子連れ番長も異世界から来るそうですよ? (レール)
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本作設定

物語が進むに連れて、オリ設定・独自解釈が増えてきましたので「べるぜバブ」「問題児たちが異世界から来るそうですよ?」の現在判明しているキャラ設定を簡単にピックアップしました。
随時更新しますが、初見の方はネタバレに繋がりますのでお気を付け下さい。


【べるぜバブ】

〈キャラクター〉

男鹿辰巳:原作主人公、ベル坊の契約者。暗黒武闘・紋章術は原作よりも熟練・多用している。

対消滅エネルギーの発動自体に命を削るという代償はなく、膨大な魔力量増幅により魔力耐性が追い付いていないだけであり、その効果は空間内の敵悪魔の束縛ではなく空間内の魔力制御である。

紋章名は“蠅王紋(ゼブルスペル)”と呼ばれ、蠅の模様をしている。

魔王の聖域(ゼブルサンクチュアリ)」:この小説における対消滅エネルギーの名称。魔両耐性が追いついていない事により、未だ全力で使用することはできない。

「魔王光連殺」:対消滅エネルギー発動時に可能な技。空中の巨大紋章から紋章下へと幾つもの光線が降り注ぐ。

 

ベル坊(カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ四世):男鹿の契約悪魔。原作との差はなし。

 

古市貴之:男鹿の親友、レヴィアタン(レヴィ)の契約者。原作クリスマス前に使用した“魔界のティッシュ”の副作用は原作で乱用したことにより“適応者(アダプテーション)”(詳細は後述)が発動して毒物耐性・魔力耐性ができている。身体に魔力を通すだけでなく魔力を使った技も使用可能となっている。

紋章名は“海竜紋(ナハシュスペル)”と呼ばれているが、どのような模様かは不明。

 

ヒルダ(ヒルデガルダ):ベル坊に仕える侍女悪魔。右眼は緑色、左眼は青色のオッドアイ。

 

アランドロン(バティム・ド・エムナ・アランドロン):次元転送悪魔。自らの魔力や自然エネルギーだけでなく、他者の魔力も次元転送のエネルギーとして使用可能となっている。

 

鷹宮忍:男鹿の兄弟子、ルシファーの契約者。原作とは違って自らもルシファーの能力である重力操作を使用する。その対象は人間以外にも使用可能となっている。相手の霊格()に干渉し、その霊格を取り込むことで自身の霊格に上乗せすることができる。

ルシファーの魔力を抑えるだけでなく引き出すことも可能となっているが、魔力耐性は追いついていない。

紋章名は“堕天紋(ヘレルスペル)”と呼ばれ、堕天使の模様をしている。

「縛連紋」:対“紋章使い”に編み出した“縛紋”の強化版。

「紋壁」:紋章を盾のように展開する防御用紋章術。

 

ルシファー:鷹宮の契約悪魔。原作では片手での引力しか使用していないが両手での使用が可能となっており、魔力も引力ではなく重力操作となっている。原作でのカラーが不明なため銀髪に銀眼としている。

 

赤星貫九郎:マモンの契約者。紋章名は不明だが、無限の記号と四方にダイヤ(金)のマークの模様をしている。

炎の推進力を利用して拳や蹴の軌道を急転換したり、急転換による関節への負荷を抑えるための安定性を確保することができる。しかし炎の推進力を使用するためには溜めや兆候があるようで、基本的には全身に薄く炎を纏った状態で行っている。

紅線銃(レッドガン)」:指先に起点となる炎球を作り出し、そこから炎の光線を打ち出す。

紅い爆発(レッドエクスプロージョン)」:拳に炎を圧縮して纏い、拳の触れている場所に連続して小爆発を引き起こす。

 

マモン:赤星の契約悪魔。原作との差はなし。

 

邦枝葵:シーサリオンの契約者。祖父である邦枝一刀斎が過去に箱庭へ行っており、その時に使用していた刀である“断在”(詳細は後述)と自ら持っていた刀の二振り、加護の与えられた和装一式を使用している。

「心月流抜刀術・断在二刀流壱式 追走蓮華」:“断在”を使用した二刀での心月流抜刀術。“断在”を右手で持って抜刀の構えを取り、もう一振りを逆手で持って“断在”に添うように構え、“断在”の抜刀に追走するように左手の刀を振り抜く防御不可の剣撃。対人戦では左手の刀は峰を向けて峰打ちを行っている。

 

シーサリオン(コマちゃん):葵の契約悪魔。原作との差はなし。

 

東条英虎:一定以上の衝撃によってギフトを無効化する膜を展開するネックレスを身に着けている。

 

大魔王(カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ三世):ベル坊の父親であり、箱庭出身の元・魔王でもある。箱庭ではギフト収集を趣味としていて魔王認定されるほどだったが、外界のゲームに興味を持って箱庭から出ていった。白夜叉を白ちゃんと呼んだり“七つの罪源”と今も連絡を取れたりと、なかなかに人脈が広く親しみを持たれている。

 

〈その他〉

王臣紋:契約者に忠誠を立てることで発現する魔力パス。効果範囲は大きな街一つ分ぐらいあり、仮にパスが途切れても供給されていた分の魔力は使用可能となっている。

 

翻訳丸薬:魔界の宮廷薬師、フォルカス・ラフマニノフ秘伝の言語変換が可能な薬。人間だけでなく動物や幻獣にも使用可能。“ノーネーム”の主力陣は常時使用している。

 

 

【問題児たちが異世界から来るそうですよ?】

〈キャラクター〉

逆廻十六夜:原作主人公、“正体不明”を使用する少年。原作との差はなし。

 

黒ウサギ:“箱庭の貴族”と呼ばれる“月の兎”。原作との差はなし。

 

久遠飛鳥:“威光”を使用する少女。原作との差はなし。

 

春日部耀:“生命の目録”を使用する少女。“魔遊演闘祭”にて氷狼のスフィアと友達になり、“凍える風を放出するギフト”を獲得した。

 

ジン=ラッセル:“ノーネーム”のリーダー。原作との差はなし。

 

白夜叉(白夜王):“サウザンドアイズ”の幹部であり、白き夜の魔王として恐れられた太陽と白夜の星霊。大魔王とは旧知の仲であり、大魔王には“白ちゃん”と呼ばれている。

 

レティシア=ドラクレア:“箱庭の騎士”と呼ばれる純血の吸血鬼。男鹿の第一の王臣として左手の甲に王臣紋が発現しており、男鹿に恋心を抱いている。

“龍の遺影”に魔力を込めることで破壊力を上げ、斬撃性と打撃性に攻撃を切り替えることが可能である。

王臣紋の能力として、第一宇宙速度に迫る速度を発生させる白翼を生やすことができる。

 

ペスト:黒死病で命を落とした八〇〇〇万人の悪霊群の代表。鷹宮の第一の王臣だが、王臣紋の発現位置は現在不明。

鷹宮の魔力を使用していたことにより自分の魔力を扱えるようになった。死の風に魔力を込めることで破壊力を上げ、精緻なコントロールが可能となっている。

 

 

【オリジナル】

流水領域(ストリーム・レンジ):白夜叉の持つギフト。白夜叉の夜叉としての力が込められた水で、摩擦抵抗や衝撃を操る。形状や大きさもある程度は自由自在のギフトである。

 

適応者(アダプテーション):古市の持つギフト。人間の限界を越えないであろうレベルで身体に対する影響に適応する力で、生物学や生態学における環境適応能力を縮小化したギフトである。

 

召喚憑依紙:古市の持つギフト。“魔界のティッシュ”の別称。

魔界の悪魔は一人としか契約できないため、簡易契約を必要とする“召喚憑依紙”の使用は契約者にはできない。ただし古市は“適応者”によりその制約を解消することができ、使用時には契約悪魔・簡易契約悪魔同士で古市を介する事により魔量の共有が可能。

 

断在:葵の持つギフト。刀型のギフトであり、刃の部分は空間を斬り裂くことができる次元刀である。

 

ダンタリオン:ルイオス=ペルセウスの契約悪魔。グリモワールの一つである“レメゲトン”の第一部、“ゴエティア”における“ソロモン七十二柱”の一人であり、地獄の三十六の軍団を率いる序列七十一番の大公爵である。幻覚を送り込む能力があり、現実と結び付いたリアルな想像力と脳の処理能力がなければ幻覚を作り出せないが、条件さえ満たせていればなんでもできると言っても過言ではない強力な悪魔である。

 

フルーレティ:“魔遊演闘祭”で出会った悪魔。グリモワールの一つである“大奥義書”の階級構造ではルシファー・ベルゼブブ・アスタロトを地獄の支配者とし、その配下にあたる六柱の一角にフルーレティが存在する。伝承の雹を降らせる力から派生して氷を操ることができる。

青み掛かったロングヘアの銀髪に氷の結晶の形をしたヘアピンを付けている。瞳の色は水色で、丁寧な口調の落ち着いた雰囲気の女性である。

「霊格解放・豹炎魔(フラウロス)」:創作悪魔の側面を持つフルーレティの由来となった“ソロモン七十二柱”のフラウロスの霊格を解放する。解放すると髪は橙色に変わり、瞳には炎が灯り、手足の先端は豹の皮膚となって手には大きな鉤爪出現する。身体能力が向上して炎を操り、自らに対する相手の行動を予知することができるようになる。

 

ルシファー(罪源):傲慢を司ると言われる“七つの罪源”の魔王。青味掛かった銀色の長髪をハーフアップに纏めており、物腰の柔らかいお嬢様然とした女性。

 

レヴィアタン(大罪):古市の契約悪魔。水を操ることができるが、液体だけでなく固体・気体と“水の三態”を操ることが可能となっている。

紫色のセミロングの髪に尖った耳をしており、瞳の色は紫色で、誰へ対しても隔たりを感じさせない活発的な性格の女性である。

水魔の空爆(アクア・フレア)」:周囲にある水を一瞬で気化させることによって水蒸気爆発を引き起こす。

 

レヴィアタン(罪源):嫉妬を司ると言われる“七つの罪源”の魔王。いかなる武器も通用しない硬い鱗と巨大を持つ最強の生物という伝承があり、硬い皮膚と超重量の身体を持っている。

深い青色の髪を刈り上げており、鍛えられてしっかりとした体格している青年。瞳の色は赤味がかった金色で、気さくで親しみやすい性格をしている。

 

サタン(罪源):憤怒を司ると言われる“七つの罪源”の魔王。長身に赤い長髪を腰まで垂らしており、細いが引き締まった体格をしている青年。瞳の色は黒味がかった赤色で、かなりの威厳を醸し出している“罪源の魔王”のリーダー格である。同時に“敵対者”と呼ばれる元・“人類最終試練”の一角でもある。

 

ベルフェゴール(罪源):怠惰を司ると言われる“七つの罪源”の魔王。人間界の結婚生活などを覗き見、または実際に見るために人間界にやってきていた悪魔という伝承があり、千里眼と瞬間移動を行うことが可能となっている。

寝癖のついた茶色の短髪に中性的な顔立ちの少年。瞳の色は茶色で、いつも眠そうにしている。

 

マモン(罪源):強欲を司ると言われる“七つの罪源”の魔王。黒い短髪に前髪の一房だけ金色にしている、整ってはいるが精悍とは言えない顔立ちの青年。物事を考えてはいるものの大雑把な性格をしている。

 

ベルゼブブ(罪源):暴食を司ると言われる“七つの罪源”の魔王。緑掛かった金色の長髪を後ろで纏めた青年。本来はバアル・ゼブルという名で呼ばれていて嵐と慈雨の神であるバアルの尊称の一つだったと思われるという伝承があり、嵐を自在に操ることが可能となっている。

切れ長の目が鋭いイメージを連想させ、真面目過ぎる性格をしている。本来は適度に真面目だったのだが、先代ベルゼブブ(大魔王)がアホだったために降り掛かった被害を対処しているうちにクソ真面目となってしまった苦労人である。

 

アスモデウス(罪源):色欲を司ると言われる“七つの罪源”の魔王。女性に取り憑いて結婚した夫を連続して七人まで殺したという伝承やソロモン王を策略により王宮から追放して王に成り代わっていたという伝承があり、最大七体までの憑依と他者の模倣を行うことが可能となっている。

姿を変えれば変身した人物のギフトを十全に発揮でき、変身しなくても観測した魔力を模倣することで他者のギフトを十全ではないが発揮し複合させることができる。ただし直接的な繋がりがなければギフトを模倣することができない(ex.“生命の目録”)。複合技の場合、その場のノリで技名を付けたりする。

漆黒の長髪をサイドテールにしたプロポーション抜群の女性。瞳の色は黄色で、落ち着いた性格をしていて常に余裕をもっている。




これらは現在判明している設定であり、必ずしもその本質というわけではありません。
“原作との差はなし”という項目がなくなるように努力中です。


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YES! 箱庭の日常ですっ!
とある日の買い物


第一章の後日談エピソードです。
今回は古市の一人称視点となっています。


オッス、俺の名前は古市貴之。ビックリ人間が集まる箱庭においては珍しい普通の高校生だ。え?最近は問題児筆頭の金髪ヘ()()ン野郎に異常のレッテルを貼られてるって?ハッハッハッ、知るかそんなもん。それよりも今は大切な時間なんだ。

俺は今、二人っきりでショッピングしている。もちろんむさ苦しい男共じゃないぜ?なんと春日部さんとだ。まぁ年齢的に中学生は駄目とか言う奴もいるが、中学生と高校生なんて最高で六歳差、俺達なんて二歳差だ。大人になればなんてことない歳の差だし、春日部さんは誰が見ても美少女だろう。うん?ラミアはロリコン認定される対象って考えてる癖にって?バッカお前、見た目小学生は流石にこの御時世アウトだろ。実年齢知らんけど。

まぁラミアは置いておいて今は春日部さんだよ。そんな彼女が俺を指名したんだぜ?これはデートと言っても過言じゃないんじゃないかな?もう耀ちゃんって呼んでもいいんじゃないかな?なーんつって‼︎ ナハハのハーッ‼︎

 

 

 

「ホラ、次それ持ってて。今日一日、私の奴隷なんだから」

 

「ハイ……」

 

 

 

えーえー、見栄を張りましたよ。今の俺は荷物持ち以下の召使い的存在ですよ。今の春日部さんは右手に焼き鳥を左手にイカ焼きを、右腕にたこ焼きを左腕に焼きそばを、首にラムネを、ついでに俺の右腕を利用して唐揚げを装備している。……俺の金で。

何でこんなことになったかって?あれあれ、ペルセウスとの戦いで男鹿がのたまった“古市を貸す”宣言が執行されてんだよ。え?違う?何でその権利を執行する羽目になったかって?色々あったんだよ、色々とな。

 

 

 

 

 

 

俺が説明口調で思考を垂れ流していた時より少し遡った“ノーネーム”本拠にて。

 

「食料の調達?」

 

「はい。それ以外にも少なくなっている日用品などを少々買い足しておこうと思いまして、いつもより多くなりそうなので皆さんにも手伝って頂きたいのですが……」

 

黒ウサギさんは申し訳なさそうにそう言ってくる。

今日は“ペルセウス”戦が終わり歓迎会が行われて三日ほどが過ぎた頃だ。俺達のために豪勢なパーティをしてくれたけど、やっぱりそれが原因なのだろうか?

 

「面倒くせぇな……そういうのは古市の役割だろうが」

 

「勝手に変な役割を付けんな」

 

男鹿の野郎が全てを俺に押し付けようとしてくる。黒ウサギさんがわざわざ頼んでくるんだから俺一人じゃ無理に決まってんだろ。

 

「そこをなんとかお願いしますよ〜。多少なら街で遊んで来れるようにお金をお渡ししますから」

 

どうやら逆廻達が来たことで日々の金銭面ではそこまで苦労してないようだ。苦労してるならお小遣いなんて出るわけないしな。そこは少し安心できた。

 

「ほら、黒ウサギが頼んでくるなんて珍しいのだから手伝ってあげるわよ。特に男手は必要でしょうから辰巳君も来なさい」

 

見兼ねた久遠さんが男鹿に行くように促す。男手として数えられてる逆廻と俺は特に否定の素振りは見せていない。ヒルダさんも性格からして“ノーネーム”に厄介になっている以上は手伝うだろうし。

 

「じゃあアレだ、春日部にやった“古市奴隷権”で古市が何往復もすればいい」

 

「ふざけんな、そんなことしたら丸一日掛かるわ。てかそれはお前が勝手に作ったんだろうが。いつの間にか奴隷にランク下がってるし」

 

内容は確か春日部さんに俺を一日貸すってことだったはずだろ。……あれ、それって悪く言えば奴隷ってことになるのか?

 

「辰巳、それは駄目」

 

久遠さんに続いて春日部さんも促しに入るようだ。万が一のことを考えて男鹿の提案は完膚無きまでに却下してもらわないと困る。

 

「その奴隷権は今日の食べ歩きで奢ってもらうために使うんだから」

 

え、面倒臭がってる男鹿に行くよう言うんじゃなくてそっちを否定するために話に加わったの?しかも春日部さん、奴隷権を行使する気満々だし。

 

「そういうことなら仕方ねぇな。付き合ってやるとするか」

 

お前もこんな時だけ簡単に折れるんじゃねぇよ。いやまぁお前の提案よりは遥かにマシだけどさ。

 

「話が纏まったんならそろそろ行こうぜ。街で遊ぶ時間が減っちまう」

 

逆廻の言葉でぞろぞろと動き始める一同。確かにこれで全員手伝うことになったけどさ、俺の一日奴隷権という生贄を使ってだよ?使うなら使うでせめて俺に声を掛けろよ、おい。

 

 

 

 

 

 

と言うわけさ。色々って言う程でもなかったか。まったく困ったもんだ。結論としては大人しく従っている俺ってマジ大人じゃね?って感じ?

ていうか春日部さんの食スピードが半端じゃない。もらったお小遣いがあと少しで尽きようとしているんだけど、今日一日持つのかなこれ?

 

ドンッ。

 

っと。ちょっと思考に耽りすぎたかな、通行人と肩がぶつかってしまった。相手も余所見してたのか少し強い衝撃だ。ぶっちゃけ少し痛い。

しかしそこは大人な俺。自分の心配をするよりもまずは相手の心配だ。冷静な俺マジ大人。

 

「すみま「痛ってぇ〜‼︎ おいおい、これ腕上がんねぇよ‼︎ もしかして脱臼してんじゃね?治療用ギフトでも買わねぇと取り返しのつかないことになんじゃねぇか?もちろん責任取って金貸してくれるよな兄ちゃん?」……」

 

えぇ〜、カツアゲですやん。というか今時当たり屋って……。なんか隣にいた仲間っぽい人達……獣人達って言うべきか?と合わせて三人もこちらに因縁付けてるし。あと春日部さん、こんな状況なのに両手が空いたからってたこ焼きを食べ始めないで下さい。

 

「そんなこと言われましても、うちのコミュニティは“ノーネーム”でして……。治療用ギフトがどの程度の代物か知らないですけど、金目の物なんてないですよ」

 

取り敢えずは下手に出て様子を見る。“うちにあるけどね”と小さく言う春日部さんには少し静かにしていてもらいたい。まだ焼きそば残ってるでしょ?

 

「金目の物がないかどうかは俺達が見て決めるっつうの。最悪お前らが今持ってる分だけでも治療の足しに……って何を呑気に食ってんだ小娘が‼︎ 状況分かってねぇのか⁉︎」

 

とうとう春日部さんへと男達の視線が向けられてしまう。“とうとう”というか“ようやく”?春日部さんが俺の右腕にある唐揚げを取って食べ始めてしまったから放置できなくなったのだろう。というか焼きそばは?いつの間に食べちゃったの、この子?

 

「お嬢ちゃん、大人を舐めてると痛い目に合うって教わらなかったのか?」

 

逆にあんたらは人を見た目で判断しないって教わらなかったのか?春日部さんは問題児の中で一番大人しいとは言っても問題児には変わりないんだぞ?

 

「……あん?何だ兄ちゃん、てめぇも格好つけると痛い目に合うって教わらなかったのか?」

 

しかし春日部さんがいくら問題児として強くても、それが彼女を庇わない理由にはならない。女の子を守るのが男って奴だからな。今の俺って夢中になられてもおかしくないくらい王子様じゃね?春日部さんは唐揚げに夢中だけど。

 

「あんたらはこういう諺を知らないんですか?“井の中の蛙、大海を知らず”。弱者と強者の違いくらいは見分けられた方がいいですよ」

 

俺は右手をポケットに突っ込み、青い狸の秘密道具よろしく魔界のティッシュを取り出そうとして……取り出そう、して…………右手を突っ込んだまま左手を構える。

 

「……お、お前らなんて片手で十分なんだよ」

 

と挑発する、してしまう。

 

 

 

やっべぇ、ティッシュ忘れた。

 

 

 

ホント何してんの俺⁉︎ 肝心な時にやってくれたな、このイケメン野郎‼︎

こうなったら仕方ない。

 

「言い忘れてたが、俺達のコミュニティは“ノーネーム”は“ノーネーム”でもジン=ラッセル率いる“ノーネーム”なんだよ。そしてあんたらの目の前にいる人間(春日部さん)はその主力だぜ?それでも()るかい?」

 

Mr.虎の威を借る男(決して認知したわけではない)の力を見せてやるぜ‼︎ そこ、情けないとか言わない‼︎

 

「それって確か魔王を倒すためのコミュニティとして活動してる奴らだろ?お前らがそうだっていう証拠でもあんのかよ?」

 

「何なら“ペルセウス”を潰した時のことを詳細に話してやろうか?噂くらいは知ってんだろ?」

 

余裕たっぷりに言い放ち、信憑性をもたせておく。仮に聞き返されても、白夜叉さん家で一緒に見てたから当事者以上に全体的な推移は話せるはずだ。

 

「ちょっ、兄貴。やべぇんじゃないですか?こいつら、“ペルセウス”の星霊を相手にして倒したそうですよ?」

 

「だ、だが倒したのは金髪のガキって噂だったはずだぞ。少なくともこいつじゃねぇよ」

 

「確かに逆廻ほど出鱈目な化け物じゃないけど、並んで戦えるくらいには強い(んだったらいいなと思う)んだけど?」

 

ちょっと日本語省いたけど問題ないよな?さらに“逆廻”という固有名詞を出すことで本物であるという可能性を高める。

 

「……クソッ、ここまで舐めた態度取られて引き下がれるか‼︎ やっちまうぞ‼︎」

 

「「ウ、ウオォォォォオオオオ!!!」」

 

いやいやいや‼︎ そんなところで勇気振り絞るくらいなら退く勇気を覚えようよ⁉︎ プライドなんて犬に食わせとけよ⁉︎

あぁ、拳があと少しで顔面にクリーンヒットするだろう。もう駄目だ……。

 

 

 

と思っていたのだが、突如として俺の周りに風が渦巻いて獣人達を吹き飛ばした。

 

 

 

近くの壁へと飛ばされて気絶してしまった獣人達を他所に今の現象について考える。

これは……春日部さんのギフト‼︎ ナイス春日部さん‼︎ やっぱり助けてくれたのか‼︎

そう思って春日部さんを見れば、ラムネの空き瓶を持って突っ立ってた。あぁ、うん、理解したよ。要するに飲食料の全てが無くなったから早く次に行こうってことなのね。

 

「ありがとう、春日部さん。正直助かったよ」

 

でも助けてくれたことには変わりないので素直にお礼を言っておく。感謝の気持ちを表すことは大切だからな。

すると春日部さんには珍しくしっかりと目に見えて微笑み、

 

「貸し一つだね。また奴隷権でいいよ?」

 

などと仰られた。うん、またデートの約束を取り付けたと思えばナンテコトナイナー、ハッハッハッ。はぁ、貯金しないとなぁ。

本日の教訓。これからは魔界のティッシュは常にポケットに入れておこうと思いました。



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とある日の夢物語

第二章の後日談エピソードです。
今回はメタ発言ありの三人称視点となっています。


カンッカンッ‼︎

何故か背景が暗く、何故か人物とその周りだけがはっきりと視認できる裁判所で裁判長ーーー古市が小槌を鳴らす。

 

「静粛にッ‼︎ ではこれより第三回、“結局お前、あれ勝ったって言えんの?”裁判を執り行います‼︎」

 

古市の開廷宣言とともに裁判が始まり、この裁判の被告人ーーー男鹿辰巳は中央の証言台に立たされていた。

 

「ーーーまたか。もう三度目だぞ。いい加減にマンネリ化してんぞこら。後な……」

 

ここは男鹿の夢の中。これまでに計三回も過去に開廷された夢裁判所である。だが、過去で開廷された経緯とは異なり今回は(今回も)異議を唱えたい男鹿であった。

 

「今回は鷹宮にちゃんと勝っただろうが‼︎ こんなもんやる理由がねぇぞ⁉︎」

 

第一回夢裁判の時は“ベヘモット三十四柱師団”のヘカドスに敗れた時、第二回夢裁判の時は同じく柱師団団長のジャバウォックに敗れた時に開廷された。今回は鷹宮に勝ったのだから第三回夢裁判は開かれないはず、というのが男鹿の主張である。

しかしそんな彼の主張は箱庭の神々が許そうとも古市が許しはしない。

 

「黙れヘタレうんこビチクソ弱虫‼︎ 貴様に意見する権利などないッ!!!」

 

「その名前引き継ぐの⁉︎ 原作知らない奴着いていけねぇぞ⁉︎ “男鹿辰巳”に戻せ‼︎」

 

「申請を却下します」

 

「ぶっ殺すぞてめぇ‼︎」

 

宣言通り、男鹿の意見を一切聞かない古市。男鹿の額には青筋がピキピキと幾つも立っているが、それすらも古市は完璧なまでに無視である。

 

「裁判長、よろしいでしょうか?」

 

そこに書記官として座っている飛鳥が手を挙げた。古市が発言を許可したことで彼女は手を降ろして口を開く。

 

「毎回“ヘタレうんこビチクソ弱虫”では書記官としての記録が面倒です。よって被告の呼び名を“男鹿辰巳”に戻すことを申請します」

 

「申請を許可します」

 

「さっき俺も言っただろうがぁぁッ‼︎ っていうか書記官って発言していいんだっけ⁉︎」

 

この夢裁判所では周り全てがボケとなり、ツッコミは男鹿だけの無法地帯となる。しかし男鹿にも法廷の知識はないため多少おかしくても問題なく裁判は進められていく。

 

「裁判長」

 

飛鳥に続いて手を挙げたのは弁護団の一人、春日部耀だ。彼女も古市が発言の許可を出してから手を降ろして口を開く。

 

「お腹空いた。ご飯食べていい?」

 

「駄目です」

 

それを古市はバッサリ切り捨てた。耀の他にも弁護士の姿は見えるものの、彼女の言葉を聞いてこれまで同様に今回も期待できそうにないと落胆する男鹿であった。弁護団の位置に座っているだけで本当に弁護士かどうかも怪しいものである。

 

「では検察官、起訴状を……」

 

「はい」

 

古市の言葉に答えて立ち上がったのは黒ウサギであった。彼女はウサ耳をピョコンと立たせると手に持つ起訴状を読み上げる。

 

「起訴状。被告“男鹿辰巳”は無理をしているのを隠して戦いに臨み、黒ウサギを心配させました。ーーー以上です」

 

「もはや勝ち負け関係なくね⁉︎」

 

「被告人は静粛にッ‼︎」

 

カンッカンッ‼︎ と再び古市の持つ小槌の音が響き渡った。全くもって納得がいかない男鹿を無視して黒ウサギは更に続ける。

 

「そもそも今回の戦いにおいて、レティシアが割って入らなければ負けていた、鷹宮が最初から本気で戦っていれば負けていた……と被告も地の文で想起しており「地の文って何だ⁉︎ メタな発言してんじゃねぇ‼︎」この事から被告は自らの罪を認識していることを考慮し、彼に“春日部耀への無限奢りの刑”を求刑します」

 

黒ウサギの求刑に傍聴席が騒つく。しかし、それ以上に騒つくを通り越してガクブル恐怖している人物がいた。

 

「か、春日部耀への無限奢り、だと……うっ、私の財産が……あれを無限……破産してしまう……」

 

「古市、いったいお前に何があった⁉︎ えっ、流れ的に軽い刑じゃねぇの⁉︎」

 

夢の中では常に堂々としていた古市が裁判の進行も忘れて縮こまってしまっていた。これまで理不尽なほど高圧的だった古市にいったい何があったのか、その内容を男鹿は知る由もない。

そんな使い物にならなくなった古市に変わって十六夜が裁判長の位置に座る。

 

「裁判長の代理としてアンノウン裁判官・逆廻十六夜が進行する。弁護士春日部耀、何か言うことはあるか?」

 

「ふぁんおうんふぁいあんふぁん、ふぁんおんあ「食べるの駄目って言われたじゃん‼︎ せめて飲み込んでから喋れ‼︎」……んく。アンノウン裁判官、反論はありましたけど独断でなかったことにします」

 

「それもうお前が奢られたいだけだろ⁉︎ 涎垂れてんぞ‼︎」

 

耀はじゅるりと口元から垂れている涎を拭い、何食わぬ顔でいつもの無表情を貫いていた。完全なる私利私欲である。

そんな耀の後ろからレティシアが姿を現した。

 

「春日部耀、法廷に私情を持ち込んでは駄目だ。あとは私に代わりなさい」

 

「おぉ、なんか大丈夫そうな雰囲気だ‼︎ 頼むぞレティシア‼︎」

 

耀を諌めてまともなことを言ってくれたレティシアに男鹿は期待を寄せる。だが忘れるなかれ。此処が夢裁判である限り、まともな人物など男鹿の味方にはいないということを。

 

「今回求刑された理由は検察官黒ウサギの私情が多分に入っているため刑を執行するには不十分だ。ーーーだが私は敢えてそれに反論を述べる」

 

ん?と後半のレティシアの発言に今までの経験から少し雲行きが怪しくなってきたように感じてしまう男鹿。そんな不安になってきた男鹿を置いてレティシアは話を続ける。

 

「私が割って入らなければ負けていた?私がヒロインとして活躍するのは当たり前だろう。鷹宮が最初から本気で戦っていれば負けていた?それではヒロインとして私が活躍できないではないか。つまり黒ウサギが心配しようがしなかろうが、物語上被告が危機に陥るのは必然だったのだ。よってこの裁判は無効だ‼︎ まだ続けると言うのならば作者を連れて来い‼︎」

 

「弁護してるお前に言うのもあれだが反論も百パー私情だろうが‼︎ 発言も余裕でアウトだ‼︎ 物語上ってなんだ⁉︎ 作者って誰だぁぁぁぁ⁉︎」

 

数秒前にレティシアへと寄せた男鹿の期待はレティシア本人によってすり鉢で粉々にすり潰されてしまった。ここは夢裁判所、例外なく周囲の登場人物はボケと化す。

ドガァンッ‼︎ と十六夜が古市の持っていた小槌を鳴らそうとしーーー机を豪快に破壊した。

 

「静粛にッ‼︎」

 

「お前が一番うるせぇよッ‼︎」

 

十六夜の規格外の力に机の方が耐え切れなかったようだ。同じく小槌も破壊されてしまったため手元に残った残骸を十六夜は第三宇宙速度で投げ捨てる。着弾点に人がいないことを祈るしかない。

 

「検察官黒ウサギ、弁護士レティシア=ドラクレア及び春日部耀、双方の言い分はよく分かった」

 

十六夜は何事もなかったかのように男鹿を無視して話を続ける。

 

「だがそれじゃあ話が進まねぇ。三つの話を考慮して平等を期すため、なんやかんやで俺の裁量で決定を下す」

 

「なんやかんや⁉︎ 職権乱用か‼︎」

 

現実は権力のある者の発言がどんなに理不尽であったとしても第一である。これは夢だけど。

 

「まずい‼︎ このままじゃ喧嘩馬鹿の逆廻に何をさせられるか分かったもんじゃねぇ‼︎」

 

「喧嘩馬鹿はお前だ。俺ちょー頭いいから。パソコンのセキュリティにハッキングしたり犯罪者を脅して資金稼ぎしたりピアノ線で殺人トラップ仕掛けたり、アナログからデジタル、インドアからアウトドアまで選り取り見取りにハイスペックだから」

 

「あいつが一番犯罪者臭えぞ⁉︎ 俺じゃなくてあいつを裁判に掛けろよ‼︎」

 

十六夜の発言に思わず叫ぶ男鹿。彼が挙げた例えは全て犯罪に繋げられるものであった。というか犯罪そのものであった。

そんな男鹿の訴えなど十六夜には微塵も届かない。

 

「ヤハハハハ‼︎ 法廷では裁判長が正義‼︎ つまり俺が正義だ‼︎ 誰も俺を裁くことなどできはしない‼︎」

 

「独裁者か‼︎ 誰かあいつに対抗できる奴はいねぇのか⁉︎」

 

そして傍聴人席へと視線を向ける男鹿。視線を向けられた傍聴人席に座る人々はそれぞれ自分の主張を口にする。

 

「私は黒ウサギのエロエロコスチューム製作で忙しいから」

 

「私は太陽への復讐計画の立て直しで忙しいから」

 

「Ra、GEEEYAAAaaaaa」

 

「魔王しかいねぇ⁉︎ あと最後の奴は分かる言葉で話せ‼︎」

 

傍聴人席はかなり濃いメンバーで構成されていた。武力としては十六夜に対抗できる存在なのに、この場では全くもって頼りになる気配がない。

 

「はぁ、はぁ……いい加減に疲れてきたぞ。夢なのに」

 

男鹿は開廷してから抗議とツッコミで叫びっ放しだった。ボケが多すぎるのである。というよりもツッコミが少なすぎるのだ。

その呟きを聞いていた司法委員として座るジンが声を上げる。

 

「辰巳さん。もう貴方が頼りにできるのは彼だけです」

 

ジンの言葉とともに男鹿の後ろにスポットライトが当てられ、それに気付いた男鹿は振り向いてそこにいる人物を確認する。

 

 

 

「ヤッホー、いよいよわしの出番かなー?」

 

 

 

 

 

 

「いや、お前が一番駄目だからッッ!!!」

 

叫びながら跳ね起きた男鹿は、一瞬状況が飲み込めずに周りを見回して場所を確認する。その部屋は鷹宮との戦いから目覚めた時と同じ部屋であり、傍には驚いた表情で目を見開いて固まっているレティシアがいた。

 

「ど、どうしたのだ突然?何か悪い夢でも見ていたのか?」

 

「……あれ?なんで俺は寝ててお前は此処にいるんだっけ?」

 

寝起き一番の男鹿の発言を聞いて、レティシアの驚いた表情は徐々に呆れた表情へと変化していった。

 

「まだ寝ぼけているのか?休んでいるように言った直後に歩き回って出掛けようとしていたから、部屋に連れ帰って睡眠を取らせていたんだよ。私も監視のついでにこの部屋で休憩していたのだ」

 

現在時刻は“黒死斑の魔王”・ペストとのギフトゲーム終了から一日後の昼間、つまり男鹿がゲーム後に目覚めてから数時間後である。

朝方に目覚めて食事を摂った後、誕生祭へ繰り出そうとしていた男鹿を見つけたレティシアが部屋へと連れ戻してベッドに押し込んだのだ。眠気はないと思って起き上がっていた男鹿だが、意識しないところでは当然のように疲労が溜まっておりいつの間にか眠ってしまっていたのである。

 

「あぁ〜、そういやそうだったな。夢裁判のインパクトが強すぎてつい忘れてたぜ」

 

「夢裁判?」

 

「気にすんな。ただの独り言だ」

 

レティシアの疑問を軽く流しつつ男鹿はベッドから出て立ち上がり、身体を軽く動かしてから調子を確認する。

 

「うし、問題なさそうだな。もういい加減自由に動いてもいいだろ?」

 

「ふむ。確かに問題はなさそうだが、それでもまだ疲労は溜まっているだろう?もう安静にしろとは言わないが、今日一日は様子見も兼ねて行動を共にさせてもらうぞ」

 

「そうと決まれば祭りに行くか。そういやベル坊は何処だ?」

 

「あぁ。今はヒルダ殿とーーー」

 

レティシアと会話しながら部屋を出ていく男鹿。祭りを楽しんで嫌な夢はさっさと忘れるに限るというものだ。残念ながらというか覚えておけるほど男鹿の記憶力は良くもないが。

 

だがこの約一週間後、大魔王からビデオレターが届き正夢のように大魔王の出番を迎えるとは知る由もない男鹿であった。



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YES! ウサギが呼びました!
異世界との邂逅


べるぜバブの連載が終わって、問題児のSSを読んでいる時にふと思いついて書きたくなりました。
それではどうぞ。


これは、後に全国の不良達を恐怖のドン底に叩き落とす伝説・・・子連れ番長べるぜバブが箱庭と呼ばれる異世界で新たな仲間と出会い、さらなる強敵と対峙することで成長していく物語である。

 

 

 

 

 

 

“ベヘモット三十四柱師団”との戦いが終わり、聖石矢魔学園での生活が安定してきた頃。男鹿達はと言うと、

 

「おい古市、暇だから焼きそばパン買って来いよ。ベル坊にはんまい棒な」

 

「アイ」

 

「暇だからでパシらすんじゃねぇよ‼︎ ベル坊も‼︎」

 

特に変わらずいつも通りであった。

 

ベル坊・・・本名をカイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ四世という、魔界の王国ベルゼビュートの王子である。

男鹿はある出来事からベル坊を拾うも、幼いベル坊は人間界では魔力を発揮することができず、魔力を発揮するための触媒として選ばれてしまったのだ。(ちなみに触媒となる人間の条件は“強くて凶悪で残忍で傍若無人で人を人とも思わぬクソヤロー”である)

古市と男鹿とは小学校からの腐れ縁であり、ロリコンのキモ市と呼ばれるツッコミ役のモブである。

 

「なんか今、何処かの誰かにものすごい悪意の篭った説明をされた気がするぞ」

 

「どうでもいいだろ、お前がロリコンのキモ市なのは。いいから早く焼きそばパン買って来いよ」

 

「よくねぇよ‼︎ あと買いに行くのは冗談じゃないのか⁉︎」

 

「アイダブ」

 

ベル坊にまで言われて焼きそばパンを買いに行かされた古市をそのままにして帰っている男鹿は、ベル坊を拾った河原を焼きそばパンを食べながら歩いていた。

 

「ここでベル坊を拾ってからもう1年近く経つのか。色々あったもんだ」

 

石矢魔高校・聖石矢魔学園での喧嘩、魔界関係での喧嘩と地球・魔界問わずに戦ってきたのである。まぁ本人も楽しんでいた節があるので特に文句はないだろうが。

男鹿らしくなく川を見つめながら少し過去に浸っていたのだが、すぐに視線を外して再び帰路に着く。

 

「ダッ」

 

歩き始めた直後、ベル坊が何かを見つけたようで手を空へ向けており、男鹿も釣られてそちらを見ると不思議なことに手紙が空から降ってきた。

ベル坊が降ってきた手紙を掴んだのでそれをベル坊の手から取って見てみると、宛名が『男鹿辰巳殿へ』となっている。

 

「俺宛ての手紙?というかベル坊を拾った時とデジャブを感じるんだが・・・まぁいいか」

 

少しだけ昔を思い出しながら歩いていたのでそう感じたが、特に何も考えずに手紙を開けて中を読んだ。

 

 

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの“箱庭”に来られたし』

 

 

 

「何だこりゃ?魔界のふざけた説明書とかじゃなさそうだけどよ」

 

魔界のふざけた説明書とはツッコミ所が満載の文章のことである。これがもし魔界の説明書であった場合は、

 

『才能があり過ぎて悩みが多くて暇で暇でしょうがない‼︎ 何か面白いことは・・・なーんて事あるよね‼︎ そんな時はこれ‼︎ “箱庭への招待状” ‼︎ これで面白くなること間違いなし‼︎ 暇なニートから会社の社畜まで楽しめちゃうぜ‼︎ なお問答無用で強制招待されますのでお気をつけ下さい(笑)』

 

というツッコミ所満載の笑えない内容になるだろう。

 

そんな考えを巡らせながら手紙を読んだ男鹿だったのだが、途端に光に包まれ視界が真っ白になったので目を閉じた。

急激なフラッシュから感覚が戻ってきた男鹿は、浮遊感を感じてゆっくりと目を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男鹿の視界に入ってきた光景は今までと変わらない河原ーーーではなく、上空四〇〇〇mほどの大空をパラシュート無しのスカイダイビング中であった。

 

 

 

「オイオイッ、いきなり何だ⁉︎ 何処だここ⁉︎ 魔界に行った時でももう少しマシだったぞ⁉︎」

 

「ダーッ⁉︎」

 

これには流石の男鹿も混乱していた。どれくらい混乱していたかというと、紋章術で空中に立てることも忘れて重力のままに落下しているくらい混乱していた。

他にも少年少女が三人に猫が一匹いるが、今は流石の男鹿でも気にする余裕は無く、彼も含めてその場にいる全員が視線の先に広がる風景を見ていた。

 

 

 

地平線には世界の果てっぽい断崖絶壁が、眼下には縮尺を見間違う程の巨大な都市が、魔界に行った時とはまた違う風景が広がっており、

 

 

 

完全無欠に異世界なのであった。

 

 

 

 

 

 

自由落下もそこそこに、緩衝材の様な水膜を通って湖に落とされた五人と一匹。

 

「・・・大丈夫?」

 

『じ、じぬがぼおぼた・・・‼︎』

 

世間でも珍しい雄の三毛猫と会話をしている少女は、三毛猫の無事を確認してほっとする。

 

「フー・・・ヴ、エグ」

 

「待てベル坊‼︎ 泣くな‼︎ 男だ「ビエエエエェェエン!!!」ギャアァァーー⁉︎」

 

湖に叩き落とされたベル坊が泣いて放電してしまう。

男鹿が必死にあやしていた間に少年少女は湖から出ており、驚きの表情で湖を振り返り見ていた。紫電を撒き散らしながら眩しい輝きを放っている湖を前に、早く上がって正解だったと三人と一匹は安堵する。

 

 

 

 

 

ベル坊が落ち着いて泣き止み、放電が停止してから男鹿も湖から上がって三人と合流する。

先に陸へと上がっていた少年少女はそれぞれに口を開いて文句を言っていた。

 

「し、信じられないわ‼︎ まさか問答無用で引き摺り込んだ挙句、空に放り出すなんて‼︎」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜこれ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

 

「・・・いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

 

「俺は問題ない」

 

「つーか、呼び出した奴は減り込ます・・・」

 

「アイ」

 

「そう、身勝手ね。・・・というかあなたは大丈夫なの?」

 

「大丈夫に見えるか?」

 

「・・・見えないわね」

 

「此処・・・何処だろう?」

 

焦げている男鹿、男鹿を見て少し心配する黒髪長髪の少女、ヤハハと笑っている金髪にヘッドホンの少年、猫を抱いた茶髪ショートヘアの少女、取り敢えず泣き止んだベル坊の五人。

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」

 

「そうだけど、まずは“オマエ”って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ、以後気をつけて。そこの猫を抱きかかえている貴女は?」

 

「・・・春日部耀。以下同文」

 

「そう、よろしく春日部さん。そこの野蛮で凶暴そうな貴方は?」

 

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「そう、取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

飛鳥の問い掛けに端的な自己紹介をした耀。

耀とは対照的になかなかにユニークな自己紹介をした十六夜。

そんな場を仕切っている飛鳥も含めて、男鹿に負けず劣らずなかなか個性的なメンバーが揃っているようだ。

 

「最後に何故か焦げている、赤ん坊を背負った貴方は?」

 

「あ?男鹿辰巳だ。ひょんなことから子育てすることになった、何処にでもいる普通の高校生だ。こっちはベル坊」

 

「ダッ」

 

「よろしく、辰巳君にベルちゃん」

 

「・・・普通、その若さで子育てはないと思う」

 

「ていうか何でベル坊は裸なんだ?裸族か?」

 

十六夜は前にも男鹿が一度言ったことを言い、耀はベル坊を見て控えめにツッコんでいる。

 

 

 

 

 

そんな彼らを物陰から見ていた頭にウサ耳を生やした少女は思う。

 

(うわぁ、なんか問題児ばっかりみたいですねぇ・・・)

 

召喚しておいてアレだが、彼らが協力する姿は客観的に想像できないウサ耳少女、黒ウサギであった。




どうでしたでしょうか?
正直に言って初めての投稿なのでよかったかどうかはよくわかりません。
なので感想待ってます。


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異世界への説明

今回は説明会+べるぜバブ組フラグなので一週間空ける必要はないかなと連日投稿させていただきました。


自己紹介をしてから少し経ったが、それから動かない状況にそれぞれ愚痴を漏らし出す。

 

「で、呼び出されたはいいけど何で誰もいないんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねぇのか?」

 

「そうね、何の説明もないままでは動きようがないもの」

 

「・・・この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思う」

 

(全くです)

 

もっとパニックになってくれれば飛び出しやすかったのだが、場が落ち着き過ぎているので出るタイミングを計れない黒ウサギである。

 

(まぁ、悩んでいても仕方が無いデス。これ以上の不満が噴出する前にーーー)

 

「ウサギ、ゲットだぜ‼︎」

 

「ダーッ‼︎」

 

「フギャ⁉︎」

 

男鹿にウサ耳を掴まれて捕まってしまった。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを‼︎ 何でいきなり黒ウサギは捕らえられているのですか⁉︎」

 

「そこにウサギがいたから」

 

「貴方はウサギハンターですか⁉︎」

 

黒ウサギにとってとても理不尽な理由であった。

 

「・・・仕方がねぇから隠れている奴に話を聞こうとしたんだが」

 

「辰巳君が捕まえてくれたわね。というか貴方も気付いていたの?」

 

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?そっちの猫を抱いてる奴も気付いていたんだろ?」

 

「風上に立たれたら嫌でも分かる」

 

「・・・へぇ?面白いなお前」

 

理不尽な招集を受けた腹いせに軽く殺気を籠めた視線を向ける三人と、少年の様な好奇心の目を向けている男鹿とベル坊。

そんな視線に晒されている黒ウサギは、冷や汗をかきながらもなんとか笑顔を浮かべて言葉を発する。

 

「い、いやですねぇ皆様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ?えぇ、えぇ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じて此処は一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」

 

「断る」

 

「却下」

 

「お断りします」

 

「どうでもいいが、この耳ってどうなってんだ?」

 

「アー?」

 

「あっは、取りつくシマもないですね♪ ていうかそろそろ離しません?」

 

バンザーイ、と降参のポーズを取りながら男鹿の手から逃れ、場を和ませようと明るく振る舞う黒ウサギ。

しかし、その裏では全員を値踏みするように密かに観察していた。

 

(肝っ玉は及第点。この状況でNOと言える勝ち気は買いです。まぁ、扱いにくいのは難点ですけども)

 

そんな風に考えている黒ウサギの背後から、不思議そうな顔をした耀が近付き、

 

「えい」

 

「フギャ‼︎」

 

ウサ耳を力いっぱい引っ張った。

 

「ま、またですか⁉︎ 触るまでなら黙って受け入れますが、初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとはどういう了見ですか⁉︎」

 

「好奇心の為せる業」

 

「自由にも程があります‼︎」

 

「へぇ?やっぱりそのウサ耳って本物なのか?」

 

「・・・じゃあ私も」

 

ウサ耳を引っ張る耀の反応を見て、十六夜と飛鳥も興味を示した。

十六夜が右耳を、飛鳥が左耳を掴んでさらに引っ張ろうとする。

 

「ちょっと待っ、そちらの御方様‼︎ 黒ウサギを助けて下さい‼︎」

 

自分では対処しきれないと判断して参加していない男鹿に助けを求める黒ウサギだったが、

 

「ちょっと待てよベル坊。こういうのは順番だからな」

 

「ダッ」

 

教育的には良いことを言っているが黒ウサギ的には悪いことを言って三人が引っ張り終わるのを待っていた。というより黒ウサギも一番最初に襲ってきた男鹿に助けを求めるのは判断ミスだと言わざるを得ない。

結局助けてはもらえずに黒ウサギの耳は引っ張られて言葉にならない悲鳴を上げ、その絶叫は近隣に木霊したのだった。

 

 

 

 

 

 

「あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」

 

「いいからさっさと進めろ」

 

五人は黒ウサギの前の岸辺に座り込み、彼女の話を聞くだけ聞こうと言う程度には耳を傾けている。

 

余談だが、男鹿は黒ウサギを捕まえる時に触っていたので順番待ちしていたのはベル坊のみであり、ベル坊は撫でるように触っていたことが唯一の救いである。

“この中で一番まともなのが赤ん坊なのでは?”と考えてしまった黒ウサギは悪くないと思う。

 

「それではいいですか、皆様。定例文でいいますよ?・・・ようこそ、箱庭の世界へ‼︎ 我々は皆様にギフトを与えられた者達だけが参加できる“ギフトゲーム”への参加資格をプレゼントさせていただこうかと召喚いたしました」

 

「ギフトゲーム?」

 

「そうです‼︎ 既に気付いていらっしゃるでしょうが、皆様は普通の人間ではございません‼︎ その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。“ギフトゲーム”はその恩恵を用いて競い合うためのゲームです」

 

確かに男鹿の力は悪魔、それも魔王からの力なのでその説明に疑問はないが、“与えられた”というよりは“押し付けられた”というのが男鹿の認識としては正しいだろう。

 

「貴方の言う“我々”とは貴女を含めた誰かなの?」

 

「Yes‼︎ 異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数多とある“コミュニティ”に必ず属していただきます♪」

 

「嫌だね」

 

「属していただきますッ‼︎ そして“ギフトゲーム”の勝者はゲームの“主催者(ホスト)”が提示した賞品をゲットできるというとってもシンプルな構造となっております」

 

「・・・“主催者”って誰?」

 

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏から、力を誇示する為に独自開催するグループもございます。前者は参加自由ですが命の危険もあるでしょう。その分見返りも大きいですが。後者はチップを用意して参加し、敗退すれば“主催者”に寄贈されるシステムです」

 

「後者は結構俗物ね・・・チップには何を?」

 

「それも様々ですね。金品、土地、利権、名誉、人間・・・そしてギフトを賭けあうことも可能です。ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然ご自身の才能も失われるのであしからず」

 

「要するに、喧嘩して勝てばなんか貰えんだな」

 

話が長くてよく聞いておらず、一言でまとめた男鹿だった。

 

「確かに戦って“力”を示すものもありますが、謎解きなどの“知”を競うものもあります」

 

そんな“ギフトゲーム”を男鹿が受けてしまえば、“ベヘモット三十四柱師団”のケツァルコアトルとのゲームの時と同様に開始二秒で心が折れてしまうだろう。

 

「・・・つまり“ギフトゲーム”とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」

 

お?と驚く黒ウサギ。

 

「ふふん?なかなか鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。我々の世界でも金品による物々交換は存在しますし、ギフトを用いた犯罪などもってのほかです・・・が、しかし‼︎ “ギフトゲーム”の本質は全くの逆‼︎ 一方の勝者だけが全てを手にするシステムです」

 

「そう、なかなか野蛮ね」

 

「ごもっとも。しかし“主催者”は全て自己責任でゲームを開催しております。奪われるのが嫌なら初めから参加しなければいいだけの話でございます」

 

黒ウサギは一通りの説明を終えたのか、一枚の封書を取り出した。

 

「さて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。ここから先は我らのコミュニティでお話をさせていただきたいのですが・・・よろしいです?」

 

「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」

 

今まで黙っていた十六夜が軽薄な笑顔を消して黒ウサギに問う。

それに対して黒ウサギも構えるように聞き返した。

 

「・・・どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」

 

「そんなことはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。オレが聞きたいのはたった一つ・・・この世界は面白いか?」

 

他のみんなも無言で返事を待つ。

彼らを呼んだ手紙には『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と書かれていたのだ。それに見合うだけの催しがあるかどうかが重要なのである。

男鹿に関しては知り合いに次元転送悪魔アランドロンがいるので、“ベル坊命”の侍女悪魔ヒルダが何とかするだろう、としばらくは面白そうだしこちらにいるかと考えている。

 

「Yes‼︎ “ギフトゲーム”は人を超えた者達だけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」




今回はここまでです。
次からはオリジナル展開をちょくちょく入れていきますので予定通り一週間に一話投稿となります。
また来週にお会いしましょう‼︎


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“世界の果て”にて

一週間後とか言いながら投稿したくて堪らずに三日連続投稿になりました‼︎
どんだけ意思が弱いのだ・・・まぁそれなりに考えた結果でもありますが。
それではどうぞ‼︎


箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベッド通り・噴水広場前。

そこに小さな体躯にダボダボのローブを着た少年がいた。

 

「ジン坊っちゃーン‼︎ 新しい方を連れてきましたよー‼︎」

 

黒ウサギにジン坊っちゃんと呼ばれた少年が声に気付いて近寄ってくる。

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人が?」

 

「はいな、こちらの御四人様がーーー」

 

クルリ、と振り返る黒ウサギ。

カチン、と固まる黒ウサギ。

 

「・・・え、あれ?もう三人いませんでしたっけ?全身から“俺問題児‼︎”ってオーラを放っている殿方と、お若いながらも“俺達親子‼︎”って感じの殿方と赤ん坊が」

 

「あぁ、十六夜君と辰巳君達のこと?十六夜君なら“ちょっと世界の果てを見てくるぜ‼︎”と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に」

 

そう言って飛鳥は上空四〇〇〇mから見えた断崖絶壁を指差し、耀もその横で頷いている。

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか‼︎」

 

「“止めてくれるなよ”と言われたもの」

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか⁉︎」

 

「“黒ウサギには言うなよ”と言われたから」

 

「嘘です、絶対嘘です‼︎実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん‼︎」

 

「「うん」」

 

ガクリ、と前のめりに倒れる黒ウサギ。勝手に何処かへと行った男性陣もそうだが、残った女性陣も問題だらけである。

 

「で、では辰巳さんはどうしたんですか?」

 

「辰巳なら“焼きそばパンしか食ってないからなんか探してくる”って言って十六夜について行った」

 

「箱庭に入れば食べ物くらいあるのに、どうしてちょっとくらい待てないのですか・・・」

 

男性陣の自由すぎる行動に膝をつく黒ウサギだった。

 

「た、大変です‼︎ “世界の果て”にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣が」

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に“世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいて、人間では太刀打ち出来ません‼︎」

 

「あら、それは残念。もう彼らはゲームオーバー?」

 

「ゲーム参加前にゲームオーバー?・・・斬新?」

 

「冗談を言っている場合じゃありません‼︎」

 

ジンは事の重大さを訴えており、その横で黒ウサギはため息を吐きつつ立ち上がった。

 

「・・・ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御二人様のご案内をお願いしてもよろしいですか?」

 

「わかった。黒ウサギはどうする?」

 

「問題児達を捕まえに参ります。事のついでに“箱庭の貴族”と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」

 

そう言って黒い髪を淡い緋色に染めた黒ウサギは、その場から跳び上がって外門の柱に水平に張り付くと、

 

「一刻程で戻ります‼︎ 皆さんはゆっくりと箱庭ライフをご堪能ございませ‼︎」

 

全力で跳躍した黒ウサギは弾丸のように飛び去り、あっという間に視界から消え去っていった。

 

「・・・箱庭のウサギは随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」

 

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属で、様々なギフトや特殊な権限を持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の事がない限り大丈夫だと思うのですが・・・」

 

「そう、なら黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

 

「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします」

 

「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」

 

「春日部耀」

 

ジンが礼儀正しく自己紹介し、二人もそれに倣って一礼した。

 

「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね、軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 

飛鳥はジンの手を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の外門をくぐるのだった。

 

 

 

 

 

 

『こんな所に人間が何の用だ?』

 

“世界の果て”、トリトニスの大滝に着いた男鹿達の前に出てきたのは十m近い巨大な蛇であった。

 

「腹減ったんだけどよ、なんか持ってねぇか?」

 

いきなり現れた大蛇を前に、平常心のまま構えている二人に多少興味があるのか、無礼とも取れる発言に何も文句を言わない大蛇。

 

『いいだろう。我が試練を乗り越えることができれば相応のものをやろう』

 

「へぇ、じゃあお前が俺を試せるのか試してやるよ‼︎」

 

そう言って十六夜が跳び出し、大蛇の腹に拳を叩き込む。

予想外の攻撃、しかも人間を遥かに超える力と速さで叩きつけられて、巨大な水柱を作り大蛇は水中に沈んでいく。

 

「ダーッ‼︎」

 

沈んでいく大蛇とは裏腹に十六夜のデタラメな強さにベル坊のテンションは上がっていた。

 

「おい、なんかくれるって言ってたのに問答無用で倒すなよ」

 

「ヤハハ、悪いな。まぁ木の実でも取ってやるから、箱庭に行けばなんか食えるだろうし勘弁してくれ」

 

十六夜が近くの木に跳び、本当に木の実を取ってきたのでとりあえず大人しくしている男鹿。

しかし腹の足しにしかならず、“大人しく箱庭に行っとけばよかった”と少し不機嫌になっている男鹿。

 

十六夜は十六夜で手を抜いていたとはいえ、それなりに自分について来れた男鹿に興味が湧いていた。

先ほども述べたが十六夜の身体能力は人間を遥かに超えているのだ。そこへ、

 

「この辺りで水柱が上がっていたはず・・・」

 

「あれ、お前黒ウサギか?どうしたんだその髪の色」

 

髪を淡い緋色に染めた黒ウサギが追ってきた。

どうやら巨大な水柱を見て急いで跳んできたらしい。

 

「もう、一体何処まで来ているんですか⁉︎」

 

「“世界の果て”まで来ているんですよ、っと。まぁそんなに怒るなよ」

 

「ちょうどいい。腹減ったからとっとと箱庭とやらに行こうぜ」

 

“だったら大人しく着いて来てくださいよ”と思いつつ、“箱庭の貴族”である黒ウサギが半刻以上追いつけなかった二人の身体能力に内心で驚いていた。

 

「ま、まぁ、それはともかく‼︎ 十六夜さん達が無事で良かったデス。ここに来る途中、水神の眷属のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」

 

「水神?ーーーあぁ、アレのことか?」

 

『まだ・・・まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ!!!』

 

十六夜が指差したそれが何者かを問う必要はないだろう。

 

「蛇神・・・‼︎ って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか⁉︎」

 

「なんか偉そうに『試練を選べ』とかなんとか言ってくれたからよ。俺を試せるのかどうか試させてもらったのさ。結果はまぁ、残念な奴だったが」

 

「そんなことより早く箱庭に行こうぜ。俺は腹が減ったんだよ」

 

傲岸不遜な十六夜と自分の怒りを“そんなこと”扱いする男鹿に蛇神の怒りは最高潮である。

 

『貴様ら・・・付け上がるな人間共‼︎ 我がこの程度の事で倒れるか!!!」

 

蛇神の甲高い咆哮が響き、巻き上がる風が水柱を上げて立ち昇る。

何百トンもの水を吸い上げ、竜巻のように渦を巻いた水柱は人間の胴体など容赦なく引き裂くだろう。

 

「十六夜さん、辰巳さん、下がって‼︎」

 

「何を言ってやがる。これは俺が売って、奴が買った喧嘩だ。一緒にいた男鹿はともかく、手を出せばお前から潰すぞ」

 

黒ウサギは始まってしまったゲームには手出しできないと歯噛みし、喧嘩っ早い男鹿は何も言わず、腹が減ったので早くしろと待っている。

 

『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様らの勝利を認めてやる』

 

「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」

 

『フンーーーその戯言が貴様らの最期だ‼︎』

 

渦巻く水柱は計二本。それぞれ二人に襲いかかる。

十六夜は腕を持ち上げ、男鹿は右手の紋章を輝かせて雷撃を纏わせる。

 

「ハッ、しゃらくせぇ!!!」

 

魔王の咆哮(ゼブルブラスト)ォォ!!!」

 

十六夜は腕の一振りでなぎ払い、男鹿は雷撃で打ち消す。

 

「嘘⁉︎」

 

『ギャアァァ⁉︎ ば、馬鹿な・・・」

 

水に雷撃をぶつけたのである。

直接攻撃されなくても蛇神は感電して動きが止まってしまう。

 

「ま、中々だったぜお前」

 

そこに十六夜が高速で接近して蹴り上げ、蛇神の巨体が水面から浮き上がる。

浮き上がった蛇神はそのまま川に落下し、その衝撃で川が氾濫する。

 

「くそ、今日はよく濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだよな黒ウサギ」

 

「これで終わりか?だったら行こうぜ」

 

「ダブッ」

 

冗談めかした十六夜にさっさと行こうと言う男鹿だが、黒ウサギはそれどころではなかった。

 

(人間が・・・神格を倒した⁉︎ そんなデタラメがーーー‼︎)

 

ハッと黒ウサギは彼らを召喚するギフトを与えた“主催者”の言葉を思い出す。

 

 

 

「彼らは間違いなく人類最高クラスのギフト保持者よ、黒ウサギ」




今回はここまでです‼︎
いや〜、蛇神さんでは一撃なので戦闘になりませんね。
今回はこの後の投稿の帳尻合わせ+最初の掴みは大切なのを考えてなので次からは本当に一週間に一話か二話です‼︎
・・・我慢できれば。


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自分達のコミュニティ

1週間ぶりです‼︎
いや〜、1週間って予想以上に長いですねぇ。
こんなゆっくり更新でいいのか悩む今日このごろ。

それではどうぞ‼︎


蛇神と遊んで気分がいい十六夜に黒ウサギは尋ねる。

 

「と、ところで十六夜さん。蛇神様を倒されたことですし、ギフトを戴いておきませんか?十六夜さん達はご本人を倒されましたから、きっとすごいものを戴けますよ♪」

 

「あん?」

 

黒ウサギは小躍りでもしそうな足取りで大蛇に近寄ろうとするが、十六夜が不機嫌な顔で黒ウサギの前に立ち塞がった。

 

「な、なんですか十六夜さん。怖い顔をされてますが、何か気に障りましたか?」

 

「・・・別にぃ。勝者が敗者から得るのはギフトゲームとして真っ当なんだろうからそこに不服はねぇがーーーお前、何か決定的な事をずっと隠しているよな?」

 

 

 

 

 

 

十六夜の指摘に黒ウサギはそれでも何かを隠そうとしたが、十六夜の“どうして俺達を呼び出す必要があったのか”、“話さないのなら他のコミュニティに行くぜ”という言葉を聞いて話し始めた。

 

自分達には名乗るべき名がない“ノーネーム”だということ。

 

テリトリーを示し、尚且つ誇りでもある“旗印”もないこと。

 

さらには中核を成す仲間は一人も残っておらず、黒ウサギとリーダーというジン以外はゲームに参加できない子供ばかりが百人以上ということ。

 

それら全てを箱庭を襲う最大の天災ーーー“魔王”と呼ばれる、ギフトゲームを断ることができない特権階級“主催者権限”(ホストマスター)を利用する存在に奪われたこと。

 

それらを取り戻してコミュニティを再建するために強大な力を持つプレイヤー・・・つまり十六夜達に力を貸して欲しいこと。

 

黒ウサギの告白に十六夜は気の無い声で返したので、黒ウサギは泣きそうな顔で返事を待った。

しばらく黙り込んだ後に十六夜が、

 

「いいな、それ」

 

「ーーー・・・は?」

 

「HA?じゃねぇよ。協力するって言ったんだ。もっと喜べ黒ウサギ」

 

「え・・・あ、あれれ?今の流れってそんな流れでございました?」

 

「そんな流れだったぜ。それとも俺がいらねぇのか?失礼なことを言うと本気で余所行くぞ」

 

「だ、駄目です駄目です‼︎ 十六夜さんは私達に必要です‼︎」

 

「素直でよろしい。それで、男鹿はどうするんだ?」

 

今まで黙っていた男鹿に話を振る。

黒ウサギも真剣な表情で男鹿を見るが、

 

「えーと・・・話終わった?」

 

「えぇぇぇぇ⁉︎ 聞いていなかったのですか⁉︎ 黒ウサギにとってとても大事なお話でしたのに⁉︎」

 

「魔王っていう素敵ネーミングな奴と戦うけどどうだ?って話だ」

 

「あぁ、別にいいぞ」

 

「軽っ‼︎ 説明も軽ければ返事も軽すぎますよ‼︎ 黒ウサギの深刻な雰囲気のお話は何だったのですか⁉︎」

 

黒ウサギの深刻な雰囲気など木っ端微塵に粉砕されたのだった。

 

「別に魔王なんて珍しくもねぇし」

 

ベル坊のことを考えながら言う男鹿。

実際には男鹿の背中にいる魔王とは根本的に違うのだが、黒ウサギの話で聞いたーーー聞いていたかどうかはともかくーーーだけでは男鹿に違いなど分かる筈もない。

しかし、そんな男鹿の発言に十六夜が食いついた。

 

「へぇ?男鹿のいた世界には悪魔の王でもいたのか?」

 

「いたって言うか今、お前の目の前にいるぞ?」

 

「ニョ?」

 

そう言ってベル坊を指差す。

 

「えぇ⁉︎ ベル坊さんは悪魔なのですか⁉︎」

 

「おう。オレ達の世界の大魔王の息子でな。本当は確か・・・ウンタラカンタラベルウンタラって名前だ」

 

「雑っ⁉︎ 長いのは何となく分かりますが名前ぐらい覚えましょうよ⁉︎」

 

未だに名前を覚えられていない男鹿である。

 

「ダァーー‼︎」

 

「ベル坊ーー⁉︎」

 

いつまでも名前を覚えない男鹿にベル坊は泣いて飛び出してしまった。

そんな中、十六夜は冷静にベル坊のことを考察している。

 

「悪魔の王に、ベル坊って名前・・・まさか“蝿の王”ベルゼブブか?」

 

「あ?あぁ、なんかそんな感じだ」

 

「・・・ってベルゼブブですか⁉︎ 悪魔の中の悪魔、箱庭でも上層の魔王の一人ではないですか⁉︎」

 

どうやら箱庭にも似たような存在がいるらしい。

十六夜はヤハハと笑いながら予想外の存在に喜び、黒ウサギはリアクションのし過ぎで疲れ、男鹿は飛び出していったベル坊を捕まえ、蛇神に水樹の苗をもらってから箱庭へと向かったのだった。

 

 

 

「いや、食いもんくれよ・・・」

 

 

 

 

 

 

「な、なんであの短時間に“フォレス・ガロ”のリーダーと接触してしかも喧嘩を売る状況になったのですか⁉︎」「しかもゲームの日取りは明日⁉︎」「それも敵のテリトリー内で戦うなんて‼︎」「準備している時間もお金もありません‼︎」「一体どういう心算(つもり)があってのことです‼︎」「聞いているのですか三人とも!!!」

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省しています」」」

 

「黙らっしゃい!!!」

 

これは世界の果て組と箱庭組が合流したときの会話である。

 

軽く箱庭組の経緯を説明すると、

箱庭に入って“六本傷”のカフェで談笑する。

この付近一帯を支配する“フォレス・ガロ”のリーダー、ガルド=ガスパーが出てくる。

ジン達のコミュニティの状況を説明し、飛鳥達を勧誘する。

あっさりと断ってから、何故魔王でもないガルドこの付近一帯を支配できたのかを飛鳥のギフトで強制的に聞き出す。

子供を人質に取って脅してギフトゲームに参加させていたこと、しかし子供はもう殺していることが判明する。

ガルドをズタボロにしたい飛鳥からギフトゲームを提案する。

ギフトゲームの賞品内容はこちらが勝てば“罪を認めて裁きを受け、コミュニティを解散する”、負ければ“罪を黙認する”というものである。

合流して、お腹が空いた男鹿が軽い食事をしながらそれぞれに起こったことを報告する。←今ここ。

 

「はぁ〜・・・。仕方がない人達です。まぁいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。“フォレス・ガロ”程度なら十六夜さんか辰巳さんがいれば楽勝でしょう」

 

神格持ちをも容易く倒した二人ならばガルドを相手にする程度、どちらか一人だけでも役不足だろうと思い、今回はあっさりと納得する黒ウサギ。

 

「何言ってんだよ。俺達は参加しねぇよ?」

 

「当たり前よ。貴方達なんて参加させないわ」

 

そんな黒ウサギを他所に十六夜と飛鳥はそれぞれにそんなことを言うので、黒ウサギは慌てて二人に食ってかかる。

 

「だ、駄目ですよ‼︎ 御二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと」

 

「そういうことじゃねぇよ。この喧嘩はコイツらが売った。そして奴らが買った。なのに俺達が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

 

「あら、分かっているじゃない」

 

「・・・ああもう、好きにしてください」

 

丸一日振り回され続けて疲弊し、もうどうにでもなれと呟いて諦める黒ウサギだった。




今日はここまで‼︎
ついに箱庭へと入りました‼︎
明日はついに“あの方”が登場‼︎
まぁまた説明回になってしまうんですが。

あ、それと一話目の十六夜の説明なんですが、“金髪ヤンキーっぽい少年”を“金髪にヘッドホンの少年”に変更しました。
このまま進めていくとヘッドホンがアンダーウッド編でいきなり出てくることになりそうなので。


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最強の主催者

今回はタイトル通りの展開にになっています。
まさかの“あの人”も少し出てきます。
それではどうぞ‼︎


コホンと咳払いをした黒ウサギは気を取り直して全員に切り出した。

 

「ジン坊ちゃんは先にお帰りください。ギフトゲームが明日なら“サウザンドアイズ”に皆さんのギフト鑑定をしないと。この水樹のこともありますし」

 

「“サウザンドアイズ”?コミュニティの名前か?」

 

「Yes。“サウザンドアイズ”は特殊な“瞳”のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです」

 

「ギフト鑑定というのは?」

 

「ギフトの秘めた力や起源などを鑑定することデス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

同意を求める黒ウサギに十六夜、飛鳥、耀は複雑な表情で返す。

男鹿に関して言えば、早乙女禅十郎・斑鳩酔天との修行で一通り把握しているのでぶっちゃけどうでもいいと思っている。

 

そうこうしている内に蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記された旗の商店“サウザンドアイズ”に着いたようで、片付けをしている女性店員にストップをーーー

 

「まっ「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

かける事も出来なかった。

 

「なんて商売っ気の無い店なのかしら」

 

「ま、全くです‼︎ 閉店時間の五分前に客を締め出すなんて‼︎」

 

「文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は「お邪魔しまーす」ま、待ちなさい‼︎ まだ話の途中です‼︎」

 

女性店員を完全スルーして店に入ろうとする自由な男鹿に対して女性店員は入り口を塞ぐように立つ。

 

「別にいいじゃねぇか、ちょっとぐらい遅くてもよ」

 

「そういうことではありません‼︎ ウチは“ノーネーム”お断り「いぃぃぃやほおぉぉぉ‼︎ 久しぶりだ黒ウサギィィィ‼︎」

 

「きゃあーーー・・・‼︎」

 

黒ウサギは店内から爆走してくる着物風の服を着た真っ白い髪の少女に突撃され、街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛んだ。

男鹿達は目を丸くし、女性店員は痛そうな頭を抱えていた。

 

「・・・おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか?ならオレも別バージョンで」

 

「ありません」

 

「なんなら有料でも」

 

「やりません」

 

真剣な表情の十六夜に、真剣な表情で言い切る女性店員。

二人の真剣さに対してどうでもいい内容であった。

 

「し、白夜叉様⁉︎ どうして貴方がこんな下層に⁉︎」

 

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろうに‼︎ やっぱりウサギは触り心地が違うのぅ‼︎ ほれ、ここが良いかここが良いか‼︎」

 

黒ウサギを強襲した白夜叉と呼ばれた少女は黒ウサギの胸に顔を埋めてすり付けていた。

 

「し、白夜叉様‼︎ ちょ、ちょっと離れてください‼︎」

 

白夜叉を無理やり引き剥がし、頭を掴んで店に向かって投げつける。

くるくると縦回転した少女を、男鹿は同じく頭を掴んで受け止めた。

 

「何してんだお前は?」

 

「お、おぉ。受け止めてくれたのは嬉しいが、もう少し優しく受け止めれんかのぉ・・・」

 

頭を掴まれながら呆れている白夜叉に、一連の流れに呆気にとられていた飛鳥が話しかける。

 

「貴女はこの店の人?」

 

「おお、そうだとも。この“サウザンドアイズ”の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

 

「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」

 

何処までも冷静な声で女性店員が釘を刺す。

それを聞いた男鹿は掴んでいる白夜叉に胡散臭げな目を向ける。

 

「オーナーってまさか、このガキの事かよ?迷子とかじゃねぇの?」

 

「し、失礼な‼︎ 迷子などではなく、立派な“サウザンドアイズ”幹部様じゃ‼︎」

 

男鹿の失礼な物言いに掴まれた手から抜け出しながら反論する白夜叉。

嘘は言っていないがなんとも子供っぽい言い返し方である。

 

「うう・・・まさか私まで濡れる事になるなんて」

 

「因果応報・・・かな」

 

『お嬢の言う通りや』

 

水路から出て悲しげに服を絞る黒ウサギ。

白夜叉は気持ちを切り替え、十六夜達をみてニヤリと笑った。

 

「オホン、まぁいい。話があるなら店内で聞こう」

 

「よろしいのですか?彼らは旗も持たない“ノーネーム”のはず。規定ではーーー」

 

「なに、身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」

 

オーナーにそう言われればどうしようもなく、仕方なく店内へと入れる女性店員なのだった。

 

 

 

 

 

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

招かれた場所は香の様な物が焚かれた、個室というにはやや広い和室であり、白夜叉は上座に腰を下ろす。

 

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 

「はいはい、お世話になっております本当に」

 

投げやりな言葉で流す黒ウサギ。

その隣で耀が小首を傾げる。

 

「その外門、って何?」

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」

 

そう言って黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分かれて七つの支配層が形成されており、その図を見た他のみんなの反応は、

 

「・・・超巨大タマネギ?」

 

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

 

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

 

「白夜叉、この店にバームクーヘンねぇの?」

 

身も蓋もない感想にガクリと肩を落とす黒ウサギ。

軽食を摂ったのに男鹿はまだ食べ足りないのか、白夜叉にバームクーヘンを要求している。

 

「悪いが置いとらんの。だがその例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は“世界の果て”と向かい合い、強力なギフトを持った者達が住んでおるぞーーーその水樹の持ち主などな」

 

白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。

 

「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?」

 

「いえいえ。この水樹は十六夜さんと辰巳さんがここに来る前に、蛇神様を叩きのめしてきたのですよ」

 

白夜叉の質問に黒ウサギが自慢げに答える。

 

「なんと⁉︎ クリアではなく直接的に倒したとな⁉︎ ではその童達は神格持ちの神童か?」

 

「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし。逆になんで辰巳さんは神格を持っていないのか不思議なのですが・・・」

 

黒ウサギの言い回しに疑問を覚える白夜叉。

 

「む、それはどういうことだ?その童には何かあるのか?」

 

「辰巳さんが言うには背中のベル坊さんは“蝿の王”ベルゼブブの息子だそうなのですよ」

 

神格とは種の最高のランクに体を変幻させるギフトを指しており、ベルゼブブは悪魔の中でもトップクラスの悪魔である。黒ウサギの疑問も分からなくはない。

黒ウサギがそう言うと白夜叉の顔にもさらに疑問が浮かんでいる。

 

「“蝿の王”の息子だと?あやつに息子など・・・いや、異世界から来たベルゼブブの息子ーーーもしや自称大魔王だったあやつかの?」

 

その独り言とも言えぬ言葉に男鹿は驚いていた。

 

「大魔王のことを知ってんのか?」

 

「あのアホのことだろ?」

 

「あぁ、間違いなさそうだな」

 

どんな人物なのかは知らないが、二人の認識に話を聞いていた他のみんなは苦笑している。

 

「その自称大魔王様というのはどういった方だったのですか?」

 

「自称大魔王といっても魔王としての力は強大だったのだが、いかんせんテキトーな奴での。他の世界の、テレビゲームとやらに興味をもったというだけで箱庭を出ていったアホじゃ」

 

白夜叉の言っていることは正しく、もう一人の息子である焔王ともどもよくゲームで遊んでいる。最初の疑問である神格については、白夜叉曰く“まだ幼く力を扱いきれていないからではないか”とのこと。

話が逸れていたが少しずつ戻ってきたので十六夜は気になっていたことを質問する。

 

「話が逸れちまったが、白夜叉はあの蛇と知り合いだったのか?」

 

「知り合いも何も、あれに神格を与えたのはこの私だぞ」

 

それを聞いた十六夜は物騒に瞳を光らせて問いただす。

 

「へぇ?じゃあお前はあの蛇より強いのか?」

 

「ふふん、当然だ。私は東側の“階層支配者(フロアマスター)”だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者なのだからの」

 

“最強の主催者”ーーーその言葉に問題児達は一斉に瞳を輝かせた。

 

「そう・・・ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

 

「無論、そうなるのう」

 

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

「最強か。そいつは興味があるな」

 

「アイダブッ‼︎」

 

この場に集まった問題児達の剥き出しの闘争心に気付き、白夜叉は高らかと笑い声をあげた。

 

「抜け目ない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと?」

 

「え?ちょ、ちょっと皆様⁉︎」

 

それを聞いて慌てる黒ウサギを右手で制した白夜叉は、着物の裾から向かい合う双女神の紋が入ったカードを取りだして壮絶な笑みを浮かべた。

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている。しかし、ゲーム前に一つ確認しておくことがある。おんしらが望むのは“挑戦”かーーーもしくは“決闘”か?」




今日はここまで‼︎

次はお待ちかねの白夜叉のギフトゲームです‼︎
書き溜めの進行具合によって今週中に投稿するかもしれません。
ではまた次回に‼︎


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“挑戦”か“決闘”か

皆さんお待ちかねの白夜叉とのギフトゲーム‼︎
果たしてどういう結果になるのか・・・

それではどうぞ‼︎


刹那、五人の視界が爆発的に変化し、投げ出された場所は白い雪原と凍る湖畔ーーーそして、太陽が水平に廻る世界だった。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は“白き夜の魔王”ーーー太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への“挑戦”か?それとも対等な“決闘”か?」

 

白夜叉の問いかけに十六夜達は息を呑む。あの男鹿でさえも冷や汗をかいている。転送でどこかへ移動したわけではなく、文字通り世界を作り出したようなものだ。

 

「水平に廻る太陽と・・・そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、お前を表現してるってことか」

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原、永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私がもつゲーム盤の一つだ」

 

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤・・・⁉︎」

 

「して、おんしらの返答は?“挑戦”であるならば、手慰み程度に遊んでやる。だが“決闘”を望むならば、魔王として命と誇りの限り戦おうではないか」

 

勝ち目がないのは一目瞭然だが、自分達が売った喧嘩を取り下げるにはプライドが邪魔をした。

 

しばしの静寂の後、

 

「参った、やられたよ。さすがにこれだけのゲーム盤を用意されたらな。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 

“試されてやる”とは随分と可愛らしい意地の張り方だと笑い、他の三人にも問う。

 

「く、くく・・・して、他の童達も同じか?」

 

「・・・ええ。私も試されてあげていいわ」

 

「右に同じ」

 

苦虫を噛み潰したような表情で返事をする二人に対し、男鹿は、

 

()る前から逃げるってのは俺のポリシーに反するんだが・・・」

 

この言葉を聞いて黒ウサギは慌てて止めに入る。

 

「だ、駄目ですよ‼︎ いくら辰巳さんが強くても白夜叉様には勝てません‼︎ 無謀すぎます‼︎」

 

「分かってるっての。それに殺し合いをするつもりもねぇよ。だからよ白夜叉、俺とは喧嘩しようぜ?」

 

それを聞いた白夜叉は魔王としての笑みを浮かべる。白夜叉にとっても予想外の反応だったようだ。

 

「なかなかに面白い提案じゃの。決闘として殺し合うのではなく殴り合いをしたいと。よかろう、魔王の力を少しばかり教えてやるとするかの。だが、その前に他の三人の試練を先に終わらせるぞ」

 

そう言って湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする白夜叉。

すると、鷲の翼と獅子の下半身を持つ五m程の巨大な獣が現れた。

 

「グリフォン・・・嘘、本物⁉︎」

 

「うむ、あやつこそ鳥の王にして獣の王。“力” “知恵” “勇気”の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ」

 

そういうと、虚空から輝く羊皮紙が現れて試練の内容を記述していく。

 

 

【ギフトゲーム名 “鷲獅子の手綱”

・プレイヤー一覧:逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀

 

・クリア条件:グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う。

 

・クリア方法:“力” “知恵” “勇気”の何れかでグリフォンに認められる。

 

・敗北条件:降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

“サウザンドアイズ”印】

 

 

「私がやる」

 

読み終わるや否や、グリフォンを羨望の眼差しで見つめている耀が挙手した。

 

「ふむ。自信があるようじゃが、コレは結構な難物だぞ?失敗すれば大怪我では済まんが」

 

「大丈夫、問題ない」

 

白夜叉も今の段階では耀の実力を確認していないため警告するが、耀は不安を感じさせない声で白夜叉に返す。

 

「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ」

 

「気を付けてね、春日部さん」

 

「次は俺の番だからな。一発で決めろよ」

 

「ダッ‼︎」

 

「うん。頑張る」

 

 

 

 

 

 

ギフトゲームの結果は、耀の勝利である。

グリフォンは誇りを、耀は命を賭けてゲームを行い、見事勝利を収めた。ゲーム終了時にグリフォンの背から落下したが、友達の証として新しく手に入れたグリフォンの“旋風を操るギフト”で飛翔して降りてきた。耀の木彫りのギフトについて盛り上がったが今日のメインイベントはこれからである。

 

男鹿と白夜叉は十mくらいの距離で対峙していた。

 

「それじゃあ次は俺だな。魔王の力を見せてもらうぜ」

 

「そう急かすでない。見物料はそれなりに高いぞ?」

 

そう言って不敵な笑みを浮かべて、輝く羊皮紙に同じように内容を記述していく。

 

 

【ギフトゲーム名 “太陽と悪魔の一撃”

・プレイヤー一覧:男鹿辰巳、ベル坊

 

・クリア条件:白夜叉と戦い、勝利する。

 

・クリア方法:白夜叉に一撃を加える。

 

・敗北条件:降参か、白夜叉に一撃を加えられる。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

“サウザンドアイズ”印】

 

 

「骨は拾ってやる。頑張れよ」

 

「貴方のことは忘れないわ。頑張って」

 

「グッドラック。頑張れ」

 

「お前ら負ける前提で話すんじゃねぇよ‼︎」

 

問題児三人の頼りにならない声援に男鹿はついツッコんでしまう。

 

「どうした、早くこんのか?もうゲームは始まっておるぞ」

 

「じゃあ、遠慮無く行かせてもらうぜ‼︎」

 

白夜叉が言った時には既に銃弾に迫る速さで動き出していた。

男鹿も白夜叉の実力がわからないわけではない。対峙した迫力は敵意がないにも関わらず、ベヘモット34柱師団団長のジャバウォックより上である。

だから此方の実力が分かっていないうちに先手を仕掛けたのだ。だが、

 

「人間の脚力にしてはなかなかのダッシュ力だの」

 

世間話のような口振りのまま男鹿のラッシュを躱している。防御もせずに、余裕すら感じさせる動きだ。

反撃してくる拳は速く、防御することはできたが勢いは殺せずに元の位置に戻される。

 

「クソッ、ただの肉弾戦じゃ勝ち目がねぇな。いくぞ、ベル坊‼︎」

 

「ダァッ‼︎」

 

ただの徒手格闘で一撃を加えるのは不可能に等しい。

男鹿は雷撃を手に纏わせてゼブルブラストの構えを取る。蛇神をも一撃で追い込んだが、今回はさらに力を上げている。

 

「ほう、悪魔の力を完全に使いこなしておるな。まだまだ楽しめそうだの」

 

放たれた一撃は白夜叉に片手で弾かれる。

だが、それは陽動である。ゼブルブラストを目くらましに今度は紋章術も駆使して速度を倍加させて横から殴りにかかる。

それでも白夜叉の余裕は崩れずに笑みを浮かべたままだ。

 

「ククク。見た目によらず戦闘面では頭が回るようだな」

 

今度は避けずに拳を受け止める。男鹿はそこで止まらずに、掴まれている拳を支点にして裏拳気味に肘打ちを放つ。

白夜叉はそれを回転運動で躱し、男鹿を真似るようにその勢いを利用して回し蹴りを放つ。

 

「ーーーッ、ベル坊!!!」

 

体勢も悪くて避けれないと判断した男鹿はベル坊に雷撃を放たせて不意打ちを食らわせる。今回の試練にはベル坊も参加者として認められている。ベル坊の一撃でも勝利条件を満たすことができるのだ。

だが、白夜叉は回し蹴りの軌道を修正して雷撃を弾く。その一瞬で今度は自ら跳んで距離を取る。

 

「マジかよ。今のをゼロ距離で反応するって・・・どんだけだよ」

 

「いやいや、今のは少し危なかったぞ。こちらも決めるつもりだったからな」

 

白夜叉はそう言うがまだまだ余裕そうである。二回の攻防は白夜叉の力の一端を見るには十分だった。

それを見ていた四人はそれぞれ感想を話し合っている。

 

「ヤハハ、こいつは見応えのある内容だな」

 

「確かにね。辰巳君がここまで強いとは思ってなかったわ」

 

「うん。白夜叉とのやり取りでそれは分かる・・・けど」

 

「ああ、男鹿はギフトを使っているが、白夜叉はギフトを使っていない。実力の差は歴然だ」

 

「じゃあ、辰巳君はやっぱり勝てないのかしら?」

 

「そうとは限らない。白夜叉に勝つこととゲームに勝つことは違うからな」

 

「Yes。十六夜さんの言う通りです。勝敗はまだ分かりません」

 

問題児達は好きに感想を言っているだけだが、黒ウサギは男鹿が心配でしょうがないといった感じで不安そうだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・チッ、仕方ねぇか」

 

そう言って男鹿は懐からスキットルのような水筒を取り出す。

 

「なんじゃ、喉でも渇いたのか?」

 

「そんなところだ」

 

白夜叉の質問を流して水筒ーーーミルクを飲む。

できれば使いたくはなかった。何故ならこのミルクは魔界のミルクで、異世界に来てミルクの補充ができるかどうかが分からなかったからだ。

しかし、このままでは絶対に勝てないので三割だけ使うことにしたのだ。

 

暗黒武闘(スーパーミルクタイム)・・・一八〇CC‼︎」

 

飲み終わるや否や跳び出す男鹿。先程よりも圧倒的に速い踏み込みに白夜叉も慌てて防御する。

しかし力も先程より上がっているので、一回目の攻防とは逆に白夜叉を吹き飛ばした。

 

「・・・いきなり力が増大したの。その水筒に秘密があるのか?」

 

水筒の中身をを飲んだ後に力が増大したことを考えれば白夜叉の指摘は当然のことである。しかし、

 

「だが惜しかったの。この場面で出したということは切り札の一つなのであろう。そして力も見させてもらった。もう油断することはーーー」

 

白夜叉の分析は途中で止まってしまう。

男鹿から紋章が伸びており、白夜叉の全方位を囲んでいるのだ。

 

「くらえ・・・魔王大爆殺ッ!!!」

 

紋章を殴りつけて爆発させ、そこから連鎖的に爆発を起こして威力を上げていく。

このゲームは一撃を加えるだけで勝てる。極論デコピンでも食らえば負けなのだ。全方位から爆発を食らえば、怪我は負わずとも勝利条件を達成できる。さすがの白夜叉でも初見の技を素早く完璧に防御しきるのは無理だろう。

しかしそれを見ても白夜叉は落ち着いており、懐からここに来る時にも出したカードを取りだして言う。

 

「大したものだ。私にギフトを使わせたこと、誇ってよいぞ」

 

すると、白夜叉の足には水でできたような靴が履かれている。

次の瞬間には白夜叉は視界から消えて男鹿の後ろに立っており、かなりの衝撃を伴って凍る湖へと叩き込まれた。

 

ギフトゲームで男鹿の負けが決定した瞬間であった。




今回はここまで‼︎
いや〜、初めての戦闘描写はどうでしたか?
皆さんの満足のいく内容かどうかは不安ですが、感想待ってます。

後、ギアスロールの名前がベル坊になっているのは仕様ですので。
だって誰もベル坊の名前知らないですし・・・。


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それぞれのギフトカード

今回はみんなのギフト紹介です。
それではどうぞ‼︎


羊皮紙が発光し、文字列が変わっていく。

 

【ギフトゲーム名 “太陽と悪魔の一撃”

ギフトゲーム勝者:白夜叉】

 

これでゲームは終わり、白夜叉の勝ちが確定した。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか、辰巳さん⁉︎」

 

黒ウサギは急いで湖に叩き込まれた男鹿のもとへと駆けつける。

分厚い氷が砕け、冷たい水が覗いている。

すぐに上がってこない男鹿に黒ウサギの不安は加速していくが、少しすると不機嫌そうな顔を出して陸へと上がってくる。

 

「・・・クソ、やっぱり強えな。負けちまったか」

 

冷水に叩き込まれた割には意外と元気そうな男鹿に黒ウサギは安堵する。

それでも男鹿の不機嫌は直らず、白夜叉に言葉を掛ける。

 

「おい白夜叉。()()()()()しなくても俺もベル坊も問題ねぇよ」

 

男鹿の言葉に黒ウサギ、飛鳥、耀は首を傾げる。

十六夜は人間離れした観察眼と動体視力によって男鹿の言う“こんなこと”に当たりが付いている。

 

「それは悪かったな。赤ん坊がおるのだから()()()()()は必要だと思っての」

 

白夜叉が柏手を打つと、男鹿に滴っていた水が白夜叉の元へと集まっていく。

 

「白夜叉様、その水はいったい?」

 

「うむ。この水は“流水領域”(ストリーム・レンジ)というギフトでの。私の夜叉としての力が込められている。摩擦抵抗や衝撃などを思いのままに操ることができる水だ。形状も大きさもある程度は自由自在の使い勝手がよい代物だぞ」

 

夜叉とは、水と大地の神霊にして悪神としての側面を持つ鬼神であり、今回は水の神霊としての力の事を指している。

このギフトにより、地面や空気の摩擦抵抗をなくして男鹿の背後に高速移動し、湖に叩き込まれても窒息しないように膜状にして空気を確保していたのだ。

ちなみに衝撃を緩和させなかったのは今回の授業料である。

 

「ゲーム自体は私の勝ちだか、他の三人は試練をクリアしておるし、おんしにも楽しませてもらったからの。依頼を引き受けてやろう。今日はそのために来たのだろう?」

 

「Yes‼︎ 今日は皆さんのギフト鑑定をお願いしようと伺ったのですよ」

 

ゲッ、と気まずそうな顔になる白夜叉。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだが」

 

困ったように白髪を掻きあげ、着物を引きずりながら四人の顔を見つめる。

 

「どれどれ・・・うむ、私と戦った男鹿辰巳は聞いておるし言うまでもないだろう。他の三人も素養が高いのは分かるがなんとも言えんな。おんしらは自分のギフトの力をどの程度に把握している?」

 

「企業秘密」

 

「右に同じ」

 

「以下同文」

 

「うおぉぉぉおい?いやまぁ、対戦相手だった者にギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに」

 

「別に鑑定なんていらねぇよ。人に値札貼られるのは趣味じゃない」

 

ハッキリと拒絶する十六夜と同意するように頷く二人に困ったように頭を掻くが、突如妙案が浮かんだとばかりにニヤリと笑った。

 

「ふむ。何にせよ“主催者”として、星霊の端くれとして、試練をクリアし、私を楽しませたおんしらには“恩恵”を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度よかろう」

 

白夜叉が柏手を打つと四人の眼前に光り輝く四枚のカードが現れる。

カードにはそれぞれの名前と、体に宿るギフトを表すネームが記されていた。

 

 

 

コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・ギフトネーム“正体不明”(コード・アンノウン)

 

ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム“威光”

 

パールエメラルドのカードに春日部耀・ギフトネーム“生命の目録”(ゲノム・ツリー)、 “ノーフォーマー”

 

プリムローズイエローのカードに男鹿辰巳・ギフトネーム“蠅王紋”(ゼブルスペル)

 

 

 

「ギフトカード‼︎」

 

「お中元?」

 

「お歳暮?」

 

「お年玉?」

 

問題児三人はギフト=贈り物という解釈のもとにボケまくっている。

 

「ち、違います‼︎ というかなんで皆さんそんなに息が合ってるのです⁉︎」

 

「そうだぜお前ら。これはあれだ、キャッシュカードだ。それも高額預貯金のな」

 

「ダブッ」

 

男鹿に至っては贈られたい物を述べているだけである。

一般家庭に生まれた男子高校生の懐事情は厳しいものだ。

 

「それも違います‼︎ これはギフトカードと言って、ギフトを収納できる超高価なカードですよ‼︎」

 

黒ウサギの説明に対して、

 

「「つまり(素敵)(レア)アイテムってことでオッケーか?」」

 

男鹿と十六夜は深く理解することを放棄した。

 

「だからなんで適当に聞き流すんですか‼︎ あーもうそうです、超素敵で超レアなアイテムなんです‼︎」

 

黒ウサギに叱られながら四人はそれぞれのカードを物珍しそうに見つめる。

そんな四人に白夜叉からの説明が入る。

 

「本来はコミュニティの名と旗印も記されるのだが、おんしらは“ノーネーム”だからの。少々味気ない絵になっているが文句なら黒ウサギに言ってくれ」

 

「ふぅん・・・もしかして水樹ってやつも収納できるのか?」

 

何気なく水樹にカードを向けると吸い込まれ、“正体不明”の下に“水樹”の名前と絵が並べられる。

 

「おお?これ面白いな。もしかしてこのまま水を出せるのか?」

 

「出せるとも。試すか?」

 

「だ、駄目です‼︎ 無駄遣い反対‼︎ せっかく手に入れた水なんですから節制しましょうよ‼︎」

 

白夜叉は黒ウサギの様子を高らかに笑いながら見つめた。

 

「そのギフトカードは、正式名称を“ラプラスの紙片”、即ち全知の一端だ。鑑定は出来ずともそれを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの」

 

「へぇ?じゃあ俺のはレアケースなわけだ?」

 

ん?と白夜叉が十六夜のギフトカードを覗き込んで表情を変える。

 

「“正体不明”だと・・・?いいやありえん、全知である“ラプラスの紙片”がエラーを起こすことなど」

 

「なんにせよ、鑑定は出来なかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ」

 

そう言ってギフトカードを懐にしまう十六夜。

だが白夜叉は納得出来ないように怪訝な瞳で十六夜を睨む。

 

(そういえばこの童・・・蛇神を倒したと言っていたな。しかし、“ラプラスの紙片”程のギフトが正常に機能しないとはどういうーーー)

 

そこで白夜叉の脳裏に一つの可能性が浮上した。

 

(ギフトを無効化した・・・?いや、まさかな)

 

白夜叉が否定したのも無理はない。

強大な奇跡を身に宿す者が、奇跡を打ち消す御技を宿していては大きく矛盾するからだ。

 

「あら?辰巳君のギフトは一つだけなの?」

 

白夜叉が考えている横では男鹿のギフトについて飛鳥達が聞いていた。

 

「どうやらそうみたいだな」

 

「でも、辰巳は電撃を操ったり、不思議な紋章で爆発を起こしたり加速したりしてたよね?」

 

「あぁ、雷撃はベル坊の悪魔の力で、もう一つはベル坊の悪魔の力を制御する紋章術だ」

 

「紋章術・・・黒ウサギも聞いたことがないですね」

 

黒ウサギが知らないのも仕方がないだろう。

紋章術は悪魔の力を引き出すための契約を対等以上の関係で交わす“紋章使い”(スペルマスター)と呼ばれる者が使う術である。

箱庭では力を引き出すのに契約などをする必要はなく、するとしても悪魔自身の力の増大のためで制御する必要性がないのであろう。

 

そんな風に自分達のギフトについて雑談をしながら、白夜叉の創り出した“白夜の世界”から元の世界に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

七人と一匹は暖簾の下げられた店前に移動し、耀達は一礼した。

 

「今日はありがとう。また遊んでくれると嬉しい」

 

「あら、駄目よ春日部さん。次に挑戦する時は対等の条件で挑むのだもの」

 

「ああ。吐いた唾を飲み込むなんて、格好つかねぇからな。次は渾身の大舞台で挑むぜ」

 

「次は負けねぇからな」

 

「ふふ、よかろう。楽しみにしておけ。・・・ところで」

 

白夜叉はスッと真剣な顔で黒ウサギ達を見る。

 

「今さらだが、一つだけ聞かせてくれ。おんしらは自分達のコミュニティがどういう状況にあるか、よく理解しているか?」

 

「ああ、名前とか旗の話か?それなら聞いたぜ」

 

「ならそれを取り戻すために、“魔王”と戦わねばならんことも?」

 

「強え奴と戦うんだろ?」

 

「・・・では、おんしらは全てを承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?」

 

「そうよ。打倒魔王なんてカッコイイじゃない」

 

「“カッコイイ”で済む話ではないのだがの・・・。まぁ、魔王がどういうものかはコミュニティに帰ればわかるだろうが・・・そこの娘二人。おんしらは確実に死ぬぞ」

 

二人は一瞬だけ言い返そうと言葉を探したが、魔王と同じく“主催者権限”をもつ白夜叉の助言は、物を言わさぬ威圧感があった。

 

「魔王の前に様々なギフトゲームに挑んで力を付けろ。小僧共はともかく、おんしら二人の力では魔王のゲームは生き残れん」

 

「・・・ご忠告ありがと。肝に銘じておくわ。次は貴女の本気のゲームに挑みにいくから、覚悟しておきなさい」

 

「ふふ、望むところだ。私は三三四五外門に本拠を構えておる。いつでも遊びに来い。・・・ただし、黒ウサギをチップに賭けてもらうがの」

 

「嫌です‼︎」

 

黒ウサギは即答で返す。

白夜叉は拗ねたように唇を尖らせた。

 

「つれない事を言うなよぅ。私のコミュニティに所属すれば生涯を遊んで暮らせると保証するぞ?三食首輪付きの個室も用意するし」

 

「三食首輪付きってソレもう明らかにペット扱いですから‼︎」

 

白夜叉と黒ウサギの漫才を聞き、十六夜は天啓を得たとばかりに手を顎に当てて真剣に悩むフリをする。

 

「そうか、その手があったか。男鹿はどうした方がいいと思うよ?」

 

「放し飼いでいいんじゃねぇか?」

 

「“ノーネーム”のペットでもありません‼︎ このお馬鹿様‼︎」

 

十六夜と男鹿のボケに黒ウサギがツッコむ。

ちなみに男鹿の返答はボケではなくマジだったりする。

そんなこんなで店を出た六人と一匹は無愛想な女性店員に見送られて“サウザンドアイズ”二一〇五三八〇外門支店を後にした。




白夜叉のオリジナルギフトはどうでしたかね?
はっきり言えば他のアニメの水の使い手が何人か思い浮かんだ人もいるかもしれませんが、水の使い方って極論似たようなものになると思うんですよ。

それと感想に質問が増えてきそうなので近いうちに簡単な設定みたいなものを書くかもしれません。
ではまた明日‼︎


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打倒魔王計画、始動

こんばんは‼︎

やっと“ノーネーム”の本拠に着きましたよ。
いったい一巻分はどれ位掛かるのでしょうか?

それではどうぞ‼︎


白夜叉とのゲームを終えて本拠に向かっていた一同。

“ノーネーム”の居住区画の門を開けるとみんなの視界には一面の廃墟が広がっていた。

 

「っ、これは・・・⁉︎」

 

「はい。魔王との戦いの名残です・・・」

 

町並みに刻まれた傷跡を見た飛鳥と耀は息を呑み、十六夜はスッと目を細める。

男鹿は近くの木材に足を置くが、直ぐに乾いた音を立てて崩れていった。

 

「・・・形が残っているだけだな」

 

「アゥ・・・」

 

「・・・おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのはーーー今から()()()()の話だ?」

 

「僅か三年前でございます」

 

「ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この()()()()()()()()()が三年前だと?」

 

そう、十六夜の言うように彼ら“ノーネーム”のコミュニティはまるで何百年という時間経過で滅んだように崩れ去っていたのだ。

 

「・・・断言するぜ。どんな力がぶつかっても、こんな壊れ方はあり得ない。この木造の崩れ方なんて、膨大な時間をかけて自然崩壊したようにしか思えない」

 

「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃまるで、生活していた人間がふっと消えたみたいじゃない」

 

「・・・生き物の気配も全くない。整備されなくなった人家なのに獣が寄ってこないなんて」

 

二人の感想は十六夜の声よりも遥かに重い。

 

「・・・魔王とのゲームはそれ程の未知の戦いだったのでございます。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないように屈服させます。僅かに残った仲間達もみんな心を折られ・・・コミュニティから、箱庭から去って行きました」

 

黒ウサギの説明と眼前に広がる街並みに飛鳥も、耀も複雑な表情で続く。

しかし十六夜は不敵に、男鹿は獰猛に笑って呟いていた。

 

「魔王ーーーか。ハッ、いいぜいいぜいいなオイ。想像以上に面白そうじゃねぇか・・・‼︎」

 

「まったくだ。魔王全員、土下座させてやるぜ・・・‼︎」

 

 

 

 

 

 

居住区画の水門前で貯水池に水樹を設置して水路に水を通す。

その時に男鹿達を紹介されてコミュニティの子供達はテンションが上がっていたが、そんな中で十六夜とジンは何やら真剣な顔をして話していたのに周りは特に気付いていなかった。

その後にホテルのように巨大な屋敷に向かい、着いた頃には既に夜中になっていた。

 

「遠目から見てもかなり大きいけど・・・近付くと一層大きいね。何処に泊まればいい?」

 

「コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加できる者には序列を与え、上位から最上階に住むことになっております・・・けど、今は好きなところを使っていただいて結構でございますよ」

 

黒ウサギの言葉でそれぞれ近場の部屋へと決めて、“今はともかく風呂に入りたい”という要望の下、湯殿の準備を進めるが、

 

「一刻ほどお待ちください‼︎ すぐに綺麗にしますから‼︎」

 

と叫んで掃除に取り掛かっていく黒ウサギ。

どうやら一目見て酷い状態だと判断できる程には使用されていないようだった。

 

 

 

 

 

 

「まだ掛かりそうだから俺はテキトーに屋敷内を散歩してるぞ。先に風呂に入ってろ」

 

しばらく貴賓室で待っていた男鹿は散歩という()()()()()()部屋から出ていく。

その意図に気付いたのは十六夜だけである。

 

「ったく、男鹿は勝手な奴だな」

 

しかし、気付いているのが自分だけならわざわざ女性陣に教える必要はないだろうと考える。

 

「本当ね。時間的にももうすぐ終わるでしょうに」

 

『なぁお嬢、ワシも少し散歩に・・・』

 

「駄目だよ。ちゃんと三毛猫もお風呂に入らないと」

 

一般の猫らしく三毛猫もお風呂が苦手なのだろう。

男鹿に便乗して逃げようとする三毛猫を耀が捕まえている。

飛鳥の言葉通り、それから五分もしない内に黒ウサギが呼びに来た。

 

「ゆ、湯殿の準備ができました‼︎ 女性様方から・・・あれ?辰巳さんはどうしたのですか?」

 

一人、男鹿だけその場からいなくなってきたので質問した黒ウサギに飛鳥が少し呆れたように答える。

 

「待ちきれなくて屋敷内を散歩ですって」

 

「そうでしたか・・・では後で誰かに呼びに行ってもらいましょう。では女性様方からご案内します‼︎」

 

「ありがと。先に入らせてもらうわよ、十六夜君」

 

「ああ、男鹿も先に入ってろって言ってたし、俺は二番風呂が好きな男だから特に問題はねぇよ」

 

女性三人は大浴場に向かい、一人になった十六夜はそのまま少し寛いだ後、

 

「さてと・・・そろそろ俺も()()()()と話をつけに行くか」

 

 

 

 

 

 

十六夜がコミュニティの子供達が眠る別館の前に来たとき、そこには土下座をしているボコボコにされた侵入者と思しき獣人達を前に仁王立ちしている男鹿であった。

 

「ヤハハ、なかなか御目にかかれない景色だな。いっそ清々しいぜ」

 

「うむ。悪い事をしたらこれだよこれ」

 

「で?こいつらはなんだって?まぁ、十中八九“フォレス・ガロ”の連中だろうけど」

 

「いや、取り敢えずぶん殴ってから話を聞こうと思ってたから知らん」

 

「成る程、俺も状況次第ではそうするな。手っ取り早いし」

 

具体的には石を第三宇宙速度で投げつけて爆撃したりしそうな十六夜である。

 

「辰巳さん、十六夜さん。そろそろお風呂・・・ってなんですかこの状況⁉︎」

 

ジンが黒ウサギに言われて男鹿を探していたところ、二人の声が聞こえて来てみれば自分が見たこともない光景が広がっていた。

 

「侵入者っぽいぞ。例の“フォレス・ガロ”の連中じゃねえか?」

 

取り敢えず聞かれたことに状況を説明する十六夜。

その侵入者は男鹿のギフトすら使っていない様子の実力に戦慄いていた。

 

「な、なんというデタラメな強さ・・・‼︎ 蛇神を倒したというのは本当だったのか」

 

「・・・で、何か話をしたくて男鹿に土下座させられてたんだろ?ほれ、さっさと話せ」

 

十六夜はにこやかに話しかけるが、目は笑っていない。

侵入者は互いに目配せした後、さらに額を地面に付けて、

 

「恥を忍んで頼む‼︎ 我々の・・・いえ、魔王の傘下であるコミュニティ“フォレス・ガロ”を、完膚なきまでに叩き潰して欲しい‼︎」

 

「嫌だね」

 

決死の言葉を一蹴され、侵入者も聞いていたジンも言葉を失う。

十六夜はそんな空気関係ないとばかりに話を続ける。

 

「どうせお前らもガルドって奴に人質を取られて、命令されてガキを拉致しに来たってところだろ?」

 

「は、はい。まさかそこまで御見通しだとは露知らず失礼な真似を・・・我々も人質を取られている身分、ガルドには逆らうこともできず」

 

「ああ、その人質な。もうこの世にいねぇから。はいこの話題終了」

 

「ーーー・・・なっ」

 

「十六夜さん‼︎」

 

流石に今度はジンも慌てて割って入る。

しかし十六夜はそんなジンにも冷たく接する。

 

「なんだよ。お前らが明日のギフトゲームに勝ったら全部知れ渡ることだろ?」

 

「そ、それにしたって言い方という物があるでしょう‼︎」

 

ジンが十六夜に詰め寄っていると、後ろから男鹿に声を掛けられる。

 

「おいジン、逆廻の言う通りならこいつらが今まで誘拐してたんじゃねぇのか?」

 

男鹿に言われて、はっとジンは侵入者を見る。

彼らが命令されて人質を拉致していたのは今回だけではないという可能性に思い至ったのだ。

 

「そういうことだ。悪党狩りってのはカッコイイけど、同じ穴のムジナに頼まれてまで俺はやらねぇよ」

 

「そ、それでは、本当に人質は」

 

「・・・はい。ガルドは人質を攫ったその日に殺していたそうです」

 

「そんな・・・‼︎」

 

侵入者は全員その場で項垂れる。

重たい空気の中、十六夜は悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべていた。

 

「お前達、“フォレス・ガロ”が憎いか?叩き潰されて欲しいか?」

 

「あ、当たり前だ‼︎ だが、我々には力がない。それにアイツは魔王の配下だ。万が一勝てたとしても魔王に目を付けられたら」

 

「その“魔王を倒すためのコミュニティ”があるとしたら?」

 

え?と全員が顔を上げる。

十六夜はジンの肩を抱き寄せると、

 

「このジン坊っちゃんが、“魔王を倒すためのコミュニティ”を作ると言っているんだ」

 

侵入者一同含め、ジンでさえ驚愕していた。

男鹿は事の重大性を理解していないのか興味が無いのか、黙ったままである。

 

「魔王を倒すためのコミュニティ・・・?そ、それはいったい」

 

「言葉の通りさ。俺達は魔王のコミュニティ、その傘下も含めて全ての魔王の脅威から皆を守ってやる。そして守られるコミュニティは口を揃えてこう言ってくれ。“押し売り・勧誘・魔王関係御断り。まずはジン=ラッセルの元に問い合わせて下さい”」

 

「じょ、」

 

冗談でしょう⁉︎ と言いたかったジンの口を塞ぐ。

十六夜は何処までも本気である。

 

「それを明日のギフトゲームで証明する。さぁ、コミュニティに帰るんだ‼︎ そして仲間のコミュニティに言いふらせ‼︎ 俺達のジン=ラッセルが“魔王”を倒してくれると‼︎」

 

「わ、わかった‼︎ 明日は頑張ってくれジン坊っちゃん‼︎」

 

「ま、待っ・・・‼︎」

 

ジンの叫びも届かず、あっという間に走り去る侵入者一同。

腕を解かれたジンは茫然自失になって膝を折るのだった。




今回はちょっと男鹿らしくありませんでしたかね?
説明の場面で男鹿が入る余地が無い為に少し頭を使った男鹿になりました。

箱庭生活一日目終了で切りがいいので今週はここまで。
もしかしたらもう一話投稿するかも?

それではまた今度‼︎


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虎との決闘日

やっぱりまた投稿‼︎

今回は明確な理由がありますが長々と前書きで言うのもあれなので後書きで言います。

それではどうぞ‼︎


ジンが十六夜を引きずって連れていったが、男鹿とベル坊は眠くて仕方がなかったので着いて行かなかった。

男鹿達が呼び出されたのは夕方頃であり、元の世界の時間で考えればもうすぐ明け方であろう時間帯である。

そういうわけで詳しい十六夜の考えは聞かずに眠りに着こうとしていた。

 

「・・・ん?」

 

周りが静かになったから敏感になっているのか、どこからか視線を感じて辺りを見回す。

 

「・・・気のせいか?」

 

特に何も感じなかったためにすぐに意識から外す。

もう少し気にしていれば二つの異なる視線に気付いていたかもしれなかったが、今は眠気を優先して本拠に帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

箱庭二一O五三八O外門。ペリベッド通り・噴水広場前。

 

「あー‼︎ 昨日のお客さん‼︎ もしや今から決闘ですか⁉︎」

 

『お、鉤尻尾のねーちゃんか‼︎ そやそや今からお嬢達の討ち入りやで‼︎』

 

“フォレス・ガロ”のコミュニティに行く道中、“六本傷”の旗が掲げられた昨日のカフェテラスで声をかけられた。

 

「ボスからもエールを頼まれました‼︎ 二度と不義理な真似が出来ないようにしてやって下さい‼︎」

 

ブンブンと両手を振り回しながら応援する鍵尻尾の猫娘。

感情表現が分かりやすくて和む店員だ。

 

「えぇ、そのつもりよ」

 

「おお‼︎心強い御返事だ‼︎」

 

飛鳥の言葉に満面の笑みで返す猫娘だが、急に声を潜めてヒソヒソと呟く。

 

「実は皆さんにお話があります。“フォレス・ガロ”の連中、領地の舞台区画ではなく、居住区画でゲームを行うらしいんですよ」

 

「居住区画で、ですか?」

 

黒ウサギも怪訝な顔をして答えるが、飛鳥は初めて聞いた言葉に小首を傾げている。

 

「舞台区画とは何かしら?」

 

「ギフトゲームを行う為の専用区画でございますよ。他にも商業や娯楽施設を置く自由区画など様々な区画があります」

 

舞台区画とはどうやら白夜叉のように別次元に作ったゲーム盤の代わりのようなものらしい。

 

「しかも‼︎ 傘下に置いているコミュニティや同士を全員ほっぽり出してですよ‼︎」

 

「もう愛想尽かされたんじゃねぇの?今から潰れるんだし」

 

「いえ、元々の“フォレス・ガロ”の人達もほっぽり出されたようですし、聞いた限りではほっぽり出された人達もわけが解らないみたいですよ?」

 

「・・・それは確かにおかしな話ね」

 

「でしょでしょ⁉︎ 何のゲームかは知りませんが、とにかく気を付けて下さいね‼︎」

 

ウェイトレスの熱烈なエールを受けた一同は“フォレス・ガロ”の居住区画を目指す。

 

「あ、皆さん‼︎ 見えてきました・・・けど、」

 

黒ウサギは一瞬、目を疑った。

他のメンバーも同様である。何故なら、

 

「・・・ジャングル?」

 

「虎の住むコミュニティだしな。おかしくはないだろ」

 

そう、とても人が住めそうにない鬱蒼と生い茂る木々が広がっていた。

野生の動物が暮らすという分にはおかしくはないが、

 

「いや、おかしいです。“フォレス・ガロ”のコミュニティの本拠は普通の居住区だったはず・・・それにこの木はまさか」

 

それもジンに否定される。

まぁ相手はヒト型をしていたのだから十六夜も本気で言っているつもりはない。

しかもその樹枝はまるで生き物のように脈を打ち、肌を通して胎動の様なものを感じさせる。

これだけでも普通のジャングルとは言えないだろう。

 

「やっぱり・・・“鬼化”してる?いや、まさか」

 

「何だこの木?魔界の木でも少し変わっただけの木だったが・・・」

 

男鹿もジンに続いて見回すが、どうやら辺り一帯はこの木に変わっているらしい。

 

「ジン君。ここに“契約書類”(ギアスロール)が貼ってあるわよ」

 

飛鳥が声を上げたので視線を向け、門柱に貼られた羊皮紙に記されている今回のゲームの内容を確認する。

 

 

【ギフトゲーム名 “ハンティング”

・プレイヤー一覧:久遠飛鳥、春日部耀、ジン=ラッセル

 

・クリア条件:ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。

 

・クリア方法:ホスト側が指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は“契約”(ギアス)によってガルド=ガスパーを傷つける事は不可能。

 

・敗北条件:降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

・指定武具:ゲームテリトリーにて配置。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

“フォレス・ガロ”印】

 

 

「ガルドの身をクリア条件に・・・指定武具で打倒⁉︎」

 

「こ、これはまずいです‼︎」

 

「このゲームはそんなに危険なの?」

 

「いえ、ゲームそのものは単純です。問題はこのルールです。“恩恵”ではなく“契約”によって身を守ることにより、神格でも手が出せなくなっています‼︎ 自分の命をクリア条件に組み込む事で、御二人の力を克服したのです‼︎」

 

黒ウサギの説明に飛鳥と耀はイージーゲームだったものがハードゲームに変わったことを理解したようだ。

余裕だった表情は少しだけ硬くなっている。

 

「敵は命懸けで五分に持ち込んだってことだ。観客にしてみれば面白くていいけどな」

 

「気軽に言ってくれるわね・・・条件はかなり厳しいわよ。指定武具が何かも書かれていないし」

 

確かにこの文面だけではどのような武具かさえも予想することができない。

 

「“指定”って書かれてるんだからなんとかなるんじゃねぇか?」

 

あっけからんと男鹿が言い放つが間違いではないようで黒ウサギも同調する。

 

「辰巳さんの言う通りです。もしヒントが提示されなければ、ルール違反で“フォレス・ガロ”の敗北は決定‼︎ この黒ウサギがいる限り、反則はさせませんとも‼︎」

 

「大丈夫。黒ウサギもこう言ってるし、私も頑張る」

 

「・・・ええ、そうね。むしろあの外道のプライドを粉砕するためには、ちょうどいいハンデだわ」

 

審判として黒ウサギは目を光らせているし、耀もやる気を出している。

飛鳥も二人の檄に奮起する。

その陰で十六夜とジン、男鹿は昨夜の事を話していた。

 

「この勝負に勝てないと俺の作戦は成り立たない。予定に変更はないからな、御チビ」

 

「・・・分かっています。絶対に負けません」

 

「作戦ってのは昨日の魔王がなんたらってやつか?」

 

「ああ。まぁ見てろよ」

 

こんな事で躓くわけにはいかない。

参加者三人は門を開けて突入した。

 

 

 

 

 

 

ゲーム終了を告げるように、木々は一斉に霧散した。

すぐに待機していた三人は走り出す。

 

「おい、そんな急ぐ必要ねぇだろ?」

 

「大ありです‼︎ 黒ウサギの聞き間違いでなければ、耀さんはかなりの重症のはず・・・‼︎」

 

「ったく、急ぐぞ‼︎」

 

黒ウサギの言った通り、耀は怪我をしてしまった。

ジンが言った木の“鬼化”に次いで、ガルドも“鬼化”していたのだ。

理性を失った分だけ獣の力が増大していて飛鳥達は一時撤退を余儀無くされたが、耀は今のガルドには飛鳥とジンでは勝てないと思い、二人が逃げる時間も稼ぐという意味も合わせて残って戦ったのだ。

しかし耀でも勝つことはできず、飛鳥が開花させた“ギフトを支配するギフト”の力によりなんとか勝利を勝ち取ったのだった。

 

「黒ウサギ‼︎ 早くこっちに、耀さんが危険だ‼︎」

 

「すぐにコミュニティの工房に運びます‼︎ 皆さんは飛鳥さんと合流してから共に帰ってきて下さい‼︎」

 

耀を抱えると、黒ウサギは全力で工房へと向かった。

 

「おい御チビ。黒ウサギは春日部を救えるギフトを持っているのか?」

 

「いえ、工房に置いてある治療用のギフトを使います。しかし扱いが難しいため、今は彼女しか使えないんです」

 

「ふぅん。やっぱりアイツも面白いな。俺並みには程遠いも、“ノーネーム”じゃ明らかに別格だ」

 

十六夜のアイツ“も”が指している他のメンバーは勿論男鹿である。

白夜叉との戦いで強さは見させてもらった。

だが、理屈は聞いていないものの男鹿が途中で飲んだ戦闘力を増幅させるミルクは半分以下、その上ベル坊は幼くて力も十全ではないときた。

本気の男鹿とベル坊はどれほどの強さなのか。

機会があれば戦ってみたいと飛鳥を出迎えている男鹿を見ながら十六夜はそう思い、昨夜話した作戦を進めるためにもう一仕事するのだった。




今回はここまでです。

さて、前書きで言った理由ですが、はっきり言って今週の投稿はオリジナル要素が少なくて面白さ半分だったと思います。
文才がない作者を許してください。

だがしかし‼︎次からはオリジナル要素が入ってきます‼︎この言葉だけで展開が読める人もいるかもしれませんが、面白くする努力はしますのでまたお読みいただけると嬉しいです。それではまた来週‼︎


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さらなる異世界人

お久しぶりです‼︎
タイトルからも分かる通りの内容です‼︎

それではどうぞ‼︎


ゲームが終わり、大勢のコミュニティに旗を返しながら打倒魔王を掲げる自分達“ノーネーム”を売名していった。

目的の魔王を誘き出しつつ、他に誘き出された魔王を隷属させてコミュニティを強化し、他の打倒魔王を思うコミュニティと連携を取っていく。これが十六夜が考えた作戦である。まず第一歩は成功と言えるだろう。

 

その日の夜に談話室で黒ウサギと十六夜、男鹿でこれからのことを話していたのだが、

 

「ゲームが延期?」

 

「はい・・・申請に行った先で知りました。このまま中止の線もあるそうです」

 

「ゲームってなんのことだ?」

 

男鹿には二人の言うギフトゲームについて何も心当たりがないので当然の疑問だ。十六夜もそのギフトゲームを知ったのは昨日の夜に男鹿と別れた後なので多くは知らないが、その重要性については知っているので簡単に教える。

 

「昔の仲間が商品に出される“サウザンドアイズ”のギフトゲームのことだ。黒ウサギ、白夜叉に言ってどうにかならないのか?」

 

「どうにもならないでしょう。どうやら巨額の買い手が付いてしまったようですから」

 

十六夜の表情が目に見えて不快そうに変わった。

 

「チッ、所詮は売買組織ってことかよ。エンターテイナーとしちゃ五流もいいところだ。“サウザンドアイズ”にプライドはねぇのかよ」

 

「仕方がないですよ。“サウザンドアイズ”は群体コミュニティです。今回の主催は白夜叉様のような直轄の幹部ではなく傘下コミュニティの幹部、“ペルセウス”。双女神の看板に傷が付く事も気にならない程のお金やギフトを得れば、ゲームの撤回ぐらいやるでしょう」

 

達観したような物言いの黒ウサギだが、悔しさで言えば二人の何倍も感じている筈だ。しかし仲間を取り戻すにはギフトゲームしかない。だから今回は純粋に運がなかったと諦めるしかない。

 

「こっちから殴り込みに行くのは駄目なのか?」

 

「“ペルセウス”は“サウザンドアイズ”の幹部を務めているコミュニティです。万が一揉め事を起こしてはただでは済みません」

 

「次回を期待するしかねぇか。ところでその仲間ってのはどんな奴なんだ?」

 

「そうですね・・・一言でいえば、スーパープラチナブロンドの超美人さんです。加えて思慮深く、黒ウサギより先輩でとても可愛がってくれました。近くに居るのならせめて一度お話ししたかったのですけど・・・」

 

「おや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

 

と、突然会話に入ってきた声に三人ははっとして窓の方を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、ピチピチのTシャツにトランクス姿のヒゲのある、ダンディ顏のでかいおっさんがいた。

 

 

 

「・・・え?本当に誰ですか?」

 

黒ウサギの呆然とした疑問は最もだろう。気付いたらおっさんが窓辺にいたのだ。訳が分からない。

男鹿が何かを言う前におっさんが割れて中から数人の人影が現れる。

 

苦笑いを浮かべた、長い金髪をリボンで結んで紅いレザージャケットに拘束具のようなスカートを着た少女。

前髪で隠れた左眼と鋭い目つきで、少女と同じ金髪を後頭部で団子状に纏めた黒いゴスロリ服を着た美女。

疲れたような顔をした、銀髪に男鹿の改造制服と似た作りをした学生服を着た男。

 

「レ、レティシア様⁉︎ いえ、それよりもどんな所から出てきているのですか⁉︎ それにそちらの方々はいったい⁉︎」

 

「いや黒ウサギ、まずはおっさんが割れた事にツッコもうぜ」

 

「それに関しては私もなんとも言えんよ」

 

黒ウサギの質問と十六夜の感想にレティシアは苦笑いのまま答える。彼女もよく分かっていないのだから仕方がない。

レティシアと一緒に来た三人はというと、

 

 

 

「このドブ男が。貴様だけが消えるのならともかく、坊っちゃまを連れて行くでない」

 

「俺だって問答無用で引っ張り込まれたんだよ‼︎」

 

「おい男鹿、お前ふざけんなよ‼︎ 何いきなり別次元の世界に行ってんだよ‼︎ 俺だって問答無用で引きずられてきたんだぞ‼︎」

 

「知るか‼︎ それは俺のせいじゃねぇだろうが‼︎」

 

「そうですぞ男鹿殿‼︎ 引きずられた貴之が私の中に入れられながら暴れていたんですぞ‼︎」

 

「アランドロン‼︎ てめぇ気色の悪い言い方するんじゃねぇよ⁉︎ 俺はノーマルだぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

蚊帳の外の三人をそのままに言い争っていた。

 

 

 

 

 

 

「それで、そちらの方々はどちら様なのですか?辰巳さんの知り合いだということは分かるのですが」

 

レティシアも詳しく知らないそうなので黒ウサギが代表して質問する。

 

「ふむ、挨拶が遅れたな。私はベルゼ坊っちゃまに仕える侍女悪魔、ヒルデガルダだ。ヒルダと呼んでくれ」

 

「私は次元転送悪魔、バティム・ド・エムナ・アランドロンと申します。アランドロンとお呼び下さい」

 

「えーと、俺は古市貴之。悪魔でもなんでもない普通の人間です。他とは違うんでそこんとこよろしく」

 

三人はそれぞれ自己紹介してから何故レティシアと一緒にいたのか説明をする。

 

「男鹿と坊っちゃまが夕飯になっても帰ってこなかったので探していたのだが見つからず、魔力探知によって探りを入れてみたら魔界とも違う次元で坊っちゃまの反応が見られたのだ」

 

「我々は直ぐに向かおうとしたのですが、安全を確保するために少々時間が掛かってしまい、転送を一日遅らせたのです」

 

「そして何故か俺を連れて転送してきたってわけだ・・・ねぇマジでなんで連れてきたの?ここが別次元ってこと以外は何も知らないんすけど」

 

古市は言外に“俺を連れてくる理由ないよね?”と言っているが、ヒルダは当たり前のことのように、

 

「奴隷がいて損はないだろう?」

 

「おおぉぉぉおおい⁉︎ やっぱりそんな理由かぁぁぁ‼︎」

 

喧しい嘆きを無視してヒルダは続ける。

 

「転送できたまでは良かったのだが、ここは横だけに繋がる次元ではないらしく、転送から時間差が出てしまったのか誰もいない場所に出たのだ」

 

「そこにレティシア殿が現れて、男鹿殿のことを知っているというので一緒に来た次第です」

 

そもそも三人が現れたのは“ノーネーム”の敷地内で、気配を察知したレティシアが様子を見に来たのが始まりらしい。

ここで転送してきた三人は箱庭について訊いてきたので、初日に召喚された五人と同じく黒ウサギが説明をしていく。

 

「ーーーということです。何かご質問はございますか?」

 

スッと古市が手を挙げる。

 

「つまりこの世界は人間も含めて化け物が揃っていて、そいつらがギフトとやらを使ってゲームで戦っている・・・って事ですよね?」

 

「まぁ大雑把に言ってしまえばそうですね」

 

「いやいやいやいや、マジで俺が来る意味ないじゃん⁉︎ 俺は普通の人間だって‼︎ ビックリ不思議ショーにツッコむことしかできねぇぞ⁉︎」

 

古市の最もな発言に意外にも十六夜が反論する。

 

「それは違うぞ古市。このボケの集団にツッコみが増えることによって黒ウサギの疲れが五割は減ると言っても過言じゃない。ゲームでは何もできないとしてもそういう面で俺達を助けてくれ」

 

「そもそもお前らがボケるなっ‼︎」

 

「うぅ、これで黒ウサギは救われます」

 

「黒ウサギさんもここぞとばかりに乗らないで下さい‼︎」

 

すでに古市のツッコみキャラが定着しつつある中で、黒ウサギは“ボケるだけって凄い楽で楽しい”と思っていた。黒ウサギもやり過ぎないように注意しなくては。

 

 

 

 

 

「それで、レティシア様はどうしてこちらに?」

 

話の区切りがついて今度はレティシアに質問する。レティシアは他人に所有されている身分。相応のリスクを負ってこの場に来ているはずだ。

 

「大した用件ではない。新生コミュニティがどの程度の力をもっているのか、それを見に来たんだ。結果的にお前達の仲間を傷つけることになってしまったが」

 

黒ウサギはガルドが鬼化していたことにより予想はしていたが、ガルドを裏で操っていたのはやはりレティシアだったようだ。

 

「実は黒ウサギ達が“ノーネーム”としてコミュニティの再建を掲げたと聞いた時、なんと愚かな真似を・・・と憤っていた。それがどれだけ茨の道かは分かり切っているからな」

 

壊滅に追い込まれた魔王を相手に戦うということは、今度こそ完膚無きまでに魔王に滅ぼされる可能性があるということだ。

 

「コミュニティを解散するよう説得するため、お前達と接触するチャンスを得た時だ・・・神格級のギフト保持者が複数、それも内一人は将来確実に神格を手に入れるだろう者が同士としてコミュニティに参加したと耳にした」

 

レティシアは十六夜と男鹿、特に男鹿に視線を向ける。本気ではないとはいえ白夜叉にギフトゲームでギフトを使わせたのだ。神格を手に入れた時の力は計り知れない。

 

「そこで私は試してみたくなった。その新人達がコミュニティを救えるだけの力があるかどうかを。生憎、ガルドでは当て馬にもならなかったし、そちらの二人は参加していなかったがな。・・・さて、私はどうすればいいのか」

 

レティシアが新生“ノーネーム”の実力を測るために現在行える作戦がなくなった思案の言葉に、男鹿がなんでもないように答える。

 

「殴り合えばいいんじゃね?」

 

「何を物騒なことを言ってるんですか⁉︎」

 

「みんながみんな、お前みたいな戦闘狂思考じゃねぇんだよ‼︎」

 

火力の増えたツッコミが炸裂するも、男鹿の発言に悪い笑みを浮かべた十六夜が同調してしまう。

 

「いや、男鹿の言い分も的を得ているんじゃねぇか?魔王と戦えるのかを確認するために元・魔王と戦う。実に分かりやすい方法だと思うが・・・アンタはどうだ?」

 

意見を求められたレティシアは一瞬唖然としていたが、すぐに哄笑に変わる。

 

「ふふ・・・なるほど、私もそう思うよ。下手な策を弄さずに初めからそうしていればよかったな」

 

男鹿の発言に十六夜とレティシアの二人が賛成意見のため、ツッコミを入れた古市と黒ウサギが間違っていたかのような空気ができてしまい、二人はこの超展開にツッコミにくくなってしまった。

 

「じゃあ決まりだな。男鹿の実力は白夜叉に聞いてんだろ?実際に見たいとしてもまずは俺からいくぜ」

 

そう言って十六夜は窓から飛び出し、レティシアもそれに続いて飛び出したので残ったメンバーも中庭へと向かうのだった。




やっと登場しましたよ‼︎長い、ここまで長いよ‼︎

でも、私はある程度原作知識のない人にも分かりやすくしたいので長いのは勘弁して下さい‼︎

それではまた明日‼︎


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“ペルセウス”登場

昨日の文に御指摘を戴いたので不自然にならない程度に修正しました。
ついでに今までの文の誤字・脱字・その他諸々修正しましたが小さい差なので読み返す必要はありません。

それではどうぞ‼︎


黒ウサギ達が中庭に着いた時、十六夜は地面に立ち、レティシアは黒い翼で空中に浮いて対峙していた。お互いに見上げ、見下ろす形で視線を交差させている。

 

「互いにランスを一撃ずつ撃ち合い、止められねば敗北とする。準備はいいか?」

 

「オーケー、いつでも来な」

 

十六夜の返事を聞き、レティシアは金と紅と黒で彩られたギフトカードを取り出した。

 

「レ、レティシア様⁉︎ そのギフトカードは」

 

「下がれ黒ウサギ。既に決闘は始まっている」

 

レティシアは声で黒ウサギを制しながらギフトカードからランスを取り出す。そこから振りかぶって打ち出そうとするランスによって、空気中には目に見えるほど巨大な波紋が広がっていた。

 

「ハァアッ‼︎」

 

気勢を上げて空気摩擦で熱が帯びる程の速度で放たれたランスに対し、十六夜は、

 

「カッーーーしゃらくせぇ!!!」

 

 

 

殴りつけた。

 

 

 

「「「ーーーは・・・⁉︎」」」

 

素っ頓狂な声を上げる当事者とツッコミの二人。

他の三人のうち悪魔二人は物珍しそうな表情を浮かべているだけだ。

 

(ま、まずい・・・‼︎ ーーーだがこれ程なら・・・)

 

十六夜から打ち出された高速で迫る散弾銃のごとき鉄塊に、避けれないと思うと同時に尋常外の才能に安堵して血みどろになって落ちる覚悟を決めたーーー次の瞬間、レティシアの前に紋章が浮かび上がる。

 

左手をかざして紋章を出した男鹿は、次に電撃を纏った右拳を突き出して魔王の咆哮(ゼブルブラスト)を放った。

放たれた電撃は高速で打ち出された鉄塊を追い抜いて紋章に着弾し、レティシアに迫っていた凶弾の全てを爆風で弾き飛ばして彼女を守っていく。

 

「お、上手くいったか」

 

「上手くいったか、じゃねぇよ‼︎ 魔王の咆哮(ゼブルブラスト)魔王の烙印(ゼブルエンブレム)の合わせ技なんて初めて見たぞ⁉︎」

 

「そりゃ初めてやったからな」

 

「ぶっつけで危ねぇことすんなよ‼︎」

 

レティシアは爆風で煽られた髪を押さえつけながら、男鹿と古市の会話を聞きつつ今度は純粋な感嘆の気持ちを浮かべていた。

 

(私が避けることを諦めたのに、それをあの離れた場所から対応してしまうとは・・・。それに瞬時の判断と行動、それを成し遂げるための発想や実力も備えている。これで二人とも発展途上とは恐れ入る・・・)

 

“これ程の規格外な才能ならば・・・”などとレティシアが考えていると、黒ウサギが真剣な表情で近付いてきた。

 

「レティシア様、ギフトカードをお借りしてもよろしいですか?」

 

その言葉を聞き、レティシアは仕方ないとばかりに目を背けながらギフトカードを渡す。

 

「ギフトネーム・“純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)”・・・やはり・・・。鬼種は残っていても、神格がなくなっています」

 

「なんだよ。もしかして元・魔王様のギフトってそれしかねぇのか?」

 

男鹿に邪魔されてしまったものの、レティシアの様子からあの一撃で終わっていたことを悟った十六夜は男鹿に対して文句を言わずに黒ウサギの言葉に聞き返す。

 

「・・・はい。多少の武具はともかく、自身に宿る恩恵はもう・・・」

 

「ハッ、どうりで歯ごたえが無いわけだ。せっかく楽しめそうだったのによ」

 

十六夜は強い奴と戦えると思っていたから不満を漏らし、黒ウサギは苦い顔でレティシアへと問い掛ける。

 

「レティシア様は鬼種の純血と神格を備えた“魔王”と自称する程の力があったのに、今はその十分の一にも満ちません。いったいどうして・・・‼︎」

 

黒ウサギとレティシアが沈鬱そうな顔をしている隣で成り行きを見守っていたヒルダとアランドロンが提案する。

 

「ふむ。とりあえず屋敷に戻って話せばどうだ?」

 

「そうですな。お互いに聞きたいことも色々とあることでしょう」

 

二人の提案に頷く黒ウサギとレティシアだった。

十六夜も未だに、というかそろそろ関係のないことで言い争いを始めている男鹿と古市を呼び寄せて屋敷に戻ろうとする。

 

 

 

異変が起きたのはその時だ。

遠方の空から褐色の光が差し込む。

 

 

 

「っ⁉︎ ゴーゴンの威光か⁉︎ まずい、全員私から離れろ‼︎」

 

咄嗟に周りにいたみんなを庇うように立ち塞がる。

光に呑まれたレティシアは石像になってしまい、光が差し込んできた空には翼の生えた靴を装着した男達がいた。

 

「いたぞ‼︎ 石化させた吸血鬼を捕獲しろ‼︎」

 

「例の“ノーネーム”もいるようだがどうする?」

 

「構わん、邪魔するなら斬るまでだ‼︎」

 

男達の言葉を聞いた十六夜は獰猛に笑って呟く。

 

「おいおい、生まれて初めてオマケ扱いされたぜ。ここは傍若無人な奴らにキレるところか?」

 

「いや、連中もお前に言われたくはないと思うぞ?」

 

「と、取り敢えず本拠に逃げて下さい‼︎ さっきも言いましたが“ペルセウス”と揉めては“ノーネーム”がどうなるか分かりません‼︎」

 

黒ウサギが最も問題を起こしそうな男鹿と十六夜を本拠に引っ張り込もうとしている間に、男達はレティシアへと縄を掛けていく。

 

「・・・よし。ギフトゲームを中止してまで用意した取引だ。これで破談にならずに済んだな」

 

「そうだな。箱庭の外とはいえ、国家規模のコミュニティ相手の商談を取り消すのはーーー」

 

「箱庭の外ですって⁉︎」

 

男達の会話が聞こえた黒ウサギは驚愕の声を上げ、引っ張っていた二人を放置して抗議した。

 

「“箱庭の騎士”とまで呼ばれる彼らヴァンパイアは、箱庭の中でしか太陽の光を受けられないのですよ⁉︎ それを箱庭の外へなんて・・・‼︎」

 

「我らの首領が決めた事だ。“名無し”風情が黙っていろ」

 

本拠への不法侵入に“名無し”という言葉。明らかに見下した行為に黒ウサギは激昂して言い返す。

 

「こ、この・・・‼︎ 無礼を働いておいて、非礼を詫びる一言もないのですか⁉︎」

 

しかし、黒ウサギがどれだけ怒りを露わにして言っても男達の態度は崩れることはなかった。寧ろ男達は傲岸不遜な態度を助長させている。

 

「ふん。こんな下層のコミュニティに礼を尽くしては我らの旗に傷が付くわ」

 

「それとも“名無し”如きが我ら“ペルセウス”と問題を起こすか?」

 

グッ、と黒ウサギは黙り込むしかなかった。先程、男鹿と十六夜に問題を起こしたら“ノーネーム”がどうなるか分からないと言っていたのは黒ウサギ自身だ。

その事実を前に彼女は悔しそうに男達を睨むことしかできなかったが、

 

 

 

「ならば、“名無し”とやらじゃなければ問題ないな」

 

 

 

「え?」

 

黒ウサギが聞こえてきた声を疑問に思ってそちらを見ると、いつの間にかヒルダがレティシアを捕らえようとしていた男達に近付き、どこからか取り出した傘で男の一人を殴り飛ばしていた。

 

「コイツ‼︎ 自分達のコミュニティが誰に喧嘩を売っているのか分かってないのか⁉︎」

 

いきなり攻撃してきたヒルダに、男達は今までの余裕を崩して怒鳴りつける。

 

「何度も言わせるな愚図どもが。私はここに来たばかりでコミュニティとやらには入っていない。ここには私の主君がいたから来ただけだ」

 

そんな男達を気にも掛けず、ヒルダは悠然と立ちながら傘を構えて言葉を続ける。

 

「安心しろ、殺しはせん。それとも女一人にも敵わないと援軍でも求めるか?」

 

ヒルダの挑発に男達は一斉に手持ちの武器を構えた。

しかし、武器を構ているヒルダに対して遅れて武器を構えている時点ですでに遅い。まず手前にいた男を有無も言わせず殴りつけ、そのまま周りにいた男の意識を神速ともいえる速さで刈り取っていく。

 

「クソッ、急いで陣形を取れ‼︎ 相手は一人だ、取り囲んで叩き潰すぞ‼︎」

 

一人、また一人とやられていく中で男達は遅まきながらヒルダを中心にするように広がっていく。

 

「ふん、脳みその足らない連中だ。私の速度に付いて来れない時点で陣形など意味を成さないと分からんのか」

 

一瞬で前にいた槍を構えた男の懐に踏み込むヒルダ。傘の仕込み剣を抜いて槍を斬り、こめかみに柄の部分を叩きつける。どれだけ取り囲もうが動きを捉えることができなければ一緒だ。すぐに陣形は崩れて乱戦となる。

男達は自分の武器で仲間を攻撃しないように固まることはなかったが、それでも動きを制限されることに変わりはない。そこへヒルダはブラックホールにも似た魔力の塊を叩き込んでいく。連携で来る男達にはステップで躱し、他の連中を魔力で抑え込みながら一人ずつ叩き潰していく。

 

しばらく同じような流れで戦いが続き、気付けば三十人近くの男達が地面に沈んでいて手際良く拘束されていく。

 

「す、すごいです・・・」

 

「お前らの世界は男鹿といいヒルダといい無茶苦茶だな。やっぱり古市も・・・」

 

「いや、そこでこっちに振らないで⁉︎ 俺は普通だから‼︎」

 

黒ウサギが呆然とし、十六夜がもしかしてという目を古市に向けていると一仕事終えたヒルダが帰ってきた。

 

「もう終わりか。ならば行くぞ」

 

「へ?いったいどちらへ?」

 

「奴らが働いた無礼に対して決闘を申し込みに行く・・・ってところか?」

 

黒ウサギの疑問には十六夜が答えた。そう、取り消されたギフトゲームならこちらから申し込めばいい。幸いにもその理由を作ってくれたのは“ペルセウス”の方だ。これでレティシアを取り戻すチャンスを得ることができた。

 

「取り敢えず“サウザンドアイズ”に乗り込むぞ。“ペルセウス”とは面識も無いしな」

 

「だったらアランドロンに送ってもらえばいいんじゃねぇか?」

 

男鹿の提案に、しかし十六夜は否定する。

 

「いや、最悪その場でゲームになる可能性もある。こっちの手の内は隠しておいた方がいいだろう。春日部は怪我をしてるからお嬢様と御チビを連れて行くぞ。頭数はいた方がいい」

 

飛鳥とジンにその場で簡単に新しく来た三人の説明をし、“サウザンドアイズ”に行く旨とそれまでの経緯を伝える。

それを聞いたジンは耀の看病に残るとのことで、ジンを除く残ったメンバーで“サウザンドアイズ”二一〇五三八〇外門支店を目指すのだった。




いよいよペルセウス戦です‼︎
来週には一巻分が終わる予定です‼︎

他作品を読んで、自分の文は少し味気ないかなぁと思う今日この頃。
一巻分は崩さないためにもあまり変化はつけませんが、二巻からはもう少し上手く練っていけたらと思います。

今回も三話投稿するのでまた明日‼︎


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暗躍する影

ルイオスとの会話はちょっと駆け足気味です。

それではどうぞ‼︎


“サウザンドアイズ”の座敷に訪れたメンバーは白夜叉と“ペルセウス”のリーダーであるルイオスに向かい合う形で座り、黒ウサギ達がここに来た経緯を説明する。

 

「ーーー以上が“ペルセウス”が私達に対する無礼を振るった内容です」

 

「う、うむ。逃げ出した“ペルセウス”の所有物・ヴァンパイアとそれらを捕獲する際の無断侵入、及び数々の暴挙と暴言。確かに受け取った。謝罪を望むなら後日」

 

「結構です。我々の怒りはそれだけでは済みません。両コミュニティの決闘で決着をつけるべきです。“サウザンドアイズ”には、もし“ペルセウス”が拒むようならば“主催者権限”の名の下に」

 

「嫌だ」

 

唐突にルイオスはそう言って言葉を続ける。

 

「決闘なんて冗談じゃない。それにあの吸血鬼が暴れ回ったって証拠があるの?」

 

ルイオスはレティシアが暴れ回ったなんていう証拠もない情報を露程も信じていない。

もし仮に“レティシアの石化を解いて聞いてみる”と提案されれば元・仲間という関係を盾にして白を切るつもりでいたし、証拠がないのならば口八丁に有耶無耶にすることも可能だろう。

そんなルイオスの余裕たっぷりで最もな発言に十六夜が切り返した。

 

「確かに吸血鬼が暴れ回った証拠はない。だが、“ペルセウス”の同士が暴れ回った証拠ならあるぜ?」

 

「・・・何だと?」

 

「“ノーネーム”へと無断侵入した“ペルセウス”の同士が三十人程、本拠の近くで暴れ回り、仕方なく本拠防衛のために石化した吸血鬼と共に捕らえている」

 

「なっ⁉︎」

 

思いもよらない情報にルイオスは余裕のある表情から驚いた顔になる。

 

「奴らが暴れ回ったのはここにいるヒルデガルダと戦闘してなんだが、彼女は箱庭に来たばかりで詳しいことは何も知らないらしい。そんな時に吸血鬼と“ノーネーム”に来る前に知り合ったため、捕獲されそうになった吸血鬼を箱庭唯一の知人として助けようとした。・・・どう考えてもそちら側の監督不行き届きだよな?」

 

“ペルセウス”から逃げてきた吸血鬼が勝手に知り合った女性と一緒に“ノーネーム”に無断侵入し、追いかけてきた“ペルセウス”の同士が女性と暴れ回って本拠を滅茶苦茶にした挙句、非礼も詫びずにいるのはそもそも吸血鬼に逃げられたお前らが悪い。だから詫びなんて要らないから決闘を受けろ。

 

これが“ノーネーム”の言い分として作った嘘の混じった真実である。

 

「ふ、ふざけるな‼︎ その吸血鬼はそもそもそこにいる白夜叉が逃がしてーーー」

 

「じゃあ何か?あんたら“サウザンドアイズ”の問題を“ノーネーム”に持ち込んだってことか?その吸血鬼は俺達の元・仲間なんだから関係無いとは言わないが、巻き込まれた身としては許せないんだが?それとも女一人にも勝てない“ペルセウス”は“名無し”如きとの決闘もビビっちまったのか?」

 

十六夜の挑発にルイオスは顔を引き攣らせている。

“名無し”に侮辱されたことがよっぽど頭にきたのだろう。

 

「・・・いいだろう。そこまで言うのならその安い挑発を安く買ってやるよ。二度と舐めた口を利けないよう“ペルセウス”の最高難度のゲームで徹底的に潰してやる。こちらにも準備があるから一週間後にゲーム申請しに来い」

 

もう少し冷静になればいくらでも断る理由を挙げることができたのに、ここまで言われて逃げるなどプライドが許さなかったのだろう。

ギフトゲームを受けるための試練を設けなかったのは自分の手で確実に潰すためか。

何はともあれ、レティシアを手に入れるためのギフトゲームは一週間後となった。

 

 

 

 

 

 

二六七四五外門・“ペルセウス”本拠。“サウザンドアイズ”から帰ってきたルイオスは私室で寛いでいた。

 

「嫌な形でギフトゲームをすることになったが、まぁいい。負けるはずが無いんだからな。勝ったら黒ウサギを戴こうかな」

 

 

 

「果たしてそんなにうまくいきますかね?」

 

 

 

「っ、誰だ⁉︎」

 

ルイオスは慌てて声の聞こえたベランダへと向き直る。

そこにはスーツ姿に髪を後頭部で結んだ、中性的な顔の男が立っていた。

 

「こんな所から失礼。なに、ちょっとした用事ですからすぐに済みますよ」

 

対峙し会話しても相手から敵意は感じ取れない。

ルイオスは警戒しながらも話を聴く姿勢を取った。

 

「・・・用事というのはなんだ?」

 

「今あなた達と問題を起こしている“ノーネーム”のことです。彼らにはこちらの世界で言う神格級のギフト保持者がいます。それも、その首に掛かっている弱体化した魔王ならねじ伏せる程のね」

 

男から与えられた情報にルイオスは二重の意味で驚く。

この男が何者かは知らないが、“ペルセウス”の切り札を今の状態まで含めて知っていることと、弱体化しているとはいえ魔王を圧倒できると言う人間が“ノーネーム”にいることに。

 

「・・・お前はいったい何者だ?」

 

「そんな大袈裟な者でもないです。ちょっと悪魔に関して詳しいだけの情報通ですよ」

 

「・・・それで、僕にそれを伝えてどうしろと?」

 

「取り引きをしましょう。僕はあなたに“_____”を貸し出します。一週間と短いですがそれなりに使いこなしてギフトゲームに挑んで下さい」

 

「“_____”だと?それで、そちら側になんのメリットがある?」

 

「こちらの計画上、彼らを追い込む必要があるんですよ。それで彼らが倒されてもそこまでだったということです。悪い話ではないでしょう?他にもわかっている限りの情報を与えますが」

 

ルイオスは損得勘定で考える。

“_____”は箱庭でも珍しい。“ノーネーム”は元々潰す予定だったのだから戦力が増えるのは大歓迎だ。“ペルセウス”の伝承と関係のない力はいい伏兵にもなるだろう。

 

「いいだろう。その話、乗ってやるよ」

 

そして“ノーネーム”と“ペルセウス”はギフトゲームの日を迎える。

 

 

 

 

 

 

“ペルセウス”の本拠である白亜の宮殿には今、黒ウサギがゲームの申請を伝えるために訪れている。

他のメンバーは宮殿の門の所で待機している。

 

黒ウサギが門の所に戻ってきてすぐ、“契約書類”が降りてきたのでルールの確認に移る。

 

 

【ギフトゲーム名 “FAIRYTALE in PERSEUS”

・プレイヤー一覧:逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀、男鹿辰巳、カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ四世

 

・“ノーネーム”ゲームマスター:ジン=ラッセル

 

・“ペルセウス”ゲームマスター:ルイオス=ペルセウス

 

・クリア条件:ホスト側のゲームマスターを打倒

 

・敗北条件:プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。プレイヤー側のゲームマスターの失格。プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

・舞台詳細・ルール:ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない。プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く)人間に姿を見られてはいけない。姿を見られたプレイヤー達は失格となり、ゲームマスターへの挑戦資格を失う。失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行する事はできる。瞬間移動などの転移系ギフトの使用を禁止する。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

“ペルセウス”印】

 

 

“契約書類”に承諾した直後に光に呑まれ、気付けば周りは切り離された空間のような場所へと変貌していた。

 

「・・・黒ウサギ。オマエ、ベル坊の名前って知ってたか?」

 

「・・・いいえ、知りません」

 

「じゃあ、転移系ギフトって“契約書類”に書かないといけない程によくあるのか?」

 

「瞬間移動などの転移系ギフトなんて滅多にありません。ルールに書いたのはゲーム性を考えてじゃないかとも思われますが・・・」

 

“契約書類”を見た十六夜が黒ウサギに唐突な質問をする。

黒ウサギも質問の意味を理解して答えると、十六夜は不機嫌そうな顔になる。

 

「チッ、またか。どうして俺らのゲームには黒幕がいつもいるんだ?」

 

「十六夜君、どういうこと?」

 

十六夜の発言に飛鳥と耀は分からないという表情だ。

 

「いいか?瞬間移動の禁止、これはアランドロンが参加していた場合の対抗策だ」

 

そう、十六夜の言うように今回はアランドロンはおろかヒルダ、古市も参加していない。

彼らの今の立場はルイオスに説明した時のまま、箱庭に来たばかりという証拠として“ノーネーム”には所属していない状態だ。

今は白夜叉の屋敷に参考人という形で招かれている。

 

「どうしてそう言い切れるの?」

 

「この文だけなら特に気にしなかったが・・・問題はベル坊の名前だ。どうして奴らは俺達も聞いていないベル坊の本名を知っているんだ?」

 

あっ、とここでようやくおかしいことに気付いたのだろう。

飛鳥と耀も考え込むような顔になる。

 

「それは誰かに入れ知恵されたからだ。男鹿も何か気付いてるんじゃないのか?」

 

十六夜は今まで黙っていた男鹿に話を振る。

 

「あぁ・・・宮殿の方から魔力の気配を感じる」

 

「ルイオスのギフトは隷属させた元・魔王だからそれじゃないのか?」

 

サラッととんでもないことを言った十六夜に黒ウサギが驚愕する。

 

「ど、どうして十六夜さんがそのことを・・・?」

 

「簡単なことだ。ペルセウスの神話通りなら、奴らは戦神に献上されたはずのゴーゴンの生首で石化のギフトを使っていることになる。だが、星座として招かれたのが箱庭のペルセウスだと考えればゴーゴンの生首があることも納得できる。奴のギフトはさしずめアルゴルの悪魔ってところだろう」

 

アルゴルとは悪魔の頭という意味をもち、ペルセウス座の食変光星のことを指していてメドゥサの生首とされている。

十六夜はそのことに気付いて簡単に調べていたのだろう。

先程のルールの解釈といい知識量といいかなりのものだ。

 

「いや、悪魔って言っても箱庭のだろ?こっちだと魔力じゃなくて霊格になるんじゃねぇのか?」

 

「どうだろうな。やっぱり男鹿の世界の悪魔ってことになるのか?」

 

だとしたらどうしてルイオスがそんなものを手に入れられたのか、誰がルイオスに情報を渡したのか、疑問が次々と湧いてくる中でギフトゲームは幕を開ける。




次からは本格的にギフトゲームが始まります‼︎
やっぱり戦闘描写は難しいですが、期待に添えるように頑張ります‼︎

それと、この小説内では霊格と魔力は違うものとなっています。


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“FAIRYTALE in PERSEUS”【前編】

今回は一話だけ少し早めに投稿します。

今まで「……」と書いていたのですが、人によっては「・」に見えているという指摘を受けて「・・・」に変更しました。

それではどうぞ‼︎


白亜の宮殿の正面の階段前広間では飛鳥が水樹を使って奮戦している。

今回は役割を三つに分けており、失格覚悟での囮と露払い、敵の索敵と感知、ジンと共にゲームマスターを打倒する三つである。

飛鳥が囮として暴れているうちに、五感の鋭い耀が索敵と感知の役割を果たしながら侵入していく。

 

「人が来る。隠れて」

 

少し広めの中庭っぽいところで耀が言ってきたので広場から死角となる場所に隠れる。

耀は腰を落として駆け出し虚空に蹴りを放つ。するとその衝撃で兜が落ちたのか、騎士の姿が現れて倒れていく。

 

「それがハデスの兜か」

 

「うん、間違いなさそう」

 

「へぇ、マジで消えんのか。俺が着ければベル坊は浮いて見えんのか?」

 

「いえ、ベル坊さんとは契約関係にあるので離れていなければ同じように姿を消せると思います」

 

今回のギフトゲームはペルセウスの神話を一部倣ったもので、姿を見られてはいけないというルールと、“ノーネーム”の本拠上空に突然現れた“ペルセウス”のメンバーのことからハデスの兜があると考えていたのだ。黒ウサギが言うにはレプリカだろうとのことらしいが、姿を消せるだけでも十分である。

 

「御チビは兜を着けとけ。あと男鹿の分で最低一つは欲しい。春日部には悪いが失格覚悟で頼むぞ」

 

「分かった。埋め合わせは必ずしてもらうから」

 

「だとさ男鹿」

 

「じゃあ古市を貸すわ。荷物持ちにでも使ってくれ」

 

本人の知らない場所で貸し借りされている古市である。まぁ彼の性格からして可愛い女の子と出掛けられるのなら本望だろうが。

 

しかし、どうして男鹿の分の兜が必要なのかというと、ルイオスを打倒するのが男鹿の役割だからである。魔力を身につけている可能性がある以上、魔力耐性のある男鹿の方が十六夜より適していると判断したのだ。十六夜はルイオスではなく元・魔王の相手をするので失格になってもいいのだが、男鹿が見つかった場合のスペアとして失格しないように動いている。

耀が広場の中央で構えていると、いきなり吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。

 

「なんだ⁉︎どうしたんだ⁉︎」

 

「まさか・・・レプリカじゃなくて本物のハデスの兜か⁉︎」

 

レプリカは姿を消すだけなので耀は匂いや音で捉えていたのだが、その耀が反応できないとなると本物しかありえない。

耀は頭でも打ったのか、気絶しているかは分からないが起き上がってこない。

 

(まずい、春日部がいなかったら敵を探知できない‼︎ 迂闊に動けなくなる前になんとかしねぇと・・・)

 

「なぁジン。その兜ってある程度なら壊れねぇよな?」

 

「え?ええ、それなりの威力がないと壊せないとは思いますが・・・」

 

十六夜が頭脳をフル回転して考えている横で、男鹿がジンに今は関係の無いような質問をしている。

 

「じゃあジン、その兜貸してくれ。それで見つからないように隠れてろ」

 

「男鹿、何をする気だ?」

 

「まぁ任せてろよ。悪いがお前にも失格になってもらうぜ」

 

疑問に思った十六夜に男鹿が思いついたことを伝えていく。

少し強引すぎる作戦ではあったが、時間をかけるだけ難易度は上がっていくので十六夜は早速行動に移していく。

 

 

 

 

 

 

耀は頭をぶつけて脳を揺さぶられてはいるものの、意識は保っていた。しかし動こうとはしても頭がクラクラして上手く立てない。せめて周りを把握しようと首を動かしていると、十六夜が兜も着けずに姿が見えている状態で走り寄ってくる。

つまり、此処にいるであろうハデスの兜を着けた“ペルセウス”のメンバーに姿を見られることを覚悟で出てきたのだ。

 

「い、十六夜?どうして・・・?」

 

「説明は後だ‼︎ 黒焦げになる前に移動するぞ‼︎」

 

黒焦げ?と倒れた耀は抱き上げられながら疑問に思う。その時に十六夜は後ろからいきなり鈍器のようなもので殴られていたが、そんなものは気にしていられないとばかりに建物の入り口に走り込む。

 

「待って‼︎まだ二人がーーー」

 

残っている、という言葉は直後の出来事に止めざるを得なくなる。

 

 

 

パリッ・・・バチバチバチバチバチバチッッッ!!!

 

 

 

電気の爆ぜるような音がした後、突如として中庭一帯に雷が落ちたような放電が立ち昇って視界を白く染め上げたのだ。

 

「ぐ、ぎゃぁ、あ・・・⁉︎」

 

すると虚空から感電したらしい男の声が聞こえてきた。そして誰かを殴りつけるような鈍い音が響いた後にいきなり壁が壊れ、頭から兜が外れて全身焦げの男が姿を現した。

ハデスの兜のレプリカを着けた男鹿が殴り飛ばしたのだろう。

 

男鹿の思いつきは至ってシンプル、力押しの一択だった。ゼブルブラストを蛇神や白夜叉に使ったように指向性をもたせず、周囲に無差別に放ったのだ。十六夜の役割は敵の行動の遅延と耀の避難である。十六夜が出てきたら敵が攻撃することは分かっていたから、それより先に離脱すれば残った敵のみに攻撃を当てられるということだ。後は呻き声の聞こえた所に拳を叩きつければいい。

・・・まぁ男鹿が考えていたのはゼブルブラストで全部吹き飛ばすことだけだが。

 

「よ、容赦ないね・・・」

 

「ホレ、二つ目を手に入れたぞ」

 

近くに来ていた男鹿の声が虚空から聞こえ、放り出された兜が出てくる。普通は驚くがレプリカなので耀は気付いており、十六夜はその程度で驚く程神経が細くはない。

 

「とりあえずの難関はクリアだな。もう三人以外は失格してるし、隠れる必要がなくなったから一気に最奥まで進むぞ」

 

そこからは本当に破竹の勢いと言っていい進撃だった。

耀は歩ける程度には回復し、目で見える敵は見つけたそばから十六夜が殴り飛ばし、数少ないハデスの兜のレプリカを着けた見えない敵は耀に探知され、同じく見えない状態の男鹿が指示を受けて殴り飛ばして壁に突き刺していく。

五人が通った場所はまさに地獄絵図といった風景が広がり、大量の敵が倒されていったのだった。

 

 

 

 

 

 

白亜の宮殿の最奥には天井はなく、闘技場のような簡素な造りだった。

 

「皆さん、ご無事でしたか・・・‼︎」

 

審判として参加していた黒ウサギは四人の姿を見て安堵する。耀は万全ではないし、ある程度は回復したが魔王の相手は厳しいだろうと飛鳥の援護に向かわせている。

そしてそんな彼らを上空から見下ろしている人影があった。

 

「ーーーふん。やはりあいつらじゃ足止めにしかならなかったか。なにはともあれ、ようそこ白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう。・・・あれ、この台詞を言うのって初めてかも」

 

上空にいたルイオスの姿は一週間前とは少し違っていた。翼の生えたロングブーツを履き、右手には刀身が湾曲した剣、左腕には金色の盾が装備され、外套のようなものを羽織っている。

 

「ヘルメスの有翼サンダル“タラリア”とメドゥサの首を落とした湾刀“ハルパー”、オマケにアテナの盾“アイギス”か。ハデスの兜は着けてないが、“名無し”に対してペルセウスのフル装備じゃねぇか」

 

十六夜の言う通り、“名無し”相手の装備ではない。ギリシャ神話のメドゥサ退治で使われたとされるペルセウスの装備だ。

ペルセウスのメドゥサ退治の道具は剣、盾、兜、サンダル、袋の五つとされている。ヘルメスのサンダルで風よりも速く動き、ハデスの兜で姿を消し、アテナが主神ゼウスから借りた盾、またの名を“イージス”でメドゥサの目を直接見ないように使い、ハルパーでメドゥサの首を刎ね、唯一メドゥサの首を入れる事のできる袋“キビシス”で持ち帰ったと言われている。

 

「当然だろう?見下しはしても過小評価はしない。僕は神格級のギフトをもつ相手がいるのに手を抜く程の馬鹿じゃないよ」

 

男鹿の情報だけでなく“ノーネーム”の情報も漏れていたようだ。十六夜の戦闘力もある程度ばれている。

 

「その“アイギス”はどうしたんだ?箱庭では失われているって聞いていたんだが」

 

十六夜はルイオスの左腕の盾を指差して問い掛ける。黒ウサギもそこは気になっていたのだが、装備を揃えるための代用品だと考えていた。

 

「もちろん本物じゃないよ、性能も伝承ほどの力はない・・・でもレプリカという訳でもない」

 

しかしその考えはルイオスの発言から覆される。彼にそんな力があるということは聞いたことがない。・・・ということは新たに手に入れた力である可能性が高い。

 

「・・・その力はどうした?」

 

男鹿はルイオスの纏っている魔力について聞く。ギフトゲーム前に感じた魔力はやはり元・魔王とは関係がなく、魔力はルイオスから滲み出ていた。そして思い付く限り、新しく手に入れた力というものも魔力しか考えられない。

 

「やっぱりお前には分かるのか。いや、その赤ん坊の力と言うべきか?」

 

魔力について否定はせず、ベル坊のことに触れるいうことは悪魔憑きで間違いないだろう。

 

「もう話はいいでしょ?これ以上聞きたいことがあるんだったら勝ってから聞けば?」

 

“それでも負ける気は無いけど”、と自信満々のルイオスだ。

元から傲慢な性格に加えて魔力という未知の力を手に入れたのだ。浮かれるのも仕方がないだろう。

 

「いいぜ、始めるとするか。ーーー王の処刑をな」

 

いよいよゲームはクライマックスに突入する。




どうでしたか?

今回は前書きで書いた変更に加えて、長文を一つずつ改行してみました。
これらの変更によって読みやすくなったかどうかを感想のついでにでも書いてくれると嬉しいです。
今までの方がよかったという意見が多かった場合は元に戻させていただくのでご了承ください。


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“FAIRYTALE in PERSEUS”【後編】

いよいよペルセウス戦ラストスパートです‼︎

それではどうぞ‼︎


最初に動いたのはルイオスだ。

首のチョーカーを外して掲げると光り始める。

 

「目覚めろーーー“アルゴールの魔王”ッ!!!」

 

光が褐色に染まり、体中に拘束具と捕縛用のベルトを巻いた、蛇の髪を持つ女の甲高い声が響き渡る。

 

「ra・・・Ra、GEEEEEYAAAAAaaaaaaa!!!」

 

その絶叫は最早、人の言語では理解できず、黒ウサギは堪らずウサ耳を塞ぐ。

 

「な、なんて絶叫を」

 

「避けろ、黒ウサギ‼︎」

 

空から降ってきた岩塊に十六夜が黒ウサギとジンを抱えて飛び退き、男鹿も岩塊を砕いて退路を確保していく。

アルゴールの石化の光によって雲が石になったのだ。

 

「俺は予定通りアルゴールをやる。男鹿はルイオスをやってくれ」

 

「ああ。すぐに終わらせてやる」

 

男鹿はルイオスに、十六夜はアルゴールに向き合って戦い始める。

 

 

 

 

 

 

男鹿は空中にいたルイオスに当てるべく破壊力より速度を優先した雷撃を放つ。しかしゼウスの雷霆すら防ぐといわれる“アイギス”とは相性が悪く貫けない。

ルイオスは自ら降りてきて“タラリア”で風よりも速く斬りかかるが男鹿は余裕で回避していく。次にカウンターを合わせようと、右から振りかぶられたハルパーを避けて踏み込もうとした瞬間、

 

 

 

()()()ハルパーが迫ってきた。

 

 

 

「ッ⁉︎」

 

踏み込もうとした足に強引に力を加えて下がり距離をとる。前を向いてルイオスを確認すると()()()()ハルパーで斬りかかられて、避けきれずに少し血が流れる。

 

「グッ⁉︎」

 

「クソッ、仕留め切れなかったか」

 

二人に増えたルイオスに男鹿は驚き、ルイオスは不満気に呟く。

 

「・・・それがお前の悪魔の力か」

 

「ダンタリオン、僕の悪魔が持つ幻覚能力だ」

 

力を見せて隠す必要がなくなったからか考えがあるのか、そう言って前にいたルイオスが消える。

ダンタリオンとはあらゆる顔をもつソロモン七十二柱の序列七十一番の悪魔であり、心を操って望む場所に幻覚を送り込む力をもっているとされている。さっき後ろから斬りかかったルイオスが幻覚で前にいたのは本体のようだ。

幻覚に斬られて血が流れるというのもおかしな話だが、世の中には“幻肢痛”と呼ばれるものがある。これは失った手足の感覚が存在しており、そこに痛みを感じるというもので、つまり幻覚の痛みだ。“ダンタリオン”はその痛みも幻覚に乗せて送り込み、現実として実現させることができる。

 

「もちろんこれだけじゃない」

 

パチン、と指を鳴らすと十六夜達の方にも変化が起きる。

 

 

 

男鹿が戦っている場所から少し離れた所では十六夜がアルゴール相手に組み合い、投げ飛ばし、石化の光を踏み砕いて圧倒していたが、そのアルゴールがいきなり二体に増えていた。

 

「な、星霊が二体・・・⁉︎」

 

「ヤハハ、歯ごたえなさ過ぎだと思っていたがこんな隠し球があるとは嬉しいぜ‼︎」

 

黒ウサギは驚愕し、十六夜は歓喜していた。黒ウサギはさっきまで“天地を砕く恩恵”と“恩恵を砕く力”が矛盾した十六夜にも驚いていたが、最強種である星霊が二体に増えたことに更に驚く。恐らく“アイギス”を再現している力もこれであると推測を立てる。

 

「ハッ、いいぜいいぜいいなオイ‼︎ いい感じに盛り上がってきたぞ・・・‼︎」

 

「RaAAaaaGYAAAAAaaaaa‼︎」

 

一体のアルゴールが近づいてきて腕を振りかぶるが、十六夜は俊足で躱して蹴りを放つ。しかし吹き飛ばすつもりで放った蹴りはアルゴールを砕いて終わってしまう。

これにはさすがの十六夜も驚き、その隙にもう一体のアルゴールが石化の光を十六夜に向ける。

 

「こいつ、実体がないのか?」

 

砕けたということは一体目はギフトで作られたアルゴールだということだ。急いで石化の光へと向かい合い、石化の光を踏み砕いて体勢を立て直す。

しかし次の瞬間には新たなアルゴールが現れ、また二体で襲い掛かってくる。

 

(実体がない、つまりこれは複製じゃなく幻覚?だが攻撃してきたってことは当たると考えた方がいいのか?それに二体しか出てこない所をみるとそれがルイオスの限界ってことか?)

 

戦闘中であったためにルイオスの自白によって判明した悪魔の名前は聞こえていなかったが、たった一回の攻防でルイオスの力を考察して見抜く十六夜。

 

ダンタリオンはソロモン七十二柱に数えられる強力な悪魔であり、本来の力はこの程度ではない。幻覚を“生み出す”のではなく“送り込む”ということは、幻覚は使用者のリアルな想像力と頭の回転が及ぶ範囲でしか作り出せないということである。

最強種の龍を作り出して使役しようとしても自分が龍を使役することは無理だと心の片隅にでも思えばできないし、できたとしても自分の霊格以下の龍となる筈だ。しかし逆にその範囲内であるならば何でも作り出せるということだ。自分より霊格の高いアルゴールを作り出せたのは隷属しているという現実が大きいだろう。

しかし十六夜の推測通り、ルイオスは一週間で少ししか力をコントロール出来なかったのだ。十六夜は三体目の可能性にも気を配りつつアルゴールに突撃していく。

 

「オイオイ、さっきよりかなり楽しくなってきたぞ元・魔王様‼︎」

 

 

 

「あっちは盛り上がっているみたいだな」

 

「・・・どれだけ化け物なんだ貴様らは」

 

ルイオスは自信満々でアルゴールの幻覚をぶつけたのだが、それに対して十六夜は肉体労働と頭脳労働を楽しむように戦闘狂よろしく暴れまわっている。二体のアルゴールで十六夜を倒して男鹿にぶつけようとしたのだが、逆に二体ともやられるのは時間の問題だろう。

 

「じゃあこっちも飛ばしていくとするか」

 

男鹿はルイオスに向かって走り出す。一人は空に飛び上がってギフトカードから炎の弓を取り出し、一人はハルパーを構えて迎え撃つ。男鹿が殴ろうとすると空から牽制の矢が射られ、避けたところをハルパーで切り裂こうとする。

作戦としてはよかったが男鹿は“ベヘモット三十四柱師団”との戦いでは同じような事を四人相手にされて瞬殺したのだ。今の男鹿に躱せないはずがない。

ハルパーを持つルイオスに紋章を乗せて懐に入り込んで乱打する。

 

「おおぉぉぉおおおらぁぁぁあああ!!!」

 

そのまま地上のルイオスに何発も拳をぶち込んでから空にいるルイオスへと向けて殴り飛ばす。

 

魔王の烙印(ゼブルエンブレム)

 

二人が重なった瞬間に呟き、手を握る。紋章が輝きを増していき、幻覚も本体も巻き込んで爆発を引き起こす。

爆発に巻き込まれたルイオスは魔力を帯びているため意識は保てているものの、重症のようでそのまま落下してくる。

 

「ガハッ⁉︎ ク、クソ・・・」

 

地面に打ち付けられたルイオスは血反吐を吐いてゆっくりと立ち上がるが、フラフラとしたままで誰が見ても決着は明らかだ。

 

「ハァ、ハァ。グッ・・・」

 

「諦めろ、俺の勝ちだ」

 

 

 

「誰の勝ちだって?」

 

 

 

虚空から声が聞こえると同時に男鹿の胸に真一文字の切り傷ができて血が流れる。今までとは違い攻撃を察知することも躱すこともできず、大きな傷となってしまっている。

 

「グッ、なんだ・・・?」

 

「あっちの男が言っていただろう?“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”って」

 

声に応じて爆発させた二人のルイオスが消え、火傷の痕がないルイオスが現れる。

そう、初めからルイオスは“ハデスの兜”で姿を消して幻覚で自分を見せていたのだ。今のルイオスが出せる幻覚は三体、一体は何でも出せるが二体同時は自分しか出せない。

だがそれだけでも戦略としては十分広げることができる。

 

「ここからは見えない僕も含めて三人の僕を相手にしてもらうぞ」

 

一人は消え、新しくルイオスが二人現れる。ルイオスは“アイギス”を着けているため、ここに来た時と同じ“ハデスの兜”の攻略方法は使えない。

 

 

 

それでも男鹿の敵にはなり得ないのだが。

 

「・・・はぁ、面倒くせぇな。もうここら一帯を吹き飛ばせばいいんだろ?」

 

懐からミルクを取り出しながら確認程度に呟く。

 

「逆廻」

 

「あん、どうした?」

 

「黒ウサギやジンと一緒に下がれ」

 

十六夜は一瞬だけ反論しようとしたが、アルゴール二体とは十分に楽しめたし何より避難しろと言うぐらいの男鹿の力が見れそうなので大人しく下がる。

 

「負けたら承知しねぇぞ」

 

「負けるかよ」

 

十六夜とすれ違ってミルクを飲みながら前に出る。

白夜叉に使った分はヒルダが来たことにより補充されている。

満タンのミルクを飲み干してルイオスに言う。

 

「いくぜ」

 

「何をする気か知らないが調子に乗るなよ‼︎」

 

消えたルイオスと合わせて三人、アルゴール二体がそれぞれ違う動きで男鹿に襲いかかる。

 

 

 

ーーー六〇〇CC、暗黒武闘(スーパーミルクタイム)

 

 

 

ミルクを飲んで水筒を捨てるとベル坊が消えており、肌の色も変わり、おしゃぶりを口に咥えている。

その場にいた全員がその変化にポカンとしていたが、その後にあたり一帯を埋め尽くすように展開された紋章群に顔を引き攣らせる。

 

「ちょ、その規模の紋章の爆発は此処も巻き込まれますよ⁉︎」

 

「ヤハハハハハハハ‼︎ すげぇすげぇ、すげぇぞ男鹿‼︎」

 

黒ウサギは慌ててジンと離れようとするが、十六夜ははしゃぎながらも黒ウサギ達を抑えて爆発に備える。男鹿が紋章を爆発させた後、被害がこちらに届く前に砕こうとする構えだ。

 

「ダァアァッ!!!」

 

一つの紋章を爆発させ、姫川のマンションを吹き飛ばした時よりも威力の高い連鎖大爆殺が発動する。闘技場を吹き飛ばしながら十六夜達にも爆発が殺到するが、十六夜が爆発を砕いたことによりその一角だけが綺麗に残る。

瓦礫となった闘技場の下にいたルイオスとアルゴールは本体以外はノイズと共に消え、本体のアルゴールもルイオスが気絶したことによって光と共にチョーカーに戻り、兜が壊れて気絶したルイオスだけがその場に残ったのだった。




ペルセウス戦終了‼︎

いかがでしたか?
私としてももう少しラストを盛り上げられないかと考えましたが・・・難しいです。


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目標へ向けて

最近は忙しくてタグ通りの投稿になってきている作者です。
第一巻のエピローグとなるので少し短めとなります。

それではどうぞ‼︎


ギフトゲーム終了後にルイオスが手に入れた悪魔の事を問い質したのだが、悪魔を貸した人間がいるというだけで他の事はルイオス自身にも分からないらしく、疑問を残したまま今回の幕を下ろした。

 

何はともあれ、“ペルセウス”に勝利してレティシアの所有権が“ノーネーム”移り、ヒルダ達が“ノーネーム”に入り、石化したレティシアの石化を解いた途端、

 

「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」

 

十六夜、飛鳥、耀が口を揃えて言った。

 

「え?」

 

「え?」

 

「・・・え?」

 

「え?じゃないわよ。貴方達はくっ付いてきただけで、頑張ったのって私達だけじゃない」

 

「うん。私なんて力いっぱい殴られて石になったし」

 

「つーかルイオスを焚きつけたのは俺だろ。切っ掛けを作ったヒルダと最後に決めた男鹿とで所有権は等分でもう話は付いた‼︎」

 

「何言っちゃってんでございますかこの人達⁉︎」

 

「そうだよ‼︎ せめて一割だけでもいいから俺にも所有権をくれ‼︎」

 

黒ウサギのツッコミが追いつかない。というか古市は願望丸出しである。

しかし当のレティシアはというと、

 

「んっ・・・ふ、む。そうだな。今回の件で、私は皆に恩義を感じている。君達が家政婦をしろというのなら、喜んでやろうじゃないか」

 

「レ、レティシア様⁉︎」

 

意外にも乗り気であったので黒ウサギは焦る。

先輩であり“箱庭の騎士”であるレティシアをメイドにするなど恐れ多いにも程がある。

 

「いや、俺は別にメイドなんていらないんだが」

 

逆に男鹿はあまり乗り気ではなかった。

聖石矢魔学園では女子に親し気に接されただけでも戸惑っていたのに、メイドなんてどう対応すればいいのか分かるはずもないだろう。

 

「だったら男鹿の分を「貴之君、“黙りなさい”」

 

しつこく所有権をねだる古市に飛鳥がため息混じりで命令する。

ガチン、と古市の口が“威光”によって閉じられた。

 

「良いではないか。王たる者、家政婦の一人や二人は当たり前だぞ?」

 

「だ、そうだぞ男鹿。最終的にはお前が一番活躍したんだから大人しくもらっとけ」

 

と言うヒルダと十六夜に押し切られる形で男鹿にも所有権が入るのだった。

 

 

 

 

 

 

それから三日後の夜。

“ノーネーム”一同は水樹の貯水池付近で男鹿達の歓迎会を行っていた。

 

「どうして屋外の歓迎会なのかしら?」

 

「うん。私も思った」

 

「黒ウサギなりに精一杯のサプライズってところじゃねぇか?」

 

三人はコミュニティの惨状を知っているので贅沢な歓迎会をしてくれる黒ウサギ達に苦笑して話し合っている。

その近くで男鹿達も話していた。

 

「お前ら白夜叉にギフト鑑定してもらってねぇのか?」

 

「そりゃそうだよ。ギフトゲームをしてる状況じゃなかったし、そのギフトカードって高いんだろ?」

 

「それに我々は自分達の力を理解しているからな。鑑定する必要もあるまい」

 

「まぁ俺も蠅王紋(ゼブルスペル)だけだったしな」

 

それよりも、と古市が切り出す。

 

「俺、何も言わずに出てきたから一回家に帰りたいんすけど。ここにはまたアランドロンで来れるでしょうし」

 

「それは無理だな」

 

古市の意見をヒルダはバッサリと切り捨てる。

 

「ここに来た時に説明しただろう。“安全を確保するために時間がかかった”と。ここに来るにはただ次元を跳躍すればいいというわけではなかったからな。アランドロンの魔力では元の世界に行くには少な過ぎるのだ。物を転送する程度ならともかく、人を転送するならば大悪魔級の魔力が二、三人分は必要だろう」

 

ここに来る時は魔界の魔力と大魔王の力を利用して転送したらしいのだが、そこまでしないと誤差を少なくして正確に箱庭へと転送することが出来なかったそうだ。箱庭からの転送もまた然りである。

 

「だったら手紙だけでも・・・」

 

「心配するな。ここに来る時に美咲殿に貴様の家への置き手紙を頼んでおいた」

 

日本語の読み書きが出来ないヒルダは男鹿の姉である美咲に置き手紙を書いてもらったようだ。

 

「“アランドロンと旅行に行く”、ということにしているから安心しろ」

 

「ちょっと待って‼︎ それって“二人っきりで”って誤解されるよね⁉︎ 変な疑惑があるんだから別の意味で家族に心配されるよ‼︎」

 

古市の心配は杞憂に終わることを祈るしかないのだった。

 

 

 

そんな風に話していると、黒ウサギが注目を促す。

 

「それでは本日のメインイベントです‼︎ 箱庭の天幕に注目して下さい‼︎」

 

黒ウサギの言葉にコミュニティの全員が空を見上げる。

その数秒後に一筋の流れ星が見えた。

 

「・・・あっ」

 

コミュニティの誰かが声を上げたのを切っ掛けとするようにポツポツと流れ星が増えていき、次第にそれらは流星群へとなっていった。

 

「この流星群を起こしたのは他でもありません。我々の新たな同士達がこの流星群の切っ掛けを作ったのです」

 

「「「「「は?」」」」」

 

男鹿達が驚きの声を上げる中で黒ウサギは構わずに続ける。

 

「箱庭の世界は天動説のように、全てのルールが箱庭の都市を中心に回っております。敗北した“ペルセウス”は“サウザンドアイズ”を追放され、あの星々からも旗を降ろすことになりました」

 

黒ウサギの説明を聞いていた全員が驚愕して絶句した。

 

「ーーー・・・なっ、まさか星空から星座を無くすというの・・・⁉︎」

 

「マジでか⁉︎ 箱庭ってもうなんでもありじゃねぇか‼︎」

 

各々が驚きの感情を表している間に、そこにあったはずのペルセウス座は流星群と共に消滅していった。

 

「ふっふーん。驚きました?」

 

黒ウサギがピョンと跳んで十六夜と男鹿の元に来る。

 

「やられた、とは思ってる。色々と馬鹿げたものを見てきたが、まだこれだけのものがあるとはな。おかげ様で個人的な目標もできたところだ」

 

コミュニティの目標ではなく、十六夜個人の目標に黒ウサギは興味を示す。

 

「“あそこ”に俺達の旗を飾る。・・・どうだ?面白そうだろ?」

 

黒ウサギはその言葉に呆気に取られるが、それに男鹿は言葉を返す。

 

「そんなもん意識してやる必要あんのか?魔王をぶっ飛ばし続けて最強を目指せば勝手についてくるんじゃね?」

 

「ヤハハハハ‼︎ そうだな、単純だが男鹿の言う通りだ‼︎ けど明確な目標があった方が分かりやすくてやる気が出るだろ?」

 

十六夜の目標に対する男鹿の考えは、違うようでいて結果は全くと言っていいほど同じ場所を目標として目指していた。

二人の大きな目標に黒ウサギは弾けるような笑い声を上げる。

 

「それは・・・とてもロマンが御座います」

 

その道のりはまだまだ厳しいだろう。

だがこの仲間達となら大丈夫と思わせることができる目標だった。

 

 

 

 

 

 

どことも知れない場所で、四人の男女が話し合っていた。

 

「チャンスは一ヶ月後。それまで各自で準備してね」

 

「マスターはせっかちねぇ。もう少しゆっくりでもいいんじゃない?」

 

「いや、そこにはお前のご執心の奴も来るんだろ?念は入れた方がいい」

 

斑模様のワンピースの少女と布面積の少ない白装束の女性、黒軍服の男が言葉を発して最後の一人に目を向ける。

 

 

 

「俺はなんでもいいですよ。本気の男鹿とやれるなら」




第一巻ついに終了しました‼︎
しかし、構想はできているのに投稿する時間が少なくなっていて歯痒いです・・・。

お気に入り数が安定して500越えして嬉しい限りです‼︎
これからも精進していきますので応援よろしく‼︎

それではまた来週‼︎


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あら、魔王襲来のお知らせ?
“火龍誕生祭”


二巻目に突入です‼︎

それではどうぞ‼︎


“ペルセウス”との戦いから一ヶ月後。

飛鳥は自室に届けられた白夜叉からの招待状を見ていた。封を切って中を見ると一枚の紙が入っており、その表にはこのような文が書かれていた。

 

ーーー“火龍誕生祭”の招待状ーーー

 

 

 

 

 

 

「辰巳君、起きなさい‼︎」

 

ドンドンドンドンドンッ。

自室で手紙を見た後、まだ起きていなかった男鹿を起こそうと飛鳥は彼の私室のドアを叩いていた。それなりに強く叩いているのだが、一向に中からの返答は返ってこない。

 

「辰巳君、いい加減に「ビエエェェェェエエン‼︎」「ギィヤアァァァァアアア⁉︎」・・・た、辰巳君?入るわよ〜?」

 

返答はなかったが、その代わりに中からは泣き声と悲鳴と電撃音が響き渡った。一瞬躊躇うも恐る恐る部屋に入ると、突然の音に驚いて泣き起きたであろうベル坊と黒焦げになった男鹿がいた。

 

「・・・ね、寝てるなら仕方ないわね‼︎ それじゃあ〜「待てコラ」ッ⁉︎」

 

誤魔化して逃げようとする飛鳥の後ろから亡者のような男鹿の声が聞こえてきた。ギギギ、と機械のような動きで振り向くと不機嫌そうな男鹿と目が合ってしまう。

 

「い、いえ、忘れてたわけじゃないのよ?でもベルちゃんが泣くと放電するのって、説明もされてなければ箱庭に来たときの一回だけだったじゃない?ついうっかりというか・・・」

 

「・・・・・」

 

「う、その・・・ごめんなさい」

 

男鹿に無言で睨まれ続け、気まずくなって謝る飛鳥。まだ十五歳の女の子が不良顔の男鹿に睨まれて怯むのも仕方がないだろう。

しばらく無言が続いたが、

 

「・・・ハァ。それで、どうしたんだよ?」

 

「そ、そうよ‼︎ 白夜叉からギフトゲームの招待状が来てるのよ‼︎」

 

取り敢えずは許してくれたっぽい男鹿に飛鳥は安堵し、空気を変えるためにも起こしに来た理由を話した。

 

「へぇ、あの白夜叉からか」

 

男鹿も勝てなかった最強の“階層支配者”からの招待状。

それだけでも面白そうだと思えてしまう。

 

「分かった。少ししたら行くから他の連中も起こしてこい」

 

「えぇ。貴之君は春日部さんとリリに起こしに行ってもらってるから、合流して十六夜君を起こしてくるわ」

 

 

 

 

 

 

「貴之、起きてる?」

 

コンコンコン。

 

古市を起こしに来た耀は飛鳥とは違って怒鳴ったりはせず、大人しく静かに古市の私室のドアを叩いていた。

 

「・・・まだ寝てるのかな?」

 

コンコンコンコンコン。

 

そう、静かに・・・。

 

コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコ「起きた‼︎ 起きたからそろそろやめて⁉︎ 朝一番にそれは軽くホラーだから‼︎」

 

古市の焦ったような声が聞こえてきたのでドアを叩くのを止め、断りを入れてからリリと一緒に中へと入る。

 

「おはよう」

 

「おはようございます‼︎」

 

「うん、二人共おはよう。・・・やっぱり箱庭に来てよかったなぁ」

 

唐突な脈絡のない発言に耀とリリは首を傾げる。

 

「朝から女の子が俺のことを名前で呼んで起こしに来てくれるのがどれだけ幸せか・・・。あっちじゃゴミだのキモ市だのロリコンだの罵倒から始まるかアランドロンとの気色悪い遣り取りから始まる日々に警察を呼ばれそうになったりと違ってなんて清々しく朝を迎えることができるんだ・・・」

 

「うん、その発言が原因だと思う。警察がいない分、私達で罰しないと駄目だから犯罪はやめてね」

 

古市の言うことを聞きながらリリの耳を塞いで距離を離しつつ、いつも以上の無表情で耀は警告する。

 

「いや、だから違うって‼︎ ごめん、もう変なことは言わないからその態度はやめて‼︎」

 

古市は必死の形相で懇願するのだが、それも距離を離される原因だということは分かっていないのだろう。

 

「じゃあ面白そうなことがあるみたいだから、飛鳥もすぐに来るし早く着替えてね」

 

言われた古市が急いで着替えてから出ていくと飛鳥も合流しており、十六夜を起こしに行ったが部屋にいなかったらしいので、十六夜を探すべく彼が毎日通っている書庫へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

飛鳥が考えた通り、十六夜はジンと一緒に書庫で眠っていたようだ。

見つけて声を掛けたのだが、

 

「あぁ、お嬢様達か・・・おやすみ」

 

「起きなさい‼︎」

 

飛鳥の声を聞いた十六夜が二度寝に突入しようとしたので、彼女は十六夜の側頭部へと飛び膝蹴りーーーシャイニングウィザードを食らわせようとする。

 

「させるか‼︎」

 

「グボハァ⁉︎」

 

しかし十六夜が防御ーーージンを盾にして難を逃れる。盾にされたジンは空中で綺麗な三回転半を描き、そのまま本の山を崩して埋れていく。

 

「ジ、ジン君がぐるぐる回って吹っ飛びました⁉︎ 大丈夫⁉︎」

 

「・・・ギャグパートだから大丈夫だと思うな」

 

オロオロとしているリリに耀がまったく根拠のない、それでいてテキトー極まりないフォローを入れる。

 

「いや、寝起きで側頭部に膝蹴りを食らって大丈夫な訳ないでしょう⁉︎」

 

「あれだよね。ジン君って意外と丈夫だよね」

 

吹っ飛んだジンが本の山から起き上がりながら文句を言っているのを見て古市は感想を漏らす。

 

「いいからコレを読みなさい。絶対に喜ぶから」

 

そんな四人を無視して飛鳥は招待状を取り出し、十六夜に読むようにと手渡す。

 

「何々・・・白夜叉から?えーと、北と東の“階層支配者”による共同祭典ーーー“火龍誕生祭”の招待状?」

 

“火龍誕生祭”を簡単に説明すると、美術工芸品の展覧会や批評会に加えて様々なギフトゲームが開催される大祭であるようだ。

 

「コレは二度寝を邪魔されるだけの価値がありそうじゃねぇか面白そうだな行ってみようかなオイ♪」

 

「ノリノリね」

 

招待状を読んだ十六夜がソワソワしながら行こうとしているとジンがストップを掛ける。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい皆さん‼︎ 北側に行くって、本気ですか⁉︎ リリ、大祭のことは皆さんには秘密にとーーー」

 

「「「秘密?」」」

 

「あ、ジン君終わったな」

 

ジンは失言に気付いたがもう既に手遅れだ。問題児三人の顔には邪悪な笑みが浮かんでおり、古市は同情の眼差しをジンに向けて合掌している。

 

「そっか。私達こんなに面白そうなことを秘密にされてたんだね。ぐすん」

 

「コミュニティのために毎日頑張ってきたのにとっても残念だわ。ぐすん」

 

「ここらで一つ、黒ウサギ達には痛い目に合ってもらうのもありかもしれないな。ぐすん」

 

泣き真似をするその裏側でニコォリと物騒に笑う問題児達。ジンとリリはダラダラと冷や汗を流してどうしようと考えていると、男鹿とアランドロンが入り口から歩いてきた。

 

「お前らこんな所にいたのか」

 

「遅いわよ辰巳君‼︎ 今まで何処で何をしていたのよ‼︎」

 

一番に起こしに行ったはずの男鹿が遅かったので飛鳥は泣き真似をやめて咎める。

 

「なんか白夜叉に話を聞きに行ったらお前らも連れて来いとよ」

 

「「「早い(な)(わね)(ね)」」」

 

一瞬前とは真逆の評価である。遅かったのではなく先に行っていたようだ。自分だけで行くなと三人は不満に思うも、これで北側に行く正当な理由ができたという訳だ。

 

「白夜叉に呼ばれたんなら仕方がねぇ‼︎ “サウザンドアイズ”に直行だゴラァ‼︎」

 

「直行だコラ」

 

「その前に置き手紙を用意しないとね。フフフ、どんな内容にしようかしら」

 

「久遠さん、程々にね?」

 

手紙の内容を決めて書いた後にリリに渡して黒ウサギに届けるようにお願いし、アランドロンに転送してもらう。

手紙の内容は以下の通りになった。

 

 

『黒ウサギへ。

白夜叉に呼ばれたので北側の四〇〇〇〇〇〇外門と東側の三九九九九九九外門で開催する祭典に参加してきます。貴女も後から必ず来ること。あ、あとレティシアとヒルダさんもね。私達に祭りのことを意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえられなかった場合、加入組は全員コミュニティを脱退します。死ぬ気で探してね。応援しているわ。

P/S.ジン君も連れて行ってます』

 

 

「あ、あの問題児様方はぁぁぁぁああああ!!!」

 

問題児達の自由な行動に“ノーネーム”の敷地内では黒ウサギの絶叫が響き渡ったそうだ。




今回はここまで、というか今週はこれで終わりだと思います。

できればあと一話投稿したいですけど時間が・・・というわけで、更新を待ってくれている人には申し訳ないです。


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いざ北側へ

少しだけ余裕ができましたので投稿します‼︎

それではどうぞ‼︎


いつもの白夜叉の私室に行くと、白夜叉が上座に座って待っていた。

 

「よく来たの。辰巳はさっきぶりだが、いきなりの瞬間移動はビックリするので控えてくれ」

 

一回目はビックリしたのか、苦笑しながら注意してくる。

 

「招待状ありがとよ。ところで一つ聞きたいんだが、北側って具体的にどれくらいの距離なんだ?」

 

十六夜が白夜叉に質問する。ジンが秘密にしていたので行くことが困難なのかと思っていたのだ。

 

「やはり聞いておらんのか。ここからなら大体九八〇〇〇〇kmぐらいかの」

 

「「「「うわお」」」」

 

箱庭都市は恒星級の大きさを誇るこの世界最大の都市である。その距離ならば普通に行くのは困難どころか不可能だろう。

 

「九八〇〇〇〇kmってどれくらいだ?」

 

「ダァ?」

 

男鹿達には桁が違いすぎて分からなかったようなので古市が簡単に説明する。

 

「一〇〇mダッシュを九八〇〇〇〇〇回だ」

 

「多すぎだろ⁉︎」

 

流石に分かったようで男鹿も驚きの声を上げる。それと同時に古市は納得していた。

 

「それでわざわざ白夜叉さんは俺達に招待状を送ったんですね?遠い場所だから」

 

「そうじゃ。条件次第で路銀は私が支払ってやる。・・・秘密裏に話しておきたいこともあるしな」

 

白夜叉の言葉の最後だけ真剣な声音が宿ったので、問題児達は顔を見合わせて悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「場所は分かったから行こうと思えばアランドロンさんで行けると思うけど・・・それって楽しいこと?」

 

「さて、どうかの。まぁおんしら次第だな」

 

白夜叉は幼い顔に厳しい表情を浮かべ、本題に入る前に質問を投げかけてきた。

“ノーネーム”が魔王に関するトラブルを引き受けている噂のこと、そのリスクを理解しているかということだ。

それらをコミュニティの方針だとして告げると、白夜叉は納得して次の本題に入る。

 

北の“階層支配者”の一角が世代交代して、五桁・五四五四五外門のコミュニティ、“サラマンドラ”の新頭首にジンと同い年のサンドラが火龍として襲名して“階層支配者”になったこと。今回の誕生祭はそのお披露目も兼ねており、様々な事情から東の“階層支配者”である白夜叉に共同の主催者を依頼してきたこと。

さらに事情の具体的な内容を話そうとした白夜叉を、耀がハッとした仕草で制す。

 

「ちょっと待って。その話、あとどれくらいかかる?」

 

「ん?そうだな・・・短くともあと一時間ってところかの?」

 

「それって黒ウサギさんに追いつかれない?」

 

古市の言葉に他のみんなも気が付く。ちなみに遅れて合流した男鹿は何のことかさっぱり分かっていない。

 

「白夜叉‼︎ 今すぐ北側へ向かってくれ‼︎」

 

「む?別に構わんが、内容を聞かずに受諾してよいのか?」

 

「そっちの方が面白い‼︎ 俺が保証してやるしこっちの事情も追々話すから早くしてくれ‼︎」

 

十六夜の言い分を聞いた白夜叉は哄笑を上げて頷いた。

 

「そうか。面白いか。いやいや、それは大事だ‼︎ 娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからの‼︎」

 

白夜叉は両手を前に出し、パンパンと柏手を打つ。見た限り何も変化は訪れなかったが、五感に優れた耀がピクッと反応する。

 

「ーーーふむ、これでよし。お望み通りに北側に着いたぞ」

 

「「「ーーー・・・は?」」」

 

何となく気付いていた耀も含めて問題児三人は素っ頓狂な声を上げる。瞬間移動に慣れている男鹿達は特に驚きはしないが、次の瞬間には走り出していた三人に続いて店外へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

東と北の境界壁。

七人が店から出ると熱い風が頬を撫でた。高台にある支店からは彼らの知らない眼下の街が一望できる。

 

「赤壁と炎と・・・ガラスの街・・・⁉︎」

 

「へぇ・・・‼︎ 東とは随分と文化様式が違うんだな」

 

「男鹿、あれ見ろ‼︎ キャンドルスタンドが歩いてるぞ‼︎」

 

「マジか。一つ取って来るか?」

 

「アイィィ‼︎」

 

ゴシック調で黄昏色の街並みに、巨大なペンダントランプと歩くキャンドルスタンドを見ながらそれぞれ声を上げる。

 

「ふふ。違うのは文化だけではないぞ。外門から外は雪の銀世界が広がっていてな。それを箱庭の都市の結界と灯火によって常秋の様相を保っているのだ」

 

白夜叉は小さな胸を自慢気に張っている。白夜叉は東側の“階層支配者”だが、純粋に箱庭のことで驚いてもらえるのが嬉しいのだろう。

 

「今すぐ降りましょう‼︎ あのガラスの歩廊に行ってみたいわ‼︎ いいでしょう白夜叉?」

 

「ああ、構わんよ。続きは夜にでもしよう。暇があればこのギフトゲームにも参加していけ」

 

白夜叉が取り出したギフトゲームのチラシをみんなで覗き込んでいると、

 

 

 

「見ぃつけたーーーのですよぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 

 

ズドォン‼︎ と怒りの絶叫と着地の爆音と共に黒いオーラを纏った黒ウサギが現れた。顔は笑顔だが、背後に般若が浮かんでいるような錯覚を思わせる笑顔である。

 

「ふ、ふふ、フフフフ・・・‼︎ よおぉぉぉやく見つけたのですよ、問題児様方・・・‼︎」

 

「・・・え?なんで黒ウサギはキレてんの?お前ら何したんだよ?」

 

淡い緋色の髪を戦慄かせている黒ウサギを見て男鹿が冷や汗を流しながら小声で他の四人に質問する。

しかし、危機を感じ取った彼らは男鹿の質問を無視してそれぞれ行動を起こしていた。

 

「逃げるぞッ‼︎」

 

「逃がすかッ‼︎」

 

「え、ちょっと、」

 

十六夜は隣にいた飛鳥を抱きかかえ、耀は旋風を巻き上げて逃走を試みる。古市は男鹿を盾にしようとして静かに立ち位置を微調整していた。

 

「耀さん、捕まえたのです‼︎ もう逃がしません‼︎」

 

「わ、わわ・・・‼︎」

 

一足遅れて空へ逃げた耀のブーツを黒ウサギは大ジャンプで捕まえ、

 

「二人目ーーー貴之さんデスッ‼︎」

 

「きゃ‼︎」

 

「グボハァ‼︎」

 

逃げなかったが動きを見せた古市を見て、男鹿より先に捕まえておこうと耀を投げつける。二人は悲鳴を上げて後ろに吹っ飛んでいった。

 

「さぁ、三人目は辰巳さんデスカ?」

 

「待て待て‼︎ だから俺は何も知らねーんだよ‼︎」

 

事情を全く理解していない男鹿が慌てて黒ウサギに止まるように言う。

今の黒ウサギはヤバイ。

そう思って知らないことを正直に言ったところ、

 

「だったら残りの御二人を捕まえるのを手伝ってください」

 

という条件付きで信じてもらえるようだった。いや、信じる信じないというよりも人手が欲しいといったところか。

 

「いや、だからってなんで俺がそんなことしなくちゃなんねぇんだよ」

 

・・・・・。

一瞬その場が沈黙に包まれたが、

 

「だったら残りの御二人を捕まえるのを手伝ってください」

 

「うおっ‼︎ リピート⁉︎ あぁもう、分かったよ‼︎ 手伝えばいいんだろ手伝えば‼︎」

 

このままではドラクエよろしく会話が無限ループしそうだったので、仕方なしに捕まえる手伝いをすることになった。

 

「ではレティシア様、ヒルダ様、後はお願いします‼︎」

 

は?と残りの二人を捕まえるべく走り去った黒ウサギを見ながら男鹿が疑問に思っていると、

 

「では私は古市と春日部に付いておこう」

 

「了解した。辰巳、いきなりで悪いが飛んでいくぞ」

 

黒い翼を生やして飛んできたレティシアが男鹿の後ろに張り付き、そのまま男鹿を抱えて飛び立つ。

 

「うおぉぉぉ⁉︎ レティシアか⁉︎ どっから出てきた⁉︎」

 

「空からだな。走っていくより飛んでいった方が効率的に探せるのでこのまま行くぞ」

 

確かに空からの方が探しやすいのは明白なので、休憩を挟みながら屋根の上を走っている黒ウサギと二人を探し回っていたのだが、突如として黒ウサギが走る方向を変えて速度を上げていく。

その先を視線で辿っていくと十六夜と飛鳥が龍のモニュメントの前で休憩している姿があった。

 

「やっと見つかったか」

 

「我々も行くぞ。二手に逃げた場合は私が飛鳥を、辰巳が十六夜を頼む。空中で離しても問題ないな?」

 

「ああ。さっさと捕まえて終わらせるぞ」

 

 

 

 

 

 

「「断る‼︎」」

 

近付いていくと十六夜と飛鳥の拒否する声が聞こえ、それぞれ別方向に逃げようとしていた。どうやら黒ウサギは説得に失敗したようだ。

男鹿とレティシアは予定通りに二手に分かれて追跡を始める。まぁ逃げられることを前提に動いていたレティシアは男鹿を落とすのではなく投げたと言ってもいいので、男鹿はちょうどスタートダッシュを決めた十六夜の前に落ちる形となった。

 

「おっと、危ねぇ危ねぇ‼︎」

 

ザザザァァ‼︎、と投げられた男鹿とダッシュを止めた十六夜の靴底が地面を滑っていく。黒ウサギと男鹿に挟まれる形になった十六夜はその場から跳躍して屋根に上り、二人も続いて跳躍する。

十六夜は距離を取って不敵に笑いながら二人と向かい合う。

 

「オイオイ、男鹿は俺達を裏切って鬼役をするのかよ?」

 

「ああ。逃げるのは趣味じゃないんでな」

 

「もう逃がしません‼︎ 黒ウサギは十六夜さんを捕まえてお説教します‼︎」

 

“ノーネーム”の戦闘力トップ3と言っても過言ではない三人がここに対峙する。しかしこの状況で十六夜が考えていたのは逃げることではなく、いかにしてこの状況を自分好みにしようかということであった。

 

「俺はただ捕まえられても説教なんて聞かないぜ?」

 

もちろんこれは嘘である。プライドが人一倍高い十六夜だからこそ、負ければ大人しく黒ウサギの説教を聞くだろう。この一言はあくまで話を誘導するための布石である。

 

「とはいえ質の悪い冗談に謝罪の気持ちがないとは言わない。そこで提案なんだが、俺達で短時間の別ゲームをしないか?」

 

「あ?ゲーム?」

 

「そうだなぁ。黒ウサギには審判をしてもらって俺と男鹿の二人で鬼ごっこを続けるってのはどうだ?謝罪代わりに、そっちのチップは無しでいい。こっちのチップはーーーうん、二人に一回分の命令権とかでどうだ?」

 

十六夜の提案に黒ウサギは息を飲んで驚きウサ耳を跳ねさせる。

()()十六夜が一対一にしてもらう形になるとはいえ、負ければ自分に首輪を二つも着けていいと言っているのだから無理もない。

 

「黒ウサギは構いませんが・・・しかし、ギフトゲームをするならば対等の条件でのみ行われるべきです」

 

つまり、自分が審判をするならば十六夜と男鹿だけで互いに一つずつ首輪を賭けるべきだというのだ。

 

「俺はなんでもいいぜ。お前とはガチでやってみたかったしな」

 

男鹿も異論はないようで、物騒に笑いながらすでに戦闘態勢に入っている。“鬼ごっこ”だということを理解しているのかは甚だ疑問である。そんな男鹿に釣られるように十六夜も笑う。

 

「いいぜ。ゲーム成立だ」

 

問題児と子連れ番長の出会いから約一ヶ月。

“火龍誕生祭”にてついに男鹿と十六夜、“ノーネーム”のトップ戦力である二人が激突する。




今回はここまでです。

ルール付きとはいえ、いよいよ男鹿VS十六夜‼︎
え?鬼ごっこで?と思った方もいるとは思いますが楽しみにしてて下さい‼︎


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男鹿vs十六夜

いよいよ二人の対決です‼︎

今回はゲームだけなので少し短いですが、それではどうぞ‼︎


騒ぎを聞きつけた住人達が見上げる中、屋根に立つ男鹿と十六夜が対峙し、黒ウサギは審判として少し離れたところに待機している。

 

 

【ギフトゲーム名 “悪魔の王と人類の至高”

・ルール説明:ゲーム開始のコールはコイントス。参加者がもう一人の参加者を“手の平”で捕まえたら決着。敗者は勝者の命令を一度だけ強制される。

 

宣誓:上記のルールに則り、“男鹿辰巳”・“逆廻十六夜”の両名はギフトゲームを行います。】

 

 

男鹿と十六夜が宣誓を交わすと、羊皮紙が一枚ずつ二人の手元に舞い落ちてきた。

 

「それはコミュニティ間の決闘ではなく個人の間で取引される“契約書類”で、決着と同時に命令権へと変化します」

 

黒ウサギの説明を聞きながら二人は内容を確認している。

 

「コインが地面に着くと同時に開始だな?」

 

「Yes。トスは黒ウサギが行うのですよ」

 

「いいぜ。さっさと始めてくれ」

 

男鹿の言葉に従って黒ウサギはコインを取り出した。

二人が集中しているのを確認した黒ウサギはコインをトスし、緊張した面持ちで開始を待つ。

 

ーーー・・・キン‼︎、という金属音と同時に爆発的なスタートダッシュで二人同時に前方へと疾走する。

黒ウサギは一瞬だけ二人の大衝突を覚悟して冷や汗を流したがそうはならなかった。

 

二人とも()()()()()()()()()()()()()()()、衝撃を撒き散らしながら反発していく。しかし、お互いに本気ではないとはいえただの力比べならば鉄筋コンクリートを砕ける男鹿よりも山河を砕ける十六夜の方が圧倒的に分があり、男鹿の方が体勢の崩れは大きい。

先に体勢を立て直した十六夜が、男鹿を転倒させようと崩れた足に蹴りを放つ。それを避けるために男鹿は体勢を立て直すのをやめてバク宙の要領で大きく跳び上がり、空中に斜めに紋章を出して着地。膝をバネに重力を味方につけて殴り掛かった。

十六夜が避けても避けなくても男鹿が殴れば衝撃で屋根が砕けるのは目に見えており、足元を崩されると判断して十六夜は別の屋根に跳び移って距離を取る。男鹿は十六夜が跳び移ったことによって屋根を殴ることを止め、着地の衝撃だけが伝わって屋根は砕かれずに表面が割れるだけとなった。

 

ここまでを開始から息もつかさずに行った二人は、道を挟んだ屋根の上で次の動作に備えている。

そこへ審判をしていた黒ウサギが慌てて声を掛けた。

 

「ちょ、ちょっとお待ちください‼︎ これが“鬼ごっこ”だって御二人とも理解していますか⁉︎」

 

「さっきも言ったが逃げるのは趣味じゃねぇ」

 

「正直オレも好みじゃないし、別にルール違反でもないだろ。それに知らないのか?鬼ごっこの必勝法は鬼を倒しちまうことなんだぜ?」

 

十六夜はニヤリと笑いながら横暴なことこの上ない必勝法を告げる。だが事実として“相手に攻撃してはならない”というルールが設定されていない以上、黒ウサギ個人としては止めたくても審判としては止めることができない。

 

「さぁ続きといこうぜ、男鹿」

 

「あぁ、いいぜ」

 

またもや両者同時に跳び出す。空中で先程と同じようにぶつかるかと思われたが、男鹿が紋章を出して跳躍。十六夜の頭上を跳び越して前方宙返りによる回転の遠心力を加えて後頭部に踵落としを食らわせた。

十六夜は空中で身動きが取れないことと男鹿のアクロバットな動きに対処できず、地面へと叩きつけられて土煙を上げる。

 

「ーーーこの程度じゃてめぇはくたばらねぇだろ」

 

右手に雷撃をまとい、土煙の中心に当たりを付けて魔王の咆哮(ゼブルブラスト)を放つ。

相手がただの人間ならば過剰攻撃となり致命傷となってもおかしくない。

 

 

 

「ーーーハッ、しゃらくせぇ!!!」

 

 

 

が、十六夜はただの人間には程遠いのだ。

腕の一振りで雷撃と辺りに舞っている土煙を霧散させる。土煙が晴れたそこには、服に汚れは付いているものの擦り傷程度の軽傷を負っただけの十六夜が堂々と立っていた。

 

「ついうっかりしてたぜ。空中で動ける相手に空中戦を仕掛けるなんざ間抜けもいいところだ」

 

言葉だけならば自分を罵っているような感じだが、表情は実に楽しそうに笑っている。無理もないことかもしれないが、十六夜は自分と真正面から戦える相手に歓喜していたのだ。

箱庭にきて戦ったアルゴールは弱体化していたし、白夜叉には圧倒的な実力差を戦う前に見せつけられた。確かに十六夜は男鹿よりも速いし力もあるかもしれないが、男鹿はベル坊の力と技、経験によって対等に等しい相手となっている。

そんな男鹿を相手にして浮かれるなという方が無理だろう。

 

「これはお返しーーーだッ‼︎」

 

男鹿が下に避けるように上半身に狙いをつけ、地面が砕けてできた石を連投する。男鹿も単発ならば上体を逸らすだけで十分に避けられるのだが、それだけでは避けられない角度で的確に、避ける方向にも連投されては降りざるを得ない。

そこをすかさず十六夜は殴りに掛かり、それを男鹿が迎え討つ。拳、肘、膝、足と平手は一切使わずに殴り、防ぎ、躱していく。この勝負は“鬼ごっこ”という名目で始められたが、中身は決闘そのものである。捕まえて終わらせるなどという安易な考えは、既に二人の中には存在していなかった。

 

男鹿は日頃の戦闘経験から十六夜の動きを予測して攻撃をいなしつつ打ち合っていたが、スピードで勝る十六夜にとうとう一手遅れてしまう。

 

「吹っ飛べ‼︎」

 

そこを十六夜はアッパーで顎を打ち抜いて時計塔まで吹き飛ばし、さらに追撃をかけた。時計塔に激突して口から血を流している男鹿へと一直線に突撃してきた十六夜をなんとか躱し、躱された攻撃は時計塔を無残な瓦礫へと変貌させる。

 

二人は大きめの瓦礫を足場に、落下しながら三次元で殴り合いを続けていく。

 

「ゼブル・・・」

 

男鹿は十六夜との間にある瓦礫へと向けて紋章を乗せる。

それを見た十六夜は膝を曲げて跳躍の構えを取る。

 

「・・・エンブレムッ!!!」

 

爆発により散弾と化した瓦礫を十六夜は下へ跳躍することで避け、着地と同時に落下する瓦礫をバックステップで回避していく。

遅れて地面へと着地した男鹿も落下する瓦礫を後方へと回避し、必然的に十六夜との距離が開いてしまう。

 

「ハアァァ‼︎」

 

「オラァァ‼︎」

 

開いた距離を助走をつけて接近し、再び攻防を繰り広げようとーーー

 

 

 

「そこまでだ貴様ら‼︎」

 

 

 

したところで中断されてしまう。

気付けば三人の周りには騒ぎを聞きつけた北側の“階層支配者”ーーー“サラマンドラ”のコミュニティが集まっていた。

 

「せっかくいいところだったのに、何なんだよいったい」

 

ヒートアップしてきたのに邪魔が入って不機嫌そうになる十六夜に対し、“サラマンドラ”によるゲームの中断によって今まで審判として黙っていた黒ウサギが抗議する。

 

「何なんだよ、ではありません‼︎ 御二人ともやり過ぎなんですよ‼︎ 周りを見て下さい‼︎」

 

言われて二人が見回すと、崩壊した時計塔、雷撃爆撃落石人体落下などによってひどいことになっている地面、軽微ながら割れた屋根とこの区画だけ嵐のような被害を受けていた。

 

「あーあ、こりゃひでぇな」

 

「他人事みたいに言わないでください‼︎」

 

黒ウサギは痛くなってきた頭を抱えたくなる衝動を抑え、二人の腕を掴んで“サラマンドラ”へと投降するのだった。




今回はここまでです‼︎

十六夜との対決は本気の喧嘩ではないのでミルクは使わない方向でした。本気ではないので二人はお互いに重傷を負わせない程度に加減をしています。
イメージとしては“ごはんくんのヒーローショー”の時の東条との喧嘩が近いです。

次の投稿を今まではある程度予告していましたが、本気で不定期になりつつあるので予告はやらないことにします。
一週間に一話は必ず投稿、投稿できない時は報告、という形にします。

それではまた今度‼︎


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嵐の前の一時

お久しぶりです‼︎
前回は男鹿と十六夜の独壇場だったので今回は出番少なめです。
それではどうぞ‼︎


祭りの裏側で男鹿達がゲームをし、飛鳥が“ラッテンフェンガー”のコミュニティを名乗るとんがり帽子の精霊と祭りを見て回っていた時刻。祭りの表側では白夜叉が勧めていたチラシのギフトゲーム、“造物主達の決闘”の準決勝枠が争われていた。

 

『そこやお嬢おおおお!!! 悪魔のねーちゃんも今やああああ‼︎ 蹴飛ばして切り刻んだれぇぇええ!!!』

 

「痛い痛い痛い‼︎ 興奮してんのは分かるけど頭の上で暴れんな‼︎」

 

レティシア達についてきた三毛猫がセコンドにいる古市の頭の上で叫ぶ。今回の“造物主達の決闘”は例年よりも参加者が多く、一日目に四ブロックの予選から四名が準決勝へと進み、二日目に準決勝・決勝を行うことになったのだ。これに耀とヒルダも参加している。

 

「これで、終わり・・・‼︎」

 

一つのブロックでは耀が自動人形の巨岩兵を倒し、

 

「ふん、他愛もないな」

 

また他のブロックではヒルダが自立飛行型の群体ブーメランを全て叩っ斬って準決勝枠を掴み取った。もう二つの準決勝枠は既に決まっているのでこれで予選は終了である。

 

『いや〜、さすがお嬢やで‼︎ 悪魔のねーちゃんも強いなぁ』

 

舞台から帰ってきた耀とヒルダに三毛猫が声を掛ける。

 

「私が強いのではなく相手が弱いのだ」

 

「へ?何がですかヒルダさん?」

 

帰ってくるなり独り言を呟くヒルダに古市は疑問に思うが、意味が分かる耀の反応は大きかった。耀はヒルダが三毛猫と普通に会話しているので信じられないような目でヒルダに問いただす。

 

「ヒルダさん、三毛猫の言葉が分かるの?」

 

「ん?あぁ、理解しているぞ」

 

「え⁉︎ 今ヒルダさん三毛猫と喋ってたんですか⁉︎ そんな素振り今まで一度も見せなかったのに」

 

「この猫が私に喋り掛けてこなかったからな。仕方あるまい」

 

それが当たり前だというように打ち明けてくる。確かにヒルダが動物といるのはアクババぐらいしか古市の記憶にはない。

因みにアクババとは魔界の怪鳥である。

 

「魔界の人って動物の声が分かるんですか?」

 

「いや、耳にこの翻訳丸薬を詰めることで言語を変換している。地球では使用していなかったのだが、箱庭には人間以外もいると聞いて念のためな」

 

自分の耳から小さな丸い物体を取り出して二人に見せる。翻訳丸薬とは魔界でも高名な医者であるフォルカスの秘伝の一つである。こんなものを作れるのなら医者よりも科学者の方が向いているのではないかと思ってしまう古市ではあるが、興味があるのでスルーした。

 

「そんなもんがあるんですか⁉︎ 俺にも一つ下さいよ‼︎」

 

「別にいいぞ。ホレ」

 

そう言って投げ渡された丸薬を耳に詰める古市。

 

『なんや?そんなんでワシらの言葉が分かるんかいな?』

 

「おお、マジで分かるぞ⁉︎ 改めてよろしくな三毛猫‼︎」

 

『おう、よろしくな地味なにーちゃん‼︎』

 

「お前俺のことそんな風に言ってたの⁉︎」

 

発覚した新たな事実に今度はツッコむ。

その後、決勝のゲームルールの説明をもって本日の大祭はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

「随分派手にやったようじゃの、おんしら」

 

“火龍誕生祭”一日目が終わり、男鹿達が暴れた街の区画から所変わって運営本陣営の謁見の間にて。連れて来られた二人を見た白夜叉の第一声がこれである。ちなみにその張本人達は反省の色もなく、同行してきた黒ウサギとジンの頭を抱えさせている。

 

「ふん‼︎ “ノーネーム”の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな‼︎ 相応の厳罰は覚悟しているか⁉︎」

 

「これマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろ?」

 

男鹿達を連れてきたサンドラの兄であり側近の男、マンドラが鋭い目つきで高圧的に見下しているので白夜叉が窘める。

“火龍誕生祭”の主賓であるサンドラが玉座から立ち上がって声を掛けた。

 

「“箱庭の貴族”とその盟友の方。此度は“火龍誕生祭”に足を運んでいただきありがとうございます。今回の一件ですが、白夜叉様のご厚意による修繕と負傷者がいなかったことから私からは不問とさせていただきます」

 

誕生祭の主賓、サンドラによって許しを得たことに安堵する二人。もちろん黒ウサギとジンである。

暴れた当の本人達は自由に感想を述べていた。

 

「へぇ?太っ腹なことだな」

 

「いや、俺の経験上タダのやつ程ロクなもんはねぇ」

 

以前にベル坊がオモチャの車を欲しがり、タイミング良く大魔王から送られてきたが暴走して大変なことになったのがいい例である。

 

「いやいや、タダではないぞ?ここに来るための路銀と合わせて修繕の費用は昼間に話した依頼の前金報酬とでも思っておくが良い」

 

そう言うと白夜叉、サンドラ、マンドラ以外のそれぞれの同士に目配せをして下がらせる。どうやら依頼の内容を話してくれるようだ。

 

「おんしらに依頼したい内容とは誕生祭に流れている噂についてだ」

 

「噂?」

 

十六夜が疑問を呈すると白夜叉は全員の顔を見回した後、懐から一枚の封書を取り出した。

 

「この封書におんしらを呼び出した理由が書いてある。・・・己の目で確かめるがいい」

 

怪訝な表情のままに十六夜は封書を受け取り、内容に目を通す。内容を確認した十六夜はなんとも微妙な表情になって男鹿へと視線を向ける。

 

「なんだよ?」

 

「十六夜さん、いったい何が書かれているのです?」

 

男鹿だけでなく黒ウサギも不思議に思って十六夜へと質問をする。

渡された封書には簡潔に一文、こう書かれていた。

 

 

 

『火龍誕生祭にて、“魔王襲来”の兆しあり』

 

 

 

確認した黒ウサギとジンも十六夜と同じような表情になって男鹿ーーーというよりもベル坊へと視線を向ける。十六夜の言いたいことが分かったのだ。

 

“これ噂じゃなくて事実じゃね?”と。

 

「オイ白夜叉。これもう起こった出来事とかじゃねぇよな?」

 

そう、十六夜とのゲームの余波ではあるが魔王が北側の区画の一つを襲ったと言えなくもない損害を出しているのだ。

 

「いや、そっちのベルゼブブの息子とは関係ないから安心しろ」

 

白夜叉も言いたいことを理解したようで苦笑しながら否定する。しかし、白夜叉の何気ない一言にサンドラとマンドラは驚愕していた。

 

「ベルゼブブの血縁だと⁉︎ 何故そんな大物魔王の関係者がこんな所にいるのだ⁉︎」

 

「落ち着けマンドラ。後できちんと説明してやるから今は依頼についてだ」

 

帯刀していた剣を握って構えているマンドラを抑えて白夜叉が続ける。

渡された封書は“サウザンドアイズ”の一人が未来予知したもので、犯人も犯行も動機も全てが分かるというものらしい。ベル坊が関係ないと言い切ったのはつまりそういうことだ。それなのに未然に防げないのは、相手が名前を出すことができない立場ーーー“階層支配者”が魔王と結託している可能性があるからだ。しかし目下の敵は予言の魔王である。白夜叉は自身の“主催者権限”によって対魔王の対策を立てているが、もしもの時は白夜叉が魔王と戦うため“ノーネーム”には露払いを頼みたいとのことだ。

だが、男鹿と十六夜は露払いの戦いだけでなく魔王とも戦いたいので、白夜叉に隙あれば魔王の首を狙う許可をちゃっかりともらうのだった。

 

 

 

 

 

 

その後、祭り中にネズミに襲われたという飛鳥とレティシア、試合で汗をかいた耀とヒルダが合流して黒ウサギと白夜叉を含めた女性陣でお風呂に入っている。

お風呂から早くに出ていた男性陣は来賓室で“サウザンドアイズ”の女性店員を交えて歓談していた。

 

「へぇ、こんなもんが翻訳機になんのか」

 

「この小ささでその性能ですか・・・興味深いですね。“サウザンドアイズ”で売りませんか?量産できればお互いに利益に繋がりますよ?」

 

「いえ、秘伝とかなんとか言ってたからどうでしょうね」

 

話題の中心になっているのは昼間に出てきた翻訳丸薬である。

本来、異種族との意思疎通は神仏の眷属として言語中枢を与えられるか相応のギフトがなければ難しい。翻訳丸薬による幻獣との意思疎通が可能かは確認していないが、かなり貴重なものには変わりない。

 

「あら、そんなところで歓談中?聞いたわよ、魔王が来るんですって?」

 

本格的な交渉に入ろうかというところで浴衣を着た女性陣がお風呂から出てきた。どうやら白夜叉から入浴中に今回のことを説明されていたようだ。

 

「おぉ、これはなかなかいい眺めだ。そうは思わないかお前ら?」

 

「流石だな逆廻。やっぱりお前もそう思うか?」

 

十六夜が湯上がりの女性陣を見て男性陣に感想を聞く。答えたのは何故かどや顔の古市だけで、男鹿とジンは顔を見合わせて“?”となっている。

 

「黒ウサギやヒルダ、お嬢様の薄い布の上からでもわかる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だ」

 

「だがスレンダーながらも健康的な素肌の春日部さんやレティシアさんの髪から滴る水も色気がある」

 

「それだけじゃない。滴る水が鎖骨のラインを流れ落ちる様は視線を自然に慎ましい胸の方へと誘導する」

 

「その結果、はだけた浴衣から覗く上気した桃色の肌をさらに際立たせるのは確定的にーーー」

 

スパァーン‼︎

ゴスッ‼︎

 

目の前でエロ談義を始めた二人へと強めのツッコミが入る。

前者は黒ウサギと飛鳥が風呂桶を十六夜へと投げつけ、後者はヒルダが古市の頭を傘で殴った音だ。

 

「変態しかいないのこのコミュニティは⁉︎」

 

「白夜叉様も十六夜さんも貴之さんもみんなみんなお馬鹿様ですッ‼︎」

 

「この男もキモ市と同類だったか」

 

「ま、まぁ三人とも落ち着いて」

 

慌てて宥めるレティシアと無関心な耀である。黒ウサギの言いようだと白夜叉にも同じようなことを言われたのだろう。その白夜叉は同好の士を得たように十六夜と古市と握手をしている。

 

「・・・君も大変ですね」

 

「・・・はい」

 

「お前ら、こういうのは気にしてたらキリがねぇぞ?」

 

男鹿は女性店員とジンが組織の問題児という共通の悩み事に共感しているのを見て、置いてあった煎餅を食べながらコメントする。そして勝手に煎餅を食べている男鹿の姿を見て、ジンはさらに頭を抱えるのだった。




更新速度が落ちた分、一話が少し長めになってきていますね。

今回は秘密道具の一つ、翻訳丸薬が登場しました‼︎
異種族とも話せるグレードアップ版です。

あと、ベル坊が三毛猫と同じ位の存在感になっているのはどうにかできないものか・・・


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魔王襲来

今回は導入部となるので残念ながら大きな進展はないです。

それではどうぞ‼︎


“火龍誕生祭”の二日目。

“ノーネーム”はサンドラの取り計らいにより“造物主達の決闘”を運営側の特別席で見れることになった。

 

「おい古市。何でヒルダの奴はこのゲームに出たんだ?」

 

男鹿が舞台を見ながら古市に問う。ヒルダは無駄なことには参加したりしないので不思議に思ったのだ。

 

「これに勝ったら豪華景品がもらえるだろ?クリスマスのリベンジだってさ」

 

箱庭に来るほんの数日前、男鹿達の世界はクリスマスでベル坊のプレゼントのために奮闘したのだが結果は市販のお菓子になってしまったので今度こそは、ということである。

 

「ねぇ白夜叉。春日部さん達の相手はどんなコミュニティなの?」

 

「それはもう少しのお楽しみだ。まぁ名前ぐらいは教えてやれるが」

 

パチン、と白夜叉が指を鳴らすとその場の“ノーネーム”のみんなにギフトゲームの羊皮紙が現れる。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”にーーー“ラッテンフェンガー”ですって?」

 

飛鳥は膝の上の精霊を見て目を丸くする。何を隠そう、この精霊は自らを“ラッテンフェンガー”のコミュニティだと名乗っていたのだ。

 

「へぇ・・・“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”ね。じゃあ春日部達の相手はハーメルンの笛吹き道化ってところか?」

 

対戦相手に思考を巡らせていただけの十六夜だが、“階層支配者”二人はそれを聞いて雰囲気を鋭くする。ここが目立つ特別席でなければ驚愕して十六夜に詰め寄っていたかもしれない。

十六夜はその変化に気付いて怪訝そうに顔を二人へと向ける。

 

「どうしたんだ?」

 

「いや、今おんしが言った名前ーーー“ハーメルンの笛吹き”はとある魔王の下部コミュニティだったものの名なのだ」

 

「ーーーへぇ?」

 

その言葉を聞いた十六夜は怪訝な顔をやめて瞳を鋭くする。

 

「それってあれだろ?笛吹きの男がハーメルンの街に溢れたネズミを操って駆除するけど、街の人がお礼をしなかったから子供を攫ったってやつ」

 

「まぁそれは童話向けに伝わった内容だが、概ねその通りだ。“ラッテンフェンガー”はドイツ語でネズミ捕りの男って意味でな、ネズミを操ったことから“ハーメルンの笛吹き”を指す隠語でもある」

 

古市の説明を十六夜が補足する。

その説明を聞いて飛鳥は静かに息を呑んでいた。

 

(ネズミを操る道化師・・・ですって?まさか昨日のネズミは・・・)

 

実は昨日襲われた時、ネズミ相手に飛鳥の“威光”が通用しなかったのだ。その原因が既に自分よりも影響力のある者の支配を受けていたからだとすれば納得がいく。

 

「その魔王は敗北してこの世を去ったと聞きましたが・・・魔王の残党が忍んでいる可能性は高いですね」

 

「そのようだな。我らのゲームに泥を塗られぬように監視を付けた方がいいだろう」

 

サンドラとマンドラの二人で話を進めているうちに“造物主達の決闘”の開始時刻となる。

 

 

 

 

 

 

最初の試合は“ノーネーム”の春日部耀と“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャ=イグニファトゥスの二人の対決となった。

“ウィル・オ・ウィスプ”は一つ上の六桁の外門からの参加者で、白夜叉曰く、まず勝ち目はないそうだ。そんな中でも耀は最初のうちは善戦していたのだが、苦戦しだした相手は“ウィル・オ・ウィスプ”の代名詞とも呼べる生と死の境界に現れた悪魔、ウィラ=ザ=イグニファトゥス作のジャック・オー・ランタンを出してきた。

ジャック・オー・ランタンは不死の怪物にして地獄の業火を操るカボチャのお化けである。少なくとも今の自分では勝ち目がないと判断した耀は、静かにゲーム終了を宣言して負けを認めたのだった。

 

「負けてしまったわね、春日部さん」

 

「ま、そういうこともあるさ。気になるなら後で励ましてやれよ」

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”は格上だったのだ。それを相手に一人で善戦したのだから落ち込む必要はない」

 

耀が負けたことに飛鳥は気落ちしていたが、十六夜は軽快に笑い、白夜叉は慰めるように声を掛けていた。

 

「春日部さんの分もヒルダさんには勝ってもらいたいよな。なぁ男鹿。・・・男鹿?どうした?」

 

古市が話を切り替えて、次のヒルダの試合の話を男鹿に振ったのだが返事がない。疑問に思って男鹿を見ると、男鹿の視線は舞台ではなく箱庭の空に向けられている。

 

「・・・白夜叉。アレもイベントの一つか何かか?」

 

「何?」

 

男鹿に言われて視線を辿ると、空から雨のように黒い封書がばら撒かれていた。審判をしていた黒ウサギが気付いてすかさず手に取る。

封書には笛を吹く道化師の印が入った封蝋がされており、開封された中には黒く輝く“契約書類”が入っていた。

 

 

【ギフトゲーム名 “The PIED PIPER of HAMELIN”

・プレイヤー一覧:現時点で三九九九九九九外門、四〇〇〇〇〇〇外門、境界壁の舞台区画に存在する参加者、主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側ホスト指定ゲームマスター:太陽の運行者・星霊、白夜叉。

 

・ホストマスター側勝利条件:全プレイヤーの屈服、及び殺害。

 

・プレイヤー側勝利条件:一、ゲームマスターを打倒。二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

・舞台ルール:転移での移動ならばどのような条件であってもゲームテリトリーへの干渉を可能とする。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

“グリムグリモワール・ハーメルン”印】

 

 

数多の黒い封書が舞い落ちる中、観客席の中から弾けるような叫び声が上がった。

 

「魔王が・・・魔王が現れたぞオオオォォォーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

いきなり始まった魔王とのゲーム。本陣営のバルコニーから状況の確認をしようと動き出したが、突如として発生した黒い風が白夜叉を包み込んでいく。

 

「な、何ッ⁉︎」

 

「白夜叉様⁉︎」

 

驚きつつも白夜叉の近くにいたサンドラが手を伸ばすが、発生した黒い風がそれを阻み、バルコニーにいた全ての者を弾き飛ばすように吹き荒れる。空中に投げ出された飛鳥を十六夜が、古市を男鹿が掴まえて着地するも“サラマンドラ”の人達とは離れてしまった。

そこへ舞台の方にいた黒ウサギ達が合流する。

 

「魔王が現れた。・・・そういうことでいいんだな?」

 

「はい」

 

十六夜の確認を黒ウサギが真剣な表情で返す。その場のメンバーに緊張が走るが止まっているわけにはいかない。

そんな中、緊張なんて微塵も感じていない男鹿が動く。

 

「んじゃ、サクッとぶっとばしてくるか」

 

「まぁ待て。先に役割分担をしとくぞ。飛ばされた“サラマンドラ”の連中も気になるしな」

 

十六夜の提案に特に文句はないので男鹿は大人しく待機する。そもそもまだ魔王を確認していないのに男鹿は一人でどこに行くつもりだったのだろうか。

 

「では黒ウサギがサンドラ様を探しに行きます。その間は十六夜さんと辰巳さんとレティシア様の三人で魔王に備えてください。ジン坊っちゃん達は白夜叉様をお願いします」

 

ジンとレティシアは頷くが飛鳥は不満そうだ。“ペルセウス”の時と続けて脇役ともなれば面白くないのだろう。だが、大事な役割であることには変わりないのでそれぞれの役割を確認してから走り出す。

 

「見ろ‼︎ 魔王が降りてくるぞ‼︎」

 

逃げ惑う観客の声を聞いて境界壁の方へと目を向けると、四つの人影が落下してきているのが見えた。

 

「魔王様のお出ましだ。黒い奴と白い奴は俺が、デカイのと小さいのは任せたぜ‼︎」

 

そう告げて十六夜は舞台会場を砕く勢いで境界壁に向かって跳躍した。

 

「俺も()るなら黒い奴がいいんだがな」

 

残された男鹿がボヤく。男鹿は女子供を本気で殴るのは趣味ではないので、喧嘩するなら少女やわけの分からないデカブツより黒い服の男の方がよかったのだ。

 

「文句を言うな主殿。行くぞ」

 

「その主殿っての、むず痒いからやめろ」

 

またもボヤきながら黒い翼を生やしたレティシアと共に紋章で空中を加速していくのであった。




とうとう“黒死斑の魔王”戦です‼︎
といっても本格的な戦闘はまだ先なので気長に待っていてください。


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魔王との対峙

今回は過去最長になってしまいました。
二つに分けようとも考えましたが、週一なんでこれでいいかと投稿しました。

それではどうぞ‼︎


男鹿とレティシアは落下してきた陶器の巨兵と斑模様のワンピースを着た少女と空中で対峙していた。

 

「私が少女と戦う。辰巳は巨兵を頼む」

 

「おう。そっちも無理すんじゃねぇぞ」

 

元々、少女と戦うのは気乗りしなかったので素直に言うことを聞いて二手に分かれる。しかし、眼前の巨兵ーーーシュトロムを前にした男鹿は、

 

「こりゃワンパンで終わりだな」

 

気の抜けた顔でそう評価した。

シュトロムは全身の風穴から空気を吸い込んで大気の渦を創り上げ、周囲の瓦礫を吸収・圧縮して臼砲のように撃ち出している。だがその程度の瓦礫、昨日戦った十六夜の投石の方がより速くて的確だった。

 

「BRUUUUUUUUUUM‼︎」

 

シュトロムへと向かってきた男鹿に照準をつけて空気を吸い込んでいく。その風を利用して急加速しながら接近する男鹿へと瓦礫が襲い掛かるが、男鹿は難なく回避して懐に攻め込んだ。

紋章を足場に体幹を安定させ、右腕を引き絞るように後ろへ引き、

 

「ーーーじじい直伝、撫子」

 

コンッ、といつも男鹿が振るっているような破壊的な衝撃音に比べて静かな一撃を放った。その一撃でシュトロムにピシッ、と縦に亀裂が走り、真っ二つに割れて地面に落下していく。

 

心月流の基礎の技、撫子。

衝撃を分散させずに一点に集中させる当身で、“鎧徹し”とも呼ばれる技である。心月流の当主であるじじいーーー邦枝一刀斎に教わった唯一の技だ。また散弾にしてしまうと被害が何処に出るか分からないので、余裕がある分被害を最小限に抑えたのだ。

 

「張り合いがねぇ、もうちょっと根性見せろよな」

 

呆気なく終わってしまった戦いにがっかりする男鹿であった。

 

 

 

 

 

そんな男鹿をレティシアと戦っている少女が余裕綽々とした態度で見ていた。

 

「あら、シュトロムを一撃で破壊するなんて・・・それにあの赤ん坊と紋章術。あの男が男鹿辰巳のようね」

 

何やら男鹿のことを分析しているようだが、今の発言は聞き捨てならない。

 

何故この少女は男鹿のことを知っているのか。

どうやって紋章術という稀有な力を知ったのか。

 

疑問は残るが、こちらの実力を過小評価して余所見をしている今が好機と判断したレティシアは髪からリボンを解いて力を解放。大人姿になったレティシアはギフトカードから長柄の槍を取り出した。

 

「戦いの最中に敵から視線を外すとは舐められたものだな」

 

疾風の如き一刺しで少女の胸を貫こうと突撃する。その槍がまさに貫くと思われた刹那、

 

 

 

「心外ね、私は貴女を舐めてなどいないわ。ーーー純粋な実力の差よ」

 

 

 

避ける素振りも見せずに黒い風で槍を受け止めた。その黒い風は更に広がっていきレティシアを捕縛する。

レティシアは急いで抜け出そうとするが力が入らず、徐々に意識が蝕まれていった。

 

「さすが純血のヴァンパイアってところかしら?まだ意識があるなんてね。貴女はいい手駒になりそう」

 

くすり、と笑う少女。

レティシアを覆う黒い風が濃度を増していく中、横から紅と黄の閃光が挟み込むように少女に迫る。

気付いた少女は黒い風を纏った両手を左右に突き出して相殺した。

 

レティシアはその際に拘束する力が弱まった隙を突いて腕を振り払い距離を取ったが、全身に力が入らず空中に留まることができない。

そんな無防備な状態で落下するレティシアを男鹿が空中で横抱きに受け止めた。

 

「おい、大丈夫かレティシア?」

 

「辰巳・・・悪い、油断した」

 

いつもより弱々しいが返事をするレティシアに内心ホッとする。

攻撃を受けた少女は視線を横へと向けていた。

 

「・・・そう、ようやく現れたのね」

 

そこには男鹿と共に少女を攻撃をした北側の“階層支配者”ーーーサンドラが龍を模した炎を身に纏った姿で浮遊していた。

 

「・・・目的はなんですか、ハーメルンの魔王」

 

「あ、ソレ間違い。私のギフトネームの正式名称は“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”よ」

 

少女は律儀に自己紹介をしてから目的を告げる。

 

「そうね、目的と言うなら太陽の主権者である白夜叉の身柄と星海龍王の遺骨。それとーーーベルゼバブ四世。つまり、そこの赤ん坊よ」

 

微笑みながらベル坊を指差す。この魔王はベルゼバブ四世ーーー自らとは違った魔王の力を欲しているという。

男鹿は新たに紋章を出し、レティシアを下ろしてから庇うように前へと出て少女と向き合う。

 

「ーーーお前、何を知ってる?」

 

「さぁ、何かしらね?」

 

男鹿の眼光をものともせずに不敵に笑って見返す少女。

 

「・・・なるほど。魔王と名乗るだけあって、流石にふてぶてしい。何やら裏があるようだけれど、我らの御旗の下に必ず誅してみせる」

 

「そう。素敵ね、“階層支配者”。それと、私を倒したら知ってることを教えてあげてもいいわよ?“紋章使い”」

 

そう言うと少女は黒い風を噴出させてきたので対峙する二人はそれぞれ対応する。

火龍の炎と魔王の雷、漆黒の風がぶつかった衝撃波によって空間を歪めていき、圧倒的な力の衝突が周囲へと余波を撒き散らしていく。

 

 

 

 

 

 

男鹿達が魔王達と激突している頃、古市達はバルコニーに戻って黒い風に隔離された白夜叉の状態を確認していた。

 

「白夜叉さん、大丈夫ですか⁉︎ 身体に異変とかはありませんか⁉︎」

 

「今のところ問題はないが、行動を制限されてこの場から動くことができん‼︎ 連中の“契約書類”には何か書いておらんか⁉︎」

 

言われて飛鳥が“契約書類”の文面に目を通すと、“参戦条件がクリアされていません”と書かれているだけだ。

そのことを白夜叉に知らせると彼女は大きく舌打ちした。

 

「よいかおんしら‼︎ 今から言うことを一字一句違えずに黒ウサギへ伝えるのだ‼︎ 第一に、このゲームはルール作成段階で故意に説明不足を行っている可能性がある‼︎ 第二に、この魔王は新興のコミュニティの可能性が高い‼︎ 第三に、私を封印した方法は恐らくーーー」

 

 

 

「はぁい、そこまでよ♪」

 

 

 

響き渡った声にハッとして振り返ると、そこには白装束の女ーーーラッテンが“サラマンドラ”の三匹の火蜥蜴を手に持つフルートで操って連れ立っていた。

 

「やっぱり動きは封じれても情報を流されるのは不利だからねぇ。早めに来て正解だったわ」

 

フルートを振るって白夜叉と話していた“ノーネーム”へと火蜥蜴達を襲い掛からせる。しかし、火蜥蜴達は次の瞬間にはヒルダによって吹き飛ばされていた。

 

「こいつの相手は私がやろう。話を聞ける状況でもない。お前達は黒ウサギの元へ向かえ」

 

「へぇ、プレイヤー側にもまだ強い人間がいたのね」

 

「生憎と私は人間ではないがな」

 

ヒルダとラッテンが向かい合って話している内にと、耀は旋風を巻き起こして三人を連れてその場から離脱する。その際に鷲獅子のギフトを用いた耀にラッテンは少なからず驚いていた。

 

「今の力・・・鷲獅子か何かかしら?あの子は人間よね?随分と面白いギフトねぇ。顔も端正で可愛かったし・・・よし、私の駒にしましょう‼︎」

 

「させると思うのか?」

 

ヒルダは剣の切っ先を向けてラッテンを先制する。

 

「確かに私は格闘は苦手だし、貴女には勝てないでしょうね。でも、やりようはいくらでもあるのよ?」

 

艶美な笑みを唇に浮かべてフルートに息を吹き込む。宮殿内に響く魔笛はその音色を聴くものの中枢器官を刺激し、目の前にいるヒルダの動きを鈍らせる。

 

「これは・・・」

 

「やっぱりその強さと人間じゃないことから多少霊格が高いみたいね。少しの間動きを鈍らせるだけで終わったけど・・・今はそれで十分だわ」

 

響き渡る魔笛に呼び出されたのか、火蜥蜴が次々とバルコニーに侵入してくる。

 

「まだ貴女の敵ではないでしょうけれど、足止めに徹すればある程度の時間は稼げるはずよ」

 

「クッ・・・」

 

「貴女も素敵だけど、駒にするには骨が折れそうだからあの子達が先ね。じゃあね♪」

 

去っていくラッテンを追おうとするが火蜥蜴によって妨害されてしまう。火蜥蜴達は支配による統率と状況の変化に対する動揺の消失に加え、ヒルダの動きが制限されている今では隙を作ってラッテンを追いかけるのも難しい。ヒルダは仕方なく応戦するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

ヒルダに言われて黒ウサギの元へ向かっていた四人にも宮殿内に響く魔笛の影響が出ていた。取り分け優れた五感を持つ耀には絶大な効果を発揮し、その力を奪っていく。

耀は旋風を維持することも儘ならず、三人を突き放して叫んだ。

 

「アイツがくる・・・三人だけで逃げて‼︎」

 

「そんなことできるわけないでしょう‼︎」

 

「そうだよ‼︎ 俺が担いでいくから急いでーーー」

 

 

 

「させると思う?」

 

 

 

古市達は知る由もないが、ラッテンはヒルダの真似をして古市の言葉を遮りつつ上から降りてきた。

古市は反射的に後ろに跳んでポケットから何かを取り出す仕草をするが、所詮は喧嘩慣れしていない人間の速度だ。格闘が苦手なだけで出来ない訳ではないラッテンに簡単に詰め寄られ、フルートで殴り飛ばされる。

 

「貴之君ッ‼︎」

 

「お、俺のことはいいから逃げ、ガッ⁉︎」

 

ヨロヨロと立ち上がって指示してくる古市を、ラッテンはフルートで頭を殴って昏倒させる。

しかし、指示はされたが倒れている耀を含めて非力な飛鳥とジンではここから逃げ切るのは恐らく不可能だろう。

だったらーーー

 

「ジン君、先に謝っておくわ。・・・ごめんなさいね」

 

ラッテンにはまだギフトを悟られたくない飛鳥はジンの耳元へ口を寄せてから呟く。そして、

 

「コミュニティのリーダーとしてーーー“春日部さんを連れて黒ウサギの元へ行きなさい”」

 

同士の心を支配した。

本当は古市も連れて行かせたかったが、ラッテンを挟んだ位置的に無理だ。ジンが後で悔やむだろうことも理解していたが、それでも古市が犠牲になってまで作ってくれたチャンスを逃す訳にはいかない。

 

「あらら?今度は貴女が足止め?」

 

「・・・ヒルダさんはどうしたの」

 

「今は火蜥蜴達と戯れているところかしらね」

 

それはまだ倒せていない、いや“足止め”という言葉からラッテンには倒せなかった可能性の方が高い。内心で少し安堵しつつ、気付かれないようにラッテンの武器がフルート以外にないことを確認する。

 

「つまりヒルダさんよりは弱いってことね。ーーー“そこを動くなッ!!!”」

 

古市への攻撃から動きは速くないと踏んでラッテンを拘束する。

飛鳥の“威光”による拘束は破られることを前提に、ギフトカードから“フォレス・ガロ”との戦いで手に入れた白銀の十字剣を召喚し、迅速に敵を無力化するためにその剣を突き立てようとする。

 

「ーーーっ‼︎ この、甘いわ小娘‼︎」

 

しかし間に合わなかったようだ。

ラッテンはフルートで剣を振り払い、飛鳥も弾き飛ばされて壁に叩きつけられる。

 

「グッ、ケホッ・・・」

 

「驚いた・・・不意打ちとはいえ数秒も拘束されるなんて。かなり奇妙な力を持ってるのね。さっきの子もいいけど、総合では貴女の方が素敵か、なッ‼︎」

 

ズドンッ、と腹部を蹴り上げられて飛鳥は気を失ってしまう。

 

「あっちの男の子はどうしようかしら?会う人間みんな変わり種みたいだし・・・捕まえて損はないかしらね」

 

そうしてラッテンが今後の方針を考えていたその時、激しい雷鳴が周囲一帯に鳴り響いた。

 

「今の雷鳴・・・まさか‼︎」

 

ラッテンは屋根に跳び上がって空を見上げる。雷鳴の発信源には軍神・帝釈天より授かったギフトーーー“擬似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)”を掲げた黒ウサギの姿が。

 

「“審判権限(ジャッジマスター)”の発動が受理されました‼︎ これよりギフトゲーム “The PIED PIPER of HAMELIN” は一時中断し、審議決議を執り行います‼︎ プレイヤー側・ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください‼︎」




実のところ、ヒルダは操られる方がいいか今回のでいいかどうかで先の展開も少し変化するので一番悩みました。
まぁ大きな変化はないのでただの愚痴だと思って下さい。

詰め込んだ分おかしなところがあるかもですので問題があれば言ってください。


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審議決議

今回はタイトル通りの内容です。
オリジナル要素は入っていますが少し内容が原作よりなのでご了承ください。

それではどうぞ‼︎


魔王とのギフトゲームは審議決議のため交戦を一時中断し、現在は宮殿に集まっている。

宮殿内には負傷者が多く、“ノーネーム”でも耀とレティシアは敵との交戦で疲弊し、古市と飛鳥は姿も確認できず、無事だったのは男鹿、ヒルダ、十六夜、黒ウサギ、ジンと主力の半分がやられてしまっている状況だ。

そんな中で魔王との交渉テーブルに参加したのは“階層支配者”であるサンドラと側近のマンドラ、審判である黒ウサギ、それに“ハーメルンの笛吹き”の知識がある十六夜とジンの五人である。

対する魔王側は“黒死斑の魔王”を名乗る少女とラッテン、それに十六夜と戦っていた軍服の男ーーーヴェーザーの三人である。

 

「それではギフトゲーム、“The PIED PIPER of HAMELIN”の審議決議及び交渉をーーー」

 

「待て黒ウサギ」

 

黒ウサギが交渉を始めようとしたところに十六夜がストップを掛ける。出鼻を挫かれた黒ウサギは疑問を浮かべた眼差しを十六夜へ向ける。

 

「ど、どうされました?十六夜さん」

 

「まだ役者が揃ってないのに始めらんねぇだろ。なぁ魔王様?」

 

「・・・ふぅん、貴方なかなか頭が回るわね。まぁヒントはいっぱいあったけど」

 

十六夜が不敵に笑いかけると少女も同じく不敵に笑い返す。

 

「やっぱり意図的なものか。不自然な程ヒントがあったからな」

 

十六夜は手を持ち上げ、一本ずつ指を立ててヒントを数えていく。

 

「まずは“契約書類”だ。転移でのゲームテリトリーへの干渉ならばありってのは、転移するーーーしなければならない仲間がいることを示唆している」

 

今回の“火龍誕生祭”では魔王出現の予言から、白夜叉の“主催者権限”により参加者の制限やギフトゲームの開催・“主催者権限”の使用を禁止していた。目の前に座る魔王側の三人はそれを掻い潜って現れた訳だが、掻い潜ることのできなかった仲間がいるため咄嗟に書き加えたのだろう。外部からの邪魔と仲間の参戦。瞬間移動系ギフトの絶対的少なさを考えて天秤にかければ、どちらにメリットがあるかは一目瞭然だ。

 

「次に白夜叉の情報だ。お前達は新興のコミュニティの可能性が高いって言ってたらしいからな。残りの仲間は精々二・三人の少数だと予想できる」

 

この時点では残る仲間は少数という曖昧な推測しか立てることができないが、十六夜はその人数をより正確にするための情報を告げる。

 

「最後にお前の言葉だ、“黒死斑の魔王”。誰に聞いたかは知らないが男鹿のことを知ってる奴に特徴を聞いたんだろ?それも箱庭は元より男鹿の世界でも稀少らしい紋章術を知っていて、尚且つ魔王のゲームに干渉させるような強い奴に。これらの情報を合わせると他の仲間は恐らく一人 ーーー “紋章使い”だ」

 

恐らくと言いつつもそれを微塵も感じさせない声で十六夜は自分の推測を述べる。そして、その推測を裏付けるかのように空間に黒い歪が発生して一人の男が現れる。

服装は黒の学生服で男鹿が着ていた改造制服に酷似している。下ろした黒髪は少し長くて目に掛かり、クラスでは目立たない地味な男子生徒という印象だ。

 

「なんかイメージと違うな。男鹿っぽい不良風な奴だと思ってたんだが」

 

「あぁ、初めて会う奴にはよく言われる」

 

十六夜の不躾な話し掛けにも普通の返しをしてくるし、印象も合わさってどうも魔王のコミュニティのメンバーだとは思えないというのがこの場の大多数の意見だ。

 

「中断させて悪かったな。続きを進めてくれ」

 

と言われたので、今度こそ黒ウサギは交渉を進めていく。

 

 

 

まず“主催者”側に不正を問うたがそれはないとのこと。そして箱庭の中枢に確認して問題がなければゲーム中断の代償として新たなルールを加えるという。“主催者権限”での強制参加とはいえゲームはゲーム、横槍を入れているのは参加者側なので至極当然な物言いであろう。中枢からの回答は“主催者”側の言う通り不正はないとのことだ。

ルールの追加はゲーム再開の日取りだけだと言うので一部の者を除いて周りは意外感に包まれていた。時間を与えてもらえれば参加者側は負傷者の治療・戦闘の準備・謎解きができるので“主催者”側の不利しかないからだ。

今回の日取りは最長で一ヶ月は引き延ばすことが可能だと黒ウサギが言い、ならば再開は二十日後にしてお開きになろうとした所で十六夜とジンが待ったを掛ける。

 

「・・・何?時間を与えてもらうのが不満?」

 

「確かにこっちにとってはありがたいが・・・今回は駄目だな」

 

「はい。貴方の両隣にいる男女は“ラッテン”と“ヴェーザー”、そしてもう一体が“(シュトロム)”だと聞きました。“紋章使い”だという男性を除いた貴方達が“ハーメルンの笛吹き”に登場する一三〇人の子供に対する伝承の考察、複数の殺し方を形骸化した霊格だとすれば・・・貴方は“黒死病(ペスト)”ではないですか?」

 

ジンの言葉に一同の表情に驚愕が浮かぶ。黒死病とは人類史上最悪の疫病である。笛吹き道化が斑模様だったことや黒死病を伝染させるネズミを操ったことから子供の死に黒死病も考察に含まれているのだ。

自分の正体を看破された少女ーーーペストはそれでも微笑を浮かべたままだ。

 

「今度こそ素直に頭が回ると褒めてあげるわ。よろしければ貴方達とコミュニティの名前を聞いても?」

 

「・・・“ノーネーム”、ジン=ラッセル」

 

「同じく逆廻十六夜だ」

 

コミュニティの名前を聞いたペストは納得したというような顔になる。

 

「あぁ、貴方達が・・・でも手遅れよ。ゲーム再開の日取りはこちらの意のまま、参加者の一部には無機生物や悪魔でもない限り発症する呪いそのものを掛けている」

 

ペストは“ノーネーム”のことを知っている風だったが、男鹿のことを知っているなら所属しているコミュニティを多少知っていても不思議ではない。

そんなことよりもペストの最悪の告白に息を呑むことしかできない。黒死病の最短発症時間は二日、ゲーム再開の日取りが伸びる程死者が増えていくのだ。

 

「ん?無機生物は分かるが、どうして悪魔にも黒死病が発症しないんだ?」

 

十六夜がその場の空気なんて知るかとでもいうように自身が疑問に思ったことをペストに尋ねる。

 

「・・・今のを聞いて質問するのはそこなの?そんなの後で男鹿辰巳にでも聞けばいいじゃない」

 

「男鹿に?」

 

聞き慣れた名前が出てきたので“ノーネーム”の三人は顔を見合わせる。確かに男鹿にはベルゼブブという破格の悪魔が憑いているが、それと関係があるのだろうか?というか男鹿が悪魔の生態なんて理解しているのだろうか?

まぁ男鹿が知らなくてもヒルダが知っているだろうとペストへの質問を止める。質問が終わったのも見計らってからペストが再び話し出す。

 

「此処にいる人達が参加者側の主力よね。他のコミュニティは見逃してあげるから、此処にいるメンバーと白夜叉、あと“ノーネーム”の主力陣は“グリムグリモワール・ハーメルン”の傘下に降りなさい」

 

「なっ、」

 

「私、貴方達のことが気に入ったわ。それに男鹿辰巳も“ノーネーム”なのだから、一緒にいた純血のヴァンパイアの女の子も“ノーネーム”でしょうし」

 

「そこの男の子が“ノーネーム”なら、私が捕まえた紅いドレスの女の子とちょっと地味目の男の子も“ノーネーム”だと思いますよ♪」

 

ジンに目を向けながらのラッテンの発言に“ノーネーム”のメンバーの顔が強張る。姿が確認出来なかった二人はどうやら捕まってしまっていたようだ。

しかしそんな中でも十六夜とジンは冷静に頭を巡らせる。

 

「・・・この状況で勧誘するのは新興のコミュニティで人材が欲しいからですか?」

 

「・・・そうだけど、それと交渉に関係があるのかしら?確かに最長の一ヶ月なら病死する人材が出てくるでしょうけど、二十日なら病死前の人材をーーー」

 

「では発症したものを殺す。例えサンドラだろうと“箱庭の貴族”であろうと・・・この私であろうと殺す」

 

突然のマンドラの過激な発言にほぼ全員がギョッとして振り向くが、

 

 

 

「別にいいぞ」

 

 

 

この発言に表情を変えなかった一人ーーー今まで黙っていた“紋章使い”の男が答える。

この発言に今度こそ男を除いたその場にいる全員が絶句する。マンドラもまさか肯定されるとは思っていなかったようだ。

 

「俺に言わせればお前に殺される程度ならいらない。強い奴は発症してでも戦えるからな。生きているか死んでいるか、使えるか使えないか、ただそれだけだ」

 

 

 

この男が魔王側のメンバーで一番ヤバイ。

 

 

 

参加者側の全員がこの男の評価をそう改めるには十分な発言だった。

 

「・・・お前、名前は?」

 

「鷹宮忍」

 

十六夜の質問にあっさりと答える。名乗らなかったのは聞かれなかったから答えなかった、というレベルのようだ。

 

「そうか。だがいいのか鷹宮?魔王様に断りもなくそんなこと言って」

 

この場にいる全員が絶句、つまりペストも鷹宮の発言が予想外だったことを意味している。ペストは話を振られて少し考えを巡らせていたが、

 

「・・・別に構わないわ。いきなり傘下が増え過ぎても軋轢を生むだけだしね」

 

ペストが自身で考えた結果、鷹宮の言う通り実力のある人材を少しずつ吸収していった方が得策だと判断したのだ。

そこに活路を見出すのが十六夜である。

 

「なら、俺達は傘下に降る代わりに隷属されるってのはどうだ?それなら軋轢が生まれるなんてありえないだろ?」

 

またしてもその場の空気が固まる。ここまでくれば如何にして相手の度肝を抜く交渉をできるかが鍵になってくる。

 

“サウザンドアイズ”と“ペルセウス”がいい例だが、傘下に入れるということが必ずしもいい結果になるわけではない。

しかし隷属ならば話は別だ。人柄にもよるが実力に関係なしに自分の命令を遵守させることができ、それに加えて自らの命を握られているようなものだ。軋轢など発生のしようがない。

 

「さらに審判をしている黒ウサギを参加させれば“箱庭の貴族”を手に入れるチャンスだぜ?だから再開を三日後にしろ」

 

「・・・十日。これ以上は譲れないわ」

 

十六夜は勝つ前提で話を進める。自分に加えて魔王の契約者である男鹿、帝釈天の眷属である黒ウサギも参加できるのだから保身に走るよりも勝つ確率を上げる無茶を通していく方が合理的だ。

 

そしてそれは十六夜だけの考えではなかったようだ。

 

「・・・ゲームに期限を付けます。再開は一週間後。ゲーム終了はその二十四時間後とし、同時に“主催者”側の勝利とします」

 

ジンの最後の後押しにペストは思考をさらに深めていく。

一週間とは病気に耐えられる限界、つまり自分達が勝てば参加者全員を総取りできるということだ。懸念していた組織拡大による軋轢も隷属ということでクリアしている。

 

お互いにメリットがある理想的な期限ではあるのだが、

 

「ねぇジン。もしも一週間生き残れたとして、貴方は魔王(わたし)に勝てるつもり?」

 

「勝てます」

 

脊髄反射のような答え。ジンも十六夜と同じく、人類最高クラスのギフト保持者とまで言われて召喚された同士の勝ちを信じているのだ。

 

「・・・そう。よく分かったわ。貴方達は必ず私の玩具にしてみせるから」

 

瞳に怒りを浮かべた笑顔でそう宣言し、黒い風が吹き荒れるとともに改変された“契約書類”だけを残して姿を消したのだった。

 

 

【ギフトゲーム名 “The PIED PIPER of HAMELIN”

・プレイヤー一覧:現時点で三九九九九九九外門、四〇〇〇〇〇〇外門、境界壁の舞台区画に存在する参加者、主催者の全コミュニティ(“箱庭の貴族”を含む)。

 

・プレイヤー側ホスト指定ゲームマスター:太陽の運行者・星霊、白夜叉(現在非参戦の為、中断時の接触禁止)。

 

・プレイヤー側禁止事項:休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ず。休止期間の自由行動範囲は、大祭本陣営より五〇〇m四方に限る。

 

・ホストマスター側勝利条件:全プレイヤーの屈服、及び殺害。八日後の時間制限を迎えると無条件勝利。

 

・プレイヤー側勝利条件:一、ゲームマスターを打倒。二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

・舞台ルール:転移での移動ならばどのような条件であってもゲームテリトリーへの干渉を可能とする。

 

・休止期間:一週間を相互不可侵の時間として設ける。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

“グリムグリモワール・ハーメルン”印】




ヤバイ、ゲーム再会がまだまだ先になりそうな感じにしかなりません。
無口で出番が少なかったとはいえ鷹宮の登場シーンだから削れないしでまるまる一話、審議決議に当ててしまいました。
次回から何話かに分けて今回出てきた“悪魔に黒死病が発症しない”理由やらその他色々な休止期間の話を自己解釈含めて書いていくつもりです。


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審議決議後

今回は魔力の自己解釈とか新たな伏線とかの話になります。
そしていよいよ古市が活躍するかも?

それではどうぞ‼︎


「ーーーていうことがあったんだがどうなんだ?」

 

「知らん」

 

審議決議後、大祭運営本陣営の大広間で十六夜は早速ペストに言われたことを男鹿に訊いてみたのだが、やはりというべきか聞いた通りである。

 

「ヒルダさんは何かご存知ないですか?」

 

男鹿からの回答は難しいと考え、黒ウサギはヒルダへと話を向ける。

 

「そうだな・・・貴様らは魔力というものをどう認識している?」

 

黒ウサギがヒルダに質問したのだが、質問返しで問い直されて少し考える。

 

「えぇっと、私は辰巳さん達の世界における悪魔の気配で、攻撃にも使えるという程度にしか・・・」

 

「最初は俺もそう思っていたが今は少し違うな。俺は男鹿の世界だけでなく、箱庭における悪魔も含めた悪魔の気配・攻撃手段だと考えてる」

 

十六夜との認識の違いに黒ウサギは戸惑ってしまう。どうしてそう思うのかを尋ねたところ、

 

「だって絶大な魔力を誇るっていう大魔王は箱庭出身なんだろ?」

 

と端的な答えを返してきた。確かに大魔王は箱庭出身だと判明しているのだから、男鹿達の世界の悪魔だけが魔力を持っているという考えでは矛盾が生まれてしまう。

 

「その通りだ。少し訂正を加えるならば魔力とは悪魔における気配ではなく生命エネルギーや気と呼ばれるものに相当する。そして悪魔は無意識的であれ意識的であれ魔力によって肉体を強化できるのだ」

 

ヒルダの言葉を聞いた十六夜は、なるほどといった感じで納得していた。

 

「つまり人間でいう仙人みたいなイメージか。魔力を操ることで身体を強化して戦闘力に変換したり、抗体が強化されることで病気に対抗してるってわけか」

 

「まぁそれでも人間と同じで衰弱していたり身体に無理をさせれば発症するだろうが、基本的には発症しないと考えていい。仮に発症しても魔力を強めることで病気の進行を防ぎ、時間を掛ければ治癒させることも可能だ」

 

ペストが当たり前のように言ってきたことから、十六夜は箱庭と男鹿達の世界にいる悪魔の違いは魔力を操れる者の絶対数の差だと考えている。箱庭で魔力を操れるのは力のある悪魔だけなのだろう。

 

「ていうか箱庭にあるはずの概念なのに黒ウサギは知らなかったとか、貴種のウサギさんマジ使えね」

 

審議決議の時に分かっていなかった黒ウサギに対して、十六夜はジト目で彼女を見据える。

 

「そ、そんなことはありません‼︎ 確かに知識が少ないのは認めますが、今回は魔力があまり有名ではないというだけです‼︎」

 

これは余談だがレティシアにも同じ質問をしたところ、簡単になら理解していて近くで意識的な魔力操作をされれば少しなら感知もできるとのことである。それを聞いた黒ウサギが何も言い返せなくなり項垂れることになるのは後の話だ。

 

「それよりも気になることがある。鷹宮とかいう“紋章使い”は黒い歪から現れたといったな?そして石矢魔の制服を着ていたと」

 

「ああ。その石矢魔ってのが男鹿が通ってた学校なら多分そうだ。何か分かったのか?」

 

ヒルダが口に手を当てて考えながら確認するように聞いてきたので十六夜も聞き返す。

 

「それは転送玉による空間の歪みだろう。一介の高校生が手に入れられるような代物ではないのだがな」

 

「転送玉・・・ですか?瞬間移動のギフトを物として確立されているなんて凄いですね」

 

箱庭では“境界門”(アストラルゲート)などの大掛かりな物でしか瞬間移動のギフトを確立できていないのだが、鷹宮は見た目手ブラ状態で現れたのだ。そこまでコンパクト化されている瞬間移動の道具に黒ウサギは素直に感心したのだが、それが次元転送悪魔を媒介に作られた外法の魔具だと知ればどう思うだろうか。

 

「しかし転送玉は数も少ない。もしかすると何かしらの後ろ盾があるのかもしれん」

 

「まさか“ペルセウス”の時と同じ奴か?」

 

十六夜が後ろ盾と聞いて真っ先に思い浮かべたのが“ペルセウス”とのギフトゲームだ。ルイオスをダンタリオンと契約させて悪魔憑きにし、“ノーネーム”のことを入れ知恵して対策を立てさせたという謎の男。

 

「ルイオスの情報では恐らく組織だと言っていたな。可能性としてはあり得るだろうが・・・今はギフトゲームを優先するぞ」

 

そう、まずは正体の分からない組織よりも目の前の魔王とのギフトゲームだ。休止期間を利用してやることは山程あるため、今は話を切り替えてゲーム攻略を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

飛鳥がネズミに襲われたという境界壁の展示場。

伽藍ーーー・・・と、響くような金属音によって古市は目を覚ました。最初に知覚したのはラッテンにやられた時にできた傷による痛みだ。

 

「いてて・・・あの女の人容赦ねぇな。何処だここ?」

 

次いで周りを見るとどうやら物置のような場所らしく、燭台などの小さな展示品が固定棚に並べられている大きな部屋に古市はいた。入り口は施錠されており、逃げ道となる窓はあるものの埃が溜まらないように空気を循環させるだけのものが五m以上高い場所にあるだけで、よじ登れるような取っ掛かりもないためただの人間には脱出できそうにない。

 

「ん〜、どうするかなぁ」

 

だが()()()()()()()()()()()と考えた古市が悩んでいるのはここから出た後の行動についてだ。

自分がいる場所も構造がどうなっているのかも分からない場所で情報を集めつつ逃げた方がいいか、男鹿達と一刻も早く合流するために大人しく逃げた方がいいか、ということである。

逃げることには変わりないが、“契約書類”を見た限り今回は謎解きがゲームクリアへと繋がるものだ。危険は伴うが敵の拠点で集められる情報というのは大きいだろう。

 

古市の出した結論は・・・

 

 

 

「よし、さっさと逃げよう」

 

 

 

五秒ほど考えて逃げることにした。

情報?そんなものより自分の安全第一だ。

 

「よし、アランドローン。・・・あれ、来ない?」

 

実はアランドロン、近しい人間が呼べば跳んでくるという設定がある筈なのだが一向に現れる気配がない。

 

「あのおっさん、いらねぇ時に来るくせにこういう時はホント来ねえのな」

 

アランドロンへと愚痴を零すが、古市は捕まったことで立場が一時的に“主催者”側となっているためここから逃げ出さない限りは“契約書類”の追加ルールである“休止期間は相互不可侵”に引っかかってしまうのだ。

 

「それじゃあこっちを使うか。少しなら大丈夫だろ」

 

アランドロンを頼れないなら自力でなんとかするしかないとポケットからティッシュを取り出す。このティッシュは魔界屈指の戦闘集団である“ベヘモット三十四柱師団”の思念体をランダムに呼び出して、しかも使用者に有利な簡易契約ができるという貴重な代物なのだが、その代償として毒物という厄介な側面をもつ。

前回は半日以上使いっぱなしでも治療できたのだから少しなら大丈夫だ、と依存症患者のような理由付けで両鼻にティッシュを詰める。

 

 

 

「第五の柱、エリムちゃんだーーーって、あっ待って待って⁉︎」

 

 

 

出てきたのは魔法使いの格好をした幼女だったので契約を解除しようとしたのだが止められてしまった。

仕方なく役に立つのかどうかの確認をする。

 

「えーと、エリムちゃん?君は何ができるのかな?」

 

「エリムちゃんは助けを呼びに行ったりーーー」

 

言葉の途中で消えてしまった。

古市がティッシュを抜いたのだ。

 

「俺から離れられないんだから無理だよ・・・。よし、今度こそ・・・‼︎」

 

とにかくここから逃げ出せるような強い奴をと願って再び挑戦する。

 

 

 

「いったい何かと思えば、ベルゼ様の契約者と一緒にいた人間か。何の用だ?」

 

 

 

次に出てきたのは水色の髪と瞳を持つ少年ーーーナーガだ。ナーガは“水竜王”の異名をもつ柱師団の柱爵で、暗黒武闘を習う前の男鹿とはいえ未契約状態で対等に戦ったことのある悪魔だ。

ちなみに柱師団は十名の柱爵と二十四名の柱将、その他の団員を含めた四百人弱の悪魔で構成されているので、ナーガは柱師団で十番近くに入る実力者ということになる。

 

「いえ、ちょっと敵に捕まってしまいまして。男鹿達と合流するために隠密に逃げるのをナーガさんに手伝って欲しいんですけど、いいですか?」

 

「まぁ今の簡易契約状態でそう言われれば手伝うしかないな。身体を借りるぞ」

 

「はい。ていうかなんか慣れてます?」

 

「前回あれだけ乱用したのだ。柱師団内で報告されて当然だろう」

 

古市へ魔力を送り込んで五mを容易く跳躍し、窓の縁に掴まり外の状況を確認してから部屋を脱出する。

外は回廊のようになっていて展示物が並べられている。

 

「ここが箱庭というものか。不思議なものが多いな」

 

「あれ?ナーガさんって箱庭のこと知ってるんすか?」

 

「ああ。ベルゼ様の侍女悪魔が箱庭に行ってから定期的に王宮へと報告がされているのでな」

 

「偶にいなくなることがあったけど、そんなことしてたんだヒルダさん」

 

そんな風に話し合いながら慎重に出口へ向かっていたのだが、大空洞に差し掛かったところで前から足音が聞こえてきた。見つからないように脇道に逸れて息を殺して足音の方を覗き見る。

 

「あの子達、頭が回るようでしたけどこのゲームの謎が解るかしらねぇ?」

 

「俺がやり合った坊主は謎をほとんど解いてやがった。アレは切っ掛けがあれば間違いなく解けるな」

 

「時代背景にまで気付くっていうの?」

 

「多分な。どんな頭の仕組みをしてやがるのか気になるほどだよ」

 

入り口と思われる方向からラッテンとヴェーザーが何やら話しながら歩いてきた。それに続いてペストと鷹宮が静かに歩いてきたのを見て古市は怪訝な表情を浮かべる。

 

「あれは石矢魔の制服・・・。あいつ、石矢魔の生徒か?」

 

「それよりも帰ってきたのならば近いうちに見回りに来るのではないか?」

 

「そうですね。気付かれないように急いで「は、はぁ⁉︎ 捕まえた二人も部屋から消えた⁉︎」・・・遅かったみたいです」

 

ネズミから脱走の報告を受けたようだが、何やら鉄人形も消えただの鉄人形を作ったのはどこだのと彼らにとって予期せぬことが起きているようだ。今のうちにと逃げようとした時に、新たにネズミが現れてラッテンはまた報告を受けていた。

 

「・・・ヴェーザー‼︎ そこの脇道にいるから捕まえて‼︎」

 

「ゲッ、見つかっちまった⁉︎」

 

どうやら何処からかネズミに見られていたらしい。もう隠密なんて考えていられない。古市はナーガによって魔力強化された肉体をフルに使って出口を目指す。多少入り組んだ構造になっているとはいえ展示場なのだから出口の場所は簡単ながら示されている。もう少しで出口だと最後の直線を走り抜けようとしたところで不自然な岩壁の崩落により道が防がれてしまった。

 

「嘘ぉ⁉︎ ナーガさん、何とかできませんか⁉︎」

 

「問題ない。少し負担が掛かるかもしれんが耐えろ」

 

そうして送られる魔力が増大していき圧迫感を感じるようになる。しかし、前に使用した時に限界まで魔力を入れられた経験かどうかは知らないが、身体が耐え切れずに皮膚が裂けるなどということはない。

 

「水燼濁々ーーー蛇竜掌」

 

そうして溜め込まれた魔力が黒い奔流となり、出口を埋め尽くす瓦礫を吹き飛ばした。

 

「すっげぇ。てかこのティッシュみんなの技も使えるんすね」

 

「魔力を放出する技なのだから、威力は落ちても使えないという道理はない」

 

そんな彼らの後ろには、ナーガが魔力を溜めているうちに追いついたヴェーザーが驚愕の表情で立っていた。

 

「どういうことだ?今の魔力にその悪魔・・・てめぇも契約者か?」

 

「私が見えているということは悪魔か?ならばどういう結果になるかは分かるだろう?」

 

言われたヴェーザーは僅かに逡巡する。

どう足掻いても絶対的に覆せない程の実力差・・・というわけではないが、現時点で“アレ”を使っても同等といったところか。出口はすぐ後ろ、手の内がバレて逃げられる可能性の方が高い。岩壁を崩壊させて魔力を溜める必要を作ったために追いつけたのだから、逃げられたらそのスピード差で撒かれてしまうだろう。

 

「だったら少しでも足止めさせてもらうぜ‼︎」

 

ヴェーザーは地面を変化させて拘束しようとする。さっきの轟音と魔力を感じて誰かが向かってくる筈だと考えたヴェーザーは時間稼ぎに専念することにしたのだ。

それを見たナーガは空中へと跳び、魔力を黒い龍に形成してからその上に立って宙に浮く。

 

「チッ、浮けんのかよ。便利な魔力だな」

 

いかに地面を変化させても浮遊されてはどうしようもない。自ら突撃しても、避けられて滞空中に逃げられるかカウンターを食らうかのどちらかだろう。何もしてこないヴェーザーを見て古市とナーガは警戒しながらもそのまま飛び去るのだった。




はい、ティッシュを散々引っ張っておいてあっさりと出したなとは自分でも思っています。
一回はここぞという時に出すパターンも作ってみたのですが納得いかずにこちらにしました。

少し説明不足の部分を解説しておきますと、レティシアが魔力を感知できて黒ウサギが感知できないというのは語弊があります。
黒ウサギも気配は感知できるがそれが魔力によるものかどうかの判別ができないというだけのただの経験不足です。


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激動の日の終わり

一日遅れてしまいましたが今週の分を投稿します‼︎

報告として、新規読者様からの感想があったので興味を引くあらすじの方がいいかなと思い少し変更、自分の知識不足から最近になってルビの振り方を知ったために( )で書いていたルビを書き換えました。

それではどうぞ‼︎


ギフトゲーム開始初日の夜。

耀とレティシアは交戦の疲労を癒すため、サンドラの取り計らいで用意された部屋で休んでいた。とはいえ、二人は疲労だけで外傷はなく、みんなが忙しなく動いているのに休んでいるというのは申し訳なく思ったりしている。今は黒ウサギによって運ばれてきた食事を二人で雑談しつつ食べているのだが、そこにコンコンッとノックの音が響く。いったい誰だろうとレティシアが扉を開けると、そこにはちょっと意外な人物がいた。

 

「辰巳?いったいどうしたのだ?」

 

扉の前にいた人物は男鹿だった。黒ウサギの話では十六夜とジンが謎解き、黒ウサギとヒルダが治療の手伝い、男鹿は力仕事とそれぞれの作業をしていた筈だが終わったのだろうか。

 

「い、いや、調子はどうだと思ってな。な、ベル坊?」

 

「ア、アイー」

 

と、レティシアの問い掛けに対して目を背けながら何やら不自然極まりない返事を親子共々返してきた。何か隠しているのだろうが、どうやら二人とも隠し事ができない性格のようだ。様子を見に来るような重症でもないとは思うのだが、わざわざ様子を見に来たと言うのだから中へと招き入れる。

 

「辰巳、作業は終わったの?」

 

「あ、あぁ。暇になったから散歩ついでに様子を見にな」

 

耀の質問にも言葉を詰まらせながら返してくる。まるで別のことを考えながら会話をしているように感じる。

 

「さ、散歩と言えばよ。久遠とレティシアが襲われたって展示場は何処にあるんだ?一段落したら行きてぇと思ってよ」

 

まるで、というよりその通りみたいで急に話を切り替えてくる。

様子を見に来たと言うのも嘘ではないだろうが、どうやら今の質問の方が本命のようだ。

 

「東側に来た時に見えた、境界壁を掘り進めて作られた空洞がそうだ」

 

「そ、そうか。じゃあお前らも元気そうだし、俺は散歩に戻るわ」

 

ここまであからさまにされれば流石に二人も男鹿の目的が分かってきた。耀とレティシアは顔を見合わせてから頷き合って行動に移す。

 

「なぁ耀?我々も回復してきたことだし、気分転換に辰巳の散歩にでも付き合わないか?」

 

「そうだね。それは名案」

 

二人の言葉に、男鹿は焦った様子で言い返す。

 

「いやいや待て待て、病み上がりなんだから大人しくしてろって」

 

「しかし、()()()()()()()()()しれないのだから少しは土地勘がある者がいた方がいいだろう?」

 

「もしかしたら()()()()()()()()()()()()しれないし、その時は私が力になれるよ?」

 

ここまで強調されれば二人に自分の考えが読まれていると理解せざるを得ない男鹿である。特にレティシアの言葉は、ゲーム休止期間中のルールに追加された“休止期間の自由行動範囲は大祭本陣営より五OOm四方に限る”という文から街中を散歩するなどできないはずなのに、それを男鹿はすると暗に言っているのだ。

 

 

 

「もう隠し事はできないようですな、男鹿殿」

 

 

 

何処からともなく、というか窓の外からアランドロンの声が聞こえてきた。振り向けばアランドロンがそのおっさん顔を此方に覗かせている。

 

「わざわざそんなところから来なくても・・・」

 

耀が呆れながらも窓を開けると、アランドロンは窓枠を乗り越えて入ってきた。

 

「飛鳥と貴之を探しに行くのだろう?何故こんな回りくどいことを?」

 

そう、男鹿の隠し事とは飛鳥と古市を探しに行くことだったのだ。しかし言い方は悪くなるかもしれないが普段の男鹿はもっと単純に動く性格で、回りくどいことなどしないだろうと不思議に思っていた。

 

「はい、それは少し前のことになります」

 

そんなレティシアの疑問にアランドロンは説明と回想に入っていく。

 

 

 

 

 

 

「え?お二人を助けに行く?」

 

黒ウサギがせっせと働いているところに男鹿とアランドロンがやって来てそう言い放った。

 

「あぁ。だから奴らがいる場所に心当たりはねぇか?」

 

男鹿は普段の振る舞いとは違って仲間を大切にする人物である。そんな男鹿が仲間を助けに行くという考えは自然なものだと言えるだろう。黒ウサギも男鹿以上に仲間を大切にしているので助けに行きたいのは当たり前だが、生まれてから箱庭でギフトゲームと関わってきた彼女にはそれが無理なことだと理解できるため、ウサ耳を垂らして男鹿に“契約書類”の説明した。

 

「じゃあ心当たりだけでも教えてくれ」

 

「それを辰巳さんにお教えすれば、それでもお向かいになるでしょう?彼女達は人材を欲していましたから二人を無下には扱わないはずです。ですから今は辰巳さんもゲーム開始まで体調を整えて下さい」

 

黒ウサギは作業がまだあると言ってその場を立ち去ってしまう。残された二人は何とか知恵を絞る。

 

「どうする?もう勘で探し回るか?」

 

「しかしこの街は手掛かりなく探すには広過ぎますぞ?その上何処に何があるかも分かりません」

 

アランドロンの言葉の通り、例え瞬間移動で休止期間エリア外に行けたとしても初めての場所で当てもなく探し回っていては切りがない。

 

「うーん、街のことを知っていて、あいつらのことにも心当たりがある奴ねぇ・・・」

 

 

 

 

 

 

「それで私に白羽の矢が当たったのか」

 

話を聞いて納得するレティシア。そのことを隠していたのは黒ウサギの時のように教えてくれない可能性があったからである。

 

「それでは三人とも、あとはお願いします」

 

既に男鹿達は瞬間移動で休止期間エリア外に出ており、瞬間移動以外の移動能力をもたないアランドロンは三人を見送った。瞬間移動で一気に展示場まで行ってもよかったのだが、そこにいるという確証はないので上空から向かいつつ周囲も探して回ることにしたのだ。

男鹿は紋章、レティシアは翼、耀は風とそれぞれの方法で空中を駆けていく。

 

「どうだ春日部?」

 

「駄目、まだ二人を感じない」

 

周囲を見回しながらの移動なので速度はあまり出さずに移動していく。

 

「つーか、なんでお前らは一緒に来ることにしたんだ?黒ウサギの話じゃ精々様子を見に行けるだけだぞ?」

 

男鹿が疑問に思ったことを訊く。黒ウサギに断られたからてっきり反対されると思っていたのだ。

 

「私は友達の二人が心配だったから」

 

実に春日部らしい考えである。

 

「私も万全な状態ですることがあれば黒ウサギと同じ判断だったかもしれん。しかし一日休めと言われて何もすることがなく、休戦期間中で戦闘をする心配はないことから万全でなくとも二人を探すのに役に立てると思ったのだ」

 

またレティシアの判断も実に合理的だ。空いている時間に相手の拠点を特定できれば、ゲーム開始直後に捕虜扱いになっている二人の救出に向かえて、尚且つ相手の来る方向の予測が立てられることなど相手に気付かれなければかなりのメリットとなる。

そうして喋りながら探し始めて三十分ほど経過した頃。宮殿との直線距離にして丁度中間地点あたりに差し掛かった頃に変化が起きた。夜行性の目と聴覚をフル活用していた耀が一番に気付く。

 

「展示場っぽい場所の入り口が崩れた」

 

それを聞いた二人も前方に目を向けるが、闇に包まれた視界の中では境界壁は認識できても麓の入り口まではよく見えない。しかし次の瞬間には魔力の奔流が内側から瓦礫を吹き飛ばしているのが確認できた。

 

「なんかドンパチやってるみてぇだな」

 

「悠長に言っている場合か‼︎ もう彼処に決まりだ、急ぐぞ‼︎」

 

いったい何故戦闘が発生しているのかが分からないレティシアは速度を上げる。ここまでは三十分も掛かったが、速度を出して一直線に進めば残りの距離はその半分の時間も掛からないだろう。

そのまま少し進んだところでまた耀が声を上げる。

 

「何か飛んでくる‼︎ けどこの匂い・・・貴之?」

 

「何?貴之だと?」

 

声に反応して戦闘態勢を取るレティシアが感じられる程度には魔力が近付いていたが、古市だと聞いて訝しみながらも戦闘態勢を少し解く。

魔力の源が近付いてきてその輪郭が分かるようになった。確かに古市なのだが普段とは違って魔力を纏い、魔力で作られたであろう黒い龍に乗って此方に向かっている。霊体であるナーガのことは男鹿しか認識できていない。

三人に気付いたというのではなく宮殿に向かっている途中だったようで、古市も三人に気付いて移動方向を変えてきたようだ。

 

「あれ、何で三人がこんな所に?それにゲーム中なのに街に人がいないのはどうしてなんだ?」

 

「貴之、お互い聞きたいこともあるだろうが細かい話は後だ。飛鳥も捕まっていたのだが知らないか?」

 

「久遠さんが?でもあいつらの会話を聞いた限りでは逃げたみたいですよ?」

 

「ならここにいる理由はねぇな。移動するぞ、古市、ナーガ」

 

男鹿がいきなり知らない名前を出したので見えていない耀とレティシアには何のことか分からないのだが、そんなことはお構いなしに三人の間で話は進んでいく。

 

「そうだな。あと少しだけお願いします、ナーガさん」

 

古市は簡易契約しているナーガへと頼むが、帰ってきた言葉は想定外のものだった。

 

「いや、悪いがここまでだ。“契約者と合流する”までが契約内容だったのでな。あとは頼んだぞ、契約者」

 

は?と二人が思った直後にナーガが消えて古市の魔力がなくなる。魔力がなくなったことにより黒い龍も消えたので古市は物理法則に従って落ちるのみだ。

 

「ちょ、ナーガさぁぁぁん⁉︎ もう少し融通効かせてぇぇぇ⁉︎」

 

「クソッ、世話焼かせんじゃねぇよ‼︎」

 

男鹿は急いで古市の腕を掴みに掛かる。しかし腕を掴んだまま帰るのは男鹿にしてみれば面倒なことこの上ない。

 

「どうしたの?よく分からないけど飛べなくなったのなら私が運ぼうか?」

 

「春日部さん、お願い‼︎」

 

古市にしても腕を掴まれたままだと移動時の慣性で痛いし、男鹿にしがみ付くのも嫌だしなので風で運んでもらいながら宮殿へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

「貴之さんを助け出せたんですか⁉︎」

 

四人が帰ってきて報告に行くと黒ウサギは驚いたように駆け寄ってきた。結局男鹿は行ったのか、とかレティシア達が手引きしたのか、とか諸々の状況は頭から飛んでいるようだ。

 

「お怪我はありませんか⁉︎ というかどうやって助け出せたんですか⁉︎ それに飛鳥さんはどうなったんですか⁉︎」

 

「お、落ち着いてください黒ウサギさん‼︎ 怪我とか久遠さんは大丈夫っぽいですから‼︎ と、とりあえず解毒のギフトとかありませんか?」

 

「解毒⁉︎ まさか毒を盛られたんですか⁉︎」

 

「いや、だから落ち着いて‼︎ 症状は出てないっぽいですから検査だけでもお願いします‼︎ その時に話しますから‼︎」

 

とりあえず落ち着かせた黒ウサギに連れて行ってもらって治療室に向かう古市。残ったのは出ていった二人を除く“ノーネーム”のメンバーだ。

 

「それで?こんな面白そうなことから俺を除け者にしたんだから色々と聞かせてもらうぜ?」

 

十六夜が笑みを浮かべて男鹿達を見る。

 

「そうは言っても私と耀は辰巳に付いて行っただけで、貴之がどうやって逃げ出したのかも、魔力を纏っていた理由も、さっきの毒がどうとかいうのも知らないのだが」

 

レティシアの言葉により視線は理由を知っているであろう男鹿、ヒルダ、アランドロンに集まる。仕方なくヒルダが疑問の全てを話すことにする。

“ベヘモット三十四柱師団”のこと。柱師団の悪魔を呼び出せるティッシュのこと。そのティッシュの作用と副作用のこと。

一通りの事情を簡単にヒルダが説明すると、十六夜が十六夜らしい疑問について聞いてくる。

 

「で、そのティッシュで古市はどれくらい強くなれるんだ?」

 

「箱庭に来る少し前のことだが、“暗黒武闘(スーパーミルクタイム)”の男鹿と同等の戦いをできるレベルだ」

 

ヒルダの言葉には一同驚きを隠せないようだ。男鹿の力は全員が認めているし、十六夜に至ってはお互い本気ではないとはいえ互角に殴り合った男鹿と同じ強さだということに思わず笑みが浮かんでしまう。

 

「やっぱりあいつも無茶苦茶だったな。何が普通の人間だよ」

 

「いや、何回も言うけど俺は普通だから」

 

十六夜の感想に、検査を終えたらしい古市が後ろから反論する。

 

「貴之さんの検査結果ですが、特に問題は見られませんでしたよ?」

 

黒ウサギも古市から事情を聞いたようで、毒が検出されなかったことは良かったのだがそのことに疑問を抱いている。

 

「そうか。ティッシュに使われている毒は微量なものだと言っていたからな。前回の使用で抗体でもできたか?」

 

それに加えてナーガの技を使用できるぐらいには魔力耐性も付いているようだ。もしかしたら体質の問題もあるのかもしれないが、今後も検証が必要だろう。

 

「取り敢えず今日は疲れたんで、詳しい話は明日でもいいですか?」

 

今日の古市を振り返ってみると、ラッテンにボコられて捕まり、毒を使用してまで魔力を使い、今までご飯抜きだ。自称普通になりつつある古市にはキツイ日程だったので、この日はこれで解散となった。




古市と合流は前回の話と少し時間差があるかな?と思われた方に説明しておくと、ペスト達はこれから暇なので急いで帰らずにゆっくりと帰っていたために帰りが少し遅くなっています。
次回はまだ戦闘は始まらない予定ですが、ゲームは始める予定ですのでもう少々お待ちください。

投稿が一日遅れてしまった理由についてですが、現実が忙しくて書く時間が少なくなってしまいました。これからも同じ感じなので一ヶ月くらいは本当に不定期更新となってしまいます。楽しみにしてくれている人には申し訳ないですがこれからも応援よろしくお願いします‼︎


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決戦の始まり

お久しぶりです‼︎
展開は浮かんでいるのに時間や語彙力の問題で遅くなってしまいました。

それではどうぞ‼︎


魔王襲来から六日目。

ゲーム再開まであと一日となっているが参加者側は少し時間は掛かったものの謎解きに成功していた。

 

“契約書類”の一文である“偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ”とはハーメルンで起きた事実、一三〇人の子供が死んだ理由を相手の悪魔から選び、砕いて掲げることができる物ーーー展示品である百枚以上のステンドグラスの内、偽りの伝承が描かれたステンドグラスを砕き、真実の伝承が描かれたステンドグラスを掲げよ、という答えが導き出された。

そう、魔王側の三人は参加者としてではなく展示品として“火龍誕生祭”に参加していたのだ。

 

この謎が解けたのは休止期間の四日目になる。ほとんどの考察は十六夜の豊富な知識量と宮殿の蔵書を読み解くことで二日目には解けていたのだが、伝承の真偽で詰まってしまったのだ。

その後も一日知恵を絞って考えたのだが解釈が分かれて核心には至らず、古市の情報によるラッテンとヴェーザーの会話に出てきた“時代背景”という言葉を元に思考を進め、黒死病の最盛期とハーメルンの碑文の時代が合わないことが判明して真実の伝承ーーーヴェーザーを特定できたのだ。

 

残る五日目は戦力や戦略の再確認を行い、六日目の現在は万全の態勢で明日を迎えるため自由行動に当てられている。

そんな中、“ノーネーム”では耀が黒死病に掛かってしまい隔離部屋に移されていた。十六夜は耀の様子を見に行くついでにゲーム攻略の報告をしたり、古市はティッシュによる副作用の検証をしたり、アランドロンはそれに付き添ったりと各々の時間を過ごしている。黒ウサギも古市に異変があれば対応できるように検証に立ち合っており、レティシアは念のために治療用のギフトを用意しておこうと医務室へ向かっていた。

 

「ーーーー・・・・・ねぇよ」

 

「ーーーー・・・・・するなよ」

 

レティシアが医務室へと向かっている途中、廊下の角から男鹿とヒルダの声が聞こえてきたのでそちらの方へと行ってみる。

近付くことによって二人の会話がより鮮明に聞こえてきた。

 

「貴様が死ぬのはどうでもいいが、坊っちゃまを危険に晒すんじゃないぞ」

 

聞こえてきたヒルダの不穏当な言葉にレティシアの顔が硬くなる。

耳を澄ませて詳しい内容を聞こうとしたが、どうやら会話は終わってしまったようでヒルダの去っていく足音が響いて離れていく。

 

「誰が死ぬか。ったく・・・」

 

「・・・辰巳。死ぬとはどういうことだ」

 

「あ?なんだ、盗み聞きかレティシア」

 

「質問に答えてくれ」

 

突然現れたレティシアを茶化すように男鹿が答えるが、それでも真剣な眼差しでレティシアは男鹿に迫った。

 

「なんでもねぇよ。ただのヒルダの悪態だろ」

 

しかし男鹿は教えるつもりがないようで、両手を持ち上げ肩を竦めていつものことだと言う。ヒルダが意味もなくそんなことを言うとは思えないが、そう言われればこれ以上問い詰めようがない。

諦めてヒルダに訊こうかと考えていたその時、何気なく男鹿を見たレティシアは気になるーーー注意していなければ見逃してしまうような小さな違和感に目が止まる。

 

 

 

持ち上げられている腕、左腕の服にのみ皺が寄っているのだ。

 

 

 

普段なら本当に気にも留めない些細なことだが、レティシアはヒルダの言葉と合わさって瞬間的に嫌な予想が頭に浮かんでしまった。

 

「・・・・・」

 

「何だよ?」

 

男鹿は急に黙り込んだレティシアを訝しむが、そんな思いはすぐに消えることになる。

レティシアがいきなり近付いてきたかと思うと、左腕を掴まれて袖を捲ってきたからだ。

 

「ッ‼︎ これは・・・」

 

レティシアの嫌な予想が最悪の形で当たってしまったと言わざるを得ない。彼女は男鹿の左腕を見て顔を険しくする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男鹿の左腕に、黒死病の証である黒い痣が浮かび上がっていたのだ。

 

 

 

「黒死病の潜伏期間は二日から五日のはず・・・なのに何故?」

 

潜伏期間は魔王襲来から五日、だから残存戦力の確認を休止期間の五日目にしたのだ。

黒死病は空気感染しないので治療や介助の時に気を付けてさえいれば感染しない。そもそも男鹿は感染者との接触機会は無かったはずだ。つまり男鹿は最初から感染していたことになる。

 

「落ち着け、面倒くせぇ。俺が病人に見えるか?」

 

言われたレティシアは改めて男鹿の全身を観察する。

確かにふらついてもいなければ、掴まえている腕は平温より高いかどうかという感じだ。発症しているのに症状は出ていないという不思議な状態である。

 

「ヒルダの話じゃ、ベル坊とリンクして魔力をもらってるから病気の進行が遅ぇんだとよ。けどベル坊が眠ってる時の魔力は少ねえから病気には罹っちまうんだそうだ」

 

人間が身体を休める時に活動を抑えるのと同じことが魔力にも言えるのだろう。起きている間は病原体が潜伏していても魔力で強化された抗体によって発症はしないが、眠って魔力が減少することでジワジワと蝕んでいく、ということか。

 

「だから明日は問題ねぇ。作戦も決まってんだから他の奴には黙ってろ」

 

男鹿は言うだけ言うと返事も聞かずに立ち去ってしまう。

今の話が本当であれば、日頃の魔力で平気なら魔力を引き出して戦う戦闘中では体調は悪化するどころか良くなる可能性もある。

 

男鹿の言う通り明日一日なら支障なく戦えると理屈では分かっているのだが、レティシアは如何しても不安を拭い去ることができないのだった。

 

 

 

 

 

 

そして“黒死斑の魔王”との決戦の日。

ペスト達は人材を欲していたことから時間稼ぎのためにばらけてステンドグラスの防衛に出ると考えた十六夜は、そこを各個撃破していくことにした。主力陣が相手を足止めしている間に他の参加者がステンドグラスを探すという役割分担でギフトゲームに臨む。既にアランドロンの瞬間移動で男鹿達はそれぞれ街に潜伏して開始の時を待っていた。

 

 

 

そして、その時は激しい地鳴りと共に訪れる。

 

 

 

それと同時に街は光に包まれ、目を開ければ天を衝くほどの境界壁は消え、尖塔群は木造の街並みに変化しする。そこにはハーメルンの街が出現していた。

その光景を十六夜は楽しそうに変化した家の上から眺めている。

 

「ほぉ、こりゃ凄ぇな。奴らの本領発揮ってところか。とりあえず本拠地にしてたっていう境界壁の方向に向かうとーーー」

 

「ーーーその必要はねぇぜ坊主ッ‼︎」

 

十六夜の真上からの一喝。棍に似た巨大な笛を振り上げたヴェーザーが落下の勢いのままに振り降ろす。

十六夜は反射的に跳び退いたものの隕石の落下の如き力で足場を砕かれ、跳んだ彼を狙い撃つようにヴェーザーの打撃が腹部に入れられて吹き飛ばされる。しかし吹き飛ばされながらも空中で体勢を整えて地面に足を突き刺し、地面を抉りながらなんとか踏み留まった。

それでも衝撃によって込み上げてきた血が口元に垂れているのを腕で拭いながらヴェーザーを睨みつける。

 

「オイオイ、不意打ちなんて卑怯じゃねぇか?」

 

「よく言うぜ、不意打ちを狙ってたのはお前らの方だろうが。五人も休止エリア外に配置しやがって」

 

ネズミでも使って探っていたのだろう。ヴェーザーは潜伏人数を言い当てるが、ヴェーザーが逃げずに現れたということは相手の防衛を担う奴以外は他の連中もそれぞれ対峙している可能性が高い。

十六夜はこちらの作戦的には願ったり叶ったりだとほくそ笑む。

 

「マスターに二人、他はタイマンってところか。だが俺達を前回と同じと思うんじゃねぇぞ。こっちは初めての神格を得たんだ」

 

「・・・神格だと?まさかペストの正体はーーー」

 

「多分、坊主が考えてる通りだぜ?今回は捕まえた人間にも逃げられちまって失態ばかりだからな。出し惜しみはなしだ」

 

そういうとヴェーザーは腕捲りして腕を露出させる。

そこに刻まれたものを見せられた十六夜は、否が応でも思考を切り替えざるを得なくなった。

 

「・・・どういうことだ?何故お前に“()()”がある?」

 

十六夜が指摘するものーーーヴェーザーの右腕には男鹿の紋章に似たものが光り輝いていた。男鹿の蠅のような形状の紋章と違い、天使のような形状で右下に数字の2が描かれている紋章だ。

 

「そいつは悪魔との契約の証じゃねぇのか?どうして悪魔のお前に出てるんだ?」

 

「そんなこと丁寧に教えるわけないだろうが」

 

十六夜の頭の回転を警戒してか、ヴェーザーは詳しい情報を伏せてきた。“一を聞いて十を知る”を地でいく十六夜には必要な措置だと言える。

それを聞いた十六夜は獰猛な笑みを浮かべて重心を落とし、突撃の構えを取った。

 

「ハッ‼︎ だったら力尽くで聞き出してやるよ木っ端悪魔ッ‼︎」

 

「フンッ‼︎ だったら返り討ちにしてやるぜクソ坊主ッ‼︎」

 

十六夜の突撃と同時にヴェーザーも飛び出して迎え撃つ。

拳と笛がぶつかり合い、その衝撃が周囲一帯に浸透することで戦闘の開始を街に告げていく。

 

 

 

 

 

 

十六夜がヴェーザーと対峙している時、レティシアもラッテンと対峙していた。

ラッテンは三体のシュトロムを引き連れており、その全てにヴェーザーと同じく紋章が刻まれている。シュトロムは額に当たる部分に4以降の数字が、ラッテンは背中に3の数字が描かれた紋章がある。

マントの裏地に紋章の輝きが反射していたのをレティシアが気付き、十六夜と同じく疑問をぶつけてみればとラッテンは自慢するように見せつけてきた。

 

「いいでしょ?この“堕天紋(ヘレルスペル)”。忍からもらったのよ。数字が3なのが気に入らないけどね」

 

天使型のヘレルスペル・・・恐らく堕天使の類いが鷹宮の契約悪魔だと思われるが、レティシアのもつ知識からでは確定には至らない。

もう少し情報を引き出そうと会話を続けることにした。

 

「そんなに自慢したいのなら詳しく教えて欲しいものだな」

 

「少しなら別にいいわよ?元魔王ドラキュラさん?」

 

ラッテンの言葉にレティシアの顔が強張る。ペストはレティシアのことを知らなかったのに、この短期間でどうやって調べたというのか。

 

「貴女、マスターに手も足も出なかったんでしょ?神格が残っているならそんな結果はあり得ないものね」

 

「・・・まさか、前回の戦いで私が全力を出したとでも思っているのか?」

 

ラッテンの言葉に“神格がなければ負けない”とでも言われたようで、目元を鋭くさせたレティシアは自身の残ったギフトの中でも最も強力な“龍の遺影”を展開する。足下から伸びる影が龍の顎、無尽の刃へと姿を変えていく。

 

「あら〜ちょっと計算外かしら?こちらも戦力を増やしましょう」

 

少しも困ってなさそうなラッテンが魔笛を奏で始めると、大地から十体を越えるシュトロムが造られていく。当然のように造られたシュトロムにも例外なく紋章が刻まれていた。

しかしレティシアはそれらを無視してラッテンに話し掛ける。

 

「そんな有象無象を増やしたところで私の影を防げるとでも思っているのか?」

 

躊躇なく影を伸ばしてラッテンへと襲い掛からせる。

それでもラッテンは顔に笑みを浮かべたままシュトロムを数体だけ盾にし、

 

 

 

「思ってないわ。ーーー普通のシュトロムならね」

 

 

 

影の一振りで二体までシュトロムを粉砕したが、三体目は威力を殺されて貫けなかった。

 

この結果にレティシアは驚愕する。

例え二体を撃破して威力を殺すことになっても、量産できるような魔物であるシュトロムに防げるような代物ではないはずだ。

 

「これが紋章の力よ。あとは戦いながらお話しましょうか」

 

ラッテンは魔笛を奏でて破壊されたシュトロムを補充し、シュトロムは瓦礫を吸収して四方から射出してきた。レティシアは影を展開して全て叩き落としながら、再度シュトロムを破壊を試みる。

壊しては増やされ、増やしては壊されてと手数のスピードを競って戦いは激化していく。

 

 

 

 

 

 

「来てやったぞ、男鹿」

 

同じ頃、男鹿もまた鷹宮と対峙していた。それと同時に男鹿が魔力を高めるのに合わせて鷹宮も魔力を高めていき、その場の空気が重くなっていくのを感じる。

 

「何をそんなに急いでいる?」

 

いきなり戦闘態勢に入った男鹿に対して鷹宮は懐からワックスを取り出して髪型をオールバックにする。両耳に大量のピアス、左こめかみに傷と今までと一転して不良っぽい雰囲気を醸し出していた。

 

「あ?急いでるって何のことだ」

 

「誤魔化すなよ。分かってるだろ?」

 

髪型を整えてワックスをしまいながら真実を告げる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魔力を高められるうちに片を付けたいのだろう?」

 

 

 

そう、昨日レティシアに言った男鹿の説明は嘘だったのだ。

そもそも平気ならばヒルダが気付くはずもなく、不自然に魔力を高めていた男鹿にヒルダが気付いて発覚したことなのだ。レティシアに説明した男鹿らしからぬ理論はヒルダの入れ知恵ということになる。

 

「人間ってのは追い詰められなきゃ実力以上のもんを出せねぇんだ。今のお前は黒死病に罹った状態で俺に勝つために魔力を高め続けなければならない」

 

制服の上着を脱ぎ捨て、身軽になった鷹宮は掌に紋章を浮かばせながら話し続ける。

 

「俺は限界を越えた全力のお前と戦いたい。魔力の枯渇なんて野暮な勝ち方はしない。真っ向から叩き潰す」

 

浮かんだ紋章を握るように拳を固めて鷹宮も今まで以上に魔力を高めていく。

 

「既にあちこちで戦いは始まっている。こっちも始めるぞ」

 

衝撃音、破砕音、雷鳴とハーメルンの街に戦いの音が広がる中、静かに構えて向かい合う。

男鹿にとって初のーーーいや、もしかしたら箱庭史上でも初かもしれない、“紋章使い”同士の戦いが幕を開ける。




なんか日にちが空くだけ文が長くなっておかしい部分がないかどうか不安になってしまいます。
長くなってしまったので今回出なかった黒ウサギサイド、古市・ヒルダサイドは次の更新で書こうと思います。局地的な戦闘が続くのでこれからも長くなりますが頑張っていきます‼︎


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ハーメルンの笛吹き戦、序盤

やっと夏休みに入りましたッ‼︎

それなりの期間が空いてしまって申し訳ない。
これからも更新が遅れていくと思いますが、夏休み中になんとか書き溜めていきたいです。

それではどうぞ‼︎


舞台区画のある一画。

 

「サンドラ様‼︎ 前後で挟み込みます‼︎」

 

「分かった‼︎」

 

ハーメルンの街で魔王ペストを相手取っているのは、黒ウサギとサンドラの二人である。

黒ウサギが前方から放つ“擬似神格・金剛杵”の轟雷に合わせて、サンドラは“龍角”の紅蓮の炎を後方から放出する。ただの人間からすれば天変地異と形容してもいい程の力の奔流を、ペストの黒い風は悉く防いでしまう。

 

「ずっと同じことの繰り返し。いい加減飽きてきたんだけど」

 

そしてこれまでと同じように黒い風を竜巻かせて二人へと向けるが、二人はペストから跳び離れることでそれを回避。戦闘開始からずっと同じ展開である。

明らかにペストが手加減をしているのは分かるが、タイムオーバーの総取りを狙っているのであれば不思議ではない。その隙に各個撃破を狙う作戦をこちらは立てているので、お互いに時間稼ぎは望むところなのだ。

 

「“黒死斑の魔王”。貴女の正体は・・・神霊の類ですね?」

 

「えっ?」

 

黒ウサギはこちらの攻撃が通らないのなら、と疲弊したサンドラを見て会話による時間稼ぎに変更する。

サンドラは黒ウサギの言ったペストの正体に、ついペストから視線を外して黒ウサギの方を向いてしまっていた。

 

「そうよ」

 

「えっ⁉︎」

 

サラッと肯定したペストへと再び視線を向けるサンドラ。そして驚きながらも黒ウサギに説明を求める視線をまた向ける。

 

「貴女の持つ霊格は“一三〇人の子供の死の功績”ではなく、黒死病の最盛期に亡くなった“八〇〇〇万人もの死の功績”ではありませんか?」

 

八〇〇〇万。その数字にサンドラの顔色は蒼白に変化していた。確かにそれだけの功績があれば、神霊に転生する事も可能ではないと。

だがその考えは続く黒ウサギの説明で否定される。

 

「神霊に成る為には“一定数以上の信仰”が必要となります。しかし人類史上最悪の疫病という恐怖の信仰も医学の発達によって薄れてしまった。だから貴女はハーメルンの伝承に出てくる斑模様の死神を恐怖の形骸とすることで神霊になろうとーーー」

 

「残念ながら所々違うわ」

 

そして黒ウサギの絶対の自信による推測も、ペストにあっさりと否定されてしまった。

 

「私は魔王軍・“幻想魔道書群(グリム・グリモワール)”を率いた男によって召喚された八〇〇〇万の悪霊群。その代表が私というだけよ。自分の意思で箱庭(ここ)に来たんじゃないわ」

 

“まぁその魔王は召喚儀式の途中で誰かにやられて、私達は偶然召喚されたんだけどね”、と肩を竦めて説明するペスト。

 

「そんなことよりいいの?私に割り振る人数が二人で?」

 

ペストは話を区切ると、切り替えるように訊いてきた。

 

「・・・その質問は“魔王である自分にたった二人で挑むのか?”という意味ですか?」

 

黒ウサギは質問の意図が分からなかったので、自己解釈してその真意を聞き出そうとする。

しかし、その予想は的外れどころか予想外の情報とともに返ってくる。

 

 

 

「そうじゃないわ。少ない主力を魔王(わたし)に割り振るのは当然としても、“()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()”という意味よ」

 

 

 

「え・・・」

 

ペストから齎された情報に黒ウサギは言葉を失ってしまった。

ゲームが始まる前まで男鹿とは一緒にいたのだから、黒死病に罹っていれば気付かないはずがない。そんなことはありえないと考えつつも、ペストがそんな嘘をつく理由も思い付かない。

 

「その様子じゃ知らなかったみたいね。まぁ魔力で身体強化すれば普通に動けるんだし、気付けなくても不思議じゃないかしら」

 

ペストの指摘通り、男鹿が無理をしていることに気付けなかった事実に黒ウサギは歯噛みする。

 

「それでも相手が格下なら問題ないんでしょうけど、今回は相手が悪いわ。たとえ男鹿辰巳が“七つの罪源”の魔王級悪魔と契約していても、忍の契約悪魔もまた“七つの罪源”の魔王級悪魔なんだから」

 

「な、なんですって・・・⁉︎」

 

“七つの罪源”。

人間を死に至らしめる、又は罪に導くなどといわれる七つの感情である“傲慢”、“強欲”、“嫉妬”、“憤怒”、“暴食”、“色欲”、“怠惰”のことを指し示し、同時にそれらに当てはめられた最上級の悪魔のことを言う。

男鹿と契約しているベル坊は“暴食”に当てはまる悪魔だ。

 

「忍の契約悪魔は最も美しく、最も聡明であった知恵と光の大天使長にして、神の意思に逆らい天界から追放された堕天使とも悪魔とも言われる存在。その名はーーー」

 

 

 

 

 

 

男鹿と鷹宮の戦いは男鹿が先手に出ることで開始を告げた。

黒死病を打ち消すために魔力を使用している男鹿に長期戦は厳しい。最初からミルクを飲んで魔力を底上げし、出し惜しみ無しで技を振るわなければ勝率は下がる一方だ。

 

距離を詰めると紋章を拡大し、鷹宮に向けて拡大した紋章を乗せて拳を叩き込む。

 

「ゼブルーーーエンブレムッ・・・!!!」

 

紋章に拳が到達すると同時に爆発が巻き起こるーーーはずだった。

 

「ーーーこの程度か?」

 

男鹿の拳は、鷹宮に平然と受け止められていた。

本来ならば、鷹宮の全身に乗せた紋章は防御しようが防御した部分を殴って爆発させることができる。そんな回避することでしか防げないような技を鷹宮は受け止めてみせた。

 

「おい、気が抜けているぞ」

 

一瞬だけ戸惑いを見せた男鹿は腹部へと拳を入れられ、身体がくの字に曲がり、落ちた頭のこめかみを蹴り抜かれる。

蹴り飛ばされた男鹿は煉瓦造りの家の壁が崩れる程の力でぶつかり、土煙を上げて家の中へと消えていった。

 

「あーあ、簡単に飛ばされてんじゃねぇよ。本当に禅十郎の弟子か・・・?」

 

期待外れだというように淡々と告げて蹴り飛ばした男鹿へと歩み寄ろうとする鷹宮の目の前に、再び幾つもの紋章が伸びてきた。

そして一つ一つの紋章による連鎖的な爆発ーーー“魔王大爆殺”による爆発が鷹宮に迫る。

 

「さっきので学習しなかったのか?そういう技は効かない」

 

そう言って鷹宮は爆発に手をかざす。

確かに鷹宮の前で爆発は止まった。しかし、すでに爆発によって発生している爆煙が消えたわけではない。それを目隠しにして雷撃が空気中を駆け抜ける。

 

「グッ、ォア・・・‼︎」

 

鷹宮の全身を雷撃が駆け巡り、身体の動きを数瞬止めた。

魔王大爆殺とゼブルブラストとの時間差に防御が間に合わなかったのか、紋章術と純粋な魔力攻撃は別なのか、とにかく攻撃が通ったことを確認した男鹿が頭から血を流しながら土煙の中から現れる。

 

「早乙女の弟子だからなんだって?お前、あのヒゲと知り合いか?」

 

男鹿は頭から血を流しているものの、まだまだ問題なく戦えそうだ。

身体の痺れが取れてきた鷹宮の顔は、表情には表れにくいが喜びに染まっているかのように口角を吊り上げている。

 

「フフ、咄嗟のことで食らってしまったぞ。やはりお前との喧嘩は楽しめそうだ」

 

鷹宮は雷撃によって至る所に焦げが残りつつも、固まった筋肉をほぐしながら男鹿の質問に答えていく。

 

「あぁ、禅十郎との関係だったな。そうだな・・・お前は禅十郎の弟子だが、何も弟子はお前だけではないということだ。お前が三番弟子、俺は二番弟子。つまりはお前と同じ師弟関係で、俺はお前の兄弟子になるというわけだ」

 

「・・・お前が二番?じゃあ一番がまだいんのか?」

 

「その通りだが今は関係ないだろう。俺が紋章術を習ったのは十二の時だ。お前とは紋章術の年季が違う」

 

鷹宮が喋っていると、その右肩に空間の歪みが生じていた。

 

「それだけじゃない。さっきの雷、俺が致命傷を負わない程度の温い攻撃だったな」

 

空間の歪みが消え、新たな存在が現れる。

 

服の中央に大きな花をあしらったドレスを着た西洋人形のような、幼い容姿に腰まである銀髪、無感動ながらも綺麗に映る銀色の瞳、美少女といって過言ない少女がそこにいた。

 

 

 

「だが、俺のルシファーはそんなに優しくないぞ」

 

 

 

ルシファー。

ベル坊と同じ“七つの罪源”の内の一つ、“傲慢”に当てはまる悪魔だ。

 

いきなり現れたルシファーに男鹿が目を向けていると、片腕を持ち上げて此方に伸ばしてきた。何かしてくるかとさらに注視していたが、突然見えない手で引っ張られるように引き寄せられる。

突然の現象に男鹿は反応が遅れてしまうも、身体の前に紋章を展開して垂直に四つ這いという姿勢で踏ん張った。

 

「な、んだ、いきな、り・・・⁉︎」

 

「ほぅ、紋章術歴が浅い割にはいい反応だ。・・・が、まだ甘い」

 

ルシファーが掌を向けながら腕を横に振ると、男鹿も腕の軌道を追うように横に振り回されてしまう。

そこに合わせて鷹宮がアッパーを決めることで男鹿を空中に殴り飛ばし、追撃として跳躍からの踵落としを放つ。

 

「ッ、舐めんな・・・‼︎」

 

そんな鷹宮に負けじと男鹿も蹴りを合わせて攻撃を逸らして凌ぎ、二人共バランスを整えて空中で紋章に着地した。

 

「まだ足りないぞ。どうすればお前は限界を超える?俺を倒す明確な理由が必要か?」

 

少し考える素振りを見せ、今度はルシファーの手前の空間が歪む。歪みが消えてその手に現れたのは、写真立て大のガラス細工のようだ。

 

「分かるか?“真実の伝承”が描かれたステンドグラスだ」

 

そう、それは今も探索チームが必死に探しているゲームクリアの鍵の一つ。敵を足止めしている間に見つけようとしていたのに、それを敵が持っているとは予想外だ。

 

「“ハーメルンの笛吹き”に関係のない俺だからこそ持ち歩ける一つだ。流石に自ら壊すことはできないがな」

 

確かに、壊すことができるならもうゲームとしては成り立たないだろう。

それだけ見せるとルシファーはステンドグラスとともにまた消えてしまう。

 

「つまり、俺を倒さなければどうやってもゲームクリアできないということだ。負ければステンドグラスは差し出すと約束しよう」

 

これではどれだけ探索チームが奮闘しても無意味になってしまう。男鹿は知らないことだが、相手が防衛に出ず全員戦闘に参加できているのはこれが理由なのだ。

 

「そしてあいつらには俺の魔力を渡してある。お前の仲間が強かろうが苦戦は免れない。死ぬ確率の方が高いかもな」

 

死ぬと言われて男鹿の頭に過ぎったのは“ノーネーム”のみんなの顔だ。

 

元の世界から一緒にいた古市、ヒルダ、アランドロン。

 

一緒に箱庭に飛ばされて来た十六夜、飛鳥、耀。

 

箱庭に呼び出した“ノーネーム”の黒ウサギ、ジン、レティシアに大勢の子ども達。

 

それに加えて“火龍誕生祭”に参加している人々もいる。

 

男鹿は改めて背負っているものが多く、また大きいものであることを実感した。

 

「・・・いい目だ。どうやら仲間のために戦うことで意識が高まるようだな」

 

今までと雰囲気が変わった男鹿を見て鷹宮は口元に笑みを浮かべて構える。

 

「さぁ、第二ラウンドといこうか」

 

そして“紋章使い”同士の戦いはさらに激しさを増してぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

ステンドグラスを敵が持っているとは露知らず、探索チームはハーメルンの街に隠されたステンドグラスを探していた。

 

「“真実の伝承”はヴェーザー川が描かれたステンドグラスです‼︎ それ以外は砕いて構いません‼︎」

 

参加者の中で多少の知識をもつジンが指揮をとり、地図と発見された場所を照らし合わせながら効率良く探索を進めていく。

 

「おい見ろ‼︎ 操られている奴らだ‼︎」

 

探索チームの一人が前方の火蜥蜴に気付いて声を上げる。そこには此方に向かって走っている火蜥蜴が何十匹も確認できた。

 

「奴らは操られているだけだ‼︎ できる限り殺さずに取り押さえろ‼︎」

 

マンドラが戦える探索チームの者に指示して臨戦態勢を取らせる。しかし操られて殺そうとしてくる相手を取り押さえるにはそれなりに実力差が必要だ。同じ“サラマンドラ”の戦士にそこまでの実力をもつ者は少ない。それ以外は仕方なく殺そうとしても拮抗した実力が戦いを長引かせる。

 

「ーーー苦戦している者は下がって他の奴らに加勢しろ」

 

そんな中、苦労を微塵も感じさせずに火蜥蜴を圧倒している者もいる。

 

「フン、殺してしまえば楽なものを」

 

ヒルダが抜刀していない傘で周囲の火蜥蜴を叩きのめしていく。

 

「ーーーそうだな。操られる時点で邪魔だ、殺そう。・・・と言いたいが今は従うしかないな」

 

「殺したら駄目ですよ‼︎ 俺も殺しなんて御免ですから‼︎」

 

古市も呼び出した悪魔ーーー穏やかそうな顔をして冷酷な言動をしている“ベヘモット三十四柱師団”の柱爵、夜刀の力を借りて火蜥蜴に峰打ちを叩き込んでいく。

普段の古市ではありえない速度の動きだが、魔力で強化された肉体は容易くそれを可能にする。

 

「それよりヒルダさん。少しおかしくないですか?」

 

「貴様も気付いたか。雑魚ばかり寄越してネズミ使いどころか他の奴も現れる気配がせん」

 

ネズミ使いとはもちろん火蜥蜴を操っているラッテンのことだ。ヒルダの実力を垣間見ているラッテンなら火蜥蜴では足止めにしかならないことは承知しているはずだ。

 

「防衛する気がないとなれば・・・本格的に足止めが目的か」

 

魔王であるペスト以外は一対一の勝負に持ち込んだが、魔王側も参加者側の主力と渡り合える自信があれば邪魔が入らないよう足止めをする意味は十分にある。

 

「マンドラさん。他のみんなが気になります。操られている“サラマンドラ”の人達はこれだけですか?」

 

「あぁ、もう数でも此方の方が多い。あとは任せてくれて構わん。それでいいな、小僧?」

 

「はい。ここまで相手が来ないとなればそれぞれ戦闘中のはずです。ここの護衛はもういいですから援護に向かってください」

 

マンドラが指揮中のジンに確認して護衛を離れる許可が降りた。

 

「それで、私達は何処に向かうんだ?」

 

行動方針が決まったところで夜刀が行き先を聞いてくる。呼び出されて大まかな情報しか教えていない中で、迅速に行動した方がいいと判断したのだろう。

 

「逆廻とレティシアさんの元に向かいましょう。二人が相手にしているのは“グリムグリモワール・ハーメルン”の初期メンバーですから、この舞台で何かしら劣勢になっているかもしれません」

 

古市は進んで荒事に突っ込んでいくような性格ではないが、結果的に主力陣に含まれている現状ではそんなことは言っていられない。

 

「ならば私が逆廻の方へと向かおう。レティシアの方へは貴様らの方が適任のはずだからな」

 

ヒルダは意味深に言うとすぐに跳躍していってしまう。古市には意味がわからなかったが、ヒルダがそういうのであれば何かしらあるのだろう。

古市も身体強化された肉体で跳躍し、激戦の真っ只中へと赴いていく。




今回は男鹿と鷹宮の戦闘を中心に進めました。
原作との違いを出すために色々と工夫しましたが、もしかしたら人によっては違和感を感じさせてしまったかもしれません。
ルシファーの銀髪銀眼、吸引中の操作は独自設定です。
他にも追加要素は増えていきますが、不自然なところがあればご報告ください。


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vsヴェーザー戦

なかなかに筆が乗らずに遅くなってしまいました。
今回の話でヴェーザー戦・ラッテン戦を終わらせる予定でしたが、タイトル通り予想以上にヴェーザー戦が長引いてしまいました。

それではどうぞ‼︎


召喚されたヴェーザー河の周囲はもはや原形をとどめていなかった。

他に組まれた対戦カードの面々とは違って十六夜とヴェーザーは無駄な話をせず、お互いを叩き潰そうと一撃必殺とも言える威力の攻撃を繰り出し合っていた。

 

片や山河を打ち砕く力を宿した身体を第三宇宙速度で叩き込む規格外の人間。

片や地殻変動に比する力を大地や河を操りながら叩き込む神格を得た悪魔。

 

そんな二人がぶつかり合えば結果は言わずもがな、というより最初に説明した通りである。

しかし戦局が拮抗しているかといえばそうではない。

 

「しゃら、くせぇ‼︎」

 

襲い来る数多の水柱と岩塊を十六夜は気合を乗せた拳で弾き飛ばす。

その隙を突いて接近したヴェーザーが巨大な笛を横薙ぎに振り抜いてくるのを敢えて避けずに足裏の蹴りで迎え撃ち、相手の力を利用して距離を空ける。

吹き飛ばされた十六夜を追い掛けて追撃するヴェーザーの目に、先程にはない危険な光が宿っているのを捉えた十六夜は今度は受けるような真似はせず、計算して飛ばされた体勢から地面を蹴って方向転換することで回避した。

 

十六夜にとっての誤算は相手の力が予想を遥かに超えて増幅していたことだ。

 

一週間前は全てにおいて自分が上回っていたように思えるのに対し、今は力では互角以上の差が開き、速力では優っているものの少しでも気を抜こうものなら追いつかれる程度の差しかない。

自身の力が劣っていると言っても圧倒的破壊力を宿していることに変わりはないので、速力差を活かして仕掛けるも何かしらの奥の手を隠しているようで迂闊に飛び込むこともできない。

 

オマケに訳の分からない紋章がどういうものか気になって仕方がない。もしあれが契約印ならば、契約悪魔がいて二対一という展開も考慮しなければならず、ヴェーザーへ捨て身の特攻で勝ちを狙いにいって怪我をするのは得策ではない。

 

「どうした坊主。えらく慎重な戦闘運びだな」

 

「ハッ、この俺が慎重にならざるを得ないなんてな。素敵なパワーアップをありがとよ」

 

ヴェーザーの問い掛けにあくまでも不敵な笑みを浮かべて答える十六夜。

しかし、内心では予想以上にヴェーザー相手に時間を費やす結果になってしまったため他の戦闘が気になり始めていた。

 

(他の連中が相手してる奴らも同程度にパワーアップしているなら少しヤバイな。いい加減に腹括って勝負に出るか?)

 

もう控えの契約悪魔の可能性や次の戦闘などは考えず、ヴェーザーに集中して負傷上等の勝負に出ようと考えていたところ、

 

 

 

「なるほど、貴様が苦戦していたのは“王臣紋”が原因か」

 

 

 

割り込むようにしてヒルダの声が耳に響いてくる。

 

“御チビ達の護衛はどうした”とか“加勢なら俺はいいから他に行け”とか色々と言いたいことはあるが、とりあえず一番気になったことについて言及する。

 

「おいヒルダ、“王臣紋”ってのはなんだ?」

 

「“王臣紋”とは、生涯かけて王に付き従うと決めた者にのみ与えられる戦士の称号だ」

 

“戦士の称号”ということは契約印ではなさそうだ。ならば契約悪魔はいないと判断して十六夜は質問を続ける。

 

「さっき苦戦の原因が“王臣紋”って言っていたが、その効果はなんだ?」

 

「一言で言えば、“王臣紋”を与えた契約者からの魔力供給だ」

 

その説明を聞いて十六夜はヴェーザーの急激なパワーアップに納得する。大まかな魔力については以前に聞いているし、人間である男鹿でさえ魔力を使って戦えば規格外だと自負している十六夜と多少なりとも殴り合えるまで強くなるのだ。

それに加えてヴェーザーは神格を得ているので、神格に劣化神格を重ね合わせていると考えればその強さは不思議ではない。

 

「解説ありがとよ。けどなんで俺の所に来たんだ?」

 

これは十六夜がヒルダに対して低い評価をしているわけではなく、純粋に力不足だと判断したから出た質問だ。一度だけ見た“ペルセウス”の騎士達との戦闘だけでも強いのは分かるが、自分達のような規格外が相手だと通用するとは思えない。

 

「心配するな、彼我の力量差が分からぬほど愚かではない。貴様が奴を倒せ。私がサポートする」

 

「いや、俺が言ってるのはーーー」

 

「私が力でも速さでも貴様らに劣っていることは分かっている。だが、貴様らの“武力”に対抗できるだけの“武術”は会得しているつもりだ」

 

総力では勝てなくとも、勝負に勝つだけの術は身に付けている。

そう豪語するヒルダを前に、十六夜も言い返すことを止めた。

 

「分ぁったよ。本当はサシで()りたいが、俺も時間を掛け過ぎちまったからな。今はチーム戦だ、文句は控えるぜ」

 

「ーーー話は纏まったか?」

 

今まで黙っていたヴェーザーが肩に笛を担ぎながら聞いてくる。

 

「うむ、中断して悪かったな。今からは私達が相手だ」

 

そう言いながら抜刀した剣を右手で構え、左手で前髪を掻き分けると今まで隠れていた左眼が露わになる。エメラルドのような緑色の右眼とは対照的にサファイアのような青色の左眼だ。

 

「へぇ、オッドアイか。てか見えるのか?」

 

「あぁ、見え過ぎるくらいだ。諸事情によりできる限り短期決戦でいくぞ」

 

まずはヒルダからヴェーザーに突っ込んでいく。ヴェーザーからすれば未知数の相手を測る意味でも数合だけ剣を受けてみるが、会話を聞いていた通り十六夜に比べれば随分と軽くて遅い攻撃だ。

難なく倒せると判断したヴェーザーが攻勢に転じた瞬間、二人の均衡が崩れた。

 

 

 

振り上げた笛を振り下ろそうとする前から剣が添えられ、力を乗せる前から軌道を逸らされる。

 

 

 

ヴェーザーは驚愕の表情で笛を振り下ろしたが当然ヒルダには当てられず、逸らしたままの剣を滑らせてきて柄で顎をカチ上げられた。

 

(ありえねぇ⁉︎ 確かに動きは小僧に比べれば遅いし攻撃も弱い。だが反応が速すぎる‼︎ 動き出す前から動きを読んできやがる‼︎)

 

「ーーーお前の相手は二人だぜゴラァァアア‼︎」

 

カチ上げられた際に浮いたヴェーザーの身体目掛けて、十六夜が遠心力を乗せた後ろ回し蹴りを繰り出す。

 

笛は振り下ろし、身体は足の着かない空中。

 

防御も回避もできずにそのまま蹴りを食らい、吐血しながらヴェーザー河へと叩きつけられる。

 

「なんだよさっきの異常な見切り。その左眼の力か?」

 

「その通りだ。この目にはコンマ数秒が数十秒に止まって見える。その左右差に酔ってしまうために普段は閉じているがな」

 

周囲を警戒しながら会話する二人だったが、その後ろの地面がせり上がって身体を丸ごと呑み込もうとする。

反射的に避けた二人を見ながら、水濡れとなったヴェーザーが河から上がってきた。

 

「ペッ。なるほど、確かに厄介だな」

 

口の中の血を吐きながら再び笛を構える。

ヒルダの見切りを警戒して直接殴りにはいかず、地面を掬い上げるようにして土砂を散弾の如く打ち出した。それを十六夜は拳一つで吹き飛ばし、ヒルダは土砂を剣で弾いたり大きく避けたりすれば隙ができると考え、魔力を手足のように操って動かずに弾いていく。

それを見たヴェーザーは、自身の後ろの河とヒルダの後ろの地面を操って今度は弾くことのできない攻撃で挟みかける。

 

まずは戦闘力で張り合える十六夜よりもヒルダを排除すべく、ヒルダへと集中的に攻撃を仕掛ける。防ぎ切れないと思ったヒルダは上に跳躍して回避するが、そこを狙ってヴェーザーが突撃し、迎撃するように十六夜も跳躍した。ヒルダの眼前で二人の拳と笛がぶつかり、必然的に力の強いヴェーザーが打ち勝つ。

しかし十六夜が打ち落とされた一瞬の間で、剣にブラックホールにも似た魔力を纏わせてヴェーザーに叩きつけた。今度は防御に成功し、空中で攻撃に押されながらも地面に着地して踏ん張る。そして動きが止まったところに打ち落とされた十六夜が戻ってきて再び拳を振るう。

 

「チッ」

 

舌打ちしたヴェーザーは、踏ん張ることを止めて魔力の奔流に呑み込まれる。十六夜とヒルダの一撃を天秤にかけて被害の少ない方の攻撃を受けたのだ。

魔力と巻き上げられた土煙が晴れた場所には、全身に擦り傷を負ったヴェーザーが面倒臭そうな顔で溜息をついていた。

 

「ハァ、もういい。確実に防げない一撃で沈めてやるよ」

 

己の霊格を解放して笛を掲げ、円を描く様に乱舞する。それに応じて地鳴りと震動が発生し、そのエネルギーが笛の切っ先に集まっていく。

 

「おいおい、なかなかにヤバそうな一撃じゃねぇか。アイツの取って置きってやつか?」

 

「だろうな。見切ることができても逸らすことのできない、圧倒的な力で攻撃するのだろう」

 

「いいねいいね、最っ高に燃えてきたぜ・・・‼︎」

 

十六夜は腰を落として右腕を引き、身体を捻じって全パワーを絞り出す態勢で迎え撃とうとする。

 

「逆廻。防御も回避も、突撃することさえ考えるな。攻撃のみに集中しろ、私が合わせる。まずはーーー」

 

最後の激突を前に簡単に打ち合わせて準備を整える。

その間にヴェーザーも力を溜め終わったようだ。

 

「OK。死ねガキども」

 

ヴェーザーが全力全速の力で二人に向かっていく。十六夜はカウンターで力を倍増させるために待ち構え、ヒルダは魔力を蔦でも伸ばすように張り巡らしていく。今更そんなもので凌げる攻撃ではないとヴェーザーは無視して笛を振りかぶった。

この段階になっても動こうとしない十六夜達をヴェーザーは不審に思うも、この攻撃を受け止められるわけがないとそのまま動きを止めなかった。今から動いてもどうすることもできないと考え、当たると確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、十六夜は一切動かず、筋の一筋も緩めていないのに音もなく身体が後方にずれて躱されてしまう。

 

 

 

「何ッ・・・⁉︎」

 

攻撃は空振り、十六夜は溜めに溜め込んだ力を解き放とうと動き始める。ヴェーザーはいったい何が起こったのか分からず目を見開いていたが、空振りの際に発生した風が十六夜の服を煽り、その下に魔力の蔦が絡みついているのが見えた。

ヒルダが周囲に張り巡らしていた魔力はカモフラージュで、本命はコレかと考える。

 

凌げない攻撃ならば凌がない方法で迎え撃つ。ヒルダが最初に宣言した、力に対抗するための(すべ)そのものだ。

 

「これで終わりだ、ヴェーザー・・・‼︎」

 

全身全霊、攻撃だけに全てを込めた十六夜の拳が唸りをあげて振り抜かれた。ヴェーザーは咄嗟に防御に転じたが笛を砕かれ、そのまま星をも揺るがす一撃を受けて空高く打ち上げられる。

しばらくして落下してきた、仰向けに倒れているヴェーザーの顔は何処か清々しいものだった。

 

「フゥ、完敗だ。俺の負けだよ」

 

「こっちは二人掛かりで、一歩間違えれば大怪我間違いなしの賭けだったんだ。とてもじゃねぇが勝ち誇れねぇよ」

 

十六夜が肩を竦めてそう言い、ヒルダは少しフラつきながらも毅然と立っている。

実はヒルダの張り巡らした魔力は、カモフラージュ以外にヴェーザーの動きを完璧に捉えるためにも使われていたのだ。圧倒的突進力をほんの少しでも抑えながら、目視以上に動きを察知するため全力で魔力を行使した結果、怪我はなくても疲労はかなり大きくなってしまっていた。

 

そうこうしているうちにヴェーザーの身体が光の粒子となって崩れていく。

 

「・・・消えるのか?」

 

「あぁ。召喚の触媒が砕かれたんだ。こうなるのは不思議じゃねぇ」

 

「そうか、久しぶりに本気で戦えて楽しかったぜ。安らかに眠れよ」

 

「悪魔が安らかに眠ってもいいのかね。ま、そっちも達者でな」

 

最後に満足そうな声を残してヴェーザーはそのまま消え去っていった。

 

「・・・さてと。俺はこのまま黒ウサギの所に向かうが、お前はどうする?」

 

少しの間、黙ってヴェーザーが消えた場所を見つめていた十六夜は疲れ切っている様子のヒルダに問い掛ける。

 

「私は疲れた。少し休憩してから向かうとしよう」

 

「了解。なんなら終わりまで休憩してろよ」

 

もう敵が襲ってくることはないだろうとヒルダをその場に残し、十六夜は次なる戦場へと向かっていく。




やっと一つの戦場が幕を閉じました。次はラッテン戦から始まると思います。

ヒルダのオッドアイ、青眼は独自設定です。前回のルシファーの時も思いましたが何処かに公式カラーイラストは無いんですかね?

それと今週で私の夏休みも終わりです。そういうわけで更新速度は一週間に一話か二話にしてましたが、これからは一週間か二週間に一話ぐらいになるかもしれません。


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vsラッテン戦

今回の話は展開が難しかったというか、やりたいことがあって長くなったというか、とにかく色々入ってます。

それではどうぞ‼︎


「クッ、切りが無いな・・・‼︎」

 

レティシアとシュトロムの攻防は一進一退の様相を示していた。影による破壊を幾度も繰り返すが、その度にラッテンの魔笛によって蘇ってくる。十体を超えるシュトロムの内、一撃で確実に破壊できるのは二体までが限度だった。

再び影を振るうための切り替えのタイミングで突風を巻き起こして瓦礫を飛ばしてくるので回避、または防御に回らなければならず、その隙に再生されてその数は減ったり増えたりを続けている。

 

「そうピリピリしないでゆっくり楽しんだら?」

 

「さっきの話を聞いてゆっくりなどできるか・・・‼︎」

 

ラッテンは戦闘よりもお喋りが好きなようで、戦いながらも魔笛を鳴らしている時以外はそれなりにレティシアに話掛けていた。

 

会話の内容はペストが神霊であること、ヴェーザーが神格を得ていること、鷹宮の契約悪魔がルシファーであることなど。紋章については曖昧な説明しかされなかったが、レティシアを最も焦らせているのは男鹿が黒死病に罹っていることによる影響についてだ。

ラッテンの話では、魔力をわざわざ消費しなければならない程に黒死病によって疲労しているというのだ。それなのに自分は前日に気付けていながらきちんと確認するのを怠ってしまった。ヒルダは男鹿の性格や力を知っているから放置したのかもしれないが、不確定要素の多い魔王のゲームに病人である男鹿を一人で向かわせたのは間違いだった。その結果がルシファーという魔王級悪魔の契約者との無茶な一騎打ちである。

 

レティシアはギフトカードから大盾を取り出し、影を展開しながら突っ込んだ。ラッテンは盾なんて防具でどうするのかと不思議に思ったが、今までと同じようにシュトロムを操って乱気流で妨害しながら瓦礫で攻撃する。

 

しかしレティシアは今までと違い、乱気流にそのまま突撃していった。風に混在している小さな破片で傷つきながらも速度を落としてバランスを取りながら進んでいく。

その後方から飛ばされてきた瓦礫へと反転して向かい合い、影で迎撃するのではなく大盾で受け止めた。いくら大盾が頑丈でも岩塊を跳ね除けられるはずもなく、衝撃によって吹き飛ばされるーーーもっと正確に言えば乱気流を突っ切るように吹き飛ばされた。

 

予想外の強行突破に一瞬だけラッテンの思考に空白が生まれたが、伸びてくる影を前にすぐさまシュトロム四体を立ちはだからせた。

 

レティシアの影ではシュトロムを二体しか破壊できない。だが、それでも余力で動きを抑えるぐらいはできるのだ。二体破壊した後、減速して威力が落ちた影を分裂させて残り二体を拘束して退かし、ランスを構えたままラッテンへと迫った。

 

「ッ、あっぶな〜い。急に本気にならないでよね」

 

しかし、冷や汗をかきながらもランスはラッテン本人に笛で受け止められてしまう。ヴェーザーのような如何にもな戦闘用の笛ではなく一般的な大きさの笛だが、魔力で強化することでランスと競り合える強度に達していた。

 

「ハァァアアッ・・・‼︎」

 

レティシアは競り合っている状態から吸血鬼の腕力に物を言わせて横薙ぎにランスを振り抜くが、ラッテンには後ろに跳躍されて避けられてしまう。

 

「本気になるな、だと・・・?」

 

ラッテンの言葉に返しながら、レティシアは改めてランスを構え直す。

 

「辰巳が、我が主の一人が黒死病によって文字通り命を削りながら戦っているんだぞ」

 

もし万全の態勢で向かったのならばそれは適材適所、主力の一人として男鹿を信じるのみだが、今回は体調を無視してまで作戦を崩さないように戦っているのだ。

レティシアの赤い瞳には決意の光が宿っており、鋭い眼光をさらに輝かせている。

 

「“箱庭の騎士”として、“ノーネーム”の仲間として、こんなところで足を止めているわけにはいかないッ‼︎」

 

 

 

レティシアが力強く言うのと同時に、その気持ちに応えるように左手の甲が光り輝いた。

 

 

 

(なんだ?熱い・・・)

 

突然の現象に左手へ目を向けると、そこには1の数字が描かれたゼブルスペルが爛々と浮かび上がっていた。

 

「まさか、王臣紋⁉︎ たった今発現したっていうの⁉︎」

 

驚きからラッテンが声を荒げているが、そのおかげで紋章の名称をうっかりと口にしてしまっているのをレティシアは聞き逃さなかった。

 

(王臣紋というのか、これは・・・。力が溢れてくる。この感じは・・・魔力、か?)

 

「シュトロム、全方位射出ッ‼︎」

 

王臣紋の力を知っているラッテンは、レティシアの意識が王臣紋に向いているうちに片付けようと全てのシュトロムに攻撃を命ずる。

しかし乱気流による妨害がなければその程度の攻撃を避けることは容易い。翼を広げて舞い上がり、破壊できる限り破壊しようと今まで通り影を振るった。

 

「・・・これは凄いな」

 

その結果に攻撃したレティシア本人が一番驚いていた。

二体破壊した後に防がれる三体目を拘束して四体目に叩きつけようと考えていたのだが、影は防がれるどころかそのまま突き進み、今までの苦戦が嘘のように近くにいた五体のシュトロムを軽々と葬っていた。

 

残りのシュトロムも攻撃を仕掛けてきたので応戦するが、その時点で既にラッテンの姿が消えていることにレティシアは気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

(やっぱり王臣紋同士がぶつかれば地力の大きい吸血鬼の方が有利ね)

 

ラッテンはレティシアがシュトロムの相手をしている隙に攻撃に乗じてその場を離脱していた。

供給される魔力に差はあれど相手も同じ力を得ている以上、一度引いて態勢を立て直した方がいいという判断だ。

 

 

 

「ーーーコソコソと何処へ行くつもりかしら、本物の“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”さん?」

 

 

 

ラッテンが色々と算段を立てながら街並みを走り抜けていると、進行方向から少女の優雅な声が響いてくる。

声に反応して前を見れば、そこには真紅のドレスを身に纏い、肩にとんがり帽子の精霊を乗せた飛鳥が待ち構えていた。

 

「・・・貴女の方こそ、今まで何処で何をしていたのかしら?」

 

「私?私は“ラッテンフェンガー”のコミュニティで貴女を倒すためにちょっとした試練を受けていたわ」

 

警戒しながらのラッテンの問い掛けに自信満々に答える飛鳥。

自分と同じグリム童話を冠する偽物のコミュニティは気に食わないものの、しかし飛鳥の登場はラッテンにとって好機であった。

 

「そう、じゃあ相手をしてあげるわ。貴女を人質にすれば魔王ドラキュラも抑え込めるかしらね」

 

「ドラキュラ・・・レティシアかしら?でも私が足を引っ張るわけにはいかないわね」

 

魔笛を構えるラッテンに対し、飛鳥は悠々とギフトカードを掲げる。

 

「さぁ、貴方の初陣よ。ーーー来なさい、ディーン‼︎」

 

 

 

「ーーーDEEEEeeeeEEEEN‼︎」

 

 

 

ワインレッドの輝きと共に雄叫びを上げて現れたのは、紅い巨躯の総身に太陽をモチーフとした塗装を凝らした鋼の巨人である。

 

「貴女と同じで何処に消えたのかと思っていたけど、やっぱり一緒にいたのね。その鉄人形」

 

展示場から消えていた時点である程度は予測していたのか、ラッテンにそこまでの驚きはないようだ。

 

「余裕でいられるのも今のうちよ、この前の借りを返すわ。行きなさい、ディーン‼︎」

 

飛鳥の命令に従ってディーンは動き出し、その拳をラッテンへと放っていく。

約十mの巨体から繰り出す拳はド迫力の一言に尽きるが、ラッテンは余裕をもって躱していた。

 

(う〜ん。この辺りにシュトロムは仕込んでいないし、この鉄人形をどうしようかしら?)

 

シュトロムを仕込む、とはシュトロムを形成している核のことである。

レティシアとの戦いでは無尽蔵に増殖していたように見えたが実はそうではなく、魔力で生成した核を元に鷹宮から供給される魔力を使用したラッテンの魔笛で再生させていたのだ。

 

(こんなことになるなら、もう少し“あのコミュニティ”から色々と提供させればよかったなぁ)

 

ラッテンにディーンを破壊できる程の攻撃手段はないため、無い物ねだりをしながら徐々に後退していく。

ラッテンを追って一歩、二歩と前進するディーンの巨体を引きつけていく。そして三歩目を踏み出して腕を振りかぶった瞬間、ラッテンは魔力強化された身体をフルに使って加速し、巨体の股下を抜けて飛鳥に迫る。

 

ディーンの背後に回った時点で飛鳥を巻き込む可能性のある攻撃はできないはずだ。

 

そう考えて飛鳥の身体能力では避けようの無い速さで魔笛を突進のままに突き出した。しかし、そのような状況でも飛鳥の自信に満ちた表情が崩れることはない。

 

 

 

「言い忘れてたけど、この前の借りを返したいのは私だけではないわよ?」

 

 

 

ギィィンッ‼︎

 

 

 

という甲高い音とともに、突き出されたラッテンの一撃は飛鳥に届く前に止められてしまった。

もちろん止めたのは飛鳥ではなく、

 

「いや久遠さん、俺は別にこの前のことはそこまで根にもってないけど」

 

「貴之君、そこは空気を読んで合わせなさい」

 

刀を構えた古市と霊体の夜刀が二人の間に割り込んでいた。

 

「・・・ハァ。私、肉弾戦は専門外なんだけ、どッ‼︎」

 

ラッテンは魔笛を乱打するも全て弾かれる。ヴェーザーの情報で古市が契約者であることは知っているので、無理はせずに蹴りを入れてから距離を開ける。

 

「なかなかーーーッ⁉︎」

 

一週間前とは違って簡単にはいかない古市に対して語りかけようとしたラッテンだったが、跳躍から着地した瞬間に彼女の態勢が崩れる。

痛みを感じて足を見ると、いつの間にか蹴り出した足の腱を断ち切るように斬られており血が流れていた。

 

「クッ、いつの間に・・・⁉︎」

 

「ーーー悪いが私の剣は神速だ。間合いに入れば気付かぬうちに斬りつける」

 

気付けば夜刀が消えて古市の口調が変化し、さっきまで抜いていた刀を今は納めている。夜刀が斬ることを止めたのではなく、抜刀術による一撃のための構えだ。

 

「なら近付かなければいい話でしょ・・・‼︎」

 

ラッテンは魔笛を口に添えると流麗な音が辺り一帯に響き渡る。

足を負傷して戦うことも逃げることも困難になったラッテンの最後の手段は、目の前の二人を操って手駒にすることしか残っていない。たとえ完全に操れなくても動きを封じることができれば、と考えていた。

 

しかし、

 

「グフッ⁉︎ な、なんで・・・」

 

「目の前で敵が構えを解いて笛を吹いていれば、それは攻撃するだろう」

 

ラッテンの演奏は夜刀の峰打ちを腹に打ち付けられたことで中断されて膝から崩れる。

ヒルダでさえ多少の影響を受けていた魔笛に対して、夜刀の操るその動きに淀みは全くと言っていいほど見られなかった。

 

「そ、そうじゃない。なんで操られないの?」

 

「は?・・・あぁその笛、他人を操作できるのか」

 

再び霊体となった夜刀が、峰打ちによって吐血しながらのラッテンの言葉を吟味しながら答える。

 

「これは憶測だが、それは音を聞いた者を操るのだろう。今は霊体である私の身体は異世界に存在するため、私の身体は操りようがないということではないか?」

 

「じ、じゃあ、その坊やの身体を操れなかったのは・・・」

 

「私が身体を借りていたからではないか?外部からの干渉と内部からの干渉、どちらが干渉力が大きいかは明白だ」

 

夜刀が身体を借りている、つまりは操っていたからラッテンの魔笛を防げたのだ。それに加えて夜刀と古市は仮契約状態で魔力も高まり、霊格がラッテンの操作強度よりも大きくなっていたことも一因だろう。

 

「最後に一つ。なんで殺さなかったの?」

 

ラッテンは腹部に手を当てて息を整えながら今度は三人に聞く。

躊躇なく足を斬ってきた夜刀がわざわざ敵を生かすようなことをするとは思えなかったし、飛鳥も距離が開いた時にディーンに攻撃させなかったのも不思議だったのだ。

 

「あ〜、それは俺が殺しなんて嫌なのと、久遠さんが事前に殺すなって言ったからですよ」

 

代表して古市が答えた後、名前を出された飛鳥が前へ進み出る。

 

「貴之君達には私の我儘で悪いと思うけど、私は中途半端に勝ちたくないの。同じ支配する者として勝負を挑むわ。一曲分の演奏で私に服従しているディーンを魅了してみなさい」

 

腕を組みながら、完全に借りを返すための方法を口にする。

最初に遅れをとって昏倒させられた相手のギフトを打ち負かすことに意味があると言う。魔笛で操れない者がいる時点で、この提案はラッテンにとっても最後のチャンスだ。

 

「いいわ、一曲奏でましょう。幻想曲“ハーメルンの笛吹き”、どうかご静聴のほどを」

 

演奏者としての前口上を述べてから静かに流れるような動作で魔笛に唇を当てる。

響き渡る旋律は先程の支配しようとする威圧感漂わせる音色ではなく、聞いた者の心を解きほぐしていくような魅惑に溢れた音色だ。聴いていた三人は、気付けば穏やかな表情で目を閉じて聴き入っている。

 

この曲を聴いて何を思い、どんな夢を見ているのかは本人にしか知る由もないが、演奏が終わった後も暫くは目を閉じたままだった。

 

「・・・とても素敵な演奏だったわ」

 

「あぁ。芸術には疎い方だけど、良かったと思いますよ」

 

口を開いた飛鳥と古市の言葉は称賛だった。しかし紅い鋼の巨兵に変化は見られない。

それでも二人は拍手をしながら演奏者に感想を送る。

 

「負けちゃったわね。まぁ最後に渾身の一曲を演奏した結果だから、結構清々しい気分だけど」

 

ラッテン本来の明るい表情でそう言いながら足元から消えていく。

レティシアとの戦いから連戦の疲労、神速の峰打ちから内蔵の負傷、そこへ全力の演奏をしたものだから悪魔の霊格に限界がきたのだろう。

 

「残念ね。敵対していなければ定期的に演奏を依頼したい位には気に入ったのに」

 

「あら、最後に新しいファンの人を獲得できて嬉しいわ。じゃあね、可愛いお嬢さんと坊や」

 

そのままラッテンは消え去り、残った笛が音を立てて地面に落ちる。飛鳥がそれを拾って物思いに耽っていると、空から現れたレティシアに声を掛けられた。

 

「飛鳥‼︎ 無事だったのか、よかった。貴之はどうしてここに?」

 

空から着地したレティシアが飛鳥の姿に安堵し、二人に説明を求めた。

古市が探索チームの状況とこの場で起きたラッテンとの戦闘を話すと、レティシアは苦い表情になってしまう。

 

「すまない。私が油断していなければネズミ使いを逃がすことはなかったのに」

 

「過ぎたことを言っても仕方ないわ。次の行動に移しましょう」

 

飛鳥の言葉でレティシアは気持ちを入れ替えて提案していく。

 

「貴之はその状態で長時間いるのは危険だから、ジン達と合流して探索に加わって欲しい」

 

「分かりました」

 

古市が普通にしているから忘れがちだが、柱師団の悪魔と簡易契約している間はティッシュの毒物を摂取しているのだ。ある程度は問題ないとしても蓄積すればどうなるかは分からない。

 

「私は辰巳のところへと加勢に向かうが、飛鳥はどうする?」

 

「私はディーンを連れて魔王と戦いに行くわ」

 

レティシアはここで男鹿の状態については言わなかった。魔王との戦いに挑む飛鳥に不安を与えるのは避けるべきだという判断だ。

そうして行動に移そうとしたその時、彼方の空一帯を包み込むような光が展開されていた。

 

「あれは・・・辰巳君のゼブルスペル?」

 

「あぁ、間違いない。私の王臣紋とも共鳴しているからな」

 

言われて二人がレティシアを見ると左手にゼブルスペルが浮かび上がっていたので驚いたが、今は追求している場合ではなさそうだ。

 

「あそこって黒ウサギさん達が待機していた区画付近じゃ・・・」

 

「なら向かうべき場所は一緒ね。行くわよ、レティシア‼︎」

 

飛鳥の号令で二人は古市と別れ、最終決戦の地となっているでだろう場所へと急ぐ。




少し早いですが男鹿のアレがついに展開されました‼︎
その流れは次回ということになります。

シュトロムの核については独自設定ですね。
この章のラストで“あのコミュニティ”については色々とわかりますのでしばしお待ちを。


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鷹宮の過去

テストが迫っていたので少し遅れてしまいました。
サブタイトルに苦悩している今日この頃、とうとうお気に入り件数が七OOを超えて嬉しい限りです。

それではどうぞ!


それぞれ別の戦場でヴェーザー、ラッテンを撃破した時から少し遡る。

 

「オォォラアァァッ‼︎」

 

男鹿の一撃が鷹宮を捉えて空中で殴り飛ばす。しかしそれが決定打にならないことは今までのやりとりで分かっていた。男鹿は続けて仕掛けようとしたが、またしても突然身体の自由を奪われて振り回される。

鷹宮が掌を向けたまま腕を振り下ろし、空中にいた男鹿は円を描くように下回りに引き寄せられる。そして男鹿によって殴り飛ばされて距離が開いていたために引き寄せられる軌跡は大きくなり、レンガ造りの家屋に突っ込まされる。そこで止まらずに家屋を破壊して突き抜け、今度は下から迫る男鹿を殴るために拳を振り下ろして地面に叩きつけた。

 

「今の一撃はよかった。次はこちらから行くぞ」

 

鷹宮は空中から落下の勢いのままに踏みつけようとしたが、男鹿はバク転の要領で地面から起き上がって回避する。

それに対して再び鷹宮の掌を向けられたので男鹿も身構えたのだが、

 

「・・・?」

 

身体には何も起こらない。

 

「男鹿、面白いものを見せてやる」

 

訝しんでいる男鹿にそう言うこと数秒、周囲の空気が不自然な流れを作り出していることに気付いた。

そしてその流れは鷹宮の突き出された掌を中心に形成されている。

 

「そいつは・・・春日部と同じ、グリフォンって奴のギフトか?」

 

「の、真似事だな。風を操っているわけではない。引力で風を引き寄せ続けて圧縮しているだけだ」

 

真似事とはいうが、空気が圧縮されているという掌が台風の目のように感じられる程度には暴風と化している。

 

「悪魔の力は魔力からただ力を発するのではなく、その使い方次第でいくらでも応用が効く」

 

それには男鹿も同意するしかない。

男鹿の“魔王の咆哮(ゼブルブラスト)”一つをとっても普段使用している収束型、ペルセウス戦で使用した放散型、ジャバウォック戦で使用した閃光型と使い分けて使用していたのだから。鷹宮の引力についても人間を引き寄せるのと風を引き寄せるのを使い分けているのだ。

 

「特に箱庭では様々な力が存在するからな。参考にするのには困らない」

 

解説は終わりとばかりに鷹宮は空いている方の掌を男鹿へと向けて、今度こそ身体を引き寄せる。流石に何回もされれば慣れるというものだが、近距離で引き寄せられれば反撃に出る余裕はない。

男鹿は暴風を纏った掌底が打ち出されるのを防ぐしかなかった。

 

()()()()

 

鷹宮が掌底とともに圧縮していた風を解放する。

合わさった二つの力により今までの比ではない距離を飛ばされた男鹿は歩廊を砕き、何軒もの家屋を貫き破壊してからやっと止まることができた。

 

「クッ、あのボケ。ばかすか人間を飛ばしてんじゃねぇよ・・・」

 

男鹿も人のことは言えないと思うが、少しふらつきながらも瓦礫に手を掛けて立ち上がる。

と、そこへ、

 

「辰巳さん‼︎ 大丈夫ですか⁉︎」

 

男鹿を心配する声が聞こえ、その方向から黒ウサギが近付いてきた。

 

「あ?なんでお前がこんな所にいんだ?」

 

「それは此方の台詞です‼︎ いきなり黒ウサギのウサ耳圏内に入り込んだかと思えば、すごい勢いで街を破壊しながら吹き飛んできたんですから‼︎」

 

黒ウサギは“月の兎”として箱庭の中枢と繋がっているため、審判時ならゲームの全範囲、プレイヤー時なら一kmの範囲まで情報収集ができる。黒ウサギと男鹿は比較的離れていたのだが、どうやらお互いに飛び回ったり吹き飛んだりしているうちにかなり接近していたようだ。

 

「ーーー二人とも避けてッ‼︎」

 

話をしている上からサンドラの大声がした。

ハッ、として男鹿と黒ウサギが見上げると黒い風が眼前に迫っていた。二人は目視すると同時に瞬間的に飛び退く。

 

そう、黒ウサギやサンドラがいるということは当然ーーー

 

「あら、忍はいないのかしら?」

 

二人が対峙していた“黒死斑の魔王”もいるということだ。

ペストがキョロキョロと辺りを見回していると、以前にも審議決議の時に見た黒い歪が空間に現れ、鷹宮が転移してきた。

 

「忍、いいの?転送玉をこんなところで使用して」

 

「ただの短距離転移だ。残存魔力に問題はない」

 

鷹宮の雰囲気が審議決議の時とガラリと変わっていることに黒ウサギとサンドラは戸惑っていたが、今は気にしている場合ではない。

 

「・・・辰巳さん。お身体の方はまだ大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃないように見えんのか?」

 

聞き返された黒ウサギの目には大丈夫に見えるが、事前に気付けなかった黒ウサギには男鹿の返答だけでは判断できない。

だが長期戦には不確定な要素でも、作戦のためにも戦力的にも今は男鹿を信じて耐えるしかない。

 

黒ウサギはそんな風に考えていたのだが、鷹宮とペストの表情が変化したのを見て身構える。

 

「どうやらお前達を過小評価していたみたいだな」

 

「どういう意味です?」

 

「ヴェーザーとラッテンがやられた」

 

鷹宮から突然知らされた情報に黒ウサギ達は喜色の表情を浮かべる。

 

「まぁそれが今、この場にとっていいことかどうかは別だがな」

 

しかし、鷹宮の不吉な一言によって気を引き締め直す。

その視線は今も黙ったままでいるペストへと向けられていた。

 

「ーーー・・・止めた」

 

さっきまでの悠々とした態度は鳴りを潜め、寒々とした声色を発するペスト。

 

「時間稼ぎは終わり。白夜叉だけを手に入れてーーー皆殺しよ。忍」

 

「あぁ、いいぞ」

 

名前を呼ばれた鷹宮が返事をすると、その場の空気が重くなったのを感じる。先程のような物理的なものではなく、魔力による感覚的な圧迫だ。

 

「すまないな、男鹿。うちの魔王様がこう言ってるんでそろそろ本気を出すことにしよう」

 

まだまだ高まる魔力は黒ウサギにもサンドラにもはっきりと感じ取れる程だ。

 

「そもそも根本的に違うのだ。お前が教わった魔力の引き出し方とは違い、俺が習ったのはーーー己の身すら蝕む程の魔力の抑え方だ」

 

言い終えると同時に、鷹宮を中心に圧倒的な魔力が吹き荒れて男鹿達は吹き飛ばされた。それに留まらず、周りの家屋の窓は今にも割れそうに振動している。

 

「な、なんですかいったい・・・⁉︎」

 

「くっそ、なんつー魔力だ。これがルシファーって奴の力なのかッ・・・」

 

今はステンドグラスと一緒に消えている、無機質な表情を浮かべた少女を思い浮かべる。

男鹿がそんなことを考えていると、膨大な魔力に当てられているうちに頭にノイズのようなものが過り、知らない風景が浮かび上がる。

 

「ーーーあ?なんだ?」

 

何処かの山奥の村の一軒家。

全身を黒色で揃えた服を着た大人三人と大きな木箱。

そして一人の老人女性の背後に隠れた、忍と呼ばれている小さな子供。

 

(ーーーこれは、鷹宮の記憶・・・⁉︎)

 

 

 

記憶は進み、木箱が開けられる。

そこには、服の中央に大きな花をあしらったドレスを着た西洋人形のような、幼い容姿に腰まである銀髪の少女ーーールシファーが眠りに就いていた。

 

《この子がルシファー・・・》

 

小さい鷹宮が興味からか、ルシファーに手を伸ばす。

すると今まで眠っていたルシファーの瞳が開き、銀の双眸を鷹宮に向けて伸ばされた手を握る。

と同時に覚醒した魔力が溢れ出てきた。

それを感じ取った大人は対処しようとしてルシファーに近付き、攻撃を受け、死んではいないものの血の海に沈む。

 

 

 

記憶の場面が切り替わり、埃っぽい納屋であろう場所で椅子に座っている鷹宮と傍にいるルシファー。

人を傷付けてしまったルシファーを外に出さないように、契約者となった鷹宮はルシファーと一緒に外界との接触を避けるように閉じこもっていた。

しかし閉ざされていたその場所の扉が開かれ、差し込む光の中にいる煙草を咥えた男ーーー今よりも若い早乙女禅十郎が言う。

 

《クソったれ・・・出るぞ坊主。世界は広い》

 

 

 

更に時は進み、現在の鷹宮と同じ姿の状態で見覚えのある街並みーーーK県Y市にいる。

 

《男鹿が消えた?》

 

《正確にはこの世界から、ですが》

 

その隣には一言で言って黒いトランプマンのような男がいる。

 

《今の男鹿がいる世界はどうやらこの世界よりも強い者達で溢れかえっているそうですが、どうしますか?》

 

男が鷹宮を試すように次の行動を促す。

 

《どのみち、男鹿とは戦いたいからな。今は“商会”の流れに乗ってやる》

 

鷹宮の返答は男にとっても満足のいくものだったようで、口元に笑みを浮かべながら懐から取り出した転送玉を手渡した。

 

 

 

《貴方達は誰かしら?》

 

鷹宮と男の前には斑模様のワンピースを着た少女ーーーペストが警戒心を露わに手元から黒い風を放出している。

 

《そう臨戦態勢では話し合いもできないな》

 

鷹宮がペストへ向けて紋章を展開すると、黒い風は消え、ペストの動きが止まる。

紋章術の基礎、“縛紋”だ。

 

《マスターッ‼︎》

 

《落ち着きなさい、ラッテン、ヴェーザー。・・・抜け出すのは大変そうね。それで、話って何かしら?」

 

神霊であるペストには束縛された不快感よりも、容易く自分を封じた相手への興味の方が大きかったようだ。

 

《お前達の目的と俺の目的が一致しているので手を組もうと思ってな》

 

鷹宮の言葉を聞いたペストの表情が、先程までの興味を塗り潰すように憎悪に満ち溢れていく。

 

《・・・“八OOO万の悪霊群(わたしたち)”の目的は黒死病を蔓延させた太陽への復讐よ。貴方の目的がどう関係するというの?》

 

《そう、箱庭ではそんな不可思議な復讐も可能。ーーーだったら俺は、俺を受け止めきれなかった世界へと反抗する程の強さを手に入れる。それに俺が戦いたい男が白夜叉という奴と行動する可能性がある》

 

戦いたい男ーーー男鹿と戦って更なる強さを求める鷹宮。

白夜叉ーーー太陽の主権を持つ、最も復讐に値する星霊を目的としていたペスト。

 

確かに鷹宮の言う通り、彼とペストの目的は一致している。

鷹宮は“縛紋”を解き、ペストの返答を待つ。

 

《ーーーいいわ。交渉成立よ》

 

 

 

そこで記憶の流出は止まった。

感覚的には一瞬の間だったらしく、周囲に変化は見られない。いや、黒ウサギとサンドラの表情に驚きが浮かんでいるところを見ると、男鹿と同じものを見たのだろう。

 

最初の変化として、ペストの手から今までの黒い風に似た、見ただけで悪寒を感じる禍々しい黒い風が溢れ出ていた。

 

「先程までの余興とは違うわ。触れただけでその命に死を運ぶ風よ・・・‼︎」

 

鷹宮の魔力に呼応して魔力を纏ったペストが手を掲げ、黒い風の奔流を霧散させようとした刹那、

 

「クッ、これは・・・‼︎」

 

その足元に蠅王紋(ゼブルスペル)が現れる。記憶の鷹宮に出てきたものと同じように、“縛紋”を男鹿が掛けたのだ。

すぐに鷹宮によって解除されたが、そんなことはお構いないしに男鹿は話し始める。

 

「あー、ったく。じめじめうじうじしやがって。お前らの過去も目的もなんとなく、フワーッとだが分かった」

 

何も話していないに“分かった”発言に不審を抱く鷹宮とペスト、記憶を垣間見て同じくなんとなく“分かった”黒ウサギとサンドラの思考は一緒のものだった。

 

“フワーッてなんだ・・・”

 

「要するに拗ねちまった、ただのガキじゃねーか」

 

その発言に二人の表情は険しくなるが知ったことではない。

確かに気の毒だとは思うだろう。だが、そのことを理由に暴れ回って目的がどーのこーのと理屈付けているのは、自分が不幸だと宣い、自分をしっかり見て欲しかったと求めているようにしか男鹿には感じなかった。

 

「生憎だがよ。ガキのお守りは一人で間に合ってたっつーのに、こっちに来てから更に増えちまってんだ。てめーら自身のことは自分で考えな」

 

男鹿は右手と左手を合わせて力を込める。

 

右手の契約刻印は光り輝き、左手の紋章が腕全体に広がっていく。

 

そのまま力を込め続ける男鹿の頭上に、一回り大きな紋章が現れた。

さらに力を込め続けていくと紋章は拡大し、男鹿達のいる一区画を覆いこむ程の大きさになり、その下は太陽の顕現が如き光に包み込まれる。

 

 

 

「だが、一つぐらいなら俺が教えてやるよ。世界は広いってな」

 

 

 




やっとこの章も佳境に入りました‼︎
鷹宮って原作ではルシファーの力を自分では使ってませんが、普通なら男鹿と同じく使えるだろ?ということで使用しています。

いよいよ終わりに近づいていますが、次の章はオリジナルにしようと思っています。
そこで私の作品は戦闘描写が多いので、次はコメディー感を多くしようかな〜と思っているのですがどうでしょうか?
活動報告の方でアンケートを取りたいと思いますので、詳しいことはそちらに書きます。よければ意見を聞かせてください‼︎


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最終局面へ

遅くなって申し訳ありません‼︎
もう言いたいことも色々とありますが、とりあえずは後回しです。

それではどうぞ‼︎


「なんだ、これは・・・」

 

目の前で起こっている現象に鷹宮は呆然となる。

男鹿の“鷹宮達の過去が分かった”という発言から説教紛いのことを言い終えると同時に、紋章が見たこともない顕現の仕方をしたのだ。

 

鷹宮も使用している紋章術でも、知識として知っている暗黒武闘でもない。

 

例えるならば、それは小さな太陽の出現とも言える光源となり、夕闇の広がる街並みを照らし出していた。そしてこの現象を起こした男鹿はいまや圧倒的な魔力を身に纏って自然な構えで立っている。

味方である黒ウサギやサンドラも状況を掴めずに困惑しているが、敵である鷹宮やペストの困惑はその比ではない。

 

得体の知れないプレッシャーに晒されたペストは不安を振り払うべく死の風を解放しようとしたが、

 

「ど、どうして・・・⁉︎」

 

その手は無意味に動かされるだけで、何も変化が起こることはなかった。

 

男鹿の力を冷静になって分析した鷹宮にはその理由がなんとなくではあるが推測できている。

紋章を顕現させる前の男鹿の身体には紋章の輝きと広がりが同時に起きていた。紋章術とは悪魔とのシンクロを抑え、その力を制御下に置くことだ。なのに暗黒武闘を使用したかのように紋章が広がっていたことから考えられることは一つ。

 

 

 

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恐らくはそれが圧倒的な魔力の源だ。魔力を制御する紋章術に魔力と同化する暗黒武闘。二つの相反する術式をまるで対消滅エネルギーのようにぶつけ合わせることで莫大な魔力を生み出しているのだろう。

そして生み出された莫大な魔力に晒されたペストは、男鹿の制御する紋章術ーーーつまり抑制する性質を帯びた魔力に覆われて力を発露することができなくなったのだ。

 

紋章術だけでも、暗黒武闘だけでも成立し得ない。二つ共を習った男鹿だからこそ辿り着けた、男鹿だけに許された絶技である。

 

「行くぜーーー」

 

男鹿が一歩踏み出す。

 

 

 

鷹宮の視界から男鹿の姿が消えた。

 

 

 

「ッ⁉︎ ガッ・・・⁉︎」

 

鷹宮は男鹿が消えたことを認識した時には横から衝撃を受けていた。ペストは目の前に現れた、蹴り抜いた姿勢の男鹿から飛び退きながら再び死の風を放とうとするがやはり失敗に終わる。

鷹宮は蹴り飛ばされたと理解すると、下手に止まろうとはせずに転がりながら勢いを抑えて態勢を立て直していた。

 

「サンドラ様‼︎」

 

「分かってる‼︎」

 

ペストの様子から今なら攻撃が通用すると判断した黒ウサギとサンドラは、雷と炎で彼女へと追撃をかける。

 

「舐めるなッ‼︎」

 

それらに対してペストは魔力を纏った腕で先に到達した雷を振り払い、次にきた炎を跳躍して躱した。ペストの戦闘主体は黒い風だが、魔力を使えるのだから身体能力による戦闘も多少は可能なのだ。

とはいえ、神格級ギフトを無傷で弾くことはできずにその腕は焼け焦げていた。しかしそれも瞬時に再生してしまうため決め手には欠ける。

 

 

 

 

 

一方、ちょうど反対側で戦う男鹿と鷹宮は今までの苦戦が嘘のように男鹿が圧倒していた。

最初の一撃はこれまでとの速度差から為す術もなく受けてしまった鷹宮も辛うじて対応しているが、実力は完全に逆転している。

 

「ハ、ハハ、これ程か‼︎ 男鹿の実力、その極限の領域はこれ程なのか‼︎」

 

しかし苦戦を強いられている当の本人は呆然としていた状態を抜け出すと、今度はボロボロになりながらも楽しそうにしていた。

過去の鷹宮が望んでいた“戦いたい相手”、それが自分の想像以上の実力を発揮して立ちはだかっているのだ。強さを求める者ならばこれ程喜ばしいことはないだろう。

 

鷹宮が男鹿の右拳を寸でのところで避けて腹を蹴り上げようとするが受け止められ、そのまま足を掴まれて振り回され投げ飛ばされる。

 

「ゲホッゴホッ。ーーーこれはやるしかないな」

 

立ち上がりながら小さく呟いて凶暴な笑みを浮かべる鷹宮。

“ノーネーム”の仲間が勝ち抜いているとはいえ、すぐそこではまだ魔王との決着が着いていないのだ。魔王を相手にして何が起こるか分からない以上、男鹿もこれ以上鷹宮に何かをさせるつもりはない。

 

一気に片を付けよう身体に力を入れーーー

 

 

 

「・・・あ?」

 

 

 

ーーーようとしてフラつき、膝を着く。

空中に顕現していた紋章も縮小し、降り注いでいた光も淡くなっている。その一瞬で鷹宮は男鹿に接近して殴りつけ、受け身も取らせずに地面へ踏み付けた。

 

「男鹿、残念だがそろそろ限界が近付いてきたみたいだな」

 

鷹宮の言うとおり、まだ動けるとはいえ男鹿の身体は無理を重ねすぎた。

 

黒死病に侵されながらの戦闘。

感覚的な発動だったとはいえ、圧倒的な魔力増幅法による身体への魔力負荷。

 

魔力量は圧倒的でも、それを受け止める身体が弱ってきて耐えきれなくなったのだ。

 

「だが、まだ戦えるな?」

 

消えていない空中の紋章を見て鷹宮が問い掛ける。

そう、まだ限界に近づいているだけで限界を迎えたわけではない。突然のフラつきで動きが止まっただけで、男鹿の身体には抑え付けられている今でも改めて力と魔力が込められていくのが手に取るように分かる。

 

「ペスト、俺達は移動する。そうすれば空中の紋章はこの場から消えるはずだ。ここは任せたぞ」

 

空中の紋章が弱まり男鹿の魔力制御が低下している今なら魔力の発露は可能だと考え転送玉を取り出した。

鷹宮は前方に転送玉による空間の歪みを発生させてから、足元の男鹿を蹴り上げて歪みへと飛ばす。それに続いて鷹宮も飛び込んで姿を消し、予想通り空中の紋章は消失ーーーいや、少し離れたところで顕現していた。

 

「ふぅ、これでやっと解放できるわ」

 

ペストは今度こそ、死を運ぶ風を霧散させてハーメルンの街へと降り注いだ。

先程は男鹿がペストごと抑えたが今はいない。黒ウサギは一段回前の黒い風と同じように“擬似神格・金剛杵”で少しでも相殺できるか試すが、刹那に霧散されてしまう。

 

「ま、まずい‼︎ このままじゃステンドグラスを探している参加者がッ‼︎」

 

戦場を拡散していき、二人の手が届く範囲を越え、探索チームへと向かう死の恩恵を与える神霊の御技を前にサンドラも手の打ちようがない。覆い尽くそうとする風を前にして参加者もなんとか建造物に避難するが、誰もが迅速に行動できるわけではない。

そんな戦闘慣れしていない参加者を庇った幾人かの“サラマンドラ”のメンバーが死の風に呑み込まれて命を落とす。

 

「よくも、“サラマンドラ”の同士を・・・‼︎」

 

それを見ていることしかできなかったサンドラの赤い髪が怒りで燃え上がる。黒ウサギもこれ以上の被害が出る前に対処しようとギフトカードを取り出したが、

 

(ッ、何故このタイミングで‼︎)

 

視界の隅で参加者の少年が逃げ遅れているのを見つけてしまった。

しかし気付いた時にはもう遅い。黒ウサギの脚力をもってしても間に合わない、と少年の死を覚悟した瞬間、

 

 

 

「ーーーDEEEeeeEEEEN‼︎」

 

 

 

死の風は紅い巨兵ーーーディーンのその剛腕によって阻まれていた。死を与える風に対して命無き鉄人形の相性は抜群だ。

 

「今のうちに逃げなさい。ステンドグラスのことは後でいいわ」

 

死の風を防ぐディーンの背後にいた飛鳥が少年に避難するように声を掛ける。すぐさま建物の中に逃げ込んだ少年を確認してから魔王へと向き直る。

 

「邪魔よ」

 

その瞬間、無情にもペストは飛鳥へ向けて言い放ち、死の風を操って三方向から襲わせた。

 

「飛鳥さんッ‼︎」

 

それを見て黒ウサギは焦り声を上げた。

 

二つはなんとかディーンの両腕で防いだが、残る一つはディーンの防壁をすり抜けて飛鳥へと襲い掛かった。

飛鳥は身体能力も年相応の女の子だ。咄嗟に避けられるわけがない。飛鳥自身もそのことは理解しており、早々に死を覚悟する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー情けねぇ(ツラ)してんなよお嬢様‼︎」

 

 

 

そんな飛鳥へと襲い掛かる死の風を破砕する音と共に十六夜が現れた。十六夜のギフトに対して初見であるペストとサンドラは唖然として見ている。

 

「ボーッとしてんな魔王様‼︎」

 

未だに唖然としていたペストの懐に飛び込んで拳を振るい、数多の建造物を粉々にさせながらペストを吹き飛ばした。

 

「ありがとう、十六夜君。正直助かったわ」

 

「なに、気にするな」

 

殴り飛ばして戻ってきた十六夜にお礼を言いながらも、飛鳥は同じ過ちを繰り返さないようにペストが殴り飛ばされた方向からは目を離さない。

黒ウサギとサンドラも警戒しながら二人へと近付いてくる。

 

「飛鳥さんに十六夜さん‼︎ お二人ともご無事で‼︎」

 

「そっちもな。・・・黒ウサギ、一つ確認したいんだがペストに蠅王紋みたいな紋章はなかったか?」

 

「もしかして、十六夜君が言ってるのは王臣紋のことかしら?」

 

十六夜の質問の意図に気付いて聞き返す飛鳥。

 

「なんだ、お嬢様は王臣と()りあったのか?」

 

「ラッテンと戦いはしたけど直接見てはいないわ。レティシアの左手に蠅王紋が浮かんでいたから本人に聞いたのよ」

 

「ってことはレティシアは男鹿の王臣になったのか。魔力も使えんのか?」

 

「そうみたい。だけど本人は“魔力はあっても扱い切れていない”って言ってたわ」

 

 

 

 

 

「あ、あの〜、黒ウサギ達にも分かるように説明を・・・」

 

すっかり蚊帳の外になっていた黒ウサギが王臣紋について聞いてきたので、二人は知っている王紋紋のことを手短に教える。

 

「・・・なるほど。そういうことでしたら彼女にもあると思います」

 

吹き飛ばされたペストが戻ってくるのを見ながら十六夜の質問に答える黒ウサギ。

ペストが“遊びは終わり”と言った時に鷹宮に魔力を上げることを促していたことから王臣であると推測できる。

 

「追い打ちを掛けてこないと思っていたら、作戦の打ち合わせ?」

 

「いや、ちょっとした確認なんだが・・・もう訊いていいか?」

 

十六夜は何かに気付いたようだがその確証はなく、気付いたことを知られても関係ないと考えているのだろう。ペストに何気ない様子で質問する。

 

 

 

「このギフトゲーム、ゲームマスターは鷹宮か?」

 

 

 

横で聞いていた三人は最初、十六夜が何を言っているのか分からなかった。黒ウサギとサンドラは箱庭で過ごしてきただけに“主催者権限を扱う魔王=ゲームマスター”という公式が成り立っており、そんなことは考え付きもしなかった。

 

「程度は知らねぇが忠誠を誓わないと王臣紋は出ないんだろ?魔王の主なら可能性としては十分あり得る。魔王としてゲームマスターだと誤認させた多勢を広範囲攻撃が可能なお前が相手取り、鷹宮達が少数を叩く。鷹宮がゲームマスターに成り代われる程の強さなら敵の戦力分配をミスさせて各個撃破・・・俺達が今回立てた作戦を逆手に取る作戦が可能になる」

 

“今回は失敗みたいだがな”、と離れたところに顕現している巨大な蠅王紋を見て言う。

実際、ペストと鷹宮ーーー紋章使いとの相性は最悪と言ってもいい。それに加えて広範囲型のペストと一点集中型の鷹宮とで戦えば鷹宮が勝つだろう。

 

これだけを聞けば主催者側が有利にしかならないルールだが、当然その代償もある。

“ゲームマスターを打倒”という点では、鷹宮よりもある程度の再生が可能なペストの方が持久力が高いため、打倒される可能性は高くなる。そして男鹿しか知らないことだが、ゲームマスターがステンドグラスを保持していることで、ゲームマスターの打倒によって全ての勝利条件を同時にクリアされる可能性があり、参加者側は魔王を隷属という報酬を獲得しやすくなっているのだ。

 

「・・・そう思うなら今からでも忍と戦いに行ったら?」

 

「そうもいかないだろ。お前を少人数では抑え切るのは面倒だからな」

 

今分かっている限りでペストに対抗できるのは十六夜と飛鳥のディーンだけだ。しかし広範囲を狙えるペスト相手に二人では心許ないし、何より飛べるペストに対して有効な遠距離攻撃手段が少ない。他に黒ウサギとサンドラの神格級ギフトで注意を引き付ける必要があるのだ。

 

「四人ならできるとでも?・・・できるものなら私を抑え切ってみなさい‼︎」

 

再び死の風を振り撒き始めるペスト。

このままでは参加者に更なる犠牲者が出るのも時間の問題だ。

 

「・・・黒ウサギ。とりあえずは作戦を優先してやるが、ペスト(アレ)をなんとかできんのか?」

 

暗に“できなければ俺がやる”と言う十六夜に対し、黒ウサギは白黒のギフトカードを口元に当てて微笑む。

 

「ご安心を‼︎ 今から魔王と此処にいる主力ーーー纏めて、月までご案内します♪」

 

黒ウサギの言葉にその場にいた者が疑問を抱いた刹那、全員がその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

転送玉によって転移させられた男鹿はすぐに周囲を見回して態勢を立て直す。展開させた紋章も力強さをそれなりに取り戻している。

先程は急な脱力に膝を着いてしまったが、弱っていることを理解さえしていれば戦える程度には力を入れて身体を動かすことができる。

 

「ーーー今度こそ本当に最後の戦いだ」

 

転送玉から鷹宮が出てきた瞬間に男鹿は拳を振るった。

もう本当に時間がない。黒死病がこれ以上進行しないうちに鷹宮を倒そうとする。

 

その拳は鷹宮に真正面から受け止められてしまった。

 

「ーーーこれは諸刃の剣。俺自身もまだ制御し切れていない力だ」

 

拳を受け止めている鷹宮の手に力が込められる。

 

「だが、その力を使わない限り今のお前とは戦えない」

 

男鹿はさらに押し込もうとするが、鷹宮も引かずに押し返す。

 

「さっきも言ったが、俺が禅十郎に習ったのは魔力の抑え方だ。今はニュートラル・・・そこからさらに魔力を引き出す」

 

今の鷹宮は対消滅エネルギーで増幅した男鹿と同等の魔力を内包している。

しかし口端からは血が流れ、皮膚は所々で裂けている。

 

「やはりまだ負荷に慣れていないな。・・・これが今の俺の限界だ。お互いに後はぶつかるのみ」

 

その言葉を最後に鷹宮は空いている拳を男鹿の顔面に振るい、それに対して男鹿は蹴りを鷹宮の腹に叩き込むことで二人の距離が開く。

 

「「ウオオオオォォォォッッッ!!!」」

 

そこからはただの殴り合いだ。男鹿の魔力が充満している以上、鷹宮の内包する魔力が対等であっても発露はできず、男鹿は相反する魔力をぶつけるという初めて使用する荒技に魔力を使う技を行使する余裕がない。

 

「ーーーガハッ」

 

殴り合いを始めて十合目の打ち合いの直前、男鹿が大きく吐血する。

今の男鹿は密閉されたビンの中で火薬を爆発させているようなものだ。鷹宮の過剰な魔力による肉体崩壊よりも、無茶な魔力増幅で弱った男鹿の限界の方が早く訪れるのは必然だった。

 

「ーーーじゃあな、男鹿。最高に楽しかったぜ」

 

鷹宮も既に左腕に殴る程の力は入らず、それでも右腕を振りかぶって隙ができた男鹿にトドメを刺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直前、振りかぶった拳は黒い影によって阻まれた。

 

 

 

鷹宮は影が割り込んできた時点で後退している。

 

その影は男鹿を包み込んで外界から守る殻のようだったが、徐々に形が崩れて龍の顎のような形を形成していく。

 

解かれた影の殻からは吐血した口元をそのままに呆然とする男鹿。

 

その男鹿の前には真紅のレザージャケットと奇形のスカート、そして左手に蠅王紋を輝かせたレティシアが、男鹿を庇うようにして立っていた。




今回も色々と手を加えてしまいました。
男鹿の対消滅エネルギーの効果は独自解釈が入ってます。
あと今更ですが王臣紋も原作より広範囲かつ性能アップしています。
いい加減に本作の設定集でも書いた方がいいですかね?

更新の目安としていた一・二週間も守れなくなってしまいました。
そこでもう完全に不定期更新に変更しますが、それは出来次第投稿という意味で、一・二ヶ月に一話とかいう話ではありませんのでこれからも長い目でよろしくお願いします。


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全ての決着

祝日で学校がなく、台風でバイトもなくなったので空いた時間に一気に仕上げました。

とうとう決着です‼︎
それではどうぞ‼︎


黒ウサギの言葉とともにハーメルンの街から消えたペストと主力陣は、石碑のような白い彫像が数多に散乱する月の神殿ーーーそう、月にいた。

 

「チャ、“月界神殿(チャンドラ・マハール)”‼︎ 軍神(インドラ)ではなく、月神(チャンドラ)の神格を持つギフト・・・‼︎」

 

流石のペストも驚愕を隠せずにいる。“月の兎”の逸話から軍神のギフトは予想できても月神のギフトは予想外だった。

それに何より、

 

(ハーメルンの街から離れ過ぎだわ・・・これでは魔道書の力も忍からの魔力も供給が途絶えてしまう‼︎)

 

かなりの距離ができてしまったためにペストの力を底上げしていたリンクが切れてしまったのは痛い。供給されていた力はすぐに消滅するわけではないが、このままではジリ貧もいいところだ。

ペストならば自力だけでも十分に戦えるが、底の知れない最強種の眷属である“月の兎”とギフトを砕く十六夜だけは勝てるとは断言できない。

 

「こうなったら魔力が底を尽く前に終わらせる・・・‼︎」

 

「ハッ、やれるもんならやってみな・・・‼︎」

 

ペストが戦闘態勢をとった瞬間に十六夜とサンドラが迎え撃ち、黒ウサギと飛鳥は後方で何かのやり取りをしている。

ペストは黒い風を衝撃波に変えて放ち、十六夜は“その程度の攻撃は問題ない”とばかりに突進して右拳を振るう。

そんな十六夜に対し、ペストは躱さずに両手を重ねて受け止めた。

 

ヴェーザーとの戦いで十六夜が疲弊していたこともあるが、ペストは残った魔力による身体強化に加えて自らの黒い風で背中を後押しすることでその場に踏み止まったのだ。

 

そして受け止めると同時に防げないように殴り掛かった右腕の方向から衝撃波を叩き込む。ペストはそのまま十六夜の腕を離さず、ジャイアントスイングの要領で延々と衝撃波を浴びせ続けた。

どうやら実力の分からない十六夜から潰すつもりのようだ。

 

「その手を離せ・・・‼︎」

 

最初に十六夜が切り裂いた死の風の隙間を縫ってサンドラが近付き、十六夜に攻撃が当たらないように炎を掌で槍状に変化させて回転の中心にいるペストへと真上から投げ放つ。

 

「鬱陶しいわね」

 

放たれた炎槍に向けて死の風で防壁を作る。

黒ウサギの“疑似神格・金剛杵”の雷撃でさえ霧散させた死の風だ。サンドラの豪炎も等しく霧散させて追撃を放つ。

 

「しゃらくせぇ‼︎」

 

そしてサンドラの援護によって衝撃波が緩まった一瞬で掴まれた腕を軸に身体を回転させ、サンドラへ追撃を掛けた死の風ごと踵落としをペストの脳天に叩き込もうとした。

 

「チッ」

 

ペストは舌打ちしながら手を離して踵落としを防ごうとする。しかし小細工なしでは流石に衝撃を殺せずに吹き飛ばされ、月面に新たなクレーターを作り出した。

多少の打撃は与えられたが、クレーターの中心にいるペストは何事もなかったかのように再生しながら死の風に乗って飛んでくる。

 

「ったく、これ普通にやって倒せんのか?」

 

十六夜がボヤきながらも再び突撃しようとした時、後ろから追い抜いた黒ウサギが生身で単身ペストへと突っ込んだ。

 

「死の風を吹き飛ばします‼︎ お二人は援護を‼︎」

 

一人突っ込んでくる黒ウサギにペストは残り少なくなった魔力を乗せた死の風を浴びせ掛けた。“月の兎”さえ倒すことができれば魔力が尽きてもペストに勝機はある。

 

「無駄です。貴女が太陽を憎む原因となった黒死病、寒冷期に猛威を振るったその最大の弱点。それはーーー」

 

黒ウサギは言いながら、黄金の鎧が描かれた紙片ーーーインドラに縁のある武具を召喚するギフト、“叙事詩・マハーバーラタの紙片”を掲げる。

 

 

 

「寒冷期に存在しなかった、太陽の輝きです・・・‼︎」

 

 

 

召喚された武具は黄金の鎧、それもただの鎧ではない。太陽神であるスーリヤとその息子であるカルナが纏ったという不死の鎧であり、限りなく太陽の光に近い黄金の輝きを放つ鎧だ。

その光に触れた死の風は一瞬で霧散して消えてしまう。

 

「クッ、軍神に月神に太陽神・・・‼︎ 護法十二天を三天までも操るなんて・・・⁉︎」

 

いきなり現れた太陽の光に対して咄嗟に腕で目にかかる光を遮りながら大きく後退したペストに止めを刺すべく、黒ウサギはこの場にいる最後の一人、後ろに控える飛鳥へと向かって叫んだ。

 

「撃ちなさい、ディーン‼︎」

 

「DEEEEeeeeEEEEN‼︎」

 

黒ウサギの叫びに応えるように飛鳥は指示を出し、ディーンはその手に持つ槍ーーーカルナが持っていたとされる太陽の鎧と同じく、“叙事詩・マハーバーラタの紙片”から召喚された穿()()()()()()()()()必勝の槍をペストへと投擲する。

これこそが飛鳥が黒ウサギから授けられた切り札だ。

 

その時、黒ウサギ達は確信していた。これは避けられないと。

その時、ペスト自身も確信してしまった。これは避けられないと。

だから次に起こったことは偶然であり、またペストの最後の足掻きだった。

 

 

 

奇しくも太陽の輝きを防いでいたことから腕は前に構えられ、そこへ向けて真正面から飛来した槍。

それを残り少ない魔力で強化された肉体が反射の領域で掴み取ったのだ。

 

 

 

「ハ、アアアァァァアアア‼︎!」

 

掴んだと認識した瞬間にペストは槍の生み出す莫大な推進力に抗うために最後の魔力を振り絞る。しかしそれでも残りの魔力が足りないのか、徐々に腕を押し込まれていく。

 

「私はッ‼︎ こんなところで負けられないッ‼︎」

 

またしてもペストの最後の足掻きか、または必然か。“火事場のクソ力”とでも言えるかもしれない。

鷹宮とのリンクが途切れて消費されるだけだった魔力が、ペストの内から湧き上がってきた。

 

八〇〇〇万の悪霊群ーーーそれは男鹿達の世界で言われる下級悪魔の大群であり、箱庭の世界で言われる有象無象の悪魔の一形態であり、魔力など扱えようもない存在だった。

しかし、扱えないだけで悪魔の核であるともいえるエネルギーを外部からの供給という形で扱ったペストは、魔力の扱いを曲がりなりにも可能にしたのだ。

 

「こ、この・・・程度、なんかで・・・‼︎」

 

自分でも感覚でやっている魔力の引き出しにより、迫る槍の進行と拮抗する力を生み出したペスト。あとは推進力が衰えるまで我慢できればペストの勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな状況をわざわざ見守るほど、彼らは甘くも優しくも間抜けでもない。

 

 

 

「第二射。飛ばしなさい、ディーン‼︎」

 

再びの飛鳥の指示にディーンは槍ーーーではなく掌に乗せた十六夜を投げつける。

十六夜はディーンに投げられた慣性を味方につけ、疲弊している身体でありながらも第三宇宙速度を叩き出した。

 

「お前の努力を無下にはしない。が、今回はこれで終わりだ‼︎」

 

槍の推進力に抗っているペストにはそれを見ていることしかできず、十六夜の蹴りが柄の先端部分を捉えて押し込まれる。

押し込まれ穿たれた必勝の槍は千の天雷を迸らせ、万、億の天雷へと増えていき敵を焼き尽くす。

 

「ーーーさようなら、“黒死斑の魔王”」

 

その光景を前に飛鳥は別れを告げ、一際激しい雷光に包まれたペストは遂にその姿を消した。

 

 

 

 

 

「ーーー黒ウサギ、ゲームはどうなった?」

 

ペストが消滅した静寂を破ったのは十六夜だった。

黒ウサギは急いで手元の“契約書類”を確認する。

 

「・・・まだ勝利条件は一つも満たされていません」

 

やはり十六夜の推測は正しく、設定されたゲームマスターは鷹宮だったということだ。

 

「なら急いで地上に戻りましょう」

 

報告を聞いた飛鳥がすぐに提案し、主力陣は再びハーメルンの街へと転移するのだった。

 

 

 

 

 

 

十六夜達が月面でペストを相手に奮闘している頃。

 

「なんとか間に合ったな」

 

レティシアはシュトロムとの戦闘で自らもボロボロになりながら、自分以上にボロボロになっている男鹿を間一髪で救えたことに安堵の表情を浮かべていた。

 

「“ノーネーム”の吸血鬼か。王臣という報告は聞いていなかったが・・・まぁいい。それよりも邪魔をするな」

 

鷹宮はレティシアの王臣紋を一瞥するも、今は興味がないので退くように言う。

それに対してレティシアは男鹿に向けていた表情を切り替えて鷹宮を睨み付ける。

 

「お前がルシファーの契約者か。随分強気のようだが、今のお前ならば私一人でもなんとかなるぞ」

 

レティシアは槍を構え、影を伸ばしながら威嚇するように敵意を向ける。確かにレティシアもボロボロだが、今の男鹿と鷹宮に比べれば軽傷といえる程度の傷だ。

 

「心配するな。お前如き今のままで十分だ」

 

鷹宮は振りまいていた魔力を抑えながら右手に紋章を浮かばせる。

男鹿に対抗するために諸刃の剣たる魔力の引き出しをしていたのだが、レティシアを相手取るのにその必要はないし、男鹿が弱って空間の制御が落ちている今ならば同系統の紋章術であれば使えると分析していた。

もちろん実際には流石の鷹宮もそこまでの余裕はないかもしれない。だがハッタリも立派な戦術の一つ、そんなことは微塵も思わせない。

 

「ーーー退け、レティシア」

 

「なっ」

 

レティシアが攻撃を仕掛けようとしたその時、その左肩に手を置いて鷹宮と同じことを言う男鹿に押し退けられた。

 

(わり)ぃな鷹宮。続けようぜ」

 

口元の血を拭いながら前に出る男鹿。

今度はレティシアが男鹿の右肩を掴んで制止する。

 

「何を言っているんだお前は‼︎ もう身体が限界なのは見れば分かる。奴も似たようなものだ、私一人でもやれる。だからお前は下がれ」

 

どうにか説得を試みるが男鹿が下がる気配はない。どころか掴まれた肩の手を振り解こうとする男鹿にレティシアも声を荒げてしまう。

 

「いい加減にしろ‼︎ ギフトゲームはお前だけの戦いではない。何故無理をしてまで一人で戦おうとするんだ‼︎」

 

それを聞いた男鹿は力を緩め、それでも前をーーー鷹宮を見据えながらハッキリと答えた。

 

 

 

「確かにギフトゲーム(そっち)は俺だけの戦いじゃねぇんだろうな。けど鷹()との()嘩は俺の戦いだ。俺が()らなきゃ意味がねぇ」

 

 

 

男鹿もギフトゲームとして鷹宮を早く倒そうともしたが、今回の戦いは最初から最後まで男鹿と鷹宮の決闘だ。途中で黒ウサギ達と合流した時もお互いしか攻撃しておらず、お互いにしか攻撃を受けてはいない。

 

そんな男鹿の決意を見せられたーーー魅せられたレティシアは掛ける言葉を失ってしまった。

 

「それに俺は一人じゃねぇよ。なぁベル坊」

 

「ダァッ‼︎」

 

男鹿の問い掛けに応えるようにベル坊も強い返事を返す。

いつもならここまで言われればレティシアも引いていたかもしれない。自分の誇りを賭けるような決闘だ。それは時にギフトゲーム以上の価値を生み出すことを古参のレティシアは理解している。

 

それでも今の二人は対等ではない。

黒死病に侵された男鹿は魔力を引き出すこともできるのかと疑える程に身体を蝕まれている。見れば戦闘で敗れた服の下には黒死病の証たる黒い斑点がギフトゲーム前に見た時よりも広がっていた。

 

そして見ていたからこそ、レティシアはその変化にすぐに気が付いた。

 

「辰巳、腕が・・・」

 

その呟きに男鹿も自分の腕を見ると、黒い斑点が見る影も残っていなかった。

黒死病の呪いが解かれたのだ。それが意味することは・・・

 

「ペストもやられたか」

 

鷹宮が端的に述べる。

これでレティシアが心配していた二人の差はほとんどなくなった。これなら魔力を過剰に引き出しても決着を付ける分には問題もないはずだ。

 

「・・・分かった、もう何も言うまい。全力を尽くして戦ってくれ」

 

レティシアも男鹿を信じて待つ覚悟を決める。

“だが”と続けて、

 

「これは返させてもらうぞ」

 

肩に置いていた手をずらして背中に合わせる。そしてレティシアに供給されていた魔力が彼女の意思によって男鹿に戻された。

これで本当に二人の差はなくなり、対等な存在となる。

 

「ご武運を、マイマスター」

 

レティシアは数歩下がって見守る態勢を取った。

 

 

 

 

 

「待たせたな、決着を着けようぜ」

 

とは言っても二人とももう限界なのに変わりはない。男鹿は止めを刺される寸前まで弱って追い込まれ、鷹宮は追い込みながらも左腕は使い物にならない状態だ。

 

故に最後の衝突は一撃のみ。

その一撃に残りの全てを込めて相手にぶつける。

 

「「ハアァァァァアアアアッッ‼︎!」」

 

男鹿と鷹宮は同時に声を上げて走り出す。

お互いの今出せる限界まで魔力を引き出し、右腕を振りかぶって相手の顔に狙いを定める。

防御も回避も考えない。防御に力を回すくらいなら攻撃に力を回し、回避に力を回すくらいなら更なる攻撃に力を回す。

 

「鷹宮ぁぁーーッ‼︎!」

 

「男鹿ぁぁーーッ‼︎!」

 

拳の射程に入り、お互いの拳が相手の顔に突き刺さる。

拮抗は一瞬、次の瞬間には片方の拳は振り抜かれ、片方は殴り飛ばされて仰向けに倒れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・チッ。強い、な。男鹿」

 

 

 

仰向けに倒れたのは鷹宮。

最後の力で男鹿に言葉を向けて気を失った。

 

 

 

「・・・てめぇもな。鷹宮」

 

 

 

拳を振り抜いた状態の男鹿。

最後の力で鷹宮に言葉を向けて同じく気を失う。

 

本当に限界だったのだ。

決着と同時に男鹿も膝から崩れ落ちるが、地面に倒れることはなく横から伸ばされた腕によって優しく受け止められた。

 

「お前の勝ちだ、辰巳。ゆっくりと休め・・・」

 

気を失った男鹿をレティシアは受け止め、ゆっくりと地面に横たわらせる。

こうして全ての戦闘は決着を迎えたのだった。




戦闘終了ッ‼︎
流石に原作二巻目でこれは自分でも長いと思いましたが、やり終えた達成感が半端ないです。

王臣紋も原作と多少変わっていますので、本作設定に追加しておきます。

後はゲームの終わりまでのやり取り、後日談、次章からの伏線などなどになります。

それではまた‼︎


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面倒事の予感

ようやく第二章も終了です‼︎
そして原作が大きく変わる転換期になるかも?

それではどうぞ‼︎


男鹿が目を覚ましてまず目にしたのは見慣れない天井だった。

 

「ここは・・・」

 

寝起きながら部屋を見回すと、ここがペストとのギフトゲーム時に感染者の隔離部屋として使われていた個室と同じ造りであることは分かった。

ベル坊はこの場にいない。ヒルダが連れているのだろうか。

窓の外を見れば空が明るくなっている。ギフトゲームを再開したのが夕方だったことから倒れてそのまま朝を迎えたのかと思う。

そんな風に状況を考えていると、部屋の扉が開かれて人が入ってきた。

 

「ん、もう起きたのか」

 

入ってきたのは最後に見た大人姿のレティシアではなく、普段のメイド服に身を包んだ少女姿のレティシアだった。どうやら起きない男鹿の様子を見に来たようだ。

 

「レティシア・・・ギフトゲームはどうなったんだ?」

 

黒死病が消えたことも鷹宮を倒したことも覚えているが、それはギフトゲームに勝ったことには繋がらない。仮に負けていたとして“捕虜として治療を受けている”などと言われるのは冗談ではない。

 

「安心しろ、我々の勝ちだ。もうギフトゲーム終了から一日以上経過しているぞ」

 

「・・・は?」

 

レティシアの言葉を聞いて男鹿の思考が停止する。

男鹿が心配しているようなことは無かったが、まさか自分が一日以上眠り続けていたとは思わなかった。

 

「まぁ驚くのも無理はないな。それではあの後、辰巳が倒れてからの話をしよう」

 

とレティシアは前置きしてから男鹿が倒れた後のことを話し始める。

 

 

 

 

 

 

男鹿が鷹宮を倒して間もなく、ペストとの戦いが終わって月から帰ってきた黒ウサギ達が駆け寄ってきた。

 

「なんだ、もしかして邪魔したか?」

 

倒れている男鹿に寄り添っているレティシアを見て、十六夜がニヤつきながら茶化してくる。もちろん鷹宮も倒れているのを確認して一先ずは戦いが終わったことを理解してだが。

 

「十六夜、ギフトゲームはまだ終わっていないのだぞ。辰巳の手当てをしてから我々もステンドグラスの探索だ」

 

気を抜いている十六夜を窘めてから次の行動を決めていくレティシア。言っていることは間違っていないので、十六夜も男鹿を運ぶために近寄る。

 

 

 

そこで変化は起きた。

 

 

 

十六夜の向かう先、男鹿とレティシアのすぐ後ろに空間の歪みが発生している。

その現象に十六夜は見覚えがあった。審議決議の時、鷹宮が使用していた転送玉の兆候に酷似しているのだ。

 

「レティシア、何か来るぞ‼︎」

 

十六夜の警告によって即座に気付いたレティシアは男鹿を抱えて歪みから距離を取る。

各々が身構えてその現象を見守っていると、そこから現れたのは銀髪銀眼の人形のような少女ーーールシファーだった。

 

「あ、貴女は・・・‼︎」

 

鷹宮の記憶でルシファーのことを知っている黒ウサギとサンドラは改めて警戒するが、ルシファーの姿を知らない十六夜と飛鳥とレティシアには敵意も感じられない幼い少女という風にしか映らなかった。

 

「皆さんお気を付けください‼︎ 彼女はーーー」

 

黒ウサギが何かを言い終わる前にルシファーは空中に浮かびながら近付いて来る。

黒ウサギの必死さから敵ーーー恐らくは鷹宮の契約悪魔ーーーだとは三人にも理解できたが、先程述べた通り敵意は感じないので近付いて来ても警戒するだけに留める。

 

フワフワとルシファーが近付いてくるにつれて、彼女が手に何かを持っていることに一同は気付いた。

そのままレティシアの前まで飛んできて手に持っていたものを渡してくる。

 

「私にか・・・?」

 

怪訝な表情を浮かべて訊き返すと、ルシファーはコク、と小さく首を縦に振って肯定する。

取り敢えず受け取ったレティシアは、渡されたものを見てすぐにこれが何かを理解した。

 

「ステンドグラスか・・・」

 

レティシアの言葉に近くに残っていた十六夜と飛鳥が覗き込む。それはヴェーザー河が描かれたステンドグラスーーー“真実の伝承”が描かれたステンドグラスであった。

 

 

 

「・・・アリ、ガ、トウ・・・」

 

 

 

ステンドグラスを渡して一言、ルシファーはそう言うと消えてしまう。いったい何に対しての感謝だったのだろうか。

 

倒れた鷹宮に止めを刺さなかったことだろうか。

鷹宮が待ち望んだ男鹿との戦いを、一度は中断させてしまったとはいえ最後は手を出さずに二人の決着を見届けたことだろうか。

 

その真実はルシファーのみぞ知る、というやつだ。

 

「・・・で、結局今の白夜叉と特徴が被ってる銀髪ロリ二号はなんなんだ?」

 

十六夜は正体を知っているであろう反応をした黒ウサギに問い掛ける。

 

「えっと、彼女は“七つの罪源”の魔王級悪魔、ルシファーです」

 

「ねぇ、ちょっと待って。どうして彼女はステンドグラスを渡してきたの?彼女が敵ならずっと持っていればいいじゃない」

 

黒ウサギの言葉を聞いて飛鳥が当然の疑問を浮かべる。

それに返したのは十六夜だった。

 

「そりゃ無理だからだろ。それができるならステンドグラスなんてぶっ壊せばいいし、何よりルールの不備・不正で引っかかってただろうぜ」

 

十六夜の考えは鷹宮が男鹿に言った通りのことだ。今回は鷹宮が男鹿を本気にさせるための策として男鹿に言う形となったが、どういう展開であっても何かしらの形で鷹宮に勝てばルシファーが出てきたことだろう。

でなければ最初からクリア方法が一つしかなくなるのだから。

 

「何はともあれ、まずは一枚だ。このまま他のステンドグラスも探すぞ」

 

「その必要はない」

 

レティシアの提案を突然聞こえてきたヒルダの声が否定する。

みんなが後ろを振り返ると、そこには気付かぬうちにアランドロンが立っていた。アランドロンが割れて中から現れたは声の主であるヒルダだ。

飛鳥はその言葉の真意を聞くためにヒルダへ問い掛ける。

 

「ヒルダさん、探す必要がないってどういうことかしら?」

 

「そのままの意味だ。黒死病が消えたことで比較的動けて参加を希望する者で街の中心を、それまでの探索チームと操られていた“サラマンドラ”の連中をアランドロンの空間転移で遠方の各地に向かわせて全域の探索が始まっている。今回戦闘に参加した我々は半日経っても見つからなければ探索に参加、それまでは休憩でいいとマンドラから言われている」

 

つまりはもう人海戦術に必要な人数は確保されているから、それでも見つからなかった場合だけ力や知恵を貸して欲しいということだ。ここにいない古市は魔界のティッシュを使用した副作用がないかを再び検査するため先に戻っているらしい。

 

「そう、ならお言葉に甘えようかしら。いい加減お風呂にも入りたいし、春日部さんも気になるしね」

 

飛鳥と同じく黒ウサギも耀が気になるので付いていった。

レティシアと十六夜は両脇から男鹿を支えて治療に向かい、ヒルダはベル坊を抱えて二人に付いていく。

サンドラは“階層支配者”として、また“サラマンドラ”の頭首として指揮現場へと向かう。

 

そうして半日もしないうちにステンドグラスの探索は終わり、“偽りの伝承”は砕かれ、“真実の伝承”を掲げることでギフトゲームは終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

「ーーーそして今は祝勝会を兼ねた誕生祭の最中だ。あぁ、ちなみにベル坊はヒルダ殿と食事中だ。流石にずっと辰巳の近くに居させるわけにはいかないからな」

 

少しの間ならともかく、食事や風呂は流石に摂らなければならないのでずっと一緒は無理だろう。

しかし、ベル坊は見た目と違ってかなり理解力のある赤ん坊だ。認識次第で男鹿と離れられる距離は変わるので、男鹿が倒れている今、自分はしっかりしようという意識が強まっているのだろう。

 

「鷹宮はどうなったんだ?」

 

「辰巳の治療をした後に同じく治療したよ。流石に放っておくのはどうかと思ったからな。取り敢えずは辰巳達と同じ世界の人間だということで、本人が否定しなければ“ノーネーム”で引き取ることになるだろう」

 

聞けばどうやら鷹宮もまだ眠っているようだ。

男鹿が目覚めたのだから時期に目覚めることだろう。

 

「他の主殿は各々自由に過ごしているが、祝勝会はあと一週間近くやるから辰巳はまだ休んでいた方がいい」

 

そう言ってレティシアは部屋から出ていった。

男鹿は休めと言われたが、ずっと寝ていたせいか全然眠気はない。

そんな状態で考えていたのは鷹宮との最後の戦いだ。

 

もし最後の瞬間、レティシアが割って入って来なかったら負けていたのは鷹宮ではなく男鹿だったかもしれない。鷹宮もボロボロだった以上、ギフトゲームの結果自体は変わらなかっただろうが、それでも今回男鹿が鷹宮に勝てたのは実力ではなく運の問題だ。仮に鷹宮が最初から本気を出して戦っていたら負けていた可能性はさらに大きいだろう。

 

「もっと強くならねぇとな・・・」

 

今回のように最後はぶっ倒れるなんて情けないことにはならないぐらいは。

そう一人で決意しながら、結局は起き上がって男鹿も食事に向かうのだった。

 

その後の誕生祭では、飛鳥の連れていたとんがり帽子の精霊ーーーメルンが仲間になったり、十六夜が裏でマンドラと密約したり、鷹宮が正式に“ノーネーム”に入ったりと色々あったが“ノーネーム”の面々は大いに誕生祭を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

境界壁から帰ってきた一同は、地精であるメルンの手により死んでいた農園を復活させるため、レティシアを中心にディーンと“ノーネーム”の子供達に土壌の肥やしになるものを集めさせていた。

しかし、レティシアを除く“火龍誕生祭”に出向いていたメンバーの姿は農園にない。何処にいるのかといえば、本館三階の談話室に集まっていた。

 

「・・・で、今回お前らのバックにいた黒幕はいったいどんな奴らなんだ?」

 

「知っているのは俺関係のバックであってペスト達のは知らないぞ」

 

単刀直入に聞いてきた十六夜に対して言い返す鷹宮。

そう、今回の誕生祭襲撃に関して“ノーネーム”の情報を流していた連中について聞くための話をしていたのだ。

 

「まぁ俺も詳しいことは興味がなかったから知らないがな。組織の名前はーーーソロモン商会。悪魔の力を売り買いする連中だ」

 

「ソロモン・・・古代イスラエルの三代目国王にして、ソロモン七十二柱と呼ばれる七十二体の悪魔を封印した旧約聖書の人物か。悪魔を扱うには打って付けの名前だな」

 

十六夜の膨大な知識から名前の由来を推察していった。

それを聞きながらも鷹宮は続けていく。

 

「奴らの手中には黄道十二門や七大罪などの強力な悪魔が既に何人もいる。俺のルシファーもその内の一人だ」

 

男鹿達の世界における七大罪とは、箱庭の世界における“七つの罪源”と同じく悪魔の頂点に君臨する七人の王ーーー“マモン”、“ルシファー”、“ベルフェゴール”、“レヴィアタン”、“サタン”、“アスモデウス”、“ベルゼバブ”ーーーのことだ。黄道十二門も七大罪と同じく象徴となり得る強力な悪魔達だと言える。

 

「七大罪・・・だと?馬鹿な、どうやって人間があの大悪魔達を捕らえられるというのだ」

 

「知るか。詳しいことは興味がないと言っただろう」

 

ヒルダも突っかかるように疑問をぶつけるが、鷹宮は流すような返答をする。少し空気が殺伐としてきて黒ウサギがオロオロとしているが、ちょうどその空気を振り払うようにレティシアが入ってきた。

 

「話の途中で悪いのだが少しいいか?何やら白夜叉も話があるようで、できればすぐに来て欲しいとの連絡があったのだが」

 

「・・・なら話は終わりだな」

 

そう言って出ていこうとする鷹宮をレティシアが止めた。

 

「済まないが白夜叉には辰巳達は必ず連れて来いと言われている。もちろん忍、お前もな」

 

レティシアの言葉を聞いて少し立ち止まっていたが、溜息を吐くと共に転送玉を取り出してさっさと行こうとする。指名された男鹿達も立ち上がって続いていく。

 

「それって別に俺達が行っても問題ないよな?」

 

「そうね。仲間はずれは良くないもの」

 

「面白そうだし」

 

「黒ウサギも付き添いで行きます‼︎」

 

“男鹿達以外は駄目”とは言われていないのでワラワラと十六夜達も立ち上がって続いていく。

最終的に残ったのは農園復活の指揮を取っていたレティシアと、“火龍誕生祭”で拠点を空けている間に溜まっていた仕事するジンだけだった。

 

 

 

 

 

 

「済まないな、間も置かずに呼び出して。帰って来てから呼び出す理由ができてしまっての」

 

白夜叉は着物の裾から、和式で統一された私室には合わないだろうCDを取り出して見せてくる。ただの変哲のないCDに見えるが、表面には手書きでこう書かれていた。

 

“むすこへ、だいちゃんより”

 

それを見た瞬間、男鹿と古市はものすご〜く面倒そうな顔になった。

それはそうだろう、二人の予想が正しければ確実に面倒事が舞い込んでくるはずだ。

 

「あの・・・白夜叉さん?これはいったい何ですか?」

 

念のため古市が希望を捨てずに白夜叉へと訊いてみる。

 

「大魔王からのビデオレターだ」

 

“やっぱりか”ともう隠すことなく嫌そうな顔になる。それで呼び出した理由も分かった。

タイトルはベル坊宛だが、取り敢えず同じ世界の人間には見せた方がいいという白夜叉の判断なのだろう。

 

「しかし、何故白夜叉様のところに送られて来たのですか?」

 

「それは私が報告として白夜叉殿の話をしていたからだろう。話によれば旧知の仲であるようだしな」

 

不思議だった黒ウサギの疑問だが、ヒルダの言った考えで納得する。

 

「では早速見てみるとしよう」

 

なかなか動こうとしない男鹿と古市を他所に、CDの見れる部屋へと移動してそれぞれ見える位置に陣取る。

 

「ベル坊の親父か。どんなのか楽しみだな」

 

「Yes。過去のとはいえ箱庭で魔王だった方ですからね。少し緊張しますよ」

 

十六夜達は純粋に楽しみのようだが、“経験的に今回も顔は見れないだろうな”と思いながらも何も言わない二人である。

 

「あ、映った」

 

耀の言葉に二人も画面を見るが、画面には大魔王どころかまともに人が映っていない。映っているのはカエルとウシのパペットを両手に装着した黒子のような人物である。

 

『ヤッホー、息子よ元気ー?わしだよーわしわし。あ、別にわしわし詐欺じゃないからね?』

 

画面のカエルが忙しなく喋るように動く。

 

『最近さー、テレビのバラエティでパペット劇場みたいの見てハマってるんだよねー。どうよこれ?なかなかの完成度じゃね?』

 

カエルと同じようにウシも忙しなく喋るように動いている。

 

「まぁ確かに上手だとは思うのだけれど・・・」

 

律儀に感想を述べる飛鳥だが、他の女性陣も困惑の表情を浮かべている。

まぁ異世界にまで送ってきた映像の内容がパペット練習の出来栄えを見せているだけなのだから無理もない。

そのまま“このパペットは自作でどこをどう拘って作った”とか“最近のゲームはクオリティが高い”とか長々と十分近く無駄話が続いた。

 

『大魔王様、そろそろ本題に入らなければビデオが止められてしまうかと』

 

『あ、マジで?わしそんなに喋ってた?』

 

『はい。それに本題を喋る時間も考えますとバッテリーが少し不安です』

 

ふと大魔王の雑談を遮るように別の声が入り、黒子のような人物と会話する声が聞こえてくる。

 

「よ、ようやく本題ですか・・・」

 

「そうだな。男鹿や白夜叉の“アホ”って認識がよく分かった」

 

いつ本題に入るか分からなかったためにずっと聞いていたヒルダ以外の全員の考えを代弁するように黒ウサギが呟く。

同時に呟いた十六夜の感想にもまたヒルダ以外の全員が納得してしまった。

 

『いや〜メンゴメンゴ。じゃあ時短で巻いた方がいいよねー。もう面倒だしこのまま本題に入ろうか』

 

「え、顔出しなし?」

 

ついには表情が変わりにくい耀まで唖然として呟いている。もう自由過ぎて黒ウサギはツッコミを放棄してしまっていた。

 

『じゃ、本題ね。実はこっちで・・・えっと、ソロバン教室?『ソロモン商会です』そうそれそれ、ぶっ潰したんだけどさー』

 

本題が始まったと安堵していた一同は、いきなりの爆弾発言に別の意味で唖然としたのだった。

 




ものすごい終わり方をしてしまった・・・。
ビデオレターの続きが気になるでしょうが、それは第三章に続く、ということで。

第三章は投票の結果、コメディー寄りの内容を想定しています。
投票してくださった方はありがとうございました‼︎
しかし作者の癖なんでしょうね、少しは戦闘シーンが入りますが少なくなるようには努力しますので御安心を。


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あ? 大罪とか罪源とかややこしいんだよ
一時の別れ


いよいよ新章突入です‼︎
とは言っても今回は前話の続きですので物語は進みませんが。

それではどうぞ‼︎


“火龍誕生祭”から帰ってきた翌日、レティシアは屋敷を見て回っていた。

昨日は農園区復興という希望を前にして瞳を輝かせた子供達と土壌の肥やしになるものを集めていたが、メイドとしては本拠を留守にしていた間も屋敷の手入れを怠っていないか確認したかったのだ。

しかし無用の心配だったようで特に目立った汚れも散らかりもなく、年長組を中心として主力陣が留守の間もしっかりと働いてくれていたようだ。

 

「よし、屋敷の方は問題ないな。後は食糧や日用品の残量確認、昼食の準備、それから・・・」

 

レティシアが残りの仕事を反芻しながら移動していると、不意に魔力の高まりを屋敷の中から感じた。今までなら離れた魔力を感じることはなかったのだが、どうも王臣として魔力を使用した結果として魔力を敏感に感じ取れるようになっていたようだ。

さらに左手の王臣紋も無意識に共鳴して光り輝く程度には魔力は高まり続けており、もしかしたら自分だけではなく十六夜達も気付いているかもしれないと思う。

 

とにかく何が起こっているのかを知るために急いで魔力を感じる方向へと走り出す。

戦闘音がしないことから大きな問題ではないと思いたいが、感じ取れる魔力量が半端なく多いため不安になる。

と、考えていたら今度は急速に魔力が少なくなっていき、次第に感じ取れなくなるのと同時に魔力を発していた部屋へと到達した。

 

「入らせてもらうぞ。いったい何、が・・・」

 

“あった”、と続けようとしたレティシアは部屋に広がる光景に言葉を詰まらせる。

 

床には男鹿がうつ伏せ、古市が仰向けで倒れ込んでいて、ベル坊がそんな二人を起こそうと叩いていた。近くのソファーには鷹宮もぐったりとして座りながら俯いており、隣にちょこんとルシファーも座っている。

そんな三人を他所に鷹宮が座っているのとは別に机を挟んで向かいあっているソファーでヒルダが優雅に紅茶を飲んでおり、部屋の中央にはアランドロンが肌を瑞々しくさせ、顔をホクホク顔にして立っている。

 

「・・・本当に何があったんだ?」

 

唖然としているレティシアの疑問にヒルダがティーカップを置きながら答える。

 

「ん、レティシアか。これから元の世界に帰ろうと思ってな。こいつらから魔力を搾り取っていたところだ」

 

確かに昨日、“サウザンドアイズ”から帰ってきた時に軽く説明はされたが、まさかこんな死屍累々の状況になるとは誰も思わないだろう。

 

「そ、そうか。ではもう行くのか?ならば見送りにみんなを呼んでくるから少し待っていてくれ」

 

「いや、俺達ならもう来てるぜ」

 

レティシアが踵を返して呼びに行こうとした横から十六夜の声が掛けられる。

その後ろには飛鳥、耀、黒ウサギ、ジンとみんな揃っている。

 

「やはり主殿達も気付いていたか」

 

「あれだけの魔力なら流石に分かる」

 

耀の言葉に他のみんなも頷いている。

戦闘力の高い十六夜や黒ウサギはともかく、飛鳥やジンも戦闘力はないとはいえ膨大な魔力を感じ取れたようだ。

 

「全員揃っているなら都合がいい。私達はもう行くぞ」

 

「えぇ、何か魔界特有のお土産でもよろしくね」

 

代表した飛鳥の見送りの言葉を受けてアランドロンが割れると転送段階に入り、ヒルダはその中へと消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 

時は大魔王のビデオレターが再生されて本題に差し掛かったところまで遡る。

 

『じゃ、本題ね。実はこっちで・・・えっと、ソロバン教室?『ソロモン商会です』そうそれそれ、ぶっ潰したんだけどさー』

 

「はい、ちょっと一時停止」

 

大魔王から送られてきたビデオレター、その本題を聞いた瞬間に飛鳥はリモコンを取って映像を止めた。

飛鳥はなんだか痛くなりそうな頭を押さえて質問する。

 

「・・・ねぇ、十六夜君。私達“ノーネーム”の敵である可能性が高いって話していた組織の名前ってなんだったかしら?」

 

「ソロモン商会だな」

 

この場で一番記憶力が高いであろう十六夜に確認するが、飛鳥の記憶にある組織の名前と変わらない。

 

「・・・ねぇ、春日部さん。大魔王さんの言っている壊滅させたらしい組織の名前ってなんだったかしら?」

 

「ソロモン商会だね」

 

この場で一番五感が優れているであろう耀に確認するが、飛鳥の聞き間違いというわけではないらしい。

 

「・・・えっと、じゃあ私達の敵(仮)は既に空に浮かぶお星様になったと考えていいのかしら?」

 

ソロモン商会なる組織が明確に敵対する前に亡き者になっていようとは、予想外を通り越してもはや拍子抜けだ。

 

「いや、それはない」

 

そんな飛鳥の確認に対して否定したのは、この場で唯一ソロモン商会と繋がっていた鷹宮である。

 

「オレはソロモン商会の手によって箱庭を訪れ、その後はペスト達のバックアップも多少している。少なくとも残党と呼べるレベルじゃない」

 

鷹宮はそう言うが、では大魔王が潰したというのはいったいどういうことなのだろうか。

 

「とにかく続きを見てみようぜ」

 

大魔王の報告と鷹宮の記憶情報とで食い違っている現状を打破するためにも、男鹿の言う通りビデオレターを再生するのが一番だろう。

飛鳥もそれに従ってビデオレターの続きを再生する。

 

『あ、その時の写真あるけど見る?』

 

そうして再生された映像に割り込まされた写真には、何処かのビルの上階が何かによって吹き飛ばされたかのように土煙が立ち昇る中、吊るし上げられた三人の老人に矢印を向けて“うんこ三兄弟”という字とそのイラストを描いている大魔王の後ろ姿が写っていた。

 

「おい、老人虐待現場の証拠を嬉々として撮ってるぞこいつら」

 

「悪魔だからな。別段おかしくもあるまい」

 

十六夜のツッコミを“悪魔だから”であっさりと流すヒルダとのやり取りが為される中でも映像は流れていく。

 

『なんかガヤガヤしてたところをうちの情報網に引っ掛かったみたいでさー、ついでに色んな情報も引っ掛かってわしに報告が来たから仕方なく出向いたんだけど、そん時にはこいつら情報の半分もいなかったんだよね』

 

『そんでこいつらに聞いてみたら、うちの息子の一人を追って箱庭の拠点に一ヶ月前から本格移転したとか言ってんだよこれが。もう面倒だからぶっ潰したいけど、箱庭に帰るのも面倒なんだよねー』

 

ようやくここで報告と記憶情報がすり合わさってきたのだが、今この瞬間も映像ではカエルとウシのパペットが交互に話す動きをしているのだから緊張感などまったく生まれない。

 

『要するに、人間滅ぼす前にそっち滅ぼしてくんね?ってことでよろしくー。あ、あと言い忘れてたんだけどーーー』

 

と、大魔王が話している途中で“ピーッ”という突然の音とともに映像がブラックアウトしてしまった。

 

「む、なんとも気になるところであのアホ・・・」

 

気になる映画の予告みたいな終わり方に白夜叉も愚痴ってしまう。

どうやら途中で会話に出てきたビデオカメラのバッテリーが切れたようだ。

 

「・・・()()()()()に、()()()()、か。なるほどな」

 

そんな不満が漂う中でも、十六夜は今の映像によって得られた情報から何かを導き出したようだ。

 

「一ヶ月前っていうと・・・ペルセウスか?逆廻達が喧嘩した時期と一致するな」

 

古市も十六夜の言葉から連想して答えを導き出す。流石に自らを知将と呼ぶくらいには頭の回転が早い。

 

「あぁ。ダンタリオンっていう、使役する奴によっては手に負えない悪魔をルイオスに貸した人間。そいつがソロモン商会で間違いない」

 

十六夜は暗に“ダンタリオンをルイオスに貸して、もし反抗されても対応できる力がソロモン商会にある”と言っているのだが、気付いた人はいなかった。

どうやら予想以上に強大な組織だと十六夜は一人考える。

 

「ふむ、大魔王様の最後の言葉が気になるな・・・一度魔界に戻るか」

 

「え、戻れるんですか⁉︎」

 

ヒルダの一言に素早く反応したのは古市だ。一度前に同じ提案をした時には断られていたので無理もない。

 

「前に言っただろう。帰るには大悪魔級の魔力が二、三人分は必要だと。条件はお前達三人で揃っている」

 

そう言ったヒルダは順番に男鹿、鷹宮、古市と指差していく。

 

「お、俺もですか⁉︎」

 

「あぁ、魔力量の多い柱師団の奴を頼むぞ。ついでにできることならティッシュも調達してこよう。もう残りが少ないはずだ」

 

特別製とは言ってもティッシュはティッシュ。無限にあるわけではないため、このまま使い続ければ無くなるのも時間の問題だ。

ティッシュについては送ってもらうだけで解決できるのだが、ビデオレターの最後の言葉を確認する意味でも一度は帰った方がいいだろう。

 

「俺も一緒に帰っていいですか?」

 

「貴様のことを名前で呼んでくれる女子がいる世界と底辺の渾名で女子に呼ばれる世界、どっちがいい?」

 

「行ってらっしゃいヒルダさん‼︎ 早く帰ってきてくださいね‼︎」

 

ヒルダの遠回しな拒否に古市は速攻で元気よく返事を返す。

実際は古市を連れて帰ることもできるが、ベル坊がいる間は必ず箱庭へと戻るつもりであるし、なんだかんだ言って古市も奴隷以外に戦力として使えるようになったため外界に戻ったとしてもまた箱庭へと引っ張って来るつもりだ。それならばアランドロンのキャパシティに少しでも余裕を持たせたいとヒルダは考えたために拒否したのだった。

 

「おい、俺達に拒否権は?」

 

「無論無い。心配するな、疲れるのは契約者だけだ」

 

「何処に心配しない要素があんだよ⁉︎」

 

契約悪魔は魔力を持っているだけで、そこから引っ張り出して使用するのは契約者である。悪魔が意識的に使用したり枯渇状態であれば人間の体力のように疲労速度は上がるが、普通に過ごす分には何も問題無い。

でなければベル坊に負担となることをヒルダがするわけがないだろう。

 

余談だが、何故魔王と組んでいた鷹宮が隷属という枷もなく“ノーネーム”に加入ーーーというより自由に生活できているのかというと、“階層支配者”である白夜叉に“魔王の残党として信頼を得るために余程理不尽でない限りは従順にしておけ”というような釘を刺されていることと、目の届く範囲であり戦力を求めている“ノーネーム”に加入することを条件に自由を許されたりしているので、強権を使われれば本当に拒否権がなかったりする。

 

「し、白夜叉様?大魔王様が人間を滅ぼすと言っているのですが・・・」

 

と、ここまで黙っていた黒ウサギが大魔王の発言に誰もツッコミを入れなかったので声を上げる。存在がボケの塊みたいな大魔王に黒ウサギもスルーすることを選んだが、流石にこれは聞き流せなかったようだ。

しかし、

 

「うむ、問題なかろう。次の日には忘れているだろうからな」

 

「だろうな。大魔王は人間滅ぼすって言ったの忘れて自分の子供(ガキ)を二人も送り込むような奴だぜ?」

 

白夜叉と男鹿はいつものことととして特に気にしない。

そんな二人の証言にもう笑うしかない黒ウサギであった。




次からは本格的に物語に関わっていきたいですね。
でも関わるだけで大きく進むかどうかは謎ですが。


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古市のギフト・男鹿の修行

今回の投稿で変更したタグについて。
そろそろオリキャラが出てくるので、“オリキャラあり”。
べるぜバブは本編しか読んでいない為、もしかしたら番外編などで判明する内容とは異なる可能性が出てくるので、“べるぜバブ本編設定のみ”。
を追加します。

とりあえず今回の報告は以上です。
それではどうぞ‼︎


魔界へと帰郷するヒルダを見送った後。

 

「あ〜、ったくヒルダの奴、人使いが荒れぇな」

 

「まぁ魔力に関してはお前らにしかどうにもできないからな。仕方ないだろ」

 

男鹿の愚痴に十六夜が応えながら集まっていた一同は食堂に向かっていた。

レティシアが昼食の準備をしようとしていた時に魔力を感じたので食事の用意はできていないが、下拵えは朝のうちに終えているのですぐに食卓を飾ることができると言うことから疲労感が半端ない三人の為にも少し早めの昼食となったのだ。

 

「あ、もう準備してるみたい」

 

その時、食堂に向かう途中で耀が鼻をひくつかせて何かの匂いを嗅ぎ取っていた。他のみんなも食堂に近付くにつれて美味しそうな匂いに気付く。

食堂の扉を開けたところでは年長組の子供達がリリを中心に食事の準備に勤しんでおり、入ってきた集団にいち早く気付いたリリが駆け寄って来る。

 

「すみません、まだ御用意ができてないんです。もう少しお待ちいただいていいですか?」

 

「おう、今から準備するよりかは早いだろ。頼むぜリリ」

 

先頭にいた男鹿がリリの頭をぽんぽんと叩いて撫でながら催促する。

 

「ハイ‼︎ 席に座ってお待ちください‼︎」

 

頭を撫でられて少し気持ち良さそうにしていたリリは素早く行動に移して奥の厨房に入っていった。

 

「では私も準備に加わるとしよう」

 

「黒ウサギもお手伝いします‼︎」

 

リリに続いてレティシアと黒ウサギも厨房に入っていき、残ったメンバーは言われた通りに席に座って談笑する。

 

「そういえば貴之君、昨日の帰り際に白夜叉から呼び止められて何をしていたのかしら?」

 

飛鳥が古市に聞いたのは大魔王からのビデオレターを確認した後のことである。

白夜叉に呼び出された用件は済んだので本拠に帰って農園復活を手伝おうとした時に、古市とヒルダとアランドロンだけ呼び止められて他のみんなは先に帰っていたのだ。

 

「なんか白夜叉さんからの魔王討伐依頼の報酬は後で“ノーネーム”宛に届くんだけど、それとは別件で“サラマンドラ”から俺達に礼をしたいって話があったらしくてさ」

 

どうして“ノーネーム”ではなく古市とヒルダなのかというと、“ノーネーム”に魔王討伐を依頼したのは白夜叉であり、“サラマンドラ”は直接的に関与していないからだ。

それに対して今回ラッテンにより二分されたことによって“サラマンドラ”は下手をすれば同士討ちでかなりの人数が減っていたところを二人が制圧してくれたことで最小限に犠牲を抑えることができた。

アランドロンも目立つことはしていないとはいえ、“サラマンドラ”を含めて体力が消耗していた参加者や負傷した参加者の移動手段として奮戦していた。

 

「それで白夜叉さんが、“だったら共同の主催者として肝心な時に何もできなかったから私が出しておこう”ってことで後から来た俺達がもらってないギフトカードを渡されたんだよ」

 

そう言ってポケットからギフトカードを出してみんなに見えるようにする。

 

 

 

シルバーホワイトのカードに古市貴之・ギフトネーム“適応者(アダプテーション)”、“召喚憑依紙”

 

 

 

「“召喚憑依紙”はティッシュのことだよね?こっちは?」

 

ギフトカードを見た耀が“適応者”を指差しながら聞いてくる。

 

「さぁ?全然自覚ないんだけど・・・」

 

古市も分からずに首を捻っている。

もし知っていれば自らを普通の高校生とは言わないだろう。

 

「・・・お前、やっぱ普通じゃないわ」

 

「いや、だから普通だって。何を根拠に言ってんだよ」

 

少し思案した後にいつもの台詞を言った十六夜に対して古市もいつも通りの返しをしたのだが、十六夜の表情はいつもの茶化しているようなものではない。

 

「だってこれ、ギフトネームとお前の身体の状態から推測するに、生物学や生態学における環境適応能力の縮小版ギフトだぞ?」

 

「・・・は?」

 

「言っておくがあくまで推測だからな?」

 

念を押して確証はないという十六夜に対して、古市のみならず飛鳥と耀も呆然としていた。

男鹿はそのすごさが分からず、鷹宮は興味のなさから特に表情は変わらない。

 

「・・・それってかなりすごいギフトではないかしら?」

 

「適応効果範囲や適応可能条件が分からねぇからなんとも言えねぇな。分かっているのはティッシュの毒に適応した毒物耐性と召喚した悪魔の魔力に対する魔力耐性ってところか」

 

聞いただけでは理解しにくいだろうから例えを出して説明すると、もしもこの“適応者”に制限がなく、さらに自在に使用することができれば。

 

 

 

古市は水中で息をし、灼熱の砂漠を平気で歩き、氷河で凍えることもなく、宇宙空間で生きることさえ可能となる。

 

 

 

この例えを聞けばどれだけ異常な力か理解できるだろう。

しかし、それには制限があると十六夜は考えているため“縮小版”と言ったのだ。

 

古市がティッシュの毒素に適応したのが早かったのは人体構造的に抗体を産生することがおかしくないことであったからであり、魔力についても人間が悪魔と契約して使用できるようになることから人間には大なり小なり魔力耐性が備わっていて、契約や王臣紋などによって引き出されるものであると考えられる。

これらのことから“適応者”は人間に可能な範囲で適応を促していると推測できる。

 

推測の通り人間に可能な範囲での適応だとしても、古市はティッシュを半日近く使用して毒を摂取しながら魔力耐性がない状態での魔力使用と最悪死に至るような経験を経て適応したのだ。

 

つまり人間が水中や灼熱、氷河や宇宙空間に適応するには人体構造を構成し直す必要があり、それは地球が誕生してから何千年何万年と掛けて行ってきた全ての生き物における環境適応能力だ。

人間でいる限りそれは不可能なことだろう。

 

「ま、まぁそれでも外見が変わるわけでも超人的な身体能力が身に付くわけでもないんだから、普通だって普通。ハハハ・・・」

 

あんな例えを聞いた後では自信を持って自分は普通とは言えない古市なのであった。

 

 

 

 

 

 

昼食を終えた男鹿はレティシアの頼み事を聞くため、自分の目的を果たすために館から少し離れたゴツゴツした岩やら立ち並ぶ木々などが存在する、比較的様々な自然環境を設定できる場所へとやってきていた。

 

「ここで()んのか?」

 

「あぁ、打って付けの場所だろう?よろしく頼む」

 

そこで二人は対峙している。

レティシアはいつもの少女の姿ではなく大人の女性の姿で、髪を後ろで纏めて動きを阻害しないようにしている。

とはいえ服装は実戦を想定して二人とも普段着だ。

 

「ダブダ?」

 

そしてその中間地点にベル坊が陣取って二人に確認をするように声を上げる。

もちろん何を言っているかは分からないが、レティシアはその意図を察して頷きを返し、構える。

 

「・・・ダッ‼︎」

 

ベル坊は確認後に一拍置いてから腕を振り上げて開始の火蓋を切って落とす。

その合図とともにレティシアは武具や影は使わず、しかし黒い翼は顕現させて左手の王臣紋を輝かせながら低空飛行で接近、徒手格闘をもって男鹿に仕掛ける。

 

どうして男鹿とレティシアが戦うことになったのかというと、それは食後の二人の会話に理由がある。

 

 

 

 

 

 

古市のギフトも判明し、少しして並べられた食事を美味しく頂いた後。

それぞれやることがあるため解散となり、男鹿は“ハーメルンの笛吹き”とのギフトゲームから改めて鍛え直そうと思ったため最適な修行場所を考えていた。

 

「・・・全然見当がつかん」

 

しかし、“ノーネーム”に来て二ヶ月弱経つとはいえ館から外の敷地にはあまり出歩かないため土地勘はなく、今までに切迫したギフトゲームは“ペルセウス”くらいだ。

今まで実践経験値だけで修行し直そうなんて考える程苦戦したこともなかったためにそんな場所に当てがある筈もない。

 

「うーん、暴れても問題がなくて修行できる場所ねぇ・・・」

 

 

 

 

 

男鹿の足りない頭で考えた結果。

 

「いや、頼ってくれるのは嬉しいのだが、この流れには既視感を覚えるぞ」

 

レティシアは“前にも似たようなことがあったなぁ”と思って苦笑している。

結論として自分の知らないことは聞くのが一番、ということで男鹿は食堂に戻って後片付けをしていたレティシアを捕まえて質問していた。

 

「あるにはあるが・・・そうだな。私もその修行に付き合っていいか?」

 

「あ?なんでお前まで?」

 

レティシアの突然の提案に、男鹿は不思議に思って聞き返す。

言ってはなんだが、“箱庭の騎士”と呼ばれる程に歴史を重ねた吸血鬼であるレティシアに今更修行が必要とは思えないからだ。

 

「なに、少し王臣紋の扱いを学んでおきたいと思ってな。今の私では恩恵と組み合わせて使用すると無駄な破壊に繋がってしまう」

 

レティシアが初めて王臣紋を使用した時は単純な動きしかしないシュトロムであったために圧倒したが、制御できない過剰な力は集団戦において隙を生んでしまう可能性が高い。

 

「ふーん、まぁいいんじゃね?なら実際に戦った方がいいか?」

 

「私としてはその方が有難いが、自分の修行はいいのは?」

 

「あぁ、相手がいるなら戦いながら考えた方が早え」

 

とは言うが実際に男鹿が一人で修行をしたことはなく、誰かに師事する形での修行しかしたことはない。

つまり自分で考えて修行を行うことは初めてであり、修行の具体的な内容は空白という状態だ。

やはり実戦的に学んでいく方が男鹿には合っているのだろう。

 

「ではさっそく・・・と言いたいが食事の後片付けが先だ。少し待ってくれ、すぐに終わらせる」

 

やり残したことはきちんとやり終える。

メイドの仕事優先なレティシアであった。

 

 

 

 

 

 

「なんか違うな・・・」

 

「まぁ、確かに辰巳の修行段階ではないのだろうな。私には十分修行になるが」

 

約三十分の組手を終えた二人の感想がそれだった。

今は休憩がてら二人して座り込んでいる。

 

レティシアの場合は供給される魔力のコントロール、魔力強化された身体能力の調整だ。

翼での飛行時には高速で相手に接近し、急停止して的確に打撃を繰り出す。

繰り出した打撃にしても強弱が出るように魔力で調整して攻防の流れを作り出す。

相手の攻撃に対しては短距離の高速回避を無駄なく行い、作り出した流れを絶たないように反撃して繋げていく。

段階的には魔力の使用のみなので、組手は十分効率的だ。

 

それに対して男鹿の場合は既に魔力のコントロールはできており、未だに手探りの状態である。

少しの組手だけで見つかるような道程なら苦労はないだろう。

 

「やっぱ、やるんなら“あれ”か」

 

「“あれ”?」

 

レティシアの疑問を無視して立ち上がり、右の掌に左の拳を打ち付ける。

それと同時に男鹿の魔力が急激に上がっていき、レティシアも男鹿が何をしようとしているのかを察した。

鷹宮との戦いで見出した、巨大紋章を空中に顕現させる魔力増幅法。

それを今、この場で試そうというのだ。

右手の契約刻印が輝き、左手に広がっていく。

そして空中に紋章が顕現ーーー

 

「グォッ⁉︎」

 

することはなく、男鹿は前のめりに倒れる。

正確に言うならば、男鹿の後頭部に何処からか飛んできた重量感のありそうな袋がぶつかり、その重量を示すように勢いのまま男鹿を地面に打ち付けた。

 

「まいどどーもーっ」

 

そして二人の後ろから、デフォルメされた悪魔っぽい帽子を被った女の子に声に掛けられた。

 

「いつもニコニコ悪魔急便でやんす。お届け物にあがりやしたー。こちらは“ノーネーム”様でよろしかったでやんすか?」

 

「えっと、念の為に確認するが何処の“ノーネーム”のことだろうか?」

 

突然の事態に唖然としていたレティシアだが、とりあえず聞かれたことが曖昧だったので聞き返す。

今でこそ東側最下層で“ノーネーム”と言えば、打倒魔王を掲げたジンの率いる“ノーネーム”と連想できる程度には知名度は上がったが、本来“ノーネーム”とはその他大勢という蔑称だ。

 

「あぁ、すいやせん。大魔王様からご子息様のいる“ノーネーム”へという事でやんす。ってこれで伝わりやすかね?」

 

「あ、あぁ。それならば我々のコミュニティだ。ご子息とはベル坊のことでいいのだろう?」

 

「はい、そうでやんす。あ、じゃあここにサインもらえやすか?」

 

そう言って差し出された伝票にレティシアは記名していく。

 

「いやー、それにしてもヒルデガルダ様とはまた違った金髪美人さんっすねー。全く隅に置けない人でやんすね、このこの」

 

レティシアが記名している横では、未だに倒れたままの男鹿に対して女の子が肘で突くジェスチャーをしている。

女の子は書き終わったレティシアから伝票を受け取って確認する。

 

「はい、確かにサインいただきやした。それでは、ありがとうございやしたー」

 

「まてやこら」

 

普通に仕事を終えて帰ろうとする女の子をようやく起き上がった男鹿が頭を掴んで振り向かせる。

その形相は悪魔のようであり、青筋が幾つも浮かんでいる。

 

「毎回毎回、届けもんするたびに俺に被害がくんのはどーいうことだおい。狙ってんのか、あん?」

 

女の子に対する男鹿の文句は正当なものだが、外見からどうしても不良が絡んでいるようにしか見えない。

 

「い、いや、あっしに言われやしても・・・指定されたのがご子息様の魔力先でやんすし・・・」

 

「辰巳、その辺りにしておけ。彼女も悪気があるわけではなさそうだ。それにこの荷物は今の我々にとっても悪くないものだぞ」

 

「あ?」

 

レティシアに止められて振り向くと、男鹿にぶつけられた袋に入っていた二枚の手紙を取り出しており、そのうちの一枚を手渡されたので受け取って確認する。

なお、この時点で悪魔急便の女の子は早口に挨拶をして早々に帰ってしまっている。

 

「つーか全部白夜叉にでも送っとけよな、大魔王の奴。なんだよいったい・・・“魔遊演闘祭”?なんだそれ?」

 

二つの手紙のうち男鹿に手渡された手紙は、“七つの罪源”を中心に開かれる悪鬼羅刹が魍魎跋扈する北で開催される祭典、“魔遊演闘祭”の招待状であった。




次回、やっと第三章が動き出します‼︎
それとは別にやっと古市のギフトが判明、この小説に合わせたギフトになりました。



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旅支度は万全に

タグ追加したはいいものの、まだオリキャラを出すまでは行きませんでした・・・
まぁそこは今度こそ次回、ですね‼︎

それではどうぞ‼︎


大魔王からの招待状と手紙、荷物を受け取った男鹿とレティシアは修行を中断してそれらをジンに報告した。

ジンは“魔遊演闘祭”の招待状を見てそれをどうしたのかと疑問に思い、大魔王の手紙を読んで呆然とし、手紙に書かれていた荷物の中身を確認して愕然としていた。

他のみんなにも報告したいが各々バラバラに過ごしているため、呼び出すよりも夕飯後の集まっている時に報告した方が効率がいいということでいったん話は終了となった。

そして夕飯後、ジンに言われて残っていた主力陣は何事かと問い掛けている。

 

「それで、ジン君。報告することって何かしら?」

 

「はい、まずはこれを見て下さい」

 

そう言って取り出したのは修行中に男鹿にぶつかった袋ーーー金貨が三十枚も詰まった袋を机の上に置いた。

 

「ど、どうしたんですかこれッ⁉︎ 現在ある“ノーネーム”全財産の約七倍もの金貨ですよ‼︎ いったいどこから引っ張り出したんですか⁉︎ まさか問題児様方の影響を受けて良からぬことに手をーーーフギャ⁉︎」

 

「落ち着け黒ウサギ。というか“影響を受けて良からぬこと”ってどういうことだ、おい」

 

“ノーネーム”となって以来かつてない程の大金を前に軽く錯乱していた黒ウサギの頭頂目掛けてチョップする十六夜。

錯乱して自分たちのことをどう思っているのか吐露した黒ウサギに対して少し強めに腕を振り下ろしたので軽く涙目となっている。

 

「申し訳ありません、つい本s・・・コホン。それで、この金貨はいったいどうしたのですか?」

 

またも口を滑らしそうになった黒ウサギは咳払いで言葉を切り、改めて金貨の出処を問う。

黒ウサギの質問に対して、金貨を受け取った本人であるレティシアが答えた。

 

「これは私が所用で辰巳と“ノーネーム”の外れにいた時に大魔王殿から届けられたのだ」

 

「また大魔王さんから?」

 

「はい、手紙なども同封されていました。今読みますね」

 

ジンはローブの内側から手紙を取り出して音読する。

 

「『おっす、昨日ぶり〜。今日ヒルダが帰ってきたんだけど、やっぱりビデオ途中で切れてたんだって?だからわざわざ手紙送ったんだぞ?わしだって仕事はきちんとするタイプなんだからな?仕事で箱庭に帰るのが面倒なだけなんだからな?取り敢えず馴染みの奴らに声掛けといたからそいつらに任せるわ。白ちゃんにも手紙送っといたからそっちにも頼ってちょ。んじゃ、わし今度は腹話術の練習があるから。あとよろしく〜』・・・だそうです」

 

「絶対、大魔王が仕事するタイプって嘘だろ」

 

「・・・もしかしてパペットも腹話術も仕事の一環だったり?」

 

「「ないな、うん」」

 

手紙の内容を聴き終えた十六夜がまずツッコミを入れ、それに対して耀がフォローをするも男鹿と古市が揃って否定してしまう。

 

「それで、大魔王の馴染みってのは分かっているのか?」

 

話が脱線しかけているので鷹宮がジンに話の先を促す。

手紙には“馴染みの奴ら”としか書かれていないので文面だけでは特定するのは困難に思われる。

 

「多分大丈夫です。手紙と一緒に“魔遊演闘祭”の招待状も入ってましたから」

 

「ということは大魔王様の馴染みというのは、やっぱり“罪源の魔王”達でしょうか?」

 

「恐らくその通りだろう。この金貨は境界門の使用料と準備物の代金といったところか」

 

ジン、黒ウサギ、レティシアと箱庭組は最低限の言葉で話を進めていくが、外界組はそこから推測するだけで全然話についていけない。

それに気付いたジンがみんなに分かるように説明してくれる。

 

「えっとですね、“魔遊演闘祭”とは“七つの罪源”を中心に北側で行われる祭典のことです。基本的には悪魔が在籍するコミュニティを招待するんですが、主催者が目を掛けて招待したコミュニティも参加できます。僕達は招待されたことはないので聞き伝手の情報ですが」

 

ジンが概要を説明し、黒ウサギが引き継いで説明を続ける。

 

「お祭りの雰囲気も“火龍誕生祭”と似たものだそうですね。悪魔特有・・・と言っていいかどうかは分かりませんが出店や特産品、メインのギフトゲームの他にも気候が冬なので温泉なども盛んだそうです」

 

黒ウサギの説明が終わり、レティシアが締めるように最後の説明をする。

 

「“魔遊演闘祭”は境界壁を更に超えた北側なので境界門を使用することになる。“火龍誕生祭”の開催された街のような暖房のギフトは少ないため防寒の準備も必要だ。金貨はそれらに使えということだろう」

 

大まかな説明を聞いて外界組は色々と納得していたが、それと同時に疑問も浮かんでいた。

 

「確かにそれだと“七大罪”である大魔王の馴染みは“七つの罪源”って流れになるよな。けど魔王認定されてる悪魔がどうして放ったらかしにされて、あまつさえ祭りなんて開いてるんだ?」

 

十六夜の疑問はもっともなもので、箱庭において魔王は天災と比喩される存在だ。それがこれ程までに大々的かつ平和的な活動しているということが不思議でしかない。

 

「詳しくは知りませんが、黒ウサギの小ウサ耳に挟んだ情報だと白夜叉様と同じく霊格を落としているというような噂を聞いたことがあります」

 

魔王と恐れられた白夜叉は白夜の星霊の力を封印するために仏門に下って霊格を落とすことで“階層支配者”として下層に干渉している。

罪源の魔王達も何かしらの方法で霊格を落とすことで現在を過ごしているのだろう。

一応疑問も解消したということで、十六夜は話を締め括って席を立つ。

 

「それじゃ、大体の話は聞いたし明日は防寒のギフトとやらを白夜叉のところへ買いに行くか」

 

十六夜の言葉に飛鳥と耀も続いて立ち上がる。

 

「そうね、大魔王さんも白夜叉に頼れって言っているのだし、“サウザンドアイズ”程の大型商業コミュニティなら防寒のギフトも売っているでしょうね」

 

「今回はお金を落としに行くんだから、白夜叉の店の店員さんも無碍にはしないはず」

 

古市も出ていこうとしたが、肝心なことを聞いていなかったので立ち上がりながら質問する。

 

「ジン君、その祭りっていつ頃から始まってどれくらい続くの?」

 

「“魔遊演闘祭”は不定期的に開催される祭典で、今回は五日後ですね。期間は一週間でしょうか」

 

招待状を見ながら日取りを確認したジンの言葉を聞いて鷹宮も立ち上がって扉へと向かうが、明日は“サウザンドアイズ”に行くつもりはないようだ。

 

「わざわざ準備に全員行く必要はないだろ。明日、俺の分は任せる」

 

そう言って部屋を出ていった。

そんな鷹宮が“魔遊演闘祭”へ行くことに何も反対しないのは“罪源の魔王”に興味があるからだろうか。

 

「どうすんだ古市?俺達は明日行くのか?」

 

「一応俺達の世界の問題も関わってんだし、行かないわけにはいかないだろ」

 

最後まで席に残っていた男鹿が古市に確認して席を立つ。

どうやら男鹿も任せられるなら任せたいと思っていたようだ。

 

「すみませんが、僕とレティシアさんの分もお願いできますか?僕達は祭典に向けてやることが残っているので。黒ウサギ、付き添いはお願いしていいかな?」

 

「Yes‼︎ 任されました‼︎」

 

ジンは“火龍誕生祭”の時とは違って出発までに余裕があることから、このことを知らない子供達への説明と祭典中の仕事を割り振るのだと言う。レティシアはメイドとして祭典までの指揮監督だ。

そのまま少し話し合うというので男鹿と古市は三人を残して部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日の朝、支度を終えて朝食を食べた後に防寒のギフトを買いに行く面子で“サウザンドアイズ”へと向かっていた。

支店に近付くと店先には何時もの女性店員がおり、彼女も近付いてくる一同に気付いて溜息を吐いている。

 

「そんな露骨に面倒臭そうにすんなよ、今日は買い物に来ただけだ。白夜叉にも話は通ってるはずだぜ?」

 

十六夜はそんな女性店員に分かりやすく袋に詰まった金貨を見せ、彼女のオーナーにあたる白夜叉に確認を取るように促す。

 

「・・・少々お待ち下さい」

 

少し逡巡して検討するに値すると判断したのか、暖簾をくぐって店内に消えていった。

女性店員はすぐに戻ってきて、

 

「オーナーに確認が取れました。どうぞお入りください」

 

と言って道をあけてくれた。

ぶっちゃけ大魔王が白夜叉に何も伝えずにぶん投げたことも考えられたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 

「おう、よく来たのおんしら。北側に必要そうなラインナップはあっちの区画だ。案内はできんがゆっくりと見ていけ」

 

白夜叉も今は暇ではないらしく、軽く挨拶をしてからすぐに何処かへと行ってしまった。

言われた区画にはコートなどの一般的な防寒具から防寒のギフトに加え、遭難用品などの雪山でも使えるような様々な品揃えが並んでいる。

 

「一口に防寒のギフトって言っても結構あるわね」

 

「リング型、ブレスレット型、イヤリング型、ネックレス型。他にもありそう」

 

「Yes‼︎ 造形だけでなく性能も数種類ありますよ」

 

女の買い物は長いと言うのがお約束だが、飛鳥と耀と黒ウサギの女性陣も既に三人でワイワイとショッピングに夢中なようだ。

 

「俺達も自分のを選んで、御チビ達の分も買っとくか」

 

「そうだな。女性陣みたいにみんなで動く必要もないし、各自で選ぼうぜ」

 

十六夜と古市は別々の方向に歩いていき、一人その場に残った男鹿は近くの棚を物色していく。

物を見る目がない男鹿だが、取り敢えず自分の分は気に入ったのを選べばいいのでそこは問題ない。

しかし商品を見ていくうちにセンスどうこうの問題ではない問題が立ちはだかった。

 

「ベル坊に使えそうなのがねぇ・・・」

 

「アイ?」

 

小児用のものはあるが幼児用のものがなく、無理に着けると何かの拍子にすぐ落ちてしまいそうだ。

 

「お〜い、黒ウサギ〜」

 

「はいな、なんでしょうか?」

 

「ベル坊に合うやつってそっちにねぇか?」

 

呼ばれた黒ウサギが物色していたのを抜け出して近寄ってきたので聞いてみる。

黒ウサギも男鹿の質問に納得したようで周囲を見回している。

 

「確かにどれもベル坊さんには少し大きそうですねぇ。でしたらネックレス型の紐を短くしてはどうでしょう?」

 

「・・・て、天才か・・・」

 

「え?い、いや〜、それ程でもないですよ?」

 

黒ウサギは男鹿の大袈裟すぎる称賛に苦笑を浮かべているが、純粋に褒められているので悪い気はしない。

その後は冬に合わせた衣類を購入したり、念のために遭難用品を物色したりして防寒のギフト以外にも幾つか購入してから“サウザンドアイズ”を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

“ノーネーム”一同が帰った後、白夜叉は店内の裏側に来ていた。

 

「もうあやつらは帰ったから出てよいぞ」

 

白夜叉が誰もいない空間に呼び掛けると、物陰から袴姿で艶やかな黒髪のロングヘアをした、和風然とした雰囲気の女性が出てきた。

 

「は、はい。でもどうして男鹿達から隠れるんですか?」

 

「それはもちろん、サプライズは内緒でやるものだからだよ」

 

女性の質問に“魔遊演闘祭”の招待状を袖から取り出してヒラヒラと揺らしながら白夜叉は答える。

 

「それよりおんしだけか?他の奴らはどうした?」

 

「えーっと、此処にいるように言われたすぐ後に、“バイト中だから何もないなら職場に戻る”って言ってフラーッと一人出ていったのに続いてみんな・・・」

 

「働き者なのは構わんがなぁ。まぁ見つからなかったようだし良しとするか」

 

白夜叉の言うサプライズは秘密裏に進んでいき、男鹿のことを知る彼女達とは北の地で邂逅することになる。




皆さんには最後の彼女が誰か分かりますかね?
追加情報として彼女の言う“みんな”とは既存の組み合わせではないので楽しみにしてて下さい‼︎


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“魔遊演闘祭”

いつもより少し遅くなってしまいました。
やはりオリキャラ・オリストーリーって難しいですね。

それではどうぞ‼︎


大魔王から手紙が届いてから五日が経ち、“ノーネーム”一同は噴水広場前に集まっていた。いよいよ“魔遊演闘祭”の開催される北側へと出発だ。

転移門が開く五分前には必ず着いているように出発したのだが、その待ち時間に飛鳥が呟く。

 

「北に向かうとはいえ、東でこの服装は少し暑く感じるわね」

 

という飛鳥の服装はイヤリング型の防寒のギフトがあるために本格的な冬服というわけではないが、何時もの赤いドレスに合わせた赤いダッフルコートを着ていた。

そのダッフルコートのフードにはメルンが入っており、顔を出してキョロキョロと楽しそうに周りを見ている。

 

「でも冬の気候でいつもの私達の格好じゃ、見てる方が寒く感じる」

 

耀はブレスレット型の防寒のギフトをスリーブレスのジャケットの代わりに着ているベージュ色のトレンチコートのポケットから取り出して腕に嵌めていく。

いつも一緒の三毛猫は“寒いとこは勘弁やでお嬢”と言って“ノーネーム”で留守番しているため此処にはいない。

 

「皆さん、外門のナンバープレートはちゃんと持ってますか?」

 

黒ウサギが境界門に青白い光が満ちていくのを確認して列に並びながら聞いてくる。ナンバープレートとは境界門の出口となる外門へと繋ぐためのものである。

そんな黒ウサギは黒いファーコートを着てモコモコしており、まさにウサギを連想させる格好だ。防寒のギフトはピンバッジ型で下の服に着けている。

 

「ほら、男性陣もナンバープレートを確認して並んでくれ」

 

白色のムートンコートを着たレティシアが、自らのナンバープレートを確認しながら離れていた男鹿達に声を掛けた。ナンバープレートを取り出した右手の中指にはリング型の防寒のギフトが嵌められている。

男性陣はみんな黒の学ランなのでそれに合わせたコートや防寒のギフトをそれぞれ着けており、ジンは元から並んでいて鷹宮も黙って列に並んでいたが、他の面子はまだ来ない。

 

「おぉ、ちょっと待て。急げベル坊」

 

「ダッ」

 

男性陣が列から離れて何をしているかというと、まだ残っていた“フォレス・ガロ”を象徴する虎の彫像にベル坊が落書きしているのを見守っていた。

そして完成した落書きはそのままに列へと並んでいく。

 

「今更だけどあれって器物損壊罪じゃ・・・」

 

「ヤハハ、日本の法律なんて箱庭で通用するかよ。いずれは撤去させるんだから好きにさせとけ」

 

「ん?撤去させる?されるんじゃなくてか?」

 

「あぁ。チャンスがあれば近いうちに俺達が撤去できるようにするぜ。どうやってかはその時のお楽しみだ」

 

十六夜はまたも水面下で“ノーネーム”復興のために策を巡らせているようで、話している古市も既に具体案を浮かべている十六夜に感心してしまう。

そうこうしていると境界門の準備が整ったようで列の順番が進み、ついに“ノーネーム”一同は境界門を潜ったのだった。

 

 

 

 

 

 

境界門を抜けた先、“ノーネーム”一同の目に映った最初の光景は一言で言えば氷の祭典という様相だった。

 

「わぁ、綺麗・・・」

 

飛鳥の惚けるような言葉も無理はない。

一番目立つ場所には巧緻に形成された氷の城に様々な幻獣の氷像が警備のように並び、その周りにも凝った氷像が色々と作られている。

 

「これは祭りの間だけの展示なのかしら?少し勿体無いわね」

 

「おいお嬢様、あっちで新しいのが作られてるぜ」

 

十六夜が指し示す方向を見ると今まさに作業をしているところだった。雪をかき集める作業を飛ばして何匹もの氷狼と思しき幻獣が雪を吐き出し、側に控える女性がその雪を大まかな形に固め、職人だろう人達が細工を施していく。

氷狼と女性の仕事はそれで終わりなのか、女性は氷狼を撫でている耀と楽しげに会話していた。

 

「ーーーって耀さん⁉︎ いつの間に⁉︎」

 

気付けば離れていた耀に黒ウサギが即座に反応して走り寄っていく。最初にウサ耳を引っ張った時といい、好奇心旺盛なのに気配を感じさせない独特な移動だ。

十六夜達も走っていった黒ウサギに続いて歩いて近づく。

 

「申し訳ありません‼︎ 我々の同士がお仕事中にご迷惑を・・・‼︎」

 

「い、いえ、気にしないで下さい。休憩時間のお相手をして頂いてこちらも楽しかったですから」

 

女性は青み掛かったロングヘアの銀髪に氷の結晶の形をしたヘアピンを付けており、水色の瞳が申し訳なさそうな黒ウサギを優しく見つめていた。丁寧な口調と合わせて落ち着いた雰囲気の女性だ。

 

「私も少しは考えてる。氷狼に触っていいかどうか、ちゃんとフルーレティさんに確認して邪魔にならないようにしてる」

 

黒ウサギの子供扱いとも取れる言葉に、耀は少し頬を膨らませて不満を訴えている。

 

「フルーレティ?ってことはそれなりに上位の存在じゃねぇか。なんでこんな雑用みたいなことしてんだ?能力柄か?」

 

女性ーーーフルーレティの名前を聞いて十六夜が質問を口にする。

フルーレティを知らない人からすれば十六夜の質問の方に疑問を覚えるだろう。

 

「フルーレティはグリモワールによって詳細は異なるが、罪源の魔王であるベルゼブブ配下の長みたいな存在だ、って言えば分かるか?伝承による能力は雹を降らせること。つまりは空気中の水分を凝固させ、氷を操ることだ」

 

特に外界組がそのような雰囲気だったので情報を追加して簡単に説明する。

細かく言えば、グリモワールの一つである“大奥義書”の階級構造ではルシファー・ベルゼブブ・アスタロトを地獄の支配者とし、その配下にあたる六柱の一角にフルーレティが存在する。

確かにこれならば実力があると推測できるが、それでも彼女は否定するように首を横に振る。

 

「貴方は博学な方のようですね。ならばフルーレティが箱庭においてどのような存在かはお分かりでしょう?それに仕事をすることは嫌いではないので」

 

「ふぅん、まぁそういうことにしておいてやるよ」

 

十六夜の取って付けた言い回しにフルーレティも苦笑で応える。

二人の会話が終わったのを見計らってレティシアが声を掛けた。

 

「ところでフルーレティ殿。我々は“主催者”への挨拶に向かいたいのだが、どちらに向かえばいいのか教えてもらえないか?」

 

「どちらのコミュニティに招待されたのでしょうか?」

 

「いや、コミュニティではなく外界に行ったベルゼブブ・・・大魔王個人からの招待なのだが」

 

「あぁ、それでは皆様が先代ベルゼブブ様ーーーいえ、今はベルゼバブ様でしたね。に呼ばれた“ノーネーム”の方々でしたか。あの方のご子息もいらっしゃると聞き及んでいますが、いったいどちらに?」

 

「ベル坊なら後ろの赤ん坊が・・・」

 

レティシアがベル坊を紹介しようと振り返って言葉を失ってしまう。

気付けばベル坊どころか、男鹿と古市までいつの間にか姿を消していた。

 

「・・・なぁ主殿、辰巳達は何処へ行った?」

 

「さぁ?なんかベル坊にせがまれて反対側に行ったぜ?」

 

「貴之君は辰巳君の監視について行ったわ。ちょうど貴女達はフルーレティさんの方に向かったから聞きそびれたのね」

 

男鹿はともかく、古市はきちんとした理由があって姿を眩ましたようだ。タイミングが悪く、走り出した黒ウサギに続いて先頭にいたジンやレティシアも耀に気が向いていて気付かなかったようだ。

 

「あぁ、もう‼︎ 耀さんといい辰巳さんといい、行動が自由過ぎますよ‼︎」

 

「どうするお嬢様?俺達もそろそろ何処かに行くか?」

 

「そうね。春日部さんも辰巳君も好きにしてるし、いいかしら?」

 

「よくありません‼︎ お願いですから“主催者”へ挨拶に行くまでは大人しく着いてきて下さい‼︎」

 

さらに姿を眩ませそうな十六夜と飛鳥に対し、もう勝手はさせないとばかりに黒ウサギは無駄に気合いを入れ、耀を含めた問題児三人の行動に目を光らせている。

 

「ハハハ・・・仕方ありません、僕達は先に挨拶に行きましょう。レティシアさん、辰巳さん達を探してきてもらってもいいですか?」

 

「了解した」

 

「俺も行こう」

 

ジンの指示でレティシアが男鹿達を探しに行こうとした時、意外にも今まで黙っていた鷹宮が反応して着いてくると言ってきた。

 

「珍しいな、忍から行動を共にすると言い出すなんて」

 

「挨拶に行くのが面倒なだけだ。それに・・・」

 

鷹宮は言葉を区切り、境界門を出て歩いてきた方向ーーー男鹿達が行ったという方向を見上げる。

 

「そっちの方が退屈しなさそうだ」

 

 

 

 

 

 

「アイッ、アイダッ‼︎」

 

「だあぁッ、分かったから大人しくしてろ‼︎」

 

「ベル坊の奴、はしゃいでんなぁ。はぁ、これ絶対気付いたら迷子になってるパターンだよ。てか現在進行形で迷子だよ・・・」

 

ベル坊が男鹿の頭の上で興奮しているのを見ながら古市は呟く。

初めて来る知らない場所で土地勘もなく、外界からやって来た古市達だけでの単独行動。挙げ句の果てに何処に行けばいいのかも、別れた黒ウサギ達が何処に向かったのかも分からない。どう考えても迷子フラグが立ってしまっていることに古市は溜息を吐いてしまう。

 

「おら、止まったみてぇだぞ。お前も混じってこい」

 

「ダッ‼︎」

 

そして迷子フラグの原因となったのは三〇cm程度の歩く雪だるまである。興味をもったベル坊にせがまれて後ろを着いて行けば広場のような場所に出ており、そこでは複数の雪だるまと子供達が遊んでいたのでベル坊を下ろして好きにさせてみた。

ちなみにベル坊の格好は裸ではなく、服は嫌がったことから霜焼け防止のために靴と手袋、後はニット帽とマフラーも着てもらっている。

 

「ーーー元気な子供だね。こんな雪国で裸なんて」

 

「あん?」

 

突然後ろから掛けられた活発そうな女性の声に二人は振り返る。そこにいたのは紫色のセミロングの髪から尖った耳が覗いている、声の印象通りに活発そうな笑顔を浮かべた女性だった。髪の色と同じ紫色の瞳がこちらを面白そうに見ている。

 

「あ、いきなりゴメンね。この辺りでは珍しい格好だったから、つい」

 

「この辺りっていうより常識的に考えて珍しいと思いますけどね」

 

「アハハ、それもそうだね」

 

女性は初対面にしてはかなり親しみやすい雰囲気で、古市の切り返しに対しても楽しそうだ。

 

「此処にいるってことはお前も悪魔なのか?」

 

「うん、そうだよ。あの雪だるまを作ったのも私だし」

 

女性は広場を指差しながら言い、実演とばかりに水を生み出してだるまの形に整える。その水を凍らせて形を固定し、周りの雪を操ってだるまにコーティングすることで雪だるまの完成だ。

 

「後は霊体の下級悪魔が憑依して、動く雪だるまの出来上がり‼︎ 中身は氷だから丈夫だし、外装は雪だから固すぎて危険って訳でもないから子供にも安心ってね」

 

得意そうに解説している女性に対して、男鹿は女性から感じた魔力に少し興味を抱いていた。箱庭で魔力を使える悪魔は基本的に強い悪魔だけだと聞いている。雪だるまを作る程度の小さな力を行使するだけで魔力が発生したのだから、この女性もそれなりの実力者だと考えられた。

 

「ねぇ、折角のお祭りなんだし暇なら私とギフトゲームしない?」

 

「なんだ、喧嘩でもしようってのか?」

 

女性の発言に、彼女の実力を考えていた男鹿が野蛮と言ってもいいような確認をする。

 

「違う違う。そういうのは“魔遊演闘祭”のメインギフトゲームに任せればいいよ。私達のは謂わばリトルギフトゲームってところかな?」

 

苦笑しながら手を振って否定し、活発そうな表情に何かを企んでいるような笑みを加えて言葉を続ける。

 

「そうだなぁ。君達のことは気に入ったから、私が勝てばお祭りの間は私の相手をしてもらおうかな。君達が勝てば何か情報をあげよう。例えば・・・」

 

そこで言葉を溜めて、決定的なことを口にする。

 

 

 

「七大罪のこととか・・・ね?」

 

 

 




“魔遊演闘祭”が始まると同時にオリキャラの登場です‼︎
“サウザンドアイズ”の一行はいつ登場するのか。十六夜とフルーレティの会話にはどういう意味があったのか。男鹿達の出会った悪魔娘はいったい何者なのか。
それら全てはいずれ、というか近いうちに明かせると思いますので気長にお待ち下さい。


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二人の接触者

いよいよクリスマスですね、今年も一年が短く感じました。
今年中にあと一・二話更新したいところです。

それと一巻分の投稿を再編集しました。少し文を足したり変えたりというのが大半ですが、お暇な時にでもまた見てください。

今回は男鹿達に接触した女性の正体が明かされます。
それではどうぞ‼︎


「・・・お前、なんで七大罪のことを知ってやがる。まさかソロモン商会の連中か?」

 

男鹿は謎の女性に対して警戒心を上げ、古市は下がってベル坊を連れ戻しに行く。

男鹿達の知る限り、箱庭で七大罪のことを知っているのはソロモン商会と“ノーネーム”のみだ。この女性がソロモン商会だと考えれば、今ここで戦闘になるかもしれないのでベル坊と離れているのは不味い。

 

「フフッ、だったらどうする?そしてギフトゲームを口実に君を倒しに来た刺客だったとしたら?」

 

女性は男鹿の警戒を受けて楽しそうにし、体内の魔力を循環させて周囲に幾つもの水の塊を浮かべていく。男鹿もベル坊からの魔力を循環させて手に雷を宿して迎撃の構えを取った。

二人が一触即発の空気を醸し出す中、先に女性の方がクスクスと微笑みを浮かべて雰囲気を柔らかくする。

 

「なーんて、冗談だよ。あんな奴らと一緒にしないで欲しいね。まぁ、私もちょっと悪ふざけが過ぎたかな」

 

そう言って水の塊を全て雪だるまに作り変えていくので、男鹿も警戒は解かないものの大人しく雷を霧散させる。

 

 

 

「自己紹介がまだだったね。私は七大罪が一人、レヴィアタン。長いからレヴィって呼んでいいよ。君達のことはソロモン商会にいた時から耳に入ってるわ。男鹿辰巳君、古市貴之君」

 

 

 

ついに謎の女性の正体が判明したかと思えば、その予想外すぎる正体に古市は驚きを隠せなかった。

 

「あー、だから七大罪のこと知ってやがったのか」

 

「そ、だって私が七大罪だし。改めてよろしくね、男鹿君」

 

「おう、じゃあ早速そのギフトゲームとやらを「ちょっと、待て‼︎」・・・んだよ古市、何か用か?」

 

古市に対して男鹿のリアクションは疑問に納得しただけだった。そのままレヴィアタンーーーレヴィの言うギフトゲームを始めようとしたので古市は慌てて止めに入る。

 

「古市君、いったいどうしたの?」

 

「え、俺の反応がおかしいの⁉︎ 絶対にこいつの反応の方がおかしいよね⁉︎」

 

男鹿に続いてレヴィまで疑問の眼差しを向けてきたので、古市は男鹿を指差しながらツッコむ。

 

「そうじゃなくて、なんでソロモン商会にいるはずの七大罪がこんな所にいるのか、他の七大罪はどうしているのか、ソロモン商会は今何処で何をしているのか、色々と訊きたいことがあるんですけど」

 

「だからギフトゲームで勝ったら知ってること教えてあげるって言ったじゃない」

 

「でも、レヴィさんの口振りからしてソロモン商会を良くは思ってないですよね?だったらギフトゲームなんかせずに俺達に協力して下さいよ」

 

「えぇー・・・分かったよ。じゃあ、取り敢えずギフトゲームしよ?」

 

「俺の話聞いてた⁉︎」

 

自由奔放なレヴィに古市は振り回されっぱなしだ。

レヴィも会話を端折り過ぎたと思ったのだろう、言葉を付け加えていく。

 

「いや、情報は教えるよ?でもギフトゲームはしたいの。だからクリア報酬は別にして、ゲームが終了したら・・・ね?」

 

「まぁ、そういうことなら。どっちみち祭りの間はどうすることも出来ないと思うし」

 

「決まりだね‼︎ それじゃ早速・・・」

 

言うが早いか、レヴィの言葉とともに三人の前に羊皮紙が舞い降りてくる。

 

 

【ギフトゲーム名 “天地創造の化生達”

 

一日目:暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。

二日目:神は空をつくった。

三日目:神は大地を作り、海が生まれ、地に植物をはえさせた。

四日目:神は太陽と月と星をつくった。

五日目:神は魚と鳥をつくった。

六日目:神は獣と家畜をつくり、神に似せた人をつくった。

七日目:神は休んだ。

 

しかし神は休めど世界は回り、神無き世界は指標を失う。

やがて世界は終末へと近付くも、終末に捧げる供物は未だ集まらない。

終末を迎える前に、欠かさず供物を探し出せ。

 

宣誓:“男鹿辰巳”・“古市貴之”の両名は“レヴィアタン”のギフトゲームに参加します。】

 

 

「うん、初めて考えたにしては上出来かな」

 

レヴィアタンは“契約書類”の文面を眺めて満足そうに納得している。

言葉からも分かる通り、どうやらギフトゲームを開催することは初めてのようだ。というか本当にそれがしたかっただけなのだろう。

 

「さぁ、ギフトゲーム開・・・あれ?男鹿君は?」

 

羊皮紙に目を落としていた彼女が顔を上げて二人の反応を見ようとしたのだが、いるのは古市だけで男鹿は目の前からいなくなっていた。

 

「男鹿ならあっちですよ」

 

レヴィが古市に問い掛ければ半笑い来た道を指差すので顔をそちらに向けると、離れたところに赤ん坊を背負った後ろ姿が見えた。

 

「ちょ、待って待って‼︎ 何で内容を確認してすぐに帰っちゃうの⁉︎」

 

慌てて止めに走るレヴィと呆れながら歩いて後ろに続く古市。

レヴィは追いついた男鹿の正面にまわって勝手に帰らないようにするが、そんなレヴィに男鹿は真剣な表情で言い返した。

 

「いいか?人間にはできることとできないことがある。そしてどう考えてもこれは俺の手に余る。無理だ、マジで無理」

 

「諦めるの早いよ‼︎ ていうか絶対ちゃんと読んでないよね?どう考えてもってそもそも考えてすらないよね⁉︎」

 

若干今までのキャラが崩れながらもツッコミをこなすレヴィ。

古市はそんなレヴィを同情の眼差しで見守っている。

 

「ほら、古市君も何とか言ってよ‼︎」

 

「って言ってもなぁ。俺だってこれ、解けるとは思えないんだけど・・・この文は何となく見聞きしたことはあるけど、その程度だし」

 

言われて古市も“契約書類”の文面を読み直して考えるが、確信できるような答えは導き出せない。

 

「じ、じゃあ誰かにヘルプ頼んでもいいから、このまま終わるのだけはやめて?」

 

せっかく開催できたギフトゲームが何もしないうちに終わるのは流石に嫌なようだ。レヴィは男鹿達にとってかなり有利な条件を出してきた。

 

「よし、それなら逆廻に見せに行くぞ。あいつなら分かるだろ」

 

それを聞いた男鹿は自分で考えるということはせず、十六夜に丸投げするために再び歩き出した。

が、その前に前方から男鹿達の見知った二人の姿が見えた。レティシアと鷹宮だ。

 

「ん?何だ、もう戻ってくるつもりだったのか?」

 

「お前らこそ何でこっちに来てんだよ?」

 

「お前達が勝手に何処かへ行ったからだ。これから挨拶に向かう場所も知らない辰巳達を放ってはおけないだろう?・・・そちらの女性は?」

 

男鹿から視線をその後ろに向け、古市と並んでいたレヴィについて聞く。しかしその質問の答えは男鹿でも古市でもなく、レティシアの横に並ぶ鷹宮から(もたら)された。

 

「・・・レヴィアタン、どうして此処にいる?」

 

「あれ?鷹宮君じゃない。 久しぶりだねぇ、元気だった?」

 

どうやら鷹宮がソロモン商会と繋がっていた時から二人は面識があったようで、レヴィは意外と鷹宮に対してフレンドリーだ。

 

「レヴィアタン・・・まさか、七大罪か?」

 

「そうだよ、長いからレヴィって呼んでね。色々と質問したいのは分かってるけど、ギフトゲーム中だがらそれは後でお願い」

 

“ギフトゲーム?”とレティシアが聞き返してきたので、助言を許可されている二人は“契約書類”を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

男鹿達がレティシア達と合流していた頃、黒ウサギ達はフルーレティの案内で中央の城へと向かっていた。

 

フルーレティの説明によれば、“魔遊演闘祭”は合同で開かれる祭典なので運営本部を併設する必要があり、そこで街の中央に聳える城を運営本部としているらしい。そこならば“七つの罪源”の誰かはいるというので一先ずは城を目指すことになったのだ。勿論レティシア達もこのことは知っているので、男鹿達と合流したレティシア達と城で再び合流する手筈となっている。

 

「近くで見ると一層大きいですねぇ」

 

黒ウサギが城を見上げて感想を述べる。

城とはいっても街中に建設させるのだから面積は限られている。そこでこの城は一般的な建築物より縦長に造られ、耐久性を上げつつ空間を利用するために三つの城を複数の渡り廊下で繋げて三角形の広場を作り出す構造となっていた。城と形容しているが、もしかしたら塔と形容した方が適切かもしれない。

 

「ちょいと、そこのお嬢さん方」

 

と、黒ウサギ達が城の中に入ろうと歩き出したところで誰かに後ろから呼び止められた。

その声に反応して振り返れば、そこには帽子を被った眼鏡の老人が立っている。

 

「どうした、爺さん?」

 

「いや、久しぶりに此処に来たもんでな。レヴィアタン辺りの顔を見に来たんじゃが、何処に行けばいいのかよく分からんくての」

 

要するにこの老人は迷子ということだろう。

でも何故数いる人の中から自分達を引き止めたのだろうか。

 

「お前さんら、人間なのに此処にいるということは恐らく招待客じゃろう?此処には“主催者”に挨拶に来たと見たが、どうじゃ?」

 

この老人は観察力・分析力ともにそこらの若人よりもあるようだ。黒ウサギ達の今の状況のことをピタリと言い当ててきた。

 

「あぁ、爺さんの言う通りだぜ。つまり、俺達に付いていけばレヴィアタンとかに会える可能性が高そうだから、一緒にってところか?」

 

「その通りじゃ、話が早くて助かるわい。で、どうかの?」

 

「俺は構わないぜ。御チビ達も問題ないよな?」

 

十六夜は老人の要望に承諾し、後ろの仲間にも確認を取る。

 

「はい、断る理由もありませんし」

 

「それに、ご老人には親切にしなきゃ駄目ですものね」

 

「うん、私も問題ない」

 

「それでは黒ウサギ達と一緒に行きましょう‼︎」

 

黒ウサギ達は快く老人を受け入れるが、フルーレティはその前に質問をする。

 

「私は案内なので構わないのですが、お連れする先にレヴィアタン様が居られるとは限りませんよ?」

 

「大丈夫じゃ、レヴィアタン以外の罪源の連中とも一応顔見知りなのでな。取り敢えず誰かに顔出しできればよい」

 

老人は罪源の魔王の誰かならばいいようだ。

この時点で黒ウサギ達はこの老人が何者なのかが気になっていた。罪源の魔王と知り合いと言っているが、悪魔であろう割には彼らのことを敬称も使わずに喋っている。箱庭の頂点に君臨する悪魔達と多少は親しい存在ということだ。

 

「俺は“ノーネーム”の逆廻十六夜。後ろの最初に答えた四人も同じコミュニティだ」

 

十六夜に促されて四人とフルーレティもそれぞれ自己紹介をする。

 

「それで、爺さんの名前は?」

 

「うむ、儂はべへ・・・おっと、間違えた。ベヒモスじゃ」

 

「おいおい、自分の名前を間違えるわけないだろ。何で偽名で名乗るんだ?」

 

「すまんの。知り合いの娘がギフトゲームを始める予定でな。暫くはそのヒントとしてベヒモスと名乗っておるんじゃよ。いずれは本名も知れるであろう、それまではベヒモスとして接してくれ」

 

十六夜達はこの老人がいったいどのようなギフトゲームと関係しているのか少し気になったが、取り敢えず詮索はせずにベヒモス(仮)と一緒に改めて城の中へと向かうのだった。




謎の女性の正体はなんと七大罪、レヴィアタンでした‼︎
次回はできれば“七つの罪源”の誰かを出したいところです。


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“罪源の魔王”との対面

何とか年内に一話仕上げれました‼︎

そして本文に入る前に少し報告があります。
前話・前々話とジン君がいるのに描写がすっかり抜け落ちていたので編集しました。

それではどうぞ‼︎


“魔遊演闘祭”の運営本部。

十六夜達はフルーレティの案内のもと、場内を歩きながらベヒモス(仮)と話をしていた。

 

「爺さんはどうしてこの祭りに来たんだ?久しぶりって言ってたから今までは来てなかったんだろ?」

 

「うむ、儂とて来るつもりはなかったんじゃがの。うちの坊ちゃんがこのギフトゲームに興味をもってしまわれたので急遽組み込まれたんじゃ」

 

「今の言い方からするとベヒモスさん以外にも仲間が参加しているの?」

 

ベヒモス(仮)の言葉に反応して飛鳥も会話に混ざっていく。

 

「ん〜、まぁ仲間と言っていいのかの。今は同じコミュニティに身を置く者同士じゃからな」

 

「・・・何か引っかかる言い方ね。昔は敵だったってところかしら?」

 

「お嬢様、コミュニティってのはそういうもんだ。鷹宮だって敵だったじゃねぇか」

 

コミュニティとは自分の意思で入る者が大半だが、ある程度はギフトゲームによる吸収や隷属として人員を引き入れるものだ。魔王がその典型例とも言える。

 

「まぁ、俺も少し引っかかったのは確かだけどな。今の言い方だとそのコミュニティには居ても加入はしていないとも取れる。いったい何処のコミュニティなんだ?」

 

「あぁ、今はーーー」

 

「皆さん、お着きしましたよ」

 

フルーレティの言葉で会話は中断され、コミュニティの名前は聞きそびれてしまう。まぁ聞く機会はまたあるだろうと思い、そのまま会話を打ち切って前を向く。

 

「では、私は仕事がありますのでこれで。先程確認いたしましたところ、今はベルフェゴール様が中にいらっしゃるそうです」

 

「分かりました。お忙しい中、わざわざありがとうございました」

 

それでは、と言ってフルーレティは行ってしまった。

いよいよ“七つの罪源”との対面ということで黒ウサギとジンは少し緊張している。もちろん他の四人は至って平常だが。

ジンは意を決して扉を叩く。しかし、

 

「・・・反応がありませんね」

 

少し待ってからもう一度扉を叩いてみるが、やはり反応はない。

 

「おかしいですね。これは誰かに中を確認してーーー」

 

「とりあえず入ってみれば分かるだろ」

 

「え、ちょ、十六夜さん⁉︎」

 

ジンの制止もお構いなしに扉を開け放つ十六夜。それに続いてこれまたお構いなしに入っていく飛鳥と耀。

観念して黒ウサギとジン、ベヒモス(仮)も入るが先に入った十六夜達が部屋の一点を見つめて止まっている。後から入った黒ウサギ達は三人の背中が見えるだけで何があるのかまだ見えない。

 

「三人とも、どうなさいました?」

 

黒ウサギが近付いて後ろから覗き込むと彼女も同じように止まってしまう。流石に気になったジンも前に出て同じものを見る。

 

 

 

熊がいた。

 

 

 

何を言っているのか分からないかもしれないが、比喩でも何でもなく二m程の熊が部屋の隅で眠っていた。

 

「どういうことだ、黒ウサギ?」

 

「いえ、私に聞かれましても」

 

「熊って寒いと冬眠するんじゃなかったかしら?冬眠って部屋でもできるの?」

 

「全ての熊が冬眠するわけではありませんし、今ツッコミを入れるべきはそこではありません」

 

「とりあえず起こしてみる?」

 

「とりあえず待って下さい」

 

三人の疑問にそれぞれ答えていく黒ウサギ。とは言ってもこの熊をどうすればいいのか分からないのは彼女も同じだ。

 

「どうしたんじゃ、お前さんら」

 

一番後ろにいたベヒモス(仮)も覗き込んで熊を確認する。

 

「あぁ、なるほどの」

 

そして確認してすぐに眠っている熊へと歩み寄っていく。

 

「べ、ベヒモスさん。その熊を起こすのですか?」

 

「起こさなければ何も始まらんじゃろう」

 

ベヒモス(仮)の言葉も尤もだ。ベルフェゴールも何故かいないようだし、此処で誰かを待つにしてもこの熊が謎すぎる。

 

 

 

「おい、起きろ。お客さんじゃぞ、()()()()()()()

 

 

 

黙って見守っていた“ノーネーム”一同はベヒモス(仮)の言葉に呆然とする。今このお爺さんは何と言ったのだろうか。

べるふぇごーる・・・ベルフェゴール・・・“七つの罪源”?この熊が?

 

『う〜ん、誰・・・?あれ、爺さん。久しぶりだね、いつ来たの?』

 

「ついさっきかの。お前こそ、何故その姿で寝ておるんじゃ?」

 

『人が寝る理由に、眠い以外の理由が必要?熊の毛皮って、暖かいから丁度いいし』

 

熊ーーーベルフェゴールはのそのそと起き上がり、その姿を人の形に変化させていく。

現れたのは耀を男にしたような感じの中性的な男の子だ。茶色の短髪に寝癖が付いていて、まだ少し眠そうにしている。

 

「ふわぁ〜。初めまして、怠惰の魔王・ベルフェゴールです。・・・もういい?」

 

「まだ自己紹介しかしておらんじゃろ、相手の話も聞きんさい」

 

威厳の欠片もないが、“罪源の魔王”であることには間違いないようだ。

コミュニティのリーダーとしてジンが前に出る。

 

「お初にお目に掛かります、“ノーネーム”のジン=ラッセルです。今回は外界に行かれた元“罪源の魔王”、ベルゼブブ様に招待されて“魔遊演闘祭”に参加させていただきました」

 

「あ、そういう堅苦しいの、面倒なんで、普通でいいよ」

 

「は、はぁ、そうですか?」

 

いきなり出鼻を挫かれてしまったジン。ベルフェゴールの雰囲気と相まってすぐに語調は崩れてしまった。

 

「そっか〜。そういや、大魔王から手紙来てたな。ソロモン商会、だっけ?」

 

「ええ、小さなことでもいいので情報が欲しいんです。ソロモン商会そのものではなく、七大罪と呼ばれる悪魔のことなどでもいいので」

 

「ん〜。七大罪なら、確認してるだけでも、二人は祭りに来てるけど?」

 

この部屋に来てから何度目か分からないが、今度はベルフェゴールの言葉に“ノーネーム”一同は呆然としてしまう。

 

「そ、それは本当でございますですなのですか⁉︎」

 

「黒ウサギ、言葉おかしい」

 

驚きすぎた結果、とうとう黒ウサギの脳容量(キャパシティ)をオーバーして言語中枢まで圧迫してしまったようだ。耀に言われた黒ウサギは深呼吸して一度心を落ち着ける。

 

「オホン、失礼。それで七大罪が二人、この地に来ているというのは本当なのですか?」

 

「・・・・・」

 

返事がない、ただの屍ーーーではなく、ベルフェゴールは寝てしまったようだ。

 

「・・・ハァ。疲れました、黒ウサギも寝ていいですか?」

 

「頑張りなさい、貴女が諦めたら誰がこの場を収拾するのよ」

 

不憫すぎる黒ウサギに声援を送る飛鳥。しかし声援は送っても自分がこの場を収拾するつもりはないようだ。

 

「ま、儂はもう顔出ししたからいいじゃろ。あとは任せたぞ、てきとーに誰か連れてくるわい」

 

そしてこのぐだぐだの空気の中、ベヒモス(仮)は無情にも全て押し付けて出て行ってしまった。

しかしベヒモス(仮)の言った通り、神は黒ウサギを見放さずに手を差し伸べてくれた。彼が出ていって少しすると再び扉が開かれる。

 

「なぁ、さっきそこで爺さんによく分からないこと頼まれたんだが・・・って。あぁ、なるほど、何となく分かったわ」

 

入ってきたのは深い青色の髪を刈り上げた感じの青年だった。赤み掛かった金色の瞳にはどこか納得の色が浮かんでいる。

 

「あんたら、ベルフェゴールの相手して疲れただろ。茶でも飲むかい?」

 

「じ、常識的、常識的な方が・・・‼︎」

 

寝ているベルフェゴールを見てその場にいた知らない人を気遣う青年に、黒ウサギはそれだけで感動している。

 

「あの、ものすごく常識的な貴方様はいったい?」

 

 

 

「そういや名乗ってなかったな。ここにいるってことは俺達に用だろ?俺は嫉妬の魔王・レヴィアタン。と言っても自分的には嫉妬深いつもりはないけどな」

 

 

 

黒ウサギは常識的だと思っていた人物が、実は常識外れの存在だということに彼女は世界の不思議を垣間見たのだった。

 

 

 

 

 

 

黒ウサギ達がベルフェゴールに翻弄されている頃、レティシアは城に向かいながら男鹿に渡されたレヴィのギフトゲームに思考を巡らせていた。

 

「なんか分かりましたか?」

 

「ああ、八割ほどではあるが・・・」

 

「おぉ、流石レティシアさん‼︎ それでその八割というのは?」

 

レティシアはギフトゲームの文脈の解釈がほとんど分かったらしく、古市はその先を促す。

 

「まず最初の文章。これはゲーム名の通り、旧約聖書の“創世記”にある天地の創造だ」

 

「そこは俺も知ってます。神様が七日間で今の世界を作ったってやつですよね?」

 

「そうだ。つまり天地創造によって誕生した“何か”を世界の終末ーーーこのギフトゲームが続く“魔遊演闘祭”の間に集めろということだ」

 

レティシアの解説を聞きながら古市も思考を巡らせていく。

その後ろでは、レヴィが自分で作ったギフトゲームに真剣に取り組んでくれている二人を見て嬉しそうにしている。残りの三人はというと、

 

「おい鷹宮。さっきレヴィアタンから聞いたんだが、この祭りのギフトゲームにでかい喧嘩があるみたいだぞ」

 

「そうか。だったら今度こそ邪魔を気にせずにお前を倒す機会がありそうだ」

 

「ハッ、何言ってやがる。それはこっちの台詞だ」

 

「アイダッ‼︎」

 

レヴィのギフトゲームそっちのけで“魔遊演闘祭”のメインギフトゲームに向けて何やら火花を散らしていた。男鹿はもう完全に謎解きに参加するつもりはなさそうだ。

そんな男鹿達を他所に二人の考察は進んでいく。

 

「その“何か”は同じくゲーム名にある化生達・・・達というからには複数の怪物ってことですよね?そこは何となくしか覚えてないですけど」

 

「なんだ、貴之もほとんど分かっているではないか。その怪物は一般的に二頭一対で呼ばれるレヴィアタンとベヒモスの二頭だろう。ここにジズも加えて三頭一対と呼ぶ説もあるが、ジズは旧約聖書には出てこないからな。最初の“創世記”の文章は“ジズを除く”という意味も含まれていると思われる」

 

「ということはレヴィアタンは後ろのレヴィさんですから、あとはベヒモスを探せってことか。・・・ん?ここまで分かってるのにどうして八割なんですか?」

 

古市はふと疑問に思ったことをレティシアに尋ねる。聞いている限りではもうギフトゲームは解けているように思ったのだ。

 

「まずは私がそこまで旧約聖書に詳しくないことだ。簡単な説明はできても深くは知らないため、この文章の解釈に他の解釈がないという保証がない」

 

要するに、レティシアの考えには確証がないため解釈が合っているか分からないということだ。

 

「あとは単純に文章を読み解くピースが足りないということだ。最後の文章にある“捧げる供物”というのは、供物を“誰かに”捧げる必要があるということ。これはゲーム名から神だと思われるが、その神が誰なのか私にはこの文からでは読み解けない。私の知識が足らないのか、もしくは文面とは別に神を示唆する要素があるのかもしれない」

 

「じゃあ、とりあえずの行動方針はベヒモスの捜索と神の特定ってとこですか」

 

古市とレティシアで文面から考えられることは解いていき、それでも分からない疑問を解消するためにもベヒモスを探すという結論に達した。

 

「ん、着いたぞ。あとは黒ウサギ達と合流するだけだ」

 

そして考察を進めているうちに、合流場所として設定した城の前まで来ていた。

 

「・・・この中から探すんですか」

 

三つの高層ビルが繋がっているような城を見上げて古市が呟く。手掛りなしに探すには労力を使いそうだと考えたのだ。

 

「闇雲に探すわけではないから安心しろ。我々も主催者へと挨拶に向かえば自ずと合流できるだろう」

 

レティシアの言葉に安堵しつつ、一同は黒ウサギ達に遅れて城の中へと入っていく。

 

「まずは主催者のいる場所を誰かに聞くか」

 

「あ、私どこに行けば会えるか知ってるけど?」

 

レティシアが運営の受付的なところを探しているとレヴィが主催者の居場所を知っているというので、迷うことも労力を使うこともなく現在黒ウサギ達のいる部屋を目指すのだった。




なんか書いてて全然話が進まない。そろそろあの方達にも出番を与えねば・・・。

まぁそんな作者事情は置いておき、今年一年もあと僅かです。この小説を読んでくださっている読者様には来年も読んでいただけると幸いです。それでは皆様、来年も良いお年を‼︎


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魔遊演闘祭・予選開始

今年初の更新になります‼︎
今回は少し走り気味の内容となっているかもしれません。

それではどうぞ‼︎


嫉妬の魔王と名乗った“七つの罪源”レヴィアタンは、部屋に備え付けてあったティーセットで黒ウサギ達にお茶を入れていた。ベルフェゴールは部屋にあるソファの一つで寝たままだ。

黒ウサギ達は出されたお茶を飲みながら祭りに来た経緯を説明した。

 

「大魔王の奴、箱庭に戻ってくるのが面倒くさいからって押し付けたんだろうな」

 

「ま、まぁその前からソロモン商会とは関わってましたし、結果的には援助してもらえて助かってます」

 

レヴィアタンは基本的に気さくな性格の人物のようで、黒ウサギ達もそこまで畏まらずに話をしている。

 

「なぁレヴィアタン。さっきそこのベルフェゴールが“七大罪が二人来ている”って言ってたんだが、本当か?」

 

黒ウサギが一通り事情は説明し終えたので、今度は十六夜が質問をぶつける。

 

「あぁ、本当だぞ。マモンとレヴィアタン、確認してるのはその二人だ」

 

「特徴は?」

 

「マモンの方は知らないな、契約者って言う奴しか見てない。丁度お前くらいの男だったぞ」

 

どうやら既にマモンは契約してしまっているらしく、鷹宮と同じで相手次第では敵対することになるかもしれない。

 

「レヴィアタンは未契約って言ってたな。特徴は「すみませーん、罪源の人いますかー?」うん、こんな奴だ」

 

レヴィアタンの説明中に扉が開き、女性の明るい声が響き渡る。そこに現れたのは紫髪でセミロングの女性ーーー七大罪のレヴィアタン(レヴィ)だ。

 

「おーい、逆廻達もいるかー?」

 

その後ろに続いて現れたのは別行動をしていた男鹿達だ。黒ウサギ達からすると何故少し姿を消していただけで七大罪と一緒に来ることになったのかが疑問で仕方ない。

 

「よかった、上手く合流できたな」

 

「レティシア様、そちらはいったいどのような経緯で今の状態に?」

 

最後に入ってきたレティシアに別行動となった後のことを確認する。レティシアは男鹿から聞いた内容を伝え、その後に黒ウサギも別行動となった後の事を話した。

 

「すごい偶然・・・なのでしょうか?この地に半数の七大罪が集結しているなんて」

 

「私としては、そのベヒモスと名乗った老人の方も気になるな」

 

「と言うと?」

 

「今、我々が探しているのがベヒモスなのだ。ギフトゲームのヒントとして名乗っているならばまず間違い」

 

そう言って黒ウサギに“契約書類”の内容を見せ、十六夜にもレティシアの解釈があっているかどうか聞いてもらう。

 

「なるほど、確かにその解釈じゃ八割だな。でもそこまで気にする必要はないと思うぞ?」

 

それを聞いた十六夜はレティシアの解釈に少し意見を加えていく。

 

「レヴィアタンが造り出されたのは旧約聖書の“創世記”にある天地創造だが、レヴィアタンが登場するのは何もそれだけじゃない。同じ旧約聖書の“ヨブ記”では元々レヴィアタンは雌雄で二頭存在していたんだよ。しかし気性が荒くて危険と判断されたレヴィアタンは、これ以上繁殖しないように雄が殺されちまうんだ」

 

「つまり、その時点で世界の終末に神へと捧げられるはずの供物が欠けてしまっている、ということか」

 

「ああ。だから“契約書類”の最後にある“欠かさず供物を探し出せ”っていうのはレヴィアタンとベヒモスの二頭じゃなく、欠けてしまったレヴィアタンも含めて三頭集めろってことだな。いや、三頭というより三人って言った方が正しいか」

 

十六夜は目線を逸らして二人のレヴィアタンを眺める。ベヒモスも判明していることだし、ギフトゲーム攻略の鍵はほぼ出揃っている。

 

「それに捧げる神についても、文面から分からなくても何となくは予想できてるしな」

 

「む、文面から分からないのにどうして予想できるのだ?」

 

「あくまで予想だが、それを言ったらつまらないだろ?でもまぁ、ベヒモスと男鹿達が話をすれば自ずと分かるはずだぜ?」

 

“あいつらのリアクションが楽しみだ”、と言いつつ話を打ち切る十六夜にレティシアの頭は疑問でいっぱいだった。

 

 

 

それぞれ自己紹介が終わり、人が増えて少し狭くなった部屋で話は続けられる。

 

「そういえば、あんたらは明日から始まるメインのギフトゲームには出るのかい?」

 

「俺は出る」

 

「俺もだ」

 

レヴィアタンの問い掛けに男鹿と鷹宮は即答する。

 

「お二人はギフトゲームの内容をご存知なのですか?」

 

黒ウサギはギフトゲームの内容を知らないので即答した二人に聞いてみる。

 

「殴り合う」

 

「・・・そ、そうですか」

 

男鹿からの当てにならない答えを聞いて黒ウサギは口元をヒクつかせている。本当に男鹿が知っているのはそれだけなのだ、よく即答したものだと思う。

 

「あまり私向きのギフトゲームではなさそうね。今回も応援かしら」

 

「だったら今回は私も応援に回ろうかな」

 

少し不満気に呟く飛鳥。ディーンを使用すれば戦闘にも対応できそうだが、祭りという形式上どのように立ち回ることが必要か分からないのでその巨体では臨機応変に対応できない。耀も今回は“火龍誕生祭”の時ほど参加意欲はないようで、飛鳥と一緒に応援に回ると言っている。

 

「まぁ多少はそういう側面もあるが、全部がそうじゃないし内容もチーム戦だ。戦闘とそれ以外で活躍できる組み合わせで挑むこともいいと思うぞ。優勝じゃなくても景品はあるしな」

 

参加に消極的な二人に、主催者の一人として楽しめるように提案する。

 

「どうせなら“箱庭の貴族”にそのギフトゲームの審判を頼みたいんだが、どうだろうか?」

 

“箱庭の貴族”に審判をされたギフトゲームは箔付きのゲームとして箱庭中枢に記録される。どうせならそういうゲームにしたいというレヴィアタンの要請に、黒ウサギは申し訳なさそうにする。

 

「すみませんが、黒ウサギは“サウザンドアイズ”の専属ジャッジとして契約していますので、許可なく引き受けるわけにはーーー」

 

「あぁ、言い忘れてた。白夜叉には許可はもらってるんで後はあんたのやる気次第だ」

 

追加でレヴィアタンから齎された情報に黒ウサギの言葉は遮られてしまう。しかもその内容は黒ウサギにとって初耳ものだった。

 

「白夜叉様もこの地に来ているのですか?」

 

「少し前からな。今はギフトゲームに参加する前に連れと祭りを回ってるんじゃないか?」

 

その言葉に真っ先に反応したのは古市だ。

 

「はぁ⁉︎ 白夜叉さんも出んの⁉︎」

 

古市は白夜叉のデタラメ加減を話として聞いているので彼女のギフトゲーム参加に戦々恐々としていた。

そんな古市の反応にレヴィアタンは呆れたように返す。

 

「出すわけないだろ、出るのは連れだけだ。仮に霊格を落としてる白夜叉であっても勝とうとしたら“罪()()王”でも()()()()()()必要があるからな。あんな化け物に今のまま勝てる可能性があるとしたら俺らの中じゃサタンだけだろう」

 

「霊格を・・・増やす?」

 

聞き慣れない言い回しに古市は疑問で聞き返す。

 

「いやまぁ、今そのことは関係ないな。話が逸れた、それで審判の件はどうだろうか?もちろん金銭も払うぞ?」

 

しかし今は長々と説明するつもりはないようで、古市の疑問は脇に置いて黒ウサギに審判を引き受けてくれるかどうかを確認する。

 

「分かりました。そういうことでしたらこの黒ウサギ、慎んで審判の役目を承らせていただきます」

 

許可が出ている以上は黒ウサギに断る理由はない。彼女の了承を確認してその場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

翌日、“ノーネーム”+レヴィは再び運営本部の城を訪れていた。今日は挨拶ということではなく、ギフトゲームの集合場所として他の参加者も集まっている。

目測では百人近くの参加者がいるのだが、恐らく個人で参加している者は少なく参加チームはその半数以下だろう。

 

ちなみに“ノーネーム”は少しでも景品を手に入れようと三つのチームに分かれており、

 

①男鹿&レティシア

②鷹宮&飛鳥&耀

③十六夜&古市

 

という組み合わせになっている。

まずバランスよくチームを組むためにメンバーの中で戦闘力の高い三人、魔力を扱える三人をバラけさせた。この時点で③が決定、レティシアも王臣として力を何時でも発揮できるように①が決定、残りは消去法だが戦力を整えるという意味でも三人で②が決定した。

黒ウサギは審判、ジンとレヴィは観戦に回っている。

 

“何で半分も女子がいるのに俺は逆廻となんだよ‼︎”という誰かの抗議が出ていたのは余談だ。

 

そうこうしているうちに、長身に赤い長髪の男性が設置されていた壇上出てくる。

 

「“七つの罪源”憤怒の魔王・サタンだ。遠方から来た客人も含めて“魔遊演闘祭”を楽しんでくれているか?今回も俺達の行楽みたいな祭りに参加してくれて感謝する」

 

今挨拶をしていることと昨日のレヴィアタンの言葉から恐らくサタンが“七つの罪源”のトップだと思われるものの、見た目で言えばレヴィアタンよりも体格は細い。まぁこの箱庭において見た目で相手を判断することは愚の骨頂と言えるだろうが。

 

「長い話ほどつまらないものはないのでさっそくギフトゲームの説明に入る。今から集まってもらった諸君には四つのグループに分かれて予選を行ってもらい、そこで開催されるゲームをクリアした二チーム、計八チームが本戦に出場だ」

 

サタンが説明をしている傍ら、ベルフェゴールが怠そうにしながらもその隣へと進み出る。

 

「ギフトゲームへの登録用紙を参考に、最低限同コミュニティで同グループに分かれないように配慮しているので頑張ってくれ」

 

話の終わりを合図にベルフェゴールから魔力が迸り、参加者の四分の一がその場から姿を消した。“ノーネーム”からも男鹿とレティシアが消えている。

その事に参加者の動揺が広がっていくが、すぐにサタンから説明が入る。

 

「今消えた参加者は別空間に造ったゲーム盤へとベルフェゴールに転送してもらった。ベルフェゴール」

 

「おっけ〜」

 

ベルフェゴールの気の無い返事とともに周囲の空間に幾つもの亀裂が入り、そこから別の空間が映し出された。

そこは鍾乳洞のような天井が特徴的な巨大地下都市とでも呼べる空間で、天井から垂れている無数の鍾乳石の中にはロープが吊るされているものが無数にある。

 

大多数はその光景に釘付けだが、少数はベルフェゴールの圧倒的な力に息を呑んでいた。別空間の視認に別空間への跳躍、千里眼と瞬間移動。個人の力としても脅威的だが、さらにチーム戦であればその力がどれ程の脅威になり得るかは想像に難くない。

 

「それでは、あとの事は特別審判に来てもらっているのでよろしく頼む」

 

「はい、任されました‼︎ それではここからの進行及び審判は“サウザンドアイズ”の専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギがお務めさせていただきます‼︎」

 

突然の“箱庭の貴族”の登場に参加者は先程とはまた違った喧騒に包まれていく。感激で騒ぐ者もいれば、己の欲求を叫んでいる者もいて“箱庭の貴族”の人気が窺える。そんな中でもさらに目立って騒いでいる者がいた。

 

「黒ウサギィィィィィィ何故モコモコの服装で審判をしておるのだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! それではお主のエロエロな肢体が隠れてしまって我々には夢も希望もないではないかぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

何処かの駄神の魂を震わせる咆哮が響き渡る。来ているのは知っていたが、登場早々にいったい何を叫んでいるのだろうか。

 

「残念ですが白夜叉様、あの服装はあくまで白夜叉様の開催するギフトゲームの時に常備を任ぜられたものですので今回は自由。もう諦めて私服としても使用していますが、防寒のギフトがあってもわざわざ好き好んで雪国でもあんな薄着になりたくないです」

 

黒ウサギから淡々と告げられた事実に、白夜叉は膝から崩れ落ちて悔しそうに地面を叩いている。

 

「くそぉぉぉぉせめて参加者ではなく貴賓としてこの場にいればどうとでもできたものを・・・!!!! 私としては久しく責務のない参加者の身だからとその状況に甘んじるべきではなかったッッッ!!!!」

 

もう白夜叉の後悔の仕方が本気過ぎて周りが少し引いているが、それでも気にせず慟哭している。

 

「え〜、お馬鹿様はさておき。それでは第一予選、“蜘蛛の糸・極楽を目指せ”を開始します‼︎」

 

黒ウサギの宣言とともに参加者の前に“契約書類”が現れ、本戦出場の幕が開ける。




次回からようやく第三章の本編とも呼べる内容に突入です‼︎

ですが残念な事に明日からテスト、それが終われば実習と投稿する時間がなくなってしまうため更新が停滞してしまいます。
こんな小説を楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、しばらくの間はお待ちください。


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魔遊演闘祭・第一予選

皆さんお久しぶりです。待っていてくれた読者様には感謝の言葉しかありません。
まだまだ現実が忙しく、更新速度はしばらく変化しないと思いますがこれからもお待ちいただけると嬉しいです。

それではどうぞ‼︎


【ギフトゲーム名 “蜘蛛の糸・極楽を目指せ”

・勝利条件:地下都市からの脱出。

 

・敗北条件:上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

・舞台ルール:地下都市を脱出するための道は二つのみであり、使用可能なのは一度限りとする。チームの誰か一人でも脱出に成功すればそのチームの勝利とする。舞台内で飛行することを禁止とする。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、各コミュニティはギフトゲームに参加します。

“七つの罪源”印】

 

 

黒ウサギの開幕宣言と同時に現れた“契約書類”は、見物する参加者だけでなく転移させられた参加者の手元にも舞い落ちた。

 

「ふむ、特に難度の高いギフトゲームというわけではなさそうだ。やはりある程度は単純明快なものの方が見世物としては好まれるか。早く我々もーーー」

 

レティシアは“契約書類”、舞台である地下都市、鐘乳石から垂れるロープを順に見やっていく。そして横に立っていた男鹿に話しかけようとしてーーー言葉を失った。

 

「・・・辰巳、それをどうするつもりだ?」

 

「あ?」

 

「アイ?」

 

何時の間にか少し離れていた男鹿の手元では雷電がバチバチと爆ぜており、既に腕を後方に引いた姿勢となっていた。あと数瞬気付くのが遅ければその雷電は手元から解き放たれていただろう。

 

「面倒くせぇから穴開けようかなと」

 

「頼むからやめてくれ。それに恐らく破壊は不可能だろう。力の浪費だ」

 

レティシアにそう言われたので、男鹿はーーー試しにぶっ放してみた。

 

「いや、何故だ⁉︎」

 

レティシアの愕然とした声を無視し、放たれた雷撃は地下都市の天井へと突き進んでぶつかり爆ぜる。しかし穴が開くどころか欠けることもなく、それに加えて途中で巻き込みながら進んでいたロープすら切れていなかった。

 

「・・・だから言っただろう。これで我々の居場所も知られた。あれ程の遠距離攻撃を有する辰巳を相手は放っておくまい」

 

もし放っておいてロープを登っている時に狙い撃ちされればどうしようもない。参加者は遠距離攻撃への対処法を見つけること、または男鹿を倒すことが必須となってしまったのだ。

 

「とにかく移動しつつ脱出口を探すぞ。舞台やゲーム名から天井の何処かだが、大まかな場所は予測できていることだ・・・し?」

 

レティシアが移動しようとした時、急に地面から足が離れて視線が高くなる。何事かと振り向けばすぐ横に男鹿の顔があってベル坊もおり、気付けば男鹿に子供を担ぐように片腕で担がれていた。と言っても今の彼女は少女姿なのでそこまでの違和感はないが。

 

「い、いきなりどうしたのだ?」

 

「いや、だから移動すんだろ?出口を目指して、天井近くに」

 

男鹿が上を指差しながら言うのと同時に足元に紋章が現れてその輝きを増していく。この時点でレティシアは男鹿が何をしようとしているのか理解した。

 

「た、辰巳‼︎ ちょっと待ーーー」

 

レティシアの制止も虚しく爆音に掻き消されてしまい、爆風による急激な推進力に堪らず男鹿にしがみ付く。爆風と合わさった跳躍は地面と天井の中間あたりである約五十メートルの高さまで達し、新たに出現させた少し大きめの紋章に着地した。

 

「よし。それで?出口に目星がついてるとか言ってたが何処だ?・・・おい、聞いてんのか?」

 

返事がないので不思議に思って見ると、何やら俯いてぷるぷると震えているレティシア。

 

「い」

 

「い?」

 

「いきなり過ぎだ馬鹿者ッ‼︎ 少しは心の準備をさせろ‼︎ 不安定な抱え方で落ちたらどうする⁉︎ 飛行は禁止されているんだぞ⁉︎」

 

沈黙も一瞬、レティシアは(たが)が外れたように叫ぶ。若干涙目に見えるのはきっと気のせいだろう。

しかし耳元で叫ばれた男鹿とベル坊は堪ったものではない。

 

「〜〜〜ッ、つってもいつもお前が飛んでんのよりは遅ぇだろうが」

 

「アウ〜」

 

「自分で飛ぶのと跳ぶ者に掴まるのでは感覚が違う‼︎」

 

ぜぇ、はぁ、と突然の出来事と慣れない大声で乱れていた呼吸を整えていき、最後に大きく息を吐いて冷静になる。

 

「とにかく、こんな空中では遠距離攻撃ができる者のいい的だ。急いで脱出口を探しにーーー辰巳、来たぞ‼︎」

 

レティシアの懸念はすぐに現実となり、下から炎の塊が迫ってくる。

しかし遠距離攻撃のデメリットは着弾が遅いことであり、速度が遅い遠距離攻撃など注意が逸れている上での奇襲でもなければ当たりはしない。

 

二人を飲み込まんとした炎は大きいものの速いとは言えない。男鹿は余裕をもって攻撃の範囲外へと移動し、炎は何事もなく横を通り過ぎていく。

 

「「ッ⁉︎」」

 

そう、()()何事もなく通り過ぎた。想定外だったのは炎の下から追従するように人影が現れたことだ。

 

「クッ」

 

男鹿は空いている腕で襲撃者の拳を防ぐ。その顔は仮面を着けているので分からないが、男鹿とあまり変わらない年齢の男だと思われる。

 

「ほれ、姫様ががら空きじゃぞ?」

 

そしてその反対側からはロープで遠心力をつけた蹴りを放とうと、これまた同じく仮面を着けた老人と思われる男が迫り来る。

 

「残念ながら姫というのは私には合わないな。仮にも私は騎士だぞ」

 

老人には両腕が塞がっている男鹿の代わりにレティシアが対応した。相手の遠心力の加わった蹴りに対してレティシアは男鹿から跳んで王臣紋の力を解放し、魔力強化された拳で迎え撃つ。

ぶつかり合った衝撃でお互いに押し返され、老人は他のロープに乗り移って留まり、レティシアは展開されたままの紋章に着地する。

 

「辰巳、背中は任せた」

 

レティシアは髪のリボンを解いてギフトカードから槍を取り出す。大人姿となった彼女は背中から翼を展開した。飛行のためではなく、足場の悪い場所での姿勢保持のためだ。

 

「ああ、久しぶりの同類(なかま)だ。意地でもボコって話を聞いてやる」

 

レティシアは男鹿の“同類”という言葉に疑問を抱いて若い方の男を横目に捉え、その言い回しに納得する。

 

「・・・なるほど、探す手間が省けたということか」

 

その男は老人のようにロープに掴まることはなく、しかし落下も浮遊もしていなかった。

 

 

 

その男の足元には男鹿とは違う、無限の記号が特徴的な紋章が展開されていた。

 

 

 

「会いたかったぜ、男鹿。お前達が消えてから石矢魔のトップは空位のままだったからな。今は一種の停戦状態、雑魚の小競り合いばかりだ」

 

「やっぱお前、石矢魔(うち)生徒(やつ)かよ。鷹宮といいお前といい、もう“紋章使い”の巣窟になってんじゃねぇだろうな」

 

「否定はしねぇよ」

 

他愛のない(?)やり取りが二人の間で交わされる。しかし今はギフトゲーム中でゆっくりしている余裕はないのでレティシアが率直に聞く。

 

「懐郷、と言っていいかは分からないがお喋りはその辺にしておけ。・・・七大罪・マモンの契約者よ、お前の名と目的は何だ?」

 

若い男には契約悪魔を言い当てられても動揺はない。“七つの罪源”に教えていることから特に隠すつもりはないのだろう。名乗りもあっさりとしたものだった。

 

「赤星貫九郎だ。目的なんてものは喧嘩には無粋だろう。今は楽しもうぜ」

 

 

 

 

 

 

第一予選の内容はベルフェゴールの千里眼によって発生した空間の亀裂から複数の視点で中継されている。黒ウサギはそれを見て実況を進めているが、やはりメインで実況しているのは地下都市の空中を映し出している亀裂だ。

 

「おぉっと、まさか飛行が禁止されたこのギフトゲームで空中戦勃発か⁉︎ これは激戦となる予感がします‼︎」

 

黒ウサギの実況と映像にその場の参加者は騒ついている。

 

「さっきの雷や炎は凄かったな」「というかあの二人が立ってるのはなんだ?」「見たことも聞いたこともねぇな」「全員魔力を纏ってるらしいぞ」「何にしても実力者らしい」「弟よ‼︎ 相手を薙ぎ払うのじゃ‼︎」「あの翼に容姿・・・まさか吸血鬼?」「吸血鬼に魔力って、マジかそれ?」「あ〜、俺も喧嘩してぇ」

 

しかし広場は初っ端からの派手な戦闘、しかも箱庭では珍しい紋章術に大興奮だ。そんな中、黒ウサギは外面はギフトゲームを盛り上げる審判の役目を果たしているが内面はそれどころではなかった。

 

(まさかこうも早くマモンの契約者と遭遇するとは・・・。ていうかこの赤星貫九郎という“紋章使い”、“サウザンドアイズ”からの参加者になっているんですけど⁉︎)

 

審判として手に入れた情報にチラッと白夜叉へと目を向けるとあちらも気付いたようで、舌を出して“てへぺろっ”と返してきた。

白夜叉の仕草は効果抜群‼︎ 天真爛漫・温厚篤実・献身の象徴とまで謳われた“月の兎”をイラッとさせた‼︎

 

(あぁ、そうですか。我々に自分の北側行きを話さなかったのも、北側に来てから私達の前に姿を現さなかったのも、ギフトゲームが始まってからようやく姿を現したのも、そもそも防寒のギフトを買いに行った時の素っ気なさも全ては計画通りですか。そういえば大魔王様から手紙をもらってましたもんね。手紙だけではなく派遣もいたということですか、そういうことですか)

 

色々と小さな疑問が氷解していった黒ウサギは内心で愚痴を呟きながらも実況を続けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「これこれ、若いもん同士で盛り上がるのはいいが年寄りを放っておくのはいかんぞ」

 

赤星が名乗った後、今まで黙って待っていた老人が話に割って入る。

・・・実際にこの中で一番年上なのはレティシアなのであろうが、外見的にそこは置いておく。

 

「・・・爺さん、俺とどっかで会ってるか?」

 

さっきから感じているもやもやに男鹿は疑問を呈する。仮面なので人相は分からないが、何となく記憶に引っかかっているのだ。

 

「・・・さぁのぅ、気のせいじゃない()()()()?」

 

突然の語尾にレティシアも味方である赤星でさえ不思議に思うが、男鹿だけはピーンときた。

 

「お前、あの時のカイワレBOYか‼︎」

 

「ホッホッ、今はベヒモスと名乗っておるんでよろしく頼むぞぃ。してどうする?今度は二人だけで儂を相手取るかいのぅ?」

 

男鹿の構えが少し固くなるのを見てレティシアも少し緊張を高める。ベヒモスという名前はレヴィが始めたギフトゲームの解答に必要な一人なので関心はあるが、今は追求すべきではないと判断して男鹿に疑問をぶつける。

 

「・・・強いのか?」

 

「・・・前に()った時は五人掛かりで一撃入れるのがやっとだった」

 

男鹿は苦虫を噛み潰したように答える。その時は暗黒武闘も対消滅エネルギーに似た魔力増幅法も使用してはいなかったが、勝てなかったことには変わりない。

 

(・・・隙を見て脱出口を目指した方がいいか)

 

男鹿の情報からレティシアは総合的に判断し、小声でそれを伝える。

 

「辰巳。私達が向かい合う相手の後ろに、周りに比べて長い鍾乳石があるのは分かるか?」

 

言われて見れば、確かに一際長い鍾乳石がある。

 

「確率的にその二つが脱出口である可能性が高い」

 

「何で分かんだよ?」

 

「説明は後だ。とにかく、どちらかが隙を見て脱出口に向かうぞ」

 

レティシアの言葉に男鹿は思わず背後を振り向く。

 

「はぁ⁉︎ 逃げんのかよ⁉︎」

 

「逃げではない。寧ろ競争なのだから勝ちにいっているだろ?それ程の実力者なら私達の次に脱出するはずだ。運にも寄るが本選で戦えればいいではないか」

 

レティシアの言い分は最もだ。それでも男鹿にとっては“逃げる”という選択肢は好きになれないようで、納得顏には程遠い。

 

「・・・分かった。では辰巳は全力で相手を打倒しに行け。私もできる限りそうするが、難しそうならば隙を見て脱出する。その時は援護を頼むぞ」

 

「・・・おう、分かった」

 

未だに納得していない様子だが了承はしてくれた男鹿にレティシアはホッとする。

 

「では頼んだぞ。・・・待たせて済まなかったな、一応礼を言っておく」

 

男鹿へは手短に説明したとはいえ、説明している時間を律儀に待ってくれていた相手にレティシアは礼儀として感謝した。

 

「気にすんな、終わったのならかかって来いよ。先に奇襲を掛けたのはこっちだからな、フェアにいこうぜ」

 

赤星はそう言って待ちの構えを取る。どうやら最初の奇襲は男鹿達のゴールを阻止するためのものであって本意ではなかったようだ。

 

「では、御言葉に甘えるとしよう‼︎」

 

赤星の言葉にレティシアは遠慮なく“龍の遺影”を展開して赤星とベヒモス(仮)の二人へと殺到させる。

ベヒモス(仮)へは躱しにくいように身体を狙ったがロープを飛び移ることで躱され、赤星へは()()()()()()()()()()()()に頭を狙い、上体を反らすだけで躱させた。

 

そこへ男鹿が瞬時に()()()を疾走して赤星へと迫り、無防備な顎へと蹴りを放つ。

 

「うおっと」

 

それを赤星はさらに上体を反らして紋章から落ちることで回避し、一回転して新たな紋章に着地する。

 

「いいな、やっぱそうじゃねぇとよ」

 

赤星は手を銃の形にして男鹿へと照準を定めた。すると指先に炎が渦巻き球体が形成されていく。

 

紅線銃(レッドガン)

 

球体から炎のレーザーが四筋発射され、男鹿の手足を貫こうとする。蹴り抜いた姿勢の男鹿は片足で前方に飛ぶことで躱し、影から跳び降りながら手に雷電を纏わせた。

 

魔王の咆哮(ゼブルブラスト)ッ!!!」

 

放たれた雷撃は空気中を駆け抜けていくが、赤星はまた不意を打たれないようにしっかりと躱す。

そして躱された雷撃は男鹿の狙い通り、反対側でレティシアが相手取っているベヒモス(仮)へと突き進んでいった。

 

「危ないじゃろうが」

 

それを難なく蹴り落とすベヒモス(仮)。

レティシアは彼が男鹿の攻撃を対処するその一瞬の隙を狙う。

 

「ハアァァッ‼︎」

 

生じた隙に対してレティシアも紋章から跳躍し、手に持つ槍をその頭上へ向けて振り下ろす。

 

「まだまだじゃわい」

 

だが吸血鬼の力を込めて振り下ろした槍をもベヒモス(仮)は易々と片手で受け止めてしまう。

しかしそれを見たレティシアの口角は状況とは逆に吊り上がった。

 

「捉えたぞ」

 

受け止められた瞬間にレティシアの影が蠢き、再びベヒモス(仮)へと殺到する。先程はロープに掴まっているとは思えない俊敏さで躱されたが、今は状況が違う。

 

左腕はロープに固定され、右腕は槍を受け止めている。仮に足で捌こうとしても、男鹿の攻撃を蹴り落とした直後で片足しか使用できない状況では捌ききれないだろう。

さらに今の“龍の遺影”は魔力を込めた特別製だ。“魔遊演闘祭”までの五日間の修行で影に魔力を込め、不定形の影を魔力で形作ることで影の斬撃性を打撃性に変換することに成功している。つまり殺傷を気にすることなく影を行使できるのだ。

 

 

 

「ハァァァーーーフンッ」

 

 

 

それが今回ばかりは仇となった。

殺到する影を前に、老人とは思えない程の膨大な魔力がベヒモス(仮)から迸り、身体に力を込めて影の乱打に耐えてみせたのだ。

 

レティシアは知らないことだが、この老人は男鹿の“魔王の咆哮(ゼブルエンブレム)”すらほぼ無傷で受け止めて平然としているような化け物だ。影の斬撃性を打撃性に変換したものに魔力強化することで使い勝手が良くなった強力な技だが、魔力の扱いに日が浅いレティシアでは出力不足だったようだ。

 

「さて、捉えられたのはどっちかの?」

 

今のレティシアは決め手として攻撃を仕掛けたので防御が欠けた無防備な状態だ。ベヒモス(仮)が放つ魔力が込められた蹴りの衝撃を想像し、どうすることも出来ず覚悟を決める。

 

 

 

しかし結果としてレティシアへ蹴りの衝撃は来ず、代わりに訪れたのは圧倒的な魔力と全てを包み込む輝きだった。

 

 

 

変化はさらに続く。突然の輝きに目を閉じたベヒモス(仮)へと横から何かが高速でぶつかって槍から手が離れる。

そして自然落下するレティシアをすぐさま何者かが小脇に抱え込む。

 

「油断し過ぎだ、ボケ」

 

聞こえてきたのは言うまでもなく男鹿の声だった。ベヒモス(仮)にぶつかったのは吹き飛ばされた赤星である。

 

「・・・悪い、足を引っ張ってしまった」

 

レティシアは言い返すこともできずに項垂れる。

龍影に魔力を込めた攻撃を受け止められるとは思わず、不測の事態に動きを止めてしまっては基本真面目なレティシアが言い返せるはずもない。

 

「ま、こんなところで怪我してトーナメントで足引っ張られる方が御免だからな。さっさと外に出るぞ」

 

レティシアを気遣ったわけではないだろうが、素っ気なく返して行動に移す。

 

「そういうわけだからもう行くぜ。ーーーお前ら、死ぬんじゃねぇぞ?」

 

離れたところで空中に留まる二人に向けて宣言し、別れの挨拶を交わすように片腕を挙げた。その動作に合わせて地下都市を包んでいた巨大な紋章の輝きが増していく。

 

 

 

「ーーー落ちろ。魔王光連殺」

 

 

 

挙げられた腕が振り下ろされ、連動して紋章から幾筋もの光が二人へと落ちていく。いや、二人というのには語弊があるだろう。光の筋は紋章が覆っている範囲ーーー地下都市全てに降り注いだ。

 

「いつの間にこれ程の技を・・・」

 

呆然と呟くレティシア。一緒に修行していた時は魔力増強法の修行のみで技の修行は見たことがなかったからだ。

 

「おら、とっとと勝ち上がるぞ」

 

「ダッ」

 

「あ、あぁ。そうだな」

 

レティシアを抱えたまま男鹿は脱出口と思われる鍾乳石の真下まで跳ぶ。そこで鍾乳石に触れた瞬間にその場から転移させられ、脱出第一号が決定したのだった。




あっれ〜、おかしいな。こんなに長くするつもりは無かったんだが・・・。戦闘の方は短くするのを意識して視点変換は控え、細かい攻防は省かせてもらいました。

今回出てきたオリジナル要素についても幾つか簡単に説明します。
赤星の紋章イラストは正確には無限の記号に四つのダイヤ(金)マークが四隅にあります。
魔王光連殺は原作の鷹宮戦ラストで見せたレーザーナイフの攻撃を光弾として射出したもので、紅線銃はその縮小版というイメージです。


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第一予選終了・第二予選開始

一応、活動報告で番外編のアンケートを取ってみたのですが、何もないということは次の番外編を書く時は私の自由でいいということなのだろうか?
まぁ、どっちでもいいというのが大半でしょうけど。

取り敢えず、第二予選ギフトゲームの大枠が決まりましたので本編に戻ります。

それではどうぞ‼︎


「第一予選、一組目の勝者は“ノーネーム”男鹿辰巳・レティシア=ドラクレアチームです‼︎ 圧倒的な実力を見せつけて勝利を勝ち取りました‼︎」

 

地下都市から強制転移させられて脱出した後、男鹿の耳に真っ先に聞こえてきたのは黒ウサギの勝利宣言だった。

 

「っと、帰ってきたのか」

 

男鹿は着地と同時に周りに目を向けて状況を確認する。周囲では壇上に現れた男鹿達に向けて歓声が上がっていた。

 

「・・・辰巳、そろそろ降ろしてくれないか?」

 

「ん?おぉ、(わり)(わり)ぃ」

 

脇に抱えられたままだったレティシアが抗議する。流石に大勢の前で抱えられたままというのは情けないのだろう。

降ろしてもらったレティシアはリボンを着けて少女姿となり、男鹿と一緒に壇上を降りる。

 

「よっ、お疲れさん」

 

降りてきた二人に労いの言葉をかけたのは十六夜だ。

 

「おう。お前らも予選で負けんじゃねぇぞ」

 

「誰に言ってやがる。本戦で待ってな、“火龍誕生祭”での続きといこうぜ」

 

そう言って不敵に笑いながら二人は拳をぶつける。実に熱い雰囲気で火花を散らしているが、二人とは対照的に他の観戦していた“ノーネーム”の参加メンバーは引いていた。

 

「いやいや、やり過ぎだろ・・・」

 

「もう地下都市がただの地下空洞だわ・・・」

 

「というか誰か死んでない・・・?」

 

古市、飛鳥、耀が空間の亀裂を覗きながら呟く。そこに映っているのは粉塵立ち込める廃墟に倒れ伏している参加者達だ。

 

「手加減したし大丈夫だろ」

 

それらを客観的に見て事も無げに“手加減した”などという男鹿に、三人はもう何も言えなくなる。

少し考えれば分かることだが、攻撃を拡散させたのだから一撃の威力が落ちるのは当然だろう。その上で地下都市の惨状を作り出しているのだから魔力増幅法使用時の実力は計り知れない。

 

「男鹿辰巳選手の攻撃によって地下都市は見る影もありません‼︎ 果たして何組のチームが生き残ってーーーあっ‼︎」

 

黒ウサギが空間の亀裂からギフトゲームの実況をしていたのだが、台詞を切って声を上げたのでそれにつられて男鹿達も黒ウサギが解説していた空間の亀裂へと視線を向ける。

そこには土煙から何かが高速で飛び出し、レティシアが示していたもう一つの脱出口へとロープを伝って一直線に突き進んでいく映像が映し出されていた。かなりの速さで登っていくので解説する間も無く人影は鍾乳石に触れて消えてしまう。と同時に壇上に現れる二人の人物。

 

「イェーイ、これで儂らも本戦進出じゃわい」

 

「ま、当然だろ」

 

そこには身体の表面が煤けて服がボロボロながらも、軽傷しか負っていない赤星とベヒモス(仮)が立っていた。

 

「ま、まさかの“サウザンドアイズ”赤星貫九郎・ベヒモスチームが二組目の勝者です‼︎ 地下都市を廃墟にしてみせた男鹿辰巳選手に狙われた筈なのにピンピンしております‼︎」

 

黒ウサギは実況を続けながらも驚愕していたが、それは男鹿や鷹宮、古市を除く“ノーネーム”一同も同じ気持ちだった。男鹿はその実力を知っていたから。鷹宮はいつも通り。古市は驚愕よりも疑惑の眼差しを向けていた。

 

「まさか、あれさえも受け止めたというのか・・・」

 

直接相対していた筈のレティシアでさえもこれには驚愕を隠せない。そんな風に眺めていると壇上から降りてきた二人と目が合い、彼らはそのまま此方へと歩み寄って来た。

 

「よぉ男鹿、と・・・そういや名前知らねぇな。出口教えてくれて感謝してるぜ」

 

赤星は目の前まで来ると感謝の言葉を述べる。戦闘が始まる前に話していた二人の会話をしっかりと聞いて覚えていたようだ。

 

「あぁ、確かに私だけ名乗っていなかったな。レティシア=ドラクレアだ。出口については我々が勝手に話していたことだから礼など必要ないさ」

 

「そういや、何で出口が分かったんだ?後で説明するって言ってただろ」

 

男鹿は今思い出したようでレティシアに問い掛ける。まさか一番分かりやすかったからなどという理由ではあるまい。

 

「別にレティシアは出口を特定できたわけじゃねぇと思うぜ?確率的にあの二つが有力だったってだけだろ」

 

と、レティシアが答える前に十六夜が自分の考えを言う。それを聞いた男鹿は無い記憶力を振り絞ってその時のことを思い返す。

 

「あ〜?なんかレティシアも似たようなこと言ってたような・・・」

 

「要するにだな、最も長いロープか最も短いロープの二択のうち、長いロープの方が分かりやすかったってことだ」

 

まさかの省いた可能性が正解だった。それはさておき十六夜の解説は続く。

 

「あのギフトゲームには二つの解釈ができるんだよ。“蜘蛛の糸・極楽を目指せ”、これは芥川龍之介の有名な短編小説の一つを元にされてるんだろうが、ざっくり説明すると極楽から垂らされた蜘蛛の糸を伝って地獄から脱出しようとする話だ。だがここで選択が分かれる」

 

十六夜は指を二本立てて解釈を述べる。

 

「まず一つ目は極楽(天井)に最も近付ける長いロープ。二つ目はロープの終点を極楽(出口)として最も長い鍾乳石に繋がれている短いロープ。このふたつのうち、予選というゲーム難易度から考えて短いロープの方が確率が高いということだ。長いロープだと鍾乳洞の地下都市という構造から天井の凹凸で出口の特定が難しいから時間が掛かり過ぎる」

 

「まぁロープの短い方とは言っても微妙な差は天井に近付かないと分からないから、我々のように空中で留まることのできる例外を除いて参加者はベヒモス殿のようにロープを跳び移って出口を目指すのが最善の攻略方法だったのではないか?」

 

「なるほどな」

 

「へ〜」

 

十六夜の説明やレティシアの補足を聞いて納得している赤星と生返事をする男鹿。男鹿の方は理解できたのか少し疑問である。

そんな風に赤星が“ノーネーム”のメンバーに加わって話している中、ベヒモス(仮)は残りの“ノーネーム”のメンバーに捕まって話していた。

 

「ベヒモスさんってかなり強かったのね。“七つの罪源”の魔王達とは古い仲みたいだから、何となく予想はしてたけど」

 

「うん。辰巳の攻撃も凄かったけど、ほとんど無傷のベヒモスも凄いと思う」

 

「ホッホッ、あの程度は当然・・・と言いたいのじゃが、流石に初見のアレを無傷で凌ぐのは儂でもちょっと厳しいわい」

 

飛鳥と耀の称賛に対してベヒモス(仮)は尊大に答えたかと思えば、一転してそれらの称賛を軽く否定する。

 

「でも現にほぼ無傷じゃない。無傷じゃなくて軽傷だって言いたいの?」

 

「いやいや、本来ならもう少し血を流しておったよ。そうなっておらんのはちょっとしたドーピングとでも言っておこうかの。ギフトゲーム中なのでネタバレは無しじゃが」

 

どうやら男鹿の攻撃に対して軽傷で済んでいるのには何か秘密があるようだ。それを追求できない状況に飛鳥も耀もむず痒い思いで質問するのを断念する。

 

「・・・一ついいっすか?」

 

そこへ今まで一言も喋らずに何かを考えていた古市がベヒモス(仮)へと声を掛ける。

 

「何じゃ?」

 

 

 

「アンタ、ベヘモットだろ。箱庭で何してんの?」

 

 

 

「「ベヘモット?」」

 

“何処かで聞いたような・・・”と彼女達は少し考えて、思い出した。“火龍誕生祭”で“黒死斑の魔王”とのギフトゲーム、その休止期間中に古市達が話してくれたのだ。

魔界屈指の戦闘集団、ベヘモット三十四柱師団のことを。

 

「じゃあ、ベヒモスは柱師団の団長さん・・・元だったっけ?なの?」

 

「何じゃ、色々知っとるみたいじゃの。お嬢ちゃん達には儂が此処にいる理由も言うたと思うが?」

 

「そうなの?」

 

ベヘモットの言葉に古市は彼女達へと目を向けた。その疑問には飛鳥が答える。

 

「そう言えば聞いたわね。“うちの坊ちゃんがギフトゲームに興味をもって”とかなんとか」

 

「坊ちゃんって・・・まさか」

 

古市は嫌な予感に駆られて観客席をキョロキョロと見回す。“どうか杞憂でありますようにっ‼︎”という思いも虚しく、予想した人物が目に入る。

 

緑髪の少年とヒルダそっくりの女性ーーー焔王とヨルダだ。

 

流石に距離が遠くて何を話しているかは聞こえないが、見間違えようもない二人だ。そこで、ふと古市は違和感を覚える。

 

「・・・ヨルダさんだけ?イザベラさんとサテュラさんはどうしたんだよ?」

 

「その二人は留守番じゃよ。ヨルダの転送能力で箱庭へと送れる人数をオーバーしたんじゃ」

 

「ちなみに容量は何人まで?」

 

「自分を含めて六人じゃの」

 

「・・・あとの二人は?」

 

判明しているのはベヘモット、赤星、焔王、ヨルダの四人まで。人数がオーバーしたということは六人まであと二人残っている。

しかし、ベヘモットは答えずに親指で自分が被っている仮面を指差し、

 

「そのための仮面じゃよ。探してみればどうかの?」

 

と言って教えてはくれなかった。

 

「・・・取り敢えずもう正体分かってるんすから仮面外せばどうっすか?」

 

「それもそうじゃの」

 

そう言って仮面を外し、懐から取り出した眼鏡を掛ける。飛鳥達は昨日も見た顔だが、紛れもない古市の知るベヘモットの顔だ。

 

「はあぁ⁉︎ 何でベヘモットが此処にいんだよ⁉︎ てかお前がカイワレBOY⁉︎」

 

「此処にいる理由はもう説明済みじゃ、後で誰かに聞け」

 

別グループで会話していた男鹿がベヘモットに気付いて声を上げる。それに釣られるように赤星達もそちらへと顔を向ける。

 

「なんだ、もう仮面外したのか」

 

「正体もバレたことじゃしいいかと思っての。お前さんも元から面識がないんじゃから外してもいいのではないか?」

 

「それもそうだな」

 

ベヘモットに言われて赤星も仮面を外して顔を露わにする。

 

「おぉ、お前ら瓜二つだな」

 

それが赤星と並んでいた男鹿の二人を見た十六夜の感想だが、それに異を唱える者がいないくらいには的を射ていた。

 

「本当だな。違うのは左目の下にある傷と髪型くらいではないか?」

 

「でも貫九郎君の方が知的に見えるわよ?」

 

「うん」

 

「ほっとけ」

 

女性三人の評価にとばっちりを受ける男鹿であった。

第一予選の勝者グループとして周りから注目されていたがそんなことはお構いなしに会話していたところ、

 

「皆さんお待たせしました‼︎ ようやく第一予選会場でリタイアしてしまった参加者達の治療室への収容が完了したようです‼︎」

 

どうやら思っていた以上に話していたようだ。

ちなみに半分以上の参加者が気絶、もしくは覚醒していてもすぐには立てなかったりフラフラしている程の怪我を負っており、担架が行ったり来たりと大忙しだった。収容されなかったのは“魔王光連殺”によって降り注ぐ光の隙間にいたり地下都市の外周にいたりして直撃せず比較的軽傷で済んだ参加者だけだ。

 

「それでは第一予選の感想を主催者の皆様に聞いてみましょうか?」

 

黒ウサギの振りにはサタンが答えた。

 

「俺達と名を同じくする悪魔の契約者達だ、勝ち上がる予想はできた。惜しむらくは力の一端のみで本気を見れずに終わったところか」

 

「そこは本選のお楽しみだろ。それにベヘモットの爺さんや魔力を持った吸血鬼なんて珍しいもんも観れたんだから、予選としては上々だな」

 

サタンの固い事務的な感想に対して、レヴィアタンはそれなりに砕けた感想を返す。共通する感想は先が楽しみであるといったところか。

 

「それじゃ、次、どうする?」

 

ベルフェゴールは早々に感想を打ち切って先を進めようとする。怠惰を司っている彼が能力柄とはいえ一番働く羽目になっているのは皮肉としか言いようがない。

 

「じゃあ今度は私が行こうかしら」

 

並んでいる罪源の魔王から主張してきたのは、美しいという以上に艶かしいと表現できる女性だった。黒ウサギがまだ幼い雰囲気を残しているのに対し、その幼さを取り除いてモデルのように整えられたプロポーション。腰まで届きそうな漆黒の長い髪を左のサイドテールにしており、黄色の瞳が楽しそうに細められている。

 

「ふぅん。今度はアスモデウス、かぁ。程々にしなよ?」

 

「分かってる、あくまでも予選のレベルで行くわ。雪だるまを二人連れて来てくれる?」

 

ベルフェゴールが言う通り、この女性が色欲の魔王・アスモデウスだ。彼女が言い終わると裏で控えていた二体の動く雪だるまが壇上に現れる。それを確認してから彼女は魔力を発し、次の瞬間には二体の雪だるまが二人のアスモデウスに変化していた。

 

「準備完了よ。二人と次の参加者を送って頂戴」

 

「りょうか〜い」

 

アスモデウスに言われてベルフェゴールは力を行使し、再び参加者の四分の一がその場から転移させられた。“ノーネーム”からは鷹宮達が転移している。

新たに発現した空間の亀裂には、海に囲まれ孤島が映し出されている。とはいっても水平線が見えるようなものではなく、直径二km位の隔絶された空間に存在する海と孤島だ。

 

「第二予選は力をセーブされるとはいえ、色欲の魔王・アスモデウス様が自ら参戦されます‼︎ 第一予選とはまた違った趣向となっていることでしょう‼︎」

 

実のところ、予選・本選のゲーム内容には“七つの罪源”の魔王達がそれぞれ自分の匙加減で手を加えている。第一予選はベルフェゴールの力を元に考えられたギフトゲームであり、第二予選はアスモデウスの力を元に考えられている。

 

「それでは第二予選、“惑わしの逃走者”を開始します‼︎」

 

黒ウサギの宣言とともに再び“契約書類”が現れ、“魔遊演闘祭”第二予選の始まりを告げた。




ようやくベヘモットと赤星の顔出し、焔王とヨルダの登場を果たしました。残る二人はいったい何時になるのやら・・・。

あと細かいことですが、最後の方で雪だるまを“二人”、“二体”と二種類で表記しているのは誤字ではありません。ほんのちょっとした伏線です。


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魔遊演闘祭・第二予選【前編】

予選は一話で終わらすつもりだったのですが、アスモデウスの参戦によって嫌でも長くなってしまう・・・というわけで第二予選は分割しました。
しかも参加メンバーがあの三人では戦闘外でも全然コメディーにならないという、もう第三章のアンケートを取った意味も今話では発揮できないのでコメントくれた方にも申し訳ないですが、それでも仕上がりましたので楽しんで下さい。

それではどうぞ‼︎


【ギフトゲーム名 “惑わしの逃走者”

・勝利条件:アスモデウスの憑依を解除する。

 

・敗北条件:上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、各コミュニティはギフトゲームに参加します。

“七つの罪源”印】

 

 

「はぁ、がっつり戦闘系のギフトゲームを引き当ててしまったみたいね」

 

“契約書類”を読み終えた飛鳥が溜息を吐く。“魔遊演闘祭”のメインギフトゲームの説明を受けた時に懸念していた内容が半分当たってしまったようだ。

 

「でも、このフィールドならディーンを召喚できる」

 

「ま、そこは安心してるわ」

 

飛鳥の懸念は、戦闘系のギフトゲーム且つディーンが戦闘できないようなフィールドの場合では勝ち目が薄いというものであった。しかし、別空間・孤島という環境であればディーンが暴れても被害を気にする必要はない。

 

「あの鉄人形に頼り過ぎるなよ」

 

そんな飛鳥の余裕を鷹宮はバッサリと切り捨てた。とは言っても意味もなくそんなことを言ったわけではない。

 

「仮に俺が敵なら、鉄人形を後回しにしてお前を潰す」

 

「・・・えぇ、貴方の言いたいことは分かってるつもりよ」

 

プライドの高い飛鳥が鷹宮の圧倒的上からの物言いにイラッとしなかったと言えば嘘になるが、彼の言いたいことは彼女自身が一番理解しているので反論はしない。

飛鳥は“ノーネーム”主力陣の中で一番身体能力が低い。古市のように強化できるわけでもなく、“威光”のギフトも格上には使えない。彼の言う通りの状況になってしまったら為す術がないのだ。それを意識させるためにわざわざ言葉にしたのだろう。

 

「ならいい」

 

鷹宮は言うだけ言うとそのまま歩き始める。そう簡単にアスモデウスがやられるとは思えないが、競争である以上は急ぐに越したことはないので二人もそれに続く。

 

「何もあんな言い方しなくていいのにね」

 

先を歩く鷹宮を追う途中で、耀が飛鳥を気遣うように言う。それに対して飛鳥は意外にもさっぱりとしたものだった。

 

「でも事実は事実よ。バレバレの嘘で遠回しに言われるよりはずっと楽だわ」

 

逆に嘘を並べられても、自分が弱味を自覚している以上は皮肉にしか聞こえないかもしれない。

 

「だから春日部さんも、心配してくれるのは嬉しいけど気遣いは無用よ?」

 

「・・・分かった。じゃあ、忍を見返せるように頑張ろう」

 

耀は余計な世話を焼いたとは思ったが、謝ったりはしない。それを飛鳥が望んでいないのは分かったから。

 

「えぇ、もちろんよ。言われっぱなしは趣味じゃないわ」

 

二人は新たに目標を設定して笑みを浮かべ、ギフトゲームへのやる気を上げていくのだった。

 

 

 

島の中はジャングルのように鬱蒼と生い茂っているわけではなく、上等な獣道と呼べる程度の道は存在していたので飛鳥の服装でも苦労なく歩くことができた。

しかし長い時間歩く必要はなかった。

 

「待って。・・・あっちで誰か戦ってる」

 

歩いている中、五感の優れる耀が左を指差して逸早く警告してくる。

 

「アスモデウスかどうか分かるか?」

 

警告した耀に鷹宮が質問する。アスモデウスであるならば向かう必要があるからだ。

耀は言われて五感をフルに使って調べてみる。

 

「う〜ん・・・ごめん、ちょっと分からない」

 

「そう、なら向かってみるしかないわね」

 

飛鳥の提案に二人共異論はなく、すぐに行動に移す。もしアスモデウスならばその戦闘能力の確認と参戦を、違うならば勝ち残った参加者を仕留めてゲーム勝率を上げるためにも迅速且つ隠密に、できれば戦闘が終わる前に向かわなければならない。

 

「行くぞ」

 

再び鷹宮が先頭に立って歩き始める。整備されたような道から外れて茂みの方へ行かなければならないために、尖った枝を折ったり茂る草を踏み締めながら。

 

「・・・もしかして、通りやすくしてくれてる?」

 

「どうなのかしら?もしそうなら先頭を歩くのも自分が先に危険に踏み込むため・・・?」

 

恐らく鷹宮は今のチームとして効率的に動けるようにしているだけだとは思われるが、基本無表情であまり会話をしない彼の真意を掴めるはずもない。そのまま戦っている者に気付かれないであろう距離まで二人は鷹宮の作る道を進んでいく。

しかし鷹宮もただ左に向かっているわけではなく、魔力を感じる方向へと進んでいた。分かっている限りでは箱庭で魔力を使えるのは強い悪魔だけなので、アスモデウスの可能性は高い。

 

「近いぞ」

 

鷹宮の言うように既に飛鳥の耳にも戦闘の音が聞こえており、木々の間からは四人ほど人影が見えている。

飛鳥に見えるということは耀には人影が識別できるレベルまで見えているのだが、それ故に一人困惑していた。

 

(・・・レヴィさん?ギフトゲームには参加してないはずじゃ・・・?)

 

耀の目には、開けた岩場に立つレヴィがチームで動いている三人を相手取り、その内の一人をウォータージェットのように水をぶつけて吹き飛ばしている姿が現在進行形で映っている。

 

「クソッ‼︎ 一人相手に手こずってる場合じゃねぇんだよ‼︎」

 

残った二人は味方がやられたことにより本気を出したようだ。手の爪を十五cm近く伸ばし、黒く尖った翼を出して空中を飛び回って二人で攻撃のタイミングを図っている。しかし、

 

「もう少し速くしないといい的だよ〜?」

 

レヴィは両掌に水の塊を収め、その一つを振りかぶって投げた。掌から離れた瞬間に水は槍状に変化して加速し、飛び回る一人を撃ち落とす。それに動揺して動きが鈍った残りの一人も撃ち落とされる。

 

「終わったみたい。勝ったのはレヴィさん」

 

「レヴィさん?あの人参加してたの?」

 

耀の報告に飛鳥も疑問を覚えたが、レヴィは子供のような性格だと聞いているので参加を隠しておいて驚かしたかったのだろうと二人は結論付けた。

取り敢えずは知り合いということで、いきなり襲われることはないだろうと声を掛けてみる。

 

「レヴィさん」

 

「っと、飛鳥ちゃん・・・だったよね?三人共どしたの?」

 

レヴィに声を掛けた瞬間は警戒していたが、三人の姿を確認すると彼女は少し警戒を解いた。まだ警戒しているのは戦闘後だからだろう。ギフトゲームである以上、知り合いだとしても戦いになるのは不思議ではない。

 

「さっきの三対一の戦闘、見てたよ。やっぱり強いね」

 

「まぁ、伊達に七大罪やってるわけじゃないからね」

 

「私は見られなかったから残念だわ」

 

戦いを実際に見たのは耀だけなので、飛鳥はレヴィが強いということしか分からない。

 

「ねぇレヴィさん、もし良かったら私達と組まない?もちろんアスモデウスさんに当たるまでだけど。春日部さんと忍君もどうかしら?」

 

飛鳥の提案は、レヴィの戦闘から他の参加者を意識してのことだ。アスモデウスが二人残っている間はどちらもクリアの可能性があるので悪くない提案だと思われる。

 

「私はいいよ」

 

「好きにしろ」

 

耀と鷹宮には否定する理由もないので問題なく了承する。レヴィも即答した二人を見て考えを決めたようだ。

 

「う〜ん、それじゃあこっちからもお願いしようかな?よろしくね‼︎ 飛鳥ちゃん、耀ちゃん、忍君」

 

そう言ってレヴィもにこやかに了承する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、鷹宮は手加減のない本気の力でレヴィへと殴り掛かっていた。

 

 

 

「にょわッ⁉︎」

 

レヴィは上体を反らして躱し、そのままバク転して距離を取る。

 

「ちょ、忍君⁉︎ 何をしてるのよ‼︎」

 

鷹宮は飛鳥の文句を無視して懐からワックスを取り出し、髪型をオールバックにする。鷹宮が本気で戦う時のスタイルだ。

 

「残念だったな、レヴィアタンは俺のことを名前では呼ばないんだよ。で、お前はアスモデウスってことでいいのか?」

 

鷹宮の行動と初めて見る雰囲気の違いに戸惑っていた二人だが、その言葉を聞いて彼への戸惑いはレヴィへの疑惑に変化し、沈黙した彼女へと視線を向ける。

 

 

 

「・・・あーあ、()()()明るい性格してるし、飛鳥ちゃんが名前で呼んでるからそうしたんだけど失敗だったかぁ」

 

 

 

鷹宮の問答無用さから誤魔化せないと判断したのか、独白するように白状するレヴィを光が包み込み、人影が変化して別人に成り代わる。

光が晴れたそこには、色欲の魔王・アスモデウスが悠然と立っていた。

 

「確か、私に当たるまでが組む条件だったわよね。どうする?もう一人の私に会うまで一緒にいましょうか?」

 

アスモデウスは面白がるように微笑みながら三人に問い掛けたが、三人の答えは戦闘態勢を取った沈黙で返される。今更行動を一緒にする理由など微塵も見当たらないので当たり前の反応だろう。

 

「残念ね、なら始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

「ベヘモット殿は罪源の魔王達と旧知の仲と聞いているのだが、差し支えなければアスモデウス殿のギフトをお教えもらえないだろうか?」

 

空間の亀裂からギフトゲームを観ていたレティシアはベヘモットに質問した。観戦者はアスモデウスの動向を気にしていたので、開始からレヴィに変身して悪魔三人と戦っていたのを見ている。

 

「概要だけを言うならば、他者への変身・複数人への憑依・技の模倣じゃよ」

 

「ふむ、憑依というのは無機物でも可能なのか?雪だるまが変身したのは憑依されたからだろう?」

 

「いや、あくまでも生き物の魂にしか憑依できんかったはずじゃよ」

 

ギフトゲーム前に壇上でアスモデウスが行ったことについて言及するが、ベヘモットは質問された内容にしか答えない。それに答えたのはベヘモットではなく古市だった。

 

「あの雪だるま、ただの無機物ってわけでもないんすよ」

 

「どういうことだ?」

 

「雪だるまの中に霊体の下級悪魔がいて、付喪神状態になって動いてるんです」

 

「なるほど、つまり無機物へと憑依したわけではなく下級悪魔へと憑依したということだな」

 

レティシアは納得し、改めて空間の亀裂から鷹宮達と対峙しているアスモデウスへと目を向ける。

 

「なぁ爺さん、アスモデウスのギフトは無制限の自由自在ってわけじゃねぇよな?使用するリスクや必要条件、制限はあるのか?」

 

レティシアに続いて十六夜がベヘモットへと質問する。今度は具体的なギフトの詳細についてだ。

 

「それは本人の了承を得てから訊くもんじゃよ。どうしても知りたいなら今からの戦闘で分析することじゃな」

 

「ま、それもそうか」

 

十六夜は答えをもらえなかったがすんなりと納得する。言い換えれば“弱点を教えろ”と言っているのだから誰でも拒否するのは当然だ。

十六夜は見る機会がなかった鷹宮の実力確認も兼ねてギフト分析に勤しむのだった。

 

 

 

 

 

 

「来なさい、ディーン‼︎」

 

「DEEEEeeeeEEEEN‼︎」

 

アスモデウスの宣言の後、透かさず飛鳥はディーンを呼び出して白銀の十字剣を取り出す。

飛鳥の身体能力では剣など気休め程度だが、“威光”によって引き出される破魔の力は人・虎・悪魔の霊格に鬼種を付与されたガルドを飛鳥の細腕で貫いたことから、鬼種はないが悪魔であるアスモデウスにも十分効くはずだ。

 

「ルシファー」

 

続いて鷹宮もルシファーを呼び出す。これで相手を引き付ける手はルシファー、攻撃する手は鷹宮と役割分担は完了だ。耀も風を纏って浮き上がり、三人とも即座に戦闘に入る。

ただしアスモデウスも黙って見ていたわけではなく、再び光が身体を包み込んで姿を変えていた。

 

「またレヴィアタンか」

 

「いやいや、ちょっと細工したらまた変わるよ」

 

アスモデウスは再びレヴィとなって水を操り始める。

そこへ耀が双掌に圧縮した旋風を放った。

 

「その前に決める‼︎」

 

放たれた旋風は勢いを増して迫るも水の塊をぶつけられてお互いに弾け、アスモデウスの周りを除く辺り一帯へと雨のように降り注ぐ。

 

「惜しかったね。ーーーそしてありがとう、細工する手間が省けたよ」

 

言った通りにアスモデウスはレヴィから変身を始め、新たな人物へと成り代わる。

 

「今度は辰巳君?一体どうする気なの?」

 

「分からねぇか?なら久遠に問題だ」

 

アスモデウスは雷電を手に纏わせながら問い掛ける。

 

「辺りに水気、手元に電源、導き出される答えはなーんだ?」

 

それを聞いた飛鳥はギョッとする。そういう形を伴わない攻撃はディーンと相性がいいのだが、濡れた状態では表面を伝うだけで防ぐことはできない。

 

「答えは食らって確認しな‼︎」

 

そのまま雷電を纏った手を濡れた地面に押し付け、水に這わせて雷撃を流していく。

 

「飛鳥‼︎」

 

耀もすぐに助けようとするが、距離が遠くて旋風を操るギフトを使用する経験が浅い耀では浮かせることができない。

もう一か八かでジャンプするかと飛鳥が自棄になっていた時、

 

「きゃっ‼︎」

 

突然何かに引っ張られて飛鳥の身体が宙に浮く。身体はさらに数m上昇してから誰かに受け止められ、飛鳥は誰かと思い後ろを向いた。

 

「ルシファーちゃん‼︎」

 

背中には無表情に飛鳥を見返すルシファーがいた。しかしその彼女の契約者である鷹宮の姿は周りにない。

 

 

 

そして、雷撃の中心にいたアスモデウスの上下に堕天使の紋章が現れる。

 

 

 

「姿や技は模倣できても知識や記憶を共有できない以上、“縛連紋”の抜け方などお前は知るまい」

 

鷹宮は地上からほんの数十cm上にしか紋章を展開しておらず、感電を覚悟して上昇しなかった分の短い時間を活用して攻撃を仕掛けていた。

“縛連紋”とは鷹宮が対“紋章使い”用に編み出した“縛紋”の強化版である。“縛紋”よりも格段に強固な縛りを対象者に強いることができ、そして鷹宮の右手には既に空気が圧縮されている。

 

「コイツで終わりだ‼︎」

 

鷹宮は紋章からアスモデウスへと一直線に疾走して圧縮した風を叩き込もうとする。致命傷は与えられないだろうが憑依を解くことならできるはずだ。

 

「ーーーチッ、やるじゃねぇか」

 

アスモデウスは鷹宮を認める言葉を呟き、三度目の変身を開始する。

二人の距離は残り少し、あとコンマ数秒で攻撃が届くーーーという数瞬の間に変身が完了する。

 

 

 

同時にその姿が掻き消えた。

 

 

 

「何ッ?」

 

変身直後の光が消えると共に姿が消えたため、鷹宮には一瞬何が起こったのか分からなかった。

 

「忍君、後ろ‼︎」

 

飛鳥の言葉を頼りに直感で裏拳を繰り出すが、背後には誰も居らず拳は空を切り、

 

ズガシュ‼︎

 

背後を向いた直後に脳天に鈍器をぶつけられたような衝撃を食らった。

 

「ぐッ」

 

というか鈍器そのものだった。だが奇襲にも関わらずその衝撃には敵を倒すだけの威力はなく、鷹宮は頭を押さえてはいるが実質的なダメージはなかった。

 

「やっぱり、この身体で肉弾戦は無理」

 

先程まで正面を向いていた背後から聞こえてきたのは聞き覚えのない少女の声だった。

振り返るとそこには、甘いベビーフェイスに薄いウェーブを引いたツインテール、幼い容姿に蠱惑的なボディラインと、やはり鷹宮達には見覚えのない人物だ。

 

「貴方は強い。力を制限している中で、こんなに早く北側の下層トップクラスのプレイヤーになるつもりはなかった。だけどギフトゲームは始まったばかり。まだまだ他の人とも楽しみたい。もう他に行くから、頑張ってまた探して」

 

そう言って少女姿のままアスモデウスは目の前から消える。彼女に逃げられたことで最初の状況に戻ってしまい、再び島の探索に戻ってしまうのだった。




これでもアスモデウスさんは、変身する人物を制限している訳ではなくギフトそのものに使用制限を掛けています。第二予選は次回で終わらせられるといいなぁ。


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魔遊演闘祭・第二予選【後編】

感想の一つに“絵が無いと面白くねぇ絵を入れろ”といったものがあり、“つまり絵があれば面白いんだな?”という考えのもと初心者ながら挿絵を鋭意作成中なのだがやはり難しい・・・。

というのはさておき、なんとか第二予選も終幕です‼︎
それではどうぞ‼︎


「はぁ・・・」

 

「飛鳥、どうしたの?疲れちゃった?」

 

アスモデウスに撒かれた後、三人は島を探し回りながら幾つか戦闘に遭遇していた。最初に見つけた時がそうであったように、戦闘が起こっている場所には参加者が確実に存在し、アスモデウスもいる可能性が高いからだ。そして関係のない戦闘を回避しつつも見つかれば戦い、また探すといった行動を繰り返せば疲れもするだろう。

 

「いえ、疲れたのもそうなのだけれど・・・私は相手との相性が悪いだけで勝率の下がる割合が大き過ぎると思ってね」

 

「それは私も同じだよ。アスモデウスさんと戦えてたのは忍だけだったし」

 

今のところ参加者との戦闘では飛鳥も一人で相手と渡り合えているが、アスモデウスとの戦闘では足を引っ張ってルシファーに助けられる始末。溜息も吐きたくなるというものだ。

耀も応用の利くギフトだがアスモデウスとの戦闘では何もできなかったと自身では思っていた。

 

そんな風に二人が愚痴っていると、意外にも鷹宮からフォローが入る。

 

「何か勘違いをしているようだが、戦闘はともかくアスモデウスの能力と最も相性がいいのは俺よりも久遠だぞ」

 

「どういうこと?」

 

鷹宮は最初の戦闘時に不良スタイルになった時から普段よりも口数が多くなっている。耀も今一分かっていない感じなので、鷹宮は呆れたように言葉を続けた。

 

「お前ら、戦闘中の情報収集は勝率を上げる重要なファクターだからな。休憩と合わせて分かっているアスモデウスの能力と作戦を纏めるから座れ」

 

そう言って鷹宮は手頃な岩に座った。促された女子二人も近くの適当な場所に座って話を聞く。

 

「まず初めに言っておく。これから言うのはあくまでも戦闘から得られた推測であって確定した情報じゃない」

 

もし話した内容だけを鵜呑みにして情報と違えば、少なくとも多少は混乱するはずだ。その混乱は戦闘中に限っては致命的であるため、鷹宮は話す前に先に釘を刺しておく。

 

「だが、アスモデウス本来の能力はともかく、ゲーム中の制限という奴の言葉からこの推測は確率としては高いものと考えておけ」

 

鷹宮の言葉に対して、二人は理解したと言うように頷く。

それを確認した鷹宮は、それぞれ二人に問い掛ける。

 

「お前らはどの程度奴の能力を見抜いている?」

 

「えっと、他人に変身しないと他人の技は使えない?」

 

「あとは変身する時は派手に光って、時間差があるってところかしら?」

 

鷹宮に問われた二人は、思いつくアスモデウスの能力を述べていく。

 

「あぁ、一目瞭然なのはその二つだ。そして他人を模倣するといっても顕現しているギフトまでは模倣できないはずだ」

 

あくまで模倣するのは容姿と能力であって、“生命の目録”やディーンといった装備する、または独立したギフトは模倣できないと考える。飛鳥が一番相性がいいと言ったのは、飛鳥本人の戦闘能力は低いもののディーンはこの中で最も威力の高い攻撃力を誇るからだ。

 

「それと推測を合わせて戦闘方針を練る必要がある。まずはーーー」

 

 

 

 

 

 

「さて、残りはあと何チームかしら?」

 

アスモデウスは足元に倒れている二人組を見ながら考える。

第二予選の参加人数は三十人、チームで換算すると十チームが集まっている。自分は二チーム倒したし、鷹宮達は残っているだろう。他に参加者同士の戦闘を考えると・・・。

 

「残りは五チームくらいーーーあ、一チーム遭遇」

 

だがそう言う彼女の周りには誰もいない。参加者と遭遇したのはこのアスモデウスではなく、もう一人のアスモデウスである。彼女達は別々に憑依した自分と相互に情報をリンクさせることができるのだ。

 

「ということは、あと三・四チームだけね。・・・そろそろ此方からも探そうかしら」

 

アスモデウスはゲームを終了に近付けるべく変身を開始する。しかし、その姿は今までに見せてきた人型ではなく異形のものだった。

体長は小型車くらいの大きさとなり、四足歩行の獣姿を形取る。そして最も特徴的なのは三つに分かたれた頭部である。変身の光が収まり現れたのは、漆黒の毛並みをもつ三頭の巨犬ーーーケルベロスだった。

 

ケルベロスとなったアスモデウスは犬の優れた嗅覚を利用して索敵を開始しーーー上空に異物の匂いを感知して振り仰ぐ。

 

 

 

そこで見たのは、隕石の如く重力に引かれて落下する紅き巨兵の姿があった。

 

 

 

アスモデウスはそれを確認して可能な限り後方へと跳躍する。

その直後、ズドォォォン!!! と彼女が立っていた場所を含めて辺り一帯を陥没させながら、それは着地した。

 

「DEEEEeeeeEEEEN‼︎」

 

戦闘の開始を告げるように紅き巨兵ーーーディーンは雄叫びを上げる。

 

「GuRuuuuuuuuuッ!!!」

 

それに対して、後方へと跳躍していたアスモデウスも着地前から威嚇するように唸りを上げる。

しかしそれはディーンへと向けられたものではない。その巨体から跳躍し、彼女が動くことのできない空中にいる間に攻撃を仕掛けようとしている鷹宮と耀へ向けてだ。

 

「ハッ‼︎」

 

鷹宮は犬の身体では防ぐことの難しい背中の上へと紋章を展開して逆さに着地し、真下へと跳躍すると同時に前転の勢いを加えて踵落としを放った。

まともに食らったアスモデウスは残り少ない地面への落下距離を叩きつけられ、衝撃のままに地面をバウンドする。

 

「はあぁぁ‼︎」

 

さらに攻撃は止まらず、バウンドした身体の斜め下へと潜り込んだ耀が、鷹宮と同じように掌へと圧縮した旋風を下腹部へと叩き込む。

鷹宮が引力によって圧縮した空気を解放して暴風を放つのとは異なり、耀は旋風を操って圧縮した空気を解放した後、さらに解放した空気を操り相手に集中してぶつけるので単純な風の威力は耀の方が強い。

 

地面へと叩きつけられた直後、アスモデウスは再び空中へと打ち上げられて吹き飛ばされる。

 

「行きなさい、ディーン‼︎」

 

そこへ向かって飛鳥を乗せたままのディーンが走り寄り、巨大な拳を振り上げていく。

 

 

 

 

 

 

《まずは奴の戦闘スタイルだ。力を制限しているからか元来からか、複数の技による多彩な戦略を主としている》

 

《辰巳君の雷とレヴィさんの水による合わせ技のことね》

 

《あぁ。だがこの戦略には一つ穴がある》

 

《・・・次々に変身する必要がある》

 

《そうだ。そして変身中の時間ーーー約一秒の間は恐らく攻撃することができない》

 

《だったらその一秒を狙って攻撃を仕掛けるの?》

 

《いや、その短い時間で無理に攻撃を仕掛けて間に合わなかった場合、逆にカウンターを食らう可能性がある》

 

《だったら基本方針としては・・・》

 

《ーーー奇襲から始まり、変身する暇さえ与えない連続攻撃だ》

 

 

 

 

 

 

今のところ作戦は成功している。このまま飛来するアスモデウスを二人の元へと殴り返して連撃を繋げ、できれば憑依を解除させるまで続けていく。

 

「GuRuaaaaAAAA!!!」

 

そんな考えの飛鳥へと向けて、ケルベロスと化した三頭のうち右端の口から豪炎が吐き出される。

それに対してディーンの動きが一瞬だけアスモデウスへの攻撃から飛鳥を守る防御に向かおうと停滞するが、

 

「構わないわ‼︎ そのまま撃ち抜きなさい‼︎」

 

それを飛鳥は抑え、攻撃するように命令する。

ディーンの拳圧で豪炎を吹き飛ばせば、元は黒ウサギの審判衣装として加護が与えられた紅いドレスと雪国仕様で肌の露出が少ない今の衣装ならば耐えられるはずだ。散った豪炎であっても完全には防げないかもしれないが、感電覚悟だった鷹宮を見習い多少の火傷は覚悟しようと決めた。

 

そして、豪炎で隠れたアスモデウスの姿を予測して巨大な拳を突き立てる。

 

(〜〜〜ッ、熱っつい‼︎ というより肌がチリチリして痛い‼︎)

 

咄嗟に腕で顔を覆ったために火傷は免れたが、熱量はどうしようもない。飛鳥はすぐに顔を露わにしてディーンの拳の先を見つめるがーーーいない。殴り飛ばした様子も見られない。何処に行ったのかと思考する間も無く、

 

 

 

「ーーー後ろががら空きだぜ」

 

 

 

「え?きゃぁ⁉︎」

 

声と同時に飛鳥の背中へと衝撃が走り、ディーンから蹴り飛ばされた。飛鳥が地面と衝突する間一髪のところで耀が飛び込んで受け止める。

 

「飛鳥、大丈夫?」

 

「痛ったぁ〜・・・。えぇ、助かったわ春日部さん。ありがとう」

 

飛鳥は顔を覗き込んで心配する耀にお礼を言って立ち上がる。

ディーンの上を見ると黒く尖った翼を生やした知らない男が飛んでいた。飛鳥と鷹宮は知る由もないが、耀はその男がレヴィの姿で戦っていたアスモデウスに倒された三人組の一人であることを思い出していた。

 

「もう、途中まで上手くいってたのに」

 

要するに、先程アスモデウスが放った豪炎は第一予選で赤星がやった目眩ましと牽制である。その隙に飛べるプレイヤーに変身して背後に回ったのだ。

 

「奇襲で倒せるほどアスモデウスは弱くない。次に切り替えろ」

 

「えぇ、分かってるわ」

 

奇襲が失敗したため、ここからは基本戦略ーーー攻めて攻めて攻めまくるのみだ。空中では耀を中心に、地上では鷹宮を中心に戦いを組み立て、地と空をディーンの巨体で対応しつつ隙あらば大打撃を狙っていく。

だがアスモデウスも魔王として経験を積んできた猛者だ。手加減しているという言葉が嘘のように巧みな攻防を三人相手に繰り広げる。

 

レヴィに変身すれば文字通り流水の如く攻撃を受け流し、男鹿に変身すれば雷電の一撃をもって戦闘の流れを持っていき、鷹宮に変身すれば引力によって三人の連携を振り回し、レティシアに変身すれば“龍影”を使って三人同時に相手取る。

他にも知らないプレイヤーに変身して戦闘を進めるのだが、変身の切り替えが絶妙過ぎて一秒の変身時間を狙うことも困難となっていた。

 

 

 

「よっしゃ、まだ喧嘩してんじゃねぇか」

 

 

 

そんな第二予選の最高潮ともいえる激戦の中、呑気な声が横から聞こえてきた。

四人は警戒しながらも戦闘を中断して声の方へと向く。そこに立っていたのは仮面を着けた筋肉質の男だった。

 

「なんだ男鹿、お前だったのか。俺も混ぜろよ、お前だけ二回も喧嘩できるなんて不平等じゃねぇか」

 

と、今現在男鹿に変身しているアスモデウスに話し掛けてくる。

その言葉から全員がこの男性が男鹿の知り合いであることを理解し、鷹宮に関してはほぼ誰かを特定できていた。

 

「俺は悪くねぇだろ。そんな言うならお前がこいつらと喧嘩するか?こいつら結構やるぞ」

 

もちろん第一予選に出ている男鹿が第二予選に出ているわけがないのだが、それを分かっていないと判断したアスモデウスは試しに振ってみた。

 

「ほぉ、お前がそこまで言うのか。面白そうじゃねぇか」

 

(これはただのお馬鹿なのか天然なのか、この子の方も面白そうね)

 

やはり分かっていなかった男に内心面白がるアスモデウス。

だが、誰か分からない飛鳥と耀からすれば面倒なことになったという思いしかなかった。

 

「悪いけど先に倒す」

 

逸早く行動に出たのは一番近かった耀だった。高速で飛翔して懐に入り、一撃で沈めるべく拳を振るう。

 

「ーーー細ぇ腕の割りには随分重い拳じゃねぇか」

 

が、男はその場に留まるどころか痛そうな素振りすら見せずに耀を一瞥する。

 

「ッ、だったら‼︎」

 

物理攻撃は効かないと判断した耀は少し後退しながら掌に空気を圧縮し、直撃すれば小型車程の大きさだったアスモデウスすら吹き飛ばした暴風を叩き込もうとする。

それに対して男も突き出された手掌に向けて拳を打ち込んだ。

 

 

 

ただそれだけで圧縮した空気は霧散し、耀の手はいとも簡単に弾かれる。

 

 

 

(嘘・・・まさか、十六夜と同じギフト無効化のギフト⁉︎)

 

色々と思考を巡らせるも答えなど導き出せるはずもなく、次に何をされるかを考えて身を強張らせ、

 

 

 

「待ちなさい‼︎」

 

 

 

再びの乱入者の凛とした声により、またもやその場の動きが止まった。

今度は女性のようで、同じく着けている仮面から黒色の長髪が背中へ流れている。

 

「貴方ねぇ、何でもかんでも戦闘を見つけたら突っ込んでいくの止めなさいよね」

 

「男鹿もいるしいいじゃねぇか」

 

「男鹿が第二予選に出てるわけないでしょ。偽物よ、偽物」

 

乱入してきたはずなのに呑気に会話をしている二人に鷹宮が話し掛けた。

 

「邦枝、東条。こいつがアスモデウスだ。参戦しないなら退いてろ」

 

鷹宮は石矢魔高校の制服を着ているため、乱入者の女性ーーー邦枝葵は自分達が知られていても不思議ではないと思ったのだが、

 

「おい、もうバレてんぞ。オーナーが乗り乗りで選んだ仮面が台無しじゃねぇか」

 

乱入者の男ーーー東条英虎は変わらず呑気な反応だ。

 

「ーーーゼブル・・・」

 

そこまで黙って見ていたアスモデウスが痺れを切らしたのか、右拳に雷電を纏って構える。狙いはギフトを無効化したであろう東条ではなく葵だ。

 

「・・・ブラストォォッ‼︎」

 

葵はそれを見た瞬間にアスモデウスへ向けて走り出し、()()()()()を抜く。

 

「心月流抜刀術・()()()()()()()ーーー追走蓮華」

 

右の刀を抜刀の構えで持ち、左の刀を逆手に峰を向けて右の刀に添わせる。右の刀を振り抜いて雷撃とぶつかりーーー斬り裂く。

 

(刀で雷撃を斬った?あの刀も無効化・・・っていう感じじゃないわね)

 

普通なら鉄の刀に電気で感電するはずだが、打ち消されたという感覚もアスモデウスにはしなかった。

そして冷静に分析しているが距離を詰め寄られ刀の間合いに入り、拳を振り抜いた姿勢の彼女では避けることができない。

 

右の刀の軌跡をなぞるように、振り抜いた身体の捻りの勢いに乗せて左の刀を振り抜く。腹部に直撃してアスモデウスは吹き飛ぶが、空中で姿勢を正して地面に足を付け、地面を滑りながらも立ち留まった。

 

「やるな邦枝。まぁ相手が三人だろうが五人だろうが纏めてーーーあ」

 

アスモデウスが喋っていると突然言葉を区切り、宙から舞い落ちる“契約書類”が視界に入る。これの意味するところはつまり・・・

 

「残り二チームとなったため第二予選通過者はお前らだ。盛り上がってきたところ悪いがな」

 

そう言って戦闘姿勢を解き、男鹿の姿から元に戻るアスモデウス。

 

「ちょっと待ちなさい。勝利条件は貴女の憑依を解くことのはずよ。残ったからって勝ちにはならないんじゃないかしら?」

 

その場を代表して飛鳥が問い掛けたのだが、それに対してアスモデウスは、

 

「それならもし相手が全員弱かったら誰も合格できないじゃない。いったい何時から戦闘で私を打ち倒して憑依を解除させなければならないと惑わされていたのかしら?」

 

言われたみんなが一人を除いて納得する。その場合はてっきり全員敗北にするのだと考えていたのだが、そこまで厳しいルールではなくアスモデウスや他の参加者から生き抜くことが勝利条件でもあったらしい。

確かに残り二チームとなった状態で彼女が憑依を解除すれば勝利条件にも問題なく、このフィールドには隠れる場所が用意されていないので一時やり過ごすことはできても何時かは戦闘になって参加者は減っていく。それに勝利条件は“憑依を解除する”であって過程は含まれていない。

 

「ちょっと待て、俺は何もしてねぇぞ‼︎」

 

納得できなかった一人ーーー東条が抗議する。勝利条件云々ではなく耀の旋風を打ち消した以外に何もしていないので物足りないようだ。

 

「来るのが遅かったと思って諦めなさい。それでは、また会場で」

 

アスモデウスが光ると雪だるまの一体に戻ってしまった。それに伴い二チーム共にその場から消え、予選会場へと戻るのだった。




東条や邦枝もついに参戦‼︎ 二人のギフトについては追い追い説明しますが、取り敢えず邦枝の技の解説をします。

心月流抜刀術・断在二刀流壱式、追走蓮華:簡単に説明すると、“るろうに剣心”の天翔龍閃に双龍閃を繋げたような技。あくまで動きの例えであり、空を斬って真空を生み出し相手を引き寄せたりはしない。


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第二予選終了・第三予選開始

取り敢えず挿絵が一枚完成しました‼︎ 挿絵についてはタグとあらすじにも追記しましたので、そちらをご覧下さい。

今回はまぁ言ってしまえば過去編中心です。
それではどうぞ‼︎


「第二予選、勝者は“ノーネーム”久遠飛鳥・春日部耀・鷹宮忍チームと“サウザンドアイズ”邦枝葵・東条英虎チームに決まりました‼︎」

 

黒ウサギの勝利宣言で迎えられた五人は壇上から降りてみんなの元へと歩いていく。

 

「邦枝先輩、東条先輩‼︎ 二人とも箱庭に来てたんですね」

 

「つーかお前ら、学校はどうした?」

 

「それ、貴方が言える立場じゃないでしょう・・・」

 

男鹿の発言に呆れて答える葵。

 

「あっちはもう三月よ?うちの学校は少し卒業式の日程が早いし、ほぼ同時に終業式みたいなものだから今はもう休みよ」

 

普通は卒業式と終業式には期間を設ける筈だが、そこは石矢魔高校。授業すらまともに行えているのか微妙なのだから、一般学校とは色々な意味で一線を画するようだ。

 

「やっぱり知り合いだったのね。さっきは戦闘中で自己紹介が遅れたけど、私は久遠飛鳥よ」

 

「春日部耀、よろしく」

 

「邦枝葵です。よろしくね、飛鳥ちゃん、耀ちゃん」

 

まずは予選で一緒だった女性同士で自己紹介し合い、その後にレティシアとも挨拶を交わす。

一方の東条と男性陣はと言うと、

 

「おい男鹿、納得いかねぇぞ。もう誰でもいいから喧嘩しようぜ」

 

「東条先輩、落ち着いて下さい。まだ戦う機会はありますから」

 

「何処で()るんだ?」

 

「男鹿はちょっと黙ってろ。何処だろうと街中で戦ったら迷惑だろうが」

 

「ベルフェゴールに頼めばもしかしたらいい場所に送ってくれるんじゃねぇか?」

 

「あぁもう‼︎ 逆廻は頭回るだけ(たち)(わり)ぃな⁉︎ 黒ウサギさぁぁぁぁん‼︎ ツッコミヘルゥゥゥプッ‼︎」

 

男鹿と十六夜の二人と一緒に古市の精神力をガンガン削っていた。

 

 

 

「それで、どうしてお前らが箱庭(ここ)にいるんだ?」

 

鷹宮は煙草に火を点け、紫煙を燻らせながら“サウザンドアイズ”所属となっている四人に問い掛ける。

 

「あー、それは儂から説明しようかの」

 

それにベヘモットが代表して答える。

 

「事の始まりは、元の世界で大魔王が“ソロモン商会”を潰した後くらいまで遡るんじゃがーーー」

 

そして接点の想像できない彼らが箱庭まで来た経緯を話していく。

 

 

 

 

 

 

《大魔王、ちょいといいかの?》

 

現在ベヘモットがいるのは大型ディスプレイが幾つも並んだ部屋だ。そのディスプレイの前では大魔王がゲームをしている。

 

《んー?どったのー?》

 

大魔王はゲームをしたまま返事を返す。

 

《この前、“ソロモン商会”という組織を潰したじゃろ?》

 

《え?うーん・・・あれかな?うん、あれだな。ぶっ潰したけど?結局居なかったなー》

 

一体何と迷ったのか気になるところだが、言葉の内容から認識は間違っていないのでそれは無視して話を進める。

 

《本当に潰したのか?》

 

《地球のは潰したってーマジで。箱庭のは知らんけど》

 

《ふむ、そうか・・・》

 

ベヘモットは証言を聞いて考える。

そもそも“ソロモン商会”についての情報収集を始めた理由は、“ベヘモット三十四柱師団”の団員数名が行方不明になったことの原因調査だった。調べていくうちに団員は何者かに拉致されたということが判明し、それが“ソロモン商会”の仕業ということが分かったため網を張っていたのだ。

しかし、大魔王が“ソロモン商会”を潰した後にも数名の行方不明者が出ていた。今は行方不明者の増加は止まっているが、これの意味するところは壊滅後にも活動が続いていたということだ。

 

(箱庭・・・か。誰か調査に行ってもらう必要があるかもしれんの)

 

取り敢えずは調べてみないと分からないと結論付けた。

 

《何々?もしかして箱庭行くの?》

 

と、基本馬鹿の癖に中々鋭い指摘をしてくる大魔王。

 

《ま、行ってみる価値はあるんじゃないかの?》

 

《だったらこれ貸すから後はそっちでテキトーにやっといて》

 

それを聞いた大魔王は懐から取り出した物を振り向かずにベヘモットへと投げる。それはコバルトグリーンとブラックで彩られた一枚のカードだった。

 

《お前さんのギフトカードか。餞別に借りとくわい》

 

大魔王は現在こそゲームを趣味としているが、箱庭では彼に合う娯楽がなかったためにギフト収集を趣味としていた。やり過ぎて魔王認定されてしまったが、それだけの逸品ギフトがこのギフトカードには眠っているはずだ。

ベヘモットは部屋から出ていき、その後の行動をさらに考え始める。

 

(箱庭で活動するなら柱爵クラスは欲しいの。じゃが王宮直属の部隊である以上は戦力である柱爵クラスを調査員として送る訳にはいかん)

 

現在はベル坊が四世を名乗ってはいるが、それは名目上だけで実際に大魔王から継いだ訳ではない。そして“ソロモン商会”の狙いがベル坊ということは分かっており、そこから焔王や王宮にも魔の手が伸びる可能性も否定できないので戦力の流出は控えるべきだ。

 

(・・・箱庭には男鹿辰巳がおったな。ならば人間に頼むことも一考してみるか)

 

ベヘモットはポケットから転送玉を取り出し、地球で使えそうな人員の選定に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

《はぁ、結局男鹿は卒業式にも帰ってこなかったな・・・》

 

邦枝は学校からの帰り道で独り言を呟く。今日は神崎や姫川、東条達三年生の卒業式だったのだが、やはりというか何というか男鹿は帰って来なかった。箱庭とか言う場所に行っているということや古市とヒルダが後を追ったということは聞いていたが、大切な日くらいは帰って来れないのかと思ってしまう。

 

《あいつ、何時になったら帰ってくるのかしら・・・》

 

 

 

《何ならお前さんが箱庭に行けばいいのではないか?》

 

 

 

《ひゃあっ⁉︎》

 

まさか聞かれているとは思わなかった葵は素っ頓狂な声を出してから後ろを振り返る。そこには帽子を被った眼鏡の老人がいた。

 

《えっと、お爺さんは一体・・・?》

 

《む?・・・そういえば直接会うのは初めてか。儂はベヘモットじゃ、よろしく頼むぞい》

 

突然現れた老人の聞き覚えがある名前に葵は目を丸くする。

 

《ベヘモットって・・・柱師団の?》

 

《そうじゃ。ちぃと話を聞いてはくれんかの?》

 

葵には特に断る理由もないのでベヘモットの話を聞いていく。ベヘモットは箱庭のこと、現在までの経緯、これからの行動などを大まかに話していった。

 

《じゃから近くにいた、柱爵と互角以上に戦ったお前さんにまず声をかけたんじゃよ》

 

《私は柱爵の人に気付くことなく攻撃されましたけど・・・》

 

《それこそ柱将五人を相手にしておる時に背後から、じゃろ?アギエルが寝返った後は柱爵含めて六人を相手に二人で戦っていたと報告されておるぞ》

 

ベヘモットとしてはそれだけ戦えれば十分な戦力として数えられるだろう。あと少し後押しすれば承諾しそうだ。

 

《そうそう、最近ベルゼ様の侍女悪魔が魔界に帰って来ておってな》

 

《え、ヒルダさんが帰って来てるんですか⁉︎》

 

《そうじゃ。転送人数の都合上帰って来たのは一人だけじゃったがの》

 

葵としては“ヒルダさんが帰って来ているなら男鹿も・・・”と一瞬頭を過ぎったが、そうではないようで内心少し落胆していた。

 

《儂らが頼む次元転送悪魔はヨルダなんじゃが、転送は五人まで可能じゃ。侍女悪魔が帰って来れた以上、箱庭でも次元転送に必要な魔力の確保は可能となっているはずじゃろう。帰ろうと思えば何時でも帰れるぞ?》

 

“何時でも帰れる”という言葉に、少しだけ葵の考えが揺れていたところ、

 

 

 

《面白そうな話をしているな》

 

 

 

二人が話していた道角から一人の男性が歩いて出て来た。葵はその男性が誰かを知っている。

 

《火炙高の赤星・・・?》

 

石矢魔高校が(男鹿によって物理的に)崩壊していた期間、他の学校に移った生徒のうち火炙高校でヘッドを張っていた男だ。箱庭に行った鷹宮も堕天高校でヘッドを張っており、その他に四人を合わせて“殺六縁起”と呼ばれている。

現在は石矢魔の頂点だった男鹿と“殺六縁起”の一角である鷹宮がいなくなったことが知れ渡っており、勝っても意味がないと大きな抗争は起きていない。それぞれの下っ端同士で競り合っているだけの均衡を保っている状況だ。

 

《俺も箱庭とやらに連れて行ってくれ》

 

《お前さん、腕に自信はあるのか?》

 

話を盗み聞いていたのなら、箱庭に行くために実力が必要であることは分かっているはずだ。こんな荒唐無稽な話に疑問を抱いていない時点で何かあるとは思うのだが、何もかも未知数では判断しようがない。

 

《・・・俺は“紋章使い”だ。契約悪魔は“七大罪”のマモン。それでも実力不足か?》

 

その言葉を証明するように無限の記号が特徴的な紋章を小さく出現させる。

 

《ほう、お前さんが・・・》

 

《“紋章使い”ですって・・・⁉︎》

 

ベヘモットは感心、葵は驚愕という感情でそれぞれに赤星を見る。実力は未知数だが、“七大罪”の契約者で且つ“紋章使い”でありながら弱いというのは考えられない。

 

《えぇじゃろう。目的はどうあれ連れて行こうではないか。しかしきちんと此方の仕事もしてもらうぞ?無論そこまで難しいことは言わんが》

 

《あぁ、了解だ》

 

こうして箱庭行きのメンバーがまず一人確定した。

 

《して、お前さんはどうする?》

 

続いて赤星に驚いていた葵に問い掛けるが、箱庭行きについてはまだ悩んでいる様子だ。

 

《・・・一度お祖父ちゃんに相談してきます。もしかしたら長期間帰れなくなるかもしれませんし》

 

今までも北関東制圧などの遠征で学校を長期不在にしていたりとあったが、やはり保護者である邦枝一刀斎には相談しておくべきであろう。

 

《邦枝一刀斎か・・・儂が行けば話が拗れそうじゃな。他の人間にも当たっておるから、後でお前さん家の神社前で落ち合おうぞ》

 

ベヘモットは赤星を連れて次の人間の元へと向かう。葵はそれを見送ってから自宅に帰った。

 

 

 

 

 

 

《ただいまー》

 

葵は玄関を入り、家全体に聞こえるように声を出す。そのまま廊下を歩いて行き、祖父がいつもいる和室へと向かう。

 

《お祖父ちゃん、ただいま》

 

《うむ、お帰り》

 

《少し話があるんだけど、いい?》

 

一刀斎は老眼鏡をかけて新聞を読んでいたが、葵の真剣な声音に新聞を読むのを止めて向き合う。

 

《何じゃ、改まって》

 

《うん。えっと・・・少しの間、遠出で家を空けようと思ってるんだけど・・・》

 

《また遠征とやらか?今度は何処にどれくらいの期間行くんじゃ?》

 

《期間はちょっと分からないんだけど・・・箱庭って所に》

 

葵が言った言葉にピクッと反応して一瞬動きを止めるが、すぐに溜息を吐く。

 

《はぁ、お前も箱庭に行くと言い出すとは・・・これも何かの縁かの》

 

次の祖父の言葉に今度は葵が一瞬どころか数秒停止し、理解が追い付かなかったので聞き直した。

 

《・・・え、ちょ、お祖父ちゃん?お前もって・・・どういうこと?》

 

《儂も行ったことがあるんじゃよ、随分前になるがな。ちょっと待ってなさい》

 

葵が今日何度目か分からない驚きに見舞われている間に、一刀斎は立ち上がって何処かへと行ってしまう。数分して帰ってきた祖父の手には一本の刀と袴や足袋、草鞋といった和装一式を渡してくる。

 

《儂が使っていた刀ーーーいや、使っていたギフト、“断在”。その刃は在るもの全てを断つ次元刀じゃ、扱いには十分注意しなさい。和装一式には多少の加護がある。使わなくなってからは放置しておったが、悪魔と関わりを多くもつお前が必要とする可能性が高いと思って調整してある》

 

手渡された物を受け取り、まずは刀を抜いてみる。見た目は何の変哲も無い刀だが、軽く振ってみて理解した。

 

(空気を斬り裂く感覚が一切ない・・・)

 

達人ともなれば刀に伝わる感覚は極小でも感じ取れるものだが、それを全く感じない。物質ではなく物質が存在する空間を斬り裂く刀なのだと実感して鞘に収める。

 

《行くのはお前の自由じゃ。儂は後を押すだけじゃよ》

 

箱庭がどういう所か分からず不安であったが、目の前に帰ってきた人間がいて、その人間が使っていたギフトがあればその不安を打ち消すには十分だ。

何より密かに心を寄せる男性もいるし、行かない理由の方が少ない。

 

《ーーーありがとう、お祖父ちゃん。行ってきます》

 

葵は渡された和装一式に着替え、柱師団との戦いの時にも使用した自らの刀と合わせ二振りの刀を持って我が家を後にした。

 

 

 

《決心は付いたようじゃの》

 

葵が家前の石段を降りた所でベヘモットが葵の姿を見て訊いてきた。その他に赤星を除いて三人ーーー東条、焔王、ヨルダーーーと葵を含めて転送人数が揃っていた。

 

《えぇ、箱庭に行くわ。・・・というか東条は分かるんですけど、焔王君はどうして?》

 

決意表明に続く言葉は小声でベヘモットを手前に寄せてから聞く。東条は戦力として考えられるが焔王だけ分からない。

ベヘモットも葵に合わせて周りに聞こえないように小声で言い返す。

 

《ヨルダに転送を頼みに行った時に箱庭に興味を持たれて、後はなし崩し的にの。仕方ないから危険な場所では儂が護衛として同行することを条件に許可したんじゃ》

 

その“なし崩し的”の流れには、焔王の駄々こねから街の炎上回避も含まれていたはずだ。柱師団を辞めたとはいえ最高戦力の一人であるベヘモットがいれば事前に挙げた懸念も問題ないだろう。

 

《東条はいいの?》

 

そして卒業式で別れたばかりの東条にも確認を取る。

 

《おう。俺も箱庭ってやつの説明を聞いて用ができた。男鹿とも喧嘩できるかもしれねぇしな》

 

箱庭の何を聞いて何の用ができたのかは分からないが、東条も箱庭が何処かを理解して行くようだ。

 

《うむ‼︎ これが余の仮の部下か‼︎ では箱庭とやらのゲームを見に()くぞ‼︎ ヨルダ‼︎》

 

《はい、坊っちゃま。・・・それじゃ、ベルゼ様の魔力探知と魔界の魔力を利用するために魔界を経由するけど、準備はいいわね?》

 

ヨルダの確認に意見を言う声はなかった。こうして魔界での準備をしてから無事に六人は箱庭へと跳んだのだった。

 

 

 

 

 

 

「で、魔界に帰った丁度その時に悪魔急便の座標指定表に白夜叉宛てのものがあったので時間短縮に“サウザンドアイズ”へ跳んだんじゃ。大魔王のギフトカードを見せれば身分証明としても使えたしの」

 

ベヘモットの簡単な説明と他の人の補足を聞いたが、それでも分からなかったことを十六夜が訊く。

 

「結局東条の用ってのは何なんだ?赤星みたいに男鹿と戦うってのはあくまでついで何だよな?」

 

「あん?箱庭に来てやることなんて一つしかねぇだろ」

 

そう言われれば一つしか浮かばないのも確かだ。“ソロモン商会”について調べるために来たのだから、東条本人と“ソロモン商会”にも何かしらの知られざる関係がーーー

 

 

 

「就活だ」

 

 

 

「「「就活⁉︎」」」

 

東条の予想の斜め上を行く回答に、比較的ツッコミスキル持ちの古市、葵、飛鳥の三人が声を上げる。

 

「あぁ。コミュニティとかいうのに入って働くんだろ?肉体労働も多くて業務内容の一つに喧嘩もあるそうじゃねぇか。だったら高卒でも問題ねぇはずだ。まだバイト見習いみたいな感じだけどな」

 

どうしてだろう、内容は一つも間違っていないのに根本から理解がずれている感じがするのは。

 

「じゃあ私の攻撃が効かなかったのは?」

 

三人が唖然としている傍らで耀が続いて質問する。負けず嫌いな彼女としてはそちらの方が気になって仕方なかった。

 

「んなもんあれだ、気合」

 

期待したような答えが返って来るわけもなかった。それを補足するようにベヘモットが答える。

 

「東条英虎、箱庭に来る前に渡したネックレスを出してみぃ」

 

「ん?ほれ」

 

言われた東条は自らの首に掛けられたシンプルなネックレスを取り出す。

 

「そいつは一定値以上の衝撃ーーー拳や蹴りで迎撃した時のみギフトを無効化する膜を展開するネックレスじゃ。嬢ちゃんの風を消したのはこれじゃな」

 

このギフトは大魔王のギフトカードから東条に合ったものをベヘモットが選別したものだ。

 

「・・・あれ?じゃあ打撃が効かなかったのは?」

 

「それは本当に素じゃよ」

 

ギフトを打ち消した理屈は分かったが、動物の力を上乗せした耀の打撃に対して微動だにしないというのは唯の人間にしては規格外過ぎると認識した耀だった。

 

 

 

 

 

 

「第二予選も中々に白熱したゲームとなりました‼︎ それでは自ら御参加されたアスモデウス様に感想をお聞きしましょう」

 

ピョコピョコとウサ耳を揺らしながらアスモデウスへと声を掛ける。

 

「そうね。負けてしまった人達にも中々楽しませてもらったけど、やっぱり勝ち残った二チームの本戦での戦いも楽しみね。さっきは全力で戦っていたようには見えなかったし、後から来た二人は少ししか対峙してないから。・・・本戦も出ようかしら?」

 

「駄目ですよ、アスモデウスさん」

 

少し本気で考え始めた様子のアスモデウスを諌める声が後ろから掛かる。

 

「冗談よ、ルシファー。次は貴女がゲームに参加する?」

 

そこには傲慢の魔王・ルシファーと言うには物腰の柔らかそうな女性がいた。ハーフアップに纏めた青味がかった銀髪に物腰同様に柔らかそうな目元。喋り方を聞く限り飛鳥以上にお嬢様然としていそうだ。

 

「いえ、ベルフェゴールさんと同じようにゲームの開催だけに留めておきましょう」

 

「分かった。じゃあ、次はルシファー、のギフトゲームね。もう送るよ?」

 

「はい、お願いします」

 

やはりベルフェゴールは能動的に働いて仕事を終わらせようとするが、結果的に積極的に働いてしまっているように見えてしまう。さらに四分の一の参加者が転移させられ、第三予選のフィールドとなる場所に送られた。まだ観戦だけだった十六夜と古市が消え、これで“ノーネーム”からの参加者は全員が予選参加となる。

空間の亀裂には暗い空間が広がっており、所々から漏れている光がビル群を照らしている。どうやら今度の舞台は都会を模した空間のようだ。

 

「それでは第三予選、“落ちる光の創造者・六対の選定”を開始します‼︎」

 

黒ウサギの言葉に合わせて、三度目の“契約書類”が舞い落ちる。“魔遊演闘祭”第三予選が始まった。




漫画から読み取れる伏線的なものを活用しようと探したんですが、結局何でベル坊が四世を名乗っているんでしょうね?番外編で明かされたのでしょうか?
他にも色々と回収されていないような原作伏線の活用を企んでいましたが、中々に整合性を保とうとすると難しいですねぇ。


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魔遊演闘祭・第三予選

お久し振りです、少し遅くなりました。
もうね、十六夜君の扱いを考えるのが大変で仕方ない。彼、この段階ではぶっちぎりでチートですもん。

あと前話で登場した“高慢の魔王”を“傲慢の魔王”に訂正しました。ゆっくりRUISUさんには感想で色々と言いましたが、やっぱり傲慢の方が罪源としては主流だと考え直しましたので。

それではどうぞ‼︎


【ギフトゲーム名 “落ちる光の創造者・六対の選定”

・勝利条件:失われる輝きを半数集める。

 

・敗北条件:上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

・舞台ルール:存在する選定物を破壊することはできない。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、各コミュニティはギフトゲームに参加します。

“七つの罪源”印】

 

「え〜、ルシファーマジで参戦しねぇの?・・・俺が暴れたら引き摺り出せるかな?」

 

「やめて、マジでやめて。俺の胃がマッハでゴーするから」

 

“契約書類”を見て物騒な言葉を漏らす十六夜に、古市が悲壮感溢れるツッコミを入れる。

 

「まぁ言っても俺は知能派だからな。こういうお宝探しも嫌いじゃねぇし、大人しく楽しむとしますかね」

 

そう言って十六夜は“契約書類”と一緒に落ちてきた舞台の地図を見る。第二予選と同じく直径二km程度の空間に造られた都市で闇雲に“失われる輝き”を探すよりも、地図を見て隠された場所を特定してから探しに向かった方が効率がよさそうだ。

 

「で、まずは何処に向かうんだ?やっぱり発電所か?」

 

「おっ、どうしてそう思うんだ?」

 

二人で地図を見ながら古市がそう聞いてきたので、十六夜は試すように笑みを浮かべて聞き返す。

 

「いや、ほとんど勘みたいなもんだけど・・・“光の創造者”ってのが舞台的に発電所かなぁって思っただけ」

 

光の創造者=電気を作る場所という関連付けで古市は場所を特定したようだ。

 

「理由付けはあれだが、まず向かう場所としては間違ってないな。時間の無駄だから歩きながら説明するぞ」

 

「えっ、これって争奪戦だろ?走らなくていいのか?」

 

「そうだが、まだ急ぐ必要はない。いや、だからこそと言うべきか?」

 

古市は頭に疑問符を浮かべながら歩いていく十六夜を追う。

 

「そんな考えることじゃないぞ?具体的な形や場所が不明な以上、急いで動いたらその方が他の奴のヒントになるってだけだ。最悪、出遅れても奪えばいいだろ」

 

「うわぁ、もう盗賊思考だよ。反論はないけど」

 

確かにゲーム名の六対の半数、六つも“失われる輝き”を集めなければならない以上、序盤で急ぐ理由はないと古市も納得する。

 

「で、具体的な形についてだが、まぁ羽型の発光体が妥当なところか」

 

「羽・・・?」

 

「あぁ。“光の創造者”ってのはルシファーのことだからな。ラテン語で“光を生む者・もたらす者”ってのがルシファーの語源で、十二枚の輝く翼を持っていたとも言われているから“六対の選定”。考え方としてはこんなもんだ」

 

こんな推測が瞬時にできる十六夜の頭はいったいどうなっているのだろうか、と古市は本気で感心を通り越して呆れてしまう。

 

「・・・ん?でもルシファーって堕天使なんだから翼も輝いてないんじゃーーーあっ、だから“失われた”輝きじゃなくて“失われる”輝きなのね」

 

古市は十六夜の考えを聞いて疑問に思ったことを口に出していたが、言っている途中で気付いて自己完結していた。

 

「そう、このゲームは堕天使ルシファーではなく大天使ルシファーを元に作られているんだよ。ゲーム名も“落ちた”光の創造者じゃなくて“落ちる”光の創造者になってるしな」

 

十六夜の解説に加え、古市の頭の回転も合わさって滞りなく謎解きは進んでいく。

 

「ん〜、でも全部発電所にはないよなぁ。発電所は六ヶ所しかないし。いや、空間面積から考えれば六ヶ所もあるって言えるけど」

 

「流石に一ヶ所に二つも羽は置いてないだろ。それにルシファーが神に次ぐ地位の天使だったことを考えれば、発電所を神に見立てて電気が供給される最初の場所にある可能性も高いな」

 

「じゃあこれからの行動方針としては発電所で羽型の発光体を捜索しつつ電気の供給経路を確認。その後は電気の供給経路順に場所を捜索って感じか?」

 

「それと念のために羽型の物体は発光体じゃなくても全部チェックだ」

 

うへぇ、とチェック項目の増加に辟易としてしまう。

 

「っと古市、そろそろティッシュ詰めとけ。長時間使用しても大丈夫なんだろ?」

 

そして近くの発電所が見えてきた辺りで十六夜がそう言ってきた。“火龍誕生祭”の実験・実戦では一時間ほど使っても問題はなかったので大人しく言われた通りにする。

先程の謎解きは十六夜の豊富な知識から論理立てて進んだが、それは他の参加者も解けている可能性もあるということだ。仮に謎を解けなくても、古市のように“契約書類”の文面や発電所の多さから場所を特定して近付いている参加者もいるかもしれない。

 

「さて、いったい誰が来るのか・・・」

 

古市は残り少なくなってきたティッシュを見て、無駄にしないためにもいい人選になることを祈りながら鼻に詰める。

 

 

 

「おーおー、また呼ばれたんだアタシ。久しぶりだね」

 

 

 

現れたのは赤髪に眼鏡を掛けた、ビキニアーマーの女性ーーーアギエルだった。

 

「呼び出したのはどんな奴なんだ?強いのか?」

 

当然だが、霊体状態であるアギエルは十六夜には見えていない。

 

「ん、何だ?お姉さんに興味があるのかな?ちょっと自己紹介するから身体借りるね、ふるっち」

 

「あ、はい。というかふるっち?」

 

古市が説明するよりも本人に言ってもらった方が早いので、突然の渾名については深く追究せずに身体の主導権を渡す。

 

「さてと。ベヘモット柱師団柱将、アギエルだよ。よろしくね」

 

「おう、俺は逆廻十六夜だ。・・・にしても柱将か」

 

十六夜の認識としては、団長クラス→柱爵クラス→柱将クラスで強さ的には柱将は一番弱いというイメージだ。

その声音から何となく考えを感じ取ったアギエルは挑発的な笑みを浮かべる。

 

「ふぅん、中々の自信家みたいだね。なんなら試してみる?」

 

「ヤハハ、そっちも中々の戦闘狂みたいだな。その提案乗ったぜ‼︎」

 

「よ〜し、じゃあ早速得物を「待て待て待て待て‼︎」」

 

自己紹介が気付けば戦闘用意に変わっていたので、古市は慌てて身体の主導権を取り返す。

 

「逆廻、今は捜索優先‼︎ アギエルさんも説明するんでお願いします‼︎」

 

「「えぇ〜」」

 

「文句言わない‼︎」

 

見事にシンクロして不満を漏らす二人。まぁ十六夜に関しては今回のゲーム性から時間をきちんと計算して余裕があると判断していたので、本当に戦闘になってもゲームには支障無かったと考えていたりする。

取り敢えず二人は発電所に入り、中を捜索しながら古市はアギエルに今の状況を説明していった。結構シンプルな構造をしていて捜索はすぐに終わり、それらしい物も見つかった。ついでに古市はアギエルが使う得物として鉄パイプも手に入れている。

 

「恐らくこれで間違いないとは思うが・・・何だこれ?舞台から電化製品の類だと考えていたんだが、羽そのものが発光してんのか?」

 

どうやら電気の明かりそのものがカモフラージュとミスリードだったようだ。捜索物の中には羽型の電灯もあったが、これはその比ではない存在感を放っていた。十六夜は三〇cmくらいの羽を弄びつつ発せられる神性に興味津々だったが、しかし今は判断のしようがないのでギフトカードに収める。

 

「よし、あと五つか」

 

「逆廻、次の場所は何処なんだ?」

 

捜索時に電気供給の見取り図もあったのだが、それは固定されていたので自前の地図に十六夜が書き足したのを見て次の目的地を確認する。

 

「次は二〇〇mくらい離れた工場だな。発電所を密集させているのは次の供給場所を隣接させないためでもあったのか」

 

約二kmの空間に六ヶ所も発電所を点在させているのは、発電所に隣接する場所への電気供給を他の発電所から引っ張ってくるためでもあったようだ。これでは発電所に目を付けて近隣を探すとしても、他の場所を特定できずにかなりの時間を費やすこととなってしまうだろう。

 

二つ目の羽を探しに行く途中で発電所に向かおうとしていたであろう他の参加者と遭遇したが、

 

「てい」

 

の一言と共に繰り出された十六夜の拳で蹴散らされてしまった。同行していた古市には相手の冥福(死んではいない)を祈ることと、羽を獲得しているか確認することしかできなかった。

蹴散らされた参加者は羽を持っていなかったが、工場の方の羽は難なく見つけることができた。置き場所のパターンも把握したので次の発電所へと向かうのだが、十六夜は何処か不満そうだ。

 

「張り合いがねぇなぁ」

 

「さっきの参加者のことか?ぶっちゃけお前が強過ぎなんだよ。しかもまだ本気には程遠いだろ」

 

「俺が本気でさっきの奴とやったらオーバーキルもいいところだ。それでも張り合いがねぇって言ってんだよ。・・・もう少し俺好みにゲームメイクするか?」

 

後半は小声での呟きだったので古市には聞こえなかったが、十六夜の気持ちも分からないでもない。彼が今までに本気で戦ったのは弱体化していても星霊であるアルゴールと神格を持った悪魔であるヴェーザーだけだ。その二人レベルとは言わないが、もう少し戦闘と呼べるレベルで戦いたいのだろう。

 

「ほら、ぶつくさ言ってないで三つ目を探すぞ」

 

二ヶ所目の発電所の捜索を促して二手に分かれる。そこでアギエルが話し掛けてきた。

 

「ねぇ。この調子だったらアタシ要らなくない?色んなのがいたりあったりでつまらなくはないけど」

 

「すいません。実はティッシュが少なくなってて、不意打ちも考えればいて欲しいんですよ」

 

十六夜が一蹴したとはいえ参加者と遭遇したのだ。これからはさらにその頻度は増えることだろう。

 

「ん、りょーかいりょーかい。今は柱師団の仕事もないしね。暇潰しには丁度いいよ」

 

雑談交じりではあるが見落としがないように発電所内を探していく。だが、

 

「ないですね」

 

「ないねぇ」

 

少なくとも古市とアギエルが探した場所には羽はなかった。

 

「逆廻〜、そっちはどうだ〜?」

 

「ん〜、こっちにもねぇな〜」

 

古市は少し離れている十六夜にも訊くが、あちらも芳しい成果は得られなかったようで一先ず合流する。

 

「どうやら此処の羽は既に取られた後みたいだな」

 

「どうする?電気供給の地図はあるからそっちの確認に行くか?」

 

「そうだな。此処の羽を取った奴は発電所に絞って探している可能性もあるし、最初の供給場所にある羽は残っているかもしれない」

 

ただ、謎解きはできていなくても頭の回る参加者ならば電気供給の見取り図から不自然な電気供給の距離に気付いて捜索に向かっているかもしれない。

今度は次の場所に向かう途中では誰とも遭遇しなかったが、同様に羽も見当たらなかった。

 

「・・・これはもしかしなくても面倒なことになるんじゃないか?」

 

古市は苦い顔をしながら考える。二人は地図を見て最短距離を効率的に移動してきた。それなのに羽を持っている参加者とは遭遇しなかったことから、この参加者は二人と同方向に進んでいる可能性がある。この参加者が羽を取ってからどの程度経過しているかは分からないが、後を追っていくのでは徒労になる確率の方が高い。

 

「どうするんだ逆廻?多少非効率的でも進行ルートを変更するか?」

 

古市は自分が思い至るぐらいなんだから十六夜は当然理解しているという考えで簡潔に問い掛ける。

 

「ま、そこまで焦る必要はないだろ。俺達は羽を二つ持っている以上、取られなければ負けはない。・・・だが古市の言う通り面倒なのも変わりはない」

 

やはり十六夜も理解しているようで古市に同意する。このゲームは一見して宝探しだが、その本質は奪い合いだ。置いてある状態で見つけるのが最善だが、見つけられなければ後は根気よく羽を持っている参加者を探し続けるしかない。

 

「・・・よし、俺に考えがある。取り敢えず羽の一つはお前が持っておけ」

 

これは仮にどちらかが羽を奪われても問題ないようにするための処置なのだが、何故このタイミングでしたのかは古市には分からない。

 

「それじゃあ行くぞ。アギエルにも楽しい展開にしてやるから楽しみにしとけ」

 

「ふぅん、それは楽しみだねぇ」

 

十六夜は軽薄な笑みを浮かべてこの場にいる見えない人物へと語る。アギエルも応えるように口元に笑みを浮かべているが、それを見ていた古市には嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

 

 

 

「で、どうしてこんな所に?」

 

十六夜に着いていくこと暫く。二人は進行ルートを変更して舞台の中心付近、その最も高い建造物の上にいた。そして古市の疑問は無視して十六夜は屋上の縁にまで歩み寄り、大きく息を吸い上げ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“ノーネーム”所属、逆廻十六夜‼︎ 既に失われる輝きの二つを手中に収めてある‼︎ “ノーネーム”如きに負ける訳がないと高を括っているモブ共は奪い取りに来やがれ‼︎」

 

 

 

気持ちよく宣言した。

 

「あとは待つだけだな」

 

「何してんのお前⁉︎」

 

清々しい表情で戻ってきた十六夜に古市は叫ぶ。

 

「いや、何したいかは分かるよ?分かるけども‼︎」

 

「おう、バトルロワイヤルだ。わくわくするぜ‼︎」

 

「何処の戦闘民族だお前は⁉︎」

 

羽を持った参加者を根気よく探すのが面倒な十六夜は、逆に集まってくる参加者を叩きのめす方向にチェンジしたのだ。しかもバトルロワイヤルとは言っているが、実際は参加者による羽持ちが確定している二人への集中砲火になるだろう。羽二つだけでも十分に勝利へと近付くことができるのだから。羽の所持を二手に分けたのは乱戦になった場合にどうなるか分からないための保険だ。

 

そんな十六夜の意図は理解しているが、同時に別の思惑があるのも古市は理解していた。参加者一人ひとりでは張り合いを感じなかったので、人数を集めることで質より量での戦闘を楽しむつもりだろう。

 

「じゃ、俺は北と東。お前は南と西。OK?」

 

「了解だよコンチクショウ‼︎」

 

やけくそ気味だが、言われた通りに屋上の対角に位置する場所に古市は行く。十六夜が挑発した以上必ず誰かは来ると思うが、何も直情的に突っ込んでくるばかりではない筈だ。十六夜達を後回しにして羽の捜索を続ける参加者もいるだろうし、密かに近付いてくる相手を逸早く見つけるためにも屋上という場所は打って付けだ。

 

「おっ、早速来たねぇ」

 

アギエルがもう楽しみを抑え切れないという風に古市の身体へと勝手に入り込んで臨戦態勢を取った。視界にはコソコソと物陰を移動している三人組を捉えている。

 

「じゃあお先に行かせてもらうよ、さかっち」

 

「お手並み拝見だな。というかさかっち?」

 

十六夜の疑問は無視して屋上から躍り出し、壁面を走って垂直落下していく。地面に近付くと勢いを殺さずに跳躍して屋根に飛び乗り、そのまま屋根の上を一直線に走り抜ける。

 

「まず一人‼︎」

 

相手は隠密行動していたことが災いし、速攻の襲撃に反応が遅れて一人殴り飛ばされる。残った二人は何やら鳥人化して鋼鉄化させた翼を振るってくる。

 

「あっは、変身したよ‼︎」

 

アギエルは鉄パイプの両端を使って器用に同時にいなし、流れるように片方に回転蹴りを放つが、

 

「おぉ、固っ」

 

いなされた羽とは反対の羽で防がれ、硬質な感触が脚に返ってきた。

 

「でも・・・」

 

防いだ羽に足を掛けてバク宙することで後ろから迫る攻撃を回避しつつ背後を取り、左右交互に高速の連撃を放つ。相手も左右の翼で同じように交互に防いでいたが、数度目の攻防で片方の羽ごと頭部に打撃を加えられた。

 

「片方の翼しか硬質化できないみたいだね。駄目だよ、相手の得物と接触している時に変化させたら」

 

アギエルも葵と同様に達人と言われる域に達した剣士だ。最初の攻防の時に鉄パイプから伝わる感触のみで情報を読み取ったのである。

 

「はい、ラストォ‼︎」

 

相手の実力を把握したアギエルは、そのまま怒涛の勢いで残る一人を撃破した。

 

「さてさて、羽の方は持ってるのかな〜」

 

打ち倒した三人の懐を探り、羽またはギフトカードがないか確認する。相手取った近くの二人にはそれらしいものはなく、最初に殴り飛ばした相手を確認してギフトカードを見つけた時ーーー元いた建造物の崩壊する音が鳴り響き、傍らでは隕石が落ちたような轟音が生じた。

 

「ーーーハッ、漁夫の利を狙うにしてはいい腕してやがるな」

 

音源に目を向ければ、そこには黒い矢状のものを握り潰した十六夜の姿があった。握りつずされたそれは闇夜に溶けてすぐに消滅したが、アギエルは呆然と目を点にして十六夜を見ていた。

 

「・・・もしかしてアタシ、気付かなかった?」

 

「まぁ無理はないと思うぞ。俺だって気付けたのはさっきの場所から見ていたからだしな」

 

黒い矢状のものは闇に紛れ、空気中に音も発さず、敵意を感じさせない超長距離からの狙撃だった。アギエルの戦闘を観察しながらも周囲の索敵を怠っていなかった十六夜だからこそ気付け、第三宇宙速度という尋常外の速度を出せる十六夜だからこそ防げた一撃だったと言える。

 

「・・・一撃離脱か?追撃が来ないな」

 

暫く警戒していたが、第二射が来ないことから周囲への警戒は怠らないまま戦闘態勢を解く。

 

「で、ギフトカードに羽はあるか?」

 

「ちょっと待って・・・あった‼︎ それも二つ‼︎」

 

顕現させた相手の羽を自らのギフトカードに移しながら喜ぶアギエル。

 

「この調子ならあと二・三回の釣りで終わりそうだな」

 

身体の主導権を取り返した古市が楽観的にそう告げるが、予想に反して羽を持っていない参加者との戦闘が続き、殆どの参加者と戦う羽目になったのだった。十六夜も楽しそうに戦闘(蹂躙)していたが、黒い矢状のものの狙撃や同系統のギフトを使うような参加者がいないことが頭の隅に引っ掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

「うん、実戦データとしてはいいデータが取れました」

 

双眼鏡を構えて戦闘を見ていた男と、黒い矢状のものを手に顕現させてゴーグルを掛けた女が舞台のギリギリの位置にいた。

男は黒髪を後頭部で結んだ中性的な顔に眼鏡を掛けて黒い帽子を被って目元を隠し、女は薄い水色の短髪に黒いニット帽に黒いコートと全身が黒系統中心の格好をしていた。

 

「それは試作品の?それともあの子達の?」

 

十六夜達を見ていた望遠ゴーグルを外して女が問い掛ける。

 

「両方ですよ。・・・それじゃあ終わらせましょう。もう用はありませんからね」

 

男は足元に置いてある羽を取ってゲームをクリア条件を満たした元々回収していた羽をわざと放置することで待機していたのだ。

それを見ていた会場では、その行動を不思議に思いながらも勝ち上がるであろう相手の力量を測っていただけという風にしか映っていなかった。




さてさて、最後の人達は一体誰なのか。
そして下層ではどうしても十六夜は無双し過ぎるため一般的なゲームの進行は難しいです。逆に消化不良になってしまったかもしれませんが、今回は謎解き中心ということでご容赦を。


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魔遊演闘祭・予選終了

今回はギフトゲームの内容を考える必要がなかったので比較的早く投稿できました。

それではどうぞ‼︎


「第三予選、“ノーネーム”逆廻十六夜・古市貴之チームも見事に通過です‼︎ それではお二人とも、羽の方を回収させていただきます」

 

壇上に帰ってきた十六夜と古市の勝利宣言とともに、二人がゲームで集めた羽を回収する黒ウサギ。

 

「あん?“も”ってことはやっぱり俺達って二番目か?」

 

「Yes、残念ながらその通りですね。黒ウサギはまだお仕事がありますので、詳しいことは下で皆さんにお聞き下さい」

 

ギフトカードから羽を取り出しつつ会話を交わして黒ウサギは審判業へ、十六夜達は男鹿達の元へと戻っていく。

 

「十六夜君に貴之君もお疲れ様。みんな順調に勝ち進めたわね」

 

飛鳥の言う通り、“ノーネーム”はこれで全員予選通過だ。本日も残すところ第四予選の観戦のみとなる。

 

「俺的にはもうちょっと順調じゃなくてもよかったがな」

 

やはり十六夜は強者との戦闘を求めて仕方がないようだ。アギエルには戦闘狂と言っていたが負けず劣らず十六夜も戦闘狂である。

 

「・・・あれ、鷹宮と赤星はどうしたんだ?」

 

古市が周りを見回して問い掛ける。パッと見た限りでは二人とも近くにはいないようだ。これについては葵が答えてくれた。

 

「それが、鷹宮は気付けば何処かに行ってて、赤星はトイレって言って離れたまま帰って来てないのよ」

 

「この人混みじゃ匂いも分からないし」

 

春日部も気にはしていた様子だが、例え犬の嗅覚を用いても人が最も集中しているこの場所では判別が難しいようだ。

 

「まぁあの二人なら余程のことでもなければ問題ないだろう。残りの対戦相手も見ておかなければならないし、何もできないなら此処で待っていればいい」

 

レティシアの最もな発言に、一先ずこの話題は終了する。

 

「ところで俺達より先に勝った奴ってどんな奴だ?」

 

話は戻って第三予選の話へと変わっていく。十六夜には何となく予想は付いていたが、他者の証言は欲しい。

 

「貴方達を狙撃した人達よ。男女の二人組。狙撃したのは女性の方で男性は何もしてないわ。“ダン・スカー”所属のライとリューゲって黒ウサギは言っていたけど」

 

「どっちも偽名だろそれ。英語とドイツ語で“嘘”だしよ・・・。しかし招待状がある以上、コミュニティ名は誤魔化せない筈だ」

 

飛鳥の言った名前を聞いて呆れている十六夜だが、同時にコミュニティ名で黒い矢状のものは特定できた。

 

「それで確信できた。狙撃に使ったのは影だな」

 

「影・・・?」

 

「あぁ。“ダン・スカー”ってのは北欧神話に登場する冥界の名前であり、“影の国”と書いて“ダン・スカー”。おまけに黒い何かで狙撃し、次第に暗闇に溶けて無くなったとなれば確定だろ」

 

十六夜は以前に白夜叉から北欧神群はある理由で力を失った神群の一つだと聞いていたが、どうやら数が少ないながらもしっかりと活動しているようだ。

 

「そう言われりゃレティシアの使ってる影っぽかったな。お前はどう思うんだ?」

 

十六夜の話を聞いていた男鹿がレティシアに訊く。レティシアと数日間ともに修行し、“龍の遺影”を直に見てきたために出てきた男鹿の感想だ。

 

「確かに私の目から見ても同系統の恩恵だとは思うが、見た限りでは性能はそこまで高くはなさそうだ」

 

空間の亀裂からの映像だけ、それも遠距離攻撃のみなので判断に困るが、レティシアは同じ影を使うものとして最初の遠距離狙撃による奇襲さえ凌ぐことができれば脅威だとは思わなかった。

 

「つまり男は不明、女は影使いか」

 

分かっている情報はこれだけなので、これ以上は考察のしようがない。そして丁度タイミング良く黒ウサギの声も響き渡った。

 

「第三予選も終了し、いよいよ最後となる第四予選に移りたいと思います‼︎ が、その前に第三予選の感想をお聞きしましょう」

 

黒ウサギはルシファーの前へと進み出て感想を聞く。

 

「そうですね。一応このゲームは目標物の捜索と局地戦、その過程の駆け引きをするゲームだったのですが・・・まさか全員を相手取って勝ち抜ける程に突出した実力者がいたとは・・・。貴女のコミュニティはなかなかの人材が揃っていますね」

 

「い、いえ。お褒めいただきありがとうございます」

 

審判として平静を装ってはいるが、耳がピョコピョコと嬉しそうに揺れているのは隠しようがない。

 

「さて。残りは第四予選ですが、皆さん休憩もしたいでしょうからもう始めましょうか。次は何方(どなた)が行かれますか?」

 

ルシファーは振り返って他の“七つの罪源”の魔王に問い掛ける。

 

「そんじゃ、ラストは俺が行こうかね」

 

手を挙げて前へと出たのは、短い黒髪を一房だけ金色にしている男だ。整ってはいるが精悍な顔付きとは言えず、サタンやレヴィアタンよりはベルフェゴールに近しい雰囲気がある。

 

「どのようなゲームにするのですか?マモンさん」

 

強欲の魔王・マモンの名で呼ばれた男は少し考え込んだ後に言った。

 

「殴り合わせる」

 

ルシファーは少し困ったような視線をマモンへと向けるが、彼はすぐに言葉を続ける。

 

「何も考えなしって訳じゃないからな?本来の予選は上手に立ち回れば戦闘をしなくても勝ち上がれるものだが、今回は戦闘色が強かったからな。第一から第三予選を見た限り戦闘力も中層寄りで申し分ない。本戦も同様に戦闘色が自然と強くなるだろう。競い合うためには第四予選からも強者を選出するべきだと考えた訳だ」

 

話を聞いている内に理解の色を見せ始めたルシファー。一応ギフトゲーム本戦に対する微調整も考えられている。背後に控える罪源の面々からも異論は挙がっていないので問題はなさそうだ。

 

「それじゃベルフェ「送ったけど?」・・・そ、そうか。御苦労さん」

 

マモンが振り返って頼もうとした瞬間にベルフェゴールは転送を終えていた。食い気味に言われてマモンも少したじろいでいる。

 

「それでは第四予選、“強者選定”を開始します‼︎」

 

黒ウサギの宣言とともに、最後の予選の開始を告げる“契約書類”が舞い落ちる。

 

 

 

 

 

 

「おい、何処に行くんだ?ライに・・・リューゲだったか?」

 

十六夜達が第三予選を通過した頃。鷹宮は“ノーネーム”のみんなと離れ、第三予選の第一通過者に接触するために行動していた。人混みに紛れて時間は掛かったが、現在は人気が薄れた場所で対峙している。

 

「何を遠回しに言っているんだ、鷹宮」

 

そしてライとリューゲを挟んだ反対側に赤星も姿を現れる。この状況を鷹宮と赤星は示し合わせた訳ではないが、結果的に挟み打つ形となった。

 

「いきなりだが本題に入らせてもらうぞ。此処で何をしている?ーーー死神」

 

赤星は男に向けて声を掛ける。

 

「いやですねぇ。箱庭には本物の死神がいるんですよ?そんな商会での渾名で呼ばれましても・・・僕の名前はヨハンと言います。以後お見知り置きを」

 

死神と呼ばれた男ーーーヨハンは簡単な変装の道具として使用していた黒い帽子と眼鏡を外して名乗りを上げる。

 

「鷹宮君が箱庭にいるのは知っていましたが、まさか赤星君もいるとは・・・。それに悪魔の力も使えている様子ですし、貸した甲斐があるというものです」

 

この“貸した”という言葉は赤星の契約悪魔であるマモンのことだ。赤星だけではなく、鷹宮やその他の殺六縁起と呼ばれる人達にも“ソロモン商会”を介して悪魔を貸し出している。そしてこのヨハンという人物はその幹部クラスの人材であったりする。

 

「おっと、話が逸れてしまいましたね。此処で何をしているか、ですか。もちろん商談の一環ですよ。信用問題のため個人情報は伏せさせてもらいますが、此方の御方は現在の取引相手です」

 

言われた女性は黙って会釈をするも、二人に挟まれて警戒は解いていない。

 

「では此方からも質問です。赤星君こそ何故箱庭に?何やらベヘモットと一緒にいたようですが、そちらと関係があるのかな?」

 

鷹宮については“ソロモン商会”が仕向けて箱庭へと送ったが、赤星については箱庭行きに一切関与していないため疑問に思うのは当然だ。

 

「ベヘモットの依頼だ。お前らの活動で拉致される悪魔が続出したことの調査だよ。まぁ俺は偶々話を聞いて同行を願い出たから、依頼というのは違うかもしれないが」

 

「なるほど、理解しました。それでしたら此方の物を差し上げましょう」

 

赤星の言葉を聞いてヨハンは懐に手を入れ、取り出した物を赤星へと投げる。彼はそれを片手で掴み、掌を広げて物体を確認する。そこにあったのは何かの鍵とそれに巻き付けられた紙であった。

 

「これは?」

 

「拉致した悪魔と実験に使っていた研究施設の位置を示した用紙、その研究施設の鍵です。もちろん彼らに外傷はありませんし、意識はないですが眠っているだけです。もう拉致をするつもりもありませんので安心して下さい」

 

ヨハンは何事もないように言っているが、何故それを赤星に渡すのか二人には意味が分からなかった。

 

「意味が分からない、という表情をされていますね。簡単なことですよ。必要がなくなったから引き取って下さい。これで僕達は維持・廃棄する労力を削減できて君達は依頼を達成できる。その研究施設は君達の世界にありますので簡単に回収できる筈です。調べるなりなんなり好きにして下さい」

 

“廃棄”。それが拉致した悪魔を返すという意味なら問題ないが、もし違うなら随分と物騒な言葉が出てきたものだと思う。

だが追求すべき部分はそこではない。赤星に変わって鷹宮が問い掛ける。

 

()()()()()・・・だと?ならお前は、いやお前達は何処の世界の住人だと言うんだ?」

 

鷹宮の父親は“ソロモン商会”の一員だった。唯の言葉の綾かもしれないし、このことから全ての人員が他の世界の住人だとは思えないが、トップや幹部クラスはその限りではないのかも知れない。

 

「それは君達には関係のないことですね。研究対象(モルモット)が知る必要はありません」

 

「モルモット、だと・・・?」

 

ヨハンの言葉に鷹宮と赤星は敵意を通り越して殺気を飛ばす。それでも彼は飄々とした態度を崩さなかった。

 

「考えたことはなかったのですか?ルシファーという魔界最上位の悪魔があれほど無造作に君の家へと持ち運ばれたことを。不思議には思わなかったのですか?七大罪を含めた悪魔を赤星君達に貸し出していることを。そして今現在、箱庭に“七大罪”とその契約者が集結しつつあることを。その全てが偶然だったとでも?」

 

鷹宮も考えなかった訳ではなかった。何故父親が自分の友達としてルシファーを連れてこれたのか。赤星も不思議に思わなかった訳ではなかった。何故数いる人間の中から自分が選ばれたのか。

しかし自分達にも利益があり、今は問題もないために深くは考えてこなかった。それでも“ソロモン商会”の利益ともなるような憶測・推測は幾つもした。それを裏付けるための情報収集もしたし、“対悪魔用兵器の開発・流通”という“ソロモン商会”の主軸方針も突き止めていた。

だが、もしも二人のその考え・行動の全てが“ソロモン商会”の掌の上ーーーいや、振り払う必要性も感じない程に意識の外だったとしたら・・・?

 

ーーー第三予選も終了し、いよいよ最後となる第四予選に移りたいと思います‼︎ が、その前に第三予選の感想をお聞きしましょうーーー

 

色々と思考が飛び交う中、会場から黒ウサギの声が聞こえてくる。

 

「おっと、もうすぐ最後の予選が始まりますね。御話はここまでにしておきましょう。貴方達も最後の対戦相手を観に行かなくてよろしいのですか?」

 

「おいおい、つれないことを言うなよ。今の話を予選でも観ながらじっくりと聞こうじゃねぇか」

 

もちろんこの場からヨハンを返すつもりなどない。“ソロモン商会”の全貌、その目的・活動の意味。この短時間で訊くべき疑問が増え過ぎた。

 

「残念ながら僕達は本戦に出るつもりはありません。用事も済みましたからね。僕達の棄権についてはお仲間の審判さんにお伝え下さい」

 

その言葉とともに微少ながら魔力の揺らぎを感じ、鷹宮と赤星は瞬間的に詰め寄る。

 

「「逃がすかッ‼︎」」

 

拳を振りかぶって肉薄する。しかしその拳は隣の女性から発せられた黒い影によって阻まれる。

 

「ありがとうございます。・・・ではお二人とも、御機嫌よう」

 

ヨハン女性に礼を言ってから舌を突き出し、そこに取り付けられた転送玉を使用して女性とともに姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

「あ、二人とも遅かったね。・・・もしかして一緒だったの?」

 

「あぁ、少しな」

 

第四予選が始まって暫くした後、鷹宮と赤星が近付いてくるのに逸早く気付いた耀が声を掛けた。それに釣られて他のみんなも其方の方へと顔を向ける。

 

「何をしとったんじゃ?本当に便所ではあるまい?」

 

「ん、まぁな。後で()()()()

 

赤星のその言い回しでベヘモットは大まかに理解した。“報告”とは調査などの結果を述べることであり、彼が頼んだ調査は一つしかない。すぐに報告をしないのは急ぐことではないという意味だとベヘモットは解釈した。

 

「そうか、御苦労じゃったの」

 

「そんなことより予選はどうなってる?」

 

これ以上この場で続けるような話ではないので話題を切り換える。今映し出されている空間の亀裂には、中心にコロシアムのような闘技場がある古代神殿のような場所が映し出されていた。

 

「バトルロワイヤル中じゃよ。コロシアムでの立ち回りもあれば、神殿内での隠密戦もある。総合戦闘力の競い合いじゃ」

 

そして現在コロシアムの中心にいるのは鷹宮も見知った人物の一人だった。

 

「あいつは確か・・・フルーレティだったか?」

 

「あぁ、結構やるぜ?」

 

鷹宮の呟きに十六夜が反応する。映像ではコロシアムでは七人、神殿内では十二人が戦闘している。残りの半数近くは既に脱落しているようだ。その中でも大立ち回りをしているのは、コロシアムで氷狼に跨っているフルーレティだった。

氷狼が周囲広範囲に雪を吐き出し、彼女がそれらを操って雹にして散弾のようにぶつけている。その間に背後から襲撃する参加者もいるが、見ることもなく頭上に雹というには大きい拳大の氷塊を形成して襲撃者へと落とす。

その完璧なタイミングを見ないで合わせる技量について東条と男鹿は、

 

「ありゃあどうなってんだ?第三の眼ってやつか?」

 

「いや、眼なんか見当たんねぇぞ。恐らく気ってやつだな」

 

これでも真面目に考察していた。

 

「どちらも違うと思うが・・・二人とも、彼女の周りをよく見てみろ」

 

見かねたレティシアが男鹿と東条に説明を始める。言われた通りに周りを観察すると、フルーレティを中心に薄白い空間が形成されているのが分かる。

 

「あれは恐らく、氷狼が吐き出した雪を操って滞空させているのだろう。対応速度から推測するに、雪に触れると操作している意識に干渉してしまって把握されるのだ」

 

「「???」」

 

かなり分かりやすい説明だったのだが、それでも馬鹿(二人)には難しかったようだ。

 

「うぅん、そうだな・・・ちょっと失礼」

 

レティシアは理解させる方法を考え、理解させるよりも感じてもらった方が早いと考えて男鹿の手を握って持ち上げる。

 

「今私が掴んで動かしているのは分かるな?これをフルーレティ殿は雪で感じているのだ」

 

「「なるほど」」

 

レティシア先生の易しい例えによって、聞いていただけの東条も理解できたようだ。レティシアは男鹿の手を離して再び映像に注意を向ける。

 

「このまま順調に進めばコロシアムの戦いは彼女が勝ち上がるだろう。神殿内の戦闘で勝ち上がりそうな候補はいないか?」

 

コロシアムと違って神殿内では局地戦の様相を呈しているため、複数の空間の亀裂が形成されている。

 

「あそこの人達は連携が上手じゃない?」

 

葵が指差した所では全身鎧の槍使い、軽快なフットワークの短い赤髪を逆立てた青年、トランペット奏者のふんわりとした薄桃髪の女性の三人が四人程を相手取っている。

赤髪の青年が敏捷性を活かして複数人の相手を翻弄しつつ弱打撃で体勢を崩し、体勢を崩すか攻撃を躱した所へ槍使いの強攻撃が叩き込まれる。

 

「前衛は近・中距離の二人での連携攻撃に後衛が一人。バランスのいいチームだな」

 

十六夜は戦闘に主眼を置いて考察していたが、不規則・不自然に参加者の動きが変調していることに気付く。

前衛二人の動きのキレが増し、相手四人の動きが鈍る。かと思えば動きが急に戻って相手は間合いを見極められなくなっている。そして映像だけなので音は聞こえないが、後衛の奏者の女性が何かを演奏しているのが分かる。

 

「なるほど、後衛の奏者は付加能力者(エンチャンター)か。マジでチーム戦に特化してるな」

 

その後も終始三人のペースであり、相手は奏者を狙おうとするも前衛の二人が対応することで戦闘は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「第四予選、勝者は“七つの罪源”フルーレティ・氷狼チームと同じく“七つの罪源”バティン・プルソン・エリゴスチームに決まりました‼︎」

 

その後も予想した二組が相手を撃破していき、見事に第四予選を勝ち抜いた。

 

「それでは本日の日程も終了ということで、サタン様から締めの言葉をいただきたいと思います」

 

黒ウサギの進行によって発言を促されたサタンは、開始の時と同様に前へ出る。

 

「皆、四時間近くの時間を掛けた予選で疲弊しているだろう。観戦する者も、諸君ら参加者の奮闘を前に大いに盛り上がってくれていたと思う。明後日には本戦と少し厳しいスケジュールだと思うかもしれないが、此処の温泉には疲労回復の恩恵が付与されている。重症のものには効かず即効性のものでもないが、軽症のものであれば湯に浸かって一晩眠れば全快する筈だ。一日ゆっくりと休んで体調を整えてくれ」

 

そういえば前情報として黒ウサギが温泉が盛んだと言っていたが、もしかしたら気候の関係以上にこの治癒の恩恵が影響を与えているのかもしれない。

 

「ではこれにて本日は終了だ。祭りはまだこれからだ。明日も楽しんでくれ」

 

サタンの終了宣言とともに、“魔遊演闘祭”二日目は夜を迎えるのだった。




第四予選は原作組が出ないためダイジェスト、その分ギフトゲーム外での動きが中心となりました。そして今話では大きい伏線に隠れて小さな伏線も張られていたり・・・。
この後は一話か二話を間に挟んでからギフトゲーム本戦の開始予定なので盛り上げていきたいと思います‼︎


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秘められた想い

今回は今までよりかなり毛色が違うと思います。そしてタグを追加します。

“ヒロインはレティシア”。

うん、大まかにはどういう内容になるか分かったと思います。

それではどうぞ‼︎


ギフトゲーム予選が終了し、ベヘモットは護衛として焔王の元へと向かっていった。予選中は会場の魔王達の眼前で問題が起こる確率は低いと考え(何より焔王の命令で)参加していたのだが、不確定要素が増加する自由な時間は離れる訳にはいかない。赤星が“ソロモン商会”の存在をチラつかせたのだから尚更だ。

そして審判業を終えた黒ウサギが残ったメンバーの所へと近寄ってくる。

 

「皆さん、お疲れ様でした‼︎ ルシファー様にもお褒めいただいて、同士として鼻が高いのですよ‼︎」

 

予選の結果に彼女はかなり上機嫌なようだ。そんな時に、ふと鷹宮は思い出したかのように彼女へと言う。

 

「黒ウサギ」

 

「はいな、何でしょう?」

 

「“影の国”のライとリューゲ、棄権したぞ」

 

「・・・へ?」

 

「伝えたからな。罪源の奴らにも伝えとけ」

 

鷹宮は言うだけ言ってさっさと自分達の宿屋へと向けて歩き出してしまうが、黒ウサギは慌てて後を追った。それに合わせてみんなも移動し始める。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを‼︎ え、どういうことでございますか⁉︎ お知り合いなのですか⁉︎」

 

「説明が面倒だ。赤星に訊け」

 

しかし鷹宮は相手にすることなく進んでいってしまうので、黒ウサギは切り替えて赤星へと迫った。

 

「貫九郎さん、説明お願いします‼︎」

 

「別に構わないが・・・お前達、宿屋は何処だ?」

 

予選開始から“ノーネーム”と“サウザンドアイズ”として流れで一緒に行動しているが、未だに方向は変わらず道が分かれる気配もない。

黒ウサギが宿屋の名前と場所を言うと、葵は驚いたように声を上げる。

 

「それ、一緒の宿屋ですよ。同じ宿屋に泊まってるなんて気付きませんでした」

 

「なら話は後で構わないな。先に罪源の魔王達にこのことを伝えに行け。理由なんて二の次だ」

 

「わ、分かりました。では御話の方は後ほどお伺いします」

 

黒ウサギは運営本部へと引き返していく。まだそこまで離れていないから、報告するだけならすぐに戻ってくるだろう。

 

「それじゃあ、黒ウサギが帰ってきてから話を聞きましょうか。貫九郎君、その話は長くなるのかしら?」

 

「いや、要所を説明するだけならすぐに終わる」

 

飛鳥が赤星に軽く質問してから次の行動を決めていく。

 

「なら先に話を聞いてからお風呂にしましょう。お風呂の後に話だとゆっくり浸かれそうにないもの」

 

「そうだね、詳しくは忍に訊けばいい。“火龍誕生祭”の後に説明するって約束もまだ履行されたとは言えないし」

 

その時は話の途中で白夜叉に呼ばれ、大魔王のインパクトが強すぎてそのまま流れてしまっていた。

予定も決まったことなので、黒ウサギを除く一同は再び宿屋へも道のりを辿る。

 

 

 

「・・・あ。ジン君とレヴィさん、それに白夜叉さんも会場に置いてきちゃったよ」

 

古市はふと気付いた事実を口から零すが、みんな忘れているようなので三人のことは黒ウサギと運に任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

「おんしらは全く・・・私が黒ウサギにダイブしなければ待ち惚けを食らう所だったぞ」

 

「でも白夜叉さんが黒ウサギさんに吹き飛ばされてきたおかげで私達も気付けたし、結果オーライ?」

 

「あ、あはは・・・」

 

黒ウサギと一緒に帰って来た白夜叉とレヴィの発言に苦笑しているジン。どういう状況だったのかは想像に難くない一同であった。

 

ベヘモット達がいないから全員が揃ったとは言えないが、赤星が後で報告するということで第三予選後に鷹宮と二人で遭遇したことについて簡単に語ってくれた。

 

“影の国”のライとリューゲ、その片割れが“ソロモン商会”の幹部であったこと。

赤星達が依頼として調査していた拉致された悪魔を返してきたことから、何かしらの研究に区切りがついたであろうこと。

“ソロモン商会”は赤星達の世界で活動していて箱庭に移ったのではなく、他の世界から赤星達の世界へと来ていた可能性が高いこと。

そして研究にはまだ次の段階があり、“七大罪”が集まりつつあることが必然であるかもしれないこと。

 

細かく言えば他にも説明はしたのだが、大まかに分ければ以上の内容を説明した。

 

「・・・うむ。何かしらの研究とその次の段階の研究。内容や関連性に心当たりはないのかの?」

 

「推測するだけなら幾らでも挙げられるが、証拠はないからどれも推測の域を出ない」

 

白夜叉の質問は“ソロモン商会”が箱庭で発足したのなら、目的さえ分かればその目的を遂行するのに最適な場所を絞り込めると思ってのものだが、赤星にも特定するためのものはない。ここまで慎重に進めていた“ソロモン商会”がわざわざ“影の国”を取引相手と言った以上、“影の国”に向かっても証拠はなく拠点も別にあると考えた方がいい。

 

「黒ウサギの耳は審判中、ゲーム内のことは把握できてるだろ?俺達を狙撃する時でも何でもいいから会話を拾えなかったのか?」

 

「う〜ん・・・“試作品の実戦データ”などと口に出してはいましたが、決定的なことは何も。もしかしたら黒ウサギのウサ耳を警戒していたのかもしれません」

 

「確かに。まだ確証はないけど、“ペルセウス”とのギフトゲームの時から僕達の情報は掴まれていたわけだから、その可能性は高いと思う」

 

十六夜も別視点から情報を集めようとして黒ウサギに訊くが、此方も空振りに終わる。ジンの言う通り、ルイオスに情報を流していたのが“ソロモン商会”だとすれば、“ノーネーム”の情報はある程度掴んでいるはずだ。黒ウサギが審判をしていた以上、警戒していなかったわけがない。

 

「試作品って何だろう?」

 

「考えられるとすれば、十六夜君達を狙撃していた影でしょうけど・・・」

 

「だが、二人のコミュニティは“影の国”。影のギフトを使えても何らおかしくない」

 

新たに齎された情報を耀、飛鳥、レティシアの三人で考察するも決定打には欠ける。

 

「レヴィさんは何か分からない?」

 

「って言われても、私は元の世界から箱庭移転のゴタゴタ中に抜け出しただけだからなぁ。私が知ってた情報も似たり寄ったりだし・・・。それに今の話を聞いた後だと抜け出せたのも簡単過ぎたように感じるんだよねぇ」

 

「研究の必要がなくなったってことは、下手に解放するよりも意図的に抜け出すように誘導した可能性も捨てきれないってことですね?」

 

葵の質問に答えたレヴィの言葉を古市が補足する。何かしらの方法で抑えられていた七大罪がいきなり解放されれば不審に思うのは当然だ。それならば解放する理由ができたとしても、自ら距離を取るように仕向けた方が都合がいいとも考えられる。

 

「食らいやがれ東条、ドロー2‼︎」

 

「甘いな男鹿、ドロー4‼︎ ベル、ガキだからって容赦しねぇぞ‼︎」

 

「フゥ〜、ダッ‼︎」

 

「な、何だと⁉︎ てめぇはさっきドロー4を出したはず‼︎ まさか、俺がドロー2を出すことは計算通りだとでも言うのか⁉︎」

 

「ハッ、どうやら俺とベルの闘いになりそうだな」

 

「ダブダッ」

 

「まだだ‼︎ 俺は手札+10から這い上がってやるぜ‼︎」

 

ーーーそんな真剣な話し合いの隣で、男鹿、東条、ベル坊の三人は真剣にUNOを繰り広げていた。ついでに言えば鷹宮は椅子で目を瞑って休んでいる。鍵を渡してもらえず部屋へと帰れなかったからだ。

 

「ーーーって、ちょっとは貴方達も考えなさいよね」

 

流石に自由過ぎるメンバーに飛鳥はツッコミを入れる。

 

「何だよ、お前もやりてぇのか?」

 

「違うわよ・・・」

 

「違うのか?だったらトランプを・・・」

 

「今はその札遊びを止めなさいって言ってるの‼︎」

 

次から次へと宿屋に備え付けられた娯楽道具を出していく男鹿に、ついはしたなく大きな声を上げてしまう飛鳥。咳払いをしてから少し考えてから結論を言う。

 

「まぁ貴方達から有意義な情報が得られるとは思えないけれど・・・」

 

箱庭古参の白夜叉とレティシア。聡明な十六夜。“ソロモン商会”に近しかった赤星とレヴィ。その他にも頭のいい面々で話し合って分からないのだ。はっきり言ってここに男鹿と東条が加わってどうこうなるとは思えない。

 

「・・・ま、確かにこれ以上考えても意味はなさそうね。辰巳君を見習う、とまでは言わないけれど、肩の力を抜いてお風呂にでも入りましょうか」

 

飛鳥の言うことにも一理ある。情報が出揃ったにも関わらず答えが見えないのだから、後は時間の浪費だ。

一同は気分を切り替えるため、何よりギフトゲーム予選の疲労を癒すためにも温泉へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

温泉に浸かって一息ついた女性陣は、女三人寄れば姦しいと言われるまで煩くはなかったが、その倍以上の人数のため随分と賑やかだった。温泉は屋内風呂と露天風呂に分かれ、サウナも付いているというかなり大きな造りとなっている。

 

暫くは一団として屋内風呂に固まっていたのだが、レヴィが黒ウサギにみんなには内緒で訊きたいことがあると露天風呂に誘い、白夜叉は風呂上がりの一杯ためにサウナで耐久に励んでいた。残る四人は屋内風呂でまったりと雑談に花を咲かせている。

 

「と、ところで・・・お、男鹿はこっちでどんな生活を送ってたの?」

 

会話が切りの良いところで終わった時に、葵が恐る恐るといった感じで切り出した。

 

「どんなって・・・具体的には?」

 

「いえ、みんな仲が良さそうだったから・・・名前で呼んだり、気軽に手を握ったり・・・」

 

つまりは人間関係を知りたいということだ。葵はゲーム会場でレティシアが手を握ったり、飛鳥が旅館で名前で呼んだりした時に内心ではかなり気になっていたのだろう。

目を泳がせながらモジモジと訊いてくる葵を見て、飛鳥と耀は顔を見合わせて玩具を見つけた子供のような表情でニヤニヤしている。

 

「そうねぇ。名前で呼んで仲良くはしているけれど、あくまでも私達はただの仲間よ」

 

「うん、そうだね。私達はただの仲がいい仲間」

 

“私達”を強調して言う二人に、葵は目に見えて動揺している。

 

「ふ、ふぅん?だ、だったら二人よりも仲が良い人もいるの?」

 

これは完璧に男鹿にほの字なのだな、と弄り甲斐がありそうだと二人は実に楽しそうだ。

 

「えぇ、いるわよ」

 

「葵の隣に」

 

「え?」

 

「・・・ん?私か?」

 

葵は二人に向けていた顔をぐるんと反対側へと回し、脱力して温泉に浸かっているレティシアも指名されたことに気付いて二人に問う。

 

「えぇ。だって今のところ王臣は貴女だけじゃない」

 

「それに王臣だから一緒にいる時間も多いし」

 

二人は男鹿とレティシアが五日間ほど一緒に修行していたことは知らないが、それでも今回のギフトゲームの組み合わせを決めた時のように二人は行動をともにしていることが多いと思う。

 

「その、王臣っていったい何なの?レティシアさんの左手の紋章と関係があるの?」

 

訊かれたレティシアは左手の王臣紋を目の前に持っていき、それを眺めながら答える。

 

「この紋章は王臣紋と言うもので、“生涯かけて王に付き従うと決めた者にのみ与えられる戦士の称号”だと、ヒルダ殿が説明していたな」

 

王臣紋の説明を聞いた葵の時が一瞬止まり、言葉を咀嚼して脳内で反復してから再び起動する。

 

「・・・え、ええぇぇ⁉︎ しょ、生涯付き従う⁉︎ レティシアさんが⁉︎ 男鹿に⁉︎」

 

「まぁおかしなことではないわよねぇ。なんたって辰巳君のメイドさんだし」

 

「メイドさん⁉︎ え、ちょっと待って‼︎ え〜と・・・つ、つまりどういうことなの?」

 

正確には十六夜、飛鳥、耀もレティシアの主なのだが、葵は追加で齎された情報にもう頭が着いていけないようだ。結論を耀が端的に教えてあげることにした。

 

「二人は伴侶」

 

・・・確かに伴侶には“生涯の友”や“仲間”という意味もあるが、明らかに意図的な言葉の選択(チョイス)である。流石にレティシアも飛鳥と耀が楽しんでいると察し、二人に乗るように口元に笑みを浮かべて答える。

 

「強ち間違いではないかもな。私は辰巳が拒否しない限り、私の生涯を掛けてもいいと思っている。辰巳が求めるならば、主従の関係を超えても・・・な」

 

「な、ななななな、なぁっ⁉︎」

 

レティシアの爆弾発言に葵はもうショート寸前だ。これ以上からかったらいい加減に気絶しそうな勢いなので、そろそろ控えることにする。

 

「邦枝さん、冗談だから落ち着いて。そうだ、頭を冷やす意味でも露天風呂の方へ行かないかしら?レヴィさんの話も流石に終わっているでしょ」

 

「え、あの、うん。あ、後で行くから先に行っててくれない?」

 

「分かったわ。春日部さんとレティシアはどうする?」

 

「行く」

 

「私は遠慮しておくよ」

 

という訳で飛鳥と耀は露天風呂へと移動する。二人が出ていって少しの間、そのままゆったりとしていたがレティシアも立ち上がる。

 

「私は先に上がらせてもらうよ。葵殿はもう少しゆっくりと浸かっていてくれ」

 

「あ、はい。分かりました」

 

レティシアが上がるということで、葵もそろそろ露天風呂の方へ行こうかと考えていると、レティシアが立ち去り際に言葉を発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの言葉。私は別に冗談を言ったつもりはないからな?」

 

 

 

「えっ・・・?」

 

葵は振り返ってレティシアを見るが、レティシアはそのまま振り返らずに浴場から出ていってしまう。

再び悶々としてしまった葵は、結局露天風呂へと行くことも忘れて屋内風呂に浸かり続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、少し逆上(のぼ)せているのかもしれないな・・・」

 

必要のないことを口にした、と一人廊下を歩きながら呟くレティシア。何時からそう思うようになったのかは本人も分からない。

 

“ペルセウス”のギフトゲームで助けられた時から無意識の内に意識していたのか。

“黒死斑の魔王”のギフトゲームで鷹宮との戦闘中に男鹿の決意を魅せられた時から意識し出したのか。

一緒に過ごしていく内に徐々に意識していったのか。

 

兎にも角にも今まで感じたことのなかった感情だが、彼女は冷静に受け止めていた。

 

 

 

気付けば自分は明らかに辰巳に好意を寄せている、と。

 

 

 

勿論のことだが、レティシアは男鹿が恋愛事情に全然興味を抱いていないことを知っている。それはレティシアだけの認識ではないだろう。

それに胸を締め付けられて痛いと言うほど熱烈なものではなく、今は淡い恋心が芽生えた程度なのでその事を口に出して言うつもりはなかった。

 

そんな時に初心な反応をする葵に感化されたのか、本当に逆上せて感情が出やすくなっていたのか。

男鹿のことが好きであろう葵に、レティシアは宣戦布告のような台詞を口走っていた。

 

「・・・外の空気でも吸ってくるか」

 

宿屋を出て散歩でもしようかと考えロビーに向かうと、偶然にも男鹿とベル坊が温泉に入る前に話し合っていたテーブルのソファーに座っていた。

何をしているのかと不思議に思ってレティシアは近付く。

 

「そんな所で何をしているのだ?」

 

「あん?なんだ、レティシアか」

 

二人は対面(ベル坊はテーブルの上)に座り、見ればテーブルにはトランプが広げられている。

 

「いやな、ベル坊がトランプやりたいって言い出してよ。鷹宮と赤星は部屋に帰ったし、逆廻と東条は道具が壊れない程度に卓球やってるし、古市は腹壊してるしで仕方なく二人で大富豪をやってる訳だ」

 

「アイダッ」

 

「・・・大富豪とは二人でやるものだったか?」

 

レティシアの記憶ではもう少し多い人数でやるものだと認識していたのだが、まぁやろうと思えばできなくもないだろう。

 

「・・・私も混ぜてくれないか?あまり詳しくはないが、大富豪ならば二人より三人の方が楽しめるだろう?」

 

「おっしゃ。だったら勝ち負けもリセットだよな、ベル坊?」

 

「ダ、ダブーッ⁉︎」

 

男鹿の黒い笑みとベル坊の反応からすると、どうやらベル坊が大富豪だったらしい。・・・高校生が赤ん坊に負けるとは、男鹿が情けないのかベル坊がすごいのかは謎である。

その謎を解明するためにも散歩へ行くのを変更し、レティシアは心の中で暖かく充満していく気持ちを味わいながらトランプに興じるのだった。




そろそろ関係をはっきりさせるか、と思い今回の内容となりました。あと他の作品の恋愛描写を読んでて少し書きたくなったというのは此処だけの話。

それでも原作同様に恋愛にまで発展させるつもりはありませんが。言うなればヒロインのうち、“ヒルダポジション”と“邦枝ポジション”の間が“レティシアポジション”ですね。


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魔遊演闘祭・本戦開始

ようやくギフトゲーム本戦の始まりです‼︎ 下手をすれば今までの第三章と同じくらい本戦は話数を重ねるかもしれません・・・。

それと先日“べるぜバブ”の番外編が出たため、タグの“べるぜバブ設定は本編のみ”を削除しました。

それではどうぞ‼︎


ギフトゲーム予選終了から一日空けて“魔遊演闘祭”の四日目。十分に休息を取った参加者一同のコンディションは良好だった。今は全員、壇上に立つサタンの前でチーム毎に集まっている。

 

「参加者諸君、束の間の休息だったとは思うが体調はどうだろうか?見た限りでは良さそうで何よりだ。そしてギフトゲームも今日で本戦、最後となる。全力を尽くして優勝を目指して欲しい」

 

そこで言葉を区切り、参加者を一度見回してから言葉を続ける。

 

「気付いているだろうが、今は一組が棄権して七組となっている。本戦では公平にチームを衝突させようとしていたが、奇数になってしまった・・・そこでゲームの内容を諸君らに選んでもらうことにした」

 

その言葉で観客の多くが騒めいている。決勝進出した参加者が棄権した前例もなかったが、決勝のゲーム内容を選択させる前例もないのだろう。

そこで十六夜が手を挙げる。

 

「質問いいか?」

 

「何だ?」

 

それに対してサタンも問題なく了承する。

 

「ゲームは公平にと言っていたが、その選択によって有利不利は出ないのか?」

 

「有利不利ではなくリスクリターンの問題となる。・・・ゲームの内容と言うと語弊を生むかもしれないな。何故なら諸君らの戦闘力を考慮し、マモンのゲームを採用することは既に決定しているからだ」

 

今度は騒めきよりも疑問が会場に広がっていく。ではサタンは何を選択しろと言っているのだろうか。

 

「これはあくまでゲームを盛り上げるための措置であり、選択は自由にしてくれて構わない。・・・選択肢は難易度だ。一つは七チームで通常通りに競い合ってもらう。もう一つは難易度が高いボーナスステージを加えて()()()()で競い合ってもらう」

 

十チーム。この言葉の意味に気付いた参加者の反応は三通りに分かれていた。嫌な予感に苛まれている者と獰猛な笑みを浮かべている者。そしてよく理解できていない者だ。

 

「・・・ほぉ。そいつはつまり、罪源の魔王(あんたら)の誰かが参戦するってことか?」

 

“魔遊演闘祭”で本戦に勝ち残ったのはいずれも戦闘力の高いチームだ。そんな本戦であっても難易度が高いと言われる存在など彼らしか思い浮かばない。

 

「そういうことになる。要望があれば参戦するメンバーも選べるがどうする?多少は時間を設けるから相談しても構わない」

 

「そんな必要はねぇと思うがな・・・罪源の参戦に同意する奴は手を挙げな」

 

十六夜の号令によって複数の手が挙がる。相談もなく独断で挙げられた手の数は八人。十六夜、男鹿、鷹宮、飛鳥、耀、赤星、ベヘモット、東条の八人であり、氷狼を除いて参加者は十五人なので既に過半数が決定している。

 

「強ぇ奴らと戦えんだろ」

 

「さっさと喧嘩しようぜ」

 

男鹿と東条は拳を鳴らしてやる気十分であり、レティシアと葵は二人の考えなど分かりきっていたので苦笑を浮かべるのみだ。

 

「やられっぱなしは趣味じゃねぇ。出てこいよ、アスモデウス」

 

「予選での決着をつけましょう」

 

「今度こそ勝つ」

 

今回のゲームで罪源の魔王と最も対峙している鷹宮と飛鳥と耀は名指しでアスモデウスの参戦を希望する。鷹宮は既に髪型をオールバックにした本気モードだ。

 

「俺も罪源の魔王とは戦ってみたかったんだ。こんなチャンスを逃す手はねぇ」

 

「彼奴らは正真正銘の魔王じゃぞ。胸を借りるつもりで戦うんじゃな」

 

赤星も罪源の魔王には興味津々であり、どちらでも構わないベヘモットは赤星の気持ちを汲んで手を挙げる。

 

「どうした古市?てっきり反対するもんだと思ってたんだが、やけに静かじゃねぇか」

 

「反対すればどうにかなんの?どうせなんないよね?だったらなるようになれってんだよコノヤロー」

 

十六夜の疑問に古市はやけくそ気味に返事を返す。事実として過半数を超えている以上はひっくり返りようもない。

 

「まぁ、あくまでお祭りのギフトゲームですからね。主催者のコミュニティとしては大多数の意見に身を任せますよ」

 

フルーレティの言葉に、同じく“七つの罪源”のコミュニティであるバティンとプルソンとエリゴスも頷いて合意する。

 

「なかなかに勇敢な猛者で嬉しい限りだな。ではアスモデウスは参戦決定だ。残る二人を抽選で決めるとしよう」

 

「分かりました‼︎ それでは此方の抽選箱からお二つお引き下さい‼︎」

 

壇上の端に待機していた黒ウサギが抽選箱を持ってサタンの方に歩いていき横に立つ。サタンはガサゴソと中を漁り、二枚の折り畳まれた紙を引いた。

 

「・・・まず一人目、嫉妬の魔王・レヴィアタン」

 

「ん、俺か。久しぶりにいい運動になりそうだ」

 

選ばれたことに笑みを浮かべて楽しそうに前へと歩み出るレヴィアタン。その笑みには何処が男鹿達と似たような雰囲気がある。

 

「そして二人目・・・暴食の魔王・ベルゼブブ」

 

最後に呼ばれたのは、今までの経緯から喋る機会のなかったベルゼブブだ。緑掛かった金色の長髪を後ろで纏め、切れ長の目が鋭いイメージを思わせる。

前に出てきたベルゼブブを見て、“ノーネーム”の鷹宮を除いた異世界組はというと、

 

「こいつもアホなのか・・・?」

 

「罪源の人達を見る限り違・・・いや、否定できん」

 

「なんせ大魔王があれだったからな」

 

「どう来るのかしらね・・・?」

 

「真面目な顔をしてボケ続ける天然タイプと見た」

 

散々な予想をコソコソと言い合っていた。幸いにもベルゼブブには会話の内容は聞こえていないようで、自然体のままに言葉を発する。

 

「ありがとうございます。選ばれたからには誠意を持って御役目を務めさせていただきます」

 

・・・これには五人ともポカーンという形容がお似合いの表情しかできなかった。

実はこのような真面目過ぎる性格になったのには訳があったりする。罪源の魔王の二代目として引き継いだ彼も他の罪源同様に適度に真面目だったのだが、先代である大魔王がアホ過ぎて馬鹿な行動ばかりしていたための被害が色々と彼に降り掛かったため、真面目にならざるを得なかったという悲しい物語があったのだ。

 

閑話休題。

 

何はともあれ、これで本戦出場メンバーが決定した。

 

「それでは今までと同じように別空間へと転移させてもらうが、戦闘が派手になることを考慮してこれまでよりも広い直径五kmの空間が舞台となる。簡易的だが俺が昔造った舞台を再現した」

 

サタンの説明と合わせて、ベルフェゴールの千里眼による空間の亀裂が今回の舞台を映し出す。そこに映し出された舞台は海に山、森に砂漠、火山地帯に極寒地帯、剥き出しの岩石地帯などなど、これまでの舞台に加えて様々な状況が雑多に配置された、正に自然ではあり得ない舞台だった。

 

「・・・ヤハハ。これを()()()、だと?オイオイ、罪源の魔王だからって規格外にもほどがあんだろ・・・」

 

冷や汗を流しながら十六夜は言うーーーいや、サタンを知らない者からは十六夜しか言葉に出せなかった。知っている者でさえ十六夜達ほどではないが圧倒されるしかない。

 

「サタンは別格じゃよ。ただの魔王ではない。元とはいえ“人類最終試練(ラスト・エンブリオ)”と呼ばれる最古参の魔王の一人じゃからな」

 

罪源の魔王の事情にある程度詳しいベヘモットが言う。十六夜は聞き慣れない単語に首を傾げていた。

 

「その“人類最終試練”ってのは何なんだ?」

 

「“人類最終試練”とは人類を根絶させかねない、史上最強の試練が顕現したものじゃよ。簡単に言えば魔王の雛型じゃ。詳しく知りたければゲーム後に自分で調べるんじゃな」

 

色々と話が脱線しつつあったが、ついに本戦が始まる。

 

「それではこれより、“魔遊演闘祭”メインギフトゲーム本戦、“乱地乱戦の宴”を始めたいと思います‼︎」

 

 

 

 

 

 

【ギフトゲーム名 “乱地乱戦の宴”

・勝利条件:参加者のうち、最後の一組になるまで勝ち残る。

 

・敗北条件:戦闘不能となる、または降参した場合。

 

・舞台ルール:舞台装置によって致命傷を負った場合、致命傷とはならず強制的に敗北となり強制転移される。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、各コミュニティはギフトゲームに参加します。

“七つの罪源”印】

 

 

黒ウサギの開始宣言で舞台へとランダムに転送された参加者達は、“契約書類”をサッと流し見てからそれぞれに行動を起こす。

 

そのうちの一組である男鹿とレティシアはというと、

 

「暑い・・・ひでぇ仕打ちだ・・・」

 

「ダァ〜・・・」

 

「取り敢えず、体力を奪われる前にこのエリアを脱出するぞ」

 

砂漠地帯に放り出されていた。レティシアの目算では二〜三㎢くらいで一区切りしていた筈だと考え、翼を出して上昇しつつ周囲を見回せば三〇〇mほど離れた所に森林地帯が見えた。

 

「あちらの方に森が見える。一先ずはそちらに向かうぞ」

 

「「ダァ〜・・・」」

 

三〇〇mなど日常的にはすぐだが、日照りの中で砂に足を取られれば感じる疲労も一入(ひとしお)である。魔力は温存しておきたいので歩くしかない。ダラダラと歩みを進めて森に突入したが惰性でダラダラと森も進んでいく。

 

「・・・ん?」

 

「どうした?」

 

唐突にレティシアが立ち止まったので、男鹿も立ち止まって何かあったのかを訊く。

 

「いや、水の流れる音が「どっちだ‼︎」え、あぁ、あっちーーーっておい⁉︎」

 

男鹿は返事を聞くや走り出してしまったので急いで追いかける。よっぽど砂漠地帯で喉が渇いていたのだろう。

 

「水だぁ‼︎」

 

「ダァ‼︎」

 

森を抜けて砂利が広がる川辺へと男鹿は飛び出し、

 

「え?」

 

「おっ」

 

「ん?」

 

「辰巳っ、ちょっと待ーーー葵殿に英虎殿か」

 

葵と東条に遭遇した。いきなり突撃してきた男鹿に葵は唖然、東条は普通にしていたが、葵はすぐに“断在”へと手を伸ばす。

 

「男「ちょっと待て‼︎」鹿・・・え、何?」

 

葵の言葉を遮って男鹿は川辺に向かい、すぐさまベル坊と一緒に水面へと顔を突っ込む。葵は唖然とした表情から呆然とした表情に変わっている。

 

「んくっ、んくっ・・・ぷはぁ‼︎ 生き返ったぜ‼︎」

 

「アイダッ‼︎」

 

「・・・済まない。実はな」

 

呆然としている葵へとレティシアが軽く説明する。それを聞いて彼女は納得していたが、ゲーム中にも関わらず気の抜ける話である。

 

「ハッ、最初に男鹿と()れるとは運がいいぜ」

 

その横では既に東条が拳を構えて戦闘態勢に入っている。口元を拭う男鹿も喉を潤してすっかり元通りだ。レティシアと葵もそれぞれパートナーである二人の横に並び、

 

「確かこっちで声が・・・おっ、こりゃ楽しめそうな面子に出くわしたな」

 

男鹿達に続いて現れた人物へと四人が目を向ける。その人物を確認したレティシアと葵が顔を引き攣らせる。

 

「レヴィアタン殿・・・」

 

「まさか、いきなり当たるなんて・・・」

 

ゲームで優勝を目指すなら間違いなく避けて通るべき人物だ。戦うにしても疲労が溜まる前に他の参加者を蹴散らし、上位を狙える状況で対峙したい相手である。

そんな風に先を見据えてゲームメイクを考えている女性二人のことなど露知らず、男鹿と東条は目の前の相手とレヴィアタンに闘志を向けている。

 

「いいねぇ、やる気も十分じゃねぇか」

 

レヴィアタンも応えるように闘志を剥き出しにしている。とても回避できるような状況ではないため、レティシアと葵も覚悟を決めて戦闘を開始する。

 

 

 

 

 

 

男鹿達が砂漠地帯に放り出されたのに対し、十六夜と古市は猛吹雪の極寒地帯に転送れていた。

 

「取り敢えずどうするよ?」

 

「見晴らしのいいエリアに向かうべきだろ。ちょっと逆廻、垂直跳びして見渡してくれよ」

 

しかし男鹿達とは異なり、防寒のギフトがあるため凍える寒さに震えるということはなかった。精々雪が冷たくて風が強いことくらいだ。それでも普通の人間には厳しいかもしれないが、十六夜は普通とは程遠く、古市も“適応者”を意識するようになってからは単純な環境変化には強くなっていた。

十六夜は軽く百mくらい垂直に跳び上がり、すぐに重力に引かれて戻ってくる。

 

「よく分かんね」

 

「じゃあ今度は雲の上まで」

 

「流石に面倒臭ぇ」

 

古市もかなり問題児に毒されてきているかもしれない。“魔遊演闘祭”を通して、特に十六夜にはツッコミの必要がない時は自然に異常な要求をしていた。

 

「この環境じゃどの方向に進んでも似たようなもんだ。だったら視界の悪い中をまっすぐ進められればいいだろ」

 

十六夜はそう言って足元の雪を掬い上げ、硬く硬く硬〜く握り込んで雪玉を作り、

 

「よっ‼︎」

 

鉄球もかくやという硬さまで握り込んだ雪玉をアンダースローで地面スレスレに投げる。投げられた雪玉は爆撃機が通った後のような軌跡を残して彼方へと消えていった。

 

「これなら多少の吹雪でも消えないだろ。さぁ行くぞ」

 

「なんかお前といると感覚麻痺ってる感が半端ないんだけど」

 

ズカズカと進んでいく十六夜に、自分の感性に自信を無くしつつある古市が続いて歩く。十六夜のおかげで表層の柔らかい雪も吹き飛ばされているので、通常装備の服装でも比較的に楽に歩くことができた。

 

「此処を抜けたらどうするんだ?」

 

「ベルフェゴールが映し出した映像で見た限り、極寒地帯に多く隣接していたのは草原地帯と岩石地帯だ。そこから比較的に楽なエリアへ向かえば参加者と遭遇する確率は高いだろ」

 

「・・・あの一瞬、しかも全景は映ってないのに地形を覚えたのかよ。もう凄ぇとしか言えねぇ」

 

「極寒地帯で視界が悪くなかったら、もう少し計画的に移動するんだけどな」

 

十六夜の規格外を新たに認識しつつ歩き続きける二人。暫く歩けば吹雪も弱まってきており、薄っすらとだがゴツゴツとした岩肌が正面に見えている。

 

「はぁ、やっと抜けーーー」

 

た、と古市が一息つけそうな雰囲気で気を抜いていた時、真正面から自然のものではあり得ない猛吹雪が二人に襲い掛かった。

 

「おわぁぁああ⁉︎」

 

十六夜は腕で顔を庇う程度だったが、古市は油断していたのもあって後方に吹き飛ばされる。

 

「ーーーやはり貴方達でしたか」

 

凛と響いた女性の声に目を向けると、そこには氷狼に跨ったフルーレティが待ち構えていた。

 

「雪玉が飛んできて岩肌を砕いていった時は攻撃かと思いましたが、暫く経っても誰も現れませんでしたから攻撃ではないと判断しました」

 

どうやら十六夜が投げた雪玉を目撃していたようだ。

 

「攻撃ではないのに破壊力のある一撃。参加者を見た限り最も規格外である逆廻様の仕業だと予想しましたが、合っていたようですね」

 

「へぇ、規格外だと認識しておきながら俺達を避けなかったのかよ」

 

「えぇ。勝ち続ければ何時かは当たる訳ですし、私のテリトリーにいる時にぶつかる方が勝率は高いかと思いまして」

 

彼女が言うと同時に弱まっていた吹雪が強まり、視界が悪くなるとともにフルーレティの姿も徐々に見えなくなっていく。

 

「ハッ、面白ぇ。古市、さっさと柱師団の奴を呼び出しとけ。始まるぜ」

 

「俺からしたらフルーレティさんって、初対面の綺麗なお姉さんだから戦いたくないんだけど・・・仕方ない」

 

十六夜は拳を構え、立ち上がった古市も少なくなったティッシュを取り出して戦闘準備をする。十六夜達にとってはアウェーな地形である雪上の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

過酷なエリアに放り出されていた“ノーネーム”の二組とは違い、鷹宮達は舞台のほぼ中央である山へと転送させられていた。これは最初に送られた場所という意味ではかなり運がよかったと言えるだろう。

 

「春日部、アスモデウスの居場所を上空から探せ。“生命の目録”を持つお前が適任だ」

 

「分かってる」

 

三人の標的はアスモデウスであり、舞台全体を探すという意味でもこの場所は都合がよかった。鷹宮も紋章を使って浮かび上がりながら周囲を警戒していく。飛鳥はこういう時には役に立てないので歯痒い思いである。ディーンを使えば目立ち過ぎて他の参加者も引き寄せてしまう。鷹宮の目では最端では米粒のようなものにしか見えないが、耀の目には様々なものがハッキリと映っていた。

男鹿とレティシアが砂漠地帯を歩いている姿。極寒地帯を貫くように飛んでいく何かの物体。その先にいるフルーレティと氷狼。他にも色々と発見しつつその場で回転しながら目標である彼女を探しーーー

 

「見つけた」

 

耀の言葉に反応して鷹宮も耀が顔を向けている方へと視線を向ける。その方向には舞台の端に海が広がっており、鷹宮には判別できないものの確かに誰かが立っているのが分かった。耀が言うのなら間違いないのだろう。

普通ならここから単純計算でニkmほど様々な地帯を横切って移動しなければならないためこの場所とは離れてしまっていると思うだろう。

 

「行くぞ」

 

だが、鷹宮には転送玉があるため多少の距離などないに等しい。しかも男鹿達が考慮していた魔力温存についても転送玉に補充された魔力を使用するため、鷹宮の魔力は使用されず戦闘にはなんら支障がない。

 

「ーーーあら、そんなギフトも所有していたの?」

 

そして目の前に現れた鷹宮達を見ても、アスモデウスは平常心のままだ。まぁ自らも瞬間移動のギフトを模倣できるのだからその反応は当たり前か。

 

「予選での借りを返しに来たぜ。今はまだ三人掛かりで手加減されているというのは情けない話だがな」

 

そんな彼女の疑問は無視して鷹宮は言う。飛鳥と耀も言葉には出していないが、表情を見れば同じ気持ちであることが分かる。

 

「・・・いい目をしてるわね。その気持ちに応えるためにも、サタンに合わせて私も難易度を上げようかしら」

 

アスモデウスの目が妖艶に細められる。難易度を上げる・・・それはつまり、自らに課せられたゲーム中の制限を緩めるということだ。

 

「罪()()王がゲームに参加する時、その力は段階的に四つに制限しているわ」

 

彼女は指を四本立てて説明する。

 

「まずは霊格とギフトの二つを制限、次に霊格のみを制限、その次にギフトのみを制限、そして最後に制限なしという感じにね。さらに魔王化すれば実質は五段階だけど」

 

黒ウサギが“魔遊演闘祭”の前に言っていた、霊格を落とした状態を解放することで魔王へと返り咲くことができるのだろう。レヴィアタンが予選前に言っていた霊格を増やすということがそうなのかもしれない。

 

「予選では霊格とギフトを制限していたけれど、本戦では霊格の制限のみに引き上げましょう」

 

アスモデウスは誠実な対応をするために言っているのだが、飛鳥と耀の表情は多少強張っているように見える。

 

「それでもまだ実力の五分の二ね」

 

「うん、実力差は明白」

 

だが鷹宮は意外にも気楽にしている。

 

「仮にも白夜叉レベルだからな。それにこれからも魔王と戦う以上、強くなるための段階を踏むのもいい。だがーーー」

 

“ノーネーム”は打倒魔王を掲げたコミュニティだ。上位の魔王と戦って得られる経験値というのも必要だろう。だからと言って胸を借りるということはしないが。

 

「まずはギフトゲームレベルの罪源をぶっ飛ばす」

 

魔力を高める鷹宮に合わせて飛鳥と耀の緊張も高まっていく。予選から続く決着をつけるため、両者は再びぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

三つの戦場が形成される中、残る三組も偶然ながら湿地帯で集結していた。足元の泥濘(ぬかるみ)など気にせずに三組は相対している。

 

「早くも罪源の魔王と戦えるとは、ついてるな」

 

「オマケにフルーレティの配下となかなかの粒揃いじゃしの」

 

赤星はベルゼブブを見て、ベヘモットはバティンとプルソンとエリゴスの三人を見てそれぞれに言う。前に十六夜が説明していたフルーレティが登場するグリモワール、そこでフルーレティの配下とされているのがこの三人だ。

 

「フルーレティ様が出場することになったので私達も参加することになりました。お手柔らかにお願いしますね」

 

薄桃髪のトランペット奏者ーーープルソンが鈴の音のような声で赤星とベヘモットとベルゼブブに語り掛ける。

 

「あ〜、残念ながらお前さんらの相手をするのは儂一人じゃよ」

 

プルソンの言葉に対してベヘモットの思いも寄らない返答に、短い赤髪を逆立てた青年ーーーバティンは疑惑の声を上げる。

 

「それは爺さん一人で俺達三人の相手は十分ってことかよ?」

 

「いやいや、相手が誰であろうとそう決めていたんじゃよ。罪源の魔王と当たった場合は、な」

 

全身鎧の槍使いーーーエリゴスは無口ながらも理解したようでベヘモットだけに槍を構えている。ベルゼブブも理解したようで、赤星に顔を向けて確認する。

 

「それはつまり、私の相手が七大罪・マモンの契約者である赤星君一人であるという意味ですか?」

 

「あぁ。今の俺がこの箱庭でどの程度まで通用するのかを知りたい。そのためにベヘモットには俺がタイマンに持ち込むための露払いを頼んだ」

 

「まったく。冷静で落ち着いているように見えて以外と戦闘欲の強い人物ですね」

 

ベルゼブブもそれに応えるようで、完全に赤星へと正対している。ベヘモットは残った三人に向かって提案する。

 

「という訳じゃよ。決闘に巻き込まれんように移動したいんじゃがええかいの?」

 

「えぇ、構いませんよ。私達としても戦力が分散してくださることに不満などありませんから」

 

「ただ、祭りなんだから盛り上がらない展開だけは勘弁してくれよ?」

 

ベヘモットの提案に快く承諾するプルソンとバティン。だがバティンは戦闘が一方的にならないかを心配しているようで、ベヘモットも笑みを浮かべて言い返す。

 

「安心せい。儂とて簡単に負けるつもりはないわい」

 

そして三組を二つに分割して距離を離していく。かなり距離を開けてからそれぞれが戦闘へと突入していく。

 

“魔遊演闘祭”メインギフトゲーム本戦。参加者全員の戦場の割り振りが終わり、本当の意味でその幕が切って落とされた。




今回は長かった‼︎ 過去最長の文章量にもう少し纏められたらと思います。
次回からは第二章同様、一話毎に一つ・二つの戦場、またはそれぞれの戦場を関連させて進んでいくことになると思います。


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極寒地帯での戦い

現実が忙しくて少し投稿が遅くなりました。
今回は十六夜・古市vsフルーレティ・氷狼となります。一番最初に構想として思い浮かんでいたのに、かなり時間を掛けてしまいました。

それではどうぞ‼︎


極寒地帯での戦い。

十六夜と古市、フルーレティと氷狼の戦いは予想以上に拮抗ーーーいや、長引いていた。

 

「しゃらくせぇ‼︎」

 

吹き荒ぶ吹雪の中、吹雪に紛れて飛来する幾つもの拳大の氷塊を十六夜が拳圧でまとめて叩き砕く。

 

「そこっ‼︎」

 

古市が呼び出した“ベヘモット三十四柱師団”の副団長ーーーレイミアは身体を借りて掌から魔力のレーザーを三発フルーレティへと放つも、氷狼の敏捷力を前に躱されてしまう。

 

「やはり戦闘職ではない私では、攻撃はできても決定力に欠けますね」

 

「それだけじゃねぇよ。何よりこのフィールドが厄介だ」

 

氷を操るフルーレティにとって極寒地帯は最高の舞台だ。予選でも見せた、雪による広範囲察知法で一挙手一投足から次の動きを予測して行動に移しており、吹雪による目眩ましと合わせて捉えることが困難となっている。十六夜の速度ならあるいはとも思うが、戦闘力はともかく戦闘技術は素人同然の荒削りな動きなので読まれやすいのだ。レイミアのレーザーも手を向けるという予備動作から察知され、何より遠距離なので攻撃が到達するまでに容易く避けられてしまう。

 

「・・・やはり貴方は攻撃に回るべきでしょう」

 

「みたいだな。このままじゃ千日手になっちまう。接近できる俺の方がダメージを与えられる確率は高い」

 

「えぇ。ですから私は彼女の隙を作ることに集中します。即席ですがもう少し連携を合わせていきます」

 

「合わせるのはいいが簡単にやられんなよ?もうさっきみたいに防御はできないからな」

 

レイミアは首肯して十六夜に行くよう促す。彼女も伊達に柱師団の副団長をやっているわけではないのだ。十六夜と比べれば戦闘経験も豊富である。

 

「それじゃ、遠慮なく・・・」

 

十六夜は重心を落とし、右腕を引いて拳を構えて右脚に力を込めて、

 

「行くぜゴラァ‼︎」

 

一気に力を爆発させる。豪雪で足場が悪いからか第三宇宙速度とまではいかないが、フルーレティとの戦闘が始まってから最も速いスピードで突進する。

 

「ッ‼︎」

 

今まで黙って集中していたフルーレティは、十六夜の急激な速度変化に一瞬焦りの表情を浮かべるも、予選での十六夜の動きから想定内の変化だったのか危なげなく躱す。

 

 

 

その回避地点へと寸分の狂いもなく五発のレーザーが飛来する。

 

 

 

(なるほど、そう来ますか)

 

フルーレティはレーザーに対して氷板を五枚生成し、防御せざるを得ない状況に誘導されたことの対策を練る。

 

レイミアはこれまでの戦闘で氷狼の瞬間的な最大移動距離を正確に割り出していた。遠距離攻撃で回避に問題のないレーザーであれば最小限の回避で事足りるが、十六夜の速度で突撃されれば距離を取るためにも大きく回避しなければならない。回避が小さければ十六夜の瞬発力ですぐに距離を詰められてしまうからだ。

そこでレイミアは、十六夜から距離を取られても次の行動に移すまでの時間を遅延させることにした。稼がれた距離を時間で取り戻し、徐々に重なっていく行動の遅れによって十六夜が詰める距離を少なくしていく。

 

「次々行くぜぇ‼︎」

 

十六夜もその意図に気付き、愚直とも言えるスピード重視の突撃を仕掛け続ける。

 

「ならまずは彼方(あちら)を・・・‼︎」

 

フルーレティは回避後の防御をやめて数多の氷塊をレイミアへと殺到させる。どちらにしても行動は遅延してしまうが、この流れを作っている要を潰せれば持ち直せるという考えだ。

 

「ーーーこういうのは俺の方がいいですかね」

 

レイミアと入れ替わった古市が魔力強化された身体能力で氷塊を躱し、弾き、粉砕していく。

これまでに様々な柱師団のメンバーを憑依させて戦ってきた古市は、その度に戦闘技術を自身の身体で再現させてきた。曲がりなりにも魔界屈指の実力者の戦い方を実感してきた古市は、拙いながらもそれを再現していた。

 

(・・・仕方ありませんね)

 

それを見たフルーレティはこのままではジリ貧だと考え、一か八かで成功するか分からない作戦を実行する。

 

 

 

 

 

 

急に増した吹雪に古市は周囲を警戒する。今まで通りなら吹雪に紛れて氷塊が飛んでくるだろう。

 

「うおッ⁉︎」

 

後頭部に攻撃とも呼べないような小さな氷をぶつけられ、一瞬緩んだ前方への警戒の隙を縫って氷塊が飛んできた。慌てて避けた古市だが、ここでふとした違和感が頭を過ぎる。

 

「・・・気を付けて下さい」

 

「えぇ、分かってます」

 

レイミアも違和感を感じたようで、さらなる警戒を促してくる。先程の防御から攻撃に転じた時には殺到という形容が付く程の氷塊を飛ばしてきたのに、今の攻撃は搦め手で仕掛けてきたとはいえ明らかに氷塊の数が減っていた。殺到させて凌がれたからかもしれないが、変化に対しては警戒を怠らないというのは戦闘中の基本である。

周囲の警戒を強める古市だが、その警戒を嘲笑うかのように()()()()が巻き上がって体勢を崩される。

 

「しまっーーー」

 

古市は吹雪と氷塊だけに気を取られてフルーレティのギフトに対する認識が甘かった。氷を操れるのだから足場の雪を崩すことなど造作もないのだ。

余談だが、これは古市だけに限らず不自然にならない程度に十六夜にも使用している。十六夜がスピードを出し切れないのは、足場の悪さに加えて雪で蹴り出し時の衝撃を吸収しているためだ。

 

足場を崩された古市へと再び氷塊が殺到する。

 

「クソッ」

 

体勢を崩しながらも腕や脚で氷塊を弾きつつ身体を捻り、少しでも多く対処するも全てを防げるはずがない。一際大きい氷塊が勢いよく腹部に直撃する。

 

「ガハッ⁉︎」

 

勢いのまま後方へと吹き飛ばされるが、受身を取って体勢を立て直し防御の構えに移る。追撃してくる氷塊を躱せる程には体勢を立て直せていないので、頭を抱えて魔力を高めることでダメージを最小限にしようとしたのだ。

散弾のように飛び交う氷塊を防いでいる中、

 

「射程圏内だぜ、フルーレティ‼︎」

 

幾度も同じ攻防を繰り返し、とうとう十六夜がフルーレティを捉えたようだ。古市達も氷塊が既に飛び交っていないのを確認して顔を上げると、視界が悪いながらも動いていた影がかなり接近しているのが分かる。

 

「くっ‼︎」

 

十六夜から繰り出された回し蹴りをフルーレティは氷狼とともに限界まで伏せて躱すが、接近を許してしまった時点で十六夜の攻撃は止められなかった。

空振りに終わった回し蹴りの遠心力を殺さず身体を回転させ、そのまま拳を打ち出す。

 

「食らいやがれッ‼︎」

 

フルーレティは最後まで十六夜の足元の雪を利用して衝撃を拡散させ、氷狼の背中から跳んで腕をクロスし、少しでも拳の威力を落としにかかる。

だが、その程度の小細工で十六夜の拳に宿る破壊力を殺しきることなどできるはずがない。解放された破壊力はフルーレティの腕を伝わって身体を吹き飛ばし、盛大に振り積もった雪を舞い上がらせる。

 

「・・・倒したのか?」

 

「分かりません。ただ確実にダメージは負っている筈です」

 

離れたところで見ていた古市とレイミアには判断のしようがなく、舞い上がっている雪が晴れるのを待つしかない。

 

 

 

「ーーー間に合いました」

 

 

 

舞い上がる雪の中から彼女の声が聞こえた。吹き飛ばされた後に雪をクッションにしたのだろう、少し弱いながらも戦闘は継続できそうな声音だ。だが発せられた内容は古市には分からなかった。

 

「古市、上だ‼︎」

 

十六夜の警告する声に応じて空を見上げる。未だに吹雪は吹き荒んでいるため視界は悪く、そのために気付くのが遅れてしまった。

 

 

 

直径十mにも近い円盤型の氷塊が落下してきていた。

 

 

 

「え・・・」

 

それを見て古市が反応するよりも早く、巨大な氷塊は彼を落下して押し潰した。

 

「古市ッ‼︎」

 

それを見ていた十六夜は焦りの声を挙げるが、フルーレティは諭すように言う。

 

「安心して下さい、舞台装置の雪で作り上げた氷塊です。舞台ルールにある通り、会場へと強制転移させられたはずですよ」

 

フルーレティは十六夜と古市、レイミアが役割分担をして攻勢に出た時からこの氷塊を作り始めていた。気付かれないようにするため吹雪を強くして視界を悪くし、さらに足元の雪を操って下へと警戒を誘導させていたのだ。

かなり周到に考えられているとは思うが、十六夜と攻防を繰り広げている間という時間制限付きでは古市に気付かれず、また避けられないような大きさを作れるかは賭けであった。それを見事に彼女は運を勝ち取ったーーーかのように思えた。

 

 

 

「いやいや〜、強制転移なんて面白くないよねぇ?」

 

 

 

その場に女性の声が響き渡る。

その声は乱入してきた他の参加者などではなく、発生源は巨大な氷塊の中央部。だがそれはフルーレティには聞こえていたレイミアの声ではなく、喋り方も冷静に落ち着いているものではなかった。何処か子供っぽく、この状況を楽しんでいるかのような声音だ。

 

次の瞬間には氷塊は水となり、水蒸気となり、再び固まって雪となり、吹雪に紛れて消えていく。

 

フルーレティと十六夜の目に飛び込んできたのは、紫色のセミロングの髪に尖った耳。そして楽しそうな表情を浮かべる紫色の瞳を持った女性。

 

 

 

「ーーー此処からが私の出番なのに」

 

 

 

古市と契約した七大罪・レヴィアタンーーーレヴィが参戦を告げる。

 

 

 

 

 

 

《お話しとはいったいなんなのですか?》

 

ギフトゲーム本戦が始まる二日前、ギフトゲーム予選が終わった日の露天風呂にて黒ウサギとレヴィは話をしていた。

 

《ちょっと気になったんだけど、チーム紹介の時にベルちゃんやルシファーちゃんの名前は呼んでなかったよね?》

 

《Yes。今回はギフトゲームの参加人数に制限がありませんでしたから、契約悪魔の方達は特別にギフトという扱いになっています》

 

《そっかそっか〜、ギフト扱いか〜》

 

何が楽しいのか、黒ウサギの返答を聞いたレヴィはニヤニヤと笑みを浮かべている。普通なら(ギフト)扱いされて楽しいどころか不機嫌になってもおかしくないとは思うが、そんな素振りは微塵もない。

 

《それって本戦までに参加者が新しいギフトを手に入れて、本戦でそのギフトを使うのも問題はないよね?》

 

《へ?えぇ、まぁ特に問題ないですが・・・》

 

《うん、ありがと。話はそれだけ。私、ちょっとやることができたから先に上がるね〜》

 

話を聞くや否や、すぐに露天風呂から出ていくレヴィ。それを見送った黒ウサギの独り言が溢れる。

 

《もしかして・・・いや、まさかですよねぇ・・・》

 

 

 

 

 

 

実体化したレヴィの登場に、フルーレティも十六夜も驚いた表情を隠せないようだ。レイミアは憑依した際に色々と把握していたようで、表面上の変化はあまり見られない。

 

「ふっふ〜、サプライズは成功かな?」

 

「あの、レヴィさん?危なくなったら出てくるって言ってましたけど・・・」

 

得意満面の笑みを浮かべているレヴィに、古市の今の状態を訴える。

腹部への強烈な一撃。全身への打撃+擦過傷。その他に精神的疲労などなど。

 

「全然危なくなくない?」

 

「足元崩された辺りは危なかったですよ‼︎」

 

戦闘中にも関わらず何やらコントっぽい会話が繰り広げられ始めたので十六夜が割って入る。

 

「おい、詳しい話は後でいいとしてなんで黙ってたんだよ?」

 

最初からレヴィを戦力に数えていればもう少し展開は違っていた筈だ。特に氷を操るフルーレティと氷を含めた水の三態を操るレヴィでは相性は抜群だろう。

 

「だってお祭りだし、観客のみんなは意外性を求めているんだよ。盛り上げるためには演出を拘らないと‼︎」

 

「お前は何時の間にエンターテイナーになったんだ?」

 

呆れるような声音しか出てこない十六夜だった。

一通りの会話を見守っていたフルーレティも状況を理解して戦力を分析する。

 

「さっきの演出を見る限り、今までの戦法は通用しそうにありませんね」

 

「そうだねぇ。どうするのかな?」

 

フルーレティの呟きにレヴィが笑顔を浮かべて質問する。どう反撃してくるのかが楽しみなのであろう。

 

 

 

「そうですねぇ・・・この辺り一帯の()()()()()()()()、というのはどうでしょう?」

 

 

 

それを理解してフルーレティも平然と予想の範疇を越えた返事を返す。そして氷狼をリタイアさせて会場へと転送する。

 

それと同時に、吹き荒れる雪を橙色に染め上げる()()()がフルーレティの周囲を舞い散る。

 

「霊格解放・・・炎豹魔(フラウロス)

 

言霊を発した瞬間、フルーレティの姿を炎が覆い隠し、余波として生じた熱波が三人を襲う。熱波はさらに広がっていき、フルーレティを中心に百m近くの雪を消し去った。

そしてフルーレティの身体を覆っていた炎が晴れ、今までとは姿の異なるフルーレティが現れる。髪色は青み掛かった銀から橙に変わり、瞳には炎が灯っている。さらに手足の先端は動物のような皮膚で覆われ、手には大きな鉤爪が出現していた。足元には三角形が描かれた直径十mくらいの魔法陣が浮かんでいる。

 

「アドバンテージが消えてしまった時点で勝てる確率は低いと思いますが、最後まで足掻かせてもらいます」

 

今までとは一八〇度ギフトの性質が変わったフルーレティについて、古市達は十六夜に説明を求めた。

 

「フルーレティっていう悪魔は、フラウロスという“ソロモン七十二柱”の一角に位置する悪魔に由来する創作悪魔という側面を持っている。伝承から派生した悪魔の霊格なんて低いと思われるが、その創作内容は罪源の魔王であるベルゼブブ配下の長という強大な位置付けだ。だから環境さえ整えれば俺達二人を相手取れる程に強くなる」

 

フルーレティーーーいや、霊格を解放したフラウロスについて説明をしていく。

 

「フラウロスはフルーレティとは真逆で、氷ではなく炎を操る豹人間のような姿で描かれることが多い。膂力は先程とは桁違いに上がっているはずだ。その証拠に機動力であった氷狼を帰したしな。おまけに魔法陣の中では全ての質問に正しく解答して神秘や不思議を語るというから、限定的に未来予知も使えるかもしれねぇ」

 

豹の膂力で動いて炎を操り、さらに未来予知もできる可能性がある。極寒地帯でフルーレティの相手をするよりも厄介かもしれない。

十六夜の説明を聞いたレイミアは内容を咀嚼して言う。

 

「つまり、あの魔法陣から出すことができれば戦闘力は半減する可能性が高いということですね」

 

「そういうことだな」

 

「じゃあ押し出してみるよ」

 

そういうとレヴィは少なくなった空気中の水分と魔力で作り出した水分を合わせ、攻撃性は低いものの物量を増した水でフラウロスを飲み込もうとする。

 

「ハッ‼︎」

 

対するフラウロスも炎で水を相殺していく。水が炎によって蒸発し、それによって発生した水蒸気が彼女の視界を覆う。

その隙に魔力感知で見えないフラウロスの位置を大まかに把握したレイミアのレーザーが襲う。しかし、

 

「・・・手応え、はありませんね」

 

その言葉を証明するかのように炎が水蒸気を霧散させ、変わらず魔法陣の中央に彼女は立っていた。

その背後。足場を悪くしていた雪がなくなり、今度こそ十六夜は第三宇宙速度を発揮して死角に回り込んでいた。

 

(これで行けるか?)

 

死角からの攻撃。雪による広範囲察知法は使用していない。今までのフルーレティであればこれで詰みなのだが、

 

「チッ、やっぱ読んでくるか‼︎」

 

死角からの攻撃を見もせずに躱し、カウンターで回し蹴りを繰り出してきた。十六夜は蹴りで魔法陣から弾き出されるもダメージは軽微。鉤爪による斬撃さえ気を付ければ問題ないと思いつつ、今の攻防の意味を考える。

 

(取り敢えずは未来予知できると仮定して・・・行動の何処から予知されたかを考えねぇとな)

 

攻撃までの流れを考えた時点、背後に回ろうと動いた時点、攻撃の意思を持った時点、攻撃に動いた時点。どの段階で予知に引っ掛かったのかを見極めなければならない。

 

(俺の攻撃を予知したにも関わらず後ろ向きで対処したのは何故だ?油断を誘うため?もしくは振り向く必要がなかった?古市の攻撃を避けていたからか?それとも・・・予知してから振り向くまでの時間がなかった?)

 

幾つもの可能性を思索していく十六夜。思い付く限りの可能性を潰して真実を導くために再び突撃していく。

打撃にフェイントを混ぜてみるが釣られなかった。攻撃をわざとギリギリ外してみるが避けようとせず反撃してきた。カウンターのカウンターを狙ってみるがいなされてしまった。他にもレイミアのレーザーやレヴィの水の槍で遠距離からの攻撃に対処した直後の隙を突いてみるが成果は乏しい。

古市も接近戦に参加できれば突破口が見つかるかもしれないが、フラウロスの豹の速度と野生の筋力が合わさった身体能力が相手では魔力強化した身体能力があってもダメージは免れない。

 

「だったら、これでどうだッ‼︎」

 

十六夜はその場で脚を高く振り上げ、勢いよく地面に叩き付ける。フラウロスのフィールドである魔法陣そのものを破壊しに掛かった。

振り下ろされた脚を中心に全てを巻き込む地割れが広がっていく。だが魔法陣の描かれた地面だけが崩れず、フラウロスもその上で倒れないようにしているだけだ。

ここでふと、十六夜はあることに疑問を覚えた。

 

(これは、もしかすると・・・)

 

ある仮説を立てた十六夜は、地割れに巻き込まれて汚れまくっている古市を呼ぶ。

 

「おい、古市。ちょっと来い。そんなところで遊んでる場合か」

 

「お前、マジいい加減にしろよ。せめてなんか合図送れや」

 

全ての元凶である十六夜の物言いに、古市も恨みがましい声音で対応しつつ近付いていく。

 

「まぁまぁ、落ち着けって。そんなお前に憂さ晴らしさせてやるからよ」

 

 

 

 

 

 

何やら話し合っている敵を見て、わざわざ見守る必要もないとフラウロスは豪炎を放つ。二人は左右へと跳躍して豪炎を回避し、今までと同じように十六夜がフラウロスに突っ込んでくる。

 

(右ストレート、に見せかけた左裏拳)

 

予知によって十六夜の攻撃を読んだ彼女は形だけの右ストレートを掴み、裏拳のために行った身体の回転を利用して左回りに振り回して背後へと投げ飛ばす。

 

(話し合っていた以上、何かしら連携で来るはずですけど・・・)

 

十六夜を投げ飛ばした後、念のため次の攻撃をしてくるであろう古市へと向き直る。

 

 

 

眼前に魔力のレーザーと水の槍が迫っていた。

 

 

 

「ッ⁉︎」

 

反射的に上体を逸らして躱す。ダメージは負わなかったが、内心それどころではない。

 

(全く予知できなかった?私への攻撃を?いったい何故?)

 

考えるも咄嗟のことで理解できないが、何よりも予知を回避できる方法が編み出されたのは不味い。驚きはしたが、体勢を崩していては十六夜に付け込まれると判断してすぐに構える。が、その必要はなかった。

 

十六夜も魔力のレーザーと水の槍に対応していたからだ。

 

(そういうことですか・・・‼︎)

 

それを見て彼女は古市の攻撃が予知できなかった理由を理解した。そもそも古市は彼女に攻撃などしていなかったのだ。ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

十六夜が疑問に思ったこと。それは脚を振り下ろした際の揺れにフラウロスが耐えていたことだ。行動を予知できるなら揺れに対しても何かしら対策を取れたはずだ。なのに揺れに耐えるという行動を取った。

 

そして十六夜はある仮説を立てた。フラウロスの予知能力は自らに向けられた攻撃または行動に対して発動しているのではないか、と。

 

それならば全てに辻褄が合う。

最初に振り向かずに対応したのは、十六夜の桁外れの速度で行われた奇襲の後に予知してから対応したため。

脚の振り下ろしを予知できなかったのは、それがフラウロスへ向けた行動ではなく魔法陣へ向けた行動だったため。

 

それを詳しく伝える時間はなく、古市もちょうどよく不機嫌だったので十六夜は自分を攻撃するように言った結果、フラウロスの表情を見る限り当たりだと確信した。

 

そうと分かれば展開は早かった。

今までは豹の膂力と予知能力で対処していたものの、十六夜との身体スペックには大きな差がある。おまけに攻撃を躱すなり防ぐなりするフラウロスと攻撃を砕ける十六夜では、次の行動に移せるまでの時間に差が出始める。いくら十六夜の攻撃を予知できたとしても、それに対応できない状況ならばどうしようもない。

 

「これで終わりだッ‼︎」

 

遂に十六夜は拳が届く範囲まで接近できた。フルーレティの時のように小細工で衝撃を殺すことなどフラウロスにはできない。気休め程度の防御の上から叩き付けられた十六夜の拳に、今度こそ彼女は吹き飛ばされて起き上がることはなかった。

 

 

極寒地帯での戦い。勝者、逆廻十六夜・古市貴之チーム。




次は何処の戦闘を進めようか悩みどころです。もしかしたら時間が掛かってしまうため、一度番外編を挟むことになるかもしれません。


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海岸地帯での戦い

投稿が少し遅くなってしまい、申し訳ありません。
現実が忙しくなる中書き進め、前回の投稿から二週間近く経った時には七割程完成。番外編に移るよりも書き上げたほうが結果的に早そうだと判断した次第で御座います。
まぁつまらない言い訳だと聞き流して下さい。

それではどうぞ‼︎


海岸地帯での戦い。

鷹宮はルシファーを呼び出して魔力を高め、飛鳥はディーンを召喚して白銀の十字剣を取り出し、耀は風を纏い、予選と同様に戦闘準備を完了させる。

それに対してアスモデウスは手を突き出して掌を三人に向ける。予選である程度の模倣を見ている三人はその動作から次の攻撃を予測していくが、その全てが無駄だったと思い知る。そして彼女が言ったギフトの制限という意味を実感した。

 

 

 

掌に空気が圧縮されたかと思うと、渦巻く炎の球体が生成されて空気中の酸素で増加し、さらに雷を帯び始めてバチバチとスパークする。

 

 

 

圧空炎雷咆(バーニング・ゼブルブラスト)

 

雷を纏った炎の光線がアスモデウスの掌から放たれた。三人の元へと到達した紅い光条は雷電を撒き散らしつつ爆風を巻き起こす。

 

「ほんの軽い挨拶だけれど、予選と比べての感想はどうかしら?」

 

爆風によって海岸の砂が舞い上がっている中、その中心へ向けてアスモデウスが声を掛ける。返事が返ってくると確信しているようだ。

 

「・・・まさか、俺と男鹿と赤星の複合技とは驚いた」

 

そして砂煙りの中から鷹宮の声が返ってきた。視界が晴れたそこには、ルシファーによって引き寄せられた飛鳥と耀が鷹宮の背後におり、鷹宮の前には三つの紋章が展開されていた。

 

「咄嗟に三枚の“紋壁”を展開したが、完全には防ぎきれなかったか」

 

鷹宮のいう通り、身体の所々から炎と雷による焦げと煙が立ち上っている。“紋壁”とは紋章を盾のように展開する紋章術の一つだ。それを見てアスモデウスは感嘆の声を上げる。

 

「本当にその紋章術は応用が利いて便利ねぇ。模倣できないのが残念だわ」

 

紋章術は魔力を制御するために編み出された人間の技だ。たとえ人間に変身しようとも悪魔であるアスモデウスが使用できる技ではない。

 

「模倣できないのは俺だけじゃないだろ」

 

飄々としているアスモデウスにはっきりと言う鷹宮。それを聞いて彼女は口元に弧を作って面白そうにしている。

 

「へぇ、例えば?合っていれば簡単な補足付きで答えてあげる」

 

「春日部だ」

 

「え、私?」

 

突然名前を出された耀は戸惑いつつ自分を指差す。

 

「正確には“生命の目録”だがな。姿形を変えられても本質は他者の模倣、付属品の属性まで再現はできない。その証拠に先程の技は旋風を操るのではなく、空気を引き寄せて圧縮するという回りくどい方法を使用していた」

 

風を集めるという点では、旋風を操って空気を十全に集められる耀と空気を圧縮して掌にのみ集められる鷹宮では規模に差がある。使えるのならば耀のギフトを使用する筈だ。

 

「その通りよ。貴方のルシファーのように直接的な繋がりがあれば別だけどね。それと模倣する本人に変身した方が技の再現度は上がるけど、誰でも模倣できる訳ではないわ」

 

耀は“生命の目録”を首から提げているだけだ。耀自身も何かをしてから使用できるようになったという経緯はないため、間接的な繋がりしかないと言える。

 

「あとは目で見たギフトしか使用できないんじゃないか?」

 

今度は確信がないのか、問い掛けるように言う鷹宮。

 

「何故そう思うのかしら?」

 

「俺達の技を使用する時、予選で見せた技しか使っていないからだ。まぁこれについてはサンプルが少ないから確証はないがな」

 

他にも飛鳥のギフトを使用していないことも理由の一つだが、予選では“威光”を使うために飛鳥に変身する必要があったため使わなかったとも考えられる。なにせ身体能力は普通の少女だ。“威光”を使用した後が戦闘に続かない。

 

「ん〜、まぁ正解と言っておきましょう。さっき貴方も言っていたけど、本質は模倣。似せて真似ることですから」

 

アスモデウスは顎に人差し指を当てて考えていたが、少なくとも間違っていないということで肯定してきた。

 

「さて、種明かしはこれくらいでいいかしら?憑依の方は使うつもりもないし」

 

「あら、どうして使わないのかしら?」

 

「だって憑依できる相手が参加者しかいないんですもの。それはつまらないでしょ?」

 

飛鳥の疑問に軽く答えるアスモデウスは、やはりどれだけ楽しもうとも主催者側だと言うことだろう。参加者に取り付いて参加者同士で潰し合わせるなどゲーム難易度が鬼畜過ぎるからだ。

 

「それじゃあ戦闘開始ね」

 

言うが早いか、彼女の全身が光に包み込まれる。変身の徴候に予選との変化は見られないが、だからと言って迂闊に攻め込めるものでもない。

次第に光が収まっていき、そこに現れた変身後の姿はレヴィだった。

 

「このフィールドでは鬼に金棒だな」

 

「だよね〜」

 

軽快に言いつつ海から水の塊を幾つも生成していくアスモデウス。水を操れるレヴィに変身している今、魔力から水を生成する必要がないため効率よく戦闘に魔力を注ぎ込めるというものだ。

 

「じゃんじゃん行くよ〜‼︎」

 

数多ある水の塊から水の槍を次々と撃ち出し、向けられた三人はそれぞれ対処していく。

 

「撃ち落としなさい‼︎」

 

飛鳥の命令に、ディーンは巨大に似合わぬ軽快さで水の槍を両拳で撃ち落としていく。ただし軽快とは言っても限界はあるので、基本的には飛鳥に直撃するものだけを撃ち落としている。

その間に鷹宮と耀は水の槍を俊敏に躱しつつアスモデウスへと接近していく。

 

「らぁっ‼︎」

 

先に到達した鷹宮が接近の勢いを乗せた右拳を振るうが、アスモデウスは周囲の水の塊を引き寄せて操り鷹宮の拳を流す。続けざまに左拳、右脚と打ち込むが同じく流される。

 

「白夜叉の“流水領域(ストリーム・レンジ)”みたい」

 

それを見た耀は水に防がれれば攻撃を流されると考えて脚に旋風を纏わせた。予選では旋風に水の塊をぶつけて相殺されていたので、その逆もまた可能な筈だ。

耀の目論見通りに纏わせた旋風が水の塊を削り、左脚の蹴りをアスモデウスへと入れる。しかしそれは右腕によって防がれてしまった。

 

「今よ、ディーン‼︎」

 

そしてアスモデウスが防御に転じて水の槍による弾幕が弱まった瞬間、その巨体により一歩で距離を詰めるディーン。

 

「DEEEEeeeeEEEEN‼︎」

 

ディーンの叫びを聞いた鷹宮と耀はそれぞれ左右に跳び、直後にその巨体から繰り出された拳がアスモデウスへと迫る。その拳は砂浜を抉り、粉塵を巻き上げた。

 

「当た・・・ってないわね」

 

「ぺっぺっ、砂〜」

 

飛鳥が確認しようと粉塵を見れば、顔を(しか)めながら口に入った砂を吐いている姿が出てきた。まだまだ余裕そうである。

彼女はそのまま海の方へと向かい、海面を滑るように操って浅瀬を少し離れていく。そこで身体を光が包み込み、レヴィの姿から元のアスモデウスに戻った。背中には予選でも見せた黒く尖った羽を生やして飛んでいる。

 

「少し大技で行くわ」

 

言葉とともに手を挙げる。そして浅瀬にも関わらずディーンすらも飲み込む程の高波を作り出した。だが浅瀬だからか高さは作り出せても波の厚みは作り出せておらず、たとえ飲み込まれてもダメージとはなり得ない。

 

「予選で教えたでしょう?水に合うのは雷よ」

 

アスモデウスはそこに雷電を纏った手を浸け、ただの薄い高波を危険極まりない感電する高波へと変貌させた。

 

感電高波(エレクトリック・ハイウェーブス)

 

戦闘していたのが浜辺というのもあり、三人が今から感電することなく完璧に躱すことは不可能だ。攻撃で波を散らすにしても帯電している以上は水飛沫すら危ないかもしれない。

 

 

 

だが、次の瞬間には高波が凍りついていた。出力は低いようで高波を全てとはいかなかったようだが、確実に三人を飲み込んでいたであろう範囲は凍っていた。

 

 

 

(氷結系のギフト・・・いったい誰が?)

 

疑問を感じていたのも束の間。今度は凍りついた高波を目隠しにし、高波を破壊しつつ()()()()()()()()()()

 

「っ⁉︎」

 

予想外の現象に彼女の身体は一瞬硬直してしまい、回避が遅れてしまう。それでも衝撃を殺そうと剛腕に合わせて後方に飛んだのは流石の一言だが、初めてまともにヒットした一撃に海面へと叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

初めてアスモデウスに一撃を与えることができた要因である飛鳥と耀は、それぞれが起こした現象について質問していた。

 

「飛鳥、ディーンって伸びるの?」

 

「えぇ。神珍鉄っていう伸縮自在の鉄で作られているんですって」

 

飛鳥がディーンを手に入れた“黒死斑の魔王”とのギフトゲーム。その時は戦闘の流れでその性能を十全に発揮しておらず、特に話す機会もなかったので切り札として隠していたのだ。

 

「春日部さんも、ちゃっかり氷狼と友達になっていたのね」

 

「うん。フルーレティさんといた氷狼、スフィアさんって言うんだ」

 

“ノーネーム”一行が“魔遊演闘祭”に訪れた時、真っ先に氷狼に近付いていった耀はその時既に氷狼ーーースフィアと友達になっていたようだ。そしてその凍える風を使用して高波を凍らせたのだ。

 

「集中しろ。攻撃は当てたが今のような油断はもう誘えないぞ」

 

鷹宮に促され、三人は背中合わせで全方位へと注意を傾ける。先程は何故か使わなかったが彼女は瞬間移動も使えるのだ。何かの条件で使えなかったのかもしれないが、次の瞬間には背後から攻撃を食らっていてもおかしくない。

 

と、警戒していたその時。空を雨雲が覆い始め、強風が吹き付け、波が荒れ出した。明らかに嵐の前兆である。

 

「まさか・・・嵐を操れる奴を模倣したのか?」

 

「違うわよ」

 

鷹宮の呟きに、海から上がってきたアスモデウスが濡れた髪を掻き上げながら否定を返した。その際に口に溜まった血を吐いていたのでダメージは逃しきれなかったようだ。

 

「近くでベルゼブブが戦闘しているみたいね。気配からして少し離れているんでしょうけど」

 

言われた鷹宮は魔力感知で大凡(おおよそ)の距離を確認するが、その距離は一km近く離れていた。

 

「範囲が桁違いだな。これで威力を抑えているのだから恐れ入る」

 

「まぁ今回のは副次効果でしょうから、彼の攻撃まで警戒する必要はないわ」

 

そして雨雲から雨も降り始め、本格的に嵐となって雷鳴が響き渡る。それを合図として再び戦闘を開始する。

 

アスモデウスが操れる範囲の雨を操り集めて散弾のように撃ち込もうとするのを、耀が鋭い五感を駆使して敏感に察知していく。氷狼の凍える風を鷲獅子の旋風を操るギフトで誘導して氷結させた。

 

「少量の水は使えそうにないわね」

 

アスモデウスは即座に水ではなく氷結させられた氷を操るが、元々が雨を寄せ集めた小さいものだったので耀が旋風で弾いていく。

 

「ディーン‼︎」

 

水と氷と旋風が混ざり吹き荒れる中、それを物ともせずに剛腕が貫いてアスモデウスへと伸びていく。アスモデウスも二度目ということで動揺することもなく、翼を生やして回避していく。

 

「そのスピードで真正面からは当たらないわよ」

 

「えぇ、そうでしょうね」

 

アスモデウスの忠告にニヤリと笑って肯定する飛鳥。飛鳥は攻撃として伸ばしたディーンの剛腕を地面に突き刺し、湿った泥を掬い投げた。威力はないが動きを制限して目潰しに使うには有効な手だ。

 

「古典的だけどいい手段ね」

 

アスモデウスも水を操って水膜の盾を作り出して防ぐ。近距離ならば耀に邪魔されることもない。

そして水膜の盾を作って一瞬だけ動きを止めた場所へと、鷹宮の紋章が連なるように展開されていく。鷹宮はそこに走り込みーーー加速する。

 

開紋加速(スペルゲートブースト)‼︎」

 

瞬きの間に距離を詰めた鷹宮は初撃以上に加速された拳で水流で流されることなくアスモデウスを殴り、彼女は受け止めるも拳の衝撃で後方に飛ばされる。

 

「離さねぇぞ」

 

さらに飛ばして距離を空けられないよう、引力で引き寄せて追撃を掛ける。

だがアスモデウスも大人しくしている筈がなく、レティシアへと変身し“龍影”を展開して迎え撃つ。鷹宮も片手で捌くことはできないと判断し、引力を解除して“龍影”で切り刻まれないよう両拳に“紋壁”を手甲の如く展開してから迎撃し返した。

 

「がはっ‼︎」

 

しかし纏めらて力を固めた“龍影”で鷹宮の両拳が弾かれ、引力+翼の推進力で飛び蹴りを繰り出したアスモデウスに蹴り飛ばされた。

 

「忍‼︎」

 

蹴り飛ばされた鷹宮を耀が旋風を操って勢いを殺しつつ受け止める。止められて地面に降りた鷹宮は、蹴り飛ばされたにも関わらず笑みを浮かべている。

 

「なるほど。何となくだが掴めてきたな」

 

「うん?いったい何を掴んだというんだ?」

 

レティシアの姿のまま“龍影”を展開しつつ訊き返すアスモデウス。

 

「お前は変身すれば十全に技を模倣できるが、変身しなければ十全に技を模倣できない。だがその代わりに変身しなければ技を複合させることができる」

 

“圧空炎雷咆”も“感電高波”も、何れも使用した時の姿はアスモデウスのままだった。それに“感電高波”を使用した時、わざわざレヴィから元の姿に戻るという過程を踏んだことから推測は間違っていないと思われる。

 

「しかし変身せずに技を模倣することも制限がない訳ではないのだろう。でなければ瞬間移動を使わない理由が思い付かない。俺の推測としては現象として観測したものを自らの魔力で再現できる範囲でのみ、変身しなくても模倣できると踏んだ」

 

魔王の咆哮(ゼブルブラスト)”、“紅線銃(レッドガン)”、引力による空気の圧縮、“水の三態”操作、黒く尖った翼の生成。その全てが魔力を元にして行われた技だ。彼女は姿ではなく魔力を模倣して技を複合させ、十全に模倣できない技を掛け合わせて威力を補っていたのだ。

 

そして鷹宮の言った“現象として観測したもの”とはつまり、観測しなければ魔力としても模倣できないということである。

予選の後で黒ウサギに聞いた話だが、予選で変身した瞬間移動使いの少女は、生と死の間に顕現せし悪魔・ウィラ=ザ=イグニファトゥスという存在だそうだ。悪魔であるにも関わらず変身しないと瞬間移動を模倣できないのは、瞬間移動という現象が魔力を放出する類いではないからか、一瞬で消えるという性質から観測できないからだと考えたのだ。

 

「・・・見事だな。補足箇所もほとんど無いと言っていいだろう」

 

どうやら戦闘が本格化する前の口約束を未だに守っているようだ。彼女は誤魔化すこともなく肯定してきた。

 

「だが、戦闘中に長話とは感心しないな。相手に戦略を練ってくれと言っているようなものだぞ?」

 

 

 

アスモデウスが注意した次の瞬間、鷹宮達の全身を無尽の刃が砂浜から殺到して切り刻んだ。

 

 

 

「きゃあ‼︎」

 

「くっ‼︎」

 

飛鳥と耀は思わず苦痛の声を漏らす。鷹宮は歯を食いしばって声を出すのを堪えたものの息が荒れている。鷹宮が話をしている間に“龍影”を砂に潜り込ませていたのだ。

 

「どんな時も油断大敵だ」

 

「はぁ、はぁ・・・その言葉、そっくりそのまま返すぜ」

 

“何?”とアスモデウスが反応した瞬間、彼女の全身も鷹宮達と同じように真空の刃によって切り刻まれた。

 

「ぐっ‼︎ これは・・・鎌鼬か」

 

アスモデウスは全身を切り刻んだ見えない刃の正体を看破し耀を見ると、口元に“してやったり”というニュアンスの笑みを浮かべていた。

耀は予選から本戦までの時間、鷲獅子のギフトを少しでも使いこなせるように日常的に旋風をコントロールするという特訓をしていた。本戦で勝ち上がるためには経験不足が否めず、一日という短さから威力向上ではなく技術向上と創意工夫によって鷲獅子のギフトを使いこなそうとした結果がこれである。

 

「若いというのは成長が早いな。これで状態はお互いに変わらないということか」

 

「何を言ってるの?()()の攻撃はまだ終わってないよ?」

 

耀の“私達”という言葉にアスモデウスは残る飛鳥を警戒する。飛鳥の一挙手一投足から次の手に対して動けるようにする。

 

「“落ちなさい‼︎”」

 

だが飛鳥はアスモデウスの心構えなど無視して“あるもの”に命令を下す。飛鳥の“落ちなさい”という言葉から彼女は即座に頭上を警戒したが、そこには何も見当たらなかった。不審に思いつつも上方を警戒していると、頭上を稲光が空を駆け抜けて雷鳴が轟く。

 

 

 

それを認識して思考に移すよりも速くーーー落雷がアスモデウスを襲った。

 

 

 

魔力から生成した雷などではなく、正真正銘の大自然に発生している雷である。音よりも速い一撃を不意打ち気味に撃ち込まれて行動に移せる訳がなかった。

 

これはアスモデウス自身が言っていたことだが、この嵐はベルゼブブのギフトによって生み出された現象だ。そして自分達の所にまで展開された嵐は副次効果であるとも言っていた。

それはつまり、“ギフトで生成された雷雲が誰の支配も受けずに漂っている状態”であるということである。

それをアスモデウスが耀に気を取られている間に飛鳥が支配して攻撃に利用したのだ。それでも強力なギフトから生成されただけあって雷一つ支配するのがやっとであり、この状況下でのみで使用できる飛鳥の最強最速の一撃だった。

 

もちろん至近距離で落雷にあった三人も無事な筈がないが、飛鳥が雷を落とす寸前でディーンを盾にしたため直接的な被害はなかった。落雷による被害が一通り終わったのを確認して、アスモデウスがどうなったかを確認するためディーンを退ける。

 

アスモデウスは全身から煙りを上げ、雷に撃たれた余韻からか身体の動きを止めていたが・・・それでも彼女は倒れていなかった。

 

「っ、本当に格が違うわね・・・」

 

倒れていないこともそうだが、それ以上に意識を保っていることが信じられなかった。さらに落雷に会う前よりも威圧感が圧倒的に膨れ上がっている。

三人が愕然として様子を見ている中、アスモデウスはゆっくりとした動作で動き出し、

 

 

 

「ーーー参った」

 

 

 

三人を呆然とさせた。

彼女は何事もなかったかのようにレティシアの変身を解き、変身という過程を経て表面上は戦闘前の姿へと戻る。

 

「今の攻撃は霊格を抑えたままでは防ぎきれなかったわ。制限を無視して本能的に霊格を開放してしまった私の負けよ。“主催者”として素直に負けを認めて会場に戻るとするわ」

 

言うが早いか、ゲームに負けを認められたアスモデウスはその場から姿を消した。

 

「・・・勝った、のよね?」

 

「そう・・・みたいだね」

 

飛鳥と耀は顔を見合わせて確認し合い、勝ちを認識した瞬間に脱力してその場にへたり込んだ。無理もない。全身ボロボロで頭をフル回転させて策に策を練り、圧倒的な威圧感に包み込まれた状態から空気が弛緩して緊張の糸が切れたのだ。戦い慣れていない少女二人にはかなりキツイものがあったことだろう。

 

「もう無理。絶対に無理。疲労が溜まり過ぎて喋ることすら辛いと感じるわ」

 

「私も」

 

二人とも脱力し、特に飛鳥はお嬢様気質であるにも関わらず今ばかりはだらし無くぐでっとしていた。

 

「・・・これでは次の戦闘などできそうもないな」

 

鷹宮は二人の様子を見てこれ以上の続行不可能と判断した。鷹宮だけはへたり込まずに立っているが、色欲の魔王・アスモデウスとの戦闘で彼もかなり疲労していた。満身創痍とまでは行かないが、二人と同様に疲労が溜まっていることは否定できない。

鷹宮としても実力が満足に発揮できない状態で男鹿や他の猛者との戦いに興じたいとは思わなかったため、全員一致でリタイアすることとなった。

 

 

海岸地帯での戦い。勝者、久遠飛鳥・春日部耀・鷹宮忍チーム(その後リタイアのため勝ち上がりなし)。




予選からの因縁の対決は見事に“ノーネーム”の勝利‼︎ とは言い難いかもしれませんがアスモデウスには勝つことができました。まぁ疲労困憊で引き分け感が強いですが、それでも鷹宮の宣言通り“ギフトゲームレベルの罪源をぶっ飛ばす”ことは達成です。


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森林地帯での戦い【前編】

皆さん、大変お待たせしました‼︎
色々と忙しいことが重なって執筆が進まず・・・これからさらに実習が始まりますので、次話も似たような更新になってしまうと思われます。なのでこれからも気長にお待ちいただけると幸いです。

それではどうぞ‼︎


森林地帯での戦い。

男鹿・レティシア、葵・東条、レヴィアタンの三組は互いに距離を取って対峙していた。

 

「レティシア、俺は思いっきり暴れてぇ」

 

「言うと思ったよ・・・私はサポートに徹しよう」

 

男鹿は右拳を左掌に打ちつけながら言う。レティシアも随分と男鹿の扱いに慣れたようで、苦笑しながらリボンを解きつつ“龍の遺影”を展開する。

 

「おい、邦枝」

 

「はいはい、貴方も暴れたいって言うんでしょ?」

 

それを聞いていた東条も葵に呼び掛ける。彼女もその趣旨を理解して了承しつつ“断在”を抜き放ち、それを構えながら戦闘の流れを予想していく。

 

(東条は多分男鹿とレヴィアタンさんを標的にしてる。男鹿も似たようなものだとすると・・・)

 

あくまで東条のやりたいように戦わせることを前提に考えた結果、葵はレティシアを標的として見据えることにした。

 

「・・・辰巳、前言撤回する。どうやらサポートに回る余裕はなさそうだ」

 

そんな葵の視線に気付いたレティシアも、男鹿のサポートではなく葵を迎え撃つ構えを見せた。レティシアも男鹿をサポートしている片手間に葵を相手取れるとは思い上がっていない。

 

「よぉお前ら、そろそろ始めてもいいか?」

 

お互いのチーム内で打ち合わせているのを見ていたレヴィアタンは、身体を(ほぐ)しながら気長に待っていた。

その問い掛けに対してはそれぞれが無言であり、レヴィアタンはそれを肯定と受け止める。

 

「じゃあ戦闘開始だ。簡単にはくたばってくれるなよ?」

 

 

 

 

 

 

レヴィアタンの開始宣言とともに男鹿・東条・レヴィアタンがぶつかり合うのと同時、レティシアと葵も激突していた。

激突とは言っても肉体的なものではなく、レティシアは後退しながら“龍影”で強襲し、葵はそれを追いつつ“断在”で襲い来る“龍影”を斬り刻んでいく。

 

(葵殿に接近戦は余りにも不利。影も槍も全て斬り伏せられてしまう)

 

葵の持つ“断在”の恐ろしいところは次元すら斬り裂くと説明された斬性にある。防御不可の斬撃は正に一撃必殺、それを剣の達人である葵が使用すれば鬼に金棒だ。

 

(だがその斬性は常時刃に展開されている訳ではないだろう。でなければ()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになる)

 

抜刀・納刀する瞬間は刃を鞘の中で走らせる必要がある。納刀状態でも刃が鞘に触れているのだから、本当なら鞘として機能することすらありえない。

 

(なんとか斬性が展開される条件を把握する‼︎)

 

 

 

と、レティシアが“龍影”を幾筋にも分裂させて操る一方、絶対の斬撃を放つ葵も攻めきれずにいた。レティシアの攻撃が四方八方から襲い掛かってくるのを迎撃し、それでも捌ききれない攻撃は躱しながら追っていたからだ。

 

(この攻め方・・・レティシアさんはもう“断在”の特性を把握してるわね)

 

“断在”の特性とは、刀という形状から刃にしか絶対の斬性が付加されていないことである。そのため必ず一方向へ斬るという動作を行わなければならず、刀のリーチ外に出てしまえばその脅威は極端に減少する。これは“断在”に限らず全ての刀に言えることだが、だからこそ離れてしまえば絶対の斬撃もただの斬撃と大差がなくなる。

 

埒が明かないと判断した葵は追いかけるのを止めて立ち止まり、レティシアも突然立ち止まった葵を訝しんで動きを止める。

葵は“断在”を納刀するともう一振りの刀へと手を伸ばし、

 

「心月流抜刀術・八式ーーー神薙」

 

刀身が霞む程の抜刀と納刀により真一文字の斬撃を放った。

 

(射程距離のある斬撃、だとッ⁉︎)

 

斬撃が飛んでくるという思わぬ攻撃に、レティシアは反射的に上へと飛び上がる。武人としての戦いや祭りという状況から飛翔して一方的に攻撃するという手段は控えていたのだが、考えるよりも前に身体が動いていた。

 

 

 

「心月流抜刀術・弐式ーーー」

 

 

 

そして反射的に動いたために警戒が薄れたレティシアの眼前まで葵が跳躍していた。

心月流抜刀術・神薙は対中・遠距離用の技なのだが、これにはもう一つ特性がある。超速で抜刀から納刀まで行うため、心月流を繋げて放つことができるのだ。

 

「くっ」

 

だがレティシアも伊達に戦闘経験は積んでいない。即座にギフトカードから長柄の槍を顕現させ、正中に構えて急所を隠す。“断在”ではないので防げると判断しての行動だった。その判断は正しく、槍に刀が打ち付けられて金属同士のぶつかる音が響き渡る。

 

だが、彼女の判断が正しかったのはそこまでだった。

 

 

 

「ーーー百華乱れ桜・魔装 絢爛花吹雪」

 

 

 

刀は槍で防いだ。しかし葵から放たれた見えない何かがレティシアを斬り刻む。

 

「ぐっ‼︎ ーーーはあぁぁ‼︎」

 

斬り刻まれたことでレティシアの身体が一瞬強張るも、すぐさま吸血鬼の膂力に加えて王臣紋の力を解放することで鍔迫り合い状態の葵を弾き飛ばした。

葵もなんとか受け身を取って衝撃を殺しつつ着地するが、弾き飛ばされたことにより二人の距離は再び離される。

 

「今のは、魔力が込められた鎌鼬・・・?まさか、葵殿も契約者だったのか?」

 

最近になって魔力と接する機会が増えたレティシアだが、遅ればせながら攻撃されたことによって葵が魔力を使用していることに気付いた。

 

「もしかして、男鹿達から何も聞いてないんですか・・・?」

 

「あぁ。なんの情報も言わなかったものだから、てっきりただ剣の達人なだけかと・・・」

 

葵はてっきり知らされているものだと考えていたのだが、男鹿どころか古市も“ノーネーム”のみんなに伝えるのを忘れていたようだ。

 

「まぁ“断在”の情報は得ていたのだから、対戦相手の全てを教えろというのは甘えだろう」

 

「潔いですね」

 

「手の内を隠すのは基本だからな。実戦では当たり前のことだ」

 

正に威風堂々といった振る舞いのレティシアである。おまけに王臣紋の力の解放と吸血鬼の頑丈な身体と相まって、葵の鎌鼬による攻撃はほぼ無力化していた。

 

「さぁ、続きとーーー」

 

“いこう”と言おうとし、改めてレティシアが葵へ向けて槍を構え直した時、彼女達の間を何か大きな物体が通り過ぎた。

お互いに警戒しつつも飛んできたものを目で追うと、それは先ほど分かれたばかりの人物であった。

 

「辰巳‼︎」

 

「それに東条も‼︎」

 

飛んできた二人が大きく見えたのは、レヴィアタンと戦っていた男鹿と東条が重なり合っていたからである。二人とも大きな怪我はないようだが、所々細かい傷があり少し息も上がっているように見える。

 

「罪源の魔王の名は伊達じゃないぜ。そう簡単に勝てると思うなよ」

 

飛ばされた二人が立ち上がる一方で、飛んできた方向から悠然と歩いてくるレヴィアタン。そちらは全くの無傷であり、少し服が汚れているくらいしか戦闘の痕が見受けられない。

 

「どうする?なんなら二人掛かりーーーいや、そっちの二人も入れて四人掛かりでも俺は構わないぞ?」

 

 

 

 

 

 

少し時間を巻き戻し、男鹿・東条・レヴィアタンの戦いが始まる前まで遡る。

 

まず接触したのは男鹿とレヴィアタンだった。男鹿が逸早く右ストレートを顔面に繰り出したのに対し、遅れてレヴィアタンは左回し蹴りで対応してくる。どう考えても男鹿の方が先に殴り飛ばせるので、回し蹴りに構わず拳を振り抜いた。

 

「いッ⁉︎」

 

しかし予想外に手が痺れたのは男鹿の拳だった。別に反撃を受けた訳ではない。ただ単純にレヴィアタンの皮膚が硬かったというだけだ。

右ストレートを放った後、予想外の展開に思考が一瞬停滞した男鹿にレヴィアタンの左回し蹴りを防ぐ余裕などなく、右脇腹を蹴り抜かれて東条の方へと蹴り飛ばされる。

東条は二人に迫っていた状況で至近距離から飛んできた男鹿を容赦なく腕を振るって払いのけた。

 

「ガッ、んの野郎共・・・‼︎」

 

蹴り飛ばされて払いのけられた男鹿は、地面を転がって衝撃を殺しつつ体勢を立て直して恨み掛かった言葉を漏らす。

一方そんな男鹿の事など露知らず、東条は蹴り抜いた姿勢のレヴィアタンへと肉薄して拳を振るった。

 

「うおっ」

 

今度も殴られたレヴィアタンだが、先程と同様に殴られたダメージはないようだ。東条の拳による運動エネルギーによって数m後方に飛ぶも難なく空中でバランスを保っている。

 

「ーーーゼブル・・・」

 

そしてレヴィアタンが着地する前に仕掛けようと男鹿は右拳に雷電を纏った。さらにレヴィアタンを狙う直線上には巻き込むように東条も入っている。

 

「・・・ブラストォォッ‼︎」

 

先程のお返しとばかりに男鹿も問答無用で二人目掛けて雷撃を放った。二人の立ち位置的に雷撃はまず東条に襲い掛かる。

 

「はっ‼︎」

 

だが東条はそれを平然と真正面から打ち消した。元から素手でゼブルブラストを叩き潰すことができた東条が、さらにそれを無効化するギフトを所持しているのだ。これは当然の帰結とも言える。

 

「防いでくれてありがとよ」

 

そして東条がゼブルブラストを防ぐために男鹿と向かい合った一瞬の隙に、着地したレヴィアタンが東条との距離を詰めて殴り掛かった。

レヴィアタンに気付いた東条は振り向きざまに腕を構えて防御したが体勢悪く、何よりレヴィアタンの拳の威力に踏ん張りが効かず男鹿同様に殴り飛ばされた。

 

レヴィアタンが東条を殴り飛ばした後に男鹿へ目を向けた時、雷撃を放った場所から男鹿の姿が消えているのに気付いた。

 

「ーーーゼブル・・・」

 

直後、自らの身体に向けて横から紋章が展開され、近距離から男鹿の声が聞こえてきた。ゼブルブラストを陽動にして側面に回り込んだのだ。

 

「・・・エンブレムッ‼︎」

 

防御させる間もなく拳を叩き込まれたレヴィアタンは爆発を引き起こし、その身体を爆煙が包み込んだ。

 

「ちったぁ効いたか、この野郎が」

 

爆煙を見据えて独りごちる男鹿。少し離れた所では東条も立て直して様子を窺っている。

 

 

 

「ーーーま、ちっとは効いたんじゃねぇの?」

 

 

 

爆煙が晴れていく中、その中心からレヴィアタンの涼し気な声が響き渡る。爆煙が完全に晴れた場所には、爆発で服が汚れただけで無傷のレヴィアタンが悠然と立っていた。

 

「・・・嘘つけ、全然効いてねぇだろ」

 

男鹿も強がってはいるものの冷や汗が背中を伝う。たった数手打ち合っただけだが、その実力差を見抜けないほど馬鹿ではない。かつての白夜叉を思わせる圧迫感をレヴィアタンから感じていた。

 

「嘘じゃないさ。鉄なんて目じゃない硬さの皮膚の身体を殴り飛ばせる人間なんてそうそういねぇよ。怯んだのは最初の一発のみ、即座に合わせてこれる人間なんて特に、な」

 

旧約聖書において、レヴィアタンはいかなる武器も通用しない鱗を持つ最強の生物と記されている。それなのに男鹿の初撃を除いて二人とも普通に殴っている。レヴィアタンの硬さを理解して即座に合わせたのだ。

 

「あとそっちのガタイのいい・・・東条って言ったか?ただの人間ではあり得ないほど拳が重い。魔力も感じないし身体強化系のギフトを所持しているな?」

 

「え、お前そんなギフト持ってんの?」

 

レヴィアタンの言葉に男鹿も疑問を投げ掛ける。聞いているのは大魔王が持っていたというギフト無効化のネックレスだけだ。それ以外にもあるということだろうか。

 

「おう。よく分からんが、オーナーが言うには頑張れば強くなるそうだぞ?」

 

「それってギフトか?」

 

かなりざっくばらんとした東条の説明に男鹿はツッコまざるを得なかった。白夜叉が言っているらしいのでギフトを所持しているのは確かなようだが、それを理解する東条の方がアレすぎて詳細は全然分からない。

 

「細けぇこたぁいいんだよ。全力で喧嘩すんのには関係ねぇからな」

 

自分の事だというのに東条は全く気にせず、獰猛な笑みを浮かべて戦闘の構えを取る。それは自身の力を隠すなどといった打算ではなく、純粋に今の喧嘩を楽しもうとする笑みであった。

 

「ハッ、それもそうだ」

 

釣られて男鹿も獰猛な笑みを浮かべて魔力を高める。東条にも言えることだが、レヴィアタンに通常ダメージを与えるためにもさらに拳の威力を高めるしかないからだ。

 

「ハハハ。お前らの性格、嫌いじゃないぜ?やっぱり気が合いそうだ」

 

レヴィアタンも張り合いのある二人との戦いを楽しんでいるようだ。

休憩はそこで終わり、止まっていた三人の戦闘は再び動き出す。

 

 

 

 

 

 

その後も三人は似たような戦闘を繰り広げ、現在に至る。

 

「四人掛かりって・・・レティシアさん、どうします?」

 

葵はレヴィアタンの“四人掛かりで来ても構わない”という提案を受けてレティシアに相談を持ち掛ける。男鹿や東条に持ち掛けなかったのは妥当な判断だと言えよう。

 

「・・・辰巳、罪源の魔王と戦ってみた感想はどうだ?」

 

共闘について少し考えたレティシアは、葵に答えを返す前に男鹿に質問を投げ掛けていた。

 

「あぁ?何だよ突然?・・・まぁ白夜叉を思い出す程度には強ぇな」

 

「そうか。それ程の相手ならばもう十分に暴れられたんじゃないか?」

 

男鹿の感想を聞いて、諭すように言葉を重ねるレティシア。最初は何が言いたいのかよく分からなかった男鹿だが、最後の言葉を聞いて何となく言いたいことが理解できた。

 

「・・・さっきは俺の希望を聞いたから、今度はお前の希望を聞けってことか?」

 

「察しが良くて助かる。それに相手はレヴィアタン殿だけではない。一人で無理をし過ぎては後に差し支えるぞ?」

 

言われて男鹿は少し考える。男鹿がレヴィアタンに勝とうとするならば魔力増幅法を長時間使用しなければならないだろう。そこに味方であるレティシアを加えても勝てるとは言えない相手だ。だから他人の手を借りるというのは癪だが、負けるのはもっと気に入らない。

 

「・・・ちっ、しょうがねぇな。今回は乗ってやるよ」

 

「すまんな。・・・という訳で私達は共闘に賛成だ。そちらの英虎殿はどうなのだ?」

 

男鹿の了承を得られたということで、レティシアは残る東条の意向を確認する。後は東条が了承すれば共闘成立だ。

 

「あぁ?だから俺は思いっきり喧嘩できれば何でもいいって言ってんだろ?」

 

「いや、私はそんなこと一言も耳にしていないが・・・ならばなおのこと手を組むことを推奨する。レヴィアタン殿は四人掛かりでもキツイ相手だ。此処で負けてしまえば他の強力な参加者との喧嘩はできなくなってしまうぞ?」

 

言われて東条も少し考える。強い相手とはタイマンで戦り合いたいと思っているが、これだけ猛者が集まっている決勝戦で一回しか喧嘩できないのも物足りない感じである。

 

「・・・よし、俺も構わねぇぜ」

 

レティシアの説得で東条の了承も得られたことで葵も安心する。というかレティシアが男鹿や東条のような人種の扱いに慣れてきているのは気のせいだろうか。

 

「決まりだな。ではレヴィアタン殿の御言葉に甘えて四人掛かりで行かせてもらう」

 

「おう、来い来い。幾らでも相手になるぜ」

 

こうして急遽手を組んだ四人チームと、嫉妬の魔王・レヴィアタンとの激闘は第二ラウンドを迎えるのだった。




流石に三チームもいると戦闘が長くなってしまうので前・後編に分けさせてもらいました。
前書きで言ったように次も遅くなるとは思いますが、出来る限り一ヶ月以内に投稿できるように頑張ります‼︎


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森林地帯での戦い【後編】

皆さん、お待たせしました‼︎
今回は三チームの決着をどう終わらせるかで非常に悩みました。納得がいかない方もいるかもしれませんが、それはご容赦下さい。

それではどうぞ‼︎


即席で共闘することとなった男鹿達は戦いの流れをレヴィアタンに渡さないため、まずは遠距離から手数を稼げるレティシアが“龍影”を幾筋にも展開させて先手を打つ。

 

「レティシア‼︎ そいつの身体スゲェ硬ぇぞ、気ぃ付けろ‼︎」

 

「承知した‼︎ そもそもレヴィアタン殿は手加減していて勝てる相手ではないからな‼︎」

 

レティシアは“龍影”に魔力を込めることで斬撃性を打撃性に属性変換する術を身につけていたが、今回はそのような小細工なしに“龍影”の強化として魔力を注ぎ込んだ。それにより斬撃性は鋭さを増し、加えて速度はさらに加速する。

 

「まさに影の弾幕だな。だが俺には効かねぇ」

 

レヴィアタンは迫り来る“龍影”を腕で弾き、足で踏み潰し、四肢の全てを使って迎撃していく。やはりレティシアの本気であってもレヴィアタンに真正面から決定打を与えることは難しいようだ。

 

「やはりか」

 

そしてレティシアも自らの攻撃がレヴィアタンには効かないことを認めて攻撃を止める。しかしその言葉とは裏腹に口角は吊り上っていた。

 

 

 

「確かに硬いみたいだけど、私には関係ないわ」

 

 

 

レヴィアタンの左背後。いつの間にか回り込んでいた葵が“断在”を構えて忍び寄っていた。レティシアの“龍影”に紛れて密かに移動していたのである。

次元すら斬り裂くと言われる“断在”ならばレヴィアタンであっても斬れるはずだ。葵は戦闘力を削ぐために容赦なく四肢の腱へと狙いを定めて“断在”を振るう。まずは左腕の腱だ。

 

「硬さは関係なくても速さは関係あるだろう?」

 

しかしレティシアが注意を引きつけて躱すことの難しいタイミングで放たれた斬撃は、レヴィアタンが指で“断在”の側面を掴むことによって防いでしまった。

 

「なっ⁉︎」

 

これには葵も驚かざるを得ない。慢心していたわけではないが、葵の剣速は人間の中でも達人の域に達している。躱すのが難しいタイミングであっても躱される可能性は考慮していたものの、まさか刃の側面を剣速に合わせて掴まれるとは思っていなかったのだ。

そんな葵の動揺を突くように、左脚を軸にその場で回転する右回し蹴りを左後方に向けて放つ。

 

「オラァァ‼︎」

 

レヴィアタンが蹴りを放つために右脚で地面を蹴るための力を込めた一瞬。その間に肉薄した男鹿が同じく右回し蹴りを魔力を高めて繰り出し、レヴィアタンの右回し蹴りを相殺する。

だが相殺ということは、()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味でもある。ただの蹴りからは想像できない威力が込められていた。

 

「男鹿‼︎」

 

東条の呼び掛けで男鹿はその場から跳び退き、入れ替わるように踏み込んだ東条がアッパーを食らわせようと顎を狙う。

それに対してレヴィアタンは頭突きで東条の拳を迎撃した。

 

「ウオォォォォ‼︎」

 

男鹿の時と同じように拮抗するかに思われたが、東条はさらに押し込むように拳を振り上げてレヴィアタンの上体を仰け反らさせた。

ただしレヴィアタンには仰け反らされた勢いのまま連続でバク転をされて距離を離される。

 

「しまっ⁉︎」

 

その際に葵の手から掴まれたままだった“断在”が奪い取られてしまう。“断在”を取り返すために追い縋ろうとも考えたが、一人で突っ込んでも返り討ちに合うだけだと判断して様子を見ることにした。

 

「本当にどんな怪力だ、お前?こんな身体(サイズ)でもトラック並みの重量はあるんだがな」

 

首を鳴らしながらのレヴィアタンの独白に、彼の異様な攻撃力の秘密を理解したレティシアと葵。男鹿と東条は言わずもがなである。

エネルギーとは簡単に言えば物体の重さと速さの積である。肉体の超重量と人間大の身体から繰り出される速さ、そこに加えて超硬の皮膚が合わされば破壊力は計り知れないものとなる。

逆にレヴィアタンの言う通り、東条はその圧縮された超重量の身体を殴り飛ばせるほどの力を発揮しているということだ。疑問に思うのも頷けるというものである。

 

「さてと、まずは……」

 

レヴィアタンは左手に持った“断在”を見てから辺りを見渡し、遠くに見える巨木の頂上付近へと狙いを定めて投げた。“断在”は見事なまでの直線を描いて真っ直ぐ飛んでいき、巨木に刀身の根元まで埋もれてしまう。

 

「わざわざ壊すなんてことはしねぇから、後で回収してくれ」

 

「回収できるなら、ってことですか?」

 

「あぁ、俺を倒せたらな。倒せなくても退場する時にベルフェゴールが戻してくれるから安心しろ」

 

“断在”は確実にレヴィアタンへとダメージを与えられる武器だっただけに手痛い損失だ。とはいえ葵にはまだレヴィアタンに通じる可能性のある作戦があった。

 

「男鹿、ちょっと耳を貸しなさい」

 

「あ?何で?」

 

「いいから‼︎」

 

葵はレヴィアタンから飛び退いて近くにいた男鹿と話をする。もちろん警戒を怠らないようにレヴィアタンからは目を離さず、口元を読まれないように手で口元を隠している。

 

「お、作戦会議か?早めにしてくれよ」

 

「……随分と余裕だな。自分で言うのもなんだが、我々を侮っていると足元を掬われるぞ?」

 

二人が話し合っている間に攻撃を仕掛けてこないレヴィアタンへ、時間を稼ぐという意味も含めてレティシアは話し掛けた。

レヴィアタンは急ぐ気もないらしくレティシアの問い掛けに応える。

 

「侮ってるつもりはないさ。主催者が躍起になって参加者を潰したんじゃ、観客は興醒めだろう?個人で程度の差はあるだろうが、策を練ってくるなら正面から迎え撃つ。祭りなんだから参加者に華を持たせるのも主催者の役割だよ。ま、そのチャンスを掴み取れるかどうかは参加者(あんたら)次第だが」

 

これまでの会話からレヴィアタンの気質は男鹿や東条に近しいものであると考えられるが、主催者として考えつつも参加者として楽しむ姿はどちらかと言えば十六夜に近いかもしれない。

 

「ーーー分かった?」

 

「おう。まぁやってみっか」

 

作戦の伝達は終わったようで、葵が確認を取ってそれを男鹿が了承している。短時間で説明が終わり、男鹿が一回で理解しているところを見るに然程難しい作戦ではないようだ。

レヴィアタンが見守っていたのはそこまでだった。

 

「それじゃあ今度はこっちから行くぜ‼︎」

 

今まで受け身だったレヴィアタンが攻めに出る。最初の標的は自分を殴り飛ばして最も近くにいた東条だ。

 

「上等だ‼︎」

 

東条も負けじと飛び出してレヴィアタンと拳を交えようとする。その動きを見た瞬間に葵は神薙を、レティシアは“龍影”をレヴィアタンへ向けて放った。

レヴィアタンの言っていたことが本当ならば、走行中のトラックとの衝突エネルギーが拳という一点に集中して放たれるということだ。だが今から駆け出しても二人の激突には間に合わないため、少しでも動きを逸らそうと咄嗟に行った遠距離攻撃である。

 

「効かねぇなぁ‼︎」

 

レヴィアタンはそれらを腕の一振りで薙ぎ払い、援護した二人の攻撃も虚しく止まることなく東条まで到達した。東条は腕を交差させて拳を防ぐが、衝撃を殺せずに地面を削るように後退る。

 

「へぇ、吹き飛ばねぇのか」

 

感想を漏らしながらも手を緩めないレヴィアタン。再び開いた東条との距離を詰め寄って反対の拳を叩き込もうとする。

 

「無視してんじゃねぇ‼︎」

 

その横合いからレヴィアタンの拳を弾くようにして男鹿が殴り掛かった。その口にはスキットルのような水筒が咥えられており、既に暗黒武闘(スーパーミルクタイム)を発動して魔力を上げている。

そんな男鹿を潰すようにレヴィアタンは打撃を繰り出すが、男鹿は上手く決定打を捌いて殴り返していた。

 

「なるほど、凌げる程度には強化したわけだ‼︎」

 

「ハッ、“ノーネー(ウチ)ム”にも十六夜(馬鹿力)がいるんでな‼︎ てめぇなんて珍しくもねぇんだよ‼︎」

 

お互いに本気ではなかったとはいえ、圧倒的膂力を誇る十六夜と衝突して引き分けた男鹿の力量は本物だ。それはレヴィアタンが相手でも通じないということはない。

しかしそれはあくまで戦闘の中で身につけてきた我流の付け焼き刃。基本的に打撃戦を行ってきた男鹿には合っていないのも確かである。

そこへすぐさま東条も加わり、二人掛かりでレヴィアタンとの乱打戦に持ち込んだ。一見すると女性陣と合流する前と同じだが、男鹿と東条が協力関係にある今、一方的にやられて二人とも吹き飛ばされるということはない。

 

「……ッ‼︎」

 

「クッ……‼︎」

 

が、それでも対等とは言えず、腕を掴まれては振り回されて地面に叩きつけられたり、捌き切れずに攻撃を食らったりしている。鉄壁の皮膚に任せて防御も回避も基本的にしないレヴィアタンとでは攻防の手数に差があるのだ。

 

「ーーーでは、隙を見てなんとかお願いします‼︎」

 

「心得た。そちらもタイミングを見誤るなよ」

 

三人で乱打戦を繰り広げている中、それらを葵もただ眺めていたわけではない。レティシアの側に近寄って例の作戦を簡潔に説明していた。最悪の場合は男鹿と葵の二人で行える作戦だが、他の協力があるのとないのとでは成功確率は段違いだからである。

説明を終えた葵は乱打戦に割り込むべく契約悪魔であるシーサリオンーーーコマちゃんに心の中で語り掛け、自身の肉体へと宿らせることで男鹿に続いて暗黒武闘を発動した。

 

「行くわよ」

 

身体に魔力を纏い、手元に残るもう一振りの刀へと魔力を通す。レティシアの“龍影”すら弾くレヴィアタン相手に普通の刀では魔力を込めたところで斬れないだろうが、刀としてではなく魔力強化した打撃武器としては使える。それも男鹿や東条と比べれば弱いので、ヒットアンドアウェイで二人のサポートに徹するつもりだ。

 

「っと、速ぇな‼︎」

 

乱打戦に接近してきた葵に気付いたレヴィアタンは二振り目の刀も掴もうとしたのだが、葵は紙一重で剣筋をずらし的確に打撃を与えて即座に離脱した。そして出来た少しの隙を狙って男鹿と東条が踏み込み更なる乱打戦を展開する。

 

「だが……」

 

連携でレヴィアタンと渡り合っていた三人だが、疲労速度は確実に三人の方が上であった。このまま均衡を保つのも限界に近付いている。

そしてその時が訪れた。

 

「捉えた……‼︎」

 

今まで合間合間に振るわれる葵の刀を掴もうとしていたレヴィアタンだったが、急激な速さの変化に慣れ始めた瞬間、奪取ではなく破壊に切り換えた。しかも剣筋を逸らして拳の衝撃を逃がされないよう、挟み込むようにして両拳を叩きつける。

結果、葵の刀は魔力を通して強化していたにも関わらず半ばから砕け散った。

 

「……ッ⁉︎」

 

刀を破壊されてバランスを崩したところでレヴィアタンの蹴りが突き刺さる。反射的に後方へ跳んだ彼女だったが、ダメージを逃がしきれなかったのか仰向けに倒れてすぐには起き上がれなかった。

 

「葵殿‼︎」

 

レティシアは蹴り飛ばされた葵へと声を掛けて安否を確かめる。“龍影”では細かいコントロールが難しく槍で乱打戦に割り込むのはかえって邪魔になると判断して作戦を実行する隙を窺っていたのだが、もし葵が脱落してしまえば作戦そのものが成り立たなくなってしまう。

心配するレティシアの声を聞いた葵はなんとか上体を起こした。

 

「げほっ……だ、大丈夫です。まだ、やれます」

 

口元に垂れる血を拭い、ふらつきながら立ち上がる葵を見て一先ず安心する。だが長引けば不利にしかならないのは目に見えていた。

 

「二人とも、退けッ‼︎」

 

一気に仕掛けるべく、レティシアは今も乱打戦を繰り広げている男鹿と東条に対して声を張り上げた。レヴィアタンがその声に反応した瞬間、その隙に言われた二人は跳躍して離脱する。

レティシアは離脱するのを確認する前から“龍影”を伸ばし、レヴィアタンへと影を殺到させていた。

 

「そう何度も同じ手が通じるか」

 

レヴィアタンは脚を高く持ち上げ、踵落としの容量で“龍影”を踏み砕く。砕かれた“龍影”が陽に溶けるようにして消えていく中、それらを貫くように長柄の槍が空気を裂いてレヴィアタンへ投擲された。

 

「影だろうが槍だろうが同じーーー」

 

と軽く呆れていたレヴィアタンが言葉を止め、正面から殴り返そうと構えていた拳を槍ではなく頭上へ向けて突き上げる。

 

「かはっ……‼︎」

 

その拳は槍を投擲したはずのレティシアの腹部へ捻じ込まれていた。飛来してきた槍は逆の手で叩き落としている。

レティシアは“龍影”でレヴィアタンの視覚から姿を眩ませ、槍に意識を集中させてから黒い翼を展開。魔力を込めて出せる最高速度の飛翔で頭上からの強襲を敢行したのだ。

 

「不意を突くいい攻めだったが、陽動もなしじゃ届かないぜ」

 

レヴィアタンは拳を突き上げた状態で苦痛に表情を歪めているレティシアへ言い放つ。彼女の苦悶の表情は無理もない。葵と違い、後方に跳んでダメージを逃すどころか突っ込んで行ったのだ。吸血鬼としての頑丈な肉体があるとはいえ息をするのも苦しいだろう。

 

「……つ……ぞ……」

 

そんな状態で何かを呟くレティシアに訝し気な表情を向けるレヴィアタン。

何を言っているのか聞き返そうと思った次の瞬間、レティシアの手が彼の腕をガッシリと掴んだ。

 

 

 

「ーーー()()()()、ぞ」

 

 

 

直後、再びレティシアから影が迸る。

だがその動きはレヴィアタンへ向けられておらず、自分ごとレヴィアタンを包み込むようにして視界を黒く染め上げていく。

 

「動きを止めようってんなら温い‼︎」

 

レヴィアタンは影の中で強引に腕を振り回し、拳にしがみ付くレティシアを容易く振り払った。それに伴い身体の周りを囲っていた影の拘束も解ける。

その事に小さな違和感を抱く。

 

(この程度で“捕まえた”と言えるのか?……まさかーーー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じじい直伝ーーー」

 

 

 

考える間も無く彼の視界が晴れた時、目に飛び込んできたのは腰だめに拳を構えて目の前に立っている男鹿だった。

 

 

 

「心月流無刀ーーー」

 

 

 

それだけではない。振り返る暇がないので視覚での確認はできないが、聴覚に響いてきた葵の声が背後にいることを教えてくれた。

そして二人に対してレヴィアタンが反応する前に男鹿と葵は動き出す。

 

 

 

「「ーーー撫子!!!」」

 

 

 

男鹿は正面から鳩尾に、葵はその真反対から背中に撫子……戦国時代には“鎧通し”と呼ばれた技を放った。

“鎧通し”。甲冑を着て戦う戦場下で“鎧の上から相手の心臓を止める”ことを目的に編み出された、衝撃を一点に集中して貫通させる古武術の技である。

 

「グゥッ……‼︎」

 

二人の放った撫子は、これまで余裕の表情を欠片も崩さなかったレヴィアタンの表情を歪ませた。

それもただの撫子ではない。彼の頑強さを考えれば衝撃を貫通させるだけでは決定打になり得ない可能性が高いと踏んだ葵は、衝撃を貫通させるのではなく双方からぶつけて体内で爆発させるという荒技を選択した。たとえ鉄壁の皮膚を持つレヴィアタンであろうとも生物である以上は内臓まで硬いはずがない。

 

「「東条‼︎」」

 

奇しくも言葉が重なった男鹿と葵は、数歩分だけ後退して距離を空ける。東条が全力で駆け込み渾身の一撃を食らわせやすくするためだ。

 

「言われなくても分かってらぁ‼︎」

 

二人が距離を空けた直後に東条がレヴィアタンへ肉薄する。呼ばれる前から自分の役割を本能で理解して駆け出していたのだ。

 

「オラァッ‼︎」

 

東条の右ストレートはレヴィアタンの頰を完璧に捉え、超重量の身体を殴り飛ばした。殴り飛ばされた彼は、受け身も取らずに背中から落ちて軽く地面を陥没させる。

 

「倒した……わけ、じゃないわよね?」

 

動かないレヴィアタンを見て葵は確認するように声を上げる。幾ら強力な攻撃であっても、罪源の魔王を一撃で再起不能にできるとは思っていなかった。

 

「痛ってぇ……ペッ。血反吐吐くなんて何時以来だ?」

 

葵の考え通り、ゆっくりとだが確かな動きで起き上がるレヴィアタン。確かに一撃で倒せるとは思っていなかったが、それでも一撃で倒せなかったのは痛い。同じ手が二度も通じるような相手ではないからだ。

 

 

 

「……よし、合格だ‼︎ 四人とも、お疲れさん‼︎」

 

 

 

次の手を考えつつ身構えていた葵だが、そんな気の抜ける言葉を掛けられて呆気に取られる。男鹿と東条も似たようなものだが、そんな中でも冷静を保っているレティシアが彼に問い掛ける。

 

「今のが自身に課していた敗北条件なのか?」

 

「あぁ。俺に明確なダメージを与えたんだ、十分だろう?」

 

レヴィアタンならば、仮に星を揺るがす一撃を持つ十六夜が相手であろうと不意を突かれなければ対処してみせるだろう。そんな彼の隙を作り出し、見事に一撃を入れたのだ。第三者の視点から見ても及第点は超えている。

それを聞いた葵は身体の緊張を解くが、当然納得していない者達がいた。

 

「ざけんなコラ、とっとと続きやんぞ。てめぇギフトも使ってねぇじゃねぇか」

 

「俺もようやく(あった)まってきた頃だ。勝手に締めてんじゃねぇぞ」

 

男鹿も東条も、人生の大半を喧嘩に生きてきたような人種だ。それに東条は予選を通して強者との戦いを中途半端に終わらされている。最後まで戦いたいと言うのも不思議ではなかった。

 

「強気なのは好きだが、俺の戦闘系ギフトは手加減が難しいんだ。使えば今のお前達では戦闘ではなく一方的な蹂躙になる。それに、これ以上やると()()()()?」

 

意味深に言うレヴィアタンだが、もちろん本人達は理解している。戦闘の中で男鹿は右脚、東条は右拳の骨にヒビが入っていた。彼の言う通り、これ以上続けるならばヒビでは済まないだろう。

 

「ま、戦いたければ俺が消えた後に二人でやりな」

 

「あ、てめっ」

 

ゲームの負けを認めたレヴィアタンがその場から姿を消す。悔しそうにしている二人だが、消えてしまったものは仕方がない。

レヴィアタンの去り際の言葉を思い出して互いに顔を見合わせる。“この際もうてめぇでもいいなぁ”とでも言いたげな風にガンを飛ばす二人をそれぞれのパートナーが止めに入った。

 

「東条。貴方その右手が使えなくなったら喧嘩どころか仕事もしばらくできなくなるじゃない。今ならきっと簡単に治るわよ?」

 

「辰巳。骨にヒビが入った程度ならまだ戦えるが、英虎殿とそのまま戦えば間違いなく使い物にならなくなるぞ。それでもいいのか?」

 

正論をぶつけられた二人は不服そうにしながらもガンを飛ばすのを止める。それに戦いが中途半端に終わってしまったからこそ、戦いを維持するモチベーションも落ちてしまったと言えるだろう。

 

「という事で私達はリタイアしますけど、レティシアさん達はどうするんですか?」

 

「私は治療道具を持ってきている。応急処置に魔力強化すればまだ問題なく戦えるだろう」

 

男鹿はまだ続けるというので東条もごねたが、葵はなんとか東条を宥めすかして会場へと転送されていった。

 

 

森林地帯での戦い。勝者、男鹿辰巳・レティシア=ドラクレアチーム&邦枝葵・東条英虎チーム(その後、邦枝葵・東条英虎チームはリタイア)。




無事に三つ目の戦場も終わりを迎えました。残るは湿地帯と勝者達の戦いのみとなります。
色々と気になる葵・東条のギフトの説明がなされていませんが、それはまたの機会となることでしょう。


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湿地帯での戦い

まず始めに。
一ヶ月という自身で決めた締め切りを十日もオーバーしてしまい申し訳ありませんでした‼︎
空いている時間にちょくちょく進めていたのですが、予想外に難産でもう遅々として進まない進まない……。

とまぁ他にも色々と言いたいこともありますが、それは後書きに回しましょう。
それではどうぞ‼︎


湿地帯での戦い。

赤星の要望に沿って暴食の魔王・ベルゼブブとの一対一を実現させるため、ベヘモットとバティン、プルソン、エリゴスの三人はその場から離れていく。

 

「おい爺さん、露払いなんて安請け合いして後悔すんなよ?」

 

「ホッホッ、お手柔らかに頼むわい」

 

バティンとベヘモットは変わらぬ調子で会話を続けていた。移動中は軽い雑談混じりで緊張感に欠けているとは思うが、お互い普段の振る舞いの中でもすぐ動けるようにはしている。

 

「あ、始めたみたいですよ」

 

プルソンが来た道を振り返り残った二人を確認していた。かなり離れてはいるが、そこから激しく炎が舞い上がっているのが目で見える。

 

「みたいじゃの。ベルゼブブの奴もギフトを発動したようじゃし」

 

後方に続けて空を仰ぎ見れば晴れていた湿地帯に暗雲が垂れ込み、陽の光を遮るように辺り一帯を覆っていく。

 

 

 

「ーーーさて、儂らもこの辺で戦うとするか」

 

 

 

それまでと変わらないベヘモットの声音。だがそれを聞いた三人はすぐさまその場から跳び退き、プルソンを後衛・バティンとエリゴスを前衛に置いたフォーメーションを組んだ。声音ではなく醸し出す雰囲気がピリピリと伝わり緊張感を高めていく。

 

「先手は譲ろうかの。先程こちらの意を酌んでくれた礼じゃ」

 

先程とは、赤星とベヘモットが二手に分かれると言った時に大人しく付いてきてくれたことである。優勝を狙うならば乱戦に持ち込んで関門であるベルゼブブの隙を窺うべきであろうが、どういう意図があったにせよ三人は提案に乗ってきてくれた。その借りを早めに返しておこうという考えだ。

 

「……さっきまで色々と言ったものの、あんたが罪源の魔王(リーダー達)と古い知り合いだという時点で只者じゃないのは分かってる。最初から本気で行くぜ」

 

バティンが拳を、エリゴスが槍を構えるのと同時にプルソンがトランペットによる演奏を開始する。響き渡る音色は軽快で力強く、それでいて美しいため純粋に傾聴していたいと思えるような演奏だ。

しかしその音色が様々な効果を周りに付与する魔笛であることを知っているベヘモットは相手の戦闘準備が整ったことを理解した。

 

「シッ‼︎」

 

瞬時に距離を詰めたバティンが高速で拳を放つ。一撃の威力はそれほど高くない代わりに速度を追求した拳なのだが、ベヘモットはそれを苦もなく躱していく。

このまま真正面からの打ち合いでは意味がないと判断したバティンはサイドステップも入れて翻弄しようとし、横へとずれた瞬間に彼の身体で隠れた背後からエリゴスが槍を突き出した。

だがそんな不意を突く連携すらもベヘモットは軽々とあしらってしまう。

 

「ほれ、どうしたどうした。あっちのお嬢ちゃんの補助が発揮されなければ当てられんのか?」

 

「……ッ」

 

エリゴスは絶妙な槍捌きでバティンの邪魔にならないようにし、尚且つ力をしっかりと槍先に乗せて振るい続ける。さらにエリゴスと挟むように移動したバティンも容赦なく拳を振るい続ける。

 

「そんな軽い拳では簡単に防がれてしまうぞ」

 

「クソッ、爺さんのくせに俊敏過ぎるだろ‼︎」

 

エリゴスが加わったことで流石に全ての攻撃を躱す余裕はなくなったようだが、それでも手足で攻撃の悉くを防がれてしまっているのだ。悪態も吐きたくなるというものだろう。

エリゴスは槍を大きく後ろに回し、薙ぎ払いの一撃を放つ。バティンは横薙ぎの一撃に巻き込まれないよう大きく跳躍し、既に槍の攻撃範囲内から抜け出している。

 

「そんな予備動作の大きい攻撃が通じるとでもーーー」

 

ベヘモットは槍の穂先を受け止めようと右手を伸ばしーーー急激な加速によってタイミングがずれた。

 

「っと‼︎ いきなりじゃな……そろそろ本領発揮といったところか?」

 

槍が加速した瞬間、受け止めようとしていた手と反対の左手を伸ばしてギリギリ押さえ込んでいた。いつものベヘモットならば加速しただけの攻撃など瞬時に見切って右手で掴めていたであろうが、身体の動きがイメージに着いてこなかったのだ。今の攻撃はなんとか防げたものの、プルソンの付加能力(エンチャント)が始まったということはここからが本番だということである。

跳躍していたバティンが重力に従って落下しながら拳を振り下ろすのをベヘモットは躱したが、躱された拳が地面に突き刺さると(ひび)割れが生じていた。落下による衝撃を踏まえて考えても明らかに力が上がっている。

 

「おい爺さん。さっきまでと同じように行くとは思うなよ‼︎」

 

「……ッ‼︎」

 

これまであしらわれ続けた鬱憤を晴らすような過激な攻めを繰り出す二人に、ベヘモットはやれやれと嘆息する。

 

「もう少し年寄りを労わろうとは思わんのか」

 

「だったら年寄りらしく家でゆっくりしとけ‼︎」

 

「それは偏見じゃぞ?年寄りはどちらかと言えば散歩をしたりじゃなーーー」

 

軽い言葉で受け答えしているベヘモットだが、行われている攻防は見た目以上に精緻なものであった。

プルソンの付加能力で最も面倒なのは、味方に対する“強化”と相手に対する“弱体化”を常時ではなく変幻自在に付与することである。ベヘモットが弱体化を付与された中で強化された二人の攻撃を変わらず凌げているのは、偏に膨大な魔力で繊細なコントロールを実現しているためであった。

自分が弱体化した分だけ魔力強化し、相手が強化した分だけさらに魔力強化する。それを付加されたと感じた刹那の間に行うことで、ずれる動作イメージと身体機能の増減に対応しているのだ。

その細やかな対応に慣れてきたベヘモットは、一度バティンとエリゴスから大きく距離を取った。二人はベヘモットの行動の意味が分からず、プルソンから離れすぎて彼女が狙われても対処できるようにするため深追いはしない。

 

「ふむ、そろそろ此方から仕掛けるとするか」

 

左右交互に耳を穿りながらという緊張感の欠片もない動作で反撃宣言をするベヘモットだが、対面する二人はこれまで以上に集中力を高める。ずっと防御と回避のみで様子見に徹していたベヘモットが攻撃に移るというのだ。どれだけ警戒しても警戒し過ぎということはない。

ベヘモットはモスグリーンのギフトカードを手に取り、鉄でできたヌンチャクを取り出した。そして再び接近してバティンとエリゴスへ攻撃を仕掛ける。

二人とも迎撃するように拳と槍を振るうものの、すぐに違和感を感じることとなる。

 

(……攻め気が感じられねぇな。いったいどういうつもりだ?)

 

防ぎ躱していただけの宣言前に比べれば武器を取り出して自分から攻撃しているのだが、その攻撃が単調過ぎるのだ。

バティンが迫るヌンチャクを躱して右ストレートを放つと、戻したヌンチャクの鎖部分で防いで蹴りを放つ。それをバティンが避けて入れ替わるようにエリゴスが槍を突き出すと、前を向いたまま蹴りを放った片足立ちの状態で跳び上がって後ろ回し蹴りで穂先を弾きざまにヌンチャクで殴り掛かる。エリゴスは槍から片手を離してヌンチャクによる攻撃を鎧の腕部で受け止め、弾かれた槍を片手で薙ぎ払うもベヘモットはしゃがんで回避する。

このように攻撃をしては防御や回避に移り、防御や回避をしては攻撃に移る。二人相手で一人に構っている暇がないのかもしれないが、追撃はせずまるで何かのタイミングを測っているかのように単調な戦闘を(こな)していた。

 

硬直し始めた戦闘を動かすため、バティンは足元の泥濘(ぬかる)む地面を掬うように殴り上げて視覚を潰しにかかる。

広範囲に拡散して避けられないと判断したベヘモットは、とんでもないことに自身に降り掛かる全ての泥をヌンチャクで叩き落としてしまった。

そんな中、エリゴスは鎧で降り掛かる泥など露ほども気にせず槍を腰だめに構えて突っ込んでいた。さらにプルソンの“強化”も合わさり加速していく。

相対的にベヘモットは“弱体化”を受け、泥を叩き落とした瞬間を狙われて躱すことも難しい。防ぐにしてもバティンよりも力の強いエリゴスの強化された突進は慣性も合わさり蹴りで弾ける威力を超えていた。たとえ倒せなくとも確実に手傷は負わせられるだろう。

 

 

 

ーーーと、考えたエリゴスの突進は、唐突に視界から姿を消したベヘモットのいた場所を刺突するに終わった。

 

 

 

「……⁉︎ ガハッ‼︎」

 

次の瞬間、エリゴスの腹部に強烈な衝撃が幾つも走り抜け、堅固な鎧を砕いて身体を吹き飛ばした。それから起き上がる気配がなく、気絶していると思われる。

バティンは目の前で起こった現象に訳が分からず動揺を露わにした。

 

「は?いったい何ーーーガッ⁉︎」

 

バティンも気付けば吹き飛ばされていたが、エリゴスとは違いなんとか意識を保っている。

 

「グッ……」

 

「ほぉ、無意識に後方へ跳んで衝撃を軽くしたか。なかなか筋がいいの」

 

純粋に感心している様子の口調で話し掛けるベヘモットに目を向けると、悠々とヌンチャクを振り回して飄々とした笑みを浮かべていた。

が、バティンにはそれよりも気になることがある。

 

「……おい、あんた。なんで……“弱体化”が効いてねぇんだ……?」

 

バティンは不思議に思ったことを訊く。プルソンの付加能力はそこまで低くない。同レベルの敵が相手であった場合、“弱体化”と“強化”の相乗効果で単純計算なら倍近くも戦闘力の開きが出るほどだ。それを魔力で調整して二人相手に戦えるベヘモットが異常なだけである。

だが最後の攻撃する瞬間は明らかに“弱体化”が働いていない動きだった。低下していない身体機能に、調整していた分の魔力を注ぎ込んだような動きである。

 

「……ん?あぁ、悪いの。()()()()()なんで聞こえんかったわ」

 

そう言ってベヘモットは自身の耳に指を突っ込み、耳栓を取り外した。

バティンはそれで全てを理解した。外界の音を完全にシャットダウンすることでプルソンの演奏を遮断していたのだろう。

 

「そうか。あの時か、クソったれ……」

 

「あっちのお嬢ちゃんが音で相手を嵌めるのは予選で見ておったからの。小細工で不意をつけるなら安いもんじゃよ」

 

ベヘモットが反撃宣言をした時に耳を穿っていたのは、手に隠し持った耳栓を押し込んでいたのだ。

 

「ハッ……何言っ、てやがる。あんた、ほどの実力なら、小細工なしでも、()れたくせに……よ」

 

途切れ途切れに喋っていたバティンの声が尻すぼみに小さくなっていき、遂には聞こえなくなった。エリゴスと同様に気絶してしまったようである。

 

「……さて、お嬢ちゃんはどうする?できればお嬢ちゃんのような娘を殴り倒すというのは控えたいんじゃが」

 

ベヘモットは振り向きながら少し離れたところにいるプルソンに問い掛けた。

しかしその問いに対するプルソンの答えは考えるまでもない。

 

「直接戦闘の二人が倒れてしまった時点で私に勝ち目はありません。大人しくリタイアさせていただきます」

 

「ん、それがえぇ。じゃあ儂は二人の決着でも拝みに行くかの」

 

ベヘモットはプルソン達が転移するのを見届けてから、暴風が巻き起こり、炎が舞い上がっている方向へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

ベヘモット達がその場から離れて少しした後。身に纏う炎を舞い上がらせている赤星に対し、ベルゼブブは天候を支配しつつもその場で身動ぎ一つせず平然と待ち構えている。

 

「君の要望に応えるため、実力を見るという意味でも最初からギフトを展開しました。何か問題はありますか?」

 

「いや、願ったり叶ったりだ」

 

赤星としても実力差があるのは承知で勝負を挑んだが、それでも負けるつもりは毛頭無かった。格上相手だからと言って尻込みするほど気弱な性格はしていない。

 

「よろしい、では来なさい」

 

暗雲から雨が降り雷が鳴り始める中、返答を聞いたベルゼブブは片腕を持ち上げ指を伸ばし、手刀を構えつつ戦闘姿勢を取る。

 

「そのスカした(つら)、すぐにでも崩してやる」

 

赤星は上から目線のベルゼブブとの距離を一息に詰めて拳を振るい、右拳と左拳のコンビネーションで攻め立てた。

だがベルゼブブはそれら全てを手刀で払い落としてしまう。その対応は炎を纏う赤星との接触を少なくし、防御とともに拳や腕に打撃を加える無駄のない迎撃であった。手刀で迎撃しにくい蹴り技なども織り交ぜるが、そちらは最小限の動きで躱されてしまっている。

 

「格闘技術はまぁまぁですね」

 

実力を見るという発言通り迎撃しながら評価を下すベルゼブブに対し、赤星は皮肉気に返す。

 

「過大評価じゃないのか?軽くあしらわれてるようにしか感じないが」

 

「純粋に私が感じた評価を述べたまでです。その技量では私に届かなかったと言うだけのこと」

 

自分で言っておいてなんだとは思うが、事実とはいえ流石にこうも上から目線だと多少イラッとしてしまう赤星であった。

 

「ですがその纏っている炎に意味はあるのでしょうか?極力触れないようにしていますが、微量の魔力を垂れ流して派手に見せているだけでダメージを与えられるとは思えないのですが」

 

「あぁそうかい。じゃあその意味を教えてやるよ」

 

取り敢えず意地でも一発入れることを決めたが、決意一つで目に見えて強くなれるわけがない。赤星の猛攻は変わらずベルゼブブには届かず終わってしまう。

 

「ふっ‼︎」

 

今度は右斜め下から打ち上げるように拳を打ち出した。手刀で迎撃するには難しい角度であり、顎を狙っていると判断したベルゼブブは上体を逸らして躱すことにする。

想定通りにベルゼブブから見て左下から振るわれた拳を躱して顔の右側へと通り過ぎたのを確認し、

 

 

 

あり得ない軌道で方向転換した拳が裏拳の如く再び顎を狙って打ち出される。

 

 

 

「ッ‼︎」

 

突然のことで驚くベルゼブブだが、瞬時に反応してさらに上体を逸らした。さらに不安定となった体勢をバックステップとバク宙でなんとか立て直そうとする。だが赤星とて初めてできた相手の隙を逃すはずもなく間を置かずに殴り掛かった。

それでも一瞬早く迎撃可能な体勢を立て直すことに成功したベルゼブブは、赤星の左拳が迫るのを見つめながら先程のことについて考えを巡らせる。

 

(さっきのはいったい……しかし軌道が変わることを理解していれば対策はーーー)

 

ベルゼブブの思考が止まった……いや、強引に止められてしまった。何故なら余裕とは言えなくとも迎撃可能であった赤星の拳が瞬時に加速し、彼の頰へと一撃を入れたからだ。

 

「まだまだぁ‼︎」

 

それに留まらず赤星の怒濤のラッシュは尚も止まらない。左拳に続いて右拳を流れるように繋げて逆の頰を殴り、勢いを殺さず鳩尾へと左回転肘打ちを突き刺す。

普通なら威力を落とさないための無理な連続駆動で一度動きを止めざるを得ないが、初撃の拳同様に不自然な加速をした脚でベルゼブブを蹴り上げた。

赤星は手を銃の形にして空中のベルゼブブへと照準を定め、指先に炎の球体を形成する。

 

紅線銃(レッドガン)

 

球体から炎のレーザーを四筋発射し、ベルゼブブの手足を貫こうとする。あのまま打撃を与え続けられるような相手とは思えないので、予選で男鹿相手にも使用した動きを阻害するための一手だ。

球体から伸びた熱線が真っ直ぐに到達ーーーする直前、暴風が吹き荒れ全ての熱線を霧散させた。

 

「……なるほど、そういうことですか」

 

霧散させた張本人であるベルゼブブは暴風を纏って宙に浮き、重力を無視してゆっくりと地面に降り立つ。

 

「その纏っている炎は身体の推進力を得るためのブースターであり、推進力に身体が振り回されないようにするスタビライザーの役割も担っているのですか」

 

ベルゼブブの推察通り、赤星の予測困難な変則駆動の要は身に纏っている炎にあった。

赤星が左斜め上に拳を振り抜いた時は炎の逆噴射により慣性を無視して裏拳に方向転換し、拳や脚が加速した時は炎の噴射により推進力を付加していたのである。

だが人間の身体構造でそれをやれば無理な動きですぐに関節が悲鳴を上げるだろう。それを防ぐために拳や脚といった局所的な加速だけではなく、加速後の相対的な身体位置の調整にも炎の噴射を利用していたのだ。

 

「しかし炎の噴射による推進力を生み出すためには溜め、もしくは何かしらの兆候があるのではないですか?微量なりとも魔力を消費し続けてまで常に纏っている炎がその何よりの証拠でしょう」

 

「……全てお見通し、か」

 

それを隠すために纏っていた炎なのだが、完全に虚を突いた裏拳を躱されたところを見るにもう炎を出し続ける必要はないだろう。ベルゼブブ程の実力者であれば事前に予測を立てて反応することもできるであろうし、何よりも魔力の無駄である。

そう判断した赤星は纏っていた炎を消した。

 

「賢明な判断でしょう。……たとえ結果は変わらないとしても」

 

「なんだと?」

 

ベルゼブブの気配が先程の一言から変わった。上から目線なのは変わらないが、赤星の感覚的には実力を見ると言って戦っていた時より遥かに圧迫感がある。

 

「大まかな実力は把握しました。ここからは私も攻勢に転じさせてもらいます。その上で宣言しておきますが……」

 

そこでベルゼブブは一旦言葉を区切り、

 

 

 

「ーーー殺す気で来なければ一方的な戦いになりますよ?」

 

 

 

宣言とともに、周囲一帯を先程の比ではない暴風が吹き荒れた。降り(しき)る雨が一層激しく変化し、頭上では幾筋もの雷光が迸り雷鳴を轟かせる。

 

「漸くまともに戦う気になったか」

 

赤星の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

確かに自分の実力を測りたいとは言ったが、何も実力を見てもらいたかったわけではない。自分を叩き潰すつもりで戦うベルゼブブと相対する、この展開こそが本当に望んだ展開と言えるかもしれない。

 

「暴食の魔王・ベルゼブブ。その力の一端を見せてもらうぞ」

 

罪源の魔王による小手調べが終わり、その猛威が振るわれる。

 

 

 

 

 

 

「行きますよ。当たれば致命傷ですが……まぁ契約(ギアス)が機能する攻撃なので心配は無用です」

 

さらっと恐ろしいことを呟いてからベルゼブブは行動に移した。吹き荒れている暴風が強さを増して範囲を狭めていき、さながら台風の目のようにベルゼブブを中心に暴風が吹き荒れる。

意のままに嵐を操るベルゼブブは圧巻の一言だったが、赤星にはそれを眺めているだけの余裕はなかった。次の瞬間には、目に見えるほどの密度を保った風の刃がベルゼブブから放たれる。

 

(速いッ、それにデカイ‼︎)

 

赤星は知らないものの、耀も旋風を操って鎌鼬を作り出せるのだが規模が圧倒的に違う。耀の作る旋風の刃は裂傷を与える程度のものだが、ベルゼブブの作る台風の刃は容易く胴体を真っ二つにできる威力を秘めているであろうことが窺える。

地面を這うようにして迫る風の刃を跳んで躱し、空中で足場に紋章を展開してベルゼブブへと突っ込んでいく。加えて吹き荒れる風の影響を打ち消すために炎の噴射によってバランスの制御と推進力を生み出している。

 

「おおおおぉぉぉぉっ‼︎」

 

そして全身に纏った炎とは異なる、圧縮された炎が右手を包み込む。その拳は言うなれば爆弾だ。その拳が何かを殴った途端に圧縮された炎が連続して接触面での小爆発を引き起こす。

 

紅い爆発(レッドエクスプロージョン)‼︎」

 

赤星は突っ込んだ時の慣性も利用して右拳を振り抜く。だが振り抜いた右拳はベルゼブブに届く前に風圧を増した暴風の塊に阻まれてしまった。

直後に小爆発が引き起こされ、暴風と爆風がせめぎ合う。が、それもほんの少しのことであり、小爆発は暴風の前に吹き散らされて赤星さえも吹き飛ばした。

 

「うぉ⁉︎ くっ……」

 

赤星は地面をバウンドするほど勢いよく吹き飛ばされたが、すぐに体勢を立て直して再び突っ込む。だが愚直に正面から突っ込んでも先ほどの繰り返しとなってしまうので、今度は螺旋を描くようにして距離を詰めながらレッドガンを連射していく。

炎のレーザーを時間差で様々な方向から打ち込んでみたが、暴風の塊どころか纏っている暴風の壁にすら防がれてしまう。

 

(もっと貫通力のある技じゃねぇと突破できそうにないな)

 

反撃として放たれる、自らを吹き飛ばした空気砲を避けつつ分析を進める赤星。先ほど接近して殴りに行った時は放った攻撃ごと吹き飛ばされたので、それを越える貫通力がなければベルゼブブには届かない。遠距離からの攻撃では尚更だろう。

 

(もう一度接近して高貫通力・高威力の技を叩き込む‼︎)

 

攻撃方針を決定した赤星は空気砲の照準から逃れるため、紋章も展開した三次元的な動きで一気にベルゼブブへと迫る。

その途中で、今まで全身に纏っているだけだった炎が膨張して明確な形を形成していった。赤星の身体より一回り以上膨らんだ炎に目と口を模した顔のようなものが形作られ、赤星の腕と連動するように炎の腕が浮かび上がる。

端から見れば、炎でできた巨人の上半身に赤星が取り込まれているといった感じであろうか。そのまま完璧に動きが連動している炎の右腕を後方に引き絞り、力を貯めて解き放つ。

 

紅い弾丸(レッドバレット)‼︎」

 

炎の腕から解き放たれた弾丸は、普通の人間相手に使用すれば身体の三分の一を跡形もなく消し飛ばせるほどの威力を秘めている。言ってしまえば、“紅い弾丸”を人間相手に使用できるように破壊力を落としたものが“紅線銃”なのだ。

再び暴風の空気砲と炎の弾丸が激突し、今度は吹き散らされることなく拮抗する。しかしそれでも突き破るには至らず、暴風の壁を揺らすまででそれ以上突き進むことができない。

ならばと赤星は空いている炎の左腕をさらに打ち込んだ。炎の左腕による追撃は不安定になっていた暴風の壁を見事に突破し、

 

 

 

「ーーーまだまだですね」

 

 

 

ベルゼブブに難なく受け止められた。

 

「……やはり化け物か」

 

ベルゼブブは特に不思議なことをした訳ではない。魔力を手に集めて盾にしただけ、それだけで掌に焦げ目を付けることもなく赤星の技を防いだのだ。

愕然として冷や汗を流す赤星だが、ベルゼブブはそんな赤星の言葉を聞いて否定する。

 

「失礼な。今の私はギフトゲームの性質上、手加減をしなければならない状態なのですよ?それなのに圧倒されるのは()()()()()()()()()()()からに他なりません」

 

「気付いていたのか」

 

「霊格が明らかに摩耗しています。何故そのようなことになったのかは知りませんがね」

 

ベルゼブブの言う通り、七大罪のうち大魔王であるベルゼバブ以外は過去の勢力争いに敗れて霊格が摩耗したことにより力を失った。それに伴って姿形も変化し、身体の活動を停止した封印状態とも呼べる深い眠りに就いていたのだ。

そんな彼らを呼び起こすことで現代に七大罪を顕現させ、何かのために利用しようとしているのが“ソロモン商会”である。その目的や詳細は未だに不明なのだが今は置いておくことにしよう。

ともかくそうして目覚めた彼らだが、呼び起こされただけで霊格が回復するわけではなかった。結果として潜在能力の多くを引き出せていない赤ん坊のベル坊と同等の力しか発揮できていないのである。仮に今戦っているのが赤星ではなく、ベル坊やルシファーと契約している男鹿や鷹宮であったとしても罪源の魔王と単独で戦って勝つのは厳しいであろう。

 

「それで、どうしますか?」

 

ベルゼブブの問い掛けには主語が抜けていたが、言いたいことは分かる。このまま戦闘を続けるのかどうかということだ。確かに赤星が()()()()()()使える技の中に“紅い弾丸”を越える技がないのも事実であった。

 

「……ハッ。どうするか、だと?決まってんだろ」

 

弾けるように距離を取り、言葉ではなく行動で答えるように拳を構える。勝てないからと負けを認めて引き下がるほど赤星は大人しい性格ではなかった。

 

「……分かりました。戦闘続行です」

 

赤星の返事を受け取ったベルゼブブも、再び暴風を纏って拳を構えた赤星と正対する。

勝つ可能性の限りなく低い勝負からも逃げない赤星。その覚悟を認めて迎え撃つベルゼブブ。

両者は三度ぶつかり、そしてーーー

 

 

 

 

 

 

「ーーーで、戦ってみてどうじゃった?」

 

遠くから見ていたベヘモットは戦闘が終わったのを確認してから近付き、その場に立っている勝者へと言葉を掛ける。

 

「ーーー彼はこれから伸びますよ。箱庭で上を目指すならば、自然と」

 

ベルゼブブは目の前で仰向けに倒れている赤星に視線を向けたまま言う。

 

「貴方も私と戦うのですか?」

 

「いやいや、儂は此奴の意志を組んで参加したまでじゃよ。あとは若いもんに任せて年寄りはゆっくりと見物に回るとするわい」

 

倒れている赤星を担ぎ上げながらリタイアする(むね)を伝えるベヘモット。

 

「……()()()()()()()()()()()優勝も難しくないでしょうに」

 

「予選で一瞬だけ開放して疲れたんじゃよ。あまり老体を働かせようとするもんじゃない」

 

わざとらしく嘆息しながらその場から消えていったベヘモット。

何はともあれ、赤星が実力を測るという目的の達成とともに敗退が決定したのだった。

 

 

湿地帯での戦い。勝者、暴食の魔王・ベルゼブブ。




ベヘモットの戦闘がイメージできない‼︎ 原作で攻撃してる描写が一つもないし、あるとすれば初登場時の攻撃とも言えない靴ヌンチャクだけ……。取り敢えず“飄々としているイメージで余裕を持って戦う”という感じにしました。

“べるぜバブ”の人物設定がよく分からん‼︎ 特に七大罪、シルエットと実物(ルシファーとマモン)が合っていない。ということで本文にある“力の消失に伴う姿形の変化”に繋がってます。
あと早乙女禅十郎と縁のある大戦と勢力争いの戦いって別物?調べても分からないんで別物で扱ってますが、同一のものだとすれば設定として進めている年代記がだいぶ変わってしまう……。

ゴホン、失礼しました。
それと赤星が使用した“紅い爆発(レッドエクスプロージョン)”はオリ技という訳ではなく、最後の方で藤相手に使用していた技を参考にしてます。

そんなこんなでいよいよ第三章もピークを迎えつつあります。いったい誰が優勝するんでしょうね?


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更なる戦いの幕開け

今回はそれぞれの戦闘後なので、閑話的な意味合いの大きい話の内容となっています。それにより戦闘描写がないのでいつもより短いです。

それと、改めてタグを見ると“独自解釈”・“独自設定”がなかったので追加しました。

それではどうぞ‼︎


十六夜・古市チームは極寒地帯を抜け、隣接する岩石地帯を歩いていた。

 

「逆廻、いったい何処に向かってるんだよ?」

 

古市が十六夜に質問する。フルーレティ・氷狼チームを撃破した後、予定通り見晴らしのいい岩石地帯へと進んだ二人は十六夜を先頭にして進んでいた。

 

「取り敢えず分かりやすい目印になってる“あれ”の中心に行くぞ」

 

そう言って十六夜が指差す先には、分厚く黒い雲が空に広がっている。

 

「あっちのゴロゴロ言ってる雷雲?」

 

「悪天候地帯ってところか?」

 

レヴィと古市が空を見上げながら視線の先に映る景色に感想を述べた。しかし古市の推測は十六夜によって否定される。

 

「悪天候地帯なんてものは映像で見た限りではなかったよ。あれは新しく生み出されたものである可能性が高い」

 

「……マジで?そんなことができる参加者って言ったら……」

 

「あの人達しかいないよねぇ〜」

 

ギフトゲーム本戦に参加している人達のギフトはほとんど知っているが、嵐を操るギフトを所持している者など知らない。というよりもその規模でギフトを展開できる参加者など限られていた。

 

「そうだ。俺達の標的はーーー」

 

 

 

 

 

男鹿・レティシアチームは森林地帯で軽く治療を施してから動き出していた。今は草原地帯を歩いている。

 

「辰巳、脚の具合はどうだ?」

 

「問題ねぇ。砂漠やらの面倒な場所でもないしな」

 

「ダブ」

 

東条・葵チーム、嫉妬の魔王・レヴィアタンとの激闘を終えた二人は宛てもなく森林地帯を抜け出したのだが、草原地帯という見晴らしのいい場所に出たことで少し離れた空に広がる異変に気付いた。

 

「少しずつ雷雲の広がりが狭まってたが、ある程度の雷雲を残してそれも収まった。自分のいる場所を限定したのだろう。“私は此処にいる”、とな」

 

「ハッ、自分は俺達が来るのを待ち構えてるってわけか。まるでRPGのラスボスだな」

 

「それに相応しいだけの実力を備えているわけだから、(あなが)ち間違ってもいないだろう」

 

誘っていると分かっていても二人に乗る以外の考えは思い付かなかった。次の戦場となるのはまず間違いなく荒れ狂う天候の中となるであろう。

男鹿とレティシアは向かう先にいるであろう存在の実力を十分に理解しているが、だからこそ避けて通れる相手ではない。このギフトゲーム本戦を勝ち抜くためには倒さなければならない、参加者全員の多数決で参加させた強敵の一人。

 

「私達が次に狙うのはーーー」

 

 

 

 

 

ベルゼブブは湿地帯で赤星を打倒してベヘモットを見送った後、その場から動くことなく嵐を弱めつつ展開している雷雲を縮小させていた。

 

(戦闘を開始する前、此処以外に三ヶ所で戦闘の気配を感じていましたが……どうやら終わったようですね)

 

彼にはベルフェゴールのような千里眼は持ち合わせていないので確実とは言えないが、少なくとも魔力を持つ者が激しい戦闘をしている様子はないと感覚で分かる。

 

(ということは、相打ちや複数チームでの乱戦、何処とも戦闘していないチームの可能性を考慮すると残りは三チームほどですか……これは無闇に動き回るとすれ違いになりそうですね)

 

そう考えたベルゼブブは、雷雲の縮小を抑えることでギフトを解除するのを中止した。

彼のギフトは天候を操作して嵐を起こす。天候の変化は遠くからは観測しやすく、何かを探す際の目印として適している。自分が動くよりも他チームに来てもらう方が効率的だ。

それにただ雷雲を展開しているだけならば疲労はほとんど感じない。なによりも主催者の一人として、参加者にも観客にも無意味な時間を多く過ごさせることは避けなければならないと考えていた。

 

「ーーーさて。いったい何処のチームが逸早く私に気付いて挑戦に来ますかね」

 

 

 

 

 

 

「ーーーはい。というわけで現在一通りの戦闘が終了し、優勝候補が絞られてきました‼︎ 残るは男鹿辰巳・レティシア=ドラクレアチーム、逆廻十六夜・古市貴之チーム、暴食の魔王・ベルゼブブ様の三組となります‼︎」

 

黒ウサギの解説がギフトゲーム会場の広場に響き渡る。極寒地帯・海岸地帯・森林地帯・湿地帯。それぞれの戦場で行われていた戦いが幕を閉じ、参加者が相手を求めて次の戦場へと向かう時間となっていた。それを観ている観戦者にとっても束の間の休息である。

 

「現在の参加者達の移動速度と相対距離を考えますと、最初の衝突は恐らく二十分ほど後になると思われます‼︎ その間にこれまでの戦いに対する感想をお訊きしたいと思いますが、二十分というのはあくまで予想ですので何か用事のある方は今のうちに済ませておいて下さい‼︎」

 

黒ウサギの声により、ギフトゲーム本戦を観戦していた観客の中でも、チラホラと動き始める者もいれば感想や解説を聞こうとその場に留まる者と分かれていく。

 

 

 

 

 

黒ウサギ進行の下により感想や解説がなされている裏側。敗退者は参加者のために特設された控え室へと送り込まれ、負傷者の手当てや休憩所として各々に過ごしていた。

 

「貴女達、全身傷だらけね。傷痕が残らないといいけど……」

 

葵は至る所に絆創膏や包帯を巻いている飛鳥と耀を見て声を掛ける。アスモデウスとの戦いで、レティシアに変身した彼女の“龍影”による無尽の刃で斬り刻まれた傷だ。

 

「此処の温泉に入れば一晩で消えるような傷って言われたわ。どちらかと言えば精神的な疲労の方が大きいわね」

 

「葵達はレヴィアタンさんと戦ったんだよね?」

 

葵はレヴィアタンから腹部に蹴りを一撃もらった以外に外傷らしい外傷は戦いで受けていないので、二人とは違って大きな治療の跡はない。

 

「最初は男鹿達とも戦ってたけどね。途中からはレヴィアタンさんを倒すために共闘してたわ」

 

ちなみに東条と鷹宮は治療を施すと何処かへと行ってしまい此処にはいない。赤星、フルーレティ、バティン、エリゴスは気絶してベッドに寝ており、ベヘモットとプルソンは少し離れた所で話している。氷狼はフルーレティのそばで一緒に寝ていた。

 

「確かに勝ちはしたのだけれど……ああもあっさりと主催者席に戻られると、ちょっと悔しいわね」

 

飛鳥が言いながら部屋の窓から外を見ると、アスモデウスが黒ウサギに感想を訊かれて答えていた。その横にはレヴィアタンもおり、二人とも表面上は無傷で涼しい顔をしている。

 

「二人は残ってる人達で誰が優勝すると思う?」

 

耀の質問に飛鳥も葵も真剣に考えてみるが、すぐに結論は出た。

 

「勝ち残っているメンバー全員の全力を見たことがないから、なんとも言えないかしら」

 

「それに男鹿は予選で見せた技を使ってないし、帰ってきて映像を見たら古市君はレヴィさんといつの間にか契約してたもんね」

 

十六夜とベルゼブブは言うまでもなく規格外だが、実際にはレティシアも王臣としての力を出し切ってはいない。まだまだ予想を立てるには不確定要素が多すぎる。

 

「でも、此処まで来たら本当に罪源の魔王を倒してほしいところね」

 

「そうだね。私達、“魔王を倒すためのコミュニティ”だもんね」

 

罪源の魔王は白夜叉やレティシアと同じく元魔王で、さらにギフトゲーム仕様に実力を制限しているが、アスモデウスにもレヴィアタンにも勝ちはしたものの倒したとは言えない。

三人は黒ウサギ達のいる壇上から視線を外し、ベルフェゴールの作り出した空間の亀裂から流れる映像を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

ベルゼブブが雷雲を縮小させてから十数分が経過したが、現状に変化は訪れていない。

 

(……誰も来ませんね。もしや私の雷雲も舞台エリアの一つとして捉えられているのでしょうか?)

 

憤怒の魔王・サタンが作り出した今回のゲーム盤は入り乱れた環境が凝縮された舞台だ。舞台の一部しか知らない参加者が変わらず停滞している雷雲を見て、舞台装置の一つだと認識していてもおかしくないという考えが頭に(よぎ)る。

 

(これ以上誰かが来るのを待つのは得策ではないかもしれませんね。しかし、他の方法で短時間のうちに参加者を探し出すとなるとーーー)

 

ゲーム展開というよりもゲームの進行について考慮し始めるベルゼブブ。

 

 

 

その時、爆音とともに何かが飛来し、ベルゼブブの前方にある地面が弾け飛んだ。

 

 

 

その余波で割れた地面や泥水が辺り一面に撒き散らされるが、ベルゼブブは自身に降り掛かるそれらを暴風の壁で弾き飛ばす。

 

「ーーー良いタイミングで来てくれました。もう少し待って何もなければ何かしら働き掛ける必要を感じていましたから。……到着者第一号は貴方達ですか」

 

撒き散らされた土砂が次第に晴れていき、その中心から三つの影が現れた。

 

「ヤハハ、よかったなお前ら。俺らが一番乗りだってよ」

 

「うっぷ……逆廻、お前急に掴んだと思ったらめちゃくちゃな勢いで跳びやがって。吐くぞコラ」

 

「古市君、汚いから吐かないでね?」

 

「レヴィさんは跳躍前ねちゃっかり実体化を解いてたし……」

 

現れたのは十六夜、古市、レヴィの三人だった。三人の会話を聞く限り、ベルゼブブを見つけた十六夜が古市の腕を掴んで長距離を一気に跳躍してきたようだ。

 

「おや。レヴ()アタ()さんは予選時に観客席にいたと記憶していましたが……まさか契約して本戦から参加してくるとは思いませんでしたよ」

 

「予選見ててみんな楽しそうだったからね。私も久しぶりに遊びたくなったんだよ」

 

活発そうな笑みを浮かべて本当に楽しそうにしているレヴィ。それに乗っかるように十六夜も獰猛な笑みを浮かべている。

 

「魔王サマとガチンコで戦える機会なんて少ないからな。罪源の魔王(あんたら)の参加を聞いてから戦えるのが待ち遠しかったぜ」

 

「俺はできることなら()りたくなかったなぁ……」

 

その横では現実逃避するように古市がブツブツと呟いていた。まぁ十六夜と組むことが決まった時点でそれが叶わぬ願いであったことはまず間違いないだろう。

 

「では貴方が待ちに待ったボーナスステージ、暴食の魔王・ベルゼブブ戦を開始しましょうか」

 

ベルゼブブは縮小させていた雷雲を再展開して雷鳴を轟かせた。それに伴って雨や風が激しさを増していき、瞬く間に嵐が天候を支配する。

ギフトゲーム本戦も佳境に差し掛かり、勝者達による最後の戦いが幕を開ける。




いつもより短いと言っても4000文字程度はあるんですよねぇ。
第三章、特にギフトゲームに入ってから8000文字とかが普通になってたから感覚が狂ってきている気がする……。


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“乱地乱戦の宴”・最終決戦【前編】

すみません、少し遅れました‼︎

いよいよ戦闘開始です。長かったこの章も予定では残りあと数話、最後まで盛り上げていきたいなぁ。

それではどうぞ‼︎


ベルゼブブのギフトが展開されるにつれて雨風が強まる中、彼に相対するのは十六夜・古市・レヴィの三人である。

 

「なぁ、戦う前に一つ聞いておきたいんだが」

 

「どうしました?」

 

戦闘前の緊張感に包まれながら十六夜はベルゼブブへと話し掛けた。とはいえ緊張感に包まれているだけで本人は微塵も緊張など感じていない。

 

「ギフトゲーム中に課せられてる制限ってのはどれくらいなんだ?」

 

「……おい逆廻、変なこと考えてないだろうな?」

 

十六夜の言葉を聞いた古市は嫌な予感がして止めに入ったのだが、

 

「変なことなんて考えてねぇよ。レヴィ風に言うならエンターテイメントだ」

 

「やっぱり逆廻君とは気が合いそう♪面白いことは大歓迎だよ‼︎」

 

十六夜とレヴィの楽しそうな表情を見て無理だと諦めた。十六夜一人でも抑えられないというのに、そこにレヴィが加わってしまえば尚更だ。

そんな三人の様子を見ながらベルゼブブも十六夜の質問に答える。

 

「質問の答えとしては三つです。霊格とギフト、霊格のみ、ギフトのみの順に制限レベルが下がり、最後は制限なしとなります。まぁ我々が下層でのギフトゲームに参加する時は、基本的に霊格とギフトの制限になりますが」

 

()()()()、ということは今回は外せるって考えていいんだよな?」

 

十六夜は第四予選を決める時にマモンが言っていたことを思い出す。

“勝ち残った参加者の戦闘力は中層寄り”ということは、対応する罪源の魔王も下層レベルではなく中層レベルにならなくては対処できないはずだ。

 

「確かに霊格とギフトの制限のうちギフトの制限を解除することはできますが、お勧めはしませんよ?今回参加した中ではアスモデウスさんが最もギフトの制限を外すのに適しているのですが、私とレヴィアタンさんのギフトは制限を外すのに向いていませんから」

 

海岸地帯で戦っていたアスモデウスが基本的に使用するギフトは他者の模倣。たとえギフトの制限を外したとしても模倣する存在を選ぶことで相手の力量に合わせたゲームメイクが可能な、主催者としても興行に向いたギフトである。

そんな彼女に比べて森林地帯で戦っていたレヴィアタンは、ギフトを制限どころか使用すらしていなかった。生来からの鉄壁の皮膚に格闘術と併せてギフトを使用すれば、魔力増幅法を使っていなかったとはいえ男鹿・レティシア・東条・葵の四人を相手に蹂躙できると豪語している。

そして分かっているベルゼブブのギフトは天候を支配して嵐を巻き起こすというものだが、規模が大きい分だけ匙加減が難しいのだろうか。あまり制限を外すことに乗り気ではない。

しかし十六夜は全くと言っていいほど諦めていなかった。

 

「つまり、制限を外さざるを得ないほどあんたを追い込めばいいってわけだ」

 

「それを望むならばそうするのが一番でしょうね。主催者としても参加者としても、ただ負けるわけにはいきませんから」

 

言い終わると同時にベルゼブブは暴風を纏い、臨戦態勢を取る。

 

「さて、お喋りはこの辺にしておきましょうか。貴方達も待ち望んでいたのでしょう?罪源の魔王(我々)と戦うことを」

 

「そうだな。それに会場で観客も待っていることだろうし、ちゃっちゃと始めるとするか」

 

十六夜は暴風を纏ったベルゼブブへと向けて拳を構え、その横で古市とレヴィも魔力を高めて身体をいつでも動かせるようにする。

お互いに戦闘準備を整え、すぐさま両者は戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

軽い言葉で戦闘の開始を告げた十六夜。その軽さとは裏腹に初手は力任せの突貫ーーー極寒地帯の雪同様、泥濘(ぬかるみ)が足を絡め取って第三宇宙速度を出せない中でも尋常外の速度で突っ込んだ。

真正面から突撃してきた十六夜に対し、ベルゼブブは特大の鎌鼬を放って迎え撃つ。

 

「ハッ‼︎」

 

十六夜の速度に対応できるベルゼブブも流石だが、人体など容易く斬り裂ける威力を内包した鎌鼬を十六夜は拳一つで打ち砕いた。その勢いを殺さずに暴風の壁すら突き破った十六夜はベルゼブブ本人へと拳を放つ。

 

「大した速度と破壊力ですね。今の私が真正面からぶつかるのは分が悪いかもしれません」

 

ベルゼブブは突き出された十六夜の腕を側面から弾き、弾くのに使った腕の肘でそのまま十六夜の顎をかち上げた。

今のベルゼブブは、常人からすれば別だが決して十六夜より速いわけでも力が強いわけでもない。しかし全身駆動速度では負けていても腕や足といった局所的駆動速度で追いつき、圧倒的な戦闘経験で手に入れた技術を駆使して十六夜の突っ込む勢いを利用したカウンターを入れたのだ。

“火龍誕生祭”での十六夜と男鹿の戦いに様相は似ている。あの時と違うところは、分が悪いというだけでやろうと思えば真正面からでも戦えるであろうベルゼブブの戦闘力である。

顎をかち上げられ、一瞬だけ無防備となった十六夜へそのまま追撃しようとするベルゼブブだったが、

 

「させないよ‼︎」

 

レヴィが十六夜の後ろから水の槍を飛ばして追撃を阻止した。嵐による雨風が強いということは空気中の水分も多いということであり、それは水の三態を操ることができるレヴィにも適した戦闘フィールドでもあるということだ。

すかさず暴風壁を再展開されて水の槍は吹き飛ばされるが、その暴風によって十六夜も吹き飛ばされることとなり追撃はなんとか免れた。

吹き飛ばされた十六夜は空中で姿勢を整えて難なく着地する。

 

「助かったぜ、レヴィ。やっぱ正面突破を許すほど甘くはないか」

 

「どういたしまして。でも、暴風壁(あれ)がある限り遠距離攻撃では隙も作れそうにないねぇ」

 

十六夜が暴風壁を蹴散らして近接戦闘を行っている間ならともかく、少しでも間が空くと暴風壁が再展開されて生半可な遠距離攻撃は通用しなくなってしまう。レヴィの戦闘スタイルは近接戦闘の嗜みもあるが基本的に中・遠距離主体の攻撃であり、彼女が最も効率的に戦うには暴風壁を展開されないようにする必要があった。

 

「おい古市。もう温存なんて考えずにティッシュ使ってお前も近接戦闘に加われ」

 

「まぁそうなるよな……」

 

古市も仕方なく残り少ない魔界のティッシュを取り出すことにする。

古市は幾度となく“ベヘモット三十四柱師団”の悪魔と簡易契約することで、拙いながらも彼らの戦闘技術を再現させてきた。しかしそんな付け焼き刃が通じるような相手ではないと一度の攻防で古市にも理解させられたのだ。戦うには戦闘技術を身につけた柱師団の悪魔を呼び出すしかない。

 

「じゃ、早くしろよ‼︎」

 

「できるだけ強い人引いてね‼︎」

 

古市がティッシュを取り出している間、今度は十六夜だけでなくレヴィも一緒にベルゼブブへと突っ込んでいく。古市が簡易契約するまでの時間稼ぎだ。

 

「残り少ないんだから頼むぞ。せめて柱爵以上‼︎」

 

はっきり言って罪源の魔王が相手では簡易契約しても柱将では心許ない。ここは古市の運を信じて神頼みである。

古市は両鼻にティッシュを詰め、現れる柱師団の悪魔を待つ。

 

 

 

「ん〜、これが簡易契約かぁ。ついに俺も呼び出されちゃったっぽいね」

 

 

 

現れたのは銀色の長髪に能面のような笑みを浮かべる男……サラマンダーだ。彼の魔力は精神に作用する炎であり、記臆を消し去ったり特定のリズムで見せることで催眠状態にすることができる柱爵の一人である。

確かに古市の望んだ通り柱爵を呼び出せたのだが、

 

「えっと……サラマンダーさん、でしたっけ?」

 

「うん、そうだけど?」

 

「……付かぬ事をお訊きしますが、あそこに飛び込めますか?」

 

古市が指差す先には、十六夜が縦横無尽に攻撃を仕掛ける中でレヴィが幾つもの水の槍による援護射撃を行い、それを格闘術と暴風によって退け反撃するベルゼブブがいた。

 

「う〜ん、無理だね。ほら、俺って頭脳労働派だからさ。あれが用事なら帰っちゃっていいかな?」

 

そう、彼の炎は精神に作用するものであって物理的な炎としての役割を果たさない。何より男鹿と東条に油断していたとはいえ不意打ちの一撃で叩きのめされた過去がある。本人も言っている通り肉弾戦は専門外なのだろう。

 

「……はい。ありがとうございました〜……」

 

サラマンダーの要望に、静かに鼻からティッシュを抜く古市であった。

 

「クソッ、ティッシュも文字数も無駄使いしちまった‼︎ 次こそは……ってもう一枚しかねぇ⁉︎」

 

元の世界から使い始めて、今まで何度もお世話になった魔界のティッシュが遂に切れてしまった。残る一枚、次も戦えないか実力の足りない柱師団の誰かを呼び出してしまったら終わりだ。

 

「えぇい、もうなるようになれ……‼︎」

 

最後の一枚だが、躊躇したからといって呼び出せる柱師団の確率が変動するわけでもない。古市は最後のティッシュを両鼻に突っ込んだ。

 

 

 

「ーーーまた俺を呼び出したのか、小僧」

 

 

 

最後の一枚で現れたのは傷跡が刻まれた顔に赤髪と筋肉質で大柄な男……“ベヘモット三十四柱師団”の二代目団長、“狂竜”・ジャバウォックであった。

 

 

 

 

 

 

「っ‼︎ 来たぁ‼︎ 古市君ナイス引き運‼︎」

 

レヴィは興奮気味に叫ぶと、()()()()魔力を引き出していく。

通常の悪魔契約では、悪魔は魔界以外で本来の魔力を発揮する触媒として契約者を選び、契約者は悪魔から魔力を引き出し自らの力として使う。

しかし、古市は複数の悪魔ーーーこの場合はレヴィとジャバウォックーーーと契約・簡易契約状態にあり、複数人から魔力を引き出せるのだ。まぁ魔力を引き出せるからといって使いこなせなければ意味はないのだが、単純に魔力量が増えて二人分使えることとなる。

そしてこれが一番の利点なのだが、複数の悪魔による魔力が古市の身体を介することで、互いに魔力のやり取りをすることができる。つまり、魔力量の多い悪魔が集まれば集まるほど戦闘に使用できる魔力が増大していくということだ。

 

「逆廻君、下がって‼︎」

 

これまでの水の槍に倍する量を、倍する速度で打ち出すことで十六夜が後退する隙を作り出す。

しかし、暴風壁を打ち消していた十六夜が後退したため暴風壁を再展開することで全ての水の槍は吹き飛ばされて霧散し、

 

 

 

次の瞬間、ベルゼブブの周りが大爆発を引き起こした。

 

 

 

「……お前、えげつねぇ技使いやがるな」

 

水魔の空爆(アクア・フレア)。魔力をごっそりと持っていかれるから連続しては使えないんだけどね」

 

レヴィはベルゼブブの周囲にある水を一瞬で気化させることによって、水の体積を一〇〇〇倍以上に増やして水蒸気爆発を引き起こしたのだ。今も水蒸気による白煙が立ち昇っており、ベルゼブブがどうなったかは分からない。

 

「でも、多分やれてねぇぞ」

 

しかし十六夜は自惚れでもなんでもなく、自身の速度に着いてきて打撃をいなせるベルゼブブが無抵抗に水蒸気爆発の直撃を受けたとは思えなかった。

 

「うん、私もそう思うよ。久しぶりに使ったけど全盛期と比べたら威力は全然不十分だったしねぇ。それでもまぁギフトの制限くらいは外せたんじゃないかな?古市君も強い悪魔を呼び出せたみたいだし、本番はここからだよ」

 

レヴィ自身も十六夜の意見に同意しており、会話をしながらも戦闘姿勢を崩してはいない。

 

「ーーーいやはや、まさかいきなり爆発するとは思いませんでした。確かに貴方方が相手ならギフトを解放してもよさそうですね」

 

そして二人の予想通り、白煙の中からベルゼブブの声が聞こえてきた。

さらに白煙が晴れて現れた姿はボロボロだったが、その素振りにダメージから来る動作の違和感などは見られない。よく見れば露出している肌は擦過傷程度の傷しか付いていないのが分かる。

 

「あれぇ?もうちょい爆傷とか熱傷みたいな傷があってもいいと思ったんだけど……何したの?」

 

「それはーーー」

 

レヴィの疑問に答えようとベルゼブブが話し始めた瞬間、古市ーーーではなく古市の身体に憑依したジャバウォックが突っ込んでいた。その手には荒々しくも圧縮された魔力が纏われている。

即座に反応したベルゼブブだが、十六夜に対して行っていた逸らす打撃ではなく迎え撃つ拳を放っていた。

 

 

 

轟ッ‼︎ とジャバウォックの拳から魔力による漆黒の奔流が迸り、

 

バチバチッ‼︎ とベルゼブブの拳から紫電の閃きが駆け抜ける。

 

 

 

両者から放たれた力は互いに反発し合う。それでも両者とも引かずに反発するエネルギーを力尽くで抑え込み、二人は拳を突き合わせた状態で静止した。

 

「ほう……」

 

「すみませんが、話している途中ですので後にしてもらえますか?それともこのままーーー」

 

ベルゼブブの言葉を無視してジャバウォックは一歩踏み込み、突き合わせていた拳とは逆の拳をさらに打ち込む。

今度は弾くでも迎え撃つでもなく、ジャバウォックの拳を掌で受け止めたベルゼブブ。予選で見た古市とは桁の違う強さを前に、今の力量を測るためだ。

 

(これは想像以上……十六夜()と比べるならば全体的に下ですが、それを補って戦闘慣れしていますね)

 

「確か此処は箱庭とか言ったか。期待以上に楽しめそうだ‼︎」

 

こうしてベルゼブブが分析している間にもジャバウォックの猛攻は続いていた。洗練されているとは言えないが、行動一つ一つの繋ぎ目にも隙の少ない動きである。

 

「……結局ベルゼブブさんは何をしたんだろう?」

 

レヴィの疑問に答える前にジャバウォックが割り込んでしまったため、彼女の疑問は未だに解消していなかった。

 

「ま、雷が使えるみてぇだし膨張した水の体積を雷で焼き尽くしたってところじゃねぇか?」

 

十六夜はジャバウォックが奇襲した時の紫電を思い浮かべる。どうやらベルゼブブは嵐を操るだけでなく、直接身体から嵐の要素を発することもできるようだ。迎え撃った姿などは男鹿のゼブルブラストとかなり酷似していた。

 

「しかしベルゼブブの戦闘は受けの姿勢が強いな」

 

十六夜が最初に突っ込んだ時もそうだったが、自分からは動かずに迎え撃つ形が多い。今は様子見も兼ねているのかジャバウォックが押しているように見えるが、単独で戦わせ続ければ必ず大きな反撃に合うだろう。

 

「そろそろベルゼブブも攻勢に出るだろ。その前に俺達も行くぞ」

 

「りょうか〜い」

 

今度は二人で並走してベルゼブブへと走り出す。一回目・二回目のように十六夜が高速で突っ込まないのは、近接戦闘中の古市(inジャバウォック)の邪魔にならないようにするためだ。下手をすればベルゼブブに十六夜の攻撃を逸らされて古市へとぶつけられる可能性もある。

そういうわけで今回は単身突撃しなかったのだが、それが功を奏した。……十六夜ではなくレヴィにとって、だが。

十六夜は突然足を止めると、並走していたレヴィを有無を言わせず抱き寄せる。わけも分からず急なことに呆然とする、という彼女の反応よりも早く十六夜は拳を突き上げ、

 

 

 

雷鳴の轟きに加え、衝撃波を伴って落ちてきた雷と十六夜の拳が激突して雷を霧散させた。

 

 

 

「……なるほど、ギフトの解放に非推奨的になるわけだ。下層で雷に対応できる奴なんて限られてるだろうからな」

 

十六夜は突き上げた拳を下ろしながら一人納得していた。

雷の速度は、環境によって変化するものの一五〇〜二〇〇km/秒。この数値を分かりやすく例えるならば、十六夜の出せる第三宇宙速度の約十倍である。常人には反応することすら難しい速度だ。

 

「……えっと。助けてくれたことには感謝してるんだけど、そろそろ離してもらえると嬉しいかな?」

 

と、十六夜が納得しているところに抱き寄せられたままのレヴィが声を掛けた。困ったように苦笑いを浮かべており、頬には薄く赤みが差している。

 

「ん?あぁ、悪い悪い」

 

そんなレヴィの羞恥など十六夜は知る由もなく、サッと抱き寄せていた腕を離した。十六夜はあくまで冷静に現状の把握に取り掛かる。

 

「しかし、これはベルゼブブ()レヴィ()で相性が悪いな」

 

「……はぁ、今回はここまでだね」

 

十六夜はあえて口に出さなかったが、レヴィはこの状況でできる最善の手が何かを理解していた。

古市は今、ジャバウォックを身体に憑依させて二人分の魔力で身体機能を強化している。それによってベルゼブブと単身戦えるまでになっているのだが、雷を多用されてレヴィが倒されれば一気に使用できる魔力量が減ってしまう。

しかしそれを防ぐのは実は簡単で、レヴィが実体化を解いて攻撃される機会をなくせばいいのだ。

 

「いいのか?わざわざ古市と契約してまで本戦に乱入したってのに」

 

十六夜もそれが分かっているため、レヴィの呟きの意味をすんなりと理解できた。

十六夜がそれを口に出さなかったのは、ギフトゲーム本戦で戦うのをレヴィが楽しんでいたからだ。もし十六夜とレヴィの立場が逆だった場合、ここで消えるのは断固拒否する自信が彼にはあった。

 

「契約は誰でもいいわけじゃないよ。古市君は素質的にもいいと思って契約したんだから。……それに私は負けるのも好きじゃないの。だから後は任せるね‼︎」

 

そう言って実体化を解いたレヴィ。少し急ぎ気味にも感じられるが、こうしている今も二人の戦闘は続いているのだ。どうせ消えるのなら早く消えて十六夜を参戦させた方が有利という彼女の配慮である。

十六夜がレヴィの消えた横から視線を前へと向けた時、今度は前方から雷が迫ってきた。

それを先ほどと同様に拳で打ち消したのだが、身体から直接生成したためかは分からないものの威力も速度もさっきの雷より劣っているように十六夜は感じた。

そう思って戦っている二人へ改めて目を向けたが、その二人は距離を置いていて戦っていなかった。加えて互いを見ておらず、十六夜とは逆の方向に向いている。

十六夜はさらに視線を前方へと向け、二人が見ているものを確認して自然と笑みを浮かべていた。

 

「よう、お前らも来たのか」

 

そこにいたのは、赤ん坊を背負い学生服を着た短い黒髪の男と深紅のレザージャケットに奇形のスカートを穿いた美麗な金髪の女性ーーーベル坊、男鹿、レティシアの三人であった。

十六夜の言葉に男鹿は明確な意思を持って告げる。

 

「派手にやってんな。俺達も混ぜろよ」




古市君、さらに強化設定をぶち込みました‼︎
実際のところ、柱師団のみんなと契約した原作古市の強さはどれくらいで、複数契約特有の強みのようなものはないのか気になります。

なんか、色々と書いているうちに戦闘力の調整が崩れている気がする……。


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“乱地乱戦の宴”・最終決戦【中編】

早くも“アンダーウッド編”の構想が頭に浮かんできて、逆に今が進まない……。

少し遅くなりましたが投稿できました‼︎
今回はちょっと文が入り乱れているかもしれませんがご了承ください。

それではどうぞ‼︎


男鹿達が戦闘に乱入する少し前、十六夜達とベルゼブブの戦闘が今まさに始まろうとしていた頃まで時間を遡る。

 

「……ん?」

 

「あん?どうした?」

 

順調に雷雲の中心へと歩みを進めていた男鹿達だったが、急にレティシアが足を止めて空を見上げ始めた。

 

「いや、急に雷雲が広がり出したような……」

 

既に雷雲の下に入り込んでいて三人とも雨風に晒されているのだが、そんな中でレティシアは雷雲の動きに違和感を感じたようだ。

彼女は空を見上げたまま来た道である背後へと振り返り、雷雲と晴天の境界線を確認する。

 

「やはり、歩いた距離と雷雲の広さが合わないな。加えて雨風も強くなってきていて、今もなお雷雲は広がり続けているとなると……」

 

「何言ってんだコイツ?」

 

「ダゥ?」

 

ブツブツと独り言を漏らしながら考えをまとめているレティシアを見て、不思議に思いながら顔を見合わせる男鹿とベル坊。

かなり失礼な物言いの男鹿だったが、レティシアは特に気にせずその呟きに返事を返した。

 

「つまり、ベルゼブブ殿かアスモデウス殿……まぁギフト的にベルゼブブ殿だとは思うが、ギフトを展開し始めたようだ」

 

「だから何だってんだ?」

 

その説明を聞いても理解力の乏しい男鹿には分からなかったようで、レティシアは簡潔に結論だけを答えることにする。

 

「ベルゼブブ殿が誰かと対峙または戦闘している可能性が高い、ということだ」

 

「何ッ⁉︎ 何処の何奴だ‼︎ 俺達の獲物を横取りしようって奴は‼︎」

 

「別に私達の獲物というわけではないが……って待て待て‼︎」

 

レティシアは自身の言葉を聞いて走り出した男鹿の腕を掴み、考えなしに猪突猛進しようとする男鹿を何とかその場に留まらせる。

 

「早く行きたいのは分かるが、地面を走っていくのは効率が悪い。かといって紋章術で空を走るのは魔力節約のため避けたい」

 

「じゃあどうすんだよ?」

 

「私が飛んで運ぼう。速度を出し過ぎなければ魔力の消費は抑えられるはずだ」

 

この提案は魔力の節約だけでなく応急処置を施した男鹿の右脚への負担を減らすことも多少含まれていたが、過剰に心配しても逆に煙たがれるだけだと彼女は判断して口に出さなかった。

 

「あぁ、火龍の祭りん時みてぇにか。んじゃあとっとと頼む」

 

納得した男鹿はくるりとその場で回ってレティシアに背中を向ける。

レティシアも宣言通りに行動しようとして腕を伸ばし……触れる寸前でピタッと動きを止めた。

 

(そうか、飛んで運ぶとなると抱き付かなければならないのか……あの時の私はよく何も考えずに辰巳を抱えて飛んでいたな……)

 

「……おい、早く行かねぇのか?」

 

「あ、あぁ。すまない」

 

改めてやる事を意識してしまい頬を薄く紅潮させていたレティシアだったが、男鹿に促されてハッと意識を浮上させる。

彼女は可能な限り意識しないように自らの腕を男鹿の腰へ回してから黒い翼を展開し、ゆっくりと飛翔を開始して徐々に雷雲の中心へ向けて速度を上げていくのだった。

 

 

 

 

 

飛翔すること数分から十数分。雨風が強くて遠くまで見通せない中、レティシアは感覚だけを頼りに雷雲の中心へと飛翔していく。もうそろそろ見えてきてもおかしくないと考えていた彼女だったが、次の瞬間には前方から爆発音が聞こえてきた。

 

「近いな。流石にもう戦闘は始まっているか」

 

爆発音が聞こえてきた方向に進路を修正して更に速度を上げると、今度は辺り一帯から迸った落雷による轟音が響き渡る。

数十秒ほどの飛行で見えてきた戦場では、古市とベルゼブブが激しい肉弾戦を繰り広げていた。

 

「レティシア‼︎ 此処でいいから下ろせ‼︎」

 

まだ少し距離があるのだが、戦闘を見た瞬間に雨風の音を掻き消すように男鹿は声を張り上げる。

実際には密着しているため声を張り上げなくとも会話は通じるので、レティシアは速度を落として滞空しながら普通の声音で訊き返す。

 

「何故だ?あと少しで着くと言うのに」

 

レティシアの至極もっともな疑問を聞いた男鹿は、溜息を吐きながら呆れたように言う。

 

「お前は乱入の美学ってもんが分かってねぇなぁ。もし自分が戦ってる時に“あ、俺達も来たんで喧嘩に混ぜてくんね?”なんて言われてみろ。白けんだろうが」

 

「そういうものだろうか……?」

 

「そういうもんなんだ、よ‼︎」

 

男鹿は自分の主張を述べると強引にレティシアの腕から抜け出し、支えのない空中へと身を躍らせた。残り少ない距離を落下しながら詰めるために紋章を展開して足場にし、落下の衝撃を吸収しながら段々と地上を目指す男鹿。レティシアもそれに追従して男鹿の後を追う。

まだ少しだけ二人とは離れている場所まで辿り着いたところで男鹿は右拳に雷電を纏わせ、着地すると同時に古市とベルゼブブへ向けて“魔王の咆哮(ゼブルブラスト)”を解き放った。

戦闘中で感覚が鋭敏になっていた二人はすぐさま男鹿の攻撃に気付いて回避行動を取り、回避されたことによって意図せず戦闘から離れていた十六夜へと雷撃は突き進んで霧散させられる。

 

「よう、お前らも来たのか」

 

獰猛な笑みを浮かべながら言葉を投げ掛けてくる十六夜に対し、男鹿も同様の笑みを浮かべて言い返した。

 

「派手にやってんな。俺達も混ぜろよ」

 

 

 

 

 

 

そうして話は現在へと至る。

割り込んできた男鹿を見てジャバウォックは愉しそうに口端を釣り上げた。

 

「男鹿辰巳、お前も参加していたのか。こうも早くリベンジマッチを果たせるとは運がいい」

 

「この魔力の感じ……てめぇ、ジャバウォックか」

 

古市らしからぬ獰猛な笑みと身に覚えがある刺すような魔力の圧迫感により、彼が呼び出した柱師団の悪魔を男鹿は言い当てる。一度は激闘の末に倒しているものの、その時のジャバウォックは未契約状態であった。男鹿も箱庭へ来て更に強くなっているとはいえ、再び勝てるという保証はない強敵である。

 

「お前ら随分とボロボロだな。いったい誰と()り合ったんだ?」

 

「レヴィアタン殿だ。とは言っても私達だけではなく、葵殿や英虎殿と流れで共同戦線を張って何とか勝利したのだがな。その後色々とあって二人はリタイアした」

 

「ほう、レヴィアタンさんを倒されたのですか。今回出場した罪源の魔王(我々)の中では彼をクリアするのが一番困難だと思っていたのですが……やりますね」

 

レティシアの言葉を聞いたベルゼブブは素直に感心していた。自身やアスモデウスがレヴィアタンより劣っているとは思わないが、相性というものがあるのだ。

今回のギフトゲームで彼らから勝利を収めるためには、打倒できる可能性が低い以上ダメージを与えて実力を認められることが必要となる。そういう意味ではレヴィアタンの鉄壁の皮膚は参加者の大半にとっては鬼門であった。彼の皮膚はダメージをほとんど通さないので、まず有効な攻撃手段がなければ相対した時点でほぼ詰みなのだ。

そんなベルゼブブの評価などどうでもいいと言わんばかりに、話の途中で男鹿が魔力を高め始めたことから会話は中断となる。

 

「もう話はその辺でいいだろ。……てめぇら相手に様子見なんてしねぇ。ーーー最初から全開だ」

 

男鹿の右手に刻まれた契約刻印が輝き、その契約刻印が左手へと広がっていく。更に空中に紋章が顕現して巨大化していき、雷雲に覆われ暗くなっていた周囲一帯を照らし上げた。

 

「……なるほど。“お父さんスイッチ”などとふざけた技名の、技とも呼べなかったものの完成形か」

 

肌がざわつく程の魔力を前に、ジャバウォックは過去に男鹿と繰り広げた激闘を思い出していた。

当時、魔力も(から)となり意識も半分飛んだ状態の男鹿に逆転を許したジャバウォック。その事実に“男鹿が覚醒した”と思っていたが、魔力を極限まで高めるこの技が誕生する前触れだったのだ。

 

「ーーー魔王の聖域(ゼブルサンクチュアリ)。さぁ、喧嘩を始めようぜ」

 

男鹿が魔力増幅法ーーー“魔王の聖域”を発動するとともに、レティシアも漆黒の翼を展開した。続けてギフトカードから長柄の槍を取り出して戦闘態勢を取る。

 

「ハッ、こっちも望むところだ……と言いたいところだが、割り込んどいて仕切ってんじゃねぇよ」

 

十六夜は獰猛な笑みを浮かべて重心を落とし、いつでも全力で動き出せるように四肢へと力を込めた。それに合わせてジャバウォックとベルゼブブも再び戦闘の構えを取る。

 

「これは俺達が売って、ベルゼブブ()が買った喧嘩だ。手を出すんならーーーお前らから潰すぜ」

 

場の空気が張り詰め、緊張が最高潮に達し……一際(ひときわ)大きな雷鳴を合図として戦場は再び動き出した。

 

 

 

 

 

 

十六夜はベルゼブブとジャバウォックの間を突っ切るようにして男鹿へと肉薄する。

必然的にベルゼブブを無視する形となるが、この場で最も速く動けるのが十六夜であるため止められるわけがない。十六夜の約十倍の速さである雷ならば当てられるが、わざわざ対戦相手である男鹿を庇うために落とす理由もなかった。

 

「グッ……」

 

男鹿は十六夜の拳を()()()()()()()()()、その威力に思わず唸る。それでも受けきった十六夜の拳を掴み、彼の動きを止めたところでレティシアが“龍の遺影”に打撃性を加えて強襲した。流石に鉄壁の皮膚を持つレヴィアタン以外へ斬撃性を魔力強化した影を振るうつもりはないのだろう。

十六夜は強引に男鹿の拘束から抜け出し、影を打ち落としながら一度下がる。後退した瞬間を狙ってベルゼブブが攻撃を仕掛けようとしていたが、それはジャバウォックによって遮られた。彼としては古市との簡易契約により十六夜を助けたというのもあるが、個人的には自分より十六夜に向かったベルゼブブが気に入らないというのもあるかもしれない。

さらに追撃してくる幾筋もの影を掻い潜って十六夜は再度接近し、今度はカウンター気味に放たれた男鹿の拳を防いだ。“火龍誕生祭”で戦った時に比べれば桁違いに力が増しているが、それでも力は十六夜の方が上である。十六夜は拳の威力にも唸ることなく乱打戦へと持ち込んだ。

 

「半月もしねぇうちに随分戦闘力が上がってんじゃねぇか‼︎ この巨大紋章、まだ使い慣れてねぇだろうに何時まで保つんだ⁉︎」

 

「少なくともてめぇらをぶっ飛ばすまでは保つから安心しな‼︎」

 

以前の男鹿ならば十六夜の攻撃を()なしていたが、今は不完全ながら受け止め、受け止めきれない場合は往なして渡り合っている。

そこへレティシアが右側から割って入り、槍を大上段に構えて振り下ろした。レヴィアタン戦では複数人が入り乱れていたため自重していた彼女であったが、今は色々と条件が違うのだ。

そんなレティシアの攻撃は十六夜に一歩退かれることで回避される。

 

「レティシア、割って入るんならお前も容赦しねぇぞ」

 

十六夜は一時的にレティシアへと標的を変えた。十六夜と男鹿の間に振り下ろされた槍を回避した分、二人の距離が開いて余裕が生まれたからだ。

そう判断して十六夜は躊躇することなくレティシアへと一歩踏み出す。

 

「なッーーー」

 

しかし踏み出した瞬間、十六夜はバランスを崩して前のめりに倒れそうになった。泥濘(ぬかるみ)に足を取られたわけではない。何かに躓いたのだ。

レティシアが振り下ろした槍でそのまま横殴りにしようとしているのに対し、十六夜は防御姿勢を取りつつ一瞬だけ足元に目を移して躓いたものを確認する。

 

 

 

そこでは小さな“蠅王紋(ゼブルスペル)”が自己主張するように浮かび上がっていた。

 

 

 

十六夜には恩恵を無効化するギフトがある。それは魔力とて例外ではない。しかし、無効化する=効かないというわけではないのだ。身体に対して直接作用する“縛紋”は効かないだろうが、紋章に足を引っ掛けるだけなら可能なのである。

だが、十六夜はレティシアに槍で殴り飛ばされながらも小さな引っ掛かりを覚えていた。

 

(……らしくねぇな。何かあんのか?)

 

十六夜から見た、というか誰から見ても男鹿はあんな小細工でサポートするような性格ではない。そう考えるとレティシアの割り込み方も主張が強かったように思える。普段のレティシアならば男鹿とは逆にサポートに徹するのではないだろうか。

と、姿勢を立て直しながら考えていた傍らで古市が吹っ飛んでいくのが視界の端に映った。十六夜が危惧していたように、ベルゼブブ相手に単独で戦い続けるには無理があったようだ。

 

「……やっぱ()めだ」

 

そんな、十六夜に聞こえるか聞こえないくらいの声量で男鹿の呟きが聞こえてくる。

 

「レティシア、お前はジャバウォックの相手をしとけ‼︎」

 

男鹿はそうレティシアに告げると、彼女に殴り飛ばされた十六夜と古市を殴り飛ばしたベルゼブブへ向かって走り出した。

 

「辰巳⁉︎ 待て、打ち合わせとーーーもう何を言っても無理か。あまり無茶はするなよ‼︎」

 

男鹿を止められないと判断すると、レティシアも古市へ向かって飛翔する。止まらない以上、レティシアが男鹿のために出来ることは可能な限り早く古市をリタイアさせるしかない。

高速で低空飛行していくレティシアは槍を腰だめに構え、既に殴り飛ばされた状態から立ち直っているジャバウォックへと一直線に突進する。

 

「ーーーお前も俺を楽しませてくれるのか?」

 

飛翔の推進力を合わせたレティシアの槍は、ジャバウォックによって片手で受け止められた。

それでも彼女は構わず押し通そうとしたのだが、掴まれている穂先から槍を持ち上げられて振り回されることとなる。

 

「くっ」

 

咄嗟に槍から手を離したレティシアは空中で姿勢を制御し、打撃性を付加した影を走らせながら距離を取る。

 

「フンッ」

 

ジャバウォックは身体を反らすだけで近距離からの襲撃を避け、距離を開けたレティシアに向けて槍を投げ返してから魔力を込めた掌を向けた。槍ごと彼女を吹き飛ばすつもりだ。

 

「……あ?」

 

しかし掌から魔力が放たれることはなかった。

訳が分からず訝しげに自身の手を見ているジャバウォックに対し、投げ返されただけの槍を受け止めてからレティシアは口を開く。

 

「無駄だ。辰巳の領域下にいる以上、辰巳以外の魔力は発露できない」

 

恐らく男鹿以上の魔力の持ち主でなければ魔力を発露できないだろう。まだ実戦経験が乏しいため確証はないが、少なくとも魔力を直接行使する魔界の悪魔は肉弾戦や武具でしか戦えなくなる。

だがレティシアの言葉を聞いてもジャバウォックはどうでも良さそうであった。

 

「出ないなら出ないで構わん。直接殴り倒せば済む話だ」

 

確かにジャバウォックの言う通りである。元々ジャバウォックは肉弾戦を得意としており、今のやり取りでレティシアの大まかな戦闘能力を把握したのだろう。

そしてレティシア自身も彼我の力量差を感じたはずだ。単純な戦闘力では敵わないということを。

 

「ーーー仕方ない。あまり()()は使いたくなかったのだが……」

 

何を思ったのか、レティシアは槍をギフトカードに仕舞って手ぶらとなった。

ジャバウォックは疑惑の視線をレティシアへと向けていたが、すぐに変化が起こる。

 

 

 

レティシアの背中。そこから彼女は黒い翼を展開しているのだが、その上からさらに()()()が展開されていった。

 

 

 

黒と白で二対四枚の翼を背負ったレティシアは、その場でゆっくりと浮き上がる。

そして次の瞬間にはジャバウォックの腹部へと足を深々と突き刺していた。

ジャバウォックとて幾ら速くても見えなかったわけではないが、急激な速度の変化に全く反応できなかったのだ。

 

「悪いが、これは私もまだ加減できない。全力で行くぞ」




対消滅エネルギーという単語をこの小説内では誰も使っていないので魔力増幅法と言っていましたが、味気ないので名称を付けました。

そしてレティシアの白翼は、原作で鷹宮の王臣No7.である月島零遠の“灰色の羅針盤(イリーガルルーレット)”と同列のものとなります。
何故に彼だけがあのような特殊技を会得していたかは未だに私には謎です。


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“乱地乱戦の宴”・最終決戦【後編】

皆さん、明けましておめでとうございます‼︎
本当は大晦日に向けて書いていたのですが、新年一発目となりました。

サブタイは【後編】となっているのですが、男鹿・十六夜・ベルゼブブの戦闘はまだ終わりません。もう一つの戦闘に決着がつきます。

それではどうぞ‼︎



レティシアの制止を無視して十六夜とベルゼブブに突っ込んだ男鹿は、まず近くにいた十六夜へと標的を定めた。

男鹿は走りながら速度を落とさず跳躍し、十六夜の頭部目掛けて左脚のハイキックを繰り出す。

 

「んなもん効くかよ‼︎」

 

そんな男鹿の蹴りを十六夜は片手で受け止め、そのまま腕を振るって弾き飛ばした。

弾き飛ばされた男鹿はすくざま空中で斜めに紋章を出して着地し、

 

 

 

落雷が男鹿を直撃した。

 

 

 

もちろん男鹿が高い位置にいたから偶然落ちた、というものではない。ベルゼブブが雷を操って落としたのである。魔力の発露ではなく“魔王の聖域(ゼブルサンクチュアリ)”の範囲外からの攻撃だったために落とせたのだろう。

複数人の敵が入り乱れて戦う中では弱いものから狙うのが道理。二人のやり取りを見てベルゼブブは男鹿の方が弱いと考えたようだ。それでなくとも十六夜には一度打ち消されているので、男鹿を雷で狙ったのは妥当な判断と思われる。

 

 

 

だが、その程度でやられるようならばここまで勝ち抜けるはずがない。

 

 

 

「〜〜〜ッ、があああぁぁぁあああ‼︎」

 

男鹿は雷の直撃を食らったにも関わらず、全身の皮膚を引き裂かれながらも真っ向から雷を受け止めて意識を保っていた。しかもその雷を放電させるようなことはなく、帯電させることで身体を覆うように紫電を迸らせている。

 

「ゼブルーーー」

 

そして次の瞬間にはベルゼブブの真上へと移動していた。明らかにこれまでの男鹿の速度を……いや、十六夜の速度すらも超えている。まさしく雷の速さだ。

 

「ーーーブラストォォッ‼︎」

 

その一撃も落雷と同等の凄まじいものであった。雷鳴を轟かせ、周囲の空気を焼き尽くしながらベルゼブブへと落ちていく。その一撃で帯電した全てを放電してしまったのか、男鹿の全身を迸っていた紫電が霧散していく。

しかしベルゼブブも然る者。落雷に匹敵する男鹿の一撃を、左腕を雷で焦がしながらも片手で防いでしまった。

そんな左腕を振り上げて“魔王の咆哮(ゼブルブラスト)”を防いだベルゼブブを見て、防御が薄くなった左側から回り込んで攻撃を仕掛ける十六夜も抜け目がないと言える。瞬時に懐に入り込み、その場で回転して遠心力を加えた後ろ回し蹴りを脇腹に叩き込んだ。

十六夜渾身の蹴りが初めてベルゼブブにクリーンヒットしたーーーように見えたが、彼の表情がそれを否定している。

 

(クソッ、読まれてたか)

 

蹴り抜いた十六夜の足に伝わる、人を蹴ったという感覚に違和感があった。脇腹に蹴りが入る寸前、ベルゼブブは蹴りの速度に合わせて自ら右側に跳ぶことで衝撃を可能な限り抑えたのだ。

即座にそれを理解した十六夜は受け身に回ったベルゼブブへと攻撃を繋げるチャンスだと考え追撃しようとしたが、攻撃に移ろうと防御への意識が薄れた瞬間を狙って紋章を蹴りながら高速落下してきた男鹿の踵落としをギリギリで防いだ。

踵落としを放った男鹿は先程と同じように弾き飛ばされることなく十六夜の腕を足場として跳躍し、再び空中で紋章へと着地してから一気に後退する。そして十六夜とベルゼブブの真上に位置する場所から外れると腕を頭上へ振り上げ、

 

「魔王光連殺ッ‼︎」

 

振り下ろすと同時に巨大紋章の輝きが増し、光の筋が連続して二人へと降り注いだ。しかも今回は第一予選の時とは異なり集中砲火である。

精密爆撃のごとく撃ち込まれた光の奔流が収まった後も巻き上げられた土砂が二人の姿を覆い隠していたが、雨風に晒されて土砂はすぐに晴れた。

 

「チッ……」

 

「意外と厄介ですね……」

 

姿を現した十六夜とベルゼブブは、重症ではないが多数の傷を負っていた。二人とも“魔王光連殺”が放たれたのを見て第一予選の光景から迎撃することを選んだのだが、見るのと体験するのでは別物であることとシチュエーションの違いから悪手となったのだ。

“魔王光連殺”は幾筋もの光線状の魔力を天空に輝く巨大紋章から放出する技である。これが第一予選のように広範囲へ一筋ずつ放たれていたならば迎撃という選択は正解であっただろう。

だが連続して重なる幾筋もの魔力が迎撃した魔力の一筋に隠れるように一直線上にあるため、続く魔力の光線に対する遠近感覚を狂わされたのだ。さらに視界を眩ませるように輝きを増した巨大紋章も迎撃のタイミングを狂わせる要因の一つである。

しかし同時に“魔王光連殺”の弱点もはっきりした。太い魔力の光線を上空から落とすという性質上、男鹿自身の周囲、特に今回のような真下は攻撃できないのだ。

男鹿は紋章から地上へと跳び降りながら二人に向けて悪態を吐く。

 

「厄介はこっちの台詞だ。あんだけぶち込んで食らったのは二・三発じゃねぇか」

 

十六夜とベルゼブブは遠近感覚・タイミングを狂わされた中、最初の方に放たれた一・二発を受けただけで残りの迎撃を合わせてきたのだ。

三人とも全身に傷を負ってはいるが、まだまだ戦闘の支障にはなりにくい小さなものばかりである。三人の激闘はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

「ーーークククッ。全力で行く、か」

 

レティシアに蹴り飛ばされたジャバウォックは笑いながら起き上がった。どうやら大きなダメージは与えられなかったようだ。

 

「その白い翼、使いどころに注意しろよ?簡単に終わられたらつまらんからな」

 

「……言われなくても承知しているさ。そちらこそ私に攻撃を当てられるよう努力することだな」

 

ジャバウォックの抽象的な忠告に、レティシアも口角を上げて強気に言い返す。奥の手と言っても過言ではない彼女の白翼だが、その性能はピーキーなもので扱いが難しいのである。

レティシア自身が口にしていたようにこの白翼は()()()()()()()()()。ONかOFF、そして何よりも最高速度しか出せず直線でしか飛べないという制御できていない力なのだ。

考えてみれば当たり前のことだが、レティシアが王臣となったのは二週間前であり、そのうち王臣としての力を使用したのは“黒死斑の魔王”とのギフトゲーム中と“魔遊演闘祭”に向かうまでに男鹿と行った修行の五日間だけである。

その短期間で初めての魔力をコントロールし、他の恩恵や武具に魔力を通して実戦で使えるレベルまで仕上げたのは流石だと言えるだろう。だが修業中に突如発現した白翼をコントロールする時間まではなかったのだ。こればかりはどうしようもなかったのである。

レティシアは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 

「ーーー行くぞ‼︎」

 

白翼を羽ばたかせ、一直線にジャバウォックへ向かって飛翔する。その速度は優に音速を超えており、もしかすると第一宇宙速度にまで達しているかもしれない。

しかしジャバウォックも最初は無防備に一撃を受けてしまったものの、最高速度を知った今ではしっかりと見切った上で迎撃姿勢を取っていた。

 

「……ッ‼︎」

 

レティシアは迫る拳を前に白翼を止め、慣性で進む身体を黒翼で無理矢理に上方へと修正することでジャバウォックの拳は空を切る。

頭上を取ったレティシアは改めてギフトカードから槍を取り出し、白翼の爆発的な瞬間加速を伴って振り下ろした。

改めて槍を取り出すくらいなら仕舞う必要はなかったのではないかと思うかもしれないが、槍を持った状態では白翼を使用した際の空気抵抗で飛行姿勢が崩れてしまうのだ。槍を持って白翼の加速を行う場合、少しでも複雑な動きはできなくなる。

 

「ぐぅ……‼︎」

 

ジャバウォックは辛うじて両腕を重ねて槍を受け止めたが、白翼の推進力は黒翼の比ではない。黒翼の推進力で突進された時は片手でいなせていたのに、今は足腰に力を入れて地面に膝をつかないように耐えていた。

レティシアは瞬時に白翼から黒翼へと切り換えて姿勢を制御し、両腕を上げてガラ空きとなった腹部へと蹴りを放つ。

 

「そう何度も食らうか」

 

ジャバウォックは負荷の弱まった槍を片手で支えながら、その蹴りをもう片方の手で掴み取った。

今度は槍ではなく直接足を掴んでいるため簡単には抜け出せない。レティシアが抜け出そうと反撃するよりも早く、ジャバウォックは掴んでいる彼女の足を振り回して地面に叩きつけた。

 

「ガッ……⁉︎」

 

叩きつけられたレティシアは苦悶の表情を浮かべ、口からは強制的に空気が漏れた。その衝撃に思わず槍を手放してしまい、手の届かない遠くへと放り出してしまう。

だがそんなものはお構い無しに、ジャバウォックはさらにレティシアを振り回して再び地面へ叩きつけようとする。

 

「ハァッ‼︎」

 

レティシアは短く呼気を吐くと、叩きつけられる前に白翼を使用して力尽くで拘束を振りほどき、そのまま一気に上昇した。

泥濘(ぬかるみ)に叩きつけられて身体中泥塗れであったが、強い雨風に晒されて泥は少しずつ落ちていく。

そんな中、彼女は軽く息を整えながら今の攻防について考えていた。

 

(もう白翼での直線的な動きは通用しないか。肉弾戦も少々厳しい、となると……やはり勝つためには()()を狙うしかない)

 

頭の中でシミュレーションを終え、眼下にいるジャバウォックを見下ろした。

ジャバウォックも油断なく見上げており、二人の視線は自ずと交差する。

 

「ーーー来い」

 

ジャバウォックの呟きが雨風の音で聞こえるかは疑問だったが、レティシアには確かに聞こえた。

その呟きに応えるようにして黒翼を羽ばたかせ急降下する。白翼の速度が通用しない以上、突っ込むスピードを速くする必要はない。ジャバウォックの指摘通り、使いどころを見極めることが大事なのだ。

さらに今度は影を幾筋にも分かれさせて身体の周囲に漂わせる。腕二本と足二本で肉弾戦に勝てないのならば、それを補えるだけの手数を増やせばいいと考えてレティシアは影を展開した。

二人の距離が近付き、再び激しい攻防が繰り広げられる。

 

ジャバウォックの拳や蹴りが放たれるのに対して、レティシアは瞬間的に白翼を発動して紙一重で躱していく。

攻撃を躱したレティシアは一つ一つの打撃に威力を乗せるべくすぐさま黒翼で姿勢を整えて反撃に移るが、ジャバウォックはその翼の切り換えから反撃するまでの短い間に攻撃に使った手足を引き戻して迎え撃っていた。

白翼の速度で回避するレティシアを捕らえるべく隙を見て彼女の手足を掴み取ろうとするジャバウォックだったが、その隙を埋めるようにしてレティシアは打撃性を付加した影を走らせて襲い掛からせる。

 

そういったやり取りが数手、十数手と行われていくが、もちろん二人とも全ての攻撃を完全に凌げているわけではない。

やり取りの開始となる初撃を紙一重で躱すレティシアも単発ではなくコンビネーションで来られた場合には防御もしくは被弾することがあれば、翼を切り換えて攻勢に出られる前に迎撃姿勢を整えていたジャバウォックも威力を削って速度を重視した打撃や影を併用された場合には迎撃が間に合わないことがあった。

 

それでも互いに決定打となる一撃を与えられることはなく一種の均衡状態を保っていたのだが、このまま続けば肉弾戦を得意とするジャバウォックにいずれ軍配が上がる可能性の方が高い。

加えて今はまだ大丈夫なものの、もし男鹿がやられて“魔王の聖域(ゼブルサンクチュアリ)”が解除されれば王臣紋による魔力供給がなくなりレティシアの勝ち目は消えることとなる。

 

(長引くだけ勝機は薄くなる……次の打ち込みに勝負を賭ける‼︎)

 

レティシアはジャバウォックから一度距離を取り、間を置かずに白翼を発動して突っ込んだ。これまで黒翼の速度で突っ込んでいたため急激な速度変化で隙を突けるかもとレティシアは一瞬考えたが、やはり同じ手がそう何度も通用する相手ではなかった。ジャバウォックはこれまでと変わらずカウンターの一撃を繰り出してくる。

 

その一撃を避けるべくレティシアは白翼を止めーーー()()()()()()()()()()()()()

 

超高速で一撃を躱してずれた飛行進路を、さらに白翼の停止と発動を繰り返して修正することでジャバウォックへと突っ込んでいく。

ジャバウォックは今度こそ本当に虚を突かれたようで、完全な無防備を晒すこととなった。

 

今までレティシアが白翼の連続使用をしなかったのは、この一瞬を作り出すための布石……というわけではない。もちろんそれもあるが、それだけではなかった。最初に述べたように、この白翼はまだコントロールできていない力である。連続使用したことそのものがこれまでになく、はっきりと言って彼女にもできる確証はなかったのだ。

それでもレティシアがそれを実行に移したのは必要に迫られたからであり、さらには実戦を通して白翼の使用に慣れてきたからでもあった。“実戦での経験こそが最も修行になる”とはよく言われることだが、彼女もまたジャバウォックとの戦闘の最中(さなか)に成長していたのである。

 

しかしそれは切り換えができるかどうかの話であって、姿勢を整えられた上で有効な攻撃を放てるかどうかは別問題だ。今も白翼の連続使用に振り回されて姿勢が崩れており、とても威力を乗せた打撃を放てるようには思えない。

それでも構わずレティシアは拳ーーーではなく、()()を振りかぶった。

それは力まずに速さを追求しただけの一撃であり、姿勢が整っていようとダメージを与えられない、当てることだけを考えて威力を無視した一撃である。

 

異様さを感じたジャバウォックは遅れながらも防御を取ろうとしたが、機先を制するようにレティシアが影をジャバウォックの両腕に集中して叩き込むことで防御すらさせない。

確実に当てられる状況を整えたレティシアは強烈な平手打ちを食らわせーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぶべらッ⁉︎」

 

簡易契約が切れた証拠とでも言うべきか、ジャバウォックからは考えられないような情けない声が発せられる。

 

「ちょ、レティシアさん‼︎ ティッシュを狙うのは反則ですって‼︎」

 

「勝負事で弱点を狙うのは当然だろう」

 

完全に古市の口調と雰囲気に戻っているのを確認したレティシアは翼と影を引っ込めた。

 

「さて、もう勝敗は決まったようなものだ。大人しく降参するならばこれ以上は何もしないが……どうする?」

 

「こ、降参しなかったら何されるんですか?」

 

「なに、コミュニティの同士相手に酷いことはしないさ。気絶させるだけだ」

 

怖々と訊いてくる古市を安心させるように、レティシアは表情を和らげながら平手打ちで殴り飛ばした距離を詰めていく。

徐々に詰められた距離は遂になくなり、レティシアは尻餅を着いたままの古市を見下ろす形となった。

視線で返事を促された古市は、観念して溜息を吐きながらその言葉を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降参しません。()()の勝ちですから」

 

 

 

古市の予想だにしない答えを聞いてレティシアが思考を巡らせる前に、彼女の首筋へと鋭い衝撃が加えられた。

 

「なッ……⁉︎ いったい、何……が……」

 

レティシアの意識が遠のいていく中、後ろから誰かに支えられたのを感じながら彼女は気を失った。

 

 

 

 

 

 

「危なかったねぇ、古市君」

 

「いやもう本当に。ジャバウォックとの契約を切られた時は焦りましたよ」

 

レティシアの後ろから首筋に衝撃を加えた人物ーーーレヴィはぐったりとしている彼女の身体を支えながら古市と会話していた。

レティシアの敗因はただ一つ、古市がレヴィと契約しているという情報を知らなかったことだ。そのことを知っていればあそこまで無防備に接近することはなかっただろう。その結果レヴィが自身の後ろで実体化するのを見逃すこともなかったはずである。

レティシアの負けが判断されたのか、レヴィの腕の中からその姿が搔き消えた。ベルフェゴールによって会場へと転送されたようだ。

 

「私もちゃんと戦いたかったけど、この空間じゃ満足に戦えないからなぁ」

 

レヴィは手を翳して空中から地上を照らす巨大紋章を見上げる。

彼女の戦闘は魔力攻撃が主であり、肉弾戦はあまり得意とは言えない。そんな彼女が魔力を発露できない空間で戦うのは不利でしかなかった。

 

「ま、こっちの戦いは終わったんだし後はゆっくり観戦といきますか」

 

「レヴィさんが不利な状況であっちに参戦するのもなんですしねぇ」

 

二人して向ける視線の先には、今大会の最強を決めるための激闘が続いている。

その行く末を見届けるべく、古市とレヴィは決着の時を待つことにしたのだった。




レティシアと古市(ジャバウォック)・レヴィの戦いはこれにて決着!
レティシアは勝負に勝って試合に負けた、という感じですね。

残る第三章の予定は、次話で三人の決着・次々話でエピローグ、となっています。
ただ、学校が始まってしまうので次の投稿はもしかしたら一ヶ月以内を越えてしまうかもしれません……。


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“乱地乱戦の宴”・最終決戦【終編】

大変お待たせしましたーッ‼︎
そしてついに第三章も終わりを迎えます‼︎ といっても第三章にエピローグを入れるか、第四章に入って簡単にエピローグを語るかは決めかねているので、第三章終了は確定ではないですけどね。

それではどうぞ‼︎


三人の戦いは予想に違わず熾烈を極めた。

誰かが二人のどちらかを攻撃すれば、残る一人は攻撃した者または攻撃された者の隙を狙い、そこで攻撃されなかった者はすぐさま二人の隙を狙って攻撃する。

もちろんそれだけではなく、一人が二人に攻撃されて対処しなければならないような場面もあれば、一人が二人を同時に狙って立ち回りつつ攻撃するような場面もあった。

 

「チッ‼︎」

 

舌打ちしながら降り注ぐ落雷を打ち消す十六夜。その身体をよく見れば所々焼け焦げており、これまでに打ち消すことができず食らってしまった落雷があったことが窺える。

しかしベルゼブブが雷を落とした狙いは十六夜を倒すことではない。雷を打ち消さなければならない時間の足止めだ。その間にフリーとなったベルゼブブは近くにいる男鹿へと肉薄する。

 

「シッ‼︎」

 

肉薄すると同時に繰り出される鳩尾を狙った鋭い貫手は、下手をすれば男鹿の土手っ腹に風穴が開きそうな勢いであった。

それを男鹿は右の掌底で正中線から逸らして左脇に抱え込み、振り払えないように腕に力を込めて拘束してからベルゼブブの身体へと紋章を乗せる。

 

「食らいやがれ」

 

男鹿はベルゼブブに対してゼロ距離から回避させることなく“魔王の烙印(ゼブルエンブレム)”を叩き込んだ。さらにインパクトの瞬間に腕の拘束を解いて殴り飛ばし、爆風と合わせて大きく距離を取らせる。

立ち込める爆煙が雨風ですぐに晴れていくーーーその前に爆煙を切り裂いて十六夜が突っ込んできた。

十六夜が放つ左脚のローキックをギリギリで跳躍して躱す男鹿であったが、直後にローキックの勢いそのままに身体を回転させた十六夜の裏拳が完璧に脇腹へと入って殴り飛ばされる。

 

「ハッ、いつまでも()()()()()()()()戦えると思うなよ‼︎」

 

これまでの戦いで、十六夜は男鹿の右脚が負傷していることを見抜いていた。当然ベルゼブブにも見抜かれており、見抜かれていることを既に男鹿は知っている。

実は男鹿がベルゼブブの鋭い貫手を左脇に抱え込んだ時、完璧に逸らすことは出来ないと分かった上で敢えて受け止めたのだ。その結果として抱え込んだ脇腹が裂けて出血しているものの、受け止めないで反撃せず躱していれば十六夜同様にベルゼブブは攻撃を繋げて右脚を狙っていたことだろう。そうなれば脇腹の出血以上のダメージを負っていた可能性は高い。

 

レヴィアタン戦で男鹿の右脚の骨にヒビが入ったのをレティシアは応急処置していたが、所詮は応急処置。戦闘の負荷には耐えられるとしても、直接攻撃を受ければ耐えられる保証はないというのがレティシアの判断であった。

それを危惧したレティシアは男鹿の負担を減らして戦うための作戦として、彼女自身ができる限り男鹿の右側に追従して積極的に戦闘に参加することにしたのだ。さらにレティシアが戦闘中には男鹿を援護に回らせることで乱戦による分断を避けるようにしたのである。

……まぁレティシアの作戦は男鹿の独断(自己中)によって完全に無意味となったのだが。

 

十六夜が確かな手応えを感じる暇もなく、爆発を受けたはずのベルゼブブが十六夜の意識を刈り取るべく接近して手刀を首筋目掛けて振り落とす。

 

「っと‼︎ 危ねぇな、大人しくくたばっとけよ‼︎」

 

十六夜は膝を屈めて頭上を通り過ぎる手刀を躱し、そのまま身体を捻って跳ね上がりながら顎目掛けてアッパーを狙った。が、ベルゼブブはそれをスウェーで後退しながら難なく避ける。

 

「“簡単に負けを認めるな”と言ったのは貴方方ではないですか」

 

ベルゼブブの姿はこれまでの戦闘によってボロボロなのだが、戦闘に支障を来すような大怪我はしていない。“魔王の烙印”を真正面から受けたとは思えない頑強さだ。

 

決勝に参戦した“罪源の魔王”達はあくまで障害の一つとして自分の裁量でクリア条件を設定し、負けを認めてもいいと判断すれば勝利を譲ることにしている。

それはベルゼブブも同じであり、恐らく決勝でも最後の戦闘となるだろう現在の戦いでも、ラストにふさわしいレベルのクリア条件をしっかりと考えていた。のだが、

 

“てめぇも勝手に合格とか言って帰んじゃねぇぞ”

 

これは男鹿が“魔王光連殺”を落とした後に言った台詞である。それを聞いた十六夜が男鹿達とレヴィアタンの間にあったやり取りを簡単に聞き出し、ベルゼブブには“そんな真似をするな”と釘を刺した上で最後まで戦うように言っておいたのだ。

 

 

 

「ーーーもういい、最後くれぇ()()()やってやる」

 

 

 

十六夜とベルゼブブの攻防が続く中、ふとその呟きが二人の耳に聞こえてくるがお互いに戦闘中なので注視するわけにはいかない。

しかし次の瞬間、戦闘で消耗していたはずの男鹿の魔力が爆発的に迸ったため二人は戦闘を中断して身構えることとなった。

 

 

 

 

 

 

十六夜の裏拳を(もろ)に食らった男鹿は、吹き飛ばされながらもなんとか空中で姿勢を立て直して地面に着地した。が、

 

「ゲホッ、ゴホッ……‼︎」

 

すぐさま膝を着いてしまい、激しく咳き込む。そして咳き込むとともに吐血した。

 

(内臓でもやられたか……)

 

男鹿は口元の血を拭いながら、激突している十六夜とベルゼブブを見遣る。

全員が怪我をしているものの、三人のうち男鹿だけが右脚骨折・内臓損傷と戦闘で不利になるほどのダメージを負っていた。

 

(……不味いな。これは勝てねぇかもしれねぇ)

 

冷静に現状を見据えた結果、男鹿には自分の勝てるビジョンが見えてこなかった。

二人の激突を黙って見過ごし、どちらかに戦闘が傾いたところで漁夫の利を狙って追い打ちを掛ければ勝つ確率は上がるかもしれない。だがそんな姑息な手を男鹿が考えるはずもなく、仮に考えて実行したとしても男鹿が黙って戦闘を見守っていれば二人はいずれその意図に気付くだろう。

 

(……こうなりゃ、身体の負担なんて考えてる場合じゃねぇな)

 

男鹿が言う身体の負担とは、右脚の骨折のこと……ではない。魔力を増幅している“魔王の聖域(ゼブルサンクチュアリ)”の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のことである。

今の戦闘中も第一予選でも、空中に展開されている紋章の大きさは“火龍誕生祭”で展開した大きさよりも一回り大きいくらいだ。

だが鷹宮と戦っていた時は罹った黒死病に対抗するため、常時魔力を高めていたことにより魔力量が少なくなっていた。それに比べて魔力量に余裕がある現在と一回りしか大きさが変わらないのは少し違和感を感じるだろう。

 

これは“魔遊演闘祭”に来る前の話だが、特訓で何気なく“魔王の聖域”を発動した時、あっさりと魔力耐性の許容値を越えて男鹿の全身がズタボロになったことがある。それを間近で見ていたたレティシアに激しく心配されたのと同時に、“魔王の聖域”の発動は魔力量を制限して行うようにしつこく言われていた。

自身の魔力耐性を超えた魔力による無理な超強化の代償は、肉体の破滅。それは“火龍誕生祭”で鷹宮と戦った男鹿もよく分かっている。比喩表現でもなんでもなく、これは諸刃の剣なのだ。

 

(ーーーだからって、やられっぱなしでいられるかよ‼︎)

 

それでも男鹿に引く気はない。まだ勝ちの目が残っているーーーいや、たとえ勝ちの目が残ってなかろうと、自ら決着もつけずに降参するほど男鹿は利口な人間ではなかった。

 

 

 

 

 

 

突如として膨れ上がった男鹿の魔力が、物理的な圧力波となって身構えたままの十六夜とベルゼブブを飲み込んでいく。

 

「なんつー魔力放ってんだ、男鹿の野郎」

 

男鹿の魔力が迸った刹那、戦っていた十六夜とベルゼブブは反射的に距離を取っていた。これまで一応の均衡状態を保っていた戦況に、男鹿の変化がどのように影響を与えるか様子を見ることにしたのだ。

 

「ですが強大な魔力に肉体の方が耐え切れてませんね」

 

ベルゼブブの指摘通り、落雷で引き裂かれた男鹿の全身の皮膚からは止まっていたはずの血が再び漏れ出していた。元の怪我と合わさって肉体の崩壊が早くなっている。

 

「んなもん言われなくても分かってら。……時間がねぇ、一気に行くぜ」

 

言うが早いか、男鹿はまずベルゼブブへと高速で突っ込んだ。短距離の瞬発力だけでいえば白翼を発動したレティシアと同等以上、つまり第一宇宙速度にも達していた。

しかし人間の限界を遥かに越えてはいるものの、第一宇宙速度程度ではこの場にいる相手を出し抜くには遅すぎる。ベルゼブブは危なげなく男鹿の突進速度を見切り、振り抜かれた拳を難なく受け止めた。

 

「クッ……‼︎」

 

難なく受け止めはしたが、瞬発力とは比べ物にならないほど強化されていた男鹿の拳にベルゼブブは顔を顰めてしまう。

その隙を見逃す男鹿ではなく、その場で身体を回転させて遠心力を乗せた肘打ちをベルゼブブの頬に叩き込んだ。

 

男鹿が身体を回転させて肘打ちを放つことで体勢が不安定となった瞬間を狙い、十六夜も再び参戦すべく動き出した。男鹿が身体を回転させるために使用した軸足目掛けて、容赦なく蹴りを放つ。

即座に十六夜の接近を察知した男鹿は足元に紋章を展開し、軸足ではない方の脚で勢いよく踏み付けて爆発させた。そして踏み付けた脚による跳躍と爆風による推進力を得て十六夜の頭上を取った男鹿は、両手に雷電を纏わせた腕を大きく振り上げ、

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!」

 

振り上げた両腕を交互に振り下ろし、その度に雷撃が十六夜へと襲い掛かる。連続で“魔王の咆哮(ゼブルブラスト)”を放つため一撃の威力は落ちるが、“魔王の聖域”を発動している今の状態ならば通常時に放つ全力の“魔王の咆哮”と大差はない。

 

「ハッ、しゃらくせぇ‼︎」

 

しかしそこは落雷すら捌く十六夜である。拳を突き上げながら跳び上がり、迫り来る雷撃を全て打ち消しながら一直線に突き進んでいく。

雷撃の嵐を物ともせずに突破した十六夜は、さらに男鹿の頭上を取ると渾身の踵落としを繰り出した。

 

「ーーーッ」

 

男鹿は足場に紋章を展開し、両腕を伸ばしながら頭上で交差させて十六夜の踵落としを受け止める。さらに踵落としに合わせて両腕・両脚を曲げつつ身体を屈め、山河を打ち砕く十六夜の攻撃から生まれる衝撃を真っ向から受け切った。その際にミシミシと嫌な音が男鹿の身体を軋ませるが、そんなことは気にしていられない。

 

「ウォラァァァァ‼︎」

 

受け止めた十六夜の脚を掴んで振り回し、思いっきり地面に投げ飛ばした後も追撃すべく男鹿は紋章から跳躍する。

投げ飛ばされた十六夜もすぐさま迎撃しようと受け身を取って立ち上がり、

 

「ッ‼︎ テメッーーー」

 

横合いから飛び出してきたベルゼブブに蹴り飛ばされた。受け身を取って体勢を立て直す直前に突撃されたため十六夜に避ける術はない。

十六夜と入れ替わるようにして突っ込んでくる男鹿の前に躍り出たベルゼブブは、男鹿の強化された膂力を踏まえた上でカウンターの構えを取った。強化されているとはいえ、それが事前に分かっていればベルゼブブが対応するのは容易い。

そんな彼を受けて立つことにしたのか、男鹿も跳躍したまま軌道を変えることなく突き進んでいく。

男鹿は跳躍の勢いそのままに左脚を突き出し、ベルゼブブも男鹿の速度に合わせて後ろ回し蹴りを放った。そして二人の影が交差し、

 

「グッ……‼︎」

 

「カハッ……‼︎」

 

お互いの腹部に相手の脚が突き刺さり、相乗的に威力が増加された蹴りによって反発するように弾き飛ばされた。

双方とも地面をバウンドするように吹き飛んでいくが、ベルゼブブは瞬時に体勢を整えると脚を地面に突き立ててブレーキを掛ける。男鹿も同じように脚を突き立てて速度を落とすが、

 

「グァッ‼︎」

 

突然の痛みが突き立てた脚に走り、踏ん張りが利かず吹き飛びそうになるのを堪えて身体を前に倒しながら両腕も使ってなんとか減速させた。

身体が止まってから改めて痛みを確認する男鹿であったが、勘違いなどではなく持続して身体の芯に響くような痛みを脚から感じる。それも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、である。

 

魔力耐性を越えて無理に増幅させた魔力による肉体への負荷を対価に途轍もない戦闘力を発揮していた男鹿であったが、魔力負荷や度重なる負傷に加えてその戦闘力により生み出される戦闘の衝撃が彼の身体を蝕んでいた。

万全の状態ならばまだしも、右脚を怪我していた男鹿はそれを庇って全力で戦うために怪我をしていない左脚を酷使しーーー結果として右脚よりも早く左脚の限界を迎えてしまったのだ。

 

「……ッ、コイツでシメーだッ‼︎」

 

それを悟った男鹿は、増幅させた魔力を全て使い切るつもりで魔力を循環させていく。

その異常なまでに高まった魔力の循環を感じ取った十六夜とベルゼブブは、警戒心をこれまで以上に強めていつでも対処できるように身構えた。

しかし、対処しようと身構えたのが馬鹿らしくなるような光景が二人の眼前に広がっていく。

 

 

 

隙間なく空間を埋め尽くすほど周囲に展開された数多の紋章。

 

暗闇を一片も残さんという勢いで輝きを増す天空の巨大紋章。

 

さらに男鹿の両手には今にも暴発しそうなほど激しく紫電を撒き散らしている雷電。

 

 

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇええええッッッ!!!」

 

出し得る全てをもって最後の攻撃を仕掛ける男鹿。

両手から雷撃を交互に次々と撃ち出し、その一つを起爆剤に紋章を爆発させて“連鎖大爆殺”を引き起こす。その爆発が収まるのも待たずに“魔王光連殺”を落とし、爆煙すら飲み込んで攻撃を加えていく。

それはもう湯水の如く自身よ全魔力を放出していく男鹿は、言葉通りこの攻撃で今回の激闘に幕を下ろすつもりでいた。これで倒せていなければ本当に男鹿の負けだ。

 

「ハァ、ハァ……ッ、ハァ……」

 

まさに全身全霊を傾けて攻撃を仕掛けた男鹿は、息も絶え絶えな様子で爆煙とも土煙とも言えない幕で覆われた眼前を睨み付ける。

どちらかが立っていれば男鹿の負け、どちらも倒れていれば男鹿の勝ちだ。果たしてその結果は……

 

 

 

 

 

「フゥーッ、フゥーッ……」

 

「ハッ……ハッ……」

 

二人とも見るに堪えないほどズタボロになっていたが、それでも立ってしっかりと意識を保っていた。男鹿としてはしぶと過ぎる二人に辟易とするしかない。

もう魔力も底をつき、これ以上魔力を増幅しようものなら確実に自壊するのが目に見えていた。両脚の骨も軽く逝っており、それでも勝者を決めるべく決死の肉弾戦に挑もうとしたところで、

 

「ま……待って、ください……」

 

男鹿と同じく息も絶え絶えなベルゼブブから制止の声が掛かる。

 

「どう、したよ……?まだ、決着はついて、ねぇぞ……」

 

残る十六夜の状態も似たようなものであり、途切れ途切れに制止を掛けたベルゼブブに疑問を投げ掛ける。

 

「……いえ、主催者としてどうこう、というわけではなく……本当に、今の霊格でこれ以上、戦うのは限界です……」

 

男鹿の最後の攻撃は、規格外筆頭の馬鹿げた肉体を持つ十六夜だけでなく、ベルゼブブの体力・魔力をも限界まで削り取っていたのだ。

それだけ言うと本当に限界に達したのか、立っていた姿勢から膝をついてしゃがみ込んでしまった。

 

「ハァ、フゥー……私は先にリタイアさせていただきます。私も魔力が尽きかけている今、とても肉弾戦だけで勝てるとは思えませんから」

 

息を整えてから降参を告げたベルゼブブは、その場から消えて会場へと戻っていった。

その場に残された十六夜と男鹿はお互いを見遣り、長かった決勝戦を終わらせるべく向かい合う。

 

「男鹿、降参するってんならぶっ飛ばさないでおいてやるぜ?」

 

ベルゼブブが魔力なしの肉弾戦で勝てないと判断したのは、当然だが十六夜だろう。男鹿もベルゼブブと似たようなものなのだから。

十六夜は半ば男鹿の返答を確信しつつ、不敵な笑みを浮かべながら彼に降参するよう促すが、

 

「ざけんな。喧嘩を始めたらぶっ飛ばすかぶっ飛ばされるまで()り合うのが基本だろうが」

 

男鹿は強気に言い返して戦闘続行の構えを取る。降参する気などさらさら無かった。

 

「ハッ、そう言うと思ったぜ」

 

それを見た十六夜も改めて戦闘の構えを取る。最後まで手加減する気は毛頭無かった。

しかしお互いに限界が近いのは事実、ここから戦闘が長引くことはない。

正真正銘、最後の打ち込みのために互いが互いへと向かって駆け出しーーー

 

 

 

 

 

 

ギフトゲーム会場では、過去に類を見ないほど白熱した“魔遊演闘祭”のメインギフトゲームの決着に大盛り上がりを見せていた。

ベルフェゴールが作り出した空間の亀裂から覗く決戦の地では、珍しく勝利の余韻を噛み締めながら腕を突き上げている勝者ーーー十六夜の姿が映っていたのだった。

 

 

“乱地乱戦の宴”。勝者、逆廻十六夜・古市貴之チーム。




なお、古市君とレヴィさんは最後まで遠くから観戦しておりましたとさ。めでたしめでたし。

それと引き続き現実が忙しいので更新速度はそのまま、つまり一ヶ月以内にはまた更新できないと考えて気長にお待ちください。


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“魔遊演闘祭”終了

皆さんお待たせしました‼︎
いやぁ、長らく執筆から離れると中々に筆が乗りませんね……。
しかし何とか第三章も終わらせることができました‼︎ 今回はエピローグとして伏線を回収したり張ったりの内容になっております。

それではどうぞ‼︎


“魔遊演闘祭”のメインギフトゲームである“乱地乱戦の宴”が終了した後、会場で観戦していた観客達は既に解散することとなっていた。

それは決勝に残った参加者達の疲労を考慮したものであり、特に今回は戦闘色が強かったため半数近くの参加者が気絶している状態で表彰式などできるはずもない。治療も含めて回復に当てられる期間は二日。つまり表彰式は三日後となっており、同時に一週間続いた“魔遊演闘祭”の閉会式を行う手筈になっている。

そのことをサタンが全員に伝え終え、解散が告げられるとともに審判業からも解放された黒ウサギは一目散に控え室へと駆け出していった。ギフトゲームを盛り上げるために振りまいていた笑顔は鳴りを潜め、一転して心配そうな表情を隠し切れていない。

控え室が見えると黒ウサギは駆ける勢いそのままに扉を開け放った。

 

「皆さん‼︎ お怪我の方は大丈夫ですか⁉︎」

 

いきなり飛び込んできた黒ウサギに、部屋に残っていた飛鳥と耀、葵は目を丸くしている。

試合後には控え室に残っていたベヘモットとプルソンはギフトゲームが終了すると部屋から出ていったためおらず、氷狼は変わらずフルーレティに寄り添って寝ていたが目線だけ向けるとまたすぐに寝てしまった。少し前に運ばれてきたレティシアも未だ眠ったままである。

 

「あぁ、飛鳥さんに耀さん、それに葵さんもお揃いで……っと、それよりもーーーあぁ、いえ。決して飛鳥さん達をそれより扱いするわけではないのですが……‼︎」

 

「あぁもう、一旦落ち着きなさい黒ウサギ。はい、深呼吸。吸ってー、吐いてー」

 

慌ただしい黒ウサギを落ち着けるべく、有無を言わさずに深呼吸を促す飛鳥。黒ウサギも素直に掛け声に合わせて深呼吸を繰り返しており、耀と葵は子供を見守るような思いで彼女を眺めていた。

 

「黒ウサギさん、落ち着きましたか?」

 

「は、はい。お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした……。ところで、辰巳さん達は?」

 

「まだ治療中じゃないかな?特に最後まで戦ってた二人は重症だろうから、長引いていても仕方ないと思うよ」

 

審判役としてギフトゲームの解説をしていた黒ウサギには、誰がどの程度の怪我を負ったのかがリアルタイムで分かっていた。そして耀の言う通り、一番怪我を負っていたのは男鹿、次いで十六夜と最後まで勝ち残っていた二人であることも理解している。

 

「まったくもう……辰巳さんも十六夜さんも、ギフトゲームとはいえやり過ぎなのですよ。特に辰巳さんは脚を負傷されていたというのに、十六夜さんはわざわざその脚を狙うように攻撃して……」

 

「脚の怪我を押してまで戦場に来てんだ。その弱点を狙わねぇってのはただの驕り……寧ろ男鹿なら“手ぇ抜いてんじゃねぇ”って怒ると思うがな」

 

突然割り込んできた声に一同が振り返れば、部屋の入り口には治療を終えて所々に包帯を巻かれた十六夜が立っていた。

彼は口元に笑みを浮かべながら軽い足取りで部屋に入ってくる。どうやら身体を動かすのに怪我は何も問題ないようだ。

 

「十六夜さん‼︎ よかった、意外とお元気そう……というよりご機嫌が良さそうですね?」

 

「まぁな。これまでの人生でここまで怪我を負ったのは初めてだが、それ以上に歯応えのある戦いができて楽しかったぜ」

 

十六夜が満身創痍になるまで戦いを楽しめる相手など下層ではそうそういない。そんな中で実力が拮抗する相手と巡り会い、限界まで力を振り絞って得た勝利が嬉しくないわけがなかった。それはギフトゲーム後、勝利の余韻を噛み締めて腕を突き上げるという傲岸不遜とも言える彼らしからぬ行動が物語っている。

 

「それはそうと逆廻君、優勝おめでとう。……そういえば古市君とレヴィさんはどうしたの?一緒のチームでしょ?」

 

葵は十六夜に優勝を祝う言葉を贈るとともに、此処にはいない古市とレヴィについて訊いてみた。古市は重症というほどの怪我は負っておらず、レヴィに至っては無傷であるため治療が終わるのは十六夜よりも早いはずなのだ。

 

「あぁ、古市なら来る途中でベヘモットの爺さんに呼ばれて何処(どっ)かに行ったぞ。レヴィも一緒に着いていってる」

 

「ベヘモットさんに……?いったい何の話をしてるのかしら」

 

「さぁな。それより駄弁るんなら場所移しといた方がいいぞ?休んでる奴らを起こしちまうからな」

 

注意された女性陣は口を閉じて眠ったままの一同に視線を向ける。特に黒ウサギが来てからは少し声量が上がっていたかもしれない。周囲を明るくするのは彼女の良さだが、病室を兼ねている控え室では声量を抑えるべきだろう。

 

「じゃ、俺は宿に帰って寝るとするわ。流石に今からはしゃぐ元気は俺にもねぇからよ」

 

十六夜は女性陣に注意をするとそのまま身体を翻して控え室から出ていってしまった。やはり精神的な疲労はともかく、肉体的な疲労は半端ではないのだろう。

珍しく十六夜の疲れたような発言に釣られ、飛鳥達も顔を見合わせる。一応眠っているレティシアや赤星が起きるのを待つ意味も含めて控え室で休んでいたのだが、当然ながらギフトゲームに参加していた彼女達にも疲労は溜まっているのだ。

 

「……私達も疲れていることだし、このまま帰りましょうか」

 

「そうだね。温泉に浸かって怪我も治しておきたいところだし」

 

飛鳥と耀の場合は十六夜とは異なり、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が大きかった。怪我自体は耀の言う通り、温泉に浸かれば次の日には全快しているだろう。

 

「私は一度、帰る前に白夜叉さんを探してみるわ。多分まだ会場内にいると思うし」

 

「でしたら黒ウサギもお付き合いしますよ。ついでに辰巳さんの様子も見ておきたいですから」

 

ということで飛鳥と耀は十六夜に続いて宿に帰ることにし、黒ウサギと葵は控え室を出て男鹿の容態確認と白夜叉の捜索に繰り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

黒ウサギと葵が男鹿の容態を確認したところ、男鹿は両脚にヒビが入っているため治療を施されて控え室で眠っている参加者達とは異なり継続的な治療を施しているとのことだった。他の参加者は目覚めれば好きにしていいことになっているが、男鹿だけは目覚めても一晩は治療に充てるというので明日まで運営本部で過ごすことになるらしい。

それから二人は白夜叉捜索を開始したのだが、苦労することなくあっさりとギフトゲーム会場となった広場の端で話し込んでいる姿を見つけることができた。

 

「あ。葵さん、いましたよ‼︎ 白夜叉様と英虎さんに……忍さん?」

 

「なんで鷹宮が白夜叉さんや東条と一緒に……?」

 

黒ウサギと葵が白夜叉を見つけた時、その隣には東条と何故か鷹宮も一緒にいて何やら話をしていた。

東条はともかく鷹宮がいることを不思議に思いながら二人が近付くと、接近に気付いた白夜叉が手を挙げて二人に呼び掛ける。

 

「おぉ、二人ともギフトゲームお疲れさん。二人してどうしたんじゃ?私に何か用かの?」

 

「用と言うほどではないんですけど、この後はどうされるのかを確認に来ました。勝手に帰るのはどうかと思いましたので」

 

「本当におんしはクソ真面目だのう。祭り中は好きにしてくれて構わんぞ」

 

白夜叉は葵の真面目な性格につい苦笑を浮かべてしまう。細かいところまで気が利くあたり、同じく生真面目な女性店員とも短い付き合いながら仲良くやっている。

葵の話……というより確認が終わったところで、黒ウサギは気になっていたことを訊いてみた。

 

「あの〜、ところで忍さんは白夜叉様といったい何を話されていたのですか?」

 

「別に。お前が気にするような内容じゃない」

 

普段の鷹宮は相変わらずディスコミュニケーションの塊のような性格だが、その素っ気ない態度にも慣れてきた黒ウサギはめげずに視線で疑問を訴え続ける。

そして鷹宮もその程度の視線で揺らぐわけもなく、隣で聞いていた東条が黙り込んだ鷹宮の代わって勝手に答えた。

 

「コイツは“サウザンドア(ウチ)イズ”にいるチビッ子の様子を訊きに来たみてぇだぞ」

 

「ペストちゃんの様子を……?」

 

東条の回答に対して何気なく呟いた葵だったが、その呟きを聞いた黒ウサギは一瞬だけ呆然とし、その意味を理解して驚いた。

 

「ペストちゃん……って、まさか“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”のことですか⁉︎」

 

“黒死斑の魔王”・ペストーーー三週間ほど前に“火龍誕生祭”で死闘を繰り広げた“グリムグリモワール・ハーメルン”のリーダーである魔王の名だ。加えて当時は鷹宮も魔王陣営として参戦しており、ペストは第一の王臣でもある。

“ノーネーム”が“打倒魔王のコミュニティ”として本格始動した初めての相手であり、激闘の末に倒されて箱庭から姿を消した……のだが、

 

「おんしらは“The PIED PIPER of HAMELIN”の勝利条件を全て満たしておったからな。ペストの隷属に成功したことで消滅後に箱庭へと再召喚され、今は“サウザンドアイズ”でその身を預かっておる。これについては依頼の報酬と合わせて“魔遊演闘祭”の後にでもジンを呼び出して話をするつもりだったのだ」

 

「そうだったんですか……アレ?ではどうして忍さんはそのことを知っていたのですか?」

 

“魔遊演闘祭”の後に話す予定だったのならば、王臣紋の繋がりがあるとはいえ鷹宮にだけ話すとは思えなかった。かと言って東条や葵の反応を見る限りでは二人がペストの話を鷹宮に振っていたとも思えない。

そういう意味を込めた黒ウサギの質問は、やはり鷹宮ではなく白夜叉が代わりに続けて答える。

 

「私もペストから聞いたんだがの。王臣紋が魔力を供給するパスの役割を果たすという性質上、供給先である王臣への魔力の流れから大まかな位置が分かるらしい。その逆もまた然り、だそうだ」

 

もちろん魔力の扱いに精通していなければ平常時の魔力など離れた距離からでは捉えることもできないが、鷹宮は十二歳の時点で紋章術の基礎を半日で習得できるほど魔力の扱いに長けていたのだ。ごく僅かな魔力であっても自らの魔力が流れ出ていれば鷹宮はその先を特定することができる。

しかし鷹宮が白夜叉を訪ねた理由はその安否を確認するためではなかった。

 

「ギフトゲームで消されたはずのペストへの魔力供給が続いている事に疑問を感じていたが、まさか魂まで砕かれた存在を再召喚できるとは思わなかったな」

 

そう、鷹宮がわざわざ白夜叉を訪ねて訊きたかったのは殺されたはずのペストが何故生きているのかを確認するためである。そこには明確な理由があったものの、その方法は予想外で非常識極まりない代物であった。

ペストは魔王と箱庭の制約により、隷属に成功したことで木端微塵に砕かれた魂さえも再構築して箱庭へと呼び戻されたのだという。つまり箱庭のルールは本人の意思すら関係なく、死の概念すらも飛び越えて適用されるということだ。

 

「とまぁ、そういうわけでおんしら二人には話したが、この事は暫く内密に頼みたい。実は“グリムグリモワール・ハーメルン”は本拠を持たないコミュニティであったことから、規定報酬の判断は“黒死斑の魔王”の推定桁数の認定待ちでな。推定桁数が認定され次第、規定報酬含めまとめて報告しようと思っておる」

 

「なるほど。そういうことでしたら、皆さんには伏せておきますね」

 

「うむ、よろしく頼む」

 

ついでに話の流れでペストが鷹宮の王臣だと知った東条と葵にも口止めをしておく白夜叉。

それから少し話した後、白夜叉は“罪源の魔王”達と話をしてくると言ってその場は解散することとなった。

 

 

 

 

 

 

黒ウサギ達女性陣が控え室から出ていく少し前。

治療後すぐにベヘモットから声を掛けられ連れていかれた古市とレヴィであったが、ベヘモットは歩くばかりで肝心の用件を話そうとしない。

 

「なぁ、いったい何処まで行くんだよ?」

 

「いや、ぶっちゃけ話自体は何処でしてもいいんじゃがの。落ち着いて話せる場所で話したいと思ってな」

 

「なになに?なんか面白そうな話?」

 

「それは当人の受け取り方次第じゃな」

 

ベヘモットの何か含むような言い方にレヴィが反応してきた。面白い事に目がないレヴィが食いついてしまったが、ベヘモットは軽くあしらいながら人気の少ない場所に着くと古市に向き合う。

 

「さて、こんな所でいいかの……ところで少年。一応なんじゃが、お前さんのギフトカードがあれば見せてくれんか?」

 

「ギフトカード?別にいいけど……」

 

ベヘモットに言われて古市は自身のギフトカードを手渡した。記されているのは“適応者(アダプテーション)”と、使い切った“召喚憑依紙”の代わりにレヴィとの契約紋である“海竜紋(ナハシュスペル)”が追加されている。

そのうちの“適応者”についてベヘモットが質問してきたので以前に十六夜が述べていた仮説をそのまま説明したのだが、それを聞いたベヘモットは少し考え込んでから言葉を発した。

 

「確かにその仮説を聞く限り毒物耐性と魔力耐性はあるんじゃろうが、お前さんが適応したのはそれだけではないと思うぞ」

 

「……は?いったい何のことだよ?」

 

唐突に言われた自覚していない適応に古市は意味が分からないといった表情を浮かべるが、ベヘモットはレヴィにもその適応の有無を確認する。

 

「レヴィ。おぬしも気付いておるのではないか?」

 

「ん、まぁね。ギフトゲーム中に発覚したら古市君のリアクションが面白いかなぁ、と思って黙ってたけど……問題なくて私も楽しめたから結果オーライってところ」

 

「ちょっと待ってちょっと待って。もしかして俺、知らないうちに危ない橋渡ってた?」

 

レヴィの告白に冷や汗を流しながら確認する古市だったが、彼女はそれに対して首を横に振って否定する。

 

「それは大丈夫。()()()()()()()()()()()()()()()()()今は私と契約してるからね。戦闘力は低くなっただろうけど戦えてはいたよ」

 

「簡易契約できなかったとしても、って……まさかとは思いますが、契約するとあのティッシュって普通は使えなかったり?」

 

「その通りじゃ。通常、人間と魔界の悪魔の契約は互いに一人しかできん。それは契約も簡易契約も同じじゃわい」

 

その異常を可能にしているのが古市のギフト、“適応者”である。箱庭に来る前のティッシュ騒動で毒を吸い続けたことによる毒物耐性、魔力を送られ続けたことによる魔力耐性、そして複数の悪魔と簡易的とはいえ連続して契約し続けたことにより並列契約を可能とする憑依体質へと肉体が適応していたのだ。

 

「儂はてっきり複数の悪魔と契約できる天稟の才と思っておったんじゃが……それ以上の代物が出てきたのぉ」

 

「そ、そうみたいだな。……それよりも結局呼び出した用件ってのは何なんだよ?」

 

「おお、そうじゃった。ちょっと待っておれ」

 

ベヘモットは懐から通信機を取り出すと、古市をおいて何処かへと通信し始めた。箱庭に電波の通信基地があるなどとは思えないが、魔界の電波は次元を超越すると聞いたことのある古市はベヘモットの話し相手が魔界の住人であると予想する。

通信相手と軽く挨拶を交わしたベヘモットは、その通信機を古市へと差し出してきた。思わず通信機とベヘモットの顔を見てしまう古市であったが、ベヘモットに促されて通信機を手に取り耳に当てて話し掛ける。

 

「……もしもし?」

 

『ーーー古市か?』

 

「その声は……ヒルダさん‼︎」

 

通信機から聞こえてきた声は、十日ほど前に箱庭から魔界に帰ったヒルダのものであった。

 

『ベヘモットに聞いたぞ、箱庭でも色々と起こっているようだな。ティッシュの補充と簡単な情報収集を済ませてすぐに戻るつもりだったのだが……事情が変わった』

 

ヒルダが言うには、“ソロモン商会”の一員であるヨハンから教えられた研究施設の捜査が始まり、その情報を得るために彼女も暫く残ることにしたのだという。

“ソロモン商会”が箱庭で活動していることが明確になった今、情報は少しでも持ち帰った方がいい。その研究内容ともなればかなり核心に近付けるのではないか、とヒルダは考えたのだ。

 

『とは言っても研究が引き払われた後では、あまり有益な情報は期待できないと思うがな。……そちらは祭りの最中だったか?お前達が本拠に戻る頃には私も戻れるだろう、皆にもそう伝えておいてくれ』

 

「あ、はい。分かりました」

 

そう言って通話を切られた通信機をベヘモットに返しながら古市は確認する。

 

「ヒルダさんとの連絡が用件だったのか?」

 

「そうじゃよ。序でに年寄りの好奇心を満たそうと思ってな、お前さんのギフトの話を聞こうと人気のない場所を選んでいたんじゃ」

 

ギフトはその人の生命線だ。知られても問題がないギフトもあれば、知られれば対策を打たれるギフトもある。その事を考慮したベヘモットは、盗み聞きされないように見晴らしがよく人通りの少ない場所を選んだのだ。

 

(ーーー尤も、好奇心だけが理由ではないがの)

 

ベヘモットには危惧している事柄が一つあったが、それは確証も何もないただの推測であり、その事を話しても不安を無駄に煽るだけだろう。

そう心の中で結論付けたベヘモットは、用件は済んだと別れの言葉を告げてその場から立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

“魔遊演闘祭”最終日。メインのギフトゲームが終了し、決勝で敗れて気を失っていた参加者も翌日には全員回復して各々が残りの期間を楽しんでいた。

しかしそれもあっという間に過ぎ去り、今はギフトゲームの表彰式を兼ねた閉会式の最中である。舞台の上には“罪源の魔王”達に加えて白夜叉も立っており、これまで通りにサタンが代表として言葉を発する。

 

「ではこれより、“魔遊演闘祭”の閉会式を始める。とはいっても表彰式がメインなので畏る必要はないがな。最後なので東側の“階層支配者”である白夜叉殿にも舞台に上がってもらった」

 

“罪源の魔王”が白夜叉を舞台に上げたのは“階層支配者”だからという事にしているが、実際には“サウザンドアイズ”との商談により少しでも参加者達が望む景品を揃えようという主催者としての意識の表れである。東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティである“サウザンドアイズ”が裏にいる以上、余程の理不尽な要望でない限りはほぼ叶えることができるというわけだ。

 

「それでは優勝した“ノーネーム”の逆廻十六夜・古市貴之チーム、準優勝した同じく“ノーネーム”の男鹿辰巳・レティシア=ドラクレアチーム、三位である“サウザンドアイズ”の赤星貫九郎・ベヒモスチームは舞台の上へ」

 

舞台下の最前列で待機していた決勝参加者のうち、呼ばれたチームの人達が舞台へと上がっていく。

優勝・準優勝は雌雄を決する形で勝敗を決めたので明白だが、三位の決定はサバイバルであるため本当に僅差であった。それこそ戦闘を始める時間が遅かったり戦闘が長引いたりといった、偶然や運の要素が大きい。

それぞれのチームで固まって呼ばれた順番に舞台上で並んでいき、サタンの前に整列する。

ーーーと、そこで上空から二枚の“契約書類”が舞い落ちてきた。

それを何かの演出だと勘違いした参加者の多くはいったい何が始まるのかと見守っていたが、大祭関係者や“罪源の魔王”達は訝しげな視線で“契約書類”の行方を追っていく。

その“契約書類”は迷いなく舞台上の二人ーーー男鹿と古市の手元に収まった。

 

「あん?なんだこれ……?」

 

「え、俺に……?」

 

男鹿と古市も不思議に思いながら“契約書類”に目を通し、二人の傍にいた十六夜とレヴィ、レティシアも覗き込んで内容を確認する。

 

 

 

【ギフトゲーム名 “天地創造の化生達”

男鹿辰巳・古市貴之により“天地創造の化生達”はクリアされました】

 

 

 

「……?」

 

「あぁ……そういえば私、こんなギフトゲーム考えて二人とやってたなぁ」

 

レヴィは思いっきり他人事のように感慨深く思い返しており、男鹿に関しては“契約書類”を見てもまだ頭を捻っていた。ギフトゲームの主催者と参加者の双方がその存在をすっかり忘れていたようだ。

 

「いやいやいや‼︎ 確かに二十話近くこの事に触れなかったから誰も覚えてないかもしれませんけど、レヴィさんは忘れてちゃ駄目でしょう⁉︎ ていうかどのタイミングでゲームクリア⁉︎ 何がどうなってゲームクリアになったの⁉︎」

 

そんな二人に怒涛のツッコミを入れている古市であるが、彼自身も軽く忘れていたことは秘密だ。

そこで“契約書類”から顔を上げて周囲を見回したレティシアが一人納得したように頷いた。

 

「……なるほど。“捧げる神”とは白夜叉のことだったのか。いや、これは神霊であれば誰でも良かったのか?」

 

「さぁな。少なくとも白夜叉を想定して作られたってのは間違いないと思うぜ。そうだろ?」

 

「うん、その通りだよ〜」

 

レティシアの言葉を拾った十六夜は、自分の考えも合わせて“契約書類”を作った本人であるレヴィに確認を取る。流石にゲームを開催していることを忘れてはいてもその内容自体は覚えていたようだ。十六夜の疑問に淀むことなくレヴィは答えた。

 

「といっても景品は私との契約を想定してたからなぁ……“ノーネーム”にも入るし、クリア報酬は前払いだったってことでいい?」

 

レヴィは既に自分との契約を交わしている古市に問い掛ける。

 

「俺は別に構いませんけど……なんか釈然としないというかなんというか、こんなクリアで良いのか?色々な意味で」

 

「いいんじゃないか?どうでも」

 

“どうでもいいんかい”、と心の中で思いながら十六夜の言葉に溜め息を吐く古市。まぁ確かに十六夜の言うように此処で言い合う話ではないのだろう。それはどうしてかと言えば、

 

「……そろそろ表彰式の続きを進めてもいいだろうか?」

 

今まで成り行きを見守っていたサタンが話の区切りが付いたであろうタイミングで割って入った。

そう、今は表彰式の真っ只中。個人的な問題で中断させてしまっているところなのである。

 

「あ、すいません。ご迷惑をお掛けしました、どうぞ続けてください」

 

古市が謝罪して“契約書類”を仕舞い、男鹿も同じように“契約書類”を仕舞って集まっていた三人も元に戻る。

それからの表彰式・閉会式は恙無(つつがな)く終了し、一週間続いた“魔遊演闘祭”の幕を閉じたのだった。




終わったー!!! “原作での空白期間でオリジナルの話を挟もうかなぁ”と軽い気持ちで考えていた過去の自分も、まさかここまでの長編になるとは思っていませんでした。
第四章からは原作の流れに戻らせてもらいますので、これまでと変わらず気長にお待ちいただけると嬉しいです。

あと小説情報にも新しく記載していますが、pixivで軽いリメイク版というか改訂版の投稿も開始しました。いつか区切りのいいところでハーメルンにも反映させようと思っております。


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そう……巨龍召喚
収穫祭へ向けて


皆さん、お久しぶりです‼︎
いよいよ原作三巻(本作第四章)に突入しますが、意外と導入部から手間取ってしまいました。まずは問題児たちの収穫祭参加を賭けたゲームとなります。

それではどうぞ‼︎


“魔遊演闘祭”から帰ってきて一週間。十六夜達は今後の活動方針を話し合うため、本拠の大広間に集まっていた。

大広間の中心に置かれた長机には上座からリーダーであるジン、十六夜、飛鳥、男鹿、耀、古市、ヒルダ、アランドロン、鷹宮、黒ウサギ、メイドであるレティシア、年長組の筆頭であるリリの順番で席に座っている。

 

「なぁ、なんで俺ら呼び出されたんだ?また何処(どっ)かから招待状でも届いたのか?」

 

開始早々、早くも怠そうに問い掛けたのは男鹿であった。このように全員が集められて話し合うというのは“魔遊演闘祭”の招待状が送られてきた時以来なので、男鹿がそう考えるのも仕方ないことである。

 

「Yes‼︎ 辰巳さんの言われた通り、なんと三つのコミュニティから招待状が届いているのですよ‼︎」

 

そして珍しく男鹿の予想が当たり、黒ウサギが嬉しそうに三枚の招待状を見せてきた。しかもうち二枚は“ノーネーム”にしては破格の待遇である貴賓客としての招待状らしく、彼女の喜びようは半端ではない。

 

「じゃあ今日集まった理由は、その招待状について話し合うためなのかしら?」

 

はしゃいでいる黒ウサギを余所に、飛鳥は今回集められた目的をジンに確認している。

 

「それも勿論ありますけど、その前にコミュニティの現状をお伝えしようと思って集まってもらいました。……リリ、黒ウサギ。報告をお願い」

 

「はい、分かりました」

 

「う、うん。頑張る」

 

ジンに促されて話し始めた黒ウサギとリリの報告によれば、一ヶ月前に戦った“黒死斑の魔王”が推定五桁の魔王に認定されたことにより規定報酬の桁が跳ね上がったため一年は生活に困らないことと、金銭とは別途に恩恵を授かることになったことが報告された。

さらに荒廃していた農園区もメルンとディーンの活躍によって全体の四分の一ほどが使える状態まで復興しており、植える農作物次第では数ヶ月後には成果が期待できると言う。

 

「そこで、復興が進んだ農園区に特殊栽培の特区を設けようと思うのです」

 

「特区とは有り体に言えば、霊草・霊樹を栽培する土地のことだな」

 

ジンがコミュニティの現状を報告し終えた後、今度は黒ウサギとレティシアが今後の方針について話し始めた。

彼女の言っていた貴賓客としての招待状の一つに、南側の“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟から“アンダーウッドの大瀑布”と呼ばれる場所で開催される収穫祭がある。その収穫祭に参加し、特区に相応しい苗や牧畜を手に入れてほしいとのことだ。

 

「ーーー今後の方針についての説明は一通り終わりました。……しかし一つだけ問題があります」

 

全ての話が終わった後、ジンが困ったように言葉を続ける。

 

「この収穫祭なんですが、前夜祭を入れれば二十五日……約一ヶ月にもなります。“魔遊演闘祭”はまだ一週間と短かったですが、これほど長期間コミュニティに主力が居ないのはよくありません。そこでレティシアさんとともに二人ほど残って欲しーーー」

 

「「「「嫌だ」」」」

 

そしてジンが言い切る前に即答されてしまった。十六夜、飛鳥、耀が拒否することはほぼ分かっていたので話す前から困っていたのだが、まさかレヴィまでもが唐突に実体化して拒否してくるとは思わなかった。

 

「そんな面白そうなお祭り、黙って見過ごすわけにはいかないよ。ねっ、古市君?」

 

「いやまぁ、どうせなら参加したいですけど……なぁジン君。別に留守番くらいなら一人でも良いんじゃないか?なんでレティシアさんの他に二人も必要なんだ?」

 

確かにコミュニティが力をつけ始めた今、“フォレス・ガロ”のような子供を攫う犯罪組織や魔王が地域を襲う可能性を考えれば防備も固めなければならないだろう。

しかしそれらはあくまで可能性であり、現実的に考えて襲撃が起きる可能性は低い。古市は主力を三人も残しておくほどの必要性を感じていなかったのだが、ジンは違ったようだ。

 

「はっきりと言ってしまえば、用心するに越したことはないということです。万が一襲撃があった際には、子供達や本拠を守る役割と襲撃者を迎撃する役割が必要ですし……それに“ソロモン商会”の目的も依然として分かっていませんから」

 

“魔遊演闘祭”から帰ってきた一同と時を同じくして外界から帰ってきたヒルダ達であったが、彼女も予想していたように“ソロモン商会”の核心に迫るような情報は研究施設からは得られなかった。

拉致されていた悪魔達による証言を得られる可能性は高かったがそちらも核心に迫れるような情報はなく、その代わりと言ってはなんだが研究の内容については一端を知ることができた。

 

 

 

悪魔から魔力を抽出し、抽出した魔力を物質化する方法を確立させること。

 

 

 

その研究が意味することや“ソロモン商会”の目的までは分からなかったが、男鹿とベル坊、鷹宮とルシファー、古市とレヴィアタンといった“七大罪”とその契約者に注目していることは分かっている。その彼らが所属している“ノーネーム”にも手を出さないとは限らないのだ。ジンの言うように用心するに越したことはない。

 

「ということで残る側にも戦力を割いておきたいんですけど……辰巳さん、ヒルダさん、忍さんの意見はどうでしょうか?」

 

十六夜、飛鳥、耀、レヴィ(ついでに古市)には拒否されてしまったため残る三人にも訊いてみる。ちなみにアランドロンの能力は戦闘に向いていないので、残す戦力としては数えていなかったりする。

 

「俺か?あー、俺は別にどっちでも……」

 

「ダブッ‼︎」

 

男鹿が残ってもよさそうな発言をしようとしたところ、ベル坊が急に声を上げた。何事かと男鹿がベル坊に目を向ければ、ベル坊は首を振って何かを訴えるように机をベシベシと叩いている。

 

「なんだ、ベル坊は行きてぇのか?」

 

「アイ‼︎」

 

「坊っちゃまが行かれるのであれば私も御一緒するまでだ」

 

ベル坊が行くのならばヒルダも着いていこうとするのは当然であった。そしてベル坊が行くためには男鹿も行かなければならない。

最後に残った鷹宮はと言えば、

 

「興味ないな。好きにしろ」

 

最初の四人とはまた違った意味で予想通りの無関心であった。むしろ積極的に意欲を見せてイベント事に参加しようとする姿の方が想像できない。

 

「ではレティシアさんと忍さんには一ヶ月残ってもらうとして、残る一人はローテーションで決めさせていただいても大丈夫でしょうか?」

 

“ローテーション?”とその提案に首を傾げる一同にジンは内容を説明する。

 

「つまり前夜祭、オープニングセレモニーからの一週間、残りの日数と三人ほど順番に本拠に戻って欲しいんです」

 

「その三人はどうやって決めるの?」

 

耀の純粋な疑問に、ジンは席次順で決めると言いかけて咄嗟に口を噤んだ。

今話し合いで座っている並びがコミュニティの席次順であるため、上座に近いほど組織への貢献・献身・影響力のある席次ということで優先されるのだが、その箱庭では当たり前の決め方で外界から来た全員が納得するとは限らない。

どう説明したものかとジンが迷っていると、十六夜が机に身を乗り出して提案した。

 

「なら前夜祭までの期間で、誰が残るのかをゲームで決めるってのはどうだ?」

 

「あん?ゲームで?」

 

「ふむ。具体的にはどういった内容で勝敗を競うつもりだ?」

 

男鹿とヒルダもベル坊の要望に応える形で参加することになったとはいえ、やるからには負けつもりはない。さらに二人だけではなく全員が早くもゲームの内容へと興味が移っている。

 

「そうだな……“前夜祭までに最も多くの戦果を上げた者が勝者”ってのはどうだ?期日までの実績を比べて収穫祭で一番戦果を上げられる人材を優先する。……これなら不平不満はないだろ?鷹宮、お前も行きたくなったら何時でも参加していいからな」

 

「あぁ」

 

十六夜は一応鷹宮にも声を掛けておいたが、もちろん参加するしないは本人次第である。鷹宮の反応を見る限りでは変わらず残留するつもりなのだろう。

しかし鷹宮が参加しないのと参加する可能性があるのとでは大きな違いがあった。

 

「つまり、確実に収穫祭を楽しもうと思ったら上位二人に入らないと駄目ってことか」

 

仮に鷹宮が参戦した場合、三つに分けられた期間で二人残ることになるためローテーションする人数は一気に倍の六人に増えることとなる。古市の言う通り本気で全日参加しようと思ったら、鷹宮が参戦する可能性も踏まえて一位・二位にならなければならない。

 

「問題ないわ。それで行きましょう」

 

「面白そうだね‼︎ よーし、頑張っちゃうぞ〜」

 

「うん。……絶対に負けない」

 

こうして“ノーネーム”外界組主力陣による、“龍角を持つ鷲獅子”主催の収穫祭参加を賭けたゲームが開始されたのだった。

 

 

 

 

 

 

収穫祭の参加を賭けたゲームが開始されてから数日後。男鹿とベル坊はある場所へと訪れていた。

 

「なんかギフトゲームやってねーか?デカイやつがいいんだけどよ」

 

「ダッ」

 

「……わざわざそのために北側まで来られたのですか?まぁ貴方はベルゼブブ様の親戚のようなものですし、皆も構わないとは思いますが」

 

男鹿の話し相手ーーーフルーレティは少し呆れたような声音で、アポイントメントもない突然の男鹿の訪問に対応していた。

どうして男鹿が再び北側へと赴いているのかというと、二一〇五三八〇外門……つまり“ノーネーム”の地元でギフトゲームに参加することができなかったからだ。

もちろんギフトゲームが開催されていないわけではなく、“打倒魔王”を掲げるコミュニティ、ジン=ラッセル率いる“ノーネーム”として評判が広がると同時に男鹿の戦歴が広まり始めていてゲームの参加を拒否されたのである。

 

五桁のコミュニティ・“ペルセウス”のリーダーであるルイオス=ペルセウス。

“七つの罪源”の魔王級悪魔であるルシファーと契約し、“黒死斑の魔王”・ペストと同等以上の関係を持っていた“紋章使い”である鷹宮忍。

“七つの罪源”に属する“罪源の魔王”である“嫉妬の魔王”・レヴィアタン、“暴食の魔王”・ベルゼブブ。

 

実際の実力差や明確な勝敗はともかく、これだけの肩書きを持つ面々と戦ってきた男鹿を相手に最下層の、それも“世界の果て”と向かい合っているような箱庭の最も外周に位置する地域に対等なギフトゲームを開催できる主催者がいなかったのだ。

ついでに言えば、男鹿以上の戦歴を持つ十六夜も地元でのゲームの参加を拒否されていたりする。

 

「しかし、ギフトゲームの紹介ですか……“罪源の魔王”様達を含め、“魔遊演闘祭”に来られていた方々も大部分が既に帰られていますから、大型のゲームをすぐさま紹介できる方が残っているかどうか……」

 

北側に訪れた男鹿がまず最初に向かった先は、“魔遊演闘祭”で運営本部となっていた街の中心にある城であった。というより城以外に男鹿が知っている場所は宿泊していた宿屋とその周辺くらいなので、自ずと城に向かうしかない。そこで男鹿の姿を見つけたフルーレティが声を掛けたのだ。

“ノーネーム”と面識のあるフルーレティではあったが、実は男鹿との直接的な面識は一切なかったりする。当然、話し掛けられた男鹿は“誰、お前?”という状態だったので彼女は自己紹介をし、用件を確認したところで冒頭の言葉が返ってきたのだった。

だが、東側であろうと北側であろうと下層であることに変わりはない。むしろ“魔遊演闘祭”で実力を直接披露している分、噂だけで参加を拒否されていた東側より拒否される可能性も考えられた。

男鹿の事情を聞いていないフルーレティには詳しいことは分からないが、わざわざ北側に来るだけの理由があるのだろうと彼女なりに推察して男鹿の要望に応えようとする。

 

「ーーーおぅい。どないかしたんか、フルーレティのお嬢ちゃん」

 

そんな風にフルーレティがどうしたものかと考えていたところで、後ろから彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。振り返ってみればそこには、眼鏡を掛けた白髪の男性が柔和な笑みを浮かべながら歩いてくるところだった。

名前を呼ばれたフルーレティは、意外な人物がまだ残っていたと感じながら返事をする。

 

「これはアスタロト様。まだ此方にいらしたんですか?」

 

「おぉ。久しぶりの温泉街でな、色んな温泉を練り歩きながら満喫しとったんよ」

 

アスタロト……以前にも説明したとは思うが、グリモワールの一つである“大奥義書”の階級構造においてルシファー・ベルゼブブと並ぶ地獄の支配者の一人だ。“七つの罪源”における参謀のような立ち位置におり、どちらかと言えば武力よりも知力に優れている人物である。

立場的にも実力的にも頼れそうな人物の登場に、フルーレティは男鹿の用件を伝えて助力を仰ぐことにした。

 

「ほぉ、なるほどなぁ……で、どんなゲームやら賞品やらを探しとるんや?もし条件合うのがあったら紹介したるで?」

 

「お、いいのか?」

 

「うん、ええよ。まぁギフトゲームなんてお駄賃をあげて仕事を手伝ってもらう口実みたいなもんやから、取り敢えず深く考えんで要望を言ってみ?」

 

“魔遊演闘祭”を通じてアスタロトが男鹿の事を知っていたというのもあり、大魔王の関係者という事と合わせてあっさりとギフトゲームの紹介を引き受けてくれた。

彼の口振りからするとギフトゲームというよりは雑用を押し付けられる可能性が無きにしも非ずだが、賞品がもらえるのなら結果オーライだ。男鹿も言われた通りに要望を言ってみることにする。

 

「じゃあゲームはあんま頭を使わねぇやつで、欲しいもんは……どうすっかな……なんか畑で使える感じのもんがいい」

 

咄嗟に男鹿が思いついた欲しいものは、黒ウサギ達が言っていた農園について役立つものだった。現状の“ノーネーム”の方針とも合致しているし、農耕関係というのは悪くない選択肢だろう。

 

「ふむ。力関係のゲームで、農耕関係の賞品か……よっしゃ、任しとき。ちょうどええのがあるわ」

 

男鹿の要望を聞いて少し考え込んでいたアスタロトだったが、すぐに適当なものが思い浮かんだのか要望を承諾してくれた。アスタロトは踵を返して男鹿に着いてくるように言い、残るフルーレティに別れを述べてから歩いていく。

男鹿もフルーレティに一応の感謝と別れの言葉を掛け、行き先や内容も告げず先を行くアスタロトに着いていくのだった。




ちなみに北側へはアランドロンの転送で送ってもらいました。
漫画などではどの程度の場所まで転送が可能なのか分からないので、取り敢えず記憶や知識から転送される本人が認識できる範囲まで転送できることにしてます。


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アスタロトの思惑

うわぁ、前の投稿から三ヶ月以上も経ってるよ……ホントお待たせしました。
もう少し早く投稿できると思ってたんですけどね、ちょっとずつ書き溜めていたところをひと段落したんでまとめて書き上げました。

それではどうぞ‼︎


フルーレティと別れてアスタロトに連れられてきた男鹿が辿り着いたのは、森の中に開けた畑のような場所であった。それも境界門を使用しての移動であったため、箱庭のどの辺りにいるのかすらよく分かっていない。

 

「畑……にしちゃあ荒れてんな。もう使ってねぇのか?」

 

農耕など全く詳しくない男鹿だが、目の前の畑は雑草がぼうぼうと生えていて大きな動物の足跡のようなものも残されており、素人目にも放棄された畑であろうことが分かる。

 

「そうや。色々あって今は使わんくなった畑なんやけど、男鹿君にこの畑を再利用できるよう耕してもらおう思ってな」

 

「ふーん。なんか新しく野菜でも育てんのか?」

 

「ま、用途はあとで教えるとして。早速ギフトゲームに移ろうか」

 

アスタロトは男鹿への説明を省くと、虚空から現れた羊皮紙につらつらと今回のギフトゲームについての詳細を記載していく。

 

 

【ギフトゲーム名 “テリトリーの開拓”

・プレイヤー一覧:男鹿辰巳、カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ四世

 

・ゲームマスター:アスタロト

 

・クリア条件:畑を再利用できる形に耕すこと。

 

・敗北条件:上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

“七つの罪源”印】

 

 

「これは一つの契約書みたいなもんや。男鹿君が仕事をしてくれたら、僕は報酬を与えるっていうな」

 

ギフトゲームとは言ってしまえば箱庭の法そのものだ。箱庭においてこれ以上の契約は存在し得ない、絶対遵守の力である。

ギフトゲーム以外での口約束やただの契約書であれば、幾らでも反故にする方法はあるだろう。“七つの罪源”における参謀役を務めるアスタロトは、コミュニティを不利に陥れる可能性のあるそれらを未然に防ぐため、コミュニティの発展当初から約束事や話し合いにギフトゲームを利用することが多かった。

 

「なぁ、この“再利用できる形に”ってのは具体的にどんなことをすりゃいいんだ?」

 

先程も言ったが男鹿には農耕の知識などほとんどない。仮に“苦土石灰(くどせっかい)を撒いて土壌の酸性値をコントロールしつつ堆肥や肥料を加え、東西方向へと畝を長く作っていってください”、などと菜園作りにとって一般的なことを言われても彼にはチンプンカンプンである。

 

「あぁ、別に小難しいことはせんでええよ。あっちの納屋に鍬とかの道具があるから、雑草とか残ってる作物諸共に土を柔らかく掘り返しといて。あ、作物とか欲しかったら残ってるやつ好きに収穫してもええから」

 

そう言ってアスタロトが指し示す場所には、畑とは別に柵で覆われた木製の小屋があった。今言ったように農耕の道具を保管したり、当時は収穫物を保管したりする納屋の役割を持っていたのだろう。

ただ土を掘り返すだけの力仕事なので確かに男鹿の要望通り頭は使わないのだろうが、だからといって男鹿は楽観する気には全くなれなかった。何故かというと、

 

「……一応訊くけどよ、この畑のデカさは?」

 

「なぁに、たったの二五〇〇m2だけや。機械とか使(つこ)うたらあっという間やで」

 

「……機械を使わずにやるには面倒そうだってのは分かった」

 

端的に言って一人で道具を使って人力のみで耕すには広すぎるのだ。アスタロトの言うようにトラクターなどが使えれば別だが、小さな学校のグラウンド程度はある畑を人力で耕そうと思えば単純に労力がいる。

男鹿は溜め息を吐きつつ気持ちを切り替え、取り敢えず指示された納屋へと農具を取りに行くことにした。納屋の中には鍬や鎌、鋤と言った基本的な農具だけでなく柵などを整備する掛け矢など様々な畑を作るための道具はあったものの、やはりと言うべきか全て人力の道具である。

 

「う〜ん……まぁこの振り下ろすやつでいいだろ」

 

と言って持ち出したのは無難に鍬であった。まぁ土壌を掘り返すだけなのだから鍬で正解なのだが、男鹿としては畑仕事=鍬という風に覚えていたものを連想しただけである。道具の効率や使い分けなどは何も考えていない。

鍬を持って出てきた男鹿にアスタロトは笑みを浮かべながら言う。

 

「じゃ、早速お願いするわ。僕はその辺におるからなんか訊きたいことがあったら呼んでな」

 

アスタロトはそう言いながら畑から離れて森の中へと姿を消していった。訊きたいことがあったら呼べと言っていることから遠くには行っていないのだろうが、男鹿には訊きたいことなど特にないので居なくても問題はない。

男鹿は柵を作っている支柱の一つへと上着を掛け、袖をまくりながら畑仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、ようやく半分ってとこだな。ちょっと休憩するか」

 

「アイ」

 

畑仕事を開始してから数時間。知識や技術などいらない力仕事というだけあって男鹿一人でも順調に進んでいた。最初は慣れない鍬の使用で調子が出なかったものの、一辺五十mの一列が終わる頃には慣れてきて速度も上がっていった。この調子であれば残る半分もさらに早く終わることだろう。

鍬をその場に置き、畑仕事でかいた汗を袖で軽く拭う。少し喉も渇いてきたので近くに川でもないかアスタロトに訊こうと辺りを見回したところで、男鹿は自分に近づいてくる存在に気付いた。

 

「なんだあいつら?ゴリラ……いや、猿か?」

 

それは両腕が異常に発達した猿のような生き物であり、身体は茶色い毛ではなく赤茶色の鱗で覆われている。大きさは人間よりも一回り大きく、見た限りでは五体の群れで行動していたようだ。

 

「……あぁ、なるほど。あいつらが畑のもんを食い漁ってたんだな、多分」

 

此処に連れて来られた時に動物の足跡のようなものもあったことだし、連想するのは男鹿でも難しくなかった。その猿達は威嚇するように唸り声を上げながらジリジリと距離を詰めてくる。

 

「おら、あっち行け。仕事の邪魔すんじゃねぇよ」

 

『……お前が今回の守り手でいいんだな?』

 

シッシッ、と手で追い払う動作をしながら睨みを利かせると、意外にも威嚇していた猿達は大人しくなり話し掛けてきた。言っている意味は男鹿にはよく分からなかったが、話が通じるのであれば手間が省けるとばかりに言葉を返す。

 

「なんだ、話せんのか。だったら話は早ぇ。俺はこの畑を掘り返すのに忙しいから何処(どっ)か行け」

 

『……何も聞かされていないのか?まぁいい』

 

何やら聞き取れない大きさの声でブツブツと呟いている猿の一体を見つめながら返事を待っていると、呟きを止めた猿が男鹿に向けて片腕を突き出してきて、

 

 

 

『お前が守り手で間違いなさそうだ』

 

 

 

爆音とともに男鹿の身体が吹き飛ばされた。

 

「ガッ……⁉︎」

 

ただの猿と思っていた男鹿にとっては(まさ)に不意を突かれる形となり、油断していたこともあって何をされたのかすら分からなかった。

吹き飛ばされた男鹿の身体は畑から楽々と飛び出し、木を一本へし折った後に二本目の木と衝突して漸く動きを止める。

 

「〜〜〜ッ、んだよ今のは」

 

木に打ち付けられた背中ではなく何時の間にか衝撃が入っていた腹部を摩りながら立ち上がった男鹿の目線の先には、先程まで自分がいた位置に拳を突き出した形で立っている猿がいた。どうやら高速で移動したあの猿に腹部を殴られたらしい。

そうやって分析していられたのも束の間。後ろに残っていた四体の猿も片腕を此方に突き出してきたので、男鹿は否応なしに戦闘態勢を整えて迎え撃たなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

「……お、漸く始まったか」

 

畑から少し離れた場所にある比較的高い木の上、そこからアスタロトは男鹿と猿ーーー龍猿(ドラゴンエイプ)の戦闘を窺っていた。窺っていた(・・・・・)、ということはつまり、この戦闘は起こるべくして起こったということだ。

そもそものギフトゲーム名、“テリトリーの開拓”で表記されている“テリトリー”とは、“領土・領地”という意味合いではなく“縄張り”という意味合いで使用されている。もっと言えば、畑を耕すだけのギフトゲームで敗北条件など設定する必要はない。

このギフトゲームを仕組んだアスタロトは、当然ながら龍猿の存在を認知している。でなければこのようなルールは作れない。では何故男鹿に詳しい説明もせずに“畑を耕せ”としか言わなかったのかというと……ただ単に男鹿の実力を生で見たかったからである。深い理由など特にない。

強いて挙げるならば、大魔王の関係者ということから“七つの罪源”と関係を持つ可能性が高い男鹿の実力を知っておきたかったというところか。自分達が動くことで不利益を招くような状況などに陥った場合、少しでも関係性があって協力を仰げる強者が外部にいる方が都合がいい。コミュニティがどのような状況下に置かれても大丈夫なように対応策を練ってコネクションを築いておくのも参謀の務めだ。

ただし男鹿の実力自体は“魔遊演闘祭”の決勝戦でベルゼブブ相手に証明しているし、男鹿だけでなく“魔遊演闘祭”に招待された“ノーネーム”とのコネクションもある程度築けていると言ってもいい。それでも改めて確認しよう思ったのは、実際に不測の事態に陥った場合の対応も見ておきたかったからだ。不意打ちでやられる程度ならそれまで、ということである。

 

「龍猿一体やったら男鹿君の方が強いやろうけど、複数の龍猿相手にどう戦いを展開していくかは楽しみやな」

 

アスタロトは“魔遊演闘祭”の戦闘から大まかな男鹿の実力を把握しているため、その上で龍猿との戦力差を冷静に分析していた。

龍猿は龍の因子による堅牢な鱗から生み出される耐久力、猿の因子による俊敏で身軽な身のこなし、加えて龍翼の代わりに得た独自の推進力発生器官は肉弾戦にこそ真価を発揮する。何よりも森の中という環境からして龍猿の得意フィールドだ。単体の戦闘力が多少劣っていたとしても簡単に補えるだろう。その上で数も揃っている。

圧倒的に龍猿有利な条件が揃っている森の戦場で、男鹿と龍猿の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

先程の不意打ちとは違い戦闘態勢を整えて龍猿の一挙手一投足に注意していた男鹿は、龍猿が高速移動して攻撃に移行するまでの変化を正確に捉えることが出来ていた。龍猿達の腕から薄く湯気のようなものが漏れ出たかと思えば、一瞬で爆発的な量の蒸気が噴き出してまるでジェットエンジンのようにその身体を突き動かしていたのだ。

男鹿は腕を突き出して飛んできた一体を躱し、まずは攻撃に転じるのではなく残る四体に注意を払って様子を見ることにする。連続して攻めてくるかと思い警戒しての行動だったのだが、最初に突っ込んできた龍猿以外は男鹿を囲むようにして周囲に展開していた。

 

(こいつら、妙に戦闘慣れしてやがんな……)

 

ただ闇雲に突っ込んでくるだけならばそれぞれ返り討ちにする男鹿なのだが、龍猿達は先に男鹿を取り囲むことで動きを制しつつ連携の取りやすい陣形を作り上げている。ただ襲い掛かる獣ではなく、明らかに多対一を想定した戦い方だ。

 

「何だってんだよ、いきなり……。よく分からねぇが、取り敢えずぶっ飛ばす‼︎」

 

深く考えることを止めた男鹿は、一番近くにいた龍猿目掛けて駆け出した。囲まれたからといって全体を警戒するあまり守勢に回ってしまえば相手の思うツボだ。それよりも各個撃破して包囲網を崩す方が優先である。

瞬く間に龍猿の一体へと肉薄すると、不意打ちのお返しとばかりに容赦なく拳を振るった。龍猿の得意な森での戦闘だけあって跳躍して木の上へと躱されたが、男鹿は振るった拳と反対の手に雷電を纏わせてさらに追撃を掛ける。

 

魔王の咆哮(ゼブルブラスト)ッ……‼︎」

 

龍猿が跳躍して拳を躱した直後、空中で身動きの取れない龍猿へと狙いを定めて雷撃を放つ。だが普通は身動きの取れない空中で龍猿は片腕を横に突き出し、その腕から蒸気を噴出させることで方向転換して雷撃も躱した。

その間に他の龍猿も黙っているいるわけがなく、斜め後ろから龍猿の一体が迫ってくる。男鹿は身体を回転させながら肘打ちで推進力を発生させている腕を弾いて逸らし、そのまま遠心力を利用して胴体に蹴りを叩き込んだ。

 

「んだよ。随分硬ぇじゃねぇか、っと‼︎」

 

間断なく仕掛けてきた別の龍猿の攻撃を避けつつ、男鹿は蹴り飛ばした龍猿を見て言葉を漏らす。確実に蹴りを入れたはずだが、龍猿は受け身を取ると即座に体勢を立て直していた。どうやらもっと魔力を高めなければただの蹴りではあまりダメージを与えられないらしい。

現在対峙している龍猿の攻撃の隙間を縫って反撃するが、龍猿は発達した腕を盾のように構えながら攻撃を受けつつ後退していく。男鹿がそれを逃すまいと追い縋ろうとしたところで、他の龍猿が上から襲い掛かった。蒸気の噴出音を轟かせながら高速で落下してくる様はまるで隕石のようであり、直撃こそしなかったものの墜落した地面を破壊して粉塵を巻き上げる。

 

「チッ」

 

巻き上げた粉塵は男鹿の視界を遮り、龍猿達の姿を覆い隠してしまった。視界を確保するべく粉塵から抜け出してもよかったが、周囲を囲まれている現状ではどの方向であっても抜け出した瞬間を狙われてしまうだろう。しかし視界を遮られて姿を見失っているのは龍猿達も同じはずだ。ならば下手に動くよりも粉塵が晴れるのを待った方が先手を打たれることもなく堅実である。

そう思って無駄に動かず待ちの構えを取っていた男鹿だったが、微かな風の不自然な流れを粉塵の動きから捉えて振り向けば龍猿が拳を振りかぶっている姿が目に入った。

 

「ッ‼︎」

 

龍猿は視覚だけではなく嗅覚も頼りに男鹿の位置を特定したのだが、気配を消して蒸気を噴出させずに忍び寄った龍猿の拳は蒸気の推進力を得ていない分だけ威力も速度も落ちている。咄嗟の反応ではあったが行動できた男鹿は、身体を捻って拳を受け止めると足腰に力を入れて踏ん張った。

衝撃を受け切ったところで腕を掴んで振り回して地面に叩きつけてやる、そう考えながら衝撃に堪えていたところで拳を接触させた状態から蒸気の爆発が引き起こされた。

予想外の力が加えられた男鹿は堪え切れずに足が宙に浮き、蒸気の推進力そのままに吹き飛ばされてしまう。その勢いで粉塵から弾き出された男鹿だったが、そこで待ち構えていた龍猿の一体に着地する間もなく打ち上げられた。

 

「グッ⁉︎」

 

碌に防御もできず龍猿達の連携された攻撃を受けた男鹿は、抵抗もなくされるがままに空中に投げ出される。

しかし龍猿達の攻撃はまだ終わらない。男鹿が投げ出された先には両手を組み合わせて振り上げている龍猿の姿があり、タイミング良く振り下ろされた両手で思いっきり地面に叩きつけられ再び粉塵を巻き上げた。

 

『……やったか?』

 

戦闘中は言葉を発することもなく集中していた龍猿達だったが、確かな手応えを感じて呟くように仲間との確認を取る。確実に手傷は負わせただろうが、だからと言って彼らも男鹿がこの程度で終わる相手だと過小評価している様子はない。この短時間のやり取りでただの人間ではないことは十分に理解していたからだ。

 

「ーーーてめぇら、調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 

その評価を裏付けるかのように粉塵の中から響いてきた声を聞き、龍猿達は改めて戦闘体勢を整えた。

やがて粉塵が晴れて姿を現した男鹿は頭から叩き落とされたために頭部から血を流し、何故かスキットルのような水筒を口元に咥えている。龍猿達から見ればそれだけの変化だが、男鹿から発せられる圧力が明らかに強くなっているのを彼らは肌で感じていた。

 

「こっちは仕事の続きをしなくちゃなんねぇんだ。早ぇところ終わらせんぞ」

 

さらに魔力を高める男鹿の圧力を受けた龍猿達は、先程以上に気を引き締めて立ちはだかる相手を倒すべく戦闘を再開した。




龍猿は他の漫画から幻獣のモデルとして使わせていただきましたが、知っている人は何人くらいいるんですかね?

次回の投稿ですが、夏の長期休暇を使って八月中にもう一回くらいは投稿したいとは考えているものの、休み明けも忙しいのでどうなるかは未定です。
申し訳ありませんが、これまで通り気長に待っていただけたらと思います。


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ギフトゲームの報酬

皆さんお久しぶりです。やっぱりなんだかんだで遅くなってしまいました。まさに予定は未定、出来ない予告なんてするものではないですね。
今回で龍猿との戦闘&アスタロトとのギフトゲームは終了です‼︎

それではどうぞ‼︎


暗黒武闘(スーパーミルクタイム)”を発動した男鹿は先程までの苦戦から一転、対等以上に龍猿達と戦闘を繰り広げていた。魔力強化した身体能力を駆使して龍猿四体の連携と渡り合い、拳は躱し受け流すことで蒸気の噴出による拳打の近接加速を対処する。拳打の近接加速は強い弱いの問題ではなく、下から掬い上げるように打ち出されてしまえば物理的に耐えることが難しいのだ。

龍猿の数が五体から四体に減っているのは、“暗黒武闘”によって上昇した戦闘力を確認されていない初手に不意を突いて仕留めたからである。“暗黒武闘”発動後、瞬時に龍猿の一体と距離を詰めた男鹿は反応させる間もなく“魔王の烙印(ゼブルエンブレム)”を叩き込んだ。それも十数発と紋章に拳を打ち込み爆発力を増強させた状態で、である。如何に全身を堅固な鱗で覆われていようとも零距離で強化された爆発を受けた衝撃は殺し切れなかったようで、“魔王の烙印”を食らった龍猿はその場に崩れ落ちて動かなくなった。

とはいえ別に圧倒しているというわけではない。蒸気の噴出による拳の近接加速は対処しているが、蒸気の噴出自体は抑えようがなく依然として猛威を振るっているのだ。戦闘中の動きの全てにその爆発的な推進力が付加されることを想定し、その都度対応できるように力配分をコントロールしておかなければならないため攻め切れずにいた。

 

「らぁっ‼︎」

 

男鹿は龍猿達の連携の隙を突き、至近の相手へと数発の拳を一息に叩き込んで体勢を崩した。やはり体勢を崩したり殴り飛ばすことはできても、全身を堅固に覆っている鱗が邪魔をして決定的なダメージは通らない。短時間で龍猿を各個撃破できない最大の要因はこの耐久力にあるだろう。

体勢が崩れた相手の足を払うことで完全に転倒させた後、その倒れた身体に向けて紋章を展開させた。そして無防備となった龍猿の一体に“魔王の烙印”を打ち込もうとしたところで、蒸気を爆発させて加速した他の龍猿が襲い掛かってくる。

仕方なく“魔王の烙印”を中断してバックステップにより強襲を回避した男鹿は、すれ違いざまに回し蹴りを放とうとした。が、音もなく真上から襲ってきた別の龍猿が剛腕を振り下ろしてきたためそれも中断し、標的を変更して振り下ろされる剛腕へと回し蹴りを繰り出し軌道を逸らす。

その直後に目の前の龍猿も蒸気を噴出させ、瞬く間に男鹿との距離を取りつつ背後を陣取るように移動した。最初に仕留めようとした龍猿は既に体勢を立て直しており、またしても龍猿を仕留めることはできなかった。

短時間で倒せない以上に長期戦にもつれ込んでいる原因として、五体のうちの一体を倒してしまったが故に龍猿達の連携が“暗黒武闘”を発動する前よりも一段と厳しくなっていることが挙げられる。特にその一体を倒した“魔王の烙印”ーーーというより“紋章術”はかなり龍猿達の警戒心を引き出してしまったらしい。

 

(……チッ、いい加減になんとかしねぇとジリ貧だな)

 

龍猿達の連携と男鹿の戦闘力。両者は均衡を保っているように思われるが、実のところ男鹿には現状を覆せるだけの手札があったりする。鉄壁の防御力を誇る身体を持ち、それによって相手の攻撃を悉く無効化するーーーそんな魔王を相手に先日勝利を収めたばかりなのだから。

 

 

 

“心月流無刀・撫子”ーーー衝撃を一点に集中して貫通させるこの技は、“魔遊演闘祭”にて拳を交えることとなった“嫉妬の魔王”・レヴィアタンにも通用した。その時は格上であることを考慮して共闘していた邦枝葵とともに“撫子”を打ち込んだのだが、個々の実力は下である龍猿相手ならば一人で“撫子”を打ち込んでも十分に効果を発揮するだろう。

にも関わらず未だに勝負を決められていない原因として、“撫子”を打ち込むための条件が安定していないことが挙げられた。“撫子”を打ち込むのに必要なのは力ではなく、力の伝え方・呼吸・姿勢・タイミング・集中力と言われている。連携の繋ぎ目に反撃できるだけの隙はあるものの、“撫子”を完璧に打ち込めるだけの隙はなかった。仮に“撫子”を打ち込んで龍猿を一体だけ倒せたとしても、残った龍猿三体から“紋章術”と同様に“撫子”も警戒されてしまい返って当てにくくなる。

 

「あーもう、チマチマ邪魔くせぇ。いい加減に決着(ケリ)つけてやる」

 

そうこうしている間にも右に左に襲い掛かってくる龍猿達を迎撃しながら、男鹿は勝負に出た。連携で縦横無尽に四方八方から攻撃され続ければ嫌でも身体は慣れる。連携の隙を突いて反撃するタイミングを合わせるのもかなり掴めてきた。

が、それは相手も反撃に慣れるだけの回数があったということでもある。先ほどは拳を数発叩き込んで体勢を崩し、足を払って転倒させることができるだけの隙があった。しかし今回は拳を一発打ち込んだ時点で蒸気の噴出からの突進による邪魔が入り、明らかに対応する速度が上がっている。

 

「ーーーハッ、待ってたぜ‼︎」

 

そして、それこそが男鹿の引き出したかった対応であった。

龍猿達は高速で移動する時、取り分け反撃を受けて危険に陥った仲間を助ける時に蒸気を噴出させて自己加速する。しかしその際に加速する方向は一方向のみであり、片腕を向けている直線上にしか行われていないのだ。両腕を同時に噴出させて方向転換や加速の倍加はできないのか、それともやらないのかはこの際どうでもいい。重要なのは、少なくとも今回の戦闘中では一度もやっていないということである。

男鹿はこれまでずっと躱し受け流してきた拳と真正面から対峙し、その迫り来る拳に向けて紋章を展開した。

 

『……‼︎』

 

「ゼブルーーー」

 

男鹿の意図を察した龍猿であったが臆することはなく、それどころか噴かしていた蒸気をさらに爆発させて加速してきた。今この瞬間からでも両腕を使用して回避されることも考えられたが、龍猿は堅固な鱗と蒸気の推進力を活かした正面突破を選択したようだ。完全なるガチンコ勝負である。

 

「ーーーエンブレムッ‼︎」

 

龍猿が加速したこともあってお互いの距離は瞬時に詰まり、それぞれの拳が激しくぶつかり合う。その瞬間に展開されていた紋章が爆発し、その爆煙が男鹿と龍猿の姿を覆い隠した。粉塵を巻き上げられて視界を遮られ、その隙を狙われて吹き飛ばされた“暗黒武闘”発動前の意趣返しのようである。

だが今回の違うところは、意外にも爆発の中心にいた双方ともに相手を認識できる近距離で向かい合っていたことだ。男鹿の拳と“魔王の烙印”の爆発、龍猿の拳と蒸気の推進力がぶつかり合ったことで攻撃がある程度相殺され、結果としてあまり吹き飛ばされなかったのである。男鹿としては“魔王の烙印”で吹き飛ばし、爆発の衝撃で動きを鈍らせたところで懐に入り込んで“撫子”を打ち込むつもりだったのだが、想定よりも龍猿の突進が強く吹き飛ばしきれなかったのだ。

 

「じじい直伝ーーー」

 

尤もこの状態は思い描いていた展開よりも都合が良く、ある意味では結果オーライの内容だと言えた。吹き飛ばされなかった分だけ距離を詰める必要がなく、爆煙の中にいるため他の龍猿からの邪魔が入る可能性は限りなく低い。

男鹿は一歩で相手に肉薄すると、腰溜めに腕を構えて防御をさせる間も与えず一気に突き出した。

 

「ーーー撫子‼︎」

 

腹部に突き刺さった拳から伝えられた衝撃は見事に内臓へとダメージを与え、目の前にいる龍猿を沈めることに成功する。そして爆煙が晴れた時、立っているのは男鹿一人という状況は残る龍猿達の動揺を誘うこととなった。

その隙を見逃すような男鹿ではない。足下に紋章を展開してから踏み込み、爆発させて最も近い相手へと加速する。しかし既の所で相手も蒸気による加速を行い、男鹿の踏み込みは躱された。それでも男鹿は手を緩めることなく、手に雷電を纏わせて雷撃を放とうとする。

また仲間が倒され相手に戦いの主導権を握らせてしまった龍猿達であったが、男鹿の追撃を目にして少しの余裕を取り戻していた。拳を躱された後の雷撃による追撃、そのシチュエーションは既に対処したことのある攻撃だ。しっかりと見極めれば雷撃を回避できるというのは動揺から立ち直るのに十分な事実である。

そんな通用しない攻撃を繰り返すほど、戦闘においては男鹿も馬鹿ではなかった。

 

魔王の咆哮(ゼブルブラスト)ォォ……ッ‼︎」

 

放たれた“魔王の咆哮”は標的に突き進む収束型ではなく周囲を照らし出す閃光型……つまり目眩しだ。雷撃を見極めようと注視していた龍猿には堪ったものではない。

 

『ーーーッ⁉︎』

 

そしてそれは連携を取ろうとしていた周りの龍猿達の視界をも遮り、短時間ではあるがこの場でまともに動けるのは男鹿のみ。即座に拳を躱された龍猿へと再度迫った男鹿は、再び腕を引き絞って“撫子”を打ち込んだ。それによって三体目の龍猿も立っていられずに倒れ込む。

これで最初は五体いた龍猿も残り二体。ここまで来れば龍猿達の連携も儘ならず、男鹿と龍猿単体の戦闘力を考慮しても策を弄する必要はないだろう。そう考えながら倒した直後にら次の襲撃を待ち構えていたのだが、予想に反して全然襲い掛かってくる気配はない。その事に疑問を抱いていた男鹿のところへ、戦闘の構えを解いた龍猿達が歩み寄ってくる。

 

「……あん?どうした、戦らねぇのか?」

 

『あぁ。お前の実力は十分に理解できた。既に我々の勝ち目は限りなく低い。無駄に負傷者を増やす前に負けを認めよう』

 

龍猿の一体がそう宣言した瞬間、空から一枚の“契約書類”が男鹿の手元に降りてきた。男鹿は不思議に思いながらも手に取り、その内容を確かめる。

 

 

 

【ギフトゲーム名 “テリトリーの奪取”

勝者:守り手側。“契約書類”は以降、“テリトリーの開拓”に関与する命令権として使用可能です】

 

 

 

「……なんだこりゃ?」

 

「ーーーそいつは()()()()()()()()()()()()()()やで」

 

首を傾げながら呟いた疑問の声は龍猿達へ向けて発したものだったが、それに答えたのは気付かないうちに接近していたアスタロトであった。

 

「お前、今まで何処に……つーか龍猿?ってこいつらだよな。こいつらが受けてたゲームってのはなんだ?」

 

「あぁ、あの畑あるやろ?あれを耕して守るんが守り手、守り手を倒して奪おうとしてんのが攻め手っちゅう感じでな。その役割に合わせたギフトゲームを二種類、それぞれ両サイドに課したんよ」

 

男鹿に課された“テリトリーの開拓”は畑を耕すだけだが、龍猿達に課された“テリトリーの奪取”は男鹿(守り手)を倒す必要があった。そして攻め手である龍猿達が仕掛ければ守り手である男鹿は迎撃するしかなく、互いの事情を知らないからこそ突発的な実戦に近い状況で男鹿の実力を試すことができたのである。

アスタロトの思惑を聞いた龍猿達は納得がいったようで、戦闘前のことを思い出していた。

 

『なるほど、そういうことか。初めは守り手に戦闘の意思を感じられず不審に思っていたが、やはり知らされずに守り手を担っていたのだな』

 

「ったく、いい迷惑だぜ。こっちはまだ畑仕事が半分近く残ってるってのによ。無駄な体力使わせやがって」

 

当然ではあるが男鹿は辟易としながら愚痴を漏らしていた。慣れない畑仕事を数時間、訳も分からず戦闘に巻き込まれ、これから戦闘前と同程度の畑仕事をしなければならないのだから無理もない。

 

「あぁ、それやったら心配せんでええよ。龍猿達にも手伝わせればええんやから、残り半分くらいならあっという間や。何やったらゆっくりしとったらどうや?」

 

その漏れた愚痴を拾ったアスタロトが何とはなしに解決策を口にした。

 

「あ?何言ってんだよ。俺のやってるゲームの参加者は俺だけだろ?」

 

言われた男鹿はズボンのポケットから“契約書類”を取り出し、記載されているプレイヤー一覧を見ながら訊き返す。正確にはベル坊も記載されているが、労働力にはなり得ないので数には入れていない。

そんな男鹿の至極真っ当な疑問に対し、アスタロトはあっけらかんと言い放つ。

 

「せやから、今さっき手に入れた命令権で従わせればええやん。謂わば一時的な隷属関係、寧ろそのための命令権やねんで?」

 

アスタロトが言うには、男鹿本人が知らなかったとはいえ“テリトリーの奪取”に関与して勝利を収めたのだから報酬が与えられるのは当然とのこと。その報酬としてアスタロトの設定していたものが“テリトリーの開拓”をクリアするための労働力であった。

 

「そういうことなら遠慮なく使わせてもらうぜ。……てめぇらも文句はねぇな?」

 

『無論、そういう契約で参加したギフトゲームだからな。我らもあれは手に入れたかったが……報酬はお前のものだ』

 

龍猿の言葉を聞いた男鹿は、それによって自分が参加しているギフトゲームの報酬を知らないことに思い至る。その口振りからして龍猿達と同じ報酬だったようだが、ちょうどいいのでアスタロトに訊いておくことにする。

 

「……そういや訊いてなかったが、畑仕事の報酬は何なんだ?」

 

「あれ、言ってへんかったっけ?君にあげるつもりの報酬はーーー君が耕してる土壌そのもの、その名も“神壌土”や」




戦闘を書くのは好きですけど、基本オリジナルになるので筆が乗るまでが大変ですね。
戦闘以外だったらまだ会話や描写をストーリーの流れに合わせればいいんですけど。


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収穫祭前日の戦果報告

皆さんお久しぶりです‼︎
今回はみんなの戦果報告、男鹿の手に入れた“神壌土”の説明……ではありますが、ダラダラと解説するのもアレなのでパパッと行かせてもらいます‼︎

それではどうぞ‼︎


倒した龍猿達も叩き起こして全員で畑仕事を再開した男鹿は、戦闘前に数時間で半分しか進まなかったところを一時間程度で終わらせた。それでも朝から北側へと向かって東側に帰って来たのは昼過ぎである。

腹を空かしながらも漸く本拠に帰ってきた男鹿を出迎えたのは、玄関前で仕事をしていたレティシアであった。

 

「お帰り。随分と汚れているな。風呂の準備をするから昼食の前に入ってくるといい。服も洗濯するーーー辰巳、微かに血の匂いがしているが怪我をしたのか?」

 

男鹿の姿を見て苦笑気味に話し掛けていたレティシアの表情が一転、心配そうに見つめる眼差しへと変化する。龍猿にやられた頭部の出血は洗い流していたが、戦闘で動き回って血が飛び散り僅かに匂いが残っていたのだろう。吸血鬼である彼女は特に血の匂いには敏感であった。

 

「別に大した傷じゃねぇよ。もう血も止まってるしな」

 

出血直後や戦闘中は止血する暇もなかったが、龍猿を降した後に近くの水場へとアスタロトに案内してもらい、血やら汗やらを洗い流してタオルで出血部位を押さえておけばすぐに出血は収まった。頭部の怪我は派手に血が流れやすいものの、すぐに収まった辺り本当に大した怪我ではなかったのだろう。

 

「……まぁ大事に至らなかったのなら良かったよ。それで、ゲームの期日は明日だが戦果は得られたのか?」

 

レティシアも微かにしか血の匂いを感じ取れなかったため、過度に心配する必要はないと考えて別の話題に切り替えた。怪我もそうだが、収穫祭参加を賭けたギフトゲームで男鹿の戦果が芳しくないことも気にはなっていたのだ。

 

「おう、なんか凄そうなのは手に入ったぞ。俺にはあんまよく分かんねぇけど」

 

「そうか、では風呂の後にでも詳しく聞かせてもらうとしよう。どうやら汗も掻いたようだし早く流してくるといい」

 

「あぁ、そうさせてもらうわ」

 

風呂の準備をレティシアに任せて一旦別れ、男鹿は新しい着替えを取りに自室へと戻る。準備自体はすぐに終わるとのことだったので着替えを持って浴場へ向かっていると、その途中で玄関の方に歩みを進める耀と出会(でくわ)した。

 

「あ、辰巳も帰ってたんだ。今帰ったとこ?」

 

「そういうお前は今からまた出掛けんのか?朝も出掛けてたろ」

 

「うん。収穫祭には全日参加したいから、少しでも多く戦果を挙げないと」

 

普段からあまり感情を表へと出さない耀にしては随分とやる気に満ちた言葉である。何が彼女をそうさせるのかは知らないが、どうしても収穫祭に参加したいようだ。

 

「ふーん。ま、頑張れよ」

 

しかし考えたところで男鹿にその理由が分かるわけもない。男鹿は会話もそこそこに切り上げて再び浴場へと歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

男鹿と擦れ違うように本拠から出てきた耀は、その際に気になったことを思い返していた。

 

(……辰巳から血の匂いがした。それだけ危険なギフトゲームに参加してたってことなのかな?)

 

レティシアに血の匂いを嗅ぎ取ることができたのだから、さらに五感の鋭い耀であれば同じように嗅ぎ取れても不思議ではない。血の匂いがしたからといって危険だったとは限らないが、怪我をする可能性が高い大きなギフトゲームに参加していた可能性は高いと推測していた。

 

(ーーー大丈夫。私だって今回は本当に頑張った。辰巳にも、他の誰にも負けない)

 

耀は現時点での実力において男鹿に劣っていることを自覚しているーーーというより主力陣と比較して自分を過小評価している節があるものの、今の彼女の瞳には何時になく強い意志が宿っている。

その意志を表すかのように期日ギリギリまで耀は戦果を挙げるべく街へと繰り出していく。

 

 

 

 

 

 

翌日の昼食を取り終えた後、収穫祭に滞在する日数を決めるゲームに参加していた一同で戦果報告のために大広間で集まっていた。やはり鷹宮は参加する気がなかったのか姿が見えず、黒ウサギも“サウザンドアイズ”へと出向いているためこの場にはいない。

勝敗を審査するのはゲームに参加していないジンとレティシアであり、報告を受けているそれぞれの戦果を口頭で述べていく。ただし十六夜も男鹿同様にギフトゲームの参加を拒否され続けて先程なんとかクリアしてきたばかりなので、まだ戦果を報告しておらず彼を除いた戦果の発表となる。

 

まずは飛鳥の戦果だが、牧畜を飼育するための土地の整備と山羊十頭を手に入れたそうだ。派手ではないが生活を成り立たせて豊かな日常を送っていくためには重要な戦果だと言える。

 

次に古市&レヴィの戦果だが、契約関係なのもあって二人で取り組み、新たな水樹を手に入れて水路の拡張を行っていた。箱庭に来て初日に手に入れた水樹は屋敷と別館に直通している水路しか満たしていなかったので、これから必要になる農園区へと水路を繋げて田園を整えたのである。

 

さらにヒルダの戦果だが、今回のゲームの発端とも言える“長期間の主力不在”という問題を受けて主力陣と年長組数人分の通信機を魔界から取り寄せていた。日常的にも利便性は高く、何より魔王との戦いや本拠の防衛が儘ならなくなった際に救援を求めることができるのは大きい。

 

続いて耀の戦果だが、なんと彼女は“ウィル・オ・ウィスプ”主催のゲームに招待されて炎を蓄積できる巨大キャンドルホルダーを無償発注したそうだ。それに伴って本拠内で炎と熱を恒久的に使えるようになり、炎を使う消耗品や労力も必要なくなった。さらにその労力をそのまま農園区に割くことができるため、負担なく今後のコミュニティ拡大を進めることもできる。

 

最後に男鹿の戦果だが、“七つの罪源”に乗り込んで農作物の成長を促進させることのできる“神壌土”を獲得していた。その促進比率は農作物次第で数倍にも昇り、かつ質も落ちるどころか向上するという土壌の中では箱庭でも一級品の代物である。飛鳥や古市が整備した農園区とは区別し、特殊栽培の特区専用にして霊草や霊樹の量産化を狙ってもいいかもしれない。農園区における使用効果は絶大だ。

 

報告されている戦果を全て聞いた十六夜は、一同の顔を見回してニヤリと笑う。

 

「いや、意外だったぜ。金銭を賭けた小規模のゲームが多い七桁で、中々大きい戦果を挙げたみたいじゃねぇか。ヒルダも外界から取り寄せるとは考えたな」

 

「別にギフトゲームで戦果を挙げなければならないというルールはなかったからな」

 

「それで?かなり上から目線だけれど、十六夜君はどんな戦果を挙げたのかしら?」

 

そんな十六夜に飛鳥は鋭い視線を向けた。その視線を受けた十六夜も、先ほどクリアしたばかりでまだ受け取っていない戦果を取りに行くため席から立ち上がろうとし、

 

ガチャ、と大広間の扉が開かれた。

 

十六夜は立ち上がろうとした身体を止めて開いた扉へと目をやり、十六夜以外の一同も誰が入ってきたのかと扉の方を見る。扉の前には姿の見えなかった鷹宮が立っており、全員の視線を集めていることなど微塵も気にしていない様子でスタスタと歩いてくる。

 

「忍さん、どうかしましたか?」

 

「戦果を持ってきた。特に細かい期限は決めていなかったはずだが」

 

ジンが入ってきた鷹宮に問い掛けたのだが、どうやら彼も戦果を挙げてきたようだ。確かに十六夜は“前夜祭まで”と期日しか決めていなかった。

 

「へぇ、鷹宮も参戦か。興味ないっつってたのにどういう心境の変化だ?」

 

「別に何だっていいだろう。いつでも参加していいと言ったのはお前だ」

 

十六夜の言葉を聞き流しながら鷹宮が懐から取り出したのは、掌大の青いクリスタル。昼間だからよく分からないが薄っすらと光を放っており、透き通っているように見えるが中は水のような何かで満たされている。

 

「綺麗な石ね……」

 

「これは?」

 

机に置かれたクリスタルを見た飛鳥は感想を零し、耀も彼女の隣から覗き込みつつ鷹宮に訊く。一見すると何の変哲もないクリスタルだが、戦果と言って出してきたものがただのクリスタルなわけがない。耀の質問に鷹宮は淡々と答えた。

 

「“塊魂石”。龍の角を媒体にして魂の欠片を注ぎ込んだ代物だ。十二時間以内であれば死者を蘇生させることができる。肉体が残っていなければ使用できないが、同時に肉体の損傷も全快だ」

 

あっけらかんと言われた鷹宮の説明に全員が唖然とし、改めて机の上に置かれた“塊魂石”に注目する。龍の角自体そう簡単に手に入れられるものではないが、死者蘇生のギフトともなると希少価値は桁違いだ。

 

「要するにこの石っころは“世界樹の葉”っていうことか?」

 

「“世界樹の葉”?北欧神話に登場する世界樹のことか?あれに蘇生薬となるような伝承はなかった気がするが……」

 

「レティシアさん、ゲームのアイテムなんで深読みしなくて大丈夫ですよ」

 

若干どうでもいい会話が繰り広げられたものの、全員の“塊魂石”への興味は尽きない。箱庭のルールによって消滅後に再召喚されたペストという実例はあるが、そのレベルの奇跡でなければ死者を蘇らせることは難しいのだ。

 

「それで、今の順位はどうなっている?」

 

色々と聞きたそうにしている一同を無視して鷹宮は話を進める。それによって話す気はないのだろうと短い付き合いで悟った一同は、一先ず“塊魂石”の話は先送りにすることにした。話す時は話す、話さない時は話さない。この彼の対応にも慣れたものだ。代わりに十六夜が鷹宮の疑問へと返す。

 

「俺の戦果報告待ちだ。今から受け取りに行くぜ」

 

「……何処へだ?」

 

「“サウザンドアイズ”にさ。黒ウサギも向かっているなら丁度いい。主要メンバーには全員聞いておいて欲しい話だからな」

 

含みのある十六夜の言葉に鷹宮以外も首を傾げる。その様子を眺めながら十六夜は今度こそ椅子から立ち上がり、それに続く形で立ち上がった一同も大広間を後にして“サウザンドアイズ”の支店へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

噴水広場を抜け、都市部に流れている水路の橋を越えて“サウザンドアイズ”の支店に向かう一同。辿り着いた店先ではいつもの女性店員と葵が店前の掃除をしており、十六夜達の顔を見た女性店員は嫌そうな顔をしていた。

 

「……また貴方達ですか」

 

「あら、みんなで来るなんて珍しいわね。今日はどうしたの?」

 

嫌そうな顔をしている女性店員に代わって葵が応対する。“サウザンドアイズ”で働いている葵も“ノーネーム”お断りの規則は知っているが、彼らとは知らない仲ではないし白夜叉の一声でどうせ通されるのだからと要件を訊いた。

十六夜は要件を伝えて白夜叉にも話を通していることを伝える。それを確認するために葵が店内に戻ろうとしたところで店内から白夜叉の声が掛かり、入店許可を得た一同は暖簾をくぐって店内に入った。

いつものように中庭から座敷に向かった一同だったが、障子の向こうから聞こえるあられもない女性の声に足を止める。

聞き慣れた黒ウサギの声と馴染みのない女性の声。二人分の悲痛な声が響き渡る中、頭の痛くなりそうな阿保っぽい性欲丸出しの台詞で二人に襲い掛かる白夜叉(変態)の影絵が映し出されていた。

 

 

 

「「黙れこの駄神ッ!!!」」

 

 

 

ついにキレた二人の怒声とともに、竜巻く水流と轟雷が障子を突き破ってきた。ついでに白夜叉も吹っ飛んできたため、先頭にいた十六夜は彼女の小柄な身体を足裏で受け止める。

 

「てい」

 

「ゴバァ‼︎ お、おんし、飛んできた美少女を足で受け止めるとはどういう了見だ‼︎」

 

「いや、あんた少女って歳でも中身でもないだろ。つか何をやったら黒ウサギに金剛杵を使わせるほどーーー」

 

十六夜の言葉が途中で切れる。水煙の向こうに見える黒ウサギ達の姿に、思わず言葉を無くしたのだ。

少しして再起動した十六夜がバッと水煙を腕で払うと見通しが良くなり、黒ウサギ達の姿が見えるようになった後ろの一同もしばし唖然として動きが止まってしまう。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!!! 黒ウサギさんに白雪姫さん‼︎ なんてけしからん格好をしてぶべらッ⁉︎」

 

「うるさいぞキモ市」

 

訂正。一同が唖然としている中、此処にもいた古市(変態)が一人発狂していた。瞬時に仕込み傘を取り出したヒルダによって沈められたが。

そのやり取りで全員が動きを取り戻し、その中で初めに飛鳥が疑問を口にする。

 

「……着物?」

 

「えっと、ミニスカの着物?」

 

「いいや、ワンサイズ小さいミニスカの着物にガーターソックスだな」

 

十六夜が言う通り、黒ウサギと古市に白雪姫と呼ばれた女性が着せられていたのは身体のラインが出るように小さく着付けられた股下までの着物だった。加えて肩から胸までを大胆に開いて肌を露出させており、さらに花柄レースのガーターソックスという統一感も何もない衣装ではあるもののそこには変態が発狂しても不思議ではないエロさがある。

 

「黒ウサギ、お前ついにそこまでの露出狂に……」

 

「違っ、ていうか元から軽い露出狂みたいな言い方はやめて下さい‼︎」

 

「そうだぞ小僧‼︎ それでは黒ウサギ殿はともかく、我まで変態みたいではないか‼︎」

 

「白雪様まで黒ウサギを変態カテゴリーに入れるような言動を⁉︎」

 

「つーか、あんた誰だ?」

 

そしてエロとは無縁である男鹿は黒ウサギ達の格好を見て少し引いていた。その反応を見た黒ウサギと白雪姫も必死に誤解を解こうと声を上げる。

混沌と化しつつあるこの場において、はぁあ、と深い溜め息を吐いた最後尾のレティシアが黒ウサギ達の前に立つ。

 

「二人とも、取り敢えず着替えなさい。特に黒ウサギ。そんな全身濡らした格好では、」

 

「「何ッ⁉︎ 黒ウサギ(さん)が濡れ濡れだと(だって)!!?」」

 

ーーーズドオォォォォン!!! と、ギャグパートでなければ死んでいてもおかしくない轟雷が白夜叉と古市を貫いたのだった。




次回でようやくアンダーウッドに行けますかね……?
なんと鷹宮も収穫祭参加決定戦に参戦してきました。まぁ参戦自体は予想されてた方も多いとは思いますが、その理由が明かされるのはまだまだ先の予定となっております。


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戦果報告後の出来事

あけましておめでとうございます‼︎ 今年の投稿一発目となりました。今年もよろしくお願い致します‼︎
いよいよ舞台はアンダーウッドへ(ただし物語が大きく動くとは言っていない)

それではどうぞ‼︎


白夜叉と古市を金剛杵で焼き焦がした後、いつもの服装へと戻った黒ウサギと白い生地に雅な花柄を施した着物に着替えた白雪姫。そして状況が飲み込めずにいた“ノーネーム”一同は、混沌から回帰しつつある空気の中で白夜叉の話を聞いていた。

 

「実は今の服は新しく造る施設で使う予定の正装での。ちょいと東区画下層の発展に“階層支配者”の活動として協力しようと思ったのだが、何処から手を付けたものかと悩んでおった時に十六夜から提案があったのだ。“発展にはまず、潤沢な水源の確保が望ましい”とな」

 

この辺りには街中に水路が張り巡らされているのだが、実のところそれらは使用料を払える中級以上のコミュニティしか使えない。そのため東の七桁の外門では都市外にまで水を汲みに行く組織が多く、斯く言う“ノーネーム”も水樹を手に入れるまでは数km離れた川へと子供達がバケツを持って汲みに行っていたものだ。

 

「そこで大規模な水源施設の開拓を行うことを決めた白夜叉の手伝いっていう名目で、その水源となるギフトを手に入れるためのギフトゲームを見繕ってもらったんだよ。ま、古市とレヴィが独断で“世界の果て”に向かった後のことだがな」

 

白夜叉から引き継いだ十六夜の言葉に、一同の視線が自然と古市とレヴィに集まる。今回の収穫祭参加を賭けたゲームで新たに水樹を手に入れてきた二人だったが、どうやら“ノーネーム”にある水樹と同様に“世界の果て”へと赴いて勝ち取ったものらしい。

注目された古市とレヴィは“世界の果て”へと向かうことになった経緯を話すことにした。

 

「いや、逆廻も言ってましたけどこの辺じゃ大きいゲームってあんまりないですから……だったら農園区の発展に必要な水路を充実させられないか、そのためにもう一つ水樹を手に入れられないかって考えたんですよ」

 

「で、子供達に話を聞いたら逆廻君と男鹿君が“世界の果て”で手に入れたっていうから私達も向かうことにしたんだ。まぁ普通に行き帰りするだけでも丸二日掛かっちゃったから、思っていた以上に大変だったんだけどねー」

 

箱庭から“世界の果て”に伸びる街道は途方もない距離がある。さらに道中は森林を横断せねばならないため、規格外の身体能力でもなければ初見で辿り着けるような人物は下層ということもあってあまり多くない。

加えて森に住む魑魅魍魎の類いが口八丁にあの手この手でゲームに参加させようとしてくるので、それを躱しながら進んだりと余計な時間を食ってしまったのだ。最終的には敢えてゲームに参加することで返り討ちにし、報酬として道案内をさせたので以降は絡んでくる輩も減ったため結果オーライではあったが。

 

「なに、其奴ら二人は其処の小僧どもと違って殊勝な態度だったからな。普通に水樹相応の試練を与えてやったわ」

 

と、此処で白雪姫が割って入る。何を隠そう彼女こそが“世界の果て”にあるトリトニスの大滝に棲んでいた蛇神なのだ。神格保持者にとって人間に変幻することは造作もないとのことであり、とある理由によって人化して箱庭へとやってきていた。

 

「え、男鹿や逆廻の知り合いって分かった途端に水柱を叩きつける内容に決めたような……」

 

「普通に水樹相応の試練を与えてやったわ」

 

「ア、ハイ」

 

明らかに私怨からの八つ当たりが見て取れる試練内容だったが、白雪姫が頑なに認めようとしないため気圧された古市はぎこちなく返事を返す。まぁそこは流石に神格を保有する主催者の一人、十六夜と男鹿がクリアした試練以上のものは課していないので言っていることは間違っていない。

 

「ていうか何で白雪ちゃんはこんな所にいるの?その水源施設で使うギフトを逆廻君に渡せばよかったのに……何か別件?」

 

「いや、特に別件というわけではないのだが……」

 

そこで問われたレヴィの疑問に白雪姫は顔を逸らしながら歯切れ悪く返す。

その反応を不思議に思っていると、白夜叉がニヤニヤとしながら代わりに答えてくれた。

 

「その水源となるギフトの代わりに連れてこられたのが白雪なのだ。ぶっちゃけると十六夜に隷属させられたのよ。まだまだ修行不足だのう」

 

そう。白雪姫が箱庭へとやってきていたとある理由というのが、十六夜に隷属させられたことによる水源施設への貸し出しだったのだ。

これによって白夜叉が十六夜に提示したゲームはクリアということになるのだが、

 

「ちょっと待ってください」

 

ここで古市がストップを掛けた。その表情は真剣そのものであり、その様子を見ていた周囲の一同も何事かと訝しんでしまう。

そんな周りの反応など露知らず、古市は愕然としながらとんでもない事に気付いてしまったという面持ちで確認を取る。

 

「逆廻が白雪姫さんを隷属……?それはつまり、逆廻が白雪姫さんにあんな事やこんな事をしても合法であると……?」

 

その確認を聞いた一同は一瞬にして空気を弛緩させた。古市の性格を考えれば気になるところではあろうが、せめて思うだけにして欲しいものである。

 

「まぁそういうことになるな。あんな事やこんな事や、あまつさえそんな事まで合法ってことだ」

 

もはや表現が抽象的すぎてどんな事を想起しているのかは分からないが、十六夜の言葉で古市は雷に撃たれたような衝撃を受けていた。むしろ実際に黒ウサギから轟雷で貫かれた時よりも気持ち的には衝撃を受けていた。

 

「ふぉおおッ‼︎ どうして男鹿や逆廻ばっかりそんな美味しい役割なんだよッ‼︎ このムッツリ野郎どもがッ‼︎」

 

「おいおい、ふざけんなよ。俺はムッツリなんかじゃねぇ、オープンエロだ。そこを履き違えてもらったら困るぜ」

 

「どっちでもいいわ。つーか古市、何処(どっ)から俺が出てきた。訳分かんねぇ事に巻き込んでんじゃねぇ」

 

その衝撃から戻ってきた古市は立ち上がるとともに雄叫びを上げ、十六夜が見当違いな反論をしているのを男鹿が仕方なくツッコんでいる。

当然ながら女性陣の視線は言うまでもなく冷めているものの、箱庭組は隷属関係にある程度の理解を示しているため苦笑の割り合いも大きかったりする。

 

「……で、逆廻のクリア報酬は何なんだ?」

 

そして全くの無関心を決め込んだ鷹宮は白夜叉に先を促した。これ以上放置していたら話が進みそうもないと思ったのだろう。

 

「おお、そうだな。“ノーネーム”に託すのは前代未聞であろうが……まぁ他のコミュニティも文句は有るまいさ」

 

白夜叉がパンパンと柏手を打つと、光とともに一枚の羊皮紙が現れた。そこに虚空から取り出した羽根ペンでサインを書き込むと、リーダーであるジンに瞳が向けられる。

 

「それでは、ジン=ラッセル。これはおんしに預けるぞ」

 

ジンは何故十六夜ではなく自分にと思ったが、白夜叉にコミュニティのリーダーが管理するものと言われて手渡された。

受け取った羊皮紙の文面に目を通した直後、ジンは衝撃で硬直したまま動かなくなってしまった。先程の古市とは異なり真面目に驚いているようだ。

 

「こ、これ、まさか……⁉︎」

 

「どうしました、ジン坊ちゃん?」

 

ピョンとジンの後ろに回り込んだ黒ウサギも、その文面に目を通すと驚愕して動きを止めてしまった。

再起動を果たして動き出したジンであったが、その声音は驚愕を表すように少し震えている。

 

「が、外門の利権証……‼︎ 僕らが“地域支配者(レギオンマスター)”⁉︎」

 

外門利権証とは、箱庭の外門に存在する様々な利権を取得できる特殊な“契約書類”のことである。“境界門”の起動や広報目的のコーディネートなどを一任され、“境界門”を無償利用できる権利や使用料の納付金などが得られる。外門の装飾がそのまま地域の格付けとなるため最も力のあるコミュニティに与えられるものであり、その影響力から“地域支配者”と呼ばれるそうだ。

 

「あぁ、なるほど。逆廻が前に言ってたのはこの事だったのか。相変わらず知らないうちに色々と考えてんなぁ」

 

落ち着きを取り戻した古市はふと“魔遊演闘祭”へと赴く前に十六夜が言っていたことを思い出した。噴水広場前にある虎の彫像を撤去させると言っていたが、外門利権証の利権を行使することを考えていたのだろう。

しかし“ノーネーム”ではその外門に飾るための旗印がない。地域の格付けともなる外門が無印では異論を唱える者も現れるだろうが、そこで十六夜は異論を抑えるために白夜叉と話をつけたのだ。水が豊富とはいえない地域で水源の無償提供をしているのだから、幾ら“ノーネーム”であっても自分達の利益を潰すような文句をつけても損しかない。白夜叉が“文句は有るまい”と言ったのにはそういった意図もあった。

だがそれらの起こり得る問題に対しての話が進んでいく中でも、黒ウサギは俯いたまま微かに震えているだけで一向に再起動を果たそうとしない。

 

「……いつまで黙っているつもりだ?黒ウサギ、貴様にとっても不満や不都合のある結果とは思えないが」

 

そんな黒ウサギに対してヒルダは声を掛けるが、それに反応することなくゆっくりと立ち上がった黒ウサギは十六夜の方へと近づいていく。

何時にない黒ウサギの反応に十六夜も何か問題があったかと心中で考えるものの、黙って詰め寄られるような原因がまるで思いつかない。

 

「ーーー……っ」

 

と考えていたのだが、ガバッ‼︎ と黒ウサギが胸の中に飛び込んできたことで流石の十六夜も面食らって思考が停止してしまった。

 

「凄いのです……‼︎ 凄いのです凄いのです‼︎ 凄すぎるのですよ十六夜さんっ‼︎ たった二ヶ月で利権証まで取り戻していただけるなんてっ……‼︎ 本当に、本当にありがとうございます‼︎」

 

ウッキャー♪ と奇声を上げてクルクルと十六夜にぶら下がる黒ウサギ。どうやら直前までの沈黙は喜びに感極まっていたらしい。

またもや古市が“逆廻の奴ッ、羨まけしからん‼︎ 黒ウサギさんの感触を堪能しやがってぇ‼︎ ”と騒ぎ立てるが、当の彼女はそんな欲望に狂った慟哭すら気にならないほど喜んでいる。

そしてその様子を座敷の後ろで静かに控えていた飛鳥と耀は、落胆したように顔を見合わせてから改めてはしゃぐ彼らへ視線を向けて見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、“ノーネーム”では小さな宴の席が設けられていた。普段振る舞われないような料理の数々が並べられ、年長組とともに乾杯をして大いに盛り上がった。

しかし楽しかった宴も終わり、自室へと戻った耀はその盛り上がりとは裏腹に溜め息を吐いて視線を落としている。

 

「三毛猫。私は収穫祭が始まってからの参加になったよ。残念だけど、前夜祭は御預けだね」

 

『……そうか。残念やったなお嬢』

 

物寂しそうに報告する耀に、それを聞いた三毛猫は静かに相槌を返す。

収穫祭参加を賭けたゲームの結果だが、彼女は四位としてオープニングセレモニーまでの前夜祭の期間を三位の男鹿とともに本拠でレティシアと過ごすことになっていた。一位は組織への貢献度という点から十六夜、二位は戦果の希少価値という点から鷹宮となっており、収穫祭を全日参加できる権利を手に入れている。三位である男鹿との差は本当に僅差であり、今回の目的である農園区の拡大と合致していたというだけでタイミングの差とも言えるだろう。まぁどちらであっても全日参加できないことには変わりない。

ちなみに男鹿や耀と同等の戦果を挙げていた古市&レヴィは二人で取り組んでいたことから同率五位でオープニングセレモニーからの一週間を担当し、華やかな戦果とは言えないが生活を豊かにするための牧畜を寄贈した五位の飛鳥と日常的な利便性や緊急時の連絡網として通信機を確保した六位のヒルダで残りの日数を担当することになっている。

 

「みんな凄いよね。十六夜や辰巳、忍は魔王相手に戦えるだけの実力を持ってる。飛鳥や貴之、ヒルダさんやアランドロンさんは“火龍誕生祭”で起こった魔王のゲームで活躍したし、レヴィさんだって“魔遊演闘祭”で最後まで戦えてた。……でも、私はそうじゃない」

 

“魔遊演闘祭”では色欲の魔王・アスモデウスを相手に鷹宮・飛鳥とともに戦ったが、有効的な攻撃を与えられていたのは二人だけだと耀は思っていた。さらに“火龍誕生祭”で起こった魔王のゲームでは戦う前から病魔に冒され、戦うことすらできなかったのだ。そこに加えて十分な戦果を携え、満を持して臨んだ今回のゲームでさえ結果は四位。気落ちしてしまうのも無理はないだろう。

だが耀が気落ちしていたのはそれだけが理由ではなかった。

 

「それに戦う力だけじゃない。一緒に呼び出された十六夜と辰巳は水を供給して、飛鳥は土壌を整えて土地を復活させた。あとは私が苗を用意して農園を完成させれば、胸を張ってみんなの横に立てるって思ってたんだけど……」

 

そのために一日でも多く収穫祭に参加しようと何時になく頑張ったものの、その想いが届くことはなかった。

“打倒魔王”という目的に掲げて行動している“ノーネーム”として、同じように招待状を受け取った三人や新しく加わった四人の主力陣とは異なり、目に見えて優れた貢献も強さも示せていないことがより一層彼女に自身の力不足を痛感させていた。

 

『……お嬢』

 

三毛猫は両手で膝を抱えて身体を丸くする耀に対して掛ける言葉が見つからず、黙ってその身を擦り寄せる。

彼女と同じ日に生まれてこれまで人生を共にしてきた三毛猫に今できることは、悲しみに暮れる耀の側で落ち着くまでこれまでと変わらず一緒にーーー

 

 

 

 

 

「ーーーでも、だからっていつまでも弱音を吐いているだけじゃ何も変わらない」

 

 

 

 

 

身体を丸くしてから数分。耀は(おもむろ)に顔を上げるとそれまでとは違う確固たる声音で小さく呟き、抱えていた膝を解放して立ち上がる。

 

『え?お、お嬢……?』

 

「ありがとう、三毛猫。私の話を聞いてくれて。ちょっと行ってくるね」

 

唐突な気持ちの切り替えに着いて行けず困惑している三毛猫を余所に、立ち上がった耀は感謝を述べてから三毛猫を置いて寝室を出ていってしまった。

しばらく呆然とその背中を見送っていた三毛猫だったが、ふと我に返ると感極まったように涙を浮かべてホロリと泣く。

 

『お嬢……いつの間にかワシの知らん間に強うなって……』

 

普段から感情をあまり出さず“ノーネーム”の主力の一人を担っている耀ではあるが、中身は最年少である十四歳相応の女の子なのだ。

もちろん一般的な同年代の女の子と比べれば心身ともに強い部類ではあるのだが、現実を思い知って珍しく弱音を吐いていた状態からすぐに立ち直れるほど精神的に成長しているとは三毛猫も思っていなかった。それ故の嬉し涙である。

 

『……せやけど、お嬢を少しでも悲しませた罪は重いぞ。小僧ども……‼︎』

 

しかしそれはそれ、これはこれである。幾ら耀が悲しみから立ち直ったとはいえ、一時(いっとき)でも悲しんでいたことに変わりはない。

耀に続いて寝室を出ていった三毛猫は、彼女を悲しませた人物に落とし前をつけるべく屋敷の中を忍びつつ歩いていく。

 

 

 

 

 

 

翌朝。出発に向けて本拠前に集合していた面々だったが、収穫祭に向かうメンバーのうち一人だけ未だに本拠から現れずにいた。

 

「十六夜君、いったいどうしたのかしら?ちょっと待っててくれって言ったきりなかなか出てこないけど」

 

「YES。しっかりと身形も整えていなかったようですし、十六夜さんにしては珍しいですね」

 

飛鳥と黒ウサギの言う通り、残る一人とは十六夜のことである。彼は自分が楽しめればそれでいいと思っている快楽主義者を自称しているが、だからこそこういう時に遅くなることは珍しい。

そうこうしているうちに十六夜は本拠から出てきたのだが、その格好から違和感に気付いた古市が指摘する。

 

「あれ?おい逆廻、まだ準備が済んでないのか?いつものヘッドホンを忘れてるぞ」

 

しかし本拠前に現れたのはいいが、その頭上には箱庭に来てからずっと着けていたヘッドホンが無かった。黒ウサギが“身形も整えていなかった”と表現したのも同じ理由である。

 

「いや、忘れたんじゃなくて気付いたら無くなってた。ヘッドホンが昨日から見当たらねぇんだよ。それより話がある」

 

無くなったというヘッドホンについても気にはなるが、そう言って十六夜が道を開けると後ろからトランク鞄を引く耀と三毛猫が前に出てきた。

耀は十六夜の隣に立つと顔を見上げ、僅かに小首を傾げる。

 

「……本当にいいの?」

 

「仕方ねぇさ。壊れたスクラップだが、アレがないとどうにも髪の収まりが悪い。本拠に残って少し捜してみるわ」

 

二人の会話を聞いていた一同も状況を把握して顔を見合わせる。つまり十六夜はヘッドホンを捜すために本拠へ残るというのだ。

耀はもう一人の留守番組である男鹿にも視線を向けるが、ヒルダとベル坊に挟まれて二人の別れの挨拶を聞いているだけで特に反応はなかった。元々ベル坊にせがまれただけで乗り気ではなかったので、順位的には下である彼女が全日参加できることに興味はないのだろう。そのベル坊も特には気にしていないようである。

彼女はそれからもう一度だけ視線を戻して十六夜を見上げ、ふっと小さな華が咲いたように柔らかい微笑みで礼を述べた。

 

「ありがとう。十六夜の代わりに頑張ってくるよ」

 

「おう、任せた。ついでに友達一〇〇匹ぐらい作ってこいよ。南側は幻獣が多くいるみたいだからな。俺としては、そっちの方が期待が大きいぜ?」

 

「ふふ、分かった」

 

耀は十六夜に向かって元気に手を振り、三毛猫とともに飛鳥達の元へと駆け寄っていく。

全員が“境界門”へと歩き出したのを留守番組で見送っている中、一匹だけ振り返った三毛猫に対して十六夜は周囲に気付かれないよう小さく頭の動きだけで先を促した。それを確認した三毛猫も黙って集団の後方を着いていく。

そのまま彼らの姿が見えなくなるまで見送った後、残った十六夜に男鹿とレティシアは疑問を投げ掛ける。

 

「珍しいな。てめぇがこういったイベント事を譲るってのは」

 

「ヘッドホンならば残った我々で捜すことも出来たのだぞ?なにも外門利権証を手に入れてまで勝ち取った順番を放棄せずとも……」

 

「あぁ、ヘッドホンが見当たらねぇってのは本当だが無くなったってのは嘘だ。多分出てこねぇと思うから手間掛けて探す必要はないぞ」

 

二人の疑問の答えとしては少しズレた内容ではあったものの、あっけらかんと言い放たれた十六夜の回答は男鹿とレティシアをさらに不可解にさせるものだった。

 

「あ?さっき本拠を捜すっつってたじゃねぇか。捜さねぇんだったら何で残ったんだ?」

 

「……見当たらないが無くなったわけではない。それはつまりーーー」

 

「そう深く考えんなって。たとえ本当に無くなったんだとしてもたかが素人の作ったヘッドホンだ。捜すほどの価値は一銭もねぇよ」

 

なおも追及する二人を躱すため何とは無しに言った十六夜だったが、その言葉にレティシアは反応を示す。

 

「……()()()()()()?まさか、知人が作った物なのか?」

 

その発言にむっと眉を寄せるレティシアと、何処に眉を寄せる要素があるのか分からず首を傾げる男鹿とベル坊。

十六夜は面倒臭そうな表情をしていたが、追及を逸らすには丁度いいと判断してその反応に乗っかることにした。

 

「……昨日の続きだ。故郷についての話、聞きたくないか?」

 

「む……そうだな、是非聞きたいところではある」

 

明らかにヘッドホンの件の追及を逸らしていることはレティシアにも分かっていたが、本人が納得していて話そうともしない件について敢えて追及する必要もあるまい。そう思い直した彼女は、自分の興味を満たせる話題でもあったことから話を合わせることにした。

“昨日の続き”というのは男鹿にはよく分からなかったが、二人の間では通じているようなので黙っておくことにする。

 

「よし、だったら先に朝食の用意を頼むぜ。どうにも腹が減ってテンションが上がらねぇ。ついでに男鹿の世界の話も聞くことにするか」

 

と、そうして黙っていたら男鹿にも話が振られてきた。

 

「俺のいた世界の話だぁ?別に面白いもんなんて何もねぇぞ?」

 

「馬鹿言え。悪魔の実在している世界が面白くないわけないだろ。むしろ興味津々だぜ」

 

十六夜はヤハハと軽快に笑いながら本拠の中へと戻っていき、男鹿とレティシアも彼の要望に添って朝食を摂るべく食堂へと向かうのだった。

 




アンダーウッドには行きました、前回から嘘は吐いていない(言い訳)。
白雪姫の試練は番外編でユニコーンが先を越されたと証言していましたが、あのユニコーンが神格保持者の一撃を耐えるまたは打倒するレベルの実力があるとは思えないので別物のゲームだと判断しました。水樹を幾つ持っているのかは分かりませんが、少なくとも古市達が手に入れた二つ目は持っていたことにします。

本当はお風呂シーンに男鹿をぶっこんで、恋心から赤面するレティシアとかバッティングして動揺する男鹿とかその状況を煽って楽しむ十六夜とか面白おかしく書きたかったのですが……なんか展開に違和感があったので没にしました。
原作とは違う耀の行動心理や行き先・十六夜と三毛猫のやり取りの意味など、この日の夜の全貌と合わせて何時か番外編とかで書いてみたいものです。


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アンダーウッドにて

皆さん、二ヶ月ぶりの投稿でございます‼︎
やっと現実で一段落ついた……というと忙殺されていたように聞こえますが、ちょっと空いている時間に新作を投稿してました。すみません。

今回から舞台はアンダーウッド‼︎ しかし今回はあんまり山部分はありません‼︎

それではどうぞ‼︎


七七五九一七五外門、“アンダーウッドの大瀑布”フィル・ボルグの丘陵。

“境界門”を使用して南側へと来た“ノーネーム”一同を出迎えたのは、樹の根が網目模様に張り巡らされている地下都市と清涼とした飛沫の舞う水舞台であった。

 

「す、凄い‼︎ なんて巨大な水樹なの……⁉︎」

 

「うぉっ、ホントにデカいな。何百mくらいあるんだ?」

 

「だねぇ。うちの水樹があの大きさになるにはどれくらいの時間が必要なんだろう」

 

「“アンダーウッド”の水樹は全長五〇〇m、樹齢八〇〇〇年とお聞きします」

 

「「ほえ〜……」」

 

張り巡らされた樹の根は遠目でも確認できるほどに巨躯の水樹から伸びており、河川を跨ぐ形で聳えて枝分かれした太い幹から滝のような水を放出している。

 

「飛鳥、下‼︎ 水樹から流れた滝の先に水晶の水路がある‼︎」

 

丘陵から眼下を覗き込んだ耀が飛鳥の袖を引きながら歓声を上げていた。彼女のテンションは何時もより高く、忙しなく彼方此方へと注意が向けられている。

 

「飛鳥、上‼︎」

 

「春日部、気持ちは分かるが少し落ち着け」

 

下に続いて今度は上を見上げた耀にヒルダも軽く声を掛けておいたが、あまり効果はなさそうだ。彼女の視線は遥か空の上を飛んでいる何十羽という角の生えた鳥を捉えている。

 

「あれは……鹿の角かな?聞いたことも見たこともない鳥だよ。黒ウサギは知ってる?」

 

「え?え、ええまぁ……」

 

「……?黒ウサギさん、あの鳥がどうかしたんですか?」

 

珍しく熱っぽい声を上げる耀に、少し困ったようにしている黒ウサギ。その様子を不思議に思った古市が疑問を投げ掛けたところで、旋風とともに懐かしい声が掛けられた。

 

『友よ、待っていたぞ。ようこそ我が故郷へ』

 

巨大な翼で激しく旋風を巻き上げて現れたのは、“サウザンドアイズ”の鷲獅子である。もちろん古市にとっては初めての鷲獅子との邂逅なので、突然現れた巨体にビビりまくっていた。

 

「久しぶり。此処が故郷だったんだ」

 

話し掛けられた耀は鷲獅子ーーーグリーの言葉に返事を返す。どうやら収穫祭で行われるバザーには“サウザンドアイズ”も参加するようだ。彼も護衛として戦車(チャリオット)を引いてやってきたと言う。

一通り耀と話したグリーは黒ウサギ達にも視線を向け、翼を畳んで前足を折る。

 

『“箱庭の貴族”と友の友よ、お前達も久しいな』

 

「YES‼︎ お久しぶりなのです‼︎」

 

「お久しぶり。前は言葉が分からなかったから改めてよろしくね」

 

「よろしくお願いします」

 

話し掛けておいてなんだが、“箱庭の貴族”として言語中枢を与えられている黒ウサギだけでなく飛鳥やジンまで自然に挨拶を返してきたことでグリーは思わず呆気に取られてしまった。

 

『……驚いたな、私の言葉が分かるのか。以前は通じていなかったようだが、そちらの新しい者達のギフトか?』

 

黒ウサギ達から目を離したグリーは、初対面であるヒルダ達へと顔を向ける。

顔を向けられて古市は少しばかり緊張したが、それ以外の四人は当然のように物怖じなどしていない。

 

「そのようなものだ。まぁあまり深く考えずに話が通じることを理解していてくれればいい」

 

ヒルダが疑問に答えてからそれぞれ顔合わせと挨拶を済ませると、グリーは嘴を自分の背に向けて一同に乗るよう促す。

 

『此処から街まで距離がある。もし良ければ私の背で送っていこう』

 

「本当でございますか⁉︎」

 

『あぁ。だがこの人数となると私の背でも少しばかり窮屈だぞ。それでも構わないならいいが、耀以外に飛べるものはいないのか?』

 

グリーの身体は巨体ではあるものの、流石に八人もの大人数で乗るとなるとギリギリだろう。それでも良ければ送っていくと言う辺り、獣の王と呼ばれて誇り高い鷲獅子の中でも穏和で親しみやすそうな性格である。

しかし飛ぶ能力を持っているのは耀しかいない。好意を無碍にするのは気が引けるものの、アランドロンに送ってもらうのが無難で安全だと一同が考えたところでヒルダが口を開く。

 

「ふむ、ならばアランドロンに送ってもらうのが手っ取り早いが……見知らぬ土地で別行動を取って問題を起こしてもあれだな」

 

そう言いながらヒルダが取り出したのは、上半分が赤色で下半分が白色の境目中央にボタンが付いたボールだった。分かりやすく言うとポケットなモンスターでも捕まえられそうなボールである。

 

「出てこい、アクババ(・・・・)

 

彼女がそのボールを地面に投げると、赤い光とともに中からグリーと同じくらいの大きさである怪鳥ーーーアクババが奇声を上げながら姿を現した。というかまんまモンスターボールであった。

 

「私とアランドロンはアクババに乗っていく。レヴィアタンの実体化を解けば五人くらい余裕を持って乗れるだろう。では早速向かうとーーー」

 

「「ちょっと待った……‼︎」」

 

何事もなく話を進めていくヒルダに黒ウサギと古市が待ったを掛ける。それはそうだ。常識人であれば誰だって突然の状況に会話を止めるだろう。

 

「何ですかヒルダさんこの怪鳥は⁉︎ もしかして今までずっとさっきのボールに入ってたんですか⁉︎」

 

「何と言われても……アクババだが?それに時折ボールからは出していたぞ。食事も摂らさなければならんし、世話を手伝ってくれる子供達やレティシアは知っているからな」

 

興味津々でさっそく話し掛けている耀を余所にアクババを指差して問う黒ウサギ。

外に出ていたとは言っても基本的にはボールに入っていたため、日銭を稼いだりして何かと忙しい主力陣は見る機会がなかったのだ。食事時は同じ時間のため屋敷の外と中ですれ違っていたことも要因の一つである。

 

「っていうかアクババってそんな風に飼ってたんですか?男鹿の家で見たことなかったからてっきり魔界で飼ってるものだと……」

 

「アランドロンの転送方法ではアクババの巨体は魔界から転送できんだろう。必要な時に呼び出せるよう飼育しておかなければ意味がない」

 

転送玉やヨルダのような転送方法であれば話は別だが、アランドロンの場合は割れた身体の中に入るというものなので彼以上の大きさのものは簡単に転送できない。

魔界から転送するだけならアランドロン以外の転送方法で行えばいいが、そうなると日本の一般家庭で巨体のアクババを飼育しなければならなくなる。モンスターボール擬きは飼育するにも連れ歩くにも優れた優良商品なのだ。

 

「ほら、三人ともそろそろ行きましょう。グリーさんを待たせるのも悪いわ」

 

問答を続けている三人に対して飛鳥が声を掛ける。グリーは大人しく待ってくれているが、いつまでも待たせておくのは失礼だろう。一先ず話は後回しにして耀、ヒルダ、アランドロン以外はお言葉に甘えて背中に乗り込まさせてもらった。

耀は全員が乗り込むのを待っている間に先程の鹿の角が生えた鳥について訊いていたのだが、グリーが言うにはペリュドンという人間を殺すことを呪いとして定められた殺人種の幻獣らしい。“あとで警告とともに追い払いに行かねばな”とグリーが予定を立てているうちに全員の乗り込みが完了する。

それを確認したグリーは翼を羽ばたかせて旋風を巻き起こし、巨大な鉤爪を振り上げて獅子の足で大地を蹴った。

 

「わ、わわ」

 

瞬く間に外門から遠退いていくグリーに、耀は慌てて毛皮を掴み並列飛行する。

短期間で付いてこれるようになった耀へとグリーは称賛を送り、補足に黒ウサギが補助としてブーツに風天のサンスクリットを刻んでいるという情報を話していた。……その傍らで同乗者が大変なことになっていることも知らずに。

激しい風圧を全身に受けたジンと古市は飛び立ってすぐに振り落とされ、胴に括り付けた命綱が絡まり固まって宙吊り状態になっている。そんな二人のような醜態を晒さないように飛鳥は歯を食いしばって手綱を握り、黒ウサギに抱えられた三毛猫は風圧でもがき苦しんでいた。そんな中でただ一人涼しい顔をしているのは鷹宮だけであり、あろうことか腕と脚を組んで横向きに座っている。

アクババに乗ったヒルダ達も置き去りにしており、それに気付いた耀が慌てて減速するように頼む。

 

「グ、グリー。後ろが大変。速度落として」

 

『む?おお、済まなかった』

 

一気に速度を緩めて街の上空を優雅に旋回してくれたことで、髪を乱れさせて肩で息をしていた飛鳥も少し余裕が出来たのだろう。何事もなかったかのように平然としている鷹宮へと恨めしげな視線を向けた。

 

「……どうして貴方だけ何ともないのかしら?」

 

「……魔力を使って身体を固定し、風圧も調整していたからだが?」

 

面倒臭そうに返答した鷹宮の言葉に、それを聞いていた黒ウサギも興味を引かれて振り返る。

 

「はー、忍さんの魔力はそのようなことも可能なのですね。それは皆様にも使えなかったのですか?」

 

「可能だ」

 

「だったら次からは私達にも使いなさい‼︎ 魔力を消費するのでしょうけど、ちょっとくらいなら問題ないでしょ‼︎」

 

「……善処する」

 

至近距離で大声を上げられた鷹宮は顔を顰め、これ以上騒がれては敵わないといった様子で飛鳥の言い分を受け入れていた。

そうこうしているうちに地下の宿舎へと辿り着いたグリーは、背中に乗っていた一同を降ろす。アクババに乗ったヒルダ達が合流するのも律儀に待った彼は、ペリュドンを追い払うために再び旋風を巻き上げながら去っていった。

 

「では私達も“主催者への挨拶にーーー」

 

「あー‼︎ 誰かと思ったらお前、耀じゃん‼︎ 何?お前らも収穫祭に、」

 

「アーシャ。そんな言葉遣いは教えていませんよ」

 

宿舎の上から声を掛けてきたのは、“火龍誕生祭”で開催された“造物主達の決闘”の決勝戦の相手ーーー

“ウィル・オ・ウィスプ”の少女アーシャとカボチャ頭のジャックだった。

実は耀が手に入れた炎を蓄積できる巨大キャンドルホルダーだが、“ウィル・オ・ウィスプ”製の備品であれば炎を同調させることが可能なのだ。それでこの機会に炎を使用する生活必需品を一式発注しており、お互いに良い関係を築いていたりする。

またもや知り合いとの遭遇でそれぞれ会話に花が咲くものの、切りの良いところでジャックが話を切り出した。

 

「ヤホホ。それでは我々は今より“主催者”にご挨拶へ行きますが……どうです?此処で会ったのも何かの縁ですし、“ノーネーム”の皆さんもご一緒というのは」

 

特に断る理由のない“ノーネーム”一同はその誘いを受けることにし、荷物を宿舎に置いて大樹の中心にある収穫祭本陣営まで足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

網目模様の根を上がって地表に出た一同は、見上げても頂上がよく見えない大樹を前に口を開けて呆けてしまう。

 

「……黒ウサギ。この樹、五〇〇mあるって聞いたけど、私達が向かう場所ってどの辺り?」

 

「中ほどの位置ですね」

 

「……マジっすか?」

 

耀の問いに黒ウサギが返し、その答えに古市は辟易とする。いや、声に出していないだけで古市以外も面倒臭そうな表情を隠し切れていなかった。

そんな空気を感じ取ったジャックが明るく言葉を発する。

 

「ヤホホ‼︎ 心配には及びません。本陣まではエレベーターがありますから、さほど時間も労力も掛かりませんよ」

 

そう言うジャックに促されて麓まで来ると、そこには木造のボックスーーー水式エレベーターが設置されていた。それに乗り込んでものの数分で本陣営まで移動することが出来、本陣入り口の両脇にある受付で入場届けを出す。

そこで受付をしていた樹霊の少女が“ノーネーム”の名前を聞くと、ハッと顔を上げて飛鳥へと視線を向けた。

 

「もしや“ノーネーム”所属の、久遠飛鳥様でしょうか?」

 

「えぇ。そうだけど、貴女は?」

 

「はい、私は“火龍誕生祭”に参加していた“アンダーウッド”の樹霊の精霊の一人です。飛鳥様には弟を助けていただいたとお聞きしたのですが……」

 

その言葉で飛鳥と黒ウサギは“黒死斑の魔王”と戦っていた時に助けた参加者の少年を思い出して声を上げる。

確信した受付の少女が腰を折って礼を述べるのを見て、招待状を送ってくれたのはこの少女のコミュニティであると思い訊いてみた。

予想通りに樹霊の少女は首肯したが、その際に別の人物の名前も出てきてその名前に一同は驚いた。

 

「サラ……ドルトレイク?」

 

その性に聞き覚えがあった飛鳥が不思議そうに首を傾げる。他の一同も同じく聞き覚えがあり、古市がジンに向かって問い掛ける。

 

「ジン君、ドルトレイクって名前は確か“サラマンドラ”の……」

 

「え、えぇ。サンドラの姉、長女のサラ様です。でもまさか南側に来ていたなんて……」

 

「意外だったかな?ジン=ラッセル殿」

 

聞き覚えのない女性の声が聞こえて振り返ると、途端に熱風が大樹の木々を揺らした。その発生源は空から現れた女性が放つ二枚の炎翼である。

 

「サ、サラ様‼︎」

 

「久しいな、ジン。会える日を待っていたぞ。後ろにいる“箱庭の貴族”殿とは初対面かな?」

 

姉妹であるサンドラと同じ赤髪を長く靡かせ、健康的な褐色の肌を大胆に露出した軽装の女性が炎翼を消して舞い降りた。

サラは一同の顔を一人一人確認すると、口元に僅かな笑みを浮かばせて仰々しく(こうべ)を垂れる。

 

「“アンダーウッド”へようこそ、“ノーネーム”と“ウィル・オ・ウィスプ”。下層で噂の両コミュニティを招くことが出来て、私も鼻高々といったところだ」

 

「……噂?」

 

「あぁ、しかし立ち話もなんだ。皆、中に入れ。茶の一つも淹れよう」

 

手招きしながら本陣の中へ消えていったサラに、怪訝な表情を浮かべるも招かれるままに大樹の中へと入っていく一同であった。




しばらくお留守番組の出番はなしですね。早く巨人族が攻めてくるのを待ちましょう。
それと鷹宮の魔力ですが、少しだけ独自解釈入ってます。詳細は……うん、それも巨人族が攻めてきた辺りで判明すると思います。


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巨人族の襲撃

皆さん、お久しぶりです‼︎
最近は新作の方を優先して執筆しているのですが、こっちも筆が乗ってくる展開なので出来るだけ早く上げていけるように頑張っていきたいと思います‼︎

それではどうぞ‼︎


“アンダーウッド”収穫祭本陣営。貴賓室。

一同がサラに招かれた貴賓室は大樹の中心に位置しており、窓から外を覗くと“アンダーウッド”の地下都市が見える。

自らお茶の配膳を終えた彼女は席に座ると、一同へと座るように促した。

 

「では改めて自己紹介させてもらおうか。私は“一本角”の頭首を務めるサラ=ドルトレイク。聞いている通り、元“サラマンドラ”の一員でもある」

 

龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”は六つのコミュニティから成る連盟である。

“一本角”、“二翼”、“三本の尾”、“四本足”、“五爪”、六本傷”によって構成されており、サラは“一本角”の頭首であるとともに“龍角を持つ鷲獅子”の議長でもあるらしい。

 

「それで、両コミュニティの代表者にも自己紹介を求めたいのだが……ジャック。彼女はやはり来ていないのか?」

 

「はい。ウィラは滅多なことでは領地から離れないので。此処は参謀である私から御挨拶を」

 

「そうか……北側の下層で最強と謳われる参加者を是非とも招いてみたかったのだがな」

 

サラとジャックの会話に出てきた“北側最強の参加者”という称号に、以前から聞き覚えのあった飛鳥と耀の口から言葉が漏れた。

 

「北側最強って……」

 

「確か、ウィラ=ザ=イグニファトゥス……だったかしら?」

 

その呟きを聞いて隣に座っていたアーシャが不思議そうに訊いてくる。

 

「なんだよ、お前らもウィラ姉のこと知ってたのか?」

 

「いえ、間接的に見たことがあるとでも言えばいいのかしら……」

 

「アスモデウスさんが戦ってる時に変身してきた」

 

本人は知らないが偽物ならば知っているという微妙な表現に飛鳥が口籠っていたところで、耀がばっさりと真実を告げた。

アーシャは自分達のリーダーが有名だと言うことを誇らしそうにしていたが、思わぬ名前が出てきて思考が一瞬フリーズする。

 

「アスモデウス……って色欲を司る“罪源の魔王”の一人か⁉︎」

 

「ヤホホ……これは驚きましたねぇ。彼らが下層に降りてくるとしたら……あぁ、そう言えば“魔遊演闘祭”がありましたか」

 

「彼らのコミュニティには“七つの罪源”から招待を受けるほどの人材もいるのか?……だとすれば“ペルセウス”や“黒死斑の魔王”を下したというのも納得だな」

 

男鹿や鷹宮のことを知っているジャックはすぐに事情を理解したが、噂でしか“ノーネーム”のことを知らないサラは驚きを隠せないでいた。

しかしそれが本当ならば噂の内容にも得心が行くというのが彼女の感想でもある。“魔王を倒すコミュニティ”としてその実績を打ち立ててきたということは真実なのだと。

 

「少し礼をするのは遅れたが、故郷を離れた私にも言わせてくれ。……“サラマンドラ”を助けてくれてありがとう」

 

「い、いえ……」

 

突然のサラからの感謝にジンは狼狽えていたが、事実なので否定せずに感謝を受け入れることにした。同士の手柄を誤魔化す必要もない。

下げていた頭を上げたサラは、屈託のない笑みで収穫祭の感想を求めて歓談に入った。議長としては主催する祭りの評価を訊いておきたいところだろう。

その後も色々と話をしていたのだが、“ブラックラビットイーター”なる対兎型最恐プラントの存在を知った黒ウサギが怒りを浮かべて飛び出していったことで挨拶はお開きとなった。

“ノーネーム”のメンバーも彼女に首根っこを掴まれて連れ去られ、流石に全員は無理だったのでヒルダとアランドロンはアクババに乗って彼女を追い掛けている。残ったのはサラ、ジャック、アーシャ、それと黒ウサギを追い掛けていかなかった鷹宮のみであった。

 

「……そろそろ本題を話せ。議長であるお前がわざわざ“ノーネーム”を招待した理由についてだ」

 

「……ほぅ、君は中々に察しが良いな。一人残ったのもそれを聞くためか」

 

鷹宮とサラの会話に“ウィル・オ・ウィスプ”の二人ははて?と視線を交わしている。二人は特にこれ以上の話す内容について心当たりがなかったのだ。

鷹宮に促されて幾分真剣な顔になったサラは、三人に用件を伝えることにする。

 

「今宵、夕食時にもう一度来て欲しい。そして他の“ノーネーム”のメンバーにも伝えてくれ。十年前に“アンダーウッド”を襲った魔王ーーー巨人族について、相談したいことがあると」

 

 

 

 

 

 

“ブラックラビットイーター”を葬り去って日が暮れるまで収穫祭を見学した“ノーネーム”一同は、宛てがわれた宿舎に帰って来て各々の部屋で寛ぐことにする。

 

「前夜祭はどちらかと言えばギフトゲームの参加登録期間といった感じでしたね。バザーや市場が主体みたいでしたし」

 

「色んなギフトゲームに登録したけど、特に“ヒッポカンプの騎手”は私の得意分野だから楽しみだね」

 

「土地柄もあって至るところに水もありますから、本当にレヴィさんの独壇場かもしれませんよ」

 

一時解散して自室に戻った古市とレヴィは、備え付けられている椅子やベッドに腰掛けて今日一日のことを振り返っていた。

ヒッポカンプとは“海馬”と呼ばれる幻獣であり、背ビレや水掻きを持った水上や水中を駆けることのできる馬のことだ。その背に乗って行われるレースとなると、水の三態を操れるレヴィの魔力とは相性抜群である。

だがレヴィは古市の評価を聞いて首を捻っていた。

 

「う〜ん。確かに有利に戦えるとは思うんだけど、同系統のギフト持ちで肉弾戦に強い人がいたら微妙かもね」

 

「あ〜、確かに。俺も肉弾戦は柱師団の真似をしてるだけだからなぁ……レヴィさんだって中・遠距離攻撃主体の戦い方ですし」

 

“魔遊演闘祭”で十六夜と組んで戦っていた時もそうであったが、レヴィは直接戦闘よりもサポートの方が能力的に向いているのだ。

古市も様々な経験を経て一応戦えるようになってきたが、それも付け焼き刃であるため実力者が相手では渡り合うのは難しい。

古市は未熟さを、レヴィは肉弾戦を二人で補い合っている状態だと言えた。更に古市がティッシュを使えば戦力は跳ね上がるため、意外と隙の少ないコンビとなっている。

 

「戦闘における課題は幾つかありますけど、まずはーーー」

 

と、そこで突如として響き渡った激震に古市の言葉は遮られた。椅子に座っていた古市は思わずバランスを崩してずり落ちてしまう。

 

「ビックリした〜、地震か?」

 

「……あ〜、残念ながら違うみたい」

 

「え?」

 

レヴィの言葉の意味を問い正そうとした古市だったが、それよりも早く宿舎の壁をぶち抜いて巨大な腕が二人の間に現れた。

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ⁉︎」

 

いきなりの出来事に古市は椅子からずり落ちた状態で後退る。下手に立ち上がっていれば巨大な腕で殴られていたのではないだろうか。

引き抜かれた腕によって開けられた風穴から外を確認すると、そこには風穴から全容を確認できないほどの巨躯が此方を覗き込んでいた。

 

「きょ、巨人……⁉︎」

 

その巨大な目玉と視線が合った古市は呆然としてしまったが、そんなこと相手にとっては知ったことではない。

古市が無事であることを確認した巨人は、引き抜いた巨腕を再び振るって圧倒的物量で相手を叩き潰そうとし、

 

「ーーー古市君、さっきの話の続きなんだけどさ」

 

その巨腕が振りかぶられたところで、巨人の顔を水の球体が覆い尽くした。

突然息ができなくなった巨人は顔の水を振り払おうとするが、水ゆえに形がないため水飛沫が舞うだけで振り払うことは出来ない。

遂には立っていることも出来なくなり、踠き苦しんでいた巨人はその場に崩れ落ちるようにして動かなくなった。

 

「ーーー私って戦闘力は“七大罪”の中では下の方だけど、制圧力は“七大罪”の中でも上の方なんだよねぇ」

 

その手際と何でもないというように平坦なレヴィの声音に、古市は人知れずゾッとしてしまった。

単純な戦闘力なんて目じゃない一方的な倒し方。これまでギフトゲームに則って楽しそうに戦うレヴィしか知らなかったが、観客などいないルール無用の戦いでこそ彼女の真価は発揮されるということを理解した。

恐る恐るといった様子で開けられた風穴から下を覗き込めば、倒れたままピクリとも動かない巨人の姿がある。が、今はそれよりも周囲の状況の方が問題であった。

 

「他にも巨人が暴れてやがる‼︎ なんなんだ、こいつら……‼︎」

 

「取り敢えず皆と合流した方が良さそうだね。古市君、行こう」

 

「はい‼︎」

 

急いで宿舎の外に出た古市とレヴィだったが、既に地下都市の外壁が崩れ始めている。大樹の根で支えられていなければとっくに崩落しているだろう。

そこで猛々しい咆哮が聞こえてきたかと思えば、再び地下都市を震撼させる衝撃が伝わってきた。その方向は今から古市達が向かう先……そこでは黒ウサギと耀が巨人と戦闘しており、そばには飛鳥の姿も確認できた。

 

「皆、無事ですか⁉︎」

 

「こっちは大丈夫よ‼︎ ヒルダさん達は⁉︎」

 

「分からないけどあの人達なら大丈夫でしょう‼︎」

 

飛鳥と古市がお互いの無事を確認している間に、金剛杵を取り出した黒ウサギが相対していた巨人を稲妻で焼き尽くしていく。

 

「皆さんは地表へ向かって下さい‼︎ 外にはもっと多くの巨人族が来ています‼︎ 都市内は黒ウサギにお任せ下さいッ‼︎」

 

黒ウサギが巨人の一体を倒した瞬間に頭上から間髪入れず三体の巨人が落下してきた。

そのうちの一体が彼女を捕らえるために鎖を投げつけようとしたが、それよりも早くその巨人の顔に水の球体が纏わりつく。他の二体にも同様に水が展開されている。

 

「黒ウサギちゃんだったら一人でも大丈夫だと思うけど、この地下都市には他にも人がたくさんいるからね。私達も手伝うから手分けして巨人を掃討しよう。手加減しなくていいなら古市君の魔力の使い方の練習相手にもなるし」

 

「じ、実戦訓練ですか……足を引っ張らないように頑張ります」

 

「フォローするから安心して戦いなよ」

 

レヴィの思いつきで古市の修行と化した巨人の襲撃であった。

唐突な提案に古市は怖気付きそうになるが、先程まで戦闘について話し合いをしていたところである。レヴィの言う通り、実戦で魔力の使い方を学べるのならば学んでおいた方がいい。

巨人に対するレヴィの実力を目の前で確認した黒ウサギも、彼女ならば片手間であっても大丈夫だと判断して提案を受け入れることにした。確かに自分は大丈夫でも他はそうじゃないのだ。早期収束を図る必要がある。

 

「了解しました‼︎ ならば黒ウサギは彼方に向かいますので、レヴィさん達は反対側をお願いします‼︎」

 

「オッケー。というわけで、飛鳥ちゃんと耀ちゃんは二人で外の援護に向かって。多分だけど鷹宮君も魔力的に上で暴れてると思うから」

 

「わ、分かったわ‼︎」

 

レヴィの言葉に飛鳥が承諾すると、耀は旋風を巻き上げて彼女を拾い上げていった。

そもそも崩落気味の地下都市でディーンが暴れたら確実に崩落してしまう。その飛鳥を地表に送り出すためにも耀は必要であり、必然的に二人の役割は地表の援護となるのだ。

飛鳥と耀を地表に見送った三人は、すぐさま行動を起こして巨人の掃討に向かっていく。黒ウサギと別れてすぐ、二人の視界には二体の巨人が暴れている姿が入ってきた。

 

「じゃ、さっきも言ったけど良い機会だし実戦練習していくよ。とは言っても攻撃しなくていいから、魔力強化した身体能力を使って撹乱と回避をお願いね」

 

「まずは身体に魔力を馴染ませるってことですか」

 

古市とレヴィが組んで戦う場合、魔力使用の熟練度もあって古市が肉弾戦を担うことになりやすい。魔力を高めるだけで身体能力も自然と高まるからだ。

レヴィにも近接戦闘の心得はあるものの、まずは古市にも同程度に動けるようになってもらわないと合わせにくいのである。

 

「そういうこと。あとは余裕があれば私の使う魔力の流れも感じといてね。空気中の水分を伝播させてソナーみたいに使ってるから」

 

「フルーレティさんと同じ広範囲察知法もお手の物ですか……本当に水は応用が利きますねぇ」

 

最初に巨人が襲撃してきた時、襲撃されるよりも早くレヴィは巨人の存在に気付いていた。あれは異変を確認するために魔力を使用していたから気付けたのだ。更に空気中の水分を使用しているため消費される魔力量も少ないという利点がある。

 

「というわけでレッツゴー‼︎」

 

「本当に危なくなったら助けて下さいよ」

 

よく分からないうちに巻き込まれた巨人の襲撃だったが、深く考え込んでいる暇はない。

修行と言いながらも迅速に無法者を殲滅するべく、二人は魔力を循環させて高めていくのだった。




ようやく巨人族の襲撃……なんですが、レヴィとの実力差があるため古市の修行相手として選ばれてしまいました。そろそろ彼自身のレベルも上げていかねば。


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ルシファーの真価

はい、皆さんお久しぶりです。長らくお待たせいたしました。
もう毎回謝罪から入りそうな感じなので、次回からは不必要な前書きを省いていこうと思います。パパッと本文に入った方が読みやすいと思いますし。
それと今まで「・・・」だったものを「……」に戻そうと思います。もう一つの作品を書いてると「・」がもう違和感にしか感じないので……他の話も徐々に編集していこうと思います。

それではどうぞ‼︎


黒ウサギやレヴィに言われて地下都市から地表へと出てきた飛鳥と耀だったが、開けた二人の視界に飛び込んできたのは正に“恩恵”を用いた戦争だった。弾き合う鋼の音が響き、飛び散る火花が夜の帳を照らし出す。轟々と撃ち合う炎の矢と竜巻く風の壁が弾け合う。文字通りの乱戦が繰り広げられていた。

 

「そ、想像以上の事態ね……‼︎」

 

巨人族の数は精々二〇〇体といったところだが、敵は一人で“アンダーウッド”の住人である獣人や幻獣を束にして相手取っているのだ。身体が大きいというのはそれだけで脅威である。

そこで飛鳥はレヴィが言っていたことを思い出して眼下の戦場を見回した。

 

「そういえば忍君も暴れてるって言ってたけど、この乱戦の中でいったい何処にーーー」

 

「見つけた、あそこ」

 

飛鳥の呟きを拾った耀がある方向を指し示し、彼女もそちらへと視線を向ける。そこには巨人族が三人も集まっており、誰かを囲むようにして足元へと攻撃を繰り出していた。

距離があって囲まれているため飛鳥には分かりにくいものの、耀の言葉が本当ならば中心には鷹宮がいるはずだ。彼女も鷹宮の実力は認めているが、物理的な攻撃力という面では戦闘向きの魔力とは言えないのも事実である。“紋章術”があるとしても巨人族との相性は良くないだろう。

 

「春日部さん、援護に回るわよ‼︎」

 

そう判断した飛鳥は自分を旋風で運んでいる耀に鷹宮の元へと向かうように言ったのだが、それに対して耀は暫し鷹宮の戦っている方向を見据えてから首を横に振った。

 

「……駄目だ、今行ったら巻き込まれるかもしれな(・・・・・・・・・・・)()。そうなったら忍の邪魔になる」

 

耀の言葉の意味が理解できない飛鳥だったが、次の瞬間にはそれが何を意味していたのかを理解する。

先程まで彼女には誰が戦っているのかも分かりづらい状況だったが、鷹宮がルシファーとともに巨人族の頭上へと跳び上がってきたことで飛鳥にも彼らの姿を認識することができた。そして彼女が耀の言葉の意味を理解したのはその後である。

巨人族が浮かび上がった二人を見上げた直後、彼らの頭部がいきなり三体の中心へと引き寄せられーーー首から上を抉り取って巨人族の生命活動を停止させた。糸の切れた操り人形のようにその場で崩れ落ちる。

 

「……今、何が起こったの?春日部さん、知ってるなら教えてくれないかしら」

 

その光景に飛鳥は息を呑みながらも、彼女は自身に制止の声を掛けた耀ならば知っているだろうと考えて問い掛けた。

耀も勝手に話していいものか少し考えていたようだが、見てしまった以上は追求するだろうと判断して彼女の問い掛けに答える。

 

「忍の、というよりルシファーの魔力は引力で相手を引き寄せるもの……なんかじゃない(・・・・・・・)。そう見えるような使い方をしてたってだけで、本来の力は重力(・・)操作(・・)だって忍は言ってた」

 

そう言われると飛鳥にも重力操作という力に思い当たる節があった。“アンダーウッド”に来てグリーに宿舎へと送ってもらった時、鷹宮が高速飛行に対して身体を固定しつつ風圧を調整していたと言っていたのを思い出す。確かに引力のような魔力だけでは成し得ない方法だろう。というよりよくよく考えればルシファーが浮遊していることからして引力だけでは説明できない現象である。

 

「じゃあ今のは……」

 

「多分だけど局所的に強力な重力場を発生させて、巨人族の頭を引き寄せながら圧縮を加えたんだと思う」

 

重力場を作って物質を圧縮する……(さなが)らブラックホールのような技があるのならば耀の選択は正しかっただろう。重力場の影響がどの程度かは分からないが、下手に近付いて援護しようものなら巻き込まれていた可能性だってある。

 

「……あれだったら私達の援護は必要ないわね。寧ろ行動に制限を掛けてしまうかもしれない。今は混乱している下の戦いを手伝いましょう」

 

鷹宮は単独の方が周囲を気にすることなく戦えるだろうと考えた飛鳥は、街の防衛線を見下ろして巨人族の侵入を防ぐことにした。ここで彼を一人戦わせる選択ができるのも実力を認めている証だろう。

二人は鷹宮のいる方向から視線を外し、最も防衛線が崩れそうなところを探して“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の加勢に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

巨人族三体を屠った鷹宮は動かなくなった巨体には一瞥もくれず、今の自身の戦闘について自己分析していた。

 

(実戦投入したのは初めてだが、やはりあの規模だと魔力消費が激しいな)

 

鷹宮が好む戦闘傾向は徒手格闘に魔力や“紋章術”を組み合わせたものだが、徒手格闘の効果が薄い相手に限っては好みで戦うわけにはいかない。

そして箱庭に来てからはどんな相手とも戦えるように、徒手格闘だけでなくそれ以外の攻撃手段も追求していった。その中でも最高クラスの破壊力を持った技が重力場による物質の圧縮である。

ただしこの技はルシファーと二人掛かりで重力場を形成しなければ相手を戦闘不能になるまで圧縮することはできず、それ以上に重力場を形成するまで時間が掛かってしまう。相手の生死を問わない戦闘で余裕もあったからこそ使用してみたが、巨人族の頭部ほどの大きさの物質を圧縮するために必要な魔力が多いというのが彼の感想だった。乱戦の場では持久戦を想定したペース配分も大切であり、圧縮のみで戦闘不能に追い込むのは燃費が悪いと言えるだろう。

 

「……次か」

 

雄叫びを上げながら駆けてくる巨人族を見据えた鷹宮は、先程の戦いから戦闘方法の修正を加えつつ応戦しようとしーーーそれよりも早く巨人族の首から鮮血が飛び散った。

駆ける勢いのまま反応することなく絶命した巨人族は前のめりに倒れ込む。そして彼は巨人族の首筋に伸びた蛇蝎の連接剣の根元へと視線を向ける。そこには純白の鎧とドレススカートを着て白黒の舞踏仮面を着けた白髪の女性が佇んでいた。

 

「……誰だ?」

 

「…………」

 

仮面の女性は答えず、鷹宮を一瞥してからその場を立ち去る。加勢に来たとかではなく偶々標的にした巨人族が被っただけなのだろう。

彼も彼女が去っていくのを止めたりはしなかった。元から他者に関心の薄い鷹宮だが、巨人族を一瞬で仕留める実力の持ち主として記憶はしても関与する理由がない。そもそも二人は巨人族相手に共闘する必要性を感じていないのだ。各々の判断で動いた方が効率もいいのである。

そうして鷹宮もこの場から立ち去ろうとした刹那、琴線を弾く音がして辺り一帯を濃霧が包み込んだ。急激に視界が悪くなり、踏み出そうとしていた足を止める。

 

(……認識阻害系のギフトか?)

 

鷹宮は取り敢えずといった様子で掌に空気を圧縮させて自分の周りにある霧を晴らそうとしたが、

 

「ウオオオオォォォォーーー‼︎」

 

身の丈ほどの拳が上から降ってきたため回避行動に移った。至近距離まで接近されて気付かなかった事実に推測を確信しつつ、跳躍して拳を回避した鷹宮はそのまま巨人族の巨腕に着地して駆け上がる。

それを巨人族は小蝿を払うようにして弾き飛ばそうと腕を振り回したが、弾き飛ばされる前に再び跳躍した鷹宮は顎下から掌に圧縮していた空気を叩きつけた。

顎をかち上げられ無防備を晒す巨人族に対して鷹宮は落下しながら腕を引き絞り、

 

貰うぞ(・・・)お前の魂(・・・・)

 

紋章を足場に巨人族の左胸を貫通させて心臓へ腕を突き立てる。生温かい感触を無視して左胸から腕を引き抜くと、重さを感じさせない心臓の形をした魂が身体から抜き取られた。

これがルシファーの持つ魔力の真価であり奥の手の一つ、物理的な重力操作とは異なる魂への干渉だ。魂を抜き取られた身体は活動を停止し、死んだようにしてその動きを止めた。ただし魂が他にあるうちは肉体が死ぬことはなく、魂を肉体に戻せば再び身体の活動は再開される。が、鷹宮は魂を抜き取るとともに心臓を破壊しているので、戻す前に治療しておかなければ活動が再開された途端死ぬことになるだろう。

ここまでの説明を聞くと手間を掛けて殺しているだけのように聞こえるが、この能力が奥の手とされる所以は別にある。鷹宮は取り出した魂を自身の身体に取り込んだ。

 

「オオオオッォォォォーーー‼︎」

 

そこへ新たな巨人族が巨剣を持って襲い掛かる。斬るというよりも押し潰すような物量による理不尽な一撃。魔力強化された肉体であっても直撃を受ければ死は免れないだろう。

それを鷹宮は真正面から受け止めた(・・・・・・・・・・・・・・・・)。振り下ろされる巨剣の側面を両手で挟み込んだのである。

 

「フンッ‼︎」

 

更に受け止めただけでは止まらず、両手で挟み込んだ巨剣を振り回して力尽くで巨人族の体勢を崩しに掛かった。思わぬ反撃に呆然としたまま為すすべもなく倒された巨人族は、続く鷹宮の踵落としで頭蓋を砕かれて絶命する。

これこそが魂に干渉する最大のメリット。相手の魂をーーー霊格をそのまま取り込むことで自身の霊格に上乗せすることが出来るのだ。巨人族の霊格を直接取り込んだ鷹宮の膂力はまさに巨人族そのものである。

当然ながら制限もあり、相手と霊格の差が大きければ魂を取り込むことは出来ない。いや、取り込むこと自体は可能なのだが過剰な霊格によって肉体()に負荷が掛かるのだ。その負荷は下手をすれば命を落としかねないほどである。取り込む魂の数を重ねるのも同様である。

しかし巨人族の霊格一つならば支障なく戦えるだろう。今度こそ標的を探すべくこの場を立ち去ろうとした鷹宮だったが、

 

「ーーーGEYAAAAaaaa!!!」

 

幻獣達の雄叫びが辺りから響き渡り、呼応するかのように数多の旋風が巻き上がった。それによって認識を阻害していた霧が晴れ、好都合とばかりに踏み出そうとしたところで、

 

「……もう終わりか」

 

霧が晴れた先の巨人族は既に全員が事切れていた。鋭利な刃物で頭・首・心臓を的確に裂かれ、一体残らず屍と化していたのだ。しかもその殺害痕には見覚えがある。

 

(……仕事の早い女だな)

 

鷹宮は先程一瞬だけ相見(あいまみ)えた女騎士を思い浮かべながら、標的を探すためではなく宿舎へと戻るために足を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「死ぬ……ホントに死ぬ……」

 

「大袈裟だなぁ、人間そう簡単には死なないって」

 

地下都市の巨人族掃討を担当していた古市とレヴィは、宿舎への帰り道を歩いていた。レヴィは平常通りにしているのだが、古市はげんなりとした様子の重い足取りである。

巨人族の襲撃によって突発的に始まった古市の実戦訓練は、笑顔を浮かべたレヴィのスパルタ指導によって精神的に参っていた。

巨人族の攻撃を不恰好ながら避け続けている古市に対し、レヴィは古市を放置して他の巨人族を相手していたのである。もちろんすぐに助けられる間合い以上離れることはなかったが、意図的に古市が相手をしている巨人族は仕留めにかからなかったのだ。それどころか巨人族の攻撃を避けきれず当たりそうになったら、

 

「はい、アウト〜。常に相手の攻撃を予測しながら動かないと駄目だよ〜」

 

と言いつつ水撃を巨人族……ではなく古市へと撃ち込んで攻撃の軌道上から弾き出すのである。巨人族の一撃に比べればダメージは無いに等しいのだが、ずぶ濡れにされて地面を転がされるため格好はボロボロとなっていた。

その場を掃討し終えると場所を移動して同じことの繰り返しである。更に回数を重ねることで少し回避に余裕が出てくると、

 

「戦闘中は周囲に気を配りながら戦ってね〜。いつ不意を突かれるか分からないよ〜」

 

と言いながら巨人族の攻撃の合間に水撃を撃ち込んでくるため、後半は巨人族とレヴィへ半々に警戒する古市なのであった。

ちなみにレヴィは水撃を撃ち込むと同時に古市が相手していた巨人族を仕留めていたため、彼は一度も巨人族の攻撃を受けてはいない。ボロボロなのは全てレヴィの攻撃によるものである。

 

「随分と小汚くなったものだな。ボロ雑巾そのものではないか。その様では先が思いやられるぞ」

 

「そうだねぇ……あとで組み手でもしよっか?」

 

「マジでもう勘弁して下さい……」

 

そして掃討中に合流したヒルダから更に精神的な追い討ちが掛けられ、それを受けたレヴィが真剣に組み手の実施を考え込む。流石に疲労困憊で洒落にならないので平伏しそうな勢いで拒否する古市であった。

と、巨人族が暴れて残骸と化した宿舎が見えてきたところで中から瓦礫が吹き飛ばされる光景が目に入ってくる。

 

「なんだ?」

 

「彼処って……確か耀ちゃんの部屋じゃない?」

 

安全を知らせる鐘の音が響き渡っていたことから地表の巨人族も撃退できたことは分かっていたが、鐘の音からあまり時間が経っていないことを考えると撃退し終えてすぐに耀は戻ってきたのだろう。

いったい彼女は何をしているのか疑問に思っていたその時、勢いよく瓦礫を吹き飛ばしたことでバランスを崩した耀の部屋が更に崩落した。

 

「……まぁ瓦礫が微妙なバランスを保っていたのならば崩れるのは道理だな」

 

「いやいや、冷静に分析してる場合じゃないでしょう⁉︎」

 

中から瓦礫が吹き飛ばされたということは何か作業をしていたということであり、少なくとも中に耀がいることは間違いないのだ。古市は慌てて崩落した部屋へと駆ける。

 

「春日部さん、大丈夫⁉︎」

 

急いで部屋の中を確認すると、そこには耀だけでなく飛鳥の姿もあった。ただし二人とも床に倒れこんでおり、耀は気を失っていて飛鳥は腕から血を流していることから無事とは言えない。

 

「久遠さん、怪我してるじゃないか‼︎」

 

「わ、私のことはいいわ。それよりも先に春日部さんをお願い」

 

「分かった‼︎」

 

飛鳥に言われて耀を抱え上げた古市は、緊急の救護施設として設けられた区画へ走っていった。実戦訓練の成果もあって魔力強化された身体能力をフルに利用している。

 

「飛鳥ちゃん、いったい何があったの?」

 

古市に続いて遅れて部屋に入ってきたレヴィとヒルダが残った飛鳥に問い掛けた。しかし彼女はその問い掛けに首を横に振る。

 

「分からないわ。急に春日部さんが表情を青ざめさせて駆け出したと思ったら、部屋に戻って瓦礫をーーー」

 

説明している途中で瓦礫に目を向けた飛鳥の言葉が途切れた。不思議に思ったレヴィとヒルダも瓦礫に目を向けてその意味を理解する。

耀が倒れこんでいた瓦礫のそばには此処にあるはずのないものーーー十六夜のヘッドホンに付いていたトレードマーク、炎のエンブレムが落ちていたのだった。




鷹宮&ルシファー強化その1、“重力操作”と“霊格の取り込み”です。ルシファーが浮いているところ、魂を取り込んだ王臣の力が増幅したことから自己解釈させていただきました。
こんな感じで他の皆も強化していきますのでよろしくお願いします‼︎


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各々の気持ち

緊急の救護施設として設けられた区画に運ばれた耀が目覚めたのは、彼女が運び込まれてから幾許(いくばく)かの時間が経過した頃だった。

 

(…………私……)

 

彼女は寝起きの頭で現状を理解しようと意識を覚醒させていく。その甲斐あって耀は気を失う前の出来事をすぐに思い出した。後頭部で鈍い痛みを訴えているタンコブも記憶を掘り起こした一因だろう。

何故か耀の鞄から出てきた十六夜のヘッドホン。身に覚えのない彼女はヘッドホンを見つけた瞬間に混乱したものの、その混乱が収まる前に巨人族の襲撃を受けたため考える暇もなく戦場へと駆り出されたのだ。

そして巨人族を退けた後、崩壊した宿舎へと戻ってきた耀は瓦礫の下からヘッドホンを探すために瓦礫を風で吹き飛ばした。それが古市達が遭遇した場面であり、宿舎を更に崩落させてしまった原因でもある。

 

「あら、気が付いた?」

 

彼女が現状を思い出しているとベッドを仕切るカーテンの向こうから飛鳥が現れた。その後ろから古市とレヴィも顔を覗かせており、三人は目を覚ました耀を見て表情を明るくしている。

しかし飛鳥の腕に巻かれた包帯を見た耀は深く息を呑んだ。

 

「飛鳥、その腕……」

 

「あぁ、これ?軽く擦ったぐらいよ。気にしなくていいわ」

 

飛鳥は何でもないように言っているが、耀の覚えている限り彼女は巨人族の襲撃を無傷で乗り切ったはずだと記憶している。加えて崩落に巻き込まれたはずの自分は頭を打っただけの軽傷という事実……飛鳥が身を挺して助けてくれたということに耀が気付くには十分だった。

 

「……飛鳥」

 

「それより春日部さん。コレについて説明してくれる?」

 

そう言って飛鳥が差し出したのは、十六夜のヘッドホンに付いていた炎のエンブレムである。後ろにいる二人も神妙な顔をしているところを見るに、全員ヘッドホンが壊れたことは知っているのだろう。

責められると思った耀はベッドの中で小さく蹲る。その様子を見ていた古市は彼女に問い質した。

 

「春日部さん……君が逆廻のヘッドホンを持ち出したのかい?」

 

「……違う。けど、私の鞄の中に入ってた」

 

「耀ちゃんは鞄に入れた覚えってないんだよね?」

 

「ない」

 

続くレヴィの問い掛けにも耀は即答で否定する。流石に準備をしている時にヘッドホンが入っていたら気付くはずだ。

耀の話を聞いた飛鳥はこれまでの話から今回の要点をまとめていく。

 

「ということは春日部さんが荷物をまとめた後に、犯人は十六夜君のヘッドホンを持ち出して荷物の中に紛れ込ませたってことよね。……これが可能なのは?」

 

「……私?」

 

「春日部さん以外でっ‼︎」

 

苦笑いしながら言い直す飛鳥に、耀は微塵も疑われていないことを嬉しく思った。少し元気を取り戻した耀はゆっくりと身体を起こす。

 

「そう言われても……私以外でそんなことが出来るのはーーー」

 

と、話している途中で思い当たる相手がいたのか、耀の言葉が止まった。だが彼女としても思い至った可能性を信じられないらしく、目を見開いて思い至った相手の名前を告げられずにいる。

だが彼女は苦虫を噛み潰したような顔になった後、

 

「……飛鳥。そのエンブレム、貸して」

 

「え?どうしたの急に」

 

「犯人の匂い。残ってるかも」

 

「あ、まだ確認してなかったんだ」

 

それこそ真っ先に確認していると思っていた古市は思わず口から零していた。耀の嗅覚は野生動物に匹敵するというのに、それを活用することさえ忘れるほどパニックになっていたらしい。

飛鳥からエンブレムを受け取った耀は、それを自身の鼻へと近付けて匂いを嗅ぐ。

 

「……どう?」

 

「……うん。やっぱり残ってた」

 

耀のギフトによって犯人が特定できたまでは良かったものの、彼女は推測が確信に変わったことで再び表情を硬くした。

と、その時に再びカーテンが開く。次に現れたのは二一〇五三八〇外門の噴水広場にカフェテラスを持つ鉤尻尾の店員と、その店員の腕に抱えられた三毛猫であった。

 

「どうもですよー常連さん‼︎ 向こうの方で打ち拉がれていた三毛猫の旦那さんを連れてきましたー‼︎」

 

『うおおおおい‼︎ そんな暴露は必要ないやろ‼︎』

 

店員の言葉を聞いて何やら慌てている三毛猫を余所に、耀はベッドの上から悲しそうな顔で三毛猫に問い掛ける。

 

「三毛猫……どうして……?」

 

彼女の問い掛けは抽象的なものだったが、その問い掛けによって話を聞いていた三人も事情を察することができた。十六夜のヘッドホンを持ち出し、それを耀の鞄に紛れ込ませたのは三毛猫の仕業なのだろう。

問われた三毛猫はバツが悪そうにしながら耀の問い掛けに答える。

 

『そ、それは……お嬢が余りにも不憫やったから、仕返しにって……』

 

「三毛猫ちゃん、それは駄目でしょー」

 

三毛猫の告白にレヴィも思わず嘆息を零してしまった。何か気に食わないことがあったとしても、同じコミュニティの同士に対する行動ではないだろう。

それを三毛猫も冷静になって理解したからこそバツが悪いのである。何より思惑とは裏腹に耀を悲しませてしまっており、その持ち出したヘッドホンも壊れて取り返しのつかない始末。打ち拉がれたくもなるというものだ。

そして更に続けられる三毛猫の言葉を聞いた“ノーネーム”一同は目を丸くした。

 

『で、でもアレやで?自分で言うのもなんやけど、金髪小僧はワシがヘッドホンを持ち出したことは知っとるで?』

 

「え?」

 

全員が思わず三毛猫を凝視する。三毛猫がヘッドホンを持ち出したことを十六夜が知っているとはどういうことか。

代表して古市が三毛猫に疑問を投げ掛けた。

 

「三毛猫、どういうことだよ?」

 

“アンダーウッド”へと出発する前、十六夜はヘッドホンが見当たらないから捜すといって本拠に残ったのだ。だが三毛猫の言っていることが本当ならば、楽しみにしていた収穫祭の全日参加を辞退してまでヘッドホンを捜すと言った十六夜の言葉は嘘ということになる。本気で捜しているのならばヘッドホンを持ち出した相手を特定しておいて放置するということはあり得ないだろう。

 

『どういうことも何も、ヘッドホンを持ち出した夜に本人から問い詰められたんや。ヘッドホンを持ち出してどうしたいんやってな』

 

三毛猫の話を聞く限り、どうやら十六夜はヘッドホンがなくなったと気付いた瞬間には三毛猫を特定していたらしい。彼が本拠内を探し回っていれば誰かしら気に掛けていたはずである。

そうして問い詰められた三毛猫は持ち出したことを白状したというが、仕返しということでヘッドホンを隠した場所までは教えなかったという。その際に持ち出した理由まで聞かされた十六夜は収穫祭の順番を譲ってやる、約束を保証するためにヘッドホンは返さなくていいと言ってきたそうだ。

当然のように三毛猫はその提案を訝しんだが、十六夜が言うには耀が収穫祭に全日参加する方が旨味があるとのことらしかった。旨味というのは幻獣の友達を作ってこいと言っていた通り、“生命の目録(ゲノムツリー)”を強化する機会が多いということだろう。恐らく言わなかっただけで耀だけでなく三毛猫の想いも汲んでいるはずである。

 

「でもなんで逆廻君だけなの?全日参加っていうことなら鷹宮君もでしょ?」

 

三毛猫の話を聞いたレヴィは純粋に疑問に思ったことを口にした。彼の仕返しは私怨もいいところなのだが、だからこそ十六夜だけに標的を絞った理由が分からない。まぁ私怨ゆえに判断は三毛猫の匙加減次第なので、単純に収穫祭参加を賭けたゲームで一位となった十六夜を狙っただけかもしれないが。

そのレヴィの疑問にも三毛猫は意外な答えを返してきた。

 

『いや、根暗の兄ちゃんにも仕返ししたろ思っとってんけど……お嬢の修行を見てくれとったし、恩を仇で返すのもなんやから止めたんや』

 

「修行?」

 

それを聞いた皆の視線が今度は三毛猫から耀へと移る。

耀は全員から注目されていることもそうだが、密かに修行していたことが思わぬ形で発覚してしまって居心地が悪そうだ。

 

「春日部さん、貴女も修行してたの?」

 

「う、うん。今回のギフトゲームで自分の力不足を痛感させられたから……強くなりたくて忍に修行をつけてくれないか頼んだの。忍は自分の修行の相手としてならって承諾してくれた」

 

“魔遊演闘祭”以降、特に使用頻度の高い鷲獅子のギフトを使いこなすため日常的に旋風をコントロールするという特訓をしていた耀だったが、何を隠そうその特訓をするに至るまでに助言をもらったのが鷹宮なのである。

“魔遊演闘祭”で一緒に戦ったことや戦闘力が高いというだけでなく、アスモデウスとの戦いで見せた考察力や力の使い方が巧いといったことも師事した理由であった。ルシファーの魔力が重力操作であることを耀が知っていたのも修行中に教えられていたからだ。ちなみに修行を開始したのは修行を頼んだ直後、つまり収穫祭前の夜中である。

 

「つまりお互いに良かれと思って動いた結果、今回の巨人族襲撃が最悪の形で合わさっちまったってわけか……取り敢えず逆廻には事情を説明して謝るしかないな」

 

古市の言う通り、壊れてしまったものは嘆いても仕方がない。巨人族の襲撃など予想していなかったわけだし、わざと壊したわけでもないのだから誠意をもって謝るしかないだろう。

しかし耀は三毛猫の飼い主としての責任、そして何よりヘッドホンを預けてまで順番を譲ってくれた十六夜に対して謝るだけで済ませたくなかった。

 

「うん、確かに謝る必要はあるんだけど……謝るだけじゃ駄目だ。何とかしてヘッドホンを直したい。……皆、勝手を言って悪いと思うんだけど手伝ってくれないかな?」

 

「ええ、喜んで」

 

遠慮がちに協力を求めてきた耀に、飛鳥は考える間もなく即答で協力を受け入れた。古市、レヴィも彼女と同じく首肯で了承を返す。

そんな三人の反応を受けて耀も口元を綻ばせた。ベッドから降りて気持ちを一新し、皆でヘッドホンを直す方法を探るためにもう一度宿舎へと急ぐことにする。

 

 

 

 

 

 

「諦めましょう」

 

「無理だよ」

 

「逆廻君の機嫌を取る方向で」

 

それが宿舎の瓦礫下から出てきたヘッドホンの残骸を見た飛鳥、古市、レヴィの感想だった。

ヘッドホンは辛うじて炎のエンブレムを残しているだけで、外装の全てが無慈悲なまでに粉々に砕けていたのだ。幾ら耀が直したいと願ったところで、そうそう都合のいいことはなかった。ここまで壊れているものを自分達で直すには無理がある。

 

「でも……機嫌を取るって、どうやって取るの?」

 

「そうね……第一候補としては、ラビットイーターを黒ウサギとセットで贈」

 

「るわけないでしょうこのお馬鹿様‼︎」

 

スパァーン‼︎ と背後から黒ウサギのツッコミが炸裂した。黒ウサギとジンはサラに呼び出され、それに同伴する形でヒルダ、アランドロン、鷹宮も収穫祭本陣営で巨人族襲撃の事情を聞いていたのだ。同じくジャックとアーシャも一緒に帰ってきたらしい。

 

「全くもう……耀さんっ、詳しいお話は三毛猫さんよりお聞きしましたよっ‼︎ どうして黒ウサギに相談してくださらなかったのですか⁉︎」

 

黒ウサギは耀へ詰め寄ると肩を掴んで激しく揺さぶりながら問い詰めた。そもそものヘッドホン持ち出しが起こった原因として、収穫祭の滞在日数を決めるギフトゲームで耀が上位を勝ち取れなかったことが起因する。その弱音を聞いた三毛猫が行動を起こしたのであり、相談していれば問題が起こることはなかったかもしれない。

 

「で、でもゲームで決めるっていう約束が」

 

「ゲームは所詮ゲームでございますっ‼︎ 相談してくだされば十六夜さんだけでなく、黒ウサギ達だって耀さんを優先的に参加させました‼︎ ましてや()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、黒ウサギはまるで気付いておりませんでした……‼︎」

 

「……ん?戦果を誤魔化す?」

 

「黒ウサギちゃん、どういうこと?」

 

彼女の言葉に疑問を抱いた古市とレヴィが口を挟んだところ、耀が手に入れた炎を蓄積できるキャンドルホルダーは飛鳥と二人で勝ち取った戦果だったのだと説明された。本陣営からの帰り道にジャックが事情を知らず話してしまったらしい。

半泣きになりながら語った黒ウサギに対し、飛鳥は堪らず前へ出て弁明した。

 

「ち、違うのよ黒ウサギ‼︎ 春日部さんに話を持ち掛けたのは私で……‼︎」

 

「違う。私が悩んでいたから飛鳥が気を遣ってくれて、」

 

「……いえ、そんな気を遣わせたのは黒ウサギにも責任がございます」

 

彼女達は三者三様に頭を下げる。結果論ではあるものの、今回のことを機に彼女達の心境は変わったことだろう。十六夜のヘッドホンが壊れてしまった問題はあるが、ある意味ではこれで良かったのかもしれない。

 

「別に不正を働いたわけではないのだから気にする必要はないと思うのだがな」

 

「だよねぇ。戦果を横取りしたのならまだしも、二人とも合意の上なわけだし」

 

「まぁ黒ウサギさんの言う通り、嘘を吐くくらいなら相談すればよかったのにって思うのはありますけどね」

 

彼女達とは対照的に外野はあっさりしたものであった。実際に古市とレヴィは協力して戦果を挙げているのだから、その内訳にまで口出しするつもりはない。更にヒルダもアランドロンの転送能力を借りて魔界から通信機を取り寄せている。彼らからすれば耀は使える手を使ったに過ぎないという認識なのだろう。

頭を下げ合っている彼女達の元へとジンが歩み寄っていった。その視線は粉々に砕けたヘッドホンへと向けられている。

 

「ヘッドホンを直すのは難しそうですね……でしたら他の方法で手を打つしかありません。僕から代案がありますので聞いてもらえませんか?」

 

彼の言う代案を聞こうとしたその時、緊急を知らせる鐘の音が“アンダーウッド”に響き渡った。

何事かと警戒を露わにする彼らの元へ、網目模様の樹の根から慌てて飛び出してきた樹霊の少女が現状を伝える。

 

「大変です‼︎ 巨人族がかつてない大軍を率いて“アンダーウッド”を強襲し始めました‼︎」

 

ーーー直後、地下都市を震わせる地鳴りが一帯に響いた。




今回は裏話というか、“アンダーウッド”出発前の原作とは違う反応に対する説明会でした。
そろそろ留守番組を呼び出してストーリーを進めたいところです。


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