を瞑るしかない。

 

「出来ると、思う。それに今回みたいなことは、もう嫌だから」

 

 藤丸は自身の胸元を見下ろす。そこに抱きしめた銀髪の幼女の姿を思い描く。

 

(あんなことは――――もう二度と起こさせない)

 

 藤丸の意気込みを見て、五条は「その意気や良し!」と首を縦に振った。

 

「じゃあ、後は上層部に示すだけだ。【英霊】の戦闘力、その有用性を。ということで」

 

 小気味よい手拍子を打ち、五条は立ち上がる。そして藤丸の後ろに回り込むと、ガラガラと荷台に乗せたブラウン管テレビを押してきた。

 

(え? どっから出したの?)

 

 藤丸の疑問をよそに、五条はリモコンをテレビに向ける。プツンと電源がオンに切り替わる音が鳴り…………映ったのは、ローマの円形闘技場を連想する場所だった。

 

 コンクリート製のフィールドに対峙する戦士は、

 

「始めようか、大人な交流会」

 

 呪術界を牽引していく1級術師と、カルデアの英霊だった。

 




はい、バトルのお膳立ては整った。書くぞー!

でも、ここでご報告です。Vtuberデビューによる生活リズムの変化により、更新頻度を変更させていただきます。

金曜・土曜・日曜の25時を目途に、3日間で1日1話ずつ更新していくことにしました。

これからも、拙作の応援よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 失われた青春の1ページ

 五条は上層部にこう提言した。

 

 英霊の現界には、マスターの存在が不可欠。ならば、マスター藤丸立香の身柄を押さえれば、英霊達は下手な行動を取れない。

 

 だったら藤丸立香に『縛り』を課し、マスターを介して英霊達を手駒にすればいい、と。

 

『 ならば、示せ。英霊とやらの実力を 』

 

 英霊に1級~特級相当の力があるという見立ては、あくまで五条悟の主観によるもの。上層部は客観的で厳然な事実を求めていた。

 

「今年の交流会は個人戦やんなかったからさ。試合会場って、整備されたままほったらかしだったんだよ。後はもうとんとん拍子。いやー僕って先見の明あるよね!」

「なんのことだか分かんないんですけど?」

「はい、これ試合表」

 

(あ、この人答える気ないな)

 藤丸は悟りながら、五条が差し出した紙に目を通す。

 内容は個人戦の組み合わせだった。

 

 第一試合 東堂葵 VS フェルグス・マック・ロイ

 第二試合 七海建人 VS 刑部姫(おさかべひめ)

 第三試合 冥冥 VS シバの女王

 第四試合 五条悟 VS 織田信長

 

「どーしてこうなった!?」

「あ、英霊側の出場者はカルデアの人達が決めたよ」

「どーしてこうなった!?」

 

 二回叫ぶ藤丸。

 

 別に選出されたサーヴァントが見劣りするとかそういう訳では無いのだが、如何せん癖の強い者が多く、藤丸はダヴィンチちゃんの意図を疑った。

 

「まさか初手から制御できるか不安な方々が来るとは……」

「いやいや、今回はあくまでお互いの実力を見せるだけだから。制御できるかどうかは、今後の君の働きで見ていくよ。ささっ、のんびり観戦しよーぜ」

 

 そう言って、五条はあっさりと藤丸の荒縄を外す。

 意外そうに目を丸める藤丸だが、すぐに思い直す。

 目の前にいるのは、この特異点最強の呪術師。

 

(わたしがどんな状態でいても、そんなに関係ないか)

 

 言ってしまえば、五条悟に監視されてる時点でどんな拘束や監禁よりも効果を発揮するからだ。逆に彼がここにいる限り、藤丸の死刑が執行されることも無い。

 

 ここで何かアクションを起こすのは得策ではない。故に、藤丸は深呼吸でリラックスし、「ん~っ」と凝り固まった身体をストレッチで伸ばした。

 

「あ、そうだ。この機会にやってみなよ。呪力の捻出訓練」

 

 不意に五条が何かを放る。ワッと驚いてから、藤丸は放られたそれをキャッチ。それとは、鼻提灯を膨らまし、パンチンググローブを嵌めたクマさん人形だった。

 

「キモ可愛いぃ~~~~っ!」

「本当に可愛い? それ」

「でもわたしに呪力なんて……」

「まぁまぁ、やるだけやってみようよ」

 

 藤丸は首を傾げながらも、とりあえずクマぬいぐるみを抱っこして、ブラウン管テレビに視線を向ける。

 

 クマぬいぐるみはスピースピーと眠ったままだ。

 つまり――藤丸は無意識の内に呪力を流し込んでいた。

 

 五条はニヤニヤとその様子をほくそ笑む。

 

 呪力はストレス。一般人でも僅かな呪力なら、常に無意識に垂れ流している。その呪力の蓄積が呪霊を生むのだから。

 

 こうして藤丸は知らず知らずの内に、虎杖も行っていた呪力訓練をやらされていた。

 

 ただし虎杖の場合は映画だったが――――――彼女がこれから見るのは、カルデアの仲間と呪術師が戦い合う『大人な交流会』だった。

 

             ***********

 

 東堂葵は苛立っていた。

 

 3年最後の交流会。

 血沸き肉躍る、魂の独壇場は、襲撃した特級呪霊によって邪魔された。個人戦も今年は五条悟の気まぐれで野球に変わってしまっていた。

 

 それでも東堂は満足していた。

 

 親友(マイブラザー)虎杖悠仁との邂逅があったから。

 

 それだけで、東堂の魂は限りなく満たされていたのだが……こうして交流会の個人戦のフィールドに立たされると、思ってしまう。

 

 この場所で、親友(マイブラザー)虎杖悠仁としのぎを削り合いたかったと!

 

 【英霊】などと云う、どこの馬の骨とも知れない存在と競い合ったところで、何も満たされはしない。

 

 中途半端な刺激を受けた結果、東堂葵の魂は……不完全燃焼に陥っていた。

 

「――俺がここに来た理由。あの爺さんの指図を受けた理由が分かるか。過去の威光よ」

 

 間合いは、三間。

 約五メートル先に仁王で立つ戦士を、英霊を、東堂は『過去の威光』と断じた。

 

 その言葉の選択はある意味で正しい。

 

 サーヴァントはあくまで人理の影法師。英霊の座に記録された死者である。生前の、本物の英雄の一部分を切り取り具現化した存在。

 

 故に、東堂葵と対峙する英雄もまた、広義では紛い物に値するのだが。

 

「はっはっはぁ! 俺を捕まえて過去の威光とは! 豪気で精悍! 良い戦士になるぞ、少年よ!」

 

 そんなことは、この魔剣使いフェルグス・マック・ロイには些事であった。

 

 むしろ、英霊を過去の威光と評した東堂への興味に、糸目が輝く。

 

「分かるぞ。お前は人の指図を易々と受ける者では無い!」

「見る目はあるようだな。そうだ、俺がここに来た理由は唯一つ」

 

 ザッ! と利き足を一歩退く。

 

 鍛え抜かれた屈強な肉体から、ズズズズッ‼ と呪力が立ち昇る。

 退いた足は軸足となって、呪力で強化した剛力を溜めこんでいく。

 

「――過ぎ去ってしまった青春の一ページを埋めるためだ」

 

 交流会に参加できるのは3年まで。

 来年の交流会、虎杖は参加できるが、東堂は参加できない。

 親友との個人戦、その機会は永遠に失われた。

 青春時代に残した後悔は一生引き摺る。

 

「答えろ」

 

 その後悔を拭うに足る豪傑なのかどうか。

 東堂葵は、かの英雄の品定めを始めた。

 

         「 どんな女がタイプだ!!!? 」

 

 性癖には、当人の全てが反映される。異性、同性、対象は関係ない。

 己の愛を注ぐ対象がつまらない者であれば、その者自身もつまらない。

 そして東堂葵は、つまらない男を激しく嫌悪する。

 

 そんな東堂の価値観を知らないまま、フェルグスはその問いを受けて―――――――沈黙した。

 

「……答えられない、か」

 

 頬を伝う、一条の軌跡。

 涙が、地に落ち、散った瞬間。

 

 東堂葵の肉体は、放たれた一発の大砲の如く爆ぜて掻き消える。

 

 残念だよ、英雄。

 そんな落胆の言葉を置き去りにして。

 

 次瞬、蒼炎の砲弾と化した東堂の拳が、フェルグスの胸板に深々と突き刺さった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 拍手とは、魂の喝采!

 

 着弾した砲拳がフェルグスの厚い大胸筋を打ち据え、十二の肋骨繋がる胸骨体にまでめり込む。

 

 戦車の砲撃を想起させる拳圧は戦塵を巻き上げ、驚天の音階に達した打撃音が周辺一帯の大気を震わせる。

 

 それでも尚、拳の加速は終わらない。

 突き立った拳は更なる加速を見せて骨肉を侵攻し、フェルグスの巨躯を吹き飛ばさんと、東堂は拳を振り切り――――――

 

「すまない、少年」

「っ‼」

 

 拳は、腕はそれ以上前に進まなかった。

 胸板に突き立つ拳、その肘は伸ばし切ることなく、中途半端に曲がったままだ。

 

(なんと⁉ 動かん! 完全に止められた⁉)

 胸板に拳が突き立ったまま、微動だにせず、威力は封殺された。

 

 相手は、ただ立っていただけなのに。

 

 同じ学生に『化物』と称され、学生にして1級術師に達した東堂葵。その最大呪力出力の拳を――――フェルグスは仁王立ちのまま、受け切った。

 

「お前の問いに、俺は、答えられない」

「っ⁉」

 

 戦塵、晴れる。

 その先に広がる光景に、東堂は目を見張った。

 

 ケルトアルスターの英雄クー・フーリンの友にして養父としても知られる魔剣使い。

 豪傑なケルト戦士の筆頭である彼が――――苦渋の顔を浮かべていたのだから。

 

 あわや、東堂と同じく涙を流しそうな勢いで、フェルグスは額に手を当て苦悩する。

 

「タイプとはつまり……最も己が好ましく思う女体のことだろう? しかし……俺には、どれが一番かを決めることなど出来ん! 出来んのだ! なぜならば!」

 

 フェルグスは肩に載せていた、螺旋状の大剣――カラド・ボルグを、傍らの大地に突き立てる。

 

 そして、苦渋の末に導き出した答えを叫んだ!

 

 

    「俺は主に! 女が大好きだからだぁぁぁぁぁぁぁっっっっ‼」

 

 英雄の咆哮(こたえ)が、東堂の全身の肌を痺れさせ、五臓六腑を震わせる。

 

 瞬間、東堂はフェルグスの胸板の感触から―――――満点の夜空を垣間見た。

 

 女体とは、無限に広がる夜空。

 性癖とは、唯一つの綺羅星。

 大きさ、輝き、色彩。様々な要素はあれど、美しいことには変わりない。

 その美しさに、輝きに優劣をつけなければならない……そんな苦悶に、英雄は顔を歪めていたのだ。

 

(あぁ……なんてことだ。品定めだと? 後悔を拭うに足る男か、だと? うぬぼれるのも大概にしろ、東堂葵!)

 

 己の傲慢さに、憤懣やるかたない東堂。

 自分よりも大きな者を前にし、東堂という少年は、天を仰ぎ、滂沱の涙を流す。

 

 しかしフェルグスは未だに苦悩した顔のまま、己の趣味嗜好を吐露し続けている。

 

「いやしかし! 女体の柔肌も良いが、時には男体の逞しき筋骨も格別であって……」

「――――もう、充分です」

「む、そうなのか……なぜ泣く、少年?」

「どうやら私達は『師弟』だったようだ」

 

 東堂は涙を拭いもせず、拳を離し、一歩退いて構える。

 その目に失望の暗雲は無く、己が人生に新たな1ページが刻まれる興奮だけが輝いていた。

 

「胸を借りて、望ませて頂く! 師匠!」

「――うむ! その意気や良し!」

 

 フェルグスは考えることを止めた。

 そんなことよりも……少年の膨れ上がった戦意と高揚に充てられて、ケルトの血が狂騒する。戦士の本能が戦意を駆り立て、拳を固めさせる。

 

 英霊の中でも規格外の膂力がフェルグスの上腕を膨れ上がらせ、先端の拳を巌の如く固める。

 

「そら、行くぞぉぉおおっっ‼」

 

「来い! 師」

 

 言葉が、消し飛ぶ。

 

 下段から上段へ駆け登るアッパーが、東堂の水月ド真ん中を捉え……東堂葵はフィールドの遥か上空へと打ち上げられた。

 

(――――あぁ)

 

 ボプンッ! と口内から血潮が溢れ飛ぶ。

 

 青空の中へ誘われるように、東堂の体は山なりに吹き飛ぶ。

 師匠と定めた男の拳の威力は長い滞空時間を経て、ようやく東堂に落下を許す。

 落ち行く視界、遠ざかる青、やってくる地表。

 最大呪力で防御して尚、体内の最奥へと響く殴打の衝撃が、全てを物語る。

 英霊フェルグス・マック・ロイは、人間東堂葵に一切の手加減なき拳を与えてくれたのだと! 

 

(俺は今! 全身全霊で! この世界に存在している‼)

 

 退屈が裏返る予感。

 高みに果て無しと告げられた歓喜を鳩尾に感じながら。

 

 東堂葵はこの出会いに、拍手を送った。

 

 【不義遊戯(ブギウギ)】!

 

 視界が切り替わる。

 落ち行く体と螺旋の魔剣(カラド・ボルグ)が、入れ替わる。

 

 驚き、振り返るフェルグス。

 その尊顔に向けて、東堂は上体を捻り、左足を引き上げた。

 

 与えてくれた感激への、せめてもの返礼として撃ち出した左回転上段蹴り。

 そんな感謝の念に満ちた東堂の魂が、百万分の一の確率を呼び寄せた!

 

「――――黒閃」

 

 顔面を貫いた漆黒の輝光が、フェルグスの巨躯を横様に吹き飛ばした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 師弟決着

FGOと呪術のパワーバランスで、先週は試行錯誤して、し過ぎて投稿できませんでした。
申し訳ありません。


 フェルグスと東堂。

 テレビの向こうで結ばれた、英霊と人間の師弟関係の成就を目にした藤丸は、

 

「……なにを見せられてるんだ、わたしは」

 頬をひくつかせ、ドン引いていた。

 

 むさい男の余りに濃い性癖の告白は、幾ら変人なサーヴァントに囲まれてきた藤丸でも笑顔で受け付けることは出来なかった。だって藤丸も一応、乙女だから。 

 

 けれど一秒と経たない内に、その引き攣った頬を抱きしめていたぬいぐるみに叩かれた。

 

「いっったぁぁぁぁあーーーー⁉」

「おっ、初ビンタ。やるねぇ、悠仁はボッコボコだったのに」

 

 パァンと炸裂した頬を抑える藤丸。その横で抱きしめていた呪骸のぬいぐるみは『キャッキャッ』と手を叩いていた。

 

 今回の特訓呪骸は拳ではなく、ビンタタイプ。ひりひり赤くなった頬を擦りながら、藤丸はぬいぐるみを抱っこして、テレビに視線を戻す。

 

「今、カラドボルグと東堂……さん、入れ替わった?」

「葵の術式だよ」

 

 隣で観戦している五条が解説を加えてくれた。

 

 東堂葵の術式【不義遊戯】。

 相手と自分の位置を入れ替える術式。発動条件は、手を叩くこと。

 入れ替えの範囲は自分以外も可能なため、集団戦でも個人戦でも有効。

 

「さて、問題。不義遊戯の術式対象の条件とは何でしょう?」

「えぇと……」

 

 藤丸は目を細めて、旧型テレビに映る東堂とフェルグスの殴り合いを見つめる。

 東堂が繰り出した黒閃の回し蹴りは確かにフェルグスの口を歪ませ、体躯を吹き飛ばした。しかし、フェルグスはすぐに態勢を立て直し、再び仁王立ちで手招きする。

 

 歓喜の表情で東堂は飛び掛かり――――後ろ手で何かを真上に放り投げたのを、藤丸は見逃さなかった。

 

 東堂の右肘撃にフェルグスは前腕で受けようとした瞬間、東堂の姿が掻き消える。

 

 フェルグスは眉を困惑に吊り上げ――――ドズンッ‼ と、背中に突き刺さる肘撃に顔を歪めた。最初の拳打よりもキレのあるエルボーに、フェルグスがたたらを踏む。

 黒閃を経て、東堂の潜在能力が120%引き上げられた影響だ。

 

 しかし、藤丸が重視したのは、上昇した攻撃の威力では無い。

 

「……呪力とか魔力つまり何かの力が籠った人や物?」

「おっ正解~。正しくは『一定以上の呪力』があれば生物無機物問わず入れ替えできる。よく分かったね」

「最初の時点で、生き物に限らないのは分かるから」

 

 この特異点での呪術において、呪力を物に籠めることは珍しくない。それがこっちの呪術を分析した玉藻の前や紫式部の見解らしい。

 

 それを聞いていたからこそ藤丸は、東堂が呪力を籠めた石ころを、フェルグスの真後ろに放り投げて、位置の入れ替えを行ったことを見破れた。

 

 仕組みを理解したからこそ、藤丸は、とある疑問を浮かべた。

 

(なんで東堂さんはフェルグスの位置を替えないんだろう?)

 

 そう思っていたら、すぐに師弟の殴り合いに変化が訪れる。

 

 ――入れ替え先を予測して放ったフェルグスの剛拳が、東堂のわき腹にめり込んだ。

 

 ガードした腕ごと押し込み、フェルグスは剛腕をぶん回す。

 サッカーボールのように吹き飛ぶ東堂。口端から溢れる血潮。しかし口端の歪みは直らず東堂は白目を向いたまま……パンッ! と手を叩く。

 

 位置の入れ替えが起こり、彼方まで飛ばされかけた東堂の身体はフェルグスの眼前に移動。ゴギン! とフェルグスの鼻面に膝蹴りがぶち込まれる。

 

『――――見事だ、少年。だが』

 

 テレビの向こうで、フェルグスは破顔していた。

 ケルトの戦士と戦り合ってる時のような高揚を浮かべている彼を見て、藤丸は微笑む。

 愉しそうだなぁ、と。

 

『もう、眠れ』

 

 バンッ! とフェルグスが両の手の平を叩きつけ、五指を組み合わせる。二つの剛拳が一振りの鉄槌に変貌し――――浮かび上がっていた東堂を打ち沈めた。

 

 ステージに亀裂が迸る。剛打の風圧が破塵を巻き上げる。その台風の如き拳圧の中心で、東堂はうつ伏せのまま、ピクリと起き上がらない。

 

 三撃目にして、一級術師は最優のサーヴァントの前に沈んだ。

 元よりフェルグスが本気で放った、最初の一撃。

 

 あれで東堂葵の意識は既に刈り取られていた。空っぽの東堂を動かしていたのは…………感動に即した戦意と、師の前で無様を見せまいとする弟子の意地だけだった。

 

 ぢん! と鼻血を噴き出させ、フェルグスは親指で赤く濡れた鼻下を粗雑に拭う。

 

『俺の位置を入れ替えれば、二撃目はいなせただろうに。あくまで入れ替えは自分だけに留めたな』

 

 藤丸の疑問を、知らない内にフェルグスは応えていた。

 

 東堂が術式を行使したタイミングは、次の攻撃の布石と自分が吹き飛ばされた時。

 

 次の攻撃のために入れ替えを行ったのは、真っ向から殴りかかっては歴戦の戦士たるフェルグスに一撃も入れられないからだろう。そして自分が吹き飛ばされた時に入れ替えを行った理由は……少しでも拳の応酬を続けるため。

 

『久方ぶりに拳で語らう楽しさを味わえた。感謝するぞ、少年』

 

 フェルグスもまたこの良き出会いに、歯を見せて豪快に笑った。

 

 

 呪術高専・カルデア交流試合 

 第一試合 東堂葵 VS フェルグス・マック・ロイ。

 勝者――フェルグス・マック・ロイ。

 




呪術廻戦にある程度合わせて行かないと、物語が作れないので、実際のFGOの設定を表現できない部分もありますが、その部分も試行錯誤しながら、後々表現していくつもりです。

見守っていただけるとありがたいです。引き続き頑張りますので、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 休日出勤はクソだ

 七海建人は憂鬱だった。

 

 前提として、一級術師は多忙の粋を極める。

 呪術高専京都校・学長の楽巌寺曰く『一級術師こそ呪術界を牽引していく存在』だ。

 任務の危険度・抱える機密事項・俸給は準一級以下とは比較しようも無い。

 

 故に、一級術師は基本的にひっぱりだこだ。

 

 そんな中、訪れた数少ない休日。

 何をする訳でもない。読めていない本を読み、趣味の酒を嗜み、自炊で腹を満たす。

 別段、任務から帰宅してからやることと変わらない。

 

 けれど『休日』という甘美な響きと何でも詰め込める空白の時間に、七海の胸中は少しだけ晴れやかになっていた。

 

 少々凝った料理に挑戦しても良いだろうか。

 そう思ったか否かは定かではないが、兎にも角にも

 

『ナナミー、明日空いてるよな? ちょっと頼みがあるんだけどさー』

 

 五条の連絡によって『休日』は泡沫の夢と化した。

 

「休日出勤はクソだ」

 

 そして現在、七海は高専敷地内の森の中にいた。枝葉の天蓋を仰いで、重い重いため息を吐き切ると、気だるげに歩みを始める。

 

 七海は憂鬱だった。

 

 突如として現れた特級相当の存在【英霊】。

 それらを唯一従えられる【マスター】。

 

 そして今、七海は【英霊】の有用性を証明するための当て馬として、秋口に差し掛かる森の中を駆け回っている。

 視界の端に流れる木々や茂みを高速で見送る。

 枝葉の隙間、茂みの揺らめきをつぶさに観察し――――ひらり、と白紙の折り鶴を捉えた。

 

 捉えた視界がすぐさま折り鶴の長さを線分し、7対3の比率点に弱点を作り出す。

 握りは緩く、衝突の瞬間だけ鉈の柄を強く握る。ひらひらと捉え辛い筈の折り鶴目掛けて、七海の鉈が振るわれ、比率点に叩き込まれる。

 

 折り鶴はその鶴翼の根元を断たれ、音もなく墜とされた。

 七海は面白くもつまらなくもないといった表情でしゃがみこみ、両断した鶴の折り紙を拾う。

 

(他の鶴達とは動きが違った。偵察、か)

 

 クシャリと折り紙を丸め、紙ごみにしてから放る。

 次の手がかりもとい折り鶴を探そうと、七海は首を巡らせた途端――――数十匹の折り鶴の嘴が、弾丸の如く迫り、七海のサングラスを白に染め上げた。

 

 突撃折り鶴の群れが枝葉の天蓋を吹き飛ばし、森の一角を土塵と轟音を響かせた。

 

「……やった、か?」

 

 木の陰からひょっこり顔を出し、折り鶴がもたらした破壊の痕跡を遠巻きに見つめる刑部姫。生唾を呑み込み、目を瞑って手のしわとしわを擦り合わせる。

 

「お願いもうやられて気絶してて原稿まだなのさっさと終わらせたいのだからお願い【鬼さん】気絶しててお願いだからぁぁぁぁーーーーーー!!」

 

 ――傍らの木の幹に炸裂する、7対3の比率点。

 幹の途上でへし折られた大木がべきべきと断面を広げ、自重によって傾いていく。間近で感じる大木の倒壊音と地響きに、冷や汗だくだくの刑部姫が顔を上げると……。

 

「えぇ、そこはあなたと同意見です。さっさと終わらせましょう」

 

 重いため息を吐きながら、こめかみをひくつかせる28歳成人男性が立っていた。

成人男性……七海は髪を掻き上げると、呪符に包まれた鉈の切っ先を、刑部姫の鼻先に突きつける。

 

「今から【タッチ】しますので――――避けないでくださいね」

 

 七海は一つの単語を強調して吐き出すと、鉈をブォンッ! と一旋。

 振り上げた鉈を一息に振り下ろした。

 

「ぴぎゃぁぁぁアアアーーーーーーーー‼‼⁉」

 

 姫らしさをかなぐり捨てた、刑部姫の悲鳴が森中にこだました。

 

 呪術高専・カルデア交流試合

 第二試合 七海建人 VS 刑部姫

 競技内容――『隠れ鬼ごっこ(ハイドアンドシークタグ)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 戦わない・働かない・媚びないがモットー!

「お、おっきーが戦ってくれてる! 締め切り間近の筈なのに! きよひーに焼かれるかもしれないのに! わぁぁぁぁぁーーーーーおっきぃぃいいい!」

「何でそんなに感動してんの?」

 

 悲鳴を上げながら逃げまどう刑部姫の姿に、藤丸は感無量で滂沱の涙を流した。

 

 隣で見ている五条には分かるまい。

 戦わない・働かない・媚びないがモットーの英霊、生粋のひきもりである刑部姫(おっきー)がまず参戦していることすら奇跡なのだと。

 

 交流会の組み合わせを見て、一番不安だった彼女が無事に出場していることに、藤丸はこれ以上ない程に胸を撫で下ろす。

 

「ありがとおっきー‼ 負けるなおっきー‼ 逃げて逃げてひきこもれぇぇーーー‼‼」

「それどういう声援?」

 

 五条が首を捻るが、藤丸は構わず腕を振り上げて刑部姫を応援する。

 その感涙に濡れた藤丸の頬っ面ごと――――ぬいぐるみの呪骸がまた引っ叩いた。

 

「ぷぺぇ⁉」

「ほらほら、感情が乱れてるよ。呪力を一定に」

「もぉっ! もぉおおおーーーーー!」

 二度目のビンタを経て、とうとう藤丸は苛立ちMAXでぬいぐるみを叩きつけた。

 

 はぁはぁと肩を上下させるが、渋々とぬいぐるみを抱っこする藤丸。しかし最早抱っことはいえず、首を絞めてるとしか思えない抱きしめ方に変わっていた。

 

「でもなんで、急に隠れ鬼ごっこ? わたしてっきり交流会の試合って一対一の戦いかと思ってた。天下一武道会みたいな」

「タイマン4連続なんてつまんないっしょ。それに元はと言えば、君んとこの英霊のせいだよ? ほら最後、バキバキに会場割っちゃったじゃん」

 

 あっ、藤丸は声を上げた。

 

 第一試合の最後、フェルグスは東堂を気絶させつためにステージに叩きつけたが……確かに全体に亀裂が走るほどステージは大破していた。

 

「まぁ、隠れ鬼はカルデア(向こう)の提案なんだけどね。僕としても、ただ戦うだけじゃ面白くなかったから丁度良かったよ」

「……あー、分かっちゃったわたし」

 

 藤丸は目を泳がせて、カルデアで行われたであろう打ち合わせを推測した。

 

おっきー『戦いたくない! ヤダ!』

ダヴィ 『大丈夫、誰も戦えなんて言ってないよ』

ホームズ『そうとも。向こうが譲歩してくれてね。ゲームで勝敗をつけると約束してく

     れた』

おっきー『げ、ゲームで? ほんとに?』

ダヴィ 『あぁ、本当だとも。君も長い間、缶詰作業でそろそろ娯楽が欲しいところ    

     じゃないかな?』

 

(って、おっきーを騙したんだろうなぁ……)

 

 流石にこんな簡単に刑部姫が騙されたわけではないだろうが、そこは深謀知略に長けたホームズとダヴィンチちゃんだ。藤丸の想像を超えるブラフで、刑部姫を試合に引っ張り出したんだろう。

 

「いやぁ、にしても絵面ヤバいね!」

 

 五条が手を叩いて、テレビに映る第二試合の様子を爆笑する。

 

 形勢は、【鬼】の七海が追いかけ、刑部姫が全力で逃げ回っていた。その様子に見覚えを感じた藤丸はふと考えこみ……とある映画のタイトルを口にした。

 

「あっ、ター〇ネーターっぽい」

 

 

     *****************

 

 

「――こんにゃろぉぉーーー‼ これでも喰らえぇ!」

 

 スキル【千代紙操法】を発動し、刑部姫は振り向き様に攻撃用の折り鶴を乱射した。

 先程の弾丸のような軌道と異なり、木の幹を縫い、枝葉を抜けて、自由自在な軌道で折り鶴達が七海を攻め立てるが……。

 

 鉈を握る手が唸りを上げる。

 四方八方に斬円が吹き荒び、七海の鉈が折り鶴をあっさり叩き落とす。

 歩を緩めず、無表情のまま、七海は刑部姫を追いかけ続ける。

 

 淡々と、ズンズンと、攻撃をあしらい真っすぐに追跡してくる。

 

「えぇぇぇぇ⁉ ちょっ、ちょっとは止まってよ、もぉぉおおおーーーー!」

「こちらの台詞です。あなたも乗り気では無いんでしょう? 大人しく立ち止まって頂けたら、すぐ終わります」

「鉈振り回しながら、そんなこと言われても! 終わるの鬼ごっこどころじゃ済まなそうなんだけどぉぉおぉーーーー⁉」

 

 はひっはひっと息が苦しくなってきた刑部姫は【千代紙操法】で移動用の折り鶴を作成。ローラースケートのように片足を折り鶴に乗せて、低空飛行を始めた。

 

 一気に機動力を得た刑部姫は七海との距離を引き離した。

 

「はぁはぁはぁ……何あの人⁉ 怖っ! 下手なホラー映画より怖い!」

 

 鉈を片手に、着々と追い詰めてくるサイボーグを思い描いた。

 そもそも刑部姫は第一印象から七海には近寄りがたい空気を感じていた。

 ヒエラルキーの壁というか社会性というか自分の根本を言い返しようのない正論で否定されそうな感覚。

 

「あれっ、なんだろ鬼ごっこ関係なく姫あの人苦手」

「奇遇ですね、私も苦手です」

 

 抑揚のない、平坦な声が刑部姫の背筋をビクンと正す。

 振り返る……までもない。

 

 ザザザザザザザッッッ‼‼ と茂みを掻き分けて爆走する七海が、移動用折り鶴とぴったり並走していたからだ。

 

「――――子どもを相手取るのは」

 

「うひぃぇあああああああああああーーーーーー⁉」

 

 バォンッ‼ としゃがみこんだ頭上で空気が抉られる音が聞こえた。

 恐怖心に素直に従った刑部姫は折り鶴から飛び降り、ゴロゴロゴロと大地を舐める。

 

「べうっ」

 

 木の根元にぶつかり、回転が止まる。刑部姫はすぐさま腹這いから上体を起こして……重いため息と鉢合わせた。

 

「今度こそ、【タッチ】でよろしいでしょうか」

 

 七海は膝を汚し、鉈を握ってない方の手の平を、刑部姫の眼前に見せつけた。

 姫の薄い唇が引き結ばれる。

 

「なんで今……さっきまで遠慮なく鉈振ってきたのに」

「あなたがあの折り鶴で防御するからでしょう」

 

 そう言われて、刑部姫ははたと気づく。

 何度も攻撃(ちょっかい)をかけては追い詰められ、寸でのところでいつも防御してきた。だが、七海が鉈を振るってきたのは、いつだって刑部姫の防御態勢が整っている時だけだった。

 

 今、転ばされ咄嗟に起き上がったばかりの刑部姫では、千代紙を作り出すこともできない。

 

 だから七海は素手を突きつけ、静かに制圧したのだ。

 

「今度は私から質問です。どうして仕掛けてきたのですか? 正直な話、攻撃さえ無ければ私はあなたを見つけることはできませんでした」

 

 スキル【気配遮断(陰)】で隠れ続け、【千代紙操法】で七海の動向を索敵。

 

 この行動方針を徹底すれば、七海は森の中で途方に暮れるしかなかったのだ。

 

「それは……【鬼】を攻撃できるってルールがあったから。やっつけちゃえば早く終われるでしょ」

「ゲームを早く終わらせるなら、この方法でも良いでしょう」

 

 刑部姫の顔にかざした七海の手の影が濃くなる。

 俯く刑部姫。

 その表情は濡れ羽色の髪に隠され、七海からは伺えない。

 

「攻撃・防御・索敵。あなたの折り鶴の式神はかなり万能です。充分、あなたという【英霊】の有用性は示せたかと」

 

 七海の言う通り、現時点で交流会の目的は果たせている。

 この試合で重要なのは勝敗ではなく、【英霊】の有用性の証明だ。

 これ以上、刑部姫が戦う理由は無い。

 

「――降参を。私には、子どもであるあなたの安全を優先する義務があります」

 

 そう言いながら、七海は腰のホルスターに鉈を納めた。

 それは『傷つけない』という何よりの意思表示。これ以上、試合を長引かせる必要も抗う必要も無いという言外の言葉だった。

 

 黒髪の帳が、刑部姫の相貌を隠し続ける。七海は、その帳の向こうにある顔色が見えずにいたが――――見えずとも、姫の意思が伝わる。

 

 刑部姫は押し黙ったまま、ゆっくりと頭を振ったから。

 

「別にさ、姫は他の女英霊と違って、歳とかそんな気にしないけどさ」

 

 サングラスの奥の瞳が見開かれる。

 刑部姫の言葉に……ではない。

 

 刑部姫を中心として四方に輝き伸びる緑光に、目を見開いたのだ。

 

 そしてこの光が、七海を始めとした呪術師にはあずかり知らぬところで――――高専の森を『姫路城の地相』という概念に上書きしていた。

 

【四神地相・白鷺】発動。

 

 刑部姫を姫路城の主として扱い始めた周囲の大地が、彼女に力を注ぎ与える。

 

「――――流石に、貴方に子ども扱いはされたくないっ!」

 

 華奢な両腕を突き出す。

 

 拒絶の意思が込められた掌底打が、七海の胸筋を押し込み…………呪力で強化されている筈の七海の体躯を力任せに吹き飛ばした。

 

 想定外の膂力に、七海はダメージよりも驚愕に支配される。

 

「戦わない・働かない・媚びないがモットーの姫だけど。それでも例外ってものがあるの! 例えば……姫を必要って言ってくれた人に、『降参する』なんてみっともないところ見せられない時とか!」

 

 【四神地相・東方】で筋力強化した刑部姫は、薄い唇を開き、歯を噛み締め、キッと目を細める。七海は木の幹に強打した肩の調子を確かめるために、腕を回す。

 

「そんじゃまビシバシやって、ビシバシ引っきこもろぅか」

「……引きこもりなんですか、貴方?」

 

 七海の眉間に、僅かにしわが寄った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 大人と子供の定義


すみません、昨日の夜間に合わなかった……



 呪術高専・カルデア交流試合

 第二試合 『隠れ鬼ごっこ(ハイドアンドシークタグ)』のルールは三つ。

 

 ・【鬼】が何らかの理由で追跡能力が失われた時、ゲームは終了。

  逃走者の勝利とする。また【鬼】の追跡能力喪失について、逃走者は如何なるペナ

  ルティも発生しない

 

 ・逃走者は【鬼】に発見された場合、5分間の隠伏行為を禁ずる

 

 ・ゲーム時間は無制限

 

 七海の血管を浮かび上がらせ、刑部姫が頭を悩める理由は、三つ目のルールにある。

 

 ――ゲーム時間は無制限。

 

 さっさと試合を終わらせたい両者にとって、悪魔が過ぎるルールだ。

 

 早期的にゲームを終わらせる方法は、二つ。

 一つ、刑部姫が七海の追跡能力を失わせる(気絶)

 二つ、七海が【鬼】として刑部姫を捕獲する

 

 聞けば、このゲームもといルールを設定したのはカルデア側だという。

 もし、このルールを作った人物と出会ったなら……七海は皮肉の一つや二つは言いたい気分だった。

 

「用意された勝ち筋が細すぎるんですよ」

 憎たらしい程のゲームバランスに、七海の眦に忌々し気なしわが寄る。

 

 もしもゲーム時間が有限だった場合、七海は刑部姫の姿を捉えることすら出来ない。

 

 影に潜り、万能の折り鶴で居場所を常に特定されて、制限時間いっぱいまで気配を消される。

 

 刑部姫が攻撃(ボロ)を出したのは、【鬼】の気絶こそがゲームを終わらせ、かつ自身が勝利する唯一の方法だったからだ。

 

 そのおかげで今、七海は刑部姫を発見し……隠伏行為を禁じられた刑部姫を追いかけられるのだから。

 

 

「やぁぁぁーーー‼ 来てるぅうーー‼ なんで⁉ 姫、いま敏捷ランク上げてるのに⁉」

「……先程の威勢はどこへ行ったんですか」

「そんなもの! 姫の見せ場が終わった時点で、こたつに帰ったわ!」

「意味が分かりません」

 

 一転した刑部姫の態度に、七海はため息が止められない。

 なぜ乙女走り(それ)でこけないのか不思議だが、刑部姫は先程よりも数段上の速力で、なんとか七海に追いつかれずにいる。

 

(あの緑色の光。あれの後、明らかに彼女のフィジカルが上昇した……)

 

 それでも鍛え上げた肉体を更に呪力で強化した1級術師と、スキル【四神地相・西】で強化しただけの引きこもり英霊では、地力が違う。

 

 腕を伸ばせば、ギリギリ指先が届きそう。

 そんな距離になるまで刑部姫を追い詰めながらも、七海が捕獲(タッチ)できない理由。それは—————腰のホルスターに納められた鉈を抜けない理由と重なっていた。

 

「いっけぇーーーーー‼」

 

 息が苦しくなって顔を上げただけに思えた刑部姫が、空に叫ぶ。

 すると枝葉に紛れていた白紙の鶴の奔流が七海を呑み込んだ。

 

 肌に小さな切り傷ができる、その程度の攻撃力しかない折り鶴。

 全身を呪力でガードすれば余裕で防げるが、その真意は追跡の妨害だ。

 

「ちっ!」

 

 こそばゆい折り鶴の連撃に、七海は苦々しく舌を打つ。

 

 刑部姫が隠伏行為を禁止された5分間、今こそが七海の唯一の勝ち筋。

 対して刑部姫はこの5分を乗り切れば良い。

 そしてまた七海の気絶を狙って攻撃する。

 

 

「――イタチごっこですよ」

 

 

 七海が鉈を抜き放つ。

 

 一体一体が細かい郡体に、【十劃呪法】は相性が悪い。

 故に、七海は鉈に呪力を多めに注ぎ、力任せにぶん回す。

 

 奔流の内部で荒れ狂った暴風が弾け、折り鶴が紙片と散る。

 七海はパラパラと降り注ぐ白い雨の中に踏み出る。

 視界を巡らせると、そう遠くない――5メートル程先の位置で、刑部姫はぜぇぜぇと四つん這いになっていた。

 

「ご、5分きっつぃ……も、もぅ走れなひ」

 

 引きこもり生活か原稿生活のせいか。ともかく5分間の全力疾走は刑部姫の心肺には酷過ぎた。

 

「もう辞めにしませんか」

 

 七海が一歩踏み出す。

 

 刑部姫が力なく腕を振るうと、数羽の折り鶴が弾丸特攻するが――――七海の鉈を握る腕が消える。そして彼の背後で、はらりと墜落する折り鶴達。

 

「あなたの攻撃力では、私を気絶させられません。かといって、あなたに逃げを徹底されたら、私には打つ術がない。この茶番(ゲーム)も永遠に終わらない」

「い、いや……貴方が手加減しなきゃ良いだけじゃない。さっきだって、その鉈でタッチすれば届いたのに」

 

 息を整えて、刑部姫は諭してくる七海に反論する。

 鉈を握れば、リーチが伸びる。普通に手を伸ばしてギリギリ届かないなら、鉈でリーチを補強すれば良い。

 

 それをしなかった理由は、やはり先と同じ。

 

「それはできません。

 何故なら、私には、子どものあなたの安全を優先する義務があります。

 味方(労働力)になる予定の人材を傷つける馬鹿がいますか」

 

「なんか不穏なカッコが見えた⁉ いやそれより! なんなの、姫のことさっきから子ども子どもって! だから違うって! 何だったら、姫、あなたより長く生き」

「長く生きたかどうかは関係ありません」

「な、なら社会経験か‼ やっぱりそこでマウント取るんだ、この脱サラ呪術師ぃー‼」

「その呼び方やめてください、誰から聞いたんですか。そこも関係ありません。何故なら労働はクソだからです。あなたと私の差異は、それを体感したか否かに過ぎない」

「あれ~~~? 何だろう、この敗北感。『働きたくない』って所は同じはずなのに、重みが全然違う……」

 

「貴方が英霊であること、人ならざる長命だったとしても、私にとってあなたは子どもです。カセットテープを知らない世代が出てきた、日に日に生え際が後退してきた――――そういう小さな絶望が、人を大人にするのです」

 

 疲労困憊、どちらも勝敗を決めきれないイタチごっこの状況、それでいて尚……少女の目には、勝機を探る光を宿していた。

 

 勝敗と生死が重なっていないのなら、勝負などある程度の諦観で締めるべきなのだ。

 ゲームの勝ち負けに熱くなる。

 これを子どもと言わずして、何と言う。

 

「もう一度だけ忠告します。降参してください。それが互いのためで」

 

 

 

『――――四方を護りし清浄結界』

 

 

 

 降伏勧告を紡ぐ口が、閉じられる。

 額から玉のような汗を流す少女、そこから立ち昇る【神性】が、一節一節重ねる度に増していく。

 

『こちら幽世覚める高津鳥、すなわち私は八天堂。百鬼夜行の刑部姫……』

 

 七海の奥底に眠る、人間の本能が叫ぶ。

 人によっては一生感じることのない、本能の警告。

 ――――人智では到底及ばない【神秘】との相対。

 

 七海は右足を引き、大きく半身を切った。刑部姫の反撃に供え、急所が集まる正中線を正面から外す。

 

 その身に刻まれた生得術式が即座に起動。

 視界に捉えた少女に、7対3の比率点が発生。

 脇に差し込まれた鉈がボッ‼ と引き抜かれる。

 居合の如き一閃が、刑部姫の体躯に創り出された比率点目掛けて駆け抜けた‼

 

 

 

       『  千代に八千代に煌めいて‼  』

 

 

 

 

 刑部姫の溌溂とした詠唱が完了した刹那――――土中から湧現した白鷺の城郭が、七海の一閃を弾き返した。

 





最近、平行して書いてる一次小説でてんてこ舞いです。
週3更新、まもれてなくてすみません。

今日の深夜、出来たら2話目上げます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 大人げない


書けなかったよ……

やっと書けたよ……眠い、眠いよパトラッシュ


「はぁーーーーーーー‼ やっぱり実家が一番落ち着くわぁ~~~~‼」

 

 宝具で再現した仮の姫路城(実家)でゲームもペンタブもマンガも無いが、それでも長年引きこもってきた安寧の空間に、刑部姫は溶けるように寝転んだ。

 

「最初っから、こうしておけば良かったんじゃーーん。もう無駄に走りまくって疲れたぁ~」

 

 刑部姫には七海を気絶に追い込む火力が無く、七海には刑部姫を捕獲できる程の索敵能力が無い。互いに決め手が欠けたイタチごっこ、永遠ループの鬼ごっこ。

 ならば反則技(バリア)を使えばいい。

 

「これで私には触れられないし、壊せない」

 

 城に籠ることは隠伏行為ではなく、あくまで防御行為なので5分間の制限も気にする必要は無い。向こうの呪力が尽きるまで引きこもるか、向こうが降参するまで引きこもるか。

 

 どちらにせよ――――刑部姫にとっての最善はやはり『引きこもる』ことだった。

 

「人に降伏を勧めるということは、自分も降伏することを覚悟するということなのよ、ナナミ――――ン‼」

『その呼び方、誰から聞いたんですか。引っ叩きますよ』

「うひぃあ⁉」

 

 刑部姫は仰向けから飛び上がり、城の外を飛行させている折り鶴の視界(カメラ)を覗き込む。鉈を弾き返された七海は姫路城の前で棒立ちになって、見上げていた。

 

『英霊というのは……何でもありなんですか』

「あー、まぁ割と。で、どうする? 降参する? ここだったら、姫は幾らでも引きこもれるよ。少なくとも普通の人が代替わりするくらいの時間までは余裕☆!」

『健全とは言い難い生活ですね……それに付き合わされるのもごめんです』

 

 七海は秋の青空にそびえる姫路城を仰ぎ見ながら、長くため息を吐き――――ネクタイを外す。

 

(え? なに? 何する気?)

 

 モンキーが人に敵わないように、城に立ち向かう人間などいる筈無いと高を括っていた刑部姫。そんな彼女を置いて、七海はネクタイを拳に巻き付ける。

 

『……休日出勤。五条さんから聞かされた勤務時間は2時間ほど』

 

 聞いてて心が痛くなる刑部姫。

(休日返上で森の中で鬼ごっこって……そりゃ早く終わらせたいよね!)

 しきりに七海が降参を勧めてきた理由にようやく得心がいく。

 

 城の中で共感されてることも露知らず、城の外にいる七海は腕時計を確認した。

 

『――――残念ですが、ここからは【時間外労働】です』

 

 

 瞬間、七海の体躯から蒼炎の火柱が立ち昇った。

 

 

 いや違う。

 自ら呪力を半減させる【縛り】によって底上げされた莫大な呪力が今この時をもって解放。間欠泉のように勢いよく、噴き出した。

 

「いぃっ⁉」

 

 姫路城内部にいて尚、伝わってくる呪力の威圧感に飛び上がる刑部姫。

 

「あんなのサイヤ人じゃん⁉」

『私の術式は対象を千分した時、7対3の比率点を強制的に弱点とします』

 

 刑部姫の言葉を無視し、術式の開示で更に術式効果を引き上げる。

 ザッ!ザッ!ザッ!ザッ! と、開示を進めながら、七海は姫路城の城壁へ近づいていく。

 

『そしてこの術式の対象は――――生物以外にも有効です』

「え? え、え、え、え、嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ⁉」

 

 刑部姫はバタバタと足を滑らせ、天守閣の天窓から身を乗り出して七海を見下ろす。

 

 美しき白鷺城の壁の前で、七海は拳を構える。

 脇を絞り、腕を引き、顎を噛み締め、

 

 

 

    【 十劃呪法・瓦落瓦落 】

 

 

 

 一撃粉砕の鉄拳を、堅牢な防御型宝具に叩き込んだ。

 バギギギギギギギギンッッ‼‼ と白磁の城壁が砂糖菓子の如く粉々にひび割れた。

 拳撃の爆心地から波状した亀裂に、呪力が迸った。

 

「ひゃん⁉」と振動が天守閣を揺らし、刑部姫は天窓からゴロゴロと転がされる。

 

『このまま――引きずり出します』

 

 ひきこもりにとって、呪いの言葉を吐きながら、七海は二発目の鉄拳を構えた。

 

(まずいまずいまずいまずい‼⁉)

 

 刑部姫は城壁にスキル【変化】を発動させて、魔力を集中。

 城化物としてのスペックを防御に全振りし、七海の拳に備えようとしたが、

 

「あれ? なんで? 強化が上手くいかない⁉」

 

【十劃呪法・瓦落瓦落】

 破壊した対象に呪力を籠める拡張術式により、姫路城の城壁は刑部姫の魔力を受け付けなくなった。

 

 つまり――――純粋な防御能力で受け止め切るしか無くなる。

 

 ドゴォッッ‼‼ と、鉄拳による地響きが刑部姫を揺らす。

 うぐっ、と苦い声を漏らす刑部姫。

 

 両手を伸ばし、スキル【変化】で姫路城全体に防御バフを掛け続ける。

 断続する拳の破壊音が天守閣を揺らし続ける。

 揺れに耐えようと、姫路城を持ちこたえさせようと、刑部姫は城の支柱に腕を回す。

 きつくきつく抱きしめて、城主として最大限の守護を与え続ける。

 

「……けない」

 パラパラと天井から塵が振り落ちる。

 

「……負けない」

 ギシギシと、城郭全体が軋みだす。

 

「負けたく、ないっ‼」

 きつく瞑った眦から、透明な水がうっすら滲み出る。

 

 何度も何度も追い詰められて、降参を勧められて、それでも刑部姫が折れないのは――『楽』に逃げようとしないのは、この霊基にマスターの存在が刻まれてるから。

 

 姫路城の天守閣に設けられた自室。

 宝具で仮想再現されて、こざっぱりしているが、それでも刑部姫はここで泥のような安寧に浸り……マスターと一緒にゲームをしたのだ。

 

 追い出すでもなく、引きずり出すでもなく、一歩踏み入って、共に楽しんでくれた。

 

『カルデアに来てくれてありがとね、おっきー』

 

 誰にでも言ってるんでしょ、と返したら、『バレた?』と屈託なく笑っていた。

 底抜けに明るくて、当たり前のように優しくて、大英雄にもひきこもりにも区別なく必要だと言ってくれた彼女。

 

「こんなのっ、姫らしくないって、そんなの分かってる! でも‼」

 

 そんな彼女の信頼に報いたい。そんな彼女の窮地を救いたい。

 過酷な状況に置かれて隔てなく助けを求める彼女が、開いた毛穴を気にするような。

 

 そんな小さな絶望潜む平穏に、彼女を送り届けられたら、カルデアにいるサーヴァントはみんな満足する。信頼に応えたって胸を張れる。

 

 だから

 

「姫だけが諦めるなんて、そんなことできるわけないっ‼」

 

 頑なで、子どもじみた思いの丈を吐露する刑部姫。

 自分の声が空間にワッと震えるのを肌で感じ……そして気づく。

 

「―――――揺れが、止まってる?」

 

 きつく閉じた目蓋を開くと、眦に溜まっていた涙が頬に一条落ちる。それを指先で軽く脱ぎながら、刑部姫は静まり返った城を見渡す。

 

 鉄拳奏でる轟音も、城の土台を揺らがす震動も止んで、静寂に満たされていた。

 

 城の外に徘徊している折り鶴の視点を覗き見る刑部姫。

 すると亀裂だらけの城壁の前で、空を仰ぐスーツ姿の男が長い長いため息を吐いた。

 

 額には汗が浮かび、立ち昇っていた火柱のような呪力もその勢いは衰えている。

 

『――降参です』

 

 心身の底から疲れ切った声で、七海は告げる。

 刑部姫の円らな目が、更に丸みを帯びる。

 

『これ以上は……大人げないというものでしょう』

 サングラスが傾き、折り鶴の視線と七海の視線がぶつかる。

 

 七海の拳から、ゆらりとまだ蒼炎が揺らめく

 視界越しに見つめられた刑部姫は、ムッと唇を尖らせた。

なんだか釈然としない気持ちになったが――――兎にも角にも、勝負が終わったことに安堵して、大の字になった。

 

 

呪術高専・カルデア交流試合 

第二試合 七海建人 VS 刑部姫

勝者――刑部姫

 





ナナミンの時間外労働の法則は公式だと
80%制限 → 解放後、120% らしいです。
だから今回は50%制限 → 解放後、150%のイメージで書きました。

なんとか書けた……夜にあげられず、すみません。
今週は2話更新にとどめさせてもらいます、ちゅかれた……すみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 配下は試合、主人は取引

「第一試合でフィジカルを、第二試合で攻撃力を測るには、あのお二方が最適でした」

 

 高専内にある無数の寺社仏閣。

 その内の一つの寺に、二人の特徴的な美女が立っていた。

 

 片や新雪の髪を長く伸ばし、簾のように垂らした黒布の美女。

 片や豊満な肢体を晒し、獣の耳と尻尾を情感たっぷりに揺らすアラビア風の美女。

 

 清水寺を参考にした懸崖造りの舞台で、二人の美女は欅の手すりにもたれて、森と空を眺めていた。

 

「何の話かな?」

 

 黒布の美女――冥冥は手すりに頬杖を突いたまま、顔を動かさず訊ねる。すると、同じく手すりに乳房を載せて頬杖を突いていたアラビア美女――シバの女王は茶化した。

 

「え~? あなたなら、もう分かってるいるでしょう? この交流試合、勝敗なんて二の次だってこと」

 

 高専側は、【サーヴァント】の力を測る。

 カルデア側は【呪術師】という存在の力量を測る。

 

 利用できるように、もしくは――敵対した時、勝利を収められるかどうか。

 

 マスター藤丸立香の秘匿死刑は、試合を成立させるためのブラフだ。

 実質、交流試合が行われている今、藤丸の死刑が執行されることは無い。

 

「先程の2試合を観戦してみたところ……1級術師(あなたたち)のフィジカルは英霊(われわれ)で云うところのC相当です」

 

 玉藻の前・紫式部・鬼一法眼の呪術解析班の見立てを口にするシバ。

 

 一戦目、フェルグスが選出された理由は、レイシフト可能な英霊の中で最も屈強なフィジカルを有していた。対する相手は、五条悟が実力を認めた学生・東堂葵。

 

 あの二人のぶつかり合いで、カルデアは1級術師――トップクラスの呪術師の平均戦力を特定した。

 

「私のようなキャスタークラスや正面戦闘は劣るアサシンクラスには厳しいでしょう。実際、刑部姫さんの攻撃は軽くあしらわれていましたし」

「ふふっ、けれど中々頑張っていたじゃないか。まぁ、頑張らせたと言うべきだけど」

「あっ、やっぱり分かってたじゃないですかぁ」

 

 冥冥の微笑に、シバは艶のある尻尾をぶんぶんと振り回す。

 

 二戦目、刑部姫が選出された理由は、レイシフト可能な英霊の中で最も防御に優れていたから。対戦相手・七海の打撃力の凄まじさは、五条が渡してくれた資料で分かっていた。

 

 更に【拡張術式】・時間制限や能力開示による【縛り】などの呪術テクニックによって、一時的にB~Aランク相当の攻撃を可能にすると判明した。

 

「それで? 私にそれを聞かせたということは……ここで話すことは他言無用、ということで良いのかな?」 

 

 そう言って冥冥は編み込んだ長い前髪を指に差し込んで、僅かに持ち上げる。

 髪の簾が上がり、耳に輝くのは、試合開始前にシバに渡されたイヤリング。それは正真正銘、シバの女王が有する財宝の一つであった。

 

 シバは唇に人差し指を立て、瞬きを送る。『沈黙は金なり』と、ピコピコ動くケモ耳が冥冥にそう告げていた。

 

 鳥が鳴く様に、冥冥は軽やかな笑い声を口ずさみながら空を仰ぐ。

 

 

 

 ――――雲と見紛う程の、黒鳥の大群が覆う空を。

 

 

 

 冥冥の術式【黒鳥操術】は戦闘よりも索敵・偵察に適した術式だ。

 

 その上で第三試合は『宝さがし』。

 

 無数の黒鳥が森の上を旋回する様は、事情を知らぬ者から見れば壮大な景色だった。

 

「いいのかな? 勝敗に価値が無いとはいえ、ポーズでも競わなくて」

「おっと! そうでしたそうでした……そ~~~れ、よいしょお!」

 

 頬杖をついて手すりにもたれかかっていたシバは、冥冥の指摘を受けて姿勢を正し、手に握ったランプを上下に振る。

 

 すると、ランプの注ぎ口からもうもうと白煙が噴き出した。

 清水の舞台から森へ漂う白煙は風によって小さく千切れ……一体一帯は小さな霊鬼(ジン)の群れと化した。

 

 煙人形もとい霊鬼は続々と森の中へ入っていく。

 空から宝を探す黒鳥、森を探索する霊鬼によって、第三試合はなんとも不可思議な様相を呈してきた。

 

「ふふふふ、見つけた【宝】はそのまま貰ってしまっても良いなんて……雰囲気に似合わず太っ腹だね。私はなんとなく君に守銭奴(シンパシー)を感じたんだが」

「いえいえ、そんなそんな~。あなたには負けますよ。フリーの呪術師というのは、さぞかし便利な立場でしょう。なにせ金払いの良い方に付けば良いのだから」

 

 冥冥は呪術高専に所属していない、フリーランスの呪術師だ。

 今回のように呪術高専の招集には応じるが、それも金次第。

 そう、金次第なのだ。

 

「冥冥さん――――私と主従の契約を交わしませんか?」

 

 ひらひらと気ままに舞う蝶のような、軽率で間延びした声音に含みが生じる。

 甘い蜜の香りがする含意をちらつかせて、シバの女王は冥冥との距離を詰める。

 

 試合など配下の黒烏と霊鬼に任せて、二人の美女が清水の舞台で向かい合った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 骨折り損のくたびれ儲け

「ふぅん?」

 

 冥冥は支配下にあるカラスとの視界の共有を切り、上目遣いを送る女王を見据える。

 

 潤んでいるのかと間違えそうなほど、瞳が艶やかに輝いている。起伏に富んだ女体が間近に迫り、芳醇な色香が鼻をくすぐり、胸中を情欲に駆り立てる。

 

 常人ならば垂涎ものの誘惑に、冥冥は口の端を緩め、可笑しそうに見下ろす。

 

「釈迦に説法かもしれないが、【他者間の縛り】は呪術において、かなりハイリスクでね。破ればどんな不利益を被るか分かったものじゃないんだが……」

「契約不履行には厳罰を。そんなの、どこの世界だって一緒ですよぉ。もぅ、冥冥様ったら」

 

 ほんの数分前に比べて、露骨に甘味成分の増した声音で、シバは冥冥の肩に指先を立てる。つぅ……っと、肩から手の甲まで指を這わせ、冥冥の手の平にそっと重ねる。

 

 頬杖を突いたまま涼しい顔で、冥冥はシバの女王の五指を絡みつかせた。

 

「――詳細は?」

「あなたがマスター、私はその使い魔とする契約です。マスターには令呪という使い魔への絶対命令権が授与されます。本契約なら三度の命令……ですが、今回の契約では一度だけ」

 

 ――――三騎。

 藤丸立香がマシュ以外に、この特異点に完全同行可能なサーヴァントの数だ。

 

 しかし、鬼一法眼を頭とした呪術解析班は、新たなルールを見つける。

 現地の呪術師を仮マスターとした場合、最大三騎の上限を破れると。

 

 一人の呪術師に一人のサーヴァントを契約させれば、その分こちらの世界に現界できるサーヴァントを増やせるのだ。

 

「なるほど、それで私に」

「えぇ、そうです。現在、確定してる組み合わせは七海さんと刑部姫さんですねぇ。刑部姫さんの千代紙操法は大変有用なので」

 

 同行可能な英霊に制限が無いと思われていた今回の特異点だが、ある程度の制約は存在していた。

 ・高ランクの神性を持つサーヴァント 

 ・宝具、ステータスがEXランクのサーヴァント

 

 この条件を満たすサーヴァントはレイシフトさせるのに、多くの時間を使うのだ。

 

 ダウンロードの読み込みが極端に重い、と言えば良いだろうか。

 刑部姫の千代紙操法はEXの判定を持つスキル。

 カルデア的には、彼女は帰還させず、そのまま呪術師の誰かをマスターにして現界させた方が得だった。

 

「それで、どうして君は私と契約を?」

「あなたがどこの陣営にも属していなこと。情報収集力が優秀な術式。そして……お金が大好きなこ・と」

 

 絡みつき、撫で回していた冥冥の手がしっかりと組み合わさって、握られる。

 イヤリングが煌めく耳元へ、シバの女王は身を乗り出して、吐息を吹きかける。

 

「分かりますの。私、契約とお金にうるさい魔神の子として生まれたので」

 

 冥冥の腕に密着し、圧しつけた双丘が柔く潰れる。

 尻尾が揺れ動き、耳をひくつかせ、シバの女王は契約のメリットを売り込んでいく。

 

「私、生まれが特殊でして。ちょっとした『未来視』が出来るのですよ」

「へぇ、それは……なんとも魅力的だね」

「でしょう、でしょう。ですから是非、私と」

 

 

「――その見返りに、君達は私に何を求めるんだい?」

 

 

 一瞬、少女のように純朴に輝いた顔が、笑みを咲かせたまま固まる。

 冥冥はふふっと頬杖をやめて自由になった手で……シバの女王の頭を撫でた。

 

「ひぁっ⁉」

「当ててみようか。まずは御三家への隠匿」

「ちょっ、ちょっとぉ、耳は……」

「先の二戦、こちらの実力を測るためとはいえ、勝ち方が派手過ぎた。

 呪術高専と御三家は別系統の組織だ。五条家は気にしなくて良いが、禅院家と加茂家が何らかの接触を図ってきてもおかしくない」

「ひゃんっ! あっ、ふ、ふふふっ、くすっ、くすぐった……⁉」

「確かに私の術式なら、御三家の動向くらいは掴めるかもしれないが……当てが外れたね。それだけは、どれだけ金を積まれてもやらないよ」

 

 ケモ耳を丹念に愛撫した冥冥は、あっさりとシバの女王から離れる。

 傍らの手すりに立てかけていた長柄の戦槌を持って、くるんとバトンのように回す。

 

「黒烏達が【宝】を見つけた。見つけ次第返すよ。下手に受け取って、契約を迫られては困るからね」

 

 微妙に頬が火照ったシバの女王は手すりにしな垂れかかると、清水の舞台を後にしようとする冥冥の背中を半目で睨む。

 

「……それだけ厄介なのですか、御三家は」

「いや、君達はあまり気にしなくて大丈夫だろう。ちょっかいは掛けられるだろうが、()()()()()()()()()、禅院家と加茂家は大きく動かないから」

 

 三つ編みの簾が振り返りざまに大きく揺れる。

 冥冥はイヤリングを見せつけながら、シバの女王に流し目を送る。

 

「報酬ありがとう。契約通り、ここで話したことは他言しないよ。――――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冥冥の姿が消える。

 静まり返った清水の舞台に残されたシバの女王はため息交じりに立ち上がり、

 

 

 

「 ()()()()()()()() 」

 

 

 

 女王の御身を守護する、強大な霊鬼(ジン)達が煙を撒き散らしながら現れた。

 

 エハッド・シュタイム・シャロッシュ。

 

 宝具【三つの謎かけ(スリー・エニグマズ)】の要となる、難題=剛拳を繰り出す霊鬼達を侍らせて、シバの女王は胡乱気に森を見下ろす。

 

「骨折り損のくたびれ儲け、ですねぇ」

 

 パチンと指を鳴らす。

 森を徘徊していた小さな煙人形の霊鬼が一瞬で霧散し、森が白煙に覆われる。

 その白煙の上で、カラス達がカァカァと鳴き、けたましい羽音を羽ばたかせていた。

 

 呪術高専・カルデア交流試合 

 第三試合 冥冥 VS シバの女王

 勝者――冥冥

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 無限を越える

「五条くんが鬼! 缶蹴ぇーーーった!」

 

 独逸(ジャーマン)の軍服で身を固めた少女が、見た目通りの無邪気な声を上げて、缶を蹴り上げた。

 

 遥か遠く、星となって輝く空き缶には目もくれず、五条悟は自身の対戦相手となる英雄を興味深そうに見やる。

 

「まさかあの織田信長と缶蹴りすることになるなんてねぇ。人生何があるか分かんないもんだ」

「うっはっはっはっ! 儂もまさか英霊になってから『缶蹴り』なんて児戯をするとは思わなんだ! 是非も無し!」

 

 呵々大笑する黒髪ロングの美少女こと織田信長(ノッブ)

 その身体の若々しさは、呪術高専の生徒達と同い年かそれより年下に見えるほどだった。快活に笑っていたノッブはふと顎に手を添えて、思案する。

 

「まて? 遊びというならば【吉報師】の姿に変じた方が良かったか? なんたってあの儂ぶっちゃけ少年漫画の主人公じゃし。ジャンプを愛読しとる作者ならばそっちの方が書きやすいか……?」

「うーん! 聞いてた以上のぐだぐだっぷり! 確かにこのノリは厄介だね!」

(――中身の方も、ね)

 

 呪力を詳細に見通す六眼が織田信長という霊基……否、【織田信長】という概念の可能性を視認する。

 

 何重にも重なり揺らめく、獄炎。

 その火炎の一つ一つが【英霊】として確立させられる程の熱量を有している。

 

「――良い慧眼を持っておるようじゃの、五条とやら」

 

 複数の可能性(すがた)を見通した五条に流し目を送って、頬を持ち上げる信長。対して、五条はニッと軽薄な微笑みで返した。

 

「まぁね、昔から目は良い方で」

 

 蹴り飛ばされた空き缶を拾いに行こうと、五条は円陣を跨いだ。

 そのまま歩を進めて、後ろ手でひらひらと信長に手を振った。

 

「それじゃ僕缶拾ってくるから、それまでゆっくり隠れてなよ」

「くっははは! もっとよく見て置かなくて良いのか? 次会う時はこの姿とは限らんかもしれんぞ?」

「大丈夫っしょ。どんな姿の君だろうと――――勝つのは僕だから」

 

 六眼が空間上の微細な呪力を掌握し、その身に刻まれた相伝の術式が【順転】する。 瞬間、英霊の目に残像すら残さず、五条悟は姿を消した。

 

 場に残された信長は「ふむ」と顎に手を添えて、今しがたの瞬間移動の構造(からくり)を考察する。

 

「なるほどのぅ。あらかじめ設定した地点に己を引き寄せた、か。ふぅ~む……さて」

 

 外套を翻し、少女が燃やすには余りに苛烈な戦意が紅蓮の双眸に宿り、ギラつく。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 既に各々動きだしているであろう二騎のサーヴァントの行動に思考を巡らせる。

 第四試合『缶蹴り』の盤面で、魔王は最強に挑むべく軍略を巡らせる。

 

「まさかこの儂が下剋上とはのぅ。よもやよもや、まことにこの世は――是非も無し!」

 

 自分が挑戦者であることを面白おかしく笑いながら、悠々と歩み、姿をくらます。

 ――――合戦とは、そこに至るまでに積んだ事の帰結である。

 合戦に至るまでに何をするか、それが戦、それが勝負。

 

「最後の合戦、愉快痛快に、火花血潮散らせようぞ」

 

 この特異点にレイシフトするまでに積み上げてきた事物を、信長は脳裏で反芻した。

 

  *******

 

「あったあった。まったく思いっきりかっ飛ばしちゃって」

 

 五条はごく自然に空を飛び、広大な森の只中に落ちていた空き缶を見つけるなり、拾いに降りる。塗れた土を払って空き缶をつまみ上げる。

 どうやら壊れてはいないようだ。

 

「いや、加減したのかな?」

 

 五条は来た道、もとい空を振り返る。とにかく空き缶を円陣に戻さなければ、缶蹴りはスタートしない。

 

(ざっと見渡した感じ、寺には居ないな。気を遣ってくれて助かるよ)

 

 五条にしろ、英霊の誰かにしろ、壊れても困る物が無い森の中は都合が良かった。

【無下限呪術・蒼】で跳躍しようと強化した呪力を流し込もうとして――――背後で鳴った一歩の足音が、【無下限呪術】のギアを切り替えさせた。

 

 バウンッ‼ と音を越え、無間に至った絶刀の切っ先が、五条悟の前で停止した。

 

「――――本当に当たらないんですね」

 

 平晴眼の構えから放たれた三段突き。

 それは、一つの突きに三度の突きが内包された、局所的な事象崩壊現象。

 宝具として昇華された防御不能の絶技も、無下限の不可侵領域の前には届かない。

 

「おぉ~、ダンダラ模様。また女の子だけど……君、沖田総司でしょ」

 

 ギャリン‼ と無限に突き刺さった日本刀を引き抜き、華奢な少女が距離を取る。

 浅葱色の羽織を纏った薄桃髪の少女は、五条の軽薄な問いに答えず、再び平晴眼の構えを取る。

 

「妙な切っ先だったけど無駄だよ。事象崩壊(それ)じゃ無限(ぼくに)越えられない(当たらない)

「なら、何度でも、超える(当たる)まで放ち続けるだけです」

「だいたい鬼が戻るのを防ぐのって有り? 缶蹴りのルール知ってる?」

「あいにく……現代の遊びには疎いもので」

 

 ――白染めの袖口が翻って、消える。

 次元を跳躍する【縮地】が【無限】を飛び越えんと、五条悟に迫った。

 






遅れた……すみません。
もっと計画的に動くよう、気を付けます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 領域の初動

 ――――【縮地】

 

 実際に多くの武術・武道にも取り入れられている、現存する技術である。

 瞬時に相手との間合いを詰めることを目的に研鑽された、足法の極み。それは単純な素早さだけでなく、足運び・体捌き・呼吸・死角など幾多の技術を必要とする。

 

 この技術を英霊特有のスキルランクに当てはめるならば、人間が実現できる最高峰はBランクだと言われている。

 

 ならば、人の身から逸脱した存在ならば、どうなる?

 【英霊】が用いれば、どうなる?

 その答えは――――瞠目された六眼によって明かされる。

 

 

「―――――マジか」

 

 浅葱色の羽織が、五条の懐に潜り込んでいる。

 近づけば近づくほどに低速し、停止させる無下限のバリアを――――沖田総司の縮地が飛び越えた。

 

 極限の集中が引き上げたAランクの【縮地】。

 沖田は今、技を超越した仙術の領域に足跡をつけていた。

 

 翻ったダンダラ模様の袖口が手元を、切っ先を隠している。そこから放たれる無明の絶剣に五条は―――――拍手を送った。

 

「凄いね、アキレスが亀との距離を詰めた瞬間だよ」

 

 切っ先の狙いは依然として五条に定めている。後は曲げた肘を伸ばすだけ。

 たったそれだけの挙動が……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 沖田は、ここで痛感する。

 無下限のバリアを飛び越えたその先もまた、【無限】であったことに。

 

「はい、沖田ちゃんみーっけ」

 

 ポン、と薄い桃色の髪に手を乗っける五条。

 反対の手で空き缶を掲げ、前を向いたまま踵を一歩下げる。

 

「これで円に缶を置いたら、ゲーム失格だね。それじゃ……ついてきてごらん」

 

 背後に【蒼】が発動し、五条の体が一気に引き寄せられる。同瞬、無下限に囚われていた壬生浪が追って弾き飛んだ。呪力で強化した後ろ走りで疾走する五条目掛けて猛進し、斬撃を繰り出し続ける沖田。

 

 前のめり気味に放たれる剣閃は幾度も止められるが、繰り出される速度は落ちない。

(当たるまで放つって本気で言ってたんだなぁ。でもそれに付き合ってあげる義理はこっちにないんだよ)

 

 無下限を飛び越えられたことには驚いたが、それも五条にとっては脅威ではない。何度斬りかかられようと気にすることなく、真っ直ぐ円陣へ駆ける。

 

「…………」

 ギンギンギンと、五条の眼前で火花が散る。

 

(…………まてよ)

 何度止められようと無下限へ斬りかかる様子を見つめ続ける。

 

 五条の脳裏に違和感が芽生える。

 

「そういえば最初の突きの時、刀を引き抜いたよね」

 初撃の三段突きと、今の連撃、両方に置いて鳴り響く金属音。

 岩に突き刺さった刀を抜く様に、沖田はごく自然と無下限に囚われた筈の刀を引き抜いている。

 

 途端、五条の脳裏に芽生えた違和感がとある感覚に変じる。

 

「……まさか」

 

 違和感の正体に思い至った刹那――――五条の頭上から、八華の刀槍を携えし毘沙門天が飛び掛かった。

 

 

「あっははははははは‼」

 高笑いと共に振り下ろされた八つの武具が【無限】によってビタリと止まる。

 

「やっと来ましたか」

 それに遅れて、沖田の上段の斬撃が、五条の額間近で停止する。

 

 前門の狼、後門の虎に挟まれるも、英霊達に五条悟の無下限を突破する方法は存在しない。

 だがしかし――――ここで魔王が積んだ準備が、二騎の手によって火を噴いた。

 

              「 領域! 」

 

 

              「 展延 」

 

 ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリッッッッッッッ‼‼‼ 

 

 沖田の菊一文字と長尾景虎の八刀槍が確実に【無限】を削り始めた。

 




久々に、予定通りに投稿できました。そしてずっと書きたかった英霊による領域展延!
満足です!

そして現在、オリジナル2作品を下記で公開中です! 宜しければ、ぜひ「続きを買いたい」ボタンの投票をお願いします! 普段の文とはだいぶ印象違いますよ!

https://tieupnovels.com/tieups/1011 ← 中二病Vtuberとのラブコメ(お触り有)

https://tieupnovels.com/tieups/1012 ← JK4人による〇曜どうでしょうwith麻雀


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 壬生浪と軍神

 カルデア側で初めて【それ】を見に受けたのは、狂王だった。

 

『領域展開……無量空処とも言ってやがったな、あの目隠しバンダナ』

 

 スカサハからしごかれ、宿儺の指を抜かれた彼の話を聞き、信長は推測する。

 呪霊、呪力、術式、領域――――持つ者が圧倒的に優位な今回の特異点。

 

 ならばあるはずだ、と織田信長は考える。

 ――強者の蹂躙から逃れる【弱者の業】が。

 

『読みは的中したぞ、第六天。僕と可愛い香子と……ついでに狐にも感謝しろ? かんら、からから!』

 

 高専内に侵入してしまった藤丸達との会話にて、禅院真希は【結界】の存在を明言していた。更にクーフーリンオルタが喰らった五条悟の領域展開【無量空処】概要が呪術解析班――――鬼一法眼・藤原香子・玉藻の前の分析を推し進めた。

 

『じゃろうなじゃろうな、持つ者と持たざる者がいるならば! 必ず持たざる者の工夫が存在する! 己が身を守るためか、持つ者へ距離を詰めるためかは知らぬが……』

 

 信長は奇しくも【シン陰流】開祖・芦屋貞綱の思考をトレースしていた。

 

 芦屋貞綱は、凶悪な呪詛師・呪霊から、門弟を守るため。

 織田信長は、最強の呪術師への下剋上を為すため。

 

 目的も、会得した術の名も違えど、その効果は全く同一であった。

 

 

 **********

 

 

「領域!」と、長尾景虎が楽し気に叫ぶ。

「展延」と、沖田総司が冷酷に告げる。

 

 瞬間、サーヴァントの宝具すら防ぐ絶対不可侵領域が前後から削られ始める。

 張り巡らされた【無限】が確実に中和され、刀身が刻一刻と迫ってくる。

 

 ――――バウンッ‼ と五条が上空へ退いた。

 

 景虎の八刀と沖田の一刀、合わせて九撃が五条を失った大地を深々と切り裂く。

 上空へ脱出した五条は二騎から少し離れた所へ着地した。

 

「――シン陰の簡易領域と同じだね」

 

 本来、相手を閉じ込める筈の【結界】を自らに薄く纏う。

 そうすることで、相手の術式を確実に中和して攻撃してこれる。

 

「うん、それなら僕にも当たるね」

 

 五条は顎を擦って、愉快気に笑う。

 思ったよりも面白くなりそうだ、と言わんばかりに。

 

「沖田殿沖田殿、どうでしたか? 宝具と領域の併用は?」

「駄目ですね。発動した瞬間、領域の方が弾けました。パシャッと」

「あちゃ~そうですか残念!」

「全然、残念そうじゃないんですけど」

 

 沖田が「くぅ~」と唸る景虎を、ジトっとした目で見上げる。すると景虎は「バレましたか」とまたもや大笑する。

 

「いやはや話に聞いた時からウズウズしていたのですよ! 攻撃を一切寄せ付けぬ防壁! 砕いた時の手応えが非常に楽しみ  

 

 

 声と姿が掻き消える。

 

 

 長い銀の髪が残滓のように追い縋った頃には、刀を振りかぶったままの軍神が、五条の真横にまで接近。胴の捻りも加わった一閃が剛迅に【無限】に突き立った。

 

「心行くまで愉しみましょう、戦いを! どうやらあなたも退屈そうですし!」

「光栄だね、こんな美女に誘われるなんて。――――ところで、君、何の英雄?」

 

 長尾景虎……知名度で云えば上杉謙信の方が有名な英霊は、笑顔と瞳孔が凍った。

 【軍神】景虎はその後、口を真一文字に引き結び、反対の手で槍を振るった。

 

「いやほんとに分かんないんだよね。というか今んとこ日本の偉人みんな女の子じゃん。そこの沖田総司とか、ぶっちゃけ半信半疑だし」

「うるさいですよ! 世界観の違い……ですっ!」

 

 突っ込みながら、斬りかかりに行く沖田。

 依然として刀は術式を中和するが、鉄筋コンクリートにじっくりと包丁を押し当てているだけのようで、以前として五条本人には届かない。

 

「まぁ、それでも三段突きと羽織で分かったけどさ。今んとこ、槍とか刀いっぱい持ってるくらいしか印象無いんだよね。大丈夫? キャラ薄いんじゃない?」

「やめてあげてください! まだ追加されたばっかりなんですよ‼」

「あーもしかしてあれ? 弁慶? お姉さん、実は女の子の弁慶」

 

「―――にゃぁあああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」

 

 景虎ちゃん、怒る。

 八華、咲き誇る。

 

 刀と槍を持ち替え、リフティングのように得物を打ち上げては、絶え間なく得物を持ち替えて際限なく斬り掛かる。

 

 時折、滞空している得物の柄を打つことで刃先を操り、二刀流を越えた疑似的な六刀……七刀……八刀流を体現する。

 

「我こそは刀八毘沙門天が化身‼ 長尾景虎‼ もはや退かせる間もなく――――神速にて押して参る‼」

 

 名乗りと共に有言実行、絶え間ない連撃が五条に無下限呪術を解かせない。

 

 クーフーリンオルタの戦闘データでは、五条悟は現在使っている『止める力』の他に『引き寄せる力』と『弾く力』を有している。

 中でも『弾く力』は、クーフーリンオルタの宝具【噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)】を砕いた。

 

(持つ手札は強力! しかし! 使えるのは、どれか一つでしょう⁉)

 

 絶え間ない連撃で五条に『止める力』を使わせ続け、そして削り切る。

 軍神の神速に壬生浪の瞬剣が加わり、【無限】が確実に削られていく。

 

(技を出す前に潰す! 今度は上にも逃がさない! 飛んだ瞬間、私の縮地で……)

 

 

「   仕方ないな   」 

 

 

 散歩中に財布を忘れたような。

 そんな声をあげて、五条は肩をすくめた。

 

 刹那、沖田は目にする。

 五条の肩越しから、景虎の背後で形成される…………蒼き空間を。

 

「術式順転・最大出力」

 

 銀の髪が、後ろに引かれる。

 八華の花びらが一枚、また一枚と散って……無手となった軍神が最後、強制的に後方へ吹き飛んだ。

 

「――ふっ!」

 

 壬生浪が裂帛を吐く。

 五条の頸動脈を撫で切りにせんと、菊一文字の刀身が鋭く滑らかに迫る……【無限】に阻まれることなく、するりと。

 

(今すり抜け)

 沖田の双眸が大きく見開かれる。

 

 あれほど斬り掛かって尚届かなかったのが嘘のように、五条の肌へ刃紋が急速に近づいていく。

 

 刃が肌の産毛を撫で、白磁の肌に鮮紅の線を刻む寸前――――五条の親指と人差し指が、菊一文字の峰を摘まんだ。

 

 それだけで、沖田の斬撃は止まった。

 

 息を呑む沖田の腹に、五条の踵がズンッと沈み込む。

 浅葱色の羽織が土砂粉塵に塗れた。

 まっさらな白紙に鉛筆で無造作に線を引いたように……上空から見下ろした森に土煙の一線が巻き起こった。

 




中々、予定通りに行かない……ライブ感で書くのは駄目だなぁ、と思った今週でした。
申し訳ありません!

さて、できればこちらもよろしくお願いします。
https://tieupnovels.com/tieups/1011 ← Vtuberラブコメ

https://tieupnovels.com/tieups/1012 ← きらら系麻雀


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 斬華咲き乱れ

 塵風、吹き荒ぶ。

 枝葉を薙ぎ倒し、土中を掻きだして粉塵を巻き上げる。

 3秒。

 無造作に大地に刻まれた破壊の一線が始まり、終わるまでの時間。

 

 その時の中で、両者が攻撃を交わし合った回数は――――38合。

 

 腹に沈み込んだ蹴りの一閃。沖田は自ら後ろへ吹き飛んで、衝撃を受け流す。それでも流し切れなかった大部分のダメージは【領域展延】によって和らげられる。

 

 地面にバウンドする前に身を捻った回転で態勢を戻すと同時に、閃く沖田の秘剣。蹴りを放ったと同時に間合いを詰めてきた五条のこめかみに迫る。

 

 またもや寸分まで接近する剣閃。沖田は思考を介さず、体感で悟る。

 

(やはり――無下限の術式を解いてる!)

 

 カルデアと契約する、数多のサーヴァント。その中でも五条悟の【無限】を突破できる者は数少ない。確実に突破できると云えるのは冠位(グランド)の霊基を有する英霊だろう。その無敵の防壁が解かれたことは千載一遇の好機。

 

「斬る」という一念が瞳孔を狭窄させる。

 石穿つ水滴と化す沖田の意識が、眼前の光景を捉える。

 

 ――――斜めに構えた腕によって、剣筋が逸らされる光景を。

 

 そうして、その光景を五条の掌底打が塗り潰した。

 沖田は大きく上体を捻じって掌底を紙一重で躱し……鳩尾に叩き込まれた掌底の二連撃が突き刺さる。

 

 五条なりの三段突きが、水の如く覆っている【領域展延】越しに、沖田の内蔵を穿ち抜く。

 

 口腔を満たす鉄の匂いに、沖田は嗤った。

 

 瞬間吹き飛ばされるより早く、沖田は伸ばされた五条の手首を掴む。

 そうして衝撃を喰らいながらも、沖田は手首を掴んで離さず、離さないまま―――菊一文字による斬華を五輪咲かせた

 

 片手を封じられた五条。

 しかし純然たる呪力の肉体強化で砥がれた手刀が華を散らせる。

 

 沖田、嗤う。

 口の端から血潮が拭き零れる。闘争の果ての果てを望む。

 

 大木が木っ端と化す。土中に深々と刃圧が入り込む。破壊の一線の只中で交わされる手刀と斬撃の菊華。

 

 その光景は傍から見れば、まるで――――爆風の只中を、手を繋いで踊り明かす男女の如しだった。

 

 咲いては散ること、38輪目。

 

 爆ぜ飛んだ菊一文字の刀身が、大の字で倒れ伏す沖田の上方に突き立った。

 

「……こふっ」

 

 咳き込む沖田を五条は見下ろす。

 その僅かに乱れた息遣いを見上げて、沖田は…………満足げに笑ってみせた。

 

「はぁー……戦い切った(やりきった)ぁーー」

 

 花やぐ笑顔がスゥッと寝顔に変わる。

 五条は指でバンダナをずらす。

 

 遊び疲れた子どもを一目見てから静かに息を吐き……静かに【無限】を励起させる。

 その刹那――――傾きかけた日輪を後光にした軍神が【無限】に八華を炸裂させた。

 

「ややぁっ⁉ 私とは打ち合っては頂けないのですか⁉」

「術式解いて誘うのは止した方が良いかもって思ってね。【越後の龍】相手に」

「っ! あははっ、ようやく気付きましたか! 私からすれば謙信の名が馳せてることに驚きですが……ねっ‼」

 

 崩れない笑顔が一瞬で消え、煌めく銀髪だけが残像のように残って宙を揺蕩う。

 無下限の術式を強く保ちつつ、五条は景虎の姿を捉えようと周囲を睥睨する。

 

 六眼が、正のエネルギーで構築された英霊特有の反応を追いかける。追いかけることはできるが――――追いつかない。

 

「早過ぎんだろ」

 五条が悪態をついた瞬間、軍神が斬り掛かってきた。

 

 バウッ‼ と無下限の術式が斬撃を止めたと思えば、バッと景虎はすぐさま茂みに引き下がる。

 

「姫鶴飛んで」

 姫鶴一文字の大太刀が【無限】を逆袈裟斬りで駆け上がり

 

「山鳥遊ぶ」

 山鳥毛一文字が、無限】を袈裟斬りで駆け降りて

 

「谷切り結び」

 谷切りが【無限】を圧し斬らんと豪快に振り下ろされ、

 

「松明照らすは」

 小松明薙刀が【無限】を存分に薙ぎ、

 

「毘天の宝槍!」

 無銘の宝槍が、【無限】に深々と突き刺さる。

 

 八つの得物、そのどれもが人理に名を遺した名刀・名槍。それらを惜しみなく振るって、ヒット&アウェイを繰り返す。

 

 五条も景虎の姿を捉えたと思った瞬間、【術式順転・蒼】を発動させる。しかし、空間に突如発生する蒼の引力は、軍神の脚力で千切られる。

 

 神速の斬撃が五条に当たることはない。だが五条の方も絶え間ない辻斬りの連撃で動けず、また【蒼】で引き離すこともできない。

 

(――思い出すな)

 学生時代、青い春の時に対峙した呪力の全く無い男――禪院甚爾が脳裏に甦る。

 

「にゃぁああーーーーーっ‼」

 ガギィン‼ と、斬撃と【無限】の間で火花爆ぜる。

 高らかに笑い続ける眼前の女と、五条の喉をぶち抜いて破顔した男が重なる。

 ククッと喉が鳴る。

 

「似ても似つかないね」

「何が可笑し」

 

 問いかけた景虎の胸谷に、ひたりと五条の指が差し込まれた。

 その指先に生成される【無限の発散】

 

       「 術式反転 赫 」

 

 瞬間、五条の指先に生じる赫の虚空が景虎の胸の中で弾けた。

 五条の眼前で景虎の胸を覆った鎧が爆散し、破片が耳を掠めた。

 あらゆる飛び道具を無効化する長尾景虎のスキル【鎧は胸に在り】を、【反転の無限】が貫通した。

 

 二画目の破壊の一線を前に、五条は長く息を吐いて肩を落とした。

 

「とんだ缶蹴りだよ、ホント」

 

 ポケットに入れておいた缶を取り出し、五条は蒼の引力で瞬間移動。ザッ! と円陣に戻ると、その中心に缶を置いた。

 

「……沖田ちゃんと景虎ちゃんみーっけ。缶踏ん」

 

 

『 駆けよ、宝生月毛 』

 

 

 五条の宣言を、馬の嘶きが掻き消す。

 騎馬武装した長尾景虎が円陣に屹立する五条目掛けて、襲い来る。

 ――――八方向同時に。

 

『 毘天八相車懸りの陣 』

 

 八体の分身した長尾景虎が代わる代わる敵陣の五条に攻めかかった。

 




現在、オリジナル2作品を下記で公開中です! 
宜しければ、ぜひ「続きを買いたい」ボタンの投票をお願いします! 
普段の文とはだいぶ印象違いますよ!

https://tieupnovels.com/tieups/1011 ← 中二病Vtuberとのラブコメ(お触り有)

https://tieupnovels.com/tieups/1012 ← JK4人による〇曜どうでしょうwith麻雀


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 現人神よ、灰燼と化せ





 円陣の中央で八方見回す五条。その眼孔に嵌る六眼が騎馬に跨る八体の長尾景虎、その宝具の本質を看破する。

 

(――すべて本物!)

 

 これまで同時に振るってきた八華の刀槍を、それぞれの分身が一振り握り締めて馬を駆る。缶を踏む僅かの間もなく、八方同時攻撃が寸前まで近づいてくる。

 しかし五条は攻撃そのものには驚かず、むしろ攻撃の意図に眉をひそめた。

 

(解せないな)

 

 宝具と領域展延の併用は出来ないことは沖田の初撃で分かっていた筈。そして宝具と云えど、五条の【無限】を貫通することは困難。

 

 景虎ならば分かっている筈だ。

 意図は不明。

 けれど、この状況で無下限を解くわけにはいかない。

 

 八体それぞれの景虎が神々しいまでの魔力を名刀宝槍に宿らせ、まったく同一の刹那の中で必殺の一撃を振るう。

 

 絶大な威力、極大な白光が五条の視界を一時的に白く染め、【無限】に大輪の斬華が咲き誇る。八輪の衝撃と発光が、円陣の中央まで届くことは無い。

 

 景虎の放つ退魔の白光に囲まれる。五条は缶を踏まず、【無限】を埋め尽くす景虎の八撃を睥睨する。

 

「……まさか」

 

 五条の脳裏に【炎】がチラつく。

 数多の揺らめき(可能性)を内包した、神仏灰燼の炎を。白光に埋め尽くされる八方を無視し、頭上を見上げる。

 

 次の瞬間――――夥しい数の【波旬】の砲撃が天上を赤く染め上げながら、景虎ごと降り注いできた。

 

 

 ************

 

 

 着弾と同時に立つ火柱は遠方から放って尚目視できる程、高く高く空へそびえ立つ。一発で一切万象を灰燼に帰す砲炎を、後光輪を背負いし六腕の骸骨が無限に放ち続ける。次々と突き立ち、地を揺るがす火柱を見つめながら、織田信長は破顔した。

 

「ようやっと――――()()()()()()()()()()()()()()

 

 軍神、長尾景虎。

 生前、毘沙門天の化身と信じられたことで、彼女の霊基には『神性』のスキルが刻まれている。

 

 ならば、それを圧倒した五条悟は何者か?

 ――――『現人神』と呼ぶのではないか?

 

(沖田の馬鹿が先行するのは分かっておった)

 

 斬り合いは気合、と信じる沖田。戦闘に己の人らしさを見出す、景虎。

 そんな二人に授けた、攻撃の届かない相手に攻撃を届かせる術……領域展延。

 

 サーヴァントの中でも有数の敏捷性を誇る二騎の連撃。無下限だけでは速度で封じ込められる。だからこそ、五条はより速い沖田を潰しに行く。

 

 この時、五条は見誤った。

 宝具を使用すれば、単独で連撃を行える景虎を先に沈めるべきだった。だがしかし沖田との戦闘で、五条を疲弊に追い込んだのは、信長にとっては思わぬ幸運であったが――些細な違いでしかない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴様に『現人神』という()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 信長は己に【縛り】をかけていた。

 五条悟に『神性』が付与されるまで、自らの宝具と全スキルを禁ずるという縛りを。

 

 そうして発動した六腕の骸骨、その名は【波旬変生・三千大千天魔王】。

 それが放つ砲炎は数多の衆生と神仏を毀す、破神の焔。

 更には【縛り】の底上げにより、砲炎の一発一発が【固有結界】となっていた。

 

 領域または結界ならば【無限】は貫通し、『現人神』となった五条に信長の一撃は絶対的な優位を誇る。

 

「ここまで想定通りに進むとはのぅ。否、あの軍神のおかげか」

 

 最後の最後で宝具を発動し、五条悟を動けなくさせた。だからこそ、信長の砲撃が炸裂できたのだ。

 

「一体いつ儂の思惑に気付いたのやら……さて」

 

 信長が腕を上げる。

 砲撃が鳴り止み、後光輪を背負いし六椀の骸骨が粉骨崩壊する。これまで姿を隠していた寺社仏閣から信長は離れる。

 

 魔力で浮遊させた火縄銃に乗って、悠々と森林地帯の空を飛ぶ。その眼下の光景は――――灰燼すら残さぬ焼野原と化していた。

 

「一応、同盟相手の領地だしのぅ。全て焼き尽くすのは駄目じゃよなぁ~」

(いや……もしかしたら既にアウトかの?)

 

 やり過ぎたかもしれないと思う反面、まだまだ攻勢を緩めてはいけなかったという不安がくすぶる。

 

 神性概念の付与、【縛り】による宝具効果の底上げ、それらを為してもまだ信長は【無限】を貫けたという確証を抱けなかった。

 

(最悪通じなかったとしても、じゃ。砲炎の余波と振動で缶は倒せてる筈じゃろう)

 

 光や振動など、人体のダメージとならない物体・現象ならば【無限】の停止は受けない。缶が五条悟の足元にあったならば、砲撃の地響きは【無限】で防がれずに倒れているはずだ。

 

 地形すら変わってしまい、最早、空き缶を置いた円陣がどこかも分からなかった。信長はため息を吐きながら、荒野に降り立ち、ところどころ熱波で溶解した土を踏みしめた。

 

       「 ノッブみ~~~っけ、缶踏んだ 」

 

 コン、と拍子抜けするほど軽い金属音が、信長の真後ろから鳴り響いた。

 紅眼を丸めて振り返ると、爆睡してる沖田と笑顔で正座してる景虎がいた。

 

「いやぁ、どうすんのこれ。ちょっと賠償請求しちゃおうかな~、これは」

 ニヤニヤと口の端を持ち上げる五条悟を、

 

「……うっそじゃろお主」

 口の端をひくひくと痙攣させた信長が凝視していた。

 

 かくしてカルデアは、五条悟の『お願い』を何でも一つ叶えることと相成った。

 

 呪術高専・カルデア交流試合 

 第四試合 五条悟 VS 織田信長

 勝者――五条悟。

 





アーチャーノッブの宝具【第六天魔王波旬】は固有結界。
そこを縛りの底上げによって、アヴェンジャーノッブの宝具【三千大千天魔王】に上記の宝具効果が融合。結果的に射出する固有結界というナニソレな技が成立したのだった……。

そんな技ですが、普通に【蒼】や【赫】、たまに【茈】で相殺しました。
六眼によって、呪力は一切減らないから大技連発しまくり。
更に五条の無限は基本だしっぱのオートマですが、止める対象はいつでも任意変更可能。地響きの揺れも防いで、空き缶は倒れませんでした。

ダメだ、この目隠し早く何とかしなきゃ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 買うより作った方が早い説

書き上げた衝動で上げちゃった……25時まで待てなくて……
更にちょっと今話、長いかもです。
2話に分けることもできたのだけれど、来週で新章に行った方が綺麗だと思った…
ぜひともお付き合いくだせぇ!



 刻は第四試合が始まった直後に戻る。

 

 五条が出て行ってすぐに藤丸は秘匿死刑部屋から出された。依然として呪符の注連縄が両腕を拘束するが、藤丸はそんなことよりも第四試合のことで頭一杯だった。

 

(ノッブがやらかさないようにノッブがやらかさないようにノッブがやらかさないように)

 

 ただでさえ、これから呪術総監部(腐ったミカン:五条談)の審問だというのに、世界観がぐだぐだ時空に変性したらとんでもないことになるからだ。

 

(お願い沖田さん、景虎さん……暴走しかけたらノッブを止めてね)

 そうして切に祈るが、残念ながら頼みの綱の二人の方が血気盛んになっていた。

 

 そんなことなど知る由もない藤丸は……柱の立ち並ぶ空間に通された。

 柱の中身がくり貫かれ、そこに燭台が置かれている。柱の蝋燭が道標になって、藤丸は固唾を飲み込んでから進んでいく。

 すると途中で、蝋燭の灯りが途切れた。

 

「……こ、これって、進めば、良いのかな」

 

 暗闇の中で自問する藤丸。答えは返ってこない。おそるおそる爪先を前に出していき……コツンと感触。床があることを確認して、暗闇に一歩踏み出す。

 

 

「――――貴様が藤丸立香か」

 

 

 突如として現れた障子の向こうから、突如として声が響いた。

 正面に現れた障子を境に、藤丸を囲むように5つの障子が闇の閨に白く浮かび上がる。呪術総監部……呪術界を取り仕切る上層部達の空間に、藤丸は立っていた。

 

(なんだろう、ここ)

 

 藤丸はこれまでとんでもない身分の方々が座す空間に訪れたことがある。

 エジプトのファラオの間、ウルクの賢王の間エトセトラ。

 そのどれもが王の威圧感が肌を痺れさせるが……同時に深い敬服を自然と覚える暖かな空気だった。

 

 ここは違う。

 

 ひたすらに空気が澱み、肌に重く粘つく。

 この空気感を形容するならそれは……臭気。魂から滲み出る腐敗の匂いが部屋の暗闇に溶け込み、藤丸の肺にもたれかかった。

 

 いやいやと藤丸は首を横に振る。

 消失したサーヴァントを助けるには、上層部の許可(力だけなら五条で充分)が必要なのだ。藤丸は気を取り直して、上層部へのファーストコンタクトを試みる。

 

「あのっ、初めまして! 私はふじま」

「貴様に用はない」

 

 口が塞がらなくて、澱みを思いきり吸い込んでしまう。パチパチと瞬きする藤丸に、障子の向こうの老人は不躾な声を投げかける。

 

「五条から報告は受けている。カルデアにいる顧問と通信を繋げろ」

『――おやおや、どうやら向こうからご指名が来たらしい』

 

 不意に耳に吹き込まれる可憐な声に、藤丸の肩が跳ねる。

 気づけば、青いホログラムが藤丸の顔の傍らに浮かび、映像の向こうで可憐な声の主がウインクする。

 

『ではカルデアを代表して……この私、レオナルド・ダヴィンチが交渉を担当しよう』

 

 こうして、蚊帳の外の藤丸はぼーーっと上層部とダヴィンチちゃんのやり取りを眺めていた。

 

 まとめると、次のような利害関係もとい【縛り】を結ぶらしい。

 

 カルデア側は、残り17体のサーヴァントの情報提供および対応を求める。

 代わりに上層部は、指令に応じて、藤丸が同時に使役できる3体のサーヴァントの協力を求めた。

 

 ジャック・ザ・リッパ―がもたらした被害は、クーフーリンオルタが五条と会敵するまでに祓った土地神3体(1級案件)と宿儺の指の呪霊1体、そしてキャスターのジルドレで帳消しにされた。

 

 そして交渉は今……マスター適正のある呪術師の扱いに入った。

 

『マスター適正が確認されている呪術師は4名。七海建人・禪院真希・伏黒恵・釘崎野薔薇。この4名が英霊契約をすれば、戦力となるサーヴァントは計7騎となる。補填戦力としては十分な筈……』

 

「必要ない」

 

 流れがひりっと変わるのを、藤丸は肌で感じた。

 

『どういうことだろう? 今回の交流戦でサーヴァントの力は充分証明した筈だ。有事の際の戦力は多いにこしたことは無いだろう?』

 

「必要ない」

『……理由は?』

 

「3体で充分だからだ。それ以上の戦力は、我々は必要としていない」

「ヒッ、ヒヒッ、どうしてもその4体を召喚させたいなら、そう願い出るべきだろ?」

「そも宿儺の指の偽物――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 藤丸は悟る。

 これは誘導だ。

 

 4名の呪術師との英霊契約と聖杯の欠片の所有権譲渡。

 これらをカルデア側の要求とすることで、上層部は何か――――他の利益をカルデアに求める気だ。

 

 そしてすぐ、彼らの狙いが分かる。

 

「藤丸立香と共に、高専内に侵入したサーヴァント……マシュ・キリエライト。アレは真っ当な英霊では無いだろう?」

『真っ当? 何のことだか。彼女もまたれっきとした英雄さ』

「いいや、いいや! 違うなぁ! あれは受肉体だ‼ 呪物を取り込んだ受肉体と同じ‼ ()()()()()()()宿()()()()()()()()⁉」

 

 無意識に握り締めた爪が手の平に食い込む。

 ダヴィンチちゃんが静かに鋭く、藤丸に注意を飛ばす。

 

「呪力……いや魔力の廻りが交流試合で見た英霊と異なる。窓や観戦していた呪術師の報告だ。問うぞ、カルデア。アレは何と言う名称の存在だ?」

「教えぬのなら、この契約は無効だ。直ちに特級術師五条悟に――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 藤丸の頭の中でカッと怒気が駆け抜ける。

 

 第四試合が行われている最中にそんなことを命じ、更に……上層部は英霊を特級呪霊として見ていることがハッキリと分かった。

 ダヴィンチちゃんが下唇を噛むが、ほどなくしてマシュの一つの側面・一つの過去が半強制的に明かされる。

 

『デミサーヴァント。サーヴァントが人間に憑依し、融合した存在だ。でも彼女は極めて特殊なケースだ。事実、多くの命が』

「製造方法は?」

「こちらの技術でも可能か?」

「確率は何分の一だ? 百か、千か? ヒッヒッ、母数は幾らでも。何事もやり様よ」

「サーヴァントは要らぬ。余りに強力、余りに制御不能。しかし! デミサーヴァントならば話は別だ!」

「英霊4体の追加召喚! 偽宿儺の指の所有権譲渡! それに見合う利益は払ってもらわねば!」

 

 バツン、と鼓膜の裏で何かが弾ける音を、藤丸は聞いた。

 次の瞬間、喉から叫びが駆け上がる。

 

「ふざけないで‼ そんな条件呑むわけないでしょ⁉」

『駄目だ! 藤丸ちゃ』

 

 ダヴィンチの制止は止まらず、藤丸の叫びが闇と障子に響き渡る。

 ――にたり、と障子の向こうで唇が裂ける音がした。

 

「ならば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それで偽宿儺の指もとい聖杯の欠片の所有権を渡し、英霊4体の追加召喚を許可する」

 

「尚、下閾乃鐘(かしきのかね)の発動を確認次第、保留されていた藤丸立香の秘匿死刑を執行。死刑執行役として、特級術師五条悟を任命する」

 

 ********

 

 特級呪具【下閾乃鐘(かしきのかね)】。

 その鐘の音を聞いた装着者の意識を強制的に昏倒・無意識化に落とす呪具である。

鐘の音が鳴る条件は、鐘を贈与した者が設定できる。

 

 上層部が設定した鐘の音の条件は――――()()()()使()

 こうして藤丸立香は魔術礼装・令呪を含めたあらゆる魔術を封じられた。

 

 文字通りの首輪をつけられた藤丸は自身の胸の上で沈黙する呪具を見つめて……思わずぽつりと漏らした。

 

「鐘というより鈴ではなかろうか?」

「うはははははっ‼ マスッ、マスター! なんともいぶし銀な装いじゃのぉ! まるでケモ耳メイド……ぶはっはははははっ‼」

「ノッブごらぁ~なに爆笑してんだごらぁ~。っていうか! 森燃やしてんじゃないよ‼」

 

 大笑いする信長の頬をむにょんと引っ張る藤丸。信長はシュパキランッとキメ顔イケボで宣う。

 

「いやぁ楽しかったぁ、やっぱ放火って最高だよネ。特に『あ、こりゃ勝てないな』って思った後にやる放火は格別ヨ。儂それで敵領地の田畑・城下根こそぎ燃やしまくったもん」

「この倫理観戦国時代がぁ! スッキリした顔してんじゃないよぉ!」 

 

 第四試合終了後、ようやく注連縄から解放された藤丸は五条や信長達と合流できた。

 マシュはというと、出会い頭の抱擁に始まって藤丸から離れず、さっきから背中に顔を埋めている。

 

「よかった……ほんとうによかった……」

 ぼそぼそと当たる吐息の熱さと肩の震えに、藤丸は居たたまれなくなって目を逸らしながら紫髪に手を置く。

 

「心配させてごめん。それに下手こいた」

 一見、無茶な要求をして断らせてから、本命の要求を突きつける。交渉の基本術に、まんまと引っ掛かってしまった藤丸は申し訳なさに苛まれていた。

 

(ダヴィンチちゃんは気づいてたのに……)

 マシュのことを人外と呼ばれ、更には犠牲を度外視してデミサーヴァントを製造しようとした上層部への怒りが、首輪の息苦しさを産んだ。

 

「――良いんです。ありがとうございます、先輩」

 

 言葉少ない分を補うように、マシュは藤丸の手をぎゅっと握る。その感触が藤丸の目に光を宿らせ、胸に炎を灯す。

 

 いつだって、この繰り返し。後輩がいるからこそ、藤丸は先輩として顔を上げるのだ。

 

『という訳で早急に【呪術】を習得させたいんだ。これまでは我流の調査だったけれど、可能な限り再現できる呪術を教えて欲しいんだ。もしかしたら新しい魔術礼装……もとい【呪術礼装】が出来るかもしれないからね』

「オッケー。呪力を出す訓練はもうさせたから、今でもある程度の呪術は使えるかもね」

 

 五条とダヴィンチちゃんはテキパキと話を進めている。前に進もうとした藤丸にとってはナイスなタイミングで。

 

(……ありがたい)

 藤丸立香は恵まれている自覚がある。周りの人に、恵まれている自覚が。

 だからこそ、立ち止まってはいられない。

 

 先程、五条から手渡された服に藤丸とマシュは袖を通した。

 漆黒の制服に渦巻き模様の学生ボタン。

 

「仮入学ってことで……ようこそ、呪術高専へ」

 

 特異点時刻:2018年10月11日。

 現刻を以て、藤丸立香とマシュ・キリエライト両名の呪術高専仮入学が認可された。

 

「という訳で早速、二人には極秘任務を任せたい。本当は悠仁達に任せる気だったんだけど、サーヴァントが多才なのは今回の試合で分かったからね」

 

 高専敷地内の森を半焼、その詫びとして五条に頼まれた『お願い』。

 

 それは、呪詛師もとい特級呪霊の徒党と組んでいる内通者の捕縛。

 

 京都校2年・与幸吉(むたこうきち)――――通称『メカ丸』の捜索兼捕縛だった。

 




オリジナル呪具出しちまったぁ~~~~ひゃあ~~~~。
何はともあれ、ようやく2章完結! 
なっが、トーナメントって長い。想定の倍くらい長くなった。

という訳で、次回から3章メカ丸救出編スタートです!
それが終われば4章……オリジナル渋谷事変編! 限りなく本編に近くしたいけど、メカ丸生きてる時点でだいぶ様変わりすること確定。まとめきれるのか、自分ァ! 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 メカ丸救出編 
第39話 新たな日常


今までと比べるとちょい長いです。
すみません。


『いぃーま何十ぅ~~連?』

『ぼーまぼまぼ麻婆ぼぼ』

 

 低級呪霊の戯言が月明かりに照らされる。

 振るわれた黒剣が白い月光を遮った瞬間、呪霊は両断。

 消滅の白煙が月だまりの中に残された。呪霊の消滅反応に振り返ることなく、伏黒は両側に墓石が立ち並ぶ道を駆け抜ける。

 

 目指すは、霊園奥にある御神木。

 そこの注連縄を外すという肝試しが流行ったせいで、発生した呪霊の跋祓が伏黒達の任務だった。

 

(墓石壊してねーだろうな、あいつら)

 

 呪霊の祓除(ばつじょ)で起こった現地の破損は、伊地知等の監視員が大変複雑な事務処理をこなした上で、弁償・修復される。

 廃ビルや廃テナントなら、そこまで物を壊しても問題にならないが、学校や今日のような霊園だと少し事情が込み入ってくる。

 伊地知の胃と豪快(ガサツ)な虎杖達への憂慮が駆ける足を早める。

 しかし、それは杞憂だったと、伏黒は知る。

 

「――虎杖」

「おっ、伏黒。そっちもう終わった?」

 

 四方に立ちこめる呪霊の消滅煙の中で、虎杖が何の気なしに手を振る。

 伏黒は「あぁ」と返事をしつつ、虎杖の周囲に視線をやる。

 呪霊の肉が墓石に飛び散っているが、墓石には傷一つ付いていない。打撃の最高威力が呪霊の体内で炸裂するように調節したからだ。

 

「……お前って意外と器用だよな」

「そうか? まぁ、人の墓だし。あんまり壊しちゃ駄目なのは分かってるよ」

 

 少しの寂寥を漂わせて、虎杖の細めた目が情に満ちる。そんな虎杖の横顔を、伏黒は苦い表情で見つめる。

 虎杖が善良な人間であることはとっくのとうに知っているし、心根が変わっていないのも分かっている。 

 

 伏黒の苦渋の源は――――虎杖の『呪術師』としての成長スピードだ。

 以前までは呪力操作も戦い方も、パワフルな印象だった虎杖。しかし、奥多摩の一件以降、呪力操作に繊細さが加わった。

 ジャック・ザ・リッパ―戦で再発したことを切っ掛けに、今では悪癖だった『逕庭拳』を制御可能している。

 淀みない呪力操作と生来の膂力、虎杖の実力は間違いなく1級に達している。

 それに比べて遅々とした己の成長速度が、伏黒の顔を渋くさせていた。

 

(――任務中だ)

 

 頭を振って、伏黒はこの場に見えない釘崎の所在を虎杖に訊ねる。虎杖の話では、もう釘崎は奥の神木の方へ行ってしまったという。

 2人が走り出したタイミングで、月が雲に隠れた。

 夜の闇よりも黒く浮かび上がる神木のシルエットへ向かうと……聞き慣れた、勇ましくも品のある声が飛んできた。

 

「そっち逃げたわよ! ――()()()!」

「はいっ!」

 

 雲が晴れ、月明かりが差し込む。

 伏黒と虎杖の頭上を飛び越す蛙の呪霊を追いかけて――――跳躍したマシュが盾を振り下ろした。

 盾の十字杭がふくよかで粘り気のある呪霊の背中に突き刺さる。

 

 ズンッ! と霊園の道にクレーターを穿ち、盾杭が蛙を張りつけにした。

 立ち上る白煙を払いもせず、マシュは消えゆく呪霊の血肉を見下ろす。

 

「呪霊の消滅反応確認。戦闘を終了します」

 

 任務完了を意味する報告を告げて初めて、マシュは耳にかかる紫髪を指で梳いた。

 顔を上げると虎杖と伏黒がいたことに気付いて、笑いかける。

 

「お疲れさまです、虎杖さん。伏黒さ……」

 

 グラリ、とマシュの近くの墓石が傾いた。

 ドミノ倒しのように墓石が倒れる。

 口を丸くして目を見開くマシュを見て、伏黒はため息交じりに額を手の平で覆った。

 

「やばいやばいやばい!」と虎杖が倒れた墓石を起こし、「どうしましょどうしましょ!」とマシュが割れてしまった墓石の破片を組み立てようとする。

 

「ちょっとマシュ―? 仕留めそこなってないでしょうね……ってうっわ、あんた何してんの⁉」

 

 御神木の方からやってきた釘崎が事態に気付いて、慌てて駆け寄る。

 伏黒は淡々とスマホのシャッターを切って、壊れた墓石の現状を撮る。

 

(伊地知さん……の前に)

 撮った写真を送ろうとして、思い留まる。

 伊地知より先に、今回の補助監督に連絡すべきだと気付いたからだ。

 そうして伏黒は送信先を伊地知から――――藤丸立香に変更した。

 

 

 ***********

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 呪力を載せた言霊が、藤丸の唇から紡がれる。

 呪術高専の制服に似せた【呪術礼装】に0から術式が構築。流れた呪力が【帳】を形成し、霊園を取り囲む。

 

 そうして車内で待つこと20分。

 

「うわっちゃ~、また伊地知さんに報告しなきゃ」

 

 伏黒から届いた任務完了の知らせと添付された写真に、藤丸は頬を掻いた。【帳】を上げてから、伊地知に倒壊した墓石の写真を転送する。

 

 助手席で報告書とお詫びの文をスワイプ入力していく藤丸。

 しかし不意に藤丸は居住まいを正すと、()()()()()()()()()()()()()()()()に、抗議の目を投げかけた。

 

「そんなジッと見ないでよ――荊軻」

「いや、なに。随分、補助監督の仕事に慣れたなと思っただけだよ」

 

「仕事なんて。事務処理は伊地知さんがやってくれるし、運転だって荊軻任せだし……そんな大したことしてないよ、私は」

「ふふっ、その謙虚さは変わらないね。補助監督になってもマスターになっても」

 

 黒スーツに彩られた荊軻の微笑みは崩れない。当世風にスーツ姿になった荊軻は凛々しく大人の余裕もあって……バリバリのキャリアウーマンに見えた。

 

「荊軻の方が仕事できそうな感じだけど」

「私に書類仕事は無理だよ。友と語らい、酒を愛し、書を嗜む。そんな生き方しか知らないからね」

「……謙虚なのはどっちよ」

 

 中華の歴史を一変させたかもしれない天下の義侠にジト目を送る藤丸。すると助手席側の車窓がこんこんと軽くノックされる。

 音に反応して振り返った藤丸は……窓向こうに映る狐耳にギョッとし、慌てて車外に飛び出る。

 

「そんな慌ててどうしたし」

「鈴鹿ちゃん! 耳隠してって! 人に見られたらどうすんの!」

 

 藤丸はそう言って、狐耳と尻尾が生えていることを除けば日本のJKそのものと云った出で立ちの英霊――鈴鹿御前の肩を揺さぶった。

 がくんがくんと頭を揺らされる鈴鹿だが、「アハハこれウケるー」と軽い笑い声と明るい笑顔を浮かべるのみだ。

 

「だいじょぶだってぇ~、一般人に見られても『よくできたコスプレ』としか思われないし。ていうかぁ! 私、マスターとおソロの制服着てんのエモくない⁉ マジバイブス上が」

「耳ぃ! ピコピコ動いてるから! 尻尾ユサユサしてるから! 明らかに『よくできたコスプレ』の範疇越えてるから! バイブス下げてぇ!」

 

 藤丸がここまで鈴鹿に慌てている理由は、伊地知への心配からだった。

 ただでさえ墓石破壊の件で申し訳無いのに、鈴鹿の耳関連で騒ぎにでもなったら、居たたまれなくなる。

 

 そう思っていたところで、スマホが震える。伊地知からの返信だった。

 

『藤丸さん。お気遣いどうもありがとうございます。私は大丈夫ですよ、五条さんの無茶ぶ……指示に比べたら全然。それに最近、仕事が無くなったら何もすることが無い自分に気付いてしまったので寧ろありがたいというか』

 

「伊地知さぁぁーーーーーん!」

 

 彼の計り知れない心労に、藤丸は涙が零れた。

 膝から崩れ落ちる藤丸を指さして、鈴鹿は車内に向かって声を掛ける。

 

「荊軻ぁ。マスターどうしちゃったのこれ? 伊地知ってオッサンだったよね、あれ、マスター渋専だったっけ?」

「いや純粋に尊敬しているんだろう。彼の補助監督セミナーは良く出来ていたからね。後はまぁ、共感(シンパシー)というやつかもしれないな。それで? 調査の結果は?」

 

 荊軻の視線が後部座席を経て、霊園の近くにある廃デパートの方角へ注がれる。鈴鹿は肩をすくめて顔を横に振る。遅れて赤みがかった長髪がさらさらと揺れた。

 

「まーた外れ。ねぇーほんとにいんの? そのメカ丸って奴?」

「存在はしているだろうよ。高専に報告されていた居場所を見ただろう。明らかに移動した痕跡があったからね。何せ術式が術式だ、幾らでも応用は効く」

 

 呪術高専2年『メカ丸』。本名:与幸吉。

 傀儡を操作する術式で、本人には生まれつき移動能力が無い。

 高専に事前報告されていた彼本体の居場所はもぬけの殻だった。内通者であることは確定だが……現状、捜索は難航していた。

 

「あのジジィ当てずっぽうで調べさしてないでしょーね? そうだとしたらマジで腹立つ」

「なに、そう不安がることは無い。彼の智謀はある程度は信じられる。心根は一切信用できないが」

「だから不安なんだけど……まぁ~いいやぁ。難しいことは任せるわ、私は言われたことだけするし」

 

 根っこの生真面目さを感じさせる鈴鹿の思考を放棄した態度に、荊軻は「それが良い」と目を瞑って頷く。

 

 報告のやり取りを終えて、二人の間に静寂が訪れるがほんの一瞬のことだった。

 霊園からマシュと虎杖達が出てきたからだ。

 

「マシュ~~! あれだけ加減してって言ったのにぃ~~」

「ご、ごめんなひゃぃせんふぁ」

 

 藤丸にもにもにと頬を引っ張られるマシュ。

 

「あっ、野薔薇ぁー。任務上がり? 乙―」

「鈴鹿。あんたも調査終わった? じゃあこの後、付き合いなさいよ、バレンシアガの新作バッグ出てさぁ」

「えマジ⁉ 行くし行くし!」

 

 ブランドの新作バッグにテンションを上げる鈴鹿と意気投合する釘崎。

 

「今度こそ真っすぐ高専に運んでくださいよ。居酒屋に行こうとしないでください」

「固いなぁ、少年。ぶらりと遊興に興じるのも、稽古の内だよ」

「……ぶらりじゃ済まないんだよ、あんたの酒に付き合うのは。だいたい未成年を連れ込まないでください」

 

 目元に怒りのしわが浮かぶ伏黒を、ニマニマと頬杖を突いて見上げる荊軻。

 

 藤丸はマシュと、釘崎は鈴鹿と、伏黒は荊軻と。

 各々に契約したマスターとサーヴァント同士のやり取りが、霊園前に駐車した車の周囲で交わされる。

 

 その空気にあぶれた虎杖は……

 

    「さみしい‼」 

 

 正直に自分の胸の内を叫んだ。

 




昨日は更新できず、申し訳ありません。3章のプロットの組み立てが上手くいかず……
でも、なんとか書き出せました。ライブ感の2章から一転、ちゃんとします!

そして、他の作品の執筆事情のため、週1の1話更新にさせていただきます。
更新日は土曜の25時。
1話更新に変わりましたが、その分、1話あたりの字数を増やしました。
でも長さを考えて、2話分割するかも……今後ともよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 宵祭り―開催

「で、連れてきちゃったの? 彼?」

「だって……野薔薇ちゃんは鈴鹿ちゃんと一緒に買い物行っちゃったし、伏黒君は荊軻に連れて行かれたし……虎杖君だけ残して行けなくって……」

「お邪魔しまーす! うはぁ本当にバーだ、すげぇー! なんかドキドキするな!」

「はい、バー特有の雰囲気というか……私も未だにソワソワしちゃいます」

「そうだねぇ、マシュ君はノンアルコールカクテルを振る舞っても場酔いしちゃうからね。ところで語尾の悩みは解決したかな?」

 

 その瞬間、マシュの頬があっという間に朱に染まり、余計なことを口走ったバーの店主の名を責めるように呼んだ。

 

「~~っ! モリアーティさん!」

 

 いつの間にか新宿に店を構えていたその英霊は、高笑いでマシュの叫びに応えた後、どことなく固い表情の虎杖にカッコつけた礼をする。

 

「さて、君とは初めましてだね、虎杖悠仁君。私はジェームズ・モリアーティ。見ての通り、バーを営んでるしがない老紳士さ。ま、そう気を張らずにリラックスしたまえ」

「そうそう。気軽に『アラフィフ』って呼んで良いから。」

「マスター君⁉」

「……ははっ、なんかやっぱすごいな藤丸は」

 

 そうして藤丸達3人にノンアルコールカクテルを振る舞ってから、モリアーティは鈴鹿達の調査結果を伝えた。

 

「ふむ、では、地下駐車場の機械室にもいなかったんだね、幸吉(こうきち)君は」

「幸吉? 誰?」

 

 虎杖の呈した疑問に、藤丸は意外そうに目を丸める。

 

「知らないの? ほらペッパー君みたいな……あの中身の人」

「あぁ、メカ丸か! 俺あんまり面識無いんだよなー、京都校の人だからさ。なに? 藤丸達、メカ丸探してんの?」

「五条さんのお願いで……でも手がかりが無いんですよ」

 

 メカ丸、もとい与幸吉(むたこうきち)

 術式:傀儡操術。己の作成した傀儡を操るのだが、特筆すべきはその捜査範囲。

 

「日本全土から傀儡を操作できる。操れる傀儡に条件は無し。究極、蚊のようなサイズでも術式対象、か。――――なにそれめちゃめちゃ楽しそうな呪術じゃない?」

「こら、犯罪コンサルタント。悪い笑顔してんじゃないよ」

 

 ジェームズ・モリアーティ。

 世界的名探偵シャーロックホームズの宿敵にして、『完全犯罪』のプランを依頼者に提供する組織を運営していた。その規模は当時のヨーロッパ全土に網が行き渡るほど。

 そんな彼からしてみれば、与幸吉の【傀儡操術】は悪魔的魅力であろう。

 

「内通程度で済ますなんてもったいない……っ! 私であれば、彼の能力をもっと有効に」

「シャラーップ、アラフィフ」

 

 そんな犯罪界のナポレオンの口を物理的に塞ぐ藤丸。マシュと虎杖では、決して真似できない所業だ。

 冷静になったモリアーティは咳払いを一つ挟んでから、容疑者のおさらいに戻る。

 

「まぁ、代償を鑑みると妥当なギフトではある。【天与呪縛】とは、よく言ったものだよ」

 

 広大な術式範囲と膨大な呪力と引き換えに、与幸吉は生まれながら右腕と腰から下の感覚が失われており、肌は月光に焼かれるほど脆い。

 マシュの顔色に僅かな沈痛の色が混じる。虎杖や藤丸とはまた違った曇り方は、彼女が彼の境遇を他人事とは思っていない証だった。

 

「どうして……幸吉さんは呪詛師と呪霊連合と通じたんでしょう」

 

 ぽつりと問いがこぼれ落ちる。

 藤丸とマシュはここ数カ月に起きた高専の出来事を資料で確認済だった。

 

 魂を歪める術式を持つツギハギ顔の呪霊。

 大地の畏れが具現化した火山頭に、星を慈しむが故に人間の滅びを望む森の呪霊。徒党を組んだ特級呪霊の連合と、それに入れ知恵する呪詛師。

 明らかな人類の敵にどうして、人間である彼が協力したか。

 その理由をマシュは理解できず――――モリアーティはあっさり言い当てた。

 

「体を治してもらうために決まってるじゃないか」

 

 盲点を突かれて、曇っていた三者の顔がそれぞれ晴れる。モリアーティはグラスを拭きながら、理路整然と言い当てる。

 

「資料では、ツギハギ顔の術式【無為転変】は魂に干渉することで肉体を操作する術式だ。歪めることができれば、治すことだってできるだろう。だから体の治癒を交換条件に、情報を提供する【縛り】を結んだ。『内通』という犯罪に走るには、納得のいく動機だとも」

 

「――それでも、あいつは駄目だ」

 

 ギチィ! と、拳が堅く握り締められる音がマシュの傍らから響き渡る。虎杖は脳裏に蘇る真人の大笑いを描きながら、沸々と口を開く。

 

「あいつはそんな約束事を守る奴なんかじゃない」

「だろうねぇ。体を治した後に殺せば、【縛り】を破ったことにはならないし……それは幸吉君も理解しているだろう。だからこそ」

 

 一度、言葉を区切って、モリアーティは静かに磨き上げたグラスをバーの棚に飾る。

そして断言する。

 

「彼は間違いなく戦う準備をしている。だからこそ、潜伏場所は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に限られる」

 

 それを聞き、藤丸は今日調べてきた場所を思い返す。

廃デパートの地下駐車場なら、傀儡の置き場所に困らない。その機械室は、メカ丸本体が隠れるには絶好の条件だ。

 思い返せば、これまで調べてきた場所は全て、モリアーティが口にした条件に当てはまっていた。

 

「そしてこれまでの呪霊連合の動きからして、東京で何かを起こそうとしているのは明白。何故ならここには五条悟がいる。彼をどうにかしなければ、悪事なんて起こせる筈無いからね。ならば彼らの都合を考えれば、東京近辺・少なくとも関東圏には潜伏してる筈だ」

 

 日本全土という広大な捜査範囲。

 しかしメカ丸の側からではなく、()()()()()()()()()()()()()、自ずとメカ丸の潜伏場所は絞られてくる。

 なぜなら、体の治癒という【縛り】を成立させるためには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「東京から近すぎず遠すぎず、尚且つ、幸吉君が潜伏できて多くの傀儡を隠せる場所。それでいて一般人が訪れない場所といえば……ここだろう」

 

同じ悪側だからこそ、モリアーティはその心理を追いかけ、更には不確定要素まで計算して与幸吉の居場所を特定していく。バーテンの制服ポケットからスマホで検索し、マップでその場所を示す。

 その場所は――――山間部に放置された、廃ダムであった。

 

「さぁ、明日はこの場所に行くよマスター君。少々急がなければ……幸吉君の身が危ないかもしれない」

 

 こうして10月18日と19日、モリアーティの店は休業した。

 

 虎杖はモリアーティの運転する車に乗った藤丸とマシュを見送ってから、LINEで助けを求めてきた伏黒のヘルプに向かった。

 

 ***********

 

「こ、腰が……! 長時間の運転が祟った……っ!」

「がんばれアラフィフ頑張れ! アラフィフは今までよくやってきた! 見てきたもん、分かるよ! アラフィフはできる人! だから今日も! これからも! ヘルニアになっていても! アラフィフの腰が砕けることは絶対に無いっ‼」

 

「君に私のことを断言されたくないんだが⁉ というかちょっと楽しんでいないかい、マスター君⁉」

「あ、見えてきました! ダムです! モリアーティさん、あともう少しですよ!」

 

 カーブが連続する山道が腰を追い詰める。けれど、そのカーブを迎える度に、山間に建てられたダムの全容が見えるようになってきた。

 

 夜遅くの出発だったため、時刻は日付を越えて10月19日を迎えていた。

 

「ところでさ。これで幸吉君いなかったら、アラフィフどうする?」

「とんでもないタイミングでの『ところで』だね、マスター君⁉ 私、もう帰りたくなってきたんだが⁉ あっ! 運転できるの私だけか! アハハハハハハハハh」

 

 次瞬、車窓に映る景色に起こった変化が、モリアーティの悲し気な高笑いを止める。

 

 ――――ダムの向こう側に、巨大な水柱が立ったのだ。

 

 水柱から現れたるは、ダムの高さを超す巨大な機械傀儡。その傀儡がダムの上にいる何かに向けて、手の平を向け……爆炎を放出。

 

 ここまでの道中で蓄積された腰のダメージは、無駄ではなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 宵祭り―犯罪受注

 ダム湖から現れた巨大傀儡【究極(アルティメット)メカ丸:絶対形態(モードアブソリュート)の頭部にて、メカ丸……否、与幸吉はとっくに固めた決意を眼差しに浮かび上がらせる。

 

 あれだけ忌々しかった肉体は、今や【無為転変】によって完全に修復された。それを担った特級呪霊:真人は舌なめずりして、幸吉の居場所……頭部の操縦席を凝視する。

 モニター越しでぶつかる決意と殺意が、互いの立ち位置を明らかにする。

 

(――出し惜しみはしない)

 天与呪縛に拘束され続けた苦しみ、その年月を蓄積した呪力――――実に17年5カ月6日。

 その内の一年分の呪力を、究極メカ丸の手の平に凝縮させた。

 

「チャージ一年!」

 

 年月のカウントが一年分減った。

 固めた決意の奥底にいる、少女の笑顔がちらつき、そして消える。

 

「焼き払え、メカ丸!」

 

 真人の破顔が光に照らされる。

 ボバンッッ‼‼ と、凝縮された呪力が爆ぜる。

 

【大祓砲】の砲火がダムに大穴を穿ち、瓦礫が織りなす轟音が山間に響き渡る。真人はモロに炎に呑み込まれたが……立ち込める砲煙から兎足で飛び出す。

 顔の半分が焼け爛れ、眼球が露呈しているが、走っていく内に再生し、真人の顔は再び皮に覆われる。

 

 自らの魂を強固に維持することで、肉体の形を元に戻したのだ。

 真人にダメージを与えるには、真人の【魂】を破壊しなければならない。

 それが究極メカ丸では不可能であることは、真人にも伝わった。

 

 問題ない。

 重ねてきた準備が、劣勢である幸吉に挑戦的な笑みをもたらす。

 究極メカ丸の巨躯が腕を振り上げ、拳を固める。

 そして真人の背中へ下ろそうとした瞬間――――空けた脇の隙間をジェット噴射する棺桶が通り抜けた。

 

(なんだ⁉)

 幸吉が目を剥く。

 

 通り抜けた棺桶は真人の進行方向上にガゴン‼ と突き刺さる。

 戦場に訪れる、数秒の沈黙。

 それを棺桶の蓋と一緒に破ったのは、五十代の壮年男性と橙髪の少女だった。

 

「老体に鞭を打ち過ぎでは無いかね⁉」

「だってあそこから車飛ばしてたら間に合わないじゃん!」

 

「……なんだあいつら」

 勝負に水を差された真人は完全に冷めた様子で攻撃を放つ。

 自らの魂の形を変形。腕を長大化させ、鞭のしなりと刃の鋭利さを再現させた。

 振るう鞭刃。その先端は音速を越えて、ギャーギャーと言い合う少女と壮年男性を横薙ぎに切り裂かんと迫る。

 

(――――チャンスだ!)

 

 幸吉はすぐさま切り札である注射型のデバイスを操縦席の接続端子に突き刺す。人工音声が『術式装填』と告げる。

 

 真人の意識があの二人に向いている今、この瞬間が切り札を打ち込む好機だった。

 胸に込み上げる罪悪感を、これまで自分が犯して来た裏切りの数々を思い出すことで、押し流す。

 

「すまない、藤丸立香」

 幸吉の脳内に浮かび上がる、京都校の生徒達。

 

(みんなに会う。そのために――――お前を見捨てる)

 究極メカ丸の指先がパカッと二つに分かれる。そこからせり出す短筒の杭。ピピピと狙いを定める電子音が鳴る中で……幸吉は見た。

 

 

 真人の鞭刃を弾き返す十字杭の円盾を。

 

 

「敵性呪霊、仮称『ツギハギ』を確認。マシュ・キリエライト、戦闘を開始します!」

 

「マシュ」

 戦闘開始を告げるマシュの肩に藤丸は手を置いた。

 そうして耳元に口を寄せて……静かに、力強く、囁く。

 

【がんばれ】

 

 途端、ズオッ‼ とマシュの体から蒼炎が立ち昇る。

 

 幸吉は、藤丸の口元に一瞬だけ浮かんだ【蛇の目】と【牙】の紋様に驚愕する。

(狗巻家の呪印⁉ なんで魔術師が呪術を使える⁉)

 

 マシュが身をかがめ、一歩を踏み出す。

 ズンッ‼ と踏み込みでダムにヒビが走った。

 

「ハハッ! 面白い‼」

 哄笑する真人にマシュは飛び掛かる。蒼炎の呪力に包まれた英霊を、諸手を上げて真人は歓迎した。

 

 幸吉は呆然と両者の攻防を見つめる。するとマシュが究極メカ丸から真人を遠ざけるように立ちまわっていることを理解する。

 そのタイミングを見透かしていたかのように、五十代男性(アラフィフ)が口を開いた。

 

「ツギハギはマスター君達が対応する。だからその切り札は取っておきたまえ」

 

(っ! いつの間に……)

 知らず肩の上に乗っていたアラフィフ――モリアーティに警戒の視線を向ける幸吉。

無言を貫く究極メカ丸に、モリアーティは「フム」と整えた口髭を撫でる。

 

「なるほど、天与呪縛に縛られた年月を呪力に変換しているのかね。だから一時的に特級クラスの出力を可能としていると。しかし無駄遣いが過ぎないかい? 最初の砲撃、私の計算では一年分だと思うのだが、違うかね?」

 

(この英霊、どこまで……っ⁉)

 

 幸吉が入手した情報はカルデア交流会まで。それ以降の藤丸立香と直接契約を繋いでいる三騎の英霊の概要は把握していない。

 

 故に、幸吉はこの壮年男性を信用し切れなかった。マスター藤丸立香ならば、その人となりをある程度把握しているため、まだ信じられるが……肩に立つこの壮年のうさん臭さが幸吉の顔をしかめさせる。

 

「……返事なしか、寂しいね。それとも発声機を付けてないかな? では一方的に話すし一方的に協力しよう。まずは君の呪力運用へのアドバイスだ。余り年単位の大技を使うものでは無い。君の敵はツギハギ顔だけでは無いのだから」

 

 余計なお世話だと一蹴したくなるような内容。

 しかしそれと同じことを、会いたいと望んだ京都校の先輩が口にしていたことを思い出す幸吉。

 

『メカ丸。大技を無駄打ちするな。敵が目の前の一体とは限らないぞ』

 

 忘れていたわけでは無い。その存在を念頭に置いた上で、戦況を組み立てていた。だがモリアーティはその幸吉の組み立てを甘いと指摘した。

 

 そう、この場にはもう一人、真人と同列の【特級】がいる。

 しかしそれは呪霊ではなく――――術師だ。

 

「困ったなぁ、ここに辿り着かれたこともだけど」

 

 声が降りてきた。

 メカ丸とモリアーティが見上げると、そこには袈裟を纏った額に縫い目のある男が蛇型の呪霊に乗って浮遊していた。

 

 夏油傑。

 日本に4人しかいない特級術師がマシュを一瞥し、モリアーティを見下ろす。

 

「まさか【英霊】が来るとはね」

「おや、お初にお目にかかる! 私はマスター君を支えるしがない英霊、腰痛が悩みのアラフィフさ! 君が一連の黒幕かね?」

 

 仰々しく挨拶するモリアーティに、夏油の平静な表情は崩れない。

 だがそんなことは構いもせず、モリアーティは少し大きすぎる独り言を続ける。

 

「しかし可笑しいな。私の記憶違いでなければ、君は去年、五条君に殺されている筈だ。それにこの一帯に張られた術師を閉じ込める【帳】。資料で見る限り、夏油君にここまで卓越した結界術は無い。()()()()()()?」

 

 ――夏油の目に興味が宿り、細まる。

 

「やっぱり【英霊】は面白いね。私が目にしたい可能性とはまた別の可能性だけれど」

 

 夏油の手の平から、ポウッ……と何かが零れ落ちる。

 それが呪霊だと気づいた瞬間、メカ丸が腕を突き出し【大祓砲】を呪霊目掛けて放とうとする。肩口に立っていたモリアーティは血相を変えて、それを止めた。

 

「っ! 動いてはいけない‼」

 

 制止の声が操縦席にいる幸吉に届いたのと同時に――――幸吉と究極メカの右腕に矢印が浮かび上がる。

 

 

 ボキャッ、ゴキッグチッメギャッ‼

 

 

「――――は」

 

 脂汗が浮かんだ頬にびちりと血が跳ねる。

 手首は時計回り、上腕は反時計回りに、二の腕は時計回り。雑巾を絞ったかのように、幸吉と究極メカ丸の腕が捻じれて、皮が破けて、血が垂れ落ちる。

 

「がぁぁっぁーーーーーーーっ‼」

「幸吉くん‼」 

 操縦室から漏れ出る幸吉の悲鳴にモリアーティが駆けつけようとする。

 その時には既に……モリアーティの左腕に矢印が浮かび上がっていた。

 

「道祖神。紀元前中国に祭られていた『道祖』が伝来し、古来日本の邪悪を遮る『みちの神』と融合したものだ」

「っ! 方角を司る術式!」

「ご名答」

 

 腕を組んだままの夏油を、蛇呪霊が宙をくねって、悠々と近づいていく。モリアーティは夏油の肩越しに浮遊する【道祖神】を睨み据える。

 

 その呪霊は、妙に肉感のある風見鶏のような姿だった。頭上に浮かんだ矢印はモリアーティの左腕に浮かんだ矢印と同じ向きをしていた。

 

「矢印の向きに従わなかったら強制的に捻じる術式。しかもさりげなく情報を開示して、術式対象を拡張したね?」

「随分、術師らしい思考だね。英霊とは思えない」

 

 間近に向かい合って対峙する両者。

 夏油は平静に、モリアーティは剣呑に互いを見つめ合う。

 

「……なるほど、これは五条君とはまた別種の厄介さだ」 

「君達、【英霊】ほどじゃないよ。当たりはずれは大きいけれど、君達の【スキル】にはつくづく唆られる。実質、複数の術式を有してるようなものだからね。更には……これは後になって分かったことなんだけど」

 

 夏油がモリアーティの胸元へ腕を伸ばす。袈裟の長い袖から指先が覗き、トンッと軽く触れた。直後、モリアーティの視界に映る夏油の相貌が小さく、遠ざかる。

 

「なっ……」 

 

 胸骨の軋みを覚え、驚愕の息に吐血が混じる。

 術師と英霊のフィジカルは基本的に一線を画している。

 

 ()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ベキンッと左腕を捻じられながら、モリアーティはダム湖の水面に叩きつけられた。

 

「うぐぅぅうああああ‼」

 

 幸吉が咆え、究極メカ丸が拳打を放つ。矢印に従いつつ放った、変則的な軌道の巨拳(アッパー)が夏油に迫る!

 

「無理するなよ」

 

 夏油は悠然と長い袈裟の袖をまくり、軽く腕を回す。今度は呪力を纏った腕で、究極メカ丸の巨拳に真っ向から対抗する。

 

 メカ丸の拳から腕にかけて駆け上る亀裂。

 肩から飛び出た拳の衝撃は究極メカ丸の巨躯をも弾き飛ばし、ダム湖に倒れ込む。

 盛大な水柱が建ちあがり、飛沫が雨となって降り注ぐ。

 

「肉体構成的に【英霊】は呪霊操術の術式対象内だ。けれどまさか、こんな使い方が出来るとは思わなかったよ」

 

 呪霊操術の奥義【うずまき】は取り込んだ呪霊を超高密度の呪力に変換して放つ技だが、この際、呪霊の持つ術式は夏油に抽出・還元されるのである。

 

 しかし【英霊】に限って言えば――――体内に取り込んだ時点でその【スキル】を使用可能としたのだ。

 

「発動したスキルによっては、取り込んだ英霊を推理されるかもしれないからね。特に君の前では無駄に手札を晒す訳には行かない。重複(だぶ)った【怪力(これ)】で相手させてもらうよ」

 

 夏油の足元に『影』が生じる。

 虚空に浮かんでいる筈なのに浮かび上がる色濃い影は、出口。

 

「更に、駄目押しだ」

 取り込まれた呪霊の群れがドパッ‼ と、夏油の影から湧現した。

 

「 藤丸立香を殺せ 」

 

 1体の1級呪霊を残し、他の呪霊の群れが我先にと藤丸へと押し寄せる。それを見送った後、一騎と一機を打ち沈めたダムの湖面を、夏油は顎を擦って睥睨する。

 

「さぁ、どう出るかな?」

 

 文字通りの高みの見物を決める夏油。すぐ傍では【道祖神】が風見鶏らしく、からからと八方を見回す。

 更に呼び出されたばかりの1級呪霊が不穏な呪力を放ちながら、夏油の傍に控える。

 迎撃態勢を固めて、湖上を浮遊する夏油の背後に――――巨大な水柱が突き立った。

 

 水柱の中から現れる巨躯に対し、【道祖神】が反応。すぐさま振り向き、矢印の呪いを掛ける。

 

 けれど夏油は目を見開いて、【道祖神】を残して後退する。

 

 水柱の中にいる究極メカ丸は最初から腕を伸ばした状態で現れていた。胴体に浮かぶ矢印の呪い、しかし既に突きつけられた指先から……呪力の閃光が迸る。

 

『3デイズチャージ:閃光弾(フラッシュ)

 

 道祖神の視界が光に埋め尽くされる。

 矢印の呪いが消えた瞬間――――捻じられ破壊された筈のメカ丸の右腕が【道祖神】を捉える。メカ丸の右腕に取り付けられた棺の武装『ライヘンバッハ』から放たれた機関砲が【道祖神】を蜂の巣に穿った。

 

 メカ丸の頭部、その中の操縦席で交わされたやり取りを夏油は知らない。

 

「さて、幸吉君。それは確かなんだね」

「あぁ、【縛り】に嘘は通じない」

「ならば……良いだろう! 犯罪コンサルタントして! 君の依頼を受注した! さぁ、ならば共に為そうか、『完全犯罪』を‼」

 

 モリアーティの宝具にして武装『ライヘンバッハ』と融合した究極メカ丸、その巨躯が【悪】に染まる。

 

「今から君は私の『共犯者』だ! 光栄に思いたまえよ、幸吉君!」

「……最低な気分だよ、我ながら」

 

 幸吉は自身の弱さに、醜さに自己嫌悪に至る。けれど、その濁った部分を目の当たりにしても見たいモノがある。叶えたいモノがある。

 

 ――――会いたい人がいる。

 

 だから幸吉は間違いを、犯罪を、やり切ると、貫き通すと、心に固く誓う。

 その頑強な意志が眼力を増大させ、夏油を捉える。

 

 モニター越しでぶつかる決意と悪意の衝突が、広大な湖面に波紋を起こした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 宵祭り―本能と願いの祭囃子

 特級呪霊・仮称『ツギハギ』。

 2018年9月、神奈川県川崎市キネマシネマで起きた男子高校生3名の変死体事件によって、その存在を確認。

 今事件を担当した1級術師七海建人の報告によって、該当呪霊の等級を『特級』に認定。以下にその術式の詳細を記載する。

【無為転変】

 魂に干渉することで、他者の肉体を変化・改造する術式。

 

「上の空? 余裕あるね」

 

 資料内容を反芻していたマシュの鼓膜に、穏やかな知性を感じさせる声がするりと入り込んできた。

 

 直後、思索から戻った意識が見たのは、嬉々として巨大化した拳を振るうツギハギだった。バゴォッ‼ と盾で受けた衝撃が肉体にまで走り、マシュは歯を食いしばった。

 

 腕に痺れを覚えつつ、ギュルリと盾を回転。手甲のように持ち変えてからマシュは盾の長杭による刺突を繰り出した。

 

 英霊としての腕力を炸薬代わりにしたパイルバンカーの如き刺突攻撃。

 射出された杭はいとも容易くツギハギの胴を貫くかと思えた。事実、その通りになった。人間のような五体に風穴が空き、長杭が通過する。

 

 しかしその穴は杭によって貫通したものでなく――ツギハギ自身が事前に開けておいた穴だ。ミチィ! と穴が閉じて、盾の長杭が抜けなくなる。

 

 マシュの紫紺の瞳に、頬を持ち上げるツギハギの笑顔が映り込む。

 剥き出しになった歯茎から粘着質な音が鳴り、ツギハギが右腕を振り上げる。瞬間、右腕が長剣状に変形。

 斬撃が地面を抉り、空を裂き、マシュの肩と腕を分かとうとした。

 

 肩口にチリッと走る痺れ――

「ふっ!」 

 ――に構わず放った掌底打がツギハギの顔面にめり込む。

 

 盾から手を離し、とっさに半身の態勢を取ったからこそ放てた攻撃。ツギハギの首がのけ反り、がら空きの胴がマシュの目に入る。

 

 しかしマシュはその隙に食いつかず、素早く飛び退さる。

 瞬間、ボボボボボボンッッッ‼ と降り注ぐ肉槍の雨。

 さっきまでマシュがいた場所に突き立つ、肌色の槍。その一本一本から助けを求める呻き声が聞こえる。

 

 瞳に沈痛な色を残して顔をしかめるマシュ。

(自身の形状は自在に変形可能。そして……生きた人間の形を変えての攻撃)

 

『いぃやああああああああ』

『たす……げてぇ』

『だ、いじょ……ぅぶ?』

『いたぃいたいいたいいたい』

『せんっ……ぱぁぁーーー』

 

「あっ……」

 地面に突き刺さる槍状に改造された犠牲者の、虚ろな言葉。その中に混じる、誰かを案じる声と、自分がよく耳にする……否、口にする言葉が聞こえてきた。

 

『せ、ぱ……い……せん、ぱぁ』

 

何度も何度も同じ言葉を繰り返す、その一本の肉槍から目を離せないマシュ。一滴の涙が槍を伝ったその途端――――無造作に振るわれた巨拳が肉槍の悉くをへし折った。

 

「良いッ! 良いよお前‼ 今まで会って来た英霊より、断ッ然ッ良いっ‼」

 

 歓喜に震えながら、のけ反った上体を起こすツギハギ。

 その鼻面からボタタッと垂れ落ちる血。

 

「なんてことだ‼ 俺の天敵はっ、虎杖悠仁だけじゃなかった‼」

 

 マシュ・キリエライトはデミサーヴァント……その内に【ギャラハッド】の霊基(たましい)を宿している。つまり両面宿儺の器である虎杖悠仁と同じく、マシュの攻撃は真人の魂を直接叩くことを可能としていた。

 

「あぁ~本番前だけど……いっか、別に。ストックなんてどうとでも溜められるしね」

 

 バキバキと肉槍の破片を踏み砕きながら、ツギハギは二本の指を喉に突っ込み、げろりと吐き出す。

 げろ、と。

 げろげろ、と。

 げろげろげろげろげろげろげろげろと吐き出す!

 

「 【多重魂・撥体】 」

 

 数多の人間の魂をぐちゃぐちゃにくっつけ合わせる。同極の磁石をくっつけるかの如く反発し、拒絶し合う魂を力尽くで抑え込む。

 そうして爆発的に膨張する魂の質量に引きずられ……膨大な肉の濁流がマシュ目掛けて放出される。

 

 ダムの堤防上、横幅縦幅いっぱいを埋め尽くす人肉に対して、マシュは手を伸ばす。すると手の平の先が白く瞬き、捨て置いた筈の円盾が戻って来た。

 

いまは遥か(ロード)……」

 

 長杭を地面に突き刺し、盾を固定する。

 真名解放、身体の奥底から湧き上がるかの英霊の魔力が、円盾をかつてそびえ立った白亜の城を構築再現する。

 

理想の城(キャメロット)‼」

 

 歪に歪められた人肉の奔流を城壁が塞き止める。幾つもの剥き出しの歯列が城壁に咬みつき、掘削せんとする。がりがりという振動が伝わる度に、盾を構えるマシュの魔力がごりごり削られていく。

 

 マシュ……ギャラハッドの宝具【いまは遥か理想の城】は、精神力を防御力に変換する防御宝具。使用者の心が折れない限り、この宝具は撃ち破られない。

 

 しかし、攻撃を防ぎつつも、マシュの精神は思考してしまう。想像してしまう。

 ツギハギが行う攻撃の一つ一つが、一人の人間で一つのかけがえのない命だったと。

 

 亀裂が走る。

 

「あなたは……」

 

 マシュの心に、亀裂が走る。

 

 これまで数多の攻撃を、その身を削って受け止めてきたマシュの心が、砕けて―――――

 

「どれだけ命を虚仮にすれば、気が済むんですかっっ‼‼」

 

 身を焦がすほどの赫怒が露になった。

 

 憤怒の心に呼応して、その堅牢さを増す宝具は完全に人肉の濁流を防ぎ止めた。

 城壁が白い粒子となって解ける。マシュはあちこちに人肉がこびりついた、変わり果てた眼前の光景を目にする。

 

 髪や歯が混じった肉塊が転がり、足元からぎょろりと見つめる目玉は潤み、浮き出た血管と脈動が足裏に今なお伝わる。

 そんな地獄同然の景色を、マシュは一直線で駆け抜ける。

 

 腕を広げ、破顔するツギハギへ、駆け出した勢いそのままに長杭を突き出す。

 ツギハギは両腕に呪力を漲らせ、純然な強化でマシュの攻撃を受け止めた。がりがりがりとツギハギの踵が抉れ、地面に電車のレールの如き直線が刻まれる。

 

「――ちょっと勢い弱まってない?」

 

 わずかに押し戻される感覚を覚えた瞬間、マシュは後方に宙返り。間合いを確保してから、盾の状態を確かめる。

 

(っ! 凹んで……)

 盾にはツギハギの指の跡が残されていた。

 認識を改めるマシュ。

 

 人間のような姿、それでもアレは呪霊なのだ。呪力強化した際の膂力は、高ランクの筋力を持つサーヴァントに比肩する。

 

「呪力操作が下手だね。相方が掛けてくれた呪言が消えかけてるよ。知ってる? 呪力は廻らすものなんだ。なんなら教えてあげよっか?」

 

 呪力の蒼炎に包まれた拳をこれ見よがしに掲げるツギハギ。マシュは答えず、盾を振りかぶる。サイドスロー気味に投げられた盾が激しく回転する。

 

 ツギハギは瞬時に頭身を縮め、回転する盾を搔い潜った。小さくなったツギハギの姿が加速。刹那でマシュの足元にたどり着く。

 

(早いっ!)

 

「んばぁ!」

 かがんだツギハギが膝を伸ばしたタイミングで頭身を元に戻す。結果、倍速で迫る足元からの拳がマシュの頬を掠める。

 破ける皮膚、零れる赫玉。

 

「アンタも気の毒だよなぁ! 相方に見捨てられて! 一人残って戦ってさぁ!」

 

 目まぐるしく入れ代わり立ち代わる拳闘の最中、ツギハギが喋りかける。マシュは口を閉ざしたまま、ツギハギの拳をいなす。

 

「言われない? 幸薄そうって! もっと弾けなよ……これみたいにさぁ!」

 

 直後、ツギハギの腹から生える三本目の手がマシュの鼻先に改造人間を投げつける。改造人間は膨らむ間もなく爆散。びちゃちゃちゃ! と血飛沫を浴びるマシュ。

 

 その目くらましに乗じて、ツギハギの蹴りがマシュの腹に放たれる。吹き飛び、堤防の柵に背中を強打するマシュ。

 

「なぁ、知ってるか英霊。命に価値や重さは無いんだよ。ただ水のように廻るだけだ」

 

 なぜか追撃を行わず、立ち止まって話しかけるツギハギ。マシュは俯いたまま、垂れ落ちる前髪がその表情を隠す。

 

「命は無意味だ、魂は無価値だ。だから自由で良いんだ。何をしても良いんだよ。なぜ命を虚仮にするか……だったよね」

 

 ツギハギの右手と左手がぼこぼこと変形する。

 右手は橙色の髪の少女、左手は紫色の髪の少女の顔面に変わる。

 左手は「せんぱいせんぱい」と壊れたレコーダーのように繰り返す。

 

呪霊(おれたち)はこう答えるんだよ、英霊」

 

 ツギハギは手を合わせるように、二つの顔を合わせる。

 するとせんぱいと呼ぶ左手を、右手ががぶがぶと咬みつき引き千切った。

 

「本能だ、ってね」

 

 手慰みの遊興を終えて、ツギハギは手を元の形状に戻す。

 そうして一歩一歩、沈黙を守り続けるマシュに歩み寄る。

 

「なぁ、お前らはどうなんだ英霊? 願いを餌に死んでも何度も呼び出されて殺し合って、最後は令呪で自害させられる。あの相方……あんたのマスターも結局命惜しさにあんたを置いて逃げ」

 

「くだらない」

 

 語るに逸っていたツギハギの口が開いたまま閉じる。マシュは長く、深くため息を吐き出し続け――――顔を上げた。

 

 紫髪の隙間から覗く、その目は……心底、眼前の呪霊を見下げ果てていた。

 

「ツギハギ、あなたは子供です。生まれたばかりで、自己陶酔の果てに世界を勘違いしてる……同情を覚えるほどの哀れな子供です」

 

 蹴りを受け止めた肘を振るって、グッパッと手を握り開く。マシュは言っても分からないだろうなという失望を匂わせながら、立ち上がる。

 

「ただ廻るだけの命なんて無い。水がその先にある海を切望しますか? 見果てぬ大海(きぼう)を、水平線(みらい)を想って流れますか? しないでしょう」

 

 マシュが手を掲げると、白い光の粒子が寄り集まり、投げられた円盾が手元に引き寄せられる。マシュはこの盾であらゆる攻撃を受けて、止めてきた。

 

 だからこそ、その一撃を放った敵の想いを、未熟でも感じ取ってきた。

 その経験が告げる。

 

「ツギハギ。あなたの攻撃には何も籠ってない。正しくなくても誰かを守りたい、何かを得たい、譲れない信念を貫きたい……そういう想いが何も伝わってこない。あなたから感じるのは――――汚らわしくてどす黒い、混沌とした本能」

 

 十字杭の先端が突きつけられる。

 ツギハギの双眸を、純白な眼差しが貫く。

 

「願いを抱いたこともない。叶えようと進んだこともない。……託したこともないあなたみたいな呪霊が――――英霊(わたしたち)を語るな‼」

 

(先輩を、語るな)

 マシュの円らな瞳が鋭利に吊り上がる。

 

 藤丸は逃げてなどいない。自身が狙われることでマシュを不利に導かないよう、別行動を取ったのだ。

 

『帳の外に出て、五条さんに連絡を取る! だからマシュ――――【がんばれ】!』

 

 そうして藤丸はダムを飛び降り、岸まで泳いで、山間の森を駆けている。

 マシュの役割は、それまでツギハギを引き付けること。決して藤丸の元へ行かせないこと。

 

「ツギハギ、あなたはここで確実に祓います‼」

 

 

「 うーわ、あほくさぁ 」

 

 

 戦意を滾らせるマシュを、呪霊が嘲笑に付す。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 背後から肩に手をかけ、耳元に唇を近づけた――――()()()()()()()()()()()()

 

(―――――え)

 

 振り返るマシュの鼻先に突きつけられる、紫の水晶。

 その水晶に映りこむは、眼孔に虚無の闇を嵌め込んだ少女の相貌。

 ……マシュの見知った英霊(かお)だった。

 

『安ん珍んさまぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』

 

「時間がかかるんだよ、折り畳んだ英霊を広げるのは」

 

 瞬間、水晶から解き放たれた大蛇が、マシュの体躯を締め付けた。




真人の戦闘書くのたのしぃ~~~~

さて、現在「たいあっぷ」というサイトにてオリジナル小説を公開中です!
よろしければ、そちらも見てください(そして「続きを読みたい」ボタンも押してくれたらありがたいです)

堕天使Vtuberラブコメ
tieupnovels.com/tieups/1011

きらら系麻雀
tieupnovels.com/tieups/1012


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 宵祭り―独りぼっちの祭囃子

 嫉妬・恨み・失恋。

 恋愛に関するトラブルで女性が妖怪変化する物語は多く散見される。

 能面の般若面が代表的だが、かの茨木童子は、元は美形の男性だったが、自分が振った女達の妄執によって鬼化したという俗説がある。

 

 しかし鬼になるならともかく――――恋焦がれた末のあくなき執念によって火炎を吐く大蛇……【竜】に変化したのは清姫だけである。

 

「清……姫っ、さ」

 

 苦鳴を上げるマシュの、四肢を、喉を絞め上げる大蛇。

 その鱗はマシュに宿るギャラハッドの守護が無ければ、燃え焦がされる程の高温を帯びている。

 

 その大蛇はかま首をもたげ、絞めつけた獲物を頭から飲み込もうと、大口を開ける。その口腔の奥底では青き炎が炉心の如く燃え盛っていた。

 

「俺の術式は【魂】に触れて、その形を変えれる。けど英霊の場合、俺が干渉できるのは【霊基】らしいんだよ」

 

 マシュの背後から現れたもう一人のツギハギ――ツギハギBが語りながら、マシュと戦っていたツギハギAへと歩み寄る。

 

 ツギハギAは小気味よく手を合わせて、Bの言葉を取り次ぐ。

 

「そいつの宝具、【転身火生三昧】……だっけ? 人の姿より断然そっちの姿の方が好みだから、そういう風に改造したんだ」

「どう? けっこう良くできてない? 宝具の常時発動ってかなり手間でさぁ。出力とかサイズとか削ってよーやく再現できたんだわ」

 

 マシュは歯を噛みしめ、眦を吊り上げて、二人並んだツギハギを睨む。

『この存在を、これ以上野放しにしてはいけない』という正義感が、酸素を絶たれた五体に力を漲らせ、巻き付く蛇体を解こうと、

 

「ま、すた……ぁあ?」

 耳元に吹きかけられる、火の粉混じりの言の葉が、マシュの眼を見開かせる。

 

 明らかに意志を喪失している、空虚で無意味な残り滓のような言葉。

 

「ぃか……な、で。にげ、なぃで」

 

 それでも大蛇は繰り返す。

「ます……たぁ、ますっ……たぁぁぁああ」

 

 己が絞めつけているのがその者でないことにも気づかず――その名を呼び続ける。

 きつくきつく絞め上げて、絡みついて。

 逃がさないように、遠くへ行かせないように。

 

「~~~~っ」

 言葉にならない苦渋を、マシュは飲み込む。

 漲らせた力が揺れて解けて、弱まっていく。

 

「――――つまんな」

 

 その様子を見守っていたツギハギ達は二人そろって失望を露にする。

 

「せーっかく英霊同士の殺し合い見れると思ったのになー」

「言っとくけど、放っておいても清姫(そいつ)直に死ぬよ? そこら辺は改造人間と変わらない」

「さっきまでは結構、良い殺意(きあい)だったのに。そんなに正当性欲しい? 自分が100%正義(ヒーロー)じゃないと戦えないタイプ?」 

「ガキかよ。これなら虎杖悠仁の方がまだ冷酷(マシ)だわ」

 

 腕を組み、長くため息を吐き、白けた顔で空を仰ぐツギハギ。

 マシュは何も言い返せず、せめて気道の確保を、と首回りの胴体を引き離しにかかったところで―――――三人の頭上を無数の影が覆った。

 

 それは、白昼駆け抜ける百鬼夜行。

 夏油傑が、藤丸立香抹殺のために遣わせた呪霊の大群だった。

 森の方へ飛んでいく呪霊達。マシュとツギハギは揃って視線で追いかけ、ほぼ同タイミングで呪霊の目的を察する。

 

 しかし同じ反応はここまで。

 

 マシュの相貌はサァッと青ざめていくが――――ツギハギの相貌はニィタァァァと口角を吊り上げていった。

 

「なぁ、良いこと思いついたんだけど」

「あぁ、分かってるよ。当たり前だろ?」

「そりゃそっか。じゃあ……術式有り(おれ)はあっち」

術式無し(おれ)はこっちで」

 

 途端、ツギハギBが呪霊の大群を追いかけて走り出した。

 ツギハギBは首だけ振り返り、呵呵大笑しながら、マシュに向かって宣告する。

 

「楽しみに待っとけ、マシュ・キリエライト‼ 清姫(そいつ)の次は藤丸(マスター)をけしかけてやるから」

「わぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ‼‼‼‼‼」

 

 怒号を張り叫び、マシュは渾身の力で腕を広げ、清姫の蛇体を弾き飛ばした。絞めつけから逃れたマシュは咆哮したまま全力疾走するが――――背後から伸びたツギハギAの手がマシュの髪を握り掴んだ。

 

 手首を捻じり、ぶちぶちぶちと引き千切りながら、ツギハギAがマシュを野球ボールの如く投げ飛ばす。後方へ放られたマシュは空中で態勢を整え、ズザザザザザッ! と着地する。

 

「どけぇええええええええええええええええええええええええ‼‼‼」

 

 盾を正面に構えたまま、弾丸の如くツギハギに突撃するマシュ。

 しかし、そのツギハギの前に立ち塞がるように、清姫が這い出てきた。

 そうして、大口をガパリと開けて…………【竜】の息吹が吹き荒ぶ。一条に伸びる蒼炎は、憤然としたマシュの突進完を完全に殺し、容易く押し返していく。

 

(なんて火力! とまらなっ)

 瞬間、盾の向こうで竜の息吹が爆発。

 マシュは吹き飛ばされ、地面に転がされていく。

 

「ぅ……」

 鼻腔を貫く、人肉の焼け焦げた匂い。顔を上げると、空気中に飛散した脂肪が唇をベタつかせた。ツギハギの攻撃によって作り出された、あちこちに肉がへばりついていた地獄同然の光景は、【竜】の一吹きで火炎地獄と化していた。

 

 パチパチと爆ぜて揺れる焔の向こう、高熱によって歪む空気の向こうで、ツギハギは清姫を侍らせながら手招きする。

 

(……先輩)

 マシュが見た最後の、藤丸の姿。その背中と橙色の髪を思い出して、マシュは立ち上がる。

 

「敵性呪霊『ツギハギ』、改造英霊『清姫』を確認」

 

 閉じた目蓋を開けた時、そこに薄弱の輝きはもう無かった。

 

「――戦闘を開始します」

 

 盾の長杭を構えて、マシュは呪霊と竜に立ち向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 宵祭り―自爆大花火の巻

今週、1話しか更新できませんでした。申し訳ございません。
妖精円卓領域がいけないんだ……あんなに面白いのがいけないんだ……


 整備されていない、凹凸だらけの剥き出しの大地を蹴りつける。

 

「――っ、――っ、――っ」

 

 腕を振る度に、湖の水を吸った高専制服の袖から水滴が飛び散る。汗か水滴かも分からない滴が目の端を掠れる。

 

 肌は冷えているのに体の奥底が熱い。

 酸素を求める肺が苦渋にあえぎ、中心に引き絞られていく。

 

「――――っ!」

 

 それでもがむしゃらに腕を振り、歯を食いしばり、カッと目を見開く。

 

 思考は要らなかった。ただ体の叫びに委ねることが、現況の最適解だから。

 

 生きたい 

 生きたい 

 死にたくない

 

 いつもは後輩の前だから律していた足を、いつだって本当は逃げ出したかった足を、存分に走らせる。

 

 背後からは様々な声が聞こえた。

 ぶちゅりぐちゅりと嫌悪感を逆撫でる怪音が。

 意図が明らかじゃない、不吉な問いかけが。

 雄叫びを上げながら木々を薙ぎ倒す轟音が。

 どこから響いてきてるか分からない哄笑・狂笑・嘲笑が。

 藤丸の命を刈り取ると告げる。

 

 特に意味も無く。

 ただ弱者である『人間』を弄ぼうという本能に従って、134体の呪霊が追いかけてくる。

 

 怖気が脊髄を這い上がった

 膝の内側から生じる震えが足をもつれさせようとしてくる。

 

「うご……っけ!」

 

 ガン‼ と自分の膝を殴りつける。

 崩れてる暇は無いという言の葉を拳に閉じ込めて、殴る。

 逃げたがっていた足が、生きたがっている体が、諦めて黙らないように――――――

『ねぇ』

 

 ソレは唐突に、藤丸の前方に立ち塞がった。

 直後、藤丸は肌に吸い付く制服越しに、この辺り一帯の空間が切り替わった感覚を味わう。

 

(これって……領域⁉)

 

 見開いた藤丸の黄色い瞳に入り込むように、女の姿をしたソレは顔を近づけた。

 

『わぁぁああたしぃぃぃぃぃ、きれぇぇええええぃ?』

 

 髪に覆われた口がガパリと開いて、人とは思えない鋭さの歯から白い線が垂れ落ちる。頬に振りかかる生温かな吐息に、びくりと肩が跳ねあがって……そのまま藤丸は呪霊の眼前に指先を突きつけた。

 

「ガン」

 ド、と唱えようとして――――藤丸は咄嗟に唇を噛んで詠唱を中止した。

 

 そうして今も藤丸の首を縛る特級呪物【下閾乃鐘】を睨んだ。

 

(これさえ無ければ……っ‼)

 藤丸の脳裏に、解除できなかった忌々しい呪物の詳細と、五日前のやり取りがよみがえった。

 

 ****************

 

 特級呪物【下閾乃鐘】。

 その効果:鐘の音を聞いた装着者の意識消失。

 

 術式効果だけで云えば1級程度。

 しかし下閾乃鐘が特級足る所以は『相手に不利な条件を一方的に設定できる』点だ。

 

「駄目ね。この鐘、魔力に反応して音が鳴るようにされている」

 

今にも鐘に触れんとしていた【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】の切っ先を引いて、メディアが告げた。

 

「それはつまり……【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】でも解除不可能な呪物ということですか?」

 

 10月14日。高専の学生寮、藤丸マシュの部屋にて。

 マシュは朝方、レイシフトされてきたメディアにそう問いかけた。

 

 するとメディアは頭を振って、

「解除そのものは可能よ。問題は『魔力に反応』するという点」

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】はギリシアの魔女メディアの宝具である。宝具は英霊の切り札にして真骨頂。その効果は千差万別だが、絶対に共通している点がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あー……そっか。【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】そのものに宿ってる魔力に反応して、音が鳴っちゃうのか」

 

「そういうこと」と言って、ベッドに腰かけていた藤丸の隣にメディアが並んで座る。

 するとマシュはそそくさと立って、藤丸の左隣に移動する。

 

「? マシュなんで隣……」

「音が鳴るということは先輩の秘匿死刑が実行される。ということは」

「えぇ、そうね。五条悟が刺客となる」

「あの、私を挟んで話さないで?」

 

 現代最強の呪術師、その実力は並大抵のサーヴァントでは太刀打ちできないレベルだった。かといって、五条に対抗できるサーヴァントを召喚するには時間が足りない。

 その理由は。

 

「二人に聞くけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 メディアの問いに、藤丸は自身の令呪を、マシュは部屋の壁に立てかけてある円卓の盾を見つめる。そして同時に首を振った。

 

 全ての英霊が集いし最高の触媒『円卓』と藤丸の令呪を用いて、二人は幾度となく英霊召喚を実行していた。

 

 藤丸の令呪を通して、カルデアにいるサーヴァントの『影』を召喚し、戦闘時のみ顕現していたが――この特異点に来て以来、令呪による限定召喚が出来なくなっていた。

 

 マシュの盾も同様。土地の魔力……龍脈の上に『円卓』を設置してでの現地召喚もできなかった。

 

「こちらの世界に来てから何も変わっていません。今、あの盾は『円卓』として機能していません。ずっと、沈黙したまま。あ、あくまで私の感覚なんですが……」

「うぅん、マシュが言うならきっと正しい。だってあの盾を託されたのはマシュなんだから」

 

 藤丸は自分の手をマシュの手と重ねた。マシュは少し驚きつつも、「はい」と穏やかに微笑んだ。

 

 その横でメディアは足を組み、頬杖をついて思案し続けている。

 汎人類史と全く違う二千年を歩んだ異聞帯でも機能した、令呪と霊基グラフによる限定召喚。それすらも機能しない、否させないこの特異点の特性が不可解だからだ。

 

(召喚はできない。けれどレイシフトはできる。今までの特異点とは真逆の現象ね)

 レイシフトによるサーヴァントの完全同行は本来、かなり狭き門なのだ。

 特異点の特性やその時代に合致したサーヴァントでなければレイシフト適正が存在しないのだが……。

 

 10月14日現在、カルデア内にいるサーヴァント全てのレイシフト適正が100%となった。しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も同時に判明した。

 

(――まるで誘い込まれてるみたい)

 なるべく多くのサーヴァント本体が、この特異点に訪れるように。

 

 メディアはこの特異点を形成した黒幕の意図を測ろうとして……そもそもの根本的な疑問に気づいた。

 

 だがメディアはそこで一旦、思考を止めた。

 それよりもやっておくべきことがあるからだ。

 ベッドから立ち上がり、部屋を出ていこうとする背中に声をかける藤丸。

 

「あれ? メディアどこに行くの?」

「魔術工房よ。高専内で作る許可は五条悟から貰ってるわ」

「何か作るんですか?」

「そんな大した物は作らないわ」

 

 マシュの声に振り返って、メディアは独特な形状の短剣――【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】を掲げて、さらりと言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 余った肉じゃがにカレールー入れてみるね位の気安さで、ギリシア随一の魔女メディアは絶句する藤丸達を置いていった。

 

 ****************

 

(メディアは高専で宝具の呪物化! アラフィフは戦闘中! ()()()()……()()()()()()()()()()()()()!)

 

 指先を突きつけたまま、藤丸は現時点で己と契約(パス)を繋いでいる3騎の英霊の状況を思い出す。

 

(ガンドさえ放てれば……っ!)

 

『ねぇええ、わた、わた、わたたししししきれいぃぃいい?』

 

 前方には、同じ問いを繰り返して、藤丸を領域に足止めする呪霊。

 背後からは百を超える呪霊の群れの足音が近づいてくる。

 

「~~~~っ! とっても! きれいだよ!」

 

 焦燥が短慮を生む。藤丸は問いかけから相手の呪霊が『口裂け女』であることに気付いたが、だからこそ咄嗟に問いを返してしまう。

 

 瞬間、口裂け女の手の平に鋏が現れ、ギチギチギチッ‼ と強く握りしめた。

 

(……え?)

 藤丸は耳の付け根に薄い圧迫感を覚えた。上と下から刃を押し当てられ、ひやりと心臓を撫でられたような冷気が刃から漂う。

 

 耳だけじゃない。

 気付けば、藤丸は左手首・右腕・両足に同じ刃の冷気を感じた。

 身じろぎ一つでもすれば斬られる。

 

 そんな藤丸の口を―――――――

『おじョおちゃあんドこカらキタのぉオ?』

 真後ろから伸びてきた呪霊の手が塞いだ。

 

(  あ  )

 134の影が藤丸の頭上に落ちる。

 ミシッ、と頭から聞いたことのない軋みが聞こえた。

 

 これから藤丸の身に訪れる現象。

 命あるものの終着点。

 それを表す言葉の一文字目も、今の藤丸の頭には思い浮かばなかった。

 なぜならば。

 

「――良いわね、お前は。その程度で安らぎを得られるのだから」

 

 終着から最もかけ離れた、美しき精霊の降臨に目を奪われていたからだった。

 精霊はその足を地に付けることなく、その肉体を放棄。

 限界を超えた深紅の魔力が辺り一帯を紅く染め上げた。

 

呪血尸解嘆歌(エターナル・ラメント)

 

 その場にいた全ての存在の頭上で、精霊による呪詛の爆撃が炸裂。

 美しき精霊の五体は爆発四散し、その余波が呪霊の大群を吞み込み消し飛ばす。

 呪霊の消滅反応による煙が辺りに立ち込めるが……その数瞬後に降りしきる異常気象の雨が煙を消す。 

 

 頭から赤ペンキを被ったような状態になった藤丸は、ぺたんと地べたに座り込んでしまった。空からは呪詛によって引き起こされた【紅い雨】が降り注ぐ。

 

「ちょっと」

 声が響く。

 

 すると何もない藤丸の目の前の空間に突如として、紅い雨粒が集中。

 寄り集まり、再び目が覚めるほど美しい女性の容貌が再構築された。

 

「この先輩(わたし)を差し置いて休憩とは……良い根性してるじゃない、後輩」

 

 腕を組み、苛烈な眼光を藤丸に向ける美女。しかし藤丸はそんな棘しかない言葉ですら嬉しく、美女の眼光に至っては意にも介さず、抱き着いた。

 

「ありがとぉ……っ! ぐっちゃぁん‼」

「誰がぐっちゃんよ‼」

 

 ぐじゃぐじゃに泣きつく藤丸を、3騎目の英霊【虞美人】は全力で遠ざけた。

 




次回予告『ぐっちゃん、死す! デュ〇ルスタンバイ!』

現在「たいあっぷ」というサイトにてオリジナル小説を公開中です!
よろしければ、そちらも見てください(そして「続きを読みたい」ボタンも押してくれたらありがたいです)

堕天使Vtuberラブコメ
tieupnovels.com/tieups/1011

きらら系麻雀
tieupnovels.com/tieups/1012


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 宵祭り―花火の後の夕立

 一度は中華全土の実権を握った西楚の覇王、項羽。

 その恋人であり妻として、歴史に名を遺した女性(サーヴァント)こそ【虞美人】である。その正体は星の内海から湧現せし精霊(たんまつ)

 

 ガイアの抑止力――人間を律する星の使者【真祖】のカテゴリに近い、尋常の外の存在が

「えぇい、この……っ! べたべたくっつくな‼ 離れろ、人間‼」

 尋常の内にいる少女の抱擁を剝がそうと、四苦八苦していた。 

 

 最終的に藤丸の頭に拳骨を落としたことで、虞美人は抱擁から解放された。

 

「いったぁぁい! ひどいよ、ぐっちゃん私死にかけたんだよ⁉ もうちょっと優しくしてよぉ!」

「自業自得だ! 来て早々、宝具使う羽目になるなんて思わなかったわ‼ とにかく状況を教えなさい! 何も聞かされてないのよ、こっちは!」

 

 藤丸はハッと気づく。

【帳】の電波遮断でカルデアとの通信が途絶されていることに。だから虞美人は状況を知らないままレイシフトでやってきたのだ。

 

 藤丸は現状を伝えようと口を開いたところで――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ズズズズズズッッッ‼ と呪霊の背後から放出された呪力が空間を形成していく。

 

(これって……領域展開⁉)

 報告書では聞いていた。しかし、こうして目の前で体感したのは初めてだった。

 森の中にいた筈の藤丸と虞美人は一瞬にして、墓所の空間に引きずり込まれた。

 

「ちょっ、何よこ」

 

 ガゴン‼ と。

 戸惑って辺りを見回した虞美人の問いかけごと、黒い棺桶が閉じ込めた。

 藤丸は目を疑う。空から降ってくる訳でも、地中から現れた訳でもない。虞美人の存在が棺桶と入れ替わったのかと錯覚するほど、その黒い棺桶はいきなり現れたのだ。

 

『 *(墓) 』

 

 そして呪霊が手の平に拳を叩き下ろす。

 瞬間、棺桶の真上に現れた巨大な墓石が、虞美人を収納した棺を地中に埋めた。

「ぐっちゃん先輩!」

 藤丸は墓石に手を伸ばして駆け出した。 

 

『 #(3) 』 

 

 呪霊のカウントダウンが始まる。

 言語は不明瞭なのに意味だけは伝わる。

 そんな奇妙な感覚などに構っていられなかった。

 

『 “(2) 』 

 

(どうすればいい⁉ どうすればどうすればどうすれば!)

 思考が停止しても動きは止めない。藤丸は掘り起こそうと土に指を沈めて、

 

『 !(1) 』

 

「あ」

 虞美人とのパスが切れたことに愕然とした。

 棺桶の中、墓石の真下で……虞美人は【死】を迎えた。

 そして呪霊の狙いは藤丸に移る。

 特級特定疾病呪霊【疱瘡神】の必中術式が、領域内に残る生存者:藤丸に発動する。

 虞美人の墓石の前に座り込んだ藤丸を、瞬時に現れた棺桶が閉じ込める。

 

『 *(墓) 』

 

 疱瘡神がトン、と拳を手の平に落とす。

 すると突如として藤丸を閉じ込めた棺桶の真上に、墓石が振り落ちた。

 

 

「あぁ、もう……不愉快極まりない」

 

 

『⁉』

 

 疱瘡神が驚愕に瀕する。

 確かに発動した必中必殺の術式。しかしそれを嘲笑うかの如く――虞美人を埋葬した墓石が砕け散った。

 

 長い濡れ羽色の髪を翻し、細く華奢な両腕を振り上げながら、告げる。

 

「安心なさい。ちゃんと発動してたし、ちゃんと殺されたわ」

 

 土中から脱出した虞美人はつまらなそうに腕を一振り。投げられた真紅の魔力を纏った剣が、藤丸の墓石を砕破した。

 疱瘡神は知る由もない。

 

 眼前に立つ彼女が、ただ『女』の形をしただけの上位種だと。

 天仙。

 真祖。

 星の精霊。

 麗しき天女の相貌を成した【天災】だと。

 気付けるはずがなかった。

 

「? 何を呆けている」

 

 虞美人は、格の違いに放心する疱瘡神に首を傾げる。

 そうして腕を組んで、かの存在の最期を見もせずに背を向けた。

 

「さっさと楽になりなさい」

 

 直後、墓石を砕いた際に打ち上げた真紅の魔力が、豪雨となって疱瘡神に降り注いだ。ドチャチャチャチャチャッッッッッ‼‼‼ と雨粒の一滴一滴が疱瘡神の血肉を穿ち、消滅反応の煙さえ搔き消した。

 領域が解け、藤丸を拘束していた棺桶が霞の如く消え失せる。

 

「まったく……不死者に墓なんて、とんだ嫌味ね」

 

 つまらなそうに舌打ちをすると、虞美人は立ったまま呆けている藤丸の頬を張った。

 その時には既に、虞美人の脳裏に特級呪霊のことなど微塵も残っていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 宵祭り ―犯罪遂行

 領域が解ける気配に、夏油は思わずそちらを振り向いた。

(疱瘡神がやられた…………)

 振り向いた先、ダム湖の山間の森だけが【紅く】色づいている。

 過剰な呪詛による異常気象が起こったのと、放った呪霊134体の呪力が一斉に消失したのは同じタイミングだ。

 

(やはり英霊はピンキリだな)

 額から冷や汗が一筋流れる。

 遠く離れた夏油に突き刺さる、苛烈で刺々しい眼光に、汗を流される。その眼光を飛ばしたのは……森を【紅く】染め上げた【天災】だった。

 

「――っ、化け物め」

 その眼光の主の底知れなさに口の端を苦々しく吊り上げた瞬間。

 

雛芥子(ひなげし)に見惚れている場合かな?』

 

 究極メカ丸の左手が夏油目掛けて振り下ろされた。受ける瞬間、【怪力】を発動させる夏油だが、何かに気付くや否や、落下もいとわずに飛びずさった。

 

 浮遊する呪霊だけが宿主の動きについていけず――光り輝く指刃に切り裂かれた。

 ダム湖へ落下する夏油、しかし涼しい顔で手を掲げると、再び龍の呪霊を取り出し、それに飛び乗った。

 

「見惚れる、か」

 

 ククッと夏油は喉を鳴らして……今しがた切り裂かれた袈裟を見下ろした。

 呪力のレーザーを刃の形に留めたその斬撃の強みは、生地の切断面から薫る焦げ臭さが教えてくれた。

 

「確かに久しい感覚だよ。遡れば――平安以来の高揚かもしれないね」

 

 夏油、否夏油の内にいるソレは眼前の敵に意識を戻す。

 それは未知の世界からやってきた【英霊】と【呪術師】が織りなす、新しい可能性だった。

 そんなソレの胸中を、半ば察しつつもモリアーティは幸吉の肩を叩き、耳打ちする。

 

「ようやく手傷を負わせられたね。流石だ、幸吉くん」

「……なんでそんな馴れ馴れしいんだ、あんた」

 

 幸吉はまるで孫のように自分に接してくるモリアーティに毒を吐きつつも、彼を認め始めていた。

(まさか夏油とこんな長時間、戦り合えるなんて)

 

 天与呪縛で縛られた年月を呪力に変換して戦うと決めた時、短期決戦を即決していた。出し惜しみをしたら、こちらがやられると思っていた。

 しかし、モリアーティが呪力の運用方法に従ってから……目に見えて年月(じゅりょく)の消費量が抑えられている。

 

月消費(スペンド)五指刃(ブレイドレーザー)

 一秒につき一か月分の呪力を消費して、指先にレーザーの刃を放出する技。

 しかし常時放出し続けるのでなく、衝撃の瞬間だけ放出することで呪力消費を最小限に抑えている。

 

 更に普通の打撃とレーザーが加わった斬撃をうまく混ぜ込むことで、夏油に【怪力】で受けるか避けるかの二択を迫らせている。

 

 幸吉は心の底から思った言葉を、ため息と一緒に吐き出した。

「あんたが味方で良かったよ」

「いやいや、それは私のセリフだよ。君の術式は……悪企みするには魅力的すぎる」

 

 邪悪に破顔した犯罪コンサルタントが、動く。

 ひしゃげた究極メカの右腕を覆うように武装されたモリアーティの装備『ライヘンバッハ』から鉄風雷火が吹き荒ぶ。

 

 モリアーティのスキル【蜘蛛糸の果て】によって、【悪】に改造された究極メカ丸の右腕は巨大化した宝具(ライヘンバッハ)を振るう程にまでなった。

 

 一発一発が人ひとり分のサイズを誇る弾丸の嵐が、夏油を襲う。

 微笑みを絶やさない夏油の腹に、弾頭がめり込み――――穿つを超えて胴体が消し飛んだ。

 

 だがモリアーティは忌々しく舌を打った。

 すると上半身と下半身に千切れた夏油の姿が陽炎に揺らめき、消える。

 

 1級呪霊【日照り神】、その術式は高熱による幻覚操作だ。

 メカ丸の右腕を破壊した【道祖神】と入れ替わるようにして現れたその呪霊は、厄介さだけで云えば【道祖神】を超える。 

 

 高熱を発し続ける日照り神。周辺の空気が揺らめき、光の屈折を操る。そうしてモリアーティ達の視界に映されたのは――――五人に分裂した夏油の姿だった。

 

「もちろんだが、本物は一人だけだよ?」

 

 頬を持ち上げ、見下ろすその夏油は切り裂かれた袈裟をこれ見よがしに撫でて見せる。だがモリアーティは「ハンッ」と肩をすくめた。

 

「雑なミスリードだね。袈裟の傷も幻影で再現しているだけだろう」

「さぁ、それはどうだろう……どうする?」

 

 五方向から一斉に迫りくる夏油。この陽炎は呪霊の術式で生まれたものだから、呪力感知では本物を捉えることはできない。否、幸吉もモリアーティも、本物の夏油だけを狙い撃とうだなんて考えていなかった。

 

「宝具解放」とモリアーティが告げる。

「五年チャージ」と幸吉が宣言する。

 すると、究極メカ丸が右腕に装備された武装棺に、5年分の呪力を籠めた。

 

 

「 【五重大祓砲(アブソリュート・キャノン)】 」

           +

「 【|終局的犯罪《ザ・ダイナミクス・オブ・アン・アステロイド》】 」

 

 特級クラスの莫大な呪力出力が後押しとなって炸裂する、対軍宝具。

 それは最早、対都市宝具級に迫る火力へと増大して、夏油の陽炎どころかダム湖全域の水を巻き上げた。その余波で日照り神は一瞬で消滅する。

 

 空を仰ぐ究極メカ丸に超局所的な豪雨が降り注ぐ。干上がった湖底に湖水が大渦を巻いて回帰する。

 

 操縦席の中は静まり返っている。

 操縦桿を握る幸吉の両肩に手を置いていたモリアーティは水の轟音に耳を傾けながら、静寂を破り始めた。

 

「夏油君、君ほどの人間が真正面から向かってくることなどありえない。だから、あえて正解を言うならば――――あの五人の陽炎は全て幻覚さ」

 

 あの手を取られた時点で、本物の夏油の姿は決して現れることは無いと分かっていた。

 

「散々【怪力】で接近戦アピールしてたけど、呪霊操術の強みは手数の多さだ。距離を取って呪霊の術式で畳みかけるのがセオリーなんだよ、本当は」

「…………だから近づかせたとでも言うのかい?」

 

 夏油が、口を開く。

 

 辺りを巻き込み、使用者の視界すら塗りつぶす大火力。

その隙を狙って夏油は操縦席の壁を殴り壊し、今――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それで? この後、君達はどうするんだい? 私を誘いこんで、何か切り札を繰り出すつもりなのかな?」

 

 ただの大火力を放つだけなんて愚策とも言えない悪手。それを打ってまで自身を接近させた狙いを、夏油は尋ねる。

 

 手の平の上に乗り、いつでも握りつぶせる蜘蛛に語り掛けるように。

 しかし当の蜘蛛は現況を全く意にも介さず、ぬけぬけと次の言葉を吐き出した。

 

「いや。何もしないけど」

「……そうか」

 

 落胆の顔色を見つめる者は、この場に誰もいない。

 無抵抗のモリアーティを仕留めた後は幸吉だ。夏油は人外の膂力をもって、手の平の蜘蛛を握り潰そうとして―――――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 掴む手が緩んだ。

 すると幸吉はモリアーティの背後にいる夏油に向かって、見えているかのように言い放つ。

 

「この操縦席を見て、まだ気づかないのか?」

 

 夏油は瞬時に操縦席を見渡し、同時に思考を巡らせて……操縦席に映るモニターの一つに釘付けになった。

 モニターが映す映像には――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ~~~~、傀儡操術!」

「ご名答!」

 

 与幸吉の術式【傀儡操術】で操作された6体のメカ丸は、五条悟への連絡を取ろうと走り続ける。

 モリアーティは先の銃撃で弾丸をばらまいた。

 一発一発が人間サイズの弾丸。

 その中に紛れていたのだ――――人間サイズのメカ丸が。

 

「この究極メカ丸も、俺達自身もブラフだ。モリアーティが教えてくれた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「やってくれたね……っ!」

 

 幸吉の眼光が肩越しにギラリと輝く。夏油は苦々しく思いながらも、すぐさま二人にとどめを刺して、6体のメカ丸を破壊しようとするが。

 

「 【シン陰流・簡易領域】 」

 

 4本あった切り札を、幸吉は今ここで切る。

 刹那、弱者の領域がモリアーティと幸吉を包み込み、夏油の手を弾き飛ばす。

 

「悪かったね、私と幸吉君の術式は――――相性が良すぎた」

 

 モリアーティが振り返りながら、ほくそ笑む。

 そうして夏油の腹へ……【簡易領域】の術式を封じ込めた杭を突き刺した。

 

 *************

 

(勝てる……っ!)

 

 幸吉の高揚した感覚が、帳の外へ出たメカ丸へとフィードバックされる。

 

 がしゃがしゃと動く度に鳴る機械音。

 この音を聞くたびに、幸吉は自分が普通じゃないと思い知らされてきた。けれど、今、この忌々しい駆動音が福音のように響いてくる。

 

(いける……っ‼ 会えるんだ、みんなに!)

 

 会えたら、まず加茂に謝らないといけない。交流会の事件では、自身の行動で彼を傷つけてしまった。

 

 真依・西宮辺りは自分の素顔をどう思うだろうか。絶対ろくなこと言わない。

 そう考えると、新田や歌姫先生辺りの方が、快く歓迎してくれそうだ。

 

 東堂は…………今度こそ異性の好みについて徹底的に追及されそうだ。勘弁願いたいがボコられないように、今のうちに考えた方が良さそうだ。

 

(いや)

 戦う直前にも、思い描けた三輪の笑顔が、現実味を増して浮き上がる。

 

(考えなくても……良い、のか?)

 

 この感情に名前を付けなくても良いと、機械の体では思っていた。

 だって、やることは変わらない。

 側で守れば良いと思っていたから。

 幸せを願えば良いと思っていたから。

 

 けれど、これからは――――その名前の付いた感情を、少しだけ本人に打ち明かしても良いのかもしれない。

 

『……バカか、俺ハ』

 

 京都高のみんなが聞きなれた機械音声を発して、浮かれた自分を律する。

 

(急ぐんだ! 早く連絡手段を確保! 五条悟に連絡を取るんだ! そうすれば奴らの企みを……ハ@%*ンのけいかく、を)

 

 幸吉の戸惑いが、メカ丸達の足を止める。

 そして気付く。

 

 辺り一帯を包み込む濃霧に。

 呪霊連合達が企てている計画の概要、その全ての記憶に霧がかかって思い出せないことに。

 

『なん、デ? なんでなんでなんでなんで⁉』

 

 呪術高専を裏切ってまで得た情報を、忘れる筈のない情報を、幸吉は思い出せない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 動揺する幸吉、しかしすぐに切り替えて、メカ丸達を走らせる。今はとにかく五条悟へ連絡を取るのだ。そうすれば夏油達をすぐにでも一網打尽にでき…………ッ!

 

 6体のメカ丸が戦闘体制に移行する。

 正面の方角……濃霧のベールの向こうに人影が映ったからだ。  

(夏油の手下の呪詛師か⁉ 構わない、数で畳むかけ)

 

 

「 無駄だよ、呪術師 」

 

 

 一閃、駆け抜ける。

 横薙ぎに振るわれた円盾の一撃が、6体のメカ丸を圧倒的暴虐に晒した。

 

 その男は、盾から伸びる十字杭を地面に突き下ろし、倒れ伏せるメカ丸の残骸を一様に見下ろした。

 

「僕と、我がマスターが来た今――――ここに一切の希望は残らない」

 

 幸吉は知る由もない。

 その男こそ名だたる円卓の騎士の中で、唯一『聖杯探索』を成功させた騎士だと。

 その騎士の名は、、ギャラハッド。

 天蓋司る呪霊を主として契約する、天上の騎士であった。

 




なんとか書けた……
今週は自作小説のPV作成でてんやわんやでした。一話で申し訳ない

さて、友人や色んな人(声優さんやイラストレーターさん)と協力して作った宣伝PV
ぜひご覧くださいな! 

堕天使Vtuberラブコメ
https://www.youtube.com/watch?v=c-HODNVze0U

きらら系麻雀
https://www.youtube.com/watch?v=aNO8V3r4C48


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 宵祭り―終焉ー

 停滞している大気が、猛風となってマシュに突き当たる。

 大蛇の大口腔から連射される火炎の息吹。その間隙を縫うように駆け抜ける白い閃光が今のマシュだった。

 

 白光放つ円盾を掲げて前進したマシュは大蛇の鱗につま先を引っかける。大蛇の長い躯体を駆け上がり―――――マシュは光放つ円盾を、大蛇の頭上で振りかぶる。

 

「……また」

 

 大蛇の首がゆっくりと見上げる。

 狂気故の純信を秘めた円らな瞳に、唇をキュッと噛みしめて。

 

「会いましょう清姫さん」

(また、同じマスターの元で)

 

 再開を誓った円盾の鉄槌が白く輝き……静かに首を垂れる大蛇の頭に直撃する。

 瞬間、100万分の一で炸裂する――――白き閃光。

 その衝撃はダムの堤防にも伝わり、瓦割りの如く亀裂が堤防に縦断した。

 

 大蛇に改造された清姫の、魔力で構築された体が解けて、黄金色の粒子がマシュの耳を掠めて立ち昇った。

 

(これは…………っ)

 マシュは驚きに目を見開く。

 

 パワー、スピード、アジリティ。

 明らかに増大した自身の能力値にではなく―――――数分前、突如として白く輝きだした円盾の反応にだ。

 

 これまで沈黙し続けた円盾が、激しく呼応している。

 所有者であるマシュにしか伝わらない、この感覚の名は

「――共鳴?」

 

 誰に言われるまでもなく、とある方向へ振り返るマシュ。

 その方角は【帳】を脱出したメカ丸達がいる方角だった。

 

「あーぁ、もう終わりかぁ」

 落胆の声が背中にぶつかる。

 見やると、肩を落としたツギハギがため息交じりにぶつくさ語っていた。

 

「常時宝具発動……良いアイデアだと思ったんだけどなぁ。やっぱり英霊も使い方は改造人間と同じでいっか。思えば俺って連携とかしたことないし」

 

 するとツギハギはマシュが目の前にいるにも関わらず、その場で胡坐をかいた。

 敵を前にして座り込む。戦闘において降伏に近いその行動を前にしたマシュは、逆に警戒を増して近づかなかった。

 

 なぜならこの呪霊は、降伏なんて行動をするはずがないから。

 それだけは短い戦闘の中でマシュも感じ取っていた。それ故に……ツギハギの意図が見えないことが不気味だった。

 

「そんなに難しいことじゃないよ」

 

 頬杖を突いて、ツギハギがマシュに笑いかける。

 理由の分からない強化を経たマシュに臆することも警戒することもなく。

 

「言ったろ? もう終わりだって。大体さぁ、おかしいと思わなかった? なんで俺達がお前らより早くサーヴァントと出会えたか? なんで俺が『聖杯戦争』だなんて別世界の戦争に詳しかったか」

 

 ツギハギの指摘に、マシュはハッと息をのむ。

 戦闘の最中に交わしたツギハギの言葉を思い出す。

 

『なぁ、お前らはどうなんだ英霊? 願いを餌に死んでも何度も呼び出されて殺し合って、最後は令呪で自害させられる……』

 

 明らかにこの口ぶりは、聖杯戦争という儀式の詳細を知った言い方だった。最終的に英霊は令呪で自害させられる。そうしないと、聖杯に英霊7騎の魂を注げないからだ。

この事実は、ともすれば聖杯戦争の当事者ですら把握していない可能性のある真実だ。

 

 更には、カルデアから消失した20体のサーヴァントの消息。

ツギハギの口ぶりから明らかに呪霊連合は複数体のサーヴァントと接触している。呪術高専に協力を仰いでも消息を掴めないサーヴァント達と、だ。

 これらすべての理由を――――ツギハギは指さした。

 

「大地を、森を、海を人々は恐れてきた。天災を恐れてきた。でもさ、国を問わず、境を問わずに恐れられる『天災』を、俺達は見落としていたんだよ」

 

 直後、異変が起こる。

 清姫の体から立ち昇っていた黄金色の粒子が収束されて――――ある一点へと流れていくのだ。

 

 ツギハギの指が示す方向へ、マシュは視線を向けた。

 それは清姫の霊基の行方を追うことでもあり…………やがて一人の男にたどり着く。

 

 法衣を纏い、藺草の笠で相貌を覆った男だった。

 

 その男は当然の如くマシュの遥か上空を浮遊し、ダム湖を見下ろしていた。そして悠然と袖から腕を出し、手をかざす。

 

「――まさか」

 その手を見た途端、嫌な予感が脳裏から背筋へとつんざいた。マシュの予感を正確になぞるように、現実は変化していく。

 

 男がかざした手の平に黄金色の粒子が吸われていく。『再会』を約束した、清姫の霊基が嘲笑うかの如く男の内に取り込まれる。

 

「紹介するよ、彼は【鐘蓋(きょうがい)】。人間が『天空』を恐れる心から産まれた、俺達の誇らしい仲間(のろい)さ」

 

 ツギハギから鐘蓋と呼ばれた、天空の呪霊は今しがた【清姫】を吸収した手の平で、合掌する。

 

 そして己の体に刻まれた術式を励起させた。

 

         【蒼穹破殻(そうきゅうはかく)

 

 厳粛とした声が降り落ち、遠く離れたマシュの耳でもはっきりと伝わってくる。

 そして続く言葉によって、マシュの予感を超える最悪の事態が引き起こされた。

 

       【拡張之十一『暗黒霧都(ザ・ミスト)』】

 

 鐘蓋を中心にどこからともなく濃霧が漂い、ダム湖周辺の山間部をまるごと覆い包んだ。記憶を蝕む殺人鬼の霧に包まれたマシュは呆然と鐘蓋を見つめる。

 

「ジャック……さん」

 理屈は分からない。

 ただマシュは今、はっきりと――――奥多摩で消失した筈の、ジャック・ザ・リッパ―の霊基を鐘蓋の内に感じ取った。

 

 途端、頭の中で溢れるジャックとの思い出がマシュを円卓の騎士から少女へと変えて、ゆらゆらと手を伸ばさせる。

 

 失ってしまった人を取り戻せる可能性を前にした少女は……後ろに迫る【呪い】に気付かない。

 

「  はい、おしまい 」

 螺旋状に回転する手刀が、マシュの心臓に迫った。

 

         *******************

 

 ダム湖上空に【鐘蓋】が出現した頃。

 

 究極メカ丸のコクピット内で、モリアーティは夏油の腹に簡易領域を封じた杭を突き刺した。

 

 体内で発生させられた【領域】が、夏油の五体を飛散させる。

 夏油傑もとい【呪霊操術】を有する術者を殺害した場合、術式が暴走し、体内に取り込まれた呪霊が解放される危険性がある。それを見越したモリアーティが選んだ殺害方法、それこそが【簡易領域による刺殺】だった。

 

 あらゆる術式を中和する【領域】により、【呪霊操術】の暴走を中和しつつ殺害する。事実、この殺害方法は成功だっただろう。

 

 ――――飛散した夏油が【本人】だったならば。

 

「やってくれたな…………っ‼」

 

 ギリッと杭を握りしめるモリアーティ。

 その杭に突き刺さっているのは、一枚の紙きれ。

 

 横五本縦四本の格子形の図形――【九字紋(ドーマン)】が描かれた紙きれだった。

 

 本人と同等の力量を持つ式神の作成。

 そんなことができるのは、消失した20騎の混沌悪サーヴァントの中で唯一人。最も厄介かつ危険度の高いその英霊は……既に呪霊連合に与していたのだ。

 

「幸吉君、今すぐ上空を映し給え!」

「ッ、わかった!」

 

 今しがた仕留めた夏油が偽物であることをすぐに理解した幸吉は、究極メカ丸のカメラを起動。自分達の頭上に浮かぶ、袈裟と法衣の二人組を捉えた。

 

 袈裟を着た夏油は呪霊の上に胡坐をかいたまま、黄金色の粒子を吸い込む法衣の男に声を掛ける。

 

「遅かったじゃないか、鐘蓋。早速だけど頼むよ。でなければ、何のために姿を現して、術式を使ったか分からなくなる」

【急くな。抹消範囲は、汝とハロウィンの計画内容だな?】

 

「そうだ。五条悟にはぎりぎりまで私の存在は隠したい。特に与幸吉、彼の記憶は徹底的に消去してほしい。計画の詳細は確実に抹消しなければならない」

【容易い】

 

 鐘蓋と呼ばれた法衣の男は合掌し、十一番目の拡張術式を発動させる。

 途端、放出された濃霧がダム湖を呑み込み、二つ隣の山まで覆い包む。モリアーティは夏油と鐘蓋の会話に驚愕する。

 

(抹消範囲だと⁉)

 

 ジャック・ザ・リッパ―の『情報抹消』の適用範囲は、自身に関わることだけだ。そんな記憶操作に近い効力を発揮するスキルではない。

 

「なるほどね。今回の黒幕はそういうタイプということかね」

 

 口角を吊り上げていくモリアーティ。その心中は既にとある思惑によって固められつつあった。その思惑に従い、迅速に行動を開始する。

 

「幸吉君、しっかりしたまえ」

 

 頭を押さえ、忘却していく情報に動揺する幸吉の肩を叩く。同年代の男子ならばそれでも動揺を止められないだろうが、彼は幾ら卑下しようとも呪術師だ。

 強張った肩から力を抜き、長く息を吐けば、心は落ち着かずとも、思考はクリアになっていく。

 

「10月31日」

 

 そう言って、彼は袖をまくり、モリアーティに腕を突き出す。

 幸吉の記憶は霧によってこれからどんどん消去されていく。

 そうなる前にモリアーティに告げた理由を、モリアーティは受け取り――――手に持った杭を彼の腕に突き立てた。

 

「ぐっ……うぅううっ」

 歯を噛みしめ、痛みに耐える幸吉。

 杭の先端が腕の肌を破り、『10/31』の文字が刻まれる。

 モリアーティは杭を投げ捨てると、幸吉に迅速かつ的確にこれからの行動を指示する。

 

「君はライヘンバッハに乗って、この場を離脱するんだ。ジェット機構の使用法はこの紙に。私はここで究極メカ丸の制御を完全に乗っ取り、時間を稼ぐ」

「あんたの仲間はどうする。マシュ・キリエライトは堤防の上。藤丸立香は森の中だ」

 

「その情報はどうやって手に入れたのかな。まぁ、モスキート型の偵察機でも放っていたのだろう。その機体を使って、彼女達を誘導して合流しなさい」

「……メカ丸を破壊した、円盾の騎士はどうする?」

 

「ミス虞美人がいる。彼女はサーヴァントになって寧ろ弱体化してるほど、強力な存在だ。かの騎士相手でも引けを取らない。戦闘時は彼女を軸にして、突破するんだ。大丈夫、君にはまだ天与呪縛で得た呪力が残っている。いいかぃ、決して無駄遣いするんじゃないよ?」

 

 少しおちゃらけた口調で釘を刺され、幸吉は初めてモリアーティの前で苦笑した。

 彼が見せてくれた効率的な呪力の使い方は、霧でも忘却されないだろう。

 出会った時間は半日にも満たない。けれど、幸吉はコクピットから出る寸前、かの英霊に――言葉(のろい)を残す。

 

「依頼失敗の弁償はしてもらうぞ、犯罪コンサルタント」

「フッフフフ! 良いことを教えてあげよう、共犯者君。悪事とはね、上手く事が運ばないものなのだよ」

 

 だからこそ、計算と欲望で支える。上手く事が運ばないなら、上手く事が運ぶようにレールを整える。

 

 それが悪事だ、それが犯罪者だ、それが完全犯罪だ。

 

 武装棺桶に幸吉が乗り込み、ジェット機構を作動。究極メカ丸から『ライヘンバッハ』が飛び立った。残された究極メカ丸に、モリアーティは【蜘蛛糸】を張り巡らす。

究極メカ丸は今完全に、悪の教授ジェームズ・モリアーティの支配下に落ちた。

 

「フフフ……アッハッハッハ! あぁ! 素晴らしい!」

 

 時間制限付きの、呪術師の呪力ではなく、魂の階梯が上である英霊の魔力が巨大機械に満ち満ちていく。破壊の権化と化した巨大機械の殲滅力を計算すればするほど、モリアーティは高らかに笑う。

 

 その高笑いを――――ダム湖の奥底から現れた存在が掻き消す。

 

【蒼穹破殻・拡張之十二】

 それは、鐘蓋の手から湧現した雲塊が、形を成したもの。

 

 狂王クーフーリンオルタの宝具【噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)】の解釈を広げた結果、誕生した拡張術式。

 

戯雲絶死棘獣(ノクトガルミークリード)

 

 魔槍ゲイボルグの元となった紅海の魔獣が、破壊の権化たる巨大機械を掴み潰す。

 捕食者たる魔獣の口が、地獄の窯のごとく開かれる。

 

 巨大機械のカメラに映る、ずらりと並んだ魔獣の牙。その一本一本がゲイボルグの素材足り得る弩級の呪物だった。

 

 その光景を目の当たりにしながらモリアーティは――かくも揚々と賞賛を口にした。

 

 素晴らしいと。

 そして最期にこう、結んだ。

 

「世界は破滅に満ちている」

 

 死の牙が一人の獲物を捕食した。

 




 鐘蓋は指を用いた【縛り】で混沌悪のサーヴァントが特異点から脱出(座に退去、もしくはカルデアに帰還)した時点で、その霊基に干渉して宝具などの情報をコピペしてます。
 だからカルデアに帰っただけのクフニキの宝具も扱えるという……蛇足。
 
友人や色んな人(声優さんやイラストレーターさん)と協力して作った宣伝PV
ぜひご覧くださいな!   

堕天使Vtuberラブコメ
https://www.youtube.com/watch?v=c-HODNVze0U

きらら系麻雀
https://www.youtube.com/watch?v=aNO8V3r4C48


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 うごくうごく

※ネタばれ注意報!!! 今話、まぁまぁなネタバレあります。呪術廻戦16巻未読の方はとても注意してください!!! ほんと注意してください!!!※

更新遅れてすみません。雨続きのせいか肩が重い……



 藤丸立香に結ばれた四つの糸。

 それはマスターとサーヴァントを結ぶ契約(パス)だ。

 糸を通じて藤丸はサーヴァントに魔力を供給し、糸の繋がりを意識すればサーヴァントの概ねの位置も把握できる。

 目の前にいる虞美人、高専内にいるメディア、堤防で戦っているマシュとの糸は今も繋がってる感覚がある。

 

「――――え?」

 

 けれど、一本。

 

 ジェームズ・モリアーティと繋がる糸だけが、たった今……途切れた。

 

 それが意味することを悟れない藤丸では無かった。ついで言えば、その糸が切れる感覚に痛みを覚えこそすれ、動揺する精神も無かった。

 

「――先輩、今すぐマシュの所へ行ってください」

「はぁ⁉」

 

 藤丸の唐突な指示に虞美人は声を荒げ、疾走にブレーキを掛ける。途端、踵と道路の間に生じた擦過音が霧の中、甲高く響き渡る。

 人攫いもしくは米俵のように藤丸を担いでいた虞美人は停止するなり、ぼとんと藤丸を捨て落とした。

 

「えぇえ……後輩の扱い雑ぅ……」

「お黙り後輩! そんなことで傷つくほど柔な鍛え方されてないでしょうが! それよりも……何? この状況でマスターを一人放っていくバカになれと。そう言ったのかしら?」

「アラフィフがやられた」

 令呪を刻まれた手を掲げ、今、糸が繋がっている虞美人に見せる。モリアーティとのパスが切れたことを言外に示し、それを理解した虞美人の眼がすぅっと細められた。

 藤丸はそのタイミングでキッと眼差しに力を込め、自分の意見を訴えかける。

 

「アラフィフが相手していた敵がマシュの方に行くかもしれない。だから」

『その心配は無イ』

「ひゃあっ⁉」

 

 藤丸は文字通り飛び上がって、口をふさぐ。

 唐突に耳元から人工音声が飛んできたからだ。耳元に手をやると、何かヘッドフォンのような固い金属質の物体が引っ付いていた。

 

『聞こえるカ藤丸立香……ってやめろやめろやめロ! 俺だメカ丸だ与幸吉ダ‼』

 

 自分の悲鳴が恥ずかしかった藤丸は耳についた機械をガンガン道路に叩きつける。しかし機械から流れた人工音声の名乗りに気付いて、破壊の手を止めた。

 

『一度しか言えなイ。一度で覚えロ。奴らの決行日は、10月31日ダ』

 

 藤丸は素早く夏油やツギハギを始めとした呪霊連合の顔ぶれを思い浮かべる。

 

「何をする気なの?」

『っ……分からなイ』

「はぁ? 何よそれ」

 

 虞美人が怪訝な声を上げて、小型メカ丸の傀儡を睨みつける。

 自分が荒唐無稽なことを口にしている自覚があるんだろう。小型メカ丸から聞こえる語気に苦しみが混じってきた。

 

「信じられないのは分かル……だが成就すれば、日本が確実に終わル……頼む、必ず高専に、五条悟に伝えてくレ! 根拠が無くて信用できないかもしれないが……」

 

「――分かった! 10月31日ね、ぜったい五条さんに伝える!」

 

 根拠は無くとも、藤丸立香はすぐに小型メカ丸の言葉を信じた。

 彼女にとって、メカ丸の苦し気な口調には覚えがあるから。藤丸自身、信じてもらいたくても信じてもらえなかった経験があったからできた判断だった。

 

『現状を伝えるゾ。敵勢力に藺草の笠を被った法衣の男と円盾の騎士が加わっタ。法衣の男はモリアーティを殺害。円盾の騎士はこの道の先で陣取っていル』

 

 ドクッと心臓が嫌な感じに跳ねる。藤丸はレイシフト直前に見た夢――――法衣の男がギャラハッドを召喚した夢を思い出した。

 

(あれはやっぱり……勘違いじゃなかった)

 藤丸は顔を伏せた。

 メカ丸はモリアーティから授けられた行動方針を二名に伝える。

 

『俺の本体も合流するが、まともな戦力は虞美人だけダ。虞美人を軸に戦闘、騎士を突破して帳の外に脱出するゾ』

「……どうやらそういう訳には行かないみたいよ」

『エ?』

 

 ここまでずっと閉口していた虞美人が霧に覆われた道の彼方を見つめ、そう呟いた。短く戸惑いの声を上げるメカ丸だが――すぐにその意味を理解して、叫ぶ。

 

『走レ、藤丸立香‼』

 

 同時に藤丸も気付く。

 足裏にまで伝わってくる振動が、道路の上の砂利を舞い上がらせていることに。

 その振動の正体が霧向こうから押し寄せてきていることに。

 そしてメカ丸の叫びで弾かれたように顔を上げた藤丸は、振動の正体をその目に映す。

 ――――改造人間の大群を。

 

「~~~っ! 今日、こんなんばっか!」

「えぇそうね。ほんとうんざりするわ。分かったらさっさと行きなさい後輩」

 

 本当にうんざりした顔で虞美人は大群の前に一歩出て、だらりと腕を横に突き出す。

 気だるげだけど、ここから先には進ませないという意思を表示した腕を尻目に、藤丸は駆け出した。

 

「ねぇ! 幸吉君、聞きそびれたんだけど!」

『なんだこんな時二⁉ 真人が狙ってるのはお前だゾ⁉ とにかくここから離れて……』

 

「マシュはどうなったの?」

 

 顔の横を併走して飛行する小型メカ丸が沈黙する。

 最初、マシュを危惧していた藤丸にメカ丸は『心配ない』と声を掛けた。いったいあれはどういう意味なのか? 藤丸に見つめ続けられる小型メカ丸は重苦しい雰囲気で、藤丸の問に答える。

 

 その答えに藤丸立香は――――「は?」と目を見開いた。

 

 ****************

 

(これは……どういうことなんでしょう?)

 

 マシュは今しがた起こった出来事、その結果を見下ろして目を丸めていた。

 鐘蓋の中に存在するジャック・ザ・リッパ―の霊基に気を取られ、ツギハギに背後の不覚を取られたマシュ。

 

 ツギハギは手をドリル状に変形させて、背中側からマシュの心臓を穿とうとした。

 肩に手を掛けられ身動きを封じられていた。攻撃も防御も、何もかもの対応が遅れ、一瞬のミスで命を失いかけたマシュを救ったのは―――――――

 

【蒼穹破殻・拡張之一……雷迎招】

 

 鐘蓋の指先が眩く閃光する。

 空間が一瞬の内に一万℃に熱せられ、膨張した空気の爆発力が音速に達する。

 刹那、雷鳴が響いたと同時にマシュの背後の存在が雷霆に撃ち抜かれた。

 

 そうして今、マシュは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「カッ……カカッ」

 ツギハギは舌を出して痙攣し、体内で収まり切れない電荷がプラズマとなってバチバチと放出、大気を焼いている。

 

(なぜ、どうして私を……助けたんですか?)

 

 マシュは振り返り、天上を見上げる。

 雷を放った、存在を。

 自分の命を助けた存在を。

 ジャック・清姫・クーフーリンオルタ……複数の霊基を内包する呪霊を。

 

「……鐘蓋」

 

 ツギハギが言っていた法衣の男の名前を口にして、見上げるマシュ。

 そして鐘蓋もまたマシュをずっと見下ろしている。

 

 両者の視線が交錯する。

 一方は困惑、もう一方は――――羨望。

 

 自分の胸の内に戸惑うマシュ。

 これまで自分以上の存在が強敵に回ることは多々あった。その度に恐怖を覚え、その度に恐怖する己を克己し、足を前に出してきた。

 

 鐘蓋。

 この存在もこれまでの敵同様、マシュよりも遥かに上位の存在であることはマシュ自身が肌で理解していた。

 

 しかし……湧かないのだ。

 恐怖が、湧かないのだ。

 まるで自分自身を見ているように思えてしまって、敵意を、抱けない。

 

「どうしてあなたは……私をそんな風に見るんですか?」

(なぜそんなに――――羨ましそうな目で)

 

 ***************

 

「どうして助けたんだい?」

 夏油は真人に向かって雷を放った鐘蓋に、疑惑の視線を送る。

 

 10月の初頭、壊相と血塗にお使いを頼んだ後、入れ替わるようにしてやってきたのが鐘蓋だった。彼から『聖杯戦争』や『サーヴァント』の存在を知り、その有用性を実感した。

 

 鐘蓋が差し出してきたとあるサーヴァントの利便性は、協力を要請していた数多の呪詛師を合わせても上回るほどだった。

 だから夏油は鐘蓋との同盟を受け付けた。元々、真人達の特級呪霊達との関係もビジネス。その相手が一人増えようと構わないと思っていたが……

 

()()()()()()()()

「……名乗った覚えは無いんだけどなぁ」

 

 その名は、夏油傑の中に潜む者の名だ。

 1000年間、他者の体を転々としてきた、人類のネクストステージを求めている本来の自分の名だ。

 

「どうして知ってるんだい? 誰かから聞いた?」

【それは……】

 

 藺草の笠、その縁を指で押し上げる鐘蓋。

 羂索もとい夏油は、僅かに垣間見た鐘蓋の素顔に……1000年の時で忘れかけていた驚愕の味を思い出す。

 

()()()()()()()()()

 

 鐘蓋の顔は、羂索が最初に生を受け、生まれ得た顔だったからだ。術式を行使する前、誰かと入れ替わる前の顔が、再び笠に覆われる。

 

「――1000年ぶりに見たよ。案外覚えてるものだね、自分の顔ってものは」

【マシュ・キリエライトはこのまま見逃す】

「無視しないで欲しいなぁ……」

【あ奴は吾の計画の要なのだ。未だ利用段階に到達していないがな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「私の計画? 確かに渋谷では真人にも頑張ってもらうが……要という訳では」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ピクッと、腕が震える。

 それは羂索の意志の揺らぎが起こした行動。

 今ここで殺す可能性がよぎったが、すぐにその考えを消したという一連の思考が起こした行動だった。

 

「まぁいいか……邪魔する訳でもなさそうだし、今や渋谷の計画においてサーヴァントは不可欠の存在になってしまった」

【それで良い。吾も渋谷で騒乱を起こしてもらわねば、計画に支障をきたす】

「記憶さえ消してくれれば、あの子の扱いにも目をつむるよ。で、実際の所、あの子どうするんだい?」

 

 羂索は堤防の上でこちらを見上げている紫髪の少女、マシュを一瞥する。すると鐘蓋は手を持ち上げ、指先からポゥンと雲を生み出す。

 

【藤丸立香の元へ届ける。ギャラハッドにも手出しはさせんよう命ずる】

 

 雲はまるで西遊記の如くフワフワとマシュの元へ飛んでいき、目を白黒させるマシュをあっという間に運んでいく。

 鐘蓋曰く、記憶消去は94%済んでいるらしく、与幸吉や藤丸達は既に夏油の顔も能力も忘れている。

 

【ジェームズ・モリアーティだけは別だがな。あの推理力……例え忘却したとしても吾と汝の計画に気付く】

「あぁ、だからあの怪獣をけしかけたんだね。数秒と保たずに霧散したけど」

【クーフーリンオルタ……。霊基が破壊されれば宝具情報を全て読み込めたが……五条悟め、無力化せしめるとは】

「なにか違うのかい」

【レイシフト帰還をさせてしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()。だから先の海獣の雲人形も数秒で自壊し……ム?】

 

 初めて鐘蓋の声に動揺が滲み出た。

 これまでずっと虚空のような印象だった鐘蓋の、その反応に新鮮味を覚えた羂索は腕を組んで尋ねる。

 

「どうしたんだい?」

【吾が簒奪したサーヴァント、その一騎が移動を始めた】

 

 カルデアから奪った20体の混沌・悪サーヴァント。

 ()()()()()()()()、それらの居場所を感知できる。

 一月にも満たない短期間で真人や羂索が早期にサーヴァントを取りこめたのも、鐘蓋の感知能力のおかげだった。

 

「ふぅん? 移動ね……今までのサーヴァントは自分に縁ある場所に留まる傾向が多かったけど、それとは違うんだね」

【あぁ、京都から東京へ高速で移動している】

「京都から? それって……京都校に住み着いていたあのサーヴァントかい?」

 

 呪術高専京都校に潜んだ、サーヴァント。

 鐘蓋をして、「あの存在には手出しするな」と忠告した埒外。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は今――――生徒達と共に新幹線に乗り込んでいた。

 

 ****************

 

「歌姫せーんせ。着きましたよ~」

「――あら、三輪さんありがとう。知らせてくれて」

 

 東京駅に着いた新幹線の中、青い髪の少女が座席で眠りこけていた袴姿の美女に呼びかける。美女は傷跡の一つもない顔で淑やかに微笑みかけた。

 

 窓から差し込む光が照らしたこともあって、美女の微笑みは神々しささえ感じるほどのものとなった。

 

 青髪の少女は思わず息を呑み、放心するが……

 

「三輪。この荷物持って」

 不躾に自分のキャリーバッグを押し付けた黒髪の美少女によって、放心状態から帰ってきた。

 

 ツカツカと同い年とは思えない大人びた歩き方で遠ざかっていく美少女に、三輪は「も~」と唸って追いかける。

 

「待ってよ真衣~」

「三輪さん。わたくしも手伝うわ」

 

 美女は三輪が手に持つ荷物を受け取ろうとして……ふと三輪がじぃと自分を見つめていることに気付く。

 美女が首を傾げた途端、三輪はハッと我に返る。また見惚れていたらしい。

 

「歌姫先生……最近すっごい綺麗になりましたよね」

「フフフ、そんなことないわよ。前から変わってないわ。でも――――ありがとう」

 

 細く滑らかな指先が青い髪にするりと入り込む。明らかに鼓動を高鳴らせる三輪。

 美女の指先が青髪を梳いていき…………頬に手の平を添えようとしたところで、着信音が鳴る。

 

『ちょっと二人とも! 早く出なさいよ! いつまで待たせる気⁉』

「え、あっ! ごめんごめん、すぐ出るね」

 

 三輪はたははと頭を掻いて笑うと、キャリーバッグを引いて新幹線を出た。美女もその後に続いて新幹線を出ると――――一斉に周囲からギラギラした視線を向けられる。

 

 新幹線のホーム内を行き交う男性に。

 

 美女はそんな獣同前の視線を向ける男達に舌なめずりをするが――「我慢我慢」と言わんばかりに首を横に振って、談笑する三輪と真衣に付いて行った。

 




最近、忍者と極道・ゴールデンカムイ最新話まで読んだ。一つどころの戦いをあまり長く書くの良くないなと思いつき、急遽プロット変更。
予定より早めに出てきたこの美女は果たして誰〇院なのか! 

一方その頃の七海宅――多分、マンションの一室。
七海「………………(ほとほと呆れ果てた目)」
おっきー「あ、ナナミンおかえり~」
七海「帰宅早々、憂鬱ですが部屋の掃除に取り掛かります」
おっきー「あーー!! ナナミンやめてぇーー!! ゲーム機は不燃ゴミじゃないから! 乱暴しないでぇぇえぇぇぇ! 乱暴するなら私に」
七海「あなたご近所に聞こえるよう言ってるでしょう」

帰宅早々と砂漠葬送ってなんか似てる。さらば、おっきーのスイッチ&プレステ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 君の瞳にキスを

※念のため、グロ注意! ライトグロだから大丈夫だと思いますが。
予定の時間とは違う時間に更新してしまい、申し訳ないです。


「 あ 」

 山中の車道を走っていた真人は、空を見上げるなり、ぽかんと口を開けた。

 孫悟空の筋斗雲よろしく、マシュを運ぶ白雲を見たからだ。

 

「えー⁉ 何してんの、鐘蓋ぁーい!」

 真人は肩をがっくり落として、重い落胆を秘めた溜息をついて、これまたがっくりと項垂れた。意外でも何でもないが、仲間と自分で評した割に、真人は鐘蓋のことを未だに掴みかねていた。

 

(てっきり花御タイプかと思ったけど……そういう訳じゃなさそうだなぁ)

 

 人間の恐れの集合体、それが呪霊だ。

 その中で『森』への恐怖が具現化した花御は呪霊として温厚……真人から見れば『窮屈』と感じる性質だった。

 

 人間の恐怖にも種類があり、『畏敬』の念が多いと、花御のような本能より理性が勝っているタイプの呪霊が生まれるのだ。

 鐘蓋は『空』の呪霊であるが故に、花御と同じタイプと思っていたが……。

 

(とにかく今回ではっきりした……どうやら彼の目的は俺達とは違うらしい)

 

 真人達、呪霊連合の目的は、人間が今座っている『世界の霊長』の席に、呪霊(じぶんたち)が座ること。

 人類が悠久の果てに得た理性と、呪霊の剥き出しの本能、どちらが強いか……そういう問い(戦い)なのだが。

 

 真人は大きく伸びをして、首の骨を鳴らした。

「んん~~~、寂しいなぁ~~。呪いらしくなった鐘蓋見てみたかったんだけど、ねぇ? ()()()()()()()()?」

 

 興味本位の問いが―――うず高く積み上げられた改造人間の遺骸に投げかけられる。車道をふさぐ、遺骸の塔に腰かけていた天仙……虞美人は「ハンッ」と一笑に付した。

 

「くだらな過ぎて、逆に羨ましいわね。いっそのこと私も蹂躙虐殺(こんなもの)で悦に浸れる、安い精神だったら……3000年暇してなかったかもね」

「ねぇ、やっぱり……そうだよね。あんた、どっちかって言うと呪霊(俺ら)寄りでしょ? 正直……似合わな過ぎて、いっそ哀れだよ」

 

 真人の術式【無為転変】は、魂に干渉する術式だ。

 干渉するということは、認識するということ。

 認識するということは、見えるということ。

 

 真人は今、虞美人の魂を見ていた。

 それは自分達と同じ……否、自分達よりも深いところで発生した輝きを秘めた、人外の魂。

 圧倒的な年月によって、更に輝きに磨きがかかっている筈の、彼女の魂は――――醜い脂肪()に塗れて、ぶくぶくと肥え太っていた。

 

「何があんたをそうさせるんだ? アラヤの守護者側(似合ってない方)について、人理なんて薄っぺらいもんを守ろうとする馬鹿ガキを守って……そこまでして、あんた何がしたいの?」

「――――やはり呪霊(お前達)ガイア(そっち)側の存在か。薄々分かってはいたが」

 

 そう言いながら浮かべた彼女の表情に、真人は怪訝に目を細めた。

 虞美人の瞳にこもった哀れみの眼差しを、理解できなかったから。

 

「こんなガキも後輩だなんて、自分の悪縁に溜息も出ないわ」

 

 ゆらり、と屍の塔から立ち上がる。

 するとそれだけで大気が揺らぎ、虞美人の周囲の大気が紅く染まり出す。

 霊核を環境と同期した精霊による魔力放出が、虚空の色を書き換えていく。

 

「……俺は先輩とは認めてないけどね」

 額から垂れ落ちた冷や汗を、舌で舐めとる真人。

 大気が放出された魔力によって染まり、視界が紅く塗りつぶされる。

 

 ――――マシュを追い詰めていた分身は鐘蓋の雷によって停止させられている。

 分身による力の分散は、5対5。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(火力勝負じゃ勝ち目はない)

 悠然と虞美人が歩みだす。

 屍の塔を一段、また一段と降りていき、双手には紅蓮の魔力を纏わせた剣を握っている。

 

(だったらどうするか? 決まってる)

 しかし、今ここにいる真人には――――術式が刻まれている。

 

 口の中に四本の手を生やし、手印を結ぶ。

 触れることで魂に干渉する【無為転変】。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「領域てんブァッ⁉」

 

 ――――バギャンッ‼ と、虞美人の拳が、真人の歯を砕き貫いた。

 真人の口の中に突っ込んだ虞美人の拳が、領域展開を発動させる手印を結ばせない。

 

「がぉ…ぶっ、ごぇっ⁉」

「お前……私の魂に触れようとしたな」

 

 顎が外れ、窒息の苦渋に喘ぐ真人を、虞美人は冷徹に見下す。

 不快に顔を歪め……吐き捨てた。

 

「痴れ者が」

 

 瞬間、口内にある拳に魔力を凝縮。過剰な魔力が【拳】の形を崩壊させ――――自壊宝具が発動する。

 

呪血尸解嘆歌(エターナルラメント)】が、真人の口内に炸裂した。

 

 紅の雨が降る。

 降りしきるその雨垂れに、真人の肉片が混ざっているのか。

 それは確かめようもない。

 痕跡すら残さぬ程に消し飛んだから。

 ギュルルル、と雨粒が寄り集まり、再び【人型】に再生する虞美人。

 

「私の魂に触れて良いお方はただ一人。そのお方こそ、私のすべて…………端からガイアかアラヤかなど……私にはどうでも良いのよ」

 

 理性も本能も、どちらでも良いしどうでも良い。

 死を味わうことのない、悠久と孤独に縛られた魂に芽生えたこの想い()があれば、他のものがどうなろうとも構わない。

 

呪霊如き(お子さま)には分からないかもしれないけどね」

 

 何も無くなった眼前の虚空にそう言い残すと、虞美人はくるりと髪を翻した。

 追手である真人は消滅した。

 先を行った藤丸達と合流しようと、虞美人は踵を鳴らした。

 

 

 

「――――3000年生きてて知らないんだぁ?」

 

 

 

 真人にとって、肉体は魂の形に追従する下位物質に過ぎない。

 いくら肉体を爆散させようとも……魂に攻撃を与えなければ、真人は、消えない。

 背を向けた虞美人に抱き着く真人。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 耳元でそう囁いた、真人の破顔は――――誰よりも愉快に歪んでいた。

 虞美人の乳房を握る手の平から、ズグンと【無為転変】が発動する。

 ボコボコボコと虞美人の胴体が蠢き、歪められた魂の形に従って肉体が歪んでいく。

 

「それじゃあ、バイバ」

 勝利の愉悦に興じ、何の痛痒も感じない永遠の別離を口にする最中で――――【呪血尸解嘆歌(エターナルラメント)】が真人に炸裂した。

 

「は?」

 

 爆発した虞美人が魂ごと再生する。

 目を丸めて倒れ伏す真人の腕を押さえつけて、虞美人は上に跨った。

呪血尸解嘆歌(エターナルラメント)】発動。

 

 

「ちょっ――――」

呪血尸解嘆歌(エターナルラメント)】発動。

「無駄……」

呪血尸解嘆嘆歌(エターナルララメント)】発動。

「魂には通じな」

呪血尸解嘆嘆嘆歌(エターナルラララメント)】発動。

「……おい」

呪血尸解嘆嘆嘆嘆歌(エターナルララララメント)】発動。

「待てよ」

呪血尸解嘆嘆嘆嘆嘆歌(エターナルラララララメント)】発動。

「まてまてまてまて‼」

呪血尸解嘆嘆嘆嘆嘆嘆歌(エターナルララララララメント)】発動。

「話をき」

呪血尸解嘆嘆嘆嘆嘆嘆嘆歌(エターナルララララララララメント)】発動。

 

 

 魂の輪郭を知覚した者……虎杖悠仁やマシュ・キリエライトでしか、真人にダメージは与えられない。それがいかに強力な攻撃だとしても、真人は己の魂の形を強く保つことで、ダメージを無効化する。

 

 しかし『魂の形を保つ』という行為には、『術式の発動』という段階を踏んでいる。

 術式を発動とするということは、呪力を消費するということ。

 つまり呪力が尽きれば―――――

 

「やめろやめろやめろ‼ くそっ、無尽蔵かよこいつぅぅああああ⁉」

 絶え間ない呪詛の爆撃が、真人の呪力を削り続ける。

 

 爆撃の余波で既に地形は変化し、車道は崩れ、土砂崩れが起きるが、その土砂すらも宝具で吹き飛ばす。

 

 呪力が尽きるまで攻撃する。

 呪術師にとっては現実的じゃない方法は、虞美人ならば……星からの無限の魔力供給を受ける精霊ならば可能だった。

 

 そして駄目押しの事実として―――――真人は今、()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「やぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああめぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ‼‼‼‼」

 

 

 

 虞美人は閉口を守る。

 意味を感じないから。

 だってもう殺すから。

 

 もう死ぬ者とこれ以上言葉を交わす意味を、虞美人は見出す気が微塵も無かった。

 ただし。

 

       「 直ちに攻撃を止めてください 」

 

 殺せない者が言葉を掛けてきたら、それは例外だった。

 

 虞美人はこちらに近づいてくる人物をじろりと一瞥する。

 その者は【呪血尸解嘆歌(エターナルラメント)】による連続爆撃の中……土砂と呪詛吹き荒ぶ、天変地異と同格の蹂躙の只中をただ普通に歩いてきた。

 

 すたすたと、てくてくと、散歩道の如く。

 けれど、その者は、散歩にしては不釣り合いな大きな円盾を持っていた。

 

「……ギャラハッド」

「藤丸立夏・与幸吉・マシュキリエライト、この三名を我々は見逃した。……あなたも、こちら側の存在を見逃してもらっても良いのでは?」

 

 虞美人はしかし、組み伏せたソレに無感情の眼光を振り下ろして、宝具の発動を止めない。

 

「コレはここで殺す。これは確定事実だ。聖杯に認められた貴様でも、この事実を覆せると思うな」

「――――ならば」

 

 ギャラハッドが手をかざす。

 途端、真人の周りだけを覆う白亜色のシールドが地中を湧現した。

 

「………………」

 シールドに覆われた真人を憮然と見下ろす虞美人。その堅牢さは、身をもって知っていた。ギリッと歯を噛みしめる脳裏に、紫髪の後輩の顔が浮かぶ。

 

「いいだろう、ここは退いてやる」

 

 虞美人は立ち上がり、ギャラハッドの横を通り過ぎた。

 ギャラハッドは目を伏せ、陳情を受け入れた上位存在に深く応える。

 

「感謝します」

「だが、一つだけ答えろ天上の騎士。――()()()()()()()()()()()()?」

 

 沈黙が流れる。

 するとギャラハッドが空を仰いで、一言だけ紡いだ。

 

「――()()()()()()()()()。それが騎士の責務だからです」

「……愚かだな」

 

 心無い言葉しか投げれない自噴に、目を吊り上げる虞美人はそのまま去っていく。

 残されたギャラハッドは蒼穹を仰いだまま、ほんの刹那――フッと目を細めた。

 

      ***************************

 

 ふわっと内蔵に浮遊感を覚えた時、藤丸は自分がつまづいたのだと思った。

 しかし爪先の向こうに小さくなったマシュが見えた時、(あぁ、私、落ちているんだ)と謎の感慨深さを抱いていた。

 

「先輩っ!」

「ッ! 受け止めて!」

 

 藤丸が吹き飛ばされた瞬間から駆け出していたマシュは、落下地点を見定めると、スライディング。指示通りに、マスターの細身を腕の中に受け止めることができた。

 

「っ~~~っくりしたぁ!」

「先輩! ご無事ですか⁉」

「うん、ありがとマシュ」

 

 内臓が浮き上がった気持ち悪さは残っているが、ふらふらと藤丸は立ち上がった。

 

「大丈夫か、藤丸立香!」

 そう言って遅れてやってきたのは、与幸吉だ。彼は藤丸の無事を確認すると、背後で今も起こっている災害現象を見やる。

 

「……あれもサーヴァントの力、なのか」

 

 藤丸は首を振った。

「うぅん。――あんなことできるのは、ぐっちゃんしかいないよ」

 

 連続的に肌を痺れさせる大気の振動、山が文字通り土砂となって崩れるも、その土砂すらも爆風が吹き飛ばして、パラパラと藤丸達の所にまで飛んでくる。

 藤丸とマシュにとって、精霊種による豪快な魔力放出を目にするのは、中国異聞帯以来のことだった。

「一体、向こうで何が起きているんでしょう……いえ誰が行っているのかは明らかなのですが」

「分かんないけど――――よっぽど怒らせたんだろうね、カルデア来てからでもあんなに怒ったことないよぐっちゃん」

「二人とも呆けるのは後にしてくれ。もう夏油の帳は脱出した。通信するから、藤丸はこっちに来てくれ」

 

 敵が誰であれ、あの爆連撃を喰らって只で済むはずがない。藤丸達はこれ以上の戦域離脱を止めて、呪術高専……否、五条悟への連絡を急いだ。

 

 幸吉が通信型の傀儡を起動させると、砂嵐の音が鳴り始めた。時折甲高い電子音が混じる通信メカ丸を見つめていると、幸吉が口惜しい表情を浮かべた。

 

「……すまない。あの霧を吸ったせいで」

「幸吉くんは悪くない。大丈夫、君が手にした情報は絶対に伝える」

 

 悔やんでも悔やみきれない幸吉の肩に手を置いて、まっすぐに言葉を伝える藤丸。それで彼の胸にへばりつく罪悪感を拭える訳ではないが、彼の本意だけは、五条悟に伝えなくては。

 

 何らかの処罰が降りた時は味方になる、と頭の片隅で考えていたら、通信メカ丸に反応が出た。

 

『――――――もしもし』

「五条さん⁉ 藤丸です! 幸吉くんと接触できました! それより聞いてください、10月31日に……」

『あらあらあらぁ、マスターではありませんか』

 

 

 女の、声だった。

 

 藤丸の瞳孔が開かれる。

 

 自分をマスターと呼ぶということは、サーヴァントだ。いや、そんなことを考えずとも、声で分かる。

 

 

「……キアラ、さん?」

『ふふ、うふふふふ、そうですよマスター。御身を導く魔性菩薩。あなたのアルターエゴ、殺生院キアラです』

 

 カルデアの霊基グラフから消失した、20騎の混沌・悪サーヴァント。

 その中でも『特記事項』とカテゴライズされた、超超級の危険度を有する一騎が、五条悟の電話に出た。

 

 それが意味することを正しく把握しているのは、この場では藤丸立香だけだった。

 

「キアラさん……五条さんをどうしたの?」

『んん? はて? どうした、とはマスターも曖昧な問い方をされるもの。そうもいじらしいもとい焦らした物言いでは、この殺生ンッ院はぁぁあ…………、容易く限界が来てしまいそう』

 

 通信メカ丸から漏れる、ぐつぐつに煮えた欲情の声。その熱っぽさは離れていても、耳に舌を入れられたような感覚を、藤丸に容易く与える。

 恐怖とは程遠い快楽がゾゾゾと背筋に奔る。けれど藤丸は、この寒気が正しく恐怖の感情から湧いてきていることを知っている。拒絶も畏怖も警戒もさせず、その身を蝕む毒があることを……知っている。

 

「聞き方、変えるよ――――()()()()()()()()()()()()()?」

『ふふふ、()()()()()()()()()()()()()()()()()() 余さずいただきました……そういえばマスター、あなた、彼の目を見たことありますか?』

「五条さんの、目?」

 

 興味を覚えた藤丸の声に反応して、通信の向こうにいる女の声がひと際甲高くなった。

 

『はい! とても美しい蒼……いえこれは紫? なんということでしょう、なんと言葉で表せばよいのか分からないほど、美しき瞳でして。えぇ、えぇ、まるで人魚姫の泡のような…………あんまりにも綺麗なものだから私、思わずこう――――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞬間、藤丸の脳裏に溢れだす、存在しない記憶。

 目にしていない筈の記憶。

 通信の向こう側で、かの存在が今()()()()()()()()()()()

 

 その存在はきっと、道端の花を摘んでしまった乙女のような顔をしている。

 まるで目にしたことがあるかのように、リアルタイムで見ているかのように、鮮やかに通信の向こう側の様子が脳裏に描かれた。

 

『【六眼】と言うのですよね、コレ。あぁ、あぁ、あぁ! ほんとうに……きれぃ』

 

 眼孔から取り出した六眼を、殺生院キアラは――――ちゅぷりと接吻を送った。

 




一方、その頃の七海宅。
七海「あなたが来てから明らかに物が増えました」
刑部「私が来る前は、明らかに物が無さすぎでした。彩りが増えたでしょ☆」
七海「逆です。見る限り茶色です。一面段ボール畑です。これの支払いは一体どこから…」
刑部「…………………………(ニコォ)」
七海「――――なぜ目を反らすんです?」
刑部「…………………………(ダラダラダラ)」
七海「少し、口座残高を確認してきます」
刑部「わぁああーーーー! まってまって、仕事疲れでまた外出!? やめといたほうが良いよ! 大丈夫、銀行は勝手に無くならない!!」
七海「私の貯金が勝手に無くなってる可能性があるんですよ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 噴潮

 少女と老人が、組手を交わしていた。

 老人が技の名を口にし、少女がこれを捌く。

 その繰り返し。  

 

双単鞭(そうたんべん)

 上から横に振り下ろされた両掌の打撃を、少女は退いて躱す。

 

連環腿(れんかんたい)

 退いた体を貫かんと、飛んでくる蹴り。

 手で受けた後、肘へ擦らせる様に当てさせて、真下へ受け流す。

 

冲捶(ちゅうすい)

 真下へ受け流された蹴りを踏み込みに変え、老人が最小限のモーションで突いてきた。

 

 鳩尾に刺さった2重の衝撃が、少女の体をくの字に曲げさせる。

 呪いに縁遠い体躯が折れ曲がったのも、苦痛に歪んだのも、ほんの一瞬のこと。

 けれど、老人にとっても、少女にとっても、その一瞬で十分だった。

 

鉄山靠(てつざんこう)

 老人の背中からの体当たりが少女を吹き飛ばした。

 

 呪術高専のグラウンド場、普段は同学年のパンダや狗巻(と生意気な一年)と共に鍛錬を積んだ場所を、縦断する。

 グラウンド場の端から端まで吹き飛ばされた少女は、体当たりの勢いに逆らわず、あえて転がっていった末、軽やかに態勢を立て直して屹立した。

 ――――が。

 

「づっ!」

 鳩尾に刺さった突きのダメージが響き、少女は膝を地に着かせた。

 骨髄から、否臓腑の深奥から揺さぶってくる激痛に脂汗が噴き出し、少女は歯噛みする。

 

「何が冲捶(ちゅうすい)だ……寸捶(すんすい)だろうが、今のは」

呵呵呵(カカカ)! すまんすまん、手癖でな」

 癖で2連撃なんか出されてたまるか、と文句を浮かべながらも――――禪院真希はそれを喉の上へと通り過ぎさせなかった。

 

 甘えた言葉だと気づき、それをこの老人に聞かせたくなかったからだ。

 五条(バカ)が不意に連れてきた、この老人(サーヴァント)に。

 

「休憩にしよう。立てるか?」

「舐めるのも大概にしろ……李書文」

 こちらを見下ろしてくる丸縁のサングラスを睨み返し、真希は差し出された手に捕まらずに立ち上がった。

 

 朝夕、一日に二度の鍛錬の際に行う組手。

 10月12日に契約し、19日となった現在。

 真希は一度も李書文を地に着けたことが無い。

 

呵呵(カカ)っ! 主の才覚と鍛錬は認めるが、その程度ではまだまだ八極を習得したとは言えぬ。なに焦る必要は無い。主ならいずれ真の意味で八極を習得できるだろう」

「別に八極拳に拘ってるわけじゃねぇよ」

 

 真希は買っておいたミネラルウォーターを喉に流し込む。

真希の動きのベースは八極拳を含めた中国拳法諸々だ。そこから更に合気に薙刀に三節棍と、あらゆる武術を習得している。

 全ては、一つの目的のために。

 そのためには、力が必要だ。

 他者を、あの家を黙らせるほどの、力が。

 

「強くなれたら、それで良いんだ。今の私じゃ……力不足だ」

 手の平を見つめる。

 震える、小さな手の感触が、少しだけ蘇ってきた。

 

『おねえちゃん、手離さないでよ? ぜったいだよ?』

『しつけーなー』

 幼い頃の、姉妹でのやり取りを思い出す。

 妹の手を離した手を、真希は見つめる。『自分を好きになれないから』。そんな理由で離した自分の手を。

 

「――お主は強い。まだまだ強くなる」

 ダサいと思っている眼鏡の奥で、真希は目を見開く。

 

 手の平から掛けられた声の方向へ目を移せば、サングラスの向こうからも届く穏やかな眼差しとぶつかった。

 李書文は静かに語り始めた。

 

「サーヴァントは全盛期の姿で召喚される。だが、儂には全盛期が、姿が二つある。一つは『神槍』と謳われた若き頃。そしてもう一つが、今のこの姿よ」

「力の全盛期と技の全盛期か」

 真希の返答に、李書文が深く頷く。

 

「そうだ。お主はまだまだ強くなれる。だが、それは『技』ではない。むしろ、貴様は少々移り気が過ぎる。唯一つを極め、深めよ。その素質は十二分にある」

「話を逸らすな、じじぃ。あんたはただ、自分と同類になった私と闘り合いたいだけだろ」

「……ばれていたか」

「じじぃのくせに目ギラつかせすぎなんだよ」

 もうずっと前から気付いていたことを、とうとう口に出した真希。

 自らの牙を磨く、強靭な研磨剤。ただ今のままではまだ柔い研磨剤。それが李書文から見た今の禪院真希の価値だ。

 

「まぁ、お主の方は儂が居らずとも、『技の全盛』に辿り着くだろう。問題は……貴様の中に眠る純然たる『力』よ」

 真希は首をひねった。

 純然たる力。そう言われて、咄嗟に思いつくのは――術式と呪力。

 呪いに縁遠いこの体に、その両方は無い。だから『技』の力を得て、強くなろうとしているのだ。

 

 しかし老境の穏やかさと若刃の鋭さを秘めた相貌が頭を振って、真希の考えを否定する。

 

「良いか、真希。時には『捨てる』ことで得られる力があるのだ。それを胸に秘めておけ」

「……じじぃの話は遠回しだからいけねぇ。秘めとけって言われても分かんねーよ」

 用は済んだと言わんばかりに真希は李書分に背を向ける。朝と夕に行う鍛錬以外で、李書分は真希に稽古をつけることは決して無い。

 

(さて時間どうすっか。パンダと棘は任務だし、恵と野薔薇は……悟のお使い手伝わされてんだっけか)

 

 極秘とのことで詳しい内容は伏せられてるが、呪術師の活動に極秘事項は付き物だ。それに最近サーヴァントと契約してから、伏黒と釘崎は忙しそうだった。

 伏黒は荊軻に連れ回され、釘崎と鈴鹿は意気投合してショッピング。サーヴァントが来てから少しだけ変わった日常の形に……取り残されて、寂しそうにしてる後輩を思い出した。

 

(悠仁誘ってなんかやっか。あいつならちょうど良い組手相手になるし。思えば、あんまり構ってなかったしな)

 初対面から馴れ馴れしいというか壁を感じさせない根明な少年だった。だからか既に打ち解けた感が出て、あまり話したことがなかった。

 

 グラウンド場を出たところで早速、携帯で連絡をつけようとした時。

 

「あら、真希じゃない。他のお仲間はいないのね? 落ちこぼれが一人でいたら……いじめられちゃうわよ」

「真衣、真衣。あの人絶対いじめられるような人じゃない。むしろいじめられるの私達の方。真希さん、お久しぶりです。交流会以来ですね」

「三輪に真衣じゃねぇか」

 

 性格悪い真衣と性格良い三輪が並んでやってくる。

 交流会の時は三輪のあまりの性格の良さに真衣と上手くやれているか心配だった真希。しかし、それは無駄な心配だった。

 三輪の頬をつつく真衣を見て、杞憂の溜息を吐く真希。

 

「どうしたんだよお前ら。交流会終わったら、東京(こっち)に来る用事なんてほとんど無いだろ。……誰かの付き添いか?」

 

 高専所属の生徒が、更に単独行動が許されてない3級術師の二人がここに来るのは、大抵高専教師の任務の付き添いだ。

 真希の思った通り、三輪が「歌姫先生の付き添いです」と手早く教えてくれた。隣にいた真衣がわずかに身を強張らせた。

 その身じろぎをなんとなしに一瞥し――――自然な疑問が頭に浮かぶ。

 

(? 肝心の歌姫はどこだ?)

 二人の近くに歌姫はいない。

 首を軽く巡らせてから、談笑のついでの感覚で真希は尋ねてみた。

 

「なんの任務なんだ?」

「あぁ、それは……………あれ?」

 三輪が頭をひねる。ど忘れしたのだろうか、それにしては――――じわじわと絞めつけるような違和感を真希は覚えた。

 真衣の相貌が歪む。

 三輪が「なんでしたっけ?」と照れ臭そうに頬を指で掻く。

 各々でちぐはぐな態度、言いようのない違和感から「おい」と真希が声を発した。

 

「ふふふ、高専忌庫に収納された宿儺の偽指……三つの()()()()()()()()、でしょう?」

「あ、歌姫先生。そうでした、私うっかり忘れちゃっ、て……?」

 

 後ろを振り返った三輪の語気が小さくなっていく。

 真希は三輪の肩越しから、三輪が『歌姫先生』と呼んだ女を目にして――――問う。

 

「……真衣、()()()()()?」

「――()()()()()()

 

 理解の拒絶。

 視認の拒否。

 今の真衣の姿はつい先ほど、グラウンド場で思い返した幼き日の真衣そのままだった。見える呪霊が怖いと言った妹の手を引いて、『見えなきゃいねーのと同じだよ』と真希は返した。

 

 しかし、今、()()()()()()()()()()()

 尼僧服というには、あまりに女体のラインに張り付いた服。スリットから覗く生足の艶やかさは見るだけで指先に感触を覚えるほど肉感的で官能的。

 呪術師の世界とは程遠い『聖職者』が有する徳の高い微笑を浮かべる相貌に――――歌姫の顔に刻まれた傷跡は見られない。

 

「お前、だれだ」

「あれ、え、あれ……あなた誰ですか」

 最初から明らかな異常存在と認識できた真希の口調は毅然としていた。

 今この瞬間まで知己の存在だと認識していた三輪の口調は困惑していた。

 ここまで知己を装う異常存在からずっと目を反らしていた真衣の口は固く閉ざされていた。

 そして尼僧服を纏った、淫乱な異常は微笑みを張りつけたまま、合掌する。

 

「申し遅れました。私は殺生院キアラ」

 

 殺生院キアラと名乗ったソレの足元から、真っ白な手が現れる。

 ソレの影から這い出てきたように、無数の真っ白な手が真希達の四肢を、口を掴む。

 

(なっ――――)

 この白い手による拘束が単純な力ならば、真希は容易く振りほどけただろう。しかし白い手から伝わってきたのは膂力ではなく――――視界が白熱するほどの、快楽。

 

「ふふふ、さぁ、愛らしい貴女達。どうぞ私の胎内へ」

 長く細いソレの指が、自身の下腹部を縦一直線にツゥッ……と撫でる。

 グパァと開かれたソレの子宮(なか)には、この世界にいないはずの高位存在が無限にひしめき合っていた。

 

 それは紅い目。

 それは黒き魔神。

 それは名もなき柱。

【魔神柱】と呼ばれる、人類より高位の存在が、ソレの子宮にみっちりと無限に詰まっていた。その中へ、【魔神柱】蔓延る宇宙へ、三人は招かれた。

 

「……さて」

 開いた子宮の扉を閉じて、一人残された女は……くいっと指を一本、折り曲げた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まるで人家を侵食する大木の如く、高専中の建造物を蹂躙する【魔神柱】。それだけに留まらず、建造物の無い森からも、次々と【魔神柱】が湧現する。

 その数―――二百七十六本。

 

 建造物が倒壊する振動が膝を震わせる。蹂躙の轟音が、そこかしこに聞こえる悲鳴が、耳膣を隙間なく埋め尽くす。

 

「ンッ」

 ひくりと肩を震わせ、内股になってしばらくすると……女は物足りなそうに目を細めた。

 

「はぁ、やっぱり……接吻の代わりくらいにはなるかと思ったのですが」

 

 刺激不足、と。

 

 誰に聞かせるつもりも、分かってもらうつもりもない独り言をつぶやいて、殺生院キアラは足を一歩踏み出した。

 

 

          「    七孔噴血、撒き死ねぇい!    」

 

 

 天地合一せし老練の暗殺者が、女の懐に突如現れた。

 否、突如ではなく、最初から老人は真正面から距離を詰め、攻撃をする瞬間、【圏境・極】が解除されたのだ。

 柔い腹を穿つは、【宝具】として昇華された『技』。一撃必殺の拳、无二打(にのうちいらず)を喰らったキアラから激しい水音が穴から漏れだした。

 

 ――しかし、噴き出したそれは赤い血ではなく。

 

「金剛界智印拳」

 直後、詠天流の武術(カウンター)が李書文の老体に叩き込まれた。

 返礼の拳の威力は風圧で石畳が剥がれ、5つの寺社を突き抜けるほど李書文を吹き飛ばした。

 

「あ、あぁぁ! いい! ふ、うふふっ私ともあろうものが、なんて恥ずかしい」

 

 今しがた足元にできた透明な水だまりをちらっと見て、頬を上気させたキアラは口元を隠して恥じらった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……。思えば、あなたと直接お手合わせは致しておりませんでしたね」

 

 キアラは濡らした内腿を広げて、構えを取る。

 それは詠天流の武術の構え。

 生前、生まれながらに所属していた密教に伝わる古武術。

 

「参ります……喝破‼」

 踏み込み、飛び出すキアラ。

 同瞬、寺社を貫通した穴を辿るように――――凶拳が呵々大笑して、駆けていった。

 




来週は更新お休みします。ちょっと忙しくなるからです。
それにしても……キアラさん調べれば調べるほど、頭痛くなってくる……パワーバランス


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 戦いの快楽

 ――――真言立川詠天流。

 山奥で細々と長らえている宗教の宗主の娘として、殺生院キアラは生を受けた。

 生まれ落ちた時はまだ病弱であった彼女は、14の頃やってきた医者の治療により回復。それからは目覚ましい才覚を発揮した。

 詠天流に伝わる房中術や法術…………果ては武術まで。

 

「なるほどな」

 

 ドズン‼ と、李書文の踏み込みが地を凹ませ、空を圧する。

 

【絶招】……八極拳の秘伝の套路(型)により、周辺一帯の大気が李書文の【気】に塗りつぶされる。李書文の気に包まれたそこは最早、この世界で云うところの【領域】。

 その中で放つ剛打は、例え牽制やフェイントの為であったとしても相手を死に至らしめる絶技なのだが。

 

「なかなかどうして」

 

 頬を吊り上げる李書文の凶拳は――――当たることなく捌かれる。

 かくも淫らな女の、か細き五指にて。

 

使()()()()()()()、主」

「淑女の嗜みです♡」

 

 蠱惑的に微笑むキアラに、李書文は八極の極意を叩く叩く叩く。

 突き・打ち上げ・打ち下ろし・蹴り・掌打・二連撃・肘打ち・膝打ち・寸勁・体当たり、どれもかれも是全て【无二打】と同等の威力。

 

 そのいずれをも、キアラの女体には届かない。

 

 益荒男に口付けを送られる手の甲で、同性異性の玉肌を撫でる手の平で、繊細に蠢き快楽を与える五指で、弾かれる。

 

 否、弾かれているのではない。

 ()()()()()()()

 

「妙な武術を使う。流派は何処かな?」

「詠天流武術です。我が宗派は、性交を以て悟りに至る故……」

 

 大砲の如き打撃の威力の流れを、そっと指を這わすことで操り、逸らす。その度に李書文は拳を、肌を愛撫されるような感触を味わった。

 

「おやおやおや……私の手淫はお気に召しませんか? 只人ならば一撫でで果ててしまうのですが」

「生憎、柔き肉に快を見出せぬ性分(タチ)でな」

「それはそれはお気の毒ですね」

「お主ほどでは無いさな」

 と言った瞬間、ズンッと、キアラの足を『震脚』でもって抑えつける李書文。見開かれたキアラの目には動かなくなった自分の足が映り――――直後、全身が硬直した。

 

 練り上げた功夫によって、不動を強いた李書文は両掌を掲げた。

 

「どれ、一つ……」

 それは【无二打】と同様、宝具として昇華された絶技。

 

 八極拳の流派によって技の形が異なるがため、現代において実態の無い技として扱わ れているが何ということは無い。

 その技は決まった型を持たない、無型の奥義だったのだ。

 

「色狂いに馳走してやる」

 使い手の八極拳の技量に応じて自由自在に繰り出せるその宝具は、李書文が最も得意とした技だった。

 

               【猛虎硬爬山】

 

 上に掲げた両掌を横から振り下ろす。

 両側から迫る手刀が、大鋏の如くキアラの首に飛んだ。

 腰まで届く長い濡れ羽色の髪が切り裂かれていったその時……()()()()()()()()()()()()()

 

               「四念回峰行」

 

 瞬間、李書文のがら空きの胴に撃ち込まれた、神速の四連撃。

 鞭のようにしなる滑らかな手撃は、李書文の口腔を瞬く間に血で満たす。

 更にキアラは李書文の胸板に掌を当てて、その上からもう一方の掌を重ね合わせる。

 

「発破!」

 

 ズムンッ‼ と骨肉の深部まで到達する衝撃が、口腔の血をごばっと吐き出させた。

 膝から崩れ落ちていく老拳士を、キアラは苦痛に歪めながら見下ろした。

 

(……やはり、凄まじいお方)

 ひしゃげた右手中指と左手薬指を目にして苦虫を嚙み潰すキアラ。完全なタイミングで撃ち込んだと思った神速の四連撃。しかし実際に撃ち込めたのは二連まで。

 捌かれた残り二連撃がどうなったかは、握り潰された指が如実に語る。

 

「ともかくこれで、この方はおしま」

 ――――崩れ落ちたと錯覚するほど滑らかな、膝からの脱力。

 それは、数多の武術を使用する禅院真紀が使っていた技の一つ。

 李書文が放った躰道の卍蹴りが、余韻に浸っていたキアラの側頭部を穿った!

 

「かっ……!」

 キアラの脳が揺れ、視界に純白の火花が散る。

 明滅するキアラの喉目掛けて、李書文の親指が飛ぶ。どちゅ! と硬く鍛えた指が暗器の如くキアラの喉を抉る。

 そして間髪入れずに、李書文の正拳突きがキアラの下腹にめり込んだ。

 

「どうした」

 

 五臓六腑が弾け飛び、崩落した寺社仏閣から突き出た木の柱に背中から貫かれたキアラに向かって、凶暴な翁が咆え立てる。

 

「その程度で終わる貴様では無かろうが…………っ‼」

「――――ケヒッ」

 

 腕を後ろに回し、血肉が擦れ合う水音を奏でながら、木の柱を引き抜くキアラ。その相貌は清楚で妖艶な淑女の面影は無く。

 

「ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ‼‼ ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラッッ‼‼‼」

「存分に馳走してやる故……死ぬなよ?」

 

 頬を裂き、歯を剝き出しにして、生来の凶暴性を全開にする李書文。狂ったように、正気を失ったかのようにキアラが飛び掛かる。

 戦いの愉悦に、快楽に溶けた両者を―――――――殺生院キアラはため息をついて眺めていた。

 

「 スキル【万色悠滞】 」

 

 殺生院キアラが有する魅了スキルである。

 五感全てで誘惑し、少しでもキアラの色香に惑えば相手を問答無用で支配するスキル。しかし、かの翁はあらゆる色香に反応せず、寧ろキアラの武術に興味を示していた。

 

 効果が薄いと判じたキアラは戦闘中にスキルの改造に着手。『月世界』で使用された、本来の【万色悠滞】に戻したのだ。

 相手をの精神と魂を読み取り、すべて受け入れた上で、電脳ドラッグを上回る快楽を与えるスキルへと。

 

「あなたにとっての快楽は【強者との立ち合い】。ですから、ソレを差し上げます。宿儺の指の呪霊に魔神柱(わたしの髪)を30柱ほど投与した強化個体。飽くせぬ戦いの愉悦と快楽を与えるでしょう」

 

 キアラと契約していた宿儺の指の呪霊は、魔神柱を鎧のように纏って、李書文と戦っている。

 

(やはりどれだけ下等でも使い道はあるというもの。あの時、溶かさずに残しておいてよかった……)

 それだけ思うと指の呪霊への興味を失い、キアラは踵を返して、その場から離れる。

 へし折られた指と卍下蹴りのダメージに立ち眩みつつも、表情は苦痛に歪んでおらず……寧ろ快楽の歓喜に浸っていた。

 

「解析に手間取ってる間に手酷くやられてしまいましたが……気持ちよかったぁ……。ふふふっ、それでは李書文様、どうぞ心行くまで人形の戯れをお楽しみくださいな」

 

 二百七十六の魔神柱の蹂躙にさらされる高専敷地内を、キアラは歩く。

 らんらんと目を輝かせながら。

 それぞれの双眸に二つの目的を映しながら。

 

「高専忌庫にある3つの聖杯の欠片…………そして、薨星宮におわす【天元】。ふふふっ、天元。あぁ――――一つになったら、一体どれほど気持ち良いんでしょう……♡」

 

 天元。

 日本呪術界の中心にして、【個】から【世界】そのものへと昇華した高次元存在。

 そんな存在との性交を想像して、キアラは心臓が爆ぜそうになるほど火照った。

 




天元逃げて、超逃げて!!! 
なんなら聖杯よりセッッッが目的なまである。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 与えられる選択=誘惑

 ――――殺生院キアラが来襲する三分前。

 

「はぁーーーあ、まったく。人を何度も呼びつけやがって」

 

 くあっ、と大きく欠伸をした五条悟の足取りは億劫だった。

 【呪術総監部】……上層部のお歴々に呼ばれたからだ。保身バカ世襲バカ、腐ったみかんのバーゲンセールと喩えた総監部と五条は常々、様々な問題で揉めていた。

 

 その中でも、最もホットな揉め事は二つ。

 宿儺の器・虎杖悠仁の件と――――異邦から現れたマスター・藤丸立香の件。

 

(立香にメカ丸捜索の任務与えたから、それについてごねる気なんだろうな)

 

 徒党を組んだ特級呪霊と、バックに潜む呪詛師。

 その集団に、高専内の情報を渡している内通者は二名いる。

 メカ丸と、上層部の誰かだ。

 

(まぁ分かってたけどね。情報を集める手足(メカ丸)を、危険視してる立香に奪われるんだから)

 

 それでも大事にはならないことは、五条は分かりきっていた。

 せいぜい、嫌味や小言をネチネチ長く言われる程度だ。

 

 向こうがどんなに権力を用いようが、強大な個人の戦力には敵わない。

 その気になれば、五条はいつだって上層部を皆殺しにできる。

 そうしないのは、五条の我儘……否、高専教師としての夢を抱いてるからだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが五条悟の夢であり、自身に課した枷だ。

 この枷を五条が守る限り、総監部との均衡は保たれる。

 

 ただし。

 

「――――――――なんだ?」

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 総監部メンバーが鎮座する空間に入った五条は、アイマスクの下で六眼を見開く。

 鼻腔を、濃厚な血潮の香りが突き刺す。腐臭と肉がこねられる悍ましい音が響く。

 宙に浮かぶ障子の向こう、上層部の老人達が座っているはずの場所は血に染まり、障子に移る影が蠢いている。

 五条は障子の裏に回り込む。すると――――赤い目玉を幾つも生やした、黒ずんだ魔の肉柱が五条をギョロリと睨め付けた。

 

「イメチェンが過ぎるでしょ、おじいちゃん」

 

 五条は苦笑すると、魔神柱に変生していた上層部の悉くを――四十三秒で屠殺した。

 どれだけ首をすげ替えても無意味だからと、止めていたことだが……

 

「どうやらそうも言ってられないらしい」

 

 地響きと轟音が届く。

 上層部の空間を出て、五条は五重塔に模した建造物の頂上から、高専全土を見渡す。

 二百七十六柱の魔神柱が胎動し、蠢き、蹂躙している母校の光景を。

 

「さて……どこから行くか」

 するり、とアイマスクを下ろした。

 

                ◆ ◆ ◆

 

「やはり高専忌庫は魔術工房の立地として十分ですわね……メディア様」

 

 薨星宮に続く道の最中にある数多の呪物を保管せし忌庫にて、二人の女が対峙していた。忌庫の一区画を工房として改築していた魔女メディア、そして侵入者・殺生院キアラ。

 

 神代の魔術師が施した工房の罠を容易く突破し、キアラは魔神柱化させた指でメディアの脇腹を貫いていた。

 

 脂汗を滲ませるメディアの手には、宿儺の指に模した聖杯の欠片が三本。

 薄く口角を上げた唇を舌で割って、キアラは嗜虐に満ちた表情で舌なめずりする。

 

「さぁ、その欠片をお渡しください。決心がつかないのであれば……つくように優しくお腹の中を掻き混ぜましょうか?」

「―――なんのために」

「はい?」

 

 白々しく首を傾げるキアラに、ギリッと歯噛みしながら、メディアは真意を問うた。

 眼前の、聖杯なんか目じゃない化生となっている女に。

 

「無数の魔神柱を従えてるあなた……それだけの権能を有してるあなたが、どうして聖杯なんかを必要とするの?」

「――――選択を、与えたいのです」

「選択?」

 

 怪訝に目を細めるメディアだったが、突如腹部に焼き鏝を押し当てられたような激痛が走って苦悶する。脇腹に刺さっていた指を、キアラが引き抜いたからだ。

 

 血に塗れた人差し指を眺めながら、キアラはもう一本、中指を立てた。

 

「私はマスター藤丸立香のサーヴァント。他の方は知りませんが、私はこの特異点に引きずり込まれてからも、己と契約を保ち続けております。まぁ、使えるかもしれないと、あの呪霊(羽虫)とも契約はしていますが……私の心はマスターの物です」

 

「意味が……分からないわね。自分があの娘の物だというなら、どうして同盟関係の高専を」

「同盟? 縛り枷を嵌めた相手をどうして味方と思えましょうや。それに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 舐め回すような視線の指摘が、メディアの顔に苦痛ではない陰りをもたらせる。

 藤丸とマシュの部屋に訪れ、話を聞いた時に抱いた違和感。

 頭の中で言葉にしていないだけで、メディアはその正体を霞のようにぼんやりとだが突き止めていた。

 キアラは、その霞を、言語で表すことで晴らした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。二十に分けられた聖杯の欠片によって、無理やり特異点としての体裁を整えられただけ。私たちの世界とは異なる『呪術』が発生しているこの世界を、私達の魔術言語で表すならば」

 

 特異点は、本来の歴史の中にある『過去の世界が変貌した世界』。

 異聞帯は、本来の歴史とは決定的に違えた『ありえたかもしれない世界』。

 

 そのどちらもが、修正されれば、無かったことになる【剪定事象】だが……だが、この呪術蔓延る世界は、その定義には当てはまらない。

 

 余りにも本来の歴史(世界)とはかけ離れた異聞帯の世界に、違い過ぎるがゆえに『存在強度』が与えられた、完全なる『異世界』。

 

「――――『異聞世界』。読んで字のごとく、世界を股にかけて移住できる世界」

 

 キアラは二本の指を立てた。

 メディアの血に塗れた人差し指と、まっさらな中指。

 

「私がマスターに与えたい誘惑(選択)とは…………世界の移住です」

 

 キアラは血に塗れた人差し指を折って、続ける。

 

「人理は漂白され、何もかも無くなった元の世界。例え退けたとしても、続々と七匹の獣が現れる世界……から」

 

 キアラはまっさらな指を折り曲げて、続ける。

 

「かつてマスターが住んでいた日本に限りなく近い、安住の世界へ。

カルデアのマスター! 人理の救世主! その一切の重責を捨てられる『世界の移住』という選択肢! これを与えることが――――私が聖杯に掛ける願いでございます」

 

 世界の半分を与える、と魔王は聖人に言った。

 しかし、この女は、キアラはそんな半分ぽっちの、生半可な誘惑など与えない。

 責任放棄・異世界への逃走。

 自身の与えた選択(誘惑)に屈するか否か。それを見つめる快楽に浸ろうとして――――このキアラは既に禁欲生活(サーヴァント)を辞めていた。

 




アヴァロンルフェにて、たしか見かけた『異聞世界』という単語から無理くり考えたけれども……本当に型月設定に『異聞世界』ってあっただろうか……。
妖精國の妖精が移住できるのも、この『異聞世界』ないしは『存在強度』が強いからだったと思うのですが……ちょっと誰か教えてくれぇえええええええええええ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 人類悪と最強の人類

 ――――人類悪変生。

 メディアが目にしたのは、正しく生まれ変わり。曲がりなりにも、人理の守護者であったサーヴァントが、人理の汚点へと成れ果てる光景であった。

 

「その、すがた……」

 

 尼僧の姿をしていたキアラはより神々しく、より禍々しく、より艶めかしい姿へと進んだ。蠱惑的な息を吐き、火照った頬に手を添える女の頭には――――巨大な獣の王冠(ツノ)を戴せていた。

 メディアは社会を内から喰い破る癌細胞へと堕ちたキアラを、嗤った。

 

「ほんとうに、どうしようもないわね」

「? それは私のことを言ってるのですか? それともご自身の状況を口にしてるのですか? まぁ前者でも後者でも……何を今更分かり切ったことを」

 

 獣は動かなかった。

 指先の一本も、まばたきの一つもせず――――虚空から魔神柱を射出する。

 メディアのすぐ近くの虚空から。

 

「っ!」

 咄嗟に飛び退くが、間に合わない。

 

 ゼロ距離から槍のように生えてきた魔神柱に、メディアは貫かれる。大腿部は貫通し、他数本は服布を破くように。

 

「―――――ッ!」

 生かされたのだと、メディアはすぐさま悟る。その悟った目で……被食者を前に舌なめずりをする捕食者の享楽を見た。

 

 大腿の焼きつく激痛をも塗り替える赫怒を咆えた。

 腕を振るうと、地面に黒い淀が一瞬で現れ、そこから竜牙兵が這い出てくる。

 キアラへと殺到する竜牙兵だが、やはりキアラは動くことなく、ゼロ距離の虚空から生み出す魔神柱の槍で竜牙兵を消化していく。

 

 その間にメディアは貫かれた大腿部に治療魔術を掛け、背中から妖しく発行する翼を形成する。ヘカテの翼で飛び上がったメディアは、キアラの周囲を高速旋回する。

 

「此処で消えてしまいなさいッ!」

 

 耳元に流れる風切り音を上回る怒声を放った直後、翼から魔力弾を撃ちだす。円を描くように旋回していることで、四方八方から着弾するキアラ。その弾幕の苛烈さと正確さは、円の中心点=着弾点にいるキアラに全て叩き込まれる。

 

 立ち込める戦塵がキアラを覆い隠すと、メディアは戦塵の真上へ飛翔し、

「ヘカティック・グライアー‼」

 

 詠唱を叫び、極大の魔力の柱が戦塵の中央を穿った。

 メディアは晴れることない戦塵を、固唾を呑んで見守り――――頬に固い感触を覚えた。

 

「     え」

 

 刹那にも満たない時の中、鳥は地に落とされたことにも気づかなかった。

 

 逆流する血流に口腔から食道まで満たされる。混乱と痛苦に蝕まれながらも、メディはとにかく体を起こそうとするが――――背中から突き刺さった魔神柱が、しっかりとメディアを地面に縫い付けていた。

 

「フフフ、まるで標本ですね」

 

 無傷どころか、髪も乱れていないキアラは快楽に震える己の身を抱きしめて、立ち上がろうともがく眼下のメディアの様を視姦する。

 

「ア……アァアアアアアアアーーーーーー‼」

 

 フォークで蝶の羽根と体を突き刺したように、メディアは三本の魔神柱によって磔にされていた。

 

「あぁっ、いけませんいけません! 標本の蝶がそのような嬌声を上げては! これ以上、昂らせて一体私をどうしようと⁉」

 

 そう言うや否や、背中に突き刺さった魔神柱がギチギチギチと動き始める。こよりのように捻じったり、ぐらぐらと左右に揺れたり。その度に、メディアの体は自身の意志と離れたところで痙攣する。

 

 弄ばれていた。玩具にされていた。仕方のないことだった。

 

【人類悪・ビースト】。それは人理の真の守護者:冠位英霊(グランドサーヴァント)が相対すべき存在。通常の霊基のサーヴァントでは、そもそも存在の規模が違う。

 

「はぁ……いけませんね、つい寄り道してばかり。長年の我慢の反動ですかね。目的の物を貰いましょうか」

 

 そうしてキアラは遊び終えた玩具を置いて、魔術工房の深奥へとひた歩く。高専忌庫の一部を魔術工房として加工して、彼女が何を創っていたか。

 

 その創造物を、キアラは今手に取った。

 

「あぁ……【術式】はそのままに、しっかりと呪力が満ちている。今やこれは宝具ではありません」

 

 稲妻のようにギザギザの刀身を掲げて、キアラは見惚れる。

 自身と同じく【変生】した、その短剣の名は――――()()()()破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】。

 

「さすが、稀代の魔女メディア。貴女は素晴らしい仕事を成し遂げました。その手向けに」

 

 三本の魔神柱がメディアを串刺しにしたまま、キアラの元へと運んでいく。

 手足の末梢部分から金色の粒子をこぼすメディアを、自身の豊かな胸元へ招き寄せ、しっかりと抱きしめる。

 

「――念入りに蕩けさせて差し上げます」

 自身の胎内へと招き入れようとしたキアラは、頬を染めながら……すぅっと髪を耳に掛けた。

 

     するりと。

 

 指先に奇妙な感触を覚えた。

 

「……?」

 

 怪訝に思って、キアラは自身の指先を見て―――――指にびっしりと絡まった髪を見た。数十本の抜け落ちた髪を目にして、女心に動揺(ショック)が走る。

 

「一体、なにが……」

 プツッ、とまた一本、髪が抜けた。

 

「ッ⁉」

 プツリと、ブツリと、ブチリと、ブチチンと。髪が抜け始める。

 

「これは」

 

 (魔神柱)抜け始める(殺され始めている)

 

「まさか」

 

 薨星宮(こうせいぐう)に侵入する前に放っていた、二百七十六()魔神柱()が……次々と殺され始めている。まるで順番待ちの死刑囚の如く、屠殺されゆく家畜の如く、次々と……次々と次々と次々と次々と次々と!

 

 そしてふと――――――――神の虐殺が止んだ。

 

「………………」

 

 どさり、とメディアを投げ落として、キアラは歩み始めた。

 コツコツと高専忌庫から出て、ゆぅっくりと憤懣に細めた眼を、静謐な空気満ちる薨星宮のとある壁に移した。

 刹那―――【無限】によって創生された仮想の質量が、薨星宮の壁をぶち壊した。

 紫色の光柱に照らされる獣の相貌が……敵意(きば)を剥き出しにする。

 

「女性の髪を引っ張るだなんて……随分と乱暴な殿方ですこと」

 

 壁に空いた風穴に向かって、キアラは語り掛ける。

 すると、舞う土埃を煙たそうに払いながら――――【最強】が嗤った。

 

「えw? 君、女のつもりなのww?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 二人で一つの

 光が瞬く。

 わずかな痛みを挟んで、視界(世界)が替わる。

 

(なんだ……?)

 

【最強】五条悟は蝉の鳴き声を聞いた。

 

『いっくよー』

 

【呪術高専3年】五条悟は、同級生の気だるげな声を聞いた。

 

 次の瞬間、完全に突き刺すつもりでペンをぶん投げた家入硝子と最小限の動作で消しゴムを投げた夏油傑がいた。

 

(これはなんだ?)

 

 ここでようやく【最強】五条悟は――――【呪術高専3年】の頃の自分を認識する。

 

 学生時代の自分が、無限でペンを止めて、消しゴムにこつんとぶつかった。

 

『うん、いけるね』

 

 消しゴムをキャッチし、虚空に静止したペンをつまむ、学生五条。

 成り立ての学生五条はつらつらと、構築したばかりの自身の【最強】を物語る。

 

『今までマニュアルでやってたのをオートマにした。呪力の強弱だけじゃなく、質量・速度・形状からも物体の危険度を選別できる』

 

(やめろ)

 

『毒物なんかも選別できればいいんだけどそれはまだ難しいな。これなら最小限のリソースで無下限呪術をほぼ出しっぱにできる』

 

(気づけ)

 

過去の自分を見る、五条の目がどんどん細まる。自分だけが強いだけじゃ意味が無いことに気付いていない昔の馬鹿さ加減を眼光で責める。

 

(――――傑に気づけ)

 

 2007年8月、五条悟が【最強】になった夏。

 2007年8月、夏油傑が【最強】になれなかった夏。

 ――――二人で最強じゃなくなった夏。

 

 真夏の陽光が、光が瞬く。

 わずかな痛みを挟んで、視界(世界)が替わる…………。

 

          *********

 

 目の奥がチカチカとかすかな痛みを訴える。

 本当にささいな痛みだった。

 

「あーーーっと……なんだっけ、どこまでいったっけ?」

 

 勝負が決した後でしか気づけないような、かすかでどうでもいい痛みを抱えたまま、五条悟は見上げた。

 

 四肢を潰して、壁に縫い付けた殺生院キアラを。

 

「かっ……は――――っ♡」

「何感じてんだよ」

 

 五条がクンッと指を上げる。

 

 直後、形成された最大出力の【蒼】が壁に縫い付けたままのキアラを吸い込んだ。

天井に穿たれたクレーターの中心点となるキアラ。目の焦点を失い、口腔から血を吐き出し……潰れた四肢を魔神柱で補肉して再生させる。

 

「ならば」

 

 キアラが視線を向けたと同時に、五条悟の周辺から魔神柱の槍が創造される。メディアの時とは比べ物にならない数の魔神が投げ槍として使い捨てられようとも――――その悉くを五条悟は到達させない。

 

「こうですか?」

 

 天上から地上へ、絶世の天女が駆け落ちる。戦技の法悦に火照らせた生足を振り上げ、断頭台(ギロチン)の如き鋭さを込めて放ち…………

 

「ここ、弱そうだね」

 

 キアラの背に、グッと五条の足が乗せられた。

 

 五条は背後からキアラの獣の王冠(ツノ)を掴んだまま――――キアラの背中を思い切り踏みつけた。

 

 爆ぜる、黒き閃光。

 

 刹那の時間から消え去るほどの速度でキアラが地下に埋められていく。残された五条は両手に握った王冠(ツノ)をがらんと無造作に投げ捨てて、

 

「うん、今日は調子いいね」

 

 本日二度目の黒閃を経た、自身の呪力と術式の精度に満足げに微笑んだ。

 

(これならいけそうだ)

 

 そうして五条は呪力を見通す【六眼】で呪力の集合体となっている英霊(キアラ)を捕捉する。薨星宮の地下深くまで沈められたキアラの背後に、【蒼】をセットする。

 

 三十六の【蒼】の縦列が地中の只中に配置され……キアラを更に星の内奥へ引きずり込んでいく。

 

「そこで虚しく」

 

 五条は指先に虚空を収束させる。赫く黒く凝縮された【無限】をキアラの埋まった穴に目掛け、最大出力で放つ。

 

 弾く力・赫が突き進む毎に、強く・速く引き寄せる三十六の蒼。

 射出された砲弾(あか)を強化する加速装置(あお)の併用で、キアラの呪力反応は搔き消えた。

 

 

「勝手に独りヨがってろ」

 

 キアラが沈んでいった穴を見下ろし、言の葉を吐き捨てる。

 

「祓ったぞ……真希」

 

 五条の六眼は呪力の全てを見通す。キアラの、あの女の腹には真希や京都校の生徒と思しき呪力の名残がこびりついていた。

 

 強く聡く……自分に置いて行かれない可能性を秘めた生徒の顔を思い返し、悔いるように瞼を閉じる。

 

 ――ちくっ、とかすかな痛みが目の奥に生じた。

 

「ん?」

 瞼を開く。

 

 光が瞬く。

 わずかな痛みを挟んで、視界(世界)が替わる。

 

 

 

「ようやく届きましたね」

 

「……は?」

 

 

 

 貝殻で乳房を覆った獣が、【無限】にしな垂れかかっていた。

 

 キアラの双眸と六眼の双眸が、絡み合う。

 キアラはうっとりと目を細め――――吐息を吹きかけた。

 

 甘い甘い快楽の香り。

 快楽物質(ドーパミン)を含んだ毒霧が、【無限】を通り過ぎる。

 

『毒物なんかも選別できればいいんだけどそれはまだ難しいな』

 

 過去の自分の言葉を思い返すより早く…………視界が瞬くほどの快楽()が五条の脳を侵食した。

 

 ドシャッ、と五条悟が崩れ落ちる。

 それを見下ろしながら、キアラは横に手を伸ばした。すると穴の中から呪力の残滓が集合していき――――王冠(ツノ)を戴冠したキアラが霞から現れた。

 

「私達は二人で【唯一(ひとり)】なのです」

 

 同じ顔、同じ目、同じ声で、二つの霊基(二人のキアラ)が快楽に苦しむ五条悟の前に立ちはだかる。

 

「―――あてつけ、かよ」

 

 脳内から止めどなく分泌される快楽物質(ドーパミン)に抗いながら、五条は想起する。

 

 二人で【最強】だった、あの学生(青春)時代を。

 

 地に伏した【最強】が、【唯一】を睨み上げる。

 

 

       「   領域展開   」

 

 

 天へ突きあげるように、掌印(ゆび)を組む。

 

 

           【無量空処】

 

 

 無下限の内側へと、人類悪を引きずり込んだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 死と生誕

長らくお待たせしてすみません。
ハーメルンで更新してる小説の仕上げで遅れてしまいましたhttps://syosetu.org/novel/268755/
時間はかかってしまいますが完結させる意思はあるので、これからもよろしくお願いします。


 万物を見通す眼の内側。

 本来、ありとあらゆるところに存在する【無下限】の内へと、招かれる。

 

(これは―――――)

 

 キアラは見渡す限りの星空に似た光景に瞠目する。

 それは隣に立つ、自身の分身――――人類悪の超重量の霊基を半分分けた【水着キアラ】も同様だった。

 

 いつまでも完結することのない、無限の情報を流し込まれ、並んで硬直するキアラ達。

 五条はそんな二人の胸元、谷間の奥深くにある呪力の核を見抜く。

 

「ここが核か」

 

 その呪力の核は、正しくは【霊核】。現世に対する英霊の存在証明であり、ここを破壊されれば、いかなる不死性を有したサーヴァントも現世にとどまることはできない。

 

 六眼でその霊核の場所を視認した五条は、荒く息を吐きながら、その手刀の指先(切っ先)に呪力を籠める。

 

「ほんと……サーヴァントってやつは厄介だね」

 

 領域を展開せねば勝てないと判断した相手は、狂王クーフーリンを含めて二人目だ。

 英霊。人間とは魂の階梯からして異なる、上位の精霊。

 生者にして、それと比肩している五条こそ規格外であり、あまつさえ勝利できるのは、この【領域】のおかげだ。

 

 知覚・伝達という作業を無限に強いることで、行動不能にする。

 この領域の効果が、生得術式の火力増強では、決して英霊達に勝利する切り札とはなりえなかった。

 

「ほんとに……最悪な目に遭ったよ」

 

 そこらの特級呪具よりも威力のある、五条の手刀がキアラ達の胸を貫く。

 

 ――ズズ、ズズチュ……。

 キアラの遺骸が力なく倒れ込み、更に深く五条の手刀に突き刺さっていく。砕ける霊核を視認した五条は手刀を引き抜こうとして

 

「 解析完了♡ 」

 

 王冠を携えしキアラが貫かれたまま、五条の右肩にしな垂れかかった。

 同瞬、幻を司る最大の神獣【蜃】を喰らったキアラが、五条の左耳に唇を近づけ。

 

「小さき命にも五分の魂、慈しんで終わらせましょう」

 

 女の吐息が、そよそよと【無下限の領域】に流れる。

 その刹那――――【無限】が【幽世】に塗り潰された。  

 

 その幽世の名は、化楽天・蛟蛤曼荼羅(ニルマーナラティ・ヘブンズフォーム)

 

 五条悟を領域の押し合いで負かすことなど、この世界の誰もが匙を投げる難行。

 それを、かの異界の獣は――――吐息の一つで成し遂げた。

 

 雲散霧消した【領域展開】。

 五条の体に刻まれている生得術式は、領域展開の負荷により、焼き切れている。

 それすなわち。

 

「思う存分」

「あなたに触れられますわ♡」

 

 約束の再会を遂げたおとぎ話の姫のように、二人のキアラが妖艶に微笑む。

 そして微笑まれた王子様はどちゅ、と。

 

 どちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅどちゅ

 

 熱烈な魔神柱(キス)釘付け(串刺し)にされた。

 

 ***************************

 

「あぁ、本当にきれい」

 

 うっとりと王冠(ツノ)のキアラは、最強の遺骸からほじくり出した蒼き眼を掲げて、頬を添える。神獣を喰らいし水着のキアラは、うっとりとする自分を見て、「もぅ」と頬を膨らませる。

 

「あなたがその目に惚けるから、無限の情報の解析に手間取ったではありませんか」

「まぁまぁ、いいじゃありませんか。二つの霊基による同時並列処理をもってすれば、解析など栓無きこと」

 

 殺生院キアラという存在は、一度はムーンセルを手中に収めた類まれなる頭脳を有する才女である。その解析力が同時空に二人存在すれば、【無量空処】から与えられる無限の情報すら処理してしまえたのだった。

 

「それで? マスターは何と?」

 

 五条の遺骸から探った通信機を一瞥し、水着のキアラが尋ねる。マスターとの通話に応えた王冠(ツノ)のキアラは、六眼を見つめながら口を開く。

 

「ただ一言。――――失敗すると」

 

 マスター藤丸立香は、キアラが五条悟を下したことを知っても尚、毅然とした声音でそう言い残した。

 

 その一言を聞いた水着のキアラはきょとんと目を丸めて、その後に淑やかな仕草で微笑みを隠した。

 

「それはそれは……あぁ、やはり彼女は」

「魅力的ですね」

 

 二人の美女が声をそろえて、可憐に笑う。

 ひとしきり笑ってから、キアラはお互いを見つめ合って、マスターが「失敗する」と断言した企みについて語り合う。

 

「王冠の私。破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)は?」

「確保しました。これで天元様の結界を打ち破れます。水着の私はこれを」

 

 王冠(ツノ)のキアラは破戒すべき全ての符をひらひらと弄びながら、見惚れていた【六眼】を水着のキアラに手渡す。

 

 ぱくん。

 

「お味は如何? 大量の人魚や神獣【蜃】を喰らったあなたの感想は?」

「――――だめですねぇ。【無限】の発動はできません。少しは期待していたのですが……」

 

「そぅ、残念。ですがこれで薨星宮本殿への侵入が可能となりました。天元様と六眼の因果を絶った今が好機」

 

 天元とキアラの同化。

 それは唯一の人間であるキアラが、天元との同化で進化し、全ての愛を受け止める天の孔(ヘブンズホール)となることだ。

 

 この呪術世界、全ての知性生命体を吸い込み、取り込むことだ。

 

「ふふふっ、先ほどまでは、マスターに世界の移住を勧めると言っていたのに」

「えぇ、本気で思っていましたよ。漂白された元の世界から、只の呪いが渦巻く平穏なこちらへと移り住むことを。ただ――――気が変わりました」

 

 元の世界へ戻るか。

 天の孔と化した呪術世界に飛び込んで、快楽に染まりながら消滅するか。

 その二択を突きつけた方が気持ちよさそうだと思ったから。

 

 どこまでも自分の快楽の為に動く女達は、目的成就のために薨星宮本殿へと一歩踏み出し―――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は……」

 王冠のキアラの瞳孔が揺れる。

 

 鮮血が噴水の如く噴き出す。

 柔肌を内側から引き裂き、身を左右によじって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ソレは長大な大剣を口にくわえ、両手には黒髪の少女と青髪の少女を掴んで、王冠(ツノ)のキアラから生まれ出た。 

 

 六眼を喰らい、呪力を可視化できるようになった水着のキアラが、刮目する。

 

(呪力がまったくない……っ⁉)

 

 

 

「 はじめるよ、真衣 」

 

 

 

 天与の暴姫が、(ビースト)の胎から生誕した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 全てを捨てた天与の暴姫

 潮騒が真希の意識を柔らかに抱き起した。

 背中に当たる砂の感触と仰向けの視界に広がる蒼穹に、真希は目を見開いた。

 

(ここは……)

 

「最悪」

 

 飛んできた声で弾かれて、真希は体を起こす。

 砂浜に座って水平線を見つめる真衣が横にいた。その向こうには、横たわって呻く三輪の姿もあった。

 

「あの女の中に入れられたことも……あんた達を心の中(ここ)に入れたことも」

「真衣……?」

 

「目玉の柱……魔神柱だっけ? 感覚で分かった。あれ【呪力】じゃなくて【魔力】の塊よ。だから生得領域に入れるのにも間に合った。……とりあえず、これ作ったら私逝くから」

「真衣⁉」

 

 一方的に、淡々と言の葉を連ねて、真衣の足が波を掻き割っていく。

 立ち上がった真希の声が海浜に響いた。けれど寄せては返す波のように、その声は静寂に呑まれた。

 

「何言ってんだ……? とにかく、戻れよ」

「嫌よ。――――同じ『死』なら、気持ち良い方が良いじゃない」

 

 真希は一瞬怪訝な顔をして――――自分の方を振り返る真衣の、背後の光景に気付く。

 

 海の遥か向こう。

 白く、眩く染まった水平線の正体は、渦潮だ。その輝きを目にするだけで、否、その存在を知覚しただけで、真希の脳が快楽に焼け付く。

 

「ァッ……がっ⁉」

 

快楽の孔(ヘブンズホール)。あの女の領域が迫ってきてる。私の領域で穴を開けてみるから、出られたら三輪を連れて出なさいよ」

 

 ざぶ、ざぶ、ざぶ。

 遠ざかる妹の背中を追って、砂を蹴る。

 

「戻れよ! いいから、戻れ!」

「まぁ命懸けたとしても、私の領域なんかで穴を開けられると思えないけどね。だって、片割の姉(アンタ)がいるから。効果は大して底上げできないのよ」

 

 真衣の肩を掴んだ。

 真希はそのまま強引に振り向かせて――――。

 

「アンタは私で、私はアンタだから」

 

 細められた冷静な眼差しが、真希の手の力を緩めた。

 真衣の手が真希の指を一本ずつ解いていく。

 

「私、ずいぶん前から知ってたのよ」

 

 呪術において、一卵性双生児は同一人物であること。

 何かを得るために、何かを差し出す【縛り】が、自分達双子の間ではなかなか成立しないこと。

 たとえ、真希に呪力と術式が無くとも――――真衣がそれを有していたら、何も得られないのだと。

 

『良いか、真希。時には『捨てる』ことで得られる力があるのだ。それを胸に秘めておけ』

 

 蘇った李書文の言葉が、真希の脳裏を静かに突き刺す。

 それでも突き刺された言葉を、理解を拒む。

 

「戻ってきて……真衣」

 

 妹の手を掴む。強さを求めて離した手を、しっかりと。

 姉妹の居場所を創る強さを求めた手で。

 

 ――――その手に、妹は【 】を掴ませた。

 

「これだけ渡しておくわ。後は全部捨てなさい……快楽も、知性も」

 

 掴まされたそれを、真希は見る。

 自分の掌に乗った、小さな小さな【 】を。

 

「約束して」

 

 真衣はあどけなく笑った。

 手をつなぎ、手を引いた幼き姿のままで。

 

「全部消して」

 

 姉の額に、自分の額を重ねて。

 願う。呪う。

 

「全部だからね、おねえちゃん」

 

 ざぶ、ざぶ、ざぶ。

 小さな足が、渦潮へ向かう。

 

「           ぃかないで」

 

 残された者の嗚咽が、潮騒に揉まれて、掻き消えた。

 その者の手には      【刃】が握られていた。

 

      *****************

 

「はじめるよ、真衣」

 

 血濡れの大刀に語り掛ける真希。

 たった今、人類悪(キアラ)の胎を搔っ捌いて生まれ出たその少女に、水着のキアラは吐息を吹きかけた。

 

 吐息は神獣【蜃】が作り出す霧に転じて、真希を包み込む。

 その霧はスキル【異界作成】によって作られた【幽世】。

 現実と夢幻の境界を侵し、対象に夢を見せる事で堕落させるスキル。

 

「一度、夢の快楽に屈せば……私が優しく吹き消してあげましょう。更に……重ね掛けです」

 

 水着キアラが笑みに歪めた視線の先には、腹部の再生を終えた王冠(ツノ)のキアラがスキルの発動を完了させていた。

 

「スキル【万色悠滞】」

 

 五感の全てを刺激する、ドラッグを上回る快楽が、幽世に閉じ込められた真希に送り込まれる。

 

 快楽に屈すると幻と同等の存在となって消失する幽世に、五感全てで感じるドラッグ越えの快楽が満たされる。

 

【万色悠滞】

  +

【異界作成】

 

 この合わせ技の前では、どんなに優れたスペックを誇った強者でも抵抗できない。

 そう考えていた二人のキアラの横に―――――刀を振り終えた真希がいた。

 

 

「あ/?」

「え\?」

 

 断面から脳漿をこぼし、斜めに切り裂かれた顔面が宙を舞う。

 水着キアラは喰らった【人魚の肉】による不死性で、王冠(ツノ)のキアラは宿した【魔神柱】によって再生を終えるが……。

 

 ガシンッ‼ と水着キアラの頭部を、真横に立っていた真希が鷲掴みにした。

 

「――――来い、李書文」

 

 暴姫の呼びかけに、老拳士が轟音と共に馳せ参じた。

 捥ぎ取った宿儺の呪霊の頭部を手土産に。

 

呵々(カカッ)!」

 

 魔神柱30体と融合していた宿儺の呪霊との激闘は、老拳士の左腕を奪った。

 けれど李書文は尚、凶悪に頬を歪め笑って――――ドゥン‼ と王冠(ツノ)のキアラに右正拳を叩き込んだ。

 

 同瞬、水着キアラの頭部を床に押し付けて……真希は全力で駆けた。

 

 びちちちちちちちち‼‼‼‼ と、擦り削られた赤い直線が描かれる。

 再生しても再生しても猛然と削られ続ける。

 薨星宮の壁に突き当たる。それでも真希の足は加速を続け……壁を走った。重力を悠々と引き千切り、水着キアラを擦り潰し――――天井を突き破った。

 

 地下空間から地上……壊滅寸前の呪術高専へと、少女と美女が躍り出た。

 

「今のは良い攻めでした。ですが無駄」

 

 擦り潰す床も壁も無くなった空中で、水着キアラの再生が完了する。

 顔面を鷲掴みにされたまま、キアラは再び幻惑の吐息を吹きかけた。

 

 それは五条悟の領域展開すら塗りつぶす、【幽世】。

 呪術の極致を優に超える、【異界作成】が真希を再度、閉じ込めた。

 

 そして。

 

 ギチンと。

 

 ギチギチギチン‼ と。

 

 真希の五指が【幽世】を引き裂いた。

 

 

「――――霞を掴むとは。貴女、仙女でもなっ」

 

 呪力から脱却した、金剛の拳がキアラの言葉を遮った。

 真希は地上へと叩きつけられたキアラの腹部を踏みつける。

 吐息の代わりに吐かれた血が、真希の頬を濡らす。

 

「か、ぃらくを……感じないのですか?」

「あぁ、あいつが全部持って行っちまった」

 

 満たされる心も、幸福を感じる知性も。

 全ては、妹が創り出した大刀の代償として、失っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 三人の乙女の恋心乱舞

お久しぶりです。長らく更新できずに申し訳ありませんでした!
一次創作の方の小説の改稿に手こずり、気付けば……乙骨の映画公開される!?!?
見に行かねばーーーー! 
これからは少しは落ち着くので、毎週更新できたらなと思っています。呪術もFGOも本編どんどんすごいことになってるけど、変わらず書いていこうと思います。
お待たせ(なんて思うの傲慢かな……)して、大変申し訳ありませんでした。


 ――――削られる。

 

 天与の暴姫が、大刀を振るう。

 それは最早、手と一体化した【爪】。

 

 ――――削がれる。

 

 纏っていた知性を捨てた剥き出しの野生が、半分に分けても膨大な霊基を端から削いでいく。

 振るわれる爪、裂かれる柔肉。

 殴り、蹴り、噛みつき――――獲物を蹂躙しながら、天地を跋扈する暴姫は高貴に吠える

 

「GuooooOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」

 

 肉が軋む、音が鳴る。

 天から与えられし呪縛が、真希の中で更に重さを増す。

 捨てた理性を、感じる心を、呪縛の鎖が奥深くで封じ込める。

 もう二度と取り戻せないように。そうすることで【呪力】から脱却した肉体は――――【概念】さえ飛び越えて、脱却する。

 

「ふ、ふふふふふふふ」

 

 水着キアラは身がよじれるほどの諦観に、笑う。

 嗤うしか、なかった。

 

 言葉を喪ってからの禪院真希を、領域を凌駕する【幽世】に閉じ込めること24回。

 そのいずれも――――かの暴姫は引き裂いてきた。

 

 それがここまでの攻防。為すすべもなく、霊基を削がれ続ける訳。

 

 諦観に五体を投げ捨てた水着キアラは、咆哮する姫が施す暴虐に、空を舞う。太陽を背にした天与の暴姫を、人魚は打ち上げられた空の下で嘲笑する。

 

 かつての記憶、深海の奥深くで。

 恋に飛翔する白鳥(スワン)を目にした。

 恋する乙女に、最期を、下された。

 それに比べてなんだあの…………ただの

 

「 けだものは 」

  

 人類悪(ビースト)にそう吐き捨てられた、禪院真希だった少女は、剛脚をもって人魚を打ち沈めた。

 快楽を感じる理性も、願いを抱える知性も。

 

『 僕は真希さんみたいになりたい。強くまっすぐ――――生きたいんだ 』

 

 蕾に成りかけた、恋も捨てて。

 

「O tu」

 

 けだものは血だまりの中で、なにか呻いた。

 

 咆哮ですらない、鳴き声ですらない、けだものには必要のない言の葉。

 けだものも今しがた自分が何を口にしたかも分からないまま……大刀(爪牙)を引き摺り、歩く。

 

 口の端から荒い息を漏らしながら、けだものの姫は次の対象を求める。

 全部消して、と。

 妹と結んだ約束を果たすため――――人類悪(ビースト)の半身へ。

 

 **************

 

「――――削り消された?」

 

 王冠(ツノ)を携えし殺生院キアラは、自身の半身の消失を感じた方向へ目を向けて、驚愕する。

 

 人類悪(ビースト)を打倒しうるのは、冠位(グランド)サーヴァントのみ。

 並みの霊基のサーヴァントですら太刀打ちできず、ましてや【人類】である以上、概念的にビーストを打倒することはできない。

 

「そうですか――――【人】を捨てたのですね」

 

 呪力だけじゃない、知性も、心も捨てたことで、天与呪縛の【格】が上がり――――【概念】すら脱却した存在になった。

 

 成り果てた。

 

「人間ではないけだものだからこそ、獣を殺せる……ということですか?」

 

 キアラは苦笑する。

 それではまるで――――ビーストと同じではないか、と。

 

「たしかに私の子宮(はら)から生まれたとはいえ……まさか新しいビーストの幼体に……とまではいかないでしょう」

 

 そうなったらなったで愉快なことに変わりはない。

 そうなれば禪院真希は――――呪術世界で誕生した、第一の獣となる。

 その歪み、呪いの果てを見てみたいとは思うが、キアラは近づいてくる気配に背を向けて薨星宮本殿へと歩みだす。

 

 腹に大穴を開けた、老いた拳士の亡骸を置いて。

 

「宿儺の呪霊……『愛撫』で我慢できなかったとはいえ、老骨に私の『本番』は過激でしたね」

 

 枯れ果てた者には興味が無いと言わんばかりに、キアラは視界の隅に李書文を流すが……ダンッと地面に拳を突く音が鳴った。

 キアラが振り返ると、拳を突いて立ち上がった老人が臓物の代わりに霊子をこぼしていた。

 

「それは厳しい……儂にとっては……中々の、戦闘(抱き)心地であったがなぁ」

 凶悪に持ち上がる頬の筋肉。

 口の端から吐き出て垂れ流れる血潮は――――熱そうだった。

 

 キアラは老人の言葉には答えず、冷ややかに眺める。すると李書文は彼方へと首を向けた。

 キアラが遠ざかろうとした方向……禪院真希がいる方向だ。

 

「……捨てろと言ったが……それは捨てすぎだ、馬鹿者が」

 

 今際の弱々しさなぞ介在しない、強い響きを含んだ叱責が飛ぶ。続きをやるのかと見守っていたキアラだが、いつまでも動き出さない李書文に眉を上げた。

 

「しないのですか? ならばそのまま地に伏していた方が楽でしょうに」

「生憎、そうはいかんな。今回だけとはいえ、契約を結んだ相手。儂の不甲斐なさであぁしてしまったからには――――責任を取る必要がある」

 

 纏う空気が変化する。

 それを肌の感覚で感じ取ったキアラは臨戦態勢……入りもせず、ただたわわな乳房を支える腕を組みかえただけだった。

 

 すると、構えを取るかと思われた李書文が、おもむろにキアラに指をさした。

 乳房……ではなく、腕を組み替えた際に見えた、その手に握られた短剣――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)へと。

 

「その宝具を呪具にすると聞いた時」

 

 李書文が語りだす。

 もうすぐ死を迎える老人が、口にするには、やや最近すぎる過去に……キアラは怪訝な表情を浮かべた。

 

「あの男……五条はすぐに海外に発ってな」

「何の話です?」

「術式効果を解除する呪具をメディア殿が作成できるなら……術式効果を乱す呪物【黒縄】は必要ないと」

「……黒縄? 必要ない?」

 

「カカッ――――すまぬ、五条。おぬしの生徒を、預かったというのに」

 李書文が浮かべた、一瞬の懺悔。

 それが、消失する。

 そうして、キアラの足元へと潜り込んだ。

 

「っ⁉」

 

 乳房が邪魔で足元を確認できなかったキアラ目掛けて、李書文は背中を圧し当てる。

 地に伏していた間、蓄積された功夫が、気が炸裂する。

 

鉄山靠(てつざんこう)――――六郷(りくごう)

 

 六度の衝撃が、キアラを上空へと吹き飛ばす。

 高さは2,30メートルだろうか……要は、その程度。只人なら絶死、しかし人類悪に対しては、余りにか弱きそよ風。

 

「何をするかと思って期待していましたが……」

 

 今度こそ幕を下ろそうと、キアラは魔神柱を空中に形成し、老体を串刺しにしようとして。

 

「結局、おぬしの生徒に頼ることになる」

 

 凶悪な格闘家に宿る、沈痛な眼差しに、困惑した。

 黄金の粒子が立ち昇る。

 李書文の体は先の一撃で既にもう解けて、消えてゆく。

 

 遺恨を残して去り行く老兵は……()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「しかと届かせたぞ」

 

 

 がしり、と。

 空中で肩を掴まれる感触がした。

 

(固定された? 空中で? なぜ? 体、うごかな)

 

 身を全く動かせない混乱の中、キアラは目を見開いて、

 

 

【 おォさァエエたよォオオオ 】

「 よくできたね、リカちゃん 」

 

 

 死して尚愛する人の元に残り続け、別の存在(かたち)へと変貌した乙女の恋心が、キアラを抑えつけた。

 

 




只今、手こずった一時創作の方をカクヨムコンテストに参加させています!
隕石降って、予防接種受けに入ったら、Vtuberオーデションに合格した女の子の話です。
Vtuberコメディです! 文の雰囲気の違いに風邪ひくかも??
応援よろしくお願いします!
https://kakuyomu.jp/works/16816927859130741950


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58話 魔眼と怨霊

あけましておめでとうございます!
呪術0、映画見に行きました! もう一回見に行きたい!やばい!
ミゲルやばい! ミゲル出したい! 


『あら。ようやく目を覚ましたわ、最強(ねぼすけ)さん』

 

 たおやかな声音が、五条悟の目覚めを暖かく迎えた。

 昏き眼孔は何も映さず、蒼き眼光が晴れやかな着物に包まれた女性を映した。

 五条は深く、長く息をついて、うなじに感じる柔らかな感触に身をゆだねた。

 

『あらあらあら、まだ寝足りないの? ――私の膝はそんなに心地よいのかしら』

「そうだねーー、僕の実家のかっったい枕より断ッ然。なにより」

 

 おもむろに手を持ち上げて、五条の指先が着物の女性の頬へと伸びる。

 

「眼福」

『あら、お上手』と微笑みながら、女性は五条の手首を掴まえた。

 お触りを断られて、むしろ五条は笑った。ごとん、と持ち上げた手が落ちる。

 

 生得領域。

 五条悟の、心の中。

 そこは全天内包せし宇宙(ソラ)の只中だった。

 無下限呪術を付与していない、直に消滅する(亡くなる)【領域】。

 

(――死ぬ時は一人、って思ってたんだけどなぁ)

 五条の頭上には、満点の宇宙を花見のように鑑賞する女性がいた。

 彼女は五条の視線に気づいて、顔を俯かせる。

 

「君、何者?」

 

 垂れた黒髪を掬い上げ、耳にかけながら……着物の女性は可笑しそうに名乗った。

 まるでその【階梯】に収まってる自分を、笑うように。

 

「――サーヴァント:両儀式。式で良いよ」

 

(サーヴァントってのは、厄介な奴ばっかりだな)

 五条は苦々しく口の端を持ち上げた。

 

「で? 一体、この僕にどんな契約(縛り)ふっかけるつもりだ?」

 

 死に際の人間の、更に心の内に【単独顕現】した彼女は、五条の空いた眼孔に手をかざす。

 そっ、と慈しむように。

 その手つきに慈愛をにじませて。

 

 ()()()()

 

「 この眼を、あげる。だから――――――人であることを、辞めてほしい 」

 

 両儀式の手が離れた後。

 眼孔には、【死の概念】を映し出す、眼が、嵌っていた。

 

 

 

           *************

 

 

 

 一刀両断。

 縦に裂かれたキアラだったが――――血肉の断面から芽生えた【魔神柱】が再び手を取り合い、くっつく。

 

 そうしてキアラは両断の斬撃を放った黒髪の少年へ、前蹴りを放った。

 

 ボゥッ‼ と膨大な呪力の前蹴りが、キアラの足裏と対衝突する。

 

 互いの前蹴りの威力で、双方空中ではじけ飛ぶ。

 

 黒髪の少年は大気と重力の法則に為されるがまま、もみくちゃに落ちていくが――――ふっと差し出された掌の上に足を着いた。

 

【ごメんなサァい……はなし、チャったぁ】

「ぅうんリカちゃんは悪くないよ。僕の方こそごめんね」

 

 呪霊のようなおどろおどろしい声で、少女のようなしおらしい言葉を紡ぐ、異形の怨霊を黒髪の少年は慰めるように撫でる。

 

 顔のない無貌でも伝わる安らぎの心を発しながら、怨霊は少年を地に降ろす。

 

 降り立った少年は『生かさず』の決意を宿した、生気のない瞳で刀を正眼に構える。

 きりきりと、ぎりぎりと、丹田から迸る呪力を、浸らせるように刀身に込めていく。

 ふつふつふつふつと、加速する殺意の思考が脳髄でうずまく。

 

(脳を切ったのに再生した反転術式の治癒じゃないもっと細切れにする? いやそんな隙もうくれない呪骸のような核で動いてるのかなそこを突いていくか戦法も対呪詛師じゃなく対呪霊を想定して………………ッ)

 

 

 

「 ついてきて、リカちゃん 」

 

 

 

眼光が、残光と化す。

 

踏みしめた第一歩がクレーターの如き大穴を穿つ。

少年の、ただ呪力で強化したダッシュが、大地に縦線のクレーターを刻んでいく。

 

はじけ飛んだキアラの行方は、高専内の森林。

互いの拮抗した蹴りの威力が敵に遠大な間合いを確保させてしまった。

 

潰す、速度で潰す。

 

駆ける大破の一歩。ダンプカーのタックル、恐竜の踏みつけに匹敵する、質量弾の如き少年の膨大な呪力が空間を塗り潰していく。

 

 その塗り潰した空間を―――――地中から湧現した【魔神】の槍が切り裂いた。

 

「……」 

 

 ゴッッッン‼‼‼‼ と更に加速する少年。

 

 頭上の虚空から、足元の地中から、横合いの樹中から、突き生え貫く魔神柱の槍をよけようともせず、突っ込む。

 

 五条悟を屠った【魔神】の槍が、少年の肌を破き、血潮を、臓物をこぼす――――前に。

 

【AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼‼‼‼‼】

 

 怨霊の極大手腕が、【魔神】の悉くを薙ぎ折る。

 

 倒れ伏す樹木、舞い散る土砂、千切れる魔神。そんな破壊の奔流の只中、少年は小さく……飛んだ。

 中空で構えを取り、刀を上段に振り上げて……………走り飛びながら、斬撃を放つ。

 

 浸され、大々量の呪力を含んだ刀が―――――百万分の一の大華を咲かせた。

 

 その斬華、月の牙の如く天を()く。

 極黒の斬撃が一直線に奔り、森を吞み込みながら、人類悪をも嚥下せんとして。

 

          「 不快 」

 

 節操なく女体に食らいつく男の頬を打つように、斬撃の横面を叩き落とした。

 

 黒閃と平手の衝撃が、キアラと少年の間にあった遮蔽物すべてを取り除いた。

 間合いは目視圏内。

 端と端で少年と美女はようやく正面から相対す。

 

「……なんでしょうね。理由は定かではありませんがあなた方は見ていて――――非常に腹が立つ」

「奇遇ですね。僕もです」

 

 乙骨は虚空に手を伸ばすと、リカが何かを察したように腹からずらりと呪具を引きずり出し、手渡す。

 

 それは【蛇の目と牙】が刻印された、拡声器だった。

 

「         死ね            」

 

 瞬間、水風船のように腹部が膨張し、加圧でキアラの眼球がはみ出す。

 そうして、乙骨とリカは人類悪の返り血を真正面から浴びた。

 

 

 

 




この二次創作も年を越してしまいました。
更新滞って申し訳ありません。渋谷事変書きたい早く。
でもプロットにはない展開が今できてて個人的に面白いですライブ感でやってるというか。

今後とも末永くお付き合いください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59話 見るに堪えん死に様

お久しぶりです。前回の投稿からものすごく時間がたってしまいました。
生活状況が変わり、慣れないことばかりあって、もう正直筆が折れかけていたけれど、ようやく少し、気持ちが前に向いてきました。
とにかく、自分が思ったことを書き散らかして、ちゃんと終わらせようと思います。
不定期更新になりますが、読んでいただけたら、ほんとにほんとに幸いです。



 乙骨憂太。

 呪術高専2年にして、三人の特級術師が一人。呪術高専に入学するまでは只の一般人であり、被呪者ですらあった彼が、三か月で特級へと至った。

 

 その異常を、納得させるために、常人はあらゆる噂を、時に事実を織り交ぜながら、囁き合う。

 

 曰く、彼の血縁は日本最大怨霊が一人【菅原道真】に繋がるとか。

 曰く、彼の呪力量は五条悟をも超えるとか。

 曰く、彼は自他に作用する【反転術式】を有するとか。

 曰く、彼は単独での国家転覆を可能にするとか。

 曰く、彼は【術式】を複数持っているとか、

 曰く、彼が祓除した【折本リカ】はまだ彼の傍に侍っているとか。

 

 曰く……曰く……曰く……。

 

 しかし、そんな尋常じゃない噂と事実よりも前に、認識してもらいたいことは――――乙骨憂太は、元は一般的な家庭で育った、尋常の内に収まっていた男の子だということである。

 

『約束だよ――里香と憂太は大人になったら結婚するの』

 

 11歳の女の子と、将来の約束を交わすまでは。

 その後、その女の子の頭部が車輪で押し潰されるまでは。

 もしくは――――その死を否定し、呪ってしまうまでは。

 

 死んじゃだめだ。

 それが、少年が掛けた、最初の呪い。

 

 ごくごく普通の少年を――――【五条悟】と比肩し得る存在へと押し上げる【呪い】。

 

 【死の否定】

 

 それが今、為されている。

 

 この世に生を受けた瞬間、世界に変革を促した。

 生まれながらにして尋常の外の果てに立ち。

 万物を眼に収めた、脈打つ神性。

 天上天下唯我独尊。

 全を内包する一。

 

 

【五条悟】に――――【死の否定】が、為されている。

 

 

【あらゆる存在(モノ)に、畢竟をもたらす眼】によって。

 

 この【否定】が、五条悟を如何な存在へと押し上げるのか。

 

 それは、わからない、わからない、わからない。

 戯れに足を削り落とされ。

 腹に魔神柱が突き刺さった。

 乙骨憂太では――――わからない。 

 

「ふぅん……やはり、貴方にそこまでの|魅力≪脅威≫は感じませんねぇ」

 

 艶めかしく頬に手を添え、殺生院キアラは色香をふんだんに含んだ息をついた。

 その甘く香る吐息が乙骨の鼻腔を通るなり、脳髄の中枢を快楽が犯し、強制的に生存本能を駆動させられる。

 

 結果、半ば無理やりに捻出させられる【反転術式】。

 

 断絶した右脚から骨が芽生え、それを覆うように赤血滴る肉が【脚】を形作る。

 しかしその再生の動きは緩慢で、キアラはまた溜息をつく。

 

「やはり腹部を潰してからというもの、再生が鈍いですねぇ。反転術式は、呪力を【正のエネルギー】に変換して行うもの……呪力が練れなくなれば再生は鈍化する、と」

 

 ふふふっ、とキアラは婀娜と笑う。

 吹き飛んでいた左半身に正のエネルギーが補填され、みるみる再生し、乙骨とリカがつけた傷は瞬く間に治っていく。

 

 欠けた所に足せば良いだけの英霊・呪霊と違い、人間の再生方法――反転術式は呪力の消費が激しい。

 空間全体に満ちるような大量の呪力も、今やからっきし。

 リカはとうに限界を迎え、消滅している。

 

「リカさん……あの方は呪力の備蓄庫であると同時に、模倣した術式を蓄えるデータベースなのでしょう? 模倣した術式を常に使えないのは――脳の|容量≪メモリ≫が足りなくなるから」

 

 その証拠に、乙骨はリカといる時しか、呪言を使わない。

 キアラは乙骨との戦闘、その後の実験にて、この世界の【術師】という人間の構造を概ね把握した。こちらの呪術で最も重要なのは――【脳】だと。

 

「そうと分かれば……ふふ、やってみたいことが次々増えていきますねぇ♡ 藤丸……マスターが連れてきたお仲間の呪術師さんに試してみましょう」

 

 うっとりと双眸を弛緩し、舌なめずりするキアラ。その顔はこれからやってくる藤丸達へとどんな饗宴を繰り広げようかと目移りしていた。

 

 はっ……と息を呑む乙骨。

 

 キアラは布面積の少ないドレスの裾をつまみ、わざとらしく礼をする。

 

「ありがとうございます。私の調べ事に付き合っていただいて。――もう結構ですよ」

 

 鼻歌交じりに踵を返すキアラ。腹に突き刺さった魔神柱が蠢く。赤い目玉をギョロギョロと動かし、黒い触手を乙骨の体内でずたずたに引き裂こうとして――――

 

「キアラさん……貴女……」

 乙骨は眉を曲げ、心底理解できないといった顔で、

 

「結婚式に呼ばれたこととか……ないでしょ?」

 キアラを、憐れんだ。

 

 キアラの足が、止まる。

 振り返った彼女の顔は、

 

「…………」

 聖女のような微笑みから、悪鬼の如き鬼気を滲ませていた。

 

「お葬式でも良いけど……貴女は、どこまでいっても自分のことだけだ。……だから――人の看取り方もできてないし……分かってない」

 

 人を呪わば穴二つ。

 呪い、呪われるこの世界の廻りは――――一人では成り立たない。

 唯一の人間であるキアラでは――――成り立たないのだ。

 

 今度はキアラが、理解に苦しみ、眉をひそめる。

 

「何を言って……」

「駄目じゃ、ないですか」

 

 乙骨の目は既に光を映さず、紡ぐ言の葉も枯葉の如く微かだった。

 それでも、感じる。

 

 快楽物質……キアラの吐息で覚醒してる脳の意識が、乙骨の苦手な呪力感知を鋭敏にさせる。

 

 英霊は、呪力の塊である呪霊とは真逆の存在。

 目の前に立つキアラも、そこから生み出される魔神柱も……呪霊と違って、正のエネルギーの塊でできている。

 

「術師は――――呪力で止めをささなきゃ」

 

 そう呟いて意識を手放した乙骨の、目の前には。

 残されたキアラの、背後には。

 

 呪力の塊が、立っていた。

【無限】を映す六眼と、【死】を映す魔眼を携えた――――蒼い、呪力の塊。

 

「ごじょ……」

 キアラが振り返る。が、もう、遅い。

 

「≪≪無限は至る所に存在する≫≫」

 

 キアラに、線が見える。

 

「僕の術式は」

 

 赤く、ひび割れた、存在強度の亀裂。

 

「それを現実に持ってくる」

 

 その中心【点】に――――五条悟は、【蒼】を置いた。

 

 畢竟へ、終局へ、死へと引きずり込まれていくキアラは最期に、自身のマスターの言葉を思い出した。

 

『貴女は失敗する』

 

『だって五条さんは、先生だから』

 

 誰かを、教え、導く者が――唯一人であるはずがないから。

 

「あぁ、ほんとに、なんという……」

 

 |王冠≪ツノ≫が、罅割れていく。

 そうして、女は、死んでいく。

 マッチ一本も携えず。

 たった一人、凍える雪夜にいるように、自らを抱きしめ、自らを暖め。

 でもどこか――――安らかで。

 

「駄、作ぶり……」

 

 獣は自らの畢竟を、厭世家のように、毒々しく称した。

 そうして殺生院キアラは蒼い光に呑まれ、滅せられた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 特級呪霊・五条悟

『伏黒、恵君だよね?』

 

 自分の声が聞こえた。

 視界に、自分が映っていた。

 

 五条悟。

 一人で最強に成ったばかりの――――青き青春。

 

『アンタ誰?』 

 

 小学一年生にしては鋭すぎる目で訝しむのは、幼い頃の教え子。

 若い自分と幼い教え子が幾ばくか語り合い、結論をつけ、若い五条悟が背を向ける。

 そしてつぶやく。

 何を?

 

『強くなってよ。僕に置いて行かれないぐらい』

 

 甘えだ。

 

 唾棄すべきというほどでも、甘受すべきというほでもない、たわいのない甘え。

 夜眠る前、幼子が母の袖を握りしめるような、甘え。

 

 場面(視界)が切り替わる。≪≪幾重もある視界≫≫のうちの一つに、切り替わる。

 

『伊地知、後でマジビンタ』

『ま……まじびんた?』

 

 今度は、虎杖悠仁が死んだ時の場面だ。

 そうだ、この時も自分は生徒を失っていた。

 守れていなかった。

 

『教師なんて柄じゃないそんな僕がなんで高専で教鞭をとっているか聞いて』

『なんでですか…?』

『夢があるんだ』

 

 何が夢だ、と反吐が出そうだった。

 視界の中の五条悟に、夢を見てばかりいる自分に憤懣やるかたない。

 

 ――夢じゃなくて現実を見ろよ。

 

『クソ呪術界をリセットする。上の連中を皆殺しにするのは簡単だ。でもそれじゃ首がすげ替わるだけで変革は起きない』

 

 ――でも、それが最適解だったよ、結局。

 あの、どうしようもない発情女モドキが、そうしたけど。

 

『そんなやり方じゃ誰もついてこないしね』

 

 ついてこなくてもいいだろ。

 一人でも――なんでもできる。

 

『だから僕は教育を選んだんだ。強く、敏い仲間を、育てることを』

 

 教え子達が歩いている。

 棘が、パンダが、真希が、乙骨が、野薔薇が、悠仁が、恵が、秤が、綺羅羅が、肩を並べて歩いている。

 

 けれど僕の境地(ところ)まで辿り着ける子達なんかいない。

 教育者になろうとも――――|最強≪ぼく≫に並び立つ生徒なんて、今後現れる訳がない。

 

 見る、見る、見る。

 自分の生前(いままで)の行いを。

 甘い甘い、夢を見ていた日々を。

 

 ()()()()()()()()()で、見る。

 

 そして見ろ、見ろ、見ろ。

 現実を。

 

 すぅっ、と内省していた六眼と魔眼を開く。

 

 分子の一粒一粒までを、六眼が感知する。

 その一粒一粒にも、赤黒い、()があることを、直死の魔眼が伝える。

 

 自分の後釜になるかもしれないと期待していた生徒――乙骨が、無い脚引き摺って叫んでる。――ケダモノと化して、空を見合上げる真希に、必死に声を呼びかけてる。

 

 空が、大地が、森が、大気が、――――愛すべき生徒二人ですら、今も【線】でひび割れている。

 

「あぁ……」

 

 ようやく、其れは息をした。ためて、息をした。

 

(今はただ……)

 

 光輪を背に携え、無数の眼球を宙に浮かべていた、貌の無い霊が――――悟る。

 世界は斯くも脆いと。

 命とは斯くも儚きと。

 悟り、霊は掌印を結ぶ。

 右手を天に、左手を地に指し示し、告げる。

 

「   天上天下唯我独尊    」

 

(ただただ、この世界が寂しい)

 

 そうして無貌の霊――――五条悟は【特級呪霊】に解脱した。

 

             

   ***********

 

 

(ぜんぶけしてって、マイはいってた。)

 ケダモノは欠片ばかりの思考で、思い巡らせる。

 それは魂にかけた【縛り】。

 

 すべて、すべてだ。

 ギランッ! と天空を睨み上げる。

 

 存在ごと【死の極点】に落とされた殺生院キアラ、その霊基が、移動している。

 蒐集されている。

 天蓋の呪霊【鐘蓋】の元へと。

 

 腹の奥から、喉の奥から、獰猛な唸りが響き、轟く。

 

「まっ、て……っ! 真希ざ……!」

 

 奔る、駆ける、跳ぶ。

 それだけで片足で追い縋ってくる奇妙な少年の、血反吐交じりの叫びは遠くなる。

 それなのに少年は歯をギリっと食いしばって、苦渋の顔で呪力を絞り出す。

 

「……ッ、リ、カァァァーーーーーーーーーー‼‼‼‼」

 

 自分も跳躍して、虚空に揉まれているというのに、着地のことも考えずに、手を伸ばす。

 

 伸ばした手のひらの先で、黒い渦が生じ――――壊れかけの【リカ】が顕現する。

 なんとか体裁をなした、今にも崩れそうなリカがその巨腕を伸ばす。

 

【GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――――――――――――――――――――――――――――――‼‼‼‼‼】

 

 美しきケダモノの、その後脚を、握り潰してでも掴んでやる!

 そう思わせる迫力でリカは手を伸ばして……。

 

『蝶よりも、花よりも、丁重に扱え』

 

 乙骨の声を思い出した。

 それは有る筈の無い、()()から伝播した残滓(ノイズ)だった。

 走ったノイズが、バグを引き起こし、伸ばした手の力が緩む。

 するりと、ケダモノは、蝶のように華麗に、通り過ぎ去っていった。

 

  ********

 

 一方その頃―――――

 

「なぜ儂が貴様らを迎えに山まで極道(ガイ)車回さねばならんのだぁああーーーーー‼‼」

 

 山中のカーブを華麗に曲がり降りながら、ハンドルをバンバン叩いて、頭富士山は社内で噴火していた。




アマプラで呪術0見返しました! やっぱりミゲル最高!
五条先生を呪霊にするのは、キアラさん出した時から考えたけど、ようやく出せたわ~。
呪霊五条の、なんとなくの見た目は「フォスフォフィライト第五形態」のイメージです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61話 呪霊連合ドライビング☆

「なぜ儂が貴様らを迎えに山まで極道(ガイ)車回さねばならんのだぁああーーーーー‼‼」

 

 山中のカーブを華麗に曲がり降りながら、ハンドルをバンバン叩いて、頭富士山は噴火した。

 

「漏瑚ぉ~~暑いぃぃ~~」

 車内にいる人数を誤魔化すためにショタ化した真人が、座席の足元からニュッと顔を出す。

 

「真人。顔を出すのは危ないと、吾は思うんだ」

「窓開けよっか、頭が茹だりそうだ」

 

 自分の足元にいるショタ真人を気遣う鐘蓋。

 その横で車の窓を開けて涼む夏油。

 ただ法衣を着た男二人が並んで後部座席に密集してる時点で、視覚的に暑苦しかった。

 

「だいたいギャラハッド貴様ァ! なぜあのクソ重い盾をトランクに積んだァ⁉ 儂のドラテクが鈍るであろうがぁああああああああーーーーーー‼‼‼」

「漏瑚殿、ちゃんと前を見てください。あっ、ほら野生の鹿と対向車が」

「キェエエエエエエエ火礫虫‼」

 

 鹿と対向車は燃えた。

 価値観マ〇オカートな漏瑚のドラテクに、一切の鈍り無し。

 

「まったく。藤丸立香を逃すばかりか用済みの協力者まで逃すとは……情けんぞ。計画に狂いは生じてないのだろうな?」

「あー狂いなら」

「絶賛、現在進行中で狂い続けてるだろうな」

 

 夏油と鐘蓋の言で、頭富士山はぽっぽっーと汽笛のように噴火する。

 

「殺生院キアラ。あの女はどの(世界)の下でも碌な奴では無かった。奴が死のうが生きようが、混乱は後を引いて残るであろう……」

 

 だが、と鐘蓋は言葉をつなげる。

 

「今キアラの零基が吾の中に還った。これで僅かだが、キアラの権能を行使できる」

 

 そう言いながら、鐘蓋が手をかざすと、そこから魔神柱と白き快楽の手が蛆のように湧き出てきた。

 

 夏油はもはや馬鹿馬鹿しくなってきたと言わんばかりに、呵々大笑する。

 

「上層部も御三家もほぼ全滅させるとは、勘弁してほしいね殺生院。私の元鞘も無くなってしまった……もう本土に呪術世界を統制する機構は壊滅しただろう」

 

 ――()()()()()()以外には。

 夏油はそう付け足した。

 

 漏瑚は俯き、ググググとハンドルとアクセルに力を籠め続ける。

 隣のギャラハッドが漏瑚の肩をつんつんする。

 

「前を向いてください。高速に乗るんでしょう? インターチェンジが目の前ですよ」

「   どないすんねぇーーーーーーーーーーーーーーー―ん‼‼‼    」

 

 インターチェンジ! 爆破!

 爆炎の中を駆け抜け、突き破る極道車‼

 

「爆発オチなんてさいてー!」

「でゃまれ真人ぉおーーーー‼‼ じゃあ何か⁉ 計画は頓挫ということかぁ⁉」

 

「んー……鐘蓋の記憶消去の霧で漏れてはいないが……頓挫というほどでもない。ここは様子見に徹するか――――更にぐちゃぐちゃに掻き乱すか」

 

 夏油の脳裏によぎるのは、あの英霊。古の京都で『悪』を冠した、あの陰陽師の力だった。

 

「それを決めるのはまた後で良いのでは? キアラの零基の記憶からだと、あの女、五条悟を下したぞ」

「ハァ⁉」

「更には呪霊に変貌したようだな、五条悟は」

「ファーっ⁉」

「漏瑚殿、叫び過ぎはよくない。のど飴はいかがか」

 

 ギャラハッドはのど飴を差し出した。

 飴は漏瑚の熱で溶けた。

 

「え? じゃあ呪霊操術の術式対象じゃない? 取っちゃいなよ、夏油」

「いや、無条件で取り込むのは無理だね。弱らせないと。君たちならできるかい?」

 

 子供の思い付きをたしなめるように、真人の提案を遠回しに断る夏油。

 五条悟が呪霊になった。

 その事実に対して、夏油は他の可能性を考えていた。

 

(反転術式は正のエネルギー……呪霊にとってはただそれだけで消滅の危険性のある力。つまり、呪霊になった今、五条悟は)

 

 術式反転【赫】と、極ノ番【紫】を使えない。

 どちらも正のエネルギー=反転術式を用いる拡張術式。それらを使用することは、即ち自身の消滅につながる。

 ただ無下限呪術の厄介な『止める力』は未だ健在。順転【蒼】の出力もバカにならない。

 

(……吉と見るか、凶と見るか)

 考えこもうとしたその時、夏油の体が前のめりに傾く。

 車内の全員がそうなっていた。

 車が急停止したのだ。漏瑚は無言で席を折り、ばたんと扉を閉める。

 

「貴様ら、先に行け」

「――漏瑚殿」

 

 ぶつかろうとしてくる高速道路の車をノーモーションで焼却・爆破しながら、漏瑚はギャラハッドを見やる。

 車内の仲間達が怪訝に思う中、ギャラハッドは無言で頷き、運転を変わって車を走らせる。遠ざかっていく極道車の後部ナンバーを見つめながら、漏瑚は独り言ちる。

 

「さて」

 

 漏瑚を真上から照らす日輪に――――ケダモノの影が、映る。

 

 ドッッッッッッッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼‼‼‼ と、高速道路に巨大なクレーターが刻まれた。

 

 巻き上がる破砕、砂利、瓦礫を腕の一振りで払いのけて、漏瑚は襲来したケダモノ――禅院真希を見据える。

 

 ギッ‼ と真希の眼光が、漏瑚の後方――極道車にいる鐘蓋が宿した、キアラの零基(残滓)を狙い睨む。

 

()()

 漏瑚に、些かの迷いもなかった。

 新たな仲間・鐘蓋から貰った――――右手甲に刻まれた、【刻印】を切ることに。

 

()()()()()()()()()()()

 

 漏瑚の咆哮と共に、【令呪】の一画が赫く、赫く輝いた。

 




その頃のギャラハッドは……

ギャラハッド(運転……疲れてたんだなぁ、漏瑚殿。代わってあげるよ、いつでも)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。