ホーンテッドコテージ (プレイズ)
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第1話

コナン達少年探偵団は博士の車に乗ってキャンプにやってきていた。

これはその道中で起こったお話。

 

 

キャンプに向かう途中、目的地まであと10km程という山道で博士の車がガス欠を起こした。

これでもう何度目だろうかという恒例のビートルトラブルである。

博士は燃料メーターの残量が少なくなっていた事は把握していたのだが、途中のガソリンスタンドで補給すれば大丈夫だろうと高をくくっていた。なので『まだ走れるはず』と思っていたのだが。

いくら走ってもガソリンスタンドはなく、なかなか補給の出来ない事態に陥ってしまった。今回のキャンプ先は毎度使っている場所とは違うキャンプ場を使う事にしたため、いつもとは道中のガソリンスタンドの点在頻度が違ったのだ。

そうこうしているうちに、ついにガス欠を起こしてしまい、ビートルを路肩に停車させる事を余儀なくされた。

探偵団達はまたかよと嘆くが、ビートルのガス欠はこれが初めてではない。もはやキャンプの際の恒例行事とも言えた。

 

とにかく今は移動手段がないのが問題だ。

ガス欠が起こった場所は運悪く山中の田舎道で人通りが全くない。

しばらく待ってみたが車も全く通りかかる気配がなかった。

困ったのお、と博士が車を降りて周囲を確認した所、山の上に別荘のような建物が見えた。

調度いい、あの家に行って近くのガソリンスタンドまで車で乗せて行ってもらえないか頼んでみよう、という事になった。

博士と探偵団達はひとまずビートルを降りて徒歩で山の上の別荘へ向かう事にする。

「げぇ~あそこまで歩いて行くのかよ。俺腹減ったぜ」

「仕方ありませんよ元太君。あの別荘に行けば何か食べ物を食べれるかもしれませんから、あそこまで頑張りましょう」

「食いもん食えるのか!おおっし、なら頑張っちまうぜ!」

「もぉ元太君たら。食いしん坊さんなんだから」

腹を抱えて空腹にあえぐ元太だが、食べ物があるかもと聞いた途端にやる気がみなぎる。

1にも2にもまず食い気、という元太らしい気の変わりようであった。

「ったく、何回目だよこの展開」

「ははは、すまんのお。またやってしまったわい」

「これでもう10回超えてるわよ。キャンプに来てるんだか故障の付き添いに来てるんだかわかりゃしないんだから」

コナンと灰原につっこまれて博士は冷や汗をかきながら弁解する。

 

そうこうして歩く事5分。

探偵団達は別荘までたどり着いた。

「すみません、ちょっとよろしいですか?」

「おや、どうされました。こんな山奥のコテージに」

呼び鈴を鳴らした博士を出迎えたのは、老いたお爺さんだった。

「いやー、実はこの下の山道で車がガス欠を起こしてしまいましてな。ちょいとばかり車をお借りできませんでしょうか。近くのガソリンスタンドまで補給用のガソリンを入れに行かせてもらえないかと」

両手を合わせて謝りつつ博士は事情を説明した。

このくだりもこれでもう何回目だろうか、とコナン達は呆れながら見ている。

つらつらと話を聞いた老人は、快く頷いてくれた。

「なるほどそれは災難でしたな。5人もお子さん連れで大変だったでしょう」

「災難じゃなくて自業自得よ。このおじさんこれまでに何回もガス欠をやらかしてるんだから。学習能力のない中年には困りものだわ」

「こりゃ、哀君、さすがに傷つくわい……」

「ほっほっほ、なかなか味のあるお子さんをお持ちのようですな」

辛辣な灰原の指摘に口元を緩めて老人は微笑んだ。

「お爺さんはここで何をしてるの?こんな山奥の別荘に1人?」

「いや、わしと息子2人の3人じゃ。コテージを経営しておる。まあご覧の通りの寂れ具合でほとんど来訪者はおらんがな」

老人がこんなへんぴな所に住んでいる事に疑問を抱いたコナンが問いを向けた。

彼によると単身で住んでいるわけではなく、息子達との3人暮らしらしい。

「息子さん達はどこにいるの?」

「1人は今厨房で夕食を作っておる。おおーい、慎吾」

「何だー、親父」

呼ばれて奥のリビングから1人の青年が姿を見せた。

どうやらこの人が老人の息子さんらしい。

「こちらが息子の慎吾です。なかなか腕利きの料理人なんですよ」

「おや、どうしたんだこの可愛らしいお子さん達は」

「実はですな……」

博士が慎吾さんにも事情を説明する。

お爺さんの話も合わせて聞き、彼はすぐに状況を理解してくれた。

「それは大変でしたね。お疲れでしょう。ここはコテージだし、どうぞお休みになっていかれてください」

「ありがとうございます。突然子連れで押しかけて申し訳ない」

「いいえ、こんな可愛いお子さん達なら大歓迎ですよ。調度今料理を作ってる所ですから、皆さんの分も作りますよ」

「うはっ、ほんとかよ!ありがとな兄ちゃん!」

ご飯にありつけるとあり、元太のテンションが上がった。

次いで歩美が尋ねてくる。

「ねえ、お兄さんって料理人なの?」

「ああ。まあちょっと前に現場の方は引退してるけどな」

「息子はこれでも1つ星レストランのシェフを務めるくらいはあったんですよ。一線を立ち退いた今も腕は衰えていません」

「へぇ~!お兄さんすっごーい!お料理食べるの楽しみ!」

彼は相当な腕の持ち主らしい。

歩美の目が羨望の色を帯びてキラキラと輝く。

「ふふ、こんな可愛い女の子にそう言われちゃ腕によりをかけて作らないとな」

「うん、期待して待ってるね!」

 

この時歩美はまだ知らなかった。

今宵、彼女の身に恐ろしい恐怖が降りかかる事を―――。



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第2話

1つ星、というワードに元太が疑問を浮かべた。

「なあなあ、1つ星ってすげーのか?」

「まあ3つ星や2つ星に比べたら大した事ないから、そこまで言うほどのもんじゃないさ」

「いやいや凄いですよ。権威あるミシュランの星を獲得する事自体が凄い事ですからね」

謙遜する慎吾に対して光彦が否定して評価した。

「ええ、ミシュランから星を1つ獲得するだけでも店にとってはとても大きなお墨付きになるといっていいわ。小嶋君も大飯喰らいならそのくらいの知識は知っておくべきね」

「うぐ、食いもんの事は好きなのに知らなかったぜ……」

「はは、子供なんだから当然だ。でも、君達はなかなか物知りなんだな」

見た所小4くらいなのに意外な事を知っている子供達に、慎吾が不思議がる。

「へへ、俺達少年探偵団なんだぜ」

「え?少年……探偵団……?」

「うん!私達、どんな謎でも解いちゃうんだよ」

「これまでも数々の事件を解決してきたんです」

さっと決めポーズを決める元太、歩美、光彦。それを後ろからクールな笑みで見るコナンと灰原。

「これはこれは、なかなか可愛い探偵さん達だな」

「ほっほっほ!これは面白いお子さん達じゃわい」

少年探偵団の宣言に2人の表情が柔和に緩んだ。

 

挨拶代わりに、探偵団達は老夫妻に早速自分たちの自己紹介を始めた。

「俺は探偵団を束ねる頼れるリーダーの小嶋元太だぜ」

「私はキュートな女探偵吉田歩美よ」

「知性を駆使する円谷光彦です」

「同じく知性を駆使する灰原哀」

「えっ、は、灰原さん」

「ああ、ごめんなさい被っちゃったわね。じゃあミステリアスな女灰原哀とでも言っておこうかしら?」

「見た目は子供、頭脳は大人。俺は江戸川コナン、探偵さ」

ひとしきり自己紹介をした子供達に、親子は目を丸くする。

「へえ、皆それぞれ特色があるんだな」

「やはり面白い子達じゃな」

「俺達も自己紹介しておこうか。改めて紹介すると俺は松永慎吾。元料理人で今はコテージの管理人として働いている」

「鷲は慎吾の父、松永茂雄じゃ。同じくこのコテージで管理人として働いておる」

コテージの2人が自己紹介を済ませ、後から出遅れたとばかりに博士が口を開いた。

「やれやれ最後になってしまったわい…。私はこの子達の引率役をしている阿笠博士です。こう見えて発明家なんです」

「なのに毎回車を故障させてるのはどうしてなのかしら」

「うっ……め、面目ない」

哀にめざとく指摘され、博士はばつが悪そうに頬をかいた。

 

それから探偵団達はお爺さん、もとい茂雄さんに中へ通され、ひとまずコテージのリビングで一休みする事になった。

慎吾がお茶を入れてきてくれたので、皆で飲んで一息つく。

「ありがとうお兄さん。お茶美味しいっ」

「そうかい、まあごゆっくりしておゆき」

お茶を飲んで礼を言う歩美に慎吾が微笑んではにかんだ。

「いやあ、すみませんな。急に大人数でおしかけてしまって」

「気にしないでください。俺達はここでコテージを経営してますが、ファミリー層の来客は珍しくありませんし、むしろ歓迎ですよ」

「もちろん今回は非常時ですからお金などいただきませんから、そこはご心配無用ですじゃ」

「有り難いお話です。車が動かなくなってしまって困っておったから、渡りに船でしたよ」

博士は松永親子へ両手を合わせて感謝する。

「ちょうど今はお客さんもいなくて全室空室だから、しばらくこの施設を好きに使ってもらって構いませんよ」

「夕食は慎吾が作りますから、どうぞお食べになっていってください」

「助かるわね。なら博士が車を再起動させるまでの間はここでゆっくりくつろげそうかしら」

お茶を口に運びつつ哀はソファに身を委ねる。

さっきまでガス欠のごたごたで慌ただしかった分、ようやく一息ついたといえる。

 

そんなこんなで皆が落ち着いた所で、光彦が周囲を見渡して言った。

「ここ、結構広いですね。普通の一軒家と比べて部屋の広さにゆとりがあるというか」

「このコテージは敷地を大きく取った3階建てじゃ。田舎だから土地には余裕があるでな」

貸別荘はへんぴな場所に建っているものの田舎なので土地代は安かったらしい。

そのため大胆な建築をする事が出来たようで、この建物は一般的なコテージと比べて規模が大きい。

「こんな山奥のど田舎にある割に建築のクオリティーは高そうなんだよなここ」

「どうやらよくあるコテージとはひと味違う雰囲気の建物のようね」

「はい、ノスタルジックでありながらどこか不思議な感じがありますよね」

「建てる際に内装にはこだわったからな。だからここには色々な部屋があるんだ」

「面白そう、歩美見てみたい!」

「ほっほ、お嬢さんは興味津々かの。後でゆっくりと見て回るといい。きっと退屈はしないはずじゃ」

部屋を見て回りたがっている歩美に茂雄が微笑ましそうに笑って言った。

「ねえ、そういえばさっき息子さんが2人いるって言ってたけど、もう1人の息子さんはどこにいるの?」

気になったようにコナンが茂雄に訊いた。

「ああ、もう1人の息子は今は奥の部屋で経理の作業をしていての。今は忙しくて顔を出す暇がないようじゃ」

「ふうん、そっか」

 

その後、博士はすぐにお爺さんから車を借りて、補給用の燃料を取りに近くのガソリンスタンドへ向かう事になった。

そしてその後はコテージに戻った後でビートルにガソリンを給油して、ガス欠した車をまた使えるようにするという流れである。

博士が外に出ている間、子供達はこのコテージでしばし待つ事になる。

「では茂雄さん、しばらくお車をお借りします。私が戻ってくるまですみませんが子供達をよろしくお願いします」

「ええ、任せてください。まあ鷲らにとっては久方ぶりのお客様ですからな。子供さん達が飽きないように出来る限りおもてなしさせていただきますよ」

ほっほっほ、と楽し気に笑んで茂雄さんは博士を見送った。

 

ちなみに博士が向かったガソリンスタンドは、最寄りといっても10分20分くらいで行ける距離ではない。

ここは山あいの入り組んだ道になっており、運転には慎重を来し速度を落としての徐行運転が求められた。

それに周辺は人がほとんど通りかからない閑散としている田舎で、一番近くのガソリンスタンドでも片道1時間以上かかるくらいには離れている。なので博士が戻ってくるまでコナン達は2時間以上はここで待たなければならない。

「まあ待つのはおっくうだけどよ。その代わりにこんな旨え飯が食えるんなら待つ甲斐があるってもんだよな!」

「元太君は相変わらず食べ物に目がないですね。でも美味しいのは僕も同感です!さすが1つ星レストランのシェフが作った料理ですねこれは」

「うん、歩美も美味しすぎてほっぺた落ちちゃいそう!」

慎吾の作った料理を振る舞われた探偵団達は、その肩書きに恥じない味わいに喜んでいた。

彼は流石1つ星レストランの元シェフというだけあり、かなり美味な料理を作ってくる。

「いやしかし単純にうめーな。つい箸がすすんじまうぜ」

「確かにこれはなかなかね。これだけの物を作れるなら十分にまだ現役のシェフとしてやっていけそうなくらいよ」

「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえると作った甲斐があるよ」

子供達の声に慎吾は照れくさそうにはにかんだ。

「まあ、今の俺には都会のせわしないシェフよりもこういうのどかな所でひっそりとやってくのが合ってるのさ」

「ここは貸しコテージですけど、慎吾さんは普段料理を作るサービスをしているんですか?」

「普通ならお客様がセルフで作るものだけど、このコテージでは俺が作ってお出しする形を取っている。元料理人の経験が活かせると思ってね」

「慎吾さんって現役を引退した後、ここに来て長いの?」

光彦に続いてコナンが気になったように訊いた。

「いや、まだ半年程度かな」

「こんなへんぴな所だとお客さんほとんど来ないんじゃない?」

「まあ場所が場所だから訪問客は多いとは言えないね。だけど富裕層の方々からは隠れた貸別荘として人気があるんだ。定期的に予約をしていただいてる」

「ここって料金はどれくらいなんですか?」

今度は再度光彦が慎吾に尋ねた。

彼はかいつまんで金額を話したが、その額は一般の貸別荘の相場よりかなり高めのものだった。

「随分強気な価格設定に感じるけど……それでも経営は成り立ってるのよね?」

「ああ。有り難いことに贔屓にしてくれてる上客様が何組かいる。おかげで訪問者数は少なくてもやっていけてるんだ」

「こんな旨え飯が作れるんだからよ、高え金払ってでも来たい奴がいるのもわかるぜ!」

「小嶋君は食べ物以外の感想はないのかしら?まあ確かに料理の味は確かだし誇張じゃないと私も思うけど」

ため息をついて元太に呆れつつも、納得もして哀は頷いた。

「でもこのコテージは料理だけじゃなく、慎吾さんが言ってたように内装も凝ってるわね。手の行き届いた部屋のつくりも常連がつく理由なのかもしれないわ」

「うん、このお部屋すっごく綺麗。こんな素敵なコテージなら歩美暮らしてみたいかも」

「ほっほ、そう評価してもらえると鷲らとしても嬉しいわい。食べ終わったら後で各部屋を見回ってみるといいじゃろう。趣向を凝らした部屋がたくさんあるからの」



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第3話

それから幾ばくか時間が経過した。

コテージはしんと静まり返っていた。

子供達の騒いでいた声はいつの間にか消え失せてしまい、フロア内は元の寂れた人気の無い空間に満たされている。

フロアの明かりは全て消灯されており、室内は暗闇に包まれていた。

夕暮れ時だった先刻から時間経過したのか窓の外は暗くなっており、故にコテージの中も薄暗い。

「…………」

そっと音もなくとある部屋の扉が開いた。

まるで幽霊が勝手に開けたように、スーッと。

開け放たれた暗闇の奥からは何者かの気配がする。

「…………」

コツん、コツん、と僅かに足音のようなものが聞こえた。

ドアの奥から誰かがゆっくりと出てくる。

音の主は幽霊ではなく、実体を伴った者だった。

しかし、普通の人間でもなかった。

「ヒ、ヒ、ヒ」

くぐもった声が声帯の向こうから発せられた。

不気味な途切れ途切れの笑いが暗闇の中に消えていく。

人の姿をしたそれは、仮面を被っていた。

道化師を模しているような、ピエロの仮面を。

「ヒ、ヒ、ヒ」

仮面の下の服も、道化師の着る格好をしている。

赤をメインとした派手な衣装でまさしくピエロの姿そのものだった。

そして………。

驚くべき事に、ピエロは胸にとある人間を抱えていた。

金髪の髪が道化師の仮面のすぐ下に見えている。

「……………」

両腕で1人の小柄な少女が抱えられて運ばれていた。

既に意識はなく、どうやら眠っているとみられる。

ピエロに抱きかかえられた女児は、先程の来訪者である子供達の1人だった。

やけに大人びた知的な少女、灰原哀だ。

どういうわけか彼女は今眠らされており、この正体不明のピエロに運ばれている所だった。

「ヒ、ヒ、ヒ」

傍で眠る哀を見下ろし、道化師から不気味な笑いが零れる。

コツん、コツん、とゆっくりと足音を立ててピエロは廊下の先へと進んでいく。

コツん、コツん。

コツん。

コツん。

コツ、

ふと、鳴っていた足音が止まった。

ギイイ、と何かを閉める音がする。

廊下の奥に突き当たったらしく、そこからさらに中へ入ったらしい。

少女を連れたまま、道化師は扉の奥へと姿を消していった。

 

 

「…………!」

その一部始終を、1人の少女が見ていた。

小部屋のドアを僅かに開けて、彼女はのぞき込むように外をうかがっていた。

「ぁ、哀ちゃん……!」

口を両手で覆い、戦慄と動揺で固まった少女が絶句する。

彼女は哀ともう1人の女子団員である吉田歩美だった。

今し方“目覚めた”ばかりの彼女は、真っ暗になった辺りの様子にまず困惑していた。

さっきまで皆で楽しく食事を取っていたはずなのに、気が付いたら明かりは消えていてどこか別の場所で寝ていたのである。

ここは小さな小部屋らしく、2畳ほどしかないスペースに枕と簡易的なマットが敷いてあり、彼女はそこで眠っていた。

彼女1人でぴったりくらいの狭さなため、当然この部屋に他の子供達はいない。

コナン君や哀ちゃん達はどこに行ってしまったんだろう、と歩美は不安を覚えた。

とりあえず彼女は電気のスイッチを探そうとしたが、どうやらそれらしき物は見当たらない。

焦りが募ってきた所に、部屋の外から足音が聞こえてきたのだ。

部屋の外の物音に気付き、彼女がドアの隙間からそっと外をのぞいた所、あの不気味なピエロが奥を横切っていった。

しかも腕には哀が抱きかかえられており、彼女は眠っているようだった。

「ど、どうしよう……変なピエロさんに、哀ちゃんが連れていかれちゃった」

恐怖を感じて両手の先がぶるぶると震える歩美。

だが、彼女は歯を食いしばった。

(怖がってちゃ駄目…!私が何とかして、哀ちゃんを助けないと……!)

キッと勇気を振り絞り、彼女は小部屋の扉を開けた。

ただし不用意に開けるのではなく、音を立てないように慎重に。

「…………」

先程の不審なピエロのような輩がまだ他にもいるかもしれない。

女の勘ではないが、防犯意識の高い彼女は警戒を怠らず周囲に気を配った。

幸いにも、小部屋の周囲には誰の気配もないようだった。

ゆっくりと部屋の外に出た歩美はほっと息をつく。

(とりあえず、これからどうしよう……。さっきのピエロさんを追うか、それともコナン君達を探すか)

哀を一刻も早く助け出したい歩美は、まずはピエロを追おうかと考えた。

先に皆と合流するのを待ってからでは、哀がピエロに何か手出しされる危険がある。

彼女は今意識を失っており、無防備な状態だ。何かされても抵抗も出来ないし悲鳴も上げられない。

(今はまずピエロさんを追って哀ちゃんを守らなきゃ)

彼女は危険だが1人で道化師の後を追いかける決心をした。

もちろんただ単身で向かうだけでは危ないので、それと並行して探偵バッジで皆を呼び集める形にしよう、と。

「うん……これでいこう。歩美ファイト!」

彼女は自分を鼓舞するように(小声で)意気込み、消えたピエロを追って廊下の先へと向かった。[newpage]薄暗いコテージの廊下はやけに長く感じられた。

明かりがほぼ消灯している影響か、闇が覆い尽くすように歩美の周りを包んでいる。

「こ、怖くなんかないんだもん……!」

不安を隠せない様子の彼女は、しかしそれを振り払うように自身を鼓舞した。

1人きりとはいえ、ここは自分が頑張らなければいけない。

連れ去られた哀を救えるのは今は自分だけなのだ。

(それにしても……皆いったいどこへ行ったんだろう)

心細い中で耐えながら、彼女はふと疑問に思った。

さっきまで一緒にご飯を食べていたはずなのに、気が付いたらいつの間にか別の場所で寝ていたのだ。

哀は先程何者かに連れ去られてしまい、そして他のメンバーも姿が見当たらない。

(そうだ、探偵バッジでコナン君を……!)

一番頼りになる想い人の姿を脳裏に思い浮かべる歩美。

はっと思い出したように彼女は探偵バッジを取り出した。

これで呼びかければ通話できるはずだ。

「…もしもし、こちら歩美。コナン君、聞こえる……?」

声を出来る押し殺して、歩美はバッジに話しかけた。

・・・

・・・

・・・

「………もしもし、こちら歩美。コナン君、聞こえたら応答して……?」

・・・

・・・

・・・

「……うそ、返答がない………?」

いくら呼びかけてもコナンからの声は帰ってこない。

通話自体はちゃんと繋がっているようなのでバッジの故障ではないようである。

だがコナンが歩美の声に反応した様子はなかった。

「私みたいに寝ちゃってるのかな……?そ、そうだよね、きっと」

応答がない事に不穏を感じつつも、それを紛らわすように彼女は嫌な予感を考えないようにした。

とりあえずコナン君はまだ寝ているんだ、という事にして歩美は別の団員に連絡を取る事にする。

「じゃあ、光彦君は………」

次に彼女は光彦に連絡を入れてみた。

声を潜めながら再びもしもし、と話しかける。

・・・・

しかし、結果は同様に無反応。

いくら呼びかけても光彦から返事は帰ってこなかった。

コナンに続いて光彦までも音信不通状態になっている。

「光彦君も出ない……?じゃあ、光彦君も、お寝んねしてるんだよ、ね……?」

苦笑いしながら言う歩美。

だがだんだんと不安が高まり、彼女は心細くなっていく。

残るはあと1人しかいない。

「しょうがない……仕方ないから残った元太君で」

最後に残った元太に彼女は通信を入れてみる。

期待薄でとりあえずバッジに呼びかけてみる歩美。

「……もしもし、こちら歩美。元太君が大好きなうな重が置いてあるのを見つけたよ」

「…………」

「うな重と一緒にメモで『好きに食べていいよ』って書いてあったよ」

「…………」

反応は、なし。

彼の大好物な食べ物と食い気を催す言い方を試みてみたが、それでも彼からの反応は見られなかった。

「うな重で誘っても応答がないって事は、間違いなく起きてはないね……」

うな重に元太が反応しないという事が深刻な事を彼女は把握していた。

そのため、彼の意識も今はまだ睡眠の中のようだ。

 

「……コナン君、聞こえる?こちら歩美」

彼女は再びコナンに向けて通信を繋いでみた。

しかし、先程と同じく向こうから返答は返ってこない。

「コナン君、大丈夫?もしかしてどこか怪我してたりする…?」

彼女はもしや彼が身体のどこかに怪我を負ったのではと状態を訊いてみるが、やっぱり彼からは何の応答もない。

「……もしかしてコナン君の身にも何かあったのかな……?もしそうだったら、私……」

心のより所にしていたコナンの声が何度呼びかけても聞けず、彼女は不安になる。

彼の身を案じる歩美は、不安感から心拍数が上昇した。

まさかコナン君に限ってそんな事はないはず……。

(でも、青い古城の事件の時はコナン君が襲われて頭を怪我をしていたし……もしかしたら、ほんとに何かあったのかも)

以前少年探偵団として遭遇した事件での事を思い出す歩美。

あの時はまずコナンが犯人に襲われて離脱し、次いで博士まで消えてしまった。

その後元太に光彦までが失踪し、最終的には歩美と哀だけが残って2人で探索して探す形となった。

あの時は光彦が機転を利かせて皆を助ける事で無事事件は解決に至っている。

(今回もあの時と同じような……何か嫌な感じがする)

デジャヴを感じて歩美は肩を震わせた。

自分以外の皆がどこかへ消えてしまう恐怖。

(あの時はまだ哀ちゃんが一緒にいてくれたけど……今は私1人だけ)

3年前は心細い中でも哀が共にいてくれた事で彼女は安心できた。

だが今は違い、その守ってくれる友達がいない。

 

(弱気になっちゃ駄目。哀ちゃんがいなくても、1人でしっかりしなくちゃ)

不安な心を叱咤し、彼女は気を強く持った。

あの頃はまだ哀やコナンに守られ気質の所があった歩美だが、3年経った今は少し違う。

彼女なりに頑張って心を強く持っている。

「私1人でも哀ちゃんを助け出さなきゃ。そして、コナン君や他の皆も救い出してみせるもん……!」

キッと意気込んだ表情を作り、彼女は廊下を邁進する。

そして、臆せず廊下の奥まで歩を進めた。

暗がりの中、彼女は先程ピエロが姿を消した突き当たりの扉まで到着する。

 

「………」

ドアの取っ手を握り、歩美は僅かに引いてみた。

開いた隙間から慎重に中をうががってのぞき込む。

見た所、中はこちらと同様に明かりが点いておらず、薄暗い。

しばらくきょろきょろと目で見渡してみると、足下に階段が伸びているのが見えた。

ピエロはここを通って下に降りていったようだ。

「哀ちゃんはきっとこの奥に連れて行かれたんだ……。早く行って助けなきゃ……!」

歩美は意を決してドアを開けて中へと入った。

そして、下に伸びる階段へ足を伸ばす。

腕時計型のライトを点灯させ、彼女は暗がりの中を少し歩きやすいように工夫した。

「よし、これでちょっとだけ明るく………んひゃッ!」

ほっとした瞬間、彼女は声を裏返らせた。

踏みしめていた階段が、急にガクンと下がったのだ。

段状になっていた階段が、突然凸凹がなくなり、滑らかになったのである。

足場の支点が崩れ、彼女はそのまま尻餅をつく形で倒れてしまう。

「きゃア!」

転んだ拍子に彼女は悲鳴を上げた。

そして、そのまま“下へ”滑り落ちる。

階下へ伸びる階段は長く続いており、それがそのまま滑り台のように変形したのだ。

スロープと化した足場を彼女は踏ん張れず、転んだ勢いのままに滑り落ちていく。

「きゃぁアアア!」

勢いよく身体が下へ下降を始め、歩美は恐怖でたまらず悲鳴を上げる。

だが、勢いのついた身体は止まってはくれない。

どんどんスピードを増して彼女は底の見えない下方へと降下していった。

「きゃぁァァーー!、、、ッ……!」

降下し続ける最中、ふと歩美は横目で何かを捉えた。

彼女がそちらを見ると、そこにはピエロの顔があった。

暗闇のスペースから道化師の顔だけが見え、こちらを覗いていたのである。

(あ、あれは、さっき哀ちゃんを連れていったピエロ……!)

脳裏に先程見た道化師がフラッシュバックする。

しかし、気付いたと同時に彼女は思考を中断せざるを得なくなった。

前方に“底”が見えたからだ。

スロープ状の滑り台が途中で途切れており、その先は普通の地面になっている。

このままでは勢いのついたままそこへ着地してしまう事になる。

「あっ、ダメ、と、止まってーーー!」

身体に力を入れて踏ん張って降下を止めようとする歩美。

だが、勢いのついた身体は止まらない。

彼女はそのまま為す術無く途切れたスロープから飛び出し、下の地面に滑り落ちた。

 

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第4話

「きゃん!!」

滑り台のレールの段差から下に落ち、歩美はお尻から地面に落下した。

反動で強い衝撃が彼女の身体に走る。

反動で両足が高く上がり、勢いがついてその体勢で彼女はさらに10mほど滑り続けた。苛烈に床とお尻がこすれ、接触面に摩擦が発生する。

彼女は臀部に焦げるような熱さを感じた。

「っ…!あ、あっツゥ……!」

火が出そうな熱さに彼女はたまらず声を上げた。

だが、幸いにも身体の滑り込みはそう長くは続かなかった。

10mほどスイープした所で彼女の身体は力の作用が収まり、静止する。

「……と、止まった………お、お尻から火が出ちゃうかと思った」

どうにか恐怖の滑り落ちが収まり、歩美はほっとする。

 

「い、いったい何が起きたの……?」

困惑して歩美は周囲を見回した。

スロープをかなりの速度で滑り落ちたため、彼女は動転して状況を飲み込めていなかった。

さっきはいきなり階段の段差がなくなって平面状になり、彼女はバランスを崩して転んでしまった。

そしてスロープと化したこの“滑り台”を滑り落ちる事になったのだ。

「ここは、どこ…?」

この場所は薄暗いものの、辺りにはいくつかランプが灯っており、仄かに周りを照らしていた。

視界の先には木目調の壁が見える。

歩美の傍には段ボールが複数積まれており、物が雑多に置いてあった。

どうやらここはどこかの倉庫のようだ。

「ここ、物置か何かかな…?」

彼女は、ふと傍にあった段ボールの中をのぞき込んでみた。

箱の中には紙が入っており、そこにはメッセージが書かれていた。

『少年探偵団への挑戦状』

文言を見た歩美ははっとする。

これは自分達少年探偵団へ書かれたメッセージだ。

『少年探偵団の団員に我々が出題する謎解きクイズを解いてもらいたい。これは我がクラウンピエロズからのゲームである』

『だが、ただのゲームではつまらない。本気で望んでもらうために、少し趣向をこらさせてもらった』

『吉田歩美、君以外の仲間は全員別室で拘束させてもらう』

「な……!」

『君が我々の出す問題を全て解ければ彼らを解放しよう』

『ただし、1問でも間違った場合は……彼らの命はないものと思ってもらいたい』

「そ、そんな……!」

歩美の心拍数がドクンドクンと跳ね上がる。

これはさっきの仮面ピエロとその仲間からの挑戦状だ。

それも、ただのお遊びではない。コナンや哀達の命がかかっているのだ。

一瞬、歩美はそんなの嘘に決まってる、と思った。

しかし、箱の中には他にもとある物が入っていた。

「こ、これは…コナン君の靴……!」

コナンの履いていた靴が2足、入っていたのだ。

それも、真っ赤な血がついた状態で。

まさか、コナンが怪我を負わされたのだろうか。

「はっ、はっ、はっ、……!」

動悸が強くなり、彼女の呼吸が荒くなる。

取り乱しそうになる気持ちを何とか抑えつつ、歩美は続きを読み進める。

『このコテージには他にもいくつか部屋がある。どれも趣向を凝らした楽しい部屋ばかりだ。君にはその部屋部屋を回って、各部屋で出される謎解きを解いてもらおう』

『制限時間は夜が明けるまでだ。それまでに全ての部屋をクリアしてもらう。もし間に合わなければその時は……君も含めて全員皆殺しだ』

メッセージの最後には赤い血が滲んでいた。

読み終えた歩美の手ががくがくと震える。

「あ、ぁ゛ぁ゛……」

哀だけでなく、コナン達もピエロに捕まってしまった。

手紙の通りなら、残っているのは自分だけらしい。

今からこのコテージを回って彼らが出す謎解きを解いていかなければならないという。

コナンや哀がいるならともかく、自分1人だけで――。

「そ、そんなの……無理だよ」

不安が昂ぶり、彼女は絶望しそうになる。

とてつもなく怖い。

だが、自分がやらなければ皆は助からないのだ。

 

 

 

「に、逃げるもんか……」

 

 

「私が、頑張らなきゃ」

 

 

「私が……助けるんだ」

 

 

「コナン君を……哀ちゃんを……」

 

 

「皆を……私が……!」

 

 

歩美は意を決して立ち上がる。

切迫した状況の中、問われた彼女の腹は決まった。

1人でも自分が頑張って謎解きを解く――と。

「歩美、頑張る!」

ぐっと両手を握りしめ、彼女は勇気を振り絞った。

彼女には恐怖や不安に負けない勇気とガッツがある。

探偵団の中で彼女は一番の頑張り屋だ。

まあその心意気が空回りする事も多いのだが。

しかし今はそれがプラスに働いていた。

 

「じゃあ、早速各部屋を回らないと。えっと、出口は……」

歩美は探索を始めるべく、倉庫の出口を探した。

この部屋の広さは大きくはなく、すぐに開閉扉を見つける事が出来た。

「駄目……ロックがかかってて開けられないみたい」

だがドアを開けることは出来なかった。

ロックがかけられており、開閉できなくされていたのだ。

4桁の数字を合わせるダイヤルロックが扉にかけられており、それを正しく合わせないと倉庫から脱出出来ないようになっているらしい。

部屋から出られず困惑する歩美。だがすぐにある物を見つける。

「これは……メッセージ?」

ドアに紙が挟んであったのだ。

取り出して見ると、そこには文字が書かれていた。

『では早速第1問だ』

 

『まずは小手調べ。パスコードはシャーロックホームズだ』

 

紙にはどうやらヒントと思しき事が示されている。

文面を見た歩美は小首を傾げた。

「シャーロック……ホームズ……?」

もちろんその名前は知っている。

いつもコナンが言っている創作書物の名探偵の名前だ。

では、そこから導き出される数字とは……?

「シャーロックさんだよね?ってことは多分――」

 

 

「もじって“4869”じゃないかな?」

 

 

すぐに解答を思いついた歩美は、早速ロックのダイヤル錠を回してみる。

カチャカチャと動かして4869に合わせると、ガチャンという音がした。

ロックが外れたのだ。

「外れた…!やった、正解したんだ」

見事、彼女は正しい答えを導いてみせる。

彼女の考えた通り、シャーロックをもじった数字“4869”がパスコードだったのである。

「よかった、ちゃんと正解できて」

ほっと胸をなで下ろした歩美は、扉を開けて外に出てみる。

扉の先には長い廊下が奥に伸びていた。

相変わらず辺りは薄暗いが、ランプが点在しているためほんのりと明るい視界は確保出来ているようだ。

「じゃあ、早速探索開始だもん」

ぐっと腕を握りしめて彼女は廊下を先へと歩み始めた。

 

 

 

 

「ヒ、ヒ、ヒ……流石に1問目から間違いはしなかった、か」

倉庫から出て行った歩美の後ろ姿を見て、ピエロが笑みを浮かべる。

彼は先程からずっと倉庫の中に潜んでいたのだ。

歩美の死角の位置である、物陰の後ろに。

気配を完全に消していたため、彼女は全く彼の存在に気付いていなかった。

「吉田歩美……君は実に頑張り屋で可愛い子だ……ヒヒ、ヒ」

彼としては“お気に入り”の彼女の頑張りを間近で見れて少々気持ちが昂ぶっている。

恐怖と不安の中でも奮起して歩み出した歩美に自然と微笑ましい笑みが漏れる。

 

彼らの目的は、探偵団の内1人だけを自由にして隔離する事だった。

実は、探偵団達に振る舞われた料理には睡眠薬が含まれていたのだ。

そのため、皆いつの間にか眠ってしまっていた。

そして眠っている間に次々と探偵団達は仮面ピエロの仲間達によって連れて行かれ拘束されてしまったのである。

だが、5人の内1人分にだけは盛られた睡眠薬の量が浅かった。

それは1人だけを残りの4人よりも早めに目覚めさせるためだ。

あえて1人のみを泳がせるためにピエロ達はそうしたのである。

それは、残りの4人を人質に取る事によって、より切迫感と本気度を高めるため。

「まさか俺の一番のお気にの子が当たるとは思わなかったがな。どうやら俺はついているようだ……ふふ」

不気味に笑いつつ、ふと彼は懐から通信端末を取り出してどこかへと連絡を入れた。

 

「私だ。今そちらにターゲットの吉田歩美が行ったぞ。ああ、幸先良く1問目は突破だ……ヒヒヒ」

彼の手には1枚の写真がある。

それは先程、隙を見て撮影したものだった。

そこにはスロープに落ちた歩美が尻餅をついた瞬間の姿が映っている。

短いスカートの中が少々覗いた状態で。

(これは随分と可愛らしい写真が撮れた。彼女はなかなか可愛い下着を身に付けているようだ、くく)

 

【挿絵表示】

 

彼女は不運にも羞恥写真を撮られてしまっていた。

それを見たピエロが満足気に微笑む。

(早速こんな副産物の写真が撮れてしまったが……可愛い女の子が当たって俺達はついているな)

歩美の可愛い羞恥写真にピエロの口が三日月に歪む。

彼としては彼女のそういう所が見れるのは気分が良い。

 

 

「さて、彼女をそちらで丁重にもてなしてやってくれ。ただし、もし謎解きを間違った時には……容赦はするなよ」

「ああ、そうさせてもらうヨ。ヒヒヒ」

電話口の向こうでも不気味な笑い声が聞こえてくる。

もちろん彼の仲間である。

 

「さて、最終的に君を“犯る”かどうかは君の頑張り次第だ。せいぜいこの後も頑張ってくれ、吉田歩美ちゃん」

怪奇的な笑みを漏らし、ピエロは暗闇の奥へと消えていった。



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第5話

長い廊下を歩いた歩美は、1つの部屋を見つけた。

壁にドアがあり、両脇にランプが灯されている。

緊張しつつも、彼女はその部屋を開けて見てみることにした。

「………」

慎重に彼女はドアに耳元を寄せて中の気配を探る。

だが、どうやら物音の類いはしないようだ。

(…大丈夫そう。じゃ、中に突撃だもん)

高まる動悸を抑え、歩美は意を決する。

そーっとドアノブを回すと彼女はゆっくりとドアを開けた。

 

幸い、中には誰もいなかった。

もしピエロがいれば、すぐにわかっただろう。

だが人影も気配も彼女は感じなかった。

「よかったぁ……」

ほっとした歩美は胸をなで下ろす。

部屋の明かりは点いており、視界は明瞭だ。

見た所、窓は金属板のような物で覆われており、窓から外へ出る事は不可能にされていた。

「ここから脱出は出来なさそう……私が逃げられないように対策してあるんだ」

用意周到なピエロに歩美は唇を噛む。

ここから脱出するためには、彼らの出す問題に全問正解し、探偵団達を全員解放するしか道はないらしい。

 

「何このお部屋……ぬいぐるみが一杯ある」

落ち着いた所で、彼女は部屋の中を見回してみた。

部屋の中にはたくさんのぬいぐるみが飾られていた。

部屋中の様々な所にぬいぐるみが並べられている。

 

歩美は、さっそくこの室内を探索してみる事にした。

室内には大きな机が3つあり、そこにはたくさんのぬいぐるみが置かれている。

さらに部屋の壁には特注と思しき壁紙が貼られており、ファンシーなデザインでぬいぐるみの柄の絵が描かれている。

そして壁周りには物を置く長台が設置されており、その上にはこれまた色々な動物系のぬいぐるみが置かれていた。

「うわ~これ可愛い」

歩美は長台の上のぬいぐるみ達にすぐ反応した。

デフォルメされた動物たちがキュートにキルティングされている。

彼女はこういう可愛い物には目がない。

「いいな~~欲しいなーこれ」

人形の内の1つを抱き寄せると彼女は頬にすりつける。

枕大のクマのぬいぐるみが彼女の胸に抱かれて軽くしなった。

「ここ、ぬいぐるみ置き場なのかなあ?」

部屋中に安置されたぬいぐるみ群に彼女は不思議そうに小首を傾げた。

このコテージにはこういうファンシーな部屋もあったのだろうか。

山奥にあるコテージには場違いな気持ちもしたが、彼女個人としてはこの趣向は全く嫌いではない。むしろ大歓迎なくらいだ。

「あ、イヌ君にキツネさんのもある~。この子達も可愛い~~」

またしても可愛らしい個体を見つけ、歩美は抱き寄せて頬にスリスリした。

愛嬌あるぬいぐるみの数々につい彼女は夢中になる。

この手の愛くるしい品が部屋中に満たされているのだ。

可愛いぬいぐるみ好きな彼女からすれば無限に見ていられそうである。

 

それから15分経過――。

 

「――はっ…!」

不意に彼女ははっとなった。

今自分は何をしにここへ来たのか。

もちろんぬいぐるみを愛でて楽しむためではない。

自分は“皆を助けに来た”のだ。

「ああっ!ダメダメ…!こんな所で遊んでたら駄目だよ……!」

慌てて彼女は首を振って己を律する。

自分好みの趣向の部屋でつい我を忘れて夢中になってしまった。

本当は一刻も早く皆を探し出さなければいけないのに。

 

気を取り直して歩美は探索を再開する。

長台の傍には引き出し付きの小さな机が1つ設置されていた。

彼女はまずそこから調べていく。

その机の上には特に余計な物はなく、卓上時計とペン立てが置かれているだけだ。

まず彼女は机の引き出しを開けてみる事にした。

ガラ、と開けるとすぐに、何かが中に入っているのが確認できた。

机の中には、茶色い封筒が一枚入っていた。

「これは……」

開封して中身を取り出してみる。

すると中から1枚の白い紙が出てきた。

紙にはただ短くこう書かれていた。

【では2問目ダ。君に問題を出題しよう】

はっ、と目を見開いて歩美は文面を見つめる。

次なる問題を示していると思しきメッセージが見つかったのだ。

「これは、さっきのと同じピエロからのメッセージ…!」

彼女はドキドキして文を見つつ問題文の先を読む。

【この部屋にはとある数字が示されている。それをまず見つける事ダ】

【そして、その数字はとあるものを表している。数字が表している物を推理し、この紙の傍に置いてあるスマートフォンを使って答を入力して送信ボタンを押してほしイ】

引き出しの中をよく見てみると、確かに封筒があったすぐ奥に1台のスマートフォンが置かれている。メールアプリが開いた状態になっており、文字入力が出来る状態だ。

【念のため書いておくガ、そのスマートフォンは外に通話する事は不可能ダ。通話機能はパスコードをかけてロックしてある。それにここは寂れた田舎の山奥だから通信も常に圏外。だから警察に通報しようとしても無駄だヨ】

【君のやるべき事はこの紙に提示された問題を解くことダ。そしてその端末を使って解答を書いて送信してくれればイイ。もし正解していれば君をこの部屋から出してやろう。ただしもし1回でも間違えた場合は……どうなるかわかるナ?】

ドクンドクンと彼女の鼓動が高まる。

もし間違っていたらどうなるのだろう。

とても怖い目に合わされるのだろうか――。

「でも、この部屋から出してやるって、どういう意味だろう……?」

15分程前、彼女はこの部屋に入ってきた。

だが特に閉じ込められるような事はなかったはずだ。

「ま、まさか――!」

はっとした彼女は慌ててドアの元へ向かう。

そしてドアノブを回して外へ出ようとした。

 

ガチャガチャ

 

だがドアを開ける事は出来ない

外側から鍵がかけられているのか、彼女がドアノブを回しても開かなかった。

「う、嘘…!閉じ込められた…!?」

先刻ぬいぐるみに夢中になっていた間に、どうやら外からピエロにカギをかけられてしまったらしい。

閉じ込められる可能性など全く考えていなかった歩美は、面食らってしまう。

「わ、私の馬鹿……!もっと警戒してないといけなかったのに」

可愛いぬいぐるみ達に気を取られ、歩美はついその辺りの神経が鈍ってしまっていた。

その隙をピエロに突かれた格好だ。

 

「くっ……ゆ、許さない。絶対に正解してやるんだもん」

自分を嵌めたピエロ達に歩美は反骨心を抱く。

こんな挑戦的な問題まで出してくるなんて、少年探偵団員としては逃げるわけにはいかない。

 

彼女は、この封筒は引き出しに置いておいて、室内の捜査を続行する事にした。

引き出しの中はとりあえず調べ終わったので、今度は机の上の物を見てみる事にする。

といっても、特にこれといって怪しい物はない。

必要最低限の物が置いてあるだけだ。

机上の物はどうやら問題文に繋がる物品ではないらしい。

歩美は机から離れようとするが、その時ふと卓上の時計に目が留まった。

「あれ…?この時計、何だか時間がおかしいような」

よく見ると、時計のデジタル表示は2:22を指している。

歩美の腕時計では今はまだ夜10時前後のはずなため、そんな時間なわけはなかった。

この時計が壊れているのかな……?と彼女は疑問に思う。

「……もしかして、これは」

歩美はふと何かに気付く。

 

「この時計が時間が変にズレているのって、もしかしてさっきの問題文と関係してるんじゃ――」

よく見るとこの時計のデジタル表示は時を進める事なく、その時刻のままで停止している。

ただズレて時を刻んでいるのではなく、2:22で機能停止していた。

時刻が止まっているのは不自然に感じる、いやむしろ意図的に感じる――と歩美は思った。

「まるで何かを示しているみたい。これが、問題文に書いてあったヒントなのかも――」

言いつつ、歩美は部屋の中を今一度見渡す。

何か調べる箇所はないかと部屋を見回してみると、部屋の周囲に飾られているぬいぐるみが目に入った。

壁際には長台が部屋を一周するように設置されており、台の上にはぬいぐるみが色々と並べられている。

部屋を彩る内装として、飾りとして置かれているものだ。

動物系の物で占められているらしく、犬や猪、牛などの物がある。

ちなみに置かれているものの中にはキャラ物っぽいものが色々とあった。

アニメや漫画などで見かけるキャラクターものである。

歩美は試しにその中の一つを手に取って見てみた。

黄色い色の、ネズミっぽいやつを。

「……特に変わった所はない、みたい」

回して背面なども見てみたが、何の変哲もない普通のぬいぐるみのようだった。

『こにゃにゃち わ~!』

「え……?」

不意にぬいぐるみから音声がし、歩美は少し驚いた。

どうやら手に取った際にお腹のボタンを押していたらしい。

押すと音声が出る仕組みになっているようだ。

「これ、もしかしてケ○ちゃん…?」

彼女はとあるアニメのマスコットキャラを思い浮かべる。

これの造形は某アニメ作品の某キャラによく似ていた。

「いや、ケ○ちゃんはこんな不細工じゃないよ。本物はもっと可愛いんだもん」

だが歩美はそのぬいぐるみがお気に召さなかった。

自分の知っている某マスコットと比べて造形が甘いのだ。

表情にも愛くるしさが足りず、完成度が低い。

「これは……上辺だけ似せて作っただけのパチモンだね。この適当に作った感がある輪郭とかしっぽとか最高にイモい」

辛辣な言葉を吐き、歩美はそのぬいぐるみを興味なさげに棚に戻した。

急に熱が冷めた歩美は少し落ち着いてクールダウンする。

 

 

(う~んちょっと何か冷めちゃったけど、やっぱりあの止まった時計は何か不自然。あれはきっと何かを表しているはず……)

歩美はさっきの壊れた卓上時計がやはり気になる。

2:22などという意味深な時刻で停止しているのは何故なのか。

そして部屋の周囲に雑多に並べられた数々の動物系のぬいぐるみ。

(まさか……)

彼女は思い当たった。

あの止まった時計の時刻は、きっとアレを表しているのだ。



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第6話

「――もしかしたら、あの止まった時計はあれを表してるのかな」

何かに気が付いたように、歩美が呟く。

思い立ったように彼女はさっき見つけたメッセージ送信用のスマホ端末の元へ向かった。

端末を手に取ると、早速彼女はフリック入力を始める。

今導き出した答えを入力したのだ。

「多分これで合ってる、と思うけど……」

少し不安な様子で歩美は画面を見つめる。

後は送信ボタンを押すだけだ。

だが、もし間違っていた場合を思うと、彼女はなかなかボタンを押下出来ない。

鼓動がドキドキと高まり、彼女を不安が襲った。

「だ、大丈夫!怖がってちゃ駄目」

ぶんぶんと顔を横に振って彼女は迷いを取り払う。

今は不安に怯えている場合ではない。

勇気を振り絞らなければ皆は助からないのだ。

「逃げてばっかじゃ勝てないもん!ぜーったい!」

自分に言い聞かせるように言う歩美。

彼女は意を決して、送信ボタンを押した。

 

 

果たして自分の答えは合っているのだろうか?

彼女は不安でたまらない。

もし間違っていたら――。

そう思って不安に怯えながら、彼女は1分ほど待った。

 

『ブーッ!ブーッ!』

 

「ひっ!?」

不意に端末が振動し、歩美は飛び上がる。

どうやら向こうから返信が返ってきたようだ。

彼女は恐る恐るメールを開いてみる。

 

【クックック、正解ダ。よくわかったナ】

 

文面には正解の文字が書かれていた。

「や、やった…!」

思わず歩美の表情が綻ぶ。

間違った可能性ばかり考えていた彼女にとってはこれ以上ない朗報だ。

 

ちなみに、歩美の書いた解答は『猫さん』であった。

時計の止まった数字から彼女が自分で推理して導き出した答えである。

 

【ヒントは2:22で止まっている卓上時計。そこから答えを思いついたのは見事ダ。流石は少年探偵団の1人といったところカ】

 

文面には歩美を評価するコメントが書かれていた。

歩美は「このくらい出来て当然だもん」と胸を張ってみせる。

「2:22はそのまま日付を表しているって思ったけど、やっぱり当たってたみたい」

内心ほっとして彼女は息を吐いていた。

張っていた肩の緊張が解けてようやく彼女は少し落ち着きを取り戻す。

「この日はある記念日なんだよね」

歩美はその日が何を表しているかを知識として知っていた。

「2月22日は猫さんの日。だから答えは猫さんだよ」

そう、2月22日は猫の日である。

ニャーニャーニャーの語呂合わせでそう決まったのだそうだ。

3年前なら知らなかった事だが、この3年の間に色々な情報から彼女は知識としてそれを学んだのである。

【ご名答。2問目も正解した君にはご褒美をやろウ】

【団員の1人、小嶋元太を解放スル】

【といってもまだ薬でぐっすり眠っているがナ】

【拘束を解いてリビングに寝かせておク】

文面には正解した報酬として、元太を解放すると書かれていた。

それを読んだ歩美は笑顔になる。

「よかった、元太君を返してくれるんだ…!」

ピエロの出す問題に正解すれば、約束通り他の団員達を自由にしてくれるらしい。

これでまずは1人救出に成功である。

元太はリビングに寝かされた状態で解放されるらしい。

「でも、ここが何階かもまだわかんないし……たしかリビングは1階だったよね?」

元太の元へ向かおうにも、今歩美は自分が何階にいるかもわかっていなかった。

最初に起きた階が何階かも不明だし、さらにその後スロープ穴に落ちてかなり下方に落ちてきたはずである。

このコテージは3階建てだったはずだが、彼女の感覚では優に5階分以上は下に滑り落ちた気がする。

「とにかくここを出て先へ進まないと」

彼女は部屋のドアの元まで再び行ってみる。

さっきは鍵がかかっていたが、問題に正解した今なら開いているだろうと彼女は考えた。

しかし――。

 

ガチャガチャ

 

ドアノブを回しても、扉は開いてくれない。

どうやらまだ鍵がかかったままのようだ。

「あ、あれっ?まだ鍵がかかってる……」

施錠が解けておらず、彼女の顔にまた不安の色が浮かぶ。

何故問題に正解したのに扉が開かないのか?

 

『ブーッ!ブーッ!』

 

「!?」

またしてもスマホ端末が振動した。

彼女は慌ててメール画面を開いてみる。

【おっと、言い忘れていタ。まだこの問題には続きがアル】

【今君が正解した答えダガ。その姿を模したぬいぐるみがその部屋のどこかにアル】

【君には今からそれを探して見つけてもらいたイ】

【見つけたらそれをスマホで写真に撮ってメールに添付して送ってくれたまエ】

【正しい対象物を見つけていれば部屋の鍵を開けてやろウ。ただし、間違っていた場合は施錠は解かない。君は永遠にその部屋で閉じ込められたままサ】

「……!」

ピエロからのメッセージには次なる指令が書かれていた。

今答えた猫の姿を模したぬいぐるみを探せというのだ。

この部屋のどこかにあるらしい。

それを見つけられなければ部屋からは出してもらえないようだ。

「んもぅ…!何ですんなりと出してくれないの~~!」

問題に正解したのに一筋縄では行かず、歩美が腕をわなわなとさせる。

ピエロはそう簡単には先へ進ませてはくれないらしい。

どうやらまだもうひと頑張りしなければいけないようだ。

 

「よ、よーしっ、どんとこいだもん!」

気合いを入れて、歩美が意気込む。

この部屋にはぬいぐるみがたくさんあるが、既に猫のぬいぐるみという目星はついているのだ。あとはそれをこの中から探し出せばいいだけである。

早速彼女は部屋の中を回ってそれを探し始めた。

 

 

 

それから30分が経過。

 

 

 

しかし、時間をかけて部屋中を探したものの、歩美は未だに猫のぬいぐるみを見つけられないでいた。

いくら探しても探し物が見つからず、彼女は小首を傾げた。

「あれれ~~おかしいなぁ」

思っていたものが見当たらず、歩美は少し困惑気味になる。

辺りのぬいぐるみを一通り探した歩美だったが、犬や猿などの他の動物の物はあるのだが、猫の物だけがない。

「何で猫さんのだけないんだろう…?」

今彼女は台の上に上がって、棚の上に何か置かれていないかを探していた。

既に大きい3つの机の上と周囲の長台の上のぬいぐるみは全て調べ終えている。

そこには猫のぬいぐるみは見つける事が出来なかったため、彼女は自分の目線では見えない場所にぬいぐるみが隠されているのではないか?と考えたのだ。

調度壁際によじ登れそうな台が置いてあったため、彼女はそれを使って台の上に上がって棚の上を調べる事にした。

だが、しばらく探しても棚の上には何も物が見当たらない。

棚の上はランプの明かりもあまり行き届いていないため、少し薄暗くなっているから探しづらいというのもある。

何とか目をこらしつつ、彼女は棚の上を探索していく。

 

 

『ククク………』

 

それを物陰から見ている者がいるとも知らずに。

いつの間にか、床下から人の顔が覗いていた。

地面に敷いてあるタイルの1つが取り外され、そこから誰かが上を盗み見ている。

仄暗い闇の底から這い出てきたような異質な存在。

その主は、ピエロであった。

不気味なピエロの仮面が、薄暗い室内で僅かなランプの光に反射して淡く光っている。

まるで部屋の雰囲気に溶け込むように気配を消しているため、探索中の歩美が気付く様子はない。

彼女は不安を抱きつつもぬいぐるみを見つけようと奮闘していた。

そしてそれに意識を集中しているため、下からピエロが自分を覗き見ている事に気付かない。

 

【挿絵表示】

【挿絵提供でゅう様】

 

『ククク……』

 

『気付いてナイ……気付いてナイ……』

 

歩美の耳に聞こえないほどの呟きを漏らし、ピエロが不気味に笑みを浮かべていた。



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第7話

※前回の第6話の終盤のピエロの台詞を一部変更しました。

何か後から読んでて気に入らなくなったので。すみません。

 

 

**********

 

 

その頃、1階リビング――。

 

薄暗い室内に、誰かの物陰が蠢いていた。

ピエロの仮面を被った男が1人の子供をおぶってやってきたのである。

彼の背には熟睡している小嶋元太の姿があった。

「ヒヒっ、歩美ちゃんへのご褒美としてこいつを解放しないといけないからな」

先程、あちらに居るピエロからの連絡で歩美が2問目も見事正解した事を彼は把握していた。

その対価として人質の1人である元太を解放する事になったのである。

「ま、何も馬鹿正直に約束を守ってやる必要は本来ないんだが」

歩美が問題をクリアしたからといって、拘束している他の探偵団達を逃がす義務は彼らには無い。

口だけで約束しておいて、実際には逃がさずに捕まえたままにする方が彼らにとっては好都合だろう。

だが、ピエロ達はそうはせず、最初の約束通りにまず1人を解放してやるようだ。

「これが他の探偵団員なら約束を破って拘束したままにしとくところだったが。だが回答者が歩美ちゃんとなれば話は別だ」

彼らにとって歩美は探偵団の中でも一番のお気に入りな存在だった。

一途で一生懸命な頑張り屋で、恐怖や不安にも逃げずに立ち向かうガッツが彼女にはある。

実際に今もかなりの緊張と不安でビビっている部分も大きいようだが、逃げずに頑張っている、と現地のピエロからは報告があった。

「クク、いいね。こんなに可愛いお嬢ちゃんなのに」

にやにやと笑ってピエロがスマホの画面を眺める。

そこには現地から送られてきた写真が写っていた。

台の上に上がって猫のぬいぐるみを探している歩美の後ろ姿が。

どうやら向こうのピエロが床下から盗み撮りしたらしい。

シャッター音を消しているのもあるが、歩美は探索に意識を奪われて他の者が傍に居る事に気付けていないようだ。

「可愛いパンツが見られちゃってるゾ、ヒヒッ」

彼女はかがんだ体勢で中腰なため、下方からだとスカートの中が見えてしまっている。

まさか自分の他にも部屋に潜んでいる者がいるなど彼女は微塵も思っていなかったため、彼女は見られている事への警戒心を緩めてしまっていた。

「ピエロに気付けないほどに意識を奪われているのか。とても頑張り屋で大変よろしイ」

微笑ましく笑むと、ピエロはおぶっていた元太をソファの上へ降ろした。

「ふぅ、なかなか重かったな。子供とはいえ太っているガキには困ったもんだぜ」

元太の体重は小学生とはいえなかなかの重量感があり、彼は少々手を焼いた。

ぐーすかと眠っている元太はいまだ起きる気配がない。

「ま。まだ薬の効果は6時間ほど残ってるからな。薬が切れる頃には全てが終わっているだろう」

彼を自由にする事に関して、ピエロは全く不安視する様子がなかった。

ただでさえ団員のなかで一番推理力が低い元太だからという事もあるが、まだ薬の効果時間にはかなり余裕がある。

万が一元太が起きたとしてもその頃にはもう謎解きゲームは終わっているのだ。

「あの子が最後までノーミスでクリアすれば、我々は大人しく手を引こう。顔は見られているが、あれは“変相”した偽りの姿だ。逃走しても我らの身元がバレる心配はない」

彼らが事件前に探偵団の前に現われた時の姿は、実は本当の姿容姿ではなかった。

怪盗キッドのように別人の顔の皮を被った変相だったのだ。

なのでもし通報されたとしても本来の姿は別にあるので警察に捕まる事はない。

「そしてもし彼女が間違えたら……その時は、クククク」

ピエロが狡猾な声で不気味な笑みを浮かべる。

彼らは探偵団の中でも歩美には甘い方だが、もし間違った場合には一切の容赦をしないつもりだ。

そしておそらくそうなる可能性が高いだろうと彼らは予測していた。

いくら彼女が探偵団の一員で意外に鋭い推理力を持っているとはいえ、根は可愛いお嬢ちゃんである。自分達の用意した問題を全て解けるはずが無い、と。

「まあ、これから彼女がどれだけやれるか楽しみダ」

元太をソファに寝かし終えると、ピエロはくるりと踵を返して元来た道を通っていく。

数秒後、元太以外誰も居なくなったリビングはまた静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

その頃、歩美はまだ苦戦していた。

台の上で中腰で周囲を見回していた彼女だが、どうしても猫のぬいぐるみを見つける事が出来ない。

既に探索時間は30分を越え、彼女は不安の色を濃くしていた。

「駄目……やっぱりどこにも猫さんが見当たらない」

どうやら棚の上には捜し物は置かれていないらしい。

腕時計型のライトで一通り辺りを探してみたのだが、見落としはないと言えるまで彼女はひとしきり探し終えていた。

「上は一通り探し終えたけど無いって事は――後はどこを探したらいいの……?」

どこを探したらいいのかわからず、彼女は途方に暮れる。

目線の高さは探し終え、死角となっている上方も探し終えたのだ。

残る場所はもはや無い――。

彼女がそう思った時だった。

ふと、彼女の脳裏にコナンの顔が浮かんだ。

彼ならこんな時、どう言うだろうか。

【捜し物が見つからねーって?地上と上は探したんだな。なら、まだ探してない場所があるじゃねーか】

記憶の中の彼はこんな事を言う。

【上が駄目なら、下を探してみりゃいいんだよ】

「……!」

彼女ははっと思い至る。

そうだ、まだ“下”には意識を向けていなかった。

下と言っても、棚や台の下はとっくに彼女は調べている。

そういう意味での下ではない。

「もしかしたら、床の下に何か隠されているのかも――」

彼女はある可能性に思い至る。

この部屋の床には仕切りがしてあり、大きなタイルが敷き詰められている作りになっていた。

だが、もしそれが取り外せるとしたら…?

床の下に何かが隠されているかもしれない。

「よ、よーしっ、早速調べてみようっ」

思い立ったらすぐ行動に移す歩美は、すぐに台から地面へと降りる。

床を確認すると、やはり一定の間隔でタイルが敷き詰められているようだ。

床に敷かれたタイルを彼女は凝視してよく見てみた。

すると、彼女はあるポイントで違和感に気付く。

「ここ、何か他よりも光ってるような……」

1枚のタイルだけ、枠線の部分から僅かに光が漏れている気がしたのだ。

彼女は床にかがみ、そこのスリット線にそって指を当ててみる。

そして爪先をゆっくりと挿し込んでみた。

 

ギッ

 

「あっ」

思わず歩美から短く声が上がる。

力を入れてみると、思いの他タイルが簡単に持ち上がったのだ。

重さはあまりなく、少女の彼女でも問題なく持ち上げる事が出来た。

「床の下にスペースがあったんだ……!」

もしやと思って試してみたが、どうやらビンゴらしい。

取り外したタイルの下には、人がすっぽり入れるほどの空間が出来ていた。

彼女は腕時計型のライトを点灯させて、出現した底の暗闇を照らしてみる。

光が当たった先には、階段が見えた。

そして、その少し降りた所に1体のぬいぐるみが置かれていた。

「あっ、猫さんのぬいぐるみ!」

彼女が探していた物がそこにあった。

30分以上探して見つけられなかった物が、ようやく見つかったのである。

すぐに彼女は底に潜って階段を降りようとした。

しかし、一歩踏み出そうとした所で、彼女ははっと思いとどまる。

ついさっき自分は似たような場面でトラブルに見舞われた事を思い出したのだ。

安易に先へ進んだ結果、階段がスロープ状に変化し、それに引っかかって滑り落ちてしまった事を。

「もしかしたらまたトラップがあるかも……ここは慎重に行かないと」

彼女はそーっと慎重に階段に足を踏み入れる。

そしてゆっくりと1段ずつ下へ降りていく。

もし急にスロープ状になっても足を滑らせるのを防ぐ工夫を彼女はして進んだ。

「やった、取れた!」

時間をかけてついに彼女は猫のぬいぐるみを手に入れた。

拾い上げると、歩美は胸に大事そうにそれを抱く。

苦労してようやくゲットしたのだ。

喜びもひとしおであった。

(でも、この後どうしようかな……)

ぬいぐるみを得た後で、すぐに彼女は逡巡した。

階段はまだ下へ先へと伸びている。

このまま進むか。

それとも戻るか。

(そういえば、さっきピエロさんからのメールで猫のぬいぐるみの写真を撮って送ればドアの鍵を開けてくれるって書いてあったっけ)

今自分はそれを手にしている。

スマホで撮って送ればドアの鍵を開けてもらえるはずだ。

このまま先へ進んだ場合、それをする必要はなくなる。

だが犯人の意に沿わない事にもなり、それは危険な橋でもあった。

(先も気になるけど……やっぱり戻ろうっと)

彼女は下へ降りるのを諦めて、元の部屋へと戻る事にした。

折角目的のぬいぐるみを手に入れたのだ。

危険を犯すよりもピエロの指示通りに従った方がいいと彼女は判断した。

 

「ふぅ、よかった……今度は滑り落ちなくて」

床の穴から元の部屋へと帰還した歩美は、息を吐いて安堵する。

既に2度罠にかかってやらかしているため、それを避けれた安心感が強い。

「さ、このスマホでこれを撮って送らないと」

早速彼女は写メで撮って画像をメールに添付する。

そして、送信ボタンを押した。

20秒ほど経って、すぐに返信のメールが届いた。

「あ、もう返ってきた…!」

すぐに彼女はメールを開いて見てみる。

【よし、正しく猫のぬいぐるみを見つけたようだナ。いいだろウ、これで見事クリアーだ】

「やった……!」

2問目の問題を完全に達成し、彼女は軽くガッツポーズする。

【わかりにくい床下に隠しておいたはずだが、よく気が付いたな。吉田歩美、君はなかなか出来る探偵らしい】

「ふん、当然だもん」

彼女は誇って胸を張る。

だが、手を焼いている中で正しい答えを導き出せたのは、記憶の中のコナンの助言があったからだ。

歩美は内心で彼に感謝した。

(コナン君のおかげで正解できた……やっぱりコナン君は凄い)

猫のぬいぐるみを胸に抱きつつ彼女は彼を想った。

早くコナン君に会いたい。

全ての謎を解き明かして、絶対に彼を救い出すんだ――そう彼女は決意を新たにした。

【約束通り鍵は開けておいタ。次の部屋へと向かうがイイ】

メールにはそう書かれていた。

彼女が扉の元に再び言ってみると、ピエロの言う通り鍵があいていた。

「いつの間に鍵があいたんだろう……鍵があく音なんてしなかったけど」

この部屋に戻ってきた後はそのような音を彼女は聞いていない。

鍵があけられれば音がしてわかるはずだからだ。

という事は、自分が床下に潜っている間に誰かがあけたという事である。

「おかしいなあ、私その時はまだメール打ってなかったはずなんだけど」

歩美は不思議そうに首を傾げる。

だが、とりあえずドアを開ける事が可能となったため、彼女はさほど気にせずに先へと進むことにした。

ドアを開けて部屋から出た歩美は廊下の奥へと進むことにする。

 

 

 

 

 

【コテージ最深部】

地下の最奥では、ピエロがモニター画面を眺めていた。

そこには歩美がぬいぐるみ部屋から出て廊下の先へと進んでいく様子が映っている。

「ふふ、行ったカ。あれだけ苦戦していたのによく自力で突破したものダ」

見事自分の力でぬいぐるみを見つけ出してみせた彼女にピエロは笑みを浮かべる。

わかりにくい床下へ隠しておいたのだが、彼女はちゃんとそれを見つけ出してみせたのだ。

「どうやらあの子はちゃんと期待には応えてくれそうダ。ククク」

満足そうに笑って彼はモニター画面の映像を見つめる。

コテージの各地点には複数の監視カメラが設置されており、適宜映像で状況が把握できるようになっていた。

そのため館内を歩く歩美の様子もほぼリアルタイムで見る事が出来、彼女の行動を監視下に置く事が出来る。

「あのまま階段を下に降りてきたらまた罠にかけてやるつもりだったガ。感が効いたのか上手く回避したナ。ふふふ」

あの階段は歩美が不安視した通り、またスロープ変化の仕掛けが施されていた。

あのまま下へ降りていっていたらピエロはそれを作動させるつもりだったらしい。

危ない所で彼女は難を逃れていた。

「さ、次の部屋はすぐダ。また楽しませてくれヨ」

廊下の先へと進む彼女を見て、ピエロは不敵に笑う。

その彼の背後には、3人の子供達が柱に縛られてくくりつけられていた。

光彦、哀、コナンである。

彼らは目を閉じて眠っているようだ。

 

 

 

 

 

「……なあ、起きてるんだろ」

 

 

ピエロが気付かないほどの小声で、コナンが呟いた。

「………あら、あなたもそうだったのかしら」

「ああ、俺が簡単に眠らされるわけねえだろ?まあ光彦は寝ちまってるみたいだけどな」

コナン、哀は目を閉じつつも会話をかわしている。

光彦だけはぐっすりと眠りこけているようだ。

「あの料理、何となくやべえ感じがしたからな。念のため博士から事前にもらってた睡眠防止薬を一緒に飲んどいてよかったぜ」

「あなた、いつの間にそんな物博士からもらってたの?」

「そういうおめーも同じ物を飲んでたんじゃねーのか?」

「……まあね。私も嫌な予感がしたから一応食事と一緒に隙を見て飲んでおいたわ」

彼らは博士から特殊な薬をもらっていた。

それは睡眠防止薬というものだ。

もし何かの折に黒の組織に出くわして、彼らに睡眠薬を盛られた場合、そのまま眠ってしまえば危険な状況に陥ってしまう。

それを未然に防ぐため、睡眠薬の効果を打ち消す作用のある錠剤を博士に作ってもらっていたのだ。

もちろんいつも飲んでいるわけではないが、危険を感じたら彼らはそれを飲むようにしている。

「でその睡眠防止薬が見事に役に立ったわけだ」

「寝たふりをしている私達に気付かず、彼らは上手く嵌めたつもりでいるみたいね」

2人は寝たふりをしているだけで、しっかりと起きていた。

ピエロ達はまだその事に気付いていない。

「ところで……あいつら、さっきから歩美ちゃんに何か問題を出して解かせてるみてーだが」

「ええ、女子の吉田さん1人を標的にするなんて。看過できないわね」

2人はピエロが定期的にここのモニター画面で歩美の映像を監視しているらしい事を把握している。

犯人の意図まではわからないが、何故か歩美1人に面倒な事をさせているようだ。

 

「ヒヒヒ、さてこいつらはちゃんと眠ってるかナ」

ピエロがこちらへとやってきて状況を確認しに来た。

彼は適宜こうして眠らせた子供達の状況確認をしに来ている。

「…………」

「…………」

コナン達は何食わぬ顔でまた寝たふりに戻った。

まるで本当に眠っているかのように寝息を立てるふりをして。

「よし、ぐっすりと眠っているようダ」

彼らがすやすやと眠っていると思ったピエロは満足気に頷いた。

しかし、2人はしっかりと起きていたのであった。



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