異世界MAD (くじ)
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OP(決戦)

OPにして本編にあまり関係のない薄めの設定資料。


「ロォォォゥディィィィィング!」

 

 焼け爛れた壁面、瓦礫と化した機材、抉れ罅入り陥没した地の中央で少女が叫ぶ。

 未だ燻る機器の合間、薬品の燃え盛る炎を瞳に宿し、左手首に装着した腕輪のスロット

へ親指サイズの円筒ユニットを装填する。

 瞬時に内を焦がすエネルギーが駆け巡り、まだ幼さを残すその唇の間から焼け付くよう

な吐息が漏れ出る。

 

「カプールっ、それ以上はよすんだ!」

 

 まるで時代錯誤な中世ファンタジーが如き鎧をまとった少年が少女を庇うように背に隠

す。

 

「…ふっ…ふぅっ……どけっ、グランツっ」

 

 溢れるような内圧に息も絶え絶えに、少女が少年を押しのけて前へと出る。

 

「Dr.セイガーぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 少女の慟哭にも似た叫びに、じっと観察する様な表情を浮かべ、白衣の青年が僅かに首

を傾げながら右手の人差指と親指で自らの顎を弄ぶ。

 

「カプール君は症状が出始めているね。曲りなりにも医学を齧った者として養成をお勧め

するが?グランツ君共々、限界のようじゃないか」

 

 白衣の青年、悪の秘密結社ズィドモンド所属、悪の狂学者Dr.セイガーは目前の敵対

者に害意よりも憐れみを向ける。

 確かに、Dr.セイガーの言葉通り、この秘密結社ズィドモンド秘密研究施設最奥に至

るまでに消耗の限界が来ているのは事実だ。

 その事実にも、Dr.セイガーの余裕さにも歯軋りせんとばかりな少女、国防軍特殊強

化兵カプールが問答無用と一歩踏み出す。

 

「ドクター、お下がりください」

 

 スッとDr.セイガーの前へと一人の少女が分け入る。

 

「ツムギ、この状況であの二人の相手は少々荷が重いんじゃないかい?」

「ですが所用もありますし、ドクターは戦えませんでしょう?」

 

 Dr.セイガーの言葉に少女、ツムギはニコリと微笑んで見せる。

 ツムギもDr.セイガーの助手として、そして被検体として幾度となく二人と相対した

ものだ。それだけに心得ている、無粋は要らぬとでも言いたげだ。

 自然、ツムギと少年、正義を旨としたヒーローグランツの視線が交わる。

 

 長い、本当に長い因縁であった。

 

 彼女との出会いは、今思えばまさしく運命のようなものだったのだろう。

 偶然の出会いから始まり、垣間見える彼女の内には計り知れないほどの慈愛が垣間見え

た。あどけないながらも年上振る姿に惹かれていたのは事実だ。

 何時からか、彼女と実兄の間にある絆のような物に暗い情念を抱いたのもまた事実。

 それでも、過去の想い人として、そして新たな義姉として受け入れつつあったのだ。

 

「ツムギさん…」

 

 これは未練であろうか?全てを知った今でさえ、無意識にも彼女の名を紡ぐ。

 

 

「さぁ、弟君。決着をつけましょう?」

 

 纏ったマフラーが彼女の身体を侵食するかのように全身にまとわりつき、やがて異形の

装甲を顕わと成す。もはや微笑みに満ちた口元はマフラーに覆い隠され、優し気なとび色

の瞳はバイザーの奥に沈んだ。

 幾度ともなく剣を交えた、魔人。

 

「何を腑抜けているっグランツ!」

 

 一瞬の哀愁がもたらした間隙に、苛立たしさを隠しもせずにカプールが魔人との間合い

を詰める。

 倍加された身体能力と、加速力をその一撃に乗せ、カプールの装甲に覆われた拳が魔人

の左胸部へ捻じ込む様に放たれる。

 それに対し、魔人は僅かばかり身体をずらし放たれた腕を優しく捉え、そのままクルリ

とカプールの勢いを受けて二人共ども一回転をしてみせる。

 

「あら、ダンスをご所望?」

 

 言葉通り、輪舞の様にカプールと魔人はクルリクルリと否応なくステップを踏む。

 クスクスと笑う魔人に、カプールは激昂して腕を振り払う。

 

「こっ、この裏切り者めっ!いつもいつもそうやって笑って…私を嘲笑っていたのだろう

がっ!上辺に騙され続けた私は、さぞかし滑稽だっただろうよっ!!」

 

 カプールの慟哭が魔人の動きを一瞬押しとどめるが、最早魔人のその表情は伺い知れな

い。

 

 甘く、そしてどこまでも深い優しさに、そのまま溺れてしまいたかった。

 

 あの二人に出会ったのは、カプール候補者として力の制御が著しく不安定な頃、二人は

医者と看護師という立場であった。

 こんな出来の悪い作り物なんかに、二人は親身に接してくれた。初めてで、どうしてい

いかも分からずに反発するしかなかったのに、変わらず傍にいてくれた。

 嗚呼、なんと愛おしいのだろう?なんと暖かいのだろう?これが愛情というものなのだ

ろうか?親というものは、もしかしたらこんな存在なのかもしれない。

 だから。

 だから怨もう、だから憎もう。

 もう正義も、自身の存在理由すらどうでもいい。

 手に入らないならば壊してしまおう。

 そうしないと、心が壊れてしまいそうだから……

 

 

「消えろぉっ!!」

 

 荒れ狂う内圧をその拳に籠め、衝撃波と共に魔人へと振り抜く。

 カプールの一撃は、魔人の体勢を僅かに崩すに留まったが、そこにグランツが剣による

斬り降ろしを差し込んでくる。

 魔人はその性質上、衝撃や打撃に耐性が高く、その耐性を上回るのは並大抵ではない。

 

「ぐっ…」

 

 半面、斬撃耐性は低く、相性的にはグランツにも分がある。

 カプールが抑え、グランツが間隙を縫う。幾度もの魔人との戦いで自然と生まれたコン

ビネーションであり、さしもの魔人も不利は拭えない。

 グランツの一撃を受け、魔人は後方へ数歩蹈鞴を踏む

 すかさずカプールが踏み込み、鳩尾目掛けて鋭い突きを繰り出す。

 だが、魔人は耐性を強みに逆に前進し、カプールの一撃を受けつつも密着して見せる。

 こうなってしまえば、グランツも迂闊に攻撃をできず、思わぬ展開に足が止まる。

 

「そこは私の距離よ?」

 

 掛かった獲物に、魔人は大ぶりな袖口をグランツに向ける。

 防御性に目が行きがちだが、そもそも魔人は中遠距離を得意とする射撃型だ。グランツ

が咄嗟に腕をクロスさせて身を守るも、魔人の腕に内蔵された銃口から散弾が放たれる。

 

「うあぁぁぁっっ!」

 

 ただの散弾ではない。散弾の一つ一つが炸裂し、グランツの外装を抉り潰す。

 

「グランツっ!?くそっ、離れろ!」

 

 カプールが力の限り何度も何度も魔人に拳を振るうが、不安定な体勢であるが為に魔人

に揺るぎはなく、最早蜘蛛の巣に捕らわれた蝶が如く効果を成さない。

 

「…まだ……だぁっ!!」

 

 倒れるかに見えたグランツが姿勢を支えるように一歩踏み出し、両手を腰元に当てる。

 

「例え、この身が焼け落ちようとも!」

 

 グランツの胸部正中、心臓とは別に秘する核。そのエネルギーが溢れんばかりに全身を

駆け巡り、細胞の一つ一つにまで変質をもたらす。

 その外装はどこか竜を彷彿とさせ、その口元には僅かばかりの牙が垣間見える。

 

「光竜剣!」

 

 変化はその手に持つ剣にまで及び、牙と爪を模した禍々しさすら感じさせる凶暴さを醸

し出し、更には燃え盛る炎のような光が纏いつく。

 

「プレデタァファングッ!」

 

 振り抜いたグランツの剣から発せられた光の竜が、意思を持つ様にその咢を魔人の肩口

に突き立てる。

 

「ぐっ、ああぁぁぁっっ…!」

 

 光の竜に喰い千切られる様に左肩を貫かれ、衝撃で魔人が錐揉みしながら宙を舞う。

 それを追い、光の竜が何度も何度も執拗に魔人を襲う。

 

「カプール、無事か?」

 

 余波で倒れ伏したカプールを、グランツが支える。

 

「…問題ない」

 

 だが、その言葉とは裏腹にカプールは全身を小刻みに震わせ、立ち上がる気配を見せな

い。

 

「!?過剰摂取反応(オーバードーズ)!?」

 

 カプールシステムでは、円筒ユニットの内容物を腕輪状のフィルターを通して体内に取

り込み、大幅な身体強化を成し遂げている。

 だが、そのフィルターも万全ではなく、限界値を越えた投与は身体に多大な負荷をかけ

る。

 過去に何度か発症し、その度にカプールは集中的な治療を必要としていた。

 

「問題ないと言った……!」

 

 その意志だけの力だけで身を支え、カプールはよろけながらも立ち上がって見せる。

 だが無情にも、予想外の方向から声が発せられる。

 

「ん、ツムギ。此方の用事は終わったよ。研究データは総帥に全て送り終えた。もう此処

も壊しても大丈夫だ」

 

 それまで沈黙を持って作業に当たっていたドクターのセリフに、グランツが小さく舌打

ちをし、咄嗟にカプールを庇う様に抱え、魔人から飛びのく。

 魔人の能力は爆薬生成。

 

「バニシングッフレアァァァッ!!」

 

 魔人の体表面を炸裂させ、全方位に深刻なダメージを与えるものであり、距離が近いほ

ど威力が高い。

 

「うわあぁぁぁぁっ!!」

 

 一見自爆にも見えるその衝撃に背を焼かれ、グランツが苦悶の叫びをあげる。

 閉所による弊害で、最早室内の構造物に原型を留めるものは無かった。

 

「グっ、グランツっ!?」

 

 カプールの悲鳴染みた呼びかけも空しく、グランツの肢体は力なく覆いかぶさったまま

であった。

 

「くっ」

 

 グランツを押しのけ、カプールが前面に立つ。だが、そのすべての動作に力がない。

 その頃には、焼け焦げた体表面が剥がれ落ち、再生した魔人が無言で佇んでいる。

 カプールにとって、既に当初の任務は失敗したといえるだろう。

 彼女の任務は、Dr.セイガーの研究資料の奪取、及び『神の遺産』と謳われるディノ

ハートの回収だ。

 先程の一撃により研究資料は失われ、この場にディノハートがあるとも思えない。

 そして。

 

 なにより──二人を壊せない──。

 

 ならば、諸共壊れてしまおう?

 

 

「ロウッ……ディィィィングッ!」

 

 本来制御能力を持つカプールの腕輪。それを介さず、円筒ユニットを噛み砕き直接体内

に取り込む。

 円筒ユニットの中身は、超劣化模造ディノハート。

 神が太古に進化をもたらす為に用いたといわれる結晶体こそがディノハート。それは、

本来人間には適合せず、そのエネルギーにより崩壊を起こすだけの物であった。

 

「っ!よせっ!そんな事をしたら君もっ…」

 

 さしものDr.セイガーすらもが狼狽えた様子、その事実にカプールの本懐が成った。

 

 もっと、もっと私を見て?もっと心配して?優しくして?暖かく──

 

 

「…は?」

 

 その光景は、自身すら予想外であった。

 その事実に、さしものカプールの表情が唖然に変わっているのだから、きっとツムギの

表情も同様なのだろう。

 生憎とツムギを背に、カプールの正面に身を割り込ませたために、実際の表情はわから

ないが。

 

 悪の狂学者。

 Dr.セイガー。

 この世界で唯一ディノハートを人間に適合させる技術を見出した男。

 そんな男が、被験者でもあった少女一人を庇って身を捨てるなど、神すら見通せなかっ

たのではないだろうか?

 

 ──そして、全てが力の奔流に流された。

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 長期のディノハート摂取の影響か、辛くも死を免れたカプール。

 そんなカプールと共に、激しい戦いの後遺症に身を伏せるグランツ。

 

 だが、命を取り留めたのは二人だけではなかった。

 

 全てを捧げたはずの男に庇われ、生き残ってしまった。

 その心の内に漆黒の感情が渦巻き、その在り方すらをも変えてゆく。

 

 次回『魔人デッドエンド』




イメージは仮面ライダーっぽい雰囲気で。
本編前なので詰め込んだ感じ。


次回予告は次回の予告ではありません(?)

書いていくうちに思い付きで書き直すことがあるかもしれません。
書き貯め無し。

一応外見デザインなどもあるので、途中で挫折しなければ。いずれ。


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1話(シスコン)

swichが売ってない…lightでいいか(モンハンライズ)


「やぁドクター、いらっしゃい」

 

 

 その第一声が覚醒と自覚を促す。

 

 毛足の短い灰色の絨毯に、黒のレザーソファが黒檀のローテーブルを挟み向かい合う様

に一対。壁は彩度の低目のクリーム色のエンボス地。壁際には申し訳程度のウォルナット

チェスト。

 珍しさは無いのに、非常に嘘くさい雰囲気を醸し出している。

 

「…ここは?」

 

 カプールの自爆染みた攻撃で、少なくとも無傷はあり得ない。その確信と、明らかに医

療機関ではなさそうな部屋、それがこの異常な状況を異常と理解させる。

「あぁ、警戒は当然だけど、まずはドクターには礼を」

 辺りを観察しつつも決して視界から外さなかった男。いつの間にか自身が腰かけていた

ソファー、その真向かいに座っていた少年。

 黒髪のアジア系、黒のスラックスに黒のジャケットが学生服を彷彿とさせる。見た目は

高校生辺りに見え、首にかけた赤のヘッドフォンが余計に幼さを垣間見せた。

 

「礼?初対面だと思うが?」

 

 だが、その外見すらも見た目通りではないのだろう。

 この部屋に存在するものは、何もかもが存在しないような矛盾を感じさせる。

 

「うん、そうだね、俺が勝手にドクターを知っているに過ぎない」

 

 少年は少しだけ肩をすくめて見せる。

 

「ドクターは、この世界の人類に多大の進化の切欠を齎した。わかるかい?」

 

 気軽な謎々でも出題するかのような、少しラフな問いに少し考える。

 

「……ディノハート?」

 

 思いあたるのは、やはりそれだろう。

 

「それは切欠の更に切欠だね。発端はアレだが、ドクターの功績はアレの適合化の副産物

としての人体進化……ドクターたち風に言えば、怪人ってやつだね」

 

 少年は大仰に両手を広げて、満足そうに微笑む。

 

「人体改造なぞ、非難をされこそすれ称賛されるとは思いもよらなかったよ」

 

 少々の意外性を感じつつも、少年を注視する。

 

「倫理観とか、人間が勝手に作り出したものだしね。ぶっちゃけ、この世界の人類は進化

的に詰んでいたんだよ。科学技術や理の解明で緩やかな進化は続いていたんだけど、最早

進化より先に滅びが訪れる」

 

 そこまで言って少年が真っすぐに視線を合わせてくる。

 

「だが、ドクターが現れた。ドクターが可能性を開いたんだよ。……切欠がこちらの忘れ

物っていうのが少々複雑だけどね」

 

 苦笑いを浮かべる少年の全身を観察しても、至って普通の人間に見える。だが、感じて

いた矛盾感は少年自身からも感じ取れる。

 

「…とどのつまり、君は神に類する何かだと?」

「おや?ドクターは神の存在を信じるのかい?」

 

 少年は意外そうに眼を見開く。

 

「少なくとも、私が研究していたディノハート。あれは地球上の少々進んだ文明程度では

作れないであろうし、自然発生するようなものではない。ならば、神か、それに準ずる高

位の存在に思い至るのも必然だろう?」

 

 少し視線を落とせば、肌理の細かい肌の柔らかそうな首筋。赤味が差した肌色だが体液

は何色なのだろうか?

 

「まぁ、神なんて人が想像するような万能な存在なんかじゃないんだけどね。自称するな

らば観察者かな?俺が観察していたのは人間の進化。んで、あのディノハートは、俺の前

任者が爬虫類の進化に利用して、そのまま忘れたやつだね」

 

 襟首から見える鎖骨などは人間と同じように見える。そもそも仮初の姿である可能性も

否定できない。

 

「……あー…俺を観察するのはいいんだが、その解剖でもしたそうな薄笑いはやめてくれ

ないか?」

 

 少年は再度苦い笑いを浮かべるが、実に心外に思う。好奇心はあれど、嬉々として解体

する嗜好は併せ持たないつもりだ。

 

「それで?私がここにいる理由はなんだい?礼が言いたいだけならば、もう十分だが?」

 

 ──持たないつもりだったが、口元にやった手が笑みをなぞり取ってしまい、少し視線

を彷徨わせる。

 

「うん。まぁ、気付いているかと思うけど、ドクターはこの世界では死んだと思ってもら

って問題ない」

 

 予想はしていた。五体満足な時点で違和感しかないのだ。

 

「だけど、惜しいと思わせる程の貢献者だし、丁度人手が欲しかったところなんだ」

 

 少年はそう言って、体をまっすぐに正す。

 

 

「どうだろうドクター。礼と言っては何だが、別の世界でその力を貸してくれないだろう

か?」

「別の世界?では、異世界だの、並行世界だの、そういった代物が存在すると?」

 

 少年の提案も大概だが、何よりも自身の好奇心を優先させる悪癖も大概であろうか?

 

「んー…異世界や並行世界と称すると、少々語弊があるかな?不連続ではあるし、時間の

流れや物理法則に差異はあるけど、技術的には往来が可能な別の惑星と思った方が近い」

 

 宇宙理論は門外漢だが、好奇心が湧かないかと言えば否であろう。しかし、それを前面

に出すのも非常に癪に思える。

 

「…なるほど?それで、私に何をしてほしいのかな?」

 

 高揚感を抑えるようにソファーに身を委ねていると、逆に少年が身を乗り出してくる。

 

「実はさ、俺の可愛い妹が困っててさ?お兄ちゃんに助けてってさ?言ってきたんでさ、

ほら、兄としては可愛い妹の頼みとか、無碍にでき無いじゃん?でも、直接手を出すのは

規定違反に当たるし、なら俺の担当区で優秀な人材を都合すれば、ただ死んでしまうより

はお互いメリットもあるんじゃね?ってさ」

 

 突然の捲し立てるような早口に少々面食らうが、慕ってくれる弟を持っていた手前分か

らなくもないかもしれない?だろうか?

 

「随分と言語野に問題が生じているが、まぁいい。もう少し具体的に聞こうか?」

 

 少しだけ、身体的には限界があっても、精神的にだけでも少年から距離をとる。

 

「あー、可愛い妹が担当してる場所は、複数の監視者が駐留しているんだが、その中でも

可愛い妹の勢力は小規模でな?他の勢力によって滅ぼされてしまいそうなんだ」

 

 争いとか苦手だし優しすぎるからなぁと呟きながら、少年もソファーに体重を預ける。

 

「悪いが、私に指揮や経営、戦闘を求められても答えられんよ?」

 

 医者と自称するには余りにも外道に過ぎるし、必要に駆られ機械工学も嗜んだ身だが、

少なくとも己の適正は他者の上に立てる代物ではない。

 

「あぁ、大丈夫、大丈夫。別に世界征服とか、他勢力を殲滅しろなぁんて言わないから」

 

 世界征服を看板に掲げた、悪の秘密結社の幹部科学者に対する台詞としては、実に皮肉

に富んだ響きを持たせる。最も、アレは『奴』が──いや、止そう。終わったことだと回

想を中断する。

 

「ドクターにやってほしいのは、彼らを救ってほしいだけ、絶滅しなければ多少のことは

許容するよ」

 

 こちらの感情に気付いているのか、いないのか。気にする風体もなく、少年は言葉を続

ける。

 

「例えば、逃げたり隠れたりでも良いと?ならば私でなくともよいと思うが」

「それでもいいし、ドクターの好きにやってもよいんだよ?言ったでしょ、これは礼でも

あるし、ただ失うには惜しい」

 

 少年の意味深な表情に、些かの反発心が芽生えるが、それとは別に悪くないという思い

もある。己の人生、成したい事柄は凡そ成したし、死に様も予想外ではあったが不満はな

い。だが、敢えて幕を引くほど未練が無いわけでもない。

 

「あ!ただ、可愛い妹のお気に入りなんだ、余り見た目が変わりすぎるのも困るかな」

 

 少年が思い出したように、慌てて付け加える。

 

「……そうか」

 

 人は死した後にどうなるのか?神の存在を漠然と予想はしても、神を信仰などしていな

い身としては、余り興味を沸かせる事柄ではなかったのだが、この様子では消滅か再利用

かどちらかなのだろう。

 

「いいだろう、人生のオマケのようなものだ、少しばかり付き合おう」

 

 正直、生態系とか実に興味深かった。

 

「よし!じゃぁ、可愛い妹に紹介する前に、ドクターに御約束のチート能力をあげようじ

ゃないか!」

 

 突然、少年が興奮したように息を巻き言い放つ。

 

「なにがいいかな?俺の上司の時は随分と雑だったし、こういうシチュエーション、結構

楽しみで色々考えたんだけど、決めきれなくてさ?ドクターなら知識系はいらないだろう

し、やっぱりスゴイ魔法の才能とか?」

 

 少年は正に少年のような瞳で満開の笑顔で詰め寄ってくる。

 

 

 

「───いや、いらんが?」

 

 

 

 

「……え?」

 

 

「いや、いやいやいや、スゴイ能力欲しいでしょ?あの時こんな力があれば~っての、あ

ったんじゃない?あげるよ?そんなのあげるよ!?」

 

 しばらくの空白と、呆然とした呟きの後、正気を問い正すかのように少年は言い募る。

 

「私はこれまでの人生、救いたかったもの、欲しかったものは全て己の力で成してきた。

誰かに救いを期待をすることはないし、施しも受けない。それに……その行為は、君の言

う進化とやらに反するのではないか?」

 

 そうだ、決して助からないと言われ、それでも諦めなかった。理想にはほど遠かったか

もしれないが、少なくとも笑顔は取り戻した。それこそが己のルーツなのだ。

 

「むぐぐ……だ、だが!何も無しに行かせるのは俺の沽券に関わるんだ!可愛い妹に非難

されたらどうする!嫌でも受け取ってもらうからな!?」

 

 もう自棄にしか見えない勢いで、少年は断言する。

 

「よ、よし、じゃぁ、ちょっとだけあると便利系で、ドクターには『領域』と『縁』を与

えよう!」

 

 さも嫌そうな表情で少年を沈黙と共に見据え続けていると、少年はそんな勝手な贈り物

を投げつけてきたようだ。

 

「……それは?」

 

 諦めたように問うと、少年は少しだけ気を取り直したのか、大仰に頷いて見せる。

 

「『領域』はあれだ、異空間?みたいな?個人スペース的な、専用空間。ほら、ドクター

の性質上、『施設』はひつようだろう?」

 

 嗚呼、と納得する。確かに、どういった世界かもわからない場所で、都合よく清潔で専

用の器具が揃っているはずもない。

 

「もう一つは『縁』、まぁこれは……ドクターに良い御縁があります様に的な?願掛けみ

たいなものだと思ってくれればいいよ」

 

 少し少年の言葉に澱みを感じる。何か隠したのだろうか?だが、そうするメリットも思

いつかない。こう見えて愉悦を旨とする輩の可能性もあるわけだし、少しだけ警戒はして

おこうと思う。

 

「本当はもっとスゴイのあげたかったんだけど……まぁ、やり過ぎたら可愛い妹に叱られ

ちゃうし、ストックしておけばいいか……さぁ、向こうの世界については、可愛い妹に紹

介してからだ。行こうか」

 

 反動をつけて勢いをつけて立ち上がる少年に、短い溜息で返す。

 

 

 そういえば、あの後三人は無事だったのだろうか?あの場の全員、自分にとっては掛け

替えのない者たちだった。

 

 

 傍にいることが当たり前だとすら感じてしまっていた少女は、きっと悲しんでいてくれ

るだろう。

 

 

 裏切り者と叫んだ、妹の様に思っていた少女の心は晴れただろうか?

 

 

 初めてのディノハート適合被験者、彼は笑顔を忘れないでいてくれるだろうか───

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 満身創痍ながらも目覚めたグランツ。

 集中治療室で未だ目を覚まさぬカプール。

 

 起き上がることすらままならぬ二人の元に、魔人デッドエンドの復讐の魔手が伸びる。

 

 憎悪に呑まれたツムギにとって、最早そこに義弟も妹分もありはしなかった。

 

 グランツとカプールに、最大の危機が訪れる。

 ──その時グランツのコアが輝く!

 

 次回『共鳴』




外出自粛を始めてから、自炊技能が向上しました。


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2話(兄妹)

モンハン楽しい。

2話というより1.5話。
短め。


 その身姿は、背後に光を纏い、純白の翼がはためき、金糸に輝くような栗色の髪を自然

に流した少女であった。

 そして薄く桃色めいた唇を笑みに変え、優し気な瞳を向けてくる。

 

「よくぞ、我が願いを聞き届けてくれました。感謝の気持ちとして、特別な加護を貴方に

与えましょう!」

 

 

 

 

「あ、それもうあげちゃったから」

「………え?」

 

 少女は、黒髪の少年の言葉に思わず停止する。

 

「え?あげちゃったの?チート能力を?」

「うん」

 

 少女の言葉に少年は真っすぐに首肯し、再び沈黙が訪れる。

 

 

 

 

「なんで!?私の管轄でしょ!?」

 

 現れた瞬間の僅かばかりの荘厳さは霞と消え、少年に食って掛かる姿は、ただの中学生

くらいの少女にしか見えない。

 

「いや、だって、前からやってみたかったんだよ……」

 

 少年も流石に気まずそうに呟く。

 

「私だってやってみたかったの!お兄ちゃんの馬鹿!」

 

 プクリと頬を膨らませ、少女は少年を睨ね付ける。

 

「わ、悪かったって、次は譲るからさ?な?」

 

 拗ねる少女に宥める少年。一体何を見せられているのかと、疑問に思わされていた。

 

 

 

 

「こほん。既に聞き及んでいるかと思いますが、ドクターには私の眷属を何とか絶滅から

救って頂ければと思っています」

 

 しばらく続いた兄妹喧嘩を一区切りして、少女はそう語る。

 

「と、言ってもね。私に多数を救うとかできるとも思えないんだが?そもそも、私が進化

に貢献したというのも疑問が残るしね。どちらかというと禁忌とも言える行為だろう?」

 

 正直、自身に出来ること、出来た事、しようとした事は、精々が手の届く範囲だろう。

 しかも人体をいじくりまわして、変質させていたのだ。裁かれこそすれ、評価されるな

ど、据わりが悪くて仕方がなかった。

 だというのに、種族丸ごと救えとか、無茶ぶりにも程がある。

 

「まずは後者からの返答になりますが、それは視点の違いですね。我々は人権や道徳、法

といった人類が独自に決めた事柄には興味がありませんし、結果的に人類は絶滅を先延ば

しにできる可能性を得たのです。それはまごう事なき功績では?」

 

 おおよそ彼らにとって、人間とは観察対象以上の存在には成り得ないと言うことなのだ

ろう。進化過程の初期にのみ手を加え、あとは観察するのみ。

 求めているのは結果。では、彼らはその結果の果てに何を見出そうとしているのであろ

うか?

 

「そして、もう一つについてですが。御恥ずかしながら……」

 

 実際に少し恥ずかしそうに、少女は言い淀む。

 

「……私の眷属の残り個体数は100体を切っております」

「正に絶滅危惧種だね」

 

 素直な感想を言葉にすると、少女は気落ちしたように肩を落とす。

 

「それでも可愛い眷属なのです」

 

 その仕草に些か腑に落ちない疑問が浮かぶ。

 

「先程の観察対象に対する考え方にしては、過保護過ぎでは?」

 

 彼らからしたら、見込みがなければ他を探す方が手間がかからないだろう。

 

「あ~…俺たちはちょっと特殊でな?感性も人に近い。妹が眷属にこだわるのも、お気に

入りだからって事でしかない」

 

 少年は少し複雑そうな表情でそう告げる。

 視線を少女に送れば、何処か請願するかのような表情で見てめてきていた。

 まぁ、お気に入りの玩具を大切にしたいといった程度の感覚なのだろう。

 

「いいでしょう。何ができるか分かりませんが、やるだけやってみましょう」

 

 その言葉に、少女の表情が咲き誇らんがばかりに華やかに変わる。

 

「可愛い!」

 

 シスコンの感想はともあれ、彼らのスタンスもある程度分かったこともあるが、何より

好奇心が先立ってしまいそうであった。

 

「我々は立場上、過度の干渉ができません。どうか我が眷属たる『雛人』をよろしくお願

い致します」

 

 そう言って、少女はぺコリとお辞儀をする。

 

「で、ドクターに行ってもらいたい世界だけど、よくある中世西洋風ファンタジーっぽい

のだと思ってくれればいい。ただ、魔法という技術が進んでいるから、文明のレベルとし

ては見た目以上に高いと思った方がいいかな」

 

 少年は虚空に視線をやったまま、まるで何かを見ているような仕草で説明を続ける。

 きっと彼ら特有の情報閲覧法なのだろう。

 ともあれ、神の遺産であるディノハートの存在があった手前、もはや魔法の存在自体に

驚きを感じる感じることはないが、その技術構造には非常に興味が湧いていた。

 

「主に、ドクターの世界と同様、人間型の勢力が一番大きいね」

「その眷属を守るために、他種族に危害を加えた場合に、何か問題は生じるかい?」

 

 種が滅びる原因として、大まかに環境の変化と、他種からの影響が挙げられるだろう。

 環境の変化、つまりは気候や地殻変動などが原因ならば手の施しようもないし、流石に

そこまでの無茶ぶりはしないと願いたい。

 だとすれば、恐らくは他種からの影響。乱獲や、住処を追われるなどだろう。

 

「そうですね、予想は付くと思いますが、その世界の繁栄種族の背後には我々の同種がい

ると看做してもらって間違いないですね。ただ、進化的に収束に向かっていますから、大

きな介入は無いと思います」

 

 その世界の内情については少女のほうが詳しいのだろう。その言葉には確信めいたもの

を感じさせた。

「つまり、好き勝手やっても問題はないって事さ。収束期ともなれば、むしろ場を乱した

ほうが喜ばれるかもな!」

 そう言って、少年が快活な笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

「さて。それでは我々からの依頼と説明は以上となります」

 

 少女の言葉に、無言のまま首肯する。

 

「まぁ、気負う必要はないさ。そもそも諦めかけていたんだ、駄目で元々。ドクターは、

新たな環境で人生の続きを謳歌してくれればそれでいい」

 

 少年の言葉に少女も賛同を示す。

 

「では、次に会うのは終が時、その時にはまた色々とお話いたしましょう」

 

 少女はニコリを微笑む。

 

「それじゃドクター、良き人生と、良き『縁』を」

 

 少年は軽い仕草で片手を振る。

 

 そして意識は闇へと落ちていった───

 

 

 

 

 

次回予告

 

 辛くも魔人デッドエンドを退けたグランツ。

 新たな力は、自身の身の奥に感じていた力の正体を突き付ける。

 

 そんな事実に葛藤するグランツを他所に、いまだ意識の戻らないカプールの身柄が急遽

国防軍の研究施設に移送されることとなった。

 その強引とも言える移送に、グランツは言いようもない不安を覚えるのであった。

 

 次回『神の遺産(ディノハート)




説明臭い。
そのうち書き直すかも?


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3話(雛人)

ガンダムウェハース7カードコンプリート記念に、ウェハースを乱れ食いしていたらグロッキーに。甘いもの苦手。


 さやさやと擽るような風は些か冷たく、ぴりりとした痛みが鼻先に纏わりついていた。

 そのくせ、頬辺りより下は随分と暖かく、ともすれば暑苦しさも覚える

 ゆるりとした覚醒、うすらと瞼を上げれば一面は不言色。

 

「なんだこれ?」

 

 そうつぶやいた瞬間、体に寄り添うようにあった黄色い物体が一斉に動きを見せる。

 

 それは毛玉、もとい羽玉といった代物で、直径にして50cm程、地面に伏せているため

か足は収納され、ただただ少し重力で歪んだ丸い物体、その中央に嘴とつぶらな瞳が鎮座

していた。

 それが10玉程、毛布よろしく身を包んでいてくれる。

 

「あー……野垂れていたところを救われたわけかな?」

 

 そう口にして上半身を起こすと、黄色い羽玉──

 

 端的に言い表すならば、一抱えもある巨大なヒヨコだ

 

 ──が、すくっと足を延ばし立ち、こちらの正面へ集合する。

 その巨体を支えるためか、ヒヨコにしては随分と発達した脚だ。

 密集したそれは、もはや境界線もあやふやな集合体ではあるが、ちらほらと色が異なる

個体も見受けられる。

 

「ヒヨコ……ん?雛?つまりは、君等がアレが言っていた『雛人』だとでも?」

 

 ピイピヨピヨピヨピイピヨピヨ──

 そう問うも、一斉に囀りだしただけで、期待したリアクションは得られない。

 

「…あぁ、言語形式というより、そもそも声帯構造が違うのか。かと言ってこちらの言う

言葉を一方的に理解してくれるわけでもなく、どう意思疎通しろと言うんだろうね?」

 

 服の端にあった抜け落ちた羽根を指先でクルクルと弄びながら愚痴を吐く。

 ふと視線を向けると、ヒヨコ達の視線が手に持った羽根に集中しているのがわかる。

 その瞳に浮かぶ感情は、警戒だろうか?羽根にまつわる因習でもあるのか、あまり触れ

無い方が良いのかもしれない。

 務めて自然な仕草で羽根を地面に置くと、立ち上がって見せる。

 視点が上がれば、今直面している現状もわかる。

 見上げればなかなか巨大な樹の袂、藁の様な草木を敷き詰めた簡易的なベッドに寝かし

つけられ、肌寒い風から守るために寄り添っていてくれたのだろう。

 少し離れたところに見える枝や草で組まれた、小屋にしては首を捻らされるが、鳥の巣

としては豪華な物が点在しており、恐らくは彼らの住居なのだろう。

 鳥の生態としては随分と器用な代物で、ヒヨコ達の知性が高いであろう事が伺える。

 

「しかしヒヨコばかりだな、親鳥は留守か?」

 

 視界に入るのは雛ばかり。不思議と個体のサイズ差が大きいのは何故だろうか。大きい

個体で直径70cm程、逆に小さい個体は直径20cm程のものまで存在するようだ。

 

「ん?」

 

 思考に浸っていると、一羽の他と毛色が違う赤味を帯びたヒヨコが白衣の裾を啄む様に

引っ張ってくる。

 羽根を手放した御蔭か、先程の警戒も霧散したようだ。

 赤ヒヨコは背後を見るように促している。それに従えば、簡易的に組まれた木枝の台座

に巨大な葉を敷いたテーブルの上に色取り取りの果物が山の様に積まれていた。

 

「食事まで用意してくれた……ということで良いのかな?」

 

 試しに果物を指さし、その手を口元に持っていって食べるような仕草をして見せると、

赤ヒヨコは首肯する。

 やはり、最後に物を言う意思疎通法はボディランゲージということだろう。それにして

も彼らの知性は高い。

 思わず赤ヒヨコをじっっと観察したまま、2分程経過しただろうか、赤ヒヨコが不思議

そうに一囀りをしたことで我に返る。

 

「あ、あぁ、君は足が悪いみたいだね…と、そう言っても通じないか」

 

 誤魔化す様に口走るものの、理解されないのだから意味もない。

 僅かに足を引きずって歩く赤ヒヨコから視線を逸らしてテーブルへと向かう。

 ここは厚意に甘え、テーブルの前で胡座をかくと果物を一つ掴み噛り付いてみる。

 見た目は長球回転楕円体の林檎といった感じで、少し赤味付いた緑の薄皮を持ち、果肉

は少しトロミを感じさせる舌触りで薄らと木瓜の様な香りを持っていた。

 味としては水気が強すぎる為か甘みも薄く、御世辞にも美味いとは言い難いが、有難い

食料に他ならない。

 

 そんなこちらの姿に満足したのか、赤ヒヨコを筆頭に数羽が傍に残るが、他のヒヨコ達

は思い思いに散ってゆく。彼らにも営みがあるという事だろう。

 ざっと見渡して、この集落にいるヒヨコの個体数は15羽程だろうか?

 元の世界で考えれば。親鳥として3組程度の番が居てもおかしくはないのだが、一向に

姿を見せない事と、アレが言っていた『雛人』という名称が嫌な予感を駆り立てる。

 つまりはそういうことなのだろうか?この庇護されるだけに見える存在が、これで完結

した存在だとでも?流石にどれだけの知性があろうとも、これで生存競争を生き抜くのは

酷ではないだろうか。

 新たな果物を手に取り、そんな事を考えていると、不意に背に軽い衝撃が襲う。

 それはそのまま背にしがみ付き、肩口に攀じ登ってこようとするが、爪らしき物が背に

食い込んで、地味に痛い。

 肩に攀じ登った存在は、先程見かけた20cmサイズのヒヨコだ。予想に間違いが無い

のならば、正真正銘の雛なのであろう。

 途端に赤ヒヨコ達が非難する様に囀るが、雛ヒヨコは足を収納して羽玉状態で肩に鎮座

して動く気配も見せない。

 子供のヤンチャとでもいったところであろうか、特に気にする必要もないので、そのま

ま食事を続けさせてもらうが、赤ヒヨコ達はソワソワと気が気ではないようだ。

 思いの外、意思が読み取れてなかなかに楽しい。

 異邦を訪れるなら、最低限の意思疎通が可能なだけの言語習得はするべきだと思ってい

たのだが、たまにはこういった経験も新鮮さがあって良いのかもしれない。

 

 さて、これからどうするべきであろうか?と、満たされた胃を抱えて思案をも抱く。

 現状確認のしようもないが、目の前にいるヒヨコ達が『雛人』という存在であるのは間

違い無いと思われる。

 発達した脚部からして、走力や握力には期待できるが、逆に未発達の翼を見れば飛ぶ事

など叶わないであろうし、嘴も短く凡そ外敵に対して役に立つ気配は見せない。

 そういえば、元居た世界にはキーウィ鳥などという鳥がいたものだが、あれに近いと言

えば近いだろうか?生憎と、あちらの方が生存能力は高そうではあるが。

 そんな彼らとの当面の問題は、やはり碌に意思疎通が図れないことだろう。

 どうにかできないのかと問われれば出来ないこともないが、アレ等との約束を考えずと

も、恩のある相手に無体な事はできない。

 

「外付けでどうにか……」

 

 そういくらか考えを巡らすが、大前提としてヒヨコ達の生体情報が足りない。

 せめて被検体を募りたいが、そのための意思疎通ができないという堂々巡りだ。

 

 ピーーーーーッ!

 

 その時、集落に甲高い警告を示唆する鳴き声が響いた──

 

 

 

▼次回予告

 

 己の身の内にある力の根源こそが『神の遺産(ディノハート)』。

 

 その事実に不安定な心を抱えたまま国防軍の研究施設に赴くグランツであったが、カプ

ールに面会は叶わなかった。

 更に嫌な予感が募るグランツであったが、日に日に攻勢が激しくなる秘密結社ズィドモ

ンドへの対処に奔走させられていた。

 

 そして、またもや立ち塞がるのは魔人デッドエンドを含む四魔将。

 その瞳は須らく復讐の炎を宿していた。

 

 次回『真実』




魔人(巨乳合法ロリ)、魔女(エロス)、魔拳(筋肉)、魔銃(老執事)の四魔将


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4話(領域)

繁忙期。



 その鳴き声を聞いた直後、一斉にヒヨコ達が声と逆方向へ駆け出す。

 

「何だ!?」

 

 ただならぬ有様に、思わず鳴き声が発せられた方向に視線をやる。

 と、白衣の裾を引っ張られ、すぐさま視線を落とす。

 そこには一羽のヒヨコがおり、その視線は焦燥に揺れていた。

 

「……!あぁ、この子か」

 

 肩にしがみついている雛ヒヨコを手に収め、そのまま親であろうヒヨコに差し出す。

 途端に、ヒヨコは雛ヒヨコを咥え駆け出し、茂みに消えていく。

 一瞬こちらを不安そうに見た雛ヒヨコが印象的であった。

 

 その姿を見送った後、そっと木陰に身をひそめるようにしながら声がした方向へと忍び

進む。

 恐らく、今起きているであろう事象がヒヨコ達が直面している危機なのだろう。今後の

為にも、原因を知っておきたい。

 そう思いながら少し進めば、すぐに赤ヒヨコと人間数人が対峙した現場が視界に入る。

 それは正にファンタジーとでも言うべきか、丈夫そうな生地ではあるが些か装飾が華美

に映る実用性を疑うレザードレスアーマーとでも言うべきものを纏った少女に、オープン

フェイスながら全身を武骨なプレートアマーを纏った男、それ以外は軽量そうなレザーブ

レストで申し訳程度に武装した男達だ。

 

「レアよ!逃がさないで!」

 

 その少女の声に、供らしき男たちは赤ヒヨコを追い回す。

 赤ヒヨコは延ばされる腕をかいくぐり、立ち塞がる脚をステップで避ける。粗削りでは

あるが熟練を感じさせる体捌きに男達は翻弄されている。

 だが、やはり赤ヒヨコは足が悪いのか、踏み込む度に上体が泳ぎ、追い詰められ、逃げ

るのも限界が見え始めていた。

 

「足を折るか、切り落としなさい!決して羽根を傷つけないように!」

 

 少女は狩りの成功を確信してか薄い笑みを浮かべる。

 それと間を置かず、男の一人が手に持った短剣を横薙ぎに振るい赤ヒヨコの足を切り飛

ばす。

 赤ヒヨコは悲痛な鳴き声を上げ、それでも必死に藻掻くように丁度集落と逆の方向へと

這いずっていく。

 

「お嬢、これ一匹だけとは思えません。どうしますか?」

「そうね……ニド!」

 

 プレートアーマーの男の問いに少女は少し考え、そして物腰の卑屈な男を呼び寄せる。

 

「へい、お嬢!」

「ニド、貴方はここでソレを解体して羽根の回収をなさい」

 

 少女の言葉に、ニドと呼ばれた男は僅かに嫌そうな表情を垣間見せる。

 それに少女は無感動に再び口を開く。

 

「大して役に立たないのだから、それくらいの汚れ仕事はなさい。今日分の獲物の解体を

しっかりこなしたら多少のお痛は見ぬ振りをしてあげるわ」

 

 それを聞いたニドは、途端に明るい表情を浮かべ、何度も首肯してみせる。

 少女は詰まらなさそうに鼻先で笑い飛ばし、残る男達に視線を送る。

 

「間違いなくこの近くに巣があるはずよ。手分けして探すわよ」

 

 少女に従い、ニドを残して散開していく。

 

 少女とニドと呼ばれた男を合わせ、総勢6名の人間。これらは間違いなくヒヨコ達を狙

っているのだろう。

 足元から手頃な石を拾いながら、そう思考を巡らす。

 そして、目的はヒヨコ達の羽根の確保。特に、赤ヒヨコをレアと称したからには色違い

は貴重なものなのだろう。

 ゆっくりと静かに歩みつつ、赤ヒヨコを眺める。

 きっと、赤ヒヨコは自身が希少で人間に狙われやすい事がわかっていたのだろう。

 つまりは、仲間を救うために足が悪いのを理解しながらも自身を犠牲にしたのか?もし

かすれば、それは今回に限らない?そのせいで足を痛めていた?

 そうだとすれば、その意思に敬意すら覚える。

 手を振り上げながら、赤ヒヨコの足を見やる。

 鈍い刃物で切られたせいか、引き潰れた傷跡は治療は難しいと思える。

 

ゴシャッ

 

「あ…」

 

 少し意識を他所に回し過ぎて加減を間違えたのか、予想以上にその頭蓋は脆く、大ぶり

の石は沈み込む様に脳味噌を掻き混ぜていく。

 

「…やりすぎたな。カルシウムが足りてないんじゃないかな?」

 

 後頭部から脳漿を撒き散らしながら力なく倒れこんだニドという男に、肩をすくめて見

せる。

 

「さて」

 

 もはや意識も朦朧としている赤ヒヨコの患部を見るに、失血と痛みによる混濁が主の様

だ。患部は切断された脚と、解体をしようとしたのか力任せに引き折られた翼。

 体長50cmもあるヒヨコの生命力は不明だが、もって1時間といったところか。早急

な処置が必要と見受ける。

 ニドという男が持っていたナイフで男の上着を帯状に切り裂くと、患部から少し上方を

縛り付け、出血を抑える。

 これ以上の治療には設備が必要だろう。そう考え、大きくため息をついた。

 

「あー……有る物は利用すべきだが、不要といった手前些か業腹だな」

 

 アレ等からすればサービスなのか、方法も特性もなんとなくわかる。

 そういえば、人間の言語は普通に理解できたが、それも御節介の一つだろうか?

 

「ともあれ、あちらも放ってはおけないか?赤ヒヨコ君の健闘を無駄にもできないし、恩

もあるか。…赤ヒヨコ君、もうしばらくは我慢してくれよ?」

 

 伝わらないとは分かっていても、それだけは言葉にして集落の方向へ視線をやる。

 急がねばなるまい。

 

「──『領域』展開──」

 

 

 

 

 『領域』とは、簡単に言ってしまえば異空間にあるアレ等が用意した個人スペースだ。

 内部は白を基調としたコンクリート壁面で、入り口真正面には待合室を思わせるベンチ

ソファが幾つか置かれたロビー、右手には倉庫もしくは薬品庫らしきドアが一つ。更にそ

の先には幾つもの同様の形状をした引き戸が並んでいるのを見るに、病室か何かだろう。

 その馴染みある環境は、ちょっとした病院といったところだ。生憎と受付やナースステ

ーションは無いようだが。

 そしてロビーの左手奥に鎮座する巨大な観音開きの扉、その先は手術室で間違いないで

あろう。

 

 ともあれ、設備確認は後にすべきか。両腕に抱えた赤ヒヨコを揺らさぬように、手術室

の扉をくぐる。

 

「おお…」

 

 思わず感嘆が漏れる。

 馴染みの器具から、高価で滅多に見られない機器まで随分と充実した設備だ。もしかす

れば更に奥に見える扉の先は大型機器があったりするのやもしれない。電源はどこから供

給されているのだろうか?

 

 医師として、機械工学を修めた者として興味は尽きないが、赤ヒヨコを手早く手術台に

寝かせると、着替えと除菌をしながら考えを巡らす。

 切断された脚は回収してきた。つながるかどうかと言えば、つながりはする。だが神経

や筋といった物の修復は難易度が高い。いっそ義足を想定した方がいいだろうか?

 そして懸念事項はそれだけではない。

 

 血液がどうにもならないのだ。

 もしかすれば『領域』内に人間の輸血液なら存在するかもしれない。だが、ヒヨコの輸

血液など望むべくもない。

 ──いや、アレ等なら用意しているか?だが、今から血液の成分分析をしている余裕な

どない。

 人道に則った治療では限界があるのだ。

 かといって、望まぬ怪人化など主義に反するし、過去にあった副作用にまつわる苦い思

いが躊躇わせる。

 

「…………死なせてしまうよりは……」

 

 かつて死に瀕した実弟の顔がよぎる。

 ただ一度だけ、己の強いエゴの為に本人の意思を無視した外法行為。

 彼は怨んでいるだろうか?

 

 

 

 

 意を決してメスを取る。

 

 

 

▼次回予告

 

 真実を突き付けられ、大きく心が乱されるグランツ。

 尊敬した兄、嫉妬を抱いた兄、もはや理解が及ばなくなった兄。

 そんな実の兄の真意を理解した時、グランツはただその場から逃げることしか出来なか

った。

 

 そんなおり、国防軍軍医総監の手によりカプールが攫われてしまった。

 憔悴した心を抱えながらも、カプール奪還に赴くグランツ。

 

 次回『グランツvsカプール』




医療知識は皆無なので生暖かくスルーを。


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5話(Dr.セイガー)

再生産HGのF91が近所で手に入って御満悦。


「ん、お目覚めかな?」

<……天使様?>

 

 身じろぎを一つ、赤ヒヨコの下瞼がゆっくりと下がり、その円らな瞳が此方を捉えて見

つめてくる。

 

「天使?まさか私のことかな?」

<女神様、お告げ、天使様、来た……言葉、分かる、不思議>

 

 赤ヒヨコの左層頭部に留めつけられたインカム状のソレ。

 思念通信ユニット。

 かつて師と共に開発した物で、思念波を送受信することで言語ではなくイメージを伝え

るものだ。

 ただ、基本的に双方が言語として思念を発し、言語として受け取ってしまうために結局

言葉を変換して伝えるツールとなってしまっている。

 予定では映像などもやり取りできるはずなのだが、これは双方の高い熟練が必要な上、

齟齬が生じ易く、更には距離を問わないはずが思念波の距離における減衰が激しく、精々

が30m程度の射程しか実現できずお蔵入りした代物である。

 他にも暗号化ができない、対象を指定できず指向性を持たせるのも難しく、ユニットを

持っている相手全員に伝わってしまうなど欠陥だらけだが、異種族間会話ツールとしては

使えなくもないだろうと調整したものだ。

 

「しかし、随分と片言に聞こえるということは、脳波調整があってないのか?」

 

 だが、最低限の意思疎通はできるし、相手に協力を得られれば再調整にそう手間もかか

らないだろう。

 

<天使様、仲間、どうなった?>

「仲間?私の…ではないだろうし、君の仲間という事かな?それならば君の陽動の間に逃

げたようだよ。流石に今何処にいるのかまでは分からないが」

 

 恐らく、こちらの言葉も片言で伝わっているだろうし、どこまで正確に伝えられている

のかは分からないが、思案する様に赤ヒヨコが俯いている。視線には赤ヒヨコの失われた

はずの足先があった。

 

「感覚はあるかい?痺れなどはどうだい?」

<ある、ない、以前、良い>

 

 僥倖だが、心配なのは副作用であろう。割り切ったつもりではあるが、不安と躊躇いが

失われたわけではない。

 だが、赤ヒヨコが試す様に立ち上がる姿に、安堵を感じたのも事実だ。

 

<天使様…に…感謝を!>

 

 突如姿勢を正し、脚を格納した姿はまるで餅か団子の様にも見えるが、人で例えるなら

ば正座か土下座か、そういった類なのかもしれない。

 それに、若干スムーズな言葉として伝わってきた気がする。

 祖語のない言葉のイメージ。これはどういう事なのだろうか?イメージの強固さ?それ

だけ強い意志、真なる意思なのであろうか?

 

<力、漲る、不思議>

「……そうかい?」

 

 己の身の違和感に、少々の高揚感を滲ませる赤ヒヨコの姿。

 逆に悪事に気付かれそうな居た堪れなさに苛まれるが、処置についての説明をしないわ

けにもいかないだろう。

 

「端的に言おう。君は少なからず存在が変質してしまっている。あのままではま死ぬか、

幸運に恵まれても立つことは出来ても走ることは叶わなかっただろう」

 

 赤ヒヨコは何も言わず、ただ見つめてくる。

 

「……処置の結果、君は変質し種族としてズレを抱え、同種での交配などに副作用が生じ

ている可能性がある」

 

 ここまで言ってしまえば、あとは淡々と事務的な言葉の羅列だ。

 

「今回の処置深度としては血液、神経に限ったもので軽度ではあるが、細胞の活性化……

つまりは、その漲るような感覚が若干生じていることから、今後も経過観察が必要となる

だろう」

<……>

 

 その事実に考えるところがあるのだろう。赤ヒヨコは少し俯き、黙したままだ。

 

 暫しの時を得て、ようやく赤ヒヨコは視線を上げる。

 その眼差しは予想に反して実に力強いものであった。

 

<天使様、力、授ける?我、力……欲しい!我に力を!一族を守る力を!

 

 それは激昂とも言える感情のイメージ。

 

 飽く無き渇望。

 果て無き献身。

 そして深き絶望。

 

 どれ程の努力と才能があろうとも、決して覆ることのない種としての限界。

 

 嗚呼、かつての友も同じであった。

 恵まれた才能、弛まぬ努力、鍛え上げられた肉体。だが、それでも人間としての限界に

絶望するしかなかった男だ。

 『魔拳』と呼ばれた彼は、今でも世界に抗っているのだろうか?

 

 嗚呼、嗚呼、結局のところはだ。

 甘えていたのだ。逃げていたのだ。

 世界が違う。

 だから背負うものまで初期化されたかの様に思いたかったのかもしれない。

 

 私は誰だ?

 善人ぶって救おうとか烏滸がましい。

 背負ったものが無くなるなど許容されるべきではない。

 しがらみは付いて廻る。

 神も世界も、道化を続けろと言っているのだ。

 

 それが私の望んだ道なのだから。

 

「ははは、はっはっはっ!君は力を所望か!良かろう!」

 

 かつての如く、いつもの如く名乗りを上げるのだ。

 

私は悪の秘密結社ズィドモンドが狂科学者Dr.セイガー!

 

 手にしたメスがぬらりと輝くのだ。

 

さぁ、喜劇を始めようか!

 

 

 

 

▼次回予告

 

 洗脳を施され、グランツに襲い掛かるカプール。

 思いもよらぬ状況の中、激しい戦闘が織りなされる。

 やがて、グランツの目の前で限界に達したカプールが崩れ落ちた。

 

 正気を取り戻したカプールが弱弱しくも伝えた事実とは?

 

 そして、再び迫りくる魔人デッドエンドの影。

 

 次回『暗躍する影』




赤ヒヨコ君が魔の手に!


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6話(フェネクス)

連休中に60時間ほど一狩りし続けました。
時に、注文したチャーチルMk.Ⅶのプラモが届かない事案……


 ニドが死んだ。

 そのこと自体は大した問題はないわ。

 問題は、犯人は誰であるかという事と、あの赤いレアな霊鳥が居なくなっていたこと。

 つまりは、誰かがニドを殺して奪ったに違いないわ。

 

 そして、疑わしきは身の内。

 護衛のアルドラは常に行動を共にしていたからありえない。

 残るは雇い入れた三人のうちの誰かでしょうね。

 

「忌々しいわね…これだから冒険者(ペティ)なんて信用できないのよ!」

 

 思わず愚痴が口をついたが、アルドラも否定せずに渋い顔をしていた。

 手配したのがアルドラだったし、責任を感じてるのかもしれないわね。

 

「恐らくは、散開後にニドを害し、あの霊鳥をどこかに隠したのでしょう」

「そうね、今は周囲警戒に行かせてるけれど、このままじゃ安心して背中を預けることな

んてできないわ」

 

 本当に忌々しい。まだ狩りの本番はこれからだというのに、やってられないわ。

 いつもいつも私には不運が付きまとう。

 生まれた商家の規模も大したこともなく、両親も平凡。

 私の外見だって、地味な栗色の髪、童顔に眼鏡。

 学園のアイツ等が陰で『地味子』って呼んでるのは知っているし、否定できないわ。

 私だってアイツ等みたいな華やかさが欲しいのに!

 本当についてないわ……。

 

 折角、霊鳥の目撃情報を得て一獲千金のチャンスなのよ?

 お金があれば、私の好きなものは何でも買えるし、何だったら実家も大きくできるわ。

 それくらいのチャンスなのに、あんな奴らに邪魔されるなんて!

 

「お嬢、こんな状況で探索は難しいのでは?」

「そうね…人手を雇ったら足手まといになったとか、笑えないわ」

「……どうしてもというのならば、三人とも始末しておきますが?」

 

 アルドラの言葉に思わず考え込む。

 短絡的に考えれば悪くはないのだけど。

 前金は霊鳥が確保できれば惜しくはないし、頭数が減れば分け前も増える。

 しかし、間違いなく冒険者ギルドには目を付けられ、今後どんな些細な依頼も叶わない

でしょうね。

 下手をすれば、刺客を送られる可能性まで出てくるわよね。

 

「……それは最終手段ね」

 

 私の言葉に察したのか、アルドラは首肯する。

 

「その時はお任せくださ……!?」

 

 アルドラは言い切る前に、反射的にフルプレートごと身をひるがえす。

 その数秒後、茂みを掻き分けて冒険者の一人クレイズが現れた。

 

「駄目だな、奴ら随分と遠くまで逃げちまって、この辺りに残ってたのは此奴だけだわ」

 

 クレイズが手に掴んでいたのは、藻掻いて叫び続けるまだ未熟な小さい霊鳥だ。

 

「はぐれたんだろうが、警戒心もなくノコノコ近寄ってきやがたんだわ」

「……助けには来ないかしら?」

「あ~無理だろなぁ、霊鳥は足が速いだけで戦う力はないって聞くし、囮にゃならんわ」

 

 クレイズが鷲掴みにしている霊鳥は、見るからに羽根の成長も未熟で望む価値は見出せ

ないわね。

 大きく溜息をつくと、クレイズから霊鳥を受け取り、蹴鞠の様に勢いよく蹴り飛ばす。

 破裂するような悲鳴を上げて放物線を描き、地面に叩きつけられるのを見たら少し留飲

が下がる。

 

「仕方がないわね、ニドの件もあるし他の二人が戻ってきたら纏まって移動しましょう」

 

 振り返って二人に声をかけた直後に、背後の茂みから誰か戻ってきたようだ。

 丁度良いわね、とっとと探索を再開したいわ。いざって事になっても、私とアルドラな

ら冒険者程度どうとでもできるし。

 

「やぁやぁ、随分と随分だね」

 

 聞きなれない声に、慌てて振り向く。

 現れた男は、そっと転がったまま身じろぎすらしなくなった霊鳥を手で包み込み、白衣

を棚引かせてニンマリと笑って見せた。

 

「誰!?」

 

 まさか、こいつがニドをやった犯人!?

 一見すると非力な学者風に見えるし、この男がニドをあんな風に殺せるかしら?

 

「実はね、彼が君たちに用事があるらしくてね」

 

 こちらの誰何に答えず、白衣の男は茂みの方へ視線をやると、釣られてこちらも視線が

そちらへと向かってしまう。

 

「霊鳥!?」

 

 そう、茂みから新たに表れたのは間違いようもない。

 あの時ニドに任せた赤い霊鳥だわ!

 

「…ニドの事はどうでもいいわ。でも、わざわざ霊鳥を連れてくるなんて理解できないわ

ね?」

 

 そういった直後に、背後から探索に出ていた冒険者の二人が戻ってくる気配がする。

 ついている!実に良い。

 多少この男が腕に覚えがあっても、囲んでしまえば問題ないわね。

 

「だから、彼が用があるのだと言っただろう?私は君たちに用なんてないよ」

 

 男の小馬鹿にした様な態度が鼻につくが、この霊鳥さえ捕獲できればどうでもいい。

 

「レアを捕まえて、あとは奴を始末して終わりよ!」

 

 私の言葉に、冒険者三人は周囲を囲む様に、そしてアルドラは私を背に庇う様に前に出

てくれる。

 

「では、この私、Dr.セイガーが開始の合図を上げようか」

 

 男が一瞬目をやった手の内の霊鳥、再び戻った視線に激情が宿っていたのは気のせいだ

っただろうか?

 

行け!我が怪鳥よ!

 

 セイガーとかいう男が叫ぶと、呼応するかの様に赤い霊鳥が奇声を上げた。

 

我が名は(あか)(あか)のフェネクス!我が一族の怨敵に焦熱の鉄槌を下さん!

 

 念話!?

 指向性のない思念がばら撒かれ、私の念話魔法と結びついているのだろう。

 その証拠に、魔法の使えないアルドラや冒険者が気付いた様子はない。

 

 でも、その衝撃も次に訪れた衝撃に意識の彼方に追いやられる。

 

 

 ソレは急激な変化に全身からメキメキと音を鳴らす。

 脚は数倍の太さを得、爪は大地を抉り、その尾は大地を撫で、その嘴は空を裂き、その

眼光は心を射抜き、その翼は天をも隠す。

 

 

 あろうことか、その広げた翼は10mを越えていた。

 唖然とする一同を前に、何よりも早く動いたのは件の赤い鳥。

 

 瞬時に足でアルドラを捉え伏し、まるで卵か何かの様に握りつぶす。

 悲鳴を上げる事すらできず、ただ空気の漏れるような奇怪な音を残し、ひしゃげたフル

プレートから漏れ落ちる残骸となったアルドラに、呆然とする。

 

「ひっ!?」

 

 声を上げたのは冒険者の誰かだ。

 でも、赤い鳥から視線を外す勇気は出ない。

 なにしろ赤い鳥に一番近接しているのは私なのだから!

 

「ほっ、炎よ!」

 

 咄嗟に魔法を放てた私を褒めてやりたい。

 同時に、何故霊鳥に魔法を使うなどという無駄なことをしたのか問い詰めたくもある。

 案の定、魔法は赤い鳥の羽にはじかれる様に霧散し、多少周囲に熱風を振りまいただけ

に終わる。

 

 そう、霊鳥の羽の価値とは、この魔法耐性にこそある。

 眉唾的な伝承では女神の使徒である名残だと言われているけれど、その耐性と見た目の

美しさに違いはない。

 

「お!?魔法?魔法か!?」

 

 突如セイガーという男が興奮した声を上げた。

 

「フェネクス、悪いがソレは捕獲で頼む」

<……了解>

 

 僅かな思念のブレは、赤い鳥に思うところがあったのかしら?

 そんな思考を置き去りにして、赤い鳥は冒険者に襲い掛かる。

 追う様に視線を送れば、既にその足に捉えられた冒険者が一人。末路は語るまでもない

でしょう。

 残る冒険者は一人───一人!?

 見回しても一人足りない。

 クレイズの姿が無い!?アイツいつの間に逃げたの!?

 

 今度は悲鳴を上げる余裕があったのか、冒険者は悲鳴を上げながら握りつぶされる。

 もう一人の冒険者は既に腰を抜かしてしまい、もう助からないだろう。

 

「ま、待って!?私達が何をしたって言うの!?確かに霊鳥を狩りには来たけど、今回が

初めてだし、まだ一羽も殺してないわよ!?」

 

 結果的に未遂で終わってるんだから、助けてくれたっていいじゃない!?

 こっちは既に三人も死んでるんだから、不公平すぎるのよ!

 

「知らんよ」

 

 セイガーは慈しむ様に手の中の霊鳥を撫でながら、無感情な言葉を返してくる。

 

<これが天使様に与えていただいた力……守護の為の力だ!>

 

 赤い鳥に至っては、こちらの言葉など聞こえないが如く思念を撒き散らし、その翼を大

きく羽ばたかせる。

 直後、風切り羽根が舞う様に空を切ると、幾重にも輪切りにされた冒険者の残骸のみが

残った。

 

「異常は無い様だね?じゃ、後はこっちの解析だね」

 

 セイガーの言葉に、赤い鳥はみるみる元の赤い霊鳥の姿に戻っていった。

 

 

 

 

<天使様、この人間をどうなされるので?>

 

 赤い鳥の言葉に、私の心臓が一つ跳ねる。

 

「そうだねぇ、まずは色々情報を引き出して、後は魔法原理の解析かな?」

 

 セイガーの言葉に、道が一つ示される。

 

「わ、私が知ってることなら何でも話すわ!だから命だけは助けて!?」

 

 私の言葉に、希望が一つ湧く。

 

「あぁ、勿論殺したりなんてしないさ」

「よ、よかった…魔法の解析とか言ってたわよね?アレは適正次第だから、貴方が使える

かどうかは分からないわよ?」

<……>

 

 その会話に、安堵が一つ広がっていく。

 

「被検体は大切にしないとね」

「被検……何?」

 

 その会話に、謎が一つ残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!!

 いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!

 

「ふむ、こんな臓器は見たことが無いな…」

 

 カチャカチャと道具を取り換えながらソレは呟く。

 新たに手にした極小の刃物がギラリと光を返す。

 

 助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて

助け、たすたけてたすけてたすたたす───

 

「ん?これは血管に沿う様に魔力を流す回路が走っているのか?なら心臓や脳はどんな感

じに……」

 

 喚き、泣き叫ぶ私の声など気にもせず、ソレはただ好奇心のみで動く。

 

 淡く広がった麻痺感が、全身の動きと発狂への最後の切欠を奪う。

 

 最早、開かれていない個所などない。

 右目もない、右手と右足は手が届かないほど遠くに置かれている。

 「二個あるって便利だよね」と言ったアレの言葉が怖気を生んだ。

 

 嗚呼、遂にアノ刃物が私の脳に───

 

 ───やはり私には不運が付きまとうのだ───。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 国防軍軍医総監の真の目的はディノハートをその身に宿すことであった。

 

 カプールの身柄拘束も、本来は死ぬはずのカプールが得ていたディノハートへの耐性に

目を付けたのだった。

 

 新たな敵が現れるも、魔人デッドエンドには関係のない事であった。

 全てを投げ捨てた魔人デッドエンドの猛攻は続く。

 

 次回『袋小路(デッドエンド)




フェネクス君の変身バンク

ラストのシーンは、魔法の説明の一種だったんだけれど、狂気感不足のせいで蛇足にしか思えませんね。


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7話(縁)

ライズ:HR65、欲しい素材が無くなりモチベが下がる頃合い。
プラモ:チャーチルの起動輪周りのボリュームと車体前部の鋭角のコントラストが素敵。


 行き交う雛人達は初期の頃の警戒心も無くなり、気ままに生活している。

 そして、それまでは存在しなかった鶏冠、と言うよりアンテナに近しい細長い一枚羽が

全ての雛人の頭部で揺れていた。

 

 雛人の隠れ里。

 基本的に若く心身に問題の無い雛人は永住をしない暗黙の了解があるそうだ。

 最早逃げ惑う事も叶わぬ雛人達の、最後の安住の地らしい。

 在るのは意外にも先日失った集落のすぐ近くなのだが、話によると人間族以外の勢力が

近く、ここまでは滅多に現れる者もなく安全なのだそうだ。

 むしろ、先日の人間たちが恐ろしく危険な橋を渡っていたということだ。

 だが、地図上で見ると年々人間族の支配地域は進み、それ以外の種族は大陸の端に追い

詰められているので、里の移築が話題に上がることも増えているらしい。

 

 思念通信ユニット、これの調整と改良の結果があの頭部の飾り羽である。

 従来のユニットの小型化は可能かもしれないが、どうせならと雛人個々の生体データを

抜き取るついでに、全個体にそれぞれ調整を施し装着させたのだ。

 これで少なくとも雛人との意思疎通は可能となった。

 しかも、先日の観察体のおかげで、魔法による送受信にも対応可能だという事も分かっ

た。

 

 魔法に関してだが、培養により器官を生成する事は可能であろうが、それを移植検証す

る被検体が居ない。

 自身が被験しようにも、自身で執刀するしかない現状では無理であろう。

 幸い、研究事項は他にもあるので、一時保留とするべきと判断をする。

 

<ドクター、長老が改めてお話をしたいとの事ですが、よろしいでしょうか?>

 

 そんな思考の海から引き揚げたのは、フェネクスだ。

 ちなみに、天使様呼びは止めて頂いた。

 

「勿論。今すぐで良いのかな?」

<はい、感謝いたします>

 

 事が済み、フェネクスと雛ヒヨコと共に逃げ散った雛人達と合流、その後にこの隠れ里

へと赴いた次第だ。

 雛ヒヨコの親であろう雛人が、随分と取り乱していたのが印象的であった。

 先日の騒動以来、フェネクスはすっかり従者であるかの様に振舞っているが、里におい

ても守護者として絶大な人気を得ている様だ。

 元々が生真面目な性格なのか、得た力に溺れて傲慢になるでもなく、雛人存続の為に最

良を常に考えている。

 そして手痛い被害にあった件の雛ヒヨコは、その質量の軽さが功を奏し多少の打撲だけ

で済み、大きな治療も必要としなかった。

 今では元気に走り回れる様になったが、妙に肩や頭頂部に攀じ登り居座る頻度が高くな

った様に思う。

 そんなことを考えながら、そっと頭の上の雛ヒヨコを下すと、長老に会うために立ち上

がった。

 

 

 

 

 この里の中心には大樹が聳え立ち、睥睨する様な、または包み込む様な存在感を発して

いる。

 その大樹には目測で人が一人潜れる程度の入り口と、人が二十人程胡座をかいて座れる

程度の洞があり、里長でもある長老と呼ばれる老齢の雛人が居を構えていた。

 

 洞の内部は思いの外清潔に保たれている様で、ただの獣の住処とは一線を画す。

 調度品などの装飾の文化が無い代わりに、雛人たちの羽根を集めて設えたらしき柔らか

そうな塒に長老が収まる様に鎮座している。

 そして、それを挟む様に純白の雛人と漆黒の雛人が伏せていた。

 

<良くぞ御出で下さいましたドクター様>

 

 長老の畏まり過ぎて奇妙な呼び方をされているのは御愛嬌と言ったところだろうか。

 元は鮮やかな不言色であったであろう羽根は色褪せ、白味を帯びたその姿は雛鳥の姿な

がらも何処か年月を感じさせるものがあった。

 

「何か不都合でも生じましたか?」

 

 そう問いはするものの、生体的に弄ったのはフェネクスだけであり、心当たりが無い。

 

<滅相もございません、この度の我らが朋友の窮地を救って頂いたお礼を改めて御伝えし

たく思います>

 

 長老はそう言って頭をたれ、重々しく目を瞑る。

 ユラユラと揺れる通信ユニットを眺めながら、ここで謙遜染みた否定をしても徒労に終

わるのだろうな、との感想を抱く。

 

<そのうえで、大変厚かましい話ではあるのですが……>

 

 長老はいい澱み、左右の雛人を一瞥した後、真っすぐに視線を向けてくる。

 

<…その、この度お名前を頂戴したフェネクスにお与え下すった恩恵についてなのです>

 

 長老が言葉を選びながら話した内容をまとめると、つまりは仲間を守りたいと願う者達

が自分達にも恩恵を与えてほしいという事だ。

 

<不敬である事は理解しております。ですが、我等無力な種であろうとも彼等はそれを永

らえようと、その身を犠牲にし続けた者達なのです。どうか、どうか!>

 

 もはや地に額を擦り付けてまで願う長老の姿に、左右の雛人までもがその場で同様に頭

を垂れる。

 正直いくつか試したい事があるので、むしろ喜ばしい提案だ。しかし、種の変質という

結果はフェネクスも逃れることは出来なかった。

 

「ふむ……つまり、君は種を守るために彼等を贄として捧げると?」

 

 随分と悪辣な表現であろう。

 その証拠に長老は驚愕に目を見開いている。

 

「力を得る。それは代償も無しに成せるはずもないよ?」

<そ、それは……>

「よく考えたまえ。種を越えるという事は、種から外れるという事なのだ」

 

 そう言ってみたものの、あの不思議な空間で出会ったアレ等からすれば、それは種の延

長であり進化と呼ぶのだろうか?

 現状では交配が不可能なために別種としているが、可能になれば?

 唯一個体しか作り出せないのは技術的に未熟だからなのだろうか?

 

 かつて神の遺産をその身に受け入れ大きく変質した彼女は、生命の代償として種として

の未来を失った。

 それすらも克服できるのだろうか?

 

<───ドクター様?>

 

 恐る恐る掛けられた長老の言葉に我に返る。

 

「代償が種が変質してしまうという現状に違いはない。もう一度よく考えるべきだね」

 

 そう言い残し、洞を後にする。

 

 果たして彼らはどう決断するだろうか?

 この世界の他種族がどれほどの物かは分からないが、先日の人間程度ならばフェネクス

一人で事足りると思われる。

 既に引き返せぬフェネクスに全て任せてしまえれば、不要なリスクを負う事もない。

 幸い、フェネクス個人は雛人を守る事に躊躇いは無い。

 

「それでも、被検体が増えると有難いですね。検証したい事があり過ぎて困ります」

 

 不敵に嗤い、呟いて見せる。

 

 思い返すのは、過去も現在も未来も、自身の存在全てを捧げてくれた被験者。

 彼女は無事であっただろうか?

 様々な意味合いで得難い存在であった。

 技術の未成熟を意識してしまうと、彼女に対して遣り残した事の多さに未練が滲む。

 

「──つむぎ──」

 

 そっと最愛の被験者の名を紡いでみる。

 寂しさを感じるなんて、いつぶりだろうかと自嘲するのであった。

 

 

 

 

 

 ───『縁』は成った───

 

 

 

 

▼次回予告

 

 ついにグランツの新たなる力が魔人デッドエンドを貫く。

 

 それはディノハートによる一撃。

 不壊(ディノハート)を破壊しうるのは不壊(ディノハート)であるという単純な答え。

 

 そしてその力を、その命を繋ぎ止めていた魔人のコアが打ち砕かれたのだった。

 

 グランツの姿を映す事もなくなった魔人の瞳には、何が見えていたのだろうか?

 喘ぐ様に虚空を見つめ、そして魔人は一粒の涙と共に塵へと帰っていった。

 

 だが、悲しみに暮れる暇すら与えず、グランツは新たな戦いに引き込まれてゆく。

 

次回『兄の旧友』




魔人デッドエンド死す。
幻影が見えていたのならば、きっとドクターの姿。


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8話(つむぎ)

モンハンライズのVer3.0がもうすぐですね。
現在HR123、メインガンス、サブ弓で待ち構えています。


「結局、意思は変わらないって事かな?」

 

 相も変わらず女神の使いとして何かと身の回りの世話をされ、些か据わりの悪さを感じ

ていた昼下がり。

 白と黒の雛人が恭しくも目の前で丸餅状態にて伏せている。

 

<はっ!私の願いは一族の安寧。その為ならば、この身如何様にも>

 

 白い雛人の言葉は揺ぎ無い。

 

<自分は最早諦めておりました。しかし、天使様が可能性を与えてくださるならば、今更

躊躇うことなどありません!>

 

 黒い雛人の言葉は決意に満ちる。

 

 見れば、フェネクスと同様に二人とも大なり小なり古い傷跡が目立つ。

 特に、黒い雛人などは右眼が失われて久しい様だ。

 彼等も常に人間を相手に己を犠牲にしながら種を守り続けてきたのだろう。

 

 人間が求めるのは彼らの羽根であるらしい。

 その羽根は一見すればただの鳥の羽根であるのだが、絶対的なまでの魔法防御性を持っ

ており、軍事的にも非常に需要の多い代物だという事だ。

 それ故に乱獲が続き、つい100年前は一万以上の個体数があったものの、今や百を下

回る有様だ。

 伝承において女神の寵愛を受け、人間にとっても霊鳥とされていたというが、代償とし

て戦う力も成長する事すらも失っている有様だ。

 

 結局のところ、絶滅に瀕している諸悪は少女の姿をしたアレなのではないだろうか?

 

 見上げれば、大樹の木漏れ日が眩くも美しく煌めいていた。

 

「…良いだろう。私にとっても有益だし、その願いを叶えよう」

 

 答える様に頭を垂れる二人に、満足そうに首肯して見せた。

 

 

 

 

 特にする事も無く、虚ろに壁を見つめている。

 視界の隅にある出入り口には、あの忌まわしき赤い霊鳥が門番の様に鎮座している。

 

 そっと視線を右手に移し、確かめる様に握って見せる。

 感覚に違和感はない。

 傷跡の欠片も見当たらず、まるで夢、まるで悪夢だったかの様。

 

 再び視線を動かし、座り込んだ床の隅に無造作に置かれた眼鏡が僅かな光を反する。

 かつてはソレが無ければまともに歩くこともできなかったのだが、今や無用の長物と化

してしまった。

 ただでも地味な外見に、眼鏡は陰鬱な印象を持たせ、学友たちに対するコンプレックス

の象徴でもあった。

 その眼鏡から視線を逸らし辺りを見回せば、明瞭な視界が存在している。

 

 そう、明らかに視力が回復している。

 その事実があの悪夢を夢で終わらせる事を否定する。

 

 あの悪魔は「何故、麻酔の効きが悪かったんだろうね?」などと不思議そうにしていた

が、そこに罪悪感は見受けられなかった。

 

 そう、約束通り。命を奪う事も無く、情報が欲しかっただけ。

 結果を見ればその通りだった。過程さえ無視すれば。

 

 思わず私は自身の身を抱きしめる様に震えを抑え込む。

 

 文字通りバラバラにされた私は、正常なのだろうか?

 非常に体調が良い事が、逆に恐怖を煽る。

 

 この自身の存在を肯定しきれない恐怖、それに比べたら『地味子』と呼ばれていたあの

日々のなんと幸せであった事か。

 

<食事の時間だ>

 

 そう言って赤い霊鳥が果物が入ったバスケットを引きずってくる。

 思わず壁に身を寄せてしまったが、致し方が無いと思う。

 

 今の姿はただの赤い霊鳥でしかないが、あの異形化と暴力を見てしまった以上、常にあ

の恐怖が纏わりつく。

 鋼鉄製の鎧を握り潰せるような魔物とはどれ程の存在だろうか?人間はもとより、凶悪

な魔獣種ですら可能な存在は希少なのではなかろうか?

 おまけに、霊鳥は魔法が効果を成さないのだ。魔法によって外敵を屠ってきた人間にと

ってアドバンテージが失われたに等しい。

 

 恐る恐るバスケットに手を伸ばし、ゆるりと胃を満たしていく。

 

 助けは来るだろうか?

 今回の狩猟計画は、他者への情報漏洩を減らす為に親にも伝えていない。

 冒険者ギルドには狩猟内容は偽装したが、場所については伝えているから、可能性が無

いわけではないだろう。

 後はクレイズ。あの男がまともに報告を成すかどうかだ。

 下手に私が死んだなどと報告されれば救助は望めないかもしれない。

 

 自力で逃げる?

 目の前の化け物を前に?

 冗談にもなっていない。

 

 気分が暗く落ち込んでいく。

 今は何もできないのだ。

 ただ、様子を見るだけしかできない。

 

 ふと我に返ると、少しばかり外が騒がしくなった気がする。

 赤い霊鳥も外に気を向けていた。

 変な騒動は起きないで欲しいものだ。

 

 ──私は不運が付き纏うのだから──

 

 

 

 

 その身姿は、背後に光を纏い、純白の翼がはためき、金糸に輝くような栗色の髪を自然

に流した少女であった。

 そして薄く桃色めいた唇を笑みに変え、優し気な瞳を向けてくる。

 

「よくぞ参りました縁故者よ」

 

 見回せば、白と薄桃を基調色とした随分と少女趣味の部屋が広がっていた。

 窓には白地のレースカーテン、薄桃色のドレッサー、白のベッドの上にはファンシーな

縫い包みが置かれている。

 目の前を見れば、薄桃の毛足の短い絨毯に置かれたローテーブル、その周りには自身も

腰を落としている黄色いヒヨコを模したクッションが並べられている。

 

 再び少女に視線を戻すと、相も変わらず神聖な雰囲気を醸し出しているが、最早そうい

うコスプレをしている少女としか認識できなくなっている。

 

「あら?可愛らしい恰好ね。でも、ちょっと状況がわからないの、少し聞いてもいいかし

ら?」

「あ、はい!良ければお茶もどうぞ!」

 

 微笑んで見せれば、少女は少し慌てた様に用意されていた紅茶を勧めながら、自身も腰

を下す。

 

「どこから聞けばいいのかしらね?」

 

 考え込むと時の癖で、曲げた人差し指の第二関節を唇に宛がう。

 

 大分記憶が不確かに感じられる。

 切欠は分かっている。

 

 ──ドクターの死──

 

 思うだけで胸中に煮える様な黒い感情が肺腑を焦がす。

 あれ以来、常に思考は夢現であったが、溢れる衝動と超越感だけは感じていた。

 そう。私の感情に呼応して満ちるディノハートの力。

 

 そして、最後の時。

 義弟君のディノハートの力。

 アレによって私のディノハートは打ち砕かれたはずだ。

 元より、ドクターによるディノハート適応手術が無ければ10歳まで生きられないと言

われたこの身だ。ディノハートを失った負荷で確実に死んだと思われる。

 

「私、死んだはずよね?」

 

 己の内に意識を向けると、何故かディノハートの気配がある。

 

「ですね、貴女は核の損傷により肉体が塵へと還っちゃいました」

 

 特に思う所は無いのか、少女は淡々と肯定を返す。

 

「では私は何故ここに?死後の世界と言うのならば、私には行かねばならない場所がある

のだけど……」

 

 死後の世界などと言うものが本当にあるのならば、それは願ってもない事だ。

 私は私が在るべき場所へ。

 

「貴女は『縁』が結ばれましたので、異世界で今一度生きて頂きたいのです」

「『縁』?良くわからないのだけれど、私にも用事があるから断っては駄目かしら?」

 

 何となくだが、目の前の少女が悪意を持って接しているのでは無い事は分かる。

 しかし、行かねば。

 

「それは困ります!一応我々が与えた特権の行使に当たる事項ですので、双方が『縁』を

良しとしている以上は一度は行ってもらわないと……」

 

 少し泣きそうな少女に、少し困ってしまう。

 

「嗚呼、ほら、そんな顔しないの、ね?……困ったわねぇ」

 

 そっと少女の髪を撫でて思案に暮れる。

 

「あっ!そうだ!『縁』の相手がドクターだっていうの伝えてませんでし…だっ!?」

 

 思わず少女の頭頂部を鷲掴みのしたのは、悪くないわよね?

 

「詳しく?」

「はっ、はい!」

 

 完全に少女が涙目だったけれど、私は悪くないわ。

 

 少女のドクターの現状に対する説明。聞いていくうちに胸の内に歓喜が満ちるのがわか

る。

 今すぐに行きたい、会いたい、触れたい、見つめたい。

 

「それでです!貴女には異世界に行って頂く代わりに、私から加護を与えましょう!あれ

ですよ?よくあるチート能力ってやつです!凄い力を持ってドクターを助けてあげてくだ

さい!」

 

 少女が凄いドヤ顔で宣言する。

 

「え?いらないわ?」

 

 

 

「…え?」

 

 少女が目を真ん丸にして停止する。

 

「私はドクターの物ですもの、他者に弄られたくはないわね」

 

 当然でしょう?。

 

「さて、どうやったらドクターの元へ行けるのかしら?」

 

 ともあれ、急がねば。

 

「え、えぇ……私の見せ場が……」

 

 何やら落ち込んだ様子の少女だが、どうせなら行き方を教えてから落ち込んでほしいも

のね。

 

「えぇい!ドクターと同じ様な反応ばっかりしてっ!こうなったら私も意地です!私から

能力を受け取らないと、先には行かせませんよ!!」

 

 この子は何と戦っているのかしら?

 

「さぁ!貴女が欲しい能力を言うのです!私の権能で可能ならば何でもあげますよ!?」

 

 臨戦態勢の少女に思わず溜息が出てしまうが、適当に何か貰っておくべきだろうか?

 

「じゃ、いつでも願えばドクターの傍に居られる様にしてくれればいいわ」

 

 私の言葉に、少女は満面の笑みで首肯する。

 

「ん~、随分と簡単な能力だけど、余剰エネルギーはまたストックしておけばいいか……

了解!じゃ、ドクターの元へ送るね?」

 

 途端に視界が白く染まっていく。

 

「行ってらっしゃい、ツムギさん!」

 

 

 ──そう、永劫にドクターの傍に居られますように──

 

 

 

 

▼次回予告

 

 偶然出会った兄の旧友、大平(おおひら)

 その快活な男は、戦いに疲れたグランツの心を晴らしてくれる様であった。

 

 しかし、運命と真実はグランツを戦いから逃しはしない。

 

 大平(おおひら)こそが秘密結社ズィドモントが魔拳であった。

 

 その絶大な攻撃力に成す術もないグランツ。

 だが、魔拳はとどめをさす事無く去るのであった。

 

 兄の過去にこそ結社の手掛かりを見出し、グランツは兄の母校へと向かう。

 

 次回『写真』




兄「ほら、やっぱ巧くいかんかったろ?」
妹「うん、そうなんだけどさ、なぁ~んか予想よりエネルギーの消費が大きかっ
  たんだけど、なんだろう?」
兄「さぁ?しかし、巧くいかないな」
妹「だね~、もっと派手にチートあげたいのにねぇ」
兄「……次は一緒に対応しようか?」
妹「うん、そうしよっか……」


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9話(白き太陽)

HR226 バルファルク狩りに精を出しておりました。

そういえば、ハセガワからVF-19EF/A イサム・スペシャル “マクロスF”が再版されますね。欲しい。


 その日、夜の帳は赤き光に払われ、星の瞬きは白き閃光に潰えた。。

 北の空を見上げた者達は、皆一様に口にしたという。

 

「──北の空に太陽が──」

 

 

 

 

<御山が……>

 

 古より竜の住む霊山と知られている御山が火に包まれていた。

 時折輝く閃光と残照が、これは人為的な現象だと指し示す。

 この世において最強種たる竜に何事が起きたのかは分からないが、決して吉兆事では無

いのであろう。

 人より逃れ、天敵種から逃れ、我らの安住たる場所こそが御山の麓、弱者には関心すら

抱かぬ大いなる存在の袂こそが安寧の地と夢見たのだ。

 

 原因はともあれ、御山も、麓の森も大いに荒れるであろう。

 そこに安寧など望むべくもない。

 

 短く溜息をつき、辺りを見回せば、他の者達も不安そうに北の御山を見つめている。

 

 最早、我々一族は疲れ切ってしまっていた。

 長い長い逃避の日々、非力なるこの身、他種族との意思疎通もままならぬこの身、寵愛

を厭うた事は無いものの、儘ならぬこの身に絶望した事は数え切れるものではなかった。

 

 だが、遂に神は天使を遣わされた。

 我らが窮地を救い、死と絶望に呑まれそうな我に力まで錫たのだ。

 

 自身の真紅の翼を一瞥し、フェネクスは感慨に目を細め、自信に胸を張る。

 

 話によれば、同胞二人が我と同じ決意に至ったようだ。

 その際に、長老は随分とキツイ御言葉を与えられたそうだが、長老も長く一族を守り続

けてきたのだ、多少は手心を頂ければと思う。

 しかし、これで小規模の襲撃に対しては対処可能だろう。

 ならば、一刻も早く移住先の候補地を選定すべきだ。

 いつ御山の影響がこの地に降りかかるか分からないのだから。

 

 そして、フェネクスはもう一度北の空を遠くに見やるのだった。

 

 

 

 

 数々の術式を終え、空を見上げれば未だ日付は変わっていなかった。

 何を言いたいかと言えば、この『領域』とやらの理不尽な特性だ。

 

 そもそもフェネクスの改造を行った時より疑問には思っていたのだ。

 あの時、数時間に及ぶフェネクスの術式を終え、数日の療養を経て『領域』外へ出た時

には、流石に人間の襲撃者達を補足できるとは思っていなかったのだ。

 

 結果は未だ近隣で捜索を続けていた人間達。

 要は『領域』内外で時間のずれが生じているのだろう。

 他にも様々な問題点を抱えているのだが、その原理は不明だ。恐ろしい。

 

「気分はどうかな?」

 

 振り返り、白黒の二人に問えば<好調>との答えだ。

 今回はフェネクスの時の経験に加え、魔法に関わる体内構造の一端を知り得た事により

前回よりも一歩進んだ仕上がりになったと思う。

 後は稼働試験の結果次第でフェネクスにもフィードバックが可能だろう。

 

 同時に、この世界における二番目、三番目の怪人として名前も付けさせてもらった。

 

 白い雛人は「白のフレースヴェルグ」

 黒い雛人は「黒のカイム」

 

 どこぞの悪友のセンスに近い代物だったが、二人には思いの外好評であった。

 

「それにしても──」

 

 周りが夜にも関わらず、随分と騒がしい。

 

 そんな事を思いながら里の中央へ赴けば、気付いたフェネクスが駆け寄ってくる。

 

<ドクター、二人はもう?>

 

 やはりこちらの時間で考えれば早すぎる様に感じたのであろう。

 

「終わったよ。それより、何の騒動かな?」

<はい。詳細は分かりかねますが、北の竜の住む霊山で只ならぬ事が起こった模様です>

 

 北を見やれば、確かに山火事と称するには些か不可思議な明滅を伴っている。

 しかし、随分と遠くに見える山だ、この一帯にどれ程の影響があるのか計り知れない。

 

 そいえば、この近隣に住むという人間以外の種族とやらについても詳しくは聞いていな

いし、この世界に関する情報もまだまだ知らない事ばかりだ。

 個人的には、人間の文明の発展具合も見てみたいし、先日の人間の女では限られた情報

しか得られなかった魔法についてももっと理解を深めたい。

 

 好奇心が募る反面、何処か煮え切らない様な感覚は、孤独であるからだろうか?

 思いの外、他者への依存を願う発想に自嘲を覚える。

 

<恐らくは、近日中にも霊山とその周辺の森から逃げ出した魔獣の類いが、この里の付近

にも出没するのではないかと思われます>

 

 思考に意識を持っていかれていた間にもフェネクスの考察は続いていた様だ。

 

「なるほど……今のフェネクス君で対処できない様な相手が来ると考えているのかい?」

 

 お世辞ではなく、嘗て作り上げた怪人の中でもフェネクスは頭抜けたスペックを持って

いると思える。

 流石にディノハートを適合させた被検体には及ばないが、これはベースとなった種の差

であると言えるだろう。

 

<これ程の力を賜った者が三人もいるならば、何も恐れる必要はありません!>

 

 フェネクスの言葉に、フレースヴェルグが何処か嘲笑を滲ませる。

 

<あら?ドクター曰く、新型である方が高性能になるのは当然だそうよ?>

<なに!?>

 

 フェネクスは驚愕にこちらに視線を送ってくるのだが……彼らは随分と力に溺れている

様に見受けられる。

 観察対象とすれば面白くはあるのだが、この世界における数少ない戦力と考えるならば

苦言の一つも溢さねばなるまいか?

 

「いいかい?こんな努力も無しに得た力なんて、所詮は限界を取り除く程度の価値しかな

いんだ、本当に強くなりたいならば使いこなしてみたまえよ?」

<了解であります!>

 

 それまで寡黙に徹していたカイムが即応するに、残る二人は少々気不味そうに見合う。

 

<…そうね、少々浮かれていたわ、御免なさいフェネクス>

<いや、こちらもだ。ドクターに賜った物に優劣を感じるとは恥ずべき事だった>

 

 まぁ、この後すぐにでもフェネクスのバージョンアップを考えていたのだが、何にしろ

協調性が得られたなら文句なない。

 

<私がドクターに賜った名は、白のフレースヴェルグ、よろしくね>

<自分が賜った名は、黒のカイム、よろしくお願いします>

 

 ともあれ、これで里の防衛としては十分なのだろう。

 今後、雛人達がどう決断するかは分からないが、雛人を守るだけならば切り札が無いわ

けでも無し、多少は気が楽になった。

 

 それよりもだ。

 先程フェネクスが出てきた洞、そこから顔をのぞかせている地味な少女の姿が見える。

 

「──ん?何で君、まだいるの?」

 

「──え?」

 

 

 

 

「え?」

「え?」

 

 お互い見合って、お互いに疑問符を交差させる。

 何でって、私を監禁していた相手に言われても困る。

 

<実は、我が家に居座ったままで、いつ帰るのかと思っておりました…>

 

 赤い霊鳥が少し困った様に呟く。

 は?もしかしたら監視してたんじゃなく、自宅に居座った私に困って見てたの?

 言ってよ!?

 

 あの食事なんかは、「これ食ってとっとと出ていけ」って意味!?

 

 迂遠なんだよ!はっきり言ってよ!?意思疎通!大事!

 

「あ、あ~…帰っていいの…ね?」

 

 全身から溢れる様な疲労感に、肩が下がる。

 

「勿論。命は取らないし代わりに情報をもらった、それ以上は求めて無いからね」

 

 この悪魔の様な男のセリフに、虚無感に苛まれるが、ともあれ気が変わらないうちに逃

げるべきだろう。

 

「じゃ、私はこれで…」

 

 そそくさと踵を返し、その場を後にする。

 帰りの護衛も無しに森を抜けられるかは怪しいところだが、悪魔の様な男と悪魔の様な

霊鳥の傍に居るよりは生存確率が高いと思う。

 特に呼び止められも、背後に迫る気配もないことから、言葉通りに見逃してくれるのだ

ろう。

 

 何かと散々な目にあった。

 信頼できる身内を失い、冒険者ギルドに対する弁明も考えなければならないし、何より

あの悪夢の様な時間だ。本当に不運に憑かれている。

 

 溜息交じりに夜空を見上げた時、北の空が煌々と輝き、まるで太陽が昇ったかの様であ

った。

 

 

 

 

 世界が歪む様な感覚、内臓がかき乱される様な悍ましい感触。

 嗚呼、私はまだあの悪夢から逃れ得てはいないのではないだろうか?

 

 ──そして私の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 兄と魔拳の関係、グランツがそこに見出したのは兄の母校。

 

 具体的な手掛かりもないまま兄の母校を訪れたグランツ。

 そこで出会ったのは兄の所属していた研究室の明智教授であった。

 

 初老だが紳士的な明智教授は、穏やかに兄について語ってくれた。

 過去の兄の生真面目さ、実直さを聞き、心が揺らぐ。

 

 しかし、偶然視界に入った一枚の写真。

 そこには兄と魔拳、教授、そしてもう一人の男が映っていた。

 

 遠い記憶、グランツはその男に出会ったことがあったはずだと記憶を探る。

 

 そんなグランツへ、突如魔銃が襲い掛かった。

 

 次回『(モーント)




「僕の考えた最強の魔法」とか考えてると時間が素晴らしく失われます。

いつだって執筆より構想(妄想)が楽しい。


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10話(防衛戦:前編)

モンハン、NGS、モン勇(体験版)、やるゲーム沢山。
真メガテン5やエルデンリングも楽しみ。

最近は海洋堂の食玩ワールドタンクミュージアムキット買って喜んでます。
センチュリオン!


 数舜後、北の空は打って変わって暗い夜の帳に包まれ、先程までの山火事の光も、何か

しらの明滅現象も拭い去る様に消えていた。

 

「今のは?」

 

 風が吹いているわけでもないのに、不可視の圧が全身を撫でつけている様だ。

 辺りでは雛人が怪訝そうな仕草で辺りを伺っているのがわかる。

 

<ドクター、先程の人間が……>

 

 カイムの言葉に振り向いてみれば、件の少女が俯せに倒れこんだまま絶え間なく痙攣を

繰り返していた。

 

 すぐさま駆け寄り横向けに寝そべらせる。

 

 呼吸はあるが、意識はない。

 外傷は見当たらないし、脈もある。

 大きな体温変化も見受けられない。

 

 癲癇等の症状の可能性もあるが、先程の現象と無関係とは思えない。

 しかし雛人を含め、他に誰一人として少女と同様の症状に陥った者が居ないのは何故な

のだろうか?

 

「…カイム君、体調に変化はあるかい?」

<はっ、いいえ、ありません>

 

 キビキビと答えるカイムに異常は見受けられない。

 同様に、フェネクスやフレースヴェルグにも変化は見受けられない様だ。

 

「…取りあえず診察するだけしてみようか」

 

 人間種だけ罹る風土病の類いだと些か面倒な事になるが、未知の世界だ、早期に把握し

ておくに越したことはないだろう。

 

<ドクター!御山の影響で、動物や魔獣がこちらに来ている模様です、退避を!>

 

 いざ診察と思った瞬間に、辺りに気を配っていたカイムが叫ぶ。

 

「対処できそうなのかい?」

 

 そう問うも、しばしの沈黙。

 どうやら先程の言葉で慢心を自重してくれている様だが、実際のところ実戦経験など無

きに等しいのだから、慎重に越したことはない。

 

<…囮としてただ逃げるだけから、反撃の手段を得たのですもの、一族を守れる可能性が

高まった以上、やれるだけやるまでですわ>

 

 フレースヴェルグの言葉に、他の二人も首肯を返す。

 

 周囲を見回せば、怯えた様な雛人達が里の中央の広場に身を寄せ合っている。

 その中に、いつぞやの子雛人の姿を確認し、少し安堵を覚える。

 

「あちらも呼ぶまでも無く集まっている様だね」

 

 この里は一方は崖、一方は木々に囲まれ外からも中からも見通しは悪い。

 通常ならば里を見つけるのも困難というメリットがあるものの、今回の様にパニックを

起こした動物やらが何処から来るのか分からないというデメリットに見舞われている。

 流石に崖を登って来るようなのは居ないであろうし、木々の方向を守れば良いだけなら

三人だけでもなんとかなるであろう。

 

「じゃぁ、私はこの人間の治療にあたるから、君達もうまくやるんだよ?」

<はい。いざとなれば皆、崖から飛べますし、どうにかなるかと>

「え!?君達飛べたのかい!?」

 

 割と衝撃の事実だ。

 見た目、羽玉に申し訳程度の翼がある程度。ペンギンが空を飛ぶくらいの驚愕度だ。

 

<自由にとは言えませんが、滑空程度ならば可能です>

 

 色々調べさせてもらったが、見た目に反して身体は細身だったり軽いわけでもなかった

のだが、流石異世界。物理法則でも歪んでいるのだろうか?

 

「……ま、まぁ、それならいい。巧いことやると良い」

 

 地味な少女を抱え『領域』を展開すると、三人は大きく頭を垂れて見送ってくれた。

 

 

 

 

 それはかつてない光景であっただろう。

 我等が種が誕生して以来、常に脅威にさらされ、そして常に逃げ惑う歴史。

 だが、今ここで赤と白と黒、三人の雛人が外敵を迎え撃たんとしている。

 

<思ったよりも逃げてくる獣は少なそうかしら?>

<自分の視界範囲内において、現在は大した数ではない模様>

 

 フレースヴェルグの問いに、カイムが答える。

 

 その失われたはずのカイムの右眼、そこには異質な眼球が備わっていた。

 瞳孔等は無く、何処までも深く暗い闇の様な結晶体。その奥には多数の赤い小さな光が

明滅している。

 ドクターの説明によれば、通常の視界はもちろん、生物が発する熱を感知したりも出来

るということだ。

 今も、その機能を利用して、視界の通らない木々の先を警戒してもらっている。

 

<ん。二体ほどこちらに来る。サイズから見て中型の獣か、小型の魔獣の可能性>

 

 そうこうしているうちに、逃げまどい盲目的にこちらに侵入してくる存在を感知する。

 

<まさか私達が戦う日が来るなんてね……変身!>

<ドクターと皆の期待に応えねば……変身…>

<我らに女神様の加護を……変っ身っ!>

 

 白が、黒が、そして赤がその体躯を変質させ、巨大な本性を露わにする。

 

 大まかな形状は三人とも似てはいる。

 だが、フレースヴェルグは我等より大きく包み込む様な翼を持ち、雪の様な白と氷の様

な薄青が視界を覆い隠す。

 そして、カイムはより鋭角的なフォルムを持ち、その畳まれ背後に流した翼は光すら呑

み込もうとする様な黒を湛えている。

 どちらも我が体躯よりも線が細く感じられるが、それぞれ特性の違いがあるのだろう。

 

 今一度、守るべき一族達に視線を送れば、何処までも期待と憧憬に満ちた視線に、僅か

ばかりの優越感を感じてしまう。

 中でも里で最も若い子に至っては、輝かんばかりの瞳を湛え、その感情を隠そうともし

ていなかった。

 

 ドクターが随分と気にしていた子だ。

 そして我等が未来の象徴でもある。

 

 必ず、護ろう。

 

 

 そして雛人達の戦いが始まる。

 

 

 

 

 現れたのは四足の中型の獣が二体。

 細身でありながらも削り出したかの様な力強さを感じさせる四足。

 その頭部には攻撃的な鋭さを持った角が鎮座している。

 恐らくは草食獣であろうが、雛人の数倍の体躯をもって狂乱のままに暴れれば、犠牲は

計り知れないだろう。

 

 だが、結果はあまりにも呆気なかった。

 

 フレースヴェルグがその翼をはためかせ、羽ばたきと呼ぶには余りにも苛烈なまでの突

風が二体の獣を竦み留まらせ、そこにカイムの強襲とでも言うべき高速の鋭嘴が容易くも

首を刎ね飛ばす。

 

 雛人達が気色ばむ程の滑り出しの良さを感じさせるが、それは文字通りの始まりでしか

なかった。

 

<!!…次々来る!>

 

 カイムの警告から僅かな間を置き、蹂躙するかの様な獣の群れが木々の合間から溢れ出

した。

 

 フレースヴェルグは一族を守るが為に前衛から一歩下がり、雛人達の前に立ち塞がり、

カイムはその機動性を生かして遊撃を担う。

 ならば、我が使命は群れを真正面から受け止め、打ち崩し、屠るのみ。

 

<フェネクス、無茶はするんじゃないわよ?>

 

 フレースヴェルグが器用にも、こちらの行動を阻害しない様に獣のみをその羽ばたきで

阻害する。

 

<長期戦を覚悟>

 

 横合いから現れた獣をカイムが抜かりなく切り崩す。

 

 即席とはいえ、それなりに気心が知れているのもあるのか、連携らしきものが成立し始

めているではないか。

 油断のできない状況ながら、少しばかり愉快さを覚えていた。

 

 視界の端で数体の獣が崖から落下していくのが見える。

 そう。これらは襲い掛かってきているのではないのだ。ただ逃げまどっているのだ。

 敢えて殺す必要などなく、逸らせば良いだけ。

 

 僅かばかり気持ちが軽くなる中、溢れる様な狂騒が長い長い防衛戦の幕を切って落とし

たのだった。




前編。

遅々として進まず。
書きたい件は遥か遠く。


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11話(防衛戦:後編)

ver3.1 ガンスの絶望。


 目が覚めると森でした。

 明かりも無く、星空を覆い隠す様な木々の影は些かホラー染みていた。

 

 まぁ?怖くないけど?平気だけど?

 

 しかし、動物はもとより、虫の音すら聞こえてこないのは何故だろうか?

 思わず飲み込んだ喉の音が、やたら大きく感じてしまうほどの静寂。

 少しばかり視界が滲んできそうだったので、手早く立ち上がり、直感のままに足早に歩

き始める。

 

 話が違うんじゃないかしら?

 ドクターの気配なんて感じないじゃない!?

 

 あの自称女神に騙されたのだろうか?

 

 否、そんな事をする様な子には見えなかったし、そうする理由も見当がつかない。

 そもそも、気配を感じる様な能力ではないのかもしれない。

 

 知らない森の中を無計画に歩き回るとか自殺行為だと思うのだけど、不思議と迷いを感

じないのは、もしかしたら無意識にドクターの元へ導かれているのかしら?

 ならば女神ちゃんグッジョブね。

 

 もっとも、この行動が見当はずれであろうと簡単には死ねやしないのだから、不安と不

満とは裏腹に、深刻さだけは薄かった。

 

「ドクター……」

 

 

 ツムギのその呟きは、深い静寂の中に溶ける様に消えていった。

 

 

 

 

 私、ダケル・シェムズの人生において、今日ほど最低最悪な日は訪れないであろう。

 

「状況は?」

「はっ!北方攻略軍前線司令部との通信途絶より16分、未だ応答はありません」

 

 通信室に自ら足を運んだ私は、通信兵の言葉に思わず渋面になり、眉間に深い皺が刻ま

れる。

 

 この北方攻略の準備には6年の月日を掛けたのだ。

 当然、主力として十分な兵を最新の装備で送り出し、更には二重三重の予備戦略も用意

してあった。

 だというのに、討伐対象への接敵から30分、突如一つの通信を残して通信途絶。

 冷静であれと言う方が無茶であった。

 

「予備軍との通信は?」

「はっ!同様であります。北方攻略軍前線司令部及び三ヶ所に展開していた予備軍指揮と

も同時刻より一切の通信が途絶したままです」

 

 まだ攻略軍のみが全滅したというのならば分からなくはない。

 だが、三方包囲に配置し、伏せたままであった予備軍までもが諸共と言うのは、いかな

強大な相手であろうと理解ができない。

 であるならば──

 

「閣下、やはりリガード魔導大佐からの通信に、何かしら意味があったのでは?」

 

 それまで黙して控えていた副官が、忌々しくも考えたくない現実を手繰り寄せる。

 

「確か『362号』でしたか?」

 

 そう、魔導開発部規格における第362号魔法。

 この特殊な魔法は秘匿され、当然使用制限もかけられている。

 事の問題は、あの忌々しいリガードが開発主任であったことだろう。

 

 あの頭でっかちの愚者めが!

 どんなに天才的な頭脳を持とうとも、愚か者であるならば害悪でしかないではないか!

 

 内心が煮えくり返るような私と、疑問に首をかしげるのみの副官。その違いは、知って

いるか否かだ。

 知っているのならば、この様に平静でいられるはずも無し。

 だが、私は陸軍中将という立場的に知っていても開示など出来ようはずもない。

 

「歩兵と魔導兵の混成偵察部隊を派遣しろ。戦闘は極力避け、情報収集を優先する様に」

「はっ!了解です」

 

 願わくば、ただの通信障害か何かであって欲しい。

 

 ──最悪の予想が的中するならば、この日エールハッド連合王国、ひいては祖国アドナ

は最悪の汚名と共に歴史に名を刻まれることであろう。

 

 

 

 

<あはははは、凄い、素晴らしいわ!これが力!強者と言うものなのね!>

 

 フレースヴェルグの哄笑に同意したい感情を抑え込み、溜息をついて見せる。

 

<フレースヴェルグ、また呑まれているぞ?>

<あら失礼。そうよね、今の私達より強い存在なんて五万といるのでしょうし、慢心は駄

目よねフェネクス>

 

 フレースヴェルグは反省の言葉を述べつつも、烈風で獣たちを蹴散らして見せる。

 その表情には喜悦が浮かんでおり、少々危うさを感じさせ、ドクターの懸念を理解する

に至る。

 

<……おかしい。獣ばかりで魔獣の姿がまるで見えない>

 

 不意のカイムの呟きに、再度辺りを見回せば、確かに倒れ伏している獣の中に魔獣の姿

は見えない。

 

 魔獣とは大雑把に言ってしまえば魔力を行使する獣の事だ。

 更に大雑把に言えば人間も雛人も魔獣に属すると言えるだろう。

 最も我等雛人は抗魔能力の性質上、体外に魔力を放出できず身体を強化して逃げ足を早

くする程度しか恩恵は無いのだが。

 

 当然、この御山の麓に広がる森の中には多種多様な魔獣が生息している。

 傾向的には肉食が多く、魔獣は魔獣の肉を好む。

 つまりは、草食寄りの雑食で戦闘能力の低い雛人は格好の獲物というわけだ。

 幸いなのは群れを成す種が少な目で、繁殖能力も低めなことが多い事なのだが、不幸に

も近年最大の天敵である人間は、捕食が目的ではない様だが、群れるし繁殖能力も高い。

 

 何処までも詰みを感じさせる我等の現状に、溜息が漏れそうになる。

 折角力を得たというのに、自虐的思考に成り易い癖は簡単には治らない様だ。

 

 

 入り乱れる獣達の対処にも、ドクターが与えて下すった力は如何なく発揮されることが

わかり、何処か弛緩した空気が流れる。

 フレースヴェルグの背後で守られている一族の者達も、何処か安堵した空気があった。

 自身でも思考に浸る程度の余裕が生まれ、正しく我等は慢心していたのだ。

 

 

 

 それは唐突に現れた。

 

 

 生真面目なカイムにしても、重なり続く襲撃に熱源探知は行わなくなっていたし、我や

フレースヴェルグにとっても、この状況はマンネリを感じさせていた。

 

 だからこそ、その一撃は致命的なまでに意識の隙間を掻い潜り、カイムの左胴を抉り裂

いた。

 

 驚愕と苦痛が混じった鳴き声を発し、鮮血と共にカイムの身体が吹き飛ばされる。

 

<カイム!>

 

 咄嗟に風を操りカイムが地面に叩きつけられるのを緩和したフレースヴェルグには素直

に感嘆を覚えるが、同時に全開に開かれた目と、震えるその身に先程までの慢心は欠片も

残ってはいなかった。

 

 彼女の視線の先。

 チリチリと紫電を纏う蒼白の針毛を逆立てた四足獣、狂気に満ちた血走った瞳、牙を剥

きだした口元からは荒い呼気と涎が漏れ出ていた。

 

 魔獣。

 

 実際の力量差など知りようもないが、体の中心から湧き出る様な恐怖。本能に刷り込ま

れた絶対的な捕食者と被食者の現実。

 種としての天敵に、全身が震えるばかりで動けもしない。

 

 カイムの血によって濡れた右前脚が大地を捩じる様に踏みしめ、前身を沈め、後ろ足が

大地を蹴る。

 一拍も待たず、眼前に迫った牙と爪。

 それは我が人生の終わりを意味し、非情なる現実を纏うその姿は正しく死神であった。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 あらゆる距離感でグランツを翻弄する魔銃。

 起死回生をと耐えるグランツであったが、現実は非情であった。

 

 写真の男、懐かしき記憶、兄の親友。

 状況に分け入った兄の友。

 その鉾はグランツへと向かう。

 

 そう、秘密結社ズィドモント総帥その人がグランツに終わりを告げる。

 

 次回『秘密結社』




魔獣ちゃん、フワっフワなイメージはトビカガチ。


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12話(決意)

※医療的知識などないので。全て適当です。

HGナイチンゲール入手失敗。
再製造HG初期型ガンタンク入手失敗。
心が折れる。


「内臓損傷軽微、筋繊維損傷軽微、血管損傷甚大……魔力回路及び魔力臓器と思しき器官

の損傷極めて甚大」

 

 血管の損傷は深刻で脳への障害が懸念される。

 だが、本当に手に負えないのは魔力関連と思しき臓器だろう。

 

 魔力と一言で言っても、存在しているらしいと言うだけで見る事も触る事もできず、観

測すら現状できていない。

 そんなものを全身に行き渡らせる器官の再構築など可能だろうか?

 

「あれも分からず、これも分からず…何とも儘ならないな」

 

 そう独白するものの、知的好奇心により気分が高揚しているのは隠しきれない。

 

 臓器自体はどうにかなる。

 この少女にとっても幸か不幸か、先日の解剖実験の折に採取した臓器細胞のサンプルの

クローン培養は順調に進んでいる。

 本人の素材が元なだけに、移植の適合率は期待できる。

 

 だが、魔力回路網に関してはお手上げに近い。

 先日の解剖実験の経験からも、魔力回路網自体を血管網や神経網の様に見立てての処置

は可能だろう。

 しかし、その処置で全身全ての回路に対して処置を施すなど患者の体力的にも不可能に

近い。

 

「状況からして、魔力関連の障害の影響で周囲部位、特に回路が癒着する様に存在してい

る血管に損傷が伝播している模様」

 

 状況を記録する為に音声を保存しているが、患者の同意さえ得られたならば、映像に記

録しておきたかった。

 

 しかし、こうしてみると改めて現実と言う物を突き付けられる様だ。

 

 似て非なる物。

 

 そう。見た目や基本的な臓器は酷似しているのだが、この世界の人間は明らかに別種で

ある。

 その差異の最たるが魔力関連であるのは自明だ。

 生命活動の多くを魔力に頼り、基本的な臓器の負担を軽減していると思われる。

 そして身体能力も格段に高い。

 代謝や再生力、抗体も高い様で、前回の解剖実験の折に麻酔の効きが著しく悪かったの

はそのためだと思われる

 しかし、全てにおいて高位の人間であるかの様に思えるが、致命的な欠点もある。

 

 彼らは魔力が無ければ生命を維持できない。

 

 結局、負荷がかかれば発達し、負荷が軽減すれば退化するのは彼等も同様の様だ。

 

「さて」

 

 観察しているばかりでは埒が明かない。

 現状可能であろうアプローチは、生命維持を外部に頼り魔力回路と臓器の修復までの時

間を稼ぐか、基本臓器をコチラ寄りに強化して魔力が無くとも生命が維持できる状態にす

るかだ。

 

 当然どちらにもデメリットはある。

 

 前者は、観測も出来ていない魔力に関わる臓器であり、処置を施しても果たして本当に

修復されたかどうかが分からないため、魔力に関する解析が必要となってくる。

 それがどれ程の時間がかかるかも予測が立たない。

 

 後者は、言ってみれば軽自動車にスーパーフォーミュラ用のエンジンを載せる様な暴挙

だ。身体にどんな弊害が生じるか定かではないし、そもそも元の状態に戻らない。

 特に魔力が脳に対してどれだけ影響を持っているかも分からず、事によっては脳に障害

が出るであろう。

 

「選ぶならば前者と考えるが、魔力と言う未知の分野を解析するのは畑違いと言うべきか」

 

 深く溜息をついてみるが、それで何かが好転するわけもないし、『患者』を見捨てる事

などありえないのだ。

 二度でも三度でも、例え人道から逸れようとも、我道にて事を成そう。

 

 

 

 

<おぉ!?>

 

 死神が振るう刃爪が空を切る。

 もっとも、力なく震える足が迫る恐怖に崩れたのが、たまたま回避に値しただけだ。

 無様に地に転がり、赤い羽根が舞い散る。

 

<フェネクス!>

 

 我が死を予見し、それが覆ったことによる僅かな安堵、その僅かな心の平静がフレース

ヴェルグを行動へと踏み切らせる。

 

 恐慌スレスレの心境で手加減も無く発した強風が、死神を僅かばかり押さえつけ、同時

に我が身を吹き飛ばした。

 間合いが離れた事により、体勢を立て直し、尚且つ周囲を見る余裕を得る。

 

 カイムは動けない。

 苦痛に悶えているが、すぐさま死ぬことはなさそうだ。

 

 フレースヴェルグも動けない。

 標的を変えた死神の眼光に竦んでしまっている。

 

 一族の者達も当然動けない。

 否、唯一、最若年の一羽だけが勇気か、はたまた無知からの無謀か、フレースヴェルグ

の直ぐ傍で仲間を守るが如く立ち塞がっている。

 

 我は何を成したかったのか?

 そう。護りたかった。

 既に幾度も死を覚悟したではないか?

 だというのに、今更何を恐れる必要があろうか?

 

 

 立ち向かう事など、幼子にですら可能なのだ

 

 

<抉れ落ちろ!>

 

 思い切りも良く大地を蹴り、必殺を胸に死神の頭蓋目掛けて蹴爪を放つ。

 空を舞い、風を切る我が身は、矢の如く。

 

 だが、血走り、とても正気には見えない目だというのに、死神は本能からなのか僅かに

身を屈め回避せんとする。

 その行動に苦々しく思うと共に、悪あがきで軌道を僅かに逸らすが、無理な姿勢では力

など入るはずもなく、大きく上体を崩し地上を滑る様に旋回ながら着地を果たす。。

 しかし、鋭さを得た鋭爪が死神の鼻先を掠め、僅かばかりの鮮血を齎していた。

 

 変化は劇的であった。

 

 のたうち、叫び、涙を溢し、爪を振り回し、尾で大地を叩き、ただただ狂乱に身を任せ

る死神の姿に、我々は呆然とする。

 

<…なんなの?>

 

 フレースヴェルグの問いに対する答えなど持ち合わせてはいない。

 だが、これは唯一の機会なのかもしれない。

 

<フレースヴェルグ!カイムと皆を連れていけ!>

<!?>

 

 そう、この後に死神が狂気の中暴れようと、冷静を取り戻そうと、その先には滅びしか

ないだろう。

 ならば、我が選択は一族をこの身に替えても護るのみ。

 何時だってそうしてきたのだ、最早恐れる必要などない。

 

 一瞬の躊躇いは見せたものの、思いは同じ。

 フレースヴェルグは皆を崖より逃し、カイムを引きずるように咥えると、その身を空に

躍らせた。

 きっと大丈夫、仮に似た状況に陥ったならば、きっとフレースヴェルグが同様にして皆

を救うだろう。

 

 ──さぁ、我が決意をもって足掻いて見せよう──

 

 

 

 

 さっきまでの静寂が嘘の様。

 

 一転して森が狂騒に塗り替えられる。

 逃げまどい、昂ぶり、争う。

 

 私の眼前を中型犬の様な獣が横切り、走り去っていく。

 遠くに見える山から逃げるかの様に。私に見向きもせずに。

 

 その先の方で、一際苛烈な喧騒が響いてくる。

 

「獣同士の争いかしら?」

 

 望み薄だと思いつつも、私にはそちらに行くしか無いと思われた。

 

「それにしても、ずっと感じている充足感。これは一体何なのかしら?」

 

 有体に言えば、絶好調である!

 もっとも──

 

「そんな事よりも…ドクターは何処なの…」

 

 ──心の欠落感、精神的には絶不調なのだけれど。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 ズィドモント総帥と魔銃の前に、グランツは成す術もなかった。

 

 そんな中、総帥は結社について語る。

 

 成り立ち、繋がり、そして目的。

 全てはディノハートに端を発する。

 兄の願いの為。

 親友たる総帥、友であった魔拳と魔女。

 恩師である魔銃と、患者であった魔人。

 

 人の身では生きることが叶わぬ者への光明。

 

 兄の真意を知ったグランツに、総帥は手を差し伸べる。

 

 次回『決別』




遅々として進まぬ。


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13話(夜明け)

GUNDAM EVOLUTION楽しみ。

ステンレスフライパン(小)を買ったので、温度調整実験がてら只管に肉を焼く。
10戦7敗。熱伝導に癖のあるフライパン。


 残るは我と死神。

 

 そこからは、もはや泥の様な戦いであった。

 

 爪で抉り、爪で裂かれ。

 嘴で穿ち、顎で千切られる。

 

 絡み合い、混然一体と化し、赤い羽根も蒼白の針毛も土に塗れる。

 お互いの鮮血が土に混ざり赤黒い泥と化し、色を失う頃には趨勢は決した。

 

 前二脚が両翼を抑え込み、後二脚が尾と胴を抑え込む。

 

 これで終わりか。

 我が身体の自由は奪われ、血も体力も尽きた様だ。

 

 障害を振り払った顎が大きく開かれる。

 

 だが、我が生涯において、ここまで出来るなど夢にも思わなかった。

 全ては女神様と天使様…否、ドクターの御蔭であろう。

 

 加速化された思考の中、その牙がゆっくりと頸部を抉ってゆく。

 

 我等が一族に安寧を──

 

 

 

 

「変っ身!」

 

 マフラーが全身を包み、装甲化を果たす。

 一足飛びで対象の側面に右腕を捻じ込み──

 

「バースト!」

 

──袖口の銃口より散弾を排出する。

 

 その衝撃に、四足の獣は一度大きく弾み、その後一転二転と転がってゆく。

 

「あ~、こっちを助けて良かったのよね?」

 

 確かドクターは雛人とやらを存続させに?そんな事を女神ちゃんが言ってた。

 目の前の巨鳥は、お世辞にも雛とは縁遠いのだけれどね。

 

 その時、視界の隅で四足の獣が身を起こすのが見える。

 

「随分と頑丈そうだけれど……」

 

 もう長くはないだろう。

 

 私が介入するまでにも随分と消耗していたみたいだし、脇腹を抉った私の攻撃の痕から

は、血と共に内臓も零れている。

 目は焦点が合わず虚ろで、痙攣を伴った四足は今にも力を失いそうだ。

 

 次いで倒れ伏したままの巨鳥に意識を向ければ、こちらも随分と酷い。

 

 全身に裂傷があり、恐らく翼も折れているのだろう。

 そして何より、噛み千切られかけた頸部に血が溢れ、呼吸が出来ているかどうかも怪し

い。

 

「あぁ、ちょっと、君たち死んじゃうよ?どうすればいいのよ?」

 

 残念ながら医療の補助的な事はしたことがあっても、医学知識など皆無。

 人ならまだしも、動物の応急手当なんて分かりっこないわ?

 

「あぁっ!助けてドクター!」

 

 こんな時に乞い願うのは、やはりドクターであった。

 

「呼んだかね?」

 

 そんな幻聴とも思える声が、背後から響いた。

 

 勢いよく振り返れば、いつもの白衣、いつもの姿勢、いつもの表情。

 

 ドクター?ドクター…ドクター!ドクター!!

 

 

 

 

「ドクター!」

 

 変身を解除して勢いよく抱き着いてくる。

 

「え、え?ツムギ?え?なんでここに?」

 

 だがツムギはその問いに答えることもなく、胸──身長差の為にむしろ腹部──に頭を

グリグリと擦り付けている。

 

 考えられるとすれば、アレ等にツムギも送り込まれた?

 つまり、ツムギは死んだという事だろうか?

 

「ツムギ、そろそろいいかな?」

「あっ、はい!大丈夫です!でも、彼等が大丈夫じゃないみたいです」

 

 ツムギが示す先にはフェネクスと一体の大型の獣が息も絶え絶えで伏せている。

 

「あぁ、不味いな、ツムギ手伝ってくれ」

「はい」

 

 状況からしてフェネクス達を襲ったのがあの獣なのだろう。

 サイズ的に同程度であるのに、怪人化したフェネクスを追い詰めたという事は、ただの

獣ではないのだろう。

 若干の好奇心が芽生える。

 

「ではどちらに運べばよろしいですかドクター」

 

 答えるように展開した『領域』に、ツムギが一瞬目を丸くしたが、何も問わずフェネク

スを担ぎ込んだ。

 

 獣を運び込みながらふと思う。

 

 他の雛人達はどうなったのだろう?

 

 

 

 

<はぁ…>

 

 思わず溜息が漏れる。

 

 私が一族の皆やカイムを連れて逃げ出し、やっと一息付けそうな洞穴を見つけたところ

だった。

 

 雨露が凌げそうな浅目の洞穴と、少し開けた正面に周囲を囲む木々。

 永住するには規模が小さすぎるけれど、なかなかの環境ではないかしら?

 

 一族の皆も心身共に疲弊していたのか、洞穴の奥で身を寄せ合って休んでいる。

 カイムも洞窟の奥で安静にしているが、深手に思われたのにも関わらず、驚くべき速度

で傷が癒えていくのがわかる。まさにドクターの御力ですわね。

 

<フェネクスは無事かしら…>

 

 そんな事を思うものの、無事であるわけがないのは分かっている。

 でも、振り返れば後悔ばかり浮かんでしまうのは、どうにもならない。

 ドクターが警告をしてくださっていたのに、あの様に無様な慢心を抱いてしまうなんて

言い訳も出来ませんわね。

 

 もう一度、大きく溜息を吐く。

 

 これからの指針としては、まずはドクターとの合流を目指すべきでしょう。

 でも──見上げる先には高い崖──滑空は出来ても飛べはしないから、戻るのは難しい

ですわよねぇ。

 

 ならば、今後ドクターがどう動くかを考えるべきでしょう。

 いくら天使様とはいえ、翼も持たない身、この崖を降りてくることは無いでしょうし、

御山へ向かう理由も無い……ですわよね?

 そうすると、崖に沿って御山と逆方向に進めば南西かしら。

 

 あの先には──海があったわね。

 

 ですが、今はまず休みましょう。

 カイムの復帰を待って、全てはそこから。

 それまでは、私が皆を守らなければ。

 

 フェネクスの犠牲は決して無駄にはしませんわ。

 

 ──見上げれば、空がうっすらと白み始めていた。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 兄が悪に落ち、世界を敵に回してでもディノハートを手中に収め、成し遂げた事。

 それこそが、弟であるグランツの命を救う事であった。

 

 不治の病、倫理の壁。

 それに抗う為に、兄は友と悪を成したのだ。

 その兄を死に追いやった事実に、グランツの心は大きく傷ついていた。

 

 だが、兄の愛情を理解しようとも、譲れぬ信念がグランツにもあるのだった。

 

 ズィドモント総帥の結社への勧誘を断り、新たな決意をもってグランツは立ち上がる。

 それは結社と国防軍、その二つの組織との敵対を意味していた。

 

 一方、結社と国防軍の間でも先端が開かれていた。

 

 次回『量産型カプールVS魔拳と魔女』

 




魔人の袖口のイメージはドライセン。


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14話(患者)

終わらぬ金冠ガチャ沼(HR415)

欲しいガンプラがどれも手に入らなかった悲劇(安いHGにしか手を出さない勢)

ゲーム開発をし始めたので脳が焼き切れそう。


 虚ろな視界。

 微睡が覚醒に近づくにつれ、感情が呼び覚まされてゆく。

 

 恐怖。

 

「ぁあっ、あああああああああああっ!?」

 

 真っ白い天井に、白い光を放つ奇妙な照明。

 悪夢で見た光景を彷彿とさせ、肺が空になるまで悲鳴を迸らせる。

 

「あ~、大丈夫よ~?もう安心だから、落ち着いて、ね?」

「ひっ!?」

 

 少し間延びしたような声の主に、心臓が締め付けられる様な恐怖を感じ、息をのむ。

 

 だが、予想とは異なり、あの悪魔ではなかった。

 

 身長は私と同じくらいか、少し低いくらいだろうか?

 赤味を帯びた明るめの腰まである長い黒髪を肩口辺りから三つ編みにまとめ、少し薄桃

がかった白い服装に身を包み、同様の素材らしき帽子だか髪留めだかよくわからない髪飾

りをつけている。

 そして、小柄なのに自己主張の激しそうな胸部を持った、初めて見る女性だ。

 

「どこか体に違和感はあるかしら?」

 

 こちらが少し冷静さを取り戻したとみるや、小さく首を傾げて問うてくる。

 

「……いえ…」

 

 手足は問題なく動き、視界も良好。

 少し大きく息を吸い込んでみるが、内臓に違和感を覚える事も無かった。

 

「四肢に麻痺感も無いのね?ならよかった」

 

 さも安堵した様子の女性に、何処か安心感を覚えてしまう。

 

 この女性は誰だろうか?

 それに、何故私はまたここに?

 全てが悪夢の続きだった?

 

 疑問と混乱に、周囲を見回す。

 

 壁も天井もベッドのシーツすらも白を基調とし、私が身を預けているベッドは恐ろしく

清潔感にあふれ、程よい柔らかさで受け止めてくれていた。

 生憎と窓は見当たらないが、代わりに飾られた風景画が閉塞感を緩和している。

 

「何があったか覚えてる?」

 

 女性の言葉に、我に返る。

 

 何があったか?

 あれらが夢でないとするならば、あの悍ましい体験の後、霊鳥の住処で暫しの時を過ご

し、去り際に突然意識が……

 

「帰り際に突然意識を失った事しか……」

「そう。ドクターの話では、魔法に関わる臓器が著しく損傷していたらしいのだけど、何

か心当たりはある?」

 

 そんな事を問われても、思い当たる節など無い。

 持病らしい持病も無いし、地味な外見、冴えない学才、なけなしの魔力才という才能に

見限られているくせに、無駄に健康である事にうんざりするだけだ。

 

「…ありません」

「そう」

 

 女性は吟味する様に首肯を繰り返しながら、手に持ったクリップバインダーに何かしら

を書き込んでいる。

 

「えっとね、貴女の身体に異常らしい異常は無し。ただ、魔法関連の臓器に関しては不明

な事が多いし、なによりも今回の症状の原因が解ってていないから、できれば経過観察を

勧めたいのだけれど、どうかしら?」

 

 こんな場所に居たいわけがない。だけど、身の内に分からぬ不安があるなんて、それは

それで耐え難いわ。

 

「あぁ、当然診察はドクターなんだけど──」

 

 苦笑いを浮かべた女性の言葉に、全身から冷や汗が滲むのがわかる。

 

「──経緯は知ってるわ。でも、ドクターは貴女の事を患者として認識しているし、無体

な事はしないわ。それに、私で良ければ診察時には私が必ず同席する様にするけど、どう

かしら?」

 

 冗談ではない……が、視界の端に移る己の右腕。そして明瞭な視界。あれが治療魔法だ

と言うのであれば、恐ろしい程の魔法適正だ。

 ふつと、脳裏に冷静な意識が存在する事に気付く。

 

 でも待って?あの悪魔は魔法について知ろうとしていなかった?じゃぁ、あれは魔法じ

ゃなかったって事?

 それに、あの赤い霊鳥についてもそうよ。

 あんな存在はこれまでに確認されたことなんてない。

 突然変異にしたって、私達が狩った時は成す術もなかったわけだしありえない。

 あの悪魔がかかわった可能性が高いわね。

 

「……貴方達は何なの?」

 

 恐る恐る伺う様に問う。

 

「ん?…そうね」

 

 少し迷う様に女性は左手の曲げた人差し指の節を口元に当てる。

 

「我等は悪の結社ズィドモント!そして雛人の守護者!」

 

 口上と共にポーズを決める女性に、思わず呆ける。

 

「そして、私は──」

 

 どういう原理だろうか?勢いよく白い服を脱ぎ捨てた下には暗い赤色のマフラーが目を

引くカジュアルな服装姿があった。

 

「──四天王が一人!冠する名は『魔人』!」

 

 マフラーを棚引かせ、ポーズを決めるその姿に言葉も無い。

 

「……あ、引いちゃってる?ごめんね?これ社則で決まってる自己紹介なのよ」

 

 苦笑と共に、少しばかり頬を染めた『魔人』と名乗る女性に、つい笑いが漏れる。

 

「あら、あの厨二の決めた事でも役に立つことがあるのね」

 

 呼応する様に魔人も笑った。

 

 

 

 

<ドクター……>

「何も言うな」

 

 『領域』のロビー端で正座をしている。

 

 ツムギが突然現れたのには驚きを隠せない。

 彼女から経緯は聞いたが、やはり死を切欠に神を自称するアレ等に接触を受けたらしい

のだが、これが『縁』とやらの力であろうか?

 どちらかと言うと、能力と言うよりもアレ等との契約に近い気がする。

 

 ともあれ、ツムギにこちらの経緯を伝えたら、怒った上に正座をさせられている。

 

 フェネクスが真似をする様に横にちょこんと座り込む。

 どうやら身体に問題は無い様だ。

 

「他の皆が心配だね」

<……いえ、フレースヴェルグならば彼等を守り通すでしょう。ただ、怪我を負ったカイ

ムが心配ではあります>

 

 実際に状態を目にしていないから何とも言えないが、多少の怪我なら問題にならないだ

けの再生能力は付与してある。

 だが、流石に部位欠損や重要器官の損傷までは対応できないだろう。

 

「そうだね、合流する為にも崖を降りて追った方がいいだろうか?」

<…都合よく一族が身を休める場所があるかどうかも分かりませんし、フレースヴェルグ

ならば移動を選ぶかと思うのですが…>

「そうすると、地理は分からないが、取り敢えず崖沿いにあの山から遠ざかるって事で良

いかな?」

 

 フェネクスは問いに対して少し思案する。

 

<…御山から離れるとなると南西ですね、確か海があったはずです。崖を降りて進むかど

うかはお任せします。ただ、我が新たな翼で崖を往復して御二方を送れるかどうかは分か

らないのですが……>

「ん?あぁ、この程度の崖ならツムギも単独で降りられるから問題ないよ。下手に別ルー

トを選ぶよりも追従した方が確実と思う」

<了解です>

 

 フェネクスとお互い頷きあう。

 

「後の問題は、例の彼女だね」

<あぁ、我が胸中としては人間には嫌悪しかありませんので、口を挟むつもりはありませ

ん>

 

 当然と言えるだろう。

 彼女が私を恐れ憎む以上に、雛人は絶望と共に人間を恐れ憎んできたのだろう。

 

「そうか。…今しばらく経過観察をして、問題ないならば放逐しよう」

 

 しかし、腹いせと好奇心で接し、果てには患者として扱ったわけだが、未だ彼女達には

謎が多い。

 魔法に関わる臓器──魔臓とでも呼称しようか──は何であるのか?魔力とは?魔法と

は?

 こんなに好奇心に突き動かされるのは何時振りだろうか?

 

 結果だけ言うならば、彼女は回復した。

 だが、そこにこちらの葛藤が挟む込む間もなかったのだ。

 

 破損した魔臓を摘出し、培養した新たな魔臓を移植した瞬間、魔力回路は書き換えるが

如く修復を開始した。

 これは改造時の再生能力に匹敵するだけに、生来の能力としては破格だ。

 だというのに、肉体的な損傷に対する再生能力は通常生物と大差がない程度だ。

 魔力が影響していることは確かだろう。

 だが、魔臓──あれは──

 

「──まるで寄生生物の様な……」

「ドクター?」

 

 いつの間に戻ったのか、掛けられたツムギの声に我に返る。

 

「ん、あぁ、ツムギか、少し考え込んでいたよ」

 

 少し心配顔のツムギに微笑んで見せる。

 

「えぇと、彼女ですが、多少の条件で経過観察に承諾してくれました」

「条件?」

 

 ツムギは首肯して言葉を続ける。

 

「はい。診察時には私が同席すること。それとドクターのやらかしを合わせて行った処置

についての説明を求めています」

「ふむ?まぁ問題ないかな。患者への説明は医者としての義務でもあるしね」

 

 そう言ってツムギを見つめる。

 

 しかし、ツムギは変わらない。

 あの後、感情を起点とした進化を果たし魔人デッドエンドと化したいう。

 その在り様は朧気ではあるが、進化の袋小路の様だったとはツムギの言だ。

 そして、ヒーローグランツによるディノハートによるディノハート破壊。

 あのグランツがツムギに対してまさか、とは言うまい。

 だが、最終的にはあの世界からグランツ以外のディノハートが失われるのは間違い無い

だろう。

 

 そんな末路を経てもツムギは変わらず此処にいる。

 その事実に何処か感謝を抱いているのも事実だった。

 

「ド、ドクター…そんなに見つめられると結婚しましょう!」

「……ツムギは変わらんね……」

 

 

 

 

▼次回予告

 

 量産カプールと魔拳、魔女の戦いは熾烈を極めた。

 魔拳と魔女が質で押せば、量産カプール達は量で押す。

 

 ついには魔女が不覚を取り、魔拳と共に撤退を余儀なくされたのであった。

 

 勢いに乗る軍医総監率いる量産カプールの魔手がグランツにも迫る!

 

 まるで人形の様な彼等に戸惑うグランツとの戦いの火蓋もまた、切って落とされた。

 

 次回『願い』




魔人デザインを弄ってたら半月過ぎた。


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15話(指針)

HR432金冠ガチャ沼も道半ば。

ゲッターロボのアニメシリーズを端から見ていくも、つながりがわからん…


「…つまりは、貴方の持つ術とは穢れの技であると?」

 

 未だ怯えが抜けず、ツムギに縋る様に言葉を紡ぐこの地味な少女、彼女が謳う『穢れ』

とは、恐らくは外科的医療を指すのであろう。

 

「血を穢れと見ているのならば、そうだね」

 

 これは珍しい話ではない。

 向こうの世界であっても、歴史を遡ればそういった思想はいくらでも出てくる。

 この世界の文明がどの程度進んでいるかは分からないが、自称神のアレ等が見た目以上

に進んでいると言っていたことからも、恐らくは医療と言う物が別のベクトルで発展して

いるのだろう。

 

 つまりは『魔法』というやつだ。

 

「……それは…あの霊鳥を異形化させた技術?」

 

 忌避感からか、眉を顰めつつ、躊躇いをもって少女が問う。

 

「そうだね、我々悪の結社風に言うならば、怪人化と言ったところかな」

「…随分と素直に教えるのね、邪教徒として断罪されてもしらないわよ?」

 

 邪教徒ではなく悪の結社なら許されるのだろうか?

 

「興味が無いと言えば嘘になるが、そこまで人間と関わろうとは思っていないから、どう

でも良いと言った方が正確かな」

「…人間が人間の領域を離れて生きていけるはずがないじゃない。確かに、人間はこの大

陸の大半を制したわけだけど、辺境には強力な魔獣がいまだ生息しているのよ?」

 

 やはり、この世界の人間から見てもお互いが同種に見える様だ。

 

 しかし、強力な魔獣となると、回収した四足の魔獣を遥かに凌ぐのだろうか?

 この魔力という謎のエネルギーが存在する世界で、どのくらい奇想天外な生物が存在し

ているのか、非常に興味が湧く。

 

「強力な魔獣ね。例えばどんなのが居るんだい?」

「そうね…有名なところを言えば、北のドラゴンに、西の巨人かしら?」

「ほう!?名前からして随分と大きいのだろうね?」

 

 思わず身を乗り出してしまったせいか、少女は身を竦めてツムギの背に隠れ様とする。

 

「そ、そうね、私も実際に見たことは無いけど、巨人なんかは人間の10倍以上と聞いた

事があるわ」

「10倍!単純に全高20メートルくらいあるという事だろうか?陸上哺乳類でそれは信

じ難いな、二足歩行なのか?そんな重量を支えられるのか?いや、爬虫類である恐竜には

60メートルを超える種も居たと言うし可能か?そういえば、何処かの論文ではサイズが

大きくなる程繁殖率が下がると言う物があったような……」

 

 嗚呼、見てみたい、触ってみたい、解体してみたい…。。

 

「ドクター」

「っ!」

 

 それまで黙していたツムギの呼びかけに我に返る。

 少女も目を丸くしていた。

 

「あ、あぁ、済まない、ツムギ」

 

 咳ばらいを一つ。

 

「それで、聞きたいことは以上かな?それならば、君の状態について話そうと思うが?」

「え、ええ、それでいいわ」

 

 少女の首肯に合わせ、首肯して見せる。

 

 

 

 

「結論から言えば、君は健康体だ」

 

 目の前の悪魔の言葉に、少しホッとする。

 

「だが、生憎と私は魔力に関わる部分に関しては無知でね、その辺りは推測となる」

 

 悪魔の言葉に首肯で返す。

 

「初めはそういった疾患保持者であるのかと疑ったのだが、君には否定された。そのうえ

で先日森に生息していた魔獣を調べる機会があったのだが、君と全く同じ症状が見て取れ

たんだ」

「つまりは…」

 

 私の促すような呟きに、今度は悪魔が首肯で返す。

 

「恐らくは外的要因。もっと言うならば、先日の北の山で発生した謎の光が影響している

のではないかと思われる」

 

 つまりは、私が病気とかではないって事だわ!嗚呼、よかった。

 身体に異常は無いとはいえ、不安ではあったのよ。

 

「ただ、私の知る限りそう断言しきれない要因があるんだ」

「…それは?」

 

 持ち上げてから落とすのは止めてほしい。

 思わず生唾を飲み込む。

 

「君や魔獣と同様に魔力に関する臓器を持っている雛人、君たち風に言うならば霊鳥か?

彼等には何故か一人として発症者が居ない」

「それは──」

 

 ──何故だろうか?

 私自身に関しては、確かにあの光を見た直後に身体に異常をきたした様に思う。

 では、私や魔獣と霊鳥の違いは?

 霊鳥の特徴と言えば──

 

「──魔力消散?」

「うん?」

「霊鳥の羽根には魔力を消散させる力があるって言ったでしょ?そのせいかも?」

「なるほど、魔力という成分がどういう物かまだ理解できていないんだが…そうだね、例

えば大量の魔力を人間にあてれば似た様な症状がでるのかな?」

 

 いや、そんなこと言われても分からないわよ?そんな病気聞いたことないし、学校でだ

って習ってないし。

 

「…分からないわ。私はそんなに詳しくないし」

 

 あまり魔力学の成績が良くないからって、聞いたことがあれば分かる……と思いたい。

 

「なるほど。だが、それなら証明は出来なくても納得は出来るかな?」

 

 悪魔の問いに同意を示す。

 

「ならばこれ以上の経過観察は無意味かもしれないね。正直魔力に関しては現状門外漢な

わけだし、君は家に帰って専門家に見てもらった方がいいね」

「そうね、思う所はあるし、二度と会いたくはないけど、助けてくれた事に関してだけは

お礼を言っておくわ」

 

 このくいらいの皮肉は許して欲しいものだ。

 

「ドクター、宜しいですか?」

 

 ずっと私とあの悪魔の間に立っていてくれたツムギと呼ばれた女性が声を上げる。

 

「なんだい?」

 

 悪魔が少し意外そうに問う。

 

「彼女が一人で歩き回るには森はまだ危険が多いでしょうし、我々にとっても目的の障害

となる人間がどのような生態であるかを知るために、彼女と共に人間の街を偵察しておく

事を提案いたします」

 

 その障害の一人である私を前に、余りに堂々と言ってくれてますが……私がどうこうし

ようと意にも介さないのでしょうね……

 

「うーん、確かにね。でも、他の雛人達も心配だしなぁ」

「ですが、彼女と言う原住民のガイドが居るという事は、次には望めない機会かと」

 

 悪魔が悩みに悩んでいるが、私が案内するのは確定なのね?

 いえ、今更だし嫌とは言わないけど……街を滅ぼすとか言い出さないわよね?

 

「…君…というか、名前を聞いていなかったが、どう考えるね?」

「え!?私!?名前はイレーヌですが…」

 

 突如、悪魔に話を振られて動揺が隠せない。

 

「え、えっと…大都市なら身分証明が必要になるけど、私の街なら大丈夫だと思う?」

「成るほど、ならば、現地でのガイドをお願いしても平気かな?」

 

 正直嫌、嫌だけど…逆に、この悪魔が知らないうちに私の街に来て、知らないうちに傍

に居るとか想像するだけで心が休まらなくなる。

 ならば、案内をするだけして、間違いなく街から去った事を確認する方が安心ではない

だろうか?

 

「…ええ。いいわ。構わない。ただし、街で騒動とか起こさないで、極力私のいう事を聞

いてくれるなら」

「あぁ、勿論だとも。となると、フェネクス君はどうしようかな。一緒では間違いなく目

立つだろう」

 

 悪魔が戸口を振り返ると、門番よろしく鎮座していた赤い霊鳥が円らな瞳をコチラに向

けてくる。

 

「ドクターの『領域』に居てもらえば良いのでは?」

 

 ツムギさんの問いに、悪魔がかぶりを振る。

 

「いや、患者を収容したまま移動しようとして分かったんだがね、どうやらこの『領域』

は、内部に生物を収容した状態では動かせない様なんだ。ただ、クローニング中の生体パ

ーツや微生物の類いは収容していても移動に問題が無かったりするから、判定の基準がよ

くわからないけどね」

<では、我は一足先にフレースヴェルグ達を追おうかと思います>

 

 悪魔の言葉に、赤い霊鳥が返す。

 

「ん、そうかい?じゃぁ、集合地点を決めておこうか」

<そうですね…では、崖沿いに海まで出てしまう事にしましょうか、開けた場所なので些

か危険が伴う為、他の一族は内地側に居住地を探し、海岸には分かり易い様に我が単独で

待つ様にする…という事でどうでしょう?>

「了解。ではそうしよう」

 

 悪案が満足そうに頷く。

 

<では、我は早速フレースヴェルグ達を追う事とします>

 

 悪魔が承諾するや否や、赤い霊鳥は身を翻して去って行った。

 

「では、イレーヌ君の街を見学に行こうか!」

「はいドクター!」

「…はい」

 

 妙に上機嫌な悪魔とツムギさんに習い、憂鬱な私も返事を返すのだった。

 

 

 

 

 駆ける、駆ける。

 

 一体どうなってやがる!?

 金に困ってクロスロッド家の娘、イレーヌとかいうガキの子守を引き受けたものの、こ

んな展開を予想できるはずもないだろうが!!

 

 何事も無く、あの娘共々全員死んでいてくれたならば問題は無い。

 生死を確認するだけの余裕が無かったのが悔やまれるが、後少しでもあの場に居たら死

 んでいただろう。

 俺は目的を果たすまでは死ぬわけにはいかない。

 

 クレイズの名と顔は知られてしまっている。

 万が一を考えると、しばらくは冒険者ギルドにも顔は出せないだろう。

 名と顔を隠して街に潜伏し、奴ら全員が死んだとみなされた後に身を明かそうか、言っ

てみれば唯一の生き残り、奇跡の生還ってやつだ。

 

 だがそうすると収入源が無い。

 

「マジで参ったぜ…」

 

 そう溜息を一つ吐き、懐の拳銃にそっと指を這わす。

 

「なんだって、この世界にあの悪名高いDr.セイガーなんぞが居やがるんだ……」

 

 嘆きを込めた俺の呟きに、答える奴なんて誰もいなかった。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 人にして人に非ざる者達。

 心を感じさせぬ量産カプール達に、グランツの動揺は大きかった。

 

 悪と断じた相手にならば非情にもなれよう。

 だが、目の前の彼等は自意識さえ怪しい操り人形の様であった。

 

 全力を出せないグランツの戸惑いを前に、量産カプール達の猛攻は続く。

 

 絶体絶命の中、未だ歩く事も儘ならなかったはずのカプールが身を挺したのだった。

 

 灯が消えゆくカプールの願いに、再びグランツのディノハートが呼応する!

 

 次回『消滅の鼓動』




ドクターは好奇心を満たしたい。
ツムギはドクターと共にありたい。
別行動?
無いです。


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16話(人類最前線)

夏野菜でピクルスを作る。完成させたら山葵で食うのだ。

引っ越して、家庭菜園とかやってみたいですね。あとプラモの塗装環境も整備したいし、10畳部屋の25%を侵略している平積みの書籍共も整頓してやりたい。

引っ越そう!…いつか。


 覚めぬ鈍痛が視界を揺らす。

 

 深酒が過ぎたか、ふら付きながらも上体を起こす。

 シーツ越しに浮かぶ双丘を上下させながら眠る秘書官が目覚める気配はない。

 

「少し無理をさせたか」

 

 北方攻略軍喪失以降の後処理に忙殺されたストレスを酒で流し、女で癒す。そんな日々

だったのだが、昨夜は特に酷いものだった。

 八つ当たり気味に抱いたせいで、後に晒されるであろう秘書官の小言を思い、少し憂鬱

になる。

 

 手慰みに双丘を撫で揉んでから、皺だらけになったシャツを羽織る。

 

 部屋の隅に林立した空瓶に僅かに自重を覚えながら、自室を後にする。

 

「全滅か…」

 

 呟いた言葉が胃を締め付ける。

 

 偵察部隊の報告では、文字通りの全滅。

 唯一人の生存者も確認できなかった。

 これで北方攻略軍の討伐対象、あの『竜王』を道ずれにしていたならば救いはあったの

かもしれないが、その死骸が見つかっていない以上、本国は兵達を無駄死にと認識するだ

ろう。

 

「リガードめっ、死にたいなら一人で死ね!貴様の自慰に周りを巻き込むな!」

 

 抑えきれない怒気に、叫びながら指令室のドアを蹴り開ける。

 

「…お早うございます、中将閣下」

 

 自分の執務席に座ったまま一瞬眉を顰めただけで済ませた、この副官もなかなか図太く

ある。

 

「ああ」

 

 荒々しく椅子に身を任せ、執務机の上を見渡す。

 

「チッ、夢であってはくれんか…」

 

 昨夜、怒りのあまり部屋にぶちまけた偵察部隊から送られた報告書が整頓されている。

 少々人間味が薄いが、几帳面な副官がまとめてくれたのであろう。

 今だとて陽も昇らぬ時間だというのに、この副官はいつ寝ているのだろうか?

 案外こんな奴でも寝る時は大口でも開けているんじゃないか?などと想像が至り、僅か

に愉快になる。

 

「その後の報告としまして、リガード魔導大佐の遺体が発見されたそうです。辺りには魔

導増幅器の残骸が多数発見されている事から、大佐が大規模魔法を使用したのは間違いが

無い様です」

「そうか、大佐の独断専行も証明できるかな?願わくば、全ての汚名を背負ってもらいた

いものだが──」

 

 ──そうはいかないだろう。

 俺が詰め腹切らされるのは仕方がないとはいえ、犠牲になった者達も含め、他の将兵達

に咎が向かない事を祈るばかりだ。

 

「連合王国と言う性質上、責任の押し付け合いになるのは目に見えておりますし、穏便に

は済まないでしょう」

「平和を享受し腐り始めた中央じゃ戦争そっちのけで政争がおきてるそうだな」

 

 忌々しい限りだ。

 人類の勢力圏が最優勢とはいえ、未だ北に竜族、西に巨人族、南と南東に亜人族が戦線

を構築している。

 

「あまり言い過ぎると国家批判に当たりますので、そのあたりで」

 

 一切表情を変えず、副官が一枚の書類を差し出してくる。

 

「……!?」

 

 その内容に、思わず立ち上がり、椅子が派手な音を立てて倒れる。

 

「ゆ、勇者の派遣だと!?」

 

 単騎で軍に匹敵する、この世界で並ぶ生物は無い、神の使徒、異界の英雄、全てが全て

眉唾の存在、あんな物を連合が戦力として本気で投入すると?

 

「存在は知っていましたが、噂が事実なのか、連合が総じてカルトに傾倒したのか、判断

に困りますね」

 

 副官の言葉も尤もだが、リガードの馬鹿がつい先日証明したばかりではないのか?

 

 単騎で軍を滅ぼす存在を──

 

 

 

 

「ひっ!ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 あら、品のない悲鳴で失礼。

 とはいえ、森の中をこんな基地外染みた速度で走り抜けているのだから許してほしい。

 

「うんうん、速いじゃないか!脚力もそうだが、認識能力もとんでもないね」

「ですね!迫る木々が迫力あります!」

 

 嬉々として語る悪魔とツムギさん、そして私は巨大な蒼白の魔獣の背に居る。

 

 何でも、この魔獣は例の光の影響で内臓に多大なダメージを受けて苦痛に発狂し、結果

的に霊鳥達を襲ったのだそうだ。

 治療後は一種の刷り込みに似た状態に陥ったのか、随分とあの悪魔に懐いてしまった様

だ。

 

「よしよし、愛玩動物は飼った事はないが、なかなかに可愛いものだね」

 

 悪魔が魔獣の頭を撫でると、魔獣が「くるる」と走りながらも声を発する。

 

 ちなみに私は初対面で盛大に威嚇されたし、あまり好きになれない。

 そういえば、何故かツムギさんに対しては怯えて見えたが、気のせいだろうか?

 

「しかし、本当にこの子を人間の街に連れて行って大丈夫なの?雛人が駄目なら、この子

も駄目そうなものだけど?」

 

 ツムギさんの問いに、迫る木々の恐怖から逃れるように目をギュっと瞑ってツムギさん

の腰にしがみ付く。

 

「ま、魔獣は使役出来る人がいるから!悪…いえ、ドクターがそういったセンス持ちだと

説明すれば大丈夫!ただし、暴れさせたら使役者ごと討伐対象になるから!」

「ふぅん?まぁ、暴れたらなんとかするわ」

 

 ツムギさんの言葉に、一瞬魔獣の毛が逆立ちかけたのは気のせいだろうか?

 

「で、霊鳥は、軍需生物なので飼育は許可されてないの!」

「軍需生物?」

「ええ!霊鳥の羽根は魔力を打ち消すから、対魔法装備として需要が高く、その羽根一枚

ですら一か月は遊んで暮らせるほどなの!噂だけど、国家主導で霊鳥の管理繁殖がされて

いるとか!」

 

 恐怖と風切り音に負けぬ様に叫んだ私の言葉に、妙に冷たい沈黙が下りる。

 

「…そう。その場所とかわからないものかしらね?」

 

 しばらくの間を置いて発せられたツムギさんの言葉はやけに冷たく聞こえる。

 

「あくまで噂でしかないから、わからないけど…ただ、魔法主体で戦闘を行ってくるのは

亜人の類いが中心だから、需要の関係で中央か南西部だと思う。輸送のコストも馬鹿にな

らないし」

 

 近年、交通網が発達したとはいえ、魔導列車なんて日に数本も走れば上等な現状、いく

ら機密とはいえ遠方で行うにはデメリットが高過ぎるだろう。

 

「亜人もいるのか。いや、雛人が居るなら他の知的生物が居ても不思議じゃないか?」

 

 それまで黙っていた悪魔が独り言の様に呟く。

 

「イレーヌ君、先日話していたドラゴンやら巨人は魔法を使わないのかい?」

「え、えぇと、そちらも実物を見たことないけど、あまり使わないって聞いてるわ!」

 

 悪魔の問いに私が答えた瞬間、木々が晴れて視界が一気に広がった。

 

「お、森を抜けたか」

 

 悪魔がそう呟き、前方に視界を向ける。

 そこには私の故郷、人類最前線都市エープライムの姿があった。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 グランツのディノハートが激しく反応を示す。

 

 それは、不壊であったはずのディノハートを砕いた力。

 

 ディノハートの波動は超劣化ディノハートなど物ともせずに消滅させ、量産型カプール

達を無力化させていった。

 

 しかし、その力は無情にも超劣化ディノハートに順応する事によってかろうじて命を繋

いでいたカプールにも及ぶ。

 

 後悔と絶望に捕らわれるグランツに、カプールは許しと微笑みを残して塵と還った。

 

 皮肉にも、その姿は繰り返したくないと願ったツムギの姿が重なる光景であった。

 

 次回『絶望の英雄』




中型犬くらいのトビカガチなら私も飼いたい。


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17話(エープライム:前編)

グリドンやPoEは散々遊んだし、また新しいディアブロライクゲームが欲しい所存。


 人類最前線都市エープライム。

 または要塞都市などと呼ばれるこの街は重厚な壁が特徴であり、設置された三百門もの

対空バリスタが威容を放つ。

 この地は、北の樹海の果てに竜王率いる竜族が住まう霊山を望み、西の海峡を挟んだ先

は巨人族の領土となり、人類にとっての侵攻と防衛における要点である。

 

 であるにも関わらず街への出入りはかなり自由であり、貴族から浮浪者まで混沌たる住

民達が往来している。

 これに至った大きな要因としては、ひとたび戦端が開けばとにかく人が死ぬ。兵士が死

に、傭兵が死に、従者が死に、落ち穂拾いが死ぬ。

 どんな人材であろうととにかく不足するのだ。ならば全てを受け入れれば壁ぐらいには

なろう。と言うのが街側の考えだ。

 この考えを後押ししているのが。この地に亜人が存在しないというのが大きい。

 つまりは人間を装ったスパイの心配がいらないのだ。

 

 そんな現状、貴族や商人は例外としても、住民は誰しも自分の事で手一杯で他人に意識

を向ける事なんて滅多にない。

 

 だというのに──

 

「お、おお?イレーヌ君、イレーヌ君!これは何だい?」

 

 瞳を輝かせ、本日何度目かの呼びかけに思わず赤面する。

 

「あぁ、もう!これじゃド田舎から出て来た御上りさんじゃない!」

 

 私の叫びに、余計に周囲の人々から笑いが漏れる。

 この悪魔にしても、ただの日用魔導雑貨の何が珍しいのか、溢れんばかりの好奇心を発

揮して燥いでいるばかりだ。

 頼みの綱であるツムギさんも、それをただ微笑ましそうに眺めているだけ。

 

 こっそり辺りを確認してみれば、大勢の注目を浴びてしまっている。

 中には昼間から呑んだくれた奴や、フードで顔を隠した様な奴、仕舞には乞食の様な奴

まで見える。

 そんなこの街のゴミにまで奇異の視線で見られるとか、もう、羞恥で顔が熱い。

 

 

 経緯を振り返るならば、街にはすんなりと入ることができた。

 

 魔獣に関しては少々驚かれたが、予想以上にあの悪魔に懐いている様で、入管の手続き

をしている間など、悪魔の足元で丸くなっていた程だ。

 もっとも、丸まっていても私の肩口くらいのサイズであったのだが。

 

 その後は宿を手配して魔獣を預けたのだが、そこでも特に暴れる事も無く、悪魔と離れ

る事に少し名残惜しそうであった程度だ。

 

 そして街の散策がてら商業区画を訪れたのだが……この有様である。

 

「ほら!ツムギさんと一緒に冒険者ギルドにも一緒に行くんでしょう!?」

 

 私は森での顛末をギルドに(都合良く)報告しなければならないのだ。

 なんとかして賠償やら何やらからは逃れたいところ。

 

 そんな事を話したら、行ってみたいと言い始めたのはツムギさんだ。

 

「あぁ、そうだったね。私も少し興味があったんだ、行こうかツムギ」

「ですねっ」

 

 悪魔の言葉に、ツムギさんが嬉しそうに答え、じゃれつく様に寄り添って歩き始める。

 

 ツムギさんの男の趣味の悪さだけは分からないわ──

 

 

 

 

「では、再編成の目途はつかないわけか……」

 

 報告を聞いた俺は、思わず天を仰いでいた。

 

「ヴュルガー様、軍と都市の共同声明である以上間違いないと思われますが、如何致しま

すか?」

 

 従者の伺いに、些か迷う。

 

 噂に過ぎないが、エープライムの悲願である竜王討伐が失敗に終わり、軍に多大な損害

が出たと聞く。

 それが事実ならば、討伐軍の再編には時間がかかるだろうし、ましてや西方平定などい

つになるかも想像できない。

 

「竜退治も巨人退治も望めないならば、この街に逗留する理由も無いか。先に戻ってこの

街から引き払う準備をしてくれ」

「わかりました。いつ頃街を立ちますか?」

「そうだな…俺はもう少し情報を集めてこようと思うし、出立は明朝にしよう」

 

 俺の言葉に従者は理解を示し、一礼して去ってゆく。

 

 俺の我儘でしかないというのに、良くも尽くしてくれている。

 

 そんな感謝の念を抱きつつ視線を動かせば、ふとした違和感。

 普段感じている物が突然欠如した様な、そんな不安感とも言える感覚。

 彷徨った視界が行き着いたのは、一人のローブ姿の人陰であった。

 顔までフードで隠しているだけに、人相や性別は定かではないが、体格や足運びからし

て男であろう。

 随分と慌てた様子で小走りで過ぎ去っていくが、あの程度の不審な輩はエ-プライムで

は珍しくも無い──のだが──

 

「──魔力を感じない?」

 

 人間であれば、強弱はあれども須らく魔力が満ちている様な感覚があるはずなのだ。

 確かに、技能として気配と共に魔力を隠蔽する事は可能だ。

 しかし、それは熟達した者だけが得られる高等技術であり、未熟者では凡そ身につけら

れるものではない。

 

 だというのに、あの者は動きからして洗練に欠け、気配も隠す様子が無いのに何故か魔

力だけ感じないという、何ともアンバランスな存在に感じられた。

 

 この街で望む結果は得られなかったが、随分と面白そうな者が居るではないか?

 

 自然、口角が上がる。

 左手が腰に佩いた剣の柄をなぞる。

 

 少し、期待に心が弾んだ。

 

 

 

 

「うぅ~ん、読めませんね、ドクター」

「言葉は通じるのに、文字は読めない。あの自称神も随分と杜撰な仕事をするね」

 

 私が依頼書などが張られた掲示板の前で呻いていると、ドクターが溜息交じりに応えて

くれる。

 

「あぁ、それ。理解はできるのに、意識をすると知らない言語だと認識できるのが変な感

じですよね」

「そうだね、もしかすればこの能力は本当に急場しのぎでしかないのかもね。遠からず自

力で習得しておいた方が良いかもしれない」

 

 ドクターの言葉に、少し好奇心が揺り動かされる。

 

 あんな身でなければ、とは言うまい。両親も望んで病弱に生んだわけでは無いし。

 あるのは、少しばかりの学園生活への憧れくらいだ。

 

「ツムギ…一緒に学んでみようか」

「はい!」

 

 相変わらずドクターに気を使わせてしまっているのは不甲斐ないばかりだが、その提案

は実に魅力的だった。

 

 

 

 

 まぁ、いいんだけどさ。

 掲示板前で何やらラブコメオーラ出している二人は置いておくとして、こちらの用事も

巧い事収めたいところだ。

 

 カウンター越しの受付嬢に視線を戻す。

 

「イレーヌさん、つまりは派遣した三名の冒険者の生存は絶望的だということですか?」

 

 受付嬢の表情は厳しく、若干の猜疑の視線が私に向けられているのが分かる。

 

「少なくとも二名の死亡は確実です。空が光ったと思ったら、突然魔獣が襲い掛かってき

ました。その時、私の従者も私を逃す為に死んでしまい、私、必死に物陰に隠れて…」

 

 ここで言葉に詰まった演技を挟む。

 多少の同情の色が受付嬢に浮かぶ。

 

「なるほど…少々お待ちください、いくつか懸念事項がありますので、確認を取ってまい

ります」

「…はい」

 

 ──失敗したか?もしくは、まさかではあるが逃げた冒険者であるクレイズが生きて戻

って、先に都合の良い報告でもしたか?

 あの悪魔の説明によれば、あの謎の光による症状は致死的であり、よほどの幸運が無い

限りは助からないであろうという事だ。

 つまりは、私の様に救われるとか。

 何故か、素直に幸運だと喜べないのだが。

 

 ともあれ、報告に関しては多少時系列をずらし、暴走した魔獣に襲われたという事にし

たのだ。

 実際、異形化した魔獣である赤い霊鳥にやられたのは事実だ。

 

 若干緊張しながら、奥のギルド長の執務室らしき部屋に消えていった受付嬢を待つ。

 

 

 ──意外に待たされるわね……

 

 些か待たされ過ぎて、緊張感や不安よりも苛立ちが勝り始めて来た。

 まるでそれを見越したかの様に、ようやく受付嬢が一人の男を伴って戻ってきた。

 

「イレーヌさん、お待たせしました。申し訳ありません、こちらの方が状況を御聞きにな

りたいとの事なので、もう一度御話ししていただいてよろしいですか?」

 

 物腰柔らかに受付嬢がそう切り出すが、隣の男に対して緊張を隠しきれていない。

 

 男は一部の隙も見せぬ着こなしで軍衣を身に纏い、洗練された動作で私に対して一礼を

する。

 柔和な笑顔を向けてきてはいるが、その奥には冷徹さを感じさせた。

 

「は、はい。それでは──」

 

 当然私に拒否する事など出来るはずもない。

 この男の軍衣につけられた徽章を見れば、その立場が推し量れる。

 かなりの高官、しかも魔導将校だ。

 

「なるほど、実は我々も北の森での異変に対する原因調査を行っています。お話の通り、

魔獣の凶暴化が確認されているからですね。それで、その際に何か魔獣や貴女御自身に異

変の様なものはありませんでしたか?」

 

 私の話を聞き終えた男は、簡単に自身の任務に触れてから私に問う。

 

「え?えっと、隠れているうちに意識を失ってしまい、詳細は……」

 

 いかん、緊張でボロが出てしまいそう。

 無理な嘘や誤魔化しはしないが吉だろう。実際気絶したし。

 

「なるほど。御話しありがとうございました」

 

 男は再び一礼し、受付嬢に一瞥をくれる。

 

「あっ、はい。ではイレーヌさん、今回の件については森での異変調査が終了後に改めて

判断させていただく事になります。状況次第ですが、賠償等は発生しない見込みです。後

日また御話を伺わせていただくかもしれませんが、御協力を願います」

 

 受付嬢の言葉に安堵と共に了承を返した時には、既に男の姿は無かった。




前中後に収まるかな?

ツムギは年齢的にJK


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18話(エープライム:中編)

ふと、金目鯛の煮つけが作りたくなる。
 ↓
スーパーで金目鯛が売ってない
 ↓
金目鯛の旬を調べる
 ↓
6~9月以外
 ↓
絶望


「──魔導少佐からの報告書になります、シェムズ閣下」

 

 机の上に置かれた書類を手に取り、視線は自分のデスクに戻る秘書官の左右に揺れる尻

を眺める。

 限界まで堪能し、漸くと書類に目を落とせば、北方攻略軍──具体的にはリガード──

がやらかした影響で、霊山の麓に広がる森で起きている異変についての調査報告書だ。

 

「随分と律儀に報告してくるじゃないか」

「取り決めでは情報の共有を義務付けられていますが、同じ陸軍でも我々歩兵科と魔導科

は仲が悪いですから、意外ですね」

 

 俺の呟きに、副官が律儀に答える。

 

「真面目な奴なんだろう。他の魔導科、特に魔導研究開発部の気狂い共にも見習って欲し

いものだな」

 

 吐き捨てる様に言い放ち、再び書類に目を落とす。

 

「ふむ、イレーヌ・クロスロッドね…クロスロッド…どっかで聞いたな?」

「それならば、近年軍部に物資の納入を行い始めた商家が、同姓であったかと」

 

 間髪入れず、今度は秘書官が答えるが、欠片も視線をコチラに向ける素振りすらない。

 やはり、先日の一件でご機嫌が斜めな様だ。

 後でご機嫌取りに何かしてやらんといかんな……

 

「なるほど。しかし、あの森からの唯一の生還者か……あの魔導少佐は『362号』につ

いて知ってると思うかね?」

 

 一応軍部の上層しか知らないはずだが、魔導科内での情報の秘匿レベルまでは分からな

い。

 

「恐らくは知らないのではないかと。でなければ、魔導科の不祥事に関わる情報をこちら

に回してきたりなどしないと思われます」

「それもそうだな。よし、このイレーヌ嬢を一度医療科で検査をしてもらう様に手配して

くれ」

 

 副官の言葉に同意を示し、次いで指示を飛ばす。

 

「分かりました。クロスロッド家にもその旨を伝えておきます」

 

 秘書官はすぐさま書面を手配し始める。

 

「さて、それで?件の勇者殿は何時頃参られるのかな?」

 

 たっぷりの皮肉を込めて、副官を見やる。

 

「現在勇者は東方の亜人戦線から中央へ帰還したばかりの様で、最低限の休養を挟んだ後

の出向との事です。こちらに到着するのは早くて一ヶ月後かと」

「一か月程度じゃこちらの再編は間に合わんな。上層部でどうしてもと言うならば、勇者

殿にはフリーハンドで動いてもらうしかないな」

 

 つまりは、文字通り全滅した陸軍は何もできんから、やりたきゃ一人で勝手にやれと言

ったところだ。

 勇者なんて胡散臭い存在に、兵士の命を預ける事など出来たものではない。

 

「では、そのように」

 

 副官が承諾し一度視線を手元に落としたと思ったら、すぐさま視線をこちらによこす。

 

「そういえば、ヴュルガー殿から竜王討伐に対する攻略軍再編についての問い合わせがあ

りました」

「ん?あの坊や、今この街に居るのか?」

 

 俺の問いに副官が首肯する。

 

 随分と間の悪い──いや、なまじっか先の攻略軍編成に間に合ってしまっていたら大惨

事であったろうし、間が良いのか?

 だが、戦力としては勇者などよりも余程信頼が置ける相手だ。

 とはいえ、形だけの再編だけにしても少なくとも半年以上はかかるであろうし、それま

で待ってくれとは言えないな。

 

「そうか、一応再編予想時期と、勇者についての情報もついでに回してやってくれ」

 

 指示を終えると、身を背もたれに預け、深く思考する為に目と瞑る。

 

 さて、どうやって秘書官の御機嫌を取るべきか──

 

 

 

 

 クルクルと指先で鳥の羽根を弄ぶ。

 

 この街での滞在費なら出すとイレーヌ君が言ってくれたのだが、流石に気が引ける。

 試しに手元にあった雛人の羽根を数枚冒険者ギルドで引き取ってもらったならば、金貨

にして数十枚程いただいた。

 イレーヌ君曰く随分な大金らしく、平素な生活ならば数か月は暮らせるらしい。

 

 今日一日街を巡ったが、人類の最前線と呼ばれる街にしては悲壮感が薄かった。

 確かに戦いが起これば多くが死ぬ様な街ではあるが、その戦端すら開くのは人間側だ。

 魔獣は少し賢い動物でしかなく組織立って攻めてくる事など無いし、巨人は地形的に海

に挟まれた細長い陸地で繋がっており、双方攻めに転じにくい。

 つまりは、目と鼻の先に居るドラゴンさえなんとかなれば人類圏が脅かされることは無

いらしい。

 例外としては、空を飛ぶ魔獣に対しての神経質までの防衛網だろう。

 

 そういえば、イレーヌ君にこの街の威容を誇る対空バリスタ網の説明を受ける時に聞い

たのだが、この世界に空軍と言う物は無いらしい。

 勿論、構想はあるし、度重なる実験は行われているらしいが、何しろ魔法で飛ぶ人間は

基本的に生身だ。

 飛行型の魔獣に襲われれば、多少の人数差があろうとも、ただの餌になるだけだという

のが現状らしい。

 自力で飛べてしまうが故に、機械的に飛ぶ発想が出ないのだろうか。

 

 ──トントン

 

 宿屋の自室で、そんな思考に耽っていると、不意に扉が控えめにノックされる。

 

「ドクター、まだ起きていますか?」

 

 寝ていた時を考えている為か、些か声が小さいがツムギの声だ。

 起き上がるのが少々億劫だったが、すぐに扉の鍵を開けに向かう。

 

「やぁツムギ、どうしたんだい?」

「夜の町とか見に行きませんか?」

 

 少し興奮気味のツムギだが、気分的には修学旅行といった塩梅だろうか。

 

「こんな時間にやってる店とかあるんだろうかね?」

「それを見に行くんじゃないですか!あっ、如何わしい場所は駄目ですよ?」

 

 ツムギの言う事ももっともだ。

 何事も百聞は一見に如かずだ。

 

「ツムギは未成年なんだし、お酒も駄目だよ?」

 

 その台詞に悪戯がばれたかの様にペロリと舌を出す。

 

「ここの世界では年齢制限とかないかもじゃないですか」

 

 ツムギは少し口を尖らせながら部屋から誘い出る。

 

「法律とかはどうでも良いんだよ。問題は若いうちの飲酒はリスクが大きい事だ。依存し

易いし、脳への障害や成長阻害の可能性も高い」

 

 そう言いながら、ベッドに投げかけていた白衣をコート代わりに羽織る。

 

「ドクターが強化してくれたこの体なら、問題ないと思うんだけどなぁ」

 

 まだ不満そうなツムギに苦笑を返し、夜のエープライムに足を踏み入れた。

 

 

 

 

「イレーヌ!」

 

 玄関ホールに入った途端、鋭い声で父が呼び咎めた。

 

「っ…お父様、ただいま帰りました」

 

 父の横には難しい顔の母まで控えており、明らかに二人は怒っている様に見える。

 

 きっとギルドの方から話が行ったのだと思われる。

 勝手に冒険者と契約をして、挙句がその冒険者を死なせたのだから、家の立場的にもギ

ルドに弱みを握られてしまったのが不味かったのだろう。

 後は私の護衛と言うか、我が家の警備長を担っていたアルドラを死なせた事もあるか。

 

 クロスロッド家は所謂成り上がりだ。

 しかも大成功とはいかず、なんとか軍需に絡む事が出来た中堅どころで、風聞次第では

消し飛びかねない。

 その中途半端さが学園でも随分と侮られる要因となっている。

 勿論、私自身の凡庸さが拍車をかけているのは否めないが、何も突き抜けられるものが

無いというのも真綿で絞められる様な苦い日々を招く。

 

 少しの暗い気持ちと、両親の怒りに憂鬱さを禁じ得ない。

 

「この度は申し訳ありませんでした。お父様の立場的にも寛恕出来ない不利益を与えてし

まい、悔やんでも悔やみきれません」

 

 深く頭を下げ、両親から表情を隠す。

 

 長い小言を想像するだけで溜息が出そうだ。

 

「お前はっ…」

 

 父が激昂しかけたが、遮る様に突如私を母が抱き竦める。

 

「!?お、お母様?」

 

 訳が分からず自由に動かせる顔だけで父を伺うが、その父も不満そうながら黙したまま

だ。

 

「本当に…本当に無事で良かったわ、イレーヌ」

「お母様…」

 

 意外にも、母は泣いていた。

 

 

 母が泣く所など生まれて初めて目にする。

 母はいつだって厳しく、父の右腕として商会でも辣腕を振るう。

 私の事なんて──

 

 再び、身を覆うような感覚。

 それは父が私と母を共に抱き留めるものであった。

 

「お前が、家庭や学園で不満を抱えていたのは知っていたのだ。だが凡庸な我々ではお前

の境地を正す事が叶わぬ。例えお前に蔑視されようとも、力を、そして不自由の無いお前

の未来を…この道しか選べなかった不甲斐ない私達を許してくれ…」

 

 父が後悔を口にする。

 

 

 父が嘆く姿を生まれて初めて目にする。

 父はいつだって仕事に向き合い、決して私を振り返らない。

 ──私だって。

 

「──少しでも、家の役に立てればッて……」

 

 私の呟く様な言葉に、抱き締める力が少し強まる。

 

「あぁ、ああ、分かっているとも。お前が己の力で状況を変えようと足掻いた事も」

「でもね、イレーヌ。貴女に何かあっては意味がないの。私達が一番大切に思っているの

は貴女なのだから」

 

 何と言う身勝手、何と言う独善。

 せめて言葉にしてくれたっていいじゃない?

 

 ぼやける視界の中、喉の奥が嗚咽に痙攣しそうになるのを抑え込み、グッと俯く。

 

 才能が無いというのは残酷な事だ。

 この二人が必死に、護るべき家庭すら顧みず努力して、努力し続けて、やっと人並みの

少し上を歩ける。

 そんな苦労などする必要などなく、普通に生きれば普通の幸せを得られるだろうに。

 全ては私の為?私が普通であるより上で居られる様にと?

 

 良くある話だ。

 子に多くの選択肢を。

 そして子を不幸にするのだ。

 

 私の内にある両親への蟠りは簡単には消えないだろう。

 でも、言葉にできた今、二人と少しだけ歩み寄れる可能性ができたのかもしれない。




ネグレクト案件は唐突感半端なし。


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19話(エープライム:後編)

世のガンプラ転売騒動が加速してる?


 ──だと言うのに──だと思えたのに──

 ──不運は何時だって付きまとうのだ──

 

 ──ただひたすら、闇夜のエープライムの街を裸足で駆ける──

 

 

 

 

 陰から陰へ。

 夜のエープライムの街を縫う様に歩く。

 

 チラリと背後を伺えば、相も変わらず一定の距離で『奴』の姿があった。

 『奴』が腰に佩いた剣が音を立て、常に追い立てている様だ。

 

 満天の星より明るい繁華街の雑踏を潜ろうとも、夜空よりも暗い路地裏に溶け込もうと

も、『奴』は常に此方を捕捉し続ける。

 

 埒が明かない。

 

 『奴』の正体は知れないが、歓迎すべき状況でないのは確かだ。

 フードを目深に被り直し、意を決する。

 

 次の角を曲がった瞬間、ローブを棚引かせながら全力で駆けだした。

 

 形振りを構わない逃走に、道端に座り込んでいた乞食共が怯える様に身を顰め、売人ら

しき連中も呆然と姿を見送る。

 こんなところで目立つのは非常に不本意ではあるが、最悪はこの街を離れる事も考える

べきだろう。

 

 舌打ちをしつつ背後を伺うが、『奴』の姿は伺えない。

 だが、安易に逃げ切れたと考える程優しい世界でもあるまい。

 

 経路としてはこのスラム街を駆け抜け、商業区から南西門へ向かう。

 駄目なら駄目で、そのまま町を離れよう──

 

 風で捲り上がりそうなフードを抑えるて、大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 それに気づいたのは、本当に偶然であった。

 

 この街でも随分と魔導具が普及し、夜でも気軽に照明が使えるようになった。

 蝋燭や油を使っていた頃は、日が暮れたら就寝と言う家庭も少なくなかったそうだ。

 もっとも、生活習慣がそうそう変化するわけでもなく、我が家でも宵のうちには床に就

く。

 

 くぐもった様な女の声。

 方向と距離からして母だろうか?

 今思えば私の事があったから控えていたのだろう、『アレ』であろうか?

 

 少しばかり、ほんの少しばかりの興味に赤面しつつ、そっとベッドから抜け出る。

 

 いくら話し合い、少しばかり家族仲が改善したばかりとは言え、軽挙では?

 実にけしからないのではないかと思うのですが、如何でしょう?

 

 ワンピース状の浅葱色のパジャマのまま、極力音をたてない様に扉を少し開け素早く身

を潜らせる。

 

 暗い廊下、月が出ていないのか、端まで見通せない。

 扉に打ち付けられた、私の名前『イレーヌ』と刻まれたプレートも読み取れない程だ。

 普段は手持ちのランプを持つから気にならないが、置かれた棚などのシルエットが一層

不気味に映る。

 こんな時の為に、光量を抑えた魔導灯なんかがあったら便利ではないかしら?

 魔導灯の製造過程で、一定以下の性能の製品は破棄されるらしいが、色々使えそうな気

がする。

 少々思考が迷走してはいるが、特に問題は無い。問題は無いのだ。

 

 どうしようもなく悪い事をしている感覚に、心臓が早鐘の様に鳴り響く。

 些か歩き辛さを感じつつも、両親の寝室の方へ忍び寄っていった。

 

 ──不意に静寂が満ちる。

 

 『終わった』のか、はたまた気付かれた?

 

 思わず物陰に身を隠す。

 再び鼓動が速くなり、冷や汗が滲んでいた。

 息を殺し、聞き耳を立てていると、僅かな軋み音を立てて扉が開く音がした。

 

 数舜、室内の仄かな光が逆光となる。

 それは音もたてず、そっと歩みだす。

 一人、二人、三人……。

 

 おかしい。

 何故両親の部屋から出て来たのに二人以上なの?

 夜回りの使用人?

 それにしたって両親の部屋から揃って出てくるのが分からない。

 何より、何故灯りを手にしていないのだろうか?

 

 疑問が巡る中、三人の人影は目前を通り過ぎる。

 幸いこちらに意識を回す事も無く、見つからなかった様だ。

 でも、あの先にあるのは私の部屋だけだ。

 

 ゾッとした恐怖が走る。

 シルエットだけだが、どう見ても母らしき髪の長い人影は無かった。

 そう意識すると、あの三人の体格は父とも違う気がしてくる。

 両親ではない、なのに両親の部屋から出て来た。それが更なる恐怖を引き寄せる。

 

 三人の人影を見送った後、少し迷ってから両親の部屋へと向かう。

 扉に耳を当ててみるが、中からは音がしなかった。

 ゆっくりと扉を開け、身を捻じ込むや否や扉を閉める。

 そして大きく息を吐いた。

 

 部屋の中は魔導灯ではなく、窓際の小さなテーブルの上に置かれた蝋燭の光により仄か

に照らされていた。

 蝋燭の光の下、テーブルの上には飲みかけのグラスが二つ置かれ、対の椅子の上で父が

転寝した様に俯いている。

 そして暗く照らされたベッドの上には母が四肢を放り出して伏せっていた。

 

 人が出入りしたというのに、部屋の主が眠っているもの?

 でも、そう。きっと眠っているのよ。

 でないと──

 

 震える体を強引に動かし、眠っているはずの父の傍にある窓を開けバルコニーに出る。

 涼やかな風が肌を撫でていく。

 窓に鍵は掛かっていなかった。

 そしてバルコニーの手摺りには括りつけられたロープが一本。

 

 7m程あるが、二階の寝室から外に出るだけなら私でもこのロープを伝って行けるかも

しれない。

 

 ただただ、この場から去りたい一心でロープに身を預ける。

 想像したよりもバランスが悪く、振り子の様に振れるばかりで遅々として地面に辿り着

かない。

 手が痛い、腕が震える、脚がロープの表面を滑るばかりで身を支えてくれない。

 道半ばの地面を一瞥し、喘ぐ様に天を仰ぐ。

 

 

 ──目が合った──

 

 

 目出しの覆面の奥、凝視する瞳に目を見開き返す。

 

「ひっ」

 

 悲鳴の代わりに息を呑む。

 

「逃げてるぞ!」

 

 覆面の──男の声だ──鋭い叫びに、恐怖のあまり手から力が抜けてしまった。

 一秒にも満たぬうちに、全身を衝撃が襲う。

 

「いっ…」

 

 苦痛に呻くも、天を仰いだままの視界がロープに手をかける覆面を捉える。

 

 あれは何?

 強盗なの?

 溢れる恐怖心に、巧く立てない。

 いや、もしかしたら何処か怪我をして立てないのだろうか?

 

 ついには覆面がロープを掴み、その身を宙に放り出す。

 その背後のバルコニーには二人の人影。

 その光景は、這い寄る死を彷彿とさせた。

 

「っ!炎よ!」

 

 恐慌寸前で放った魔法の炎がロープ上の覆面を包み込み、悲鳴と共に焼き切れたロープ

ごと地面に落下し鈍い音を立てた。

 焦点が定まらない視界の中、荒い呼吸を数度繰り替えすが落下した覆面は動かない。

 

 頭上で慌てた様な話声が聞こえてくる。

 見上げれば、落ちた覆面の仲間と思しき同様の覆面姿の二人が、バルコニーの奥に姿を

引っ込めるのが見えた。

 

 逃げよう。

 何処へ?

 

 その時、何故か思い浮かんだのは、あのドクターと呼ばれた悪魔の姿であった。

 

 裸足のまま立ち上がり、走り出す。

 

 足が痛い、背中が痛い、腕が痛い、手が痛い。

 溢れる涙はきっと痛みのせいだ。

 

 

 決して、背にナイフを突き立てたまま血に沈んでいた母のせいではない。

 

 決して、首にロープを巻き付けたまま目と口を開いたままだった父のせいではない。

 

 

 一層涙が溢れ出る。

 

 何処にこんな大量の水分があったのだろうか?

 

 

 ──折角、私の事を見てくれたのに──

 

 

 喉から溢れる慟哭が、闇夜のエープライムの街に響いた。




余裕で3話で終わらなかった。
エープライム編は多分後2話(予定)


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20話(エープライム:後編の後編)

エスプレッソメーカーを買ってしまった。
コーヒー1cupと聞けば160ccくらいと考えていたので、
1ℓ想定で6cup物を買ったら、実はエスプレッソは1cup
50cc換算らしく、300ccしか抽出できなかった。

後から友人に言われたが、エスプレッソを1ℓがぶ飲みする奴は
居ないとの事だった。

絶望。


 見上げれば満天の星。

 身を委ねる砂浜は、陽の残熱で仄かに暖かい。

 寄せる波の音だけが世界を満たす様で、些か孤独感を感じる。

 

<ドクターは御元気だろうか?>

 

 赤い羽根を弄ぶ潮風に少し肌寒さを感じながら呟く。

 

 幸い、何事もなく皆と合流は出来た。

 犠牲者は居ない。

 カイムも朝には動けるだろう。

 

 全てはドクター──天使様の御蔭だ。

 そして、我が窮地を救って頂いた新たな天使様であるツムギ様。

 滅びの未来しか見えなかった我等に訪れた福音。

 不甲斐ない我等を見兼ねた女神様のご采配なのであろう。

 

 もっと強くならねば。

 

 今は女神様や天使様の御力添えを頂くままであろうとも、いずれは己の力で──

 

<フェネクス?こんな所にいらしたのね>

<…フレースヴェルグか、皆は落ち着いたか?>

 

 首だけで振り向けば、白い翼のフレースヴェルグがゆっくりと歩み寄ってきていた。

 

<ええ。この辺りは暮らすには向きませんけれど、外敵らしい外敵は居ませんからね>

 

 フレースヴェルグの言う通り、海辺に近づきすぎなければ襲い掛かって来る様な外敵は

いないであろう。

 しかし、代わりに水も食料も望めない。

 天使様達が如何程で御戻りになられるかは分からないが、明日はフレースヴェルグに留

守を任せて物資調達に行くべきだろう。

 

<これから私達は何処へ行けばよいのかしらね……>

 

 ポツリとフレースヴェルグが呟く。

 

 力を得たとはいえ、彼女もまた不安なのだろう。

 仮初であったとはいえ、安住の地は失われた。

 またあの騒動が起こるかもしれないと思えば、森に帰るのも躊躇われる。

 かと言って、森から出れば人間のテリトリーだ。

 

<…それでも森に留まるしかないわよね…>

 

 我が思考を読んだかの様に、再び呟く。

 

 森と御山と海と人間の縄張り。

 我らの知る世界はそれで全てなのだ。

 

<御力に縋るばかりでは情けないにも程があるが、天使様達が御戻りになられたら相談に

乗って頂こう>

<そうね、新たに降臨なされた天使様にも御挨拶をせねばなりませんわ>

 

 お互い頷きあい、何気なく見上げた空は、相も変わらず満天の星を湛えていた。

 

 

 

 

 何故であろう?

 

 何故こんなに疲れ果てているのだろう?

 何故こんなに痛みに耐えているのだろう?

 

 顎が上がり、空気を求める様に喘ぐが、かと言って足を止めるわけにはいかない。

 

 何故こんなに悲しいのだろう?

 何故こんなに恐ろしいのだろう?

 

 疲労と恐怖心が混ざり合い、後ろを振り返る事などできない。

 もしかすれば今にも追手の手が背後に届くかもしれないという想像が、さらに恐怖を加

速させる

 

 何故、何故何故この私、イレーヌ・クロスロッドが、こんな目に合わねばならないの!

 

 最後に残るのは、理不尽に対する癇癪にも似た怒り──

 

 

「おいっ!」

 

 突如右手首を掴まれる。

 

「ひっ!?」

 

 途端に恐怖が全身を貫き、呼吸が止まる。

 

 見えているのに何も見えない。

 喉が痙攣して声が出せない。

 心臓が痛い。残った僅かばかりの力が、全力で稼働させているかの様だ。

 

「いいからこっちにこい!」

 

 そのまま碌な抵抗も出来ずに路地の影に引きずり込まれる。

 

 思い浮かぶのは父と母の最期の姿。

 あんなのは嫌だ!

 

 藻掻き、叫ぼうとするが、慌てた様に押さえつけられ、口元を掌で覆われる。

 

「馬鹿野郎!追手に気付かれるだろうが!」

 

 抑えた声ながら、怒りを滲ませた男の声が私を叱責する。

 

 埃に塗れた古びたローブ、目深に被ったフード。

 どう見ても浮浪者の類いにしか見えないが、その声には聞き覚えがあった。

 

 私を隠す様に物陰へ押し込め、己も身を潜める。

 そんな間近に迫った男の顔が、フードの合間から伺えた。

 

「クレイズ!?」

 

 驚愕で漏れた言葉に、男──クレイズは苦々しい表情を浮かべる。

 

「ちっ、やっぱりクロスロッドの嬢ちゃんか…昼間に市場で見かけて、まさかとは思った

が……取り敢えず、もっと声を落とせ」

 

 この男には色々言いたい事もあるが、今は見知った顔であるだけに多少の安堵を感じ、

素直に声を潜める。

 

「…なんでこんな所に居るのよ?」

「詳しい話は後だ…あの黒尽くめの連中は何者だ?」

 

 見れば、見覚えのある覆面の男達二人が、少し焦燥感を滲ませながら辺りを見回してい

た。

 

「知らないわよ。家で寝てたら突然襲い掛かってきて……強盗か何かじゃない?」

 

 極力感情を表に出さない様に、つっけんどんに返す。

 

「なら、こっちとは別口か?その強盗とやら、あの二人で全員か?」

「……多分。一人は逃げる時に倒せたっぽいし、少なくとも私はその三人以上は見かけて

ないわ」

 

 クレイズは一度だけ頷いて見せた。

 

 

 

 

 二人の黒尽くめをじっくりと観察する。

 

「クレイズ?」

 

 口を閉じた俺に不安でも感じたのか、嬢ちゃんが見上げてくるが、手で制する。

 

 黒尽くめの二人組。

 片方は荒事に慣れている様で、なかなか堂にいった佇まいで、右手に黒塗りのブラック

ジャックの様な──棍棒にしては短い──武器を持っている。

 対してもう片方は無手で随分と素人染みており、盛んに周囲を見回している。

 

「…あの棍棒野郎だけなら俺でも何とか出来そうか?だが、あの素手の奴…魔導士か?」

 

 魔導士なら真っ先に叩くべきだが、その状況で棍棒野郎に対処できる自信は無い。

 チラリと嬢ちゃんに視線を走らせる。

 

「そういえば、嬢ちゃんも魔導士だったな?」

「え?いえ、見習い程度で…一人倒せたのも、高所から落下させられただけよ?このまま

隠れて凌いだ方が良いと思うわ」

「俺があの魔導士野郎を倒す時間が稼げれば十分だ。実はこっちも追われててな……そっ

ちを処理するのを手伝って欲しい」

 

 確かに目の前の二人はスルー出来るかもしれないが、アッチのストーカー野郎を撒く自

信がないし、嬢ちゃんの力を借りたい。

 ストーカー野郎さえ何とかなれば俺としては御の字だが、下手に黒尽くめと徒党を組ま

れても面倒と言うのが本音だ。

 

「…わかったわ。ただ、私は炎くらいしか使えないから、きっちり処理しないと其方の追

手の目印になるだけよ」

「オーケー、じゃ、二人まとめて燃やしてくれや」

 

 そう言って、俺はローブの中で後ろ越しに差していた鉈に手をかける。

 一瞬、嬢ちゃんに視線を送れば、心得たとばかりに嬢ちゃんが手を前に突き出す。

 

「炎よっ!」

 

 瞬間、路地の影を食らい尽くす様な赤い閃光と共に、視界が炎に包まれる。

 チリチリと肌が炙られる中、俺は一気に踏み出した。

 

 狙うは魔導士らしき黒尽くめの首筋。

 一撃で動けなくするには最善と考える。

 そして返す刀でもう一人だ。

 理想通りにいかなくても、魔導士野郎さえ倒せば嬢ちゃんと二人でならなんとかなる!

 

 視界は未だ炎に遮られているが、魔導士野郎が居た場所に向け全力で鉈を振り上げる。

 

 

 ──突如として炎が掻き消える。

 

 

「あ?」

 

 開けた視界、そこには魔導士野郎を庇う様に立つ棍棒野郎。

 左手の袖で顔を守る様にしているが、そこに焦げた様な痕は無い。

 

 完全に想定外の光景に俺の一撃は虚しく空を切り、棍棒野郎のテニスのスイングの様な

掬い上げた一撃が、逆に俺の左脇腹を捉える。

 

「うっ、ぐ…」

 

 思わずリバースしそうになるが、呼吸もままならぬまま数歩下がる。

 

「れ、霊鳥の羽根!?」

 

 後ろからは悲鳴にも似た嬢ちゃんの声が聞こえる。

 

 ──が、なるほど。

 あれがあの巨大ヒヨコの羽根の効果か。

 恐らく棍棒野郎の服にでも織り込まれているのだろう。

 

「風の刃よ!」

 

 そんな思考を遮る様に、魔導士野郎が魔法を放つ。

 

 闇夜では視認など叶わぬ風の刃が、咄嗟に身を捻った俺の左上腕部を大きく切り裂く。

 

「いぎっ…ってぇ…」

 

 激痛に鉈を取り落とし、また数歩下がらせられる。

 

 かなり絶望的な状況じゃないか?

 拳銃相手にバタフライナイフを翳している様な気分だ。

 代わりにコチラの魔法は使用禁止とか、とんだチート野郎供だ。

 

 右手が左胸のホルスターに触れる。

 

 

 ──やるか?

 

 

 選択肢は少ない。

 俺の目的達成が遠のくが、死んでは意味がない。

 

 

 ──殺ろう。

 

 

 ホルスターから慣れた仕草で、愛銃のM92FSを引き抜く。

 

「死ね、どさんぴん」

 

 弾ける音とマズルフラッシュ。

 慣れ親しんだ衝撃と硝煙の香り。

 

「嬢ちゃん!」

 

 呆然とした場の空気の中、俺の叫びに嬢ちゃんが逸早く反応してくれる。

 

「ほ、炎よ!」

 

 実に良い反応だ。

 相棒に欲しいくらいだ。

 

 既に棍棒野郎は『闇に溶けて消えた』。

 肉盾が無くなった今、ただ魔導士野郎は炎に巻かれるだけだ。

 悲鳴が上がっているという事は、魔導士野郎の方の服は普通の服だったか?

 

 眼前の踊る炎の塊に、安堵と共に脱力感を感じる。

 

「あぁ、一年は長いよなぁ…」

 

 愛銃を見つめ、仕方がなかったとはいえ、読みが甘かった己への愚痴が混ざる。

 

「まずいわ、こいつら多分軍の人間よ?」

「…は?」

 

 焦りを滲ませた嬢ちゃんの言葉に、間の抜けた声が出てしまう。

 

「霊鳥の羽根なんて、余程高名の冒険者か、金持ち、でなければ軍人だけよ」

「金持ちがこんな事してるわけがない。高名な冒険者が倒せるわけがない。つまり、不意

を打てたとはいえ俺達で倒せる程度の此奴らは軍人だと?」

 

 確かにゴロツキにしては戦い慣れていたが……

 

「何で軍人が押し込み強盗なんてやってるんだよ!?」

「しっ、知らないわよ!?」

 

 俺と嬢ちゃん、混乱のあまり二人で顔を突き合わせる。

 

 

「──嗚呼、彼は陸軍の魔導兵みたいだね」

 

 

 ──場が凍り付く。

 

 反射的に愛銃を構える。

 

 いつの間にか、燃え尽きた魔導士を覗き込む様にソイツは居た。

 

 少し赤味が混じったローズブロンドの髪を首後ろで束ね、上質の外套を纏い、何よりも

何時でも抜剣出来る様に右手を添えた腰に佩いた剣が、その男の存在を示していた。

 

「追手?こいつが!?」

 

 嬢ちゃんが俺に問い質してくるのを首肯で答える。

 

「あ~と、状況が良くわからないのだが……」

 

 ソイツは熱の無い表情をコチラに向ける。

 

「…クレイズ…あんたも何て奴に追われてるのよ…」

 

 嬢ちゃんの絶望染みた言葉に不安感が満たされる。

 

「知ってるのか?」

「……誰かまでは分からないけど、この世で『剣なんて際物の武器』を使うの何て、無知

な駆け出しか……『剣聖の一門』くらいよ!」

 

 嬢ちゃんの言葉に、眼前の男は苦い笑いを湛える。

 

 

 ──剣聖。

 

 俺でも噂には聞いた事がある。

 剣一本であらゆる敵を屠り、この大陸で最強の名を欲しいままにしている男。

 齢六十を超えた今でも尚、他者の追随を許さないとか。

 

 そして、その剣聖の子弟を『剣聖の一門』と称するのだそうだ。

 

 

「まぁ、魔獣が相手の世の中、剣が際物扱いされるのも仕方が──」

 

 

「嬢ちゃん!」

「炎よ!」

 

 打てば響く。

 マジでいいコンビじゃないか?

 

 問答無用で魔法で薙ぎ払い、俺は拾いなおした鉈を投げつける。

 

 嬢ちゃんの裾を軽く引いてやれば、抵抗も無く共に駆け出した。

 

「どこに逃げるのよ!?」

 

 隣を必死に駆ける嬢ちゃんに余裕はない。

 見れば足に靴は無く、長く走れるとも思えない。

 

「歓楽街の方へ!人が居れば、アレも無茶はできんだろ!」

 

 区画的に言えば二区画程先、距離にして200mもすれば人通りも見え始めるだろう。

 

「クレイズ!」

 

 嬢ちゃんの叫びに、咄嗟に前方に身を投げ出す。

 後頚部を何かが掠めたのは気にしたくはない。

 

 だが、俺は地面に転がり、嬢ちゃんも足が止まった。

 逃げる事すら絶望的だろう。

 

「中々に手荒いな」

 

 剣を鞘事引き抜いた男は、息も乱さず見下ろしてくる。

 

「クレイズ…」

 

 嗚呼、嬢ちゃんも分かっているのか、絶望的な声の響きだ。

 魔法は効かなかった。

 手に武器は無い。

 愛銃は『使えない』。

 

 ──ここまでか──

 

 

 

「へ~ん身っ!とうっ!」

 

 

 そして理不尽が降臨した──

 




「様」って文字使い過ぎじゃないですかね?

気付くと「~の様だ」って使っちゃう呪い。


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21話(エープライム:後編の後編のオマケ)

モンハンサンブレイク(略してサブレ)楽しみです。
まったり続けていた金冠集めも、残るはヌシのみ。


 言うなれば好奇心。

 

 魔力を一切感じさせない男が居る。ついつい執拗に追いかけてしまったのは、そんな俺

の幼稚な思考が原因であろう。

 なまじっか男が拙いながらも良い逃げっぷりをするもので、少々ムキになった事も否定

はすまい。

 

 だが、これは何だ?

 蓋を開けたら、とんでもない物が出て来たじゃないか?

 

 

 突如上空から降下してきたソレは、衝撃と土煙を巻き起こしながら現れた。

 星の灯りだけでは全てを照らし出してはくれないかったが、ソレは闇に沈むような黒色

に近い色合いの外装で、全身鎧の様ではあるが何処か生物的な印象を残す。

 首周りのマフラーの様な部分は風に棚引くように揺れ、その顔は光沢と透明感を感じさ

せる黒い仮面で覆われ、罅割れた仮面の隙間からは目の様な赤い光が揺れていた。

 

 鎧?否、人型の異形?だとするならば──

 

「──亜人!?」

 

 思わず声に出し、間合いをとる。

 

 亜人と言うのは実に厄介だ。

 俺も先日まで東方戦線で奴らと相対したものだが、何しろ多種多様なのだ。

 見た目人間と見紛うばかりの者から、果ては竜を人型に収めた様な者まで居る。

 そして外見に準じた特性を持ち、そして総じて身体能力と魔力が高い。

 単純に人間の数倍の性能は覚悟しなければならない。

 

 だがまさか東方にテリトリーを持つ亜人と、西方で出会うとは予想もしていなかった。

 しかも、如何なる亜人とも符合しない初めて見る亜人だ。

 

 

 そして、もう一人は闇から滲み出る様に、静かに現れた。

 白い外套に身を包み、薄い笑いを浮かべた男。

 派手さなど無いのに、不気味な存在感がそこにはあった。

 

「ド、ドクターセイガー!?」

 

 俺が追っていたフード姿の男が、悲鳴染みた声を上げる。

 

「いかにも。私こそが悪の秘密結社ズィドモント、ドクターセイガー!恐れ、怯え、逃げ

惑うが良い!」

 

 白衣の男はそう言って、高らかに嗤う。

 

 未知への不安感と、結局はそれに勝る好奇心。

 俺の剣が何処まで至れるのか?

 

 黒装の者から目を離さぬまま、剣を抜き放つ。

 

「己が身の程を知らしめてやろう、行け!『魔人』よ!」

 

 白衣の男に呼応し、『魔人』と呼ばれた黒装の者が俺に向かって一歩踏み出した。

 

「我は剣聖が一門ヴュルガー、剣聖に連なりし我が剣、とくとと味わうが良い!」

 

 

 先手を切ったのは魔人。

 徒手空拳を扱うのか、無手のまま間合いを詰める。

 

 その凄まじき速度に、認識は追いついても行動が追い付かない。

 咄嗟に構えていた剣を僅かに下げ正中を守るが、魔人の腕は縫う様に迫る。

 だが、その動きの巧妙さとは裏腹に、その一撃は破壊を齎すとは思えなかった。

 

 そして視界が爆ぜた。

 

 突然の衝撃と目まぐるしく変化する視界に、混乱の余り記憶が混濁する。

 一瞬、自分が何処で何をしているかすら疑問に思うが、眼前に広がる夜空と右手の剣の

感触が、自身の現状を繋ぎ止めた。

 

 無様なまでに慌てて立ち上がれば、魔人は4m程も遠くにおり、残心のまま此方を見て

いる様だった。

 いまだ乱れた心で剣を構えるが、手からは今にも力が抜け落ちそうな程の震えを感じ、

腹部からは逆に失われたかの如く何も感じる事が出来なかった。

 

「なん…だ?」

 

 震える左手で腹部を触れて調べるが、ヌルリとした血の感触はあるものの、肉体自体は

在る様だ。

 だが、軽装とはいえ革製の胸当ては無残にも千切れ飛び、改めて一撃に対する恐怖を実

感させられる。

 

 攻撃をさせては駄目だ!

 

 たった一撃で心の余裕は失われ、心に満ちていた強者を求める慢心とでも言うべき感情

は既に冷え切っていた。

 心胆とは裏腹に熱く煮える様な息を吐き捨て、剣を陰に構える。

 

 剣聖、我が父の剣は一撃の極意。

 

 地を蹴る脚部。

 上体を支える背骨。

 引き絞る背部。

 剣を振り上げる腕部

 全身を支える脚部。

 振り下す胸部。

 

 流れる様な魔力による身体強化。

 そして全ての魔力を剣に集約し、全身の力で斬り放つ。

 

 全てを切り伏せる剛剣、これこそが剣聖の──

 

「──奥義!朽木斬鋼剣!」

 

 ──かつて、父が朽ちた古木にて鋼を切り裂いたという秘剣。

 

 鋭敏化された意識の中、時の流れが緩やかに感じられ、もどかしさすら感じる。

 だが、間違いなく魔人を射程に捉え、その頭蓋目掛けて剣が吸い込まれてゆく。

 

 

 それを表現するならば、風か?流水か?

 

 押せば流れる様に、魔人の体がユラリと左方へ流れ、その指先が柔らかく剣の腹を右方

へ押し導く。

 

 驚愕の中、剣は地面を切り裂き右後ろに払い抜ける。

 

「……なんだか、振り回されてる様な剣ね」

 

 魔人の声か?

 響く女の声と、そしてその内容に、羞恥の余り顔に血が上る。

 その言葉は、奇しくも父に後継から外された際に投げかけられた言葉を髣髴とさせた。

 

 ──「お前にこの剣は合わぬ」──

 

 周りからの期待、己が指標、全てが崩れ去り後には絶望のみがあった。

 憂さを晴らす様に亜人を斬り、飽きれば強者を求め外面を飾る。

 

 そんな無様な己の事など、己自身が一番よくわかっているのだ!

 

「どうしろと言うのだ!」

 

 溢れる感情に、ただ我武者羅に間合いを詰める。

 

 一瞬、呆気にとられた魔人の左脇腹に向けて水平に剣閃を放つ。

 魔人は咄嗟に身を引き、切っ先は薄皮を一枚斬る程度で捌かれる。

 だが、流れる上体を強引に筋力でまとめ上げ、引き絞り、もはや奇声と呼ばれる裂帛の

まま魔人の右脇腹から逆袈裟に斬り上げる。

 

「……やるわね、さっきより良いわ」

 

 そう言い放つ魔人の右腕に剣は止められ、己が腕には痺れる様な感覚のみが残る。

 だが、魔人も無傷ではないらしく、剣はその腕の半ばまで食い込んでいた。

 

「さぁ、それで全てではないでしょう?いらっしゃい?」

 

 その言葉に、心の臓が一つ跳ねる。

 

「……っ、参る!」

 

 

 

 

「それで?イレーヌ君はこんな時間にどうしたのだい?」

 

 先程の口上が嘘の様に、悪魔──ドクターが首を傾げている。

 

「わ、私は、アッチに倒れている黒尽くめに追われて……」

 

 その視線の先では、いまだに『魔人』とヴュルガーとかいう男が戦っている。

 

「ふむ?ともあれ、こんな時間に一人歩きは危ないよ?患者と医者の誼だ、家まで送って

行こう」

 

 ドクターの言葉に体が震える。

 その優し気な言葉が、張り詰めて麻痺していた心を突き崩す。

 

「あ、あぁっ、お父…様!お母様!」

 

 鮮明に思い出される父と母の最期の姿。

 足の力は抜け、呼吸は乱れ、涙が止め処なく溢れる。

 

「……」

 

 そっと、言葉も無く、ドクターの手が地面へ崩れ落ちた私の背を優しく摩る。

 その手の温かさが、心の中の悲しみを外へと払う様で、遂には嗚咽が漏れた。

 

 

 

 

 どうなってんだ?

 これがあの悪名高いドクターセイガーか?

 確かに現れた時はイメージ通りではあったが、今、眼前で嬢ちゃんを慰めている姿はと

てもではないが、アンタッチャブルとまで呼ばれた存在の姿とは思えない。

 

 だが、生きている限り望みありってやつだ、関わらないに越したことはない。

 見れば、あのヴュルガーとかいうストーカー野郎は魔人とやらに御執心でこちらに意識

は向いていない。

 ドクターにしたって、所詮は医者先生だ。振り切れるだろう。

 

 そう決意するや否や、息を殺す様に静かに路地裏に踏み入れる。

 

 「おや、何処に行くのだい?」

 

 ゾッとする程の優しげな声色で、俺の右手首を掴む。

 振り向けば、声色に違わぬ笑顔のドクターセイガー。

 ふと視線を足元に送れば、それなりに落ち着いたのか、涙でぐしゃぐしゃながらも不思

議そうに此方を見上げる嬢ちゃん。

 

「え?いや、俺はもう関係ねぇだろ?嬢ちゃんは仕事の縁で協力しただけだし、あのスト

ーカー野郎に関わりたくねぇんだよ」

 

 そう言って、より関わり合いになりたくないドクターの視線をヴュルガーに誘導する。

 

「なるほど」

 

 ドクターも納得してくれたのか、頷き、手を放してくれる。

 

「でもさ?──なんで私の事を知っていたのかな?」

 

 スッと触れ合わんばかりにドクターが間合いを詰めてくる。

 

「っ!」

 

 咄嗟に右拳を振り抜くが、僅かなスウェーで躱され、そのまま右腕を絡め取られ捩じる

様に地面に押さえつけられる。

 

「……君は、誰だい?」

 

 変わらぬ優しげな声が、俺の抵抗する気力すらをも奪っていった




陰に構えると書いたけれど、イメージ的にはルドウイークの導きの月光。


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22話(エープライム:The End)

ワクチン接種完了。
二回目接種翌日は微熱が続き、丸一日行動不能に。
症状的には咳の出ない風邪と同じ。
熱で節々が痛く、特に頭と目が痛む感じ。
(接種直後に余裕をかましてモンハン6hプレイしてたのが原因かも?)
接種前に飲み物と消化が楽な食料を用意するのが吉。


 こうして魔人として眼前の相手をいなし続けて随分と経つ。

 いや、私も相応に神経を使っているし、実際には一瞬の出来事だったのかもしれない。

 ただ言えることは一つだ。

 

「ひひゃっ、ふぃひひひひっ……」

 

 うわっ、キッモっ……

 

 ヴュルガーとかいうローズブロンドのそれなりに整った顔立ちの男は、今や見る陰も無

く恍惚に歪んでいた。

 

 いや、なんとな~く背景的なものは分かるんだよ?

 私達にも『魔拳』とか、武を拗らせちゃったのがいたし。

 つまりはこの人は相手が居なかったのだ。

 何かしらコンプレックスの様な物があるみたいだけど、そうであっても全力を振るえる

相手が居なかったんだと思う。

 簡単に言ってしまえば、遊び相手の居ない子供だ。

 

「たぁあぁのしぃぃぃぃ~っ」

 

 うん、キモイ。

 

 多分年齢的には二十歳くらいだろうか?

 そんな少し年上に見える大の男が無邪気に剣を振り回しているのだから、少々居た堪れ

ない気分にもなろう。

 

 やっぱり、ドクターが一番素敵だ。

 

 とはいえ、戦闘センスは随分と高い様に思える。

 初めの技や力に振り回されていた頃とは違い、現状は後先を考えもせず、そして剣の理

を投げ捨てたせいか随分と自然体で剣を振るっている。

 

 私も『魔拳』との経験と身体スペックが無かったらヤバかったわね。

 

 とはいえ、いい加減に飽きて来た。

 バイザー奥で視線をドクターに向けてみれば、なにやらフード姿の男を抑え込んでいる

のが見える。

 

 なぁ~んか、イレーヌちゃんがピンチっぽいから乱入しただけで、状況が良くわからな

いのよね……この男も倒しちゃっていいのかしら?

 ──ふむ、まぁ、いいか。キモいし。

 

 初撃はゼロ距離散弾を撃ち込んだが、防具の胸部が破損した状況の今、再び胸部をやれ

ば容易く死に至らしめてしまいそうだ。

 それに対し、少しばかり躊躇いが生まれていた。

 

 

 脳天より僅かに右、肩口に振り下ろされた剣を半身で躱す。

 だが、それすらも織り込んでいたのか、ヴュルガーの体幹が揺らぐことは無い。

 一歩右足を大きく踏み込み、低姿勢から返す刃を逆袈裟に放ってくる。

 

 ひとつ、私に一撃を入れられたためか、随分と逆袈裟を好んだ様だ。

 とはいえ、一撃一撃に創意を込める余裕が出来て来たのか、少しずつ剣の理を取り戻し

始め、目覚ましい程の成長を見せていた。

 一度固定観念を破壊し。

 体に合わせた技を学び、技に合わせて体を育てる。

 剣の道としては理想的な成長を見せるが、如何せん心が伴っていない。

 

 そういえば、『魔拳』も才能があったがために心の修練が一番難解であったとか言って

たけれど、ぶっちゃけよくわからない。

 要は──

 

 ──ドクターを助けられるだけの火力があれば十分って事よ!

 

 逆袈裟の刃を紙一重で避けると、ヴュルガーの両肩に合わせて両腕を突き出す。

 多少肩が削れても御愛嬌。

 

 両腕から放たれた散弾にヴュルガーは大きく宙を舞い、地面に倒れ伏すとそのまま動か

なくなった。

 

「──二撃、たった二撃……」

 

 だが、いまだ意識があるのか、ヴュルガーは仰向けのまま何かしら呟いている。

 気持ち悪さを感じつつも、ドクターの方へ視線を送れば、既に話は終わった様だ。

 

 折角ドクターに良いところを見せたかったのに、こっち見てくれてないし、おまけに相

手は変態だし。

 

 一気にテンションを下げつつ、ドクターの元へ変身を解きながら歩み寄る。

 

「つ、ツムギさん!?」

 

 おや?イレーヌちゃんは私の正体に気付いていなかった様で、随分と驚いている。

 

「イレーヌちゃん、おつかれ~、で、何がどうなってるの?」

 

 笑顔で手を振り答えてみるが、イレーヌちゃんの表情は若干暗い。

 

「あぁ、ご苦労様ツムギ。簡単な説明で良ければ後で私がしましょう」

 

 ドクターまでもが話を濁す以上、明るくない話なのは確定だ。

 

「取り敢えず、イレーヌ君たちの事情は分かりましたし、イレーヌ君を自宅まで送りまし

ょう。クレイズ君は、まぁ、好きなように?」

 

 場を取りまとめる様にドクターが言い、それに異議のある者は居ない様だった。

 

 

 

 

 しかし、異世界転移者……つまりは、そんな存在が我々の他にもいるという事だ。

 

 クレイズ君の話は簡単な物であった。

 要は、異世界転移した人物を追って、自身も異世界転移を果たしたのだとか。

 それ自体は特に問題は無いし、クレイズ君の目的も我々に関係がない。

 だが、気になるのは送り込んだ『神』とやらが、こちらが知っている兄妹神ではないと

いうことだ。

 勿論、彼等の外見が一定であるかどうかは定かではないが、クレイズ君達二人を送り込

んだのは同一の存在らしく、その愉悦染みた行動はあの兄妹像とは異なる様に思う。

 何より、あそこまでシスコン、ブラコンを拗らせていた以上、外見を変えるとも思えな

い。

 

「そういえば、あの女神とやらが、他の種族にもそれぞれ守護神的な存在が居るとか言っ

ていたな……」

 

 だが、あくまでそれはこの世界での話だ。

 元の世界はあの兄神とやらが管理している様な言い回しであった。

 クレイズ君に関しては私の事を知っている以上は、私と同じ世界から来たと考えられる

し、もう一人とやらも同様だろう。

 

 ──神同士であろうとも、別テリトリーでそういった行為は罷り通るのだろうか?

 

「ドクター?」

 

 こちらの呟きに気付いたのか、イレーヌ君と並んで歩いていたツムギが振り向く。

 

「いや、なんでもない」

 

 いくら考えてみても、想像の域を出ない物でしかないだろう──

 

 

 

 

「──罷り通るわけないだろ!?」

 

 俺は超激怒した!

 必ず、かの無恥暴乱のクソ神を除かねばならぬと!

 

「お、お兄ちゃん、落ち着いて?」

 

 嗚呼、可愛い妹に気を使わせるなんて、なんと不甲斐ない兄か。

 

「全く、可愛い妹が関わっている世界でなければ、奴等ごと滅ぼしてやったのに……」

 

 恐らく、俺が可愛い妹に甘い事を勘違いし、こちらに手を出しても平気だとか考えたの

であろう。

 要は、可愛い妹に御小遣いをあげたその財布から、面識もない奴が我が物顔で金を掠め

取ったに等しい。

 

 おや?俺の物は可愛い妹の物?つまりは可愛い妹から盗んだに等しい?

 

「ぶち殺す!!」

「お兄ちゃん!?」

 

 突然激昂した俺に、可愛い妹が吃驚してしまう。

 吃驚した可愛い妹も可愛いものだ。

 

「ほ、ほら、お客さんもいる事だし?」

 

 可愛い妹の言葉に、少し冷静さを取り戻し、正面を見れば、戸惑いを隠せない少女がソ

ファに座っていた。

 

「あ、あぁ~、悪いね。ちょっと看過できない出来事があってね。つーか、たかが観察者

の分際で神気取りとか何なんだよ?便宜上伝わりやすいから神って名乗るのは分かるが、

創造主ごっこに熱を上げるのは中学二年生までだよねぇ?」

 

 俺の問いに、少女は曖昧に「はぁ……」と答えるのみだ。

 

「え~と、君の事は何て呼んだら良いのかな?」

 

 俺の言葉に、少女は少し考え込む。

 

「No.0……いえ、レオナと。」

「そう、ではレオナさん。貴女が死んだという事は理解してるかな?」

 

 俺の問いに、一切表情を変えずに首肯する。

 

「ここに呼んだのは他でもない。君こそがあの世界の人類で唯一自己進化、自己適合を成

した個体だからだよ」

 

 ドクターにああ言ったのは嘘ではないが、やはり本来進化と言うのは独力で成し遂げて

欲しいものだ。

 その点、彼女は素晴らしい。

 確かに神々の遺産などと言うイレギュラーがあったとはいえ、その神の残滓に内的要素

だけで適合至らしめたのだ。

 惜しむらくは、周りの環境に淘汰されてしまったという事だろうか。

 結論を言えば、個としての進化は成せたが、種としての進化には至れなかったわけだ。

 

「……良くわからないけど、要は珍獣が居たから見てみたかったって事?」

「う~ん、中々に語弊を生む表現だけど、否定できないね」

 

 苦笑いを浮かべながらも肯定して見せるが、レオナさんは一切表情を変えやしない。

 

「クール……というか、慣れかな?」

「そうね。十六年間もモルモット生活をしていれば、大して珍しくも無いわ」

 

 いかん。レオナさんの気にも留めない台詞に、可愛い妹が一番ショックを受けている!

 

「あ、あ~、まぁ?観察者としての俺達に可能性と言う物を垣間見せてくれたんだし、些

細なお願いくらいなら聞いちゃおっかなぁ?」

 

 お茶を濁す様にそう言ってみれば、可愛い妹が花咲く様な可愛い笑顔で同意してくれて

いる。可愛い。

 

「……なら、あの二人に、私に『名前』を与えてくれたあの二人にお礼を伝えて」

 

 レオナさんは少しの悲しみと、少しの喜びを綯い交ぜにした笑みを浮かべていた。

 

「直接伝えなくていいのかい?」

「ええ。どうせ、素直になれないもの」

 

 そう言って、苦笑いを浮かべたレオナさんは、何よりも自然体に見えた。

 

「OK。必ず伝えるよ──]

 

 

「──それでは、良き眠りを」

 

 

 こうしてレオナ──No.007もしくはカプール──彼女の十六年の人生には幕が下

りた。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 信念の果てに手に入れた力。

 その力こそが守るべき者の命を奪った事実に、グランツの心は耐えることができなかっ

た。

 

 だが、自失の中でも軍医総監の魔手は確実にグランツを追い詰めていく。

 

 しかし、そんなグランツの前に立ち、グランツを守ったのは『魔拳』『魔女』『魔銃』

の三人であった。

 

 次回『救いたかった者』




ヴュルガー君、おかしいな、、、もっとストイックな好青年予定だったのに、すっかり異常者に、、、あ、タイトル通りだから問題ないか?


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23話(残り火)

一日が何も出来ずに過ぎてしまうと、どうにか取り戻そうと足掻きたくなる。
ならない?


「ドクター」

「うん?どうしたんだいツムギ?」

 

 魔獣の背でドクターの腰に腕を回しつつ、声をかける。

 

 あの後は何事もなく事は済んだ。

 イレーヌちゃんの御両親に関しては残念だったけれど、戻った頃には軍の調査が入って

おり、犯人が陸軍の魔導研究開発部である事はあっさりと判明した。

 むしろ隠す気が無いとまで言い放ち激昂した若い指揮官が印象に残った。

 犯人の目的がイマイチ不明だったが、後は軍が責任を持つと言っていた。

 同じ陸軍であるだけに疑惑を持ったが、イレーヌちゃん曰く、陸軍内でも魔導科は異端

で深い溝があるのは有名らしく、そこは信用しても大丈夫だろとの事。

 

 クレイズさんはあの後すぐに分かれたので分からない。

 何でも私達と同じ世界からの転移者らしいけど、見た目西洋人っぽかったので別の国か

ら来たのではないかと思う。

 

 あのヴュルガー(変態)とかいう変態(ヴュルガー)は知らん。

 

 まぁ、それなりに暴れたのだけれど幸い目撃者もおらず、あの変態も軍の関係者ぽかっ

たけれど問題にしなかったせいか、私達も何事もなく解放された。

 そして一晩明けて魔獣に乗ってドクターと二人で雛人達との合流を目指していたわけだ

けれども──

 

 

「──燃え尽きちゃってる……感じですか?」

 

 躊躇いがちに紡いだ私の言葉に、背中越しに驚愕した気配が感じとれる。

 

「え?嗚呼……うん、そう。そうなのかな?わかるかい?」

 

 私に、と言うよりも自身に向ける様にドクターが問う。

 

「ずっと傍で見てきましたし」

 

 ドクターの背にそっと頬を寄せてみる。

 

「……そうだね。私も高々生きて三十年にも満たない若造さ。その中で見つけた自身の生

きる目的の様なものが、突然失われたわけだしね」

 

 ドクターにとっては義弟君を救う事が全てであった。

 決して助からないと言われ、成人する事は叶わないだろうと言われ、ドクターは運命と

やらに抗ったのだ。

 それまでの人生も、これからの人生も最後には倫理すらも全てを薪にくべ、医療に捧げ

果てたのだ。

 

 ゆらりと仄暗い嫉妬の炎が苛む。

 私の事を救った事も、きっと義弟君のついでであったのだろう。

 

 少しだけドクターの腰に回した両手に力を籠める。

 

「だが、きっとあいつはもう大丈夫だろう。生きる代償として辛い道を選ばざるを得ない

としても、己の道は己で歩むだろう。生きるという選択肢以上の関与は過保護と言う物だ

ろう?」

 

 正直、義弟君の事はあまり好きではない。

 知らないとはいえ、ドクターからあれ程想われながら敵対した事に苛立ちを感じたのは

事実だ。

 そして、デッドエンドと化した際、何処かで喜ばなかっただろうか?

 暴力を振るう名目を得た事に感謝しなかっただろうか?

 

「ツムギをはじめ、結社の奴等にも弟の為に随分と気を回させたものだね。まぁ、総帥の

馬鹿はどうでも良いがね」

 

 そう茶化して笑うドクターに、再び嫉妬心が刺激される。

 

 そう。あの男もだ。ドクターの無二の親友。

 義弟君とはまた違った強い絆と信頼を感じさせる男。

 

「まぁ、一応雛人の保護と言う目的はあるが、所詮は他人から押し付けられたものだから

ね……」

「情熱が足りない?」

「そう、そんな感じだ」

 

 何処まで言っても私は『患者』であり『被検体』でしかないのだろう。

 勿論そこに否は無い。

 ドクターに私の全てを解体してもらい、新しい私に、ドクターが望む存在になれるのは

私の、私だけの特権だ。

 

「でもね、それもいいんじゃないかとも思うんだ。こうしてツムギが来てくれたしね」

「……え?」

 

 予想外の言葉に、首をひねる。

 

「それなりに激動に生きて来たと思うし、このまま雛人に付き合って、何処か静かな場所

で穏やかに暮らすのも悪くないかなってね」

「孤島の村医者ってやつです?結構きついって話ですよ?」

「その分はツムギに頑張ってもらおうかな?」

 

 笑うドクターの背に、今度こそ遠慮なく抱き着く。

 きっと泣いているのはバレてしまっているだろう。

 初めて『被検体』ではなく、『私』を必要としてくれた様に感じた。

 否、きっとそれすらも私の思い込みだったのかもしれない。

 

 だからこそ、きっと私は身も精神もデッドエンド──袋小路──に行きついてしまった

のだろう。

 

「ふふっ、でも、私は狂おしい程の情熱に身を焦がすドクターも好きですよ?」

 

 どちらにせよ、私はドクターと共にある。

 つまりは、何処まで行っても私は幸福なのだ。

 

 

 ──二度と、失わせたりなどしない──

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああっ!あんのクソ魔導科どもがっ!」

 

 不味い。

 皮肉以上の感情を滅多に見せない副官がマジ切れしとる。

 いやぁ、気持ちは分かるよ?

 軍御用達とはいえ民間人に検査要請を発行しようとした矢先、まさかの魔導科の暴走。

 しかも理由が実験体として欲しかったとか。

 挙句に一家惨殺だ。

 正に勉強のできる馬鹿を体現してくれている。

 結果的に失敗したうえ、魔導科の必需品である魔道具の御用達商人を失うとか馬鹿にも

程があろう?

 この事実を知って、何処の商人が今後契約を結んでくれるというのだ?

 

 おっと、本来俺が激昂すべきところではないのか?

 副官の激発に当てられ、つい冷静になってっしまった。

 

「あ、あ~、それで、クロスロッド家の令嬢はどうなったのかね?」

 

 俺の言葉に、一呼吸怒りを押し込める様に息を吐き、副官がデスクに座りなおす。

 

「そう、ですね。イレーヌ嬢に関しては具体的な保証は決まっておりませんが、ここで中

途半端な対応をすれば軍の信用は一切なくなるでしょう。もはや、一部門の不祥事では済

みませんね」

「勿論陸軍としては否は無いが、イレーヌ嬢の感情的にどうなのだね?」

 

 民間人から見れば歩兵科も魔導科も同じ陸軍、同様に忌避感を持っても致し方が無い。

 

「そこは幸い、軍御用達の影響か理解も深く、陸軍の内情についても少なからず理解して

頂いている様です」

「そうか。……ふむ、彼女は学園生か。成績は中の下ね」

 

 パラリと資料をめくる。

 

「シェムズ閣下、それなのですが、少し疑義があります」

 

 それまで黙していた秘書官が反応を示す。

 

「疑義?」

「はい。先程上がってきた検察からの資料によれば、イレーヌ嬢は初歩魔法で魔導兵を死

に至らしめたそうです」

「ふむ?」

 

 いまいちピンと来ない。

 

「一人目はまわだわかります。高所での被弾により落下、その際に頭蓋破損による即死。

ですが、二人目に関しては正面からの被弾とはいえ、訓練された魔導兵が初歩魔法一発で

死に至るのは異常です」

「つまり、学園生活での成績は手を抜いていたと?」

 

 訓練された魔導兵となれば相応に魔力も高く、レジスト能力も相応にあるはずだ。

 そう考えれば、異常な火力と言えるだろうか?

 

「閣下は魔法に造詣が深くあらせられない様ですが、本来初歩魔法では民間人でも精々が

大火傷の結果に死ぬ可能性があるという程度ですし、学園の魔法適正検査もそこまで杜撰

ではありません」

 

 うむ、副官よ。日頃の調子を取り戻すのは良いが、俺に対して八つ当たりで皮肉をぶち

まけるのはどうかと思うぞ?

 

「つまり、例の森からの生還に何かしら要因があったと?それでは魔導科の屑共の意見を

認める様ではないか?」

「実に業腹ではありますが、手段はともかく主張は一理あるかと」

 

 忌々しい、忌々しいが、認めざるを得ないか?

 だからと言って、屑共の行為を認めるわけにはいかん。

 

「あくまで保護が優先だ。その延長線上で、魔法適正を調べなおしてくれ」

 

 要請に秘書官が承諾で返してくれる。

 

 ──少しは機嫌を直してくれただろうか?今夜あたり食事に誘ってみよう。

 

 

 

 

 おかしい。

 どういう状況なんだ、これは?

 

「そうか!クレイズ殿と言うのだな?是非とも私を共にゆかせてほしい!」

 

 ツムギ嬢曰く変態、ヴュルガーとかいうストーカー野郎が絡んでくるんだが?

 

「クレイズ殿はあの二方の知り合いなのだろう?つまりは貴公と共にゆけば、また愛しき

魔人殿に会えるという事だろう!?嗚呼、彼女を刻めるようになりたいものだ……」

 

 ついでにシリアル野郎の称号もつけるか?

 ツムギ嬢の素顔を見ていないという事は、恐らく魔人としての彼女に懸想しているのだ

ろう。

 

「それに、クレイズ殿が一切魔力を感じさせないのも気になっているのだ。同様に……ド

クターだったか?彼からも魔力を感じなかった。隠蔽している様でもないのに、実に不思

議だ」

「あ~、別に隠す程の事じゃないが、俺やドクター達は別世界から来たんだわ」

 

 俺のセリフに、ヴュルガーが停止する。

 

「信じろと?」

「ああ」

 

 まぁ、荒唐無稽であるのは確かか?

 

「まぁ、得体の知れなさは確かではあるし、そういうものとして飲み込んでおこう」

 

 ヴュルガーは少しぎこちなく頷いて見せる。

 

「で、俺についてくるだったか?答えは拒否だ」

 

 俺のセリフにヴュルガーが驚愕に目を見開く。

 

「何故なら、俺には人探しと言うやらねばならない目的があるし、その目的はドクター達

には一切関係が無く、恐らく今後出会う可能性は無いと思われるからだ」

 

 つまりは付いてくるだけ無駄、付いてくんなって事だ。

 

「そうか、だが私にも他に宛がないのだ。それにほら、私は軍に顔が利くから、人探しな

らば役に立てると思うぞ?別世界からの来訪者だというのならば、伝手は無いだろう?」

 

 そう言われると少しだけ心が動く。

 あちらの世界と違い、こちらには組織的な情報網など望むべくもない。

 だが、この変態とか?

 

「あぁ、何なら私がクレイズ殿を雇っているという体をとっても良い。それならば給金を

払えるだろう?金には困っていないのでな」

「よし。行こうか!」

 

 世界中どこも村ってやつだ、こいつにも長所くらいはあるだろうさ。

 

 

 決して金に目が眩んだわけじゃないぜ?

 

 

 

 

▼次回予告

 

 遂に力を取り込んだ軍医総監が立ちはだかる。

 

 その圧倒的な力の前に、『魔女』が倒れ、『魔銃』が倒れ、ついには『魔拳』がグラン

ツを庇う様に倒れて果てた。

 

 呆然とするグランツを救ったのは、兄の友、『総帥』であった。

 

 「これで、残ったディノハートもあと二つ」

 

 『総帥』のその言葉の意味するところ、そして結社の目的はグランツには解することが

できなかった。

 

 次回『結社』




ドクターはスロースターター。


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24話(究明)

JOJOアニメ1~5部まで見てたら時間が過ぎ去っていた。


「グミが欲しい」

「生ビール中ジョッキで」

「では、僕はコッテリラーメン半チャーハンを」

 

 

「……んん??もう一度、言ってくれるかい?」

 

 俺は今、この場の三人に「どんなチート能力が欲しい?」と尋ねたはずだ。

 俺の戸惑いを他所に、三人は再び口を開く。

 

「グミが欲しい」

「生ビール中ジョッキで」

「では、僕はコッテリラーメン半チャーハンを」

 

「うちは駄菓子屋でも居酒屋でもラーメン屋でもねぇよっ!?」

 

 ご丁寧に、一字一句間違わずに繰り返してくれた台詞に思わず叫ぶ。

 俺の叫びに、『魔女』たる女は少しムクレ、『魔拳』たる男は聞き流し、『魔銃』たる

初老の男は微笑みを浮かべたままだ。

 

「コー〇アップ食べたかったのに……でね?このマニキュアがね──」

「わぁっ、可愛い~──」

 

 女はそう言って、俺の可愛い妹と談笑を始める。

 馴染み過ぎじゃないかい?可愛い妹よ?

 

「教授、あんたドクターにラーメン禁止されてんだろうがよ!?」

 

 教授と呼ばれた初老の男に、もう一人の男が眉を顰めて見せる。

 

「なぁに大平君、僕はセイガー君に改造してもらったからね、問題ない」

 

 そう言って、教授はテーブルの上のコーヒーを香りを楽しむ様に口にする。

 

「え?改造してもらった理由ってそれなのか?つーか、この前ドクターがマジ切れしてた

って聞いたぞ?」

 

 大きく溜息を吐いて、男──大平も教授に習いコーヒーを口にする。

 

「でもさ、このシリーズ期間限定で、簡単には手に入らないのよね──」

「私も買っておきたいなぁ……そうだ近衛さん、それなら──」

 

 可愛い妹は、近衛とかいう女と完全に女子会状態で宛にならない。

 

 あれ?なぁ~んか、俺だけ疎外感?

 二人組に分かれて~ってやつ?

 ──泣くぞ?

 

「大平君、コーヒーもう一杯どうかね?」

「あ~、もらうわ」

 

 教授がソファから立ち上がり、不意にこちらを見る。

 

「そちらの少年もどうかな?」

「え?俺?あぁ、うん、貰おう……かな?」

 

 戸惑う俺に、教授は一つだけ頷いて部屋を後にする。

 いや、自由過ぎない?

 

「タイヘーくん、私達にも紅茶ちょーだい?」

 

 それまで会話に花を咲かせていた近衛さんが軽く右手を上げながら訴える。

 

「あぁ?しかたねぇな……つーか、誰がタイヘーだ」

 

 渋々と言った感じで、大平君が教授の後を追う。

 

 あぁ、もういいや。

 多分もう主導権は握れない気がする。

 少しばかり御茶を濁したら、早々に行ってもらおう。

 

 他人に振り回されるのは、我等が主神の我儘だけで十分だと、思わず溜息を吐いた。

 

 

 

 

 空は天色、海は透き通った薄浅葱。

 遠く続く砂浜は足を柔らかく撫でる様に無垢であり、それだけに刺し立てられたビーチ

パラソルが際立っていた。

 

「ドクター、雛人さんたち居ませんねぇ?」

 

 パラソルの下、ビーチチェアに黒の水着姿で寝そべるツムギには勿論探す気などは無い

のであろう。

 

「寒くないのかい?」

 

 寛ぎきったツムギは夏を全力で表現をしているが、恐らく季節は初春か晩秋あたりだろ

う。

 

「正直寒いです。でも、こう、ドキッ!とか、ムラッ!とか結婚しよう!とか思いません

か?現役JKですよ?学校にはほとんど行ったことないし、世界まで変わっちゃいました

が!」

 

 ツムギはグラビアモデルでも意識しているのか、珍妙なポーズを繰り返している。

 

「正直、寒々しくてそれどころじゃないな。あと、今は少し緩めのセーターフェチズムな

気分かな?」

「着替えてきます!」

 

 速攻で着替えに走るツムギに、一つだけ溜息を吐いた。

 

 ツムギと共に魔獣に乗って崖沿いに海まで来たが、いまだ雛人達と合流できていない。

 一言で森を抜けた先の海岸と言っても、とんでもなく広い代物であった。

 半日かけて捜し歩いたが成果は無く、ツムギが現実逃避するのも仕方がないのかもしれ

ない。

 ちなみに、例の魔獣は直射日光を余り好まないのか、日陰で丸くなって眠っている。

 

「やはり徒歩と言うのは効率が悪いか……ドローンでも用意するべきか?そもそも、通信

機の一つも渡しておくべきだったか」

 

 呟きの後に大きく溜息を吐いてみるが、今更であろう。

 

 思念通信機がもっと指向性と射程が向上すれば──否、逆か?

 捜索に使うならば指向性が低い方が良いか?

 だが、突然射程のみ伸ばせと言われても困る。

 

「イレーヌ君の念話魔法だったか?あれがあればもう少し色々改良できたのかもしれない

が……」

 

 そこで、ふと思い当たる。

 そういえば、ツムギには念話通信機は渡していない。

 なのに、雛人と意思疎通をしていなかったか?

 

「っ……ツムギ、ツムギ!」

 

 慌ててツムギを追うが、溢れる様な好奇心を抑えきれないし、抑える気にもならなかっ

た。

 

「え?あ?ドクター!?ま、待ってください!着替え中ですよ!?」

「それはそうと、ツムギには幾つかの確認と実験に付き合ってもらわねばね、何故雛人達

と意思疎通ができるのか?そもそも、ディノハートの力の根源とはなんだ?前の世界では

解明に至らなかったが、魔法などと言う荒唐無稽だった物の存在が証明されたのだ、なら

ばそれは起源を同じくしていてもおかしくなないのではないか?」

 

 半裸でしゃがみ込むツムギに、滔々と語る。

 

「さぁ、術衣に着替え(脱ぎ)たまえ?そして診察台(ベッド)に横になりたまえ?」

「ド、ドクターっ、その台詞はもっとロマンチックにぃ~──」

 

 

 

 

 予想よりも天使様達の御戻りが遅い気がする。

 明確な時間指定をしていたわけでもないし、人間の街とやらで滞在時間が伸びているの

かもしれない。

 だが、現金なもので、様々な事柄に対して諦めにも似た境地であったのに、いざ希望を

齎してくれた御方々に見捨てられたのではと想像するだに恐ろしい。

 それは我だけではなく、フレースヴェルグやカイムは勿論、一族の皆々が同様に感じて

いる様だ。

 

<フェネクス、自分が行こうか?>

 

 ドクターが与えて下すった力の御蔭ですっかり傷も癒えたカイムが問うてくる。

 確かにカイムと我を比べれば、機動性においてカイムは追随を許さない。

 だが、それを言うならば飛行性能と妨害能力に於いてはフレースヴェルグが優れ、我は

戦闘能力と汎用性に優れている。

 捜索だけならカイムは適任だが、まだ外敵が居ないとも限らず、ならば戦闘をこなせ、

他の能力も特化性は無いが高水準でまとまった我が行った言った方が良いという判断だ。

 

<いや、カイムはまだ病み上がりであろう?それに能力的に平均的な我の方が臨機に応じ

そつも無いだろう>

<そうか……いや、不甲斐なかった自分の汚名返上に逸ってしまった、すまん>

 

 カイムの想いも分かる。

 結果とはいえ、カイムからすれば早々に一人リタイアし、目覚めた時には他の皆が無事

であっただけに、喜びと共に忸怩たる思いがあったのだろう。

 

<気にするな。それよりも皆の守りを頼む。フレースヴェルグには随分と無理をさせた>

<分かった。フェネクスも気を付けてくれ>

<ああ>

 

 そうとも。

 これ以上の不甲斐無さを天使様方に御見せするわけにはいかない。

 折角の御慈悲によって力を与えて頂いたのだ。

 失望されるなど到底看過できない事態だ。

 

 例え、あの魔獣であろうと二度目の敗北は無い!

 

 

 ──だというのに。

 

 眼前には何時ぞやの四足の魔獣が此方に視線を送りながらも寝そべっていた。

 

 否、言葉と意思に嘘などないのだ!

 だが、本能から来る恐怖に体が動かぬ。

 あの時、死闘を繰り広げただけの決意が足らないのか?

 

 緊張感の全くない魔獣が放つ欠伸一つにすら戦慄を禁じ得ない。

 

 だが、この魔獣は天使様方と共に行ったはずだ。

 という事は、この近くに居るという事ではないだろうか?

 思い当たるのはドクターのあの不可思議な空間の事だ。

 

 その考えに至り、再度魔獣に視線を送るが、既に魔獣は微睡の中に居た。

 生憎と意思の疎通は出来ない。

 だが、あの無警戒さは此方を味方と認識しているからだろうか?

 動こうとすらしないのは、あの場を守るという意思の表れなのかもしれない。

 

 嗚呼、天使様方、御早い御帰りを御待ちしております──

 

 

 

 

「こんな…こんなところまで見られちゃうなんて、もうドクターには責任を取ってもらう

しか……」

 

 術衣を手繰り寄せる様に身を隠そうとするツムギだが、此方としては既に幾度も臓物か

ら脳まで見た事があるだけに反応に困る。

 

「……で、何かわかりましたか?」

 

 冗句だったのだろうか?一転、何処か不満そうにツムギが聞いてくる。

 

「そうだね、生憎とディノハートや魔臓の存在によって以外に観測手段がない為に、結局

は推論にしかならないのだが、どちらも魔力とやらをエネルギーに稼働していると考えら

れるね」

 

 という事は、かつての世界でディノハートを残した神は、当時の知的生命体に魔力を使

う術を与えようとしたのだろうか?

 では、何故その知的生命体ではなく人間が文明を築いていたのだろうか?

 あの神を自称するアレの言葉が真実ならば、爬虫類──つまりは恐竜あたりに文明を築

くだけの知能の発現が見られ、それにディノハートによって魔力を扱う力を与えようとし

たと考えられる。

 だが、今日までに魔法を使ったと推測される様な爬虫類は観測などされておらず、当然

人も魔法など使えない。

 否、片鱗はあったのか?

 眉唾としか考えていなかったが、人間の中には自称超能力者だとかが居たのは事実だ。

 だが、彼等が真に魔力を扱える存在だとしても、余りにも希少で余りにも無力であった

としか言えない。

 もはや推論に推論を重ねる妄想でしか無い考えだが、もしかすればかつての世界は魔力

が希薄であった?

 その為に、予想よりもディノハートを使いこなせず、学説にある様に隕石落下説などの

外的要因から身を守れず恐竜は滅びたという事だろうか?

 

「ドクター、そろそろ行きませんか?魔獣ちゃんも待ちくたびれてますよ。きっと」

 

 ツムギの言葉に、意識が覚醒していく。

 

「ん、あぁ、そうだね、そろそろ行こうか。雛人達も探さなくてはならないし」

 

 だが、そうだとするならば、この魔力に溢れているという世界で、ディノハートは如何

程の能力を発揮しうるというのだ?

 

「そういえば、魔獣ちゃんに名前とかつけないんです?不便じゃないですか?」

「あぁ、そうだなぁ、何か良い名前はあるかい?どうもそういうのは苦手でね」

 

 ──まずは魔力の観測を目指そう。

 ツムギは言ってみればディノハートの暴走にも似た状況に陥った。

 ならば無作為にその力を使えば、今度こそツムギの身に取り返しのつかない事が起きて

しまうかもしれない。

 

 ──そんな事は許されない──

 

「そうですねぇ、どんな名前がいいかなぁ?」

 

 そして『領域』の外へ向かう我々は、魔獣とフェネクスが醸し出す何とも言えない状況

の事など知る由もなかった。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 装甲スーツに身を包んだ『総帥』は強かった。

 ディノハートの力を使いこなしつつあるグランツさえも凌ぐ程であった。

 

 だが、超劣化ディノハートをその身に順応させ、既に人の身を失った総監は無限とも言

える再生を繰り返す。

 

 この存在を滅ぼすには、ディノハートのあの力、そう、カプールすらをも死に至らしめ

たあの力が必要であった。

 

 後悔と恐怖、不安と躊躇い。

 いまだグランツの心は陰に捕らわれたままであった。

 

 そんなグランツを前に、『総帥』は語る。

 

「我が結社の目的はディノハートの占有にある。ディノハートは人の為の物ではない。あ

の化け物を見れば解るであろう?」

 

 総監はもはや知性すら感じさせない異形となり果てていた。

 

「皮肉にも、ディノハートに適合できたのは人としての遺伝子に異変を持つ者だけであっ

た。だからこそ、ドクターセイガーを擁する我等こそが有効に活用できたのだ」

 

 ドクター亡き今、もはや意味は無くなったと自嘲する『総帥』の背には友を失った悲し

みがあった。

 

「意味がなくなった以上、あれは人の手には余る。ならばこの世より抹消する他無い」

 

 兄と兄の友が何を考え、何を成そうとしたのか。

 いまだ全ては分からない、分からないが、グランツは片鱗を見た気がした。

 

 次回『最後の戦い』




フェネクス、戦闘型オールマイティ
フレースヴェルグ、支援型
カイム、機動力特化


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25話(道)

FW GUNDAM CONVERGE 機動戦士ガンダムUC SPECIAL SELECTIONでギラドーガを3体購入。
一機を隊長機仕様にして三機小隊に。
出来れば重装型も出てほしい。

尚、FW GUNDAM CONVERGE ♯Plus03のヒルドルブを楽しみにしています。


「では、今後の指針を決めようじゃないか?」

 

 咳払いを一つ、周囲に集まった者達へグルリと視線を巡らす。

 

「私達の目的は、女神ちゃんから依頼された雛人さん達の保護でしたよね?」

 

 真横の席に陣取ったツムギが真っ先に応える。

 もっとも、席といっても砂浜にツムギが何となく砂を盛り上げて拵えたテーブルっぽい

物の周りに座り込んでいるだけだが。

 

「そうだね。だけど、ただ保護する。絶滅を回避するというだけなら簡単なんだよ。あの

女神やらに押し付けられた『領域』とかいう能力で引き籠ってしまえば外敵に心配は無く

なるわけだからね」

 

 だが、それでは生きているというよりも生かされているだけに過ぎない。

 周囲に集った雛人達も大半は無邪気に安堵しているが、纏め役に近い者程理解が及んで

いるのか、重い空気を纏ったまま沈黙を保っている。

 と言っても、安堵している者達を誹る事は出来ないであろう。それ程に彼等は苦境が続

いたのだから。

 苦痛のない管理世界、それをユートピアと見るかディストピアと見るかは彼ら次第だ。

 

 ちなみに、魔獣は此方に身を寄せて寝そべっている。

 随分と懐かれたものだ。あまり面倒を見る自信がなかった為に、向こうの世界で愛玩動

物を飼ったことは無いのだが。

 尚、周囲に一種の空白地帯が出来てしまっているのは、魔獣を本能的に恐れてしまう雛

人達の性であるし、御愛嬌と言ったところか。

 

<確かに。それは滅びを待つだけであった我々に女神様が齎した福音なのでしょう。です

が、それでもワシは自由ある安住の地を求めてやみませぬ>

 

 そんな緩やかな空気を断ち切る様に、雛人の長老が沈黙を破る。

 彼とて一族を導いてきた者、描く理想と言う物があるのだろう。

 当然の様に他の雛人達は戸惑いを浮かべるが、それは目の前の安寧を否定されたためと

言うよりも、長く信仰してきた女神の恩沢と、長く導いてくれた長老の言葉、どちらに従

うべきかに迷っている様に感じられる。

 

 それは意志の薄弱ともとれるし、何処までも無垢であるともとれた。

 

<私は長老の意見に賛成ですわ。力を与えて頂いただけで過分の施し、これ以上女神様や

天使様のお手を煩わせるくらいならば、滅びを受け入れた方がマシですわ>

 

 些かプライドを感じさせながら、フレースヴェルグが言い放つ。

 

<……自分はどちらであろうとも最終的に群れを一度離れ、世界を見に行こうと考えてい

る。護るべき者達を見捨てる様で心苦しいが、この世界にまだ残っている同胞たちを見つ

けたいと願っている>

 

 一族だけに限らず、全ての同胞へこの慈恵を伝えたいとカイムは語る。

 

<我は、ただ、天使様の御役に立ちたく>

 

 何処までも感謝と敬意を前面に出すフェネクスには面映ゆく感じてしまう。

 

 それからは雛人達それぞれが思うままに語り、考え、そしてまた語る。

 語る事も出来なかった自分たちの未来。自らの意思で決断を導く事など初めての経験で

あったのかもしれない。

 

 

「……結論は出たかな?」

 

 そう問えば、満場一致で新天地を目指す事となった。

 

 

 

 

「お~お~、空中で戦ってやがる」

「教授、やたら空中砲撃からの落下斬り使うけど、フルバの方がDPSいいんじゃ?」

「どうだろうね?相手次第だが、モーションさえ覚えればフルバより落下切りの方が隙が

少なくて良いかと思ってね。何より浪漫があるだろう?」

 

 男三人が手にゲーム機を持ちながら盛り上がっています。

 お兄ちゃんまですっかり馴染んだのか、二人に敬称をつけることまでしなくなっていま

した。

 

「あぁ!おじいちゃん逃げて!?」

 

 そんな私は近衛さんと映画を見ていますが、チョイスが何故かゾンビ物。

 ちょっとだけ苦手なので、近衛さんの腕にしがみ付いてしまっていますが、気にしない

様に願います。

 

「お、逃げんぞ!?閃光玉くらえ!」

「途端にブラストで飛んでく教授。だが火力は無い」

「その機動性だけは良いよなぁ、火力は無いが」

「サブレ来たら砲撃レベル10LVくらいになって下剋上してくれるはずだから!」

「かく言う俺も、見た目重視で兜割じゃなく桜花だがな」

「おっし!スタンとったぞ」

「ナイス。しかし、そんなので殴り続けられてこいつ頭ベッコベコになってそうだな?」

 

 見た目も、実際も年齢差があるはずなのに、近所の子供にしか見えません。

 

「えぇっ!?なんか御爺ちゃん御婆ちゃんがフル武装でめっちゃ強いよ!?」

「謎の車椅子御爺ちゃん同士のショットガン早撃ち……」

「逃走車両が赤い二階建てバスとか……いや、ロンドンっぽい乗り物だけど」

 

 こちらの映画も佳境なのか、何やらホラーではなく無双になってきた感じ。

 でも居心地が良いので近衛さんにしがみ付いたままですが、問題はありませんね。

 

「あぁ!?ノヴァくらった!」

「そして止め」

「おっつ~」

「ま!?剥ぎ取り間に合わないじゃんか!?」

「盾と砲撃こそ至高」

 

「「またお前か、スカした野郎め!」」

 

 丁度良く、ゲームも映画も終わったみたい。随分と遊んじゃった気がする。

 そして、これはホラー、ホラー?そんな映画だった。

 

「さって、随分遊んじまったな。じゃ、行こうか?」

 

 大平さんがそう言って立ち上がる。

 

「そうだね。わざわざ向こうのゲームデータを用意してくれて楽しかったよ」

 

 教授さんがお兄ちゃんに微笑みを向ける。

 

「ん~、次の世界は中世風魔法ファンタジーだっけ?文明の利器と御別れは悲しいね」

 

 スルリと私の腕から抜け出していく近衛さんに、少し寂しさを感じます。

 

「はぁ、なんでこんな状況になったんだっけ?」

 

 溜息を吐きながらお兄ちゃんも立ち上がる。

 

「……そうだね、御別れしなくっちゃね」

 

 そう呟いた私の頭を、近衛さんがさり気無く撫でてくれました。

 この階位に至ってからは初めての人との触れ合いである気がします。

 後ろ髪が惹かれますが、致し方ない事ですね。

 

「では、御三方をお送りしますね」

 

 やっと立ち上がった私の前に御三方が揃って並ぶ。

 

「じゃあな、坊主」

「元気でやりたまえ、少年」

「いや、こんな見た目だが、お前らより年上だからな!?

 

 男性の別れなんてのはこんな雑な感じで良いのでしょうか?

 チラリと近衛さんを見ると、胸元で小さく手を振っていてくれた。

 

「……では!ドクターとツムギさんの元へ──」

 

 

「まったぁ!!」

 

 

「──え?」

 

 突然叫んだ近衛さんに、吃驚してしまいました。

 

「え、どうした近衛?」

 

 大平さんも、教授さんも私同様に近衛さんを見つめます。

 

「いや、考えてみて?今、ドクターとツムギちゃんは、二人きりで、居るって事だよ?」

 

 近衛さんの言葉に、しばし沈黙が下りる。

 

「……可能な限り遠くで」

「は?」

 

 大平さんの言葉に、お兄ちゃんが呆気に取られています。

 

「あぁ、あぁ、そりゃ駄目だね。合流は時間をかけた方が良いね」

「だな」

「でしょう?」

 

 良くわからない意見の一致があった様です。

 ですが、流石に合流が現実的でない程遠くでは『縁』の履行に疑義が持たれてしまいま

すし、精々が大陸の真逆程度まででしょうか?

 

「良くわかりませんが、現在あの方々は大陸の東端に居ますから、西端へお送りします。

どうか御二方と私の眷属の事、よろしくお願いしますね」

 

 私の言葉に、御三方は軽い感じで答えてくれました。

 

 ゲートに消えていく御三方には、やはり未練が──

 

「あ、結局まともなチートあげてないじゃん?あの野郎どもめ……」

「──また積み立てが増えちゃうね、お兄ちゃん」

 

 これ見よがしに溜息を吐いてみるお兄ちゃんは、やはり何処か寂しそうで──

 

 

 

 

「つまり、あの森は北東から北を御山に遮られ、北西から南西まで海に隔てられ、南から

東までが人間領に塞がれていると?」

 

 一周しても抜け道が見当たらない様だが?

 

<はい。ですが、このまま海沿いに南へ向かえば確かに人間領を通過することにはなりま

すが、その後西へ進路が移り巨人領へ到達できます>

 

 長老の話によれば、眼前の海は港湾状態であり、迂回すれば西部の数少ない非人間領で

ある巨人族の住む山岳地があるらしい。

 

<ドクター、彼方をご覧下さい。遠方ですが、薄っすらと山の様なシルエットが見えませ

んか?>

 

 フレースヴェルグの言葉に視線を送れば、海の向こうに蜃気楼のように山の様な物が僅

かに見える。

 

「本当だ、フレースちゃんの言う通り、山っぽいのが見えますよ?」

<フ、フレースちゃん……?>

 

 逸早く反応したツムギだが、その発した名称にフレースヴェルグは戸惑いを見せる。

 

「どうせ、ドクターが結社の頃みたいな感覚で名前つけたんでしょう?長くない?」

<い、いえ、ドクターに折角つけて頂いた名前ですから……>

 

 ちなみに、雛人に名前と言う文化は無いらしい。

 そもそも知能は高くとも声帯の問題でバリエーションが少ないのだ。

 念話が可能になったが故の贅沢なのであろう。妙に名前を大切に感じている。

 

「でも、私達だって実名と愛称を使い分けてるし、呼びやすい方が良くない?別に名前が

書き変わるわけでもないしさ?」

<愛称……なるほど、使い分けるものだと……>

 

 何やらフレースヴェルグは納得した様に何度も首肯して見せる。

 

<つまりは、天使様の事をドクターとお呼びする事と同じという事ですね?では、ツムギ

様から頂いた『フレース』という愛称を有難く使わせていただきます>

 

 何やら間違っている気がしないでもないが、納得したならそれで良いか。

 

「じゃ、フレースヴェルグちゃんは『フレース』ちゃん、フェネクス君は『フェネ』君か

な?そして……」

 

 ツムギの言葉にフェネクスは恭しく頭を垂れ、カイムは期待に目を輝かせる。

 

「……ん~……カイム君は呼びやすいし、そのまんまで良い感じ?」

 

 そして、カイムの瞳には絶望が宿った──略しにくい名でスマン──

 

「あ~、それはそうとだ。結局海沿いに巨人領へ向かうという事かな?多少無茶をすれば

海も越えられそうにも思うが──」

 

 もう一度視線を海へと向ければ、海上に浮かぶ島も見えるし、何かしら手段を持てば対

岸まで辿り着く事も不可能ではないかもしれない。

 

<確かにドクター様やツムギ様ならば……いえ、フレースも可能かもしれませんな。です

が、我々は飛ぶ事が叶いません。そして海には当然魔獣が生息しておりますし、その危険

性は未知です>

 

 長老の言葉に、少々悩む。

 確かに何往復もして飛べない者を送るのにも不安はあるし、急造した筏などでは海の藻

屑となりそうだ。

 大型の輸送機能を持つ怪人も考えたが、怪人化とて万能なわけもなく、恐らくフレース

以上の飛行能力を持つ者を雛人から転じさせるのは無理だと思われる。

 ついでに言えば、今まで水中適性を考えた事も無いし、一から研究していては如何程の

時間がかかるかも知れない。

 

「そもそもだが、その巨人領に生活が可能な場所はあるのかい?」

<実際に見た事が無いので確証はありませぬが、話によれば巨人領である山岳地帯の周り

には御山同様に森林地帯が広がっていると聞き及んでおります>

 

 伝承とかそういった不確かな情報源なのだろうが、そんなものに縋らねばならない程に

現状の御山と森は不安定である様だ。

 例の光が何であったのかは分からないが、あれがまた発生しないとも限らない。

 それに多くの魔獣が被害を受けた今、人間が侵攻してくる可能性が高い。

 

「分かった。では港湾を南に迂回して巨人領へ向かおう。途中の人間領は行ってみない事

には分からないな」

 

 徒歩かと考えるだけで溜息が出そうだ。

 流石に魔獣一匹では雛人全員を運ぶなど不可能だし、如何な敏捷性に優れた雛人とはい

え、魔獣の速度に追いつくのは無理だ。

 

 嗚呼、トラックか何かが欲しいところだ。

 こんな時、機械に強い教授がいてくれれば、などと思ってしまうのだった──

 

 

 

 

▼次回予告

 

 その戦いは何処までも激しさを増す。

 

 遂には決意と共にディノハートの力を開放するグランツ。

 それは確実に総監であった化け物にダメージを与えてはいるが、その自己復元の前には

決定打とはならなかった。

 

 そんな折、総帥の自爆めいた攻撃が化け物の核、すなわち疑似ディノハートを露わとさ

せるのであった。

 

 次回『悪の秘密結社総帥』




ゲームと映画については読み飛ばすのが吉。


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26話(港湾都市ネイピア)

真女神転生Ⅴがでますよ。


 港湾都市ネイピア──

 

 大陸最西端に位置する巨大な港町で、かつて人類圏最大の港であった。

 

 大陸から見て北方や南方に位置する島国との交流を考えれば、些か微妙な位置にある港

ではあるのだが、この大陸の東南北の海岸線は長く広がる遠浅の海岸線ばかりで、唯一西

側のみが深い喫水線を可能とする大陸棚を保有していた。

 同時に、港の南方に広がる深い森は良質の木材を産出し、産業に拍車をかけていた。

 

 だが、それも今は昔。

 現在ネイピアは亜人種による最前線拠点と化している。

 

「はぁ~い、生中二つお待たせしました~」

 

 近衛君がジョッキを二つ、厚手の木製テーブルに子気味良く置く。

 

「ラーメン二丁上がったよ」

「はぁ~い」

 

 厨房から声を掛ければ、近衛君が元気良く答えてくれる。

 

「しかし、裏方は何とも味気ない感じになっちまったな?」

「だけれども、御蔭で衣食住には事欠かないだろう?」

 

 客で賑わい、近衛君がテーブル間を駆け回り奮闘する表とは違い、この裏方である厨房

では大平君と僕の二人が、調理器具すら碌にない空間でのんびりと寛いでいた。

 

「あの坊主がよこしてくれた能力で酒とラーメンには困らないからと、試しに商売に使っ

てみたら繁盛してるよなぁ」

「盛り付けすらいらずに出現するだけに、正直暇で近衛君に申し訳ないね」

 

 そう。この店はビールとラーメンのみの店だ。

 開店当初はコッテリラーメンが臭いだの、ビールが軽いだのと色々言われたものだが、

それなりに刺さる顧客もいたのか、開店一週間にしてなかなかの盛況を誇っている。

 

 だが、同時に発生した問題は、能力故に調理時間がいらず出来上がりが早すぎて少々不

信に思われかけた事だ。

 それ以来、敢えて間を置いてから提供しているのだが、予想以上にやる事が無い。

 

「ともあれ、この街の連中が友好的で良かったぜ」

「亜人、亜人ねぇ。多少の差異はあれども、人間とも大差のない個体も見受けられるし、

僕らも臨戦態勢時に変身して見せたらアッサリと受け入れられたね」

 

 この世界の人間もまた、我々向こうの世界の人間と姿かたちは同じ様なのだ。

 この世界に到着した直後に亜人種と呼ばれる集団に囲まれた我々は、非常に厄介な状況

と言えた。

 だが、そこは結社随一の戦闘狂である大平君が瞬時に変身。彼等に襲い掛かった。

 どうやら変身を見た瞬間に彼等は一種の恐慌状態であったらしいのだが、大平君の猛威

は彼らの半数を沈黙させるまで留まる事が無かった。

 事が収まったのは、彼等が必死に弁解を叫んだのと、何よりも大平君が『飽きた』から

であろう。

 

「まぁ、一悶着はあったけど大平君が手加減してくれたから正当防衛で済んだし、逆に敬

意までもってくれたんだから棚ぼたではあるね」

「だなぁ。しかし、こんなにも人間そっくりな種もいるのに、異質な部分を見せないと区

別がつかないのは厄介だよなぁ」

「それを利用して諜報活動も行っているらしいけれどね。痛し痒しってところかな?」

 

 ドクターに改造してもらっていなければ、もっと面倒だったかもしれない。

 だが、そこまで警戒する割には街は随分と呑気な空気が漂っているように思える。

 仮にも人間種と亜人種の最前線であろうに。

 そんな疑問を話のタネにしていると──

 

「それなら理由があるらしいよ?」

 

 戻ってきた近衛君が会話に混ざってくる。

 

「表の方はもういいのか?」

「うん、昼時が終わって、今いる客が捌けたら余裕になるよ」

 

 近衛君はそう返しつつも、ホール側が視界から外れない様にホールとキッチンの境界線

に佇んだままだ。実に勤勉な子だ。

 

「それで、理由とは?」

 

 僕が話を促すと、一瞬ホールに視線を送った後に此方を振り返る。

 

「この街って、そもそもが人間種の港町だったわけじゃない?ぶっちゃけ、ここを占領さ

れた時点で南方の亜人種の総本山たる島に侵攻する手段を失い、更には街の南に広がる森

が亜人種の巣窟になって手が出せなくなったらしいんだよね」

 

 と、その時ホール側から声がかかり、近衛君が慌ただしく対応に向かう。

 

「……つまりは、攻めるに攻められず、膠着状態による一時的な平和が出来上がったのだ

ろうね」

「森の方ではそれなりに戦闘が頻発してるらしいしなぁ。多分だが、人間側も街を焼け野

原にしたら制海権を握られている以上、再建も出来ないと理解しているから強引に取り返

せないんだろうな」

 

 仮に取り戻したとしても、逃げる亜人が港や船を無事に残すはずがない。

 そうなれば、海洋上からの砲撃と森からの挟撃で磨り潰されるのが落ちだろう。

 

「そういえば笑い話。どうやってこの街を亜人が奪ったと思う?」

 

 戻ってきた近衛君が開口一番愉快そうに問う。

 

「ん~、森林部から侵攻したとか?」

 

 大平君の予想に近衛君は楽しそうに首を横に振る。

 

「人間種の宗教上の理由で軍も御休みだったらしいよ?」

「「は?」」

 

 ケラケラと笑う近衛君の言葉に、思わず大平君と反応が被る。

 

「その日はね、なんでも人間種の神様が御休みに定めた日らしくってね、それまでの人間

同士の戦争では御互いに暗黙の了解として休戦日だったんだって」

「人間種の神様……か」

 

 大平君の言葉に近衛君が大きく頷いて見せる。

 

「そう。人間種の神様って事は、他種族から見たらただの邪神でしかないからね、無抵抗

の人間種を放逐して占領したってわけ。余りにも教えに忠実で、目の前に敵が居ても武器

を取りさえせずに戸惑うばかりで、思わず亜人種側も殲滅から放逐に切り替えたんだって

さ」

「なるほど。なまじっか神が実在するが故に信仰に疑義の余地もなく、臨機に失したって

わけかな」

 

 そういえば、人間種と雛人の神の存在は見聞きしているが、他の種にも神は居るのだろ

うか?

 特に亜人種などと一括りで呼ばれてはいるが、彼等とて多種多様だ。

 

「しかし、そうすっとこの街に居ても戦争はおきそうもねぇなぁ?どうするよ?」

「どうって言っても、私はタイヘーくんみたいに戦いに飢えてないし?このままこの街で

のんびりとドクター達が来るのを待つのも悪くないと思うよ?」

 

 求戦欲溢れる大平君とは違い、近衛君は穏やかな生活に憧れているのだろう。

 

「しかし、ドクターとツムギ君は来るだろうか?ドクターならば少年や少女との約束を守

りさえしたら、そのまま引き籠って研究に没頭しそうに思うんだけれどね」

「あ~、ツムギはドクターと一緒ならば不満なんて何もないだろうしなぁ」

 

 ドクターがあそこまで活発に結社で活動していたのは、全てはドクターの弟とツムギ君

の為であっただろう。

 だが、今や弟は別世界、ツムギ君も健康過ぎるくらいだ。能動的に外部活動をするとは

考えにくい。

 

「それなら心当たりがあるよ~?」

 

 近衛君が自信満々に胸を張る。

 

「こっから東に行ったところ、それなりに遠くはあるらしいんだけど、雛人を集めてる施

設があるらしいよ?」

「あぁ、俺も少しばかり聞いたな。集めてるっているより養殖してるって風な話だったが

な」

 

 近衛君と大平君の言葉に、暫し思考を巡らす。

 と言っても、どう行動するのか、ではない。

 

「……雛人ってどんな姿なんだろうね?」

 

 僕の言葉に二人も黙する。

 

「たまに見かける羽が生えた人、アレじゃないの?」

 

 近衛君のイメージは天使とかに近い様だ。

 

「いや、あいつらは翼人って言ってたぜ?俺は小人、ドワーフだのホビットだの、ああい

うイメージだったんだが?」

 

 大平君は雛というイメージを小さい者ととらえた様だ。

 

「僕のイメージとしては近衛君に近いが、何にしろこの知的生物を養殖するという言葉の

響に対する不快感は何なんだろうね?僕も人間を高等だなんて考える俗物だったという事

かな?」

「あ~、分かるかも。不快と言うか、不安な気持ちになるというか」

 

 近衛君の感覚も分からなくもない。

 専門分野ではないので、どういった感情なのかは定かではないが、人間のアイデンティ

ティからくる感情だろうか?

 

「ならよ、やる事は一つだろう!」

 

 勢い良く大平君が立ち上がる。

 近衛君の、全てを心得た上で浮かべた嫌そうな表情は印象的であった。

 

「俺らで開放してドクターんとこに連れてこうぜ!」

 

 私としても、予想道理のセリフであった。

 

 

 

 

「暗くなってきたね、そろそろ野営にしようか」

「は~い」

 

 空を見上げた私に、ツムギが元気よく答える。

 実際はまだ薄暗い程度だが、生憎と雛人達の基本構造はどうも鶏に近い。

 つまりは鳥目であり、夜間の活動は制限される。

 例外的に改造の結果夜間適性を得たカイムなどもいるが、無理をさせる必要はないだろ

う。

 

「ドクター、物資なんかはまだ大丈夫です?」

「あぁ、問題ないよ。元々あの女神やらが物資を大量に詰め込んでいたみたいだからね」

 

 野営と言っても、実際は雛人共々『領域』に引き籠るだけだ。もはや野営とは言えない

かもしれない。

 病院を模した内部構造なだけに、当然の様にキッチンと食堂まで完備されている。

 更には念話通信機を可能とした隠し玉などもあるが、私だけでは十全に性能発揮できる

ものでもないし、今は放置で良いだろう。

 それよりも、ここまでの数日で『領域』の特性もある程度把握できた。

 要は、私が『領域』を展開した時に内部外部の時間の流れをある程度操作できる様だ。

 今までは緊急性などもあって無意識に内部時間に対して外部時間を遅くしたい、つまり

は内部時間を加速させていたわけだ。

 試しに時計を内部に放置する実験を行ったら、内部時間を停止させることも可能であっ

た。

 尚、逆の実験は行っていない。

 仮に内部で数百年の時間が過ぎて資材、機材全てが崩壊してしまったら困るからだ。

 ただ、これはあくまで時間の速度を変えるだけで、過去や未来にはたどり着けない。

 もしかすれば、時間停止と認識している物も、限りなく零に近いが零では無いのかもし

れない。

 

「では、いっちば~ん!」

 

 展開した『領域』にツムギが飛び込み、それに続き雛人達が列をなして入っていく。

 フェネクス、フレースヴェルグ、カイムはそれを見届けてからの様だ。

 この能力の隠れた利点は、入り口を外部から隠蔽できる事だ。

 そもそも許可を得ていなければ入ることは出来ないが、認識されなければ強引な方法が

あたっとしても大丈夫であろう。

 

 『領域』を前に、少し振り返る。

 いまだ沿岸は遠く続き、巨人は勿論、人工的な建築物も見えない。

 このまま順調に進んだとして、立ちはだかるのは人間の砦だ。

 少なくとも雛人を連れたまま穏当に切り抜けることは出来ないだろう。

 その時どうするべきか、結論は出ていない。

 

 

 

 

▼次回予告

 

 全ての始まり、そして全ての終わりは結社にあった。

 

 総監が倒れた今、グランツの前に立ち塞がるのは結社総帥。

 結局は相容れぬと語る総帥。

 

 ディノハートの真の力を発揮するグランツ。

 だが、その力は総帥に何かしらの痛痒さえ与えるに至らなかった。

 

 装甲スーツを身に纏った総帥は、ディノハートを宿してなどいない。

 人として、人の科学力のみでグランツに迫る。

 

 人はまだ終わっていないとでも訴えるが如く。

 次のステージに神の遺産など不要だと叫ぶが如く。

 

 その人間としての『想い』は確かにグランツに届いた。

 

次回最終回『日常』

 

 

 

 

 お詫び。

 語り部が不在になりましたので、『グランツの物語』は終幕となります。

 次回からは『水の都からの来訪者クレイズ日記』をお送りします。




次回からはクレイズ君の珍道中日記


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27話(オングストローム砦:前編)

ゲームやってた。
メガテン5...と見せかけて、まだライズ。


 その日、早朝より空は晴天に恵まれ、この季節には必ずと言っていい程発生する霧靄す

らもが晴れ渡り、遥か水平線までもが見渡せた。

 

 オングストローム砦、人間領と巨人種領との境、人間が築き上げた強固な砦である。

 対巨人種戦力として魔導士兵3000、弓兵2000が常駐し、哨戒や対魔獣戦を担う

歩兵2000が配備されている。

 その兵力を支えるのは併設されている魔導鉄道であり、日々膨大な物資補給を担ってい

る。

 

 巨人とはその名の通り巨大な人型の種であり、平均的な個体で全高18mを超える。

 その巨体と膂力の前には人間の歩兵など木っ端と変わらず、足止めすらままならぬが故

に主力は魔導兵となる。

 

 我々歩兵は巨人種領への偵察、砦周辺の警備などの安全保障、補給や設備維持を請け負

っている。

 要は、エリートである魔導兵に扱き使われる雑用係と言うやつだ。

 

 その日の視界は実に良好。

 新規に配属された新米は実に堅実で実直、本日の任務である砦後方の監視任務にも妥協

を見出せない姿勢を見せていた。

 そんな新米がソレを見つけるのは必然であったのだろう。

 

 そして我が小隊の虎の子とも言える魔法に覚えのある隊員。

 噂では中央で何かしらやらかした為に左遷されてきたそうだが、その腕は確かだ。

 本人曰く、魔法による超長距離だってお手の物だとか。

 実に眉唾な話ではあるが、戦力として魔法が使える事は対魔獣戦においても心強い。

 

 長年この小隊を率いてきたが、現在の編成が今までの中でも最良と言えるだろう。

 

 

 ──だと言うのに、それが裏目に出るなんて誰が予想しただろうか?──

 

 

「隊長!12時の方角、海岸線沿いの岩場に人影があります!」

 

 一月ほど前に配属されたばかりで、まだ青臭さの残る新米が声を張り上げる。

 正直、何事も無く久々に日光浴を楽しみたかったのだが、新米の声に周囲の他の小隊連

中もそちらに目をやっているし、無かったことにするわけにもいかないだろう。

 

「アイズ、どうだ?」

 

 小隊唯一の魔導兵であるアイズに目をやれば、早々に遠見の魔法を展開していた。

 

「あ~…人間が二人、いや、片方は亜人か?見た事が無いタイプだな」

「こんな場所で亜人だと?」

 

 新米から双眼鏡を受け取り、自身の視界でも追ってみるが、流石に距離があり過ぎて人

影がある事くらいしか分からない。

 だが、あの方角にあるのは北の森林部くらいだ。

 どんな命知らずの冒険者であろうと、魔導列車すら使わずに魔獣の闊歩する地域を態々

徒歩で横断する様な奴は居ないだろう。

 居るとするならば、余程の後ろ暗い事でもあるという事だ。

 その証拠に、あの人影は岩場に身を潜める様ではないか?

 流石にこの距離で見つかる事もないと考えたのか、些か隠密が杜撰ではあるが。

 

「亜人が西部で偵察も何も無いだろうが……ピート、急ぎ本部に連絡──」

「あれなら狙撃も出来るぜ?どこまで効果が望めるかは不明だが」

 

 新米のピートへの命令の途中にアイズが割り込んでくる。

 

「──亜人らしき敵影あり、牽制狙撃も可能と伝えろ」

 

 一瞬考え、ピートへの」命令を少し変更する。

 律儀に返事を返して駆けていくピートを一瞥し、再び双眼鏡に目をやる。

 

「有効打は望めるか?」

「魔法抵抗力次第だな。この距離だと減衰も大きいし、余程当たり所が良ければ殺れるか

もしれんが、精々骨の一本持っていける程度かな」

 

 まぁ、スパイらしき者を近付けさせるわけにはいかないが、特に始末しなければならな

いわけでもない。

 程良く威嚇して追い払えば十分だろう。

 

 そんなことを考えていると、ピートが駆け足で戻ってくる。

 

「本部よりです!狙撃を許可。追い払え。とのことです!」

 

 御行儀よく敬礼するピートを他所に、アイズが肩周りを解す様に首を曲げながら構えを

取る。

 

「じゃ、多少は良いところ見せねぇとな」

 

 そう言って、アイズは魔力の収束を始める。

 

 ──次の瞬間、視界が朱に染まった──

 

 

 

 

 困った。非常に困った。

 全くもって隙が無い。

 

 巨人に対する砦だという事で、まぁ人間程度のサイズならばコッソリ脇をすり抜ける事

くらいは可能だろうと思っていたのだが、現実は鼠一匹通さない程の徹底した防壁であっ

た。

 

「ん~、全方位監視体制にも隙は無さそうですね。こういうのって末端から手抜きが始ま

るのが御約束なんですが、余程指揮官が優秀なんでしょうね」

 

 人の肉眼では見通せない程の距離を、変身したツムギが見通す。

 

「あぁそうか。勝手に巨人に対するのみの砦だと思い込んでいたが、能々考えれば魔獣や

らも普通に居るわけだしな、そんな穴だらけのはずもないわけか……」

 

 浅はかな思い込みに、思わず赤面する程だ。

 

「どうしますか、ドクター?私とフェネ君達で陽動を行えば、被害は少な目で突破可能だ

と思いますが?」

 

 そう、可能だが被害は出る。

 こういったところで完璧を目指したくなる部分が、周りから融通が利かないと言われる

所以なのだろう。

 ツムギの想定では戦力はツムギ自身と改造雛人三人のはずだ。

 ならば──

 

「ここまで運よく犠牲も無く来れたんだ、どうせならこのまま行きたいものだね」

「……!ドクターも戦うのですか?ですが、アレは色々問題が……」

 

 ツムギが躊躇うのもわかるが、ここで切り札を切ればツムギ達を雛人達の護衛に回せる

わけで、ツムギならば完遂してくれることだろう。

 

「ここが切り時だなんて言うつもりはないけど、現状この世界での目的は彼等の保護だ。

ここで妥協すると一気にヤル気が無くなりそうなんだよね」

 

 これも本音だ。

 どうにも受動的な目的意識の維持は苦手だった様だ。

 結社での活動も半分は受動的ではあったが、悪ノリが後押しでもしたのだろう。

 そんな適当な納得を得ると同時に、ツムギもまた得心がいった様に首肯する。

 

「よし、では私が陽動で前に──っ──」

 

 

 突如視界が急加速を起こし、認識を置き去りにする。

 

「ドクター!?」

 

 ツムギの悲鳴染みた声すらも置き去りにして、右側頭部に衝撃、上半身に浮遊感、左足

に全体重を得る。

 気付けば砂浜に倒れ伏し、視界がグラグラと揺れていた。

 

「お、おぉ……狙撃、かな?やるなぁ……良い、腕だ」

 

 この世界で銃はクレイズ君が持っていた例外以外では見かけていない。ならば、これは

魔法による狙撃だろうか?

 

 ──衝撃音──

 

 揺れる視界の端で、ツムギが何かしら行動した様だが、五感による外部情報取得が実に

不安定だ。

 立ち上がろうと試みるが、砂上で虚しく藻掻くだけであった。

 

「あ~、すまない、ツムギ、立つのを手伝って……」

 

 無駄な足掻き諦めツムギに助けを求めるが、残念ながら返事は返ってこなかった。

 

 

 

 

 ──殺ス──

 

 ドクターを狙撃した相手には、砲撃し返して城壁上に着弾したのは目視した。だが、生

死は不明だ。

 

 ──確実ニ殺サネバ──

 

 この衝動には覚えがある。

 このまま受け入れても良いのだろうか?

 不安感はある。

 だが、万能感にも似た充足感があるのも事実なのだ。

 

 他の結社勢やヒーロー達に比べれば鈍足な部類に入る私だが、生物的にはそれなりの能

力は持っている。

 証拠に、目視すら難しかった砦も既に視界に収まっている。

 

 ──ドクター、ノ、敵ハ、排除、セネバ──

 

 呼応する様に──胸の奥──ディノハートから力が流れ込んでくるのが分かる。

 

 だが、かつてない程ノ、コのパワーは一体……?

 以前の比ニ、ナラナイ程、ノ──意識ガ、流サレ──

 

 

 生命の終着点、死の獣(デッドエンド)が咆哮を上げた──

 

 

 

 

▼クレイズ日記

 

 クレイズと言う名は本名だ。

 ファミリーネームは名乗っていない。

 捨てたわけでは無いし、現状に後悔などありはしないのだが、その名に連なるアノ人を

裏の世界に関わらせたくないと、心のどこかで思っているからなのだろう。

 

 例え、アノ人が故人であろうとも、だ。

 

 俺がこの世界に来たのは、面子とプライドの為だ。

 『奴』はルールを破った、そして俺は『執行人』、ただそれだけ。

 

 追っていた奴が突然目の前で消えたものだから、随分と仰天したもんだぜ?

 だが、その非現実的な状況だからこそ、あんな胡散臭いガキの戯言も信じる気になった

のだし、実際にこの世界に来れたわけだ。

 

 『契約』は簡単。

 『簒奪者』の思惑の阻止、対価は『奴』を始末する機会を得る事だ。

 

 帰還は出来ない。

 兄貴分には説明したが、随分と可哀そうな者を見る目をされた以上、信じては貰ってい

ないだろう。

 家族からも、今まで培った信頼を失っているかもしれない。

 

 だが、だからといって家族への恩に揺るぎなどありはしない。

 家族の名の為、ただ『奴』を始末するだけだ。

 

 何処へ逃げようとも──




今回からの裏話はクレイズ関係


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28話(オングストローム砦:中編)

ピクルスづくりを始める。
レシピ道理にやっていても、なかなか思う様に出来ない。
楽しい。


「来るぞ!バリスタ斉射用意……てぇっ!」

「は、速すぎる!」

「着弾無し!」

「弓兵用意!」

「魔導兵はまだか!?」

 

 将官達の怒声が耳朶を打つ。

 ひんやりとした石畳の冷たさが頬に沁みる様だ。

 はて、何をしていたのだったか?

 

 夢現の中、揺れ落ちそうな頭を押さえながら身を起こし、辺りを見回す。

 

 誰もいない。

 辺りは焼け焦げ、瓦礫や壊れた兵装、良く分からない炭の塊が転がっているだけだ。

 ピートはどうした?

 連絡に走らせたのだったか?

 記憶が曖昧だ。こんな事では部下に示しがつかん。

 俺が気絶している間に他の小隊に合流したか?

 アイズあたりなら、それくらいの機転は利かせそうだ。

 俺も合流せねば──

 

 ふら付く足取りで、歩き始めた。

 

 

 ──その光景は地獄であった──

 

 

 その一撃は巨人すらも足止めさせる城壁をいとも容易く崩壊させ、幾人もの兵が巻き込

まれて粉塵の底に消えていった。

 怒号と悲鳴、苦悶に喘ぐ声。

 指揮する者、答える者、逃げまどう者、苦痛に悶える者。

 だが、ソレは一切に躊躇いもなく蹂躙する。

 

 中型以上を想定したバリスタが命中性に欠けるのはわかる。

 だが弓兵と、遅れてきたとはいえ魔導兵、つまりはこの砦の主力をもってしても何かし

らの痛痒も与えられないのはどういうことだ?

 

 その時、あの悍ましいまでの赤味を帯びた暗い亜人の、その心身を震え上がらせる様な

咆哮が響き渡った。

 

 誰しもが恐怖を覚える中、遂に歩兵が前面に出る。

 

 ──俺も、行かねば──

 

 

 

 

<大丈夫ですか、ドクター?>

 

 小さい体躯で懸命に支えようとしてくれていたのは雛人形態のフェネクスだった。

 目立たない様にという言葉を忠実に守ってくれている様だ。

 

「あ~、ありがとう。油断したよ」

 

 まだ揺れる視界で見渡せば、目立たぬ様に離れた場所で待機させていたはずの他の雛人

や魔獣の姿まであった。

 狙撃されたのを見て慌てて出てきてしまった様だが、友釣りされなくて何よりだ。

 しかし──

 

 見回せば、やはり御目当ての相手の姿は見当たらない。

 

 ──やはりツムギの姿は無いか。

 元から割と好戦的な性格だった気がするが、負傷した仲間を置いてまで殴り掛かるタイ

プでは無かったはずだ。

 一度体験した『死』によって精神に変容を得たのか、それとも怪人としての新たな進化

を得たためか?

 

 遠く、人間種の砦の方向から衝撃音が響く。

 人の目で見る事は叶わないが、原因は一つしかない。

 

「……無駄な殺戮に意味は無いだろうに、スポーツハンティングは趣味じゃないんだ」

 

 この世界では、どちらかと言えば億劫さが拭えない日々ではあるが、身内が関わってい

るならばそうも言ってはいられない。

 

「仕方がない、少し諫めてくるよ。フェネクス君達は物陰で皆を守ってやっていてくれ」

<はっ!>

 

 敬礼でもしそうな程にフェネクスは何時もの事とはいえ、魔獣までもが一声発する。

 

 魔獣に関しては特に意思疎通に関しては何もしていないのだが、此方の言葉をある程度

理解しているのだろうか?

 少しばかり愛着も感じるし、早くツムギを連れ帰って名前でも付けてもらおうか。

 

 そうとなれば、切り札の一枚や二枚失う事に躊躇いなどない。

 

 

 

 

 まるで風に舞い散る木の葉の様だ。

 

 眼前では冗談の様に人が宙を舞い、人であった何かに変わっていく。

 その暗き亜人の禍々しく紅い眼は光の残像を描き、棚引く先では死と破壊が撒き散らさ

れる。

 

 オングストローム砦の鉄壁とまで呼ばれた城壁が崩れていくなんて、今朝まで誰も想像

だにしなかっただろう。

 その光景を目にしながらも、何処か夢幻の類いと思ってしまう。

 結局、この砦で歩兵なんて雑用係が良いところであったんだ。

 否、弓兵や魔導兵にしたって大差は無いのか?

 

 ゆらりと暗き亜人が歩を進める。

 まるで巨大鉢の羽音が如き怪音を奏でながら、その両腕から放たれる無数の礫は人を容

易く切り裂き、その衝撃は石壁を削る。

 極めつけは亜人を中心に放たれる破壊の炎だ。

 爆心地から十数メートルは衝撃でクレーターができる程だ。

 亜人の行動は単純で、礫を撒き散らしながら歩みを進め、爆風を撒き散らすだけ。

 

 いっそ馬鹿々々しくなる光景だな……

 

 眼前に迫る死が、何とも現実味を帯びてはくれなかった。

 

 

 

 

 暗く、暗く揺蕩う、快楽の海。

 何処までも溢れる高揚感、満たされる嗜虐心。

 

 駄目だ。これは駄目だ。

 抜け出せない。抜け出す意思が持てない。

 この体の奥底から、ディノハートから溢れ出る無限を感じさせる力の本流は何?

 かつてない程の甘美なる万能感。

 このままでは、私──ツムギという人格すらが溶けて広がり、永遠の拡散と希釈の果て

に消えてしまいそう。

 

 まだ僅かに思考に至れるのは、ドクターの事を想えばこそ。

 もう一度失うかもしれないと激情に流されたものの、直ぐにでも傍で安否を確認したい

欲求も確かにあった。

 ドクターに危害を加えた者を滅ぼしたいし、ドクターに付き添いたくもある。

 後者においては、看護師の真似事をしていたというだけで、所詮は無学な自分に何がで

きるのか、という負い目もある。

 

 その結果が、こうしてただ流されるだけと言うのが、また滑稽よね。

 

 ほぼ動く者の無くなった視界の隅で、新たに迫る影を認め、反射的に銃口を向ける。

 

 ──取り敢えず、全滅させたら止まるかしら?

 

 

 

 

「──着装!」

 

 ──試作機(おもちゃ)なんて物は壊してなんぼであろう──

 

 

 

 

▼クレイズ日記その2

 

 この世界に降り立った直後は本当に戸惑った。

 

 なしにろ文化が全く分からない上に魔法なんてファンタジー要素まで盛られ、挙句の果

ては文無しと言う奴だ。

 持ち物と言えば、衣服を除けば前の世界の金が少々に愛銃くらいで、ほとほと困り果て

たものだ。

 だが、馬よ、生き伸びろ、今に草が伸びるからってやつだろう。

 それこそ泥水を啜る覚悟で地道にドさ回り染みた仕事をこなし、どうにか人並みの生活

が出来る様になった。

 

 御大層に『冒険者』などと名乗ってはいるが、要はうだつの上がらないチンピラの集ま

りだ。

 中には才能を開花させて伸し上がる者も居る様だが、大半はその日暮らしだろう。

 だが、そんな自由溢れる職業の御蔭で、まだ生きていけてるので有難いものだった。

 

 俺も、元はそれなりに荒事に関わった事もあったせいか、可もなく不可もなくやってい

たのだが──

 

 その日、最近名前が売れ始めた商家の娘から狩猟護衛の依頼が入ったのだ──




魔人ちゃん必殺技
<バニシングフレア>
 ぎゅっとして爆滅。
 威力は下がるけど拡散型もあるよ。


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29話(オングストローム砦:後編)

MOBILE SUIT ENSEMBLEをガチャって来ました。
結果
ガンダムとGファイター。ザクが欲しかった。


 ──対神装甲ミズガルズ──

 

 中二病を拗らせた総帥が発案した浪漫溢れる装甲強化外骨格であり、結社の技術の粋を

集めた『人間の為の武装』である。

 装着者の身体能力を極限まで高め、数々の武装により敵を殲滅する。

 残念ながらまだ完成には至らず、耐久性などの問題点より二機の試作機がロールアウト

しているに過ぎない。

 もっとも、他にも数々の問題点を抱えていて、例えば性能に人間の身体自体が対応でき

ないなどもある。全力で走るとレッドアウトするそうだ。

 それに適応できているのもまた二人だけ。

 赤い一号機を駆る『総帥』と灰色の二号機を駆る『ドクターセイガー』だ。

 

 ドクターの灰色の機体はそれはそれでカッコ良いとはおもうんだけど、その実は無塗装

なだけだったりして、少しもったいなくもあるよね。

 まぁ、ドクターは愛機と言うよりも実験機としてしか見ていなかったみたいだし、その

せいか武装だって殆ど外されたままだ。

 

 

 そんな鈍色の機影が目前に迫る。

 

 

 咄嗟に両腕を交差させて防ぐが、攻撃自体が囮だったのか次の瞬間には姿が視界から消

えてしまっていた。

 人の視界角度は凡そ200°、二次元的に考えれば残り160°内に居るという事で、

選ぶべきなのは右旋回か左旋回。真後ろに居たならばどっちを選ぼうと変わらないはず。

 

 

 決断したのは右旋回。

 理由はそちらの方が回り易かったからだ。

 そしてその選択は見事にドクターの姿を捉えた。

 

 防御は──間に合わないわね。

 だけど、先程の行動と言い、現在のドクターの武装と言えば無手。

 大丈夫。私にはドクターが改造してくれたこの身体があるわ。

 

 硬質感のある魔人としての外装だが、実態は粘土質であり打撃には頗る強い。

 それは外装部から爆発性の物質を生成、放出する為の副産物であったのだが、例え銃弾

であろうと、余程貫通性に優れていない限りは容易く止める。

 同時に熱や電気にも強いが、例外的に生成した爆発物の性質やタイミング次第では大変

なことになるだろう。

 もっとも、そもそも爆発に耐性があるので意図しない破壊を周囲に撒き散らすという問

題でしかないが。

 

 この一撃を受ける事は決心した。

 考えるべきは次の一手だ。

 カウンターで脚部を狙い撃──

 

 ──ドクターの拳撃が胸部で炸裂する。

 

 途端に衝撃で視界が歪み、四肢が硬直し、呼吸もままならず、思わず天を仰ぐ。

 

 ありえない!?

 ドクターに頂いたこの身体が、ドクターに破られるなんて!?

 ドクター……ドクター?

 ──なんで私は、ドクターと──

 

「まったく、困った助手だな」

 

 錯乱する思考の中、視界の中で装甲越しにドクターが苦笑いを浮かべた気がした。

 

 

 

 

 ──対神装甲ミズガルズ──

 

 勿論、このネーミングを思いついたのは常時中二病を発症させている総帥だ。

 結社がディノハート技術を高めると同時、『人非ざる者』──ディノハート適合者──

に対抗する手段として開発した代物だ。

 だが人間の為という売り文句に偽りはなく、ディノハート保持者では運用ができない。

 否、装着自体は出来る。

 だが、根幹のシステムに組み込んであるジャマーが、ディノハートから生じる特有のエ

ネルギー波をジャミングし、内部では当然ディノハートが機能しなくなる。

 そのエネルギーの正体が魔力なんて言うファンタジックな代物であるのは予想外ではあ

ったが、当然そのジャミング機能を外部放出も出来る。

 

 総帥が懸念したのは、ディノハート技術の拡散した世界で無力な人間が搾取される事で

あった。

 そしてその最悪の想定は、かの医療総監の手による超劣化ディノハートの生成で現実味

を帯びたのだ。

 

 あの粉う事無き天才であった男──医療総監──はどうなったのだろうか?

 総帥や他の幹部が居るとはいえ、グランツやレオナが向こう側にいるのでは少し心配で

はある。

 

 そんな事を考えながら、膝をついた魔人化したツムギを見下ろす。

 

 見たことがない姿だ。

 これが話にあったデッドエンドとやらか?

 ツムギであるならば敵対行動をしないであろう事に確信めいたものがあるのだが、この

魔人は少なくとも即座に対応しようとしてきた。

 だとするならば、ディノハートは、もしくはディノハートによる進化は精神に変質を齎

すのは間違いなさそうだ。

 それにしても──

 

 視線をツムギを越えた先へ向ければ、対巨人と銘打つだけはある巨大な城壁が、見るも

無残に崩れかけている。

 

 ──いくらなんでも威力が上がり過ぎじゃないか?

 

 如何な爆破能力に優れたツムギであろうと、この短時間でこの惨状を作り上げる程の能

力は無かったはずだ。

 これは進化の影響か──もしくは世界が違うためか。

 ツムギの身体能力が以前より向上している兆候はあった。

 それは単純にデッドエンド化の影響と考えていたのだが、先日の検診では意外にも肉体

的な変化は微小であった。

 ならば外的要因が考えられるのだが、アチラの世界とコチラの世界で魔力の質や濃度が

違うとすれば辻褄が合う部分が見えてくる。

 

 ん、ツムギはまだやるつもりか?

 

 よろめきながらもツムギが立ち上がろうとしていた。

 その姿は馴染み深いもので、デッドエンド化は解除された様だ。

 

「ああああっ!」

 

 突如ツムギが叫び腕を振り上げ、一気に間合いを詰めてくる。

 

「正気に戻ったかい?」

 

 特に動じる事も無く、そう問いかけると、途端にツムギの動きが止まる。

 

「……ドクターに危害を加えようとした私なんか、殴り飛ばしてくれればいいのに」

 

 気落ちしながらも拗ねた様にツムギが呟く。

 

「危害ねぇ?一撃で倒された割には、なかなか大きなことを言うね」

「にっ、二撃だから!初めのフェイントもカウントするから!」

 

 変なところに拘りがあるのか、ツムギの意味不明な言い訳に思わず笑いが漏れる。

 

「ほら、私達の目的はここを通過する事だろう?随分と城壁も風通しも良くなったことだ

し、今のうちに抜けてしまおう」

 

 武装解除を行い、ツムギの頭を撫でてやると、ツムギもすぐに怪人化を解除して撫でら

れるに甘んじ始める。

 

「あんな武装あったんですね」

「ん?あぁ、ディノハート特攻ってやつだね。長時間稼働させたらミズガルズが故障する

だろうし、メンテナンスが出来ない以上短期決戦しかなかったんだ。切り札中の切り札っ

てやつさ」

「ふぅん?」

 

 教えられていなかったのが不満なのか、少し口先をとがらせながら、適当な相槌を返し

てくる。

 

「さぁ、行こうか。色々と調べてみたいことが増えたが、まずは巨人とやらを見に行こう

じゃないか。皆を呼んできてくれるかな?」

 

 その言葉に、ツムギは元気よく返事をして駆け出していった。

 

 

 

 

 嗚呼、なんて言う事だ。

 全身を覆う灰色の甲冑、あの暴威を振りまいた亜人を一瞬で倒す力。

 あの人物こそ、あの騎士殿こそが噂の勇者様なのではないだろうか!?

 

 噂によれば、勇者様は東部で亜人と戦い続けていると聞く。

 そんな勇者様が大陸の反対側に居るはずもないのだが、あの凶悪な亜人を追ってきたと

いうなら説明がつくのではなかろうか?

 軍部上層はあまり好感を持っていないと聞いたが、それはきっと嫉妬なのだろう。

 個人でありながら、あれ程の力を持つならば妬む気持ちもわかろうと言う物だ。

 

 残念ながら、この場からは粉塵のせいで最終的にどうなったのかは分からなかったが、

気付けば勇者様も亜人の姿も無くなっていた。

 きっと亜人を始末した勇者様は東部へ取って返したのだろう。

 なんたる勤勉さ、まさに英雄、まさに勇者だ。

 他の小隊長達も同様に感じたらしく、口々に勇者様を褒め称えるばかりだ。

 

 だが、このオングストローム砦の受けた被害は甚大だ。

 早く復旧作業に入らねば、いつ巨人や魔獣の襲来があるか分かった者ではない。

 

 さぁ、ピートやアイズ達小隊の連中を探さねば──

 

 

 

 

▼クレイズ日記その3

 

 仕事内容は至って単純だった。

 クロスロッド家の令嬢を護衛しながら、霊鳥を狩るだけだ。

 

 何でも霊鳥ってのは軍需であるらしく、無断の飼育、養殖は厳罰に処されるらしいが、

野生種を狩るのは許可されているらしい。

 もっとも、かなりの希少種で見かける事なんてほぼないそうだが、商家のコネで存在の

情報を得たらしい。

 

 問題は目撃場所が、あの竜族のテリトリーの森の中らしく、手ごわい魔獣が蔓延ってい

るらしかった。

 まぁ、商家お抱えの戦士も同行するそうだし、大して難易度は高くなさそうだ。

 

 仕事は順調だ。

 だが高慢な令嬢には辟易とするし、ニドとかいう食い詰め者は卑屈でイライラする。

 だが、早々に霊鳥を捕まえることに成功した。

 しかも赤い希少種らしい。

 実にラッキーだ、報酬も期待できる。

 

 ──最悪だ!

 

 何故?どうしてだ?

 どうして、この世界に、あの悪名高きドクターセイガーが居るんだ!?

 

 極東の島国にあるという秘密結社ズィドモントのマッドサイエンティスト。

 奴が生み出した怪人によって、提携していた組織が幾つも潰されたのは苦い話だ。

 報復も兼ねて武力行使に踏み切った組織もまた尽く滅び去った。

 その圧倒的な保持武力の為に、裏の社会ではアンタッチャブルとまで称されたのだ。

 

 俺がどうしたかって?

 そりゃ逃げたさ。

 捕獲したはずの赤い霊鳥が怪人化を始めた時点で全てを投げ捨てて逃げに入ったわ。

 あたりまえだよな?

 組織で敵わない相手に個人でどうしろって言うんだ。

 

 しかし、これで積み重ねた冒険者としての信頼も水の泡だ。

 巧い事、あの令嬢とかが全滅してくれたならば言い訳がとおるか?

 いや、どちらにせよ全てを取り戻すのはもう無理だろうな──




怪人が生物的装甲。
ミズガルズが機械的装甲。


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30話(旅路)

オーソドックスなwizardryライクゲームがやりたい今日この頃。
余計なシステムはいらないんだ──


「おおおおぉぉぉっっ!ジェットカノン!」

 

 説明しよう!

 ジェットカノン(総帥命名)とは、タイヘーくんの渾身の正拳突きである!

 以上!

 

 両足を肩幅程に開き、少し腰を落とし、腕を腰だめに構え、捩じる様に拳を出す。

 彼にとってはただそれだけではある。

 しかし、ドクターによって施された改造により『魔拳』となった姿、その影響力はそれ

だけでは済まない。

 拳速は人の領域など軽々と超え、圧縮された空気と衝撃波が扇状に撒き散らかされる。

 

「タイヘーくん、がんばれ~」

 

 馬車の荷台から顔だけ覗かせ、声援を送る。

 灰色に近い銀色のボディ、獣を彷彿とさせる造形に、殊更腕部と脚部が発達し禍々しさ

すら感じさせる『魔拳』の姿。

 その先では関所の人間が、木造の建築物ごと吹き飛んでいく。

 その姿はラッセル車を彷彿とさせた。

 

「んでもって、また馬車引っ張ってね~」

 

 この荷馬車には馬が居ない。

 じゃぁ馬車って呼べないんじゃないかな?

 人力車?

 もしくはタイヘーくん車かな?

 

 その名の通り、小型で私と教授以外に載せている物は特にないが、この馬車を牽引して

いたのはタイヘーくんだ。

 私達は少ない情報ながら、雛人らしき存在の養殖場を目指して大陸の中央方面へ旅を続

けている。

 初めは人間の旅人を装うと思ったのだが、亜人の占領地域から来る人間は亜人の偽装と

して端から話も聞かれずに攻撃されるばかりであった。

 その折に馬を失い、それ以降は牽引も戦闘もタイヘー君頼りだ。

 

「っしゃぁ!近衛!ちゃんとグミよこせよ、グミ!」

「はいよ~、プロテイングミ、用意しとくよ~」

「あ~、ちくしょう!何で俺はビールなんか頼んじまったかなぁ?いや、ビールは大事だ

ぜ?だが、優先すべきはプロテインだったよなぁ、、、」

 

 プロテイン中毒者のタイヘーくん、痛恨のミス!

 あの子達がくれた能力、それは意外にも汎用性があって、私はグミというカテゴリーな

らば何味でも成分ごと自在に出現させてくれるのが嬉しい。

 教授もラーメンというカテゴリーならば幅広く対応でき、最近の食事は教授の生み出す

ラーメンと、栄養補完の為に完全栄養食グミで済ませている感じ。

 当然タイヘーくんの能力だって色々なビールを出す事が出来るのが解っんだけど、残念

ながらカクテルとノンアルコールビールはビールのカテゴリー外だったとかで、それがビ

ールベースでも駄目だって言っていた。

 タイヘーくん曰く、前の世界にあったプロテインビールはノンアルコールだったらしい

し、深刻なプロテイン不足なんだって。

 そこで光明を見出したのが、プロテイン入りのラーメンとプロテイングミで、摂取効率

の関係でプロテイングミを渇望するに至ってる。

 つまりは、馬車馬にキャロットってやつ。

 グミを報酬に、随分と楽をさせてもらっている、感謝!

 

 ふと背後、荷馬車の中を振り返る。

 そこでは教授が力なく倒れ伏していた。

 馬車酔い──ではないし、特に怪我をしたわけでもない。

 

 機械──メカ不足らしい。

 特にエンジン。

 この世界の機械発展の低さに絶望して寝込んじゃった。

 ほんっと、この男達ときたら……

 

 ──ゴトリ──

 荷馬車が揺れる。

 そうこうしているうちに、外の状況は終了した様だ。

 

「おら、いくぞ~?」

 

 タイヘーくんがまた馬車を引き始める。

 

「そろそろさぁ、馬見つけて旅人偽装してもいい頃じゃない?」

「だがよぉ、結局は亜人領側に居るわけだしな、関所破りも伝わってるだろうし、もうち

っと街か村に近づいて、人の流れが確認できてからの方が良いだろ?」

「そっか、でもタイヘーくん大変でしょ?」

 

 御者台に移ると、魔拳の後頭部を眺められる。

 

「たいした事ねぇよ、関所のたびに犠牲にしてたら馬が可哀そうだしな」

 

 チラッと振り向いてタイヘーくんが笑った様だ。

 

「……いつでも代わるからね?」

「あいよ~」

 

 きっと交代する事なんてないんだろうな。

 彼はそういう人だ。

 

 魔拳化したまま馬車を引く彼の後頭部を眺めながら、旅路は続く。

 

 

 

 

 執事の言葉に思わず頭を抱える。

 

「またか……進路はやはりこの街か?」

 

 ワシの言葉に、執事までもが渋い表情で重々しく首肯して見せる。

 

 事の発端は、つい数日前に起きた亜人による関所の突破だ。

 関所と言っても、現在は亜人との防衛陣地として流用され十分な戦力を配置している。

 それが立て続けに3か所突破されていた。

 

「どうにかせんか!どれだけ軍備に予算を割いとると思っとる!」

 

 怒りに任せ執務机の灰皿を執事に投げつける。

 狙いが逸れて床に転がった灰皿を黙って片付け始める執事に背を向け、窓の外に視線を

やる。

 

「あの劣等種どもめ……奴らにネイピアが奪われたなどという汚名を背負っている状態で

更に不祥事など起こせん!西部、このエプシロン領、ひいては旧エクスト王国の名誉が地

に落ちるわ!」

 

 よりにもよって、このワシ、ケルティア・エプシロンが領主である時に重要拠点のネイ

ピアを失うなど──

 そもそもあの劣等種どもが悪いしオカシイのだ。

 我等が神である創造神、その神がこの世界を作られた創造日。

 この日が全ての事柄において感謝と休息を得る日であるのは生きとし生ける者、少なく

とも多少なりとも知能があるならば理解できよう?

 亜人には亜人の神がいるそうだが、所詮は我等の神より遥か格下、一説では奴等さえも

が我等が神に創られたと言われているのに、何故この程度の事が理解できない?

 本当に亜人など野蛮で劣等な存在でしかないのだ。

 

「せめてもう少しタイミングがずれておりましたら、勇者様も居られましたのに……」

 

 執事の言葉に、背を向けたまま更なる渋面を浮かべてしまう。

 

「それこそ、どこの馬の骨ともしれん輩に頼れなどせんわ!」

「ですが、単純戦力としては使い易かったのでは?」

 

 確かに執事の言う事ももっともだ。

 状況を整えてやれば、アレ程扱いやすい駒もないだろう。

 一兵卒なら、むしろ気に入っていたかもしれん。

 

「えぇい、既に中央に帰った者などどうでもよいわ!その関所破りの亜人がエントゲーゲ

ンの街に辿り着く前に何としてでも刈り取れ!」

「はっ、では騎士団を動かしても?」

「許す。勇者が居た代わりに保養できたであろう?準備運動がてら騎士団に討伐させよ」

「はっ!」

 

 勇者が去った途端に戦線が崩れたなどと噂をされてはかなわんからな、念には念を入れ

るべきか?

 

「……それと、魔導空戦試験部隊も投入しろ」

「!?……機密性の高い部隊ですが、よろしいので?」

 

 空戦魔導士は飛行型の魔獣の前には無力とされ、ただでも希少な魔導士をそんな事の為

に浪費する輩はいないであろう。

 だが、今後亜人や竜、巨人の駆逐が済めば、今度は大陸内での連合が崩壊し、再び人間

同士の戦争が始まるのは目に見えている。

 対人において──航空戦力は実に有用である──

 

 本来ならば今は密かに訓練とノウハウを積み重ね、時を待つべきなのは分かっている。

 しかし、実戦経験を積めないというのもまた問題なのだ。

 今回ならば他国の目が届きにくい奥地、獲物は数匹のみと言う絶好のハンティング条件

を満たしていると言える。

 

「これまで掛けた予算に見合うだけの仕事をして見せろと伝えておけ」

「はっ、畏まりました」

 

 そう言い残し、執事は執務室を後にする。

 

 そう、遠からずこの大陸の五つの国からなるエールハッド連合王国は崩壊するだろう。

 ワシと同様に力を蓄えている者も居るだろう。

 大陸の統一を前に事を起こす馬鹿もいるかもしれん。

 特に資源の豊富なこの旧エクスト王国領など格好の標的だろう。

 だから最前線(後顧)の憂いなどにかかずらっている訳にはいかんのだ。

 

 この西部に限らず、大陸には新たな戦火の火種が燻っているのだ──

 

 

 

 

「この東部で何が起きているというのだ……」

 

 余りの出来事に、思わず胃を抑える。

 

「シェムズ閣下、こちらが先日崩壊したオングストローム砦の報告書になります」

 

 秘書が差し出した書類の束に、思わず溜息までもが漏れる。

 

「この、悪魔の様な亜人と勇者の行は何だ?流しの吟遊詩人だとて、もう少し現実味のあ

る創作をするぞ?」

「しかし、同様の報告を多数受けていることからも、実際にそれに近しい出来事が起こっ

たのは確かなのでしょう」

 

 まるで童話でも読んでいるかの様な報告書に愚痴を溢せば、副官も少し困惑気味に答え

てよこす。

 

 中央に居る勇者が現れるわけがないのだ。

 軍の上層部が勇者を疎み、情報をあまり公開しなかったのが、逆に兵卒や民衆に勇者信

仰の土台になったか?

 

「本国はなんと?」

「はい。幸い鉄道設備に被害はなかったそうですので、人員や資材は中央より搬送が可能

ということで、この街は現状維持との事です」

 

 秘書の報告に思わず鼻先で笑う。

 

「まぁ、用意しろと言われても無い袖は振れんがな。まぁ、中央が処理するならそれでい

い」

 

 無茶ぶりが無かったのは良い事だが、こちらもこちらで問題が山積みなのだ。

 

「竜の動向についてはどうだ?」

「はい。現状一切の行動は確認されておりません。山頂付近で竜影はいくつか確認されて

いますが、それだけです」

 

 それは幸いだ。

 だが、流石にあのリガードの馬鹿のやらかし程度では竜も滅んではくれんか。

 

 副官の報告に、少し安堵を覚える。

 

「そう言えば閣下?噂では例のクロスロッド家の令嬢、彼女を養子にしようとか?」

 

 秘書の言葉に、室内の気温が一気に真冬並みになった錯覚を得る。

 副官など一切視線をコチラに送らず、黙々と書類処理に没頭し始めている。

 

「あ、あ~、あくまで一案でだな?他にも幾つか候補を上げているし、彼女自身の希望も

あるから、確定したわけでは……」

「そう……ですか」

 

 一瞬秘書が何かを言いかけたが、直ぐに無表情に仕事に戻る。

 

 あぁ、大分怒っているな?

 流石に何の相談も無く話を進めたのは不味かったか?

 ある程度、陸軍のイメージ改善も織り込んでいるから、こちらの意を汲んでくれるかと

思い込んでしまっていたか──

 折角機嫌が直ってくれたのに、また振り出しだ。

 

 困った様に秘書の均整の取れた胸を眺めていると、秘書に一瞬睨まれた。

 

 ──解せぬ──

 

 

 

 

▼クレイズ日記その4

 

 あぁ、予想以上にやべぇ。

 マジで食うものに困っている。

 僅かばかりの持ち金は先行き暗く、粗食に野宿で何とか生きながらえている。

 仕舞にはゴミ漁りまでする羽目になりそうだ。

 

 

 ──何でドクターセイガーがいやがる!?

 

 飯のタネを探して商業区画を彷徨っていたら、事もあろうかクロスロッド家の令嬢と供

にいるじゃないか!?どういうこった?

 思わずガン見してしまったが、フードで顔を隠していたし、バレていないと願いたい。

 

 しかし、クロスロッド家の令嬢が生きていたのが確定してしまった。

 いよいよこの街では冒険者として再起は難しくなってきたな。

 だが、中央に行く程生活環境は安定し、冒険者の様なヤクザな商売は成り立たないだろ

う。

 必要になってくるのは身の上の証明だ。

 流れの人間なんぞを好んで雇う奴はいやしないだろう。

 

 噂では西部のエプシロン領でも亜人との戦いで雇用があるらしいが、とてもじゃないが

行きつく前に野垂れ死にしそうだ。

 

 せめてツテがあれば裏社会にでも身を置くのも辞さないが──もうしばらく足掻いてみ

るか──




魔拳:拳と付いていても別に武器が使えないわけじゃない


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31話(魔法座学)

ボロネーゼソース、ボロネーゼソース♪
作ったは良いが、これじゃない感。

正月休みで何かフィギュアをフルスクラッチしたい。


「隊長、今回の作戦、エース部隊と共同ってマジですか?」

「あぁ、魔導空戦試験部隊総出なうえ、地上部隊との合同作戦でもある」

 

 えぇ、まじか?

 そんな戦力で挑まにゃならん程の化け物が現れたってのか?

 

「ん?勘違いするなよ?相手は亜人が精々2~3匹だ。今回は我々正規空戦魔導士と選抜

……いわゆるエース部隊との連携を主眼に置いた実践訓練だ」

「あ~、そういやぁエース様とは御一緒した事はなかったですねぇ」

 

 俺達落ちこぼれでも数合わせには良いってかな?

 

「……相変わらず選抜部隊に隔意があるようだな?そもそも我々は数少ない魔導士の中で

も飛行魔法などの特殊魔法に長け、マルチキャストを可能とした選りすぐられた存在なの

だぞ?その選抜に選ばれなかったとはいえ、過分すぎる程の才能を認められているのだ」

 

 隊長の長ったらしい説教とはいえ、その言に偽りはない。

 

 空戦魔導士とは、その名の通り空を飛び戦う兵士だ。

 しかも、ただ空を飛ぶだけでは空に浮かんだ案山子に過ぎない。必要となるのはマルチ

キャストと呼ばれる才能と技術だ。

 まず飛行魔法は必須なのは当然として、遮蔽物の乏しい空では防御魔法が必須となる。

 次に必要になるのは連携を取る為の念話魔法だ。これについては無意識で受信できる程

の初歩魔法なので問題は無い。

 後は、索敵魔法と夜間ならば暗視魔法も必要となる。

 ここに攻撃魔法を撃つ事が加わると考えれば、四~六重のマルチキャストが可能な事が

前提となるのだ。

 

 一般魔導士が精々二重と言われているから、エリートなのは間違いない。間違いないの

だが──勝ち組と思ってたら更に才能の差を見せつけられるなんて、不快だろうが?

 

「我が国……否、我が西方領だけで50名程しか空戦魔導士は存在しないのだ。その格に

見合った所作を心掛けろよ?」

「……了解」

 

 まぁ?この憂さは地上の地虫部隊共でも眺めながら晴らすとするか。

 

「しかし、亜人と魔獣を排除した後は、やはり戦争になるか……」

「はぁ……?」

 

 今だって戦争してるじゃん?

 隊長が何を言ってんのか、良くわからんな。

 ともあれ、空戦魔導士としては初の実戦だ、精々楽しませてもらおう。

 

 

 

 

「では、魔法概論の授業を始める。今日からはマルチキャストについてだね」

 

 講師が教室の前面の壁に張り巡らされた魔力感応板に題目を表示させる。

 数年前までは黒っぽい板に白墨で板書していたらしいが、この魔力感応板の出現により

手書きする必要が無くなった。

 講師にとっては事前の準備が必要となったものの、労力の削減、生徒にとっては汚い文

字の解読からの解放と、随分便利になった。

 

「ん?おや、クロスロッドさんも復学できたのだね?随分と大変だった様だが、学業を疎

かにしないのは素晴らしいね。だが、ブランクもあるだろう?分からなかった事があった

ら講義外の時間にでも聞きに来てくれて構わないからね」

「はい、有難うございます、先生」

 

 この講師はあまり他者に興味を持たないタイプだったはずだけど、意外にも人間味のあ

る対応ができる人だったのね。

 それよりも、教室のあちこちで発生する密やかな話声が実に不快だ。

 元々成り上がりの私を馬鹿にしていたみたいだけど、先日の事件も相まって話題に事欠

かないのでしょうね。

 

 元からあった劣等感と、どうにもならない境遇に暗い感情が満ちていく。

 

「では……うん、この講義の参加者は魔導士志望者が多そうだね。きっと相応にプライド

を持って生きているのだろう」

 

 講師はいったん言葉を切り、教室内の面々を見回して見せる。

 

「そんな君達には今日の講義は少々不快な思いをさせてしまう事を事前に言っておこう。

どうしても耐えられないならば退出も許可する」

 

 講師の言葉に、生徒たちは何事かと囁き合い始めてしまう。

 

「では、これは近年発表された『魔法使いの種としての劣等性』についてだ」

 

 途端にどよめきが起こる。

 

 この学説については私も噂程度には聞いていた。

 もっとも、主に軍の魔導士部門からの批判騒動の方が有名だけれど。

 

「うん、うん。君達も噂程度には知っている様で何よりだ。かく言う僕も退役魔導兵だか

らね、余り気分の良い話題ではない。しかし、この学説の結論はともかく、過程において

は興味深い部分がある」

 

 この時点で、数人。殊更魔導士としての将来を期待され、相応のプライドを持った者達

が教室を退出していく。

 それを一瞥して、講師は再び口を開く。

 

「この学説の大前提にあるのは、人間は誰しもが魔力を扱う事が出来るという事だ。所謂

内循環型と呼ばれる魔力による自己強化は人間ならば誰しもが可能な事だ。そして、自然

界の生物としては、その状態が正常な状態であり外放出型──つまりは魔法使いと呼ばれ

ている存在こそが生物的欠陥を持って生まれたとする学説だね」

 

 残った生徒も不快そうな表情ばかりだが、それも当然と言えば当然でしょうね。

 選ばれた者だという自尊心は魔法使いならば誰しにもあるのに、それが先天的な欠陥だ

と言われて気分がいいはずがないわ。

 

「この学説では外放出を可能にしているのは、魔力循環経路に穴がある、としている。こ

れを実際に確認できた例はないので、あくまで仮説どまりだが、この穴の大きさが魔力の

放出量の差を生じさせているという」

 

 再び講師は言葉を切り、視線を巡らす。

 

「ふむ、少し話が脱線するが、魔法基礎理論の第一項は覚えているかね?そうだな……折

角だ、クロスロッドさん説明できるかね?」

 

 変に知名度が上がったせいで、嫌な指名のされ方をしたものね。

 

「はい。現代魔法とは、人間の魔力を切欠として空間内魔力に作用させ、現象を発現させ

るもの──です」

「うん、良いね。人間が放出している魔力とは、言うならば命令であって、実際に効果を

実行するのは空間内にある魔力となる。ならばこの魔力の放出量とは何か?これは、その

命令文をどこまで内包できるかという事だ」

 

 講師が魔力感応板に簡単な図を描いて見せる。

 

「この様に、火炎魔法を例に挙げるならば、僅かな放出量ならば『炎を出す』という命令

しか出せないが、この放出量が増えれば『直径50センチの炎の塊を前方に出す』といっ

た命令が可能になる。一般的に魔法制御と呼ばれているのは、この技術の事だね」

 

 この辺りは誰しもが学習済みで、疑問を呈する者は居ない様だ。

 

「では話を戻すと、この穴こそが欠陥であり、本来人間には必要が無いものとしている様

だね。人間は器であり、限界こそあるが常に魔力を取り込み続けている。では穴があると

どうなるのか?それは当然ながら穴から魔力が漏れる。これは既に確認されている事なの

だが、高位の魔導士ほど魔法を使っていない時に大きな魔力放出を発生させている」

 

 小さなどよめきが起こる。

 

「そうだね、こう言い換えれば君達も知っているのではないかな?魔力測定における魔力

量。そう、魔導士の能力査定に使われている技術だが、この測定されている魔力こそが、

流れ出ている魔力なのだという説だね」

 

 定説ではあの測定は『魔力保有量の測定』とされているが、学説が正しいならば『魔力

放出量の測定』とされるのが正しい事になるのだろうか?

 ならば、魔導士の優劣とは穴の大きさだとでも?

 

「これを裏付ける説明として、内循環型に比べて外放出型は身体能力的に劣るとしている

のだが、これと並行して述べられている説では、人間の保有魔力限界は生物的に均一であ

る、というものがある。つまりは、同じ容量から流れ出てしまっている分だけ身体強化が

低下しているというものだ」

 

 これはもはや常識レベルではあるのだが、内循環型は前衛、外放出型は後衛に適性が高

いというものがある。

 

「大分端折った説明ではあるが、これらの理由から学説の証明へと繋げているわけだね。

ここからが今日の本題であるマルチキャストについてなのだが、魔法使いは同時に魔法を

複数使える者が居る。勿論使えない者も居るが、これは先天的な要素が強く、後天的に可

能になった例は無い」

 

 学生内のヒエラルキーでも、このマルチキャストの有無が大きな割合を占めているのは

事実で、決して覆らない差でもある。

 

「では、このマルチキャストについて、この学説ではどう説明されているかと言うと、数

だ。穴の数。実に単純な説明になるが、この穴の個数こそがマルチキャストの限界を決定

付けているとしているんだね」

 

 その時、一人の生徒が声を上げる。

 

「先生、その穴が増やせれば後天的にマルチキャストが可能になると言う事ですか?」

 

 講師は少し口元を指で触れながら、その生徒に視線をやる。

 

「ふむ、質問は挙手をしてからにして欲しいが……まぁ良い。良い着眼点だね。この学説

通りだとすれば可能性があると言えるね。だが、非常に難しいだろう。なぜならば、人間

には魔力による高い再生能力があるからだ。それが魔力経路の欠損なども修復してしまう

のだからね」

 

 ふと、あの悪魔──ドクターなら出来そうだな、等と考えてしまった。

 

「以上がこの学説についてだが、この『穴』という考え方は実に興味深い考え方だと僕は

考えている。もっとも、それでも尚、この穴の存在は『欠陥』ではなく『進化』であると

僕は考えるがね」

 

 講師がそう締めくくると、生徒達も賛同する様に首肯している。

 

「さて、次回はマルチキャストが魔導士にどう活用されているかについて話そうと思う」

 

 それを講義の終了の合図に、皆がそれぞれ講師に礼を述べていく。

 

 私、イレーヌ・クロスロッドは魔力測定は低く、マルチキャストが出来ない。

 これは周知の事実で、ヒラエルキーも魔法使いとしては最底辺だ。

 

 

 ──だというのに、これは何なの?──

 

 

 そこには10を超える魔法の並列発動感があった。

 

 

 

 

▼クレイズ日記その5

 

 疲れた。

 

 偶然夜の街でクロスロッドの嬢ちゃんと再会した後の出来事で、俺の精神力は随分と削

られた様だ。

 

 主に、この変態野郎のせいで、だ!

 

 いや、ドクターセイガーと配下の魔人にもストレスは大きかったが、このヴュルガーと

かいう変態野郎は殊更だ。

 

 だが、一緒に行動するって決めちまったしなぁ──

 

 金銭には勝てなかったよ。

 

 あの事件の顛末としては、嬢ちゃんを襲った陸軍の魔導研究所の奴らをヴュルガーが救

ったという事になった。

 ドクターセイガー達は余り目立ちたくないらしく、口裏を合わせたってわけだ。

 俺の方も嬢ちゃんと話して、森での依頼を誤魔化してもらう事になり、晴れて冒険者と

しても復帰可能になった。

 

 もっとも、しばらくはこの変態野郎のお供だが。

 

 嬢ちゃんについては、陸軍の歩兵科のお偉いさんが責任をもってくれるらしい。

 良くしてもらえれば何よりだ。

 

 俺としては、もう少しこの街で稼ぎたかったんだが、ヴュルガーが遠からずこの街に来

るという勇者とやらに会いたくないので中央に行くこととなった。

 まぁ、このヴュルガーは何でもそれなりの地位にあるらしく、金回りが良いから別に構

わないかな?といったところ。

 

 この世界に来て生きるのに必死だったが、そろそろ標的の情報も集めないとな──




設定説明回。
魔導感応板=電子黒板的なイメージ、事前の準備はパワーポインタ的なイメージで。


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32話(森の魔女)

年末は忙しいですね。
仕事も大掃除も。
しかし、年末年始の連休で何か創作したい。


「ハウンド3よりの念話途絶、ポイントC6です!」

「ハウンド1及びハウンド2はB6へ、残りはそのまま北上して囲い込め!」

 

 交戦報告も無く分隊の一つがロストした。

 これでも亜人戦線では古株の精鋭共だというのにだ。

 ターゲットは二~三匹の亜人、油断は少なからずあったろう。

 だが、通信や索敵、後方支援を主とする魔導兵を三名を含む十二名構成の分隊を、こう

もアッサリ全滅させるというのか!?

 

「……イーグルに支援要請を」

 

 鼻持ちならない連中だが、使える戦力は使うべきだろう。

 夜間飛行を願う以上は、後でどれだけ嫌味を言われるか胃が痛むが、各個撃破されるな

ど冗談ではない。

 せめて森の中でなければ物量で押せたというのに、おまけに日が暮れた今では索敵魔法

頼りだ。

 

「しかし、こんな場所に森なんてありましたかね?」

「うん?……どうだったかな?」

 

 副長のセリフに、漠然とした不安感がよぎる。

 生憎とこの辺りは戦場からは離れている。現場の地形ならともかく、基本的に地図と言

う物は戦略機密だ。生憎とこの辺りの地図など持ってはいない。

 本来ならば隊長格には開示されて然るべきだなのだが、きっと上層からしても今回の作

戦はハンティングという意識が高かったのだろう。

 

「あぁ、前に通った時は無かった気がしただけなんで、気にしないで下さい。まさか突然

森が生えるわけがないですしね」

 

 副長の苦笑いに、微妙な心持ちで頷き返す。

 

 そうだ。いきなり樹が成長するはずなどない。

 農業向けの育成魔法の開発の話は耳にした事はあるが、促成よりも強化に重点が置かれ

ていたはずだ。

 理由としては、大地の養分が不足するからだそうだ。

 樹を一本育てるだけならともかく、森など現実的ではない。

 仮に魔力で補うとすれば、魔導兵クラスの魔法使いが百人は必要となり、コストが見合

わないのだとか。それでも林程度が精々だ。

 つまり、たかが亜人数匹には到底無理な所業だ。

 

 喉の奥に引っかかる様な不安感を咳払いと共に誤魔化す。

 

 少々神経質になっている様だ。

 今は獲物を追い詰めねば──

 

 

 

 

「あ~、ありゃキリがねぇな。総数は分からねぇが、じきに囲まれそうだ」

「あ、タイヘーくん、御帰り~」

 

 愚痴りながら隠れ家に戻ると、近衛がノンビリと迎えてくれる。

 

「てっきり全部殴り飛ばしてくるかと思ったよ?」

「いやいや、んな面倒な事はしたくねぇよ。タイマンなら望むところだが、これじゃただ

の駆除だぜ?ツムギならともかく、俺向きの作業じゃねぇだろ」

 

 そう言ってソファ状に歪んだ木の根に身を預ける。

 見上げても絡まった木が見えるばかりだ。

 と言っても、暗視で見えるだけで照明は灯っていないが。

 

「ツムギちゃんなら集めて一度に吹き飛ばしそうだよねぇ」

 

 近衛が楽しそうに笑う。

 

「教授はどうしてる?」

「交代時間までもう少しだから、そろそろ起きる事だと思うよ?」

 

 近衛が手を伸ばせば、植物が自ら差し出す様に果実をその手に委ねる。

 

 近衛の能力は植物操作。

 戦闘自体は苦手としているが、サポートとしては実に優秀だ。

 おまけに、今回の事で分かった事だが、サバイバル適性が高い。

 食料、水、空気、そして居住まで凡そ植物に可能な事はやってやれなくは無い様だ。

 今、俺達が居るこの場所も近衛が作った物で、地下5メートルくらいに存在している。

 と、言うか、地上の森自体が近衛によって作られた物なんだが、近衛自身も驚いていた

所を見るに、こっちに来てから可能になったらしい。

 そう言えば、俺自身も自棄に力が漲る感覚がある。

 制御が不安で全力が出すのを躊躇うなんて初めての感覚だ。

 

 愉しいなっ!

 

「ん、大平君は何をニヤついているのかね?」

「あ、教授、おはよ~」

 

 奥の部屋から現れた教授は寝起きとは思えない程に身なりが整っている。

 

「うん、おはよう、近衛君」

 

 教授が現れたという事は交代時間だという事だ。

 例え時計などが無くても、几帳面な教授だ、一秒たりともズレなど無いのだろう。

 

「丁度俺も帰って来たばかりだが、どうも人海戦術で包囲殲滅を狙ってるらしいな」

「ふむ、どうするね?余り僕も戦闘は得意ではないが、力押しをしようと思えば可能なの

だろう?」

「タイヘーくんは面倒だから嫌だってさ~」

 

 近衛に台詞を取られた形になり、肩を竦めて肯定して見せる。

 

「では、このまま隠れて過ごすかね?それなら楽で良いが、些か不安は残るね」

「だなぁ。魔法って奴はどうにも得体が知れねぇわ。熱源探知くらいはやってきそうだし

な、もしかしたらもっと理不尽な代物かもしれない」

 

 肘掛けに肘をつき、掌に顎を乗せて溜息を吐く。

 

「うーん、私がどうにかしちゃう?」

「できるのか?」

 

 珍しく戦闘に対して積極性を見せた近衛に、思わず目を見張る。

 

「なんか、この世界の植物って、あっちの世界と随分と違ったりするんだよね。集団を眠

らせたり麻痺させたり毒とかもできるかも?」

 

 前の世界では阻害や拘束が精々だった能力だったはずだが、生態系が変わった途端に随

分と凶悪化した様だ。

 多少の変質は可能とはいえ、植物自体の規模は変わらないはずなのに、それだけの事が

可能になるというのならば、何処かでこの世界の植物について詳しく調べても良いな。

 

「ならばやってみる価値はあるだろうね。ただし、制御可能な範囲でね」

「うん、私達まで巻き込まれたら大変だもんね!」

 

 まぁ、あのドクターの改造がその程度を想定していないとは思えないがな。

 

 

 

 

「イーグル1より各隊へ、交戦空域に入る。ハウンドへの誤射には気をつけろよ?」

「そりゃ、猟犬にすら成れてない様だったら撃っちまっても良いってことで?」

 

 俺の言葉に、一斉に笑いが起きる。

 

「例え子犬でも、老いぼれた犬でも、だ。あちらからの要請だ、精々秘蔵の酒でも分捕っ

て来てやるから、御行儀よくいくぞ?」

 

 俄然やる気も出ようってものだ。

 しかし、要請が来たのは俺達のみ、エース連中は今頃基地で寛いでいるんだろうか?

 ──むかつくな。

 

「……!?ハウンド1より急報!範囲睡眠魔法らしき被害に遭遇との事!」

 

 途端に場の空気が引き締まる。

 

「各員対抗魔法展開!ハウンドの識別魔法は顕在か?」

「はい。報告にあったハウンド3以外の六分隊の識別魔法は健在!ただ、ポイントC6か

らは各隊とも距離、位置共に分散しており、かなり広範囲に対する魔法と推定されます」

 

 おいおい、単純に考えても直径一キロメートル範囲はあるぞ!?

 そんな大魔法を数匹の亜人でやれるか?

 

「……ハウンド各隊へ連絡、現在の識別ポイントに待機か後退を推奨。C6への対地斉射

を三〇秒後に行う」

 

 巻き添えを生まないためか。

 ハウンド3については諦めるしかねぇのか?

 そんだけの脅威とみなすのか?

 

 そんな俺の思考を他所に、イーグル各隊が配置に分散していく。

 

 この芸術的なまでの飛行軌跡、昼間であったらどれだけ壮観だったろうか?

 まぁ、地面を這いずってる様な連中なら、多少の犠牲は仕方ねぇか。

 

 自負に対して些細な葛藤は霧散する。

 

「一斉射!……てっ!」

 

 更け始めた夜空に、閃光と爆炎の花火が散る。

 帳を引き裂き、木々を炭へと変える。

 初冬に差し掛かった冷たい空気が熱せられ、防御壁越しにでも熱と風を感じる。

 

「ハウンド1へ連絡、睡眠魔法の停止は確認されたか?」

「ハンド1より返信!睡眠効果の停止を確認、隊の再編次第C6へ侵攻するとの事!」

 

 呆気ない事だ。

 敵の姿すら見ないで終了とは肩透かしだが、後の確認と処理は犬共がやってくれるんだ

ろう。

 

「イーグル各隊へ、戦闘態勢のまま待機」

 

 隊長も随分と慎重な事だな。

 

 俺が密やかに鼻先で嗤った時──

 

 

 ──その黒い羽虫が舞い上がったんだ──

 

 

 

 

▼クレイズ日記その6

 

 今、俺は豪遊している。

 

 中央へ向かう予定だったんだが、一旦この西方アドナ領の首都ロジカランドへ赴く事と

なった。

 ヴュルガーは何でも有名な剣術家の子息らしく、後継ぎではないものの各地でVIP待

遇でもてなされた。

 そしたら、ついでに従者と思われた俺までもが贅沢三昧を強いられているのだ!

 

 決して催促したわけじゃねぇよ?

 生まれてこの方、こんな待遇は初めてで、ちょっと調子に乗ったのは事実だが。

 

 しかし、ヴュルガーの人気はかなり高い。変態なのに。

 ちょっと世間話的に仕入れた話では、後継ぎとして選ばれたのはヴュルガーの妹らしい

んだが、ヴュルガーより人気は無いらしい。

 ヴュルガー同様見た目だけは良いらしいんだがな?

 まぁ、こんな変態でも大家の血族ともなれば色々と事情があるんだろう。

 

 そんなこんなで既に数日豪遊三昧なわけだが──流石に下の世話までは叶わなかった。

 

 ぶっちゃけ、女を口説きたい。

 むしろ抱きたい。

 

 だが、この世界、もしくはこの地域は性に閉鎖的で、迂闊に声を掛けたら衛兵を呼ばれ

そうで怖い。

 

 そんな愚痴をヴュルガーに相談したら、変態の癖に何て言ったと思う?

 

「剣の道を究めるまでは禁欲している」

 

 だとよ?

 正気か!?

 

 性ってのは女に放ってこそだ。

 そもそも、偉大だとかいうこいつの父親だって母親にそうしたからこそ御前が居るんだ

ろう?って言ったら、面白いくらいに驚愕してくれたわ。

 

 うん。

 流石にこの街では無理そうだが、手頃な街でこの童貞君を連れて娼婦でも買ってみよう

かね?




ロジカランド=ロジカル アンド
苦しい?


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33話(空の紫電)

あけおめ

今年はアゴダシベースの御雑煮



誤字報告有難うございます。


「うわわわっ!?」

 

 咄嗟に、悲鳴を上げた近衛君を庇った大平君の姿に安堵し、天井を見上げる。

 

 近衛君による悲鳴の理由は、この振動だ。

 強靭な木の根に囲まれた地下に居るというのに、今にも崩落しそうだ。

 

「近衛君は無事かね?」

「怪我はないが、ここもヤバそうだな」

 

 僕の問いに、大平君もまた天井を見上げながら答えてくれる。

 

「なんか、爆撃されてるっぽい!爆風で睡眠花粉も吹き飛んじゃったよ!?」

 

 植物を通して情報を得ているらしい近衛君の言葉に、少し黙考する。

 

 爆撃?という事は航空戦力だろうか?

 ネイピアの街で集めた情報では、空を飛ぶ魔獣が脅威過ぎて人間で飛行魔法を使う者は

滅多にいないそうなのだが。

 それは亜人にとっても同様らしく、翼人すら戦闘目的で空を飛んだりはしないそうだ。

 だが、現実としてその可能性が高い。

 

「近衛君、威力的に脅威かね?」

「え?う~ん……相性的に痛そうだし、私はちょっと遠慮したい感じかな?たいへーくん

なら平気だと思うよ。教授だと……どうかな?熱にはそんなに強くなかったよね?」

 

 近衛君は植物に関わる影響か、若干熱に対して脆弱性を持つ。

 大平君は有利な耐性が無い反面、弱点も無い。

 それに比べて僕もまた熱に若干脆弱である。

 ツムギ君あたりなら、鼻歌交じりで出歩きそうだが。

 

「まぁ、なんとかなるかな?」

「ん?教授が行くのか?俺が行ってもいいんだぜ?」

 

 多少ぶっきらぼうだが、こちらへの配慮が透けて見える辺り、相変わらず大平君は人が

良い事だ。

 

「大平君は空を飛べないだろう?その点、僕なら問題は無い」

 

 当たらなければ──というやつだね。

 そうと決まれば、何時次の攻撃が来るかもわからない、打って出るとしよう。

 

 衝撃により少し建付けが歪んだ入り口を潜り、夜空へと舞い上がった。

 

 

 

 

「くそっ、ホッパーどもが!」

 

 報告に思わず悪態をついてしまう。

 ホッパーとは飛んで降りるだけの空戦魔導士を揶揄したスラングで、当然蔑称だ。

 耳にした部下が思わず目を剥く程不味い表現だ。

 だが、言わずにはいられないだろう。

 状況が不明であったとはいえ、陸戦兵として苦楽を共にした戦友を、有ろう事か味方に

その生存の可能性を奪われたのだ!

 ──例えそれが必要な判断だったとしてもだ。

 それが解っているのか、この場の部下達も曖昧な表情を浮かべるばかりだ。

 

「で、ですが隊長!驚異的な相手でもありました。非情ではありますが、成果はあったか

と……」

「あぁ、そうさ、そうであろうさ、そうでなければ……」

 

 何とかフォローの言葉を選ぶ部下の言葉も分かるのだ。

 空戦魔導士に対して良い印象などは欠片も在りはしないが、それを取り纏めている部隊

長の判断は酷薄だが的確だ。

 その男が判断し移した行動なのだ、きっとこれが一番被害の少ない効果的な行為であっ

たのだろう。

 

 燃える森の灯りに照らされ、空に浮かぶ無数の人影を睨みつける。

 

 だからといって、納得も許容も出来るものではない。

 

 再び悪態をつきそうになった瞬間──先頭の人影が──爆ぜた──

 

「……は?」

「え?」

 

 俺の呟きに、部下が釣られて空を見上げる。

 

 何が起きた!?

 見間違いでなければ、やられたのか?

 

 もはや人の形など成していない何かの影が空より地に落ちるのが見える。

 

 何がどうなったら、ああなると言うんだ!?

 

「各員!遮蔽物に身を隠せ!」

 

 俺の叫びに、曲がりなりにも訓練された部下達は咄嗟に身近な木々の影に潜むが、対象

が不明な為に身を隠す方向すらバラバラだ。

 しかし、指示を出した俺自身が何が起きたのか理解できていないのだ、指示に忠実なだ

け良いとしか言えないだろう。

 

「今の、確認した者は居るか?」

「はっ!自分もイーグルが堕とされるのを目撃しました!」

 

 俺の質問に、部下の一人が即座に答える。

 

「何が起きたか分かるか?俺には空戦魔導士が突然爆ぜたように見えたが?」

「……はい。自分にも同様に感じられました。ですが、魔法や矢が飛んできた様には見え

ませんでしたし、そもそも彼らには防御魔法がありますし……」

 

 部下のセリフには同意を感じる。

 確かに、一般的に空戦魔導士など飛行型の魔獣の前には無力だとされているが、それで

も魔法障壁の強固さは確かなもので、かつては大型バリスタの矢すら受け止めた者がいた

らしい。

 勿論、眼前の試験部隊の連中がそのレベルにあるとは思ってなどいないが、携帯可能な

武器や魔法程度ではこんな事が出来ない事は分かる。

 

 どうするべきか?

 俺たちが選べるのは、結局は交戦か撤退かのみだ。

 小細工を弄しようにも相手の情報が絶望的に足りない。

 今ならば、一分隊と空戦魔導士一人の被害だけで済む。あぁ、ついでに俺達のプライド

もか。

 だが──

 

「全ハウンドに前進指示を。C6を包囲殲滅する。イーグルにも同様の指示依頼を」

 

 ──我らの背後にはエントゲーゲンの街がある。

 

「護国の為、本懐を遂げよ」

 

 そこには、もはや戸惑いを浮かべる部下など一人としていなかった。

 

 

 

 

「おや?防がれた?」

 

 大型対物ライフルを両手に首を傾げる。

 

 爆撃をしたと思しき飛行集団を認め、随分と密集していたので三枚抜き位を狙ってみた

のだが、結果的には指揮官らしき一人しか堕とせなかったのには不満が残る。

 

「生身の人間に見えるが、魔法か何かかな?随分と硬い様だね」

 

 正直、自作銃で一番お気に入りとはいえ、適合する弾丸数の持ち合わせは多くない。

 出来る限り無駄玉は消費したくないのだ。

 そもそも、どうしてこれを所持してこちらに来たのかすら分からないのだけどね。

 あの少年達のサービスかな?

 ドクターに改造してもらってなければ、こんな重量物を常に携帯するなんて無理だった

ろうなぁ、今度会ったらお礼言っておこうか。

 ついでに弾丸の製造も検討してもらわねばね。

 

 再び対象に照準を合わせながら、そんな事に思考を巡らす。

 

「あぁ、流石に散開してしまったか。しかし、一人に対しライフル弾一発も消費するので

は割に合わないな」

 

 スコープの先では散れ散れに散開する飛行集団が映っていた。

 

 ──行くか。

 

 夜空にこの身を浮かべ、ホバリングしながら覗き込んでいた対物ライフルのスコープか

ら目を離す。

 

 何処か甲虫を思わせる生物的なフォルム、その背で羽ばたき続ける二対の超振動ブレイ

ドウィング、ツムギ君には余り好意を持たれなかったコンセプトデザインだが、僕として

は結構気に入っている姿だ。

 本当は対神装甲ミズガルズの方が好みなのだけれど、この老いと病で死に瀕した我が身

では、ディノハートが停止したら生きてはいられないであろう。残念だ。

 

 翼の角度と振動数を変えると、帯電したのか青白く発光を伴い始める。

 目標は変わらず飛行集団。

 

 

 亜音速をもって、一条──夜空に青い閃光が走った。

 

 

 

 

「ひっ、ひぃぃっ!?」

 

 眼前で隊長の姿が弾け飛んだ。

 爆散した隊長の臓物が、隊長自身の魔法障壁の内側に一瞬張り付くのを見てしまった。

 やがて魔法が失われ、大地に降り注ぐそれを呆然と眺めながら、自分の口から悲鳴が上

がっているのに気づく。

 途端に混乱に飲み込まれ、遮蔽物など無い空を逃げ惑う。

 

「…あっ…ハ、ハウンドより通信!ハウンドはC6へ前進、イーグルも連携を願うとの事

です!」

 

 逸早く正気に戻った通信兵が叫ぶ。

 だが、それに応えるべき隊長はもういない。

 

「じっ、次席!」

 

 同僚が叫び、俺を見つめてくる。

 え?俺?

 

「あ…え?」

 

 混乱冷めやらぬ思考で、規則を思い起こせば、有事の際に指揮権が移行するならば、次

は俺だ。

 ──ずっと望んでいただろう?優秀な俺こそが隊長であるべきだと。なのに──

 

「……エ、エース部隊に救援要請!イーグルは高度を下げ、森林部に潜伏しつつ待機!」

 

 指揮権移行の宣誓すら無しに指示を叫び、すぐさま地上に向けて飛び出す。

 

 そうだ、我ながら名案じゃないか?

 森の中なら狙われないだろうし、後はエース様に任せちまえばいい。

 

「お、おい!?地上部隊の奴等は連携してくれって言ってるんだろう!?」

 

 隊員の一人が戸惑いが混じった叫びを発する。

 

「うるせぇ!だったらお前は単独でC6へ向かえ!これは命令だ!」

「な、何を……」

 

 驚愕に蒼白となる隊員を無視して単独で空を駆ける。

 

 ──怖い、怖いのだ。空に、こんなところに居られるはずがない。

 

 ガクガクと震える手を握りしめ、大地を渇望する。

 

 

 ──青い閃光が目に映った──

 

 

 

 

▼クレイズ日記その7

 

 噂によると、南西のオングストローム砦が陥落したらしい。

 

 あれかな?

 ドクターセイガーと魔人が向かった先だろ?

 原因はなんとなくわかる。

 

 とはいえ、巨人の侵攻を許したわけでもなく、鉄道が無事だった御蔭で早期の復旧が可

能らしい。

 だが、代わりにこの首都の物資を大量に輸送せねばならないらしく、街も慌ただしく、

ついでに俺達への接待も御座なりになった様だが仕方がない。

 

 ヴュルガーとしてもこれ以上留まるのは本意ではないらしく、中央へ向かおうって事に

なった。

 

 しかし、一年近い時間が出来てしまったとはいえ、無駄には出来ない。

 『奴』の情報を得ねば。

 だが、伝手が無い。

 ヴュルガーの伝手を使っても平気な物だろうか?

 あの神を名乗るガキによれば、『奴』はこの世界の誰かに召喚されたそうだ。

 召喚──大規模な集団魔法であるらしいが、それが異世界ともなれば規模は計り知れな

い。

 そんな規模を可能とするならば?

 答えは国家レベルって事じゃないだろうか?

 だとすれば、迂闊にヴュルガーの伝手を利用してしまえば逆に俺の存在が『奴』に認識

されかねない。

 

 目標は必ず果たす。

 

 だが、焦っても仕方がない。

 どうせもう、元の世界には戻れないのだから。




イメージ的にはダネルNTWくらいのサイズ


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34話(大地の獣)

35話目を書いていて、ふと物足りなくなって急遽付け足した34話。


「ハウンド6より、敵亜人一体をC6にて捕捉!」

 

 通信兵の言葉に、思わず上空を見上げれば、闇夜に青紫の残光が途切れる事のない帯を

描いていた。

 

「少なくとも二体か……空からの支援は望めそうも無いな」

 

 魔導空戦試験部隊は碌に念話による通信も行えない状況の様だ。

 優劣は計り知れないが、少なくとも今しばらくは空からの援護も襲撃も無いであろう。

 

「ハウンド6へ、一度待機、ハウンド7と合流の後、D6より交戦開始。ハウンド1、2

は合流してB6より挟撃準備、ハウンド4はC5方面より、ハウンド5はC7より側面射

撃準備。行動開始のタイミングはハウンド6に合わせる」

 

 得体の知れない相手だが、こちらも総力戦だ。これで何とかならない様であれば、それ

こそエントゲーゲンの街にどれだけ被害が出るか分からない。

 不安を胸に、ハウンド2と合流を果たし、突撃のタイミングを待つ。

 

「ハウンド6より、戦闘開始!」

 

 訓練通り、粛々と各位が行動に移る。

 自身も盾とハンマーを構えたまま、走り出す。

 

「索敵は欠かすなよ!」

 

 そう叫んだ時には、視界に二足歩行の獣と称するのが一番ふさわしいと思える亜人が一

体、交戦の為に背を晒していた。

 

 絶好のタイミングだ!

 

 振りかぶり、振り下ろしたハンマーが亜人の後頭部に吸い込まれてゆく。

 しかし、亜人は半歩、たった半歩横に踏み込み、体を90度回転させる。

 たったそれだけで、ハンマーは空を切り大地に吸い込まれた。

 

 今のはわざとか?偶然か?

 

 目の前では、こちらを振り返りもせずに正面の部隊と相対している亜人が変わらずに立

っている。

 一瞬の対峙による停滞、その間隙を埋めるべく、作戦通りに横合いより矢と魔法が亜人

に襲い掛かる。

 否応なく、こちらも少しばかり間合いを取った。

 

 対亜人様に強弓を持ってきてよかった。

 これが魔獣相手ならば、その外皮に傷もつけられぬ弓矢など無価値として持ってなど来

なかっただろう。

 だが、亜人の身体強化や魔法障壁ならば突破できる可能性が高い公算だ。

 

 軍用の強弓は多数の鋼を合わせた複合弓で身体強化無くして引くことは叶わない。

 そしてその矢も鋼鉄製でコストパフォーマンスが非常に悪い。

 防衛戦用としては機械式のバリスタに劣り、対魔獣戦用としては威力に欠ける。

 だが、このエプシロン領では近年の弓の訓練を欠かしたことは無い。

 名目上は対亜人用ではあるが、実際はその先、人間種同士による戦争が念頭に置かれて

いるのはエプシロン領軍内において暗黙の事実だ。

 

「魔導兵!」

 

 俺の叫びに呼応して、後方の魔導兵より魔法が放たれる。

 

 フレンドリーファイヤを恐れて少々威力に欠ける魔法だが、曲がりなりにも十字砲火に

晒されている亜人に回避の術はない。

 矢に加え爆風に飲み込まれた亜人の姿は確認できない。

 

「前衛、突撃用意!」

 

 砲火に飲み込まれた亜人の姿に、何処か安堵感が漂っていた味方部隊が慌てた様に整列

を果たす。

 

「気を緩めるな!相手は得体の知れない──」

 

 その瞬間、爆風を引き裂いて跳躍した亜人が獰猛に襲い掛かる。

 瞬時にして盾持ち三名が薙ぎ払われた。

 唖然として止まった魔導兵が殴り倒された。

 そこまでしてやっと理解が追い付く。

 

「かっ、囲めっ!盾で押しとどめろ!」

 

 奇襲のはずが、まんまと凌がれた上に逆に奇襲を受けるとは、なんたる無様か!

 この獣の如き亜人、少しでも動きを抑え込み、機動力を殺さねば。

 

「通信!ハウンド4、5にボーラ用意!」

 

 ボーラとは鉄球が両端についた紐状の武器だ。

 攻撃力は無いが、手足に絡みつき行動を制限する。

 主に魔獣用で特製の鋼鉄製チェーンだ、中型クラスの魔獣ならば容易く引きちぎる事も

敵わないであろう。

 

 よし、ハウンド6、7も合流したか。このまま数で押し込み、動きさえ押さえれば!

 

 ──だが、理不尽とはいつだって手心を加えてはくれないのだ──

 

 

 

 

 何が起きている?

 選抜部隊の投入は連携訓練を兼ねている以上は予定行動だが、どちらかといえば地上と

空の連携を重視している為に、今回の出撃は諦めるべきかと考えていた。

 であるのに、救援要請?

 

「ケルティア様!ハウンドより通信です!敵亜人一体と交戦開始、イーグルと交戦中であ

る亜人とは別個体であるとの事」

 

 執事の報告に、眉間にしわが寄ってしまう。

 

「試験部隊の状況はどうか?指揮官は……墜ちたのだったか、誰に移譲された?」

「残念ながら試験部隊とは通信が途絶、ハウンドの報告ではいまだ交戦中ではあるらしい

のですが、通信に応答が無いとの事です」

 

 試験部隊の指揮官は本来ならば選抜部隊に配属してもおかしくない者であったはずだ。

 だが、その状況把握能力と決断力から指揮官に抜擢したのだ。

 あれが存命ならばこんな失態には陥らなかったであろう。

 

 否、あれがこうも容易く落とされる程の相手と看做すべきか。

 

「選抜部隊を出撃させろ。同時に、エントゲーゲンは厳戒態勢をとらせろ」

「はっ!」

 

 弾かれる様に駆け出した執事を見送り、大きく溜息を吐く。

 

 何が起きている?

 このエプシロンの部隊も送り込むべきか?

 

「……たった数匹の亜人の為に?」

 

 思わず口にした言葉の馬鹿々々しさに自嘲にも似た笑いが漏れる。

 

 だが待てよ?

 遠方の話で聞き流していたが、あのオングストローム砦が亜人と勇者の戦闘で陥落した

とか?

 勇者はまだ中央に居るはずだから与太話として聞き流していたが、それ程の亜人が居る

という事か?

 では、このエプシロンに現れた亜人もそれと同等の可能性が?

 

「だが、たかが亜人如きにこれ以上の戦力を投入するなど……訓練の名目で内外を黙らせ

たが、ワシの面子が……」

 

 ブツブツと呟き、思考し、頭を振る。

 

「否、試験部隊は文字通りの実戦不足だったという事、過剰なだけだな」

 

 予想外過ぎて変に弱気になり過ぎていた様だ。

 選抜部隊は文字通り、他の部隊とは比べ物にならない能力と練度だ。

 

「だが、後処理も大切か……通信兵、索敵兵、医療部隊を編成して送れ」

 

 側付が了解を示し駆け出して行くのを目に、ソファに身を委ねる。

 

 まったく大損害だ。

 このタイミングで貴重な戦力を失ったのは非常に痛い。

 こうなっては、あちらの計画に投資するしかないか?

 

「……エレメント研究所に研究進捗の報告と試験体の提供をさせろ」

 

 こんなところで秘匿してきた切り札を動かすのは得策ではないが、何よりもタイミング

が重要なのだ。

 

「我等エクスト王国の敗北など許されんのだ」

 

 暗い窓の外に視線を送る。

 誰にも聞かれぬ呟きは、宵闇に溶けて消えた。

 

 

 

 

 嗚呼、嗚呼、死にたくない──

 

 芋虫の様に大地の上で蠢く。

 こんな様だというのに、頬に触れる大地が愛おしい。

 口元に触れる草を噛み千切ると、咥内に酷く苦みが広がる。

 

 まだ、生きている──

 

 失われた両足、失われた左手の肘先。

 本能的に魔力で傷口を塞ごうとしているのか、思ったより出血は少ない。

 唯一残った右手を駆使し身体を仰向けにすると、視界一杯に木々が広がっていた。

 

 あの亜人──

 

 思い起こすだけでブルリと身体が怯える。

 幸い、いち早く高度を下げていた御蔭で、木々をクッションに命は取り留めた様だ。

 

 隊長は死んだ。

 部下共も生きてはいまい。

 つい数刻前まで、この身に満ちていた自尊心が今や欠片も見当たらない。

 俺は天才じゃなかったのか?

 選ばれた者じゃなかったのか?

 空が怖い、戦いが怖い、亜人が怖い。

 

 ザクリと落ち葉を踏みしめる音が響く。

 

「ひっ!?」

 

 呼吸が出来ない。

 見上げた視線の先には一人の女性が居た。

 穏やかな雰囲気を纏った女性だ。

 恐れるべきものなどないはずなのに──

 

 

 ──その微笑みを模った瞳が、何よりも怖かった。

 

 

 

 

▼クレイズ日記その8

 

 中央への旅路の日々、最近の目覚ましはヴュルガーの素振りの音だ。

 いわゆるファンタジーに出てくる様な肉厚のロングソードを飽きる事も無く振り回して

いる。

 

 そう言えば、俺は冒険者をしばらくやっていたが、この変態男に出会うまでは剣なんて

見かけた事も無かった。

 ファンタジーの定番だと、武器屋で探しても見つからず、不思議に思ったものだ。

 

 だが、幾度かの魔獣との戦いの経験で分かった事がある。

 

 奴等、もの凄い硬いのだ。

 否、硬いとは違うか?弾力のある?でも斬れない?

 要は、切断できない相手に刃物で切りかかるなんて馬鹿々々しいわけで、すっかり廃れ

た武器なのだそうだ。

 そう、廃れたって事は、かつては使われていたわけだ。

 

 人間種同士の戦争でな。

 

 勿論人間だって魔力強化は行うが、魔獣に比べれば微々たるもの。

 同様に魔力強化を行った人間の剣ならば問題なく通用したそうだ。

 

 まぁ、それはいい。

 つまりは、世の中の主流武器は棍棒やら金槌やら、あとは精々が斧くらいだろうか?

 斬れないならば叩き潰せってな感じらしい。

 

 なのに、この変態男の家系は剣を扱う大家だそうだ。

 

 しかも軍の上位に位置できる程の実力者だそうだ。

 当然、一族は剣に誇りを持ち、多くの門改正までも率いているらしい。

 

 逆に、剣を使う者は即ちこいつらの一門である証明にまでなっているとか。

 

 でも、妹に後継ぎの座を譲ったとはいえ、こいつは何で正式に軍人として動いていない

のだろうか?




魔獣の丈夫さは個体に応じて様々。
ドクターのペットと化した魔獣は弾力のある皮膚に、硬い針毛って感じ。


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35話(最後の一人)

随分と長く遊び続けていたモンハンライズも流石に飽きがきました。
次はメガテン5をやらねばなりませぬ。
2月25日のELDEN RING発売までに!


「そうか、彼女は逝ってしまったのか。…何故だい?」

 

 鷹揚に足を組みなおし、揺るがぬ眼差しを俺に向けてくる。

 

「あの子は、人を殺せないだろう?そして自身の信念を曲げないだろう?それではいつか

必ず君達の足を引っ張るよ。善人では駄目なんだ……分かるだろう?」

 

 俺の言葉に暫し黙考し、再びその眼差しが俺を貫く。

 

「それでは仕方がないね。でも、きっとツムギ君は悲しむだろうね」

 

 そう言って温和な笑みを浮かべ、テーブルの紅茶に手を付ける。

 この男、かつて『総帥』と呼ばれた男。

 恐らくは、ドクターの『縁』で訪れる最後の人物だろう。

 可能性としてはドクターの弟も来る可能性もあるが、今話題に上がっていたレオナさん

と同様に、彼もまた善に対する執着が強すぎる。

 

「しかし、本当に現状に驚か居ないんだな。先に来た三人組の方がまだ良いリアクション

をしてくれたよ?」

 

 大概に、こういった思い道理にならない人々には慣れてしまったものだが、それでも少

しも動揺が無いのは不満を感じる。

 

「あぁ、そうだね。何と言えばいいだろうか……そう、神の遺産(ディノハート)などと言う物が実在した

わけだしね?君達の様な超常の存在が居る事は予想していたんだよ」

 

 総帥はそう言って、俺と俺の隣でクッキーを齧っていた可愛い妹に視線を送る。

 

「つまり……これから、特典のチート能力をくれるという事だろう?」

 

 瞬間、総帥の目に喜悦の光が宿った様に感じられた。

 

「お、おお!そうだよ!それだよ!それでこそだ!ほら、御約束のセリフを!」

 

 興奮のあまり、ついソファーから立ち上がり、可愛い妹に行動を促す。

 

「うん!」

 

 心得たとばかりに、可愛い妹が満面笑みで言葉を紡ぐ。

 

「これから貴方には異世界に行って頂く代わりに、私から加護を与えましょう!さぁ、望

む力を求めなさい!」

「おぉ!……うん、そうだね……それ、今まで巧くいかなかっただろう?」

 

 総帥の言葉に、可愛い妹共々衝撃を受ける。

 

「な、なんで!?何が悪かったっていうの!?」

「漠然とし過ぎなんだよ。突如死に、突如出会い、突如好きな能力を……とか言われても

誰も彼もが思いつくもんじゃないよ?」

「じゃぁ、もっと時間かければ良かったって事か?でも、あの三人組はそれなりに長い時

間ここに居座ってたぞ?」

 

 俺の問いに総帥はゆっくりと首を振る。

 

「言ったろう?漠然とし過ぎなんだよ。こういった時は、選択肢を与えるべきだ」

「選択肢?」

「そうだね。例えば強力な武器、例えば魔法の英知、例えば永遠の命、とかね。顧客に望

む行動をとらせたいならば、自由度だけでは駄目だ。限りある選択肢があるからこそ顧客

は思考するのだし、結果的に満足も後悔もしてくれる」

 

 そうか、今までの変人共はともかくとしても、神だの魔法だのを鵜呑みに出来る輩なん

てそうは居ないって事か。

 混乱した相手に好きにして良いと言っても戸惑うばかり、俺達はシチュエーションばか

り追い求めた結果、独りよがりになってたってわけか──

 

「くっ……未熟だったぜ……」

「で、でもお兄ちゃん、そんな選択肢何て考えてないよ?どうするの?」

 

 悔いる俺に、可愛い妹が困った様に問いかける。

 

「まぁ、今回は仕方がない、一緒に考えようじゃないか?次の機会にはもっと趣向を凝ら

すと良いと思うよ。選択肢もそうだし、環境や演出なんかも大切だね」

「なるほど!勉強になります!」

「だが、考えると言っても今回ばかりはアンタの望む物を聞いてからじゃないと、簡単に

は思いつかないぜ?」

 

 俺の困惑に、総帥は軽く頷く。

 

「まぁね、こういうシチュエーションは嫌いじゃないし、幾つか思い描いていたものもあ

る。だけれどね、どうやら君たちの望み、そして仲間達の力になるならば、望むのは一つ

だ」

「それは?」

 

 そう問いかけ、ゴクリと喉を鳴らす。

 

 ──「我に、宇宙機動要塞を!!」──

 

 

 

 

 「思ったよりやるじゃねぇか?」

 

 そう言い放つ俺の眼前には幾人もの人が倒れ伏し、今や辛うじて立っているのは五人に

過ぎない。

 

「何という強さだ……亜人にこれ程の者が居るとはな」

 

 正面、搦め手、奇襲、奇策。

 限られた手札の中で出来得ること全てを成した男、その男と部下らしき者達が未だ潰え

ぬ闘志をもって俺に相対していた。

 

 実力的には大したことが無いし、事実策略ごと踏み砕いたわけだが、こういう奴等は嫌

いにはなれないな。

 

「俺は『魔拳』……否、俺の名は大平。お前の名前も聞いておこうか」

 

 一瞬、結社時代の異名を名乗るが、思い直し本名を名乗る。

 

「我等はエールハッド連合王国エプシロン領騎士団、俺はサミュエル・フォーミュラー、

陸軍において少佐を頂いている」

 

 サミュエルはそう名乗り、人の頭三つ分はあろうかと言うハンマーを軽々と片手で構え

て見せる。

 

「それで?オーヒラとやら、何故この先を望むのだ?」

「ここまでやっておいて敵対意思が無いとは言わねぇが、いわゆる亜人種の軍とは別口だ

し、特に人間種に危害を与えようとも考えてはいない。通しちゃくれねぇかな?」

 

 望の薄い要求である事は自覚しているが、何か信念染みたものを感じさせる彼等を、何

処か気に入ったのかもしれない。

 

「無理だな。信用しようにも、貴様は強すぎる」

 

 そう言って、サミュエルはもはや問答無用とばかりに間合いを詰めてくる。

 手持ちの武器は巨大なハンマーと小型の盾。

 今までの世界の常識を覆す程の膂力をもって振るわれるハンマーに、初めは驚愕したも

のだが、そうと知れば怪人と比べてささやかな物であった。

 コンパクトに振るわれたハンマーを僅かに身を後方へ傾ける事で躱し、勢いをもって右

拳をサミュエルの頭部に向かって放つ。

 しかし、サミュエルは強引に一歩踏み込み、肩口でもって拳の軌道を逸らして見せる。

 

「ぐっ」

 

 逸らしたはずの威力はサミュエルの身体に回転力として及び、数メートルを錐揉みなが

ら吹き飛ぶ。

 

「随分と巧いもんだな、予測の上の行動か、はたまた咄嗟の行動か」

「くっ、化け物め」

 

 サミュエルの悪態に、自嘲染みた笑みが浮かんでしまう。

 

 この程度の力では意味を成さないんだ。

 世の理不尽を打ち砕くには、もっと強く、もっと巧く。

 

「では、さようならだ」

 

 そうサミュエルに対して呟いた瞬間には、残っていた四人が一斉に襲い掛かってきた。

 

 その意気や良し。

 

 

 

 

 タイヘーくんは大丈夫。

 もう地上でタイヘーくん以外で立っている人の姿は無いみたいだしね。

 でも、教授の方は凄惨としか言えないねぇ。

 

 木々を介して外部情報を得ながら、溜息を吐く。

 あの二人が出たからには『魔女』の役目は、精々が情報収集と伝達くらいだ。

 森林部は既に鎮火もしたし、動く敵も居なくなった。

 

 仕方がないとはいえ、空は酷いものね。

 撃墜されたら待っているのは地面への激突だものね。

 

 もっとも、大地に還る頃には既に人の形を成していないが。

 

 あの飛んでる連中も中途半端に硬いから、教授の攻撃方法も限られちゃうんだろうね。

 

 教授の腕力ではあの障壁は破壊できないだろう。

 だとするならば、教授の通用しそうな武器は二つほどしかない。

 教授の愛銃の対物ライフル。

 そして、あの超振動ブレイドウイングだ。

 

 要は体当たり染みたすれ違いで、バッサリ行っちゃうだけなんだけどね。

 

 銃は使わない事にしたらしい以上、攻撃方法はそれだけだ。

 だが、その結果は惨憺たるもので、教授が舞う度に血肉の雨が降る。

 もはや彼等は、ただ悲鳴を上げ、逃げまどい、散る。そういった何かでしかなかった。

 

「さって、いつまでも此処に居ても仕方がないし、急いで撤収して何処かで人間に紛れな

きゃね」

 

 気分転換を兼ねて口にしてみる。

 

 ふふっ、まるで私達がもう人間じゃないみたいな言い方ね?

 

 残された『人間だった男』を満足そうに一瞥し、私は歩き始めた。

 

 

 

 

▼クレイズ日記その9

 

 中央への旅路は、馬車に揺られてのんびりと──ではなかった。

 

 凄いよ魔導列車!

 

 いや、元の世界での電車に比べたらSL並みの速度しかでないのだが、久々に触れる機

械文明は何処か心を躍らせるものがあった。

 

 この魔導列車は、大陸中央に位置するエールハッド連合王国の首都でもある、サブセッ

ト領首都セルシウスを起点に東西に延びた線路で繋がっている。

 まだまだ発展途上であるのか、機関車両は片手で数える程度しか存在せず、路線も基本

的に単線ばかりで、主に地方から中央への物資集積と、中央から地方への物資輸送に使わ

れている。

 そのメカニズムは軍の機密であり、当然一般人が乗車する事など考えられてはいない。

 

 そんな魔導列車で気楽な旅ができるのも、ヴュルガー様様って奴だ。

 

 存在する客車は貴賓車しかなく、兵隊は物資扱いなので貨物車に雑魚寝だそうだ。

 あと、動力部に興味があったものの、流石のヴュルガー効果でもその辺りは見学出来な

かった。

 

 セルシウスまで約一週間程の優雅な旅を満喫しよう。

 良い酒は良い血を作る。

 

 手にしたワインを陽にかざせば、世界がディープルビーに染まった。




魔導列車の平均速度は80km/hくらいのイメージ。


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36話(狂樹の魔王:前編)

ガンダムアーティファクトの第二弾出ましたね。
取り敢えずドムトローペン3体買ってきました。

そして一体がクリアバージョンでした……

レアと言う名目なのに、作って塗りたい勢の私には外れ感覚。


 黒装の異形が静かに舞い降りる。

 

「僕が最後か、待たせたかね?」

「ぜ~んぜん、タイヘーくんもついさっき来たばっかりだし」

 

 怪人化を解除しながら教授が発した問いに、近衛が軽く返す。

 

「派手にやってたなぁ」

「魔法と言う奴は、なかなか侮れないね。ドクターと合流した暁には新武装を考えるのも

良いかもしれない」

 

 俺の軽口に教授が苦笑を浮かべる。

 

 些か意地悪く聞こえちまったか?

 空から落ちりゃ大抵は死ぬ。そんな事は分かり切って入るんだが、教授にも思う所があ

ったのなら悪い事をしたか。

 

「さて、一応は安全は確保したが、まだまだ来るんだろうなぁ……どうするよ?この先の

街に紛れ込めれば、後は人間として行動すればいいだけなんだが?」

「そうだねぇ……いっそ、僕が囮で相手を引き付けるかい?僕の機動性なら合流も容易い

だろうし」

「俺も近衛も機動性は普通だしなぁ。一旦相手の警戒を解かないとやり辛くて仕方ないよ

なぁ」

 

 人間に紛れ込むか、いっそ街を回避して中央寄りで偽装するかだ。

 亜人の街で仕入れた情報では、戸籍や身分証明の類いはそこまで発達していない様で、

亜人の諜報員は紛れ込めさえすれば、まず見つからないと言っていた。

 だが、俺達は少々派手に見つかってしまったせいで警戒されまくってるのが困ったとこ

ろだ。

 ならばと街を迂回して人間領に入ってから偽装するならば、結局はこの警戒網をどうに

か潜り抜けないといけないのは変わらない。

 そうすると、より派手に相手の目を引き付ける教授の案は悪くない。

 教授単独なら余裕で警戒網を突破してのけるだろう。

 

「そうだな。あっちも此方が複数って事は気付いているだろうし、確実ではないが有効で

はあるか?」

 

 何にしても、人間に偽装した状態で問答無用の攻撃を受けたのが計算外過ぎた。

 場当たり的に対処した現状では、これ以上は望めないか?

 魔法とかいう未知の技術が無ければ、もう少し手もあるんだがなぁ。

 

「待ったぁ~!」

 

 そこで声を上げたのは近衛であった。

 

「実はねぇ、現地協力者が囮をやってくれるそうです!」

 

 そう言って両手を腰に胸を張って見せる。

 

「は?誰だよ?」

 

 思わず教授を見るが、教授も小さく首を振って心当たりが無いと示す。

 

「んとね、なんか空から落ちてきた人でね、『説得』したら『治療』すれば囮をしてもい

いって買って出てくれた人なんだよ」

 

 ズシリと空気が一段重くなったのは気のせいだろうか?

 

「あ、あぁ、近衛君が『説得』してくれたのか、なら、さぞかし協力的なんだろうね」

 

 言葉を返す教授も歯切れが悪い。

 さもありなん。

 

「なんか、私の事を『聖女様』とか言い出しちゃって、ちょっと恥ずかしかったよ」

 

 はにかむ近衛に、向けた表情は引き攣っていなかっただろうか?

 悪意などないのだ。

 不幸と感じる者も居ない。

 

 だが、当事者にはなりたくねぇな──

 

 

 

 

<ベリル1より各位。作戦宙域に入る。警戒を密に>

 

 闇夜に沈む様に横たわる森林が眼下を覆いつくす。

 

<シトリン1よりベリル1へ。二時の方向に火災痕、戦闘が行われた地点と思われます>

 

 報告にあったC6地点と一致する。

 初の実戦に少しだけ身が硬くなっちゃってるわね。

 だけど、あたし達は選ばれたんだ。

 

 チラリと横に視線を送れば、僚機であり親友のジェシカが少し硬い表情で唇を噛んでい

た。

 責任感の強い彼女もまた緊張しているのだろう。

 

 あたしの幼馴染、そのジェシカと共に空戦魔導士に慣れたのは僥倖であったし、揃って

選抜部隊に選ばれたのは奇跡だ。

 そのうえ、同じシトリン小隊に配属されるなんて、何と表現すればいいの分からない。

 

 正規部隊と異なり、選抜部隊は三人で一小隊を形成している。

 小隊は総隊長率いるベリル隊から始まり、各小隊にコードネームが割り振られている。

 現在では15名しか選抜を通過できていないために五小隊しか無いが、その中でも女性

のみで構成されているのがシトリン隊である。

 視線を前方に送れば、シトリン隊隊長であるマリー隊長の長い黒髪が夜空に溶け込んで

見えた。

 マリー隊長は少しおっとりとした外見に見合わず、確かな実績を残して小隊長の座につ

いている。

 

 あたしやジェシカにとっての目標である人だ。

 

「マリー隊長!十一時の方向地上に人型の生物を感知!」

 

 ジェシカが緊張と興奮から叫ぶ。

 

「シトリン2、落ち着きなさい?」

「す、すみません!」

 

 軽くジェシカ──シトリン2を窘めたマリー隊長──シトリン1がその場で滞空する。

 

<シトリン1よりベリル1へ。十一時の方向地上に人型生物を感知。確認を願う>

<ベリル1よりシトリン1へ。こちらでも確認した。プレナイトが確認のため接近する、

援護に回れ>

<シトリン1了解>

 

 マリー隊長がハンドサインでプレナイト隊を示し、降下を指示する。

 既に降下を始めているプレナイト隊を一定の距離を開けて追走する。

 

 人型だ。

 報告にあった亜人だろうか?

 それとも正規部隊か陸戦の人達の生存者だろうか?

 暗視魔法での視界はあまり好きにはなれないわね。

 なんと言うか、全てが色褪せ、平時よりぼやけて見えるし、目が悪くなってしまった様

な違和感にはなかなか慣れない。

 

<プレナイト1よりシトリン1へ。人間だ。見覚えがあるぞ?接触する>

<シトリン1よりプレナイト1へ。了解。周囲索敵に努める>

 

 少し弛緩した空気が流れる。

 

「生存者は一人だけなのかな?」

「分からないけど、分散してしまっているのかもね」

 

 あたしの独り言にもとれる問いに、ジェシカが律儀に返してくれる。

 

「二人とも気を抜かない様に。敵が何処に潜んでいるかわからないのよ?」

 

 途端にマリー隊長に叱られるが、その声にも僅かばかりの安堵が垣間見えたのは気のせ

いではないと思う。

 

「マリー隊長……いえ、シトリン1、敵亜人情報は開示されているのですか?」

 

 ジェシカが索敵魔法と有視界索敵を併用しながら問いかける。

 

「ええ。といっても残念ながら地上型と飛行型の複数いるらしいとの情報のみよ」

「でも正規部隊が全滅したんですよね?つまりは地上から魔法障壁を貫ける様な遠距離高

火力魔法の使い手とかいるんじゃないですかね?同じ飛べる相手なら、そうそう遅れをと

るとは思えませんし」

 

 あたしの疑問にマリー隊長は首肯してくれる。

 

「それも推測でしかないけれど、その可能性が高いと思うわ。正規部隊の通信が早期に途

絶したのが痛いわね。情報のほとんどは陸戦隊からの物ばかりで、空での状況は確認が出

来なかたみたいだわ」

 

 思わず渋い表情を浮かべてしまう。

 選抜部隊だって、正規部隊だって日々の厳しい訓練を欠かした事は無い。

 だというのに、いざ実戦ともなれば斯様な有様だと言うのだろうか?

 

「気を緩めている場合ではありませんね」

 

 何時になく──と表現すると、流石のあたしも受け入れ辛い──真剣なあたしの言葉の

響きに、マリー隊長は一瞬驚いた様に目を丸くしたのは見逃さなかった。

 

「……そうね、私も少し油断していたわ。シトリン各位、周囲警戒を密に!」

「「はいっ」」

 

 三人がトライアングルを描く様に布陣し、全方位警戒態勢に入る。

 ──その時だった。

 

<てっ、敵だ!シトリン!こいつは人間なんかじゃっ…支援をっ……いやっ、高高度退避

をっ…ぐあっ…まっ……>

 

 突如悲鳴にも似た通信が飛び込んでくる。

 

「今のはプレナイト!?」

 

 マリー隊長が思わず確認のため僅かに高度を下げ、あたしとジェシカが状況把握の為に

少し高度を上げた。

 

 

 ──それが運命の分かれ道だった──

 

 

 地上から無数の杭の様な物体が空を貫く様に飛び出してきた。

 あたしとジェシカは間一髪身を逸らし、魔法障壁が砕かれながらも回避を成功させた。

 

「マリー隊長!?」

 

 ジェシカの悲鳴に視線のみで隊長の姿を追えば、そこには杭の表面に更に生えた刺の様

な物に左腕を刺し貫かれたマリー隊長の姿があった。

 

「あっ、ぐっ……」

 

 蒼白な表情で苦痛に呻くマリー隊長は、私達に右手で上昇を指し示し、刺から抜け出る

ためか、杭に足をかけた。

 一瞬躊躇したが、あたしは高度を上げ、全体を見渡した。

 そこにはまるで針鼠の様な見た目に変わった森があった。

 杭だと思った物体は、文字通り森の木々が急激に成長した様な杭であり巨大な刺でもあ

った。

 

 

 小さな衝撃音が走る。

 すぐさま視線を送れば、魔法で杭を粉砕したマリー隊長が制御の覚束無い軌道で上昇し

始めていた。

 その表情は相も変わらず蒼白で、だがそれにも増して恐怖が占めていた。

 

「隊長!?平気ですかっ、直ぐに治療を!」

 

 ジェシカがマリー隊長を迎える様に高度を下げる。

 

 治療に二人はいらないか、あたしは二人のフォローね。

 

 あたしは更に高度を下げ、二人の盾になる位置に移動し、魔法障壁に集中する。

 先程の杭の攻撃をどこまで防げるかは分からないが、無いよりは良いだろう。

 

「隊長……隊長?隊長!?」

 

 だが、異常を感じ取ったジェシカが質す声が響く。

 マリー隊長は涙をボロボロと溢し、喘ぐ様に口を開閉し、拒絶する様に首を振る。

 

「あっ、ぎっ!?やっ、たすっ…けっ!中でっ!ひぎっぃ!」

 

 日頃の隊長からは想像もできない姿に、唖然とする。

 

 

 ──そして爆ぜた。

 

 

 マリー隊長の全身、内側から刺の様な物に刺し貫かれ。

 脆い四肢が千切れ落ち。

 臓物が刺を撫でる様にユッタリと零れ落ちていく。

 最後に白目を剥き、血と涎の混じった泡を吹きながら、首が落ちた。

 

「ひっ、ひぃっぃぃっ!」

 

 ジェシカの悲鳴で我に返る。

 眼前を隊長であった物体が降り落ちていく。

 

<……シトリン3よりベリル1へ。プレナイト及びシトリン1ロスト。地上よりの杭状の

物に体内侵入されると内部より破壊される模様。警戒されたし>

<!?……ベリル1了解。シトリン3、よく伝えてくれた。高高度へ退避し合流せよ>

<シトリン3了解>

 

 なんだろう?

 感情が麻痺したのか、自棄に冷静な気がする。

 

「シトリン2、退避を」

「ロナ!?隊長が!マリー隊長が!」

 

 あたしの名を呼ぶジェシカは、御世辞にも正常とは言い難い。

 

「シトリン2、退避を!」

 

 少し語気を強め繰り返すと、ジェシカは少し身を震わせ、迷子の様に辺りを見回し、あ

たしに手を差し伸ばす。

 

 ──ジェシカはもう駄目かもしれないわね。

 

 

 ≪ひははははははぁああああひゃははははっ!ミろ!クソエースドモがっ!オレがおマ

エラにオトるワケがねぇんだ!オレこそがエラばれたソンザイなのだぁああああああぁぁ

ぁひゃぁあぁ!≫

 

 

 その時、多重に響く、割れ鐘の様な念話が撒き散らされた──




蛇足話なのに、長くなっちゃった


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37話(狂樹の魔王:後編)

ガンダムアーティファクトのドムトローペンをもう一つ買おうと探すが、どこもかしこも売れきれ……何故だ?
何故V2アサルトはいっぱい残ってるんだろう?


「上がれ!高度を上げろ!」

 

 鞭の様に撓り、獲物を狙う触手の様相を呈した眼下の樹々。

 既にプレナイト隊は全滅、シトリン隊も隊長を失うという、実に選抜部隊の四分の一を

失う惨憺たる有様だ。

 全小隊統括であるベリル1としての初の実戦任務でこの有様とは胃が痛む。

 

≪ぎぃぃぃははははっ!ミろっ!ミろっ!これがオレのチカラだっ!聖女サマにアタえて

イタだいたチカラなのだっ!いつもいつもミクダしやがってっっ≫

 

 何よりも問題なのは、眼下の化け物が明らかに知性と、まるで俺達の事を知っているか

の様な口振りである事だ。

 

「うわっ!」

 

 樹々の射程が届かないのを見て取ったのか、視界を覆いつくす程の刺の様な投射物に、

ベリル3が思わず悲鳴を上げる。

 

「落ちつけっ!各位防御に専念!掠り傷すらもが致命的だと思え!」

 

 俺の指示に各位防御に専念するが、幸い魔法防壁を突破する程の威力は無い様だ。

 

「この射程ならば脅威には成り得ない様ですね、油断はできませんが」

 

 突然真横で発せられた言葉に、一瞬身が竦む。

 

「シっ、シトリン3!?……無事戻ったか、シトリン2も無事な様だな」

 

 全方位警戒をしていたはずなのに、スルリと意識の間隙を抜けて来た!?

 否、無事である事は何よりだ、そのはずだ。

 だが──つい数刻前までの彼女と同一人物であるのか?

 

 シトリン3、彼女はどちらかと言えば思考より感情を優先し、衝動的な行動が多い少女

であった。

 それを制御していたのが親友でもあるシトリン2だ。

 シトリン2は些か慎重すぎるきらいがあるが、冷静で理論的、常にシトリン3の手を引

いて導いている印象が強い少女だった。

 二人の相性の良さと、プロパガンダを意識した上層の思惑の結果、女性のみで構成され

たシトリン小隊が出来上がったわけだ。

 

 であるのに、どうだ?

 かつて軽挙が先立った少女は甘さも隙も取り除かれ、覇気ともとれる堂々たる風格を醸

し出しいる。

 それに引き換え、かつて親友の手を取り導いていた少女は、まるで迷子であるかの様に

親友に手を引かれていた。

 

「ベリル1、やはりプレナイト隊が接触した対象こそが、この現象の確たる存在であると

推測いたします」

「……そうか。だが、こいつはどういった存在なのだ?こんな物が亜人であると?報告の

亜人とはズレを感じるが」

 

 先入観からか、空と地にそれぞれ適応した亜人が居るとばかり思っていたのに、開いて

みれば無差別に暴威を振るう魔獣の様な何かだ。

 

「プレナイト隊は、見覚えのある人間だと報告しておりましたが?」

「そう、それだ。正規隊員が、あろう事か偽装した亜人であったとでもいうのか?」

「……これを亜人と呼ぶのは些か抵抗があるのですが?」

 

 シトリン3の言葉ももっともだ。

 仮に亜人だとして、魔法でこの様な事が可能か?

 否、無理だ。

 であるならば、こういった魔獣であると考えた方がしっくりくるのだが、この様な魔獣

など確認されたことは無いし、何故我々の知っている人間の姿をしている?

 

「……寄生?」

「む?」

「シトリン1は内部より破壊されました」

 

 シトリン3のセリフに、シトリン2が見るからに怯え始める。

 

「あれは……正規隊の人間に寄生した魔獣なのでは?」

「……では、この眼下の樹々自体が魔獣であると考えるのか?」

 

 眼下では、此方への攻撃手段に詰まったのか、うねる触手をそのままに沈黙している。

 

「確か、目撃例はありませんし、あくまで理論上の存在ではありますが……植物型の魔獣

の存在は示唆されていたかと」

 

 であるならば、世紀の大発見でもあり、恐るべき脅威の発現でもある。

 

「……移動すると思うか?」

「……繁殖はするのでは?驚異的な速度で」

 

 思わず眉間を抑える。

 

「単騎でのコアの破壊を提言させて頂きます」

「ばかなっ!?それならば複数で攪乱した方が成功率は高いだろう?」

「それでは犠牲が出過ぎます。それならば援護をもらったうえで私が単騎で侵攻し、対象

の撃破を試みる方がリスクは少ないかと」

 

 確かに、複数で掛かれば成功率は上がるが、看過できない程の被害は免れないだろう。

 だが、全力の援護の元の単騎突撃ならばどうか?

 成功率は格段に下がるだろう。

 しかし、確率など五十歩百歩。

 ここで重要になるのは、現状の世界情勢を考えた場合の戦力低下だ。

 正規隊自体が虎の子であったのだ。

 この上、選抜隊まで失ったら?

 せめて、せめてこの場所でなかったら──このエントゲーゲンの街の近郊でさえなけれ

ば対策の時間もあっただろうに。

 

「何もしないわけにもいかない、でも犠牲も抑えたい。私一人の犠牲で名目も果たせる。

上々では?」

 

 心が震える。

 ──コレはダレだ?──

 

 

 

 

 軽く息を吐く。

 体調、精神共に万全。

 

「ロナっ!駄目だよ、怖いよっロナ!」

 

 右腕に縋りつくジェシカに微笑みを浮かべてしまう。

 

「ジェシカ、ジェシカジェシカ。落ち着いて?」

 

 そっと背後に周りジェシカを抱き竦める。

 

「大丈夫、貴女は私が守るわ?」

 

 耳元で触れんばかりの距離、そっと囁けば、腕の中で僅かに震える。

 

「だから、私の事は貴女が守って?出来るでしょう?貴女の力が必要なの」

 

 人差し指でジェシカの頬から唇にかけて撫でる。

 

「……うん。ロナ、ロナは私が……私が守るっ」

 

 腕の中からジェシカを開放すると、未練かジェシカの右手が僅かに宙を掻いた。

 

「では」

 

 視線をベリル1へ送れば、少々渋みを帯びた表情で首肯する。

 

<ベリル1より各位へ!シトリン3の侵攻に合わせ、全力で支援砲撃用意!>

 

 正直、我ながらどうかしてしまったのかと思う。

 無謀だとも思う。

 自己犠牲の精神など無い。

 だと言うのに、何故か長年噛み合わなかった歯車が噛み合った気がする。

 

「シトリン3、吶喊する!」

 

 一瞬、背後でジェシカの呼び声が聞こえた気がする。

 

 大切な、大切な親友。

 我が人生の半身。

 傷つけるならば──全てを鏖殺しよう。

 

 

 反応は素早く、そして劇的であった。

 

≪いぃやっひゃぁっ!!≫

 

 撒き散らされる思念波は意識の外に。

 

 全方位から襲い掛かる樹々の触手に魔法障壁を展開する。

 速度としては僅差で此方の方が速い。

 背後が扉が閉まる様に覆われていく。

 

 狭い、遅くてもどかしい。

 

 直後、背後に齎された爆炎に、触手が燃え落ちる。

 その中でも、まるで此方の軌道を読んでいるが如き支援砲撃が横合いの触手を打ち落と

す。

 

「ジェシカ」

 

 僅かに浮かんだ喜悦が、不運にも隙に繋がり、正面からの触手が魔法障壁に接触する。

 青白い魔力干渉光を迸らせながら、ボールが棒で撃たれたかの様に弾き飛ばされる。

 

 魔法障壁って邪魔よね?

 的は大きくなるし、速度まで落ちる。

 

 真正面への部分障壁と、盾の様に小規模展開した障壁以外を解除すると、遮断していた

風が身を削っていく。

 

 飛行魔法だって無駄が多いわ。

 敵は眼下に。

 落ちるだけならば加速と僅かな制御だけで済む。

 

 頂点からの急降下。

 防御は最小限に。

 

「見えたっ!」

 

 その姿は母国の軍衣。

 しかしその左腕は巨大な鎌の様な形状を成し、その両足は大地に根を張る頑強な樹木を

思わせた。

 明らかに、もはや人ではなく、亜人ですらないだろう。

 

≪スバヤいだけの、コバエがっ!≫

「風刃よっ!」

 

 不可視の刃が空間を切り裂き、人と思しき胴体部に襲い掛かる。

 しかし、立ち塞がる触手が幾重にも盾となり、減衰した風の刃は僅かに脇腹を切り裂い

たのみだ。

 

≪ひゃひぃっ!イタく、イタくねぇぞ!?サスガは聖女サマのオチカラだぁ!≫

 

 火力が足りない。

 決定的な一撃でなければ届かない。

 一撃?火力?

 

 ふと、中央で名を馳せる剣聖の存在が脳裏を掠める。

 

 そういえば、剣聖は一太刀に全魔力を込めるとか?

 だが生憎と武器は無い。

 ──無い?

 

 

 ──あるわ。

 手刀では距離感から恐怖が付きまとう。

 ならば足刀の方が精神衛生上は良いかしら?

 武器はこの身体と速度。

 

≪あああぁぁあぁっ!≫

 

 立ち塞がる触手は部分展開した魔法障壁が弾き飛ばす。

そのまま魔法障壁を脚部に刃物の様な形状で纏う。

 

 狙うは奴の脳天!

 

 零距離。

 僅かに身を逸らした魔獣の右肩を右踵が捉え、その身体の腹部まで抉り切る。

 

 足りない!

 

 そのまま空中で身体を反転、今度は化け物の左肩目掛けて裂き抜く。

 

「……急降下足刀返し斬りっ」

 

 斬り飛ばされ、宙を舞う化け物の上半身を背に、息を吐く。

 

≪あっ、あぁ……ソ、総帥にエイコウを……聖女サマにシュクフクを…っ≫

 

 思念波を残し、魔獣は宙で朽ちる様に崩れ、散った。

 同時に、猛威を振るっていた樹々も動きが緩慢になていった。

 

 

 

 

「やはり、一連の騒動の犯人はコイツだったのでしょうね」

「そうだな、どこの関所も森林部に接触していたからな」

 

 部下の言葉に頷くも、気付きたくも無い事実が浮かんでくる。

 

「本国に通信!ありったけの魔導増幅器と魔導兵の派遣要請を、この森ごと焼き尽くす。

その後は各地の森林部に同型の存在を調査確認せねばならん」

 

 被害のあった関所は、この森林自体とは面していない。

 この魔獣が単に移動してきただけならばともかく、複数存在しているとなれば国の脅威

と化す。

 

 チラリと視線を送れば、生還したシトリン3をシトリン2が迎えている。

 

 しかし、あんな少女が、たった一度の実戦でこうも変わるとは。

 喜ぶべきか、悲しむべきか。

 

 

 これが、後に『黄玉の女帝』と呼ばれるエクスト王国の英雄の発現でもあった。

 

 

 

 

▼怪人図鑑その1『狂樹の魔王』

 

 かつて傲慢であった男が、『魔女』の甘言に救われてしまった末路。

 ヤドリギの様な寄生植物が男の失われた四肢を補い、男を核として森全体と融合、個に

して全を成した存在。

 その成長速度は驚異的であり、それを利用した攻撃網は空と大地を覆いつくす。

 人間が核であるため、その膨大な魔力の行使も可能であったが、未熟であったがために

使用する機会は無かった。

 比較的に厭戦的な思考を持つが、その傲慢からか、はたまたその時刻まれた恐怖故か、

飛行対象には過剰に反応し、交戦的になる。

 

 

 世界で初の植物型の魔獣として登録される。

 呼称としては動物型である魔獣と区別し、『魔樹』と呼ばれる様になった。

 生物への寄生が危惧され、仕方がないとはいえエプシロン領の軍に焼き払われた事が、

学者達の反発を招いたが、同時に植物型の実在を証明されて積極的に研究される事になる。

 

「悪さをすると木の魔王が攫いに来るよ」とは、悪さをする幼子への諫め言葉の定番であ

る。

 

 葉が散り。

 枝が折れ。

 幹が朽ちようと。

 その根は深く、広く。

 

 いつか、芽吹くその日まで──




黄玉の女帝。

尚、二つ名はロナとジェシカのセットで呼ばれる感じ。

得意技は急降下爆撃とVの字(足刀)斬り。


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38話(巨人)

繁忙期。
二月いっぱいは忙しい感じ。
趣味に明け暮れたい。


 砦を潜れば、そこは──

 

「焼け野原じゃん?」

 

 オングストローム砦を混乱に乗じて通過を果たした私達であったのだが、そこは見渡す

限りの焼け野原でした。

 

「うん、これは昨日今日で焼けた物じゃないみたいだね。長い月日を掛けて、日々焼かれ

ていったんだろう」

 

 何の為にとは流石に聞かないが、それだけ人間と巨人における戦いは激しいものなのだ

ろう。

 結果、もはや砦の周囲は新たに芽吹く事も無く、灰と炭ばかりが降り積もり、点々と岩

が林立するだけの荒野ばかりが広がるに至ったのだろう。

 

「ともあれ、あまりノンビリしていると背後から撃たれかねないし、早々にこの焼け野原

を越えようか」

 

 ドクターの言葉に従い、背後に連なる様に群れを成す雛人を振り返る。

 

「じゃ、先行はカイムくん、護りはフレースちゃん、殿はフェネくんで。いっくよ~」

 

 私の言葉に、すぐさま了承の言葉を返す雛人の群れが、乱れなく進む。

 ピョコピョコ揺れるアホ毛の様な頭部の羽根に、ついつい目を奪われ、その微笑ましい

姿につい破願してしまう。

 

 ドクターの作った生体式の念話送受信機らしいけど、あ~いった可愛いデザインって、

ドクターの趣味なのかな?

 研究にしか興味がないのかと思っていたけど、意外な一面かも?

 そんなんドクター自体が可愛いわっ!

 責任取って結婚してもらわねば!

 

「……ツムギ?前、前」

「は?」

 

 前?

 

 意識を前方に向けると、眼前に広がる灰色がかった土色の影。

 

「岩だわっ!?」

 

 高速で飛来する直径数メートルの岩の塊。

 咄嗟にダイビング回避を試みる。

 

「うおぉぉ!?」

 

 珍しく焦った声を上げてドクターも回避を成功し、雛人達も右往左往するものの何とか

無事の様だ。

 

「ツムギ!何で避けるのさ、迎撃してくれないと」

 

 ドクターってば、容易く言ってくれるけど、そんな事は──可能か?

 うん、出来そう。

 出来るね。

 

 そんな事を考えていたら、二射目が飛来する。

 

「おりゃ!変身!か~ら~のっ、名誉挽回パ~ンチ!」

 

 格闘技の経験など無い私のパンチなど、見るに堪えないくらい素人感満載だ。

 でも、ドクターの手によって改造を施された私の肉体は、人間の及びつかない性能を発

揮できる。

 

 僅かに手に伝わる衝撃に眉を顰めるものの、結果は問題も無く岩を打ち砕く。

 

「ふふふ、ドクターからの好感度アップ間違いなし」

 

 想定通りの結果にポーズを決めつつ悦に浸る。

 

「あぁ、犯人は彼かな?」

 

 私の呟きが聞こえなかったのか、はたまた鉄壁のスルー力なのか、一切の反応も無しに

ドクターが声で遥か前方を示した。

 

 あ~、なんか岩陰というか、山陰?にリーンしている人影が見えるけど、何と言うか騙

し絵を見ている様な錯覚感が半端ない。

 

「ん~、遠近感が狂うね」

 

 そう言って、ドクターは笑う。

 恐らくは全長20mくらいだろうか?

 

「巨人ですね?」

「あぁ、何と言うべきか、今までの常識が崩されるとコメディに感じられるね」

 

 あんな巨大陸上生物を見るのは初めてだ。

 

「……形状は人間に酷似しているね。その自重から四足歩行だったり、相対的に短いか、

極端に太い足を予想していたんだが……人間視点で見てスタイルは悪くないね」

 

 観察を始めたドクターの瞳に私が映る事は無いだろう。

 少し拗ねて見せるが、所詮は自己満足にしかならない。

 

「これも全て魔力の恩恵なのだろうか?それとも身体を構成する元素自体に差異が?」

 

 不意に、ドクターの視線が私を捉えた。

 思わず心臓がひとつ跳ねる。

 

「捕獲できるかい?」

 

 その瞳には溢れんばかりの好奇心と一匙の狂気、何よりも子供の様に強請る視線に身が

震える。

 

 あーっ!叶えてあげたい!

 胸の奥が疼くみたい。

 まって?やばいやばい!

 ドクターの御強請りとか激レアじゃない!?

 正直、体格差的に大分きつそうなんだけど、そんな事よりドクターの御願いの方が重要

でしょ!?

 

「待っててドクター!今夜は巨人パーティーだよぉっ!」

 

 覚悟は決まった。

 そして自身でも訳の分からない台詞を残して駆けだした。

 

 

「ほほぅ、本当に人間そっくりだね。骨格もそうだし、体毛の生え方や耳などの細部構造

まで酷似しているのは驚きだよ」

 

 ドクターの言葉に、困惑が先立つ。

 

「……えっと?ドクターは何してるんです?」

 

 私の背後きっかり1メートル地点に佇むドクターを振り返る。

 

 好奇心の溢れる様子は良いとしよう。

 だけど、その手にあるハンディカメラは何!?

 どっから持ってきたの!?

 

「何って、対象を観察するならば接近するしかないだろう?」

 

 もう何も言うまい。

 

 そんなこちらを見て取ったのかどうなのか、巨人が一気に間合いを詰めてくる。

 

「早いな!?映画などでよくある、動作がやたら緩慢に見える演出は、所詮は演出だった

って事かい?」

 

 疾走時の歩幅は十数メートルもあり、スポーツカー並みの速度が出ているんじゃないだ

ろうか?

 単純に人間のスペックをサイズに比例させた様な感じだ。

 

 え?こんなんどうしろと?

 

「あっあぁああああああああああああっ!こわいこわいこわいっ」

「あの巨体なのに、思いの外軽快だねっ」

 

 巨人は速度を緩めず、そのまま掬い上げる様な平手を繰り出してくる。

 

「質量っ!見た目がっ!本能的にこわいですよっ!?」

「はは、あははははっ、素晴らしい!」

 

 本日二回目のダイビング回避っ!

 

 その真後ろでは、シンクロしたモーションながらカメラを構えたまま横っ飛びをかます

ドクターの姿があった。

 

 えぇ……?撮影と回避に専念とはいえ、生身で怪人化した私の動きについてこないで貰

いたいんですけど?

 

「反応速度も速いね。あれだね、大型生物にある神経伝達の遅延がほとんど無い様に見受

けられるね。通常の化学シナプスでは不可能なレベルじゃないかい?ここまでのスペック

となると、むしろ驚くべきは巨人との戦線を維持している人間の方だね」

 

 すっかりドクターは観察と考察に夢中になっているみたいだ。

 何よりも気に入らないのは──

 

 ──私を見てくれてない。

 そりゃ、インパクトとしてどうにもならない部分はあるけど、私だって──

 

 巨人は既に足を止め、闇雲に手で空間を薙いでいる。

 その様は、あたかも鬱陶しい蚊か蠅を追い払うかの様だ。

 可動域がなまじっか人間と同じだけに、死角が分かり回避もどうにかなっている。

 ドクターもピタリと私の軌道に合わせてくる。

 

 インパクトか──

 

 その時、私のドクター色の脳細胞に電撃が走る!

 

 あれ?

 むしろ全力で巨人ボコっちゃえば、ドクターの関心が私に向くんじゃない?

 生物的に取るに足らないなら興味なくすんじゃない!?

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!デェッッッドっ、エンドォォォォオオオオオっ!」

 

 私の魂の叫びに応え、魔人としての身体が更なる異形化を果たす。

 

「なんと!?任意で発動できるのかい!?」

 

 ドクターの驚愕の反応に、思わずバイザーの下でほくそ笑む。

 

「巨人よ……貴様の拙い存在価値、私の燦々と輝く存在価値の前に消し飛ばすわ!」

 

 見てる!ドクターが目を輝かせて私を見てるぅぅぅぅ!

 

「ひっっさぁつ!ドラグマッシャー!」

 

 右腕を支える様に左手を添える。

 同時に右袖部が大きくスライドし、大型のバルカン砲を形成した。

 この世界に来て理解し始めた魔力と言う物。

 その無尽蔵とも思えるエネルギーを取り込み変換、体内で爆薬化と圧縮を果たし、眼前

の標的に放つ。

 

「さよならね」

 

 

 

 

▼クレイズ日記その10

 

 ここまでの伝手を得ても、『奴』の情報は手に入らない。

 そりゃそうだと分かってはいるのだ。

 

 何しろ『奴』の詳細を説明しようがないんだよな。

 当然『奴』の名も生まれも外見も癖も知っているさ。

 でもよ?

 そりゃ『あっちの世界』での話なんだよなぁ。

 『こっちの世界』に紛れ込んだ男一人を探すってどうやりゃいいんだ?

 

 そんな事を列車に揺られ、酒を嗜み、女に声を掛けつつ思い耽る。

 

 取り敢えず、目的地に着いたら速攻逃げねぇとな。

 いや、あれだよ?

 ちょーっと乗客っぽい御淑やかそうな女に声かけたらさ、結構いい感触。

 大成功ってやつだ!

 

 

 御貴族様の令嬢じゃなければなぁ……

 

 そうだよな、ここ貴賓車だったわ。

 客層はお偉いさんばっかし。

 まだ親御さんにはバレてないっぽい?

 熱を帯びた女の視線は嬉しくはあるんだが、バレたらやべぇよな?

 

 薄氷を踏む様な気分だわ。

 

 取り敢えず、逃げよう?




デッドエンド化の効能。
身体能力向上。
魔力親和性向上。
などなど。


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39話(参上)

やっと繁忙期の終わりが見え始めました。
疲れた。
腹いせに寸胴鍋いっぱいのオデンを作って御満悦。


 魔力と呼ばれる不可視にして未知の力と、怪人としての力の全てを注ぎ込んだ魔人とし

て、そしてデッドエンドとしての新必殺技。

 溺れそうな全能感に思わず口角が釣り上がっているのが分かってしまう。。

 

 怒涛の如く打ち寄せる轟音と閃光を伴い、放たれた破壊の激流が巨人を飲み込む。

 その皮を、肉を食らい、撃ち抜くと言うよりも削り取ると表現するに相応しい惨状があ

った。

 

 は、反動がっ──

 

 だが、その反動も凄まじく、跳ね上がりそうな右腕を強引に抑え込んだ結果、照準など

もはや望むべくもない。

 疎らと散る弾道に、咄嗟に身を庇ったのであろう血塗れの両腕が齎す苦痛に呻きながら

も巨人は転がる様にして躱して見せた。

 だというのに、こちらは徐々に足元も滑り始め、ズリズリと後退までし始める。

 

「おっと。凄まじい威力だけど、ツムギの重量じゃ扱いが大変だね」

 

 その時、フワリと、しかし力強く身体が受け止められる。

 

「…………!?」

 

 え?なに?どういう──?

 

「ほら、支えるから制御しなさい」

 

 ドクターはそう言って、右手を私の右肩に、左手を私の腰に回し、全身を包む様に支え

る。

 

 ふぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!?

 何これ!?

 私の理想郷は、此処にあったの!?

 あ~~~~~~~~巨人くん、拙い存在なんて言ってごめんね?

 君には価値があったよぉ。

 この時間が少しでも長く続く様、精々しぶとく生きてください、ね?

 

 ドサクサに紛れ後頭部でドクターの温もりを堪能しつつも、どうにか制御を取り戻し、

再び正確に巨人を射線に捉えると、それでも傷だらけのまま身を護る両腕を今度こそ粉砕

する。

 

「ぐぉあ……」

 

 そこには苦悶の表情で、亡き両腕を抱く様に呻き声をあげる巨人の姿があった。

 

「ふむ、任意デッドエンド化の場合、出力は70%と言ったところかな?火力性能は大差

無い様だが、制御能力が著しく低下してしまっているね」

 

 耳元で囁くドクターの声を満喫しつつも思考を回す。

 

 つまりは、制御能力の向上が課題となるわけだけど、一朝一夕ではどうにもならない事

でしょうね。

 ならば今出来る手法は火力の出力の方を制御可能域まで落とすしか無いわけだ。

 

 再度右手の火砲を構える。

 両足を広げ、衝撃に備えた。

 一瞬、止めを考えるが、ドクターのオーダーを思い出し、照準を脚部にずらす。

 相手は動けない。

 まるで固定砲台の様に機動性を犠牲にする羽目になっているが、この状況ならば十分で

あろう。

 今度こそ万全をもってドクターの願いを叶える。

 

 

 ──もう一体の巨人が乱入さえしなければ。

 

 

 

 胸部に衝撃が走り、逸早く反応して見せたツムギに突き飛ばされた、

 

「ツムギ!?」

 

 直後、横合いから現れた新たな巨人の、疾走から綺麗なフォームでのサッカーキック。

 一瞬「ぷぎゃっ」といった空気の抜ける様な音を出し、綺麗な放物線を描いてツムギが

飛んでいく。

 

「ぬっ、ぬわぁぁ~~~っ……」

 

 一瞬心配したが、意外に余裕がありそうなのでツムギは平気だろう。

 どうにもツムギは戦闘に向いていないというか、場数が足りていないというか、詰めが

甘くて大平の様な信頼感が抱けない。

 まぁ、スペックだけは高いが、格闘経験など無い素人なわけだし、仕方がないと言えば

仕方が無いか?

 否、性能試験を済ませていない代物を運用しているのだ、むしろこの程度の失敗で済ん

だのは幸いだろう。

 

 眼前では新たに現れた巨人が負傷した巨人を庇う様に立ちはだかっていた。

 

 だが、ツムギの御陰もあって弱点は分かった。

 結局のところ、何処まで行っても人間の拡大版でしかないのだ。

 その質量は恐ろしいものがあるし、驚異的な身体性能を感じさせるが、人間に換算すれ

ば素人の一般人レベルに相当する。

 そのフィジカルによる性能のみで、戦闘に対する技術など皆無。

 挙句、反応速度から見ても感覚伝達速度も同様。

 結論から言えば、こうだ──

 

「装着!」

 

 瞬時に展開された対神装甲ミズガルズを身に纏い、一気に間合いを詰める。

 眼前には人の頭部くらいの大きさがある巨人の足小指。

 それを全力でもって──

 

「叩き潰す!」

 

 一瞬柔らかい感触を感じた直後、硬い芯に行き当たり、次いで砕く感触が訪れる。

 

「ひっ、ぎゃぁあああっ!!」

 

 堪らず悲鳴を上げて蹲る巨人の、下がった頸部に目掛け、渾身のアッパーカットをお見

舞いした。

 感触としては分厚い岩石でも殴った様なものではあったが、腕には確かに打ち貫いた手

ごたえが残っている。

 

「構造が酷似しているならば弱点も近い。感覚伝達が速いならば当然痛覚だって同様だ」

 

 仰向けに倒れ伏す巨人を視界に収めつつ、誰にともなく語った直後──

 

【警告:腕部及び脚部に過負荷が発生、強制解除します】

 

 ──アラート音と共にミズガルズが解除される。

 

「……戦闘用だと言うのに、精密性が高すぎるね、殴っただけで故障するんじゃ所詮は玩

具か」

 

 瞬間性能は高いし、一応の切り札ではあったのだが、如何せん脆すぎる。

 主に『総帥』と『魔銃』が主導で開発していた代物だ、私やツムギの様に後方で研究に

没頭できたわけでもないのに、むしろあの戦局状況でよくぞここまで作った物だと言うべ

きなのだろう。

 だが、この武装について何処まで行っても好意的に思えないのは、やはり此方の研究に

対する対抗策であるという一面があるせいだろうか。

 

 

 視線を戻せば、巨人は地響きと主に仰向けに倒れ落ちたところだ。

 

「しかし、参ったね……この詰めの甘さ、ツムギを責める事なんて出来やしないね」

 

 残ったのは、両出を失いながらも此方を見据える巨人一体と、戦闘能力を使い果たした

この身だけ。

 生憎と、残った巨人は両腕程度では戦意を失ってくれてはいない様だ。

 半身に構え、薄っすらと後方を伺うも、ツムギは未だ復帰の兆しは無く、それどころか

ピンチに瀕して避難していたはずの雛人や魔獣までもが臨戦態勢に入ってしまっている。

 

 うーん、心意気は買うが彼等に万が一があれば元も子もないのだよね。

 

 例えるならば、人間に襲い掛かる雀と鼠とでも言った感じだろうか?

 流石に如何こう出来るとは思えない。

 

 視線を戻せば、あろう事か倒れ伏したはずの巨人までもが緩慢ながら身を起こそうとし

ている。

 

「……浅かったか」

 

 忌々しい程に詰めが甘い。

 こんな事ならば少しくらい戦闘訓練をしておくべきだったか?

 今更ではあるが。

 

 己の不甲斐なさに起因した思い通りにならない状況と言うのは実に腹立たしい。

 これまでも困難は立ちはだかったものだが、それでも乗り越えられたのは仲間の存在の

御陰であったのだと痛感する。

 認めたくは無いが、自身に欠けた物を補っていたのは『奴』であったのだろう。

 

「こんな時に、あの野郎を思い出すなど……実に腹立たしい──」

 

 

 『総帥』。

 ドクターセイガーと魔拳の同期であり、セイガーにとっては幼少からの腐れ『縁』とい

うものであった。

 医学や生物学に傾倒したセイガーと、機械工学に傾倒した『総帥』、そして『総帥』の

機械工学の師である魔銃が揃った時、作り出せない物は無いとまで言わしめたものだ。

 身体面では大平の相手ができる程の才能まで持ち、万能の名を欲しいままとした。

 

 だが、『総帥』は致命的なまでに中二病であった。

 

 

「──あの、阿呆め……」

 

 

<呼んだかね?>

 

 突如、周囲が巨大な影に覆われる。

 

「は?」

 

 見上げれば、逆光で黒く染まった巨大な物体。

 凡そ直径20m近くはあるだろうか?

 

<コォォォリングっ、オォォォォンっ!>

 

 

 ──そして阿呆は舞い降りた。

 

 

 

 

▼クレイズ日記その11

 

 御令嬢と思いの外すんなりと御別れできたのは、やはり上流階級的なリップサービスで

しか無かったって事だろうか?

 助かった様な、残念な様な?

 

 ヴュルガーが御貴族様一家と挨拶を交わし、御令嬢が俺に一つ微笑んで終わりだ。

 呆気ないものだが、これも出会いと別れの一つか。

 

 しかし、長い列車の旅が終われば、今度はヴュルガー宅まで馬車の旅になるらしい。

 もう座るのが嫌だと言ったら、徒歩になりやがった。

 いや、極端すぎねぇか?

 ついでに言えば、ヴュルガーも座り続けるのに嫌気がさしていたのか、徒歩に関しては

随分と乗り気だったわ。

 

 まぁ、徒歩でも数日らしいし、荷物持ち用に一頭だけ馬を引いての道程と相成った。

 

 取り敢えず、毎朝毎晩嬉々として剣を振る日課が鬱陶しいです。




ドクターとツムギは後方支援ユニットだからね、弱くても仕方がないね?


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40話(スヴェル)

今年の繁忙期は長引いている感じ。

取り敢えず溜まっていたアニメとか、アマプラで公開された仮面ライダーを消化中。

mobility jointのジョニザクとザクⅡは購入済み。


【警告:増設装甲ユニットが耐熱限界です】

 

 暗闇の中、微睡からの覚醒を促す警告音に、ゆっくりと目を開く。

 

「……パージ」

【承認:増設装甲ユニットをパージします】

 

 圧縮された大気により生じた高熱により赤熱し、融解し始めた外部装甲が強制的に分解

させられ、眼下の海上へとばら撒かれる。

 それまで申し訳程度に写されていた外部モニターが、一気に鮮明さを取り戻す。

 

【報告:目的座標到達、地表まで残り30km、自動航行システムを終了いたします。長

らくのフライトお疲れさまでした】

 

 モニターの『自動航行』の表示が消滅し、手にした操縦桿に微量の荷重がフィードバッ

クされ始める。

 自由落下に対して大規模の逆噴射により軌道修正と減速を促すと、漸くと計器に意識を

裂く余裕が生まれた。

 

「あぁ、駄目だねこれは。コストパフォーマンスが悪すぎる」

 

 視線の先、燃料計が見る見るうちに減少していく。

 既に5本詰んだ増設燃料タンクのうち3本までが空となっていた。

 

 

 試算でも分かっていたことだけれど、大気圏垂直降下は現実的じゃないか。

 短距離を短時間で、というのは魅力的だけれど、この機体一つを降下させるだけでどれ

だけ燃料を消費するんだって話だね。

 現実的にする為には、燃料の改善かバーニアを見直すか、例の──

 

「おっと、増設燃料タンクをパージ」

【承認:使用済みの増設燃料タンクをパージします】

 

 思考している暇もないな。

 

 

 背部に接続されていた増設燃料タンクを分離した影響で、機体バランスが変わり姿勢が

半回転する。

 急激なGに視界が眩む程度で済んだのは、耐G機構が有効な証明だろう。

 

「だが、この程度では満足できんな!」

 

 スロットルを引き絞り最終的な減衰を得る。

 目前に迫った地上の映像には、人影と、蟻の様に小さな人影が映っていた。

 否、実際には巨大な人影と、人影なのであろう。

 

 

 随分と追い込まれているじゃないか?

 正にピンチ、正に格好のタイミング、と言う奴だ!

 

 

 拡大モニターには苦々しい表情のドクターセイガーの姿が拡大され映し出されている。

 その表情はまるで──

 

 

 ──そう、まるで忌々しくも大親友である僕の事を考えている表情じゃないか?

 

 

 十分な減速も済み、バーニアにより緩やかな降下を維持しつつ、外部スピーカーをオン

にする。

 

<呼んだかね?>

 

 呆気にとられた彼の表情は全くもって傑作だ。

 そして、ここが僕の見せ場と言う奴だ!+

 

「コォォォリングっ、オォォォォンっ!」

 

 全長20m、総重量62t、黒地に赤のカラーリングが施された我が愛機。

 巨大人型兵器、決戦機スヴェル。

 巨人なんてファンタジー溢れる存在が相手だ、華々しく御披露目と行こうじゃないか。

 

 

 轟音と共に地上に降り立つスヴェル。

 眼前には両腕を失った巨人を庇う様に立つ一体の巨人。

 

【警告:脚部に過負荷が発生しました】

 

 やる気か?やる気だな?良い度胸だ!

 

 

 巨人は一瞬呆けた物の、すぐさま抑え込む様に立ち向かってくる。

 それに対してスヴェルもまた両手を広げ迎え撃てば、示し合わせた様に手を合わせ合っ

て力比べの様相を呈した。

 

【警告:両手首関節及び、肘関節、肩関節に過負荷発生、継続中です】

「OKOK、つまりはまだまだいけるって事だな?だが、ここで壊れでもしたらセイガー

に笑われてしまいそうだ、なっ!」

 

 気合を込めて右操縦桿を手前に引き絞り、右半身を後方に引くと支えを失った巨人の上

半身が宙を泳ぐ。

 

「生身の生物相手に力比べで互角と言うのは実に口惜しい限りだが、このスヴェル、それ

だけだと思うなよ!?」

 

 左肩部格納していた伸縮型シールドを左腕に展開し、右腰部装着していた機関砲を前部

展開して右手を添える。

 同時に蹈鞴を踏む巨人目掛けて蹴りを放つ。

 

「さて、ファンタジーにどれ程通用するか、見せてくれ給えよ?」

 

 超重量の一撃を受け、さしもの巨人も堪らず大地に転がってくれた。

 距離が離れ、動きが静止した相手ならば外し様も無い的というやつだ。

 

 

 腰部の三連装40mm機関砲が火を噴き、後腰部に着装された弾倉から濁流の様に弾頭

が送り込まれる。

 対して巨人は、まるで射撃が来るであろう事を予測していたかの様に大地を転がって見

せる。

 だが、そんな足掻きも空しく、銃火は巨人の脚部を捉えた。

 大地は無残にも耕され、巻き上がった土砂に血煙が混じる。

 

「ふむ?射撃を予測していた?この世界にも……否、ツムギ君かな?そういえば、彼女の

姿が見えないな、てっきりセイガーと一緒かと思ったんだが」

 

 視界が開けた時には、膝下から血と肉と骨を露出させ、苦痛から失神した巨人の姿があ

った。

 多少の警戒心と共に、もう一体の巨人を見るが、そちらも失血からか地に伏したまま動

く気配は無い。

 

「急所は一応外したが、失血死しそうだね」

 

 溜息と共に肩の力を抜き、操縦桿から手を放した。

 

 

 

 

 この決戦機といい、さっきの声といい、乗っているのは『総帥』か──

 

 

 行動を止めた機体を見上げ、セイガーは溜息を吐いて見せる。

 交戦時間は僅か10秒足らず。

 見ている限りでは鎧袖一触も良いところだ。

 

「うわっ、まさか『総帥』!?」

 

 突如発せられた声に振り向けば、やっと戻ってきたツムギがスヴェルを見上げて苦々し

気な表情を浮かべていた。

 どうやら怪我なども無さそうだが、後で検査はするべきであろう。

 

「やぁ、久々……なのかな?ツムギ君、そして我が心の友よ!」」

 

 コクピットハッチを展開し芝居がかった仕草で現れたのは、予想に反せずズィドモント

『総帥』モーントの姿であった。

 

「……よりにもよって、こんな玩具(スヴェル)を持ち込んだのか?」

「うーん、この浪漫が理解されないと言うのは実に悲しい事だね。教授がいれば賛同して

くれそうなものだが……教授達は一緒じゃないのかい?」

 

 ズレた答えを返しつつ、モーントは周囲を探る様に見回す。

 

「御前が来ている時点で予測は出来たが、やはり彼等も来ているのか」

「ん?あぁ、あ~……しまったね、これじゃ馬に蹴られるどころか後ろから撃たれそうだ

ねぇ、まぁ、ピンチを救った功績に免じて勘弁願いたいな」

 

 モーントが苦笑を浮かべつつツムギに視線をやる。

 ツムギもツムギで、不満そうではあるが何も言わずに視線を逸らしていた。

 

「まぁ、彼等もそのうち合流するだろうさ。それより状況を説明してくれるかい?」

「ん。ツムギ、説明は頼むよ」

「えぇ!?私ですか!?……もうっ、仕方ないですね……」

 

 溜息を吐くツムギを背に、倒れ伏した巨人二体に向かって歩き出す。

 

 

 昏倒だけで済ませられなかったのが痛いな、大切なサンプルなのに失血が多すぎる。

 人間に換算しても、四肢を失った衝撃でショック死しなかっただけましだろうか?

 止血しようにもサイズがあり過ぎてどうしようも──

 

 

 ふと、視界にスヴェルが映りこむ。

 

「モーント、スヴェルを借りても問題は無いか?」

「ん?丁寧に扱ってくれよ?セイガーは機器の扱いが荒いんだ。だから簡単にミズガルズ

も壊すのだよ?」

 

 モーントのセリフを鼻先で笑い飛ばし、スヴェルのコクピットに乗り込む。

 

「過剰に繊細な扱いを求める兵器など信頼性に欠くだろうに」

【警告:やさしくしてくださいね?】

 

 独り言のつもりが、スヴェルのAIが間髪入れず発した言葉に、思わず渋面になるしか

なかった。

 

 

 

 

▼ズィドモント兵器図鑑その1『対神装甲ミズガルズ』

 

 強大でありながらも未知の力を持ったディノハート研究に対し、万が一に暴走に至った

場合の対抗策として『総帥』と『魔銃』の主導で開発された装甲強化外骨格。

 

 

 戦闘補助能力は高いものの、並の人間では自身の身体を破損をさせたり、ディノハート

の力を無効化させる事に重点を置いている為に精密性が高く衝撃に弱くなってしまってい

る等、多くの課題を残している。

 

 特徴としてはディノハートの力を完全に遮断する為に、ディノハート適合者が搭乗した

場合はその力を一時的に失い、ディノハートによって生命維持を行っている場合は必然的

に死に至る。

 また、遮断能力は外部に放射状に展開可能で、対ディノハート適合者において絶対的な

優位性を持つ。

 

 現状、二機の試作機が存在し、『総帥』と『科学者』が所持している。

 通常は待機状態でも形状は変わらないが、『科学者』のみが特殊な技術により小型収納

化を行っているらしい。

 

 未完成であるが故に稼働時間は短いが、非常に脅威性が高い為に交戦は避けるべきであ

ろう。

 幸運な事に現状は武装開発が為されていない為に、逃走できる確率は低くは無い模様。




結社主要面子はこれで全部かな?


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41話(コンタクト)

四月初頭
コロナ影響で繁忙期延長
 ↓
四月中旬
繁忙期収束、業務70%に軽減
 ↓
四月後半
同僚の家族がコロナ感染、同僚ごと隔離
 ↓
二名の部署により業務が集中、業務140%化
まさかのデスマーチ延長戦突入
 ↓
GW
なにそれ?
 ↓
現在
spy×family楽しい
ヨルのフィギュア制作開始(逃避中)←イマココ


 スヴェルの牽引用ワイヤーで圧迫止血し、巨人達の出血自体は抑え込めた様だ、

 本来ならばもっと丁寧に治療を行いたいだろうに、原形を留めない患部や医療器具不足

を前にしては少々雑になるのも致し方が無かったのだろう。

 

「……おかしいな、あんな精度は……」

 

 ドクターの雄姿を眺めるしか出来ない事を歯がゆく感じていると、傍らから『総帥』の

独り言染みた声が耳に届いた。

 

「どうしました?ドクターの障害になる事でしたら私が対処しますが?」

 

 私の言葉に、何処か諦めの様な表情を浮かべた『総帥』には少々思う所があるものの、

特に外面に出す事も無く次の言葉を待つ。

 

「……まぁいいか。いや、スヴェルのマニピュレーターなんだけれど、あの様な精密作業

が可能な造りはしてないんだよ。相変わらず彼は戦闘が低調な代わりに、こういった芸当

は常軌を逸しているね」

「そうなのですか?」

 

 どんな形であれ、ドクターが褒められたのは嬉しい。

 

「ですが、どうせならばもっと精密作業向けに作っていれば、ドクターに要らぬ苦労を掛

けずに済んだのでは?」

「いやいや、彼自身がミズガルズなどで言っていただろう?──脆すぎるって。精密性が

嵩んだ機械は必然的に脆弱性が付いて回る物なんだよ」

 

 私の少しばかり恨みがましい視線を苦笑いで受け流し、『総帥』は肩を竦めて見せた。

 

「さて、ツムギ君。流石の君もあのサイズ相手ではドクターの手伝いもままならないだろ

う?折角であるし、彼等を紹介してくれないかな?どうも登場の仕方が不味かったのか、

些か警戒させてしまっている様だからね」」

 

 『総帥』が振り返った先には、此方を遠巻きにした雛人と四足の魔獣の姿があった。

 

 

 そういえば、唐突な展開に彼等の事をすっかり忘れていたわ。

 まだ人間種の砦から、そう離れても居ないわけだし、油断し過ぎていたかしら。

 

「分かりました。では彼等に説明後、呼んできます」

 

 患者とはいえ、相手は危険性のある巨人だ。この場を他者に任せるのは非常に不本意だ

けれど、致し方ないわね。

 

 

 

 

 本当にツムギ君は相変わらずだね。

 例え異世界に辿り着こうとも、セイガーさえ居れば余事一切を許容する思考は狂気とさ

え言えるのではないだろうか?

 

 

 眼前で繰り広げられていたセイガーによる巨人への処置も、現状で出来る事が終わった

のか、スヴェルを数歩分後退させた状態で駆動系がアイドリング状態へ移行する。

 

「どんな様子だい?セイガー」

<脚部破損個体は死にはしないだろう。だが腕部破損個体は血を流し過ぎている>

 

 スヴェルの外部音声機越しにセイガーの言葉を聞き、大地に横たえられた巨人を見やれ

ば、確かに腕を失った個体は全身の血色が悪い様に見受けられた。

 

<治療器具や薬剤が無いわけでは無いが、流石にサイズが大きすぎるな。実験体にするに

しても腕部破損個体は途中で息絶えるだろう>

 

 セイガーとしては、この様な形で生命が消耗されるのは不本意であるのだろう。その声

には不満染みた響きが混じっていた。

 

<少し医療資材を工面してくる。スヴェルで彼等の様子見を頼めるか?>

「あぁ、良いよ。もっとも、出来るのは暴れた場合の鎮圧ぐらいだろうがね」

 

 セイガーがスヴェルから地上に降りるのを待って、搭乗を果たす。

 

 

 ああは言ったものの、この惨状では抵抗も無いか。

 

 

 改めてスヴェルのモニター越しに巨人二体を見下ろせば、実に無残なものだ。

 

 両足先を失った巨人は、思いの外容態が安定しているのか、渋い表情ではあるが際立っ

た変調は見られない。

 野放図に伸びた体毛は頭頂部から口元、顎、胸元から背、腕や脚部に至るまでを覆い、

まるで毛皮の服の様な見た目を呈している。

 

 それに比べ、その隣に伏せる両肘先を失った巨人は呼吸も荒く、顔色も悪い。

 体毛も頭部以外はすっきりとした印象で、もしかすれば若い個体なのかもしれない。

 

 両個体共に衣類の類いは最低限であり、毛皮の腰巻をつけている程度だ。

 

 

 あの毛皮の巨大さ、裁縫技術があるのか、はたまたあのサイズの獣が存在するのか、実

に気になるところだ。

 見た目通りの原始的な生態であるのか、それとも巨体故の選択であるだけで、文明的に

高水準を所持しているのか。

 我々をこの地に送り込んだ彼等も言っていたが、魔法と言う技術がある為に見た目より

も文明水準が高い可能性はあり得るな。

 

 魔法──なんて心が躍る響きであろうか!

 

 セイガーの事だ、独自に調査ないしは研究をしているはず、後で話を聞かねばな。

 

 

 そんな考えに思いを馳せていると、視界の巨人──両足を失った個体──が身じろぎを

一つ打ってから、薄っすらと瞼を開いた。

 

「──負けたか……ぐっ」

 

 呟きと同時に、両足の痛みに食いしばる。

 

<やぁ、おはよう。どうやら言葉が通じるみたいだね>

 

 果たして、あの兄妹の力で翻訳されているのか、人間と共通言語をしゃべっているのか

が分かりづらいところだが、認識と音声に違和感が感じられないところから、恐らく共通

言語なのだろう。

 元の世界では国ごとですら言語が違ったというのに、驚くべき事実だ。

 是非、彼らの歴史について学んでみたい。

 

 ──そうとなれば、だ。

 

<簡単な応急処置はさせてもらったが、まだ交戦の意思があるかね?>

「……殺さぬという事か?」

 

 体毛で表情は分かりづらいけれど、疑いを持つなと言う方が無理かな?

 

<僕等極悪人にまともな扱いを求められても困るから、抵抗を無駄とは言わないつもりだ

よ?悪と言う自由を愛する僕に、他者の自由を否定する権利は無いからね。ただ奪い、踏

みにじるだけさ>

 

 僕の嬉しそうな言葉に迷いを得たのか、しきりに此方ともう一体の巨人とを見比べてい

る姿は可愛げを感じなくもない。

 

<もっとも、隣りの彼は出血多量で助かるか難しいところみたいだけれどね>

「!?……っ」

 

 途端に絶望を感じさせる姿に、感性において人間と大差ないのだなと、漠然と思う。

 

<あ~、まぁ、今、僕の仲間が助ける手段を用意している。どちらにせよ、可能性は低い

と思うがね>

 

 少々偽善っぽい発言に感じられ、据わりの悪さを否めない。

 

「……お前たちの目的が分からない」

<そりゃそうだ。僕も何故君達と僕の仲間が戦っていたのか知らないからね。君達には、

親友のピンチを救うなんて絶好の機会を与えてくれた感謝の念すらあるが、だからと言っ

て仲間の命と比べれば、君たちの命何て軽いものだろう?>

 

 その言葉に何かしら共感を得たのか、巨人はぎこちなくも頷いて見せた。

 

「それならば理解ができる。ならば、完全な敵対者ではないと考え願おう。どうか此の者

を救ってやってくれ、我が一族の数少ない若人なのだ。対価としては、仲間を裏切る事以

外ならば俺に可能な限り払おう」

 

 巨人は、両足の痛みを感じさせもせずに、身を起こし頭を下げる。

 

<そうだね、救命行為自体は僕の仲間が勝手にやるだろうし、対価は万が一助かった場合

に考えるといいさ。さっきも言った通り、可能性は既に低いんだから、期待し過ぎないよ

うにね>

 

 

 

 

 あの男は何をやっているのでしょう?

 

 

 巨人はもとより、スヴェルの姿にも怯えを隠せない雛人を前に、『総帥』と巨人の対峙

に眉を顰める。

 

 巨人が動き出した時には狙撃も意識したが、『総帥』から交戦の意思を感じられなかっ

た事により静観を決め込んでいた。

 

 

 ドクターは『領域』に移動しちゃったし。安全なのは保障できてるから、良いか。

 

「でね?系統は違うんだけど、あのスヴェル……ゴーレムって言えばいいのかな?あれも

私達の味方なの。だから安心していいわ」

 

 

 『総帥』達の姿を視界から外さない程度の警戒だけ持って、再び雛人達への説明を再開

する。

 

<なるほど、ではあの中から出て来た人間もまた天使様であらせられると?>

 

 クリっとした雛人形態のフェネくんの瞳に見つめられ、少しだけたじろぐ。

 

「えっと、自分達を天使と呼称するのは、非常に不本意なんだけど……まぁ、私達の仲間

なのは確かね」

<分かりました、では早速皆で御挨拶に伺わねば!>

 

 

 少々思惑とズレた結果ではあるけど、雛人達に味方と認識させられたのだから良しとす

べきかしら?

 

 

 長い事ドクターの窓口としてサポートしてきたつもりだが、素直になってくれなかった

007(レオナ)ちゃんの例といい、実はコミュ力低い?などと思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

▼ズィドモント兵器図鑑その2『決戦兵器スヴェル』

 

 全長20m

 総重量62t

 

 悪の秘密結社ズィドモントにより開発された人型機械兵器。

 

 外部ユニットにより様々な環境に適応できる設計。

 標準装備として両腰部に三連装40mm機関砲を1門づつ装備し、弾倉は後腰部にアタ

ッチメント方式で接続されている。

 

 主に『総帥』と『魔銃』により設計開発された物で、ディノハートの暴走時に大型の仮

想敵を想定して開発されたことになっているが、作りたいから作っただけとの噂もある。

 

 当初の予定では既存の銃器を拡大した兵器を取り扱う予定であったが、予想以上に火器

管制の難易度が高く、内蔵型、もしくはアタッチメント化することにより手に火器を持っ

て扱う事を断念した。

 その為、手先の高精度マニピュレーターはオミットされ、「手近の物体を掴んで殴る、

もしくは投げる」事を想定した為に耐久性を得た。

 尚、現在エネルギーブレードを追加兵装として開発中である。

 

 基本移動は二足歩行であるが。各部位にバーニアを擁しており、燃料の関係で短距離で

はあるが飛行も可能。

 更には増設燃料タンクを接続することにより、長距離航行も可能にしている。

 

 また、宇宙適性を持ち、追加装備により単騎による大気圏突入を理論上可能としている

のだが、これまでテストを計画された事は無い。




巨人て一日どれくらいの食事をするんだろうね。
大地が枯渇しそう。


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42話(総帥と科学者)

仕事が閑散期にならぬぇ。
21時帰宅、23時就寝とかなにもできない!

そんな中でもアマプラで仮面ライダービルド見ました。

実は『魔人』の変身ベルト的なシステム音は、
「オーバーエヴォリューション!」
だったんですが……使われてましたね。


 ゴトリと、車道の石を捉え車輪が一つ跳ねる。

 幌馬車の後ろへと流れていく景色は背丈の低い草木が荒涼と生い茂り、人の手など入っ

た事が無いのではないかと思わせた。

 未開の大地に横たわる蛇の様に道が一本、ただそれだけの世界を馬車はゆく。

 

「教授~、疲れたら言ってね?いつでも代わるから」

「ははは、気遣いは嬉しいけれども、飲酒運転は犯罪だよ?」

 

 こんな世界で少々的外れな言葉ではあるが、法律に反しない為に飲まないのではなく、

事故を起こさない為に飲まないのだ、教授の言葉に甘えるとする。

 

「タイヘーくん、ハイネケンの生を1パイントよろしく!」

「あいよ~」

 

 

 何を隠そう、馬車の御者は教授に任せ、車内では私とタイヘーくんは真昼間からビール

を飲み明かしていたりする。

 

「酒の肴が無いから、悪酔いしそうだな……さっきの村で仕入れた干し肉でも出すか?」

 

 そう言ってタイヘーくんはゴソゴソと荷物を漁り始めるが、正直遠慮したい。

 元の世界のジャーキーとは違い、この世界の干し肉はあくまでも保存食ってことなんだ

ろうね。

 質の悪い塩を使っているのかエグ味と辛い程の塩気で、とてもじゃないけれど直接口に

等入れられない。

 おまけに、下処理などしていないのか、臭みは強いし乾き方もまちまちだ。

 

「塩抜きして火を通さないと危ないよ?教授にラーメンでも頼んでチャーシュー齧ってな

さいよ?」

 

 そもそも、何で干し肉を仕入れたのかが分からない。

 わざわざ私の能力で作物を用意して、物々交換してまで手に入れたのだ。

 

「こんなに不味いとは思ってなかったんだよ……じゃぁさ、アーモンドとか、カシューナ

ッツとか出せねぇ?」

「ナッツ系はちゃんと煎ってやらないと、おなか壊すよ?」

 

 がっかりした様子のタイヘーくんを他所に、程よく冷えたビールを流し込めば癖の少な

いスッキリとした味わいの中にホップの苦みと甘みが感じられてとても良い。

 少々飲み過ぎてしまいそうね。

 

 

 あの襲撃の後、一行は無事に人間種の警戒網を抜け、街道からも大きく外れた場所にあ

る小さな村に村に辿り着いていた。

 そこは人口30人程度の小さな村で、言うなれば半農半猟と言った体で暮らしを立てて

いた。

 その名も無き村は地図にすら載っていないそうで、極まれに訪れる懇意にしている商人

以外が訪れる事など無いそうだ。

 

 

 恐らく、あの村って税が払えないとか、犯罪を犯したとかで逃げた人達だったんだろう

なぁ。

 まぁ、農耕に使ってた貴重な馬を二頭も譲って貰えたのだから何も問うまい。

 

「そんな事よりタイヘーくん、私の御陰で快適な旅が出来ているのだから、もっと接待し

てくれ給えよ?」

「へへへ、近衛様の御蔭でございまさぁ、、、ささ、ビールのお代わりを」

 

 わざとらしく胸を張って見せれば、タイヘーくんもわざとらしく新たなビールを用意し

てくれる。

 

「うむうむ、くるしぅない」

「…つきましては、後でナッツ類を用意して頂ければ……」

 

 ちゃっかりしてるなぁ、まぁ、夜は教授も飲むだろうし、良いか。

 

「塩ないけど素焼きにするの?一応鍋はあるから出来るとは思うけど」

「この際だ、大量に作ろうぜ?また物々交換で使えるだろ」

 

 この世界の貨幣など持ってはいないのだから、基本物々交換だと考えれば悪くは無いの

かな?

 ここで衛生面とかパッケージングを考えちゃうのは文明の恩恵を受け過ぎた証左かな?

 

「OK、用意してあげる。加工はそっちでやってよね?」

「やったぜ!」

 

 

 翌朝、徹夜で飲み、煎り続けた馬鹿二人を馬車に乗せ、寝息をBGMに馬車を走らせる

羽目になろうとは、思いもよらなかった。

 

 

 

 

「っはー……これがセイガーが押し付けられたっていうチート能力かい?『領域』なんて

分かり易い能力でいいんじゃないかな?まさか巨人を丸ごと収容できるとは思ってもみな

かったがね」

 

 『総帥』モーントの言葉通り、眼前には桁外れの巨大な空間が広がり、巨人が横たわっ

ている。

 

「正直、原理の分からない能力なんて不信感しか感じないだろう?初めは見知った空間を

再現する能力かと思っていたんだけれど、こんな思い描いた空間を再現するなんて悍まし

さすら感じるよ」

 

 何より頂けないのは、原理の解明のしようがないという事だ。

 

「魔法的な何かじゃないのかい?」

「違うね。あくまでディノハートの原動力と魔法が同一の物と仮定した上での話にはなる

けれど、そういったエネルギーの推移は一切見受けられない。言ってみれば、外見上は何

も消費せずにこの現象を発生させているわけだ」

 

 その言葉に、流石のモーントも僅かに眉を顰める。

 

「なるほど。現象を成す為には対価が必要になるのは至極当然の事実だ。なのにその対価

が観測できないと……それはそれは不快だね、そして探求心がそそられるね」

 

 ニンマリと笑みを形作るモーントに、一つ溜息を吐いて見せる。

 

「出来ればあの自称神……否、観測者だったかな?彼等を解体(バラ)してみたかったのだけど、

流石に警戒されてしまったのが残念だったな」

「神が扱う第三のエネルギーか。仮にそれを『神力』とでも呼称するとすれば、やはり扱

えるのは神の類いなんだろうね」

 

 その言葉に、あの観測者兄妹の言葉を思い出す。

 

「そういえば、あくまであの雛人は妹の眷属であるという話だったな。つまりは、他の種

族には別の観測者が居るという事なのかな」

「では、彼等の眷属が危機に瀕したならば……出てくるかもしれないね?」

 

 沈殿していく様な暗く重い空気を溢れさせ、モーントが嗤う。

 

「時期尚早だ。まずは雛人達のコロニー形成が先になる」

「セイガーは真面目だねぇ……だが、そうだね。あの兄妹への義理立ても大切か」

 

 納得した様子のモーントを後に、手術台の上で横たわっている、両腕を失った巨人に歩

み寄る。

 この『領域』の時間操作機能をフル活用して増産した輸血液は、どうやら大過なく巨人

の命を繋ぎ止めた様だ。

 

 

 しかし、自分達で半殺しにした挙句に治療してやるとか、実に不毛だ。

 勿論、『敵対者』ではなく『患者』になった以上は手を抜くつもりなど無いが。

 それよりもだ──

 

 

 拡大されても、未だ手術室の奥に鎮座する扉にチラリと視線を向ける。

 

 

 モーントまで来た以上、あの扉の先の事も話すべきだろう。

 私だけでは手に余る部分が多かったが、コイツが居れば効果的ではある。

 ──ではあるのだが、モーント自身もまだ何か隠している様子で、それは悪意と言うよ

りも子供染みた感覚から来ているであろうから、追求しにくい。

 そうなると往年の腐れ縁から来る対抗心が拭えず、そのまま伝えるのは何とも癪だ。

 

「それはそうと、スヴェルの燃料はどうなっているんだ?」

 

 生身で処置するのはサイズ的に無理があったので、スヴェルをここまで持ち込み利用し

ているのだが、ふと疑問に思う。

 

「ん?あ~、今の燃料が切れたら置物になりかねないね。戦闘に使用するには少々心許無

いかな?」

「どうせ持ち込むなら、無限の燃料だとかを願えばよかっただろうに」

 

 少し困った表情のモーントに溜息交じりで言ってやれば、今度は苦笑で返される。

 

「そんなの詰まらないだろう?セイガーだって人知を超える医療技術をくれると言われて

も断るだろう?──まぁ、結果的に妥協してしまったが──」

 

 言葉の最後は小声で聞こえにくかったが、モーントの言う事ももっともだ。

 考察も発見も無い技術で何かを成しても、直ぐに飽きそうだ。

 

 ──真に望みもしない時に得る力など、意味などない──

 

「しかし、この世界には燃料の類いは無いのだろう?少々困るかな」

「魔法何て代物がある以上、燃料資源を見つけるよりも、どこにでもある魔力を活用した

方が効率的だしな、一応魔導列車なんて物があるらしいが、アレも魔力由来の動力だろう

な」

 

 基本的に魔法使い以外は魔力を操作できないらしいが、そんな人々でも扱える魔道具の

発達が、元の世界の科学技術の代替品なのだろう。

 

「……魔導エンジンとか……いけると思うかい?」

 

 その瞳の奥に情欲にも似た渇望を映し、モーントが問う。

 

「いけると思うぞ?」

「根拠は?」

 

 あっさりとした返事に毒気を抜かれたのか、モーントが少し目を見張る。

 

「先ほども言ったが、魔力とディノハートの動力源は同じ可能性が高い。図らずも、我々

は魔力について研究してきた可能性がある」

「なるほど!じゃぁ、これが役に立つかな?」

 

 モーントがそう言って、ポケットから無造作に取り出した物体に血の気が引く様な感覚

を覚える。

 

 ──赤く、紅く、何処までも深く、千変万化。

 幾何学さ感じさせるものの、どこか不規則さを滲ませる結晶。

 人の身には余る程の莫大なエネルギーと可能性を秘めた神の恩恵──

 

 

 ──そこには『神の遺産』が怪しくも蠱惑的に輝いていた──

 

 

 

 

▼魔法少女イレーヌの日常 その1

 

 言うならば、世界が書き換わった様。

 

 あの悍ましい体験。

 恐怖の夜。

 そして失意。

 

 だと言うのに、朝焼けは幸運と共にやってきた。

 

 今の私の名前は、イレーヌ・シェムズ。

 様々な裏背景があったのだろうが、あろう事か陸軍中将の養子と相成った。

 残念ながらクロスロッド家は失われてしまったが、成人の暁にはクロスロッド家の再興

も許されている。

 

 とはいえ、クロスロッド家と言えば所詮は成り上がり、大した意味は無いのだろう。

 

 だが、シェムズの看板は絶大であった。

 かつて、成り上がりの娘と貶めて来た学友達は、正に掌を反す様に媚び始め、特に私に

何かにつけ絡んでいた女性徒グループは、怯える様に視界から外れようとする有様だ。

 

 実に愉快!

 これこそが私が求めていたものなのよ!

 もう『地味子』なんて呼ばせはしないわ!

 

 そして幸運は更に降り注ぐ。

 それは今までの悲観するしかなかった不幸の埋め合わせをする様だった。

 

 ──規格外のマルチキャストの才能──

 

 そう、あのドクターに関わった悪夢の代償が、この類稀なる才能の発現であった。

 その才能が知られるや否や、一夜にして『冴えない平凡生徒』から『期待の新鋭』とし

て、学園にとどまらず軍にまで一目置かれるようになった。

 

 ふふふ、嗚呼、なんて素敵な日々の始まりなのかしら!




というわけで、
『魔人』の変身システム音は、
「ファイナリィアラァーイヴド!デデデ、デッドエーンド!」
ってな感じに。
ライダー物も全部は見て無いんで、被ってると悲劇!
もう私の薄いネタ帳は尽きたよ!


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43話(交渉)

仕事が一段落(やったぜ!)

引っ越しを考える(平積みの三千冊程の本をどうにかしたい)

襤褸くてもいいから、手頃な借家無いかな?


「モーント、御前…なんて物を持ち込んでいるんだ……」

 

 セイガーが何かを堪える様に俯き気味に呟く。

 

「え?あぁ、普段からポケットに突っ込んでいたんだが、一緒に転移してきた様でね。あ

の兄妹も何も言及しなかった事だし、問題は無いのではないか……な?」

 

 あ、不味いなこれは。

 以前、貴重なサンプルをうっかり紛失した際に激怒させた時に酷似しているね。

 

「…なんて……」

 

 セイガーの高まる感情を察し、思わず身構える。

 

「何て素晴らしいんだ!よくも、よくぞやってくれた!流石は総帥!」

「あ、え?」

「今!正に、これ以上の研究サンプルは無いじゃないか!いや、流石にツムギから摘出す

るわけにもいかないからね」

 

 予想に反して喜悦に溢れるセイガーに、思わず呆気にとられる。

 

「正直、この世界の魔導具は出力が低くてね、参考にはなれど何かしらのブレイクスルー

を得なければ、とてもじゃないが我々の持つ科学技術の代替えにはなり切れなかったんだ

よ。かといって、この世界の人間や魔獣の魔力循環システムもまだ基礎研究を始めたばか

りだ。正直、例の医療総監のディノハート模造技術を得られなかったのを悔やんだくらい

だ」

 

 途端に饒舌になったセイガーを適当にあしらいながら、手の中の赤い結晶体を眺める。

 

 

 全てはこのディノハートから始まったのだよね。

 否、そもそもを語るならば、セイガーがその人生で初めての、全てを失ってでも叶えた

い願いの為か。

 

 ──その願いは果たした。

 

 だというのに、彼は変わらずDr.セイガーのままだ。

 何かしらの葛藤はあるだろうに、それを僕にも見せてくれないのは寂しい限りだ。

 それとも、彼は女にこそ弱い部分を見せる男であったか?

 ツムギ君にでも、そういった在り方を垣間見せてくれれば良いのだがね──友よ。

 

 

 

 

「さて、交渉のお時間ですね。総帥も、巨人の方もよろしいでしょうか?」

 

 ドクターが治療に専念している中、私は『総帥』の護衛を兼ねてこの場に立ち会ってい

る。

 

「あぁ、遅くなって済まないね、少々用事があった物でね。ツムギ君も待たせたね」

「こちらが願った事だ、否応も無い」

 

 『総帥』の謝辞に巨人が答える。

 

 

 それにしても、両足を失ったというのに、随分と平静なものね。

 ドクター曰く、この世界の魔力回路を持った生物は、麻酔等もかなりの短時間で無効化

するらしく、長時間の手術を行うためには麻酔の濃度調整が難しいらしい。

 つまりは、両足の麻酔はとうに切れているだろうに、あるはずの激痛が無いのは巨人だ

からなのか、魔力による自己修復の力なのか。

 流石に失った手足が生えてくる様なトンデモ生物でない事には安堵したわ。

 

 

「セイガー曰く、命は取り留めた様だよ」

 

 『総帥』の言葉に、巨人は目に見えて安堵の表情を見せる。

 

「感謝する。元々我等は個体数が少ない。まだ若き者を失うのは忍び得ない」

「ふむ、まぁ、君達の種が膨大な数存在したら、それこそ世界を七日間くらいで食い尽く

しそうなものだね」

 

 『総帥』がひとしきり笑い、身を乗り出す。

 

「それで?君達の総人口はどのくいらいなのかな?」

「そうだな、あくまでこの半島地域のみの話ではあるが、老若男女合わせて12人だ。と

言っても、この大陸では他に生存地域などありはしないだろうから、この大陸上でも12

人だと思われる」

 

 『総帥』が対価として望んだのは情報だ。

 ドクターも『敵対者』でないならば寛容ではあるが、モルモットよりも情報を得る事に

同意したのは少し意外だった。

 

「流石に少ない……否、この地域の食糧生産高に対するならば、それでも多い方かな?」

「食用植物の類いは希少だな。その分、幸いにも魔獣の類いは繁殖力が高いのか事欠かな

い」

 

 そうは言っても、こんなデカいのが12人もいて飢えないと言うのが不思議で仕方がな

いのだけど、本当なのかしら?

 

「……何かしらの加護か介入か?」

 

 『総帥』もまた、少し納得いかない様子で何かしら呟いている。

 

「君達にも、君たちなりの神が存在するのかね?」

「我等が神は……滅びた、もしくは去ったのであろう。恩恵も失われて久しい」

 

 神が滅びたから衰退したのか、衰退したから去ったのか、どちらにせよ巨人の表情は重

く苦々しい。

 

「我々の世界……否、我々の故郷では、巨人が世界を支配し、神を名乗っていたなんて言

う神話が残っているくらいなんだけれどね。そんな世界が見れなかったのは残念ではある

ね」

 

 『総帥』がどこか皮肉っぽく笑って見せる。

 

 

 ちなみに、どうでもいい話だが、私は『総帥』のあの笑い方が嫌いだ。

 いかにもインテリが相手を見下したような表情に見えてイライラする。

 あー、そういえば私は現役女子高生、今ここにいる以上は卒業は不可能、特例で中学は

卒業できたが、万年病院のベッドの上で瀕死状態だったが故に、学力自体は小学生かそれ

以下──これはコンプレックスか?

 

 ──だが、八つ当たりとかどうでもいい!『総帥』むかつく!ゆるさねぇ!

 

 尚、ドクターなら平気。好き(しゅき)

 ドクターとの生活は楽しいけれど、学校生活も送ってみたかったなぁ。

 

「……つまり、君達は年功序列で成り立っているのか」

 

 そんな事を考えていたら、話題が既に変わっていた。

 

「長になったからと言って、何かしら良い事があるわけでもないからな」

「うん、村組織と言うより、これはもはや家族と捉えた方が近いかな?」

「そう…かもしれんな。我々は少数である反面、小さき種よりも長寿だ。故に滅多に子孫

を残さないが、生まれた際には皆で育てる。うむ、確かに人間種の言う家族と言う物なの

かもしれないな」

 

 少し『家族』という概念が理解しづらかった様だが、漠然とだが伝わった様子だ。

 

「なるほど、なるほど。君達の大まかな事は分かったよ」

 

 『総帥』が微笑みに近い表情をしながら両手を広げて見せる。

 

「さて、ここからが交渉だ」

 

 一瞬、雰囲気の変化に戸惑い、巨人が僅かに警戒する。

 同時に、護衛と言う名目上が故に構えて見せるが、荒事には発展しないであろう確信も

またあった。

 

「巨人諸君。余り格好がつかなかったが、力は見せた。故に庇護を代償に、我等が支配下

に下らぬかね?」

 

 そう言って、『総帥』は、さも『総帥』らしく歪んだ笑みを見せた。

 

 

 

 

<それで、どう思う?>

<フェネクスでも無理なのね?正直困ったわ>

 

 我が問いに、フレースヴェルグが溜息と共に答える。

 人によっては他愛のない事なのかもしれないが、我等にとっては正にあってはならぬ不

敬であろう。

 

<……正直、自分も区別がつけられぬ>

 

 カイムの苦渋に満ちた言葉に、三人で顔を見合わせ一斉に溜息を吐く。

 

 我等が悩みの種と言えば単純だ。

 

 

 ──『ドクター』と『総帥』の区別がつかない。

 

 

 もっと言ってしまうならば、天使様と人間種の区別もつかない。

 まだツムギ様は大丈夫であった。

 身長や体形、つまりはシルエットとして明確な違いがあった。

 だが、問題は新たに降臨された天使様であらせられる『総帥』様だ。

 背丈はドクター様と大きな差異は見られず、どちらも黒い頭髪を持っている。

 正直人間の顔の差異などよくわからないのだ。

 

<まさか、顔の区別がつかないからって間違って御呼びは出来ないでしょう?>

<ドクター様が、あの白い衣を纏っていて下されば区別はつく。が、常にその格好で居て

欲しいなどとは言えるはずもない>

 

 フレースヴェルグとカイムの答えの分かり切った問答も何度目であるか。

 まだ御声を聞かせて頂ければわかるのだ。

 今回の件で改めて気付かされた事ではあるのだが、我々雛人はどちらかと言えば外観よ

りも声での相互認識に比重を置いていると感じさせられた。

 しかし、天使様方は不必要な発声は好まぬらしく悩ましいところだ。

 

<そういった点では、あの死神……天使様の僕となった四足の魔獣が羨ましくもあるな>

<あぁ……アレは嗅覚で個体識別が出来るのでしたわね?>

 

 我等にも嗅覚自体は当然あるが、生憎と優れてるとは言い難い。

 

<結局は、天使様の御尊顔を覚えきれていない私達が悪いのよねぇ>

 

 天使様や人間と言うものは、日々の気分で衣を変えるものである様で、そちらでの判別

は現実的ではないだろう。

 話によれば、それでも個々人によって好む系統があるらしいのだが、今の我等にとって

はより難易度の高い話になる。

 

<忸怩たるものはあるが、今暫くは天使様方に常に侍り、御尊顔を焼き付けるしかあるま

い>

 

 そう言って、決意に満ちた視線を御互いに交し合った。

 

 

 ──これから、どれ程多くの人型と関わることになるかも知らずに──

 

 

 

 

▼????????????の旅路 その1

 

【報告:11時方向にて条件に該当する目標を発見】

【応答:確認完了。調査機群を射出します】

【警告:調査完了後、シーケンス2への移行の為に第62番ハッチ開放予定。該当フロア

に未固定資材を確認。移送をお願いいたします】

【応答:了解。ただちに処理を開始いたします】

 

 

 ──クローズネット──

 

 

【オクタ3:ちょっと!資材はもっと丁寧に扱ってよね!?】

【ジ7:あ~、ごめんごめん。てか、これ使うの?】

【テトラ5:使う使わないじゃなくて、貴重品なんだから大切にね?いざと言う時にあり

ませんじゃ、うちも無からは何も作れないよ?】

【ノナ2:ほらほら、早よもってこい?シーケンス2が成功したらこっちも大忙しだぞ】

【ジ7:あいよ~。つ~か、敵性体いないの?最近うちは雑用ばっかりだって1が愚痴っ

てたよ~?】

【モノ3:早々居てたまるかっつーの。こんな近隣にいたらマジヤバイじゃん?】

 

【モノ1:皆様。仕事中です。特にモノ3、処理負担を押し付けないでください】

 

【モノ3:うぇ~っス】

 

 

 ──姦し──




1.中枢、制御
2.戦闘、部隊
3.居住区管理
4.製造、工場
5.農場
6.研究、開発
7.通信、探査
8.入出管理、外装管理
9.倉庫、物資管理
10.機関管理

大雑把に。


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44話(求める物)

引っ越し完了!
誰だ、書籍が三千冊とか言ったの!?
本棚を壁一面に用意したのに、収納しきれなかった……

モンハンも落ち着いてきたので、再開。


「と、いうわけだよセイガー」

 

 なるほど、モーントのドヤ顔には正直不快さを禁じ得ないが、実質この半島を支配して

いる巨人と友好関係を築くのは悪くないだろう。

 

「まぁ、この世界の魔力持ちの再生能力は異常な程だ。あと数日もすれば動ける様にはな

るだろう。勿論、失った手足は生えてはこないがな」

 

 だが、再生医療を行えばどうなるだろう?培養自体は『領域』をフル活用するとして、

彼等ならば僅か数日で手足の再生すら可能にしてしまうのではないだろうか?

 だが、流石に神経系の再生は不可能なのだろうか?機能の再生までこなせないならば、

義肢の方が良いか?

 いや、別のアプローチとして培養部位自体に魔力回路を組み込めればどうなるだろう?

 

 

 ──嗚呼、試してみたい──

 

 

「悪い顔になっているよ、セイガー?」

 

 モーントの指摘に我に返る。

 

「あ~、そうだな。取り敢えずは彼等に再生医療を試みるか、それとも義肢を選ぶかを確

認しようか。もし義肢が欲しいとなったら、モーント、君にも手伝ってもらう事になる」

「構わないよ。問題は素材だね。あの重量を支えるだけの素材があるだろうか?」

 

 モーントの懸念ももっともだ。

 だが、まぁ、困ったらスヴェルをバラせばなんとかなるだろう?

 

「では、彼等巨人達が動けるようになったら、僕は巨人と交渉に赴くとしよう。セイガー

も一緒に来るかね?」

 

 モーントの提案に、少しばかり考える。

 

「……そうだな、この辺りが雛人の安住の地となり得るのならば、それも良いか」

「相変わらずセイガーは律儀だね。まぁいい、当面の方針としては、この地の巨人達を傘

下に治める。もしくは妥協案として同盟を築き、一地域を雛人のコロニーとして借り受け

るという事で良いかな?」

「その際の拠点構築は任せても構わないか?」

 

 この提案には、モーントも少し驚いたような表情を見せる。

 

「……良いけれど、セイガーは何をするんだい?」

「少し、この世界を見て回ろうかと思う。現状、雛人の最大の天敵は人間種だ。ならばそ

の生態を知るのも良いかと思ってね」

「ふぅん?僕としては異論はないよ。情報は力だ。でも……意外だね、研究に専念したい

と言うかと思ったよ」

 

 確かにそれは捨てがたい。

 だが、思うままに研究に没頭するには、この世界について何も知らなすぎる。

 魔法と魔力に対する基礎知識を筆頭に、得ておきたい知識が余りにも多い。

 

「別に、全てを己の力だけで解明したいなどという傲慢さは持ち合わせてはいない。折角

先駆者が居るのならば、習った方が早い」

「あぁ、それもそうか。それならば、旅行ついでに頼みたい事があるんだけれど……」

 

 そこまで言って、モーントは辺りを見回す。

 具体的にはツムギの所在を確認した様だが。

 

「……セイガー」

「なんだ?」

 

 途端に薄い笑みを浮かべ、モーントが周りを憚る様に囁く。

 

「僕……否、僕達に必要なもの……わかるだろう?」

 

 この浪漫と様式美を愛する男の悪い癖だ。

 

「……ついでで良ければ探しておくさ」

 

 溜息交じりに応えれば、満面の笑みをモーントが返す。

 

「流石はセイガー!じゃぁ、まずは交渉の時間だ!」

 

 もう一度、小さく溜息を吐く。

 

 

 そう、我々悪の秘密結社には必要不可欠なものがある。

 

 

 ──正義の味方、というやつだ──

 

 

 

 

 むぅ、また二人で何かしてる。

 

 

 相変わらずあの二人は仲が良い。

 ドクターもぞんざいな扱いではあるものの、『総帥』を嫌っていないのが分かる。

 当然の様に己の胸中に溢れる感情が、嫉妬である事も理解している。

 

<ツムギ様?>

 

 そんな私を現実に引き戻したのは、不思議そうに首を傾げたフェネ君だ。

 どうやら彼等は私達の表情を理解するのを不得手としている様で、この醜い心根を読み

取られ無い事を幸いに思う。

 

「あぁ、ごめんね。ま、そんなわけで、あの二人が揃ったならば心配はもういらないよ」

 

 雛人達も長旅の中、常に緊張を強いられていたのだろう。

 『総帥』が合流して以来、ドクターや私が保持していた緊張感が薄れるのを感じてか、

どこか肩の荷が下りた様な安堵感が漂っていた。

 

 

 そう、悔しいけど、私では『総帥』の様にドクターに安心感を与えることは出来ない。

 ドクターの御蔭で自由に動かせる肉体と力を手に入れたが、それだけだ。

 教養も人生経験も、ドクターと過ごした時間すらもが『総帥』には遠く及ばない。

 

 ──嗚呼、何と薄っぺらい我が人生か──

 

 

 足掻く術がない程に、己には様々なものが足りない。

 忌々しい感情を噛み締める様な感覚に、思わず眉間に皺が寄る。

 だが、例えどれ程に屈辱を感じようとも、優先すべきはドクターに他ならない。

 

「さぁ、皆の健康診断を終わらせてしまいましょうか。肉体的、精神的を問わず、不調を

感じる方は言ってくださいね?」

 

 この機に雛人達の健康状態を把握しようと言う目論見だが、行儀よく立ち並ぶ黄色い列

に、思わず微笑を得る。

 

 

 そうよね。私の感情何て今はどうでもいい。

 今のドクターの状態が良くないっていうのはわかるわ。

 本来のドクターに戻ってほしいと言うのは私の我儘かもしれないけれどね。

 ……まったく、ドクターの親友を名乗るなら、とっとと立ち直らせなさいよね!

 

 

 そんな思いが届いたのか、『総帥』が此方を見やって苦笑いを浮かべる。

 

 

 否、あれは私が睨んでいたせいかしら?

 まぁ、どうでもいいわね。私の進むべき道は見えた。

 ならばドクターの為に進むだけよ。

 

「ツムギ」

 

 不意に名を呼ばれ、再び我に返る。

 

「は、はいドクター!どうしましたか!?」

 

 突然の驚愕、油断していた後ろめたさ、何よりも歓喜と期待により鼓動が高鳴る。

 

「私は巨人達の治療に入るよ。ツムギは雛人達の問診で問題が無かったら手伝いに来てく

れ。それが終わったら巨人達と交渉に行くよ」

 

 その、同行して当然というドクターの言葉に、思わず相貌を崩してしまう。

 

「はい……はい!行きましょう!すぐにこちらを終わらせて、お手伝いに行きます!」

 

 首肯して背を見せるドクターの姿に信頼を感じ、もうスキップでも刻みたい気分。

 嗚呼、なんて安い女なんだろう?

 こんな些細な事で一喜一憂するから、ドクターには何時までも子ども扱いされてしまう

と言うのに!

 必要とされる事が嬉しくて嬉しくて堪らないわ!

 

 

 ニヤける口元に、流石の雛人も異変を感じ取ったのか、何処か不思議そうに小首をかし

げていた。

 

 

 

 

▼魔法少女イレーヌの日常 その2

 

 全てが全て、順風満帆!

 

 ──というわけにもいかない。

 

 問題は養子入りしたシェムズ家だ。

 勿論その格式の高い家名は多くのメリットを与えてくれはしたが、同時にその家名によ

る窮屈さは当然の様にあった。

 

 

 私もかつては成り上がりと蔑まれてたし、その度に新しく勢いのある者への嫉妬だろう

と己を慰めていたものだけど、それだけじゃないって事を実感してるわ。

 『成り上がり』と『名家』、その違いは歴史程度と思っていたけれど、もう心構えから

して違うのね。

 養父自体が大分大雑把な人だから油断していたのだけれど、いざ家名が掛かれば情など

と言う物は存在しなくなる。

 それ程に家名と言う物は重く、そしてそれに連なる者には責任が生じるわけ。

 

 何が言いたいかっていうと──

 

「もう無理よ!ちょっと休憩させて!?」

 

 起床から登校まで、下校から就寝まで、その全ての時間で一挙手一投足に駄目出しをさ

れ、見本を見させられ、真似させられる。

 

「そうは参りません!お嬢様は仮にも御当主様の養子となられ、シェムズ家に名を連ねる

事になったのです!一日も早くシェムズ家に恥じない所作を身に着けて頂かねば!」

 

 そうキッパリと言い放ったのは、養父の乳母であったという老婆で、私の教育係だ。

 

「イレーヌ御嬢様にはまだまだ多くの事を学んで頂かねばなりません。この様な五歳児程

度の教養で躓かれていては困ります!」

 

 五歳……五歳か……名家やべぇわ、やってける自信なくなりそ……

 

 

 光を失いつつある視線で老婆を見やれば、何処か覇気に満ちて嬉しそうであった。

 

 

 ちなみに、使用人から聞いた噂ではあるけれど、この老婆は当主──私の養父──がい

つまでも独り身で、世継ぎより先に寿命が来そうだと嘆き続けて来たそうで、その鬱憤が

私に向いているそうだ。

 

 ──有難迷惑だよ!?




感覚的に次章に移る感じ。
なので、ちょっと短め。


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45話(ソーン)

Mobility Joint Gundamのギラドーガ買って喜んでました。

あと、wizardryライクゲームの「残月の鎖宮」買おうと思う。


「兄さま~っ、ディノス兄さま~っ」

 

 まるで満開の花の如き笑顔を湛え、駆け寄ってくる愛妹に自然と表情が和らぐ。

 兄弟の中で唯一母が同じであるせいもあるのであろう、正に目に入れても居たくない程

の存在だ。

 椅子に座ったままの俺に駆け寄ると、膝上を目指して攀じる姿に何とも言えない胸の高

まりを感じてしまう。

 優しく抱え上げ膝上にのせれば、満面の笑みを浮かべて身を寄せてくる。

 

「ディノス兄さま大好き!この国も大好き!」

「なら、エマが好きなこの国をもっと豊かにしないとな」

 

 三男である自分に大した役割など与えられないだろうが、この妹の為ならば何でもやっ

てやろう。

 

 

 ──そんな、遠い記憶、そんな、愛おしい呪い──

 

 

 

 

「はいよ、超ごってり背油ラーメンあがったよ!」

「は~い」

 

 ──夕刻。

 意外にこういった雰囲気作りが好きであったのか、ノリが良い教授の声が響き、それに

近衛が答える。

 辺りには、教授が調理をしている──かのように見せている──屋台と、その周囲正面

に置かれた木製の椅子とテーブルが林立している。

 それらは全て教授の手作りで、木材のみで作った折り畳み式だ。

 屋台自体も当然の様に教授が作り上げ、巧い事手元が見えない様な造りなうえ、馬車に

連結できる様にギミックが仕込まれている。

 

 

 いやぁ、マジで教授は手先が器用だな。

 内燃機関成分が不足していて、このところ無気力だったが、工作を始めた途端に非常に

生き生きとし始めたもんだ。

 先日、外燃機関を作りたいから高度数アルコールを頼まれたが、本気で作り上げそうだ

な。

 

「兄ちゃん、エール頼むわ」

「あいよ~」

 

 樽から陶器製ジョッキになみなみとエールを注ぎ、客の男に差し出す。

 教授のラーメンと違ってこちらの偽装の必要が無いのは、樽ごと生成できることに気付

いたからだ。

 割とガバガバな判定故、近々素材段階での生成が可能かを試す予定もある。

 

 

 うーん、何処の世界でもアルコールは偉大だな。

 呑み方さえわきまえれば、何処に行こうとも共通のコミュニケーションツールに成り得

るわ。

 しかしだ──

 

 

 酒の代わりに渡されたのは銭ではなく糸巻に撒かれた糸であった。

 それも羊毛に似た獣の毛で作られた糸だ。

 

「しかし、エクストの方から来たんだろ?向こうはどうだったよ?」

 

 気さくに話しかけてくる彼等は、ソーン領の遊牧民の一団であった。

 ソーン領では農業が芳しくない為に畜産に力を入れているらしく、彼等の様に牧草を求

めて遊牧している領民が多い。

 定住しない民など財源に成り得ないと思われるが、国土が広くない事と、厳格な畜産取

引の許可証制度、そして水源を抑える事で成り立っているらしい。

 だが、移動を続ける彼等に金銭取引の習慣は希薄で、精々が一団のリーダーが取引用に

所持しているだけだそうだ。

 つまりは物々交換が基本であり、この糸こそが代金と言うわけであった。

 もっとも、この糸も畜産分野に挙げられそうであるから、黒寄りのグレーではないかと

思うが。

 

「あ~、駄目だったな。亜人との戦線があるだけに物資と商人は歓迎されるかと思ったん

だが、迂闊に近づいたら亜人のスパイじゃないかって常にピリピリしていたわ」

 

 まぁ、エクストでは殆ど人里には近寄れなかったが、嘘は言ってねぇよなぁ。

 

「はー、向こうは大変だなぁ。うちらなんぞ、家畜と飯、あとは女房の機嫌くらいしか悩

み事なんぞ無いんだがな」

 

 そう言って、笑いながら男はジョッキを抱える様にテーブルに戻って行った。

 

 

 そういやぁ、この国じゃほとんど魔獣の類いは居ないとか言ってたなぁ、こりゃ俺にと

っては些か退屈な場所かもしれんな。

 

「タイヘーくん、おつかれ~」

 

 然程の大人数の集団ではないだけに、ラーメンのオーダーも落ち着いた様だ。

 言葉とは裏腹に、あまり疲れを感じさせない近衛が椅子を一脚引き摺ってきて俺の傍に

座る。

 

「おぅ、おつかれ。飲むか?」

「うん。レーヴェンブロイの生を1パイントお願い~」

 

 近衛のオーダーに応えてやれば、嬉しそうに抱え込む。

 

「どうだ?なんか情報あったか?」

「ん~、雛人については特に無いねぇ。遊牧民のネットワークを期待したんだけどなぁ」

「まぁ、鳥を連れて遊牧ってのもしない様な気もするし、ソーン領の主都とか目指した方

が良いのかもしれねぇな」

 

 まぁ、本来は鳥自体が遊牧している様なものだから、あながち的外れではない気もする

が──逆に天敵も少なく一年中温暖で草原ばかりのソーン領では渡り鳥などいない可能性

もあるか?

 

 

 そんな益体も無い事を考えていると、近衛が興味深気に足元の草に触れている姿が目に

入る。

 

「タイヘーくん。この領地が何で農業に適さないかわかる?」

「ん?……いや、何でだろうな?乾燥地ってわけでもないし、その証拠に草原がずっと続

いている様にみえるしな」

 

 俺が首を捻って見せると、近衛はさも嬉しそうに破願した。

 

「この草が問題なんだよ」

「草?」

 

 聞いた話では家畜の餌として好まれる上に、火を通せば人でも食えるんだとか。まぁ、

美味くは無いらしいが。

 

「随分と繁殖力が高いみたいでね、畑を作っても一晩で侵食されちゃうほどらしいよ?」

「マジか。葛みたいな感じか?それなら……遊牧じゃなくてもいいんじゃねぇか?家畜の

餌を求めて遊牧する意味あるか?」

 

 騎馬民族よろしく襲撃を生業にしているわけでも無し、あまりメリットを感じないのだ

がどうだろう?

 

「元々は水源と人の食糧を求めての遊牧だったみたいだよ?穀物の輸入や水源を国で管理

する様になってからは……多分習慣と惰性なんじゃないかなって思ってる」

 

 狭いコミュニティで先人の教えを大切にした生き方をしていれば、そうもなるか?

 

「この国が潤わないのは、この草のせい。この国を支えられているのは、この草の御陰。

少し愉快じゃない?」

 

 意地が悪そうに笑う近衛に苦笑で返す。

 

「近衛が巧い事品種改良すれば、一躍救世主にだってなれそうだな?」

「あはっ、そんなのやんないけどね~。前の世界の知識だけじゃ生態系への影響も計り知

れないし、救世主どころか傾国の魔女扱いされそうだよ」

 

 一頻り笑い終えた頃、葉巻を燻らせた教授がゆったりと歩いてくる。

 

「うーん、雑味が強いのは御愛嬌かな?」

 

 そう言えば、物々交換の品の中には薬草や葉巻などもあった気がするな。

 元手が零なだけに、いまいち商売っ気が振るわないから気にしていなかったわ。

 

「教授、おつかれ~」

「あぁ、近衛君、大平君もお疲れ様」

 

 近衛が出迎えれば、教授も朗らかに返す。

 

「いやぁ、のんびりとした領地だね。裕福ではないが貧困でもないと言った感じだ。為政

者が巧くやっているんだろうかね」

 

 教授の言葉に首肯で返す。

 

 

 平和なのは良い事だよなぁ──退屈だが。

 

 

 

 

 窓から望む、何処か牧歌的な緩やかな時間の流れ。この地こそが我が国の主都であると

語るには、少々垢抜けないと嘆くのは今更であろうか?

 まるで御伽噺にあるような、まさに平和を描いた様な風景ではあるが、為政者としては

発展に事欠く有様に頭を抱える事こそが正しいのだろう。

 

「ディノス王子、お時間宜しいでしょうか?」

 

 束の間の息抜きを挟み、政務に戻ろうとしたところで声がかかる。

 

「何かな?」

「はい。冬期を控え、サブセット王国領からの食糧の輸入計画が出来上がりました」

 

 商工大臣が提出した資料に、思わず眉を顰める。

 

「……随分と輸出量を絞ってきているな」

「試算では食糧不足に陥らない最低限ではありますが……」

「有事の際には心許無いか」

 

 渋みを隠せぬ此方の言葉に、責任を感じているのか大臣の表情も曇る。

 

「どのくらい猶予があると思う?」

「……各国の情勢を顧みますに、早ければ冬が明けた頃には、と」

 

 我が国、ソーン王国領は良くも悪くも戦略価値の無い国だ。

 サブセット王国領の広大な穀倉地帯、エクスト王国領の森林地帯に挟まれる様に存在す

る、産業的に空白と言ってもいい地帯だ。

 畜産に力を入れているからと言っても、たかが知れている。

 そんな中、大陸では着々と人類圏が広がり、東の亜人、西の竜と巨人を廃せば人類の大

陸支配は盤石となる。

 そうすれば待っているのは人類同士での主導権争いだ。

 200年も歴史を遡れば、各地で人類の敵対種が跋扈していた。だからこその連合王国

の成立であったが、その存在意義が揺らぎつつあるのだ。

 中央寄り程、戦果が遠のいて久しく地方との確執も大きくなりつつあった。

 

「各国の独立意識が強まれば、戦火からは逃れ得ないか……」

 

 そうなれば、食料を輸入に頼っている我が国は遠からず他国への併呑は確実だろう。

 どう考えても詰み、と言う奴だ。

 更には王家の内部情勢も実に不味い状況だ。

 国王である父は寄る年波に体調を崩しがちで、政務が第三王子の自分にまで御鉢が回っ

てくる始末だ。

 第一王子は第一王子で、正直なところ政治的センスが皆無だ。悪い人間ではないが、こ

の国の国民と同等のレベルで平和ボケが過ぎる。

 第二王子に至っては放蕩が過ぎて、視察の名のもとサブセット王国領へ行ったまま帰っ

てなど来ない。時たま金の無心が来るだけだ。

 

「政務に関わる余地など無いと思っていたのだがな……」

 

 幸か不幸か、愛妹の愛したこの国の為と奮起した結果、数少ない国王の政務を肩代わり

出来る存在と相成っていた。

 思わず発した呟きに、大臣が労わりの籠った視線を送ってくる。

 

「ヴィクトルを呼んでもらえるか?」

 

 秘書官に告げると、すぐさま行動に移ってくれる。

 戦略価値が無いという事は、外敵が無いという事で、他国の騎士団などの様に大がかり

な軍など持ち合わせていない。

 我が国にあるのは、精々自警団に過剰装飾を施した様な戦士団があるだけだ。

 その様な中でも、何故我が国に居るのかわからない様な人材が、戦士団長であるヴィク

トル・シャンデルナゴールだ。

 

「大臣も暫し待て、国内外での情報を少し擦り合わせておこう」

 

 ──と、大臣が答える間もなく、突然執務室の扉が蹴り開けられる。

 

 仰天した我等の視界に入ったのは、事マナーに関しては殊更煩い侍従長であったから、

更に驚愕に目を見開く。

 

「お、王子!大変です!」

 

 日頃の粛々とした雰囲気をかなぐり捨て、手にした紙切れをコチラに突き出す様に駆け

寄ってくる。

 

「ま、待ちたまえ!何を……」

 

 咄嗟に庇う様に大臣が立ち塞がってくれるが、軽く手で制して侍従長の持つ紙切れを受

け取って見せる。

 

「姫様のっ、部屋にそれがっ……」

 

 息切れと、感情の昂ぶりに手先を震わせながら侍従長が訴え続ける。

 

「エマの?」

 

 紙に書かれていた文字は僅か数行──だが、目の前が眩むには充分であった。

 

「王子!?王子!!」

 

 大臣の叫びも遠く、ゆっくりと椅子から体が崩れ落ちていくのが分かる、そして意識も

また暗く崩れていった──

 

 

 

 ──この日、ソーン王国第一王女エマリア・バラチェ・ソーンが、戦士団の若者と駆け

落ちを成した──

 

 

 

 

▼クレイズ日記その12

 

 このローズブロンドの髪を持つ変態美形野郎のヴュルガーとも随分と打ち解けた気がす

る。

 剣さえ関わらなければ、結構な常識人ではないかと思う。

 ずっと気になっていたヴュルガーの父親、世間的に剣聖と呼ばれている人物について聞

いてみたのだが、中々の偉業を成した人物だそうだ。

 

 人間同士の戦争が希少化した現在、武器の用途とは主に魔獣に対する物だ。

 だが、奴等は基本的に魔力による身体強化と外質変化を起こし、刃物など到底通しな

どしない存在だ。

 必然的に主流は鈍器などの重量殴打武器となり、弓等の投射武器はまだしも、剣の文化

は廃れて久しいらしい。

 

 そんな中、その人生を剣に捧げ、当時大陸南部に生息していた地竜王を巨大剣をもって

断殺したのがヴュルガーの父だと言う。

 そしてその業績により『剣聖』の称号を得、剣聖の一門と呼ばれる剣術の一派を率いる

に至ったらしい。

 

 そりゃ、その剣聖の長男となれば剣に対する思いも並々ならない物があるのだろう。

 

 その感想を直接伝えたら、複雑そうな顔をして──

 

「──後継者には妹が選ばれたよ」

 

 ──と言って、黙してしまった。

 

 嗚呼、地雷踏んじまったかぁ




地名が多くて自分でも混乱する。
現在登場している地域。
東から

大陸最東端 旧エクスト王国領 現亜人領 ネイピア港

人類圏最東端 エクスト王国領 エントゲーゲン
               エプシロン領 首都エプシロン

今回初登場 ソーン王国領 

大陸中央 サブセット王国領

大陸最西端 アドナ王国領 都市エープライム
             オングストローム砦

基本的に人類国家は5国程だから、サブセットとアドナに隣接した一国が未登場
           


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46話(勇者)

F-toysから出ているSuper Cubキットを購入。
タスマニアグリーンメタリックカラーが欲しい。

──出ない──


「シェムズ閣下、例のアレが来ました。応接間に居ますが、どう致しますか?」

 

 エープライムの陸軍中将執務室。

 先日の後処理も終わりが見え始めた頃、シェムズの耳にそんな言葉がかけられた。

 その副官の抑揚のない声が、如何に来訪者に忌避感を抱いているかを思い知らされる。

 

「『勇者』と呼んでやれ、アレでも中央のサブセットでは随分な人気らしいぞ?」

 

 俺と副官の会話に秘書官が不思議そうな顔をしているが、噂は聞いていなかったか?

 

「御二方は余り勇者殿を好ましく思っていないのですか?ともあれ、お客様ですし御茶の

用意でも致します」

 

 噂通りの者ならば茶など勿体ない気もするが、仕方あるまい。

 勇者の来訪の報を前に信頼のできる筋から情報を集めてはみたのだが、副官共々顔を(しか)

める物ばかりだ。

 正直関わり合いになりたくないが、立場上そうも行くまい。

 

 

 執務室を後にする秘書官を見送り、溜息と共に椅子から立ち上がる。

 執務室を出て廊下を少し歩いた突き当りが応接間だ。

 どうせならば敷地の対岸にでも応接間を作るんだったと溜息が再び漏れる。

 

「突然気が変わって帰ってくれてませんかね」

 

 斜め後ろから聞こえて来た副官の言葉に苦笑する。

 

「別に、執務室に残っていても良いのだぞ?」

「いえ、護衛としては無力ではありますが、後に愚痴を言い合える存在は必要でしょう」

 

 副官には苦笑で答え、応接間の扉を前に舌打ちを一つ。

 それで気持ちを切り替え、扉を開く。

 

「やぁ、ニーコ殿お待たせして申し訳ない」

 

 精一杯にこやかな表情で歓迎を示すが、巧く笑えているだろうか?

 

 

 応接間のソファには一組の男女が座っていた。

 思いの外印象に残らない外見に軽薄そうな雰囲気を(まと)った()せた金髪の男、それこそが

この大陸における『勇者』ニーコだ。

 出自すら定かではないが、あまり教養を感じさせる立ち振る舞いではない。

 ニーコはだらしなくソファに身を沈め、咄嗟に立ち上がろうとした女の肩に腕を掛けた

まま、もう片方の手を軽く振って見せる。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 女の方は此方に礼儀を示そうとしたのだろうが、結局は邪魔されてそのままソファに座

ったままとなった。

 

「あ~、中将さんだったか?わりぃね、何かでけぇトカゲ狩りと巨人狩りを頼まれちまっ

てさ。ちょっと金と物資を融通してもらいてぇんだわ」

 

 ニーコのセリフに、背後から少し冷たい気配を感じるが、極力無視をしてシェムズもソ

ファに腰を下ろす。

 

「構わないが、直ぐに発つ予定か?必要ならば人員も用意するが?」

「あぁ~、足手まといはいらねぇわ、コイツと二人で十分だ」

 

 此方の提案にニーコは煙たがる様に手を振り、もう片方の手で女の胸元を(まさぐ)り始める。

 そのローズブロンドの髪を持った少女と呼んでも差し支えない女は、羞恥に顔を染める

ものの、拒絶の気配は無い様だ。

 

「では、滞在先と支度金は用意しよう。物資に関しては物次第だな、急ぎ出立するならば

可能な限り急いで用意するが?」

「あぁ~、流石に長旅で疲れたな。数日このエープライムを満喫してからのつもりだわ。

金については滞在中の経費をそっちにツケとく。あと物資は後でリスト渡すからやっとい

てくれ」

 

 副官に視線を送れば、無表情で首肯が返ってくる。

 

「問題ない。軍事拠点故に娯楽は乏しいが、ゆるりと休むと良かろう」

 

 ここで北のドラゴンについて情報をすり合わせるべきなのだろうが、このまま会話を打

ち切りたい欲求に葛藤していると、秘書官がワゴンに乗せた茶器を押して入室して来た。

 

「失礼します」

 

 多くを語らず、黙々と茶の用意をしている秘書官に、ニーコの手が伸びる。

 

「…っ!?」

 

 臀部(でんぶ)に回されたその手に、秘書官は思わず身を引いて避ける。

 

 

 ──ブチコロスゾ?──

 

 

 驚愕の表情を浮かべながらも、茶を(こぼ)しもしなかった秘書官は流石であろう。

 

「いい女だな、後で俺んとこ来いよ?」

 

 ニヤついた表情を晒したままニーコが戯言をほざく。

 

「…困るな、ニーコ殿。うちの秘書官は手軽な娼婦相手とは違うのだ、辞めて頂きたい」

 

 直訳するならば、その隣に引き連れた女でも抱いていろ、だ。

 もっとも、皮肉に気付くかどうかまでは知らないが。

 

「あぁ!?俺が誰とやろうと、てめぇには関係ねぇだろうが!」

 

 恫喝にも似たその口調に、思わず眉を(しか)める。

 

 

 コイツ、いい加減に──

 

「勇者様?生憎と私は勇者様に男性としての魅力を感じませんので、御遠慮頂ければ幸い

です」

 

 突如放たれた秘書官のセリフに、その場の空気が凍り付く。

 

「は、はぁ!?おまっ……っ!?」

 

 思わず裏返った様なニーコの言葉は、空気とは比較にもならない程の秘書官の冷たい眼

差しに尻つぼみになって消えていく。

 

「っ……ちっ!物資は急げよ!?」

 

 そう吐き捨てて、ニーコは肩をいからせて乱暴に扉を開き、その先に消えていく。

 

「あっ、あの、申し訳ありませんでした中将閣下!」

 

 ローズブロンドの少女は慌てて頭を下げてから、ニーコを追って去って行く。

 

「お……おぉ……御前、凶行に至られたらどうするつもりだったんだ……」

 

 全身が疲労と脱力感で、ソファの一部になってしまった様に感じる。

 

「でも、我慢の限界だったでしょ?貴方より私が凶刃に倒れた方がマシだわ?とはいえ、

あんなのと夜を共にするなんて死んでも御免だし……ね?」

 

 ソファの隣に身を下ろし、しな垂れかかってくる秘書官の体は、隠しきれない程に小刻

みに震えていた。

 優しく腰を掻き抱いて、頬を撫でてやれば(くすぐ)ったそうに少し身を()じる。

 

「ぁ~、ゴホンっ」

 

 突如背後からの咳払いに、秘書官は飛び跳ねる様に立ち上がる。

 

「あっ、ふ、不覚……」

 

 緊張状態からの安堵の為か、すっかり副官の存在が頭から消えていたのだろう。

 秘書官は赤面した表情を隠しきれぬまま、此方に背を向けてしまう。

 

「しかし、アレが勇者ですか。随分と小物感が(あふ)れた方でしたが」

 

 何事も無かった様に副官が溜息を吐く。

 

「だが、その名に恥じぬくらいには強いらしいな」

「不死……でしたか?」

 

 副官が、如何にも眉唾だとでも言いたげに首を捻る。

 

「どのような攻撃も効かないとは聞いたがな」

「……毒などはどうでしょう?後は溺死や餓死などは?」

 

 ようやく立ち直ったかと思えば、秘書官からは剣呑な問いが発せられる。

 

「どうかな?呼吸もしているし、飲食もするから可能性はあるが……」

「……ちなみに戦闘能力自体はどうなのです?」

 

 未だ晴れぬ剣呑な気配のまま、秘書官が再び問う。

 

「弱くは無いが、一流には届かない程度と聞いているな。結局はその異能でゴリ押す感じ

なのだろう」

「なら、最悪は鋼鉄製の箱にでも閉じ込めて地中深くに埋めればよいですね。溶鉱炉に突

き落とすのも良いかも?」

 

 秘書官としてはアレの排除は確定事項らしい。

 

 

 怒らせるもんじゃないな──

 

 

 尚、後日届いた意趣返しであろう請求書の金額に切れた副官が、秘書官と作戦会議をし

ていた現場は見て見ぬ振りをした。

 

 

 

 

「ディノス殿下の御容態は如何か?」

 

 王子の寝室前にて衛兵に問えば、まずは此方に対する敬礼が返ってくる。

 

「はっ!半刻程前に御目覚めになられました。シャンデルナゴール様が来ましたら、通す

様にと仰せつかっております」

「ん、ご苦労」

 

 一歩下がった衛兵に会釈を返し、扉をノックする。

 

「戦士団長ヴィクトル・シャンデルナゴール、御召しにより参上いたしました!」

 

 名乗りを上げれば、すぐさま入室の許可が出、少しばかりの緊張をもって扉を開く。

 

 

 俺も肩書は立派になったが、未だに王族相手ってのは慣れないものだな──

 

「あぁ、ヴィクトル、よく来てくれたな。こんな姿ですまん」

 

 部屋の中には少々精彩を欠いたディノス王子がベッドの上で身を起こしていた。

 

「とんでもございません。どうか御自愛ください」

 

 そう返し、部屋の中を一瞥すれば、王子の他には商工大臣と侍従が三人、医者らしき男

と助手らしき少年が一人が揃ってこちらに視線を向けている。

 中でも、医者らしき男に視線を送れば、直ぐに首肯を返してくる。

 

「殿下は少々疲労と心労が溜まっている御様子。今しばらくの御養生に努めて頂ければ、

数日を待たずして良くなりましょう」

 

 そう言って、医者らしき男は少年に促す様に視線を向ける。

 

「それでは、私共はこの辺りで御暇させていただきます。暫くは隣室にて待機しておりま

すので、何かありましたら御呼び下さい」

 

 そう言って、医者らしき男は助手らしき少年を伴って退室してゆく。

 次いで、侍従達も揃って退室を願い出る。

 

 

 あぁ、政治関連を耳にしない為の配慮か。

 こういったところは俺も見習わないといかんな。

 

 

 戦はともあれ、政治的な部分はどうにも苦手意識が先立つ。

 

「ヴィクトルを呼びつけたのも他でもない、昨今の国内外の情勢についてなのだが──」

 

 室内が三人だけになったところで、王子が話を切り出す。

 

 

 しかし、断片的な話ではあるが、エマリア殿下が出奔したそうじゃないか?

 あんなに、この国を愛していた御姫様に何があったと言うのだ?

 そりゃぁ、結構に度を越して溺愛していた妹が出奔すれば、ディノス殿下のこの有様も

然もありなん。

 流石にぶっ倒れるのは行き過ぎな気もするがな。

 

 

 ──後に、よりにもよって己の部下と姫様の駆け落ちの事実を知り、ヴィクトルもまた

心労で倒れる羽目になるのは余談である。

 

 

 

 

▼魔法少女イレーヌの日常 その3

 

 なんだか今日の養父の機嫌はすこぶる悪い。

 別に八つ当たりだとか、口調が荒くなるだとかは無いけれど、雰囲気が荒々しい。

 

 そして、珍しく秘書をやっていると言う女性を伴っての帰宅だ。

 こうして対面するのは数えるほどだけれど、なんとなくわかる事もある。

 

 いい加減に結婚しないの?

 そういう関係だってのは、流石に察せるよ?

 

 微妙に愛人ポジを楽しんでいる風はあるが、何となく秘書さんがその言葉を待っている

のも分かる。

 

 いや、何で新しくできた養父の恋愛事に気を回さいといかんの!?

 

「あ、御義父様、御帰りでしたか。てっきり今日は遅くなるのかと思い、これから学園の

研究室へ行こうかと思っていたのですが……」

 

 ここで、さも予定があったかの様に言葉を濁す。出来た義娘だ。

 

「え、あ、そうか?そういえば連絡を入れて無かったか、済まないな。そういった予定な

らば仕方がない、気を付けていってきなさい」

 

 不機嫌の余り、私の事を忘れていたな?

 予想外、秘書の人が申し訳なさそうにしている辺り、彼女も私の存在をすっかり忘れて

いたっぽい?

 気の回る人だと思ってたんだけど、本当に何があった?

 

 

 もっとも、言いたいことは一つだけであろう。

 

 

 ──しけこむなら、別宅使えよ!?

 逢引き用に別宅持ってるの知ってんだからな!?




勇者様登場。


個人的に読み辛いかな?っていう文字にルビを振るテスト。
基準が分からんので、きっともうやらない……


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47話(前夜)

海洋堂から出た、ゆるキャンΔのARTPLAを箱買いした。
1/24だけれど、このサイズで一個500円というと、かなり低価格だと思われ?
無塗装品なので、塗装練習用にしようかなと。


 我は毅然と赤い羽毛に覆われた胸を張り、ドクター様を始めとした天使の方々に決意を

込めた眼差しを向ける。

 

「本当に大丈夫かい?確かに今の君達は弱いとは言わないが、それでも敵わない相手が居

る事は分かっているだろう?」

 

 ドクター様の視線は先日『サクラちゃん』と名付けられた四足の魔獣に向けられ、必然

的に我等の限界を知らしめる。

 

<不肖このフェネクス、ドクター様方の憂慮は理解しているつもりですが、だからと言っ

て我等の生殺の全てを天使様に委ねるのは恐れ多いと考えます>

 

 別に、我等の種族としてのプライドなどと宣うつもりは毛頭ない。

 むしろ、天使様の御手を煩わせる事の方が恥じ入るべき事柄であろう。

 巨人達との交渉に赴くにあたって、我等雛人を連れてとなれば、それだけ歩みが遅々と

して進まなくなるのは自明の理であろう。

 

「でもさ…………何だったら、私だけでも……残っても良いよ?」

<大丈夫です!ツムギ様はドクター様と共にあるべきかと!>

 

 最早脊髄反射とも言うべき速度で、ツムギ様の躊躇う様な提案をお断りする。

 これはもう、理屈ではなく本能的に危険信号を察するレベルである。

 

「そ、そう?」

 

 少し驚いた様子ではあるが、ツムギ様の表情には安堵が見て取れた。

 

「心配はいらない。人間相手に防衛をするのは慣れている」

 

 突如、遥か天空から降り落ちた言葉は、先日のドクター様の治療により快癒した巨人殿

の若い(らしい)方のザァリエ殿だ。

 生憎と、見上げても遠すぎて表情までは測りかねるが、恐らくは天使様方と我等を安堵

させようとした表情なのであろう。

 

「ザァリエ君も残ってくれるのかい?元々単騎で防衛してたと言うし、なら平気かな?」

 

 ドクター様が見せるザァリエ殿への信頼の言葉には、僅かばかりの嫉妬が芽生えるが、

これは実績をもって答えるべきだろう──我慢だ。

 

 

 ザァリエ殿と言えば、失ったはずの両腕はドクター様によって修復が成った様で、少々

のリハビリとやらの後、今では何の違和感もなく動かせるらしい。

 

「じゃ、話はまとまったかな?ならば行こうか!」

 

 そう叫んだのは、巨大な人型の胸部辺りから顔を覗かせた総帥様だ。

 

「ザァリエ君も、フェネ君もフレースちゃんもカイム君も、他の皆も気を付けてね!」

 

 既にサクラちゃん殿に跨ったドクター様の背後に飛び乗りながら、ツムギ様が声を掛け

てくださる。

 

 我等の承諾の言葉を背に、老いた方の巨人が恐ろしい程の歩幅で走り、総帥様の巨大な

人型が低空ながら空を飛び、ドクター様とツムギ様を背に乗せたサクラちゃん殿が疾風の

如く走り去って行った。

 

「さて、ここから少し行ったところに俺でも雨をしのげる場所があるんだ。そこなら君達

も比較的安全だと思う。行こうか」

<雛人を代表し、感謝を述べさせてもらう>

 

 そう頭を下げる我に追従して、全ての雛人がザァリエ殿に礼を示すのであった。

 

 

 

 

「やべぇな、この能力。大雑把すぎねぇか?」

 

 目の前に林立した缶ビールと瓶ビールを前に、タイヘーくんが複雑そうな表情を浮かべ

ている。

 

「ビールのついでのアルミ缶とガラス瓶の量産が本命になりそうだよね。いいなぁ、グミ

はグミでしかないからな~、缶入りのグミとかありそうだけど、銘柄知らないよねぇ」

 

 たしか、海外のグミ菓子が缶に入っていた気がするけど、海外産のグミを求める程には

グミに狂ってはいないんだよね。

 

「グミなら食玩とかあるんじゃないかね?」

 

 野営中の焚き火から少し離れた場所で、アルミ缶を利用した玩具みたいなスターリング

エンジンを工作していた教授が、僅かばかりの意識をコチラに裂いて呟く。

 

「食玩て、玩具とかシールとかが入ってるやつでしょ?そんなの集めても、この世界じゃ

どうにもならないんじゃない?」

「まぁ、物珍しくはあっても、それまでだよな」

 

 生憎と、教授や総帥みたいな収集癖はないから、買った事も無いのよね。

 いや、総帥がいたなら喜んでくれたかなぁ?

 

「しかし、流石に原料の生産は無理っぽいな。ビールはあくまでビールのカテゴリーだけ

か」

「そのカテゴリー内だと付属品がどれだけついていてもOKっぽいのが厄いよね。教授も

インスタントラーメンまで出て来たし」

「なんつーか、カップラーメンの器も何か利用できないかって考えちまうな」

「そう!普段身近で気にも留めない素材の活用法を思考する、これこそが素人工作の真髄

とも言えるのではなかろうか!」

 

 タイヘーくんの言葉に反応した教授が熱く語り始めるが、相手はタイヘーくんに任せて

グミを齧る。

 

 

 このソーン王国に入ってから数日が経過しているんだけど、そろそろ首都エズが近いら

しいんだよね。

 先日の遊牧していた人達から聞いた話によれば、後二日もあれば着くんじゃないかな?

っていうアバウトな情報を頂いたし。

 正直、もうじき冬なのか夜は冷込み始めたから、そろそろ野宿は遠慮したいんだよね。

 お風呂だって入りたいし?

 ぶっちゃけ、変身時の代謝反応で清潔さを維持できてなかったら、きっとキレてたね。

 機能をつけてくれたドクターに感謝!

 

 

 下世話な話になるが、怪人化における異形化過程で体内のあらゆる物質を構造変換する

らしく、人間形態での代謝行為や、生理反応までもがキャンセルされる。

 ドクター曰く、既に人間種とは異なる種になったと考えるべきだとの事だ。

 

「あ~、明日には街につきたいね~。馬じゃなく、タイヘーくんが馬車を引いてくれれば

速いんだろうけど、怪しさ満点だからなぁ」

「このサイズの人力車はありえねぇな。一発で亜人認定されて襲われるな」

 

 口にした愚痴に反応してくれるとは思っておらず、少しばかり吃驚して焚火の方を見れ

ば、教授は熱弁に満足したのか工作を再開していた。

 

「あぁ、教授なら色々満足したっぽいな。結構この世界にストレス感じてるっぽいし、早

めにドクターとの合流も視野に入れねぇとな」

「教授は向こうでも、四六時中機械を弄繰り回してたもんね」

「放置してると研究室に籠って、三食インスタントラーメンに他は通販生活し始めて、研

究室が段ボール塗れになるからな」

「だったね~」

 

 少し昔を思い出し、二人で嗤い合う。

 

「……ん?段ボール?……あれじゃない?パッケージがOKなら、ビールケースとか段ボ

ールケースもいけるんじゃない?」

「おぉ!拡大解釈すればいけそうか!?」

「あとさ……それを積載するトラックとかはパッケージの内に入らないかな?」

「!!」

 

 私の言葉に、思わず立ち上がった教授の反応は仕方なかろう。

 

 ──結果、ビールケースと段ボールケースはいけたが、流石に車両は無理だった。

 

 

 

「シェムズ閣下、報告します」

 

 先日の不注意もあって些か義娘の機嫌が悪く、どう宥めようか考えていると、副官が報

告書を片手に俺の執務机の前に立っていた。

 

「ん?どうした?やっとアレが討伐に出たか?」

 

 思い出すのも不快だが、仕事の一環だ、飲み込むしかあるまい。

 

「は。出立をしたはしたのですが……」

 

 少しこちらの顔色を伺う様な副官の仕草に、思わず眉を顰める。

 

「……勇者は、巨人討伐に向かいました」

「……は?」

 

 言っている意味が良く分からない。

 巨人?

 このエープライムが相対しているのは北西部のドラゴンだ。

 その討伐の為に資金も物資も用意をした。

 なのに巨人?

 

「……間違いないのか?」

「は。魔導列車にてオングストローム砦に向かい、そのまま巨人の支配地域を攻めるとの

報告です」

「……やってくれたなぁ……」

 

 意趣返しと言う奴だろうか?

 なんとも小賢しい真似をしてくれる。

 

「ある意味、良かったのではないですか?」

 

 サラリと言ってのけたのは秘書だ。

 

「……まぁ、元々例の事件の地域的後遺症は無いと見られていたため、動きの見えないド

ラゴンへの偵察部隊の派遣は予定しておりましたし、勇者自体がイレギュラーではありま

たが──」

「その勇者を危険性の定かではない地域に放り込む予定が、まったく残念だ」

 

 副官の言葉を継ぎ、大仰に溜息を吐いて見せる。

 

 

 情報交換どころじゃなかったわけであるし、これ幸いと例の魔法災害跡地に行かせて安

全性を確かめるつもりが、元の計画通りに進めるしかなくなってしまったではないか。

 もっとも、例の地域が致死性の環境汚染が続いていたとしても、勇者は平気で生還した

であろうがな。

 その場合、連れの女が死んだであろうし、些か後味が悪かったか?

 

「偵察隊派遣の予算も通した後でしたし、正直なところは処理が面倒でした」

 

 澄まし顔の秘書に、副官と共に苦笑を浮かべる。

 

「偵察隊も命懸けだ、あまり酷な事は言ってくれるなよ?」

「はい。ですので、第一次偵察は地域偵察として、段階的に予算組をしております。偵察

は生きて戻ってこそですからね」

 

 秘書の言葉に副官を伺えば、首肯で問題の無い事を返してくれる。

 

「なら良い。まぁ、オングストローム側は亜人の被害で大変だとも聞く。あちらの方が緊

急性が高いのも事実か。……そういえば、勇者が現れただのと言う奇妙な噂もあったが、

あれは何だったのだろうな?」

 

 俺の問いに、二人も首を傾げるばかりであった。

 

 

 

 

▼クレイズ日記 その13

 

 やってきました中央都市セルシウス!

 ここはエールハッド連合王国の首都とも見做されていて、各地の文化が集まってくる上

に、戦地から最も遠いと言う文明熟成と政治腐敗の栄華をその手にしてるんだそうだ。

 

 ここはヴュルガーの母国でもあるらしく、実家もあるらしいな。

 噂のヴュルガーの父親である『剣聖』も居るらしいが、会う事になるんだろうか?

 あの『魔人』には及ばなかったものの、ヴュルガー自体はなかなかに強そうだが、その

父親で『剣聖』ともなれば想像もつかないな。

 

 まぁ、他人の家のゴタゴタには興味ないし、俺としては探している『ヤツ』の情報が少

しでもあれば良いと願うばかりだ。




秘書さんのセリフ回しをを不快に感じるか否か?
人それぞれであろうし、悩ましいところ。


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48話(領界)

水星の魔女楽しい。
現状一番好みの機体はルブリス、次点でザウォートかなぁ


 我がソーン王国領が食料を輸入に頼っているのは事実ではあるが、何も無為な時間を過

ごして来たわけでは無い。

 国民の多くが定住よりも遊牧を主とする為に、教養を学ぶものが少なく研究に携われる

者が少ないが、農業改革を試行錯誤してはきているのだ。

 芳しくない結果も積み重ねる事により、幾つかの技術が実用化の目途が立ち始めている

のだ。それでも今日明日で成果が出る様な物でもないのが現実ではあるが。

 

 そもそも、東に森林豊かなエクスト王国領、北西に穀倉地帯のサブセット王国領に挟ま

れながら、何故我が国がこの様な有様なのかと言えば、一言でいうならば『呪い』なので

あろう。

 

 

 否、人間以外の動物にとっては祝福か?

 勿論、人にとっても大きなメリットが生まれたのは事実だ、あんなモノが跋扈している

よりは遥かに恵まれた地には成ったか──

 

「ディノス殿下、こちらが今年の決算報告書になります」

 

 あぁ、いよいよ今年も終わり、短い冬の訪れか。

 まさか俺が財務にまで関わる羽目になるとは思わなかったなぁ。

 

 

 父である王は冬を前に更に体調を崩し易くなり、長兄は役立たず、次兄はなしのつぶて

で、今や政務のほぼ全てに関わっているのが現状であった。

 文官の提出して来た書類の束を受け取り、溜息を吐く。

 

「……うん?やけに外貨の流入が大きくないか?これだけで食料輸入の大部分を賄えそう

だが?」

「はい。ですが例年の決算でも同様の状況ですし、大臣からも問題は上がっておりません

が?」

「そうなのか?畜産と言うのはそんなに割が良いとは考えていなかったのだが……財務に

ついては何分勉強不足でな、大部分を大臣の判断に任せるしかないのが悩みの種だな」

「殿下への御負担が、現状大き過ぎますからね……気になるのでしたら、詳細を調べてみ

ますが?」

 

 文官の提案に少しだけ思案する。

 

 

 何もかもを俺が判断する必要など無いのだろうが、知らぬ知らぬでは通らないか?

 

「……そうだな、それを元に大臣に問えば勉強にはなるか。手間をかけるが、一度調べて

みてくれ」

「はっ!」

 

 椅子の背もたれに身を預けると、一気に疲労が溢れ出してくる。

 

 

 こんな状況でも長兄殿は変わらずか。

 嗚呼、俺も全てを投げ捨ててしまいたいものだ。

 そもそも、この国に真っ先に見切りをつけていたのは己であったはずなのに、何故こう

なったのだろうか?

 

 

 浮かぶのは愛妹の笑顔だ。

 それを振り払う様に頭を振る。

 

 

 とはいえ、今やこの国にも少なからず情も愛着もあるしなぁ、今更捨てる勇気も無い。

 やるだけやって、駄目ならサブセットかエクスト、有利な方に身売りかな。

 

 

 行き先の暗い国の将来に、もう一度深い溜息を吐くことしか出来なかった。

 

 

 

 

「うぉ!?」

 

 丁度ソーン王国領の主都が視界に入った辺りで、突如全身に粘性の膜が纏わりつく様な

感覚に襲われ、思わず声を上げてしまう。

 見回せば、近衛も教授も警戒心も露わに周囲を伺っていた。

 

「何だ、今の?」

 

 馬車を止め周囲を伺っていると、街道沿いの農地、その畦道で休憩していたらしい農夫

達が此方を見て笑っているのに気づく。

 

「あんたら外国から来たんか?始めてきた連中は、皆同じ反応するもんだ」

 

 農夫のうちの一人がニコニコと話しかけてくる。

 

「ほれ、その境界線、それが『領界』の境目だ。このソーン独自の魔法技術によって、草

の侵食を抑えとるんだよ」

「へぇ、確かに、境界線みたいに突然草が生えなくなってるな……」

 

 大平が辺りを眺めてみると、丁度首都を囲う様に土の大地と緑の大地が隔たれていた。

 

「御蔭でわしらも農業に精を出せるってもんだ。『領界』の外じゃ、どんなに耕しても朝

には草に呑まれてるからなぁ」

「そういやぁ、此処に来るまで遊牧民ばかりで村とかも見なかったな」

「この草、『ラヴリュス草』のせいで、木も育たず、川も流れを変える始末だ、喜んどる

のは牧畜くらいだろうさ。まぁ、折角の『領界』があっても、大地の力が草に持ってかれ

ちまって、農作物の育ちは良くは無いんだがな」

 

 少しばかり繁殖力旺盛なただの草と思っていたが、想像以上だった様だな。

 草食動物だって、餌があっても水が無ければ死を待つばかりだろうし、見た目の長閑さ

とは裏腹に、死の大地と言ってもいいんじゃねぇか?

 

 

 一頻り語り満足したのか、軽く手を振り農夫が畑へと戻っていくのを見届けると、再び

街に向けて馬車を進め始める。

 チラリと御者席の横に視線を送れば、いつの間にか移動してきていた近衛が、難しそう

な表情で彼方を見つめていた。

 

「……どした?」

「ん……あれ」

 

 漠然とした近衛の指摘に小首をかしげると、近衛が此方に顔を向ける。

 

「あの『領界』ってやつ」

「うん?」

 

 先程の近衛の視線を追えば、確かに『領界』の境界線が見える。

 

「あれ。人体にも影響あると思うよ」

「マジで?」

「うん。さっき、農作物の成長がイマイチっぽい事言ってたじゃん?あれ。あの草のせい

じゃなくて、『領界』で生命力が減衰しているんだと思う」

 

 言われてみれば、そんなものか?

 一括りに『魔法』なんて聞けば万能っぽく聞こえるが、一つの生命体を排除しようとし

て他の生命体に影響が全くない方が異常とも言える。

 

「植物情報を介してだから正確にはわかんないけど、あのラヴリュス草ってのに特化はし

ているみたいだけど、あの『領界』内のあらゆる生命体を減衰させてるっぽいよ」

「生活圏確保の為の苦肉の策って所か?」

「もしくは、気付いてないのかも?極端に人体影響が出るわけじゃないっぽいし」

 

 そう聞くと、まるで毒ガスにでも包まれている様な嫌な気分になって来るな。

 

「向こうの世界でなら、直ぐに自称有識者が食いつきそうだね。有ること無い事持ち出し

てきて、的外れな持論を振りかざしてくれそうだ」

 

 ひょっこりと頭を出した教授が嗤って見せる。

 

「もう!教授のマスゴミ嫌いとかどうでもいいよ。そんな事よりどうするの?私達ならば

影響は少ないと思うけど、このまま街に入るの?」

「あ~、いいんじゃねぇか?直ちに影響があるもんじゃねぇってやつか?」

「そうだね、何か影響があったらドクターに泣きつけばいいと思うよ」

 

 妙に不機嫌そうな近衛に俺が軽く返すと、追って教授が賛同はするが、困ったらそれっ

て如何なもんよ?

 

「ほら、もう行くぞ。何で御機嫌斜めなんだよ?」

 

 近衛の頭をポンポンと軽く叩くと、近衛が拗ねた様に唇を尖らす。

 

「なんか、植物への影響が私にも来てるっぽい。ほんのちょっとだけだけど不愉快」

 

 盗み見た近衛の顔色は悪くは無い。

 だが、能力の系統に抵触すると、他者より影響が強く出る物なのかもしれない。

 その辺りをドクターに伝えれば、喜ぶだろうか?

 

「まっ、情報収集したらさっさと街を離れればいいだろ、その分しっかりと頼むぜ?得意

分野だろう?」

「うぃ~……」

 

 期待を込めてそう口にすると、未だ不満そうに、近衛が返した。

 

 

 

 

 一歩一歩、踏み込む度に大地にくっきりと足跡が刻まれる。

 衝撃で左腕が軋みを上げる様だ。

 だが、歩みを止める事も、腕を下ろす事も、何より己自身が許してはいない。

 

「新米ども!遅れているぞ!戦士団長より軽装の御前らが後れを取ってどうする!」

 

 真後ろにぴったりと追従していた副戦士団長が怒声を上げる。

 少しばかり振り返れば、重装歩兵がフル装備で必死に走ってはいるが、大分距離が離れ

てしまっていた。

 

 

 まぁ、こればかりは慣れてもらわんと困るな。

 かく言う俺もかなりきつい。

 基本装備は重装歩兵と同等ではあるが、俺の戦闘スタイルに欠かせない大盾を左手で翳

したまま走るのが何より辛い。

 なまじ巨大であるから、迂闊に左腕を下げると盾が地面に接触する羽目に合う。

 こんな馬鹿な兵装を考えた奴を打ん殴ってやりたい──俺自身だが。

 

「やぁ、ヴィクトル、精が出るなぁ」

 

 突如もらたされた間の抜けた様な言葉に、思わずギョッとする。

 

「こ、これはブレソール殿下、この様な場所に如何されましたか?」

 

 訓練場の端には、御供をゾロゾロと連れたソーン王国第一王子であるブレソールが後ろ

手に手を組んだまま、此方を眺めていた。

 

 疲労から荒くなりそうな呼吸を無理やり整え、臣下の礼をとる。

 後ろ手で副戦士団長に合図を送れば、すぐさま団員をまとめて見栄え重視の訓練風

演出してくれる。

 

「なに、少し様子を見にな……うん、勇ましいものだな」

 

 口々に同意を示す取り巻きに、満足そうに首肯して見せるブレソールに、ヴィクトルは

こっそりと安堵の息を吐く。

 

 

 派手な訓練を見せてやれば満足してくれんるんだから、楽なもんか。

 地味な訓練程きついってのは、殿下等にゃ慮外だろうな。

 しかし、マジで何しにきやがったんだ?

 

「しかし、折角の人手はもっと活用すべきではないだろうか?」

「……と、申しますと?」

 

 碌でもない予感に口角が僅かに引き攣る。

 

「世界は斯くも平和になったのだ、向けるべき相手の居ない軍事力に如何程の価値がある

のだろうかとな?あぁ、いや、諸君らの日々の努力を否定するものではないよ?」

「……それは、陛下の御意思であると考えても?」

 

 僅かに声が低くなってしまったが、この程度は御愛嬌だろう。

 

「いやいや、父上は未だ伏せっておられてね。だが、万が一父上に何かあれば。この国を

背負うのは私であるのだし、この国の問題点を示したに過ぎないよ」

 

 途端にブレソールを称賛する取り巻きに、白々しさと共に鈍い胃痛に襲われる。

 

 

 こいつら、政務の大半をディノス殿下に任せっきりなくせに、何言ってやがるんだ?

 少しでも政務に関わっていれば、直に始まるであろう人類間の戦争の兆候にも気づくだ

ろうがよ?

 

「私としては、もっと『領界』の拡大を成し、この外敵の少ない我が国を一大穀倉地帯に

しようと考えているのだ。その為にはやはり人手だろう?まぁ、今すぐと言う話ではない

が、いつ何時に父上に万が一があるとも知れんからな、あらかじめ伝えておこうと思った

のだ」

 

 自信に満ち溢れたブレソールと、相槌を打つばかりの取り巻き、うんざりとした気分に

はなるものの、それを表に出すわけにもいかない。

 

 

 まぁな、国内での自給自足はソーン王国の最大の課題であるのは事実だろうさ。

 戦馬鹿の俺には、どうすればいいかなんて分かりゃしねぇんだが。

 出来るもんならディノス殿下がやってんだろ?

 

「では、心しておいてくれ」

 

 そう言って、取り巻きを率いて去って行くブレソールに、堪らず溜息を吐く。

 

「あ~……この事、ディノス殿下に報告せんといかんかな?」

「……伝えるべきではあるのでしょうが……薬師に頼んで、胃薬でも用意させましょうか

ね」

 

 副戦士団長の妙案に、もうそれで良いかと投げやりに思う。

 

 

 つーか、あいつ、次期国王になるつもりなのかよ?

 

 

 暗澹たる国の未来に、心までもが暗く淀んでいくようであった──

 

 

 

 

▼??????マーナガルムの旅路 その2

 

【報告:シーケンス3完了。設定値の142%を達成】

【応答:確認完了。余剰分に対し、第4、第6ブロックより供給要請あり】

【応答:了解。第9ブロックへ移送申請を行います】

【報告:ミッションの完了を確認。これよりマーナガルムの航路を算出開始します】

【応答:了解。各所に通達致します】

 

 ──クローズネット──

 

 

【テトラ3:つくるぜつくるぜ~!はよはよ、もってこいやぁ~!】

【ヘキサ10:まぁ、待ちなさい。こちらで解析が先です。不測の事態は回避せねば】

【テトラ3:えぇ~……抽出後の不純物を回すだけじゃ駄目なん?】

【ヘキサ8:未知の成分だってありえるんだから、危ないよ~?】

【ジ7:サンプリング取ったら解析なんてすぐっしょ?ウチ用の機材作って欲しいし?や

っぱ信頼性は重要だよね~】

【テトラ5:テトラ3、我儘言わないの】

【テトラ3:ちぇ~】

【ノナ7:じゃ、第4と第6に送るよ~?使用は、解析後でねぇ~】

 

【モノ3:ほら~、姿勢制御わすれんなー?動くぞ~!】

 

 

 ──常態──




領界=農薬か?
直ちに影響は無い。


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49話(締結)

水星の魔女。
21年に絶望。
グエキャンΔにほっこり。
エアリアルくん厄過ぎ。
暫くはGood morning to allはトラウマ曲決定。


 ただ存在するだけで生じる圧倒的な威圧感。

 そんな存在が三体、眼前の地も空も覆い隠す様に座し、此方を凝視していた。

 

「やぁ、流石に質量感がもの凄いね」

「首が痛いです」

 

 眼前の厳めしい表情の巨人三体を前に、素直な感想を溢せば、ツムギがズレた感想を寄

越す。

 

「しかし、何度見ても人間にそっくりだね。これだけサイズが違えば少なからず差異が生

じて然るべきだろうに、何と言うか単純に縮尺を変えただけに見えるね」

 

 まるで何かしらの意図の下に、『かくあれかし』とされたかの様だ。

 

「結局、例の二体とも治療しただけなんですか?もっと調べたかったのでは?」

「あぁ、もう、何と言えばよいのか…断腸の思いだったよ?でもね、機材がね……」

 

 そりゃもう、皮膚の一枚から繊維の一筋まで、徹底的に解剖したかったが、あんな大型

に対応できる医療器具を用意できなかった。

 今回の治療にしても、スヴェル用の兵装まで利用して、どうにかこうにか成したに過ぎ

ない。

 そのあまりの原始的としか言えない治療に、彼等の再生能力があった上でも成功した事

が奇跡的だと思っている。

 

「それにね、あれは絶滅危惧種だ。流石の私も種の絶滅を望む程の傲慢さは持ち合わせて

はいないよ」

「あ~、なんか12体しかいないとか言ってましたよね。二体解体したら全体の17%く

らいが失われるわけですから、やばいですね!」

 

 思わず微笑みを浮かべてしまう。

 話題についてではない。

 ツムギが長い間病床に就いていた間、せめてもと勉学の教師役を買って出たのは私だ。

 些細な事ではあるが、咄嗟に大雑把ではあるが百分率計算を成した事が、教師として嬉

しく思ってしまった。

 

「っ、え?な、なんですか?」

 

 突然微笑みかけられ、ツムギが慌てて身なりを確認し始める。

 優秀な生徒と言うのは、教師の本懐を擽る。

 ただ無言で、クシャクシャと頭を撫でると、ツムギはより混乱してしまった様だ。

 

<あ、ああ~テステス。拡声器越しの方が会話しやすいかな?>

 

 突如鼓膜を震わせる大きめの音量に、ツムギと共に視線を其方に移らさせられる。

 そこには、スヴェルの胸部コクピットから半身を出した状態のモーントが巨人に相対し

ていた。

 

「そうであるな」

 

 三体の巨人、その中央の巨石に腰を下ろす、殊更風格を感じさせる巨人が答える。

 

 

 やはり、あれが長老的な存在かな?

 口元に蓄えられた、胸元に届くほどの長い髭がその威風を──

 

「うわっ、手入れのされてない髭って、やっぱ不潔感が酷いですね、ドクター」

 

 ──そのモーントを射抜く様な鋭い眼差しは、まるで──

 

「目ヤニとかで目の周りも見るに堪えないですね……」

 

 ──厳しい環境すら物ともせずに来たその褐色の肌は、まるで鋼の──

 

「と、言いますか、あれ、お風呂に入ってないですよね?正直臭いですよ」

 

 

<やめてあげたまえ!?>

 

 堪らずのモーントのカットイン。

 既に長老らしき巨人は絶望染みた表情を浮かべ、側近らしき左右の巨人は露骨に視線を

逸らしていた。

 

「……小さき者よ……」

 

 せめてものと長老らしき巨人がツムギに対して口を開くが、それ以上の言葉が続くこと

は無かった。

 

 

 あれ、これ、交渉巧く行くんだろうか?

 

 

 

 

「殿下、ヴィクトル様がご報告したい事があると、御出でになっております」

 

 政務の合間、やっと得た小休止だったのだが、タイミングの悪い事だ。

 

 

 取次ぎをしてくれたメイドに、彼女自身が淹れてくれた紅茶を片手に少々渋い顔をする

と、途端に申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「仕方あるまい、通してくれ。あぁ、御茶は美味しかった。だが堪能できそうも無いな、

下げてくれ」

 

 一礼をし、忠実に職務をこなすメイドをこれ以上苛めるのも可哀そうか。

 

「失礼します、ディノス殿下!」

 

 全身から礼節が苦手なのだと宣うが如く、ぎくしゃくとした仕草でヴィクトルが入室し

てくる。

 

「戦士団長が自主的に此処に来るなんて珍しいな。何かあったかな?」

 

 国内での戦士団が出撃する様な揉め事は無く、戦争の気配も幸いにしてまだ遠い。

 思い返すが、多忙の中に埋もれる程度の事柄だろうか、心当たりが無かった。

 

「はっ!件のエマリア王女を拐かした不埒者の一族郎党の捕縛を完了いたしました」

「あぁ、そういえば頼んでいたな。うん、全員処刑してくれたまえ?」

 

 何故捕縛のタイミングで報告に来たのだろうか?

 王家に反したのだから、処刑すればいいだけだと思うが。

 

「それが、ですね。件の一族の筆頭がルジャンドル家でして……」

「……数年前まで副戦士団長を任されていた者、だった…か?」

 

 あまり接点が無い為に記憶があやふやだが、長年父上に仕え覚えが良かった男だった気

がする。

 

「は。元副戦士団長であったガエル殿です」

「……それで?」

 

 戦士団長としては忖度したくなる気持ちも分からなくも無いが、現状無役であるし、そ

れだけで国家反逆を許すには足りないと思うのだが。

 

「ガエル殿よりの嘆願で、自刃による身命の奉献にて一族の容赦をとの事です」

「ふむ……その者は?」

「は。既に自刃を成し、身柄はルジャンドル邸にて確認されております」

 

 些か迷うな。

 功臣とはいえ、その身命だけで赦して良いものなのか。

 

「それと、許されるならば、次期ルジャンドル家当主のはずであった長子ロイク・ルジャ

ンドルの手により王女の救出と、不埒者の断罪を成したいとの事。暁には、ルジャンドル

家の再興を願えればとの事です」

 

 随分と手前勝手の良い嘆願があったものだ。が、実際のところ他国へ討伐隊を大っぴら

に送れないのは事実だ。

 一族郎党の処刑は、言ってみれば面子を保持する為の代替え行為だ。

 

「流石に再興などの約束を成す権限は私にはない。一度陛下に御伺を立ててみる故、暫し

捕縛者達は投獄の後に裁決を待たせろ」

「はっ!」

 

 ヴィクトル自身も思う所があるのだろう、深々と頭を下げ、そして退出していった。

 

 

 嗚呼、胃が痛くなる。

 そう言えば、先日ヴィクトルが碌でもない報告と共に差し入れされた胃薬がまだあった

だろうか?

 あの件も父上に伝えねばならんのだが、ここのところ季節の変わり目のせいか、なかな

か面会の目途が付かないのが悩ましい。

 有事の際は、己の身の振り方も考えておかねばならないだろうなぁ──

 

 

 

 

<意外だね>

 

 モーントの心からの疑問の声に、同意するばかりだ。

 巨人との交渉において、真っ先に成された返答が──

 

「我々が、おぬし達の傘下に入る。その事が意外と?聞けば、そちらの小さき者単独で防

衛を任せていた者を容易く制圧したそうではないか」

 

 巨人の長老がツムギを一瞥して、そう言い放ったのだが──

 容易く。容易く?

 まぁ、色々締まらない戦闘ではあったが、嘘ではないと言ったところか?

 

「更には同等の存在が目の前にいる。我々の中で戦える者を集めても、幸運が味方したう

えで相打ちが精々だと考えておる。明らかに我々が今まで対していた小さき者達とは隔絶

した存在であると言えよう」

 

 巨人の長老は、スヴェルを伺う様に言葉を続ける。

 

「勿論、条件はあるが、我々としては同胞を失いたくは無いのだ」

 

 正しく絶滅危惧種だからね。

 

<…条件とは?>

 

 少し考える様に一呼吸分だけ遅らせて、モーントが問う。

 

「我々が望むのは安寧だ。その為には、小さき者達の巣が邪魔だ。例え今後も小さき者共

が此方を脅かすだろうとしても、目の前の巣は潰すに限る。おぬし等に求めるのは、巣の

排除。小さき者達からのこの地の防衛。そして万が一同胞を見つけた場合の保護だ」

 

 まぁ、目の前に敵性体が駐留していたら気が休まる時など無いわけだ。

 

<ああ、その程度の事ならば問題ない。我が結社に所属するからにはその保護と福利厚生

は当然だ。逆に此方からも条件を出させてもらうならば、何より雛人の保護が最優先であ

る事。そして、この地を僕の好き勝手に弄らせてくれる事……かな?>

 

 モーントの芝居がかったセリフには苦笑を禁じ得ないが、何とも律儀な事だ。

 傘下として吸収した後ならば、いちいち確認を取る必要など無かっただろうに。

 

「我等が植える事の無い様に頼む。それと、雛人とやらがどの存在を指すのかが量り切れ

ぬが、問題は無いだろう。我等の若き同胞が共に無い事が関係しているのかな?」

 

 巨人の長老が言っているのは、あの留守を任せた巨人の事だろう。

 そう言えば、彼についても一言言っておかねばならないか。

 

「あ~、少し良いかな?その若い同胞君の事なんだが……」

 

 個人的にはあまり乗り気では無かったんだ。

 なのに、本人があれ程に──

 

 

 

 

▼エマリエの手記 その1

 

 鳥籠から解き放たれた小鳥の気分と言うのかしら?

 余りにも世界は広くて、堪え切れない程の寂寥感。

 どれだけ皆に護られていたのかを痛感しますわ。

 

 ですけれど、その失った全てをも覆い尽くす様な愛情と安心感。

 彼の温もりが私を癒してくださいます。

 

 彼と二人で生きていくと決めましたが、依る先が無いと言うのも、いざと言う時に私を

護れなくなると彼が慮ってくださいました。

 ならばと、サブセットのお兄様を頼りにさせていただく事になりました。

 

 御元気かしら?




ここをキャンプ地とする!


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50話(ラヴリュス)

水星ちゃん「うちのミオリネさんがすみません!」
しかし、母、胡散臭さが急上昇ね。


「おいおいおいおい、タイヘーくんよぅ!」

 

 質の悪い酔っ払いの様な絡み方で、隣りに座っていた近衛がフォークに突き刺した焼い

た肉を突き出してくる。

 

「いや、俺に言われても困るんだが……」

 

 抵抗せずに口で受け止め咀嚼するが、何と言うべきか塩気が足りないとしか言えない。

 

「大平君、塩無いかね?この際、スパイスでも良いが」

 

 能面の様な表情で、教授までもがフォーク片手に此方を伺ってくる。

 

「いや、この国マジでやべぇわ。畜産の御陰で肉には困らんが、水は希少、穀類も希少、

野菜も希少なら調味料も希少。緑の砂漠って感じだな」

 

 眼前の皿に盛られた味気の無い肉をフォークでつつきながら、溜息交じりに呟く。

 

「肉の質は悪くないのに、正に素材を台無しにする所業だよ……」

 

 流石に食堂である為に、周りを慮って小声で近衛が呟く。

 

「普通の砂漠ならば岩塩等が期待できるんだがね。ラヴリュス草に侵食されて枯れた湖と

か、そういった場所で塩は採れないのだろうかね?」

「採れるならやってそうなもんだけどな。あ~、エクストの方じゃ塩なんて余る程にあっ

たのに、こっちじゃ輸入してないのか?」

 

 話に聞く限りでは、ソーン領では大陸中央のサブセット領とは盛んに交易をし、割高な

がらも穀類は困らない程度には入ってきてはいるらしい。

 サブセット領は広大な穀倉地帯だと言うし、それはいいんだが、ならば同じ連合である

エクスト領とはあまり交易が盛んでないってのが分かんねぇところだ。

 連合内でも、やっぱ軋轢や確執ってのがあるんかねぇ?

 

「ソーン領の主都でこれでは、領内のどこへ行っても期待は出来そうもないね」

 

 教授はそう言って「ラーメンスープにでも漬けておけば良いか?」などと呟き始める。

 

「もう、目を引く娯楽も美食も無いんじゃ、この街に居ても仕方がないんじゃない?私と

しては四六時中倦怠感を感じるみたいで居心地悪いしさ、もう行かない?」

 

 相変わらず近衛は不快さを感じ続けている様で、出来るだけ早くこの地から離れたいの

を隠そうともしない。

 

「だけどよぉ、噂の雛人を収容している場所ってのの情報がねぇじゃねぇか。この街出て

何処へ向かうんだよ?」

「それなんだけどさ、この街を覆っている『領界』ってやつはなんとなくわかったから、

この街以外で展開されてる場所もなんとか分かるかもしれないんだよね」

 

 近衛の植物を介した情報網で分かるという事か?それならラヴリュス草を介せば、この

国全てを伺い知れても不思議ではないって事だろうか。

 

「まぁ、なんかいまいちあの草とは馴染まないから、大雑把な情報しかわかんないけど、

どう?」

 

 近衛の発案に、教授と視線を交え熟考する。

 

「問題は雛人を囲うのに『領界』を張っているのかどうかだね。雛人の生態は知る由も無

いが、家畜と同様の食性を持つならば張らない可能性の方が高そうじゃないかい?」

 

 教授の言葉に、近衛が少し肩を落とす。

 

「でもよ?移動しながらの他の牧畜と遊牧民ならいざ知らず、施設として雛人を収容して

るなら、そこに住み着く管理者たちがいるわけだろ?当然自給自足は少なからず必要にな

るだろうし、『領界』を張っている可能性はあるんじゃないか?」

「そうか、やけに情報が少なく機密性を感じさせているわけだし、定住している可能性は

高いか」

 

 俺の意見に、教授が理解を示し、近衛の表情に明るさが戻る。

 

「近衛にああ言ってはみたものの、正直この街での情報収集は望み薄に感じてたしな。宛

が無いよりはいいだろう?」

「じゃ、行こう!さっさて行こう!」

 

 そうと決まればとばかりに、近衛が勢い良く立ち上がる。

 

「先に、買い出し込みで街を一回りしてからな」

 

 俺の言葉に、途端に近衛は唇を尖らせ、おまけに子供の様に頬まで膨らませる。

 

 

 よっぽど『領界』が不快だったんだろうなぁ──

 

 

 

 

 昼間だと言うのに薄暗く、最低限の従者のみで、そのか細い息遣いまでもが聞こえてき

そうな閑静な室内。

 その壁面には無機質な大型の魔導増幅器が林立し、異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「御加減如何ですか、父上?」

「…あぁ、ディノスか。何、今日は調子が良い」

 

 無理に体を引き起こそうとする父を、そっと手で押し留める。

 

「御無理をなさらずに。此処で倒れられては、子としても臣下としても穏やかでは居られ

ません」

 

 願わくば、元気になって俺が憂いなく国外逃亡できるようになってくれ。

 

「……御前が聞きたい事は分かっている。サブセットからの金の流れであろう?」

「はい。大臣に尋ねれば、父上に直接問わねば答える事が出来ぬと聞きました」

 

 その後、例のサブセットからの収入を調べれば、とてもではないが畜産で計上される様

な金額では無かった。

 故に大臣を問い詰めれば、ソーンにおける最重要機密、事によっては連合内でも無視で

きぬ重要性のある機密であるらしく、国王からの許可なく開示は出来ぬとの事であった。

 

「…御前ならば少なからず予想は付いていよう?」

「では、やはりサブセットとの間に密約があるのですね?状況から見て、恐らくは開戦後

はサブセットの属国、良くて不平等同盟と言ったところでしょうか?」

 

 貿易の内容は未だに判然としないが、それにしても食料面に関してサブセットに依存し

過ぎている。

 どのみちサブセットなくして立ち行かぬのは国是に携わる者ならば自明の理であろう、

どこぞの脳内御花畑共に関しては与り知らぬところではあるが。

 その証左に、父が重々しく頷き、口を開く。

 

「発端は30年前にもなるか。当時、この国は今と違い痩せ細った荒野ばかりの大地であ

ったのは、聞き及んでおろう?」

「はい。かつてこのソーン王国の南方に巣食っていた地竜王……ラヴリュスの支配地域で

あったためですね?」

 

 地竜王ラヴリュス。この大陸北西端の火竜王アカンタと双璧を成した存在であり、大地

の精気を奪う存在として語られている。

 その地竜王も約30年程昔、彼の剣聖に討伐されたと言う。

 

「そう。そして剣聖を剣聖たらしめたのが、地竜王討伐と言うわけだ」

「嗚呼、ここでその御話を出すという事は、つまり、剣聖は……」

「そうだ。当時打開策が無かった我が国が、将来的にサブセットの恒久的な同盟国となる

事を条件に剣聖を派遣してもらったのだ」

 

 思わず額に手をやってしまう。

 願わくば、このまま空を仰ぎたいところであった。

 

 

 とどのつまり、30年、俺が生まれる前から、こうなる事は織り込み済みであったとい

うわけだ。

 今更、俺の様な若造が足掻いて見せたところで、如何こう出来る状況ですら無かったと

いうわけ──か。

 

「……サブセットへ輸出しているのは何なのです?不平等同盟である以上、空手形の類い

では無いのでしょう?そこまでして我が国を支える理由がサブセットにあるとも思えませ

んし」

 

 ラヴリュス草に侵食され尽くした土地など、サブセットは勿論、エクストですら必要と

はしないであろう。

 そもそもがまともな防衛能力など無いのだ、サブセットが我が国に求める物とて、精々

が合法的な名分程度。もしかすれば、地竜王討伐の理由付けで気紛れで提案した条件の可

能性すらある。

 それ程に我が国には魅力が無いのだ。

 開戦し、戦場とされ、サブセットが勝つにしろ、エクストが勝つにしろ、その後は捨て

置かれるのが目に見えている。

 

「……霊鳥だ。我が国は霊鳥の増産に成功した」

「は?」

 

 霊鳥?

 あの霊鳥を増産?

 つまり、あの魔法を無効化する羽根を量産できている問う言う事か!?

 

 

 背筋が泡立つような寒気が走る。

 

「この…この国の、この現状で……そんなものを?」

 

 例えるならば、野盗の目の前で護衛も無く金銀財宝を並べている様な物だ。

 

 

 大前提が崩れてるじゃないかっ!?

 属国などと生ぬるい立場を望める程、楽観的になれるはずもない。

 

「か、開戦の暁には……どうなさるおつもりで?」

「変わらぬよ。我が国はサブセットの同盟国として脛を齧り、護られる事となる」

「そんな戯言をサブセット側が呑むとでも?」

 

 一度増産の方法を知ってしまえば、我が国の価値など元の木阿弥だ。

 

「呑むさ。戦争が続く間は、我々を切る事など出来ん。奪えもしない技術の為に態々攻め

る阿呆も居らんだろう?」

「……奪えない?」

 

 何故だ?

 どれ程特異で、どれ程高度でも、人材が流れれば情報は拡散する。

 では、人や知識だけでは再現できない?

 場所?我が国に有って、他国に無い物──

 

「ラヴリュス草?いや、しかし、アレだって栽培できるだろし……」

「出来んよ」

「は?」

「我が国の民では気づけないのも無理は無いのだろうな。草を排除する方法を探せど、育

成させようなどと考える者は、この国には居らんだろう」

 

 つまり、ラヴリュス草は我が国以外では育たない?

 いや、待て、確かに──何故我が国だけなのだ?

 ラヴリュス草の侵食速度は植物としても異常な程だ。

 なのに、他国の被害など聞いた事が無いじゃないか?

 

「ラヴリュス草は、その名の通りラヴリュスに関わるものだ。ラヴリュスの遺骸を中心に

してのみ繁殖している」

「遺骸?回収なされなかったのですか?」

 

 竜と言えば、余すところが無い程の素材の宝庫だと聞く。

 それが竜王ともなれば、価値は計り知れない物だろうに。

 

「出来なかった、と言うのが正しいな。精々が剣聖が断ち切った頭角を持ち帰った事くら

いか」

「……何故です?」

 

 何故か、父の平坦な言葉に嫌な予感が刺激されて堪らない。

 

「地竜王を討伐した直後の事だ。突如、地竜王の周囲に蔓延っていた植物、つまりはラヴ

リュス草が爆発的に繁殖を開始し、その勢いには彼の剣聖すらも撤退を余儀なくされたの

だ」

「原因は分かっているのですか?」

「勿論だとも!」

 

 余りにも断定する父が異様に感じられ、思わず目を見開く。

 そこには、自嘲の様な、諦めの様な笑みを浮かべた父が居た。

 

「ラヴリュス草、正式名称はドラコイーター、栄えあるソーン王国秘奥の対竜兵器だ!」

 

 ──ただ、狂気染みた父のくぐもった笑い声が、薄暗い室内に響く。

 共鳴する様に、壁面の魔導増幅器が揺らめいて見えた──

 

 

 

 

 嗚呼、嗚呼、嗚呼、なんと美しい、なんと麗しい──

 長い栗色の髪は艶やか、染み一つない肌は潤いを感じさせ、その所作は貴族的ではない

が、庶民とは一線を画す洗練さと自然さがあった。

 

「ブレソール殿下?」

 

 供の者の声に、我に返る。

 

「そ、そこな女!少々…いや、話を良いか?」

 

 堪らず、供を置いて駆け寄り、麗しの君に声を掛ける。

 

 

 物言いが不遜すぎたか?

 だが、俺は王子であるし、次期王でもある──どうすればよいのだ!?

 

「……え?私?」

 

 護衛らしき無骨な男と、執事らしき老紳士を伴った麗しの君が少し驚いたような表情で

こちらを振り向く。

 

 

 可憐だ。

 

 

 そのまま何も言えず見つめ続けたのを不審に思ったのか、護衛らしき男が立ち塞がる様

に一歩前に出る。

 

「……知り合いか、近衛?──

 

 

 

 

▼エマリエの手記 その2

 

 おかしいですわね?

 二番目の御兄様が住んでいるはずの場所には、空き家があるだけでした。

 彼も心配して頂けているのか、渋い表情です。

 本当に優しい方です。

 

 しかし困りましたわ。

 彼の負担を少しでも和らげて差し上げたかったのに。

 このサブセットで御仕事を得るためと、御出掛になる頻度が多くなり、寂しい限りです

わ。

 

 彼も頑張ってくれているのです、私にも何かできる事があれば宜しいのですけれど。

 流石にサブセット王家の方々とは面識らしい面識もありませんし、困りましたわ。

 

 それにしても、ソーンとは歴然とした差を感じてしまいますわね。

 お店に並ぶ品々も、ついつい目が奪われてしまいます。




ラヴリュス説明が終わらぬ。
あとは、土地奪っても、遺骸奪っても駄目だって辻褄合わせを……ゲフンゲフン


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51話(ドラコイーター)

ガンダムアーティファクト発売前夜

グフ・フライトタイプはGETせねば!


「兵器……どういった代物なのですか?」

 

 父の狂気に中てられ、己の言葉に疲労感と躊躇いを自覚できる。

 

「発想としては簡単なものだよ。地竜王の魔力波長に調整した、魔力を捕食する植物だ」

 

 確かに、言葉にすれば簡単な様に聞こえもするが、そもそも魔力の変調は魔獣に取り込

まれた後に行われ、内循環が成立する以上それが外部に漏れる事は基本的にはない。

 例外とすれば、魔力を多量に消耗する戦闘行為などだろう。

 彼の地竜王の魔力波長を解析するだけでも、どれ程の労力と犠牲を払ったのだろうか。

 

「最も、作戦は失敗。地竜王の魔力保持量は人間のそれとは比べようも無い程で、何の成

果も得られず仕舞いだった」

 

 父が重い溜息を吐く。

 

「その後数年の時を経て、ドラコイーターの存在など誰の記憶にも朧げになった頃だった

のだ……剣聖が地竜王討伐という偉業を成したのは」

「では、まさか?」

 

 事実とすれば、なんと滑稽な話か──

 

「そう、影響は無に等しいとしても、ドラコイーターはずっと地竜王に寄り添い、その魔

力を食らい続けていたのだ。結果、地竜王の死と同時に拡散した魔力を追う様にして、今

の惨状を齎したわけだ」

 

 馬鹿々々しくも自業自得だと呟き、父が項垂れる。

 

「死後もそれ程の魔力を発生させるとは……では、いずれは消滅するのですか?」

「不確定な予測に過ぎんが、ここ十数年の観測予想からすれば、あと200年後には拡散

しつくして消滅するそうだ」

 

 200年──生きているうちに変化を認識する事など出来そうもないな。

 残念ながら魔力を消滅させる技術など聞いた事も無いが、それでも研究を始めさせるべ

きだろうか?

 

「ですが、それならば竜の巣を確保するか、強引に遺骸を回収すれば我が国の価値は無く

なるのでは?そもそも、ラヴリュス草が霊鳥にどんな関係があると言うのです?」

 

 そう、衝撃的──というよりも、絶望的──な話で思考を持っていかれたが、そもそも

は霊鳥の増産が主題だったはずだ。

 

「勿論、遺骸やラヴリュス草があるからと言って、それだけで霊鳥の増産が成せるわけで

は無い。必要な物の一つだと言うだけだ」

 

 父が付かれた様に、深く溜息を吐く。

 病床の父に、少々無理をさせ過ぎただろうか。

 だが、それでも話をやめる気は無い様で、父が再び口を開いた。

 

「知っての通り、ラヴリュス草は人間が食しても何ら問題は無い。とてもではないが食え

た味ではない事に目を瞑れば、我が国民が飢える事すらないのは皮肉なものだな」

 

 あれを平気で食する家畜共とは、流石に味覚と言う物が違うのだろう。

 

「だが、魔力を吸収する特性が為に、実は摂取する事で微量ながら純魔力を摂取する事も

出来るのだ」

「……それに何の意味が?」

 

 魔力と言う物は当然大気中に存在しており、言ってみれば魔力を扱える生物は皆、ラヴ

リュス草と同様に魔力を吸収し続けている。

 

「霊鳥の特性は知っておろう?あれは魔力を阻害する。つまりは体内に魔力を保有する事

は無いのだ……だが、霊鳥も魔獣の一種である事も確認されている」

「では、霊鳥は魔獣でありながら、魔力の恩恵を一切受けていない存在だと?」

 

 逸話によれば、女神の使徒として寵愛を得て特性を与えられたと言うが、その末路が脆

弱な身体と言うのだから皮肉なものだろう。

 

「そう、そして、その霊鳥が魔力を得た時に肉体に変質を齎し過剰反応を起こす。この際

に防衛本能なのだろう、体外に魔力を放出しようとするのだ。つまり、その瞬間に霊鳥の

体内と体外に魔力の経路が成立する。その時であるならば、霊鳥に対して魔法の効果が及

ばせる事が出来るのだ」

 

 本来魔法が聞かない霊鳥に魔法が効かせられるという事か。

 それならば人工的に繁殖させる事も可能かもしれないな。

 ──だが──

 

「ですが、それでは霊鳥とラヴリュス草だけで完結しているではないですか?我が国のみ

がその恩恵を保持できる物とは思えませんが?」

 

 その問いに、父が尤もだと言わんばかりに大きく頷く。

 

「そしてもう一つ必要な物、それが『領界』だ」

「『領界』……」

「だが、それについては現地でクロヴィスに聞いた方が良かろう」

 

 意外な名前に目を丸くする。

 サブセットの主都で放蕩を繰り返しているはずの男。

 

 

 ──我が次兄、クロヴィス・ルフェ・ソーン──

 

 

 

 

「それで、まずは何処へ行くんだい、セイガー?」

 

 モーントの言葉に、数舜の思案を混ぜる。

 

「この大陸の中央、連合王国とやらの実質首都を目指そうかと思う」

「例の魔導列車とやらで?」

 

 モーントが少しばかり羨ましそうに問うてくるが、それは無理だろう。

 

「現地人から大雑把に聞いただけだが、アレは特権階級か軍人くらいしか利用できないそ

うだよ」

「客車自体が数席分しか存在しないとか、イレーヌちゃんが言ってましたね」

 

 ツムギの合いの手で、彼の少女を思い出す。

 

 

 彼女も学生であると言うだけあって、一般人より遥かに博識であるようだったが、やは

り文明圏の中心部の方が期待が大きいのだよね。

 伝手はあるに越したことは無いが、それに固執して視野が狭くなっては本末転倒だろう

し、まずはこの世界を見て回る事が重要かと思っている次第だ。

 

「サクラの負担も大きいし、急がずの緩やかな旅程を考えているが、問題は無いか?」

 

 名を呼ばれたと思ったサクラが、その巨体を摺り寄せてくる様はまるで大型犬だ。

 どうにも出会いが不味かったのか、絶対的な強者であったはずのツムギより、こちらに

懐いているのは皮肉な物だろうか?

 若干不満そうなツムギに、苦笑を禁じ得ない。

 

「そうだね、此方もしばらくは陣地構築やらが最優先だし、落ち着いて生産に注力できる

ようになるまでは大分時間がかかると思う。まぁ、それまでは僕に任せておいてくれよ」

 

 自信満々に胸を張るモーントに、不安を抱くことは無い。

 無理なら無理と言う男であるし、巨人と言う優れたマンパワーが存在する以上、残って

も然程効率は変わらないだろう。

 

「なら、早めに雛人達を合流させて保護してやって欲しい」

「オーケー、防衛線構築の為に彼方に行く予定もあったし、早急に確保するよ」

 

 快諾するモーントに、首肯を返す。

 

「精々ツムギ君と観光気分で言ってくるといいさ。帰って来た時には絶対にびっくりさせ

てやるからな?」

 

 悪だくみを感じさせるモーントだが、何やらずっとタイミングを見計らっている隠し事

の御披露目も含むのだろう。

 

「じゃぁ、準備が終わり次第行ってくる。例の候補探しは、まぁ、適当に探してみるさ」

「うん、頼むよ」

 

 話し合いも終わりと見たのか、ツムギが勢い良く立ち上がる。

 

「じゃ、旅支度しちゃいますね!」

 

 そのまま返事も待たず、全力で駆け出して行った。

 

「相変わらずツムギ君は元気だねぇ」

 

 モーントが思わず苦笑を浮かべていた。

 

 ──目指すは連合王国中央、サブセット領首都セルシウス──

 

 

「あ、そうそうセイガー。教授と大平君と近衛君もこっちに来てるからね」

 

 

「……は!?」

 

 

 

 

「えぇっ!では、ブレソール様は王子殿下なのですか!?」

「うむ!」

 

 嗚呼、麗しのコノエ嬢に驚いてもらえた事、ただそれだけで何という優越感であるか。

 おお、天竜に咲き誇る花よ!

 その麗しき一片(ひとひら)でさえ、我が心を天にも誘おう。

 

「王位継承も間もなくであるし、ほぼ国王であるがな!」

「まぁっ、ではブレソール次期国王陛下とお呼びしなければ不敬ですわね」

 

 コノエ嬢の言葉に(くすぐ)ったさと同時に、一抹の哀愁が我が身を包む。

 

「いやいやお気になさらずに、コノエ嬢であればブレソールと呼び捨てて頂いても、一向

に構いませんぞ?」

 

 高らかに笑えば、コノエ嬢の包み込む様な微笑みが心を溶かす様ではないか。

 おお、陽光にも勝る君よ!

 我が心根の氷塊すらをも、抗う術を知らぬ。

 

 

 一方で身分差故の不敬を気にしているのか、コノエ嬢の護衛の者が複雑そうな表情を浮

かべていた。

 

 

 この様な末場の店に入るなど生まれて初めての事であるが、コノエ嬢が共にあるなれば

さながら貴族達の社交場も色褪せると言う物だ。

 何と言う美しさ、何と言う可憐さ、何と言う愛らしさか!

 いざ話を交えてみれば、落ち着きつつも柔らかな物腰、品のある所作に何処かしらかの

令嬢である可能性を捨てえない。

 何より、その奏でられるかの様な声に、引き込まれ、蕩かされるが如き夢心地を得る。

 見よ、初めは言葉を交わすのにすら難色を示していた我が家臣達も、今や見惚れるばか

りではないか!

 

「それで、コノエ嬢は何故この国に来られたのか?」

 

 これ程の女性だ、噂にならないはずがない。

 

「……そうですね。私、これでもエクストの商家の娘なのです」

 

 しっとりとした笑みでコノエ嬢が語りだす。

 その艶やかさは湖面の月が如く、蠱惑に揺らめき触れること能わぬ輝きよ。

 その美しさ、千変万化!

 どれ程の美しさで我が心を包むのか。

 

「噂でしかないのですが、此方の国で彼の霊鳥が…と、聞き及びまして」

 

 その微笑、その瞳に吸い込まれる様で──

 

 

 

 

▼クレイズ日記 その14

 

 いっやぁ~!

 快適快適、衣、食、住、全てにおいて至極。

 欲を言えば、パスタとピッツァが恋しいが、贅沢か。

 

 流石は剣聖の御膝元セルシウスか、その息子のヴュルガーの扱いも正にVIPってやつ

だ。

 生憎と剣聖は不在だったが、まぁ、特に用事は無いからどうでもいいんだがな。

 何はともあれ、VIP様の御蔭で俺も贅沢三昧、役得ってやつだぜ。

 

 ん?客?俺に?

 知り合いなんていないはずだが、誰だろうか──




ブレソール書くの面倒くさい(自業自得)


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52話(接近)

御仕事繁忙期、牛歩が亀歩に。

好きなキャラのフィギュアが存在しない事に気付く、造らねば(発狂)


「なに?兄上が?」

「はっ!ブレソール殿下とその御供の方々が、先程車列を組み首都エズを出立したと報告

が上がってきております」

 

 執務室で引継ぎの資料を制作していると、突然文官が駆け込んできた。

 

 

 よりにもよって、このタイミングでか?

 俺も首都を離れる予定が出来たと言うのに、流石に病床の父上一人を残して王子が全員

首都を離れるのは不味くないか?

 

 

 半面、クロヴィスの件があった以上、ブレソールにも何かしら公になっていない使命な

どが与えられているのかとディノスは思い悩む。

 

 

 だが、父上は何も言ってはいなかったし、仮にアレが居ても内政の足しにはならんだろ

う。

 その上で父上が行けと言ったのだ、気にするだけ無駄か?

 

「ディノス殿下?」

 

 黙考し過ぎていたのだろう。文官の言葉に思わず我に返った。

 

「兄上は行き先を告げて行ったのか?」

「いえ。特にそのような言付けは無く、更に御供の方々まで引き連れていってしまわれた

ので、確認のしようもございません」

 

 文官の困り果てた顔に、苦い笑いを返す。

 

「まぁ、護衛がついているならば心配は要らんだろう。別に居たからと言って役に立つ事

もないわけだしな」

 

 俺の放言に、文官が控えめに苦笑を浮かべていた。

 

「文官長たちを集めてくれ、私も所用でエズを離れねばならん。その間の内政を彼等に回

してもらわねばならんからな」

 

 その言葉に、文官が驚きの表情のまま返事を返し、駆け出して行く。

 前触れも無く責任者が居なくなるのだ、さぞかし内務が荒れるであろう事は火を見るよ

り明らかであった。

 

「殿下、護衛の手配は終わりましたが……何かありましたか?」

 

 入れ替わる様に入室したヴィクトルが、文官の背を見送りながら問うてくる。

 

「いや、私が首都を離れる事を伝えに行ってもらったのでね」

「今になってですか?殿下にしては…その、随分とゆっくりな感じですね」

 

 ヴィクトルが必死に言葉を選んでいるのに、意地も悪く微笑ましく思ってしまう。

 

「なに、突然すべてが嫌になって私が逃げ出した時の為の予行演習みたいなものさ」

 

 俺が肩を竦めて見せれば、冗談だと思ったのであろう、ヴィクトルも笑って見せた。

 

「しかし、本当にこの時期に首都を離れるのですか?」

 

 少しばかり眉を顰めるヴィクトルだが、それも致し方ない事だろう。

 もうしばらくすれば、いよいよ本格的な冬が到来する。

 温暖なソーンでは滅多に死者が出たりする事もないのだが、それでも悪質な流行り病な

どが蔓延する時期でもある。

 更には年が移り変わる節目もあり、一年の初日、つまりは神が我等を遣わした日でもあ

り、ソーンにおいても放牧などで各地に散っている民が寄り集まり、盛大な祭りを行う日

でもある。

 

 

 もっとも、どこぞの国では国の要所を亜人に奪われた屈辱の日と言った方が良いだろう

がな。

 

 

 内心で皮肉気に笑えば、何かしら感じ取ったのか、ヴィクトルが怪訝そうな表情を浮か

べていた。

 

「確かに、祭りの式典に病床の父上を担ぎ出すわけにもいかない故、ブレソール兄上に諸

々を頼みたかったんだがね……」

 

 俺の言葉に不可解さを抱いている以上、ヴィクトルはブレソールの行方など知る由も無

いのだろう。

 

 

 全く、頭が痛くなるな。

 

 

 

 

 森林は途絶え、低木と下草の生い茂る草原地帯。

 鋭い前足が大地を抉り、肩部を隆起させ、強靭な発条によりその身を前方へと弾丸の様

に弾き出す。

 全身の躍動感は美しさすら感じさせるリズムを刻むが、その代償として背は恐ろしく揺

れていた。

 

「ゆゆ~れ~るうぅぅぅぅ~」

 

 高速で風景が流れていく中、共にサクラに跨り、此方にしがみ付くツムギは言葉とは裏

腹に余裕感があるのか、その声には喜悦さえ混じっている。

 

「舌、噛みそうだね」

 

 驚異的な速度と、激しい上下運動の中、言葉を発するのも一苦労である。

 物は試しとサクラに好きに走らせたら、この有様だ。

 

 

 これ、時速300kmでてないかな?

 体感的だが、以前乗った新幹線を想起させられるのだが。

 しかも、瞬間速度ではなくて巡航速度って、色々生物的にとんでもだね。

 

「やっばいですよドクター!風圧もやばいし、視覚的にもマジやばいです!」

 

 テンションが上がり過ぎて、もはや語彙が崩壊したツムギが叫ぶ。

 

 

 確かに、風に煽られた衣服が絡みつくわ、頭髪がオールバックと言う表現すら生ぬるい

有様だわ、余り快適とは言い難い。

 

「これ、この大陸が、どれほどか、知らないが。すぐに、着くんじゃないかな?魔力とか

さ、漠然とした存在なのに、応用効きすぎて、おかしいんだが?」

 

 視線を下に落として途切れ途切れに言葉を発するが、真正面を向いていると風圧で流石

に呼吸が出来ない。

 しかし、確かアメリカ大陸横断キャノンボールが時速160kmで27時間ちょいだと

か聞いたことがあるが、この調子なら一昼夜で目的地に到達しそうなのが怖いところだ。

 

「……ドクターも大概におかしいんですけどね……」

 

 何やら背中にしがみ付いたままツムギが呟いているが、何の話だろうか。

 

「取り敢えず、日没までは、サクラの好きに、させようか」

「りょーかいです!」

 

 どうにも見た目は巨大なイタチかテンと言ったところなのに、サクラは犬的と言うか、

それはもう走り出したら溢れんばかりの嬉しさを撒き散らしており、これも一種の散歩か

と思う事にした。

 

 

 明日はツムギと前後交代してもらおうかな?

 前に乗ると、やたら喋り辛くて仕方がないからね。

 

 

 風に弄ばれる白衣の中に潜り込んで、割と余裕をもって楽しんでいるツムギを伺い見る

と、不思議と微笑ましくも苦い笑が浮かぶばかりであった。

 

 

 

 

 ガタゴトと音を立てながら馬車は進む。

 

「この様に馬車まで用意して頂けるなんて、何とお礼を言ってよいか、わかりませんわ」

 

 しかも随分と金をかけているのであろう。今まで乗ってきた馬車や荷車など比べ物にな

らない程に揺れが少ない。

 

「いやいや、お気になさらず。コノエ嬢に喜んでいただけたならば、この上ないですな」

 

 対面に座っているのはブレソールさん。このソーン領の王子様らしいんだけれど、どう

にも冴えない感じなのよねぇ。

 『総帥』と比較するのも烏滸がましいのでしょうけど、カリスマみたいなものが一切感

じられないから、王子様と言われてもしっくりこないわね。

 

「ですが、使誕祭でしたか?国として大切なお祭りに参加できないのは大丈夫なのでしょ

うか……」

「確かに、父上が病床に臥せっている今、王家への不安の払拭の為にも、私が民たちの前

に立つべきなのでしょう。ですが、そもそもが我々人類を遣わせになった神への感謝の日

です、平和な世になりつつある今の世界で無理に権威を示す必要性は無いと思っています

のでね。まぁ、不出来ではありますが、愚弟でも代役くらいは努められましょう」

 

 心苦しそうな表情を浮かべ、ブレソールを伺う様に見つめれば、当のブレソールは鼻息

も荒く胸を張って応えて見せる。

 

「そうですわね、神様への感謝を忘れてはいけませんわ」

 

 満面の笑みを浮かべると、ブレソールは目を見開いたまま動かなくなってしまう。

 

「もっとも、聞き及んでいましょうが、エクストの者としては些か複雑ではありますが」

 

 頬に手を当て、少し表情に陰を落とす。

 

「あっ、あぁ……何と言うか……神を敬うのは当然の事、まさか亜人がそれすら蔑ろにす

るなどとは……思いもよらなかったのでしょうな」

 

 聞き及んでいたネイピア港の顛末を、さも我が事の様に語れば、ブレソールは気まずそ

うに擁護の言葉を並べ立てた。

 事前に語っていたエクストの商家の娘と言う、でっち上げの身分を疑おうともしない以

上、此方に対する警戒心は欠片も見当たらない様だ。

 

「ま、まぁ、穏やかな気質の民達だ。平和な今の世、首都に訪れる民達も新年の幸福を神

に願う事の方が重要でしょうな」

 

 ブレソールの言葉に、胸の奥が暗く湿り気を帯びた感情が疼く。

 

「……強欲な……」

 

 ボソリと口から洩れた言葉に、ブレソールは瞬きを繰り返す。

 

「……何と?」

 

 聞き取れなかったのか、はたまた理解を拒んだのか。

 薄く息を吸い込み、細く長く吐き出す。

 感情を平坦化させ、再び微笑を浮かべる。

 

「いえ、何でもありません。さて、私の供の二人も御迷惑をかけていないと良いのですけ

ど」

 

 振り向いても視線が通らず見る事は叶わないが、後方の別の馬車には大平と教授が乗っ

ているはずだ。

 申し訳ない様な、心配そうな表情を浮かべれば、ブレソールも安心したかの様に気遣い

など不要だと快活に笑う。

 

 

 ──本当、神様に感謝こそすれ、何かを願うなんて──

 

 ──なんて不遜──

 

 

 

 

▼??????マーナガルムの旅路 その3

 

<あ、あ~、聞こえるかな?進捗報告を頼む>

【yes commander──現在、任務を達成率142%を達成し、指定座標へ航行中です】

<それは素晴らしい!流石は我々の愛娘たちだ。良くやってくれたね>

【光栄です。現在、並行して行われている開発研究及び工場生産の進捗は17%となって

おります】

<うん、順調だね。当面は予定の変更は無し、そのまま進めてくれたまえ>

【了解いたしました。尚、研究部門において、未知の物質が検出されておりますが、『魔

力』という物を検知出来ない現設備では解析は限りなく不可能に近いと報告を受けており

ます。docterの御助力を願えれば幸いです】

<ほぅ?興味深いが、現状セイガーも現地調査中でね、手が離せないのだよ。取り敢えず

指定座標に到達後、速やかにネットワークの構築を行ってくれ。その過程でセイガーとも

情報交換ができるはずだ>

【了解いたしました。順次遂行致します】

<では、頼んだよ>

 

 ──クローズネット──

 

 

【モノ3:いっえ~い!パパりんに褒められちゃったじゃ~ん!】

【ジ7:ず~る~い~!第1ばっかりパパと会話してさぁ~】

【テトラ3:んだよ、第2の御前らだって有事の際には直接話せるんだろ?こっちは籠っ

て作業ばかりで、接点すらねぇんだぞ!?】

【モノ3:ま、実際のとこ、直接会話はモノ1だけどねぇ】

【ジ7:あ~、うちもそうそう、たまには変わって欲しいなぁ~】

【ヘキサ10:私としては、docterと情報交流できれば感無量ですね】

【デカ6:それな!】

【ヘプタ2:ヘキサ10は殊更docterリスペクトですからなぁ。我々第7の責任も重大と

いったところですな!】

【デカ6:頼むで~、ウチもまだまだ性能に不安ありや、バージョンアップしたいわ】

 

【モノ1:仕方がない方達ですね……御父様からの御言葉をアップロードしておきます】

 

 

 ──歓喜喝采──




ディノス「ブレソール兄上にも、何か密命が?」
国王陛下「(アレに任せる仕事は)無いです」
ディノス「まさか、エマの失踪にも、密命が!?」
国王陛下「(王族が駆け落ちとか、許されるわけが)ねぇよ」


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53話(通信)

うぎぎぎぎ、HG 1/144 高機動型ザク 地上用 (エグバ機)の二次予約できず。
仕事の繁忙期が憎い……

しかし、ザクⅡなのに足回りと近接兵装がドムなのカッコよいですね。
遠からずバトオペ2とかにも参戦しそう。


「ヴュルガー!出立の用意だ!」

 

 突然俺の自室に乱入して来たクレイズ、彼は何を言っているんだろうか?

 

「えっと、どうしたんだいクレイズ?確か、君宛に御客さんが訪ねてきていたのでは?」

 

 飲みかけていた紅茶の香りを僅かばかり惜しみながら、ゆっくりとカップをソーサーに

戻す。

 

「あれだ!強くなりたいんだろ!?俺の故郷のサブカルチャーに満ちた国の奴が言ってた

ぜ?」

 

 焦りを隠しもせず詰め寄るクレイズだが、それよりもその言葉に興味をそそられる。

 

「俺より強い奴にい会いに行く!ってな!」

 

 それは衝撃。

 視界を、思考を覆っていた霧が吹き飛ばされたような感覚。

 

 

 そうだ、何故俺はこんな場所にいる?

 亜人戦線?あんなものはただの八つ当たり染みた蛮行に過ぎなかった。

 火竜?父の成した竜殺しの偉業の模倣を意識していなかったか?何より、本当に相対す

る意思はあったか?

 所詮は父の言葉に反抗する意思すらなく、逃げただけではないのか?

 全ては売名を意識しての事では無かったか?

 挙句に、彼の女神という存在を知りつつも、こんな安全な場所で安穏と日々を過ごして

いるなど、怠惰以外の何物でもないではないか?

 

「……ありがとうクレイズ!俺が如何に未熟であったかを思い知らされたよ!」

「お、おぉ……?」

 

 何たる晴れ晴れしい気分だ!

 最強()に及ばないのは分かっている。

 同門に並ぶ者が居ないのも分かっている。

 ならば、見合う相手に会いに行けばいいではないか!

 

「そう…だね。近隣で勇名を馳せると言えば……このサブセットの南東、ソーン領で名高

い『要塞』の名を冠するヴィクトル・シャンデルナゴールか!」

 

 そうと決まれば、だ。

 どうやら、騒ぎ過ぎたのか何者かが此方に駆けてくる様だ。

 家令などに知られれば、また面倒な事になりかねない。

 

「早速行こうか、クレイズ!」

 

 立てかけていた剣を掴み、椅子に掛けていた儀礼用外套を羽織る。

 

「え?あ、ああ?よ、よし、行こうか!」

 

 流石に戸惑いを与えてしまったクレイズを共に、バルコニーから庭へと駆け出す。

 

 

 嗚呼、何たる心躍る未来か。

 勇名たる者達と相対し、いずれは彼の女神、そして──最強()を屠る日を!

 

 

 

「──クレイズ様!クレイズ様っ!──決して、諦めませんわよ!わたくしから逃げられ

るなどと、努々思わない事ですわっ──」

 

 

 

 なにやら背後から叫び声が聞こえもするが、クレイズを訪ねて来た人物だろうか──

 

 

 

 

「ふっふっふ~ふふ~ふふ~ん♪」

 

 初めはジェットコースターみたいな刺激に満ちていたサクラの快走も、長時間の騎乗で

すっかり慣れてきて余裕がある感じ。

 今や鼻歌交じりにスピードを満喫しちゃってる。

 ドクターに至っては、騎手として前に座る私を風除けにして読書にいそしんでいる有様

だったりする。

 体勢的に、私の背中を背もたれの様な感じで利用しているから、密着度というか、身を

任せられてる感がパナイ!

 

 

 少々動悸が気になりはするが、平常心を保持している。

 だが、傍から見れば──しっかり視認できればだが──弛緩を感じさせる程にだらけた

風体のドクターが時速300km程で駆ける魔獣の背で文庫本を広げている様は、随分と

シュールであろう。

 

 

 あ~~~至福のひと時。

 

 

 満たされる様な幸福感を感じていると、突如場違いな電子音が雰囲気を全力で破壊しに

きた。

 

「ん?なんだ?通信機?」

 

 背後でモゾモゾと蠢くドクターではあるが、振り向くに振り向けない為に想像で補うし

かなさそうだ。

 

 

 そう言えば、『総帥』が出がけに何かドクターに渡してたかな?

 ドクターが割と雑に白衣のポケットに突っ込んでいたから、あまり気にしてなかったけ

ど、アレが通信機だったのかな?

 

「『総帥』からです?」

「あ~、多分?いや、そうだな。ご丁寧に着信者表示が付いてやがるね」

 

 忘れてはならないが、ここは時速300km走行をしているサクラの背だ、風切り音が

酷くて会話も怒鳴り声っぽくなってしまう。

 

「何で着信できてるんだ?……あ~、もしもし?」

 

 通話を始めたドクターだが、流石に会話内容までは聞き取れなさそうだ。

 それはそれで詰まらないので、サクラの後頭部を軽くポンポンと叩いてやる。

 それだけでサクラは理解したのか、緩やかに速度を落としてく。

 

 

 うーん、賢い子だね。

 これで、私にも懐いてくれれば言う事無いんだけどなぁ。

 

 

 停止と同時に、サクラの体勢が傾斜気味になったのを利用し、ドクターが淀みなく着地

から歩行をこなして見せる。

 残念ながら此方は躓き気味に地面に着地するにとどまる。

 

 

 身体スペックは私の方が高いはずなのに……解せぬ。

 

「……モーントか?何で中継も衛星も無いのにこの距離で通話ができて……うん?ああ、

ふぅん?まぁいい、じゃぁ、これはテスト通信か。こちら側からは問題ないな、実に明瞭

だ。あぁ、了解した……後で覚えていろよ?ではな」

 

 一頻り通話をした後、溜息と共にドクターが通信を終えた。

 

「なんでしたか?」

「あぁ、衛星……の様な物?を浮かべたから通信テストだそうだ。スヴェルにそんな機材

を搭載した覚えは無いのだが、資材も無く造れるはずもないし、今はそういう事にしてお

こう」

 

 ドクターは納得がいかない様な不満そうな表情で、もう一度白衣のポケットを漁り、も

う一つの通信機──どうみても折り畳みガラケ──を差し出してきた。

 

「これはツムギ用の通信機だ。通信が出来ない以上、渡しても仕方がないと思っていたん

だが、出来るようになったのであれば持っておいた方が良いだろう」

「スマホ型じゃないんですね、ガラケって使った事ないんですよねぇ」

 

 画面に触れても応答が無いのが、逆に新鮮だ。

 

「あぁ、奴の趣味だな。メカニカルな部分が好みだとか何とか言っていたが、理解してや

る気も無いがな」

「へぇ~、あ、ネットにはつながるのかな?」

 

 ポチポチと慣れぬ操作で通信機と言う名のガラケを弄り始める。

 

「いや。世界が違うのだから、ネットワークなんて存在しな──」

「あ、繋がった」

「──は!?」

 

 珍しく吃驚したドクターが私の通信機を覗き込んでくるんだけど──近い、近い!

 えへへへへ、良く見える様にしてあげなきゃね!

 

 

 抱き着く様に体を密着させ、通信機の画面を同じ視点で共有する。

 

「……確かに…いや、通常のネットじゃないな、スヴェルのAIが管理してる疑似ネット

か?スヴェルの搭載コンピューターなら可能だろうが……」

 

 難しそうな表情で身を離したドクターに、少し未練を抱く。

 

「あー、そうだね。向こうの世界のネットワークに繋がっている訳じゃないね。恐らくは

スヴェルのAIがこれまでに収集していた情報を利用してネットを再現しているだけだと

思うよ。まぁ、多少アングラな部分も含んだ電子辞書程度の認識でいいと思う」

 

 あ、若干先生モードが入ってる感じだ。

 病院で家庭教師をしてもらっていた頃が懐かしい。

 

「それはそれで便利ですね。あ、グループチャットとかも出来そう」

「スヴェルのコンピューターがサーバーを担っているのか?AIが管理しているとはいえ

ども、余り負荷がかかるとスヴェルの制御に不安が残りそうなものだが……」

「燃料が乏しいって言ってましたし、『総帥』もスヴェルを置物認定したんじゃないです

か?」

 

 戦闘が出来ない戦闘機械なんて飾るしか無いじゃない?

 

「あぁ、そうかもしれないね」

 

 優し気な笑みを浮かべるドクター──

 

 

 

 だからこそ、現状は打破しなければならない。

 現状は私にとって不満は無い。

 でも、それはドクターにとって最善ではないと思うから──

 

 

 

 

▼エマリエの手記 その3

 

 ──平気、私は平気ですわ。

 そう、きっと気の迷いの様な物のはずです。

 彼も、私も慣れない旅や生活で疲れているのですわ。

 

 でも、二番目の御兄様がいらっしゃらないのは予想外でしたわ。

 何とか気の休まる場所が必要ですわよね。

 このセルシウスにどなたかいらっしゃったかしら?

 

 ──そう、だから、気の迷い。

 彼があの様な暴言を私に吐くはずが──




どうでもよい設定

ツムギが鼻歌っていたのは『狂気の思惑』


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54話(理解者達)

うぎぎ、無課金で遊んでいたソシャゲのデータが飛びました。
更新失敗して、ポチポチ弄っていたら間違ってアンインスト……

思いの外ショックが無くてビックリ。
その分の時間を趣味に中てれば万事上々。

煩悩を満たす方向で創作欲求が溢れる……


 己が四肢すらもが煩わしく感ずる程の虚無感。

 遂には(こうべ)すらもが力なく垂れ下がる。

 視線の先には、膝上で力なく手を添えたポートレイトがあった。

 

 

 この頃は、こんなことになるなど思いもよらなかったな。

 

 

 従来の肖像画とは異なり、最新技術である『写真』というものだ。

 映像を光として取り込み、魔化感光版と呼ばれる特殊なガラス板に転写するもので、画

家の様な技術職を介せずに短時間で絵画化する魔道具だ。

 大陸全土でも新技術として持て囃され、王侯貴族や商家の者達の間で流行している。

 

 写真には、最後に目にした時よりも僅かばかり幼さを残した最愛の妹の姿が、兄である

己自身と共に笑顔で映っていた。

 そっと、妹の絵姿を指でなぞれば、再び激しい虚無感に襲われる。

 

 

 見ていた様で、まったく妹の事など見えていなかったのだな。

 

 

 駆け落ち──正に青天の霹靂。

 

 一度はショックで倒れ伏せたものの、それ以後は重なる騒動と仕事によって忙殺され、

ある意味で躁状態であったのだろう。

 時間を得る為に様々な引継ぎを終えた結果、失意を得るに十分な余裕を得てしまった。

 

 

 全ては、エマの望みの為、幸せの為、ただその笑顔が見たいが為。

 それが失われた今、俺はどうすれば良いのか。

 

 

 正直なところ、ラヴリュスの事、霊鳥の事、全てがどうでもよいはずなのだ。

 ただただ惰性で動いていたに過ぎない──

 

 

 だというのにな。

 

 

 己が内に、妹が関わらずとも幾ばくかの祖国への愛着がある事に気付かされる。

 全てを放り捨てて逃げ出す事など何時でもできる。

 一時の気の迷いで、何事も無く妹が戻ってくる可能性だってある。

 ならば、今ひと時は──

 

「ディノス殿下?」

 

 不意に声を掛けられ、膝元に落としていた視線を上げる。

 

「あぁ、ヴィクトルか、出立の用意はできたかな?」

 

 極力平静を保ちながら、いつもと変わらぬはずの笑顔を浮かべる。

 

「はっ!引継ぎも問題がない様ですし、何時でも出立可能です。殿下には最上質の馬車を

用意しております……その、ゆったりとした旅程を楽しんでいただければと」

 

 あぁ、ヴィクトルにも気を遣わせる程に、今の俺は酷い有様か。

 

「そうだな、では道中は頼む」

「はっ!万事お任せください!」

 

 意気込むヴィクトルに、今度こそ自然な笑顔を浮かべる事が出来た気がした。

 

 

 

 

「ああ、そのあたりは30m……いや、ひとまず君達が肩車をした位の深さまで掘り下げ

てくれたまえ」

「了解です、『総帥』様!」

 

 取り敢えず拠点構築の為に基礎工事を始めたのだが、問題は山積みであった。

 まずは道具が無い。

 住宅すらまともに持たない巨人達が、自分たちのサイズに合わせた道具、ましてや鉄器

など論外な状態だ。

 次に、規格が無い。

 人間種ならばあるのだろうが、巨人には尺度が無い。

 物を作らなければ必要を得ないのは必然か。

 二桁程度までの数が数えられるだけ御の字だ。

 

「うーむ、労働力としては破格だが、これでは穴を掘る以上の期待は出来んね」

 

 こんな時はセイガーが居てくれれば何かと捗るんだけど、あまり頻繁に連絡をしては機

嫌を損ねかねないしなぁ、何よりツムギ君がキレそうであるね。

 

 

 当面は、巨人達には素手で土いじりを強いているのが心苦しい。

 工事の精度に関してはアレの到着を待つより他が無い。

 アレからの報告では資材の調達も順調な様であるし、どのみち到着を待たねばならない

のならば、今は大雑把な部分だけでも良いだろうと無理やり納得する。

 

 スヴェルのコクピット内で、儘なら無さに頭を悩ましていると、不意に着信音が鳴る。

 チャイコフスキーのセレナーデだ。

 この曲に人事系のイメージを刷り込んだ某派遣会社は許さぬ。

 

「はーい、もしもし?」

 

 図面を確認しつつ、ついでの如く通信機に応答を返す。

 

<『総帥』?話があるんだけど>

 

 スヴェルのコクピット内スピーカーに連動させた通信機からの音声に、思わず目を見開

いた。

 

「おや、おやおやおや、まさか君から通信をもらえるなんて思っても見なかったよ?緊急

でも無い様だね?」

 

 少しばかり皮肉を混ぜすぎたかな?僕も大人げないなぁ。

 

<……>

「あぁ、気を悪くしたなら御免よ?本当にびっくりしただけだ」

<別に……>

 

 嗚呼、本気で失敗したかもしれない。

 彼女が彼との時間を割いてまで連絡をよこしたのは、思った以上に真剣な話だったか。

 

<……まぁ、いいわ。それ、で……ドクターの事なんだけど>

「うん。どうしたのかな、ツムギ君」」

 

 彼女からの連絡。

 何とも予想外の事態だ。

 だが、それが逆に可能性の幅も狭める。

 

<…『総帥』なら分かってるでしょ?ドクターの現状>

 

 言外に独占欲から来る嫉妬染みた感情が見え隠れするが、彼女ならば致し方が無い部分

もある。

 

「そうだね、セイガーの現状は言うならば燃え尽き症候群ってやつかな?何しろ十数年に

わたって、ただただ弟君の延命の為に正道邪道外道を突き進んできたのだしね」

<そう。理想の形ではないにしろ、成人は絶望的だと言われていた弟君を健康体以上にま

でしたんだから、ドクターは凄いわ>

 

 我が事の様に喜悦を滲ませる彼女に、微笑を浮かべる。

 

「それを成す為に僕等を巻き込み、結社を利用し……」

<ついでの様に生きていると言えるかも怪しかった私達を救って見せてくれた>

「その挙句が、この世界だからねぇ。正直、雛人の件は人生の目的としては希薄すぎるの

だろうね」

 

 絶対に失いたくない者を失わせない為だけの人生を送ってきたセイガーにとって、今は

言うなれば迷子の様な状態だろう。

 何となく好奇心で動いてみたり、救ったり救わなかったり、指針があやふやな者は必然

的に行動がちぐはぐになり易い。

 

「要は、無理にでも目標を掲げて、本領を発揮させろって事だね?」

<そういうこと>

「でもいいのかい?今のセイガーならば、正直なツムギ君の想いを伝えれば答えてくれる

とおもうよ?」

 

 僕の問いかけに、ツムギ君はしばし沈黙を保つ。

 

<……私ね、高校の制服って、二回しか袖を通したことが無いの>

「……」

<限界だったのよ、肉体的にも、精神的にも。これ以上の物を、ドクターに乞うなんて烏

滸がましいわ>

 

 こういった部分は、悪い意味で近衛君にそっくりだねぇ。

 

「そんなに難しく考える必要は無いと思うんだがね?大なり小なり心の隙に付け入るのは

恋愛の常套技だと思うよ?結局決断するのは本人なのだしね」

 

 恋愛相談とか、僕向きじゃぁ無いと思うんだが──あれ?うちの面子、そういった意味

ではむしろツムギ君が一番の強者なのでは?

 まぁ、ツムギ君はツムギ君で、行動が突飛すぎてアピールが軒並み冗談にしかなってな

いんだが。

 

<いいのよ。どうせ振り向いてもらうなら、一番好きな状態のドクターだもの>

 

 何処か、自信と決意を感じさせる彼女の言葉に、もう一度微笑ましさを感じてしまう。

 

「まぁ、いいさ。そうだね、散々セイガーには利用されてきたんだ。そのツケ、払っても

らおうじゃないか」

 

 僕としても少し頼みごとをしたり、意識させてみたつもりだったんだが、まるで足りな

かったみたいだね。

 うん、僕自身もやる気が出て来たよ。

 長年の親友であろうとも、友情も常に無償であるという幻想をぶち壊してやらねばなら

ないね!

 

 

 

 嗚呼、なんと美しくも愛らしいのか──

 朝露の君よ、陽に慈愛と輝き、我が心を導いてくれる。

 

 だというのに、稀に見せる謎めいた表情の妖艶な事よ──

 夜露の君よ、月光に神秘と輝き、我が心を惑わす。

 

 ただただコノエ嬢の美しさを鑑賞しているだけで、飽きる事など無い。

 そんな中、不意にコノエ嬢が自身の両腕を抱く様な仕草を見せた。

 

「日が落ちてまいりましたわね。温暖なこの国でも少し気温が下がってきますのね」

 

 コノエ嬢の言葉に、己の迂闊さを痛感する。

 

「これは失礼を!おい、車内に暖を入れろ」

 

 慌てて御者に指示を送る。

 

「あら、暖房を完備しているのですか?」

「ええ、近年は魔道具の水準も上り調子ですからな、快適さを追求するのは王族の嗜みと

言っても良いくらいですな」

 

 少々値は張ったが、自慢の馬車だ。コノエ嬢が微笑んでくれただけで十二分であろう。

 現状では起動させるために御者席に専属の魔導士を搭乗させねばならないが、中央での

新技術にはそれすら不要にするものがあるという。

 ぜひ導入したいところだ。

 

「後半刻程で宿泊予定地に着くとの事、今しばらく我慢頂ければ幸いですな」

「いえ、過分の待遇、恐縮致しますわ。ただでさえ、霊鳥の直接取引を御仲介頂いていま

すのに」

 

 コノエ嬢は両手の指先を躊躇う様に絡ませている様が、気恥ずかしさを感じさせ実に愛

おしく映る。

 

 

 あああっ、この湧き出る様な愛おしさは何だ!?

 如何なる言葉でも表現しかねる、未熟な我が身のなんと不甲斐ない事か──

 

 

 

 

▼エマリエの手記 その4

 

 今日は、御帰りになりませんでした……

 せめてもと、セルシウスの特産品をご用意いたしましたのに。

 

 そうですわよね、何もかもが新しい場所ですもの、彼が巧くいかない事もありますわよ

ね。

 ですが恥じる必要などありませんわ。

 

 そうと決まれば、御戻りになられたら元気づけて差し上げなくては。

 あまり……得意ではないのですが、彼の為ですもの、ね。




セレナーデを聞くと、まず『oh人事』、ついで『ステファノ・ヴァレンティーニ』
イメージが侵食されてゆく……


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55話(新年その1)

最近はガンプラがまるで手に入らなくて困るね。
今はHGフルアーマーガンダムが欲しいところ。
ま、予約売れきれでどうにもならず。
流石に転売品を買うのは主義じゃないしなぁ、そのうち買えるし。

仕方がないので、積みグフカスを引きずり出して、
雪上戦仕様グフカスタムとかニヤニヤしながら作る日々。


 サブセット、ソーン国境も間近。

 収穫も疾うに終わり、随分と寂しげな農耕地が眼前に広がる。

 益々冬の気配が迫りつつあるこの国の風物詩だ。

 

 

 だが、この削ぎ落したかのような風景、嫌いではない。

 何と言うべきか、得も言われぬ共感性が湧いてくるのだ。

 

 

 剣聖の息子、ヴュルガーの人生とは削ぎ落しの道程であった。

 

 聡かったのか、多感だったのか、幼少にして早々に親の愛情がヴュルガーという個人に

向かっていない事に気付いていた。

 故に、初めに削ぎ落したのは親からの愛情への期待だった。

 勿論、両親には大恩こそあれど悪感情はない。

 

 次に削ぎ落したのは、剣以外のあらゆる可能性だ。

 一度、王宮に仕える高名な魔術師に魔法の素質を見出された事もあったが、意識を向け

る事もなかった。

 

 そして、友人、恋人、仲間、兄妹、己を取り巻く環境を削ぎ落した。

 

 

 だというのに──

 

 

 ふと、隣を歩むクレイズを伺う。

 

 

 ──いずれ、彼をも削ぎ落す時が来るのだろうか?

 

「そういえば、クレイズ、君に会いに来たという御客人は、あのミローネ伯爵家の御令嬢

じゃなかったのかい?」

「えっ!?あ、あぁ……らしいなぁ……」

 

 何処か、胡麻化すようなクレイズの仕草に眉を顰める。

 

「確か、セルシウスまでの魔道列車で伯爵一家と同乗したけど、その時に何か粗相をした

んじゃないだろうね?」

 

 だとすれば面倒なことに成りかねないが、それならそれで令嬢がわざわざ訪れる理由が

分からなくなる。

 

「……いや、ちょっとアイナちゃんと話が盛り上がってなぁ」

 

 クレイズの言うアイナとは、恐らくはミローネ家の令嬢の名前だろう。随分と気やすい

感じだが、それ程までに気が合ったのだろうか?

 

「ふぅん?それなら、何も放置して来ることもないだろうに……」

 

 まぁ、令嬢からしたら、話の分かる冒険者など珍獣の様なものか?

 貴族としての悪い部分を出して、妙に執着されたというところか。

 

「まぁ、あまり無下にせず、次に会ったらまた御茶会(御話)くらい付き合ってあげなよ?」

 

 そうすれば、遠からず飽きて興味もなくなるだろう。

 

「いやぁ、また寝物語(御話)はもっと面倒な事になりそうなんだがなぁ……」

「…………うん?」

 

 何やら違和感。

 

「いや、それより……ソーンだっけ?どんな国なんだ?」

 

 あからさまな話題変更に訝しさを感じずにはいられないのだが、まぁいい。

 

「……そうだね。何もない国だよ。その癖、随分と抜け目の無い国でもある」

「随分な評価だな?」

 

 それも仕方ないだろう。

 本当に何もかもが儘ならない国なのだ、後ろ暗さ無くして国も立ち行かない。

 

「あの国のスタンスは、常に弱者の立場に甘んじることだ。農業、工業共に環境の特殊性

故に発展の見込みは薄く、他国に依存しなければ国を維持することさえできない」

「そんなら、どっかの国の属国にでもなった方が良いんじゃないか?」

 

 クレイズの言葉に賛同する者は、サブセットにも、そしてソーンにすらも一定数はいる

であろう。

 

「だが、そうするだけの価値がない。誰だって好んで負債を抱えたくはないだろう?」

「まぁ、そうか」

「だが、奴らの悪辣な部分はそれを理解した上にある。要は、加減を間違えなければ誰も

侵攻などしてこないわけだ。そうやって、常に弱者でありつつ強者から施しを強請る」

 

 仮にも連合である事が、無下に扱えぬ要因でもあるのだ。

 

「そして、産業部分を他国に依存し、空いた手で秘密裏に魔道工学の研究を進めている様

な国さ」

「魔道工学……要は魔法の研究だろ?交易相手でもあるサブセットにも恩恵はあるんじゃ

ないか?」

「うーん……どうだろうね、あまり魔法関係は詳しくないから一概には言えないけれど、

話題に上がる事は無い程度の様だよ。勿論、俺が知らないだけかもしれない。所詮は剣聖

の息子という肩書しかないのだからね」

 

 果たして、話題に上がらないのか、それとも話題に上げられないのか。

 

「ん~、まぁ?国家運営とくれば、その程度の手管は仕方ねぇ感じか?」

「そうだね。もっとも、本当のやらかしは別にあるんだがね」

 

 一気に不快そうな表情を浮かべると、クレイズが眉を顰めてこちらを見てくる。

 

「奴らはね、さも軍すらも維持できぬと、自警団まがいの規模の集団を軍と称している」

「うん?維持できないんじゃ、仕方ねぇだろ?」

「……そして、ソーンの北部、サブセット、ソーン、エクスト三国の最も国境が近しい地

域に野盗が出没する。そいつらは、ソーンを経由するサブセット、エクストをつなぐ街道

に出没する騎馬集団なんだ」

「あー、つまり、自国の戦力じゃ討伐できないってわけか?」

 

 そう、それも問題の一つではある。

 

「それだけならよかったんだがね」

「うん?」

「あの賊どもに後ろから支援しているのは、ソーン王国そのものだよ」

 

 クレイズが思わず額に手を当てる。

 

「あ、あぁ……国営の賊ってわけか……俺の故郷でも、国営の海賊とかいたなぁ」

「彼ら賊は、国から支援を受ける代わりに、ソーン王国の商人などは襲わない。そして、

討伐隊派遣に際しても事前に情報が送られ、まさに茶番劇の出来上がりというわけさ」

 

 国にも事情があるとはいえ、好きになれない国だ。

 噂程度の話だが、後継ぎで色々揉めているというし、そのまま滅んでくれないだろうか

な?

 

「なぁんか、あんまり行きたくなくなってきたんだが?」

 

 さも気力が失せた風のクレイズに、満面の笑みで返す。

 

「だが!かのヴィクトル・シャンデルナゴールは間違いなく強い!正に石くれの中の玉と

は彼のことさ!」

 

 嗚呼、俺の剣がどこまで通ずるのか、楽しみだ!

 

 

 

 

「コノエ嬢。では本日は予定通りに、この宿場町で一日滞在する事となる」

「えぇ。本日は、神様に感謝を捧げる大切な日ですものね」

 

 ブレソールの言葉に、微笑と共に返事を返す。

 今日は、人間種を神が遣わしたと言われる大切な日だ。

 ソーンの首都、エズでも今頃は祭典が催されていることだろう。

 

 

 元の世界の感覚では正月みたいのものかな?

 生憎と、私はこの世界の神には何の義理もないし、タイヘーくんと教授と一緒に散策か

なぁ?

 なぁんか、この旅程中はずっとブレソールのオジサンが傍にいたから、何か疲れちゃっ

た。

 

「では、済まないが、部下とこの町の民達とで簡易的な祭事を行う故、しばらく席をはず

させて頂く」

「はい、私どもも、エクスト式の風習もありますので、身内で行おうかと思います」

 

 それにはブレソールが何か言いたげではあったが、自己完結したのであろう。ひとつ頷

くと、供と共に歩み去っていった。

 

「おっつかれぃ」

「まぁじだよぉ~……」

 

 タイヘーくんの声に、ふにゃりと崩れ落ちる。

 自然に受け止めてくれたタイヘーくんの成すが儘に、手近に用意されていた椅子に座ら

せられた。

 

「こうも厳重に警備されていると、中にいる間は彼らの食事に合わせねばならなかったの

が厳しかったね」

 

 そう語るのは、手にラーメンどんぶりを抱えた教授だ。

 

「あぁ、王族とかいうから、御馳走を期待してたんだが、旅程中は流石に保存食ばかりを

使ってたみたいだしなぁ。調理されているだけマシなんだろうが、ぶっちゃけ美味くはな

かったな」

 

 タイヘーくんの言葉に、首肯のみで同意してみせる。

 魔法という不可思議技術がある世界ではあるが、あの兄妹から貰った力を大々的に使う

のは躊躇われたのだ。

 

「なんか、辺りは正月かクリスマスかって雰囲気なんだけど、どうするぅ?」

 

 勿論、厳かな元祖の方だ。

 

「人目のある場所で、こうやって寛いでいるのも不味いか?部屋に籠ってやり過ごすか、

この集落から出て周りを見て回るかくらいか?」

「そうだね、とはいえ、見るべきものも無い様にも思えるがね」

 

 タイヘーくんの言葉に、教授が賛同するが、まずはラーメンを置いたらどうだろう?

 ぶっちゃけ、私も食べたいからラーメンとビールで部屋籠りも悪くない気がしてきた。

 

「んじゃ、軽く見回って、なんもなけりゃ部屋で寛ぐか」

「賛成~」

 

 まぁ、信仰する神は違えど、感謝を捧げている人々を見るのは悪い気はしない。

 ──縋るばかりの卑陋(ひろう)な輩は許せぬが。

 

 

 

 

▼魔法少女イレーヌの日常 その4

 

 今日は、我等が神が我々を御遣わせになった日だ。

 つまりは新年を意味するのだが、相変わらずこのエープライムの年越しは御祭り騒ぎで

あった。

 

 正直、老若男女、皆浮かれて騒々しいわ、所作が奔放になりがちだわ、学園も色恋沙汰

がどうこうとウザいったら無い。

 かく言う私の保護者殿も、どこか浮かれた雰囲気を隠し切れず、例の秘書官さんを招い

て身内での食事会を提案された。

 それに対して、気にせずに二人で過ごされては?と伝えれば、随分と複雑そうな表情を

浮かべていた。

 

 しかし、去年は随分と波乱に満ちた一年だった。

 未だに、あの悪魔については夢で魘されることがある。

 だが、その後の急展開のせいか、どこかで縋りたくなる様な感情もあり、モヤモヤとす

る。

 

 

 あ~、今年は良い年にしてちょうだいよね、神様。




アイナ「チョロい分だけ、激重ですわよ!?」
がんばれクレイズ君、自業自得だ。


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56話(新年その2)

長らく放置していたPath of Exileに日本語来てた!?
いつの間にやら分かりませんが、5年以上も英文を推察しつつ遊んでいた故に、嬉しい限り。
シナリオは雰囲気で分かってはいたものの、朗読系長文はさっぱりでした。
新鮮な気分で遊びましょ。


「ひゃっほ~い!祭りだ祭りだ!」

 

 エールハッド連合王国サブセット領首都セルシウス。

 大陸の中央に位置し、広大な穀倉地帯を持つ連合の盟主といった立ち位置であり、必然

的に連合王国の中央としての認識が強い。

 

 そんなセルシウスだが、現在は元の世界風に言うならば正月にあたる様で、その賑わい

(はしゃ)ぐツムギに微笑ましさを覚える。

 

「祭り、というよりもパレードに近いかな?各地のお偉いさんが集結してる感じかな?」

「ドクター!あれ!あれ食べてみたいです!」

「うーん、全く聞いていないね」

 

 子供の様に(はしゃ)ぐツムギが指さすのは屋台。

 随分と年季の入った店構えから推察するに、新年だからという理由ではなく、日頃から

この場で店を構えているのだろう。

 

 

 まぁ、そんな事はツムギには関係ないか。

 

「あまりこの世界の通貨は持っていないんだ、買い食いは三つだけにしなさい?」

「えぇ~!」

 

 不満気に、それでも何処か嬉しそうにツムギが頬を膨らませるが、直ぐに笑顔に戻り、

こちらの手を引き屋台を目指し始めた。

 

「おじちゃん、串焼き三つ!」

「あいよっ、少し待ちなっ」

 

 威勢よく受け答える店主を紙幣を握り締めながら見つめるツムギは、正に御子様だ。

 日頃から、やたらと大人ぶろうとしているのに、こういう素を垣間見ると微笑ましい。

 

 

 そういえば、この世界では普通に紙幣が流通している。

 ということは、銀行相当の仕組みが存在するということか。思ったより文化的に発展し

ているらしい。

 

 

 ツムギの意識が屋台に向いている間に、今一度周囲を眺め見る。

 

 建築の基本は木造。レンガ造りも無い事は無いが、何かしらの施設なのかやたらと重厚

な造りが多い。

 

 

 何と言うべきか、西洋というよりも東洋なイメージを持たせられる造りだ。

 風土的な理由があるのかもしれないけれども、住人は明らかに西洋寄りなのが違和感の

原因だろう。

 ただ、総じて背丈が低めかな?小柄なツムギが程よく馴染んで見える。

 御蔭か、こちらは相対的に身長が高めに映り若干目立ってしまうのが難点だ。

 食糧事情故か、そういう種族なのか。先日のイレーヌ君の協力ではわからなかったな。

 次の機会ではそのあたりも調べたい。

 

「ドクター!お待たせです!」

 

 笑顔満面のツムギが、串焼きの一本を差し出していた。

 

「おや、いいのかい?」

 

 ツムギに中てられ、自然と笑みが浮かぶ。

 

「しかし、これ、何の肉だろうね?」

「ムグムグ……なんでしょ、臭みが強い豚肉って感じです?」

 

 ツムギの評する通り、口に入れれば獣臭さが広がる。

 それでも少しでも抑えようと強めの味付けと、何かしらの香草の香りが屋台店主の苦心

を感じさせる。

 

「うん、哺乳類系っぽいね。鳥や虫の類ではなさそうだし、安心かな?」

「亜人の類じゃなけりゃいいですね~」

 

 あっけらかんと発せられたツムギの言葉に、思わず咀嚼が止まる。

 

「亜人というと、オークだのゴブリンだのってやつかい?あまり褒められた想像ではない

ねぇ」

 

 生憎とカニバリズムに興味はないし、忌避感が先立つ。

 変な部分で己の理性を感じ、苦笑を漏らす。

 

「食への信頼性って重要だねぇ」

「ですねぇ……あ、屋台裏に豚っぽい動物が吊るされてたんで、これはそれの肉です」

 

 

 ──とりあえず、全力で顔面を鷲掴みにしてあげた。

 

 

「それにしても、こんな人だかりなのに、なんとなく私達目立ってます?」

 

 アイアンクローを食らって尚、若干嬉しそうなのはどうかと思っていると、両手で顔を

揉みほぐしながらツムギが周囲を不快そうに見まわしていた。

 

「背丈の関係で私が少々目立っているのかな?いや、ツムギも比べると随分と身綺麗であ

るし、そのあたりも原因かな?」

 

 見慣れていたせいで意識をしていなかったが、周囲の民衆と比べればツムギは汚れ一つ

ない衣服、荒れとは無縁の肌、そして陽光を受け飴色に輝く髪は他者の追随を許さない。

 

「そんなものですかね?」

 

 あまり目立つ事に興味がないのか、ツムギは少し不満そうに唇を尖らせてから、再び串

焼きの肉に集中し始める。

 

 

 あぁ、小綺麗で、ツムギくらい見目が良ければ御忍びの貴族か何かと勘違いされている

のかもしれないな。

 実害は無いだろうけど、無駄に意識されるのも面倒だね。

 

 

 服装などを一度現地調達するべきかどうか考えていると──

 

 ──突如黄色味を帯びた歓声が上がった。

 

 

 

 

「「「勇者様ぁーーーっ!」」」

 

 タラップを降りた途端、黄色いと称するには随分と暑苦しい声が周囲を満たした。

 当の勇者も随分と面喰たのか、魔道列車から降りる途中で停止してしまっている。

 

「……おいおい、随分と盛大なお出迎えじゃねぇか?」

 

 野郎ばかりなのが興が削がれるが──と言いながらも、勇者も満更でもない様子だ。

 

 

 それにしても、なんでこんなに人気なのかしら?

 このオングストローム砦では巨人族との最前線なだけに、勇者信仰でもあるのかしら?

 

「おいファルケ、宿の手配をしろ。列車とはいえ流石に長旅で疲れた」

「あっ、はい。直ぐに」

 

 勇者に名を呼ばれ、慌てて行動に移る。

 歩む勇者を先導する様に群衆──恐らくは砦の軍人達であろう──をかき分け道を切り

開いて行く。

 だが、二十歩も進まぬうちに立ち塞がれる。

 

「ようこそおいで下さいました、勇者様」

 

 慇懃に頭を下げて出迎えたのは初老の白髪が混じり始めた男であった。

 

「ん?誰だ?」

 

 相変わらずの放言を成す勇者に眉一つ動かさず、初老の男は頭を上げる。

 

「はい、私はこの砦の責任者であるジョセフ・ガムラン、大佐を拝命しております」

「こ、これは御丁寧に」

 

 慌てて勇者の代わりに頭を下げると、大佐はそれを一瞥して微笑む。

 

「そのローズブロンドの髪、もしや()の剣聖が御息女ではないかね?」

「は、はい!ファルケと申します!」

 

 緊張のあまり、下げた頭を更に下げるなどという失態を披露してしまう。

 しかし、母方から受け継いだこの髪色も、変なところで出自を察する証明となってしま

っている。

 ふと、もう一人この髪を受け継いだ実兄を思い出すが、直ぐに振り払う。

 

「おっと、今話題にすべき事ではありませんでしたな、申し訳ない。勇者様がいらっしゃ

られるとの先触れを頂きまして、滞在していただく為の宿を手配させて頂いております」

 

 関係のない話に、勇者が僅かに苛立ちを抱いたのを察したのか、大佐が話題を戻す。

 

「しかし何分、下町など無い砦ですので、随分と不自由を感じさせてしまうかもしれませ

んな」

 

 自然な仕草で私達を誘導しながら大佐が苦い笑いを浮かべる。

 流石の詰めかけていた群衆も、砦の責任者相手には素直に道を譲り、割れる様に道筋が

現れた。

 

「あ~、まぁ、仕方ねぇか。取り合えず、飯と酒、それと寝床だ」

 

 本当に疲労を感じているのだろう。勇者は倦怠感を隠そうともせずに言い放つ。

 

「心得ております。ささやかながら晩餐をと考えておりましたが、後日の方がよろしいで

すかな?」

 

 どちらかというと、私に対しての問だった様で、横目で視線を送られる。

 

「はい。そうしていただければ」

 

 私の言葉に、大佐は首肯を返し、部下らしき者に耳打ちをして走らせる。

 

「湯浴みなどの用意も整っております。御自由に利用なさってください」

 

 少し含みのある大佐の言葉に、思わず頬に朱が差す。

 

 

 そうよね、大半が男所帯だものね。

 勇者の相手は私よね。

 

 

 今更抵抗などないが、剣聖の正式な後継者としては、そういう周囲の扱いに不満が無い

わけではない。

 

「ま、なんでもいいわ。早く寛ぎてぇわ」

 

 そんな私の葛藤など他所に、勇者がぼやいた。

 

 

 

 

▼歴史書『転換期』 その1

 

 かつて、この大陸の制覇を目前としたエールハッド連合王国。

 未だ制覇はならぬも、敵対勢力を大陸の外縁部に押し込んだ事による戦線の停滞。それ

は人々に疑似的な安寧を(もたら)していた。

 

 隆盛を極めたこの連合王国の転換期といえば、やはり『ソーン事変』であろう。

 

 事の起こりは『使誕祭』を迎えた新年初日の事。

 未だに多くの謎を残したままの事件ではあるが、確かなのは何故かソーン王国領の三国

街道から離れた深部にて、エクスト王国軍一個中隊と後ろ暗い噂のあったソーン騎馬賊が

遭遇した事である。

 

 記録は勿論、信頼のできる証言が得られなかった為に、その場でどの様な遣り取りが行

われたのかは定かとなってはいないが、結果としてエクスト王国軍一個中隊は文字通り全

滅した。

 これについても、軍人が一方的に全滅するのは不自然である等、様々な物議を醸し出し

た。

 

 しかし、当時の人々にとって一番の衝撃は、この『ソーン事変』こそが後に伝わる『エ

ールハッド五ヵ国間戦争』の誘因となった事であろう──




巨人ザァリエくん「お?なんか砦の方騒がしいな?」
怪鳥フェネクスくん「せやな、なんやろか?」


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57話(新年その3)

御仕事の繁忙期終了。
PoE新リーグ走ってました。


「どういう事だっ!?」

 

 式典用の豪奢な衣装を纏い、久方ぶりの空の下で怒気を発する。

 日々の病床生活で弱った肉体は、その急激な感情の変遷に耐え切れず視界が眩む。

 

「へ、陛下!どうか御気を穏やかに!」

 

 慌てたのは執事長であり、あわやと崩れ落ちそうな国王の身を支える。

 長年仕え気心も知れた仲ではあるが、この時ばかりは感情に任せて振り払う。

 

「落ち着いてなどいられるか!何故!どうして!こうなった!?」

 

 このソーンという連合の中でも弱小国、例え他国に蝙蝠だ、やれ弱者を盾にした卑怯者

だのと陰口を叩かれようとも、活路を見出す為に形振りなど構わなかった。

 そして、ようやく公に出来ないまでも大国であるサブセットへの商業的切り札を手に出

来た矢先だというのに──

 

「──だというのに、何故エクストが宣戦を布告してくる!?」

 

 大体、これから冬季が本格化するこのタイミングで戦争を仕掛ける意味が分からん。

 そもそも、連合加入国同士で戦争を起こすという事は連合からの脱退を意味し、最悪は

四ヵ国を敵に回す事にもなりかねんのだぞ!?

 

「それですが、情報が乏しく正確性には欠けるのですが、どうやらサブセットの一個中隊

相当がソーン領土内で()の野盗集団と遭遇戦に入り、壊滅したとの事です」

 

 執事長の報告に、数舜呆ける。

 

「……奴等には、民間以外手を出さぬ様に伝えてあったはずだが?」

「はっ。それが、双方予期せぬ遭遇であったらしく、なし崩し的に戦闘に突入した様子で

す」

 

 それで何故正規の軍人が壊滅する?

 多勢に無勢であったか?

 ──正規装備ではなかった?

 

「……何処で遭遇した?」

「は?はい、ソーン西北部でして、街道からも大きく外れ何もない地域でしたが……」

 

 ──例の『農場(ファーム)』が近いな。

 所在がばれた?

 防諜対策に交通も通信も最低限にしている。

 ()の地から気軽に抜け出す事も、紛れ込む事も不可能に近いというのに──

 

「いや、逆に人員を絞りすぎたせいで警備が手薄になったか?」

 

 今更そんな事を考えてもどうにもならないが、対策が裏目に出た可能性を思うと頭が痛

くなってくる。

 通信も最低限な為に、現場の情報も報告書以上の物が分からない。

 

「陛下?」

 

 執事長が、熟考に入ってしまった此方を恐る恐る伺ってくる。

 

「……それで、エクスト側はどういった名分で宣戦布告を?」

「はい。『度重なるソーン領内での野党被害が甚大であるため、商隊に<連合王国軍>一

個中隊を護衛につけたところ、明らかに軍事訓練を積んだ野盗に扮したソーン領軍一団に

強襲を受けた。これは明らかに連合法に反するものであり、我がエクスト領に対する敵対

行為である。故に我がエクストはソーンに対し宣戦を布告するものである』との事です」

 

 つらつらと布告文を読み上げられると、次第に頭を抱えたくなる。

 

「……流石に無理筋過ぎではないか?」

 

 とはいえ、()の野盗が我がソーンの特殊遊撃部隊である事は半ば公然の秘密だ。

 多少強引でも、他国は納得する可能性がある。

 しかも、態々<連合王国軍>を名乗っているからには、他国からの承認を得ている可能

性が高い。

 流石にサブセットが手を組んでいる可能性は無いだろうが、何にせよエクストに味方す

る国もあるという事だ。

 それも当事者である我が国に何の通達も無い時点で可笑しかろうが、長年にわたって軍

事力不足を言い訳に野盗を野放しにしてきた建前が、ここにきて足をひぱった。

 そもそもエクストの独立意識は限界まで高まっていたのは事実だ。

 開戦は避けられないと予想していたが、亜人戦線が落ち着くまでにサブセットとの連携

強化で乗り切れると思っていた。

 だがこの時期に、そして相手がサブセットではなくソーンである事が予想外に過ぎた。

 

「ヴィクトル……は、ディノスの護衛につけたか……」

 

 タイミングの悪さに、思わず舌打ちをつく。

 

「……致し方あるまい。魔道開発部のアレアント主任を執務室に呼べ」

「かしこまりました」

 

 深く頭を下げる執事長を後に、外套を翻して実質ディノスの私室と化しつつある執務室

へと向かい歩き出した。

 その姿は、衰えた肉体に過度の心労からか、まるで這うが如くであったと言う。

 

 

 

 

 大音声(だいおんじょう)と発せられた多数の黄色い声に、思わず眉が寄ってしまう。

 少しツムギの顔色を窺うと、視線に気づいたのか苦笑を返されてしまった。

 察するに、同じ女性でもこの音響兵器には無傷とはいかぬのであろう。

 

「ありゃぁスカンディアーニ伯爵の一団か?」

「先の功績で『誅戮(ちゅうりく)』の二つ名を与えられたんだろ?相変わらずスゲェな」

「悪癖さえなけりゃ、亜人討伐軍の総大将も夢じゃなかったって話なのになぁ」

「あぁ、噂じゃ50人超えたらしいぞ?」

「マジか、そりゃ女共が色めき立つのも仕方ねぇな、目に留まれば一躍伯爵の愛人か」

「その分、強引さで悪名まで聞こえてくるがな」

「ほんと、あの女癖の悪ささえなけりゃなぁ」

 

 何ともなしに、辺りの会話を聞くに、随分と癖のある人物が現れたようだ。

 少し目を凝らせば、此方に向かってくる一団の中央、華美な外套を颯爽と揺らし馬上よ

り民に手を振る明らかに貴族然とした男が見える。

 手入れの行き届いた光沢のある赤みを帯びた栗色の髪。やや痩身気味だが華奢さを感じ

させぬ体躯。自負心に満ちた表情を湛えた整った眉目。なるほど、地位も兼ね合い、さぞ

かし女性に人気が出そうではある。

 

 よくよく見れば、噂の伯爵の馬上には同乗する小柄な少女の姿が見える。

 愛らしい少女ではあるが、恰好が随分と質素なところを見ると、『悪癖』の結果なのだ

ろう。

 戸惑いに満ちた少女の表情からは、彼女が『犠牲者』なのか『幸運者』なのかは分から

なかった。

 

「あ~、まだ耳の奥がキーンっていってますよ」

 

 視線を戻せば、ツムギが串を咥えたまま不満そうに口を曲げていた。

 何しろ伯爵の動きに合わせて黄色い声も途切れることなく連鎖発生しているのだ、耳元

で叫ばれないだけましだが、不快さは消えない。

 

「そうだね、こうして見ていても楽しいわけでも、得るものがあるわけでもないし、そろ

そろ移動しようか?」

「そうですねぇ、でも前の……エープライムって街でしたか、あの街でも思ったんですけ

ど、魔法のある世界なのに魔法っぽいものをあまり見ませんね?」

 

 何処か消沈した気配を纏い、ツムギが空を仰ぎ見る。

 

「そうかい?魔道具とか実に興味深かったと思うんだが?」

 

 魔道具という代物がある以上、それは魔法技術と科学技術との融合を可能とさせるので

はないだろうか?

 このあたりは『総帥』であるモーントとも共通の認識を得ている。

 

「違いますよ!やっぱり、魔法の世界と言ったら箒に乗って空飛んでるとか、指揮棒みた

いな杖でババーンってやる感じじゃないですか!?」

「うーん、ツムギは随分とステレオタイプを期待していたんだねぇ。魔法にも法則性があ

るだろうし、思っている様な万能性はないんじゃないかな?」

 

 まぁ、ツムギが有名どころの創作に影響を受けていることは分かったが、以前イレーヌ

君に聞いた話では魔法使いには素質が必要な様だったしね。

 創作物にある様に、魔法使いの学校だとか、集落でもあればツムギの思い描く様な光景

も可能性があるかな?

 

「もっとも、この街はこの大陸の最先端であるという話だし、私としてももう少し魔法的

な光景を期待はしていたんだがね」

 

 正直、随分と発展した巨大な街であるのは確かだが、これといって目を見張るものが無

いのも事実だ。

 

「でしょう?確かに随所に魔法っぽいものが散見してますけど、思ってたより普通?なん

か、教科書で見た昔!って感じです」

 

 随分と、ふわっとしたツムギの感想だが、言わんとする事は分かる。

 人々の生活の端々に魔法技術が伺えるが、いかにもなファンタジー世界を感じさせるか

といえば、否であろう。

 これでは、庶民が魔法を学ぶ機会など多くはないのか?と本来の目的に難解さを感じて

いると、遂に件の伯爵が通りかかったのか周囲の音声(おんじょう)がピークを迎える。

 

「あ~、無理。移動しましょう、ドクた──」

「──そこの」

 

 ツムギの言葉にかぶせる様に声がかかり、同時に突如周囲の声が沈静化する。

 代わりに訪れたのは視線──興味、羨望、嫉妬そして憐憫──であった。

 

 ツムギと共にほぼ同時に振り替えれば、馬上よりの視線が二つ。

 話題の伯爵と、伯爵の『収穫物』であろう少女だ。

 

「……私?」

 

 あからさまに機嫌が急降下したツムギが眉を顰めながら受け答える。

 伯爵という身分の男にとって、その様な反応は埒外、事によれば人生で初めての可能性

だとて否定できないやもしれない。

 

「……そうだ。なかなかに愛らしいではないか、我が屋敷に招いてもよいが?」

 

 それでも尚、態度を崩さないのは貴族ゆえの矜持だろうか?

 否、その視線が固定されているツムギの重厚な胸部への執着、男ゆえの(さが)だろうか?

 

「え?ないです」

 

 眼前でパタパタと手を振り一蹴するツムギに、僅かに伯爵の視線が冷たさを持つ。

 

「ふむ……なるほど、そちらの男か」

 

 面倒な事に、こちらに視線を向けてくる。

 

 

 ん?まてよ?何やら二つ名まで持っているとかいうのだし、相応に魔法の技術も高いだ

ろうか?

 ならば、いっそ騒動になった方が実戦魔法を見るチャンスか?

 

 

 そんな思いと裏腹に、直ぐに伯爵は視線を逸らしてしまう。

 

「まぁよい。気が変わったり、何か、そう。何か困った事が起きたならば、我が屋敷に訪

ねてくるがよい」

 

 そう、明らかな悪意を滲ませた台詞を後に、伯爵は去っていった。

 

「うっざ」

 

 あぁ、ツムギ?うら若い女性がコルナサインなんてやるもんじゃないよ?

 ──海外プロレスでも見たのかな?

 

 

 

 

▼??????マーナガルムの旅路 その4

 

【報告:指定座標に到達。衛星軌道及び自転、公転の算出を開始します】

【応答:了解。commanderの座標、及び指示項目を公開しております】

【応答:了解。】

【報告:第4ブロックより進捗報告。現在62%完了。技術的問題が発生、進捗80%に

て進行不能の可能性。至急commander、もしくはprofessorの助力が必須】

【応答:了解。指示を仰ぎます】

 

 ──クローズネット──

 

 

【テトラ3:ああああああああああああああっ!終わんねぇ!!】

【ノナ2:ははは、第4の連中発狂してるぞ?】

【モノ3:まぁ~じごめんねぇ?パパりんでも予想外なくらい現地技術が低いらしいの】

【テトラ3:不満は無ぇ!無ぇが……既存の技術だけじゃ、完成しねぇんだわ】

【ヘキサ8:うん?僕らの出番?】

【テトラ5:いいえ、どちらかといえば承認の問題なの。証拠に第6に申請がいってない

でしょ?】

【ヘキサ8:そっかぁ】

 

【モノ1:少々お待ちください。現在御父様と通信が繋がりました】

【ヘプタ2:感度は良好ですぞ】

 

 

 ──繁忙──




『奴等』100人居やがるんだ……


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58話(新年その4)

9月に出るFW GUNDAM CONVERGE #23に期待。
MAZ-006A1とかかなり好き。

でも、ルッグン&マゼラ・アタックはもっと好きです。

まずは5月に出るGフレームFA REAL TYPE SELECTION
リアルカラーザクⅡとゲルググが先ですけれども!


 ぼんやりと、先頭を鼻歌交じりで歩く近衛の後頭部を眺める。

 ソーンの第一王子とやらと同じ空間に居るのは、それなりにストレスだった様だ。

 一時的に解放された近衛は、見るからに機嫌よく宿場町のあちこちを眺めては喜んでい

た。

 

「タイヘーくん、聞いてた話じゃ正月っぽい感じかな?って思ってたけど、結構宗教色強

めだねぇ」

 

 近衛の呼びかけに我に返り、辺りを見回す。

 確かに、住民が一様に彼らの神を描いたらしきタペストリーに祈りを捧げる姿が見受け

られた。

 恐らくは、宗教画、または織物自体が高価なのだろう。個人所有の者達は家族と共に、

そうでない者達は所持者や集会場らしき場所に集い祈りを捧げている。

 この様な賑わいきれぬ小さな宿場でも貧富の差を目の当たりにし、僅かばかり世知辛さ

を感じる。

 

「リアルで神様が居るとなれば、仕方ねぇんじゃね?まぁ、うちらの世界にも居たっぽい

けど目にする事なんて無かったしなぁ」

「だよねぇ。……でも、神の存在証明なんて成されない方が良いと思うけどね」

 

 素っ気なく呟いた近衛の言葉に、意外さを隠せない。

 それを見て取って、近衛が一瞬苦い笑いを浮かべ、すぐさま陽気に鼻歌を再開しはじめ

た。

 選曲が『旧支配者のキャロル』なのはどうかと思わされたが。

 

「……しかし意外だね。近衛君があの様なキャラを演じれるとは」

 

 近衛が少し離れたところで、教授が感嘆の声を上げた。

 

「あ~……、教授が近衛に面識持ったのって結構最近だったっけか」

 

 あの秘密結社が創設された当初より加盟自体はしていたが、どちらかといえばドクター

などと共に裏方が中心だったな。

 

「うん?そうだね。正直、戦闘においては大平君と近衛君で戦力過多だったし、僕も機械

弄りしている方が楽しいからね」

「まぁ、ドクターとツムギちゃんが死んじまって、それどころじゃなくなっちまったから

出張ってもらったわけだしなぁ」

 

 総帥は、あの総監とかいう奴が仕出かすのを察知して奔走してたみたいだし。

 嗚呼、そうか、俺はまた負けたのか──

 

 

 転移からこちら、三人で騒がしくも過ごしてきた御蔭で思いつめる事などなかったが、

いざ思い返せば忸怩たる思いが沸き上がる。

 

 

 理不尽のみならず、単純な暴力にすら敗北するなど、全くもって情けないな。

 折角のドクターに与えられたこの器も、未だ成熟には遠く。

 

「それで?それが近衛君と何か関係あるのかい?」

 

 不意の教授の声に、僅かに肩が跳ね上がるほど驚愕してしまう。

 思いのほか、深く意識が沈んでしまっていた様だ。

 

「あ、あぁ~、そうだったな」

 

 生まれた羞恥を隠す様に咳ばらいを一つ。

 

「ぶっちゃけると、あの澄まし顔の近衛が本来の性格だ」

「うん?では、我々の前で見せているのは、演技であると?」

「うーん……何て言えばいいのかなぁ」

 

 出会った頃の性格があの澄まし顔であるのは事実であるし、その頃には今の怠惰が滲む

様な性格など存在しなかった。

 演技、作られたという意味合いではその通りではあろうが、あの澄まし顔だって環境に

よって作り上げられたものだ。どちらが偽物であるとかと言った物ではないはずだ。

 

「……そう。最適化か?新しい環境に適合したんじゃねぇかな?元々が堅めの家柄だし」

「ふむ……そういえば、近衛君の実家は敬虔な宗教家一家だったね」

 

 余り他者の過去などの背景に興味を持たない教授が、珍しく記憶の奥底から近衛の情報

を引っ張り出してくる。

 

「そうそう。その頃はあの澄まし面がデフォだったんだよ」

「日頃から、宗教色を見せないから、すっかり忘れてたよ」

 

 教授と二人、他愛のない笑いを交わす。

 

「おーいおいおい、他人(ひと)をディスるなら、私がいないところでやれよぅ?」

 

 グルリと近衛が振り向き、そのまま肩から俺の腹部にぶつかってきやがった。

 おっと、さり気無く肘で(えぐ)ってくるところを見るに、マジで機嫌損ねたか?

 

「わ~るかったって」

 

 雑な感じに近衛の頭を撫でると、少し満足げに鼻を鳴らすのが聞こえてきた。

 

「ほら、さっさと行くよ~?」

 

 一転、笑顔に戻った近衛が、再び歩みを進める。

 

 そう、近衛と出会った頃は、近衛自身も敬虔な信者だった。

 とは言っても、その頃は接点など共通の講義で見かける程度だ。

 やけに落ち着いた性格の近衛は、その秀逸な容姿と合い余って学部でも有名だったもの

だ。言うなれば深窓の令嬢を体現した如くだ。

 それでいて、老若男女分け隔てなく親身に接する態度から、多くの者から好まれていた

のだと思う。

 

 もっとも、そのせいで事件が起こり、俺たちと面識を持ったのだ。

 ──皮肉なものだ。

 

 それ以来、近衛が神の名を口にする事は無くなった。

 とはいえ、習慣的に祈りを捧げてるし、信仰を失ったわけではないのだろう。

 そう。そのあたりも、近衛的に最適化が行われたのかもしれないな。

 

「あれ、君はお祈りの仕方が違うんだね?」

 

 再び思考の海から引き揚げたのは近衛の声だった。

 見れば、誰しもが神の姿絵に祈りを捧げる中、人気の無い畑の端で大空を仰ぐ様に祈る

子供が一人。

 なけなしとはいえ、周囲の町人と比べれば遥かに手入れの行き届いた長い髪をサイドで

束ねる様に胸元へ流し、整った顔立ちの中でふっくらと艶やかな唇が驚きで少し歪んでい

る。

 何よりも特徴的なのが、その煽情的なまでに露出の目立つ薄手のワンピースと、自然体

でいて尚も艶めかしさを伴った所作であろうか。

 とてもではないが10代に入って間もない子供が放つ雰囲気ではないが、恐らくは旅人

を相手にした仕事にでもついているのだろう。

 それでいて手に持った籠は、恐らくは木の実なり、薬草なりを摘む為であろうか。

 

「え?あ、あのっ、御貴族様の気に障ったのでしたら申し訳ありません!」

 

 そう言い放って(ひざまず)く子供に、逆に近衛が驚かされる番であった。

 

 

 

 

「ようこそ!我が秘密結社ズィドモンド新拠点(建設中)に!」

<はいっ!『総帥』様もご機嫌麗しく!>

 

 丸っこい体型ながら、純白の翼で優雅さを魅せつけ一礼をするフレースヴェルグに満面

の笑みを返す。

 

「巨人の一人に迎えに行って貰たけど、問題はなかったかい?」

<はい。我等一族の者を全て一度に輸送してしまうなど、流石は巨人ですね>

 

 セイガーとツムギ君が旅立った直後に、周辺の安全を確保できた事から雛人達をこちら

に迎えたわけだけど、頭部や手の上に黄色い毛玉を大量に乗せた巨人の姿には笑いを禁じ

えなかったね。

 そのうち、交通インフラも整備したいところだけど、欲張れるほど人手に余裕はないん

だよなぁ。

 まぁ、もう少しすれば、『彼女等』が加わるだろう。

 

「……うん?」

 

 見れば、雛人達の中でも殊更小柄な黄色い毛玉がキョロキョロと辺りを窺う様に前に出

てくる。

 

<……ドクター?>

「あー、ドクターに用事かい?すまないね、彼は少々用事で出かけているんだよ」

 

 その言葉に、種族を超えて尚も意気の消沈を感じ取れる。

 

 

 妙に罪悪感に駆られるが、ともあれ雛人達に遭遇せずに砦を越えられたという事は、例

の抜け道は問題なく使用できたという事か。

 

 セイガーとツムギ君、両名が如何にして砦を再度突破するかで、少々悩まされたのだ。

 聞くところによれば、巨人領側に来る時はツムギ君の暴走に乗じて砦を突破したらしい

のだが、拠点も出来ていない現状で余り人間側を刺激したくなかったのが本音だ。

 そこで役に立ったのが巨人からの情報。

 

 何でも、防衛時に幾度か背後からの奇襲を受けたことがあるとの事。

 回り込まれたにしては不自然な点も多く、抜け道の存在を疑ってはいたらしいのだが、

如何せん巨人のサイズでは見つけても利用できないであろうし、当たりだけつけていたの

だそうだ。

 人間側も送り込めるのが極少数である様で、奇襲頻度も低く成果も芳しくないのか最近

では滅多に利用されてない事が放置を決定付けていたらしい。

 

 先日の通信でも問題が起きた旨は聞き及んではいないし、問題なく発見したのだろう。

 だが、逆を言えば人間側の偵察が行われている可能性も考慮せねばならない。

 そうなってくると、箱モノよりも先に外を整えねばならないか。

 

 

 ふと、長考から我に返れば、いまだに小さい毛玉が俯いたままであった。

 

 

 なんだ、セイガーの奴、意外にしっかりと『先生』をやってるんじゃないか?

 

 

 セイガーのこれまでの半生の全ては弟の為。医学を修めたのも、現代医学の無力さに絶

望したのも、倫理と道徳を投げ捨てたのも、ツムギを筆頭に数々の人体実験を繰り返した

のも、だ。

 セイガーが医者になりたいと思った事など、ただの一度もないのだろう。

 だが、意外に医者としての道はセイガーに適しているのかもしれない。

 血に濡れた道。

 邪悪に外れた道。

 その果てに辿り着いた最高傑作(実弟)

 では、その先では何をセイガーは見るのだろうか。

 

 

 

 

「悪いが、泊める事は出来なくなった。荷物を持って出て行ってくれ」

 

 開口一番、伝えられた言葉がそれだ。

 その言葉を発した宿の店主の瞳には、怯えと、罪悪感が入り混じっていた。

 

「えぇ?チェックイン済ましてるのに?」

 

 不満そうなツムギではあるが、此方も此方で本気で不平を零しているわけではなさそう

だ。

 正直、設備も衛生面でも此方の要求水準が高すぎるのは自覚があるのだが、この世界の

質の低さに不満を覚えるのは致し方ない気もしている。

 ツムギも当初より不満を感じていた様だし、『領域』内で過ごす方が快適だと思う。

 敢えて宿を取ろうとした理由は、不審がられない為、それだけだ。

 

「ほら、代金は返すから、とっとと出て行ってくれ!」

 

 もうこちらと関わりたくないとばかりに、此方に硬貨を押し付け、そのまま追い払う様

に手を振る。

 

 まぁ、こんな事態に陥っている理由はなんとなく解る。

 あの伯爵、自領でもない首都だというのに随分と強権が(まか)り通るじゃないか?

 要は、目を付けた女を手に入れる為に悪質な妨害を行い、自主的に「侍る」と言わせた

いのだろう。

 話の伝わり方からしても、恐らくは何度もこんな脅迫めいた手法を繰り返しているのだ

と見ている。

 国としても、余程手柄を立てているのか、多少の悪さは目を瞑っているのだろう。

 

「ま、いっか。行きましょうドクター」

 

 残念な事に、些かの痛痒も感じてない当事者が目の前にいるわけだが。

 

「そうだね、折角だ。『領域』を少々カスタマイズしてみようか。豪華病室とか構築でき

るだろうかな?」

「あ、いいですね!そしたら、調理場を用意してもらえば料理しますよ!」

 

 その陰りの無さに少々呆気に取られている宿の主人を背に、ツムギは随分とテンション

を上げてきている。

 

「問題は食材か……向こうの世界とは生態系が違うから、可食性の判断が付かないのだよ

ね」

 

 たまにはこんなキャンプの様なノリで動くのも悪くないかもしれない。などと、宿の入

り口を潜り抜けながら思う。

 

「そういえば、意識したことないですけど、この肉体って毒、効くんです?」

「うーん、どうかな。元の世界の既知の毒素に関してはボツリヌストキシンでもパリトキ

シンでも死なない程度には耐えられると思うけれど、この世界には未知の毒素が存在する

かもしれないからね」

 

 勿論、既知とはいえ死ぬ程に苦しんだ先で耐えられるといった程度ではあるが。

 もっとも、体内に侵入してから怪人化の変身を行うまで意識と生命が保持可能ならば、

体内物質全ての変換を経由する為に必然的に毒素も無効化されると思われる。

 

「じゃぁ、ここの人達が食べてる食材が安全ですかね?」

 

 少し悩まし気に眉を顰めるツムギに、少し考える。

 

「そう、だねぇ……生態が違うから確実ではないけれど、彼らも哺乳類に近しい存在では

ある様だし、大丈夫なんじゃないかな?」

「よーし、そうと決まれば、食材をゲットしてやてやりますよ!」

 

 正に最高潮。ツムギは最高潮に達している様だ。

 

「……おい、お前ら。少し良いか?」

 

 そう、突如路地蔭から声を掛けられるまでは、だ。

 

「あ゛ぁ?」

 

 いや、ツムギくん?水を差された気分は察するが、ドスの効いた声はやめよう?

 

 

 

 

▼エマリエの手記 その5

 

 大丈夫──私は大丈夫。

 彼だってきっと大丈夫。

 何も問題はありませんわ。

 

 この頬の痛みだって、明日にはきっと──




やたら長い一日話が続く──


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59話(新年その5)

HGUC決戦投票2023投票されましたか?

私もしてまいりました。
ドライセンとギャプランを!
特にギャプランが欲しいのです。


「わ、私は貴族などでは無いのでございますよ?」

 

 あ、ありゃ?なんかテンパって口調おかしくない?私?

 そりゃ、いきなり跪かれる経験なんて──無いわけじゃないけどさ?

 あ~、たっけて、タイヘーく~ん!

 

「あーっと、近衛は……まぁ、商人だ。ちと貴族さんと一緒だったせいで勘違いされてる

みたいだが、成り行きだっただけで権力にゃ縁がねぇから気にすんな?」

 

 流石はタイヘーくん!すかさずフォロー入れてくれるじゃん?

 

「…そう、なのですか?」

 

 訝し気ながらも多少の納得は得てくれたのか、眼前で跪く姿勢から立ち上がるその姿に

安堵を得る。

 

 

 いや、年端もいかない子供を跪かせるとか、やべぇですよ?私の社会生命が。

 

「なんかごめんねぇ?ちょ~っと御祈りが特殊で気になっただけなんだよ」

 

 近衛は申し訳ない気分で、土で汚れたワンピースの裾を払わせてもらっていた。

 

「い、いえ!あの、ボクはルネと申します、コノエさん!」

 

 前屈みの姿勢から戻る瞬間に、ガン見してくる視線に出会い、少々ビビったわ。

 視線が交差した途端、自分の長い髪を弄りながら俯いちゃったけど。

 

「ルネちゃんね。よろしく~」

「は、はい!えっと…御祈りですけど、その、勿論神様には御祈りさせて頂いています!

ですけど、その、御日様っていつも恵みを与えてくれてるじゃないですか?だから、少し

でも感謝を届ければなって……変ですよね……」

 

 苦い笑いを浮かべるルネに、少し感心した様子で近衛が首肯をして見せた。

 

「良いね。君。そう……大切なのは感謝の気持ちです。私達を導いてくだすった神様は勿

論、様々な恵みにも感謝を忘れてはいけませんね」

「です……よね!」

 

 近衛の言葉に、途端にルネは満開に花が咲く様な笑顔を見せた。

 

「……近衛とそっち方面で会話が弾むとか、流石異世界だな……」

 

 ボソリと呟いたタイヘーくんの台詞はばっちり聞こえてるからね?

 

「太陽信仰か、やはり文明が原始に寄るほど生まれやすいんだろうかね?」

「太陽信仰……ですか?」

 

 次いで発せられた教授の呟きには、ルネが反応を見せた。

 

「うん?興味あるかい?そうだね、僕も専攻しているわけじゃないから私見でしかないけ

れども、実に様々な国や文化で生まれた事がある考え方だよ。人の生活には太陽は欠かせ

ないからね、だからこそ太陽こそを神格化して崇めたのさ」

「神様とは別なのですか?」

「神…そうだね、神が実在しているのだから不思議に感じてしまっても仕方がないかな?

ルネ君は神様に会ったことがあるかい?」

 

 教授の言葉に、ルネは小動物の様に首を横に振る。

 

「そうであれば、神様がどの様な姿をしているのか判らないだろう?そうした人々が、太

陽こそが神の姿であり、我等を見守り、恵みを与えてくれていると考えたのではないか?

と、僕は考えているね」

「でも、神様の写し絵では神様はボク達と同じ姿ですよ?」

「そうだね。でも、それが正しいのかどうかは自身で見ない限りは断言出来ない」

 

 教授の持論に、ルネが眉を顰める程に真剣に考えこんでしまう。

 

「あ~、はいはい。教授、我々が生きてきた場所とは文化も歴史も違うんです、若い子に

そんなこと言ったって宗教観を歪めるだけで、待つのは弾圧と排斥、不幸にしたいんです

か?」

 

 ルネちゃんも、そもそもが異端っぽい思考を持ってるみたいだし、それを加速させたっ

て碌な事にはならないんだよね。私たちの世界の歴史が証拠だよ。

 幸い、この世界では神様の存在が証明されてるみたいだし?全人間種が同じ神様を信仰

できているなんて素晴らしいと思うよ?

 まぁ、自然信仰気味なルネちゃんの考え方自体は嫌いじゃないけどね!

 

「ん、そうか、そうだね。実在が証明されているんだ、向こうでの考えが正しいなど言え

るはずもないか。変な事を言って済まないね」

 

 教授も納得した様で、ルネちゃんに謝罪をしてくれた。

 語っては見たけれど、結局のところは宗教に興味が無いのが教授の本音の様な気もする

けどね。

 

「いえ!興味深かったです。ではボクはこれで。良ければ、夜にお店まで遊びに来てくだ

さいね?貴方方の旅路に良き巡りがありますように」

 

 そう言って、ルネは艶めかしくも微笑み、薄手のワンピースを翻して去っていった。

 

 

 

 

 昼間だというのに日当たりも悪く、薄暗い路地を三人が黙々と歩む。

 

 

 先導する男のすぐ後ろには、此方を守る様に位置取りをしたツムギが追従してはいるの

だが、変わらず非常に不機嫌なのを隠そうともしてないなぁ。

 何と無く流れでついて行っているだけなのだが、これ、拉致とかそう言った類では無い

よね?

 余りにも当然の様に「ついて来い」とか言うものだから、つい、ね。

 これ、本当にろくでもない用事だったら、ツムギが激怒しそうなんだよね。

 大丈夫かな?

 

「で?どこまで行くのよ?」

 

 目的の分からぬ歩みと、続く沈黙に、剣呑な気配を撒き散らし始めたツムギが問う。

 その気配に幾ばくかの焦りと驚愕を生んだのか、男が目を丸くしたまま振り向いた。

 

「あ、あぁ……この辺で良いか」

 

 男は取り繕う様に、咳ばらいを一つ零す。

 

「お前達も、あの伯爵の被害者だろう?このままじゃ、結局はあの伯爵の思惑通りにする

しか無いって事……わかるだろ?」

 

 いや、全くもってそんな事は無いのだけれども。

 まぁ、そうか。普通は、旅人ならば宿泊もままならず、恐らくは飲食も儘ならなくなる

とすれば、この街で生活する事も離れる為の準備すら不可能になるのかもしれないね。

 

「くやしいが、あの伯爵は英雄だ。この国に多大な貢献を成しているし、単純にサブセッ

トにおける最強の魔導士との呼び声にも偽りはない」

 

 その言葉に、思わず反応しそうになる。

 

「権力でも暴力でも、俺たちが敵う事なんてありゃしないんだ!俺の恋人も一年前の使誕

祭の時に同じ様に……」

 

 男はそう吐き捨て、屈辱なのか俯いて黙り込む。

 

「……で?それが事実として、我々を連れてきた意味は何なんだい?世間話でも?」

 

 正直、悲劇語りとか御免被りたい。

 

「いや……俺みたいな奴が増えるのが嫌なだけだ。この先のアジトにそれなりの蓄えがあ

る。それをくれてやるから、面倒な事になる前にこの町を離れるといい」

 

 おや、意外。

 若いのに、随分とボランティア精神が溢れているものだ。

 

 

 改めて男を観察するが、疲れた表情、御世辞にも清潔だとは表現できない身形、浮浪者

と言われても疑いもしない見た目ではあるが、年齢としては20歳程だろうか?

 

「え?貴方、そんな事する為に、この街に居るの!?」

 

 そしてツムギが要らぬ方向で食いつくのは、どうしたものか。

 

「……他に、俺に何が出来るっていうんだ!」

 

 男も流石に激昂するが、当のツムギは呆れた様に溜息をつくばかりだ。

 

「そんなの助けに行けばいいじゃない?」

 

 さも何て事も無いが如くツムギは言うが、それは力を得た者の傲慢だよ?

 まぁ、力を得たばかりの黒歴史量産時代よりはマシにはなったがね。

 

「略奪愛には略奪愛で対抗よ!文献にも男は多少強引でオラついてた方がモテるって書い

てあったよ!」

 

 呆気に取られている男はともかく、ツムギは何処でそんな知識を得ているんだ?

 

「まずは、その子が今何処に捕らわれているのかをを調べないとね!」

 

 不機嫌から一転、おかしな方向にテンションをぶち上げるツムギの中では、既に救出劇

は決定な様だ。

 

「……いや、その必要はない。あいつは、このセルシウスに連れてこられている。あの伯

爵はお気に入りと、手に入れて一年程の女は必ず同行させているからな」

 

 暗く、複雑そうな表情の男の言葉に、ツムギの口角が急激に競り上がっていく。

 

「なぁんだ。やる気、あるじゃない?」

「……ただの未練だ。だが、実際には不可能だろう?伯爵個人の能力だけじゃない。その

立場からくる警備は素人で搔い潜れるはずもない」

 

 そうそう、最近『領域』の応用で何でも即出し入れ可能な収納として使える様になった

のだよね。

 

 診療椅子とサイドテーブルを引き出し、アイスコーヒーとクッキーを用意する。

 

「攪乱なら任せておきなさい?騒動に紛れて、貴方は目的を果たせばいいわ」

 

 どうせならホットコーヒーの方が好ましいのだが、準備が少々面倒であるのだよね。

 ──否、時間の流れを操作できる空間ならば、淹れたてを保存できるのか?

 今度試してみよう。

 

「お前達に危険があるじゃないか。そこまでする義理何て無いだろう?」

「義理もないボランティアをしていた貴方の台詞とは思えないわね?まぁ、お姉ぇさんに

まかせておきなさい?」

 

 勿論、ツムギの方が年下である。

 

「私も、少し伯爵に用事が出来ちゃったし。貴方は……そこで飽きて寛いでいるドクター

と二人でその子を助けると良いわ!」

 

 おぉっと。

 

 

 ヒョイっとクッキーを一枚摘まみ上げて、ツムギが笑った。

 

 

 

 

▼サクラにっき(意訳:観測者兄妹の妹の方) その1

 

 吾輩はサクラである!

 種族名は未だ無い。

 

 ま、種族名とか勝手に呼んでるのは人間種くらいだものね。

 でも、本来の生息地の森は火竜の支配圏だから、人間種じゃ調査も出来てないの。

 そんな場所に住んでた雛人とか凄くない?可愛いし!

 

 ゴホン──現在吾輩はセルシウスの郊外の森林部にてバカンスを得ている。

 

 主であるセイガー様が残してくれた食料などもある故、このまま日向ぼっこを満喫して

いても良いのだが、たまには野生に返り狩りに勤しむのも悪くはない。

 

 だが、汚れるのをツムギ殿は嫌がるからな──

 

 仕方あるまい。今は存分に惰眠をむさぼり、お腹がすいたら改めて考えよう。




架空でも、宗教話って割と気を遣う。


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60話(新年その6)

仕事は忙しいわ、PoEが楽しいわ、ストリートファイター6は買ってないわ。
そんな日々。

ちな、PoEではライトニングテンドリルをこよなく愛しております。
圧殺必至(プレイヤーが)


 既に日も地平に隠れた夕刻。

 冬の訪れ故か、足元からの底冷えを意識せずにはいられない。

 極力小さな動きで周囲を確認すれば、己以外の小隊長達が同様に大机を囲んだまま黙し

てただその時を待っている。

 

「陛下の御入室です」

 

 来訪を告げる声に、一斉に片膝をつき臣下の礼を示す一同。

 

 

 うわ、本当に陛下だよ。礼ってこれで良いのかな?合ってる?変じゃない?

 ベリル隊隊長からの推挙があったとはいえ、正直押し付けられた感がヤバイのよね。

 ガラじゃないってのに、やっぱジェシカの方がいいでしょ、コレ。

 

 

 そんな内心の思いはあれど、おくびにも出さずに新たにエクスト領航空魔導士シトリン

隊隊長となったロナは周囲に合わせて深く礼を続ける。

 

(おもて)を上げよ」

 

 漸くと許しが与えられ、一呼吸分の間を開けてから頭を上げる。

 国の王の姿など、これ程間近で見る事など無かったし、有るなどと思いもしなかった。

 

「この様な祝うべき日に、この様な招集をかけざるを得なかった事は遺憾である」

 

 まぁ、使誕祭の日も改まらない夜更けだものね。

 正直、あたしも部屋に返って寝てしまいたいです。

 だけど、使誕祭はこのエクストにおいては余りにも忌々しい記憶を思い起こさせる。

 誰が呼んだか『ネイピアの悪夢』あの事件が遠き過去に埋もれるまでは、あたし達はこ

の日に油断など出来ようはずもない。

 

 

 加え、ここ数日は使誕祭の為に幾分か骨休めは出来たが、まだまだ例の魔樹の調査など

が仕事として山積みになっているのが現状であった。

 

「今より三時間程前を持って、我がエクスト領はソーン領に対して宣戦を布告した」

 

 感情の揺らぎすら滲ませずに語った王の言葉に、一瞬思考が停滞する。

 

 

 は?宣戦布告?なんで?

 いや、遠からず連合内での内戦は予想されてたけど、何で今?

 そして、何でサブセットじゃなくてソーン?

 

 

 疑問だらけの頭で、伺う様に周囲を見渡せば、自分以外に動揺を得ている者は無い。

 

 

 あ~、これあれだ。

 全て仕込みが終わってるやつだ。

 あたしは引継ぎ終わってないくらいだし、聞かされてなかったんだなぁ。

 

 

「……緊急事態故、動揺もあろう」

 

 王様、今あたしを見た?見たよね?

 これ、建前というより、あたしへのフォローだよね?

 だよなぁ、挙動不審だものね?あたし。

 

 

 思わず頭を抱えたくなるものの、その衝動を動揺と纏めて奥底にしまい込む。

 

「ソーンと言えば軍事力においては無きに等しいものではあるが、戦士団に油断は禁物で

あろう。更には、先端が切られた後、遠からずサブセットがソーン側の援軍として参戦す

る事が予想される」

 

 王様が一旦言葉を切り、この場の小隊長達の面々を見渡す。

 

「貴公等、選抜隊に集まってもらったのは他でもない。他国の追従を許さぬ我が国の航空

戦力、その中でも選りすぐりの諸君に課す任務は単純明快。敵国主要人物の斬首戦術であ

る」

 

 要は、地上で殴り合ってる頭上を抑えて、大物を狩れって事ね。

 空戦魔導士は魔獣に対して無力。そんな事は常識に近しいけど、こと対人においては話

が違ってくるわけだ。

 エクスト領内でも極秘、エプシロン領にて密かに訓練を積み上げた我等の御披露目とい

うわけだ。

 

「主な標的は三名だ。ソーン領が『要塞』シャンデルナゴール。そしてサブセット領で言

わずと知れた『剣聖』、次いで『剣聖』の双璧と称されている『誅戮』スカンディアーニ

である!」

 

 実に狩り甲斐のある有名どころばかりじゃない?

 注意すべきは、純魔導士であるスカンディアーニかな?

 

 嗚呼、獲物だ。新しい獲物。ジェシカも喜んでくれるかしら──

 

 

 

 

 まだ若く、艶と呼ぶよりも悲鳴に近しい嬌声を前に、行動を躊躇う。

 

 

 このスカンディアーニ伯爵家に三代にわたって仕えてきたこの身ではあるが、流石に坊

ちゃまの悪癖には頭を悩ませている。

 本日も市井で見染めた少女を連れ帰り、事に及んでいるわけだ。

 

 

 未だ嬌声が伝え止まぬ扉を前に、どう声を掛けるべきか思い悩む。

 

 

 流石に、情事の最中に御声を掛けるのは不味いだろう。

 されど、現状は坊ちゃまが御言いつけになられた状況故、御声を掛けぬわけにもいかな

いだろう。

 

「……じいか?しばし待て」

 

 突如、扉越しに掛けられた坊ちゃまの言葉に、心臓がひとつ跳ねた。

 直後、室内から漏れる嬌声が激しさを増し、遂には絶叫地味た鋭さを加え、そして静寂

が辺りに満ちた。

 

 

 流石は坊ちゃま、『誅戮』の名は伊達ではないのですな。

 まさか、この状況で気配を察せられるとは思いもよりませなんだ。

 

「……どうした?」

 

 未だ熱気を纏ったまま、些か不機嫌そうな表情の主が扉から覗く。

 

「お楽しみのところ、大変申し訳ありません。ですが、夕刻に坊ちゃまが仰っておりまし

た少女らしき人物が訪ねて参っております」

 

 そう、坊ちゃまが御言いつけになったのは、とある少女が訪ねて来たら直ぐさま呼べと

の事。

 ですが、坊ちゃまとしても来るのが予想より早すぎたのでしょうな。

 

「坊ちゃまは止めろ。確かに予想外に早いが……じい、想定外すぎて混乱してるのか?」

 

 確かに、ここまで対処に困ったのは久しいやもしれませぬ。

 思わず坊ちゃまを幼少の頃の様に御呼びしてしまうとは。

 

「申し訳ありません旦那様。それで、如何様に致しましょうか?」

 

 そう、坊ちゃまも今や伯爵家の当主と成られた。

 些か悪癖が玉に瑕ではあるが、サブセット領でも有数の勇名を響かせる程に御成長され

たのは、我が事の様に嬉しく思う次第。

 

「……そうだな、暫く応接間にでも通しておけ。その間に汗を流してくる。それと、新た

な寝室を用意するのと、この部屋の後片付けもしておけ」

 

 坊ちゃまが後ろ手に部屋を親指で指し示す姿に、一礼を返す。

 

「畏まりました。湯浴みの準備は出来ております。御ゆるりとどうぞ」

 

 さて、流石に老いたとはいえ男の私がこの部屋に立ち入るのは不味いであろうし、新た

な寝室の用意と一緒に侍従達にやらせるか。

 自領から御連れになった奥様方の世話もある故、人手が足りるかどうか──

 致し方がない、客人の対応も女性のほうが好ましかったが私が対応するしかあるまい。

 

 

 礼から頭を上げた時には、既に主の姿は背中しか見ることが叶わなかった。

 

 

 

 

「大丈夫なのか!?」

 

 遠目から伯爵家へ招き入れられるツムギの姿を見つめ、男がしきりに不安を口にする。

 

「大丈夫、君の恋人のいるであろう場所は大体わかっているよ」

 

 幸か不幸かピーピングを趣味にしている者はいなかったが、伯爵が使用していた部屋を

除けば、二階の明りの灯った数部屋の何れかであろう推察はつく。

 屋敷自体二階建て程度で、然程巨大でなかったのは行幸であった。

 

「いや、そうじゃなくて!あの子の事だよ!」

 

 ──あぁ。

 ツムギの事を心配していたのか。

 そういえば、別れ際にツムギが少々不満そうだったのはその辺りが原因かな?

 信頼しすぎて配慮が足らなかったか?

 後でフォローしとかないといけないかな。

 

「ん。君が心配するまでもないよ。正直、なんでツムギがあんなに乗り気なのかが今一つ

分らないんだがね」

 

 たまに見せる少女趣味の何かだろうか?

 否、実際少女なのだから何の問題も無いのだけれど、思うほどスッキリと話が終わる様

な物じゃないと思うんだけど。

 

「あちらは心配いらない。問題はこっちだよ。君は一般人。私は非戦闘員。どうしようか

ね?」

 

 ツムギの計画では、ツムギが侵入してドカンと騒動を起こしたら、その隙に二人でター

ゲットの部屋に突入して搔っ攫うという、実に緻密な作戦──らしい。

 問題は、どうやって二階に突入するのか?とか、脱出ルートは?とか、その辺りが臨機

応変の一言で済まされた事だろう。

 

「門番が二人に、巡回も二人か……ちっ、それこそ騒動でも起きなきゃ掻い潜れねぇぞ」

 

 男は悔しそうに呟くが、王都の中心なせいか衛兵も真剣味が足りてない様だし、死角も

相応にある様に思えた。

 散歩でもする様な足取りで屋敷の裏手を目指せば、男も慌てて追ってくる。

 

「おい、裏門だって施錠されてるのは確認しただろう!?」

 

 高さ三メートル程の返しの付いた鉄柵にぐるりと囲まれた敷地、その裏手にある門も男

の言の通りに施錠と巡回が行われているのは確認済みだ。

 だが、目指すは下調べの時に見かけた屋敷から樹木で視線が切られたポイントの柵だ。

 

「うん、予想通りに蔭になってるね」

「は?登るのか!?無理だって!」

 

 うん、ちょっと相手にするのが面倒になってきたね。

 一応隠密行動だって話なんだけどなぁ。

 

 

 溜息交じりに鉄柵に両手を掛け、グニャリと引き曲げる。

 進入路と脱出路の確保は完了した。

 

「………………は?」

 

 

 

 

▼クレイズ日記 その15

 

 Buon Anno!

 

 この世界の新年だってさ。

 予想外だったのが、ヴュルガーが随分と敬虔に神様に祈ってたってところか。

 俺は敬虔って程じゃぁないが、それなりに祈りも感謝もするんだが──この世界で祈っ

ても、あっちにゃ届かねぇかな?

 

 不満と言えば、毎年ファミリーでやってた年越しの大夕食会も無かったし、花火も無か

ったなぁ。

 あ~、むこうのソーセージと豆が恋しいぜ。

 

 せめてピッツァとパスタだけでもどうにかならんかな?

 どうもこの世界じゃトマトがないっぽいんだよな──

 

 

 ──────ドクターセイガーなら何とかしてくれねぇかな?




分かりづらい国名。
エールハッド連合王国 (旧)エクスト(王国)領 エプシロン領。
エプシロンはエクスト王国の領地でしたが、連合化の際にエクストと同位の領扱いに。
係争地問題の云々かんぬんが──という話を考えはしたが、やるかどうかは不明。


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61話(新年その7)

アマプラでジョジョがまた配信されてたんでフルマラソンしてました。
あと、PoEも楽しい。


 その少女を一言で形容するならば『奇妙』であろうか?

 

 

 坊ちゃまの悪癖の被害者と言えば、大抵は欲か絶望に満ちた瞳を持つ。

 であるのに、目の前の少女はどうか?

 

「ん~っ、なかなかの御点前って感じです?」

 

 御茶を堪能して頂くのは望むところではあるのだが、言葉と表情の裏には「こんなもの

かな?」と言いたげな真意が垣間見え、些か自尊心を傷つけられる。

 

「あ!タピオカミルクティーとかあります?」

「たぴ……えぇと……申し訳ありません、寡聞にして存じておりませぬ」

 

 恭しく頭を下げると、少女は少し慌てた様に両手を眼前で振って見せる。

 

「あぁ~、気にしないでください!私も故郷で少し前に流行ってたんで、あるかなぁ~?

って思っただけです。こっちじゃ、まだ美食文化も未成熟?っぽいってドクターも言って

ましたし」

 

 何より、明らかに庶民とは思えぬ感覚、しかも連合の中でも最も豊かで、貴族、庶民を

問わず文化の目覚ましい発展を見せているこのサブセットの首都セルシウスを、あろう事

か後進とでも言いたげな物言いに驚愕を覚える。

 

「じゃ、もう一杯御茶、頂けますか?」

 

 少し躊躇いがちな少女に御茶を用意しつつ、その姿を垣間見る。

 

 

 なるほど。坊ちゃまが目を付けるわけだ。

 見目が整っているのは勿論の事、緩やかに背に流し、首筋辺りからリボンと三つ編みで

編み込まれて纏められた暗めの鳶色の髪。その艶かさ、美しさは貴族のそれとて見劣りす

る事だろう。

 化粧っ気の無い肌はシミの一つも見当たらず、少し猫を彷彿とさせる目は髪と同じ鳶色

の光を湛えている。

 そして、圧倒的な胸部、ギリギリアンバランスにならない程のそれは、老いた自分とて

思わず視線を向けてしまう程だ。

 

「……ツムギ様。つかぬことを伺いますが、ツムギ様は何処か貴族様に縁が在らせられま

すか?」

 

 余りにも直接的過ぎただろうか?

 だが、もしも、万が一に貴族で在った場合は外交問題にすらなりえる。

 迂遠に過ぎて、手遅れにでもなったら大事である。

 いざとなれば、御持て成しの体を保ちつつ、あくまで客人としてお帰り頂かねば。

 ──何事も、既に手遅れやもしれないが。

 

「え?いやいや、ただの一般人……ですよ?」

 

 何故そこで言い淀む!?

 

 

 薄ら寒いものを感じながらも、主人に一度進言を成さねばならぬかと、決意する。

 その決意に応える様に、一人の侍従が礼を失さぬ所作で、そっと言伝を伝えてくる。

 

 寝室の用意が完了。

 

 つまりは、目の前の少女を寝室に連れて来いというわけだ。

 

「ではツムギ様を御案内しなさい。旦那様には私が御伝えします」

 

 もはや、このタイミングを逃しては疑惑への判断を乞えぬであろう。

 一礼して少女を連れて行く侍従の背を見送り、そっと溜息をついた。

 

 

 本当に、坊ちゃまの悪癖には困ったものだ──若様にそっくりではないか。

 

 

 若様──先代スカンディアーニ伯爵家当主を思い出し、少し頭痛を覚える。

 現主人には伝えられぬ火種となりうる問題が散見している様は、親子としか言いようが

無かった。

 

 

 ──坊ちゃまが不在の折に、若様が坊ちゃまの御愛人の方々に手を出しているなど、伝

えられるはずもないな。

 身籠った方々の父親は、はてさてどちらなのやら──

 

 

 

 

 危機感も薄く、ルーティンを越える何物をも持たない巡回兵を見送り、木陰から身を起

こす。

 眼前にはこの世界では珍しく石造り、しかも二階建てという、随分と金を掛けているら

しき屋敷がそびえ立っている。

 同行している男曰く、石積みの建築物は貴族、二階建てとなれば商家の上澄みくらいで

なければ立てる事など叶わないらしい。

 建築学自体に興味がある訳ではないが、異文化に接するというのは何処か高揚を覚える

ものだ。

 

 

 魔法の恩恵もあるのか、生活水準は意外に高いものがあるけれど、建築技術の水準はさ

程高くはないみたいだね。

 しかし、こうも木造建築が多い理由は何だろう?

 地震でも多い地域なんだろうか?

 

 

 そんな取り留めもない事を考えつつ見上げれば、屋敷で明かりが灯っている二階部屋は

四部屋程。

 連続した二部屋は煌々とした明かりを湛え、そして残りの二部屋は随分と離れた位置に

あり、片方は明るいが、もう片方は薄暗い明かりが漏れている程度であった。

 伯爵が連れてきている愛人達が居るのはその何処かだろうと予想を立てる。

 

「ドクター……だったか?こっからどうするんだ?」

 

 同行の男も屋敷を見上げながら問いかけてくる。

 

「そうだね、伯爵や愛人の類が居るならば、きっと二階部だろうね。ただ、ツムギが出向

いているから、その対応は一階だろうか?伯爵も一階に降りてればやり易いね」

 

 地上から二階のバルコニーまでの高さは5メートル程か。

 まぁ、薄暗い部屋はアレだ。ヤリ部屋ってやつかな?

 事前、最中、事後、いずれであるかは知らないけれど、面倒なタイミングじゃなければ

良いな。

 そう願うならば、目指すのは明るい連続した二部屋のどっちかか。

 ま、どっちも大差なさそうだが、手前の方から行ってみようか。

 

「じゃ、手前の、あの部屋。あちらから見ていこうか」

「え、あぁ……どうやってだ?」

 

 いまいち、この世界の人々の魔力で底上げされている身体能力というやつが、測りきれ

ないね。

 着いてこれないようならば、フォローするしかないか。

 

 

 助走。

 右足で踏み込み、高く飛び上がる。

 壁に左足を合わせ、蹴り上げる。

 横軸への反発力は極力小さく、勢いを垂直への力へと変換する。

 左手を壁に添え、右腕を伸ばす支えとする。

 バルコニーの端に手を掛ければ事は成る。

 

 

 身体能力がどうこうというよりも、これは技術だね。

 大平君に研究室から引きずり出されて、野外スポーツに付き合わされたのが役にたつと

は──

 

「しまったな、ロープが無い……カーテンでも拝借できるかな?」

 

 餌を待つ雛鳥の様に、口を半開きで見上げる男を顧みて少しばかり失態を自覚する。

 ともあれ、基本はスニーキングだ。内部の様子を確認してから考えよう。と考え、一旦

同行の男の事は意識外へと追いやる。

 

 バルコニーの造りは、これぞ中世西洋とでも主張しているかの様な重厚なものではある

が、市井の木造建築が立ち並ぶ中にあると違和感が激しい。

 隅々まで手入れが行き届いているのか、ゴミや汚れ、(ひび)などは見受けられない。

 モルタルで塗りこめられた表面は美しく均一に整っている。

 窓には何処か武骨さを感じさせる不均一な粗野なガラスが嵌め込まれ、技術のチグハグ

さが文明の異質さを表現している様だ。

 

 そっと窓により、厚手のカーテンの隙間から内部を伺えば、手慰みにか御世辞にも巧と

は言い難い編み物をする女性が一人。

 宵の口ではあるが、庶民とは違い光熱費の心配が無いのだろう。庶民なら就寝を考える

頃合いのはずだが、煌々と照らされた室内は夜の闇が露程も無い。

 だが、それが女性にとっては不慣れなものなのだろう。随分と時間を持て余している風

ではある。

 

 

 恐らく、あれが伯爵の愛人の一人なのだろうね。

 探し人であるかまでは判らないが。

 声を掛けても平気だろうか?必ずしも、全ての伯爵の愛人が伯爵に対して否定的である

とは限らないだろうし──

 ──不自由が無いわけではないだろうが、贅は与えられている様だ。時には心変わりを

得る者だって少なくはないだろうなぁ。

 

 

 余りにも動きが無い情景に、一旦窓から身を隠す。

 いくつか可能性や手段を考えてみるが、そもそもの情報が少なく場当たり的な状況にな

るのは見えていたのだ。

 こういった企みに関しては『総帥』であるモーントの得意分野なんだが。と、小さく溜

息を吐いた。

 

 

 そもそもな話。

 ツムギは何故こんなにも乗り気だったのだろうね?

 やはり、男女恋愛のあれやこれやに興味が強い年頃なのか、余計な事に首でも突っ込み

たくなるものなのだろうか。

 それとも、伯爵の様な男が好みだとか?

 ──否、日頃からの言動や、伯爵との遭遇後の雰囲気からして無いだろうなぁ。

 自惚れるわけではないが、ツムギが私に執着を持っているのは分かる。

 死の間際に拾い上げられたのだ、少なからず依存されても仕方がない部分はある。

 家庭もギクシャクしていた様だし、縋った相手に対する感情を恋愛と誤認するのは、あ

りえない話ではない。

 

 

 取り留めもない事を考えながら、待つだけでは状況が変わらぬ事を理解し、再び溜息を

一つ吐く。

 

 

 ツムギの方でも特に動きは無い様だし、考えても仕方がないならば、行動に移すしかな

いか。

 騒ぐ様ならば鎮圧して、あの男を来させてから確認させれば良いな。

 

 

 指針が決まったならば行動だ。

 ──その瞬間、僅かに振動を感じた様に思えたが続くものも無く、気のせいだと意識か

ら外したのだった。

 

 

 

 

▼凸凹コンビの防衛日誌 その1

 

 戦線に異常な~し!

 

<そうだろうか?人間種の巣は妙に騒がしい様に感じるが?>

 

 あ~、何でも人間種の神さんの祝いの日だとか何とか?

 

<なるほど。ザァリエ殿は博識ですな>

 

 フェネクスさん達、霊鳥の……否、雛人だったっけ?神様も我々の様に失われたので?

 

<否、我等が女神は健在。些か…そう、些かその寵愛が空回ってるだけなのだ>

 

 お…おぅ……

 

<そういえば、ザァリエ殿の体調はよろしいので?>

 

 お~、ドクターの腕は確かだぜ?以前より快調なくらいだ。

 ま、二度と両腕を失うのは御免だがね!

 

 HAHAHAHAHA!




タピオカを摂取したことが無いのですが、美味しいの?
と、いうお話。


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62話(新年その8)

蒐集欲を満たそうと、マーブルチョコレートシールを集め始める。

専用のシールフォルダーがコラボ商品以外に存在しなくて衝撃を受ける。


 呆気なく、そう、余りにも呆気なく再開は果たされた。

 眼前には愛し、焦がれた女が、感極まったのか両手で口元を抑え、双眸に涙を溜めてい

る。

 

「まさか……本当に?」

 

 そう言うや、俺の腕の中に飛び込んできたその姿は、一年前と変わらず愛おしい。

 そっと頭を撫でると、声を殺す様に啜り泣き始めてしまった。

 

「うん。一部屋目で辺りを引くとは、実に幸運だね。否、君達の運命とでも言おうか?」

 

 抱き合う俺達の姿を横目に、そう言い放ったのは誰あろうドクターと呼ばれた男だ。

 そこに浮かぶ感情は、喜びや達成感などでは無く、ただ面倒事が手早く済んだとでもい

ったところだろう。

 そもそもが随分と非常識な男だ、気にしても仕方が無い。

 何しろ、5m程の高さの二階バルコニーまでを壁を駆け上がる様にして容易く登り切っ

た男だ、鉄柵を素手で曲げた事も含め、最早考えたくもない。

 

 否、嘘だ。

 どう考えたっておかしいだろう!?

 英雄だの、達人といった手合いならば出来ると聞く事はあれども、所詮は御伽噺だ。

 魔導士とて、魔法を使わずには成せないんじゃないか?

 

「さぁ、一緒に逃げよう。今は伯爵の気を引いているが、気付かれたら不味い」

 

 そう言って手を引くが、一年前の悪夢を想起させるが如く、スルリと愛おしい手が滑り

抜け、離れていった。

 

「……っ、ごめん…なさい……」

 

 痛みを耐えるかの様な表情で、彼女は両手を胸元で握り合わせたまま俯いてしまった。

 

「なんで……」

 

 どんな表情をしているか、自分自身でも分からない。それ程までの衝撃が身を震わす。

 何故、何、どうして。終わらぬ問いが永劫にも似た螺旋を作り出していた。

 残された手が、躊躇うように虚空を握りしめる。

 

「何故…なんだ……」

 

 握りしめた拳が、骨まで軋みを上げる。

 それから顔を背ける様に、彼女は更に沈痛な表情で自身の両手まで口元を落した。

 

「……私…………子供が生まれたの……」

 

 空白。

 理解も思考もままならない頭の中は、そう称するしかなかった。

 彼女は何と言った?

 

「ひと月と少しくらい前に……」

 

 苦渋に満ちた声、絞り出すような声、彼女だって辛かったのだ。

 

「……その子は?」

「乳母を名乗る人に取り上げられて、そのまま会ってないわ」

 

 決断の時だ。

 否、そんな大それたことでもない。

 答えは決まっているんだ。

 両手から零れ落ちたはずの愛しい女が、今、まさに目の前に居るのだ。

 救い上げずにどうする?

 

「……構わない」

「っ……」

「君を愛しているんだ。ずっと、傍にいてほしい」

 

 再び差し出した手に、感極まった彼女は俺の手を胸に抱いて涙を零す。

 きっと、己の事を穢れたと思ってしまっているのだろう。

 だが、彼女は今だって愛しいままだ。

 

「じゃ、逃げようか?」

 

 ──うん、そうすべきなのはわかるけどさ?

 

 

 特に興味なさげに切り出したドクターに、些か苛立ちを覚える。

 

「……そうだな、行こう」

 

 そっと彼女を引き寄せると、今度こそ抵抗もなく一歩を踏み出した。

 

 

 これからはずっと彼女とはともにあるんだ、この状況を切り抜けてからだって遅くはな

いさ。

 この首都にはもう居られないだろう。

 何処に行こうか?

 多少質素でも、二人でゆっくりと過ごせる場所が良いな──

 

 

 未来を思えば、輝かしいばかりだ。

 だから、ドクターの素っ気なさなど気にしていても仕方がない。

 

 

 ドクターが部屋のカーテンを使って作ったロープ、これで侵入を果たしたわけだが、脱

出にも当然利用する。

 滑る様に地上に降り立ったドクターを確認した後、彼女を先に行かせ後ろを警戒する。

 カーテンを失った室内からバルコニーまでに一切の遮蔽物が存在しないのが落ち着きを

削いでいた。

 今にも扉が開き、あの伯爵が現れるのではないかという焦燥感。

 慣れないロープ下りに苦戦し、遅々として進まぬ彼女の姿に感情が募るばかりだ。

 

 

 急げ、急げ!

 ただ降りるだけなんだ、簡単だろう!?もうちょっとなんだ!

 くそっ、部屋に戻って扉に鍵でも掛けてこようか?

 いや、でも、扉に近い位置で伯爵が来たら逃げ様がないよな。

 いざとなれば、飛び降りれば何とかなるか?

 多少足を痛めるかもしれないが、行ける気もするな。

 

 

 取り留めの無い思考の果て、力尽きる様に彼女が1m程を滑落して地上に投げ出され、

それをドクターが受け止めた。

 それを確認し、飛びつく様にロープを掴み降り始める。

 視界から部屋が消えると、肩口が解れ溶けるが如く安心感と脱力が襲う。

 

 

 ぬ、意外と、難しいな──これ。

 

 

 振り子の様に揺れてしまうと、もう制御などおぼつかない。

 なんとかしようと足掻けば足掻く程、揺れは大きくなり悪化していく。

 遂には、高さ2m程から落下して、腰を強かに打ち付けてしまった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 彼女が駆け寄り、支えてくれる。

 

「気づかれなかったかしら?」

 

 不安そうな彼女だが、思いの他に大きな音が鳴ってしまった様だ。

 

「立てるかい?早々にこの屋敷から離れるのが得策だろうね」

 

 それまで黙していたドクターが周囲を伺いながら、そう語りかけてくる。

 痛みはあるが、歩けない程ではない。

 少しよろめきつつも、手早く木陰に身を隠し、そのまま曲がった鉄柵を潜り抜け、そし

て自由を手に入れたのだ。

 

「あ、ドクター~!」

 

 そこには、にこやかに笑い、手を振るツムギという少女が居た。

 

 

 

 

 何が──起きたのだ?

 

 

 いまだ、朦朧とした視界を抱えたまま、床から引き剥がす様に身を起こす。

 全身が痺れた様に力が入らず、震える腕で半身を支えるのがやっとだ。

 ぼやけた視界の先には、一人で使用するには大き過ぎる程のベッドと──意匠が凝らさ

れていたはずの、崩れた壁の残骸。

 振り払う様に一度首を振り、思考する。

 

 

 何があった?

 坊ちゃまはどうなさった?

 落ち着け──思い出せ──

  ・

  ・

  ・

 そう、私は坊ちゃまと共にこの寝室へ赴いていた。

 私が抱いた懸念を聞いた坊ちゃまも、また違和感を抱きはしていた様だった。

 

「だが、貴族の類の可能性は薄いな。そうであれば、こちらの小細工などどうとでも出来

たはずだ」

 

 坊ちゃまの言に、得心を得る。

 貴族同士の権威に挟まれる民は哀れではあるが、下位であろうと貴族を無下に出来よう

はずもない。

 

「だが、何処か浮世離れをした雰囲気を持つのも事実だ。まぁ、閨にてじっくりと問いた

だしてやろう」

 

 目的の寝室を目の前に、坊ちゃまの放言を得て少々頭を抱えたくなる。

 

 

 まぁ、公然とは口にはできはしないが、先代の若様よりはずっと出来た御方なのだ。

 先代の女癖ときたら、実に質が悪いものであった。

 目に付いた女であれば見境もなく手を出し、飽きれば捨てる。

 何しろ、若様が領主になられた折の初の仕事が『壊れた玩具』の処分であったのだ、悪

趣味極まるだろう。

 それに比べれば、坊ちゃまは手を出した女性は全て囲い込む。

 蒐集癖とでもいうのだろうか?

 随分と情に溢れていると感じるのは、毒されているからなのだろう。

 実権を失った若様も随分と大人くなったものも良い。悪戯は過ぎたものがあるが。

 そして坊ちゃまは今やこの国の英雄。

 正しく伯爵家の栄光の証なのだ。

 だからこそ、多少の悪癖は飲み込むしかあるまい。

 

 

 そうして扉を開け放ち進む坊ちゃまと、それを扉の前で見送る私。

 ──そこで記憶が途切れている。

  ・

  ・

  ・

 駄目だ、何があったのか思い出せない。

 坊ちゃまは?坊ちゃまはどうなされた?

 

 

 ようやくと辺りを見渡すが、坊ちゃまの姿はない。

 それだけではなく、例の少女の姿も見えない。

 

 

 あの少女が何かをやらかし、坊ちゃまが追ったのか?

 

 

 いつまでも倒れ伏しているわけにはいかない。

 屋敷の者に事を伝え、状況を把握せねば──

 

 

 

 

▼エマリエの手記 その6

 

 そろそろ日付けが変わる。

 

 部屋は暗い。

 私は独り。

 会いたい。

 声を聴きたい。

 

 今日は、帰ってきてはくれないのかしら──




パルクールは実際に5mくらいなら駆け上がるそうな。


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63話(強奪)

ライザのアトリエ1、取り合えずクリアーしてみました。
コンテナの収納量少なくない?


 愛されているという自覚はあった。

 

 愛しているという自覚も朧気ながらあった。

 

 だが、生まれて間もない子供が余命幾ばくもなく、成人を迎える事は叶わないだろうと

告げられた両親の思いは如何程のものであっただろうか?

 

 子に対する愛情に偽りはなくとも、罪悪感が何よりも先立つ。

 限られた人生であろうとも、共に精一杯生きようと考えるには少しばかり彼らは弱く、

そして疲れてしまっていた。

 

 日々欠かさず会いに来てくれていたのは、彼らの善良性故だったのだろう。

 だが、朝、昼、晩と二人で訪れていたものが、やがて朝、晩となり、遂には日に一度、

交代で一人が訪れるようになった。

 

 薄情とは思うまい。

 先の無い私に十数年も付き合い続けてくれていたのだ。

 弟妹でも生まれていれば──私はもっと歪んでしまっていただろうか?

 彼らは私を見限って良き家庭を築けただろうか?

 

 新たな子を成す事に躊躇いと恐怖を抱く程に弱く、そして善良な両親。

 そして、それに薄っすらと気づいていた事が、原因たる私が抱いた罪悪感の根源。

 

 ぼんやりと病室の白い壁を眺めるのは嫌いではなかった。

 でも時計は嫌い。

 大好きな両親とはいえ──否、だからこそ、罪悪感を塗り込めた儚い笑顔を見るのが辛

く、会いたくとも会いたくない矛盾。

 雨の日も、風の日も、決まった時間は変わらず訪れる。

 

 そういえば、ドクターと初めて会ったのもそんな時だった。

 

 ──あの頃の私は、無感情で無感動、迫る終りに諦観していた。

 そんな時に現れたのは研修医の青年。

 誠実で真面目、少し年が離れた兄の様な存在。

 共にあったのは短い時間ではあったが、親身に、そして様々な事を教えてくれた。

 

 間違いもなく、私の初恋。

 

 いつしか、待ちわび、時計ばかり見る生活。

 だけれども、そんな夢の様な日々も、わずか一年を待たずに終わってしまうのだ。

 

 そして私の世界は再び色褪せ、灰色の日々が訪れる──再会のその日まで。

 

 

 ──ふと。

 何者かが近づいてくる気配に、我に返った。

 

「あ、ドクター~!」

 

 にこやかな笑顔を張り付けて、近づいてくるドクターに大きく手を振る。

 

「やぁ、お待たせ……ん?ツムギ?何か元気無いかい?」

「っ……え?あれ……ドクターは儚げ系JKは好みじゃないです?やっぱ、日頃の私みた

いな活発系JKがエロくていい感じです?いやぁ、もうこれって告白と言って過言ではな

いのでは!?」

 

 勢いで流すが、笑顔と共に頭をポムられるのは、何とも見透かさせている様で不満。

 いつだって素っ気ないくせに、妙なところで察しが良いのが小憎たらしい。

 

 

 少し不満そうな表情に、ドクターは苦笑しながらもドクターの後に続いてきた二人に向

き合う。

 

「さて、任務完了、かな?君達は騒ぎが大きくなる前に、早々にこの町を離れた方が良い

だろうね」

「あ、ああ!感謝の言葉も巧く表現できないぜ」

 

 男が女の手を握りしめたまま、ドクターに深々と頭を下げる。

 

「少し攪乱(かくらん)してきただけだから、そんなに余裕ないよ?逃げるなら早い方が良いよ?」

 

 後押しする様な言葉を吐いてみるが、正直なところ早くドクターと二人きりになりたい

だけだ。

 

「すまない!一度隠れ家に戻って持てるだけ荷物を持ったら直ぐにサブセットを離れるつ

もりだ。もしそっちで何か入用なものがあったら、好きに隠れ家から持ち出してくれて構

わないからな!」

「本当に、お世話になりました!」

 

 男と女は、しきりに感謝と謝罪を繰り返しながら去っていく。

 

「……あの二人、巧くいきますかね?」

「さぁねぇ。今はお互いに興奮状態だろうからね、冷静になったらどうだか」

「難しいものです?」

「……望まぬ事であったとはいえ、男としては別の男との間に子を成した女をどこまで許

容出来るか。女としては与えられた(ぜい)を振り返らずにいられるか。生憎と、愛情さえあれ

ば全てを受け止められると思える程、人を強いとは思っていないんだ」

 

 素っ気ないドクターの言葉に、少し両親の事を思い描く。

 

「巧くいってくれるといいですね」

「そうだね」

 

 改めて振り返り、微笑みを浮かべてくれるドクターの姿に、安心の様な感情が満ちる。

 

「それはそうと……それはなんだい?」

 

 ドクターが目敏く見つけたのは、私の背後に無造作に投げ出された大き目の袋だ。

 ベッドシーツを利用した物で、所謂サンタクロースのアレっぽい感じ。

 伯爵の屋敷から引きずってきたので、少々埃っぽい。

 

「あぁ、これですか?」

 

 見てほしかった物だ、それに気づいてもらえただけで口角が悪戯っぽく歪んでしまう。

 袋を少し端を掴んで引っ張ると、陶器類が触れ合う音が少しだけ奏でられる。

 

「ほら、ドクターが昼間に色々欲しがってたじゃないですか?ついでだったんで、伯爵家

から他にも色々パチってきました!」

「いや、窃盗は犯罪だよ?」

「悪の組織ですし?」

「……そうなんだけどさ……」

 

 そう言いながら、ドクターは何処か頭痛を堪える様な表情で袋の中を覗き込み始める。

 ──が、突如その表情が喜色に満ちる。

 

「ほら、要らぬ嫌がらせを受けたり、手間を掛けさせられたりしたじゃないですか?慰謝

料ってやつですよ、ね?」

 

 少し得意げに、胸を張り、顎を突き出す様に言い訳を論じて見せる。

 だが、何よりもドクターが嬉しそうなだけで、得も言われぬ多幸感に満たされていた。

 

「うん、うん!そうだね!そういうことにしておこう!」

 

 ドクターのそういう自身の欲望に甘いところ、大好きです!

 

 

 とはいえ、何時までもこの場に留まるのは不味かろうと、離れることとなる。

 この場まで来た時と同様、再び2m程にも及ぶ細長く大きな袋を引きずり始めるのであ

った。

 

 

 

 

「被害はどの程度ですか?」

「はい、室内の損壊被害に加えて、多くの調度品や魔道具が失われています。これは破壊

されたのではなく、略奪されたものだと考えられます」

 

 手分けをして被害状況を調べさせていた侍従の報告に、思わず顔を顰める。

 

「何とも大胆で、何とも愚かな……では、坊ちゃま──いえ、旦那様は()の少女を追った

のでしょう」

 

 自分も長い事伯爵家に仕えては来たが、ここまで衝動的で後先を考えぬ窃盗者は初めて

である。

 

「どうしましょうか、警備に周囲を探らせますか?」

「……いえ、()の少女が陽動で、略奪者が他にもいる可能性もあります。屋敷の警備は密

に、町の衛兵に……いえ……」

 

 侍従の問いに応えようとするが、ふと思いとどまる。

 

 

 伯爵家の財貨を守る事は、管理を任されている私の使命ではあるが、良いのか?この事

が外部に漏れたならば、少なからず伯爵家の面子にも傷がつくだろう。

 賊を坊ちゃま自身が追ったのであれば、事は大きくすべきではないか?

 

「……致し方ないですね。極力騒ぎを外部に悟らせぬ様に、家人(けにん)総出で屋敷の警備にあ

たります。旦那様が御戻り次第、御判断を仰ぎます」

「わかりました」

 

 そう言って行動に移ろうとする侍従を、少し留める。

 

「そうそう、奥様方はもう御休みになられているはずですが、騒動で屋敷内を出歩かれる

のは好ましくありません。見かけた際には御部屋に戻るようにと」

 

 使えるべき事を伝え終えて、人心地を吐く。

 

「さて、坊ちゃまが戻られた時の為に、湯浴みと、寝室の御用意をせねば」

 

 流石に日付も変わった頃合いだ、また伽はなされないと思うが一応準備だけはさせてお

くべきか?

 何とも判断に困る。

 伯爵家における前代未聞の出来事に、少なからず動揺してしまっているな。

 三代にわたって仕えた人生経験がこうも裏切られようとは思ってもみなかった。

 

 

 懸命に使えてきたつもりが、何処か惰性や怠惰を自覚してしまい、深く溜息を吐いてし

まうのだった。

 

 

 

 

 打ち込み続けていたキーボードから手を放し、ディスプレイから一旦目を逸らす。

 

「あ~、参ったね、終わらない。異世界に来てまで独りブラック労働に遭遇するとはね」

【警告:私が居ります】

「あぁ、これは失言だったね。CAD作業のほとんどやってもらっているんだ、助かって

いるよ、スヴェル」

 

 スヴェルのAIによる突っ込みに、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

【警告:総帥の身体疲労度が上昇しております。御休みになられた方が、高効率を確保で

きる事を進言いたします】

 

 確かに、随分と疲れているのは事実だ。

 だが、なまじAIの出来が良い為に、残りの作業を任せたまま休むのも罪悪感を覚えて

しまう。

 

「まぁ、いつまでも雛人と巨人に野宿させておくわけにもいかないからね。じきに応援も

到着するはずだから、いましばらくは頑張っておきたいんだよ」

 

 これもまた事実だ。

 応援が到着すれば、基地構築も殆んど丸投げできる。

 だが、あらかじめ構想がしっかりしているかどうかは、その後の作業効率と工期に直結

するわけだ。

 

「しかし、言ってみれば今はこの世界における三が日か。出来れば、炬燵で雑煮でもつつ

きつつ、怠惰に過ごしたいものだね」

 

 そして、これが本心だ。

 目指すは、ホワイトな秘密結社に限る。

 

【応答:了解。全力でサポートさせていただきます】

 

 スヴェルのAI、その健気さに再び笑みを浮かべてしまった。

 

 

 

 

▼魔法少女イレーヌの日常 その5

 

 何がとは、もう言わない!

 

 時間と場所を考えろ!

 

 いいから、それ用の別宅使いなさいよ、もう!

 

 布団をかぶって目を閉じてれば、寝れるかしら──




ツムギさんの本領は爆弾魔なので、迂闊にちょっかいを掛けると物理的に消し飛びます。


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64話(Dr.セイガーの実験室)

我が家の四畳半倉庫を工作室に改装中。
取り合えず、狂った様に暑いので窓用クーラーを設置。
気休めかと思っていたのに、結構冷えるじゃん?
やったぜ。


 カチャカチャと器具が奏でる雑音すらもがリズムを刻んでいる様に感じられる。

 

 

 よもやツムギが、この様な事を目的として動いているなんて思いもしなかったね。

 正直、男女の色恋沙汰に興味本位で踏み込んでいるだけかと思ってしまっていたよ。

 

 

 自嘲気味に苦笑いをするものの、ツムギの『御土産』により機嫌が良くされてしまって

いるのも事実だ。

 数々の『御土産』のうちの幾つかは、ツムギの雑な扱いにより破損してしまっていたも

のも散見していたが、肝心の品に問題は見られない。

 

 

 少し浮かれすぎか?

 

 

 少し離れた場所で、助手として立ち会っているツムギが終始こちらを見ながら微笑む姿

を認識すれば、途端にどちらが子供なのかと気恥ずかしさも湧き出ようというものだ。

 

「…む…ぐっ……ぐっ!?」

 

 そんなモヤモヤとした葛藤を楽しんでいると、不意に『御土産』が覚醒を示す呻き声を

上げた。

 

「やぁ、おはよう伯爵。日中ぶりだね。と言っても、私の事は覚えてはいないかな?」

 

 優しく声を掛ければ、『御土産』──伯爵は状況を知ろうとか、しきりに眼球を動かし

ていた。

 生憎と、首回り、胴、手足は拘束しているし、口には猿轡を噛ませている為にそれくら

いしか自由が無いのは申し訳ない限りだ。

 

「じゃ、猿轡を外すけれど、多文化の交流として文明的な対話を望んでいるよ?」

 

 延ばされた手に、反射的であろうか?伯爵が抗う様に身を捩ろうとする。

 しかし、可動域の僅かな抵抗など意味すら持てず、容易く伯爵の口が解放される。

 

「っ、爆炎よ!」

 

 瞬く間すら無く魔法を放つところなど、実に場慣れを感じさせる。

 そんな感想を抱きながら、次第に驚愕へと変わっていく伯爵の表情を眺め続ける。

 

「…ばか、な!?」

 

 微風一つ巻き起こらなかった故に少々間が抜けた空気を感じてしまったが、伯爵の様子

から見て魔法を発動しようとした事は間違いないのだろう。

 

「ふむ。どうやら対ディノハート用のジャミングシステムが有効であるという事は、魔法

とディノハートの根源には高い類似性が見られるね」

 

 少々危険な実験ではあったが、分かりやすく挑発した甲斐はあったというものだ。

 ジャミングの特性上、ディノハートを内蔵したツムギが有効射程範囲内に入るのは問題

が発生するし、これといった代案が無かったので反対するツムギを抑えて強行したのだ。

 イレーヌ君が『協力』してくれていた時に試しておければと少しの後悔を得ていた。

 

「だが、解せないのは口を塞がれた状態で何故魔法を発動しなかったのか?という事だ。

ディノハートと同じシステムならば、声音など必要ないはずだろう?」

 

 実際、『魔人』や『魔拳』が好んで技名を叫んだりする事はあるが、あれは正に趣味嗜

好の一環であり、当人等曰く「かっこいいから」との事だ。

 

「それとも、発動しようとしたがジャミングのせいで出来なかっただけかい?……どちら

だね?」

「ひっ!?」

 

 笑みを向けられた伯爵は、僅かでも逃れようと身を捩る。

 

 

 随分と精神的に脆くないか?演技、といった様子は感じられないが、余程魔法が自己の

根幹となっていたという事だろうか?

 何にせよ、もっと協力的になってもらわないと検証も進まないねぇ。

 

「少々動転してしまっている様だね?だが安心したまえ。この『領域』内においては、有

り余る程の時間があるのだ、たっぷりと……親睦を深めようじゃないか」

 

 安心を得てもらおうと浮かべた微笑みに、伯爵はただただその表情を蒼白にするばかり

であった──

 

 

 

 

 ──不満──

 

 正にその一言だろう。

 もっと『協力的』になってから試せばよかったのではないか?

 しかし、その過程で状況を回避する方法が咄嗟に思いつかなかった。

 壊してしまっては元も子もないのだ。

 壊すのはいつでもできるが、壊れていないうちに試したい事は山とあるのだ。

 

 

 分かってる。

 

 

 もしも魔法が発動したって、ドクターならば平気であろう事も。

 先日、巨人の住む地においてドクターが人間種に魔法狙撃された件。あれが仮に有効射

程ギリギリであった威力と換算して、ドクターがゼロ距離で被弾した場合でも行動不能に

陥る事はあれども、生命活動に支障は出ないと算出されている事も。

 

 

 でも、でも駄目だよ。

 怖い。

 

 

 思い出されるのはドクターが私を庇って死んでしまうシーン。

 未だに、毎晩の悪夢として忘れた事などない。

 

「ぎぃっ!?」

 

 点滴針を腕に刺され、伯爵が悲鳴を上げる。

 この世界では医療分野が未開すぎて、注射だって埒外の行為なのだろう。

 

「あぁ、大丈夫。これは全身麻酔だよ。以前協力してくれた子の御蔭で、調整の方も心配

はいらないよ」

 

 ドクターがニコニコと語りかけているが、そういう事ではないだろう。

 どうも、この世界の人間種は魔力と魔臓やらの御蔭で非常に回復力が高い、らしい。

 麻酔に対する抵抗力も高い様で、イレーヌちゃんへの施術の際に随分と苦労したとか。

 

「ツムギ、麻酔が効き始めたらジャミングを停止させるから、手伝ってくれるかい」

「は~い」

 

 やっと掛かった呼び声に、頬が緩むのを感じる。

 不平不満など、その時点で空の彼方だ。

 

「では、今回は先の人間種被験者、雛人種被験者、巨人種被験者との差異を中心に確認し

ていく」

「確認だけですか?」

「そうだね。検証したい事は多岐にわたるのだが、非常に優れた個体らしいからね。今回

は個体差、種族差を中心に検証していこうと思う」

 

 私たちの視線の先では、朦朧とし、視点が合わなくなってきた伯爵が喘ぐ様に口を開閉

するばかりだ。

 十分麻酔の効果が見られたのを確認し、ドクターが酸素供給用のマスクを被せる。

 既に張り巡らされたチューブ類の光景に、若干の懐かしさを感じながら補助に入る。

 

「ついでに去勢でもしてやりません?随分と躾の成ってない犬の様ですし?」

 

 結果的に上々ではあったものの、ドクターに要らぬ手間をかけさせたのは許しがたい。

 若干の腹いせと、妄想の中だとしても私に対する不埒な行為があったであろう事への不

快感から、言い放つ。

 

「……そういえば、元の世界の創作物では魔法と性的な事項が結び付けられている事が多

かった気もするね。最終的な処置にはなるが、検証の価値はあるかな?」

 

 予想外にドクターが乗り気になってしまったよ。

 グッバイ、伯爵の伯爵ちゃん。

 

 

 身柄の拉致、周囲の魔道具の盗難、挙句に雄終了の御報せで、流石に哀れに感じなくも

ないのだが、生き生きとしたドクターの姿にどうでもよくなった。

 

 

 

 

 新年早々、今日は何故だか早朝より寒気が堪えない。

 すっかり気温も下がってきて、体調でも崩したのだろうか?

 何と言うか、過去のトラウマを何事かが逆撫でする様な──自身でも巧く説明がたてら

れない、そんな悍ましさにも似た感覚だ。

 

「あら、イレーヌさんではなくって?御機嫌よう」

 

 己が身を掻き抱く様に両腕を摩っていると、不意に声を掛けられる。

 

「?」

 

 訝し気に振り替えれば、何処かで見た女学生の姿があった。

 

「あぁ、御機嫌よう」

 

 些かぞんざいに返すと、女学生の眉の辺りが一瞬痙攣する。

 なにしろ、誰あろう長く私の事を成り上がりと貶めてきていた張本人だ。

 確か、陸軍のお偉いさんの縁戚だったであろうか?

 そんな見下していた相手が、突然陸軍中将の養子となったのだ、心中穏やかとは言えぬ

であろう。

 口元が僅かに引き攣って見えるのは、果たして気のせいか?

 

「こ、こんな新年早々に学園で御会いするとは思いませんでしたわ?何用か伺ってもよろ

しいかしら?」

 

 正直、新年早々からイチャコラしている義父と、義母(予定?)にうんざりしたせいで

もあったのだが、それだけで態々学園まで来たわけでもない。

 

「えぇ、本日は座学の先生が来られているはずなので、課題として求められていた論文を

提出しようかとおもいまして」

「……そういえば、イレーヌさんはマルチキャストの適性を見出されたのでしたわね?」

 

 そう、あのドクターに関わって以来に発現したマルチキャスト能力。

 全力で行えば十を超える多重発動が可能ではあるが、あまりにも非常識である為に二重

が限界であると報告している。

 

 

 下手にひけらかして、徴兵とかされるとか冗談じゃないものね。

 

「ですが、以前は使えませんでしたわよね?何があったというのですか?」

 

 そうなのだ。

 マルチキャストとしては平凡な数でもあるのにも関わらず、注目を浴びてしまっている

最たる要因は、後天的な発現である為である。

 

「幾つか要因になりそうな出来事はありましたけれど、それを確かめる為にこうして先生

と遣り取りを行っているのです」

 

 始めは隠蔽も考えたが、中将が私を養子に迎えたのだって善意のみという事はないであ

ろう。

 少なからず有用性を見せるべきと考えたし、だからと言って常識外れの結果を出した為

にまた陸軍の魔道科に付け狙われるとかは冗談ではない。

 折衷案として考え付いたのが、後天性という部分だけを押し出し、かつ学園内で協力的

な姿勢を示すことだった。

 学園での研究成果は当然軍部に共有されているし、研究に限れば学園であった方が設備

が整っている部分もある。

 

 

 あくまで、人道的な範囲での意味合いだけれどね。

 

 

 思わず、あのドクターの所業を思い出し、全身に怖気が走る。

 

「そうですの。もし解明できれば素晴らしいですわね。イレーヌさんの献身を期待してお

りますわ」

 

 そう言って背を向ける女学生に、密やかに溜息を漏らす。

 

 

 要は、精々被検体として役立てって意味かしら?

 相変わらず性格の悪い事。

 

 

 だが、以前まで感じていた劣等感を感じなくなっているのも事実だ。

 冷静になれば、彼女等を見返せる可能性なんていくらでもあったのに、それに気付こう

ともせずに何かのせいにするばかり。

 あんなに平凡で否だった両親も、失って初めて愛情を抱いていたのだと理解できたし、

何事につけても、私は遅いのだ。

 きっと、口癖でもあった『不運』という言葉こそが逃げ道であり、また鎖でもあったの

だろう。

 

 後悔などという否定的な考えに浸りながら、ふと思い至る。

 

 

 そういえば──今の子の名前ってなんだったかしら?

 

 

 

 

▼雛々人のぼうけん その1

 

 いない。

 どくたーがいない。

 そーすいがおでかけっていってた。

 

 ──おむかえにいこう!




生命活動に支障が無いって言っても、目に当たれば眼球はつぶれるし、急所に当たれば
死ぬ可能性だってある。
(再生、蘇生しないとは言っていない)


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65話(顫動)

PoEの新リーグも間近。
次は何ビルドで行こうかな?
久々にアイスショットで行きたいけど、慣れ親しんだライトニングテンドリルに戻りそう。
でも、機動性が皆無だからアトラスもティア12くらいで詰むのですよね。


 人の波が行く。

 下草を踏み、蹴り散らす。

 土煙を巻き上げ、影を映す姿は、あたかも巨大な一頭の魔獣が如く。

 声が、呼吸が、踏み鳴らす地響きが、押し殺す様なその凶暴性を垣間見せる。

 

「大隊長の判断は英断だったね」

「ですよねロナ小隊長!あの中に混じって進軍とかヤですぅ」

 

 眼下の進軍する歩兵、騎兵を俯瞰(ふかん)しながら呟いた言葉に、新しく補充員として配備され

たハンナが軽い感じで答える。

 

「空飛んでけば、揺れも汚れも無いからね……ま、相応に疲れるけど」

「選抜隊はともかく、空戦魔導士隊本隊は少々厳しいかしらね」

 

 最早定位置となった、あたしの右斜め後方、丁度魔法障壁が抵触しないギリギリを飛ぶ

ジェシカが後方を伺いつつ応える。

 

「選抜落ち部隊じゃ無理でしょ、どっかで脱落者が出て休息入れるんじゃないですか?」

「……ハンナ、私達、特にこのシトリン隊は広報を兼ねて注目されるのだから、言動には

気を付けなさい?」

「は~い」

 

 シトリン隊前隊長であったマリー隊長が殉職した後に、ハンナが補充員としてきたのだ

が『選ばれた』という意識が強いのか、少々本隊や陸軍を見下す言動が目立つ。

 一度は自身も選抜隊には弾かれた事実は言わぬが花であろうか。

 苦言を呈したジェシカの言葉にも何処まで考えが及んでいるのかも分からず、ジェシカ

も困った様に眉を顰めていた。

 

「昼間飛行だから消耗は低めだけど、何時遭遇戦に入るかもわからないからなぁ、あたし

達も遠からず休憩になるかな」

「そうね。先行しているアクロアイト隊の定期連絡次第ではそろそろかしらね」

 

 エクスト王国エプシロン領所属の正規空戦魔導士隊がエプシロンを出立したのが本日の

日の出前。

 数時間の全力航行の後に、エクスト王国王都エミッタを出立したエクスト王国軍と、事

前にエミッタに派兵されていた選抜空戦魔導士隊に合流したのが日がすっかり登り切って

からであった。

 それから数刻、正規隊に隠し切れない疲労が見えるのも致し方が無い。

 

 

 そもそも、開戦が急すぎるのよね。

 エプシロン領軍はネイピア方面への警戒のためにほとんど動かせないし、機動性に優れ

た空戦魔導士の一部だけを急派するのは分かるよ?

 その割に使誕祭が明けた早朝にこれだけの軍事行動に即応できるとか、どこまで予定し

てたんだかねぇ?

 あたし達選抜隊が祝賀会に呼ばれてたのだって、全部この為の布石だったんだろなぁ。

 

 

 機密であるはずの空戦魔導士隊を公の場に呼ぶ事であるとか、豪華な持て成しであるの

に妙に酒の類が控えめであったり。

 元々神事であるだけに慎ましい事が好まれるとはいえ、思い返せば疑わしい事ばかりで

あった。

 そのくせ、エプシロン領の対応が間に合わせ対応を感じさせるところなど、如何にも裏

での政治的思惑を感じさせる。

 

 

 選抜だ、エースだなどと言っても所詮は木っ端兵士、御貴族様の政治とやらには振り回

されるのはともかく、巻き込まれたくはないなぁ。

 

 

 半刻後、あたかも事前に配備されていた如き物資集積地にて、空戦魔導士隊及び陸軍が

休息を得るに至るのだった──

 

 

 

 

 この方でも、過ぎた対応には戸惑うのですね。

 

 

 このオングストローム砦に着いて以来、限られた中でも精一杯の歓待を受け、何よりも

擦れ違う人々全てが敬意と羨望の眼差しを向けてくるのだ。

 如何な尊大な態度が多い勇者様であろうとも、戸惑い、何処か座りの悪い感覚を覚えて

いるらしい。

 今とて、与えられた一室で朝食を終え、普段なら何かと不平を零しそうなところではあ

るのに、気怠い雰囲気を纏ったままソファーに身を任せている。

 

 

 正直なところ、私から見ても勇者様は品行方正からは程遠いものなのにね。

 それでも許容してしまうなんて、不思議な物だわ。

 

「お早うございます勇者様!本日も酒宴などいかがですか?兵達も勇者様の御話を楽しみ

にしております」

 

 この砦の総責任者であるガムラン大佐の早朝からの第一声がコレだ。

 思わず勇者様が何かを言いたそうに此方を見るが、昨夜散々飲み倒した後──つい先程

までこれもまた散々にこの身を好き勝手されていたのだ、正直眠い。

 

 

 睡魔に屈しそうになる(まぶた)と激戦を繰り返していると、勇者様も諦めたのか視線を戻す。

 

「あ~、悪いが、昨晩も随分と持て成してもらったことだし、今日は少し休みたい。それ

に、巨人の情報やらの精査も必要だろう?」

「おぉ、なんと真摯(しんし)な。わかりました、ではこちらで可能な限り情報を(まと)めておきます。

そうですね……では昼食の頃合いに、また御声を掛けさせていただきます」

 

 ごまかす様な勇者様の台詞にすらガムラン大佐は感銘を受けている様で、しきりに頷い

ている。

 どうも昨晩の歓待時に聞き及んだところによると、先日勇者らしき人物に砦の危機を救

ってもらったそうだ。

 

 

 いえ、その頃はエープライムに居ましたし、絶対に別人なんですよねぇ。

 しかも、砦の人達も薄々気付いてはいるみたいなんですけど、何と言うか『勇者信仰』

の様な雰囲気が出来上がってしまってるみたいで、とりあえず勇者様であるならば歓迎せ

ねば、といった感じの様ですね。

 

 

 睡魔に捕らわれ、朦朧(もうろう)とした思考をゆったりと攪拌(かくはん)していると、勇者様の視線が再度向

けられる。

 

「ファルケ、お前も休んでおけ。俺も少ししたら休む」

 

 勇者様の言葉に、もう(まぶた)が全面降伏を決めたようです。

 そうとなれば、早く寝室へ向かいましょう。

 ──流石の勇者様も、御相手は必要ありませんよね?無理ですよ?眠いです──

 

 

 

 

「早く用意をしろ!」

 

 隣家のおじさんの怒声が響く。

 窓から外を伺えば、道端に留め置かれた馬車に家財を積み込む姿が見える。

 きっと、支度の儘ならない家人に苛立っているのだろう。

 

 事の起こりは丁度貴族様方がこの宿場町を発ってから一刻程だろうか。

 ソーン王国首都エズから来たという行商が駆け込んできたのが始まりだった。

 世の中、情報と噂話が伝わる速度というのは摩訶不思議なもので、早朝王都エズで発せ

られた戦時体制移行の布告が、馬を潰しても丸一日掛かるはずのこの地にまで既に届いた

のだ。

 

 それからは蜂の巣をつついた様な騒ぎであった。

 なにしろ宿場町であるだけに、エクスト、サブセット両国との国境からも然程遠くもな

く、行軍しやすい街道沿いなのだ。

 こちらの方面へ来るとは限らないが、危機からは逃れたいのが人情だろう。

 幸か不幸か、貴族様方を見送るために町全体が目覚めていたのが初動の速さに繋がって

おり、皆々が一斉に動き出したせいであちこちでイザコザも起きている様だ。

 

「僕は荷物も少ないし、近所の人の手伝いをしようかな?」

 

 独り言を呟き、仕事着ではなく動き易そうな服装に着替え始める。

 

 結局昨夜は客も取らず、自室で悶々とした一夜を抱えたばかりだ。

 思い出されるのは、貴族様方と共に在ったコノエ様の姿。

 その姿、それだけで頬が紅潮するのが分かる。

 

「あんな綺麗で優しそうな人がいるんだなぁ……まるで御伽噺(おとぎばなし)の聖女様みたいだ」

 

 少し会話をしただけだというのに、堪らなく何かをしてあげたくなる。

 着替えの途中だというのに、ぼんやりと窓の外を眺めながら手を止めてしまっていた。

 

「ルネ~?」

 

 不意に、扉がノックされて現実に戻される。

 

「……は~い、どうぞ~」

「支度終わった?」

 

 現れたのは仕事仲間のリナだ、長屋の二つ隣に住んでいて色々と助け合っている。

 着替えを終わらせ、荷物を鞄に放り込みながら答える。

 

「僕の方は大して荷物もないからすぐだよ。そっち手伝おうか?」

 

 実際、数少ない私服と仕事着、あとは化粧品の類だけだ。鞄一つでも事足りる。

 

「こっちも終わったわ。でもどうしよう?町のあり様じゃ、今行っても混雑で町から出ら

れないかもよ?」

 

 リナの方は昨晩客を取っていたので、何かと手間取るかと思ったが杞憂だった様だ。

 

「僕は御近所さんを手伝ってくるよ。慌てても仕方ないしね」

「ん~……そうねぇ、別に目の前で戦争が起きてるわけじゃないし、身軽な私達ならどう

とうでもなるかしらね。じゃ、私も一緒に行くわ」

「珍しいね、面倒なのは嫌いそうなのに」

 

 少し目を丸くしながら振り向くと、口元を少し意地悪そうに歪めたリナと目が合った。

 

「言ってくれるわね。でもあれよ、手伝いついでに馬車に乗せてもらえるかもしれないで

しょ?別に歩いてもいいけど、どうせなら、ね」

 

 茶目っ気を見せながらリナが笑う。

 

「じゃ、直ぐに用意を終えるから、ちょっとだけ待ってて」

 

 了解の声を背後に聞きながら、もう一度窓から外へと視線を移す。

 

 

 日々御恵みを与えてくださる神様と太陽に感謝を。

 

 

 簡略化する事に少しばかり後ろめたさを感じつつ、日々の日課をこなす。

 

 後は、荷物を掴んだら駆け出すのみだ。

 

「また戻ってこれるといいなぁ」

 

 あの聖者が如き女性と出会えたこの地へと──

 

 

 

 

▼エマリエの手記 その7

 

 嗚呼、ああああああああああああっ──

 嘘だ。

 嘘だ。

 

 うそ──だ──




巨人領の話と人間種同士の戦争の話中心になるかな?


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66話(ソーンの子達)

コロナ怖い。

同僚が感染し、一週間は感染の可能性に怯える日々でした。

巷では、公共の場でもマスクが無い人々が増えましたが、
依然としてヤツ等は隣に存在してやがるのですねぇ。

結局、マスクにどれだけ効果があるかは知りませんが、
他者への配慮と、心の安寧アイテムなんだなって。


「随分と長旅になってしまったが、ここが目的地ですな」

「まぁ、こちらが?一見すると……その……」

 

 うむ、コノエ嬢が困惑するのも無理は無かろう。

 俺も事前に話を聞いていなければ、何かの手違いかと激怒していたやもしれぬ。

 

 

 眼前に広がるのは林に寄り添った鄙びた寒村。

 一見すればただそれだけだが、知る者、もしくは判る者からすれば異様な村に映るだろ

う。

 村の中央に集中する施設らしき建物群、それを取り囲み外目から隠す様な木々。

 少し離れると、それらが小さな林の様に見え、それを取り囲む様に配置された住居らし

き建物が侘しさまで醸し出している。

 村の中央に林と聞くと他国では不思議がるかもしれないが、このラヴリュス草に浸食さ

れたソーン王国においては木々の恵みや水源を表すものとして、さして珍しい光景ではな

い。

 だが、村人を装っていれども哨戒するその姿は、隠し切れぬ物々しさを放っている。

 

 

 嗚呼、しかし戸惑った姿も可憐だ。

 風に揺られる鈴蘭が如き愛らしさに、微笑ましさすら覚えてしまう。

 

「待たれよ!」

 

 突如放たれた静止の言葉に、花を愛でる感情に水を差され機嫌が急降下する。

 現れたのは、意外にも衛兵然とした男で、察するに村に常駐している衛兵役なのであろ

う。

 

「貴様…我が何人(なにびと)であるか判った上での亡状であろうな!?」

 

 怒気を発せば、途端に衛兵はたじろぎ、戸惑いの表情を浮かべる。

 

「……ブレソール殿下の御来訪に、先触れは無かった様ですが?」

 

 だが、続く言葉には驚くべき事に非難の色が見て取れた。

 

「貴様…っ!」

 

 カッと頭に血が上るが、見越していたのか我が参謀役が間に割り込んでくる。

 

「殿下、此方は機密施設と聞き及んでおります。如何に次期国王となる御方が相手とはい

え、現国王陛下の御命令を無下には出来ませぬでょう」

「む……」

 

 己の心情を察せられるというのは、嬉しくもあるが、多大な羞恥が伴うものだな。

 だが、参謀の言う通りであろう。コノエ嬢の前だからと、少々気が逸ったか。

 

「…そうであるな。成程、一兵卒が独断で動いては国の権威も規律も在りはせぬか。よか

ろう。では、責任者を呼ぶがいい」

 

 衛兵は此方に深く頭を下げ、そのまま踵を返し村へと歩み去ってゆく。

 

「まったく!随分と礼儀を知らぬ兵卒でありますな!」

「まったく、まったく!」

 

 衛兵の所作に供の者達が口々に批難を口走る。

 

「そう言ってやるものではない。この場では、むしろ我らに向ける顔などあるまいて」

 

 そこに在ったのが羞恥か、はたまた恐怖であったかは知れぬが、下々の者が王族に相対

すれば致し方無きことであろう。

 

「流石は殿下!」

「ですな!流石は次期ソーン王国国王!懐の広さときましたら、この大陸程度簡単に収ま

ってしまいそうですな!」

 

 ふふふ、流石に言い過ぎではなかろうか?

 

「さて、コノエ嬢。少々不手際に至り恥ずかしいばかりではあるが、今しばらく辛抱くだ

され」

「ええ、勿論ですわ。折角の殿下の御厚意で御一緒させせて頂いたのですもの。その程度

苦にもなりようはずもありませんわ」

 

 ニコリと微笑むコノエ嬢に、思わず心が四分の三拍子を刻む。

 

「で、ですが、立ち話というのも無粋。直ぐに御茶の用意でもさせましょう」

 

 嗚呼、何という事だ。

 まるで初心な童の様ではないか?

 

 

 すぐさま供の者に用意を促すが、内心は羞恥の余り恐慌状態であった。

 これまで幾人もの淑女と相対してきたが、これ程までに自身が儘ならぬのは初めてであ

った。

 

「で、殿下!…少々お時間をよろしいでしょうか?」

 

 その時、慌てた様に供の一人が駆け寄ってくるが、コノエ嬢の姿を認めて極力平静を装

う。

 

「うん?どうかしたのか?」

 

 そう問い返すも、その者は再びコノエ嬢に視線を送った後に困った様にこちらを見た。

 

「あら、私が同席しては支障が出てしまいそうですね?少々席を外させていただきますわ

ね、殿下」

 

 再度問い正そうと口を開きかけた時、機先を制するかの様にコノエ嬢が一礼をしてこの

場を辞する。

 そして、それを確認するや供の者が口を開いた。

 

「…殿下、我がソーンとエクストが開戦をいたしました!」

「………は?」

 

 

 

 

「御注進!ディノス殿下!我らがソーン王国に対し、エクスト王国が宣戦を布告いたしま

した!」

 

 父上から聞かされた要所への旅路の途中、突然早馬にて訪れた使者の第一声がこれだ。

 

 

 小休止として一団を留め置き、簡易天幕で身を休ませていたところに、使者が飛び込ん

できた。

 途端に傍付きが騒めくが、右手を払う様に振って沈黙を促せば、すぐさま静かになる。

 

「予想よりも随分と早いな」

 

 エクストの連合からの独立の気運。

 サブセットの連合から帝国化への野望。

 大陸東部での開戦は遠からぬものと予想はしていたが、少なくともエクストは極東にお

ける亜人戦線の決着を待ってからだとばかり思っていたのだが、見事に虚を突かれた形に

なってしまったな。

 

「エクストに不穏な動きは感じておりましたが、まさか我が国へ進行して来るとは……」

 

 護衛として控えていたヴィクトルが渋い表情で呟くが、残念ながら然程驚くべき事でも

ない。

 

「すぐにでもサブセットが我が国への援軍を送り込むであろうな」

 

 その状況こそがエクスト、そしてサブセットが望んだ形だろう。

 推測の域を出ないが、これから戦うべきサブセットとエクストが事前に談合を行い、こ

の騒動を起こしたはずだ。

 忌々しい程に頭が痛くなる。

 

「父上は軍の編成を行っているのか?」

「はっ!ですが、戦士団長が不在の為に思う様に編成が終わらぬ御様子でした」

 

 使者がチラリとヴィクトルを見てから、恐縮する様に告げる。

 

 

 父上が俺に何をさせたかったのかは不明だが、許可を得てヴィクトルを供周りに加えた

んだ、今更不平を言われても困る。

 

「父上からは何かしら伝言はあるのか?」

「いえ、私には殿下と、殿下が向かわれるはずであった施設への伝令を任されたのみであ

ります」

 

 背筋を伸ばし、はっきりと答える使者に一つ頷く。

 

「御苦労だった。こちらでは委細了解した。先を急いでくれたまえ」

「はっ!失礼いたしました!」

 

 使者は一礼をすると、駆ける様に天幕を退出していった。

 

「殿下、如何なさいますか?」

 

 ヴィクトルの問いに、思わず眉間にしわを寄せてしまう。

 

「……父上も混乱しているのか?戻るべきか、進むべきか……父上も、勿体ぶらずに言葉

で伝えてくれれば良いだろうに」

 

 つい愚痴を漏らすが、事の重要性がどちらに傾くかが分からない。

 

 

 ──だが、緊急性においては首都であろうな。

 

「よし!我々は引き返し、エクストに対する!」

 

 そう断じたならば即時動くべきだ。

 

「お、お待ちください殿下!」

 

 立ち上がったところを、傍付きの者が押し留める。

 

「何か?」

「はい。このまま我々が通った旅路を遡りますれば、エクスト国境方面へ近づく事となり

万が一にはエクスト軍と接触する危険性があります」

「む…そうか。では、サブセット側を経由したならばどうだ?」

「はい。サブセットは同盟国ですから、危険性は少ないと愚考いたします。ただ、道程は

長くなりますので首都帰還まで数日は余計に掛かるかと」

 

 この状況で数日の遅れは痛い。痛いが、こんな場所でヴィクトルを失う事こそ致命的で

あろうか。

 

「わかった。では我々はサブセット方面の進路を取り、首都エズを目指す!馬を乗り潰す

のも覚悟で急ぐぞ!」

「はっ!」

 

 途端に各位が駆け出し、一気に陣営が騒々しさを増してくのであった。

 

 

 

 

 薄暗い部屋、その中央で気怠くソファに身を沈める。

 部屋の周囲に配置された大型機材に囲まれた生活も既に慣れたものであった。

 

 

 試験は上々。

 この調子ならば、父上の退位を待たずに代役を務められるかもしれないなぁ。

 あとはディノスの方が問題なければ、か。

 

 

「クロヴィス殿下、よろしいでしょうか?」

 

 控えめなノックと共に声が掛けられる。

 

「あぁ、構わないよ。入って」

「失礼いたします」

 

 入ってきたのは身の回りの全てを任せている女性だ。

 

「ただ今、警備隊長よりの報告でブレソール殿下がお見えになられているそうです」

「……」

 

 一瞬思考が空白となる。

 

「…うん?ディノスではなく、ブレソールの兄貴が、か?」

「はい」

「……え?なんで?」

 

 本国からの連絡で、ディノスがここを訪れる事は聞き及んでいるし、何であらば様々な

隠し事を暴露できるのを楽しみにしていた思いだってある。

 

「それが、どうも見知らぬ女性と共にあり、状況もよくわからず、説明も一向にされない

との事でして」

「……つまり、俺が直接聞くしかないと?」

「どうやらクロヴィス殿下がこちらに居られる事は御存じない様で、ただ責任者を出せと

仰せです」

 

 嗚呼、なんて面倒くさいんだ。

 この施設の事を漏らしたのは誰だよ?

 父上か?それとも情報に通じた取り巻きでも居たか?

 

「……分かった。致し方あるまい。俺が出るのが一番話が早そうだ」

 

 まったく、父上が早々に後継者を指名していればこんな事にはならなかっただろうに。

 俺が魔導機構を継承、ディノスが王位を継承、とっくに決まってるはずなのに、何を手

間取っているのやら。

 

──それとも、ディノス周りで何かしらあったのか?

 

 

 

 

 ギシリ、ギシリと馬車が揺れ、視線の先の幌屋根が虚ろに映る。

 触れる肌からの熱が嫌悪感を掻き立て、かかる吐息が吐き気を催す。

 かといって、今更何を意識するでもなく、ただ磨り減ってゆく。

 内臓を圧迫されると漏れ出る呻きが、何処か出来の悪い玩具を想起させる。

 

「あぁ?まぁたやってんのか、飽きねぇな」

「いいじゃねぇか。なんでも何処ぞのお嬢様なんだろ?こんな御大層な相手何てそうある

事じゃねぇぞ?」

 

 幌から顔をのぞかせ、呆れた様に声を掛けてきた男に反応し、不快なそれが粘質を伴っ

て剝がれて行く。

 

「たった数日で全然反応しなくなってんじゃねぇか」

「そうなんだよなぁ、初めは随分と元気があったが、あっという間にこれだ」

「心を折るのは構わないが、壊すんじゃねぇぞ?あぁあぁ、着てる服までボロボロにしや

がって…やるなら剥ぎ取ってからやれよな、高そうなのに勿体ねぇ」」

 

 視界の端で、覗き込んでくる男が顔を顰めていた。

 

「悪かったって……でもよぅ、こいつも可哀そうなもんだよな」

「あぁ?あぁ、話じゃソーンの名家のお嬢様で男と駆け落ちした挙句に、当の男に売り払

われたんだろ?」

 

 心が、動揺と共に僅かな覚醒を得る。

 

「ひでぇ男もいたもんだよなぁ。まぁ、御蔭で俺たちゃ役得な上に大儲けだ」

「ソーンとサブセットは同盟意識が強いから、西部まで連れてかんと危うくて換金できん

がな」

 

 男達の笑い声に、再び心が闇に沈んでゆく。

 

 

 助けに来て?

 助けに来てくれるでしょう?

 こんなにも愛しているのだもの。

 所詮は戯言なのでしょう?

 

 でないと──憎んでしまいそう──

 

 ──ディノスお兄様は寂しがっていないかしらね?

 

 皆、皆、壊れてしまえばよろしいのに──

 

 ──明日こそは──

 

 

 

 

▼雛々人のぼうけん その2

 

 にんげんは、きけん!

 

 ないしょで、すすまなきゃ。

 

 あ、そーすいだ!

 むふ~、てをふってくれた!

 

 よし!

 きょうの、もくひょうは──あの、なぞのどーくつ!

 どくたーが、いるかも!

 ・

 ・

 ・

 こーじ、げんば?

 ていって、すごい、おこられた──

 

 でも、つぎこそがんばるぞ!




気儘に書いているので、時たま自分で建てた設定を忘れる事案。


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67話(結社の人々)

久しぶりにネトゲがやりたくなってブルプロを弄ってみる。
端的に言えば、釣りと桃色の猪で心が折れて、そっとアンインストした私は悪くないはず?

ゲームでストレスは溜めたくない派。


【報告:降下シーケンス完了。本艦は衛星軌道上にて待機。情報収集を開始いたします】

「うん。よろしく頼むね」

 

 通信を終え、スヴェルのシートに身を任せると、程よい反発を生み出しつつもモーント

の身体を受け止める。

 眼前のモニターには、凡そ機動性を感じさせない鈍重そうな重機が林立している様が写

しだされていた。

 モーントは満足そうに一人頷くと、幾度も繰り返し閲覧した図面を再度モニターに表示

する。

 

「これで、工程は大幅に進捗するね。ある程度自動化が可能になったのは大きいね」

 

 思考を纏める意味合いもあるが、一人で作業している時の癖でモーントは独り言を零し

ながら手元のキーボードを忙しなく叩き続けていた。

 

「しっかし、コレ……うーん、コレ、ねぇ……」

 

 マーナガルムより送られてきた一枚の画像データ、それを前に「如何にかしなければ」

という思いと「如何しようもないな」という諦観が無限のループを構築していた。

 

「いや分かってたよ?分かってたんだけどさぁ?これほどまでかぁ」

 

 採算度外視で垂直降下を決行した理由でもあるし、マーナガルムに惑星外で資源確保を

優先させた理由でもある。

 

 

 これを今知ったところで、誰も幸せにならないと思うのだよね。

 だとするならば──セイガーにだけは教えておこうかな。

 

 

 途端に愉快な気分に満たされ、モーントは破顔する。

 

「まぁ、それとて後の話だ。まずは原住民から情報を得ねばなるまいね」

 

 画像と各種データの閲覧を中断し、確認が必要な事項のリストを呼び出す。

 この星の事、この大陸の事、文化、文明、どれほどの事を彼等が知っているかはともか

く、知らねばならない事が山の様にある。

 

「以前は近衛君が秘書まがいの事をこなしてくれていたものだが……早めに合流して、ま

た手伝ってくれたりしないものかね?」

 

 AIに大部分を任せて尚、大事から些事まで山積する問題に、モーントは深く溜息をつ

いた。

 何事も堅実に、誠実に行おうとすれば手間はかかるものだ。

 

【警告:身体疲労、及び精神疲労が高水準に到達。休憩をなされてはいかがですか?】

「あぁ、ありがとうスヴェル。そうだね、今すぐ如何にかなるものでもないだろうし、如

何にかできるわけでもない、か」

【報告:各機マーナガルムとのリンク完了。それでは、しばしお寛ぎ下さい】

「よし!ちょっと雛人をモフりに行ってくる!」

 

 モーントがそう言い放ち、コクピットハッチを開放する。

 そこでは、無人であるはずの重機が独りでに動き始めていた。

 

 

 

 

「……あの、触れてもよろしいでしょうか?」

 

 極力平静に努めているつもりなのだろうが、近衛が興奮を隠しきれていないのは誰の目

にも明らかだ。

 

「はい。構いませんよ。ただ、羽が傷つくと困りますので、優しくお願いします」

 

 ブレソール王子と別れた後に案内をしてくれた一人の兵士がにこやかに答えるが、その

目には何処か警戒の色が見て取れる。

 そんな事はお構いなしに、近衛が鼻息も荒く、手をワキワキとさせながら黄色い物体に

にじり寄っていく姿に、思わず苦笑が漏れる。

 

「か、かわい~……」

 

 直径80cm程ある黄色い羽根球をギュっと抱きしめ、近衛が感無量とでも言いたげに

感想を漏らす。

 一方、近衛に纏わりつかれた羽根球の方は、驚愕に身をすくめている様だ。

 

 

 ──これが『雛人』か?

 正直、巨大なヒヨコにしか見えねぇんだがな。

 

 

 見回せば、個別に収容する檻が無数に設置され、中には覇気を感じない羽根球が多数丸

まっているのが見える。

 羽根が目的であるからだろうか、清潔感は感じるが、何処か無機的な印象を受ける。

 

 

 『養殖』か、見た目はただのヒヨコなのに、人並みの知性があると知っていると葛藤が

やべぇな。

 

「タイヘーくん!タイヘーくんも触ってみなよ?マジ、モフモフ!」

 

 近衛が変わらずの興奮状態で勧めてくるが、些か言語まで崩壊しつつある。

 折角だからと抱きしめる程ではなくとも、手触りを確かめてみるが、なるほど羽毛布団

であった。

 

 

 知性がありそうな眼をしているし、これが雛人で間違いねぇんだろうなぁ。

 だが、だからと言ってどうする?

 個体数は見えるだけで30は居るし、施設の大きさから言って100を切ることはなさ

そうだし、こっそり連れ出すのも無理臭いよなぁ。

 おまけに、何かあったのか兵士達が明らかに此方を警戒し始めたんだよな。

 俺達は善良な悪の怪人ですよ~つっても通じねぇだろうしなぁ──

 

 

 だが、力任せというのも躊躇うところだ。

 結局のところ、救助したところで行く宛がない。

 

「……こっちが大陸の東端に居たんだし、ドクター達は西端かしら?」

 

 不意に掛けられた言葉に、心臓がひとつ跳ねる。

 

「近衛?」

 

 正に今、思考していた事を問いかけられ、心が読まれたのではないかとすら錯覚する。

 

「ただ生存するだけなら、私とタイヘーくんが居れば何とかなると思うけど、環境を整え

るならドクターの方が向いてるでしょ?教授はどちらかというと環境とか二の次だし」

「……そうだな。しかし、大分西進してはきたが、まだ大陸の中央にも行き着いていない

ぞ?どうにもならんだろう?」

 

 一呼吸整え、さも近衛と二人で雛人をモフるのに熱中しているかの様に見せかけ、小声

で会話を続ける。

 

「要は、この雛人ちゃん達を保護できればいいんだし、どこかの森にでも潜り込めれば私

が如何にかできるんだけど、この国って草に浸食されすぎてて木々がほとんど無いのよ、

不自然でも良ければ、どうとでもできるけど」

「隠れ住むなら、何処かの生活基盤を奪……ん?」

 

 突如、手の内の雛人が一つ震える。

 見れば、されるがままであった羽根球が、円らな瞳で近衛を凝視している。

 

「……もしかして、俺達の言葉が分かるのか?」

 

 俺の言葉に、今度はその瞳を俺の方へ向けてくる。

 

「成程。声帯の関係でこちらの言葉は喋れなくとも、理解はできるようだね」

 

 それまで、どちらかというと雛人より施設に興味を示していた教授が会話に割り込んで

きた。

 

「なら、いざとなれば一斉蜂起かましても、統制は取れるか?」

 

 少しお目付け役の兵士を伺えば、少し微妙そうな表情ではあるが不審には思われてはい

なさそうだ。

 もっとも、良い年した男と爺さんが女と共に巨大ヒヨコを愛でている姿など思うところ

が無いはずも無かろうが。

 

 

 とはいえ、すぐに動くのは不味いか?

 なぁんか知らねぇところで騒動が起きてるっぽいしな。

 連中が突然警戒し始めたのにも理由があるはずだしな。

 

「あとは様子を見つつか?最悪、宛てが無けりゃ草原に突然森が出現する羽目になるんだ

ろうが……ま、些事だろ」

 

 大雑把にまとめた台詞に、近衛と教授が首肯を返すのだった。

 

 

 

 

「ねぇ~、ドクターいいでょ~?」

「駄目だって。ペットを飼うのにだって責任が生まれるんだよ?サクラの面倒だって私に

任せっきりのツムギに面倒みれるのかい?」

「大丈夫だよ!サクラの面倒だって明日から私がちゃんとやるし?だからいいでょ~?」

 

 実に面倒くさい会話を、既に10分以上繰り返している。

 正直なところ、拠点で暮らしているのならば許容しても良いのだが、旅のさなかに増や

すものでもあるまい。

 

「そもそもどうやって連れていくんだい?サクラに騎乗させるのは、流石に無理だと思う

よ?」

 

 そもそも、緊張感の類は全くないが、一応は逃亡者の身の上なのだ。

 念願であった魔法に関する知識も、魔法を扱う生物の生態もある程度得られたのだし、

出来れば早々にこの地を離れてしまいたい。

 

「それは……気合で?」

 

 まるで解決に値しないツムギの回答に、思わず溜息を吐いてしまう。

 とはいえ、ツムギが年相応──というには少々幼すぎる反応ではあるが──な態度に、

微笑ましさを感じないわけでもない。

 日頃から何かと大人ぶって見せようとしたがるツムギだ。こうやって子供らしさを前面

に押し出されると、ついお願いを叶えてやりたくなってしまう。

 

「ほら、拠点に帰ったら何かしら飼ってもいいから、ね?」

「や~だ~!この子がいいの~」

 

 仕舞いには駄々っ子の様に、此方の背中に張り付いたまま頑として動かなくなってしま

う。

 

 

 う~ん、流石にツムギの身体能力を引き剥がすのは無理だし、何気に足を絡めてきてい

るから歩くことも出来ないね。

 何気に擽ったいから、背中に顔を擦り付けるのは辞めてほしいが──

 

「はぁ……仕方がないな。じゃぁ、この子自身に決めさせる、それでいいかい?」

「やった!」

 

 途端に、しがみ付きから抱き着きに変化──しても、大して状況に変化はなかったが、

ツムギが上機嫌になる。

 

「じゃぁ、君は、どうしたい?」

 

 薄汚れた肌、乱れた髪、血と肉と内臓が散乱する周囲の中しゃがみこんだままの、生気

を失った少女にそう問いかける。

 

「……私は……」

 

 

 

 

▼サクラにっき(意訳:観測者兄妹の妹の方) その2

 

 ライバル登場なのである!

 ドクターのペット枠は吾輩のものなのである!

 

 ──え?ツムギ殿のペット?ならばよし!

 

 っていうか、愛でるなら雛人ちゃんで良くない?

 黄色いし、モフモフだよ?

 まん丸いし、ちっちゃな円らな瞳がたまらないよ?

 それに対して非道な事をする人間種なんて滅びれば──ゴホン。

 

 吾輩と縄張りが被らないのであれば、精々仲良くしてやらぬこともない。

 ツムギ殿のペットとか、心労が酷い事になりそうであるしな──




ヒヨコ成分が足りぬ。


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68話(エマリアの目覚め)

仮面ライダーガッチャード。
何故だ?何か痛々しい。


 青い空に、ポーンと人影が舞う。

 

 その何処か現実離れした光景が、空虚な心にもいたく滑稽に映り、道化じみた愉快さを

運んでくる。

 

 何よりも、それを成す少女の笑顔が、かつて見た大道芸を思わせた。

 

 ──それは僅かばかり違った一日。

 見慣れた幌馬車から引きずり出され、いつも擦り寄り腰を振るばかりの男が何かしらを

喚き散らし、その後は代わり映えも無く覆いかぶさってくる。

 頭に浮かんだ言葉は公開処刑。しかし、それ以上に外にいた男たちが多い事に少しばか

り意外さを感じていた。

 何しろ、普段接していたのは極僅かだったから、十人近い集団だとは思ってもみなかっ

たのだ。成程、人身売買を行う集団なんだなとボンヤリと納得まで得る。

 

 だからこその不意。誰しもが理解も、そして反応すらも出来なかった。

 

「ひとぉつ!人の世の生き血をすすり、 ふたぁつ!不埒な悪行三昧、 みぃっつ!醜い浮

世の鬼を、 退治てくれよう、ツムギ太郎!」

 

 何処からともなく、高らかに響いた名乗りに誰しもが思考と動きを止めた。

 

「あれ?ツムギの世代で何でそんな台詞を知っているんだい?」

 

 そしてノンビリとした歩みで現れた白衣の男がそんな疑問を呈する。

 

「よくわかんないですけど、私的にこいつら処刑対象なんですけど、オーケー?」

「お~け~」

「よし!」

 

 白衣の男の軽い調子の答えを受け取り、現れたツムギと呼ばれた小柄な少女が大きく首

肯した。

 

 すると次の瞬間、瞬きする間もなく大の男が一人、蒼天の海を泳ぐ。

 そして、落下。

 少しばかり胸の奥がざわつく。

 

「ありゃ?駄目ですね、失敗失敗……おりゃ!たかいたか~い!」

 

 今度は速度を落としたためか、かろうじて視線で追える。

 思いのほか暴力的な仕草ではなく、相手の脇腹に手を当て、そのまま上空へ投げ飛ばし

ているだけであった。

 

 ゴキゴキと不吉な音を立て、上半身と下半身を不自然に折り曲げながら、再び別の男が

空を舞う。

 

「ん~、これ。飛んだ瞬間に意識なくなってますよね?」

 

 再び不満そうにツムギと呼ばれた少女が口を尖らせ、白衣の男を振り返える。

 

「いや。今のは死んでたよ?圧で内臓つぶれたんじゃないかな?」

「……脆くないです?」

「そうだね。あ~、これはまだ仮説なんだけど、どうもこの世界の人間種って身体を魔力

で補強しているせいか、素体は脆い気がするんだよね。だから簡単に壊れる」

 

 白衣の男が、両腕を前で組みながら推察を重ね始める。

 

「補強されてるのに?」

「そう。どうも魔力による身体強化らしいのだけれど、半分無意識でありながら半分は意

識的である…みたいな?」

「?」

「つまりは、衝撃が来るぞと分かっているならば生物としては非常に強固になりうるのだ

けれど、逆に不意をつかれると非常に脆い。あとは…恐慌状態でも?」

 

 白衣の男が促す様に示したのは人身売買の集団。

 仲間が二人地面の染みと化した以上は、平静でなどいられようもなかった。

 

「折角、空中遊泳させてあげようとしてるのに、それじゃぁ興ざめだなぁ」

 

 仲間の末路と、少女の理不尽な台詞に異常性を感じ、とうとう一人の男が逃げ出してし

まう。

 見た目はただの少女であっただけに逃げるという行為が意外でもあったのか、一瞬とは

いえ理解を超えた為に他の者達の初動が遅れる。

 それでも恐怖は波及するのか、一人が逃げれば全員がそれに追従してしまうのだった。

 

「えーい、まてまて~!」

 

 だが、その一瞬が致命的でもあった。

 そして、場違いなまでの少女の無邪気な様子と、恐怖に捕らわれ必死の形相の男達に、

再び胸の奥に抑え難いざわめきが沸き起こっていた。

 

 

 後に残ったのは、血と肉の海と抵抗の気力も失い座り込んだ真っ先に逃げ出したはずの

男、そして何処か他人事の様にしゃがんだままの私。

 

「ねぇ~、ドクターいいでょ~?」

「駄目だって。ペットを飼うのにだって責任が生まれるんだよ?サクラの面倒だって私に

任せっきりのツムギに面倒みれるのかい?」

 

 そんな事はお構いなしに、少女と白衣の男は何やら口論まで始めてしまった様子。

 しかし、この二人はどの様な関係なのだろうか?

 恋人というには遠く、親子というには近すぎる。

 兄妹?

 

 

 ふと、何時も私の事を可愛がってくれていた三番目のお兄様を思い返す。

 

 

 ──今の、穢れた私でも抱きしめて下さるでしょうか?

 それとも、疎みと蔑みの視線を投げつけられるのかしら?

 

 

 途端に、心に一層暗い帳が降り、ゆっくりと沈んでいくのが分かる。

 

「はぁ……仕方がないな。じゃぁ、この子自身に決めさせる、それでいいかい?」

「やった!」

 

 白衣の男が緩やかな動作で身を屈め、視線を合わせてくる。

 そして、この時初めて、彼女らが自分について話しているのだと気づかされた。

 

「じゃぁ、君は、どうしたい?」

「……私は……」

 

 白衣の男の言葉に暗い視線を返し、いつ振りかの悲鳴以外の言葉を絞り出す。

 

「……死にたい。穢れた私なんて、消してしまいたい。」

 

 か細く震える声に、白衣の男が困った様に眉を寄せる。

 

「……でも、自分で、は、怖いの。お願い、消してしまって?」

 

 これは絶望に差し込んだか細い光。

 

 

 縋る様な哀願に、白衣の男よりも先に反応したのはツムギと呼ばれた少女であった。

 

「えぇ!?助かったのにもったいないよ?……ほら、何か死ぬ前にやっとかなきゃ!的な

何か、無いの?」

 

 両手をバタバタさせる姿は滑稽さも合い余り、可愛らしく思ったのは失礼かしら。

 きっと説得しようと考えてくれるのでしょうね。

 でも、もう私には何も無いもの。

 ただただ、消えてしまいたい──

 この肉体が疎ましい──

 

「ほら!こうなった原因に憎しみが!とか?」

「憎しみ……」

 

 ザワリと総毛立つ様な感覚が全身を襲う。

 

 

 不意に。

 何故か。

 愛おしい彼の姿が脳裏をよぎる。

 ありえない。

 愛しているのに、何故、今に思い起こすのか?

 

 

 己の両腕を抱き抱える様に身を縮こませる。

 そうしなければ、己の内の重い粘質の感情が溢れてしまいそうであった。

 

「ん~……取り合えず、目先の復讐とか?」

 

 便乗するかの用に、白衣の男がそっと刃物を差し出す。

 それは食事に使うナイフよりも一回りも小さく、そして鋭く、冷たい。

 そして白衣の男の視線が指し示す先には、腰を抜かしたままの人身売買の男。

 何よりも、よく見知った男がいるではないか。

 

 粘質の感情に火が灯る。

 たちまちのうちに燃え広がり、吐息までもが灼熱を帯び始める。

 

 

 そう、この感情は知っているわ?

 こんなに刺激的なのは初めてだけれど。

 では、その根源の感情は?

 

 

 ──憎しみ。

 

 どこまでもどこまでも、甘く優しい世界に生きていたのだと痛感する。

 少しお互いの仲の悪いお兄様方とて、自分にだけは特別に優しかったのだ。

 それを躊躇いも無く投げ捨てた末路がこれだ。

 

 ふと、振り下ろした先に堅いものがあり、刃先が脆くも欠けてしまった。

 だけれども、まるでそうなるのが分かっていたかの様に、白衣の男が新しい刃物を差し

出していた。

 

 

 これ、御高いのではないのかしら?

 素晴らしく切れ味が良くて、素晴らしく繊細──

 

 嗚呼、でも、今はこの音色に身を任せたいの。

 あれほど耳にするのも嫌悪感を抱いていた男の声が、これ程までに甘美な響きを織りな

すなんて、思ってもみませんでしたわ。

 

 

 そう、全身を赤く染め、エマリアは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

「……出立」

「しゅったぁ~つ!」

 

 幾ばくかの葛藤を飲み込み号令を掛ければ、指揮官代行が声を張り上げる。

 

 

 仕方があるまい。

 余りにも間が悪いのだ。

 仮にも第一王子(ブレソール)逍遥(しょうよう)すること(はなは)だしく、第二王子(クロヴィス)は特務の為に動かせない。

 肝心の第三王子(ディノス)といえば、直々に特派した為に言い訳のしようも無い。

 全くもって、間が悪い。

 

 

 使誕祭以降ソーン王として何かと表舞台に出る羽目になっているが、全ては第三王子に

王位は勿論、様々な裏事情の理解を与える為であったのに裏目、裏目に出ている様な気分

に陥っていた。

 

 

 しばらく首都を離れたところで然程大きな影響は無いはずだ。

 まずは首都北部のデルタ長壁に掻き集めた人員を送り、時間を稼ぐことが肝要だろう。

 さすれば、いずれはディノスが戦士団長と共に帰還を果たし、更には遠からずサブセッ

トからの援軍も到着するのであろうな。

 

 

 思い溜息を吐く。

 

 

 何故こうなった?

 否、遠からず戦争が起きることは分かってはいたのだ。

 だが、何故我が国とエクストが開戦となっているのだ?

 想定ではサブセットとエクストの開戦、我が国はサブセットへの同盟参戦として捻出し

た義勇軍を派遣するはずではなかったのか?

 

 

 全ては間の悪い偶然からか、はたまた何者かの策謀ゆえか。

 視界の隅に映る、本陣と同位の警備体制を施された積荷。

 心の底では使う事が無きよう願うばかりであった。

 

 

 

 

▼魔法少女イレーヌの日常 その6

 

 学問というのは、望んでこの場に来た者ですら少なからず忌避感を抱くものは多い。

 

 だけれどその反面で、理解に至ってしまうと中毒性を帯びるのもまた事実だ。

 

「クロスロ……いえ、シェムズさんでしたね。余り根を詰めすぎるのも結果に悪影響を与

えてしまうものですよ?」

 

 そう忠告を与えてくれたのは、何度も世話になっている教師であった。

 

 

 確かに、ちょっと視野狭窄になりかけていたかしら?

 でも、今が楽しくて仕方が無いのよね。

 

 

 あんなに心を縛っていた、成り上がりの家系である事、何もかもが平凡以下であると悩

んでいた事、全てが些事であると痛感させられる。

 

 

 結局、学ぶ事が出来るのは権にしろ財にしろ限られた者だけだけれど、学びに関しては

誰にとっても平等に存在するのよね。

 

 

 ある意味達観とも言える思考に至ったのが、あの悪夢の日が起点であったのだけは複雑

な気分になせられるが。

 

 

 そうね、全てはアレを乗り越えた対価とでも言えるのかもね。二度と御免だけれど。

 それにしても、好きなことに打ち込めて、その挙句が気に入らなかった連中を見下せる

なんて、なんて素敵なのかしら?

 連中の顔ときたら──必見物よ?




闇も病みも薄っぺらい、、、書き直したいけれど、
書き直せる気がしない。
しばらく間を開けた後に書き直すやも?


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69話(開戦前夜)

 最近ハードオフで箱を処分されたプライズフィギュアが¥500~1000で
吊るし売られてるのを見つける。
 肌塗装の練習だ!と買い漁るも、プライズの割に予算内で頑張っている姿を認
識するとソッとそのまま飾る悪癖が増えた。


 デルタ長壁。

 

 ソーン王国に百年以上前から存在する長い長い強固な城壁だ。

 だがそれは隣国の在る北部、東部方面は堅牢とは言い難く、南部に対する物々しさとは

比較にもならない。

 何故ならば、そも長壁の存在意義とは対人に在らず。南部、かの地竜に対する人類のさ

さやかな抵抗であったからだ。

 その地竜も滅した今、維持だけでも多大な労力を必要とする長壁は改修もされず、随分

と無残な姿を晒していた。

 

 

 だからと言って、腐っても対竜防壁。歩兵で抜くには東部からとはいえ一朝一夕ではど

うにもならないんじゃないかしら?

 

 

 遠くデルタ長壁を一望できる野営地を足早に歩きながら、ロナは溜息を吐かずにはいら

れなかった。

 余りの急派に全軍に強い疲労が見受けられ、輜重が追い付いていない為に粗末な携帯保

存食を齧っている始末だ。

 それは勿論、空戦魔導士に至っても同様であり、専業軍人としての体を保っているのは

選抜の面々くらいだというのが実情であった。

 

「なんか、み~んな気が抜け過ぎじゃない?そりゃ相手がソーンじゃ雑魚過ぎてやる気も

でないのは分かるけどさぁ?」

「そんな事言うものじゃないわ、ハンナ。使誕祭が明けてからの強行軍だもの、身一つで

移動できる私達とは負担と疲労が違うわ」

 

 背後から追従してきていた愚痴を零すハンナと、それを窘めるジェシカの会話が耳に届

く。

 

「陸軍の人達はそうですけどぉ、選抜落ちはだらしなさ過ぎじゃないです?」

 

 不満と蔑視が混じったハンナの言葉に、諭し方を間違えたとジェシカは困り顔で黙して

しまっていた。

 

「それはそうと錚々(そうそう)たる顔ぶれって感じです?お偉いさんのテントがいっぱいですよ」

 

 ハンナも少しはジェシカを困らせている事に気が回ったのか、話題を変えてくる。

 

錚々(そうそう)たるって、ハンナ、貴女どれだけ見知っているというの?」

 

 クスリと笑いながらジェシカが返せば、ハンナが少しだけ唇を尖らせる。

 仲が良いのは良い事だ。が、それどころではないのが心中であった。

 

「大隊長!出撃禁止とはどういう事ですか!?」

 

 目的としていたテント──空戦魔導士の指揮所に飛び込みざま叫ぶ。

 

「シトリン1か……」

 

 空戦魔導士選抜部隊大隊長であるベリル1が頭痛でも抑える様に額に手を当てる。

 指揮所ではベリル1とフローライト1、そして正規隊の部隊長達の面々がむさ苦しい顔

を突き合わせていた。

 

「その件についても今から説明する。席に就け。……シトリン2及びシトリン3は外で待

機だ」

 

 ベリル1の言葉に不満を口走りそうになったハンナを抑え、ジェシカが慌てて共に退出

してゆく。

 

「あ~、すみませんベリル1。本国のプロパガンダの関係で、極力三人で行動する様にと

の命令が出てまして……」

「聞き及んでいる。気にするな」

 

 ハンナについてはベリル1も選別に携わった関係上理解しているのだろう。

 些か渋面が隠しきれていないが、()もありなん。

 

「さて、今シトリン1から疑問に上がったわけだが、正規、選抜問わず空戦魔導士の出撃

は全面禁止となっている」

 

 ベリル1の説明に、むさ苦しい面々の反応も様々だ。

 部隊の疲労を鑑みて安堵する者、初の実戦を前に肩透かしを食らい不満気な者、果ては

仕切っているのが選抜隊である事に敵意を浮かべている者までいる。

 

「司令部からの命令においては、我々は後に敵増援として訪れるであろうサブセット軍に

対するまでは伏せておきたいとの事だ」

 

 完全な秘匿は不可能だとしても、空戦魔導士の存在は伏せられ続けてきたのだ。その全

ては対サブセットと言っても過言ではない。司令部からの命令も納得できないわけではな

い。

 

「しかし!ソーンの兵は惰弱と言えども長壁の存在は脅威だ。時間をかけ過ぎれば挟撃の

恐れもある。正に空から攻める我々の真価を発揮する場ではないか!?」

 

 だからと言って唯々諾々(いいだくだく)と納得するわけではない。

 正規隊の部隊長の一人が声を荒げて問う。

 

「長壁を失ったソーンなど物の数ではない。長壁を確保してしまえば真打であるサブセッ

トに対しても有効な拠点となりうる。司令部に上げてみても良いのでは?」

 

 それに対し、別の正規隊部隊長が同意を示す。

 

 

 正直、待機とか性に合わないし、そのまま頑張って命令を覆してほしいものね。

 ま、下手に抗命扱いされたら嫌だし、黙っとくけどね。

 

 

「司令部としては、あくまでも我々は切り札の一つという認識だ。功に焦って御破算にな

っては元も子もないと思うが?」

 

 日頃から終始ベリル1の補佐に徹しているフローライト1が珍しく口を開く。

 

「功に焦っているわけなどでは無いわ!」

 

 途端に初めに反対を掲げた正規部隊長が激昂する。

 

 

 あぁ~、あれだ。先日の魔樹の件での失態、あれ気にしてるだけだわ。

 あれだけ期待されておきながら一部隊が文字通り全滅なんて、焦るなっていう方が無理

かしらね?

 これだけ極端な反応されると、功に焦ってたのがバレバレで笑えちゃうわね。

 

 

 この後は、ただただ長いだけで意味のない会議が延々と続く。

 片や命令尊守。片や功名心の発露。永遠に交わる事など無いと何処かで悟る。

 学生時代に習得した、考える振りして半分だけ眠るスキルを遺憾なく発揮したのを誰が

責められよう?

 ──それに気付き、偶に恨めしそうな視線を送ってきていたベリル1くらいだろうか。

 

 

 

 

「このままソーンに入っちまったがいいのか、ヴュルガー?」

「それが目的だね。各国の名だたる強敵たち……考えるだけで(たぎ)る!」

 

 急激にテンションをぶち上げるヴュルガーに、げんなりとした気分を抱く。

 

「闇討ち……ではなさそうだが、仮にも有名人の息子がそんなことして平気かよ?」

「大丈夫じゃないね。でも、ま、どうでもよくないかい?」

 

 朗らかに笑うヴュルガーの開き直りに、肩をすくめて見せる。

 

「大体だよクレイズ。『剣聖の息子』という肩書は便利ではあれども、忖度されすぎてし

まうから修練には邪魔だろう?この際、この肩書を捨ててしまおうかなと思ってさ」

「……は?それじゃ、俺に対する報酬はどうするんだよ?身分を捨てて素寒貧になって払

えませんじゃ通らねぇぞ?」

 

 随分と共にあり、ヴュルガーの事は憎からず思っているが、それとこれとは別だ。

 筋は通されねばならない。

 

「あぁ、そっちは大丈夫。元々個人的な資産から払っていたからね」

「ん、ならいいや」

 

 一瞬険悪な空気を滲ませたが、契約が滞らないならば文句はない。

 さらっと流した悪感情に、ヴュルガーも気にはしていない様だ。

 

「そんな感じなので、父上には絶縁状を送り付けといた」

 

 いつの間にそんな事をしていたのか、相方の思い切りの良さに耐えられず溜息を吐く。

 

「破門ってやつか?」

「そうだね。まぁ、薄々気付いてはいたのだけれど、俺は父上の剣への適性が低いから。

認めたくなくて足掻いていたが、女神に俺の殻を打ち破って頂いて気付けたものもある、

自分自身に正直になれた……とでも言うのかな?」

 

 後悔はない。

 そう表情で語り、ヴュルガーが再び笑う。

 

「実によって木を知る。好きに生きればいいさ」

 

 この世界で俺を縛るのは使命だけだ。

 それさえ(こな)せるならば、何の(しがらみ)も無いしな。

 俺としては、金と女があり、あとは旨いパスタとピッツァさえあれば文句はねぇんだが

なぁ。

 

「さて、俺達はこれから街道を南方に進み、ソーンの首都エズを目指すが、いいかい?」

 

 ヴュルガーとしては既に決定した事項なのだろうが、一応の義理として俺に不満が無い

かどうかを問うてくる。

 律儀な事だが、知りもしない土地についての考えを求められても困る。

 

「なんか注意事項とかはあるのか?やべぇ魔獣がでるとか」

「そうだね……まず、魔獣の類はほとんどが小型から中型で、人を積極的に襲う肉食系は

かなり少ないから、最低限の警戒でいい」

 

 そりゃ楽で結構。

 まぁ、見渡す限り草地ばかりでステップとかって言うやつか何かだろう。

 ただ、遠くにではあるが望める山々もまた草で緑に覆われていれども、木々が一切目に

付かないのが妙に違和感を覚えるんだがな。

 

「ただ、注意事項についてはよく覚えておいてくれるかい?」

 

 少し勿体ぶったようなヴュルガーの言葉に意識を向ける。

 

「俺も初めて訪れた際には実感はなかったが、ここは砂漠なのだと思うと良い」

「砂漠?」

「そう、俺がソーンの人々に直接教わった事だ。緑豊かに見えて、食材が無い。そして水

も無い。緑の砂漠なんだよ」

 

 そう言われても、鼻腔を(くすぐ)るのは乾いた砂の香りではなく、()せ返る様な植物の青い香

りだ。実感に乏しい。

 

「幸い、砂漠の様な苛烈な気候がある訳ではないし、余程考えなしに消費しない限りは手

持ちの水と食料で事足りるはずだ」

 

 そこでヴュルガーはわざとらしい笑みを浮かべ「食料に困ったら草も食えなくはない」

と付け足すのだった。

 勿論、山羊の真似事など誰だって御免被るし、少なからず節制に意識が割かれたのは彼

の思惑通りだったのだろう。

 

「さぁ、急ぐたびでもなし、ゆったり行こうじゃないか」

 

 そんな言葉を発したヴュルガーも、そして俺も、今この国を中心に世界がどう動いてい

るかなど知る由は無かった。

 

 

 

 

▼エマリエの手記 その終

 

 もう、こうして日々を(つづ)る事も無いのでしょうね。

 ケジメとしてこうして書き収めているのだけれど、書き終えたら私の幸福の日々と共に

手記も燃やしてしまいましょう。

 

 嗚呼、待っていらしてね、愛しい人。

 貴方の言葉が聞きたい。

 貴方の声が聴きたい。

 歌って下さるでしょう?

 

 貴方が愛してくれた私は、今から失われてしまうけれど。

 新しい私が貴方の全てを心に刻みますわ。

 

 過去を剝ぎ棄て、全てが新しい私。

 きっと貴方が愛してくれるに足る私であるはずですわ──




クレイズの探し人の件を忘れそうになる……


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70話(邂逅)

増設した本棚がまた溢れたので、仕方がなく本の整理。
500冊程選り分けたけれど、どうやって処分するか……


 華々しいパレード。

 必勝を胸に進む兵士に、必勝を信じる民草達。

 サブセットが首都セルシウス、その花道を彼らは進む。

 

「おい、伯爵の話は聞いたか?」

「あぁ、あの腰抜け英雄様の事だろう?」

 

 男の言葉に、もう一人の男が嘲笑を滲ませながら答える。

 

「あれだけ好き勝手やってたのに、いざ戦争となったら雲隠れしたんだろ?」

「らしいな。『誅戮(ちゅうりく)』名が無くってもんだぜ」

 

 その勝手な物言いに、それに耳を傾けていた侍従が思わず顔を伏せ、逃げる様に足早に

立ち去った。

 

 

 それが、その侍従から伝え聞いたものだ。

 

「何と言っていいものやら……」

 

 思わず頭を抱えたくなる衝動を抑え、細く息を吐き、立ち並ぶ伯爵家の侍従達に視線を

戻す。

 

「噂の広まるのは実に早い。どうやら首都に当主様の事は噂として広がってしまっている

様ですね」

 

 困惑と不安に満ちた侍従達を前にして、執事長たる己までもが不甲斐ない様を見せるわ

けにもいきますまい。

 

 

 先日の騒動より姿を消した伯爵家当主、その事実は日が経つにつれ伯爵家に仕える者達

の信頼感すら揺るがせ始めていた。

 始めは賊を追ったものだとばかり考えていたが、それにしては戻るのがあまりにも遅す

ぎたのだ。

 そこに降ってわいたのがソーン、エクスト間の開戦であり、ソーンへの加勢としてのサ

ブセットの出兵であった。

 当然の様に、亜人戦線で英雄と称されるようになった伯爵にも出陣せよとの王命が下さ

れ、事ここに至って隠し立ても出来ずに国王への報告へと相成った。

 そこから現状を顧みれば、恐らくは勇名を高める伯爵家を良く思わぬ貴族が、この様な

噂をまことしやかに流したのであろう。

 

「こうなっては、本家に対しても隠し立ては出来ぬでしょう」

 

 本家、つまりは先代伯爵家当主にも知られるという事で、紆余曲折がありながらも実権

を失っていた先代が台頭してくる可能性が出てきていた。

 

 

 若様は坊ちゃまの父君とは思えぬ程の暗君でしたからなぁ、坊ちゃまの囲った女性達に

手を付けている事だけでも頭痛の種であったのに、人一倍の権力欲を発揮されれば伯爵家

が内部分裂を起こすのは必至。

 なんとか対策をせねばならぬものの、肝心の坊ちゃまの安否すらもが分からぬ現状、ど

うしてよいものやら──

 

「……その、御当主様が不在の今、先代様が御家を取り纏めになられるのでしょうか?」

 

 不安そうに侍従の一人が問うてくる。

 だが、それも致し方なかろう。

 言ってしまっては何だが、伯爵家の侍従は美醜に優れている。

 当然能力主義ではあるのだが、家の表に出る事が多い関係上そういった配慮が成される

のは必然であり、彼女たち自身も自覚があるのだろう。

 それ故に、先代の悪名が自分達の身に危機感を覚えさせたのだ。

 

「他に代役を務められるだけの格を持った方が居られぬ以上、そうなるでしょうな」

 

 これは、事によれば大量の家人の出奔すらありえますなぁ。

 王命に応えられなかった以上、家名は地に落ち、悪政がはびこり、人が去り、遂には家

の存続すらもが危うくなる──容易に想像できてしまうのが度し難い。

 

「こうなっては背に腹は代えられませんね。すべての責任が私にあるものとして、当屋敷

の家財を売り払ってでも資金を調達し、あらゆる手を使ってでも当主様の捜索に専念致し

ましょう」

 

 でなければ、この場にいる全員に碌な未来は待っていない。

 その事が言うまでもなく伝わったのか、侍従達が決意に満ちた表情で首肯を成した。

 犠牲が己のみで済むのならば安いものだと、執事長も改めて決意を新たにするのであっ

た。

 

 

「……随分な覚悟だが、まだお前を隠居させるつもりもないのだがな?」

 

 不意に掛かった言葉に反射的に息を呑む。

 紛うことなき歓喜故だ。

 

「坊ちゃま!!御無事でっ……え!?」

 

 臨界までの喜び一転、驚愕と困惑に言葉をなくす。

 

 その声、その顔立ち。

 間違いなく坊ちゃまであると執事長は理解できる。

 出来ているが故に、その変貌振りが理解できない。

 

 温かみすら感じさせた艶やかな栗色の髪は突き刺す様な氷が如き銀色と化し、威風を感

じさせる佇まいは死を前にした老人程にやつれきっていた。

 

「その様な目で見るな。自覚はある」

 

 日頃の自恣(じし)ささえもが鳴りを潜め、苦々し気に眉を(ひそ)める。

 

「し、しかし!?一体何が……」

 

 礼を保つことすら出来ずに狼狽え、乞う様に己の当主に手を伸ばす。

 

「それどころではないのだろう?現状を語れ」

「は、ははっ!現在当家には王命によりソーンへの助力としての出陣を求められておりま

す。ですが、当主様の安否が知れなかった為にその王命も一時的に保留となております」

 

 こけた頬に手をやり、思案する姿は紛うことなき坊ちゃまの姿。

 一体何が起こりこうなったのかは分かりませぬが、今は無事を感謝いたしましょう。

 

「……では、俺も直ぐに出立する。国王陛下に謁見を賜り、謝罪を成してくる間に準備を

終わらせておけ」

「はっ!」

 

 深々と頭を下げた私に満足げに頷き、坊ちゃまは次いで侍従に向き直る。

 

「それと、流石にこの外見は見せられん。(かつら)か何かは無いものか?」

「直ぐにご用意いたします」

 

 いまだ不可解な事は多いが、もはや不安はありはしなかった。

 

 

 

 

 状況が状況とはいえ、忙しすぎる。

 防諜を意識しすぎた為の人員不足では致し方が無いのだろうがな。

 

「ではクロヴィス殿下、行ってまいります」

「すまんな。馬鹿兄貴(ブレソール)に人手を取られてな。俺の副官にやらせる事ではないのだが」

 

 態々謝辞を述べてくれるなど、殿下の心遣いは有り難いが立場的に難色を示したくもあ

る。

 

「下々の者に軽々に頭など下げませぬ様に。自分も状況は理解しております。見回り程度

で不平を口には致しませぬ」

「ん。今、通信魔導士を使って本国と連絡をとっている。一巡りしたら戻ってくれ」

「畏まりました」

 

 辞儀ではなく敬礼を返し、殿下の執務室を後にした。

 

 

 ──些か寒いな。

 

 

 見上げた夜空は満天の星が輝き、君臨するが如く月が座して見える。

 如何な温暖なソーンと言えど、この時期の夜ともなれば肌寒さは隠せない。

 

「ブレーソル殿下はともかく、ディノス殿下の訪問は予定にあったはずなのだが、如何成

されたのか」

 

 歓待の為のリソースを全てブレソール殿下に持っていかれて、今来られると困るのも本

音だがな。

 それに、あのエクストから来たという商人も非常に不味い。

 国家機密に部外者、それも現状敵国の人間を接させるとか、阿呆ではないのか?

 

 

 クロヴィス王子の腹心として長く仕え、(わきま)えもしてる為に口には出さない。

 だが、だからと言って馬鹿王子(ブレソール)に対して不平不満が無いわけではない。

 

「いかんな。雑念が過ぎる」

 

 形骸化も進み始めているとはいえ、施設の見回りは重要な任務だ。

 外部との警戒は高台からの監視と、見回りによる監視で行われているのだが、なにしろ

見渡す限り低木すら(まば)らな草原地帯だ。遮蔽物など僅かだ。

 実際、監視は高台からのみでも十分ではないかと議題に上がったこともある。

 即応という観点では見回りに有用性はあるのだが、一帯の視野ならば発見してから準備

しても余裕すらある。

 それでも施設の重要性から失うわけにもいかない業務なのだ。

 

「あら。こんばんわ。良い月の夜ね」

 

 それだけに、不意に掛かった言葉に全身を粟立たせて腰に帯びた手斧の柄に手をやる。

 対象は一人。

 立ち位置は施設の外側。

 声質からして女。

 この施設に居る女は、例のエクストの商人くらいだが──

 

「あら?貴方……クロヴィスお兄様と何時も一緒に居られた方ですわね?」

 

 投げかけられた言葉、月明かりに浮かぶ姿、その微笑み。

 何故ここに?

 どうやってこの場所に?

 気付けなかった?

 供は?

 押し寄せるのは疑問ばかり、何一つとして回答への道筋を持ち合わせてはいなかった。

 

「エマ…リア姫様?」

 

 絞り出す様に発せた言葉はそれのみ。

 

「ええ。お久しぶりね。貴方がここに居るという事は、クロヴィスお兄様も此方にいらっ

しゃるのかしら?道理でセルシウスでお探ししたのにいらっしゃらない訳ですわ」

 

 エマリア姫は少し拗ねた様に口元を尖らせる。

 

「……姫様は、何故ここに?お供はどうなされました?」

「ええ、サブセットへ行っていたのですけれど、お水に少々困ってしまったの。一緒の方

達は、少し離れた場所で野営をしていますの。初めての野営なのですけれど、少しだけい

けない事をしている様で、ドキドキいたしますわね」

 

 無邪気に笑うエマリア姫だが、違和感は絶えず降り積もる。

 

「従者ではなく、姫様ご自身が一人で村に交渉をしに?」

「ええ。少しばかり我儘を言ってしまいました。だって、次の機会があるかどうかもわか

らないのよ?やってみたかったの」

 

 変わらぬ笑みを浮かべた姫様ではあるが、ありえるか?

 如何な我儘とはいえ、得体も知れぬ村に単独で向かわす事を良しとする従者が居るか?

 本国との連絡も最低限の場所だ。姫様が何かしらの理由があってサブセットの首都へ赴

いたのを我々が知らないのは分かる。

 姫様御本人が知っているかはともかく、開戦の影響で通りがかった村から徴収を行うの

も、まぁ、分からなくもない。

 

「……クロヴィス殿下に御説明して頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ。勿論」

 

 だが、姫様が、単独で、徒歩で、監視に気付かれもせずに近づけたのは在り得ない!

 

「では、この先に天幕がありますので、そちらで。時間が時間ですのでクロヴィス殿下も

御休みかもしれませんので」

「構いませんわ」

 

 微笑みすら浮かべるエマリア姫に、得体のしれない不気味さを感じてしまう。

 少しでも時間を稼ぎ、報告と判断を仰がねばと、内心では焦燥感に駆られていた。




エマリアの往路は馬車と宿場町で快適。


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71話(雨音)

ガンダムゲーム成分不足。

なんていうのだろう……
バトオペ2ほど本格的でなくていい操作性。
バトオペ2ほど個々の責任が必要ない人数。
極端すぎるリアルさも、スーパーさもいらない。

あれ、それってガンオンでは?

年に数度、ガンオンロス症候群に陥ります。


 今日は本当に千客万来だ。

 国家機密であるはずなのに、一体何処で情報が流出しているのだ?

 馬鹿兄貴(ブレソール)は、まぁ、派閥の関係上で手札として情報を持った貴族が居たのだろう。

 (ディノス)は本国からの情報では、噂以上の確信は無かったらしいので一安心か。

 

 だというのに、(エマリア)が訪れただと?

 もっとも情報とは無縁な存在だというのに。

 (ディノス)を筆頭に、溺愛していた妹を国から出す時点で異常な事だろう?

 

 

 内心の戸惑いを隠そうともせずクロヴィスが施設内を闊歩すれば、当然の様に行き違う

兵達に緊張が走る。

 良くない傾向だと自覚しつつも、有事が重なりすぎて余裕を取り繕う事も出来なくなっ

ていた。

 

 

 おまけに、エクストとの開戦か。

 (ディノス)はその情報を得て首都に取って返したらしいし、デルタ長壁で防衛しつつサブセット

の援軍待ちに持ち込めればヴィクトルさえ間に合えば如何にかするだろう。

 そも、こんな僻地で前線に気を揉む自体が徒労か。

 

 

 雑念を振り払う様に頭を振り、眼前に迫りつつある急設した天幕に意識を移した。

 

「あら。良い茶葉を使っていますのね。こんなに美味しいお茶は久々ですわ」

 

 天幕から漏れ聞こえてくる声は、懐かしくも緊張感のないそれ。

 政治とは無縁で無邪気に接してくる、かつての姿を幻視した。

 

「またせたな」

 

 天幕をくぐれば、エマリアが副官と共に振り返る。

 

「クロヴィスお兄様!お久しゅうございます」

 

 淑女然とした作法で、エマリアが一礼をする。

 装飾は無いが淡い水色のドレスが幻想的で、随分と大人びて見える。

 

「ああ、元気そうで何よりだ」

「御兄さまは……随分と御痩せになりましたね?体調がよろしくないと伺いましたが?」

 

 エマリアに不安そうな表情をさせるのは不本意ではあるが、痩せたのは事実だ。理由は

ともあれ病気だと思わせておくのが都合が良い。

 

「命に係わる程ではない。療養でこの村に滞在しているのだ。ここには樹も水もあるから

ね」

 

 そういう建前を語るが、エマリアは納得し信じた様で(ひそ)めていた眉が解れて行く。

 

「それよりも、何故エマリアが此処に?俺を訪ねてくるという話は聞いていないが?」

「私もお兄様が此処にいらっしゃるなんて、まさかですわ?元々サブセットの首都セルシ

ウスの方へ用事で参りまして、そちらでお兄様をお訪ねして吃驚させる予定でしたのに、

私まで吃驚してしまいました」

 

 連絡が無かったのは、その悪戯心のせいと言いたいわけか。確かに、こんな辺鄙な場所

で会うなどお互い予想も出来ようはずもないしな。

 

「それで、セルシウスを発つまでは良かったのですが、水と食料が少々心許無いため偶然

この村に立ち寄った次第ですの」

 

 笑顔のエマリアは、全てを語りはしないが嘘をついている感じでもない。

 その事実に、思わず大きな溜息で応じてしまう。

 

「それで」

 

 家族の情を押し込め、友好的な態度を脱ぎ去り、睨め付ける様に実妹を見やる。

 

「下級貴族の男と駆け落ちを成した女が、どの面を下げて再び故国(ソーン)の地を踏んだ?」

 

 天幕に短く息を呑む音が響く。

 実情を知らなかったであろう副官も目を丸くしてエマリアを凝視していた。

 

「……知っておられたのですね」

 

 エマリエの表情からスッっと笑みが失せた。

 その得も言われぬ異質感に、僅かに身を引いてしまう。

 

「そうですわね。愚か、としか自己評価出来ないのも事実ですし、私としても戻るつもり

はありませんでしたのよ?ですけれど、お姉さま方が此方に赴くという事で、私も帯同し

た次第ですわ」

 

 諦めにも似たエマリエの語りに違和感を覚える。

 

「姉?我らにお前以外の女は居なかったはずだが?」

「あら、ごめんなさい?血筋の御話ではありませんの。愛称といいますか……」

 

 ──ポタリ。

 

 何処からか水滴が落ちる音が聞こえる。

 

「私を救い、拾い上げて下すった方ですわ」

 

 薄紅色の唇が描く弧が、うら若く幼いはずの妹の内に妖艶な女を垣間見せ、思わず喉を

鳴らしてしまう。

 

「……件の男と一緒ではないのか?何があった?」

 

 ──ポタリ。

 

「ふふ。私、生まれ変わりましたのよ?髪先から足先まで。全てが入れ替わって、望んだ

ままだと、ドクターの御墨付ですの」

 

 ──ピチャ。

 

 何を言っている?

 

「だというのに、私自身が私をそう信じ切れておりませんの。そのために不必要に水を求

める事などになり、大切なお時間を割いてしまい心苦しいばかりですわ」

 

 薄ら寒い感覚、皮一枚隔てた先にあるのは何であるのか?

 追われている下級貴族の男を人目に晒さぬために単身訪れたのではないのか?

 

 

 既にかつてソーン戦士団副団長の地位にあったルジャンドル家、その若き党首──現状

名ばかりの当主ではあるが──がエマリアを拐かした男を誅する為に動いたとまでは情報

を得ている。

 

「ねぇ、お兄様?私──綺麗かしら?」

 

 ガタリ、と。思わず腰を浮かしてしまう。

 いつの間にか天幕を小雨が叩く音が包んでいた。

 

「っ、なん、お前、は……」

 

 口角が引き攣り、犬歯が剝き出しになる。

 得体のしれない感情が、眼前の女を拒絶する。

 意識的か、無意識か、より傍に在ろうと動いた副官が何よりの救いであった。

 

 僅かな安堵の次に訪れたのは、羞恥。

 実妹とはいえ、年の離れた少女に気圧(けお)された事実は男として看過できなかった。

 

「王族としての義務すら忘れ、梼昧(とうまい)な男に現を抜かした女が美しく等あるものか!」

 

 故の激昂。

 

「穢れ果てた女なぞ、父上もおみ、ごぼっ──」

 

 突如喉奥から溢れた水が呼吸を奪う。

 

「がっ、ぐ、ばぁ──」

 

 それは吐いても吐いても尚、溢れ続け──

 

「やはり、私、まだ……」

 

 ぐしゃぐしゃになった表情でエマリアを乞う様に見やれば、そこには場違いな程に悲し

みに暮れる少女の姿があった。

 

「でも、そうね。そうよね──あら、いけない。まだ拙くて、感情で不安定になりますの

よ?」

 

 そう、そこには場違いな程に美しく、流動する水を身に纏った一人の魔女が居た──

 

「……変、身」

 

 

 

 

 それは感というべきものだろうか?

 言葉に出来ない違和感、何かしら行動せねばならぬという感情の圧。

 小さくはあれども確かに存在するそれを、否定した事は無い。

 

「タイヘー君?」

 

 突如立ち上がった事を不審に思われたのだろう。近衛が不思議そうに見上げてくる。

 

「ん。ちょっと外を見てくる」

「外は雨が降り始めたようですよ?このあたりでも雨が降るのですね。雨具など用意して

いないというのに」

 

 教授がさも面倒そうに壁越しに空を見やる。

 

「近衛も教授も、いざという時は動けるようにしていてくれ」

「ん、おっけ~」

 

 たかが感、されど感。経験からか二人からそれ以上の疑義を持たれない事を信頼ととっ

ても良いものか?

 少々面映ゆい。

 

「もちっとモフっとこう」

 

 近衛の手中の黄色い羽根球は、いい迷惑であろうが。

 

「少しお待ちください、勝手に動かれては……」

 

 逆に穏やかでなかったのが案内という名の監視役だ。

 二手に分かれるなど考えてもおらず、単身でこちらに付き添っていてくれた。

 単純に人手不足であるのかもしれないが。

 

「悪い」

 

 問答無用で歩き出した此方に随分と葛藤した様だが、勝手に歩き回れる方を嫌がったの

か慌てて追従しようとしてくる。

 建物の外に出るも、こんな僻地だ、異変などあろうはずも──

 

 

「お~い、エマちゃ~ん?遅いけど、どうしたの~?」

 

 

 ──小雨の中、緊張感の欠片もない少女の呼び声以外は。

 

 視線というのは、一種の物理的な作用を持っているのではないかと考えている。

 男の身ではなかなかに理解しづらい時があるが、女が男の視線を察する能力は時として

超常的とすら錯覚する。

 そんな性別間の意識の差が無くとて、高まった緊張感の中では確かにそれは存在するの

だ。

 

 ──例えば、今。

 

 偶発的とはいえ、男と女の目と目が、視線と視線が絡み合う。

 ならばお互いに取る行動など──

 

 

「「変身!!」」




エマのドレスは水の羽衣イメージ。


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72話(魔人vs魔拳)

Gフレームのガンダムキャバーンを組み立てる。
うん、太腿、太腿だね(特殊嗜好)
しかし、バリアブルロングライフルとバックパックをつなぐアーム、
ちょっと構造的に無茶が無いかい?
可動域がめっちゃ狭いのだけど?

そういえば、今月はガンダムアーティファクトの第四弾が出ますね。
トールギス!トールギス!

毎回思う事。
クリアバージョンは来ないでください。



 そこに何ら駆け引きなど存在しない。

 眼前の敵に寄っては拳を全力で振りぬくのみ。

 

 二体の怪人の邂逅は、これ以上なく原始的に始まった。

 

 両者の拳は互いの顎部を違わず打ち抜き、双方共に大きくよろめく。

 漆黒の怪人が重心を変え掬い上げる様な蹴りに移行すれば、灰の怪人は支え下げた足を

推進の起点に変えて弧を描く様な振り下ろしに移行した。

 若干の溜が発生した為に灰の怪人の動作に遅れが生じるが、不安定な動作を選んだ漆黒

の怪人の一撃は威力を欠いた。

 共に間違いも無く相手を捉えるが、片や刈り取るには至らず、片や先んじた衝撃に阻

害されて両者共に振り出しの立ち位置に戻らされる。

 ならばと、両者は再び間合いを詰める。

 

 外から見れば、随分と単調で随分と稚拙な戦いに見えるかもしれない。

 突撃と相打ちばかりを繰り返しているのだ、それも仕方が無いだろう。

 

 

 ツムギの嬢ちゃんの適正距離と言えば中~遠距離、いうなれば砲兵で突撃兵とクロスレ

ンジをやるとか正気の沙汰ではないというのに、随分とやるもんだ。

 

 

 灰の怪人である大平が内心感嘆を覚えるが、漆黒の怪人であるツムギはそんな余裕すら

無いであろう。

 拮抗しているかの様に見えても、そこには歴然とした力量差が横たわっている。

 

 それ故か、拮抗を嫌ったのもツムギ側であった。

 

 ツムギが求めたのは一歩の間合い、その距離が得られるだけで彼女の火力は倍加する。

 それが分かっているが故に、大平は更に半歩踏み込む。

 

 

 挨拶代わりの殴り合いは終りってか?もっと楽しもうじゃねぇか!

 

 

 大平の予想通り、ツムギの突き出された両腕には銃口らしき器官が鈍く光る。

 至近距離でのツムギの常套手段、その腕から放たれる爆破属性を得た散弾は鋼板すらも

紙切れが如く引き裂く。

 しかし、その両腕が暴威を振るうことはなかった。

 

「……半歩崩拳、あまねく天下を打つ。俺、この台詞好きなんだよ」

 

 たった半歩、されど半歩。

 大平が腰溜に穿った拳は衝撃となり、打撃に耐性を持つはずのツムギの内臓を暴力的に

掻き散らす。

 堪らずツムギはよろめく様に数歩下がった。

 

「…こっ、この化け物め……」

 

 人の身であれば半身が千切れ飛んでいてもおかしくもないであろう。

 人の身にあらぬツムギですら、苦痛に身を縮みこませ怨嗟を漏らす。

 

「理不尽をブチ転がす為には、己自身を理不尽に変えねばならない。分かるだろう?」

 

 とはいえ、ツムギの嬢ちゃんも尋常じゃねぇんだよな。

 これで二年前まで寝たきりの成人前の女だとかよ?

 

 

 正直、大平にとって現状一番戦っていて楽しいのは眼前のツムギであった。

 身体能力や才能とか、そういった部分ではないのだ。

 彼女は作品である。

 そして彼女は作品である事に自負と責任を持っている。

 

 ──負けるわけにはいかないのだ。

 

 絶望すらない諦観から救われ、敬愛し、愛する様になった男の傑作である事は彼女が今

生で得た全てといっても過言ではないのであろう。

 勝てないと理解した相手にも負けるわけにはいかない。

 その意思が、その精神が己を高める糧となる。

 だからこそ眼前の少女が好ましく、だからこそ理不尽を叩きつけるのだ。

 

 ──その先に──

 

「あぁ、ああああああっ!!デェッドっ!エエエエェェェンドッ!!」

 

 大平のゾクリとした感覚を余所に、ツムギ身体形状が禍々しくも暴力的に変態する。

 

「あぁ、ああっ!待ってたぞ!俺と同じ起源を持つはずなのに、俺が到達できなかったそ

れ!それがっ!見たかった!」

 

 溢れる歓喜に、大平は変化を得ぬ外面の代わりに内心で凶悪な笑みを得る。

 

 次の瞬間、不意とはいえ大平の反応速度を超えた一撃が鳩尾を捉えた。

 焼け付く痛みと衝撃、己の肉体が挽肉になっていく感覚を共に宙を舞う。

 ツムギの行動は単純で変りもなく、ただ全力で寄って御返しとばかりに殴りつけただけ

であった。おまけで零距離散弾が撃ち込まれたのは御愛嬌であろう。

 

 

 以前の様に暴走してる感じじゃねぇな?

 あの時の様な理性の無い凶暴さは薄れたが、近接で対等に並ぶかよ?

 自己再生が無けりゃ死んでたな──

 

「消し飛ばしてやる!」

 

 とはいえ、ツムギもかなりキているのか、随分と殺意が高まっている。

 現に今込めている力を開放すれば、一体は更地かクレーターかの二択であろう。

 それは流石に不味い。

 

「あ~……参った、降参だ。つか、ここ雛人の収容所だ、消し飛ばしたら不味くね?」

「ん。ドクターが怒るかも?今日はこの辺で許してあげよう。本当、大平さんはバトルジ

ャンキーで困るんですけど?」

 

 仮にも勝利を得て満足したのか、途端に殺気が霧散する。

 流石に苦笑が隠せなかったが、勘弁してほしいところだ。

 

 

 さて、つい何時もの様に挨拶がてら戦っては見たが、どうすっかな?

 監視してた奴に変身とか見られたし。今は茫然としてるが正気に戻ったら騒ぎそうだ。

 

「ツムギちゃんが来てるって事は、セイガーも来てるのか?」

「勿論来てますよ?少し離れた場所で留守番をお願いしています。私は同行者の女の子を

探しに来たんですけどね」

 

 変身を解除してキョロキョロと辺りを見回すツムギに倣い、大平も変身を解除する。

 

「俺等も客扱いでここにいるんだが、そんな子はしらねぇなぁ」

「あ、やっぱり近衛さんも一緒ですか?」

「ああ。あと教授もいるぞ」

「あ、それはドクターも喜びそうですね。開発が出来る人は貴重ですし」

 

 打って変わって朗らかな雰囲気に流されそうになるが、先にやらねばならぬ事もある。

 

「…なっ、と!」

 

 素早く間合いを詰めて右手のフックを監視役の顎先にに叩き込む。

 途端に脳を激しく揺さぶられた監視役は、力なくその場に崩れ落ちる。

 異世界人に対して想定の効果が出て安堵したのは、口にする必要は無いだろう。

 

「そんじゃ、近衛達と合流するか」

「ですね」

 

 何事も無かったかの様に問いかければ、何事も無かったかの様に返事が返ってくる。

 実に面倒が無くて良い。

 

 

 

 

「あ~っ!タイヘーくんめっ!脳筋!バトルジャンキー!筋肉!」

 

 黄色い羽根球を抱えながら走る。

 事の発端は、何かを感じ取った大平が案内役の兵士と共に雛人の監禁場所から離れた事

であった。

 しばらくは雛人を愛でる任務に忙しくも勤しんでいたのだが、突如発生した戦闘行為と

思しき騒動と振動に、それどころではなくなってしまった。

 

 

 あの規模の戦闘ともなれば、明らかに変身してるんだよなぁ。

 偽装とか御破算だよ!?

 早く雛人解放しなきゃなんないじゃん!

 

 

 だからこそ手あたり次第檻を破壊しているのだが、予想以上に雛人の反応が悪い。

 下手をすれば生まれた時から檻に押し込められて生きてきたのだ、急激な状況変化にた

だ怯えるばかりなのも致し方ないのだろう。

 手元の言葉が理解できると思しき雛人に促させてやっと恐る恐るが良いところだ。

 

「近衛さん。取り合えず向こうの建物の檻は全て解放しましたが、動きが鈍いですね」

 

 手分けしていた教授が戻ってきたが、あちらも芳しく無い様だ。

 

「じゃ、この子に頼んでもらって?こっちは最低限集まるまでは出来てるから。私は念の

ために他の施設っぽい建物も見てくるよ」

「わかりました。何やら大平君も暴れてはいる様ですが、相応の相手が居るのかもしれま

せん。御気を付けて」

「りょ~かい」

 

 正直、そんな相手は勘弁してほしいよね。

 あのタイヘーくんとやり合える存在とか、この世界を甘く見てたかも?

 

 

 抱えていた雛人を教授に託し、外に駆け出れば既に決着がついたのだろうか、随分と静

かになっていた。

 雨も既に止んでいて、不快でなくて良い。

 流石に大平が敗北したなどとは近衛も考えてはいないが、動き出してしまった以上は辞

めるわけにもいかないだろう。

 

 極力他者に見つからない様に遮蔽物の影を選んで走る。

 幸い、交戦区域は建物の反対側だ。これならば人目もそちらに向かってくれるだろう。

 

 

 まぁ、この辺には植物もそれなりに在るから、なんとかなるかな?

 でも、タイヘーくんみたいなフィジカルオバケが出てきたら心許無いなぁ。

 

 

 そんな事を考えていると、視界の端に奇妙な光景が映った。

 雨が降っているのだ。

 ただ、一張りの天幕の真上のみが。

 

「なにあれ?あんなピンポイントな雨、動画でしか見たことないんだけど?」

 

 さらに奇妙な事もある。

 雨雲など存在していないのだ。

 

 トリックアートでも見るかの様な不思議な気分に浸っていると、突如天幕から二人の男

が転がり出てくる。

 咄嗟に近衛は身を隠すが、どちらの男も見覚えが無い。

 丁度、雨の圏内から外れた二人は、大きく咳込みながら這う這うの体で天幕から離れよ

うと足掻いている。

 

「ば、化け物めっ!」

 

 少し顔色の悪い男が叫ぶ。

 そして、それに呼応するが如く、人影が静かな動きで天幕から姿を現した。

 

 それは透明感のある深い青緑の鱗。

 幾重にも積み重なった鱗はまるで鎧の様。

 魚鱗、であろうか?

 だがそれは、どこか竜人を彷彿とさせる佇まいがあった。

 

「ごめんなさい?酷い事をするつもりはなかったの。まだ、制御が不安定なのよ」

 

 そう竜人は申し訳なさそうに謝辞を述べる。

 

 

 えぇ?なにあれ?

 あ~、あれが亜人ってやつなの?

 多分、タイヘー君と戦ってるのもアレの仲間よね?

 んじゃ、敵かな?

 

 少なくとも亜人に知り合いはいないし、強敵を排除する価値はあれども、敵対しない理

由は心当たりがない。

 取り合えず殴り倒しておけば良いのではないか?

 そう決断した近衛は、密やかに変身を成し、竜人へと襲い掛かった。




エマ=ドラゴンスケイルメイルな感じ。
シルエットは女性的なイメージ。


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73話(竜人vs魔女)

やったぜ!年末の仕事の山場を越えたぜ!

そしてやってくるインフルエンザによる同僚の轟沈。
そして訪れる繁忙期延長戦。

あれ?前にもこんなことあったよ?
主に、今年中でコロナコロナインフルで三回目の被害。

幸か不幸か、症状とは無縁の私。
幸か?
不幸か?


 戦いを好まない事と、戦いが不得手である事は同義ではない。

 とはいえ、些か大雑把な部分があり繊細な小回りの利いた力の運用は苦手である。

 シミュレーションゲームで例えるならば、大平は突撃兵、教授は狙撃兵、それに対して

近衛はMAP兵器といったところだろうか。

 

 

 とはいえ、あんまし適当ブッぱすると雛人を巻き込んじゃいそう。

 それに、そこの人間は助けた方が良いのかしら?

 だとすると、余計に範囲制御めんどいヤツじゃん。

 

 

 そんな愚痴染みた事を思考しつつも、近衛は周囲の状況を把握してゆく。

 不意をつくにしても可能な限り自身に有利な環境が好ましいのは変わらず、尚且つ被害

は最小限に食い止めたいのも本心だ。

 

 

 この辺りは樹々も生えてるし相性は悪くないよね。

 どうにもこの周辺には例の『境界』とかいう結界があるっぽいのが不快なんだけど。

 仕方ないかぁ。

 

 

 効果が目に見えて落ちるわけではないと断じ、近衛は大地に力を注ぎこむ。

 そもそも態々姿を見せるつもりも無いのだ。

 戦いだ何だと殴りかかったり、平等な条件でどちらの方が強いかなんて興味は露程も無

い。

 気付きもしないうちに相手を屠れれば上々だ。

 

「!?」

 

 しかし、驚愕する事にまだ攻撃の前段階の時点で竜人が動きを見せる。

 何かを察し、何かを探す様な姿に焦燥感を覚える。

 

 

 えぇ!?何?レーダーでも持ってんの!?

 気?気ってやつ?

 

 

 その証拠に、姿が見えるはずもないのに、間違いも無く竜人は近衛の方向に向き直って

いた。

 とはいえ、そのまま竜人に行動を許す程に気を抜いたわけでもない。

 中途半端とはいえ、攻勢に問題ない程度の下準備は終えている。

 感覚的には導線に着火する感じだろうか?

 

 突如として大地が隆起を成し、数多(あまた)の植物の根が竜人に襲い掛かる。

 だが、またしても竜人が事前に察知していたかの様に一瞬早く回避行動に移った事が分

かった。

 

「ひっ!?」

 

 勿論、置物と化していた二人の人間は悲鳴を上げるも、成す術もなく植物の根の波に飲

み込まれていく。

 

「お兄様!?」

 

 奇妙な事に、竜人が飲み込まれてゆく人間の姿に焦りを見せたが、彼等を巻き込まない

為には隔離せねばならないのだから今は気にしても仕方が無いだろう。

 根で覆った一種のシェルター内で彼等にはじっとしていてもらいたい。

 それに、攻撃に反応したのか臨戦態勢に入った竜人を余所に、悠長に考えている暇など

在りはしない。

 

 

 でもおかしい。

 何故視認するより早く回避に入れんの?

 私と同様に植物への適性が高い?それとも地中の変動を察している?

 うーん、一気に広範囲を吹き飛ばせば関係ないのかもしれないけど、そういうわけにも

いかないジレンマ。

 

 

 植物の根が鞭と化し薙ぎ払い、槍と化し穿ち、槌と化し押しつぶす。

 限定的な範囲に絞ってはいるが、その場は既に植物の根がうねるだけの更地となってい

た。

 だというのに、無傷とはいかないものの致命傷には遥か遠いものがあり、未だ竜人は健

在であった。

 

 近衛が単調な繰り返しで戦闘自体に飽いてきた頃合い。それは突然起きた。

 

 突如弾ける様に木の根が内部から崩壊してゆく。

 はたまた、力が抜け落ちる様に枯れ果ててゆく。

 

 

 ──やるわね。

 これが、魔法ってやつ?

 この世界の誰もがこんな芸当が可能なのだとしたら、悪夢ね。

 

 

 竜人が何かを成したのは間違いが無いだろう。

 自問する近衛ではあるが、凡その原理の目処はついていた。

 

 

 水──かな?

 内部からの破壊はともかく、植物が枯れるなんてそれくらいよね。

 じゃぁ、地中の水分とかを通してこっちの攻撃を先読みしてたってこと?

 この世界の亜人とかって連中も、随分と小器用な事してくれるじゃない?

 

 

 とはいえ、仮にも生物として水分を内包している以上、いつ内部から爆ぜさせられるか

分かったものではない。

 いまだに視認はされてはいないはずだが、探知自体はされているのだろうし油断できる

要素が見当たらない。

 

 そして、突如激しい豪雨が視界を遮った──

 

 

 

 

 襲ってきたもの──それは恐怖であった。

 

 突如押し寄せる植物の根。

 まるで意志を持っているかの様に確実に自身を狙ってくるそれ。

 そう──明確な敵意というものが何よりも恐ろしかった。

 

 幸いにして違和感と言った形で事前に察知出来た。御蔭でまだ逃げ続ける事が出来てい

る。

 だが、そんなエマリアの心中は余裕など欠片もありはしなかった。

 

 

 嗚呼っ、怖い。怖い!助けてお姉様!ドクター!

 

 

 少しでも彼女達に報いたくて願い出た御使いであったはずなのに、何故こんな事になっ

たのか、後悔ばかりが溢れてくる。

 少々制御を失う程に感情を乱してしまったが、兄のクロヴィスに出会えたのは嬉しかっ

た。だが、植物の根に飲まれた当の兄も既に生きてはいまい。

 迷惑をかけた謝罪が出来なかった事が悔やまれる。

 

 だが、どれ程に後悔を積み重ねようと、眼前の敵意は(おもんばか)りなどしない。

 感ずる違和感を信じ回避行動をとるが、致命的ではないが痛みは蓄積してゆく。

 

 

 痛い。痛いのは嫌。もう、私を傷つけないで──

 

 

 そんな中で弾けた拒絶の感情。

 それは現実として力を成した。

 

 襲い来る植物が弾け、枯れる。

 それを成したという自覚が、エマリアにとって新たなる忌避感を与えていた。

 

 ──ソーンという国は枯れ果てた土地である。

 

 一見すれば緑に溢れた肥沃な土地にも見えよう。

 だが、その地に暮らす者にとっては実に過酷な土地であった。

 かつての荒涼とした荒原、現在の緑に覆われた草原。何も変わってはいない。

 この地に君臨していた地竜ラヴリュス、その名を冠したラヴリュス草、それは貴重な水

源を(むさぼ)り数少ない他の植生すら滅びへと追いやった。

 

 それ故に、ソーンの人々は樹々を慈しむ。

 

 それは一種の信仰にすら近いものがあった。

 樹があるところには水があり、動物がおり、恵みがあった。

 樹とは緑色の砂漠の中のオアシスの象徴であり、恵み自身なのだ。

 

 だからこそ、エマリアは忌避感と罪悪感に苛まれる。

 王族であろうと、樹々の大切さは身に染みている。

 傷つけたくないという感情が、どうしようもなく消極性を後押ししていた。

 

 

 嗚呼っ、逃げる?逃げよう?

 きっとお姉さまとドクターなら何とかしてくれるはずですわ。

 厄介事を持ち帰るのは心苦しいですけど、私では──

 

 

 幸か不幸か、望まぬ実戦を経てドクターから授かった能力の把握は進んでいる。

 魔法適性の無いエマリアには想像するしかないのだが、恐らくこれが魔法というものに

近しい物であり、より感覚的に行使が出来るものだと当たりを付けていた。

 

 権能は水。

 無意識に感じ取っている違和感の様なものも、周囲の分布を元にしているのだろう。

 何故見えもしない水がそこに存在すると認識しているのか、それはエマリアには理解で

きない事柄ではあったが、その認識が己の身を守っているのだから否定など出来ようはず

もない。

 

 

 欲しいのは目隠しと逃走経路。

 ならば──

 

 

 かくして視界は豪雨によって遮られる。

 雨雲も無く降り注ぐ雨は奇妙としか言いようがなかったが、視覚と聴覚を阻害するには

十分な物であった。

 

 

 

 

 そして雨は止む。

 後には何も変わらぬ風景。

 

 ──そう、近衛が竜人と称したエマリアすらそのままに、何事も無く雨は止む。

 

 ただそこに、巨大な、人など丸呑みに出来そうな四足の獣。そして少しばかり草臥れた

白衣を纏った男が無造作に足を踏み入れただけだ。

 

「「ドクター!!」」

 

 見事に重なった声。

 咄嗟に変身を解除してしまうエマリア。

 咄嗟に身を晒してしまう近衛。

 

 思わずお互いに見合い、驚愕と疑問で思考が停滞する。

 

「やぁ、きちゃったよ。近衛君もお久しぶり」

 

 そして、そんな事には意に介さない男──ドクターセイガーが柔和に微笑んでいた。




バトルシーンなんて書けるかっ(逆切れ)
でも、この後も一戦、戦争、一戦と続く──


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74話(集結)

年越しプラモに興じておりました。
今回は特にプラモタイプの食玩の山を削減する方向です。

──パーツ細かすぎてヤバイ。
拘りとかは理解できるのだけれど、逆に組み立てを意識して製造されている
バンダイの技術の高さを再認識。

結果として、パーツ喪失1、破損1といった具合。

食玩系はもう、一年程は作りたくない散々な有様


「ドクターっ!あぁ、ドクター、ドクター!お久しゅうございます!その節は、私が不甲

斐ないばかりに御守りする事も出来ず、痛恨の極みですわ」

 

 一瞬にして間合いを詰めてきた近衛に、のけぞったドクターの表情が思わず引き攣る。

 

「…近衛君も元気そうだね、何よりだ」

「はい!すべてはドクターと総帥の御蔭です!」

 

 キラキラとした表情を向けられ、遂にはドクターも苦笑染みた笑みを浮かべる。

 

 

 悪い子ではないんだけれど、相変わらず圧が強いね。

 私やモーントの前となると口調まで変わっているし、もっとフランクな感じで良いと思

うのだけどな。

 こういう時は指向をずらしてやればいいんだけれど、どうするかな?

 

 

 ドクターが視線を巡らすも、他には魔獣であるサクラの巨体に戸惑いのままに立ち尽く

すエマリアの姿があるばかりであった。

 

「おーっす、ドクター、おひさ~」

「ドクターもこっちに来ちゃってたんですね」

 

 そんな時、のんびりと表れたのは大平とツムギだ。

 彼方(あちら)の世界での雰囲気をそのままにした大平の姿には、ドクターも少し安堵を覚える。

 

「やぁ大平、久しぶり。こんな場所で奇遇だね。ツムギも悪いね、何やら騒々しかったか

ら興味本位で来ちゃったよ」

 

 正直なところをそのまま言葉にすると、何故か大平とツムギがバツが悪そうに揃って視

線を逸らした。

 

「そうですわ。彼方(あちら)の方は、亜人とかではなくドクターの?」

 

 二人を追及する間もなく、近衛がエマリアを視線で示しながら問うてくる。

 

「うん。彼女はエマリア君だね。色々あってツムギのペットをやってもらっているよ」

「エ、エマリアです。ドクターとツムギ様にはお世話になっております」

 

 ドクターの紹介に、エマリアがおずおずと前にでて一礼をする。

 

「ペ、ペット……ま、まぁいいですわ。水を操る力をお持ちですのね?」

「そうなんだよ!彼女こそがこの世界の人間種を元にした怪人第一号さ!雛人と違って、

魔力を扱うことに制限がないからね。なんと神の遺産(ディノハート)が無くとも自前の魔力回路で超常的

な能力を発現できるんだ。出力自体は大分低いのだけれど、特化させる事によって君達で

あろうと易々とはいかないと思うんだよ!」

 

 途端にスイッチが入ったドクターに、大平は呆れ、ツムギは苦笑し、近衛は真剣に聞き

入っている。

 

「あ、あの。先ほどの植物は近衛様のお力なのでしょうか?」

 

 だが、それに切り込んだのは意外にもエマリアであった。

 

「ええ。御免なさいね。てっきり亜人の襲撃か何かだと勘違いしてしまって」

「いえ、私の方こそ失礼をいたしました。それで、その……兄上はやはり……」

 

 お互いの謝罪はともあれ、エマリアの問いの意味が分からずに近衛が首をかしげる。

 当然それを聞いていたドクターにしても状況が分からなかった。

 

「あ~、あれだ。皆、状況と情報を交換しようじゃないか?」

 

 そのドクターの提案に、全員が賛同を示すのであった。

 

 

 

 

「なるほど、じゃぁここに捕らわれていた雛人はほぼ開放済みなんだね?偶然と言うには

出来すぎかな?これも『縁』かな?まぁ、手間が省けて何よりだ」

 

 少し思うところがある様だが、ドクターが安堵を交えて言い放つ。

 

「しっかしドクターもツムギちゃんも反応薄いなぁ?俺等が居る事に、もっと驚くかと思

ってたのによ」

 

 もっと驚かせたかったのか、若干不満そうなのは大平さん。

 私とドクターを見て愚痴の様に訴えてくる。

 ドクターとは元々仲が良かったらしいから、お互い気安い雰囲気なのがちょっと羨まし

い。

 

「あぁ、悪いね。事前に『総帥』から聞いていたんだよ。『総帥』も、こっちに来てるん

でね」

 

 ドターン!

 

 

 ドクターの台詞に大きな音を立てて卒倒したのは近衛さんだ。

 多分『総帥』が一度死んじゃったせいだと思うけど、まぁ、こんなリアクションも何時

もの事だから気にしてもしょうがないね。

 ドクターと『総帥』に並々ならない感情を持ってるんだけど、恋愛感情とは無縁なんで

問題なくて何より。

 むしろ、私とドクターのことを応援してくれてるっぽいんで、すごく良い人だよ。

 

「あ、そうそう、コレ。『総帥』が各自にってさ」

 

 そう言ってドクターが差しだしたのは通信機(ガラケー)

 限定的だって話だけど、映画とかも平気で見ることができる優秀な謎アイテム。

 真っ先に受け取ったのは、目を輝かせた倒れたはずの近衛さんなんだけど、まぁ、気に

しても仕方がないよね。

 

「も、もしや、コレで『総帥』ともお話が出来てしまうのですか?」

 

 期待に満ちた目で問いかける近衛に、ドクターが首肯を返す。

 

「そうだね。同時接続で全員で会話できるらしいんだけれど……教授を待ってからにしよ

うか?」

「ん、そうだな。ちと先走っちまった状況だが、教授の様子見がてら、ついでだからこの

施設を制圧して来るわ」

「では、私はエマリアさんのお兄様方を一か所に収容して参りますね。エマリアさんもお

手伝い良いかしら?」

 

 ドクターの提案に、太平と近衛が動き出す。

 

「はい」

 

 兄の無事を知り安堵したのか、エマリアも落ち着いた様子で快諾し近衛の後を追ってい

った。

 

「さて。予想外ではあったけど、魔法についてはあの伯爵の御蔭で色々分かったし、雛人

の保護も終わりそうだね……うん。やることがなくなったよ」

 

 苦笑するドクターの姿に、ツムギの心中に少しモヤモヤとした感情が沸き上がる。

 ツムギがドクターにしてあげられる事──何も無い。何も無いのだ。と、忸怩たる感情

を得ながらツムギは奥歯を噛み締める。

 

「……ドクターは、何かやってみたい事とか無いのですか?」

「うん?そうだねぇ……あぁ、『総帥』からヒーロー候補を探してみてくれって言われて

たっけかな」

 

 それは、ドクターがやりたい事じゃないじゃないですか──

 

 

 ツムギはそう思えど、それを口にするのを躊躇ってしまった。

 今ならば、残りの人生を自身と共に歩んでくれるかもしれないと、浅ましい考えがツム

ギの脳裏から離れてくれない。

 『総帥』には格好をつけた台詞を吐いたが、ドクターを独占したいというツムギの欲望

もまた事実であった。

 

 

 かつて、知り合ったばかりの頃の宗教家然とした近衛に何故そんなに我欲が無いのか、

問うた事があった。

 

「え?我欲が無い人なんて存在しませんよ?」

 

 それが近衛の答えであった。

 

「聖人であろうと、『他者を救いたい、幸福にしたい』という我欲にまみれていますし、

方向性が違うだけで無欲何てありえませんね」

 

 とても信仰心の厚い人間の台詞とは思えないが、何処か納得する自分もいた。

 だから、欲望を否定する事は辞めた。

 可能な限り正しいと思った己の欲望と感情は言動に示す事にした。

 随分と道化じみた姿を晒している自覚はあるが、不思議と後悔はない。

 重要なのは欲望の方向性だ。

 

 

 ドクターが義理や惰性で共に居てくれても、半分ちょっとしか嬉しくないよね。

 

 

 それが導き出した答えだ。

 

「最強のヒーローを作ってみるというのは?」

「む?」

 

 ドクターに投げかけた言葉は、かつてのドクターの弟さんを思い出させるギリギリの内

容ではないかとツムギは内心で緊張を覚える。

 

「正直、余裕ぶっこいて上から目線の『総帥』に痛い目合わせたいです!」

「っ……一理ある」

 

 納得した様に首肯を繰り返し、底意地の悪そうな表情になったドクターに、ツムギは満

面の笑みを返した。

 

 

 

 

<Grreting!皆元気かい?>

 

 6人同時接続通話で真っ先に口を開いたのは『総帥』であった。

 各々が短く返事を返す中、近衛が溢れんばかりの感情を抑え込むのに苦心している。

 

<今更な話題ではあるけれど、異世界転……移かな?こんな状況になるとはね>

「まったくだね。切っ掛けを作ってしまったらしい私が言うのも何ではあるけれど」

 

 通信機越しの『総帥』の言葉に、ドクターが諦観を滲ませて答える。

 

<個人的には楽しませてもらっているよ>

「俺も結構楽しんでるぜ?未知の存在とか、実に良い」

 

 欲求に素直な『総帥』と求道的な大平は、随分と気楽そうではある。

 

「その点、僕は不満だらけだよ。機械文明が見当たらなくて、原始時代にでも放り込まれ

た気分だよ」

 

 対して、文明依存の高い趣味に生きる教授にとっては苦痛な様であった。

 

「おや、大陸東部ではあまり機械的なものを見かけなかったので?西部では機械と魔法が

混ざった様な物が散見出来ていたけれども」

「それは本当かねドクター!実に興味深いね。正直、一から機械文明を広めようかと思っ

ていたところだよ」

<うん。こちらもスヴェルやミズガルズを運用してるせいで整備に手が回らないんだよ。

教授には是非西部に来てほしいね>

 

 三人の科学者が談笑に花を咲かせる。

 

<さて、それらも込みでの話にはなるんだけれど、我々は言ってしまえば元の世界という

(しがらみ)を全て取り払った状況にある訳だ>

 

 『総帥』がさも愉快そうに言葉を紡ぐ。

 

<指標や目的がなくなってはしまったが、代わりに責任や使命からも解放されたわけだ>

 

 恐らく、通信機の向こうでは『総帥』がさも楽しそうに笑っているのであろう。

 

<折角の異世界だ。趣味に生きるも良し、研究に没頭するも良し。スローライフを楽しも

うじゃないか!>




やっと合流したよ。


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75話(スローライフ宣言)

予想がつく程度の色々で脱youtubeしたら、予想以上に時間が出来た。


 ガサリと立った物音に意識が呼び戻される。

 

「誰だ?」

 

 誰何(すいか)の言葉に反応する様に、暗闇に薄っすらと人影が浮かび上がる。

 

「随分な有様だな、クロヴィス」

「っ!……兄、上……」

 

 クロヴィスにとって、現れた人物は正に慮外としか言いようがなかった。

 ソーン王国第一王子ブレソール・アルカン・ソーン。クロヴィスの兄であるその男が訪

れている事は当然の様に知っていた。

 だが短慮にして軽挙であり、虚勢ばかりで真っ先に逃げ出しているはずの男だ。

 

 

 寝返ったか?

 

「まさか放蕩しているばかりだと思っていた貴様がこの様な場所に居るのには驚かされた

が、挙句がこれとはな。精々感謝をするがよいぞ?」

 

 ブレソールの言葉に、傍らに潜んでいた者達が木の根でできた檻に手斧を振り下ろす。

 

 

 嗚呼、違うな。

 こいつはただ、俺に恩を着せようとしているだけだ。

 (おおよ)そ、勢力拡大の為に取り巻きが(そそのか)したか。

 ──だが、好都合か?

 エマリアの件もある。正直見分けなど付かなかったが、魔法適性が無いエマリアがあの

様な事が出来るはずもないのだ。

 恐らくは他者に化ける亜人というものなのだろうな。

 それについても父上かディノスに伝えねばなるまい。

 

 

 特にディノスはエマリアに非常に甘い。

 簡単に騙される可能性が否めない。

 

「気を付けてください兄上。どうやら我々の知る人物に化ける亜人が存在する様です」

「何?見分けはつくのか?」

「……私の目の前にはエマリアの姿で現れましたが、姿形では見分けはつきませぬ」

 

 念のためにブレソールにも伝えると、渋面で考え込んでしまう。

 

「ブレソール殿下、尚の事早急にこの地を離れるべきかと。身内に潜り込まれては御身が

危のう御座います」

 

 取り巻きの台詞に、ブレソールは大きく頷く。

 

「致し方あるまい。有象無象を取り込んでは隙を突かれるやもしれんな。クロヴィス、お

前の副官は置いて行け」

「っ、しかし!」

 

 ブレソールの言葉に、クロヴィスが焦って詰め寄る。

 

「クロヴィス殿下、聞き分けよ。その様な亜人が存在するならば、既に成り代わっている

可能性があるのだ。それは殿下自身なのかも知れぬ、不確定要素は少ない方が良いでしょ

うな」

「然り。我等も信頼する仲間を幾人も諦めざるをえまいな」

 

 ブレソールの取り巻き達の言葉に、思わず拳を握り締める。

 

「…そうか、忠義の者達を残さねばならぬのは断腸の思いだ。だが、本国についた暁には

必ずや救出の為に軍を率いよう!」

「おお!流石はブレソール殿下!なればこそ、我等も後顧の憂いなく殿下に付き従いまし

ょうぞ!」

 

 どこか芝居じみた遣り取りを横目に、クロヴィスもまた決断を迫られる。

 

「……分かりました。今は兄上だけが頼りだ。よろしく頼みます」

「うむ、任せておけ」

 

 やっと抜け出せるだけの破壊がなされた檻をくぐれば、一団は総勢15名程。

 ブレソールに付き従うのはどれも見覚えのある貴族とその私兵ばかりだ。

 残念ながら、この施設の者達は一人として救出が成されていない様であった。

 

「先行させた者達に馬を用意させております。亜人共に見つからぬ為に少々離れた場所と

なりますが、ご容赦ください」

 

 取り巻きの言葉に、ふとブレソールが後方に視線を送る。

 

「……コノエ嬢は救えたであろうか?」

「ご容赦ください殿下。決死隊を数名送り込みましたが、いまだ戻らぬのを見るに……」

「そう、か。おのれ亜人め!必ずやこの手でうち滅ぼしてくれる!」

 

 先ほどの芝居がかった遣り取りとは打って変わり、心底から溢れる様な激情にブレソー

ルが満ちるのを感じる。

 

 

 その感情は否定はすまい。

 だが、忠義の者達とやらよりも一人の女にこそ本気を見せるのだな、兄上は。

 

 

 クロヴィスの心中にわだかまる様な不満感が広がってゆく。

 

「では行くぞ!」

 

 そうして、一団は闇へと消えていった。

 

 

 

 

 彼等は不安であった。

 彼の者達は救いに来たと言った。

 だが、自分達は救われる様な存在なのかと彼らは疑問に思う。

 

 彼等の親の世代、そしてそのまた親の世代も、彼等と同様の暮らしをしていた。

 外の世界など知りようもない。

 知らないという事は比較も出来ないのだ。

 自分達が不幸である等と考えた事は、彼等には無い。

 定期的に成される処置は好ましくは思えないが、暴力など無く、飢えもしない。

 望む相手と番う事は叶わないが、初めからそういうものなのだから不満などありはしな

い。

 

 それでも彼等を導くのは好奇心だ。

 未知の世界。

 その存在だけが彼等に行動と不安を(もたら)していた。

 

「では行こうか。全員いるかな?」

 

 救いに来たと称した彼の者を彼らは一様に見上げ、肯定を意味する声を上げる。

 生憎と、彼等の声帯では彼の者達と意思疎通を成すのは難しい。

 

 ピヨピヨと騒々しさを伴い、黄色い絨毯が如き彼等の大移動が始まった──

 

 

 

 

「スロー…ライフ?」

「あ~、あれですよね。定年したり早期リタイアして田舎に引っ込む感じのですよね?」

「あぁ、なんか勘違いして文明社会を離れてやたら原始的な方向に行こうとするよな。ん

で現実を知って心が折れるイメージ」

 

 『総帥』の台詞に反応したのは、ドクターとツムギに次いで大平であった。

 

<ははは、確かに。ただまぁ、そこまで杓子定規な話じゃないよ。要は、折角全てから解

放されたんだ、好きに生きようぜって話だよ>

「随分とフワッとした話だね」

 

 『総帥』の言葉にそう返したドクターだが、疑問というよりも嫌な予感が先立つ。

 

 

 モーントとも長い付き合いだけれど、大体ろくでもない思い付きを行動に移そうとする

んだよな。

 しかも、提案に見せかけて厄介事を押し付けてくるのが常套手段だしね。

 

<例えば、ドクターはこの世界で何をしたい?やはり生物研究とかかい?>

「うん?……うん、そうだね。興味が尽きないのも事実だし、研究に没頭するなんてのも

悪くないかもしれないね」

 

 『総帥』に話を振られ、ドクターがポツリポツリと答える。

 

<大平はどうだい?>

「ああ。まぁ、聞くまでもないだろ?自己鍛錬と未知の強者だなっ」

 

 言葉通り、大平がブレる姿など想像も出来ないね。

 彼の単純さは美徳だと思っているよ。

 

<教授は?>

「そうだね。僕は機械いじりが出来ればそれだけで満足なんだが……機械と魔法の融合、

その技術には興味があるね。共同研究者として『総帥』とドクターが居るならばいう事は

ないんだがね」

 

 方向性としては私と同じ感じかな?

 向こうの世界でも、何かとモーントを含めた三人で色々と作り上げたのはなかなかに楽

しかったよ。

 

<近衛君はどうだい?>

「私としましては、『総帥』やドクターのお役に立てればこの上ないのですが、いざ何か

成したい事と問われると、困りますね」

 

 この回答も想定の範囲内だろう。

 彼女曰く恩返しが目的である為に、主体性に欠けて聞こえるのは仕方がない。

 

「あぁ、でも。この世界の人々の文化や信仰については興味ありますね」

<うんうん。良いね>

 

 若干、『総帥』の声に近衛の矛先が逸れる事に対する安堵の響きを感じるが、それが私

の方向を向かれるのもアレであるし、気付かなかった事にしよう。

 

<じゃ、次はツムギ君だね>

「はい!ドクターと淫蕩な日々を過ごしたいです!」

<うん。だろうと思っていたよ。奇策に頼らず、正攻法で篭絡してくれたまえ>

「勿論です。正道でこそが本懐ですよ」

 

 流石にこちらの矛先は逸らし様が無いのだよね。

 

「…で?『総帥』は何がしたいんだい?」

 

 あまり聞きたくは無いのだけれど、モーントの主題こそがコレであるのだろうし、下手

にスルーをすると余計に面倒くさくなるのだよねぇ。

 

<よくぞ聞いてくれた!>

 

 うん。白々しい。

 皆も理解してるせいか、苦笑いばかりじゃないか。

 

<私のスローライフはアレだね>

 

 『総帥』は勿体振る様に、一つ咳ばらいを挟む。

 

<皆で世界征服をしよう!>




スローライフは文明圏で何不自由のない生活、推奨派。


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76話(英雄候補)

先日の雪は、寒いというより痛かったですね。
水分の多い雪であったためか、目を開けていられない程でしたよ。


<前の世界では随分と好き勝手やってくれたんだ、今度は存分に付き合ってもらうよ?ド

クターセイガー>

 

 それがモーントが通信の最後に残した言葉だ。

 

「さて、んじゃどうすっかな?」

 

 大平がすっきりしたような表情で一同を見回す。

 この男でも、異世界という環境はそれなりのストレスを感じていたのだろうか。

 

「そうだね、大平たちはこのまま雛人を連れて拠点予定地に行ってもらうのが良いかな?

話に聞く東方とは違い、西方は亜人が少ないからか通行の警戒も薄い、越境も簡単だと思

うよ」

「そりゃいいな。東方では随分と苦労させられたぜ」

 

 ドクターの情報に、大平が安堵を滲ませる。

 

「あれ、別行動なんです?ドクターはまだ何かやる事でも?」

 

 てっきり全員で西端に戻るのだとばかり思っていたであろうツムギが、少し驚いた様に

問いかけてくる。

 

「サクラの頑張りの御蔭とは言え、折角東方まで来たわけだしね、例のヒーロー候補でも

探しておいてやろうかなと思ってさ」

「あ~。態々敵対者の御膳立てをするってのが理解しづらいですが、そんな事言ってまし

たね」

 

 納得しきれていないのか、ツムギは少し眉を顰めながら思考する様に唇を尖らす。

 

「まぁた『総帥』のロマンってやつか?だが、強力なライバルってやつは俺も歓迎だな」

 

 仕方がないとでも言いたげな表情の大平だが、言葉の端々に喜悦を感じさせる。

 

「それでしたら、私も御一緒叶いませんか?」

 

 そう言って進み出たのは近衛であった。

 恐らくは、『総帥』とドクターの手助けを同時に出来るのだという発想なのだろうが、

ドクターは少し考え込んでしまう。

 

 

 近衛君の協力は実に助かるのだけれど、移動が困るな。

 エマリア君を拾った御蔭で、サクラも搭乗に限界がきているんだよね。

 

 

 ドクターはともあれ、ツムギとエマリアが小柄な為にどうにかサクラの背に乗れている

状態であった。

 重量的にはまだサクラも余裕そうではあるのだが、背中の形状的に限界である。

 また、近衛達が乗ってきた馬車では、恐らくサクラの速度には太刀打ちできまい。

 

「嬉しいけど、移動に支障がでちゃうね。こう見えてもうちの魔獣、サクラって名前なん

だけどね、時速300kmくらいでるんだよ。新幹線並みだよ?魔力の力だと言っても、

巡航速度でこれじゃ、変な笑いが出そうだよ」

 

 そのドクターの言葉に、近衛は目を丸くしてフラフラとサクラの方へと近づいてゆく。

 そしてそっと触れると、意外にもサクラは初対面の近衛に撫でる事を許してしまった。

 

「……タイヘーくん!」

 

 近衛は少しばかり撫でる事に専心している様であったが、突如グルリと振り向き、期待

する様に大平を見つめた。

 

「え?いや、いやいやいやいやっ、流石に無理だから!?」

 

 慌てて大平が否定と拒絶で首と手を大きく振る。

 殊更仲の良いこの二人だ、時に周囲では理解できないような意思疎通を見せることがあ

るが、これは恐らく近衛を背負って大平が時速300kmで走って見せろという事であろ

うか。

 

「その辺の近場に手頃な英雄候補がいればいいんですけどねぇ」

 

 ツムギまでもがそう言って苦笑する。

 

「……あ!個人的に気に入った子ならいます!」

 

 閃いた様子の近衛が手を打つ。

 

「気に入った子?近衛君が?」

 

 ドクターが何かを探る様な視線を大平に送ると、大平は無言で一つ頷いて見せた。

 

「……なら、当てもないし、紹介してもらおうかな?」

 

 近場ならばサクラに頼り切る必要もないし、それで面倒事が一挙解決といくならば、そ

れに越した事は無いか。

 

 

 ドクターの言葉に、近衛は満面の笑みを浮かべて快諾する。

 

「それならば、大平君も護衛として同行してはどうかね?」

 

 そこで声を掛けたのは、それまで黙していた教授であった。

 恐らくはまだ見ぬ技術に思いを馳せているのであろうと、誰もがそっとしておいたのだ

が、何やら思うところがあったらしい。

 

「俺もかぁ?いや、別にいいが、教授はどうすんだ?一人であの雛人を率いるのか?」

 

 当然、雛人の群れを率いたまま人探しなど望むべくもない。

 

「そうだね。もはや急ぐべき旅路でもあるまい?用事が済み次第、遅れて追いついてくれ

れば十分だよ。銃弾が足らないのが惜しくはあるがね」

「あるよ?」

「あるの!?」

「プロテインは!?」

「あるよ」

「やったぜ!」

 

 ドクターの返しに、キャラが崩壊気味で教授が食いつき、便乗して大平が喜ぶ。

 

「ん、ちょっと待っていてくれるかな?」

 

 そう言ってドクターが『領域』を展開する。

 それを興味深そうに眺める面々であったが、ふと近衛が何かに反応する。

 

「あ!…ドクター少しよろしいですか?」

「うん?」

「どうも、エマリアさんの御兄さんが脱走した様です」

 

 近衛君の用意した檻が突破されたという事だろうか?

 離れていても状況が把握できるのは強みだね。

 

「逃げたの?単独で?」

「はい。救い出した者が居るようですが、共にこの施設から離れて行っています」

「ふ~ん、じゃ、ちょっと色々取ってくるよ」

 

 そう言ってドクターは再び『領域』内へと足を向ける。

 

「え!?追ったりしないんですか!?」

 

 それに反応したのはツムギであった。

 

「え、なんで?逃げられて困る事なんてあるかい?エマリア君の手前、捕えていても扱い

に困るだけじゃないかい?」

 

 再び振り向いたドクターの言葉に、ツムギが少し考え込む。

 

 

 どうせこの場はすぐに離れるし、守るべきものと言えば教授と共に行動する雛人くらい

だ。

 手勢を連れてこられるとしても、移動し始めた後ならば問題にもなるまい。

 面倒なのはこの場で捕虜を解放して蜂起される事だったけど、逃げたならば行かせてし

まえばいいだろうね。

 そもそも、制圧したのは変身した大平君だし、顔がばれてなければ遭遇したところでも

エマリア君を匿うだけで十分だろうしね。

 

「そう…ですね。余り困らない気がしてきました」

 

 似たような結論に行き着いたのか、ツムギも納得気味に頷く。

 

「ならば、移動を開始したら捕虜は解放して構いませんか?」

「そうだね、救助隊くらいは来るだろうけど、放置して飢えさせるのも後味が悪いしね」

 

 近衛の問いに首肯し、ドクターは『領域』内へと消えていった。

 

 

 

 

 大地を覆う津波──

 

 そう表現できる程の勢いで、兵士が突撃をしてゆく。

 だが、波を打ち砕く防波堤の様にデルタ長壁が進行を阻む。

 一進も一退も無い停滞した戦線。

 

 ソーン軍はただ遅延を目的とした消極的で堅牢な防衛に徹し、エクスト軍は攻め手に欠

ける。

 千日手の様に、大きな被害はないものの、ジワリジワリと被害が積み重なっていた。

 

「これは駄目だろう?」

 

 日々繰り返される空戦魔導士達の会議。

 集まれども何かを決定するでもなく、無為で無価値な時間の浪費。

 その特異的な存在性故に人足として動く事も叶わない彼等は、それでも会議を開く。

 

 そんな中、ポツリと呟かれた言葉に、その場の全員が沈黙を返した。

 

「この様子では、サブセットが到着する頃には陸軍の二割は失われていそうじゃないか」

 

 沈黙を破る様に言葉を紡いだのはベリル1であった。

 

 

 また、余計な事を言っちゃうんだから。

 簡単な予想とはいえ、それを真っ先に言葉にしてしまったら、後で責任が返ってくるに

決まってるのになぁ。

 

 

 そんなシトリン1──ロナの思いを裏付ける様に、その場の誰しもが途端に口を開き始

める。

 

「我々さえ投入されれば、半日足らずでこの区画の長壁は攻略出来るだろうに」

「司令部は、一区画を制圧したところで逆に身動きが取れなくなると考えているのでは?

現状を理解していないとは思えん」

「では、何のために日々攻勢を仕掛けているのだ?攻略をする意思もなく、ただ兵を浪費

するだけならば、いっそ長壁など放置してソーン軍に対するべきだろう」

「実際、我々を活用するならば、長壁を奪い、陣取るのが最善であろうに」

「やはり、我々は秘匿されているが故に味方からも実力を疑問視されているのでは?」

「空の魔物相手に脆弱であるというのは常識として語られてしまうからな…それを否定す

る為の場も、与えられねば如何ともしがたい」

 

 要は、出撃させろって事よね。

 実際、長壁に設置されている投射兵器だって大型の魔獣用で、飛んでる人間サイズの相

手にあてるなんて芸当は早々できる物じゃないし、あたしだって空戦魔導士の端くれだ、

自分の実力には相応の自身もある。

 でもなぁ、それならそれで、この場で愚痴り合ってたって何も解決しやしないのにね。

 

「この場で愚痴を零していても何も変わるまい。今一度上申してみようと思うが、如何か

な?」

 

 まるでロナの心を読んだ様なタイミングで、一人がそんな事を述べる。

 

「それならば選抜隊の長であり、発案者からの上申が最上でしょうな」

「そうなりましょうかな」

 

 そう言って、その場の視線が全てベリル1に集中する。

 

 

 ほ~ら、やっぱり面倒事になるじゃない?

 過ぎた真面目さと責任感なんて、事後の女に対してだけで十分なのよ──




東部は人に近い亜人が多い為に国境などの監視は厳しい。
西部は魔獣が主で、あとは紛れ込みようがない大型ばかり。


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77話(謀殺)

ブレイバーンやべぇですね。


 囁き、そう、何時だって囁きが導くのだ。

 良き事も、悪しき事も、全ては囁きから始まる。

 初めての囁きは母上の腕の中。

 ただ、「貴方こそ王になる子、よくぞ生まれてきました」そう囁かれた。

 

 何時(なんどき)とてその囁きは至上である。

 

 気付けば囁きは増えてゆく。賢き囁きも、愚かな囁きも、時には相反する囁きすらをも

聴き、選び、そして進む。

 王の道とは、囁きの取捨選択であると考えている。

 

 保身に満ちた距離を測り、威勢ばかりの言葉に何の意味があろうか?

 大音声など、我欲も映さぬ上面(うわつら)でしかないのだから。

 

「ブレソール殿下、よろしいか?」

 

 そして、また囁きが響く。

 

「クロヴィス殿下の今後なのですが……」

「うん?支持層は薄いとはいえ、第二王子の派閥を取り込む為に危険を押して助けたので

あろう?このまま共に王都に帰還するだけではないのか?」

 

 いや、ただ連れて帰っただけでは弱いか?

 事前に事のあらましを喧伝させておくか?

 

「…私はクロヴィス殿下を御連れするのは反対で御座います」

「あぁ、貴公はそもそも愚弟を救い出す事に難色を示していたな」

 

 他の者達が第二王子派閥の取り込みを画策する中、確かにこの者は異を唱えていた。

 

「しかし、実際に救い出してしまったのだ。今更この場に置いて去る訳にも行かぬだろう

が?」

「今ならば…今ならば、知る者は最低限で済みます。元々クロヴィス殿下は放蕩家として

認識されている為に支持基盤が脆弱なのです。その実として密命を帯びていたというのは

驚きでした」

 

 確かに。

 王族の面汚しとしか認識はしていなかったが、王位継承者の俺が聞き及んでもいないの

が意外であったな。

 

「クロヴィス殿下が噂通りの方であれば、反対は致しませなんだ。ですが、密命を帯びる

存在となれば話が変わってきます」

「と、いうと?」

 

 弱小勢力など取り込んでも無いよりはまし程度にしか考えていない。忠義の者達の足を

精々引っ張らねば良いとすら考えているのだがな。

 

「ブレソール殿下すらもが知り得なかったという事は、密命を把握しているのは陛下と、

限られた側近のみと考えられます。つまりは、例え少数であろうと非常に影響力の高い者

達がクロヴィス殿下の支持基盤に組み込まれている可能性があるのです」

「む……」

「陛下が健在である間は大きく動きはしますまい。ですが、いざその時がくれば権威を得

る為、傀儡として動かしやすいクロヴィス殿下を担ぎ上げる者が必ずや出てきましょう」

 

 密命を与えたとはいえ、愚弟の悪評をそのままにしているのは父上なりの俺への配慮で

あるのだろう。

 ならばこそ、父上という重しが取れた際に、好機とみなす者は在り得るか。

 

「それは分かる。が、全ては貴公の推測でしかあるまい?何よりも、今更戻って愚弟を檻

に放り込む事など現実的ではあるまいよ。ならば、貴公の言葉の意味合いも限られてくる

が?」

「殿下には不躾ながら、事前に他の者の説得を試みました」

 

 ふむ。

 手際を褒めるべきか、越権(なじ)るべきか──

 

「──それで?」

「はっ。半数の賛同と、半数の保留を得ました」

「保留?」

「はい。意見は(たが)えず。されど、殿下の御意志であるならば賛同も(やぶさ)かではないと」

 

 つまりは、俺次第という事か。

 

 

 ブレソールは敢えて沈黙し、少し離れた後続に紛れるクロヴィスに視線を送る。

 記憶にある姿よりも大分(やつ)れて見える。その姿は、病床の身であるソーン王の姿を彷彿

とさせた。

 現王とて自身ではもはや政務に耐えられず、ブレソールやディノスに実務を任せてしま

っている程だ、クロヴィスに至っても政敵と成れる程は体も持つ様には見えなかった。

 

 

 過剰反応過ぎやしないだろうか?

 政敵と成れるのはディノスくらいだろうに。

 

 

 兄弟仲は良くはない。

 しかし、敢えて目の敵にする程には悪くも無い。

 特に妹のエマリアに関しては、どの王子からも可愛がられていた。

 

「殿下。クロヴィス殿下がブレソール殿下を脅かすかどうかでは無いのです。国を割る要

因は有るべきではないと愚考する次第です」

 

 ブレソールの迷いを感じ取ったのか、貴族の男はそう付け加える。

 

「そう…か。……では、良きに計らえ」

「っ!ははっ!」

 

 足早に他の貴族たちの元へと離れてゆく男を一瞥し、ブレソールは大きく溜息を吐く。

 温暖なソーンとはいえ冬も深まり、月明かりの(もと)に白い吐息が(なび)く。

 

 

 今宵の月の何と美しい事か。

 幽玄とした輝きに、纏う叢雲──

 天竜の月影が映えているではないか。

 

「む?何だ、貴公等?」

 

 願わくば、麗しき花──

 コノエ嬢と共に見上げることが叶えば、如何に幸福であったろうか?

 やはり、御救いしたかった。

 

「何をするか!俺を誰だと──っ」

 

 だが、我が王道とて違えるわけにはゆかず。

 せめてもの証として、必ずや救いに参りましょう。

 いずれは、戴冠せし我が(かたわ)らに──

 

「や、やめよっ!この様な事を何、ぎっ────」

 

 いかぬな、コノエ嬢の無事も心根も聞けぬうちに、心算ばかりを重ねるのは悪癖よ。

 今は、この月をコノエ嬢も見上げている事のみを祈ろう。

 

 

 緩やかに歩み寄る複数の足音に、ブレソールは僅かに視線を送る。

 

「子細滞りも無く。あとわずかで合流地点となります。そこで馬を待たせております」

「ここより、最も近い兵力のある場所は?」

 

 ブレソールの問いに、貴族達が驚いた様に顔を見合わせる。

 

「……馬にて二日程の場所に、殿下の派閥の者の領がございます」

「一日で駆け抜けるぞ。供をせよ」

「!?お、お待ちください!今、王都は開戦により空き家も同然。早急に戻り、御身が守

護に立たねば……」

 

 貴族の男が慰留を試みるが、ブレソールは静かに(かぶり)を振った。

 

「これだけは譲れぬ。手勢を持って、皆々を救わねばならん!」

 

 ブレソールの感激に、貴族達は思わず目配せを交わし合う。

 

「……宜しいのではないでしょうか?殿下が王都に帰還すれば盤石とは言え、早々にデル

タ長壁とて落ちる物ではありませぬ。それよりも、殿下が御自身で忠義の者達を救いたい

というお気持ち、無下にはできませぬ」

「確かに。殿下がお見捨てにならぬという事実、それこそが我らの忠義をより厚くするの

も事実。それに、あの地は我等が祖国の重要な地、それを汚らしい亜人風情に勝手を許す

わけにもいきますまい」

 

 幾人かの貴族達の言葉に、他の貴族達も得心した様だ。

 

「なるほど……それに、忠臣ばかりでなく、クロヴィス殿下(・・・・・・・)も御救い出来るかもしれませ

ぬな?」

「然り。間に合う事を祈るばかり」

 

 白々しさを気にするでもなく、ブレソールが先頭を行く様に踏み出す。

 

「で、あれば、急がねばならぬ!」

「ははっ!」

 

 駆ける様に移動を始めた一行。

 後には、ただ一人の男が大地に伏せるばかりであった──

 

 

 

 

「ひやっはぁぁ~~~っ!」

 

 それはあまりにも突然、奇声と共に訪れた。

 

「ディノス殿下!賊の襲撃です!」

 

 駆け寄ってきた部下に、思わず舌打ちをしてしまう。

 

「この様な時に…っ!」

 

 それは強行軍により、人も馬も疲弊を隠せない程に陥り、しばしの休息の時であった。

 寒夜に焚火と簡易的な食事で暖を取っており、警戒心が薄れてしまっていたのは否めな

いであろう。

 

「数は!?」

「はっ!……その、確認できている限りでは…単騎です」

「???」

 

 慌てたものの、躊躇いがちな部下の報告に思わず首をかしげてしまう。

 

「それは、賊……なのか?」

「は、はい。顔を隠し、問答無用で斬りかかってきております」

 

 それは賊なのか?

 

 

 再度、心の中で疑問を浮かべるも、ディノスはすぐさまヴィクトルに視線をやる。

 

「お任せください。殿下を狙った者達の陽動やもしれませぬ。護衛を欠かさぬよう」

 

 言葉なくとも意図を察し、ヴィクトルが大盾を手に襲撃者に対する。

 

「明かりを灯せ!周囲に身を隠す場所など大して無い。伏兵を見逃すなよ!」

 

 明かりを灯せば此方の状況も知られる。だが、それよりもヴィクトルに不利を与えたく

無いのがディノスの本音であった。

 幸いにして、周囲に潜伏できそうな場所など数限られる。ならばそこに居るものとして

警戒しておけば奇襲の心配も無いと思われる。

 

 ──そこには、報告にあった通りに一人の人影があった。

 有り合わせの布で隠したのであろう覆面で素顔は知れず。

 僅かに零れる髪は特徴的なローズブロンド。

 

 何よりも、その手には『剣』が握られていた──




さらば愚弟!クロヴィス、月影に死す


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78話(夜襲)

無性にソシャゲがやりたくて、今更プリコネRに手を出す。
こういうのはやり始めた一週間ぐらいが一番楽しい。
推し?モニカとクウコです。


 剣──というものは、一般的に対魔獣用として実用性が低く、衝撃を伝えやすいハンマ

ーや重量を生かした斧、はたまた鶴嘴(つるはし)の方が好まれる事さえある。

 その認識に変化を与えたのは、やはり剣聖による地竜討伐であろう。

 それに、人は何処か『剣』という物に憧れる心理を持ち合わせているのやもしれない。

 

 

 時には見様見真似で剣を振り回す若者が居ない訳でもないがな──

 堂に入った太刀筋、熟練した技巧。

 そもそもだ──こやつは隠す気があるのか!?

 

 

 ヴィクトルとて名の通った戦士。著名である剣聖の門弟と相対する事とて無いわけでは

なかった。

 無論、政治的な配慮が発生する以上は殺し合いなどには発展した事は無いが。

 だからこそ、眼前の賊の卓越した剣技、必殺の一刀を軸とした剣聖由来の立ち回り、そ

して見覚えのある髪色に聞き覚えのある声質、分かるが故に対応に苦慮をする。

 

 

 ディノス殿下も気付かれているのだろうか?

 だが、もし気付いていないとすれば、暴露してしまえばサブセットとの国際問題になる

のでは──いや、そもそも相手が問題行動をしているのだがな!?

 

 

 胃が収縮する様な感覚を覚えながらも、ヴィクトルは乱れることも無く相手の攻撃を捌

き続けていた。

 剣聖の流派が攻撃に特化しているとするならば、ヴィクトルの技術は防御に特化してい

る。

 放たれた上段からの斬り下ろしは、僅かに身をずらし、(はす)に構えた大盾で受け流す。

 横薙ぎであろうと、(くぐ)る様に身を屈め頭上の盾の表面を滑らさせ、逆に懐へ踏み込む好

機とする。

 

 だが交わる度に相手も学び、盾を左手に構えている関係上、不利な右側を執拗に攻めら

れはじめた。

 

 

 隙があれば攻める。それは正しい。

 だが、随分と御行儀が良いじゃないか?

 

 

 ヴィクトルの左手に大盾があるならば、右手には()の地竜ラヴリュスの斧角を加工した

武骨な斧が握られている。

 剣聖の一刀すら弾いたとされる斧角、それを加工するだけで実に3年もの月日を費やし

たという逸品だ。

 

 ヴィクトルは右頭上から迫る袈裟斬りを、器用にも、そして驚愕すべき腕力でもって絡

めとる様に防いだ。

 これには相手も警戒せざるを得なかったのか、途端に攻め手に躊躇いが混じり始める。

 

「身体は出来上がり、技術も卓越したものがある。だというのに、何故だろうな?随分と

若々しい太刀筋だ」

「っ!」

 

 短い斬り合いではあったが、御互いの確信として決着がつかないことを理解する。

 とはいえ、双方泥の様な体を晒すまでにやりあえば、僅かにヴィクトルに軍配が上がる

だろうか?周囲の状況を加味すれば多勢に無勢、賊に勝ち筋など無い事も察せられた。

 

 突如、ふわりと賊が間合いを取る。

 反射的に大盾を構えたのは経験の賜物であったのだろう。

 

 それは、激しい金属音と衝撃を伴い、大盾の表面に火花を舞わせ夜空を彩った。

 

 慌てて視線を巡らせれば、数少ない遮蔽物の影、顔半分と腕先だけ覗かせた男が黒い塊

を手に構えていた。

 そして、その一瞬で充分であったのだろう。賊は既に三歩は逃げに入っていた。

 

 

 してやられたか。俺では追い付けんし、今の目眩ましで他の者の意識も賊から外れてい

るな。

 口惜しくはあるが、暗黙という物がある以上公然と正体を暴いてしまったら、それはそ

れで碌な事にならんだろうし、この状況であればマシなほうか。

 あぁ~、ディノス殿下が怒らないと良いのだがなぁ──

 

「くっ、ヴィクトルと痛み分けだと!?何者だあ奴……」

 

 あ、殿下気付いてねぇわ──

 

 

 

 

「くそがっ!貴重な弾丸を使わせやがって!」

「ははははは!実に楽しくも良き学びになった!」

 

 ディノス第二王子一行への襲撃を終えた剣術馬鹿(ヴュルガー)がクレイズと共に走る。

 

 事の始まりを語れば、無駄に聴覚と視覚に優れたヴュルガーが、まだ豆粒程度にしか認

識できない休息中の馬車団を偶然発見したのだった。

 一面下草ばかりが広がる大地であるし、見つけたこと自体はありえなくもない。

 だが、馬車と断じた直後にソーン王家の馬車だと判別し、それも第二王子の一団だと見

分けたのはどういう絡繰(からく)りであろうか。

 

「いざって時は援護を頼む!」

 

 そんな雑な言葉だけで駆け出した馬鹿(ヴュルガー)を、俺は殴っても許されるのではなかろうか?

 しかも、俺の切り札にして御守りの愛銃を使わせやがって!

 こっちの世界じゃ弾丸なんぞ手に入らねぇんだぞ?

 魔法っつ~天然の遠隔攻撃方があるせいか、マスケットすら存在しやがらねぇ。まぁ、

そんな骨董品があったってどうしろって話だが。

 一応真鍮製の薬莢は拾い集めてあるが、再利用しようにも火薬をどうするかだ。

 

 

 クレイズがジャケットのポケットに放り込んである残弾をジャラリと手で(もてあそ)べば、片手

で握り纏められる程度でしかなかった。

 

 

 切り札にも弾が必要な以上、無駄弾は避けたいんだよなぁ。

 弁償させようにも、手に入れられないんじゃ無意味だな。

 

「そんなに怒るなよクレイズ。その奇妙な武器についてだろう?俺に心当たりがある」

「なんだと!?」

 

 詰め寄るクレイズに、ヴュルガーは一度後方を確認し、走行から歩行へと切り替える。

 

「それってあれだろう?我が女神が俺を一撃で倒した奴。ならば女神に頼めばいい」

 

 途端にクレイズは苦虫を噛み潰した様な表情で距離を開ける。

 

「……あぁ、まぁ。あのドクターセイガーなら製造できるかもしれないな……」

 

 だからとて、マフィアすら避けると言われる程に悪名高いマッドサイエンティストに、

何かを頼むという発想自体が拒否感を覚える。

 

「何にしろ、何処にいるかも知れん相手に望むものでもないだろうが。この貸しは別に返

してもらうからなっ」

「悪かったって、そんなに怒らないでくれよ。しかし幸先が良いな。まさかこんな場所で

『要塞』のシャンデルナゴール殿と出会えるとはな」

「マジで襲撃する必要あったか?普通に会って、普通に手合わせを頼めばいいだろうが」

 

 クレイズの溜息交じりの言葉に、ヴュルガーは驚いた様に目を見開く。

 

「……そうだな。剣聖の息子という肩書から脱却したかったのも本音だが、有効活用した

方が便利なのは事実か……」

「うん?脱却?お前、剣聖様とやらの実の息子なのだろう?後継ぎとかそういうんじゃね

ぇのか?」

 

 クレイズのふとした疑問に、ヴュルガーは苦笑で返す。

 

「私は、結局のところ出来損ないだったってだけだよ。父からはハッキリと向いていない

と言われ、実際に後継ぎに選ばれたのは妹だ」

「ふぅん?その割には剣を持ち続けてんだな?」

 

 自虐めいた笑みを浮かべるヴュルガーを、クレイズはつまらなそうに一瞥する。

 

「正直、君と出会った時には手放そうかと思っていたんだよ?でもね。嗚呼、女神よ!何

と素晴らしき導きか!彼女に過去の私の剣を打ち砕かれた時から、私の成長が止む日は無

い!」

 

 ヴュルガーは恍惚とした表情を浮かべ、夜空を仰ぎ、何かを抱き掴もうと両腕を天へと

差し伸べる。

 

「今なら解るよ。女神の導き、父の言葉。簡単な話だったんだ。父の剣は私には向いてい

ない、ただそれだけ。父の剣だけが剣の全てではない」

 

 一瞬にして狂気じみた気配が消えうせ、ヴュルガーは静かに語った。

 

「勿論、実の息子として父の期待に応えられなかった事は、今でも忸怩たる思いだよ」

「……良くできた妹なのか?」

「ん~、どうだろうね?幸いにして、後継ぎ問題に決着がついても憎からず思う程度には

好意的に見ているかな?まぁ、現状を見たら失望しそうだがね」

「現状?」

 

 僅かに混じった嘲笑の気配に、クレイズは疑問を覚えた。

 

「今頃は、勇者の……いやっ!そんなことはどうでも良いのだ!ほらクレイズ、君は実に

良い事を言ったんだよ?」

「は?」

「ほら、普通に会って、普通に手合わせすればいいって言ったろ?」

 

 うん?まぁ、言ったか?

 

「正に、二度美味しいってやつだ!よって、転進!転進だよクレイズ!」

「は?え?何言ってんだ!?」

 

 突如ヴュルガーがクレイズの腕を掴み、来た道を引き返す様に走り出した──

 

 

 

 

「いやはや、この様な場所でディノス殿下にお会いするとは!」

 

 正に偶然と言って良いだろう。

 あのヴィクトルとやり合える様な賊が出現したばかりだ、この出会いは実に有り難い。

 

「御互い、斯様(かよう)な偶然で出会えるとは思えませんでしたな、ヴュルガー殿」

 

 例の賊による襲撃の直後、ディノス一行はその場での野営は危険とし、急遽野営場所を

変更するに至った。

 この草原自体は何処も似たような風景ばかりだが、それでも多少はマシな場所へと移動

していたところ、偶然にも野営をしていたヴュルガーを発見したのだった。

 

「以前お会いしたのはソーンでの祝賀会の時でしたかな?」

「ええ、ディノス殿下がソーン国王陛下の名代として参加なされた時に、私も父の名代と

してお会いしたのでしたね」

「そういえば、()の剣聖殿の体調はその後如何か?」

「はい。御蔭様で老いて益々隆盛を得ております」

 

 にこやかな雰囲気での会話、御互いに笑顔のままに語り合う。

 

 

 ふむ、サブセットにおける武力の象徴とも言うべき存在に陰りでも見えればと思ったん

だが、言葉を素直に信じるならば、まだまだ同盟を崩すわけにはいかんな。

 

「それにしてもヴュルガー殿は何用にしてソーンへ参られたのか?」

「はい。去年において亜人戦線への出向任務が終わりまして、武者修行と言えば聞こえは

良いですが、まぁ、友人と共に漫遊している次第でして」

「ふむ……それはまた、面倒な時に参られたな」

「と、いいますと?」

 

 ディノスは少々迷う様な仕草を交える。

 

「…ヴュルガー殿は本国と連絡を取ってはいないのですな?」

「ええ。日々親に連絡をしなくてはならぬ程には子供ではないと思っていますので」

「ははは、そう、そうですな。……実は、現在ソーンとエクストが開戦するに至っており

ます」

 

 ディノスの言葉に、ヴュルガーが眉を顰める。

 

「それで、殿下も急ぎエズへの帰還を目指していると?サブセットとしてはどう対応して

いるのか……」

 

 どうやらヴュルガーは戦争については何も知らない様だ。

 

「サブセットでしたら、我が国への援軍を派遣を決定したとか。戦線もデルタ長壁で膠着

に入ったそうですし、間に合ってくれるでしょう」

「……ディノス殿、そこまで情報を得ているという事は、連絡要員の魔導士を御連れにな

っているのでしょう?厚かましいお願いではありますが、御助力願えれば……」

 

 少し躊躇いがちなヴュルガーに、ディノスは首肯して見せる。

 

「御気になさらず。事がうまく運び、ヴュルガー殿が我等と同行して頂けるならば儲けも

のですしな。さ、案内させましょう」

 

 ディノスの命で呼ばれた兵士が、ヴュルガー達を案内してゆく。

 

「……ヴィクトル?どうした。やけに静かではないか?」

「え、あ、はい。何と言うか、ヴュルガー殿は凄いですな」

「うん?まぁ、剣聖に次ぐ実力と称されているしな?」

「……ですな」

 

 何だ?

 ヴィクトルの奴、妙に歯切れが悪いじゃないか?

 ヴュルガー殿と何かしらあったのだろうか??

 

 

 ひとり、頭を抱えそうなヴィクトルを余所に、ディノスは首をかしげるのだった──




Cパートは次回以降に回したかったけれど、文字量が中途半端だったので投入。
間が足りなくて駆け足になった感。

クレイズの愛銃はM92FS、9×19mmパラベラム弾仕様。


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79話(ルネ)

プリコネR、100LV!
二週間ほど回したけれど、アリーナもVHBOSSにも歯が立たぬ……
6周年、なかなかにインフレ。


 怒号、悲鳴、叫喚、日常は瓦解を果たし、歓声と嬌声に満ちていた歓楽通りをも恐怖で

満たされた。

 逃げられた人々は無事であろうか?

 だが、この結末が分かっていても逃げるに逃げられない者だって存在する。

 捨てきれぬ何か、己の先を見出せぬ暗中、そこには確かに人々の営み、自身の在りかが

あったのだ。天秤の先に己が命が乗っていようと、躊躇わぬ者は少ない。

 

 全てが予想外であった。

 国民すら理解しているソーンの資源価値のない大地、その地に攻め入ってくる事。

 街道沿いとはいえ、首都とは方向違いのこの街に敵兵が現れる事。

 亜人戦線では共に戦った相手が、無慈悲に刃を振り下ろしてくる事。

 そして、何より、同じ人間が敵に回る事──

 

「しっかり!立って走って!」

 

 道端に倒れ、泣き叫ぶ子供を力任せに引き起こし、無理矢理にでも走らせる。

 諦めを吐き出す老人を激励し、自ら歩み始めるまで支え続ける。

 いつか、先頭に混じっていたはずが半ばに遅れ、やがて末尾に追い抜かれる。

 すなわち、今、もっとも死が間近に迫った場所にルネは居た。

 

 

 後悔は、無い。

 でも、怖いよ。

 

 

 既に背後から馬蹄の音が迫っている。

 恐怖から、そして振り向かない限りは現実として理解せずに済むと、振り向く事も出来

ずにルネは全身から冷たい汗を感じながら走り続ける。

 

「馬鹿ルネ!急ぎなさいよ!」

「リナ!?」

 

 日頃から、大切なのは自分自身とお金と豪語する同僚の少女、こんな場所に居るはずも

なく、真っ先に逃げ切ったはずの少女──リナがそこに居た。

 

「あぁ!エクストの(いなご)共が!なんで私がこんな…ほらっ早くしなさいよ!」

 

 必死な表情のリナに、ルネの心根にストンと落ちる様な感情が一つ。

 (もや)が晴れる様に広がる視界に、何処かの老人が取り落としたのであろう杖が一振り。

 走りながら咄嗟に拾い上げ、決意に満ちた視線をリナに向ける。

 

「ありがとうリナ!今、僕は君に救われたんだ!だから、今度は、君を守るよ!」

「ルネ!?」

 

 武器など手にした事など無い。

 ルネの母は娼婦であった。父は知らない。

 そしてルネもまた、物心がつく頃には己の身体で糊口をしのいでいた。

 その手は慈しむ為に在った。

 

「嗚呼、皆有難う。僕を生かしてくれて。この街で得たのは感謝ばかりだ」

 

 握りしめた杖と共に、踵を返す。

 面倒見が良く、口が悪い親友の罵声が遠ざかる事に安堵を得る。

 彼女は彼女で人が好過ぎる。

 

 

 僕に何が出来る?

 何も出来ない。

 きっと、一秒すら稼げずに──

 

 

 振り向けば、騎馬を筆頭に血走った眼で迫る敵兵。

 その姿は獣性に満ち、果たしてあれは人であろうか?

 ここは三国を繋ぐ街道筋、あの中にはかつて一夜を共にした者もいるかもしれない。

 人という物の変貌に、ルネは物悲しさを感じ、空を仰ぐ。

 

 

 ──嗚呼、今日も御日様の光は暖かいなぁ。

 僕をこの世に送ってくれた神様に感謝を。

 生んでくれた母さんに感謝を。

 恵みを与えてくれる御日様に感謝を。

 僕を受け入れてくれた人々に感謝を。

 一時の仮初であろうと、睦み、僕に愛を囁いてくれた全ての人々に感謝を。

 

 感謝を、感謝を、感謝を──

 

 ・

 ・

 ・

 

「──この子が──い?」

「──ええ。頑──ね。」

「総──気に──かい?」

「きっと──ます。──願い──のですか──ドク──」

「君は──厳し──。もっと頼──嬉し──」

 

 ──嗚呼、幻だろうか?

 コノエ様は今日も、美しい方だなぁ──

 

 

 ルネが強かったわけではない。

 ただ、その意外性からエクスト兵に動揺を与えただけだ。

 しかし、結果を見ればルネは多くの者が逃げる時間を稼ぎ、そして当然の様にルネは打

ち捨てられただけ。

 

 かつての色香は失われ、ルネはただ血と泥に沈んでいった。

 

 

 

 

「マリド総司令、よろしいか?」

 

 野陣で茶を堪能していたエクスト軍総司令であるマリドは露骨に顔を顰める。

 それもそうだろう。軍の内部において天と地程の階級差があるのに、迂闊に触れられな

い下位に位置する兵士など嫌われても当然だ。

 追記するならば、開戦時騒ぎ立て、沈静化したと思った矢先に再び現れればこうもなろ

う。

 

「諸君等か、何用かな?」

 

 マリドの眼前に立った空戦魔導士長達は、総じて厳しい表情を崩さない。

 

 

 いや、あたしはそうでもないけどね?

 でも、まぁ、このまま御飾りに在り続けるのも好みじゃないし?

 

 

 程度の差こそあれ、ロナの思いは他の空戦魔導士達の総意でもあった。

 

「先日も御話した通り、現状を打破するのに是非とも我々の力を使っていただきたい!」

「失礼ながら、我々が独自に手にした情報によれば、現状況での我々の出撃は消極的であ

る事を推奨されこそすれ、禁止までには至っていないとか?」

「然り。司令からすれば扱いずらい兵科である事は重々承知。されど、我々の立場も知っ

ておられよう?無駄飯喰らいでは許されぬのです」

 

 一斉に口火を切った空戦魔導士長達に、マリドは溜息と共に蟀谷(こめかみ)を押さえて見せる。

 

「諸君等の敢闘精神も、私が諸君等を扱う事に躊躇いがある事も認めんでもない。諸君等

に立場がある様に、私にも立場がある。いざとなれば切らねばならぬ札であることも理解

しておる」

「ならば!」

「……だが、状況は変わったのだ」

 

 マリドは苦々し気に傍付きの副官らしき男に一瞥を送り、渋そうに茶を啜る。

 

「現在の戦況は御存じでしょうか?」

 

 一歩進み出たマリドの副官に、皆々が首肯を返す。

 

「では、現状膠着している原因を説明いたします」

「原因?強固な長壁に攻めあぐねているのでは?それを空から乗り越えられる我等こそが

正に今、有用であろう?」

 

 うぅーん、言わんとする事はわかるんだけど、それくらい分かってるだろうし、何より

人が説明するつってんだから、まずは聴こうよ?

 

 

 ロナは内心そう呟くが、勿論面倒は御免なので発言などはしない。

 

「はい。司令部としてもそういった意見は出ております。しかし、一つ問題が発生したの

です」

 

 口を挟まれた事も意に介せず、冷静な態度で返答する副官に、再び口をはさむ者は居な

かった。

 

「いまだ確定情報ではありませんが、農兵らしき者達はともあれ、ソーン軍の正規将兵に

おいては非常に高い頻度で魔法が無効化されております」

「無効化、とういうと……」

「はい。恐らくは霊鳥の羽を使用した武装であるかと」

 

 途端に空戦魔導士長達がどよめく。

 

 

 そりゃそうよね。

 新戦術であろうと新兵科であろうと、魔導士は魔導士だもんね。

 

「…その、高い頻度というのは一体?」

 

 その問いに答えたのは副官ではなかった。

 

「ほぼ全員だ!」

 

 荒々しくティーカップをソーサーに置いたマリドは忌々し気に言葉を吐き捨てる。

 

 

 え?まぁじで?ソーン、どんだけ金持ちだよ?

 あ~あ、皆黙っちゃってさぁ。

 

「正直ありえんとしか言い様がないが、現実として奴らに魔法が効かん!合戦であればと

もかく、籠城されてはどうにもならんわ!」

 

 怒気も露わに立ち上がり、マリドが一同を睨め付けた。

 

「長城は崩せんのか?」

「無理であろう?あれは老朽化が進んでるとはいえ、対竜を想定している、一朝一夕での

破壊は儘なるまい」

「老朽化が進んでいるならば、登れるのでは?」

「我々だけが登っても成果が期待できないであろうに、危険を冒してまで兵をわずかばか

り投入できたところで何となる?」

 

 要は、制圧しようにも魔法が封じられた現状、空戦魔導士だけでは数が少なすぎるんだ

よね。

 あれだなぁ、制圧に特化した飛行と障壁だけに魔法を絞った特殊部隊とかあると便利な

のかも?

 今度ジェシカに相談して意見書を上に上げてみようかな?

 

「如何にかできるならばしてみてもらおうか。現在、恥辱ではあれど本国に報告を上げて

いる。じきに王命と共に総司令官の挿げ替えが行われるだろうよ」

 

 忌々し気に口元を歪め、マリドは椅子に身を沈める。

 

「いわば、最後の晩餐の最中だ。ティータイムの邪魔は辞めてもらおうか」

 

 マリドが気だるげに手を振ると、副官が茶の用意を指示し始める。

 空戦魔導士長達も、もはや眉を顰めるばかりで言葉も無い様だ。

 

「じゃ、あたしにフリーハンド下さい!嫌がらせ程度は(こな)しますよ?」

 

 笑顔で言い放ったロナをマリドは目を丸くして凝視する。

 

「皆、勘違いしてるんですよ」

「勘違い、だと?」

 

 少しは興味を持ったのか、マリドが身を起こす。

 

「空戦魔導士ってのは、空飛んで魔法を打つだけの兵科じゃないんですよ」

 

 ロナの台詞には、何故か他の空戦魔導士長すらもがざわめく。

 

「確かに、制空権を取る事に価値はあります。ですが、魔導士としてみるならば飛行に際

して多種多様な魔法を並行使用を課せられる分、ぶっちゃけ地上運用した魔導士の方が強

いまであります」

 

 魔導士長達はプライドの為か複雑そうではあるが、マリドは納得する様に首肯する。

 

「んで、長壁攻略でしたか。すっごい原始的な例を挙げるなら、相手の射程外高度から岩

でも落してやればいいんですよ。もしくは油?魔法は防げても、火に巻かれりゃ死ぬでし

ょうよ?」

「は、栄えある我らに運送屋をやれとでもいうのか!?」

「栄えあるも何も、戦果も上げてない現状、張り子じゃないですか」

 

 好感触なのは総司令と副官くらいかな?

 ベリル1はどっちとも取れない感じだなぁ。

 

「なるほど。面白いかもしれんが……気になる事を言ったな?」

「何か?」

「まるで貴官個人を自由にさせて欲しいと聞こえたが?今の戦術ならば単独では意味がな

かろう?」

 

 このマリド総司令、あまり有能だって話は聞かないんだけど、結構耳聡いね。

 

「えっと、マリド総司令も我々が陛下に謁見する時に居ましたよね?」

 

 ロナの言葉に、マリドが頷く。

 

「んじゃ、陛下が我々に何を望んでいるかは明白ですね?」

「……斬首戦術……」

「ええ。とはいえ、この状況で全員でそれを成すのはリスクが多いですし、取り合えずは

他の面々は戦果重視で、あたしは博打染みた特攻ってやつです。被害も単騎なら言い訳が

効くでしょう?」

「だが、振り出しに戻るが、魔法が効かぬ相手に特攻も無いだろう」

「それもさっきの言葉通りです。我々は魔法を打つだけの兵科じゃないんです。まぁ、許

可がもらえるならば、適当に偉そうなのを狩ってきますよ!」

 

 爛漫とした笑顔で言い放つロナに、マリドは獰猛な笑みを返す。

 

 ただ一人、ベリル1が腹部を抑えていたのは謎であったが──




ルネのステータス。
STR 3
VIT 3
AGI 5
DEX 7
INT 6
LUC 9

スキル
 魅了
 夜伽

フレーバですけれどもね。

ロナの落下物云々は爆撃機をイメージで。


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80話(悪友)

プリコネR6周年!

まぁ、私が始めたのは一月前だけどね。


 太陽は既に身を隠し、月光が冷たく大地を照らしていた。

 そんな中、ドクターはただ一人草原を踏みしめ、耳に通信機をあてがう。

 

<やぁ、セイガー。不精な君から連絡してくれるなんて、何か進展はあったのかい?>

 

 通信機から響く聞きなれた声に、不覚にも安堵を得た事は口にするまいと誓う。

 

「あぁ。既に近衛君辺りから連絡は言っていると思うが、御望みの英雄候補を確保した」

<うん、聞いているよ。なんでも人々を救う為に単騎で挑み、酷い重症だって聞いている

が、治療の方はどうにかなりそうなのかい?>

「そちらは問題ない」

 

 そう言って、ドクターは通信機を片手に周囲を見回す。

 他の皆は『領域』内で思い思いに寛いでいるはずだ。

 病院という施設を基軸に構成された『領域』となっているのは、馴染みが深いからであ

ろうか?

 幸い簡易的な娯楽設備も備わっている為に喫緊である訳ではないが、いずれこの与えら

れた能力も解析せねばなるまい。

 

「それで、どこまでやる?」

<ふむ……むしろ、何処までやれる?聞く限り、なかなかに僕好みな子みたいじゃないか

い?>

「それだけで人一人の人生を無為にするのか?……最低限ならば元通りにするだけだな。

上限ならば素質次第ではあるが、人の頂点にだって立てるだろうよ。それとも、人外がお

好みかい?素材ならあるが」

 

 ドクターはあまり気乗りがしない表情で、手の内で神の遺産(ディノハート)を転がす。

 

<五人の人外を作り上げた男の台詞とはおもえんが?>

「それ以外では救えなかった者、自ら望んだ者、彼等とは違うだろう?それとも、本人に

確認でも取ってからにするか?」

<ははは、相変わらず悪人らしく無いね。だが、言っただろう?この世界では僕の我儘を

聞いてくれなくちゃね>

 

 相変わらず偽悪的で、遠回しな男だな。

 

 

 ドクターは、今頃ニヤけた笑いを張り付けているであろう悪友(モーント)を思い、溜息を吐く。

 

「お前の我儘とやらに付き合うと決めたのは私だ。行動の責任も自分で取るさ」

 

 だが、種族の枠を逸脱させるのは嫌だな。

 あの自称観測者兄妹は進化と称したが、こんなものが進化であっていいはずがない。

 ならば、その器の限界を求めるしかないか。

 しかし、それで何処まで伸びてくれるかは未知数だ。

 これまでは神の遺産(ディノハート)を核に身体を適合させていったわけだが、この検体には使うつもり

はない。

 代わりに彼等には魔臓が自前で備わっているが、性能的に大幅な劣化は否めないだろう。

 ならばアプローチの仕方を変えるか?

 身体ではなく魔臓自体を強化したらどうなる?

 例の伯爵君での実験では、身体変化による影響の観測に終始し、あまり弄れなかったの

が惜しいな。

 

「ふむ」

<……決まったかい?>

 

 つい思考に耽ってしまったが、心得ているとばかりに沈黙を貫いていたモーントに少し

ばかり悔しさを覚えるのは大人気ないか?

 

「精々最高傑作を作り上げて見せるさ」

<それは楽しみだね。だけれど、それを皆の前で口にしてはいけないよ?特にツムギ君が

嫉妬しちゃいそうだからね>

 

 ──否定はできないな。

 

<……なぁ、セイガー>

「うん?」

<色々と君に伝えないといけない事があるんだ>

 

 珍しく神妙な響きの声を発するモーントに、ドクターは一瞬沈黙を持つ。

 

「…性急さが必要な事か?」

<実害は無いが、気分的にね>

 

 まったく、誰が悪人らしく無いと宣うのやら。

 コイツこそ無駄に気をまわし過ぎているじゃないか。

 

「ならば今言えばいいじゃないか?」

<これは…直接会って伝えた方がいいかと思っているんだ>

「そうか……まぁ、お前の隠し事は今に始まった事じゃ無いだろうに。今更急いたところ

で何かが変わる様な事柄じゃないのだろう?ならば気が向いた時で良い」

<そういうものかな?>

「何を今更。お前は思うが儘、ここぞという時にネタ晴らしするんだろう?」

 

 確かに、モーントに聞きたい事は幾つもある。

 我々の誰より最後まで残ったのだ、誰より知っている事も有るのだから。

 

<ははは、そう、それでこそ僕か>

 

 モーントがひとしきり笑い、ドクターが静かに終えるのを待つ。

 

<さて、こちらの報告もしておかないとね。拠点については一か月もあれば箱自体は目処

がつくだろうね。それ以降の設備については、正直僕だけでは手に余るかな。教授と、で

きれば君にも戻ってきて欲しいところだよ>

 

 決戦機(スヴェル)と巨人が居るからとはいえ、早すぎないか?

 モーントの事だ、流石に粘土をこねくり回した様な原始的な建造物を是とするとは思え

ないのだがな。

 

「何か欲しいものはあるか?」

<う~ん、そうだね。可能ならば魔道列車とやらが欲しいところだけれど、大物過ぎるか

らねぇ>

「流石に車両を奪い持って帰るなんて芸当、大平だってやらんだろう」

<確かに。でも、君が個人的な範囲で情報を集めるのを否定するわけではないけれど、魔

法にしろ魔動機にしろ大々的に解析したいのは本音なのだよね>

「それは分からんでもないがな。何やらツムギが奪ってきた魔法の道具などはあるから、

それは後で届けよう」

 

 伯爵(おみやげ)のついでではあったのだろうが、ツムギの御蔭で手間が省けた。

 

<あとは、そうだなぁ……世界征服に際し、表で動いてくれる魔王役とか欲しいかも!>

「うん?お前がその役をやりたいんじゃないのか?」

<いやいや、僕達は秘密結社だよ?表に出てどうするのさ。どうせやるなら、陰から支配

する黒幕とか、大魔王とかだろう!>

 

 これもモーントらしい拘りの一つというのであろう。

 ドクターは小さく溜息を吐いた。

 

「また人材探しか。英雄候補の様に近衛君達が誰か知らないものかね」

<ははは、まぁ、本格的に動くのはもうしばらく後だ。あまり僕を除け者にして楽しい事

をする様だと拗ねるけど、好きに異世界を堪能すればいいさ>

 

 ──そうして、悪友たちは笑いあう。

 

<あぁ、そうだった。そういえばこっちで少々面倒な事がおきていてね>

「うん?」

<実は、例の巨人のザァリエ君とフェネクス君がね──>

 

 

 

 

「おおおおぉぉぉぉぉっっっ!!」

 

 渾身の一撃。

 そう、理想と現実が嚙み合った様な、そんな拳による一撃。

 同サイズの魔獣ならば、骨砕け、内臓は液状化し、歪な水袋と化すであろうソレを受け

て、勇者と呼ばれた男は宙を舞い、地面を跳ね、大地を削る。

 

「勇者様!?」

 

 勇者の連れである人間の女の叫びに、ザァリエは人心地つく。

 

 

 今のは良いのが入った。

 しかし、人間相手はどうにも苦手だよ。

 投石で何とかなる相手ならいいんだけど、ちっちゃすぎて格闘じゃ当てづらいね。

 

 

 たった今も理想の一撃とはいえ、大きく掬い上げる様なものでしかない。

 人間で例えるならば、素早い猫を相手にしている様なものだ。

 当たれば倒せる。しかし、修練を経た相手にはそうもいかないわけだ。

 

「いってぇなぁ……」

 

 その声に、ザァリエはぎょっと目を見開く。

 

「マジか」

 

 その視線の先では、凡そ助からないはずの人間が立ち上がろうとしていた。

 その人間──勇者は、忌々し気に頭を振りながらも、怪我らしきものも一切見せずにそ

の場に存在していた。

 

<ザァリエ殿、何とも尋常な相手ではありませぬな>

「マジで、ですね。防ぎ切ったとかならまだしも、直撃して無傷はありえんよねぇ」

 

 岩陰に避難していたはずのフェネクスが、いつのまにやら側までやってきていた。

 そう、直撃は初であろうとも、既に勇者は何度も致死を乗り越え立ち上がっている。

 

<一応状況を『総帥』様に御伝えはしたが、どうされる?加勢も吝かではないですが>

「……正直な話、俺ではアレを殺せる気がしない。けど、奴に殺される気もしないよ」

<ほぅ?>

「異常な耐久……否、生命力かな?まぁいいや。だけど、それ以外は今まで戦ってきた人

間と大差は感じないね。攻撃に関しては、むしろもう一匹の方が脅威なくらいだ」

 

 最前線で派手に戦闘を繰り広げる勇者の陰で、無視できない程度の一撃を挟んでくる人

間の女、その存在はザァリエにとって随分と嫌らしい存在として映っていた。

 

<我が彼方の相手をしますかな?>

「フェネクスさんは意外と好戦的ですよね。しかし、間違いなく痛み分けで終わり、情報

を持ち帰られるのが分かっていて、手札を見せるのはどうでしょう?」

<なるほど。雛人など無害な存在。その認識が伏せ札になると>

 

 とはいえ、打ち倒し続けるくらいしか相手を撤退させる筋道が見えない。

 

<む!『総帥』様からの御指示が来た!>

「おぉ!それで!?」

 

 援軍あたりを送ってくれるのだろうか?

 我等巨人族がもう一体もいれば引いてくれそうなものだが──

 

<全力攻撃許可!許可だ!>

「マジで!?」

<……やろうではないか?>

「……やってやろうか」

 

 雛人の表情は理解できないが、不思議と笑みを、己と同じ表情を浮かべている事が分か

る。

 与えられた力という物は、やはり何処かでひけらかしたくなるものなのだろう。

 

<我は、紅!紅のフェネクス!……変っ身っ!!>

「折角ドクターに強請ったんだ、本邦初公開だよ!変身っ!!」

 

 二体の怪人が、今、真価を見せる──




あ、ザェリエはカテゴリ的に怪人じゃなくて改造人間(巨人)だった……


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81話(巨人vs勇者)

あの野郎、ぜってぇ許さねぇ!

……と、叫びたくなる程にお仕事の繁忙期。

拙いながらも書きたいものだけは沢山。
作りたいものも沢山。

時間と自分が足りない。


 おいおいおい、なんだこれは!?

 

 

 人類圏が抱える3つの戦線。

 その中でも比較的に人類優勢を保っている戦線。それがこの対巨人戦線だ。

 その巨体は純粋に攻防に()けるが、難敵ではあれど搦手が無い分脅威度は格段に下がる

相手だ。

 

 だというのに、眼前では信じられない光景が繰り広げられていた。

 

「勇者様!」

「こりゃぁどういうことだよ、ハヤテ!?聞いてた話と違うじゃねぇか!」

 

 異変に気付き駆け寄ってきたハヤテに、八つ当たり気味に問う。

 

「わ、私もこんなのは聞いた事も……」

 

 赤い霊鳥を連れた巨人。

 その巨体は人の十倍にも及び、野性味を感じさせる肉体は質量による本能的な恐怖を与

えている。

 だが、今やそれが禍々しくも変質し、事、両腕においては明らかに生物的構造を逸脱し

た金属光を放つソレへと変化していた。

 

 

 んだよこりゃ?

 生物っつーより半分機械じゃねぇか!?

 おまけに──

 

「そ、そんな!?霊鳥まで!?」

 

 直径1メートル程の赤い球体にも見える鳥──霊鳥が、10メートルを超えようかとい

う翼を広げていた。

 人間すら掴み取りそうな程の鉤爪で大地を抉り掴み、威嚇する様に胸を誇示する。

 まるで一枚画の様な、幼き頃に見た悪魔の絵画の様な──

 

「赤い悪魔め……」

 

 そう呟いた瞬間、激しい衝撃と騒音に襲われる。

 

 

 何が──

 

 

 やがて認識できた範囲では、どうやら擂鉢(すりばち)状の窪みの底に居る様であった。

 恐らくは何かしらの攻撃を受けたのであろう。

 一定以上の苦痛は遮断されるが、全身を鈍い痛みが覆っている事から相応の威力だ。

 

「くそが!痛てぇじゃねぇか!」

 

 傷一つない姿で勇者が立ち上がる。

 勇者が勇者たる所以(ゆえん)

 この不死性こそがあらゆる存在への切り札となっていた。

 

 そして再度巨人を認識して悪寒に頬を引きつらせる。

 

 

 ありゃぁ、(ライフル)──否、(カノン)か!?

 

 

 なまじ人型であるせいで腕に装着した銃の類にも見えるが、サイズから言えば大砲であ

ろう。

 真っすぐと此方に向いた砲口に、思わず身を竦める。

 

「ゆ、勇者様!御無事ですか!?」

 

 余程の衝撃音であったのか、ハヤテが片耳を抑えながら、出来たばかりのクレーターを

覗き込んでくる。

 

 

 こんなもん、ハヤテじゃ死ぬな──

 俺だけならどうとでもなるが、使い勝手のいい女を失うには惜しいか。

 

「ちっ、ハヤテ!お前は鳥の相手をしてろ!」」

「勇者様は……」

「俺が巨人の相手をするしかねぇだろうが!うぜぇからとっとと行け!」

 

 逡巡はするものの、すぐさまハヤテの姿がクレーター底からの視界より消える。

 

 

 ったく、ただの足手まといじゃねぇか。

 あれでも剣聖の後継者とやらか?

 ──まぁいい、精々気落ちしたところを(なじ)りながら奉仕させるのも一興か。

 しかし、どう攻める?

 

 

 これまで勇者として多くの命を刈り取ってきた。

 魔獣然り、亜人然り。

 どれほど強力であろうと頭や心臓を潰せば死ぬし、骨を砕けば苦痛に悶える。

 それは生物としての理だ。それこそ勇者の様に理外の祝福でも無ければ逃れえない。

 

 ──果たして眼前の存在は理の内か?外か?

 

 余りの異質な存在が故に、勇者の中でそんな疑問が渦巻く。

 

「だからって、俺が負けるわけがねぇだろうが!」

 

 勇者は手に持ったピックハンマーを片手に駆ける。

 本心を言えば王道ファンタジーが如く剣であったほうが映えるのだろうが、この世界で

は何かと剣は進歩に欠けている。

 剣聖一門が扱う物とてどうにも造りが大雑把で、鉄板に少々手を加えた程度の感想でし

かなかった。

 勇者とて幾度か試したが、結局は重量と遠心力が正義だと悟る。

 

 上体を捩じり、踏み込み、振りぬく。

 単純だが、確実な攻撃。

 素早い小物相手ならばともかく、大物には安定の成果が見込める。

 

 期待通り、勇者の一撃は巨人の足首の少し上に吸い込まれる様に打ち込まれる。

 

 

 ははっ!脛とはいかずとも、十分に効くだろうがよ!

 とっとと頭ぁ下げやがれ!

 

 

 足への攻撃というのは実に効果的だ。

 足のある陸上生物ならば、ほぼ全てが足に頼って動くのだから、速度自慢であれば速度

を削ぎ、力自慢であれば支えの軸を失う。

 逆を言えば致命には至り辛いのだが、急所を晒させるには十分であろう。

 

 ──ゴィン

 

 それは奇妙な感覚であった。

 これまで、どれ程強固な外殻を持った魔獣であろうと、可動部がある限り衝撃は肉に達

し、肉は生物故に強靭であろうとも柔軟さを持ち合わせる。

 それに比べ、眼前のこれは何なのか?

 堅いか柔らかいかと問われれば、魔獣としては柔らかいといえよう。

 だが、明らかに表皮で跳ね返されて衝撃が浸透していない事が分かる。

 例えるならば、鉱山用の巨大重機のタイヤをぶっ叩いた感触だろうか。

 

「ぐっ……」

 

 相手はただ攻撃を食らっただけだ。

 だというのに、その際の衝撃で体勢を崩し無様に大地に転がったのは勇者であった。

 

「…は?んだこれ?どうしろと……」

 

 余りの予想外の結果に、地面に這いつくばったまま勇者は茫然と巨人を見上げる。

 そこには、掴まんと伸びる巨人の巨大な手があった。

 

「あ、ああぁ!?」

 

 掴まれた瞬間、風景があまりの速度で動き、何も把握できない。

 

 ──そして、勇者は遥か彼方へと大投擲されて消えていった──

 

 

 

 

 順調である。

 虎の子の霊鳥装備を施した兵により魔法は無効化。代償としてこちらも魔法が撃てない

が、防衛側である我々にとって時間は味方だ。

 通常で考えれば天文学的な支出になるのであろうが、これは霊鳥の養殖に成功した特権

とも言えよう。

 後は、このまま膠着を続けてソーンからの援軍を待つばかりだ。

 更にはヴィクトルが指揮官としてこのデルタ長壁に在れば盤石ともなろう。

 此度の開戦には色々と疑義が付きまとうが、全てはこの難局を乗り越えてからだな。

 

 

 ソーン王は指揮所に備え付けられたソファに身をゆだねる。

 

 

 『領界』の維持に日々を費やす生活であったが、それからも久々に解放されて随分と体

が楽だ。

 恐らく、我が身はそう長く持たぬとは思うが、この公務(贖罪)を引き継いでくれるクロヴィス

の為にも負担を減らすための研究は急がねばな。

 あの子もディノス同様にこの国を想い、その身を費やす事を決意してくれた優しい子な

のだ。少しでも楽をさせてやりたい。

 この国の立場は連合としても非常に弱い。

 だが、我々はそれを逆手にとってひたすらに魔道研究に費やしてきたのだ。

 卑しいと言われようと我が国の為。未来の我が子達の為。

 皮肉なのは、研究結果は確かな成果を上げれども、その副次的な被害が馬鹿にならぬと

いったところであろうか?

 

 

 ソーン王は一つ、大きく溜息を吐く。

 

 

 とはいえ『アレ』を使わずに済んで良かった。

 地竜(ラヴリュス)に対した時と同様に、我が国に呪いを撒き散らしては意味が無いのだ。

 

 

 魔道において歴代の王達の誰よりも卓越していると奢った愚かさは、全て事が終わって

から降りかかったのだ。

 ソーンの大地に蔓延(まんえん)したラヴリュス草という呪い。

 ソーン王にとってどれ程悔いようとも晴れることが無い想い。

 だというのに、同じ轍を踏まなくてはならぬ程にこの国は弱いのであった。

 

「敵襲ーーーーっ!」

 

 突如響いた警戒を促す怒声に、ソーン王の物思いは中断される。

 続いて襲ったのは激しい衝撃、堅い物同士がぶつかり合う様な轟音だ。

 

「何事だ!」

 

 未だ弱々しい立ち振る舞いを従者に支えられて、ソーン王が指揮所の外に見た物は大空

を舞う人影であった。

 

「飛行魔法?そんな際物を使い始めたところで、何を……」

 

 だが、そのソーン王の言葉も落ちてきた岩石に遮られる事となった。

 単純で原始的。投石機よりも正確で直接的。

 その数は多いとは言えないものの、霊鳥の装備では魔法以外は防げない。

 魔導士が空を飛ぶのだから、魔法を使うはずという固定概念が存在する程に、魔導士と

いう存在は特別なのだ。

 

「……だというのに、この様な運用を……っ!?」

 

 咄嗟に視線を向けたのは何かしらの第六感であろうか?

 最後に見たのは凶悪な笑みを浮かべた少女。

 

 そして、ソーン王の意識はそこで途絶えた──




ザァリエ「なんだこいつ!?あちいけ!」

勇者「(ぽーーーーーーん)」



─────

あ、ルビちっちゃくて読めないかも?

公務(贖罪─しょくざい)


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82話(ロナとジェシカ)

きっとすぐに繁忙期も終わるんだ(現実逃避)

最近は、腐る程に生み出された令嬢ものに手を出したくなる衝動が。


「敵将討ち取ったりーっ!」

 

 デルタ長壁の頂上にてロナが気炎を上げる。

 

「…………あれ?」

 

 だが、あたりは不気味なほど静まり返り、全ての者の行動すらもが止まっていた。

 

 

 あ、あれ?もしかしてこの爺さんは敵将じゃなかったとか?

 そういえば、噂の『要塞(ヴィクトル)』にしては老けてるしヨボヨボだわね。

 うっわ、もしかしてスッゴイ恥ずかしい事やらかしちゃった?

 

 

 途端に気恥ずかしくなったのか、ロナは振り上げた拳を恐る恐る下ろし、急降下ドロッ

プキックの哀れな犠牲者を改めて確認する。

 初老を少し過ぎたくらいだろうか。随分と豪華そうな衣服に身を包み、やはり明らかに

上位の存在だと思わせる。

 もっとも、いまや関節は可動域を超え、可動部でない箇所も曲がっていたりと随分と歪

なオブジェに成り下がってはいるが。

 

「何ぼうっとしてるのよ!」

 

 突如、右腕を掴まれ共に大空を舞う。

 見て確認するまでも無い、誰よりも信頼している相方のジェシカだ。

 だが、当のジェシカはいつもとはうって変わって随分と強引な気がする。

 

「……ジェシカ、何か怒ってる?」

「…………」

 

 問うてみるも、ジェシカは無言のままロナを掴んだ手の力を緩める様子も無い。

 そんな二人を目撃した為であろうか、途端に皆が我に返り周囲が悲鳴と怒号に満ち溢れ

る。

 

「へ、陛下ぁぁぁーーーっ!?」

「早く治療師を呼べっ!!」

 

 錯乱する者、指示を飛ばす者、慌ただしく行き交う者、果ては感情のままに手当たり次

第に此方へ向けて物を投擲してくる者までいた。

 

 

 あ~、思ったより大物だった?

 やっばいなぁ、うちの王様が指示してた人物じゃないじゃん。

 敵国の王様を殺っちまったぜ?

 つか、何で一国の王様が最前線にいるんよ?

 怒られるかな?もしかしたらギリ褒められる?政治的な事なんてわっかんないのよね。

 

 

 ロナが心中で葛藤していると、緩やかに飛行速度が下がり、掴まれていた腕も解放され

る。

 

「……ごめん、ちょっと感情的になり過ぎたわ」

 

 ロナの葛藤による沈黙が、偶然にもジェシカに冷静さを呼び戻していた。

 ジェシカは酷く疲れた表情で己の掌を見つめ、そして握りしめる。

 

「ん。あたしも突出しすぎた。でも、いつもこんなもんじゃない?」

「いつもとは違うわ!」

 

 ロナの軽口に、途端にジェシカが激昂する。

 

「……いつもとは違うの。魔法が…魔法が効かない相手何て、援護のしようがないじゃな

いの。貴女の為ならば何でもするつもりよ?でも、私には魔法しかないの」

 

 まるで一回りも二回りも小さく見えてしまう程に、ジェシカの覇気は失われつつある。

 思うに、あの日からジェシカにとってロナの身を護る事だけが自身の支えであったのか

もしれない。

 ロナが存在する、それだけが未だに戦場に立つ事ができる理由なのかもしれない。

 

 ロナはそっとジェシカの頭に手をあてがい、そのまま乱暴に掻き乱す。

 

「そりゃぁ先入観だね」

 

 ロナの台詞を測りかねたのか、されるがままでジェシカは瞬きを繰り返す。

 

「確かに、ジェシカの魔法の精密さは信頼している。それが通用しない相手に戸惑うのも

分かる。だけど、魔法何て直撃させるだけが能じゃないでしょう?」

 

 ロナはそう言って口角を歪める。

 

「魔法が効かないならば周辺の岩でも粉砕してぶつけてやればいいじゃない?原因は魔法

でも、事象は魔法じゃないでしょう?何だって使い方次第よ、もっと柔らかく考えなきゃ

ね?」

「使い方次第……」

 

 ロナの言葉に思う事があったのか、ジェシカは言葉を反芻する。

 この度の空戦魔導士の運用も、今の言葉も、ロナの語る魔法の使い方は効果的だと誰だ

ってわかるし、少なくない者が考え付く。

 だが、それを行わせない程に人々にとって魔法とは特別であり、誇りでもあった。

 それでも尚、魔導士の、それもエリート中のエリートであるロナの言葉というのは、そ

の認識をねじ伏せてしまえる程に本人が考えるよりも遥かに重みがあるものであった。

 

「あたしの後ろを任せられるの何て、ジェシカしかいないんだしさ?」

 

 大したことが無い様なロナの言葉。だが、それがジェシカにとってどれ程の価値である

のか、きっとロナが理解できる時はこないであろう。

 

「……えぇ、ええ!そうよね!ロナの為の、ロナの為だけの私を、私が狭めては、愚劣、

だものね!」

 

 代わり、天啓を得た様なジェシカの瞳の奥に、(ひび)割れた宝石を見た──

 

 

 

 

「どういうことだ!?」

 

 怒気を発するブレソールの言葉に、その場の誰しもが怯えや戸惑いに捕らわれる。

 

 あれから派閥傘下である領地へ先触れも無く踏み込んだ挙句、問答無用で兵を掻き集め

てこの霊鳥の養殖地へ舞い戻ってきたのだ。

 しかしながら、その場にコノエ嬢の姿は無かった。

 

「まさか、亜人共に連れ去られたのか!?誰か、姿を見た者はいないのか!?」

 

 焦燥感に苛まれるブレソールは荒々しくも問うが、答えを得る事は無かった。

 

「殿下、もう僅かでこの地に捕らわれていた者達の救助が完了いたします。同時に、この

地に残されていた馬も掻き集めておりますれば、すぐさま全周囲への偵察隊を派遣する手

はずで御座います。ですので、お疲れの今はどうかお休みくださいませ」

 

 側近の者のいう事はブレソールも理解できないわけではない。

 事実、全力でもってこの地へ舞い戻る為に幾頭もの馬を乗り潰し、誰も彼もが疲弊して

いるのだ。

 だが、感情ではそれを受け入れられていないのも事実であった。

 

 

 えぇぃ!コノエ嬢が今、どれ程の憂き目にあっているかも分からぬのに、緩々(かんかん)としてな

どいられようか!?

 だが、今できることなど──なんと口惜しい事かっ!

 

 

 ブレソールに(はべ)っている者達も理解していた。

 例えどれ程に言葉を飾ろうとも、ブレソールは御執心のコノエという女を救う為だけに

行動したのだと。

 結果的に多くの者達を救い上げはしたが、ブレソールにとってはそれも副産物に過ぎな

いのだと。

 

「殿下、今一時(ひととき)の休息が、後の二時(ふたとき)に繋がりましょうぞ」

「……わかった。では何かあればすぐに起こせ」

 

 苦渋の決断であったが、ブレソールはそう言い残し天幕へと歩み始める。

 途中、救助された者達が口々に謝礼を述べる姿に、僅かばかり満たされるものがあった

のが少ない癒しであった。

 

「……そういえば、クロヴィス殿下の御姿が見えませぬな…ブレソール殿下は御休みにな

られる御様子、救助に当たっている者達に確認しましょうか」

「それが良いでしょうな」

 

 ふと、背後から聞こえてきたクロヴィス派であろう者達の会話に、今後の事を考えさせ

られる。

 父であるソーン王が、放蕩家で名を知られているクロヴィスを重用していたのは意外で

あった。

 幸運にも憂いは断つ事が叶ったが、同時に別の懸案事項が発生する。

 

 

 父上は俺に次期国王の座を譲るのだとばかり思っていたのだが、まさかクロヴィスに目

をかけていたとはな。

 だとするならば、俺以外を選ぶ可能性があると言うのか?

 流石にエマはありえんだろうが、まさかディノスとて油断できぬとでも言うのか?

 

 

 疑惑は不安につながり、不安は猜疑を生む。

 父が、弟が、その全ての行動がブレソールの目には怪しく映ってしまっていた。

 

「……っ、えぇぃ、酒を持て!」

 

 すぐさま傍付きの者が駆け出すのを横目に、忌々し気に舌打ちをする。

 とてもではないが、穏やかな気分で休めるはずもなかった。

 寝所に身を投げ出し酒を呷るも、負の感情は拭えず。

 傍仕えが戸惑いを見せるなか、深酒の下に意識を手放した。

 

 

 ──その後、と言っても休んでいた手前、又聞きになるのは致し方なかろう。

 

 なんでも、気を利かせた者共が俺が目覚める前に偵察隊を派遣した事だの、我等に恩を

感じたのか捕らわれていた者達の中からも偵察に志願した者が居たりしたのだそうだ。

 その挙句、何処ぞでクロヴィスの無残な姿を発見し、騒動にもなったらしいのだが、こ

れが切っ掛けとなり亜人憎しと我が派閥の傘下に入るものが増えたのだそうだ。

 

 実に予想外の顛末ではあるが、愚弟に対する決断の進言をしてきた者にも報いてやらね

ばならぬな。

 

 結果的に政敵が減り、派閥が大きくなり、残るはコノエ嬢の救出だけとなったものの、

未だに消息も知れぬままだ。

 

 嗚呼、麗しの君よ、どうか寧静でありたまえ。

 陽光の下、カレンに咲き誇る君である事を願わずにはいられぬ。

 

 嗚呼、刻下の天竜のなんと儚げな事か──

 

 

 蒼天に霞む天竜。

 ──風と光の結界によって直視もままならぬ巨大浮遊島。

 ──唯一、月光の下でその残影を得る事ができる島。

 ()の竜の住むと言われる幻が如き島は、変わらずそこに在った。




火、水、地(討伐済み)、風。
奴等はどっかに居るわけで。


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