時間停止の能力あるなら、他に能力いらなくない? (Firefly1122)
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1層、絶対守護者
大災害


 唐突に起こったその天災、人々は成すすべもなく散りゆく。無論例外なく俺もそれに巻き込まれた。

バイト終わり、市内放送で流れる放送は、人々に絶望を与えた。それは大地震の予告だった。事態の把握に時間を取られている間に、それは起こる。立っていられないほどの揺れと、建物が軋む音、人々の悲鳴がところどころから聞こえる。そして次に起こるは建物の崩壊。爆発音に似た騒音、そしてその後に空に立ち昇る煙。地獄絵図だった。しばらくたって揺れは収まり、近くの人たちはゆっくりと立ち上がる。しかし、恐怖と戸惑い、状況把握で誰もその場から動こうとはしない。俺も周囲を確認し、怪我したと思われる人に話しかける。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……いや、大丈夫ではないんだが……」

 その人が抑える腕を見ると、小さなガラスの破片が刺さっている。怪我はしているが、軽傷で済んだようだ。よく見ると、ところどころにガラスの破片が散らばり、目の前の男の人以外にも怪我をした人がいる。俺はカバンからタオルを取り出し、筆記用具の中からハサミを取り出す。痛みますが我慢してくださいと一言入れ、破片を抜き、タオルを切って止血をする。とりあえずこの人は大丈夫だ。ありがとうと感謝の言葉を聞きながら、他の人の元へ行く。次の人は俺と同じ学校の生徒だと思われる女子生徒。面識はないが、胸についているネームプレートを見る限り、年下だろう。その子の足に大きめの破片が刺さり、血が流れ落ちる。重症だ。

「大丈夫……じゃ、ないよね。いま応急処置するから」

 女子生徒に一言理を入れ、今の状況を確認する。破片の大きさ的にかなり深い。抜いてしまえば大量出血を起こすだろう。破片の隣の太ももを残ったタオルで縛り、血の流れを止める。これを抜くのは医療従事者に任せるしかない。止血し終え、スマホを取り出すと、救急車に連絡する。が、繋がらない。おかしいと思い、スマホを見ると、圏外だった。おかしい。俺が状況を掴めずあたふたしていると、ゴゴゴゴという音が遠くから聞こえてくる。そして騒ぎ出す人々。その人々の中から聞こえる声。

「逃げろ!津波が来るぞ!」

 俺は絶望した。今から逃げようにも高い山は遠い。そして短い思考の中俺は、建物の屋上を目指すことにした。女子生徒を見ると、涙目で不安な顔をしている。

「どうしよう……これじゃ、走れないよ……」

「大丈夫。俺の背中に乗って!」

「でも、それじゃあなたが……」

 言いたいことは分かる。自分が乗れば走ることはできなくなるだろう。そうすれば逃げられないかもしれないということだろう。だが、もともと俺は死ぬ覚悟だ。たとえ建物の屋上付近に上っても、先ほどの大地震のせいで外壁はボロボロ。そんな状態で津波を受ければ、成すすべなく壊れるだろう。だが、助かる可能性が1%でもあるなら、絶対に間に合わない山の上よりはましだ。

「いいから!」

 俺の大声にビクッとなりつつ、女子生徒は俺の背中に乗る。できるだけ傷口に触らないよう気を付けてささえ、近くの高い建物に入る。階段を慎重に登ると、すでに何人か同じ考えの人々が避難している。俺はそのオフィスと思われる部屋のソファに女子生徒を座らせると、窓の外から様子を見る。津波はすでにすぐそこまで来ていた。津波に流され、すでに一帯が海になっている。何本か倒壊せず生き残った建物はあるが、それ以外はすべて流されたのだろう。そして今も、津波に打たれ、津波で流された建物の破片に打たれ、次々と建物が壊れていく。次の瞬間、この建物も大きく揺れた。地震と遜色ないその衝撃で立っていた人々は転ぶ。それは何度も起こり、窓についていた生き残った窓ガラスは割れ、家具はガタガタと揺れる。そして……。

「きゃああああああ!!!」

「うあああああああ!!!」

 空中に投げ出される感覚、床が崩れ、上から瓦礫が落ちてくる。そして俺は地面に叩きつけられ、意識を失った。

 

「……ここはどこだろう」

 ふわふわと浮いた感覚。自分がどうなっているか何も分からない。目の前には……いや、前なのか後ろなのかもわからないが、青白く光る何かがそこにいた。そして声が俺の頭の中に響くように聞こえてくる。

「あなたは死ぬ前に何を望みましたか?」

 なんだその質問。死ぬ前にって?そりゃ津波から逃げられたらよかった、だろう。時間でも止まってくれて、俺と全員でなくても俺の付近の人が逃げられれば、まだ楽しい人生が待ってただろうに。あーあ、そういえば家に帰って超レアアイテムを集めるつもりだったのに。手に入れられなかったなぁ。

 そんなことを思っていると、声が話しかけてきた。

「わかりました。では、あなたに時止めの能力を差し上げましょう。また、情報を統合し『入手する』という願いをそのまま能力にしましょう」

 は?能力?何言ってんだ?俺は誰かもわからないその声の主に若干イラつきながら、声を聞き続ける。

「この後は死後の世界”エイデン”の管理人から話を聞いてもらいます」

 エイデン?管理人?じゃあお前は誰なんだ。

 その声はその問いには答えず、俺の意識は何かに引っ張られるような感覚に襲われる。

 はっと目を覚ますと、そこは教会のような場所だった。目の前に羽を生やし、頭に輪っかを付けた全体的に白い少女がそこにいた。

「神……様……?」

 俺が見た目から思ったことを、ぼそっとこぼすと、その女はにんまりと微笑む。

「そう!私が神様なのだ!」

 俺は神様だと思った自分を殴りたくなった。神様が自分のことを神様なんて言わないだろう。

「そうか。紙様の間違いだろう」

「神様だ!神様!お前らの世界でいうゴッド!ペーパーの方じゃない!」

 俺の言葉に憤慨した少女は、俺に詰め寄りながら怒鳴りつける。このままじゃ話にならないし、とりあえず神様ということにして俺は話を聞くことにした。神様はまだしも天使であればまだ納得いくし。

「んで、その神様が何故ここに?というかここはどこだ?」

「ふふん!ここは死後の世界、エデンだ!」

「エデン?」

「そう!寿命以外で死んだ者がまだ生きたいと願えば、死者選別係によってこの世界に飛ばされる」

「死者選別係?」

「言ってしまえば死神だ」

 恐らく俺の意識がふわふわした世界にいたときに見た、あの青白い光がそれなのだろう。姿は見なかったが、あの光が言っていたエデンがここなのだとすれば納得がいく。そして「あなたは死ぬ前に何を望みましたか?」という質問に対し、間接的にだが生きたかったという気持ちを伝えた結果ここに飛ばされたということだろう。

「ここエデンは生き返りを最終目標とする世界で、この世界のラスボスを倒せば生き返ることができる」

「ラスボス?」

「そうだ。お前、ゲームは好きか?」

「うん……まあ……」

「なら分かりやすく説明しよう。ここはそのゲーム、RPGと言われる種類のゲームと似たような世界だ。いや、ほぼそれだと思っていい」

 うん。全くわからん。RPGとは、ロールプレイングゲームのことで、何度も周回することで、自身の強化やストーリーの変化を楽しむゲームのことだ。それと同じってことはつまりどういうことだってばよ。

 俺があまり理解していない顔をしていたのを見た少女は、戸惑ったような顔をする。

「ええっと……つまり、この世界で生活し、レベルを上げて、ラスボスを倒す。そうすれば生き返れるよ」

「レベル?ゲームと同じようにレベルがあんのか?」

「そうだ。ここには私が生み出した魔物がわんさかいる。そいつらを倒したりしてレベル上げて強くなれるぞ。あとお前の他にも死後、再び生き返りたいと願った者もいる。いわゆるプレイヤーがいるぞ」

「つまりMMORPGと思えばいいのか」

「そうだな。その認識で間違いないだろう。ただし、ゲームとは違ってここで死ねば魂は霧散し、二度と生き返ることはかなわぬから気を付けろ」

 つまりセーブなし、デスポーンなしのMMORPGか。難易度高いな。

「ちなみにここで生活している人間とかってのもいるのか?」

「ああ。生き返りたいと願ったものの、敵を倒せないことを悟って生き返るのを諦めたやつはかなりいる。そういうやつは自殺するかそのままここで生活を営んでおるぞ。制限時間もあるのに何を楽しんでおるのかねぇ」

「制限時間?」

「ああ、100年だ。100年以内にラスボスを倒せなければ、強制的に魂を霧散させる」

「100年もあるのか。なるほどな。生活営む理由もなんとなくわかった」

 どうせ100年あるならここでとことん楽しんでやろうということだな。前世ではなかった刺激的な世界だ。わざわざ自殺して消えるなんてことはしたくないだろう。

「さて、この世界が大体理解できたか?」

「まあな。……一つ聞かせてくれ」

「ん?なんだ?」

「この世界って魔法とかあるのか?」

「もちろんだ」

 俺は思わずにやけてしまった。死んだあと100年も何かに縛られることなくMMORPGができるんだ。これが楽しみでなくてなんだ。

「あとそれから、お前らの世界とは違う世界のやつらもいる」

「違う世界?」

「ああ。お前らの世界は科学を極め、人間が世界を埋め尽くした世界。他の世界には魔法が盛んだった世界や能力を持った者がいる世界、魔物が埋め尽くした世界、お前らがいう動物の世界などなど、お前らがよく想像する世界と似たような世界だな」

 俺たちが想像する世界、つまりはラノベや漫画、ゲーム、映画のような世界ってことだろう。そんな世界がいくつもあるというのか。目の前の少女はさらに説明を続ける。

「お前らには何の能力もないが、そいつらには能力や魔法といった前世に身につけたものをエデンでも使える。エデンを作った当時は、それによりお前らは成すすべもなく離脱することになった」

「エデンを作った当時ということは今は違うのか?」

 少女は頷く。

「お前が死神に会ったときに能力を貰ったと思うが、それが不平等を直すテコ入れの産物なのだ。何の能力も持たないもののみ死んだ祭に望んだ能力を与えられる」

 つまり、あの時俺に与えられた”時止め”と”手に入れる”の二つの能力は、その時に望んだから得られたものということだ。

「ちなみに、魔法と能力の二つがあるが、魔法はマジックと呼ばれ、魔法に該当するものはカタカナで、能力はスキルと呼ばれ、スキルに該当するものは漢字で書かれるぞ。もっとも、これはお前らの世界の場合だが」

「俺の時止めと手に入れる能力はどう呼ばれるんだ?」

 少女は俺の質問には答えず、話を続ける。

「まあ最後まで聞け。魔法は下位魔法から上位魔法、一番強いもので最上位魔法と呼ばれている。そして能力はノーマルスキル、レアスキル、エクストラスキル、ユニークスキルが存在する。ノーマルとレアはレベルを上げる過程で手に入れることがある能力だが、エクストラとユニークに関しては違う」

 俺が話す暇もなく、説明を続ける。だが、かなり重要な話であるため、俺は大人しく話を聞く。

「エクストラスキルは特定の条件を経て手に入れられる、ノーマルやレアとは威力や使い勝手が桁違いのスキルだ。そしてユニークは、種族、個人によって異なる能力になる。お前がさっき聞いた時止めと手に入れる、すなわち、時間操作と取得者(エルモノ)はユニークスキルに該当する」

「……時間操作や取得者を持ってるやつって他にいるのか?」

「いないな。お前が始めてだ。時間操作など神の御業だからな」

 俺はやばい能力を手に入れたらしい。

「だいたいの説明は終わったな。それじゃあ、お前にこれをやる」

 そう言って手渡してきたのは、金色の懐中時計だった。開くとそこには100年と書かれている。

「言わなくても分かると思うが、それが0になった時、お前はエデンから強制的に消される」

「消されたらどこに行くんだ?」

「さあ?それは閻魔次第だ」

「閻魔様のところに行くってことか?」

「お前らが閻魔に会うことはない。気が付いたら閻魔が決めた世界に、一切の記憶を消して飛ばされることだろう」

 いわゆる生まれ変わりというやつだろう。まさか閻魔様に会うことすらないとは。というかこいつ閻魔様のこと呼び捨てしてるがどんな関係なんだろうか。……まあ、聞かない方がいいだろう。

「さて、これからお前をエデンの1層、始まりの町の教会へ送る。そこからお前の旅の始まりだ」

 そういうと、俺の足元に魔法陣のようなものが浮かび上がる。そして俺の視界は真っ白に光、ニコニコと笑う少女が見えなくなった。



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プレイヤーキル

 眩い光が消えると、そこは教会というかそもそも建物ですらないような気すらする。空から差し込む明るい光、眼中に広がる青い空とまっすぐに伸びる大通り。道を歩く無数の人々と左右に立ち並ぶ大きな建物。振り返ると、そこには大きな天使の像がある。俺が天使の像を眺めていると、後ろから声をかけられる。

「もしもし、新しいプレイヤーかな?」

 振り返ると、神官の恰好をした男の人がいた。

「……プレイヤー?」

「そうさ。神様から聞かなかったかい?ここはゲームのような世界だと。だから私たちはそれに合わせて自分たちをプレイヤーと呼んでいる」

「なるほど……それで目的はラスボス倒すことって聞いたんですけど……」

 俺がそこまで言うと男はニッコリと笑い、提案する。

「ここではなんですから、この先にある私の家で話しましょう。こちらもいろいろ聞きたいことがありますから」

 俺は男の誘いに乗り、男の家に行くことにした。家はあの少女が教会と言っていた建物から、出て階段を降り、すぐ左手にある建物だった。中は日本でもよくあるようなフローリングの床にダイニングキッチンとテーブルとイス。テレビなどはないものの、十分に充実した生活ができそうな内装だった。

 俺は男に促され椅子に座って内装を眺めていると、男はコーヒーを俺の前に置き、椅子に座る。

「さて、まずは名乗ろうか。私の名前は斎藤一馬という。君は?」

「山口静流です」

「そうか。では静流君、君にさっそく質問なんだが」

 一馬はコーヒーを一口飲んだ後、俺に質問をする。

「君の世界で一体何があったんだ?」

 俺は一馬の質問の意味がよく分からなかった。が、恐らく前世のことを言っているのだと判断し、あったことを語る。一馬は神妙な顔をして頷く。

「なるほど、そんなことが……いやすまない。あまり思い出したくないことだったかもしれないな。なぜこんなことを聞いたのかというと、私の仕事上一日に数十人ほど新プレイヤーを見る。だが、今日に限ってすでに50人以上。普段から考えられない速度なんだ。君の世界で大災害があったということならば納得がいく」

 一馬が納得したような顔でそう語る。俺はその言葉を聞いて一つ尋ねる。

「やっぱり、俺以外にも日本人がいるんですか」

「もちろん。ちなみに私も日本人だ」

 名前からなんとなく分かってはいたが、やはり日本人だった。そして俺はさっそく質問する。

「あなたは生き返ることを望んでここに来たんですよね?」

「ああ、もちろんだ」

「じゃあなんでここでこんな仕事をしているんですか?」

 俺は遠慮くなく一馬に質問する。一馬は苦笑いし、質問に答える。

「はは、やっぱり気になるか。理由は簡単さ。このゲームをクリアできる気がしないからだ」

「え?」

 一馬は真剣な顔で語る。

「このゲームでのクリア条件は、10層ある空間を上り詰め、最後10層目のボスを倒すことでクリアになる。10層、たった10層だ。簡単だと思うだろう?」

 俺は頷く。

「君の世界で、生き返った人という人はいたかい?」

 俺はその質問ではっとする。生き返った人、そんな人などいるはずがない。

「そう、君が思った通りだ。このゲームをクリアした人は、今まで一人もいない」

「そんな……」

 一気に俺の中に広がる絶望感。あのガキ何を考えてこのゲームを作ったんだ。

「私たちは騙されたと思う。だが、私はここの生活で不満はないんだ」

「え?」

「考えても見てほしい。ここでは寝る必要も食べる必要もない。自分のやりたいことをやって100年過ごせるんだ。これほど楽で楽しい生活はないだろう」

 俺は一馬を見る。一馬は実際楽しそうに話す。考えれば確かに楽しいだろうが、眠らないし食べないってのはむしろ楽しみがないのではないか。

「本当に楽しいんですか?食べもしないし眠りもしないって」

「おっと、言い忘れていたな。別に食べる必要ないが、食べ物はあるし食べて満腹感を得られる。この世界での食べ物というのは自身の体力の回復を意味する。最もポーションがあるからそれを飲めばいいのだが。また、眠らなくてもいいが、眠ることもできる。ベットに横になればゆっくりと眠気が襲ってきて、心地よい眠りにつくことができる。夢というより前世の記憶を思い出したりできるよ」

「じゃあなんで仕事をしているんですか?」

「仕事をすることでお金を得られる。そのお金で娯楽を買ったりできるからだね」

 俺は納得した。なるほどここでの生活も悪くないのかもしれない。一馬と同じようにこの世界で過ごそうという人はたくさんいるだろう。だが、俺は……。

「俺はここの生活より、不自由な前世が楽しいと思う。だから、俺はこの世界をクリアする」

 一馬はたいして驚いた様子はなかった。

「そうか。そういう人は割といる。そんな人にこの世界のルールや注意事項を伝えるのが私たちの仕事だ。君にこの世界のルールを教えよう」

 一馬はそう言ってこの世界のルールを説明し始める。

「君は神様にこの世界で死んだらどうなると聞かされたかな?」

「魂が霧散してこの世界から消えると」

「うむ。その魂というのは、この体そのものだ」

 俺は驚く。なぜなら、目の前の一馬も、俺の手も、普通の人間に見えるからだ。

「驚くのも無理はない。この体は生前と同じ肉体に見えるし、ものは普通に触れる。だが、切られても穴が開いても血が出ることなく、代わりに光の粒子となる」

 そう言いながら、一馬は壁にかけてあった剣を持ち、自分の腕に当てて引く。俺は思わず目をつぶる。恐る恐る目を開けてみると、腕が文字通り欠けていた。その傷口からは少しずつ光の粒子が漏れている。

「この通り血は出ないし、ダメージが低ければ痛みはない。この程度なら蚊に刺された程度の痛みだ」

 そう言いながら剣を戻し、今度は棚から薬を持ってきて、それを飲み干す。みるみるうちに欠けた腕は回復し、元通りになる。

「そしてけがをした場合はポーションを飲んだり、食べ物を食べることで回復できる。たとえ腕がもげても回復は可能だ」

 俺は渡されたポーションを見る。明るい緑色の液体で、メロンソーダを連想させる。

「また、町の中では怪我こそはするものの、一定以上のダメージは負わない。そのため殺人は起きなければ自分で自分を殺すことも不可能だ」

「だから町中は緊張感なく歩き回る人が多かったんですね。あ、でも盗みとかは……」

「それなら問題ない。お金は自分の魂に刻まれる。これはエレメンツと呼ばれるもので、ものを買う際に店に必ずある青いクリスタルに触れることで支払いが完了する。それを確認するにはあらゆる店に置いてあるこれを買えば今のエレメンツの金額が分かる」

 そう言って見せてきたのは、腕時計のように巻かれたバンドだ。そのバンドに金額が表示される。

「また、ものを盗んでも、支払いが終わってなければ消滅し、元の場所に戻る」

 俺は感心した。完全に犯罪対策されたこの世界に。

「あ、そういえば魔物とかもいるって」

「ああ、魔物にも2種類いる。私たちと同じ前世で死に生き返りを望んだプレイヤーと神様が作った魔物だ。神様が作った魔物は理性が無く、プレイヤーを襲う。その魔物は町には入れず、もし入ろうとすれば一瞬で消滅する。そしてプレイヤーの魔物は理性があり、話すこともできる。プレイヤーであるため、町の中にも入れるから、町中にいる魔物はいいやつだとすぐにわかるだろう」

 なるほど。魔物の見分け方は町中に入れるか入れないかなのか。一馬はコーヒーを一口飲んで、もっとも、と話を続ける。

「もっとも、魔物よりいわゆるプレイヤーキルをするものの方が厄介だ」

「プレイヤーキル?でも町中にいる限り死なないって……」

「そう。町中にいる限りは死なない。だが、外に出たら例外だ。プレイヤーが振るった剣はプレイヤーを殺す」

 俺はゾッとした。そんな奴が死後の世界でもいるのかと。

「さて、ここからは本題だ。最近始まりの町から出たところの平原、始まりの平原と呼ばれる平原に、レベル30のプレイヤーキラーがいると聞く。君たちは当然レベル1。どうあがいても29レベルの差は勝てない。何人も何も知らずに平原に出て、消えていった」

 一馬は暗い顔をして俯く。俺は思ったことを尋ねる。

「レベル30って何層のプレイヤーなんですか?」

「確か2層だな。2層に上がれるだけの力を持ったやつが1レベルのプレイヤーを狩り続ける。何が楽しいかはわからんが、少なくともろくでもない人間であることは間違いない」

「それじゃあ俺がそいつら倒しますよ」

「は?言っただろう?レベル29の差だぞ?」

「レベルというのはただの数値。数値だけの差なんて関係ないことを教えてあげますよ」

 俺は立ち上がり、お辞儀してその場から立ち去る。その間一馬は口をパクパクさせて驚いていた。

 俺が外に出て少し歩くと、一馬が後ろから声をかけてくる。

「待て!」

「まだ何か?」

「……君の覚悟は分かった。私たちも実はあいつらに怯えていたんだ」

 そう言いながら近づいてくる。

「君がどんな力を持っているかしらないけど、あいつらを倒してくれるというのなら、君にこれを渡そう」

 そう言って俺の胸に手を置く。その瞬間内側に流れ込むものを感じた。

「何を?」

「エレメンツだ。少ないが、それで装備を整えてくれ。決して無理はしないようにな」

 一馬は不安そうな顔をしていたが、同時に希望を見つけたような顔をして、俺を送り出してくれた。俺はありがとうございましたとお礼を言い、町中に入っていく。

 

 さて、先ず買うものは武器だ。これが無いと何もならない。俺は武器屋を探しながら町を歩く。店の種類は豊富で、衣食住はもちろんおもちゃ屋、道具屋、家具屋、レストランやカフェまであり、下手な都会よりも揃っている。また、防具屋、武器屋の他にも鍛冶屋や魔法屋、魔法カスタム屋に能力カスタム屋などという店まである。このあたりはもはや現実ですら見たことない。

 俺は目的の武器屋に入り、さっそく一つ買った。もちろんさっき教えてもらったエレメンツ計測器である。これが無いと自分の持っているエレメンツも分からないし、何が買えるのかもわからない。ちなみにエレメンツ計測器は必須アイテムなのか10Eと安い。さっそくつけてみて驚いた。俺のエレメンツは9990E、ここの武器で一番高い武器でも3000Eのため、かなりの金額であることがわかる。

 エレメンツも分かったことだし、俺は武器を見る。武器の種類は豊富なようで、基本的な武器である剣や斧、槍に弓はもちろん鎌やダガー、クロスボウ、爆弾と多数ある。さすがに銃はないようだが、それでも武器は豊富だった。俺はその中で安定の剣を選ぶ。店員さんに許可をもらい、アイアンソードと書かれた剣を持ち、振るってみる。ブンと風を切る音が、その剣の力強さを物語る。アイアンソードを元に戻し、俺は剣の種類でも一番高いゴールドソードと書かれた剣を持とうとすると、

「おっと!?」

 重すぎて持てなかった。店員さんは笑って言う。

「君来たばっかだろ?武器は筋力のステータスが一定以上ないと持てないものがあるんだよ。特にそのゴールドソードはレベル20くらいないと持てないぜ!もっとも、プレイスタイルによっては20レベルでも持てなかったリするんだがな」

「ん?どういうことですか?」

「例えば魔法ばっかり使っていたら、魔法の因果が巡り、ステータスも魔法使いよりになる。魔法使いは剣なんて必要ないから筋力は低いんだ」

「なるほど」

 これは一馬も神様も言ってなかったことだな。恐らくプレイスタイルなんて性格によって決まるから、言わなかったんだろう。

 俺はとりあえず剣を一つ一つ持ってみて、持てるギリギリの武器を買った。剣はブロンズソード、1500Eだ。店員のおっちゃんはニッコリといい笑顔で俺を見送る。

 次に俺は魔法屋に行ってみた。魔法というのは前世にはなかったから気になっていたんだ。そこにいたのは魔女のような店員だった。内装は占いの館のような内装で、その前に深く帽子をかぶった女性がいる。その背後にはいくつもの本がある。

「いらっしゃい。どんな魔法がお望みですか?」

「どんな魔法があるんですか?」

 俺は質問に質問で返した。魔女はニッコリと笑い、本を一冊渡してくる。それを受け取り、本を見ると、魔法の特徴と魔法の名前、そしてエレメンツが書かれている。

「そこに書かれている魔法を私に言ってもらえれば、あなたに魔法を授けるわ」

 魔法ってレベルアップで覚えるものじゃなかったのかと思いつつ、俺は本を眺め続ける。すると、ふと一つの魔法が目に留まる。

ヘルフレア 黒い炎は触れたものを焼き尽くす 7000E

 俺はチラッと魔女を見る。魔女はニコニコ笑っている。

「決まりましたか?」

「えっと……この魔法を」

 俺はそのページを開いた本を渡す。

「はい、ヘルフレアですね。では授けます」

「え、あ、はい」

 俺は何故か緊張し、姿勢を正す。数秒間魔女は水晶をいじると、ふうっと一息つき、言葉を紡ぐ。

「すみません。あなたは魔力が足らないのでこの魔法を使えません」

「えっ……と、何レベルくらいでそれ覚えられますか?」

「そうですね……魔法職で40レベルくらいですかね」

「あっはい」

 どう考えても今の状況じゃ無理だ。魔法職でということは魔法メインで戦う必要があるということ。剣メインで戦って40レベルになっても覚えられないのに、レベル1が覚えられるはずがない。

「じゃあ、また来ます」

「いつでもどうぞ」

 どう考えても冷やかしな俺に魔女は優しく見送ってくれた。ここの人はいい人ばっかりなのだろうか。俺は申し訳なさから、頭を下げる。

 一通り店を周ると、いかにもな門の前に着く。恐らくここが出口であろう。門の左右には重そうな鎧を付け、槍を持った騎士風の人と、同じような装備をして剣を腰に携える騎士風の人が立っている。俺が門に近づくと、おもむろに俺に近づいてくる。

「ここから先は結界外だ。外ではモンスターに襲われるしPK目的の輩にも襲われる。命の保証はできないぞ」

「分かってます」

「ふむ。最近このあたりにレベル30台のPKがいる。そいつはなかなかの強者でな、我々ギルド騎士団も手を焼いているんだ。すでに4人ほどやられた」

「ギルド騎士団?」

「ああ、詳しいことはギルドで聞いてくれ。それよりも本当に外に出る気なのか?」

「もちろんです。そのために準備はしてきました」

 騎士は俺が折れないのを見るとふうっとため息をついて諦めて通してくれた。

「わかった。くれぐれも無理はしないようにな」

 俺は騎士に頭を下げて、門の外に出る。その瞬間、まるで景色が一変したような感覚に襲われる。よくゲームで町の中から外を見ると、作りが荒いように見え、実際に出てみるときれいな景色に心を奪われるということがある。まさしくそんな感じの感覚だ。

 俺の顔を撫でる風は涼しく、目の前に広がる広大な平原に数本生える木は日本では見られないであろう。思わず駆けだしたくなるような広い平原にポツンポツンと魔物がいる。まっすぐ伸びる道の先には木々が生繁っており、その奥は見えない。森の中から伸びる大きな塔は恐らく次の層へ向かうためのものだろう。俺はさっそく1歩踏み出した。

 その刹那、横から狼のような魔物が襲ってくる。体格は大型犬くらいだが、口元から見える牙とそのから垂れる涎は俺を食べたくて仕方ないと言っているようだ。俺は咄嗟に避けて剣を構えると、相手も体勢を低くし構える。この世界最初の相手だ。腕試しにはちょうどいいかもしれない。相手を見ると脳内に浮かび上がる文字。恐らくこいつの名前だろう。名前はデスハウンド、レベルは2だ。

 俺が様子を見ていると、デスハウンドは弾かれるように俺に飛び掛かってくる。俺は体勢を低くし、その体にカウンターを当てる。勢いそのままに切断されたその体は、光の粒子となり消えていった。ふうっと一息つき立ち上がると、脳内に文字が浮かび上がる。スキル「縮地」を獲得。俺は唐突なことに困惑した。

「そんな簡単にスキルってゲットできんの?」

 俺は縮地なるスキルについて考える。

「そういえばスキルの効果ってどうやって確認するんだ?」

 レベルは道具屋にレベル鑑定紙なる物があったからこれで確認するのだろうと思うが、スキル確認についてはそれらしい道具もなかったしわからない。

「まあいいか。町に戻ればそれらしいものがあるだろう」

 俺は考えるのをやめ、噂のPK野郎を探しに行くことにした。

 歩くこと数分、襲ってくるデスハウンドや人型の緑色で醜悪な顔つきをしたゴブリンをいなしながら道沿いに進むと、木の陰から男が一人出てきた。

「おやおや、そんなに意気揚々とどこへ向かう気かな?」

「どこって、この辺に現れるPK大好きなプレイヤーを倒そうかなって」

「PK大好きプレイヤーとは俺のことかな。ふうん。お前みたいに自分の力を過信して俺を倒そうとするバカがいたが、そいつらは一人残らずあの世行だ」

「そうか。じゃあそいつらの仇を俺が取ってやろう」

 俺は剣を構える。男は頭を掻きながら、余裕の表情で笑う。

「やれやれ。身の程知らずめ。まあ、もともと殺す気だったし、逃げられないことを考えるとむしろ好都合か」

 男は剣を取り出す。それは先ほど町で見た、ダイヤソードだった。

「レベル差を覆せるなどという夢物語はゲームだけだ。ここはゲームらしい世界であってゲームでないことを教えてやるよ!」

 男は無造作に剣を振るう。無造作に振るった剣の軌道が実態化し、まっすぐ俺に向かってくる。俺は体を逸らし、それを回避する。するといつの間にか詰めてきた男が上から剣を振るってくる。俺はそれを剣で受け止め、押し返す。

「なかなかやるじゃねえか!だが、こいつはどうかな!気剣、無限斬撃!!」

 男は目にも止まらない速度で剣を振るうと、”先ほどまで俺がいた”場所は無数の斬撃により地面が陥没する。男は最後剣を振り払うと俺がいないことを確認し、不敵に笑う。

「ふん。口ほどにもないやつだったな」

「なるほど。これは怖いな」

 男はぎょっとして、背後を振り向く。もちろん俺の方をだ。

「な、いつの間にっ!?」

「さあな。最初からかもしれないぞ?」

 俺がバカにするように笑うと、激高した男は再び無限斬撃を使う。再び俺がいた場所を切り裂いた男は今度はきょろきょろとあたりを見渡す。

「何を探してるのかな?」

 俺は後ろから声をかけてやる。男は訳が分からないといった顔で俺を見る。

「な、んで……」

「なんで?さあ、なんでだろうね?」

 男は怒りよりも訳の分からなさからくる恐怖により、顔を歪ませる。そして男はスキルも使わずに叫びながら切りかかってくるがその刹那、腕は切断され、剣は真下に落ちる。

「うあああああああ!!!」

 俺は俺に背を向けうずくまる男に対し言い放つ。

「いくら早く動こうと、いくら強力な技を使おうと、時間を止められれば一切無意味だ。お前が今までしてきたことをあの世で後悔しろ!」

 男は涙目でこちらを見ると同時に、俺はその首を撥ねる。男は光の粒子になって消えていった。

「まあ、確かにステータスの壁ってのは厄介だな」

 俺は無限斬撃以上の速度で、無限斬撃以上の回数切りつけたことを思いながらそう独り言ちた。



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決意

 奴の無限斬撃を回避した俺のトリックはもちろん、時止めによる回避だ。どう考えても人が動く速度よりも早く放たれる、空間すらも切り裂く斬撃を普通に回避するのは無理だ。俺は奴の剣が振るわれる瞬間に時を止め、背後に回ったのだ。その時に攻撃してもよかったのだが、レベル差があるからと調子に乗ってる奴の心を折るのが目的だ。今まで何の罪もなく、生き返りを望んだ人々を殺した奴への罰だ。

 また最後腕や首を切断する際は、1発では切れないために数回切る必要があった。恐らくこれは防御力に対し俺の攻撃力が足らないからだろう。恐らくは1ダメージしか入ってなかったに違いない。時間を止めて切り続ければ時間を解除した際に、そのダメージが一度に入る。無限斬撃の回数が何回かは分からないが、腕を切るだけで300回、首を撥ねるのに800回は切った俺の攻撃は無限斬撃を超えるだろう。しかも俺からしたら長い時間だが、相手からしたらそれはまさに一瞬の斬撃だろう。これが無限斬撃を超える斬撃の正体だ。

 俺が剣をしまうと同時に脳内に流れる文字。

 『エクストラスキル「気剣、無限斬撃」を取得。ユニークスキル「殺人者(コロスモノ)」を取得』

 またその他複数のスキルを手に入れた。

「いやいやおかしいだろ。というかエクストラユニークとユニークスキルって簡単にゲットできないやつじゃなかったのか!?」

 俺は自分の脳内に流れる文字にツッコミを入れる。それから、自分の力がみなぎってくる感じがあった。これはおそらくレベルアップだろう。俺は情報整理の為に一度町に戻ることにした。

 町に戻るとさっそくさっき俺を見送ってくれた騎士に話しを聞かれる。倒したことを報告すると、驚き、そして感謝してくれた。そしてこの世界のことを知るならやはり。

「で、私のところに戻ってきたということか」

 一馬のところだろう。倒した報告もしたいしエレメンツのお礼もしたかったから他に選択肢などない。

「で、どう思います?」

 俺はスキル獲得のことについて聞く。すぐに答えが来ると思ったが、一馬は考え込む。

「まず前提として、エクストラスキルやユニークスキルは取得すること自体が難しい。ただ倒すだけで取得するとは考えられないのだ。ましてや相手のスキルをそのまま自分のスキルにしているわけだ。これは君のスキルに関係あるのではないか?」

 そう言われて俺は一つだけ可能性を考える。それは取得者だ。いまだにどんなスキルかまるで分かってないが、もう一つが時間操作であることを考えてもこれが可能性として高いだろう。一馬にそのことを伝えると、それじゃあと俺をスキルカスタム屋に連れてきた。

「スキルは魂に結合されていて、自分ではスキルを引き離したりはできない。また、エクストラスキルのような特殊なスキルは、スキル同士を結合させてできる場合もある。ここはいわゆるスキルの統合や分離、消去を行う店だ」

「なるほど。それでここで何をするんですか?」

「この店では統合や分離の他にも1000Eで自分の持っているスキルの一覧を作ってもらえる。それで君のスキルについて分かるはずだ」

「なるほど」

 俺は一馬に促されカウンターに行き、スキル一覧の作成をお願いする。

「それでは、この水晶に手を触れてください」

 俺は言われるがままに水晶に手を触れると、水晶の中で青い渦が回る。しばらくするとその渦が紫に染まり、渦が止まる。それと同時に水晶が明るく光る。

「はい。解析が終わりました。ではこれを書き留めてきますので少々お待ちください」

 店員さんは水晶を手に持ち、店の奥に消えていった。待っている間、俺はレベル鑑定紙を使う。町を出る前に買ったものだ。レベルアップした感じがあったため、どれくらい上がったか気になった。奴はレベル30台だという話だ。ゲームではレベル10くらいまで上がっててもおかしくない。俺は鑑定紙に手をかざすと、うっすらと文字が浮かび上がってくる。鑑定紙には俺の名前と今のレベル、それからステータスが書かれていた。

「は?」

 俺は目を疑った。レベルはたったの3。恐ろしいほどのレベルの低さだ。この世界ではそういうものなのか?それとも奴の経験値は大したことなかったのか?俺は困惑した。そんな俺の様子を見た一馬はチラッと俺のレベルを見て、

「すごいな。もうレベル3なのか」

 と感心したような声を出す。

「いやいや、レベル30台のプレイヤーを倒してレベル3って低すぎないですか?」

「いや、この世界ではこんなもんなんだ。何ならレベル2になるのに5日かかるからな。たった数時間でレベル3って相当だ」

 俺はいまいち納得できないが、この世界ではそういうものなのだろう。俺が項垂れていると、奥から店員さんが出てきた。

「お待たせしました。こちらが一覧になります。今後能力取得した際には、こちらに手をかざすと項目が増えます」

 俺はクリスタルに手をかざし支払いを終えると、店員さんに笑って見送ってもらった。

 一馬と共に家に戻り、俺のスキルを確認する。

 

ユニークスキル「時間操作」―時間を自由に動かすことのできる神の御業。時間停止の際に与えられたダメージは、再び時間が動いたときにすべて与えられる。

ユニークスキル「取得者」―相手を倒した際に得られる経験値の倍率が大幅に上昇。また、相手の持っていたスキルをすべて自身のものにできる。

ユニークスキル「殺人者」―プレイヤーとの戦闘の際に、自身のステータスを大幅に上昇。プレイヤーを殺した際に得られる経験値倍率が大幅に上昇する。

 

 ユニークスキルは3つ。読むだけでも分かる時間操作と取得者の桁違いの強さは目を見張るものがある。時間操作に至っては神の御業とまで書かれている。

「やはり君がユニークスキルやエクストラスキルを手に入れられたのは、君のスキルによるものだったか」

 一馬は俺のスキルを見て納得しているようだった。取得者という名前であるため、何かを得るものだとは思っていたが、まさかスキルまでも得られるとは思っていなかった。そして取得者で得られたのが殺人者だ。

「あいつこんな能力持ってたのか。道理で今まで誰も勝てなかったわけだ」

 レベル差があるだけでなく、プレイヤーとの戦闘の際にステータスが上がっていたとは無茶苦茶だ。さらにはあの威力のエクストラスキルだ。誰も勝てなかったであろう。俺はふと思うことがあった。

「あいつなんで俺の攻撃で死んだんだ?」

 ステータスだけ見たら俺の攻撃では1ダメージしか入らない。また、レベル3の俺のHPは120なのだが、奴はレベル30。優に体力1000を超えていただろう。たった1100ダメージで倒せたのは不思議だ。

「恐らく弱点ダメージだろう。この世界は弱点を突くとダメージ3倍になる。君の話では首を800回切ったそうだな。首は当然弱点だ。単純計算で2400ダメージ、それだけ食らってようやく死んだんだ。化け物であったのは間違いない。たとえ1ダメージでも弱点をつければ確実に3ダメージ入る」

「0ダメージとかはないんですか」

「ないな。どんな攻撃でも受ければ無傷とはいかないのだ。もちろんそれは生身に受けた場合だが。鎧に受ければ鎧の防御力分マイナスされて攻撃が入る。そのため鎧の防御力以下であれば0ダメージになる」

 俺は奴の腕と首、すなわち奴の露出した生身の部分を切ったため、確実にダメージが入ったのだ。本当に不思議な世界だ。

 そしてもう一つ気づいたことがあった。それは殺人者はユニークスキルであることだ。

「もしかしてあいつ、前世から殺人鬼だったのかもしれないな」

「それはどうしてそう思うんだい?」

「この殺人者はユニークスキルです。ユニークスキルは種族、個人によって異なるスキルだと聞きました」

 俺の言葉に一馬もはっとする。

「奴がどう願ったのか知らないですが、恐らくは『もっと人を殺したい』だったのではと」

「なるほど。それでこの能力が授けられたと。PK大好きではなく殺人が大好きだったわけだ」

「まあ死人に口なし、真相は分かりませんが、これ以上やつのことを考えると胸糞悪くなる」

「違いない」

 俺たちは本をめくり、スキルを確認していった。神様が言っていたノーマルスキルやレアスキルというものは奴が最初に放ってきた軌道が具現化して放たれるスキル真空斬とヘルハウンドの縮地、奴は使ってなかったが奴を倒したときに得られたスキル、高速移動、能力向上、空間斬りといったスキルもある。

 まず縮地は初速から最高速度で動くことが可能なスキルで、高速移動は文字通り高速に動くことができるもの。また能力向上はすべてのステータスを一時的に上昇させるもので空間斬りは空間そのものを斬ることで自身の姿を隠すこともできるらしい。

 そして高速移動と空間斬りを統合し作られたのが、無限斬撃だ。ステータス上昇系のものを持っているあたり、レベルというより自身のステータスだけで今まで勝ってきたんだろう。脳筋と言っても差し支えない。

「それにしてもレベル30でたったこれだけしかスキル手に入れられないのか」

「いや君がそれ言うのか……」

 この世界のスキルの手に入れづらさに嘆くと、一馬が呆れながらツッコんでくる。他の人から見たら、レベル3でこれだけのスキル持ってる俺はおかしいだろう。というかゴブリンなんのスキルも持ってないんだな。

「ゴブリンは集団で1体だ。能力やステータスというより数の暴力で襲ってくる」

 あまりにも弱いせいであまり気にしてなかったが、思えばゴブリンは1体倒したら次々と襲ってきた。神によって作られた魔物は能力ないやつもいるようだ。

 一通りスキルを確認し終えると、一馬はコーヒーを片手に尋ねてくる。

「君はこれからどうするんだ?」

「どうするって……もちろんこの世界のラスボスとやらに挑みに行きますが」

「そうか。ではまずは試練の塔に行きなさい」

「試練の塔?ああ、あの森の奥から伸びてたあの塔ですか」

「そう。あれは次の階層に進むためのエレベーターとなっている。それに乗れば次の階層にいける。だが、試練の塔はその名の通り試練らしいボスがいる」

 俺はゴクリと唾をのむ。

「1層のボスは絶対守護者と呼ばれる騎士だ。名前をアルティメットガーディアンという。この世界ができて数千万、いや下手すれば億を超える者が挑んだが、突破できたのは1万程度という話だ」

「とんでもない強さですね」

「各階層ごとにボスがおり、それぞれ攻略方法はあるが、このアルティメットガーディアンだけは純粋な殴り合いになる。もっとも、奴はスキルと圧倒的なステータスを持って襲ってくるから、殴り合いとなると相手の方が分があるが」

「スキル……」

「ああ、スキルはユニークスキル『絶対防御』。状態異常は一切無効、物理攻撃も魔法攻撃も半減する。そして奴のステータスだが、HPは五万、攻撃は鎧を付けていても一撃で殺されるほどの攻撃力だという。防御力も桁違いで生半可な攻撃は絶対防御のせいで半減するうえ奴が付けている鎧でダメージが入らないこともしばしば。また遠距離からの攻撃は巨大な盾で防いでくるため、まさに絶対守護者の何相応しい強さだ」

「は?そんな奴どうやって……」

「だから億のプレイヤーが挑んで1万程度しかクリアできなかったんだ」

 俺は絶句する。第一層でこれだ。まだ上があるというのだから、この世界の理不尽さは分かるだろう。それでも俺は……

「ゲーマーなら、そんなことで諦められないよな。クリア者がいないゲームをクリアしてこそ、真のゲーマーってやつだ」

 そんな俺を見て一馬は笑う。

「君ならそういうと思ったよ。もう私から言えることはない。ゲームであってゲームでないこの世界の最初のクリア者になってくれよ」

「もちろんです」

 俺は一馬と握手を交わし、外へでた。



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ギルド

 外に出るとすでに夕方だった。決意して外に出たのはいいが、さすがに今の時間から平原に出る気はしない。仕方ないから町中でできることをやる。まずは門前の騎士が言ってたギルドが気になるし、ギルドに行ってみることにした。

 ギルドは盾の形に天使の羽が刺繍された紋章が特徴だ。もっとも、そのことを知らなくても堂々とギルド騎士団と書かれた旗がはためいているためすぐにわかる。俺は建物に入ると、そこにはそれなりの装備を整えたプレイヤーや門前の騎士と同じ格好をしたプレイヤーが和気あいあいとしていた。待合室にも利用客が複数いる。カウンターから名前を呼ばれ、順番に依頼等の対応をしているようだ。俺はカウンターに向かい、受付をする。

「ではこちらに名前を。順番が来ましたらお呼びします」

 俺は名前を書いて、カウンターの隣にある掲示板を見る。そこには依頼がいくつも貼られていた。内容は様々で、よくある落とし物探しやペット探しから、採取の手伝いや護衛などなど。平原をただ歩いていただけじゃわからなかったが、採取や採掘などもできるようだ。掲示板を眺めていると、カウンターから俺の名前を呼ばれる。

「それではご用件を」

「えっと、ギルドそのものについて知りたいんですけど」

「わかりました。ギルド講習の受付ということでいいですね」

「えっとじゃあそれで」

「500Eになります」

「あっはい」

 俺は出されたクリスタルに触れて支払いをした。あの門番っ!このこと分かってたな!?まさか金取られるとは思ってなかったが、ギルドと言えばゲームでも割と重要なところだ。仕組みを知れば元は取れるだろう。俺は案内されるがままにギルドの奥の部屋に入った。ソファー二つを挟んで机があるだけの質素な部屋だ。俺はそこに座らされ、ついでにお茶を入れてもらい待たされた。待つこと数分。男が部屋に入ってきた。

「どうも、私はここのギルド長、ゼラチナと言います」

 男は座るとさっそく自己紹介をしてきた。

「どうも、俺は山口静流と言います。あの、あなたはどこの国出身ですか?」

 俺がこう聞くのも理由がある。見た目は日本人に近いが、名前は日本人名ではない。

「私はセフェルムという国ですよ」

 全く聞いたことのない国名だ。確かあの少女は他の世界からもプレイヤーが来ると言っていた。つまりこの男がその他の世界のプレイヤーってことだろう。

「全く聞いたことない国ですね。俺とは違う世界ですかね?」

「恐らくそうでしょう。私たちの世界は魔法が盛んな世界でした。あなたの世界は違うんですか?」

「ええ。俺の世界は科学が発展した世界ですね」

「ほんと不思議なものですね。全く異なる世界の人間が一つの世界に集められるとは」

「本当に」

 俺たちはこの不思議な世界について談笑し合った。緊張も解け、軽く話せるようになったのちに本題に入る。ゼラチナは表情を引き締め、ギルドについての書類を差し出してきた。なかなかに厚い書類の束だ。俺がめくるとさっそく説明し始める。

「えーまずギルドとは何かという話だが、この世界で快適に過ごすための治安維持や先遣隊による攻略、またダンジョン等の調査を行う組織のことだ」

 治安維持や先遣隊による攻略ってのはなんとなくわかる。門前の騎士のように、何も知らずに外に出る人がいないか、掲示板の依頼のように困っている人の手助けをすることが治安維持になるだろう。また、いくらダメージを受けないといっても種族や世界そのものが違うため、考え方の違いから争いが起こるだろう。それらの鎮圧等もその一環だ。そして先遣隊は文字通り塔の攻略等を行う人々だろう。一馬から聞いたように、とんでもない強さの敵がこの先出てくる。それらの攻略方法やフィールドに出てくる魔物の対処方法など、攻略に必要な情報を自ら探しに行き、攻略していく人々のことだ。それよりもこの世界に塔以外のダンジョンがあることの方が驚きだ。

「この世界にダンジョンがあるんですか」

「もちろん。塔とは違い、制覇しても次の層に進めるわけでもなく、行って戻ってくるだけの場所だ」

「それって何かメリットあるんですか?」

「ああ。不思議なことにそのダンジョンの奥には、入るたびに復活し、中身も変わる宝箱が存在する。それは特に珍しくもないものからかなり貴重な武器まで種類が豊富だ。上の階層に行けば行くほど、ダンジョンの難易度と手に入れられるアイテムの貴重さが変わってくるという」

 なるほど。ゲーム的に言うと寄り道要素ってことだろう。この世界はただでさえレベリングがやりづらい。そういうダンジョンをめぐって、レベリングはもちろん強い武器を手に入れて攻略を楽にしていくのだろう。だが、ダンジョンだからと言って油断はできない。そこで死ねば魂は還元され、生き返りのチャンスがなくなる。

「やっぱりダンジョンの奥にボスとかっているんですか?」

「もちろんだ」

 そう言いながらゼラチナは地図を取り出す。手書きの地図だ。地形など無視し、町とダンジョン、塔の位置とフィールドの名前が書かれているだけだ。

「この丸が塔だな。塔は必ず各層の真ん中に存在する。そしてこの三角がダンジョンだ。層ごとにダンジョンの数は変わってくる。一層は六つのダンジョンがある」

 ダンジョンの位置に規則性はなく、バラバラの位置にぽつんとある。地形が書かれていないからその周辺がどうなっているかは分からないが、恐らくダンジョンごとにそれに合うような地形になっているのだろう。

「この四角が町や村だ。いわゆる安全地帯になっている」

「村とかもあるんですか」

「ああ。どういう経緯で作ったのかは知らないが、ここにも数人のプレイヤーが住んでいたりする。また魔物のプレイヤーは人間となれ合うことを嫌って魔物の村を作ることもしばしばだ」

「町の中じゃなくて大丈夫なんですか?」

「問題ない。アンチフィールドバリアという結界魔法を張ることで、魔物が入らないようにできる。この街の結界と同じものだな」

「それじゃあその魔法をいくつも張って、塔に近づけば」

「それは無理だ。それを試したものが過去にいたが、不思議なことに町と塔の距離が変わらないのだ。町に隣接しているからダメなのかもしれないと考え、少々離れた場所に結界を張ったが、町とその結界の距離、結界と塔の距離が離れ、結果的に前よりも遠くなるという結果になった。原因は分からないが、塔との距離を縮めることは不可能だ。もちろんそんな結果になったため、結界は取り除き、再び今の距離に戻したわけだが」

「それじゃあこの塔の横にある村はどうやって」

 塔の印の丸の真横にある、村や町の印の四角。距離的に隣接しているように見える。

「それは塔に挑むためのプレイヤーの為に作られた安全地帯だ。塔を中心に広げたため、隣接する形になっている」

「それは塔との距離が離れたりはしなかったんですか」

「不思議だよな」

 ゼラチナは愉快そうに笑う。それから周辺の村と塔の距離などを聞き、一つの法則に気づく。それは、一定距離ごとに一つの町、村と判定されているということだ。例えば塔とこの町の距離は一番遠い。それは地図にある通り、地図の一番南端のこの町と地図の中心の塔との距離を見ればわかる。逆に一番近いのは塔を中心に広げたという町だ。当然塔と隣接しているため一番近い。そしてそれらと少し距離を置いた西にある村からの距離は、町から塔よりも短い距離で塔にいける。どういう仕組みかは分からないが、恐らく町を出たときのあの感覚、あれが原因ではないかと思う。町から見た塔はぼやけて見えていたが、外に出たら多少ぼやけて見えはするものの、町の中よりはくっきり見える。このゲームのマップ切り替えに似た何かがこの距離の調整を行うものなのだろう。ちなみにマップ端から先に行く、例えばこの町より南に行くと、マップの北に出るらしい。これもこの距離の調整を行う何かの影響だろう。

「話が逸れたな。次にギルドの二つの組織を説明しよう」

 そう言って解決しないこの世界の不思議の話を終わらせ、説明に戻る。

「ギルドには騎士団ギルドと先遣隊ギルドの二つが存在する。君の世界では冒険者ギルドというほうが分かりやすいか?」

「いや俺たちの世界に冒険者ギルドがあるわけじゃないんですけど。まあ、その方が分かりやすいですかね」

「君の世界と同じ世界から来たというギルドの役員の一人が言っててな。げーむやらまんがやらしょうせつなどというものでよくその言葉が出ていたそうだ。興奮して語ってたよ」

 苦笑しながら、言葉を知った経緯を話す。ゲームや漫画、小説は俺たちの世界の文化で、ゼラチナの世界にはそんなものはないらしい。

「その冒険者ギルドのやることとたいして変わらない。掲示板や名指しの依頼をこなしてお金を稼いだり、ダンジョンに挑んで金目の物を手に入れたり、魔物を倒してその魔物のアイテムを提出したりと自由な組織だ。その書類にも書いている」

 俺は促されるままに書類を開き、先遣隊ギルドの項目を読む。説明と概ね一致する。下には先遣隊ギルドに入った際の規約が書かれている。

「対して騎士団ギルドはギルド本部からの命令で動く組織だ。主に問題があった地域の調査と問題の解決、門番として出入りするものに目を見張らせ、何も問題ないよう注意等を行う。また、問題を起こした者を拘束、ギルドの地下牢に入れるのも仕事だ」

 説明を聞きながら、騎士団ギルドの項目を読む。もちろん説明と概ね一致、その下に先遣隊ギルドと同じように規約が書かれている。

「どんな人がどっちのギルドに入るとかありますか?」

「もちろんだ。塔の攻略を諦め、ここに暮らすことにしたけど仕事がないという者は騎士団ギルドを選ぶ。逆に塔の攻略をしたいけど、お金も欲しいという者は先遣隊ギルドを選ぶな。攻略してたら仕事に就く暇がない。それらの手助けをするのが先遣隊ギルドだと思ってくれればいい。もちろんどちらにも入らないという選択肢もある」

 その話を聞いてどちらに入るかはもう決めた。俺は先遣隊ギルドのページを開き、規約を読む。規約を読んでおくのは大事だ。俺の父は昔規約をろくに読まずに契約をして、あとで詐欺だとわかったということがあり、それ以来口癖のように俺に言い聞かせてきた。その影響でこういう規約を読むのは苦ではない。

 規約の内容は主にプライバシーを守ること、命の保証はないこと、それからもろもろの決まりだ。その決まりの内容は、塔の攻略は必ず先遣隊ギルドの者数人と共に行うこと。塔及びダンジョンの攻略をした際は、その内容等を漏れなく報告すること。決まりを破った際は罰金が生じること。これが先遣隊ギルドの決まりだ。

「塔のボスって一人で攻略しないといけないなんてことはないんですか」

「ああ。攻略した際一緒にいたものも突破したということになり、次の層に上がれる」

「次の階層に上がった人は戻ってこれないんですか?」

「いや、そんなことはない。塔の横にテレポーターがあり、そこで行き来ができる。このテレポーターはその階層を突破した者でないと使えない」

「それじゃあ先に突破したプレイヤーに戻ってきてもらい、手伝ってもらえば簡単に進めるのでは」

「それは無理だ。その階層をクリアしたものはその階層のボスと二度と戦えない。いや、そもそも塔に入ることすらできないのだ」

「なるほど。どういう理屈なんですかね」

「エレメンツが魂に刻まれていることを考えると、それと同じ原理でクリアした際に魂に何か刻まれるのではないかと思っている」

「なるほど」

「まあ、そういうことだから、できるだけ安全に、そして一度に数人送るためにそのような決まりを作っている」

「ダンジョンは別に一人でいいんですか?」

「もちろんだ。ダンジョンは危険ではあるが塔の比ではない。それに何度でも挑むものもいるため、いちいちそんな決まりを守ってられないだろう。だから人数の指示はない。代わりに情報の提供を行う決まりにしている。まあ、こちらとしては脱落者を出したくはないから数人での行動を推奨しているが」

 よく考えられている。さすがはギルドといった感じだ。

「それから塔を攻略した際にギルドに入っていれば、ギルドから報酬を支払われる」

「ほう」

「まあ突破報酬というより、その攻略情報への報酬と言った方がいいだろう」

 報酬が出るというのは、それだけで入っておく価値はある。いろいろ規約はあるが、入らない選択はないだろう。

 その後、ギルド全体の決まりと依頼の際にかかる費用等の説明を聞く。依頼の費用等は受ける側の俺にはあまり関係ないが、聞いておくことは大事だ。

 依頼は2種類あり、掲示板依頼と名指し依頼の2種類ある。掲示板依頼は依頼報酬のみの支払いになるが、名指し依頼は招待料がかかる。依頼の報酬は依頼書にそのまま書かれるが、実際に俺たちに支払われるのは報酬の1割を引いた値段だ。1割はギルドの取り分だ。

「これで一通り説明は終わったかな。さて、この説明を聞いてギルドに入る気はあるかい?」

「もちろんです」

「それじゃあここからは契約の話をしようか」

 説明を聞いた後だったため、規約や決まりの話を省いて契約だけを行う。書類に自分の名前、どちらのギルドに入るか、規約の承認サインを書いてゼラチナに渡す。ゼラチナがそれに目を通し、確認サインを書いて俺はギルドの一員になった。

「それじゃあ待合室で名前呼ばれるのを待っていてくれ。ギルドの一員となった印を渡す。君の活躍、期待してるよ」

 ゼラチナは書類を持って出ていく。俺もそれに続いて待合室に向かった。待つこと数分、俺の名前が呼ばれカウンターに行くと、ギルドの紋章が書かれた手帳と免許証のようなカードを貰えた。役員曰くそれで身分証明できるから、無くさないようにとのことだ。

「何がともあれ、今後お金の心配もしなくて良さそうかな。それよりもまずは宿探しだ」

 ギルドから出て俺は独り言ちる。すでに外は暗く、心細い街灯が光っており、数人のプレイヤーが暗い道をうろうろしている。早急に宿を探さないと、眠る必要はなくても人間というものは夜は安心できる場所でくつろぎたいものだ。俺は心細い街灯を頼りに見えづらい看板を見ながら宿を探す。

「お、あれは宿か?」

 ベッドのマークが書かれた看板がうっすらと見えた。宿らしい店に入ると、中はそこそこ高級なホテルをイメージさせるエントランス。俺は受付を済ませ鍵を受け取る。予約とかしてなかったし時間が時間なだけにもう満室だったりしないかとか心配になったが、問題はなかった。まあ、あと1室だけだったようだが。なんでも家もただじゃないから家を持たないプレイヤーもいるため、部屋はかなり多く作っているらしい。しかし今日に限って普段よりも多くのプレイヤーが泊まりに来たとのこと。今日に限って多いという理由はなんとなくわかっているが。

 部屋に入るとまさに高級ホテルといった感じだった。清潔感溢れる白い壁に赤い絨毯、大きな窓と大きなベッド。思わず飛び込みたくなるほどふかふかそうな布団は、それだけで心をワクワクさせてくる。残念ながら食事は別の店で取る必要があるし、銭湯とかはなくあるのは部屋にあるこじんまりとしたお風呂だけらしい。それでもあるだけましだ。俺はお風呂に入り体を温め、ベッドに入る。ベッドに横になった瞬間、疲れが一気に飛んでいく気持ちの良い感覚に襲われる。そしてゆっくりと意識が飛んで行き、眠りにつく。

 母親がニコニコとご機嫌なように笑い、俺は気になって何があったのか聞く。

「静流は覚えてる?佳代子おばさんのこと」

 佳代子おばさんは、小さいころよく遊んでくれた親戚のおばさんだ。おばさんって言うけど年齢は20代後半で、かなり若い。

「その佳代子おばさんが結婚するんだって。もう嬉しくって」

 その朗報に俺も思わず笑顔になった。誰かの幸せって言うのは他の人も幸せにしてくれるものだ。こんなほのぼのとした風景は、俺の記憶。すなわち、前世の出来事である。俺が小学生のころの出来事だったか。懐かしさで胸がいっぱいになるが、これは夢なのだとすぐに理解した。一馬は言っていた。この世界で眠れば前世の記憶を思い出せると。俺は記憶にゆっくりと浸った。

 気が付くとすでに朝日は昇っており、カーテンの隙間から光が入ってくる。俺が見た記憶は”夢”であり、すでにどんな”夢”を見たのか覚えていない。ただ懐かしい気持ちだけが残った。



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ダンジョン

「さて、ダンジョンとやらをめぐってみるか……っとその前に」

 宿から出た俺は、ダンジョンをめぐることにした。だがそのためにはゼラチナに見せてもらった地図を手に入れる必要がある。ゼラチナ曰く、地図は道具屋に売っているそうだ。俺はさっそく地図を手に入れるために道具屋に向かう。昨日町を周った時に見た道具屋に向かう。

 道具屋に着き中に入ると、割と繁盛していた。装備を整えた先遣隊と思わしきプレイヤーからこの町で暮らしているプレイヤー、はたまた魔物のプレイヤーまでたくさんのプレイヤーがアイテムを見ていた。内装は小さめのスーパーといった感じで、棚にアイテムが並べられている。出入口の近くにレジがあり、そこで会計をする。会計はあっという間に終わるため、レジ自体の数は少ない。客が多いため列はできているものの、流れは速い。

 俺は道具を見て回る。回復アイテムのポーションが並べてある棚、食品や飲み物が並べてある棚、生活必需品のアイテムが置いてある棚に冒険に必要なものが置いてある棚と消費アイテムが一通り揃っている。驚いたのは、食品や飲み物が並べてある棚の近くは涼しく、飲み物を手に取ってみるといい感じに冷えていたことだ。棚をよく見ると、魔法がかかっているようで棚自体が冷気を発している。魔法ってなんでもありだなと思った。とりあえず冷えた飲み物と地図、それからカバンとポーションをいくつか買って、外にでた。

 喉が渇くことはないが飲みものはなんだかほしくなるものだ。買った飲み物をさっそく飲むと、喉を通って体の中に入る感覚。味もおいしく、炭酸の刺激が心地よい。思わずあーっと言いたくなる。ちなみにビールや他の世界の酒などのアルコール飲料も並んでいた。これは大人には嬉しいのではないだろうか。俺は未成年だから飲めないが。

「さて、それじゃあ行くか」

 飲み物をカバンにしまい、地図を片手に外にダンジョンに向かう。目指すダンジョンは町から一番近い、南西の位置にあるダンジョンだ。近い方が弱いというのはゲームではよくある話だ。早速向かう。

 道中襲ってくる魔物を軽く切りながらダンジョンに向かう。魔物の種類はPK大好き野郎を倒したときと大差ない。レベルも1から5までで、レベル2くらいであれば飛び掛かりに合わせたカウンターで一撃、レベル3以上になるとそうもいかないため、カウンターしたのち時止めで追撃で仕留める。

「お?」

 魔物が光の粒子となって空に飛んでいくと、魔物がいた場所に袋に包まれた肉が落ちていた。いろいろツッコミどころがあるが、この世界は不思議なことばかりだから、肉体ないのに肉が落ちるとかその肉がラップのような袋に包まれているとかは気にしない方がいいだろう。何がともあれこれがゼラチナが言ってたたまに落とすアイテムというやつだ。俺はそれをカバンにしまう。臭いがするかなと思ったが、このカバンは魔法のカバンで、未来の青いタヌキが持っていたポケットと同じように物が入れられる上に臭い等も漏れてこない便利なカバンだ。店員さんに聞いた話では、魔法が発展した世界では割と普通の道具だったらしい。

 そんなこんなで魔物を倒しつつダンジョンに到着。このダンジョンは大きなかまくらを思わせる形となっており、平原にぽつんとあると違和感が物凄い。その側面にダンジョンの入り口がある。入り口はモンスターが開けたかのように大きく開けており、その先は洞窟のようになっている。

「ダンジョンというよりモンスターの巣穴だな」

 俺は苦笑しながら中に入る。ダンジョンの中に入ると、例のマップが切り替わる感覚に襲われる。それと同時に頭に浮かぶ文字には、大土竜の巣穴と出てくる。やはりここは巣穴だったようだ。洞窟の中は広く戦いやすい。奥の方に見える魔物に視線を向けると、頭の中に名前とレベルが浮かぶ。手がサーベルのようになっており、とても掘れなさそうな印象を思わせるが、見た目はモグラのサーベルモグラは、レベル12とかなり高い。

「ははっレベル上がりすぎだろ……」

 平原の魔物の最大レベルで5レベル。さすがに7レベルも高いのは予想はしてなかった。

「ま、問題ないか」

 俺はいつも通り時間停止を使い、サーベルモグラを倒す。レベル差9もありながら1レベルも上がらないのはとんでもない経験値量だと思うが、収穫はあった。

 

ストーンショットを獲得。ユニークスキル採掘者(ホリダスモノ)を獲得。ユニークスキル盲目者(ミエヌモノ)を獲得。

 

 少女の話ではスキルは漢字で表示され、魔法はカタカナで表示される。つまりストーンショットは魔法である。また、ユニークスキルも持っているとは驚きだった。二つもユニークスキルを取得できたのは実に喜ばしいことではあるが、俺の視界は完全になくなった。

「なんだこれ……」

 状況がつかめず、まったく見えない状況で焦ったが、少し考えるとすぐにわかった。ユニークスキル盲目者のせいだろう。モグラは土の中にいるため目が退化しており、視力が失われていると聞く。まさかそれがスキルとして再現されているとは思ってもいなかったが、これは実に最悪だ。目が見えないんじゃどうしようもない。だが、代わりに耳がよく聞こえるようになった。盲目者の効果は恐らく視力を失う代わりに聴力を底上げするというものだろう。

 耳がよく聞こえるようになったおかげで、ガサガサと魔物が歩く音とバタバタと羽ばたく音、そしてキーキーという甲高い鳴き声が聞こえる。羽音と鳴き声、それから今いる場所から考えるに蝙蝠がいるのだろう。音を頼りにその方向を向くと、頭の中にはしっかり名前が浮かぶ。バッドバット、レベル11だ。名前にツッコミたい気持ちもあるが、先ずはそいつを仕留めることからだ。モンスターの生態がスキルとして再現されているのであれば、蝙蝠を倒せばこの目が見えない問題は解決するだろう。俺は時を止め、頭の中に浮かぶ敵の名前を頼りに位置を特定し、切りかかる。敵の名前が消えると同時に、獲得スキルの名前が浮かぶ。無事倒せたようだ。

 獲得したスキルはスキル超音波とエクストラスキル吸血だ。二つとも蝙蝠の生態を表現したスキルだ。蝙蝠は超音波で障害物や獲物の位置を特定している。夜行性で目が発達していない蝙蝠はこれが目の役割をしているのだ。そして吸血は、蝙蝠のイメージ通りだろう。実際に血を吸う蝙蝠はごくわずかだと聞くが、あの少女もそういうイメージを持っていたのだろうか。

 俺はあーっと声を出してみると、真っ暗な視界に障害物や壁、魔物の輪郭が現れる。音の跳ね返りを利用して空間を把握しているため、色などはないし輪郭だけなので目線がどちらを向いているのかなどもわからない。だがこれはこれで便利なところはある。例えば曲がり角の先にいる魔物や地面に開けられた穴の奥、俺の後ろを一定距離を保って空中浮遊しながら付いてくる人型など、普通に見るだけでは分からない相手の居場所を把握できるのだ。

 しかし声を出し続けないといけないというのは早急にどうにかしないといけない問題だ。考えても見てほしい、男があーなどと言いながらテクテク歩いていると、他人から見ると迷惑だし危ない人だと思われるだろう。そして何より恥ずかしい。これは町に戻る前に何とかしないといけない。

 何がともあれ視界の確保はできたし、俺はそのまま先に進むことにした。

「まさか自分のスキルに苦しめられることになるとはおもわなかったな。便利だけど時止めあれば別にいらないんじゃねえか?」

 俺は苦笑しつつ、道中敵がいれば時止めで敵を狩り先に進む。超音波と盲目者の聴覚強化で広範囲の索敵ができるため、分かれ道なども迷わず進める。途中自身の足音でも範囲は狭いが超音波の効果が乗ることに気づき、町に戻れないという問題は解決した。そして難なく奥地に着く。

 奥地はかなり広い円形のドーム状になっていて、いかにもボスが出てくるような地形だった。奥の方に見える宝箱に、俺はワクワクしてしまう。だが、警戒を怠らない。慎重にドームの真ん中に来ると、待ってましたと言わんばかりに地響きがなり始め、俺は後ろに飛ぶ。刹那、俺がいた場所を切り裂くように大きなサーベルが通る。振り返ると、そこにはサーベルモグラを大きくしたようなモグラがいた。視線を向けると脳内に浮かぶ文字は、ドン・サーベルモグラと書かれている。レベルは15だ。

「ははっ手抜きじゃねえか」

 先ほど戦っていたモグラが大きくなっただけのボスに対し、俺は思わず笑ってしまう。ここはゲームの世界ではないことは分かっているが、どうしてもゲームだと思ってしまう。VRゲーム世代の弊害だろうか。

 モグラはサーベルを振りかぶり、物凄い勢いで俺に振り下ろす。時止めで腕と胴体に無限斬撃を打ち込む。頭は高い位置にあるため狙えない。再び時を動かすと、モグラの腕はそのまま地面に落ち、光の粒子となって消える。憤慨したモグラは地団駄を踏み始め、間髪入れずにそのデカい胴体で俺の方に飛び込んでくる。

「おいおい、そんな簡単に頭下げちゃだめだぜ!」

 時を止めると、モグラは空中に浮いたまま制止する。飛び込んできたことにより頭が狙える高さにある。俺は容赦なく頭に無限斬撃を打ち込み時間を動かすと、飛び込んできた勢いそのままに地面に落ちる。そしてすぐに光の粒子となって消えていった。獲得できたスキルはロックブラストという魔法一つだけだった。

「まあ、でっかいサーベルモグラだしな」

 俺は苦笑しつつドン・サーベルモグラが倒れた場所に現れたアイテムを拾って、宝箱を開けに行く。宝箱を開けると、中には道具屋でも並んでいたポーションが2つだけだった。さすがに渋すぎる。俺はため息をついて、来た道を戻る。道中モンスターを狩り、レベルアップ。ボスを倒してもレベルアップしないのはさすがに渋すぎると思うが、これでも取得者で経験値上昇しているのだ。結構な人数のプレイヤーが諦めるのも無理はない。俺はレベルアップ効率も考えて、他のダンジョンに挑むことにした。

 一つ、また一つとダンジョンをクリアしていき、ついに残り一つとなった。六つあるダンジョンの内五つのダンジョンを制覇したため、倒した魔物の種類もそこそこに多い。おかげでデメリットスキルも多くなったが、幸い目が見えないというデメリット以上のものはなかった。大体のデメリットが属性に対する耐性であり、魔法を使ってきた4つ目のダンジョン以外なら問題もなかった。もちろんデメリットスキルだけでなく、有用なスキルもいくつか入手した。また、レベルも3程度上がった。

 俺は終始ついて来ている浮遊する人型を無視し、大きくそびえたつ木を見る。塔の北にある塔に最も近いダンジョンだ。恐らくここが一番難しいダンジョンだと思う。その訳は、ここまでくる道中にある。

 土竜の巣穴は塔から一番遠いダンジョンで、2番目に行ったダンジョンは、塔から2番目に近いダンジョンだ。土竜の巣穴から近いからという理由でそこに行ったが、そのダンジョンのボスのレベルはまさかの25レベル。土竜の巣穴のボスが15レベルだったのに対し10レベルも上昇。倒すのにも一苦労だった。土竜の巣穴付近の敵が平均4レベル程度だったのに対し、2つ目のダンジョン付近の敵は10レベル。つまり、塔に近づくにつれそのダンジョンの難易度、フィールドの魔物のレベルが上がるということだ。そしてこの大木の付近の敵となればそのレベルは20。2つ目のダンジョンに出てくる魔物とほぼ同じレベルである。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか。この後しばらくここに籠ることになりそうだし、今日はとりあえず中を見るだけにしておくか」

 敵のレベルが高ければ経験値量も多くなる。これはゲームならばよくあることだ。この世界ではどうなのか分からないが、恐らくゲームと同様レベルが高ければ経験値量も多いだろう。レベル3つ上がったうちの1つは、2つ目のダンジョンを攻略した際だった。レベル上がりたてにもかかわらずレベルが上がったのは、敵のレベルが高かったからだろう。そのダンジョンの魔物は群れで行動するタイプで、一度に数体を倒さないといけなかったこともレベルが上がった要因であろうが、それでも残り3つのダンジョンで2つしか上がらなかったことを考えると、相当の経験値量だったと思う。そうなると必然的に、高レベルのダンジョンを周回することがレベルアップの近道となる。もちろん敵の種類や戦闘効率でそのレベリング速度は上下する。今回はそれらを見極めるための下見だ。

 さっそく俺はダンジョンに入る。もう何度も味わって慣れてきたマップ切り替えの感覚、声を出して超音波を発生させ、ダンジョンの内部を把握する。俺は思わず、うわぁと声を出した。まさかのアスレチックだった。もちろん魔物はおり、ただでさえ足場が悪い状況で敵に襲われでもしたら一溜りもない。時間停止を使えばその問題は解決するものの、アスレチック自体が難しそうだ。

 下から見るアスレでも難しそうなものは、短い助走幅で速度を出し、空中に浮いている棒を掴み遠心力を付けてその先にある足場に乗る。助走用の足場から棒の向こう側の足場までは完全に空白で、失敗すれば落ちて死ぬ。また、ロープを上り、登りきったところからうまいこととなりのロープへ飛ぶを繰り返す、どう考えても人間じゃ無理なロープゾーン。さらには細い足場を伝って向こう側へ行くこの中でも一番簡単そうなものだ。もっとも、それは時間停止が可能であればの話だが。そのアスレの近くには、それまでの道中とは比にならないほどの鳥形の魔物がうようよしている。細い足場を通っていると大量の魔物に襲われ、バランスを崩すことだろう。俺はここでのレベリングを諦めた。だが、魔物は倒しておきたい。もしかするとかなり強いスキルを手に入れられるかもしれないからだ。時間停止が便利すぎるが、止めている間の攻撃方法は増やしておきたいものだ。

「それじゃあ一気に上に行くか」

 俺はダンジョンの壁に向かって手を向け、スキルを発動させる。スキル名は粘着糸、4つ目のダンジョンにいた蜘蛛型の魔物が持っていたもので、これを手に入れたときはとあるヒーローっぽいななんて思ったりした。しかしこれはかなり便利で、糸で敵の動きを止めたり引き寄せたり、遠くに張り付け自分自身を引っ張るなど、移動や戦法の幅が増えた。壁を登ってきた俺の存在を認めた魔物が俺の方に向かってくるが、粘着糸で足止め、ストーンショットで仕留め切る。敵の集団も時止めからのロックブラストで一掃した。難なく頂上に着いた俺はボスの警戒をする。土竜の巣穴同様開けた戦闘フィールドのど真ん中に来た時、それを待っていたかのように襲ってくる魔物。超音波で敵の位置は分かっていたため、難なく回避する。

 敵は滑らかな身のこなしと素早い動き、自身の存在を悟らせない気配の消し方と敵を確実に仕留める牙と爪は、それだけでその強さを分からせる。名前はブラックパンサーだ。ブラックパンサーは木々を移動し獲物を狩るハンターとして有名な動物だが、この世界のブラックパンサーはそれよりも二回りほど大きい。

 ブラックパンサーは木の枝を飛びまわり、不規則な動きから唐突に飛び掛かってくる。超音波で敵の位置を補足したかと思えば全く別の方向から足音が聞こえる。これは目が見えないと敵を補足することは不可能だ。だが飛び込む際に踏みしめる足音で、どの方角から飛び掛かってくるか判断し、回避することはできる。しかし回避が精一杯で、攻撃できるタイミングはない。

「厄介だな。目が見えたら多少はましなんだろうが」

 俺は回避しながらブラックパンサーに向かって粘着糸を放つ。が、外れる。回避能力もかなりのもので、俺の攻撃を読んでいるかのような動きだ。俺は相手の動きに集中し、糸を放つ。たまに時止めをしてみるが、飛び掛かり攻撃を外したのちのリカバリーもかなりのもので、すでに俺の手の届かない位置まで退避している。時間停止で止まったブラックパンサーに粘着糸を付けて動きの停止を狙ってみるが糸はすぐに切られ、止めることはできない。

 何度も同じような攻防を繰り返している。俺はブラックパンサーの踏みしめる音に集中すると、先ほど以上の速度で枝を飛び回ると、動きを止める。音の反射で状況把握すると、四方八方に真空斬に似た何かが存在していた。まずいと思いすぐに時止めをすると、それは同時に俺の方に飛んできていた。うまいことその斬撃の隙間を掻い潜り、時を動かすと、俺のいた場所にその斬撃がすべて打ち込まれる。

「これは早急に終わらせないとまずいな」

 俺は糸を打ち込み、仕込みを終わらせる。何本か仕込んだ糸が切られたが、問題ないだろう。俺は再び足音に集中し、踏み込む足音を聞き回避し、仕込みを発動させる。糸は命令されたように高速で糸同士を紡ぎ、ブラックパンサーの進路を完全にふさぐ。ブラックパンサーは止まり切れず糸にぶつかり、動きを完全に止める。

「うまくいったな。スキル、紡ぐ者」

 蜘蛛型のボス、ジャイアントスパイダーが使ってきたスキルだ。戦闘エリアに足を踏み込んだ瞬間に、いたるところから糸が伸び、一瞬で蜘蛛の巣を生成された。戦闘の後で糸の発生源を見ると、子蜘蛛がそこにいた。それが糸を放ち、見事な連携で巣を作る。

 俺が先ほどから飛ばしていた糸の先端に子蜘蛛がいる。また、糸自体は敵の動きを抑制するためのもので、巣を張る位置に飛び込む形に進路を取ってもらおうと糸を放っていた。抑制用の糸が切られ、若干焦ったが、ただでさえ糸が多いところを進もうとするやつはいないだろう。これが俺の仕込みだ。時止めが効かないなら戦略で勝つしかない。

 俺は身動きが取れずじたばたするブラックパンサーの頭に無限斬撃を3発打ち込み、倒しきる。光の粒子となると同時にスキルを獲得。獲得したスキルは透明化、暗視、遠視、多段斬撃だ。多段斬撃は先ほどブラックパンサーがやってきた、周囲に斬撃を作り一度に飛ばす技だろう。終始目が見えず音だけを頼りにして戦ってた俺にはわからなかったが、どうやらブラックパンサーは透明化も持っていたようだ。そして猫科ならではの暗視と遠視。デメリットスキルが無くて俺はひとまず安心した。宝箱を開けると、中身は武器だった。

「お、なんだこれ」

 太すぎもせず細すぎもしないスマートな刃にふわふわとした毛が柄と刃の間に生えている。柄は網目状の模様が入っており、持ってみるとしっくりくる。俺のステータスでも持てる武器みたいだ。目が見えないが形状だけでもかっこいいのは分かる。武器の名前を知りたかったが、残念ながら武器を見ても文字は浮かばない。俺はその武器をカバンに入れ、帰路につく。



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スキルカスタム

 町に帰り真っ先に行くのは、スキルカスタム屋だ。だいぶ慣れてきたとはいえ、目が見えないというのはかなり不便なため、削除したい。また大量に獲得したスキルを統合することで、さらに強いスキルを手に入れられるかもしれない。俺は足音から発生される超音波を頼りにスキルカスタム屋に向かう。一度行ったため道は覚えている。難なく店にたどり着く。

「……文字が、読めない!」

 店の前まで行くと、ドアにかけられている看板が目に入る。だが、超音波では文字は読めない。なんとなく嫌な予感がする。前回来た時はこんな看板はなかったはずだ。

「今何時だ?」

 疲れもないし超音波では太陽や月などというものは見えない。空を見上げても常に真っ暗なため昼夜も分からないが、長い時間ダンジョン巡りをしていたはずだ。俺は改めて盲目者なるスキルを恨む。だがいつまでもここで落ち込んでいるわけにはいかない。看板は何かのお知らせかもしれないから念のためにドアノブを回してみるが、当然ながら開かない。諦めて宿へ向かう。

「おかえりなさいませ、山口様。夜遅くまでご苦労様です。しばらく戻られないなら連絡入れて下さらないと困ります。」

 俺は係員の発言に苦笑しつつ、鍵を受け取り、自室に入る。やはり今は夜らしい。昨日客室が埋まるということがあったため、今日もう同じようになると考え引き続きここに泊まることにしていた。

 この世界では家を持つ人が少ない以上宿の利用者は多い。そのためライバル店が物凄く多く、互いに値段を安くしたりなどして客の取り合いをしているそうだ。この宿はそんな流れについていけずにそこまで人気ではないが値段はそこそこ安く、1泊300E。しかも部屋は快適である。これはしばらく滞在しても問題ないと判断し、朝外に出る前に引き続き泊まることを伝えておいた。おかげで今日は夜遅くても宿に泊まれた。

「ふう、明日はまずスキルカスタム屋だな。それからギルドの規約通りダンジョンの報告、あと武器についても調べないと。ふふ、やることいっぱいだな」

 ベッドに寝転がりながら、明日やることについて考える。それだけで思わず笑みがこぼれる。やることがつまっているというのは楽しいことだ。そういえばすっかり忘れていたが、今日一日ついて来てた”あの人”は何が目的だったのだろうか。まあいいや。俺はそのままゆっくりと眠りにつく。

 

 さて、まずやることはスキルカスタムだ。これをしないと文字も見えないし時間も分からない。ということでさっそくスキルカスタム屋に来ている。統合をしたいと申し出ると、スキル一覧を作るときと同じように水晶に触れたのち、奥の部屋に案内された。スキルカスタムは奥の部屋でやるようだ。いくつかある部屋の一つに入り、自分たちでカスタムするらしい。部屋の中にある装置は、手のひらサイズの3つの水晶が埋め込まれており、その上に文字が掘られている。今回はしっかり掘られているため、その形が浮かび上がる。が、店員さんはしっかりと説明をくれた。

「左の水晶は統合、真ん中の水晶は分離、右の水晶は消去となっており、行いたい工程の水晶に触れることで頭の中にお持ちのスキルと工程を行うための式が現れます。頭の中でスキルを強く意識することで、指揮の中に指定したスキルを入れることができます。望みのスキルを入れられたら行いたい工程の文字が現れるので、それを強く意識することで開始されます。基本的な使い方はこれだけです」

「統合できないスキルとかっていうのはありますか?」

「もちろんです。ですが最初にいれたスキルに対し統合が可能なスキルのみ文字の周りが光り、わかりやすくなりますのでご安心ください」

「なるほど。ありがとうございます」

 店員さんはぺこりとお辞儀すると、そのまま部屋を出て行った。俺はそれを見届けると、再び装置に向かう。

「さて、と」

 右の水晶に手を触れてみる。するといくつものスキルが分かりやすく一覧となって出て来て、その上に四角い空欄が現れる。俺はそこに盲目者を入れて、ふと思った。

「盲目者は仮にもユニークスキルだ。もし他のスキルと統合できれば、もっと使いやすく、強いスキルになるかもしれない」

 俺は消去を思い直し、水晶から手を放す。すると脳内に浮かんだスキル一覧は霧散する。これでリセットが可能なようだ。左の水晶に触れてみると、今度は四角い空欄が三つ現れ、左の空欄と中央の空欄の間に乗算記号、中央の空欄と右の空欄の間に等号が書かれている。簡単に言うと掛け算だ。俺はさっそく盲目者を入れてみると、何も光らない。つまりは統合できるスキルがないということだ。

「マジか……これだけあるのに……」

 ダンジョンをいくつも攻略し、何種類もの魔物のスキルを手に入れた。かなりの数スキルを持っているのに、統合できるスキルはないというのは予想してなかった。

「まあ、ユニークだしな」

 盲目者は視覚がなくなる代わりに聴覚は物凄いことになっている。かなりの距離まで音を拾い、音の発生源までしっかり感知できる。視覚がなくなるのが痛いが、聴覚だけはこれ以上のスキルはないだろうというレベルの性能のため、統合できるスキルはないのかもしれない。

「……もしかして分離させたらこの聴覚だけにできたりするか?」

 俺は一縷の望みにかけて分離をしてみる。分離は消去と同じように四角の空欄が現れスキル一覧も出てくるが、表示されるスキルは分離が可能なものだけのようだ。そのため縮地や時間操作は表示されていない。だが、盲目者は表示されている。つまり、盲目者は分離できるスキルである。俺はさっそく分離してみた。分離という文字を強く意識し、盲目者を分離する。しばらくは何も起こらなかったが、四角の中に入った盲目者は消え、二つのスキルに分かれた。一つは目が見えなくなるスキル、盲目。そしてもう一つはエクストラスキル、聴覚師範(ちょうかくマスター)だ。感覚の師範とは訳が分からないが、その性能は盲目者の盲目部分を取っただけの性能だろうか。はっきり言ってユニークスキルの時よりも使い勝手が良い。

 分離して盲目と聴覚師範に分かれたのはいいが、肝心の目が見えないのは残ったままだ。盲目の有用性がまるで分らないが、スキルである以上どこかで使える可能性があるかもしれない。とりあえず残したまま、俺は再び統合を行う。聴覚師範なるスキルがあるならば、視覚師範などもあるかもしれない。だとすれば目に関するスキルの集合体だろう。師範というくらいだし有用なスキルをかき集めたスキルだと予想できる。そこで俺は遠視を選択する。予想通りいくつかのスキルが光り始めた。

「えっと……暗視と盲目、複眼、色覚強化か」

 盲目、暗視、遠視の他にある複眼と色覚強化はブラックパンサーのダンジョンに行く道中の森の中に出てきた、キラーバタフライという蝶のものだ。たいして強くなかったため特に気にしてなかった。とにかく、これだけの統合できるスキルがあるのに、入れられる空欄は1つだけ。一つ一つ入れていく必要があるのかもしれないと思ったが、それは杞憂だった。暗視を選択し入れてみるが、他のスキルはまだ光っている。他のスキルも選択してみると、空欄は増え、その中に選択したスキルが入っていた。結局光っていたスキルすべて入れることができた。そして式の下に浮かんできた統合の文字を押してみると、しばらくしたのちに一つのスキルへと変わった。エクストラスキル視覚師範(しかくマスター)だ。そのスキルを取得すると同時に、俺の視界は色を取り戻し、部屋の照明がまぶしく感じるほどだった。盲目を入れたのにちゃんと目が見えているのは何故かは分からないが、とりあえずこれで目が見えるようになったのだ。

 視覚を取り戻した俺はスキル一覧を読む。スキルやレアスキルはもちろん、ユニークスキルとエクストラスキルがかなり増えている。とりあえず気になるスキルである、エクストラスキルの視覚師範と聴覚師範を読む。

 

 視覚師範、あらゆる視覚に関するスキルの機能(サブスキル)を持つスキル。このスキルを持つ者が望むがままに機能を操れる。機能は暗視、遠視、盲目、複眼、色覚強化。

 聴覚師範、あらゆる聴覚に関するスキルの機能を持つスキル。このスキルを持つ者が望むがままに機能を操れる。機能は聴覚強化、音源感知、音波識別。

 

 つまり盲目を持ちながら目が見えるのは、その機能を無意識のうちに切っているからということだ。俺は意識して盲目を発動させる。すると視界はたちまち真っ暗になり、先ほどまでのような輪郭のみの世界に変わる。俺は納得し、盲目を切る。そしてすごいのは聴覚師範の方だ。聴覚強化だけではなく、音源を感知し、音波を識別するという機能を持つ。音源感知は文字通り音の発生源を感知するもの。音波識別は音を聞き分けるスキルだ。魔物の鳴き声や羽ばたく音などがありながら超音波の音を聞き分けられたのはこのスキルがあったおかげということだ。

 俺はこの二つをさらに強いものにできないかと思い、試しに聴覚師範を統合の空欄に入れてみる。すると視覚師範が光り始めた。この二つが統合されればどうなるのかとドキドキしながら入れてみるが、統合の文字が現れない。これはつまり、統合はできるがこの二つだけでは足りないということである。つまりこれらよりも高性能のものが存在するということだ。

「師範よりも上のスキルがあるってのか……やばいな」

 師範でもとんでもスキルであるというのにそれ以上のものがあるということに俺は驚きと同時に期待を持っていた。

 他のスキルも統合できるものをとりあえず統合していった。スキルと言いながら魔法も統合できるようだが、残念ながらまだ魔法と統合できるスキルまたは魔法が足りないようで、ストーンショットとロックブラストは入れられたものの統合はできなかった。スキルを統合したおかげでスキルの数は減ったもののその機能を持った強力なスキルが手に入った。

 一通りスキルを統合したり分離させた俺は、改めてスキルを確認する。ユニークスキルは時間操作、殺人者、紡ぐ者、採掘者。ダンジョン巡りで手に入れたのは紡ぐ者、採掘者だ。紡ぐ者は召喚魔法を内蔵しており、望む場所に子蜘蛛を召喚。その子蜘蛛に意思伝達で糸を吐かせ、糸同士を紡ぎ合わせるという使い方次第では化けるスキルだ。そして採掘者は地面を掘り、アイテムを収集できるというものである。それだけならスキルじゃなくても可能だが、これのいいところは機能にある鼻が利くというもので、なんとなくだがいいものが埋まっている位置がわかる。いいものというのはいわゆるレアアイテムだ。収集系のスキルとしては使えるものだと思うが、俺には必要なさそうだ。エクストラスキルは無限斬撃、聴覚師範、視覚師範、嗅覚師範、再生、粘着糸、状態異常付与、吸血だ。エクストラスキルは統合したことにより名前を変えたものが多い。嗅覚師範は森の中にいたフォレストベアの嗅覚強化、4つ目のダンジョンにいたジャミングフライというハエが持っていた臭い感知。2つ目のダンジョンのベアアントが持つ匂い識別を統合したものだ。それぞれ嗅覚を強化するもの、臭いの発生源を感知するもの、匂いを識別するものだ。そして再生は3つ目のダンジョンのビビリトカゲのものだ。こいつと会ったときは驚いた。俺を見るなり尻尾を切り物凄い速度で逃げるのだから。再生とはもちろんこの尻尾を生やすためのスキルだろう。そして状態異常付与はキラービーという森の中に出てきた蜂が持っていた毒針とビビリトカゲの麻痺吐息を分離させ、毒付与と麻痺付与を統合したものだ。そして毒針、麻痺吐息の副産物の飛ばし針と吐息はキラーバタフライの鱗粉を統合して形態変化になった。

 スキルとレアスキルは超音波、多段斬撃、空間斬撃、真空斬、縮地、高速移動、能力向上、粘着糸、透明化、匂付与(フェロモン)、同族召喚、熱源感知、震動感知だ。フェロモンはベアアントが持っていたもので、これは蟻の生態をスキルにしたものだろう。蟻は匂いで仲間を判別し、それ以外の匂いのものが巣に入ればそれは敵だとみなされ、襲われる。そのため、仲間と認めた蟻どうしは互いに匂い付けを行うのだ。また、同族召喚はそのベアアントのボス、ベアアントクイーンのスキルだ。仲間を召喚して襲ってくる奴のスキルだが、俺が使ってみてもうまく発動せず、使えないスキルとなっている。熱源感知はビビリトカゲのスキルで、震動感知は5つ目のダンジョンにいるポイズンスネークという蛇のスキルだ。ちなみに同じくポイズンスネークが持っていた毒牙というスキルは、状態異常付与と形態変化を手に入れたことで自然消滅した。そういうこともあるのかと思った。

 魔法はストーンショット、ロックブラスト、ファイヤショットだけだ。ファイヤショットはあのアスレの邪魔をするフレアファルコンの魔法で、木の中で炎とはいかがなものかと思うが問題はないのだろう。

 とりあえずすべてのスキルの確認を終え、俺は外に出る。エレメンツを支払うことで統合したスキル等はすべて確定され、最初に触れた水晶に取っておいたバックアップは消えるらしい。ちなみに支払わなかった場合はバックアップが自動的に発動し、全ての変更をリセットするらしい。もっとも、この世界で支払わないという選択をするものはいない。スキルの統合等は何時間部屋に籠っていても1000E。普通は1時間程度で終わるため、俺みたいに長時間籠っていたのは珍しいらしい。

 支払いを終えると、懐中時計を開き、時間を見てみる。99年360日10時間と表示されていた。

「あれ?なんでもう4日経ってんだ?」

 俺は焦る。そして時間が経った原因を考える。そしてはっとした。ダンジョン巡りだ。ダンジョン自体そこそこ時間がかかる。それだけなら自身の疲れや空を見たりして時刻を予想することはできるが、この世界では疲れもないし空腹になることもない。さらに俺は目が見えず空を見ても真っ暗で時刻など分からなかった。つまりダンジョン巡りに夢中になっているうえに、環境の変化や自身の変化もなかったために時間の進みを把握できてなかったのである。生前であれば起こりえない現象に俺は恐怖した。

「……まあ、盲目も自由に切り替えられるようになったし今後はそんなことはないだろう。それよりも今はやることがあるし」

 俺は気持ちを切り替えて、ギルドへ向かった。もちろん契約内容にあったダンジョン報告をするためだ。

 

 受付は前に金をとられたカウンターとは違い、廊下を隔てた反対側の部屋のカウンターで行う。以前俺が金を取られたカウンターがある部屋は一般カウンターと呼ばれて、今俺が報告をしているカウンターはギルドカウンターと呼ばれているようだ。違いは依頼を出すまたはギルドの講習やギルドに入る手続きを行うカウンターか、依頼を受けるもしくはその依頼の報告やダンジョン、塔の攻略報告をするカウンターという違いだ。それぞれの部屋を隔てた廊下はT字になっており、奥に進めば応接室になっている。

 その受付で俺は報告をしているのだが、その担当の人がやたら驚きまくる。

「ええ!?蟻の古城を突破したんですか!?そのレベルで!?」

「ええ!?獣の大木を登り切ったんですか!?あなた人間ですよね!?」

 何やら侮辱されている気がするが、まあ、突破方法も方法だし、レベルについては何も言えない。ただ俺のスキルが優秀だっただけだし。無茶苦茶疑われてしまいには奥の部屋に連れて行かれそうになったところで、ギルド長がやってきた。

「何の騒ぎだ」

「ギルドマスター!この者が攻略の嘘を吐いてまして、奥の部屋で詳しい事情聴取をしようと思ったのですが」

 ゼラチナは俺を見て、再び受付の女性に目を向けると一言。

「うん。まあ、気持ちはわかる」

 そう言って肩を叩く。何?俺化け物か何かと思われてんの?俺はちょっと不機嫌になりながらそのやり取りを見ていると、ゼラチナは俺の身元保証と身の潔白をしてくれて、何とかその場は収まった。

 報告を終えた俺は、エレメンツを稼ぐために依頼ボードを見ていた。その中に魔物のドロップを集めてほしいという依頼があり、それを剥がし、カウンターに持っていく。先ほど騒ぎを起こした女性とは違い、受付カウンターの女性は冷静に仕事をしてくれて、スムーズに依頼を受けれた。ボードの依頼に期限はないため、何日かかってもいいらしい。もっとも、その間に依頼者がいなくなるということもあるらしいが、その場合は依頼を受けた証である細くて小さいクリスタルが割れてなくなるからすぐにわかるらしい。まあ、それが分かったところで依頼者がいなくなれば依頼は失敗、報酬はなしのため意味ないのだが。

 そうこうしていると、依頼を受けるのを待っていたゼラチナが話しかけてくる。

「ちょっといいかい?君の力を見込んで今度の作戦の打ち合わせをしたいのだが」

「作戦?」

「ここじゃなんだし奥の部屋で話そう」

 そして結局俺は、応接室にいれられたのだった。

 

 ソファーに腰を下ろすと、さっそく作戦の話をし始めた。

「作戦というのは塔攻略作戦のことだ。我々ギルドは定期的に大規模な塔攻略作戦を決行している」

 聞けば大規模作戦は、先遣隊ギルドと騎士団ギルドが手を組む大規模な作戦で、総勢500を超える人数で塔に攻め入るという。その狙いは騎士団を上の階層に送るためのもので、上の階層のギルドの騎士の数を安定させるためのものらしい。騎士と言ってもやはりプレイヤーであり、100年経てば自然消滅してしまう。1層であれば代わりのプレイヤーは何人も入るが、2層、3層と階層が上がるにつれ、騎士の数はどんどん減る。そのためできるだけ多くの騎士を2層、3層に上げるための作戦だ。一度層を跨いでしまえば、階層移動は自由にできるため、下がピンチの時に助けを出すこともできるのだ。ちなみに小規模な作戦は先遣隊ギルドで頻繁に行っているようで、俺がこの世界に来る数日前にも塔に挑んだようだ。

「それで、それだけの人数いるなら俺の力なんて必要ないと思うんですが」

 俺がそう思うのも当然だ。いくら硬い相手だといっても人数で押し切れば倒せるだろう。絶対守護者がどれほどのものか俺は知らないが、1層で一番難易度が高かった獣の大木のボスであの程度ならば、人数の差で余裕だろう。しかし、ゼラチナは首を横に振る。

「この大規模作戦は年に一度行っている。すでに10回、失敗しているのだ。それまでに小規模な作戦も何度も行われているが、誰も突破できてない。その意味が分かるか?」

「……10年、誰もクリアできてないってことですか」

 ゼラチナは静かに頷く。そしてゼラチナは絶対守護者が絶対守護者と言われる所以を説明してくれた。

 絶対守護者、アルティメットガーディアンは重鎧をし、右手に大剣、左手に大盾を持つ騎士だ。その大剣の一撃は、高レベルのプレイヤーを一撃で屠る高威力である。しかも体格と大剣の大きさ、そして振るわれる大剣の攻撃力により、数人まとめて薙ぎ払うことができる。ギルド騎士団はみな重鎧だが、その鎧すらも切断し、数人を一度に屠ることができるのだから、その攻撃力は桁違いだ。またこちらが攻撃をしても遠距離ならばその盾で防がれ通らない。近距離攻撃はユニークスキル絶対防御と重鎧のせいで通らない。攻撃を通せる唯一の方法が、鎧と兜の間の隙間に攻撃を入れることだけだ。アルティメットガーディアンは絶対防御以外のスキルを持たないが、そのシンプルさ故に誰も通さない。誰も倒せない強敵となっている。

「騎士団はみな重装備だ。本来ならば守ることに特化した者達なのだが、奴の攻撃の前では無力に等しい。そして重装備であるが故に近づくことすらままならないし、回避もできない。ならば頼れるのは先遣隊ギルドのものだ。彼らならば騎士団にできない動きができるため、頼りにしているのだ。だが、先も言ったように先遣隊ギルドの者でも突破できたものは少ないのだ」

「過去に大規模作戦で成功した事例は?」

「一度だけ。魔王カリュブディスの力を借りて大規模作戦を成した」

「魔王?」

「そう。魔王カリュブディスはギルドに所属してはいなかったが、彼の力ならばと頭を下げてお願いしたのだ。魔王でありながら快く受けてくれたよ」

 聞けばレベル18でありながら、アルティメットガーディアンを倒すことに成功したという。さすがは魔王である。しかし、その作戦の犠牲者は多かったようだ。騎士団と先遣隊合わせて500と魔王カリュブディスのパーティーに加わった魔物プレイヤー2万が挑み、突破できたのはカリュブディスと一部の騎士、それから数人の魔物プレイヤーだけだったのだという。

「その魔王カリュブディスですらそれだけの被害を出して突破できたんでしょう?俺一人が入って何とかなるような奴なんですか?」

「正直分からない。わからないが、少なくとも君はカリュブディス並、いやそれ以上の力を持っていると思っている。どうか作戦の要になってくれないか?」

 俺は考える。塔の攻略自体は別に構わない。だが、騎士団という足手まといを連れて戦えるのかという懸念があるのだ。俺は少しの思案ののち、ゼラチナに条件を付けたうえでの作戦参加の了承をしたのだった。



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ベアアント

「こいつは珍しいな!」

「珍しい?」

 大規模作戦の約束を交わした後、俺は武器屋に来た。ここに来たのはもちろん、ブラックパンサーのダンジョンで入手した武器について聞くためだ。

 武器屋の店員のおっちゃんに武器を見せると、目を丸くして驚いていた。

「こいつはブラッククロウって剣でな、一層じゃ獣の大木でしか入手できない武器なんだ」

 おっちゃんは武器を食い入るように眺めながら、武器について話す。

「入手するのが難しいし、流通量も少ない。故にかなりの高額武器となってるぜ」

「はあ、それで性能は?」

「残念ながら攻撃力はそこにあるゴールドソードに一歩劣る。まあ、それでも一層ではかなり強力な武器に違いないが。だが、この武器は攻撃力が低い代わりに、軽くて切れ味がいい武器になっている性能で言えばゴールドソードよりも上だな」

 おっちゃんは説明が下手なせいで理解するのに時間がかかったが、おっちゃん曰く武器には特性というものがあるらしい。特性とは武器についているスキルみたいなものだ。ブラッククロウの特性は二つ、軽業と貫通だ。軽業は威力が下がる代わりに重量が下がる。つまり要求ステータスが低くなるものだ。そして貫通は防御無視するというものだ。これは武器の威力とステータスの値をそのまま相手に与えられるため、かなり強い特性となっている。ちなみに俺が使っていたブロンズソードもこの店にあるゴールドソードも特性はなし。一般に流通している武器に特性はついていないことが多いらしい。

「さて、まあ聞いても結果は分かっているが、一応聞いておこう。あんちゃん、その武器を俺に売ってくんないか?」

「ダメです」

 武器屋として高額で希少な武器は持っておきたかったのだろう。だが、俺も使える武器は必要だ。即答でそう返すと、おっちゃんはちょっと残念そうな顔をして笑った。

「わっはっは。まあそうだよな。そんな希少な武器をほいほい売れねえよな!」

「なんかすいません」

「いや、いいんだ。俺もコレクションにしたかっただけだからな。どこかでまた手に入れられる機会があればそっちで手に入れるよ」

 おっちゃん、コレクターだったのか……。俺はそんな風に思いながら、また手に入れたらおっちゃんに譲ろうと決めた。

 俺はブラッククロウの代わりに今まで使っていたブロンズソードをおっちゃんに譲った。お礼に買った時より安い金額のエレメンツを受け取った。おっちゃんは笑ってたし嬉しかったんだろう。ちょっと引きつった笑顔だったけど。

 その後、街で買い物を済ませ、レベリングの為に1層で2番目に難しいダンジョンであろう蟻の古城というダンジョンに籠った。ここはベアアントという大きい蟻が出てくる。ベアアントは腹部以外の全体に装甲を纏い、攻撃を弾く。そのため腹部を狙って攻撃しなくてはならない。幸いベアアントの体力は少ないようで、俺の攻撃力でも数回攻撃する程度で倒せる。これだけでは雑魚が出てくるだけのダンジョンで難しい要素は見当たらないだろうが、ここが難しいのには当然理由がある。まず俺の攻撃力で数回というのはブラッククロウという強力な武器を持ったうえでの話で、普通のプレイヤーは基本的にブロンズソードかそれより少し強い程度の武器しか持たないであろう。そんな武器ではロクなダメージを与えることができない。現にブロンズソードでここに挑んだときは骨が折れた。2つ目に的確に弱点を狙わなければ倒せないという点だ。体中に装甲を持つベアアントの弱点はお腹。かなり大きめの弱点であるものの、ベアアントの動きは速く、大きいため、回り込むのも難しい。装甲はブロンズソードはもちろんブラッククロウでもダメージを与えられないほど硬い。ブラッククロウの特性である貫通はあくまで防御力を無視する効果で、装甲を貫く効果はない。

 俺は数時間いまだに減る気配がないベアアントを狩り続ける。レベリングにおいて大事なことは、自身より強いか弱くても経験値が多い敵を倒すこと。そして場所はそういうやつが無限に沸いてくる場所を選ぶことだ。この世界では敵は一度倒せばそのダンジョンから抜けない限り敵がリポップしない。これはレベリングに置いてかなり面倒な仕様だ。いちいち奥まで進んで敵を倒し、再び戻らないといけないのだから。しかしここは違う。ここは無限に敵が沸いてくるのだ。これがここが難しい理由でかつ、俺がレベリングに最適だと選んだ理由だ。

 普通のプレイヤーにとってここは地獄だ。ただでさえダメージを与えるのが難しい敵が無数に沸いてくるうえに、相手はかなりのレベルである。ここでレベリングは愚か突破することすら難しいだろう。だが俺は敵の弱点を的確につき瞬殺できるうえ、ダメージを受けることなく立ち回れる。強力なスキルがあってのことだ。俺の時止めのようなスキルを持たずここを突破できるのであれば、そのプレイヤーは相当な実力者であると言えるだろう。

 蟻の古城に籠って体感数時間、ベアアントを狩ることで自身がどんどん強くなることに快感を感じ、気づけばベアアントを探して蟻の古城を走り回っていた。入手したスキルや魔法の試し打ちやこの世界の仕様について、自分の武器について知るために実験、レベリングの間にそんなことをしていれば時間もすぎるというもの。ふと懐中時計を開いて時間を見ると、すでに5日経っていた。

「やりすぎたか?」

 俺は敵がいなくなった巣穴を見渡し、申し訳なくなった。いくら無限湧きとはいえ物凄い速度で敵を狩り続けていればリポップが間に合わなくなる。しばらくすればここにベアアントがやってくるだろうが、俺は一度休憩することにした。身体的な疲労はないものの、一度落ち着かないとまたベアアントを殲滅しかねない。俺はポーチから鑑定紙を取り出し、自分のレベルを確認する。レベルは13になっていた。

「ひとまずこんなもんか。一旦帰ってギルドの依頼こなして来よう」

 レベリングも大事だが、他にも大事なことはある。それはお金だ。一馬にもらったお金ももうほとんどないため、金策しないといけない。ギルドで受けてきた依頼は、どれもモンスター討伐によるドロップ品の納入ばかりだ。モグラの爪、犬肉、ゴブリンのこん棒などなど、こちらに来たばかりのプレイヤーが受けるような依頼ばかりだ。それも仕方ないだろう。難易度が高い依頼はそのまま死に直結する。そんなものを受けるプレイヤーはそうそういない。

「しかしまあ、売ればそれなりのお金にはなるか」

 俺はベアアントのドロップ品を仕舞いつつ、ダンジョンを後にする。

 

 帰り道、何もしなくても寄ってくるモンスターを一振りで葬りながら、鼻歌を歌いつつ帰る。普段なら奇襲を警戒しつつ動いていただろうが、レベル差ができたため警戒する必要がなくなった。そのせいで後ろからデスハウンドに襲われたりしたが、蚊に刺される程度の痛みで済んだ。防御力がいくらあっても1のダメージは入るためだ。

「装備も何とかしないとなぁ」

 噛みついてきたデスハウンドを倒し、犬肉を拾い上げながらそんなことを考えていると、いつの間にか門の前まで来ていた。依頼の内容とドロップ品の数を見合わせ、数が足りていることを確認すると、街の中へ入る。すると今までになかった喧噪が聞こえてきた。

「なんだ?」

 何か揉め事があっているようだ。ふと騎士団の方を見ると、何を問いたいかすぐに察してくれて、事情を話してくれる。

「なんでも一国の王だとか叫ぶ奴がいて、それで喧嘩が起こっているらしい」

「一国の王?」

「この世界で王様も何もないだろうに。すでに騎士団に応援要請が行っている。すぐに収束するだろう。俺はここを守らないといけないから動けないけどな」

 俺は喧嘩が起こっているという場所へ野次馬に行く。そこには赤いマントを羽織り、白いひげを生やし、冠を被ったいかにも王様って感じのプレイヤーと、それに覆いかぶさり殴りつけるぼろきれのようなシャツを着たいかにも農民って感じのプレイヤーがいた。

「お前が無能なせいで俺たちまでこんな目にあってんだ!」

 農民っぽい服装のプレイヤーはそんなことを叫び、ひたすら殴りつける。王は必死に抵抗するが、彼を助けようとするプレイヤーはいない。

「お、お前たちっ!私を助けっ!助けろ!」

 まあ、あんな口調で助けを求められて助け出すプレイヤーはいないだろう。そうこうしているうちに騎士団がやってきて、仲裁に入った。王の言い分はこれだ。

「私はかの大国、リューデルンデ王国の王、エドマルス・エル・リーゼントである!ここにきてそうそうあのものは私を殴りつけたのだ!あのものを処刑しろ!」

 そして農民の言い分はこれだ。

「俺はリューデルンデ王国のはずれで農家をしている者だ。あいつは俺達から高い税を毟り取り、自分の為に消費していた。俺たちは今日食べる食事にすら困る有様だった。そんな時に奴は戦争を起こし、俺達を戦争に駆り出したんだ!腹をすかせた俺達をだぞ!?そんな状態で勝てるはずもなく俺たちは巻き添えで死んだんだ!すべてはあいつの責任だ!」

 農民の言い分はもっともだ。自分の為に金を使って民を思いやらず、しまいには戦争を起こし国を滅ぼしたとなれば殴られて当然だろう。俺は農民の方に同情した。

 結局王の方はギルドに連行され、農民は騎士に諭され、解放された。やはり皆も同じ考えだったようだ。騒動が終わり解散する流れにのって俺はギルドに依頼をこなしに行った。

「やっぱこんだけか」

 3つの納入依頼をこなし、入った金額は3000ちょっと。難易度低い依頼だし仕方ないと言えば仕方ないが。

「ベアアントのドロップはどれくらいなるかな……」

 俺はベアアントのドロップ品を眺めながら、そう独り言ちた。その瞬間、このドロップ品で装備が作れないかと思い始めた。

 MMORPGならばよくあるだろう。ドロップ品を入手し、それで装備を作る。そういうゲームには大概生産職というものがある。この世界でもそういうのはあるはずだ。そうと決まればまず向かうところは一馬の家だ。

「私は便利屋じゃないんだけどね」

「知り合いもいないですしお土産もありますからそう言わないで」

 一馬の家に行くと、呆れながら家に上げてくれる。土産に依頼で余ったデスハウンドの犬肉を渡した。

「で、防具屋だったね?この街で一番有名なのはテッケンさんだな。ドワーフって種族の腕のいいプレイヤーだ」

「ドワーフ!やっぱり鍛冶はドワーフが一番なんですね」

「必ずしもそうではないらしいが、少なくとも彼は君がイメージしてる通りのドワーフだ」

「ありがとうございます。行ってきます」

 一馬に場所を聞き、お礼を言うと、俺はさっそく向かう。そこにはイメージした通りのドワーフがいた。毛深く背が低く体躯ががっちりしている男だ。

「はいらっしゃい!」

「防具の制作をお願いしたいんですが」

「防具?素材はあるのか?」

「はい」

 俺はベアアントの装甲と爪を取り出した。するとテッケンは目を丸くして驚いていた。

「おいおいおい!こいつぁすげえや!ベアアントの装甲だと!」

 その声を聞いたのか奥からわらわらとドワーフが出てくる。

「まじかよおい!ベアアントの装甲とか爪がこんなに大量に!今まで見たことねえよ!」

「この子、見た目に反してたくましいのねん!」

「あんちゃん!こいつ俺達に売ってくれねえか!?」

 ドワーフがこんなにうるさい種族だとは思ってなかった。それに一人おかまっぽいのいた。俺は装備を作ってくれたら売ってやると条件を言うと、無償で作ってやると返事が来た。ベアアントの装甲、そんなレアなのかと思った。

 おかまっぽいのに体を調べられ、他のドワーフが衣装のイメージ作成や素材の加工を行う。その手際は素晴らしいの一言だった。鍛冶について完全な素人の俺でも分かるほどに正確で完璧な仕事をしていた。ものの数分で先ほどまでベアアントの殻だったものは、銀色に輝く鎧へと変わっていた。

「試作品にうちの最高傑作の剣をぶつけてみたが、大した強度だよ!最高傑作が折れちまったよ!」

 がっはっはと豪快に笑うドワーフ。割と大変なことを言ってたようだが、まったく気にしてないようだ。

「どうだ?強度はもちろん着こなしやすい細工、素早く動けるように重量も軽い鎧に仕上げたが」

 鎧を着ると、確かに軽い。さすがに服を着ているとまではいかないが、重量感を感じない鎧だった。値段にしたら相当な値段になるのではないか。

「素晴らしい出来です!これなら今までの戦闘スタイルを崩さず戦えます!」

 興奮した俺にがっはっはと笑うドワーフ。おねえも嬉しそうにしていた。ちなみに身体測定の途中に聞いたらおねえじゃなく女性だったようだ。名前はサクラらしい。ドワーフの女性ってこんな感じなんだなとちょっと引いたのは内緒だ。

「さて、約束通りこいつは売ってもらうぜ!そうだな、5万でどうだ!」

 即決だった。こんないい装備を無償で作ってもらった上に余った素材を5万で買い取ってくれるというのだから、これ以上いい取引はないだろう。見送るドワーフたちに手を振って、俺は街へ買い物に出かけた。

 

 あれから1か月が経過した。ほとんど街に戻らず巣穴に籠り、ひたすらベアアントを狩り続けた。魔法を撃ちまくってみたり、鎧の効果を試してみたり、様々なことを試しているうちに、俺のレベルは28まで上がった。

「さて、作戦まであと1週間か。そろそろ塔に向かうとするか。俺は気合を入れて塔へ向かった。



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最強のルーキー

 私は提出された報告書を読み、頭を抱える。内容はもちろん、レベル30になったプレイヤーキラー、上条昌による被害についてだ。また、人口の増加による町の飽和状態を何とかするために町の拡大を計画しているが、材料が全く足りていない。理由は上条昌が平原でプレイヤーを狩り続けているため、それを恐れて町を出るプレイヤーがおらず、資材収集ができないのだ。門番には被害が出ないようプレイヤーを外に出すなと命令しているが、自信過剰なプレイヤーはそれに応じず外に出ることがしばしば。その結果がこの被害報告書である。

「全くどうしたもんか……」

 レベル30のプレイヤーキラーははっきり言って強くはない。だが、1層にとどまるプレイヤーのほとんどは30レベルに至らない。中途半端に強く、中途半端に弱いせいで、上の階層のギルドへの救援依頼は却下される。各階層忙しくてこちらに構っていられないのだ。2層の町は1層に次ぐ人口になりえる町で、今建築に人手を割いている。しかし、人手が足りていないため、ダンジョンの攻略すら進んでいないという。ならば1層から人手となるプレイヤーを連れてくればよいと思うが、それは絶対守護者が許さない。ここ数年あの騎士を倒せたものがいないのだ。ならば3層はどうかというと、3層、4層とギルドは愚か町自体が建築されていない。安全地帯となるキャンプはあるものの、3層、4層にとどまるプレイヤーはいないのだ。なんでも4層に上がったプレイヤーには、心を病んでしまい自ら命を落とした者もいたらしい。どんなところか想像もつかないが、上層のプレイヤーが心を壊すほどだから1層とは比較にならない危険度の場所なのだろう。では5層はどうかというと、3層、4層を突破したプレイヤーの憩いの場かつ折り返し地点としてここでも建築に力を注いでいるようだ。また、5層のプレイヤーからしたらレベル30のプレイヤーなど敵ではないため、ここに人手を出すくらいなら建築やダンジョン攻略を優先するそうだ。そして6層は連絡の取れない7層のギルドへの支援を送るための作戦を練っていて忙しいという。何があったか心配だが、1層からは何もできない。そして8層、9層は攻略の最前線だ。攻略が忙しい上にわざわざ1層まで戻るもの好きはいない。八方塞りであった。

「はあ……」

 私はため息を吐く。上条は元々先遣隊ギルドに入ったプレイヤーであった。ギルドに入った当時は、たった一人でダンジョンを攻略していくため、その活躍には注目していた。

 ある日、彼をチームにいれダンジョンに入っていったプレイヤーがいた。上条含めて3人が糸の城と呼ばれるダンジョンに挑み、上条のみが帰ってくるという悲惨な結果に終わったのだ。上条はダンジョン内で2人はやられたと報告した。確かにあのダンジョンは一歩間違えば身動きも取れずに死ぬ危険なダンジョンである。その時はただの悲報として受け止めた。その後もたびたび上条をチームにいれたプレイヤーがダンジョンで死ぬということがあり、さすがに私たちもお怪しいと思い始めたのだ。だが、その時にはもう遅すぎた。

 彼の報告を不審に思った私たちは、上条に同行を求めた。しかし彼は拒否し、しまいには暴れ始める。騎士団5人に囲まれていながら彼は恐ろしいほどの身のこなしと、強力なスキルで私たちを一掃したのだ。町中ということもあり死者はいなかったが、彼に一のダメージも与えられず、町の外に逃がしてしまった。それを危惧した私たちは1層の騎士団ギルドの精鋭を送り出した。4人の精鋭は彼一人に敗北し、その命を絶ったのだ。それ以降私は町の外に出ないように町中のプレイヤーに通達したが、自信過剰なプレイヤーが外に出て返り討ちに合う。そのせいで上条はレベル30と1層でもトップのプレイヤーとなってしまったのだ。

 私が昔のことを思いながら頭を悩ませていると、コンコンとドアがノックされた。ノックされたドアに対し反応をすると、秘書が書類を持ってやってきた。

「ギルド長、またギルド講習を受けたいという方が」

 またか。今日はやけに多い。朝から立て続けにやってきて、講習の担当者は悲鳴を上げている状況だ。今も担当の者は別の講習希望者に当たっている。希望者に待ってもらうのもいいが、そろそろ夜だ。担当の者も休みたいだろうし、私が行くことにした。

「わかった。応接室に通してくれ。私が行く」

 秘書はわかりましたと一言言って、出て行った。私も書類にさっと目を通し、持っていく書類をまとめ、応接室に向かう。

 応接室にいた彼は私が入るなり立ち上がり、頭を下げる。若いながらなかなかに礼儀正しい奴だ。座っていいと仕草だけで合図をすると、再び頭を下げ座る。

「どうも、私はここのギルド長、ゼラチナと言います」

 私が自己紹介をすると、彼も自己紹介をする。名前は山口静流というらしい。自己紹介を終えた途端に、いきなり出身の国を聞かれた。隠すこともないため教えたが、どうやら彼は私とは違う世界の者らしい。話を聞くと、彼は上条と同じ世界の人物のようだ。ということは彼は凄まじいスキルを手に入れているかもしれない。

 科学が発展した世界から来る者は、こちらの世界に来る際に特殊な力を手に入れる。それはこちらの世界では常識だ。もっとも、昔はそうではなかったようだが。私は彼を警戒することにした。上条の再来にならないよう見極めなければいけない。

 雑談を終え、ギルドの説明を始める。彼はこちらの世界に来たばかりのようで、私の言葉に対し質問を繰り返す。また、頭も回るようで、すでに試されたことではあるもののいろいろな提案をしてくる。話を聞いただけでここまで様々な案を出せるのは頭が回る証拠だ。ギルドの説明に戻ると、書類にしっかりと目を通し、気になるところは指でなぞりながら話を聞く。これは用心深い者の特徴だ。多くの人間は書類にさっと目を通すことはあっても、特に注視することはないだろう。ましてや規約までしっかり読む人間は少ないだろう。

 一通り説明を終えると、私は彼をギルドに勧誘してみる。話している限り彼は悪い人間ではない。もっとも、彼の本性は分からないが、少なくとも私が抱いた印象は、慎重で頭も回り、礼儀正しい人間であるということだ。彼は私の誘いに即答。ギルドに入ること了承してくれた。私は彼と握手を交わし、部屋を後にする。

 カウンター裏の部屋に入り係員に彼のことを話したのち、ギルド長の部屋に戻る。書類を片付けていると、門番のミハイルが報告しにやってきた。

「ギルド長、今日の報告です」

「ああ、報告してくれ」

 私が促すと、書類を見ながら今日のことを話し始める。

「今日外に出たのは一名だけです」

「だけって……お前なぁ……」

 私は呆れた。門番にはプレイヤーが外に出ないようにしてくれと命令している。にもかかわらずあっさりと通すのだから呆れるほかない。だが自信過剰なプレイヤーを止めるのは無理な話ではある。

「はあ。まあいい。じゃあ今日の被害は1人だけだな」

「いえ、その出て行った彼は帰ってきましたよ」

「ほう、上条に会わなかったってことか?運がいいなそいつ」

「いや、上条を倒してきたようです」

「……は?」

 私はミハイルが何を言っているのか一瞬理解できなかった。上条を倒しただと?騎士団ギルドの精鋭が4人がかりで手も足も出なかった上条を倒しただと!?一体どんな奴が!?

「おい、そのプレイヤーの名前は聞いてるか?」

「いや聞いてるも何もさっき来てたじゃないですか」

「は?」

「ギルドバッチ貰ってましたが。館内放送で確か山口静流って言ってましたね。そんな名前だったのかなんて思ってましたよ」

「……」

 私は絶句してしまった。この世界に来たばかりのプレイヤーがレベル30の上条を倒しただと?しかし、もしそれが本当なら、力強いプレイヤーを仲間に入れたということになる。私はいまいち納得できてないが、ミハイルのいうことを信じることにした。ミハイルはどこか抜けてるが嘘を吐くような奴でもない。

「……わかった。それじゃあ今後は今まで通りの仕事をこなしてくれ」

「わかりました」

 私は上条の対処についての書類や被害報告書を破り捨て、秘書を呼ぶ。数分後、秘書がやってくる。

「明日は私は外に出てくる。ギルドの管理は任せた」

「一体どこへ?」

「噂のルーキー君の実力を確認しに、ね」

 私は部屋を出て、自分の家に戻った。

 

 門の上から町の風景を眺め、目的の人物を探す。今日は彼の実力を見極めるために、一日姿を消してついていくつもりだ。私が使っている魔法はゴーストエスケープ。生前では肉体と魂を分離し、自由に動くことができるという偵察用魔法であったが、この世界では少々変わっており、透明化と浮遊、それから物体や攻撃をすり抜けるという効果が付与される。声を発しても相手に聞こえないのは生前とも変わりはない。解除方法も変わっており、生前は肉体に戻るだけでよかったが、こちらでは魔法を解除する必要があった。何も考えず生前の感覚で使って、戻り方わからなかったときは焦った。つまりはこの魔法を使って山口静流を追跡し、その実力を確かめてやろうという話だ。

「お、来た来た」

 少し退屈し始めたころ、山口が大通りを通ってまっすぐ門に向かってきた。彼が外に出ず町中で過ごしたらどうしようと密かに思っていたのだが、杞憂であった。私は予定通り彼の後方を浮遊し、付いていく。

 彼は一番近いダンジョンに向かうようで塔に向かう道から逸れ、草が生繁った平原を歩く。途中魔物が飛び掛かってきても、それに合わせたように華麗にカウンターを決める。それだけで戦闘なれしているのがわかる。魔物が唐突に飛び掛かってきて、咄嗟にその腹部に潜り込み、相手の力を利用して切れる者は少ないだろう。科学の発展した世界は戦争などなかったと聞くがどうやってその技術を手に入れたのだろうか。よく彼らが言うゲームとやらで身につけたのだろうか。何がともあれ、彼はかなりの実力者であることはわかった。

 最初に向かったダンジョンは土竜の巣穴というダンジョンで、分かれ道こそあるものの、道を覚えてしまえば一本道の洞窟だ。中に出てくる魔物はレベル12と高くはない。だが、この世界に来たばかりの彼にとっては強敵だろう。いざとなれば私が助けに出てもいい。そう思いながら付いてく。早速サーベルモグラを見つけた彼は一瞬のうちにその姿を消す。

「は?」

 気が付けばサーベルモグラは光の粒子となって消えていった。何が起こったか全くわからない。

 私が困惑しているのと同時に、彼もまた困惑したようにあたりを見渡す。敵を倒しておいて困惑も何もないだろうに彼は何をしているのだろうか。すると彼は不意に別の方向を見る。それにつられて私もそちらを見ると、バッドバットがいた。見た目はコウモリの体をしているのだが、顔が人間の顔で、その異様な見た目から攻撃を躊躇うプレイヤーも多い。バッドとついたのはその顔がイヤらしい表情をしているからであろう。神様の考えは分からないが。そんなバッドバットを、一切躊躇うことなく、また瞬間移動して倒している。唐突にあーっと声を上げたかと思ったら、ニッコリと微笑み始め、私はもしかしたら危ないやつなのかもしれないと思い始めた。そんなことを考えて、ふと彼に視線を戻すと、彼はこちらを見ていた。

「私が見えているのか!?いや、落ち着け私よ」

 一瞬焦ったが、そんなことはないと思いなおす。先ほどまで私の存在に気づいた様子はなかった。彼がこの直前にやったことと言えば蝙蝠を倒しているだけだ。

「まさか超音波!?」

 超音波や魔力感知ならば私の存在に気づくだろう。まさか蝙蝠のスキルを奪ったとでもいうのだろうか。いや、あり得ない。そんなスキルは聞いたこともない。が、彼が上条と同じ世界の人間であるならば或いは……。

 私が思案している間に、彼は私から視線を逸らし、奥に進んでいく。彼の快進撃は続く。突如何かに気づいたかと思えばいつ剣を抜いたのかもわからないうちに死角に潜んでいた魔物が光の粒子となって消えた。また、複数のバッドバットが襲ってきても、剣を抜いた様子すら見せずバッドバットの群れは全滅した。それはもはや神業に近いものだった。彼は道中しばらくはあーっと声を出していたが、何かに気づいたのか途中から声を出さなくなった。

 いよいよ最奥まで到着した彼は、警戒しながらドームの真ん中へ足を進める。すると地面からサーベルモグラのボスが現れる。モグラは腕を振り上げ彼に振り下ろす。彼は全く微動だにしない。自身より遥かに大きいモグラに委縮して動けないのだろうか。

「危ないっ!」

 私は咄嗟に庇おうと近づくが

「は?」

 彼は瞬間移動し、それと同時にモグラの腕は切断されその場に落ちる。ボスは今までの魔物とは桁違いの耐久力だ。ボスを倒すのはもちろん腕を切り落とすというのも一苦労する。ましてや一撃で切り落とすなど3層以上の強者でもなければ不可能だ。

 モグラは腕を切り落とされ、憤慨し、その大きな図体でのしかかってくる。彼は何かを口走ったかと思えば、瞬間移動し、モグラはそのまま地面にダイブし、光の粒子となって消えていった。

「瞬間移動?ハハハッ。そんなちゃちなものじゃないなこれは」

 私はこの戦いを見て一つ気づいたことがあった。それは切ってからの瞬間移動ではないことだ。サーベルを振り下ろす攻撃ものしかかり攻撃も、どちらも切ってから移動では間に合わない。だが、私が分かったのはそれだけだった。

 

 洞窟の外に出るとすでに昼を過ぎている。彼はそのまま次のダンジョンへ向かっていた。その方向は森の中にある蟻の古城と呼ばれる、一層で2番目に難易度の高いダンジョンだ。先ほどの土竜の巣穴とはレベルが違う。そんなところに挑むというのか。私は不安と同時に彼の能力へ期待もしていた。彼ならここを突破できるかもしれない。そんな期待があった。

 蟻の古城に出てくる魔物はベアアントと呼ばれるレベル20の魔物。体は大きく、鎧すら砕く顎を持ち、蟻酸という岩すら溶かす遠距離攻撃を放ってくる強敵だ。さらに奴らは体全体に装甲を持つため、生半可な攻撃は通らない。高レベルのプレイヤーならば倒すことも可能ではあるものの、苦戦は免れない。さらに奴らの厄介なところは、集団で襲ってくるということだ。一体に苦戦している間に奴らは横から、後ろから、はたまた上から、噛みつきや蟻酸を使ってくるのだ。

 蟻の古城にたどり着いた彼は、何の躊躇もなく入っていく。するとさっそくベアアントが彼に気づき、襲ってくる。彼はさっそく今まで通り切りつけるが、ベアアントに傷一つ突かない。さすがの彼もその頑丈さに驚き、焦っているようにも見える。しかし次の瞬間、ベアアントを光の粒子に変えた。その後仲間がやられたことに気づいたベアアントの群れが一気に押し寄せるが、次々と仕留めていく。

 迷路のようになっているダンジョン内を、次々と押し寄せるベアアントを倒しつつ進み、いよいよ最奥にいるベアアントクイーンにたどり着く。ベアアントクイーンは、ベアアントを召喚し戦う厄介な相手だ。ベアアントよりも3倍以上大きく、ステータスも高い。しかし、それ以外はベアアントとほぼ同じであるため、弱点が分かれば倒せない相手ではない。彼はさっそくベアアントクイーンの腹部に入り込み、瞬殺した。

 これで分かった。彼は間違いなく最強だ。誰がレベル15以上離れた敵を瞬殺できるだろうか?あの大魔王カリュブディスならば倒すことはできるだろうが瞬殺とまではいかないだろう。そして彼ならば2層へ上がる作戦も成功させてくれるだろう。私は糸を手から出して最高難易度のダンジョンを登っていく彼を眺めながら、そう考えたのだった。



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再開

 作戦開始場所となるキャンプ場へ着くと、すでにかなりの人数のプレイヤーが慌ただしく準備していた。このキャンプ場は塔の入り口で、街から外へ出たり入ったりするときの感覚と同じ感覚になり、外から見た景色と仲から見た景色が全く異なる形になっている。例えば外からは木の柵で囲われた場所にキャンプが3つ程度だったものが、中に入ってみると6つ、7つとあり、さらに外から見たときはなかった建物まである。これは街を作る結界と同じ働きをしているためだ。俺は準備している騎士団を眺めながら歩いていると、横から強烈なタックルを食らった。

「い……たくはないな」

 レベルを上げ、装備をしているため、タックルを食らってもダメージはなかった。ふとぶつかって来たであろうものの正体を見ると、よく知る制服の少女だった。それは紛れもなく俺が通っていた学校の女子の制服である。

「ごめん、大丈夫?よそ見してたせいでぶつかっちゃって」

 と手を差し伸べると、少女はこちらを見て、あー!っと声を上げた。

「こっちの世界に来てたんですね!よかったぁ!二度と会えないかと思いました!」

 手を取るとすぐに立ち上がり俺にすがってくる少女。俺は唐突のことで頭が混乱した。

「えっと……?」

「あっ、覚えてませんか?そうですよねー!もう1か月は経ってますし」

「え?1か月……あーあの大災害の被害者か……でも会ったことあったっけ?」

「はいっ!」

 少女は元気に返事をする。そして少し離れて自己紹介を始めた。

「私は藤原葵と申します。あなたには地震で足にガラスが刺さって動けなかったところを助けてもらいました。と言ってもその後建物が崩れて死んじゃったんですけどね」

 俺はそれで思い出した。背負って建物に避難したときの女子生徒だ。

「ああ、思い出したよ。結局助けられなくてごめんな」

「いえ、謝らないでください。あれは仕方ありません。むしろ絶望的な状態から助け出そうとしてくれたんですから感謝しかありませんよ」

「ところで君はどうしてここに?もしかしてこの作戦に参加するのか?」

「ええ、まあ。私にできることなんて荷物運びくらいですけど」

 俺は考えた。俺と同時期にこっちに来た彼女は今何レベルくらいなのだろうか。俺は最高効率でほぼ休みなくレベリングしていたため、28になっている。それは取得者と時間操作のおかげだ。俺と同じことをできるプレイヤーはいないと言ってもいいだろう。

「君は今何レベル?」

「葵って呼んでください!」

「葵は今何レベル?」

「やだっ!名前呼ばれるの照れちゃいますね!」

 なんかむかついた。こちらの質問には答えず、要望に応えてやっても無視してきやがった。俺は冷静になり、もう一度質問する。

「今、何レベル?」

「レベルですか?まだ6レベルです!」

 驚いた。まさかまだ2桁にすらなっていないとは。というかよくそのレベルでここまでこれたと思う。道中はレベル2桁のモンスターがこれでもかと襲ってくるのだ。騎士団は支給された強い武器と防具を持ってるだろうし、それなりのレベルもあるだろう。この辺にいる先遣隊のプレイヤーもそれなりのレベルはあるだろう。また、強力なスキルを持っていれば道中の相手には後れを取らないだろう。しかし彼女はレベル6だという。見た感じ騎士団でもないようだし、レベルが低いということはろくに戦ってないであろう。

「どうやってここまで?」

「えっとですねー。街の外ってどうなってるんだろーって思って外に出たら、急にワンちゃんとかに襲われて、走って逃げてるうちにここに来ちゃいました」

 デスハウンドは走って逃げれるような相手ではない。仮にも犬だ。人間が全速力で走っても犬から逃げられないだろう。だとすれば彼女のスキルは速度上昇系だろうか?

「君のスキルは?」

疾走者(はしるもの)です。神様に足が動けばあの時助かったのになーって言ったら貰いました」

 話を聞くと、どうやら俺が持っている縮地と高速移動にさらにプラスアルファの機能がついて統合されたスキルらしい。加速力と最高速度、そして障害物をものともしないスーパーアーマーがつくようだ。そしてこれらは俺のスキルの完全上位互換で、いくら走っても彼女に追いつけないということだ。

「それで、どうやってレベル上げたんだ?」

「このキャンプを拠点として活動する先遣隊の方や騎士団の方に手伝ってもらってレベル上げました!」

「手伝って……?」

 俺たちが話していると、唐突にプレイヤーが割り込んできた。

「こいつは俺たちに戦わせて逃げ回ってただけだぞ?ただの寄生だ!」

「ああ、なるほど。大体把握した。ところで君らは?」

 話しかけてきたプレイヤーは髪を逆立てた赤髪の男と髪を首まで伸ばした青髪の男だ。装備は街でそこそこ高く売られていた装備で、武器はゴールドソードに匹敵する槍と弓だ。それだけでこの層ではそこそこの実力者であることが分かる。

「俺の名前はリーグ。こいつはオリーブだ」

「俺は静流だ。で、寄生ってのはどういうことだ?」

「パーティーについて来て、何もせずに報酬だけ取っていくようなやつのことだ」

「いやそれは分かってる。聞きたいのはこの世界でそんなことが可能なのかということだ」

「ああ、なるほど。お前、パーティー組んだことないのか」

 リーグとオリーブは丁寧にパーティーについて説明してくれた。もっとも、リーグの説明は短く分かりにくかったため、オリーブが補足してくれる形であったが。

 リーグとオリーブ曰く、パーティーは魂の共鳴と呼ばれるものにより確立され、魂の共鳴が繋がっている者同士で経験値を分担できるそうだ。そのためたとえ戦闘していなくても仲間が倒してくれた敵の経験値を得られ、強くなれる。仲間を危険に晒さず強くするという点では素晴らしいが、これを利用すれば寄生プレイができてしまうため、信頼できるプレイヤーとしか組む人がいないようだ。また、パーティーを組めば仲間の体力が脳内に浮かび上がる。これにより、仲間がピンチだと分かればすぐにカバーに入ることができる。他にもどれだけ離れていても魂の共鳴が繋がっていられる範囲内であれば補助魔法をかけられたりと様々な特典はあるようだ。

「魂の共鳴の範囲は同じ層の同じダンジョン、または同じフィールドにいる者同士だ。ここ、塔の最前基地の周辺の森と森に入る平原ではフィールドが違うため、魂の共鳴が途切れてしまうから注意だ」

「なるほど……てことは葵は何もせずこの森の敵を倒してもらってレベル上げたってことか」

「ああ、ほんと何にもしなかったよな。何なら敵を引きつれて来やがったからな」

「えっと……てへっ?」

 舌を出しウインクする彼女に、リーグとオリーブが殺意を向けたのは気のせいではないだろう。とりあえず何かあっても守ってやれるプレイヤーが彼女を守るしかないだろう。俺は頭を掻く。ここにいるということは作戦に参加するということだろうし、このままでは足手まといにしかならない。最低限身を守れるだけの戦闘技能は身につけさせるべきだろう。

「なあ葵」

「は、はいっ!」

 急に名前を呼ばれた葵はビクッと体を震わせる。

「これからこの世界での戦い方を教える。パーティーを組んでくれ」

 そういうと、葵は笑顔になり喜び始める。リーグとオリーブは俺に心配そうな顔を向けてきたが、心配ないと仕草で伝える。

「一人でここまで来た静流なら問題ないだろ。そいつを戦えるくらいにはしてやってくれよ」

「そのつもりだ」

 俺は葵とパーティーを組み、葵の危険が少ない平原へと戻った。

 

 平原に着くとさっそくデスハウンドが現れる。レベルは2、危険は全くないだろう。

「ほら、あいつを倒してみてくれ」

「ええっ!?無理ですよ!怖いです!」

「あの塔のボスはこいつよりももっと怖いぞ。こいつくらい倒せないとこの先やっていけない。いざとなったら守ってやるから戦ってこい」

「ううっ……わかりましたよぉ……」

 すこし半泣きになりながら前に出た葵は、腰に携えた短剣を握る。その姿勢は生まれたての小鹿のようだった。俺はこの先どうなるか心配で仕方ない。

 葵が構えたをの皮切りに、デスハウンドが葵に向かって飛び掛かる。その瞬間、葵は物凄い速度でデスハウンドから逃げ出した。その速度は想像以上のものだ。葵が走ったところに砂煙が立ち上り、それに気づいたモンスターが寄ってくる。しかしモンスターは葵に追いつけず翻弄され続けていた。

「こいつはすげえや。ブラックパンサーよりはやい」

「のんきなこと言ってないで助けて下さあああい!」

 仕方ないから時止めで敵を全滅させ、葵を捕まえた。

「あっ!?えっ!?」

 突然自分が捕まえられたことに驚き、目を丸くする葵。俺は呆れた顔で彼女を見つめた。

「いいか、この程度の敵は君のレベルであればまず負けない。その短剣とその足の速さで一気に仕留めてしまえ」

「うぅ……怖いですよ……」

「怖がってたって何も始まらない。君の身を守ってくれる人がいつでもいるわけじゃない」

「……わかりました」

 再び現れたデスハウンドに短剣を向ける葵。目をつぶり、前に飛ぶように攻撃を繰り出す。いや、飛んでいる。超高速で前に飛んでいる。短剣が赤く光っているため、これはスキルなのだろう。赤く光った短剣の軌道が一筋の線となりデスハウンドを貫いた。スキルの効力がなくなり、葵はお腹から地面に墜落し、デスハウンドは光の粒子となって消えた。

「やったな」

「え?やったんですか?」

「間違いなく君が倒したんだよ。しかしなんだ今のは」

「えっと。目をつぶったら頭の中に文字が浮かんできて、それをなぞるように唱えたらいつの間にか倒してました」

 なるほど。俺がスキルを発動するときと同じだな。これはVRゲームをやるときに身につけた技能であり、VRゲームを触ってないプレイヤーには難しいことかもしれない。本来魔法やスキルというものは唱えることで発現する。例えば俺の時間停止の能力は時間操作の能力であり、時間操作と口に出すことで発現する。またストーンショット等の魔法も同じで、口に出すことで魔法を放てる。しかしそれは口に出すことで相手にどんなスキル、または魔法が飛んでくるかが分かるという弱点が存在するのだ。それはPVPにおいて致命的な弱点となる。それを克服するのがVRゲーム特有のシステムだ。本来口に出すことでしか発動しないスキルや魔法を脳内で唱えることで発現させるという技術で、これにより相手にスキルや魔法を悟られずに発動させられる。これを無詠唱発動と呼ぶ。感覚としてはキーボードを叩くことに似ているだろうか。最初は一つ一つ見ながらタイピングするが、そのうち考えるだけで指が動き、打ちたい文字をタイピングできるようになる。それと同じかもしれない。本来この技術を身につけるのにはそれなりの経験が必要なのだが、葵はそれを目をつぶり頭の中にあるスキルを思い浮かべることで発現させた。全く意図してない形だったのだろうが、才能はあるかもしれない。

「葵はVRゲームはしたことあるか?」

「VRゲーム?いえ、聞いたことくらいしかないです」

 葵はきょとんとしているが、俺にとっては死活問題である。ゲームに似た世界だからゲームを元に説明できるが、ゲームをしたことがない相手にどう説明しろというのだろう。

「まあいいや。それじゃあ、さっきみたいに敵を倒してみてくれ」

「さっき?なんか体がびゅーんてなってどさーってなったやつですか?」

「ああ、うん」

「どうやったんですか?私」

 俺は頭を抱えた。

 

 一つ一つ説明し、葵は無事無詠唱発動を覚えた。そしてそれをデスハウンド相手に実践しようとしている。

「相手を見て、脳内でスキルを浮かべて、撃つ!」

 説明を思い出しながら、無詠唱発動し、デスハウンドを葬る。

「やった!やりましたよ!」

「ああ、おめでとう」

 ちなみに彼女が発動させているスキルは、短剣のスキル「一閃」。前方へ超加速し、敵を貫くという技で、1対1でかつ相手を正面に捉えている際にのみ効果のあるスキルである。

「しかし葵、短剣の持ち方どうにかならないか?それじゃあヒステリー起こして包丁握ってるヤンデレ妻みたいな持ち方だぞ」

「なんですかその例え」

 葵の短剣の持ち方はしっかり両手で柄を握り、お腹の当たりで構えるという持ち方だ。これではいざというとき対応できない。俺は葵に短剣の持ち方を教え、今度はスキルなしで戦えるように鍛える。

 昼頃に平原に出た俺たち。ようやく構えや無詠唱発動が完璧に身に着いたときには真夜中であった。

「今日はありがとうございました!おかげでどんな敵とも戦えるようになった気がします!」

 今日の訓練だけでブラックパンサーや今後出てくるであろうモンスターと戦えるようになったと思っているのならばそれは自信過剰だと思うが、レベル差によるステータス格差の理不尽さを教えたから無茶することはないだろう。

「明日は君のレベル上げだ。かなり強い敵と戦うことになるから君は見ていていい。いや、見て学んでくれ」

「はいっ!」

 葵は元気よく返事をした。俺たちは塔の最前基地へと帰り、キャンプを借りて眠りについた。

 目を覚ますと、俺の目の前に葵がいた。

「おはようございます!」

「……なんでいるんだよ」

 昨日の夜葵と俺は分かれ、別々のキャンプに入ったはずだ。

「今日も一緒にいれると思ったら我慢できなくなって!」

「そうか。だからって俺のキャンプに入ってこないでくれ。こんなとこ見られたらめんど……」

「おーい静流君?起きてるか?」

 ガバっとキャンプの入り口が開かれ、声の主が入ってくる。どうしてここのやつらはみんな勝手に人のキャンプに入ってくるんだ。声の主はゼラチナだ。

「……あっと!お楽しみの最中だったか!すまん!」

「ほらもう面倒くさいことになった!」

 俺は葵をキャンプの外に追い出し、ベッドをきれいに片づけて外にでる。

 

「それで、何の用ですか?」

「今回の作戦についてだ。我々騎士団は2つに分かれ、先遣隊ギルドのプレイヤーやギルドに入ってないプレイヤーは大きく一つのチームとなってもらった。ただし君は別だ。君のスキルだと一人の方が動きやすいのではないかと思ってな」

「俺のスキルがどんなものか分かってるんですか?」

「正確にはわかっていない。だが、ある程度は理解しているつもりだ。そこで提案だ。君には今回の軍隊すべてに指示を出してもらいたい」

「俺が?」

「そう。今回の戦いでは君が最高戦力だ。君の邪魔をしないように援護するつもりだが、それならば君に指示を出してもらった方がいいと思ってな」

 俺は考えた。確かに俺のスキルは俺にしか効果がない。今回の相手、アルティメットガーディアンの防御力は異常に高く、また攻撃力も高いと聞く。それならば危険がないよう立ち回り、的確に弱点を突かなければいけない。軍で動くとなるとその立ち回りも遅くなり、ダメージを受けるプレイヤーが出る可能性もある。ダメージを受ければ死ぬ可能性すらあるため、無茶に動いて戦ってもらうより、俺の支援をしてもらったほうが楽にかつ安全に戦えるかもしれない。

「わかりました。ただし、俺の指示を聞かなかった場合、命の保証はできませんよ」

「もちろんだ。皆にしっかり言い聞かせておくから安心してくれ」

 それだけ言うとゼラチナは立ち去って行った。葵は目を輝かせてこちらを見ていた。

「作戦の指揮官ですか!かっこいいですね!」

「人の気も知らずに……まあいいや。レベリングに行くぞ」

「はいっ!」

 俺は葵を連れて蟻の古城に向かった。

 葵のスキルは一気に距離を詰めて急所を的確につくことに向いている。今回はその戦い方を学ばせるために、やばいとき以外は時止めを禁止し戦うつもりだ。洞窟に入ると、一番最初の広場に出る。葵は背後に入り口しかない道の入り口で待機させ、俺の戦いを学ばせる。

「葵はここで待っててくれ。昨日の戦い方をもっと洗練した戦い方を見せてあげるから」

「はい」

 この言葉は本当だ。VRゲームの世界ではずっとこの戦い方で戦ってきたため、体の動かし方、詰めるタイミングなどすべて把握している。初見の相手でなければ無傷で勝つことは可能だ。

 さっそくベアアントが1体、俺に向かって突進してくる。素早く牙を躱し、足元へ入り込む。すれ違いざまに一発入れると、弱点を突かれたベアアントが悲鳴を上げる。しかし、素早くこちらを向き、再び突進の構えだ。

「危ない!」

 突然葵が声をあげるが、その心配は無用だ。能力向上、縮地、高速移動の重ね掛けで速度を上げた俺は、上からの蟻酸攻撃を回避し、壁を走って蟻酸を放ってきたベアアントの元へたどり着く。反応が遅れたベアアントの弱点部である腹に無限斬撃を放ち、仕留める。勢いが落ち落下する俺を食おうと牙を開くベアアント。その牙に剣を当て、体を翻し回避し、背中に乗り込む。縮地で一気に腹部に接近し、強斬撃。この一撃を受けたベアアントは光の粒子となって消える。休む間もなく3体のベアアントがこちらに接近。2体は後ろから蟻酸を吐き、1体が突進。素早く牙を躱し、強斬撃を打ち込み、続いて後衛のベアアントの元へ高速移動で詰める。ストーンショットにファイヤショットを重ね、燃える岩の弾丸を放つ。これにはベアアントは耐えられず、1対目が消えた。その後もサクサクと敵を倒し続ける。チラッと葵を見ると、目を輝かせてみていた。ちゃんと学んでいるのかは分からないが。

 4時間ほど戦闘し、葵と共にダンジョンを出る。レベル6の葵のレベルは8まで上がっていた。取得者を持っていなければこんなものかと俺は改めてこの世界のバランスのおかしさを認識する。

「静流さん!私も戦いたいです!」

「わかった。じゃあもうちょっと楽なところに行こうか」

 俺たちは土竜の巣穴に行く。あそこの敵のレベルは12。8レベルであってもなんとか倒せる相手だろう。バッドバットは俺が倒すとして、サーベルモグラくらいは倒してもらいたい。

 ダンジョンへ入ると、さっそくバッドバットが現れる。ニヤニヤといやらしい笑顔をした人面蝙蝠。盲目者を持っていた時は目が見えなかったから普通に切っていたが、これは切るのが躊躇われる。というか近づきたくない。俺はファイヤショットで撃ち落とした。サーベルモグラを見つけると、葵は前日教えた構えでサーベルモグラを狙う。葵は疾走者で一気に距離を詰める。サーベルモグラは腕の剣を振るい、葵を刈り取ろうとするが、葵はジャンプし身を翻して回避。素早く背後を取ると、一閃。サーベルモグラは弱点を突かれ、光の粒子となって消えた。その動きは前日のものとは違い、先ほど俺がベアアントと戦っていた時の動きだった。もともと運動神経はいいのかもしれない。それに見て覚えるあたり天才肌なのかもしれない。俺は始めて感心した。

 二人で敵を倒しながら奥へ進み、いよいよボス戦だ。今までの敵と比べ物にならない大きさのボスに、葵は委縮してしまっていた。もっとも、強さで言えばベアアントの方が強いのだが。俺は葵の肩に手を置いて、大丈夫だと語り掛けると。葵も息を吐いて、緊張をほぐす。刹那葵は疾走者で前に出ると、それに合わせてドン・サーベルモグラは剣を振り下ろす。しかし、葵はさらに加速、剣は空振りし、葵は背後を取った。トンっとジャンプし、短剣を構える。

「やあああああ!!」

 その一撃はドン・サーベルモグラの後頭部に突き刺さり、禍々しいオーラと髑髏を出して光の粒子へと変えた。まさに一撃必殺だった。

「なんだ今の……」

「えっと……さっき戦っててゲットしたスキルです。名前は死蝶一閃ですね」

 なんでも一閃の上位互換で、低確率で敵を一撃死させるという能力を持った一閃らしい。しかしボスにまで効くとはとんでもないスキルだ。

「いいスキルゲットしたな。これなら今後も心配なさそうだ」

「えへへ」

 その後も俺たちは土竜の巣穴を出たり入ったりし、レベリングに勤しんだ。

 

 あれから六日が経ち、いよいよ作戦開始の日だ。今回参加するプレイヤーの数は騎士団3000名、先遣隊6000名、ギルド未加入プレイヤー500名の計9500名だ。かなり大きい戦いになりそうで、少し緊張していた。皆がワイワイ騒いでいると、演説台にゼラチナが現れる。

「聞けっ!我々は10年間、一度もここを突破できなかった!それは我々に力がなかったからだ!しかし今回は違う!突破できる兆しがある!皆も聞いているだろうが、私が見込んだ一人のプレイヤーがこの戦いの要だ!今回の指揮は彼に行ってもらう!皆もしっかり言うことを聞くように!誰一人として死ぬことは許さない!」

 今まで見たゼラチナの雰囲気とは違い、皆をまとめるカリスマ的な雰囲気を出していた。これがギルド長の威厳だろう。俺はゼラチナに手招きされ、台の上に上がる。

「彼が今回の作戦の要、山口静流君だ。彼の言うことをしっかり聞き、勝手な行動をしないようにしろ!」

 皆が歓声を上げる中、一人の男が前に出て声を上げる。

「どうしてそんな子供が指揮官なのだ!私こそが指揮官に相応しいであろう!」

 そこに出てきたのはいつぞやの王様だった。

「彼の実力は確かだ。アルティメットガーディアンにダメージを与えられる唯一の人物と言っても過言ではない」

「ふん!そんな子供にそんな実力があるとも思えん!せいぜい私の身を護る盾になってもらう!」

「あなたを護るくらいならば敵を倒してもらった方がいい。そして的確に指示を出してもらったほうが尚更いい」

「そんな子供の指示など聞かん!話の無駄だ!さっさと作戦を開始するぞ!」

 そういうとエドマルスは騎士団の半分を連れて入って行ってしまった。仕方なく俺達も後に続く。中はかなり広々とした空間で、奥に蝋燭の光が2つ見える。その光に照らされて見えるシルエットは重厚な鎧を纏った大盾を持つ戦士だった。



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絶対守護者

 右翼にゼラチナ率いる騎士団、左翼にエドマルス率いる騎士団、中央にその他のプレイヤーが展開する。今回作戦に参加するプレイヤーが全員入ると、背後のドアが閉まり、天井から光が差し込む。塔の内部すべてを明るく照らす光のおかげで、敵の姿がしっかりと見えるようになった。赤い鎧を纏い、顔まで覆うヘルムを被った大きな盾を持つ重鎧の戦士。右手には情報通り大きな大剣を持つ見えている弱点はヘルムから見える赤い目と鎧とヘルムの隙間くらいだろうか。想像以上に厄介かもしれない。1歩1歩階段を降り、戦いの場に降り立つ絶対守護者、近づけば近づくほど、その大きさに圧倒された。ドン・サーベルモグラの1周りほど大きい鎧の戦士だ。俺は縮地と高速移動で一気に前に出ると、アルティメットガーディアンは剣を横に振る。そのスピードは恐ろしく、かろうじて回避できるほどだった。かろうじて回避した俺はそのままガーディアンの体を駆け上り、高い位置から弱点に向かって魔法を唱える。

「ファイヤショット!!」

 それは難なく盾で防がれた。しかし、それも俺の作戦の内だ。盾を足場に紡ぐ者を発動。ガーディアンの動きを止め、腕を退かし、皆に指示をする。

「いまだ!弱点に魔法や遠距離攻撃を叩き込め!!」

 俺の指示に従い、魔法や遠距離攻撃ができるプレイヤーがヘルムの隙間を狙って攻撃を行う。それでダメージを与えたかと思ったが、まったく動じていないように見えた。その証拠に俺の紡ぐ者はあり得ない力で引きちぎられ、再び動き出した。

「やっぱうまくいかねえか……!」

 俺はガーディアンの攻撃をかわし、背後に立つ。鎧の隙間に至近距離からレベリング中に新たに手に入れた魔法を当てる。

「フレアシュート!」

 鎧の中に強制的に放たれた炎は行き場を無くし、鎧の隙間の至る所から漏れ出てくる。真っ赤に燃える戦士になったアルティメットガーディアンだが、俺は少々違和感を感じた。今だとばかりに魔法、遠距離攻撃が飛んでくる。しかし、アルティメットガーディアンは燃えているにも関わらず平然と動きだしそれらの攻撃を盾で塞いでしまった。

「やっぱりかっ!」

 違和感の正体は手ごたえだ。ダメージを与えられている感じがしない。俺は一度引き、他のプレイヤーと合流する。

「どうした!静流君!」

「ダメだっ!あいつ、炎耐性持っていやがる!」

「何ッ!?」

 俺の魔法は炎だけだから炎耐性を持っているのかもしくは魔法耐性を持っているのかは分からない。だが、少なくとも俺の炎は効かないことが分かった。

「ええいっ!やっぱりあの子供じゃ話にならん!突撃してあやつを殺すのだ!」

「待てっ!」

 俺の制止を聞かず、エドマルス率いる騎士団は突撃。ガーディアンが剣を一振りすると、彼らは撥ね飛ばされ、そのまま光の粒子へと変わる。次々と死にゆく騎士団に怯え、パニックになったプレイヤーは閉まったドアに駆け寄り、ドアを叩く。エドマルスは怯え、その場に腰を抜かす。

「くそがっ!」

 俺は時止めを使い、エドマルスを投げ飛ばし、アルティメットガーディアンと対峙する。振るわれた剣を時止めで回避し、一気に加速しヘルムの隙間の目に剣を突き刺す。この小さな隙間には無限斬撃は通らないため、無限斬撃は使えない。しかし、俺は止まらない。ストーンショット、強斬撃、状態異常付与などのスキルを放ち、決定打となる攻撃を探る。時止めを解除し、その様子を見るが、状態異常付与は不発、ストーンショットは鎧に弾かれ当たらない。強斬撃は通るもののダメージが微々たるものだった。

「ダメ……か……!」

 その圧倒的な硬さに俺は絶望した。俺に振り下ろされる剣、ここまで来て倒せないのか?そんな絶望の中佇むと、突然横から強い力で撥ね飛ばされる。

「静流君!諦めるな!君が負ければ我々全員が死ぬ!援護すると言っただろう!君一人じゃないんだ!」

 俺を突き飛ばしたのはゼラチナだった。いつの間にこんな最前線まで来ていたのだろうか。

「スケルタルウォール!!」

 骨の壁を作りだし、俺たちの姿を隠す。しかしそれは一瞬で破壊される。だが、その瞬間背後から魔法が飛んでくる。左翼の騎士が全滅したにも関わらず怯えず戦おうとするプレイヤーたちだった。そうだ、俺が何とかしないといけない。俺の攻撃が通らずとも、足止めくらいはできる!

「すみません、ゼラチナさん」

 俺は立ち上がり、紡ぐ者を発動。再びガーディアンの動きを止め、攻撃をヘルムの隙間に集中させる。すぐにほどかれるが、何度も紡ぐ者で動きを止め続ける。

 

 何時間経っただろうか。この世界に疲労はないとはいえ、精神的疲労はどうしようもない。皆にも絶望の色が見え始め、攻撃をするものも少なくなってきた。どうしようもないのか?このまま全滅するしかないのか?俺は動きを止めつつ考える。

「静流さん!」

「葵!?」

 俺の近くに葵が来ている。接近戦は危険すぎるため、近接部隊は後方で待機させていたのだが、いつの間に来ていたのだろうか。

「早く戻れ!攻撃されたら守ってやれないぞ!」

「でもっ!私でもっ!戦力にはならないかもしれませんけど、僅かかもしれませんけどダメージを与えられたら!」

 葵の目は決意した目だった。1週間前はデスハウンド相手にもビクビクしていた葵が、アルティメットガーディアン相手に戦おうとしている。しかし、

「もう、守ってもらう私ではありません!少しでも戦力にっ!」

 俺は葵の決意を見て、この戦いの活路を見出した。なんでもっと早くに頼っていなかったんだろう。あいつに勝てるかもしれない技を持っているではないか。発動しないかもしれない。そもそもあいつに効かないかもしれない。だが、いつまで経っても倒せない相手に勝つにはこれしかない。

「わかった。俺が全力で足止めする。一気に駆け上り、あいつの弱点にあれをぶちかましてやれ!」

「っ!わかりました!」

 葵はそう返事すると、一気に駆け出す。もう何度目だろうか。いともたやすく紡ぐ者を振り払うその腕を再び紡ぐ者で固定する。

「まだだっ!その鎧にこの技は効かないと思って使ってなかったが、レベリングでゲットした魔法は、まだあるんだよ!!ストーンドロップ!!」

 大きな岩がガーディアンの頭上に現れ、落下。その衝撃でガーディアンは膝をつく。

「今だっ!」

 葵はその膝を利用し駆け上り、今まで練習した構えで弱点を捉える。

「死蝶、一閃!!!」

 その一撃はまっすぐヘルムの隙間に吸い込まれ、禍々しいオーラと髑髏マークが現れる。葵はガーディアンを蹴り、こちらに戻ってきた。俺は警戒する。奴が立ち上がって攻撃してこないか、また先ほどまでと同じ展開にならないかと。しかし、それは杞憂だった。アルティメットガーディアンはそのまま項垂れ、光の粒子となって消えていった。

「や……やった……やったああああ!!!」

 葵は喜び、俺に抱き着く。他のプレイヤーも歓声を上げる。しかし、俺は喜びと共に怒りが沸きあがってきた。塔の中が光り、何も見えなくなる。そして光が収まり周りが見えるようになった時、そこは見たことのない街が広がっていた。皆はワイワイと階段を下りて街へ向かうが、数人が残る。俺は立ち上がり、いまだうずくまる男につかみかかった。

「お前がっ!!お前が指揮官じゃなければっ!!」

 その男、エドマルスは驚きと悲しみ、恐れなど様々な感情が入り混じった顔をして涙を流す。この男は気に入らなかった。王様だからではない。俺の指示を聞かなかったからでもない。生きている間先ほどのような指示で、数多の命を奪ってきておいて、大きな顔をしているからだ。もっとも彼が生きている間何をしたのかなど詳しいことは知らないが、農民の無能という言葉を聞く限り、今回と同じことをしていたに違いない。俺の様子を見たゼラチナはそっと肩に手を置く。

「静流君。君の気持はわかる。ここは私に任せてくれ」

 俺を引き離すと、ゼラチナはエドマルスの前に立つ。

「お前は大事な作戦で大戦犯を犯した。その被害は甚大だ。50年間、1層の留置所に入ってもらう」

「そ、それでは私は生き返りがっ!」

「多くの死者を出しておきながら、まだ生き返ろうとするのか!?お前が犯した罪がどれほどのものか分からないか!?」

「っ!」

「そこの二人、この男を連れてきてくれ。ひとまずこの層の留置所に入れておく」

「ハッ」

 騎士団二人はエドマルスを立たせる。エドマルスは抵抗する気力もなく、ただ素直に従った。

「そういうことだ。静流君、君の活躍には今後も期待しているぞ」

 ゼラチナは俺の肩を叩き、階段を下りて行った。その様子を眺めていると、葵が俺の袖を引っ張ってくる。

「静流さん。あの、私を信じてくれて、ありがとうございました!」

「え?」

「実は私も戦うって言っておきながら怖かったんです。でも私を信じてわかったって言ってくれた時、本当に勇気が出ました。もしあの時もう一度無理だと、下がれと言われたら、素直に下がってたかもしれません。それほどに怖かったんです」

「はは、まったく無茶をする。でも本当に助かった。ありがとう」

 俺は葵の頭に手を置く。この少女は本当に俺を信じてくれた。紡ぐ者の拘束力は回数をこなすたびに落ちていたのだ。それは葵も気づいていたはずだ。それでも俺を信じて前に出てくれたんだ。ありがとう。お礼を言うのは俺の方だった。

「えへへ」

 葵は笑う。その笑顔はとても眩しく見えた。

「……この後、どうするんだ?」

「え?」

「この先、さっきみたいな強いやつらばかりかもしれない。今後も守ってやれるという確証はない。君はどうするんだ?」

 葵はそんなのは決まっていると言わんばかりの笑顔を見せ、答えた。

「静流さんについていきますよ!」

 俺は照れ隠しにそっぽを向き、階段を降りる。

「どうせレベリングを手伝ってもらいたいだけだろ!」

「そ、そんなことないですよ!」

「全く調子いいんだから。ほら、行くぞ」

「っ!はい!」

 俺の後をついて階段を駆け下りる葵。階段を照らす夕日は、とてもきれいだった。



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2層、絶対捕食者
誓い


 目が覚め、隣のベッドを見ると、葵が気持ちよさそうに寝ている。昨日の夜、ホテルで部屋を取ろうとしたら、1室しか余っておらず他を探そうとした。すると葵が同じ部屋でいいと言い始めたのだ。さすがに男と女で1室というのはと断ろうと思ったが、ホテルマンが、

「今日は久々に1層から来たプレイヤーで溢れかえっていて、他のホテルも同じように部屋がいっぱいらしいですよ」

と言い始めたのだ。それを聞いた葵はほらあ!ほらあ!と嬉しそうにしており、俺も折れて部屋を取ったのだ。

「ああ、そうだったな。2層なのか」

 俺はここが2層なのだと改めて思い出し、少しの恐怖と不安とそれ以上のワクワクで溢れていた。とりあえず今日やることは……と考え始めるとふと思い立った。葵ってスキル一覧とか持っているのか?そもそもエレメンツ計測器とかバッグとか必要なもの持ってるのか?そしてエレメンツはいくら持っているのだろうか?今日は買い物になりそうだと俺は頭を抱えた。まあ、激戦の後だし少し息抜きは必要だな。そう思いなおし、暇つぶしに俺のスキル一覧を確認した。するとユニークスキルが増えていた。

 

ユニークスキル「絶対防御」―あらゆる攻撃を半減し、死以外のあらゆる状態異常を無効にする。

 

 これはアルティメットガーディアンのスキルだ。しかし、止めを刺したのは葵であり、俺ではない。どういうことなのだろう。一つ思い当たることがあるとすれば、葵とはパーティーを組んでいたという点だろうか。取得者の条件は敵を倒すこと。自分で止めを刺すことではない。さらにパーティーは魂の共鳴なるものがあり、それにより経験値は分配されるのだ。ということはモンスターを倒したという事実が取得者を発動させ、この絶対防御を取得したのだろう。取得者、今思えば協力すぎるスキルである。いや待てよ。レベリングの時葵のレベルは6から8に上がっていた。俺はこれは取得者を持っていなかったからと認識していたが、冷静に考えると取得者で得た経験値を分配していたからその程度に抑えられたのかもしれない。つまり、俺が取得者を持っていなかったら7にすらならなかったのかもしれない。まだパーティーとそれによるスキルの挙動は分からない。考えこんでいると、ふああっとかわいい声を出して葵が起きた。

「あ……静流さん……おふぁようございまぁす……」

 あくびをしながら起きる葵に、おはようとあいさつする。パーティーによるスキルの挙動はこれから実験していけばいいか。俺はそう考えて、今日の予定を話し合った。

 

 準備を終えて外に出ると、葵は嬉しそうにしていた。鼻歌など歌いながら、今にもスキップして駆け出しそうなほどに。もともと葵は運動することが好きなようだ。ユニークスキル「疾走者」もそんな葵だから与えられたものかもしれない。俺はそんな彼女を眺めながら少し顔が緩んでいたかもしれない。葵はかわいいの部類に入る女の子だ。そんな子にあれだけ信頼され、笑顔を向けられたらどんな鈍感でも気が付くものだろう。彼女は俺に好意を抱いている。そして俺も少なからず彼女のことが気になっている。だからだろう、今日の予定を考えるとき葵のことを考えたのは。

「何してるんですかー!」

 葵がこちらを見て声をかけてくる。

「悪い、考え事してた」

 俺は葵の元へ駆け出した。

 まず入る店は道具屋だ。エレメンツ計測器にカバン、それからこの階層の地図といくつかの日常品を買った。次に向かうのはスキルカスタム屋だ。ここに来たのはもちろん葵のスキル一覧を作ってもらうためだ。スキルカスタムもしておこうかと思ったが、取得したのはレベルに応じて取得するスキルと魔法くらいで、カスタムしようとしても何もできないだろう。絶対防御に関してはもはやカスタムする意味もない気がするし。葵のスキルに何かあればスキルカスタムしていこうと思ったが、スキルはカスタムするほど持っていなかった。当然と言えば当然か。

 葵のスキルはユニークスキルが疾走者のみ。エクストラスキルはなし。レアスキル、通常のスキルは一閃と死蝶一閃だ。たったの3つ!?と驚いたが、普通はこうなのだ。普通は。俺が普通じゃないことが証明されて少し落ち込んだのは内緒だ。

 2層の武器屋や防具屋を周ったが、俺の武器として使うには弱いものばかりだった。武器の威力自体は1層で一番強いダイヤソードよりも上のアダマンソードがあったが、どうしても特性なしという点で見劣りしてしまう。また、防具は俺の特注のベアアントの装甲で作った防具の方が性能がいい。この階層では硬い敵がいないのだそうだ。葵の武器はアダマンタイトで作ったアダマンナイフを購入。防具は速度を重視して軽い装備であるドラゴンフライドレスを購入。トンボの羽を編んで作ったドレスということで葵はどんな反応するか気になったが、

「見た目きれいだしトンボに見えないからいいです!」

と購入。喜んでくれたようだしよかったと思う。

 一通り必要なものを買い終えた俺たちは、街を見て回ることにした。街はギルドを中央に波紋のように広がった構造をしていて、ギルドから商業区、ホテル区、居住区、農業区と別れているらしい。ギルドと商業区は賑わっており、人通りも多いが、そこから外側に行くごとに人の数は減っていく。しかし、農業区や居住区はデートスポットも多いらしく、カップルは多い。俺たちはまずギルドの中に入る。ギルドも円形になっており、中央に禍々しい魔物の像が仁王立ちして立っている。その周りに机や椅子が並び、像の正面の方に受付が、背後に関係者以外立ち入り禁止と書かれている札がある部屋が。チラッと中をのぞくとどうやら2階と地下へ続く階段のようだ。階段のある入り口の右側には掲示板が、左側には長椅子が並んでいる。

 葵は仁王立ちする魔物にくぎ付けだ。俺もどうしてこんなものがあるのかと気になってしかたない。俺たちが魔物の像を見ていると、俺の横にいつの間にかプレイヤーが来ていた。

「お前さん、昨日登ってきたプレイヤーだろ?」

「え?あ、はい」

「なんでわかった?って顔してんな。わかるぜ。ここにいるやつらでこの人のことを知らない人はいないからな」

「なるほど。で、この魔物はなんなんですか?」

「この人は大魔王カリュブディス。英雄と呼ばれるプレイヤーだ」

 カリュブディスと言えば2万のプレイヤーを率いてアルティメットガーディアンを倒したというプレイヤーだったか。男は語る。

「カリュブディスはすごかったでぇ。あいつの攻撃を受け止めやがったからなぁ。まあ、だから油断して近づいたやつらが死んだってのもあるだろうが、少なくともあの人が英雄なのは間違いねえ」

 カリュブディスってどんなやつなのだろうか。あのアルティメットガーディアンの攻撃を受け止めるとは。相当の強さなのは間違いない。

「近づいたやつらが死んだとき、カリュブディスは無茶苦茶怒った。そして俺たちに言ったんだ。そこから動くんじゃないと。それから一人でアルティメットガーディアンと戦った。あの気迫と溢れ出すオーラ、それにかなりの距離なのに伝わるカリュブディスが放つ炎の魔法の熱はそれだけで相当の火力だったのがわかるんだ。いまでもあの熱はこの身に焼き付いて離れねえ。風呂入っても40度じゃ温く感じるくらいだ」

 わっはっはと笑う男。俺はカリュブディスは今どこにいるかと聞いた。

「カリュブディスはもう上の階層に行ったよ。聞いた話じゃもう7階だとか」

「あなたはついて行かなかったんですか」

「無理だ。あれだけの強さのプレイヤー頼みでここに登って来たんじゃ、2層でも死んでまう。俺はここで残りの期間を過ごすことにしたんだ」

 男はそれだけ話すとじゃっと言って立ち去って行った。俺たちは2層のプレイヤーの大半がカリュブディスの戦闘をみて心が折れ、この階層に残ることを決めたのだと察した。それでもここまで連れてきてくれたカリュブディスを英雄と称え、感謝しながら生きている。それはなんだか罪の意識を感じて懺悔しているようで、いい気分ではない。カリュブディスもそんなことをされるためにここまで来たのではないだろう。俺がカリュブディスの立場だと、階層を遡ってでもやめさせるだろう。俺たちはギルドから出て、商業区のレストランに入る。レストランではハンバーグ、ステーキ、ピザに焼き魚定食。子供の頃夢にみた骨に大きな肉がついており、そのまま焼いたようないわゆる漫画肉もある。しかし彼女の前でこれに齧り付くというはしたないことはできない。俺は上品にステーキ定食を頼むことにした。彼女は魚定食を頼む。

「魚好きなの?」

「大好きです!海のものなら何でもござれ!サザエにナマコにウニ、イクラ!マグロ、サバ、ブリ、タイ、ハマチ!」

 海のものならゲテモノでも食べるという彼女に少し苦笑しつつ、料理を待つ。しばらくすると、おいしそうなステーキ定食と魚定食がやってくる。焼き魚の見た目はタイに似ているだろうか。ステーキは牛の肉に似ている。一口食べると口の中にトロンと溶けるように広がりつつも、形を残し、噛めばその歯ごたえに感動する。彼女の方も頬を抑えおいしそうに食べていた。

「おいしい?」

「はい!食べますか?」

「いいのか?じゃあ」

 と取ろうとすると、箸で身を取ってあーんと差し出してくる。少し恥ずかしいがいただく。身がしっかりとしていて、塩味がよく効いている。噛めば焼き鯛に似た味が口に広がる。

「おいしいですか?」

「ああ、無茶苦茶うまいよ。ほら、俺のステーキも一口どうぞ」

 俺がそういうと、葵は不機嫌そうに顔を歪める。

「あーんしてください!」

「ええ……」

 葵があーんと口を開けるから、仕方なくステーキを一口取り、あーんしてあげる。

「えへへ、間接キスですね」

「ばっ!?」

 恥ずかしげもなくそういう葵に俺の顔が熱くなる。これでは俺が変に意識しているようだ。

「どうしたんですか?冷めちゃいますよ」

 葵には勝てそうにないかもしれない。俺たちは少し甘酸っぱい時間を過ごし、レストランを後にした。商業区を見て回ると、防具の他に防御力のないただの服を売っているブティックやアクセサリー店、本屋などのショッピングを楽しむための施設があり、二人で回る。葵は服屋でいろんな服を着ては見せて来て、アクセサリー店では大はしゃぎ。本屋ではほかの世界の本を読んで楽しそうにしている。

 一通り店を回っていると、すでに夜になっていた。俺たちは店を回っている間に聞いた居住区の公園へ行く。そこは大きな木が一本生えており、その周りを色とりどりの妖精が飛び回り、まるでクリスマスツリーのように見えた。また、木の周りを小人が踊る。それは現実では見られない光景だった。他のカップルたちがベンチに座り、その光景を見つめている。俺達もベンチに座り、その光景を眺めた。

「きれいですね……」

「ああ……」

「私、本当は生き返りなんて興味なかったんです」

「え?」

「ただ、あなたにお礼が言いたくて」

 俺は彼女の言葉を静かに聞く。

「変ですよね。あなたもこの世界に来るかわからないのに。なのにこの世界に来るって何故か確信してて。それで、この世界に来たんです。ただ、あの時お礼を言いたかっただけなのに。あなたのこと考えてると居てもたってもいられなくなって、街を飛び出しました。そしたら犬に追いかけられて、気づいたら前線基地にいて、皆さんにお世話になりながらあなたがいつか来るんじゃないかって街に戻らずに待ってたんです」

「もし俺があそこに来なかったらどうしたんだ?」

「ずっと待ってたかもしれません」

 俺はどうしてとつぶやくと、葵はこちらを見る。その頬は赤く染まっていた。

「助けられた時から、好きになってたからかもしれません」

 これは告白だ。心臓の音が大きく聞こえる。うるさいほどに。イルミネーションに照らされた彼女はとてもとてもきれいに見えた。

「俺も、葵のことが好きだ」

 俺を信じてくれて、一緒にいて楽しい気分にさせてくれて、いざというときに助けてくれた葵のことを好きなのだ。

「一緒にいよう。この世界でも現実世界でも。俺が葵を守るから」

「はいっ!」

 俺はそっと口づけを交わす。触れるだけの優しいキスだ。まだこの世界に来たばかりだ。この先何があろうと俺は彼女を守り通すと心に決めた。



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叶える者

 私は陸上部に入り、特にいい成績だったわけでも、悪い成績だったわけでもなく、ただ平凡な部員だった。ただ、走るのは誰よりも好きで、自己練は欠かさず行っていた。走っているときの風を切る感覚、走り終わった後の心地よい疲れは生きている実感を与えてくれた。同じ部の友達からは、女の子らしくないよと言われ、彼氏できないよとも言われた。余計なお世話だ。いいんだよ。私は楽しく生きられれば。

 部活帰り、大きなビルが立ち並ぶ街をぶらぶらと歩いて、ガラス越しに見える服やケーキ等を見つつ帰っていると、急に地面が揺れ、私はバランスを崩し、その場に倒れた。咄嗟に頭を持っていたカバンで守り、目をつぶる。激痛が走った。驚き、目を開くと、私の足に大きなガラスが刺さっていた。目の前のことが信じられなかった。自分の足を貫くガラスの破片。ガラスに伝って赤い液体が地面に滴る。本当に痛いときは声も出ず、頭も真っ白になる。

 困惑し、今にも泣きそうな私の前に、男の人が現れた。同じ学校の制服、ネームプレートは上の学年の色だ。

「大丈夫……じゃないよな」

 と声をかけてくる男の人に、いまだパニックで何も答えることはできなかった。すると彼は、手慣れた手つきで私の足を縛り、出血を抑える応急処置をしてくれた。嬉しかった。しかし、そんな束の間の安堵を壊す叫び声が聞こえてくる。津波が来る、と。足はこの状態で逃げることはかなわない。

「どうしよう。これじゃ走れない」

 と独り言ちた。絶望だった。もう走れない。私の生きがいであった走ることはもうかなわない。何ならこのまま津波に飲まれて死んでしまうのだと。そんな私を見て、彼は背を向け、乗れと言ってくる。私を抱えたまま逃げられるはずもない。私は一度拒否したが、彼は声を荒げ、怒鳴る。私は何も言えず、背中に乗る。彼は私の怪我を触らないよう細心の注意を払いながら、それでも急いでビルを駆け上がる。そんな彼の背中に私は初めて恋をした。たくましく優しい背中だった。

 ビルの最上階のソファーに座り、ひとまず落ち着いた。落ち着くと足がズキズキと痛み始めた。足に注意を向けたとき、ビルが大きく揺れた。また地震かと思ったが、違った。津波がこのビルにぶつかったのだ。大きな物音が立て続けに起こり、足場がなくなった。悲鳴を上げドスっと鈍い痛みが体に走り、私の意識はなくなった。

 

 気が付くと、ふわふわとした感覚、真っ白な世界に困惑する。そこへ透き通るような声が聞こえてきた。

「あなたは死ぬ前に、何を望みましたか?」

 質問の意味を理解するのに時間がかかった。死ぬ前に?それって私は死んだということ?ということはここは天国なのかな?と。長い間そうしていたからなのか、もう一度同じ質問が聞こえてきた。

「あなたは死ぬ前に、何を望みましたか?」

 とりあえずその質問に答えなくては。

「私は、逃げたかった。生きたかった。走りたかった。あの人に迷惑かけたくなかった。もう一度あの人に会えるなら、ちゃんと謝りたい。ありがとうって言いたい」

 その答えを聞くと、声は静かに話し始める。

「わかりました。あなたに走る力を与えましょう。また、あなたの会いたい人と結ばれるように能力を与えましょう」

「結ばれる!?え!?私が!?あの人と!?まだ、そんな、まともに話してないのに!」

 私は顔が熱くなる。ドキドキと胸の鼓動が高鳴る。あの人と結ばれ、あんなことやこんなことをする私を想像して死にたくなった。いやもう死んでるんだけど。そんな私を無視して、声は語り始める。

「この後は死後の世界”エイデン”の管理人から話を聞いてもらいます」

 しかしこの声は私には届いていなかった。

 おーいと声をかけてくる声で、ようやく私は我に返った。そこには真っ白で可愛らしい少女がいた。私はかわいいものが大好きだ。その子を見たとき、私は声を上げた。

「か、かわいい~!」

 私はその子を撫でたくなってじわじわと近づく。少女はそんな私に危険を感じたのか私から距離を取る。

「おい私は神だぞ!気安く触るでない!」

 私ははっとした。かわいいものを見るといつもこうだ。改めて少女を見る。

「えっと、神様……ですか?」

「そうだ。これからお前が行く世界の話をする。よーく聞くように」

 神様は私にわかるように説明をする。ゲームなんてしたことない私にはゲームのようなものと言われてもピンとこなかった。唯一分かったのは、生き返りができること、死ぬとそこで終わりであるということだった。神様は理解しない私に疲れたようにわかったか?と聞いてきた。とりあえず私は分かったと答えた。

 そんな私を見た神様は手に負えないといった感じであきらめて、何もないところに手をかざす。すると不思議な模様が現れ、そこから光が立ち上る。

「さあ、ここに入ってエイデンへ行くんだ」

 私は促されるままにその光へ入った。視界が真っ白になり、思わず目を瞑る。ざわざわと喧噪が聞こえ、恐る恐る目を開けると、そこは見たことのない世界だった。外国へ来たような感覚だった。私がその光景に見とれていると、急に声をかけられる。

「君は新しいプレイヤー……」

 言い終わる前に私は悲鳴を上げて逃げ出した。目の前に人間と同じサイズの大きなトカゲがいたのだから。

 

 なりふり構わず逃げ続けると、何やら鎧を付けた人が私の方に走ってくる。私の方に走ってくる!走ってくるということは、さっきのトカゲの仲間!そう結論付けた私は、一目散に逃げだした。どこを走っているかは分からないが、そこは広い平原で、周りに誰もいない。私は一呼吸置く。すると、グルルと唸り声が聞こえてきた。ふと後ろを見ると、目つきが怖い、いかにも狂暴そうな犬がいた。私は再び逃げた。森の中を走り、大きな大木の麓に人工物があるのを見つけ、私はそこに駆け込んだ。やっとまともな人に会えた。

「人だ!よかった~」

 私は安堵でそこにへたり込むと、男の人が2人話しかけてきた。

「よくここまで来れたな。君も先遣隊ギルドの者か?」

 私はよくわからず、トカゲや鎧を着た人や狂暴そうな犬に追われて逃げてきたことを伝えると、男の人に笑われた。

「君は本当に何も知らないんだな。とりあえず一つ一つ説明していくから、そこに座りな」

 私は促されるままに四人掛けのテーブルに座る。一つ一つ丁寧に説明されて分かったのは、戦って強くなれること、私のスキルは疾走者というすごいスキルだということ、そして私がびっくりして逃げたトカゲは、別の世界から同じようにしてこの世界にきたリザードマンといういい人だということだった。また、鎧を付けた人はいわゆる警察みたいなもので、犬は逃げて正解のモンスターであるということだった。

「ひとまずこれだけ理解できればいいだろう。君はまだこの世界に来たばかりなんだろう?一緒にレベル上げしてやるから、パーティー組もうぜ」

 親切な男の人に促されるままに、私はその人達とパーティーを組んだ。名前はリーグとオリーブというらしい。

 私はゲームをしたことがない。ましてや戦ったことなどあるはずもない。渡された短い剣の振り方なんてわからない。目の前に迫ってくるモンスターに、私は逃げるという選択しか出てこなかった。そのたびに二人は怒鳴るのだ。もう嫌だ。こんな物騒な世界は嫌だ!そう思い始めていた。しかし、生き返るためには塔をクリアする必要がある。

 しばらく一緒にレベル上げをしていると、リーグとオリーブは

「もう荷物運びしてくれ。君に戦いのセンスはない」

 と言われてしまい、パーティーから外れて、そのキャンプ地のお手伝いをすることになった。それではレベルも上がらない。が、ここは安全だった。みんないい人ばかりで、私専用のキャンプまで用意してくれた。戦いに参加しない以上、少しでも役に立つために荷物運びとかをして、生活する。そんな日々が1カ月続いたとき、私の前にあの人が現れた。心が浮き立つ。ドキドキと止まらない。それを誤魔化すように口が動く動く。自分で何を言っているかも分からない。

 あの人の名前は静流という名前だった。話していくうちに、私は静流さんとパーティーを組むことになった。そしてパーティーを組んで分かった。彼はスパルタだ。あの恐ろしい犬と戦わせるというのだ。いざ対面すると、やはり私に向けられる殺気に足がすくむ。ここは現実であり、あれに噛まれれば容赦なく死ぬだろう。恐怖に負け、逃げ出すと、犬は私を追いかける。

「こいつはすげえや。ブラックパンサーよりはやい」

 静流さんは私の気も知らずにのんきなことを言っていた。私が必死に助けを求めると、気が付けば私は抱えられ、私を追ってきていた犬はすべて消えた。何が起こったか全くわからなかった。

 再び犬の前に立たされた私は、静流さんに教えてもらいながら、戦い方を学ぶ。短剣をぎゅっと両手で握り、目をつぶると、頭の中に文字が浮かぶ。一閃。その文字をなぞるように読むと、体がぎゅんと加速するのが分かった。静流さんが近づいてきて、やったなと声をかけてきたが、私には全く実感がなかった。

 その後、何度か練習し、戦い方が分かってきた。そして戦えるようになると、私の中の恐怖心もだんだんと薄れていった。自分に確かな自信が湧いてきた。今ならあのトカゲも倒せるかもしれない。

 

 次の日の朝、憧れの人と一緒にいられると思うと浮足立って、居てもたっても居られなくなり、彼のキャンプに入り込んだ。

「なんでいるんだよ」

 その問いに答えていると、ギルド長のゼラチナさんが入ってきた。どうやら勘違いされたようで、それに慌てた静流さんに追い出された。

 ゼラチナさんの用事は、静流さんに作戦指揮官を任せるという話だった。私はなんだか誇らしくなった。好きな人が大役を任されると、どうしてこんなに嬉しいのだろう。本人は嫌そうだったけど。

  ゼラチナさんと別れて、蟻の古城という穴の中に入っていった。そこは人間の数倍の大きさの蟻がうじゃうじゃと居た。静流さんは私に安全なところで見ているように言って、一人で蟻に戦いを挑んでいった。彼の動きは人間のそれではなかった。蟻の攻撃をギリギリのところで回避し、壁を走り、燃える岩を撃って蟻を次々と光の粒子へと変える。昔見ていたアニメの主人公を見ているような気分になり、体が震えた。かっこいい!と。私に学ばせるように戦ってくれたみたいだけど、あんなのは真似できない。それでも少しでも戦えるようになりたい。彼に近づきたい。そう思って、静流さんに戦いたいと言うと、彼は楽なところで練習しようと言ってくれた。

 キャンプからはかなり離れ、大きな壁が見える平原の近くにある穴の中へ入る。そこはモグラと気持ち悪いコウモリがいた。気持ち悪いコウモリは静流さんが撃ち落としてくれて、私はモグラに集中できた。静流さんからは、相手の後頭部を狙えと言われているため、一度背後に回らないといけない。疾走者で近づき、攻撃をジャンプで躱し、後ろを取るとすかさず一閃。モグラは光の粒子となって消えていった。それを何度か繰り返すと、自分の体の動きが分かってきた。生きていた時より体が軽く、素早く動ける。楽しい。そう思えてきた。

 洞窟を進むと、あのでっかい蟻を超える大きさのモグラが出てきた。私は少し怖くなったが、彼に大丈夫と言われ、勇気を出す。モグラとの戦いと同じように、一気に近づき、背後を取ると、先ほどの戦いの中で手に入れた新しいスキルを繰り出す。死蝶一閃。その一撃はデカいモグラを一撃で葬る。彼に聞くと、無茶苦茶強いスキルだったようだ。私は彼に褒められ、嬉しくなった。

 

 数日後、いよいよ塔の攻略が始まった。9500という人数が集まり、その全員が正面の台を見る。そこにはゼラチナさんが立っていた。

「聞けっ!我々は10年間、一度もここを突破できなかった!それは我々に力がなかったからだ!しかし今回は違う!突破できる兆しがある!皆も聞いているだろうが、私が見込んだ一人のプレイヤーがこの戦いの要だ!今回の指揮は彼に行ってもらう!皆もしっかり言うことを聞くように!誰一人として死ぬことは許さない!」

 その声には賛否の声があった。しかし、誰も強く非難はしなかった。一人を除いて。

「どうしてそんな子供が指揮官なのだ!」

 その男の人は、昔話でみたことあるような王様風の人だった。その人の登場で、周りはざわざわとなる。私もその人にはいい印象を抱かなかった。その人は、騎士団を連れて我先にとゲートに入っていく。それに続いてみんなも入る。中は9500人が入ってもなお動けるほどの広さだった。ゼラチナさん曰く、入る人数によってその広さが変わるとのこと。そして暗い部屋の中で唯一明かりが灯る場所には、赤い鎧を身につけた巨大な騎士がいた。全員が部屋に入り、あらかじめ決めていた陣形に展開すると、部屋が一気に明るくなり、その巨体は動き出す。

 壮絶な戦いだった。先陣を切って戦い始めた静流さん、それを援護するようにまわりの人たちは遠距離攻撃、支援魔法を行う。近接攻撃しかできないものも攻撃しようとするが、静流さんは来るなと声を荒げる。静流さんの攻撃が全然入っていないようだった。遠くでよくわからないが、それは隣にいたオリーブさんが話してくれる。

「あのフルプレートの隙間に剣を刺すことでしか攻撃で来ていないようだ」

「それって静流さんのスキルがうまく発動しないってことですか?」

「ああ、刺突系のスキルじゃないと効果がいまいちだろう」

 刺突系、それは私の得意分野だ。じゃあと私も前に出ようとしたとき、先ほどの王様が声を上げて、騎士を連れて前に出る。静流さんもゼラチナさんも声を荒げ、それを制止するが、止まらない。赤い騎士の攻撃の出を見て、前衛の騎士は盾を構えた。体の大半を守る大楯だった。しかしそれは、何の意味もなさなかった。騎士は大きな剣で吹き飛ばされ、後ろの騎士もろとも消し飛ばされた。文字通り、消えたのだ。光の粒子となって。人が死んだ。この世界に来て初めての人の死だった。

「ひっ」

 私は小さく悲鳴を上げた。周りの人たちも同じだろう。屈強で大きな盾を持っていた騎士が、いとも簡単に、しかも数十人まとめて死んだのだ。その後はもはや戦いどころではなかった。次々と逃げ出す周りの人たち。その辺りで腰を抜かしている人もいる。そんな中、オリーブさんとリーグさんは周りを鼓舞する。

「落ち着け!相手は遠距離はない!近づかなければ死ぬことはない!攻撃できるものは少しでも攻撃するんだ!」

 リーグさんはそう呼びかけ、オリーブさんは再び遠距離魔法の詠唱を始める。その姿は静流さんとは違い、戦いに生死をかけているように見えた。とうの静流さんは、攻撃が通らず焦っているようだった。しかし、焦りは見えるが、まだ余裕そうだった。何かセーブをかけているような、そんな感じだった。

 戦いはその後も数時間経過し、オリーブさんも

「MPが切れた。遠距離攻撃での支援は難しい」

 とつぶやく。しかし、オリーブさんもリーグさんも、まだあきらめている様子はなかった。MPが切れたということはもう戦うことはできないということのはずなのに。

「まだあの騎士倒れてないのに……どうしたら……」

 私がそうつぶやくと、リーグさんはこう答えた。

「遠距離攻撃ができないなら、刺し違える覚悟で前に出るしかあるまい。何としてでもあれを倒さないと、俺たちは生き返れないんだ」

 闘志の消えないその二人に対し、静流さんは目に見えて疲労していた。この世界では疲れるということはないが、何時間も戦い続けていれば、精神的疲労は目に見えて出てくる。私は意を決して前に出ることにした。

「静流さん!」

「葵!?」

 私が前に出てきたのを見て、静流さんは驚いている様子だった。そして私に、下がれと言うが、私は引かなかった。

「もう、守ってもらう私ではありません!少しでも戦力にっ!」

 そう言うと、静流さんははっとしたような顔になった。そして私に死蝶一閃を放つように言った。静流さんは死蝶一閃の即死にかけるつもりのようだ。死蝶一閃の即死が発動する確率は低い。しかし、私だったら、それは100%の確率にできる。誰にも教えていないスキルがあるから。

「俺が全力で足止めする。一気に駆け上り、あいつの弱点にあれをぶちかましてやれ!」

「っ!わかりました!」

 そう返事して、私は前に出る。静流さんの紡ぐ者はほとんど拘束できていない。しかし、静流さんは奥の手として、魔法を唱えた。それはその巨体を跪かせて、私が駆け上がる足場を作った。騎士の膝を踏み台に、練習の時のように、弱点を狙う。狭い隙間だ。この短剣をその隙間に入れられなければ、間違いなく赤い騎士に殺されるだろう。しかし、その恐怖心を打ち消し、私は死蝶一閃を叩き込む。狭い隙間に吸い込まれるように短剣は入り、大きな髑髏マークを出す。私はすかさず鎧を蹴り、距離を取る。騎士は動かなくなっていた。そして、徐々に光の粒子となって消えた。

 戦いに勝ち、皆歓声を上げたが、素直に喜べるものではなかった。ゼラチナさんはこう言った。一人も死ぬことを許さないと。それが、王様の独断で前に出たことで、1500人の騎士が犠牲となったのだ。それでも私たちは生きている。

 静流さんは、私にこれからどうするかと聞いてきた。今回みたいに守ってやれる自信はないと。私はそうは思わなかった。私は静流さんについていくと宣言すると、そっぽを向いて、階段を降り始めた。夕日がとても美しく、生きているという実感があった。願いを叶える能力。叶える者、それは私の恋の成就という願いを叶えてくれた。そして、騎士を倒したいという願いも。



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