【完結】クレーは反省室で反省しない (リヒス)
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プロローグ

「うわああん」

 

西風(セフィロス)騎士団本部。団長室にて少女の甲高い泣き声があがった。

団長室には涙目のクレーとその様子を両腕を腰に当て、むっとした顔で見ているジンがいる。

 

「泣いても私は許さない」

「うう……」

 

真面目なジンは善悪が付いていない子供相手でも容赦はしない。

悪いことは悪いこと、どんな相手でも平等に説く。

騎士団員であったら、怒鳴っていることを柔らかい口調で語りかけているだけ、優しさはあるのだが、幼いクレーにはそれが分かっていなかった。

泣き止んだクレーはつぶらな瞳でジンを見つめる。

アンバーやガイアならこれで見逃すだろうが、彼らの長であるジンには効かなかった。

 

「どうして呼び出されたのか、言ってみろ」

「……川のお魚を、爆弾で、ドカーンっ」

「ドカーンして?」

「して……、清泉町にいるおじさんおばさんをびっくりさせちゃった」

「分かっているなら、どうしてドカーンさせたんだ?」

「お魚、いっぱい泳いでいて……、美味しそうだったからっ!!」

 

クレーは笑顔でジンに犯行の理由を告白する。

反省する素振りを見せているだけだな。

クレーの様子を見て、ジンは額に手を当て、ため息をついた。

ジンがため息をついたのは、この様子だとクレーはまた同じことを繰り返す、と呆れたからだ。

 

「クレー、お魚の獲り方法は?」

「爆弾でドカーン!」

「違う! 釣り竿か網を使え!」

「え~」

 

ジンの指導にクレーは不機嫌な表情をした。

ジンは何度も魚を捕まえる方法をクレーに教えている。指導という名目でクレーと釣りをしたり、引き網漁をしていた。

何度もクレーに”指導”しているため、本格的に釣り具を買おうか悩んでいる。ジンは趣味としてやろうとしている自分の気持ちを律するために咳ばらいをし、平静を整えた。

 

「不満があるのか」

「目の前にお魚がいっぱーいいるのに。釣れないんだもん」

「それはだな、竿の動かし方と餌の付け方に――」

「じーみー!」

 

ジンの解説にクレーが茶々を入れた。

その横やりに対して、ジンの良心の糸がプッツンと切れた。

ジンは「クレー!」と語気荒めに名前を呼んでしまった。はっとしたジンは怯えているクレーに「すまん」と謝る。

 

「……爆弾をここに置きなさい」

「え~、なんで~」

「置きなさい」

 

ジンに鋭い視線を向けられ、クレーは文句を飲み込んだ。

子供でもジンが怒っていると理解できたのだ。

クレーはジンの指示に素直に従った。

 

「反省室いってきます」

 

項垂れたクレーは力ない声で、ジンに言った。

 

 





書き始めました!
面白いとおもったら評価お願いします!!

次話、反省室での出来事を書いてゆきます。
お楽しみに!


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クレーとアンバー

西風にセフィロスとロゴを打つのが大変なので省略します。



クレーは反省室に入った。

本棚と机と椅子だけが置かれた質素な部屋だ。

この部屋にはクレー専用に低い高さの椅子と机がある。

 

「よいしょっと」

 

クレーは自分専用の席に座った。

反省室に入る前、リサに紙とペンを貰い「反省文」を書くという決まりがある。

幼いクレーは難しい文字を書けない。そのため、ジン代理団長が定めたクレー用の文章がある。

 

『ドカーンしてごめんなさい』

 

この一文で終わり。これが終わったら暇になってしまうのである。

 

「いいなあ〜、クレーもお外に出て冒険したい~」

 

クレーは窓の外の景色を眺める。

でも、一日反省室に入っていないとジン代理団長に怒られてしまう。

ジン代理団長に一度文句を言ってみたが、彼女は「本が置いてあるだろう」と言った。

本棚には本が置いてあるが、クレーが読める本はなく、ほとんどが西風騎士団の指導教法ばかりなのだ。

 

「難しいの分かんない~」

 

五段ある踏み台脚立に登り、本の題名を眺めても、クレーには読めない文字の羅列ばかりだ。

クレーは一冊手にとってみる。

分厚く、両手で抱えないと持てない。それを机においてペラペラと絵が描いてある部分だけ眺める。

騎士団の制服を着た人たちの上に○か☓が書いてある。

 

「おーわり!」

 

挿絵が無くなると、読書が終わる。

絵の隣に書いてある文字を読まないため、クレーは反省出来ないのだ。

怒られたことを忘れた時にどかーんする。ジン代理団長に怒られる、反省室に入るという負のスパイラルが生まれている。

 

「あ、クレーだ!」

 

教本を読み終えたところで、反省室のドアが開いた。

入ってきたのはアンバーだった。

 

「アンバーお姉ちゃん!」

 

反省室への来客にクレーは大喜び。

クレーはアンバーに駆け寄り、彼女に抱きついた。

アンバーはクレーの頭をわしゃわしゃと撫でた。その場にしゃがみ、クレーと目線を合わせる。両手で、クレーの両頬をはさんだ。

 

「また反省室に入れられちゃったんだねえ?」

 

ニヤついた顔でアンバーが言った。クレーは頷いた。

 

「もう、悪い子だなあ。悪い子にはこしょこしょしちゃうぞ」

 

アンバーはクレーの腰をくすぐった。

くすぐられているクレーは「くすぐったいよお」と文句を笑顔で言った。

一通りのスキンシップを終えたところで、アンバーは席に着いた。紙束を机に置き、ペンを持ち、ググプラムジュースを飲んだかのような苦い顔をしている。

 

「アンバーお姉ちゃんもジン団長に怒られたの?」

 

クレーの問いにアンバーは髪を軽くかきながら苦笑した。

 

「そうなんだよ〜」

 

クレーの問いにアンバーは同意した。

 

「飛行禁止区域で風の翼使っちゃってね……」

 

小声でジン代理団長に怒られた理由を告げた。

ちなみに、反省室に入るのはクレーの次にアンバーが多い。この二人が反省室で一緒になることはそう珍しくないのだ。

 

「クレーみたいに、反省文書くの?」

「そうなのー。終わるまで待っててね」

「うん! クレー待ってる!」

 

アンバーは難しい顔をして反省文を書きあげてゆく。

その間クレーはアンバーの様子をチラチラ見ながら、教本の挿絵を眺めていた。足を小さくバタつかせており、遊んでくれることを心待ちにしている。

 

「終わった〜」

 

アンバーは両手を天井に上げ、背伸びをした。

終わったの声を聞いたクレーはアンバーに駆け寄った。

 

「終わったなら、クレーと遊ぼ!」

「うん! 何しよっかあ」

 

アンバーは反省文を書き終えると、退屈しているクレーの相手をしてくれる。教本の文字を読んでくれたり、余分な紙をクレーに渡し、一緒にお絵かきをしたり。二人で過ごしていると反省室にいる時間があっという間に過ぎていくのだ。

 

「今日はね〜」

 

アンバーは白い紙に絵を描いた。

それはアンバーが戦闘時に囮として放り投げる『ウサギ伯爵』だ。描き上がった絵はクレーの机に置かれた。

そして、アンバーは踏み台脚立を登り本棚の上へ手を伸ばした。掴んだものをクレーに見せる。

それはクレヨンだった。

 

「わあーい、塗り絵だあ!」

 

クレーは飛び上がって全身で喜びを表現した。

アンバーは人差し指を唇に当て、「しっ!」とクレーに注意した。

 

「騒いじゃだめだよー。ジンには秘密なんだから」

「ご、ごめんなさい」

 

このクレヨンは反省室で退屈そうにしているクレーを見かねたアンバーが反省室に隠したものである。この存在はジン代理団長には秘密であり、知っているのはクレー、アンバーと反省室の掃除をするノエルのみ。ノエルにはアンバーが口封じをしているため見つかっていない。

反省室に二人きりのときは、アンバーが絵を描き、クレーが塗って時間を潰している。

 

「次、ドドコがいい〜」

「分かった。すぐ描いちゃうからね」

 

この遊びを始めてからアンバーの画力がメキメキと上がっていったのは言うまでもない。

 

 

夕刻を告げる鐘が鳴る。

反省室がら出られる合図でもある。

これを聞いたクレーは反省室のドアを勢いよく開けた。

 

「ジン……」

 

反省室の前にはジン代理団長がいた。

反省文を提出せずにクレーが家へ帰ってしまう時がよくあったからだ。

ジン代理団長はクレーの前に手を出す。

クレーは反省文をジン代理団長に渡した。

 

「爆弾で漁をしないように」

「はあーい」

 

返事をした後、クレーは振り返ってアンバーにこう言った。

 

「アンバーお姉ちゃん! 遊んでくれてありがとう! バイバイ!」

 

クレーは駆け足で西風騎士団本部を出ていった。

それを見送るアンバーとジン代理団長。

 

「ジン、反省文ここで出しちゃっていいかな」

「ああ」

 

アンバーは反省文をジン代理団長に手渡した。

 

「じゃあ、あたしもこれで……」

「待て」

 

ジン代理団長は自分の元から離れようとしたアンバーを引き止めた。

アンバーは恐る恐る振り返る。

ジン代理団長は鋭い目つきで、アンバーを睨んでいた。

 

「クレーが『遊んでくれてありがとう』と言っていた件だが」

「そ、それは〜」

 

ジン代理団長の指摘にアンバーは視線をそらした。目が泳いでいる。

 

「ごめん! クレーが可愛そうだったから」

 

言い逃れが出来ないと諦めたアンバーは両手を合わせ、ジン代理団長に謝った。

ジン代理団長は深いため息をついた。

 

「甘やかすな。クレーが反省しないじゃないか」

「ほんと、ごめん」

「まあいい。何で遊んでいたんだ?」

「ぬ…、お絵かきだよ。ウサギ伯爵を描いてたんだ」

「……そうか。帰っていいぞ」

「お疲れー」

 

追求されたくないアンバーは速歩きで西風騎士団本部を出た。

誰も居なくなった反省室にジン代理団長か入る。

クレーの机を見つめ、色を塗る際にはみ出したクレヨンの跡に指をなぞらせる。

 

「ほんと、クレーに甘いな。アンバーは」

 

そう呟いたジン代理団長は微笑みを浮かべた。

 




クレーと誰かが反省室に入る形で連載してゆきます。
次回はガイアです。お楽しみに!


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クレーとガイア

クレーは任務中岩山をドカーンとして、西風騎士団員が怪我をした。そのおかげでヒルチャールたちを退却させることが出来たのだが、「火力が強すぎる! 加減しろ」とジン代理団長に怒られ、反省室に入れられてしまった。

 

「クレー頑張ったのにい〜」

 

クレーは専用の机に顔を沈める。

今回も「ドカーンしてごめんなさい」と反省文を書き終えたクレーは退屈していた。

リサに余計に貰った紙にぐるぐると円を描く。

クレーは退屈な一人の時間を紛らわすため、お絵かきをすることにした。

 

「アンバーお姉ちゃんに、ジン団長、リサ…、お姉ちゃんにガイアお兄ちゃん!」

「俺を呼んだか?」

「あー、ガイアお兄ちゃんだあー!」

 

反省室にガイアが入って来た。

クレーはぶすっとしていた顔を満面の笑みに変え、ガイアに駆け寄る。

ガイアの前で立ち止まると、クレーは本日の任務について抗議した。

 

「クレー悪くないもん! 悪くないのに、ジン団長があ」

「そうだな。クレーの爆弾でヒルチャールが退散したんだもんな。それが無かったら騎士団は大変だったかもしれないな」

「そうだよー。ガイアお兄ちゃん、ジン団長に伝えてよお」

「……」

 

クレーは首を傾げた。

いつもなら「お兄ちゃんにまかしとけ」と言い、ジン代理団長を上手く説得してくれるのに。だんまりだ。

ガイアは空笑いをし、クレーから視線をそらした。

 

「ジンに怒られたばかりなんだ」

「えー、ガイアお兄ちゃんが!?」

 

クレーは驚いた。ジン代理団長を上手く言いくるめているガイアが反省室に入るほどの失敗をするとは思えなかったからだ。

 

「だから、俺はここで反省文を書く」

「そっか……」

 

ガイアに期待していたクレーは肩をがっくりと落とし、とぼとぼと歩きながら自分の席に着いた。

ガイアは反省文をさらさらと書き上げた。彼は文面では反省するものの、クレー同様反省するフリである。彼は書き終えた反省文を読み直し「これでいい」と呟いた。

 

「ガイアお兄ちゃん、終わった?」

「ああ。終わったぞ」

「クレーも終わってるの」

「そうか」

「………」

 

沈黙が場を包む。

クレーはじっとガイアを見つめる。反応はない。

 

「俺の顔に何か付いてるか?」

 

ガイアは机に頬杖を付き、ニヤついた顔でクレーに尋ねる。

クレーは「うっ」と言葉に詰まった。

 

(クレーから遊ぼうって言わないと駄目かな……)

 

口に出さないと伝わらない、と理解したクレーは自身の願望をガイアに吐き出した。

 

「クレー、遊びたい!」

「そうか」

 

ガイアは席を立つ。そしてクレーを脇に抱える形で抱き上げた。そして、窓の扉を開ける。彼はそこから身を乗り出した。

 

「え? え!?」

 

ガイアの行動にクレーは驚いた。

少しの時間放心した後、クレーは足をバタバタさせ、ガイアの腕の中で暴れだした。

 

「お外出ちゃった!!」

 

クレーが気づいた時には、二人は外に出ており、モンドの小道にいた。

反省室からの脱走である。

これはジン代理団長に怒られるんじゃ……、という不安な眼差しでガイアを見上げる。

 

「さあ、クレー"悪い"遊びをしよう」

 

ガイアはクレーを離した後、口元を緩めた微笑で告げた。

"悪い"と聞いたクレーは首を激しく横に振った。

 

「だめだめ、悪いのだめー」

「そうか、じゃあ俺一人で行くことにするよ」

 

ガイアはクレーに背を向けた。

去ってゆくガイアをクレーは引き止めた。

 

「……悪い遊びって?」

 

クレーは退屈をまぎわらしてくれる相手を失いたくなかった。

ジン代理団長にバレたら大変なことになると知っていても、ガイアお兄ちゃんならなんとかしてくれる、とクレーはガイアに絶大な信頼を置いていた。

 

「モンドからの脱走だ」

「モンド出ちゃうの!?」

「ああ」

 

脱走という響きにクレーの胸が踊った。

ただ、不安なことが一つある。

 

「ジン団長に怒られない?」

「夕方の鐘がなる前に戻るさ」

「そっか!」

 

ガイアは考えているから付いて行って大丈夫、とクレーは力強く頷いた。

幼いクレーにはガイアが"屁理屈"を言っていると分かっていなかった。

 

 

ガイアとクレーは裏口からモンドを出る。

正門には西風騎士団が見張っているからだ。ガイア一人なら嘘をついて通れただろうが、反省室常連のクレーと一緒では誤魔化しきれない。

清泉町を過ぎたところで、外に出てご機嫌のクレーがガイアに質問した。

 

「どこに行くの?」

「アカツキワイナリーだ」

「なんでそこに行くの?」

「それはだな……」

 

ガイアは企んでいるような笑みを浮かべる。

 

「そこに、俺の大切なものがあるんだ」

「ガイアお兄ちゃんの宝物!?」

 

興味深い話を聞き、クレーの表情がぱあっと明るくなった。

ガイアの大切なものはなんだろう。自分みたいに宝箱に詰めいてるのかな。アカツキワイナリーにつくまで、クレーはガイアの宝物を想像していた。

 

「ついたー!」

 

クレーはグレープ畑の間を駆ける。

屋敷についたところで、ガイアに張り付く。

 

「ガイアか。これだな」

「ああ、それだ。ありがとう」

 

ガイアはアカツキワイナリーの従業員から二瓶受け取っていた。

 

「それが大切なもの?」

「ああ。これがないと西風騎士団はヒルチャールに簡単に倒されちまう」

「それは大変だね!」

 

クレーは瓶の中身を爆弾を作るための薬だと思い込んだ。

それを使ってヒルチャールを倒す爆弾を作るんだ、とクレーは一人納得していた。

もちろんガイアが受け取ったのは爆弾を作る薬ではなく、果実酒である。

 

 

クレーとガイアはアカツキワイナリーからモンドへ戻った。

反省室に戻って来たところで、夕刻の鐘が鳴る。

クレーは反省文を持って、反省室のドアを開けた。

そこにはジン代理団長がいた。

 

「今日は静かだったな。偉いぞクレー」

「う、うん!」

 

クレーは反省文をジン代理団長に渡す。それを受け取ったジンは珍しく上機嫌だった。

 

「ガイアお兄ちゃんのおかげだよ!」

「ほう、ガイアの」

 

ジン代理団長の笑みは崩れない。

ガイアはジン代理団長が何をしたいのか察し、二瓶を隠した場所に視線を落とした。

 

「クレーが静かに反省する方法を是非とも教えてほしいな」

「簡単さ。クレーが興味を引くことをすればいい」

「分かればこう苦労はしないのだがな……」

「クレーいっぱい反省したからお家帰るね!」

「ああ。気をつけて帰るんだぞ」

「うん! バイバイ!」

 

クレーは西風騎士団本部を出た。

クレーとすれ違うときに、ジン代理団長は彼女の髪についていた葉っぱを掴んだ。

ジン代理団長はその葉を観察し「アカツキワイナリーだな」と呟いた。

 

「クレーは反省室で一日反省していたはずだが、なぜアカツキワイナリーに自生する葉が髪に付いているんだろうな?」

「さあな」

「ガイア! お前はーー」

「ははは……、はあ」

 

誤魔化せない、と観念したガイアはジンの説教を聞き流すのであった。




ガイアが反省文を書くことになったのもお酒関連です(おまけ)。
次回はリサです。お楽しみに!



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クレーとリサ

クレーは戦闘中、ボンボン爆弾を誤った方向に投げてしまい、騎士団の戦闘を妨害したとして反省室に入っていた。

 

「『ドカーンしてごめんなさい』っと」

 

クレーはお決まりの反省文を書いた。

あとは一日反省室で過ごすだけ。

何度も反省室に入れられているため、クレーはうんざりしていた。

 

「騎士団で生き抜くための心得……、ちゃんと守ってるのにい」

 

城内爆破は反省室

ケガ人いるところにジン団長あり

山火事は一巻の終わり

 

ガイアに教えてもらったこの三つはちゃんと守っている。

クレーは事がなんで上手く行かないのだろうと悩んでいた。

クレーはようやく、反省室に入らなくて済む方法を反省室で考えるようになった。

 

コンコン。

 

ノックの音が聞こえた。

クレーはドアを開けた。

 

「リサおば……、お姉ちゃん!」

「……ごきげんよう。クレーちゃん」

 

訪ねて来たのはリサだった。

クレーはリサが皆よりも大人びているため、『おばさん』と言ってしまうことがある。

リサのひきつった笑みを見て、クレーは唇を両手で隠し、失言をしないよう自身で口を塞いでいた。

 

「反省文は書き終えたかしら」

「うん!」

「そう。なら、少し手を貸してちょうだい」

「え……、クレーはジン団長に反省室から出ちゃだめって言われてるの」

「それなら心配ないわ。ジンに許可を取って来たもの」

「ほんと! クレー反省室から出ていいの!?」

「ええ。私のお手伝いをするならね」

 

反省室から出られる、とクレーは全身で喜びを表現した。

大喜びのクレーをみて、リサは「ふふふ」と微笑んだ。

 

「お返事は、訊かなくてもいいみたいね」

「クレー、リサお姉ちゃんのお手伝いする!」

「ありがとう。じゃあ、図書館に行きましょう」

「と、図書館……」

「どうしたの?」

 

行き先を聞いた途端、クレーは青ざめた表情を浮かべた。

図書室は反省室の様に物音立てず静かに過ごさなくてはいけない場所。

外でだっただーと駆けまわっていたいクレーにとってあまり好きではない場所なのだ。

一歩後退ったクレーにリサは尋ねる。

クレーは首を激しく横に振り「なんでもないよ!」と自分の気持ちを誤魔化した。

 

「クレーちゃん、図書館には絵本もあるから反省室よりも楽しいわよ」

「絵本!? 読みたーい!」

「ええ。行きましょ」

 

クレーはリサから差し伸べられた手を掴み、図書館へ向かった。

クレーとリサは図書館の受付に着いた。

カウンターの前にはクレー用の高さが低い椅子が置いてあった。

 

「わー、絵本だあ!」

 

椅子の近くには数冊の絵本が積んであった。

クレーは一番上の絵本を手に取った。風龍と狼が描いてあり、傾けるとキラキラする表紙で、関心をそそるものだった。

 

「読んでもいい?」

「ええ」

「わーい!」

 

クレーはいつもの様に喜んだ。その声が大きかったため、図書館利用者が一斉にこちらを向いた。

図書館の中では静かに。

クレーはそのルールを破ってしまったことを思い出し、口を塞ぐ。両手が離れたせいで絵本を落としてしまった。勿論、図書館の本を乱暴に扱うのも厳禁である。

クレーが落とした絵本をリサが拾った。

 

「ごめんなさい」

「いいのよ。次は気を付けましょうね」

「はーい! あ、またやっちゃった」

 

リサから絵本を貰ったクレーは、それを夢中になった。

騎士団教本の絵より色鮮やかでページをめくる手が止まらない。絵が飛び出す仕組みがあったりして、感嘆の声を出したくなる。

クレーは何度も何度もその本を繰り返し読む。

 

「クレーちゃん」

「はわわ!」

 

夢中で読んでいたため、クレーは突然声をかけられびっくりした。

リサは図書館に入ってきた人を指す。

 

「お仕事よ」

 

リサはクレーに一枚の紙を渡す。

そこにはクレーが読める簡単な文章が書かれている。

 

「これをあのお兄さんに言って頂戴」

「う、うん……」

 

リサのお願いはこれのようだ。

文章の内容を理解したクレーは困惑する表情を向けたが、満面の笑みを浮かべているリサに文句を言えず、ただ頷いた。

利用者は受付の方にやってきた。本を返却する利用者にむけてクレーはこう言った。

 

「お兄ちゃん、返却期限過ぎてるよ」

「ご、ごめんねクレーちゃん。最後まで読み切りたかったんだ」

「だーめ! 次は守ってね。守らなかったらーー」

「分かった。次はちゃんと更新するようにするよ」

「クレーちゃんもきっちり守ってるのよ。あなたもしっかり返却期限を守って頂戴」

「は、はい〜」

 

一人の幼女と女性に同じ指摘を受けた利用者は返却期限が遅れたことを二人に謝り、もうしないと誓ってくれた。次の本を借りたのち、彼は足早に図書館から出ていった。

 

「クレーのお仕事、これでおしまい?」

「まだまだよ」

「約束破った人にまた言うの」

「ええ。お願いね」

「はーい」

 

クレーのお手伝いはどうやら本の返却期限が過ぎた相手にチクリと釘を刺すことのようだ。

楽なお仕事、そうクレーは思っていたのだが、守らない人たちが続々とやってきて、その度に読書が中断されるのだった。

 

 

「お疲れさま」

 

夕刻を告げる鐘が鳴る。

リサが労いの言葉をクレーにかけた。

得意ではないお手伝いに、クレーの顔には疲労が浮かんでいる。

 

「守らない人いっぱいいるんだね」

「モンドの人たちの性格なのかしら……、期限を守らない人が多いのよね」

 

リサが額に手を当て、首を横に振った。

 

「さあ、ジンに反省文を提出しましょ」

「うん!」

 

クレーとリサは図書室を閉館させ、反省室に戻った。

反省室の前にはジン代理団長がいた。二人の姿に気づいた彼女は、はっとした顔を浮かべる。クレーがリサの手伝いをしていたことを忘れていた様子。

クレーは反省室に入り、書いていた反省文をジン代理団長に渡した。

 

「よし、クレー帰っていいぞ」

「やったあ」

「待って頂戴」

 

リサがクレーを引き止めた。彼女は巾着をクレーに渡した。

 

「手伝ってくれたお礼よ」

「わあ! 何が入ってるの?」

「爆弾に使ったら楽しそうな素材よ」

「ありがとう! リサおば……、お姉ちゃん!! またね!」

 

クレーは巾着をリュックに入れ、騎士団本部を出ていった。

二人のやり取りを見て、ジン代理団長はため息をついた。

 

「クレーが問題を起こしそうなのを渡して……」

「子供の発想は無限大、あの子の爆弾製造のセンスは今のうちに伸ばしておくべきよ」

 

怪訝そうにしているジン代理団長をリサは説き伏せる。

 

「……それで問題が起きているのだが」

「それは、あなたの指導方法が悪いのよ」

「例えば?」

「クレーちゃんが理解できそうな指導教本を反省室に置いているのかしら」

「分かるだろ。私が、クレーの年のときはーー」

「ジン、クレーは貴方ではないわ」

「そ、そうだな……」

 

ジン代理団長はリサの言い分に頷いた。

 

「あいつに頼むか」

 

そして、行動に移すためにある人物の力を借りることを決めた。

 




次回はアルベドです!
お楽しみに!!


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クレーとアルベド

「ドカーンしてごめんなさい……、っと」

 

クレーはジン代理団長に叱られ反省室にいる。

叱られた理由は爆弾に関わることだが、クレーにとってはいつものことなので、クヨクヨと反省することなく、いつもの反省文を書き上げてゆく。

 

「終わっちゃった……」

 

反省文は一瞬で終わる。

しかし、反省室からは出れない。

とっても退屈。

外はからっと晴れていて、冒険日和。

任務もないお休みの日だから宝物を埋めている場所にいったり、ちょっと遠出してレザーと遊びたかった、などの妄想でクレーは退屈をしのいでした。

 

「んー、なんでクレーばっかりぃ〜」

 

トラブルを起こしている大人は沢山いる。

飛行禁止区域で風の翼を使って免停になったり、任務中だと嘘をついてエンジェルス・スフィアでお酒を飲んでいたり、本の返却期限にルーズで本のページに落書きをしていた利用者に強いお仕置きをしたり、トラブルは多々起こっている。

何度も似たりよったりのトラブルを起こしているのになんで反省室に入れられるのはクレーだけなのだろうと彼女は悩んでいた。

 

「クレー、いるかい?」

「あっ」

 

ドアの向こうからクレーを呼ぶ声がする。

その声を聞いたクレーは苦い顔から一瞬でぱあっと明るい表情になった。

 

「アルベドお兄ちゃん!」

 

ドアを開けると、クレーはアルベドに飛びついた。

アルベドはそんなクレーを受け止めた。

 

「ジンから反省室に入れられていると聞いてね」

「ちゃーんと反省文書いて、反省してたよ!」

「そうか」

 

アルベドはクレーの頭を優しく撫でた。

撫でられているクレーは恍惚の笑みを浮かべていた。

 

「クレー、そろそろ離してくれないかな」

「どこにも行かない?」

「行かないよ。今日はクレーに用があるんだ」

「クレーと一緒に遊んでくれるの!?」

「クレー、それは違うよ」

 

アルベドは腰にしがみついて離れないクレーを反省室に押し込みながら用事を告げた。

 

「君にこれを渡したくてね」

「……絵本?」

 

クレーはアルベドから本を受け取った。

アルベドの絵が表紙になっている。

タイトルは『セビュロスきしだんのこころえ』。本棚にある難しい本と同じものだ。

 

「クレーが理解できるようにと僕が作ったんだ」

「ありがとう!」

「さて……」

 

アルベドは椅子に座った。

両肘をつき、手を組んだ姿勢でじっとクレーを見つめる。

一緒に住んでいるクレーは知っている。

これはアルベドが独自に作った錬金のレシピを試した際にする表情だ。

 

「実証しよう」

「クレーと遊んでくれるの?」

「いや、僕が作った本を読んで、クレーが理解し反省するか、を試してみたいんだ」

「ふーん」

 

この絵本を読めばいいんだ。

 

「実験はアンバーでやった。彼女の意見を取り入れて書き加えたり、直したりしている」

「そうなんだあ」

 

クレーは絵本を開いた。

クレーとジン代理団長を簡略化した絵が描かれている。

その絵本はジン代理団長が監修し、アルベドが描き、アンバーが添削した合作だ。

内容はクレーが反省室へ入れられる経緯を簡単に書いた実体験である。やってはいけないことをした場面に大きくバツが描かれ、『反省室で反省しないといけません』で締めくくられる構成になっている。

 

「絵本のクレー、悪いことばっかりしてる」

「そうだね。絵本のクレーは悪い子だ」

「クレー悪い子じゃないよね?」

「絵本に描かれたことを再現したら、悪い子だ。反省室にいるクレーはーー」

「悪い子だ!!」

「うん、これで実証された。成功だ」

 

クレーは反省室に入れられていた理由をここで理解した。

絵本のクレーと同じ事をしていたからなのだと。

悪いクレーになっていたからだと。

はっとするクレーの顔を見て、アルベドは微笑んだ。

 

「アルベドお兄ちゃんありがとう!クレー、絵本を読んでいい子になる!!」

「僕の用事はこれで終わった」

「アルベドお兄ちゃん、暇なの?」

「任務はない。スクロースとティマイオスの課題はもう出した。頼まれた用事は今、済ませた。だから立てた仮説を試そうとドラゴンスパインにーー」

「暇なんだね! クレーにお話して!」

「いや、やる事が……」

「昨日『用事が終わったら、クレーにお話する』って約束したもん!」

「あ、ああ……」

「約束を破るのは、失敗の元だってーー」

「分かったよ。少し、話に付き合おう」

「わーい!」

 

クレーはアルベドとの舌戦に勝った。

アルベドは深い息を吐いた後、クレーに語りかける。

 

「クレーは反省室で何をしているんだい?」

「何もしてなーい」

「それは悪い子だ」

「クレー悪い子なの!?」

「時間を無駄にするのも悪い子なんだよ」

「どうやったらいい子になる?」

 

アルベドはクレーが分かるよう、言葉を選びながら、クレーが『いい子』になる方法を話した。

 

「爆弾のアイディアを練ってみたらどうだい? 僕はそうしているよ」

「爆弾のアイディア……?」

「クレーが作る爆弾は僕には思いつかないものばかりだ。いつもは家で考えているよね」

「うん!」

「それを反省室でもやってみたらどうかな」

「いいの? ジン団長に怒られない?」

「アイディアは形になるまで人に教えてはいけない。だからジンには黙っていればいいのさ」

「そっか!」

 

アルベドは椅子から立ち上がった。

 

「じゃあクレー、絵本を大事にするんだよ」

「うん!」

「あと、アイディアの話は僕とクレーの秘密だ」

「なんで?」

「アイディアは人に話すと真似をされてしまうからね」

「分かった。クレー秘密にする」

「また、家で会おう」

「バイバイ!」

 

クレーは、アルベドと別れた。

アルベドの言う通り、その後のクレーは爆弾のアイディアを練っていた。そうしていると時間があっという間に過ぎてゆき、夕刻の鐘が鳴った。

 

「クレー?」

 

ジン代理団長がゆっくりと反省室のドアを開ける。

クレーが真剣な顔つきで、書物をしている。その姿勢を見たジン代理団長はクレーが反省してくれていると感動していた。

 

「あ、ジン団長!」

「帰っていいぞ」

「え?」

 

クレーは時計を見て、夕刻の鐘が鳴った事に気づいた。

クレーは反省文をジン代理団長に渡し、絵本と紙を持った。

 

「クレー、絵本を読んでいい子になる」

「そうか」

「バイバイ!」

「ああ。また明日」

 

クレーは駆け足で西風騎士団本部を出ていった。

ジン代理団長はクレーが反省室で反省していると、クレーの成長にうんうんと深く頷いていた。

しかし、クレーは反省していない。アルベドとの秘密の会話で反省室での有意義な過ごし方を覚えただけなのである。

 

 

 




次はアンバーに戻ります。
このシリーズは3万文字くらいで終わる……、はず?
次回お楽しみに―!


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クレーとウサギ伯爵 上

「クレー、反省室に入る!」

「あ、ああ。だが、反省室に入るほどの問題ではないぞ」

「悪いことしたもん。だから入る!」

「……分かった。反省文を出したら好きな時間で出てきていいからな」

「はーい!」

 

クレーは、だっだだーと団長室を出ていった。

その後ろ姿を見ていたジン代理団長は、不安げな表情を浮かべていた。彼女はクレーの変化に困惑しているのだ。

今までのクレーは悪いことをしても、反省することなく色んな場所をドカーンしていた。だから叱り、反省室に入れていたのだが、アルベドの絵本を受け取ってからはドカーンすることが悪いことだと認めている。

 

「素直すぎるのもな……」

 

極端な行動しか出来ないクレーにジン代理団長は苦言をこぼした。

 

 

「ドカーンしてごめんなさいっと」

 

反省室に入り、早速反省文を書く。

書き上げた後、クレーは絵本を開いた。

『セビュロスきしだんのこころえ』である。

今日のドカーンはどういうタイプなのか確認していたのである。今回のドカーンに当てはまるページを見つけ、クレーは悪いことをしたのだと"反省"する。

 

「よーし、新しい爆弾を考えるぞー!」

 

クレーが反省室に入る目的も大きく変わってしまった。

小さなドカーンでも反省室に入るのは、新しい爆弾のアイディアを練る為である。

アルベドの助言でクレーは気づいてしまった。

自宅よりも反省室の方が爆弾のアイディアが浮かぶ、と。

 

「羽つきの爆弾を思い通りに動かすには〜」

 

独り言を呟きながら、思いつくままのアイディアを紙に描いてゆく。それに夢中になり気がつけば、夕方の鐘が鳴っているのだ。

 

「反省室に入るの楽しい!」

 

どんな理由であれ、クレーは反省室で反省しないのである。

 

「クレー」

「……」

「何してるの?」

「アンバーお姉ちゃん!? いつからいたの?」

「さっきだよ」

 

クレーの背後からアンバーが現れた。

クレーは慌てて紙を体で隠した。

 

「こそこそ何してたのかなー?」

 

クレーの行動に訝しんだアンバーは、企みの笑みを浮かべるとクレーの両脇をくすぐった。

くすぐったいクレーは、その場でもがく。もがいている時に隠していた紙をアンバーに取り上げられた。

 

「ふふーん、お絵かきしてたんだあ」

 

アンバーは紙をすぐに返した。

クレーにとっては爆弾のアイディアを考えていたのたが、アンバーからすると、お絵かきをしているようにしか見えなかった。

 

「うん!」

 

クレーは元気良い返事を返す。

内心はアルベドとの秘密がバレなくてよかったと安堵していた。秘密がバレたらアイディアを真似されてしまうというアルベドの忠告をクレーは素直に信じているのだ。

 

「アンバーお姉ちゃんは? また、飛んじゃいけない場所で飛んじゃったの?」

「……そうなの」

 

アンバーから元気のない返事が帰ってきた。

アンバーはクレーをギュッと抱きしめた。クレーの頬に頬擦りをする。

 

「クレー、慰めてー」

 

それはアンバーが満足するまで続いた。

抱擁が解けると、アンバーは真摯な態度で反省文と向き合う。

 

「書き終わったら一緒に遊ぼう!」

 

アンバーは自分に言い聞かせるようにそう言った。

しばらくしてアンバーの反省文が書き上がった。

「出来たー」と反省文を持ち上げ、背伸びをする。

 

「さあ、クレー遊ぼう!」

「……」

「クレー?」

「え? クレーのこと呼んだ?」

「うん。遊ぼうって」

「遊んでくれるの!?」

「反省文書き終わったからね」

「わーい!」

 

クレーは爆弾のアイディアを練ることに夢中でアンバーの話を聞いていなかった。アンバーが遊んでくれることにクレーは喜んだ。

アンバーはクレーとお絵かきをして遊ぶ。

いつものようにアンバーはウサギ伯爵を描いた。

ウサギ伯爵を見たクレーははっとした。

 

「ウサギ伯爵も爆弾だ!」

 

クレーは思いついた事をそのまま口にする。

アンバーはクレーが突然大声をあげたことに驚いた。

 

「クレー、どうしたの?」

 

クレーの様子がおかしいと心配し、アンバーが声をかけた。

 

「アンバーお姉ちゃん、ウサギ伯爵見たい!」

「ほら、ウサギ伯爵はここだよ」

「絵じゃなくて本物が見たい!」

「うーん、ここでは出せないなあ」

「じゃあお外出る!」

「お外出たらジンに怒られるんじゃ……」

「『好きに外に出ていいぞ』ってジン団長に言われてるの。だから、反省文出してくるね!」

 

クレーは反省文を持って出ていった。

クレーの頭には本物のウサギ伯爵を見ることしかない。

 

「クレー、どうした?」

「ジン団長! これ反省文」

「受け取った。反省室から出ていいぞ」

「うん! アンバーお姉ちゃんとお出かけしてくる」

「アンバー? アンバーは反省室でーー」

「バイバイ!」

 

クレーはジン代理団長の話を聞かず、だっだだーと団長室を出ていった。

 

「はあ……、最後まで聞いてくれよ」

 

話を聞かないクレーにジン代理団長はため息をついた。




下は来週投稿します!
クレーの爆弾への熱意は誰にも止められません(笑)

10話で完結予定です。
折返し地点にきました。
次話もお楽しみに!


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クレーとウサギ伯爵 下

投稿おまたせしました。



クレーとアンバーはモンド城の外に出た。

周りに人やヒルチャールがいないことを確認して、アンバーは本物のウサギ伯爵を出した。

 

「本物だあ!」

 

ウサギ伯爵はヒルチャールの気を引くためのデコイだ。

アンバーはこれを使って、ヒルチャールとの距離を取り、顔面に矢をお見舞いする。

ヒルチャールがウサギ伯爵を数回殴ると爆発し、木の盾や武器に燃え移るようになっている。

デコイでもあり爆弾でもあるため、ドカーンが大好きなクレーにとって良い研究対象なのだ。

 

「アンバーお姉ちゃん、借りてもいい?」

「いいよ。でも、爆発させないように気を付けてね」

「はーい」

 

クレーはアンバーからウサギ伯爵を受け取る。

 

「ボンボン爆弾とは違う仕組みだあ。面白ーい」

「へえ、私はそういうのよく分からないんだ……」

「ねえねえ、もっとドカーンさせるようにいじってもいい?」

「え? ドカーン……!? そ、それはちょっと」

「え~、いい配合思いついたのにい」

「一個だけならいいよ。近くにヒルチャールの巣があったから、そこで試してみよう」

「うん!」

 

ドカーン出来るように改良すると言われ、アンバーは今までのクレーの行いを思い出し、不安になった。

クレーは断られると思い、肩を落としがっかりしていた。

そんなクレーの態度をみたアンバーは一度だけならと、言葉を濁した。

「いいよ」と聞いたクレーは悲しい表情からすぐに笑顔になり、ウサギ伯爵を抱き抱えた。

 

「扱いには気を付けて、ウサギ伯爵は――」

「衝撃を与えると爆発しちゃうんだよね。大丈夫、クレーどういう仕組みで爆発するか覚えた」

「へ、へえ……」

 

クレーはリュックから材料を取り出す。

これらは全て、クレー自ら配合したもので、爆弾の威力を大きくするものだ。

ウサギ伯爵は強い衝撃を与えるか、時間で爆発する。

クレーのボンボン爆弾よりも仕組みが複雑であり、慎重に扱う必要がある。

だから、ウサギ伯爵はボンボン爆弾よりも火力が低い。

 

「ドカーンするんだったら、この薬かな!」

 

クレーは材料の一つをウサギ伯爵に埋め込む。

これでドカーン出来るはずだ。

 

「アンバーお姉ちゃん、出来たよ!」

「ありがとう。じゃあ、試し撃ちにいこう」

 

クレーとアンバーはモンド近くあるヒルチャールの集落へ向かった。

西風騎士団はヒルチャールの同行を監視し、勢力がモンドに近づいていれば柵や杭を撤去する業務を行っているため、ヒルチャールの動向を探る偵察騎士のアンバーは、ヒルチャールの巣の場所を覚えている。

クレーの改良により、ウサギ伯爵の爆発力が増えたのならば、最近動きが活発なヒルチャールの巣へ放り込んで無力化させてもいいかもしれない、というアンバーの考えだ。

 

「クレー、ここでやろっか」

「うん! ウサギ伯爵、しゅつげき!!」

 

クレーは崖の上からウサギ伯爵を放り投げた。

ウサギ伯爵はヒルチャールの巣の中央へ落ちた。

いつも通り、ウサギ伯爵がヒルチャールたちの気を引く。

ヒルチャールがウサギ伯爵を殴る。

一回、二回、三回、四回――。

五回目に到達した時、ウサギ伯爵の起爆スイッチが入った。

 

「え、ええ~!?」

 

轟音と共に、従来の百倍の威力でウサギ伯爵が爆発した。

ヒルチャールたちの姿は跡形もなく、集落は壊滅状態になっている。

アンバーはウサギ伯爵の威力に唖然とした。

 

「えへへ~、ドカーンした。やったあ」

 

アンバーと対照的にクレーは大喜び。

 

「これが、ドカーンかあ。そりゃ、ジンにしょっちゅう反省室に入れられるわけだ」

「アンバーお姉ちゃん、ウサギ伯爵改良してもいい?」

「だーめ! 私に怪我をさせる気かあ!」

「いたい、いたいよお」

 

アンバーはクレーのほっぺたをつねった。

今回は崖の上から落としたから無事だったものの、普段使いをしていたら、爆発に巻き込まれたヒルチャールの様になってしまう。

 

「クレー、これで満足した」

「うん!」

「じゃあ、モンド城に帰ろっか。私、まだ反省しなきゃいけないことがあるんだ」

「そっか、うん! モンドに帰ろ」

 

アンバーとウサギ伯爵をいじり、満足したクレーはモンド城へ帰った。

 

 

モンド城へ入ったところで、夕刻を告げる鐘が鳴った。

 

「あ、鐘がなっちゃった」

「クレーとお別れの時間だね。また明日、騎士団本部でね」

「うん! アンバーお姉ちゃん、バイバイ!」

 

クレーはアンバーと別れた。

 

 

「ただいま~」

 

アンバーは西風騎士団本部に帰って来た。

今回は特例で反省室から出られたものの、戻ってきたら顔を出せとジン代理団長に言われている。

外でやったこと、ジン代理団長に報告しておこう。

ヒルチャールの巣を一つ壊滅させるほどに、クレーのドカーンは凄まじいものでしたって伝えなきゃ。

 

コンコン。

 

アンバーは団長室のドアをノックする。

この時間、ジン代理団長は書類の整理をしているはずだ。

いつもなら「入れ」という声が中から聞こえて来るのに、返事がない。

 

コンコン。

 

業務に集中して聞こえていなかったんだろう。

アンバーはもう一度ドアをノックする。

ジン代理団長からの返事はない。

 

「あれれ~?」

 

アンバーは恐る恐る団長室のドアを開けた。

中の様子を覗き見る。

机には座ってない。なら、迎えにある書類を見てるのかな。

 

「ジン!!」

 

扉を開けると、ジン代理団長が床にうつぶせで倒れていた。彼女のまわりには書類が散らばっており、業務中に突然倒れたようだ。

アンバーはジン代理団長に駆け寄った。彼女の身体を仰向けにさせ、耳を彼女の口元に近づける。

呼吸は安定している。

どうやら眠っているみたいだ。

 

「よかったあ~、いやいや、全然良くない!」

 

アンバーは自身に突っ込みを入れつつ、他の団員を呼ぶために騎士団長室を飛び出した。




いよいよ終盤です。
次回作のネタもちょっとずつ形になっています。
この作品を終えても、原神の二次創作は続けます。
次話お楽しみに!


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クレーとバーバラ

クレーはだっだだーとモンドを駆ける。

商店街、噴水広場を抜け、西風騎士団本部も通り過ぎた。

階段を登り、風神象を抜け、大聖堂で走るのを止めた。

 

「どうしたんだいクレーちゃん」

「ジン団長が! ジン団長が!」

「ああ、ジンさんだね。バーバラの治療を受けているよ。過労だ――」

 

大聖堂前の兵士にジン代理団長の居場所を聞いたクレーは、最後まで話を聞かず、大聖堂の中へ入った。

クレーの後ろ姿に、兵士はため息を吐く。

 

 

 

「クレーちゃん」

「バーバラお姉ちゃん! ジン団長は?」

 

聖堂内を駆けまわり、クレーはバーバラを見つけた。

沈んだ顔をしていたバーバラだが、クレーを見つけ、笑顔を作る。

クレーはジン代理団長の様子を尋ねるも、バーバラは首を横に振った。そして人差し指を唇に当て「しー」っと言った。

 

「聖堂ないではお静かに! あと、走っちゃだめだよ」

「ご、ごめんなさい」

「分かればよろしい」

 

バーバラの注意を受け、クレーはシュンとする。

ジン代理団長の妹であるバーバラは、顔つきが姉と似ている。

注意する際、丸い瞳が吊り上がる様子がそっくりだ。ジン代理団長に怒られているようにクレーには感じられた。

 

「ジンは仕事のし過ぎで倒れただけ。身体をここで休めているだけだから、安心して」

「よかったあ」

「だから、クレーちゃんも仕事――」

「バーバラお姉ちゃん?」

 

バーバラが何か言いかけた。クレーは上手く聞き取れず、じっとバーバラを見つめる。

 

「クレーちゃん、お願いがあるんだ」

 

バーバラの顔つきが変わった。

バーバラのお願いとは何だろう。クレーの関心が更に高まった。

 

「モンドの外で派手にドカーンしてきてくれないかな」

「え? いいの!?」

 

派手にドカーンしてくれ、そう頼まれたのは初めてだった。

クレーはバーバラのお願いに耳を疑った。

バーバラは「いいよ」と言った。

 

「あ、でも、周りに人がいないことを確認してね。クレーちゃんが怪我しちゃうドカーンはダメ」

「はーい」

「お願いね」

 

クレーはだっだだーと聖堂を出た。反省しないクレーはバーバラの『聖堂内は走っちゃだめ』という注意を忘れている。

バーバラは注意しようにも「あっ」と言葉が漏れただけで、何も言えずクレーの後ろ姿を見守るだけだった。

 

 

クレーはスキップしながら、モンド城を出た。

今日は好きにドカーンしていい日。

草原を歩きながら、クレーはドカーンする場所を考えていた。

人に迷惑がかかるドカーンはダメ。

クレーが怪我するような危険なドカーンもダメ。

 

「どこにしよっかな~」

 

好きにドカーンしてもいいと言われると、どこをドカーンするか考えてしまう。

 

「お魚にしようかな~、それともヒルチャールかな?」

 

こんな理由でドカーンされる魚もヒルチャールもたまったものではない。

 

「あっ」

 

モンドの外を歩いていると、ヒルチャールの集落を見つけた。

そこは先日『改良型ウサギ伯爵』で木っ端微塵に破壊された場所である。

あそこまで破壊されたにも関わらず、ヒルチャールたちは集落を再建していた。

この場所はモンド城全体を眺めることが出来、ヒルチャールたちにとっても立地がいいのだろう。

更地にされた理由を知る者たちはクレーによって吹き飛ばされたので、危険性を伝えることも出来なかった。

 

「ここにしよう!」

 

そして再び、クレーの手によってヒルチャールの集落は壊滅させられるのであった。

 

ドカーン。

ドカーン。

 

爆音と共に、ヒルチャールが吹っ飛んでいく。

 

「ボンボン爆弾!」

 

ボンボン爆弾に当たったヒルチャールたちは、火の粉を消そうとその場をぐるぐる回っている。そのうちに誘導弾が爆発し、更に被害が広がる。

 

「火力、ぜんかーい!」

 

調子がノッテ来たクレーはドッカン花火を発動させた。

ヒルチャールや建物に花火が降りかかる。

花火が舞っている間も、クレーは爆弾を投げ続けた。

 

「やったあ! ドカーンおーわり!」

 

ヒルチャールの集落が壊滅させられるのに、そう時間はかからなかった。

クレーにしては派手にドカーンした方である。

 

「人にも迷惑かけてないし、クレーも怪我してない。よーし、バーバラお姉ちゃんに報告――」

 

クレーは油断していた。

ヒルチャールの一人が、最後の力を振り絞り、氷元素を込めた弓矢をクレーに向けて放ったことに気付かなかった。

 

「ひゃ」

 

その矢はクレーの太腿に突き刺さった。

 

「痛いよお」

 

爆弾を散々投げて、集落を壊滅させた人物の言うセリフではない。

矢を放ったヒルチャールはその場に倒れ、動かなくなった。

クレーは脚に刺さった矢を抜こうとするも、非力だったためそれが出来なかった。

氷元素のせいで、体がどんどん冷えてゆく。

 

「クレー、失敗した」

 

モンドに辿り着く前に、クレーはその場に座り込んでしまった。

矢が刺さっている足が動かなくなってしまったのだ。

 

「どうしよう」

 

クレーは急に不安になった。

いつもは西風騎士団の人たちと一緒に行動しているため、こんなトラブルが起きることはなかった。

不安な気持ちでいっぱいになったクレーはぽろぽろと泣き出した。

 

「クレー!?」

 

名前を呼ばれた方へ、クレーは顔を向けた。

 

「ベネット……、お兄ちゃん!!」

「どうしたんだ……? 足に矢が刺さってる」

「助けてえ」

「分かった」

 

そこにいたのはベネットだった。

クレーの容態を瞬時に理解したベネットは、そっとクレーに近づく。

 

「クレー、爆弾を全部、床に置いてくれないか」

 

ベネットの要求通り、クレーは爆弾を全て床に置いた。

それを確認したベネットはクレーの太腿に触れる。

 

「氷元素が含まれてるな。痛くて冷たかったろ、今、抜いてやるからな」

「うん」

「痛いのは一瞬だ。我慢してくれな」

「……うん」

 

ベネットは矢を引き抜いた。それから、彼は包帯でクレーの足をきつく縛った。そして彼は神の目を使い、クレーの傷を癒した。

 

「ありがとう!」

「単独行動は感心しないな。一人で冒険していいのは俺だけだぞ」

「ごめんなさい。クレーはりきちゃった」

「張り切った……? まあ、それは帰りながら聞くよ」

 

ベネットはクレーを背負い、彼女の荷物を担いだ。

 

「モンドまで送っていく。傷を塞いだつもりだけど、一応バーバラに診て貰おう」

「うん」

 

クレーはベネットに背負われた状態で、モンド城へ帰還した。

 




投稿遅れてすみません。

次回お楽しみに!


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クレーとジン

「クレー、お前ってやつは」

 

クレーはベネットに背負われて西風騎士団本部に帰ってきた。

翌日、大聖堂から退院してきたジン代理団長がクレーと対峙する。

クレーはぽつりぽつり言葉を選びながらジン代理団長に事情を説明した。

それを全て聞き終えたジン代理団長は深いため息をついた。

 

「一人で勝手な行動をするなと、何度も言ってるだろう」

「ごめんなさい……」

 

幼いクレーだからこそ、ジン代理団長は心配している。

一人でモンド城外を冒険しているとアルベドから聞いた時は、彼を反省室送りにしたことがあるほどの過保護だ。

 

「たまたまベネットに見つけて貰ったからいいものの、そうでなかったらお前は――」

「クレー、好きにドカーンしていいって言われたら張り切っちゃった」

「それは仕方がない」

 

シュンとした顔をするクレー。彼女はきちんと反省している。

そう思ったジン代理団長はクレーの頭をなでた。

 

「活性化しているヒルチャールの集落を壊してきてくれてありがとう。よくやった」

「クレー、偉い子?」

「ああ。立派な”火花騎士”だよ」

「やったあ」

「だが、昨日の行いを反省するんだな」

「はーい」

 

反省といったら反省室。

クレーの身体は自然と反省室の方へ向いた。

 

「いや、今日は反省室ではない」

「え?」

「私と一緒に散――、いや、モンドをパトロールだ」

「お散歩するの!? やったあ!」

「散歩じゃない! 支度が出来たら出掛けるぞ」

「はーい」

 

こうしてクレーとジン代理団長はモンド城を出て行った。

 

 

ジンがクレーと共にパトロールすることになった理由は、少し前にさかのぼる。

ジンが過労で倒れ、大聖堂で眠っていた時のことだ。

 

「お姉ちゃん! 働き過ぎだよ」

「西風騎士代理団長はこうでもしないと務まらないのだ。コーヒーでは眠気が抑えられなくなったか、他の飲み物を――」

「飲み物のせいにしないで。身体が限界だって訴えた証拠なんだから」

「……すまない。だが――」

「お姉ちゃんが抱えていた仕事は、アンバーとリサさんにお願いして西風騎士団でやって貰ってるから。お姉ちゃんは一人で抱え込み過ぎなの。もっと騎士団の人たちを頼ってよ」

「皆、懸命に働いてくれている。小さなこと、私が出来ることは自分で済ませたほうが早く終わるんだ」

「それがダメなの!」

 

休憩室での姉妹の喧嘩は堂々巡りだった。

休めという妹のバーバラ。

自分で済ませたほうが早いから、いくつもの仕事を掛け持ちするジン。

睨み合いはしばらく続いた。

 

「そろそろ仕事に戻っていいか?」

 

沈黙を破ったのはジンだった。

ジンの発言にバーバラは「もー」と言って激怒する。

 

「仕事のし過ぎだっていってるじゃん! もう、怒ったよ!」

 

バーバラはびしっとジンを指し、こう言い放った。

 

「一週間お仕事禁止! 西風騎士団本部出入り禁止!」

「は……?」

「って、気を失っている間、西風騎士団の人に伝えちゃったもん」

「バーバラ……。西風騎士団は――」

「なんでお姉ちゃんは団長室で気を失っていたのかな? 禁止している間、”反省”してね」

「……分かった」

 

とバーバラに言われたものの、こっそり仕事をしようと西風騎士団本部、団長室へ足を運んだところ、クレーが怪我をしたという報告を受け、今に至る。

 

 

「ジン団長! どこをパトロールするの?」

「そうだな――」

 

モンド城を出る直前、ジン代理団長を見た兵士に止められた。

バーバラの忠告が身に染みているらしく、仕事をしようとするとこの調子で止められてしまう。

事務作業、訓練はダメ。となれば、外で自主的にパトロールしようと思いついたわけだ。

だが、ジン代理団長の性格を知り尽くした西風騎士団員は一人で外出することすら許してくれなかった。

というわけで、クレーの出番である。

クレーと一緒に出掛ければ、”付き添い””保護者”と許してくれるだろうとジン代理団長は考えたのだ。

バーバラにああいわれても、ジン代理団長は仕事をする。

ジン代理団長もクレーと同じく”反省しない”性格なのだ。

 

「ダウババの谷へ行ってみようか」

「うん! 楽しそう!」

 

モンド城からダダウパの谷まで結構距離がある。

ヒルチャールが多く生息する場所ともあって、目を光らせている場所だ。

クレーとジン代理団長はそこを散歩もといパトロールをしていた。

 

「おっきい鍋があるー」

 

クレーは崖の下からヒルチャールの集落を眺める。

モンド城校外の集落と違って、ここはとても大きい。

調理をするために使う、大きな鍋は圧巻だった。

 

「クレー、後ろ!」

 

ジン代理団長に呼ばれた。クレーが振り返ると、ヒルチャールが木の棒でクレーに殴りかかる寸前だった。

クレーはその攻撃を後方へ避ける。

だが、後ろは崖。足の踏み場を失ったクレーは地に落ちていった。

 

「はわわっ」

 

落下してゆくクレーの身体をジン代理団長が受け止める。風の翼を使い、落下速度を殺した。

クレーとジンは着地した。

そこは大鍋の前。招かれない客の来訪に、ヒルチャール達は武器を持ってクレーとジン代理団長の前に立ちはだかった。

 

「これはいい運動になりそうだ」

 

ジン代理団長はそう呟き、片手剣をヒルチャールに向かって振るった。

一人でも全滅できそうである。

 

「クレーもバンバンする!」

 

クレーは爆弾を投げに投げる。

ジン代理団長とクレーの攻撃により、ダウババの谷の一つが全壊してしまった。

 

「ふう」

 

ジン代理団長とクレーがダウババの谷を歩くと、二人を恐れたヒルチャールたちが道を開けた。

戦意を失ったヒルチャールを見たジン代理団長は剣を納めた。

今日は任務ではない。なので、殲滅しなくてもいい、という考えだ。

 

「さて、帰るか」

「うん!」

 

クレーとジン代理団長はモンド城へ帰る。

 

 

 

城門をくぐると、アンバーがいた。

 

「ジン! どこいってたの? 探したんだから」

「……どこでもいいだろ。今日は休みなんだから」

「あのね、エンジェルスフィアで酔っぱらったセフィロス騎士団員が取っ組み合いの喧嘩をしてるの!」

「なんだと!?」

「お願い! その人たちに喝入れてくれないかな」

「分かった。すぐにいく」

 

ジン代理団長はエンジェルズシェアに向かって駆けて行った。

取り残されたクレーはアンバーの前に立った。

アンバーはジン代理団長の姿が見えなくなると、「ごめんね」と舌を出して笑った。

 

「ああでもしないと、酒場に行かないジンが悪いんだから」

「アンバーお姉ちゃん?」

「さーて、クレーも行こう」

「え? どこに?」

「行ってからのお楽しみ」

 

アンバーはクレーの手を引き、ある場所へ向かった。

彼女の行く先はジン代理団長が駆けて行った方角と同じだった。




次話で最終話です。

お楽しみに!


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クレーと西風騎士団

アンバーに手を引かれ、着いた場所は”エンジェルスフィア”だった。

 

「あれー? ジン団長もここにいるよね」

 

夕刻の鐘が鳴る。

いつものクレーなら家に帰らなくてはいけない時間だ。

鐘の音と同時に自宅に向かってだっだだーと駆けて行くのだが、今回はアンバーがいる。

それに、着いた場所がジン代理団長と同じ場所。

クレーはアンバーが何をしたいのか分からず、頭を抱えていた。

 

「クレーも入ろう」

「え、ここ大人が入る場所だってアルベドお兄ちゃんが……」

「アルベドには私が断っておいたから。用事が終わったらおうちまで送るね」

 

クレーはアンバーと共にエンジェルスフィアに入った。

そこには、ジン代理団長、ガイア、リサ、ディルックがいた。

他の客はおらず、テーブルの上には食べきれないほどの料理が並んでいた。

 

「わーあ」

 

クレーは美味しそうな料理に釘づけだ。

 

「今日はね、エンジェルスフィア貸し切りで、ジン代理団長の誕生日会をやってるの」

「ジン団長の誕生日」

 

アンバーに言われてクレーは気づいた。

今日は三月十四日。ジン団長の誕生日だ。

 

「クレー、プレゼント用意してないよ!」

 

クレーは慌てた。

ジン団長の誕生日を忘れ、プレゼントを用意していなかったからだ。

 

「俺からはこれだ」

 

ガイアは高価なコーヒー豆とミルを。

 

「私はこれね」

 

リサはお湯に浸け、それを目に当てるとじんわり暖かくなるアイマスクを。

 

「私はこれだよ」

 

アンバーは風の翼をキャップに模ったペンと蒲公英色のインクを。

 

「オレは――」

 

ディルックは果実酒が入った瓶を。

皆のプレゼントを受け取ったジン代理団長は「ありがとう」と言い、照れていた。

対照的にクレーはあわあわしていた。

クレーとジン団長の目が合った。

これはプレゼントしないといけない場面だ。

クレーは何も持っていない。

爆弾しか。

 

「あ、そっか!」

 

クレーは閃いた。

 

「ジン団長!二階のベランダで待ってて! クレーもプレゼント用意したの!」

「ああ」

 

クレーはエンジェルスフィアを飛び出た。

そして、二階のベランダの方角にある城壁をよじ登る。

城壁の上に着いたところで、クレーは四つの爆弾を並べた。

 

「いっくぞー」

 

クレーは少し離れたところで、神の目を使って爆弾を起爆した。

この爆弾は上に打ちあがる物だ。クレーが最近試作したもので、宙に浮いている遺跡守衛をドカーンするためのものである。

 

バーン、バーン、バーン、バーン。

 

爆弾が空中で四発起爆した。

日が暮れ、夜となった空に火花があがった。

夜景を彩る。これがクレーが考えたプレゼントである。

しかし、クレーは考えていなかった。

飛び散った火の粉が地に落ちたらどうなるか。

 

「キャー!」

 

落ちた火の粉が民家に降り注ぐ。

木造の家では火事となり、大騒ぎ。

 

「はわわ」

 

胸を張り、どや顔をしていたクレーだったが、町の惨劇を見て顔が真っ青になった。

 

「……止められませんでしたか」

「モナお姉ちゃん」

 

クレーの前に突然モナが現れた。

モナはクレーの様子を見てため息をついた。

どうやらクレーの爆弾が騒ぎを引き起こすことを占星術で予知していたらしい。

 

「クレーちゃん、私はボヤが起こった場所を全て把握しています。今、私が動けば、大参事にはならないでしょう」

「ほんと!?」

「ただし、相応の対価が必要です」

 

モナがクレーの前に手を出した。

クレーはモナの発言の意味を考える。

対価、対価――。

クレーはアルベドから貰ったお小遣い、賃金が入った財布をモナに渡した。

 

「ぜーんぶあげる。だから助けて!」

「分かりました。私に任せてください」

 

財布を受け取ったモナは地面に潜り、水元素を使ってボヤを消していった。

モナの言う通り、被害は最小限に納まり、事なきを得た。

当然、ジン代理団長も鎮火に向けて動き、彼女の誕生日は散々な日となった。

 

 

翌日。西風騎士団団長室にクレーとジンがいた。

ジン代理団長は腕を組み、険しい顔でクレーを見下ろしている。

クレーはジン代理団長から視線をそらし、もじもじとしていた。

ジン代理団長は息を吐き、気持ちを落ち着かせてからクレーと会話する。

 

「クレー、私を喜ばせようという気持ちはありがたく受け取る。あれは打ち上げる場所を変えていたなら、いいプレゼントだったよ」

「……だって、クレー、プレゼントあれしか思いつかなかったんだもん」

「私もあれには驚いたよ。サプライズだそうだ。クレーも知らなかっただろう」

「うん。クレーはうっかりジン団長に話しちゃうかもしれないって、アンバーお姉ちゃんが言ってた」

「なら、無理しなくていいよ。私は『おめでとう』という祝いの言葉で満足するぞ」

「うん……」

 

クレーはすごく落ち込んでいた。

自分のせいで町が大火事になりかけたのだ。

モナがいなかったらどうなったことやら。

 

「それはそれ、これはこれだ。クレー、今回お前がやったことは?」

「城壁から打ち上げ爆弾をドカーンさせて、町の人に迷惑かけちゃった」

「よし、反省はしているな。だが、規模も規模だ」

「クレー、反省室で反省する!」

「よし。反省室で反省文を書いたら――」

「書いたら?」

「私の――、似顔絵を描いてくれないかな」

「!?」

 

クレーはジン代理団長の発言に驚いた。

見上げるとジン代理団長が頬を赤らめて恥じらっている。

クレーはジン代理団長の顔をじっと見つめる。そして、力強く頷いた。

 

「うん! ジン団長の似顔絵、反省室で描いてくる!」

 

クレーはだっだだーと団長室を出て反省室へと向かった。

反省室でクレーは『ドカーンさせてごめんなさい』という反省文を書き上げた。

そしてジン団長の似顔絵も描き上げる。その下には「誕生日おめでとう」という文字を添えて。

 

 




完結しました!

皆さん最後まで読んでくださりありがとうございました!


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