戦国無双4 武田ノ章 甲州の傾けし龍躑躅ヶ崎を発つ (佐室小路治)
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第一話 出会い

この物語はいくつものシリーズに分けて連載します。
作者のオリジナル展開がいくつもあります。
それを承知の上で読み進めてください。


時は群雄割拠の戦国時代。

東では武田、北条、今川そして上杉が、西では尼子、大内が覇を競っている時代。

 

これはそんな時代を生き抜く一人の武士の物語である。

その武士の名は一条信龍。

甲斐武田氏第十八代当主武田信虎の八男として生まれる。

 

1560年6月、信龍20歳。

彼は見聞を広げる為、躑躅ヶ崎館を離れ旅に出たのである。

 

その際彼は一人の忍びを供として連れる。

その忍びの名は猿飛佐吉、武田が誇る間諜集団「三つもの」に所属する若き忍びである。

 

「なぁ、旦那何処旅するんだ?」

木から木へ飛び移りながら質問を信龍に投げかける。

「さぁ?」

信龍の間の抜けた返事に落ちかける佐吉。

「って何にも考えなしかよ!」

思わずため息まじりに言う佐吉。

「せめてここって決めた場所はないのかよ旦那?」

 

佐吉の返しに信龍は一つの思いを口にする。

「尾張に行ってみるか」

なんとなく予想はつくが理由を聞いてみる佐吉。

「どうしてまた尾張なんだ?」

その問いに信龍はこう答えた。

「尾張のうつけが見たい」

 

佐吉は、やっぱりかと思いながら理由を聞く。

「何でまたそんなもん見に行くんだよ?」

言葉を続ける佐吉

「うつけなんかより堺の街とか見たほうがいいだろ色々情報も手に入るだろうし」

 

最もな意見だが信龍にはそれなりの考えがあった。

「見ておきたいんだよ尾張のうつけが単なるうつけなのかそれとも」

佐吉は信龍の言葉に聞き返す。

「それとも?」

 

信龍は遠くを見るような目をしながら言葉を紡いだ。

「相模の獅子のようにうつけと見せかけてその実懐中に気高いモノを持っているのかを」

 

その言葉に得心のいく佐吉。

相模の獅子とは北条氏康の異名である。

 

尊敬する自身の兄であり甲斐の虎と恐れられる武田信玄、そして海道一の弓取りと謳われる今川義元の二人と並び称される人物である。

 

故に信龍はうつけと称される信長を警戒している、いずれ兄信玄の前に立つのではないのかと。

「なるほどなぁそいつは確かめといたほうがいいかもな」

 

前例がある以上警戒するのも分かると同意する佐吉。

「この調子なら夜頃に尾張だなぁ、旦那オレが先に行って宿取っとくか?」

佐吉の提案頷く信龍。

「頼む」

佐吉は短く返答して去る

「あいよ」

 

それを見届け信龍も歩く速度を速めた。

それからそれからしばらくしたときのこと、尾張犬山に入り佐吉のとってくれた宿に向かう途中のことである、

 

何を思ったのか信龍は尾張犬山城の近くまで来ていた。

「……。」

ふと星空を見上げていると視界の端に悲しげな表情を浮かべる一人の女性を捉えた。

「星きれいですよね」

どうしたんですか、と投げかけるのは気が引けたのでそう投げかけると

「少し一人になりたくて」

驚く様子もなく答えてくれた。

 

「邪魔してしまいました」

すいません、と告げ去ろうとしたとき後ろから声がかかる。

「いえ、気にしないでください、それより少し話に付き合ってもらえませんか?」

不思議と断る気にもなれず少し話に付き合うことにした。

 

それから暫くして彼女が言った。

「話に付き合ってくてありがとう御座いました、よかったらお名前教えてもらってもいいですか?」

少し驚く信龍に彼女は言葉を続けた。

「また会えるような気がして、私はお市といいます。」

 

そう言葉を口にする彼女に不思議と惹かれている自分がいた。

「俺は一条信龍です」

儚く美しくも懐中に強さを持つ、それがお市に持った印象だった。

「お市様」

そう思いながら名前を口にしようとしたときお市の後ろからお市を呼ぶ声がした。

「そろそろお帰りいただかないと城の者達が心配します。」

 

お市の後ろにいる白い衣類に身を包んだ男が告げる。

「えっと…あなたは?」

信龍の言葉に白い衣類の男は此方に視線を向けた。

「…………」

しかし白い衣類の男は終始無言だった。

「あ、俺は一条信龍っていいます」

 

慌てて名を名乗った信龍に白い衣類の男はその名を静かに呟く。

「……一条信龍」

静かに成り行きを見守っていたお市が口を開く。

「吉継名乗りを」

吉継と呼ばれた白い衣類の男はお市の言葉を聞き一瞬お市に視線を投げかけて此方に視線を戻す。

「……大谷吉継、いまは縁あって織田家で軍師をしている」

 

静かにそう語る吉継の言葉にお市が補足するように話す。

「彼は織田家で軍師とは別に世話役の様なこともしてくれているのです」

吉継は静かにしているだけだった。

「私は現織田家当主織田信長の妹、つまりは織田家の姫なのです」

 

その言葉に少し驚いた様子の信龍を見てお市は言った。

「やはり驚きますよね、現織田家当主といえば尾張のうつけと有名ですからね」

無言だった吉継が口を開く。

「お市様そろそろ戻りましょう」

 

吉継の言葉に少し残念そうな顔をしながらいう。

「私はもう戻らないといけないので、明日また今日みたいに同じ位の時に来てくれるとうれしいです」

 

お市の言葉に吉継が言う。

「あまりお城を抜け出されても困りますが少しくらいなら瞑りますよ」

吉継の言葉にすまなそうにしながら信龍に別れを告げ城のほうにも戻っていくお市と吉継。

 

二人を見送っていたその時ふと木の陰に気配を感じた信龍は名前を呼んだ

「佐吉か?」

やれやれ、といった様子で現れた佐吉が言う。

「ったく、お供ほって逢引とはねぇ」

佐吉は続けて言った。

「でも可哀想にあのお姫様死ぬことになるかもな」

 

動揺を隠せない信龍は理由を聞く。

「な、なんでだよ!お市さんに何かあるのか!」

信龍の焦り用に少し驚いた様子の佐吉。

「いや、旦那今の武田の同盟相手思い出しなよ」

佐吉の言葉に思い返す信龍。

 

「相模の北条と駿河の今川……そうか!」

思い返し納得する信龍。

「駿河の今川は上洛に集中する為にうちと相模の北条と同盟を組んだんじゃなかよ」

 

佐吉はこれに付け足すように言う。

「つまり、上洛する際その道途中にいる織田は降伏か戦うかを迫られるのさ」

今川に比べ大した領土を持たない織田が戦えばどうなるかは自明の理。

 

「しかし戦いは数じゃない、この圧倒的差を覆せるかで奴を測れる」

その言葉に佐吉が呆れたように言う。

「いや、旦那いくら戦いは数じゃなっていったって勝てないぜ織田は」

 

佐吉の言いたいことは分かる、何せ相手は東海一の弓取りと謳われる今川義元公なのだから。

「しかしこの不利を覆せれば信長は単なるうつけでは無かったと証明される」

 

佐吉は信龍の言葉に頷きながら返す。

「確かにな、そうなればここまで来た甲斐はあるな」

信龍はもう一つ判断材料を口にする。

「いまの今川には雪斎和尚いない、これで勝機が見えたな」

 

雪斎程の軍師がいれば織田に勝機を見つけるのは難しい。

「この好機をどう活かすかで信長の器量が測れる」

そう語った信龍に佐吉が言う。

「いくらあのお姫様に死んでほしくないからってそこまで期待できるのか織田にってどうした旦那?」

何か確信したような表情を浮かべる信龍に問いを投げかける佐吉。

 

「なぜだか信長がこのまま終わるようには思えないんだよ」

一方清州城では……。

「人間五十年~、下天のうちを比べぶれば~夢幻の如くなり~」

織田信長が敦盛を舞っていた。

「一度生を享け~滅せぬものもあるべきか~」

彼は突然舞うことをやめ言い放つ!

「陣貝吹け!乱世の開幕、ぞ!」

すると信長は小姓衆五騎を伴い出陣し、熱田神宮で軍勢を集結させた。

 

「数にしたらざっとニ、三千って言ったとこか」

離れた場所に佐吉はいた。

「こんだけの軍勢で今川二万に挑む気か?」

正直正気の沙汰とは思えない、しかし旦那があそこまで言うのだから、と確かめられずにはいられない佐吉であった。

 

「おっと、織田が動いたな」

方向で言えば義元公の本陣のある方向である。

「お手並み拝見だなこれは」

暫く後を追うと義元公の陣営が見えてきた、すると信長が叫ぶ!

「狙うは今川義元ただ一人!」

信長が言い終えると同時に織田軍が今川本陣めがけて突撃を開始した。

 

「お、織田軍!いつの間に現れたのか、の!の!」

織田軍の奇襲に動揺し、浮足立つ義元と今川軍。

「なるほどな、雪斎和尚がいればこうはならなかっただろうな」

 

今川の様子を見て納得する佐吉、するとそこに。

「お前がなんでここにいる佐吉」

声を聴き振り返るとそこには同じく三つものに所属する霧隠れ三蔵がいた。

「旦那に言われて見に来たんだよ」

 

佐吉の返しに三蔵が言う。

「じゃあ信龍様も尾張に?」

ああ、と答えたところで声が上がる。

「今川治部大輔義元公が首、この毛利新助良勝が打ち取ったりぃ!」

 

その声を聴き今川軍の足軽たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「さて、俺は帰るが佐吉!信龍様をしっかり御守りしろよ」

そう言って去る三蔵。

「分かってるよ!俺も帰りますか」

 

翌日そのことを伝えると信龍は。

「やはり信長は勝利したか」

そうつぶやくと信龍は佐吉と手分けして美濃とその周辺国の動向を探り始めることにし信長は必ず大きくなると確信するに至った。

 

調べている間も夜には必ず犬山に戻りお市と約束した場所にいき何度もお市と話していた。

そして調べを終えて犬山に戻った日の夜のこと。

「また来てくれたんですね」

お市は嬉しそうに言った。

「大したものじゃないけどこれお土産」

 

そういってお市に藤の花の髪飾りを手渡した。

「綺麗ですね、これを私のために?」

信龍は静かに頷き言った。

「お市さんに喜んでもらいたくて」

その言葉を聞き嬉しそうにつけた。

「似合いますか?」

その言葉に信龍はこう漏らす。

「似合ってます、綺麗ですよお市さん」

 

信龍の言葉に顔を赤らめながらいう。

「は、恥ずかしいです」

こうしてまた二人の幸せなひとときが終わり、何時しか二人は別れを惜しむようになっていた。

「また会えますよね?」

 

お市の言葉に信龍はしっかり頷き答えた。

「必ず会いに行きます」

しかし次の日からお市は約束の場所に来なくなり心配した信龍は佐吉に調べさせた、するとお市は信長命令で近江の大名浅井長政の下に嫁ぐことになったがお市はそれを嫌がり次の日の朝に自ら死を選んで亡くなったという、それを聞くと信龍は自刃しようとした。

 

「やめろよ!旦那ぁ!」

信龍は涙ながらに言う。

「お市さんがいないのに生きてたって仕方ないだろっ!」

佐吉は引かずにとめた。

「こんなことしたってお姫様は帰ってこないし、喜ばねえよ!」

二人が組み合う最中白い衣類の男、大谷吉継が現れた。

「お市様は死んでいない、案内するから詳しくは本人から聞け」

 

そういうと吉継は二人をお市の遺体が埋葬される予定とされる寺に案内した。

そこにはお市の遺体が横たわっていた、信龍は涙を流しながらお市の頬にふれた。

「冷たい、やっぱりお市さんは……」

そう言って触れていたその時、お市が静かに目を開き起き上がった。

「っ!」

驚いていた信龍をよそにお市は信龍の胸に顔を埋め言った。

「会いたかった!」

そこから彼女を語ったのである、こうなっt経緯を。

「お兄様に近江の浅井長政様の下に嫁ぐよう言われましたが、私はあなたと離れたくなかった、だから吉継に相談したら死を偽装すればいいと、言われ偽装したんです」

 

お市の言葉に涙の止まらない信龍。

「でもこのことがお兄様に知られたらあなたはただでは済まない」

お市の言葉に決心した信龍は言う。

「お市さん、いや市!共に生きて支えてほしい俺の妻として!」

 

信龍の言葉に口元を手で押さえながら大粒の涙を流しながら強く頷くお市。

「佐吉!今すぐ甲斐に帰るぞ!」

そう言って強くお市の手を引く信龍、その手を強く握り返すお市。

 

その様子を見て言い放つ。

「生きてお市様を幸せにしろよ!」

信龍とお市は振り返らずにただありがとうと言って甲斐に向け歩き出した。

                      

 

                           続く




二次創作の小説作成は初めてですがどうぞお手柔らかにお願いいたします!

さて連載を始めたわけですが、第一弾は武田の章です!
果たしてどの様に話が進むのでしょうか?
お市、信龍そして佐吉の三人の次回号での活躍はいかに!

最後に、佐吉と三蔵はそれぞれ猿飛佐助、霧隠れ才蔵がモデルです(笑)


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第二話 龍、相対す

諸国見聞を広める為、忍びの佐吉を伴い躑躅ヶ崎を発った信龍。
そんな旅の中でと出会い、惹かれあうようになる信龍とお市。
しかし彼女は織田の姫でいつかは政略結婚により、他国の大名に嫁がねばならぬ身。
結ばれることのない恋、しかしそのことが二人の想いをより強くしついには死を偽装してまで信龍の下へと走らせ、駆け落ちに至らせた。
二人は幸せの日々を求めて甲斐へ向かう。
そんな中、新たな試練が二人を待ち受けていた!


 信龍とお市が駆け落ちをして一週間。信龍一行は美濃の国の中津川の町で宿で休みを取っていた。

 信龍は佐吉を先触れとして甲斐に向かわせ、二人は二人で無理のない日程での帰還の目途をつけていた。

 「市、辛くはないか? 辛かったらいってくれ」

 「確かにこれだけ歩き続けるのは大変ではありますが信龍様と居られると思うだけで疲れがどこかへ行ってしまいます」

 頬を染めながらそう口にしてくれているお市の姿に嬉しさと気恥ずかしさが込み上げていることに気付き、幸せだと感じる信龍。

 「俺も市が傍に居てくれていると思うだけで疲れを忘れられるよ」

 「信龍様・・・・・・」

 「市、無理だけはしないでくれ」

 二人は静かに寄り添った。

 

 次の日、二人は中津川を発ち、信濃への旅を再開した。

 「信濃の諏訪まで行ければ少しは楽になると思うよ。それまで頑張ろう」

 信龍の言葉に、疑問の言葉を投掛けた。

 「諏訪? しかしそこは武田の領地、大丈夫なのでしょうか?」

 「ああ、今諏訪を収めているのは正俊殿だから心配はないよ」

 「正俊殿・・・お知り合いなのですか?」

 お市のに詳細を話すことにした信龍は話始めた。

 「保科正俊殿、武田二十四将に数えられるほどの方で理知に富んだ人物だからね、心配はしていないよ」

 「信龍様は武田について詳しい様に見受けられるのですが武田家の方なのですか?」

 お市の言葉に改めて名乗った。

 「改めて名乗らせてもらうよ、俺の名は一条信龍、甲斐の虎武田信玄の弟にして武田二十四将の一人だ」

 「・・・・・・武田信玄公の弟、私たち似てますね」

 お市は信龍の名乗りに怒ることもなく、ただそう口にした。

 「身分を隠していたことに対して怒らないのか?」

 「信龍様は信龍様でしょ? 私を強く求め、苦楽を共にすると誓って下さった信龍様は今もここに居られますから」

 そういって彼女は信龍引き寄せ、抱擁した。

 「織田家の市はあの日に死にました。今ここにいるのは一条信龍の妻、市です、それじゃあ駄目でしょうか?」

 お市は不安の色を孕んだ上目遣いで信龍を見つめていた。

 ―そうだ、俺を生涯支えてくれる女性《ひと》は市を置いて他にはいないし考えられない。

 「市、俺は生涯君だけを愛し、一生涯賭けて俺の総てを捧げるよ、その代り市の総てが欲しい」

 「信龍の言葉に大粒の涙を零しながらも深く頷き、答えるお市。

 「はい! 市の総ては信龍様のものです! 市も信龍様を一生涯賭けて愛し支え続けます!」

 二人は互いの想いを伝いあえたことに満足した。それから少しのこと、遠くよりいくつもの騎馬が向かってきた。

 「あれはなんでしょう?」

 「風林火山の軍陣旗と武田菱! 仲間だ!」

 「あれが戦国最強と名高い武田騎馬軍団なのですね!」

 騎馬隊は信龍の近くで止まり、先頭にいた男は騎馬から降り、信龍の下で膝をついた。

「殿!堀越十郎家宣、只今一条家家臣団率い参上仕りました!」

 「十郎、久方ぶりに会えたことを喜びたいところだがこの物々しさは何は大事あったのか?」

 「はっ、五日前海津の一徳斎様より早馬が来て上杉謙信の南下の報が伝えられ御屋形様は三日で兵を徴用し、一昨日海津に入られ今日矛を交えることになる模様に御座います」

 十郎の報告に来たか、と言葉を漏らす。

 「急ぎ川中島に向かうぞ!」

 「ははっ! 信龍様の愛馬をこれへ!」

 十郎の言葉の後、男十人ほどが手綱を引き一頭の馬を連れてきた。その馬は何から何までもが煌びやかな装飾で飾り、彩られていた。

 「馬をもう一頭頼む、市の分だ」

 「そういえばその女性は何方でござりまするか?」

 「自己紹介が遅れ申し訳ありません、私の名は市。正式な契は、まだですが信龍様の妻としていただきました。以後お見知りおきを」

 お市の自己紹介に大いに驚く十郎。

 「と、殿、妻とは一体?」

 「話はあとだ。市、馬には乗れるか?」

 「はい、大丈夫だと思います。それに市は信龍様の妻、甲斐の馬も乗りこなしてみせましょう」

 市の言葉に強く頷き、叫ぶ信龍。

 「総員騎乗! 急ぎ川中島に向かうぞ!」

 その言葉と共に馬腹を蹴り、駆けだす信龍と合わせて続くお市と騎馬武者たち。

 ―待っていてください信玄兄上!

 その勢いは何者にも劣らぬ雄志を伴っていた。

 

 

 

 

 

 勘助の策は見事であった、しかし越後の龍はそれを凌駕して見せた。

 「啄木鳥戦法破れたり! 宿敵覚悟!」

 その言葉と共に越後の龍―上杉謙信は騎馬を伴い突進してくる!

 「敵襲ぅ!」

 物見の兵の声と共に甲斐の虎、武田信玄は立ち上がり静かに構え正面を見据えた。

 「こい、謙信!」

 そこへ謙信が現れ、信玄へと切りかかる! 信玄はそれを難なく軍配で受け流し、謙信が再度切りかかろうとしたところで供回りが駆けつけ、謙信を追い返した。

 武田兵が謙信を追撃しようとするが信玄がを制止した。

 「次が来る。全軍に次ぐ! この戦、何としても生き残れ!」

 両軍が剣戟を響かせながら激突した。

 

 謙信の一時後退を合図に上杉軍の第二陣が攻勢に転じ、武田軍に襲い掛かった。

 「武田信玄! 我が旧領、貴様の首と共に返してもらうぞ!」

 

 自身の旧領である海津を奪還せんと村上義清は気勢を上げて武田軍へと向かってきた。

 「兄上の下へは行かせぬ! そなたの相手はこの武田典厩信繁である!」

 勢いを増す義清の前に信繁が進み出て、高らかに名乗りを上げた。

 「笑止! この村上義清、ズル賢い信玄の弟に止められるほど軟弱ではないわ!」

 二人が放つ覇気を前にその場にいた誰もが圧倒された。

 

 武田本陣では信玄が静かに戦の趨勢を見守っていた。

 「左近達別動隊の状況はどうか?」

 「上杉の伏兵に阻まれ、もうしばらくはかかるかと」

 信玄と供回りの原虎吉が話をしている所へ百足衆が現れた。

 「物見より伝令! 諏訪方面より騎馬隊を確認! 率いているのは一条信龍とのこと」

 「間に合ったか!」

 百足衆の報告に立ち上がる信玄。

 

 

 

 信龍は川中島を目前にして指示を飛ばした。

 「これより、隊を二つに分ける! 半分は市、十郎と共に本陣警護に、残りは俺と共に前線の救援に当たる!」

 「殿、川中島に入ります!」

 十郎の言葉に信龍は愛用の槍を高く突き上げ、言葉を発した。

 「総員、気勢を上げよ! 我らが対するは越後の龍ぞ!」

 十郎を中心に兵たちも各々の武器を掲げて声を上げた。

 「市、兄上を……御屋形様を頼む!」

 「はい! 信龍様も無事のお戻りを!」

 市は十郎を伴い、本陣の方へと馬首を向けた。

 「な、何だ⁉」

 「一条信龍これにあり! 勇ある者よ、かかってくるがいい!」

 周りの武田の兵は信龍の姿を見るや歓声を上げて己を鼓舞し、上杉軍の兵士たちは恐慌した。

 「甲州の龍が来たー! 意志の弱いやつは呑まれるぞ!」 

 「信龍様に続けぇー! 戦線を立て直すぞ!」

 信龍は愛槍片手に獅子奮迅の如く上杉の将兵を薙ぐ。

 「我、宿敵が弟と闘争を所望す」

 圧倒的なまでの存在感に誘われ、視線を移すとそこには軍神が降臨していた。

 「上杉……謙信‼」

 「汝との闘争、愉しまん」

 謙信は七支刀を構え、研ぎ澄まされた闘志を信龍に向けた。

 「いざ!」

 「この闘争、毘沙門天も祝福せり!」

 二人は同時に馬腹を蹴り、刃を交え始める。

 「まさしく龍と龍の闘争! 我らには到底到達なしえぬ領域よ!」

 「はぁぁぁぁ!」

 「むん!」

 彼らが刃を交える度に剣戟が鳴り響き、火花が散った。

 「宿敵との闘争こそ愉悦なり」

 「俺があなたの宿敵になりうると?」

 謙信は不敵な笑みを浮かべて言った。

 「汝の武勇は我が武陵を慰めるに値す……故に宿敵となりゆる」

 「光栄です!」

 剣戟は衝撃と共に戦場を駆けた、一騎打ちの激しさを物語っていた。

 「っ!」

 「……!」

 二人が一騎打ちを繰り広げる最中、妻女山麓に武田別働隊が現れた。

 「謙信! 引き際です」

 離れた場所で見守っていた綾御前の一声に謙信は頷き、告げた。

 「汝との闘争、次会ったときに再開せん」

 信龍は同意して踵を返す。それを合図に兵たちも矛を収め、後始末をはじめた。

 信龍は戦場を見回し、戦いの激しさを察する中、駆け寄って来た兵の告げた言葉に耳を疑い、本陣へと駆けた。

 「そ、そんな……」

 本陣には一つの屍が横たわり、傍では信玄が静かに涙を流していた。

 「嘘だ……信繁兄上が……討死になんて⁉」

 目の前の現実を受け止められず、取り乱した。

 「うわぁぁぁぁぁ⁉ こんなの嘘に決まってる! 悪い夢だ……」

 信龍の様子に誰もが言葉を失った。お市は耐え切れず、信龍を抱擁して言葉を掛けた。

 「信龍様……現実を受け止めて下さい! これが現実なのです……」

 「こんな現実は間違ってる! 信繁兄上が打ち取られるわけがないんだ!」

 「信繁様が討死になさるほどに壮絶の戦いだったのです!」

 信龍は激しく取り乱し続けるもお市は張り合う様に強く抱きしめた。

 「市は……絶対に信龍様の御側を離れません! 泣きたいときは市の胸で泣いてください! 市は受け止めます」

 「ううっ! 申し訳ありません! 信繁兄上! 旅に出ねば御守りできたのにぃ!」

 信繁の死は信龍を力なく崩れさせ、お市がそれを支え、周りの者達も武田信繁の死に涙を流し、膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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三話 「予兆」

 川中島の戦いは信龍の参戦と武田本隊の善戦により辛くも勝利を掴むことがが出来た。
 前当主信虎を追放して以来、信玄を支えてきた弟信繁、今川からの間者でありながら信玄に魅入られ、軍師となった勘助。
 彼らの死が武田家に大きな衝撃を走らせるなか、一通の檄文が信玄の下に届くのである。


 武田家は多くの家臣と兵を失いつつも川中島の戦いに勝利した。

 これにより武田家の悲願である信州の統一は為り、いまは失った力を取り戻すべく休息をとるのである。

 「信龍様、お疲れ様です。お昼の用意が出来ていますから皆もお上がりになさい」

 信龍とお市は信玄の許しを得て夫婦となり、今は信龍が居城上野城で二人仲良く晴耕雨読の日々を送る毎日。

 「相変らず、奥方様の作って下さる食事は絶品だ!」

 「食事は絶品、気立てもよく何より優しい! 羨ましい限りですな殿!」

 「才色兼備の奥方も迎えられ、子宝にも恵まれた。一条家は安泰ですな」

 家臣らの言葉に頬を染めるお市。

 「市は信龍様の妻と為れた上にこうして子の顔を見ることもできた。市は幸せ者です」

 市は愛おしそうに傍で寝ている茶々の頭をそっと撫でた。

 信龍とお市の間には、嫡男万福丸(後の信就)、茶々(後の淀殿)、久次郎(後の信貞)、御鐺(おなべ、後の初)の四人の子を儲けていたのである。

 「俺の方こそ市が支えてくれるから幸せでいられるよ」

 信龍の言葉にお市は再び頬を染めた。

 「この様子ですとまだまだお子は生まれそうですな」

 十郎の言葉にどっと笑いが巻き起こり、宴会のように賑やかものとなる。

 信龍らが食事を終えてそれぞれの持ち場に戻った時のこと、信龍のいる書斎に駆けてくる者がいた。

 「殿、失礼いたします」

 「ん、どうかしたのか?」

 使い番の男は一つの文を信龍に差し出す。

 「これは……信玄兄上から?」

 目を通すとそこには送付した文に目を通した後に至急、躑躅ヶ崎舘(つつじがさきやかた)まで登城せよとの内容だったのでもう一方の文に目を通すとそこには……。

 「これは……! 信玄兄上にはすぐに向かうとお伝えしてくれ」

 返答を聞くと使い番はその場を後にした。

 「誰かある! 市と十郎をここに!」

 「信龍様、どうかなさったのですか?」

 「これを見てくれ」

 受け取り、目を通すとお市は信じられないという顔をしていた。

 「なぜこのようなものが⁉」

 「詳しくはまだ……」

 信龍とお市が話していると十郎もやってくる。

 「殿、遅くなり誠に申し訳ありません。して用向きは?」

 「十郎も目を通してくれ」

 断りをいれて目を通した十郎も驚きの声を上げた。

 「俺はこれから躑躅ヶ崎に向かうが、市は俺と一緒に来てくれ。十郎は上洛の下準備を頼む」

 「で、では上洛をするのですか?」

 「それはまだ分からぬ。故に下準備だけに留めよ。良いな?」

 「ははっ!」

 十郎はその場を辞して駆けていく。

 「市、俺たちも行こう……!」

 「はい!」

 

 

 

 陽が傾き始めたころ、二人は躑躅ヶ崎に到着し、中では武田四名臣筆頭の馬場美濃守信房と信玄に軍略の手ほどきを受けている島左近が待っていた。

 「待っておりましたぞ信龍殿、お市殿もご一緒でしたか」

 「相変らずの相思相愛っぷり、羨ましい限りですね。とまぁ世間話はまた別の機会にしないと、中で信玄公がお待ちですよ」

 軍議の間の上段に信玄、下段に信龍、お市、信房、左近の計五人が集まり、話の場を持つ。

 「皆、例の―足利義昭公からの檄文は読んだね? これに応じるか否かの意見を聞こうと思ってね」

 「あの……その前に一つ、よろしいでしょうか?」

 お市は何処か気まずそうな様子で手を上げる。

 「どうしたんじゃお市殿?」

 「檄文に書いてある討伐対象である織田信長は私の―」

 「兄、なんでしょう……?」

 左近の思いがけない言葉に言葉を失うお市。

 「ワシも知っておったよ、信龍と佐吉の二人から聴いておったんじゃよ」

 「自分と信房殿は信玄公と信龍殿から」

 「なら、何故市に何もなさらないのですか……? 幽閉するなり、処断するなり―」

 信玄は首を横に振り、答えた。

 「いいんじゃよ、そんなに気負わなくて。川中島の時も、祝言の時も、万福丸出産の祝いの時もお主は幸せそのものじゃった。あんなに幸せそうにされちゃったら処断できないよ?」

 飄々とした雰囲気と口調で話を続ける信玄。

 「一番嬉しかったのは自分の死を偽装するなんて危ないことをしてまで信龍の下に来てくれたことなんじゃよ」

 「え……?」

 「それほどまでに信龍を想い、そしてここまで支え続けてくれている。それだけで武田家の一員としての資格は十二分にあるよ」

 信玄の言葉に、自然と涙を零すお市。

 「これからはそんなことは気にせず、武田の一員として―何より一条信龍の妻として武田家とワシを支えてくれると嬉しいんじゃが」

 信玄が言い終えたころにはお市の眼から大粒の涙が零れ落ちていた。

 「はい……はい……! 市は喜んで支えさせていただきます!」

 「という訳だからもう気にしなくていいんだよ? 泣き止んでもらえないとなんかワシがいじめたみたいで……」

 「そのようなもので御座いましょう?」

 左近の言葉に笑いが起こる一方で、本来の話より一つのわだかまりが解けたのである。

 

 

 

少しして、落ち着きを取り戻したお市を加えて話し合いが再開された。

 「正直、今の武田はすぐに動くことは出来ません。川中島での戦い消耗した力は未だ回復し切っていないのですから」

 「幾ら将軍の檄とは言え……のう」

 信房の言葉に皆頷いた。

 「兄上、一先ず応じるということにして上洛はまだ先の予定にしてはどうでしょうか?」

 「ふむ……」

 「包囲網に参加する勢力とは外交面で繫ぎをつけつつ上洛の為の準備を進めるという形を取り、今のところは牽制するに留めると」

 左近が信龍に問いかける。

 「義昭公にはなんていいます?」

 「動くのに少々かかる伝えればいいかと」

 信房が続けて言う。

 「御屋形様、信龍殿の言は一理あると思いますが……いかがでしょう?」

 「ワシも同じようなことを考えておったよ。信龍、各勢力との繫ぎをたのめるか?」

 「ははっ! 御任せ下さい!」

 信玄はお市の方へ向き直りお市に言った。

 「お市ちゃん、信龍の補佐を頼めるかな?」

 お市は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 「はい! お任せ下さい……義兄上(あにうえ)!」

 「ワシ義兄上? お市ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいのう! ワシ、カッコいいとこ見せちゃおうかな?」

 お市に義兄上と呼んでもらえたのが嬉しかったのか信玄は声を弾ませ、その様子を見ていた四人の間にはは笑いが咲き誇る。

 「皆、各方面での奮闘頼んだよ?」

 「ははっ!」

 信玄の問いに皆声をそろえて答える。しかしこの時は誰も気付けなかった。

 これが武田家にとって大きな転換期になるとは……。

 

 

 

 

 

 

 

 




 長らくお待たせいなしました。
 色々と立て込んでいた為に、投稿が途絶えていました。
 これからは頑張って投稿出来るように致しますのでよろしくお願いいたします!
 ついに次回は三方ヶ原の戦い。
 多くの物を失いつつも武田は立て直すために力を注ぐが果たして……。
 括目して待て!(笑)
 後、名前を佐室小路治に変えますのであしからず!


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