ガンダムビルドダイバーズ リレーションシップ (二葉ベス)
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第1章:私たちがとりあえずフォース組む感じで
第1話:AGE狂いと悪魔の邂逅


懲りずに新作投稿するので初投稿です。
今度こそ不定期更新になります。


 ――目の前に悪魔がいた。

 

 黒くて、ボロボロなマフラーを首に巻いて、背中から伸びる尻尾のような鋭利な棘は今から戦えるのが楽しみなのか、それとも人間の血を求めているのか、クネクネと揺れ動いている。

 通常のMSよりも一際長い両腕の先は、鋭利な爪。アレで引き裂かれたら、どんな装甲だろうと引き裂かれて爆発してしまう。そんな気がしてならない。

 黒と紺色と、時々白が入り混じった悪魔から通信が入ってくる。

 

『……下がって』

 

 モニター越しで見た彼女の髪の毛は青みがかった黒が美しくて、見とれてしまいそうなほど。

 青い瞳は虚ろながらも、真に相手を見定めているような真剣な眼差しで。

 こういう人のことを女性相手でもそう言うんだろう。

 

「かっこいい……」

 

 と。

 

 ◇

 

 自分とは誰か。哲学的なことはともかく、自分とは私なのだから、私の名前を言うのが一般的な人間だろう。はじめましての人がいるなら、挨拶するのが基本なのだから。古事記にも書かれている。

 私、イチノセ・ユカリは目の前に広がるモニターを前にして1つため息を付いた。

 

「アセムゥ……ゼハートォ…………」

 

 曰く。イチノセ・ユカリを表す言葉があるとすれば、ガンダムAGE狂いだということだ。

 元々私はガンダムなんてものは知らなかった。

 それが何故AGE狂いとなったのか。答えは身内の犯行だ。

 友人からゲームを借りたはずが、そこに入っていたのはガンダムAGEの作品の1つであるメモリー・オブ・エデンの前編。

 彼女に悪態をつきつつも、暇つぶしに見たメモリー・オブ・エデンを見た瞬間、私の人生のすべてが変わってしまった。

 関係性オタクである私にとって、アセムとゼハートの関係が刺さらないわけもなく。

 友達だったのに実は敵対する相手同士で、アセムとゼハートの心をお互いにかき乱しながら、迷っていく姿はまさに理想の関係性そのものだった。

 ドハマリした私を待っていたのは、友人からのラブコールであり、MOEの後編を求める歓喜の悲鳴だったのは言うまでもない。

 こうしてアニメ本編を視聴したが最後、AGEのゲームもしよう、と思ったところ、レトロなゲームであり、ゲームをするための本体もバッテリーが軒並み死んでいるような劣化品。ゲームアーカイブもないことから、絶望していた。そう、GBNに出会うまでは。

 

「ガンプラを動かすんですね」

「そうですわ! わたくしもやっているのだけど、一緒にいかが?」

 

 該当の友達、もといガンダムオタクに誘われるがまま、私は手に取ったガンダムAGE-1ノーマルを組み立てていった。

 やっぱAGE-1はかっこいいな。最初は背中のF1カーみたいなスラスターに『ん?』なんて疑問に思うものの、それも次第に違和感がなくなっていき、みんなかっこいいとか、好きとか言い始めるんだろうな、などと考えながらGBNにログインを果たし、チュートリアルを超え。

 

 そして今に至る。

 

「はぁ……なーんでムスビさんは今日ログインできなかったんだか」

 

 ガンダムオタク、もといムスビ・ノイヤーは私を誘ったくせに、急用が入ったとかで本日はログインできないんだとか。

 誘われておいて、アバター作成からチュートリアル完了まで終えた辺り、私も愚痴を言えた試しはないのだけど。

 それにしても楽しかったな。リーオーNPDをドッズライフルで撃ち抜くと、回転しているように機体が貫通するのは。自分の意識と連動しているのか、思った通りの動き方をしながらビームサーベルで両断するのは。

 かなりぎこちないながらもクリアした私とAGE-1はまるで最初期のフリット・アスノのような気がして。

 

「楽しかったなぁ……」

 

 カフェテリアの座席で愛を叫ぶならぬ、欲望を垂れ流す女の姿は、少々気持ち悪い絵面だったかもしれない。

 ニヤケ面をクニクニとほぐして、改めてミッション一覧を眺める。

 ミッションとは要するにゲームのクエストのようなもの。開始1日目に表示された内容は容易い内容が多いものの、AGEに関する内容だってある。そう考えた私の予想は正しかった。

 

「『救世主ガンダム』、やっぱりあるじゃないですかー」

 

 AGEディメンション、ノーラを舞台にしたガフラン3機のうち1機を撃墜するバトルミッションだ。やっぱりAGE狂いを名乗るからにはここは外してはいけない重要なファクターだよね。

 迷わずミッションカウンターへ行き、YESのボタンを押下すれば、そのミッションが始まった。ある種の地獄の釜の中だとは知らずに。

 

 ◇

 

「よし、1機撃破!」

 

 ミッションが完了し、ガフランが逃げていくのを確認しながら、一息つく。

 まだ慣れてないのか、それともガンプラの完成度が低いのか。私の思ったような動きにならず苦戦はした。

 

「やっぱり完成度なのかなー」

 

 モニター越しに腕の割れ目を確認する。

 パチリと言うまでハメないから、などという言葉があるように、GBNでは1/144だったガンプラが原寸大まで成長する。

 それに伴い傷や割れ目までもが影響されてしまうらしく、ちょっとの隙間も、深い谷のようなハメが甘い傷へと変貌してしまう。これのせいでやや腕の駆動が緩いように感じてしまうが、そんなことを理解できているほど、このゲームに精通しているわけではない。

 諦めて今日のところは帰ろう。そう思った矢先に1枚のウィンドウが表示された。

 きっと帰還するかしないか、という選択肢だろう。適当にYESを押してしまえば、その事象は確定した。

 

「へ? バトルモード?」

 

 その瞬間。降り注がれる黄色いビームのあられが私のAGE-1を貫く。

 コックピットである胸部を守るべく前にクロスした腕はビームのあられによって破損。誘爆したAGE-1が後方に吹き飛ばされる。

 

「な、なに?!」

 

 グポポポポ。そんな奇妙な索敵音が私の耳元にたどり着く。

 このSE、私の記憶が正しければヴェイガン機が使用する機体がこの音を発するはずだ。

 誘爆した煙の中から現れたのは5機のゼダス。

 それもところどころ黄色に塗られた装甲はマジシャンズ8の駆けるゼダスMを思わせるようなカラーリングであった。

 

 おきらくリンチ。という言葉をご存知だろうか。

 意味合いとしては違うものの、このゲームにも存在しており、その内容は5人組の初心者狩りが、1人の初心者をボコボコにする、というものだ。

 ダイバーポイントも入ることから、一部の初心者狩りの間で流行っている卑劣極まりない集団でのイジメ行為のこと。どうやらそれがたまたまわたしに牙を向いたらしい。

 当の私はおぼつかない操作のため、両腕は既に破損してこのGBNの世界から消えていた。

 

『生きの良い初心者ちゃぁん、たくさんいたぶっていっぱい悲鳴を聞かせてね』

 

 何が何だか分からない。だけど、手からじんわりと汗が滲んでいくのを感じる。

 5機のゼダスMがジワリジワリと距離を詰めてくるのを感じて、無事な足とスラスターをフルブーストさせてこの場からの離脱を図る。

 これは、まずい。死にたくない。データだから死ぬという概念があるわけないけど、それでも恐怖には勝てなかった。

 思わず逃げ出した第一歩目の右足はゼダスMの1機が切断。同時に左足も両断し、重力に従って私のAGE-1が地面に叩きつけられる。

 

『ほーら、どうしたよ? もっと楽しませてくれって』

 

 正直言って泣きそうだった。心が黒々とした恐怖に徐々に染められていく感覚。ガンダムアイから見える化け物たちに震えて、歯がカチカチと震え始める。立っている足がガクガクと笑い始める。わたし、ここで死んじゃうんだ。

 本物の死の恐怖。実際に死ぬことはないけど、それに匹敵してしまうほどの悪意。

 ど、どうしたら。いや、どうしようもできない。現実は非情なんだ。

 じわりと、目の奥から恐怖が顔を出す。もう、このゲームをやめてしまおうか。それならこんな初心者狩りとも出会うことはない。元より友達に誘われて始めたゲームだけど、こんなことをされたら……。

 

 突きつけられた実体剣の矛先がコックピットに狙いを定める。

 もう、嫌だ。早く殺して。楽になりたいんだ。

 自然と口に出していた言葉を、初心者狩りが下品な笑みをニヤリと浮かべながら、受け取る。

 

『望み通り、ダイバーポイントになっちまいなァ!!』

 

 最後の一閃。目を閉じた先で、死を待つ。

 剣が突き刺さる。その瞬間が、わたしに訪れることがなかった。

 

『グアーッ!』

 

 キュルルル、と奇っ怪な音を鳴ったと思えば、目の前に突き刺さった胴体から空中で爆発が起こす。

 わたしは、何が起こったかまるで理解できなかった。目の前にあったのは、黒いリードに繋がれた尻尾だけで、その光景を漠然と眼前で見ているだけ。ただそれだけだった。

 

『誰だ?!』

『どこから?!』

 

 視界の片隅で臨時にパーティが1人追加される。ムスビさんじゃない。じゃあいったい誰が……?

 

 続いて視界に入ったのは黒。黒いマフラー。黒くて長くてボロボロのマフラー。

 頭が理解をし始める。長い尻尾はそういう相手を貫くための兵器であること。長いマフラーがどういう効果があるかは分からないけれど、相手に意表を突かせるには十分で。

 シャープで、悪役顔なその顔面がわたしの方へとわずかに傾く。

 黒と紺色と、時々白が入り混じった悪魔から通信が入ってくる。

 

「……下がって」

 

 モニター越しで見た彼女の髪の毛は青みがかった黒が美しくて、見とれてしまいそうなほど。

 青い瞳は虚ろながらも、真に相手を見定めているような真剣な眼差しで。

 

「かっこいい……」

 

 ついその言葉を口にしていた。

 だって、颯爽と敵機を1体撃墜して、守るようにわたしの前に立ち、目の前でそう言ってのけるんだよ? そこにかっこいいという感情以外に介入する感想なんてあっちゃいけない。

 でも相手方はかなり意表を突かれたようで。白い肌を少し赤く紅葉させる。

 

「は、はぁ?! こんな時に何言ってるの」

「だって、かっこいいから。つい」

「ついじゃないでしょう!」

 

 思わずくすりと笑ってしまった。かっこよくて、かわいいって、そんなの卑怯なんじゃないだろうか。

 目の前の悪魔は、その実、年相応の女性だった。

 

『おい! 俺たちを無視して……グワーッ!』

 

 その癖、とんでもなく強い。

 襲いかかってきたゼダスMをノールックで前腕に装備されているビーム兵器で頭部を寸分狂わず撃ち抜いてみせた。

 走る動揺。敵機はあっという間に残り3機になってしまっていたのだ。そして今のは恐らくリーダー機だったのだろう。為す術もなくやられてしまったリーダーと同じ姿になるのだと思えば、ガクガクと震え始めるのもおかしくない。

 彼らは、狩る側から、狩られる側になったのだ。

 

『さ、散開! あのマフラー付きを倒すぞ!』

『『おう!』』

「調子狂うなぁ……」

 

 それぞれ空中に1機、バックステップが1機。側面に逃げたのが1機の計3機が逃げ始める。

 だけど、それを見逃すほど悪魔は容易くない。

 背面のブースターをフルオープンすると、まずは空中の1機に猛追する形で悪魔の尻尾が襲いかかる。

 同時に腰にマウントされていた小さな鈍器を手に持ち、側面に逃げた1機へと投げつける。

 投げつけられた小さな鈍器――メイスはゼダスの頭部を叩き潰すようにクリーンヒット。そのままテクスチャの破片となって消え去っていった。

 続いて猛追していた悪魔の尻尾の先端が開かられる。まるで、なんていうことはない。それはカニのハサミみたいに、変形したゼダスの羽根を掴み、力の限り下方向、バックステップしたゼダスへと向かって急降下させられる。

 

『くそっ! 放せよ!!』

『おいおいおいおい! こっちに向かって……ッ!』

 

 瞬間、2機のゼダスは衝突。羽根の破片をもぎ取った尻尾が主人のもとへと帰ってくる。羽根の破片を彼女が見るなり、ため息を付いて後方へと投げ捨てた。カラン、カラン、と中身のないような音で何バウンドかすれば、テクスチャの塵へと変わっていった。

 

「す、すごいです! 5機全員倒しちゃうなんて!」

「いや、まだ」

「え?」

 

 爪の長い手で長いマフラーを掴むと、煙の中から襲いかかってくる黄色いビームの連射をマフラーで受け止める。

 何故か貫通することもなく、ビームがマフラーに当たって消滅していく。

 

『ABCマントか! だがッ!』

 

 手のひらの砲台からビームサーベルを突き出しながら、現れるのは半身が破壊され、頭部も半壊しているような相手。突撃してくるのは最後の抵抗とも言えるだろう。

 でもこの人ならそんな不意打ちには決して屈しない。何故だか分からないけど、私の予想がそう囁いているのだ。

 

 ――彼女は強い。

 

 肩アーマー部分から延伸用の腕部が勢いよく排出されると、下からアッパーの感覚でゼダスの手首を掴み上げる。長い腕を生かした不意打ちに対する不意打ち。ジョーカーに対するスペード3。絶対に覆すことのできない実力差が、ここにはあった。

 

『あ、悪魔めッ!』

「悪魔なのはそっちでしょ」

 

 余ったもう片方の腕が頭部を掴み上げると、ギリギリと万力のように音を立てて握りしめる。

 ミシリ、ミシリ。さながら悲鳴を上げているような金属音とともに、彼女は一言言った。

 

「初心者狩りしてる方が、よっぽど悪魔よ」

 

 握りつぶされた頭部に、コックピットにはもう誰もいない。

 現実だったら手のひらが血に塗れていただろうが、これはゲームだ。こんなに酷い殺し方をしても、メンタル面以外は無傷だ。

 ざまあみろ。はは。あはは……はぁ……。なんか、色々ありすぎて疲れちゃった。

 

「大丈夫?」

「……はい!」

 

 けど、さっそうと現れた青い髪の少女によって救われて、傷が少しだけ癒やされていた。

 立ち去ろうとする青い髪の少女をせめて覚えるべく、私は声を上げていた。

 

「あの、名前! 名前ってなんですか?!」

 

 沈黙と、そして。

 目を閉じ、しばらく考えるように瞑想する少女はこう告げて去っていった。

 

「エンリ。人はバードハンター、なんて呼ぶわ」

 

 拾い上げたABCマフラーを首に巻いて、彼女はどこかへと消えていってしまった。

 エンリ。バードハンター。その名前を深く胸に刻みこむように、彫刻刀で刻んでいく。

 イチノセ・ユカリこと、ダイバーネーム:ユーカリは名前の由来である人と人との『縁』がそこにあったことを示すように。




名前:ユーカリ / イチノセ・ユカリ
性別:女
身長:145cm
年齢:17歳
見た目:青く髪の毛が肩まで伸びたウェーブのかかったセミロング
どことは言わないけれどDぐらいの大きさ。身長にしてはでかい

第1形態。
AGEを見て、動くガンダムに乗りたくて、関連作品であるGBNを始めた
犬か猫かで言ったら犬派


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第2話:AGE狂いとお嬢様の友達

お空に魂を引かれているので初投稿です。


「ってことなんですよ!」

「そうなんですわねー」

 

 半ば私の妄想なんじゃないかと錯覚してしまうほどのムスビさんの適当な返事に少し頬を膨らましながら、ストローからいちごミルクを吸引する。

 あの事件が起きてから1日。こうして学校で友達であるムスビさんと昼食を取っているのだけど、頭の中はエンリさんのことでいっぱいだった。

 嘘。AGE7割、エンリさん3割と言った様子。

 とにかくあのガンダムはすごかった。AGE系のMSとも違う姿は、GBNがガンダムのオールスターゲームであることを理解させるのには十分だった。

 強いて言えばヴェイガン系のガンダムレギルスというべきだろうか。いやでもあんなにかっこいい機体をその枠に留めるのは少し違う気がして。

 

「それはバードハンターのエンリで間違いないですわね」

「なんなんですか、その。バードハンターって?」

 

 バードハンター。直訳すると鳥の狩人、という名前ではあるものの、GBNでサバイバルをしている物好きなんて滅多に存在しないだろう。

 いるにはいるだろうけど、エンリさんはサバイバーというボロボロな雰囲気ではなかったのを思い出す。

 

「GBNにはある種の通り名、みたいなファンが付けた名前がありますの」

 

 有名なところで言えば『ビルドダイバーズのリク』や『キャプテンカザミ』など。

 後者はどちらかと言うと自称ではあるものの、定着しているらしいので間違いはないだろう。

 要するにその界隈で有名なダイバーに対して、通り名をつけることで格を上げている、ようなものだろう。二つ名持ちとかかっこいいもんね。

 

 バードハンター。彼女の二つ名は文字通り『飛ぶ鳥を落とす』ことに特化した戦い方にある。

 何故だか翼を持つガンプラを執拗に狙い、駆逐する。

 彼女が通った場所には鳥が一匹残らずいる様子から、その異名を名付けられたとのことだった。

 ある意味ではシリアルキラー。『翼を持つ』というステータス故に狙われるダイバーも正直可哀想なところではある。

 

「そのバードハンターに助けられた、なんて相手はどんなガンプラでしたの?」

「ゼダスM、です」

「あー」

 

 ヴェイガン系の機体は基本的に翼持ちが多い。多分助けるついでに狙われたのだろう。そちらは可哀想とは微塵も思わない。だって相手初心者狩りだったし。私のこと引退まで追い込もうとしてたし。

 

「まったく、ラッキーガールですわね」

「あはは、ホント」

 

 あれがザクとかだったら、彼女は目もくれずに消えていったことと思う。

 悲しいことに、助ける理由がたったそれしかないのだ。

 だけど、私にとってはもうズバッとズキュッと突き刺さった出会いなわけで。

 昨晩考えている間に、私の中で生まれた感情は、彼女とお近づきになりたい、というものだった。

 何故かは分かっていない。でも心に突き刺さる感覚は、まるで好みの関係性を見つけたような、そんな『好き』を見つけた感覚と同じだった。

 

「どうやったら会えるかな……」

「ぞっこんですわね。嫉妬しちゃいますわ」

 

 その大きな口でジャムパンをちょこっと食べるのは、白い髪と肌。そして青い瞳を持った、アルビノ種を彷彿とさせる見た目の庶民派お嬢様だ。

 ここまで紹介するのをすっかり忘れていたけど、彼女の名前はムスビ・ノイヤー。

 どこかの財閥のお嬢様、らしいのだが、その昼食が牛乳とジャムパン。そしてコンビニで買ったのであろうサラダだけなのだから、微塵もお嬢様らしいところは見つからない。

 ちなみにゲームソフトの中にAGEMOEの前編を間違えて入れていた友人はこの子だ。

 彼女も根っからのAGE好きであり、GBNを誘った理由もAGE好きである我が友がーとか言ってたっけ。その割には当日ドタキャンされたけど。

 

「昨日すっぽかした人がよく言えますね」

「あれは本当にすみません。どうしても出なくてはならない会合のようなものがあったので」

 

 人の事情にとやかく言うのは普通にマナー違反だと思うし、追求はこの辺にしておこう。

 

「今日はGBNできるんですか?」

「もちろんです! わたくしのダナジン・スピリットオブホワイトを是非見ていただくことにしましょう!」

「おおー」

 

 彼女の駆ける機体はきっとダナジンの改造機なのだろう。

 あのMSもかっこいいからなー。仕方ないなー。ちゃんと見るまで戻れないなーこれはー。

 放課後のGBNのことで胸を高ぶらせながら、私は5時限目の授業の準備をするのだった。

 

 ◇

 

 エールストライクガンダムがデカデカと立っているシーサイドベース。

 海と赤レンガ倉庫が交互に光ってどこかの港と思わせるここにはガンダムベースとガンダムカフェ。そしてGBNの機器が搭載されていた。

 カバンの中にAGE-1が入ったタッパーを入れ、いざ来店。

 ちびっこいプラスチックの店員さんに挨拶しながら、私とムスビさんはガンダムベースの奥の方へと入っていく。

 そこはGBNに入るためのVR機器やらダイバーギアセッティングエリアやら。とにかく色んなものが目白押しだったのは言うまでもない。私には微塵も理解できないようなものばかりで目が回ってしまう。

 

「あら、先客かしら?」

「みたいですね」

 

 見れば長い黒髪のツインテールの毛先を地面につけないように、膝の上に起きながら、ゴーグルをして既にダイブしている人が1人。

 そのガンプラは黒くて、ボロボロなマフラーを首に巻いて、背中から伸びる尻尾がまるで悪魔を彷彿とさせる風貌で……って?!

 

「エ、エンリさん?!」

「はえ?!」

 

 もちろんそんな大きな声を出しても、意識がGBNの中にあるので反応されることはないにしろ、流石に私も驚いてしまった。まさかこんなにあっさり見つかるなんて思ってもみなかったから。

 そっか、今エンリさんはGBNの中にいるんだ。そう考えたら胸がワクワクと脈打つのを感じる。

 もしかしたらエンリさんとまた会えるかもしれない。今度会ったらどうしよう。まずはフレンド申請かな。やっぱりこういうのはまずお友達からっていうもんね。

 

「ムスビさん、早くダイブしよう!」

「はぁ。やれやれ」

 

 何がやれやれなんだか。今の私が激情だけで動いているとでも言いたいのか。そうだよそうに違いない。

 助けてもらった相手が実は自分の地域にいました、なんてニヤけものじゃないか。これは運命の出会いと言っても過言ではない。私の名前通り、エンリさんとの縁が結ばれているに違いない!

 ダイバーギアをセットし、その上に素組みのガンダムAGE-1を置く。

 光が足元から頭の先までスキャンされたのを見て、私もゴーグルをかぶり、操縦桿を握る。

 

『GPEX SYSTEM START UP──』

 

 二度目となる青白い光を座っている椅子から感じながら、徐々に意識が薄れていく。

 まるでエレベーターで下に降りていくかのような感覚。

 私が私でないものに、それでいて私であるものに変わる。

 黒くて短い髪が、青く染まり肩まで伸びたウェーブがふわりと首筋を撫でる。

 電子の身体がAGEの地球連邦軍制服へと姿を変え、そして……。

 

 喧騒の中、電子の身体の再構築を済ませればそこに立っているのはユカリではなく、ユーカリ。伸ばし棒を1つ追加しただけだけど、意外と本名バレしないのがミソだ。

 

「こちらですわ!」

 

 友人の声がして振り向けば、そこにはいつもと変わらぬアルビノの肌と髪で周囲の目を引く。

 リアルとは違う点を述べるとすれば異形なるドラゴンの翼と尻尾だろう。

 白いドレスと開いたパニエスカートに包まれた少女の翼と尻尾は、まるで醜い化け物、という風貌に見えなくもない。

 まぁGBNにはフェレットや犬に狐がいるんだから、対して気にする人はいないだろう。

 

「改めて、はじめましてですわ。わたくしはノイヤー、です」

「あ、これはどうも。私はユーカリです」

 

 ふふ。どちらとも言わずに笑みがこぼれだす。

 決してはじめましてではないものの、GBN内では初めてであるから挨拶はした。それでも知り合い同士でこんな事するなんて思わなくて。

 

「まぁいいですわ。今日はいかがいたしますか?」

「もちろん、エンリさん探し!」

「そう来ると思ってましたわ」

 

 少しだけ膨れた胸の前で腕を組んだムスビさん、もといノイヤーさんははてさてどうしたかと、考え事を始める。

 私と考えていることは同じなのか、首を傾げながら該当のバードハンターがどこに潜んでいるのか考えている模様だった。

 居場所の見当は一切ついてない。長い目で探していくしかないけど、それでもある程度の出没スポットぐらいは把握しておきたかった。

 

「バードハンターの居場所、となりますと飛んで探したほうが早いかもしれませんわね」

「そうなんですか?」

「彼女の性質ですわ。バードハンターは羽根付きのMSに強く反応いたしますわ。ならわたくしのMSが適切かと思いましてね」

 

 ウインクしてみせた彼女の可愛さはさておき、ノイヤーさんのガンプラ自体がどんなものか、私は把握していない。

 ログイン時にちらりと隣を見たことと、先程言っていた内容からダナジンであるということは知っている。だけどそれ以上のことは知らない。白かったのだけはなんとなく印象深かった気がするけど。

 

「では、格納庫エリアにレッツゴーですわ!」

「おー!」

 

 ◇

 

 格納庫エリア。ここでは自分がスキャンしたガンプラが等身大の姿として出撃の時を今か今かと待ちわびている。

 私のAGE-1もそうで、昨晩ちょこっとパチリというまでハメたり、筆入れというものをしたり。そうして出来上がったのが今のAGE-1ノーマルだ。

 そして隣に並び立っている白いガンプラ。これだけ聞けばガンダムのようにも聞こえるが、そんなことがあり得るはずもなく。

 前屈姿勢で立つ白いガンプラは両腕の手のひらにバルカン砲。ビーム発射口は彼女と同じような青い瞳のように塗装されており、彷彿とさせるのは某カードゲームの青い瞳で白い龍の彼だ。白き霊龍と名付けられたダナジンを最終調整と言わんばかりにノイヤーさんは設定をいじくり回していた。

 

「なにしてるんですか?」

「フレーバーテキストに少し細工をしているのですわ! こうすれば長時間飛ぶことも可能になりますの」

 

 フレーバーテキストとは、ガンプラ1体1体をどういう設定にするかを決める一種のプログラミングのようなものだ。

 特定の単語を組み合わせるようにして、ガンプラのプログラムを作成していって、自分だけのたった1つのMSを作ろう! というのがコンセプトらしい。

 もちろんこの単語、『プラグイン』はゲーム内で獲得できるのだが、私は当然持ち合わせていないので、ノイヤーさんがいじっているのをただ眺めているだけである。

 やがて調整を完了させたのか、1つ伸びをしてから溜まっていた息を吐き出す。

 

「こんなもんですわね。さ、行きましょうか」

「ちなみにどんな感じになったんです?」

「とりあえずAGE-1を乗せても滞空時間3時間以上は確約いたしますわ!」

「すご……」

 

 周りのガンプラよりも少し大型であるダナジンだが、それでもMS1機を乗せてその滞空時間って普通にすごいんじゃ。この辺りはやはり元々のガンプラの完成度によって変わっていくるのかな。私も完成度の高い、自分だけのガンダムAGEを見つけたいところだ。

 

 機体に乗り込めば、周りは暗い画面となりながらも、正面のモニターだけが光る。よし。

 

「ユーカリ、ガンダムAGE-1。行きます!」

「ノイヤー、ダナジン・スピリットオブホワイト。出ますわ!」

 

 カタパルトの射出を演じることができるのは数多いGBNに置いてのアドバンテージの一つかもしれない。後から出てきたダナジンの手に掴まれて、彼女の背中に乗る。気分はSFSに近い。

 

「まずはどこに行く感じで?」

「どうしましょう。とりあえずオルフェンズディメンションでも行ってみましょうか」

「了解です!」

 

 鉄血のオルフェンズがモチーフとなったオルフェンズディメンションは陸上が多い。

 宇宙エリアもあるものの、鉄血のオルフェンズの土臭い戦闘が行えないことから、あまり人気のないエリアでもあるらしい。悲しいねバナージ。

 とは言え、鉄血のオルフェンズ自体、私は見たことがない。いつかは見たいと思っているものの、そのいつかはオルガ・イツカなのか、5日なのか。ともかく未確定ないつかに振り回されるのはよくない。今度見よ。

 

 青いリンクサーキットのような門を潜り抜ければ、そこには広大な荒野のステージがそこにはあった。

 数あるディメンションの1つ。オルフェンズディメンションは少しさみしい雰囲気が漂っている。

 飛行形態になっているダナジンで滑空しながら空気を切り裂いていく。目的はたった1つ。バードハンターの発見であった。

 広大だからこそ周りを見渡せば見えるのかなと思ったけど、目に入ってくるのは赤い砂と岩盤だけで、特にそれらしい物体は何もない。

 

「どうですか?」

「ダメですね。もうちょっと別のエリアに行きましょう」

 

 この広大なGBNの中から1つの機体を見つけること自体がそもそもおかしい。

 頭ではそう思っていながらも、彼女とまた出会いたい、という気持ちが私の中で徐々に膨れ上がっている。どうしてだろう。なんでだろう。そんなことは多分ある1つの文章でまとめられるほど簡単なものだ。

 出会ったら必ず言おう。そう思ってかれこれ1時間ほどオルフェンズディメンションを飛んでいるが、一向に悪魔のガンダムが見当たらなかった。

 

「ここじゃないんでしょうか?」

 

 ノイヤーさんが1つため息をつく。それはそうだ。付き合わせているのは私なわけで。今度何かをごちそうすることにしよう。お嬢様ってコーラとか飲むのだろうか。そんなことを考えながら空を飛んでいると、結界のような壁を通った気がした。

 それは薄っぺらい膜のようなもので、ガンプラから何かを纏ったような、そんな感覚を感じたのだ。

 何か、嫌な予感。まるでそれは『バトルフィールド』に入ったかのような、そんな感覚だった。

 瞬間。ガンプラからレッドアラートが鳴り響く。

 

「な、何?!」

「少々捕まっててくださいませ!」

 

 撃ち放たれるのは桃色の閃光。これをダナジン自体を傾けて回避する。チュートリアルで言っていた。GBNでは2つのルールを除いて、原則いきなりのPvPは禁じられている。

 1つはハードコア・ディメンション。ヴァルガでの戦闘。

 そしてもう1つは、戦闘エリアへの介入。

 見ればガンダム・フラウロスと呼ばれる機体がこちらに銃口を構えている。

 対戦相手は土煙に隠れて見えない。いや、それにしたって戦闘エリアへの介入って、もしかしてこんな判定なの?!

 

「ノイヤーさん、もしかして……」

 

 彼女は口を閉じながら、それでも愛嬌のある可愛らしい顔を右手で抑えてこう告げる。

 

「やってしまいましたわ」

「やっぱりー!」

 

 突如始まったのはガンダム・フラウロスによる弾丸の雨あられ。

 ビームも混じったその攻撃からは逃れるすべはなく、私たちの初めての戦闘が幕を開けた。




名前:ノイヤー / ムスビ・ノイヤー
性別:女
身長:164cm
年齢:17歳
機体名:ダナジン・スピリットオブホワイト
見た目:白い肌に白い髪。青い瞳と異形のドラゴンの翼と尻尾。
服装は白いドレスのようなもので、スカートは開けたパニエ
要するに白いエリ◯ベート

ユーカリの友達。
自称お嬢様だが、庶民派すぎて周りからはお嬢様だと思われてない。
ダナジン・スピリットオブホワイトの元ネタはかの偉大なる龍。青眼の白龍


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第3話:AGE狂いと悪魔の対決

今日も今日とてお空という死神に時間を奪われているので初投稿です。


 戦場では少しの油断が一生分の対価として襲いかかってくる。

 ショートバレルに2丁のマシンガンを搭載したガンダム・フラウロスは少々改造しているのか、ビーム兵器にも対応している。

 弾丸の雨あられの中、桃色に輝く閃光がノイヤーさんの翼を掠めた。

 

「きゃあ!」

『やったぜぇ! この調子でどんどん連射連射連射ァ!!!!!』

 

 ダナジンに対地への迎撃手段はないと言っても過言ではなかった。

 もちろんそれはノイヤーさんのダナジン・スピリットオブホワイトにも同様のことが言えた。

 一応あるにはあるらしいが、ある種の虎の子らしいので、ここでおいそれと撃つのはためらわれるのだとか。

 それにしたって、VPS装甲の欠片すらない私たちの機体では、1発1発が致命傷だ。

 

『ヒャッハー!!! やっぱりフラウロスは最高だぜ!!!!!』

 

 相手は相手でフラウロスの連射力に恋をしているのか、一向にその場から動こうとはしない。その癖、射線はこちらに向いているので、厄介を通り越して迷惑千万極まりない。迷惑料として千万円払ってほしいところだ。

 とは言え、この状況は非常に芳しくない。エイム力は大した事ないようで、SFS状態のダナジンが攻撃を先程から躱しまくっている。

 どちらかと言えばノイヤーさんの腕がいいのかもしれないけれど、戦闘領域に入ってしまった辺り、腕がいいと言うよりも、運が悪いと言うべきか。

 それに先程から土煙に紛れている対戦相手の機体が気になる。

 フラウロスは明らかに私たちだけを集中的に狙っていて、向こうのことはお構いなしだ。そうなった場合、いったい誰が損をすると思うか。答えなんてものは決まっていた。

 

『速射連射乱射掃射!! どんどんどんどん撃て撃て撃て撃て……ッ!』

『……うるさい』

 

 弾丸の雨が途端に止む。

 その瞬間何が起こっていたのか。私の目には映っていた。

 黒いマフラーを身に着けた、歪で禍つな悪魔がナックルガードが実装されたツインメイスでフラウロスの頭部ごと、コックピットを叩き潰していた。

 一撃だった。私たちなんかにかまけていたから。そんな言い訳が、油断が彼を仮想の死へと追いやっていたのである。

 

『そん……なっ……!! 俺はただ、乱射が…………!』

『戦闘中に、よそ見する方が悪い』

 

 ツインメイスを回収した後に、トドメと言わんばかりに、手刀を形取った左手の突きが背後から胸部を抉り取る。まさしくオーバーキル。それ以上しなくてもよかったであろう悪魔は返り血にもよく似たオイルを全身に浴びながら、フラウロスから左手を抜き取った。

 残ったのはデータの残り滓。恐らく数秒も立たないうちにエントランス・ロビーに移送されて、修理に出さなくてはいけないほどの大怪我を負っていることだろう。

 可哀想に。あの悪魔が、エンリさんのガンプラでなければ、私たち討伐への加勢をしたかもしれないのに。

 

「ほっ……」

「なんとかなりましたわね。そちらの方、感謝いたしますわ!」

 

 エンリさんはただ黙って上を向いているだけ。

 そうだ、お礼を言わなきゃ。そしてあの事をちゃんと私の口から言うんだ!

 

「エンリさん、あの!」

『翼は、剥ぎ落とす』

 

 エンリさんが飛んだかと思えば、バックパックから生えている尻尾。テイルシザーが口を開く。

 

「え?」

 

 不意打ち。為す術もなく白いダナジンの翼を掴まれた後は、ワイヤーを自分の手で掴み取り、身体を捻らせながらテイルシザーの先にいる私たちもろとも、地面へと叩き落とした。

 

「きゃあああああああ!!!」

 

 文字通り不時着した私はなんとか受け身を取って事なきを得たけど、翼を掴まれたままの白いダナジンは抵抗することもなく落下ダメージをモロに受けてしまう。

 掴まれていた翼は取れてしまい、テイルシザーの捕食にも似た行為に再度空を航行することを禁じられてしまった。

 

「な、なんですの?!」

『……翼は、剥ぎ落とす』

 

 戦闘フィールドは依然継続。意図的に対戦相手を再度選んだ先にいるのはエンリさんのガンダムゼロペアー。強靭な脚力から放たれる猛烈ダッシュからのツインメイスが火を吹く。

 相手を必ず殺すという殺意を込めた強力な振り下ろし攻撃をすんでのところで躱すダナジン。自身がいたであろう場所には大きなクレーターが1つ出来上がっている。

 間違いない。彼女は、私たちを本当に戦闘不能にさせるつもりだ。

 

「エンリさん! 私です! ユーカリです!」

『知ってる。でもこれはわたしの八つ当たりだから』

「お付き合いする、わたくしの目を見て話しなさい!」

 

 手のひらのビームバルカンを発射させるものの、相手のABCマフラーと鉄血装甲と呼ばれているナノラミネートアーマーによって阻まれる。

 ノイヤーさんが軽く舌打ちしながら、向こうのビーム攻撃を電磁シールドによって防ぐ。

 明らかに分が悪い。元々AGE系のMSに実弾兵器のようなものは殆どないと言っても過言ではない。コロニーデストロイヤーなり、プラズマダイバーミサイルなりはあるが、それは戦略兵器。戦術兵器であるMSには当然搭載されていない。

 そしてヴェイガン系の機体は特にミサイルなどの兵器は搭載されていない。

 理由は恐らく資材の無さと内蔵武器としての使い勝手の悪さに当たるだろうが、要するにノイヤーさんのダナジンには格闘戦を挑むぐらいしかあのゼロペアーとまともに戦う手段がないということ。

 そして先日のゼダスMを5機撃破した彼女の実力は、恐らくノイヤーさんより上。

 状況は、かなり最悪だった。

 

「ダンスのお相手、いかがかしらッ?!」

『そういうジョークはいいから。早く墜ちて』

 

 ダナジンの両手の砲門から現れたのはビームサーベルが2本。

 片翼を失っているであろうダナジンだが、そのマニューバは優れたものだった。

 ホバー移動しながら、ゼロペアーのビーム攻撃を電磁シールドで無効化しつつ、襲いかかるテイルシザーを優雅に回転しながら避ける。

 怪獣と悪魔の異種格闘技戦に心が躍るものの、そうは問屋が卸さない。私は眼中にないらしいが、自分にはエンリさんのゼロペアーが目に入っている。

 襲われている友達ぐらい、助けなきゃ友達失格でしょ!

 

 混戦極まるゼロペアーとダナジン・スピリットオブホワイトの間を縫うように、ドッズライフルの一撃がマフラーを掠める。

 反射的に仰け反ったゼロペアーを捉えるようにもう一撃を調整してビームの柱を打ち込む。

 これもギリギリのタイミングで避けられてしまう。ノイヤーさんも短時間とは言え集中していたのであろう。一息つき、相手を睨むようにしてダナジンの頭をゼロペアーに向ける。

 

『……助けた恩、忘れたわけじゃないよね』

「うん。友達を目の前で襲われてたら、助太刀しますよ普通」

『ふーん、そう』

 

 2対1。形勢が逆転したなんて口が裂けても言えない。

 こっちは素組みの状態でダナジンだって片翼を失っている。対してゼロペアーはABCマフラーの上限を迎えただろうけど、五体満足の状態。

 ビーム兵器は当然効かない。ドッズなら行けるかもしれないけれど、やはり素組みなのと、私の始めたての射撃の腕では当たらない。

 撃退の手段すら見えなかった。できれば引いてほしいのに、ゼロペアーは、エンリさんはそんな事をしなさそうに見える。明らかな闘志。明確な殺気。先程も八つ当たりと言っていた。満足するまではこの戦いはきっと続く。

 

「どうしますか、ノイヤーさん」

「……1つ、手がありますわ」

「ホント?!」

「マイクロウェーブ受信まで4秒。発射までの時間を合わせて、10秒持たせてくだいまし」

 

 マイクロウェーブ。それはガンダムXにて登場するサテライト・キャノンを使用する場合に用いられるエネルギー譲渡手段の1つだ。

 戦術兵器をMS単騎で行うことができる強力なものであるが、縛りは当然付く。

 それは戦場でマイクロウェーブ受信からサテライト・キャノン照射までの時間、その場で待機しなくてはならないということだ。

 GBNの仕様上、月が出ていなくてもマイクロウェーブの受信はできるものの、そこの難点が全てを台無しにしていた。

 でもサテライト・キャノンレベルなら、あのナノラミネートアーマーも突破できるかもしれない。だったら、やるしかないですよね。

 

「分かりました。なんとかします!」

『相談は決まったようね』

「はい! 私が勝ったら、言いたいことが1つあります!」

『そう。勝てたら、ねッ!』

 

 私たちの意図を察してか知らずか。ダナジンが大きく片翼を広げた瞬間、ゼロペアーの強靭な脚力が地面を蹴り飛ばす。10秒間耐えろと言われたのだ、当然ビームサーベルを手に、前へ出る。

 同時にゼロペアーから発射されたのはビームに非ず。小型のメイスが縦に回転しながら、ダナジンめがけて空中を走る。

 ダナジンをやられてしまえばこの戦いはおしまいだ。だから守らざるを得ない。そう、守らなきゃいけないのだ。

 瞬間。思考は一つのことに凝り固まってしまう。あのメイスをどうにかして処理しなくてはならない。それはエンリさんの手のひらで踊らされていることも知らずに。

 

 残り8秒。巡る1つの思考の中、導き出した結論はビームサーベルでの迎撃。

 両手に持った2本のビームサーベルをクロスさせ、襲いかかるショートメイスを弾き飛ばす。よかった。これでダナジンに当たることはない。そう思っていたが、そうは問屋が卸さない。

 ゼロペアーのフロントスカート部分から発射されるのはシザーアンカー。メイスのナックルガード部分と接続すると、チェーンを握ってから、弾かれたメイスを勢いよく目標へと叩き落とす。

 咄嗟にバックステップをして回避をするものの、判断が遅れてしまうのは仕方のない事実であった。

 振り下ろされるメイスを前に先ほど正面に構えていた両腕がベキベキとクッキーを砕くようにあっさりと粉砕していってしまった。

 

「なっ?!」

 

 もっと強度があったら恐らく耐えていたかもしれない。だけどそんなのはイフの話。

 残り5秒。叩きつけたチェーン付きメイスを持ったゼロペアーは身体を捻り始めた。

 嫌な予感がビンビンと感じる。私の予測ではフロントスカートと連動しているメイスが捻った先にあるAGE-1とダナジンを横薙ぎで一掃するつもりだ。

 どうすればいい。素組みの防御力なんてたかが知れているし、あんな暴力的な戦い方から身を守ったところで次の質量が襲いかかってくる。死ぬのが遅いか早いかの差しかない。

 刻一刻と判断のときが迫る。明確な死のイメージが、漠然とした頭の中で浮かび上がる。

 でも。死ぬぐらいだったら次に繋げるのが一番だ。そう、ダナジンのサテライト・キャノンに賭ける方が、いいに決まってる!

 

 だから無意識に私はレバーを前に向けていた。

 AGE-1のスラスターを全開にし、刻一刻と死を与えようとしているゼロペアーに私は突撃を仕掛けていたのだ。

 

「うぉおおおおおおおお!!!!!」

『この子ッ!』

 

 質量の暴力にこちらだって質量の暴力をぶつける。

 目には目を歯には歯を戦法だ。これのいいところは作戦が非常に単純であること。

 悪い点を上げるとすれば、先がないことである。

 質量爆弾によってよろけたゼロペアーが有線でつなげたメイスを地面にこすりつける。こうなってしまえば勢いはこちらに向いている。背中から地面に不時着したゼロペアーはなんとかそこから抜け出そうとするが、もう遅い。残り0秒だ。

 

「ダナジンよ! 眼前の敵を焼き滅ぼしなさい! ビームバーストストリーム!!!」

 

 ダナジン・スピリットオブホワイトの口が開き、青い瞳にも似たビーム照射口から高密度の白い閃光が私たちの方へと向かってくる。

 ノイヤーさんの手を汚して申し訳ないけど、今日の目的は果たせた。だから……。

 

「エンリさん、ごめんなさい」

『はぁ……あんたたちの作戦勝ちよ』

 

 捨て身の戦法はどうやら吉と出たらしい。

 白い閃光がAGE-1を、ゼロペアーを溶かし尽くすのに何秒かかっただろうか。

 ビームバーストストリームが照射された後、残っていたのは抉れた地面とバトルフィールドを解除する旨のメッセージだけだった。




・ガンダムゼロペアー
名前の由来は数字の『ゼロ』と失望の『ディスペアー』を掛けている。
『叩きのめす』ことをメイン据えた格闘戦仕様のガンダム。

ガンダムヴァサーゴを主軸にして、両腕をバルバトスルプスに。
バックパックをバルバトスルプスレクスのテイルシザーを装備。
フロントスカートにはX1を採用。シザー・アンカーを使用可能。
また、自分で自作したABCマフラーを装備しており、ビーム耐性は高い

・特殊システム
ABCマフラー
ツインエイハブリアクター
ナノラミネートアーマー
阿頼耶識システム・リミッター解除:
合言葉は『落とせ、ゼロペアー』

・武装
ゼロペアークロー
クロービーム砲
ツインメイス
テイルシザー
シザー・アンカー
メガソニック砲

 ◇

・ダナジン・スピリットオブホワイト
ダナジンを白く染め上げ、発光部分を青く塗りつぶしたノイヤーのガンプラ
名前の由来は『ドラゴン』と『ダナジン』をかけ合わせている。
状況打破用に胸部ではなく頭部にサテライトキャノン同様の、
ビームバーストストリームを所有しているのが特徴的。

基本的にはダナジンと同じ見た目ではあるが、
胸部にコックピットを移したり、頭部の強度を増したり、
ダナジンスピナーをテールライフルに変え、
不意打ち可能なオリジナル性と完成度を上げている。

・特殊システム
電磁シールド
変形

・武装
ビームバルカン
ビームサーベル
ビームバーストストリーム
ダナジンライフル
パイルバンカー×2


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第4話:AGE狂いとやさぐれ女

あと一週間もすれば和風の村に行ってモンスターをハントしなくてはいけない


「最悪ね……」

「なんでですかぁ!」

 

 聞き捨てはならない、というよりも、聞き逃すわけにはいかない暴言に私は思わず声を荒げた。

 いや、確かに勝手にバトルフィールドに乱入してきたのは私たちだし、どちらかと言えばこっちが悪い。いくらか弁明する余地があるとすれば、私はノイヤーさんに乗っていただけで、巻き込まれた方と言っても差し支えない。

 だから私は悪くない。とは言い切れるわけもなく……。

 

「カッとなったことは反省するけど、それとこれとは別よ。バトルフィールドは勝手に入るなってお母さんに習わなかった?」

「お父さんとお母さん共働きですし……」

「…………そんな家庭もあるわよね」

 

 比較的バッドコミュニケーションにあたるぐらいには最悪の返しだったと自負している。取り消すつもりは毛頭ないけど。

 実際ハイエナ行為が横行していた時期もあったらしく、誤解を招いたこちらが悪かったと今は謝るしかなかった。

 

「すみません……」

「いいのよ。負けるつもりはなかったのだけど」

 

 ペコリと頭を下げてお詫びをする。

 だが興味もなさそうに、ため息を1つついてみせた。その姿に少しだけ憂いたかっこよさを身に染みて。

 エンリさんの横顔に少しだけ見惚れながら、私が呆けていると彼女はお返しと言わんばかりに質問を投げかけてきた。

 

「GPDの経験は?」

「……え? いえ。というかGPDってなんですか?」

「なんでもないわ」

 

 小声で「実力だけ言えば経験者だと思ったけど、素組みでそれはないか」なんて聞こえる。どうやら1つだけ訂正すべき点があるようだった。

 

「私、VRゲームを嗜んでたので」

「あー、そっち系統ね。理解したわ」

 

 VRゲームはなにもGBNだけではない。

 NPCがAIなゲームだったり、カードを使って呪文を唱えるゲームだとか。ファンタジーからサイエンスフィクションまで、様々なゲームを嗜む程度にはやっていた。それらから分かったことだけど、どうやら私はVR適正が高い人間らしい。

 チュートリアルしか済ませていなかった、私がダナジンと悪魔のガンダムを遠ざけるのに放ったドッズライフルが正確な射撃だったのはそれが理由だった。

 

「最近は面白い新人が転がってるものね」

「そうなんですか?」

「まぁ色々いるのよ。浮かんでは沈んでの繰り返し」

 

 私はただVRゲームの経験があるというだけだ。

 そこにはガンプラの腕前という点を勘定に入れていない。

 ノイヤーさんに見せた時は見込みがある、ぐらいの勢いだったため、やればできるのだろうけど。

 

「私、ガンダムAGEでガンダムを知ったので、プラモデルの経験が皆無で」

「そのようね。期待の新人、ということで」

 

 興味もなさげに、腰掛けたカフェテリアの椅子で足を組み直す。

 エンリさんってやっぱりかっこいい。大人の女性、というイメージが強く浮き出ている。

 こういう時、私はよく人を褒めるようにしている。だから今回もその信条の通りにすべく両手をぐっと握りしめた。

 

「エンリさんってやっぱりかっこいいですよね!」

「……はぁ?!」

「なんというか、大人の色気みたいなのが全身から滲み出ていて。それにあの悪魔のガンダムだって、すごくかっこよくって……どうしたんですか?」

 

 机に肘をつき、片手で顔を隠しながら目線を遮るように横を向く。急にどうしてしまったのだろうか。『はてな』マークを浮かべながら、彼女の最終解答を待つのだが、それが一向に帰ってくることはなかった。

 注文したカフェオレとオレンジジュースが机に置かれて、私はオレンジジュースを手にする。

 

「飲まないんですか?」

「……はぁ」

 

 帰ってきた返事はただのため息で。

 ようやく顔を正面に戻してくれたかと思えば、カフェオレをストローから口にしている。

 私もオレンジジュースをストローからチューチュー吸って少々の酸味と甘味を舌の上で味わう。

 

「え?! なにこれ美味しい!!」

 

 気付いた。なんだこの五感へのフィードバック率の高さは。

 今まで遊んだVRゲームは基本的に味がしないものが多い。雰囲気を味わう、というケースが多いVRゲームの食事に置いて、このGBNというVRMMOは文字通り一味違っていた。

 普通にオレンジジュースを味わっている感覚がする。こんなにも五感にフィードバック、こと味覚という感覚が再現されていることに感動を覚えていた。

 

「そんなに驚くこと?」

「驚きますよ! エンリさんは他のVR経験は?」

「ない。ずっとガンダム一筋だったから」

「すごいんですよ、このGBNは! 五感のフィードバックがすごくて!」

 

 うわー、すごくテンション上がる! こんなにも美味しく感じるのなら、別の料理はどんな味がするのだろうか。ワクワクで唾液が止まらない。じゅるり。

 

「注文するなら自分で払えるだけにしなさいよ」

「え? あ……。むむむ……」

 

 始めたてにお金はない。ミッションを見ていると、すぐに稼げるみたいに見えるけど、それでも初めて2日でまともなミッションはチュートリアルしかしてこなかった私に許された注文権は存在していなかった。

 

「ぶえー! ナポリタンとか頼みたい……。あとオムライス」

「勝手に頼めばいいじゃない」

「奢ってくれるんですか?!」

「んなわけない」

「ぶー……」

 

 って、ほぼ初対面の人間にこんなこと頼んでいい訳がない。

 ちらりと彼女の顔を伺ってみれば、あまり芳しくないような表情を私に浮かべている。うぅ、失敗した。調子に乗ってしまった点を1つ改めるように、私はしょぼくれた顔で謝罪をする。

 

「ごめんなさい。ちょっと調子に乗りました」

「別に」

「でも、ほぼ初対面のエンリさんに突っかかりすぎじゃないですか、私」

 

 いくらなんでもグイグイ踏み込みすぎた。まだ言いたいことだって言えてないのに。

 彼女は正面を向いて、しなやかな両腕を胸の前で組む。表情は依然険しく、これは怒られるパターンではないだろうか。

 そう考えていた私に帰ってきたセリフは、想像とは少し異なっていた。

 

「さっきのでチャラにしてあげるわ」

「……さっきの?」

 

 さっきのって、何?

 私がなにかしたような思い出もなにもないのだけど。

 考えれば考えるほどドツボにはまっていくような感覚はするものの、一向に答えは出てくることはない。

 云々唸っている私を見て、意図が伝わっていなかったのかと、またため息混じりの愚痴をこぼす。

 

「さっきのよ。さっきの」

「だからなんですか? さっきのって」

「……あんた、本気で言ってるの」

 

 本気も何も。特に思い当たるフシが一切ない。

 ホントに「さっきの」が分からないから質問しているのだけど。

 美人な口元をわなわなと震わせながら、時には口を開けて何かを言葉にしようとするが、諦めて口にしたり、時には目線が宙を泳ぐ。何か言いづらいことでもあるのだろうか。

 それが「さっきの」ということなのだろうか。私にはやっぱり分からない。

 次第に青寄りの黒いツインテールをふるふると揺らし、全てを諦めたように肘をついて話してくれた。

 

「…………かっこいいって、褒めてくれたことよ」

「え?」

「だから……! もういいや」

 

 その表情は、病的なまでに白かった肌が少しだけ色づいたように夕日が灯る。

 もしかして、さっきの褒め言葉のことを言っているのだろうか。たったそれだけの褒め言葉のつもりだった。私が今すぐにでも伝えたいと思った心からの言葉だった。それを嬉しいって言ってくれるって、なんか……。なんか……!

 

「私嬉しいです!」

「なんであんたが言うのよ」

「だって! 私の言葉で嬉しくなる人がいるって、嬉しくないですか?!」

 

 自分でも少々頭痛が痛い事を言っている覚えはある。

 でもそれ以上に伝えたい感情を素直に伝えることができて、私は嬉しくなった。

 この心の揺れ動きを言葉に例えるなら、その感情が最も当てはまる言葉だ。

 

「……あんた、変わってるわね」

「そうですか?」

「その素直さは美徳だと思うわ」

 

 ボソリと「わたしには眩しすぎるけど」なんて聞こえた気がしたが、多分気のせい。

 私は私で、エンリさんが褒めてくれたことが嬉しくて、些細な内容を気にも留めなかったのもある。

 

 そういえば。そんな話題を切り替えるようにして口に出された彼女のワードは私の気持ちを切り替えるには十分だった。

 

「あんた、勝って何が言いたかったの?」

「あ。あ! はい! えっと……」

 

 素直さが美徳と言われるのは初めてだった。

 損しかない性格だと思ってたけど、褒めてくれる人がいてくれて。それを言葉に乗せてくれる人がいてくれて。

 私も同じく感謝を口に含ませて、該当の言葉を紡ぐ。

 

「友達になってほしいんです。私と!」

「……友達?」

 

 私は伝えたかった。あのゼダスM5機から助け出してくれたことを。

 私は撃ち抜かれた。その美貌とクールな彼女。そしてガンダムゼロペアーを。

 私は手を伸ばした。この目線の先にエンリさんがいることを望んで。

 

 どうしたかったなんて、私の足りない人生経験の前では一緒に過ごすぐらいしか思いつかなかった。

 ビビッと感じたこの感情を理解するのはまだまだ時間が足りない。

 だからこの目線の前にエンリさんを見据えて、目標と理解を得るために。

 その手っ取り早い手段が「友達」だった。

 

「そうです! 迷惑かもしれませんけど、でも!」

 

 その言葉に、決意に言葉を震わせながら、私は口にして。

 握りしめた両手には感謝と懇願と。ビビッと感じた何かを秘めて、彼女の言葉を待った。

 そこに一切の偽りはなく、ただ一緒にGBNをしたいという気持ちだけがこの衝動を突き動かしている。

 どんな返事が来るんだろう。

 期待と不安。希望と絶望。大釜の中に相反する感情論をぐるぐる混ぜにする。

 

 彼女は決して目線を合わせずに。それでも目を見る私に向かって、少しすれたような感情を口に出しながら答えた。

 

「勝手にすれば」

「……と、言うと?」

「フレンド登録はしてあげる。あとは勝手にしなさい」

 

 期待は希望へと無事昇華した。目をまんまるに見開きながら、私の描く未来回路にエンリさんという仲間が加わったことに大喜びしながら、早速フレンド登録を済ませようと、メニュー画面を開いた、が。

 

「フ、フレンド登録ってどうやってするんですか?」

「……はぁ。コミュニティって項目があるでしょ? それを……」

 

 ノイヤーさんがオルフェンズディメンションから帰ってくるまでには済ませておきたい。そんな事を思い描きながら、私はエンリさんからのチュートリアルを受けるのであった。

 

 ◇

 

「ふすん……ユーカリさんの初フレはわたくしになる予定でしたのに」

「ご、ごめんなさいー! 忘れてたからしょうがないじゃないですかー!」

 

 面倒な子に出会った。歳はわたしよりも下で間違いない。ごく一部が非常に発達した140代の女の子なんてそうそういてたまるか。だからこの子はきっと小学生に違いない。でなければ中学生だ。

 後から合流したもう片方は、正直分からない。けれど、あの口ぶりだと同年代だろう。騒がしいたらありゃしない。

 カフェオレの氷をカランと揺らしながら、わたしは話半分で2人の痴話喧嘩を右耳で受け止めて左耳に流す。こういうのはあの二人組の話題でうんざりだ。

 

 いち早くフレンド登録を済ませたわたしたちが迎えたのは、先程のダナジン乗りであろう人物であり、名をノイヤーというらしい。

 ダナジンという翼付きであるのなら、いち早く落とすことを考えなくてはいけなかったから血が昇っていたが、元を正せば彼女がバトルフィールドに入ってこなければ、乱入戦闘にならずに済んだ。

 もちろん彼女からの謝罪は受け取ったけど、内心は不服だった。

 

 青いレンズで白い翼のダナジン。その青い瞳はおおよそ『あいつ』を思い出させるのには十分で。

 八つ当たりなのは分かっていても、止まらない激情を鎮める方法を知らない。

 だからこうやって大人しく座って窓の外を眺めている。

 GBNの空は美しい。美しいからこそ、憎い。GPDのあの空を、青い翼のサムライを彷彿とさせるから。

 

「どう思いますかエンリさん! ノイヤーさん、ちょっと独占欲強めです!」

「何を言っしゃいますの?! わたくしは至って正常な……ってあれ」

 

 なんだ。わたしに声をかけたのか。横目でちらりと彼女たちの様子を伺うも、どこかわたしを心配したような。いや、どちらかと言えば黄昏れているわたしを見て少し引いたのかもしれない。面倒な面構えしてたか、わたし。

 

「なに?」

「い、いえ。わたくしは特に……」

「空、好きなんですか?」

 

 意外、というほど意外ではない。彼女ならそんな真っ直ぐな言葉を口にするに違いないと思ったから。嫌というほど身を持って体験したんだ、それは間違いない。

 好き、という言葉は空に似ている。時々どこへ行っていいか曇ってしまったり、本当に道に進んでしまってもいいのかと戸惑うほどの嵐になったり。

 それでも進んでよかったと。目覚めにカーテンを開けたら清々しいほどの気持ちよさに思わず目を細めてしまうほど静かで暖かい気持ちになる晴れになったり。

 そんな晴れ模様は、わたしには……。

 

「そんなに好きじゃない」

 

 ――眩しすぎた。

 

 夏の太陽はいつだって直射日光をしたら、目を焼いてしまうように。

 憧れたあの背中は依然遠くて。超えたように見せた彼女の姿は背を向けていて。

 あぁ、わたしは嘘を付かれたんだ。わたしの方が実力が上であるという嘘を。

 

「わたし帰る。それじゃ」

 

 メニュー画面からログアウトのボタンを押そうとした次の瞬間、彼女が、ユーカリがわたしに呼びかけてくる。

 

「はい! リアルでまた!」

「……は?」

 

 わたしの嫌いな嘘を付かれながらも、変な冗談だと思い、ログアウトする。

 エレベーターで上昇していくように、電子の身体が精神から剥がれ落ち、現実の肉体へと癒着する。

 あの頃から癖になってしまったため息をまた1つ吐いてから、VRゴーグルを外す。

 目の前にはわたしの愛機、ガンダムゼロペアーが我が物顔で鎮座している。

 あんた、かっこいいってさ。まぁわたしが作ったガンプラなんだから当然なんだけど。そんな彼女の嘘か真か分からない褒め言葉を鼻で笑い、バッグからタッパーを取り出し、そして……。

 

「またお会いしましたね、エンリさん!」

「……は?」

 

 隣には、髪型に違いはあれど身長と胸の大きさとわんこみたいな雰囲気がそっくりそのまま現実に写し出された彼女の、ユーカリの姿があった。

 

「エンリさん、ガンプラ教えて下さい!」

「……は?」

 

 どうやら、現実でもこの子からは逃げられないようだった。




名前:エンリ
性別:女
身長:159cm
年齢:19歳
二つ名:バードハンター

見た目:青寄りの黒髪のツインテール。腰まで伸びている。青い瞳
ボロボロのコートと長いマフラー(要するにグレ◯ッキー)
綺麗めな美人。鋭い印象を見受けられる容姿。
胸はない。Aカップぐらい。つるつるすとーん

ヒロイン。
クールな見た目に反して、褒め言葉にはクッソ弱い。
また、とある出来事から嘘が嫌い。


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第5話:AGE狂いと新たな憧れ

リア凸からのガンプラ相談とかいう事故


 偶然というものはいつだって存在する。

 神様のいたずらなのか、ダイスの女神様、もとい邪神様による運命のサイコロ振りなのか。

 いつだってそれにわたしたちは振り回されっぱなしである。

 そう、今だって……。

 

「いやぁ、まさかエンリさんもこの辺出身だとは思いませんでしたよー!」

「……最近、引っ越してきたのよ」

 

 半分嘘。ちょうど3年ほど前に引っ越してきて、GPDができる環境でもなかったし、なら、ということでGBNを始めた。

 兄さんの影響も多分に含まれているけれど、ガンプラ好きが功を奏した、ということで1つ誤魔化させてほしい。

 元々は北の方で過ごしていたけれど、家庭の都合で、というやつだ。当時中学生だったわたしに意見できるわけもなく、そのままこっちの都会まで引っ越してしまった。

 やっぱ都会はすげーなぁ! ガンプラが豊富で! とかぼやきながら散策したのはいい思い出だな。

 

「ある意味運命ですわね、こうしてネット出会えた友達と偶然ブッキングなんて」

「わたしは勘弁してほしかったけど」

「そんなこと言わないでくださいよー! 私、こう見えても嬉しいですから!」

 

 まるでブンブン犬のしっぽを振り回していそうなぐらいの勢いで言われても、お、そっか。ぐらいにしか思わないよわたしは。だってそのとおりにしか見えないし。

 頼んだ赤い彗星のトマトジュースを口に含みながら、わたしは質問事項をまとめる。

 

「で、ガンプラを教えてほしいって?」

「はい! 今のAGE-1でもいいんですけど、やっぱり勝てるようになりたくって!」

 

 聞けば、チュートリアルも含めてMS戦は3戦やったが、勝つことができたのはNPDのみ。初心者狩り、あのゼダスM軍団とわたしを含めて、対人戦で勝てた試しがないらしい。悲しいねバナージ、とかではなく。初心者ならそんなもんだとは思うけどな。

 あのゼダスM軍団だって、質は悪いが数としてはいっちょ前に用意できていた。ガンプラの出来だって、恐らくわたしとそっちのお嬢様の足元にも及ばないが、素組みよりは高いと思われる。

 わたしのゼロペアーとお嬢様のブルーアイズ。じゃない、ダナジンに感化された、というのが適切だろう。わたしにもそういう経験はある。

 

 それに、勝てるようになりたい。という気持ちは概ね同意できた。

 わたしのガンプラが強いんだと、最強なんだと心から言えるような強い意志を胸に、自分のガンプラを磨き上げてきた。

 そうして出来上がったのがこのゼロペアーだし、お嬢様のダナジンというわけだ。

 彼女の腕は良い。あとは対応できるだけのガンプラ、ってことか。

 

「お願いできませんか、エンリさん」

「なんであんたがそれを口にしてるのよ」

「せっかくのユカリさんのお願いですもの。無下には出来ませんわ」

「あんたはこいつの母親か何かかと」

 

 ため息を付いた後に、ストローからトマトジュースを一口。酸味が口の中いっぱいに広がって、夏の気配に爽やかさが喉を潤す。

 お嬢様。確かノイヤーとか言ったか。が、ぷりぷりと少し前のめりになりながら怒ってくる。

 ノイヤーって人、白い髪に白肌って、アルビノか何かだろうか。リアルでもそうだとは思わなかったけど、こういう人もいるんだな。

 彼女はその視線に気付いたのか、少し目を細めて威嚇を始めた。

 

「なんですの?」

「別に。珍しい人もいるんだなと」

「わたくしのことなら放っておいてくださいまし。容姿をとやかく言われるのは嫌いですので」

 

 やっぱり気にしていたのか。その過敏すぎるほどの受け取り方は前から散々言われてきたことなのだろう。

 人の容姿に難癖をつける人なんてごまんといる。わたしの長いツインテールとか、鋭い目つきとかもバカにされたり、怖がらせたりしてきたらしいし、スルー力が高いが美徳の日本人でも肌の色は気にする。

 だからわたしは無作法がすぎたと謝る必要があった。

 少し目線を外して、テーブルに肘を付けてからわたしはこう言う。

 

「……ごめん」

 

 傍から見れば謝るような態度ではない。

 だがわたしだって素直になりきれない自分が嫌いだし、それ以上にノイヤーという人間そのものが苦手な部類だ。そんな相手に頭を下げるなんて屈辱的な真似したくない。だからぶっきらぼうに目線を外した、というわけだ。

 ちらりとノイヤーの顔を見ればそのマリンブルーの瞳が丸く見開かれる。そんなに意外だったか?

 わたしだって、兄さんに言われるまでは謝るなんてことはしなかったけど、世渡りぐらいはできるようにしておけと言われたことに感謝はする。

 

「まぁいいですわ。正直、謝るだなんて思いもよりませんでしたけど」

「失礼を行った相手には誠意を見せろ、ってのが兄さんからのお言葉でね」

「お兄さんいるんですか?!」

 

 話をぶった切るようにして、今度はユーカリが2人の話を遮って前に出た。

 ありがたいっちゃありがたいけど、そんなにも食いつくような内容だったかな。

 わたしには兄がいる。それだけでいいじゃないか。妙なところで興味を示している彼女がやっぱりわからない。

 

「その話はいいじゃない。で、ガンプラのことでしょ?」

「あ、そうでした。考えてくれますか?」

 

 有望な初心者。腕前は割と成熟しているものの、ガンプラの出来がイマイチというところ。

 個人的には面白い相手だと思う。成熟期から完全体になったユーカリと、1戦交えてみたくもあるし。

 ライバルは多ければ多いほどいい。最近名を挙げているダイバーたちに喧嘩を売る機会もなかったし、成長すればわたしのいい練習相手になるかもしれない。だったら、成長を促すのも1つの手段だと言えよう。

 

「ガンプラって、どういうのが組みたい?」

「……! それじゃあ!」

「どういうのが組みたいって言ってるの」

 

 あえて誤魔化した。だって直接協力する、なんて言ったら恥ずかしいし。

 だったら、口を閉ざしたままでもその意志が伝わる方にしたいじゃないか。

 わたしという生き物は、嘘が嫌いなものの、素直ではないのだ。

 

「やりましたわね、ユカリさん!」

「はい! でも、どういうガンプラが、ですか」

「そうね。ある程度の指針とベースになる機体が決まらないことには話にならないわ」

 

 とは言っても、そのベースとなる機体は恐らく決まっているはずだ。

 さっきからテーブルに置かれているタッパーの中身をチラチラと見ながら、考え事をしているようだから、存外わかりやすい。

 ガンダムAGE。わたしも好きな作品だけど、巷で聞く話は基本的にアセムとゼハートの話ばかりだ。反響を受けたからこそのメモリー・オブ・エデンもあるわけだし。

 とは言えフリットの一生を描いたあの作品を見て、フリットが嫌いにならないわけもなく。

 キオだって、出番は少なかったものの、迷いながらも最後に救うことが出来たゼラからは彼の信念が垣間見えてくる。

 不殺の信念。それを貫き通すことは難しかったのは分かる。否定されながらもそれでも前を向いて歩き続ける姿は幼いながらも強い男であることを理解させるには十分だった。

 ま、わたしには分かりかねる感情ではあったけど。

 

「私、アセムとゼハートが好きなんですけど、AGE-2は憧れというか、最推しみたいなところがあって、こう、もっと自分の腕前が上がってからにしようって思ってるんです」

 

 限界オタクの推しへの激重感情かよ。

 そんな言葉が喉から出かかったが引っ込めた。面倒くさいオタクのそれだ。チャンプであるクジョウ・キョウヤとタイマンで話せるレベルなんじゃないだろうか。

 

「だから最も思い入れの深いAGE-1にしてみたんですけど、コンセプト、ってやつなんですか? 足りないのって」

「そうね。目標や憧れと言ってもいいわ。ああなりたい。こうしたい。そんな思いをガンプラにぶつけるの」

 

 ガンプラは自由だ。そんな事を言った誰かさんがいたはずだ。

 どんなものを作ったっていい。MAだったり、ドラゴンだったり、旧キットを自分らしくビルドアップさせたり。世の中には旧キットザクでヴァルガに生息するバカ、あるいは化け物がいるらしい。

 理解できない範疇ではあるものの、そのこだわりに対してはそっと唇の端を上に向けることになるだろう。

 さっきも言った、僕の、私のガンプラが一番であることを示すために。並々ならぬ努力をしながら作り上げた自分だけのオリジナルは、心地いいのだから。

 

「目標。憧れ……」

 

 トマトジュースを口にしている間、わたしに視線が向いた気がした。

 なんのことかと彼女の顔を見たら、そらされた。なんだよ。

 

「別に恥ずかしがる必要はないでしょ。それも一種の縁なんじゃないの」

 

 だいたい恥ずかしいのはこっちの方だ。なーにが「一種の縁」よ。全く恥ずかしい。少し顔が熱くなってきてしまった。バレてないよね?

 ちらりと横目で見た彼女の顔は、タレ目の瞳がまんまるお月様に開いていて。

 

「ありがとうございます! 私、決めました!」

「何を?」

「アウトローになります!」

「……は?」

 

 発言を聞いて、わたしもノイヤーも、「一種の縁」だなんて言ったことを後悔したのは言うまでもなかった。

 

 ◇

 

 憧れた相手がいた。それはつい最近であったにせよ、ぶっきらぼうながら優しく接してくれて。

 私もこんな人になりたい。そう思いながら、ガンプラの設計図を大学ノートに記していた。

 

「アウトロー、か……。あ、そうだ。後で西部劇系の作品見なきゃ」

 

 やっぱアウトローと言えばカウボーイハットにリボルバー銃を構えてズドンズドンだよね。くーかっこいい! しびれに憧れに。

 マフィア系でもいいのかな。黒いスーツをかっこよく身に纏った男たちの手には、ケジメを付けるためのハンドガンが1つ。アサルトライフルでもいいし、スナイパーライフルを手にとって殺し屋、というのも1つのアクティビティだ。

 いわゆるアウトロー活動。アウカツ! を実行に移すためには、今の地球連邦軍の制服も改造してみせたい。着崩してなんぼだよねやっぱ。

 

「あー、考えること多すぎるー!」

 

 机から離れてベッドにダイブINすれば、そこはもう夢少女のお城。何もないベッドは今から天蓋付きベッドへと早変わりだ。

 左右に右往左往しながら考えるのは自分がかっこよく、スマートに、アウトローになれるようなプランばかり。

 どうしたらかっこよくなれるだろう。どうやったら。どうやって。

 

「そうだ。アウトローで検索かけよ」

 

 こういうときに聞くのは大抵グーグル先生だと相場が決まっている。

 とりあえずまず意味から調べてみた方が早そうだ。なにせ私はワードは知っているけれど、アウトローの意味を悪い人、ぐらいにしか解釈していないのだから。

 

「ふむふむ。法喪失者という訳で、文字通り法律を無視する人や無法者を意味する。うわこわ」

 

 本当に悪い人だった。なれるかなぁ、アウトローに。

 そういうロールプレイをする予定だから、さんざん悪いことは考えておくべきだろう。例えば午後ティーを午前に飲むとか。牛乳を飲みたい人に策をして青汁を仕込むとか。

 

「やっぱ西部のアウトローとかいるんだ。あとは盗賊に。ヴァイキング……」

 

 ヴァイキングって確か海賊って意味だったよね。

 リンク先に飛んでみると、実際に海賊を指す言葉だとのことだった。

 海賊。海賊かぁ。アセムも海賊みたいなことをしていたし、そのコンセプトでもアウトローは名乗れるんだ。

 

 好きな物に憧れているものを重ねる。

 ちらりと見たAGE-1はフリットが乗っていたことで有名だが、最初の頃はアセムだって乗っていた。

 もし、アセムがAGE-2ではなく、AGE-1を乗り続けていたら。シドにやられた際、修繕を受けたAGE-1はどんな格好をするだろうか。

 ふつふつと浮かび上がるアイディアが湯水のように襲いかかってきた。

 

「これだ!」

 

 早速シャーペンを持ってガンダムの設計図を作り上げていく。

 私が作るのはガンダムAGE-1の海賊風アレンジ。となればやっぱりフックは必要だしー、えっとえっと……。

 

「アイディアがまとまらない!」

 

 明日が休日でよかったー。密かに買ってきたマックスコーヒーを口にしながら、自分の進むべき憧れを胸にいだいて、ガンプラの設計図を大学ノートに写していくのだった。




海賊らしく、作らせてもらう!


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第6話:AGE狂いとバッドガール

正式新機体がエントリーするので初投稿です。


 憧れなんてものは基本人それぞれだ。

 サッカー選手になりたい。野球選手になりたい。キャビンアテンダントに、医者に、果てはアイドルに。

 私の求めているそれは決してそこまで大きく大それたものではないにしろ、抱いた憧れの形は、方向性は間違いではないはずだ。

 そう。私が求める憧れの形。それは……。

 

「なるほどね。AGE-1を3部のアセム仕様に改修。IFの世界でAGE-1を駆けていたアセムがシドにやられたあと、ビシディアンによって白兵戦を主体とした形にリビルドされた、って設定ね」

「はい! アセムは2部の初めにAGE-1に乗っていたので」

 

 コンセプトは先ほど説明した通り、AGE-1の海賊仕様だ。

 主軸にしたAGE-1の機体からはAGEシステムは取り除かれており、その代わりにドクロのレリーフが施されていたり、左腕は腕としての機能はしておらず、手首から先にあるのはアンカーフック。

 機動性を重視したAGE-3オービタルの両腰に加えて、ビームサーベルはAGE-2のリアスカートを採用している。

 もちろんAGE-1らしさは残しており、脚部のパーツにスパローを使用している。

 つまるところ前線での撹乱担当。発射もできるアンカーフックで器用に戦場をかき乱しながら、ドッズライフルやビームサーベルで刈り取っていく。いかにもアウトローらしい戦い方で、私も気に入っていた。

 

「悪くない。けど……」

「どうかなさいましたの?」

「防御力の水準が著しく低い。この辺は好みの問題だけど、何か対策をしたほうがいいわね」

「なるほど。AGE系MSは基本的にヴェイガン機の電磁シールドしかありませんからね」

 

 難しい話をしているみたいだ。

 いや、実際はちゃんと私も理解している。こういう近接戦闘での攻防戦に置いて、防御力というのは確かに必要だ。

 アップデートを繰り返したとは言えども、AGE-1に高い防御力性能は存在しない。ないなら外部から身につければいいのだが、VPS装甲では恐らくエネルギーの問題が邪魔をしてまともな運用ができない。

 ナノラミネートアーマーはそもそもとして、エイハブリアクターを搭載してないからこれも無理。

 対ビームコーティングもあるけど、そこまでの資金は持っていない。割と手詰まりな状況だった。

 

「予算がこのぐらいだとすると、ピンポイントバリアとかでビームシールドというのも手ね」

「それじゃあアウトローらしくない!」

「だ、そうですわよ」

「無茶な注文ばかりしてくるわね……」

 

 エンリさんの今日の飲み物はカフェオレだ。ストローでチューチューと口にしながら、さらなる模索案を続けていく。

 AGE系のガンダムの防御機構は多くない。Cファンネルも含めても、片手で数え切れるほどだと思われる。

 やるとすれば、他世界からの輸入。そして調整、か。

 でもそれではAGEでやる意味がない。設定に準拠するなら、やはりAGE系でまとめたほうがいい。こだわりが次第に高まっていくものの、これといったイメージは浮かび上がらない。

 茹だった頭を冷やすように、私は目の前にあるオレンジジュースを口にしてから、椅子にもたれかかった。

 

「あー、考え疲れるー!」

「ふふ、お疲れさまです。冷やしたタオルを持ってきましたわ」

「ありがとーございます。ひゃー!」

 

 ムスビさんから受け取った冷やしタオルを額に乗せ、急激な冷気と共に頭は急速に冷却される。

 この夏も近づいてきた時期。暑いったらありゃしなかったから、このタオルは効く。

 

「あなたもどうですか、エンリさん」

「……いいわ。施しを受けたくないもの」

「そう言わないでくださいまし。キンッキンに冷えてますわよ!」

 

 視界の端でムスビさんがジワリジワリとエンリさんに詰め寄っている。その手には冷やしタオル。

 エンリさんのすごく嫌そうな顔を見ながらも、他のお客様の迷惑になりかねないためか、手をかざして待てのポーズをしている。

 

「お、これは欲しいという意味ですわね」

「どういう解釈で……冷たッ!」

 

 エンリさんの手のひらに襲いかかった冷やしタオルは氷の魔法を使ったかのように手から脳へと光信号が送られる。抱いた感情はおおよそ普段のクールなエンリさんとは思えないほどの可愛い悲鳴だった。

 

「あんた、ホント何してるのよ。めちゃくちゃ冷たいじゃない!」

「ちょっとした仕返しですわ」

「なんのよ……」

 

 私が全快状態だったら、間違いなく可愛いと連呼していたが、脳を休ませている私にとってそれは難しい話なわけでして。

 エンリさんとムスビさんの微笑ましいやり取りを聞きながら、私は頭の中で漠然と「やっぱり電磁シールドかなー」などと思い耽っていた。

 

 しばらくエンリさんとムスビさんのやり取りを見ていると、エンリさんが何かに気付いたようにスマートフォンを取り出して検索を始めた。

 

「何かありました?」

「腕にチェーンをぐるぐる巻きにして、そこに対ビームコーティングなり、電磁シールドのフレーバーテキストなりを導入すれば、ピンポイントのガードが可能よ」

 

 見せてくれたのは両腕を鎖でぐるぐる巻きにしたMSの姿。

 名前は恐らくオリジナルだから控えておくものの、アウトローらしさを感じさせる黒いボディに鈍色のチェーンが光り、とてもかっこいい。これならばチェーンの強度と特殊兵装による防御面も期待できることだろう。

 

「いいですね! 流石先輩アウトロー!」

「いや、別にアウトローになった覚えはないから」

「その割には照れていませんこと?」

「少し黙ってとくれるかしら」

 

 よそ見しながらも、少しばかり可愛らしさ残る反応に口角が上に向く。毛頭隠すつもりはないものの、見られたら流石の私も恥ずかしいからオレンジジュースを飲んで誤魔化した。

 コホン、とわざとらしい咳払いをしてからエンリさんはサラサラと綺麗な指でシャーペンを持ち、必要なキットと思しきメモを書き出していく。

 AGE-1ノーマルやAGE-2ダークハウンド、そしてAGE-3オービタルと、意外と購入キットは多いように見えた。加えてサプレッサーや塗装用の道具などを見積もって、だいたい5000円がギリギリ超えるか超えないかのところだった。

 

「塗料はここの制作スペースを借りれば安く済むわ。キットは任せたわ」

「結構出費が痛い……」

「そんなものよ。オリジナルで作ろうとしたらお金がいくらあっても足りない」

「言ってくれれば、わたくしが出しますのに」

 

 友達のムスビさんが言ってくれるのは非常にありがたい話ではあるものの、友達からお金をせびるなんて真似をしたくはない。金銭のやり取りは基本的にしっかりとすべきものなのだから。

 とは言え、やっぱり出費が痛いのはある。近々短期のアルバイトでも探してみようかな。

 

「……完成図は、黒かしら?」

「ですです! 黒いガンプラにドクロの白やチェーンの銀が目立つ感じで」

「ふーん」

 

 何かの確認だったのだろうか。少しだけ不可解な会話だったものの、特段気にする理由もないのでスルーする。

 あとはGBNに少しだけログインし、ログボをもらったり、ガンダムベースで素材となるダークハウンドとオービタルを買って、帰路につく形になった。

 意外にもエンリさんとは途中まで同じ道らしく、一緒に帰ることとなった。

 何故かムスビさんはやたらと悔しそうに、上まぶたを平行にしながら私たちを見ていたわけで。なんでだろう。

 

「分かります、エンリさん?」

「知らないわよ。あんな女のことなんて」

 

 トートバッグを肩から吊るして、エンリさんは黙々と私との帰路を歩いていく。

 他人に興味がないのか、それとも何か訳があってムスビさんを遠ざけているのか。

 ここ2日接してみて、エンリさんとムスビさんの間柄には少しだけ壁があるように感じられた。そしてそれはエンリさん側からの壁であることもなんとなく。

 ムスビさん側からは積極的に遊ぼうという気概はあれど、拒否するのはエンリさんなわけで。うーん、2人の間に何があったかは分からないし、そもそもなかったかもしれないけど、エンリさんの拒絶の仕方は少しだけ目に余るものがあった。

 聞くのは一瞬。だけどその一瞬で全てが台無しになる気がして。やっぱ人間関係って難しいな。褒めてたら自然と仲良くなった気がしたけど、まだまだ親睦は深まってないんだろう。私を待たずに歩いていく様がそれを如実に表している。

 

「エンリさんって、クールですよね」

「どうしたのよ、急に」

「いえ、なんとなく」

 

 クール。そう、態度ではなく人間関係が。

 ひんやりしていて、カッチコチで。叩いても壊れない絶対零度のような氷。

 私から火を近づけないと、溶けていかなさそうな、冷たさを感じた。

 

「そういえばあんた。憧れとか言ってたけど」

「はい! それは……」

「それってチャンプのこと?」

「……ちゃんぷ?」

 

 ど、どなたですかそれ。私知らない人の名前出されても、愛想笑いをするぐらいにしか分からないんですけど。

 案の定その様子は伝わっていたのだろう。こいつマジか、みたいな顔を見せながら、彼女は答えてくれた。

 

「ワールドランキング1位の化け物のことよ。別名AGEの限界オタク」

「AGEの?!」

「知らない、トライエイジマグナムやAGE-2マグナムとか」

 

 何だその人。ランク1位でAGE好きで。

 試しにスマホで検索をかけてみたところ彼のG-Tubeチャンネルやアカウント情報、スレッドなどがヒットした。すご、本当に有名人みたいだ。

 

「すごい。私の前でも分かるぐらいガンプラの完成度も高いし、理解度も……わぁ! これAGE-1の改造機ですか?! 美しい……」

 

 作品への愛は、ガンプラに適応されると聞いたことがある。

 このAGE-1はまさしく作品への愛を一身に受けた、いわば救世主のような見た目。

 細部の処理の仕方はもちろんのことながら、自分なりに作品の雰囲気を崩さぬよう、かつ自分なりの解釈でオリジナル要素を組み込んでいく姿は、どこかムスビさんのダナジンに似たものを感じていた。

 自分の解釈で自分だけのガンプラを作る。なるほど、これが愛なんですね。

 

「会ってみたい……会ってお茶会したい……」

「……紹介しないほうがよかったわね」

 

 クジョウ・キョウヤ。覚えました。会える機会があったら絶対に会う。心に決めた。

 

 ◇

 

 その件のクジョウ・キョウヤチャンネルを私は開きながら、もう1つあったパッドでガンプラの加工の仕方を調べていた。

 最初に作ったAGE-1を慎重にバラしながら、私は見聞きした内容を逐一確かめながら手を加えていく。

 画面の中のクジョウ・キョウヤさんはその速度をどうやったら出せるんだ、というレベルでAGEガンダム5種類を丁寧に組み立てている。私もあんな風に器用に手を加えられたら。そんな未来のIFを描きながら、それでも今ある目の前を精一杯こなしていく。

 時にはエンリさんやムスビさんに聞きながら。時にはアルバイトをしながら。

 幸いにも私は手先が器用な方らしく、エンリさんに遠回し気味な言い回しで褒められて少し嬉しくもあった。

 

「ここがこうなって。えーっと」

 

 もらったチェーンのパーツを組み立てていって、腕に巻き付ける。おぉそれっぽい。このままだとすぐに外れてしまうし、塗装もする予定なので、仮置したものを外してタッパーの中にしまう。

 日数は2週間ほど。完成度はおおよそ8割と言って差し支えない。

 タッパーにパーツを持って、いざシーサイドベースのガンプラ制作スペースへ。

 今日は土日で朝からいくらか先客はいるものの、席は埋まってないように見えた。

 

「よーし、塗るぞ!」

 

 動画で見たダマにならないようなムラのない塗装を慎重に施す。

 この辺の塗装の完成度もGBNに反映されるらしく、等身大スケールにした際、塗装が重たすぎて腕が上がらないと言ったケースもあるようだから、結構シビアな作業だ。

 慎重に集中して、徹底的に。今までで類を見ないほどの精神統一をしながら、気付けば時間は3時間経過している。塗装も一段落ついたので、一旦その場を離れて自販機でマックスコーヒーを買った。

 

「やっぱ疲れたときには甘いものだよね」

 

 これはコーヒーではなく、糖分の塊だ。明日の体重のことを気にしながらも、自販機の隣のベンチに腰掛けて1つため息をつく。

 こんなに集中したのはいつぶりだろう。VRFPSゲームで勝ちと負けの狭間にいるときだろうか。それとも対人戦でもう少しあれば敵を倒せる、という時だろうか。

 多分どれにも当てはまらない。これは私だけのオリジナル。この疲労感も、休憩のマックスコーヒーの甘ったるさも、全部全部、私のために用意されたオリジナルだ。そう思えば少しだけ心が浮つく。

 飲みきったマックスコーヒーをゴミ箱に入れて、後は組み立てるだけのパーツたちを出迎えに行った。

 

「……え、どなた?」

 

 パーツを乾かしていたブースには1人の男性が立っていた。

 身長は恐らく170cm強か。黒い髪に男にしては少しだけ後ろ髪が長い青年。

 様子を見るにパーツたちを見ているのか、真剣そうに前のめりで私のガンプラを見ているようだった。

 恐る恐る近づいてみれば、接近に気付いたのか私の方へと振り返る。

 

「あ、あの……、何か御用ですか?」

「あぁ、ごめんなさい。ちょっと気になったから」

 

 何が気になったっていうんだこの人は。

 少しラフな格好だった彼は乾燥していたパーツたちから離れて、制作ブースの椅子に座る。

 

「少し、見ていてもいいですか?」

「い、いいですけど」

 

 怖い、というよりも不思議な雰囲気だった。

 いかにも真面目さと幸薄そうを混ぜた彼の顔は最近まで見ていた動画のどこかに映っていたような気がしないでもないけれど、それがパッと出てこなくて困っている。

 まぁいいかと、その思案を虚空の彼方に消し去ってから、パーツを机の上に並べた。

 

「私もちょうど話し相手が欲しかったので、助かります!」

「俺はあまり喋らない方だけどね。AGE-1の改造機?」

「そうです。私なりに解釈したアセムのAGE-1なんです」

「へぇ……」

 

 気付けば自然と設定を口走りながら、新たなAGE-1を形作っていく。

 この人はなんというか、話していて少しだけ心地がいい。

 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、優しさが垣間見える声色。興味を惹かれているのかはたまた惹いているのか分からないけれど、人の話題を引き出すのが上手いように見える。聞き上手、ということだろうか。

 

「名前は決まっているのかな?」

「名前……。そうだ名前! どうしましょう」

「あはは。そこも自分で決めるといいですよ、その方が愛着もつく」

 

 目の前の黒髪の男性に聞かれるまで、名前を気にすることはなかった。

 エンリさんのゼロペアーだって、自分で考えた名前なんだもんね。

 AGE-1は入れたい。ウェアを換装する際、基本的には後ろにノーマルなりタイタスなりの名前がつく。

 ならそれに習って、ガンダムAGE-1◯◯としよう。だけど、そんな名前がパッと出てくるわけでもない。

 アウトローはそのまますぎるし、ヴァイキングも名前負けしているような気がして。

 悪い人。私。なりたい自分。……そっか。

 

「ガンダムAGE-1バッドガール。そうです、バッドガールです!」

 

 答えは既に目の前にあった。組み上がった黒と白の海賊ガンダム。鈍色に光るチェーンシールドに、ドッズライフル。仕上がった『私のガンプラ』にはふさわしい名前であると自負できる。

 

「いいんじゃないかな、バッドガール」

「ですよね! よっし、今からGBNに行ってきます!」

「うん、いってらっしゃい」

「ありがとうございます、名も知らない人!」

 

 消えていった騒がしいバッドガールに、知人の犬っぽい誰かを思い馳せながら、思いの外待ち合わせの時間から過ぎていることに気づく。

 

「……ヒナタ、怒ってないといいな」

 

 男は自分の幼馴染との待ち合わせに遅れた言い訳を考えつつ、その場を後にした。




黒髪の男、いったい何者なんだ……?


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第7話:AGE狂いとバロノークの男

AGEといえば、この男~~~~~!!
後半、掲示板ネタが出るのでその点は注意です


 何事においても初めてというものは存在する。

 GBNを始めるも然り、ガンプラを始めるも然り。

 そしてその始まりは大抵上手くいくことは少ない。

 

「なんでぇ?!」

 

 射撃訓練でドッズライフルの精度を確認してみたものの、どうやら少しだけ砲身ハマりきっていなかったらしく、本来なら命中していたドローンをカスリ、ビームの粒子は宙へと消えていってしまった。

 ダイバーギアに備わっているメモ機能を取り出して、修正すべきリストに新しい一文が刻まれる。

 そう。ガンプラが完成したとしても、その完成度が100%想像した通りのものかと言えば、嘘である。

 どんなダイバーも最初のオリジナル機体は、どこかしら調整をミスってしまうものなのだから。

 ゲームを作る時に必ずバグが発生するように、機体にだって不具合は生じる。

 そのためのテストパイロットだって存在するんだ。ジラード・スプリガンのように。

 

「こうして改めて確認してみると、やっぱどこかしら調整できてないんだなぁ」

 

 基本的な性能は素組みのAGE-1よりも遥かに高い。

 これが新しくなったガンダムの力か。などとゼハートのように口にしてみせるが、反応してくれるような人がいないので、一人ぼっちは寂しく格闘の訓練を始めることにする。

 パイロットはMSを手足のように動かせることも仕事の1つだ。

 戦いだけではなく、荷物運びに人運び。そして工事作業。上げればキリがない程の用途を操縦桿を握って遊ぶのだ。これほど豪快で精密な機械は他にはないだろう。

 格闘戦の訓練をしてみるも。やはり腕の駆動系が少し弱い。また1つメモに一文が追加される。

 

「なんかもどかしいな。身体が思った通り動くけど、少し軋む感覚が」

 

 腕を上げ下げして、油をなじませるように動かす。

 この辺はプラグインではどうしようもできないところなのだろうか。

 ノイヤーさんから貰った電磁シールドのプラグインを導入してみても、まだフレーバーテキストの枠に余りがあるため、何かを導入することはできるのだけども……。

 そもそも手持ちのプラグインが少ない。バッドガールを完璧にするためにはまだまだパーツが少ないのだ。

 始めたて、というのは試行錯誤しながら考えているから楽しいのであって、いきなりドロップ運を気にするのはお門違いもいいところ。

 この後来るであろうノイヤーさんとエンリさんを待つのもいい。このままログアウトして……。

 

「いいガンプラだ」

「へ?!」

 

 考え事をしている最中に声をかけるなと誰かが言っていたはずだ。飛び上がるほどびっくりした私は声のする方向へと振り向く。そこには黒いAGE-2、あるいはダークハウンドと呼ばれるガンプラが立っていた。

 

「AGE-1かい? それにしてはビシディアン仕様に見えるけれど」

「あ、もしかして分かりますか?」

「あぁ。僕もAGEが大好きだからね」

 

 なんという奇跡。こんなところにもAGE好きがいるとは思いもよらず、テンションが上がる。お話しましょうと上がったテンションのノリで話しかけると、好印象だったらしく、許可してくれた。

 どこからか用意してくれたアンティークチックな椅子と机を囲んで、その場でティータイムが始まる。

 目の前には白い仮面を身につけた、金髪の男性。表情は見えないものの、エンリさんとは違って口元が柔らかいのか、常に口角が上を向いていた。

 これまたいつの間にか用意していた紅茶とお茶菓子が机に並べられ、誘導されるがまま座る。

 

「嬉しいよ。こんなところでAGE好きと出会えるとは」

「私もです。あ、お名前は? 私はユーカリって言います」

「僕はキョウヤだ、よろしくね」

 

 目元は見えなくても、仮面が笑っているように見えるので安心した。

 キョウヤさんか。少し前にエンリさんから聞いたチャンプと同じ名前だとは。キョウヤなんて名前はいくらでもいるし、似ている名前の人がいてもおかしくはないか。

 それにしても海賊仕様のAGE-1とAGE-2が並び立つ姿はAGEファンとしてはなかなかにクールな絵面だ。

 

「ダークハウンド、かっこいいですよね」

「分かるかい! アセムは僕の憧れみたいなものでね。キミのガンプラの名前は?」

「バッドガールです! 一応こっちもアセムが乗ってる、って設定で」

「ほう。聞かせてくれないか、機体の設定まで気にしているダイバーは気になっていてね」

 

 予想以上に食いつきがいい。話していて気分もいい。どれどれ、私の設定ヂカラ、というやつも存外馬鹿にならないという事か、ふふふ……。

 もしもアセムがAGE-2ではなく、AGE-1を乗り続けていたなら。そんな馬鹿げたイフコンセプトだったとしても、キョウヤさんは笑わずに一言一句聞き逃すまいと真剣に話を聞いてくれた。

 

「面白い発想だね。なるほど、AGE-1を乗り続けていたら、というコンセプトは僕にはない発想だよ」

「そうですか?! なら嬉しいです!」

「ということは、シド戦の時に左腕を?」

「ですです! 破壊された左腕を治すためにあえてアンカーフックを装備させて……」

 

 AGEシステムがないのは当然だ。何故ならAGE-2に引き継がれているのだから。

 アセムなら、あのスーパーパイロットならばAGE-1でだって無双したことだろう。

 ふつふつと湧き上がる創作意欲がやはりもっと強化してあげたいという気持ちへと繋がっていく。

 とは言っても、修正箇所はあっても、大まかな強化案というのはあまり考えていなかった。

 そもそも今の状態で1つの完成点だ。ならそこからさらに、となると知識がいくらあっても足りない。

 

「機体としては汎用型の回避タンク、と言ったところか」

「だと思います。まだ動かして間もないので」

「ということは調整中かい?」

「はい。修正点はざっとこんな感じです」

 

 偶然にも話題に出たため、私はメモを表示させて、彼に渡す。

 メモをスクロールさせながら、物思いに耽る彼。真剣な眼差しはガンプラへの愛の賜物、ということだろうか。

 しばらくバッドガールとメモを見比べていってから、キョウヤさんは一言つぶやいた。

 

「間違いないだろうね。このメモの通り修正すれば、もっと強いガンプラになるよ」

「分かるんですか?」

「長い間ガンプラを作っていると自然にね」

 

 か、かっこいい! 大人の男性みたいだ!

 アウトローでもよかったけれど、こういうクールな相手に憧れの概念のようなものを抱いてしまうのは、私の性癖から来ているのだろうか。分からない。分からないけど、かっこいいものに憧れてしまうのはしょうがないことだ。

 キラキラ目の私を置いておきつつ、彼の目線の先はもう1つ。それはドッズライフルだった。

 

「あれでは精密射撃モードには移行できないかな」

「……はっ! そ、そうですね。元々狙撃は苦手なので」

 

 FPS時代から私は大の狙撃嫌いだ。もちろん撃つ方も撃たれる方も。

 大まかな狙いをつけるには近づいて撃つ、というのがモットーな私に高度な計算を加えて、弾速や斜角を寸分の狂い違わず当ててくるスナイパーは化け物だと常々考えている。

 撃たれる方も同じく、あの速度の弾を避けれる気がしないからだ。やろうと思えばできるのだろうけど、このガンプラでできるかは置いておくものとする。

 という、以上の理由から、私は狙撃が苦手だった。

 

「いっそのことハイパードッズライフルでもいいかもしれないな」

「ハイパードッズライフル、ですか」

「あるいはその系列のクランシェのドッズライフルなども」

 

 威力を上げるならハイパードッズライフル。安定性を含めるならクランシェのドッズライフルなど。

 私では思いもよらなかった改造案がポツポツと浮かび上がってくる。

 すごいなぁ、この人。AGEの知識をそのままガンプラにも転用できているだなんて流石だ。

 

「とまぁ、決めるのはユーカリくんだったね。1人で語ってしまってすまない」

「いえ、ただすごい知識だなーと思って」

「そうかな。そう言われると少し照れるな」

 

 誇る点でありながらも、そこを謙虚に、それでいてしっかり受け取る辺り、キョウヤさんはなかなか人間ができているように見える。こんなにも親切な人がいるんだ、GBNは。

 

「ありがとうございます! こんなにアドバイスを頂いて」

「これも縁だ。AGE好きとしてのね」

 

 仮面越しに微笑んでくれる彼の姿は、新たなる憧れの1つでもあり。

 感謝の念を込めて、私はフレンドの申請を行う。

 

「フレンドって、空いてますか?」

「あー。あぁ……そうだね。大丈夫だよ」

「ありがとうございます!」

 

 エンリさんに教えてもらった通りの操作方法から相手のプロフィールへと申請を飛ばす。ん? クジョウ・キョウヤ……?

 

「名前までチャンプと同じなんですねぇ」

「あ、あはは。よく言われるよ」

 

 ネットゲームなのだ。同じ名前の1つや2つきっとあるだろう。彼もチャンプにご執心ということにしておく。

 私たちは無事にフレンド登録を済ませると、キョウヤさんが立ち上がる。

 

「さて、僕はそろそろお暇させてもらうよ。今度会う時はバトルしてくれると嬉しいな」

「あ、はい! 何から何までありがとうございました!」

 

 キョウヤさんは右手を上げて別れの挨拶をすると、ダークハウンドに乗って飛び去っていってしまった。

 はぁ……最後までクールな人だったな。よし。一回ログアウトして、メモった調整部分をしっかり治そう。そしたら完成品をいの一番にエンリさんに見せて褒めてもらうんだ!

 

 私は紅茶を飲み干した後に、その場でログアウトして、現実世界へと旅立っていった。

 

 ◇

 

【ランキング1位】クジョウ・キョウヤについて語るスレpart1142【チャンプはさぁ】

 

1:以下名無しのダイバーがお送りします。

ここはチャンプことクジョウ・キョウヤについて語るスレです。荒らし、対立煽り等々はスルー推奨につき。ルールを守って楽しくスレッド!

 

Q.クジョウ・キョウヤって誰?

A.ワールドランキング1位の絶対王者。普段の優男から漂うAGEオタクっぷりや他の追随を許さないほどのバトルセンスにファンは絶えない。

 

Q.どうやったら会えるの?

A.基本はアヴァロンのフォースネスト。たまにディメンション内を飛んでるところを見かける。 

 

Q.この前チャンプにアセムについて語られたんだけど

A.チャンプはさぁ……

 

チャンプの配信のアーカイブはこちら!→【URL】

チャンプのファンアートまとめはこちら!→【URL】

 

 ◇

 

530:以下名無しのダイバーがお送りします。

さりげにチャンプ見つけてストーキングしてたら、知らない女と逢引してた

 

531:以下名無しのダイバーがお送りします。

通報

 

532:以下名無しのダイバーがお送りします。

もしもしガーフレ?

 

533:以下名無しのダイバーがお送りします。

逢引よりもストーキングの方が問題

 

534:以下名無しのダイバーがお送りします。

チャンプがダイバー誘ってるのは今に始まったことでもないだろ

 

535:以下名無しのダイバーがお送りします。

割と見かける光景

 

536:以下名無しのダイバーがお送りします。

マギーさんほどじゃないけど、たまに初心者と絡んでるからな、あの人

 

537:以下名無しのダイバーがお送りします。

ビルドダイバーズのリクとの初めての馴れ初めもチャンプ側からだぞ

 

538:以下名無しのダイバーがお送りします。

それ端の方で見てたけど、相手がAGE-1の改造機だったからだわ

 

539:以下名無しのダイバーがお送りします。

あー……

 

540:以下名無しのダイバーがお送りします。

ならしゃーない

 

541:以下名無しのダイバーがお送りします。

チャンプだもんな

 

542:以下名無しのダイバーがお送りします。

チャンプだからな!

 

543:以下名無しのダイバーがお送りします。

あー俺、AGE好きになっちゃったよ……

 

544:以下名無しのダイバーがお送りします。

違うよ。人間の心を持つ、AGEマンだ

 

545:以下名無しのダイバーがお送りします。

AGEマン?

 

546:以下名無しのダイバーがお送りします。

身体はガンダムだけど、心は人間だ

 

547:以下名無しのダイバーがお送りします。

ハッピーバースデー、AGEマン!

 

548:以下名無しのダイバーがお送りします。

チャンプをAGEマン扱いするな

 

549:以下名無しのダイバーがお送りします。

デビルマン構文やめろ

 

550:以下名無しのダイバーがお送りします。

サタンだからな!

 

551:以下名無しのダイバーがお送りします。

絡んでたAGE-1の改造機も気になるけど、どんなの?

 

552:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>551

AGE-1の海賊仕様。左腕がフックになってたから間違いない

 

553:以下名無しのダイバーがお送りします。

こっちもAGE好きの匂いがプンプンする

 

554:以下名無しのダイバーがお送りします。

普通改造するならAGE-2の方だからな。

1の方を改造する辺り、にわかではないと思う。

 

555:以下名無しのダイバーがお送りします。

世の中にはそんなバカが居るのか

 

556:以下名無しのダイバーがお送りします。

GBNはバカの巣窟だから仕方ないね

 

557:以下名無しのダイバーがお送りします。

伊達にヴェイガンギアをフルスクラッチしたバカはいない

 

558:以下名無しのダイバーがお送りします。

何だそのバカは

 

559:以下名無しのダイバーがお送りします。

スレチだから話題戻そうな

 

560:以下名無しのダイバーがお送りします。

ちなみにチャンプと別れてからすぐログアウトしたから、詳細は不明。

ま、その内分かるだろ

 

561:以下名無しのダイバーがお送りします。

せやな。チャンプと出会った新人は大抵めちゃくちゃ成長する

 

562:以下名無しのダイバーがお送りします。

リクくんしかり、リリカちゃんしかり

 

563:以下名無しのダイバーがお送りします。

どんな化け物に仕上がるか楽しみなところだぜ

 

 ◇




偶然って怖いね
ストックが無くなったので、本格的に明日から不定期になると思います


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第8話:AGE狂いは悪ぶったチワワ

今日はブルーアーカイブのアスナの誕生日なので初投稿です


「こんなもの、かな」

 

 カチャっとプラスチックが擦れる音を鳴らしながら、私はバッドガールの最終調整を完了させた。

 いつの間にか隣にいたエンリさんは気だるげそうにスマホをいじりながら、少しだけ鼻息を抜いている。ようやくか。そう言いたげな表情だった。

 

「……足りないわね」

「え?」

 

 今なんと言った?

 足りないって何が足りないんだろう。調整ならかなり終わらせた。まだドッズライフルをどうするかなどは考えていないものの、バッドガールの基本は完成したと言っても過言ではない。

 彼女を完璧にしたい。私はその一心でご教示を願うことにする。

 

「足りないって、どんなのがですか?」

「これよ」

 

 机の上に置かれたのは、おおよそ1/144スケールに出来上がっている黒いボロ布。

 しかしながら、あえてボロボロにしているようにも見えるその布は私がよく知っているガンプラのパーツの1つであった。

 

「ゼロペアーのマフラー、ですか?」

「まぁ、そんなものよ。初心者への餞別ってことで」

 

 目を閉じ、よそを向きながら、そんな事を言っている彼女の端から見える頬の色は少し色み付いているように見える。照れてるのかな。もう数週間接しているものの、彼女らしくない不器用なプレゼントの仕方に、少しだけ顔が蕩ける。

 そっか。私のために用意してくれたんだ。そう思えるだけで、私の中の心にふつふつと喜びの津波が押し寄せてくるみたいで。

 こういうとき、なんと言えばいいか。私は知っている。

 エンリさんの方を向き直り、押し寄せている感情のマグマを言葉にする。

 

「エンリさん、ありがとうございます!」

「……ん」

 

 不器用で少し雑で、それでも暖かみを感じる彼女の優しさに、思わず胸を締め付けられる感覚に陥る。

 何度も伝えているはずの「ありがとう」なのに、今日は少しだけ勝手が違う。

 嬉しいの度合い、と言うべきか。言い慣れているありがとうが、今日は新鮮な気持ちで言えた。

 

「不器用ですわねぇ、エンリさんは」

「何言ってるの。これは初心者への餞別よ」

「そういうところが不器用ですと仰ってるんですの」

「喧嘩売ってるの?」

「買いますわよ? ん?」

 

 そしてそれを察してか知らずか。わざと煽るような真似をしているムスビさんはいったい何がしたいのか。この人がたまに分からなくなるものの、目の前でエンリさんとバチバチ火花を散らしているのを見るのは心が痛む。止めに入るならこのときだろう。

 

「ム、ムスビさんもありがとうございます! わざわざ休日まで付き合わせてしまって」

「いいのですわ! わたくしはユカリさんのためなら宇宙の果てから海の底までお付き合い致します!」

「随分と図々しいのね」

「なんか言いましたか?」

 

 スキあらばバチバチするのはやめてってあれほど言っているのにぃ!

 お互いにお互いの発言に油を注ぐ役目を止めるこちらの身にもなって欲しい。

 

「み、皆さんでGBN行きましょう! ね?」

「それもそうですわね」

「そうね……」

 

 エンリさんもムスビさんも、その言葉には同意してくれたものの、その綺麗で細い指を口元に寄せて考え事をしているのはエンリさん。

 どうやら私の手に持っているバッドガールと私の顔を交互に行ったり来たり見合わせているように見える。わたしの顔に何かついているだろうか。もしかして塗装したペイントがほっぺたについているとか? それならかなり恥ずかしい。

 ポケットからスマホを取り出して、黒い画面に自分の顔を反射させてみたけど、特に変わった様子はなかった。

 

「なにかありましたの?」

「あんた、GBNのあの格好でバッドガールに乗り込むつもりなの?」

「あの格好って、地球連邦軍の制服ですか?」

「そうよ」

 

 何かおかしな点があっただろうか。

 私はAGE好きで、それが故に地球連邦軍の制服を身につけているのだ。そこにおかしな点なんてあろうはずもない。では何故?

 

「あんたのバッドガール、海賊モチーフよね」

「はい」

「海賊と言えばアウトロー。にしては、アバターが少し真面目すぎるわ」

「……はっ!!」

 

 天啓。まさしくその言葉に相応しい内容だった。

 そう。そうなのだ。思い返してみれば、地球連邦軍も元を正せば『軍隊』だ。

 軍隊は即ち清楚でキレイな、アウトローから最も遠い秩序たる法の下で裁きを下す正義と言ってもいい。

 その正義が乗っているガンプラが、このアウトローの塊であるガンダムAGE-1バッドガールであることに今まで疑問を持たなかった私が恥ずかしい。

 

「重要。重要ですよね! エンリさん!!」

「そうね。アウトローだからというわけでもないけれど、アバターの見た目をガンプラに寄せるのも1つの遊びよ」

「あ、あの。たかがそんなことで意気投合されても」

「「たかが?!」」

 

 珍しくエンリさんと意見が一致した私たちはムスビさんを追い立てる。

 ガンプラの試運転、という目的なんて今はどうだっていい。女の子だもの、ファッションはしたい。ファッションとはつまり自分の愛機と身も心も一つにできるというオシャレそのものだ。

 そのファッションを粗雑に扱うことなんて今の私にはできない。

 

「エンリさん、私のコーデ。手伝ってくれませんか?」

「もちろんよ。こんなところで意気投合するなんて思ってもいなかったわ!」

「私もです、エンリさん!」

「わたくしもですわ、2人とも……」

 

 こうして生まれたのは結託したファッション同盟。

 目指すは他に出しても恥ずかしくないかっこいいアウトロー。いや、かっこかわいいアウトローだ。もちろんAGE成分入れる。ハードルは高ければ高いほど飛び越えることが楽しくなる。そう、これは1つの歴史を刻むための下準備。重要な大好きの形なんだ!

 少し大げさに言っている気がするけれど、気にしないよ、私は!

 

 そうと決まれば。私たちは意気揚々とGBNへとダイブする準備を進めるのだった。

 

 ◇

 

 とは言え頭の中のファッションデザインはあまり決まっていない。

 悪く、そしてAGEらしく。やるならバロノークの女というのも悪くないけれど、それでは安直すぎる。

 かっこよくかわいい女。それだけに自体は難航していると言っても過言ではなかった。

 

「どうですか?」

「却下。バッドガールにしてはタレ目すぎる」

「えぇ?! 元からこんなのなんですよー!」

 

 私の目元がタレ目だからという理由で黒一色のまさしくバッドガールという服装は却下され。

 

「どうですか?!」

「却下。なんでゆるふわウェーブなのよ」

「そうですわね。ふわふわとした髪の毛にその見た目は似合いません」

「えぇ~!」

 

 別のバッドガールルック。ブカブカのパーカーにあえて生足を見せるスタイルはこれまた却下される。

 ちょっと恥ずかしいからこれは別にいいんだけど、この愛らしいウェーブに文句をつけられるのは少しいただけない。

 仕方ないので他のバッドガールルックに変えたとしても、却下が続くばかりだった。

 

「どうして……」

 

 いつもの服装で落ち着いた私は膝をついて、バッドガールルックとの致命的な相性の悪さに絶望した。

 

「そもそもあんた、身長が小さい割に胸がでかいから、ちょっとイヤラシイ子供にしか見えないのよ」

「い、イヤラシイってなんですか!」

「だったらGBNでぐらい身長伸ばしたらよかったじゃない」

 

 それもそうなんだけど……。

 私が今までやってきたVRゲームは基本生身で戦いものばかりだ。

 そこには必ずと言っていいほど、身長の操作機能があった。このGBNにだって身長の意図的な操作はあるのだけど、そこには深い深い谷底よりも深い罠が存在する。

 リアルとデータの身体による身長差のバッドステータス。身長を大きくすればするほど、リアルとの身体の差異が如実に現れる。例えば歩く際にシークレットブーツの履きたてのように、ぎこちない歩行活動になったり。あとは手の長さや身長の大きさによって通れる場所、つかめるものに差が出たり。

 それが故にVRゲームで身長をいじることは非推奨、というよりもエンジョイ勢やファッション勢が行う行為となっていた。

 動かしづらいのは嫌だし。そんな理由で私も身長を伸ばさなかったり、胸を削らなかったりしたことに後悔を抱いた。

 

「いいじゃないですか。こうやってエンリさんを上目遣いで見れますし」

 

 反撃と言わんばかりにじっとりと瞳を半開きにしながら、両手を後ろに回して下からエンリさんを見上げる。

 相手が男性だったら基本的にこれで即死みたいな行為であるが相手は女性だ。そう簡単にうろたえたりはしないのだ。

 おでこの少し上あたりを優しい力加減でチョップされる。少し痛い。

 

「あんた、それ男にやらないことね」

「やりませんよ。男の人怖いし」

「全くですわ。こんなプリティなユーカリさんを見たら、皆さん誘拐したくなります」

「誰もそこまでは言ってないわよ」

 

 実際この見た目で後悔したことはいくつかあるものの、口に出すほどではないので記憶の引き出しに鍵をかけて封印しておく。何があったかと言えば、クラスの生徒に少しだけイヤラシイ目で見られているということなんだけど。

 プリティかはともかく、エンリさんやノイヤーさんみたいな身長高めの人は羨ましいとは思う。何故って? こういうバッドガールルックが着こなせるからだよぉ!

 

「ですが、ここまで悪い女に仕上がらないとは……」

「ある意味才能よね」

「悪かったですねぇ!」

 

 私だって好きで成長していないわけではない。

 ただほんの少し。そうちょっとだけ夜中にゲームをしていただけなんだ。

 人間が成長するのは夜寝ている10時から2時の間だと聞く。その間にゲームをしていたとかそんな事を口が裂けても言えるわけがない。

 心の奥底に沈めながら、私は参考となるファッション雑誌を眺める。

 うーん。どれも私には似合わなさそうだ。むしろグッドガール特集の方が受けが良さそうな辺り、自分のバッドガール適性のなさに辟易するレベルだ。

 

 ページを捲っていき、ガンダムガールのコーナーへ行くと、発色の良い小麦色の肌をしたダイバーの写真が出てきた。

 白いスクールシャツに紺色のミニスカ。加えて頭部のピンと張り上がった虎の耳をしたJKルック。いわゆるギャルと言って差し支えないだろう。胸元も開いてるし。

 いいなー。私もこういう女の子に生まれたかったよ。

 

「……これね」

「これですわね」

「へ?」

 

 その瞬間。何故だか雑誌を一緒に覗いてたエンリさんとノイヤーさんの意見が合致した。

 

 ◇

 

「完璧ね」

「これしかありませんわね」

 

 完璧とは、探求者にとって死に値することなんだよ。

 などと誰かおしゃれな研究者が言ってた気がしないでもないけれど、それは置いておく。

 今のは私は新たなダイバールックに新装していた。

 

 まずは地球連邦軍の制服。これをあえてそのままに胸元を開けたり、袖を腕まくりして着崩す。腰にはカーディガンを巻いて、学生らしさと可愛らしさ。そしてアウトローさを表現。まさしく不良のような格好と言っても過言ではないだろう。ここで制服を肩から身につけたりすればそれはそれでよかったのだが、今はおいておく。

 私の怒りのポイントはこの犬耳と犬しっぽのアバターパーツなのだから。

 さっきまでなかったよね?! 

 おもむろにエンリさんが取り出した犬耳と、ノイヤーさんの懐から飛び出た犬しっぽがベストマッチ。不良のような見た目があら不思議、悪ぶったチワワにしか見えない。

 

「って、そんなビフォーアフターってありますか?!」

「いいんじゃないかしら。だいたいあんたにアウトローなんて無理なんだから、不良程度で十分よ」

「ですわね。キュートですわよ、ユーカリさん!」

「うぅ……うぅ……」

 

 正直恥ずかしい。胸元が開いてるから谷間がチラチラと私の視界を行ったり来たりしてるし、何よりケモミミ&しっぽが思いの外他の人に見られるんじゃないかと恥ずかしくてたまらないのだ。

 「えー? もしかして自分で選んでつけたのー?」

 「うっそー、シンジラレナーイ! 犬耳としっぽは小学生までだよねー!」

 なんて言われた日にはGBNをやめるまである。悔しいことに、私のメンタルはそこまでカチコチではないのだ。

 

「こんなんじゃチワワかポメラニアンですよぉ……」

 

 今更2人で顔を突き合わせて、少し申し訳無さそうな顔で私を見ないでほしい。逆にされるがままパーツを身につけた私まで申し訳なくなってしまう。

 ……うん。こうなったら2人を元気づけるために覚悟を決めよう。私は悪ぶったチワワだ。悪ぶったチワワ。可愛いがすぎるのでは?

 

「こうなったら、3人でどこかストレスを発散しに行きましょう!」

「つまりバトル?」

「はい! バッドガールの試運転もしたいですし!」

 

 今までにないほどの高鳴りを感じる。

 ストレスは何らかで消化することができるらしい。今回選んだ消化方法は殴る蹴るの暴力。八つ当たりというやつだ。何か適したイベントのようなものはあるだろうか。先輩の2人に聞いてみると、それぞれ反応を示した。

 

「こういうのは野良試合もありですが、それだと基本タイマンの1対1ですし……」

「……ヴァルガよ」

 

 私はクエッションマークを宙に浮かせていたけれど、ノイヤーさんが目を見開く。まさしく「今なんと言った」という言った相手が信じられない顔だった。

 

「本気で言ってますの?! あそこは猿山ですわよ! そんなところに初心者であるユーカリさんを……」

「実際行けると思うわ。彼女のバトルセンスは大したものだもの」

 

 ノイヤーさんがバツが悪そうな顔で私を見てくる。

 な、なんでしょうか。もしかしてヴァルガって場所は相当やばい場所だったりします?

 

「あんた、乱戦は好きかしら?」

「えっと……はい」

 

 その答えにしばらくの間後悔するとは、この時の私は知らなかったり。

 ともかく。これが私のハードコアディメンション-ヴァルガ行きが決まった瞬間であった。




デジモンで言うところの成長期から成熟期辺り

情報アップデート
◇ユーカリ
機体名:ガンダムAGE-1バッドガール
見た目:青く髪の毛が肩まで伸びたウェーブのかかったセミロング
地球連邦軍の制服を胸元を開けたり、腰にカーディガンを巻いたり。
不良のような格好。犬耳と犬しっぽをアバターに装備している

ユーカリ第2形態。
バッドガールと似合うようにしてコーディネートされている。
参考は某-Tuberの何テラさん。悪ぶったチワワorポメラニアン。


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第9話:AGE狂いとヴァルガ戦闘

明日からダイバーからハンターになるので初投稿です。


 ハードコアディメンション-ヴァルガ。

 それはいったい何なのか。私にはもちろん分からないのであるが、答えを求めると自然と1つにつながってしまうほど簡単な問題だった。

 ヴァルガは対人戦に餓えたダイバーたちの要望によって作り上げられたルール無用。殺戮や鏖殺。奇襲に不意打ちと、様々な戦法戦略が合法化されたディメンションだ。

 唯一にして最大の特徴である、合意なしのガンプラバトルが可能な場所であり、中級者以降の腕鳴らしやストレス発散のはけ口。果ては初心者をここに誘導して合法的に叩き潰すという初心者狩りまで生まれている有様だ。

 

 それを一般ダイバーたちは何と捉えたか。

 例えばGBN動物園。様々なチンパンジーや猿がひしめき合う小さな楽園であり地獄。

 例えばボス猿トーナメント戦。これまた猿が己のガンプラが強いことを証明するための腕試しの場であり、バトロワ島の1つ。

 あるいはマッドマックスや北斗の拳ディメンションなど、言いたい放題様々なのであるが、総じて危ない場所、と呼ばれる多くの悪意が募る場所である。

 

 そんなところに連れて行こうとするエンリさんは正直頭がおかしいと思うし、それにはいと答えてしまった私にも責任はあると言ってもいい。

 だからって後悔する時間を与えてくれないのは酷すぎるのではないだろうか。

 

「本当に行くんですか……?」

「行くに決まってるでしょう。バッドガールの晴れ舞台よ」

「むぅ……」

 

 そう言われてしまうと弱い部分はある。

 バッドガール、チンパンの巣窟であるヴァルガで完勝! なんて事ができれば今後の自信につながるし、バッドガールが強いということの証明もできる。

 逆にコテンパンにやられてしまえば、自信の喪失から早くもゲームオーバーになってしまうこと請け合いだ。兎にも角にも、この1戦は重要と言えよう。

 だからこうやって緊張もしてるし、なんだったら行きたくなんてなかったよ!

 既に出撃準備をしている手前、2人から逃げることなんてできないわけで。今日は厄日だ。

 

「……ヴァルガに到着したら、まず最初に全力でブーストをかけなさい」

「は、はい……?」

 

 なんでだろう。出撃前に聞いたエンリさんのアドバイスから猛烈に嫌な予感しかしない。

 やっぱりチンパンたちの動物園とは、全くの比喩表現ではないみたいだ。

 

「エンリ、ガンダムゼロペアー。行くわよ!」

「ノイヤー、ダナジン・スピリットオブホワイト。行きますわ!」

「うぅ……みんなして……」

 

 かっこよさげな出撃口上はテンションが上がるものの、今から行く場所がテンサゲなんだよ。まぁいいや。どうにでもなっちゃえ!

 

「ユーカリ、ガンダムAGE-1バッドガール、行っちゃいます!」

 

 ヴァルガに着いたらフルブースト。よし心に決めた。

 ディメンション間ワープゲートを抜けて、飛び出た先は空中。

 見渡す限りの廃墟と灰色の岩場はまさしく原子爆弾でも落ちたかのような荒れ果てた土地だった。

 空も灰色で、地平線の彼方まで雲がかぶってるし、本当に世界そのものが死んでしまったような錯覚すら覚える。

 

「ここが、ヴァルガ……」

「ユーカリさん、ブーストですわ!」

「あっ!」

 

 エンリさんに言われた通り、最大限スラスターを全開にしてブーストを点火させたその瞬間だった。

 一筋の閃光が私がいたすぐ後ろを掠める。少しでもブーストが遅ければどこかに被弾して、そのままゲームオーバーになっていたほどの正確無比な射撃。

 思わず閃光――ビームが来た方向をカメラアイで確認する。わずかに見える視線の先。銃口を構えたデュナメス型のガンプラが、こちらに銃口を向けていた。

 来る。思わず身構えても、通り過ぎる私のバッドガールには目もくれずにただひたすら、私が入ってきた場所を見つめていた。ど、どういうこと?

 

「あいつはいつもそこから来る奴を狙撃して、片っ端からダイバーポイントにしてるリスキルのバカよ。1発逃したら、追ってこないから安心しなさい」

「そ、そうなんだ。よかった……」

「でもあいつの恐ろしいところは他にあるの」

「へ?」

 

 灰色の土に着地したゼロペアーは腰にマウントしていたナックルガード付きツインメイスを手に取り始める。それに応戦する形でノイヤーさんも手のひらにエネルギーを溜め込み始めた。一体何が始まるんです?!

 

「あいつの弾丸は戦いの狼煙。つまり、ここに猿どもがやってくるってことよ!」

『そういうことだぜぇ!!!』

 

 現れた集団は合計10機。そのどれもがジオン軍のザク系統の機体であり、いずれもバイクに乗ってこちらに襲いかかってきているのである。

 スパイクショルダーを改造した世紀末仕様の長いニードルに加えて、クルーザータイプのバイクを幾重にも改造したまさに特攻隊専用モデル。うんうん、あれもまたアウトローだね。かっこいいなぁ、なんて言ってる場合ではない。素早くドッズライフルを構えて、射線上に入ってきた敵を1機ずつ狙い撃つ。

 だが、ドッズライフルは本来貫通力を加えたビームライフルであり、DODS効果を与えた反動として、少しばかり銃身がぶれてしまう。それ故に1発目は牽制射撃と思えるほどの軌道を描いて世紀末ザク隊の空中をすり抜けていった。

 

 くっ。まだまだ。仰角は少し修正して、反動による調整も済ませて。よし第2射行ける気がする!

 放ったビームの螺旋はクルーザーバイクに跨ったザクの左手を掠める。

 浅い。そう思った矢先にビームによって溶けた装甲が爆発。そのまま1機がバイクから転げ落ちてしまった。結果オーライと言うべきだろう。

 

「やった!」

「あんなんじゃまだくたばんないわ。わたしは前に出る。援護お願い」

「しょうがありませんわね!」

 

 ダナジンのビーム連射の雨を背に、ゼロペアーは残り9機となったザク軍隊に単身突貫を図る。

 って、最初は私のバッドガールの性能を見たいんじゃなかったんですか!

 私もドッズライフルで牽制をしながら、突撃を仕掛ける。

 いかんせん左腕はただのフックであり、ビームサーベルを持つことはできないものの、このガンダムだってやればできるってことを教えてあげなくちゃ。

 

「あんまり前に出ないでくださいまし」

「でも、近づかなきゃ、当たらないよ!」

 

 ゼロペアーが突貫した先がモーゼの十戒のごとく左右にバイクザクたちが別れる。

 どうやら囲んで棒で叩くらしく、片手に持ったザクマシンガンで円状になるように囲んだ中心、つまり私たちに乱射を始めた。

 一つ一つのダメージは少ないものの、蓄積していくのがダメージだ。粒カスの豆鉄砲だろうと溜まっていけばHPが削れていってしまう。

 

「このっ! このっ!」

 

 全然当たらない。こと射撃戦は苦手であると同時に、常に動き回っている相手にGBN初心者であるはずの私が当てられるわけもない。

 小手のビーム兵器で対応しているゼロペアーだが、しびれを切らしたのだろう。彼女が軽く舌打ちを鳴らして、尻尾のテイルシザーで地面に先端を突き立てるようにバリバリと音を鳴らして攻撃を始めた。

 

「いい加減、鬱陶しいのよ!」

 

 バイクに被弾するのは尻尾ではなく地面の岩。視界とバランスを奪われたバイクザクたちは転倒、もしくはバイクから脱却する形でなんとか難を逃れる。だが総じてその場で足を止めてしまったという事実は変わりない。

 ガンダムフレーム特有の素早い身のこなしから、身の丈2つ分ほどジャンプしたゼロペアーは右手のメイスを投げつける。同時にテイルシザーによる鋭い突きの攻撃が視界を失ったザクたちに襲いかかる。

 

『何だこの音は?!』

 

 メシャッという明らかに機体そのものが質量に潰された音ともに相手のパーティが1つ欠ける。

 

『アールツー?! おの……ッ!』

『D2!』

 

 同時に襲いかかっていたテイルシザーがザクヘッドから胸部までを一刺し。

 突き刺さったザクを今度はメイスのように他の機体へと叩きつける。

 

『グワーッ!』

「そうだ、私も……!」

 

 熱源センサーは有効だ。ならば、狙いを定めてドッズライフルで撃ち抜く!

 ドシューンとドッズライフル特有のライフル音は土煙を突き抜けて1つのザクの胴元を貫いてみせた。

 爆発したザクと同時にメイスのように叩きつけられたザクが他のザクと誘爆を起こしさらなる大きな爆発へと姿を変える。

 

『う、嘘だろ……たった1機に、こんな……』

「戦場では、侮りは死に値するわ」

 

 辞世の句を読ませる前に着地したゼロペアーのメイスで脳天をかち割られて更に1機撃墜。

 10機いたザクたちは残り5機となってしまい、散り散りに逃げ始める。

 追おうと思い、ドッズライフルを構えてみたが、それはゼロペアーに何故か止められてしまった。

 

「あの様子なら下手に手を出さなくても勝手に死ぬわ」

「う、はい……」

「相変わらず鬼神の如き強さですわね」

「やめて。わたしなんてまだまだだから」

 

 そんなに謙遜しなくてもいいのに。

 乱戦に慣れているとは言え、小隊の半数を1人で消し去ったエンリさんはすごい。

 実際に口にしてみたら、照れた後にゼロペアーでこづかれてしまったので、これ以上何も言わないことにする。だってダメージ結構痛かったし。

 

「ワイヤーの性能も確認しておきたいわね」

「ですね。試しにドッズライフルは控えてみます」

「その方が良さそうね」

 

 後ろ腰にドッズライフルをマウントして、左手の調子を確かめる。

 左手はワイヤーフックという武器腕となっており、超硬度のワイヤーで射出。そのままフックで攻撃したり、ワイヤーで防御したりと、用途は様々なはずだ。いかんせん使ったことがないので使用感がイマイチわからないけれど。

 敵を求めるべく私たちは歩いて周囲を探索し始める。

 ゼロペアーもダナジンも、そしてバッドガールも空中を常に走ることはできない。故にスラスターを存分に使用しなければダッシュ行動もできないわけで。

 他の機体に見つかると面倒だからこそ、こうやって身を潜めながら、次の交戦相手を探していた。

 

「やっぱり索敵マンは欲しいですわね」

「これだけ広いと、ですね」

 

 ここ、ヴァルガは対人戦を想定しているため、通常のディメンションよりも広く設定されている。故にドローンやビットなどで索敵をするダイバーも少なからず存在するとのこと。今の私たちにとってはまったくもって羨ましい機能である。

 ないものねだりをしてもしょうがない。自前のガンダムの角とヴェイガン機のスキャンを使って狭い範囲の索敵を試みている。

 すると、1機がこちらに近づいてくるのを察知した。

 

「さすがヴァルガね。的には困らないわ」

「いいですか?」

「思う存分やってみなさい」

 

 鈍色のチェーンを握りしめて、空中から飛んでくるアヘッド目掛けてワイヤーフックを投げ込む。

 突き攻撃で突き飛ばすように真っ直ぐアヘッドの進行方向へと進んでいき、そして……。

 

『グアッ!』

「ヒットした!」

 

 仰け反ったアヘッドがそのままビームライフルを持って臨戦態勢を取り始めるものの、私のワイヤー捌きは更にその上を行く。

 フックの下部分に潜り込んでしまったアヘッドの背中を引っ掛けるようにして、装甲の隙間にフックを滑り込ませる。

 しまった。そう声が聞こえながらも、ノーマークだった彼に責任があるのだ。ワイヤーを引き込むように左腕を引き下げ、右手にビームサーベルを握る。これは釣りだ。大きな獲物が引っかった場合、どうすればいいと思う。答えは1つ。仕留めて今晩の夕飯にするんだ!

 

『わわわわ~~~~!!!』

「ごめんなさい!」

 

 ビームライフルを撃つスキも与えず、突き立てたサーベルは胸元。コックピットを貫いたアヘッドはそのまま爆発四散。ゲームオーバーとなった。

 

「うまく使えれば、かなり有効な武器になりそうね」

「ちょっと難しそうですけどね」

「まぁ、問題はハイエナたちが群がってきたことよね」

「え?」

 

 ダナジンのデータリンクから数機がこちらに向かっていることを確認する。

 ひょっとして今の行動見られてた感じなの?!

 

「1機はカットシー。1機はマラサイ。もう1機は、この反応……なに?」

「どうしたんですか?」

「妙ですわね。ジャミングで表示されなくなったと思えば、モンテーロに変わりましたわ」

 

 ノイヤーさんの説明によるところ、補足した熱源反応が一瞬消えたかと思えば、次の瞬間には熱源反応を探知し、正体がモンテーロであることが判明した、とのことだった。

 確かに妙だ。バグという可能性もあるけれど、それなら修正のためにガードフレームが出てくることになる。でもその気配は一切ないし。どういうことなの。

 

「いずれにせよ、少し厄介そうな相手ね。カットシーとマラサイはなんとかする。ダナジンとバッドガールでモンテーロを殺りなさい」

「それが妥当ですわね」

「うん。怖いけど、頑張ってみます」

 

 ターゲッティングしたモンテーロに、僅かな不安を抱きながらも、私とノイヤーさんは第3戦目のステージへと駆け上がり始めた。




やたら強いヒロイン。
明日からモンスターを狩りに行くので多分不定期になります。
ヴァルガ編は終わらせてから、ね。


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第10話:AGE狂いと乱戦パーティ

ヴァルガ編、後半戦!
そして新キャラも……?


 ゲームに置いて。いや、この際仕事においてと言っても差し支えないだろう。

 報告すること、というのは大事になってくる。報連相という概念があるぐらいなのだから、その重要性は計り知れない。

 さて、なんでこんな話から始めたのか。それはターゲッティングしたモンテーロに付随する話でもあった。

 

 このモンテーロは一見何の変哲もない普通の青いモンテーロに見えるものの、何かがおかしく思えた。

 具体的に何? と言われれば正直分からないことが多いのだけど、熱源反応での僅かなタイムラグ。補足したと思ったのに、一度消えてからの再出没。これだけ聞けば、変な機体であることは確かだ。

 それでも目の前にいるのはやはり何の変哲もないモンテーロ。逆に怪しい。

 これだけお膳立てして出てきたのがスナイパーや奇襲系のMSなら話は変わってくる。一説によればハイパージャマーなるステルス性能に特化した電波妨害装置があるとかないとか。

 話が脱線した。キルするならずっとジャミングをかけていればいい。それをあえてしなかったその理由。それが一向に理解できないのだ。

 目の前のモンテーロ目掛けてドッズライフルを打ち込むが、特に変わった様子はなく、左右の大きなスラスターによって右へ左へ器用に避けてみせる。

 

「一見はただのモンテーロですわね」

「ですね。やっぱりただのバグだったのかな」

 

 GBNとは言えども基本はゲームだ。故にバグというものは必ず存在する。

 この世にバグを生み出さない開発者なんていないのと同じように、必然性というものは存在しない。

 だから日々デバッガーなる猛者たちが日夜マ・ザイを片手にデバッグをしているんだ。

 そのためこの索敵でたまたまバグが出たとしてもおかしくはないんだけど。

 何故だか私の中の嫌な予感センサーがビンビンと反応している。ここで何かをスルーしてしまえば、恐らくこの戦いに敗北してしまうかのような、そんな予感。

 構えられたビームライフルもモンテーロのものとは微妙に姿形が異なっており、その疑念が加速するだけだった。

 

 ビームバルカンを撃ちまくるノイヤーさんはそれを気にするものかと、接近戦を開始する。

 手のひらにむき出しになったビーム口をサーベルモードに変更して、斬りかかった。

 

「やっぱりジャベリンですわね!」

『やっぱりジャベリンなんだよねー!』

 

 バインダーから取り出したジャベリンを片手にビームサーベルを防ぐ姿は間違いなくモンテーロそのもの。その身のこなしも高機動型らしく、パワーは弱いものの連続での切りかかりは十分脅威となりうるフィールを抱いていた。

 ドッズライフルを片手に握りしめ、渦を巻いたビームで相手とダナジンに空間を作る。続けざまに繰り広げられるのはワイヤーフックによる奇襲攻撃。放たれたフックに引っかかることはなく、ジャベリンでフックを弾き飛ばす。

 

「素早い!」

「なんのですわ!」

 

 片手をビームバルカンに、もう片方をサーベルに変更し、牽制攻撃を仕掛けながらも接近するダナジンに、ジャベリンを回転させながら、勢いよく地面を蹴り上げる。

 空中を弧を描くように飛ぶモンテーロを追うダナジン。だがそこは可動領域の限界。完全に背中に回ったモンテーロのビームライフルが火を吹く。

 羽根の付け根。ちょうどダナジンの主力兵器であるマイクロウェーブ受信口にビームが数回辺り爆発を起こす。

 

「きゃあ!」

 

 仰け反るダナジン。なおも続く連撃は、着地したモンテーロのジャベリン攻撃。

 ビーム口を発振させながら、目指すはダナジンの頭部。ヴェイガン機は基本頭部にコックピットが存在する。このダナジンも例外はないはずだった。

 それを見逃すほど、私も忙しいわけではない。弾かれたワイヤーフックを器用に扱いながら、2機の間に割り込む形でモンテーロの勢いを削ぐ。注意を引かれたモンテーロ飲目の前には、以前秘密兵器にしておきたいと言っていたダナジン・スピリットオブホワイトだけの装備、尻尾のダナジンライフルが牙をむく。

 

「お喰らいあそばせ!!」

 

 勢いよく噴射したビームライフルはモンテーロに命中する。

 当然のごとく起こる爆発。晴れた先にはデータの破片が散り散りになって、ノイヤーさんのダイバーポイントが少し増える、はずだった。

 爆風を切り抜けて現れたのは一筋の黒と金の閃光。ジャベリンを手に持った『彼女』はビームを発振させ、ダナジンの尻尾を斬り落とした。

 刹那の爆発。強靭な足腰をしているはずのダナジンが吹き飛ばされ、地面を転がる。

 斬り裂く爆風の先。そこには白いシャツのような見た目をした金髪の女性像の姿があった。

 

 ◇

 

 モビルドール。それが意味することはたった1つであった。

 

「EL、ダイバーですの……?」

 

 ELダイバー。近年発見された電子生命体の一種であり、このGBNで生まれ落ちた命であるとWikipediaで読んだことがあった。

 まさかこんなところでその本物に出会うことがあろうとは。

 いや、それよりも、だ。

 

『あっちゃー、バレちゃったかー』

「どういうことですの?! さっきまでモンテーロでしたのに!」

 

 一言一句私とノイヤーさんの今考えていた思考が一致した瞬間だった。

 どうして。さっきまでモンテーロと戦っていたはず。それが何故に武器をそっくりそのまま持ち替えた金髪のモビルドールと戦っているのか、理解できない内容であった。

 ELダイバーは回線を通じてモニターから姿を現す。その見た目はモビルドールとそっくりそのままだ。

 ノイヤーさんとは真逆で明るめの金色の髪に朱色のメッシュが左前髪に1本通る。

 左側にまとめたサイドテールと結び目の赤いリボンが頭を動かす度にふわりと舞い、白い襟付きのシャツにクリーム色のカーディガンが光る。

 まさしく理想とする学生の姿。まさしく雑誌で見たことがあるギャルの姿そのものであった。

 彼女はニィと笑って、目を細める。

 

『知らない? ミラージュフレームっての改造パックなんだけどー。GN粒子とミラージュコロイドを組み合わせて、なんやかんやするとさ! あれなんのよ、モンテーロ』

「……え?」

『だーかーらー! モンテーロ! 要するに擬態的なやつ!』

「そういうことでしたのね」

 

 あれ? 私、もしかしてこの状況についていけてないタイプなのでは。

 ミラージュフレームってそもそも何? AGEにはそんな物はなかったし、ミラージュコロイドっていうのも名前だけは聞いたことはあっても、作品の出自元であるSEEDは見たことがない。

 それに何より、なんで雑談しているように敵と話してるの! 危うく私もうっかり反応しそうになっちゃったんだけど。

 

「そうじゃないですよ! えっと……」

『フレン! よろー』

「フレンさん! 今、戦ってる最中ですよね?!」

『そーそー。でもさー、いい感じのウデマエ見せられちゃったら気になっちゃうじゃん? そゆことよ』

「どういうことですか!」

 

 なんというかELダイバーってもっとふわふわとしていて、生まれたてということで曖昧なイメージがあったのだけど、蓋を開けてみれば、そこにいるのはただのギャル。ギャルがモビルドール持ってやってきたのである。

 

『ミランドやられちゃって、アタシやばいんだよねー。助けて?』

「まぁ私がやったようなものですし……」

「流されてはいけませんわ! これは罠です!」

 

 命乞い。あまりにも自然な命乞いに、私一回騙されてしまった。危ない危ない。危うくそのまま助けてしまうところだった。

 じゃなくって! グダグダし始めた私のもとにさらなるレッドアラートがコックピット内に鳴り響く。数はおおよそ3機。新たなチャレンジャーのエントリーである。

 手負いのダナジンとモビルドールフレンは臨戦態勢を取るも、私はその場で混乱が先にやってくる。恐らくこの2機を抱えながら戦うのはハンディマッチに近い行為だ。うぅ、こうなったら……!

 

「フレンさん! ここまで来たら運命共同体ってことで、ノイヤーさんと逃げてください!」

「いいんですの?!」

「私も混乱してるんです! でも命乞いしてきた相手を見逃すなんてできませんから!」

『あんた……サイコーの女だね!』

「調子のいいこと言っているんじゃありませんわ! とっとと退きますわよ!」

『あんたもサイコーじゃん!』

 

 飛行形態へと姿を変えたダナジンはモビルドールフランを乗せて合流地点であるK点へと撤退を始める。

 もちろん殿は私たった1人。エンリさんにも通信したけど、合流するにはおおよそ1分半必要らしい。てことで私1人で3機の相手をしなくてはいけない。何という災難。やっぱり今日は厄日だよ。

 

「でもバッドガールには相応しいかも」

 

 厄いってことはバッド。バッドと言えばアウトロー。アウトローと言えば私。

 ほっぺたをパチンと叩いて、やや残る頬の痛みとともに私は集中統一のスイッチを入れる。

 

「よし。バッドガールユーカリの、初陣。行こう!」

 

 敵は3機。それぞれガンダム、Zガンダム。ZZガンダムと初代主人公の3機が勢揃いだった。いいじゃん。三世代編がまとまったようなAGEらしさを感じる組み合わせ、悪くないと思うよ。

 ドッズライフルを手に持った私はまずはZガンダムに乗ったガンダムへと射撃を開始する。

 連射性能はDODS効果を与えた分、やや下がっているものの、三点射するには十分な連射速度だ。両脇を2発で埋めてから最後の一発をガンダムへと向けて、撃つ。

 螺旋を描きながら伸びる桃色のビームに対して、ガンダムが取った行動は至ってシンプル。Zガンダムを踏み台にしたジャンプ行動であった。

 

「な?!」

 

 予想外ではない。あの状況ではそれが一番適切な行動と言っても過言ではない。

 次にやってくる行動は決まっている。ビームライフルでの対応。ダブル・ビーム・ライフルに通常のビームライフルの行動を回避するべくジグザグに行動しながら次の行動を考える。

 ABCマフラーがある以上、合計5発までなら耐えられる。問題はZZの火力にZの機動性をどうやって封じるかだ。

 火力問題はおおよそ不可能。今のバッドガールの装甲では撃ち抜くことはできない。それができるのがたった1人、エンリさんのゼロペアーだ。あのガンプラのナノラミネートアーマーと質量攻撃でなら突破は可能だ。つまりZZガンダムに対しては一旦回避に専念するという結論でいい。

 Zの機動性ならこちらが上とは言わないが、ワイヤーフックによる奇襲攻撃が可能だ。対処するならこっち。

 手が空いたガンダムは必ずこっちに向かってくる。流石に2体同時にやるのはきつい。だけど、やるしかない。

 ドッズライフルを握りしめて、ZZの射線から逃げるように射撃を開始する。

 

 三点射撃を心掛けながら、Zの行動範囲を狭めていく。その間もガンダムの相手はしなくちゃいけないし、ZZガンダムの射線からは逃げなきゃいけないしで、脳内のマルチタスクがヒートアップしているが、音を上げている場合ではないのだ。

 ワイヤーフックで牽制しながらガンダムかZを引っ掛けられれば、そのまま盾にもできる。だからこのフックには当たりたくないはずだ。

 左右に振りながら、時にはワイヤーを止めながら、緩急をつけながらガンダム釣りを始めておおよそ30秒。状況が動き出したのはフックの先にZガンダムを捉えた瞬間だった。

 

「なんか、掴めてきたかも」

 

 ワイヤーフックの無限の可能性。ゲーマーだからこそ分かる感覚。弱い点ももちろんある。だけど、使い方さえ分かってしまえば……!

 必死にもがくようにZガンダムは逃げようとするものの、もう遅い。ZZの射撃から隠れるようにしてZの土手っ腹をビームライフルの射線上に引いてみせる。

 

『こいつッ!』

『俺のことは構わず撃……』

「遅いよ!」

 

 ちょうどZZを挟んで対面。撃ち放ったドッズライフルのビームドリルはZガンダムの胴体をクリーンヒット。続けて貫通したビームはダブル・ビーム・ライフルを掠める。まさにアセムのハイパードッズライフル2枚抜きにも似た高等テクニックで、Zガンダムを1機沈めた。

 

「よし!」

『俺を忘れるな!』

 

 右側から襲ってくるのはRX-78-2ガンダム。左側だったら危なかったけど、右ならっ!

 ガンダムが仕掛けるビームサーベルをもう必要ないとドッズライフルを投げ込んでわざと切断させる。

 瞬間。爆破が起これば、今度見えるのは明確なスキ。リアスカートから取り出したビームサーベルを手に、全力でブーストをかける。

 

「これでぇ!!!」

 

 右上から降り注ぐビームサーベルをガンダムが受け止め、鍔迫り合い状態に。

 だけど、オービタルとスパローのブーストは伊達ではない。フルブーストをかけるバッドガールに出力負けしたガンダムが後方へと押され始める。

 

『だが決定打は!』

「ここにあるんです!」

 

 天空に突き立てるのは先程から戻していたワイヤーフック。

 ガチャンと、心地の良い機械音は相手を壊すという意志の現れ。

 必死にバルカンで対応する彼であったが、時既に遅し、というやつだ。

 

 振り下ろされたフックがガンダムの胴元を抉るように突き立てられる。南無三。これが腕1本を犠牲にし作り上げられたワイヤーフックの威力。貫通したガンダムの胴体を投げ飛ばして爆発によるダメージを回避する。

 

「これで2機!」

『だが今のキミに、俺は倒せない!』

 

 後方から襲いかかるのはZZガンダムと従来の1.5倍ものサイズのビームサーベル。

 咄嗟に左腕の電磁シールドを加えたチェーンシールドで防ぐものの、バリアを貫通して徐々にビームの刃が左腕を溶かしていく。

 残りは何秒だ? 分からないけど、後は逃げ続けるしかないんだ。

 胸元のフラッシュアイを起動させて、一時的に閃光を相手の視界へと叩きつける。

 左腕を切り捨てながらも、私が選んだのは逃走。フルブースト状態でならZZガンダムは振り切れるはずだ。

 

『させるかぁああああああああ!!!!!!』

 

 視界が意外にも早く開いたのか、手に持っていたビームサーベルを勢いよく投擲する。

 ビームサーベルで弾き返そうとするが、この火力だ。弾き返せることもなく右腕ごと貫かれた。

 だ、けど! これでならあとは逃げるだけ。そう考えていた私の目の前には絶望が降りかかる。

 額の発射口が口を開いたのだ。ハイ・メガ・キャノン。一説によればコロニーレーザーの20%にも匹敵する超高火力であり、私が受けてしまえば確実に塵に帰ってしまうほどの火力を有していた。

 首を動かせば射線はいくらでも変えられる。もはや、これまでか。

 チャージされたビームが風船のように膨らんでいく。

 目を閉じて、これでおしまいであることを受け入れる他なかった。

 

「諦めるつもり?」

「え?」

 

 桃色の閃光。額から放たれたビームが受け止めたのは腕を十字にクロスさせた黒い悪魔。ゼロペアーの姿だった。

 

「エンリ、さん?」

「教えてなかったけど、ガンプラバトルは、諦めなかった方が勝つのよ!」

 

 ナノラミネートアーマーによってその高出力ビームのダメージを1/10まで軽減させたゼロペアーはテイルシザーでZZガンダムのコックピットを貫いていた。

 

「そう。諦めなかった方に、ね……」

 

 ZZガンダムの爆発する花火は周囲に響く。

 行くわよ。その言葉で再起動した私の意識はエンリさんに釣られるがまま、撤退ポイントまで足を進めて、ログアウトするのだった。




ストックが無くなりました。
モンハンもやってるので、今度こそ不定期になります


・ガンダムAGE-1バッドガール
名前の由来は悪い女、アウトローやヒールという意味。
エンリに憧れたユーカリがガンダムAGE-1を改修したガンプラ。
AGEシステムの代わりにドクロのレリーフが施され、
ダークハウンドの海賊ガンダムをモチーフに設計されている。

白兵戦に特化させた機体であり、
AGE-1を主軸にして、左腕にはアンカーショットを移植したチェーンシールド。
機動性を重視した両腰のAGE-3オービタルに加えて、AGE-2のリアスカートはビームサーベルを収納している。
足はスパローの脚部パーツを採用しており、防御力は低いが機動性は凄まじい
また首周りにはエンリをリスペクトしたABCマフラーを身につけている。

・特殊システム
ABCマフラー
フラッシュアイ

・武装
ドッズライフル
ビームサーベル
アンカーショット
ビームバルカン
ニードルガン
チェーンシールド


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第11話:AGE狂いとギャルダイバー

推しのソロライブが最高だったので初投稿です。


「いやー! 助かった助かった! あんたは命の恩人だよー!」

 

 エントランス・ロビーに帰ってくるやいなや、何者かに肩を抱かれた方思えば感謝の笑顔が私を迎えてくれた。

 明るい金髪とギャルっぽい見た目。間違いない。さっきのフレンさんというELダイバーだ。

 

「えっと、フレンさん……?」

「そうそう! さっきのフレンさん! あんたの名前は?」

「ユーカリ、ですけど」

「そっかー! ユーカリちゃんねー! よろしくー!」

 

 左肩から伸びてきた彼女の手を、やや遠慮がちに握りしめる。

 この人ELダイバーってことでいいんだよね? 初めて、ではないにしろ本格的に初めて話すELダイバーがこんなに味が濃くてよいのだろうか。

 謎の疑問を私の中で浮かび上がらせながら、彼女の少し柔らかい手の感触を感じていたところ、突如として間に割り込むようにして白い閃光が私たち2人を引き剥がした。その正体は紛れもなくノイヤーさんだった。

 

「ベタベタするのはやめてくださいまし! ユーカリさんが迷惑そうですわ!」

「そんなことないように見えるけどなー」

「御託はいいですわ! ほら、さっさとお帰りあそばせ! しっし!」

「そんなツレナイこと言わないでよ、えーっと……」

「ノイヤーですわ! このスットコドッコイ!」

「わぁお、今日日聞かない罵倒じゃ~ん!」

 

 今度はと言えばノイヤーさんの手を掴んでブンブンと握手&挨拶をしてみせるフレンさん。なんというか、コミュ力が強すぎる。エンリさんだってフレンさんからやや距離を置いているし、あぁいうグイグイ行くタイプは苦手なのだろう。

 あれ、私も結構前へ前へとグイグイ押していた覚えがるんだけど。だ、大丈夫かな。

 やや背中に冷や汗のようなものをかきながらも、私は2人の様子をうかがっていた。

 戦況はやや、というか明らかにノイヤーさんの劣勢だった。

 

「マジで助かったわ。捨てるなんちゃらもあれば、拾ういい人もいるみたいな?」

「それを言うなら捨てる神あれば拾う神あり、ですわ。少しは勉強なさって」

「勉強とかチョー苦手だし。今日も半ば逃げてきたよーなもんだから」

 

 頭が痛そうに、ノイヤーさんは重い頭部をもたげている。ほぼ敗北寸前だ。流石に助け舟は出しておいたほうが良さそう、かな。

 できるだけ問題をこじらせないようにストレートに、彼女が何を考えているか。それを聞くにはこの質問しかなかった。

 

「フレンさんは、どうして私たちと話しているんですか?」

「え?! なんかやばめだった?!」

「い、いえ。ただ、さっきから別れる気配がなかったもので」

 

 世話話にしては明らかに時間が長い。ここに居座る気満々の怒涛のトークで、飽きはしないものの疲れてしまうほどだ。

 ノイヤーさんもお嬢様であるものの、あまり口うるさい相手は苦手なのだろう。辟易した表情で私の方に微笑みかけてくる。

 何事にも適度な態度というものが必要で、それに似合うだけの話し方とは到底思えないのだ。

 だからフレンさんの少し長々と、この場に留めておくような話し方が気になった。

 彼女はやや申し訳無さそうに、手のひらでごめんなさいの仕草をしながら、すまんね、なんて口にする。

 

「いいですわ。何か目的があってのことなら、さっさと教えて下さいまし」

「いいの? んじゃー」

 

 可愛げに首を傾け、金色でまとめた髪の糸がふわりと舞う。

 その様子はおねだりをする幼い子供のようにも見えながら、人差し指を頬の近くに寄せて。そして……。

 

「フォース、入れてくんない?」

 

 私には分かりかねる要素を口にするのだった。

 

 ◇

 

 フォース。それは他ゲームで言うところのギルドやクランと言った合同チームのようなもの。

 フェスと呼ばれるフォースだけが参加できるイベントや、フォース戦という形式のバトルをすることができるなど、特に理由がないのであればとりあえず入っておくに越したことはないようなシステムの1つだ。

 

 っていうのを攻略wikiの方から引っ張ってきたんだけど、この中間にある一文がどうしても気になって仕方がなかった。

 曰く。このシステムはDランク以上から。

 初めてから2週間そこそこ。バッドガールを制作するために2週間かけていた私のダイバーランクはおおよそEランク。先程のヴァルガ戦闘によってダイバーランクが貯まり、ランクアップしたはいいものの、依然として1ランクの高いシステムに触れることができない。

 そもそも3人とはたまたまリアルで一緒に出会って、たまたま一緒に行動しているだけであって、悲しいことにエンリさんに限っては私たちに思い入れがない。

 そんな相手を"フレンド"という括りで収めておくのは容易だろうが、チームとなれば話は変わってくる。

 迷惑そうだもん、誰かとも群れるの。

 

 大前提としてフォースではない私たちは彼女の提案を断ることにしていた、のだが……。

 

「あなた……」

「うゆ?」

「良い提案なさるじゃないの! ノイヤー特別賞を贈呈しますわ!」

 

 意外にもノイヤーさんがこれに乗っかる形に。

 先程まで険悪なムードだったのにこの手のひらを神砂嵐のようにドリル回転させた態度には私もびっくりだった。

 

「ノイヤーさん、何か企んでます?」

「そ、そんなことありませんわ!」

「ふーん……」

 

 ただ、断る理由は私にはない。あるとすればエンリさんだけなのだから。

 Dランク未満であるのなら、引っ張っていく形でパワーレベリングすればいい。

 仲が悪いのであれば、よくなるのを取り持てばいい。

 だけど、乗り気ではない相手に無理強いさせることはできない。今の私たちの状況は、エンリさんの返事だけで如何様にも変わるものだった。

 

「エンリさんは、どうなんですか?」

「どっちでもいい。わたしの目的が果たせればいいんだから」

 

 少し引っかかる物言いだったが、それよりも先にこの状況において、どっちでもいい、というのは本当に困る台詞だ。今日の晩ごはん何がいい? と親が子供に聞いたときに最も聞きたくない返事選手権最優秀賞と言っても過言ではないほどのトンチキ加減。

 流石の私もえぇ、とドン引きしたくなるほどの返事に、少し棘を出しながら口に出そうとした瞬間であった。

 

「……そっか。フォースに入ればフォース戦ができる。ってことは」

 

 1人で小言のように呟きながら何かを確かめ、考えるエンリさん。その手は自然と顎の下を持っていて。

 しばらく考え事をした後に、内容が固まったのか、私たちの方へと向き直った。

 

「やっぱ入るわ。わたしの邪魔をしない、っていう条件付きで」

「エンリさんの目的、というのはわたくしたちには分かりかねますが、それでいいのでしたら問題ありませんわ!」

「なら!」

「……ごめんなさい。もう一つ加えさせてもらうわ」

 

 訂正の謝罪を1つ加えて、彼女が指差した先にいるのはフレンさん。

 今まで絡んでこなかった彼女が突然反応したのだ。信じられないという表情を顔面いっぱいに表現しながら、自分のことを指差す。

 

「あんたがわたしたちに何故入れ込むのか。その理由よ」

「あー、なるなる。やっぱ気になっちゃうよねー」

 

 質問の内容に納得がいったのだろう。両腕を組んでうんうんと首を振ってニヤニヤしている。傍から見ればなんだこいつ、と言わざるを得ない状況である。

 フレンさんは特に悪びれることもなく、その答えを笑いながら答えてくれた。

 

「恋の予感を感じたからよ!」

「は?」

「え?」

「ん?」

 

 三者一様。疑問符を並べ、更に困惑させるには時間がかからない。

 え、何言ってるのこの人。大丈夫? 実はバグってるとかそういうのじゃないよね。

 あと、恋とは魚の鯉ではなく、恋愛感情の恋ってことでいいんですよね。私自体抱いたことのない感情をELダイバーが口にしている違和感に脳みそがオーバーヒートしそう。どこに、恋の予感を抱いたんだろう。

 

「自己紹介すっけどさ! アタシ51番目のELダイバーって呼ばれてんのよ。なんでか分かる?」

「51番目に生まれたから、ではなくて?」

「それもそうなんだけどー、語呂合わせ! 51で恋! 恋愛映画やアニメが好きな感情から生まれたのが、アタシってわけ!」

 

 そこのどこにギャル要素が含まれたかはさておき、彼女が語ってくれた内容はSF要素がある内容なので、少しだけ補足しておく。

 ELダイバーとは、ダイバーたちが日頃GBNにログインする際にリアルから行き来したときに生まれた余剰データが蓄積したことによって生まれた電子生命体である。

 何かの感情。何かをしたい。何かになりたい。そんな『何か』から生まれた塊のようなもの。

 フレンさんはそれがたまたま『恋愛』という形が作った姿。まさしく恋の化身である。

 故に恋に夢見るELダイバーが私たちに何故かロックオンした理由。それもまた不可解であった。何、恋の予感を感じたって。私たち誰も恋してないんだけど。

 

「つーことで! アタシには分かっちゃってるんだよねー、恋の嵐。青い春の爽やかな匂いが、さ!」

「どこをどう解釈したらそうなるのよ」

「あ、ありえませんわ! 女性同士で恋などと」

「そうですよ。私たちもまだ出会って2週間ぐらいですもん。恋の予感なんて……」

「あるんだなー、それが!」

 

 白い歯をちらつかせながら、チッチッチッと指を振るフレンさん。

 どうしよう。話が全く伝わってない。ひょっとして私たちとフレンさんでは言語の入力が違うのではないだろうか。そう錯覚してしまうぐらいには暴走っぷりがひどかった。

 

「本人の尊厳のためには言えないけど!」

 

 その視線の先は何故かノイヤーさん。図星を突かれたように血色の悪い白い肌を赤く染め上げる。そりゃ怒りますよね、謂れのない暴言のような何かを突きつけられてしまっては。

 私はそっと肩をポンっと叩いて同情の感情を送る。相手は友達だ。慈しみの感情を持たずして、何が友達と言えよう。

 目を丸く見開いた後、胸の奥底からため息をついたのはフレンさんだった。

 なんであなたがため息つくんですかぁ!

 

「まぁいっか。てことでそんな理由! エンリちゃんもおーけー?」

「釈然としない所はあった、というか1000%釈然としないけど、把握はしたわ」

 

 理解はしてないけど。小さくお小言を口にするエンリさんもやはりストレスをためていた。

 こうして何故かフォースを結成することになったものの、問題は意外と山積みであった。

 

「まずはユーカリさんをDランクに押し上げて、名前の決定。それからフォースの活動方針やら、フォースネストの資金調達やら……。やることがいっぱいですわ」

「恋のサポートもしてあげないといけないよね!」

「あなたはお口チャックですわ」

「むー」

 

 見た目に反してやや子供らしい反応を取るフレンさんであるが、彼女がこの問題を持ち込んできた張本人であることを、悲しいことに把握していないのだろう。頭お花畑とは言わないが、少し抜けていると思う。

 リストにまとめていくが、目下の問題はやはりフォースの名前である。

 後から変更は可能らしいので『フォース1』とか『名無し』とか付けてもバレないだろうけど、それでは味気なさが勝ってしまう。フレンさんも認めないだろう。

 名前。名前と言われてパッと出てくるようなものではないのは確かだ。

 

「フォース名ですか。ユーカリさんは何かあります?」

「なんにも」

「アタシもさっぱり!」

 

 フォース名。パッと出てくりゃ、すぐ終わり。

 邪道に近い五七五を心のなかでつぶやく。バッドガールの時はすぐに出てきたものの、普通に考えていれば1日使っても出てこないそれを、今日結成したような知り合いたちと考えるのは困難を極めていた。

 

「フォース1とかいいじゃない」

「分かってないなー、エンリちゃんは! こういうのはロマンと愛が重要なんだよ!」

「そ。なら勝手にしなさい」

「エンリちゃんも考えてよー!」

 

 この人は決めないと言えば曖昧に決めそうなイメージがある。

 今回はそれがたまたまクリティカルヒットしたような状況だった。

 やや頭をもたげながら、考えることおおよそ15分。一切アイディアが出てこないまま、私たちがGBNからログアウトするような時間帯になっていた。

 

「みんな行っちゃうんだ」

「ガンダムベースからのログインなので。ある程度したらお店閉めちゃうから」

「なーんだ。残念」

 

 がっかりそうに唇を尖らせるフレンさんを少しだけ可愛いなと思いつつ、私がログアウトのボタンを押そうとメニュー画面を開く。

 

「ユーカリ」

「……はい?」

 

 聞き慣れない私を呼ぶ声が耳に入る。その先にはエンリさんがいて。

 

「リアルで少し話があるわ」

 

 少し堅苦しく、体育館裏に呼び出されるような怖い雰囲気を漂わせたエンリさんが、その内容が何かを聞けずに、彼女はそのままログアウトしてしまった。

 

「なにあれ、こっわ」

「そ、そうですね」

 

 フレンさんに同意しながらも、彼女に別れの挨拶を告げてから、私はそのままGBNから立ち去っていった。




名前:フレン
性別:女
身長:156cm
年齢:3歳
二つ名:51番目のELダイバー

機体名:モビルドールフレン
見た目:ギャルらしい明るめの金髪で、朱色のメッシュが左前髪に一筋入っている
髪は左側にまとめたサイドテールで、結び目には赤いリボンが飾られている
服装は白い襟付きのシャツにクリーム色のカーディガンで、
胸はEカップほどあり、かなり大きい。

ギャルのELダイバー。略してギャルダイバー
恋愛映画、アニメが好きという感情から生まれたELダイバー。
途中で何故か入り混じったギャルとしての性格も交わって、気さくで恋愛事情に興味津々なELダイバーとなった。だが生まれたばかりのELダイバーに恋愛というものを理解することなどできない。
恋に夢見るELダイバー。それがフレン。


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第12話:AGE狂いとフォースの名前

ついにフォースを結成するので初投稿です。


「おまたせ、しました……」

「ん」

 

 ムスビさんの帰りを確認してから、私はエンリさんからの呼び出しに緊張していた。

 何が始まるんだろう。いったい何が。そんな感情渦巻く考えにヒヤヒヤしながらも、彼女と並んで2人で帰路へとつく。

 

「…………」

「…………」

 

 黙々と歩く2人。いや、呼んだのそっちじゃないんですか!

 そう大声で突っ込みたくなるものの、きっとエンリさんにはエンリさんの考えがあってのことなんだろう。そう思っている。

 そうでなくてはこのあまりよく分からない人と一緒にはいない。

 エンリさんは私が考えているよりもずっと自分のことを話さない。不器用ながら世話を焼いてくれているのは分かるし、ファンションのことだって今までにないくらいノリノリで。少しは打ち解けられたかなと思ったのに、まだまだ距離が遠い。

 私たちと、エンリさんの距離が果てしなく遠い。まだ名前だけで、名字を知らないし。

 

「あの、エンリさん……」

「何?」

「呼び出した理由、聞いてもいいですか?」

「あぁ、そんなこと」

 

 あなたが呼び出したんじゃないですか(2度目)

 彼女が吐き出した息は、冬ならきっと空中に白い霧ができてすぐに消えていってしまうほど儚く、重たいため息だったと想像できる。

 やっぱりため息が多い、この人。そんなんじゃ幸せは逃げていっちゃいますよ。

 やがて口を開いて、エンリさんは少し私とは反対側の方を向きながら、言いづらそうに声を上げた。

 

「……一緒に、帰りたかったのよ」

「え?」

「同じことは二度も言わせないで」

 

 一緒にって、いつも一緒に帰ってたのに?

 どうしてそんな急に。聞いてもいいのだろうか。嫌がったりしないだろうか。

 そんな思考がショートフリーズするように一瞬で固まってしまう。でも、踏み込むなら、もっと仲良くなるなら一歩を踏み出さなくちゃいけない。

 

 ――だから。

 

「エンリさんとなら、一緒に帰りますよ。だって、その。……友達、なんですし」

「友達、ね」

「あ! ダメだったら断ってもらっても構いませんよ! 私ちょっと重たいこと言ってる自信ありますし」

「そんなことないわ」

 

 見上げた先にはエンリさんの少し口角が少し上に上がっていて。美しい青い瞳も、きつそうな目尻も、いつしかゆるく下がっていて。

 まるで聖母のような。いや、どちらかと言うと優しいお姉さんのような、そんな暖かい微笑みが出迎えてくれた。

 エンリさん、こんな顔もできるんだ。見たこともない一面に、私は胸に何かを感じながら見惚れていた。

 

「何? ハエでもくっついてたかしら」

「い、いえ。エンリさんもそんな顔をするんだなって」

「いつもしかめっ面だと思ってた?」

「それは……」

 

 あぁ、エンリさんの顔がいつものしかめっ面に戻ってしまった。

 私も言い淀んでしまったけれど、これでは本当にそう思っているようにしか聞こえない。うぅ、失敗してしまった。もっとうまくやれた気がするのに。

 

「いいのよ。言われ慣れてるから」

「そうなんですか?」

「大学に行くといつもね」

 

 ん? 今大学って言った?

 目を軽く見開いて、彼女の顔を見る。

 

「ひょっとして、まだ大学生だったんですか?!」

「まだって何よ、まだって。あんた、わたしのこと何歳だと思ってたの?」

「てっきり、24か5ぐらいで……」

「まだ19よ……」

 

 その見た目で?! そう声に出そうとしてなんとか思いとどまった。

 確かに年齢の割にツインテールとは少し幼い面が見え隠れしていたが、それでもたったそれぐらい。彼女がまだ十代たる理由にはならない。

 そ、そっか。もしかして私と2歳差だったとは。このリハクの目には見抜けなかった。

 年齢の割に落ち着いているというか、大人の色気、みたいなのがムンムン漂っていたから知らなかった……。

 

「す、すみません! なんか失礼なことを言ってしまって」

「いいのよ。慣れてるから」

 

 この人、実は苦労人なんじゃないだろうか。

 そう考えてしまうぐらいには新鮮なエンリ情報で。

 そっか。エンリさんのことやっと知ることが出来たんだ。考えてしまえば、こみ上げる感情は嬉しいってもので。

 

「エンリさん」

「ん?」

 

 だから自然と声をかけてしまうんだ。もっと知りたい。でも踏み込みすぎないように。丁寧に、割れ物に触るように。慎重に。

 

「これからも、こんな感じの話してもいいですか?」

「何よ急に」

「私、エンリさんともっと仲良くなりたいんです」

「……それは、憧れとして? それとも」

 

 対してエンリさんは少しだけ、言葉の重みが重くなった気がした。

 気がしただけだ。だから気にも留めずに、私はどんどん突き進む。

 

「友達としてです。ダメですか?」

「そう。勝手にしなさい」

 

 少しだけ。ほんの少しだけ突き放された感覚はあれど、それでも許してくれたことに、私は嬉しくなってしまう。

 

「ありがとうございます!」

 

 笑顔でありがとうと、口にしてエンリさんの顔を見る。

 相手の顔は、何かを思い馳せるような、目の細さと慈しむ瞳が印象的だった。

 

 ◇

 

「名前……」

 

【MISSION SUCCESS!】

 

 私は考える。

 

「名前……」

 

【MISSION SUCCESS!】

 

 私は考えている。

 

「名前……」

 

【MISSION SUCCESS!】

 

 私は考えている。考えても考えても。

 

「名前……」

 

【MISSION SUCCESS!】

 

「思いつかないよー!」

 

 そんな咆哮がガンダムXの舞台で叫ばれていたとか、なんとか。

 翌日。集まった4人で早速私のダイバーランクをパワーレベリングしようと、数々のミッションを挑戦しては繰り返していた。

 パワーレベリングと言っても他の3人だけに頼ることはなく、私もちゃんと戦っていた。

 けど散漫とした攻撃や、明確な殺意のない行動。ふわふわと気が抜けてしまう移動ではヴァルガのような緊張感が生まれることはない。

 モビルドールが斬り、ゼロペアーが叩いて、ダナジンが火を吹く。

 これだけで敵の8割は消滅するのだ。恐ろしいバトル集団だよ、私たちは。

 

「そんなものですわ。名前なんてパッと思いつくようなものでもありませんし」

「うぅ……でも……」

 

 名前の提案をするのはいい。だけど、フレンさんのウェイ系バリバリの卍とかヤバタニエンとか出てきたネーミングセンスに加えて、ノイヤーさんの高貴とは程遠い私たちへノブレスとかル・ポワージュとかフランス寄りのセンスに頭を悩ませる。最後にはエンリさんのやや中二じみた碧滅のとか、絶望と虚無の、出てきた辺りで、私が考えた方がいいのだと理解した。

 そう、結局名前を決める担当は私になったのだ。

 

「やっぱ『マジサイコーAGE団』でよくない?」

「低俗ですわ、却下」

「エンリちゃんもよくない?」

「よくない。ありえないわ」

「むー!」

 

 いや、名前は私が決めるんだってば。

 いくつか思いつく候補をリストに並べていくものの、これと言っていいものが見つからない。

 アウトローとやさぐれ女。お嬢様に、ギャルと、属性がバラけすぎているのもいただけない。せめて名前に共通点があればいいのに。そんな事を考えても結局まとまらないのである。

 

「AGE団に便利屋69。世紀末アウトロー組。縁とユカリ。結ぶ絆」

「完全に詰まっちゃってる感じだね」

「えぇ。煮詰まりすぎてぐでぐでですわね」

「なんなのその表現。すみません、ショートケーキ1つ」

 

 だったら私に力を貸してくださいよ。さっきからロクな名前が思いついてないけど。

 カフェオレをストローからブクブクと膨らませながら、考えるも、やっぱり思いつかないものは思いつかない。

 エンリ、ムスビ・ノイヤー、フレン。そしてイチノセ・ユカリ。

 現実での名前を並べたところでそれらしいものは一切出てこない。出てきて『縁とユカリ』ぐらいなんだけど、それでは他の2人がのけ者になってしまう。

 どうにかして4人一緒の名前を考えなければーーーーあーーーーーー!

 

「分かんない!」

「イチゴショートでも食べて頭を休めなさい」

「……え?」

 

 エンリさんから突然差し出されたケーキに少し困惑する。

 え、いつの間に頼んだの。というかこれ私のお金じゃなくて、エンリさんのポケットマネーからですよね。

 

「す、すみません。でも」

「考えてもらってるのよ、これぐらいはしなきゃ人間としてダメじゃない」

「それもそうですわね。もし。モンブランを1つくださいまし」

「あ、アタシもー! フルーツタルト1つね!」

「皆さん……」

 

 目の奥から熱いものが少し溢れてきそうになる。

 皆さんの優しさが今心の奥底を刺激している。なんか今なら考えられそうな気がする。

 ケーキを口にしながら、考えていく。あ、ケーキおいしい。流石フィードバックシステムが優秀なGBNだ。クリームの複雑な食感や味まで再現していて……。

 

「ケーキヴァイキング」

「ん?」

「お?」

「思いつきましたの?!」

 

 今、天啓が降りてきた気がする。

 ケーキバイキングとアウトローであるヴァイキングをかけ合わせたネーミング。

 バイキングは食べ放題を意味する言葉であり、ヴァイキングはアウトローにとって必須科目と言ってもいい。

 ケーキは今目の前にあったから置いておくとして、これはありなんじゃないかな!

 

「ケーキヴァイキング! なんてどうですか!?」

「異議なし!」

「右に同じく」

「わたくしもですわ」

 

 元々頼んでいる手前、断る権利なんてものは彼女たちには存在しない。

 故に『ケーキヴァイキング』。これが私たちのフォースの名前で決定です!

 

「あ、でもリーダーって」

「わたしはパスよ」

「ならユーカリさんですわね」

「へ?」

 

 異議なし。と再び発言するフレンさんの脳内を一回確認してみたい。

 こんなところで全肯定botされても困るんだ。いやだって、ノイヤーさんは上に立つ人間になるのだとしたら、こういうところでのリーダー経験こそが活かせると……。

 

「いえ、わたくしに継承権はありませんので」

「えぇー!?」

 

 裏切られた気分だ。どうして私だけ。

 まぁ、もういいや。名前を決めていた段階から、ひょっとしたら、とは思っていたから覚悟はしていた。

 フォース画面から自分たちの計4人を入れてから、フォース名『ケーキヴァイキング』を入力。リーダーは不本意ながら私にして、エントリーっと。

 

「うーし! こうなったら今日はケーキヴァイキング結成祝ってことで! すんませーん、フルーツタルト3つ追加と、後チョコケーキ4つに」

「それからコーヒーもくださいまし。甘くてたまりませんから」

「ホントにバイキングやるんだ……」

「みたいね」

 

 ガックシとうなだれながら、自分がリーダーをするフォースの面々を見て、私は軽く微笑む。

 これも縁、というやつってことなんだろう。

 

「じゃーリーダー! ここは1つ挨拶を!」

「えぇ……」

「こういうのはバシッと決めるのが大人の勤めなんでしょ?」

 

 どうやらフレンさんは私に挨拶をさせたいらしい。

 こういうときは長くなく、されど短すぎない程度の挨拶が良いとされている。校長先生の話みたいに長くてもみんなだれてしまうからね。

 やや頭をもたげながら、もとい面倒くさがりながら立ち上がった私を下から見上げる3人の視線が貫く。

 こういうの、慣れてないからやっぱり緊張してしまう。

 フレンさんは賑やかし程度に笑っているし、ノイヤーさんはそれを諌めるような空気を出している。そしてエンリさんは少しだるそうに私のことを見つめていた。

 

 思えば、エンリさんと出会ってから私のGBN生活は始まったと言っても過言ではない。

 まだまだ過ごした月日は短いし、知らないことだって山ほどある。

 それでも、あの時。ゼダス5人組から救ってくれたのは、フレンさんでもノイヤーさんでもない。目の前にいるぶっきらぼうでクールに振る舞っているけれど、褒め言葉には人一倍弱くて可愛らしいエンリさんだったんだ。

 だからその想いを胸に秘めながら、私は手に持ったカフェオレのグラスを天高く掲げた。

 

「ケーキヴァイキングに幸あれ! 乾杯!」

「「乾杯!」」

「ん」

 

 エンリさんの知らないことはまだまだある。

 それはエンリさんを知れる機会がまだまだあるということ。

 徐々に親しくなって、友達を超えて親友になれたら。

 なんでそんな事を思ってしまうのか分からないけれど、そう願わざるを得ない。




一歩ずつ。知り合いから友達へ


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幕間1:ばっどがーりゅとやさぐれ女

小休憩を挟んだので初投稿です。


【世紀末】ハードコア・ディメンション-ヴァルガスレ Part***【ディメンション】

 

1:以下名無しのダイバーがお送りします。

ここはハードコア・ディメンション ヴァルガについて語るスレです。

ルールを守って楽しく語りましょう。

 

Q.ヴァルガってどういうディメンション?

A.GBN内で唯一お互いの合意無しでバトルが出来るディメンション

通称運営がさじを投げた場所、猿山、動物園など例えられます。

 

Q.何をしてもいいの?

A.奇襲に拡散砲撃、加えてハイエナ行為やモンスタートレインなど、やってる人は居ますが、基本的にモラルを守っていれば何でもいいです。

 

Q.ヴァルガに潜ったら速攻で死んだんだけど

A.ヴァルガでは日常茶飯事

 

 ◇

 

43:以下名無しのダイバーがお送りします。

デュナメスにスポーンキルされたんだが

 

44:以下名無しのダイバーがお送りします。

お察し

 

45:以下名無しのダイバーがお送りします。

いつもの

 

46:以下名無しのダイバーがお送りします。

日常茶飯事

 

47:以下名無しのダイバーがお送りします。

ヴァルガに潜ったらまずはブーストって習わなかったか?

 

48:以下名無しのダイバーがお送りします。

デュナメスってことはパンターさんか

 

49:以下名無しのダイバーがお送りします。

リスキルのパンターさんさんなー、嫌い(直球

 

50:以下名無しのダイバーがお送りします。

運悪かったら即死だもんな

 

51:以下名無しのダイバーがお送りします。

いつもキレそうになるわ彼

 

52:以下名無しのダイバーがお送りします。

パンターさん、あれパンターさんがダイバーネームだから、敬称つけるならパンターさんさんなのか

 

53:以下名無しのダイバーがお送りします。

パンターさんさんやぞ

 

54:以下名無しのダイバーがお送りします。

本人はいたって普通なパンターさんさんさん

 

55:以下名無しのダイバーがお送りします。

パンターさんさんさんさん、接してみればおとなしいからな

だから芋砂やってるんだろうけど

 

56:以下名無しのダイバーがお送りします。

芋砂は◯せ

 

57:以下名無しのダイバーがお送りします。

芋砂に人権はないからな

 

58:以下名無しのダイバーがお送りします。

よく高台の上とかにいるから、結構カモよ。スポーン時に当たらなければ

 

59:以下名無しのダイバーがお送りします。

やっぱクソか

 

60:以下名無しのダイバーがお送りします。

そもそもなんであんなに正確なん?

 

61:以下名無しのダイバーがお送りします。

いつも動かないからやで。だから初撃しか決めれない

 

62:以下名無しのダイバーがお送りします。

絶対にダイバーが通る場所をスナイプしてるから。

動かないから正確なんやで

 

63:以下名無しのダイバーがお送りします。

ギャルスナイパーを見習って欲しい

 

64:以下名無しのダイバーがお送りします。

ギャルスナイパーはあれ人外だから

 

65:以下名無しのダイバーがお送りします。

ギャルスナイパー、あれでランクインしてないって話だから、砂って結構不遇なんだなって

 

66:以下名無しのダイバーがお送りします。

そもそもMSが白兵戦用の兵器だからな

 

67:以下名無しのダイバーがお送りします。

近接するから手足付いてるんやなって

 

68:以下名無しのダイバーがお送りします。

それ言い出すと、スナイパーは全員ヘンタイになるぞ

 

69:以下名無しのダイバーがお送りします。

大体合ってるからええやろ

 

70:以下名無しのダイバーがお送りします。

ギャルスナイパーといえば、たまにセッちゃんもヴァルガで見かけるな

 

71:以下名無しのダイバーがお送りします。

あの子もエグいほど強いからな。この前4桁ランカーになったんだっけ

 

72:以下名無しのダイバーがお送りします。

今は1329位。3桁まで目と鼻の先

 

73:以下名無しのダイバーがお送りします。

ついにちのちゃんの背中まで追いついたんやなって……

お父さん涙出そう

 

74:以下名無しのダイバーがお送りします。

セッちゃんのお父さんを名乗るやつは刺さなきゃ

 

75:以下名無しのダイバーがお送りします。

セッちゃんのお母さんはちのちゃんだけど、お父さんはギャルやぞ

 

76:以下名無しのダイバーがお送りします。

お父さんがギャル、か……

 

77:以下名無しのダイバーがお送りします。

そのお母さん、もうすぐ2桁行きそうだけどな

 

78:以下名無しのダイバーがお送りします。

今104位だっけ。やばいな

 

79:以下名無しのダイバーがお送りします。

武者修行とか言ってヴァルガに引きこもって、並み居る強豪を片っ端から消し飛ばしてたヴァルガ耐久配信はやばかった

 

80:以下名無しのダイバーがお送りします。

タッグフォースで吹っ切れた感あるな

 

81:以下名無しのダイバーがお送りします。

それな

 

82:以下名無しのダイバーがお送りします。

あれで機体、変わってないんやぞ

 

83:以下名無しのダイバーがお送りします。

細かい武装は変わってるけど、連射可能なツインバスターライフルってなんやねん

 

84:以下名無しのダイバーがお送りします。

これにはブライト艦長もニッコリ

 

85:以下名無しのダイバーがお送りします。

俺は味が薄いけど、ナツハルの頭おかしい軌道もおすすめするぞ

 

86:以下名無しのダイバーがお送りします。

あれは、もうわからん

 

87:以下名無しのダイバーがお送りします。

味が薄いとは

 

88:以下名無しのダイバーがお送りします。

ハルちゃんの近接戦闘を主体にしてるけど、どう考えてもその他のビットがエグすぎて、遠近両用になってるファイルムも、実質刀1本で攻めてくるけど、光の翼と高機動でエグいぐらいの格闘戦を挑んでくるナツキちゃんも味が薄いとは言わない

 

89:以下名無しのダイバーがお送りします。

あのオーガが認めたぐらいだからな

 

90:以下名無しのダイバーがお送りします。

丸くなったオーガが認めたって言うと、ちょっとハードル落ちるやつ

 

91:以下名無しのダイバーがお送りします。

でもオーガはオーガなんだよな

 

92:以下名無しのダイバーがお送りします。

あの子らも4桁行ってなかったっけ?

 

93:以下名無しのダイバーがお送りします。

ナツキちゃんは確か8414位。ハルちゃんは入ってなかったはず

 

94:以下名無しのダイバーがお送りします。

受験期間あったとは言えども、実力的にはちのちゃんよりちょっと弱いレベルだからな

 

95:以下名無しのダイバーがお送りします。

海賊AGE-1に土手っ腹ぶち抜かれた

 

96:以下名無しのダイバーがお送りします。

 

97:以下名無しのダイバーがお送りします。

おつかれ

 

98:以下名無しのダイバーがお送りします。

海賊AGE-1……?

 

99:以下名無しのダイバーがお送りします。

ビシディアン系か?

 

100:以下名無しのダイバーがお送りします。

それチャンプじゃね?

 

101:以下名無しのダイバーがお送りします。

いや違う。最初は素人そのものの動きだったのに、急に良くなった奴が居てな

初代とZ、ZZでパーティ組んでたのに2機撃墜された

 

102:以下名無しのダイバーがお送りします。

素人そのものって何さ

 

103:以下名無しのダイバーがお送りします。

煽りか?

 

104:以下名無しのダイバーがお送りします。

そのパーティで2機撃墜って草

 

105:以下名無しのダイバーがお送りします。

ZZ普通に強いし、初代も使い方によってはかなり強い性能してるし、Zも強いよな

 

106:以下名無しのダイバーがお送りします。

お前強いしか言ってなくね?

 

107:以下名無しのダイバーがお送りします。

見た目は黒いAGE-1にマフラー付けてて、左腕がワイヤーフックになってた。

ワイヤーフックに引っかかったやつやな

 

108:以下名無しのダイバーがお送りします。

釣られクマー!

 

109:以下名無しのダイバーがお送りします。

黒AGE-1にワイヤーフック、どっかで見覚えあるな

 

110:以下名無しのダイバーがお送りします。

それあれやろ、チャンプスレでちょっと話題になった初心者

 

111:以下名無しのダイバーがお送りします。

初心者……?

 

112:以下名無しのダイバーがお送りします。

初心者がワイヤーフックってちょっと無理がないか

 

113:以下名無しのダイバーがお送りします。

まーた期待の新人さんか

 

114:以下名無しのダイバーがお送りします。

特定した

 

115:以下名無しのダイバーがお送りします。

はっや

 

116:以下名無しのダイバーがお送りします。

いつもの

 

117:以下名無しのダイバーがお送りします。

スペックはよ

 

118:以下名無しのダイバーがお送りします。

ダイバーネームはユーカリ。

乗ってる機体はガンダムAGE-1ばっどがーりゅってなってるな

初めた時期は2週間前だからガチ初心者

 

119:以下名無しのダイバーがお送りします。

ばっどがーりゅ……?

 

120:以下名無しのダイバーがお送りします。

ばっどがーりゅってなに

 

121:以下名無しのダイバーがお送りします。

ばっどがーりゅ……妙だな

 

122:>>118

スマーーーーーーーーーーン!!!!!

誤字った。バッドガールな

 

123:以下名無しのダイバーがお送りします。

 

124:以下名無しのダイバーがお送りします。

ばっどがーりゅでよくね、もう

 

125:以下名無しのダイバーがお送りします。

卵焼きくれそうだな

 

126:以下名無しのダイバーがお送りします。

たべりゅううううううううううううううううううううう!!!!!!

 

127:以下名無しのダイバーがお送りします。

ばっどがーりゅは草だし、もうその子の愛称ばっどがーりゅでいいな

 

128:以下名無しのダイバーがお送りします。

ばっどがーりゅ。迫力がなさすぎる

 

129:>>118

正直ダイバー画像も犬耳に尻尾生えた不良だし、ばっどがーりゅでいいかもう

 

130:以下名無しのダイバーがお送りします。

完全にチワワかポメラニアンのそれ

 

131:以下名無しのダイバーがお送りします。

悪ぶったチワワ、可愛いですね

 

132:以下名無しのダイバーがお送りします。

可愛いポイント極振りのバッドガールは申し訳ないけど草

 

133:以下名無しのダイバーがお送りします。

可愛さには勝てなかったんや……

 

134:以下名無しのダイバーがお送りします。

てか、この子の隣にいるのバードハンターやんけ

 

135:以下名無しのダイバーがお送りします。

ファ?!

 

136:以下名無しのダイバーがお送りします。

あー、最後にZZにやられそうになったのを、バードハンターが庇ってたっけ

 

137:以下名無しのダイバーがお送りします。

それはそれで気になるんだけど。

なんで純真無垢そうなこの子を庇ってるの……?

 

138:以下名無しのダイバーがお送りします。

キマシタワーの香りか?

 

139:以下名無しのダイバーがお送りします。

バードハンターがデレた?

 

140:以下名無しのダイバーがお送りします。

ちょっと気になるし、情報探ってみるか

 

 ◇

 

「なんでこうなってるのよ」

 

 たかが庇っただけでしょうが。

 ベッドにスマホを放り投げてから、自分もベッドの上へとダイブする。

 フカフカのベッド。恐らく干したてなのだろう。太陽の香りがする布団を鼻孔で受け止めながら、わたしはもう一度ヴァルガスレの掲示板を確認していた。

 正直ばっどがーりゅの下りは面白かったし、あの子が話題になったことに対して、少しだけ嬉しいという考えが頭をよぎっている。

 けれどその後のキマシタワーなり、デレたなりの話題を見て、辟易した。

 デレデレているつもりはない。クールな性格に見えるけれど、根はただの19歳。少女とほぼ変わらない年齢だ。だから仲良くなった相手の世話も焼くし、気にしてほんのちょっとだけ優遇したりしているだけだ。

 好意が伝わりにくいと、以前誰かから言われた気がする。誰だったかは覚えてるけど。

 そんなにわたしの顔は怖いだろうか。傷つきながら、カメラ機能を起動して笑顔を試みた。

 ダメだった。全然かわいく写ってない。絶望してカメラを閉じた。

 

「ユカリ、ねぇ……」

 

 気になる相手ではある。初対面で褒めてきたり、手先が器用だったり、普通にゲームが上手かったり。最初は自分のライバルたりうる存在として成長を促すつもりだった。

 もちろんその意志は未だに変わらないし、フォースに入った今も、どうやって特訓させようか日夜考えたりしている。

 どうしてここまでわたしが入れ込んでいるのか。それがよく分からない。

 わたしはどうも、人の心を読むという才能を持ち合わせていないみたいだ。その辺は全部兄さんに取られてしまったから、ユカリの考えていることも分からなかった。

 あの子がわたしに入れ込む理由が分からない。

 友達と遊びに来たのなら、その友達と、ノイヤーと遊べばいいのに、どうにもわたしに突っかかってきたがるのだ。

 だから少しだけ。ほんの少しだけ彼女の裏を知るのが怖い。

 昔、誰かさんに裏切られたからこそ、この疑念は深く根付いてしまっていた。

 

「あいつも、うまくやってるのにね」

 

 目標を見つけた。その居場所も、どうやって炙り出すかも分かっている。

 でも、踏ん切りはつかない。今更会ってどうなるというのか。

 彼女は彼女の道を進んでいる。わたしも、少なからず自分の道を歩み始めている。

 今と過去がそれぞれ別の道に進もうとしているんだ。希望か、復讐か。

 この問題をまた手に取っても、その答えはどうにもならない。そんな理由で棚上げするしかない。

 

「わたしは、あの時どうしたらよかったんだろうね」

 

 机の上に飾られているアシュタロンの改造機を見て、小さくため息をつく。

 悪い癖だ。直さなくちゃな、嫌な女だと思われる。

 自分に呆れて、またため息1つ。これじゃ無限ループだ。

 

「ナツキ。わたしがまたあんたと出会ったら、その時は本気で戦ってくれる?」

 

 その答えは誰にもわからない。だけど。

 

「また手を抜かれたら」

 

 そんな言葉が空を切る。

 やめよう。とりあえずご飯を食べに行こう。下から呼ばれた家族の声に返事をして、逃げるようにその場を後にした。




言い忘れていましたが、このAGE狂いはレンズインスカイの続編です


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第2章:私たちがGBNを楽しむ感じで
第13話:ばっどがーりゅとフォース方針


いわゆる第2章なので初投稿です。


 仲間とは何か。フォースとは何か。

 同じものを見て、聞くことのできる人が真の仲間だと言う話だが、それは少し違う気がする。

 友達が割とたくさんいた私にとっては、どんな人間を見ていても、違うところは違うし、同じことを言っていても違い内容をアンジャッシュすることだって多々ある。

 仲間とは十人十色だ。例えばクールな女性と、アルビノのお嬢様と、ギャルの電子生命体が同じチームの仲間だったとしても、そういうものなのだ。

 

 まぁ、何が言いたいかと言えば、できたてほやほやのフォースにまだ仲間という意識が薄いということだった。

 

「まーたエンリさんはバードハントですのね」

 

 同じチームの仲間に悪態をつけるように、コーヒーを口に運ぶ。

 白いカップと、白い肌はなかなかに親和性が高い。これ1つで絵になるレベルだ。

 

「マジ協調性ないよね、エンリちゃん」

「元々嫌そうだったですしね」

 

 少し愛想笑いしながら、私はエンリさんの戦闘履歴を見ていた。

 フレンさんは何やらストローの袋を縮めたあと、水を垂らして伸ばす遊びをしているし、ノイヤーさんはさっきと同じく。結局何一つ関係は進展していなかった。

 仲間とは十人十色だと豪語したものの、十色も度が過ぎれば毒になるわけで。黒くなった関係は元に戻そうとしても戻らない。一度決めた関係は基本的には覆らないのが社会の常だと言っていい。

 やっぱり、せっかくフォースを組んだのだから、それらしいことはしてみたい。

 このGBN内にはフェスやフォース戦なんかがあるんだ、それを嗜むのだって、ゲームの遊び方の1つだと言ってもいい。

 

「で、ユーカリさんは、何をしていらっしゃるの?」

「エンリさんの戦闘履歴を追ってるんです。相変わらずすごいなーって」

「アタシも見ていい?」

「いいですよ」

 

 反対側の席に座っていたフレンさんが席を切り替えて、私の隣りに座る。

 私もウィンドウを少しフレンさんの方へと傾けて、見やすいように調整した。

 履歴にはウィングガンダムとの戦闘が録画されていた。

 空中を移動しながら、鉄血機用に装備されたマシンガンをばら撒くが、その雨を物ともせずに、エンリさんの機体は接近していく。

 空中にいれば地上にいるゼロペアーは攻撃することができない。

 だが、それは逆もしかり。ナノラミネートアーマーによってビーム攻撃は拡散され、実弾射撃では致命的なダメージは与えられない。故にダイバーはより正確な攻撃をするために接近戦を挑まなくてはならない。それがエンリさんのキルレンジであることを知ってか知らずか。

 

「お、接近戦始めた! っぱMSの華は接近戦よなー!」

「一理ありますが、それは基本的な宇宙世紀での話ですわ。一点突破型こそ華と言っても過言ではありません」

「それもありよなー!」

 

 相変わらず少し喧嘩腰のノイヤーさんはともかくとして、ウィングガンダムのマシンキャノンを絡めたビームサーベルでのヒット・アンド・アウェイは見事だと言ってもよかった。

 マシンガンが効かないなら、バスターライフルが効かないのなら間合いを詰めて、フレームを狙い撃ちする。その手段は悪くないはずだった。

 だがゼロペアーの腕は伸びる。ヴァサーゴ由来の延伸アームで腕を掴み上げれば、確実に逃げ切ることのできない絶対のフィニッシュホールドが完成する。

 

「お、ウィングのやつ。咄嗟に腕斬って逃げた、やるなー!」

「でもエンリさんにはそれじゃ勝てない」

 

 一旦距離を置くべく、空中に回避しようとすれば、やってくるのはテイルシザー。

 ビームサーベルを持つ手を含めてワイヤーでぐるぐる巻きにしながら、ゼロペアーの隠し装備が火を吹き始める。

 両腕を地面に接地させ、開くのはゼロペアーの胸部と胴体。延伸した胴体の中に隠されていたのは大型のメガ粒子砲。ヴァサーゴに搭載されていたメガソニック砲が今、ウィングガンダムにカーソルを向けていたのだ。

 逃げ切ろうにもテイルシザーによる束縛がきつく、脱出しようにもできない。

 やがて、赤い閃光とともに、一直線型の粒子がウィングガンダムを飲み込んでいき、そのままゲームセットとなってしまった。エンリさんの勝利だった。

 

「なんつーか、相変わらず戦い方が暴力的よな」

「品性に欠けますわね」

「でもそこが魅力なんですよ!」

 

 別の戦闘履歴はツインメイスで相手を滅多打ちにしてゲームセット。

 更に別の戦闘履歴にはゼロペアークローによってコックピットごと貫通させた攻撃が戦いの幕を下ろす。いずれにしろ、原本であるバルバトスに匹敵、もしくはそれ以上の暴力的で残忍な戦い方は私が憧れとするアウトローそのものだ。

 

「やっぱかっこいい……」

「たまにユーカリさんの美的感覚がよく分からなくなりますわね」

「でもかっこよくないですか?! 相手を完膚なきまでに叩き潰す質量に任せた戦い方。その圧倒的大人の暴力っていうんですかね? そんな姿が憧れなんです」

「憧れにするのは勝手ですが、恐らくユーカリさんにはできませんよ」

 

 そんなの分からないじゃないですか!

 まぁ、ちょっとお手本通りというか、セオリー通りに戦う癖は多分ある。

 でもそれはGBNにはない、VRゲームでのセオリーだ。応用も利きやすいし、いずれはエンリさんみたいなイカしたアウトローな戦い方をしてみたい。

 

「ぶっちゃけ、ユーカリちゃんいい子すぎるもんね!」

「うぐっ!」

 

 い、いい子とは。確かに学校ではそれなりに模範的生徒を演じているけれど、私だって言いたいことぐらいは言える。例えばそう……。

 

「そうでもありませんわ。これでなかなかに肝が据わったアホの子なんです」

「ノイヤーさん!」

「おっとっと。これは失礼いたしましたわ」

 

 ふふふ、と口元を手で隠しながら笑う姿はやっぱりお嬢様だと思わせるわけで。

 でも今日のお昼はサラダチキンとトマトジュースだったし、やっぱりお嬢様ではないのだろう。多分。

 

「アタシ、その話を詳しく聞きたいんだけど!!!」

「取るに値しない話ですので、お断りしますわ」

「えー! そこに、アタシ的恋の嵐を感じたんだけどもー!」

「い、いいじゃないですか、ホントに」

 

 興奮するフレンさんを諌め、話題をすり替えるべく、エンリさんの動画をさらに再生し始める。

 正直、あの話は私も若気の至りだったと思うし、ノイヤーさんが言うように取るに足らない話だ。だから大手を振って話すような大それた英雄譚なんかじゃない。語るとすれば、もっと相応しい時があるだろうしね。

 珍しくため息を1つ吐き出して、楽しみな動画を文字通り心を沸き立たせながら、拝聴する。かっこいいな、エンリさんは。

 

 ◇

 

「そんなエンリさんを褒めると、可愛らしく赤く頬を染めるところもいいですね!」

「やめなさいよ、ホントに……」

「照れてますわね」

「照れてるー! 笑」

 

 一応言えばちゃんと集まってくれるエンリさん。律儀なところも大人というイメージが強くて好きだ。

 

「で、なんでわたしを呼んだのよ。忙しいのだけど」

「忙しくてもユーカリさんの話はお聞きになって!」

「なんで食い気味で返事してくるのよ」

「まぁまぁ。私は聞いても聞かれなくてもいいので……」

 

 内容といえば割と他愛ない話だった。

 フォース『ケーキヴァイキング』は結成して間もないフォースである。

 せっかくならフォース戦をやってみたいところであったが、それよりも先にやらなければいけないことがあった。

 それはフォースの方針決めだ。ギルドや騎空団なんかでは、よくチーム内の方針を決めている。例えばガチガチにランキングを攻めに行き、力をつけるために努力するギルドや、逆にゆっくりまったり。ゲーム内コンテンツをゆるーく楽しむことに特化した放課後ティータイム、もといまったりギルドなど様々だ。

 この方針がなければ空中分解してしまうことだって多々ある。私が入っていたギルドもそれが原因で解散したりしたし。あの時はどうすればいいか迷ったっけな。

 それはいいや。今は『ケーキヴァイキング』のフォース方針を決めるアウトロー会議だ。

 

「何よアウトロー会議って」

「だって、その方がかっこよくないですか?」

「ぶっちゃけださいわー」

 

 フ、フレンさん?! そんなに真っ直ぐズドンと言葉の弾丸を胸に穿たれたら人は死ぬんですよ!

 ま、まぁ自分でもちょっとださいかなとは感じていたので、甘んじてダメージを受けるものの、それとは別でアウトローって言葉を入れたいので、このまま行きます。

 

「方針かー。アタシは別に人間の恋模様を見れればそれでいいからなー」

「わたくしはユーカリさんが決めたことならそれで」

「どうでもいいわ」

 

 三者三様とは言ったものの、明らかに方向性が3方向に向きすぎて定まらない。

 ノイヤーさんのちょっと私の判断が重たい発言も、エンリさんの投げっぱなしの発言もそう来るだろうと思っていた。なんだったらフレンさんも。

 みんながみんな、自分のことしか考えてないのだ。全く、これでフォースをまとめる私の気持ちになってほしいですよ。

 

「私もそこまで決めてなかったですけど、エンリさんの件もありますし」

「そういえば、エンリさんの目的とはいったいどのようなものなのですか? 今まで聞いておりませんでしたが」

 

 このフォースを作る際に、エンリさんが入る条件として1つ提示したことが自分の目標達成。

 件の『目的』というのが分からない以上、このフォースの指針は決まらない。

 故に、その答えが今は聞きたかった。聞くべきときだと判断した。

 

「別に、大した話ではないわ」

「それって?」

「翼持ちへの八つ当たり。たったそれだけよ」

 

 それって、バードハンターの由来になったシリアルキラーの対象ですよね。

 以前から気になっていたが、どうして翼を持ったガンプラを重点的に狙うのかが分からなかった。

 戦闘履歴についても、大抵はウィングにフリーダム、V2ガンダムと。とにかく翼持ちのガンダムと模擬戦をやっている物がほとんどだ。

 それ故に分からない。どうして『八つ当たり』と銘打っているのか。

 

「それは、わたくしたちが加担していい内容ですの?」

 

 疑問はごもっともだった。一歩間違えば初心者狩りと同義になってしまうその行為は、模擬戦という形を取っていたとしても、自警団などに狙われる危険性が高い。それこそ無法者。アウトローな集団。

 アウトローに憧れているものの、実際にやれば良心の呵責が痛むのが私の心。できれば、エンリさんのバードハントはやめてほしかった。

 

「迷惑はかけないわ。ケーキヴァイキングの実際のエースはわたしなんだから、問題が起きた際にわたしを差し出せばいい。それで丸く収まるわ」

「そんなの……!」

 

 まるで『自分のせいにすればいい』。そうとしか聞こえない内容に私も少し怒りを覚えた。

 何より憧れの相手がそんな事を言ってしまうほど、何かに追い詰められて、半ば自暴自棄になっている事実が悲しく、歯痒い。

 憧れは理解から最も遠い感情である。誰かがオシャレに言った言葉だが、私はそう思いたくない。

 だって、憧れたから理解したくなるのは当然のことで。その当然を現実のものにしたいから、私はこうして慣れないアウトローをしている。

 

 ――でも。

 

 言えない。言えるわけがない。

 出会ってまだ1ヶ月も経ってない相手に、あなたの生き様を捨ててくださいなんて。

 

「わたしの邪魔をしなければいい。たったそれだけよ」

「……でも」

 

 私は『それでも』を謳い続ける。理不尽に抗う魔法の言葉。

 エンリさんにはもっと自分を大切にして欲しい。

 でも彼女にそれを理解させてあげられる存在ではない。

 私に力がないから。もっと、止めてあげられるような力が。

 もっと、親しくなれたら……。

 

「大丈夫よ、ケジメはわたしだけで付けるから」

 

 そうじゃない。慣れない笑みを私に向けないで。

 絆されてしまいそうな、そんな不器用で優しい微笑みを、私に……。

 

「はい……」

 

 だから私ははいを押す。だから私は敗を受け入れる。

 私には力が足りない。エンリさんが未知の感情で動き出すのを止める力が。

 

 ――だから。

 

「決めました。フォースの方針は『エンリさんの邪魔をしない』。そして『できるだけ全員で物事を決める』ってことです!」

「ユーカリちゃん……。うん、いいじゃん!」

「いい落とし所だと思いますわ」

 

 多数決。言ってしまえば民主主義の極みみたいな言葉だし、どちらかと言えば私は嫌いだ。

 だけど駄々をこねている場合ではない。エンリさんが後悔しないように、私たち全員で物事を決める。たった1人に大きな重荷は背負わせない。

 

「あんた……」

「いいですよね、エンリさん!」

「……そうね。異論はないわ」

 

 暴走するかもしれないけど。そんな言葉を残して。

 それでも決まった方針はフォースの新たな門出だ。だから私はここに高らかに宣言しよう。

 

「すみません、ケーキセットを4つください!」

 

 ケーキヴァイキング。身内に甘く、されど海賊らしく強引に。

 それが、私たちだ。




海賊らしく、強引に


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第14話:ばっどがーりゅとアウトロー勉強会

とうとうスランプ期が到来したので初投稿です。


 アウトロー。それは無法者と呼ばれるならず者と呼称する。

 ではその無法とは何か。文字通りの意味であるなら、それは法律を無視する野蛮人だということだ。

 この法律を無視するって行為が私にはあまり理解できないわけでして。

 

 まぁ、要するに……。

 

「アウトローってなんですか?」

「……あんた、本気で言ってるの?」

 

 私が感じるアウトローと言えばエンリさんなので、彼女に質問すれば何かしら分かるだろうと思ったんだ。その答えが、

 

「知るわけないじゃない」

 

 という辛辣そのものな返事だったことを聞けば、私がどのようにどん詰まりかが分かってしまう。

 分からないんだ、アウトローってどうすればいいのか。

 

「だって、エンリさんの格好を見れば分かりますよ! どれだけ辛く険しい修行を積めばその極地に至れるんですか?! 極みりたいです!」

「動詞にしないでもらえるかしら」

 

 いやだって、長いツインテールはまだしも、黒いマフラーにボロボロのコートを見れば分かる。この人は無法者なんだと。私は詳しいんだ。昔の赤いマフラーにボロボロのコートを着て、黒いゲッ◯ーに乗っていた人間がどういう格好だったか知っているんだから。

 それに機体からしてかなりアウトロー、というかダーク寄りの見た目をしている。

 19歳の女性がかっこよさだけを詰めた悪魔のようなガンプラを作るわけがないんだから。

 そう、エンリさんにはアウトローの素質がある。それを私は学び取って自分のものとしたいのだ!

 

「だからこのとおりです!」

「ちょ、公然の場で土下座なんてするんじゃないわよ!」

「いえ頭を上げません! 教えを請うためには相手を困らせるまでお願いしろって死んだばっちゃが言ってました!」

 

 実はご存命です。ごめんなさいおばあちゃん。

 それはともかくとして、両足を折りたたみ、両手をハの字に開きながら深々と地面に額をこすりつける土下座をしたのは初めてだ。だけど、意外と必死さを込めていればそれなりの出来になるのだろう。エンリさんは困ってるし、なんなら周りも反応も少し妙だった。

 

「見ろよ、バードハンターがわんこを土下座させてるぜ」

「何あの子、女の子に土下座させて楽しいのかしら?」

「うわ、スクショ」

 

「あぁあああああ、もう!」

 

 その結果はと言えば、私の犬耳根っこを掴まれて、そのままエントランス・ロビーエリアからカフェテリアへと移動するハメになった。おばあちゃんの言っていたことはどうやら正しかったらしい。ありがとうおばあちゃん、今度遊びに行きます。

 ソファ席に座らせたエンリさんはコーヒーとオレンジジュースを注文して、そのまま対面席に座る。いつもよりも数倍不機嫌そうだった。

 

「ホント、あんたと絡んでると退屈しないわ」

「褒めてます?!」

「褒めてない。貶してる」

 

 乙女心とエンリ模様は複雑らしい。

 私も突然目の前で土下座されたら流石に戸惑うだろうけど、今の今までアウトローについてのいろはを学んでなかったのだ。同じフォースのよしみで教えてはくれないだろうか。

 

「そもそも……いや。考えたら普通に分かったわ。あんたはわたしに憧れてアウトローになりたいと」

「うっす!」

「それやめて。気持ち悪い」

「はい……」

 

 どうやらエンリさんには運動部系のノリは苦手みたい。メモメモ。

 バッドガールを作ったきっかけも、エンリさんのゼロペアーに憧れて、というのが近しい。暴力的で無法で何でもありの戦い方は、ある種私にはないものなのだから憧れるなと言うのが難しい話なのである。

 それだからエンリさんの動画を繰り返し見てたし、ミッションなどを利用して真似を試みたこともある。結果は慣れない戦い方をしてしまってスコアCを取れればいい方だった。

 

「マフィア系の映画とかドラマは?」

「見ましたけど、ちょっと怖いなって」

「任侠系は?」

「怖かったです。特に大声が」

「はぁ……」

 

 盛大に呆れられてしまった。何が悪かったのだろうか。

 パイレーツオブなんちゃらも見たし、海外のマフィア系列や、国内の任侠物も総じて言えるのだけど、私にあれは向いてない。血を見るのは平気だけど、声の大きさや張り方。やってることの残忍さなど、アウトローだからかやることをとことんやっているのが、怖くてたまらなかったのだ。

 だからエンリさんに聞く。何も間違っていないと思う。

 

「だいたい、そんなのはノイヤーに聞けばいいじゃない。あいつなら答えてくれるでしょ」

「ダメですよ、あの子はお嬢様なんですから! 一応……」

 

 本日の昼食であるサラダチキンとトマトジュースは、この際置いておくことにする。

 

「お嬢様だからって、汚いを知らないわけじゃないでしょ。むしろ知ってて然るべきだと思うわ」

「そうでしょうか。もっときらびやかで美しいのがノイヤーさんの真髄だと思いますけど」

 

 他人がどう思っているかはともかくとして、リアルで見た彼女はとにかく栄える。

 白い肌と髪、青い瞳はもちろん美しいとして、他にも食べ物を食べる際の気品な振る舞いや音を立てずに牛乳のストローを飲み干す様まで、その一挙手一投足が綺麗なんだ。

 流石お嬢様。やっぱりテーブルマナーもしっかりしてるんだな、陰ながら見ていたりして。

 

「そうなんですよ、きらびやかで美しいのが、ノイヤーさんなんです」

 

 それを自分に言い聞かせるように。あの時はきっとみんなが間違っていただけなんだから。

 店員から出されるオレンジジュースが目に入ってようやく我に返る。

 目の前にいる2つ上の女性は、顔色1つ変えずにコーヒーを口にしていた。よかった。不安な私を見せずに済んだ。

 

「だからノイヤーさんは少し違う気がしてるんです」

「……そう」

 

 カチャリとソーサーにカップを乗せて1つ休憩。

 机に肘をついて、彼女は頬を手に乗せる。どうやら考える素振りをしてくれているみたいだ。

 薄々感じている、私にアウトローなんて向いてないはさておくとして、どうやったらそれらしく見えるだろうかと、オレンジジュースをストローで口に入れながら考える。今日も酸味と甘みが入り乱れていて美味しい。

 

「まぁ、ヒールプレイが一番よね」

「ヒール? それって回復の?」

「もう一つの意味よ。悪役って意味の」

「悪役……!」

 

 ◇

 

【世紀末】ハードコア・ディメンション-ヴァルガスレ Part***【ディメンション】

 

1:以下名無しのダイバーがお送りします。

ここはハードコア・ディメンション ヴァルガについて語るスレです。

ルールを守って楽しく語りましょう。

 

Q.ヴァルガってどうディメンション?

A.GBN内で唯一お互いの合意無しでバトルが出来るディメンション

通称運営がさじを投げた場所、猿山、動物園など例えられます。

 

Q.何でもしていいの?

A.奇襲に拡散砲撃、加えてハイエナ行為やモンスタートレインなど、やってる人は居ますが、基本的にモラルを守っていれば何でもいいです。

 

Q.ヴァルガに潜ったら速攻で死んだんだけど

A.ヴァルガでは日常茶飯事

 

 ◇

 

837:以下名無しのダイバーがお送りします。

ばっどがーりゅたん出たってマジか

 

838:以下名無しのダイバーがお送りします。

マジゾ。ちょうど南西部分だから前と同じログインポイントだな

 

839:以下名無しのダイバーがお送りします。

会いに行きたかった。きっと可愛かったんだろうな

 

840:以下名無しのダイバーがお送りします。

わんわんお!

 

841:以下名無しのダイバーがお送りします。

ガイアかな?

 

842:以下名無しのダイバーがお送りします。

バグゥかもしれないだろ

 

843:以下名無しのダイバーがお送りします。

フラウロスかもしれない

 

844:以下名無しのダイバーがお送りします。

なんで犬系MSにしなかったんだ(困惑

 

845:以下名無しのダイバーがお送りします。

犬系にしたら、本当に犬ダイバーになるから

 

846:以下名無しのダイバーがお送りします。

俺もばっどがーりゅたんの首元撫でたいな

 

847:以下名無しのダイバーがお送りします。

もしもしガーフレ?

 

848:以下名無しのダイバーがお送りします。

グッバイ。ムショで会おうな

 

849:以下名無しのダイバーがお送りします。

あの子、小さい割には胸部装甲それなりにあるからえっち

 

850:以下名無しのダイバーがお送りします。

それ以上はナマモノ法違反によって逮捕されるからやめとけ

 

851:以下名無しのダイバーがお送りします。

半ナマは丁重に扱え

 

852:以下名無しのダイバーがお送りします。

そうだぞ。同人誌で描いたらGTuberに見つかったって話もよく聞くからな

 

853:以下名無しのダイバーがお送りします。

やっぱみんな気になるんすね

 

854:以下名無しのダイバーがお送りします。

俺なら絶句する自信ある

 

855:以下名無しのダイバーがお送りします。

流石GBNの無法者の聖地だ。何も怖くない!

 

856:以下名無しのダイバーがお送りします。

お前、首が……!

 

857:以下名無しのダイバーがお送りします。

マミったか

 

858:以下名無しのダイバーがお送りします。

件のばっどがーりゅたんに会ってけど、壮絶だった

 

859:以下名無しのダイバーがお送りします。

お、人柱か

 

860:以下名無しのダイバーがお送りします。

いいなぁ

 

861:以下名無しのダイバーがお送りします。

壮絶って、何が?

 

862:以下名無しのダイバーがお送りします。

戦いがだろ、言わせんな恥ずかしい

 

863:以下名無しのダイバーがお送りします。

それが、前とは別もんだったわ

 

864:以下名無しのダイバーがお送りします。

ガンプラが?

 

865:以下名無しのダイバーがお送りします。

口調が

 

 ◇

 

「ワイヤー天宙落としじゃーい!」

『グワーッ!』

 

 ヒールプレイ。それは回復としてのヒーラー、という意味ではなく、プロレス用語の1つである。

 意味としては悪役として振る舞うプロレスラーのこと。反則を多用したラフプレーを展開し、金的への攻撃や凶器を使用しての攻撃。はたまたレフェリーへの暴行に加え、挑発行為など、とにかく私の求めるアウトローそのものであった。

 悪役としてのロールプレイ。それが私に課せられた最初の試練と言っても過言ではなかった。

 

「えっとえっと、今度は……」

 

 とはいえ、そんな悪役とは無縁な生活を送っていた私だ。特に悪かっこいい台詞を思いつくことがないわけでして。

 

「ドッズ乱射ライフルー!」

 

 出来上がったのは見るも無残な中途半端なロールプレイであった。

 

「あー、こんなのだったらもっとカッコイイセリフをメモっておくべきだった!」

 

 それのどこがアウトローなのか皆目見当がつかないものの、キルスコアだけは着実に溜まっていく。

 このヴァルガという土地に私のアウトロー魂が順応してきたのだろう。ある程度勝手が分かってきた私は初心者には見えないほどの立ち回りで1機、また1機と撃墜していく。

 この順応は、実際はエンリさんの動きを見たこととゲームへの慣れが原因であることを、この時の私はまだ知らない。

 

『ワイヤーが、足に!』

『ちょ、お前こっちに……うわー!』

「その辺に居た、お前が悪い……」

 

 ワイヤーフックをガンプラの足に絡ませた後は、そのまま下部に居たシャイニングガンダムに激突させ爆破。そのままテクスチャの塵に消し飛ばしていった。

 やっぱりかっこいいは正義なんだよなぁ。この台詞も後で使いかもだしメモっておこう。

 ワイヤーを戻しつつ、ヴァルガを心行くまで順応してからその場を立ち去った。

 この後、殺戮の天使や煉獄のオーガ。珍しくビルドダイバーズのリクがヴァルガに立ち寄ったという話を聞くが、その辺の話は私とは関わりがないから放って置くことにする。

 

「どこに行ってましたの?」

「ちょっとヴァルガに」

「全く、昔からそうですわね」

 

 小さい舌をぺろりと出して、帰りを出迎えてくれたノイヤーさんと合流する。

 とりあえずヴァルガで起こったことを楽しげに報告していると、どこか呆れた様子でため息をつく。

 

「面白くなかったですか?」

「いえ。ゲームは慣れた頃が一番楽しいですものね」

「うん! やっぱりノイヤーさんは私のこと、よく見てますね!」

「当然でしてよ!」

 

 フンスと胸を張るノイヤーさんは今日も素敵だ。

 だけど。そう彼女はテンションを下げて、釘を刺すが如く左人差し指を突き立てて注意する。

 

「ですが、ヴァルガは本当に危険なところなんでしてよ? 初心者の内はあまり行かぬが吉、なんですわ」

「そう、でしょうか?」

 

 確かに集団で襲ってくるところを見てはいるものの、基本的にはモラルを守った無法者たちである。言われているほど危険な場所でなければ、怖いところでもない。もちろん4回ぐらいは死んだけど。

 

「ホント、肝が据わったアホの子ですわね」

「むー。それは酷いですってば!」

 

 いつも言われていることだから、大して怒りはしないけれど。

 ひとつ伸びをして、私はこの後どうしようかと、ノイヤーさんと相談するのであった。




エンリの服装の元ネタは流◯馬だけど流竜◯じゃないです


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第15話:ばっどがーりゅとフォースネスト

モンスターハンターでトレジャーハンターするのが楽しいです。


「フォースネストが欲しい」

 

 誰が言い始めたか。その誰もが考えていたであろう事を最初に呟いたのは他の誰でもない、ナウいヤングであるフレンさんであった。

 

「フォースネスト欲しい!!」

「なんですのいきなり」

「いやだって欲しくない?! アタシら一応フォースっしょ? なのに何もないの無くない?」

 

 フォースネストとはフォースの家のようなものである。

 外界からは隔離されたプライベートスペースであり、作戦会議やダベリ場など、特に用事がなくてもそこで喋っているダイバーも多い。

 フレンさんはどうやらそのフォースネストが欲しいと言っているのだが、ここで辛い現実というものを突きつけることにしよう。

 

「ありますよ、一応」

「え、マジ?」

 

 フォース結成時に1フォースに付き1つ部屋を渡されている。これは全GBN内で共通であり、本来は結成時に知らせられてもいいような内容なのだが、何故かこの辺は説明がなかったりする。

 なんかフォースが出来たときに行けるようになってるなー、程度だ。

 まったくもって面倒な仕様だし、私も知ったのはつい最近でこの前エンリさんと2人で観に行ったが、結果が特に芳しくなかったからこそ言わないでいた。

 

「行こうよ! アタシさー、フォースネストで友達と駄弁るのマジ憧れでー……」

「わたくしはフレンさんを友達だと思っていませんわ」

「えぇ?!」

「わたしもよ」

「エンリちゃんも?!」

 

 ふたりとも、それは言わずに仏っていた方がよかったのでは。案の定プンスカ怒りながら凹んでるし。

 

「いいし! アタシとユーカリちゃんはズッ友だもんねー!」

「私は……あはは」

「ほら! ユーカリさんが困っているではありませんか!」

「なんでノイヤーちゃんに言われなきゃいけないのさ!」

 

 エンリさんとはすぐさま友達と言えたものの、フレンさんとは、となると少し考えさせて欲しい。だって初対面が普通にバトル中だったし、グイグイくる系ってそこまで得意ってわけでもないから。

 

「トーゼン! わたくしが、ユーカリさんの親友なのですから!」

「……ふーん、言っちゃってもいいんだー」

「な、何がですの?」

 

 そして何故だかノイヤーさんはフレンさんに厳しい。

 思い当たる理由は少しだけあるものの、それを除いても些か辛く当たりすぎているような気がしている。まぁ、それもこのフレンさんの耳打ちによって変わるわけでして。

 私たちには聞こえないように、対面の席で耳元に何かを囁いた後、ノイヤーさんの顔が赤く破裂した。

 

「な、ななな、何言ってますの?!!」

「ホントのじゃん! 見てれば分かっちゃうんだよなー、これが!」

「ふ、ふざけるのも大概にしてくださいませ! そもそも、わたくしが……」

 

 最後の方は少し聞こえづらく、私の名前を呟いた気がしたが、きっと他人の空耳というやつだろう。

 そもそも、私とノイヤーさんがなんだというのだ。彼女と私は親友以外にある訳がない。それは本人が一番否定していることですし。

 

「じゃあ言っちゃおっかなー」

「え?」

「言おうかなー、言わないかなー! ユーカリちゃんに言っちゃおっかなー……!」

 

 金髪の馬の尻尾のようにも見えるサイドテールを揺らしながら、彼女はチラチラと人を煽るようにノイヤーさんを見る。

 その様子に、ノイヤーさんはぐぬぬと唸るばかりで本当は言ってほしくないのだという気持ちが露骨に現れていた。

 ここに出来上がるのは上下関係。お嬢様とELダイバー、どちらが上で、どちらが下か。それは火を見るより明らかだった。人は、弱みを握られてしまうと弱いのだ。

 

「あ、あなたは。と、ととととー……」

「バグったのー?」

「と、友達ですわ! これでいいでしょう!」

「わーいヤッター!」

 

 お嬢様にして敗北者。まさに没落貴族とはこのことである。

 多分違う例えではあるものの、屈辱的に睨むノイヤーさんの視線は、まさしく持たざるものが持つものに向ける視線でもあった。

 

「よ、よかったですね」

「ユーカリさん、わたくしを慰めてくださいまし~!」

「あー、よしよし」

 

 カフェテリアの机で頭を差し出す彼女を右手で優しく撫でる。

 こういうところの再現もかなりのもので、実際にノイヤーさんの頭を触ったときと同じ感触が手のひらに伝わってくる。

 やっぱりノイヤーさんの髪って白くて細くて、絹みたいだから触ってていい気持ちしかしない。私のリアルは髪の毛、そこまで長くないから時折羨ましいなって思うことがあるんですよね。

 

「あ~、ユーカリウムが全身に染み渡ってきますわ~!」

「ユーカリウム」

「ユーカリウムって?」

「知りません」

 

 ノイヤーさん曰く、私の手のひらからそういった粒子のようなものが出ているらしく、適合者にしかその粒子は注入することが出来ないとのことだ。

 正直手汗かなと思いもしたし、それならペタペタ触るのは嫌かなって思ったんだけど、ノイヤーさんはそんなことないって言ってくれるから、こうしてたまに頭を撫でている。親友だし、これくらいしてもバチは当たらないだろう。そう考えながら。

 

「……ごちそうさま」

「あんた、何拝んでるのよ」

「ううん。アタシもユーカリウム摂取してるだけ」

「「「???」」」

 

 2人は知らない。これが親友間でも普通はそんな事をしないということ。

 ノイヤーは知っている。これは自分へのご褒美であることを。

 そしてフレンは知っている。この行為の本当の意味を。

 

(ま、アタシは傍観者だしー。くふふ……)

 

 そんなギャルダイバーを知ってか知らずか。撫でている私にとっては見えない思考であるわけで。

 ひとしきり撫でた後、ユーカリウムMAXオブファイアーであるノイヤーさんは意気揚々とフォースネストへと向かう。そして後悔した。

 

「マ、マジですの?」

 

 確かに白を基調にした部屋だと言っても過言ではない。清潔かと言われたらメチャクチャ綺麗だ。ただ、それだけである。

 圧迫感のある壁。窓のない空間。機能面だけを重視した結果、SFでよくある空間ではあるものの、目に非常に悪い。

 匠に見せればみんな口を揃えてこう言うだろう。

 

「開放感が、足りない」

「これが初期のフォースネスト。確か名前は……」

「そんなことはどうでもいいよ! 何この空間! テーブルは確かにあるし、椅子だって地面から生えてくんのこれ? マジ?! すげー!」

 

 伊達に機能面が重視されているわけではない。ここ重要なポイント。

 寝落ち対策として仮眠スペースまで置いてあり、機能面はこれで十分だった。そう、機能面だけは。

 

「まぁ、正直ないわね」

「エンリさんまでそのようなことを言うなんて珍しいですわね」

「ずっとコックピットなんて閉塞的な空間にいるのよ。そういう意見も1つや2つ出てくるでしょう」

「それもそうですわね」

「見て見て! 蛇口からジュース出てくる!」

 

 すっかり機能性に惑わされたフレンさんはさておき、人間3人はこの空間の少し辟易していた。

 カフェテリアを選んでいたのだって、そこが便利だったのもあるが、第一として開放感があるからだ。現実とは違う。それがVRにおいて最も重要視されている昨今、この初期ネストはあまりにも息苦しい。

 

「そういうことです」

「まぁ、これがネストならカフェテリアで作戦会議も悪くはありませんわね」

「わたしは、できればカフェテリアから移動したいわ」

「まぁお金かかりますしねー」

 

 カフェテリアの利用は、基本的にお金がかかる。1回のコーヒー代が100回、1000回と積み重なっていけば、新しくフォースネストを買う額には到達してしまうことだろう。

 洗濯機を買うかコインランドリーに行くかの差と言った方が分かりやすいか。

 この場合、洗濯機を買った方が結果的に安くなる概念から説明すれば、この議題の答えはたった1つだった。

 

「フォースネスト、新しく買いましょう」

「そうですわね! ユーカリさんに賛成ですわ!」

「まぁ、協力してあげる」

「これアレじゃん! ホットスナック買えるタイプの自販機!」

 

 1人を除いて、全員の意見がまとまったので、この先の方針が固まる。

 よし、フォースネストを買おう。

 

 ◇

 

 4人で使えるような場所といえば、かなり範囲は広い。

 例えば大都会TOYOUエリアの一等地に立つフォースネストやどことも知らない無人島。あるいは森の中にひっそり潜むログハウス。一軒家の某野原家のようなフォースまで、とにかくたくさんある。あるには、あるんだけど……。

 

「……高い」

「高いですわね」

「高いですね」

 

 覚悟はしていたものの、当然お金は有限。ポイントとすぐさま交換できるような金額を寄せ集め4人組が持っているわけもなく。

 

「エンリさん、どのぐらい持ってますか?」

「ざっとこんぐらいよ」

「うわ、結構持ってる」

 

 プラグインに食費。整備費に交通費など、特に使った覚えはなくても消えていくのはお金なわけでして。

 はぁ、これならもうちょっとお金を稼いでおくべきだった。

 

「わたくしはこれぐらいですわね」

「……あんた、こっちでは貧乏なのね」

「うっさいですわ!」

 

 本当はヤの付く自由業の方々が住まうような和風の豪邸や、ビルの一角を借りた事務所のようなものが欲しかった、のだが。やっぱりお金がないってのは人権がないのと同義。世知辛い。

 

「っぱミッションじゃね?」

「それもありですわ。でも……」

「今すぐ欲しいんですよね……」

 

 人の欲望とは終わらないものである。

 それ故に戦いが生まれるのだから仕方ない。私たちが今抱いている感情はまさしくそのとおりだった。

 お金がなくても開放感があふれる素敵な場所。それを今求めているのだ。

 無謀な感情であることは百も承知だ。計画性がないと言えばいい。だけど夢は、誰も阻んではいけない、大切なものなんだ!

 

「あ、これとか良くない?」

「聞いてくださいよ……」

「ごめんごめん。でもよくない、ちょっと小洒落たレストラン的な」

 

 よく見てみれば1件だけもすごい安い設定であり、たった1つミッションをクリアするだけでフォースネストとして活用することができるレストランの跡地のような物件が残っていた。

 名前はロイヤルワグリア。場所も少し道路に面しているものの、この辺りなら静かで見晴らしもいいので悪くない。手持ちのお金があればギリギリ足りそうなぐらいのフォースネスト物件だ。

 

「どこかのワグ◯リアみたいなネーミングですわね」

「それW◯RKING!! だよね?! あれも好きだったなー」

「レストランなら、フォース名と統一性も持たせられるし、悪くないかも……」

「決定ね」

 

 早速。私たちはこのミッションの主である相手に直談判をしに、フォースネストを旅立つのだった。

 ただ一点。そのミッション内容が如何に恐ろしいものであるかの前情報を知らずに……。

 

◇探索ミッション『伝説の桜の樹の下』

恋人が1人行方不明になってしまったんだ!

この前から連絡が取れなくて。だから探してほしい!

最後に会ったのが桜の木の下だったから、もしかしたらそこにいるかも!

 

ミッションを受けますか?

[YES] [NO]




探索ミッションの内容についてはまた後日。


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第16話:ばっどがーりゅと桜の木

6月に咲く桜は時期遅れもいいところですが、そこはゲームなので


 伝説の桜の木の下、というものを、皆さんご存知だろうか。

 そこで告白した2人は末永く幸せに過ごせる。そんな都市伝説を。

 もう時代遅れかと思っていても、そこは華の乙女。少女漫画的展開を誰が好まずにいられるだろう。いやいられない。

 フレンさんは置いておくとして、私ですらその憧れを抱いていた1人なのだ。だから目の前の咲き誇る大輪の桜にため息をこぼさざるを得ない。

 

「やっばいわこれ。めっちゃキレー」

「そうですわね。やはり春の風物詩は違います」

「今って言うほど春じゃないでしょ」

 

 今のリアル季節は春と夏の中間。だいたい6月ぐらいなので、湿気があまりにも面倒なぐらいだ。

 あと雨。嫌だよね雨って。片手は塞がるし、傘を差してても濡れてしまうし。ビショビショになったスカートを乾かすのはいつも親の役目だ。

 

「で、恋人さんと会ったのはここで最後ということですか?」

『そうなんだよ! 頼む、探してくれ!』

 

ミッションを受けますか?

[YES] [NO]

 

 ミッション内容は至って単純。

 形式は探索ミッションでどこかにいる恋人を探せばいいと言われている。

 こういうミッションはほとんどのケースでまずは聞き込みから、と決まっている。このミッションもそのケースみたいだが、聞き込み以降は内容が明かされていない。ただバトルイベントが1回挟まれるとのことだ。

 

「断る理由もありませんわね。わたくしたちにはフォースネストがかかっているんですから」

「ねー! リーダー、ポチッとやったって!」

「…………」

「ねー、リーダー?」

「……あ、私か」

「他に誰がいるのよ」

 

 わざわざリーダー呼びしないでもらいたい。だって私、人の上に立つような人徳してないし。

 というか全然慣れない。本当に私がリーダーでいいのか分からないけど、他に誰がいる? と言ったらノイヤーさんぐらいなわけで。その当人も「嫌だ」の一点張り。こういう上に立つ出来事は大体拒否されてしまう。

 だから私がリーダーをやるってのは百歩譲って許せるんだけど、わざわざ「リーダー」呼びするのはちょっとイジワルがすぎる。現に目の前でくすくす笑ってるギャルがいるし。

 

「なんで私なんだよぉ……」

「ユーカリちゃん、アタシはここで1つ提言させてもらうよ」

 

 何の話だろう。発言を許可した私は、彼女の意見を耳にし始める。

 

「アタシたちは今やユーカリちゃんよりも下の立ち位置にいる人間。つまりは部下ってことなんだ。部下ということは上司であるユーカリちゃんがいろんな事を指示してもいい。例えば『アウトローっぽいことをしてこい』みたいな」

 

 ピクリ、と感情に連動した犬耳が反応する。

 尻尾だって一瞬ピンと張り上がる。私が、アウトローっぽいことを指示できる……?

 

「そうだよ。アタシたちは部下だからね。例えば銀行強盗してこいとか、AVALONの城壁にスプレーで落書きしてこいとか」

「な、なんてアウトロー?!」

 

 銀行強盗にスプレーでの落書き。聞いたことがある。例えばグランドなオートでセフトなR18ゲームでは残忍な真似が認められているものの、アウトローであることには間違いない。だって警察に追われることだってあるんだから。

 つまり、私の一声があればみんなでアウトローっぽいことを……。

 

「うん。最後はアタシたちがGBN最強であることを知らしめることだって……」

「私たちが、サイキョーに?」

「そう、サイキョー。アタシたちサイキョー」

「サイキョー。超強い……私たち町内サイキョー……」

「規模が狭いわね」

 

 そうだ、サイキョー。私たちサイキョー。

 対戦相手に対して「ヘイカモーン!」とネイティブな発言をしながら、フルボッコにされるなどしても私たちはサイキョーに……。

 

「いい加減にしなさい」

 

 目の前でノイヤーさんがフレンさんの頭をチョップした気がしたが、多分気のせいだ。

 だって私たちはサイキョー。こんなチョップ1つで暗示が解けるわけ……。ポコンと言うぐらいには小さいダメージが私の前頭部から全身に響き渡る。

 瞬間、思考が急激に加速する。あれ、私もしかして洗脳されてました?

 

「私はいったい何を……」

「……あんた、もしかして」

 

 私がエンリさんに返事したところ、なんでもないの一点張りで跳ね返された。

 何の話だろう。というか、さっきまで私は何を口走っていたんだろう。

 

「いいですか! ユーカリさんはちょっと思い込みが強い、ではなくピュアッピュアな人間なのですから、そんな相手に雑な暗示、ではなく強いイメージを植え付けるのはやめてくださいませ!」

「あ、あれで強いイメージなんだ……」

 

 昔にもこんな強いイメージをぶつけられた覚えがあった気がするけど、なんだったっけな。

 でも、ガンダムAGEを見た瞬間の私は間違いなくその状態であったと自覚できる。

 私が100年の歴史を刻んだ唯一の人間であったと。傍観者であったと泣きながらジーンとしていた覚えがある。そういうところは悪い癖だと考えてしまう。真面目がすぎるのかな。

 流石に反省したのか、猛省しているフレンさんだったが、その瞳だけは何かを企んでいるように私を見ている。恐る恐る聞いてみることにしよう、私は何を吹き込まれていたのか、を。

 

 ◇

 

 さて、先程も言った通りこの探索ミッションではある程度の「フラグ」がキーとなってくる。

 フラグとはゲームで言うところのイベントのスイッチというところ。

 情報を持っているNPDに話しかけることができれば、フラグは成立。晴れて次のステージへと駒を進めることができる、という仕様なのだが、やはりここにも罠があるわけでして。

 

「すみません」

『はい、なんでしょうか?』

「えっと……」

「ユーカリちゃん、アウトローっぽく!」

「おいどりゃ! ワイら依頼人の恋人っつーのを探してるんだけどよー」

『失礼いたしましたー!』

 

 先程からこのようにみんな足早に私たちから逃げていくのだ。

 原因はもちろん分かっている。

 

「フレンさん!」

「めんごめんご、いやマジウケる」

 

 このゲームにもコミュニケーション値のようなものが存在する。

 他ゲームで例えれば『バッドコミュニケーション』や『グッドコミュニケーション』とか呼ばれる、好感度の上がり下がり。

 もちろん普通に接していれば、大抵のことはなんとかなるのだけど、さっきから暗示をかけるようにアウトローっぽくって言われるから、ついそれに反応してしまうのだ。情けない私だと貶してもらっても構わない。ただ、その後には褒めてほしい。

 

「そもそも、なんで私だけが話しかけているんですか! エンリさんだってやってみてください!」

「えぇ……」

「めっちゃ嫌そうじゃん! 人間不信的な?」

 

 それを言ったら、私はELダイバー不信になってしまいそうなんですが。

 もっと限定的に言えばフレン不信。この人怖いよ。先から暗示かけてくるし。

 

「あんたが横槍入れなければすんなり行くでしょ、普通」

「だってユーカリちゃん、イジるとすぐ面白い方向に飛ぶんだもん」

「それは分かるけど、」「分からないでくださいよ!」

「フォースネストが欲しいのはあんたが言い始めたことよ」

 

 フレンさんの声が微かに漏れる。完全にイジるのが楽しくなって本来の目的を忘れていたタイプの「あっ」だった。

 すぐさま目線を外側へと向ける。完全に誤魔化そうとしている人の態度だった。

 

「フレン」

「……うい」

 

 彼女は1つ敬礼をして、YOKOHAMAエリアの雑踏へと消えていった。

 見事な手腕過ぎてパチパチと拍手していたくらいには速やかな対応だ。惚れ惚れしてしまう。やはりさすがエンリさん。略してさすエンだ。

 

「しばらくしたら帰ってくるでしょ」

「悪ノリには正論でぶつける。大した手腕ですわね」

「別に。わたしはありのまま言っただけでそんなこと何一つ考えてなかったわよ」

 

 え?

 そろそろ夏場だと言うのにからっ風がピューッと吹いた気がした。

 もしかしてエンリさんってちょっと空気が読めない方なのではないでしょうか。

 適当に買ってきたコーラの缶を手にして、ため息をつくようにして空気が空へと抜けていく。これ以上はあまりツッコまないようにしよう。偶然うまく言ったことに私たちが付け入る口なんて持ち合わせていないのだから。

 

 しばらくして、フレンさんが雑踏の中から金色の髪とリボンを振りながら帰ってきた。

 

「情報仕入れてきたよー」

「ご苦労さまですわ」

「あそこのコンビニでポテト半額だって! あとで行かない?」

「え、本当ですか?! では早速……じゃなくて!」

 

 ケラケラと笑うフレンさん。今回はちゃんとノリツッコミしたが、好評なようで何よりだ。

 ひと笑いした後に、さてと。と口にしながら彼女は仕入れてきた情報をウィンドウのマップ上に展開した。

 

「情報は5件ぐらいね。で、順番にマーキングしていくと……」

 

 ピンが合計5つマップ上に刺さる。どれも情報がバラけているというか、その時間帯に何があった? と言われたら、5人それぞれが別々のことを言ってしまうだろうという内容だった。

 

「妙ね」

「ですわね」

「何が?」

 

 エンリさんとノイヤーさんが先程までとは全く違うような真剣な表情でマップを見つめる。これのどの辺が……あれ?

 

「これ、伝説の桜の木を一周してる?」

 

 それぞれのピンが示す場所は違くても、どれもこれもが伝説の桜の木の周辺。円で囲むようにして、情報が散らばっていた。

 でもこれだけじゃフラグの説得力にはならない。フレンさんが言うには、既にフラグは達成しているとのことなのだから。

 

「恋人さんの歩いていった方向とかは分かるんですか?」

「それも今からマップ上に展開するね!」

 

 1つ目のピンは2つ目のピンの方向へ。2つ目は3つ目へ。5つ目のピンまで全て1周するようにして矢印が都合よく描いていく。ただ、5つ目のピンは、それまでとは違う方向。まさしく指差すのは伝説の桜の木だった。

 

「どうやら恋人が失踪したのがお祭りの日なんだよね。で、その日に失踪した」

「普通に考えたら依頼人さんが恋人をデートに誘って、その後に桜の木の下で告白した、というのが筋ですわね」

「でもおかしいです。なら最後の目撃者は依頼人さんになるはずですよ?」

 

 それ以降の情報は今の所存在していなかった。それ故に、一番怪しい人間が、NPDが依頼人であるということになってしまう。

 なんだろう、私の中のゲーマーとしての勘がありえない方向へと指を差している。

 

「と、とにかく! 一旦桜の木に行きましょう! それでダメなら依頼人さんに会ってみてもいいかもしれません!」

「そうね。ただ、次のイベントがバトルってことらしいから、用意はしておいた方がいいわね」

 

 用意。それは覚悟と言った方がいいかもしれない。

 このゲーマーとしての勘が、『犯人が依頼人である』ことが外れることを切に祈る。

 

 やってきたのは伝説の桜の木。

 先程までは綺麗で美しい場所だと思っていた、それなのに今はただただ不気味な場所にしか見えない。

 周囲の木々には桜の花どころか、緑色の葉っぱすら生えておらず、更に言ってしまえば木の枝の芽すら描写されていない。このGBNの自然描写は見事なものなのにも関わらずだ。

 比喩表現抜きで『枯れた木々』が桜の木を囲むように円形に立ち並んでいる姿はまるで……。

 

「周囲から養分を吸い取っている、そんな気さえしてならないわね」

 

 桜の花びらが一枚一枚水晶のように煌めいて、色強く桜色に染まっている。

 現実でもそう簡単には拝めないほどの優美で美しくも儚い芸術品。落ち行く花びらでさえ風情を感じさせる。

 そんな。そんな桜の木が、今は怖くて仕方がない。

 

「この桜の木って、あんなに不気味だったっけ?」

「フラグ、とは名ばかりでしょうね。こんな情報を見せられて、怪しくないと思わせるのが無理なぐらいの態度してますもの、アレ」

 

 美しさは人を魅了する。ならば目の前にいる依頼人は何を思っているのだろうか。

 ただひたすらに、うっとりと桜の木を見る彼の姿は『妖魔に取り憑かれたような』、そんな緩んだ瞳をしていた。

 

 伝説の桜の木の下、というものを、皆さんご存知だろうか。

 その樹の下には屍体が埋まっている。そんな都市伝説を。




『桜の樹の下には』は青空文庫にあるので、気になった方はぜひお読みください。


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第17話:ばっどがーりゅとDG細胞

ウマ娘はまだ1期しか見てませんが、親の情緒を殺されました。


 曰く、桜の樹の下には屍体が埋まっているとされている。

 そんな都市伝説がまことしやかに囁かれるようになったのはいつのことだろうか。

 その原本をたどると、案外あっさりと見つかってしまう。

 梶井基次郎著作の『桜の樹の下には』という小説の一文だ。

 美しすぎるのが信じられない。だから屍体でも埋まってない限り、屍体の養分を吸って成長している。それしかありえない。そのぐらい美しい桜だったという。

 

 もっと詳しく解釈すればたくさん言うことがあるのだろうけど、今必要なのはそういうことじゃない。

 目の前にいるうっとりと桜の木を見つめる彼の、依頼人の様子だった。

 常軌を逸している。例えるならばそんな妖魔に取り憑かれたような潤んだ瞳。憧れを見る目。

 そしてその足元にはこんもりと盛られている、おおよそ『人1人が横になれる』土が徐々に、徐々に土の中へと沈んでいく。

 

 ここまで見れば誰だって想像がつく。

 曰く、桜の樹の下には死体が埋まっている。

 曰く、恋人を探してほしいと何故か依頼される。

 曰く、その本人は『犯行現場』で1人静かに笑っている。

 

 これだけの状況を見れば、誰が犯人か。その恋人を誰がやってしまったのか。答えは、すぐそこにあった。

 

『あぁ、もう来てしまいましたか』

「な、何をしているんですか……?」

 

 ゆっくりと、ぬるっと蛇が脱皮するように私たちの方へとその体を揺らす。

 その身体は、いや血管というべきか。何かに汚染されているのか脈がドクンドクン。黒々とした線が肌から浮き彫りになっている。

 そしてその身体は六角形の金属のような表皮が表面に浮き上がっていた。

 

「……DG細胞」

 

 エンリさんが静かに呟く。

 出典:機動武闘伝Gガンダムに登場するデビルガンダムの身体を構築する極小ナノユニット。

 俗称アルティメット細胞と言われているその名のユニットは自己増殖・自己再生・自己進化能力の3大理論を兼ね備えており、機械だけでなく生物にさえ入り込み、その身体を自分ではない何かへと姿形を変える。

 そして、目の前の依頼人さんに入り込んでいる。そういう演出だったとしても、怖気が走るホラー。

 

『すごいだろう、この桜の木。まるで人類の叡智の結晶だ……』

 

 うっとりと眺める姿はまさしく、狂気の産物。

 私でも分かる。これは関わってはいけないタイプのもう取り返しがつかなくなった人間であることを。

 

 彼は語る。元々桜の木を永遠にするための研究者だったという。

 そしてその過程でアルティメット細胞、後にDG細胞と呼ばれるナノユニットを見つけ、それを桜の木に感染させた。

 桜の木は周囲の木々の養分を吸収しながら成長、進化していく。

 出来上がったのは大輪の花。咲き誇る、永遠。

 

 だが、代償は付きまとうものである。

 周囲から吸い取った養分は底を尽き、自己再生を繰り返そうにもエネルギーがなければ、永久は終わってしまう。そこで用意したのが『美しい女』。

 容姿に秘められたエネルギーを文字通りカスほどになるほど吸い取っていく。

 1人。また1人と。美しい女性は生贄に捧げられる。そのためのミッションであったと。そのための『私たち』であると。

 

『だから君たちも養分になってもらう。文字通り桜の木のためにね……!』

 

 男は指パッチンし、地面から突如生えてくる大型の機械に飲み込まれていく。

 その容姿はガンダムの顔にガンダムが乗っている。そんなMS。いや、モビルファイター。

 下半身のガンダム顔が展開しながら、付属品として出てくる緑色の管が無数に地面から這い出る。先には更なるガンダムヘッド。

 化け物。そう名乗るのに相応しいほどの怪物『デビルガンダム』であった。

 

 バトルフィールドが展開されたことによって自分たちもMSへと乗り込む。

 こちらの内訳はいつもどおりバッドガールにゼロペアー、白ダナジンに、最後が1人以前とは違う風貌をしていた。

 モンテーロの両肩であるウィングバインダーを取り外し、代わりにGNフィールド機能を有する大型のシールドを搭載。背中には陸戦型ガンダムの大きなバックパック装備している。

 

「な、なんですかそれ?!」

「アタシのモビルドールの特殊機構。『ランド・セル』ってやつ! ちなこれ『グランド・セル』な!」

 

 聞いてないけれど。と頭をよぎりながら、初手で襲いかかる口ビームを難なく避ける。

 こっちも聞いてないんですけど! そう叫ばざるにはいられない展開。

 どうやら、ミッションクリア条件はあのデビルガンダムを討伐することみたいだ。

 って言っても!

 

「大きすぎるんですけどぉおおおおお!!!」

 

 貫通力の高いドッズライフルですら、管を切るのが精一杯で肝心の本体には届かない。仮に届いたところで、その自己再生機能によって瞬時に怪我を直してしまう。

 

「エンリさん、何か手は?!」

「あるわけないでしょう。対策なんてこれっぽっちもしてないんだから」

 

 突撃してくるガンダムヘッドをメイスで叩き落としながら、テイルシザーを使って半ば強引に空中を駆ける。どうやってるか分からないけれど、今はそれをしているほどには余裕がないということを示している。

 

「とりまデコイ撃つから! みんな逃げろ!」

 

 モビルドールフレンのウェポン・コンテナの蓋が開けば、そこから現れるのは4機のデコイバルーン。ふわふわと空中を動きながら、その標的を私たちからデコイへと向ける。作戦を立てるとしたらここしかない。

 

「ノイヤー、あんたサテライト・キャノンあるでしょ。アレを使いなさい」

「そうと言いたいのは山々ですが、流石にあの管の数じゃ発射する前に妨害されて終わりですわ! それから、あの武装はビームバーストストリームですわよ!」

「じゃあどうするのさー!」

 

 デコイバルーンは1つ爆発すると、機雷となって誘爆する。

 突撃したガンダムヘッドはもういないにしろ、再度生成されるのがあのガンダムの悪いところであり強いところだ。

 やるなら一瞬。それこそ火力の高いビームバーストストリームによる一撃を叩き込む。これしか私たちが勝つ手段はない。

 

「……ノイヤーさん、あのデビルガンダムを撃ち抜くだけのエネルギーだったらどれぐらい掛かりますか?」

「フルチャージなら20秒は必要ですわ。やるおつもりですの?」

 

 それしか方法がない。それならば、やらずに後悔よりもやって後悔しかありえない。

 私はドッズライフルを腰にマウントし、腰から1本ビームサーベルを取り出す。

 

「マジ系、っぽいね」

「恐れ入ったわ」

「だから言ったじゃありませんの。『肝が据わったアホの子』って」

 

 今はそれを褒め言葉として受け取っておきます。怒るのはその後、これが終わってからにしますから!

 

「勝利条件は20秒ノイヤーさんを守り切ること。おっけいですか?!」

「えぇ」

「もちろん!」

「やりますわ」

 

 やるかやられるか。それを決めるのは私たちだ。あなたじゃない。

 だから、思う存分やらせてもらいますよ、デビルガンダムさん!

 

 ◇

 

 ガンダムDXならこのミッションは軽々クリアできたことだろう。

 ツインサテライトキャノンは周囲に熱を放出するため並のMSでは溶けてなくなり、妨害しようとマイクロウェーブの先にいれば、蒸発する。射線上は、言わずもがな。

 だが、ノイヤーさんの白ダナジンにはその機能は備わっていない。あくまで『自分が目指す美しさ』をモットーにしたMS。故にビームバーストストリームこそが、最大の武器と言っても過言ではなかった。

 襲いかかるガンダムヘッドのビームをゼロペアーが受け止め、ABCマフラーが受け止め、GNフィールドが受け止め。

 突撃してくるガンダムヘッドを爆風がかぶらない場所で爆発させる。

 だからこそ防衛が必要なのだ。一発逆転の切り札。それこそが、今後ろでマイクロウェーブを受信しようとしているダナジンのビームバーストストリーム。

 

「って言っても、数ー!」

「なんですかこの量は!!」

 

 ビームライフルとロケット・ランチャーの2丁銃で緑色の管を撃墜するモビルドールフレンが嘆く。ビームサーベルとワイヤーフックでまとめて切断する私も嘆く。

 この量は一端のダイバーには荷が重すぎる。私がゲーマーじゃなかったらとっくに死んでいるところですよ!

 

「じれったいわね……」

「ノイヤーさん、後何秒ですか?!」

「残り15ですわ! マイクロウェーブ受信完了!」

 

 後ろのモニターではサテライト・キャノン、もといビームバーストストリームの起動音がダナジンの白い翼から漏れ始める。

 こんな波をあと15秒も耐えなくちゃいけないんですか。

 思わず舌打ちを漏らしてしまう。私のバッドガールに特殊機構の類はない。だからこそエネルギー面では問題はないのだけど……。

 ワイヤーフックを管に巻きつけてからビームサーベルで両断。そのスキを見てか上から遅い来るガンダムヘッドのレーザー砲。

 咄嗟に左腕のチェーンシールドとABCマフラーで受け止めようとするけれど、そんな火力ではないことは百も承知していた。飲み込まれる光。耐える熱。結果として出来上がったのは左腕が融解して、もはや腕としては機能しないほど、熱でブクブクに膨れ上がったワイヤーフックだった。

 残り8秒。爆発した私の左腕は白ダナジンの目の前に落ちる。

 

「ユーカリさん!」

「大丈夫! 元々腕はないんです!」

 

 それに、GNフィールドを展開しながら、180mmキャノンでナパーム弾を繰り出すフレンさんの前で、力と焦りを溜め込みながら、ひたすら耐えているノイヤーさんの前で、慣れない遠距離戦を強いられていても、それでもメイスを振り回すエンリさんの前で、弱音なんて吐いてられない。

 そうだ。私が……!

 

「私がケーキヴァイキングの、リーダーなんだ!」

 

 ビームサーベルの出力を最大にしながら突撃するのはガンダムヘッドの1機。

 スラスターを全開にしたブーストが脚部のスラスターとともに位置を調整。下からすくい上げるように縦一文字に両断する。

 爆発した先から徐々に自己再生を始めるガンダムヘッドだが、その再生はもう見た。

 側頭部に装備されているビームバルカンと膝のニードルで再生を遅延。空中でくるくると回転しながら、続きは本体への切断行為。

 本体に攻撃を仕掛ければ、必ず守りの一手が襲いかかる。だが、それもまた遅延行為に過ぎない。

 残り3秒。力いっぱい、出力の限り全力でビームサーベルを仕掛けるも、その壁は分厚く、歯が通る気配すら感じられない。おまけに両足には緑の管が巻き付いていて、右腕も同様に。諦める気はないが、もう間に合わないことを察することが出来た。

 またノイヤーさんのお手を煩わせてしまうのは申し訳ないけど、これでみんながクリアできるなら……。

 

「……ッ! 『落とせ、ゼロペアー』!!」

 

 残り1秒。刹那に聞こえるのはオオカミの遠吠えのような起動音。

 モニター越しに見えた景色は赤い獣。

 メイスを投げ売って、破壊力を自分の爪に押し込めた連撃を私を含めて本体へと叩き込む。

 左足が、右腕が、右足がゼロペアーの連撃によって粉砕されると、自然と自由になった私のバッドガールを抱きかかえて、ゼロペアーは飛ぶ。

 

「今よ!」

「えぇ! ビームバーストストリーム! 眼前の敵を滅ぼせ!」

 

 襲いかかる質量の暴力は、白い光は地面を焦がし、天空を焼き、そして怪物をも滅ぼす。

 DG細胞による自己再生も追いつかないほどの無限の灼熱地獄はその存在そのものを崩壊していく。

 まさしく焦土。その場にあった桜の木すら元々存在していなかったかのように錯覚してしまうほどの白き咆哮は、デビルガンダムそのものの存在を否定した。

 

「エンリ、さん……」

「ま、そういうことね」

 

 目の前には【MISSION SUCCESS】の一文。

 そっか、私たち今度は全員揃って勝つことが出来たんだ。

 そして、これがケーキヴァイキングの初の勝利。そう思うとこみ上げてくる感情があるわけで。

 

「エンリさん、ありがとうございます! 最後のクローラッシュがとってもかっこよくて! かっこよくて素敵で強くてかっこよくて! もう、ありがとうございました!!」

 

 そ、そう。

 照れた自分をどこか隠すような、素敵でかっこよく可愛いエンリさんをモニター越しで見ながら、私も心の奥底で憧れとは違う、嬉しさとも違う感情が泡ひとつ浮かび上がった。




信頼値が生存ルートに直結するんですね。


・モビルドールフレン
フレンを元にして作られたオリジナルのガンプラ
モンテーロの肩パーツに加えて、オリジナルシステムの『ランド・セル』を採用
状況に応じて『セル』を装備することによって、汎用性を高めている。

基本的にはフレンと同じ見た目をしているが、
要所要所でガンプラらしいフェイスマスクやアイカメラをしている。
また『セル』なしでのノーセル状態ではモンテーロの翼が目立つ。脱着可能

セル次第で瞳のカメラアイの色が変わるように設定されている。
これはGBNのガンプラ色変え機能で塗り替えている。

・特殊システム
プラネットコーティング:
現実世界での活動を可能にするコーティング。
食事の代わりに必要となるこのコーティング材は国家から支給されている。
GBN内ではある種の対ビームコーティングと同様の判定を受けているため、
ビームへの耐性が高め。

ランド・セル
ヘアセンサー

・武装
ビームサーベル
ビームピストル
ビームジャベリン
ビームワイヤー
シールド

・セル(バックパック)
ストライクのストライカーや、インパルスのシルエットのような、
装備することによって特性を得ることができる特殊なバックパック。
GBNの仕様上、装備機+1機のみしか持ち込みができないが、
SFS(サブフライトシステム)のような使い方をすることも可能。

◇ミランド・セル:
ガンダムアストレイ ミラージュフレームをモチーフにした、
エンリたちと出会う前まで使っていたモビルドール偽装用セル。
ミラージュコロイドと備え付けられているGN粒子タンクと合わせて、外観の偽装が可能
普段遣いはモンテーロとして偽装している。

・特殊システム
ミラージュコロイド
GN粒子

・武装
ビームライフル

◇グランド・セル:
主に陸戦を主眼に置いた装備であり、
両肩のウィングバインダーをGNフィールド機能を有する大型シールドに換装
バックパックを陸戦型ガンダムのそれに置き換えることで、
味方への火力支援と防壁という役割を果たすためのセルである。

・特殊システム
GNフィールド

・武装
ビームライフル
180mmキャノン
ロケット・ランチャー
デコイ・ミサイル


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第18話:ばっどがーりゅと私たちの巣

古戦場が私を待っている……(虚ろ目


「まいどあり! 今後ともご贔屓に!」

 

 目の前には国道のような大きな道路は時々車が通る程度で、どこどう見ても田舎だと言わざるを得ない。けれどもそんな静かな雰囲気に風情があると言える。やっぱりいいなぁ。私は生まれも育ちも都会だったから、憧れがあったりしたんだ。

 ロイヤルワグリアと表記されたレストラン跡地は意外と清掃されているのか、中は結構綺麗だった。

 

「……買っちった」

「買っちったですわね」

「買っちったねー」

「…………」

 

 何故かノッてくれないエンリさんを3人がかりの期待の視線で見つめる。

 最近、気圧されていたエンリさんが少し可愛いということを知ってしまった以上、それができるチャンスというのを積極的にプレイしないほうが失礼というもの。許せ、エンリ。私だっていじられキャラなんだから、こういう時だけはいじりたくなってしまう。

 エンリさんはあくびをするぐらいには大きく息を吸って、心の底から嫌だというため息をこれでもかというほど吐き出す。

 でも分かってる。エンリさんがこれからやることを。

 

「…………買っちった、わね」

 

 ほら。エンリさん、恥ずかしくても言えばノッてくれるんだから本当にいい人。

 ちょっと雰囲気怖いし、鋭めの瞳をしているから理解されないだけで、可愛らしくて年相応の人なんだ。

 

「ウケる」

「後で覚えておきなさいよ……」

「アタシは覚えてないしー! ほら行くぞお前ら! 中身を見るんだよぉ!」

 

 ふっふー! なんて声を上げながら、両手を上に挙げてロイヤルワグリアへと突撃するフレンさん。彼女は彼女で、かなり子供っぽいわけで。

 

「待ちなさい! そんなにはしゃいでは転びますわよ!」

「フベッ!」

「言わんこっちゃない……」

 

 足元の石に躓いて転ぶフレンさんをため息を付きながら手を差し伸べるノイヤーさんもなんだかんだ優しい。あれで友達ではないというのはちょっと無理がある。

 いや、友達っていうのはちょっと変かな。まるで……。

 

「スキあり!」

「あ、ちょっと!」

 

 手を差し伸べたノイヤーさんの手を思いっきり引き込んで、彼女を更に転倒させている。

 思いの外顔面から滑り落ちたからだろう。普段の白い肌とは似ても似つかない赤く擦れた顔を露出させて、ノイヤーさんが怒った。どっちかと言えば世話焼きの姉と手のかかる妹。もしくは親子に見える。

 

『わたしに家族なんていりません……』

 

 不意に過去の記憶を思い出す。

 過ぎたことだ。今更ぶり返すように頭によぎる理由なんてないのに。

 『ムスビ』さんの過去に口を挟めなくても、今が幸せそうならそれでいいんだから。

 

「ユーカリ?」

「……なんですか?」

「何か考え事でも」

 

 ハッとなって思い出した。今はみんながいるんだ。私だって、今を今までと同じく楽しもう。

 

「いえ、エンリさんが私の名前を言ってくれるのって珍しいなーって」

「そうかしら?」

「嬉しいんですよ! 名前ってその人に向けた、たった1人だけの特別ですから!」

「特別、ね……」

 

 口からでまかせを呟いた割には結構いい名言だと思う。ユカリ名言辞典に登録したいところだ。分類はいい感じのこと言ったで賞、みたいな。

 

「あんたがそう言うなら、今度から名前で呼ぶようにするわ」

「え?」

「……そういうことだから」

 

 2人の方へと歩いていくエンリさんは、私の方からは顔を隠していて。

 今、私のことを名前で呼ぶようにするって。え、もしかして今名前で呼ぶって……。

 動揺しすぎて同じことを2回も考えてしまったけど、そっか。そっかぁ!

 

「……クフフ。ユーカリちゃんもエンリちゃんも、どうしてそんなに顔真っ赤にしてるのー?」

「そ、そんなことないわよ!」

「そうですよ! えへへ、そんなわけないじゃないですかぁ!」

 

 まるで計算尽くされたニヤケ面と煽り文句のフレンさんに少し怒りを思い浮かべる。

 でも、なんかそれも悪くない気がして。なんでだろう。考えれば考えるほど、どことも知らないドツボにはまる感覚があるので、私は考えるのをそっとやめた。

 

(ごちそうさまです……)

 

 フレンは考えていた。ノイヤー→ユーカリは一番最初に察することが出来た程度には分かりやすい感情の流れだったけれど、今のやり取りで確信した。エンリ→ユーカリも徐々に構築されつつある関係性であることを。

 

「三角関係、かー」

 

 ELダイバーにしては比較的長寿にあたる3歳のフレンは考える。

 ユーカリちゃんは魔性の女なのかもしれない。それも異性同性問わずに。フレンの予想ではエンリちゃんはありえないと思ってたんだけど……。

 ノイヤーちゃん、意外と面倒な相手に恋心抱いちゃったなー。

 

「何を無視しているのですか! いいですか、わたくしはただあなたを……」

「ドキがムネムネだねー!」

「だから聞いていますの?!」

 

 ◇

 

 中は思ったよりも広い。伊達にレストランをやっていないぐらいにはホールにはソファーが並んでるし、厨房だっていろいろな機材が揃っている。加えてバックヤードは雑多に色んなものを置けてしまう程度には、とにかく広かった。

 もう一度言う。4人で過ごすには広すぎた。

 

「想像してたよりも、その。広いですわね」

「広いねー」

「うん、絶対持て余しそう」

 

 フォースメンバー、もとい従業員4人では大したこともできないのは明確的。とは言っても増やす気はあんまりないので、ソファー1つに付き1人寝そべるぐらいには持て余していた。

 4席占領しながら、ボケーッと天井を見つつ会話を始める。

 

「ユーカリちゃん、なんかないの?」

「何がですか?」

「こう、有効活用的な」

「犬カフェですわね」

「なんで犬なんですか」

「ユーカリさんに因んで、ですわ!」

「私犬じゃないですもん!」

「その耳と尻尾は飾りとでも?」

「それは! エンリさんとノイヤーさんにノセられて……」

「ふーーーーーーーーーーーん」

 

 大変意味ありげで、中身のない会話を繰り広げているけれど、やっぱり何も成果は得られない。

 どう考えてもこの広い地形を活かすような手立ては1つしかないわけで。でもなー……。

 

「やはりレストランを営むしかありませんわね」

「ノイヤーさんもそう思います?」

「そうなるわよね」

「アタシはいいと思うよ! EL友バンバカ呼んであげよっか?!」

 

 EL友ってなんだろう。ELダイバーの友達ってことでいいのかな。そう言うことにしておこう。

 時代はレストラン。私たちもチームワグナリア、じゃなくてケーキヴァイキングとしてケーキバイキングを繰り広げてみるのも悪くない。

 そこでふと気になった。それは他の何物でもない。

 

「みんなって、料理できるんですか?」

 

 カチッ。何故か空気が凍りついたような、そんな雰囲気を感じる。

 地雷を踏んだ? 料理ができるって言う言葉だけで? まっさかー。

 

 ……まさかね。

 

「ノイヤーさんは、まぁできなかったですよね」

「うぐっ!」

「フレンさんは?」

「アアアア、アタシは食べ専だしー? ほら、料理好きのELダイバーとかいるじゃんフツー?」

 

 どこの普通なんだろうそれは。

 ノイヤーさんが料理が致命的に下手くそであることは前から知っていた。

 でなければ昼ご飯にパンと牛乳オンリーの食事や、事あるごとにサラダチキンとトマトジュースなんて組み合わせはしない。

 フレンさんも予想通りだった。滲み出る食べ専感は確かに出ていたと思う。

 そして私の予想が正しければ、きっと……。

 

「エンリさんは?」

「……カップ麺なら得意よ」

「お湯作るだけじゃないですか!」

「自慢じゃないけどパスタを焦がしたことならあるわ」

「それは自虐っていうんですよ!」

 

 ダメだ。エンリさんも例によって例のごとく、あちら側の人間だ。

 そんな予感はしていた。エンリさんみたいなタイプは、隠れて料理ができる女子力の高いミステリアスな女性。もしくはダメな女の2種類いると。

 そして戦闘技能にガン振りしていいるエンリさんに前者のミステリアスは似合わない。だから予想しておいて正解だったけど、パスタって焦げることあるの?

 

「わたくしでもそうめんは作れますわ」

「そうめんって焦げるものでしょ?」

「は? ありえなくない?」

 

 どうしよう。収集がつかなくなってきた。

 私はとりあえずソファーから立ち上がって、キッチンへと向かっていく。

 思い立ったが吉日。こういうのは実力を見せるのがベストだ。

 

「待ちなさい! キッチンには悪魔が住んでるのよ!」

 

 バードハンターなんて異名持っている悪魔のガンプラ使いが何を言っているんだろう。

 まぁそこで見ててよ。私の本気、見せてあげますから!

 

 ~数十分後~

 

「おまたせしました、ハンバーグです!」

「「おぉ~」」

「へぇ、焦げてないのね」

 

 どうして焦がす前提なのだろう。

 作ってきたのはオーソドックスな牛豚合いびき肉ハンバーグ。

 流石に慣れないキッチンであることと、材料がなかったので添え物の人参やポテトはなく、ただただハンバーグが4人前分置かれている。

 ジュースサーバーから水を4杯並べて、私も席についた。

 

「じゃあ、これがフォースネスト獲得祝いってことで!」

「ですわね! さぁさ皆様、コップを上げましょう!」

 

 コップを天高く突き上げて、私の鶴の一声で合図を鳴らす。

 

「乾杯!」

「「かんぱーい!」」

「……乾杯」

 

 水なんて味気ないけど、ジュースはまだ実装されていないみたいだったから、今度BCをフォースに入れないとなー、なんて思いながらお箸を使ってハンバーグをひとつまみ。

 うん、悪くない。流石はGBNというべきか、リアルとは少しだけ工程が省略されているものの、同じぐらいの味を引き出すことができるみたいだ。

 でもハンバーグ全体をふんわりとさせるためにもうちょっとつなぎを練っても良かったかな。

 

「ん! 美味しいですわ!」

「なにこれっ?! めっちゃジューシー!」

「……美味しいわ」

 

 私が考えているよりも思いの外好評だったみたいだ。

 それだけGBNの味付けが完璧に仕上がっているのだろう。

 自分で作ったVRハンバーグを口にしながら、みんなの喜んでいる姿を見て、誰かのために作るというのも悪くないかな、なんて思うわけでして。まぁ、今回はみんなのあまりにもあまりにもな話を聞いたからだけど。

 

「ごちそうさまでした! あー、お腹いっぱい!」

「ご飯が欲しくなりますわね」

「お粗末様でした。どうですか、私の腕前は!」

「感服で満腹!」

 

 フレンさんの妙な発言にくすりと笑いながら、私は食器を片付ける。

 お客さんがそんなに来ないのなら、レストランやってみようかな。

 漠然と食器を自動洗浄機に入れて、ボーッと考える。あれだけ喜んでくれるなら、私だって嬉しいし。

 

「あ、でも席中にびっちりぬいぐるみ置いても良くない?!」

「それはそれで怖いですわ!!」

 

 訂正。やっぱりレストラン、やらなさそうかも……。

 

 ◇

 

GBN総合スレpart***

1:以下名無しのダイバーがお送りします。

ここはガンプラバトル・ネクサスオンライン通称『GBN』に関して雑談するスレッドです。

 

各種ミッションについての情報はまとめwikiに載っています。

 

ビルドの相談、フォース勧誘、ミッション攻略の情報交換などはそれぞれ専用スレッドでお願いします。

 

【GBNまとめwiki】(http://・・・

【ビルド相談スレ】(http://・・・

【フォースメンバー募集スレ】(http://・・・

【ミッション攻略スレ】(http://・・・

 

【前スレ:GBN総合スレpart***】(http://・・・

 

 ◇

 

84:以下名無しのダイバーがお送りします。

あの伝説の桜の樹の下ミッション、攻略されてるんだけど

 

85:以下名無しのダイバーがお送りします。

あのめちゃくちゃホラーな?

 

86:以下名無しのダイバーがお送りします。

あのランク詐欺の?

 

87:以下名無しのダイバーがお送りします。

あのダイバーを生き埋めにしたっていう?

 

88:以下名無しのダイバーがお送りします。

ダイバーは普通に死なんやろ……

 

89:以下名無しのダイバーがお送りします。

あれ、確か制限設けられてるんだっけ。

フォース単位で、なおかつフォース成立から1ヶ月以内

 

90:以下名無しのダイバーがお送りします。

その割にはデビルガンダムがめちゃくちゃ硬いから、ジリ貧になって終わるよな

 

91:以下名無しのダイバーがお送りします。

デビガンwwww

 

92:以下名無しのダイバーがお送りします。

なんでそんな制限も受けてるん?

 

93:以下名無しのダイバーがお送りします。

フォースネスト貰えるミッションなんよ。

選んだ中から1つ、みたいな

 

94:以下名無しのダイバーがお送りします。

へー

 

95:以下名無しのダイバーがお送りします。

てかどこのフォースよ

 

96:以下名無しのダイバーがお送りします。

ggrks

 

97:以下名無しのダイバーがお送りします。

どうせ有名ドコロの転生だぞ

 

98:以下名無しのダイバーがお送りします。

いや、マジで聞いたことないとこだわ。

ケーキヴァイキングってとこ

 

99:以下名無しのダイバーがお送りします。

何それ、美味しそう

 

100:以下名無しのダイバーがお送りします。

飯テロはやめろォ!(やめろォ!)

 

101:以下名無しのダイバーがお送りします。

あー、バードハンターがいるとこか

 

102:以下名無しのダイバーがお送りします。

は?! あいついつの間に……

 

103:以下名無しのダイバーがお送りします。

俺らと同じぼっちだと思ってたのに……

 

104:以下名無しのダイバーがお送りします。

昔、傭兵として雇ったけど、あいつはマジでやばい。

戦い方がとにかく暴力的すぎる。

 

105:以下名無しのダイバーがお送りします。

丸くなったな

 

106:以下名無しのダイバーがお送りします。

今も時々飛ぶ鳥を落としてるけどな

 

107:以下名無しのダイバーがお送りします。

相変わらずじゃねぇか!

 

108:以下名無しのダイバーがお送りします。

懐柔できるだ、あいつ

 

109:以下名無しのダイバーがお送りします。

綺麗だけど、めっちゃ殺意高いし、近寄りがたいのにな

 

110:以下名無しのダイバーがお送りします。

バードハンター引き込んだリーダー、マジなにもんだよ……

 

111:以下名無しのダイバーがお送りします。

フォース戦はまだみたいだから、あいつの気まぐれじゃないか?

 

112:以下名無しのダイバーがお送りします。

それもそうか。一匹狼みたいなタイプだしなー

 

 ◇




ゆっくりと。スローペースで


【探索ミッション:伝説の桜の樹の下】
推奨ランク:D
受注条件:結成1ヶ月以内のフォース
報酬:任意のフォースネストの譲渡

恋人が1人行方不明になってしまったんだ!
この前から連絡が取れなくて。だから探してほしい!
最後に会ったのが桜の木の下だったから、もしかしたらそこにいるかも!

 ◇

本ミッションは探索ミッションと謳っておきながら、
実際はデビルガンダムと戦うミッションであるため、実際の内容は高難易度である。
このミッションの真相は以下の通りである。

男はとある桜の木に魅了された。
より美しく。より綺麗に咲き誇らせるために彼は研究者として桜の木を永遠にすべく研究を始めた。
研究の途中、DG細胞というものを見つけ、桜の木に移植すると、周りの木々の養分を吸い取りながら成長を始めていく。
男は感極まったが、DG細胞のエネルギーを賄うことが出来ず、陰りを見せ始める。
男はどうすればいいか迷ったが、とある小説を読み、インスピレーションを得た男が実行に移す。それが『美しい女性』の生贄であった。

やがて『恋人が行方不明になった』、という文言で皆を騙してデビルガンダムを使い、NPDを養分としていた。
ダイバーが負けても、養分にされることはないが、一定時間機体にデバフを受ける。


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第19話:ばっどがーりゅと初フォース戦

私は、いつまで肉を狩り続ければいい? ゼロは何も答えてくれない


「あの。フォース戦ってなんですか?」

 

 ケーキヴァイキングのフォースネスト、ロイヤルワグリアで私は問う。

 

「……何よ急に」

「さっきG-Tubeで動画を探してたんですけど、チーム戦? みたいなのを見つけて」

 

 ウィンドウを他の3人の方へと向けて、その内容を確認させる。

 中身はと言えば4対4のチームマッチで、どちらも切磋琢磨した実力をぶつけ合って勝負をしていた。

 このチームマッチとはどういうものなのか。それを探すべく、私は電子の海を泳いで一つの結論を抱く。それがフォース戦とは、というものであった。

 

「マジぃ? てかこれビルダイのリクくんじゃーん」

「本当ですわね。相手は、2年前に有名になったもう一つのBUILD_DiVERSですわね」

 

 HATENA。なにそのさもみんな知ってます、みたいなフォース名のようなものは。

 思えば、私はそれほどGBNの事情に詳しくはない。昔ELダイバーを巡る戦争があったとか、その程度の知識しかなく、具体的にこの人はマークしておいたほうがいい、などはあまり聞いたことがなかった。

 

「それって、有名なんですか?」

 

 その言葉に、みんな信じられない、みたいな表情を浮かべる。な、なに。私そんなに変なこと言った?

 

「あなたならそう言うと思ってましたわ」

「わかるわー! ユーカリちゃんなら言いそう!」

 

 HATENAを更に浮かべる。な、なんなの。何かおかしいこと言った雰囲気漂わせているけど。もしかした私なんかやっちゃいましたかってここで使うべき言葉?

 

「ビルドダイバーズ。このGBN内で英雄視されてるフォースの1つよ。詳しくはそっちのELダイバーにでも聞いて」

「そうそう! サラちゃんとはズッ友だしぃ?」

 

 フレンさんが言うには以下の通りだった。

 おおよそ4年ほど前に結成されたフォースであり、メンバーは7人の少数から構築される実力派フォースである。まさしく少数精鋭とはこの事を言うのだろう。

 彼らは第一次有志連合戦に置いて、マスダイバーをGBN内から追い出し、ELダイバーの生死をかけた第二次有志連合戦ではGBNと天秤にかけた戦いにおいて、勝利を収めていた。

 曰く、その強さはチャンプの所属するAVALONにも匹敵する。

 曰く、知略にハマったものは、二度と抜け出せない。

 曰く、ロータスチャレンジを初めてクリアした猛者たち。

 などなど、とにかくすごいフォースである。その中でもリーダーである『リク』というダイバーは『チャンプに最も近い』と言われているらしい。

 

「ま、アタシらELダイバーの命の恩人ってことよ!」

「なんか、すごいんですね」

「すごいのなんのって言うけど、実際はエンジョイ勢みたいな雰囲気だけどねー」

 

 実際に会ったことあるから知ってるんだよねー、と鼻高らかに口にする彼女はどことなく嘘松――嘘つきを彷彿とさせる鼻のつく言い方であった。

 

「エンジョイ勢がロータスチャレンジをクリアできるわけありませんわ」

「えー、でも小文字の方もロータスチャレンジクリアしてたじゃ~ん」

 

 小文字の方――BUILD_DiVERSはと言えば、名前ばかりが先行している未知の集団だと言っていた。

 曰く、有名人を集めたロータスチャレンジ-Ver.エルドラをたった4機でクリアしたやべぇ集団。

 このイメージばかりが先行しており、それ以降の活躍が霧に隠れてしまっているものの、彼らもまた強者であることに間違いはない。

 

「メイちゃんも可愛くてさー。『タクシーとは、こう呼ぶのではないのか?』って手を上げるんだけどさ、ELダイバーってちっちゃいから運転手から見えないのマージウケるって」

「詳しいんですのね……」

 

 ややドン引き。ストーカーじみたエピソードを繰り返されてしまえば、流石のノイヤーさんですら引いてしまうわけでして。

 エンリさんなんか興味がなさすぎてコーヒーサーバーでカフェオレ作ってるし。

 とにかく2つのフォースが激突しているのは有名らしく、特にリクVSヒロトの対決は手汗握る激戦だったと聞く。確かにあの戦闘はすごかった。

 ダブルオースカイメビウスの超高火力攻撃に対して、武装を解除して強引に避けるコアガンダム。それから近接戦闘用であろうマーズフォーガンダムにグローアップして、臨機応変に対応する姿は、ある種ガンダムAGEめいた、戦況に応じてウェアを変えているみたいで、いつの間にか手を握っていたっけ。

 

「そういえば、エンリさんはいつからGBNをやっていますの?」

「は?」

「言われてみたら、エンリさんってあんまり自分のことを喋りませんよね」

 

 一応フォース内の共有事項によって、エンリさんがAランクのトップファイターに数えられる程度の情報しか無く、いつ始めたかとか、GBNではどんな事をしていたかとか、そういう込み入った話をする機会がなかった。

 いい機会だし、エンリさんが座ったソファーの隣にバリケードになるよう座る。

 

「大した話はないわよ」

「どーせめっちゃ面白い話持ってんだぞー! ほれほれ、アタシにいーてみ?」

「何キャラなのよ、それ」

「ギャルですけど何か?」

 

 どちらかと言えばおじさん風に見えたのは、私の気のせいだろうか。

 おじさんのELダイバー。いるんだろうか?

 

「始めたのは、だいたい4年前ね。ちょうど大文字が活躍してた頃」

「おお! らしい話が出てきましたわね!」

 

 4年前か。私、変なゲームばっかやってた時期だなぁ。

 

「第一次は?! 第二次は!!」

「声が大きいわよ。うるさい」

 

 わざわざお口チャックの動きをしながら、口をH型に閉じるフレンさん。

 それでも喋りたいのか、口はウズウズ動いている。

 

「第一次も二次も、興味なかったから参加してないわ」

「うぇー、アタシらの存在がかかってた二次もー?」

「別にどうでもよかったわよ。今更新しい命がどうこうって言っても、一般ダイバーには関係ないし。GBNがサ終しても、GPDに戻ればよかったし」

 

 また慣れない単語が出てきた。GPDとはいったい。

 

「あれですの? ガンプラが壊れるリアルのガンプラバトル?!」

「元々出身がそこだから。今となっては嫌な思い出だけど」

 

 カップに口をつけながら、エンリさんは答える。

 その表情は何か後悔に塗れた視線な気がした。どこかに行ってしまうような、そんな浮世離れした遠く青い瞳。

 私はいつの間にか手を添えていた。何故かは分からない。けれど、ひとりじゃないって、そう思ってほしかったからかもしれない。

 

「どうしたの、この手」

「……あ! いえ。なんでもありません!!」

「むーーーーー」

 

 そして突き刺さるノイヤーさんの視線。え、何?! 今度こそ何かやっちゃった系女子だったりします?!

 

「あー。あ! エンリちゃんって、その間何してたん? ほら、鳥狩りとか! 遊んでたんでしょ!」

 

 そんな気まずい空気をフレンさんが曖昧にするようにして、質問を切り出した。

 鳥狩り、という単語もなかなかに妙だけど、エンリさんってスキあらばどっかに行って翼持ちとバトルを仕掛けているイメージが強かった。

 実際、この前もフリーダムガンダムとバトって、両翼もぎ取るなんて事をしてたし。

 あの時は対戦相手の方を慰めるので忙しかったな。

 

「フリーバトルしかなかったわ」

「あー、だと思った」

「ですね。なんとなく、そんなストイックさを感じました」

 

 これはお世辞抜きで自分に対してストイックだとは感じている。

 その内容が『八つ当たり』という話ではあるのだけど、いったいどういうことなのかは、やっぱり答えてくれなかった。

 

 それからフォース戦というものを教わって、一種のギルド対抗イベントである、フォースバトルトーナメントがあるということも教えてもらった。今度出てみてもいいのかなー、なんて。

 

「ですから! まずはユーカリさんにもフォース戦の洗礼を味わっていただきましょう!」

「おけおけ! アタシ対戦相手探しとくねー」

「え?! ノイヤーさんも初めてですよね?!」

「そうとも言いますわ!」

 

 そうしか言わないと思うんですけど。もしくはアホの子。

 ウィンドウをスクロールして動かしながら、おおよそ適当と思えるほどに対戦申請を出していくフレンさんを見て、やや怖さを感じたけれど、そこはフォースリーダー。膝を揺らして、止まらぬ震えで恐怖を再現していた。

 

 ◇

 

「……だからって、なんで兄さんなのよ」

「すまんな! ハハハ!」

 

 豪快に笑う男性の姿はやや勇者に見える風貌であるものの、どちらかと言えば洋風のサムライ、というべきかもしれない。

 袴と着物に鎧を身に着けたファッションセンスがマッチしている辺り、なかなかのツワモノ感を出していた。

 

 フォース『せんぱいと後輩の愛の巣』。こっちのセンスは壊滅的であるものの、それをカスリともさせない力強さが、彼らにはあった。

 ……というか、兄さん?

 

「フレンさんからの紹介だと思ってみたら、まさかエンリさんがいるなんてびっくりしました!」

「わたしもびっくりよ。結婚して家から出た兄とGBNで再開するなんて」

「……これも1つの愛の形ね……」

 

 エンリさんが兄さんと言っていた相手ユウシさんとそのお嫁さんと言うべきユメさん。そしてサラーナさんの3人が今回の対戦相手だった。

 

「ふーん、エンリもフォースを持つようになったか!」

「ちょっと……」

「中学生までは元気だったのに、突然こんなになったからびっくりだぜ」

 

 中学生までは? ちょっと気になる話だし、挨拶も兼ねてそのことについて聞こうとした、その瞬間であった。

 

「ふっふーん、嫁よりも妹ですか、せんぱぁい?」

「ヒウッ! お前ッ、アレほど溝内はやめろって言っただろ!」

「他の女にうつつを抜かす、せんぱいが悪いんですよー」

「もうすぐ2……痛ッ!!」

「それから乙女の年齢を口にするのはタブーですよーだ」

 

 あはは。なんというか、大変独占欲が強いお嫁さんだこと……。

 軽いドン引きも兼ねながら挨拶を交わすと、ユウシさんも悪い人間ではないということが分かる。というか、妹を素直に心配してる感じがして少し羨ましく感じた。私一人っ子だったから。

 

「ま、今日はいいバトルにしような」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 サラーナさんはバトルには参加しない性格で、フォース戦は基本的には2人で参加しているとのことだった。

 相手のせんぱいと後輩の愛の巣からは、ユウシさんの『ガンダムベルグリシ』。そしてユメさんの『パンダガーEX』が出るという情報だけが出ていた。もちろん情報収集なんてこれっぽっちもやっていない、が……。

 

「兄さんはわたしがやるわ」

 

 作戦会議を始めて、いの一番に答えを出したのは他でもないエンリさんであった。

 

「と、突然どうしたんですの?」

「兄さんのガンプラは規格外なのよ、色々と。同じ鉄血同士なら、わたしが相手した方がまだマシよ」

「……ちなみに、どんなのなんですか? ガンダムベルグリシって」

 

 掲示板での下調べを兼ねながら、10分という作戦会議を進めていく。

 『ガンダムベルグリシ』。ガンダムティターンを前身にした、バルバトスルプスをベースにしたガンプラである。

 巨大な剣、いや壁と言っても差し支えないほどの大きなバスターソードは強力な武器であるものの、それ以上に厄介なのは純粋な出力だ。

 エイハブ・リアクターを超えた架空のコア『デザスト・リアクター』によって出力は通常の3倍。常時リミッター解放に匹敵する力を得ている。

 山の巨人とも謳われる『ガンダムベルグリシ』はまさしく偉大なる者を相手にしているかのような強さを有している。だが、それにもしっかりと弱点が存在していた。

 

「本人曰く、欠陥品なのよ。フル起動時間おおよそ9分。それ以上はセーブがかかるって」

「それだけの兵器ってことですか」

「超超短期決戦型のガンダム。それがベルグリシよ。わたしはこれをなんとかして止める」

「そんなの、エンリさんでも……」

 

 無理ですよ。そう言いかけて、やめざるを得なかった。

 その瞳はいつものような虚ろな瞳ではなく、決意と信念に満ちた私の知らない別の彼女だったんだ。

 

「……わたしも、浮足立ってるのよ。久々に兄と戦えることが」

「分かりました。皆さん、いいですか?」

「もち! 3対1で叩いてからそっち行けばいーし!」

「わたくしは正直反対ですが、ユーカリさんが信じたのですから、わたくしも信じますわ」

 

 意外に見えただろうか。でも戦略的には1人を囮にして、その間に3機で袋叩きにするのは常套手段ではあると思う。あまり褒められたやり方ではないけれど。

 でもこれは、エンリさんと言う壁が崩れてはいけないという諸刃の作戦。私たちがユメさんを先に叩くか、逆にエンリさんが叩かれるかの。

 だから私たちは賭ける。BETしよう、エンリさんが勝つ方に!

 

「……ありがと」

「どういたしまして!」

「ふん」

 

 残りの作戦を決めて、私たちはガンプラに乗り込む。

 初フォース戦で、初勝利。これだけ初めてが揃えばかっこいいし、下剋上ってとてもアウトローっぽいし!

 だから……!

 

「勝ちましょう、皆さん!」

「えぇ」「ういー!」「……そうね」

 

 高らかに宣言しましょう。いざ!

 

「フォース、ケーキヴァイキング。行きます!」




突然始まる兄妹対決


◇情報アップデート
名前:エンリ / ホシモリ・エンリ
性別:女
身長:159cm
年齢:19歳
二つ名:バードハンター

過去作『GBNで小悪魔系後輩に煽られてるんだが』の主人公であるホシモリ・ユウシ(イッチ)の実の妹である。
ユウシ本人はユメと結婚しており、既に家から出ている。
エンリはそのことに対して何も思うところはないものの、
自分の師匠であるユウシと一度対決してみたい、という思いはあった。

◇ユウシ
出典元:GBNで小悪魔系後輩に煽られてるんだが(二葉ベス作)
エンリの兄であり、今は嫁のユメと一緒に二人暮らしをしている。
相変わらずGBNにはログインしており、掲示板もそれなりに活用している。
時たま、スレッドに『うちの嫁が最近怖いんだが』と出てきたらだいたい彼だ。
ランカーとしてやっていける実力もあるが、興味がないためか、昇格戦などは一切していない。

◇ユメ
出典元:GBNで小悪魔系後輩に煽られてるんだが(二葉ベス作)
ユウシの嫁であり、現在リアルでは『ホシモリ・ユメカ』と名乗っている。
仕事は相変わらずだが、周りからの印象は笑顔が増えたと、話題になっている。
ユウシをイジるのが好き。でもちゃんと愛しているので、愛のあるイジりと言えよう。


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第20話:ばっどがーりゅと小悪魔系後輩

うな重が食べたい(ドラマゆるキャン2期1話を視聴


 作戦の通り、エンリさんは実の兄であるユウシさんとの一騎打ちを挑む。

 曰く、2人の連携が常勝の鍵となっているらしく、今回はそれを分かつ、分断させる戦い方をすべきと考えた。

 エンリさんがユウシさんを誘導。その間に後方で控えるユメさんを3人で叩く。それが今回取れる最適解。そう考えていたのだけど……。

 

「なんなんですの、この弾幕の数は!」

「ありえねぇーって!」

 

 宇宙戦闘には慣れていないものの、自前のゲーマーの勘というやつで避けていくものの、限度がある。

 黒い無の空間に一際煌く星。それは星とか惑星とか、そんなものではなく、マズルフラッシュが幾重にも重なって見える光。

 光る星の正体は誰だ。その答えはたった1つ。ユメさんの『パンダガーEX』であった。

 曰く、ユメさんのくせに合わせて最大限まで調整を加えたまさしく彼女専用のダガーL。それだけならば話は終わりなのだが、その背中についているストライカーパックまで含めてEXなのである。

 チャイナフルストライカー。対地、対宙、対艦など、いろんな制圧戦における装備を一身に背負った武装。巨大な2門の砲身と翼を携えており、小回りは効かないものの、圧倒的な弾幕と物量で相手に頭を垂れさせる。

 ミラージュフレームをモチーフにしたミランド・セルを所持しているフレンさんと白ダナジンのノイヤーさん、そしてバッドガールの私の3人がかりで、これに戦おうとしているのに、攻撃のレンジには入れていない。

 

「避けるので精一杯なんだけどー!」

「飛行形態でもあの弾幕を超えるのは少しばかし……」

 

 ドッズライフルを本来の射程距離から更に遠い位置から撃っているものの、当たっているのか当たっていないのかさっぱり分かっていない。

 そしてビームバーストストリームを撃とうにも、邪魔をするのがあの兵器だ。

 

「Iフィールド発生装置。状況は最悪と言ってもいいでしょうね」

 

 一種のバリアフィールドのようなもの。ビーム兵器であれば基本アレで無力化させられてしまう。もちろん臨界値まで攻撃をして装置を破壊することも可能なのだけど、それには弾幕の届かない射程距離からのビームバーストストリームしか方法はなかった。

 そして、ノイヤーさんはその狙撃テクニックを所持してはいない。

 

『どうしましたか。まさかこれで終わりとは言いませんよね?』

 

 嵌められた。そう感じるのにそう時間がかかることはなかった。

 ユウシさんとユメさんは『あえて私たちの作戦に乗った』のだ。

 エンリさんという人となりをちゃんと理解しているからこその作戦。ユウシさんの絶対に負けることはないという確かな意思。

 

「どうしましょう。岩に偽装してとか行けません?」

「行けるわけ無いじゃん! GN粒子の残量的にもムーリー!」

「ですが向こうも近づかない限り、決めてもないはずですわ」

 

 先程からエンリさんとユウシさんの壁になるようにして、私たちと対面していた。

 逆に言ってしまえば、ここを突破してしまえば4対1の絶対的有利を再現できるのだけど、まずは目の前のパンダガーEXを倒してから行かなきゃ……。

 

「ぶっちゃけ五分五分ぐらいには持っていけなくもない、的な?」

「フレンさん、まだ何か隠してるんですか?!」

「まー、ある意味現状サイキョーのセルっつーか。宙間戦闘に対応したセルだから用意はしてたんよ」

「ではさっさとそれを使いなさいよ!」

 

 ノイヤーさんの言うとおりだ。特に隠す理由もなければそのサイキョーの装備を使うのに躊躇いはないはず。

 

「頭痛くなるからあんま使いたくなかったけど、しゃーないか!」

「でしたら、わたくしたちで時間を稼ぎますわよ!」

「はい!」

 

 ダナジンが飛行形態へと変形し、その上に私のバッドガールが乗る。

 よし、五分五分程度なら、十分に戦えるよね!

 心の中で意識を切り替える。私はアウトロー。私はヒール。私は、悪い子!

 

「ひーはー! あたしの怒りを受けてみろー!」

 

 胴体のフラッシュアイを起動させて『あえてこちらに目線を取らせる』。

 襲いかかる2門のビーム砲を回避しながら、注意を引くためにパンダガーEXへと先行を開始する。

 

「ビーム! ビーム! ビーム!!」

『突貫してきた? ですが、例えドッズだとしても!』

 

 静かな機械音が宇宙空間に溶かしながら、Iフィールド発生装置を展開。尽くのビームを溶かし尽くす。

 やっぱりドッズライフルでも無効化されちゃうか。というか、実弾ライフルでの攻撃やガトリング砲もそうだけど、カスリダメージがかなり蓄積している。

 

「ユーカリさん、あの規格外のストライカーパック、どうお思いですか?」

「どうって、小回り効きませんよね、あれ」

「そのとおりですわ。先程ひらめいた作戦、乗ってくださる?」

 

 チーム内回線で作戦の内容をフレンさん、私に拡散する。

 

「おっけー。アタシもなんとかしてみる」

「頼みましたわ。これにはフレンさんにかかっていますから」

 

 私たちはできるだけ展開を派手に繰り広げながら、できるだけ注意を分散させるために宇宙空間を駆け巡り始めた。

 

 ◇

 

 アタシが、作戦の要か。

 しばらくソロプレイでやってきたアタシにとっては、あまりにも高い壁だろうけど、やらなきゃ女が廃るってもの。なら、やってやろーじゃん!

 

「セルチェンジ! ミランド トゥー ハイランド!」

 

 後ろから迫ってくるのはハイランド・セルが装備されたサポートユニット。

 背中のバックパックの接続を解除し、一時的に操縦権をサポートユニットに譲渡。そのままラインに従って、V2のミノフスキードライブとAGE-FXのCファンネルが装備された、Hi-νガンダムのようにも見えるバックパックを背中に接続。

 モビルドールフランの瞳の色を空の色と同じ青色に染め上げれば、その換装は完了する。

 

 モビルドールフラン ハイランド・セル。

 空間・宙間戦闘に対応した装備であり、先程も言った通り推進力とオールレンジ性能を高めた現状最強のセルである。

 

「ミランドは任せた。んじゃ行こうか!」

 

 このGBNでファンネルを使うには2種類の選択肢が存在する。

 1つはプラグインでフレーバーテキストにファンネルを使用可能にする文言を加えること。ある程度の使い方はできるものの、精度はあまりよくない。

 そのため特化機体には必ず『サイコミュシステム』を搭載する必要がある。

 これが2つ目。バックパックにそのサイコ・フレームを組み込むことで、別作品のファンネルであるCファンネルを使えるようにしている。

 そしてこれは素質の問題になるけど、自動操縦ならまだしも、手動操縦だとめっちゃ頭使うんだよ、これ!

 

「行っちゃいな、Cファンネル!」

 

 ミノフスキードライブから発射される6つのCファンネルは全て手動操縦。

 思考補助システムがあるにしろ、湯だつぐらいには頭使うからあんま使いたくなかったのにー!

 

「ユメちゃんのせいだかんね!」

『私ですか?!』

 

 加えて展開するのは光の翼。桃色のビームエネルギーを利用して、常人離れしたスピードでパンダガーEXの視線をこちらに向ける。

 

『っ! 3対1って卑怯じゃないですか?!』

「アウトローだから、別にいいんだよヒャッハー!」

 

 パンダガーEXを挟んで反対側にはノイヤーちゃんのダナジン。

 こっちの作戦も順調に進んでいる。視線は、こっちが貰っている!

 

『そう簡単に、調子には!』

 

 数えるのが億劫になるほどのミサイルが空中に散布される。目標は3:7でアタシが7。この程度なら、Cファンネルで切り刻みつつ、それでいて光の翼を最大放出しながら、焼き切ってみせようじゃん!

 ミサイルの撃墜数を増やしながら、更に空中でバク宙をして光の翼を縦2文字に斬り裂く。

 漏れたミサイルをCファンネル6基で両断。加えて高速移動しながら更に光の翼で焼き切る。出来上がったのは目の前で爆発が広がる宇宙だけだった。

 

「マジ、ですの?」

『や、やりますね……ですが!』

「んーや。もう手遅れだと思うよ」

 

 へ? そんな気の抜けたユメちゃんの声とともに襲いかかるのは虎の子のIフィールド発生装置の破壊。あまりの衝撃に前のめりにチャイナフルストライカーごとパンダガーEXが動く。

 

『な、なんですか?!』

「さっきから、ユーカリちゃんのこと、見えてた?」

 

 先程まではそこにいなかった。いや、レーダーにすら映ってなかった機影が1機チャイナフルストライカーの接続部分をビームサーベルで崩壊させる。

 

「これぞアウトロー戦法その1! 不意打ちぃ!」

 

 咄嗟に切り離してその場を離れるものの、巻き起こる爆風は逃れられない。

 パンダガーEXを含んだ爆発は一帯を炎の海に沈めた。

 

 どういうことか。何が起こったのか。それがノイヤーちゃんの作戦だった。

 小回りが利かないが、スキはないパンダガーEXを攻略するにはアタシのミランド・セルの力が必要だった。

 サポートユニットに接続させたミランド・セルを混乱に乗じてユーカリちゃんのバッドガールに接着。GN粒子とミラージュコロイドの隠密性で姿を消しながら、背後に回ったユーカリちゃんがバッサリ。っていうのがノイヤーちゃんの作戦。マージでアタシじゃ思いつかんわ。

 

「つーことで! 後はアタシらに任せてユーカリちゃんとノイヤーちゃんは行っといで!」

「殿は任せましたわ!」

「ありがとうございます! では、行ってきます!」

 

 殿は任されたよん、ってね。

 スタングルライフルを握りしめて、Cファンネルを自動操縦に切り替え。よし、第二ラウンドと行こうじゃん、ユメちゃん!

 

 ◇

 

 戦闘継続時間はおおよそ6分。残りは3分だ。

 

『もっと叩き込んでこい、エンリ!』

「ちっ」

 

 以前の大型バスターソードよりも更に大きい、超大型バスターソードを事もあろうに片手で容易く振り抜いてみせる。

 わたしの兄には二つ名が存在している。

 

 ――ヴァルガの怒れる勇者。

 

 由来はと言えば単純でヴァルガの民であり、自身を勇者として名乗っているためである。

 しばらく聞いていなかったけれど、まさかあんな侍チックな見た目になっているとは思ってもおらず。袴のようなホバーを使いながら、バスターソードを振り回す姿は確かに勇者と言っても差し支えないだろう。

 

 近づけない。

 わたしのキルレンジは基本的にはツインメイスが届く範囲。長物であるバスターソードはとにかく大きい。普通ならばその巨大な剣を扱いきれずにスキが生まれるはずなのだけど、彼は常軌を逸している。巧みに操る姿はまさしく怒れる勇者。

 わたしの目的はそもそも時間を稼ぐことなんだから、それでいいとは思うのだけど、それはそれとしてこの兄とは決着をつけたい。負け越しているんだ、せめて兄に勝てないと、兄に勝ったナツキには……!

 

『相変わらず拘ってるんだな』

「……兄さんには関係ないでしょ」

『なら1つ言っておいてやる』

 

 バスターソードの剣先をわたしのゼロペアーに向けて……。

 

『目の前の相手を見てない奴が、俺に勝てるわけないだろ』

「うるさい!」

 

 昔からそうだ。昔からこの兄はわたしの心を、過去を逆撫でしてくる。

 3本目の腕の代わりであるテイルシザーを先行させつつ、ツインメイスを両手に持ちビーム砲を連射する。もちろんこれは牽制だ。それを理解してない兄ではない。

 隕石を力強く叩きつけて、浮かんだ岩盤や土煙がテイルシザーの妨害をする。

 咄嗟に方向転換。視界を確保すべくテイルシザーを横に一閃。さらに手に持っているハンドメイスを1つ投げつけた。

 

『甘いな。お前の手癖の悪さは誰より分かってるつもりだ!』

 

 ハンドメイスの先には的がおらず、代わりに横振りに豪快にバスターソードを投げつける。あまりにも兄妹。手癖の悪さは遺伝するとはこのことだけど、こんな兄と同じになりたくない!

 迫りくる回転壁。潜り込むのも飛び越えるのも、恐らく兄の計算の内。腰に構えている太刀を手に一緒に飛び込んできている。飛べば斬り、潜り込めば恐らく突き。横に避けようにもこの機体のスピードでは間に合わない。だったら……!

 

『潜り込むか。だが!』

 

 襲いかかるのは突きの3連撃。まさしく即死の一撃に対して、わたしが何をするか。正直後先なんて考えてないのけど、仕方ない。

 仰向けになった機体のフロントスカートからシザー・アンカーで奇襲。

 もちろんこの攻撃に突きを解除して切り払う。だけど、それが狙いだ!

 

「こいつでッ!」

 

 強引に身体を捻らせながら続く攻撃はテイルシザー。

 オオカミのような起動音を響かせながら、目標はコックピット一点。ワイヤーを伸ばして、その先にある勝利をわたしは勝ち取る!

 

『……サラーナに教わっといてよかったぜ』

 

 カチャリ。その鈍い音が反転しながら空間を歪める。

 一閃。わたしのテイルシザーは波打つ鉄の刃によってワイヤーが両断された。

 

「ッ!!」

 

 更にもう一回転。続く攻撃はハンドメイスでの打撃攻撃。

 こうでもしないと兄さんには届かないって分かってた。けれど!

 

 踏み込む刀はもはや囮。へし折った刃を顧みぬことなく、ベルグリシの右手が頭部に襲いかかる。

 その無慈悲なまでの爪は、『もう一本のワイヤー』によって阻まれた。

 

『……ユメがやられたか』

「あんたたち……」

 

 その姿はヒーローでもヒロインでもなんでもない。

 ただの黒い海賊。アウトローの装いは紛れもなく、わたしが僅かにでも信頼しているフォースリーダーの姿だった。

 

「仲間がやられるところを、黙ってられません!」

 

 戦闘時間はおおよそ8分。残りは1分だ。




ぶつかりあう暴力と暴力


・パンダガーEX
パンダガーLをユウシとユメの手で再構築して作り上げたユメのワンオフ機体。
基本的な見た目そのものはパンダガーLと相違はないが、
すべての調整がユメの触感で作られており、文字通りユメにしか扱えないガンプラ。
また、ストライカーパックについては固定されており、3つのパックを一緒くたにした、ユメだけの決戦用ストライカーである。

◇チャイナフルストライカー
対地、対宙、対艦などをすべて含めたてんこ盛りストライカー。
巨大な2本の砲身と巨大な翼を携えており、小回りは効かないものの、
いくつもの兵装で根絶やしにする制圧戦に向いている。

また、Iフィールド発生機も装備されており、
ビーム兵器では無効化されてしまうほどのフィールドを持つ

・武装
シロクローピストル
シロクローライフル
125mm2連装高エネルギー長射程ビーム砲「バンブー砲」
3連装ミサイル・ポッド
ウイングミサイル:6基搭載
ガトリング砲:2門搭載
2連装リニアガン
フラガラッハ3ビームブレイド


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第21話:やさぐれ女と怒れる勇者

激戦中なので初投稿です。


 女は一人ぼっちだった。

 昔は周りにたくさん人はいた。だけどそれはいつもまやかしで。

 みんな『すごいね』とか『かっこいいね』とか。そんな上面だけの言葉だけ。

 

 女は嘘が嫌いだった。

 昔からそうだった。今もなお、その嘘が色濃く嫌いになっていて。

 かつて本気で戦おうと言った相手に、勝ちを譲られた時、その言葉が嘘だと理解した。

 

 女は一人ぼっちだった。

 でも、今は……。

 

「仲間がやられるところを、黙ってられません!」

 

 ピシャリと、凛々しくも幼い声が辺り一帯に響き渡る。

 いや、通信を介しているし、今は無音の宇宙空間だから響き渡っていないか。

 ……でも挫けそうだった心に、一筋の光が射し込んだのは嘘ではなかった。

 

「っ!」

 

 スキを見てベルグリシの胴体を蹴り飛ばし、一度戦線から離れる。

 戦闘継続時間はおおよそ8分が経過。残りは1分を切っている。

 状況の整理。相手は五体満足で、武装はなくともそのクローと手癖の悪さであらゆる戦況を打破してきたツワモノ。

 かたやわたしは虎の子のテイルシザーは切断。ハンドメイスも1本、宇宙空間のどこかに行ってしまった。加えてフロントスカートは大破。満身創痍とは言えずとも、あまり芳しくない状況ではあった。

 とは言え3対1。ビーム兵器が主力の2機ではあるが、それでも仲間がいるのは心強い。

 

 ……仲間? 心強い? なんで、わたし。

 

『あんまり余裕がないんでな。3体まとめて相手してやるよッ!』

 

 掴んだワイヤーを手にベルグリシの出力で強引にバッドガールを引き込む。

 

「わわっ!」

 

 その先にいる機体。それはわたしのゼロペアーだ。

 不意に穿たれた奇襲にわたしも対応をできずにバッドガールの身体に被弾してしまう。耐久値も削れる。

 

「ワイヤー外しなさい! あんたヨーヨーにされるわよ!」

「分かってますけどぉ!」

「ノイヤー!」

「命令しないであそばせ!」

 

 ダナジンの手のひらのビームサーベルで次なるヨーヨー攻撃を切断するものの、それで止まることがないのがベルグリシだ。

 

「ノイヤー、避けなさい!」

「へ? きゃあああ!!!」

 

 真っ直ぐに飛んできたのは折れた太刀の持ち手。寸分狂うことなくダナジンの頭部に被弾したノイヤー、だったのだがここでゲームアウトすることなかった。

 煙の中からビームバルカンを連射してベルグリシに対して、牽制攻撃を行う。

 そう。あのダナジンは普通ではない。原典では頭部こそがコックピットであり、判定はそこにあると予測するのが普通だ。だが、ダナジン・スピリットオブホワイトのコックピットは腹部の青いレンズに存在する。故に、この程度では叩ききれない。

 

『そこじゃないなら、17分割でもして、割り出すか!』

「怖いこと言うのはおやめください!」

 

 ナノラミネートアーマーで全く効く素振りを見せない攻撃に突進を仕掛けるベルグリシの手には1本の太刀。恐らく最後の武装であり、これだけは手放すことはない、と思いたい。

 とは言っても機能制限までは残り40秒。であるなら、わたしも奥の手を引っ張り出すしかない。

 ベルグリシがダナジンの片手を切断しているのを目にしながら、息を吸って、吐く。儀式のようなもの。この行為に意味はなくとも、ついやってしまうくらいには負けたくないらしい。

 

「ノイヤーさん!」

 

 みんなが、勝利のために戦っている。無謀だと思う戦いにおいても、ひたむきに、真っ直ぐに。眩しいな。わたしが数年前に置いてきてしまった熱意、情熱、エネルギー。

 未だに迷っている。前を見据えるべきなのか、それとも過去を振り返るべきなのか。

 きっと、前に進んだ方が見える景色はたくさんある。でも進みたくない。あの子達の真っ直ぐな姿を見ても、身体のどこかでは拒んでいる。嘘を言っているんじゃないか。みんなと同じく、あの子と同じく。

 いい。問題は棚上げしよう。目的はフォースのポイントを稼いで、それで兄に八つ当たりすること。それでいい。まだ、最終解答を導き出すのは早い。

 

 ゆっくりと意識を鎮める。

 ここは戦場。それはいつだって変わらず。そして、いつも考えることは1つ。

 その懐にある勝利を奪い取ってでも、わたしは……。

 

「『落とせ、ゼロペアー』」

 

 モーター音がオオカミのような遠吠えに聞こえる。

 瞳の色が赤く塗りつぶされて、閃光が宇宙に滲んでいく。

 40秒だろうとなんだろうと、その上からわたしが叩き潰してやるよ。

 全身のスラスターを展開させながら、目標はまず太刀を潰すこと。この一点を脳裏に入れて、通常の3倍もの出力を持て余すことなくベルグリシに突き立てる。

 

『そうでなくっちゃなぁ!』

 

 肩アーマーの延伸腕部を起動し、普段よりもリーチの長いハンドメイスをダナジンに襲いかかる刃に打ち当てる。

 金属音とともに叩き落とされた太刀筋は怯むこと無く、続けて上に上がってきて、わたしの胴体ごと切断する気でいる。

 さっきから必殺の一撃しか撃ってこない。全く厄介な師匠だこと。

 浮かび上がる線をどうやって防ぐか。そんなの、腕ごと押さえれば上がってこないでしょ。

 伸びている腕部で上昇する腕をなんとか押さえつけるけど、こいつやっぱ力強い。

 ギリギリと火花を散らしながら、剣先をどうにか胴体に貫かせないよう立ち回っているけど、これじゃ時間の問題だ。

 

「ここならっ!」

 

 突如。ベルグリシの関節部分――ナノラミネートアーマーが届かない領域を攻撃するのは黒い海賊バッドガール。

 ビームサーベルで貫いた腕から熱が滲んでいく。これなら、止められる。そして反撃に移れる。

 エンリさん、ノイヤーさん! そんな声が通信から聞こえてくる。分かってる。化け物を倒すなら、3人がかりでないと無理だ。

 フラッシュアイを起動したユーカリのバッドガールは、至近距離にいる3機を飲み込む。そのスキを狙い、上からメイスによる強撃。更には戦線から離脱していたダナジンによる脚部パイルバンカーのキック。まさしく挟撃。どちらかを潰せばどちらかがコックピットを潰す。

 

「これでもッ!」「お食らいあそばせ!!!」

 

 メイスが頭部を潰し、パイルバンカーがコックピットを貫く。

 勝ちたい。その欲求だけがフル起動状態のベルグリシを叩き潰したのだ。

 

『お前たちの全力、見せてもらったぜ』

 

 刹那の爆発。暗い宇宙空間に瞬くビックバンが巻き起こる。

 残り時間0秒。わたしたちの、勝ちだ。

 

 ◇

 

 わたしたちのフォースネスト『ロイヤルワグリア』にて、フォースメンバー4人と兄さん、ユメ、サラーナの3人がくつろいでいた。

 訂正。ノイヤーとフレンはくたばっていた。

 

「悔しいです、せんぱい! 膝枕してください!」

「それを言うなら逆だろ! 俺が膝枕されたい!」

 

 何故かいがみ合う夫婦。イチャイチャなら他所でやってほしいのだけど。

 睨むような、というよりも恨みを込めた視線を向けていると、何故だかユーカリがわたしの肩をちょんちょん突いてくる。

 

「エンリさん、勝ちましたね!」

「そうね」

「嬉しくないんですか?」

「別に。ちょっとそんな気分じゃないだけよ」

 

 過去の話半分。それと、目の前の兄にタイマンでは歯が立たなかった半分。

 反省点はいくらでもある。恐らく地上であれば話は変わったかもしれないし。たまたま宇宙というステージだったから勝てただけで、わたしのホームグラウンドである地上戦で勝てるか、と言われたら微妙。それだけにベルグリシの強さが異常だった、ということ。

 当然の結果といえばそうなんだけど、さ。やっぱりちょっと、悔しい。

 

「でもすごかったですよ、あれにずっと耐えてたじゃないですか!」

「防衛戦だけならね」

「あとで戦闘ログ見ますね!」

「勝手にしなさいよ」

 

 正直今日は放っておいてほしかった。傷心もあるけれど、あんなに熱くなってしまったのが珍しくて落ち着かない。

 たかが兄でこれなんだから、わたしの過去の因縁の塊であるナツキと会ったら。そう思うだけど、身の毛がよだつ。自分が自分でなくなってしまうような、そんな悪い感覚。嫌だな、わたしって女は。

 

「エンリさん」

 

 またもやわたしに絡んでくる少し甘ったるくも優しく触れてくるようなミルクキャラメルのような声。

 つい返事してしまうわたしは堪え性ではないらしい。この声、苦手なのよ。

 

「ありがとうございました。私、正直負けると思ってたので」

 

 実際、わたしもそうであった。作戦や奇襲が効く相手ではない。けれど用いなければ負けていた試合。3対1であったから勝てたようなものだし、それに……。

 

「あんたのおかげでしょ、胸を張りなさい」

「へ?」

 

 あの状況。打開策のきっかけとなったのは紛れもなくユーカリのおかげだ。

 あの場で関節部分を狙ったビームサーベルで威力を殺さなければ、貫かれていたのはわたしだ。

 だから褒め言葉を言う相手は自分であって、わたしではない。

 

「そうですかぁ? 私は何も……えへへ」

 

 嬉しさで緩みきっただらしない顔は到底人が見れるようなものではない。

 ほんと、こんな女のどこがいいんだか。ユーカリから見たわたしも、わたしから見たユーカリも。

 

「そういや、お前サマーフェス行くのか?」

「サマーフェス、って何」

「季節イベントです。フォースしか参加はできないんですけど、今年はエンリさんも参加できますから」

 

 あぁ、そういえばそんな季節だったっけ。季節なんて関係なく戦闘に明け暮れてたソロ時代はもうないんだ。

 ちらりと横目でユーカリの顔を見れば、そこにはもう次のイベントに対して期待を寄せる面倒な瞳でわたしを見ていた。

 

「な、何……」

「エンリさんの水着、見たいです」

「はぁ?」

「綺麗なんだろうなーって! ツインテールだって素敵なんですから映えますよ絶対!」

 

 期待を寄せてもらっても構わないけど、わたしは水着を着たくない。

 いや、言われれば仕方がなく着てあげるけど、積極的に見せるものでもない。だって……。

 

「こいつの水着って、うっすい胸してるのに?」

 

 失言の限りを尽くす兄の膝下を蹴り飛ばす。

 人には言っていいことと悪いことがあるって、お前から教わったんだが?

 

「うわ、せんぱいドン引きです。最低。クズの中のクズ。兄としてクソ」

「言いすぎだろ?!」

「いえ、私でも今のはないと思いました!」

 

 養護する義姉と友達はさておき、水着。水着ねぇ……。

 アバターで少し盛ったことはあっても、自尊心が耐えきれずに、すぐに戻した覚えがある。人には人に合ったバストというのがあるんだ。悲しいね、バナージ。

 まぁ、わたしの心情を置いて、フォースのメンバーと一緒にフェスに出るのは、確かに悪くないと思う。このメンバーなら、そう考えることが最近増えてきた。

 ……悪くない、このメンバーなら、か。また、嘘じゃなきゃいいのだけど。

 

「いや、だってこいつは!」

「義姉としてそれ以上は許せませんよ、ユウシさん」

「友達として見過ごせません!」

「分かった! 分かったってば!」

 

 ロールプレイを忘れるほどの義姉のマジトーンには流石に驚いた。今度挨拶にでも行こうかな、庇ってくれたお礼ってことで。

 

「楽しみにしますね。エンリさん!」

「はぁ……分かったわよ」

「ありがとうございます!!」

 

 太陽のような笑顔は、夏場のギラギラしたものではない。

 ただ眩しく、そこにあるものを輝かせる魔性の笑顔。

 わたしは、何を期待しているのだろうか。彼女なら。ユーカリなら、って。

 

 ――でも。

 

 助けたことに、得がなかったかと言われたら、それは違う。

 わたしの心を揺れ動かす1人なんだ。あの日、気まぐれで助けて、正解だった。

 

 もうすぐ7月になる。誰かと一緒の夏、悪くない。




これはヒロインが少しだけ前に進む話


・ガンダムベルグリシ
ガンダムバルバトスルプスを改造し、
大型バスターソードをメインに、ディテールを西洋のサムライらしくした姿
袴部分にはスラスターが設置されており、正座もできる。

ガンダムティターンを前身にした改造が施されており、
エイハブ・リアクターを超えたGBN限定の架空コア『デザスト・リアクター』によって
エイハブ時の3倍。常時リミッターを解放しているかのような出力を生み出している。
しかしながら、フル出力での起動時間は9分が限度。
それ以上は必ずリアクター側の冷却時間が入る。

・特殊機能
ナノラミネートアーマー
デザスト・リアクターリミッター解除
合言葉は「怒れ、ベルグリシ」

・武装
超大型バスターソード
巨大な両手持ちの大剣。前よりもパワーアップしてる。
質量破壊兵器であり、基本的に叩きつけることを目的としている。
VPS装甲だろうが力いっぱい叩けば壊れるだろ思想

太刀
ナックルロケット砲
クロー


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第22話:ばっどがーりゅとサマーフェス その1

サマーーーーーーバケーーーーーショーーーーーーン!


 フェスとは、GBNで行われているフォース限定イベントのことである。

 ガンプラを用いたレースにスポーツ、ダンスなど、様々なジャンルがあり、参加すると特別なアイテムや会場エリアでだけ使えるコスチュームなんかも手に入る仕様だ。

 私たちは意識が比較的バラバラでも、一連のフォースであることには間違いないため、このフェスにも参加することになっていた。

 そこで参加メンバーを紹介することにしよう。

 まずはリーダーにして、悪魔のバッドガールと名高い(自称)ユーカリ様だぁ!

 

「なんだか、ワクワクしますね」

「ですわね! ユーカリさんとの二人っきりのデート。堪りませんわ!」

 

 バッドガールと名乗ってはいるものの、こういう時の衣装は郷に入っては郷に従えと言う。ということでちょっと恥ずかしいけど、水着を着ていくことにした。

 私はちょっとセクシー目な黒い水着を着ようとしたところ、ノイヤーさんとフレンさんに似合わないとバッサリ斬られてしまったわけで。

 仕方なく着たのが桃色のストライプでビキニタイプの水着だ。胸下のフリフリが可愛らしく、リアルでも欲しいなぁという反面、身体が小さいくせに胸ばっか大きいから入らないだろうな反面。悲しい。

 

「何もこんな可愛らしいのじゃなくてもいいじゃないですかぁ! もっとセクシーなの着たかったです」

「わたくしのユーカリさんがセクシー系など似合いませんわ!」

「まー、ありえんわなー。てか、ユーカリちゃんと二人っきりじゃないし」

 

 私だってセクシー系似合うと思うのになぁ。

 不満げに思いながら私は続くメンバーであるノイヤーさんの水着を目に映す。

 彼女の水着はいわゆる白いチューブトップと言って差し支えない。流石に布面積は広めで、胸の谷間から首掛けが生えているスタイルだ。

 なんというか、胸はそこまでないけど、西洋人特有のスレンダーでスラッとした手足が白いチューブトップと肌髪に似合って、美の領域にまで達している気がしてならない。神像だ、崇めなくては。

 

「ノイヤーさんの水着、すっごく美しいです!」

「う、嬉しいですわ! 他でもない、ユーカリさんにそう言っていただけるのは感謝で失神してしまいます!」

「やめなさいよ、迷惑じゃない」

「冗談に決まっているでしょう。でもそれぐらい嬉しいんですわ!」

 

 実際美しいから言葉にしたわけで。そこまで言ってくれるのは嬉しいし、褒めがいがある人物だなと考えると、相変わらず可愛らしく思う。

 

「ねね、アタシは?」

 

 うっふーんと、その身体美を見せびらかすのはELダイバーのフレンさん。

 子供らしく、ではなく大人らしく落ち着いたセクシーな黒いビキニは胸元をフリルで覆っており、女性にしてはかなり大きめの胸を誤魔化しながらも、ちらりと見える健全な肌色の谷間が顔を見せている。

 流石にフォース内ランキング最上位の胸をしている。不服ながらも、自分のがあんなにおっきくなったら嫌だな、と自戒の意味を込めてじっとその胸を見た。

 案の定フレンさんが胸を隠した。

 

「な、何?!」

「いや、大きいなと」

「ELダイバーのくせに生意気ですわ!」

「今度戦う機会があったら凹ます」

「なんでそんなに怖いこと言うのさ!」

 

 だって大きいし。Eカップぐらいあるんじゃないですか、それ? 肩凝りません?

 なんてセクハラまがいのことは言えない。最悪ガーフレに呼ばれて、オンラインゲームでゲームオーバーを迎えかねない。

 セクシーですよ、と一言褒め言葉を出して最後のとっておきに向かうとしよう。

 

 最後は今にも帰りたそうに腕を組んで、光を失った死んだ魚の目をしているエンリさんだ。

 案の定というか、予想通り灰色のジャケットをフードまで羽織っていて、絶対露出はしないという鉄の意志を感じさせてくれる。その割には肩から先はノースリーブだし、足はショートパンツ型で、スラリと伸びる足にグッと来るとこがある。

 普段はブカブカのコートだから分からないけど、改めて見たらエンリさんもスタイルがいい。ちょっと凹凸がないぐらいで、いろんな衣装を着こなすことができるんじゃないかって羨ましく考えてしまう。

 

「……なによ」

「いえ。羨ましいなーって」

「どこが?」

 

 どこが、って。そりゃ色々あるけど、その全てが私にはないものだ。ないものに憧れを抱いてしまうのは誰しもが持っている感情なわけで。

 

「私、こんなにずんぐりむっくりですから、エンリさんやノイヤーさんみたいな素敵な体型に憧れているんです」

 

 ポン。と何故かノイヤーさんの手が頭の上に乗る。そして一言。

 

「可愛いですわねぇ、ユーカリさんは!」

「な、なんですかぁ! 私はアウトローの悪い女なんですよ!」

 

 ワタワタと両手を上に挙げてその行為を拒否する。

 以前から思っていたけど、なんで私はこんなにもアウトロー扱いされないのだろうか。こんなにも悪い女を演じているというのに。

 

「致命的にいい子すぎるのよ、あんたは」

「……それ、本気で言ってます?」

 

 今、信じられないことを口に出された。私が、いい子? ……心当たりがありすぎて逆に困ってしまう。と、とりあえず信じられないという体で話を進めておきましょう。

 

「どの辺がですか! 私のいい子ちゃんなところ、聞かせてください!」

「そんな前のめりにならなくてもいいから。胸当たってるし」

「当ててるんですー!」

 

 癖になっているだろうため息をまた1つ吐き出して、エンリさんは手のひらを私に向けてくる。

 

「1つ。基本的に会話が敬語」

「2つ。アウトローは自分のことのように人を褒めない」

「3つ。悪い女は致命的にセクシー衣装が似合わないなんてことはない」

「4つ……」「わ、分かりましたよ! 私の負けです……」

 

 やっぱり最初のAGE狂い方面で進めていった方がいいのかな。

 こんなときになってキャラの方向性で悩むことになるなんて。うぅ、別に偽ってるわけじゃないからいいですし、無理してたのも間違いないんですけど。けどぉ……。

 

「エンリさん! ユーカリさんをあまりイジメないでくださいませんこと?」

「イジメてないわよ。せいぜいイジってるだけ」

 

 それをイジメているというのではないだろうか。

 半ば諦めがちにノイヤーさんの手を解くことなく撫でられている。なんか気持ちいい。以前ユーカリウムがどうこう言ってた気がしたけど、あながち間違いではないのかな、なんて考えたり。

 

「……これが、修羅場!」

 

 フレンさん、変なこと言ってないで止めてほしいんですけど。

 さっきから頭の上で高身長2人がバチバチと視線をぶつけ合って、殺意バリバリな戦いをしている。このままじゃ海の家なんかは耐えることもなく爆発四散してしまうだろう。おぉ恐ろしや。

 私のジト目を見て、やっとことの重大さに気づいたのかフレンさんが和解に入ってくる。

 

「まぁまぁここはさ、勝負ってことで!」

「「勝負?」」

「これから始まるフェス限定ミッションの3本勝負! 2勝した方がユーカリちゃんの所持権を1日得られるってことで!」

 

 え。私、勝負の賭け対象にされているの?!

 嘘嘘。全然聞いてないよそんなことは! だって私みんなでフェスを楽しもーぐらいの緩い考えしかしてこなかったのに、そんな私を巡って勝負って……なんかヒロインっぽいかも。

 

「まぁいいわ。受けて立ってあげる」

「フッフッフッ! 舐めてはいけません。わたくしはかつて屋台際の白虎と謳われた異名もありましてですね……」

「あー、はいはい。そういうのはいいから」

「いいからじゃありませんわよ!」

 

 お互いに握手を交わして、選手宣誓はこれで終わりみたいだ。

 こうして始まるのは世にも珍妙な、私を巡った謎の3番勝負です。ホントに謎です。

 

 ◇

 

「そういえばフォースフェスってガンプラを使ったいろんな大会をやってるんでしたっけ」

「そーそー。これもその1つってわけ!」

 

 目の前で行われているのはビーチでやるなら、こういうのが栄えるよね、っていう多分3大競技のビーチバレーだ。

 ただ普通のビーチバレーではない。ガンプラを使ったビーチバレーである。

 ルールは簡単。3回までタッチが許されたボールを相手のフィールドに叩きつければ1点。その点数を競って、先に3セット取った方が勝ち、と言うスポーツだ。

 もちろん火器武装などは禁止、なのだが何故かNT-Dやトランザム、EXAMと言った身体強化系は使えてしまう。そのため……。

 

「なんなんですの、この超人バレーは」

 

 そこに巻き起こるのは地獄。まさしく煮えたぎった熱々の釜をひっくり返したような熱意と情熱、それから何よりも勝る殺意。

 繰り広げられているハイパーモードVSFX-バーストのバトルは異種格闘技戦ではあるし、なんだったらたまに戦闘ログで見かけるけれど、実際はビーチバレーをしているっていうのは詐欺もいいところだと思う。

 

「まさか、これをエンリさんとノイヤーさんに?」

「まさかぁ! 普通ビーチバレーって2on2だし、タッグ組まされるのアタシらだし、やる気ないって!」

「じゃあなんでこれを見せたんですか?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら目の前のギャルダイバーはこう告げた。

 

「覚悟、決めてもらうって思って、さ!」

 

 その言葉に誰一人反応することはなかったけれど、誰もがこのドヤ顔を殴ってやりたいと思ったことだろう。珍しく私もその1人だった。

 ネタがスベったことに対して、やや恥ずかしそうに口元で喉を鳴らして誤魔化す。

 ちょっと傷ついたみたいだから、この事は不問にしよう。

 

「で、わたしたちにやってもらう3番勝負の1つ目は?」

「よくぞ聞いてくださったー! 右手をご覧ください」

 

 一同、フレンさんの指を差す方向を見れば、そこにあるのはただの海。あとは受付会場となるベンチだけ。ど、どういうこと?

 

「第1関門はグランダイブ・チャレンジ in サマーフェスってことで、水中に沈んでる『ハロ』を探してもらうんだ!」

「「え”っ!」」

 

 ノイヤーさんはともかく、エンリさんまで露骨に嫌そうな顔をする。

 そもそもグランダイブ・チャレンジってなんだろう? ってことで軽くその場で調べてみると、そういうクリエイトミッションがあるのだとか。

 原典は水深500メートルもある特注プールの底に沈んでいる『ハロ』を手にして、再び地上に浮上できたのなら勝ち、というミッション。水中戦に長けたダイバーが積極的に妨害に入るなど、水中戦の登竜門として有名なクリエイトミッションらしい。

 私は一切水中戦をやったことがないから、さっぱりなんだけど、ひょっとして難しいのでしょうか。

 

「難しいも何も、水に足を取られて撃墜は数え切れないわ」

「それに底に行けば行くほど水圧が絡んできて、生半可なガンプラではすぐにぺしゃんこなんです。それ故に敷居が高いとされていますわ」

「へ、へぇ……」

 

 確かガンダムAGEにも水陸両用の機体であるウロッゾが存在したけれど、水中戦って結構戦略面より、戦術面のイメージが強い。

 あのキオですら湿地帯である点からフォートレスでの出撃をしていたし、水中戦を避けていたフシもある。敷居が高いと言われても納得できた。

 

「今回は割と易しめで、妨害の中いくつかあるハロを手にした人が勝ち、みたいな」

「へー」

「それに水深もそれほど深くもない。ガンプラの作りが多少甘くとも、プレイするのには支障がないだろうね」

「そうなんですかー……って、誰ですか、今の」

 

 キョロキョロと男性の声がした方向に目線を配らせる。

 どこかで聞いたような相手を思いやる暖かく優しい声色。この声、ひょっとして……。

 目線の先には仮面を外した金色の髪をした男性の姿がいた。

 

「キョウヤさん?」

「あぁ。しばらくぶりだね、ユーカリくん」

「え?」「は?!」

 

 今度はエンリさんとノイヤーさんのギョッとした声が耳の奥に伝わってくる。

 まるで、普段見ない有名人か幽霊でも見たようなそんな驚き方。

 キョウヤさんに失礼だと思うんだけどなぁ。なんて考えながら、差し伸べられた手を掴んで再会の握手を交わす。

 

「あ、あんた、チャンプとどういう関係なの……?」

「え、どういうって……え?」

 

 随分前、というほどでもないが、この前聞かされたエンリさんの『チャンプ』という言葉が引っかかる。

 ワールドランキング1位。AGE好き。G-Tubeチャンネルで見た、金髪長身で、優男の『キョウヤ』……。

 繋がっている手。がっしりとした男性の手。彼のダイバーネームは『クジョウ・キョウヤ』。点と点が繋がり、1本の線でつながる。そして繋がっているこの手も……。理解するにはさほど時間は必要なかった。

 

「え? え?! もしかして、あなたがチャンプなんですか?!」

「そうとも言われているね。改めて、僕の名前は『クジョウ・キョウヤ』だ。よろしく」

 

 いたずら心か、何故かガッチリと掴まれた逃げようのない右手をどうにかこうにかして振りほどこうとしているが、一切離れる気配はない。

 え、本物?! 私、ひょっとしてこの前雑談してたのって本物のチャンプだったんですかぁ?!

 

「あんた、まさか……」

「し、あるわけないと思ってて。仮面つけてたし、ガンプラに詳しい人だなぁとか思ってたり、ネトゲだし同じ名前ぐらいいるよね。とか思ってたんですぅ!」

「あはは、あの時はお忍びだったからね。いいお茶会だったよ」

「そうでしたけどぉ!」

 

 スポッと手が抜けた勢いから砂浜に尻餅をつく。

 いやだって、まさかチャンプとフレンドになっていただなんて、思わないですよ普通。

 こうなってしまえばアウトローの皮なんてものはもうないに等しいわけで。

 

「あ、えっと。ファンです! このトライエイジにゲスト参戦したキョウヤさんのカードにサインください!」

「いいよ。持っていてくれたなんて嬉しいな」

「と、当然です! AGEファンのファンですから!」

「バグってますわね、ユーカリさん」

 

 期間限定のGBNの時にまさかの筐体デビューしていたクジョウ・キョウヤさんのカードにサインしてもらっちゃった。あー、今日はなんて吉日なんだろう。もう何も怖くない。

 

「では、時間も押しているからこれで。フレンくん、後でね」

「ういー! また後でー!」

 

 相変わらずのいい笑顔で水着にパーカーを身につけたキョウヤさんが人混みの中に消えていく。なんか、いつの間にかすごい体験をしていたのかもしれない。今の記憶、しばらくしたら吹っ飛んでそう。

 でももう一つ気になることもあった。

 

「フレンさん、チャンプとはまた会いますの?」

「うん。だって、グランダイブ・チャレンジの妨害役の1人だからね!」

「「「……え?」」」

 

 それは、今からグランダイブ・チャレンジにエントリーしようとしているエンリさんとノイヤーさんへの死刑宣告に相応しい内容であった。




再来のチャンプ


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第23話:ばっどがーりゅとサマーフェス その2

祝! 水中戦!


『毎度! 今回もやってまいりましたグランダイブ・チャレンジ in サマーフェス!』

 

 陽気で関西人的訛りを感じさせる男性が1人、マイクを持ってウィンドウの中に収まっている。

 でかでかと黒いサングラスに発色の良いジャケットを身に着けた男は、ただでさえ熱い会場を更に熱く燃えたぎらせる。

 男性たちも女性たちも歓声が広がって、特別席にいる私まで熱が伝わってくる。熱い。煩わしくないが、うるさくないかと言われたら嘘になる。やっぱりうるさいです、はい。

 

『実況はご存知窓辺のモクシュンギク……ミスターMS! そして解説は~!』

『こんちの~! フォース『ちの・イン・ワンダーランド』のちのだよー!』

 

 広がるのは黄色い歓声。何のマークかは分からないけど、さくらんぼが描かれているうちわを握りしめる男性や、サイリウムを振り回す男性。とにかく圧が強かった。今度はむさ苦しいタイプ。

 快活なイメージを持つ茶色いポニーテールと、豊満なバストを水着で包み込めば、アイドルの完成と言っても過言ではない。これで同時にランカーだって言うんだから、天は二物を与え過ぎだ。

 

『いや~! ちのはん、すごい歓声やなー!』

『あはは、どーも』

『言うても? 今日の相方はワイやから、みんなすまんな!』

「「あぁ?!」」

『怖いわーもう! ちのはんもそう思うやろ?』

『いいぞー、もっとやっちゃえ従業いーん!』

 

 ドシャア! と大げさにすっ転ぶミスターMS。舞台慣れしているのだろう、やっぱり関西人はすごいなぁ。

 この人たちのG-Tubeチャンネルもきっとあるのだろう。今度チェックしてみても損はないかもしれない。

 

『お約束やからな! つーことで』

 

 箱を置くようなエアモーションを繰り広げると、真面目なトーンで1つちのさんへと声をかける。

 

『ワールドランキング104位。戦場の支配人っちゅーあだ名も持ってるちのはんに聞きたいことがあるんや。今回のグランダイブ・チャレンジ、注目株と言えばどのダイバーやろ?』

 

 考えるような素振りで一拍、二拍と指でトントンとほっぺたを叩く。

 そして、少しニヤリと笑った彼女は愛くるしい笑顔とともにその期待ダイバーというのを口にした。

 

『やっぱチャンプは気になっちゃうよねー! 妨害役での参加だし、このためだけに新しいガンプラを作ったって噂だしね!』

『って、結局チャンプやないかい!』

 

 掴みはOKと言わんばかりに会場が笑いに包まれる。怒るということもないわけだし、上手い話題の誘導のさせ方だ。

 ひとしきり笑いが収まったところで、それと……。と口にする。

 

『バードハンターも気になっちゃう! 巷で話題の翼狩りがフォースを組んだって聞いて、知り合いの中でも驚き隠せない子がいるくらいだからね!』

 

 おっ。どうやら話題はエンリさんの話みたいだ。

 ダイバーの情報とかは基本調べたことがなかったから、エンリさんがどれだけ有名なのか。私はそういうこと知らないので、どういう話をされるのか楽しみだ。

 

『怖いっちゅー噂やろ? そんな子がフォースに所属。さぞや劇的な出会いがあったんやろうなー!』

『ランカーに片足乗っけてるかもって噂だし、ちのも戦ってみたいよー!』

 

 怖い? 否定したいところではあるものの、確かに怖い顔だと言われたら、うん。否定できないかも。

 だってエンリさん、ずっとプンスカ怒ってるみたいに眉間にシワ寄せたり、鋭い視線で人を睨んだりしちゃうから誤解されるんだよね。ホントは年相応で可愛らしく、それでいて素直じゃない女の子なのに。

 ……そんな子の本当の顔を知っているのは私たちだけって思ったら、少し独占欲が満たされる。別にヤンデレとかじゃないけど、なんか嬉しいよねって気持ち。人は誰だって、裏の顔を知ってるって声に出さなくても顔に出ちゃう生き物だし。それは私だけかな。

 

「嬉しそうだねぇ、ユーカリちゃん」

「え? そ、そんな事ありませんけど?!」

 

 別ウィンドウから話しかけてくるのはモビルドールフレンに乗ったフレンさんだ。

 ニヤニヤと悪い顔を見せながら、機体の最終調整を進めていく。なんだよぅ。自分の作業に集中してくださいよぅ。

 

「ユーカリちゃんそういうとこ分かりやすいよねー」

「どういうところですか!」

「好意を隠せないとことか?」

「んなっ?!」

 

 きっと対面で見ているフレンさんは私の真っ赤な顔を見てケラケラ笑っていることだろう。もう、そんな好意なんて見せてませんし。

 

「でもそっか。ユーカリちゃんはそっちかぁ」

「何がですか!」

「うんや! みんなが呼んでるから、また今度ねー」

 

 何が言いたかったんだか。

 こういう曖昧な言い回しをされると、誰でもモヤモヤと考え事を巡らせてしまうのは仕方のないことだと思う。全く。こういうときはちゃんと言葉にしてほしいものだ。

 

 ◇

 

 なんでこうなったんだろう。分からないものの、地上戦と同じような装備をこの身に携える。

 相手はチャンプとその他諸々。どうやらフレンまで結託しているらしく、妨害役の1人に数えられていた。

 モビルドールフレンの見た目はノクティールカザクファントムを参考にしているであろう大型ローターとスキー状のフィン身につけている。

 いわゆる対潜装備のランド・セル。彼女が言うにはアイランド・セルと言うらしい。

 性能は未知数であるものの、戦闘ログで見たハイランド・セルの完成度的には要注意機体の1つと言ってもいい。

 

 加えて、あのガンダムAGE-1タイタスを水中戦仕様にしたガンプラも要注意だ。

 外観もそうだけど、問題はその中身。ワールドランキング1位のクジョウ・キョウヤなのだから。

 ガンダムAGE-1サブマリンマグナムと名付けられたガンプラは、チャンプのトレードカラーである紺色の塗装に、マッシブな装甲。その数々は恐らく魚雷が発射できるようになっているはずだ。手に持っているハープーンミサイルもそれを物語っている。

 相変わらず戦闘力高そうな完成度をしているガンプラに対して思わずため息をつく。

 もう一度言おう。なんでこうなったんだろう、と。

 

「あら、敵前逃亡ですの?」

「あんたと一緒にしないで」

「なんですの! わたくしがそんな事するわけないじゃないですか!」

 

 別にそんな試しをした覚えはない。ただ、なんとなくそう返しただけだ。

 海辺にずらりと並ぶガンプラの中で隣同士に立っているダナジンとゼロペアー。

 その様子はまさしく怪獣VS悪魔。こころなしかわたしたちの周りに誰も人がいない気がする。気のせいだと信じたいところだ。

 

「そもそも、エンリさんはユーカリさんのことをどう思っているんですの?」

「は? どうしてそういう話になるのよ」

「ライバルとして当然のことですわ。で、どうなんですの?」

 

 ライバルって、なんなのよ。あんたとライバルになった覚えなんてないのだけど。

 

「はぁ、自覚なしですの」

「だから何の話?」

 

 はてなマークを浮かべながら、周りのダイバーたちがいつの間にか海に潜っていくのが視線の端に見える。

 

「「……出遅れた!」」

 

 ゼロペアーの自慢の脚力で地を蹴ってから思いっきり水中へと入っていく。

 さながら飛び込み台からのダイビングのように水しぶきが天空に届きかねないぐらいに舞い上がる。

 水中を泳ぐ無数の機影が全て『ハロ』という小さな機械を探しているんだと思うと、なかなかに胃が痛くなった。こいつら全て敵か。だったら……。

 

『よう嬢ちゃん! 早速だが死ねぇ!』

「分かってたよ」

 

 機体にまとわりつく水圧を自慢の馬力で振り切りつつ、思いっきりハイゴックへと裏拳を叩きつける。

 ゴンッという鈍い金属音を鳴らしながら、回転しつつ水上へと上がっていく。

 

『だったらお前から最初に……!』

『はーい、爆雷ドーン!』

 

 その長い爪を振り上げた瞬間だった。並々と振り撒かれるのは水上からの雨。いや、爆雷。複数の爆雷が直撃してしまえば、ハイゴックの耐久値は急激に削られていき、テクスチャの塵に変えてしまった。

 

「爆雷ですの?!」

「どっから……」

『ここからだよー、エンリちゃん、ノイヤーちゃん!』

 

 両肩のローターを回転させながら、水上をスキーのように駆け巡りながら、続く爆雷に魚雷、ハンドグレネードを水中に投下していく。

 まさしく空襲と言っても差し支えないダイバーへの攻撃を行うのはモビルドールフレン。我がフォースが抱えるELダイバーの一人だった。

 

「だいたい、なんであなたが妨害役に回っているんですの?!」

『えー、だって楽しそうだったしー! マギーちゃんに誘われちゃったからー!』

「裏切り者ですわ! 皆さま、まずは邪魔者を始末いたしますわよ!」

『おう!』『今は停戦協定だ!』

 

 ビーム兵器は出力が足りない。故に直接足を引っ掛けて、水上というド頭から引きずり下ろす。それこそがノイヤーの作戦であったのだろう。

 焚き付けたノイヤーは何かを待機しているようにその場で停止。他の連中はフレンの足を取るべく、プロペラを回しているのだけどモビルドールフレンの速度は尋常ではない。

 プロスキーヤーのようにジグザグに水上を駆け、時には空を舞い、時には爆雷で攻撃。まさしく厄介者極まりない状態だ。

 

『くそ、こいつ!』

『このギャル、はえー!!』

『遅いおそーい! ほーれ爆雷爆雷!』

 

 水中に巻き起こる爆風の中からハロを探すべく、センサーの感度を最大限に高める。

 どこだ。どこにある。別にわたしは欲しくないけど、勝負には負けたくない。ノイヤーにだけは何故か負けたくない。

 

「マイクロウェーブ、来ますわ!」

 

 その時だった。水の先。空から降り注ぐ一筋の光がノイヤーの近くに着弾する。

 水はその光を避けるように水がめくれ上がっていく。

 モーゼの十戒。そんな言葉がふさわしいほどの干上がり方。

 

『……やば』

 

 津波に揺られて空中に逃げるフレンであったが、その先にあるのは奈落。水の中という地獄。地獄に済むのはズゴックやら何やらと、水中戦仕様の機体が無数に存在している。

 まさに魑魅魍魎。百鬼夜行の妖怪たち。これで一機撃墜かな。

 

『これでおしまいだー!』

 

 襲いかかるミサイル群。井の中の蛙のようになったフレンを容赦なく降り注がれる。

 まさしく処刑宣告。断頭台の惨劇が今目の前で繰り広げられようとしていた。

 勝利の確信。それ故に、迫りくる紺色の彗星に気づかない。

 

『な、なんだ?!』

『うわぁああああああああああ!!!!』

 

 ミサイルを中和しながら、ビームラリアットやスパイクによって次々と水中機体が鉄くずに変わっていく。

 その姿はまさしく鬼神。いわば一騎当千の強者。唯一絶対なるチャンプ。

 

『う、嘘だろ……?』

「マジですの?」

「本気、なんでしょ」

 

 水中で瞬く間に数十機を瞬殺した彗星の名は、ガンダムAGE-1サブマリンマグナム。

 妨害役として担当している、クジョウ・キョウヤその人であった。

 

『フレンくん、大丈夫か?』

『あ、うん。けど水中入っちゃったからむりぽー』

『なら下がるといい。殿は私が努めよう』

 

 わたしたち、ハロを手に入れられればこのゲームクリアだったはずよね。なのになんで目の前でこんな殺戮を見なきゃいけないのよ。

 冷めていく背中の悪寒をじっとりと感じながら、その上で湧き上がる胸の闘志を抑えきれずにいる。

 ひょっとしたら、チャンプに勝てたらナツキに勝てるかもしれない。

 兄には対戦相手の向こう側にナツキを見るなって言われたけど、そんなの無理だ。わたしは、わたしの闘志を止められない。

 

「ど、どうすれば……」

「ノイヤー。あんたはどっかに逃げなさい」

「へ?」

 

 腰にマウントしていたツインメイスを両手に持つ。保って3分。リミッター解除すれば、あのチャンプにだって勝てる。いや、勝つ!

 

『バードハンター、エンリくんだったね。まさかちのくんが言ってた注目株と戦う羽目になるとは』

「御託はいい。わたしと戦え」

『いいだろう。君の挑戦、受けて立とう!』

 

 サブマリンマグナムの磁気旋光システムを起動させて、ビームの出力を上げていく。水中に分散してもリングを維持できるくらいの完成度。ひりつく感覚がまさにたまらない。

 勝っても負けてもじゃない。勝ちに行く。行こうゼロペアー。今日はチャンプハンターだ。

 

「『落とせ、ゼロペアー!』」

 

 水にくぐもったオオカミの鳴き声にも似たモーター音が響き渡る。

 殺す。その勢いで。ユーカリには申し訳ないけど、あんたの憧れ、ここで叩き潰させてもらう!




バードハンターVS唯一のチャンプ

◇ちの
出典元:ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ(二葉ベス作)
フォース『ちの・イン・ワンダーランド』のリーダーであり、
ELダイバーセツの後見人でもある、セツコン。
その順位は104位と、かなり強いことが伺える。

◇モビルドールフレン アイランド・セル:
ノクティルーカザクファントムを参考に、
主に水中への雷撃を主眼に置いた装備。
両肩のウィングバインダーを大型のローターに換装し、
脚部にスキー状のフィン「スキッドプレート」を装備することで海上を滑走しつつ、
スキッドプレートに格納された爆雷を投下することが可能である。

・特殊システム
スキッドプレート

・武装
144cm大型魚雷
ハンドグレネード
マーク13ホーミング魚雷
M25対潜爆雷


◇ガンダムAGE-1サブマリンマグナム
クジョウ・キョウヤが駆けるタイタスの水中専用仕様。
名前の意味は海を駆ける弾丸。

グランダイブ・チャレンジのオファーを受けてから、
公表と同時にG-Tubeで制作を始めた大人げないの逸品。
細かい処理などは基本ながら、ミサイルやビームの出力を水中戦仕様に変えている。
特に磁気旋光システムに手を加えたリング状ビームは、水中でも使用可能。

・武装
ビームラリアット
ビームニーキック
ショルダーミサイル
ハープーンミサイル


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第24話:ばっどがーりゅとサマーフェス その3

人の欲望は終わらねぇので初投稿です。


 とあるキャラは言っていた。あれはシャギア・フロストだったはず。

 

 ――私の愛馬は凶暴、だと。

 

 わたしのガンプラは暴力の化身。悪魔と呼ばれたガンダムのバルバトスルプスと悪魔の名を冠するガンダムヴァサーゴのミキシングだ。それ故に性能はより凶暴に、凶悪に。暴力的に姿を変えていった。

 幸いにもわたしの戦闘スタイルには合っていたし、一部とは言えガンダムアシュタロンのシザーを転用していたりして、個人的にはお気に入りで完成度の高いガンプラだと思ってる。

 

 ただ、目の前にいる史上最強のAGE使いとフィールドの前では、その自信は無力に等しかった。

 

(重たい……)

 

 曰く、水の抵抗力は空気の約12倍だという話がある。

 リアクターの出力を意図的に3倍にして、負荷をかけたゼロペアーだったとしても水の抵抗が作用する。

 振り下ろすメイスはゆっくりになるし、抵抗力による反発がすさまじく、普段よりも多くの負荷をかけなければならない。そのくせ、相手のキョウヤは軽々と、まるで水圧なんて感じさせないと言わんばかりに避けていく。

 その秘密はおそらく磁気旋光システムにあるだろう。ビームのリングを纏ったサブマリンマグナムをじっと睨みつけ様子をうかがう。ビームによってできるだけ身体を流線型に変えて、水の抵抗力を減らしているように見える。GPD時代の時に何度か見たことのあるテクニックだから理解はできる。でも納得はいかない。

 

『水の抵抗力というのも、やはりバカにできないね』

「よく言う。それだけスイスイ動ているくせに」

『これでも対策はばっちりだから、ね!』

 

 手に持っているハープーンミサイルを発射。一直線にわたしの方へと向かうミサイルを無理くりテイルシザーで迎撃する。

 水中に飛散する爆風から続いて襲い掛かるミサイルの雨。海底に足をつけてから砂煙が巻き立つほどの力を入れながら、Vの字に跳ね返る。着地していた場所は爆発してるし、さらに次弾が襲い掛かってきてるし、本当にやばい。まるで『誘導』されているかのような違和感。

 

 失敗したな。リミッターを外して出力を上げれば素早く動ける。そう認識していたけれど、実際はそうではない。

 抵抗の大きさは『速度×速度』の方程式で決められる。速度が上がれば相対的に抵抗力も上がっていき、泳ぐスピードにも限界が生まれる。

 要するに今の3倍出力で動けばおおよそ2乗の抵抗、9倍もの抵抗が生まれて、思うように動けなくなってしまう。まさに自分の首を自分で絞めている状態だった。

 こうなってしまばもうメイスは要らない。まだクローの方が抵抗力が少ない気がするし。

 目の前に襲い掛かってくるミサイルをメイスでデコイにして、このたびの難も逃れる。

 

 地上戦であればまだ何とかなっただろうに。

 心の中で舌打ちを打ちながら、続く戦術を頭の中で展開していく。

 こういう時に水中戦の心得を覚えておけばよかったとは思うものの、必要なのは今。後悔だけがどうしても募ってしまう。

 いや、後悔なんてしている場合ではない。わたしにできることなんて一つだけだ。

 背面スラスターのブーストを最大まで高めて爆風の中をかき分けて、チャンプのサブマリンマグナムの前に出る。

 

『正面対決か!』

「それしか、ないのよ!」

 

 爆風で目くらましをしていたとはいえ、相手はチャンプ。クローでの突きは軽々避けられ、タイタス由来の自慢の拳で側面から殴られる。

 静止の利かない機体に追い打ちをかけるが如く、右腕をさらに握りしめて拳を作りさらに一撃。

 どっちが暴力的な戦い方よ。完全にあっちのペースじゃない!

 

『拍子抜けだな。それともまだ本気を見せれないってことかい?』

「……本気?」

 

 なかなかに煽ってくるじゃない。わたしだって好きでこんなにボコボコにされているわけではない。そもそも磁気旋光システムなんていう耐水性能を無理やり付与したような技術で大人げなく戦闘しているのはどこのどいつだ。

 あー、腹が立ってきた。だいたい本気を見せられないって、あんたもそういうことを言うの。

 本気、本気本気本気って、わたしがずっと本気を見せてこなかったとでも言いたいの?

 いいわ。分かった。やってやろうじゃない。わたしはまだまだやれる。わたしの実力が、こんなもんじゃないって見せつけてやる!

 

「でしょ、ゼロペアー!」

 

 水の中で悪魔の瞳が赤く煮えたぎる。まさしく復讐の灯。本気の合図。

 オオカミのようにも聞こえるモーター音を水中に響かせながら、エイハブ・ウェーブを広げる。いわばプレッシャーと呼ばれるような深い地ならしを胸の奥底に震わせる。

 水中戦が苦手なら、いつも通り地に足をつけて戦えばいい。わたしは敵前逃亡と言われかねないほどの速度で、海底へと進路を進め始める。

 

『何を企んでいるかはわからないが、ノらせてもらおう!』

 

 ハープーンミサイルを的確に発射しながら、責め立てる狩人と狩られる悪魔。まさに悪魔狩りにも似た構図ではあるものの、ただでやられれてやるほどわたしは愚かじゃない。

 時には回避し、時にはテイルシザーで妨害を重ねて、追尾を避けきる。

 やがて、海底に足をつけたゼロペアーにはまだ水圧によるヒビは入っていない。ありがとう、それじゃあまた酷使させてもらう。

 わたしより上の立ち位置にいるサブマリンマグナムを睨みつけながら、出力3倍のテイルシザーは足なり腕なりに狙いを定めて獲物を狙う蛇のごとく襲い掛かる。

 

『少しでも自分のフィールドに持ち込む気か! ならば、逆手を取らせてもらう!』

 

 それでも水の抵抗を減らしたサブマリンマグナムには遠く及ばない。

 ワイヤーを右腕で掴めば、漁師が網を引くように引っ張り上げる。

 チャンプに対して迂闊だった。目の前で構えられているハープーンミサイルをその身に受け止めながら、それでも接近戦を持ち込んでいるのは間違いない。両腕を延伸させ構える。

 スラスターを調整しながら最低限の動きで回避しようにも数発当たってしまえば、水圧も含めてすぐに片腕なんて吹き飛んでしまう。

 

 ――だけど!

 

「でやぁああああああああ!!!!!!」

 

 右腕は前腕から先が破損。左腕なんてもうない。だけど、突き立てる刃はまだ潰えていない。

 狙いはコックピット。破損した前腕を伸ばしつつ、フロントスカートのシザーアンカーによる奇襲。これでダメなら、最悪自爆してでも!

 

『君の本気、しかと受け取った。しかし、まだ足りないッ!』

 

 ワイヤーを握った腕でシザーアンカーを叩き落し、そのまま身体を捻らせて横回転。刃のように尖ったフレームがチャンプの胴体に届くことはない。ワルツを踊るような回避を見せれば、次に襲い掛かるのは遠心力。ワイヤーでつながったゼロペアーを振り回しながら、海底へと叩きつけた。

 

『今度は地上戦で戦えることを願っているよ』

 

 ミサイルによる連射。もはやそこに誰も手を出すことはない。

 出来上がったのは圧倒的な力の差による勝利と、勝つと息巻いていたわたしの敗北であった。

 

 ◇

 

「…………」

「まーだイジケんの? もう1時間だよ?」

「黙りなさい」

「(´・ω・`)」

 

 眉をハの字にして、お口をチャックするフレンさんが少しかわいそうではあるものの、それでも彼女の敗北に対する感情は計り知れない。私も気を使って声をかけられずにいた。

 エンリさんが負けたところ、初めて見たな……。

 幾度も戦っているところは見てきたし、基本的には全勝を納めていたエンリさんの初めての敗北は、私にも少なからずショックを与える要因だった。

 仮にも全ダイバーの中で一番強いと評されているチャンプの座にいる人間が相手だ。そりゃ負けるかもとは思ってたけど、憧れのエンリさんが負けたことで、その実力が確かなものであると実感できた。やっぱり、強いんですね。

 

「ま、わたくしを逃がすために尽力してくださったことは感謝ですわね!」

「うっさいわよ。今度同じことがあったら絶対に置いて逃げるわ」

「なんですと?! あなたの勇姿をわたくしに刻んでほしくはありませんの?」

「適当なことをいけしゃあしゃあと……」

 

 呆れてものも言えないような憂いた瞳を傾けて、目を閉じる。

 落ち込んだ姿も綺麗だ。私の知らないエンリさんの姿を見るたびに胸がざわつく。これが憧れだっていうんだから、ちょっと騒がしい胸の内だな、なんて思うわけで。

 でも、もっと知りたい。だから仕切り直して私はこう言うんだ。

 

「フレンさん、2戦目はどうするんですか?」

「フフフ、聞きたいかねユーカリちゃん!」

 

 セクシーな水着姿のフレンさんが不敵に笑う。あ、ロクなことを考えてない顔だ。

 

「ガンプラスイカ割り大会ってのがあってね! 2戦目はそれ!」

「ガンプラスイカ割り大会?」

 

 現地に行った方が早い。そう感じたフレンさんは私の手を取って、連れ去ってしまうように走り始める。エンリさんとノイヤーさんの2人もやれやれと、フレンさんの行動に呆れつつ、ついていくのだった。

 

 ◇

 

 ガンプラスイカ割り大会。

 文字通りである。ガンプラがスイカを割る大会だ。

 

 目の前でスイカンタムの頭が砂浜の上に置かれており、その頭をメイスで叩いて、飛散したスイカンタムの破片を一番遠くに飛ばしたダイバーが優勝、という謎のルール。

 結局そのスイカは食べれないし、食べるなら参加賞で手に入るスイカを食べるしかない。まぁ夏らしくないか、と言われたらちゃんとらしいとは思うけど。

 

「ということで行きますわよ、ダナジン!」

 

 モニターが断絶しているわけではないため、ダナジンが砂浜に足を取られつつもダバダバ走っていき、そして、手に持った特製メイスを両手に持ってジャンプ。

 

「チェエエエエエエエエストォオオオオオオオオ!!!!!!」

 

 振り下ろされたメイスはスイカンタムの脳天の中央をしっかりと捉え、周囲360度の扇状に飛散させた。

 人間として見ているのであれば、おそらく返り血にも見えるグロ映像となっていたであろう悪趣味なイベントではあるが、かろうじてガンプラであるからこそ、許されている節があるのだろう。それでもやっぱり悪趣味なことには変わりないけど。

 

「記録、61m32cm」

『ええなぁ! ニューレコードとは言わんけど、かなりいい線いっとるで!』

「暫定1位ですわ!」

 

 具体的な距離はわからないけれど、かなり飛んだのは間違いないみたいだ。

 バトルエンドによるフィールド再生機能によって、スイカンタムの頭は再度復活する。これ、見覚えあると思ったらデッ〇プールとかヴァンパイアとかによくある自己再生機能みたいだ。ちょっと生々しい。

 盛り上がる会場と、暫定1位という歓声に鼻高らかにダナジンのビームバルカンを天高く打ちまくる。もはや祝砲みたいだけど、エンリさんまだ残ってますからね。

 

「……意外とやるわね」

「精神コマンド:愛だねー」

「そうなの?」

「ひらめき、必中、熱血が入るからね!」

 

 そのゲームはやったことあるけど、頭使うから5ステージに1回ぐらいはゲームオーバーになってたっけな。いや楽しかったんだけどさ。

 

「なら、わたしは魂でも入れてみようかしら」

「エンリちゃんに魂なんてあるの?」

「あんた、ナチュラルに失礼なこと言うわね」

 

 ウィンドウからガンプラを出現させれば、会場のスタート地点へと歩いていく。

 その手にはいつものハンドメイス2つではなく、借り物のメイスを手に持っていた。

 

「まぁ見てなさい。わたしが本物の『暴力』を教えてあげる」

 

 右手にメイスを握り、腕を駆動。左手で持ち手をさらに握りこむ。

 モニター越しに聞こえる、息の吸い吐きを1つ繰り返し、目を見開く。

 

「行くわよ、ゼロペアー」

 

 紅蓮の瞳がバチリと煌めかせながら、ゼロペアーが砂浜を勢いよく蹴り飛ばす。

 周囲に撒き散らされる砂などお構いなしにゼロペアーは走る。走る。走る。

 神速の嵐のごとくゼロペアーのキルレンジに飛び込み、そして……。

 

 ――一陣。

 

 左足で力を踏み込み、下から上へと遠心力の塊を質量に任せて振り切る。それはまさしく、ゴルフの要領。

 大きなゴルフボールとなったスイカンタムの破片は勢いよく吹き飛んでいき、大きく弧を描く。

 まさしく赤い虹か。先程キョウヤさんにボコボコにされた恨みと憂さ晴らしも含まれた薙ぎ払いによって空のかなたまで飛んでいきそうな破片は、はるか遠くの砂浜に突き刺さった。

 

 唖然とする客席の中、算出のために距離を測り、そして結果が出る。

 

「記録、77m19cm」

『ななな、なんちゅーことや?! 記録を大きく更新!』

『うひゃー! エンリちゃんすごーい!』

 

 実況と解説が盛り上がる中、エンリさんはノイヤーさんを見下ろす。

 それはまるで『わたしがこの勝負貰った』という勝利宣言のようなものだった。

 

「ぐぬぬ……ですが、3戦目はこうはいきませんことよ!」

 

 なぜか私が商品となっている3番勝負は1対1。どちらが勝ってもおかしくない状態で、3戦目へと駒を進めるのだった。




エンリさん、すーぐ八つ当たりする~
2章は恐らく次で終わると思います。

追記:不具合修正のお知らせ。
本作品のスイカ割り大会につきまして、ノイヤー選手とエンリ選手の破片の飛翔距離に不具合があったため、こちらを下記のように修正いたしました。

ノイヤー:だいたい500m→61m
エンリ:だいたい900m→77m

今後もAGE狂いを読んでいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。


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第25話:ばっどがーりゅとサマーフェス その4

水着コンテストを実際に見たことないので初投稿です。


「……あんた、これが3番勝負の3戦目って言ったわよね?」

「そだよー!」

「これ……、ミスコンじゃありませんの?!!!」

 

 私を巡った謎の3番勝負、その3戦目であり最終戦が行われるのはこの舞台。

 特設会場として作られたのは海をモチーフにしたからか、水色が基調としたステージ。ところどころ黄色に彩られた装飾は夏の太陽をイメージしてるのかな。照明もそんな感じに光り輝いている。

 要するに、3戦目はミス水着コンテストで勝敗を決めようという、フレンさんの粋な計らいなんだろう。絶対エンリさん出たくないだろうなぁ……。

 

「ミ、ミスコンですのね……」

「あれれ、ノイヤーちゃんも嫌そうだね? どして?」

「あんまりこの身体を人の目に晒したくありませんの」

 

 ノイヤーさんもノイヤーさんで懐に毒を一袋抱えている。

 彼女は白髪で白い肌、青い瞳という傍から見れば老人のようにも見えるその見た目を非常に嫌っている。自分のことを『呪われた子供』と言ってしまうレベルだ。

 見た目が原因で何度か揉め事が起きたことだってある。ノイヤーさんが話してくれた内容と、私が遭遇した内容。

 私は実際のところ美しいとは思うけれど、アルビノ種はとにかく嫌われやすい。つまりそういうことだ。

 

「えー、ノイヤーちゃんめっちゃキレーじゃん! アタシ羨ましいけどなー」

「わたくしはあなたの方が羨ましいですよ……」

 

 きっかけがフレンさんだったとは言え、なんとも微妙な空気になってしまっていた。

 見た目。アバターは変えられても、現実では変わらない。だから嫌なんだ、肌の色で、髪の色1つでその人すべてを否定するってことが。

 沈黙。しばらく続いた無の空間を打ち破ったのは、意外なことにエンリさんだった。

 

「……ねぇ、ユーカリ」

「ぇ、はい。なんでしょうか?」

「あんたは……ミスコン出てほしいって思う?」

 

 わたしに。そう付け加えたエンリさんの瞳は相変わらず憂いていたけど、その憂い方は不安と言った方が正しいかもしれない。少し目線を外して、揺れそうな心の揺れ動きが手に取るように分かってしまうほどの不安。

 

 こんな重大な決断に、どうして私を使うのか。

 私は、みんなと一緒にいたいだけ。しばらく過ごしてて分かったことがある。

 GBNは楽しい。みんなと、フォースのみんなと遊ぶGBNは本当に楽しい。

 確かに負ける苦い思いもしたし、勝ちも嬉しかった。

 それ以上にフォースのみんなと、エンリさん、ノイヤーさん、フレンさんと一緒に喋っているだけでも楽しかったんだ。

 私は……。

 

「はい、晴れ姿見たいです!」

 

 ――嘘をついた。

 

 私の所有権なんてどうでもいいし、本当はみんなと一緒に遊びたい。

 だけど、決まったことのちゃぶ台をひっくり返すことは出来なくて。

 それが、エンリさんの望むことなら。私はそうやって判断した。

 エンリさんは、目を丸くして驚きを見せた後、すぐに光を失った瞳へと戻ってしまった。

 

「……そう。あんたがそう言うなら、仕方ないわね」

 

 嘘はじきに自分の首を絞める。

 思わず片手が首元に来たのをもう片方の手で諌める。

 大丈夫ですよね。それが、本当にやりたかったこと、なんですよね?

 

「分かりました。わたくしも出ますわ。あまり気は進みませんが」

「ノイヤーちゃん! アタシのために……!」

「は? そんなわけありませんわ。これはただユーカリさんとのデートを勝ち取るためです」

「(´・ω・`)」

 

 フォース内に漂うなんとも言えない空気を肌身に感じながら、私たちはミスコン申請のために受付会場へと歩き始めるのだった。

 

 ◇

 

『ジェントルメーンアーンドジェントルメン! さぁさやってきたで、今年の花形! 水際の乙女を決めるグランプリ! その名も、ガンプラ乙女水着コンテスト!』

 

 上がる歓声はどっかで聞き覚えあるし、さっきから高確率でこの司会者とブッキングしている気がする。

 

『司会はご存知窓辺のモクシュンギク……ミスターMS! そして解説は~!』

『こんちの~! フォース『ちの・イン・ワンダーランド』のちのだよー!』

『いやー、さっきぶりやなぁ!』

『ねー! ちのも水着コンテスト出たかったよー!』

 

 掴みは上々と言わんばかりにフリフリと茶色いポニーテールを左右に振って悔しさをアピールする。

 可愛さはあれど、本当に悔しかったことが滲み出ているみたいで、不思議とあざとい部分があまり見えてこないのも何気にポイントが高い。まぁ、多分男性人気が圧倒的なんだろうな、っていう気持ちは大いにあるけど。

 

『略してミスコンってことで、参加者のみんなには投票券が既に1つ手にしてるあると思うんや。今から出てくる5人の美少女たちのいずれかに投票して、その数で勝敗を決めるっちゅー寸歩や!』

『気になるよね? 気になっちゃうよね! みんな、水着の女子を見たいかー!』

 

 うぉおおおおおおおおおおおお!!!!

 男性たちのやる気と見る気に溢れた汚い唸り声が辺り一帯に響き渡る。

 私もフレンさんも会場の端っこの方にいるけど、その熱はここからでも十分味わえた。

 

「やばくない? どんだけ必死なんって」

「フレンさん、流石にそれは失礼ですよ」

「あはは、ごみんごみん」

 

 困り眉で謝罪の手を前に出すフレンさん。だったら言わなきゃいいのに。

 

『もったいぶっててもあかんよな! ほな、早速1人目のダイバーの紹介や!』

 

 エンリさんとノイヤーさんはいったい何番目だろうか。ひょっとしたら一番目って可能性も……むむむ、気になる。

 入場口のカーテンが上がると、そこには腰まで伸びた黒いロングの髪の毛と白と浅葱色を基調にした水着。その胸は実際豊満であるのと同時にスタイルまでいい。出るところは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。端正に整った顔はまさしくモデルと言っても差し支えないほどだ。要するに……。

 

「美人ですね……」

「お! メイちゃーん、かわいいぞー!」

 

 その歩き方は威風堂々と、男たちの視線など物怖じしないタフさを持っている。すごいなこの人。

 っていうかフレンさん知り合いだったんですか?!

 

「直接の妹ぐらいに当たる子だからねー。だいたい2,3番ぐらいの差、ってやつ?」

「は、はぁ……」

 

 よく分からないけど、やっぱり何を言っているか分からなかった。

 つまり分かってない。

 

『ほな、自己紹介と意気込み、頼むわ!』

 

 マイクを不思議そうに受け取ってから、頭をポンポンと叩いて会場全体に反響させる。音量調整だったのかな。

 

『これは、こうやって喋るものでいいのか?』

『せや! それを使って思いの丈を叩き込むんや』

『そうか』

 

 メイ、と呼ばれた美女は軽く息を吸って、会場全員を真正面に捉え、そして……。

 

『私はメイ。このみすこん? と呼ばれるものは言われるがまま参加したが、やるからには勝つ気でいる。よろしく頼む』

『おーっと! これは早くも勝利宣言!』

『参加者への宣戦布告だー!』

 

 わーきゃー盛り上がるメイさんの短文ながらその切れ味鋭いコメントに、会場が熱狂する。

 

「あー、そういう感じで」

「フレンさん、何察してるんですか?」

「いやぁ、見てれば分かるよ」

 

 なんのことか。そう考えながら私は再び視線を前に戻すと、メイさんが司会者に向かってこう言ってのける。

 

『ところで、バトルの相手はどこにいる?』

『バトル? これから出てくるんやけど』

『そうか。個人的にはエンリという相手とは一戦交えたいと考えていてな。あのような力に任せた戦い方が似合ったダイバーはあまりいないからな』

『……もしかしてメイちゃん、ミスコンをバトルと勘違いしてる的な?』

『まさか! そんなわけ……』

『違うのか?』

『違うわい!』

 

 ズテンッと派手にコケたミスターMSをよそに、ミスコンとバトルはどう違うんだとちのさんに聞くメイさん。あー、確かに大物だ、これは。

 隣りにいるフレンさんに目を向けたら案の定頭を抱えていた。

 

「メイちゃん、バトルがしたいという概念から生まれたELダイバーだからなー。見た目はめっちゃいいのに、中身があれだから」

「あ、あはは……」

 

 まるでエンリさんみたいだ、というのは言葉にしないでおく。

 そんなELダイバーもいるんだなぁ。などと思いながら次へ、次へと出場者が入場してくる。

 残り2枠。司会者が顎下に指を添えて、しばらく考え事をした辺りでニヤリと笑う。

 あれは誰にでも分かる。盛り上がることを理解したような顔だ。

 

『さて! 残り2枠っちゅーことやけど! せっかくなら2人同時に見たいよなー?!』

 

 会場が更にヒートアップする。

 このままだとヒートアイランド現象が発生してしまい、サーバーに負荷がかかってしまう可能性も視野に入れなければ。ヒートアイランド現象はぜんぜん違うものの例えだけど。

 

「残り2枠ってことは……」

「やっぱミスターMSくん、盛り上がるところをしっかり抑えてるなー」

 

 入場口のカーテンが上がり、そこに立ち並ぶ2人の女性に対して、大きな声援が巻き起こる。

 

『2人は同じフォースの仲間! 今日はリーダー争奪戦っちゅーおもろいことしてるみたいな2人の名前は~~~! エンリはんとノイヤーはん!!』

 

 そこ言っちゃうんだ。

 ちらりと横目でフレンさんを見たら、彼女は目線を合わせてくれなかった。確信犯だった。

 

『さぁさ2人とも! 意気込みを一言!』

 

 エンリさんとノイヤーさんがお互いに向き合って、そして一言。

 

『こいつにだけは絶対負けない』

『こいつにだけは負けたくありませんわ!』

 

 ピシャリと、空気が一度凍る音が聞こえる。

 良く言えばライバル、悪く言えば、それは殺意の対象とも言えるだろう。

 真剣な勝負の場に相手以外眼中にない様な言い方に司会者が笑いを堪えずには入られなかった。

 

『アハハハハハ! ええなええなぁ! 水着の美女が他人に譲れないものを賭けて戦う! ええわ気に入った!』

『私もそれには同意する。だが、勝つのは私だ』

『『そーよそーよ!』』

 

 会場は大混戦が巻き起こる。

 メイさんの理由を聞けば納得する前のめりさや、エンリさんとノイヤーさんのやる気に満ちた発言が引き金となったのだろう。

 ミスコンに参加したのが正解だったのか不正解だったのかは分からない。だけど、傍から見れば楽しそうにしてるし、それならいいのかな。

 

『盛り上がってきたところで、投票券を持っとるみんなに、どの美女が一番か決めてもらうで! ほら、張った張った!』

 

 盛り上がる会場の中、私は私で誰に投票すればいいか迷っていた。

 確かにエンリさんも美人だ。私がかっこよくて綺麗でかわいいという三拍子揃った相手は誰だ、と聞かれたら間違いなく彼女を選ぶ。

 だけどノイヤーさんだって負けず劣らず美しい。

 アルビノ系の人種は肌髪で嫌厭されているものの、それを上回って余りあるほどの、この世に存在しているとは思えないほどの美しさがある。

 どっちに投票すればいいのか。両方投票できたらいいのに。そう思いながら、フレンさんにも意見を聞こうと話しかける。

 

「フレンさんは誰にしました?」

「ノイヤーちゃん!」

「へ、へー……」

 

 意外、というわけではない。結構2人が接しているところが多いためなんだと思う。

 こういう時、基本的には人を煽るだけ煽って傍観者になる、みたいなイメージがあったから即決した方が意外だった。

 

「アタシはノイヤーちゃんのこと気に入ってるからね!」

 

 多分、相手はそういう風には思ってないんだろうな、と漠然と思う。

 ノイヤーさんは基本的に面倒見が良い。だからどこか足りない私にも、フレンさんにも優しく接してくれている。

 でもきっと。ノイヤーさんからフレンさんへの印象はそこまで良くはない。

 理由はなんとなく分かっている。ここで言うことでもないから置いておくけど、その微妙な関係に、私もどうすればいいか分かってないのが本音だ。

 

「ユーカリちゃんはどうするの?」

「私は……」

 

 正直、どっちも同票になってくれないかなって気持ちが強い。

 同票ならほら、引き分けってことで、遺恨は残るけど誰も負けてないし。

 ホント、何がしたいんだろうな。私は。

 そもそも嫌なら最初の時点で止めておけばよかった。

 私の失敗。私の後悔。私はただ、みんなと笑えればそれでいいのに。

 

「私はいいや」

「えー、一緒にノイヤーちゃん応援しようよー!」

 

 私、弱いな。

 

 ◇

 

「はぁ、負けましたわね」

「ま、いいんじゃない。まさか同票とは思ってなかったけど」

 

 ミスコンが終わって30分ぐらい。

 結局大会の優勝者は誰とも分からない美女になった。

 更に驚くべきは、エンリさんとノイヤーさんが2人とも同票だったことだ。

 結局決着が付くことはなく、3番勝負がお流れになってしまった、という状態だった。

 

「まさか最下位だっとは……」

「メイちゃんも応援してたんだけどなー」

「姉さん所のフォースはどんな感じなんだ?」

「んー? まったり系、みたいな?」

 

 お迎えに来るはずのメンバーを待ちながら、メイさんと話しているフレンさん。

 フレンさんはメイさんのいくつか先に発見されたELダイバーらしく、メイさんは彼女のことを姉さんと言って慕っているみたいだった。

 ちなみにバトルの腕前は悲しいことにメイさんの方が上。自分で言ってたから仕方ない。

 

「エンリ。今度一戦交えてくれないだろうか」

「いいわよ。エルドラチャレンジの英雄と戦えるなんて期待してしまうわね」

「ありがとう。全力で勝ちに行かせてもらう」

「こっちこそ」

 

 エンリさんはと言えば、妙に意気投合したメイさんとフレンド交換している。

 なんか羨ましい。私とはそんなに楽しそうに話したことなかったのに。

 

「……どうしたのかしら?」

「あっ! いえ。エンリさんが楽しそうだなーって」

「……そう」

 

 嘘ではない。でも隠した。私のこの胸のざわつきは隠さなきゃって思ったから。

 理由は分からないし、正体も皆目見当つかない。だけど、これは表に出してはいけない気がする。それだけは分かっていた。

 

「メイ!」

「ヒロトか」

 

 そんな中、どこか聞き覚えがある声。

 振り返れば伸びた黒い髪をヘアゴムで止めたポンチョの男性。

 それから筋肉隆々の一昔前のアイドルにいそうな見た目をした男性と浅葱色の髪で片目を隠した見た目とぶかぶかな服装をした獣人アバターの子。

 最後は巫女のような格好をした栗毛の女の子の計4人がそこにいた。

 

「メイ、結果はどうだった?」

「最下位だ。今度は勝つ」

「あはは……」

 

 見覚えがあった。彼らはかのエルドラチャレンジという謎の超超超高難易度ミッションにチャレンジした英雄たち『BUILD_DiVERS』だ。

 4人って聞いてたけど、あれから一人増えたみたいだった。

 そのメンバー1人、ヒロトと呼ばれた人が私に気づいたのか近づいてくる。

 

「すみません、メイを預かってもらってて」

「いえいえ! 楽しかったですし!」

 

 悩んでたのはもちろんだけど、それ以上に楽しかったのも事実だった。

 うん、サマーフェス、楽しかったな。

 ヒロトさんは何故だか私の顔をじっと見つめて、何かを気づいたようにハッといつも仏頂面であろう顔を明るくする。対して変わってない。

 

「君、もしかしてシーサイドベースでバッドガールを作ってた子?」

「え?! なんで知ってるんですか?!!」

 

 ヒロトさんが、あの時の説明をしてくれた。

 あ、あの黒い髪の男性の人ってヒロトさんだったんだ。

 言われて見れば確かにちょっと似てる。

 

「よかった。あの後完成したんだね」

「はい! おかげさまで!」

「俺は何もしてないよ。完成させたのは君なんだから」

 

 あの時名前が決まっていなくても、多分バッドガールという機体名にはなってただろう。

 だけど、あの場で決まったのはある種の運命なんだ。そういうの、好きなんだよね、私。

 

「あ! 私、こっちではユーカリって言います!」

「そっか。改めて、俺はヒロト。よろしく」

 

 握手を交わしてフレンド登録が行き交う。

 こういう繋がりも意外ではあるものの、嬉しいところだな。

 

 私たちはBUILD_DiVERSと別れて砂浜で暮れる夕日を見つめながら、これからどうしようなどと考える。

 サマーフェスは楽しかった。だけど消化不足と言えばYESと押す。

 だって私、見るばっかだったし! もっと遊びたい。だから……。

 

「エンリさん、ノイヤーさん。それからフレンさんも!」

「なに」「なんでしょうか?」「なになにー?」

「二次会、行きましょっか!」

 

 海辺からお祭り会場へ。

 サマーフェスは、まだまだ終わらない。




太陽が沈んで、花火が上がる


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第26話:やさぐれ女と胸の思い。そして……

2章完結! 自覚とそして……。


【夏だ!海だ!】フォースフェススレpaet***【水着フェスだ!】

1:名無しの一般参加フェスダイバー

ここはGBN内で不定期に開催される『フォースフェス』について語るスレです。

フェス参加のメンバー募集や、コーディネートについての相談などはそれぞれ専用スレでお願いします。

 

【フォースフェス特設ページ】(http://・・・

【フェス参加メンバー募集スレ】(http://・・・

【コーディネート相談スレ】(http://・・・

 

 ◇

 

403:名無しの一般参加フェスダイバー

水着フェスが終わったらどうなる?

 

404:名無しの一般参加フェスダイバー

知らんのか? 夏祭りフェスが始まる

 

405:名無しの一般参加フェスダイバー

フェスが終わった後にフェスをぶっこんでくる鬼畜GBN運営は一体何なんだ

 

406:名無しの一般参加フェスダイバー

分かる。俺、すぐにフォースメンバーと神社エリア行ったもん

 

407:名無しの一般参加フェスダイバー

ワイ、フォースでハブられマン。

リア充どもの買い出しに行かされる

 

408:名無しの一般参加フェスダイバー

オォン……

 

409:名無しの一般参加フェスダイバー

食って忘れろ

 

410:名無しの一般参加フェスダイバー

アルコールもあるからなGBNには!

 

411:名無しの一般参加フェスダイバー

しかも雰囲気酔いだけで、実際に飲んでるわけじゃない!!

 

412:名無しの一般参加フェスダイバー

しかも脳波コントロールできる!!!

 

413:名無しの一般参加フェスダイバー

最近のアルコールすげーな

 

414:名無しの一般参加フェスダイバー

実際は身体の中にアルコールを入れてるわけじゃないけど、

アルコール飲んだときと同じ作用が発揮されるらしいから、運転はするなよ

 

415:名無しの一般参加フェスダイバー

調子に乗った社会人がそれでどれだけブタ箱にぶち込まれたか……

 

416:名無しの一般参加フェスダイバー

お酒はちゃんと管理できてこそ大人だからな

 

417:名無しの一般参加フェスダイバー

でも甘酒ぐらいは行けるやろ

 

418:名無しの一般参加フェスダイバー

それはいくらでも飲め

 

419:名無しの一般参加フェスダイバー

そういえば、公開生配信でちのちゃんが日本酒ガバ飲みしてたな

 

420:名無しの一般参加フェスダイバー

お嬢……

 

421:名無しの一般参加フェスダイバー

まぁ2年前ぐらいから吹っ切れたのか、

「永遠の17歳だから、お酒ぐらい飲めるんだよ」って言ってたっけ

 

422:名無しの一般参加フェスダイバー

永遠の17歳、とは

 

423:名無しの一般参加フェスダイバー

ほぼ死に設定

 

424:名無しの一般参加フェスダイバー

馬鹿野郎お前! 17歳だって名乗ってるけど、あの溢れ出る母性がいいんだろうが!

 

425:名無しの一般参加フェスダイバー

セッちゃんと一緒にいる時はめちゃくちゃ気持ち悪いけどな

 

426:名無しの一般参加フェスダイバー

たまにセッちゃんが遊んでたら後ろの方で腕組んで目元細めてるんだぞ!

それがいいんだろうが分かってねぇな!

 

427:名無しの一般参加フェスダイバー

ちのちゃん、割とギャップの塊だからな

 

428:名無しの一般参加フェスダイバー

そういや今日はミスターMSと一緒に解説にいたっけ

 

429:名無しの一般参加フェスダイバー

ランカーで有名G-Tuberだとやっぱ呼ばれるんっすねー

 

430:名無しの一般参加フェスダイバー

登録者、今は10万人だっけ。普通に考えてやべぇよな

 

431:名無しの一般参加フェスダイバー

もっと伸びてほしいけど、面倒なのも増えそうだからなぁ

 

432:名無しの一般参加フェスダイバー

でもたまにこうやってお酒で発散してると思うとかわいいじゃないか

 

433:名無しの一般参加フェスダイバー

酒、偉大

 

434:名無しの一般参加フェスダイバー

そりゃ禁酒法も出てくるわ

 

435:名無しの一般参加フェスダイバー

飲め……もっと飲め……! 美味いぞ……!

 

436:名無しの一般参加フェスダイバー

うわこわ

 

437:名無しの一般参加フェスダイバー

そういえばELダイバーってお酒飲めるの?

 

438:名無しの一般参加フェスダイバー

さぁ?

 

439:名無しの一般参加フェスダイバー

フレンちゃん普通に飲んでたけど

 

440:名無しの一般参加フェスダイバー

フレンって誰

 

441:名無しの一般参加フェスダイバー

フレンはフレンやぞ

 

442:名無しの一般参加フェスダイバー

ほら、バードハンターのエンリと一緒のフォースの

 

443:名無しの一般参加フェスダイバー

あぁ、今日スイカ割りでニューレコード叩き出してた

 

444:名無しの一般参加フェスダイバー

あのチャンプと一騎打ちして見事に返り討ちにあった

 

445:名無しの一般参加フェスダイバー

あのミスコンでツインテールが眩しかったけど、胸は控えめの

 

446:名無しの一般参加フェスダイバー

>>444からめちゃくちゃ失礼だな

 

447:名無しの一般参加フェスダイバー

割と印象良くない人多いだろうしな

 

448:名無しの一般参加フェスダイバー

分かる。戦い方がな

 

449:名無しの一般参加フェスダイバー

俺対戦したことあるけど、結構礼儀正しい子だったよ。

顔はめちゃくちゃ怖いけど。

 

450:名無しの一般参加フェスダイバー

俺も戦ったことはあるけど、基本的には普通なんだよな

懐に何か抱えてそうなタイプだったけど。

 

451:名無しの一般参加フェスダイバー

てか、エンリってGPD時代に最後の全国大会で一回戦敗退した子だろ。

堕ちた堕天使ってあだ名で有名だった

 

452:名無しの一般参加フェスダイバー

堕ちたwwww堕天使wwwwwww

 

453:名無しの一般参加フェスダイバー

堕天使は堕ちてる定期

 

454:名無しの一般参加フェスダイバー

めっちゃ気になるんだけど。

G-Tubeに落ちてる?

 

455:名無しの一般参加フェスダイバー

エンリの黒歴史時代気になる

 

456:名無しの一般参加フェスダイバー

有名だとこういうのが怖いよな

 

457:名無しの一般参加フェスダイバー

まるで大人になった子役が改めて子供の時の映像を見て悶えるやつや

 

458:名無しの一般参加フェスダイバー

そうそれ。おそロシア……

 

459:名無しの一般参加フェスダイバー

ほいこれ。地方大会決勝のやつだったけど

 

【URL】

 

460:名無しの一般参加フェスダイバー

さんくす

 

461:名無しの一般参加フェスダイバー

地方大会決勝って、エンリと誰だっけか

 

462:名無しの一般参加フェスダイバー

……あれ?

 

463:名無しの一般参加フェスダイバー

どした?

 

464:名無しの一般参加フェスダイバー

これ、ナツキちゃんじゃないか?

 

 ◇

 

「うぅ……気持ち悪い……」

「あんなに調子に乗ってお酒を飲むからそうなるんですわよ!」

 

 夏祭りフェス。目の前ではオレンジ色の浴衣姿を見に包んだフレンが膝に手をついて気持ち悪そうに下を向いている。

 それもそのはずか。屋台に行ってはビールを頼んで、焼き鳥を頼んで。

 屋台に行ってはビールと焼きそばを頼んで。

 屋台に行ってはビールとたこ焼きを頼んで。

 お酒がまだ飲めないわたしでも分かってしまった。これは悪酔いしてしまうと。

 

「だって~、テンションぶち上がっちゃんたんだもん~~~~!!」

「ほら水ですわ。ゆっくり飲むんですのよ?」

「うっぷ……」

 

 ELダイバーでも悪酔いはするらしい。わたしは割とどうでも良い知識を1つ得てしまっていた。

 と言うか、見た目年齢だいたい17歳ぐらいだけど、お酒を飲んでよかったのだろうか。

 あれが未成年に禁止されているのは歯止めが効かないのと成長に悪いからという話を聞いたことがあるが、ELダイバーにはそれが通用するのか否か。

 ELダイバー法なんてのが最近生まれたとの話を風のうわさで聞いたから、徐々にELダイバーが権利を得ていくんだろうなって、漠然と思う。

 ただ、これはあまりにも止めた方がいい内容だったけど。

 

「みんなと一緒に回れるなんて幸せじゃん……そりゃテンアゲよ」

「フレンさん……! 嬉しいです!」

「なら次はちゃんとセーブするんですのよ。介抱するこっちの身にもなってくださいまし」

 

 わたしだって言われて嬉しくないわけがない。

 フレンの嘘の混じっていない、本音が聞けてなんだか背中が痒くなってしまうぐらいにはわたしも幸せ、というものを感じているのかもしれない。

 同時に、わたしの研ぎ澄ましていた復讐心が鳴りを潜め始めているのを感じる。

 このままでいいんじゃないかって。誰にも打ち明けずに、ただこの4人と一緒に、ケーキヴァイキングとして、八つ当たりなんて忘れて穏便に過ごすだけでもいい。

 それなら、わたしのこれまでに理由があったのか。

 わたしのこれまでが無駄だったんじゃないか。

 わたしのこれまでが無意味だったんじゃないか。頭によぎるだけで恐ろしかった。

 前を向くのも、歩くのも。もうひとりの自分を置いてくようで、怖い。

 

「エンリさん?」

「……何」

「いえ。ちょっと暗い顔をしてたので」

 

 ホント、なんでこんなズブの初心者にここまで心を漬けこまれているんだか……。

 ユーカリ、なんであの時わたしに嘘をついたの?

 人の心が分からなくても、嘘かホントかは分かる。あの時の顔は笑顔だったけど、滲み出るオーラが、嘘を付く慣れていない優しいあんたから嘘が出てくるなんて。

 あんたでも、嘘を付くんだね。ほんの些細な嘘。でも、わたしを動かすには十分で。

 

「ユーカリ」

「はい! なんですか?」

 

 どうして。

 そう言いかけて、拳を握りしめた。

 ダメだ。このまま4人がいいって思ってたじゃないか。それをわざわざ壊す理由にはならない。

 分からない。わたしには、人の心が分からない。

 分からないから、背を向ける。振り向いた先にあるものは、ただの復讐心。

 わたしは、どうすればいいんだろうか。

 

「なんでもないわ。それより、フレンをどうにかしましょ」

「うぅ……すまぬぅ……」

 

 ノイヤーは背中をさすりながらゆっくり人の波から離れて、フレンをベンチの方へと連れて行く。

 擬似的にユーカリと二人っきりになる。正直今は話したくないのに。

 

「フレンさん、あんなに酔い潰れちゃって。よほど楽しかったんでしょうか」

「そうなんじゃない。気持ちは分からないでもないから」

「ッ! エンリさんもですか?!」

 

 食い気味食い気味。わたしの正面に立って食い入るように、このつまらない顔を見るユーカリ。

 しばらくしてこれが失言だったと確信した。そりゃ、こうもなるか。

 あんまり素直に感情を表現したくないから、彼女の視線を避けるようにして顔を上にあげる。

 

「まぁ。たまには悪くないわね、こういうのも」

「よかった。エンリさん、ミスコンの時、ちょっと心配だったから」

「……何が?」

 

 ミスコンの時、わたしは何故かノイヤーをライバル視していた。

 なんでかは分からないけど、二人っきりの時間を邪魔されたくなくて必死だったのは覚えている。

 結果は惨敗だったし、もしノイヤーと1票差あったら。そんなIFを考えてしまうぐらいに。

 どうして、そんなにユーカリに対して固執するのか、自分でも分からなかった。

 

「無理やり参加されたって思ってたら、怖くなっちゃって」

「……嘘ついたこと、今も考えているの?」

「っ! どうしてそれを?!」

 

 あんたの態度を見てれば分かる。

 あの時の笑顔は上っ面だけテープで貼ったような、薄っぺらなものだった。

 何かを隠しているような、何かを見せたくないような、そんなハリボテの嘘。

 

「私、ホントは所有権が、とか、二人っきりが、とかどうでもよくって」

「じゃあなんで……」

「ここまで来ちゃったら、やめれないじゃないですか。後悔しました、もっとちゃんと断っておけば、エンリさんが辛い思いしなくて済んだんじゃないかなって」

 

 その笑顔は、他のどれとも違う後悔に満ち溢れたものだった。

 自分の選択によって、全てが台無しになって。誰も救われないようなルートにたどり着いてしまったんじゃないかって。

 そして、その顔には見覚えがあった。地方大会決勝戦。ナツキが最後に見せた、あの薄っぺらで、今にも崩れてしまいそうな笑顔。

 

「……なんで、あんたも同じ顔をするのよ」

「え?」

「っ! なんでもないわ」

「は、はい……」

 

 後悔は先に立たず。

 後ろに立つくせに寂しがり屋なのか、ずっと後ろをついてくる。

 今のわたしも、ユーカリも、あの時のナツキも全員同じだ。同じく後悔に苛まれている。

 でも、どうにかしたいとは思ってる。今いるわたしたちも、もしかしたらあの時のナツキも。

 今を生きるわたしたちに、過去をどうこうする力はない。

 今しか、変えられない。

 

「ユーカリ」

「はい!」

「あんたが気に病む必要はないわ。だって……」

 

 そのだっては、誰のため?

 わたしが3番勝負にノッたことだって。

 チャンプを倒していいところを見せようとしたことだって。

 スイカ割りでストレスを発散したのだって。

 ユーカリにミスコンに出ていいか聞いたのだって。

 

 ユーカリと一緒に遊びたいのだって。

 

 全部全部自分のため。わたしが、わたしを慰めるのに必要だったから。

 

「わたしが『好き』でやったことよ」

 

 声に出して、口に出してようやく理解した。

 いくら誤魔化したってその事実は変えられない。

 ノイヤーを目の敵にしてたのだって、ユーカリが視界に入る度に少し浮ついたのだって。全部。全部……。

 

 ――わたしが、ユーカリを『好き』だってことじゃない。

 

「なら、いいのかな」

「いいのよ。わたしの好きでやってることなんだから」

「なんか接続詞、変じゃないですか?」

「変じゃないわよ」

 

 思わず笑みが溢れてしまう。

 分からなかったけど、人を好きになるってこういう事を言うのかね。

 ナツキも、そういう気持ちだったんだろうか。

 

「あの。これ、お詫びです」

「あんた、これ……」

 

 差し出されたのはミスコンの投票券だった。なんでこんなところに……。

 いや、なんとなく分かった気がした。

 

「私、エンリさんかノイヤーさんかって決められなくて。だから投票できなくて」

「……ユーカリ。これは、そういうことでいいの?」

「今日はもう遅いのでダメですけど、また後日、お願いしてもいいですか?」

 

 お願いって。ホントはわたしがお願いしたいぐらいなのに。

 わたしが、ノイヤーと戦って決着を付けるべき内容なのに、そんな。そんなの……。

 

「えぇ、よろこんで」

「ありがとうございます! えへへ、エンリさんとデート!」

 

 そんな態度だからあんたはノイヤーにも好かれてるんでしょうが。

 目の前の魔性の女にため息を1つつく。

 ユーカリ。あんたは多分わたしのことだけを見てくれないだろうけど、わたしは、あんたのことが、ユーカリのことが……。

 

「……エンリ、ちゃん?」

「どうしたの、ナツキ」

 

 ピシャリ。その声でわたしの中の刃が恋心を引き裂いた。

 青めの黒い色が肩まで伸びたサラサラの髪。

 青い瞳で、可愛いよりも美人よりの顔立ちで。

 旅人みたいなラフな格好が、今日は浴衣に書き変わっている。

 

 その声は、わたしが会いたくても、会いたくないと念じていた復讐の相手だった。




彼女は出会った。恋心と、因縁の相手に……


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第3章:私たちのやりたいことはこんな感じで
第27話:悪魔と蒼翼。想い殴って


エンリ編、突入


 わたしはその声を知っている。

 わたしはその姿を知っている。

 わたしは、その慰めを知っている。

 

「エンリちゃんだよね? 覚えてる、私ナツキだよ?」

 

 知ってる。あんたが。あんたが……ッ!

 

「エンリさん、知り合いですか……?」

「……なんで、今なのよ」

 

 震える拳が赤い破片が出てくるまで握りしめる。

 奥歯を震わせて、力を加えれば加えるほどに憎しみを滲ませる。

 なんで、今なの。わたしが、もうすぐわたしが復讐のことなんて忘れて、4人で一緒に過ごそうと、ケーキヴァイキングと一緒にGBNを楽しもうと、そう考えていたところなのに……ッ!!

 

「なんで今なのよ! あんたはいつもそう! わたしの大事なものを奪っていくッ!」

「……うん、分かってるよ」

「いいや分かってない。分からせるもんか! あんたはッ!!」

「エンリ、さん……?」

 

 花火が弾けるように、わたしの感情も弾ける。

 それはユーカリには見せなかった、本当のわたしを晒すことで。

 でも止まらない。止められない。わたしの感情はもう過去に引き戻されて。

 

 出会わなければよかった。

 本当は知っていた。ナツキがGBNを始めていることを。

 G-Tuberとして名を馳せていることを。

 そのフォースネストの場所を。その全部を。

 

 でも、わたしはどこか臆病だった。

 目の前で、画面の向こう側でハルという女と幸せになっている姿を。

 今更過去のことを引きずっても同しようもないってことぐらい分かってたから、わたしからの接触はしなかった。その鬱憤を『八つ当たり』という形で、翼持ちのガンプラを攻撃していたんだ。

 邪魔なんてしたくないわよ。例え一時でもライバルと認めた女。その相手が過去の因縁なんて忘れて、いま笑顔になっているんだったら、それでいいと思った。

 

 ――だけど。

 

「あんたは、相変わらずね」

 

 わたしは、バトルの申請をナツキに叩きつけていた。

 もう分かっている。わたしは暴走している。

 

 ◇

 

 目の前で、何が行われているか分からなかった。

 青い髪の女性を相手にした瞬間、それまで柔らかい笑みを浮かべていたエンリさんが、まるで仇敵を見つけたかのような態度を取り始めたのだから。

 知らない。わたしは、こんなエンリさん知らない。

 普段見せているような感情が分かりにくい顔ではなく、明確な殺意を。本当の彼女を。

 

「どうしたの、ナツキ。タッグフォースバーサスの時、全勝という結果を残しておきながら、昔のライバルのバトルを受け入れられないっていうの?」

「……いつか、こういう日が来るとは思ってた。覚悟は、出来てるの?」

「悪いけど、昔のあんたみたいに機体の整備不良を言い訳に……」

「実力差を、だよ」

 

 ナツキと呼ばれた相手からの明らかな挑戦状を受け取って、その殺意を更に高める。

 怖い。私の知らないエンリさんが、みんなより知っているはずのエンリさんのことが、今はみんなと同じく恐怖している。

 口を挟みたくても、声を出したくても、私の奥底が震えて音が出せない。

 どうして。そんな困惑も、彼女が拒否しているみたいに。

 

「いいに決まってるでしょ。仲良しこよしでくすぶってるあんたに、負けるわけがない」

「……分かった。後悔しても、もう遅いから」

「後悔なら、もうしてるでしょ」

 

 ウィンドウの承認ボタンを押せば、それは戦いの合図だった。

 向かい合った2人が等身大のガンプラ2機に変化する。

 1機は私がよく知るガンダムゼロペアー。絶望となにもないことを意味するゼロをかけ合わせた、無の悪魔。

 そしてもう1機も私は知っていた。

 かつて行われていたELダイバー奪還戦において目覚ましい活躍をしたとされている蒼翼のサムライ。またはタッグフォースバーサスにおいて、桜色のガンプラとともに戦場を全勝で駆け巡ったランカーの1機。

 その名も『ガンダムアストレイ オーバースカイ』

 そのダイバーの名は、ナツキ。ワールドランキング8414位に君臨する、空をかけるサムライ。

 

「あれが、エンリって人か。ちょっと妬けちゃうな」

「あのっ! エンリさんと、ナツキさんはどういう……」

「まずは2人のバトル、見てあげたら?」

「え。あ、えっと……」

 

 オーバースカイはバトル開始直後に青いデスティニーの翼を翻して、空中へ位置取り。ゼロペアーは、その場でただじっと様子をうかがっているだけだった。

 いつものように飛ぶ鳥を落とすべく、あえて飛ばしたような仕草にすら見える。

 だから、いつもどおりエンリさんなら絶対勝てる。理由は後で聞く。聞かせてくれるなら、絶対に。

 

『相変わらず、なんだね』

『あんたも、相変わらずでしょう。だから今回も同じく……』

 

 ゼロペアーの尻尾であるテイルシザーの先を地面に接地。そのままバネの力のように、ゼロペアー自身がオーバースカイ以上の飛躍を放つ。

 手には何も持ち合わせていないけれど、相手を掴むことが目的なら延伸腕でどうにでもなる。

 案の定伸ばした腕が伸びていき、オーバースカイの翼を掴み……。

 

『甘いよ』

 

 そこねた。

 翼を少しだけ避けて、その難から逃れる。

 今の速さだったら、今まで通り掴んで地面に叩きつけてたはずなのに。

 だがエンリさんなら絶対終わらない。背中にはテイルシザーがあるんだ。それで掴めれば……!

 一緒に連れてきていたテイルシザーを逆方向に飛ばす。その先にはオーバースカイ。次こそ捉えたはずだったのに。

 

 ――一閃。

 

 必ず射抜くはずのゼロペアーのテイルシザーが何者かに阻まれて弾かれる。

 その一閃は続くテイルシザーの攻撃をもう一度弾き、前へ出る。

 猛追する相手はゼロペアーの背中。もちろんそんなことぐらいエンリさんなら分かっている。

 素早く着地したエンリさんは硬直を無視して反対方向へと飛んで、鈍色に輝く刀の一撃を回避した。

 

 だが、オーバースカイはそこで止まらない。

 翼のスラスターを左右に点火しながら、接敵。エンリさんの暴力のことごとくを回避していく。

 舌打ちを響かせながら、側転バク宙。やや逃げ腰となっているゼロペアーがそこにいた。

 エンリさんが、劣勢に追いやられている……?

 

『くそっ!』

『エンリちゃん、そんなんじゃまた私には勝てないよ!』

『どの口がッ!!』

 

 振り返りざまにハンドメイスを投擲。このパターンはエンリさんの十八番、フロントチェーンによる回転薙ぎ払いだ。この攻撃なら範囲は広いし、当たるはず!

 横回転しながら迫りくるメイスを身体を翻しながら避けても、その先に待ってる横範囲攻撃には。

 フロントチェーンが起動してメイスのナックルガードに接続。横振りの回転殴打が炸裂する。容赦なくヒットした光の塊はそのまま姿を変えていき……ってあれ? ガンプラって、あんなに柔らかかったっけ?

 

『きゃああああああ!!!』

 

 瞬間。響き渡るのはエンリさんの悲鳴。

 フロントチェーンの先、エンリさんのゼロペアーの腕が片方脇から消失していた。

 ミラージュコロイドによる幻影。私も話には聞いていた程度で実際はどんなものかは知らないけれど、そこにあったのは幻、質量のある残像。それを判断できないぐらい、エンリさんは今暴走しているんだ。

 斬れた腕はもはや元に戻ることはなく、加えてフロントスカートから先にはメイスが鎮座している。これってもしかして、逃げ切れない?

 

 チャンプなら、クジョウ・キョウヤが相手なら『それ』は分かる。しょうがない。どうしようもないと。

 エンリさんが何のために戦ってきたのか。理解するにはまだまだ情報が足りないけれど、あの様子からナツキさんと戦うために修行してきたのだろう。

 だけど、目の前に見える『それ』が容赦なく突き立てられる。

 フロントチェーンを踏みにじり、逃げ場をなくした彼女の前に待つものは、明確な『敗北』。

 

『エンリちゃんの活躍、実は前から知ってたんだ。バードハンターって異名も』

『……だから、何よ』

『エンリちゃんも、あの事を忘れてGBNを楽しんでると思ってた』

『ッ! ふざけんじゃ、ないわよ!』

 

 滲むのは怒り。放出するのはたくさんの恨みと、分からない。

 でもそれが、私に思わせるんだ、怖いって。

 

『あの時からずっと、わたしはあんたのことだけ考えてた! のうのうと生きてるあんたと違ってッ!』

『私だって』

『分かられてたまるかッッ!!!! 『落とせ、ゼロペアー』ッッッ!!!!』

 

 怒りが滲む瞳が赤き閃光を放つ。

 同時に胸部が開いたと思えばメガソニック砲が姿を現し、至近距離での砲撃を行う。

 咄嗟に回避したとは言えども、完全には回避しきれないオーバースカイは左翼に被弾。熱で焦がされた翼が爆発を引き起こす。

 もちろんフロントチェーンを抑えていた足だって解放される。

 即座に回収したメイスを片手に持つと、地面を強く踏み蹴り飛ばす。

 

『あんたはいつだってそうだ! 地区大会決勝、本当ならあんたが勝ってた!! 整備不良なんて些細なことがなければ、絶対にッ!!』

『でも! あの時勝ったのは、エンリちゃんで!』

『常勝無敗だったあんたが、それを言うなァ!!!』

 

 ハンドメイスとガーベラストレートがお互いに打ち合う。

 鉄と鉄。復讐とプライド。そして過去の因縁。そのようにも見える感情を、今まで私なんかには見せてこなかった深い、深い絶望で相手を叩きのめすように、ただひたすらにメイスを叩き込む。

 

『あんたがいなければ、わたしはもっとまともでいられた!』

『あんたがいなければ、わたしはもっと強くいられた!!』

『あんたがいなければ、わたしは失望に苛まれずに済んだのにッッッ!!!!!!』

 

 もはやそれは、ただの児戯。技も何もなく、ただただ自分のワガママを振るっているような、そんな子供みたいな暴力。

 もう、やめてください。そんなエンリさん、見たくなかった。

 失望じゃない。醜くもない。ただ。ただ、悲しく見えた。

 

『あんたさえ、いなければッ!!!!』

 

 普通のガーベラストレートならとっくに折れているはずなのに。

 もはやどうでもいいことを目にするしかなくて。

 なまくら刀となった刃に裁きを下すように、エンリさんはその怒りを振り下ろした。

 

『……トランザム・オーバースカイ』

 

 その攻撃は、技による一撃によって防がれた。

 ひっくり返って柄でゼロペアーのメイスを弾き飛ばし、続けざまに肩から脇下にかけて、無情なる一撃が振り下ろされる。なまくら刀だったはずのその刃は、ゼロペアーを半身を斬り飛ばす。

 

『ッ!!!』

 

 テイルシザーによる攻撃を物ともせずに、コードから斬り裂く。

 フロントチェーンによる奇襲も、これには届かない。

 メガソニック砲は、もはや使い物にはならない。故に。

 

『……ごめんね』

 

 胴体への突き。その一撃がエンリさんの決定的な『敗北』となった。

 

 ◇

 

「エンリさん!」

 

 ただただ、今はそばにいたかった。

 何故かは分からない。だけど、今手を伸ばさないとすり抜けてしまいそうなぐらい、心細くて。

 怖くても、手を握らなきゃって。離さないようにしなきゃって、必死だった。

 

「エンリちゃん」

 

 ただ膝をついて、無気力に下を向いているエンリさんを見てたら、並々ならぬ覚悟だったと感じさせた。

 

「私は、乗り越えられたよ。だから……」

 

 ピクリと反応したけれど、もう身体を動かす気力すらないのか、か細い声を一つ上げる。

 

「だから、何よ」

「エンリさん……」

「変われるとは言わない。でも、乗り越えられるから」

 

 不意に、ナツキさんから私に視線が送られた気がした。

 2人は黙ってその場を去る。

 なかった事になんてできない。だって、私の目の前でプライドも戦略も戦術もガンプラも自信も、何もかも斬り捨てられた憧れの人がいるんだから。

 

 私に、何ができるんだろうか。

 フォースで決めた決め事は今も生きている。エンリさんの邪魔をしない。

 なら、私はエンリさんを止めることなんてできない。止めたいかと言われたら、止めたい。

 でも、その資格が私にあるんだろうか。ただ背中を追っているだけの、フォースのリーダーであって他人の私に。

 声すらかけられなかった。もっとできることがあるって思ったのに。なんにも思いつかないんだもん。私、エンリさんにお返しできること、何一つないから。

 

「……えっと、ユーカリちゃんにエンリちゃん。どしたの?」

 

 そんなでも時間は動く。

 やっと復帰したらしく、何もかもなくしたエンリさんの前にノイヤーさんとフレンさんが現れた。

 何があったかは察することができないけど、何が起こったかぐらいは理解できたようで、2人とも静かに顔を見合わせるだけだ。

 

「ユーカリさん、これはいったい……」

「さよなら」

「え?」

 

 手に取っていたはずのエンリさんがテクスチャの破片に消えていく。

 するりと、逃げるように断ち切られたエンリさんのログは、イン情報はすぐさま消えていく。

 私は唖然として、追うことすらできなかった。何も、できなかった。

 

「わた、私、は……」

 

 目の前で友達が去っていくのを、私は何も言えなかった。引き止めることができなかった。繋ぐことが、できなかった。

 何も理解してあげることなく、何も分かってあげることなく。

 ただただ過ぎ去る何もかもを、私は漠然と見ているだけ。それだけだ。

 

 その日以降、エンリさんがフォースに姿を見せることがなかったのは、言うまでもない。




過去の因縁、絶えることなく


◇ナツキ
出典元:ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ(二葉ベス作)
前作レンズインスカイのヒロインであり、ハルの相方。
現在は大学でハルのお手伝いがてら、ハル専属のモデルとして活躍している。
ファイターとしての腕は衰えることはなく、現在は4桁ランカーとして有名。
エンリとは浅からぬ因縁がある。


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第28話:悪魔と絶望。その雨はしとしとと

キミとユメをカケルよ!(ウマ娘2期視聴中


 手を伸ばしても、掴んでも、解けて消えていくものがあると知ったのはつい最近のことだ。

 掴みそこねたその右手に、いったい何が宿っていたんだろうか。

 絶望、無力、失望。私には分かりかねる内容で、私の知らない、エンリさん。

 

 あの夏祭りフェスの出来事から数日が経過した。

 どこを探してもエンリさんの影も形もなくて、ただただ無意味な時間だけが過ぎ去っていた。

 あの日以降、ちょこちょことエンリさんの出没情報は出ていたけれど、目の前にあるウィンドウのフレンド情報には、無情にも『オフライン』と表示されている。きっと、ログイン情報を隠しているんだろう。

 ……そんなに、探してほしくないんですか? 私たち、これでもエンリさんのことが心配で。

 

「エンリさん、フォースを抜けてしまうのでしょうか」

「そんなわけありません!」

 

 フォースネスト『ロイヤルワグリア』に大きな怒号が鳴り響く。

 しまった。そう考えて、立ち上がったその心と体をソファーに座らせた。

 

 怖い。今はエンリさんがいなくなってしまうことが怖い。

 怖い。彼女のことを知らないことが怖い。

 怖い。彼女のことを知らぬ間に傷つけてしまっていたとしたら、怖い。

 

「まぁ、エンリちゃんの邪魔をしない、がフォース加入の条件だったもんね」

「それは、そうですけど……」

 

 事情は話した。

 ナツキさんという人にエンリさんは何かしら因縁を持っていること。

 そしてその因縁の相手に完膚なきまでに敗北したこと。

 今思えば、あの時のエンリさんは少し状況がおかしかった覚えがある。エンリさんは相手のことを着実に追い詰めていき、最終的に叩き潰す戦術を得意としているはずだ。実際一番最初のゼダスM5機相手だって、相手の混乱を利用した対処をしていた。

 だから、ナツキさんと戦ったときのような『らしくない』戦い方。言ってしまえば、子供のワガママのような戦い方は普段は見せない。

 それほどの相手だったんでしょうか。自分がどうにかなってしまうほどの相手。人が人に対して考えうる最悪の殺意。

 それが、本当のエンリさんだったんでしょうか。

 

 しばらく考えて、違うと感じる。

 だってエンリさん、ナツキさんが話しかける前はすっごく優しい顔してて、またエンリさんの知らない一面が見れたって思って嬉しくなったのに。

 かっこいいも、怖いも、綺麗もかわいいも。その全てがエンリさんの魅力だって、本当のエンリさんだって、私が一番最初に受け入れるつもりだったのに。

 受け入れられれば、あの時何か声をかけてあげられたはずなのに。分からない。分からないですよ……。

 

「ユーカリさん、フォース戦のお話、結構受けているのでしょう? どうしますか。全部取り消しますの?」

「……すみません、後でお断りのメールを出します」

 

 ノイヤーさんとフレンさんがお互いに顔を見合わせて、私の心配をしてくれた。

 分かってる。2人は私ほどエンリさんに固執してなければ、エンリさんじゃなくちゃいけないって考えてない。

 でも心の中が、どうしてフォースの仲間をそんな簡単に捨てられるのって。この薄情者って、ざわついている。

 分かってるけど飲み込めない。どうすればいいか、分からない。

 後悔と恐怖を大釜に入れてぐるぐるとかき混ぜるだけ。かき混ぜても生まれるものは特にない。不快感だけが、胃の中で煮えたぎっている。

 

「やっぱアタシ、エンリちゃん探してくる!」

「わたくしは、あまり推奨いたしません」

「なんで?! ノイヤーちゃんがエンリちゃんのことを目の敵にしてるってことは分かるけど!」

「人には、そっとしておいてほしい時ぐらいあるんですのよ」

 

 それは経験則。あるいは、同情か。

 フレンさんの言葉を遮るように、ノイヤーさんは半ば諦めにも似た感情を浮上させる。

 フレンさんの言葉は嬉しい。ちゃんと言いたいことを言いたいって気持ちだろう。でなければ、他人のエンリさんなんてほっとくべきなんだから。

 ノイヤーさんの言葉だって一理ある。放っておいてほしい時は確かにあった。その方が自分と向き合えるから。

 じゃあ私は。私は、エンリさんに何がしたいんだろう。

 

「それでもだよ! 何も言わずに数日って、そんなの!」

「あんまりだとは思いますわ! ですが、人の心にズケズケと踏み込むのがベストだとは思いません!」

「それでも!!」

「もう止めてください……」

 

 聞きたくなかった。ノイヤーさんもフレンさんも、もう喧嘩腰だった。

 何もしてないのに、何もしなかったからフォースが空中分解していくなんて、私はもう耐えられなくなってしまう。その原因が紛れもなくエンリさんだから。

 

「……ごめんなさい、落ちます」

 

 私はログアウトボタンを押して、そのままGBNから姿を消した。

 申し訳なさそうなノイヤーさんとフレンさんの顔を目に入れながら。

 

 ◇

 

「はぁ……」

 

 エンリさん譲りの深いため息を1つ。

 GBNの使用を終わったことを報告すべく、マツムラさんに声をかける。

 

「どうしたんだい、そんな疲れた顔をして」

「ぁ……。いえ、なんでもないですよ!」

 

 そんな偽りの愛想笑いをして。

 どうすればいいんだろうか。もし今エンリさんと出会って、対面して、私は何が言えるだろう。

 答えが一切分からない。あのエンリさんの悲痛な叫びは並々ならぬ憎しみがこもっていた。膝をついた彼女は失意を象徴していた。なのに私は何一つ言えることがなかった。たった一言も、一音も。彼女の為を思っているのに、何一つ声をかけることができなかった。

 重い足で、ガンダムベースの出入り口を目指す。

 きっと明日もエンリさんはいない。フォースにいなくて、どこかで何かと戦っているだけ。戻ってくることなんて、もう……。

 

 ドサッ。うつむいていた顔が不意に誰かと当たる衝撃が走る。

 無気力なまま顔を上げれば、そこには黒い髪の長いツインテールが素敵な、リアルの彼女と目が合う。

 

「エンリ、さん?」

「ッ!」

 

 エンリさんの顔が一瞬こわばるのと同時に、すぐさま出入り口から外に出ようとする。

 待って。ここで逃したら、ここで手放したら、私はエンリさんを見失う。見失ったら最後、もう会えない気がするんだ。

 だから待って。待ってよ……。待ってください。

 

 雨が降る真夏の夜。

 普段運動しない身体にムチを打ってエンリさんの後を追う。

 幸いにも向こうも足が速くないのか、付きず離れずの速さだった。

 行かせたくない。

 

「待ってください!」

 

 必死だった。

 

「待ってよ!!」

 

 泣きそうだった。

 

「待ってッ!!」

 

 すぐそこまで接近した私は勢いよくエンリさんの腰へとダイブする。

 抱きしめるようにしてエンリさんを離さないようにした私は雨が降りしきる中、次に言おうとした言葉を考えた。

 けれど、何もなかった。離れないで、待って。消えないで。そんな言葉だけが湯水のように湧いて、蒸発していく。

 

「離して」

「嫌です!」

「わたしは負けたの。だから自分を鍛えなきゃいけない。こんなところで、くじけたままにしておきたくないのよ!」

 

 どこまでも自分に厳しくて、どこまで行っても過去のことを見えている。それだけはさすがの私にも理解することができた。

 

「だったら、私たちと一緒に!」

「ッ! 甘えさせないで! わたしは強くならなきゃいけないの! あんたたちに迷惑をかける気はないの!!」

「迷惑なんて……」

 

 固定していた腰回りからするりと手の力が抜けていく。

 どうして、そんな事言うんですか。迷惑だなんて思ってない。むしろ頼ってほしい。私たちはフォースの仲間だったんじゃないんですか?

 

「エンリさん、私は……」

「……フォースは抜ける。もう、関わらないで」

 

 空気が凍った。凍てついた雨ではない。少し生ぬるい、気持ち悪い雨だ。

 でもその言葉だけで、私の心を凍りつかせるには十分だった。

 それは、明確な拒絶の言葉。憧れの人からの拒否は、手が届かない永遠のようで。

 

「なんで、そんなこと……」

 

 膝をつく。濡れた地面なんてお構いなしに腰をつける。

 見上げるのは絶望で濡れたエンリさんと、曇天の空。

 まるで、なんてものではない。でも私とエンリさんの心を表しているみたいで。

 

「……ごめん」

 

 エンリさんは、そのツインテールを空気に乗せて走り始める。

 行っちゃう。行かないで。行かないでください。

 手を伸ばしても、声を上げても、彼女が振り返ることはない。

 もう、涙と雨の境なんて分からない。泣き止むことのない雫たちは、どうすればいいか分からない私を容赦なく凍えさせていった。

 

 ◇

 

「嫌な予感はしていましたが、何が起きましたのユカリさん」

 

 しとしとと降る絶望に傘を差してくれたのは、帰宅方向が反対のムスビさんだった。

 どうして。いや、それを聞くのは野暮か。最後に去ろうとしたときの私は、結構参ってたから仕方ない。

 

「……なんでも、ありません」

 

 なんでもなくない。だって、あのエンリさんがフォースを抜けるって、そう確かに言ったんだから。

 憧れの人からの拒絶の言葉なんて、普通聞きたくないじゃないですか。私の、この感情まで否定された気がして。

 

「行きますわよ」

「どこに……」

「ユカリさんの家ですわ。そんなびしょ濡れじゃ風邪を引きますわ」

 

 うん、それもそうですね。

 どうでもいいことなのに、同意してしまった。

 私のことなんてどうでもいい。エンリさんは今どうしているだろうか。あの人も傘を持ってなかったから風邪を引いてしまうかもしれない。嫌だな、それ。私のせいで、エンリさんにまで迷惑をかけてしまうなんて。

 

 家に帰って、家族はみんなびっくりしていた。

 それもそうか。愛娘がびしょ濡れで帰ってきてるんだもん。

 すぐさまシャワーに入れられて、そのまま空虚な時間だけが過ぎてった。

 考えたくないけど、冷えた身体で何かを考えても良い結果は得られない。十分に温まった身体でも、あんまりいいアイディアは思い浮かばなかったけど。

 

「本当に、何がありましたの?」

 

 ムスビさんが極めて優しい声で、当然の疑問を口にした。

 私は、先ほどエンリさんに出会ったこと。そして、フォースを抜けると宣言されたことを告げた。ムスビさん、怒ってるかな。好き勝手してるもんね、私とエンリさん。

 

「……事情はなんとなく分かりましたが、そうですか」

「私、どうすればいいか分からないんです」

 

 ようやく固まった2つの感情はまったく真逆のステータスを持っていた。

 1つはエンリさんを止めたいってこと。復讐なんか止めて一緒にいてほしいって、そう言いたい都合のいい感情。

 もう1つはエンリさんの邪魔はしたくない。因縁にしっかり決着を着けてほしいっていうワガママな気持ち。

 相反する感情論が私の中をぐちゃぐちゃにかき乱していて。

 正直、どうすればいいか分からなかった。

 あれだけの拒絶をされたんだから、エンリさんだって私たちといることを望んでないかもしれない。だけど、私は一緒にいてほしい。本当に、私はどうすればいいんでしょうか。

 

「ユカリさんは、どうしたいんですか?」

「私じゃなくて、エンリさんが……」

「少し冷静になってください。あなたらしくありませんわ」

「私は……」

 

 私がどうしたいかじゃなくて、エンリさんの復讐を果たさせたい。

 だけど、それは私たちのフォースにいるとできなくて。

 

「ではなくて。ユカリさんは本当に望んでいることはなんですか?」

「私は。わた、し。は…………」

 

 エンリさんと一緒にいたい。

 だけど、エンリさんの邪魔はしたくない。

 反発しあう2つの感情はどうにかして片方斬り捨てなきゃいけない。

 でも! 私にはできない。私の、本当の想いなんて……。

 

 ムスビさんはその言葉を口にして後、私の家から立ち去っていく。

 私の中にはまだシコリがあって、それがますます大きくなっていくのを感じた。

 分からない。分からないですよ、自分が望んでることも、エンリさんのことも。




阻止と続行の間で


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第29話:迷人と星追い人。後悔のない選択はない

迷子の迷子の子犬さん。私の居場所はどこですか


 私は諦めたくない。

 だってそうですよ、エンリさんのことが分からなくても、あの時、緩んだ笑顔だけは真実だって思ってるから。エンリさんだって望んで復讐なんてしてるわけないって。そう、思っているけど……。

 

「今度、足のウェア変えよ」

 

 グラスランド・エリアをバッドガールに乗ってひたすら歩く。

 歩くたびに振動が襲ってきそうな衝撃に少し辟易する。移動しづらい。飛んだ方が数億倍便利だ。

 道は平たんなのに、こんなにも足は重くて前に進めないのはどういう理由があるんだろうか。

 分からない。私がしたいことも、エンリさんの考えていることも。

 本当は復讐を望んでいないのであれば、きっとそこにあるのは諦めと折り合い。決して、人を殺すような視線を発していいわけがない。

 嬉しく思ったはずなんだ。憧れのあの人のことをまだまだ知ることができると。

 でも実際感じた感情は恐怖。知れば知るほど、どこかで不意にいなくなってしまうような感覚。実際に起こった出来事。

 いなくなることへの恐怖。知ることができたと思う喜び。

 エンリさんを知ることができて嬉しいと思ったのに、今じゃ、知るたびに消えそうになっているエンリさんに恐怖している。怖がっている。

 

「どうすればいいんだろうね、バッドガール」

 

 彼女は何も答えてくれない。

 機械人形はただGBNを彷徨うように、私の心に従う。

 ムスビさんは言ってくれた。私の本当に望んでいることは何かと。

 それを知ったとしても、何も変わらないはずなのに。

 あの人は私に宿題を与えていった。自分が自分に問いかけるという大きな課題。

 

「エンリさん、私はどうしたいんでしょうか」

 

 多分この空のどこかにいる友達を思って口にした。

 いつの間にかフォースの人数は3人となっていて、ぽっかり空席となった4人目のことを考える。

 事情も分からない、何が起こったか分からない、何を考えていたか分からない。

 分からないばかりで、参ってしまう。不理解の袋小路。無の煉獄。知らないという罪は、こうやって私にばっか降り注いでいく。

 

 考え事にふけっていると、不意に小型のガンプラが空中を駆けているのが見える。

 小さいガンプラ。腕も足も一回り小さいのにどことなく力強さが感じられて。

 魅力を感じた。唯一無二の個性が。こんなガンプラでも活躍させたいっていう意志みたいなものが。

 いいなぁ。あんなガンプラに乗れたら気持ちいいだろうに。

 そう考えていると、その機影がこちらの索敵範囲に入ってくる。え、なになに。もしかして臨戦態勢ってやつ?

 身構えつつ、こちらも臨戦態勢で構える。だがこちらの意思は反してそのガンプラは目の前で着陸して、そのコックピットが解放された。

 

「ヒロトさん?!」

「うん、こんにちは」

 

 なんだろう。何かあったのかな。

 私もその場でガンプラを跪かせて、コックピットから降りていく。2,3度跳ねてから降りた草原は風が吹き抜けていて、すごく心地よかった。私の心の中と違って。

 

「何かあったんですか?」

「いや、ユーカリのバッドガールを見かけたから」

「そう、ですか」

 

 よかった。心の内側は全然悟られていないようだ。

 流石に自己紹介してから数日後に会ってみたら、何故か気持ちが凹んでた、なんていったら誰だって心配するもんね。

 今日は極力人に会うつもりはなかったから、適当に流して終わりにしよう。

 だから目に入ってきた目の前のコアガンダムⅡを見上げる。オリジナルのガンプラなんだろうか。完成度がすごくて、なんだか眩しいな。

 

「素敵なガンプラですね」

「あぁ、うん」

 

 素敵、か。ぼそりと呟いたヒロトさんの言葉は、風にかき消えて、私の耳には届かない。でも、なんだか寂しそうにも見えて。

 

「同じこと、昔言われたことあるよ」

「昔ですか」

「うん、昔」

 

 遠い日のことを思い出すように、ヒロトさんは目を細める。

 空は夜天で、星々の自己主張がそれぞれ激しい夜。都会じゃ見れないだろうな、こんなところ。

 しばらくコアガンダムに手を置いて考え事。

 何を考えているんだろう。ヒロトさんもエンリさんもそうだけど、やっぱり人の気持ちが分からないと少し怖い。それを改めて理解していた。

 

「ユーカリは、エンリって子を探してるの?」

「へ?!」

 

 いきなり心臓を鷲掴みにされたみたいな衝撃が全身に伝わる。

 その後に警戒。どうして知っているのか。その答えが聞きたくて。恩人であっても、どこから情報が漏れたか分からなかったから。

 

「別に言いふらすつもりはないよ。ただフレンから事情は聞いた」

「……フレンさん」

 

 失礼な物言いだけど、いかにも口軽そう。

 できれば私たちのフォースだけで解決したい出来事だったんだけど、そうも言っていられないと判断したんだろう。ありがた迷惑とはこの事かもしれない。

 

「俺で良ければ、話してくれる? 力になれるとは言わないけど、少しはスッキリすると思うから」

「…………」

 

 本音を言えば話したい。自分だけで抱えているこの感情を全てぶちまけてしまいたい。

 だけどその本音すら、どこに行くのか定まってなくて。ただただ相手を心配させたり傷つけたりするかもしれないって考えたら、怖いんだ。

 その言葉だけで十分だと言う私と、重荷を下ろしたいと言う私がせめぎ合っている。

 どうすればいいか分からなくて。だから差し伸べられた他人の手を握ってしまう。

 

「分からないんです。エンリさんも、私自身のことも」

 

 他人だから。そんな言葉に甘えて私は洗いざらい吐き出す。

 

 エンリさんのこと、全然知らないんです。

 どんな事をしていたのか。どんなものが好きなのか。どんな相手が好みなのか。

 それから、私たちと一緒にいて楽しかったのか。もちろん楽しいって言ってくれましたし、それが嬉しくてたまらなかったんです。でもその後の恨みと憎しみの声が頭から離れなくて。

 どうしてって。なんでって言いたかったです。でも言えるわけないじゃないですか。そんなこと言ったらエンリさんに嫌われるかもしれませんし、余計なことを言ったらエンリさんが傷つくのぐらい分かってましたから。

 口に出せないから、名前しか呼ぶことができなくて。繋いだ手がログアウトで消えてく感覚は今でも忘れられません。エンリさんが消えていってしまうかもって。そう考えるだけで肩の震えが止まらないんです。

 あの後エンリさんとはリアルで会えましたけど、フォースを抜けるって言っていなくなって。もう自分勝手すぎますよ! 私たちが心配してること全然理解してないし、分かってない。エンリさんのバカ!

 でも、分かってないのは、私もなんです。

 ノイヤーさんに言われました。自分が何をしたいか。何を望んでいるのか、を。

 私は、答えられませんでした。何も思いつかなかったわけじゃないです。ただ私が選んだ選択のせいでエンリさんとの関係が無為になったら嫌なんです。

 昔は、もっと無鉄砲に一直線に走っていけたはずなのに、ノイヤーさんとも仲良くなれたのに、今じゃこんな情けない私で、ごめんなさい。

 復讐は止めさせたい。でも足を止めて欲しくない。そんな考えがぐるぐる回って。

 どうすれば、いいんでしょうか。私は……。

 

 声に出して、ハッとした。本当に全部吐いてしまっていたんだ。

 

「すみません! 私、今どうかしてて」

「ううん。言ってくれて嬉しいよ」

 

 不器用ながらも、優しそうな声と微笑みで少し自我が戻ってきたのを感じる。

 言ってて分かった。私って相当ワガママなんだ。エンリさんと一緒にいたいし、その恨みを発散させてあげたい。でもその実力は私にはないって。できないって、ずっと引きこもって。

 

「ユーカリ。俺は明確な答えは出せないし、君が決めることだって思ってる。だけどこれだけは言わせてほしい」

 

 ヒロトさんはスーッと息を吸い込んで、私の目をしっかりと見る。その瞳は、まるで過去で既に見てきたような経験者のような、そんな瞳。

 

「後悔のない選択なんてない。どんな答えでも、納得するしかないんだ」

 

 それは、自分でも分かっていること。どちらかを選択するってことは、どちらかを捨てるってこと。それが取捨選択なんだから。

 

「怖いです、その選択が。失敗したら、どうしようって」

「俺が言えたことじゃないけど、取り戻せるなら、もっとワガママになってもいいんじゃないかな」

「……ワガママ、ですか?」

「うん。少なくとも第二次有志連合戦の英雄は、そうしてた」

 

 話には聞いたことがある。ELダイバーとGBNを救った英雄がいると。

 でも英雄は、英雄たる志と魂があったからこそだ。だから、そんな人と比べられても……。

 

「英雄だって、リクだって悩んで悩んで、悩み抜いて決断した1人の人間だ」

 

 まるで本人から直接聞いてきたかのような言い草。でも自然と胸の奥にスンッと収まって。

 私が決めること。私が、選択しなきゃいけない、大切。ワガママ。

 

「何か、掴めそうな気がしてきました」

「よかった。こんな俺でも役に立てたみたいだから」

「いえ。なんとなく、ヒロトさんだから良かったのかなと」

 

 何故かは分からない。けれど、ヒロトさんだったから説得力があったというか。

 『大切を見送った』ような、『選択した者の末路』というか。そんな説得力。貫禄っていうのかな。かっこいいって思う。

 

「1つ、いいですか?」

「何?」

「リクさんって、どなたですか?」

「んー、GBNの英雄で、俺にとって超えたいって思ってるライバル、かな」

 

 ◇

 

 ヒロトさんが立ち去ってから、私はこの場所でずっと考えていた。

 私の求めるのもは何か。望むものは何だ、って。

 その答えは、未だによく分かってない。けれど、喉の奥までは出かかっている。胸の内側が叫びたがっている。

 

「私の、答え……」

 

 ――それはもう決まっているんじゃないの?

 

 不意に風の音に混じった何かの感情が脳裏をよぎる。

 振り返れば黒いボディに白いドクロの装飾が飾られたガンダムAGE-1 バッドガール。

 決まっている? 決まっているのかな。私の踏ん切りがつかないだけかな。

 バッドガールを見上げて、名前の由来となった誰かを思い出した。

 私は、その誰かに憧れて、かっこよくてアウトローなイカした女を目指した。そのためのバッドガールで、そのためのこのダイバールックだ。

 それは、なんでだったっけ。

 

「……なんでって、そんな事決まってる」

 

 私を助けてくれたヒールじゃなくて、ヒーロー。

 赤いマントの代わりに黒いマフラーを身につけた、悪魔のようなヒーロー。

 そんな相手のそばにいたいから。隣りにいたいって思ったから後先顧みずに走ってきたんだ。

 なんだ。たったそんな事、か。

 

「バッドガール。私、もっとワガママなってもいいのかな?」

 

 彼女は答えてくれない。

 けれど、答えがないってことは、かっこよくてアウトローな背中を追うしかできなかった私を止める人は誰も居ないってこと。

 エンリさんの手を掴むのは私だってこと。

 歳をとった、なんて言わない。だけど最近忘れていたのかもしれない。

 

「ややこしく考えてた。もっと真っ直ぐに『伝えたいことがある』って言えばいいんだ」

 

 後先なんて今度考える。今は『一緒にいたい』って伝えたいんだ。

 復讐なんてこの際どうだっていい。エンリさんの都合なんて関係ない!

 私のワガママだっていうのは百も承知だし、いまだに胸は晴れないままだよ。

 それでも。迷いながら、それでも。終わらせないことを選んだのはたった1人、私だ。

 

 だから、やるべきことをやって、エンリさんを見つけ出して、言いたいことを言う!

 

「待っててください。私が絶対その手を掴みます!」

 

 一人ぼっちの手を私が一番最初に掴む。それが私の最終解答だ。




決意はこの手に。最終解答は、私の中に。


◇ヒロト
出典元:ガンダムビルドダイバーズRe:RISE
Re:RISEの言わずと知れた主人公。本編設定は割愛。
ユーカリの印象は、元気な子。決してアウトローではない。
取り戻せるなら、ワガママになってもいいと思っていそう。
少なくとも、宇宙に埋葬した彼女のことを考えながら。


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第30話:悪魔と夏空。その過去は勝っても

知らなきゃいけない。あなたのことを。


 私は、知る必要があった。

 どんなこと? って、そんなの至ってシンプルな出来事であって。

 私がまずは知らなきゃいけないこと。それは、エンリさんの過去だ。

 エンリさんを知らなくては、その先の対策を練ることはできない。その手を掴んだとしても逃げられてしまう可能性だってあるのだのだから。

 そう。いわば私は今、エンリさんのためなら何でもやる女だ。

 例えばそう。エンリさんの昔の女の場所に来たとしても、やることはきっちりやる。

 

 小さな路地。立ち並ぶ古い建物が情緒を煽る古い道。

 他の建物には入れなくても、ポツンと一つ、明らかに目新しいようなお店が立っていた。

 曰く。そのお店はすべてがセルフサービスだと言う。

 曰く。そのお店は閉まっていることの方が多いと言う。

 曰く。そこには4人のフォースネストであると言う。

 ネストの名前なんてものは知らない。だけど、誰がいて、そこにエンリさんの宿敵がいるってことは知っている。

 そのフォースの名は春夏秋冬。かつて、いや今もその名を馳せている4人組のフォースは『空域の支配者』『蒼翼のサムライ』『ギャルスナイパー』『火力の妖精』という、それぞれのメンバーが二つ名を持っているほどの実力者だった。

 

 まぁ、だからそんなフォースの基地に道場やぶりの如く門をたたくのは正直、気が引ける。

 気が弱いとかそういうのじゃない。単純に緊張するじゃん、知らない場所を正面から堂々と入っていくのって。

 

「どーしよ」

 

 勇み足で春夏秋冬のフォースネストにやってきたものの、それはそれとして緊張するものは緊張する。足がこわばって、思うように前に進んでくれない。

 やってること、普通にヤの付く自由業の方がなさってるカチコミと同じですよね。うわー、すごく緊張してるけど、それ以上にワクワクしてきたー! えやっばい、だってこれアウトローみたいじゃないですか。アウトローの時間だおらぁ! とか言いながら、扉を蹴破ってターフイン! なかなかできることじゃないですよ! でも、GBNならできる! でも怖い!!

 

「何やってるのー?」

「ぴぎぃ!」

 

 不審者みたいに声をかけられては情けない声を上げてしまった。

 恐る恐る振り返ってみれば、そこには小さな女の子が一人。茶髪のツーサイドアップで、くりっとした瞳の碧眼はまさしく少女。だいたい小学生ぐらいだろうか。白を基調とした制服のような衣装でこの子をイメージする色を例えるなら雪のような白をイメージさせる。

 ノイヤーさんと違って、病的な、ではなく正統派な白だなぁ。

 漠然と心の中で思っていれば、春夏秋冬のフォースネストに指を差して、こう口にした。

 

「セツたちのネストに何か御用?」

 

 ひょっとして。

 私の脳内に入っているG-Tuber名鑑を開く。

 数は少ないし、有名どころしかいないけど、その有名どころだけで事足りるタイプのG-Tuberであった。

 春夏秋冬のセツ。火力の妖精とも謳われる二つ名を持っている、春夏秋冬のやべーやつが一角だ。

 

「え、えっと……」

「ナツキお姉ちゃん! なんかお客さんだよー!」

「え、あっ! ちょっと!」

 

 待って待って待って! まだ心の準備ができてないっていうか、今ナツキさんそこにいるんですか?!

 いやいやいや、まだ覚悟とかいろいろがまだ決まってないっていうか、なんというか……。

 

「ホントー? って、エンリちゃんの……」

「あー……。どうも、です」

 

 そのまま流されるしかない。困惑していて脳内の許容量を超えた思考で、少なくとも諦めて流される、ってことしかできなかったわけでした。

 

 ◇

 

「それで、エンリちゃんの話を聞きに来たと」

「そういう、ことです……」

 

 3人。そう3人で何故か私を囲んでいるのだ。

 1人は空域の支配者と評されるビットと近接使いの達人。ハルさん。正直ナツキさんの隣にいた人、という印象しかないものの、その実力は一つ頭が抜けていると言わざるを得ない。

 1人はさっきのセツさん。とにかく火力のやべーやつという噂。

 そして最後はナツキさん。エンリさんと深い因縁がある相手。あの剣技は独学であるものの、こちらも達人の域に足を突っ込んでいるとされている。

 

 そんな中、彼女たちの中心にポツンと一人。

 きつい。相当こわばってしまう。楽になっていいからね、とお茶を出されたけれど、震えてうまくコップが手に取れない。レジェンド級3人に囲まれたら、そりゃ怖いですよ!

 

「まぁ、楽になったら?」

「無理です! 私そこまでアウトローじゃないです!!」

「アウトローとか関係あるの、それ……」

 

 豪胆さはすべてのアウトローに通ずるって私知ってます!

 なんだったら常に私が思ってるようなことですよ!

 

「エンリちゃん、フォース抜けちゃったのかぁ」

「でも絶対取り消させて謝らせます。それが友達だって思うから」

「そんなに慕われて、エンリちゃんも果報者だね」

 

 目を細めて、彼女は過去を軽く振り返るように目を閉じる。

 

「エンリちゃんと私の物語、聞かせてあげるね」

 

 優しい瞳で天井を見上げながら、ナツキさんは話し始めた。

 

 大前提として、エンリさんとナツキさんはその地域では有名だったライバル同士だという。

 かたや青い翼を翻して空中を飛ぶサムライ。かたや悪魔をモチーフにしたガンプラを得意とする暴力娘。

 それがエンリさんとナツキさんであった。

 エンリさんは今ほどクールぶってることはなく、素直じゃないながらも、真っ直ぐにガンプラバトル、GPDで戦う姿はナツキさんでも惚れ惚れするほどの力の塊だったという。

 特にハサミ、シザーを使った戦い方が多く、シザーウーマンなんて呼び名もあったとかなかったとか。

 でも、それだけ強かったとしても、憧れていたとしても、決してナツキさんに勝つことはなかった。

 

「自慢じゃないけど、あの時は連戦連勝が基本。負けても次頑張ればいいって、思えるぐらいには楽観的だったんだ」

「今はそうじゃない、みたいですね」

「そうだね。今は一戦勝っても二回負けたり。逆もしかりみたいな」

 

 ランカーとしての挑戦はそれでも楽しい。そう笑う彼女は、まさしく過去を乗り越えた者の顔だったと思う。

 

 さて、話を戻す。

 そんな強いライバルだったとしても、一度も勝つことはなかったエンリさん。それでも。自分の実力で勝つんだとインタビューでは意気込みを新たにしていた。

 そう、それはGPD最後の全国大会に向けての意気込み。最後の最後に、必ず勝つ。そう決めたエンリさんはとてつもない努力を重ねていたとのことだ。

 ナツキさんはとても感化されたし、影響されながら、自分のガンプラや腕前を磨いていた。

 でも、不調は起こった。

 

 慣れない声援と、徐々に敗退していくチームメンバーたち。

 加えていつ終わるとも分からない、永遠に続くとも思われるほどのガンプラの修理。

 自信を喪失しながら、ガンプラを摩耗しながら。そのやる気の灯火はプレッシャーという水に鎮火されようとしていた。

 そして、地方大会決勝戦へと駒を進めたナツキさんが対面したのは、ライバルと評されていたエンリさん。だけど、その戦いはお世辞にも接戦したとは言えない内容であった。

 

「私、完敗したんだ。周りのプレッシャーと整備不良が原因で」

「それって……」

「エンリちゃんには、本気で戦うってこと、出来なかったんだ」

 

 その後の全国大会第一回戦目で、エンリさんは惨敗を期した。

 どうして。そんなのは決まっている。永遠のライバル、なんて謳われたナツキさんが意図してではないにせよ、整備不良というある種の手加減をしたのだから。

 

『あんたはいつだってそうだ! 地区大会決勝、本当ならあんたが勝ってた!! 整備不良なんて些細なことがなければ、絶対にッ!!』

 

 全力のナツキさんなら、きっとGPD時代のエンリさんにだって圧勝したことだろう。

 でも現実は違った。ナツキさんに対する失望。自分はそんな相手ではなかったのだろうか、という失意。そしていくらかの憎しみ。それらがすべてごちゃまぜに搔き乱されて、まともな状況で戦えていたとは言い難い。

 その後、エンリさんは地元を引っ越したと聞いたので、ナツキさんとの縁はそれっきりだったと言う。

 エンリさんは、消化不良な戦いを3年前からずっと背負ってきている。それもとてつもないくらい重たくて重たくて、重たくて。どうすればいいか分からないからGBNで半ば辻斬りまがいの『八つ当たり』を繰り返してきた。

 それがエンリさんの真実。エンリさんの、無力な自分とナツキさんへの恨みを混ぜ込んだ復讐。

 

「推察もあるけど、私とエンリちゃんとのお話はこんな感じかな」

「エンリさん……うぅ……」

 

 気づけば目元からは一筋の雫が零れ落ちていた。

 エンリさんは無力なんかじゃない。エンリさんの復讐は仕方がなかったかもしれないし、決して間違っているものではない。地方大会決勝戦の後悔をなかったことにしたくて、もう一度ナツキさんと本気のバトルをしたくて必死だっただけだ。

 エンリさんはヒールなんかじゃない。ヒーローだ。少なくとも、私にとってのヒーロー。私はそれに憧れたんだから。

 セツさんが私にティッシュボックスを渡してきたので、遠慮なくティッシュを引っ張って涙を拭う。

 

「エンリちゃんは確かに強かった。けれど今までのような戦い方ではなかった」

「ナツキさんも、そう思いますか?」

「うん。エンリちゃんはもっと知的で狡猾で、大人の暴力って言葉がふさわしい選手だったから」

「感情に任せた戦い方、でしたね」

「うん。とても、冷静に見えるエンリちゃんじゃなかった」

 

 冷静に相手を叩き潰す。それがエンリさんであって、あの時のエンリさんは明らかに動揺していた。ナツキさんとの対面が、そうさせたのだと思えば、当然のことか。

 

「それに私とエンリちゃんのガンプラの相性も悪かった。それを克服するために翼持ちのガンプラとばかり戦ってたんだろうけどね」

 

 それなら合点がいく。

 エンリさんの『八つ当たり』を含めた自分との修行。それがエンリさんのやっていたことだったと思うと、どこまでも自分に厳しいのだとわかってしまう。

 あるいは、そこまでナツキさんとの決着をつけたかったのか。

 いずれにせよ、エンリさんは大敗を期した。それで自分をさらに追い込むために、私たちを気遣って迷惑をかけないようにフォースを抜けた。

 

「……エンリさんのバカ」

「あはは、元友達からは何とも言えないかな」

「今も友達ですよ! エンリさんはナツキさんって壁があるから戦ってるんですから! 羨ましいです、エンリさんに見てもらって」

 

 それに比べて私ときたら。

 そんなどうでもいい暗い感情が見え隠れする。いけない。私はフォースのリーダーなんだ。見てくれているとかいないとか関係ない。今は私がしたいように、エンリさんと向き合うことが目的なんだから。

 

「ナツキさん! エンリさんの居場所ってご存じですか?!」

「詳細なところまでは分からないかな。ごめん」

 

 でも、と。ナツキさんはその言葉を即座に訂正する。

 

「修行場所に適した場所なら知っているよ」

「どこですか?」

 

 それは、以前一度エンリさんとノイヤーさんの3人で遊びに行った場所。

 そしてフレンさんとも出会えた、ある意味では4人の馴れ初めの場。

 

「ハードコア・ディメンション-ヴァルガ。ここにいるタイミングは必ずある」

 

 予想はしていた。だけど、あそこはただでさえ広大なうえに、四方八方からの攻撃を警戒しなくてはならない。人探しにはあまりにも向いていないのである。

 だけど修行の場にはあまりにも適している。私だってたまに乱入してくるぐらいには楽しいところだ。たまの不意打ちと制圧射撃は除くとして。

 

「相見えるとしたらそこしかない。止めるとしたら、そこしかないね」

「ですよね。うん、覚悟はしてました」

 

 戦うこと。それは恐らくバッドガールと決意した段階で想定はできていた。

 あのエンリさんと、対面でバトルする勇気はあるとは言いづらい。でもやるしかない。それが私のケジメとも言えることだから。

 

「一ついいかな?」

 

 ナツキさんの質問に反応する。

 なんだろう。そんな疑問とともにナツキさんは質問を口にした。

 

「ユーカリちゃんは、どうしてエンリちゃんがいいの? 強い人だったらそれこそチャンプでもいいよね?」

 

 目標にするなら、それは同じAGE好きとして有名なクジョウ・キョウヤでもいい。

 なんだったら『ビルドダイバーズのリク』でもなんでも。

 でも私の答えは単純で、ここに来る前にちゃんと理解していた内容だった。だから、その決意を今口にする。

 

「エンリさんがいいんです。私のヒーローで、私が一緒にいたい相手。それだけで、私の戦う理由は十分です」

「そっか」

 

 やっぱり果報者だ。そうやってナツキさんは笑ってみせた。

 まるで夏の日の太陽の木漏れ日みたいな、少し眩しいけど、気持ちよくなる、そんな微笑み。

 

「ユーカリちゃん。エンリちゃんをよろしくね」

「はい!」

 

 言われるまでもない。私の覚悟はとっくに決まっている。

 相打ちでも負けでもなんでも、エンリさんと話をすること。そしてあの分からず屋に一発痛いお仕置きをかますことだ。

 我らがケーキヴァイキングを抜けたこと、絶対に後悔させてあげますからね、エンリさん!

 

 ◇

 

「ユーカリ、帰っちゃったね」

「もっとコアラお姉ちゃんとお話ししたかったなー」

「どこから来たの、コアラって」

 

 ユーカリ。わたしとは全然違う、周囲に流されなくて、明るく元気で、自分の意思を固めることができた女の子。まだ高校生だろうに、たいしたもんだなぁ。

 

「ハル、何考えてるの?」

「ん? いや。ユーカリにちょっと興味が出てさ」

 

 どことなく不安定で、それでもしっかりしていて。

 わたしとは違うのは間違いない。だけど根っこはわたしと同じ、仲間を大切に考える子で。

 応援したくなる。そして同時に考えもする。この子と戦うことができたら、それはどんなに楽しいことだろうかって。

 

「他の女のこと考えてる」

「いやいや、わたしはいつもナツキが一番だし」

「ホントにぃ? 私が確かめてあげよっか?」

「なに、おでこでもくっつける?」

「私もおんなじこと考えてた! じゃあここで」

「うん!」

 

 まぁ、その時が来たら、わたしのファイルムをフル起動させて、全力で戦わせてもらうよ。

 

「まーた始まった。お姉ちゃんたちのイチャイチャ。分かってるセツはクールに去るね」

 

 楽しみだな。この事案が解決したら、フォース戦の相談でもしてみよっかな。




温故知新。古きを知って新しきを得る。


情報アップデート
◇エンリ
彼女は不調のナツキに対して勝利してしまっている。
本気で戦わなかったライバルに対して、こんなんじゃないというイメージを抱いて。
だから今度会った時には全力のナツキと戦う。とそれまで修行していた。

◇ハル
出典元:ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ(二葉ベス作)
前作主人公。超絶寂しがり屋で過呼吸を起こすほどにはナツキが好き。
スキあらばいちゃつく。だがその胸の内側ではユーカリに対して興味を抱き始める。
いつか事案が解決すれば、その時は一騎打ちによる勝負を挑むのだとか。
ちなみに実力はちのよりちょっと弱いぐらいなので、3桁ランカーに匹敵するぐらいにはめちゃくちゃ強い。

◇セツ
出典元:ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ(二葉ベス作)
かわいい。火力を司る感情から生まれたELダイバー。通称火力の妖精。
2年前から見た目の成長はしていないが、精神的には成長している。
そのため、分かっているセツはナツハルのイチャつきの波動を察知して逃げれるのだ! すごいぞセツ! クールだぞセツ!


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第31話:子犬と令嬢。現在作戦会議中

仲間説得列伝


「なるほど。言いたいことは分かりましたわ」

 

 と、目の前で腕を組むノイヤーさんの返事。

 

「つーまーりー、ヴァルガでエンリちゃん探して、見つけ出したら即ゲット! みたいな?」

 

 と、同じく目の前で腕を組みながら、首を縦に振っているフレンさんの姿。

 どちらも、今までが私が見聞きしたエンリさんの情報と、それに付随する私の感情。そのすべてをノイヤーさんとフレンさんに告白したのだ。

 フレンさんはすごく楽しそうであるものの、ノイヤーさんはー、と言えばかなり渋い顔でしわを寄せて悩んでいるように見える。

 

「ユーカリさんの気持ちもわかります。エンリさんの事情も分かりました。しかしながら、その作戦がおおざっぱすぎて、失敗する未来しか見えませんわ」

「それは……」

 

 事実であった。

 気持ちばかりが先行している今の状況だったが、実際にふたを開けてみれば、だだっ広いヴァルガで特定の相手を探し出して遭遇戦を仕掛ける、という砂浜からダイヤを探し当てるようなこと。無謀も無謀。無策すぎて、そのまま会えない可能性すらある作戦だ。

 

「わたくしはいくらか作戦を効率化する手立ては思いつきますが、どれも行き当たりばったりの作戦で、本当にそれができるかも怪しい代物ですわ」

「それでも! 私はエンリさんと一緒がいいんです!」

 

 より渋い顔をするノイヤーさん。

 あきれちゃったかな。確かに私の言ってることは基本的に子供のワガママに近い。

 ひょっとすればGBN人生をすべて賭けたとしても、出会うことのできないし、出会えたとして説得できるかも怪しい。

 

「ユーカリさんのゲームセンスは確かにすさまじいものです。成長力だって素晴らしい。ですが、エンリさんを倒すということは、その域まで足を踏み込むということ。それが、あなたにできますか?」

 

 私を試すような口ぶりでその答えを待つノイヤーさん。

 戦闘不能にさせる。それだけでも難しいのに、説得も聞くか否か。

 今のエンリさんは復讐の囚われた獣。ただの鬼といっても過言ではない。そんな相手にどうやって食い下がるか。私の見ている限り、最大で最強の仲間。そして今だけは、敵。

 

 でも。それでもやるしかない。

 迷っててもダメだって気付いた。前を向け。歩け。そうでもなければ、私の欲しいものは永遠に手に入らない。

 目を見開く。それは覚悟の証。胸の炎に火が付いた、最後の印。

 

「それでも、やります。なんだってやります、エンリさんのためなら!」

「ッ……。それは、わたくしの時と同じ、とみてよろしいのですね?」

「はい。私は肝が据わったアホの子、なんですよ!」

 

 アホの子なら欲しいもののために全力で追いすがる獣にならなくてはならない。

 復讐に囚われた獣が相手なら、こっちだって獣となって戦おう。どちらの意志が強いか。その意志バトルを。

 

「はぁ……。分かりましたわ、ユーカリさんの作戦に協力します」

「やったー!」

「うぇーい!」

「うぇーい!」

 

 フレンさんとハイタッチ。陽キャのノリだった気がするけど、今のテンションはだいたいそんな感じだし、大して間違ってないだろう。

 こうやって嬉しいという気持ちを他の人と共感するのは、やっぱり心が躍って、うぇーいなんて言っちゃいますよね。

 

「んで、ノイヤーちゃんとユーカリちゃん。昔なんかあったの?」

「「うぇっ?!」」

 

 それはそれとして、と言わんばかりに純粋な疑問符を浮かべながら、フレンさんは気軽に質問する。

 い、いやぁ、あんまり気持ちのいい話でもないし、ましてやELダイバーに言っても価値観の違いから、きっとこじれるだろうし、そもそもここで話すような内容じゃない。

 

「今度話します! 今は多分その時じゃないですから」

「そうですわね。エンリさんのご騒動が終わって、彼女に頭を下げさせてからに致しましょう」

「むぅ、そーならそーでいいけどさー」

 

 きっと隠し事をされているのはあまり気持ちのいいものではないらしい。

 こっちの話はそれ以上にスッキリしない話ではあるけれど。それにアレは今、問題を先送りしているだけで、いつかノイヤーさんが直面しなくちゃいけない事案。その時はいつか来るだろうけど、きっと今じゃない。そんなことは考えている。だから後回しでいい。

 だからいつか話しますからー、なんて言いながら、話題は3:0で可決されたのであった。

 

「で、結局どの辺からやっていきましょうか」

 

 決めたからにはまずはやらなきゃいけないことの洗い出しだ。

 まず、大前提として私とエンリさんの実力差が激しい。

 かたやゲーマーとはいえGBNは初心者に毛が生えた程度。かたやGPD時代からのガンプラの専門家。タイマンで戦うとしたら、100%とは言わないでもおおよそ9割の確率で死亡が確約されている。

 せめて相打ち、もしくは討伐。これがマストの条件であった。

 

「やることが山積みですわね。ユーカリさんのバッドガールの問題点を洗い出し、本人の実力を底上げに、VRゲーマーとしての感をGBN寄りに修正。これだけでも3つですわね」

「うへー」

「望むのはタイマンですし、複数人相手でもエンリさんを説得できるとは思えませんわ」

 

 だから。

 そう呟いて、ノイヤーさんが軽く練った作戦をテーブルの上にホワイトボードを表示させて書き出し始めた。

 

「まずはわたくしが囮となってエンリさんを誘い込む。翼持ちガンプラの判定を受けたわたくしであれば、何とかなりますわ」

「無理ならミランド・セルでも使って誤魔化せばいいしね!」

「それもありましたわね。で、上手いこと引き寄せてから、ユーカリさんと鉢合わせ、そのままバトルスタート。わたくしたちは横槍が入らないように周囲をけん制、なのですが……」

 

 この言葉の続き。ゲームの作戦について、基本的にノイヤーさんに任せているためあまり深いところまでは分かってないけれど、今回だけは分かった。

 

「明らかに人手不足ですわ」

「ですよねー」

「どうしましょう。私たちゲームを始めてまだ日が浅いから、人脈とかなんもないんですけど……」

 

 致命的な欠点はそこにあった。さすがに2機で私たちの戦闘宙域全部を把握できるほど、私たちは有能でなければ、強者ではない。おそらくチャンプと智将ロンメル大佐であっても、おおよそ同じことが言える。

 攻撃範囲が広くても、応用力があっても、決定的一撃があったとしても、それは変わらない。人一人が守れる範囲はたかが知れているのだ。

 

「そうなんですよね。この作戦、3人で完遂するには明らかに足りないんですのよ。少なくとも四方警備であと2人。それもかなり強い人、に限りますわね」

 

 かなり強めの2人なんて私のフレンドアーカイブにはいな……くはないけど、わざわざあの人を呼ぶのはさすがに筋違いな気がする。

 あるいは春夏秋冬の4人。でもナツキさんがエンリさんにとっての地雷なわけだから、手助けを求めても、エンリさんの燃え滾る復讐の炎に油を注ぎかねない。だったら、どうすれば……。

 

「人脈なら任せてよ! アタシ、その辺にダチいっぱいいるし」

 

 それは意外な助け船。

 フレンさんがにんまりと笑って、我に人脈あり、と言わんばかりの仕草を取ってみせる。

 

「つーか、アタシの後見人がケッコー有名でさ! それはもう『ビルドダイバーズのリク』くんとかメイちゃんとか。それからそれから……」

「ちょっとお待ち。あのリクさんとお知り合いなんですの?!」

 

 少女は笑う。明らかに自分が優位であると自覚したような顔。目を細めて、口元を歪ませて。顔で煽らせて。これ、完全にノイヤーさん煽りに行ってる……。

 

「もち! フレンド見てみる?」

「口から出まかせでない証拠、見せていただきますわ!」

 

 フレンさんから受け取ったフレンド欄のウィンドウをノイヤーさんが受け取ると、そのまま上から下へとスクロールしていく。

 五十音順だからかリクという名前は割と下の方にある。

 くの行にいる『クジョウ・キョウヤ』。しの行にいる『シャフリヤール』。たの行にいる『タイガーウルフ』。私でも知っているような有名人がフレンド欄を流れていき、ま行には『マギー』の文字。出会ったことはないけど、あの人も初心者には優しいって評判だったっけ。

 そしてりの欄。燦然と輝く『リク』という文字2つ。ノイヤーさん、これには唖然の言葉を残さずにはいられなかった。

 

「ほーれ、ぎゃふんって言ってみ?」

「ぎゃふん!」

「あははははは、ウケる―!!」

「言っちゃうんだ……」

 

 こうかは ばつぐん!

 ノイヤーは きぜつした!

 

 まぁすぐにげんきのかたまりが投げられて復活したけど。

 確かにフレンさんのフレンド人脈はすさまじい。彷彿とさせるのはマギーさんのそれか、それ以上か。無名の相手までいるし、『ルクルーナ』という文字まで見える。

 さすがギャルのELダイバー。初めてフレンさんに対して恐れを覚えた瞬間だった。

 

「まー、アタシ3年はこの辺にいるし!」

「それなのにフォースには入ってなかったんですね」

「傭兵みたいなもんだし! でもアタシはここに腰を据えられて安心してるよ」

 

 フレンド欄を閉じて、彼女は目を閉じ、思い出に浸る。

 それは紛れもなく3歳のそれではなく、3年ここでGBNという荒波に揉まれた戦士の安息に見えた。

 

「それなりに仲良くしてもらってる人はいるし、なんだったら仲いい子とかいるんだけどさ。アタシの魂の問題かなーって。色恋沙汰を見るにはここがぴったりって思ったのよ!」

「はぁ……」

 

 ノイヤーさん、露骨にため息を彼女にぶつける。

 今いい感じの話しているところじゃなかったっけ?

 

「ひっどくなーい? アタシ、2人のこと応援してるけど、どっちにBETすればいいか、なんだかんだ悩んでるんだかんね!」

「ならわたくしにBETしてくださいませ! 後悔はさせませんわ!」

「えー、ノイヤーちゃん。なんか負けヒロインっぽいんだもん」

「負け……っ!」

 

 あ、今なんか地雷が起動した音がしてる。

 

「ノイヤーさん、誰かに恋でもしてるんですか?」

「へっ?!」

「フレンさんと前から隠し事してるみたいに私には言ってくれませんし。どなたなんですか? 応援しますよ!」

「え、い、いや。その……」

 

 歯切れ悪く、目の前のアルビノお嬢様は目を泳がせながら、竜のしっぽを揺らす。

 なんだろう。分からないけど、妙に熱がこもっているというか、そんなにその人のこと好きなんだ。

 

「幸せ者だなぁ、ノイヤーさんの想い人! だってこんな美人さんに惚れられてるんだもん!」

「ほ、惚れて……って、はぁ……」

「どうしたんですか?」

「アタシも、今のはミゾウチ抉るなら一番強い攻撃だったと思ったよ」

「現実というのはどこまでも非情ですわね……」

 

 いったい何のことだろう。2人して意思疎通ができているみたいだけど、どうして私には教えてくれないんだか。私もうぷんぷんですよ!

 

「まぁいいですわ。これから頑張ればいいというもの。それより今は目の前のことを何とか致しますわ!」

「おっけい!」

 

 問題は山積みだけど、フレンさんの人脈を使えば何とかなる。そう確信は得ていた。

 まずは自分一人でできることをしなくては。

 

「んじゃ、何人か声かけてみるねー! そいや、この前後見人ちゃんが言ってたっけ。フォースのみんなに会いたいって」

 

 普段の感謝のしるしをしたいということだ。

 故に、今度その人のフォースネストに行ってご挨拶しよう、という算段であった。

 

「って、ちょーどいいわ! 後見人ちゃんに協力してもらお!」

「い、いいんですの? そんな簡単に」

「いいのいいの! 普段いつ寝てるか分かんない人間だし!」

 

 それは寝ることを催促した方がいいのでは。私は声に出そうとしたけどやめた。ショートスリーパーの人とかいるしね。そうだそうに違いない。

 心の中で何とか説得してみせた。私偉い。

 

「んじゃそっちの予定組んじゃうねー」

「ありがとうございます。ちなみに、その方って巻き込んでも大丈夫なんですか?」

「もちもち! なんだったら有志連合にも入ってたかんね!」

 

 ……ん?

 有志連合って、あのマスダイバー討伐戦とか、ELダイバーの時の『あの』有志連合のことでいいのだろうか。

 それって相当の実力者はないだろうか。今更ながら、背中に一筋の冷や汗が流れる。

 

「そ、その方のお名前を聞いてもよろしいですか?」

「ん? アタシの後見人? 『マギー』ちゃんだけど?」

「は?!」

「え?!」

 

 マギーって、あのマギーさんのことで、いいんですよね?!

 フォースネストにとどろく驚きの声は、店内全域に広がったとか広がってないとか。

 そのぐらいびっくりなんですよ、フレンさんの後見人さんが!!




唐突な原作キャラ介入


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第32話:子犬とオカマ。人脈接着剤現る

本日21時からYou Tube公式チャンネルでAGEMOE配信!!!


 訪れたのはバー。それもただのバーではない。オカマバーだ。

 フォース『アダムの林檎』のフォースネストの目の前で、どこかで見たような震え方をするチワワが一匹いるとしたら、それは私です。

 

「ユーカリちゃん、何おびえてるのさー!」

「いや、だってぇ……!」

 

 レストランはいい。だってこれはファミリー用だし。

 喫茶店だって問題ない。だって喫茶店はおひとり様用だし。雰囲気を味わうって点では春夏秋冬のフォースネストはそれらしくてよかった。緊張でそれどころではなかったけど。

 でもさぁ……。オカマバーは流石に行ったことないですって!

 そもそも私たち未成年だし! たとえ成人してたとしてもオカマバーで何をされるか分からないですよ!

 例えば、そう! 悪魔の科学で身体を改造されてショッカーみたいに戦闘員にされるとか!

 私嫌です! イィイイイイイ!! とか言いながらナイフもって突撃するの! あ、でもアウトローかそうでないかで言われたら、私の中では100割アウトローだからあり寄りのありかもしれません……。

 

「嫌ですわよ! わたくし、ユーカリさんがイーしか言わなくなるのは!」

「ですよね! でもオカマバーに入ったが最後、私たちは改造人間に……よよよ」

「あんたたち、相当失礼なこと言ってるってわかってるー?」

 

 珍しくフレンさんに突っ込まれてしまってはリーダーとしての立場なんて全くない。

 さて。じゃあひとしきり喚いたところで、覚悟を決めていこう。

 リーダーってことで引き戸のドアを動かして、入店を試みる。

 

 カランカラン。そんなSEが私の耳の中に入ってくると、そこにはオレンジ色を基調にしているのだろうか。いわばムーディな内装。いくつかの座席と、いくらするか分からないお酒の瓶。シャカシャカとシェイカーを振りながら、私たちというお客様をお出迎えする。

 

「たっだいまー!」

「おかえりなさい。そしてその子たちがフレンちゃんの言ってた?」

「うん! アタシのマブダチ」

 

 マブダチになった覚えはないのですけど。

 ノイヤーさんがボソりとつぶやく。私も確かにそんな覚えはない。マブダチってあれだよね、本当のとか眩しいとかそういう。

 そう言ってくれるのはやぶさかではないというか、ちょっと嬉しいけど、こうやって臆面もなく言えるフレンさんはやっぱりギャルなんだなと思うわけで。

 

 そんなことを考えていれば、カウンターから姿を現すのは一人の男性。

 紫色の髪と褐色のいい肌。そして程よく発達した筋肉。それだけであればただの男性で済ますことができた。だけど、そうは問屋が卸さない。胸元がパカリと開いたダイバールックに、細部の動きがすさまじく女性っぽい。いや、このオーラ、女性そのものというべきパワーを感じる。

 前言撤回。一人の男性ではない。一人の女性がコツコツと、スマートな足取りで私たちの元へとやってきたのである。

 

「初めましてかしらね。アタシはマギーよ、よろしくね」

 

 私も軽く挨拶をするけれど、いかんせん不良+ドラゴン令嬢+オカマ+ギャル。この空間において突っ込みどころしかないダイバールックだが、そんなのお構いなし。

 ノイヤーさんも挨拶を交わす。周りがこんなでもやるべきことはしっかりとやるお嬢様だからこそ、流されずにいる彼女は流石だと言わざるを得ない。要するにご令嬢の挨拶のそれをマギーさんにしたのだ。さすがノイヤーさんだ。

 

 話もそこそこに、私たちは客席の一角。ソファー席に誘導される。

 正直、何をすればいいか分かってないけど、とりあえずお酒を注文した方がいいのかな。

 

「はい。ホットミルクよ。緊張してるなら、まずはミルクでも飲んでリラックスなさい」

「あ、ありがとうございます……」

 

 じんわりとホットミルクの温かみと人のぬくもりに包まれる。

 あ、この人気遣いがすごい。フレンさんと目が合って、にっこりと笑う。緊張する必要なんてなかったんだ。

 

「ね、言ったでしょ?」

「はい。なんか、身構えてました」

「ですわね。わたくしにもミルクなんて。隠していたつもりなのですが」

 

 隠していても、それを自分の前でさらけ出させるように程よく距離を詰めてくる。これが、大人なんですね。

 用事もそこそこに、他のお客さんがフォースネストから出ていくと、中はマギーさんと同フォースの従業員、そして私たちだけ。どうやらこういう点においても気を使われたみたい。

 仕事を終えたマギーさんは空いている席の一角に女性らしく座る。

 

「さーて。フレンちゃん、まさかただ遊びに来た、なんてことではないのでしょう?」

「んまーねー!」

 

 オレンジ色のカクテルグラスを揺らしながら、雰囲気を漂わせるフレンさん。意外と絵になる。

 

「マジな話、今日はさ。マギーちゃんの協力を煽りに来たんよ」

「アタシ?」

「そうそう。エンリちゃんって知ってるでしょ? バードハンターの」

 

 要約すれば、エンリさんを助けるためにマギーさんの知り合いないし、フォースのメンバーを当日貸してほしいor紹介してほしい、という内容だった。

 フレンさん曰く、人海戦術が必要なら、その筋の人に話を通すべき。という作戦なのだろう。

 だが、マギーさんは意外にもこれに渋い反応を示した。

 

「紹介する、というのは構わないわ。けれど、見つけたとしてエンリちゃんをどうするつもり?」

「戦って説得します!」

「そうね。素晴らしいことだと思うわ」

 

 だけど。マギーさんは右側の髪の毛をかき分けて、言葉を紡ぐ。

 

「問題は2つあるわ。1つはエンリちゃんとユーカリちゃんの実力差。明らかに戦力差がありすぎると思っているわ」

 

 分かっていることだ。それはガンプラの性能を高めるなり、自己鍛錬で何とかする。

 

「そしてもう1つ。復讐をやめさせるってことは、エンリちゃんの心を折るということよ。それは、分かってるわよね?」

 

 多分マギーさんは『あえて』こんなことを言っているんだ。

 誰かが言わなくてはいけないこと。人の心というのは複雑怪奇で、思い通りにいかないことがいくらでもある。今回については、復讐をやめさせる、ってことはエンリさんの心の支えをなくすことに他ならない。

 そうなった場合、エンリさんは今までの自分がなんであったかを後悔する。

 また、別の問題が生まれるって、そう考える。

 だから、そうさせたくないから。私は欲張りだから、一緒にいたいことも、復讐をどうするかも、全部つかみ取る。

 

「復讐は、やめさせません。むしろ加担します」

「……聞かせてもらっても、いいかしら?」

 

 復讐は何も生まない。それは古来から言われている創作上の台詞。

 だけどさ、何も生まないことはないんじゃないかと私は思ってる。

 少なくとも心の整理はつく。つっかえが取れてスッキリする。それだけでも十分価値があるって思うんだ。

 ましてや人の生死が関わっているわけじゃない。エンリさんは本気で戦わなかったナツキさんに自分の実力で勝ちたいというだけなんだ。

 だったら、答えは1つですよね。

 

「エンリさんは私たちと一緒に強くなってもらいます。それこそ、ナツキさんだけじゃなくてあのフォースに勝てるぐらいに」

「ヒュー! 大きく出たねー、ユーカリちゃん!」

「無鉄砲で顧みないアホの子。それでこそユーカリさんですわ」

 

 意外そうな顔なんてしない。マギーさんはあえて私たちを試す真似をしたのだから。

 だから優しい大人の微笑みを向けて、その答えを祝福する。

 

「春夏秋冬に勝負を挑む。あの今乗りに乗ってるフォースにね! いいわ! そうでなくっちゃ!」

 

 マギーさんは手を叩き、従業員を呼び出すと、1つのワイン瓶を持ち出してきた。

 

「シャンパンよ。あなたたちの門出を祝うなら、これくらいしなきゃ!」

「でも、私たちまだ未成年ですよ!」

「大丈夫、ノンアルコールよ!」

 

 まるでハートでも出かねないような仕草の投げキッスで私を打ち抜く。

 あぁ。私、マギーさんと出会ってまだ数十分しか経ってないけど、もう人としての良さを感じ始めている。ある種の恋か、はたまた尊敬の念か。分からないけど、この胸がポカポカするような感覚を口に出すとしたら、それは……。

 

「ありがとうございます! 私、頑張ります!」

 

 感謝の言葉であることは、言うまでもないだろう。

 

 ◇

 

「戦闘訓練はまた後日。とりあえずはユカリさんのガンプラですわね」

「はい。やはり今のバッドガールでは、エンリさんには傷一つ付けられないと思うので」

 

 やることは山積みだ。とにかく多い。その中の1つがこの『ガンダムAGE-1 バッドガール』の改造である。

 はっきり言おう。今のバッドガールの使い勝手は非常に悪い。

 駆動系や装甲周りに問題はない。ただ一点、左腕が腕としての機能をしてないってことだけだ。

 バッドガールの左腕はワイヤーフックに置き換わっており、あの時私が「わーかっこいー!」ってことで使い始めたアウトローな武器であるものの、実際の使い心地はビームサーベルを両手持ちできないわ、たまにワイヤーが邪魔になるわ、そもそも使いづらいわ、とにかく批判批判の嵐だった。

 他のVRゲームでもワイヤーを使った武器はあったにせよ、普段使いはしてなかったと言える。

 考えれば考えるほど、シンプルな武器の方が強いという理論がわかる気がした。やっぱりビームサーベルとか使いたい。

 

「でも、やっぱりかっこいい武器使いたいんですよー! シグルブレイドとかかっこよくないですか?!」

「いいですわね。個人的にはヴェイガン系列のゼイダルスのシグルクローという潔さもまたベストですわね」

「それもありなんですよねぇ。EXA-DBのデータを流用したとか、ヴェイガンに鹵獲されたバッドガールがー、とか」

「相変わらず凝ってますわね、設定」

 

 リアル世界に戻っていた私とムスビさんはAGE系のキットコーナーで2人腕を組んで悩みあっていた。

 左腕に代わる機体。普通でもいいのだけど、バッドとついてるんだから、ちょっとはかっこよくしたい。実用的で見た目的にワルで。そう考えていくとやはり出てくるのがクロー系だったりするわけで。

 

「クロー系と言えばゼイダルス。それか別作品に飛んでバルバトスなんかもありですわね」

「そういえば、私AGE以外、見たことがないんですよね。気になってはいるんですけど」

「おススメしてませんでしたわね」

 

 そもそもムスビさんからはAGEの話しか聞かない。実は他を知らないんじゃないか、この人。

 

「映像作品としてのおすすめはやはりガンダムXですわね。初心者におすすめですわ」

「へー。あれですよね、ムスビさんのバーストストリームの元ネタ」

「いかにも。サテライトキャノンは乙女のロマンですわ。加えてもどかしいガロードとティファの関係性がまた……」

 

 恍惚な笑みを浮かべながら、ムスビさんがガンダムXにトリップする。

 私がAGE語ってる時も、だいたいこんな感じだった気がする。好きな作品はトリップした方が嬉しい楽しいご満悦の三段活用だ。

 

「エンリさんのゼロペアーの元ネタも大概ヴァサーゴですわね。あのヴェイガンみも堪りませんわ……!」

「あはは。ムスビさん、結構エンリさんと趣味合いますよね」

「そうでしょうか。あの方とは相いれない関係だと思いますが」

 

 そんなことはないと思うけど、それは口にしないでおく。

 ムスビさん、エンリさんを敵視しているというか、何故か威嚇みたいなことをずっとしてるから、一見仲が悪いようには見える。

 さっき言った通り、趣味であるゲテモノ系、怪獣系の好みは結構似てると思うんだけどなぁ。

 

「ですが、下手にワイヤーをやめる必要もないかもしれませんわね」

「え? でもワイヤーって使いずらいですし」

「いいえ。逆手に取るんですのよ、相手に『有線接続』だと思わせる。これだけで十分戦えますわ」

 

 ムスビさんはスマートフォンからお絵かきソフトを立ち上げ、さらさらと簡単に脳内の情報を書き上げていく。

 出来上がったのは腕のような丸と、ワイヤーのような線だった。明らかに画力が足りなかった。

 

「この腕を、有線接続ではなく一種のファンネルのようにするんですの。こんな感じに」

 

 そういうと、あらかじめレイヤーで分けていた丸と線が分けられる。

 手首の部分を境に動き回る無線腕、か。それをワイヤーで騙して有線であると誤解させる。

 ダイバーはワイヤー切断すればいいと考えるが、そのスキを狙って無線腕が背中を貫く。なんというアンブッシュ。アウトローの塊みたいな発想だ!

 

「まぁ1回しか使えない戦法ですし、エネルギー補給の関係上、短時間しか動けないと思いますが」

「……すごい」

 

 エネルギーならビームサーベルより実体剣の方がいい。てことはゼイダルスのシグルクロー。

 私の中で発想が連鎖のラインが整っていく。空飛ぶ腕、油断の有線。そしてシグルクロー。

 

「これだ……!」

「なら、確定ですわね!」

「はい!」

 

 要所要所はあとで修正すればいい。今はこの無線シグルクローを作るべきだ。よーし、頑張るぞ!

 私たちはHGのゼイダルスを購入してから、シーサイドベースを立ち去った。




HGゼイダルスが発売している時空


◇マギー
出典元:ガンダムビルドダイバーズシリーズ
原作設定は割愛。一言で表すのなら聖人。
本作限定の設定として、フレンの後見人としてメイと一緒にお世話をしている。
フレンについては、あくまでも『仮の契約』であり、
本人が望めば、他の人を後見人として見送る準備もできている。
ユーカリに対しての印象は危なっかしい若者。ただ芯が強い彼女を見て、どこかのリクを思い出したかもしれない。

同じお店に身長がちっさくて巨乳で酒飲みのG-Tuberが雇われているという話だが……?


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第33話:子犬と奪還。取り戻す彼女の名は

アセムゥ……ゼハートォ……


 分かっていはいた。それがホントはどれだけ難しいことか。

 でもいざ目の前に形として現れてしまうと、流石の私もガックリきてしまうわけで。

 

「シグルブレイドってクリアパーツじゃないんだ……」

 

 目の前のゼイダルスの爪を見て思った。感じた。怒った。

 まぁ、確かに分かるんですよ。手のひら全体もシグルブレイド加工されていて、作成には相当時間がかかるとは思ってましたよ。それでも多少なりともクリア加工してると思うじゃないですか。そんなことはありませんでしたよね!!

 

「はぁ、どうしようこれ」

 

 少女ユカリ。ガンプラの腕前についても初心者に毛が生えた程度であった。

 

「ということで相談なんです、ムスビさん」

「まぁ、ある程度は予想できてましたわ」

 

 翌日。そろそろ夏も本番。夏休みも間近と言うタイミング。

 その辺のコンビニで買ってきたであろうカレーパンとトマトジュースを片手にムスビさんは相談に乗ってくれた。

 今度何か奢ってあげた方がいいのだろうか。でも私お金ないしなぁ。はぁ、夏休み始まったら本格的にバイト探さなくちゃだよね。GBNをやる時間が減るの嫌だなー。

 

「クリアプラ板を使って切り出していくしかありませんわね」

「くりあぷらいた?」

「まんまの意味ですわ。プラスチック製の板切れ。それが透過処理されてる、みたいなイメージです」

 

 そんな物があるんだ。私知らなかった。

 というか、そういう話ってプラモデルを趣味にしてないと発想として出てこない。我ながら目の前にいるムスビさんはプラキチなのかなー、と考えながら密林宅配サイトで検索。寸分違わずヒットした。

 

「5枚でだいたい700円ぐらい、か……」

「同じぐらいで普通の白い方もありますから、値段は大体変わりませんわね」

「……これに700円」

「加えてデザインカッターも必要ですし、定規もあれば便利でしょうね。強度が必要なら、ヤスリがけだって大事でしょうし……」

「あーあー、聞こえませーん」

 

 親に白い目で見られたって構わない。構わないんだけど、こうして改めてムスビさんの言ってたラインナップを見ていると、財布からお金が翼を生やして飛んでいくのが見える。正直、胃に悪い。

 

「でもエンリさんを殴ってでも連れ戻すためですし、このぐらいの出費は……」

「……ユカリさん」

「ん? 何かありました?」

 

 ムスビさんがトマトジュースの箱を机に置き、両手をフリーにする。

 その指先を少しイジりながら、視線を行ったり来たり。口元だって何かを言いたげにモゴモゴと動かしていた。

 なんだろう。何か言いたいことがあるのは確かなんですけど、それの心当たりがまったくもって見えない。

 催促するのも悪いので座して待つことにする。

 

 数十秒経って。改めて決意が固まったらしく、両手をパンっと叩いてこう言った。

 

「わたくしの家に行きませんか?」

「……いいんですかぁ?!」

「えぇ。質素なところですけど」

「行きます行きます! 楽しみだなぁ」

 

 かくして、本日はGBNをお休みして、ムスビさんの家へと向かうことになりました。

 

 ◇

 

 ノイヤー家とは代々金髪緑眼が家系を継ぐ、と言う方針になっている。ってのをムスビさん本人から聞いたことがある。

 なんでも一度没落したノイヤー家は当時のご息女によって建て直され、財界に置いても一目置かれる存在となったらしい。らしいっていうのも、ムスビさんから聞いたことのあるだけをただ羅列してるだけに過ぎない。

 話を戻すと、曰く、そのご息女は金髪緑眼の女性だったのだとか。

 ご息女の娘についても、同様のことが言えたため、これは金髪緑眼というのが一種の祝福なんじゃないかと錯覚させるには十分なほどであった。

 

 そんな中で生まれてきた白髪碧眼のムスビさんが、ノイヤー家に受けいられるわけもなく。

 

「まったく、授業中に電話とか、ありえませんわ!」

「あはは、本当ですよね」

 

 ノイヤー家、というよりもムスビさんの一人暮らしの家に今はお邪魔している。

 中は案外綺麗、というわけがない。散らかってるし、その辺にティッシュが転がってるし。なんというか、適度な感じで掃除したい欲求が生まれてくるへんてこな部屋だった。

 半ば追放されるような形でノイヤー家からお金だけ渡されて、ムスビさんは一人暮らしをしている。

 ノイヤー家側としても、ムスビさんの扱いには困っているから、無害なら無事であることを確認した上でとっとと追い出すのがいいと踏んだのだろう。勝手な話なのは間違いないし、これは私怒ってもいいと思うの。

 

「あの方々は、わたくしが生きていれば、とりあえず良しとする勝手な人たちですからね」

「……ムスビさんは、それでいいんですか?」

「良くも悪くも、この容姿で生まれた呪いですわ」

 

 ムスビさんはこのことに関して、基本諦めている。

 人はそう簡単に変われないように、人の固定概念ほど動かすことができない石はごまんとある。あ、今の意志と石をかけたわけじゃないですからね?

 ムスビさんは生まれた場所が悪かった。たったそれだけなのにな。

 

「ほら、何をしんみりしてますの! 丁寧に切るんですわ。1回で切ろうとするんじゃなくて、何度もなぞって……そうそう」

 

 中学校の時だってそうだ。少なくとも、その容姿が受け入れらればムスビさんの人生は順風満帆に行くのに。

 

「こう?」

「やっぱりセンスありますわね。後はシグルブレイドらしく厚みを加えるためにもうワンセット!」

「ひえぇ~!」

 

 まぁ、私がいるからいいのかなとか、思わないでもなかったり。

 もし、私の手からムスビさんが零れ落ちそうになったら、私は必死で彼女の手を掴みに行くだろう。それが当然の義務であって、私じゃないといけない役目であって。

 

 プラ板を引っ掛ける音だけが部屋の中を響かせている。

 ふと、ここにエンリさんとフレンさんが一緒にいればいいのに。なんて頭によぎってしまった。

 エンリさん、今元気にしているかな。怪我とかしてないかな。私のこと、ちゃんと覚えていてくれてるかな。

 考えても考えても、その事実の確認は本人に聞くしかない。早くバッドガールを作って会いに行かなきゃ……。

 

「痛っ……」

「あぁあぁ、言わんこっちゃない! 救急箱取ってきますわ!」

 

 怪我しちゃった。浅めだったから助かったけど、傷口が微妙にじくじくする。赤い血だって滲む。

 ……こんな想いをするなら、私はエンリさんを放置すればよかったのに。

 いや違う。エンリさんがいいんだ。私の中でその事実を膨らます。だって、彼女は私を救ってくれたヒーローだし、復讐の理由だって至ってまっとうだ。

 私は、エンリさんの復讐を果たしてあげたいと思ってる。

 元より復讐を止めるなんて大それた事言えるわけがない。どこかのG-Tuberが言ってた。復讐は何も生まないけど、した方がスッキリするからした方がいいって。

 なんとも馬鹿げた話ではあるけれど、それだけでエンリさんの行動基準が理解できてしまったのが情けない。

 要するに、今エンリさんはモヤッとしてる。モヤってるなら、スッキリさせてあげなきゃ。

 

「おまたせしましたわ。ほら消毒液」

 

 そして私はと言えば傷口にしみる消毒液にのたうち回っているのだった。

 もっとハードボイルドに決められないんですか、私は。

 

 ◇

 

「で、できた、のかな」

「いいんじゃありませんの? 後は実際にGBNにログインしてブラッシュアップしていく形ですわね」

 

 その日の夕方、と言っても日がもうすぐ降りるぐらいだから、もう19時が近いかも。

 長居しすぎたかもだけど、こんな時にはお礼をすべきだと相場が決まっている。

 ……ってことで!

 

「ムスビさん、冷蔵庫何がありますかー?」

「あ、それはちょっと!」

 

 制止を聞かずに、私はムスビさんの小さい冷蔵庫を開いた。

 中身は、すっからかんだった。

 

「え、えっと……」

「……自炊しなくてもいいだけのお金は頂いてますのよ…………」

 

 けしからん。私だってもっとお金欲しいし。

 とは言え、なにもないとなるとどうしようかという話にもなるわけで。

 今からガンダムカフェ行こうかな。多分閉店21時だと思うし、そこまで遅くも早くもないはずだ。

 

「シーサイドベース、行きます?」

「まぁ、そうなりますわね」

 

 そんな感じでとてとて歩けば、再びシーサイドベースへと帰還。

 そういえば、とスマホのGBN連動アプリを起動すると、メッセ欄に大量のメッセージが届いていた。も、もしかして、フォース戦の申請とかじゃないですよね。だったら嫌だというか、謝るのが非常に忍びないから苦手なだけで。

 でもその半分はフレンさんからのメッセージだった。

 

「うわ、このギャルこわい」

「何かありましたの?」

「連絡みたいです。日程の都合次第でいそうな人がざっと30人。フリー枠は10人ってホントに?!」

 

 あの人、やっぱりすごい人材なんじゃないだろうか。

 友達100人できるかな? って言って本当に100人連れてきた人間なんてそうそういない。でもフレンさんならやりかねない。そういうところが彼女の一番怖いところと言ってもいい。いい意味でギャルって怖いや。

 

 で、残りの半分はその関連。こりゃ結構処理するのに時間かかっちゃいそうだ。

 慣れない手付きでメッセージの返信を打ちながら、ポテトを一口。相変わらず塩っ気が足りない。けど美味しい。

 

「お手伝いできるならしたいですが、個人へのDMとなると難しいですわね」

「気持ちだけは受け取っておきます」

 

 なにせ私が始めたことだし。そのための準備はできるだけ進めておかないと。

 とは言ってもムスビさんに何もさせていないというのももったいないと思うので、1つお願いすることにした。

 

「その代わりに作戦立案、お願いしてもいいですか?」

「えぇ。ユカリさんのお役に立てるなら、わたくしの知識存分に生かして差し上げますわ!」

 

 と言う感じで作戦会議&DMのやり取りが始まったのが19時すぎ。

 それからずーーーーーーーーっと席を陣取って、気付けば時間は……。

 

「お客様、もう閉店の時間ですので……」

「へ?! あー、もうこんな時間!」

 

 21時。閉店の時間だった。

 どうしようもこうしようもなく、とりあえず席を立ってお会計を済ませる。

 返信は大方終わっており、決戦日はすでに決めていた。

 作戦の立案も、だいたいは終わっており、後のブラッシュアップができれば、作戦は完成するとのことだ。

 

「あとは、戦闘経験値、ですわね」

「はい。一応10日間猶予をいただきましたが、その間にやれるかどうか……」

 

 どうやったら強くなれる。というのは元来から抱いている戦士の悩みのタネだ。

 私もようやくその領域に入ってきたのかと、少し笑ってしまうものの、それどころではない悩みであるのは確かだった。

 相手はエンリさん。ランカーだろうとなんだろうと、そのメイスで叩き潰してきた猛者だ。

 そして今、彼女は復讐の念に取り憑かれていて、冷静ではないはず。だからいくらか付け入るスキはあるはずなんだけど、それが見えてこない辺り、憧れというのは厄介だ。

 

「エンリさんに勝てるヴィジョンが見えません……」

「あなたが弱気になってどうするんですのよ!」

「1戦目だって半ば私の不意打ちとムスビさんのビームで消し飛ばしただけですし」

 

 タイマンとなるとおそらく初めてだ。

 そして1対1ということは、飛んでくるメイスとテイルシザーに怯えなくてはいけないということ。加えてリミッター解除による3倍出力の機動。その全てが暴力的で考えるだけで脳がパンクしそう。

 

「ではユウシさんを頼ってみてはいかがですか?」

「……そっか、あの人ならエンリさんの癖を徹底的に知ってるわけだし」

「ユウシさんはベルグリシの他にもう1つガンプラを使い分けていると聞きます。打診してみることをオススメしますわ」

 

 受けてくれるかわからない。だけど、前を向くしかない、やるっきゃない。

 衝動のままにDMを入力して、そのまま送信する。

 やれることは何だってする。それがエンリさんを取り戻すことに『リゲイン』につながるのであれば。

 

「そういえばユカリさんのバッドガール、あれはそのままの名前でいいんですの?」

「ううん。バッドガールを超えた新たなウェア。それこそ……」

 

 ――ガンダムAGE-1 バッドリゲイン。

 

 それは、取り戻すために作られた彼女の名である。




決意の名はリゲイン。取り戻すための力

バッドリゲインの詳細は次回で。


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第34話:子犬と勇者。逆境に抗う言葉はたった1つ

サクラバクシンオーでバクシンすると勝手に育成完遂できるので初投稿です。


 覚悟は良いか。その言葉は何度も聞いた。

 聞いたには聞いたけど、それはそれとして目の前の赤と青の鎧を身に纏った光の巨人を名前に入れたガンダムが強すぎるんですよ!

 

「どうしたどうしたぁ! お前の覚悟とやらはそんなもんか?!」

「っ!」

 

 新規ウェアとして採用した脚部のAGE-3フォートレスのホバー移動はなかなかに調子がいい。どんな荒れた道でもこれ1つあればかなり楽になる。

 ただその代わりにやってくるのは操縦所感の変更。今まで歩いていたわけだし、いきなりホバー移動すると、操縦系もこんがらがるわけで。

 そして何より……。

 

(思うように動かない……!)

 

 それは暴風か。そうでなければ津波。

 暴力的なまでの力を振るう2つのメイスはどんなに振るっても、機体が力負けすることはない。

 これがガンダムヘカトン。ユウシさんのもう1つのガンプラ……!

 

 ◇

 

 市街地の廃墟。からっ風が吹くような気がしてならないこの殺風景な場所で、私たちフォースメンバーの3人はとある人物を待っていた。

 ただ、待ってる間は暇なので、各々が持参したお菓子やらを広げて待っているわけで。

 

「遅いですわねー」

「私たちが早く来すぎちゃいましたし」

「相手は社会人だからねー」

 

 各々がクッキーやらスコーンなどを口に含んだ後、ペットボトルの午後の紅茶を口に含んで甘さを流しさる。

 午後の紅茶を午後に飲むというのは明らかにアウトローではない、フツーの行動なのはさておき、実際1時間ぐらい早く来てしまったのは本当だった。

 理由なんてものは大したことはなく、半ばピクニック感覚でこの廃墟にやってきたと言っても過言ではない。廃墟って素敵だよね。見るものを魅了させると言いますか。ちょっとアウトローっぽいのもあるし。

 レジャーシートを広げてバケットの中を漁りつつ、クッキーをパクリ。

 背景がアウトローっぽいにも関わらず、やってることが平和すぎる。でも美味しいからもう一口。

 

「今度はエンリちゃんと一緒に来たいねー」

「まぁ、わたくしはどちらでもいいですが」

「ホントにバチバチで草~!」

「わたくしとエンリさんはライバルですからね!」

 

 えっへんと、ない胸をそらしながらノイヤーさんの高笑いが廃墟に響き渡る。

 エンリさんと、か。確かにエンリさんと一緒に来れたら、きっと楽しい。ツンケンしながらも、レジャーシートに座って、それで女の子座りだったらこの人はホントにかわいい一面があるなって喜んだり、逆にあぐらだったとしたら、これがアウトローか! って言ってそれはそれではしゃぐと思う。

 で、誰にも見られないようにひっそりクッキーを手にしたらぱくついて「うん、悪くない」とか素直じゃない反応を見せるんだ。そうだったらいいなぁ……。

 って、私なんて妄想してるの?! 確かにエンリさんが普段見せない姿を見るのが最近の楽しみになってるけど。なんか私、エンリさんがいないとダメみたいじゃないですか。

 

「どうかいたしました?」

「へ?! うんうん! なにもないけど!!!」

「明らかに動揺ー! フレンちゃん気になっちゃうなー」

「いや、ホントになにもないんですよぉ!」

 

 そんな姿を見て、2人はどこが面白かったのか、あははと笑う。

 なんでそんなに笑うんですかぁ!

 

「いえ。最近そんな様子すら見せなかったので、心配で」

「え?」

「エンリちゃんのこと、ずっと心配そうにしてたから。吹っ切れても笑うことはあんまなかったし」

 

 私、そんなに笑ってなかっただろうか。

 でも、私だってセンチメンタルな感情に浸らずにはいられない場面だってあったし、なんだったら最近はずっとエンリさんのことを考えている。

 思い詰めていた。そう言い方を変えれば、私の中で腑に落ちていくのを感じる。

 そっか、私みんなに迷惑かけてたんだ。

 

「ごめんなさい……」

「いいっていいって! 答えは見出したってちゃんと分かったし」

「ですね。これが終わったら、わたくしも言いたいことがありますので、お覚悟を」

「え、こわい」

「大したことではありませんわよ! ……いやあるかも」

 

 どっちなんだ。でも、そんな2人が嬉しくて。

 心配してくれる人って案外身近にいてくれるし、それを迷惑と取ってしまうのは人間の性と言っても過言じゃない。思いは簡単には届かないから。

 

「ありがとうございます。私に賛同してくれて」

「いーのいーの! どうせノイヤーちゃんなんて、自分の好感度上げることしか考えてないだろうしー!」

「そんなことはありませんわ! わたくしだって見捨てることができない相手の手はちゃんと握りますわ!」

「それがライバルでもぉ?」

「ぐぬぬ……」

 

 2人のプロレスが少しだけ羨ましく思う。

 いつかエンリさんとそんな関係を築けたら。そう考えるぐらいには。

 

「お、早いじゃないか、ケーキヴァイキング」

 

 考え事をしていれば、もう10分経過していたらしい。

 集合50分前にも関わらずそこに現れたのはユウシさんとユメさんであった。

 

「今日はよろしくお願いします。って言っても、戦うのはせんぱいなんですもんねぇ」

「ん? お前も戦うか? 2対1のヴァルガ戦想定の」

「せんぱぁい、ひょっとしてそのお目々はふきのとうですかぁ?」

「んだと?!」

 

 どうやら関係は相変わらず変わっていないようだった。

 レジャーシートから立ち上がって、ダイバールックの埃をパンパンと払う。

 さて、本日ユウシさんに依頼したのは対エンリ戦の予行練習のようなものだ。

 おおよそ30名から40名の包囲網を作った後、エンリさんとの一騎打ちを行う想定なのだけど、バッドガール改めバッドリゲインがどこまでやれるか、どこの調整をすべきか。そもそもエンリさんを相手取ることができるか。というのをユウシさんと一緒に導き出していくことだった。

 いわばガンプラ調整と強化訓練を兼ね備えた、ヴァリアブルなミッションというわけです。

 起動時間から超短期決戦用のベルグリシではなく、ガンダムヘカトンと呼ばれる別の機体を今回は使うそうだ。

 早速と言わんばかりに、市街地廃墟の所定の位置にスタンバイ。ユウシさんの指示を待つ。

 

『つーことで、俺はエンリの真似事をすればいいってことだな?』

「はい。そのためにツインメイスを持ってきてくださいましたし」

『軽いな、やっぱ』

「それはせんぱいが脳筋だからですよ~!」

『うるせぇぞ後輩! 俺はバスターソードが好きなんですー』

「まぁまぁ、痴話喧嘩はその辺にしてもらって」

 

 バッドリゲインの操作所感は変わっている。

 脚部のパーツにAGE-3フォートレスを採用しているため、ホバークラフトによる移動を可能にしている。これで足場がとにかく悪い場所でも同様の成果を得られるようにしている。

 そして左腕は今までとは違い、ゼイダルスのシグルクローに。スキあらばワイヤーを手先ごと飛ばして斬りつけることだって可能だ。エンリさんのナノラミネートアーマーへの答えと言っても差し支えない。

 どこまでやれるか。それを今、試す。

 

【BATTLE START】

 

 アナウンスが出た途端、正面の方から何かを壊すような音が聞こえる。そしてそれが急激なほどこちらに近づいていることも。

 足を動かしてその音から逃げるようにして移動を開始する。

 って重っ! 足が思うように動かない。あ、そっかこのガンプラホバー移動が主体で……。

 その瞬間、黒い鉛が真正面の廃墟を突き抜けてバッドリゲインの左腕に機能障害を発生させる。なんてことはない。暴力によって腕が引きちぎられたのだ。

 

『エンリなら所構わずとりあえずメイスを投げる。当たらなくてもそれが相手への牽制になると考えてな』

「ぜ、善処します」

 

 次! と今度も同様のステージへ。

 高速修理剤をバッドリゲインにかけてから、もう一度コックピットに乗り込む。

 えっと、ホバー移動はこれだから。滑るように移動するってことを心がける。

 思考制御機能だったか。名前は忘れたけど、私の考えていることを機体に反映させている機能があるとのことなので、まずは自分が滑るように移動することを考えるようにする。

 そして始まった2戦目。脚部から強力なジェットエンジンが起動すると、重かった身体が一気に軽くなったように感じた。

 よし、これなら接近戦を挑みつつ、回避行動もかなり楽になるはず。あとはこれを慣れさせれば……。

 

 そう考えていると、上から突如赤と青の鎧が襲いかかる。

 これをバックステップで躱しながら、左腕のシグルクローを構える。

 土煙の中。かき分けるようにして2つのメイスを持った勇者、ガンダムヘカトンが牙をむく。

 私もリアスカートの剣を抜き、メイスの振り下ろし攻撃をビームサーベルで真正面から受け止める。だが、それで止まらないのがエンリさんである。

 側面から襲いかかるもう1つのメイスが私の腹部を抉るようにして殴打を始める。

 ホバークラフトの移動で横回転しつつ、バレリーナのように回避。続けて裏拳を打ち込む要領で両刃のシグルクローをヘカトンへと向けた。

 

『なるほどな。こいつは期待できそうだ』

 

 背面に傷をつけたものの、とっさの行動ということで傷が浅い。

 スラスターへの致命的ダメージにはならないシグルクローを射出させながら、右手に持ったビームサーベルで更に追撃を行う。

 だが、ユウシさんはそう簡単にくたばってはくれない。

 振り下ろしたメイスを重心にひっくり返ったヘカトンが両足で私の胴体を蹴り飛ばす。

 思わず後退したバッドリゲインに対して、メイスを手放したヘカトンが馬乗りに。そのまま頭部を掴み取る。

 

『あいつのゼロペアーは阿頼耶識システムを搭載している。普通のガンプラなら今のでなんとかなるが、エンリのゼロペアーは動いてくる』

「は、はい!」

 

 強い。阿頼耶識システムを実装するには鉄血機体のガンダム・フレームでなければいけないという制約がある。その性能というのも思考制御機能だったかを少しだけ鋭くするものだ。

 だからまるで人間みたいな動かし方をガンプラがすることができる。

 柔軟な発想と、これまでの経験則。それらが全て阿頼耶識システムという動作サポートに適応される。エンリさんが真に強いとされている所以だった。

 

『そらもう一本!』

「はい!」

 

 戦えば戦うほど、自分自身が成長ししていくのを感じる。

 ホバークラフトの移動がここまで便利であると同時に、細かい動作を行わなければ、致命的なスキにつながるという恐ろしい諸刃の剣。ソシャゲでいうところのオート周回がこういうところなのだろう。

 シグルクローだって分かってきた。この刃はとにかく鋭い。少しでも当たれば致命打にはならなくても、それなりに耐久値を減らせられる。ワイヤーと組み合わせればとにかく相手はその処理に専念しなくてはならない。

 バッドリゲインはとにかくトリッキーであるものの、それ故に繊細な操作と追い詰めるための思考を繰り広げなくてはならない。

 難しい。そう感じた。チャンプがトライエイジをほぼそのまま使用しているのは多分それが理由だ。

 

 武装がシンプルであればあるほど、その戦術の応用パターンが広がっていく。

 今のバッドリゲインはその応用パターンが極端に狭い。だけどその分奇襲性、初見殺しと言う面が非常に強くなる。

 エンリさんと相打ちを取る、もしくは勝つとなれば、相手の意識外からの一撃を与えるしかないのだ。

 

 そして同時に感じる。エンリさんの強さを。

 エンリさんが冷静であればあるほど、シンプルであればあるほど、戦術パターンが極端に増えていく。そりゃそうだ。さっきも言った通り、武装がシンプルだから応用が効きやすい。

 例えばメイスの投擲。例えばテイルシザー。更にはゼロペアークロー。

 そのどれもが相手を叩き潰すという暴力に他ならない。その癖腕の延伸や、フロントスカートのチェーンがあるんだ。奇襲性も遥かに高い。

 ユウシさんとの再現戦ですらこんななのだから、エンリさんと戦う時、どうすればいいのだろうかと、少し疑問に思ってしまう。

 

『ほらもっかい!』

「っ!」

 

 ――それでも。

 

 もう少しで見えそうなんだ。私の作戦が。

 もう少しなんだ。バッドリゲインの癖を理解するのは。

 目と鼻の先なんだ。エンリさんとの手の距離は。

 

『いきなりシグルクローか! なら!』

 

 自分の意志を持って飛び交うシグルクローの腕をユウシさんはワイヤーごと掴み上げる。

 私はそこを見計らって、ホバークラフトによる移動を重ねながら、ビームサーベルを手に持つ。

 

『突撃か。だがエンリなら』

 

 そう、エンリさんなら。このギミックは知らないはずだ。

 突如ヘカトンの衝撃が走っていく。何故か。その理由はワイヤーの先にあった。

 

『シグルクローが! どこだ?!』

 

 ヘカトンが掴んだワイヤーの先にはシグルクローの手は存在しない。

 自力で脱出したシグルクローは半ばC・ファンネルのように空中を自立で移動。バックパックに左腕、足の裏などを斬り裂いていく。

 ついに光の巨人が膝の膝をついたタイミングでワイヤーと再接続したシグルクローが戻ってくる。

 

『なるほどな。無線接続のワイヤーハンドでエンリの油断を誘うってことか』

「はい。エンリさんはこの攻撃を初見では受けきれない。そう考えてます」

『だが、あいつは復讐のためならそれすら覆してくる。やれるのか?』

 

 やれるのか。

 そんな言葉を私は何度も聞いた。みんな、私のことを心配してのことだ。

 だけど、そんな言葉は何度だってこう答える。

 

「それでも、だとしても。私はエンリさんと一緒にいたいんです」

『……。そうか』

 

 逆境に抗う言葉はたった一つ。だとしても。

 無理な賭けだとは思う。エンリさんには背面のテイルシザーだってあるし、そもそも私のシグルクローを察して、接近戦を嫌がるかもしれない。

 それでも構わない。それらを全てねじ伏せてでも、エンリさんと一緒に復讐するために、私はこの歩みを緩めるつもりはない。

 

『よし、もう一本行くぞ! 10日間フルでお前をみっちりしごいてやる!』

「はい!」

 

 地形を変えて、戦略を変えて。

 私は今だけ鬼にも悪魔にもなろう。それがアウトロー仲間として、友達として果たすべき絆だと思うから。




全ては、あなたのために。私のために


・ガンダムAGE-1バッドリゲイン
名前の由来は取り戻す。エンリを取り戻す覚悟を決めたユーカリが、
ガンダムAGE-1バッドガールをさらに改修したガンプラ。

より白兵戦に特化させた機体であり、
AGE-1を主軸にして、左手をアンカーショットからゼイダルスのシグルクロー。
AGE-2のリアスカートはビームサーベルを収納しながら、
足はAGE-3フォートレスのパーツを採用。どんな足場でもホバー移動することができる。
また首周りにはエンリをリスペクトしたABCマフラーを身につけている。

・特殊システム
ABCマフラー
フラッシュアイ

・武装
ドッズライフル
ビームサーベル
シグルクロー
ビームバルカン
チェーンシールド


・ガンダムヘカトン
ガンダムバルバトスルプスを改造し、
大型バスターソードをメインに、ディテールを勇者らしくしたユウシのもう1つの機体。
腰にビームマントを展開している。

ユウシの普段遣いのガンプラであり、エイハブ・リアクターを2つ搭載。
出力よりも継続時間を優先した性能をしている。
特に内蔵武器を主においており、掴まれると腕のバンカーで貫かれることもしばしば

・特殊機能
ナノラミネートアーマー
リミッター解除
合言葉は「怒れ、ヘカトン」

・武装
超大型バスターソード
太刀
パイルバンカー
クロー
ビームマント


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第35話:子犬と悪魔。ただいま絶賛アウトロー捜索中

3章、エンリ編も佳境なので初投稿です。


 手筈は整った。あとは任務遂行のタイミングをこちらで図るだけだ。

 

「ということです、マツムラさん!」

「あんまり顧客のログイン状況を言いたくはないんだけど、今回は内緒ってことで」

 

 エンリさんのログインポイントは結局の所このシーサイドベースしかない。

 だから私たちは朝イチからG-Cafeでエンリさんにバレないように待機。

 彼女がログインしたのを見計らって、私たちも行動を開始。そのままヴァルガへと突入する手筈だ。

 ムスビさんが考えたアイディアで、結構穴があると冷静に考えたら頭を抱えてしまうけど、それだけエンリさんの行動パターンも単純だと言って差し支えない。

 今の彼女は以前よりも復讐に囚われている。だから良くも悪くもその行動はパターン化されていた。それはフレンさんとムスビさんの調査からも知れるような事実であった。

 だから今回は万全の状態でエンリさんを迎え撃てる。ナツキさんにも待機しているように言ってあるし、地雷はできるだけ排除している。

 

「緊張してますの?」

「あはは、やっぱりバレてます?」

 

 万が一があるとすれば、私が説得できなかった場合だけ。

 勝っても負けても、それはどちらでもいい。大事なのは説得できるか否かなんだから。

 私の口にかかっている。だから怖い。エンリさんが私の言葉を聞いてくれなかったら。あの夜の、あの雨の日の二の舞になったら。

 恐怖で震える手を、ムスビさんがそっと握ってくれた。

 

「大丈夫ですわ。あなたなら、なんとかなりますわ」

「なんとかって。そこは絶対って言ってほしいです」

「世の中に絶対なんてありませんもの。正の絶対も、負の絶対も」

 

 世の中には絶対なんて存在しない。誰が言った言葉だろうか。

 言われてみればそうだ。絶対無理だと考えられてきた空を飛ぶことだって人間にはできた。

 絶対無理だと思いこんでいたELダイバーとGBNの共存だってできた。

 だったら、人間同士の共存だってできる。不可能なんて、ありえない。

 

「ありがとうございます。なんか、勇気出てきました」

「それでこそ、肝が据わったアホの子ですわ」

「それは余計だと思うんですけど」

 

 じっとりした視線を向ければ、ムスビさんは笑う。

 どことなく元気がないのは気のせいだろうか。やっぱり、ムスビさんもこの作戦が上手くいくか心配なのかな。

 それでも。頑張るしかない。私の言葉を、想いを相手に伝えるまでは、終われない。

 

 メールが一通を届く。作戦開始のメッセージだ。

 私たちはその場を後にする。次にここに来るのは、エンリさんと一緒に。そう心に誓って。

 

 ◇

 

「エンリちゃんがヴァルガに入ったの確認したよ!」

「分かりました。では皆さん、手筈通りよろしくお願いします」

『任されましたわ!』『了解だぜ!』『承知之助』

 

 次々とヴァルガへ先行してゲートの中に突入していく面々。どなたも腕利きだと聞く。例えヴァルガだったとしても、その力は遺憾なく発揮されることだろう。

 操縦桿を握りしめる。泣いても笑っても、ここから先は私たちの戦争だ。私たちは勝つ。勝って、エンリさんを勝ち取る!

 

「ノイヤー、ダナジン・スピリットオブホワイト! 行きますわ!」

「フレン、モビルドールフレン、ミランド・セル! 行っちゃうよ!」

 

 息を吸って、吐く。覚悟は、決まった。

 

「ユーカリ、ガンダムAGE-1バッドリゲイン。エンリさんを、取り戻します!」

 

 機体を射出。そして移動形態となった白ダナジンに乗って、ヴァルガゲートへと突入する。

 まず最初は一気にブーストを掛けてその場から退避。そうしないとスナイパーに狙撃されておしまいだと言う。これはエンリさんから教えてもらったことだ。

 だからまずは、一ブースト!

 

「行っけぇえええええええ!!!」

 

 ゲートを抜けた先、一気にブーストを掛けてすぐさま離脱。

 背後にビームの気配を感じながらも、そのままホバークラフトで安全な着地を行う。

 

『ドローン展開しとっから、あたしはここでデータリンクしてるね』

「ありがとうございます」

 

 オレンジ色のハイザック・カスタムからの連絡を耳にすると、すぐさまヴァルガの一部マップがコックピット内に展開される。どうやらエンリさんはこの中にはいないらしい。

 

「探すしかありませんわね」

「はい。全方位警戒ってことで」

「りょ! ミランドでアタシら消しとくね」

 

 フレンさんがミラージュコロイドとGN粒子での一定範囲の隠蔽工作をする。

 このためにミランド・セルで来てもらったというのもある。もう1機はグランド・セルという後方支援に適したセルを持ち出してきてもらった。

 効果範囲からハズれないように慎重に行動を行う。

 途中途中危ない場面はあったものの、岩場をすり抜けて一同は廃墟エリアへと突入する。目標は、まだ見えない。

 そこまで遠くへは行ってないはず。だからもうちょっと。もう少しのはずなんだ。

 焦る考えと、緊張から、少しだけ手に汗が滲む。

 こういうところがGBNの悪いところ。こんなところまで再現しなくてもいいのに。

 

「やば、タンクの残量切れそう」

「ホントですの?! 流石に今ミラージュコロイドが切れたらまずいですわよ」

「ギリギリまでなんとかする。ちょっと待ってて」

 

 支援機を召喚して、少しだけGN粒子の充電を行う。

 それでもおおよそ10分潜伏できればいい方だという。

 もうこのまま自力で探した方がいいんじゃないだろうかとか、3人で迫りくる機影を撃破して行くのもありか。そう考えたけど、万全の状態でないとエンリさんには勝てない。少なくとも説得の時間を稼がなきゃいけないのだから。

 

「ここからは時間との勝負ですわね」

「はい。このデータリンクも結構範囲は広くなってるはずなんですけど」

 

 ジワリジワリと、待つだけの時間が長引く。

 いつまでこうしていればいいんだ。焦りと不安だけが募っていく。

 実はもうエンリさんはこのヴァルガにいないんじゃ。そう考えてしまうぐらいには。

 お願いだから、私からエンリさんを奪わないで。そんな祈りにも似た神頼みをコックピットの中で行う。

 一分。また一分と。時間だけが過ぎ去っていく。

 もうすぐGN粒子のタンク残量が底をつく。その時はもう暴れまわるしかない。万全じゃない状態で、エンリさんとエンカウントすることを想定にしながら。

 

『……いたぞ! 廃墟エリア北東! 今座標を送る!』

 

 タンク残量が0になると同時に、その吉報はやってきた。

 廃墟エリア。どうやら対岸にいるらしい。私は今いる場所を味方に明かしながら、2人の、白ダナジンとモビルドールフレンの顔を見る。

 

「ダイジョーブだって、アタシらいるし!」

「いざとなったら、バーストストリームで一層しますわ」

 

 心強い仲間だこと。ダナジンは頭を、フレンは手をバッドリゲインの背中に添えて、勢いよく押し出した。

 

「「いってらっしゃい!」」

「はい、行ってきます!」

 

 次にただいまを言う時はエンリさんも一緒ですからね!

 

 ◇

 

 様子がおかしい。そう気づいたのはついさっきのことだ。

 わたしの周りにいたはずの敵という敵が円形を囲んで動こうとはしない。

 むしろ『わたしの壁』になるように動いている。敵に対しても、そしてわたしに対しても。

 

「片っ端から叩く? いや、数が多すぎるわね」

 

 ざっと見積もって30機。どうしてこんな編隊がいるにも関わらず、わたしを攻撃しないのだろう。

 分からない。謎だ。まったくもって不可解。こんな事をする理由がない。

 完全にイニシアチブは向こうが握っていた。対抗ロールを振ろうにも、数的優位もあちらが上だ。突破は不可能に近い。なら大人しく作戦実行の瞬間を待つしかない、か。

 

「はぁ……。もう3週間か」

 

 ウィンドウを起動してピクチャを開く。

 思えば随分と変な所まで来てしまった。気まぐれで助けたわんこが不良になって、それでわたしをこれでもかと言うぐらい惑わせてくる。

 本当は今でもこんな事をしているはず。だからこれが正史。今の、一人ぼっちが正しい歴史であると、そう信じ込む。

 でも、あのぬくもりは到底忘れられるようなものじゃない。

 フレンのおちょくり。ノイヤーとのいがみ合い。そしてユーカリとの想い出。

 なかったコトにするのは恐ろしいくらい、とても充実していた。

 

「あんたも、そうだったの?」

 

 名前は呼ばないけど、思い出すのは似たような歴史を持つナツキ。

 あの後GPDの表舞台から姿を消したと聞いた。それでも、GBNに帰ってきて春夏秋冬と言う仲間を作り、ハルという恋人を手にした。

 そんな彼女を邪魔するなんてことをしたくなかったから、わたしはずっと隠れていたのに。ずっと、誤魔化してきたのに。

 

「あんたは、わたしが欲しい物をみんな持ってる。ずっと羨ましかった」

 

 GPD時代の仲間はそれほど仲がいいものではなかった。利害が一致したから付き合ってきただけ。引っ越した先で連絡をくれる人なんて誰一人としていなかった。

 仲違いしたとは言え、ナツキの友達は仲良さそうで。

 今も不器用なわたしと違って、彼女には友達が多い。

 わたしだって欲しかった、そんな友達が。信頼しあえる仲間が。

 ケーキヴァイキングのみんなが、そうだったと思う。

 だけど、復讐を、今までの自分を捨てるのが怖くて、今を捨てた。

 一度掴みかけた手をわたしは振り払ったんだ。もう戻れない。もう立ち止まれない。後ろを見て、過去へと前進するしか、もう、わたしには……。

 

 突如として鳴り響く接近アラート。我に返ったわたしはその赤い点を確認する。

 数は1。その姿を見て、わたしは目を疑った。

 そうか。周りの30機は全て囮。そして最後の1機が本命。そいつはどこまでもわたしの後ろをついてくる。

 鬱陶しくて、わたしの心にズケズケと入り込んできて、わたしの心をかき乱す、愛しいあなた。

 振り払ったこの手を、もう一度握りに来たとでも言うの? 今更戻れるわけがない。今更、帰れるわけがない。だったら、なんで……。

 

 黒いボディに、胸のドクロが輝く。

 左腕はわたしの知らない腕になっていて、足だってフォートレスのパーツを黒く塗装している。

 そして何より、わたしが上げたABCマフラーを身につけて……。

 

「なんでここにいるのよ」

『エンリさんを、迎えに来たんですッ!!』

 

 ユーカリ、あんたはいつも眩しすぎるのよ。ナツキと同じように。いえ、ナツキ以上に。

 

「迎えに来た? わたしの手を取れなかった人が?」

『そうです! 私は、エンリさんと話に来ました!』

「わたしがボロボロになってるのを見たから、助けたいって思っただけでしょ」

 

 自分でも酷く汚いことを言っている自覚はある。

 相手はあのユーカリだ。わたしの感情をぶつけていい相手じゃない。

 わたしが好きな相手に、わたしの汚いところを見せたくないんだ。だから帰って。

 

『確かにそうかも知れません。でも偽善の助けたいじゃありません!』

「助けたいって気持ちに偽善以外あるわけないじゃない」

 

 だから、帰ってよ……。

 

「同情なんていらない。わたしに必要なのは復讐心であって、あんたたちみたいなのとは釣り合わない」

 

 だって、わたしは薄汚くて、後ろしか見てない未練がましい女で。

 あんたみたいな光とは相容れることはできない。眩しくて、一緒にいられないから。

 

『一緒にいたいんです!』

 

 そう、心のどこかで思っていたことを、ユーカリは的確に突いてくる。

 どうして。どうしてあんたはそこまでしてわたしに加担するのよ。なんで。

 

『私はエンリさんと一緒がいいんです! だから釣り合わないなんて言わないでください。私には、エンリさんが必要なんです……』

 

 正直嬉しかった。わたしが必要だって、好きな人がそう言ってくれることが夢のようで。

 同時に何故、という好奇心が生まれる。

 ユーカリは酷く鈍感だと考えている。それはわたしもノイヤーも同じことを言うだろう。

 だから、どうしてもそこが気になった。

 

 ――あんたは、いったい誰が『好き』なの?

 

「どうしてよ。あんたはどうして、わたしにここまでのことをするの?」

『それは、友達だからです!』

 

 ……そう。そう、なのね。

 心の中の炎が急激に冷えて、小さくなっていくのを感じる。

 " 友達 "ね。わたしのことを助けようとするのも、わたしと一緒にいたいっていうのも、全部全部" 友達 "だから、なのね。

 わたしは。

 

「わたしは、そうは思ってない」

 

 だってそうでしょう? わたしは友達なんかよりもう一歩先に行きたいんだから。

 みんなが好き。それは立派なことよ。

 でもね、わたしはあんたの一番になりたい。一番がいいの。

 ナツキに勝つまでは、その一番になれない。わたしの過去が全てを台無しにして、あんたの接しているだけでナツキを思い出してイライラする。だから決着を着けなきゃいけないの。過去という呪いから抜け出すために。

 わたしの過去の因縁に決着をつけてからなら、いくらでも相手するから。あんたの言う" 友達 "として一緒にいてあげるから。

 だから今は、眼前の" 驚異 "を取り除くために、マイナスまで行ったわたしの過去を" ゼロ "に戻すために、懐の、ゼロペアーのメイスを握る。

 

「今だけは引いて。でなければ」

『引けません。エンリさんを取り戻すために!』

 

『エンリさんを』

「ユーカリを」

『「倒すッ!!」』

 

 引き抜かれたメイスとビームサーベルが交差する。

 わたしが昔望んでいた一戦がまさかこんなところで叶うなんて、思いもよらなかった。




ゼロペアー。それは絶望をゼロに戻すための名前。


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第36話:縁とユカリ。この想いは揺るがない

3章、エンリ編。完結


「くっ、重たい……!」

 

 その一撃であるか。それとも復讐心の重みがなのか。

 私には分からない。でも私にだって彼女のことを知る権利はある。だって友達だから。あなたが例え拒否したとしても、私はそう思ってるから。

 

「このぐらいッ!!」

 

 右腕の力が増す。だが、ガンダム・フレームに対抗するにはあまりにも無力。

 ホバークラフトによる移動を後方回避に切り替えて、上から下へと振り下ろされるメイスをビームサーベルの刀身で受け流し、地面に叩きつけさせる。

 ユウシさんとのエンリさん対策をこれでもかと言うぐらい詰め込んだんだから、これぐらいできなきゃユウシさんに失礼というもの!

 すかさずビームサーベルを収納してから、マウントしてたドッズライフルを手にする。

 ナノラミネートアーマーはビームを無力化することぐらい知っている。どれだけエンリさんと一緒にいたと思っているんだ。だがそれは許容量を超えたビームについてはいくらかのダメージは必ず襲いかかる。

 さらにドッズライフルはDODS効果のパッシブスキルだ。これによって装甲を貫通する。

 あの時は当たらなかったからわからないだけど、ナノラミネートアーマーがドッズライフルのビーム砲を守りきれる保証はないんだ。

 だからドッズライフルの銃口をゼロペアーへと向ける。

 もちろん射線上から外れるようにゼロペアーの動くもジグサグに接近してくる。

 3点射撃。これで、まずは左に一打。これはサイドステップで回避。

 こちらは続けて、逃すまいと右に一発。これによって地面をこすりながら静止して回避。

 最後の一撃は、まっすぐゼロペアーへ!

 

 貫通力を高めたビームライフルとナノラミネートアーマー。

 いわゆる矛と盾のお話と似ている。攻撃するのが私なら、イニシアチブは私にある。だからここで攻撃を加えられるのは私だけ!

 錯乱中のエンリさんのスキを狙って、左腕のシグルクローを起動させた。

 

『雑な攻撃。だけど、見事よ!』

 

 すぐさま回避行動を取るゼロペアーもそのビームは避けきれない。

 左肩に被弾した装甲はやや熱を帯びているものの、融解には至っていなかった。なるほど、ドッズライフルでの攻撃は無意味か。だけど、こっちはどうですか!

 

『続きはアンカーフック。いえ、シグルクローね!』

「そのとおりです!」

 

 ワイヤーをひねらせながら、牽制の意を込めたドッズライフルの連射。シグルクローによる攻撃の2つでエンリさんを追い詰める。

 

「エンリさん、私たち友達ですよね?!」

『私はそう思ってないって、さっきから言ってるでしょ!』

「でも! フェスの時、エンリさんが私に見せてくれた笑顔は、嬉しく見えました! 私たちといて、楽しかったってことですよね?!」

『それとこれとは、話が別でしょうが!!!』

 

 左腕のハンドメイスが、バッドリゲインに向かって投げつけられる。

 でも、その行動自体は折り込み済みだ。

 ホバー移動によって直撃コースを避けた私は続く反撃でワイヤーシグルクローで右腕を削ろうと刃が走る。これなら右腕のメイスもなくなって実質フリーハンドに……!

 

『そうは問屋は卸さない!』

 

 バチンと熱を帯びながら、シグルクローとテイルシザーが激突、弾かれてしまう。

 相手は意志を持った尻尾だ。だったらまず先にそっちからワイヤーを切断するしかない。

 意志を持った左手をテイルシザーに集中させながら、ハンドに持ってる武器をビームサーベルに変更し、次なる突進を始める。

 

「違いません! だって一緒にいて楽しかったんですよね! だったら!」

『だったら何?! わたしの復讐をあんたたちは止めるつもりでしょ!』

「それは違います! 私はアウトローらしく、復讐をやり遂げさせたいんです!」

『アウトローアウトローって、あんたが似てた試し、一切ないじゃないのよ!!』

 

 私のコックピットを的確に狙ってテイルシザーが先を走らせるも、そのワイヤーをシグルクローで握ることでこれを阻止。そのスキに続くのはメイスの殴打攻撃。そんな攻撃、ユウシさんのときに散々見た。

 

『避けた?!』

「私だって、いつまでも弱いままじゃないんです!」

 

 バックステップ気味のバレリーナ回転で躱した束の間、今度襲いかかるのは左手のゼロペアークロー。鋭い爪とその延長された腕から放たれるビーム砲がバッドリゲインに被弾する。

 

「くっ!」

『わたしは強いままじゃなきゃいけない。ナツキに勝てるようになるまで、あんたたちとは絶交ってことよ!』

「そんなワガママ、私のワガママで覆しますから!」

 

 初弾は防げなかったけど、2発目以降はABCマフラーがなんとか受け止める。

 それでももう使い物にならないぐらい弾いたのなら、もう必要ない。

 ワイヤーを巻いて回収した左腕でゼロペアーに向かってマフラーを投げ捨てる。

 

『っ!』

「私は、一緒にいたいんです! 復讐だってナツキさんのフォース相手に喧嘩売りますし、もっとフォースのみんなと仲良くなりたい。それじゃダメなんですか?!」

 

 顔面にかかったマフラーを振り払うべく、左腕で掴んだ瞬間、ぐさりとシグルクローが装甲ごと撃ち抜いたことを察せられた。よしこれで、左腕は機能不全に陥るはず。

 

『なんて思ってたかしら?!』

 

 それは肉を切らせて骨を断つ。ワイヤーを断ち切るようにテイルシザーがその刃を開いて、真っ二つにした。

 これならワイヤーハンドは身動きがなくなる。そう信じ込むしかない。

 無線接続へと変わったシグルクローで左腕をめった切りする。

 

「友達じゃなくてもいいです! だから私は、エンリさんと一緒にGBNの世界を楽しみたいんです!」

 

 左腕を破壊され、先がなくなった左腕を見て、エンリさんは一回距離を置いた。おおよそ、私の知る中では初めての行動だった。

 

『ダメよ。あんたのワガママなんて聞いてあげられない』

「いいえ、聞いてもらいます! エンリさんの拒否権なんてありません!」

『人の気も知らないで……!』

「知りませんよ! エンリさん、ずっと私たちの隠し事してたじゃないですか!」

 

 エンリさんのことをもっと知りたい。それなのに、彼女は自分のことを話さない。

 それが、私の目的の弊害になっていて。だからそういう秘密主義なところは嫌いだった。

 でも今少しずつ明かされているのを感じるんだ。そしてその理由はきっと……。

 

『恥ずかしいし、迷惑でしょ。わたしの話なんて』

「迷惑なんかじゃありません! 少なくとも私はエンリさんのことを知りたいから!」

『だからそれが、眩しすぎるんじゃない! 秘密は秘密のままにさせるのが普通でしょ?! だからあんたは……ッ!』

「だからワガママなんです! 全部ひっくるめて、私はあなたを知りたい!」

『この、わからず屋ッ!!!』

「そっちこそッ!!!!」

 

 激突するビームサーベルとメイス。そして無線シグルクローとテイルシザー。

 強いけど、でも。絶対に勝ちますから!

 

 ◇

 

 彼女が言ってることはすべて本当のことだ。

 嘘なんかこれっぽっちもついていない、明るくて真っ直ぐで、それが眩しい光。

 きっと、折れることが一番丸く収まる方法で、私の復讐も邪魔をしないと言ってくれた。

 すべてがわたしにとって都合のいい提案で、現実で。

 

 だから怖かった。自らの幸せを自分の手で捨てたわたしに、そんな権利があるなんて思わないから。

 過去の自分を拭い去ることなんてできない。

 それでも、と受け入れてくれる彼女は、わたしが好きなユーカリは言ってくれた。

 自分のプライドと、すべてを受け入れてくれる光と。わたしはどっちを選べばいいのよ。

 

「『はぁぁぁあああああああああッッ!!!!!!』」

 

 ぶつかり合うサーベルとメイス。こちらも対ビームコーティングであるナノラミネート加工がされているものの、それはダメージ軽減でしかない。じりじりとメイス自体が溶けていくのが理解できる。

 負けてもいい。そう考え始めると、わたしとユーカリの真剣勝負の場に無粋な考えを持ち込んでいると、あのナツキと同じことをやろうとしていると自分に辟易する。

 そうだ、本気だ。本気でユーカリを退けるしかない。

 それなら、これしかないッ!

 

「『落とせ、ゼロペアー!!!』」

 

 ガンダム・フレームに搭載されたリミッターを意図的に解放させる。

 おおよそ3分の殺戮劇。こうでもしないと、もうユーカリを完膚なきまでに叩きつけられない!

 パワー負けしたバッドリゲインの右腕が空中に打ち上がる。同時に打ち上げた右腕のメイスで即座に左肩を殴打する。

 メリメリとめり込ませた肩は機能停止まではいかなくても、ダメージは甚大なものになっている。

 体勢を立て直すべく、バッドリゲインの右手がくるくると回転しながら、ゼロペアーのコックピットへとサーベルの刃を突き立てる。だけどリミッター解除したわたしに、そんな攻撃通用しない!

 

 メイスを手放してから襲い掛かる凶刃の根っこを掴み上げると、そのまま胴体に足を設置。はじき返すように、ドロップキックを打ち込む。

 

『きゃぁぁあああああ!!!!』

 

 もぎ取った右腕を捨てて、ノックバックするバッドリゲインに対して、さらなる追撃をするべく、脚部に力を踏み込む。

 

「あんたの右腕は潰した! 左肩も故障! もうあんたにわたしは止めれない!」

 

 この時、わたしは頭に血が上っていたんだと思う。

 冷静なわたしだったらきっと、無線シグルクローがすでに手先にないことぐらい分かっていたはずなのに。

 踏み込んだ右足から突如力が抜けていく。そしてその箇所から甚大な被害が発生していることに気づいた。

 

「足がッ!」

『私は、諦めない!!』

 

 ノックバックしていたバッドリゲインがいつの間にかこちらに接近。

 右腕のビーム砲を連射するも、元々命中精度の低い兵器だ。ことごとくの合間を抜けていく。

 ホバークラフトでくるくると回転しながら、持ち上げた右足で、わたしのゼロペアーの頭部を蹴り飛ばす。メインカメラが……!

 

「でもッ!!」

 

 テイルシザーは死んでない。

 カウンターと言わんばかりに吹き飛ばされる寸前、彼女の脚部をテイルシザーで貫く。

 もちろんこっちも被害は尋常ではない。テイルシザーは破損。それでもバッドリゲインの右足を損傷させるまでに至った。そして、バランスを失ったホバークラフトは、すでに機能を停止していると言わざるを得ない。

 岩盤に叩きつけられながらも、それでも残っている右腕と左足をフルに生かして、廃墟を松葉杖に立ち上がる。

 向こうはまだシグルクローが健在。こっちは右脚と左腕の破損。メインカメラもほぼ死んでいる。勝機は、絶望的だった。

 

『エンリさん。私は、エンリさんがいいんです。あなたがいないと、私たちは止まったままなんです』

 

 わたしだって、止まったままよ。あの時から、ずっと。

 

『エンリさんじゃないとダメなんです! 私たちは、あなたが必要なんです!!』

 

 そんなこと言わないでよ。わたしの意志が、機体が揺らいでしまう。

 

「どうして。友達ならわたしじゃなくてもいいじゃない。こんな面倒くさくて、根暗の陰キャみたいな奴よりもっと……」

『そんなこと言わないでください!』

 

 ぴしゃりと、言葉が空中を切り裂く。

 それだけは違うって、わたしじゃないあなたが、わたしの知らないわたしを知ってるみたいじゃない。

 

『私のエンリさんは、強くて、かっこよくて、褒めたら可愛らしく照れて……。私の憧れたヒーローなんです! だから、例えエンリさんでも、自分のことを卑下する言い方は絶対許しません!!』

 

 ヒーロー? ヒールではなくて?

 もはや意地とプライドだけで立っていたゼロペアーの身体が揺らぐ。

 片足をつぶしたのに、それでも立ち上がるバッドリゲインはもう使い物にならない右足を引きずりながらも前に突き進む。

 それが、わたしとあなたの決定的な差だとでもいうの?

 前を進むことをやめたわたしと、血反吐を吐いてでも前に進むユーカリ。

 それで、すべてを察してしまった。

 

 ――ユーカリ、あんたはわたしよりも強いわ。

 

 とある白狼が言っていた気がする。真に強い奴は心が強い奴であると。

 目の前のユーカリは、間違いなくそれだった。真に強い、強者であった。

 あーあ。また負けた。わたしはナツキだけじゃなくて、ユーカリにも負けたのね。

 

 どんよりと広がる曇り空と灰色に塗りつぶされた廃墟を見て、まるでわたしの心象風景だな。なんて馬鹿げたことを考える。

 

「負けたわ、ユーカリ」

 

 ゼロペアーは、わたしのプライドは、そのまま前へと倒れ伏した。

 

 ◇

 

「エンリさん!」

 

 耐久値もまだ余裕はある。だけど、もう機能停止寸前まで行っているゼロペアーを横に、がれきの上に座っていると、ユーカリが近づいてきた。

 

「……なに?」

「約束です! フォースに帰ってくるって!」

「……1つ聞きたいことがあるわ」

 

 ユーカリを助けたのはただの偶然だ。そこにはただの気まぐれと、ゼダスが練習に最適だと思ったからそうしただけで。それ以上のことは、求めていなかった。

 でも、あなたは何故かついてくる。どうして? わたしが、ヒーローってどういうことなのよ。分からない。わたしには、何も分からない。

 

「わたしは、あんたの求めているような強い女じゃない。ユーカリが求めたヒーローではないわ」

 

 どうして。

 その謎ばかりがわたしの中で浮かび上がってきて。

 ヒーローなんて柄じゃない。昔からヒールだともてはやされていたところだ。

 今さら、わたしをヒーローだなんて……。

 

「偶然だったとしても、気まぐれだったとしても、エンリさんは私を助けてくれたヒーローなんです。そこに強いも弱いもありません」

 

 ――でも。

 ユーカリはそう一拍置き、口に出す。

 

「あの時のエンリさんは間違いなく強かったです。少なくとも、私を憧れさせるには」

 

 そっか。ユーカリがわたしじゃなきゃダメって、そういうことだったんだ。

 わたしへ特別な感情を抱いていたから、で……。

 

「私は、エンリさんの強いところも、弱いところも、すべて受け入れられます!」

 

 だから戻ってきて。そう言ってくれているみたいで。

 そんなこと言われたら。わたしだって胸の奥に湧き出てくる激情が沸騰するじゃない。

 もう、この想いは揺らがない。この感情は止まらない。

 

「エンリさん……?」

 

 純粋な瞳で、何も知らないような穢れを知らない瞳でわたしを見つめてくる。

 あぁホント。この子は魔性の女だ。

 わたしのことをここまでかき乱しておいて、それでも友達のためだと言い張る。わたしはそんなこと思ってない。わたしは、あなたのことが、ユーカリのことが。

 

「ひゃいっ!」

 

 近づいてきたユーカリの手を引いて、わたしの胸元に顔をうずめさせる。

 結果的にはわたしがユーカリを抱きしめるようになってしまったけど、そんなこと今はどうだっていい。背中に手を回して、ぬくもりを確かめる。

 この心臓の鼓動は聞こえているだろか。GBNはそこまで再現できるんだろうか。分からないけど、伝わってるといいな。

 

「好きよ、ユーカリ」

 

 曇り空に、一筋の光が差し込んだとすれば、それはユーカリで。

 やっと言えた。わたしの、この胸の想いを。縁とユカリが結んだこの愛を。




縁とユカリ。結んだ絆は、まさしく愛。


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幕間2:自称お嬢様の祈り

4章であるノイヤー編のさわり幕間です。


【世紀末】ハードコア・ディメンション-ヴァルガスレPart***【ディメンション】

1:以下名無しのダイバーがお送りします。

ここはハードコア・ディメンション ヴァルガについて語るスレです。

ルールを守って楽しく語りましょう。

 

Q.ヴァルガってどういうディメンション?

A.GBN内で唯一お互いの合意なしでバトルができるディメンション

通称:運営が匙を投げた場所、猿山、GBN動物園、マッドマックスなど例えられています。

 

Q.何をしてもいいの?

A.奇襲に拡散砲撃、加えてハイエナ行為やモンスタートレインなど、やっている人はいますが、基本的にモラルとマナーを守っていればなんでもいいです。

 

Q.ヴァルガに潜ったら速攻で死んだんだけど

A.判断が遅い!(天狗面

 

 ◇

 

637:以下名無しのダイバーがお送りします。

最近バードハンターが出てきてしんどいンゴ~~~~~!!!

 

638:以下名無しのダイバーがお送りします。

あー、なんかここ数週間ぐらい出てきてるな

 

639:以下名無しのダイバーがお送りします。

めっちゃ荒れてるみたいだな

 

640:以下名無しのダイバーがお送りします。

とばっちりに遭うこっちの身にもなってほしい

 

641:以下名無しのダイバーがお送りします。

まさしく突然の災害やぞ

 

642:以下名無しのダイバーがお送りします。

ヴァルガで災害なんて日常茶飯事だろ

 

643:以下名無しのダイバーがお送りします。

お空に真っ赤なきのこぐも~

 

644:以下名無しのダイバーがお送りします。

降り注ぐ桃色のビームの雨

 

645:以下名無しのダイバーがお送りします。

暴力の塊みたいな鬼!

 

646:以下名無しのダイバーがお送りします。

やめちくり~~~><

 

647:以下名無しのダイバーがお送りします。

加えて殺戮の天使が、おまいらのハラワタを切り裂きに来るぞ

 

648:以下名無しのダイバーがお送りします。

都会は、やべぇところだべぇ~

 

649:以下名無しのダイバーがお送りします。

どっちかというと辺境の地

 

650:以下名無しのダイバーがお送りします。

グルメ家の鬼さん、目をつけられたら最後、死ぬまで追ってくるからな

 

651:以下名無しのダイバーがお送りします。

なんだったら素質ありと思われたら、一生付きまとわれる

 

652:以下名無しのダイバーがお送りします。

ストーカーかよ

 

653:以下名無しのダイバーがお送りします。

実際リクくんがそれだから……

 

654:以下名無しのダイバーがお送りします。

リクくんェ……

 

655:以下名無しのダイバーがお送りします。

リクさん、チャンプにも目つけられてるし、オーガにも付きまとわれてるし、いろいろと散々だな

 

656:以下名無しのダイバーがお送りします。

主人公体質とも言う

 

657:以下名無しのダイバーがお送りします。

実質GBNの主人公が誰かと言われたらリクみたいなところあるしな

 

658:以下名無しのダイバーがお送りします。

チャンプは完璧超人というか、近所の超つえーお兄さんポジ。

オーガはライバルポジだし、ユッキーあたりも親友ポジぐらいだし。

なんだったらサラちゃんがヒロインまである

 

659:以下名無しのダイバーがお送りします。

モモちゃんは?

 

660:以下名無しのダイバーがお送りします。

マスコット

 

661:以下名無しのダイバーがお送りします。

 

662:以下名無しのダイバーがお送りします。

 

663:以下名無しのダイバーがお送りします。

ウケる

 

664:以下名無しのダイバーがお送りします。

実際かわいいし、人気もあるんだけど、

そのかわいさが妹としての可愛さというか。恋愛感情は湧かないっすね

 

665:以下名無しのダイバーがお送りします。

悲しいね、バナージ

 

666:以下名無しのダイバーがお送りします。

アヤメさんぐらい乳でかくないと!

 

667:以下名無しのダイバーがお送りします。

やっぱ女は黙っておっぱい!

 

668:以下名無しのダイバーがお送りします。

めっちゃ話それてね?

 

669:以下名無しのダイバーがお送りします。

それな

 

670:以下名無しのダイバーがお送りします。

なんだっけ、モモちゃんがマスコットの話だっけ

 

671:以下名無しのダイバーがお送りします。

バードハンターが出没した話やぞ

 

672:以下名無しのダイバーがお送りします。

言うてあいつフォースに所属してなかったっけ?

 

673:以下名無しのダイバーがお送りします。

今は無所属みたい

 

674:以下名無しのダイバーがお送りします。

ケーキヴァイキングだったっけ。めっちゃ可愛らしい名前の

 

675:以下名無しのダイバーがお送りします。

フォースリーダーが悪ぶったチワワだからな

 

676:以下名無しのダイバーがお送りします。

悪ぶったチワワwwwwww

 

677:以下名無しのダイバーがお送りします。

あの子もたまにヴァルガに出没するな。ばっどがーりゅ

 

678:以下名無しのダイバーがお送りします。

誤字

 

679:以下名無しのダイバーがお送りします。

いや、ユーカリちゃんに関してはこれでいいんだよ

 

680:以下名無しのダイバーがお送りします。

機体名がバッドガールだけど、それほど悪ぶってないのと、ゴロが良すぎるのが悪い。

てことでユーカリが悪いんだよ

 

681:以下名無しのダイバーがお送りします。

本編では言ってない定期

 

682:以下名無しのダイバーがお送りします。

原作では言ってないだけだから

 

683:以下名無しのダイバーがお送りします。

この前ばっどがーりゅと話す機会あったけど、結構いい子だった。

あとめっちゃちっちゃい

 

684:以下名無しのダイバーがお送りします。

やっぱりチワワでは?

 

685:以下名無しのダイバーがお送りします。

バードハンターの目にも愛が!

 

686:以下名無しのダイバーがお送りします。

だったらなんでフォース抜けてんだよ

 

687:以下名無しのダイバーがお送りします。

それはそう

 

 ◇

 

963:以下名無しのダイバーがお送りします。

ヴァルガで包囲網ができてる……

 

964:以下名無しのダイバーがお送りします。

なんだあれ

 

965:以下名無しのダイバーがお送りします。

30機ぐらいが囲んでるっぽいけど、中心が何なのかわからん

 

966:以下名無しのダイバーがお送りします。

お、おい。ギャルスナイパー出張ってきてるぞ

 

967:以下名無しのダイバーがお送りします。

マ?

 

968:以下名無しのダイバーがお送りします。

なんでいるんだよ

 

969:以下名無しのダイバーがお送りします。

興味本位で包囲網に行ったらどこからともなく弾丸が飛んできて。

で、キルログみたらモミジさんだった

 

970:以下名無しのダイバーがお送りします。

相変わらずやべぇな

 

971:以下名無しのダイバーがお送りします。

13kmスナイパーは伊達ではない

 

972:以下名無しのダイバーがお送りします。

でも何だろうな、あれ

 

973:以下名無しのダイバーがお送りします。

よし

 

974:以下名無しのダイバーがお送りします。

どうした

 

975:以下名無しのダイバーがお送りします。

なんかあったか

 

976:以下名無しのダイバーがお送りします。

ドローンを介して中心の様子見れた。

どうやらバードハンターがタイマン張ってるみたい

これ、配信な

 

【URL】

 

977:以下名無しのダイバーがお送りします。

たすかる

 

978:以下名無しのダイバーがお送りします。

つまりこの包囲網はバードハンターを逃がさないようにするってことか?

 

979:以下名無しのダイバーがお送りします。

てか相手、ばっどがーりゅじゃねぇか

 

980:以下名無しのダイバーがお送りします。

ほんまやwwwww

 

981:以下名無しのダイバーがお送りします。

会話は流石に聞き取れないけど、様子からして連れ戻しに来たとか?

 

982:以下名無しのダイバーがお送りします。

どんだけ優しい子やねん

 

983:以下名無しのダイバーがお送りします。

そりゃアウトローなんて言葉が似合わない悪ぶったチワワだし

 

984:以下名無しのダイバーがお送りします。

バトルは割と接戦じゃん

 

985:以下名無しのダイバーがお送りします。

ホバークラフトここまでうまく使うダイバー、あんまりおらんぞ

 

986:以下名無しのダイバーがお送りします。

ワイヤーシグルクロー、いいな

今度真似しよ

 

987:以下名無しのダイバーがお送りします。

てかスレがもうすぐ死にそう

 

988:以下名無しのダイバーがお送りします。

やばいやばい

 

989:以下名無しのダイバーがお送りします。

加速させろ! リアルタイムで実況するぞ!

 

990:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>1000ならヴァルガ爆発

 

991:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>1000なら地底人復活

 

992:以下名無しのダイバーがお送りします。

ドッズライフルって鉄血装甲貫通しないんだ

 

993:以下名無しのダイバーがお送りします。

ハイパーやシグマシスならたぶんいける

 

994:以下名無しのダイバーがお送りします。

だからチャンプはトライエイジなのか

 

995:以下名無しのダイバーがお送りします。

とか言ってたらあと5つ!

 

996:以下名無しのダイバーがお送りします。

やばい、ゼロペアーリミッター外したぞ!

 

997:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>1000ならばっどがーりゅと結婚

 

998:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>1000ならバードハンターが勝つ

 

999:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>1000ならエイハブ爆発

 

1000:以下名無しのダイバーがお送りします。

バッドリゲインの右腕がぁーーー!!!!

 

1001:以下名無しのダイバーがお送りします。

このスレッドは1000を超えました。

もう書けないので、新しいスレッドを立ててください。

 

 ◇

 

 前略。わたくし、ムスビ・ノイヤーはユーカリさんのことが好きである。

 以前までは好きになる決定的な理由はあれど、進展する必要なんてないと思っていた。

 だってユーカリさんの隣には必ずわたくしがいますし、わたくしがいれば、ユーカリさんは他の人と仲良くなることはない。だから、ユーカリさんの一番は必然的にわたくしになる。そう、解釈していたのにな。

 

「どしたの、ノイヤーちゃん」

「いえ、なんでもありません」

 

 エンリさん。わたくしにとっては最も気に入らない相手。

 わたくしの安住の地に、土足でずけずけと入ってきて……。いいえ、ユーカリさんが招き入れた数少ない人物。

 ユーカリさんはあれでも、わたくしのことを気遣って、容姿を傷つけてくるような人を絶対に招きはしない。実際にエンリさんはわたくしの外見を気にはしたものの、ちゃんと謝り、それから先何も言わないような良心的な人だ。そこは安心している。

 同時に、彼女がユーカリさんに接近していることに、ひどく嫌悪感を示している。

 嫉妬心と言ってもいい。ぽっと出のあの人が、わたくしが以前からお慕いしていたを横取りするんじゃないかって。

 

「どうかしてるじゃん。ノイヤーちゃん、声色ちょっと落ちてっし」

「そんなわけ、ありませんわ」

 

 実際、今回の作戦だって、エンリさんがフォースを抜けてくれて嬉しかった。やっとユーカリさんと二人っきりになれると思って。

 でも確かにつないだ絆はそんなことを考えたわたくしに罪悪感という形で容赦なく襲い掛かってきた。

 なら、どうすればいいんですか。そう神様に言わざるを得なかった。

 いくら言ってもわたくしの気持ちに気づいてくれないユーカリさんを、どうやって口説き落とせばいいのか。わたくしには分からなかった。

 報われない恋。所詮は女同士の恋愛なんて、そんなものなのかもしれない。そう感じて。

 

「ノイヤーちゃん、結局エンリちゃんを手伝う形になっちゃって、よかったの?」

「よくありませんわ。だって、わたくしはユーカリさんのことを……」

「好きだもんね。っはー、たまらない!」

「ふざけてますの?」

 

 フレンさんの「ごめんごめん」とやや半笑いの声を聞き届けつつ、周りの警戒を続ける。

 わたくしは、どうすればよかったのでしょうね。あそこで反対すれば、ユーカリさんは傷つく。でも賛成すれば、わたくしが傷つく。

 傷つくことには慣れている。愛しのあの人が傷つくぐらいなら。そう思って、我が身を盾にした。

 

「アタシさ、ノイヤーちゃんの純愛を見てて楽しいんだ」

「ですが、分かっているのでしょう。この戦いがどう転んでも、おそらく2人の関係は進展するって」

「まーね。でもアタシはノイヤーちゃんの恋心に憧れて、応援したいって思ったんよ」

 

 それは、可哀想だと思ったから? なら、同情なんていらないのに。

 心の中でそう思いながら。

 

「アタシは報われてほしいの、ノイヤーちゃんに!」

 

 金髪で緑眼で。わたくしが生まれた時から欲してやまない見た目を持っている彼女がそう言う。

 わたくしが報われることがあるとしたら、それはいつになるのでしょうね。

 生まれた時から『呪われし子』として肉親、親戚に疎まれ続けたわたくしに、救いがあるとしたらそれこそユーカリさん、あなたしかいないんです。

 だからどうか、エンリさんとは何事も起こらないでほしい。

 どんよりと分厚い雲がひしめく空にわたくしは祈る。

 

 ――お願いだから、告白なんてしないでくださいまし。




祈りは、届かないから祈りのまま


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第4章:私たちがちょっと有名になる感じで
第37話:ばっどがーりゅと恋の悩み


第4章、開幕。遅ればせながら、ムスビも出陣


『好きよ、ユーカリ』

 

 リフレインするのは、私が憧れている相手からのラブメッセージ。

 抱きしめられたぬくもりも、顔を覆う平坦ながらもわずかに感じる柔らかみ。そして心臓の鼓動。

 その全てが何を物語っているのか。ムスビさんに鈍感と罵られたこともあった私でも察することができた。

 

「好きって、分かんないよ……」

 

 私、イチノセ・ユカリは恋愛がわからない。俗に言う恋愛弱者である。

 いやだって、私にそんな浮いた話があったかと言えば……うーんどうなんだろう。何回か呼び出されて告白されたことはあったけど、よく分からないことが多すぎて、すぐに突っぱねちゃったんだよなぁ。あまりよく知らない男子が多かったし。

 でも、女の人に、それも私がよく知る人に告白されるだなんて思わなくて。

 

「なんか。なんだろう、この気持ち」

 

 こう、告白のことを考えると、ポォっと胸が少し暖かくなって、全身に満ち渡るような、そんな気持ち。嬉しいとも、照れるともまた違うような、そんな不思議な感覚。

 でも悪くない。いや、むしろいいとさえ思ってしまう。こんな感情を受け止めてしまえば、誰だってYESと返事してしまうことだろう。

 そう、問題はその返事だった。

 

「恋愛としての好きって、なんだろう」

 

 好き。というのにはいくつかパターンがあると聞いたことがある。

 例えば友愛。友達としての愛。

 例えば親愛。親密な愛。

 例えば家族愛。家族を愛する心。

 どれも愛と付いても、その度合は色々とわからないところがある。

 

 私はエンリさんのことが好きだ。

 でも同時にムスビさんのことが好きだし、フレンさんも、それなりに好きだ。

 その好きは友達としての好きであり、どうしても恋愛としての好きはどこにもいなくて。

 

 返事。返事って言ったって、だいたいYESかNOしか存在しない。

 YESで踏み切る勇気もなければ、バッサリNOで切り裂く度胸もない。そもそも恋愛感情を持ち合わせていないのだから、仕方ないってことの方が多いのだ。

 

「どうすればいいんだろう……」

 

 ベッドにうつ伏せに寝っ転がって、スマホをイジイジ。内容は恋愛のことばかりだ。外側から人の好きを見るのって、きっと楽なんだろうな。そう考える。

 人はのんきなものだ。いざ他人となると楽しみたくなるのだから。フレンさん、そういう気持ちでずっと見てたんだろうな。むぅ、そう考えるだけで、ちょっとムカついてきたぞ。今度まずい料理持っていってやる。

 

「はぁ……」

 

 頼るとしたら、ムスビさんなのかな。フレンさんはあれできっと相談には乗ってくれるだろうけど、私とエンリさんの秘密をバラさないとは限らない。

 それにムスビさんにはエンリさんの件が終わったら言いたいことがあるって、言われてたっけな。なんだろう。

 素早くスマホをタップしてLINEで送信。しばらくしてメッセージが帰ってきた。OKらしい。

 今日はもう疲れた。だから明日、ムスビさんにエンリさんのことを相談して……。

 極限まで集中していたせいか、そのまま睡魔がGoTo睡眠。深い眠りへと落ちていくのだった。

 今が夏場で、ほんと良かった。

 

 ◇

 

「で、ご相談ってなんですの?」

 

 シーサイドベース店内に設備されているG-Cafe。その席の一角でムスビさんと座っていた。もちろんエンリさんはいない。

 

「それがですね……」

 

 こういうことを話せるのはムスビさんしかいない。そう思って私はエンリさんとの事の顛末を話した。

 あの後、ちゃんとフォースには戻ってきてくれたし、謝罪はもらったから、今まで通りとは行かなくても徐々に慣れていけばいい。そう、思ってたんだけど告白の事が頭から離れなくて、それどころではなかった。

 最も、数週間後の私からすれば、この選択こそが1番の過ちだったんだろうと、後悔することになるとは思ってもみなかったわけで。

 

「っ……。そう、ですの」

「はい。私、どうしたらいいか」

 

 ムスビさんの顔が酷く険しくなるのが分かった。

 どうしてだろう。そんなにエンリさんが私に告白したことが辛かったとか?

 いやいや、それこそホントになんでだろう。全く心当たりがない。

 

「エンリさんとは、あの後連絡は?」

「いえ。多分今日もGBNにログインしてます」

「……変わらず、というべきですか」

「そもそも連絡取り合うような間柄でもなかったですから」

 

 仲は良かったし、お近づきになりたかったと言えば、ホントのことだ。

 でも向こうからそんなに連絡を取るような人ではないのは分かってたし、私からするのも迷惑かなって、考えたぐらいで。

 

「い、意外ですわね。あの方に遠慮しているだなんて」

「遠慮ぐらいしますよ! ネットとリアルは違うって思ってたから。一応、ネトゲ恋愛っていうんですかね、これ」

 

 えへへ、と軽く照れながらも笑う。

 ムスビさんは、これでもかと言うぐらい悲しい顔をしていた。

 

「ひょっとして、体調悪いんですか?」

「えっ?! そ、そんなことありませんわ! わたくしは今日もトマトジュースで健康ですわ!」

 

 おーっほっほっほ! なんて、普段は使わないくせに。

 やっぱり無理している。何故かは分からないけれども、今は休ませた方がいい。

 

「すみません、今日は無理やり呼び出してしまって」

「そんなことありませんわ! ユカリさんの力になりたい、だけですから」

 

 じゃあなんで、尻込みするように声を沈めていくんですか。

 分からない。エンリさんも大概だけど、今日のムスビさんは特に変だ。まるで、私に何か隠し事しているように。

 むず痒い。私には言えないことなんですか? 友達でも、それは言えないことなんですか?

 出かかった言葉を寸前のところで食い止める。私は友達のことならもっと知りたい。悩んでいることなら打ち明けてほしい。

 

「……言えない、ことなんですか?」

「むしろ、あなただから言えないんですわ」

 

 苛立ちがこもったような、そんな声色が私の耳元に届く。

 ここは公の場であって、プライベートスペースではない。そんなところでまるで別れの話を切り出すみたいに口に出されたら、もう何も言えないわけで。

 だから口にしたのかもしれない。あの時言いたかったことって、なんですか。って。

 

「ムスビさん。エンリさんを連れ戻したら伝えたいことがあるって、何だったんですか?」

「っ……。それは……」

 

 周りが凍る。触れてはいけない絶対領域に触れてしまったような、禁忌や禁断の封印を解こうとしているような、そんな冷たさ。

 しばらくの沈黙。氷は、突如崩される。

 

「わたくしは、ユカリさんに幸せになってほしいだけですわ」

 

 幸せに。その言葉は、誰に相応しい言葉なんだろうか。

 私は知っている。その言葉は、他の誰でもないあなたにこそ相応しい言葉で。

 

『幽霊みたい……気持ち悪い……』

『怖いわ、おばけみたい……』

 

 白い肌のせいで、白い髪のせいで。なんでそんな事を言われなくちゃいけないんだろう。

 私は、ムスビさんにこそその言葉を贈りたいのに……。

 

「ですから、あなたが思うようないい結果を、見せてくださいませ」

 

 私は、どうすればいいんですか。

 

 ◇

 

『私、エンリさんに告白されたんです』

 

 リフレインするのは、わたくしがお慕いしている相手へのラブメッセージ。

 正直予感はしていた。それを祈りとして、願いとして、わたくしは天高く組んだ手を上に掲げた。

 でも、結局はエンリさんは告白をして、わたくしにそのツケが回ってきている。そのツケは、明らかにわたくし1人が背負いきれるようなものではなくて。

 

 ――どうして。

 

 今日は一人で考え事がしたいとフォースのメンバーに言伝を伝えてから、白ダナジンに乗り、GBNの果てなき空を散歩する。

 どうしたらいいのでしょうね。わたくしはユーカリさんのことが好きだ。そこに一切の淀みはなく、ただ一つの歪みもない真っ直ぐで、純粋な想い。胸に秘めた報われることのない恋心。

 いつか伝えたい。でも伝えてしまえば今の関係が壊れてしまう。

 そんな悩みを抱えながら、友達としてそばにいたのに。

 

 ――どうして。

 

 エンリさんはそんな壁すら飛び越えていった。わたくしが超えられない壁を難なく、軽々と。

 わたくしはこんなに我慢しているのに、あなたという人はどうして。なぜ。そんな怒りにも、憎悪にも似た感情がふつふつと湧き上がっていく。

 わたくしにはできなかったこと。一歩近づくだけでなのに、その足が重たくて。

 本当はわたくしだって言いたかった。隠していることは何? って言われたら、それはあなたをお慕いしてることですって、言いたかった。

 でも、そんなことをしても今度はユーカリさんを困らせるだけ。

 あの子は優しすぎる。こんなわたくしにしたって、エンリさんにしたって、面倒な相手はみんな放っておけばいいのに。無理にあなたが背負う必要なんて、どこにもないのに。

 頭の中にハテナが浮かび上がっては、最終解答への道を拒む。

 どこまで行っても発想はぐるぐると回り、悩みはどこへも行けない袋小路へと追いつめられる。

 やっぱり、わたくしは変わってない。いくら気丈にふるまおうが、この容姿と内気な性格が。

 

「わたくしもエンリさんみたいになれればよかったのでしょうか」

 

 くだらない考えに辟易する。

 こんな時フレンさん辺りに相談すれば、いいのでしょうけど、あの方はあの方でわたくしは気にいってはいない。

 中身がどうこうはこの際慣れてきたから別にいいとして、視界に入るその見た目が気に入らない。

 わたくしが求めてやまなかった、金髪緑眼。それを持ち合わせている相手をどう好きになることができよう。

 気に入らない。何もかも気に入らない。心を憎しみで染めても、発散先はないからただ溜め込むだけ。それがどんなに危険なことか、それぐらい分かっている。だけど……。

 

「こんな激情を受け入れてくれる方なんて、いらっしゃいませんよ」

 

 堂々巡りは終わらない。いっそ辻斬りでもしましょうか。ドラド辺りならブシドラドーとか作って……いえ、さすがにお金もないですし、ブシドラドーなんて語感だけで考えてるようなものですし。

 でもいいですわねブシドラドー。やっぱりモチーフはミスターブシドーでしょうか。なら刀型のビームサーベルを手のひらからブーンと。しっぽの実体剣でも使えれば、さらにそれらしいかもしれませんわね。

 同時に心の中で思う。接近戦で戦えるような技量がないことを。

 

「才能、ありませんものね」

 

 以前から考えていた。この白ダナジンを果たしてうまく使えているだろうかと。

 周りにはGPD時代からバトルしているエンリさんに、ゲーマーとしての勘と才を持つユーカリさん。そして機体のバリエーションの高さで戦うフレンさん。

 決定的な戦力差。わたくしができることと言えば、とあるゲームのモンスターを真似た白龍。わたくしが好きなドラゴンを模したダナジン。

 大好きなりに愛は注いだ。強度だって他のガンプラに比べたら堅いだろうし、コックピットの移動だって並大抵の努力やったことではない。だけど、それだけだ。わたくしはビルダーであって、ファイターではない。いくらガンプラを作っても、操縦するのがわたくしであっては……、

 

「やめましょう、この話は」

 

 旅の果てに浜辺に着陸したわたくしのダナジンは、そのまま海岸線の流木に座る。

 少しごつごつとしていて、あまり座り心地がいいものではありませんが、それでも今の感情を流すには最適かもしれない。

 何の解決になってないにせよ、何も考えずにぼーっと空と海の間を見るのは心地がいい。余計なことを考えずに済むのだから。

 

「どうすればいいのでしょうね」

 

 恋心と、憎しみと、妬みと。いろんな感情がわたくしの中で渦巻いても、答えなんてものは出るわけがない。あるのは現状維持と、2人が付き合わないでほしい、という願いだけだ。




鈍感VS恋愛弱者VS恋愛弱者


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第38話:ギャルダイバーと碧色

推しと別れたので初投稿です。


 最近、3人の様子が妙によそよそしい。

 以前から知っていたことだけど、エンリちゃんとノイヤーちゃんは両方ユーカリちゃんのことが好きで、ユーカリちゃんはそう言ったことには無関心だった。

 ただどうだろう。エンリちゃんとの一件から、彼女自身が妙にユーカリちゃんと一緒にいたがるのだ。まるで口説きとされたような。

 そして事もあろうに、ユーカリちゃんはそれを微妙に避けている。

 なんだこれ。

 

「なんだこれ」

 

 目の前で距離を詰めようとエンリちゃんのそのさりげなく近づく姿と、それをやんわりと避けるように距離を置く我がフォースのリーダー。

 そりゃだって、ねぇ。これまで幾百もの恋物語を見てきたけれど、こんなに微妙で、へっぴり腰ながらも、頑張って前に進もうとしている姿を見るのは初めてだ。

 いや、嘘ついた。割と見てきたわ。基本このゲームやってる人ってオタクくんばっかりだから、そういうの下手くそな人間しかいないわ。

 

「ユーカリちゃん、告られたの? それとも告った?」

「「へっ?!!!」」

 

 クソデカ大声がケーキヴァイキングのフォースネストに響き渡る。

 エンリちゃんなんか驚きすぎてテーブルに膝ぶつけてるし、ユーカリちゃんは何故それを見抜いたんですか?! エスパーですかと逆に感心してしまっているぐらいだ。

 あー、これは図星だね。アタシ知ってる。それもエンリちゃん側からぶっちゃけたなこれ。

 

「そっかーーーーーーー」

「なんでそんな反応になるのよ。そもそもわたしが告ったなんて勘違いも甚だしいわ。そんな、わたしがユーカリに半ば口説き落とされたみたいなこと言われなくても、わたしはユーカリのことを元から好きで……」

「え、そうだったんですか?!」

 

 図星とは、人を戸惑わせるものである。

 少なくとも今のエンリちゃんはメダパニがかかったように混乱している。

 冷静に狂う姿ってあんなもんなんだねー。アタシびっくりしちゃうよ。

 

「いや、えっと。まぁ」

「そ、そうですか……」

 

 あらあら。御年3歳にしてついお母さんじみた気持ちになってしまうわねうふふ。

 なーんて言ってる場合じゃないって! どーすんのさノイヤーちゃん! 完全にエンリちゃんの方が敏捷性高いよ?! アタシが本来応援したいのはノイヤーちゃんであって、エンリちゃんの方じゃないんだよぅ! でもこれはこれで美味しい。

 

 ってか、さっきユーカリちゃんから逃げるようにしてノイヤーちゃんがどっか行ったけど、あれなんか理由あったりするん?

 いや。いやいやいや。アタシの中で1つ思い当たるフシが出来たっていうか、なんとなく『鈍感な』ユーカリちゃんならやりかねないというか、露骨な好意にもあんまり反応しなかった彼女なら、しでかしてしまったのかもしれない。

 

「ユーカリちゃん、ひょっとしてエンリちゃんとの告白、ノイヤーちゃんに相談した?」

「ど、どうして分かったんですか? やっぱりELダイバー特有のエスパーみたいなものですか?!」

 

 やっぱりかーーーー!!!

 アタシも半ば予感というか、もしかしたら、っていう憶測でしかなかったけど、そっか。ノイヤーちゃん、そんな話があったから行きづらかったのか。

 アタシだって、そんな状況に出くわしたら平然とユーカリちゃんの隣に座るなんてことできるわけない。なんという凶悪な刃を持っているんだ、ユーカリちゃんは……。

 

「ちょっ! あんた、告白のこと喋ったの?!」

「ノイヤーさんになら言ってもいいかなって」

「「ノイヤー(ちゃん)だからダメなんじゃん」」

 

 そんなどうして? と言う顔でハテナを浮かべるユーカリちゃんにさすがのアタシもないわってなったわ今。そりゃノイヤーちゃんも苦労しそうだこと。

 

「あれだったら、わたし席外すわよ?」

「アハハ、そうしていただけると非常に助かるかなー」

 

 あのエンリちゃんが空気を読むレベルだし、これは相当だ。

 やっぱりハテナを浮かべている彼女。これは正直にぶっちゃけちゃっていいのだろうか。こういうことはフツー好きな人自身から口にすべき内容なんだと思うけど、ユーカリちゃんの絶望的なまでの恋愛センスの無さに思わずゲロっちまいそうになる。

 言うべきか、はたまた言わぬが花か……。

 まぁまずはエンリちゃんのことについて聞こう。話はそれだからだ。

 彼女が立ち去ったのを確認してから、アタシは件の内容を口にし始めた。

 

「んで、エンリちゃんとはどんなもんなの?」

「どんなって?」

「だから恋の進展みたいなの! あるでしょ、そーいうの!」

 

 恋の進展。そんな事を小声で口にしながら、くるくると3分目まで減ったコップの水を揺らす。

 別に難しいことを聞いているんじゃない。アタシはどうしたいかが聞きたいのであって、なにもやましいことを聞こうとはしていない。敵情視察って意味合いはあるけど。

 

「恋も何も。私今までそんなの考えたこともなくて。結局どうしたいかが分からないんです。友達のままでもいいし、エンリさんが求めるなら、って」

 

 主体性がない。そう感じてしまった。

 先日まではあれだけエンリさんを取り戻すと、ワガママをてこでも動かさないようなことをしていたのに、恋愛になればこれだ。どう対応したもんかと、悩んでしまうほどに。

 きっと彼女はまだ恋を知らない子供だ。アタシが言えた立場ではないにしろ、人を心の底から好きになったことはないんじゃないかと思う。

 それか、その相手がたまたまエンリちゃんであって、それにまだ気づいてすらいないか。

 だとしたらノイヤーちゃんは報われない。どこまで行っても友達のままなんだから。

 アタシは、ノイヤーちゃんが幸せになってほしいだけなのに。

 

「あのお嬢様はなんてっつってたの?」

「私に、幸せになってほしい。って」

「はぁーーーーー」

 

 思わずめっちゃでかいため息が出てしまった。

 なーにがユーカリちゃんに幸せになってもらいたいだよ。ホントは幸せにしたいのはノイヤーちゃんのくせにさぁ。

 正直、エンリちゃんとノイヤーちゃんの恋愛事情は見てて面白い。それは確かだ。

 でも2つを追っていても、片方が後悔するだけ。何もしなければ、きっとエンリちゃんの勝利で決着がつく。であるなら……。

 

「ユーカリちゃんさ、ノイヤーちゃんのこと、どー思ってんの?」

「友達、というか。親友みたいなものでしょうか。私がここにいるのも実際ノイヤーさんのおかげって言いますか」

「じゃあ、もしも。ノイヤーちゃんが、ユーカリちゃんのこと好きだったらどーする?」

 

 アウトローの似合わないまんまるな目をぐっと縮めながら、口を徐々に開いていく。

 でもそんなの嘘ですよねと言わんばかりに、次の瞬間には張り付いた笑顔を顔面に縫い付けた。分かってる。これがユーカリちゃんにとって更に迷わせる原因であることを。それでも、推しには報われてほしいじゃん。でなきゃファンとして失格だよ。

 例え、この助言がノイヤーちゃんが本来伝えなくちゃいけない言葉を奪うことになっていたとしても。

 

「これは本気で言ってる。ユーカリちゃんは、どーするの?」

「わた、しは……」

 

 そんな事を聞かれても。口をワナワナと震わせながら、答えを必死に模索しても、きっと見つからない。

 アタシは知っている。それを人間は三角関係と呼ぶことを。

 何度も見てきた。そのせいで崩壊してきたグループを。

 でもほっとけないよ。ノイヤーちゃんが口を塞いだことだとしても、アタシは……。

 

「分かりません。例えそうだったとしても、2人のどっちかを選ぶなんて」

「まー、そう言うと思ったよ」

 

 しょーじき、イジの悪い質問したと思っている。

 けど、いつかは決着を着けなくてはいけないことで。そのいつかが今なんだ。

 

「ま、覚えていてよ。きっと3人が望む選択は得られないかもだけど、ユーカリちゃんならこの2人の手を握ってあげられるって思ってるから」

「……そう、でありたいですね」

 

 あーあ、言っちゃった。アタシも戦線に混ざらないといけないよなー。

 極力公平でいたかったけど、ノイヤーちゃんにいつの間にか固執してたのかな。

 ……そういや。なんでアタシ、こんなにもノイヤーちゃんに固執してるんだろう。大した義理も恩もないのに。

 考えても仕方ないか。さて、後でノイヤーちゃん探しに行かないと。

 

 ◇

 

「ってことで」

「あなた、本当に何してますのよ……」

 

 場面は変わってノイヤーちゃんが海辺にやってきたアタシは、事の顛末を伝えることにした。案の定迷惑そうにアタシを見ている。出過ぎた真似をしちゃったかなとは思ってたけど、そんなにか。

 

「というか、なんでわたくしの居場所が?」

「フレンド情報、隠してないでしょ」

「あ……」

 

 ノイヤーちゃん、そういうところうっかりというか、微妙に抜けてるというか。

 そういうところも可愛いとは思うけど、流石にそこはしっかりしておこうよって思ったり。

 モビルドールを体育座りで白ダナジンのそばに置いて、アタシもノイヤーちゃんの隣へと座る。

 

「何のつもりですの?」

「や、話なら聞いてあげるよって言いたくて」

「訳が分かりませんわ」

 

 本音言っちゃえば、ちょっと心配してるんだよね。

 そういうこと全部抱え落ち思想なタイプだし。それに負けヒロインのオーラが強いし。

 違う違う。そういうんじゃなくて、なんというかほっとけないんだよ。今度はノイヤーちゃんが、とか考えただけで嫌だし。

 

「なーんて、言えるわけないか」

「本当に何なんですの?」

「フレンさんは多くのことを見聞きしているから、あんたが見てて不安だって話!」

「いつから親ヅラしてますの」

「親ヅラっていうか、友達ヅラ?」

 

 友達なのにねー、とけらけらと笑う。なんとも不服そうなのが丸見えだ。

 どーもノイヤーちゃんとの距離を微妙に感じてしまう。アタシはこんなに好きだっていうのに、まったくもって失礼極まりない話だ。

 あ、今の『好き』は、面白い対象としての好きってことで、決して恋愛の話じゃないからね。

 

 つーか、ELダイバーって恋愛すんのかね?

 一説ではELダイバーの先祖も普通に人間だから、恋愛するってケースを聞くし、何だったらリクくんとサラちゃんがそれに近い。あの2人がいつくっつくかも気になるけど、それはそれとして、だ。

 ELダイバー同士なら分かる。だけど、人間とELダイバーは身体の構造が違う。そういう『種族』的なニュアンスから、超える壁が高い。

 マギーちゃんにも聞いたことはあったけど、いい回答は得られなかった。

 むしろ『その答えはあなたが自分で知るべきよ』なーんて言っちゃって。

 

 まぁ、付き合うならノイヤーちゃんかなー、と考えることはある。

 少なくとも、後見人として仮契約してるマギーちゃんからいつかは離れなきゃいけない。その相手が彼女ならアタシはいいと思ってる。

 問題は、向こうが懐に何かを抱えていることだけど。

 

「ねー、アタシのこと好き?」

「なんですの、急に」

「周りがみんな恋愛話ばっかだしさ! アタシもそういうの求めちゃうわけ! 分かる?」

「影響されてるだけでしょう」

「それでもよー! 結局どーなん?」

 

 試すような視線がアタシから放たれる。

 実際気になってるんだよ、ノイヤーちゃんからの好感度。

 なんでかは知らんけど、たまに、無性に。それがたまたま今だっただけ。

 煩わしいように目線を配らせながら、アタシと目線を合わせる。綺麗な碧色。まるで深海に吸い込まれるような、そんな奥深い瞳。アタシは、これが好きだった。

 しばらくしてため息を1つ吐き出した彼女は、空と海の間を向き直して一言。

 

「中身は嫌いじゃありませんわ」

「……そっかぁー!」

 

 それは外見なんかよりもアタシを見てくれてるってことだよね。

 腰の付け根から首にかけて電流が走るみたいに、ゾワゾワっとする。こういう感情を嬉しいっていうのは知ってる。だからアタシはその恥ずかしさも相まった感覚を誤魔化しながら、茶化すことにした。

 

「素直じゃないなー! えへへ」

「だから嫌だったんですわ」

 

 アタシの顔はきっとふやふやに緩んでいたことだろう。

 瞳の奥で、少しだけ悲しそうな様子を浮かべるノイヤーちゃんを尻目に。




碧色に好きを込めながら


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第39話:ばっどがーりゅとデート

GWですが特に休みはないので初投稿です。


 私は約束は守る方だ。特に人との出会いの約束。例えばお出かけとか。

 何故そんな話を突如始めたかと言えば、時間は数日前に遡ることになる。

 

「ユーカリ、その。おでかけに行かないかしら?」

 

 そう言ってエンリさんは、私が渡したフェスの投票券を手にちらつかせていた。

 なんというか、それは私が決めたわけでもないし、願いを叶える何でもチケットってわけでもないのになぁ。

 でもエンリさんとおでかけかぁ。

 

「そういえば私、中央エリアで面白そうなアバターアイテムのお店を見つけて……」

「GBNではないわ」

 

 頭の中にはてなが浮かび上がる。GBNじゃないって、それ……え?

 

「もしかして、リアルで、ですか?」

「ダメかしら」

 

 エンリさんとリアルでお出かけ。

 エンリさんとリアルでお出かけ。

 エンリさんとリアルでお出かけ。

 

 繰り返し言ったのは私が事実を受け入れられてない証拠だった。

 え、どうして。いや、分かるけど。エンリさんに告白された後にこれだから……。あれ、ひょっとしてこのお出かけって……。

 

「デート、って認識でいいんですか?」

「……っ」

 

 普段あまり表情を顔に出さないエンリさんが、気恥ずかしそうに顔をうつむけて、コクリと首を縦に振る。

 や、やめてくださいよ。私だって恥ずかしくなるじゃないですかぁ!

 でもエンリさんの言いたいことは大抵これで決着がついたわけで。

 

 なんというか、エンリさんは最近大胆になった気がする。

 私との距離を詰めようと、帰りも少しだけ近づくようになったし、一緒に座る時はだいたい隣同士。動揺しないようにとは言い聞かせているのだろうけど、心臓の鼓動がこっちまで響いてくるし。

 逆に私だって距離を決めかねてる。さっさと告白の返事ができればいいと思っているけれど、その答えもまだ見つかってない。

 ついこの前、ノイヤーさんまで私のことが好き、ということを聞いてしまった手前、どちらか一方を、とは言えないのだ。

 正直な話、お互いに友達と思っていた相手からの告白。嬉しくないかと言われれば嘘になるけれど、戸惑ってしまうのが現実だ。

 だって私が今まで『友達』として接していたのだ。急に距離を詰められても、私だって困ってしまう。

 ノイヤーさんのことが嘘だったと仮定しようにも、ああいう場面でフレンさんは嘘をつかない。むしろ恋愛に関しては嘘をつかないと言った方がいいかもしれない。その部分だけは信頼できる。

 だから余計に困ってるんですけどー!

 ま、でも。デートぐらいならいいか。

 

「いいですよ。どこがいいですか? やっぱり遊園地とか、ショッピングモールとか……」

「それはお楽しみということで。大丈夫よ、悪さはしないわ」

 

 というのが数日前。

 その『悪さはしないわ』と言う一言に非常に怯えながらも、何故だか用意する羽目になったバスタオルとフェイスタオル。それから着替え一式。

 エンリさんから貰ったデートに必要なもの、というリストにあまりデートらしさがない。

 というか、どっちかと言うと慰安旅行の類だ。

 恋愛素人の私でもこれは分かる。これ行きたい場所って温泉ですよね。

 

「待ったかしら」

「ぁ……いえ、いま来たことろです!」

 

 謙虚に挨拶しながらも、私のファッションチェックが始まる。

 って言っても、エンリさんのことだからシックに大人な風貌で来るのかなーとか思ったけど、そんなことはなかった。

 見た目の美麗さとは相反して、長くて黒い髪の毛はいつもどおりのツインテール。

 それに合わせたのか、全体的にガーリーコーデで決めている。なんか、意外っていうか、もっと大人っぽい服装で来るのかなって思ってたからびっくりだ。

 

「エンリさん、可愛い系好きなんですか?」

 

 言ってからしばらくして口を抑えた。

 何言ってるんだ私! 意味合い的には「なんか似合わないですね笑」みたいなイメージに聞こえなくもない。そうでなくたってダイバールックがトレンチコートにマフラーっていう今の見た目とはミスマッチな風貌なんだから、気にするに決まってるのに。失敗した。

 エンリさんは恥ずかしそうに、口元をやや緩める。

 

「まぁ、好きよ」

 

 あれ、案外反応が柔らかい。

 

「意外です。ダイバールックもあんなだったから」

「あれは……。ゼロペアーのイメージに合わせただけよ。ああいうのだけが好きってわけじゃないわ」

 

 ゼロペアーも結構かっこいい系の機体だしなぁ。なんて漠然と考えながら、寄りかかっていた壁から離れる。

 

「今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」

「驚くことはないわ。温泉よ」

 

 はい、知ってました。

 

 ◇

 

「って、結構本格的なところですね」

「日帰りのつもりだから、ゆっくりは出来ないかもしれないけれど」

 

 目の前にあるのは少し古い見た目をした旅館だった。

 名前を春町旅館。由緒正しき場所らしく、ここに来るまでのバスの中で1人スマホをイジりながら検索していた。

 GPDの全国大会の選手宿としての役割があったらしく、今でもその聖地を訪れようと少なくはない人々が足を運んでいる。

 

「お待ちしておりました、ホシモリ様」

「久しぶりね、ヒナノ」

「はい、こっちでは1年ぶりでしょうか」

 

 ん? ひょっとして常連さん的な。

 

「ナツキから聞いたことあるでしょう、私がGPDの全国大会に出場したって。この旅館はその時にわたしが使わせてもらったもの」

 

 そういえばエンリさんってGPDの全国大会に進出したことがあったんだっけ。復讐のことが強すぎて印象が薄かっただけで、結構すごい人ですよね。

 目の前にいるのは春町旅館の若女将、ハルマチ・ヒナノさん。エンリさんの1つ上で、年が近いこともあって、GPD全国大会出場のときからたまに連絡を取り合ったりしているのだとか。

 なんだ。エンリさん友達いるんじゃないですか。

 

「そちらの方は?」

「わたしのフォースのリーダー。名前は……」

「イチノセ・ユカリです。よろしくお願いします」

「はい、よろしくね」

 

 大和撫子、と言う言葉が相応しいだろうか。

 その後ろで結った黒い髪も、桃色の浴衣も着こなしている。美しい。エンリさんには劣るけど。

 

「ユカリ、ガンプラは持ってきたかしら?」

「え? あ、はい。バッドリゲインはここに」

「よかったわ。じゃあ早速温泉行きましょう」

「は、はい……」

 

 え、今なんでガンプラの話を言ったの?

 分からないけれど、今は噂の温泉というものを堪能するのが1番ということで留めておく。

 

 ところで、なんですけど。

 温泉って当然ながら服を脱ぐじゃないですか。

 上着はもちろんのことながら、シャツも、下着も。

 わ、わた。私……、エンリさんの前で脱ぐんですか?!

 

「……何よ」

「い、いえ」

 

 なんでエンリさん気にしないんですか!

 この前の水着フェスの時だって、エンリさん結構戸惑ってましたよね?! なーんで服を脱いで裸になることに対しては抵抗ないんですか!

 あーあー、そんなスルスルと可愛らしいワンピースを脱いですぐに下着姿になって……。

 

「……何よ」

「綺麗な、身体ですね……」

 

 エンリさん、なまじ体型がスレンダーだからこそ、手足が長くてスラッとしている。凹凸のないからだと言えばあまり聞こえはよくないものの、すべすべでもっちりとしてそうな肌はなんとなく触りたくなる欲求を駆り立てる。

 いや。いやいやいや。なんで私、友達でちょっと欲情しちゃってるの! 浴場で欲情ってアホか! いや私はアホだけど、そうじゃなくって!

 

「あんまり見てていいものでもないわよ。水着だって、だから嫌だったんだから」

「で、でも。私の前ではスルスル脱いじゃって」

「それは……っ」

 

 胸の前を片腕で少し隠す。まるで今更恥じらいを覚えたように。

 いや違う。だったら最初から恥ずかしがるはずだし。ならどうして。

 

「ユカリになら、いいから……」

「へ?」

「あんただったらいいって言ってるのよ。何度も言わせないで」

 

 その瞬間。胸の奥底がドクンと脈打ったのを感じた。

 な、なんだろう、この感じ。過去に経験したことと言えば、AGEにてアセムがロマリーに対してプロポーズしたときのことを見たような、そんな……。

 分からない。分からないけれど、そう悪くないものであることは容易に理解できた。

 どうしよう。私も脱がなきゃいけないんだけど、エンリさんの前ってことですごく緊張してきた。

 自分の体に軽いコンプレックスと言うか、背丈が小さいくせに胸ばっか大きくなるから、あんまり人には見せないようなブカブカな格好に普段はしてるのに、今日はその覚悟を家に忘れてきてしまった。

 トランジスタグラマーと言えば聞こえがいいけど、言ってしまえばチビ巨乳。あんまりいい気はしない。

 そんな中、エンリさん下着も外してタオルを用意してるからもう準備万端と言った調子だ。

 

「もしかして、わたしがいるから着替えられない、とか?」

「ぁ……いえ! そんなことは」

 

 私はとっさに嘘をついた。

 実際はエンリさんがいるから着替えられないのである。

 だって恥ずかしいし。嫌じゃないですか。「変な身体」なんて思われたら。

 うぅ、少しながらムスビさんの気持ちが分かった気がする……。

 

「ユカリ。この際だから言うわ」

「え。あ、はい」

「わたしは嘘が嫌いなの。それが例え相手を傷つけまいとする言葉でも」

 

 突然の告白。何かと思えば、嘘が嫌いという話だ。

 あぁ、私結構察せられてたってことか。それは今も。

 

「恥ずかしいんでしょう、着替えるの」

「……あはは、そうみたいです」

 

 言ってしまえば単純な話。恥ずかしいんだ。それはエンリさんだって同じだったはずなのに。

 

「私、あんまり自分の身体、好きじゃないんです。高いものも取れないし、胸も邪魔だし」

 

 エンリさんが欲しいって言うなら簡単にあげるって言えるレベルだ。

 みんなにだって軽いコンプレックスみたいなものは存在するはず。エンリさんにだって、ムスビさんにだって。

 私はたまたまそれが自分のへんてこな身体であっただけ。

 

「そう、だったの」

「アウトローになろうって思ったのも、少しはこんな発想があったからかなーって。えへへ、自分でも似合わないって思ってますけどね」

 

 脱衣所のロッカーの目の前で何言ってるんだか私は。御託を並べずに周りなんて気にせずにさっさと脱げばいいのに。

 

「わたしはあんたが羨ましいわよ」

「またまた、ご冗談を」

「いいじゃない、小さい身体ってだけで愛想があるんだから」

「でもそれはたまたま私がちっちゃかっただけで……」

 

 エンリさんはそう言ってくれるけど、私はなりたくてなったわけではない。

 もうちょっと胸の成長が背丈に行けばよかった、なんてことばっか考える。

 

「それはわたしも同じよ。欲しくてこの凹凸のない身体になったわけじゃないし」

「うぅ……それは……」

「みんな隣の芝生は青く見えるんだから。気にするなとは言わないけど、せめて協力できることがあれば、何でも言ってちょうだい。年上らしくなんとかするから」

 

 胸の奥底がポカポカと暖かくなるのを感じる。

 まだ露天風呂に入ってないのに、そのぐらい気持ちよくて、暖かくて。

 変だな、私。今日は特に。

 

「……じゃあ、その。……後ろ、向いててもらえますか?」

「えぇ、それがあんたの望みなら」

 

 ボタンを外しながら、なんとなく考える。

 もしかしたら、今日エンリさんへの答えを導き出されるのかなって。

 この胸の感情を、味わったことのない感情を『そう』捉えるのであれば、きっと私は……。

 

「いいですよ」

 

 タオルでできるだけ胸の部分を隠しながら、無理して笑う。

 やっぱり恥ずかしいよ!

 

「……やっぱりあんたでかいわね」

「だから嫌だったんです! エンリさんのえっち!」

「女同士でしょう?!」

「でもですー!」

 

 この後、めちゃくちゃ身体洗った。




えっちだぜ!


名前:若女将 / ハルマチ・ヒナノ(春町陽菜乃)
性別:女
身長:153cm
年齢:20歳
二つ名:春町旅館の若女将


フォース「春町旅館」のリーダーであり、現実の春町旅館でも若女将をしている。
ダイバーネームは若女将。本名はハルマチ・ヒナノ。
性格や見た目は大和撫子そのものであり、一挙手一投足に美しさを感じるほど。
だが、実際のところは刀フェチであり、刃の美しさに似合う女になるが口癖。

また自身はG-Tuberでもあり、
春町旅館を宣伝する他、様々なことにチャレンジしている。
特に人気のあるコンテンツは居合斬りの動画。
我流で極めたハルマチ流の剣技はある種の芸術であると巷で噂になっている。

そんな彼女はエンリと友達であり、GPD最後の全国大会からの仲である。
エンリは1年に1回のペースで、春町旅館に訪れていたりと、結構親交がある。
常に1人でやってきたエンリが、今年は友達と一緒に来たことに内心喜んでいる。


◇春町旅館
ガンプラ界隈では有名な旅館の1つであり、
GPD全国大会では選手たちの宿として使用されていた由緒正しき旅館。
GPDが衰退した今でも聖地巡礼としてやってくる人々がいる。
また、温泉も有名であり、このお湯に使った人はガンプラバトルに勝てる、
という都市伝説まで出てきてしまっているほどだ。

今ではGPデュエルのシミュレーションマシンもあり、
春町旅館独自の改造により、ダメージレベルの設定を行うことができる。


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第40話:ばっどがーりゅとGPD。そして……

そして……がつくと、基本不穏


 温泉はとても良かった。

 やっぱりいいよね、お風呂って。こう身体だけではなく、心も洗われる感じ。

 ストレスというストレスたちが、お湯に溶けて混ざって、そうして消えていくような幸せな心地よさ。

 私の場合隣にいたエンリさんこそがそのストレスの原因ではあったのですが。

 

 私が勝手にエンリさんからの視線を気にしすぎているだけなんだと思う。

 だって彼女は普通に接してきてるし、あんまりジロジロと私の身体を見ようとはしない。けれど、会話中の何気ない視線の移動が痛い。ちょっとだけ胸に行ったりお尻に行ったり。

 エンリさん、そんな人ではないと思ってたんですけど……。気にしすぎと言われれば嘘になるけど……。

 

「ふぅ……」

「エンリさん、やっぱり私のこと見てましたよね」

 

 しばらくの沈黙。エンリさんがこちらに目線を向けて、そらして。

 

「まぁ、見てたわね」

 

 白状しましたよこの人! うぅ。こんなんだったら私もエンリさんの裸をずっと見ておくべきだったなぁ。

 ……って、なんでそんな発想になってるの。私はただエンリさんと仲良くできればいいだけで、それ以上は求めていないっていうかなんていうか。

 

 ――本当に?

 

 尻込みしていく心の中の言葉が私に疑問をぶつけてくる。

 本当に求めてないの? それ以上を、親友を超えて、また別の愛の形へ。

 邪な発想は首を振って周囲に飛散させる。

 そうだ。今のはエンリさんとムスビさんからの告白みたいなものに、私が動揺しているだけ。本当に友達を望むのであれば、何も言わず断るべきなんだ。そう、断るのが正解なはずなのに。

 

 ――あなたの望む関係は?

 

 私が望む関係。それが分かれば苦労はしない。

 ムスビさんは私にとっての大親友であり、私のことを好きな相手であり、そんな相手に相談してしまったんだ、エンリさんのことを。

 謝らなきゃな、今度。事情は知らなかったとは言え、きっと私からの告白は胸を裂く勢いだったはずだ。

 そしてエンリさん。私のことを好きで、でも友達とは言ってくれなくて。私が憧れる年上の女性。

 不意に思った。あの時、なんで友達って言ってくれなかったんだろう。

 友達じゃなかったら今回のデートだって誘われなかっただろうし、じゃあエンリさんにとって私っていったいどんな人?

 

「エンリさんは……」

「どうかした?」

「……いえ、なんでもありません!」

 

 口に出した言葉を遮るように私の躊躇が割りこむ。

 きっとエンリさんは答えてくれるだろうけど、ちょっとだけ、ほんのちょっと。傷つくのが怖い。そんな事ないとは思っていても、本当のことを知るのが怖い。

 

「まぁいいわ。それよりガンプラバトルするわよ」

「へ?」

 

 そんなエンリさんの返しは少し目が輝いていて。

 ガンプラバトルって、GBNの? それだったらエンリさんはこんなに乗り気じゃなさそうなものを……ん?

 そうやって考えながら歩いていた先にあったのは大きなテーブルのようなものだった。

 表面は黒くて、何かのモニターにようにも見える。加えて向きうようにしてコントローラーが2つ。これはいったい……。

 

「なんですか、これ?」

 

 疑問をそのまま口にした私への返事が帰ってきたのはエンリさんではなく、隣に音もなく現れていた彼女の友達であった。

 

「GPデュエルのシミュレーションマシンです、お客様」

「わっ?!」

 

 現れたのは黒い髪に青い瞳。そして桃色の浴衣で着飾った若女将、ヒナノさんであった。

 彼女もまた、マスラオの改造機を手に持っている。ガンプラファイターだったらしい。

 

「わたしが昔GPDをしてたって話をしてたでしょう? たまにだけど、ここでGPDをするのよ。今では貴重な骨董品の1つだから」

「骨董品って、それは失礼に値しますよ、エンリさん」

「もう何年前の代物よ。これが壊れたらもう修理する目処なんてないでしょう?」

「そこは春町旅館、パーツ以外なら何でも出来ます」

 

 仲良さそうだなぁ。と聞き耳を立てながら、胸の奥でザワザワする気持ちを抑える。

 別にそういう嫉妬心とか抱いてないし。ただエンリさんがこんなに仲良さそうに話せる相手がいるなんて思ってもみなかっただけだし。

 

 この春町旅館はGPD全国大会の選手宿として有名だった話は前回したが、その他には今でもGPデュエルのシミュレーションマシンが設置されており、ダメージレベルについても独自の改造から変更もできるらしい。

 そのため、GPDを知るために訪れるお客様もいないことはないとか。今はもっぱらGBNでいいじゃん派が多いため、GPDはたまの起動しかしていないらしい。

 確かに骨董品と言うにはあまりにも突き刺さる言葉だ。でも、そう呼ぶには小綺麗な見た目をしており、毎日メンテナンスを欠かしていないのだろうという推察が容易にできた。

 

「エンリさん、もしかしてこれのために?」

「ゼロペアーも最近不調だし、一回壊してでも再度調整したほうがいいと思ってね」

「あ、危なくないですか?」

「大丈夫よ。ちょっとパーツがダメになるぐらいだから」

 

 それを危ないっていうんじゃないですか。

 根本的にGPDに対する考え方が違う辺り、昔からガンプラが好きなんだろうなと言う気持ちになる。

 

「エンリさん、パラザイルはどうしたのですか?」

「パラザイル?」

「エンリさんのGPD時代の愛機です。アシュタロンの改造機で、シザーアームを4本使って空を飛ぶ姿は、堕ちた堕天使に相応しいご活躍でして……」

「ヒナノ!」

「堕ちた堕天使……?」

「これは失礼。喋りすぎましたね」

 

 やっぱり胸の奥がざわつく。ちょっと不機嫌な気持ちを私は発散することにした。

 

「エンリさん、最初私がやってもいいですか?」

「あんた、そんなにGPDやりたかったの?」

「違います。ヒナノさんとバトルしたいんです」

「私と、ですか。はい、いいですよ」

 

 人懐っこい笑顔を向けながら、それでも裏に隠された刃の如き闘志に少し怯える。

 この人、エンリさんやユウシさんとは別の、もっとスマートな戦い方をするんだ。それも、とても切れ味の鋭い……。

 ゴクリと喉を鳴らす。いいや、女は度胸。やってみるものなら、やるしかない。

 出撃するガンプラを射出口にセット。そして……。

 

「……これって、普通に動くんですか?」

「あんた……」

 

 呆れられたって、分からないんですよぉ!

 どうやらバトル開始時に「プラネットコーティング」と呼ばれる塗料のようなものが付与され、それを介してGPDの世界にログインできるらしい。

 じゃあ何もしなくてもいいんですね。と言わんばかりに操縦桿を握ると、バッドリゲインが浮かび上がった。

 

「えっと、イチノセ・ユカリ、ガンダムAGE-1バッドリゲイン、行きます!」

 

 ドーム状に展開されたシミュレーションマシンにバッドリゲインが飛び込んでいく。

 ちなみにダメージレベルは最小限となっており、傷ついたとしてもかすり傷程度らしい。

 慣れない操縦桿での操作と小さなモニター。これがGPDか、と考えながら操作方法を一通り学んでいく。

 うん、ちょっと癖があるけど、基本的にはGBNの操作と同じだ。だったら、行ける……!

 その瞬間だった。接敵アラートが鳴り響く。なんだ、とモニターを確認すれば、そこにいるのは桃色の武士であった。

 

 その機体は桜色に塗装されており、左腕にはディフェンスロッドが、そして右手には太刀のような武器を構えているマスラオ。

 あえてなのか陸上スレスレを移動しながら、バッドリゲインの方へと一直線に走ってくる。

 

「まずは、ドッズライフル!」

 

 三点射撃を心がけながら、こちらもホバークラフトで移動しながら撃ち抜いていく。

 だけど、サイドスラスターのせいなのか、ギリギリのところで躱しながら、接近してくる。

 速い。恐らく私がGBN内で戦った中で最も。ヒートカタナを手に持ち、質量兵器が上から下へと襲いかかる。

 流石にそんな直線的な攻撃は効かないと言わんばかりにホバークラフトでバックステップ。

 振り下ろした太刀が土煙を起こす。その中から追撃という形で、突きの攻撃が3連。これを喰らえばダメージは尋常じゃない。けれど、完全には避けられない。

 一度目はシグルクローで回避。二度目は強引に身体をひねらせるも、三度目の攻撃が軸足を狙って関節部分を貫いた。

 

「バッドリゲイン!」

 

 刹那の一撃。貫かれた右脚はそのまま切断。背中のスラスターと共に離脱するも、ホバークラフトの調整が難しくなる。もしかしてあの人、そこまで考えて……。

 

「足は武士にとって基本となる部位ですからね。一番最初に潰すのが正解と言えましょう」

「っ!」

 

 後ろに下がりながら、ドッズライフルでの照射をするけれど、ディフェンスロッドやサイドスラスターによってこれを防がれる。でもバッドリゲインのクロスレンジは中近距離。だからシグルクローでの奇襲も可能になる。

 そう考えていたのだが、そうは問屋が卸さない。

 マスラオの改造機が懐にカタナを収める。同時に本体から伸びるケーブルが接続されると、赤色の粒子が刀身に宿り始める。

 

「ハルマチ流一の型。春一番……ッ!」

 

 居合斬りのように下から上へと刀身を滑らせる。その時だった、カタナの先から『刃』が射出されたのは。

 

「え?!」

 

 必殺の一撃は私の不意の範囲内。咄嗟に反応しようにも右脚が切断されていて思うように動かない。

 結果としては胴体を真っ二つにされて耐久値を一気に0に持っていかれてしまった。

 唖然とする私の前で、刀身が元の黒に戻ると、血を振り払うような仕草をして、バトルモードが解除された。

 

「相変わらずの切れ味ね」

「ありがとうございます。ユカリさんも初めてにしては筋がいいですね」

「はい……」

 

 私はと言えば、圧倒的な技量の差に少し落ち込んでいた。

 後で調べたところ、ヒナノさんは、ダイバーネーム若女将としてG-Tuber活動をなさっているとか。特に人気のあるコンテンツというのが、その居合動画。自分で極めたハルマチ流という剣技は一種の芸術であると、界隈で噂になっているんだとか。

 ランカーではないにしろ、ダイバーランクはS。つまりかなり強いということだ。

 上を見れば途方も無いのは分かるけれど、あそこまで何も出来なかったとは。

 目の前のバッドリゲインを回収して組み立て直す。

 

「次はわたしね」

「お手柔らかにお願いいたします」

「そっちこそ。ユカリ、ダメージレベルを3にしておいて」

 

 ホント、エンリさん楽しそうだなぁ。

 やっぱ全力を出せる相手は嬉しいのかな。私じゃ力不足なのかな。

 私じゃ、そんな笑顔出せないのかな。ダメだダメだ。こんなんじゃより一層落ち込んでしまう。とりあえず目の前のガンプラバトルを見ることにする。

 その時のエンリさんはとても楽しそうで。私が告白されても良かったのかなー、なんて思うぐらいには物思いに耽ってしまうわけでして。

 

 ◇

 

「エンリさん、途中からGPDのことばっかでしたよね」

「それは、すまなかったわ。デートのことすっかり忘れてた」

 

 バスに乗っている最中、私とエンリさんは隣同士に座って話をしていた。

 幸いにも他のお客さんは誰もおらず、二人っきり+運転手という状態になっていた。

 

「というか、やっぱりこれデートだったんですね!」

「あっ……。違うわ、おでかけよ」

「またまた~、嘘はいけませんよ!」

 

 先程までざわついていた胸が少し収まっていた。

 頭の中では薄々そうなんじゃないだろうか、なんて思うぐらいには心が揺れ動いていた。

 

「まぁいいわ。今日はどうだった?」

「楽しかったですよ、エンリさんと一緒にいれて!」

「……そう」

 

 窓際に肘を置いて顔をそらすようにして照れを隠す。

 隠さなくたって可愛いのになぁ。なんて、脳内で考えながら。

 

 あの時から、エンリさんに告白されてからずっと考えていた。

 ひょっとしたら自分はエンリさんのことが『好き』なんじゃないだろうか、と。

 ずっと追っかけしてたのだって、ある種の一目惚れみたいなところがあったのかもしれない。自覚ないし、今もそうではないけれど、なんとなしに思ってしまう。

 同時にムスビさんのことも思い出す。私のことを好きだと聞いたムスビさんは、いったいどんな気持ちで私の話を聞いていたのだろう。

 力になりたくて、でもうまく言ってほしくはなくて。揺れ動く相反する感情論に対して、ムスビさんは私に幸せになってほしいと言った。それは紛れもなく本心であり、ムスビさんが私に感じている愛の表れなんだと思う。

 ホントは、私が言うべきセリフのはずなのにな……。

 

「ユカリ、やっぱり悩んでるのかしら?」

「え?! えー……。まぁそうですね」

 

 あまりに暗い顔をしていたのだろう。エンリさんでさえ一発でバレてしまう表情をしていたのだろう。

 

「私、エンリさんからもそうですけど、ムスビさんも好きだって思ってくれてて。分からないんです。友達としてを選ぶのであれば、どっちの好意も無駄にするのがベストなんだと思います。でも、そんな度胸は私にはなくて」

 

 結局は誰か1人を選ぶことが出来ないぐらい私は優しすぎるのだと思う。

 自分で言うのも変ですけど、それでもみんなには笑顔でいてほしい。身内は特にそう思う。

 でもこの答えはきっと、どちらかを。ううん、ムスビさんを傷つける。

 私を慕ってくれて、いつも一緒にいてくれた彼女の顔を曇らせる。

 どうして、1人しか選べないんだろうか。どうして、みんなじゃダメなんだろうか。

 

「エンリさん、私どうすればいいんですか?!」

「……それをわたしに聞くの」

「すみません。でも、私ずっと悩んでて……」

 

 人間関係ほど最も面倒なものはないとされている。

 だったら、私はその1番面倒な事を考えていることになる。なら答えが出せないのなんて、当然のことで。

 

「……ユカリは、どうしたいの?」

 

 私は、私の本心は……。

 エンリさんの瞳は期待と不安の入り混じった混濁とした色をしていて。

 後悔のない選択はないって、ヒロトさんも言ってた。でも取り戻せるなら、ワガママになってもいいって。

 でも、取り戻せないかもしれない。ムスビさんとは、もう……。

 

「ユカリ。わたしはあんたと付き合いたい。でも、わたしが嫌だって言うならこっぴどくフりなさい。それがケジメってやつよ」

「そんなの……」

「人間、バッサリ言われた方がうじうじ悩まなくて済むのよ」

 

 嫌なわけないじゃないですか。

 私は、私の本心は、こんなにもエンリさんの方に天秤が傾いてるのに。

 息を吸って、吐く。

 決断は怖い。後悔は先に立ってくれないように、未来だって目の前にあるわけじゃない。

 2つの分岐点。エンリさんを選ぶか、ムスビさんを選ぶか。

 

『わたくしは、ユカリさんに幸せになってほしいだけですわ』

『あなたが思うようないい結果を、見せてくださいませ』

 

 後で謝ります。ですから、今はその言葉を、信じますね。

 

「エンリさん。私は、恋心がどんなものか知りません」

「だけど、この心が、私の心がそう言っているのであれば……」

 

 エンリさんの手にそっと自分の手を添える。

 伝わってしまうだろうか、私の心の声が。血液を通って、循環する私の叫びが。

 

「私に、恋心を教えてもらっていいですか?」

 

 精一杯の勇気を込めて。

 後には引けない言葉を1つ乗せて。私は彼女の手をギュッと握る。

 彼女の瞳は丸く円を描く。まるで、なんて比喩を使うほどではないほど驚いて。

 口を開いて、現実を受け入れるように、彼女は言の葉を紡いだ。

 

「えぇ、喜んで」

 

 エンリさんのそんな笑顔、私初めて見たなぁ。

 いやそうでもないか。この前見た。告白された時、それ以上の喜び。

 

 問題は山積みだ。だけど、1つだけ、解決したことがあるとすれば。

 私はエンリさんのことを好きかもしれないってことぐらいだ。




運転手「次は~、しあわせ公園~しあわせ公園~。カップルの方はお降りください」
エンリ&ユカリ「!?」


◇タオヤメ
マスラオの改造機。
名前の意味は益荒男の対義語である手弱女から。
マスラオを盾付きにして戦闘力を安定させた一品。
基本的にはマスラオの色違い。桜色に染め上がった機体は春の花のよう。

マスラオの基本運用であった二刀流のビームサーベルではなく、
あえてヒートカタナを採用。理由は防御面での不安があったため。
その代わりオリジナルギミックであるケーブル接続によって、
より強力な1本の太刀として振る舞うことができる。

またケーブル接続によって、GN粒子をヒートカタナにまとわせて、
斬撃を飛ばすこともできる。

・武装
ヒートカタナ「春之太刀」
鋭い太刀の質量兵器。渾名が付けている程度には洗練されている。
背中のケーブルを接続することで、熱を帯び両断できる

ビームチャクラム
レーザー機銃
GNバルカン
GNサイドスラスター
GNディフェンスロッド・ブレイド
飛乱去無
タオヤメのトランザム。
オリジナル領域まで引き上げた出力は変わらずとも、
各種の性能が上がっており、切れ味がとにかくいい。


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第41話:自称お嬢様と過去。そして……

モンスターを狩らずに小説書いてるので私は偉い


 世の中とは、非常に複雑怪奇で偏見に満ち溢れている。

 そう考え始めたのは果たしていくつの頃からだっただろうか。

 うんと小さいときだったから、正直もう覚えていないけれど、確かに言えることは、その瞬間、わたくしの心を絶望が蝕んだことだけだ。

 

 生まれてからずっと、このアルビノ特有の白い肌と白い髪。そして青い瞳が大嫌いだった。

 

 ノイヤー家は代々金髪緑眼の血族が引き継ぐことになっている。

 一度落ちてから、再び再建することが出来たノイヤー家の先祖が金髪緑眼だったことからあやかってのことなんだと聞いた。

 先祖代々脈々と受け継がれていった金髪緑眼のストーリー。でも、それを途絶えさせたのは他でもないわたくしだった。

 白髪碧眼として生まれたわたくしにあったのは、親としての優しさなどではなく、冷たい眼差し。

 生まれたときからそんななのだから、迫害を受けるなんて当然のことで。

 食事抜きは基本のことながら、ろくに習い事も受けたこともないし、その上で作法はきっちり覚えさせている。なんでかなって思ったけど、今にして思えば、ノイヤー家の長女を虐待している、なんて報道されたら嫌だから『表向き』はちゃんとしつけてますよっていうアピールだったのかもしれない。

 まぁ、そんなだからわたくしの性格も大概引っ込み思案で内気なものに変貌していく。

 言いたいことはあるけど、それを口にすれば恐らくお仕置きが待っている。

 そもそも目に入っただけど『呪われた子』と罵られるのだ。本当に嫌な人生。

 この見た目さえなければ。金髪緑眼にさえなっていれば。

 髪を染めようとも考えた。カラーコンタクトを入れようとも考えた。

 だが自然体しか許されないノイヤー家では、それも叶わず。

 

 弟が生まれてから更に状況が悪化した。

 弟はまさしく金髪緑眼であり、ノイヤー家を次ぐべき当主として様々なことを覚えだしていった。

 どうしてでしょうね。たかが2年の差があるというだけで、色の違いがあるだけで、どうしてこんなにも迫害を受けなければいけないのでしょうか。

 こんなわたくしに優しくしてくださる人間なんているわけもなく。

 小学校では遠巻きにされて、半ば存在しないように扱われていた。それを6年。まぁ、その前の6年間も、正直実りのようものであったかと言われればそうでもないのですけど。

 

 中学生となったとき、薄情な親から言い伝えられた。

 

『もう中学生なのだから一人暮らしぐらいできるわね?』

『え?』

 

 体のいい追い出しだった。

 当時の弟も、相当優秀になっていたし。当主として引き継ぐにはいい頃合いだったのかもしれない。

 未練もないし、お金もほんの少し余裕をもたせてくれたことが意外だった。

 死なれては困るし、心の余裕を持たせるためにあえて趣味代という形で与えていたのかもしれないけれど、今となっては分からないことだ。

 そうしてわたくしは貧乏な一人暮らしへと舞台を移した。

 最初は出来ないことばかりだったけど、それなりに楽しく出来たし、何より親元をようやく離れることができて、安心した。鬱屈した日々に、一筋の光が生まれたような、そんな予感さえ感じたんだ。

 まぁ、それも長くは続かなかったんですけどね。

 

 中学生といえば多感な時期だ。いろんなことに、色について。

 

『幽霊みたい……』

『化け物がよぉ!』

 

 遠巻きにされている理由はこれで分かるだろうか。

 そう。わたくしを取り巻く環境は対して変わっていない。

 中学時代は光と闇が両立していた時代だった。いっそのこと光なんてなければよかったのに。そう思えるほど。

 他の人たちは黒や茶髪など、地味めな色が多かったその髪の毛の中、一際目立っていたのはわたくしだった。

 当然教師からも目をつけられたし、わたくしならイジメてもいい、みたいな風潮も出来上がっていたと思う。

 実際ゴミを投げつけられて笑われていたし、セクハラ行為も横行してたな。

 ノイヤー家のバックアップがなければこんなにも酷い人生になるのかと思って、また暗い闇に閉ざされたんだと思って絶望した。わたくしには自由に人生を謳歌することすら許されないんだと。そう卑屈になってしまうほどに。

 

 でも、止まない雨はないように、わたくしに傘を差してくれる物好きがいた。

 

『いい加減にしてください! ムスビさんが困ってます!』

 

 それは、名も知らぬ女の子だった。第一印象はちんちくりん。でも可愛らしくて、チワワの威嚇みたいで微笑ましくなってしまう。

 けれどわたくしはそれをおせっかいだと思った。庇ってくれたけれど、今度被害を受けるのは彼女だし、わたくしを助けてメリットどころかデメリットしか生まれない状況で、彼女はわたくしを庇ったのだ。

 

『あの……。わたくしはいいですから……』

『よくありません! 色で差別するなんて、おかしいですよ! ムスビさんはこんなにも綺麗なのに!』

 

 耳を疑った。わたくしが、綺麗……?

 それは今生において、初めて言われたわたくしへの褒め言葉であった。

 教師が止めに入って、そのときは事なきを得たけど、それよりも何よりも、目の前の彼女がわたくしのことを、容姿を……なんと言ったのですか。

 

『まったく……。大丈夫ですか?』

『い、いえ。わたくしは慣れていることですから』

 

 聞きたい。もう一度。わたくしの、この呪われた身体をあなたはなんと言ったのですか?

 でも言えるわけないじゃないですか。わたくしが何かを言えば、きっとあなたも皆さんと同じように……。

 

『そんなこと慣れないでください! ムスビさんは美しいんですから!』

 

 死んでいたはずの胸の奥の感情がドクンと脈を打ち始めるのを感じた。

 まるで死者蘇生。その言葉だけで何年も何十年も生きていけるような気さえする。そんな魔法の言葉。

 口をパクパクと開け閉めして、言わなければ、何か口にしなくては、と使命感にかられても、そんな言葉がすぐに出てくるわけもなく。

 それでも、わたくしは……。

 

『あの』

『ん? どうしたんですかムスビさん』

『お名前は……。あなたのお名前を聞かせてください』

 

 不意に緊張が解けるように彼女は笑った。

 

『知らなかったんだ、私の名前! ちょっと凹んじゃうなー』

『す、すみません! わたくしは皆さんが全員わたくしの容姿をバカにしていると思ってまして……』

『それこそ偏見だよ! 現に私がいるわけだし』

 

 どんなに雨が降っていても太陽は顔を出す。

 彼女は、そんな雨上がりに咲いた輝かしい太陽だった。

 わたくしも、そちら側に言ってもいいのですか? そんな当たり前のことを考えてしまうほどには辟易していたのだろう。

 

『私はイチノセ・ユカリ! ユカリって呼んでください!』

 

 それが、ユカリさんとの出会いであり、わたくしの初恋相手でした。

 

 ◇

 

「その、すみません。私、エンリさんと付き合うことになって」

 

 初恋は叶わないもの、というのが通説だ。

 なんでかは知らないけれど、そういうものらしいから、素直に受け入れるしかない。しか、ないんだ。

 

「そ、そうでしたの。あはは、おめでとうございます」

 

 分かってた。薄々そうなんじゃないかって。でもひょっとしたらわたくしにもチャンスが訪れるんじゃないかって。そう、思ってたのに……。

 泣きそうな顔を必死に笑顔で塗り固める。悔しいって気持ちを奥歯で握りしめて、絶対に離さないように、口に出さないようにぐっと力強くこらえる。

 でも涙が出そうになる。嫌だ。嫌ですよ。こんな、結末……。

 

「ノイヤーさん、本当にすみません……」

「な、なんで謝る必要があると思ったんですの? 2人で仲良くしていればいいのではなくて?」

 

 どうして初恋は実らないのだろうか。

 相手が鈍感だったから? わたくしがもっと好き好きビームを撃っていればよかった? それとも、わたくしがGBNに誘わなければ。いや、もっと言えば家の会合なんてものに呼ばれなければ、あの日、あの時。エンリさんと出会うことは決してなかったはずなのに。

 すべてが裏目に出ていく。

 本当は自分の幸せを取りたかった。わたくしはもっと幸せになりたいって思えるほどに、あなたと出会えて変われた。

 でも中学生時代、わたくしと一緒にイジメを受けていたのは他でもないユカリさんだ。気丈に振る舞っていても、その心は摩耗していっているのが分かった。

 人に優しくするってのは、同時に自分を分け与えること。

 それが平然とできるユカリさんは、わたくしにとって幸せになってほしい相手だった。

 でも、もしその権利があったとしたら、それはわたくしにしてほしかった。

 わたくしが1番彼女を幸せにできるって、そう、思いたかったのに……。

 

「ごめん。アタシが伝えたばっかりに……」

 

 なんで、あなたたちはそんなにわたくしに優しいのですか?

 辛くなる胸を、ギュッと奥歯で挟んで。血が出るまで挟んで。本音だけは出てこないようにする。

 ユーカリさんはともかくとして、エンリさんだって実際人ができているのだと思う。誰だってあのタイミングなら告白する。わたくしだってそうだ。だからエンリさんは悪くない。

 フレンさんだって、外見は置いておいて、中身は素敵そのものだ。何故わたくしを慕うのかは分かりませんが、それでも外見を除けばあなたは何も悪くない。

 だから、その優しさが今は鋭い刃として突き刺さっている。

 

 やめてください。わたくしは好きでしたが、ユカリさんのことが好きでしたが。

 ごめんなさいなんて言わないで。それはわたくしが余計みじめになるから。まるで、ユカリさんの恋心を否定するみたいで、嫌だ。

 本音は否定したい。どうしてわたくしじゃないのかって、大声で叫びたい。

 わたくしでもいいはずとか、わたくしじゃないとダメだとか、わたくしの方がいいに決まっているとか。そんな事を。

 だけど、言えるわけないじゃないですか。

 あの日、わたくしに優しくしてくれた相手に、わたくしの黒い感情をぶつけていいはずがない。わたくしの、想いをぶつけていいはずがない。

 

「あ、わたくし、この後用事がありますの。ではこれで失礼致しますわ」

「ま、待ってください!」

 

 立ち去ろうとしたわたくしの袖を引っ張って、ユーカリさんは止めにかかる。

 

「……帰って、きますよね?」

「…………」

 

 即答が出来なかった。嘘をつき慣れているはずなのに、どうしてもこの子の前では、嘘が下手くそになる。ダメだ。今は、今だけは笑えムスビ!

 

「えぇ、もちろんですわ」

 

 半ば強引にひったくるようにして引っ張る袖を振り抜く。

 そのままダッシュで走って、そのままログアウト。

 追ってこないようにわたくしは急いで帰宅の準備を進め、シーサイドベースを飛び出した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 煩わしいぐらいの夏の太陽。もうすぐ地平線の向こう側に消えていく太陽が、今だけは憎らしかった。

 誰と照らし合わせているのかなんて、流石に分かってしまう。

 

「……どうして」

 

 ベンチに座って、もうどうでもいいかのように足を投げ出す。

 おおよそお嬢様を振る舞っているような見た目はしていない。

 

 エンリさんとユカリさんが付き合うってことは、つまりわたくしを見てくれなくなるかもしれない。

 だったら、今度は誰がわたくしを助けてくれるのだろうか。

 他力本願もいいところの自分に呆れてしまう。

 ユカリさんに相応しい女になる。そう決めてからおおよそ5年ぐらい。仮初のお嬢様言葉に、コンクリートで塗り固めた気丈なる心。そして優しさ。

 こんな物があっても、わたくしはユカリさんの隣には程遠かった。

 

「また、一人ぼっちですか」

 

 虚空に溶けゆく言葉を目で追う。もう、なにもないことぐらい分かってる。

 多分あのフォースにはもう戻れない。いや、戻りたくない。

 でもユカリさんを失ったわたくしの行く場所なんてあるのでしょうか。

 こんなことだったら、カードゲームでもやってた方がよかったなぁ。

 漠然とそう思うのだから、もう心が参っている。あの時のように、心が死んでいる。

 

「わたくし、は……」

 

 どうすればいいのでしょうか。

 所詮、人は他人にすがらなくては生きていけない。一人ぼっちの行き先なんて。

 

「……何かしら」

 

 その時だった。ポケットのスマホに1通の電話がかかってきたのは。

 名前を見て、わたくしは何を血迷ったか、通話ボタンに手をかけた。

 

「もしもし」

『やぁ姉さん、元気にしてたかい?』

「……何のようですか、アディ」

 

 アディ・ノイヤー。それこそがわたくしの弟の名であり、ノイヤー家の次期当主の名前であった。

 そんなアディがいったい何の用事でわたくしに電話をかけてきたのだろうか。

 

『いやぁ、ちょっと。姉さんの力を借りたくってね』

「冗談も口までにしてください。わたくしの力なんていらないでしょう」

『それがいるんだよねぇ。今からメールで場所を送るから、そこに来てよ。時間はこの後19時。じゃーねー』

 

 何の力を借りたいんだか。

 でも、気晴らしには丁度いいかもしれない。わたくしの傷心を慰めるのに、あの弟を利用させてもらう。場所もここから近い。これなら間に合いそうだ。

 何の用件かは存じないけれど、これでわたくしの憂さ晴らしができることを切に祈っている。




わたくしの過去と、わたくしの今


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第42話:自称お嬢様と弟

GWも最後なので初投稿です。


 もっとわたくしに勇気があれば。

 ほんのちょっと。背中を押してくれるようなのでいい。そんな勇気が、わたくしは欲しかった。

 勇気があれば大抵のことは何だってできる。

 例えば、ユカリさんに告白すること。例えば、友達の垣根を超えて付き合うこと。

 いくら望んでも、その機会は二度と訪れない。わたくしは、どこで道を誤ったのでしょうか。

 

「やぁ姉さん。まさか約束通りに来るとは思ってなかったよ」

「わたくしもですわ。あなたの顔など二度と見たくはなかったのですが」

「そう言わないでよ。僕だって呪われた子の弟だなんて思われたくないんだから」

 

 金色の髪に緑色の瞳。肌の色だけはわたくしとほぼ同じですが、それでもわたくしの欲しかったもの大差なくて。

 スラッとしながらも、まだ身長が伸び切っていないのか、中途半端な背丈と声色を持つ彼の名はアディ・ノイヤー。またの名をノイヤー家の次期当主。

 わたくしと2歳差であり、すでに社交界デビューをしたという話も聞く。

 正直、ノイヤー家の話なんてどうでもいい。ほぼ捨てられたような身なのだから。

 

「それで、わたくしに何か御用ですか? こう見えても忙しいので」

「貧乏暇なし、なんていうもんねぇ」

 

 そしてこの弟は姉に対して酷く当たりが強い。言ってしまえば嫌いなんだろう。

 その点だけは似ていて、わたくしもアディが嫌いであった。理由なんて、生まれて来なければ、なし崩し的にわたくしが次期当主になっていたかもしれないのだ。

 まぁ、アルビノの身体の時点で、それはありえないとは思いますが。

 癪に障る甲高い声で笑いながら、彼はすっと真面目な顔に戻る。

 

「まぁ、立ち話もなんだからさ、ちょっと移動しようよ」

 

 そう言ってそばに止まっていたのであろう黒塗りの高級車を指差す。

 これは、しばらく家には返してくれなさそう。

 わたくしたちは車に乗り込むと、そのまま道路を走り始める。

 どんな道でも反動が少なく、寝心地が良いと言えばいいのかもしれない。

 最もそんなはしたない真似をする方はいらっしゃいませんが。

 

 終始無言、というよりも、話すことがないと言った方がいいのだろう。

 お互いに嫌い同士なのであれば、声をかけるのも億劫であり、何を言われるかも分かったもんではない。だからこそ、ノイヤー家の、血族の家族がいる屋敷に到着するまでの間、何一つ語ることはなかった。

 

「着いたよ、マドモアゼル」

「ご苦労さま、ムッシュアディ」

 

 いちいち癪に障る弟だこと。

 一応紳士らしくドアを開け、わたくしに右手を差し出してエスコートする。

 まるで『お客人』みたいな扱い方でやたらとイラつく。

 

 ノイヤー家の屋敷に着くと、続く移動場所はわたくしの部屋だった場所。

 今はほぼ物置扱いになっており、手入れはされているものの、わたくしが元いたような痕跡は何一つ残っていなかった。

 この家でのわたくしの扱いは相変わらず、といったところでしょうか。

 本来なら応接室にでも通されて何かお茶やらなにもないなどをもてなされたことでしょう。いったい何を企んでいるのだか。

 しばらくしてアディと付き人2人が一緒の部屋に入ってくる。どう見ても、わたくしを逃してくれるような状況ではなさそうですね。

 

「それで、何がお望みなのですか?」

「いやぁ、大した話じゃないさ。最近新たな出資元を見つけてね。その話をしたくて」

 

 何故そんな事をわたくしに。

 真っ先に出た疑問はそれであった。

 前にも言った通り、わたくしにもう家主として、いや家族としての扱いはされていないため、アディが何をしようが正直どうだってよかった。

 でも、それを口に出したということは、何かわたくしの関連することなのでしょうか。

 

「GBN、だっけ? ガンプラバトルネクサスオンラインっていうの。姉さんもやってるんでしょ、子供のお遊び」

 

 警戒心が一段階跳ね上がる。

 GBNに対して何かしようとしている? みんなが、ユカリさんがいるGBNに。

 

「えぇ。あなたには到底理解できないような話でしょうがね」

「理解したくもないね、そんな低俗な児戯なんて。まぁ、世間的には人気だってことで、ノイヤー家も他との繋がりを得るために、出資を始めたんだよ」

 

 だが、それはもう遅いと言っても過言ではないはずだ。

 政界にはGBNに出資どころか、実際にプレイしているという令嬢もいると聞く。

 であるならば、GBNに目をつけるのは遅いはず。そのはずなんです。

 

「でもねぇ、出資したところで、貢献度としてはあまり高い位置には至らない。結局うちは技術力で盛り上げたような成金貴族だからね」

 

 回りくどい。何が言いたいかが定まらない。

 怒る心をなんとか諌めて、冷静に考えながらことの運びを見定める。

 

「そこで、だ。所詮はオンゲの民度。迷惑行為を繰り広げるプレイヤーをね、掃除しちゃおうって思ってさ」

「……は?」

 

 何故その発想に至ったのかが分からない。

 だがおおよその思考回路は分かる。アディは基本的に自分より地位の低い人を見下す傾向にある。わたくしがその1人なのだから間違いない。

 そしてオンゲ特有の民度の低さは、言伝通りに聞いていけば確かに存在する。

 BD事件。ブレイクデカールが引き起こした事件のおかげで民度は多少改善されたと言ってもいいが、今でも初心者狩りやら、モンスタートレイン行為。加えてハイエナ行為などが横行しているのも事実だ。

 そんな民度の低いダイバーがいる場所に出資するなんて真似を、アディが気分良く思うわけがない。

 

「だからさ、擬似的なGM行為をしようって思うんだ。そういう組織、フォースっていうんだっけ?」

「民間の自治組織ということですの?」

「そういうことになるねぇ。正義を持って悪しきを打つ。ん~素晴らしい」

 

 そして、自分が正義であることを必ず主張したがる。

 俗にいう自治厨と言ってもいいだろう。あるいは正義厨か。正義はノイヤー家にあるって言いたげですわね、愚弟。

 

「名前も決めているんだ。『粛正委員会』、姉さんが好きなガンダムアゲって作品から取ってきたんだよ」

「ガンダム、エージ。ですわ」

 

 話はおおよそ掴めてきた。そして次に言う言葉も、だいたい分かった。

 

「ごめんねぇ、必要のない知識は覚えないようにしているんだ」

「それで、その『粛清委員会』に入れと。そういうことですの?」

「察しが良いねぇ。流石周りの目を気にするだけのことはあるよぉ!」

 

 フォース『粛正委員会』。

 つまるところ、運営の預かり知らぬところで勝手にGM行為をするフォース。

 そのリーダー格としてわたくしを弾頭させるということ。

 

「つまり、わたくしは体の良いノイヤー家を代表する実働隊になれ、と」

「ホント察しが良いねぇ。ノイヤーというアカウント名が広がれば、自ずと出資元であるノイヤー家の影響力も高まっていく。それはとてもいいことだよ」

 

 私利私欲のための実働部隊。体の良いノイヤーとしての名前の活用。

 なんとも、腹立たしい。気に入らない。今更わたくしを呼び出したかと思えば、ゴミを拾ってそのまま活用しようとする浅ましい魂胆。それが、わたくしには許せなかった。ほっといてほしい。わたくしはもうノイヤー家に、このアルビノの身体に嫌気が差しているのだから。

 

「お断りします。そもそもGBNにはガードフレームというNPDのGMがいます。それで事足りますわ」

「でもプレイヤー間のいざこざには介入できない。システムのバグを修復するしか脳のないチップに人間様のGMなんて果たせないよ」

「でしたら人が人を裁くなど、あってはならないことです。少なくとも1ダイバーにはその権限がない」

「いいや、人が人を裁かなきゃ、世界は平和にならない。裁判でも同じことを言ってるでしょう?」

 

 減らず口を。

 これだからこの弟は嫌いなんだ。

 

「昨今のSNSでは人の手によって罪を裁いている。でなければ炎上なんて言葉は出ないだろう」

「それが傲慢だと言っているのです」

「いいや、争いは同じレベルでしか起きない。下等生物同士で罪を裁いていけばいい。そうすればみんな、人を監視するようになる。つまり平和だよ、それは」

 

 結局は利益のことしか考えていない愚弟が、何を言っているんだ。

 GBNの平和だなんて、あなたは微塵も考えていないくせに。

 

「それに、だ。最近、姉さんの戦績も落ちているみたいじゃないか」

「それは関係ありませんわ」

「いいや、関係あるとも。強くなれれば――」

 

 ――愛しのユカリちゃんも手に入れられるかもしれないよ?

 

 こいつ、どこまで知っているんだ。いや、それよりもわたくしの愛する人を巻き添えにしようとする魂胆を、わたくしは許せない。

 頭に血が上ったわたくしはアディに近づこうとするものの、すぐさま付き人に捕らえられ、両腕を二人がかりの大人の力で抑えられてしまった。

 

「低俗な姉さんらしいや。まさか民間人の、さらに女を好きになるだなんてねぇ」

「何が悪いんですの?! 昨今は同性婚も許されていますわ!」

「気が触れてしまったかい? ごめんねぇ、姉さん」

 

 ニヤニヤと顔を歪めるアディに対して、一発ぶん殴ってやりたい気持ちにすらなる。

 淑女としては三流でも、恋する乙女としては正解の態度だろう。

 

「でも、ユカリちゃんは別の子と付き合い始めてしまった。違うかい?」

「っ!」

「悲しいねぇ、姉さんの初恋が悲恋として終わるだなんて、僕は悲しくて涙が出てしまうよ」

「微塵も思っていないくせにッ!」

 

 そのセリフを聞いてなおのこと気分を良くしたのか、口角を歪める。

 やっぱりこの弟は嫌いだ。接しているだけでこの手で殺めたくなる気分だ。

 

「さて、そこで戦績の話に戻ろう。仮に、姉さんとその付き合った子が戦い、勝利すれば姉さんの力こそが正義だということが証明されるね」

「そんな事をしても、ユカリさんがわたくしになびくことなんてありえませんわ!!」

「そう! だからこれはただの復讐! 分からせてやるんだ、自分の恋心を。嫌だろう、自分の心を押しつぶすのは!」

 

 そう、だけど……。

 かつて聞いたことがあった。エンリさんを取り戻しに行く時に、ユカリさんがどんな思いで彼女の前に立ったかを。

 それはただみんなと一緒にいたいから。そのために刃を交じりあったと。

 ユカリさんは強い子だ。そしてわたくしは弱い子。

 どこまでいっても、ユカリさんの優しさを知ってしまった以上、もうそれなしでは生きてはいけないほど弱くなってしまった。

 ユカリさんの願いは誰よりも知っている。

 でも自分の恋心を殺すのは、あまりにも辛い。

 

 アディの言葉は概ね同意できた。出来てしまった。

 だからこそ『粛正委員会』に行くということは、ユカリさんの元を離れることで。

 でも。いや。……それでも。

 

「……考えさせてください。わたくしには、そのぐらいの時間はあるのでしょう?」

「まぁそう思ってたよ。ただし期限は決めさせてもらう。それまでに返事がなければ、この話はなかったことにする。いいよね、姉さん?」

「……えぇ、分かりましたわ」

 

 揺れ動く天秤は、復讐とユカリさん。

 そばにいても、わたくしの恋心はもう元には戻らない。

 それでも、ユカリさんの元から離れたくない。

 考えれば考えるほど、ドツボにはまっていく感覚。抜け出せない底なし沼のような、深い闇。

 わたくしは、どうすればいいのでしょうか。

 ノイヤー家の屋敷を後にし、夜風になびく銀色の髪を見ながら、わたくしはそんな事を考えていた。

 

 助けてほしい。そう思うのは誰のせいなのか。

 他でもない。それはユーカリさんの声。それは愚弟の声。

 わたくしは迷っている。アディの話に乗ろうとしている。

 やっていることはただの自治厨行為であり、見方を変えればやってはいけないマナー違反の領域であることは百も承知だ。

 だけども、自分の恋心を天秤にかけられてしまえば、誰だって即決することはできない。

 

「ユカリさん、どうして、あなたは……」

 

 どうしてでしょうね。どうしてあなたは……。

 いいえ、あなたもわたくしの元から離れていくのでしょうね。

 目をそらしている真実に背を向けて、わたくしが取るべき行動を模索する。

 でも、探せども探せども、そこにある恋心からは逃れられなくて。

 

「力を見せつければ、わたくしが強いと信じさせれば、ユカリさんを振り向かせられる」

 

 ありえもしないと首を横に振るのが正解だったかもしれない。

 でも、それが正解だと誰が決めた。誰が、わたくしの行動を正義となす?

 答えは、自分自身の中にしかない。わたくしの、中にしかいない。

 

 たった1つの真実に背を向けて。いくら考えても、その結論に達するのなら、わたくしはこう答えよう。

 

「もしもし」

『やぁ姉さん。ひょっとして返事かな?』

「えぇ。わたくしは……」

 

 もう、後戻りはできない。

 ごめんなさい、ユカリさん、エンリさん。ついでにフレンさん。

 わたくしは、わたくしの恋心を守るために、あなた達を裏切ります。

 

 ▼ノイヤーがフォースを脱退しました。




天秤は傾く


名前:アディ・ノイヤー / アディN
性別:男
身長:162cm
年齢:15歳
二つ名:ノイヤー家の次期当主

機体名:???
見た目:金髪緑眼。スラッとした体型で良く言えば優男


ムスビ・ノイヤーの実の弟であり、ノイヤー家の次期当主として成り上がった愚弟。
基本的に人を舐めるような態度ばかり取る要するにクソガキ。
基準としては自分が上か下かぐらいしか決めていない。
下と判断すれば、黙って舌打ち。
上と判断すれば得意の皮肉トークで相手をイラつかせる。
実際のところは本当に優秀であり、その性格さえ直せば、ちゃんと当主としての道を歩めるほど。ただ、その性格が壊滅的なのであるが……。

ムスビのことはノイヤー家の恥晒しだと思っている。
もちろん親の影響ではあるため、ノイヤー家は基本的に腐敗しきっている。
持ち直した先代はそうでもなかったというのに……。


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第43話:ばっどがーりゅと疑惑のフォース

キャラ解放のためのアイテムがあと1つだけ足りないので初投稿です。


 あのときの、悪い予感は間違いなく的中していた。

 

『……帰って、きますよね?』

 

 その言葉はなんとなくの予感だけで、今にも消えてしまいそうなノイヤーさんに対して放った一言だった。

 でも、嫌な予感というのはことごとく的中してしまうものだ。

 目の前にあるフォース『ケーキヴァイキング』のメンバーリストの4人目の空席という虚空を見ながら、私はそう思ったんだ。

 

「もちろんって、言ったじゃないですか……」

 

 ノイヤーさんとの連絡が取れないまま3日が経過していた。

 幸いにもまだフレンド自体は繋がっている状況ではあるものの、エンリさんのときと同じようにログイン状態を隠している。どうしてみんなそんなに隠したがるんだろうか。

 目の前にいるフレンさんは手で顔を覆っている。

 隣のエンリさんは必死に冷静になろうとしているけれど、それでも動揺が止まらない様子だった。

 エンリさんのときと同じ状況。いや、それ以上に今の状態はややこしかった。

 誰かが言っていた。職場恋愛が駄目な理由は拗れた人間関係によって仕事ができなくなってしまうことだと。

 今のケーキヴァイキングの状況はまさしくそのとおりの状態だった。

 私とエンリさんがくっつくことで、ノイヤーさんが傷つくことぐらい分かっていた。けれど、あの場面では謝罪することがベストだって思ったんだ。まさか、こんな状況になるなんて、誰が思ったことだろう。

 誰にも、私にさえ何も言わずにどこかにいなくなるなんて、おかしいですよノイヤーさん。

 

「ユーカリ、今日も?」

「はい。連絡が取れないです」

 

 業務的なことばかり並べてもどうしようもならない。

 でも建設的なことや明るい話に持っていけるほど、私は図太くもなければ強くもない。

 ショックだった。何も言わずにノイヤーさんがいなくなっちゃうなんて。

 失望した、私自身に。ノイヤーさんなら信じてくれるっていう慢心のせいで。

 でも、誰よりも落ち込んでいたのは、私ではなくて目の前にいるフレンさんだった。

 

「ごめん。アタシが、軽率なことしたばっかりに……」

「フレンさん……」

「アタシ、恋愛上手だとか思い込んでて。ノイヤーちゃんの力になれるなんて過信したばっかりに」

「別にあんたのことは攻めてない。誰も」

「ううん、結局アタシはまだ誰のことも好きになったことないから、分からないんだよ。ノイヤーちゃんの気持ちも、何もかも……」

 

 鼻を啜る音と詰まった声。そしてテーブルに落ちる一滴。

 見ていて辛かった。きっとエンリさんがいなくなったときの私もこんな調子だったのだろう。

 私だってノイヤーさんがいなくなって悲しい。それは変えの効かない真実であるはずなのに、同時に冷静になってしまう。それは目の前でもっと心配している相手を見つけてしまったからだろうか。

 ひょっとしたら、私は薄情者なのかな。ホントはノイヤーさんのことなんてどうでもいいからエンリさんと付き合うことを選んでしまって、それで彼女を苦しめたのだとしたら……。

 積もる後悔の雪がどんどん足を埋めて動けなくなっていく。

 やっと一緒にやっていけるって思ったのに。それなのに、なんで私は、私自身の手でその幸せを崩壊させてしまったのだろうか。

 もっと、友達として、と言う距離感で仲良く4人でやっていければよかったのに。

 

「全部私が悪いんです」

「ユーカリ……?」

「全部私が選んでしまった結末で、私がエンリさんを選んでしまったから……」

「ユーカリちゃん、それは……」

 

 軽い気持ちだったかもしれない。

 恋心を教えてくれだなんて、教えを請う相手はエンリさんじゃなくて……。

 

「いい加減にしなさい!」

 

 凛々しくて、いつもかっこいいなと思っている声が、フォースネスト内に怒号として響き渡る。

 ピシャリと肩を震わせて、冷静になった頭が、自分が何を言っていたかを理解してしまった。私、エンリさんになんてことを……。

 

「すみません。私、エンリさんになんてことを……」

「そんなことじゃないわ」

 

 ハテナを浮かべる私に対して、エンリさんが見せたのはこの前エンリさんと戦ったときの戦闘記録だった。

 随分前のことのように思っていたけれど、たった数週間前の話なんだ……。

 

「あんたが言ったワガママは一緒にいたいってことでしょ?! だったらくよくよしている場合じゃないわ!」

「でも、今回は……」

「肝が据わったアホの子なら、今回も猪突猛進に頑張るしかないじゃない! ノイヤーの家、知ってるんでしょ?!」

 

 でも……。

 そんな言い訳ばかりを上に積み重ねていく。

 いくら束ねても、そんな言葉じゃ大した成果が得られないのは分かっている。でも今ノイヤーさんに会いに行く勇気がない。なんて声をかければいいか、分からない。

 

『私は、一緒にいたいんです! 復讐だってナツキさんのフォース相手に喧嘩売りますし、もっとフォースのみんなと仲良くなりたい。それじゃダメなんですか?!』

 

 いや、そんな事ない。過去の私はもっとフォースのみんなと仲良くなりたいと願った。それはエンリさんやフレンさんだけじゃない。ノイヤーさんもその1人だ。

 だったら、その事を伝えに行けばいいんだ。アホの子らしく、肝を据えて。

 

「……っ! 分かりました。行ってきます!」

「それでこそわたしのユーカリよ」

 

 急いでログアウトして、私はムスビさんの家へと走り始めた。

 まずは一緒にいたいってことを伝えなくちゃ。私のやれることはそれからだ。

 

 ◇

 

「エンリちゃん、アタシ……」

「GBN内を探すわよ。ログインしてないなら家にいる。家にいないなら警察に頼るか、GBNの中にいる」

「……頼れるね、最年長」

 

 そんなことはない。これでも必死に考えた方だ。

 わたしだってノイヤーがいなくなるのは悲しい。こんな思いを他の3人にさせていたのならなおさらだ。

 それに、何もわたし1人でどうにかしたわけじゃない。

 

「フレンがわたしたちの分まで悲しんでくれたから、逆に冷静になれたのよ」

「……そっか」

「これから悲しむ余裕なんてないほど、忙しくなるわよ」

 

 余裕なんてない。だからユーカリがしたように、わたしもわたしの全力を持って探し始めることにしよう。

 

 ◇

 

 肺が痛くなっても、足がもつれそうになっても、私が急ぐべき場所は間違いなくムスビさんの家で。

 ムスビさんが行きそうな場所はだいたい見当はついてるけど、どこが1番と言われたら自宅しかない。

 階段を駆け上がって、古びたアパートの部屋の扉の前に立つ。

 すー、はー。緊張と不安と恐怖と。すべてを大釜にかき混ぜて希望と勇気を錬金術する。

 大丈夫。ムスビさんなら。いや、そんな慢心は捨てる。まずは伝えるんだ、一緒にいたいってことを。

 インターホンを1つ鳴らして、返事を待つ。

 しばらく経ってから、もう一度押す。おかしいな、普段ならインターホンを鳴らせば中から何かが動く音を感じるのに、今はそれを感じない。

 と言うかなんだろう、この気配のなさは何もいないような、誰もいないようなそんな嫌な予感。

 まさか。そう思って私はドアノブに手をかけて、そろーりと扉を開く。

 

「……えっ?」

 

 そこには『なにもなかった』。

 まるでムスビさんの冷蔵庫の中身のように、机も椅子も。冷蔵庫や電子レンジ。その他生活に必要そうな家具の数々や、山積みにされていたガンプラの山もない。もぬけの殻、だった。

 

「ムスビさん……?」

 

 衝撃的な光景に、何か考えなくちゃいけないと考えて、固定化される頭をフル回転する。

 だけど、かえってそれは悪影響。考えれば考えるほど、嫌な予感が私の中から吹き出していって。私が嫌で引っ越した? 私がいたから? 私が、私が……。

 

「嫌だ……」

 

 嫌なのは向こうだって分かってる。だけど、嫌だ。嫌なんだ。ムスビさんと別れるなんて、あんなひっそりいなくなるなんて思わないじゃないですか。だって数日前まではちゃんと話していたんですよ?! それなのに。なのに……!

 スマホから1つメッセージの着信が入る。もしかしたら! そう思って、私はスマホの画面を見たけれど、それは別の人の、エンリさんからのメッセージだった。

 内容は簡素なもので、GBN内を探しているから、あんたは警察に捜索願を出してから、GBNを探そうというものであった。

 

「……そうだよ。私が言ったんだ。それは誰がなんと言おうと自分で体現しなくちゃ」

 

 一緒にいる。たったそれだけのことなのに、遠くて遠くて。

 だけど、過去の私が願って、今も叶えたい願い、ワガママなんだ。

 

「泣いちゃだめだ」

 

 泣くのは最後の最後。ムスビさんが戻ってきた時。そうしなきゃ。

 だったらまずはやるべきことは1つ。頼るべきものに頼って、自力でできる部分は、自力で探す!

 空室の部屋に涙を置いて、私はまた走り始める。

 私の、ワガママは変わってないんだから。

 

 ◇

 

【世紀末】ハードコア・ディメンション-ヴァルガスレPart***【ディメンション】

1:以下名無しのモンキーがお送りします。

ここはハードコア・ディメンション ヴァルガについて語るスレです。

ルールを守って楽しく語りましょう。

 

Q.ヴァルガってどういうディメンション?

A.GBN内で唯一お互いの合意なしでバトルができるディメンション

通称:運営が匙を投げた場所、猿山、GBN動物園、マッドマックスなど例えられています。

 

Q.何をしてもいいの?

A.奇襲に拡散砲撃、加えてハイエナ行為やモンスタートレインなど、やっている人はいますが、基本的にモラルとマナーを守っていればなんでもいいです。

 

Q.ヴァルガに潜ったら速攻で死んだんだけど

A.判断が遅い!(天狗面

 

 ◇

 

329:以下名無しのモンキーがお送りします。

知ってるか、あの自治集団

 

330:以下名無しのモンキーがお送りします。

なんそれ

 

331:以下名無しのモンキーがお送りします。

知らんご

 

332:以下名無しのモンキーがお送りします。

俺この前やられたわ

 

333:以下名無しのモンキーがお送りします。

自治集団って?

 

334:以下名無しのモンキーがお送りします。

ああ!

 

335:以下名無しのモンキーがお送りします。

ああ!

 

336:以下名無しのモンキーがお送りします。

それってハネボール?

 

337:以下名無しのモンキーがお送りします。

ボルボル~

 

338:以下名無しのモンキーがお送りします。

ボルバルザークみたいな鳴き声やめーや

 

339:以下名無しのモンキーがお送りします。

で。自治集団ってなによ

 

340:以下名無しのモンキーがお送りします。

数週間前から出没してる自治組織でな。

主に初心者狩りやハイエナ行為、モンスタートレインとかを見つけ次第、叩き潰してるんだと。

で、なんで自治集団かって言われてるかと言えば、『正義は粛正委員会にあり!』って言いながら、人格否定やら暴言を重ねて相手をボコボコにしていくんだと。

遭遇した奴から聞いたけど、しばらくガンプラバトルできないとも

 

341:以下名無しのモンキーがお送りします。

自治厨で草

 

342:以下名無しのモンキーがお送りします。

マジでマナ悪じゃん。

俺らが言えた試しじゃねーけどwww

 

343:以下名無しのモンキーがお送りします。

ヴァルガ民は基本バカかドMしかおらんから

 

344:以下名無しのモンキーがお送りします。

初心者狩りったって、ヴァルガに限った話でもないだろうしな

 

345:以下名無しのモンキーがお送りします。

モンスタートレインも然り、ハイエナも然り。

 

346:以下名無しのモンキーがお送りします。

念の為フォースで検索かけてみたけど、粛正委員会ってフォース多すぎて絞れん

 

347:以下名無しのモンキーがお送りします。

AGE本編に出た名前だからなー

 

348:以下名無しのモンキーがお送りします。

ヴェイガンは殲滅する!!

 

349:以下名無しのモンキーがお送りします。

それにしたってやりすぎじゃねぇか?

 

350:以下名無しのモンキーがお送りします。

過激派怖いわね

 

351:粛正委員会

正義は粛正委員会にあり!!

 

352:粛正委員会

正義は粛正委員会にあり!!

 

353:粛正委員会

正義は粛正委員会にあり!!

 

354:以下名無しのモンキーがお送りします。

うわ、スパムか

 

355:粛正委員会

正義は粛正委員会にあり!!

 

356:以下名無しのモンキーがお送りします。

釣られたなポッター

 

357:以下名無しのモンキーがお送りします。

スパブロォ!!!

 

358:以下名無しのモンキーがお送りします。

ちょまて、お前おいおいおい!!!

 

359:以下名無しのモンキーがお送りします。

どうした

 

360:以下名無しのモンキーがお送りします。

粛正委員会にやられちゃったか

 

361:以下名無しのモンキーがお送りします。

見つけたけど、フォースリーダー、ばっどがーりゅのフォースの子じゃねぇか

 

362:以下名無しのモンキーがお送りします。

は?!

 

363:以下名無しのモンキーがお送りします。

ばっどがーりゅってあれだろ? バードハンターのとこの

 

364:以下名無しのモンキーがお送りします。

どこだよ

 

365:以下名無しのモンキーがお送りします。

ダイバーネームはノイヤー。

使用ガンプラは、ガンダムレギルスN。

てか、あんなマスクしてたか?

 

366:以下名無しのモンキーがお送りします。

ノイヤー……どっかで聞いた覚えが

 

367:以下名無しのモンキーがお送りします。

知っているのか雷電?!

 

368:以下名無しのモンキーがお送りします。

ノイヤー財閥。工業系を中心にいろんな企業に出資しているところだな。

アンドロイド産業とかにも出資してたはずだから、結構大手。

で、その子がノイヤーって名前使ってるってことは……。

 

369:以下名無しのモンキーがお送りします。

マジかよ

 

370:以下名無しのモンキーがお送りします。

模造犯やろ流石に。

 

371:以下名無しのモンキーがお送りします。

でも確かに悪い連中から初心者とか騙されたダイバーとかは救済されてるんだよな

 

372:以下名無しのモンキーがお送りします。

まぁそうだけど……

 

373:以下名無しのモンキーがお送りします。

だがやってることは逆シャアのシャアだぞ

 

374:以下名無しのモンキーがお送りします。

人が人に罰を与えるなどと

 

375:以下名無しのモンキーがお送りします。

エゴだよ、それは

 

 ◇

 

「……これでいいんですの?」

「流石は姉さん。煽り文句はバッチリだよ」

 

 わたくしは力を示す。そのために家も出払い、ノイヤー家の屋敷にいる。

 全ては、エンリさんという悪魔からユカリさんを助けるために……。




そこにいなくても、絆だけは残ってる


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第44話:ギャルダイバーと遭遇

粛正委員会こそが正義だ(五飛感


 ノイヤーちゃんの捜索を始めてからおおよそ数週間が経過していた。

 至るところで掲示板での目撃情報は相次いでいるものの、決定的に遭遇の場面には出くわしていなかった。

 

 曰く、金色のガンダムレギルス率いる一団が、俗に言うマナー違反者たちを駆逐していっていること。

 曰く、金色のレギルスに乗っている少女は、ゼハートのようなマスクを付けていること。

 曰く、その少女はノイヤーと名乗っていること。

 

 この3つさえ揃ってしまえば、だいたいのことは分かってしまう。

 間違いなくノイヤーちゃんだった。

 でもどうしてノイヤーちゃんがそんな事を始めたのだろうか。

 初心者狩りを日頃から倒したいなんて言ったこともなければ、マナー違反者を征伐するとかも言っていない。

 それにゼハートのマスクなんかを使って、何がしたいのかも分からない。

 

 狂気に落ちてしまったのならそれでもいい。連れ戻すだけだ。

 だけど、誰かにそそのかされているのであれば……。

 

「ノイヤーちゃん……アタシは……」

 

 アタシはノイヤーちゃんを助けたい。ユーカリちゃんもエンリちゃんもそれを感じているけれど、何故だかアタシにはそれ以外の、それ以上の何かを胸に秘めているのだ。

 不安ならそれでいい。恐怖なら別に感じていても何ら不思議ではない。

 でもこの胸をドキドキと震わせながら、不安と恐怖の奥底に沈んでいる、ノイヤーちゃんを助け出したいって気持ちが何なのか。言葉に表せずにいた。

 なんだろうこの気持ちは。味わったことがない感覚。ノイヤーちゃんだけはなんとしてでも、この手ですくい上げたいと言う感情。アタシには、これが分からない。分からなくてモヤモヤしていた。

 

「これが恋……? なんてあるわけないか」

 

 ELダイバーフレンは恋愛映画やアニメが好きという感情から生まれた電子生命体だ。

 途中で何故か混ざったギャルの概念はさておき、恋愛事情には詳しいつもりでいた。

 でも、実際にアタシ自身が告白されたケースも多々あった。それはたいてい男性が多かったけれど、アタシはその愛を必ず断るようにしていた。

 何故か。それはアタシ自身が恋愛というものを、恋というものを知らなかったからに他ならない。

 胸がときめけば恋なのか。それともドキドキと心臓が高鳴れば恋なのか。あるいは恐怖シーンによる吊り橋効果が恋なのか。それが一切分からない。

 言葉では分かる。憧れもする。実際に体験したことのない感情を欲しいと思うのは、恋愛というものから生まれたELダイバーとして当然のことなのかもしれない。

 だけど、恋に至ったことのないアタシは、その感情が分からなかったんだ。

 

「ここも異常なし、か」

 

 フォース共有フォルダからマップを表示させてまた1つバツ印を付ける。

 これで何度目だろうか。嫌気が差すほどの地味な作業に飽き飽きする。

 もっとバトルがしたい。もっとフォースのみんなと仲良くくっちゃべりたい。もっと、ノイヤーちゃんと話がしたい。

 もっと遊びたいのに、ノイヤーちゃんはいったいどこにいるのさ。アタシらにシコリだけ残して、姿を消すなんて、そんな無責任な真似をノイヤーちゃんがするはずないよね。

 そう考えても、現状は一切変わらない。とりあえず今は探すことだけを考えなくちゃ……。

 

「バックパックのミノフスキー粒子の残量もそろそろ切れそうだし、一回戻ろっかなー」

 

 今まさしく、アタシがこの場から離脱しようとしたその時だった。

 ヘアセンサーから鳴り響く悲鳴と、バトルフィールドが展開されている予感を感じ取ったのは。

 

「もしかして……」

 

 ノイヤーちゃんがいるかも知れない。

 アタシの予感はエネルギー残量がなくなりかけている事を度外視して、ハイランド・セルのミノフスキードライブを全開に、飛び立っていった。

 

 ◇

 

「ノイヤーさん、助け出した者はどうしますか?」

「逃しなさい。粛正委員会が正義を為した、と触れ回るように指示して」

「了解です」

 

 慣れない指示に疲れはするものの、目の前でビットの檻に閉塞させた無法者を面倒くさそうに見る。

 そもそもわたくし自体にこの戦いの意味はなく、ただノイヤー家の道具として動いている状況。何が悲しくて粛正委員会のリーダーなんてしているんだか。

 だけど、ファイターとしてのチカラが付いてきたのは間違いなかった。

 最高のガンプラ、最高のVR機器。そして強くなると言われたこのマスク。

 かのアシムレイトほどではないにしろ、プラシーボ効果によるマスクを付けた際に強くなるという暗示をかけられ、フルトレース型と呼ばれるVR機器をその身に宿したこのレギルスNであれば、エンリさんにも勝てる。そう核心していた。

 エンリさんに勝ち、ユーカリさんをこの手に収める。わたくし自身の戦いとは、言わばそういうものだ。

 だからチカラを付けつつ、来る日に備えて身体を慣らす。それがわたくしの目的とノイヤー家の目的を兼ね備えたものなのだから。

 

『い、いっそ早くやってくれ! このままじゃ何も……っ!』

「正義は我々にこそあります。あなたの一切の意見は聞いていません」

『クソッ! 何が粛正委員会だ! やってることはただの度が過ぎた自治厨行為だろ!!』

 

 そのとおりだ。だけど、今のわたくしには一切響かない。

 ユーカリさん辺りに言われれば、気が変わるのでしょうか。

 

「終わりました。この者は?」

「じっくりといたぶってから処分しなさい。再起不能になって、粛正委員会の名しか出せないように」

『い、嫌だぁあああああああ!!!!!』

 

 悲鳴、か。それに釣られて、火に入る夏の虫も1匹やってきたみたいだ。

 その少女のような機影は1つ。わたくしのよく知るELダイバーの機体であった。

 その期待はスタングルライフルを構えて、ビットの檻目掛けて、DODS効果のあるビームを射出させた。

 ビットが誘発し爆発すると、その中にいたケンプファーが飛び出された。

 

『あ、ありがとう、フレンちゃん……!』

『いいから逃げて! アタシがここを食い止めるから!』

「あの者……ELダイバーですか?」

「えぇ。そうみたいですわね」

 

 シールドからレギルスビットを展開して、ケンプファーをかばうように立ったモビルドールフレンに対して警戒する。

 

『ノイヤーちゃんだよね?! アタシだよ、フレン!』

「なんですか、この馴れ馴れしいギャルは! そこをどきなさい!」

 

 割り込んできた通信に少し嫌気がさす。今はまだ見つかりたくなかったのに。

 でも、ちょうどいいか。あの愚弟からは必ず勝たなければ粛正委員会の意味がないって言ってたし。不本意ではあるものの、わたくしはライフルをフレンさんに向けた。

 

「ミチルさん、目の前に向かってツインバスターライフルを照射してください」

『ノイヤーちゃん!!』

「分かりました」

 

 ミチルと呼んだ、ウィングゼロカスタムがツインバスターライフルを構える。

 射線の先はフレンさんとその先にいるケンプファー。分かっているでしょう。守るためには光の翼とCファンネルをどっちも使わなくちゃいけないことぐらい。

 敵機の方から聞こえる舌打ちとともに、光の翼を前面に解放。加えてCファンネルを回転させながら衝撃の備える模様だ。

 だけど、その程度でツインバスターライフルを守れるとでも思っているの?

 

 トリガーを引いて、巨大な黄色い閃光が通常よりも大きいツインバスターライフルから発射される。

 それはまさしく天雷。相手を粛正するための、強烈なる波動砲。

 地面を焦がしながら真正面から来るビームの塊を、フレンさんは直で受け止めた。

 こちら側からでは光に飲まれているようにも見えるが、バスターライフルの先がやや広がっているのが見える。これは本当にビームを切り裂いているのだろう。

 光の翼とCファンネル、そしてスタングルライフルであれば、このバスターライフルは相殺することは出来るだろう。でもたかがそれまでだ。わたくしという余剰戦力がある以上、この防御は無意味になる。

 

 光が細くなっていき、ビームの照射が止む。

 草木は1つ残らず燃え尽きており、射線を脅かす者はほとんど消え去っていた。モビルドールフレンを除いて。

 

 モビルドールフレンはもはや息も絶え絶えと言った模様だった。

 エネルギーを使い果たしたであろうハイランド・セルを含めて、文字通り盾となったフレンが地面に落ちていく。

 バックパックやCファンネルはもちろんのことながら、相殺したはずのビームエネルギーがフレンの手足を溶かし、もはや歩くことすらままならにほどの悲惨な姿。おおよそ膝から先、肘から先がもうないのだ。

 ダルマ状態と言えばいいだろうか。もう航行不能により、耐久値も残り僅かだろう。

 

「ノイヤーさん、あのELダイバーは?」

「私がやる。ミチルは残りのケンプファーをやってください」

「はい!」

 

 白い翼をはためかせながら、空中を飛ぶ姿はまさしく鳥か天使か。これを聞いたらエンリさんが飛んでやってきますわね。

 

「さて」

 

 手を下していないモビルドールフレンはもはやボロボロだ。

 地上に降り立ってから、焼けただれた地面を歩いて、フレンの前に立った。目的なんて1つだけ。この手でフレンさんの心を叩き潰したかったからだ。

 

『ノイヤーちゃんどうして?! なんでアタシらを裏切ったの!!』

「裏切ったなどと人聞きの悪い。私は自分に正直になったまでです」

『私って何さ! 仮面なんて付けちゃってさ! そんなので変わったつもりなの?!』

 

 変わった。そうか、変わったつもりか。ならどんなに楽だったでしょうか。

 ニヤリと口元を歪ませて、わたくしはこう答えましょう。ヴェイガンの仮面を被ったゼハートらしく。

 

「私の今はノイヤー家の戦士です。それ以上でも以下でもない。ましてやケーキヴァイキングのノイヤーではない」

『……アタシのせいなの? 恋が、実らなかったから…………』

「っ! そんなはずありませんわ! わたくしはまだ終わってない!」

『だったら戻って告白するぐらいの勇気ぐらいあるでしょ! 終わってないって言うなら、アタシにノイヤーちゃんの最後を……きゃぁあ!!』

 

 苛立つ。あなたに、わたくしの何が分かるっていうんですか。

 終わってないなら告白をするんじゃなくて、させる。ユーカリさんに振り向かせるんですわ。そうすればエンリさんなんて眼中になくなる。そう、わたくしは真に愛されることになる。

 あなたみたいな、外側から見ているだけの耳年増な3歳とは違うんですのよ。

 

「そもそも、なんでわたくしがあなたの指示に従わなくてはいけないんですの?」

『だって、アタシら友だ……っ!』

 

 ダルマ状態となったモビルドールフレンを蹴り飛ばしてその言葉を遮る。

 誰が……ッ!

 

「誰があなたの友達ですって?」

 

 その無駄に贅肉が整った胸部を何度も何度も踏みつける。

 憎しみを込めて。苛立ちを込めて。嫉妬を込めて。

 

「わたくしはあなたのことが嫌いなんです」

『っ! でも、アタシのこと中身は好きって!』

「そういえば、言ったことありませんでしたわね」

 

 確かに中身は嫌いではなかった。それは認めましょう。友達ヅラするぐらいも許します。

 だけど、それ以上に。いや、それが最も憎くて憎くてたまらない。

 

「わたくしはあなたの金色の髪の毛もッ!」

 

 サイドテールによって機能しているヘアセンサーを踏み潰して破壊する。

 

「その緑色の瞳もッッ!!!」

 

 今度は顔面を踏み潰して、モビルドールアイを粉砕する。

 

「わたくしが望んでも手に入れられなかったすべてを持っている、あなたが大っ嫌いなんですのよ!!!!!」

 

 もはやメインカメラも死んだモビルドールフレンを粗雑に蹴り飛ばして、地面に這いつくばらせる。

 

「あなたが何をしたって、何か同情しようとしても! その見た目がすべてを台無しにする! あなたさえいなければこんな思いはしなかった! あなたさえいなければ、わたくしはぁぁあああ!!」

『ノイヤーちゃん!!!』

 

 左手から発振されるビームサーベルを胸部に突き立てる寸前、そんな声が聞こえてくる。

 

『アタシは、ノイヤーちゃんのこと好きだよ? だから……』

「恋も知らないあなたがそれを言うなぁ!!!」

 

 左腕を大きく振りかぶりながら、わたくしと文字通り一心同体になったレギルスNに向かって刃を叩きつける。

 バチンと混じり合った刃と鈍器。間違いなくそれはモビルドールフレンの胴体ではなかった。

 

『止めなさいノイヤー』

 

 切り返すようにして繰り出された右腕のパンチを躱して、何度かバク転しながら距離を取る。

 その見た目はかつての仲間の姿には程遠いものの、それでもらしさという面で言えば似ている。そんな相手。

 ガンダムゼロペアー。その声色、見た目、仕草。その全てがわたくしからひだまりを奪った張本人。

 

「エンリさん……ッ!」

『あんたをぶっ潰して、コックピットから引きずり下ろしてでも、ユーカリのところに連れていくわ』

 

 クリアパーツが輝く漆黒のゼロペアーは、まさしくわたくしを力づくでも取り戻しにきた悪魔であった。




その容姿さえなければ


・ガンダムレギルスN
ガンダムレギルスを金色にレンズを緑色に染め上げた、
粛正委員会サイドとしてのムスビのガンプラ。
レギルスNのNは「ノイヤー」「ノブレスオブリージュ」を意味している。
基本的な性能はレギルスのころとは変わってないものの、羽根がゼロカスのものだったり、
磁気閃光システムを採用していたりと、ところどころ別物が含まれている。

アディ曰く、正義を体現するためのガンプラであり、正義が絶対であることを証明する機体。
ガンプラも最高のものにしているし、操縦するムスビ自身も暗示による強化を得ている。
またモビルトレースシステムを採用しており、身体を使ったフルトレース型のVR機器を使用しているため、その動きはもはや人間と同様と言っても過言ではない。
(実写版アサクリのアニムスと似たイメージ)

・特殊システム
Xトランスミッター
モビルトレースシステム

・武装
頭部ビームバルカン
ビームバルカン
ビームサーベル
レギルスNライフル
レギルスシールド
レギルスビット
レギルスキャノン


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第45話:やさぐれ女と氷結の悪魔

復活のゼロペアー


 ノイヤーとの遭遇戦。ある程度想定していたことではあったものの、これだけ直近で来るとは思ってもみなかったわけで。

 この前のユーカリとのデートの際にGPDで破損したゼロペアーのパーツを見ながら、わたしは考えていた。

 ゼロペアーは完全に近接格闘型のインファイターである。

 空を飛べないという都合も含めても、地上戦はほぼ無敵であると過信はしていた、のだが……。

 ナツキのあのオーバースカイ。そしてユーカリのバッドリゲイン。

 そのどちらもが、自分のファイターセンスを磨き上げた一級品であるガンプラだ。オーバースカイは自身のガーベラストレートへの信頼。そして翼を広げて空を自由に泳ぐ様はまさしくGPDという檻から解き放たれた鳥と言っても過言ではない。

 バッドリゲインは対わたしに考えられたバッドガールの改良機。シグルクローとそれに付属するワイヤーによる奇襲攻撃。ホバークラフトによる地形無視。そして本人のゲームセンス。どれを取っても練られているものと考えていた。

 

 要するに触発されたのだ。空を飛べないゼロペアーが満足に空中戦ができるわけもなく。

 かといって空で戦うことはバードハンターとしての誇りが許さない。わたしがわたしであるために。その考え方を練れば練るほど、わたしが以前考えていたシステムにたどり着いていた。

 正直実装は簡単だし、壊れているゼロペアーを改良するのであれば、これほどちょうどいいタイミングはない。

 難点があるとすれば、それはわたしがそのシステムに慣れられるかどうか。それにかかっていた。

 見積もっていたのは数週間。それでも急場しのぎと言える日数であった。

 けれど、こうしてゼロペアーの新しい姿は完成させることができた。

 

 カミキバーニングガンダムのレプリカ。バルバトスルプスの四肢をルプスレクスのものへと変貌。胸部にはガンダムアシュタロンのパーツを使ったゼロ度の心火を宿した新たなゼロペアー。

 それこそが、ガンダムゼロペアーオーバーデビル。悪魔をも超える悪魔という意味だ。

 

『……ずいぶんなことをおっしゃいますのね』

「あんたがわたしに勝てた試し、あったかしら?」

 

 あえてノイヤーを挑発する。彼女は恐らく冷静ではない。そんな相手とまともに付き合ってあげるほど、わたしもお人よしではないのだ。

 

「エンリちゃん……!」

「フレンは走って戦闘エリアから離脱しなさい」

「うん……」

 

 フレンはその場でMSを収納し、走り始めるものの、それだけでは終わらないと言わんばかりに目の前のレギルスが追撃を始めだす。だが、そんなの粗雑な行動、わたしが読んでないとでも思ってるの?

 ゼロペアーの右腕をかき上げるように虚空に弧を描けば、そこに表示されるのは氷のエフェクト。壁のようにも見えるそれは、レギルスを急停止させるには十分であった。

 

『氷……? どこから』

「わたしと戦いたかったんでしょう? フレンから通信は全部筒抜けよ」

『……なんだっていいですわ。まずはあなたから、始末して差し上げます!』

 

 レギルスのスラスターを起動させて、空を駆けながらビームの輪っかを連射させる。

 そのことごとくは恐らくABCマフラーやナノラミネートアーマーによってダメージを軽減することは可能だろう。

 だが、あれは恐らく磁気閃光システムを利用したビームリングのような物。当たればビームサーベルクラスの威力によって切断は免れない。脚部の運動をはじめ、陸上を走り始める。

 

『どうしたんですの?! もしや怖気づいて逃げているのですか?!』

 

 今のわたしは冷静だ。ありえないくらい切断力の高いビームリングを連続で発射しようが、何ら関係はない。狙いがわたししかいない射撃に恐れる理由などないのだから。

 だからそんな攻撃は、わたしのハンドメイス一発で崩壊する。

 後ろに振り向く瞬間、懐にマウントさせていたハンドメイス1本をレギルスへと投げつける。

 質量に従って縦回転しながら、レギルス相手にメイスが襲来する。

 当然ながらノイヤーのレギルスは最低限の動きで回避するが、それが囮だってぐらいあんたにもわかるでしょう。フロントスカートのチェーンワイヤーを発動させ、メイスと接続。そのまま横回転に一発、回転殴打を叩きつける。

 

『それは読んでいましてよ!』

 

 空中でバク転一回を器用に繰り広げてから、ビームリングを照射。それをわたしは、フリーズさせる。

 ビームリングがこちらに近づくにつれて、氷を纏っていき、わたしが横なぎで粉砕するころには、もはや氷の破片へと姿を変えてしまったのだ。

 

『なにが……?!』

「もう一発よ」

 

 メイスの攻撃が一周し、今度こそレギルスに直撃する。

 ただ先の方に当たっただけで、大してダメージは与えていないようにも見えた。さすがにこれじゃあ倒れてくれないか。

 チェーンワイヤーをすかさず回収し、混乱が続くノイヤーへと目掛けてさらにメイス2本投げ込む。計算されていないものの、当たらなくてもいいという安心感はやはり安寧をもたらしてくれる。

 今度はメイス同士の間をくぐるようにして回避すれば、レギルスビットを展開し始める。

 

『なんだか分かりませんが、これで落ちなさい!』

 

 無数の黄色い丸がジグザグにビットを反射させながら、わたしのゼロペアーへと接近する。

 だけど、そんな攻撃じゃわたしに傷一つ付けられない。

 ゼロペアーのクリアパーツから、滲み出す冷気を瞬間的に解放させることで現れるのは氷の枝。クリアパーツを介して氷の枝たちがレギルスビットを突き刺した瞬間、ビット自体が瞬間に氷結させていく。

 出来上がったのは氷の木に実った木の実。パリーンと割れていけば、その異常性を誰もが認めることができた。

 

「ゼロ度の心火を、舐めないことね」

 

 ゼロペアーオーバーデビルに備わった大きな改良点としてはそこにあった。

 オーバーフリーズシステム。RGシステムとバーニングバーストシステムを元にエンリが手を加えたシステムであり、ツインエイハブリアクターによる余剰熱エネルギーを各クリアパーツから放出。それを炎として変換した上で、大気中の水分と融合させて氷のエフェクトとしてGBN内に召喚するというシステムだ。

 

 言うなれば、熱という熱をすべて氷に変換させることで、いろんなことができるようにしたシステム。

 制御というよりもどちらかと言えば応用力が物を言うシステムであることは重々承知している。

 だけど、あのユーカリがわたしをヒーローって言ってくれたのなら、かっこいい、ヒーローらしい力にしなくては、恋人としての名が廃るというもの。

 

『意味の分からないことを……!』

 

 だが欠点もある。例えばあのレギルスビットによるビームバリアは防げないということだ。

 巨大な黄色い球となって襲い掛かるレギルスを地面を蹴って避けていくものの、それでもダメージは加速する。

 ビームバリアが空けたと思えば今度はビームリングによる攻撃。

 ノイヤー自身もファイターとしての腕前は平均以上と言ってもいい。そりゃわたしやナツキと比べたら大したことはないけれど、それでもGBNを楽しむ程度なら、十分なスキルだ。

 だが、ノイヤーはそれ以上を望んだ。わたしに勝つという、叩き潰すという絶対なる意志。それをこの五月雨のごとく降り注ぐ攻撃から感じざるを得なかった。

 

「あんた、こんなことをしてユーカリが悲しまないって思わないの?」

『思いますわ。ですが、あなたにそんなこと言われたくありません!』

 

 おおよそノイヤーの動きとは思えないほどに繊細で、大胆で。人間らしさすら思えてしまうほどの精密な動きに圧倒される。

 ビームバリアで突撃。瞬時にビット展開し、被害を最小限に防ぎ、攻撃のスキを狙ってビームリングを放つ。避ければ今度はビームバリアで突貫しダメージを与えていく。やはり地上だけでは逃げるのには限界がある。

 機体はこちらが上だと思っても、パイロットとしての能力は明らかにあっちの方が上だ。

 

『ナノラミネートアーマーも大したことありませんわね!』

 

 防御と繊細な攻撃を兼ね備えた攻撃。オーバーフリーズシステムを瞬間的に熟知した点は明らかにビルダーとしての力を認める。

 それ以上にこの操縦テクニックはおかしい。まるで『人間そのものと戦っている』ような気さえしてならない。

 腕部からビームを出しても、それが聞いている試しはない。先ほどまで優勢だったにもかかわらず、今は明らかに不利だ。

 

「これしか、ないわね」

『これでぇ!!!』

 

 ビットをビームサーベルに纏わせた一撃が喉元を貫かんと突撃を始める。

 わたしは左肩を代償にその攻撃を『わざと』受け止めた。

 

「あんたが何を考えているか分からないけれど……」

 

 冷気がクリアパーツからレギルス本体へと伝わっていく。

 瞬時に察したのであろうノイヤーは引き抜こうとするが、押さえられたゼロペアーの腕を振り切ることができない。当然だ。完成度が高くたって、ガンダム・フレームとしての格の違いがあるのだから。

 

「最初に言ったでしょ。引きずってでもユーカリのところへ連れていくって!」

 

 冷気が氷となって、地面を、レギルスを、ゼロペアーを凍てつかせていく。

 オーバーフリーズシステム、全面開放。このゼロペアーに備わった必殺技を今、見せようじゃない。

 

「オーバーフリーズ・クライシス」

 

 ゼロペアーの周囲が凍り付いていく。草も木も、そしてモビルスーツでさえも。

 出来上がったのは金色と黒の氷像。相打ち覚悟で凍らせた必殺技の効果は行動不能や素早さダウンというデバフのみ。故にゼロペアーは無傷。氷の花が散ると、そこにはゼロペアーのクローがレギルスの頭部をつかみ取る。

 

「終わりよ」

 

 パリパリと、まるでクッキーでも割るようにたやすく頭部にひびが入っていく。

 レギルスの頭はヴェイガン機であるためにコックピットとなっている。であれば、頭部を破壊すればコックピット判定によってゲームセット。ノイヤーの捕縛を改めて行うことができる。

 だから言ったでしょ、コックピットから引きずり下ろしてでも、ユーカリのところに連れていくって。

 

『邪魔だ、悪魔がッ!』

「ッ?!」

 

 その一撃で終わろうとしたその瞬間だった。

 突如黄金色の刃がわたしたちの間に入るようにゼロペアーとレギルスの右腕を両断する。

 あまりの風圧に後方に吹き飛ばされたゼロペアーは地面を何度かバウンドしながらも、なんとか受け身を取ることに成功した。

 そして、わたしは見た。その介入者である1/60スケールの化け物を。

 

「……バエル?」

『やぁ、初めましてだね。元、姉さんのチームメイトさん』

 

 それは巨大なバエル。大きさにすれば1/60スケールの巨大なもの。今まで戦っていたレギルスがまるで子供のようにも見える大人サイズ。

 見え隠れする黄金色のガンダム・フレームを見たことないにせよ、それは明らかに常軌を逸した存在だと言っても過言ではなかった。

 

『僕はアディN。ノイヤー姉さんの弟と言った方がいいかな』

「……なるほどね。あんたがノイヤーをそそのかしたってことでいいのね」

『賢い女は嫌いじゃないよ。だけどその汚い見た目はどうかと思うけれどね』

「エンリさん、ケンプファーの人は何とか逃がせました、けど……」

 

 ホバー移動してきたバッドリゲインこと、ユーカリも合流すれば、メインキャストはすべてそろったと言ってもいいだろう。

 

『君がユーカリちゃんか。初めまして、義姉だったかもしれない人』

 

 第一印象で分かった。こいつはわたしが嫌いな嘘を平然と付くタイプの人間であることを。

 両腕は破損状態。やれるとすればテイルシザーと脚部だけ。後ろにはユーカリがいるけれど、ここで戦闘を起こす理由は少ない。というか、1/60スケールバエルもどきと戦うだけの余剰戦力が残ってない。

 

「あなたが、ノイヤーさんを……!」

『誤解しないでほしいなぁ。僕は姉さんを誘っただけ。自分でノッてきたのはほかでもない、姉さんだよ』

 

 見えてきそうで、見えてこない会話。交渉術がうまいと言えばそれまでだが、それが本当であるかどうかを決めるためにはノイヤーに聞くしかない。

 

「ノイヤー、あんた何があったの?」

『…………』

「ノイヤーさん!」

『……わたくしは、自分の意志でここにいますわ。それは他の誰でもないわたくしの決断です』

 

 今までのノイヤーの行動を整理するしかなさそうだけど、ここじゃあまともに考えることもできない。

 一つ舌打ちする。おおよそ相手の手のひらの上だったとしても、このまま引くしかなさそうだ。

 

「ユーカリ、引くわよ」

「でも、エンリさん!」

「フレンのことも気になる。そういうことにしてちょうだい」

 

 建前はそれだけでいい。

 通信を聞いている限り、お気に入りだった相手からの真っ向からの拒絶。

 ELダイバーであれば、そんなこと初めてだろうし、ケアは確実に必要だ。今のフレンは、何をするか分からないのだ。

 

「……わかりました」

『話が早くて助かるよ、薄汚い賢しい女』

「今度覚えてなさい、嘘吐き野郎」

 

 腕がなかったから親指を下に向けることはなかったが、心の中でそうしておく。

 しばらく離れてからバトルモードを解除させると、すぐさまフレンの居場所を探し始めた。幸いにもわたしやノイヤーと違ってログイン情報を隠したがる性格ではないのだろうが、その場所が少し厄介だった。

 

「……マギーさんのフォースネスト、みたいですね」

「やけ酒とか、やめてもらいたいのだけど」

 

 仕方ないギャルだこと。まぁ、そんな相手だから気を許せるのかもしれないけれど。

 わたしたちはとりあえず落ち込んでいるであろうフレンの元へと走り始めた。




オーバーデビル。それは悪魔を超えし者


・ガンダムゼロペアー オーバーデビル
名前の由来は悪魔をも超える悪魔、と言う意味合い。
ナツキのオーバースカイと真似たダブルネーミングでもある。
ユーカリのヒーロー発言に対して、期待に答えるべく改修した新たなゼロペアー

ゼロペアーと名は付いているが、実際はほぼ別物に近い。
両腕両脚部をバルバトスルプスレクスのパーツに変えつつも、
各所にビルドバーニング、トライバーニングのバーニングバーストシステムを採用し、クリアパーツが多めに起用されている。
胸部はアシュタロンのパーツを採用しており、両肩からマシンキャノンが撃てる

別名:ゼロ度の心火(自称)
バーニングバーストシステムの氷バージョンである、
オーバーフリーズシステムというオリジナルのシステムを起用している。

・特殊システム
ABCマフラー
ツインエイハブリアクター
ナノラミネートアーマー
リミッター解除:
合言葉は『打ち砕け、ゼロペアー』

オーバーフリーズシステム:
RGシステムとバーニングバーストシステムを元にエンリが手を加えたシステム。
ツインエイハブリアクターによる余剰熱エネルギーを各クリアパーツから放出。
炎として変換された熱エネルギーと大気中の水分を瞬間凍結させ、
氷のエフェクトとしてGBN内に召喚するシステム。
このため、リミッター解除による熱のバックファイアを軽減しつつ、
自身の強化にも当てているため、実質リミッター解除の時間を飛躍的に向上させている

オーバーフリーズ・クライシス:
ゼロペアーオーバーデビルの必殺技。
オーバーフリーズシステムを全面解放し、周囲を凍てつかせる事ができる。
これによって行動不能や素早さダウンなどのデバフ状態が発生する。

・武装
ゼロペアークロー
クロービーム砲
ツインメイス
テイルシザー
シザー・アンカー
ショルダーバルカン×2


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第46話:ギャルダイバーと謎のシコリ

フレンのリライズ


 アタシは1人、マギーちゃんのバーでカクテルを飲んでいた。

 傷心、と言えば傷心に当たるのだろう。だってノイヤーちゃんに面と向かってアタシの容姿が気に入らないと、言葉の刃でずたずたに引き裂かれてしまったのだから。

 でも容姿批判なんて、いつもされているような物なのに、今回はすごく痛い。

 世の中にはELダイバーをよくは思わない人類がいることは知っているし、何度か遭遇したこともある。その都度傷つきたくないから、ミランド・セルというバックパックを導入していた。

 もちろんバレることはあるし、傷ついたことだっていくらでもある。

 だけど、今回のそれは、比較にならないほど痛かった。

 

「はぁ……」

 

 きっとエンリちゃんのため息なんか比較にならないほど、重たくて苦しくて。

 喉を通る息にとげが生えているんじゃないかって思うぐらいには痛いぐらいの辛さだった。

 これはいったい何の痛みなのだろうか。ELダイバーだから分からないのか、人生経験がないから理解できないのか。分からないことだらけでも、辛いことだけは分かったからこうしてやけ酒だ。

 

「フレンちゃん、一気飲みは体に毒よ?」

「飲まないとやってられないことだってあるんだよ」

 

 果たしてたった3歳のアタシが何をやってられない要素があるんだか。

 ストレスでどうにかなりそうな身体を、アルコールに似た成分で発散する。

 

「フレン」

「フレンさん!」

 

 アタシを心配する声が2つ。どうやらあのウィングガンダムゼロカスタムとレギルスから生存することができたらしい。でも、そこにはやっぱりノイヤーちゃんはいない。

 

「いらっしゃい。カウンターの席、空いてるわよ」

「ありがとうございます。……エンリさん」

 

 エンリちゃんは同意の声を鳴らして、アタシの左隣になるように1人ずつで座る。

 しばらく、沈黙の嫌な空気が流れる。カクテルのグラスを揺らしながら、中で揺れるお酒を見て、まるで自分の心のように揺らいでいるな、なんておしゃれなことを思ったりもする。アタシは今、何に揺らいでいるんだろう。それすらも分からない自分の不自由な心に苛立つ。

 

「フレン、通信から聞いたわ」

「あ、あはは。なんか不甲斐ないとこ聞かれちゃったね」

「不甲斐なくなんてないです! でも……」

 

 優しさは人を傷つける。

 ユーカリちゃんの優しさも、今は少しだけ痛かった。

 誰かをかばうってことは、誰かを傷つけるということ。今のはノイヤーちゃんを傷つけたことに他ならない。

 

「フレン。わたしはユーカリほど器用じゃないの」

「うん、知ってる」

「それでも聞くわ。ノイヤーの拒絶を聞いて、どう思った?」

 

 膝に置いた手のひらをぎゅっと握って、カクテルの水面がまた揺らぐ。

 どんなことを思ったんだろう、アタシ。

 傷ついたのは間違いない。自分が無力だったことも。ノイヤーちゃんにどう思われていたのか、それが聞けて嬉しいという面もあった。

 でも、そこにあるのはきっと、明るいものではなくて、もっとこう……なんだろう。分かんないや。

 

「アタシさ、ノイヤーちゃんのこと憧れてたんだよね。なんでか分からないけど、琴線に触れる感覚っていうの? それを感じててさ」

 

 こればっかりは好みの問題なのかもしれない。

 でも最初に見たとき、白い髪が、肌が透き通っていて絹のように透明で美しいと感じた。

 その青い瞳が、マリンブルーの瞳がとても綺麗だと感じた。

 まるで、それを否定するかのような言いぐさも、アタシは気に入らなかった。

 どうして? ノイヤーちゃん、めっちゃ綺麗だし、惚れ惚れするぐらい可憐で、清楚で。儚い美しさがあるのなら、まさしく彼女にこそふさわしい。

 でもノイヤーちゃんは自分を否定した。モニター越しに見た仮面で瞳を隠して、髪を誤魔化して。

 アタシの容姿批判なんかより、その方がよっぽど悲しかった。

 

「ノイヤーちゃんの見た目もそうだけど、中身も知れば知るほど好きになっていっちゃってさ。ホントひきょ―だよねー、あんなに恋焦がれてる相手にはグイグイいけないなんて」

 

 彼女はヘタレだ。エンリちゃんの一件があってもなくても、きっと彼女は告白できなかったし、アタシがいなかったら好意を知らせることもできなかった。

 その点で言えばユーカリちゃんが罪深いのは間違いないんだけど、それ以上に好意を表に出せないぐらい親しかったのもあったのかな。

 推察でしかアタシはノイヤーちゃんという少女を語れない。

 

「アタシ、ノイヤーちゃんのこと。何にも知らなかったんだ」

 

 いくら内面を知っても、過去を知らない。内面を知ろうとしても、そこにはひっそりと傷ついていたノイヤーちゃんがいたかもしれない。そう考えるだけで、胸が引き裂かれそうな痛みが襲い掛かる。

 胸のシコリが痛いって叫んでいる。この胸のシコリが一体何なのか分からないけれど、それでも分かることがあるとすれば、ノイヤーちゃんを思うことでこれが疼くってことだろう。

 

「アタシ、なんでも知ってる気になってた。恋も知らないって言われたとき、なにくそって思いながら、それでもそのとおりだなって」

 

 アタシは恋を知らない。恋に憧れるただのELダイバーだ。

 

「でも、憧れはあるんだ。ノイヤーちゃんの恋を応援したいって。できることなら、背中を押したいって。おかしいよね、見てるだけなのに。こんな、こんなにも手伝ってあげたいって考えるのは」

 

 アタシはノイヤーちゃんのことが好きだ。

 その言葉に偽りはないけれど、その好きは恋に準ずるものではないはず。

 彼女のことを思う度に胸のシコリが疼くし、もっと手伝いたいって気持ちが膨れ上がる。彼女に報われてほしい、幸せになってほしい、笑っていてほしい。

 同時に思う。アタシにもその気持ちを分けてほしいって。

 幸せで、笑って報われた彼女はいったいどんな気持ちだったんだろうかって、思いたかった。

 

「もう叶わないんだよね、ノイヤーちゃんの恋は」

「ごめんなさい。でも、私は……」

「いいの、謝んなくて。それがユーカリちゃんが決めたことなんでしょ?」

 

 何度も見てきた。報われる人にフラれる人。それぞれが全部納得いったかは分からない。だけどさ、往々にして割り切らなければ、生きていけないんだよ。こんな気持ちを抱きながら生きたって辛いだけなんだよ。

 

 っそっか。頭の中を通り過ぎそうになった言葉を逃がさないように捕まえる。

 捕まえた手のひらを見て、アタシが見たかったものは、これだったんだと、再確認できた。

 

「アタシ、ノイヤーちゃんの恋の終わりを見たい。ノイヤーちゃんの恋心を一度終わらせてあげたい!」

 

 それは必ずしもいい結果は得られない。いや、絶対にいい結果にならないと断言できる。

 だけど、心を失っても、人は死ぬわけじゃない。人は案外強い生き物って、アタシは知ってる。死ねない生き物なんだって知ってる。

 もう一度支えになるような相手を見つけて、それでもう一度立ち上がる。

 あわよくば、その支えがアタシに……じゃない! そうじゃないんだ。

 

「よーするに! ユーカリちゃんは一度ノイヤーちゃんを完璧にフッちゃうんだよ!」

「……え?」

 

 明らかに『えっ、私ですか?!』みたいな声だったけど気にしないもんね。

 すべてはノイヤーちゃんのために。彼女の世界にユーカリという癌が残るぐらいなら、それを取り除いた方が、少なくとも今よりスッキリする。今より未来にあふれた世界になれるはずなんだ。

 

「フろう、ノイヤーちゃんのこと!」

「どうしてそうなるんですかぁ?!」

「だって、そうでもしなきゃ心の整理なんてつかないっしょ!」

 

 ノイヤーちゃんは今、迷っている。迷路の中でずっと道が分からなくてうずくまっている。

 だから、アタシたちがその壁をぶっ壊して、ノイヤーちゃんを迎えに行く。ね、簡単でしょ?

 

「まぁ、一理あるわね」

「でしょ! ユーカリちゃんは?」

「私は……」

 

 迷っているようだ。結局自分自身の言葉でノイヤーちゃんを傷つけることになるんだから。

 だけどね、ユーカリちゃん。アタシ思うんだ。

 

「はっきり言葉にすることで、傷つけることで幸せになれる道があるのなら、どうしたい?」

「……ノイヤーさんが、それで?」

「多分。はっきり言えないけれど、モヤモヤを振り払うなら、それぐらいしなきゃ」

 

 目を泳がせながらも、やがて決心がついたのか、無言で首を縦に振る。

 恋というものは残酷だ。たいてい一人しか選ばれないし、選ばれなかった方は必ず後悔する。

 でもさ、中途半端に心を淀ませたまま、好きだった相手にずっと思いを馳せるぐらいなら、こっぴどくフッた方が、幸せかもだよね。だから、覚悟しておいて、ノイヤーちゃん。今から、ノイヤーちゃんの心に刃を入れに行くね。

 

「よーし! まずノイヤーちゃんのことについて教えて! なんでもいいから!」

「……あまり気持ちのいい話じゃないですよ」

「それでも! アタシはノイヤーちゃんのことを知りたいの!」

 

 誰のため。それはノイヤーちゃんのため。そして、アタシのため。

 言葉として表せば、それはただの知識欲なんかじゃなくて、純粋にノイヤーちゃんのことをもっと知りたいっていう、探求心と言った方がいいのかな。

 ……もし、これが恋だとしたら、いいなぁ、なんちゃって。

 

 ◇

 

 ノイヤーちゃんの過去を聞いて、アタシは何となく合点がいった。

 ざっくり要約すれば、その容姿のせいで何もかもうまくいかなかった、ということだ。

 元々ネトゲであるこのGBNで生まれたELダイバーにとって、容姿のことでとやかく言うということはナンセンスではあるけれど、現実世界ではそんなにも深刻な問題だったらしい。

 昔は黒人と白人の差別もあったらしいし、その辺の問題は溝が深いのだろう。

 

「でもなんとなく分かるかも。人間とELダイバーみたいな関係っつーことでしょ?」

「まぁ一言で言ったらそういうことよね」

 

 決して分かり合えない人がいる。それがたまたま容姿だったから。そんなの、悲しすぎるよ。

 だからノイヤーちゃん、ゲーム内では楽しそうだったんだ。

 

「今ので見えてきたわ。ノイヤーはまた一人になることを恐れている可能性がある」

「そんなことないのに……」

「そーだよ。アタシたちもいるし、なんだったらユーカリちゃんもいるし」

「でも、恋が報われない相手と一緒にいるのは難しいことよ」

 

 どちらも一理ある、というところだろう。

 ユーカリちゃんはきっとノイヤーちゃんを見限らない。でもノイヤーちゃん自身が身を引く可能性がある。そんな板挟みで、彼女は自分を、恋心を守ることにした。とことんヘタレというか、なんというか。

 でも分からなくはない。アタシだって同じ状況になったら逃げだす選択肢をすると思うから。

 

「分からないのが、あのアディNとかいういけ好かない嘘つき野郎に加担している理由よ」

「姉さんって言ってましたよね。多分弟さんなんじゃないでしょうか」

「それしかないわね。今さら連れ戻して、何かを吹き込んだに違いない」

 

 エンリちゃんのアディNというダイバーへのヘイトがすさまじい。

 アタシは直接会ったことはないけど、エンリちゃんがそこまで言う相手なら、相当嫌な奴なんだろーなー。

 

「その話、アタシも混ぜてくれないかしら?」

「マギーちゃん?! でもこれはアタシたちの問題だし……」

「そうでもないのよねー。これを見て」

 

 混ざってきたマギーちゃんがウィンドウをアタシたちの方へと向ける。

 内容はと言えばガンスタグラムでのつぶやきであった。

 それはもう粛正委員会へのヘイトばかりで、あまり見て気持ちのいいものではなかった。

 

「GBN内でも割と問題になっていてね。あんまり騒ぎが大きくなると、便乗して罪もない人を傷つけかねないのよ」

「わたしたちと協力して、粛正委員会を潰すってことでいいの?」

「ただマナー違反者が被害に遭っている手前、アタシたちみたいな自警団は大手を振って威張れないのよ。そ・こ・で、ユーカリちゃんたちの出番ってわけ!」

 

 作戦内容はいたってシンプルだった。

 鬱憤がたまっている者。もしくは被害に遭ったダイバーをこれでもかと言うぐらい集めて、物量で粛正委員会をぶっ潰す。無法者を率いるならファッション無法者がベストだ。という理由だ。

 

「ユーカリちゃん達には申し訳ないけど、その弾頭に立ってもらうことになるわ」

「……アウトローを率いる。無法者の集団……ギャング……!」

 

 ユーカリちゃんのしっぽがぱたぱたと左右に振られている。わっかりやすいなぁ。

 エンリちゃんが頭を抱えるどころか、目を輝かせている恋人の姿にご満悦な模様。こっちも分かりやすい。

 

「覚悟は……、って聞くまでもなかったわね」

「やります! エンリさん、フレンさん! 私がギャングのボスです!」

 

 目をキラキラ輝かせて、しっぽをぶんぶん振ってるギャングのボスなんて聞いたことないけど、かわいいからいっか!

 

「できるだけ裏からサポートはするわ」

「となると、あとはユーカリとフレンのガンプラね」

 

 意外。それはアタシたちだった。

 確かに今回は手も足も出なかったけど、あれはエネルギー不足も相まって、って感じはするしなぁ。

 と、考えているところで、エンリちゃんはアタシたちにノイヤーちゃんのレギルスと戦った時の戦闘ログを表示してきた。

 

「単純に反応が良すぎるのよ。Xラウンダーか、ってぐらいね」

「エンリさんのオーバーデビルでも苦戦してましたからね」

「だからユーカリにしろ、フレンにしろ、新たな装備ないしガンプラは必要になる。マギーもそれでいいかしら?」

「いいわよぉ! 久々に腕が鳴るわねぇ!」

 

 両手を合わせて、にこにこと笑うマギーちゃんを見て、どうやら事はそれほど深刻でもないような気がしてきた。逆にその方が助かるかも。

 

「作戦名決めましょう! 作戦名!」

「有志連合戦、は流石にやりすぎよね」

 

 アタシたちは1人だけでも、3人だけでもない。

 意外と多い繋がりで関係は広がっている。

 

「じゃー、アウトロー戦役とかは?」

「アウトロー……いいですね!!」

 

 だからアタシたちは何度だって立ち上がれるんだ。

 

「んじゃー、ミッション:アウトロー戦役、はじめ!」

「「おー!」」

「エンリちゃん?!」

「……おー」

 

 絶対フラせるから。覚悟しておいてよ、ノイヤーちゃん!




それは終わらせるための物語


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第47話:ばっどがーりゅと初めての色々

ここまで来てきた人にご褒美タイムです。
今回はイチャつきます。


【急募!】粛正委員会に粛正された人集まれ!【アウトロー】

 

1:名無しのアウトロー

粛正委員会が許せない。

なーにが正義は我々にあるだ。私たちは無法者。

正義なんかじゃなくて、自由で対抗してやろうぜ!

 

◯月×日 ◯◯時◯◯分。

ハードコアディメンション・ヴァルガにて、フォース『粛正委員会』を壊滅させる。

自由を手にしたいものよ、集まれ!!

 

 ◇

 

「こんな感じでいいんですか?」

「……まぁ、いいんじゃないかしら」

 

 作戦は至ってシンプルだ。

 粛正委員会にやられた者たちに倍返ししてやろうぜ! ってことでアウトローや無法者たちをかき集めて、一斉に反旗を翻す。勝てば官軍負ければ賊軍というわけだ。

 もちろんこの機会に粛正委員会もかき集めた戦力を絶対に逃しはしないはず。

 そもそも『正義は我々にあり』と謳っている集団だ。こんな絶好の機会に乗らない手はない。

 乗らないならそれも一興。自由の名のもとにあらゆる非道もいとわないつもりだ。どういう非道をするかは一切思いついていないけれど。

 

 ということで私はアウトローたちを集めるために初めて掲示板というものに手を出してみた。

 掲示板ってすごいですね。なんかアングラーな感じあるし。こう、影で結託した組織とかも絶対あることだろう。そう考えるだけでワクワクしませんか。

 

「あんた、掲示板にどんな夢見てるのよ」

「へ? 私、口に出してました?」

「思いっきりね」

 

 エンリさんお得意のため息を耳にしながら、同時並行しているガンプラの試作案を洗い出していた。

 曰く、今のムスビさんは常軌を逸した操作精度らしい。

 細かい制御はもちろんのことながら、ビルダーとしての知識の開花。そして今まで持ち合わせていなかったまるで人間のような動き。その全てがランカーに匹敵するとされていると聞いて、少しだけ強張ってしまう。

 それ相応の技術とガンプラが必要になる。今のバッドリゲインでは対抗できない可能性があるということで、試作案をノートに書き上げているのだ。現状、特にアイディアがないから真っ白だけど。

 

「まぁ掲示板はしばらく放っておけばいいでしょう。問題はガンプラよ」

「ベースはAGE系にしようかな、ってぐらいなので全然です」

 

 スマホでガンプラのページを眺めるも、特に目新しいものアイディアはない。

 強いて言えば、アセムが使ったAGE-2をベースにしたいなぁぐらい。

 

「まずはコンセプトよね。話はそれから」

「かっこいい系です!」

「他には?」

「アウトローな感じで!」

 

 あ、エンリさん呆れてる。だって、私AGE以外詳しくないですし。

 いきなしコンセプト、と言われても……。

 

「じゃあベースだけでもさっさと決めてしまいましょう」

「ガンダムAGE-2にしようかな、と。GBNを始めた当初からずっと考えていたんですけど、技量がないかなって思って控えてたんです」

 

 でも、今は違う。

 操作技術も上がってきたと実感できるし、この前、相打ちとは言えどもエンリさんとは負けず劣らずの勝負をしたと思っている。もちろんあの時のエンリさんは冷静ではなかったし、今のオーバーデビルの形ではなかった。

 けれど、実力自体はランカーにも匹敵すると言われているエンリさん相手にだ。

 これなら私が納得の行くスーパーパイロットだって夢ではないと考えた。

 けど、全然アイディアが見つからないんですよ。

 

「まぁ気長に他のガンプラを見るでも悪くないわね。可能性はいくらでも転がっているものよ」

 

 そうは言ってもエンリさん。やりたいことって言っても特に考えてなくて。

 あとは格闘戦ができればいいかなーぐらい。格闘戦機体ならダブルバレットでいいわけだし、うむむ……。

 

「そういえば、ユカリ。1ついいかしら」

 

 おずおずと、普段のエンリさんらしくない声の震わせ方をしながら、質問してくる恋人。当然なんでしょう、と返事をしてみた。

 

「なんでわたしを家に呼んだの……?」

「え、だってそっちの方がやりやすくないですか?」

 

 小声でぼそっと「質問を質問で返すんじゃないわよ」と聞こえた気がしたが、多分気のせいだと思う。

 そう、今は私の、イチノセ家の一室。私の部屋にエンリさんをご招待しているのだ。

 

「今家族は?」

「出かけてますよ」

 

 スマホをイジりつつも、通販サイトであーでもないこーでもないとプラモデルを探していく。やっぱりコンセプトを見つけないと、こういうのを探してていてもひらめきはないのかなぁ……。

 

「あんた、そういうところは気にしないのね」

「何がですか?」

「今、恋人のわたしとユカリ。家には2人だけなのよ?」

 

 それの何が問題なんだろうか。

 泥棒が入らない可能性はないとも言えないけれど、電気をつけてるし、誰かがいるって分かれば意外と入らないものだと思う。

 じゃあエンリさんは何がイケないと考えているんだろう。

 思考する。ポクポクポク……。分からない。

 

 そう答えれば、エンリさんは頭をガックシと落としてため息をついた。

 私、何か間違ったことでも言ってしまったのだろうか。

 

「……そんな………ない…ね、わ……」

「何か言いました?」

 

 後ろの方で「やるしかない、わね」と一言つぶやいたように聞こえて、流石に振り返る。

 エンリさん、もしかして何か困ってるのかな。考えてゆっくりと振り向けば、いつの間にか距離を詰めていた彼女。距離は恐らく人の頭一個分ぐらいの近さだと思う。

 

「わたしが男じゃなくて良かったわね」

「……エンリさん?」

 

 彼女の顔が少しずつ。少しずつ迫ってくる。

 えっえっ。思わずエンリさんの綺麗で整った顔を見つめてしまう。その瞳。その鼻筋。そして形の良い唇。

 右手も、左手もどっちもエンリさんに掴まれて、みるみる内にその距離は目と鼻の先に。

 いくら鈍感だと罵られていた私でも流石に気づいてしまった。

 気づいた瞬間。胸の音がドンドンと激しく脈を打ち始める。

 2人っきり。家族はいない。恋人同士。目と鼻の先。……彼女の唇。これだけ揃ってしまえば、期待しない方が無理な話だった。

 

「嫌だったら、言ってくれてもいいのよ?」

 

 嫌、なんて、そんな事思ってない。

 でも緊張して声が出ないだけ。声を出そうにも声帯が胸のドキドキにかき消されて聞こえていない。

 

「ぁ……ぇっと……」

「ユカリ」

 

 それはこの先に行ってしまってもいいか、という最終警告。

 超えてしまえば最後、戻ってこれないほどに甘い甘いひとときを迎えることになる。

 こんな、恋心を教えてほしいって言われて、最初のお勉強がこんなにも急でいいんだろうか。いやいや待って。いや待たないで。私、まだ心の準備ができていないっていうか。その……。

 

 そんな事を知らないのだろう。最後のリミットを超えた彼女は吐息のかかる距離に到達する。

 嬉しいとか嬉しくないかと言われれば、嬉しいに決まってるけど、こんな急にっていうか。二人っきりだったらそうなんですけど、でもそれとこれとは違うって言いますか。あ、でも私たち恋人同士なんだからそういうことだってありますよねって、あー! 違うんですよエンリさん。今日はそういう意図で呼んだわけではなくて。えっと、その……。

 

 戸惑って、とりあえずこういう時って目を閉じるのが普通なんですよね。じゃ、じゃあ目を閉じた方がいいですよね?! と慌てながらまぶたを閉じる。

 幾拍かの鼓動と、時計の音と。そして……。ひんやりとしたおでこの感覚。

 

「えっ?」

 

 思わず目を開けて、彼女の顔を見る。その顔は、してやったり、といった私を罠にはめて楽しげに微笑むエンリさんの姿だった。

 

「エ、エンリさん!」

「ごめんなさい。でもこういうこともあるのよ?」

「……エンリさん、最近ずっとこれですよね」

「それだけユカリが愛おしいってことで、勘弁してちょうだい」

 

 卑怯だ。そんな事言われたらぐうの音も出ない。

 初めてのキスだと思って、緊張と不安と、少しばかりの高揚を胸に抱いていたのに、結局はおでこ同士のくっつけ合いって、なんか少しガッカリだ。

 そっか。私、今ガッカリしたんだ。エンリさんと口づけを交わすことができなくて、胸の奥にもやもやを抱えてしまったんだ。

 

「……エンリさんなのに」

「何よ」

「ちょっと、期待してたんですよ。……その、エンリさんとのファーストキス」

「そ、そう……」

 

 攻撃力ばっか高いくせに、防御力はちっとも成長している気配はない。

 まぁ、そんなところがかわいいんですけども。

 

 ◇

 

 そのガンプラは、1人の作成者の元から生まれた。

 ラプラスの箱を探し終えたユニコーンガンダムに訪れたのは役目を終えたモビルスーツがやってくる解体場であった。

 古きMSを解体し、新しい機体の材料として移植する。そんな役割を担ったユニコーンガンダムは解体されていく。彼は、どんな思いだっただろうか。疲れた休ませてほしい。もっと戦いたかった。平和を享受したかった。

 そんな様々な意志とは別に、戦うために生まれたのがガンダムAGE-2。

 彼へと組み込まれていくのはまさしくユニコーンガンダムのパーツたちだった。

 古きを知って新しきを得る。そんな温故知新精神が宿ったガンプラ。

 

 ――その名も。

 

「ガンダムAGE-2 シェムハザ、ですよ!」

「ユーカリちゃん、テンション高いねー!」

「今朝からこんな調子よ……」

 

 ガンプラの組み立ての息抜きにとGBNにログインすればすぐさま粛正委員会の話題が耳に入ってくるが、それは一切合切シャットアウト。

 今は私たちのアウトロー戦役のために頑張るぞいするところなんだから。

 シェムハザのコンセプトは堕ちた天使と中近距離による戦闘だった。

 前者は身体を黒くする代わりにユニコーンガンダムのシールドファンネル4基のみを白く塗装することで完遂。まさしくその身を落としてもなお、天使であり続ける様と言えるだろう。

 後者は私の戦闘スタイルから。

 アセムのビームサーベル二刀流を視野に入れながら、連射性の高いガトリングガンをシールドファンネルに装備させている。両手両足にはミサイルもついていて、奇襲性もこれで確保できる。

 バッドガール、バッドリゲインから問題視されていた汎用性という面で大きく改善されたと言ってもいいだろう。

 

「今は組み立て中ですね。フレンさんの方はどうですか?」

「もち! マギーちゃんに手伝ってもらいながら、クイーンズランド・セルも完成に近づいてるよ!」

 

 簡単に言えば全部乗っける事を視野に入れたのがクイーンズランド・セル、だとのことだ。問題点は色々見つかっているみたいだけれど、マギーさんならきっとなんとかしてくれることだろう。

 

「スレッドもかなり人が集まってるみたいね。粛正委員会の被害に受けた連中が結構いるってことね」

 

 掲示板の方もエンリさんが言った通りかなり人が集まってきているらしい。

 マナー違反者はもちろんのことながら、無実の罪で殴られたダイバーまでいるとのことらしいので、その影響力は計り知れない。

 これだけ耳に入れば、恐らく粛正委員会も動かざるを得ない。残り2週間後。それが決戦日であった。

 

「長かった夏も終わりね」

「秋は秋でシン・マツナガ狩りレイドとかあるし、みんなで一緒にやりたいよねー」

「はい。みんなで、4人でですね!」

 

 決意は硬い。やることと言えばノイヤーさんをフるってことなんだけど。

 罪悪感がないかと言われれば嘘になる。私だってノイヤーさんを、ムスビさんを傷つけたくない。

 でも、一度壊さなければ作り直すこともできないってフレンさんが教えてくれた。

 私の思いは、決意はたった1つだけ。みんなと一緒にいたい。ただそれだけなんだ。

 だから、今度はムスビさんが私のワガママに付き合ってもらう番です!

 

 ◇

 

「相変わらずだな、ユーカリくんは」

 

 ウィンドウ内のとあるスレッドを見ながら、とある同志の事を思い馳せる。

 確認した限りでは、彼女たちの勇気によって1人の少女の心を開いたそうだ。

 恐らく今回も必ず成功させることだろう。

 

「僕も行きたかったなぁ」

 

 本音を言えば、ユーカリくん率いるケーキヴァイキングと一戦交えてみたくもあるし、逆に協力してバトルをしたくもある。

 こんな機会でなければ、仮面を被ってでも参戦したいところだったのだが、そうは行かないのも実情だった。

 ワールドランキング1位というのは僕が思っているよりも影響力が大きい。

 例えばマナー違反者の味方をしたともなれば、その噂はたちまち広がっていき、違反者たちこそが正義であるかのような振る舞いになりかねない。それこそ粛正委員会の二の舞だ。

 だから今回は陰ながら応援することとする。

 

「でもキョウヤちゃんは、あの子達の力になってあげたいんでしょう?」

「だから君にも協力してもらおうと思ってね。この戦闘にフォース『春夏秋冬』を招待してほしいんだ」

 

 この戦役には証人が絶対に不可欠である。そう。『ノイヤー家が敗北した』という証人が。

 それで1人の少女が幸せになれるというのであれば、僕は喜んで鬼にも悪魔にもなろう。

 

「たまたまヴァルガで凸待ち配信をしていたら、戦役が発生。春夏秋冬はそれに便乗、というのはどうかな?」

「あなたも相当のワルね。表では決して言えないわ」

「友のためだ。このぐらいの支援をしても、バチは当たらないだろう」

 

 野暮ではあるかもしれない。

 だが、このGBNという広大な世界で、たった1人のために巨大な相手と戦う君の姿は、かつてのリクくんを見ているようで、少しワクワクしてしまう。

 

「彼女たちも、会いたがっているのだろう。ケーキヴァイキングに」

「しょうがないわ。そ・の・か・わ・り! お代はきっちり取らせてもらうわ!」

「あぁいいだろう。ウィスキーのボトルをもう一杯いただけるかな?」

「は~い! ボトル一本入りました~!」

 

 可能性を見た。未来へと歩く可能性だ。

 背中を押すことすら叶わないその可能性を、僕は陰ながら応援する。

 必ず救ってほしい。そしてもう一度。今度は4人一緒に会おうじゃないか、ユーカリくん。




シン・マツナガ狩りレイドはマツタケ狩りに似たなにかです


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第48話:ケーキヴァイキングとアウトロー戦役

開戦、満を持して


 誰かが言っていた。正義と自由は決して相容れない概念であるということを。

 正義とは縛り付けるもの。固定概念を押し付けて、それに従わせることで体現している。

 自由とは解放するもの。自分自身を自由だと信じさせれば、それは自由だと言えるだろう。

 

 どちらが正しいとは言わない。どちらが間違いだとも言えない。

 故に、この問題は難しくて、根が深い。

 

 でも。今、エンリちゃんたちが為そうとしていることにはそんな頭を抱えるような深い悩みは存在していない。

 聞くに、1人の少女を助けるために、強大な相手を敵に回している。という事実だけ。

 なんだか昔の私たちみたいで少しだけあの時に思いを馳せる。

 思えばあの頃から私はハルのことが好きだったと思うし、向こうもそうだったんだと思う。いやぁ、なんか思い出したら心がワクワクしてきた。これだからハルは大好きなんだ。

 目の前のガ系の装備をしたアヘッドをなます切りにしながら、そう思うのだから凸待ちってのは忙しい。

 

『我らの世界にナツハルの光があらんことを~~~~~!!!』

「はーい、メロスさんありがとうございましたー」

 

:また壁のシミになっとる……

:やっぱりお前は勝てないのか……

:メロスざまぁwww

:百合の間に挟まるのはバンシィに値する

 

「すっかり名物四季さんになってるのは流石に笑っちゃう」

 

 蒼翼のサムライを前にして立てぬ者なし。

 私たち、フォース『春夏秋冬』はいつも通りのノリでヴァルガでの乱入バトルを楽しんでいた。

 もちろん、この後起きることを私たちは知っている。続々と無法者やアウトローたちが集まってきているのも存じている。その上で変だなー、というのを声には出さずに、向かってくる連中を三枚おろしにしていた。

 

「そんなに言うなら、ハルの笑い声聞きたいなー! ゲラなやつ」

「やらないし。ゲラってるならナツキの方でしょ」

「私、そんなに笑ってる……?」

 

:笑い袋だからな

:常に笑ってるイメージ

:失礼ながら、大爆笑ですな

:面白い冗談ですね、笑わせていただきます!

 

「失礼な連中だなぁ」

 

 そんな中も襲ってくる一般ヴァルガ民たちの頭を飛ばしたり、胴体に刀を突き刺したり。楽しいし、もう慣れてきたけれど、そろそろ手心というものを加えてほしいと言いますか。

 

『皆さん! 正義とは何ですか?! 自由とは何ですか?!』

 

:なんだ?

:あぁ、そういやもうそんな時間か

:イベント?

:なんだなんだ

 

 始まったみたいだ。では私たちも便乗する準備を進めるとしようか。

 ……頑張ってね、エンリちゃん。ユーカリちゃん。

 

 ◇

 

 正義とは何か。自由とは何か。その答えは誰にも分からない。

 分からないからこそ、人は考えるし、その考えを発表する。

 人に押し付ければそれは自由ではなくなる。自分だけで暴れればそれは正義ではなくなる。

 片方しか加担できないのであれば、私は迷いなくこちらを選ぶことでしょう。

 

「自由とは何か。それは己が感じるままに動くということ!」

「正義とは何か。それは民衆が考えた固定概念を押し付けること!」

「私たちはかの暴虐邪知な粛正委員会に自由を奪われた! そう、粛正委員会が考える正義とやらに!」

 

 私たちは傍から見れば正義ではない。

 だけど、私たちは私たちの信じる正義のために戦う。それこそが自由だと信じて。

 

「要するに気に入らないですよ! そんなよく分からない言い訳で、自分たちの自由を脅かされるのは」

 

 そうだ。間違いない。当然だ!

 そんな声が集まってきたアウトローたちから響いてくる。

 決していいことをしているわけではない。だけど、一方的に弾圧されていいわけがない。

 こうであるべきという固定概念が自由を妨げるのであれば。

 

「不要ですよね、粛正委員会なんて?!」

「あぁ、そうだ! 俺たちはただリスキルしてただけだ!」

「俺は初心者狩りを少々」

「ハイエナ行為は日常茶飯事だぜ!!」

 

 それがいいかはさておき、一フォースが決着をつけていい内容ではない。

 正義とは、それだけ曖昧で、複雑で、面倒なものなのだから。

 だから……。

 

「私たちアウトローはここに反旗を翻す。泣き寝入りした同志たちの魂を胸に」

「今こそ、自由をこの手に!」

 

「「自由をこの手に!」」

「「自由をこの手に!」」

「「自由をこの手に!」」

 

「行きましょう! 粛正委員会を討伐します!!」

 

 広大なヴァルガに無数の機影が曇天の空を泳ぎ始める。

 その数はおおよそ200前後。これだけの復讐心がそろえられれば、それはもう大々的な戦争と言っても過言ではないでしょう。

 演説で緊張して、震えていた手を胸の手前で握る。

 やっぱり、慣れないことをするべきではない。失敗したらどうしようって、さっきまで胸が張り裂けそうで仕方なかったんですから。

 

「お疲れ様。いい演説だったわよ」

「うんうん! シャア並みだったよー!」

「なんか、ありがとうございます。これでアウトローになれましたかね?!」

「まぁ、頭張るには十分な啖呵切りだったことは認めるわ」

 

 その「見た目が悪ぶったチワワでなければね」という一言は聞き逃すまい。

 これが終わったら盛大に褒めちぎってあげることにしよう。さぞやかわいい悪魔さんになることだろう。

 

「んじゃ、アタシたちもやっちゃいますか! 打倒ノイヤーちゃん!」

「そっちは任せたわ。対処は前言った通りってことで」

「はい! それじゃあ……」

 

「フォース『ケーキヴァイキング』! 私たちの未来を切り開きます!」

「おー!」「行きましょう」

 

 ◇

 

 ハードコアディメンション・ヴァルガはとにかく広大だ。

 運営が匙を投げたエリアとか、世紀末ディメンションだとか、世界観がマッドマックスとか言われてるけど、それをどうにかするかのようにエリアを広げているという話を聞く。

 AGE-2の4枚羽がそのままシールドファンネルに変わったシェムハザを巧みに利用して、ガトリングガンとビームガトリングの両方で粛正委員会の白い機体を殲滅していく。

 近づいてきた敵は、ビームサーベル二刀流で切断。

 下からならレッグミサイルによる不意打ちの後、ガトリングでハチの巣に。

 この2週間、シェムハザが仕上がってからはずいぶんと訓練をしたものだ。今になっては壮絶で思い出したくはないけれど、それだけ経験値を積んでいるということ!

 

『なんだあのAGE-2は?!』

『ボーっとするな! 今度はバードハンターがッ!』

『フィナード?! 許さんぞ、無法者ど……ぐわー!』

「アタシも忘れんなっての」

 

 いつも通りのCファンネルを起動させて、四肢両断に加えてコックピット部分を切断したモビルドールフレンはまるでAGEの3世代編OPのAGE-FXのように爆発を背にしてファンネルを並べている。

 くー! 分かってるなぁ、フレンさん! これならグランサとダークハウンドを持っていきたかったなー!

 ノールックで近づいてくる相手からシールドファンネルのIフィールドでビームを無力化。そのまま裏拳の要領でビームサーベルで首を吹き飛ばす。

 

「というか、キリがないわねこいつら」

「粛正委員会の全勢力ってことでしょうか? こっちの被害もバカにはなってないです」

 

 臨時のパーティの中から戦力差を見極めていけば、拮抗はしているものの、練度としては向こうが高いと思われる。

 が、ノイヤーさんやあの1/60バエルもどきを目の前にすれば、おそらく戦力は大きく崩れ始める。そんな予感がしていた。

 実際先ほどパーティに加わったマッパーのハイザック・カスタムのデータリンクを見れば、赤い点を中心に数々の味方が撃墜されているのが見える。

 これがノイヤーさんと1/60バエルもどきだとしたら、相当厄介なことになる。

 私たちが取る行動は確実に一つだけだった。

 

「ノイヤーちゃんは任せて。アタシが、何とか説得してみる」

「分かったわ。わたしとユーカリで嘘つき野郎を足止めする。出来るか分からないけれど、こっちには天下の春夏秋冬様がついてるらしいから」

「あはは、どんだけ一緒に戦うの嫌なんですか」

 

 エンリさんのナツキさん嫌いはさておいて、この作戦の肝はフレンさんにかかっている。私はほとんど飛んできた告白を突っぱねるだけだから、簡単だけど、フレンさんはそれを巧みに誘導させなくてはいけない。

 それがどんなに難しいことかってことは、流石の鈍感な私も分かっている。

 だとしても、私はお願いする。私のワガママのために。

 

「お願いします、2人とも」

 

 こくり、とうなずいて同意を意を灯す。

 私たちはその場で別れて目的の場所へと行動を始めた。

 

 ◇

 

 相手は強大で、まだエンカウントエリアでないにもかかわらず、そのスケールの大きさで目立ってしまうのは言うまでもないか。

 空中を移動するシェムハザと、氷の床を作り出しながら空中を走るゼロペアー。その姿は悪魔がでかバエルをこの手で葬るために今か今かと殺意を高めているように見えた。

 

「M地区周辺のアウトローの皆さん。今から正義の化け物を討伐します! 我こそはって人は来てください!」

 

 しゃーねーなぁ! とか、面倒だが。とかそれぞれ難癖はつけても、全員が自分のために動く。例えば名誉かそれとも金か。理由は様々だろうけど、一律して言えるのは、あれが邪魔だってことだけだ。

 近づけば近づくほど大きい。移動するだけで風圧が出てくるレベルなんだから、あのバエルもどきは面倒極まりない。

 

『やぁ正義に仇名すものたちよ。この僕に勝負を挑もうっていうのかい?』

 

 通信に割り込んでくるのは癪に障る、明らかに人を下に見たような態度をした金髪緑眼の少年であった。

 おそらく彼が元凶であり、倒さなくてはいけない私たちにとっての悪。故に……。

 

「勝負? これは、殺し合いよ!!」

 

 先制攻撃はゼロペアーのメイス投擲。おおよそパターン化はしてきたものの、その威力は絶大なことには変わりない。

 確実にコックピットを狙った一撃は避けることなく直撃する。

 だが、かたや1/144のツインメイス。かたや1/60スケールの装甲。その差は、歴然であった。

 

『おや、何かしたのかい?』

 

 質量に任せたメイスによる投擲行為は装甲に少しの傷を入れる程度で、大きなダメージにはならなかった。

 エンリさんの舌打ちとともに、全軍が突撃を開始する。目標はバエルもどきの首。誰が一番強いかという、競争のようでもあった。

 

『そんな有象無象が、僕に敵うわけないだろ!』

 

 黄金色の刃をした剣を上から下へと振り下ろす。それだけで空気の変動と、天然性のエアブレードが機体を揺らす。

 

「でかすぎんだろ……」

「ひるむな! 自由をこの手に!!」

『君たちに自由なんて、あるわけないだろ!!』

 

 続く2本目の剣が風圧によってひるんでいた機体をバラバラに両断していく。

 巨大な剣によって風圧を起こし、続く2度目の攻撃によって仕留める。まさに大きさに任せた粗雑な攻撃。児戯のような剣捌きではあるものの、その威力だけは絶大なものなんだ。

 ……でも!

 

「関節だ! 関節を狙え!」

 

 ビーム群が陣をなして関節を中心に狙いを定めていく。

 いくら装甲が分厚かろうと、関節を狙われれば、ひとたまりもない。

 だからこそ、向こうのバエルもどきもこれを防がざるを得ないはず!

 

『浅はかだなぁ、有象無象どもが』

 

 スラスターウイングに内蔵された電磁砲を発揮しながら、その巨体を宙に浮かばせる。

 連射しながら、その場を離脱して、レールガンの嵐を容赦なくガンプラたちに当てていく。

 

『動けば普通当たらないだろうが!』

 

 ハイパードッズライフルで応戦するものの、相手は巨体のわりに素早い。元がバエルだからこその機動力と言ってもいい。

 加えて風圧もものすごい。動くだけでガンプラが翻ってしまうぐらいには非常識極まりない。

 風圧にやられて、次々とガンプラたちが煽られ、その都度両刃剣によってその身を粉々にしていく。

 

「エンリさんどうしましょう」

「何とかはできる。でもまずは動きを止めないことには……」

 

 あれではシールドファンネルはほぼ役に立たない。

 ミサイルも風に煽られ爆発。メイスだって傷一つ付けられなかった。

 危機的状況ではないにせよ、じり貧でこちらの戦力が削られていく。そんな嫌な予感が背中を横切っていく。

 

『ははは! たやすい! こんな児戯をやってる連中の頭なんて大したことないんだ!』

 

 それに言葉で煽ってくる彼も腹が立つ。どうにか手段を見つけなくては。でもどうやって……。

 そう考えていると、突然目の前に赤いラインがモニター上に出現し始めた。

 え、なにこれは。

 

「こちらモミジ。今から火力の妖精が制圧射撃するから。赤いラインからとっとと逃げた方がいーよー」

「……ってことは」

「やべぇぞ! ハモニカ砲来るぞ!」

「むしろこっちの方がやべぇ!!」

 

 エンリさんと示し合わせて、とりあえず赤いラインの外側へと移動する。

 瞬間。サブモニターに映し出されているのは1つの機影。両腕サブアームに計4枚のハモニカ砲を装備したガンダムXディバイダーとグシオンリベイクフルシティのミキシング。

 その主であり、私も見覚えがあった、その妖精は高らかに宣言した。

 

「クアドラプルハモニカ砲、はっしゃー!」

 

 咲き誇る76門のビーム群。その全てがバエルもどきのいる場所、ないし進行方向を経由する。

 いくら1/60スケールの装甲だろうが、この攻撃を受けてしまえば甚大なる被害を受けることになる。急いでよけようとするものの被弾を余儀なくされるバエルもどきに対して、さらなる一撃と言わんばかりに鈍色の流星が腰を狙い撃つ。

 徹甲弾だったらしく、ガンダム・フレームの溝に弾丸が入り込めばその場で爆発する。

 

『だがっ!』

 

 傷つきながらも、邪魔者は必ず排除するべくバエルもどきが走り始める。

 今のヘイトはセツさんとモミジさんの2人。つまり私たちはフリー。

 

「皆さん、背を向けた正義にビームを!」

「へへ、悪者らしく背中を狙わせてもらうぜ!」

「邪魔もんは死ぬがよい!」

 

 どんだけ個体が強かろうが、その対応力には限度がある。

 レイドボス みんなで叩けば こわくない 理論で倒す!

 

『まずは君たちからだ!』

 

 動く気配のないセツさんとモミジさん。危機的状況にもかかわらず、2人とも口元は上に上がっていた。

 

「ハル! タイミングは合わせて」

「うん。ナツキもよろしく」

 

 はるか上空から雲を切り裂くように急落下してくるのは、2機のガンプラ。

 1つは知っている。蒼き翼をその身に宿したガンダムアストレイ。

 そしてもう1つは桜色をしたサバーニャの改造機。骨のような三又のスラスターが目立つその2機は、迷うことなくバエルもどきへと会敵する。

 

「「ジューンブライド・エクステンション!」」

 

 高らかに宣言するのはナツキさんの必殺技。

 2機で1つの光の刃が2人の間に生成。そして、それぞれがつかみ取り、2本の超高出力ビームサーベルとして具現化される。

 光の流星は2本。雄たけびを上げながら、襲い掛かる刃をバエルもどきは黄金色の刃をした2本の剣で対応する。

 

『勇ましくて結構。だが僕には……!』

「「今っ!」」

 

 その2人は囮。そう言わんばかりに関節部位を狙ったいくつもの攻撃が襲い掛かる。避けようがない。避けきれない。そんな数十のビーム砲や刃をその身に受け、バエルもどきは爆発にその身を委ねることとなった。




大混戦。それが一人の少女を救う戦い。


◇ガンダムAGE-2 シェムハザ
堕ちた天使の名前を持つユーカリの新しい機体。
劇中の設定ではなく、ユーカリ自身の妄想から生み出された産物であり、
不要になったユニコーンガンダムのシールドファンネルを再利用するべく、
開発された新しいガンダムAGE-2のウェア、という設定。
全体的には黒色の塗装をされているものの、両肩のシールドファンネルのみ白くなっており、まるで堕天使のようにも見える、と評されている。

ストライダーモードをオミット。
代わりにガンダムAGE-2 シエルグを参考にした、
ガトリング付きシールドファンネルを装備している(分離可能)
また、脚部からはミサイルを出すことができ、不意打ちによる一撃を与えられる。
もちろんエンリからもらったABCマフラーは継続装備。愛の結晶である。

・特殊システム
サイコフレーム
Iフィールド
フラッシュアイ
ABCマフラー

・武装
ハイパードッズライフル
ビームサーベル
ミサイル×2
シールドファンネル×4
ドッズビームガトリング×4
シェムハザ左翼に装備されているシールドファンネルに1枚2基セットで搭載
一発一発が貫通力を高めたDODS効果を与えており、とにかく攻撃力が高い

ガトリングガン×4
シェムハザ右翼に装備されているシールドファンネルに1枚2基セットで搭載
実弾として左翼のドッズビームガトリングとは差別化されており、
相手に応じてビームと実弾を使い分ける。

レッグミサイル
ふくらはぎ部分に2門ずつ。計4門搭載。
下方向に向かって発射される。


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第49話:フレンドを結んで。諦めさせるということ

アウトロー戦役、中編。ギャルとお嬢様。そして……


 わたくしには夢があった。ほんの些細な夢だ。

 今にして思えば、子供らしくて口に出してしまえば恥ずかしくなってしまうほどの女の子として当たり前の憧れだったんだと思う。

 

 でも、わたくしには過ぎたもの。思いをどれだけ重ねても、現実だけは変えようのない真実。この容姿が受け入れられないという残酷な答えに、わたくしは打ちのめされていた。

 そんなときだ。彼女がそんなどん底の底の底。地獄まで手を伸ばして助け出してくれたのは。

 嬉しかった。わたくしという存在を初めて肯定してくれた優しい人。

 最初は物好きがいたもんだと思ったけど、接すれば接するほど、その優しさが体内を巡り巡って、いつの間にかわたくしは本当の笑顔を取り戻していた。優しさが、毒とは知らずに。

 

 モビルトレースシステムによって、身体を動かしながら突撃してくるアウトローたちを胴体から切断したり、コックピットにビームバルカンを乱射したり。

 あくびが出てしまうほどの容易さだった。

 強くなった。それは暗示による効果だってことをわたくしは知らない。

 だけど、フルトレース型のVR機器のおかげで全身の感覚が鋭くなったのは確かだ。機材とは、得てしていいものの方がよい結果を得られる最たる例である。

 1機。また1機と戦っている内に、どうやら目の前にいる金髪緑眼のモビルドールだけとなっていたらしい。

 

『ノイヤーちゃん』

「またあなたですか。戻らないと、そう言ったはずですわ!」

 

 金色と桃色のビームサーベルが激突する。

 あなたとは相容れない。それはもう叩きつけたはず。

 そう、叩きつけて壊したはずなんだ。それなのに、なんで。何故わたくしの前に立つんですか、フレンさん。

 

『アタシは、ノイヤーちゃんを終わらせに来たの』

「終わらせに? ははっ、わたくしは、まだ終わってませんわ!」

 

 おおよそ元お嬢様とは思えないほどのヤクザキックでモビルドールフレンの胴元を蹴り飛ばす。ハイランド・セルのミノフスキードライブで姿勢を整えながら、カウンターと言わんばかりにCファンネル6基が飛んでくる。

 いい加減その芸当は見飽きましたわ。左右に避けるように自分の意識を伝達させて、そのとおりに身体を動かす。身体は機敏だ。どんな動きにもついてこれる。

 ビームバルカンで牽制しつつ、距離を取ればCファンネルたちも引いていった。

 

「わたくしはまだ終わってない。あなたを倒して、すぐにでもエンリさんと戦い、わたくしが強いことを証明する!」

『って、思い込んでるだけでしょ?』

 

 ピリリとした感覚とともに、明らかに首を狙うCファンネルを縦横無尽に避ける。

 合間合間に放たれるスタングルライフルのビーム砲撃は、ビットを展開したビームバリアで防いでいく。

 このわたくしが、そう『思い込んでいる』とでも言いたいんですの。そう。それならそうでいいです。が……。

 

「例えそうだったとしてどうするのです。わたくしがエンリさんより弱いというのは重々承知の上ですわ。その上であの愚弟に魂を売って、ここまでやってきたんです。今更引けるわけないでしょうが!!」

 

 くるくると空中を回転しながらレギルスキャノンや胸のビーム砲を乱射。

 ある種では乱雑な弾幕にも見えかねないが、それを光の翼で避けながらも、確実に回避していく。

 

『だから終わらせに来たんだよ!』

「同情なんて、要りませんわ!!」

 

 同時にシールドからレギルスビットを展開。スキを与えないように確実に詰めていく。

 フレンさんの機体は性能が全体的に控えめだ。それを自身の技術で補っている。伊達に初対面ヴァルガのELダイバーは違う。

 光の翼で爆発していくビットを補充しながらも考える。

 もし、あなたがその見た目でなければ、と。もっと仲良くなれたのでしょうか。

 いや、ケーキヴァイキングのノイヤーはもう捨てたのだ。だから、今更振り返ることはない。

 周囲がビームの嵐で焼け野原になっていても、フレンさんは止まらない。

 

『同情なんかじゃない! アタシはノイヤーちゃんと一緒に遊びたいの!』

「それこそ願い下げですわ!」

 

 嵐を掻い潜ってCファンネルが接近。

 ビームバスターで迎撃するものの、それでは突破できないとなれば、今度はレギルスNライフルでのビームリングの発射。

 磁気閃光システム搭載してるから、そのリングはビームサーベル並みの威力だ。流石のCファンネルだって弾かれる。

 弾かれたところを、ビームバルカンで動力部を狙って乱射。たやすく1基を落とす。

 

『ノイヤーちゃんの意見なんて聞いてない! アタシはアタシのワガママを通させてもらう!』

 

 モビルドールフレンの方に装備されたシールドから、今度はジャベリンが取り出される。

 ジャベリンに内蔵されたビームワイヤーが起動。その場でバリアを作るように振り回せば、ビット群がすべて爆発する。

 舌打ちを鳴らす暇もなく、爆炎から突き出してきたのはジャベリン。

 咄嗟にビームサーベルで弾き返せば、ジャベリンを狙ってスタングルライフルが発射された。

 直撃したジャベリンは爆発。熱にやられてこっちの耐久値もわずかに減る。

 

『それにノイヤーちゃんだってワガママだよ! 自分の思い通りにならないからって、変なことまで始めちゃって! まるで子供だよ!』

「3歳児に言われたくありませんわ!」

 

 ビームリングで爆風を切断するも、そこにモビルドールフレンはいない。

 センサーが示しているのは下。急降下したフレンはミノフスキードライブの推進力を利用して、爆発的に急上昇していく。

 まるで戦闘機のテクニックの1つ、コブラのようなマニューバ。

 突然の奇襲に為すすべなく接近を許され、乱雑なタックルをお見舞いされる。

 続きは両腕を掴まれての頭突き。コックピットを揺らされて、フィードバックによって全身がかき乱されるような感覚に陥る。

 

『ユーカリちゃんのこと好きなら、なんで告白しなかったのさ! 自分で言えば話は変わったかもしれないんだよ?!』

「ッ! 人の心にズケズケと土足で踏み入るな!!」

 

 レギルスビットを展開。その場で爆発させる。

 もちろんダメージは受けるけど、このままドッグファイトになるぐらいだったら……。

 

『それでも、ノイヤーちゃんは言えなかった! 好きなのに!!』

 

 Cファンネルが今度は迫りくる。でも狙いは手先のレギルスNライフル。だったらこのぐらい捨ててやりますわ!

 すれ違いざまにビームバルカンを連射して、残りのCファンネルをすべて撃破する。

 こちらの代償はダメージとレギルスNライフル。これだけなら、まだ……。

 

『ただのヘタレだよ、ノイヤーちゃんのヘタレ!』

「黙っていればいけしゃあしゃあと! 恋も知らないあなたに……」

『知らないよ! だけど、友達としての好きは知ってる。好きは伝えなきゃ、意味がないんだよ!!』

 

 友達としての好きを知ってる? 好きは伝えなきゃ意味がない?

 そんなの……ッ!

 

「そんな事分かってますわ! あなたが言うほど、わたくしはバカじゃありません!!」

『だったら、どうして……?』

 

 今まで激昂してた2つの魂が急に静かになる。

 どうして? どうしてって、逆に他に理由がありますの?

 わたくしが何に恐れている事は分かっている、分かった上で。わたくしが言えない理由ぐらい分からないんですの?

 

『やっぱ、怖いから?』

 

 的確に、その場所を貫いてくる。

 

『幽霊みたい……』

『化け物がよぉ!』

 

 フラッシュバックするのは他でもない、過去の、中学時代の記憶。

 家族も、学校のみんなも、誰でさえも。わたくしのことを嫌っていた。

 何故。どうして。それがこの容姿のせいだってことは分かってる。

 だからユーカリさんだって、離れていかないってことぐらい、分かってるんだ。

 頭では理解してる。ちゃんと、ユーカリさんは離れていったりはしないって。どんな関係になっても、そばに居てくれるって信じてるから。

 でも……。

 

「心は、それを許してくれません。心のどこかで、ユーカリさんも皆さんと同じように、どこかでわたくしのことを煙たがるかもしれないって、思ってましたの」

 

 言うなれば、自信のなさの現れだったのかもしれない。

 弟と比べて大した才能もなく、皆と比べて肌は白いし、髪の毛だって老婆のようで。 そんなの、当たり前じゃないですか。わたくしがわたくしのことを1番嫌っている。それは紛れもない事実なんです。

 

「わたくしには、ユーカリさん以外なにもないんです。仮初のお嬢様設定だって、本当は無理に作ってるだけ。今はただの、没落お嬢様。だからあの人に、あの人に断られたりでもしたら、自分自身が崩壊してしまう。わたくしが、何者でもなくなってしまう……」

 

 だから狂気に落ちた。自分を守るために。

 怖いでしょ。自分を否定されたら誰でも。それは昔から否定され続けた、わたくしが言うんだ。間違いない。

 光は、どこにもないから光なんだ。影に隠れたわたくしの人生で唯一光ったユーカリさんに、わたくしの大好きな人に、否定されたら、それこそ……。

 

『アタシがいるじゃん……』

「え……?」

『アタシがいるって言ってんじゃん! 勝手にユーカリちゃん以外いないって言わないでよ!』

 

 光は、どこにもないから光なのであって……。

 

『うっさい! アタシのこと大っ嫌いならそれでいい。だけど、そんなんでアタシはあんたが、ノイヤーちゃんが好きなんだよ! それは否定させない。させてたまるか!』

 

 ヴァルガの灰色がかった雲から一筋の光が落ちる。いや、2本だ。

 1つは目の前のフレンさんに。もう1つはわたくしに。

 

『ノイヤーちゃんにはユーカリちゃんだけじゃない。アタシだっているし、エンリちゃんだって! みんながあんたの光になる! 道標になる! フラれたってアタシたちがいる! だから……ッ!』

 

 光は暖かい。わたくしが、触れていいものじゃないって、そう思ってたのに……。

 また、夢を見ていいんですか? また、あの日の思い出を享受してもいいんですか? わたくしは欲張りだから、ずっと。ずっと求めていたものだから……。

 

 気付けばモビルドールフレンがレギルスNの顔に触れていた。まるで、涙を拭うような素振りをして。

 

「そんな仮面、外そ?」

「…………泣いてる顔は、そんなにいいものではありませんわ」

「アタシだって泣いてるし、おあいこっしょ! ……それに」

 

 ――アタシは、清純で海のように透き通った蒼い瞳が好きだから。

 

 ◇

 

 やったか。なんて言葉は往々にしてフラグである。バアルもどきの爆発の中現れたのは蒼い翼と桜色の翼。そして装甲がむき出しになった黄金色のサイコ・フレーム。

 

『有象無象が……ッ! 僕のガンダムノブレスの装甲を破りやがってッ!』

 

 それは必殺技の一種である空蝉。戦闘不能となる一撃を防ぐ役割を持っているそれは、紛れもなく卑怯者と罵るのに都合のいいユニークスキルと言った方がいいかもしれない。

 黄金の趣味の悪いフルサイコフレームとその剣。まさしくその見た目は、成金と言っても差し支えない。

 

 そんなときだった。もう1機の黄金色をした機体が迫りくるのは。

 

『やぁ姉さん。今ちょーどいいところなんだ。1つ付き合ってくれないかッ!』

「……お断りしますわ」

 

 黄金色のレギルスNは私の前に立つ。それはまるで何か重大なことを口にするかのような重々しさを感じた。

 その甘ったるく、戦場には不釣り合いな雰囲気にその場の全員が察することができた。

 

『まさか……。姉さん、捨てられるのが分かってないのかい?! その言葉を口にすれば最後、友達として扱われなくなる。それが分かってて……』

「少しお黙り!!」

 

 ピシャリとその巨大な体躯でさえも黙らせる声には、明確な意思が乗っていた。

 アウトローだろうが、無法者だろうが、G-Tuberだろうが、そんなのは関係ないと言わんばかりに、黄金色のレギルスNは。ムスビさんは言葉を紡ぎ始めた。

 

「わたくし、夢がありましたの。お嫁さんっていう、口に出してしまえば恥ずかしいような、そんなのです」

 

 その容姿故に、そんな素敵な夢でさえ叶わなくなってしまう。そんな恐怖。

 

「その夢を叶えてくれるかもしれない、そんな相手がユーカリさんでした」

 

 その希望の狭間にあるものは絶望。夢が叶わないと、そう確信してしまったエンリさんとの事実。

 

「ずっと言い出せなくて。もどかしくて。それでも、わたくしは口にします」

 

 怖い。そんな感情が言葉の震えから伝わってくる。

 それでも。だとしても。伝えたいって思ったのだろう。言いたいって思ったのだろう。

 

「わたくしは、ユーカリさんをずっとお慕いしておりました。わたくしと、付き合ってくださいますか?」

 

 私は、ユーカリは、それに答えなくてはいけない。

 すごく残酷で、彼女の心を傷つける行為だったとしても。彼女が前を向くためには必要な優しさ。

 

「私ね、好きな人ができたんです。強くてかっこよくて。でも可愛くて、嘘が嫌いな女の子」

「えぇ、知っていますわ」

 

 その答えは、選ばないという答え。

 私だって口にするのは怖い。関係が壊れてしまうかもって思うから。

 でもムスビさんはそれを超えて口にしてくれた。だったら、相応の。選ばないという優しさを伝えなくてはいけない。

 言葉を口に含んで。ゆっくりと目を開いて、私は言おう。その答えを。

 

「私は、その人が。エンリさんが好きです! 大好きなんです! だから、ノイヤーさんとは、付き合えません」

 

 失恋はいつだって辛い。言った相手も、言われた本人も。

 だけど、前に進むためには必要な傷なんだ。傷ついて傷ついて。それでも立ち上がって、また新しい一歩を踏む。

 それに名を付けるのであれば絆。断ち切られても、もう一度と望むのであれば、固く、強く、結ばれる。

 

「……フラれて、しまいましたわね」

「フッちゃいました」

 

 でも、その声は少し晴れ晴れとしていて。心のどこかではくすぶっていたその炎を誰かが消してくれることを祈っていたかのように見えた。

 そんなの、私の勝手な想像かもしれない。でも、そのぐらいにはノイヤーさんの泣いた笑顔が素敵だった。

 

「でも何故でしょうね。心の奥底で溜まってたヘドロが全てどっかに行きましたわ」

「よかったじゃん、ノイヤーちゃん!」

 

 いつの間にか隣にいたフレンさんがノイヤーさんの背中を叩いて、励ますように口喧嘩を始めだした。

 あぁ、なんか。今が、私が本当に望んでいた未来なのかもしれない。やっと。やっと4人で……。

 

『だぁああああああ!!! 何だよこの茶番は!!! フラれることぐらい分かってただろう?! なのになんで姉さんはそんなに笑ってられるんだよ!!!!』

 

 黄金色の巨人が再び目を覚ます。

 駄々をこねるように振り下ろされたノブレス・ソードを難なく避ける。

 

「紳士として、その態度はお粗末ですわね。姉として、最初で最後の教育を施してあげますわ!」

『出来損ないの呪われた子供の癖に、大層なこと言ってんじゃねぇよ!!』

 

 最後だ。これで最後。目の前にいるガンダムノブレスを叩き潰して、私と私の大切なみんなのために、未来を切り開く!

 ケーキヴァイキング4人が揃った今なら、負ける気がしない!




悲しいも、切ないも。その言葉に乗せて。
くすぶっていた炎は、いつしか消えていた。


◇ガンダムノブレス
フルサイコフレーム製のガンダム・バエル。1/60スケールででかい
正義を体現すべく、バエルをあえて使った悪質なガンプラ。
UCガンダムのデストロイモードに相当しなくても、
様々なサイコフレームの共振効果が見込め、
特にサイコミュ・ジャックなどのようなことができる。
移動するだけでも風圧が強く、ガンプラを蹴散らすだけの力がある。

・特殊機能
フル・サイコフレーム
サイコミュ・ジャック

・武装
ノブレス・ソード
電磁砲


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第50話:ケーキヴァイキングと決着

4章もそんな感じで、あとは消化試合


 今。当時とは姿形は違えど、ケーキヴァイキングの4人が揃っている。

 ガンダムAGE-2シェムハザを駆ける、ユーカリ。

 ガンダムゼロペアーオーバーデビルに乗っている、エンリ。

 ガンダムレギルスNに人機一体となった、ノイヤー。

 モビルドールフレンに搭乗している、フレン。

 

 目標も、何もかも全てが違くて、時にはぶつかって、失いかけもした。

 だけど、こうやってまた4人で武器を持って戦う姿をフォースの絆と言わずして、なんと呼ぶか。

 

「行きましょう、皆さん!」

「えぇ」「もちろんですわ!」「おっけい!」

 

 スラスターを展開させ、目指す目標は1/60スケールの黄金色の巨人。もはやそれはバエルとしての機能は為しておらず、ただのフレームだけ。だからこそ、その真価が発揮されると言っても過言ではなかった。

 振り下ろされる巨人の鉄槌を避けながら、4枚羽のシールドファンネルを展開させる。

 

「ユーカリさん、あの愚弟は勝利こそが絶対なる正義だと思い込んでいますわ。だからこっちが勝利すれば、粛正委員会は瓦解しますわ!」

「ちょろいじゃない。あんなでくのぼうに、負ける気がしないわ」

『減らず口を! これだから愚民は嫌いなんだ!!』

 

 闇雲に振るう剣も、当たらなければどうということはないのだが、ハイパードッズライフルやビーム砲群が数々フレームを直撃していても、ちっとも効いている気がしていない。

 だが必ず蓄積ダメージは存在する。ある種のレイドバトルだ。調子に乗ったデカブツを倒す、たったそれだけのレイドバトル。

 だから何を使ったって文句は言われないはずだ。

 

「皆さん! 2部隊に分かれて、残党狩りとこのデカブツ狩りをお願いします!」

「いいや、アンタの意見は聞けねぇな。俺たちは、俺たちの花道を築くぜ!!」

「残党なんて知るかよ! まずはその見下したクソ野郎を始末した方が気持ちいいぜ!」

 

 そうだった。アウトローの皆さんに指示なんて必要ない。

 あるのは自由と闘志だけ。ならば、作戦を変更しよう。

 

「敵将を、あの上から目線の悪い人を倒します!」

「「おう!」」

 

 飛び交うZガンダムにメタス。地上からはグレイズにケンプファーなど、それこそいろんなガンプラたちが想いを1つに巨悪に立ち向かおうとしている。

 きっと、この戦いでどちらかが勝ったとしても、悪という悪は消えはしない。

 かたやマナー違反者たちの集まり。かたや正義を振りかざす自治厨の集まり。

 どちらが正しいかと言われたら、どっちも悪人だ。

 それでも、どちらにも意地がある。プライドがある。その決意が強い方が勝つ。戦いってのはそういう風に決まってるって誰かが言ってた。

 シールドファンネルからガトリングガンが連射されながら、ビームサーベルを手に持って前進。フレームに傷をつけるけれど、それでも僅かなダメージだろう。

 ゲームとはその積み重ねだ。ダメージを積み重ねていって、膝を付いた方が負け。だから無限に切り裂き続けるんだ。

 

『邪魔クセェ。鬱陶しい。僕の、邪魔をするなぁ!!!』

 

 瞬間、機体から何かが奪われるような予感を感じる。

 シールドファンネル以外どこも以上が見当たらない。そうシールドファンネル以外だ。

 

「俺のファンネルが!」

「ビットー!」

「ビットが強制解放ですって?!」

「あたしのドローンも取られちゃった系かー」

 

 続くのはモミジさんが展開していたドローンの所有権譲渡。

 周囲のファンネルやビット群が例外なくすべてアディNのガンダムノブレスの元へと集まっていく。

 

「ははは、簡単じゃないか。これで攻撃すればいいんだろう?!」

 

 襲いかかるのはそれまで味方であったはずの遠隔兵器たち。その数は分からない。だって数えるのが億劫になってしまうほどのおびただしいほどの数なんだから。

 

「わたしのビットもやられたっぽい」

「セツ、やっちゃう?」

「やめといた方がいいかな。混戦中にやるもんじゃないし」

 

 春夏秋冬のハルとセツが躱しながらも会話をしている。

 恐らく例のクアドラプルハモニカ砲のことだろう。ただ、あれは混戦時には味方をもフレンドリー・ファイアしてしまうほどの威力を有していた。

 面倒なことをする。

 あの黄金色のフレームすべてがサイコ・フレームなのだとしたら、あれはまさしくサイコミュ・ジャック。ビットというビットを根こそぎ自分のものにしてしまうという驚異の性能。AGEで例えるなら、ジラード・スプリガンがやったそれだ。

 

 主力兵器を失った私に残されているのはビームサーベルとミサイル群だけ。

 だったら使い切ってでもダメージを蓄積させていくしかない!

 

「エンリさん! わたくしとの戦いで使ったアレは?!」

「使ってもいいけど、この混戦の中はあまり良しとはしないわ」

「地道に、って感じ……きゃあ!」

 

 その悲鳴に振り向けばフレンさんのハイランド・セルにファンネルのビームが被弾。そのまま機能を失っているところだった。

 

「フレンさん!」

「ダイジョーブ! アタシには、とっておきがあるんだから!」

 

 不要になったハイランド・セルを分離。声高らかに宣言すれば、そのサポートメカがやってきた。

 

「セルチェンジ! ハイランド トゥー クイーンズランド!」

 

 他のセルよりも一回り大きいそれは、両足に、そして背中部分のランドセルとして武装が接続される。

 曰く、それはミランドだったかもしれない。

 曰く、ハイランドも含まれているのだろう。

 曰く、グランドの要素もかろうじて入っている。

 曰く、足のそれはアイランドだろう。

 

 曰く、すべてのセルを統合させた短期決戦型セルである。

 

「モビルドールフレン、クイーンズランド・セル! 行っちゃうよー!」

 

 スキッドプレートから放出されるのはGN粒子。

 スキーのようにジグザグに、軽やかに移動しながら、魚雷改めミサイルを乱射していく。もちろんその全てがファンネルを撃破していく。

 更にはスタングルライフルでの掃射。デコイ・ミサイルでファンネルの対象を錯乱。

 上から爆雷と。それはもうやりたい放題だった。

 それに光の翼とジャベリンって、もうてんこもりですね、あのセルは。

 

「やりたい放題ですわね」

「まぁ短期決戦型って行ってたし、GN粒子が切れればあぁはならなくなるでしょうね」

「でも流石フレンさんです。私たちだって!」

 

 氷の床を瞬間的に作り出しながら、接敵するゼロペアー。

 もちろんその行く手にあるのは黄金色の剣。

 

『小賢しい! ファンネルは奪ったはずなのに!』

「バカね。オールレンジ攻撃対策なんて、GBNユーザーの必須科目よ」

 

 テイルシザーを起動させ、フロントスカートのチェーンとドッキングさせたメイスを同時に振り回す。

 まさに破壊の嵐。周りに存在しているビット郡はメイスに飲まれ、あるいはテイルシザーに貫かれ、あるいはワイヤーに阻害され、周囲にあったビットたちをすべて破壊する。

 あぁ、あれこそがまさしく、エンリさんとゼロペアー。破壊と暴力の悪魔だ……!

 

「わたくしも忘れないでくださいまし!」

 

 レギルスNも同じく手先のビームバルカンを展開させつつ、胸のビームバスター、尻尾のレギルスキャノンを360°展開させ、周りにある全てのファンネルを一層していく。こっちはこっちで怪物みたいな真似をしているし、ノイヤーさんもやっぱりすごい。

 ……私だって!

 

 会敵したファンネル郡はおおよそ6基。

 まずは腕部のミサイルを使用して、目くらまししつつ、1基撃破。

 続けてビームサーベルで切り裂いて3基。

 下に向かったファンネルはレッグミサイルで迎撃。2基破壊。

 

「最後!」

 

 ビームサーベル二刀流で切り裂けばおしまいだ。

 

「俺たちも負けてられねぇ!」

「おいっ! 後ろから敵来てるぞ!」

『粛正委員会こそが正義なんだ!』

 

 増援か。数はおおよそ20。こちらも相当削られている。

 相手は巨人。風圧に煽られつつこの20機を相手するのは流石に……。

 

「ユーカリ」

「ハル、さん? 何かありましたか!」

「ううん。あの20機は春夏秋冬だけでやる。ちょうど持て余してたところだし」

 

 それは、なんというか都合が良かった。

 流石にこの数を相手しながら、というのは難しいところがあったんだ。

 

「それに、決着を着けるならそっちのフォースだけでいいでしょ?」

「ハルさん……!」

「今度フォース戦しようね。んじゃ!」

 

 桜色のサバーニャ、ファイルムが加速を始め、20機相手に侵攻を始める。

 

「エンリちゃんもそんな感じで!」

「勝手にやればいいじゃない。馴れ馴れしくしないで」

「もう、ツンケンしちゃって」

「うっさい」

 

 それでも物理的に背中を押して、応援するエンリさん。相変わらず素直じゃない。

 ナツキさんも少し笑いながら、ハルさんの後を追った。

 

「んじゃ、後はこのデカブツだけですね!」

『どうしてだ! 正義は我々にあるんだぞ! 僕を倒したらどうなるか?! お父さんが許さないぞ!!』

 

 周りのファンネル郡はすべて消滅した。

 であるならば、最後は目の前のガンダムノブレスだけになった。

 その搭乗者であるアディNは、それはもうお怒りの模様だった。

 

「この期に及んで親のスネかじりですの? 中学生らしい、バカな発想ですこと」

『バカ? この僕が?! ふざけるな! 望んでも手に入れられないものしかなかった呪われた子の分際で!!』

 

 呪われた子。それはノイヤーさんを、ムスビさんを縛り付けるにはうってつけの言葉。

 望んでも手に入れられた試しはなかった。金髪緑眼も、愛する人も。

 

「確かに得られませんでしたわ」

『じゃあ何故だ?! 何故僕に剣を向ける?!』

「理由は2つですわ。1つは些細な気づきです」

 

 それは、望んでも手からこぼれ落ちても、必ず残るものはある。例えば自分を見ていてくれる人。気にかけてくれている人。

 

「例え望んだ容姿でなかったとしても、愛する人にフラれても、わたくしを支えてくださる人がいるなら……。それは立派な人生と言えるのです」

 

 少女は望んだ。恵まれた容姿を。愛する人を。

 でも手には入らなかった。生まれながらにして老婆のような見た目で。それでも手を差し伸べてくれた愛する人が他の人に取られて。

 それでも、いつの間にか周りにいた人がムスビさんを支えてくれている。

 1人では、どうしようもなかった。けれど……。

 

「けれど今は皆さんがいます。それだけで、わたくしの戦う理由に値しますわ!」

 

 啖呵を切るノイヤーさんに、アディNは苛立ちの声を上げる。

 

『ふざけるな。そんなの屁理屈じゃないか! 僕が持っていないものを、どうして姉さんが持てるんだよ?! ありえないだろ!!』

「2つ目の理由は、そんな態度だから気に入りませんのよ!!」

 

 風圧に揺れるレギルスNを制御しながら、フレームの首元へと到達したムスビさんはビームサーベルを発振させ、何度も何度も鎖骨部分を突き刺す。

 

「常に見下した態度で、人がついてくると思わないことですわ!」

『姉さんに何が理解出来んだよ! くそ、離れろ!!』

 

 必死に抵抗するガンダムノブレスとそれに食らいつくレギルスN。その姿は子供と親の喧嘩のようでもあった。

 

「理解できません。したくもありません! ノイヤー家にもはや何の未練もないのですから! そんなんだから友達もいませんのよ!」

『友達なんてもの必要ない! 僕は天才で、優秀で、何よりも次期当主という……!』

「そんなくだらないプライドばかり持ってるから、いないんでしょうが!!」

 

 ついにガンダムノブレスの左腕の接続が揺らぐ。

 フレンさんのスタングルライフルが接続部分を射抜けば、通常の1/144スケールよりも大きな腕が落下する。

 

「ユーカリさん! エンリさん!」

 

 その合図はきっと必殺技を意味することだろう。

 だから私は特訓中に手に入れていた『FINAL MODE 01』のスロットルを起動させる。

 

「全てを凍てつかせなさい、ゼロ度の心火。オーバーフリーズ・クライシス!」

 

 ガンダムノブレスの足元から回避不能な絶対零度の炎が氷となり、自由を失わせる。

 こちらと言えば、手に持った2本のビームサーベルが大きく、より大きく発振されていく。

 これをなんと呼ぶか。そんなのは決まっている。

 

「スーパーパイロット・プライド! 行けぇええええええええ!!!!」

 

 私の必殺技は至ってシンプルだ。巨大なビームサーベル2本で相手を斬り裂く。

 単純でありながらも、かのアセムのダブルバレットによるビーム刃とクロノスを倒した名シーンであるスーパーパイロット宣言と似ている。だから私のお気に入りなんです!

 胸部を斬り裂かれた斬撃はわずかにコックピット判定を逃れるものの、その穴を逃す手はない。

 レギルスNとモビルドールフレンが背中合わせで、それぞれ手のひらとライフルを穴の中に向ける。

 

「これで、終わりよ!」

「これで、終わりぃ!」

 

 ビームの連射とDODS効果のある閃光。何度も打ち放たれた光は確実にコックピットを撃ち抜き、黄金色の巨人を停止させるには十分なほどだった。

 

『嘘だ。正義である僕が、こんな……こんなぁー!!!』

 

 巨大な爆発とともに塵芥と変わっていく、黄金色の巨人を見て、私たちは確信した。

 この戦いは、本当に終わったんだと。

 私たちの、ケーキヴァイキングのハッピーエンドで幕を下ろせたんだと。




ハッピーエンドの、その向こう側へ
第4章は次回で終わりです。


◇クイーンズランド・セル
ミランド・ハイランド・グランド・アイランド
4つのセルを1つに統合した欲張りハイスペックセル。
すべてのセルを載せた都合上、重量過多な部分をGN粒子タンクによって補っている。
そのため燃費はあまりよくなく、短期決戦用として主に用いられる。
スキッドプレートをからGN粒子を散布しているため、スキーのように動く。

・特殊システム
GNスキッドプレート:
脚部に装備されるスキー状の装備。GN粒子貯蔵タンクが内蔵されている。

ミラージュコロイド
GN粒子
ミノフスキードライブ
光の翼

・武装
ビームジャベリン
ビームワイヤー
シールド
スタングルライフル
デコイ・ミサイル
マーク13ホーミングミサイル
M25対潜爆雷


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第51話:ケーキヴァイキングとそれから

第4部、完!(幕間が1話あります)


GBN総合スレpart***

1:以下名無しのダイバーがお送りします。

ここはガンプラバトル・ネクサスオンライン通称『GBN』に関して雑談するスレッドです。

 

各種ミッションについての情報はまとめwikiに載っています。

ビルドの相談、フォース勧誘、ミッション攻略の情報交換などはそれぞれ専用スレッドでお願いします。

 

【GBNまとめwiki】(http://・・・

【ビルド相談スレ】(http://・・・

【フォースメンバー募集スレ】(http://・・・

【ミッション攻略スレ】(http://・・・

 

【前スレ:GBN総合スレpart***】(http://・・・

 

 ◇

 

456:以下名無しのダイバーがお送りします。

いやぁ、ガンダムノブレスは強敵でしたね……

 

457:以下名無しのダイバーがお送りします。

春夏秋冬の配信で見てたけど、ヤバそうだったな

 

458:以下名無しのダイバーがお送りします。

見た感じ1/60スケールっぽいから通常攻撃が全体なんですわ

 

459:以下名無しのダイバーがお送りします。

通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のガンダムバエルは好きですか?

 

460:以下名無しのダイバーがお送りします。

正直好き

 

461:以下名無しのダイバーがお送りします。

乗ってるやつが乗ってるやつじゃなかったらロマンは感じる

 

462:以下名無しのダイバーがお送りします。

分かる。でも中身のガンダムフルサイコフレームは悪趣味だと思う

 

463:以下名無しのダイバーがお送りします。

あんだけコストかかってたら、普通にコスト上限に引っかかるのでは

 

464:以下名無しのダイバーがお送りします。

そのためのバエルでしょ。でなきゃ武装とか登録できん

 

465:以下名無しのダイバーがお送りします。

ケーキヴァイキングだっけ、まさか公開処刑失恋エンドとは……

 

466:以下名無しのダイバーがお送りします。

スッキリしてるノイヤー氏、ただフラれただけ

 

467:以下名無しのダイバーがお送りします。

どんなバックストーリーがあったかは分からんが、アディNとノイヤーちゃん、どう落とし前つけるんだろうね

 

468:以下名無しのダイバーがお送りします。

アカウント削除じゃないか?

流石になにもないはないだろ

 

469:以下名無しのダイバーがお送りします。

ノイヤー家って噂の2人だしな。いろいろ黙っては置かないでしょ

 

470:以下名無しのダイバーがお送りします。

まさか、そのための生配信?!

 

471:以下名無しのダイバーがお送りします。

まwっwさwwっwかwwwww

 

472:以下名無しのダイバーがお送りします。

ナツキちゃんがガンスタで言ってたけど、完全に偶然だって話だよ

 

473:以下名無しのダイバーがお送りします。

まぁ、ナツキちゃんが言うならそうなんだろうなぁ……

 

474:以下名無しのダイバーがお送りします。

ナツキちゃんと言えば、あのバードハンターと浅からぬ因縁があるって話もあったな

 

475:以下名無しのダイバーがお送りします。

なんかあの周り、結構いろいろ起きてない? セッちゃん周りとか

 

476:以下名無しのダイバーがお送りします。

まぁ、過ぎたことっぽいし

 

477:以下名無しのダイバーがお送りします。

ノイヤー氏も本来戻るべきところに戻って笑ってるみたいだし、それでいいんじゃね?

 

478:以下名無しのダイバーがお送りします。

まさか悪ぶったチワワが、ギャングのドンになるなんて……

 

479:以下名無しのダイバーがお送りします。

ラノベのタイトルかよ

 

480:以下名無しのダイバーがお送りします。

まさかバードハンターとチワワが付き合ってるだなんて……

 

481:以下名無しのダイバーがお送りします。

俺、ばっどがーりゅを密かに狙ってたんだけど

 

482:以下名無しのダイバーがお送りします。

嘘だろ

 

483:以下名無しのダイバーがお送りします。

見てるだけだったけど

 

484:以下名無しのダイバーがお送りします。

俺も狙ってたぞ、有力な百合カップル候補として

 

485:以下名無しのダイバーがお送りします。

お前、メロスだろ(真名看破

 

486:以下名無しのダイバーがお送りします。

ロビーエリアにいるボロ布の男はだいたいこいつ

 

487:以下名無しのダイバーがお送りします。

どこで実装されたかわからないけど、波動を感じて死ぬ男はだいたいこいつ

 

488:以下名無しのダイバーがお送りします。

今日も壁のシミが増えていく……

 

489:以下名無しのダイバーがお送りします。

掃除しなきゃ……

 

 ◇

 

 アウトロー戦役が終わって、数日が経った。

 私は今、事の顛末をこうやって運営に報告しているところだったりする。

 いきなりチャンプが現れて、騒動を収めるために書いてほしいと言われたから、こうやって慣れないキーボードを手に頑張っていた。

 

 まず最初にアディN。本名アディ・ノイヤーの処遇についてだ。

 アディは常勝無敗こそが当たり前であり、それが正義であることを体現するべくいろいろなことをやってきた。その1つがGBN運営に対する援助金での支援だったと言ってもいい。

 彼は自分が勝つことを『当たり前』として、勝手にマナー違反者たちを制する自治行為を続けていた。

 だが自治行為も行き過ぎればマナー違反者と同様の扱いとなってしまう。

 運営は援助金を貰っている以上、あまり多くのことを手出しすることはできずにいた。

 それは常勝無敗だったから故でもあった。

 アウトロー戦役を配信していたフォース春夏秋冬を含め、数人のG-Tube配信からも彼の言動は明らかとなり、その戦いにおいてアディは敗北を期した。

 これに乗じた運営はアディの父親である、ルドゥーガ・ノイヤーに対して抗議を行った。もちろんこれは運営としては分の悪い賭けだったと言っても過言ではない。

 だが、これは結果的には成功となった。

 動画を見たルドゥーガはムスビさん曰く、アディを叱りつけ、二度とノイヤー家の恥とならないような立派な大人にすべく、あれこれ手を打つ、ということに落ち着いた。

 更にノイヤー家からの援助金はGBNへの謝礼金として、今後も継続していく形になるらしい。ただし内部には一切関わらない形で。

 

 ということで、次に語ることになるのは、ノイヤー家の長女であるムスビ・ノイヤーの処遇についてだった。

 彼女はいわゆる被害者に近い立ち位置だったものの、その名前が良くなかった。

 ノイヤー、と言う名前が出るだけで、内部には関わらないという誓約を無視することになるのだから。

 故に、ルドゥーガが提案したことは以下の通りだった。

 

 1つ。ムスビ・ノイヤーのアカウントデータである、ダイバー:ノイヤーの削除。

 1つ。ムスビ・ノイヤーに対して、今後一切の支援を行わない代わりに、向こうも一切のコンタクトを取らない。

 

 というものであった。

 要するにノイヤー家との絶縁宣言。戸籍上はノイヤーと名は付いていても、そこに親子、姉弟と言う関係は存在しない、ただの赤の他人、ということだった。

 ルドゥーガもムスビさんに対して、思うところがあったのかもしれないし、逆に政治的な立ち位置からの絶縁宣言だったのかもしれない。

 いずれにせよ、ムスビさんはこの宣言に対して、やっと心の荷を下ろせたと安心していたそうな。

 

「よかったですね、ムスビさん」

「まさかユカリさんの家にお世話になるだなんて思ってもいませんでしたが」

 

 現在は私、イチノセ家で居候。と言う形でお世話になっている。

 もちろんお金の面では少し不安があるものの、それでも両親曰く余裕があるってことらしく、高校を出るまでは支援する、と言う条件付きではあった。

 お母さんは娘が増えたってはしゃいでたし、これを気に料理を教えるのも悪くないのかなーって思うわけで。

 流石にあの冷蔵庫の惨劇を忘れてはいけないと思うんだ。うん。

 

 次はマナー違反者と元粛正委員会の今後についてだった。

 結論から言うと保留、というか放っといても問題は起こすようなアウトローの方々だったし、元粛正委員会の人たちもアディNと同じような立ち位置にいたかと言えばそうでもない。

 故に起こったことをわざわざ記す必要もないし、いつもどおりの日常に戻るだけなんだと思う。ダイバー全員が幸せになれるなんて、思ってはいないですし。

 それでも、日常に戻るということは何も不自由ない幸せを謳歌するということ。

 正義を語った元粛正委員会も、自由を謳ったアウトローも、それは平等に訪れてほしい。そう願うばかりだ。

 

 さて、最後はELダイバーのフレンさんについてだ。

 このお話には関係ないものの、フレンさん自身がこうだと結論付けたものをひっくり返すことなんてできないわけで。

 

「おー、なんかそれっぽいこと書いてんねぇ!」

「フレンさん、ユカリさんの邪魔になりましてよ」

「アタシを猫みたいに言わないでよ、ムスビちゃん!」

 

 そう、フレンさんの後見人は正式にムスビさんへと譲渡されたのだ。

 最初こそムスビさんは戸惑っていたものの、それ以上に嬉しかったらしいのか、何故かツンデレお嬢様となっていたのは、ケーキヴァイキング内での語り草の1つであった。

 元後見人であるマギーさんもこれには快諾してくれたし、ルドゥーガさんもこれに同意してくれた。

 こればっかりはムスビさんに幸せ、以外に何か企みがあったのだろうけど、絶縁している以上、何も言えることはないと思う。

 

 と、言うことで。以上が事の顛末だ。

 私たちは文字通り未来を掴み取った。自分たちの手で。みんなと一緒にいる未来をこの手にしたんだ。

 

「嬉しそうですわね、ユカリさん」

「でも自分の家にフォースメンバーが3人もいるって、プライベートなさすぎて怖い」

「まぁまぁいいじゃん! 逐一エンリちゃんには報告しておっからさ!」

「止めてくださいよぉ!」

 

 エンリさんの復讐から始まった一連の事件は、これにて大団円。

 まぁ。私たちは相変わらずエンリさんの復讐を手伝うことになると思うし、ムスビさんとフレンさんの関係にヤキモキしなきゃいけなくなる日々が続きそうだ。

 

 そうそう。件のムスビさんとフレンさんが妙に仲良くなった気がしていた。

 今もムスビさんの肩に乗って、本を一緒に読んでるし、GBN内では……。

 

「なんでわたくしの後ろを付きまとうんですの?!」

「だってムスビちゃんと一緒にいるって言っちゃったしー!」

「だからって、まだフォースを組んでないわたくしと行動を共にするというのは……」

「いーじゃん! どうせアタシらのところに入るんでしょ?!」

 

 フレンさんはムスビさんにべったりだった。

 あの時、ムスビさんへの説得で何を言ったかは知らないけれど、相当恥ずかしいことを言っていたのだろう。それが吹っ切れて、今この関係になっている。

 ムスビさんも、以前よりはフレンさんへの苦手意識は減っているとのことだ。喜ばしい。

 でもがっつきすぎて、今度は中身が嫌いと言われたらどうするんだろうと、エンリさんと一緒に笑ってた。

 

「……おや、わたくしもDランクになりましたわ!」

 

 ムスビさんは、ノイヤーとしてのアカウント削除後、新たに『ムスビ』という名前で再度GBNにログインすることとなった。

 見た目はフラム・ナラの服装にドラゴン要素が加わって、より青眼◯白龍らしくなったと言っても過言ではなかった。巷ではムスビさんのことを『青◯の白龍』だとか『正義の味方ムスビーマン』だとか言われてるらしい。後者は完全に恨みもこもってのことだろう。

 

「ではフォース『ケーキヴァイキング』に、加入っと」

 

 空白だった4人目の席にムスビと言う名前が加わる。

 これで、やっと元通りになった。

 

「ムスビさん!」

「はい、なんでしょうか?」

 

 恐らく、彼女はこれからもその容姿に悩まされるんだと思う。

 彼女自体は何も変わっていない。だけど、心の持ち方は変わった。俗に言うリライズした、というやつだ。

 だからそんな彼女に、一番最初に投げかける言葉があるとすれば、これしかない。

 

「おかえりなさい!」

 

 長く険しい旅路だっただろうけど、こうやって戻ってきてくれたのだ。

 まずは、帰宅の挨拶をするのが、普通だと思いますし。

 

「えぇ。ただいま!」

 

 ロビーエリア内にひときわ輝く笑顔が降り注いだ。

 これでやっと、私たちは前を進める。私たちの、未来へ。




だいたいそんな感じで大団円


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幕間3:文豪ストレングスの日常

4章も終わるので初投稿です。


 メロスは恍惚した。

 必ず、かの暴虐邪智のアディNを除いたケーキヴァイキングも見守ると決意した。

 メロスにはケーキヴァイキングが分からぬ。

 メロスは、文豪ストレングスのメンバーである。

 百合を見て、友のトーマと遊んで暮して来た。

 けれども百合に対しては、人一倍敏感であった。

 

「情報が少なすぎる……」

 

 掲示板をちまちまと調べていても、出てくるのはフォースのリーダーであるユーカリと言う子が「ばっどがーりゅ」や「悪ぶったチワワ」というあだ名で通っていること。

 その恋人であるエンリと言う子は、かの有名な「バードハンター」という飛ぶ鳥を落とすダイバーで有名だということ。

 ギャルのELダイバーということで、ギャルネットワークが凄まじいフレンという子も実際のところ強いし、可愛いと聞く。

 そして最後に入ってきたムスビと言う子とやけに親しいということ。

 この子に関してはいろいろ憶測が飛んでおり、件の問題の発端となった1人、ノイヤーという子の転生アカウントなんじゃないか、ともっぱらの噂だった。

 

「相変わらず君は人の関係性を見ているのかい?」

「それはお前もだろ、トーマ」

 

 目の前で「人間観察」と言う名目で、ずっとカフェテリアに入り浸っている小説家ダイバーに言われたくはない。

 とは言え、俺の主な活動場所はエントランスエリア。カフェテリアではないのだ。

 

「君も持ち場をカフェにでもすればいいじゃないか」

「それも考えたんだけどな。あー、俺自身がGBNの一部になって百合を発見したら、その場に急行できるオタクになりてぇ」

「相変わらず突拍子もない事を言うねぇ」

 

 などと言いながら、トーマの視線の先には男と女がいちゃついているところが見える。

 あぁ言うのを見ていると、俺もそろそろ結婚とか考えなくちゃいけないんだろうなー、と思うものの、百合を眺めているだけで美味しいからいいか、と言う結論に至るわけで。

 

「俺はお前と違って物を考えて、その上で脊髄で言ってるからな」

「それもどうかと思うぞ」

 

 メロスは激怒した。かの暴虐邪智なトーマを除かねばならぬと。

 というのはさておき。アウトロー戦役から数日。GBN内も割りかし混乱が収まってきたように見える。

 先にも言ったけど、ケーキヴァイキングはどうやら4人での活動を開始したらしい。

 情報を見ている限り、おおよそ1,2ヶ月ほど3人で活動していたらしかったが、ついに、と言う形だった。

 だが、いかんせん公開されている情報が少なすぎる。

 ユーエンなのか、エンユーなのか、とか。実際はフレンとムスビはできているのではないか、とか。そんな事ばかり考えてしまう。

 春夏秋冬のときも考えたが、フォーススレを建てるのも悪くないかもしれない。あれだけの活躍をしたのだ。立っていてもそこそこ伸びるはず。

 だが、ケーキヴァイキングはどちらかと言えばヴィラン系のフォースになってしまう。本人がそれを望んでいるか否かは関係なしに。

 結果的にはマナー違反者たちの味方をしたのだから、あまりいい目では見られないだろう。

 でもなー。あれだけ大胆な告白しておいて、スルーするってのもなぁーーーーーー。

 

「なぁトーマ。ケーキヴァイキングのスレ立てようと思うんだけど、どうかな」

「僕に聞かれても。勝手にすればいいじゃないか」

「でもよー。あの子達を取り巻く関係というか目というかさぁ。あの一件でマナー違反者たちが割と図に乗ってるんだぞ?」

「はぁ……」

 

 叩いていたキーボードの手を一旦止める。

 呆れ気味に吐き出したため息には、心底どうでもいいのだろうという意味が含まれていたことだろう。

 トーマは懐のアイテム袋から、1本の万年筆と紙を取り出して、スラスラと何かを書いていく。なんだ?

 

「人の落ち度は、許すより忘れてしまえ。そういう名言がある。つまるところ、ケーキヴァイキングのいいところを並べて、この一件があったことを忘れさせてやればいい。そういうことでいいんじゃないか?」

「人の落ち度は、許すより忘れてしまえ……か」

 

 人は誰しも何かをやらかす生き物である。何も悪いことをしていないということは、それは生後間もない子供か、何もしてこなかった人間ということになる。

 その都度許すとか言ってたら身が持たないなら、それこそ忘れてしまった方がいい。そういうことなのだろう。

 

「たまにはいいこと言うな、トーマは」

「これでも小説家だからな」

 

 と言いながら、今日もガンスタグラムに1日1回更新のSSを投げ込んだらしい。

 コーヒーを飲みながら、友に感謝する。ありがとう、これで俺の癒やしがまた一つ増えたよ。

 

「ところで進捗はどうなんだ?」

「っ……! だ、大丈夫も何も。僕は天才だからね。そんな凡人に対するような煽りを……」

「トーマ先生」

 

 後ろから聞こえる低いながらも、しっかりと耳に残るその怒り。

 立っていたのはケント。トーマの編集担当ダイバーであった。

 おもむろに立ち上がったトーマはそのまま後ろを見ることなく、カフェテリアからダッシュしていった。

 

「おい、トーマ! 原稿は大丈夫なのか?!」

「それを君に教える義理はない、ケント!」

「僕は編集担当だぞ!!」

 

 これもある意味カフェテリアの名物、か。

 仕方ない。ここは名言代ってことで、俺が建て替えておくことにするか。

 掲示板を開いて、新しいスレッドを表示させれば、彼女たちのことを思いつつ、キーボードを走らせるのだった。

 

 ◇

 

【アウトロー】ケーキヴァイキングについて語るスレpart1【戦役】

 

1:名無しのアウトロー

ここはフォース『ケーキヴァイキング』について語るスレです。

ルールを守って楽しく語りましょう。

ケーキヴァイキング以外のフォースについては、別スレで語るようお願いします。

 

Q.ケーキヴァイキングってなに?

A.アウトローを名乗ってる4人組のガールズフォースです。アウトロー戦役が記憶に新しいですね

 

ケーキヴァイキングのメンバーは4人で、全員女の子です。

以下メンバーの簡単な紹介

 

ユーカリ:ケーキヴァイキングのリーダー。悪ぶったチワワ。ばっどがーりゅ

エンリ:かの有名なバードハンター。ユーカリにゾッコン

フレン:ギャルのELダイバー。友達1000人ぐらいいそう

ムスビ:期待のニューカマー。青眼の白龍

 

ケーキヴァイキングのFAはこちらから!

【URL】

 

 ◇

 

2:名無しのアウトロー

作っちった

 

3:名無しのアウトロー

 

4:名無しのアウトロー

 

5:名無しのアウトロー

 

6:名無しのアウトロー

ムスビちゃんも入ってるのはポイント高い

 

7:名無しのアウトロー

てか、ムスビってあのノイヤーだろ?

 

8:名無しのアウトロー

髪とか肌とか、目の色までそっくりだしな

 

9:名無しのアウトロー

青眼の白龍

 

10:名無しのアウトロー

使用機体のダナジンまで合わせてくるのは草

 

11:名無しのアウトロー

ダナジンって恐竜だろあれ

 

12:名無しのアウトロー

逆にドラゴンまんまのMSってあったか?

 

13:名無しのアウトロー

ドラゴンガンダム

 

14:名無しのアウトロー

レッドドラゴン

 

15:名無しのアウトロー

SD系ならワンチャン……

 

16:名無しのアウトロー

そのうち3つ首になるぞ

 

17:名無しのアウトロー

いや、模様がついてオルタナティブ化するかも

 

18:名無しのアウトロー

やっぱりメカメカしくなってカオス化だろ

 

19:名無しのアウトロー

お前ら遊◯王好きねぇ

 

20:名無しのアウトロー

本命:アルティメット

次点:カオスMAX、オルタナティブ

大穴:ゾンビ化

 

21:名無しのアウトロー

マンモスの墓場と融合させられたやつか

 

22:名無しのアウトロー

もしかしたらカオス・ソルジャーが頭に乗るかもだぞ

 

23:名無しのアウトロー

こうしてみるとブルーアイズの派生って結構あるんやなって

 

24:名無しのアウトロー

てかムスビちゃんとフレンちゃん出来てるのか?

 

25:名無しのアウトロー

ユーカリとエンリはできてる。話の内容的にも間違いない

 

26:名無しのアウトロー

公開失恋ショー、驚いたな……

 

27:名無しのアウトロー

そらあのアディも茶番って言うわ

 

28:名無しのアウトロー

どんなバックストーリーがあったかは知らんけど、ムス……ノイヤーが晴れやかな顔だったんだから良かったんじゃね?

 

29:名無しのアウトロー

その後バエルもどきを嬉々としてボコボコにしてたけどな

 

30:名無しのアウトロー

ムスビとフレンはなんか、距離近いよな

 

31:名無しのアウトロー

この前、平然とフレンちゃんが抱きついてるところ見ました

 

32:名無しのアウトロー

ンッ!

 

33:名無しのアウトロー

アッ!

 

34:名無しのアウトロー

いいねポイント10億点

 

35:名無しのアウトロー

「やめなさい、はしたないですわよ!」

「いーじゃん! 減るもんじゃないしー!」

って感じで

 

36:名無しのアウトロー

言ってそう

 

37:名無しのアウトロー

いやいやいやいや、フレンちゃんそういう所あるから

 

38:名無しのアウトロー

(おっ、勘違いオタクか?)

 

39:名無しのアウトロー

フレンちゃんに勘違いさせられるオタク絶対いる

 

40:名無しのアウトロー

コミュ力半端ないっていうか、ELダイバーじゃなきゃ俺も落ちてた

 

41:名無しのアウトロー

言うて異種婚みたいなところあるしな

 

42:名無しのアウトロー

でもリクくんとサラちゃんはできてるだろ

 

43:名無しのアウトロー

あれはまだできてない

 

44:名無しのアウトロー

嘘だろ

 

45:名無しのアウトロー

マジかよ

 

46:名無しのアウトロー

特別な関係だとは思うけれど、それが恋まで至ってない感じが見えますね。

んんんんんんん~~~~~~~~~~~~~!!!!!! アオハル

 

47:名無しのアウトロー

アオハルと言えばユーエン

 

48:名無しのアウトロー

割とちょくちょく見かけますわね

 

49:名無しのアウトロー

エンリの方が距離保ってそうなイメージあるけれど、実は逆なんだよな

 

50:名無しのアウトロー

エンリグイグイパターンか

 

51:名無しのアウトロー

付き合っているらしいけど、なんか距離感が初々しすぎてな。アオハル

 

52:名無しのアウトロー

アオハルライドオン

 

53:名無しのアウトロー

タカキも婚活してるし、俺たちも頑張んないと!

 

54:名無しのアウトロー

この前デートしてるところ見たぞ

 

55:名無しのアウトロー

マ?!!!

 

56:名無しのアウトロー

詳しく

 

57:名無しのアウトロー

もっと情報よこせ

 

58:名無しのアウトロー

つってもアバターショップでウィンドウショッピングしてる感じだったけどな

目を輝かせながら尻尾ゆらゆらさせてるチワワと抱っこしようとして距離を詰めかねてる飼い主みたいな

 

59:名無しのアウトロー

 

60:名無しのアウトロー

完全にチワワの手のひらで踊らされてる

 

61:名無しのアウトロー

これはバッドガール

 

62:名無しのアウトロー

僕たちの望んだ関係だ

 

63:名無しのアウトロー

初々しいな……

 

64:名無しのアウトロー

エンリさん、可愛い所あるじゃないの……

 

65:名無しのアウトロー

きっとチワワにしか見せない顔だぞ

 

66:名無しのアウトロー

ガラスに映ってたけど、エンリ顔はすっごい険しかったぞ

 

67:名無しのアウトロー

やっぱりバードハンター

 

68:名無しのアウトロー

でもその奥底では湧き上がる激情に耐えながら、手をつなごうが繋がないか悩んでるんだぞ。俺には分かってる。

 

69:名無しのアウトロー

なるほど。クーデレか

 

 ◇

 

「誰がクーデレよ!!!!」

 

 スマホを思いっきり布団に叩きつけた。

 久々にゆっくり出来る暇ができたから、暇つぶしに掲示板を覗いてみれば、これだ。

 わたしたちの専スレができてるじゃないの、と開いてみれば最後。それは確実に百合スレだった。

 別にわたしはいいわよ。わたしは。ユーカリを落とすのに必死だってのは周りからも言われているから。クーデレは心外だけど。

 それにこんな物をユーカリに見せたくはない。あの子は純真無垢なところがあるし、悩みがちというか、アホなのに考えてしまうフシがあるみたいだからこんなのを見たら、「私、もっとエンリさんに甘えた方がいいんでしょうか?」とか平然とわたしを殺しに来るセリフを言うはずだ。

 言われたいけれど、わたしが言わせたわけじゃないから不本意というか。

 

 はぁ。ため息を1つ部屋の中にぶちまけて、ベッドの上に横たわる。

 もうちょっと親しくなりたい。それこそ、この前のおでこをくっつけあったあの日よりも、もっと先のこと……。

 

「……ファーストキス、か」

 

 キス。と口にするだけで心がドキドキと胸躍る感覚がする。

 乙女じゃないんだから、と呆れるクールなわたしが半分。恋人同士なんだし、ユーカリからの許可は得ているんだからやっちゃえという悪魔なわたしが半分。

 あの子、これも勉強ですよね。って言ったら何でも叶えてくれそうなフシあるし。

 でも人並みに照れる仕草が可愛いっていうか。あー、あの子本当に魔性の女だ。人々を虜にさせてしまう。

 そりゃムスビだって恋に落ちるというもの。わたしもなんだけど。

 

 でも、いつまでもこうしてはいられない。わたしももっとユーカリとの関係を進展しないとなぁ。

 その時だった。ぴろりん! とDMにメッセージが飛んできたのは。

 

「……なにこれ」

 

 それはフレンからのメッセージだったのだけど、その内容がまたへんてこであった。

 

「ムスビが気になるって、本気?」




それも目覚めな感じで


◇メロス
百合厨。壁のシミ代表。春夏秋冬、ケーキヴァイキングスレッドのスレ主
作品「走れメロス」が元ネタのC級ダイバー。
いい百合を見つけたときには「メロスは興奮した。」という文言が入る。
自称エントランスロビーの壁のシミ。顔は西洋風にしているので結構圧が強い。

◇トーマ
Cランクダイバーでありながら、巷で有名な小説家ダイバー。カプ厨
和風な見た目をしており、THE・文豪という出で立ち。
人間観察が得意で、よくカフェテリアでダイバー同士の交流を眺めている
1日に1回ほど更新されるガンスタグラム内のSSは、
ダイバー同士のノマカプから百合、BLまで様々である。


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第5章:私たちが復讐にケリをつける感じで
第52話:ギャルダイバーと恋の予感


5章という名の最終章です


 それは、いつ芽生えた感情なのか、アタシ自身理解するのに時間がかかった。

 あのアウトロー戦役の後、いろいろなことが事態を収束させるために動いていたことは分かり切っていたのだけど、後見人が変わったり、ノイヤーちゃんがムスビちゃんになったり。

 目まぐるしく変わる変化に対して、対応するのに必死すぎたんだ。

 そうしてすべてが終わったころに、ふと考えるようになっていた。

 

「最近さー、ムスビちゃん見てると、すっごい胸の奥が揺らぐっていうか。なんだろうなーこの感じって思って」

 

 それはリアルでも、GBNでも。

 モビルドールとしての身体は心臓なんてないので心としての問題だ。

 まるで体中に血液が流れていくような、運ぶようにドクン、ドクンとポンプのごとく動く。胸の奥が存在しない機能をさも存在しているかのように扱われる不思議な感覚。

 アタシには、そんな機能ないはずなのに。なんて思っていても、感情は止まらない。止められない。

 制御しようとしても、アタシの脳がそれを拒んで体に指示してくれないのだ。まったくもって不便な体。

 初めての感覚に、自分自身が戸惑いというものを覚えていた。

 

 ムスビちゃんを除いた、ユーカリちゃん、エンリちゃんの3人でとりあえずこのことについて相談しようと集まっていた。そして、2人は唖然としていた。

 

「あんた、本気で言ってる?」

「マジマジ! 大マジよ!」

 

 2人で顔を見合わせて、そしてとんでもなく悪い顔でにやけてくる。なんだこいつら。

 

「へー、そうなんですかー。そうですかそうですかー」

「なにさ。アタシなんか変なこと言った?」

「別に何でもないわよ。少しだけ普段のあんたの気持ちが分かったってことだから」

 

 エンリちゃんの言うそれはいったいどういうことなんだろう。普段のアタシはギャルのアタシ。つまり、ギャルの気持ちが分かったということ?

 バカなことを言うな。エンリちゃんとかいうストイックなアスリートタイプと一緒にされても、アタシが迷惑するだけだ。

 だからって気にならないわけもなく。試しに聞いてみたら、ため息をつかれた。なにさだから。

 

「それはいいじゃないですか! それよりも、どんな時に胸が揺らぐんですか!?」

 

 これまた食い気味な質問。まぁ、悪くはないんだけど、ちょっとドン引きっつーか、ユーカリちゃんが普段と比べて数段怖い。

 

 質問に対して答えるべく、どんな時に胸の奥が揺らぐか考える。

 そもそも揺らぐ、という表現もあまり適切ではない。例えば心臓の病のような感覚。

 胸の奥底で何か小さなしこりだったものが、ここ最近妙に膨らんできて、同時に疼く感じ。自己分析しても、やっぱり分からなくて、放置しているけれど、やっぱ気になっちゃうっていうか。

 

 例えばどんな時。どんな時に、かぁ……うーむ。

 そうだなー。ムスビちゃんが後見人となった時に、多分彼女とはこれからずっと一緒にいるんだろうって確信したときだろうか。

 あの時はすごく嬉しかった。ぼんやりとこの人なら、ムスビちゃんになら後見人になってもいいかなって、気持ちがあったから。

 それもなんでだろうって感じだけどね。漠然とそう考え付いた内容で、ダメもとで言ってみたら、案外通ってしまったことにチョーびっくり! みたいな驚きの方が強いのだ。

 だからじんわりと、今の環境を受け入れるごとに、胸のしこりの疼きが少し和らいでいくと言いますか。これを嬉しいって感情なのは知ってるんだけど、それとは別に何かが潜んでいる。そんな分からない何かが蠢いている。それを胸のしこりと言えばそうなのかも、みたいな。

 

 例えば、アタシが早起きしたときにムスビちゃんの寝顔を見たときだろうか。

 あんな割かしきつめなイメージを持たせている美人のムスビちゃんも、寝ている間は可愛らしくてさ。すーすーって、まるで子供みたいに安らいだ顔をするんだよ? それがもうかわいいっていうか、スマホがあったら間違いなく写真撮って、ソッコーホーム画面にするっていうか。

 いやだってかわいいんよ。やわそうなほっぺ、つんつんしたら、やめてください~、って言いながらうーうーうなっちゃうのいいよね。

 あ、でもその時に「ユカリさん?」とか言っちゃう辺り、ちょっとムッとしちゃうっていうか。

 胸の奥にもやーって灰色の雲が充満する感じ。なんでアタシじゃないんだろー、ってそんな他愛ない感情だけどね。

 

「って感じ。まー、分かんないか」

「「うわ」」

 

 なに2人とも。ドン引きしたように白い目で見るじゃん。

 まぁ確かに、ちょっち気持ち悪いこと言ってるなって自覚はあるよ。でもそれを聞いてきたのは他でもないユーカリちゃんとエンリちゃんの2人なんだよ? まったく、人の話を聞いておいて、この態度って酷いと思うの。むー。

 

「思ったよりも重症ね」

「というか、フレンさんも可愛らしい趣味をお持ちですね!」

「いや。いや! 何の話よ! アタシの話聞いてそんな感じになります?!」

 

 思わず敬語で口にしてしまったけど、あまりの動揺に、耳の先っぽまで真っ赤になる感覚。

 いやいやいや、アタシだって何さこの感覚。自分の心を自分で操作できないっていうか、これ話したことによって、受けるダメージを自分自身で受け止めている感じ。その攻撃をライフで受ける。とか、必要経費だとかじゃないんよ! なんなんもう!

 

「というか、恋のELダイバーなのに、自分のことは分かってないのね」

「アタシは恋愛映画やアニメが好きって気持ちから生まれたELダイバーなの! 恋のELダイバーじゃない!」

「つまり耳年増、と」

「うぐっ!」

 

 耳年増とか言うな! アタシだって、その自覚はしてたんだから。

 自分で恋もしたことはない。だけど、他人の恋は気になってしまう。それは自分の生態的にそうならざるを得ない感情で。こんなの変だとは思うけれど、アタシの性分なんだからしょうがない。

 というか、自分のことは、ってどういうこと?

 

「でもワクワクしますよね、人のコイバナ聞いてるのって!」

「……へ?」

「ユーカリ、わたしこのネタでもうちょっと引っ張ろうと思っていたのだけど」

「すみません! でも可愛らしいなーって思って、つい」

 

 今、コイバナって。恋って言った?

 

「アタシ、ムスビちゃんに恋してるってこと?!」

「そうじゃないの?」

「私もてっきりそうだと思ってました」

 

 恋。恋とは。特定の相手のことを好きだと感じ、大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情。だという話だ。Wikipediaに載ってた。

 つまり、アタシはムスビちゃんのことを好きだと感じ、大切に思っていたり、一緒にいたいって考えている、ただの恋するELダイバー……。

 

「うおおおおおおお!!!!」

「うるさっ」

「急にどうしたんですか?!」

 

 立ち上がって雄たけびを上げるアタシは誰にも止められない。

 どうやらアタシは、アタシは……ッ!

 

「アタシは、ついに恋心を手に入れたんだ!!!」

 

 それはずっと憧れていたもの。アタシが求めてやまなかった、本当に欲しかった気持ちそのもの。

 そっか。アタシ、これをずっと探していたんだ。

 他にお客さんがいなかったことが幸いだったけど、誰かいたら白い目で見られていたことだろう。現に今、ユーカリちゃんとエンリちゃんにはそんな目で見られてるわけですけども。

 

 ◇

 

 フレンさんが恋心を手に入れた。それ自体は喜ばしいことであったのだが……。

 

「私は私で、まだ見つけられてないんですよね」

 

 続く相談は私、ユーカリである。

 恋心を知った後、とりあえずどうしよっかなー、と浮ついた気持ちのフレンさんは、実に気持ち悪かった。不愉快というよりも、純粋に変な人を見ているかのような恐怖のようなもの。

 同時に浮かび上がる、目の前のELダイバーには分かっていて、私には分からないという状況にやや焦りを感じていた。

 

「んまー、焦る必要はないんじゃないの~?」

「なんか苛立ちますね」

 

 私だってイラっと来ることはある。それを知らないフレンさんではないだろうけど、ご機嫌すぎてそれすら気づいてない場合がありそうだから、さらに苛立ってしまう。

 

「やっぱり今のフレンさんに相談したのが間違いだったかな」

「ごめんごめんごめん! マジごめんって! 浮かれてました謝罪!」

 

 調子に乗っていたフレンさんが素直に頭を下げて、謝罪をする。まぁいいんですけど。苛立つって言ってもむくれる程度のものだから。でもフレンさんにはバッドポイントを1つ追加だ。1億ポイントたまったら、何かが起きます。

 

「というか、わたしまだ教えられていなかったのね……」

 

 そして隣ではへこむエンリさん。

 違う、違うんですよぉ! 最近すっごく忙しかったですし、エンリさんと二人っきりでいれる機会だってそれほど多くはなかったし。

 ムスビさんの話だってそうですけど、それ以前にエンリさんの離脱のことだって。

 

「そうね。わたしが悪かったわよ、えぇホント……」

 

 あ、地雷を踏みに抜いたみたいだ。

 

「わ、分かりました! エンリさんと二人っきり! 二人でどこかに行きましょう!」

 

 彼女のツインテールがぴょこりと、少し揺れた気がした。

 私だって、エンリさんにもっと教えてもらいたいんです。例えば二人っきりの甘い空気とか、手をつないだ感触とか、ファーストキスの味とか……。

 自分でも恥ずかしいことを言っているのは分かっている。分かっているけど、それ以上に嬉しくなっちゃうんです。憧れだったエンリさんが、私のこと好きで。感情の重さや質は違えど、ときめく好意の方向は両思いで。

 

「いいわよ。今度もわたしが場所を考えておくわ」

 

 隣にいるのに、その隣が果てしなく遠い。

 好意の方向はお互い向き合っているのに、その好きに押しつぶされてしまいそうなくらいで。

 私、エンリさんにふさわしい恋人になれているだろうか。

 身近な問題が解決した先で待っていたのは、そんな漠然とした不安であった。

 

 きっとエンリさんはそんなことないと言ってくれる。

 なんだかんだで、私には甘いエンリさんのことだから、ふさわしい相手であると言ってくれるだろう。

 だけどね。憧れに思っていた相手なんです。信じられないじゃないですか。夢みたいじゃないですか。推しだった相手がファンに惚れるなんて、創作の中の話じゃないんですから。

 

「ユーカリ」

「……なんですか?」

「秋と言ったら、やっぱり紅葉狩りかしら」

 

 でもこんなことを聞いてくるエンリさんとなら、大丈夫なのかなーって。ちょっとだけ不安だった気持ちが、ゆっくりと溶かされる感覚。

 彼女なら、エンリさんとならきっと見つけられる。不安は、いつの間にか払しょくされていた。

 

「……エンリちゃんさぁ、ナツキちゃんとはいつバトル感じ?」

「それもあったわね……」

 

 塗りつぶした不安をさらに塗りつぶすフレンさんは鬼か何かか。

 エンリさんと言えば、ナツキさんへの執着と言ってもいい。

 そういえば、みたいなノリで言い放ったエンリさんのナツキさんへの今の感情はいったいどれだけのものなのだろうか。

 

「意外だねぇ、復讐復讐って言ってたとげとげしいころとは大違いだよ!」

「今も大して変わりはしないわ。でも、今はみんながいるし」

 

 ……今、なんと?

 

「ごめん忘れて」

「えー! 今のムスビちゃんにも教えてあげたいから、もっかい! 録音するから!!」

「うるさいわね、その頭についてるバナナの房をもぎ取るわよ!」

「これは金髪のサイドテールですー! 照れ隠ししちゃって、エンリちゃんかーわいー!」

 

 照れ隠しなんかじゃ……。なんて言いながら、エンリさんの白い肌が見る見るうちに赤くなっていく。

 やっぱりかわいい。顔に出ないとか言っていたのは嘘かもしれない。

 素直じゃないなぁ。嘘がへたくそで嫌いなそんな彼女が私は好きなのかな。分からないけど、一つの参考ってことにしておこうっと。

 

「そうです! エンリさんはかわいいんです!」

「ちょっと、あんたまで何言ってるのよ」

「かわいいものをかわいいって言って何が悪いんですか?!」

 

 相変わらずの日々。そんな日々こそが、私が望んでいた未来の一ページなんだ。

 よかった。エンリさんも、ムスビさんも、フレンさんも、みんな笑顔で。




最終章はイチャイチャメインです


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第53話:ギャルダイバーとお嬢様ロアー

集まっていただいたのは他でもない。君たちにはこれからイチャイチャしてもらう


「待った、かしら」

「いえ、全然です!」

 

 このやり取り、前の時もやった気がする。

 そんなわけでジャパンディメンションのドーサンエリア。

 北の最果てに位置するこのエリアは、気候としては涼しい部類だ。伊達に元ネタが元ネタなわけだから、そうもなろうというところであるのだけど。

 

 本日はこのドーサンエリアでエンリさんとデート、という流れ。

 GBN内では初めてのデートで、エンリさんとは2回目。少しはにかみながら、この日を楽しみにしていたのは言うまでもない。

 でもだからっていつも通りのぼろぼろのコートに黒マフラーは……うーむ。

 

「エンリさん、もうちょっとこう。なかったんですか?」

「アバターパーツだけはこれしかないのよ。面倒くさくて」

「本当ですかぁ? 初期服にそんなものなかったと思いますけど」

「……そうだったかしら」

 

 とぼけちゃって。

 私の記憶ではそんな流〇馬みたいな服装はなかったはずだ。だからエンリさんはもう一着持っている。それも、とんでもなく恥ずかしがりそうなタイプのが。

 

「エンリさん、白状した方が楽になれますよ?」

「何のことかしら」

「見たいんです! きっとかわいらしいガーリーな衣装なんだろうなって思うんです! ダメですか?」

 

 上目使い。うるんだ瞳。両手を胸の前に。あざといが過ぎるほどのおねだりポーズ。

 一度やってみたかったけど、やる相手がいなかったから。

 でも、うろたえているところを見ると、効果はてきめんだったようだ。

 

「いや、まぁ……多分思い違いよ」

 

 その目線から逃れるように明後日の方向に顔を背けて、誤魔化してみせるエンリさん。

 おやおや、そんなことを言ってもいいのかなー。

 

「エンリさん、嘘は苦手なんじゃなかったんですか?」

「うっ……」

 

 あともう一息。

 私は決意をスッと口の中に秘めて、高らかに宣言しよう。

 

「恋人からの、お願いですよ?」

 

 あくまで甘えるように猫なで声で。こういう素直じゃない相手にはとことん責め立てろ。というのはユメさんから教えてもらった常套テクニックらしい。

 ちなみに使う相手を確認されたところ「家族特攻ですか、これ」という結論に至ったとかなんとか。なにが家族特攻なんだろう。

 赤面しながらも、私の頭に手を置いて撫でてもらう。何故そうなったのだ。

 

「どこで学んだのよ。それ」

「ユメさんからです」

「……あの義姉ッ!」

 

 どこかで義姉激おこポイントが1点増えた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。

 しょうがないわね、と。エンリさんのため息交じりの諦めを聞いたところで、ウィンドウを開く。しばらくしてカーテンのようなものが周囲に展開された後に、バサッと表示されたのはリアルでも見た、エンリさんのガーリーな姿であった。

 いわゆる、ワンピースという類だ。桜色のように綺麗で鮮やかな色彩に、ところどころフリルの装飾がふわりと踊って、エンリさんの黒くて長いツインテールや困った顔と相まって、すごく可愛らしい、という感想が湧いてくる。

 だから、私はむき出しの感想を口にした。

 

「……だから嫌だったのよ」

 

 白い肌を赤く染め上げて、エンリさんは顔を隠す。

 あぁ、本当にかわいいな、私の彼女。ふつふつと湧き上がる充実感と、これは自分だけが見ていいのだろうかという戸惑い。そして、それより他の人には見せたくないな、っていう独占欲のような何かがグニャグニャと捻じ曲がる。

 

『あの子かわいい!』

『……ぐっど』

 

 通りすがる人たちがそんなエンリさんを見て、感想をこぼしたり、言葉には出さなくても目線を向けていたりと、このエリアで一番目立っていたのは他でもない彼女だった。

 誇らしくもあり、それ以上私のエンリさんを見ないでって気持ちもあり。まったくもって面倒くさい己の感情に心が揺らいでいく。これが、恋心とやらなのだろうか。

 

「……行きましょう」

「えっ、あ。はい!」

 

 少しだけ期待した手を引かれて、なんてことはなく。エンリさんはそのまま歩きだしていた。少し残念だな、と思いながら、私もその後についていくことにした。

 

 ◇

 

「ぐぬぬ……あざとい真似を……!」

「いやぁ、ウケるなー」

「ウケませんわ! 初期衣装があんなバリバリの少女趣味だとは思わないじゃないですか」

 

 ウケるのはこっちの状況でもあるんですけどね。

 どこから聞きつけたのか、ムスビちゃんが2人がデートすると聞きつけて、跡をつけると言い始めたのだ。

 この女、結局諦められてないんじゃん。とか口が裂けても言えないが、アタシもアタシで、面白そうだからついてくことにした。変則的なダブルデートみたいな感じでこっちも嬉しいし。

 

「まぁ流石にあれはウケるわ」

「ですが、手も繋げないなんてうぶなエンリさんだこと。わたくしの方が勝ちですわね!」

 

 手をつなぐに勝ちも負けもなければ、アタシが誘導しなきゃ告白すらできなかったムスビちゃんがよく言うよ。どうせ言ってる本人だって手を繋げないんだろうなぁ……。アタシ、いいこと思いついちゃった。

 

「ね、ムスビちゃん。予行練習ってあるじゃん」

「なんのですか?」

「手をつなぐ! ひょっとしたら将来的にユーカリちゃんと手をつなぐことが万が一、いや億が一あるかもしんないんだし」

「億が一ってどんだけ信頼がないのですか」

 

 いや、ありえんじゃん。ムスビちゃんそれぐらいないとエンリちゃんから捲れないでしょ。ありえてもアタシと付き合うとか、そんなんだけなんだし。

 

「だいたい、手をつなぐのに予行練習とか……」

「どうせムスビちゃんからエスコートとかできないでしょ」

「んなっ?! そんなことありませんわ! 仮にも元ノイヤー家の令嬢。そのぐらいの淑女としての礼儀作法は赤ちゃんの頃からとっくに備わっていましてよ!!」

「はいはい、そーでござんすか」

 

 煽ったらムキになる感じ、ホント可愛らしいな。

 恋を自覚してからというもの、最近ムスビちゃんをいじるのが楽しくて仕方がない。みんなが楽しくなっちゃう気持ち、分からんでもないな。

 アタシはエスコートを誘うように手のひらを上に向ける。

 しょうがないですね。と言いながらも、手を取ってくれるムスビさんが本当に愛おしい。

 

「ムスビちゃんも大概ひねくれものだよね」

「そんなことありません。わたくしは臨機応変に対応しているだけであって、ひねくれているなんてそんなそんな」

「でも、アタシにあんだけのこと言ったくせに、こうして手をつないでくれてる」

 

 今は、アタシのことどう思ってくれているの?

 そんなことを考えてしまうぐらいには、ずっとムスビちゃんのこと考えているんだよ。

 好きになってからというもの、アタシは気軽に好きなんて言えることがなくなってしまった。

 恋って、こんなにも面倒なものになるんだって、初めて分かったよね。

 そんな人に手をつないでもらうって、なんか、いいよね。

 

「あなたから求めてきたのでしょう。まったく、しょうがのない人ですこと」

 

 ムスビちゃんが手を引っ張って、ユーカリちゃんたちの後をついていくように歩きだす。

 あぁ、なんかいいな。詳しく言葉にはできないけど、心の中が少しウキウキとするみたいな。

 一つ足を運ぶごとに、胸がトクンと踊る。もしかしたら手から振動が通って、ムスビちゃんに伝わってるかもしれない。そんな予感を抱きながら。伝わるかな。伝わったらいいかも、でも恥ずかしいな。なんて思ってしまう。どうかしちゃったんだ、アタシ。

 

 口に出そうとして、やめる。

 実際、ムスビちゃんはアタシのことどう思ってるかなんて、聞かなきゃ分からないのに。

 

「えへへ、そーだっけ?」

「そうでしょう? でなければ、わたくしみたいなのと手をつないでも嬉しくないに決まってますわ」

「そんなことないよ」

 

 あるはずがない。ユーカリちゃんがエンリちゃんに抱いているように、アタシだってムスビちゃんに憧れを抱いている。終わりを迎えたって、その恋を手に入れたって、それは変わらない。むしろもっとムスビちゃんのことを知りたくなってる。

 自己評価が著しく低いのはきっと周りのせい。そんな無責任な赤の他人から救えたのはユーカリちゃんのおかげで。

 アタシに何ができるか。そんなの、決まって一つだ。

 

「ムスビちゃん、自分が思ってるよりずっとかわいいって知ってる?」

 

 褒めて褒めて褒めて。自分に自信が持てるぐらい褒めちぎって。

 ムスビちゃんが生まれたことを後悔させない。自分がいなきゃいけないって思えるほど、強く思わせるぐらいに。

 

「ありえませんわ。……それこそ、フレンさんの方が可愛らしいでしょう?」

「はぇ?! アタシ?!」

「そもそも、わたくしが欲しかった容姿をすべて持っているのですから、容姿最適なのは決まっていますわ」

 

 ま、まぁ。ムスビちゃんがぶっちゃけた時に聞いてはいたけど、まさか性癖の域まで達しているのではないだろうか。

 金髪緑眼のフェチ。うーん、ノイヤー家拗らせてるなぁ。

 

「じゃー、どっちもかわいいってことで!」

「そういうことにしてあげますわ」

「そんじゃプリクラ行こ! ユーカリちゃんたちその辺のゲーセンに入っていっちゃったし!」

 

 嘘。実は見てない。

 これはムスビちゃんと二人っきりでいたい口実に近い。

 でもいーじゃん。文字通り二人でイチャつきたいんだもん。

 

「仕方がありませんわね。プリクラというもの、教えて下さる?」

「うん! 超絶ギャルテク、見せてあげっから!」

 

 ゲーセンのドアをくぐりながら、アタシはどんなプリクラがいいだろう。綺麗め? それともかわいい系でいいかな? などと考えている。

 ムスビちゃんならきっと、なんでも似合うんだろうな。

 

 ◇

 

「はっきり言って、ゲームの中でゲームって分かりませんわね」

「アハハ! それなー!」

 

 何故だろう。フレンさんに体よく踊らされている気がする。

 別に悪い気はしないけれど、いいようにされること自体はそこまでよいとは感じないので、タピオカジュースを飲みながら、何か逆転の手がないかを考えているところだ。

 ノイヤーとしての名前を捨て、新しくムスビと言うアカウントを作ったわたくしを快く歓迎してくれたのは他でもないユーカリさんたちだった。

 よかった。と言う気持ちと同時に、この思いはきっともう叶わないんだろうなという軽い後悔のような感情に苛まれる。

 思いっきりフラレたことで、気持ちが楽になったのは事実だ。同時に割り切れない心もあるわけで。そんな心をアディに付け込まれて、ノイヤー家の戦士として駆り立てられたのは間違いない。そういう意味ではユーカリさんにも、目の前のフレンさんにも感謝はしている。

 それとは別に。フレンさんに奇妙な感覚を抱いている。

 近しい感情で言えば親しみやすさ。安心という二文字でも相応しいかもしれない。

 この子は妙にわたくしにベッタリしてくるし、なんだったら以前より鬱陶しい。やたらとユーカリさんの間に挟まろうとしてくるし、ちょっとコンビニ行こうぜ! みたいなノリで二人っきりになりたがるし。

 お気に入りなのは知っているけれど、この失恋という傷心を他でもないあなたが優しく撫でてしまうと、それはそれで勘違いしてしまいそうになるから勘弁してほしいところだ。

 

「でもめっちゃ楽しんでたじゃん、ゾンビゲーとかカーレースとか!」

「まぁ、そんな機会もありませんでしたから」

 

 改めて考えれば、これはゲーセンデートというやつではないだろうか。

 何が悲しくてギャルと二人っきりでゲーセンデートなんて行ってしまったんだろう。そもそもギャルとお嬢様って属性反対ではありませんこと? どこの百合漫画かっていうんですの。

 

「ムスビちゃん、ぴーす!」

 

 真顔でピースサイン。よく撮れてないのでもう一回と言われてしまった。

 そんな事言われましても、こういう意図した時に笑うことというのは難しいでしょうに。

 

「つまんない?」

「そうではありませんが……。カメラを向けられた時に笑うのがあまり得意ではありませんでしたから」

 

 カメラを向けられても、その意図はたいてい興味本位か悪意だったため、あまり写真自体が得意ではなかった。

 しばらく考えたフレンさんは、何かをひらめいたようにわたくしに打開策を投げかける。なんでもとりあえずカメラの正面に立っていればいいという話だ。

 わけもわからないまま。とりあえず無表情でカメラの正面に立つ。

 フレンさんはと言えば、その隣。こちらを向くようにして立っていた。

 

「行くよー、さーん。にー」

 

 いち。その瞬間であった。

 急に右腕に柔らかい肌触りとともに重力を引かれたわたくしの頬に小さな感触が伝わる。

 真正面に見えるのは鏡のように映し出されたわたくしたちの画面。あっけとらんに不意を突かれたわたくしと、頬をついばむように目を閉じてキスをするフレンさんの姿で……。

 

「な……ななななななっっっ?!」

「さーてっと、デコるよー」

 

 声にならない叫びと、いつもどおりの姿であるフレンさん。

 は? 今何した。え、何かされましたか? わたくし、今数秒間記憶が吹き飛んだような。パイツァー◯ダストではなくキング◯クリムゾン的な飛び方だったと思うのですが。

 

「フ、フレンさん……?」

「……ん? なに?」

 

 その声は、明らかに笑い声が含まれていた。

 

「フレンさんッ!!」

 

 響き渡るお嬢様ロアーはゲーセン内を反響させたとかなんとか。




近づくギャルとお嬢様


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第54話:ばっどがーりゅと夕焼け

糖度を、増していくがよろし


 プリクラでのキング〇クリムゾン事件、もといほっぺにキス事件から数十分。

 相変わらずご機嫌そうな隣のギャルことフレンさんはクレープを美味しそうに頬張っている。ここだけ見たらゴールデンレトリバーか何かのようにも見える。可愛らしい、という面で言えば、わたくしが望んだ容姿なのだ。当然かわいい。

 

「ん? ムスビちゃんも食べる?」

「食べません。人が口をつけた物なんて」

 

 はしたないという言い訳半分。あの頬へのキスの手前、どんな顔をしてクレープを食べればいいか半分。

 ここははしたないってことにしておけばいいかと、誤魔化しておいた。

 シンプルに盛られたチョコバナナクレープをパクついている彼女を見ながら考える。

 この女は、いったいどういう経緯でわたくしの頬のファーストキスを奪ったのか。

 外国では親愛という意味合いではよく使われる愛情表現の一つであるのは確かだ。でもそれとこれとは別というか、キスの瞬間、妙に顔が高揚していた気がしたというか。フレンさんの頬がほんのり赤かった覚えがある。まぁ、覚えがある、程度だけど。

 というか、1人で悶々としているのがバカみたいじゃありませんこと?

 わたくしはユーカリさんの後をつけていたはずなのに、どーしてこんなへんてこな事態になったんだか。

 あーもう、イライラしますわねぇ!

 この隣で何も考えずにクレープの紙を破ってるこの女! なんでこんなに考えを乱されなくてはいけませんの?!

 

「なんか怒ってる?」

 

 今のが表情に出ていたのかもしれない。「そんなことありませんわ」という何食わぬ顔を作って誤魔化す。

 フレンさんは納得して、クレープの包み紙破りチャレンジを再開した。

 らちが明かない。というか、最近のフレンさんは今まで以上に何を考えているか分からないんだ。

 突然手をつないできたり、ほっぺにキスしたり。他にも出合い頭に突然抱きしめられたり、ちょっと高揚した表情を浮かべたり。

 こんなの、まるで恋する乙女そのものじゃありませんか。

 しかもその相手が、間違いなくわたくしのように思えて。

 いやいやいや。わたくしですよ? 自己評価0点どころから、そこを突き抜けてマイナス10億点まで行っているようなネガティブ女のどこがいいのですか。

 いやまぁ、まんざらじゃないかそうではないか、と聞かれた際に。ありえないとか、まったくないとか、そういった脈なしみたいな反応はしないまでも、どうしてわたくしが、みたいな反応には必ずなると思う。

 わたくし自身は、まぁ。助けていただいた手前、無下に断るわけにはいかないにしろ、相手はこのわたくしですし、加えてELダイバーです、女の子同士。

 女女の関係がどうこうはこの際置いておくとして。問題は山積みなわけでして。

 

 沈黙の空間が辛い。気まずい。フレンさんが何を考えて、クレープを食べているのか。

 きっと何も考えてないんだろうとは思うけど、だからこそ困ってるわけで。

 あー、ドラ〇も~ん。人の心を見透かすゴーグルとかない~? とないものねだりしてしまうぐらいには困ってる。

 

「やっぱりクレープ食べたいん?」

 

 頬にクリームが付いたフレンさんがいたずらっ子のようにクレープを差しだしてくる。

 はしたない。そんなだからギャルなんですわ。

 わたくしは彼女の頬に付いたクレープを指先で掬う。GBNのフィードバックシステムはすごいのか、フレンさんの頬に触れた際、きめ細かい肌の感覚や柔らかい肉質が指先を襲ってきた。

 煩悩はないにしろ、羨ましいという感情はあるわけで。……って、そうじゃない。

 このクリーム、どうしましょうか。このまま口に運ぶことこそはしたないわけで。ま、無難にティッシュかハンカチで拭いて……。

 

「えいっ」

 

 不意を突くようにしてフレンさんがわたくしの指先を口の中に入れる。

 ん? 口の中に入れる? やや生暖かさとぬるっとした体液の中で動く大きな生物、いや舌によってクリームがついていた指のおなかの部分をぺろりと舐められてしまった。

 一瞬。いや、5秒ぐらいは思考が停止していたことだろう。

 再び起動したわたくしを待っていたのは戸惑いと恥であった。

 

「な、何やっていますの?!」

 

 再度お嬢様ロアーが鳴り響く。

 何やってるんですかこの人?! は、この人本気ですの?! 本気だからこんなことやっているんですよね、どうもすみませんでした!

 じゃなくて、指先から少し透明な架け橋を引きながら、彼女は小悪魔的な微笑みから指先を舐めた舌をちろりと外に出す。

 

「てへぺろ」

「は、ははは、はしたないですわ! 自分が何をやっているかお考えで?! 頭ついてますの?!!」

「あはは、辛辣―」

「あーもう、ほんと……」

 

 呆れを通り越して、何をすればいいか分からなくなってしまう。

 少しばかりスース―する指先を見ながら、問いただすのもバカらしくなってしまうほどには疲れ切ってしまっていた。

 

「そんなに気にしちゃって。舐めちゃう?」

「舐めませんわよ!!」

 

 失礼してしまう。わたくしがそんなにもはしたない女に見えるとでも。

 それに、この指を舐めてしまったら間接的に、その……。

 蘇るのは頬の感触。唇の柔らかさ。脳裏に焼き付いてしまった温かさは、紛れもなくわたくしにまで熱を伝播させていた。そこまでは再現しなくてもいいでしょうに。

 いそいそと、何かを誤魔化すようにハンカチを取り出せば、指に付いた唾液を取り除く。フレンさんがつまんなーい、とか言ってますけど。

 

「でもさー、間接キスっていつまで間接キスなのかな? 例えば触って何秒以内、とかあるじゃん。あぁいうのよ」

 

 知りませんよ。とは言うものの、気になるのはわたくしの指先。

 意識すればするほど、熱を帯びていく耳先と指先を振るって、わたくしは左手でフレンさんの背中を押す。

 

「ほら、ユーカリさんたちを探しますわよ」

「えー、もうちょっと一緒にいようよー」

「本来の目的は別にありますのよ!」

 

 ちぇー、なんて言いながらわたくしに背を向けて歩き出す。

 まったく。これだからギャルは苦手なんですのよ。

 まだハンカチ以外誰にも触れられていない指先をじっと見つめる。

 そっと自分の唇に触れてから、自分がバカらしいことをしているんだなと、自分で自分で呆れた。

 

「……フレンさんの唇、柔らかかったですわね」

 

 指先の感覚と頬の感覚を合わせたら、それはれっきとしたキスになったりしないだろうか。

 いやいやいや。これではわたくしがフレンさんのことを大好きみたいじゃないですか。そんなわけあるはずありません。わたくしは、まだユーカリさんのことが好きだって思ってますのに。

 彼女から向けられる好意をため息で洗い流してから、フレンさんの後を追うのだった。

 

 ◇

 

「今日は楽しかったです!」

「それはよかったわ。意外と猫カフェってあるのね」

 

 VRだったとしても、データの塊だったとしても、猫をモチーフにしたのであればそれは猫なのだ。

 などとバカみたいなことを考えながら、エンリさんとのひと時を送っていた。

 それよりも猫はかわいかった。見ているだけで癒されるし、気まぐれによってきた猫ちゃんが私の足にぴとって寄り添ってくるのだ。人慣れした猫もいるんだな。と思いながらも、猫をモチーフにした生命体なのだから当たり前か、なんてことも考えながら。

 噂では伝説上の生き物であるカーバンクルまでこのGBNにいるという話なのだから、たいしたものだ。私もカーバンクル、略してカバンちゃんを撫でてみたいものだ。

 

「犬カフェとか行きたくないですか?! きっとかわいいと思いますよ!」

「い、いえ。犬ならもう手一杯よ……」

 

 なぜ私を見ながらそう言うんだ。

 なんだよぅ、このエンリさんとムスビさんから継承してもらった犬耳と犬しっぽをバカにしているというのか? 喧嘩なら買いますよ。と言わんばかりに耳をピーン、しっぽをピーンと伸ばす。俗にいう威嚇のポーズだ。

 

「だから手一杯なのよ」

 

 耳下からそっと髪をかき分けるみたいにして顔を撫でるエンリさんの手がくすぐったい。

 自然と、くぅん。なんて声を喘がせながら、その身を委ねる。

 なんか、初めてされたけど、すごく気持ちいい。変だな、私ちょっと快感を覚えているや。

 

「ふふ、気持ちよさげね」

「エンリさん、やっぱりいじわるになりました」

「ユーカリがかわいいってことにしておいて」

 

 指先でさわさわと優しく撫でられて、またもや気持ちよく。

 んぅ。これ癖になっちゃいそう。

 

「エンリさん、気持ちいいです」

「そう」

 

 普段の鋭いイメージがあるエンリさんは今は見る影もない。

 目を細めて、眉を緩めて。何が楽しいのか口元まで柔らかくなってる。

 でも私まで嬉しくなっちゃうから、普段から緩み切ってる顔が、さらにグニャグニャに溶けちゃってる。

 

 って、今GBN中だよね?!

 ハッとなって周りをきょろきょろと目を配らせたら、ボロ布の男性や和風の装飾をした男性など、数少なく通り過ぎていた人たちが私たちを見ていた。

 恥ずかしくなって、添えられていた手を握って走り始めた。誰もいないところだったら別にいいのに。なんて思いながらやってきたのはどこだろうここ。どこかの河川敷かな。

 

「はぁ……はぁ……。いきなり走るからびっくりしたじゃない」

「だって、エンリさん人前であんなことするから……」

 

 手をつないだまま、私は膝に手をつきながら、息を整える。こんなところまで再現しなくてもいいのになー。などと思う。

 左手の感覚にようやく気付くことになったのは数十秒後のことだった。

 

 握っている指先。汗ばんでいる手のひら。繋がっているエンリさんの綺麗で、スラっとした手先……。

 

「あっ。すみません!」

 

 とっさに手を放してエンリさんとの距離を取る。

 怖い。怖いのかな。エンリさんならきっと受け止めてくれるから怖いだなんて思わない。

 でもどちらかというと、この感情はネガティブなものではなくて……。

 

「わたしの手、変だったかしら」

 

 そんな相手はちょっとだけがっかりしたような表情であったのは言うまでもない。

 だってそうだよ。好きな相手に嫌そうに手を放されたら誰だって不安に思うし、今のエンリさんみたいにしょげたりしてしまう。

 そんなことはない。って言いたい。けど、私の謎のポジティブにも満たない、この感情に整理をつけられないのだ。

 だからとっさに手のひらをふるふると、違うということを表明する。

 

「じゃあ、どうして?」

 

 どうしてって言われても。どうしてだろう。

 なんというか、分からないんだ。胸の奥で暴れたがっているこのえも言えぬ感情を。

 

「わたし、自慢じゃないけど人の心があまり分からなくて。嫌だって思ったら言ってちょうだい。出来るだけ改善するから」

 

 捨てられた子犬みたいな瞳で私を見つめる。

 そんなことない。嬉しいかそうじゃないかで言ったら、間違いなく嬉しい。

 でもそれ以外に、また別の何かがあって……。

 トクン、トクンと気づけば心臓の鼓動が早くなっているのを感じている。息苦しいのは確かにそうだけど、何かこれは別の、息切れとも違う何かのような気がして。

 ありのままを伝えたい。でも言葉にできない。……それでも。

 

「私も、自慢じゃないけど分からなくって。でも嬉しかったんです。その、エンリさんと手を繋げて」

 

 身勝手かもしれない。けどさ、私だって人並みにそういうのに憧れるんだ。

 例えば手をつないで、指先を絡めあったり。エンリさんと一緒に隣を歩いたり。抱きしめあって、自分たちのぬくもりを確かめ合ったり。

 それがエンリさんでよかったって本気で思ってる。嬉しいって身体の奥底から感じている。

 

「私、まだ恋心が分からないですけど、エンリさんに教えてもらってるって実感はあるんです」

 

 胸の、ちょうど鎖骨の部分を触れながら、間違いなくそう感じる。

 このよかったって気持ちが、もし恋心なら。『好き』って気持ちなら。

 エンリさんの真正面に立って、彼女の手に触れる。

 

「まだ勉強途中ですけど、私だってエンリさんのこと好きなんですよ!」

 

 早鐘を打つ胸の鼓動は、息切れと、緊張と、それ以外が混ざったカオスだけれど、そんなんでもいい気がしている。

 だって混ぜて出来上がったものを人はこういうのかもしれない。

 『恋心』って。

 

「……じゃあ、一つ。お願いいいかしら?」

「なんでしょうか?」

「……わたしのこと、エンリって呼んでみないかしら」

 

 それは、呼び捨てで、って……。

 またもや胸の鼓動がうるさく鳴り響き始める。

 人の名前を呼び捨てで言うだけでなんと大げさな心臓さんなんだろうか。

 でも、私は言いたい。求められたのなら、答えたい。

 震える唇で、怯えた声で、今にも枯れてしまいそうな唾液を飲み込んで。私は口にする。

 

「……エンリ」

「ユーカリ……」

 

 私たちはまだ、これだけでいい。お互いに手を取って、見つめあって、名前を呼びあう。ただそれだけで。

 だって、先はまだまだ長いわけなんだから。ゆっくりと一歩ずつ確実に、踏み慣らそう。私と、エンリの恋心を探す道を。

 ちょうど地平線に沈む太陽が横目で見えるけど、そんなものよりエンリの顔が真っ赤なんだから、私で照れてくれているんだなって、そう考えるだけで私の顔も夕焼け色に染まってしまうんだ。




夕焼け色の2人


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第55話:元お嬢様とヴェイガンギア

私事ですが、リレーションシップの最終話まで書き終わりました。
全61話となる予定ですが、それまで読んでいただければ幸いです。


「ムスビさん!」

 

 避けられない。現実は非情である。

 被弾したわたくしのダナジンは自壊を始め、そのままAGE特有の桃色の爆発として、宇宙を彩る。

 

「ムスビ!」

 

 避けられない。現実は非情である。

 集中砲火によってダメージを負ったわたくしのダナジンに対して、追撃と言うべき一撃が振り下ろされる。もちろん回避のしようがないので、そのまま桃色花火へ。

 

 ◇

 

「……勝てませんわ」

 

 ユーカリさんの乾いた笑いも、今は少し心の奥底にチクチクと刺さってしまう。

 フレンさんのドンマイという慰めも、今は正直追い打ちの言葉にしかならない。

 

「まぁ、戦績低いわよね」

「うぐっ!」

 

 まだエンリさんの言葉の方がマシと言えるけれど、それでも心に突き刺さるのは変わりないわけで。

 はっきり言おう。わたくしは弱い。

 アディ、もとい愚弟との共同戦線が崩壊した今、フルトレース型のVR機器もなければ、ある一種の暗示として付けていたゼハート似のマスクもない。

 わたくしは、ファイターとして必要なものがなくなってしまったのだ。

 

「エ、エンリ! そういうのは口が裂けても言わないのがお約束ごとですよ!」

「……ごめん」

「口が、裂けても……」

 

 我がケーキヴァイキング内でのエースは基本的にエンリさんとユーカリさんの2人。だいたいエンリさんが撃墜数を稼いでいるが、ユーカリさんも負けず劣らず、といったところだった。単にユーカリさんのゲームセンスによる賜物と言っていいだろう。

 技術で言えばフレンさんも劣っていない。

 環境に適応させた4つのセルと全乗っけした火力のクイーンズランド・セル。サポートメカまでバッチリ把握していなければ、恐らく最も厄介な相手といえばこのフレンさんになると思う。

 

 そして、残るわたくしだが、正直あまり戦績がよろしくない。

 元々ビルダーとしての素質はあると言われていたものの、ファイターとしてのセンスはからっきし。

 暗示まで掛けたレギルスNはノイヤー家との絶縁と共にさよならバイバイ。

 今あるダナジン・スピリットオブホワイトも種が知れてしまえば、先手で襲いかかるには適した相手だ。

 エネルギー伝達までの時間とダナジン特有の足の遅さ。戦う腕もなければ、反射神経なんてものもない。要するに接近されてしまえば、死なのだ。

 

「ほ、ほら! ムスビちゃんめっちゃガンプラ作るの上手いし! あれだよ? ダナジンだって『我がご主人さまは手先が器用なお方』とかなんとか言ってるし!」

「手先が器用でもバトルに活かせなければ、意味ないんですわ!!」

 

 ELダイバー特有のスキル、ガンプラの声も勝てなければ意味がない。

 フレンさんからそういう話を聞いた試しはなかったが、今それを問題にしているわけではない。

 勝ちたい。勝って、自分のガンプラが1番であることを証明したい。

 

「まぁ。今のフォースの目標があのナツキに喧嘩を売ることなんだから、多少なりとも戦力は増強したいわね」

「でも、ダナジンっしょ? レギルスだってムスビちゃん使いたくないって言うだろうし」

 

 それはそうだ。だって否が応でもあの愚弟の顔がちらつくのだ。こっちから願い下げだ。

 だとすれば前任機であるギラーガとか。さかのぼってゼダス。ゼイドラ辺りも捨てがたい、のだが……。

 

「ヴェイガン機って、基本的に近接ばっかですよね」

「まぁ、フリット編のジェノアスが片手1つで一捻り、みたいなものでしたし、高出力兵器なんてそれこそデファース辺りしか思い浮かびませんわ」

 

 ヴェイガン機はとにかく近接特化の機体ばかりだ。

 キオ編の終盤にこそギラーガのビットというオールレンジ対応兵器が生まれたものの、ヴェイガン側としてはそれが限界。それ以上のものはガンダムのデータから技術を奪ったレギルスかそれこそヴェイガンギアしか……。

 瞬間。巡るのはAGE最終回に置いて全MSたちが立ち向かったあの凶悪な兵器。

 ヴェイガンギアともう1つ対をなすボスとの融合体。わたくしはそれを知っている。そして、偶然にもHGAGEシリーズとして発売された超高級で超巨大なモビルスーツと呼んでもいいのか分からないほどのガンプラが1つだけ存在した。

 

「……ヴェイガンギア・シド、ですわ」

「は?」「へ?」「ん?」

 

 ユーカリさんとエンリさんの驚く顔と、未だに察しがついていないようなフレンさんのハテナマークが目の前に浮かび上がる。

 

「あんた、本気で言ってる?」

「ヴェイガンギア・シドって、あのヴェイガンギア・シドですよね?!」

「えぇ。火力にはもってこいですわ」

「一応プラモ化はしてるけど……えぇ……」

「2人とも、なんでビビってんの? ウケるんだけど」

 

 何か琴線に触れたユーカリさんとエンリさんが捲し立てるようにフレンさんにキレつつ説明を始めた。

 そもそも、ヴェイガンギア自体がガフランと比べ1.5倍もの大きさである。故に体格差的にも、リーチ的にも強大なパワーを有している。

 その上でシドという超大型MSと合体していると言う始末。まぁそりゃ大きいのは分かるだろう。

 原作でもAGEのラスボスとして君臨しており、その人気は密かに高いものと思っている。最も活躍の機会が1話だけと、もったいない結果で終わったのだが。

 ちなみにこの世界ではHGAGEとしてヴェイガンギア・シドが販売されている。もちろん普通のHGとは比べ物にならないほどの値段になってしまっているが。

 

「えぇ……ウケる……」

「何ドン引きしているんですか。あなたにも手伝ってもらうんですよ」

「へ?!」

 

 脳内にあるのはベースとなるヴェイガンギア・シドともう1つの元ネタ。

 とりあえず明日までに形にして持ってくると言って、その場からログアウト。ユーカリさんの家に直帰してから、わたくしの理想とする蒼の深淵を形作っていく。

 あぁ、楽しい。楽しいですわね。創作意欲が駆り立てられるとはこの事。最高にハイって奴ですわ!!

 

「やべぇよ。ムスビちゃんイカれちゃってる……」

「私も、あんなに楽しそうなムスビさん見たのは初めてかも……」

 

 ドアの隙間からドン引く2人の影も形も気にしない。わたくしはかのシャフリヤールのような天才とは言わないでも、火力と美しさを兼ね備えた最高の『ガンプラ美』を完成させてみせる。待ってなさい3人とも。明日にはとてつもなく素晴らしい原案を持ってきますからね。

 

 ◇

 

 翌日。

 ケーキヴァイキングのフォースネスト。ロイヤルワグリアの一角において、わたくしはスーツに着替え、メガネをそれらしく身につけてスクリーンの前に立っていた。もちろんメガネは伊達メガネだ。

 

「……何やってるのよあんた」

「もちろん、イノベイティブでセンセンシャルなわたくしのビューティフルガンプラの草案紹介ですわ!」

 

 横文字を並べているが、これらの意味はあまりない。

 ウィンドウを3人のもとに表示させてから、わたくしはこう言う。

 

「お手元の資料をご覧くださいませ」

「わー! なんかそれっぽい!」

 

 メガネの中心をクイッと上げて、レンズを光らせる。こういう細かい動作をしっかり反映してくれるGBNの技術班には感謝だ。

 

「やりたかっただけでしょ、それ」

「かっけーじゃん! 後でアタシにもやらしてー!」

 

 キラキラ目で輝かせるユーカリさんとフレンさん。んー、なんという充実感なのでしょう。まるでわたくしがエリート社員にでもなった気分です。

 わたくしをジト目の死んだ目で見てくるエンリさんはさておき、スクリーンに映し出された機体名を読み上げる。

 

「ヴェイガンギア・カオスMAX・シド(仮名)?」

「名前は後で考えますわ」

 

 2枚目のPowerPointで作ったような資料に画面を切り替える。

 まぁ要するにだ。ヴェイガンギア・シドととあるカードゲームのドラゴンを組み合わせた火力に火力を載せた機体だと思ってくれれば構わない。

 

「ヴェイガンギア・シドは攻撃力や迎撃力、機動性に優れた機体だと言っても過言ではありません。近接も遠距離も出来る素晴らしいガンプラです。しかしながらこうとも捉えられます。あまりにも上級者向けすぎる機体であると」

 

 汎用性に優れた、ということは『何でも出来る』ということ。

 だがこれを扱いきれなければ『器用貧乏』と言う枠に収まってしまうのは言うまでもない。

 何かに尖った機体は、それこそ防御力が弱いなどの欠点はあるにせよ、仕事をしてしまえばそれで役割は完遂できる。いわゆる初級者から中級者向きの機体だとわたくしは踏んでいる。

 もちろんコルレルやガプルのようなこれしかできないような機体ではなく、ある程度出来てる上での特化と言う意味ですわ。

 ヴェイガンギア・シドはある程度何でもできてしまうが、わたくしが扱うには些か上級者向けがすぎるのだ。だからわたくしは考えた。

 

「砲撃戦を主体にしましたわ、3枚目をご覧くださいまし」

「へー、レーザーかー」

「って、あんたまたこれなの?」

「サテライトシステムを積んで、羽根からレーザーを照射すれば、大抵の敵は近づいていけず、サテライトキャノンの攻撃を許してしまう、のですわ!」

 

 要するに耐えてから撃ち抜け、ということ。

 肥大化した体積にサテライトシステムを積み込み、その上でレーザーウイングと呼ばれる周囲にレーザーを放つユニットを装備。その他諸々を兼ね備えてしまえば、それはもう立派なドラゴン!

 

「それこそが、わたくしの考えるさいきょうのヴェイガンギア・シドですわ!」

「……ユーカリ、あんたの親友はやっぱり頭おかしいわ」

「ごめんなさい、私もそれは前から……」

「2人とも酷いですわ?!」

 

 エンリさんはともかく、前からユーカリさんはこの機体の素晴らしさに気づいていなかったということ?! 何たる不覚! もうちょっと汎用的な機体にしてユーカリさんの注意を引くべきだったか。

 ちらりと二人の隣で座っているフレンさんを見たが、反応は大して変わりはない。

 

「ウケる~! セッちゃんと同じ発想じゃ~ん」

 

 セッちゃん。火力の妖精なんて呼ばれているフォース春夏秋冬に属する可憐なELダイバーセツのことだ。

 密かにあの人のことは意識しているものの、かたやハモニカ砲。こちらはサテライトキャノン。そこには決定的で爆発的な火力の違いがあると考えている。つまり、わたくしの方が上なんですわ! だからこそ高らかに宣言しよう。

 

「サテライトキャノンの方が優秀なんですわ!」

「ムスビ、わたしは心底あんたのことを怖いと思ったわ」

「ムスビちゃんなら、セッちゃんとタメ張れんじゃないかな」

「頑張ってください、ムスビさん!」

「憐れむような目はおやめくださいまし!!」

 

 ◇

 

「はい、持ってきたわよ」

「まさか持ってるとは思いもよりませんでしたわ」

「積みプラだったの、開封はしてないわ」

 

 数日後、大きな箱を持ってわたくしたちの家にやってきたのはエンリさんだった。

 ヴェイガンギア・シド、思ったよりも大きいですわね。ですが、ビルダーとしては引けないところ。いやむしろワクワクしていると言ってもいいかも知れません。

 けど、それより気がかりなことが一点。

 

「どうしてユカリさんの家を知っていましたの?」

 

 わたくしが知っている限り、エンリさんがユカリさんの家に来たことはない。

 ユカリさんが招いたと言ったら納得がいくような大した話ではないけれど、聞いておきたかったんだ。

 答えは、予想以上に予想していたとおりだった。

 

「以前呼ばれたのよ、シェムハザを作る時に」

 

 あぁ、わたくしがもたついてる時に2人は関係を進めていたんでしたのね。

 

「本当に、付き合っているんですね」

「……まぁ、ね。まだ手を繋いだぐらいだけど」

「それでも羨ましいですわ。愛しい人と結ばれるのは」

 

 フラれても、少しだけ消えない炎がある。

 もう結ばれることはないって思っていても、もしかしたら、って考えてしまうじゃないですか。

 でも言ってましたよね。ユカリさんはちゃんとエンリさんのことが好きと。

 

「エンリさん。ちゃんとユカリさんを離さないでくださいね」

「当たり前よ。好きなんだから」

 

 少しだけ低い身長のライバルを見下ろす。たった数cmなのに、遠いな……。

 

「ところではフレンは? あの子の後見人あんたでしょ」

「あぁ、でしたらヴェイガンギアのために使い走りさせてますわ」

「は?」




リレシプの世界はゼイダルスもヴェイガンギア・シドもプラモ化してる


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第56話:ケーキヴァイキングと絆の龍

ランダムドロップに、ランダムエンカウント


「ひひぃー! 無理じゃないけどむーりー!!」

「今日はもう3回目なんですよ! これくらいなんだっていうんですか!」

「マジ無理めっちゃ病む」

 

 とか言いながら目の前にいるNPDの頭部をビームで吹き飛ばしてゲームセット。リザルト画面へと突入した。

 

「頼む……今度こそ……ぴゃ!」

 

 出てきたパーツデータは取るに足らない者で、目的のものではなかった。

 

「マジかよ、もう一周かぁ……」

「あはは……。私もいますから」

 

 さっきから何をしているか。

 その答えはヴェイガンギア・シド(仮名)に取り付けるパーツデータ取得のための周回行為だった。

 今回っているミッションはガンダムXにおいて、最終決戦の地となった月周辺でのDOOM攻防戦。

 目的の品はサテライトキャノンに必要なリフレクターパネルとサテライトシステムの元となる受信機だ。

 ガンダムXやDXのプラモデルなどであれば簡単に移植は出来るものの、ヴェイガンギア・シド(仮名)は背中から受信する白ダナジンと同じシステムを採用するらしい。

 そのために特殊な、というよりもガンダムヴァサーゴチェストブレイクの素材が必要となる。

 要するに、ガンダムヴァサーゴを倒して背中の受信機パーツをゲット! というイメージでいいと思う。まぁ、その確率がえげつないほど低いんだけど。

 

「これで6回!」

 

 ヴァサーゴの頭にジャベリンを突き立て、そのまま下に振り下ろせば真っ二つ。ヴァサーゴは機能を停止して、その場で爆発。ミッションクリアの表示とともにすぐさまリザルト画面へと突入する。

 

「ジャベリンありがとね! って言いたい気分だけど、それよかこっち!」

 

 南無南無と手のひらをこすり続け、ここだ! と言うタイミングでリザルトウィンドウを表示させる。

 中身は……。サテライトランチャーのパーツだった。

 

「そっちじゃないんよー!!!」

「まぁ、流石に今日は難しいですかね」

「むぅ……確かにそろそろプラネットコーティング切れ気味だった気がするし。明日また仕切り直しでいっか」

 

 私とフレンさんのログインポイントは違う。

 GBNは家からログインが出来るVR機器も存在するのだけど、高くて買えないのだ。

 お母さんにおねだりしても、バイトできるようになったらね。という一本押し。

 まぁ、私もお小遣いだけでは物足りなくなってきたから、バイトを探さなきゃなって気持ちはあるんだけど、それにしたってフレンさんには甘すぎる。

 必要だからということで自宅からのログイン用VR機器を買ったり、必要だからということでミニチュアの家を買ったり。これでは一人っ子時代の方がまだマシだったと言えよう。

 

 思わずため息を付きながらログアウト。

 今日はどうしようかな。G-Cafeでちょっと一息付けたい気持ちもあるし。うーん。

 

「あっ……」

 

 そんな驚きが声から漏れる音に気づいて振り向く。

 黒い髪で、私なんかよりも数倍身長の高い男性、ヒロトさんと。隣りにいるのはG-Cafeでよく見かける店員さんだ。

 

「あ、ヒロトさん! お久しぶりです!」

「お知り合い?」

「うん、ちょっとGBNでね」

 

 彼女かな。なんて邪な考えを持ちつつ、こんな時どうしようかなーと、思考を張り巡らせる。ちょうどG-Cafeで休憩したかったし、お誘いしてみよう。

 

「あの。少しお話しませんか?」

「うん、そうするよ。最近噂になってるらしいしね」

 

 ◇

 

「わたしはムカイ・ヒナタです。いつもヒロトがお世話になってます」

「い、いえこちらこそ! 私はイチノセ・ユカリです!」

 

 アセアセと濡れていない額に水滴を感じながらも、きっと年上であろうヒナタさんと挨拶を交わす。

 なんというか、ヒナタさんって落ち着いているというか、少し大人っぽいというか。エンリのようなタイプではない、優しいお姉さんという立場が相応しいのかな。包容力があって、周りを見ていて。みたいな。

 そんな感じでG-Cafeにやってきた私たち3人は座るやいなや飲み物を注文する。

 

「自分のアルバイト先で注文するのって、変な感じ」

「そういえば……。たまに見かけてましたけど、ヒナタさんってここでバイトしているんですか?」

「うん。2年前ぐらいからね」

 

 おかげでガンダムのことはいっぱい知ってるんだよ! なんて口走る彼女。

 

「昔は何も知らなかったのにな」

「ちょっと! 今ここで言わないでよー」

 

 私といるときは寡黙ながらも優しいお兄さんな立ち位置だったヒロトさんが、こんなに親しげに毒づくなんて。

 なるほど、付き合っているんだな。これは。

 

「仲いいですね」

「そうかな。うん、そうかも」

「何年も幼馴染やってないからかな」

 

 幼馴染。そういうのもあるのか。

 幼馴染と言えばなかなか恋人関係にならないというのが定説だが、2人はどうなんだろう。見たところエンリと同じぐらいの見た目だし、20歳前後なのかな。その歳まで幼馴染やってるって、結構濃密……じゃなくて親密な関係に見えるな。

 

「ところで、アウトロー戦役お疲れ様」

「ありがとうございます!」

 

 そっか。後から知ったけど、あの戦争は何人かのG-Tuberの手によって配信されていて、結構広くに伝わっていると聞いたっけ。

 私たちとしてはただただムスビさんを失恋させるための戦争だったんだけど、やっぱ規模が大きかったのだろう。エンリも、専スレができてるっていうぐらいには有名になったって言ってたっけ。

 

「1人の女の子のために戦争を起こす。ロマンチックだよね」

「あはは、皆さんには随分迷惑かけちゃいましたけどね」

 

 あの戦いは色んな人にいっぱい迷惑をかけているのは知っている。

 元粛正委員会もまだ活動しているって話だし、それに対抗するアウトローもたくさんいるとのことだ。

 でも私たちにとってはムスビさんのための戦争だったから、じき収まってくれることを祈るばかりだ。

 

 それから私たちはいろんな事を話した。

 お互いの最近の近況だとか、ガンダムAGE-2シェムハザのことだとか。

 キョウヤさんがかなり興味を示しているらしく、どこかの機会でまた会いに行きたいとか言っているのも聞いたり。

 ムスビさんがヴェイガンギア・シドを作っていることもついでに言ったら結構驚かれた。

 

「そっか。あのヴェイガンギア・シドを改造か」

「はい。でもまだ名前が決まってなくて」

 

 この下り前にもした気がする。バッドガールのときだ。

 名前が降りてこないとムスビさんが頭を抱えて悩んでいたっけな。

 

「ユカリちゃんのところはケーキヴァイキングってフォース名なんだよね? だったらヴァイキングギア、とかどう?」

「ヒナタ、それは安直すぎないか」

「えー、素直な方が覚えやすいよ! ユカリちゃんはどうかな?」

 

 ヴァイキングギア・シド。ヴァイキングギア・シド。ヴァイキングギア・シド。

 

「いいですね!」

 

 私は親指を上に立てながら、キメ顔でそう言った。

 いいな、ヴァイキングギア・シド。まさに海賊らしいじゃないですか! アウトローの中のアウトローって感じ、好みです。

 

「ほら、言ったでしょヒロト!」

 

 ヒロトさん、何も言わずに微妙に嫌そうな、でも安心したような顔で「いいんじゃないか」と口にする。

 後で報告しなきゃな。ヴァイキングギア・シド。それがムスビさんの新たなる機体名だ。

 

「本当に仲がいいですよね。お付き合いなさってたりするんですか?」

 

 だからこそ口が緩んでしまったのはどうしようもないと思うんだ。

 例えば別に聞かなくてもいいかな、って関係性を口に出して質問してしまうぐらいには。

 その返答は……。2人とも異なっていた。

 

「そんな! 付き合ってるだなんて。わたしたちはそんな関係じゃないよ! まぁ、でもそう見られているんだったら、嬉しいかなーなんて」

「付き合ってはないかな」

 

 そんな関係じゃないよのあとから尻込みするように消えていくヒナタさんの嬉しいのだろう言葉と、ヒロトさんの塩対応。なんという温度差。ひょっとして片思いなのでは?

 

「ヒナタは……。いや、この話はもういいんじゃないか?」

 

 いや、微妙に頬を赤らめてるし、照れてるって言った方がいいのか。これは脈アリだ。ヒナタさんもっと押しちゃえ!

 どうしよう。フレンさんの気持ちになってきた。この恋のようなものの行方、私は知りたい!

 

「じゃ、じゃあせっかくですし、連絡先交換しませんか?!」

「いいよ。俺からはあまりメッセージ来ないかもだけど」

「ヒロト。LINEの返事、ちょっと遅いんだもん。だからすぐ来なくても気にしないでねユカリちゃん」

 

 熟年夫婦と言うべきかな。それともヒロトさんのことをよく見ているからなのかな。

 やっぱり気になるし、くっつけたい。フレンさんの気持ちになったのはこれで2度目だけど、分かった気がした。うん、これは危険な果実だ。

 連絡先を交換した私たちはG-Cafeでゆっくりと時間の流れに身を委ねるのだった。

 

 ◇

 

『何だこの弾幕ッ! ぐああああああ!!!!』

 

 蒼白く光る閃光。無数に結ばれる死の線は近づいたものを問答無用で蒸発させる。

 宇宙空間の常闇にさんざめく蒼いビックバンはまさしく一つの星とも勘違いしてしまうような激しい熱を帯びている。

 見たものを恐怖させ、同時に熱と質量を持って撃墜される。

 

『サテライト、来るぞ!』

「遅いですわ! 『混沌のシグマシスバースト』ッッッ!!!」

 

 咆哮のように開かれた口から溢れ出すのは白き星の輝き。否。それは熱をまといし死の灰。威力カオスMAXな叫び。溢れ出る、サテライトキャノンのビーム。

 通った後の射線上には誰もいない。そう、何一つ。岩のオブジェクトでさえも。

 

『ば、化け物……?!』

 

 曰く、その見た目は蒼き龍であったという。

 ヴェイガンギア・シド改め、ヴァイキングギア・シド。ムスビさんのガンプラが完成した瞬間だった。

 

 ◇

 

「対戦ありがとうございました!」

「いやぁびっくりだよ。あんな化け物と相手するなんて」

「ふふ、それは結構。作った甲斐がありましたわ!」

 

 相当ごきげんなのか、ムスビさんは手の甲を口元に寄せて、よくある似非お嬢様の笑い声をエントランスロビーに轟かせていた。

 ヴァイキングギア・シドの試運転に選んだのは、最近やっと受けれるようになったフォース戦だった。

 手っ取り早く対人戦で慣らした方がいい結果を得られる。というエンリの脳筋的発想にムスビさんが同意。そのままフォース戦を何戦か行った、というものだ。

 結果は全戦全勝。エンリの接近戦もそうだが、特に輝いたのはムスビさんのヴァイキングギア・シドだ。

 大きいと言うだけでまず威圧感を与えられる。懐に飛び込みさえすれば、と言う発想も尻尾のカオステイルや腕のビームサーベルで両断。砲撃戦はフェザーミサイルとビームライフル。さらにはサテライトキャノンにレーザー砲と。とにかく巨大なのをいいことに火力を乗せまくっていた。

 私たちがハムスターした甲斐あって、出来上がったこのヴァイキングギアはある意味ケーキヴァイキングの象徴なのかもしれない。なーんてね。

 

「やはり火力こそが正義ですわね」

「まーたなんか言ってるよ。でもそんなアホなとこも好きー」

「っつかないでくださいまし!」

 

 2人の進展は相変わらず。

 というかムスビさんが逆に距離を取るようになったので、状況は微妙に悪化していると言ってもいいかもしれない。

 これから2人がどうなるのか。それを見守りながら、私たちも少しは進展できるといいんだけどな。

 

「エンリ、私のこと好き?」

「っ! 何よ突然」

「フレンさんの好き好きムーブ見てたら、ちょっと気になっちゃって」

「面倒くさい彼女してるんじゃないわよ」

 

 面倒くさい?! 私、面倒くさいって言われた?!

 そのぐらい察しろと、そう言いたいのは分かるけれど、私だって求めたいときは求めたいんですよーだ。

 

「分かるでしょ、それぐらい」

 

 そう言って、彼女はそっと手を握ってくれた。

 恋人繋ぎじゃないのは、人がいる手前なのか、それともまだその領域に達していないだけなのか。

 言わなきゃ伝わらないこともある。だけど、仕草だけでそれを伝えることだって出来る。のかもしれない。

 握った手をぎゅっと握り返して愛を伝える。私も好きですよ、って。

 徐々に芽生えつつある恋を、離さないようにそっとぎゅっと胸の奥底で抱えながら。




ハァイジョージィ。ヒロヒナはいいぞ


◇ヴァイキングギア・シド
名前の由来はケーキヴァイキングの繁栄を込めて、ヴァイキングの名を借りている。
ヴェイガンギア・シドを元ネタであるブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン並みに蒼くしながら、機動性の代わりに砲撃戦を主に置いたムスビの新たなるガンプラ
とあるファイターが操るヴェイガンギアKのレプリカから改造されている。

白ダナジンと同じくサテライトシステムを積んでおり、ビームバーストストリームに代わる『混沌のシグマシスバースト』が可能となっている。
また、シド部分から分離が可能で、本機体の性能が著しく低下するものの、行動は可能になっている。

・特殊システム
サテライトシステム
分離

・武装
カオステイル
ビームサーベル
フェザーミサイル
ビームライフル
『混沌のシグマシスバースト』
サテライトキャノンである。
レーザーウイング


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第57話:ケーキヴァイキングとCミッション

CはクリエイティブのC!


「クリエイトミッションを作ろう!」

 

 突然そう言い始めたのは他でもないギャルのELダイバーだった。

 

「アタシ思ったんだよねー。ウチらって、全然お互いのこと知らないって」

「そんなことは……」

 

 結成してからおおよそ3,4ヶ月と言っていいケーキヴァイキングは、結成自体はしていたものの誰かさんたちのせいでまともな活動はあまりできていない。

 最近だってムスビさんのヴァイキングギア・シドの制作とテストだけで1ヶ月かけているのだから、フォースらしい活動というものはフォース戦かフェスぐらいなもので、大きなものには参加していなかった。

 

「じゃあエンリちゃん。ムスビちゃんの好きな食べ物は?」

「……サラダチキン」

「違いますわ」

「じゃあトマトジュース」

「なんで今日のお昼ごはんをサラッと突いてくるんですか」

 

 ごめんなさい。私もムスビさんの好きな食べ物は分からないかも。

 なんだろう。キャビアとかフォアグラとかそういったオシャンティーでゴージャスな食材たちだろうか。お高めなやつの。

 

「結局なんなのよ」

「トマト系ですわね。煮込みハンバーグもありです」

 

 やっぱりトマトじゃないですか?!

 なんですかそのトマト推し。あー、だからトマトジュースばかり飲んでるんだ……。

 長らく謎だった事と不思議な納得感と共に、私の脳内ノートにムスビさんはトマト好きであるということを書き記す。

 

「ね? いい感じにスッキリするっしょ?」

「まぁ、トマトなら納得ね」

「むしろ何だと思われていたんですか……」

 

 さて。フレンさんが仕切り直すようにパンっと手のひら同士を叩く。リーダー、私なんだけど。と思いつつ、事の発端であるフレンさんに問いかける。

 

「つまり、親睦を深めたいからクリエイトミッションを作るってこと?」

「そーそー! 題して『追憶のアウトローたち』みたいな」

「追憶のアウトローたち……!!」

 

 魅力的な単語に思わず尻尾を振ってしまうが、ここはクールにならなければ。そう私は仮にもこのフォースのリーダー。堂々たる振る舞いこそがギャングの頂点たるボスの役目。クールに……。

 

「やりましょう!!!!!」

「うわ声でっか。どんだけ張り切ってんのさ」

「本能には逆らえないのね」

「可愛らしいですわね~」

 

 人をただの獣と呼ぶなかれ。私は素直だって言われたいのだ。あと、身体が勝手に反応するから、仕方なく可愛らしいことをしているんです。そこは間違ってはいけないんですよ?

 というところで、ケーキヴァイキングを代表するクリエイトミッションを作ることになりました。

 まずはどんな内容のミッションにするかというところからだ。

 ミッションとは言ってもいくつか種類がある。探索なり討伐なり無双系なり。とにかく型となるミッションの種類を決めなければ先には進めないのだ。

 

「それは最初に決めてたんだー! 連戦系にしない?」

「連戦系、まぁ無難ですわね」

「すみません、連戦系ってなんですか?」

 

 GBN歴はだいたい4ヶ月ぐらいだけど、まだまだ知識が足りていない。もう一度言うけどどこかの誰かさんたちのせいで、ろくにGBNを堪能していないのが原因なのだ。2人はもうちょっと反省してほしいですね。

 連戦ミッションとは複数のWAVEから成るステージを1つずつ攻略していき、全部クリアしたら、ミッションもクリアとなる仕組みだ。

 もちろん準備の難易度も跳ね上がるみたいですし、フレンさんの考えていることをやろうとすると、恐らく大事になってくるのがそこに登場するガンプラだった。

 

「ケーキヴァイキングの思い出をなぞっていく感じ! そうしたらアタシたちのことも知れて、一石二鳥、みたいな?」

「まぁ、悪くはないわね」

「ひょっとして、あのレギルスNを作成しますの?!」

 

 反応は十人十色。いいんじゃないかという声とトラウマをもう一度作成するという嫌な声もある。

 ケーキヴァイキングの方針は多数決だ。だから最後の一票を持っている私に白羽の矢が立つわけで。

 悪くないし、なんだったらバッドガールとバッドリゲインは四肢の付け替えだけで成立する機体だ。作成する手間はそれほどないので、私としてはエンリとムスビさん次第だった。

 エンリのゼロペアーは今の形にするのに1回壊しているため変えは効かない。一からの作成となる。

 ムスビさんのレギルスNも、言ってしまえばあれはノイヤー家のガンプラ。ミッションを作るとなれば、一度作成する手もがあるわけで。

 でも思い出づくりはしたいし……うーむ。

 

「返事は今じゃなくていいよ。アタシは今回足手まといになりそうだし」

 

 クリエイトミッションでのNPDガンプラは基本的に現実で作成する。

 だから人間の1/12ぐらいのサイズしかないフレンさんでは、作成に参加することができない。だから無理言ってのお願いだったのだろう。

 

「わたくしも少し考えさせてください。レギルスNを出すとなると、正体もバレますから」

 

 それもそうか。ほぼほぼバレていると思うけど、一応絶縁という形で今を過ごしているのだ。ノイヤー時代のレギルスNは出せないとなると、うーん。どうすれば……。

 考えをまとめている最中に、私とエンリはガンダムベースの閉店時間になってしまった。

 一度リセットすれば、案外いい考えが浮かび上がるかもしれないか。

 そんなノーテンキなことを脳裏に宿しながら、私たちはGBNという電子の世界から現実世界へと浮上した。

 

 ◇

 

 帰り道。エンリと二人っきりになる数少ないチャンス。

 ……というか、まだ呼び捨てが慣れないっていうか。すぐにさん付けに戻っちゃいそうでおっかないなぁ。エンリ、絶対落ち込んじゃうだろうから。

 

「どうかした?」

「……あ、いえ。エンリと出会ったときのこと思い出してて」

 

 あのときはAGE-1だったなぁ。旅の始まりで、歩き始めた第一歩がまさかの初心者狩りの遭遇。まったくやになっちゃうよね。

 そんな時助けてくれたのが黒いツインテールの髪の毛を揺らした女の子。

 前までは追うだけの背中が、今ではこうして隣りにいてくれる、私のヒーロー。

 まだまだ隣の距離は遠いけど、それでもどんどん近づいているのは感じる。

 

「あのゼダスよね。チョロかったわ」

「あはは、エンリ強いから」

「GPDの経験があったからよ」

 

 それからエンリと戦ったこともあった。

 さながらディグマゼノン砲に飲まれるフラムとオブライトさんみたいで少しかっこいいかもしれない。なーんて、結局私がやれたのは足止め程度だけだったな。

 それからフレンさんと出会ったり、チャンプとお茶会したり。

 フォースネストにエンリのお兄さん、ユウシさんとユメさん。サマーフェスも印象的だったな。

 でも幸せ絶頂なら後は下るしかなかった。

 

「ナツキさんとは、いつ決着をつけるつもりですか?」

「……あいつ、ね」

 

 エンリの復讐の相手であり、怒りに任せた戦闘で大敗を期した蒼翼のサムライ。

 そんな相手と戦うために自らを追い込んでいったエンリと、それを止めるために手を引くことを止めなかった私。

 きっと、今でもシコリは残っているんだと思う。

 私がしたことはと言えば、みんながそばにいるって言っただけ。復讐をむしろ推奨しているんだもん。変な話だよね。

 

「春夏秋冬からフォース戦のお誘いはきてるんでしょ?」

「バレてましたか」

「向こうはわたしたちのこと相当気に入ってるみたいだから」

 

 タイミングさえ言ってくれれば、必ず日取りは決めれるところまでは行っている。

 だけど、それにはエンリの覚悟というか、気持ちの問題があって。

 今はどんな気持ちなんだろう。怒り。もしくは失望。それともまた別のなにか。

 私がエンリに恋をしていたら、言えたのだろうか。恋人だろうと、踏み込めない一歩はある。彼女自身が進まなければいけない一歩もある。それまで、手伝うことができるだろうか。

 

「クリエイトミッションを作り終わったら。そうしましょう」

「エンリ、大丈夫なんですか?」

 

 彼女はクスリと、街灯で照らされた顔で笑う。

 

「大丈夫よ。あんたがいてくれるから」

 

 何度かあった、エンリの笑顔。その全てが私には美しく見えて。

 でもどこか儚くも見えた。なんでだろう、なんて考える必要はあまりない。多分不安なんだ。言葉では言えても、心は追いつかない時がある。エンリは自分自身を励ますために、私を安心させるために誤魔化す。

 なんだ、エンリだって嘘つきだ。

 フリーだった私の右手で心配ないよ、と逆に励ますようにそっと手を添える。

 少しだけ驚いたような表情を浮かべ、目を閉じる。

 

「はい、私がいます」

「……ありがとう。ごめん、ちょっとだけ身体貸して」

 

 断りを入れつつも、許してくれるって思ってるんだろうな。それだけエンリが愛してくれている証拠は少しだけ重たくも、気持ちいい暖かさだ。

 エンリは私の手を引いて彼女の胸元へと誘導してくれた。

 腕を背中に回して、そっと私と密着するように。この音、エンリの心臓の音かな。すごく早鐘を打っている。緊張してるんだ。

 

「わたし、怖いわ。もしナツキが本気で戦ってくれなかったら、と思うと」

「はい」

「結局ナツキに劣等感を抱いてるのよ。ずっと。GPDのときから、今までずっと」

 

 それは、どれだけの重荷だったのだろうか。

 頑張っても頑張っても頑張っても。常に前にいるのはライバルで。

 手を伸ばしても、走っても届かないその背中を彼女の不調によって偶然にも追い越してしまったときの絶望感が。失望が。劣等感が。

 私も腕を回して抱きしめる。大丈夫だよって。安心させるみたいに。

 

「ごめん。わたし、強い女じゃないから」

「知ってます。人一倍努力家で、クールに装ってるくせにすぐに照れちゃって」

「う、うるさい」

「強いのに、誰よりも敗北を知っている。そんなエンリが好きなんです」

 

 顔を胸に埋めて、心臓の鼓動を耳にする。先程よりも、少しだけ鼓動が遅くなっていた。

 この好きが、恋なのか憧れへの同情なのか。そんなはもう分からない。

 ただ1つ言えるのは、この好きが偽りではなく、本物の愛であることだけだ。

 

「ユカリ、絶対勝つわ」

「はい。エンリなら絶対できます!」

 

 愛の熱とぬくもりを冷やすように、名残惜しく離れる。

 でも。願わくば。もっとエンリとこうしていたかった。これが恋なのかな。もう分かんなくなってきちゃった。

 恋心はまだ分からないけど、愛というやつだけは少しだけ分かる。

 それは今まで持っていたものとさして変わっておらず。ただ相手の為を思うこと。それが愛なんだと思う。

 だから、私はエンリを愛している。この世界の誰よりも、エンリのことを思っている。

 

「……帰りましょう。私もゼロペアー作らなきゃだし」

「エンリ、それじゃあクリエイトミッションに?!」

「勘違いしないで。スペアってことよ」

 

 これはこれは素直じゃないこと。

 まぁでも。そんなところがエンリらしいや。

 

 ◇

 

「フレンさん。作りましょう!」

「よしきたー!」

 

 クリエイトミッション作成は意外とすんなり通ってしまった。

 ムスビさんもあくまで他人なのだから、レギルスNを作ったって何も言われないだろうという豪胆な意見からこの意見を押し通す。

 まぁ、ケーキヴァイキングを語る上でアウトロー戦役は絶対に欠かせないものですからね。

 そんなこんなで、ガンプラやらフィールドの作成やらを進めていく。

 最初はVSゼダスM5機。続いてゼロペアー戦。フレン戦に、ちょっと飛んで2度目のゼロペアー戦。

 そしてアウトロー戦役時のVSケーキヴァイキング、と計5戦作ることになった。

 

「意外と戦ってないですわね、わたくしたち」

「他にも戦ったでしょう、兄さんとか」

「ベルグリシとは二度と戦いたくありませんわね」

 

 フレンさんは主にフィールド担当。残りの3人がリアルでガンプラの製作。という役割分担だ。

 それぞれ、ゼダスMが私。ゼロペアーはもちろんエンリ。そしてレギルスNは他でもないムスビさんが作ることとなっていた。

 ……って言っても。私だけ5機っておかしくないですか?!

 

「何言ってるのよ。世の中にはマグアナック36機セットを作った奴がいるのよ。5機ぐらいなによ」

「そうですわ。あのレギルスNとかいうやつの完成度も馬鹿にならない以上、手を抜けないんですの」

 

 この人達は頭のネジを数本どこかに置いてきてしまったのだろうか。

 そう言われても不思議ではないほどのビルダーたちだ。私にとっては10本の腕と10本の足を作るだけでもしんどいというのに。

 はぁ。こんなことだったらクリエイトミッション作ろうだなんて言わなければよかった。

 

「手が止まってる。動かさないと永遠に完成しないわよ」

「なんですのこの磁気旋光システム対応型のビームライフルは。ふざけていますの?!」

「……頑張ります」

 

 そんなこんなでケーキヴァイキングのクリエイトミッション『追憶のアウトローたち』の制作は始まったのだった。




強くて、弱い、そんなあなたを愛してるから


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第58話:愛をムスんで。追憶のアウトローたち

愛をムスんで


 制作は、あまり難航していない。

 ユカリさんの進捗も決して悪いものではないし、エンリさんについては特に問題になるようなことはないと考えている。

 わたくしもその類だ。パチパチとランナーを切ったり、その都度ゲート処理。ヤスリがけに加えて、合わせ目消しなど、基本的な加工とともに完成図を大まかに頭に描いていく。

 塗装も合わせて完成度はおおよそ6割超えていると言っていい。

 だから今日は一息休憩をつける。ちらりと横目で背丈ぐらいあるスマホをイジりながらあーでもないこーでもないとステージを作成しているちっちゃい同居人を見る。

 

「進捗はどうですの?」

「無理ー! 何さこれ。再現すればするほど大変になるんだけど!」

「それは大変なことですわね」

 

 息抜きに取り出したのはユカリさんが初心者狩りにやられたときの再現をするべく買ってきたAGE-1ノーマル。ジオラマ程度ではあるが、こう言うのがあるとないとではモチベーションにも差が出るというもの。

 思えば随分と長い道のりを歩んだ気がします。中学時代から始まったユカリさんとの関係。

 エンリさんとユカリさんが出会った日。あの時の家の会合だなんてサボればよかった。そうすればユカリさんはわたくしのモノになったかもしれないのに。なんて、まだ根に持っているんですね、わたくしは。

 実際まだ心のどこかでは後悔が抜けきっていない。

 フレンさんのおかげで、ちゃんと過去を乗り越えることはできたけど、それでも残るものはある。

 今も、どうやってユカリさんと接しようか。その距離感を悩んでいる。

 

「……どしたの、ボーッとしちゃって」

「いえ。……まぁフレンさんになら言ってもいいでしょう」

 

 悩みというものは相談することができる。

 たった1人で抱え込むには大きい問題を2人でなら、3人でなら。なんて。

 昔のわたくしでは思いもよらなかった発想ですけれど、このちっこい同居人のおかげで人間らしい生き方に気付かされたのだ。

 その面では感謝している。容姿だって、今は過度な嫉妬や劣等感はない。どちらかと言えば、憧れのような気もしないでもない。そういう意味ではわたくしとユカリさんは同じかもしれませんわね。

 先程まで考えていたことを口から吐き出しながら、そんなことを頭によぎらせる。

 

「まー、数年越しの想いだもんね」

「エンリさんには悪いですが、ぽっと出の女に取られたようなものですからね」

 

 あははと笑うが、目は決して笑わない。

 結局そこなのだ。シコリがあるとすれば、そこしかなかった。

 後悔は先には立ってくれない。後ろに立つから、後悔先に立たずということわざがあるんだから。

 それでも、やっぱりあの時。って考えることは多い。振り切った今でも。

 

「ねー。ムスビちゃんはさ、もし誰かに好きって言われたらどうする?」

「どうしたんですの急に」

「や、気になるじゃん。自分の恋心に従って、愛する人を追ってきたムスビちゃんが誰かに告白されたらー、って」

「……考えたこともありませんでしたわね」

 

 そもそもこんな老婆みたいな見た目だ。9割ぐらいはこれで人が離れていく。

 でも残りの1割が、そんなことを口にしたら。告白されたら。ふぅん……。

 

「まず疑いますわね」

「えぇ……」

「わたくしにはそれだけ人を魅了させるような物を持ってないんですわ。ですからまずは疑います」

「らしいっちゃらしいけど、なんかウケる」

 

 ウケないでもらいたいところですわね。わたくしのネガティブ指数を舐めないことです。

 箱から取り出したらランナーをニッパーで切りながら、どうやって壊しの美学を出せるかということを考えていく。

 

「じゃー、疑って無実だったら?」

「……どうでしょうね。今だったら、認めてもいいのかなと思いますわ」

 

 ノイヤー家としての縛り。一生この見た目を背負っていく覚悟。傷心。

 そんな面倒なものを一緒に背負ってくれるバカが本当にいるなら、わたくしは付き合ってもいいのかなと思う。もっとも、そんな偏屈者はこの世にはいないと思いますが。

 ユカリさんから聞いた当時のデータはこんなところか。脳内で抽出したイメージのままにとりあえず形を作っていく。

 

「ふーん。そっかー」

 

 何を納得したのか。わたくしの方を向いてうんうんと首を縦に振る。

 なんでそんなに超納得! みたいに腕を組んでいるんですか。はっきり言って気持ち悪い。不気味さ100%だ。

 まぁいいか。ランナーを切りながら、隣人の戯言は聞き流すことにしよう。

 

「アタシさー、ムスビちゃんのこと好きなんだよねー」

「それは以前から聞いていますわ」

「や、マジの意味でよ」

 

 また変なことを言っている。そう思って聞き流そうとした瞬間だった。

 今、なんだって?

 聞き逃すまいと思わずフレンさんの方に顔を向ければ、小さな体躯で、それこそ普段のフレンさんとは思えないほど、冗談に見えない真剣な顔がそこにあった。

 その顔が意味するところ。それが分からないわたくしではない。

 恋に恋する乙女ではなく、覚悟を決めたような、人を愛することを決めた表情。

 不意を突かれたわたくしは一度考えをやり直す。

 いやいや。だって相手はフレンさんで、ELダイバーで。ELダイバーとの結婚だなんて前例聞いたことがない。いやそもそも、結婚という発想まで飛ぶこと自体がおかしいというか。

 

「付き合ってほしーなー、なんて」

 

 そ、そうは言うけど。いやでも。なんかこう……あるじゃないですか。ロマンチックなシチュエーションとか。

 この人にはそんなのは無駄だというのは分かっているけれど、それでもプラモ作成中に告白って、どうかしてるんじゃないのですか。

 

「い、異種婚とかありえませんわ!」

「将来的には普通になるかもよ、なんせ人と何ら変わらないんだからさ」

 

 それは、そうですが……。

 ELダイバーが人間のことを好意的な目で見てるのは間違いない。

 それは人間たちの愛から生まれた余剰データが生んだ生命体だから。それも、当然なのかもしれないけれど。

 

「聞かせてほしいな、アタシをどんな風に思ってるか」

 

 ……言っても、いいのでしょうか。

 確かに以前とは違う感情を抱いている。けれど、それを口にしてしまったら。

 

「あなたは、もしかしたらのわたくしだったのかもしれません」

 

 金髪で緑眼で。本当はそのとおりに産まれていたはずのわたくし。

 愛する人に告白して、返事に一喜一憂するわたくし。

 ギャルではなかっただろうにせよ、その2つに関しては確実にIFの自分自身で。

 

「わたくしの欲しかったものをすべて持っている、フレンさんが最初は憎かった。羨ましかった。だからあんな酷いことも言えた」

 

 でもあなたはそれでもと前に進んで、わたくしの手を引いてくれた。

 そんな相手に、もう憎いだとか、羨ましいとかはなくて。ただ……。

 

「憧れています。決して手に入れられない美しいものとして」

 

 芸術品は飾って愛でるだけで満たされた気持ちになる。

 でもフレンさんに対する想いはそれだけじゃない、と思う。

 そんな相手から告げられた愛の言葉を、わたくしはどう受け取ればいいか。

 いや、答えはすでに決まっている。けれど、それを素直に口に出すのは、なんとなく負けた気がするわけで。

 

「アタシのこと、好き?」

「……今後のご活躍次第、ってことでいいですわ」

 

 素直じゃないし、ヘタレのわたくしができる精一杯の返事はこんなもんだ。

 世界初の異種婚、だなんて言葉はわたくしには荷が重すぎる。だから曖昧に誤魔化して、問題は未来の自分自身に任せることにする。

 

「つーことは、脈アリ?!」

「今後のご活躍次第、と言っているでしょう?」

「えー、素直じゃないなー」

 

 今はこんな関係でいい。

 その、ほっぺたにキッスとか間接キスとか。そんなのは少し、というか大分はしたないとは思うけれど、こんな青春も悪くはない。むしろすごくいい。

 新たな道を切り拓いていくのは、いつだってフレンさんだ。

 指先でフレンさんの頭を撫でながら、2人で描く未来、なんてものを考える。

 きっと騒がしくて、騒々しいものに違いないけれど、そこには楽しいが詰まっているのだろう。わたくしの17年間で味わえなかった、たくさんの幸せが。

 こう考えてみれば、わたくしの心はとっくにフレンさんのものなのかもしれませんわね。

 

「むー、子供扱いすんなし!」

「十分大人ですわ」

 

 手を止めていたキットの作成に移る。

 尻目で嬉しがるフレンさんを視界に入れながら、ゲート処理を進めていく。

 これもまた、幸せと呼べることなのでしょう。暖かいな。

 

 ◇

 

【追憶の】ケーキヴァイキングについて語るスレpart3【アウトローたち】

 

1:名無しのアウトロー

ここはフォース『ケーキヴァイキング』について語るスレです。

ルールを守って楽しく語りましょう。

ケーキヴァイキング以外のフォースについては、別スレで語るようお願いします。

 

Q.ケーキヴァイキングってなに?

A.アウトローを名乗ってる4人組のガールズフォースです。アウトロー戦役が記憶に新しいですね

 

ケーキヴァイキングのメンバーは4人で、全員女の子です。

以下メンバーの簡単な紹介

 

ユーカリ:ケーキヴァイキングのリーダー。悪ぶったチワワ。ばっどがーりゅ

エンリ:かの有名なバードハンター。ユーカリにゾッコン

フレン:ギャルのELダイバー。友達1000人ぐらいいそう

ムスビ:ヴェイガンギア・シドを改造してくるやべーやつ。カオスMAX

 

ケーキヴァイキングのFAはこちらから!

【URL】

 

 ◇

 

64:名無しのアウトロー

死んだ……

 

65:名無しのアウトロー

あっ(察し

 

66:名無しのアウトロー

理解したわ

 

67:名無しのアウトロー

何が?

 

68:名無しのアウトロー

最近ケーキヴァイキングが投げたクリエイトミッションで負けたんやろ

 

69:名無しのアウトロー

先日ケーキヴァイキングがクリエイトミッションを作ったんだよ。

名前は『追憶のアウトローたち』っていうもの。

ケーキヴァイキングの歴史を連戦ミッション形式にしたものなんだけど、

恐らく鬼門がゼロペアー戦とケーキヴァイキング戦だな。

 

70:名無しのアウトロー

ゼロペアーは分かるけど、そんなに?!

 

71:名無しのアウトロー

ビームを無力化orかき消すIフィールドとゼロペアーのナノラミネートアーマー。

見えないところから不意打ちしてくるモビルドールフレン。

加えて機動性を重視した人間離れのレギルスNとガトリング。

NPDでも相当やばいな

 

72:名無しのアウトロー

その癖ゼロペアーはオーバーデビルの方だからビーム凍らすし、

上からは爆雷の雨。ビームサーベル並みの斬撃を持つビームリングとか。

これクリアさせる気無いだろって品々ですね。

 

73:名無しのアウトロー

えげぇ……

 

74:名無しのアウトロー

それでも抜け道があるのは実弾ぐらいなのが救いよな

 

75:名無しのアウトロー

バードハンター相手にするなら実弾は必須だし

 

76:名無しのアウトロー

なんだかんだあいつら強いからなー

 

77:名無しのアウトロー

この前も、ムスビちゃんがヴェイガンギア・シドでフォースボコボコにしてたぞ

 

78:名無しのアウトロー

ヴェイガンギア・シド……?

 

79:名無しのアウトロー

あのクリスマス恒例に出てくるクッソでけぇ箱のやつだろ? やべぇな

 

80:名無しのアウトロー

見た目はカオスMAXだったぞ

 

81:名無しのアウトロー

守備表示貫通してダメージ倍になりそう

 

82:名無しのアウトロー

盾を構えたら貫通して死ぬ

 

83:名無しのアウトロー

その前にサテライトキャノンで溶かされるけどな

 

84:名無しのアウトロー

うひょ……

 

85:名無しのアウトロー

加えて発射前後は周りにレーザーを散布するから、まず近づけない

ハイランカーぐらいなら行けると思うけど、サテライトまでのタイムでKOにしないとだから、かなりエグい

 

86:名無しのアウトロー

忘れてたけど、ノイ……ムスビも白ダナジン作ってくるぐらいには頭おかしいからな

 

87:名無しのアウトロー

ケーキヴァイキングの火力担当……

 

88:名無しのアウトロー

セッちゃんとの対面が楽しみですね……

 

89:名無しのアウトロー

FA書いた

 

90:名無しのアウトロー

マ?!

 

91:名無しのアウトロー

マジか

 

92:名無しのアウトロー

おぉおおおおおお!!!!!!

 

93:名無しのアウトロー

おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!

 

94:名無しのアウトロー

完全にマフィア

 

95:名無しのアウトロー

グラサン掛けて、黒スーツの4人。かっこいいな……

 

96:名無しのアウトロー

劇場版チワワ

 

97:名無しのアウトロー

チワワは何やってもチワワだけど、劇画調だからかっこいい

 

98:名無しのアウトロー

でもグラサン外したら丸目だろ?

 

99:名無しのアウトロー

馬鹿野郎、それがいいんだろうが!!

 

100:名無しのアウトロー

止めとけ。エンリがメイス投げてくるぞ

 

101:名無しのアウトロー

チワワに発情するわけないよなぁ

 

102:名無しのアウトロー

でも同族なら……

 

103:名無しのアウトロー

いうて、あのチワワはちょっとえっちというか

着崩してるダイバールックが目のやり場に困る

 

104:名無しのアウトロー

まぁ分かる。トランジスタグラマー好きにはたまらん

 

105:名無しのアウトロー

チビ巨乳いいぞ

 

106:名無しのアウトロー

あのバランスの悪いなりにいい感じがすごくいい

 

107:名無しのアウトロー

なんか頭が痛いみたいに見えるな

 

108:名無しのアウトロー

あああああああ!!!! 追憶のアウトロー死んだ!!!

 

109:名無しのアウトロー

お疲れ

 

110:名無しのアウトロー

お疲れ様

 

111:名無しのアウトロー

レギルスNとフレンの連携エッグい!!

 

112:名無しのアウトロー

あー、あれはやばいな

 

113:名無しのアウトロー

ゼロペアー対策もそうだけど、何気にフレムスの2人の連携がエグい。

多分屈指の難易度じゃないか?

 

114:名無しのアウトロー

確かに

 

115:名無しのアウトロー

シェムハザも忘れてないけど、全員が全員強敵というか

 

116:名無しのアウトロー

接近戦のシェムハザとゼロペアー

トリッキーに動くフレン

純粋な速度で追い詰めるレギルスN

 

うーん、この

 

117:名無しのアウトロー

これでダイバー乗ってないっていうからなぁ

 

118:名無しのアウトロー

あいつら、どんだけ強いんだ……

 

 ◇




プラモを組んでる途中に告白してくるプラモデル


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第59話:ケーキヴァイキングと春夏秋冬

始まる2度目の復讐。
今回と次回は割と長め


 暗い部屋。目の前に置かれているのは黒塗りのソファ。そこに座るのは4人。

 彼女たちは黒いサングラスと、漆黒に溶けそうなスーツのダイバールック。

 膝に肘を置きながら、トップバッターというべき、スラっとしたモデル体型の女性が前のめりでこう語り始める。

 

『わたしたちケーキヴァイキングは、フォース春夏秋冬に宣戦布告するわ』

 

 やや棒読みながらも、凛々しく数年前まで聞きなれた低音が耳の中に入ってくる。

 

『わたくしたちは日々あなた方を目標として修練をしてきました』

『よーするに、アタシたちの目の上のタンコブってこと』

 

 白銀と黄金の声を重ね合わせながら、彼女たちは淡々と、それでいて闘志を込めて言葉を紡ぎ出す。

 

『〇月×日の19時。私たちはあなたたちに挑戦状をたたきつけます。もちろん、受けてくれますよね?』

 

 それはある種の確信。ひときわ小さい女の子がその日時を告げる。

 もちろん、動画としてこの公開した以上、どちらも逃げも隠れもできない。元よりそんな情けない真似をするはずがない。

 

『ナツキ、わたしはあんたに勝つ』

 

 どこで買ってきたかは分からないけど、おもちゃの銃を突き付けられた動画は銃弾をガラスに撃ち放ったようなエフェクトを出して暗転する。

 誰が編集したかは分からないけれど、エンタメ性は十分だと思うよ、うん。

 

「挑戦状、叩きつけられちゃったね」

「そうだね」

 

 あのグラン・サマー・フェスティバルから数か月。

 噂はかねがね聞いていたけれど、そっか。エンリちゃんは乗り越えられたんだね。

 物思いに耽っている私のほっぺたを突いて、強引に話題をそらさせる恋人。

 

「他の女の事考えてる」

「また嫉妬?」

「そんなんじゃないけど、今の女はわたしなんだよ?」

「もう、また嬉しいこと言っちゃってー!」

 

 額をまるでキスのようにこすり合わせて熱を、愛を表現する。

 でもさ、私とエンリちゃんは切っても切り離せない関係なんだよ。最高のライバルで、私にいっぱいいろんなこと考えさせて、あなたに、ハルに出会わせてくれた。

 その点は感謝する。でも、それと本気で戦わないことは違う。今度は見せてくれるよね、エンリちゃん。

 

「わたしもさ、初めてビビッとくる感覚に出会ったよ。エンリって子に感じてたことってこんな感じだったんだね」

 

 真剣なまなざしでハルがそう言っているんだ。冗談は抜きで返事をする。

 きっとユーカリちゃんのことだろう。同じ近接のビット使い。これだけで相対する理由は十分なんだろうけど、ハルにはきっと何か感じるものがあったのだろう。

 

「セツ以来だな、本気で戦いたいって思ったのは」

「セツ以来なの?! やったー!」

「はいはい。作戦はどーする? いつも通りちびっこぶっぱに便乗して狙撃。混乱に乗じてナツハルがぶった切る感じ?」

 

 さすがに2年は一緒にいる相手だし、イチャイチャしててもお構いなしらしい。

 今はまじめな話してたし、それに混ざるのは当然の事か。

 確かにいつもの戦法であれば十分押しつぶせるだろう。けど、今回はそういう圧倒する戦い方はしない。

 あくまでエンリちゃんは私目当て。ハルはユーカリちゃん目当て。なら話は一つだ。

 

「ううん。向こうの作戦に、乗ってあげようかなって」

 

 今最高に悪い顔をしている自覚はある。でもこういうのは楽しまなきゃ損というもの。

 私、ナツキはあなたからの宣戦布告を丁寧に受け取るとしよう。

 そして、今度も勝つから。

 

 ◇

 

「うわ、動画結構伸びてるんだけど。ウケる」

「完全に注目の的じゃありませんか!」

 

 動画を作ろうと言ったのはフレンさんからだった。

 どうせ復讐をやるならド派手にやろう。冗談まがいに撮ったマフィアちっくな宣戦布告の出来に内心震えが止まらなかった。アウトローだよ完全にこれ! 私が求めていたもの!

 と、出来が良ければ、話題性もばっちり。

 なんと再生回数は1万越え。G-Tuberの再生数も真っ青だ。話題性ナンバーワンのケーキヴァイキングと今をときめく春夏秋冬の決戦に湧かない観客はいないわけで。

 

「派手にやりすぎたわね」

「あはは、結構映えてますね」

 

 俗にいうバズってる、というやつだ。

 エントランスロビーを歩く際もダイバールックを変えないと声を掛けられるなんてのも日常茶飯事だったし、その影響力は計り知れない。

 でも何故か私のことはバレるんだよね。なんでだろ。

 

「掲示板も盛り上がってるっぽいし、当日はめっちゃアガりそー!」

「え、ホントですか?!」

 

 ちらりとエンリとムスビさんの顔を見る。

 二人してその意図を察したのだろう。にっこりと笑って、それから……。

 

「見たらダメよ」

「ユーカリさんには早すぎますわ!!」

 

 と、掲示板を見ることを断られている。

 何故なんだろう。アウトロー戦役前まではちゃんと見てもいいよと言われたのに、それが過ぎてからはすっかりバツ印だ。

 今度フレンさんやムスビさんが見てない隙を狙って見ようか、ぐらいのことは考えているけれど、そのタイミングに限って二人とも私のところにいるし。暇なのかエスパーなのか。

 

「作戦はあれでいいんだよね?」

「えぇ。というか、これしかないですわ」

 

 ムスビさんが提案してくれた作戦は以下の通りだ。

 春夏秋冬の火力担当であるセツさん、索敵担当のモミジさんの二人を、ムスビさんとフレンさんが釘付けにする。

 その間に私とエンリでナツハルを分断。エンリとナツキさんの1対1を再現するというものだった。

 もちろんこれに欠点があるとすれば、エンリ以外のメンバーがやられた場合のケアができないこと。分断後に合流なんてされたら、流石のエンリも対応ができない。

 

「この作戦は誰かが戦闘不能になれば、その時点で瓦解する。キーパーソンは特に、ユーカリさん。あなたですわ」

 

 ナツハルのコンビネーションを止めるにはハルさんと対面する私が撃墜されないことが条件だった。

 ハルさんの実力は未知数だけれど、分かっていることがあるとすれば、ナツキさん並みに強いということ。これは動画を見ていれば分かる内容だった。

 

「時間稼ぎとは言いません。絶対に叩きます」

「頼もしいわね、ユーカリ」

 

 決戦日までは近い。だからそれまでに仕上げる。

 ハルさんの胸を借りるだなんて言わない。絶対勝つ。

 

 ◇

 

 ◯月×日。フォース戦のバトル場所にやってきたのは私たちケーキヴァイキング。

 4人の視線の向こう側にいるのは、春夏秋冬の4人であった。

 

「逃げずに来たことは褒めてあげる」

「お褒めに預かり光栄だよ、エンリちゃん」

 

 龍と虎のように牽制し合う2人は置いておいて、私はフォース戦の申請を行う。

 

「バトルはフラッグ戦でどちらかのフラッグがやられたら負け。どうですか?」

「なるほどね……」

 

 ナツキさんが納得したようにちらりとエンリの方を見た。

 そう。今回のフォース戦をフラッグ戦にする理由はたった1つしかない。

 ナツキさんとエンリの一騎打ち。そのためにエンリの戦いやすい舞台である地上を選んでいる。重力がある方が戦いやすいらしいし。

 ただ、相手は空域の支配者と蒼翼のサムライ。どちらも空中戦のエキスパートだ。

 でも、関係ないですよね、エンリ。だって、あなたは私の……。

 

「いいよ。春夏秋冬のフラッグは私、ナツキがやる」

「え?!」

 

 明らかな挑発行為。まるで『戦うことを誘導』しているかのような不自然さだ。

 そういう事なら話は早い。エンリとアイコンタクトをして、おもむろにうなずく。

 

「分かりました。こちらも相応しい相手をフラッグにさせていただきます」

「それはよかった!」

 

 差し伸べられる手の意味は間違いなく握手。

 

「お互い、悔いのないように頑張ろう」

「……はい!」

 

 これはエンリのもう一度の復讐。巡ってきた彼女への機会。

 大丈夫です。エンリなら絶対成し遂げられる。

 ナツキさんの手を握って、勝利のためにと心に誓う。このための、この日のために私たちは頑張ってきたんだ。だから、絶対負けない。いや、勝つ!

 バトル承認の合図とともに、ガンプラが召喚される。フォース戦のゴングが鳴り響いた。

 

 ◇

 

 作戦通り、まずはわたくしのヴァイキングギアとゼロペアーのメイスで土煙を作成。紛れてその場を離脱してから、フレンさんのミランド・セルでヴァイキングギアごと隠蔽する。

 背中に乗ったモビルドールフレンと共に砲撃ポイントに移動し始めた。

 

「分かってると思いますが、この戦いはエンリの復讐戦です。なので……」

「分かってるってば! アタシたちはギャルとセッちゃんを釘付けにする。混乱に乗じてナツハル分断ね!」

 

 『混沌のシグマシスバースト』はとにかくチャージに時間がかかる。やってることはサテライトキャノンですからね。

 場所を特定される心配もあるから、狙撃攻撃にはフレンさんが控えているクイーンズランド・セルを起用している。防御面はこれで問題ない。のだが……。

 

「なるたけ低空で、ジグザグに。でないとモミジちゃんの『目』に引っかかる」

 

 ハイザック・バトルスキャン、その性能はとにかく索敵に長けている。

 6基のドローンと3基のリフレクタービット。そしてバックパックに存在している3本の猟銃。ビームランチャーとヅダの対艦ライフル。そして中近距離のビームライフル。そのどれもが中距離戦以降での戦いを重点においている。

 曰く、そのギャルは13km先のハシュマルの頭部を貫いた。そんな噂まで広がっているレベルだ。故に、目がいいのは確かである。

 

 そう、だからだ。早々に仕掛けてくる自信があったのは。

 ビームの音と共に上空へ一本の閃光が通過する。

 

「仕掛けてきた?」

「いえ、あれは恐らくわたくしたちの炙り出しでしょう。少し高度をあげますわ」

 

 ヴァイキングギア・シドはその巨体から地面スレスレで飛べば土煙が必ず上がる。

 だが上空に上がりすぎれば、それだけ索敵に引っかかる可能性がある。

 ミランド・セルの隠蔽機能も、どこまで対応しているか分からない。

 ですが遙か上空を通り過ぎたビームでなんとなく理解する。今は当たりを付けている段階。つまり、こちらの隠蔽精度のほうが上。

 

「フレンさん、熱源はどこからですか?」

「んーっと。ちょっと分かんないから、2射目待ちかな」

 

 こちらに気を取られている間に、決着が着けばいいのですが。正直、怖くてたまらない。

 その時だ。2射目のビームの閃光がわたくしたちがいた高度を通過する。

 

「あっぶなー! でも特定できたよ! だいたい3時の方向、詳細をデータリンク!」

 

 よしよし。情報アドバンテージはこちらの方が上。ならばこのままさっさと『混沌のシグマシスバースト』を放って、ユーカリさんのところに合流すれば……。

 だが、そうは問屋が下ろしてくれないのは相手のギャルスナイパー、モミジさんであった。第3射目は、明らかにこちらを明確に狙ったスナイプショット。ギリギリのところでシドユニットの翼を翻して、ビームが空中を割く。

 

「はっ? どゆこと?!!」

 

 どういうことか聞く前にデータリンクによって確定した情報をわたくしに共有する。

 1射目から3射目。どれもビームの角度が違うのだ。1つ目は5時方向。2つ目は3時方向。3本目はなんと7時の方向。

 

「フレンさん。ひょっとしてこれは……」

「間違いないっしょ。アタシら、もう補足されてる」

 

 リフレクタービットの存在を忘れていたとは言わない。だがこういう跳弾は基本受け取る側のテクニックの1つだ。だから攻め側が意図的に、計算しながら寸分違わない角度からの一撃をできるわけがない。

 てっきり驚異はセツさんの方だと思っていたが、それは誤ちだった。

 正確には、どちらも驚異。そして、イカれているのはギャルスナイパー、モミジさんの方であることだ。

 

「どうするんのさ、アタシらまだ向こうを補足してないのに!」

 

 戦闘の基本は相手の裏をかくこと。だけど、あまりにも情報が足りない状態で、切り札を切るのは早計すぎる。どうする。必殺技なんて逆転技能はなく、肉食動物に狙われる獲物の気分でいるわたくしたちになにか逆転の一手は……。

 

「や、一つだけあるかも」

「……恐らく、それしかありませんわね」

 

 思いついた作戦は至ってシンプルながら、この状況であれば最適解かもしれない。

 問題は向こうがデコイやミラージュコロイドを見抜いた場合ですが。

 

「ダイジョーブ! アタシを信じてよ」

「はぁ、分かりましたわ。フレンさんにこの作戦の全権を担ってもらいますわ」

「合点承知!」

 

 わたくしたちは作戦を遂行するために、持ち場から2方向に別れる。

 1つはわたくしの『混沌のシグマシスバースト』を発射するために。

 もう1つは、クイーンズランド・セルを起動するために。

 

 ◇

 

「うーん……」

「どーかしたの?」

「いや、反応が妙なんよ」

 

 索敵範囲に突如現れたヴァイキングギア・シドはその場で待機している。

 おかしい。フレンちのミランドは隠密に優れていると聞いていたけど、こんな簡単に燃料切れするかフツー。

 

「ね、撃ってもいい?」

「ちびっこはサテライトキャノンへの対抗策だからダメ」

「ケチー」

 

 今、撃ってもいいはずなんだけど、何だこの踊らされている感じ。

 狩りをしていたと思えば、実はあたしたちの方が包囲網で囲まれていたような、獣に牙を突き付けられているような。

 

「ちびっこ、今からヴァイキングギアを攻撃する。あんたは嫌な予感がしたら、ハモニカ以外で攻撃して」

「おっけい!」

 

 ガンダムXディバイダー由来のビームマシンガンを手に、空中を睨むちびっこ。

 さーて、鬼が出るか蛇が出るか。引き金を引こうじゃんか!

 狙いを定めて、あたしはビームランチャーの引き金を引いた。

 ぐんぐん伸びるビームの閃光はヴァイキングギアの胴体を貫き、爆発させた。

 そう。まるで『バルーンが弾けたように』

 

「でかお姉ちゃん、上!」

「やっぱり来たか!」

 

 敵影は……は?!

 

「5機のヴァイキングギア?!」

 

 索敵に突如現れたのは5機のヴァイキングギア。

 4機は後方に待機。1機がこちらに接近。

 そうか、さっきのはデコイにGN粒子とミラージュコロイドを混ぜた偽物。2つの粒子を混ぜて、反応をヴァイキングギアのものにすれば、目視で捉えられない距離なら偽装は可能、ってことか!

 

「ど、どれー?!」

「後方4機のどれかが本物。で、こっちに来るのはフレンちだ!」

「んじゃあ!」

「ハモニカ砲スタンバイっつーことで!」

 

 ヴァイキングギア・シド。いや、偽装したフレンがこちらにスタングルライフルを撃つ。

 その場から散開。更に熱源反応が月から接近って、相手バリバリにサテライトキャノンを撃つ気満々じゃん!

 あのフレンを処理しなくちゃハモニカ砲は撃てない。

 だけど、処理している間にサテライトキャノンが放たれる。考えたじゃんか。

 

「でも!」

 

 スキーヤーのように移動しているけれど、所詮は思考する獣。ならば、そこに癖がある。例えばそことか!

 

『っ!』

 

 フレンの肩シールドにヒット。まだ足りない。

 

『こっちだって!』

 

 構えた瞬間に放たれたのは爆雷の雨。舌打ちしながら、その場を離れつつ、牽制球として1本ビームの跳弾を撃ち込む。

 クイックステップによって躱されるものの、こっちの攻撃に耐性はないらしい。なら踊ってもらおうじゃん。

 ビームランチャーを即座に手放し、サブアームからビームライフルを取り出す。

 放ったスタングルライフルがビームランチャーを貫通させるけれど、そんなのは関係ない。リフレクタービット3基の連携攻撃。その中心にいるのはフレンち、あんただけだよ。

 放った一発目のビームライフルがリフレクタービットに跳弾。光の翼を掠めるもののそれだけじゃ終わらないのがこのビームサーカスだ。

 

『ちょ?! 2発目? や、3発?!』

 

 ビームサーカス。それは読んで字の如くビームの跳弾を利用した監獄。

 まだ計算が間に合ってないから失敗する事が多いけど、足止めするには十分だ。

 

「ちびっこ!」

『ムスビちゃん!』

 

 周りのデコイが爆発しながら、眼前には蒼い星。

 レーザーで周囲を焼き焦がし、自身も排熱のために光らせるその身はビッグバンにも似たような、そんな蒼き龍の姿。まるで、破壊神だ。

 

「クアドラプルハモニカ砲……」

『混沌のシグマシス……』

 

 呼応するのは火力の妖精をほしいままにしたELダイバー。

 破壊神が相手ならば、こちらも破壊神を出すしかない。

 

「はっしゃー!!」

『バーストォオオオオオ!!!!』

 

 交差する蒼き閃光と、76ものビームの雨。

 ぶつかり合う魂たちが、今対峙する。




蒼い巨龍VS火力の妖精


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第60話:ヒーローと復讐の果て

旅の終わり。復讐の終わり


 ヒリつくのは戦いの空気を味わっているからか。それとも目の前で交差されるビームサーベルのバチバチによるものなのか。それが分からなくなってしまうぐらい、今、私は闘争本能の赴くままに斬り合っている。

 

「っ……」

『流石、アウトロー戦役の英雄って感じだね』

 

 その割には私の攻撃をすんなりいなしてるじゃないですか。

 ビームサーベルの斬撃にガトリング砲によるファンネルを全て回避。

 代わりと言わんばかりにビームサーベルビットによる追撃が待っている。

 身を捩りながら回避。もしくはビームサーベルで受け流すことで、これを避けきる。

 

 目の前の桜色のガンプラ。ガンダムファイルムの完成度は異常だ。

 ビットの精度も完璧なら、その強度だってとにかく硬い。日々の積み重ねとダイバーの相性。そして何より、完成度に裏付けた自信。

 私が目指すべき場所があるとすれば、迷わずそこを選ぶだろう。

 ハルと名付けられた桜色のダイバーは、間違いなく強敵だ。

 

「だけどっ!」

 

 私だって負けてられない。だってケーキヴァイキングのリーダーだから。

 エンリの恋人だから!

 

 スラスターを開放しながら打ち出すのは腕のミサイル。

 まずは牽制球。ファイルムに到達する前にビットによってミサイルは撃ち抜かれ、代わりに襲いかかってくるのはGNソードガン。

 確かシグルブレイドと同じ実体剣だったはず。まともにビームサーベルで受けても引き裂かれてしまう。なら……。

 襲いかかる剣を進行方向にビームサーベルでスライドするように受け止める。

 もちろんスライドだ、真正面からじゃない。バレエのようにくるりと回転させた身体からのカウンター。まずは左腕、持って行かせていただきます!

 明らかに突いたスキ。そのスキを、ビットが許すはずがない。それも想定内。ドッズビームガトリングとガトリングガンの両方で殲滅しつつ、左腕を持っていくつもりだった。

 

「なっ?!」

 

 左腕はシールドも兼任していたワイヤーブレイドによって防御される。この人、目が別々に動いてるんじゃないよね?!

 

『お返し』

 

 パリィするように弾かれた私と切り替えしたGNソードガンが狙うのはコックピット。

 こんなところで、刺されてたまるか!

 オーバーヘッドキックの要領で空中を一回転。コックピットを蹴り飛ばしながら、GNソードガンによる攻撃をなんとか回避する。

 ハルさん、一挙手一投足が確実に相手を殺すセンスを感じる。伊達に修羅場をいくつもくぐってないように見える。

 だけど、それ故に殺意の方向性は真っ直ぐで、なんとか回避できている状態だ。

 荒い息を整えつつ、目の前の強大な相手に4枚のシールドファンネルを携える。

 

『ユーカリ、だったよね。わたし、あなたと戦えるのを楽しみにしてたんだ』

「え?」

 

 意外だと思った。エンリではなく、私と?

 

『お互い近接型のオールレンジ使い。考えていることが一緒で、なおかつGBNのセンスがいいって思ってたんだ』

「……それはお互い様ですよ。あんな攻撃受けきれないと思ってたので」

『あはは、それは同感。でも予想以上だった』

 

 まるで『今まで手加減していた』かのような言い方。

 呼応するように、ファイルムの右腕からGN粒子が溢れ出しているように見える。

 見上げる視線の先。そこには桜色に満開のごとく咲き乱れる、粒子の花びらが舞い始める。

 

『わたしの全力、見せてあげる。トランザム・紅桜』

 

 目に見えぬ。いや、見える。見えるけれど捉えきれない。

 突如消えたようにいなくなったのは、つまるところ今までのスピードではなく、それ以上の『3倍』のスピードで視界からいなくなったということ。

 センサーは上空。太陽を背に向けながら、GNソードガンを振り下ろす。

 ギリギリのタイミング。だけど避けられないほどじゃない。コックピットの先端、フラッシュアイのドクロに切れ味を残しながら、これをなんとか回避する。

 だがこれだけじゃ終わらない。ビームライフルビットによる連射を加えながら、突進するファイルムの刃を、ビームサーベルでなんとか受け止める。だけど、シグルの刃じゃこれは崩される。

 体制を崩されながらも、右脚でファイルムの胴体を突き飛ばし。加えてレッグミサイルもばらまく。すかさずドッズビームガトリングで連射を加えつつ、シールドファンネルのIフィールドでビーム群を受け止める。

 もちろん煙の先にはファイルムがいない。上じゃない。今度は下か!

 とっさに逃げるように空中へと飛び出す。直後、下からの奇襲、コブラによる斬撃が襲いかかる。

 レッグミサイルはまだリキャストが溜まってない。ビームサーベルで弾き返しながら、なんとか距離を取るべく空中に黒い線が走る。追うのは桜色のコントレイル。今度は左か!

 

「少しはっ! 手心というものをっ!」

『本気じゃないと、ダメじゃん!』

 

 まるで鳥かごにいるような感覚。脱出しようにもシールドファンネルのIフィールドでビット攻撃を無力化するので手一杯。

 シェムハザ自身はファイルムのトランザムによって立ち往生。

 なんて、なんて強いんだこの人は……!

 

『ちぇすと!』

 

 続いて襲いかかるのは、剣だけ?! 弾いた先にいるのは誰もおらず、これが囮だったということに気づくのはコンマ数秒。次の瞬間には左腕がワイヤーブレイドによって挟まれていた。

 手首を回転させてワイヤー部分を切断するも、ワイヤーブレイドによる切断も同時。

 まんまと嵌められたシェムハザの左腕が両断、爆破される。

 爆風に煽られて逃げようとしても、今度はビット。小手部分のミサイルポットを起動して、ビット破壊。残りは3つ。

 背後から迫るのは桃色のビームサーベル2本を持ったファイルム。

 流石にそこまで視界は広くないんだよぉ!

 振り向きざまにフラッシュアイを点滅。残り数センチでコックピット両断のところを回避する。

 強い。その強さに直結するところが相手にすることへの面倒臭さ。

 ねっとりと張り付いて、スキを伺い2本の腕で斬り裂く。それこそが彼女のやり方。強さの所以。

 トランザムの時間はおおよそ3分。今はたったの1分しか過ぎ去ってない。これを後何セットやればいいんですか。

 でもビームサーベル相手なら斬り裂かれる心配はない。なら幾分か勝利の可能性は見えてくる。

 

『安心して、わたしだって鬼じゃない。ナツキの相手の邪魔はしないから』

 

 それは救済の一言だったかもしれない。

 

 ――だとしても。

 

「関係ありません。私はハルさんに勝ちたい。私だってエンリに相応しい女なんだからッ!!」

 

 迫りくるファイルムに対してミサイルを撃ち込むが平然と回避。

 もう慣れてきた。フェイントを掛けながらも、その自前のスラスターで接近戦を繰り広げる。だったら次来るのは恐らく……。

 振りかざした右手を回転させて、擬似的なビームバリアを再現。躊躇しているすきを狙って、ガトリング砲が火を吹く。

 仕留めそこなって、ビームと弾丸は宙を泳ぐけど、今のでだいぶ見えてきた。

 

『……やっぱり見込んだとおりだよ』

 

 受け止めながら、流しながら。集中力全部使い切ってでも、ここでトランザムは打ち止めにさせる。そうでもしないと勝てない。

 激しくなる攻撃の一方で、私の中での逆転案は1つ。それはトランザム切れを狙っての必殺技『スーパーパイロット・プライド』。でなければ勝てないッ!

 残り1分。相手も焦れてきたのだろう。だけど、焦らない。私はまだ勝ち筋を諦めてなんかいない。

 もうシールドファンネルは、ビット群は存在していない。攻撃の最中に全て消し飛ばした。だから後は本体同士のぶつかりあい。

 

「もうそろそろなんじゃないですか、トランザムの有効時間は!」

『……そうだね。通常であればその時間だね』

 

 剣戟を続けて、残り5秒。

 向こうが引いた。それならこちらも打って出る!

 

「スーパーパイロット・プライドッ!!!!

 

 伸びるビームサーベル。出力をMAXにしたこの一撃。もはや受けきれるはずがない!

 

『トランザム・七分咲き!』

 

 居合抜きのように受け止めた右腕の桜色の粒子はまだ生きている。いや、それどころかチカラを増している?!

 

『わたしのトランザムは4分間なんだ!』

 

 3倍×2の6倍のチカラを瞬時に出しているファイルムはまさしく性能の暴力。

 例え必殺技でさえも、その威力にはビームサーベルを折らずにはいられなかった。

 桜色のコントレイルが宙を舞う。ラインを引くように、絶望という名の刃が格の違いというもので斬り捨てる。

 でもッ!

 泣きそうにになりながらもそれでも前に。前に。

 

「前にッッ!!!」

 

 ビームサーベルを投げ捨てて、真正面にいるファイルムへと抱きつき、そのまま地面へと叩きつけた。

 負けは認める。だけど、最後に足止めだけはさせてもらう。

 自分の足に向けて、右腕の最後のミサイルを思う存分叩きつける。

 

『試合に勝って勝負に負けたかな』

 

 狙いは誘爆。レッグミサイルを所持している足に向かって爆発させるのだから、ダメージはそれだけ大きくなる。

 要するに自爆行為だ。それでも足止めになるのなら、私は喜んでこの身を捧げる。エンリの勝利のために!

 

「だから、これでッ!!」

 

 勝利のための狼煙は、刹那の爆発。

 届かないことを知った。個人的には悔しいけど、今日は私のためのバトルじゃない。

 お願い、勝って。エンリ。

 

 ◇

 

 反応。ロストは3つ。そっか、負けたか。

 だけど、目の前にいるこいつを倒してからそっちに行く!!

 繰り広げられるのは刃と爪の交差。殺意のぶつけ合い。

 

『こっちもハルとセツちゃんがやられちゃってるんだ。だからッ!』

「関係ないわ! これはあんたとわたしのデュエルよ!!」

 

 闘志はむき出しにする。それでも冷静に、冷酷に。

 テイルシザーやマシンキャノンを交えた連撃を器用に無力化していく相手に苛立ちと焦りを覚えながら、それでもと食らいつく。

 地の利は向こうが有利。だけどこちらには氷でできた足場がある。これがある限り、地上戦と同じことができる。

 

『やっぱそれきついな』

 

 ミラージュコロイドの光の翼でくるりと後退。そのまま舞台は地上へと落ちていく。

 行かせはしない。何をしでかすか分からない、その攻撃に付き合っているどおりなんてないんだから。

 最短距離で上に氷を生成して、跳ね返るように地面へと飛んでから着地。ビーム砲を連射しつつ、接近していく。

 ここまでビーム攻撃は一切してきていない。熱を凍らせるオーバーフリーズシステムがあるからだろう。だから近づく一方で光の翼を翻して接近することは読めていた。

 爪で受け止めながら、もう片方の腕で氷の壁を生成。続けてテイルシザーでコックピットを狙いに行く。

 もちろんその攻撃は受け止めるでしょう。だから今度は足で回し蹴りだ。

 捉えた。氷の壁に叩きつけたオーバースカイは地面を何度かバウンドしながら、縦回転に吹き飛んでいく。土煙が上がっているけど、そんなのは関係ない。殺意をこの右手に籠めて、脚部に力を込め、一気に放つ。

 こいつで、トドメだ!

 

『そう来ると思ってたよ』

 

 襲いかかるのは3本の刃。

 2本はビームブーメランだとして、もう1つはビームチェーンか!

 オーバーフリーズシステムだとしても、この不意の一撃を受け止められない。ビームブーメランを身体に受け止めつつ、ビームチェーンで握った右腕を中心に勢いよくに舞い上がる。これは、背負い投げか!

 なんとかオーバーフリーズシステムを起動させ、地面に叩きつけられた衝撃で、拘束を解く。まずい、フィードバックで身体が軋む。痛みに震えるわたしの前に突きつけられたのは、ナツキのガーベラストレートであった。

 

『エンリちゃん、乗り越えられたのは認めるよ』

「あんたも、そうだったのね」

 

 ナツキもずっと考えていたのかもしれない。

 わたしとの決勝戦。本気を出しきれなかったことを。

 わたしだけじゃなかったのだろう、決勝戦に悔いが残っていたのは。

 

『私も、ずっと悩んでた。一時期はガンプラも辞めて、もっとちゃんとした子になろうって。でもハルのおかげでこうしてまたここに立ててる』

「そう……」

 

 わたしもよ。ずっと悩んでいた。

 実際のところ2年前からその存在は知ってたし、タイミングを見計らって襲いかかろうとも思った。

 だけど、あんたはあの時からずっと幸せそうだった。そんな相手を見たら、気持ち萎えるじゃない。何のために泣いたのか、とか。何のために復讐なんてしてるのか、とか。

 幸せそうなあんたを見ていて、わたしはずっと戦えなかった。

 

『エンリさん!』

『エンリちゃん!!』

 

 そんな時だったのよ、ユーカリに出会ったのは。

 アホで、犬みたいで、ずっとかわいいって思ってたけど、そんな子がわたしをヒーローって呼ぶのよ。

 愛しいあの子が、ヒーローって。エンリって呼んでくれるだけで……ッ!

 

『エンリ。勝って!』

 

 わたしは、それだけでいい。それだけで戦えるッ!

 右腕はまだ生きている。左腕だって。足だって!

 爪で弾いてから、すぐさまドロップキックを叩きつけ、なんとかその拘束を解除する。

 オーバースカイがすぐさま空中に飛ぶので、その後を追う。

 何を考えているの、ナツキ。高度が上がれば上がるほど、地の利は上回っていくけれど、氷の床がある以上、わたしと空中戦をするのはあまり得策ではない。ならなんで……。

 

『確か、この高度だったよね』

「……あんたも、粋なことするじゃない!!」

 

 高高度での戦い。見覚えがある。聞き覚えがある。

 決勝戦の続き。本気でのやり直し。あの頃とは違くても、その時の想いは1つ。

 勝ちたいという情熱だけ!

 

 氷の壁や床を生成しながら、縦横無尽に飛びかかるも、ミラージュコロイドが幻惑として立ちはだかる。あぁ、これだから面倒くさい。これだからナツキとのバトルは楽しい。

 けれど、リソースをそんなに使っても大丈夫かしら。ずっとは保たない。それはあんたが1番証明していたでしょう!

 

『エンリちゃん、やっぱり強い』

「ナツキこそ。腕は鈍ってないみたいねッ!」

 

 ミラージュコロイドを切っても、以前斬り合いが続く。

 埒が明かない。どちらも、決め手にかけている。だったら……。

 

「ゼロペアー、あんたの本気全部貸しなさい。ここにはわたしと、ゼロペアーと、ナツキがいる。これ以上にないほど素敵な復讐劇でしょう?!!」

『オーバースカイ、あなたの雪辱戦。あなたの後悔が詰まってるこの場所で、本気を出さないのは相手に失礼。そうだよね』

 

「『あんた(あなた)も!!!』」

 

 蒼翼が輝き始め、ゼロペアーの周囲が凍てつき始める。

 瞬間に始まるのは時限強化による激突。トランザムとリミッター解除の小宇宙。

 

 追いつかないわけではない。食らいついても離れないのはお互い様。

 だからこそこの戦いは楽しい。本気と本気のぶつかり合いなんだから。

 複雑に連なる氷の螺旋をすり抜け、オーバースカイが斬る。

 これを回避して、続けて裏拳。これも回避される。だけど、これならどう?!

 

「オーバーフリーズ・クライシス!!!」

 

 氷の炎がオーバースカイのガーベラストレート目掛けて一気に立ち上っていく。

 それがあんたのメインウェポンで、他の兵器はビームを併用するからこの状況において困難を極める。それが刀一本で戦ってきた代償よ!!

 

『痛いところを……ッ!』

「さっさと、落ちなさい!!」

 

 加えてテイルシザー+本体のゼロペアークロー。これだけの攻撃、流石のあんたでも受けきれるはずがない。

 

『しまっ!』

 

 絡みついたのは刀を持っていない腕。わずかでも行動を鈍らせたのなら十分。

 氷の床を駆け上り、爪を突き立て、勝利をもぎとるために。

 

「わたしの復讐の糧になれ!!!」

 

 その瞬間だった。恐らくここが勝負の分かれ道。

 投げたのだ、ガーベラストレートを。

 

 とっさの行動。ありえないはずの、メインウェポンを手放したことへ動揺している内に右肩に突き刺さり角度がずれる。

 腰の部位を貫通させたゼロペアーの爪を早く抜かなければ。その硬直が、最後へのカウントダウンだった。

 

 突き刺されたのは上から。

 おおよそ腰にマウントしていたのであろうビームサーベルを抜き取り、コックピットを貫いたのだ。

 

「……また、勝てなかったわね」

 

 後悔とも言うべきだろうか。それともまた別の……。

 この胸の奥にある奇妙な満足感は戦って負けたから? いや違う。やっと、ライバルとの本気のバトルが出来たから嬉しいんだ。良かった、楽しかったんだ。わたし。

 

『エンリちゃん』

「……なに?」

『楽しかったね』

「……そうね」

 

 あぁ、本当に楽しかった。

 ユーカリ、わたしはもう大丈夫みたいよ。だから安心して。

 でも、後で思う存分……泣いてもいいかしら?

 

 復讐は果たされた。

 でも、それはそれとして、やっぱり悔しいのよ。

 人前で泣いてるところなんて見せたくないけれど、あなたになら。ユーカリになら見せられるから。

 

 青と黒の閃光は倒れる。役目を終えたように。疲れたから休むみたいに。

 お疲れ、ゼロペアー。帰りましょう、わたしたちのケーキヴァイキングに。




お疲れ、ゼロペアー。お疲れ、わたし

次回最終話です。


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最終話:これが私たちの、リレーションシップ

それがケーキヴァイキングのこれから
最後は少し短めです。


 たくさん、いろんなことがあったように思える。

 思えるだけで、実際は少なかったかもしれない。大した時間は経ってないかもしれない。

 でもわたくしたちが刻んできた時間の重みは、きっとそこら辺にいるモブたちには分からないぐらい重たいんだ。

 

「っはー、負けた負けたー!」

「真正面から撃ち破られましたわね」

 

 文字通りその弾丸がすべてを決したと言っても過言ではなかった。

 それなりに遠かったし、なんだったら『混沌のシグマシスバースト』だけで決着をつけることができたと思っていたが、ランカーの世界はそんなのじゃ対抗できないぐらい果てのない世界だった。

 

「あんな状態から狙撃してくるとか思わんっしょ」

 

 決め手は対艦ライフルの弾丸。

 鈍色の流星がヴァイキングギア・シドの頭部を狙い撃ち破損。セツさんを犠牲にしながらも、撃ち貫いたコックピットは爆発。その後はもう訳が分からないうちにフレンさんも撃破され、ゲームセット。向こうの勝利となった。

 

「悔しいなー。アタシとムスビちゃんなら行けるー! って思ったのに」

「過信は禁物ですわ。過信こそが敗北の原因となる。もっと精進しなくては」

 

 本当は、こんなに熱を入れるつもりはなかったんですのに。

 最初はユーカリさんと遊べればそれでいい。あわよくば告白して、恋人関係に、なんて思ってました。けれどそれは失敗に終わって。

 今隣にいるのはうるさくて、わたくしをかどわかす悪い猫。

 その豊満な胸を腕に押し付けて、何がしたいんだか。そんなんでわたくしを落とせると思ったら大間違いです。

 

「ね! 今日はどっか飲みに行かない?」

「あなた、また介抱されますわよ」

「そんときはムスビちゃんに助けてもらうからさー」

 

 またそんな人任せな。

 そんなだから負けたのでしょう。

 

「わたくしが介抱するだなんて一言も言ってませんわ!」

「でーもー、後見人でしょ? マギーちゃんはよくしてくれたっけなー」

 

 このギャル……。

 人と人を比べてはいけないと有史以来ずっと言われていることでしょう。

 果たしてそんなことを口にしたのはいつの誰だかは全く存じておりませんが。

 まったく、しょうがない子ですね、あなたは。

 

「分かりましたわ。マギーさんのバーでよろしくて?」

「よろしくてー! よーし、今日は飲むぞー!」

「わたくしはジュースでも頼んでおくことにしますわ」

 

 酒飲みギャル。属性としては完全に真っ黒ですこと。

 まぁでも、あと3年もすればわたくしもお酒を飲める日が来る。

 その時は美味しいと思える日が来るんでしょうか。過去を振り返って、あの時はつらかったね、って笑い話になる日が来るのでしょうか。

 

「えー、マギーちゃんだって見逃してくれるって!」

 

 隣にいる金髪緑眼の乙女を見て思う。多分だけど、この子となら新しい未来を作っていける。

 そしたら、過去話を肴にしながらお酒を飲むんだ。

 さぞや美味しい飲み会になるだろうな。

 

「そんなはずあるわけありませんわ! それに、わたくしが酔ったら誰が介抱すると思っているんですの?!」

「ムスビちゃん、弱そうだしねー」

 

 こんな日々が続くなら、必ず。

 わたくしはただのムスビ。ノイヤーでもなく、幽霊でもなく、ただのムスビ。

 フレンさんの隣にいる限り、ただのムスビでいられる。それには感謝しているんですよ。

 

「3年後、吠え面かくことをお待ちしておりますわ!」

 

 ご機嫌なように珍しく「おーっほっほ」なんて下品な笑い方をする。

 まぁ、こんな日があっても悪くはないですわね。

 

 ◇

 

「負けたわね」

「負けましたね」

 

 春夏秋冬への挨拶もそこそこに終わらせて、私たちは海岸線のベンチへと座っていた。

 時刻はもう夜で、真っ暗で。街灯が提灯のように光って、暗い海をわずかでも照らしているかのように見えた。

 つま先で地面を少しだけいじくりながら、春夏秋冬との戦いを振り返っていた。

 

 私の戦いは、正直終始圧倒されていたと言っても過言ではない。

 トランザム抜かれてからの動きは防戦一方。ハルさんはランカーではないものの、そのぐらいの実力があると言われていることを加味しても、すさまじい攻め方だった。

 ファイルムという桁違いな性能のガンプラ。パイロット技能による適正。そして単純な技量。このどれもが私に足りなかったものだった。

 悔しい。単純にゲーマーとしての感性がそう叫ぶ。

 悔しい。エンリの領域までまだ遠いということを自覚してしまった。

 悔しい。何より、エンリの前で負けてしまったことが。

 本気で戦って負けると、こんなにも悔しいんだ。

 

「…………」

「…………」

 

 二人の沈黙が交差する。

 エンリの戦いも実に惜しい戦いだったと思う。少なくとも傍から見て。

 あの時、確実にイニシアチブが有利だったのはエンリだ。だからとっさの行動、メインウェポンを投げるということがなければ、勝っていたのはエンリで間違いはない。そう、そのイレギュラーが発生するから対人戦とは難しく、怖い。

 きっと私以上に悔しいのは、エンリの方だ。悔しくて、憎らしくて。やっと果たしたと思った復讐がすんでのところで防がれたのだ。

 ジャイアントキリングは成し遂げられなかった。

 

「……はぁ、あーあ。負けたわね」

「エンリ?」

 

 いつものように吐き出したため息からさわやかさを感じてしまうほどのすがすがしい敗北宣言。

 その言葉に驚くけれど、思い返してみれば当然のことだった。

 彼女は本気ではないナツキさんと戦い、勝ってしまったことを根に持っていた。

 本質は本気かどうか。全力と全力をぶつけあって負けたんだ。そこに悔いは残っておらず、勝っても負けても、満足感だけが満ち溢れていたのかもしれない。

 

「負けた。負けたわ。スッキリした」

 

 言葉だけはすごく清々しく聞こえる。

 でも、その声は少し湿っぽくて。まるで涙を我慢しているかのような、悲しみを我慢しているみたいな、そんな胸の苦しさ。

 寄りかかってきた肩は少し震えていた。私の方が身長は小さいはずなのに、今だけはエンリの方が小さく感じたんだ。

 

「エンリ」

「何よ」

「我慢しなくても、いいんですよ?」

 

 鼻をすする音と今にも崩れてしまいそうな笑顔は、誰の目から見ても無理しているって理解できた。

 だから彼女の方へ腕を広げる。胸の中で泣いていいって。エンリの悲しみを一番最初に受け止めるって、エンリの恋人なら当然のことだと思ったから。

 

「ユカリ……、みっともないところ見せてもいいの?」

「はい。エンリの強いところも、弱いところも、全部受け止めるって決めましたから」

「……そう、だったわね」

 

 いつかのエンリの告白を思い出す。

 あの時は自覚していなかったけど、今なら分かる。

 私はちゃんとエンリを愛せることができると。他の誰でもなくて、エンリがいたからここまでやってこれたと思うから。

 ポスリと私の胸の中に顔をうずめたエンリはしとしとと悲しみの雨を流す。

 そんな彼女の華奢な背中と黒くて細い髪の毛をそっと抱きしめる。

 

「わたし、ずっと頑張ってきた……! ずっと、諦めずにきた」

「知ってます」

「ナツキが幸せそうなのを見て、嫉妬してた! またわたしにないものを持ってるって!」

 

 それは懺悔。常に上にいたライバルが手に入れた愛をずっと妬んで、羨んで。それでも壊すことなんてできないと自分の中に押し殺した。それが一番正しいことだって思いこんで。

 

「でもあんたに、ユカリに出会えた。諦めずにいた先であんたは待ってた!」

 

 それだけが支えで。それだけが嬉しくて。

 

「一度は手放しかけた愛を再び手にしてくれて、ヒールじゃなくてヒーローって呼んでくれて、嬉しかったの」

 

 仲間だけじゃダメだった。エンリが欲しかったものはたった一つだけ。かけがえのない想い。

 

「愛してくれてありがとう! おかげで、わたし……わたしは……!」

 

 ――過去を振り切れた。

 

 その言葉一つで、エンリの復讐が終わったことを理解するには十分だった。

 その言葉一つで、私がエンリを支えられてよかったと、そう感じられた。

 

「ユカリ。こんなわたしだけど、また一緒にいてくれる?」

 

 胸の下から私の顔を見上げて、上目づかい。うわ、私がいつもやっていたことだけど、これは確かに破壊力高いかも。

 そんなことされたら、私の心臓の音がトクン、トクンと早まってしまう。

 努めて優しく、それでいて相手に私の精一杯が伝わるようににっこりと笑った。

 

「当たり前じゃないですか。私、エンリの事好きなんですもん」

 

 恋心をまだ教わってないから、って嘘を言おうとしたけどやめた。

 だって、エンリにはいっぱい教えてもらいましたから。恋心のイロハ。いや、人を友達としてではなく、かけがえのないたった一人として愛すること。

 感謝には報いなきゃいけない。だから私は恥ずかしくても本気の言葉を口にする。

 本気の愛を、口にする。

 

「ユカリもなのね」

「エンリはどうなんですか?」

 

 少し意地悪気味に、それでも嬉しそうに口にする。

 胸の中にいたエンリが姿勢を正して、私に向き直る。たった二人っきりの世界。愛の巣。

 

「わたしもよ。わたしも、ユカリのことが好き」

「じゃあ、両思いですね!」

「……恥ずかしいわね、なんか」

 

 そりゃ恥ずかしいこと言ってますから。

 見つめあう二人。その先は、もう言葉にしなくても理解していた。

 潤んだ瞳を上目遣いで見つめる。何を欲しがっているのか、分かってますよね?

 しょうがないわね。なんて言いながら、エンリの顔が近づいてくる。

 目と鼻の先から、息がかかる距離。手首ではなく、指同士を絡めあって、目を閉じる。

 

 これが私たちの、リレーションシップ。私たちの、関係性。

 最初はいびつだったかもしれないけれど、研磨して、くっつけて離れて。それでもまた無理やりくっつけて。

 まだまだ継ぎ目はでこぼこかもしれないけれど、また二人で繋ぎ合わせれば無限大。

 だから最初のステップはここから歩いていけばいい。私たちの愛は、これからもずっと続いていくんだから。

 

 結んだ愛は甘美なほど柔らかくて。それでいて優しく包み込まれた暖かさを感じる。

 指先の汗も、結んだ唇もすべてエンリと一つになった感覚。

 私のファーストキスは少ししょっぱかったけれど、これまで出会ってからのすべてが込められていた。酸いも甘いも知った愛が。

 好きです、エンリ。これからも、ずっと。

 街灯が照らす私たちはまるでスポットライトの真下にいるみたいに明るかった。

 

 ――ガンダムビルドダイバーズ リレーションシップ 完




改めまして、リレーションシップを読んでいただきありがとうございました。
これで3作目となりましたが、いかがだったでしょうか?
ケーキヴァイキングにとってのメインとなるお話はこれでおしまいとなります。

が、今回のリレーションシップは番外編を用意する予定です。
番外編はコラボ話も考えておりますので、その辺はご期待ただければ幸いです。
それから次回作もやんわりと考えており、こっちもご覧いただければ嬉しいです。

最後に。
うちのユーカリ、エンリ、ムスビ、フレンの活躍を読んでいただき、誠にありがとうございました!

それでは、またいつの日かお会いしましょう!


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番外章:リレーションシップ バトローグ
EX1:兄と妹と義姉


リレーションシップバトローグ、始まるので初投稿です


 得てして、兄と妹というのは基本的に仲が悪いものである。

 何故なのだろうか。わたしだって別に仲良くしたいわけではないけれど、いがみ合うことをしたいわけではない。

 どちらかと言えば、平和で、静かに過ごしたいだけなのに。

 

「なんでこうなったのよ」

「ん。焼肉はダメだったか?」

「ユウシさん、花の大学生が焼肉なんて……私の時もあったっけな」

 

 ジュージューと肉が焼ける音を耳にする。

 赤みがかった塊が徐々に焼き目がついて美味しそうに彩られていくのを目にする。

 目の前で行われていること。それは理解できるし、わたしも好き、というかやれるなら毎週行きたいぐらいには焼肉は好きだ。人のお金で食べる焼肉は特に。

 でも、この未だ体験したことのない圧迫面接めいた、正面の二人にどう対応すればいいか分からなかった。

 

 事の発端は突然。兄であるユウシから「焼肉に行こう」と誘われたことにあった。

 元々家からいなくなっていた彼とは、最近あまり話す機会はない。アウトロー戦役前後は特に忙しかったし、なんだったら戦役以降は特に会う機会もなかったので、そのまま放置していたんだけど、まさか向こうから話しかけてくるとは。

 そして、こういう時の兄は決まって腹を割って話そう状態に突入している。

 焼肉をおごるから、その代わりに最近の近況を話してくれ、ということだろう。

 

 結論から言いたい。嫌だーーーーーーーーーーーーー!!!!

 やっぱりわたしの周辺で一番変わったことと言えば、ユカリ関連で間違いない。わたしたちの間ではあまり大きな問題にはなっていないものの、世間一般から見たら、同性同士のお付き合いって普通ありえない。

 THE・一般人みたいな二人に対して、その恋仲を明かすようなことがあれば、どんな反応が来るか、予想できたもんじゃない。

 やっぱり来なきゃよかったかな。とか思いながら焼けたカルビを口に入れる。うん美味しい。美味しいけれど、緊張で味がしない。

 

「で、最近どうなんだ?」

 

 で、出たーーー! このシチュエーションにおいてあまり聞きたくなかった台詞選手権第一位だ!

 正直、どうも何もない。ということにしておこう。そう返事したら、冗談でしょ。なんて声で、ユメカが口に出すんだ。

 

「アウトロー戦役、配信経由で見ていましたよ」

 

 詰みです。対戦ありがとうございました。

 というか、二人とも見ていたのであれば、わたしとユカリの関係は、分かってて言っているわよね。しんどいを通り越して、予定調和すぎて頭を抱えてしまう。

 

「まぁとりあえずこのトントロを食べろ」

 

 皿の上にのせられた焼けたトントロ。これが差す意味とは。いや、そんなことを知らないほど、わたしは空気が読めないとかそういうわけではない。

 この二人、わたしの恋人事情を知りたくて焼肉に呼んだんだ。この兄と義姉……ッ! 今度GBN内で会ったら絶対叩き潰す。

 進む箸が重い中、差し出されたトントロをウーロン茶で喉の奥に流す。

 かつて、こんなにもご飯がまずい焼肉を経験したことだろうか。いやない。人に恋の進展を根掘り葉掘り聞かれる準備が、こんなにも胃に重たいだなんて。19年生きてきて初めてだ……。

 

「たまには野菜も食べませんと。たまねぎです」

「ほれ、ハラミ」

 

 重い。胃もたれしそうなほどに期待が重たい。油の抜けた玉ねぎも、美味しいはずのハラミも、今はとてつもなく食べたくなかった。

 兄さんはさて、と口にすると手に持ったジョッキを持つ。

 

「ユーカリちゃんとはどんななんだ?」

 

 き、来てしまった……。知ってるんでしょ、その関係ぐらいはさぁ!

 

「恋人さん、なんですよね」

 

 追い打ち。いや、逃げ場を失わせるように義姉が背後に回り込む。

 完全に逃げ道を失った。背後を取られたわたしに出てくるコマンドはたった一つ。戦うだけだ。

 

「ま、まぁ……。そうね」

 

 これまでにないほどきらきらと瞳を輝かせるユメカさんと、美味しそうにジョッキビールを飲む兄さん。やっていることは別々でも、その行動原理がどちらも一緒なのは夫婦故なのか、それともわたしをいじめたいだけなのか。

 この夫婦ども。絶対今度叩きのめす。

 

「ユーカリさんのどこが好きなんですか?!」

「そうだな。それは気になる。ナイスだユメカ」

 

 どこもナイスではないのだけど。あんなにおしとやかだと思っていた義姉さんがこんなにも色恋沙汰に対してグイグイ来るとは。人の恋愛事情を知って何が楽しいのだろうか。

 そこで蘇るフレンとムスビの恋愛事情の記憶。まぁ、あれはよかったわね。あんな気持ちなのでしょうね。

 

「どこって……それは……」

 

 思い返してみれば、いろいろあるんだと思う。

 しっぽをちぎれんばかりにブンブン振って興奮する感情豊かさ。

 アウトローを自称しているけれど、結局空回りで周りをほっこりさせるかわいらしさ。

 ここぞというときには自分の決意に従って、行動するかっこよさ。

 低身長巨乳とかいう恵まれた体型のくせに自覚していない危うさ。

 そのどれもがユカリの魅力の一つなのだけど。強いてあげるのであれば……。

 

「わたしのことを、どこまでも受け入れてくれるような懐の深さ、かしら」

 

 なんと言ってもそこだと言っていいかもしれない。

 ヒーローと言われたのだって嬉しいし、強いわたしも、弱いわたしも受け入れてくれる沼みたいな存在。あまりにも深くて、沈んでしまえばそこから抜け出せない優しさ。それが彼女の今の印象だ。

 だからわたしは思う。あの子はそういう意味で本当に魔性の女であると。

 

「ひゃー!」

「お前もついに人の心を……うっ……!」

「煽られてる感じしかしないわ」

 

 ウーロン茶を一口飲んで、塩キャベツを一口。パリパリとしてさっぱりとした食感が美味しい。

 今の鬱屈した感情にはぴったりの一品だと言ってもいい。どこかの誰かさんたちのせいではあるが。

 

「予想以上にぞっこんですね、ユウシさん!」

「あぁ……兄さん感動してるぞ」

「ホント、勘弁してよ……」

 

 それから根掘り葉掘り聞かれるのはわたしたちが何をしてきたのか。わたしたちの馴れ初めだとか、どんなことをしていたとか、そんなの。

 逐一答えるのも面倒くさくなって、途中から自分で暴露することにはなったけど、仕方ないわよね。これもすべてユカリが悪いってことにしておけば。わたしを惚れさせた方が悪いのよ。

 

「エンリさん、ユカリさんとはどこまで行ったんですか?」

「どこまでって。どこまで?!」

「女同士でもいろいろできるからな……」

 

 何のいろいろよ?!

 このダメ大人二人はいったいわたしたちが、その……一線超えたとでも思っているんだろうか。

 この前ナツキがいろいろとぶっちゃけてたのは知っているけど、そんな赤っ恥の下ネタをこんな焼肉屋で言うなんてことできるわけないし、そもそもわたしたちはまだそんなところまでは言っていない。ゆくゆくは、とかは思ってるけど……。

 

「アンドロイドが出てくる世の中です。そろそろ同性同士での赤ちゃんとかも作れるかもしれませんよ」

「…………わたしとユカリの子供……」

「おい、俺たちだってまだそこまで行ってないだろ」

「でも私もそろそろ欲しいなー、とか思いますよ? どうですか、せんぱぁい」

「お前……。帰ったらな」

 

 平然とこの夫婦たちは……。

 でもわたしとユカリの子供。そんなもしもを考えるだけですごく胸がドキドキとざわつく。

 今はアンドロイドさえ生まれて、別のゲームでは人工知能AIがNPCとして生活している。いずれはそんな摩訶不思議な魔法だと思われていたことが、科学の力で復元する。それは素晴らしいことだと思う反面、遠いところまで来たんだなというやや寂しさ半面。

 

「って、そうじゃない! 結局どこまで行ったんだ、エンリ」

「どこまでって……。ファーストキスまでよ」

「……え、そこまでですか?」

 

 何よ。悪いの。

 二人して困惑する顔を見て、不機嫌になりながらホルモンをかみ砕く。

 

「確か夏ごろですよね、付き合い始めたの」

「そうよ」

「まだ、ファーストキスだけなんですか?」

 

 ファ、ファーストキスだって結構緊張したのだけど?!

 あの時は、ちょっと気持ちが高ぶったからというか、その場の雰囲気に呑まれて思わずキスしたというか、そんな機会がなければファーストキスもまだ先だったかもだし……。

 言ってて自分が情けなくなってきた。確かに、夏ごろ付き合い始めて季節が変わってもまだキスだけとか、恋人繋ぎしたことないとか。らしくないことをやっているのは分かっているから、余計に恥ずかしいんだ。

 

「エンリさん奥手っぽいですしね」

「その通りだ」

「こ、これでも頑張ってる方なのよ!」

 

 奥手、というより経験がないと言った方が適切だ。

 今までこんな経験したことなかったんだから、当然でしょう。

 ライスを口にしながら、次はどうやって攻めようか。なんて考える。

 

「距離感の縮め方は人それぞれだが、やっぱりこう、ガツンといかないとな!」

「ユウシさんがそれ言います?」

「ま、まぁそうだが……」

 

 そういえば兄さんとユメカの馴れ初めの話って聞いたことがないかもしれない。

 大抵兄さんが誤魔化して聞けないのだ。今がチャンス、復讐の機会なのでは?

 

「そういえば兄さんの話も聞きたいわね。ユメカが義姉さんになった経緯とか」

「お、お前っ!」

「聞きたいですか~? 聞きたいですよね、私たちの馴れ初めの話!」

「ユメカ、お前!」

 

 得てして兄と妹というのは仲が悪いものである。というが、わたしたちに関しては少し違う。

 普通、というのが正解。距離も関係も、恐ろしく普通。お互いに人並みの好奇心を持っている。興味があるのだろう、身内の色恋話というものは。

 義姉と妹はそういうところでは結託してしまう。単純に兄を追いつめたいから。

 なんだかんだ関係は薄くても、そういう女の絆はだいたい無敵なんだ。

 

◇本日の注文

妹の恋人話

兄の馴れ初め

義姉の惚れ話

 

以上、ご注文ありがとうございましたー。




今日も人の恋話で飯が美味い!


◇ホシモリ・ユウシ(拙作:GBNで小悪魔系後輩に煽られてるんだが)
エンリの兄でユメカの旦那。新婚だが、子供はまだ。
この後、兄の恥ずかしい話を聞いた妹は大爆笑でカルビを貪っていたとか

◇ホシモリ・ユメカ(拙作:GBNで小悪魔系後輩に煽られてるんだが)
エンリの義姉でユウシの嫁。夜はどちらかと言うと彼女が攻め。
実際エンリのことが好きだし、義妹として可愛がりたいけど、
それはそれとして、あまり接点がないから微妙に手が出せない。

リレーションシップの世界観は私の過去作とちょっとだけ統合させてたりします。
気になる方は「NPCが友達の私は幸せ極振りです。」で検索をかけてみてください(ダイマ)


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EX2:邂逅。欠片たちの出会い

似た者同士は惹かれ合う。

守次 奏様の「ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント」の、
「アヤノ」さんと「ユーナ」ちゃんを許可を取った上でお借りしております。


 似た者同士は惹かれ合う。と誰かが言った。

 もしかしたらスタンド使いかもしれないけど、大体似てるから問題ないだろう。

 

「…………」

「…………」

 

 何故そんな話をし始めたか。事の発端はとあるミッションを受けようとした時に起こった。

 ムスビもフレンも本日は2人ともGBNにログインしておらず、これも機会の1つだからと始めたのがユーカリとのミッションデート。

 わたしの好きな鉄血系のミッションでもやって、少しいいところを見せようかなと考えていたのだ。

 最近はとにかくユーカリに甘えすぎていた気もするし、なんだったら弱い自分しか見せてこなかった自信があった。嫌な意味での自信だ。早く払拭したくて適当なミッションを選んで、OKボタンを押そうとした、その時だった。

 濡れ羽色のロングヘアーに銀色のヘアピンをつけた少女が同時にミッションエントリーしたのだ。

 

「「あっ……」」

 

 思わず声を漏らした2人。目と目を合わせて、寡黙なる挨拶を交わす。

 第一印象は、この人怖い、というところであった。

 

「エンリ、どうかしましたか?」

「アヤノさん、何かあったの?!」

 

 すかさずやってくるのはユーカリと、あと一人。脳天気な声を上げながら桜色の髪をした少女だった。

 

「「なんでもないわ」」

 

 声を揃えて返事。その後またもや顔を向き合う。

 なんなのこれ。わたし、そんなつもりで返事したわけではないのだけど。

 

 かくして始まったのは、フォース『ビルドフラグメンツ』の『アヤノ』と『ユーナ』との合同ミッションであった。

 わたしとしては邪魔な相手、というか。せめてユーカリと二人っきりになれれば、それでいいのに。それにアヤノと呼ばれた方は少し目付きが鋭いというか、端正な見た目でどこか日本のお屋敷にいるような美しさを感じる。ムスビとは大違いだ。あっちはなんというか、悪役令嬢みたいなところあるし。

 それでも今日はよろしく、という挨拶ぐらいはしなければいけない。それがGBNにおいて。いやオンラインゲームにおいての鉄則と言ってもいい。出会ったことに感謝。協力してくれることへの感謝。わたしだって心がけていることだ。

 だから緊張で震える口元を極限まで緩めて、こう言う。

 

「……よろしく」

「えぇ……」

 

 会話はこれで終わりだった。

 お互いにコミュニケーション能力が不足しているのだろう。まぁまぁ分かる。わたしだって苦手な部類だから。横で桜色の髪をした少女、ユーナと楽しそうに会話しているユーカリを見て、羨ましさを感じているぐらいには。

 あの2人、初対面よね? 何故あんなに楽しそうに早くも友達感覚になっているのだろうか。

 

「ユーカリさんと、エンリさんだねっ! よろしくねっ!」

「はい、ユーナさん! よろしくお願いします!」

「あ、わたしのことはユーナで大丈夫ですっ!」

 

 ……この子、わたしがあれだけ機会を伺っていた呼び捨てをすかさず?!

 侮れない。これがコミュ力強者の実力というやつなのか。

 

「……そうよね。私だけじゃないわよね」

 

 ボソリと聞こえたアヤノの声がわずかに耳に届く。わたしも同じ気持ちではあるが、わざわざ口に出てしまうのは少しどうかと思う。わたしが悪い大人ではないことが幸いしたわね。

 

「エンリよ。よろしく」

「えぇ、私はアヤノ。まぁ、よろしく」

 

 ぎこちない挨拶を交わせば、少しは友情じみた物を感じるわけで。

 この子、恐らくわたしと似ている。なんというかこう、雰囲気というか微妙な擦れ具合がと言うか。でもこのミッションだけの付き合いになるだろう。ユーカリとのデートが出来なかったことは残念だが、これが終わった後にでもまたすればいい。今日は時間がたっぷりとあるんだから。

 

 ◇

 

「こいつ……っ!」

「危ないっ!」

 

 吹き飛ばされるクロスボーンガンダムXPをかばうようにしてゼロペアーがハンドメイスを持って立ち向かう。

 って言っても、こっちの明らかなパワー不足。舌打ちをしながらも、体勢を立て直したクロスボーンがバタフライ・バスターBで牽制射撃を行なっていく。

 はっきり言って劣勢。お互いにABCマントとナノラミネートアーマーでビーム耐性はあったとしても、グレイズ・アインという強大で物理の暴力のような相手に対する防御策はない。

 

 エドモントンでの戦闘を再現したこのミッションはキマリストルーパーとの戦いを強いられる。

 ユーカリとユーナはそちらに任せているものの、こちらのクール気取ってるわたしとアヤノ相手じゃないとこいつは倒せない。

 吹き飛ばされたわたしを今度はかばうようにしてクジャクで対応する。だが、向こうは鉄血機体。ナノラミネートアーマーは標準装備だ。

 

「……ジリ貧ね」

 

 そして向こうにはアヤノの機体の武装が殆ど効かない。

 その癖こちらは避けることしか今の所の対策方法がない。厄介だ。厄介極まりない。

 

「打開策は?」

「ヒートダガーぐらいね」

 

 ただでさえ原作準拠の生物じみた素早い動き。気分はレギルスNと戦っていたときのようだが、決定的に違うのはクリアを前提としたNPDであること。つまり、思考能力はそこまで高くはない。

 なら、やることは1つだけだ。

 

「あれを抑えられるのは恐らくリミッター解除したゼロペアーだけ。トドメは任せられるかしら?」

 

 襲いかかってくる大型アックスを避けつつ、導き出した結論はそれだった。

 ゼロペアーのリミッター解除であれば、あの素早い動きにも対応できる。加えて必殺技もあるんだ。やるべきことはこれしかない。

 モニター越しに端正な顔立ちを見て、首を縦にうなずく。

 

「でも、ただトドメをさすだけじゃ帰れないわ」

 

 手にバタフライバスターを持ち、ミノフスキー・ドライブから透明な粒子が溢れ始める。

 ファイターならただトドメを刺すだけなんて勿体ないと思うわよね。わたしも一緒だ。だからこれは競争。どちらがあの鉄華団の狩人を狩るか。その勝負だ。

 息を吸って、吐いて、正面にグレイズ・アインを据える。

 

『打ち砕け、ゼロペアー!』

 

 氷気と共に辺り一帯が氷の大地へと姿を変える。

 瞬間、踏み出すの第一歩。誰にもトドメは渡さないとする闘争心。

 同時にミノフスキー・ドライブを発振させ、光の翼と共に空中を走り始めたクロスボーンガンダムXP。

 左右両方から狙われたグレイズ・アインは両手を地面について、大股を開いて全方位回転蹴りを放つ。何かしらの迎撃はしてくると思っていた。だから懐のメイス2本を手癖のように投げつける。

 ぶつかりはしたものの蹴りによって弾かれたハンドメイス2本が宙を舞う。

 

「使わせてもらうわ」

「最初からそのつもりよ!」

 

 弾かれたメイス1本ずつをフロントチェーンで接続。わたしのメイスを分かち合った2人での回転メイスが空中からグレイズ・アインを叩きつける。

 土煙を上げながら地面に穴を開けたものの、それでもグレイズ・アインはへこたれない。空中を縦回転しながら着地すると、狙い始めたのはクロスボーンXP。恐らくビーム耐性を逆手に取られたのだろう。

 メイスの接続をそのままにクロスボーンXPがメイスの方へと移動しながらこの攻撃を回避した。メイスを回収すれば、その手で襲いかかる大型アックスの魔の手を防いでみせた。

 あの子、判断力がすごい。戦場を広く見ていなければあれだけの芸当はできないはずだ。ならばあの子も強者。羽根つきだし今度戦ってみたくあるわね。

 間に割り込むようにクローを突き立てる。判断が少し遅れたグレイズ・アインの右手に大きな傷を残しながら彼は後退した。

 そのスキ、見逃すわけにはいかない。地面を蹴って、続くはわたしのターン。

 牽制がてらのビーム砲を小手から出しながら、ついでというぐらいにハンドメイスを投げ込む。

 意図的にグレイズ・アインの手前に投げ込んだメイスは土煙を上げ、アインの視界を塞ぐ。そう、塞げばセンサーしか見えない。テイルシザーが脳天を貫くように山なりに弧を描き、急転直下。

 わずかに軌道をそらされたものの、コックピットの装甲をわずか削った。

 

「やるわね」

「あんたもよ」

 

 入れ替わるように今度はクロスボーンXPが空中を舞う。

 ジャンプしたアインの背中に回ったクロスボーンXPがバタフライ・バスターBを撃ち放つ。もちろん効果はないものの、それはフェイク。本命はそこにはない。

 アインが気を取られている内に襲いかかるのはテイルシザーによる間接攻撃。

 膝部分を掴んだテイルシザーがギリギリと音を立てながら、両断する。

 

「これで」「終わりよ!」

 

 アドバンテージを失ったグレイズ・アインと襲いかかるヒートダガーとゼロペアークロー。どちらも同時にコックピットを貫いた攻撃に、アインは耐えられず爆発した。

 

 ◇

 

 久々に戦ったグレイズ・アインだったが、それなりに好成績を残せたみたいでよかった。

 特にスコアの中にあったコンビネーションボーナス。これが意外と高いポイントを獲得していたらしい。ダイバーポイントがそれなりに美味しかった。

 エントランスロビーに戻ってきたわたしたちは反省会もそこそこに、解散するところだったのだが、それにユーナが待ったをかける。

 

「あのっ! わたしたちとフレンド登録しませんかっ?!」

 

 フレンド。フレンドかぁ。まるで昔のユーカリのことを思い出す。確かあのときは「友達」という言葉で言われていたけれど。

 

「いいですよ! ほら、エンリも!」

「……そうね」

 

 渋々ではない。ユーナと握手を交わしながらフレンド登録を済ませる。

 相変わらず楽しそうに会話しているユーカリとユーナだけど、その輪に混ざっているようで、少しだけ端の位置にいる現代っ子が1人。なんとなく。そうなんとなく気になって彼女の方へと歩み寄っていく。

 

「何かあった?」

「いえ、大した話ではないわ」

 

 大した話ではない。そう大した話では。

 わたしとアヤノは似ているようで少しだけ違う。熱量のようなものが、わずかに異なっているのだ。

 わたしの情熱は常にナツキにある。復讐のためにと、あれだけこっぴどく負けた今でもリベンジマッチを楽しみに日夜特訓している。

 でもアヤノにはそういうのを感じない。だから気になったのだ。あの場ではファイターだから、と感じたけれどそんな熱いタイプにも見えない。

 

「グレイズ・アインとのバトル。トドメを刺すだけでよかった場面で、あんたは自分から戦うことを望んだ。それはなんで?」

 

 沈黙と、わずかな表情変化を隠すために扇子が顔を覆う。

 やはり踏み込みすぎただろうか。そう考えていると、疑問はあっさり帰ってきた。

 

「さぁ。分からないわ」

 

 でも。そう口に出して、少し後悔したように顔をうつむける。それはきっと「でも」の続きを言いたくはなかったのかもしれない。

 目を閉じ、しばらく考え、言葉が出てくる。

 

「あの場で語った通りのことよ」

 

 背を向けられないじゃない、ユーナがいるんだから。

 か細く聞こえた声の糸がわたしの耳に届くか届かないかの音量がユーナによってかき消された。

 

「アヤノさん! フレンド登録しない?」

「そうね、これも何かの縁かもしれないし」

 

 その顔は先程までと同じ顔であったが、少しホッとしたような、そんな安心感をわずかに感じられた表情だった。

 最後の言葉が聞き取れなかったけれど、まぁいいか。

 飛んでくるフレンド申請に、YESボタンを押して許可する。

 

 似た者同士でも、そうでなくても。似た者同士は惹かれ合うと言う言葉がある。

 こういう縁は役に立つか立たないか分からないし、あって困るものではないだろうし、大切に保管しておこう。

 いつかまた遊べる。そんな欠片同士の邂逅を願いながら。




今、1番ブレガが熱い!!!

◇アヤノ
(ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント:守次奏様作)
現代っ子な少女であり、フォース『ビルドフラグメンツ』のメンバー。
初めての友達であるユーナに対しては、他とは違う感情を抱いているようだが……。


◇ユーナ
(ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント:守次奏様作)
自称「元気だけが取り柄」な少女であり、フォース『ビルドフラグメンツ』のリーダー。
アヤノを慕っており、彼女のことを周りのみんなよりも少しだけ強く想っているみたいだ。


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EX3:真のアウトローは私たちだ!

机を買い替えたので初投稿です


 この世には同じ顔をした人がだいたい3人ぐらいいるらしい。

 そんなにそっくりさんが多くては、私と同じ顔をした人がエンリを誑かしたらどうなってしまうんだろうか。

 ちゃんと私のことを見ていてくれるだろうか。そんなくだらないことを考えながらこのGBNの世界へと意識を移していく。

 

 このGBNだって同じ顔をしたそっくりさんは3人どころか大量に存在する。

 例えばチャンプ。クジョウ・キョウヤなんか、リスペクトしたアバターがいくらでも存在しているのだから恐ろしいところだ。

 さて、何故こんな話から始めたのかと言えば、こんな噂が私の犬耳に入ってきたからである。

 

 曰く、ケーキヴァイキングに似たリスペクトフォースが最近できたらしい。

 

 フォース名をけーきう”ぁいきんぐ。明らかにかぶせてきたな、というのが私の感想だった。

 

「なんだか面白いですね、自分たちのリスペクトフォースだなんて!」

「そうですわね。アウトロー戦役からずいぶんと有名になったものです」

 

 さびれたレストランのフォースネスト「ロイヤルワグリア」でゆっくりまったりとドリンクサーバーのオレンジジュースを口にする。

 相変わらず掲示板自体は見せてくれないものの、一目置かれている、という空気感はなんとなく私にも伝わっており、エントランスロビーでも度々話題になっているのは耳にしていた。

 もっとも、その噂が大抵ケーキヴァイキングのものではなく、私とエンリの関係性であることは少し不愉快ではあるが。

 別に公言しているわけでもないし、ガンスタグラムでも露骨な態度は出していないのに。

 やっぱりアウトロー戦役での告白が一番広まってたりするのかなぁ。

 

「迷惑行為さえしてなければ、わたしは関係ないのだけど」

「ストレス発散にその辺のファイターに戦闘けしかけるあなたがそれを言いますか」

「ちゃんと試合の申込はしているわよ。その上で殴ってる」

「アハハ、ウケる~! ほぼニンスレじゃん!」

 

 ドーモ、じゃないわよ! とかつてのノリなんて忘れてノリツッコミをしているエンリ。

 昔に比べてずいぶんと丸くなったとは思う。でも今の彼女もそれはそれで素敵だ。もうちょっとかわいらしさマシマシでエンリには笑顔になってもらいたい。

 

「そいやさー、その件のけーきう”ぁいきんぐとフレなんだけど、会ってく?」

「……あんた、どんだけフレンドいるのよ…………」

「数えんのやめたわ! アハハ!」

 

 それだけいるんだ。前に聞いたときは1000人とか聞いた気がするし、もはやGBNのアクティブユーザーとだいたい友達、なんて言えるレベルなんじゃないだろうか。

 改めてフレンさんの人脈の広さに驚いてしまう。これがギャルか……。

 けーきう”ぁいきんぐの件を承諾しながら、私たちは彼女(?)たちの返事を待つのであった。

 

 ◇

 

 返事は速攻で帰ってきた。

 待ち合わせの場所となるテラスエリアで彼女(?)たちの特徴を目で探していた。

 けーきう”ぁいきんぐ。全員が全員何らかの獣人モチーフのどこかで見たことあるようなダイバールックであり、リスペクトや要素を兼ねたプチッガイに乗っているとのことだ。

 緊張まじり、どんな相手か不安まじり、けーきう”ぁいきんぐの姿を目視すべく出入口の方を見ていると、彼女たちはやってきた。

 

「わー! モノホンのケーキヴァイキングじゃん! ほら見てよ、チーワワ、トオイ、ネコビヨリ!」

「はしたないですよ。憧れの相手に会えたことは興奮してもよいですが、まずは挨拶です」

「あ、そうだった!」

 

 現れたのは4人。

 ビシディアン風の衣装を身にまとった悪そうなチワワ。やさぐれ顔の猫。青目に純白毛並みをしたこっちも猫。そしてゴールデンレトリバー。

 濃い。見た目の味が濃い……。それにどことなく私たちに似ている感じがしてさらに濃い……!

 思わず胃もたれしてしまいそうな見た目で彼女たちは挨拶を始めた。

 

「わたしはけーきう”ぁいきんぐのリーダーチーワワです。よろしくね」

「トオイ」

「ダイバーネームをネコビヨリと申します」

「ゴルンはゴルンね! よろ~!」

 

 私たちもそれに合わせて自己紹介するも、にこにこと笑うチーワワさんと仏頂面のトオイさんがどことなく私とエンリに似てるし、ネコビヨリさんとゴルンさんも同じく。

 性格まで合わせてこなくてもいいのに。あ、でもネコビヨリさんはムスビさんよりもっとおしとやかというか。礼儀正しそうに見えるほどの令嬢だ。

 ムスビさんがそんなネコビヨリさんを見つめて、不可解そうな顔をする。

 

「どうかいたしましたか?」

「……いえ、どこかで見たような見た目と声色だったので」

「それはそうでしょう。何故なら……」

 

 ネコビヨリさんは突然ウィンドウを目の前に表示させて、指で素早くタップ&スライドをする。

 目のも止まらぬ速さで少し目を回しそうになるほどだが、やがてぴたりと止まるとウィンドウをこちらにひっくり返してくれた。内容はムスビさんのおひるご飯だった。

 

「ムスビ様のムスビ・ランチの大ファンで、よくコメントを残しておりましたから」

 

 それはムスビさんがドン引きするぐらいのコメントの羅列だった。

 ムスビさんは昔からガンスタグラムにおひるご飯を載せる癖があり、今日もイチノセ家の温かいご飯とともにトマトジュースが載せられている画像を上げている。

 彼女自身に記録以外の他意はないものの、これが意外と好評。

 「トマトジュース来た!」とか「最近サラダチキンはないね」とか「ヤク○トじゃないのか」とか。やっていることが全身タイツのレーサーみたいなやり口だからこそ流行ってしまった、というべきなのだろう。

 そして目の前にいるネコビヨリさんは俗称ムスビ・ランチに魅了された一人だったのだ。

 

「最近は栄養を兼ね備えたお弁当やパンの数々。サラダチキンだけだった昔とは違うのですね……」

「なんで親目線なのよ」「ウケる」

「失礼いたしました。生のムスビ様を見れて、五体満足で天に召されますわ」

「よくは分かりませんが、流石にやめていただければ……」

 

 冷や汗を流しながら対応するムスビさん。うーん、珍しい光景というかなんというか。

 と、そんな彼女たちに割り込む形で金髪サイドテールのフレンさんが画面をのぞき込んだ。

 

「見して見して~!」

「こちらです。この何とも言えない食事が好きでして」

「あ、これこの前のご飯じゃん!」

 

 女三人集まれば姦しい、なんて言葉あるけど、二人でもそれ相応に賑やかである。

 ゴルンさんも加わってムスビさんのおひるご飯を中心にした会議が始まるわけで。出来れば家主である私にも声をかけてほしいところなんだけど。

 

「騒がしいわね」

「でもよくないですか? こんなのも」

「……そうね。悪くないわ」

 

 幸せを噛みしめたように笑みを浮かべるエンリ。そうですよね、私たちはあのアウトロー戦役に勝ったからこそこんな日常が待っていたわけで。

 あぁ、なんか嬉しいなぁ……。

 

 その瞬間であった。膝裏に何らかの衝撃が走り、バランスを崩した私が、膝をカクンと地面に付いたのは。

 うぎゃっ! なんて声を上げながら、そのローキックの主を見る。彼女は、笑顔だった。

 

「……チーワワさん?」

「なんでしょうか」

「今、蹴りませんでした?」

「蹴ってないですよ」

 

 あれ、今明らかに蹴られた気がするんだけど。

 思わずエンリもこちらに声をかけるも、チーワワさんは何でもないと言う。

 な、なんだ。まるでポル○レフがDI○のザ○ワールドを使われた時のような感覚。謎だ。何が起こったんだろう。

 

「……ん」

 

 そうして困惑している間に差し伸べられたのはトオイさんの手。思わず掴んで立ち上がらせてくれる。

 でも依然として何が起こったかは、分かってない。

 

「何があったんですか?」

「あのチワワに蹴られたのよ」

「へ?!」

 

 エンリにいい顔をするチーワワ。やや胸の奥でモヤっとした感情を抱きながらも、トオイさんの話を聞く。

 ざっくり説明すると、そこまで大事ではない。チーワワさんはエンリの隠れファンであり、知れっと近づいた私のことを泥棒わんこと評して、夜な夜な私の写真に対してあんなこと(酷い事)やこんなこと(酷い事)をしているのだとか。

 要するに、チーワワさんは私のことが嫌いなのである。

 

「いやでも、告白してきたのはエンリの方ですし……」

「それ、絶対あのチワワの前で言うんじゃないわよ。絶対キレる」

 

 予想できた。今のローキックだけでも鋭かったのに、ハイキックやドロップキックなんてされた日にはガンプラに乗ってないのに撃墜判定を受けかねない。

 ……でも、それはそれとして目の前で行われている光景をよしとすることもできないわけで。

 天秤にかけるのは自分の身か、自分の心か。どちらかに従えばどちらかが傷つく。どちらにBETするのか。そんなのは決まっていた。

 トオイさんにお礼を言ってから、私はエンリの隣に行って、ポケットに突っ込んだ腕をひったくるように胸に寄せた。

 

「なっ?!」

「ユ、ユーカリ。いきなりどうしたのよ」

「……エンリは私のです」

 

 敵視するのは目の前のチワワ獣人。エンリは、私のものであるという自己意志。恋人特有の嫉妬。この女にだけは譲りたくないという絶対なる決意。

 

「……へぇ」

 

 今、エンリを賭けた戦いがー! なんて起きることはなかった。

 

「あんた、調子に乗りすぎ」

「いたっ!」

 

 トオイさんがやってくると、チョップがチーワワさんの頭部に突き刺さる。

 

「な、なにさぁ!」

「人様のカップルに迷惑をかけるなって言ってるのよ」

「でも、この女がエンリさんを!」

「でもも、だってもない。逆の立場だったら不服でしょ」

「うぅ……」

 

 な、なんか。意外と問題が片付きそうな状態だった。

 というか、トオイさんって結構面倒見がよかったりするのだろうか。

 

「ごめんね、この馬鹿が変なこと言って」

「い、いえ……」

 

 けーきう”ぁいきんぐも、私たちとは負けず劣らず味が濃いのでは。見た目だけではなく、その中身までも。なんとなしにそんなことを思いながら、私はエンリの腕の感覚を味わっているのだった。

 

「……ところでユーカリ。その腕いつまで組むつもり?」

「あっ……、すみません……」

「いいのよ。たまには、いいものね」

 

 そんなことを言われたら、胸の奥がポカポカと暖かいものが充満していく。

 腕に顔をすり寄せて、彼女からの愛を感じ取る。初めてやったけど、今後もちょこちょこやってみようかな。

 

「この女っ!」

 

 そんな罵倒も、今は心地いい気分だ。




女の子はだいたい嫉妬すると可愛い


◇けーきう”ぁいきんぐ
彼のアウトロー戦役を勃発させた(自称)ヴィランフォース、ケーキヴァイキングをリスペクトしていると思しきフォース。
リーダーはビシディアン風衣装を纏ったチワワが務める。
また他にもやさぐれ面の猫や、蒼い瞳の純白猫、ゴールデンレトリバーをメンバーとして、どこかで見たことあるようなメンツが目白押し。
各個の乗機はそれぞれリスペクト元ダイバーやその乗機の要素をふんだんに詰め込んだプチッガイの改造機。

◇チーワワ
ビシディアン風の衣装を纏った獣人型のメスチワワ。
どことなくユーカリを思わせる見た目で、無害そうに思わせるが、実際にはユーカリよりも普通にワル。
ユーカリを何故か敵視しており、出会い頭にドロップキックで蹴り飛ばすぐらいには嫌い。
リアルは大学でエンリの隠れファンをやっており、しれっと近づいていたユーカリを泥棒わんこと見ている。ちなみにエンリは知らない相手。
ガンプラはAGE-2ダークハウンドを真似たプチッガイ。ダークッガイ。

◇トオイ
やさぐれ面の獣人型猫。とにかくツンデレ。
どこかエンリを思わせる見た目で、その通りきつい性格だと思いきや、エンリにとにかく甘い。
チーワワとは違い、ユーカリにも優しく軽く手懐けている。
チーワワの静止役は基本この猫。そのためフィジカルはかなり高め。
リアルはチーワワの友達。エンリのことは知っているけど、そうでもなくない? という常識人。ちなみにエンリは知らない相手。
ガンプラはゼロペアーをモチーフにしたプチッガイ。ゼロッガイ

◇ネコビヨリ
青い瞳をした純白の猫型獣人女。
なんとなくムスビをイメージした見た目ではあるが、めちゃくちゃ礼儀正しく、お嬢様という言葉が相応しいほどの令嬢。
ガンスタグラムに上がるムスビ・ランチの大ファンであり、ノイヤー時代から追っている筋金入り。サラダチキンが出ると発狂する。
リアルは???(後日公開予定)
ガンプラは白ダナジンをモチーフにしたプチッガイ。スピリッガイ

◇ゴルン
ゴールデンレトリバーの見た目をした女性型獣人
変にフレンをイメージしている見た目で、めっちゃ犬っぽい。けーきヴァイキングが近づくとしっぽをブンブン振る。


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EX4:ギャルトーーク!

そういう企画対談配信な感じで


守次 奏様の「ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント」から「メグ」さんを、
アルキメです。様「お嬢様はピーキーがお好き」から「テトラ」ちゃんを、
許可を取った上でお借りしております。


 ギャルトーーク!

 それは今をときめくGBNのギャルたちに集まってもらったトーク企画。

 

「ってことで、3人のギャルに集まってもらっちゃったんだ!」

 

 サクラと言わんばかりにユーナちゃんやナツキちゃん、ユーカリちゃんが声援を上げていた。うーん、なんかテレビ番組って感じですごくいいかも。

 

「司会者はメグのMe:Goodちゃんねるのアタシ! メグだよ!」

『メグさん、頑張ってー!』

「ユーナちゃん、しーっ!」

 

 あはは。出番が来るまで静かにしてほしいと言われたが思わず声が出てしまった。反省反省。

 えっと、次の出番は確か……。

 

「ゲストはGBNのギャルと言えばこの子! テトラちゃん!」

「ちょりーっす☆ 七つ八つ九つテトラでーっす! オタクくんたち元気してたー?」

「正直、なんでオファー受けてくれたかわかんないんだよね」

 

 個人ランク4位の英雄とも評されるギャル。一時期は2位にまで上り詰めたのだが、結果としては敗北。それからは敗北を重ねてしまい4位に降格してしまった、と言う経緯はあるものの、強いことには変わりない。

 常軌を逸した行動。ビームサーベルの斬撃を予め進行方向に用意しておくことで有名な戦法『置き斬撃』など、アタシからしてもよく分かんないタイプの技術にびっくりを通り越して腰を抜かしてしまうレベルだ。

 

「アッハハハ! 面白そーな企画じゃん! って思ったら即OKーみたいな?」

「……すごい、これが本物なんだ」

「うい? 本物とかなくなーい?」

 

 一応ギャルではあるものの、ギャル力からしたら恐らくテトラちゃんが1番強い。

 少なくとも、圧倒できるぐらいには。アタシもよくやってるって思ってるんだけどなー。

 

「んじゃー、次! ギャルスナイパーと言ったらこの子! モミジちゃん!」

「ういー。春夏秋冬のアキ担当。モミジだよー」

 

 サクラから『キャー13kmスナイプしてー』とか『跳弾スナイプは犯罪ムーブー!』とか様々な声が聞こえる。うーん、この物騒で人外な感じ。

 確かに戦ってみたけど、モミジちゃんに関して言えば、明らかに常軌を逸したスナイプ能力を有している。この人も人外枠だ。

 

「つーか、あたしは元ギャルだけどいいの?」

「大丈夫、広義的にはギャルだし」

「そんなもんかー」

 

 さて、残りは。と言わんばかりにアタシに振ってくるわけで。ふっ、やってやろうじゃん! アタシG-Tuberじゃないけどー。

 

「最後はー、知ってる人も多いよね! フレンちゃん!」

「どもー、アタシはフレン! フレンドのフレンって感じで、覚えてってー」

 

 パチパチという拍手の音と、フレンちゃん好きーと言う声も聞こえてくる。

 いやー、なんでかアタシに優しい人間がちょくちょくいるけど、まー悪気はしないし、いっかなー。

 

「大人気だねー、フレンちゃん」

「フレンド冥利に尽きる感じだね。マジサンキュ!」

 

 軽くウインクしてみたら、どことなくアイドルっぽくなったから恥ずかしくなって辞めた。さすがのアタシも、これはやりたくないわ。うん……。

 

「ってことで、4人揃ったことで始めていこう、ギャルトーーク!」

 

 ◇

 

「ギャルって言ってもここにいる全員が得意なものが違う十人十色なギャルたち! ってことで、まずは自分の特技を紹介してもらうおうと思うよ!」

 

 おおー。ぱちぱちと手を叩きながら反応する。

 ちなみに今回はメグちゃんのチャンネルでのライブ配信となっていた。

 最近爆発的に名前が売れ始めた『ビルドフラグメンツ』が世界ランク4位のテトラちゃんとコラボする。なんて話があればすぐに話題になるのは必定。他にも春夏秋冬のモミジちゃんなど、それはもうそうそうたるメンツで、今もなお視聴者を増やしているのだとか。何もないアタシは肩身が狭いよ。

 とは言っても特技か。ELダイバーはそれぞれ何かに対する想いによって生まれた存在。であるならその想いこそが特技と言えるのではないだろうか。

 いやでも、恋愛事情を見守ることが特技です! とか言った日には性格悪いね。なんて言われかねない特技だ。せめてもっとらしいこと言いたいなぁ。

 

「まずはテトラちゃんから!」

「あーし? やっぱガンプラバトルっしょ!」

「あーやっぱり」

「これでも個ラン4位ってだし!」

 

 テトラちゃんはとにかくバトルが強い。そしてそのこだわりも。

 ギャンで昇りつめたGBNの中でも5本の指にも入る実力は、おおよそこの4人。いや、今この場でコメントしている人も含めて、全員が束になっても勝てるかどうか怪しいレベルだ。

 さすがにそれは言い過ぎかもしれないけど、少なくとも他のギャル3人がかりでも難しいだろう。

 

「バトルの反省会動画とかも配信してるよね。やっぱり戦いは研究ってこと?」

「それもあっけど、っぱ楽しいからね! ひりつく視線にバチバチぶつかり合うビームサーベル! あとはやっぱ駆け引きよな! 針の穴に糸を通す感じの緊張感マシマシなバトルでさー、こーパズルのピースがハマる触感がたまにあんのよ! それがもーサイコーでさ! バトルしてて一番滾るタイミングで熱いんよ!」

 

 語るなぁ。でもよく分かる気がする。

 バトルは情熱だけでは戦えない。緻密な計算と思考。戦略や戦術がすべて重なって、最後に奇跡的なタイミングで勝利を確信する瞬間がやってくる。

 アタシはもっぱら戦いは戦闘前からって感じで分析してセルを切り替えるから、その気持ちを多く理解することができた。

 

「あたしも分かるなー。こー、マップの開示や確実に仕留められる狙撃ポイントの洗い出し。あとは射角とかその他諸々が全部かみ合った時の破壊力よ! たまらんわ」

「モミジちゃんは狙撃だっけ?」

「ううん。あたしはもっぱら狙撃より索敵だから」

 

 一時的に会場に沈黙が駆け巡る。

 いや、言いたいことは分かる。だってモミジちゃん、アタシたちとバトったときも明らかに常軌を逸した狙撃テクニックで追いつめていたが記憶に新しい。むしろ何故狙撃ではなく索敵なのか問いただしたいレベルで。

 

「あーしも思ってたけど、モミジちゃんフッツーに考えてスナイパーじゃね?」

「それはアタシも。明らかにマッパーよりかはスナイパーだよ」

 

 2年前のELダイバー争奪戦。セッちゃんを取り戻すために戦いで奇跡の13kmの超超長距離ロングショットに成功させたギャルが、跳弾を駆使して相手のド頭を確実に狙いに行くあのギャルが、ケーキヴァイキングとの戦いで姿形が見えないアタシらに対して、炙り出しと評して首を取りに行っていたあのギャルが、マッパー……?

 

「あたしは元々マッパーだから」

「マッパーは平然と相手のコックピットを撃ち抜いたり、ピストルディスコしないから!」

「や、あれは索敵あってこそだし」

 

 前から感じていたけれど、今改めて思い返す。

 このギャルスナイパーは明らかに頭がおかしい。もちろんテトラちゃんとはまた別の頭のおかしさ。ナチュラルな狂人だ。

 

「あたしの話はいーじゃん。それよりあたしはメグっちの話を聞いてみたいなー」

「へ、アタシ?!」

 

 忍者系ギャルG-Tuberとして、今巷で注目を浴びているギャルと言えばこのメグちゃんだ。

 注目されるまでは鳴かず飛ばずで、少々の再生数と登録者はいたものの、今のようなスター街道には程遠い配信者であった。

 やはり彷彿とさせるのは小文字ダイバーズのカザミくん。あの子も一躍時の人となったのを覚えている。

 そんな彼女の特技だ。それはそれで気になってしまうのは当然のことだ。

 

「アタシかー。……声真似かな」

「マジ? ちょちょ、あーしの物まねやってみ?!」

 

 少し興奮気味のテトラちゃんと、やや照れながらもしょうがないなー、なんて言いながら、のどのチューニングをしていき。そして。

 

「あー、あー……。よし、『ちょりーっす☆ 七つ八つ九つテトラでーっす!』……みたいな?」

 

 静まり返る会場。ちらりとテトラちゃんを見たが、その答えは首ブンブン。自分は喋っていないという意味だった。

 

「えっ、すっご?! なんそれ、めっちゃ似てるじゃん!!」

「やばいじゃん。マジ瓜二つって感じ!」

「すごい、メグちゃんすごいよ!」

「やー……。あはは、なんか照れくさいな」

 

 本当に瓜二つの声で、実はテトラちゃんと示し合わせて喋っているんじゃないかと考えてしまうレベルだった。

 試しにアタシやモミジちゃんの物まねもお願いしてみたところ、やはりこちらも瓜二つ。

 これは戦場で姿を騙して通信したら、それこそ場を混乱させるには十分なリソースだと言ってもいい。

 何よりそんな物まねができる時点でG-Tuberとしての一芸ができるから、そういった強みもある。

 みんなバトル一辺倒で、テトラちゃんみたいに雑談配信したり、春夏秋冬みたいに旅動画を作ったりしないからね。

 

「ア、アタシのことはもういいでしょ! それより後はフレンちゃん!」

「うーん、アタシかー……」

 

 特技って言われても結局ぱっと出てくるようなものではない。

 先も言ったけど、恋愛相談を特技と言えるわけでもないし、かといって恋愛映画やアニメを見ることはどちらかと言えば趣味であり、特技ではない。

 となればやっぱり、これしかないのかなー。特技って言っていいか分からないけど。

 

「フレンド作ることかなー」

 

 漠然と考えながら、メニューウィンドウを表示させてフレンド欄を確認する。

 数えるのをやめたとは言っていたとしても、表示されるフレンドの数はウィンドウ内に記載されている。今はだいたい8000人ぐらいだ。

 

「8000?!」

「8000人ってマジ?!」

「草」

 

 最後のモミジちゃんの一言はさておき。今はだいたいそんな感じ。

 アクティブユーザーがだいたい2000万らしいので、まだまだこれっぽっちも届いていないと言うのが実情だ。もっとフレンド欲しいなぁ。

 

「ちな、フレンドのみんな覚えてんの?」

「もちろんだよ! アタシのここんところに全部入ってるよー」

 

 有名なダイバーはもちろんなことながら、ちょっと無名な子たちとか、あとは始めたばっかの子たちも覚えている。

 というか、覚えてないとかフレンド失格でしょ。アタシのモットーはフレンドの子たちは全員覚える、だ。

 

「名前は伏せるけど旅人の商人ちゃんとか、バイクのMSに乗ってる子とかー。あとはX2に乗ったダブル眼帯くんとかー、移動する酒場の店主とか。そりゃまーいろいろよ!」

「やば、半分も分からん」

「まるでマギーちゃんみたいじゃん!」

「元々の後見人はマギーちゃんだったからね!」

 

 マギーちゃんのフレンド、結局何人いるかは分からないけれど、それはもうすごい人数いることだろう。多分アタシの比にならないぐらいには。

 

「今のフレンちの後見人、おムスビだっけ」

「おムスビ……あー、ムスビちゃんか! そーそー、優しいよー」

 

 同じフォースのメンバーであり、アタシの愛しの相手。

 ちょくちょくムスビ・ランチに映り込んだりしているから、知っている人は知っている、みたいな感じではあるけれど。

 

「気になっちゃうよねー。ってことで次はアタシの相方ってテーマで―……」

 

 そんな感じで、4人のギャルたちによる姦しいガールズトークはいまだ始まったばかりなのであった。




この後の続きは皆さまの想像におまかせします。


◇メグ
(ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント:守次奏様作)
リアルは委員長気質な潜伏忍者系ギャルG-Tuber。
ELダイバーカグヤの後見人でもあり、一歩引いたところからフォースのみんなを見守っている。

◇テトラ
(お嬢様はピーキーがお好き:アルキメです。様作)
リアルはモデルもやってる本物のギャンギャルG-Tuber
恐らくギャルの中で一番強い。とある女性と交際しているという噂がある。

◇モミジ
(ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ:二葉ベス作)
リアルは社畜の元ギャルG-Tuber
狙撃テクニックがイカれているが、自称はマッパー。
同じフォースの仲間であるELダイバーセツと仲がいい。


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EX5:多分これが一番早いと思います

掲示板回とチャンプの粋なお心遣いです


【巷で噂の】ケーキヴァイキングについて語るスレpart6【アウトローたち】

 

1:名無しのアウトロー

ここはフォース『ケーキヴァイキング』について語るスレです。

ルールを守って楽しく語りましょう。

ケーキヴァイキング以外のフォースについては、別スレで語るようお願いします。

 

Q.ケーキヴァイキングってなに?

A.アウトローを名乗ってる4人組のガールズフォースです。アウトロー戦役が記憶に新しいですね

 

ケーキヴァイキングのメンバーは4人で、全員女の子です。

以下メンバーの簡単な紹介

 

ユーカリ:ケーキヴァイキングのリーダー。悪ぶったチワワ。ばっどがーりゅ

エンリ:かの有名なバードハンター。ユーカリにゾッコン

フレン:ギャルのELダイバー。友達8000人いた

ムスビ:カオスMAXお嬢様。トマトジュースは必需品

 

ケーキヴァイキングのFAはこちらから!

【URL】

 

 ◇

 

218:名無しのアウトロー

ユーエン、なんか距離縮んでない?

 

219:名無しのアウトロー

どの辺が?

 

220:名無しのアウトロー

分からんでもない気もしないでもない

 

221:名無しのアウトロー

あいつら進展遅いんだよ

 

222:名無しのアウトロー

6か月でずぶずぶに依存しきっているナツハルのこと言ってるのか?!

 

223:名無しのアウトロー

あいつらは何が起こったって感じだし

 

224:名無しのアウトロー

なんかさ、エンリの方がちょっとだけくっついてるというか、基本的にはユーカリの方から近づいてくるんだけど、たまにエンリの方がくっつこうとわなわなとして諦めてる感じ

 

225:名無しのアウトロー

変わってなくね?

 

226:名無しのアウトロー

エンリさんはだいたいあんな感じ

 

227:名無しのアウトロー

戦闘狂でありながら恋愛弱者だから

 

228:名無しのアウトロー

分かりて

 

229:名無しのアウトロー

あいつらが今後進展する可能性よ

 

230:名無しのアウトロー

無理でしょ

 

231:名無しのアウトロー

なんかないと一生アレ

 

232:名無しのアウトロー

あると思うけど、マジで年単位ですわね

 

233:名無しのアウトロー

生きる理由が年単位で見つかるやさしさ

 

234:名無しのアウトロー

俺たちの生きる理由はユーエンとフレムスなんやなって

 

235:名無しのアウトロー

フレムスは逆にだいぶ急に来たよな

 

236:名無しのアウトロー

フレン側から行くとは思ってもみなかったな

 

237:名無しのアウトロー

アウトロー戦役のあの告白はユーカリが好きだった、っていう証拠だけど、今はどうなんだろうなぁ!

 

238:名無しのアウトロー

なんだかんだ、トマトお嬢様ツンデレだから

 

239:名無しのアウトロー

普段はそうでもないのにな

 

240:名無しのアウトロー

フレンちゃんの前でだけツンデレ発動するの"特別"って感じしますね

 

241:名無しのアウトロー

もしかしたら進展、あっちの方が早いまでありますよ!

 

242:名無しのアウトロー

フレンちゃんがグイグイ行くからね

 

243:名無しのアウトロー

これが恋愛を司るELダイバーの実力か……

 

244:名無しのアウトロー

グイグイELダイバーVSツンデレお嬢様 ファイッ!

 

245:名無しのアウトロー

やっぱ好きって気持ちに愚直なELダイバーだからグイグイなんですかね

 

246:名無しのアウトロー

でもサラちゃんあれでまだくっついてないじゃん

 

247:名無しのアウトロー

あー、うん

 

248:名無しのアウトロー

あれは好きの種類の違いというか

 

249:名無しのアウトロー

好きの方向性の違いによって解散

 

250:名無しのアウトロー

恋愛って難しいな

 

251:名無しのアウトロー

ワイら童貞にはきついやろ

 

252:名無しのアウトロー

あのチャンプだって童貞かもしれないだろ?!

 

253:名無しのアウトロー

それはねーだろ

 

254:名無しのアウトロー

チャンプが童貞だったらワイらミジンコレベルやぞ

 

255:名無しのアウトロー

でもチャンプってガンプラ一筋って感じがして、近寄りがたい感じはある

 

256:名無しのアウトロー

残念なイケメンか

 

257:名無しのアウトロー

分かりみが過ぎる

 

258:名無しのアウトロー

【悲報】チャンプ、追憶のアウトローたちをRTA配信開始

 

259:名無しのアウトロー

ファ?!

 

260:名無しのアウトロー

おいおいおい、終わったな

 

261:名無しのアウトロー

一発クリアは確定として、RTAやる気満々かよ

 

262:名無しのアウトロー

ほい、URL

【URL】

 

263:名無しのアウトロー

これは盛り上がりますわ

 

264:名無しのアウトロー

実況すっか

 

265:名無しのアウトロー

チャンプスレでやれ

 

266:名無しのアウトロー

それはそう

 

267:名無しのアウトロー

ここは百合を語る場だ。男は去れ

 

268:名無しのアウトロー

チャンプでも百合の間に挟まるのは許されないんだ

 

269:名無しのアウトロー

チャンプが百合の間に挟まるのは解釈違いです!

 

270:名無しのアウトロー

なんだったら関係性を進展させて「頑張ってくれよ、ユーカリくんにエンリくん」みたいなことぐらい言いそう

 

271:名無しのアウトロー

なんだ、チャンプっていい奴じゃん!

 

272:名無しのアウトロー

最初からいい奴なんだよなぁ……

 

 ◇

 

310:名無しのアウトロー

いやぁ、オーバーデビルは強敵でしたね……

 

311:名無しのアウトロー

まさかAGEⅡマグナムの方で行くとは

 

312:名無しのアウトロー

事前情報は聞いてたみたいだし、ユーカリに合わせてきた?

 

313:名無しのアウトロー

ありそう。そういうこと平然とする

 

314:名無しのアウトロー

NPDとは言っても、ユーエンを感じられましたね

 

315:名無しのアウトロー

キルられそうだったゼロペアーをシェムハザが庇って、それからのリミ解。やばいな

 

316:名無しのアウトロー

デバフかかるからかなり強いんだよな、オーバーデビルの方

 

317:名無しのアウトロー

やっぱり鬼門はエンリの方だったか

 

318:名無しのアウトロー

レギルスNもパターンが分かってしまえば、みたいなところあるしな

 

319:名無しのアウトロー

デバッファー兼アタッカーとかやってられないですよ

 

320:名無しのアウトロー

でも種を明かせば2分台って、なんなのこの人……

 

321:名無しのアウトロー

神様仏様チャンプ様やぞ

 

322:名無しのアウトロー

チャンプはさぁ……

 

323:名無しのアウトロー

チャンプはさぁ……

 

324:名無しのアウトロー

トライエイジの方じゃないからまだ本気じゃないっぽいしな

 

325:名無しのアウトロー

EXカリバーからの絶望感半端なかったな

 

326:名無しのアウトロー

唯一対抗策であるスーパーパイロット・プライドを持つシェムハザを早々に始末して、ゼロペアーも処理。その後の2人をEXカリバーで切断。うーんこの

 

327:名無しのアウトロー

キルラインが鮮やかすぎる

 

328:名無しのアウトロー

なんだよ、ライン上に誘導して一刀両断って

 

329:名無しのアウトロー

効率がいいのは分かる。でもやれるとは言っていない

 

330:名無しのアウトロー

あたおか

 

331:名無しのアウトロー

こうやって追憶をクリアするんやな。まったく参考にならんかった

 

332:名無しのアウトロー

参考になる要素がない

 

333:名無しのアウトロー

理解はした。行動に移せるわけではない

 

334:名無しのアウトロー

でもこうやってケーキヴァイキングの名が売れていくんやなって

 

335:名無しのアウトロー

今熱いフォースの中に入ってそうね

 

336:名無しのアウトロー

アウトロー戦役もあったしな。あれはでかい

 

337:名無しのアウトロー

やっぱりその辺は強いわな

 

338:名無しのアウトロー

あれで関係性もかなり固定されたしな

 

339:名無しのアウトロー

ユーエンは純朴 フレムスはトマト

 

340:名無しのアウトロー

トマトってなんやねん

 

341:名無しのアウトロー

そういえば今日のムスビ・ランチは結構豪華だったな

 

 ◇

 

「はぁ……チャンプはやっぱりすごいですわね」

「毎回してやられてる気がするわ」

 

 目の前で行われているチャンプの配信画面で、私たちは追憶のアウトローたちRTAを見ていたけれど、ハッキリ言って流石チャンプ、と言わざるを得ない状態だった。

 最初4戦を速やかに撃破。残るケーキヴァイキング戦を流れるような手さばきでクリアする。

 一生懸命作ったクリエイトミッションをプレイしてくれてありがとうという気持ちと、それはそれとしてクリアされて悔しいという気持ちが入り混じる。

 

「もうちょっと強くしますか?」

「無理よ。あれはわたしたちですらギリギリだったんだから」

「ですよねー」

 

 クリエイトミッションはクリアしなくてもプレイはできるものの、それは作った張本人とそのフォース間でしか行えず、不特定多数に配布する場合は必ず該当ミッションをクリアしなくてはならない。

 だから私たち4人でクリアしたのだけど、難しかった。本当に。

 やっぱりレギルスNの設定をミスったとしか思えないけど、実際に私たちもあれと戦っていたわけで。

 今思えば鉄血本編の阿頼耶識システムのような扱いだったと思うと、あのまま行けばムスビさんの行く末が少し心配だったのは言うまでもない。

 過ぎたことだし、IFの話だしで、今はどうでもいいのだけど。

 

「アタシ的には、遊んでくれてサンキューって感じだけど」

「まぁ、そうなのですがね……」

 

 鬱屈した感情とともに今日の活動内容を決めていると、カランカランと、扉のベルが鳴る。

 誰だろう。ドアの方を振り向けば、彼はそこにいた。

 

「やあ、ケーキヴァイキング」

「キョウヤさん?!」

 

 その本人は他でもないクジョウ・キョウヤさんその人だった。

 配信が終わってまだ数分しか経っていないと言うのに、行動力が早いと言うか、何しに来たのだろうか。

 

「こんにちは、ユーカリくん」

「何か用かしら」

「大したことじゃないさ。みんなと話がしたくてね」

「マジ?! あ、ミッションのやつサンキュね!」

「ありがとうフレンくん。注文いいかな?」

「いいよー!」

 

 おおよそ初めての注文を聞き入れて、私はキッチンに立つ。

 

「春夏秋冬のフォース戦、惜しかったね」

「見てたのね」

「当然さ。一度戦った相手の試合は気になるものだから」

 

 即席で入れた紅茶をたしなみながら、会話に花を咲かせるキョウヤさん。

 今は調理中だから行けないけれど、またAGEトークしたいなー。

 などと考えながら、目の前の料理に集中する。

 

 その後は本当に他愛ない話でキョウヤさんとの交流を深めていった。

 RTAの件といい、アウトロー戦役でチャンプが裏を引いていた、という根も葉もない噂といい、私たちのことを陰ながら見ていてくれているんだなって。本人は口には出さないけれど、そんな優しさがにじみ出ていて。やっぱりこの人のカリスマはすごいな。なんて思うのでした。




チャンプはそういう事する


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EX6:可愛い子たちと飲みに行く

酒だ。酒を飲め!

朔紗奈様の「可愛い子たちに会いに行く」から「チェリー・ラヴ」ちゃんを、
青いカンテラ様「サイド・ダイバーズメモリー」から「クオン」ちゃんを、
それぞれ許可を取った上でお借りしております。

※当話は本編終了後から半年経過しております。


 時間というものは、気付けばあっという間に過ぎていく。

 それがいいことか悪いことか、と問われれば、わたしとしてはいいことであると選択する。

 何故か。見た目の年齢が実年齢と伴っていくから、っていうのがだいたい8割。最後の2割は大抵みんなこう言うことだろう。

 

「わたし、お酒飲んだことないのよね」

「エンリちゃんって下戸っぽいよね! あはは!!」

 

 さらっと失礼なことを言う目の前の彼女は、わたしと同じく相方が高校3年生で忙しいフレンその人だった。

 最近、ユーカリもムスビもとにかく忙しい。

 それもそう。ユーカリはわたしと同じ大学に行きたいと、受験勉強を始めた頃。

 同じくムスビは就職活動という、わたしですらやったことのない面倒なことを始めている。

 言ってしまえば、2人とも将来のことで頭がいっぱいでGBNにはログインしていない状態でもあった。

 フレンはELダイバー故に受験勉強や就職活動にほぼ無縁。こうして楽しんでいる彼女は恐らくケーキヴァイキングの中でも1番気楽者と言っていい。

 かくいうわたしだって、来年には就活を始めなきゃいけないし、それにユーカリと一緒に計画していることもある。そのためにアルバイトや親への根回しなど、様々やっていた。

 あのナツキとハルとか言う女ども、アルバイトしながらランカーやってるんだから意味が分からないことこの上ない。仕事でもGBNでもプライベートでも一緒なあいつらだからやれているところはあるのだろうけど。

 

「はぁ……」

 

 思い返しただけで糖度と湿度で吐き気がする。

 目の前でいちゃつくのはやめていただきたいのだけど。

 

 本題に戻ろう。結局わたしは20歳になってもお酒を飲んだことがない。

 正直、どれから行けばいいか分からないし、ビールは買っていたものの、その日の夜に何故か帰ってきていた兄さんに缶を開けられていた。

 義姉と妹によるお説教はしたものの、いまいち勇気というか、そういうものが湧いてこなかったのだ。

 お酒に対する興味というものはある。ただ飲むか? と言われたら機会がなければ飲まない。そんな状態だった。

 

「ため息なんかついちゃって! じゃー、マギーちゃんのとこに飲みに行く?」

「あんたと2人で? 嫌よ、介抱させるつもり?」

「まぁまぁ~! 今日はラヴちゃんとクオンちゃんも来てるだろうし!」

「……クオン、ねぇ」

 

 聞いたことがある、というよりも嫌でも耳にする名前というか。

 相手が100位圏内のダイバーであるなら尚更というやつだ。

 最近は昇格戦にも顔を出すようになったわたしだけど、あのクラスの敵は正直なに考えているのか分からない。訳わからなさすぎてあのナツキやセツも負けたって言っているのだから驚きだ。

 知り合いの知り合いであるちのやタイルが同等かそれ以上だというのだからそれにも驚愕を禁じ得ない。

 キメラめいた巨大MSの割に阿頼耶識システムを搭載した意外な反射性。まさに破壊の権化。怪物。とも言わしめる程度には有名だった。想像するならグレイズ・アインのそれだと言ってもいいだろう。要するに、やばい。

 

「いーじゃん! そのうちユーカリちゃんとも飲むんだろうから、よこー練習!」

「……はぁ。仕方がないわね」

「やりぃ!」

 

 さっきも言った通り機会酒でなければ、お酒は飲まない。

 だけど、今回はその絶好の機会だということにしておく。まさかあの後あんな事が起きるなんて、思ってもみなかったけど。

 

 ◇

 

「いらっしゃ~い! お二人様ごあんな~い!」

 

 フォース『アダムの林檎』のバーである『La Rencontre』はマギーが営んでいるお店でもある。初めてきた時からだいたい半年ぐらいは経ってるけれど、装いは特に変わっていない。強いていえばバーカウンターの奥にあるお酒の種類が変わったと言ってもいいだろう。ただ、その程度だ。

 

「フレンちゃーん! おひさー!」

「へーい! ラヴちゃんおひさー!」

「煩わしいわね……」

 

 パチーンとハイタッチし合う彼女たちも割と最近見ている光景の一つでもあった。

 相手はダイバーネーム:チェリー・ラヴ。小さい身体に大きな夢を胸に蓄えた美少女G-Tuberの1人。

 La Rencontreではだいたいいるような常連客のようでありながら、実際はリアルでは従業員として働いているという話を目の前の金髪ギャルから聞かされたことがある。

 曰く、リアルではおとなしいらしいけど、そんなの目の前にいる今のトランジスタグラマーの女を見て関係ないのだと一蹴できるぐらいには無縁な存在だ。

 

「もー、クーちゃん拗ねちゃって! マギーちゃん、クーちゃんにシャンディー・グフを1つ!」

「かしこまり~!」

「ちょっ! 何言ってるの?!」

「ほらほら~、おねーさんと一緒に酔っちゃいなよ~!」

「あなた酔わないでしょうが。それと、私の方が年上よ」

「あはは、そうだったそうだった!」

 

 なんとも騒がしいというか、バーこんなんでいいのか。と言う具合に紹介された席へと座り、メニューを確認する。……分からない。

 

「アタシはカシスオレンジにするけど、エンリちゃんどーする?」

「……おすすめある?」

「そっかー、分かんないよねー! このカルーアミルクってのはほぼコーヒーミルクって感じで飲みやすいよ!」

「じゃあそれにしようかしら」

 

 かくしてフレンとわたしはそれぞれカクテルを注文し、しばらくしてグラスに注がれたお酒が到着する。

 初めて飲むお酒がフレンと、というのは気に入らないもののカルーアミルクを一口含ませる。

 ん? 本当に美味しい。これ本当にお酒? ちょっとアルコールの風味を感じるものの、それ以外はまったくもってただのコーヒーミルクだ。ひょっとしたらお酒というものは本来このぐらいの難易度で、他のお酒もこういうのばかりなのだろうか。

 でも人間という生き物はたいてい安定にすがりつくもの。気付けばまたもやカルーアミルクを注文する。

 

「で、今日何話す~?」

「別にないわよ。強いていえば向こうの2人の話かしら」

「え?!」

 

 ちらりと目線を横に向けて、小さい身体でガバガバジョッキビールを飲み干す従業員と、少しずつ紅茶を飲む半人半竜の少女を見る。

 

「え、聞きたい?! 私とクーちゃんのか・ん・け・い・せ・い・!」

「言わんでいい!」

 

 軽く小突くようにチョップを繰り出すクオン。ははは、仲がいいことで。

 

「で、何が聞きたいのよ」

「結局言いたいんじゃーん! 草」

「そんなこと、ないわよ……」

 

 フレンが言った途端しおらしく枯れてしまって。色々と遠慮がないというのは素晴らしいことだ。わたしも、ユーカリとそんな仲になれるのかしらね。

 

「はい、カルーアミルク。それより私はエンリちゃんの事聞きたいなー! 最近破竹の勢いでランカー街道まっしぐらでおねーさんびっくりしちゃうもん!」

「意外と耳ざといのね」

「これでもバーで働いてたら色々耳にするんだよー。はいもう1杯!」

「ありがと」

 

 今思えば、クオンの話をそらしたのかもしれないし、この短時間でカルーアミルクを注文もしてないのに差し出してきたことに疑問を抱くべきだったと思うけれど、そんなのはどうでもいいのだ、重要なことではない。

 そう重要なことではないのだ。

 

「だからぁ! わたしももっとユーカリと仲良くしたいっていうか、イチャつきたいのよ本音はぁ!」

「分かる。分かるよー! アタシだってムスビちゃんとチュッチュしたいよぉー!」

「……うわ」

 

 カルーアミルクとは、飲みやすい代わりにそれ相応にアルコール度数が高い危険な飲み物である。

 フレンがこれを勧めたのは暗に面白そうだったからに他ならないものの、10杯近く飲んでベロベロになったのはわたしである。

 傍から見てたクオンとチェリーが少し冷静になってしまうほどには、泥酔状態だった。

 

「そもそもよ! あんのナツキとかいう女! わたしとのライバル関係があったくせにさらっと他の女のところに行って……。もっと申し訳ないと思わないのかしら」

「あ、あはは……。まぁそのぐらいにしておいて……」

「チェリー! もう1杯」

「あっ。はーい」

「チェリー、調子に乗ったツケよ」

 

 クオンも大人である。お酒の引き時というものを理解しているからこそ、冷静でいられたけれど、わたしはまだまだ若い。つまるところ、上限を知らないのだ。

 一気飲みに一気飲み。お互いにヒートアップしていく相方の愚痴をもはや止めるには酔い潰すしかないのである。

 

「わたしだってナツキみたいにユーカリともっとくっつきたいわよ。抱きしめてうなじ吸ったりおっぱいに顔をうずめたり」

「アハハウケるぅ~! アタシ超やってるし~!」

「はぁ?! あんた表出なさいよ! ちっさい身体を更に刻んであげるわ!」

「ざんね~ん! エンリちゃんの武器鈍器~!」

「爪があるわよ爪が!!」

 

 もはや衝突寸前の暴走列車。クオンもチェリーも、おおよそこう思っていることだろう。

 一見クールで凶暴で。『バードハンター』なんて異名を持つ畏怖の対象ともなっている彼女が、まさか酔ったらこんなにも本能に忠実な獣になるだなんて。

 

「……13杯。持った方ね」

「結構強いねー、エンリちゃんは」

 

 カルーアミルク13杯という記録を叩き出したわたしはそのまま眠りへ付く。

 同着2位のフレンはカシスオレンジをたった4杯でダウン。やっぱり弱いのね、あんた。

 薄れゆく意識とともに、強制ログアウト機能が働いたのか、その場から意識が離れていくことだけは鮮明に覚えていた。

 

 ◇

 

「……すみませんでした」

「いーのいーの! 私も調子に乗っちゃったから!」

 

 後日、マギーとチェリーに謝罪をしに行ったところ、あまりにもあっけなく事が済んでしまったので唖然としていた。

 

「でもリアルではちゃんとセーブするんだよ? でないと、お持ち帰りとかされちゃうかも~!」

「……それは、嫌ね」

 

 純血は誰でもないユーカリに渡したいので、そういういった飲み会は注意しなくてはならない。やっぱり、お酒って怖いわね。カルーアミルクは特に、ね。




カルーアミルク is 怖い


◇チェリー・ラヴ
(可愛い子たちに会いに行く:朔紗奈様作)
ちっさい。でかい。酒に強いの三拍子が揃ったトランジスタ酒飲みグラマー女子。
G-Tuberとしても有名であり、その体型に似合わぬコスプレをも着こなす。
クオンとはただならぬ関係であるが……?

◇クオン
(サイド・ダイバーズメモリー:青いカンテラ様作)
ごきげんよう亡者たち……。
終末を呼ぶ竜系G-Tuberであり、個人ランク100位圏内という実力を持った女子。
チェリー・ラヴには心を許しているように見えるが……?

◇シャンディー・グフ
シャンディー・ガフの青いやつ
本来はビールベースのカクテルではあるが、GBNではこれを青くしている。
故にシャンディー・グフ。


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EX7:もしものわたくしたち

それは夢のような物語


 これはわたくしの夢の物語。もしもの、IFの物語。

 もしもわたくしが勇気を持つことができたなら。前に進むための勇気を持ち合わせていたら。

 もしもわたくしが、ユーカリさんと付き合うことになっていたら。そんな、そんな夢物語。

 

 ◇

 

「……て、くだ……い!」

 

 誰かの声がする。甘ったるくて甲高くて、それでも彼女が愛して、わたくしも愛しているような、そんな愛おしい声。

 

「ぅ……んん……ユカリ、さん?」

「そうですよ! 早く起きてください!」

 

 お世辞にも朝が強いわけでもない彼女は、布団をかぶりながら顔を枕にうずめる。

 あと五分。そんな言葉を呪詛のように唱える。実際はあと1時間ぐらい放っておいてほしい。

 

「駄目です! 今日はムスビさんとお出かけに行くって約束したじゃないですか!」

「やくそ、く……おで、かけ……」

 

 蘇る記憶。本来は存在していないものの、もしもの彼女の頭の中にはある約束。

 そう、そうなのだ。彼女は今日ユカリさんとお出かけすると言う約束をしていたのだ。お出かけと言えば二人っきり。二人っきりと言えばデートだ。そんな日に、彼女はいったい何をしているというの。起き上がれ、起き上がるのですムスビ! うぉおおおおおおおお!!!!!

 

「ふあぁ…………ねむい」

「おはようございます、ムスビさん」

 

 ふやっとした笑顔が彼女の身体に染み渡る。あぁ、今日もユカリさんは一段と可愛らしい。天使のようだ。

 ベッドから地上に足をつけて立ち上がると、勝手知ったる我が家兼ユカリ宅の洗面台へと向かっていく。

 どうやらこの世界の彼女もアウトロー戦役をやったのだろう。その事実だけは変わらず、結果だけが変わったようなものらしい。だからこんなちっちゃい同居人がいることも忘れてはいけなかった。

 

「おはよ、ムスビちゃん!」

「おふぁようございます、フレンさん」

 

 大きな口を開けてあくびを一つ。

 金色の髪の毛モジュールを揺らして、にははと笑う彼女はELダイバーフレン。

 この世界の彼女は、失恋したことになっているのでしょうか。

 フレンさんの恋の行方は、おそらくもしもの世界の彼女にしか分からない。想像するしかないわたくしには彼女がどんな決断をしたのか。どういう気持ちでムスビのそばにいるのか分からないけれど、きっとかつてのわたくしと同じ気持ちだったことだろう。

 欲しくても手に入らない。それが、世の中の常なのだから。

 時間は進んで、手早く準備を終わらせた彼女が気合の入った服装でスカートをふわりと浮かばせる。

 

「よし、万全ですわ!」

「いー感じじゃん! 気合入ってんね!」

「もちろんですわ! 今日はユカリさんのファーストキッスをいただくつもりですのよ!」

 

 少しうつむきがちに「応援してるよ」なんていうフレンさん。

 恋のELダイバーが失恋を知る。そんな彼女を見るなんて思いもよらなかった。

 その報われない恋は、どうやって霧散させればいいのでしょうね。今のわたくしでさえも、それは分からなかった。

 

「では、行ってきますわ!」

「うん、ってらー!」

 

 IFのフレンさんの出番は、これでおしまいだ。

 その最後の去り際は、少しだけ寂しそうなものだったのが印象的だった。

 

 ◇

 

「お待たせしましたわ!」

「……わっ」

 

 彼女の服装は控えめに言わずとも派手なものであった。

 明るい黄色を基調にし、ところどころ白いフリルが可愛らしさをアピールするいわゆるゴスロリ調の服装。当然その場で回ればふわりとスカートが舞い、見るものをすべて魅了させるようなかわいらしさを誇っている。

 白い肌と白い髪にもマッチしており、まるで物語に出てきたお姫様のような、そんな様相を成していた。

 

「どうかしましたの?」

「いえ……。ムスビさん、すごく素敵だなって」

「そ、そうですか? ちゃんと選んだ甲斐がありましたわ!」

 

 照れながら服の裾を少しだけ握る彼女。

 本当にうれしそうですわね。そりゃわたくしですし、その見た目で虐げられてきたのだから、褒められることに耐性がないのは当然なことでして。

 頬を赤らめるのもそこそこに、彼女は手を腰におき、ユカリさんを視線で誘導する。

 

「さ。今日はわたくしがエスコートしますわ、お嬢様」

「ありがとうございます、私の彼女さん!」

 

 冗談を冗談で返した顔を見て、お互いに笑い出してしまう。

 ひとしきり笑った後は、ユカリさんが彼女の腕を組んで歩き出す。

 身長差的にもちょうど子供のコアラが親コアラに抱き着いているような、そんな感じ。見た目は姉妹か、それか親子か。本当は同い年の女の子同士のカップルだというのだから驚きだ。

 

「まずはご飯ですわ! 今日はまだ朝食を食べてませんし」

「お母さん、用意してくれなかったの?」

「あいにく時間が圧してましたから……。今度なにか埋め合わせをしませんと」

「じゃあ料理を教わりましょう!」

「いえ、それは。……ちょっと」

 

 IFの彼女も料理がへたくそなようだ。

 まぁ、今の時代調理済みの商品があるぐらいですから、料理ができなくたって別に問題ない。

 それどころか調理してくださった方々に手間賃という形で感謝をプレゼントできるんだ。これほど素敵なことはない。そう、料理できなくたって生きていけるんだ。それはそれとしてお金がないのだけど。

 

「ちなみに今日の朝食兼おひるご飯は?」

「朝マ○クですわ!」

「あぁ、今の時間帯ならね」

 

 朝マッ○! いいですわね。わたくし行ったことがありませんでしたし、今度ケーキヴァイキングのオフ会ってことで集まってもよいかもしれませんね。何気にらしいオフ会というものをやったことありませんでしたし。

 

 朝食を終えて、ショッピングへ。

 雑貨店にやってきた彼女たちは、お互いに似合う小物をプレゼントしよう、という話になった。

 目を凝らしながら、周辺を歩いていけば、意外と面白い雑貨があるわけで。例えばこのカエルの置物。ユカリさんが虫が嫌いとか爬虫類が無理とかいう話は聞いたことないものの、無難に選ぶ、ということはしない方がいいだろう。

 であるならばマグカップとか、何か変な置物とか。色物を狙いすぎても、おそらく引かれるか微妙な対応をされるだろう。そういうのに空気を読んで、いいねとは言ってくれるだろうけど。

 

 お店の中を練り歩きながらやってきたのはメガネのエリア。

 サングラスから伊達メガネなど。ユカリさん、こういうの好きそうですね。似合いそうにないのも含めて可愛らしい一面が見れること間違いないだろう。

 例えばこういうメガネなんかは賢く見えそうだって理由で好きそうだし、こっちのサングラスも意外と悪くない。アウトローに憧れた彼女なら絶対に好きそうだ。似合わないのも込みで。

 

「ムスビさん、こんなのはどうですか?!」

 

 やや興奮気味のユカリさんが晴れやかな笑顔で彼女の顔を覗く。

 手に持っているのはトマトの被り物であった。

 

「……わたくしを何だと思っているか、なんとなく分かってしまいましたわ」

「あはは、ムスビさんと言ったらこれかなーって」

「まぁ、悪くはありませんけど」

 

 トマトの赤は鮮烈でよいものだ。健康にもいいし、一石二鳥だ。

 というか、こんなものまで置いているのか。侮れませんわね、ヴィレ○ジヴァンガ○ド。

 

「ムスビさんは?」

「伊達メガネですわ。こんなのもよくありませんか?」

 

 少したれ目気味なレンズのメガネを彼女にかけさせて、鏡を見る。いつもの印象とは少しだけ別ではあるものの、ユカリさんであることを彩らせるには十分なメガネであった。

 

「かわいいですわ! やはり、わたくしの見立てに間違いはなかった」

「むぅ、もっとかっこいいのないですか?! イケメンな奴になりたいです!」

「ユカリさんはかわいいが一番ですわ!」

「それはムスビさんだって同じです!」

 

 顔を見合わせて、2回目の笑い。

 本当に幸せそうで、自分の夢が叶ったみたいな無邪気な微笑みで。

 それが本当は夢の中だってことは知らない表情だった。

 

 ◇

 

「ありがとうございます、楽しかったです!」

 

 夕日の海岸線。シーサイドベースを尻目に海沿いを歩いていく。

 彼女にとっての夢物語も、そしてわたくしにとっての夢物語もここで終わるのだろうという半ば確信めいたものを感じていた。

 

「それはよかったですわ」

 

 勇気はきっとこの時のためにある。

 関係を進めるべく。彼女がこれから口にすることは、きっとわたくしにはないもの。本来手にしなくてはならなかった、大事な勇気の形。

 腕をほどいて、ユカリさんのハテナを浮かべる顔を視界に入れながら、彼女は大きく息を吸って、吐き出した。

 

「あのっ! わたくしと、その……。うぅ……」

「ムスビさん……?」

 

 それでも勇気が出ない彼女だったが、もう一度ぱちんと頬を叩いて深呼吸を交わす。

 覚悟は、決まった。

 

「わたくしと、キスを、してくれませんか……?」

 

 はしたないとか、破廉恥だとか、そんな気持ちを釜の中でぐちゃぐちゃにかき回して、形作った結論を口にする。わたくしには、出来ない芸当だ。

 

「私、と……?」

「……ダメ、ですか?」

「い、いえ! ダメじゃないです! その、びっくりしただけで。ムスビさんとなら、私は……っ!」

 

 相手を不安にさせないと言わんばかりに精一杯の笑顔を浮かべるユカリさん。

 そういうところですわ。自分だって不安なはずなのに、それでも相手に手を差し伸べる。そんなあなたをわたくしは好きになった。絶望のどん底に沈んでいたわたくしを掬い上げてくれた大切なあなた。その事実だけは、彼女も、わたくしも変わらない。

 

「……ユカリさん…………っ」

「ムスビさん……」

 

 薄れていく彼女たちの輪郭。

 あぁ、もうすぐこの夢もほどけていくんだ。理想から現実へ。過去から未来へ。もしもから、いつもへ。

 ありえたかもしれない『もしものわたくしたち』。

 でもそれは、本当にもしもなのだ。確定した、未来ではないのだ。

 

『夢の中で、幸せになってくださいませ。もう一人のわたくし』

 

 寝言なのか、夢の中での一言なのかは分からない。

 けれど、去り際にわたくしの言葉が届いていたのなら、嬉しいです。

 

 ◇

 

「ムスビちゃん! ほら、朝だよ!!! 起きてぇえええええええ!!!!」

「……ぅん…………。うるさいですわね」

「起きろー!!!」

 

 お世辞にも朝が強いわけでもない彼女は、布団をかぶりながら顔を枕にうずめる。

 あと五分。そんな言葉を呪詛のように唱える。実際はあと1時間ぐらい放っておいてほしい。

 

「今日アタシと一緒にデートするって約束したじゃん! ほら起きて、準備する―!」

 

 現実に戻ってきてもデートですか。万年発情期じゃありませんのに、頻繁にデートするなんてわたくしはプレイボーイならぬ、プレイガールか何かですか。

 

「ふあぁ……。いま、何時ですの?」

「11時だよ! ご飯食べてGBN! いいよね?」

「……わかり、ましたわ。ねむい」

 

 フレンさんの頭を優しく撫でてから、地上に足をつける。

 この騒がしさはきっともしものわたくしにはないものだ。フレンさんと一緒の日常。こんな幸せをIFのわたくしは知らない。

 わずかな優越感と諦めたはずの感情に整理をつけながら、わたくしはいつもの日常へと戻っていくのだった。




『もしも』から、『いつも』へ


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EX8:炎の料理人たち

気付けば、レンジ+リレシプで料理できるメンツが少ない


 このGBNには二種類のダイバーが存在する。

 料理が出来るダイバーと、出来ないダイバーだ。

 

「つーことで、君たちに集まってもらったのは他でもない! 料理は好きかー?!」

 

 歓声とブーイングが鳴り響く客席とコメント欄。そして参加者たち。

 

「春夏秋冬ちゃんねる特別企画! フォース対抗料理コンテスト、始まるよー!!」

 

 今度は歓声100%の賛歌。

 誰がやる。何をやる。そんな答えを一発で解決してくれるような、そんなタイトルコールに私は嫌な予感しかしていなかった。

 

 ◇

 

 時は数日前にさかのぼる。

 今日もいつも通りにミッションでもやろうかなー、と考えていた矢先に1通のメールが届く。

 誰からだろう。該当の誰かと表題を見て少し驚く。

 

「ナツキさんからだ。なんだろう」

 

 答えはナツキさん。春夏秋冬とのフォース戦の後、エンリには内緒で密かにフレンド登録をしていたのだ。

 そしてその表題は『挑戦状』と叩きつけられていた。内容はこんな感じだった。

 

 仰々しくってごめんね! でも一度やってみたくて!

 と、さっそく本題なんだけど、近々春夏秋冬とケーキヴァイキングのコラボ配信をしたくて。

 内容はバトルとかじゃないよ。いや、バトルって言っていいのかな。

 料理対決って感じで、2on2のタッグ戦みたいな。

 いいと思ったら、返事お願いね! それじゃあよろしくー!

 

 これをエンリに伝えたら、即決で、叩き潰すの一言だった。あの人のことどれだけ嫌いなんだろうか。

 

 ◇

 

「ナツキ、あんたには負けない」

「こっちもだよ! お互い、正々堂々と、戦おうね?」

 

 ガッチリと握手するナツキさんとエンリ。

 その視線は好敵手を見るような目線。バチバチと震える視線のエフェクトは雰囲気だけではなく本物。文字通り力いっぱい握りつぶそうとしている2人の握手を見て、私とハルさんはどことなく嫉妬の目線に満ちていた。

 

「……エンリ、ナツキにお熱だね」

「そうですねー……」

 

 と言うか。これ配信されてるんですよね。

 目の前でフレンさんとムスビさんがサングラスかけて司会してるし、審査員席でモミジさんとセツさんが腕を組んでいる。ノリノリすぎませんか、この人たち。

 

「見てよ。あそこの4人、全員料理できないからあんな席でふんぞり返ってるんだよ」

 

 フレンさんとムスビさんがそんな感じなのは知っていた。

 でもモミジさんとセツさんも大概彼女たちの同志だったとは。

 

「べ、べっつにー?! アタシらだってできるしー! でも司会いないとダメじゃん?! そゆことー!」

「そーだよ! セツたちは何も悪くないもん!」

「そこのEL2人、それが墓穴掘ってんぞ」

「「うぐっ!」」

 

 まぁ、ELダイバーって基本的に料理作らないだろうからね。ある意味そうしないと決着がつかないから、妥当な判断と言えよう。

 問題はうちのエンリも、料理下手だということだ。

 

 お題はお母さんの献立、というものであった。

 王道なところでいえばハンバーグとかカレー。あとは肉じゃがと言ったところだろうか。

 

「エンリは何かあったりしますか?」

「……コンビニのお弁当じゃダメなの?」

「え?」

 

 思わずエンリの顔を見た。不思議そうな顔をしている。それが当然というべきな感じの。

 ……嘘でしょ。

 

「えっと……。エンリってこの企画の趣旨分かってますよね?」

「当然じゃない。正々堂々と、美味しいコンビニお弁当を手にすればいいことでしょう」

 

 ハルさん、私たちはもうダメかもしれません。私たちの負けでいいです。

 そんなことを考えて、ちらりと対戦相手のキッチンを見ると、そこには何故か座らされているナツキさんが1人。これにはエンリも首を傾げずにはいられなかった。

 

「……あんた、何してるのよ」

「ハルに手を出すなって言われたから」

「あんた、この企画の趣旨分かってる?」

 

 ブーメラン。投げた刃が今ナツキさんとエンリの頭に突き刺さっている。

 これは、なんというかどっこいどっこいな勝負の気がしてきた。

 

「エンリ、勝ちたいですよね」

「もちろんよ。相手がナツキなら尚の事」

「でしたら、私の指示に従ってください。絶対。ぜーーーーったい! 美味しい料理を作れますから!」

「え、えぇ。分かったわ」

 

 正直マルチタスクはそこまで得意ではないけれど、これも子供が出来たときの予行練習ということにしておこう。エンリとの子供ができるかは分からないけれど。

 作る料理はハンバーグ。だから用意するのは玉ねぎとひき肉。そしてパン粉と牛乳卵ぐらいだ。エンリにだって、玉ねぎをみじん切りにすることぐらいできるはず。

 

「みじん切りって、縦に切ってから乱雑に切るイメージ?」

「えっと、もっといい方法があって……」

 

 玉ねぎを大きめに切るか小さくして風味を出すかは人それぞれだ。

 だけど総じてその方法は間違っていると、料理ができる人は皆言うだろう。

 

「まずは縦に切れ目を入れて……」

 

 そんな事を考えながら、エンリの後ろから包丁を握る手に私の手を添えて説明する。

 縦に切れ目、横に切れ目を入れて、切れ目の入っていない方から切っていけば自ずとみじん切りになっていく。私はよくフードチョッパーを使って手間を半減させているものの、料理初めてのエンリがそんな裏技を覚えてしまうと、料理の醍醐味が減ってしまう気がするし。

 考え事をしているのか、エンリの動きが少し鈍いのを感じる。

 「どうしたんですか?」とエンリの顔を伺うように下から彼女を見る。

 

「あ、あんた。気づいてないの?」

「何がですか?」

「……後ろから抱きしめられて、動揺しないわけないじゃない」

 

 「え?」言われて数秒。気づいてコンマ0秒。

 よくよく考えたら、エンリとそんなに接触する機会なんて本当になかった、というか、まだ手だってそこまで繋いだことなかったのに、その。後ろから抱きつくように手を添えてたとか。そんな、そんな……。

 

「あーっと、どういうことかな、解説のムスビちゃん!」

「教える素振りを見せて後ろから抱きしめる。カレカノ密着の常套手段ですわね。全く破廉恥ですわ!」

「これには壁のシミくんちゃんも大ダメージ! 時代はナツハルよりもユーエンかー?!」

 

 なつはる? ゆーえん? なんですかそれは。

 というか、そんなつもりで密着したわけじゃないですから! 破廉恥とか言わないでくださいよぉ!

 

「これが若さか……」

「ハル、たかが2歳差でしょ。私も手伝おうか?」

「ナツキはダメ。絶対ダメ」

「うぅ……」

 

 それからエンリが再起動するまで数分がかかった。

 

 ◇

 

 数十分してから出来上がったのはハンバーグと野菜サラダの各種。

 ハンバーグは渾身の出来、とは言えないものの、エンリと私の血と涙の結晶なので、美味しいはず。

 野菜サラダはちぎって盛り付けてドレッシングを掛けただけなので、手間はないものの、お母さんの献立というにはやはりお手軽感は強いだろう。

 

「ハンバーグと……ハルちゃん、これは?」

「青椒肉絲。お母さんがよく作ってたんだ」

 

 対するナツキハルペア(ハルさんが10割調理)もお手軽感を滲み出させた一品であった。

 ピーマンと豚肉があれば、後は適当にパプリカを入れたのであろう青椒肉絲は恐らくクック◯ゥ製。味は一定ではあるものの、その出来は一定以上。そしてお手軽さで言えば、調理後の洗い物を除けばピカイチと言ってもいい。

 

「……やりますね」

「そっちこそ」

 

 謎の握手を交わして、お互いの健闘を称え合う。

 それとは別に後ろでエンリとナツキさんがまたいがみ合っているけれど。

 

「もらったわね、この勝負」

「いーや! 私のハルの方が美味しいし!」

「そんな事ないわ。わたしのユーカリの方が美味しいに決まってる」

 

 少し引き気味で、その様子を見ていると、審査員が席に座る。

 

「では、食べさせてもらおう~おう~ぉぅ……」

「なんでエコーなんよ」

「だってそれっぽいと思ったし!」

「あーはいはい。じゃ、いただきます」

「いただきまーす!」

 

 まずはハルさんの作った青椒肉絲から。

 何故か手元に持っていた白米と一緒に食べ合わせて、その味を噛み締めていく。

 もしゃもしゃと言う言葉が相応しいセツさんの食べっぷりと、どこか大人を感じさせるモミジさんの食べ方が印象的であった。

 

「んー、やっぱハルの料理って感じだわ」

「ハルお姉ちゃん、面倒くさいからってすぐきせーひんのソース使うもんね」

「悪かったな」

「いやでも、お母さんの献立ポイントは高いよ」

 

 やはり私の推察通り、ポイントはかなり高かった。

 後で聞いた話だが、少し味を濃いめにしていたのだとか。こう言う細かいこだわりがまたお母さんらしいと言えばらしいポイントの1つだ。

 続いてハンバーグ。またもはもしゃもしゃ食べるセツさんは見ていて和んでしまう。

 かたやモミジさんはハンバーグを箸で切り分けてから口に運ぶ。

 

「ん。単純に美味しい」

「ねー! 玉ねぎはちょっとゴロゴロしてるけど!」

「うっ……」

 

 エンリが分かりやすく凹む。

 まぁ、あれだけ玉ねぎを大きめに切っているたのだから仕方ないか。

 でもちゃんと火は通っているはずだし、なんだったら玉ねぎの風味がまた美味しいはずなんだけど、どうなんだろう。

 

「でもこの素朴さも少し料理下手なお母さんみを感じるよ。玉ねぎの大きさもその愛情故だと思えばまた……」

 

 気付けばモミジさんはハンバーグを完食。セツさんもまた同じく、といった様子であった。

 

「んじゃー、勝敗を決めよー! おふたりとも、どっちがよかったかパネルに出してね!」

 

 「せーの!」という言葉とともに、開かれたパネルはどちらもユーカリエンリペアだった。

 私たちは顔を見合わせて、思わずハイタッチ。なんともあっさり決着が着いてしまったものの、勝ちは勝ちだ!

 

「決め手はやはりハンバーグで?」

「それもあっけどー……」

 

 二人してナツキさんの方を見ると、こう言った。

 

「サボりはないわ」「ないねー」

「いや。だってハルがキッチンに立つなって……」

「だって、ナツキお世辞にも料理が上手い下手とか、そういう次元じゃないんだもん」

 

 結局はそんなところ。どうやらナツキさんはメシマズ班の1人であったらしい。

 やいやいと言葉をかわす3人に対して、エンリは視線を向ける。

 ただ一言。ナツキさんを鼻で笑ったエンリに、彼女が今にも爆発させそうな感情をエンリに向けた。

 

「エンリちゃん、表出よう。食事の後は運動ってよく言うでしょ?」

「上等じゃない。今度こそ勝ち星もらうわよ」

 

 その場でガンプラを召喚すると、明後日の方向へと飛んでいってしまった。

 これ、どうやって閉めればいいんだろうか……。

 

「あ、あはは……。そんじゃ!」

 

 フレンさんは逃げるようにその場でウィンドウを起動して、配信終了ボタンを叩き押した。あ、そんな感じでいいんだ。




スキあらばいちゃつく


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EX9:メイドのわたくしと白い貴女

これはとあるメイドの独白


 与えられた仕事を全て終えた私は自室に戻り、1人思いに浸っていた。

 

「……ムスビお嬢様」

 

 私はネコヅカ・ヒヨリ。またの名をネコビヨリとしてGBNにログインしているしがないメイドであった。

 どこのメイドであるか。そのぐらいは推測に足るものだろうが、一応答えておくとしよう。

 アウトロー戦役。一躍有名になったケーキヴァイキングの裏側で、悪い意味で有名になってしまったノイヤー家。私はその家のメイドである。

 故に、家を出ていくまでのムスビ様の様子を逐一把握していたし、監視するようにと命じられていた。

 

「いろいろ、ありましたね」

 

 日記帳の端をなぞりながら、今のムスビ様を見て私事のように喜ぶ。

 彼女の異様な差別は目にしていたし、ノイヤー家のある種の宗教じみた考え方に絶句した覚えがある。

 しかし、それを見て見ぬ振りしていたのはなにかすれば自分が解雇されるかもしれない、という恐怖があったからだろう。だから、そういう意味ではユカリ様にも感謝の言葉しかなかった。

 そして、この前けーきう”ぁいきんぐとして彼女と再会し、確信した。

 もうノイヤー家という鎖のような縛りがないということに。

 

 思い出を振り返るため、日記帳をペラリとめくれば、そこにある文字列を読み進めていった。

 

 ◇

 

 彼女は白髪碧眼という、生まれ持ったアルビノの容姿によって、呪われた子としてこの世に生を宿した。

 当時のことは流石の私も分かりかねるところではあったものの、先輩のメイド長から聞いた話によれば、一時期ムスビ様を人知れず闇に葬るか否か、という審議にまで掛けられたとのことだ。

 結局あまりにノイヤー家の第一子が生まれるとのことで触れ回ってしまった手前、消すなんてことは出来ずに、そのまま放置していた、ということだ。

 

 そして、あれはおおよそムスビ様が小学校に上がったときのことでしょうか。

 私、ヒヨリがメイドとしてこの家に入り、ムスビ様のしつけを任せられたのはこの時期でしょう。

 ひと目見た時、私は打ち震えました。

 白い髪に、青い瞳。白い肌と、少しだけ痩せこけた肉。

 読書をしながら、どこか浮世離れした少女に私は一目惚れしたのです。

 こんなに美しい人がいたのか、とか。こんな相手に何故強く当たらなければならなかったのか、とか。そんな事ばかり考えていた。

 メイド長も見た目なんてどうでもいいのにね、とお小言を口にしていたのを覚えている。

 その程度には、素敵な見た目だったことを覚えていた。

 

 私と比較的歳が近いせいもあって、身の回りのお世話は私がやることになっていた。

 ただ、彼女は恐ろしいほど静かで、お世話もいらないぐらいにはしっかりとした子だった。

 

「あっ……」

「どうかなさいましたか?」

「いえ、なんでもありません」

 

 この歳の子供にしてはありえないぐらい、ワガママを言わなかった。

 それが何故か、なんて恐ろしいほど分かってしまう自分が怖かった。

 優しくしようとしても、ご主人様がいる手前、手を差し伸べることは出来ない。私は、ただ彼女を見守ることしか出来なかったのだ。

 

 中学校に入学して数日後。彼女はこの屋敷を去っていた。

 理由はムスビ様の母が、もうこの家にあなたはいらない宣言をしたからにほかならない。

 この頃、アディ様も生意気に育ち始めていたし、手のかかる子供は1人で十分だということだったのかもしれない。

 それでも付き人であった私は続いて監視という役目を仰せつかった。

 理由なんて大したものはなく、たまたまそばにいたメイドだったからに他ならないだろう、という推察。

 だが彼女はそれがきっかけで、徐々に変わっていった。

 学校で何があったかは分からないが、ご機嫌な気分で帰ってくる日もあれば、大きな紙袋を持って家に戻ってくる姿を何度も見ていた。

 失礼であるとは思いつつも、彼女の部屋に侵入してみれば、ガンプラと呼ばれるおもちゃが棚の上に鎮座していたのだ。

 その時、私は感動した。あぁ、神様は親に見放された子供でも、楽しみを与えてくださるのだと。

 

 怪我をして帰ってくることもあった。

 少しずぶ濡れだったり、チョークの粉のようなものも。

 それでも、表情は明るかった。私は察することが出来た。友達ができたんだろうと。

 よかった、ちゃんと彼女にも友達ができたんだって。心の底から安堵の声が出てきたんだ。

 

 ◇

 

 時は過ぎて、ムスビ様がGBNにログインするようになってからも、私の仕事は終わらない。

 同じくGBNにログインして彼女の動向を観察していた。ネコビヨリって名前だって、名字と名前を組み合わせただけで他意はなかった。

 彼女は受け入れてもらえていた。それはそうだろう。ネットゲームの世界で見た目が多少変だったとしても、その上を行く方がいらっしゃるのだから、日常茶飯事と捉えられて、よろしくな、って挨拶するのは。

 私は、それだけで嬉しかった。ムスビ様が受け入れられて、新しい毎日を手に入れることができたんだって。

 

 その日、珍しく友達と遊んでいた。ユーカリという名前らしい。

 恐らく彼女のリアルの友達なんだと思う。良かった、と言う安心感が心に襲ってくる。

 もしかしたらこのお仕事もしばらくしたらおしまいなのかもしれない。

 フォース『ケーキヴァイキング』が結成されてからはそんな風にも考えていた。

 

 だけど、ある日を境にムスビ様の表情がまた暗くなった。

 理由は簡単だ。ユーカリ様がエンリ様という方と付き合い始めたからだ。

 初めての友達である彼女が他の誰かとお付き合いすることとなった。一見すれば祝福すべき内容であるのだが、ムスビ様の場合は違った。

 自分を追い詰め、あのアディ様の提案に乗ってしまったのだ。それが自分を利用する使用人目線から見ても卑劣な男であることを知っておきながら。

 辛かっただろう。苦しかっただろう。手を差し伸べられたらどんなによかったのか。

 でも私にはその覚悟がない。二人で共に逃避行するなんて言う勇気は、どこにもなかった。

 

 私はそのままお屋敷に戻ってムスビ様のお手伝いをすることとなった。

 プラシーボ効果とフルトレース型のVR機器。負担が大きいはずなのに、それでも流される姿が痛々しかった。

 

「お疲れさまです、お嬢様」

「あなたは、確かヒヨリさんですよね?」

「えっ! は、はい。お嬢様の幼い時からお世話させていただいているメイドです」

「しばらく見ていませんでしたから。お変わりないようで」

「お嬢様はとてもお変わりになられました。もちろん、良い方向で」

 

 一礼して、その場を立ち去る。

 正直びっくりしていた。私のことを覚えているだなんて。

 交わした言葉は恐らく100にも満たないだろう。それでも覚えていてくださったのだから、これほどメイド冥利に尽きることはない。

 同時に感じる。たった数年で、人は変われるのだと。

 私も、もっとムスビ様の手を引いていれば。もっと敵に立ちはだかっていれば、変わったのでしょうか。

 後悔と懺悔と、それからわずかな希望。

 彼女を変えられたユーカリ様になら、ケーキヴァイキングならこの状況を覆してくれると、確信していたのだから。

 

 そしてアウトロー戦役でそれを覆した。

 ムスビ様の告白と、ユーカリ様による返事によって全て。

 それからはトントン拍子。アディ様はとても厳しいと噂の専用スパルタ道徳のお勉強部屋へと突き落とされた。正直ざまぁ見ろとしか思えない。

 ムスビ様はノイヤー家と絶縁し、このお屋敷を去っていった。そして私のお仕事も。

 本来ムスビ様のお世話だったのに、その当人が絶縁したのだから急な暇をもらってしまったのだ。

 どうしよう。そんな時に現れたのは大旦那様である、ルドゥーガ様であった。

 

「ヒヨリ。君にはしばらくムスビの監視をしてもらう」

「……お言葉ですが、ムスビ様にもうそんな気を起こす理由はないと考えています」

 

 私は心のありのままを伝えた。もう失うものなんてないのだ。仕事だって見つければいい。中卒だから大した仕事には就けないだろうけど、それでも。

 

「理由は2つだ。1つは君の言った通り、ノイヤー家への復讐を本当に考えているのなら今がチャンスだ。報告書に週1回のペースでいい。こちらに情報を渡してくれ」

「…………」

「もう1つは。……ここだけの話にしておいてほしい」

 

 私ははいと、その言葉にうなずいた。

 他でもないルドゥーガ様による、大切ななにかだと感じたからだ。

 

「例え呪われた子供だったとしても、妻が何を言おうが、私の子供なのだ。心配にならない父親はいない」

「……ルドゥーガ様」

「君は最もムスビの近くにいた。だからこれは君にしか頼めない大切な仕事だ。請け負ってくれるか?」

 

 きっとこの思いは絶対に表に出してはいけない禁断の果実だ。

 口に出せば全てが壊れてしまうような、そんな本音。

 仮に嘘だったとしても、そんな言葉に首を横に振ることなんて出来ない。無下にすることなんて、メイドの私にできるわけがない。

 

「もちろんです。この仕事、全うさせていただきます」

「ありがとう。……それでは、頼んだぞ」

 

 ルドゥーガ様は肩をポンっと叩いてその場を去った。

 その甘えた心を置いてきたように。親心を、他でもない私に託したように。

 

 ◇

 

「……婿養子、というのも大変ですね」

 

 ノイヤー家の力関係のトップは現在妻のメルマル・ノイヤーのものであった。

 彼女がムスビを迫害した張本人。どうこう言われるのなら彼女しかいないのだが、特に言及してこなかった辺り、ルドゥーガ様が誤魔化したのだろう。

 

「それにしても、イチノセ様の家に来てからムスビ様は楽しそうですね」

 

 ご近所付き合いという設定でイチノセ家の母からムスビ様の情報を手に入れていた。

 まぁ順風満帆そのもので、私ですらあくびが出てしまうものだ。

 おひるご飯もたまにサラダチキンが登場する程度で、特に問題視される点はない。

 いつもどおり限界リプをした辺りで、ベッドに腰を掛けた。

 

「ムスビ様は、これから大丈夫なのでしょうか」

 

 実質週1の報告書の送信以外はメイドらしいことをしていない。

 これではダメだと思っているが、監視が仕事なのだから仕方がない。

 ムスビ様が高校を卒業して、就職して。ムスビ様、お仕事できるのだろうか。そうしたら私はどこの立ち位置に行けばいいのだろうか。

 これでもお金は溜め込んでいるから養ってあげたい気持ちはある。

 それがムスビ様のためになるかはさておき。

 

「あぁ~、不安です~! どうしたらいいの~!?」

 

 頭を抱えながら悩むけれど、答えは出ない。でないからあとは成り行きに任せるしかないか。

 

「それにしても、今日のムスビ様は可愛かったなぁ……」

 

 けーきう”ぁいきんぐとして活動しながら、今日もムスビ様の動向を監視する。

 お仕事2割、愛でること8割。そんなノリで。




意外と愛されていた、そんな一幕。

◇ネコビヨリ / ネコヅカ・ヒヨリ
リアルはノイヤー家のメイド。ムスビめっちゃ好き。見た目マジフェチズムに刺さりすぎてやばい。けど流石に主人の手前、ムスビには優しくすることも出来ずに少し後悔していた。なので今のムスビとしての活動を支えに生きている。

◇ルドゥーガ・ノイヤー
婿養子としてノイヤー家に迎えられたムスビの父親。
あまりノイヤー家の考えには染まっていないものの、悟られれば当主と言っても何をされるか分からない。そのため一応のところは従っている。
ムスビ絶縁の話は、体良くノイヤーとGBNの縁切りをしたこととムスビの今後を考えての行為であった。

◇メルマル・ノイヤー
諸悪の根源


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EX10:AGE狂いたちのパーティタイム

ラスト2話でAGE狂いのタイトルを回収します

青いカンテラ様「サイド・ダイバーズメモリー」から「ジュウジョウ・キョウヤ」さんを、
X2愛好家様「GBN:ダイバーズコンピレーション」から「ゲドーリトル」ちゃんを、
守次 奏様「ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ」から「リリカ」ちゃんを、
それぞれ許可を取った上でお借りしております。


 ――ガンダムAGE連戦レイドバトル。

 

 その名前を聞いたのはつい先日のことだった。

 曰く、その出場ガンプラはAGE系のガンプラでなければならない。という制約。

 AGE系のガンプラは比較的上級者向けと評されることが多い。

 連邦軍の機体にはドッズライフルという貫通性能を高めた機能が、ヴェイガン機には光波推進システムという航行システムもある。

 それなりに戦える仕様にはなっているものの、他作品のようにトランザムやハイパーモードなどの時限強化はAGE-FXにしか搭載されておらず、特殊装甲の類もない。

 つまるところ戦うことにおいては別の作品の方が強いと言われることが多い。

 

 だが、それでもと。ここに集まった全員は、並々ならぬAGE愛によって紡がれし戦士なのだろう。私は少なからずそう思った。

 

「なんでワタシがクジョウ・キョウヤとなかよくレイドバトルしなきゃいけないんだ!」

「私こそ。何故相対する我が宿敵、クジョウ・キョウヤとともに戦わなくてはならないのだ」

「あはは、僕も随分と嫌われたものだね……」

 

 アンチチャンプ勢。もといサメのようなザムドラーグに乗るあのにっくきフリット編のデシルを元にした白い髪と赤い瞳をした少女「ゲドーリトル」さんと、クルーゼの仮面で素顔を隠したダークハウンドカラーのガンダムレギルスに乗った闇落ちチャンプ、という設定で活動しているG-Tuber「ジュウジョウ・キョウヤ」さんが同じく同意する。

 片方は本物のファンだろうけど、もう片方は本気で嫌ってるっぽいし、なんというかキョウヤさん災難だな……。

 

「AGE好きが集まったとしても、かたや主人公サイド。かたやヴェイガンサイドと、それだけで戦争が起きかねませんからね」

「……そう、かもしれません、ね……あはは……」

 

 目の前の白髪碧眼美少女ムスビさんと、栗色の髪の毛を腰まで伸ばし、学生服のようなダイバールックを身にまとった少女「リリカ」さんが少し遠くからその様子を見る。

 よもや私がちょっとAGE連戦レイドバトルに参加したいって思ったらこんなことになるとは……。

 でも、それはそれとして、だ。見慣れたヴァイキングギアとは別に様々なAGE機体が今宇宙に漂っている。

 例えるならゼダスMを8機用意した小隊だったり、ジェノアスOカスタムを完全に模倣した機体。

 加えてあれはクランシェカスタムだろうか。さらにはグルドリンまでいる始末。このごった煮AGEパーティに感動しないユーカリはどこにも存在しないのである。

 

「見てくださいあのザムドラーグ! サメみたいですよ!」

「あ、あっちのレギルスのダークハウンドカラーはやっぱりアセムとゼハートのリスペクト何でしょうか?! そのカラーリングは卑怯ですよ!」

「リリカさんのそれはAGE-FXをベースにして、トライエイジも入ってる感じですよね! はー、すごいかっこいいなぁ……!」

 

 私のAGE愛がFX-バーストしながら、リリカさんに特攻する姿をヴァイキングギアが止める。

 

「あ……えっと……」

「リリカさんがお困りでしょう。ユーカリさんはそういうところありますから」

「あはは、すみません……」

 

 とかなんとか言っていると、第一陣であるアンバット攻略戦へと駒が進む。

 機体自体はガフランやバクトばかりではあるし、量もそこまでではない。つまり、まずは前菜というやつだ。

 

「アンバット攻略戦と言えばフリットとデシルの因縁の戦闘ですよ! あぁ、今からユリンが死ぬのを見たくないよぉ……」

「……分かります。フリットの、復讐者としての、スイッチが入ってしまったのが……この時でしたから……」

「あぁ。やはり名場面集としてここほど最適なところはない反面、当時は公式に悪魔がいるのではないかと疑ったものだ」

 

 Cファンネルにシールドファンネル。それからAGEⅡマグナムによるドッズライフルによって次々とヴェイガンユニットが撃破されていく。

 もうこれ、私たちだけでよくない? といった殲滅力だが、イベントが進まなければ攻略もできないのだ。

 NPDであるフリットのAGE-1スパローがデシルの誘いに乗り、戦線を離脱。

 もはや敵なんて残っていないものの、その様子を見たいがために総出でそのユリンの末路を見る。

 

「もはや応援上映だな」

「デシルー、がんばれー!」

「デシルだけは許さない……」

「なんだとー?!」

「デシルですよ?!」

 

 ゲドーリトルさんといがみ合っていると、ついにファルシアの胴体にビームサーベルが突き刺さる。

 

『フリット……生きるのって、難しいね……』

 

 刹那に爆発するユリン機のファルシア。あの爆発ではおおよそ生きていることなんてありえず。

 

『「「「ユリーーーーーーーン!!!!!」」」』

 

 その場にいた全員がユリンの死を悲しんだ。

 

「あぁ……ユリンが……ユリンがっ……!」

「ユリン……」

「ユリン、さん……」

 

 悲しみに暮れる一同。そして逆転の刃たるフリットのブチギレシーン!

 

『命は、おもちゃじゃないんだぞッ!』

 

「うぅ……フリット……」

「デシルー!」

 

 完膚なきまでに叩き潰されたデシルは宇宙空間に放流されて、消えていった。

 あぁ。しんどい。本当にしんどい。あんな生意気な子供に命をもてあそばされて、愛する人とも言えたであろうフリットを目の前で殺されて。うぅ……フリットォ……。

 

「全軍、弔い合戦だ!」

「クジョウに指示されるのはいただけないが、ユリンのためだ!」

「ワタシにしじすんな―!」

「……はい。行くよ、フルブランシュ……っ!」

「わたくしたちも暴れさせてもらいますわ!」

「そうですね。行こう、シェムハザ!」

 

 その後、ものの数分でアンバットが陥落したのは言うまでもなかった。

 

 ◇

 

 その後も心抉るような展開が続くわけで。

 

「なんでアセムとゼハートが敵対しなくちゃいけないんですかぁ!」

「ゼハートさんにはゼハートさんの使命がありまして。でもアセムさんにはまだゼハートさんを敵だと信じられない気持ちがあるんですのよね……うぅ……」

 

 卒業式の戦闘。と命題うたれた第二ステージ。

 特に敵はいないものの、それはなんてことはない。アセムとゼハートの戦いを見守る応援上映会となっていた。

 

「くっ……やはりソーディアで来るべきだったか」

「いや、ここはあえてのAGE-1ノーマルで来るべきだったかもしれないぞ、クジョウ・キョウヤ!」

「それも悪くない。どちらも悪くないからこそ、どちらにしても映えるという奴だろう、ジュウジョウくん」

 

「なんでクジョウ・キョウヤとジュウジョウ・キョウヤがなかよくしてるんだよー! おまえらてきどーしだろー!?」

「ゲドーリトルさん、推しの前には敵も味方もないんですよ……」

「わかるけどー……。あー、ゼハートー!」

 

 その場にいる全員がアセムとゼハートの宿命に涙でその身を打ち震わせる。

 やはり、アセムとゼハートは大人気なのだろう。チャンプもわざわざAGEⅡマグナムの方で戦闘に出てくるぐらいなのだから。

 

 そして場面は変わってノートラム侵攻作戦。

 

「ふはは! よーやくサメドラーグのじつりょくをだせる! しょーぶだ、クジョウ・キョウヤ!!」

「ふっ、いいだろう。私が受けて立とう!」

「ジュウジョウ・キョウヤじゃない!」

 

『スーパーパイロットの、アセム・アスノだ!!』

 

「アセムゥ~~~~~~~!!!!!!」

「やはりスーパーパイロット宣言は最高ですわね……」

「あぁ……。このミッションに出会えてよかった……」

 

 ヴァイキングギアとAGE-2が腕を組んでうなずく。

 後ろでは血を血で洗う戦いが繰り広げられているものの、やはりここはスーパーパイロット宣言が尾を引く。

 ウルフ隊長の死から、怒りと復讐に身を任せた決死の突撃。BGMも込み込みで、AGEの名場面の一つと言っても問題ない。

 

「行こう。彼らの未来を守るために」

「はい、行きましょう!」

 

 それからものの数分でダウネスは轟沈。

 キオ編。というよりも三世代編に突入する前に、一度補給フェイズが入る。

 だが、その補給はもちろん機体の方だけではなく、パイロットの情緒を取り戻すことも兼ねていた。

 

「アセム……ゼハート……」

「あの一瞬、本当は二人とも死ぬつもりでしたのよね……」

「だからこそ二人は本音で言い合えた。なんと、なんという皮肉なんでしょう……」

 

 抱き合う私とムスビさん。あぁ、このミッションに出会えてよかった。

 先ほどキョウヤさんから聞いた話ではあるが、やはりこれほど身に染みて感じるミッションは他にあるまい。

 

「いや。まだだ君たち」

「……ジュウジョウさん」

「この後にはルナベース攻防戦やラ・グラミス攻略戦もある。あとは、分かるな?」

「私の情緒もここまでみたいですね……」

 

 情緒を破壊され、さらなる情緒で殺される。

 なるほど、人はこうやって壊されて強くなるんだ。分からないけど初めて知った。

 

「さぁ行こうか。混沌と殺戮、そして情緒の破壊が渦巻く第三世代編へ」

「はい、ジュウジョウさん!」

 

 ◇

 

「くそっ! ここで難易度上がりすぎなんだよ!」

「みんな! ティエルヴァが出てきた、ビット系装備には注意しろ!」

 

 第4戦。ルナベース攻防戦において、もっとも厄介となるべき相手は他でもないジラード・スプリガンのティエルヴァだ。彼女の機体は単純に他のNPDよりも格上の実力を誇っており、フラムやゼハート並みの実力を持つ。

 そのくせXラウンダーの能力を暴走させ、収納の有無を問わずにビット兵器を自分の手中に収める。単純に言ってしまえばサイコミュ・ジャックと同じようなことをして、無差別破壊。そんなところだ。

 

「……少し、厳しいですね」

「そうですね。思ったよりも味方もやられてる」

 

 残っているのはおおよそ10機程度。

 その中にはチャンプやジュウジョウさん、ゲドーリトルさんなども含まれているが、数的優位としてはこちらが絶対絶命だった。

 

「どうする。クジョウ・キョウヤならばこの状況、軽く一捻りだろう」

「僕単騎なら、ね。できればみんなとクリアがしたい」

「であるなら、答えは一つだな」

 

 ジラードのXラウンダー暴走フェーズへと移る。

 この時、ティエルヴァは動きを止める。そう、狙うとすれば、そこしかないのだ。

 

「全軍! ヴァイキングギアの射線上から離れろ!」

「ワタシがクジョウ・キョウヤの言葉を聞くと……」

「いいから離れてください! サテライトキャノンに巻き込まれますよ!!」

「へ?」

 

 月より舞い降りる一筋の光。

 光の行く先は蒼く染められた巨龍の背中。一段と蒼く輝き始めるその機体はまるで蒼き星。

 地球とも見間違うぐらい真っ青な、それでいながら、無差別に放つ光の槍が無数に宙を切り裂く。

 その名はヴァイキングギア・シド。別名を混沌なる蒼き破壊者だ。

 

「行きますわよ!『混沌のシグマシスバースト!!!』」

 

 シドユニットと連結した頭部からあふれ出るのは巨大なビーム砲。

 臨時で周囲の全ビットを展開しながら、防御に当てるもののその威力には文字通り力不足であった。

 見事防御を撃ち抜いて、ティエルヴァごと射線上にいるすべてを溶かしつくした。

 

「……すごー」

「……あまり、敵に回したく……ないですね……」

「必殺技なので、これ以上は連射できません。あとは頼みましたわよ」

 

 第5ステージ。ラ・グラミス攻略戦へと最後の駒を進める。

 特に乱戦状態であるこのラ・グラミス攻略戦の肝はやはりディグマゼノン砲と言ってもいい。

 射線に入らないように敵を殲滅しつつ、駒を進めていく。

 

「ディグマゼノン砲を先に叩きますか?!」

「……ですが、キョウヤさんの必殺技だと、セカンド・ムーンも、壊しちゃうから……えっと……」

「つまり、EXカリバーは使えない、か」

 

 キョウヤさんのEXカリバーはほぼ射程無限のようにも見える一直線な刃であるものの、現状ではセカンド・ムーンまで叩き切りかねない。

 勝敗条件にセカンド・ムーンの生存まであるのだから、このミッションは芸が細かい。

 

「退きたまえ、クジョウ・キョウヤ。ここは私が大部分を引き受ける」

「ジュウジョウくん……!」

「君も来るだろう、ゲドーリトルくん!」

「ふっはっはっ! ワタシのほーがつよいってこと、みせてやる!」

「それはどうかな。私とて、クジョウ・キョウヤなのだよ!」

「クジョウ・キョウヤは僕なんだけどな……」

 

 ジュウジョウさんのダークレギルスカスタムとゲドーリトルさんのサメドラーグが交差するようにヴェイガン機を殲滅し始める。

 ディグマゼノン砲はすでに1度撃った。ならば次発射されるのは、オブライトさんとフラムさんを溶かしたあの光。

 

「やはり来たか、フォーン・ファルシア!」

「ギラーガ改も来ました!」

 

 レギルスはイベント戦闘があるため、ここでアセムが倒されてはいけない。シドが介入前にこの2機は確実に仕留めなくては。

 

「……キョウヤさん、ユーカリさん……あの、先に行って、もらえますか?」

「できるか、リリカくん、ムスビくん」

「なんとかしますわ! ユーカリさんは早くこの戦いに決着を」

「……分かりました」

 

 ストライダー形態のAGEⅡマグナムの背に乗ってハイパーブーストを起動し、戦線を離脱。

 背中に二人の影を見ながら、ディグマゼノン砲へと走る。

 

「手分けして叩く!」

「了解です!」

 

 懐からハイパードッズライフルを手に持ち、まずはその発射砲台から撃ち抜く。

 貫通力を高めた2本の回転ビームが砲台を撃ち貫き爆散させる。

 次! 命中精度が低くたって、固定されているものぐらいは撃ち抜ける!

 キョウヤさんと手分けして、ディグマゼノン砲の要となる反射領域を貫いていく。

 しばらくすれば、宇宙要塞ラ・グラミスは崩落。ラスボスの登場となる。

 

「ヴェイガンギア・シド、か」

「みたいですね」

 

 ヴァイキングギア・シドの原型機である、ヴェイガンギア・シド。

 残り6人となったダイバーの前に立ちはだかるラスボスとしては、正直強すぎると言わざるを得ない。

 

「やはり残骸に潜るか!」

「あと速いです!」

 

 速いうえに破壊力が高い。この二点だけですでに強いと言うことを証明している。

 そしてなによりこのビームとオールレンジ攻撃による攻撃密度が……っ!

 

「……遅く、なりました……っ!」

「ヴェイガンギア・シド同士、高鳴りますわね!」

「あとはこいつだけー!」

「私の方が冥府に送ってあげよう」

 

 残りのメンツがそろえば、あとは追いつめるだけだ。

 持ち前の機動力を発揮しながらリリカさんが先行。後に続く形でキョウヤさんズ、私、ゲドーリトルさんが続く。

 ムスビさんは後方から攻撃を打ち落とす係だ。

 

「ブランシュアクセル……フルブースト!」

 

 モーション高速化の必殺技を起動させ、放出熱とともにいざゆかんと、ヴェイガンギア・シドを猛追。

 背後からはビーム群が迫りくる。それでもやはり自己修復機能が面倒くさい。

 攻撃してもそのそばから復活してくるんだからたまったものではない。

 シェムハザのシールドファンネルはもうない。特殊なブースト機能もない。だけど……っ!

 

「皆様、包囲戦ですわ! ゲドーリトルさんとジュウジョウさんは右から、キョウヤさんとユーカリさんは左。リリカさんは真正面!」

「「了解!」」

「しじにしたがうのやだけど、りょーかい!」

 

 これもミッションクリアのためだ。そう言い聞かせてゲドーリトルさんはその指示に従う。

 包囲戦だ。まるで追い込み漁の要領でヴェイガンギア・シドを誘い込む。

 格闘戦闘をしながら、誘い出すのはセカンド・ムーンの外。

 おおよそ内側にいる私とチャンプならば、このセカンド・ムーンに被害を与えることはない。

 

「行こう、ユーカリくん」

「分かりました!」

 

 『FINAL MOVE 01』のスロットルを起動させて、その必殺技を高らかに宣言させる。

 

「スーパーパイロット・プライド!」

「EXカリバー!!」

 

 2本のビームサーベルと柱のような黄金のビームサーベルが起動する。

 射線上を見極めた二人にヴェイガンギア・シドは捉えられる。

 

「これでっ!」「落ちろぉ!!」

 

 振り下ろされる3本の刃はそれぞれ中心、左翼をえぐり取るように切断。

 自己修復が効かないほどのダメージを受け切ったヴェイガンギア・シドはその場でバチバチと火花を散らせ始める。

 やがて、巨大な桃色の爆発となりその場から消滅した。

 

【MISSION SUCCESS!】

 

「お、終わったぁ……」

「いやぁ、楽しいミッションだった」

「よし! じゃークジョウ・キョウヤ、ワタシとバトルだ!」

「……よかった。勝てた……」

「何とかなりましたわね」

「あぁ。アセムとゼハートの決着が見れなかったのが、心残りだがな」

 

 AGE狂いたちのパーティはここで終わる。

 またそれぞれの物語へと戻っていくだろうけど、その胸にはきっとガンダムAGEへの強い愛が込められていることは間違いないだろう。

 

 でも今はとにかく疲れたから、あとでエンリに膝枕してもらうことにしよう。

 きっとエンリは恥ずかしがるけど、それぐらいの権利はあって問題ないはずだ。

 

【称号:「100年の戦いの果てに」を獲得しました。】

【称号:「AGE狂い」を獲得しました。】




次がラストです。


◇ジュウジョウ・キョウヤ
(サイド・ダイバーズメモリー:青いカンテラ様作)
個人ランキング1位クジョウ・キョウヤによく似たそっくりさんG-Tuber
悪い方のクジョウ・キョウヤと呼ばれているが、クジョウ・キョウヤはクジョウ・キョウヤしかいない。

◇ゲドーリトル
(GBN:ダイバーズコンピレーション:X2愛好家様作)
クジョウ・キョウヤに個人的な逆恨みを持つげどー系ロリ。
この後クジョウ・キョウヤに戦いを挑んでコテンパンにやられた。

◇リリカ
(ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ:守次 奏様作)
フォース『アナザーテイルズ』のリーダーである内気な女の子。
なんだかんだこの子もクジョウ・キョウヤ関係者

◇クジョウ・キョウヤ
(ガンダムビルドダイバーズ:公式)
個人ランキング1位の化け物。クジョウ・キョウヤ本人


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EX11:一緒に描く未来へ

リレーションシップ番外章もラストなので、よく見て


 2年前。私は約束したことがある。

 その日はとても寒かったけれど、そんな気温の変化すら忘れてしまうような、あったかくて柔らかい場所。

 あの日のことを思えば、あの日の約束を思えば、こんな苦行なんていくらでも超えられる。そんなことを考えられてしまうぐらいには。

 

「すぅ……はぁ……」

「いよいよだね」

 

 マフラーの隙間に入り込むようにして1/144スケールの金髪の小さな電子生命体が手を振る。

 

「お邪魔ですわ! 手を振ると、わたくしの視界が阻害されますの!」

 

 白髪碧眼の少女がオレンジ色のマフラーを首に巻いて、案の定邪魔だと言われた小さな隣人をつまんで肩まで持ってくる。

 仕方なく座った彼女は私を送り出すようににっこりと笑う。

 

「まったく。エンリちゃんも来ればよかったのに」

「いろいろ準備があるのでしょう。わたくしにはもう分からない話ですが」

 

 今日、エンリは私を応援しに来ない。

 大学入試の結果が出るのにもかかわらず、エンリは特に見向きもせずに約束を果たそうとしていたのだ。

 私が留年でもしたらどうするの? なんてLINEで聞いてみたら、あっさりと「わたしのところは頭悪いから行けるわよ」なんて一言で蹴り飛ばされてしまった。

 そんなのでいいのかなぁ。なんて思いながら受験していたけれど、実際にそこまで難易度は高くはなかった。こんなにあっさりしていていいのだろうか。という反面、エンリとのキャンパスライフはここから始まるんだ、なんて妄想に夢躍らせる。

 

「じゃあ、行ってきます!」

「えぇ」「てらー!」

 

 その日は雪なんて降らないし、照り付ける太陽は寒々しい風によって打ち消されているし。なんというか、風情がない。枝木だって、もっと緑色だったり桜色に染め上がってほしいものなのに。

 ないものねだりをしてもしょうがない。合格有無の看板の前に立ち、自分の受験番号を探す。

 上から下へ。ここは違う。

 左から右へ。……この辺だ。

 すーっと下に目線をスクロールさせて、そして……。

 

「……あった」

 

 喜びよりも、先にやってきたのは安心感だった。

 慣れない勉強も、慣れない面接も。全部全部頑張った。何のために? 決まっている。私のために。そしてエンリのために。

 人並みから外れて、木の下で待っていたムスビさんとフレンさんのそばにやってくる。

 不安げな表情を浮かべている彼女たちであったが、私がピースサインをすれば、表情が一転する。

 

「や、やりましたわね!」

「やったじゃん! おめでとー!」

「あ、ありがとうございます! えへへ」

 

 代わりに喜んでくれたから、私も後追いで喜びの感情が心の底から滲み出してくる。

 あぁ、私。ちゃんとエンリのところに行けるんだ。

 LINEでエンリに「合格しました」というメッセージを送って、溢れ出る喜びの模様を肌で噛みしめていた。

 

◆エンリ:AM10:47

おめでとう。よかったわね

 

 ◇

 

 その日は迫ってくる。

 受験が終われば、次に襲い掛かるの引っ越し作業だ。

 えっさほいさと自分の荷物を段ボールの中に詰めていく。

 

「ムスビさん! そっちの段ボールください!」

「はいな! フレンさん、ガムテは?」

「こっちだよー!」

 

 要するに、イチノセ家は現在とてつもないほどどったんばったんと、うるさかった。

 

「もう。ユカリちゃんがいなくなるのは置いておいて、ムスビちゃんまで出ていくなんて」

「その節は大変お世話になりましたわ」

「んもぅ! やっぱりムスビちゃん、うちの子にならない?!」

「さ、流石にそれは……」

「お母さんも手伝ってよ! ほら新聞紙!」

「はいはい。分かったわよ」

 

 私を含めて、ムスビさん、フレンさんはこの春でイチノセ家から引っ越しすることとなっていた。

 私は約束を果たすために、ムスビさんとフレンさんは就職先の近くに住むために。

 なんでも、ムスビさんは健康食品関連の会社に入ったのだとか。やっぱりトマトジュースが決め手だったのだろうか。宣伝文句は、これであなたもトマトランチ! みたいな。さすがにないか。

 フレンさんはそれについていく形に。実際紆余曲折あっても、まだ二人はくっついていないそうであるものの、付き合うのは秒読みぐらいの二人の関係に、エンリとやれやれって首を振ってたっけ。

 

 2年。そう、たった2年あれば意外と物事は変わってしまう。

 男子、三日会わざれば刮目して見よ、なーんて言葉もあるぐらいだ。人間は3年あれば簡単に変わってしまう生き物なのかもしれない。

 身長は伸びなかったけど、エンリとも出会って付き合って、本音をぶつけ合うぐらいには成長したと思う。まぁ、まだキスのその先。というか、いろいろ、その……。えっちなこととかは一切やれてはいないのだけど。

 って、そんな話はいいんです。

 段ボールにコップやら食器やら。あとは入学祝いの包丁とまな板だったり。

 今度は私が作らなくちゃいけないもんな。ちょっとだけ面倒くさいかも。

 

「ムスビさんもちゃんとお料理上手くなりましたしね」

「当然ですとも! レシピ通りちゃんとやれば大抵なんとかなるのですわ!」

 

 この二年で目覚ましい進展をしたと言えば、ムスビさんの料理の腕前だった。

 メシマズ女子から、丹念にお母さんが教え込んだ結果、レシピ通りなら失敗はしない、というぐらいまで成長していた。ここまで来るともう料理上手と言ってもいいかもしれない。

 

「アタシもメシマズムスビちゃんを見ずに助かるよ」

「今度の夏はそうめんから冷やし中華ぐらい行けますわ!」

 

 妙に広くなった自分の部屋と、段ボールの山に少しだけ名残惜しさを感じる。

 言わば巣立ち。イチノセ家という巣から、明日へと旅立つために準備を進める。そっか、もうすぐなんだよね。

 エンリ、今からそっちに行きますからね。

 

 ◇

 

 荷物は先に引っ越し先に届けておいた。

 だからあとは挨拶をして、電車に揺られて今は見知らぬ、それでも今後は知っていくような、そんな駅に降りる。

 町並みは意外と静かで少しさびれている。エンリらしくていいのかな、なんて気持ちでいっぱいになったり。

 ここが八百屋で、こっちが肉屋。あっちがショッピングモールなのかな。あー、お客さんはあっちに吸い込まれてしまったのか。なんて少し失礼なことを考える。

 それでも、こっちの方が少しだけ安いみたいだし、自転車で走ればすぐと考えれば、結構安く済ますことはできるだろう。

 

「えーっと、確か……」

 

 エンリにしては意外と高いマンションを選んだ気がする。

 とは言っても、外側はコンクリートが少し剥げていたりと、築年は結構経っているのだと思う。

 エレベーターで昇ってだいたい3階。少し動作の遅いドアが開けば、該当の部屋にピンポンを鳴らす。

 どたどたと駆けってくる足跡と、高鳴る鼓動。

 そうだ、今日からここが……。

 

「お待たせ、待ったかしら?」

 

 ここが、エンリと一緒に住む家になるんだ。

 

「えっと……ただいま」

「……ん。おかえり」

 

 初めての帰宅を交わせば、段ボールで少し邪魔な通路を通っていく。

 約束。それは2年前のファーストキスの時に交わした約束。

 私が高校を卒業したら、一緒に暮らそうっていう、そんな他愛のなくて、大切な約束。

 それが今、果たされたんだ。

 

「どうかしら」

「すごいです! いい感じです!」

 

 部屋の中を眺めながら、二人の巣に感動する。

 キッチンは綺麗だし、ダイニング兼リビングだって、割と広い。

 多分ここでガンプラを作ったりするんだろうか、なんて思うだけで胸が張り裂けそうになる。

 そして別室の寝室。……あれ?

 

「エンリ、これって……」

「……ごめん。金銭的にこれしか無理だったの」

 

 ダブルだと思い込んでいたベッドは何故かシングルサイズで。

 意外と値が張るとは知っていたし、想像通りならシングルの倍の値段ではあると思っていたけれど、まさかお金が足りない、なんてことがあろうとは……。

 

「ユカリ、寝相は?」

「び、微妙ですかね」

「分かったわ」

 

 私の手を握って、真面目な顔で彼女はこう告げる。

 

「あんたを抱き枕にするわ」

「なんでですかぁ!」

 

 本人曰く、そうした方が行動を制限されてきっと寝相がいずれよくなるだろう。という希望的観測であった。

 そんなんでよくランカーやってますねこの人。まったく、愛おしくなっちゃう。

 

「嫌かしら?」

「嫌とか、そういうのじゃないです」

「じゃあどうして?」

「……だって」

 

 ――エンリに抱き着かれたままだったら眠れなくなっちゃうし。

 細々と小声で告げる、私のワガママはちゃんとエンリの耳に届いていたらしい。

 彼女がどんな意味でこの言葉を捉えたかはさておき、堪らなくなってしまうのは確かだった。

 念願の引っ越し初夜。私だって、人並みにそういう知識はあるし、気にならないと言えば嘘になるわけで。

 

「ユカリ、いいのね?」

「え、えへへ……。ふつつかものですが」

 

 ちゃんと使う人はわきまえている。

 エンリだから言えることであって、他の誰かには絶対言わない。嘘であっても、絶対に。

 

「あんた、ホント……」

 

 手を引かれて、ポスリとエンリの胸元に収まる。

 心臓の音が耳に届いて。まるで、初めて告白されたときと同じような感覚。あぁ、なんかこの感覚、すごくいい。

 息を吸って、エンリの匂いを肺いっぱいに充満させる。

 名残惜しそうに吐き出して、それからもう一度胸に顔をうずめる。

 

「大好きです、エンリ」

「……わたしもよ」

 

 胸元から彼女の顔を見上げて、ありのままを愛を伝える。

 1人でもがいていたエンリはもういない。

 過去の記憶が絡みついて離れない、そんな彼女は振り切って。

 震える手も、何もなかったと思っていた掌も、今は私の手がある。

 

「……エンリ」

「ユカリ」

 

 引っ越しの荷物なんてとうに忘れて、二人の空間へと入り込んでいく。

 これから住む私たちの愛の巣。二人だけの秘密の花園。

 何度目かはもう忘れた静かな口づけを交わして、私たちは約束を果たした。




その口づけは、私たちを結ぶリレーションシップ

今回でリレーションシップバトローグはこちらでおしまいになります。
次回作は今月中に上がればいい方でしょうか。
ストーリーの本筋が練りきれてないので、しばらく時間をいただければ幸いです。
続けて読んでくださう方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします!


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