コードギアス LOSTCOLORS〜我儘な願い〜 (喜怒哀楽)
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第1話 いるはずのない人

久しぶりにコードギアスを観て何故ライが居ない!っと憤り小説を書き始めました。
長い年月を経ても色褪せない最高のゲーム主人公をもっと知って欲しい⋯⋯という思いから始まったこの小説。続けれるように頑張ります。




 

 

 大切な人がいた。

 自分を必要としてくれた人。

 自分の存在を認めてくれた人。

 その人の隣はあたたかくて。

 とても心地がよかった。

 共に過ごす日々を愛していた。

 

 その人がいなくなるまでは。

 

 信じられなかった。

 認めたくなかった。

 上手くいっていたと思ったのに。

 すべておかしくなった。

 こんな筈じゃなかった。

 絶望して。絶望して。絶望して。

 こんな世界は嫌だと嘆いた。

 だから……――。

 

 

『第1話 いるはずのない人』

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 死に物狂いで走っていた。

 夕暮れの街を、人目を避けながら、それでも何かから逃れる様に、あてもなく足を動かしていた。

 何に追われているのかわからない。

 覚えていない。

 しかし、心の奥底で叫ぶ何かと、言いしれない恐怖が体を支配していた。

 

 頭が割れそうな程痛い。心臓も。靴も何も履いていない足は擦り切れて血が滲んでいた。口内は鉄の味が占領して、喉は空気が刺さって肺が軋んだ。息をするのが苦しい。

 激しい疲労感、倦怠感が体を襲う。極度の栄養不足に足がもつれて何度も転びそうになる。

 自分の体は限界に近付いているのが明白だった。

 

(どこかで休まないとダメだ)

 

 建物の間、影となる場所から当たりを見回し、休める場所を探す。そこで、ふ……と目に入った。

 大きな壁。大きな門。広い敷地。

 そこから覗く、白く大きな城のような建物。

 あそこなら、どこか隠れて休める場所があるかもしれない。

 そう思って、彼は近付いた。

 誰もいないことを確認して、近くにある木をよじ登り壁に飛び移る。転がり込むようにして敷地に入り、辺りを見回した。

 

「……………」

 

 中はとても広大だった。

 整然と刈り揃えられた芝生。道は綺麗に舗装されて建物に向けて扇形に伸び、メインストリートにはアーチ状の白い建造物が均等に並べられていた。

 遠くには大きな噴水がその存在を主張して、その奥にある城のような建物を、より一層美しく映えさせている。

 景観に力を入れているのか、緑も多い。所狭しと植えられた木々が幸いして、隠れるにはうってつけだった。

 

(ここなら⋯⋯)

 

 より安全な場所を探すために、身を潜めながら進んでいく。少しばかり奥に行くと、広い庭園を見つけた。

 水が撒かれたばかりなのか、水滴が夕日に照らされて、色とりどりに咲く花をより鮮やかに照らしている。

 それに目を奪われ、思わず、足を止めてしまった。

 美しく咲く花はとても綺麗で。

 なぜか……なぜだか……。

 ほんの少しだけ……胸が締め付けられた。

 

「―――」

「―――」

「ッ!」

 

 花を眺めていると遠くで人の話し声が聴こえて、咄嗟に近くの木陰に身を隠した。

 息を殺して、遠くからこちらに歩いて来る男女を注意深く観察する。

 

「ごめんね〜、急な仕事入れちゃって。でも前サボってるんだから、これでチャラね」

「だから、あれは不可抗力だと言ってるでしょう。何度も⋯⋯」

 

 一人は黒い服を着た男。

 艶やかな黒髪に秀麗な顔立ち。アメジストの様な瞳からは深い知性の輝きが見えた。

 もう一人はクリーム色の服を着た女性。

 軽くウェーブした金髪に、碧の瞳。こちらも美しい容姿をしていて、今は悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 会話の内容はわからないが、まだ年端もいかない少年少女のようだ。

 服装から、おそらく学生だろう。こちらに気付いた様子もなく、談笑している。

 気付かれていない事に少しだけ安堵するが、すぐに自分の失態に歯を噛み締めた。

 

 (……迂闊だった)

 

 痛みと疲れからか、頭が回っていない。

 ありえないミスをしてしまった。

 自分は逃げている最中なのに、何故花なんかに魅入っていたのだろうか。

 話し声に気付けたから良かったものの、あのまま見続けていたら、確実に遭遇していた。

 それがたとえ武装や訓練を受けていない一般人だったとしても、見つかってしまえば、不審者として通報されるだろう。

 そうなれば、今の体では捕まってしまう。

 連れ戻されてしまう。

 どこに?わからない。

 だが、それだけは絶対に嫌だった。

 

(見つからないようにしないと⋯⋯)

 

 そう考えて、尚も息を潜めて観察する。

 このままいけば何事もなく通り過ぎるだろう。

 ホッとした。瞬間、突然耐え難い痛みが脳を揺らした。

 先程からなりを潜めていた頭痛が、タイミング悪く自身を襲ったのだ。

 今までとは比べ物にならない、頭の奥を太い針で貫かれたかの様な鋭い痛みに、声が漏れる。

 

「ぐッ……ぅ……ッ!」

「ッ!!誰だッ!!」

 

 僅かに呻いた。それでも気付かれた様だった。

 何度目かの失態に苛立つが、今はそれどころでは無かった。

 痛みに霞む視界で前を見る。

 黒髪の男は先程の柔和な微笑みをやめて、鋭い眼差しでこちらを睨みつけていた。

 アメジストの様な瞳が、自分を射抜く。

 

「ぁ……」

 

 足が地面に縫い付けられた様な錯覚に陥った。

 

 もうダメだ。見つかった。見つかってしまった。もう誤魔化せない。逃げなければ、逃げなければまた、また……――。

 

 頭の中が、そんな思考で埋め尽くされる。

 だが必死で逃げる様に促すその意思に反して、頭の痛みは激しさを増した。

 今の体には耐えきれない痛みだった。

 視界は揺れて、意識が遠くなる。顔がだんだん地面に近づいていく。

 そのまま世界は暗転し、体は動かなくなってしまった。

 

 

ーーーーー

 

 

「気を……失ったのか?」

「……みたいね」

 

 黒髪の男――ルルーシュ・ランペルージは倒れてしまった少年に近付き、しゃがんでその顔を覗き込んだ。

 その後ろでは、金髪の女性――ミレイ・アッシュフォードが恐る恐るという風に様子を伺っていた。

 少し汚れているが美しい()()()を揺らし、一瞬だけ見えた蒼の瞳は、今は瞼が固く閉じられて見えなくなっている。

 どうやら、本当に気絶しているらしい。

 規則正しい呼吸に、体が揺れていた。

 

「なんなんだ、こいつは……。会長、危険な人物かもしれません。すぐ警察に連絡を……」

「待ってルルーシュ!」

 

 後ろから眺めていたミレイは、何かに気付いたのかルルーシュに向かって静止の声をかけた。

 

「この子、足を怪我をしているわ。それに顔色もすごく悪い。一旦、保健室に連れていきましょう」

「はぁ!?本気ですか?明らかに不審者ですよ?何かあったらどうするんですか!?」

 

 ルルーシュの苦言に、ミレイはニッと人懐こそうな笑みを浮かべると、胸を張って自信たっぷりに答えた。

 

「大丈夫よ。多分この子、悪い子じゃないから。女の勘だけど」

 

 最後の言葉に、ルルーシュは頭が痛くなった。

 この人はいつもそうだ。毎度毎度思いつきで人を振り回して、楽しんで。

 今回も、自信満々に女の勘と何の根拠もない事を言っているが、もしかしたらふざけているのかもしれない。  

 そこまで考えて、ルルーシュはキッとミレイを見据える。

 注意をしなくてはいけないのだ。

 最愛の妹の身の安全の為にも。

 

「ふざけるのも大概にしてください!」

「こんな状況でふざけるわけないでしょ」

 

 ミレイの纏う雰囲気が変わる。

 その表情は、先程までのおちゃらけたモノではなく、アッシュフォード学園生徒会長として、元貴族としての、威厳と責任を持った顔だった。

 真摯な眼差しでルルーシュを見据えるミレイに、ルルーシュはたじろぐ。

 その瞳が、少しだけ苦手だったからだ。

 

「ルルーシュも見たでしょう?この子の気を失う直前の顔」

「…………」

 

 視線が、ルルーシュから気を失った少年に移される。つられて、ルルーシュも少年に目を向けた。

 気を失う前、確かに見た。

 眉根を寄せて、苦悶の表情を浮かべる彼を。

 

 ――まるで全ての哀しみを一身に受けたかの様な……そんな顔を。

 

「すごく苦しそうで、今にも泣いちゃいそうな顔してたじゃない?どんな経緯があったのかは知らないけど……あんな顔、よほど辛い経験をしてないと出来ないと思うの」

 

 真面目なその声に、ルルーシュは今度は視線をミレイに移した。

 碧色の、美しいその瞳は逸らされる事なく、今も少年に向けられている。

 彼女はお人好しではあるが、決して馬鹿ではない。

 多角的に物事を見て、それに伴うリスクも考えて尚、こんな事を言っているのだろう。 

 それに彼女の勘は、悔しいがよく当たる。

 だが、ルルーシュの表情はまだ不安そうにしていたのだろう。

 ミレイはルルーシュに向き直ると、いつもの明るい雰囲気に戻り、安心させるように微笑んだ。

 

「安心しなさいな。ちゃーんと素性も調べるから。何かあったら困るし……ね。どう?これで文句はないでしょ?」

 

 そう言ってミレイはお茶目にウインクをする。

 その彼女の態度に、ルルーシュは諦めたようにため息をついた。

 ここまで頑固だと、もう自分が何を言っても無駄だと思ったからだ。長い付き合いから、彼女の性格はよく知っている。

 

「はぁー、わかりましたよ。ただし、目が覚めて話が出来る状態になったら、色々と尋問しますからね」

「尋問って⋯⋯あんたねぇ……。はぁ、ま、いいわ!んじゃ、保健室に連れていくわよ。ほらほら男子、ガーッツ!」

「はいはい。人使いが荒いんだから」

 

 まったく、彼女には敵わない。

 そう思いながらも、ルルーシュの顔は少しだけ綻んでいた。彼女のこういう性格のお陰で、自分や妹が助かっているのも事実なのだ。

 それに――

 

(何でだろうな……)

 

 いつもなら、例えミレイが幾ら駄々をこねようと、危険だと思えばもっとバッサリと切り捨てている。

 自分は特殊な身の上なのだ。もしかしたら暗殺者やスパイという可能性もある。

 この様な不審者は真っ先に排除の対象だった。

 なのに、それ程強く否定しなかった。

 

(不思議なやつだ……)

 

 こうして、自分も情けをかけようとしている。

 この少年の悲しげな顔に、知らず知らずの内に当てられたのだろうか?

 ルルーシュはそこまで思って、ふっと自傷気味な笑みを漏らした。

 何を甘い事を。自分はもう修羅の道を行くと決めたのに。

 

(まぁそれも、意識が戻るまでだ……)

 

 今はいい。眠っているし、ミレイも素性を調べると言っている。

 

 だが意識が戻り、もしも危険な人物だと分かれば、その時は――。

 

 そんな事を考えながら、ルルーシュは少年の体を起こすと、肩に腕を回して持ち上げた。

 自分と変わらないと思うぐらい細身のくせに、意外と重くて驚いたが、プライドが邪魔をして、息も絶え絶えになりながらも半ば意地になって保健室まで運んだ。

 後日、全身筋肉痛で動けなくなったルルーシュは、やはり見捨てておけば良かったと後悔したとかしてないとか……。

 

 だが、ルルーシュは知らない。

 これが、これからの未来を変える運命の出会いである事を。

 世界にとって、ほんの小さな歯車が今嵌り、そして回り出した。

 何処にも存在しなかった物語。

 新たな歴史の始まりだった。

 

 

 



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第2話 記憶喪失者

 

 

 

 アッシュフォード学園に迷い込んだ銀髪の少年。

 彼はルルーシュ達の目の前に現れると、苦悶の表情を浮かべ、突然気を失ってしまった。

 彼は一体何者なのか。

 彼の存在は、この世界にとって何を意味するのか。

 それはまだ、誰にもわからない。

 

 

 

『第2話 記憶喪失者』

 

 

 

「ライ、ね……いい名前じゃなーい」

 

 そんな明るいミレイの声とは裏腹に、ルルーシュは眉間に皺を寄せ、不満げに鼻を鳴らした。

 眠っていた銀髪の少年は、目覚めると驚いた様に目を見開きこちらを警戒していたが、ミレイが優しく話しかけ、ここが学校である事、こちらに敵意はない事を伝えると、無表情だがどこかホッとしたように息を吐いた。

 軽い自己紹介を済まし、今度は相手の名前を聞くと、少しだけ思案してからライと名乗ったその少年は、今はベッドの上で身を起こし、自分の現状の確認だろう。辺りをゆっくりと見回している。

 

(何故、名前を聞かれて考えた?それに、ファミリーネームを言わない。というのは……やはりなにか隠しているのか……?)

 

 ルルーシュはこの不思議な少年が目覚めた事により、警戒心を最大まで引きあげていた。

 何故ならこの数日間、彼の素性をいくら調べても、何の情報も得られなかったからだ。

 わざわざ本国のデータベースにまで検索をかけたのに何もヒットしなかった。

 没落したとはいえ、元大貴族であるアッシュフォード家の情報網を使っても、だ。

 個人IDも当然の事ながら持っておらず、軍や警察、民間レベルの捜索もされていない。

 

 謎の人物。

 

 何の情報もない、というのが不気味だった。

 自分の身の上や、妹の事もある。例え些細な事でも、用心しておくに越したことはなかった。

 

「それで、お前は一体何者なんだ?」

 

 我ながら色気のない、答えだけを求める質問だ。

 隣ではミレイが非難めいた事を言っているが、無視をして、ライに視線を向けた。

 起き抜けに不躾な質問をされたにもかかわらず、彼は気分を害した様子もない。ゆるりと視線をルルーシュに向けると、少しだけ顔を俯かせ、その蒼の瞳に暗い影を落とした。

 何処か憂いを帯びたその表情に、ルルーシュは少しドキリとしたが、表情にはおくびにも出さずにその口が開くのを待った。

 

「…………わからない」

「わからない?どういう事だ」

 

 重い口を開いたかと思えば、出てきたのはいまいち要領を得ない言葉だった。

 それにルルーシュの眼差しが鋭くなるが、ライは臆した様子もなく、淡々と続ける。

 

「そのままの意味だ。『ライ』という名前以外、何も思い出せない」

「それって……もしかして、記憶喪失!?」

「おいおい、マジかよ!」

 

 何もわからない。その答えにルルーシュよりも早く反応したのは、同じ生徒会メンバーのシャーリー・フェネットだった。

 続いてリヴァル・カルデモンドが驚きの声をあげる。

 2人とも好奇心旺盛で、謎の少年に興味津々だったのだろう。

 やいのやいのと騒ぎ立て、本当に記憶がないのか、自分の事も覚えてないのか、と質問責めをしていた。

 矢継ぎ早に繰り出される質問に、ライは特に慌てる様子もなく一つ一つ、律儀に返答をしていく。

 答えはいずれも『覚えていない』だったが。

 

「……スザク、お前はどう思う?」

 

 その間にルルーシュは少し後ろに下がると、事の顛末を静観していた親友の枢木スザクに声をかけていた。

 ライについての事はスザクにも伝えてある。

 何も情報がない、怪しい人物。

 何か変な動きをしたら、すぐさま捕縛出来るように注視して貰っていた。

 

「演技……ではないと思う。少なくとも、今の彼から悪意は感じられない」

 

 そうしっかりとした声で話すスザクに、ルルーシュは目を細める。そして、今は好きな食べ物、好みのタイプ等と、やや脱線した質問を受けているライに視線を移した。

 スザクは『職業柄』そういう気配に敏感だ。

 体の動きや目線で、それらを読み取る事にも長けている。その彼が言うのだから、まず間違いはないだろう。

 

「ならば、やつは嘘をついてない。本当に記憶がない……ということか?」

「確証はないけど……多分ね」

 

 肩をすくめながら、いつもの穏やかな表情でそう言ってのけるスザク。それに、ルルーシュはとりあえず自分達に害を与える目的でここに侵入したのでは無いと判断した。

 張り詰めていた糸が少しだけ緩んで、ルルーシュは安堵の息を吐く。

 が、すぐにその糸を引き締めた。

 なにせ身元がわからないのだ。

 ルルーシュにとって、ここに厄介事はなるべく持ち込みたくはなかった。

 最近始めた『アレ』の事もある。

 然るべき機関に連絡し、不穏分子は排除しておきたかった。

 

「会長。やはり彼は警察に保護してもらった方がいいんじゃないですか?今からでも連絡を……」

「その必要はない」

 

 ルルーシュのその提案に声を被せたのは、先程まで質問責めを受けていたライだった。

 

「これ以上、君達に迷惑はかけられない」

 

 ライははっきりとした口調でそう言うと、その言葉の通り、立ち上がろうとベッドの上で身を捻る。

 ここから出ていこうとしているのだろう。

 ルルーシュは安堵した。

 このままこの少年が出ていけば、面倒事はなくなる。そして、平穏な日常にまた戻る。それが最善策だ。

 だが、ルルーシュのその思惑とは裏腹に、ミレイは尚もライに対して話しかけていた。

 

「でも、行く宛もないんでしょ?」

「それは……」

 

 そう言われて、ライは俯いてしまった。

 何も記憶がないのだ。彼女の言う通り、どこにも行く宛などない。

 だが、警察に連絡されて保護してもらうのは、どうしてか嫌だった。

 そんなライの唯ならぬ様子に、ミレイは何を思ったのか、彼やルルーシュには思いがけない、爆弾の様な発言を落とした。

 

「なんだったら、記憶が戻るまで、ここにいればいいんじゃない?」

「「……は?」」

 

 ライとルルーシュの驚きの声が重なった。2人とも鳩が豆鉄砲を食らったような、間抜けな顔でミレイを見る。

 そんな二人の様子に、彼女は悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべた。

 

「おおっ!それナイスアイディア!」

「うんうん!私も賛成ー!」

 

 リヴァルとシャーリーの明るい声が部屋に響く。お気楽なその態度に、ルルーシュは舌打ちしたくなった。

 

「バカっ!すぐに乗るんじゃない!会長!何を言って……」

 

 二人を諌めつつ、ルルーシュはミレイを鋭い目付きで睨みつけた。普通の人間ならば、恐怖で身震いしてしまいそうな眼差しだ。

 が、ミレイは慣れているのかどこ吹く風。

 

「だって調べてみてもなーんにもわからなかったし、頼れる人も場所も無さそうじゃない?一応届け出は出してるけど、なんにせよ、それまでの間は身元引受人が必要でしょ?」

 あっけらかんと言ってのけた彼女に、ルルーシュは開いた口が塞がらなかった。データベースにも載っていなかった人間を、自分の懐に入れようなど常識的に考えて有り得ない。

 それでも彼女は、スザクの時と同じで困っている人間を放っておけないのだろう。

 お人好しで、世話好きで、祭り好き。

 彼女の長所であるが、今のルルーシュには憎たらしい事この上なかった。

 

「得体の知れない人間をここに置いておくなんて……危険過ぎます!」

「彼の言う通りだ。学園にとっても、僕の存在は良くはないだろう」

 

 意外な事に、ルルーシュの苦言を援護射撃したのは、当人であるライだった。

 彼はまともな思考の持ち主のようだ。

 ルルーシュはあれだけ警戒していたのに、常識的な彼に少しだけ好感が持てた。

 だがなぜ排除しようとしている人間の肩を、排除されようとしている人間が持っているのだろうか。

 ルルーシュは少し複雑な気分になった。

 

「でももう、お爺様から許可を貰ってきちゃったのよね〜。クラブハウスに部屋も用意しちゃったし……あっ、制服もあるわよ?」

 

 どこから取り出したのか、学校指定の制服と入学許可証と書かれた書類をひらひらと見せながら楽しそうに笑うミレイに、ルルーシュは頭を抱えた。

 いつの間に用意したのか、何故彼女はこういう事に関しては物凄く手際がいいのだろうか。ルルーシュの出来のいい頭でも、彼女の行動は予測がつかない。

 酷い頭痛に襲われそうになるが、自分がしっかりしなければ、と謎の使命感に囚われていた。

 

「だからと言って「ルルーシュ」ッ!」

 

 なおも食い下がろうとしたルルーシュの言葉を遮ったのは、先程から見守っていたスザクだ。

 

「僕はいいと思うよ。彼の事。彼は僕達に敵意を持っていないし、困っているなら、助け合うべきだ。それに……」

 

 チラリ、とライを見ると、スザクは人懐っこい、柔和な笑みを浮かべた。

 

「彼は、悪い人間ではないと思うよ?」

 

 笑顔でそう言ってのけたスザクに、ルルーシュは言葉を詰まらせた。

 確かに、それは自分でも思う。彼の先程からの態度、言葉の端々から、それは感じ取れた。

 ルルーシュは顎に手を添えて、考える。

 ライの先程からの言動。

 親友であるスザクの言葉。

 ミレイの用意周到な手引き。 

 お人好しにも程があるが、総合的に考えて、もうここは諦めた方がいいかもしれない。

 深いため息が、ルルーシュの口から漏れた。

 

「……わかりましたよ。まったく、俺は知りませんからね?」

「よっし!決まりね〜!貴方も、それでいいでしょ?」

「あ、ああ……こちらとしてはありがたいが……いいのか?」

 

 怒涛の展開についていけず、あっという間に決められた出来事に呆然としていたが、怪訝そうなライの言葉に、ミレイは手をひらひらとさせながら微笑んだ。

 

「大丈夫大丈夫〜!このミレイさんにまっかせなさい!そ・れ・に〜 ……貴方、初めて会った時から、なーんかほっとけないのよね〜。なんていうか……そう!土砂降りの雨の中、可哀想な捨て猫を見つけた!……みたいな?」

「猫……」

 

 猫扱いされた事により、ライは若干悲しそうな声を出した。が、そんな彼の声は彼女に届いていないのか、ミレイは尚も笑顔で言葉を続けていく。

 

「ここで出会ったのも何かの縁!記憶が戻るまで、ちゃーんと皆で貴方の面倒を見ます!」

「……ありがとう」

 

 若干のダメージはあったが、なんにせよ記憶もなく、行く宛もない自分に、やや強引とはいえ衣食住を提供してくれるというのは有難い。

 少々困惑しながらも素直に頭を下げてお礼を言うライに、うんうんと頷くミレイは、どこか満足気だった。

 

「それじゃあ、貴方のお世話係の主任を決めないとね〜。栄えあるお世話係主任は〜……」

 

 生徒会メンバーの顔をぐるりと見渡すと、とある人物に目が止まる。

 そして、口の端をニィッと吊り上げると、ビシッとその人物を指さした。

 さされた指の先には、赤い髪の少女。

 

「カレン・シュタットフェルトさんに決定〜!」

「…………へっ!?」

 

 自分が当たるとは微塵も思っていなかったのだろう。

 指名された事に数秒の時間をおいて理解したカレンは、素っ頓狂な声をあげた。

 そんなカレンに、ミレイはいい仕事をしたと言わんばかりに、またもや満足気な顔でうんうんと頷いていた。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 この日、カレン・シュタットフェルトの学園での一日はいつも通りのはずだった。

 朝から継母に嫌味を言われて登校し、退屈な授業を受け、休み時間の度に周りに群がるブリタニアの建前の友人達の相手をする。

 毎度の事ながら辟易していた。早く『本来の自分』に戻りたかった。いつもの様に、体調が悪くなったとでも言って、逃げてやろうか。

 そう思って席を立った。瞬間、カレンの制服のポケットから携帯の軽快な音が鳴った。

 確認すれば、最近入った生徒会の会長から連絡が来ている。

 『至急生徒会室に集まるように』との事だった。

 無視しようかとも思ったが、同じく連絡が入ったシャーリーに声をかけられ、連行されてしまった。

 部屋に入ると、数日前に生徒会長と副会長が保護したという身元不明の謎の少年が目を覚ましていた。

 彼の名前は、ライと言うらしい。

 聞けば、記憶喪失だとも。

 だが、カレンはライに興味はなかった。

 銀の髪、蒼の瞳、白い肌。明らかにブリタニア人……もしくはEU辺りの人間の見た目をしている彼に、特に関心を持てなかった。

 記憶喪失なんだから早く警察にでも連絡して、引き取ってもらえば良い。そう思っていた。

 しかし、ここのお節介な生徒会長は身寄りのないこの少年を学園に受け入れようとしていた。

 猛反対していた副会長もなんだかんだ折れ、何やらクラブハウスに住み、ここの生徒になるらしい。そして記憶喪失である彼のお世話をみんなでする……と言う話がいつの間にかまとまっていた。

 正直言って面倒臭い。なぜ自分達が見ず知らずの、怪しい少年のお世話なんてしないといけないのだろうか。

 病弱設定を活かして、自分だけでも逃げよう……と考えていた矢先。

 

「栄えあるお世話係主任は〜…………

カレン・シュタットフェルトさんに決定〜!」

「…………へっ!?」

 

 突然の名指しに思わず、素の反応をしてしまった。

 慌てて取り繕うと、なぜそうなってしまったのか、理由を聞く。

 

「なんで私……なんですか?」

「え〜、だって他の人を主任にしようにも……ルルーシュはサボり魔、リヴァルは変な事教えそうだし、シャーリーは水泳、スザク君はここに来たばかり。ニーナ……は人見知り激しいし……そうなると、カレンしかいないじゃない?」

「か、会長がすればいいじゃないですか!」

 

 冗談ではなかった。

 最近は『本業』が忙しい。今日だって、いい加減学校に行けと兄がわりである人に言われて渋々来たのだ。得体の知れない人間に時間を割く余裕なんてない。拾ってきた本人がするべきでは無いか。

 そう思い訴えるが、ミレイは少し苦笑する。

 

「うーん、そうしたいのはやまやまなんだけど……最近、またお見合いの話がわんさか来ちゃって、自由な時間があんまり取れないのよねぇ…………だから、租界にも学園にも詳しくて時間に余裕があるのは、カレンだけなのよ」

 

 げんなりした顔で話す彼女は、どこか暗い影を背負っていた。

 お見合い……学生の身分で将来の相手を決めるなんて大変だとは思うが、自分も自分で大変なのだ。

 本当は誰よりも忙しい。

 こんな事にかまけている場合ではないのだ。

 だが、そんな事を生徒会メンバーに言えるわけが無い。

 

「だから、カレンに決定!これは生徒会長としての命令よ!」

「そんな……!で、でも私、あまりそういうのは……勝手がわからないし……」

「そう?カレンもやっと最近学校に来られるようになったんだし、いいリハビリになるんじゃない?」

 

 思わず荒げそうになった声を抑えて、どうにか回避できないか画策していると、横から無邪気にシャーリーがそう提案して、カレンの眉間に皺がよる。

 勝手な事を言ってくれる。平和ボケした彼女はこちらの都合も何もかも深く考えず、ただ単に面白がってこの様な発言をしているのだろう。

 それに、カレンは無性に腹が立った。

 

(これだからブリタニアは……)

 

 そんな、仄暗い感情がカレンの胸の内を支配しようとした時、思わぬ所から凛とした、援護の声が聞こえた。

 

「ちょっといいか?」

 

 ライだ。

 何か疑問に思った事でもあったのだろうか。

 首を少し傾げて、彼はその蒼の瞳でカレンを真っ直ぐ見つめると、訝しげに口を開く。

 

「リハビリ……というのは、彼女はどこか怪我をして入院でもしていたのか?」

「ううん。そういうのじゃなくてね…………彼女、体が弱いのよ。病弱でしょっちゅう学校休んじゃうから、軽い運動も兼ねて、貴方のお世話をどうかなー?って思っての提案だったんだけど」

「体が弱い……病弱……」

 

 横からのミレイの補足に、ライはそれだけ呟くと口に指を当てて考え込んでしまった。

 だが、それも直ぐに終わると、またカレンをその蒼の瞳に映す。

 

「なら、断らせてもらう」

 

 ハッキリとした、拒絶の言葉だった。

 それに、自分では役不足なのかと、カレンはあんなに嫌がっていたのを棚上げしてムッと怒りを感じていたが、次の言葉でその怒りは雲散した。

 

「そんな体なら、無理をしてはいけない。彼女も嫌がってるし、一人で大丈夫だ」

 

 それはカレンの体を気遣うものだった。

 彼は病弱という嘘を信じ、記憶を失っていて心細い筈なのに、それでもカレンの体を心配して遠慮をしたのだろう。

 その自分の事を気遣ってくれている言葉に、カレンは少しだけ罪悪感が湧いた。

 散々悪態を心の中でついては自分の事しか考えず、ただただ面倒事を押し付けられるのを嫌がって、ずっと彼の前で失礼な言動をしていた。

 それはブリタニア人だとか、日本人とかではなく、人として恥ずかしい行いではないか。

 

「あ……」

「だってさ……どうする?カレン」

 

 皆の視線が、カレンに刺さる。ライという少年の視線もだ。その瞳は、どこか心配そうにしている。

 

「…………いいえ。やります、私」

 

 申し訳なくなって、つい口から了承の言葉が出てしまっていた。

 

「……いいのか?」

 

 無表情だ。だがその声色は瞳と同じ、心配そうにしている。カレンは安心させるように、一言。

 

「いいのよ」

 

 淀みなくするりと出た言葉に、ライは一応、納得してくれたようだ。

 きっと、彼は優しい人なのだろう。

 そう思うと、カレンの顔は自分でも気付かない程小さく、微笑んでいた。

 

 



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