スーパーロボット大戦Y (やまもとやま)
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第1話 ネルフへ

 セカンドインパクトの混乱期に起こったジオニズム運動はやがて国家分断を招いた。

 石油利権と金融業界を牛耳っていた勢力がビアン・ゾルダークが結成したディバイン・クルセイダース、通称DCを支援して世界各地で独立運動が勃発。

 これより早くに独立運動を起こしていたジオン軍の一部がDCと結託したことで、国連はこれらの勢力を抑え込むことができなくなった。

 

 当初、米国は早くからゾルダークを世界指名手配していた。ゾルダークは米軍の軍事力の基盤のすべてを持っている。

 とはいえ、ゾルダークはもともと米国に忠実な存在だった。

 ゾルダークが米国に背信するようになったのは、米政府にはびこる凶悪な利権に嫌気がさしたからだと言われている。

 米政府は金融業界と完全に癒着し、民から徹底的に富を搾取する構造を築いていた。

 ゾルダークはそれを不満に思い、早くから議会に問題提起をしていた。

 

 しかし、完全に腐敗していた米政府はゾルダークの暗殺を決行。

 だが、この暗殺は失敗に終わり、ゾルダークはロシアに亡命し、やがてDCを結成するに至った。

 

 DCの力が大きくなると、中東各地で内戦が勃発。

 米軍はこれらの内戦を管理しきれなくなった。

 

 そこで、米軍が目をつけたのが日本だ。

 中東の内戦を鎮めるためには、日本軍の力が必要不可欠だった。

 米国最大の同盟国である日本は、防衛省の管轄に「ゲヒルン」という大きな軍事団体を持っている。

 しかし、平和主義を掲げる日本は原則としてよその国の紛争に介入することができない。

 米国は日本を中東戦争に参加させたかった。

 

 米国は日本に圧力をかけた。

 米国の圧力に逆らうことができない日本はゲヒルンを解体し、「ネルフ」を再結成した。

 中東難民を支援するという名目で作られたが、それは体裁である。ネルフは明確に中東戦争を抑え込むために利用されることになった。

 

 ネルフは米軍と協力し、地球連邦軍を設立し、DCに宣戦布告。宣戦布告の大義名分は「中東の平和と安定のため」だった。

 

 こうして始まったのが「一年戦争」である。

 一年戦争はこれより前、ジオン軍が欧州で起こした戦争であるが、DCと地球連邦軍が介入することで大きな戦争へと発展した。

 事実上の世界大戦であり、死者数1200万人、被害難民1億人とも言われる大惨事につながった。

 

 一年戦争は、DCの敗北宣言および、ジオン軍の降伏および、ミケーネ帝国と地球連邦軍の間で結ばれた停戦合意の形で終わりを告げることになる。

 

 一年戦争は終わった。しかし、これは戦いの終わりではなく、むしろ始まりである。

 この先、人類は最も大きな戦争に巻き込まれていくことになる。

 

 

 

 

 

 一年戦争が終わった後でも、日本では徴兵制が続いていた。

 日本政府は6年後を目処に徴兵制を廃止するとうたっているものの、徴兵制の廃止をうたっていた政権がことごとく選挙で惨敗したことでその話も棚上げになった。

 

 碇シンジは東京の中学校に通う普通の中学生だった。

 このまま中学校を卒業し、なんとなく高校に進学してなんとなく生きていくことになるんだろうと思っていたのだが、シンジのもとにも「徴兵赤紙」が届いた。

 内容は以下の通りである。

 

 碇シンジ殿へ

 

 このたび、防衛省は軍事法第77条2項の権限に基づき、あなたを徴兵する。

 5月9日までに、防衛省管轄の軍事団体「ネルフ」において所定の手続きを行うこと。

 なお、この決定に不服がある場合、あなたは5月29日までの間に限り、防衛省に対して審査請求を行うことができる。

 

 

 赤紙の権限は強く、この命令に逆らった者には刑事責任が科せられる。

 

 はっきり言って、シンジは軍人などには向いていない。おとなしい性格であり、見た目も小柄であり、軍人の対極のような存在だ。

 しかし、赤紙が届いたからにはネルフに行くしかない。

 

 シンジは赤紙と一緒に入っていた切符を使って、ネルフ本部のある第三新東京駅のプラットホームに降り立った。

 

「なんで僕が徴兵されるんだろ」

 

 シンジはひとりごとをつぶやいた。

 一年戦争が終わり、もう軍人が必要とされる状況にはない。

 一年戦争で多くの軍人が失われたから、兵士の補てんをしようとしているのか、いくらか理由は考えられたが、一年戦争の途中でもシンジには赤紙が届かなかった。

 いまさら徴兵される道理はどこにもなかった。

 

 ネルフにたどり着いたシンジはひとまず事務所で書類の手続きをした。

 氏名、住所、印鑑という形式的な書類をいくつか書くと、しばらく待合室で待たされた。

 しばらくすると、責任者がやってきた。

 やってきた女性はまだ若い女性のように見えた。

 

「あなたが碇シンジ君?」

「あ、はい」

「私は葛城ミサト。今日から、あなたの管理をさせていただきます。以後、よろしくね」

 

 責任者の女性は親しみ深い笑顔と声でミサトと名乗った。

 

「さっそくなんだけど……」

 

 ミサトはシンジと向かい合って座ると、分厚いファイルから忙しく書類を取り出した。

 

「話はどこまで聞いてる?」

「いえ、特には」

「オッケー。じゃあ、とりあえず形式的な説明をするわね。怒りシンジ君の徴兵は、軍事法第77条2項の未成年の徴兵に関する規定に基づくものです」怒りではなく碇

 

 ミサトは書類の内容を淡々と話した。

 

「まあ色々言ったけど、要は形式的なもの。別に戦争に出たり、ましてやカミカゼアタックなんてしないから安心してね」

「あの」

「ん?」

「審査請求ができると聞いたのですが……」

「あー、うん、一応できることにはなってるけど、やるの?」

「はっきり言って、僕はそういうのに向いてないし、徴兵されたって何もできません。免除できるならしたいと思っているんです」

「審査請求ね……あれ、手続きが面倒なのよね。あとね、君の場合はたぶん審査請求しても決定は覆らないと思うわ」

「どうしてですか?」

「ネルフ司令官の碇司令の推薦で決まったからよ。つまり、君のお父さんね」

「父さんが?」

 

 シンジは驚いた。

 父親とは何年も会ってないし、昔から父親には煙たがられていた。

 そんな父親が自分を推薦したというのが信じられなかった。

 

 碇ゲンドウはネルフのトップに立つ総司令官である。

 ゲヒルンの時代から要人ポストについていたゲンドウはネルフ結成に伴ってネルフの管理を任されるようになっていた。

 ゲンドウは昔から仕事優先で生きてきた。

 シンジの母親が亡くなってから、ゲンドウはシンジを親戚のもとに預けて、シンジの前にはほとんど顔を見せなかった。

 顔を見せたのは親族の葬式の時ぐらいだった。

 

 シンジが小学校を卒業したときも、中学校に入学したときもゲンドウは祝いにやってくることはなかった。

 やがて、親子関係はぎくしゃくするようになり、もう何年も話をしていない。

 そんなゲンドウが突然、シンジを徴兵に推薦した。一体どういうことなのだろうか。

 

「一年戦争のときも、碇司令が推薦書を書くなんて一度もなかったんだけど、やっぱり実の息子は特別ということかしらね」

「……」

 

 シンジは父親のコネで徴兵されたというのが嫌だった。

 

「でも心配しなくて大丈夫だから。いまさら厳しい訓練とかたぶん行われないと思うし。せいぜい、武器の取り扱いと補給機の操縦訓練が行われるぐらいよ」

 

 ミサトはそう言ってシンジを安心させた。

 しかし、シンジは暗い顔でうつむくばかりだった。

 はっきり言って、ガンダムの操縦なんかには興味なかった。

 



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第2話 一年戦争後のネルフ

 シンジは徴兵制度に則って、ネルフに配属されることが決まった。

 一年戦争後も、防衛省は定期的にパイロット候補生を徴兵する方針を固めていた。

 しかし、同時に18歳以上のみを徴兵するという方針を打ち出しており、シンジは例外的な徴兵だった。

 一年戦争では、多くの優秀な少年少女が徴兵され、彼らも戦場に送り込まれた。

 特に、米軍は一年戦争末期から、世論の反発を受ける形で戦場から多くの兵士を撤収。

 代わりに日本軍や独軍を戦場に投入した。

 

 シンジが例外的に徴兵された背景にはゲンドウの影響があった。

 これまで、シンジに一切の世話を焼かなかったゲンドウが突然このような形で世話を焼いてきた。

 シンジにはゲンドウの狙いがわからなかった。

 実の息子だからという理由で推薦したのかはたまた嫌がらせか。

 いずれにしても、ゲンドウは久しぶりにシンジに何かしらの干渉を行った。

 

 ネルフに徴兵された者には給与が支払われる。

 未成年のパイロット候補生には基本給として月額27万5000円が支払われる。

 世界的に失業率が高く、安定した雇用がままならない状況では、好待遇と言える。

 実際、一年戦争時代は、困窮した大学生から多くの志願兵が登場した。

 候補生から正規のパイロットになると、約109万円まで基本給が上がる。

 

 しかし、パイロットになるためには厳しい試験があり、当然シンジになれる世界ではないし、シンジもパイロットを目指す気などさらさらなかった。

 

 シンジの管理をすることになったミサトは手続きに追われた。

 ミサトはネルフの指揮官として一年戦争に参加した。

 西独軍の指揮を担当し、もっぱら相手はミケーネ帝国だった。

 配下には、ネルフ傘下の光子力研究所から派遣されたマジンガーZを筆頭に優秀なメンツがそろった。

 

 米軍最大のテスラ・ライヒ研究所からの支援も受け、グルンガストやゲシュペンストも投入された。

 ミサトの部隊は優秀であり、ミケーネ帝国のイラク侵攻を完全に食い止めた後、停戦合意の交渉において重大な貢献をもたらした。

 一年戦争終結後は日本に戻り、ネルフの軍編成の仕事に従事するようになった。

 

 ミサトはすさまじい量の書類を片付けた後、シンジに電話を入れた。

 

「シンジ君、いまどこ?」

「親戚のところです。言われたとおり、引っ越しの荷物をまとめているところです」

「そう、用意が早くて助かるわ。いま手続きが終わって正式にネルフに登録されたから、近日迎えに行くわね。都合が大丈夫な日教えてくれる?」

「僕はいつでも」

「じゃあ、えーっとね……四日後はどうかしら?」

「はい、わかりました」

「本当にそれでいいの? 学校の友達とお別れパーティーとか、そういうのあるんじゃないの?」

「いえ、僕には友達なんていませんから」

 

 シンジは淡々と暗い話をした。

 ミサトもこれからシンジを管理していくうえで、シンジの性格を良く見極めておく必要がある。

 見た目、根暗でおとなしい中学生という感じだろうか。

 こういうタイプにはあまり野暮なことは言わないほうがいい。ミサトはすぐにそう判断した。

 

「わかった。じゃあ、四日後に迎えに行くわね」

 

 ミサトは要件だけ伝えると、世間話などはせずに電話を切った。

 

「うーん、ちょっと扱いにくそう」

「例の碇司令の息子さん?」

 

 ミサトの隣にいる科学者の女性が問いかけた。

 彼女は赤城リツコ。ミサトと同期であり、光子力研究所を経て、現在はネルフの有力な軍事開発者となっている。

 

「まあ、金持ちのボンボンにありがちな偉そうなところがないから何とかなりそうだけど」

「責任重大ね。碇司令の息子さんとなったら粗末には扱えないもの」

「あんまりプレッシャーかけないでほしいんだけどね」

 

 ミサトはただでさえ問題児を何人も抱えている。そこに新たに要観察人物が加わるとなると、気が気ではなくなる。

 

「でも、なんで碇司令はシンジ君を候補生に推薦したのかしらね。パイロットなんて事故死のリスクだってあるし。コネを使えばもっといいポストぐらいいくらでも用意できるでしょうに。防衛省の管理職なんてコネの巣窟みたいなもんでしょ」

「どうかしらね。案外そういうところのほうが精神衛生上悪いかもしれないわよ」

「それは言えてるかもしれないわね。金目のものにしか興味ないおじさんばかりだし」

「それにかわいい子には旅をさせるって言うでしょ。楽なポストを渡すだけが親の愛情じゃないってことよ」

「知ったこと言うわね、おんなじ独身のくせして」

 

 お互い仕事に追われていて、結婚どころではなかった。

 一年戦争が終わったので、この先はそういう機会が出てくるかもしれないが、二人の場合は完全に仕事脳が染みついているところがあった。

 

「ところで、マジンガーZは結局どうなるの? 独軍に奪われちゃうわけ?」

「まだ未定。でも、碇司令はネルフ傘下に残したいと考えてるみたいだけど」

「ここは碇司令に頑張ってもらいたいところね」

「どうして? 西ドイツには愛するフィアンセがいるんでしょ」

 

 リツコはいたずらっぽく笑みを浮かべた。

 

「フィアンセじゃないわよ。わが人生最大の天敵よ」

「相変わらず仲がいいのね」

「わが人生の幸福のためにも、私は絶対に日本にとどまりたいわけよ。リツコ、あなたからも意見書を頼むわよ。大きいでしょ、リツコ先生の意見書の効果は」

「残念ながら何の効力もないわよ」

「エヴァンゲリオン開発の功労者じゃないの?」

「あいにく世の中の悪いおじさんたちは手柄を持っていく天才だから。一科学者が出世することは永遠にないのよ」

「嫌なおじさん連中ね、まったく。私もずいぶん手柄を持っていかれたわ」

 

 ミサトもリツコも一年戦争勝利の功労者であることは間違いなかったが、一年戦争で一番出世したのは、何もしていない軍の要人たちだった。



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第3話 ガンダムMK-Ⅱ 起動

 四日後、ミサトは朝の支度をしながら、手帳で予定を確認した。

 

「碇シンジ君のお迎えとネルフ施設の案内、仲間の紹介ETC。よし、頑張るか」

 

 ミサトは車に乗り込むとひとまずシンジに電話を入れた。

 

「シンジ君、今から迎えに行くけど大丈夫?」

「はい、最寄り駅で待ってます」

「オッケー。じゃあ、10時に迎えに行くから、先についてたら、駅前の喫茶店にでも入って待ってて」

「いえ、時計塔の下で待ってます」

「じゃあ、あとでね」

 

 ミサトは車を走らせた。

 

 電話で話したとおり、シンジは時計塔の下でぼさっと突っ立っていた。

 碇ゲンドウというビッグネームとは裏腹に存在感が希薄である。

 ミサトにしてみると、扱いやすければそれでいいと考えていた。

 おそらく、シンジはパイロットになることはないだろう。訓練生で5年ほど経験を積んだ後は、どこかの要人ポストについて自分の管理下から外れることになると予想していた。

 

「こんにちは、シンジ君。待った?」

「あ、いえ」

「あちこち混んでてね。戦争時代はがらんとしてたんだけど、平和になったって感じね」

「……」

 

 なんとか会話を続けようと思ったのだが、シンジはまったく話に乗ってこなかった。

 不良みたく問題行動起こされるよりはマシだが、こう根暗なのもやりづらかった。

 

 ひとまず、シンジを助手席に乗せて車を走らせた。

 この後の予定は、ネルフの案内などなど。すべてシンジに関わる仕事ばかりだ。それだけに、せめてもう少しは打ち解けておきたかった。

 

「シンジ君って、なんか好きなモビルスーツとかあるの?」

 

 とりあえず、男の子が好きそうで、自分も詳しいジャンルで話を振ってみた。

 

「いえ、特には」

「じゃあ、知ってるモビルスーツとかある?」

「いえ、特には」

「ガンダムは知ってるわよね?」

「いえ、特には」

 

 話聞いてないじゃん。

 

 ミサトは心の中でそうつっこんだ。

 シンジはうつむいたままジッと動かなかった。人と関わることを徹底的に避けようとしているようだった。

 それならばもうビジネスライクに徹するのがいいのかもしれない。

 ミサトは無理に話を振るのをやめた。

 

 ネルフ本部に着くと、ミサトはビジネスライクに話をした。

 

「まずこれね。ネルフのIDカードよ。これがないとネルフに入れないから絶対無くさないように。万が一なくしたらできるだけ早く電話で知らせて」

「わかりました」

 

 シンジはIDカードを受け取った。

 

「じゃあ、ネルフに入ってみましょう」

 

 ミサトは自分のカードを使って、IDカードの使い方をシンジに披露した。

 

「こうやってかざすと指紋認証と顔認証とあとね、神経伝達認証っていうのが行われるの。わずか8秒で認証。これで通れるわ。シンジ君もやってみて」

 

 シンジはまるでロボットのように言われるがままに認証を通過した。

 

「オッケー。じゃあ、どうしよっか。寮の場所から案内するわね。こっちよ」

 

 ネルフの中は広い。パイロットが利用する施設と軍事開発施設、格納庫からなる。

 ネルフ本部には約40機の軍事用ロボットが収納されている。その中にはマジンガーZも含まれている。

 パイロットが利用する施設は主に寮、食堂、訓練施設からなる。

 ミサトはまず寮の中を案内した。

 

「とまあ、とりあえず覚えておくべき施設はこれぐらいね。あとは工場。そこはシンジ君にはあんまり関係ないから」

「どうも」

「さて、寮は紹介したので、次は……訓練施設ね。なら、あの二人を呼ぶか。ちょっと電話かけるから待ってて」

 

 ミサトは自分の配下に20人以上のパイロットを抱えている。その中に、シンジと年代が同じ少年少女がたくさんいる。

 ネルフは徴兵された若手を積極的に面倒を見ているから、最も若いパイロットが集まっている。

 ミサトの配下の中でも再注目はマジンガーZのパイロットでもある甲児だろう。

 15歳でマジンガーZのメインパイロットに選ばれた実力者であり、一年戦争でも縦横無尽の活躍により、勝利に最も貢献したパイロットでもあった。

 

 ミサトは甲児に電話を入れた。

 

「もしもし、ミサトさんですか?」

 

 甲児が電話に出た。何やら騒がしい声が背景から聞こえてくる。

 

「いまどこにいるの?」

「カラオケっす」

「アホンダラ! 勤務中に何やってんの?」

 

 ミサトは怒鳴りつけるように言った。

 

「いや、リツコさんにちゃんと許可取りましたよ。もう今日は休んでていいと」

「ったく、リツコは。ともかく来て。紹介したい子がいるから」

「今からですか? あとちょっと待ってください。まだ30分時間が残ってるんですよ」

「さっさと来なさいつってんの」

「わかりましたわかりました、今から行きます」

「ボス君も一緒よね? 一緒に来てね、大至急」

「あいあいさー」

「ったく、平和ボケするのが早いんだから」

 

 ミサトは苛立ち気味に電話を切った。

 

「ごめんね、シンジ君。まったくなってない連中ばかりで困るわ。まあでもそういう緩い人たちしかいないから、シンジ君も気楽にやったらいいわ」

「はい」

「じゃあ、先に訓練施設に案内するわね」

 

 ミサトはシンジを訓練施設に案内した。

 

 訓練施設には、1台20億円もするバーチャルシミュレーションコクピットが20台以上も配備されている。

 このバーチャルシミュレーションコクピットはVGと呼ばれ、実際の操縦感覚をそのままシミュレーションで体験することができる。

 かつてのパイロットの訓練は実際に機体を起動して行われていた。

 ところが、それはコストが甚大であり、初心者は離発着の時点で事故死することも少なくない。

 そこでVGが活躍する。

 VGは米国最大の軍事研究所であるテスラ・ライヒが開発したもので、バーチャル映像を人間の脳とリンクさせることで、リアルの世界と同じ感覚で操縦をすることができる。

 地上にいても、宇宙モードを選択することで宇宙での訓練を行うことができる。

 ただし、あくまでもバーチャルであり、一流のパイロットになるためには、実戦は欠かすことができない。

 しかし、パイロットのイロハを覚えるうえでは、このVGは大きな貢献を果たした。

 一年戦争でも、このVGをメインにパイロットを鍛えて、実戦に送り出した。今では、実戦よりVGでの操縦の時間のほうが長いというパイロットも少なくない。

 

 ミサトはシンジにVGを紹介した。

 現在は施設に人はおらず、シンジの貸し切り状態になっている。

 

「シンジ君は主にここで訓練することになるわ。場所は覚えておいてね」

「はあ……」

「あいつら、まだ来ないし、試しに操縦してみる?」

「いえ、いいです」

「いや、遠慮しなくていいのよ。候補生は自由に使っていいんだから」

「いいです」

「いいからやりなさいって。ほらほら」

 

 ミサトは遠慮が過ぎるシンジをVGのコクピットに座らせた。

 

「パイロットを目指すからには、まず操縦の面白さを覚えないと。大丈夫、シンジ君も覚えたら絶対面白いって思うようになるから」

 

 ミサトはシンジのバーチャル映像を脳とリンクするための機器を取り付けた。

 視覚、聴覚を支配することになるが、触覚、味覚、嗅覚には干渉しない。

 あくまでも視覚と聴覚だけをバーチャル映像にリンクさせることになる。

 だから、目の前にガンダムがあっても、ガンダムを触ることはできない。

 

 シンジがコクピットに座ると、ミサトはモードを設定した。

 

「それじゃあ、手始めにガンダムMK-Ⅱを操縦してみましょう」

「いきなりガンダムなんて無理です」

「大丈夫。バーチャルだし、MK-Ⅱは割と初心者向けだし。じゃあ、設定するわよ」

 

 ミサトはMK-Ⅱのモードに設定した。

 すると、シンジの目の前が突然、ガンダムMK-Ⅱのコクピットに変化し、目の前には市街地が見えた。

 

「ネルフ第3基地の映像よ。ちゃんと見えてる?」

「はい、見えてます」

「オッケー、じゃあまず簡単な説明から。目の前に色々とボタンが引っ付いてると思うけど、基本的には無視してオッケー。右手に操縦かんがあると思うの。それを握ってみて」

「わかりました」

 

 シンジは言われたように操縦かんを握りしめた。

 

「親指で右側面のボタンを押せるように、人差し指、中指、薬指をしっかりとひっかけたらそれで基本はオッケー」

「はい」

「まずは歩いてみましょう。親指で右側面のボタンを押してみて」

「はい」

 

 ボタンを押すと、操縦盤の液晶画面に何かが表示された。

 

「いま、画面に何か映ったと思うんだけど、確認できた?」

「はい、できました」

「スタンダード1から4までついてると思うけど、スタンダード1を左手でタッチして」

「はい」

「そしたら、「現在命令をオートパイロットに指定」と「現在命令を選択」が出てくると思うんだけど、現在命令を選択を押して」

「はい」

 

 シンジはぎこちなく1つ1つの作業をこなした。

 

「そしたら、色々数字が出てくると思うけど、02を選択」

「はい」

「リターンで戻って現在命令をオートパイロットに指定を選択」

「はい」

「これで、操縦かんの命令がオートパイロットに認識されるようになったわ。そしたら、操縦かんを引っ張ってみて」

「はい……わ、重い」

「頑張って」

 

 シンジが操縦かんを引っ張るとガンダムが一定の速度で前に進み始めた。

 

「う、動いた」

「そうそう。これが歩行の基本。操縦かんを引っ張ってる間はずっとそうやって歩き続けるわ。操縦かんを戻したら止まる」

 

 シンジは操縦かんを戻すと、ガンダムもまた止まった。

 

「簡単でしょ。これが歩くってこと。じゃあ、次は……ブースターを使った移動をやってみましょう。次は左手を使うわよ。中央左にボタンが4つあるでしょ。右上を押して」

「はい」

「パーツ選択ってのが出てくると思うけど、一番上にブースターってのがあると思うの。タッチしてみて」

「はい」

「オッケー。さっきと同じように操縦かん側面のボタンからスタンダード2をタッチして」

「えーっと、これか」

「そしたら、「現在選択中のパーツをオートパイロットに指定」ってのを選択」

「これか」

「はい、オッケー。これでブースター移動モードになったわ。操縦かんを引っ張ってみて」

「はい」

 

 シンジが操縦かんを引っ張るとブースターが噴射し、ガンダムMK-Ⅱは勢いよく前方に飛び出した。

 

「わわわわ、ぶつかる!」

 

 直後、MK-Ⅱは建物に激突した。

 

「ぶつかっちゃった」

「うーん、まあそれが初心者にありがちなオーバーアクセルってやつ。距離感をうまくコントロールして扱わないと、市街地じゃぶつかってしまうってわけ」

「はー、難しいんですね」

「1か月もすれば慣れるわよ。主に基本はそれだけ。あとは車の運転と同じ。慣れよ、慣れ。まずは市街地を壊さずに移動する練習からね」

「もう一度やってみます」

 

 しかし、その後もシンジは何度も建物にぶつかってしまい、ガンダムをうまくコントロールすることができなかった。

 ミサトはその様子を見て、少なくともシンジがニュータイプではないことを確信した。

 アムロレイは初めて操縦かんを握ったその瞬間から敵機を何機も撃墜したと言われているが、シンジは戦うどころではなく、移動も安定しなかった。

 しかし、それが普通のことであり、それゆえにニュータイプではない者は何年も訓練する必要がある。

 



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第4話 ビームライフル

 シンジがガンダムMK-Ⅱの操縦に悪戦苦闘していると、ようやく甲児とボスがやってきた。

 

「ミサトさん、来ましたよ」

「全国5000万のボロットファンのために参上したわよん」

「やっと来たわね、今後は遊びに行くならせめて一言連絡入れなさいよ」

 

 甲児とボス。この二人の管理にはミサトも長い間苦労してきた。

 しかし、彼らは二人とも優秀なパイロットである。

 

 ミサトは一年戦争時代、この二人を集中的に鍛えて、期待通りの活躍をしてくれた。

 甲児はマジンガーZのメインパイロットとして、ボスも補給任務をそつなくこなす縁の下の力持ちとして重宝した。

 

 しかし、二人とも若いゆえに管理には苦労する。

 特に戦争終結で、日本に帰還した後は、世話を焼く機会が増えていた。

 

「で、何するんですか?」

「碇司令の息子さんが候補生に入ったって言ってたでしょ。碇シンジ君っていうんだけど。今日から、あんたたちにはシンジ君の教官をやってもらうわ」

「教官? マジっすか。それめっちゃやってみたかったんですよ」

「おうおう、おれのスパルタ指導で、ニュータイプを覚醒させてやるわさ」

 

 二人は乗り気だったが、あんまり調子に乗らせると良い結果につながらないことはミサトがよくわかっていた。

 

「くれぐれも真面目にやってちょうだいよ。悪い遊びを覚えさせたりとか絶対ダメだからね。わかってると思うけど、碇司令の息子だからね」

「わかってますよ。お偉いさんにはおべっか使うってやつでしょ。ミサトさんの苦手なやつ」

「そうよ。それを謹んでやるのがあなたたちの仕事」

「了解」

 

 ひとまず、ミサトはシンジに二人を紹介した。

 

「こちらが兜甲児君。シンジ君もマジンガーZは知ってるでしょ。そのメインパイロットよ」

「よろしくな、シンジ」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 シンジはぺこぺこと頭を下げた。

 

「で、こっちがボス君。補給任務の速度と精度は右に出るものはいないわよ。どちらかというと、シンジ君はボス君から補給任務を学んだほうが実用的かもしれないわね」

「任せておけ、シンジ。俺様の子分として可愛がってやるよ」

「はい、お願いします」

 

 シンジは誰にでもぺこぺこと頭を下げた。

 

「ひとまず、シンジ君にMK-Ⅱのイロハを叩き込んであげて」

「オッケー、任せろ」

 

 こうしてシンジ育成計画が立ち上がった。

 

 シンジは再び、ガンダムMK-ⅡのVGに入った。

 初めてコクピットに入って2時間。一応、歩行で基地内を移動することだけはできるようになっていた。

 

 実戦で敵機と戦うことができるまでの道のりはまだまだ長い。

 

「じゃあ、シンジ君。レーダーの見方について説明するわね。これ超重要だから覚えてね」

「わかりました」

「レーダーの隣にスイッチがあるからまずは押して」

「はい」

「で、黄色い点が映ったでしょ。それがMK-Ⅱの現在位置を示してるわ。で、敵機は赤、味方は青、アンノーンは赤点滅で表示されるから覚えておいてね」

 

 基本的なことだが、覚えるべき情報量はどんどん増えていく。

 シンジは無理やりそれらを頭に入れ込んでいった。

 

「じゃあ、ここで……」

 

 ミサトは通信機器を装着して、甲児につないだ。

 

「甲児君、マジンガーでフィールドに入ってくれる?」

「オッケー」

 

 甲児は指示を受けて、VGを起動した。

 甲児は2年以上もこのVGで訓練しているので、すべての機能を完璧に使いこなすことができた。

 マジンガーZのモードを選択して、シンジが入っているフィールドに入った。

 

 マジンガーZがバーチャル映像の中に追加されると、シンジのレーダーに青点が1つ追加された。

 

「シンジ君、青点が現れたのが見えたと思うけど、それがマジンガーよ。青点をタッチしてみて」

「はい」

「そしたら、詳細が表示されたでしょ。MZ119995は覚えなくてもいいけど、マジンガーZの識別番号を示してるわ。で、距離の見方なんだけど、レーダーの下にボタンがあると思うんだけど、いまは1センチを200mで設定してあるわ。割合を調節すれば索敵エリアを広げたり縮めたりできるわ。まあ、200mが基本だからそのままでいいわ」

 

 シンジは覚えるべきことの多さに処理が追い付かなくなってきた。

 

「で、右のボタンで基地表示モード。さらに右隣はZ座標の分解が可能で、高度差をどのレベルまで考慮するかを決めることができるわ。で、次のボタンが対象を自動追尾モードになってて、タッチした点のほうに自動的に移動してくれるわ。それから次のボタンで通信モード。タッチした相手と通信を行うことができて……」

 

 さすがに覚えきれなくなったので、シンジはミサトの話を追いかけるのをあきらめた。

 

「おーい、シンジ。聞こえるか?」

 

 そうこうしていると、甲児から通信が入った。

 

「まあ、こまけえことは気にすんな。とりあえず、最初はだな、ビームライフルを乱射して基地をぶっ壊すんだ。たまらない快感だぜ」

「甲児君、ちょっと、勝手に話を進めないでくれる?」

「いや、操縦のイロハはドッカンドッカンだって」

「いいから引っ込んで」

 

 ミサトはマスターキーから甲児の通信を切った。VGはマスターキーが最優先で実行されるので、ミサトの意思で通信を切ったり電源を落としたりできる。

 

「あの、ビームライフルはどうやって撃つのでしょうか?」

 

 珍しくシンジのほうから質問が入った。

 甲児に触発されたのかもしれない。男というのは細かいことより、ビームライフルやビームサーベルで戦うことに憧れを持つのかもしれない。

 ミサトはいい兆候だと思ったので、ビームライフルの使い方を指導することにした。

 

「中央に青いボタンがあるでしょ。青く光ってるところ」

「はい」

「そこを押したら、武器オプション画面が開くわ。押してみて」

 

 シンジが青いボタンを押すと、液晶画面に選択可能な武器という一覧が表示された。

 

「MK-Ⅱにはビームサーベル、ビームライフル、バルカン、ハイパーバズーカ、拡散バズーカ、ミサイルポッドが搭載されているわ。じゃあ、ビームライフルをタッチしてみて」

「はい」

 

 すると、ガンダムMK-Ⅱは右手にビームライフルを装備した。

 

「オッケー。そしたら、操縦かんの側面のボタンでスタンダード3を押して、上から3番目、「ビームライフルの照準を自動で行う」を押す」

「はい」

「あとは操縦かんの中央ボタンがトリガーになって発射できるようになるわ。フルチャージでも10発ぐらいしか撃てないから気を付けてね」

「あの、撃ってもいいですか?」

「バーチャルだから派手に壊しちゃっていいわよ」

 

 ガンダムMK-Ⅱの先には管制塔が建っている。シンジはそれを見つめた。

 シンジの目の動きを感知して、照準は自動で整った。

 

「よーし」

 

 シンジは操縦かん中央のボタンを押した。

 ガンダムMK-Ⅱはビームライフルを発射した。

 

 シンジの視線の先をものすごい勢いでビームが飛んでいくのがわかった。

 管制塔にぶつかると、オレンジ色の光がはじけた。

 バーチャルとはいえ、その映像のリアリティはかなり高かった。

 

「わわっ」

 

 最初は戸惑ったが、何度か撃っていると、楽しくなってきた。

 建物に照準を合わせて、何度もビームライフルを撃ち込んだ。

 

 気が付くと基地は火の海になった。

 バーチャルとはいえ、自分の力で建物をぶっ壊す感覚は、大きな力を手に入れたような気分になって悪くなかった。



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第4話 約束の刻

 その日の夕方、碇ゲンドウは冬月と共に防衛省本部を訪れた。

 今日は要人が集まる重要な会議が予定されている。

 ゲンドウは車から降りると、速足で本部の中に入った。

 

「碇、わかっているな」

「ああ」

 

 冬月は釘をさすように確認を求めた。ゲンドウはよくわかっていると言いたげにそっけなく答えた。

 

「しかしここまで予言の通りにことが進むとは私も意外だった。少しの誤差があっても不思議ではないのだがな」

「しょせん、人は神の掌との上ということだよ」

 

 ゲンドウはそう言って、にやりと笑った。

 

 ゲンドウはネルフの総司令官であり、日本の軍部関係者の中でも防衛相事務次官に次ぐナンバーツーと言ってもいい地位にいる。

 冬月はもともと研究者としてゲヒルン時代からゲンドウの側近についている。

 冬月は現代工学で重要なエネルギー理論の提唱者であり、著名な物理学賞をいくつも受賞している。

 加齢に伴い、科学の世界からは現役を退き、いまはアドバイザーとしてネルフの役職についている。

 今回の要人会議出席に足る実績のある人物と言えた。

 

 ゲンドウと冬月が会議室を訪れると、すでに一人の女性が席について待っていた。

 ゲンドウがやってきたのに気づくと立ち上がり、ていねいにお辞儀をした。

 漆黒のスーツを身にまとい眼鏡をかけた聡明だが冷血な顔立ちの若い女性だった。

 

 彼女の名前は、切花燐(きりばなりん)。25歳である。

 日本のラストエンペラー、切花鉄王(きりばなてつおう)の一人娘である。

 切花鉄王――この人物を知らない者はいない。

 防衛相の独裁者であり、日本を世界大戦に導いた最悪の人物。

 過去には中国人と朝鮮人の大量虐殺を画策するなど、凶悪な右翼思想に駆り立てられた人物である。

 

 ラストエンペラー切花鉄王の血を引いた唯一の存在である燐はラストエンペラーの末裔である。彼女を残して、この地球上に鉄王の血を引いた存在はいない。

 燐はそういう意味で、大変な重要人物となっている。

 

「碇司令、今日はよろしくお願いいたします」

「ああ」

「冬月先生、昨日は学会への出席御苦労さまでした」

「君も昨日、今日と大変だな」

「いえ、大変勉強になりました」

 

 燐は丁寧にそう言いつつも、その表情は冷血そのものだった。

 

 ゲンドウは燐から3つ以上距離を空けて席についた。冬月はゲンドウの隣に座った。

 ゲンドウが到着すると、ぞろぞろと要人らが会議室になだれ込んできて、会議室は小さな喧騒に包まれた。

 

 要人の中で注目すべきは、シュウ・シラカワだろう。

 この人物は一年戦争前から日本で存在感を発揮するようになった。

 経歴は不明である。

 シュウは一通り全員に挨拶をして回った。

 

「碇司令、冬月先生、このたびは御苦労さまでございます」

「君も大変だな」

 

 冬月は会釈をして応えた。

 

 要人がそろったところで、会議の司会が声を上げた。

 

「えー、これより第3回軍国会議を開催させていただきます。進行はこのわたくしが。発言を希望する者は挙手を意思表示をしてください」

 

 会議は静粛に始まった。

 

「一年戦争が終わり、実に半年が経とうとしています。中東での内戦も減少し、餓死者もしだいに減少。世界は確実に平和を取り戻しつつあります。ところが、みなさんもご存じの通り、我々は来月より新時代を迎えることになります」

 

 要人らは静かに司会の話を聞いていた。

 

「そう、死海文書に記されている約束の刻を迎えることになる。約束の刻。それは神の使いがアダムをお迎えに上がる瞬間。すなわち、すべての人類がアダムとイヴに還元するサードインパクトの瞬間。我々はこの惨事をなんとしてでも阻止しなければなりません」

 

 ゲンドウは肘を机につけるいつものポーズを作った。

 

「さて、死海文書について改めて確認しておきましょう。死海文書はアルクトスの神話に示された最も重要な予言の内容のことです。アルクトスの神話はこれまで人類の歴史をことごとく的中させてきました。ならば、今回の約束の刻も必ず訪れる真実と見て間違いないでしょう」

 

 アルクトスの神話とは、現在最も注目されている神話のことである。

 長らく解読できなかったが、今から14年前に解読され、その結果驚きの事実が明らかになる。

 それは人類の歴史がアルクトスの神話に描かれている通りに歩んできたということだ。

 はるか太古に描かれた予言の通りに人類の歴史が刻まれているというのは信じがたいことであるが、それは事実だった。

 一年戦争もまた予言されており、その戦争が一年で終わることもまた予言されていた。

 

 死海文書とはアルクトスの神話において、人類の未来を予言した記述である。

 人類は現時点においてそれどおりに歴史を刻んでいる。

 

 しかし、死海文書の通りのシナリオを歩むわけにはいかない。

 なぜなら、死海文書の結末は「人類の滅亡」だからだ。

 

 これまで死海文書の記述のとおりに歴史が進んできたが、ここで人間はその予言に打ち勝たなければならないのだ。

 そのために、この会議は開かれた。

 

「サードインパクトのトリガーは神の使いとアダムと接触すること。死海文書にはそのように書かれている。我々がしなければならないことは神の使いがアダムと接触することを阻止すること。このために我々は動かなければならない。では、ここで質問のある者は挙手を」

 

 挙手を求められて、アメリカ大使の男が手を上げた。

 

「では、トリーマン大使、どうぞ」

 

 指名されたトリーマンは立ち上がって咳ばらいを1つした。

 

「アメリカの立場についてまずお話しします。アメリカは使途殲滅において島国である日本が最適として、アダムをネルフターミナルドグマへと移送しました。碇司令に質問します。我々はなんとしてでも使途を殲滅しなければならない。そのためにネルフ司令官のあなたの責任は大変重要。まずはその心構えをお聞かせください」

「では碇司令、答弁をお願いします」

 

 指名を受けたゲンドウは静かに立ち上がった。

 

「もちろん、ネルフ司令官として必ず使途を殲滅するつもりでございますし、その準備も完璧に整っております」

 

 ゲンドウは淡々と答えると着席した。

 

「続けて質問します。我々は莫大な費用をかけ、エヴァンゲリオン初号機の制作を支援した。しかしいまだにエヴァンゲリオンのメインパイロットは決定していないと聞きます。これについて、遅すぎるのではないかという意見も出ています。碇司令、それについてお答えください」

 

 トリーマンの質問に答えるため、再びゲンドウは立ち上がった。

 

「エヴァ初号機のメインパイロットにパイロットコードL977綾波レイを考えておりましたが、ここに来てシンクロ率の低迷が続きました。我々としても予想外の出来事だったことは正直に認めます。しかし、新しいパイロットのほうのめどは立っており、約束の刻までには必ず間に合わせる所存でございます」

 

 ゲンドウがそう答えると、あちらこちらからヤジっぽいものが飛んだ。

 

「静粛に。質問のある者は挙手を」

 

 挙手する者が3名ほど出た。司会はその中から燐を選択した。

 

「では切花所長、お願いします」

「碇司令にご質問させていただきます。エヴァンゲリオン初号機のメインパイロットの詳細についてお聞かせください」

 

 ゲンドウは同じ調子で立ち上がった。

 

「昨日登録されたばかりですが、パイロットコードL1042碇シンジでございます」

 

 周囲がざわついた。「コネだ」という言葉も混じった。

 

「続けて質問します。それが使途殲滅のための最適の選択だと確信を持ってお答えできますか?」

 

 燐は鋭い視線をゲンドウに送った。

 

「もちろん、最適かつ完全な判断だと承知しております」

 

 ゲンドウはそう言うと、得意げに口元を緩めた。



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第5話 綾波レイ

 会議は2時間ほどで終わった。

 そのころ、ミサトはちょうど仕事終わりであり、友人と飲みに行く約束を立てたばかりであった。

 ところが、緊急的にネルフに呼び出される。

 

「ごめん、急な仕事が入っちゃったからいけない。ほんとにごめん。今度は絶対おごるから」

 

 ミサトは友人に断りの電話を入れながらリツコのもとに急いだ。

 リツコはコンピュータルームで残業にいそしんでいるところだった。

 

「リツコ、残業手当て出すように連絡入れといてね」

「はいはい、そう言うと思ってとっくに入れといたわ」

 

 リツコはミサトが来る10分前からミサトの残業手当の申請を行っていた。

 

「で、なに? やばいこと?」

「あなたの仕事が2倍になることよ」

「うわ、聞きたくねえ」

 

 ミサトは即座に帰りたい気分になった。

 

「でも出世のチャンスでもあるわ」

「聞くわ、なに」

「エヴァ初号機のメインパイロットのことよ」

「ああ、レイ結局おろすことになったの?」

「このところシンクロ率が30%未満。零号機では7割以上のスコアが出るのに不思議なものね」

「じゃあ、どうするの? 今から私に探せってこと?」

 

 ミサトは缶ビールの代わりに缶コーヒーを開けた。

 

「さっきメインパイロットの決定通知が届いたんだけど、それが碇シンジ君」

「え?」

「碇シンジ君よ」

「……」

 

 ミサトは缶コーヒーを一気に飲み干してからもう一度尋ねた。

 

「もう一回言ってくれる?」

「碇シンジ君よ」

「ちょっと待った。それはおかしいでしょ」

 

 シンジはパイロットではない。パイロット候補生として徴兵されたばかりである。

 エヴァ初号機はネルフ最新の兵器である。

 

 シンジがエヴァのパイロットなんて10年早いと言ってもよかった。

 

「ムリよ。シンジ君はまだMK-Ⅱもまともに扱えない状況よ」

「上の決定だから逆らえないわ」

「シンクロ率が高かったってこと?」

「それもわからない。だから、明日緊急でシンクロテストを実施することになったのよ」

 

 会議でゲンドウが発言したとおり、エヴァ初号機のパイロットにシンジが選ばれた。

 

「じゃあ、それが理由でシンジ君が徴兵されたってこと?」

「その可能性が濃厚ね」

「碇司令のコネにしては思い切った抜擢じゃないの。大丈夫なの?」

「私たちは上の決めたことを従うしかないわ」

「そうだけど、シンジ君がエヴァの操縦なんてとても考えられないわ」

 

 シンジはおとなしくておっちょこちょいだ。少なくともアムロ・レイのようなニュータイプではない。

 そんなシンジがコネでエヴァに乗ってもまともに操縦できるわけがない。

 長いスパンで育成するにしても、他に人員はたくさんいるはずだ。

 

「ともかく決定事項だから、シンジ君の管理にはこれまで以上に注意を払ってね。交通事故で亡くなったなんてことになったら、あなた即日クビで、下手すると殺されるわよ」

「あんまり怖いこと言わないでくれるかしら」

 

 ミサトはため息をつかずにはいられなかった。

 

「明日、シンクロテストって話だけど、もしシンクロ率が低かったらどうするの?」

「さあ、上はシンジ君の名前しかあげてないから、これにかけてるってことかもしれないわね」

「なんか危なっかしい経営するのね、ネルフは」

 

 シンジはエヴァ初号機のパイロットに選ばれた。

 

 そのころ、シンジは甲児らが開いてくれた歓迎パーティーに参加していた。

 シンジはこういったパーティーでわいわいやる性格ではなかったが、甲児のフォローのおかげで思いがけず溶け込むことができた。

 

「おれの目に狂いがなければ、シンジは大物パイロットになる。間違いない」

 

 甲児はパーティーでシンジをそのように紹介した。

 

「いや、僕はパイロットなんてそんな」

「間違いない。おれを信じろ」

「いやでも……」

 

 シンジはそもそもパイロットになる気もなかった。命の危険にさらされるパイロットなんてとてもできる気がしなかった。

 

「まあ、パイロットなんてどうでもいいさ。うまいもんを食う機会があればいい。というわけで、みな乾杯!」

 

 ネルフに所属するパイロットおよびパイロット候補生は約370人。

 今回のパーティーには若手を中心に25人が集まった。

 

「よし、シンジ、いくらか仲間を紹介するぜ。カツ、来いよ」

「はい」

 

 カツ・コバヤシ。

 14歳、まだ中学生でありながらニュータイプとして徴兵され、一年戦争を戦ったパイロットである。

 

「カツはすげえんだぜ。14歳で一年戦争の前線で機械獣を4機も撃墜したんだ」

「14歳でパイロットなんですか?」

 

 シンジは驚いた。自分と同じ世代でもこんなにすごい人がいるのかと。

 

「よろしくお願いします。僕はカツ・コバヤシです。碇君のことは聞いています。碇司令の息子さんと」

「よ、よろしく」

 

 ゲンドウのコネでここにいるだけだと思うと恥ずかしい気分になった。

 

「これからぜひよろしくお願いします」

 

 カツは礼儀正しい少年だった。

 

「あとはレイだな。おれたちの紅一点のお姫様だ。あれ、レイは?」

「あっちにいるよ」

 

 誰かが指さした。

 指さされた先には、誰ともかかわらず存在感を消して、ぼさっと突っ立っている少女がいた。

 

「レイ、相変わらず探すのに苦労するぜ。新しい仲間を紹介するから来てくれよ」

 

 甲児がそう言うと、レイはぺこりと頭を下げて静かにやってきた。

 シンジは初めてレイと向かいあった。

 

 レイは存在感がなく地味なのだが、シンジには強く印象に残った。それには理由がある。

 

 自分の母親に似ていたから。

 

「シンジだ。今日からおれたちの仲間になった」

「よろしく」

 

 レイは表情を変えることもなく静かにそう言った。

 

「よ、よろしく」

「シンジは碇司令の息子さんだから、仲良くしておくとボーナスがもらえるかもしれないぜ」

 

 甲児がそう言うと、レイは一度だけシンジと目線を合わせた。

 しかし、すぐに頭を下げて既定のポジションに戻っていった。

 どこか人を寄せ付けない雰囲気のある少女だった。

 シンジはしばらくレイの姿を見つめていた。

 見れば見るほど母親に似ていた。

 

「どうした、シンジ。さてはレイに一目ぼれしたな。ダメだぜ、抜け駆けはよう。レイはおれたちのアイドルなんだから」

「そうじゃないよ、ははは」

 

 シンジは笑ってごまかしたが、シンジがこれまで出会った女性の中で最も印象付けられる相手だった。



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第6話 シンクロテスト

 翌日、ミサトはシンジを迎えに行った。

 

「おはよう、シンジ君。昨日はよく眠れた?」

「あ、はい」

 

 言いながら、シンジは眠そうな顔をした。

 昨日は歓迎のパーティーで夜遅くまで出かけていたので、寮初日から徹夜をすることになっていた。

 

「眠そうね、大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

 

 ミサトはさっそくシンジがエヴァのメインパイロットに任命されたことを伝えるために話を始めた。

 

「シンジ君、エヴァンゲリオンって知ってる?」

「はい、聞いたことはあります」

 

 エヴァンゲリオンはマスコミにも何度も取り上げられているので、シンジも知っていた。

 

「いまネルフでは、エヴァンゲリオン初号機の起動実験に向けて話が進んでるんだけど、どう、シンジ君もエヴァンゲリオンに乗ってみたいと思わない?」

「思わないです」

 

 シンジは即答した。

 

「そんな即答しないでよ」

「僕にそんなことできるわけないじゃないですか」

 

 思った以上に、シンジはパイロットの世界に拒絶反応を示した。

 しかし、シンジがエヴァ初号機のメインパイロットということは決定事項だから伝えるしかない。

 

「あのさ、シンジ君、悪いんだけど……エヴァ初号機のメインパイロットがシンジ君に決定しちゃったみたいなの」

「え?」

「つまり、シンジ君がエヴァ初号機のパイロットなんだけど……」

「嫌です」

 

 シンジはさえぎるようにそう言った。

 

「なんですか、それは。僕、そんなのできませんから」

「まあまあ、落ち着いて。とりあえず座ってるだけでいいからさ」

「嫌です。なんでそんなこと勝手に決めるんですか?」

 

 シンジは本当に嫌がった。

 

「いや、私が決めたわけじゃないし」

「だいたい話が違うじゃないですか」

「ともかく!」

 

 ミサトは大きな声で遮った。

 

「決定事項だから。受け入れてね」

「そ、そんなの卑怯だ……」

 

 しかし、シンジがいくら拒絶しても、ネルフではシンジのシンクロテストに向けて準備が進んでいた。

 

 ネルフの軍事工場では、エヴァンゲリオン初号機の整備が進められていた。

 エヴァンゲリオンはネルフがテスラ・ライヒ研究所およびヨーロッパ軍事同盟の合同開発によって生み出された。

 最新鋭の技術が使われたと同時に、エヴァの所有を巡っては一悶着あった。

 

 米国は他国が軍事力を高めることに後ろ向きで、テスラ・ライヒ研究所はエヴァ開発に対して、「各国がエヴァンゲリオンを保有できる数は2機まで」と制限をかけていた。

 エヴァは核兵器より強力と言われており、同盟国同士であったとしてもその開発は危険視されるものだった。

 

 防衛省は限度までエヴァンゲリオンを保有する方針を打ち出し、エヴァ零号機を開発後、エヴァ初号機の開発を進めた。ドイツではエヴァ弐号機の開発が進められている。

 

 ミサトはシンジにエヴァ初号機を見せるためにシンジを軍事工場に連れて行った。

 工場に入るなり、大きな機械音が耳に入ってきた。

 

「シンジ君、こっちからよ」

 

 ミサトはシンジを2階に誘導した。

 エヴァの工場は100度を超える熱気にさらされている。

 そのため防護ガラスで覆われた外側から工場を見学することになる。

 防護ガラスの向こう側は騒音も遮断される。

 

 シンジは防護ガラス越しにエヴァ初号機に出会った。

 

「あれがエヴァ初号機よ」

「あれがエヴァ……」

 

 距離が離れているにも関わらず、エヴァ初号機は強い威圧感を放っていた。

 エヴァ初号機のパイロットを務めることの怖さを覚えると同時に、どこか誇らしさのようなものを感じた。

 

「ミサトさん、僕はいまからあれを操縦するんですか?」

「そうよ、あれがシンジ君の新しい世界」

「……」

「大丈夫。あなたならきっとできるわ」

 

 できるとは思わなかったが、シンジはできる限りやってみようと決心した。

 

 エヴァ初号機のシンクロテストに向けて科学者たちも最終調整に入っていた。

 ミサトは少し早めにシンジをリツコのところに連れて行った。

 

「リツコ、準備は進んでんの?」

「あら、早いわね。まだ2時間はかかるわよ」

「この怖そうなお姉さんは赤城リツコ博士よ。マジンガーからエヴァンゲリオンまで発明した危ないお姉さんだから気をつけてね」

「子供におかしなことを吹き込むのはやめてくれるかしら」

 

 リツコはミサトを制止してシンジと向かい合った。

 

「よろしく、碇シンジ君。赤城リツコです」

「よろしくお願いします」

「少し早いけど、シンクロテストの行程について説明するわね」

 

 エヴァンゲリオンが他のロボットと違うところは、人の神経をエヴァンゲリオンと接続して動かすということだ。

 この方法を取ることで、パイロットの意思の通りにエヴァを動かすことができるようになる。

 そうなると、非常に繊細な操縦が可能となり、単に弾道ミサイルを撃つことでは対応できないあらゆる任務に適応することができるようになる。

 

 しかし、誰しもが自由にエヴァンゲリオンを操ることができるわけではない。

 思ったとおりにエヴァンゲリオンを動かせるかどうかはシンクロ率で決まる。

 シンクロ率が100%であれば、エヴァを自分の手足のように動かすことができる。

 シンクロ率が50%だと、水の中に入ったような不自由さが生まれ、シンクロ率が10%以下になると、金縛りにあったようにエヴァは動かなくなる。

 

 エヴァンゲリオンの力を発揮するためには、高いシンクロ率が必要となる。

 このシンクロ率が高くなるパイロットが必要になるが、そのパイロットにシンジが選ばれた。

 選ばれたからには、シンジに高シンクロ率が期待できるということだろう。

 

 エヴァンゲリオン初号機の調整が最終段階に差し掛かったころ、シンジはパイロットスーツを身に着けた。

 マグマの高温、銃弾にも耐えることができるパイロットスーツであり、それを身に着けると嫌でも緊張感が高まった。

 

 シンジはエヴァ初号機の前にやってきた。

 見上げる先にはエヴァ初号機がそびえている。これを自分が操縦することになるなんて今でも信じられなかった。

 

「エントリープラグ解放」

 

 音声アナウンスに呼応して、エヴァ初号機の背中からプラグが出現した。

 

「今からエントリープラグへ案内します。こちらへどうぞ」

 

 シンジは案内員について、エレベーターに乗った。

 エレベーターはゆっくりと移動し、エントリープラグの前に到達した。

 エントリープラグには一台の椅子が設置しており、シンジはそこに座った。

 

「エントリープラグ注入します」

 

 エントリープラグのパッチが閉まると、あたりは真っ暗になった。エントリープラグはゆっくりとエヴァの体内に入っていった。

 しばらくすると、明かりが灯り周囲がよく見えるようになった。

 

「シンジ君、聞こえる? 聞こえたら応答して」

 

 ミサトの声がコクピットに響いた。

 

「聞こえます」

「オッケー、今からLCLを注入するわ。リツコが説明してくれたように、大きく息を吐いて、ゆっくりと息を吸う感じ。濃度はこっちで調整するけど、苦しかったら教えてね」

「はい」

「じゃあ、注入するわね。大きく息を吸って、落ち着いてゆっくり息を吐くのよ。LCLに満たされたらゆっくり息を吸ってね。一応、練習しときましょうか。やってみて」

 

 シンジは言われたとおり、大きく息を吐いてゆっくりと息を吐いた。

 そのころ、シンクロテストの話を聞きつけた甲児とボスもミサトのもとにやってきた。

 

「おっ、やってるな。シンジ、頑張れよー」

「しっかし、シンジにエヴァの操縦なんてできるのか? 俺様は不安だぜ」

 

 ボスは腕を組んで首を傾げた。

 

「私も正直不安だけど、上の命令だから」

「大丈夫だ。シンジなら絶対できるぜ」

 

 甲児はポジティブだった。

 

「LCL注入開始、LCL注入開始」

 

 アナウンスと共にエントリープラグの中に水が入ってきた。

 事前に言われてはいたが、シンジは狼狽した。

 



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第7話 シンクロ率99%

 LCLは一気に入ってきて、シンジは一瞬のうちに水中に満たされた。

 それでも落ち着いてゆっくり呼吸を取り戻した。

 

「シンジ君、大丈夫?」

「は、はい、大丈夫です」

「最初は違和感あると思うけど、すぐ慣れるわ」

 

 LCLは高温高圧に耐えるためになくてはならない。LCL内では、酸素を取り込むことができ、音波も正常に伝達するので、会話のやり取りをすることもできる。

 

「シンジ君、濃度調整するけど、どう、いまの状態で苦しい?」

「大丈夫だと思います」

 

 科学者たちはさまざまなデータを取っている。

 リツコは色々な数字をものすごい勢いでコンピュータに打ち込んでいった。

 

「次、神経接続か。ここが一番の問題ね」

 

 ミサトは手元の資料を見ながら頭をかいた。

 エヴァンゲリオンはパイロットと神経を接続して、パイロットの脳神経とエヴァンゲリオンの機能を同化させる。

 これには数々の副作用が心配されている。

 

 エヴァンゲリオンは金属であり、金属に人間の神経を同化させた場合、統計的に15%の確率で拒絶反応が出ることがわかっている。

 具体的には、嘔吐、頭痛、腹痛などである。

 また長期の神経接続による後遺症も心配されている。

 まだいくつかの課題を残したままエヴァンゲリオンは実戦配備されようとしている。

 

 この急ピッチな実戦配備には、上層部だけが知っている理由がある。

 まもなく訪れるとされている約束の刻を阻止するために、エヴァンゲリオンは必要不可欠だった。

 

 ミサトはひとまずシンジに神経接続の概要を説明した。

 

「シンジ君、今からシンジ君の神経をエヴァに同化させる神経回路接続作業に移るんだけど、いくつか説明することがあるからちゃんと聞いて」

「な、なにが起こるんですか?」

「そんなに不安に思わなくてもいいんだけど、要はね、シンジ君の神経には電子が絶えず移動していて、その信号をエヴァに送るってこと。そうすると、エヴァの体とシンジ君の脳が疑似的につながった状態になるの。電気的につながった形ね」

「はあ」

 

 よくわからないが、得体の知れないことが行われるようである。シンジは強い不安に駆り立てられた。

 

「シンジ君、あんまり不安がらないで。不安な気持ちは神経接続の副作用発生率を高めるという研究結果があるわ。笑って笑って」

「いきなり笑えないですよ」

「まあ、そうね。どうしようかしら」

「ここは俺様に任せろ」

 

 近くで実験を見守っていた甲児とボスが乱入してきた。

 

「あー、それがいいわ。あんたたちにシンジ君のリラックス係を任せるわ」

「よっしゃあ、気合入れてくぜ」

 

 ボスは右から左に持ちギャグを披露した。

 つまらないものばかりだったが、数をこなしているうちにそれなりに効果があったらしく、シンジの脳波が落ち着いた状態に移行していった。

 

「ぜーはーぜーはー、ど、どうだ?」

 

 ボスは体を張ったギャグ100連発で精神力を使い果たしてしまったらしい。

 

「すごいわ、ボス君。エンドルフィンの分泌量が推定4倍。さっすが、サポート業界の帝王」

「へへへ、帝王なんて言われると照れるじゃないのさ」

 

 ボスは誇らしく胸を張った。

 

 シンジの脳波が好転したところで、エヴァとシンジの神経接続が行われた。

 

「神経同化スタートします」

 

 神経接続が始まると、シンジの神経を漂う神経伝達部室はすべてエヴァの中に流れ込み、エヴァが持つ電気信号の一部がシンジの神経を通して脳に送り込まれていった。

 このとき、シンジは不思議な経験をした。

 

「シンジ、来たのね」

「母さん?」

 

 ふと、シンジはそうつぶやいた。

 幻聴だろうか、シンジはあたりを見渡した。たしかにいま母親に名前を呼ばれたような気がした。

 しかし、ミサトからも通信は入っていないし、気のせいだと考えた。

 

「神経完全に同化しました」

 

 科学者のマヤが伝えた。マヤは去年大学を卒業してネルフに入った若手の研究者で、リツコの部下としてエヴァプロジェクトに参加していた。

 

「シンジ君、どう? 気持ち悪いとか頭痛がするとかない?」

「はい、大丈夫です」

「ずいぶんすんなりいけたわね。相性がいいのかしら」

 

 エヴァとの神経接続では、パイロットが体の不調を訴えるケースが多い。

 しかし、シンジは何もなかった。まるで、エヴァと自分が完全に一致しているようであった。

 

「これならかなり高いシンクロ率が出るんじゃないかしら。リツコ、どう思う?」

「そうね、シンクロ率が30パーセント未満なら、何かしら症状が出るはずだから、少なくとも操縦可能ライン以上の数値は見込めそうね」

 

 この業界に詳しいリツコがそう言った。

 

「シンジ君、かなりいい結果が出そうよ、喜んで」

「そうなんですか?」

 

 シンジはただコクピットに座っているだけであり何もしていない。何もしていないから、褒められてもうれしくなかった。

 

「それじゃあ、シンジ君。今からシンクロテストを始めるから。テスト項目は全6項目。順番にやるから」

「はい」

 

 エヴァとのシンクロ率が高いほど、エヴァの感じたことをパイロットも感じることができる。

 この精度をテストするのがシンクロテストになる。

 最も簡単なテストが「物を握る」というもの。

 エヴァの手で400キロの重りを握りしめ持ち上げる。

 

 一見簡単に見えるが、強い力で物を握りしめる動作はかなり高いシンクロ率が求められる。

 

「シンジ君、目の前に重りが用意されたのが見える?」

「はい、黒いやつのことですよね?」

 

 シンジの視覚はいまエヴァと同化している。視神経の働きは良好だった。

 

「それね400キロあるんだけど、右手で握って持ち上げてみて」

「400キロですか」

「エヴァは象を持ち上げることができるぐらい力持ちよ。シンジ君はいまそんな力持ちを自在に操ることができるわけ」

 

 そう言われると誇らしい気持ちになった。

 

 シンジは言われたとおり、目の前の重りに手を伸ばした。

 

「こうかな」

 

 シンジが手を伸ばすとエヴァもまた呼応して手を伸ばした。

 

「すごい。自分の動かしたとおりに動いた」

「いま神経がつながってるから」

「なるほど、でも歩くにはどうすればいいんですか?」

「想像すればできるわ。でもいまはまだダメよ」

 

 エヴァの前身は器具で固定されていて、いまは動くことができない。

 

 シンジは目の前の重りを握りしめて持ち上げた。

 ミサトの話では400キロもあるという。しかし、コップを手に取るように楽々と持ち上げることができた。

 

「お、すげえ。動いたぜ」

 

 甲児はその様子を見て驚嘆の声をあげた。

 

「ミサトさん、シンジのやつ器用に動かすじゃないか。この前のやつは手が震えてまともに握ることもできなかったのに」

「そうねえ、これはかなりの精度かも。リツコ、どう?」

「驚きの数字」

 

 リツコも機械がはじき出したシンクロ率に驚いていた。

 

「何パーセント?」

「99%以上。ほぼ完全に初号機と同化しているわ。こんなシンクロ率は初めて」

 

 シンジは驚異的なシンクロ率を打ち出していた。

 



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9話 不穏な足音

 その日の夜、ゲンドウはネルフのスタッフからシンクロテストの結果の報告を受けた。

 本来なら自分の息子の重要なテストということで視察に出てもいいところだったが、ゲンドウは自分の仕事を優先していた。

 

「本日予定されていたシンクロテストは無事に終了しました」

「そうか」

「こちらがシンクロテストの結果になります」

 

 ゲンドウは机の上に置かれた書類のあらゆる数値に目を通した。

 

「シンクロ率は99.78%という驚異的な数字が出ました」

「そうか」

 

 ゲンドウは嬉しそうにすることもなく書類を脇にどけた。

 

「ご苦労」

「失礼します」

 

 スタッフは一礼すると部屋を後にした。

 ちょうどスタッフと入れ違う形で冬月がゲンドウのもとにやってきた。

 

「相変わらず左派の情熱はすごいものだ。対応に難儀したよ」

 

 冬月はそう言うと、疲れた様子で客席用のソファーに腰かけた。

 冬月は先ほどまで、ネルフの今後の方針についての取材を受けており、特に左翼思想の記者からいやらしい質問への対応に苦労していた。

 

「碇、テストの結果はどうだったのかね?」

「予定通りだ」

「そうか」

 

 冬月はゲンドウの相変わらずの人間味の無さに少し辟易した。

 

「だが、碇。テストの結果が良好でも実戦となると予定通りに行くものではないぞ。本当に大丈夫なのかね?」

「心配は無用だ」

「相手は使徒だ。お前の息子だけでなく、我々にとっても未知の戦いになる。そんな中でパイロットを任されるとなると相当なプレッシャーだぞ」

「座っていればいいさ。それ以上は望まん」

 

 ゲンドウは無表情で淡々と答えた。

 

「約束の刻まであと二日か。月日が経過するのは早いものだな」

 

 冬月は壁に備え付けられているカレンダーに目を通した。月日はまもなく4月を迎えようとしていた。

 

 ◇◇◇

 

 シンクロテストの結果を受けて、科学者たちは徹夜の仕事に追われていた。

 シンジの作戦指揮を担当することになったミサトも仕事に追われていた。

 

「エヴァを用いた任務を遂行する場合、パイロットが常に平常心を保てることが大切になります。特にパイロットがパニック状態に陥ったときの対応が重要になります」

「脳波は随時記録してくれるのよね。その都度適切に対応するわ」

 

 ミサトは実戦に向けての指揮を実行するため、エヴァのシステムについて科学者たちから情報を享受した。

 ミサトが通信でシンジに指示を送るのだが、シンジが動揺したりパニック状態になったときでも、適切な助言を行うことが要求される。

 しかし、これらはどちらかと言うと、技術的な要素というより、平素におけるパイロットとの信頼関係が求められる。

 

 普段からパイロットがミサトを信頼しているかどうかによって、ミサトの言葉の重みも変わってくる。

 ミサトは一年戦争でも甲児らの作戦指揮を担当していたが、何より平素からのパイロットとの信頼関係が最も大きな力を発揮した。

 優れた人工知能には決してできない「人間の言葉」こそが、本当に追い詰められたパイロットを助ける。

 

 一年戦争では、甲児も何度も死線を潜り抜けている。その背景には、ミサトの力があった。

 しかし、シンジとはまだうまく打ち解けるまでに至っていない。シンジは人を拒絶するところがあり、ミサトはまだシンジの心を完全につかみ切れずにいた。

 

 ミサトは一通り、エヴァシステムの科学的な部分を確認すると、つかの間の休憩のために、リツコの仕事場を訪れた。

 

「相変わらずまったりした仕事場ねぇ」

 

 ミサトはリツコの仕事場に入るなり、なごんだ空気を感じた。

 実際、リツコの仕事場には4人の科学者が仕事をしているが、みなリラックスした様子で仕事をしていた。

 

「あら、相変わらず疲れた顔をしているわね」

 

 リツコはキーボードから手を離してミサトのために椅子を引いてやった。

 

「数字とアルファベットばかり頭に叩き込んだからパンクしそう」

 

 ミサトは椅子にもたれかかった。ひどく疲れている様子だった。

 

「ミサトに残念な知らせが1つあるんだけど聞く?」

 

 リツコはそう言うと、1枚の書類をひらめかせた。

 

「なに? 追加の仕事なら聞きたくないんだけど」

「愛しの彼に会えなくなったみたいよ」

 

 リツコはミサトに1枚の書類を渡した。

 その書類には、マジンガーZを引き続き、ネルフに配備することを決定したという通知だった。

 マジンガーZを緊張状態の続く欧州に派遣する議論が平行線だったのだが、このたび正式に、ドイツ軍ではなく日本防衛省がマジンガーZを管理することに決まった。

 

「わー、残念。しばらくドイツには行けそうにないわねー」

 

 ミサトは嬉しそうに言った。

 

「加治君からラブレターが届いているみたいだけど、こっちはどうする?」

「あー、それは溶接炉にでもぶち込んどいて」

「こっちは元気に楽しくやっているよ。そっちはどうだい? だって」

「あーそう。こっちも超超超ハッピーにやってるってメール出しといて」

「愛してるってメールを出しといてあげるわ」

「コラ」

 

 ミサトは制止した。

 

「あいつのことはどうでもいいけど、ドイツのほうはどうなってんの?」

「陸軍も撤退を決めたようだし、平和になりつつあるみたいね」

「それは何より。戦争は二度とごめんだわ」

 

 ミサトはあくびをした。

 

 一年戦争後、人類は世界平和に向けて歩み始めていた。

 しかし、その背後には、混沌の足音が近づきつつあった。



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10話 初号機起動!

 翌日、シンクロテストに続いて、エヴァ初号機の起動実験が行われることになった。

 エヴァンゲリオンが初めて地上に出ることになる。

 

 エヴァの起動実験を報道するために、マスコミ各社がネルフに集結した。

 エヴァを「日本の防衛力の要」として評価する者もあれば、「日本を再び軍事大国に仕立て上げようとする悪魔」と厳しい意見を報道する者もいた。

 日本はどちらかというと、左翼思想が支配しており、エヴァに対してはネガティブな情報が新聞の一面を飾っている。

 とはいえ、パイロットのシンジにしてみると、そんな意見は関係ない。ただただネルフの決定に従う身であり、好き好んでエヴァのパイロットになったわけではない。

 

「特に意識せずリラックスしてればいいわよ」

 

 ミサトはそのようにアドバイスして、シンジをエヴァ初号機のパイロットプラグに送り込んだ。

 シンジは昨日に続いてエヴァンゲリオン初号機のコクピットに座った。

 

「やっぱり懐かしい感じがする。どうしてだろ」

 

 ここに座るのは二度目と言うことで、シンジも落ち着いていた。それだけに昨日よりもずっと強く既視感を覚えた。

 しばらくすると、ミサトから通信が入った。

 

「シンジ君、聞こえる?」

「はい」

「今後、通信を通して指示を送ることになるから、よろしくね」

 

 ミサトにとっても、エヴァ初号機とやり取りをするのはこれが初めてとなる。

 ミサトは段取りを確認しながら、シンジに指示を送った。

 

「昨日と同じようにLCLを注入するけど、気を付ける点は覚えてるかな?」

「えっと、たしか深呼吸をしてゆっくり呼吸する感じでしたっけ」

「偉い偉い、そのイメージでね。それじゃあ、LCL注入に入るから、大きく深呼吸して」

 

 シンジは大きく息を吸ってゆっくりと息を吐きだした。

 昨日のシンクロテストの時と同様に、LCLがプラグの中に入ってきた。二度目なので、シンジも落ち着いて迎え入れることができた。

 LCLに満たされると、シンジはゆっくりと息を吸い込んだ。

 

「シンジ君、呼吸は大丈夫?」

「はい」

「息苦しいとかあれば濃度の調整するけど」

「大丈夫です」

 

 続いて、エヴァ初号機とシンジの神経を接続する工程に入った。

 神経接続は何度やっても緊張の一瞬であり、科学者たちにとっても緊張する場面だった。

 ミスがあれば、パイロットが絶命する可能性もある。

 

 実際に、ネルフが善組織ゲヒルンだった時代、エヴァの起動実験中にパイロットが亡くなるという事故が起こっている。

 

 しかし、シンジとエヴァ初号機の相性は良いらしく、昨日に続いて今日もスムーズに神経接続に成功した。

 

「シンクロ率99%。昨日のデータは偶然ではなさそうです」

 

 リツコの部下のマヤがシンクロ率を報告した。

 このような高いシンクロ率が出ることは、ネルフがエヴァンゲリオンの実験を初めてから一度もないことだった。

 

 神経接続が終わったということで、いよいよエヴァンゲリオン初号機の初舞台となる。

 予定では午前10時30分の起動だったが、予定よりも30分以上早く準備ができた。

 いつでも起動できるのだが、今回の起動実験には、テレビ局もやってきており、番組の都合上しばらく待機させられることになった。

 

「ったく、こっちはテレビ番組のためにやってるんじゃないってのに」

 

 ミサトは毒づいた。

 

「仕方ないわね。マスコミはお偉いさんたちの天下り先筆頭だから、邪険には扱えないのよ」

 

 リツコが言った。

 事実、マスコミ傘下に天下りしている防衛省幹部は少なくない。また、彼らのドラ息子らもそのコネで良いポストについている。

 こうした利権がある以上、現場はマスコミの都合に合わせなければならなかった。

 

「シンジ君、ごめんね。もうしばらく待機と言われてるから、そのまま待ってて」

「はい」

 

 シンジからすると、何もせず座っているだけのほうが気が楽だった。

 

「しばらく時間あるから、いくつかエヴァの操縦方法について説明するわね」

 

 ミサトは分厚いマニュアルをめくりながらしゃべった。ミサトにとっても、エヴァは初めてでありまだ勉強中だった。

 指揮官は機体の特性について熟知している必要がある。当然、機体ごとにその特性は異なる。

 ザクからマジンガーに至るまで種類ごとに分厚いマニュアルが存在しており、ミサトはほぼすべてのマニュアルを丸暗記するほどに読み込んでいた。

 今回用意されたエヴァ初号機のマニュアルも250ページに及ぶ。ミサトはそれらすべてを頭に叩き込む必要があった。

 それにプラスして、実践で得た経験もマニュアルに書き込まれることになるから、ミサトが扱う情報量は膨大なものだった。

 しかし、ミサトはそれらを完ぺきにこなしていた。

 

「基本的にエヴァンゲリオンはデジタル上の処理は何もないわ。感覚に身を任せればオッケーよ」

 

 エヴァの特徴はパイロットの感覚で動かすことができる点にある。

 シンジがシミュレーションでガンダムmk-Ⅱを操縦したときみたいに、モードを選択したり、操縦桿で速度を調整したりしなくても、自分の体のように歩いたり止まったりできる。

 それでもいくつか心得なければならないことがある。

 

「まず、エヴァンゲリオンはシンジ君の感覚よりも少し遅れて動くわ。遅れてと言っても0コンマ何秒だけど、そのわずかなズレを意識してね」

「はい」

「あとはエヴァが聞く音の約600分の1がシンジ君の耳にも届くんだけど、Hzの高い音になるとだいぶ脳に響くと思うの。煩わしいときはこっちでその調整ができるから言ってね」

「はい」

「それから……武装の説明はまだいいかしらね。戦争に出るわけじゃないんだし」

 

 ミサトはエヴァが装備している武器の欄を飛ばした。そのページ数だけで100ページほどあった。

 

「後は暴走した場合の対処。これが一番大切だと思うから良く聞いてね」

「暴走ですか?」

「うん、神経でやり取りするんだけど、エヴァが過剰なアドレナリンを察知すると、シンジ君の意図に反した動きをすることがあるの。シンジ君も人前に出て緊張した経験とかあるでしょ。そしたら、自分の意思に反して手が震えたりするじゃない。エヴァでもそういうことが起こる場合があるってわけ」

「なるほど」

「その場合は神経接続のパーセンテージをこっち側でカットして調整するから、自分の意思に反してエヴァが動いちゃうときはその都度こっちに伝えてほしいの」

「わかりました」

「過去の研究の事例だと、いきなり自分の首を絞め始めたとかそういうのもあるらしいわ」

「ほ、ほんとですか?」

「まあ、神経障害や精神障害を持っているパイロットに対する実験だからシンジ君の場合は大丈夫よ」

 

 エヴァに乗り込む前、シンジは健康診断を受けており、神経障害や精神障害の兆候はないと判断されていた。

 

「起動実験オッケー出ました。初めてください」

 

 伝令が準備オッケーを伝えた。

 

「シンジ君、いよいよよ。リラックスしてね」

「はい」

「それでは起動カウントダウンに入ります。5、4、3、2、1……」

 

 マヤがカウントを読み上げた。

 ミサトはちょうどいいタイミングでリフトを管理するエンジニアにリフトアップを伝えた。

 

「オッケー、エヴァ初号機リフトアップ」

「リフトアップします」

 

 エヴァンゲリオンを乗せたリフトは勢いよく上昇した。

 シンジはエレベーターが上昇するときの感覚を覚えた。やがて目の前が真っ暗になり、すぐに地上の景色が現れた。

 

 エヴァンゲリオン初号機はネルフの地下施設から地上に姿を現した。

 マスコミたちは声をあげて、一斉にカメラのシャッターを押した。

 

「あれがエヴァ初号機か」

「あとでパイロットにインタビューしたいんだけどできます?」

「パイロットへの接近はご遠慮ください」

 

 マスコミたちを管理しているスタッフはそのように伝えた。

 シンジがメインパイロットであることは伏せられている。当然、インタビューは許されていない。

 とはいえ、ゴキブリのようにしぶといのがマスコミであり、すでに碇シンジがパイロットであることをかぎつけているテレビ局もあった。

 

「パイロットな、碇ゲンドウの息子だよ。あとで独占インタビューを決めてやる」

 

 マスコミたちも出世のために必死だった。

 

 地上に出てきたエヴァ初号機はしばらく突っ立っていた。

 シンジは基本的に指示があるまでは動かない。ミサトからの指示を待ち続けていた。

 

 そのころ、ミサトはマスコミの要求が書かれた書類に目を通していた。

 

「歩く姿の撮影、走るところ、跳ぶところ、東京タワーをバックに撮影したいって。あのね、うちはモデル事務所じゃないのよ」

 

 ミサトは思わず書類をくしゃくしゃに丸めそうになった。

 

「いいんじゃないの、平和な要求で。マスコミの本音は初号機が暴走してネルフ本部が壊滅するシーンを撮影したいってはずだから」

 

 リツコはそう言って笑った。そうなれば、視聴率が3倍に跳ね上がることだろう。

 

「他人の不幸が蜜の味って商売か。ほんとに嫌な連中だわ」

 

 ミサトもマスコミを嫌っていた。一年戦争時代から、マスコミは現場の苦労も知らないでいい加減なことを書いていた。

 

「シンジ君、聞こえる? とりあえずこれから歩いてほしいんだけど。目の前にクレーンが見えるでしょ。その右手をゆっくりと歩いてみて」

「クレーン……あれか」

 

 ネルフ本部は広い。いまエヴァ初号機が立っている場所は鋼鉄の地面の上である。

 ここは滑走路になっているほか、地上ロボットの移動経路にもなっている。

 

「歩きます」

 

 シンジは歩くところをイメージした。

 すると、エヴァの右足が上がり、前に一歩繰り出した。

 要領を掴むのは難しくなかった。エヴァ初号機は安定して前に進んだ。

 

 そのころ、甲児はボスを連れて、エヴァの近くにやってきていた。

 

「おっ、動いたぜ」

「ほお、なかなか厳めしい姿をしてるじゃないのさ。ボロットも負けてらんねえな。ところでエヴァは空は飛ばねえのか?」

「地上任務用ロボットという名目だからな。空は飛ばねえだろ」

「それならば、ゆくゆくはボロットの子分として後ろを連れて歩きてえな。がっはっは」

 

 ボスは腕を組んで声をあげて笑った。

 

 しばらく歩いたところで、初号機は停止した。

 

「上出来よ、シンジ君。もう歩く感覚はマスターした感じ?」

「たぶんいけると思います」

「そしたら次。アンビリカルケーブルについても説明しとくか」

 

 ミサトはエヴァンゲリオンのシステムの中でも重要な部分のマニュアルを開いた。

 

「シンジ君、エヴァがケーブルにつながれてるのが見えると思うんだけど、そのケーブルを通してエヴァにエネルギーを供給してるの。ざっと長さが5キロ範囲。レーダー下にケーブルからどれぐらい離れてるか示されていると思うけど、数値が4200を超えたら赤くなるようにできてるから注意してね」

「わかりました」

 

 エヴァンゲリオンは地上において、緻密な任務をこなすために造られたものであり、モビルアーマーのように敵地に飛んで行って空襲を仕掛けるような状況は想定されていない。

 それゆえ、エネルギーは完全にネルフ本部に依存している。

 

「初号機には一応エネルギーを溜めて置けるバッテリータンクが積まれてるけど、もしケーブルが切れたら、せいぜい5分で底を尽きるわ。万が一切れてしまったら徹底して省エネ。で、再接続できる距離まで戻ってくる必要があるの」

「わかりました」

「それじゃあ、次行くわね」

 

 その後、初号機はマスコミの注文通り飛んだり跳ねたりして、その光景が生中継のテレビに流れた。

 その中継をゲンドウと冬月はモニターで見ていた。

 二人が注目しているのは、初号機が無事動いているかどうか。それだけだった。それさえ達成していれば問題なかった。

 

「碇、無事起動に成功したようだな」

「ああ。これで我々はいくばくかの未来を手に入れることができた」

「いくばくか、か……」

 

 冬月は神妙な顔をした。

 死海文書に刻まれた終焉は人類の滅亡。

 それを阻止することができるかは誰にもわからなかった。

 

「いよいよ明日か。明日の試練を越えることができなければ、我々の歴史は終わりを告げてしまう。我々が本当に未来を得ることができるかは明日にかかっている」

「人類の歴史など取るに足らないものだよ」

 

 ゲンドウはいつもの調子で静かにそう言った。



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11話 戦いの前夜

 エヴァの起動実験成功の夜、シンジはベランダに出て星空を眺めていた。

 夜空に自分の右手をかざしてみた。

 

「こんな僕がエヴァを動かしていたなんて信じられない」

 

 少し前まで冴えない中学生だった。それが今ではエヴァンゲリオンを操縦している。

 自分を自分として認識することができなかった。

 

 本当に自分は自分なのか?

 

 そんなことを思いながらも、誇らしい気持ちもあった。

 シンジも男の子だったから、エヴァの操縦席に座ったという経験はとても刺激的だった。

 

 不安もあったが、この世界でやっていけるような気もした。シンジは珍しく口元を緩めた。

 

「あっ」

 

 シンジはそのとき、視界にある者の存在を捉えた。

 シンジが見下ろした先には、寮の中庭がある。そこに誰かの姿があった。

 

 月明かりがその者の姿を映し出した。

 

「綾波さん……」

 

 シンジは中庭にいるのが綾波レイであることを確信した。

 

 レイはシンジにとって最も印象に残っている人物だった。

 ろくに話したことはない。けれど、シンジの心に強く焼き付いている人物だった。

 

 シンジは積極的に人と関わる性格ではない。しかし、シンジは気が付くと、部屋を出て中庭に降りてきていた。

 自分から人に話しかけるなんて、ここ何年も経験したことがなかった。

 それでも、シンジは声をかける勇気を持つことができた。

 

「あの」

 

 シンジは少し距離をあけたところから声をかけた。

 レイはすぐに反応して、赤い眼光を放つ瞳をシンジのほうに向けた。

 

 

「えっと、その……」

 

 いざ、声をかけたはいいがその先の言葉が思いつかない。シンジは声を詰まらせた。

 

「あの、綾波さんもエヴァの操縦をしているんだよね?」

 

 レイはエヴァ零号機のパイロットをしている。そのことはシンジも知っていた。

 

「綾波さんはどうしてエヴァの操縦を?」

「……」

 

 レイはシンジの質問に一言も反応しなかった。

 無口な性格で、人とあまり関わらないということはわかっていたが、このように徹底した無言だとシンジも困ってしまった。

 

「エヴァってなんか不思議だよね? なんていうか、あんまりロボットっていう感じがしないというか、操縦席に座っていても、なんだか人の中に包まれているような感じがして……」

 

 シンジは頑張って言葉を紡いだが、それ以上の言葉が見つからなくなった。

 これ以上の会話の継続は難しいということで、この場から立ち去りたかったが、いきなり立ち去るのも気が引けた。

 二人は無言のフィールドの中にしばらく閉じ込められていた。

 

「エヴァは人だもの」

「え?」

 

 突然、レイは言葉を紡いだ。感情のまったくこもっていない声だった。

 

「人? それはどういうこと?」

「……」

 

 レイはそれ以上はしゃべらなかった。シンジに背中を向けると、そのままお供立てずに闇の中に消えていった。

 シンジは幻でも見ていたかのように、しばらくその場に立ち止まっていた。

 

 

 そのころ、ミサトは残業に勤しんでいた。

 エヴァ初号機を指揮していかなければならないということで、新しく覚えなければならないことが膨大だった。

 

 エヴァ特有の特性が多くあり、これまでに学んできた方法が適用できないことも多く、ミサトはマニュアルをめくるたびに頭を抱えた。

 武器の射程や特性が独特であり、下手すると、マジンガーZの武装より扱いが難しいと言えた。

 しかし、自分の指示1つでパイロットの生き死にがかかる。

 適当に扱うことはできなかった。

 

 ミサトが一人で頭を抱えていると、リツコがやってきた。

 リツコはようやく仕事を終えたようで私服姿になっていた。

 

「まだ根を詰めているの? パンクするわよ」

「あいにく、暗記物は学生時代から滅法強いんで」

 

 ミサトはそう言いながらマニュアルのページをめくった。

 ミサトは大学時代にドイツ語、英語、フランス語、ロシア語と4か国語を完ぺきにマスターしていた。

 

「しっかし、ややっこいわよ。特にアンビリカルケーブルの扱いがやばいわ。切断時の対応、再充填の作業が長すぎ」

「まあ、お上の人たちは現場のことは考えずにシステムを作るから。でも、可能な限り、簡素化したつもりなんだけどね」

 

 リツコは差し入れをミサトに渡した。

 

「そっちは明日休みなの?」

 

 ミサトはさっそく差し入れのハンバーガーを齧った。

 

「いいえ、明日は早朝からマジンガーの起動実験が入ったわ」

「マジンガーの? なんで?」

「さあ、それは私もよくわからないわ」

 

 マジンガーの起動実験は、防衛相からの強い命令だった。

 

「エヴァに続いてマジンガーって、ずいぶんと過密日程じゃないの。まるで戦争でも始まるみたいな急ピッチだわ」

「そうね。戦争でも始めるつもりなのかしら」

 

 リツコは冗談でそう言ったが、あながち間違っていなかった。明日は知る人ぞ知る重要な日である。

 しかし、そのことは下の者には知らされていなかった。

 

「で、マジンガーはいいとして、ボロットはどうするの? 廃棄処分が検討されてるって聞いてたけど、ボス君が残してほしいと懇願してるのよね」

「しばらく補給機として活用するみたいね」

「でも、日本は専守防衛に徹するんでじょ。補給機なんて役に立たないと思うんだけど」

「そうねえ。でも、防衛省から強い要請があったのよ」

「ふーん。まったく日本政府は何を考えてんだかわからないわね」

 

 ミサトは他人事のように言ってハンバーガーをたいらげた。



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12話 第一使徒サキエル

 翌日、予定通り、早朝からマジンガーZの起動実験が行われた。

 マジンガー自体は何度も起動しているので、特に難しいことではない。

 

 甲児も久しぶりのマジンガー実機のコックピットということで気合が入っていた。

 

 シンジはボスと一緒にマジンガーが飛び立つのを見るために、ネルフの展望台に来ていた。

 マジンガーはスクランダージェット発進するために、うつぶせの状態で待機していた。

 

「あそこにでっかいトンネルがあるだろ。あそこから出てくるのさ」

 

 ボスがシンジにマジンガーの発射台の様子を教えた。

 

「すごいですね」

 

 シンジは大きなトンネルを見下ろして感嘆の声を上げた。これまで、そういうこととは無縁の生活をしてきたから、マジンガーなんてテレビ画面でしか見たことがなかった。

 

「だがな、マジンガーなんてしょせんハリボテ。おれのボロットに比べればミジンコみたいなものだわさ」

「はあ」

「いつか、シンジにも俺様の雄姿を見せてやるわさ。一年戦争んときは、俺様のおかげで勝ったみてえなものだからな」

 

 ボスはそう言って胸を張った。

 

「今のうちにボロットのエヴァの合体攻撃を考えておこうぜ。お前もいずれ実戦で戦うことになるんだ。俺様のボロットパンチに合わせて、おりゃーってな」

 

 ボスはボロットパンチを再現するように拳を振るってみせた。

 しかし、シンジはこのまま戦争もなく平和な日が続くことを望んでいた。

 戦争なんて戦える気がしなかったから。

 

「ところでシンジ。俺様がパイロットの心得というものを教えてやるわさ」

「パイロットの心得ですか?」

「そうだわさ。パイロットってのはハートが肝心よ。熱いハートがロボットを動かすんだわさ」

 

 ボスはそのように力説した。根性論だったが、エヴァの場合はそういう側面があると言えた。

 

「どんなピンチの時でも熱いハートを燃やしていけ。どんな時にも弱気になっちゃダメダメだ」

「熱いハートか。なんだか、僕の正反対な感じ」

「そんなことはねえ。男なら誰だって熱いハートを持ってるもんだ。呼び覚ませ、熱いハート」

 

 ボスは大きなリアクションで力説した。

 シンジは苦笑して答えた。

 しかし、甲児にせよ、ボスにせよとても明るい性格で、そのおかげもあって、シンジはネルフの中で孤立することもなく過ごせていた。

 

「よし、いっちょやってみろ。いいか、こうだ。ボロットパーンチ!」

「えっと」

「俺様の真似をしてみろ。こうだ。ボロットパーンチ!」

 

 ボスは拳を振るった。

 

「え、えっと、ぼ、ぼろっとぱ、ぱんち」

 

 シンジはぎこちなくやってみせた。

 

「ダメだダメだ。ハートが足りねえ。こうだ、こう。ボロットパーンチ」

「ぼ、ボロットパーンチ!」

「もっと気合を込めて、ボロットパーンチ!」

「ボロットパーンチ!」

 

 バカみたいなことをしているうちに、マジンガーZのジェットスクランダーが起動して、マジンガーZがトンネルから飛び出してきた。

 

 甲児は力強く操縦桿を引っ張った。

 

「やっぱいいね、実機の操縦桿は。独特の重みがシミュレーションとは違う」

 

 甲児は操縦桿に良い手ごたえを感じていた。

 実戦がなければ、日ごろの訓練はシミュレーションを使うことが多い。

 実機とシミュレーションではやはり大きな違いがあった。

 

 マジンガーは上空で何度も宙返りした。

 そのテクニックは超一流だった。

 シンジはその光景を見て強く感心した。

 

「すごい。あんなふうに動けるなんて」

 

 シンジはシミュレーションでガンダムMK-Ⅱの操縦経験があったから、マジンガーの動きの1つ1つがいかにすごいかよく理解できた。

 

「どれだけ訓練したらあんなに動けるようになるんだろう」

「まあ、あいつも最初は何度も墜落するへぼったれだったぜ」

「そうなんですね」

 

 甲児のような、一年戦争の立役者でも苦戦する。そう思うと、シンジも少し安心できた。

 

「まあ、俺様のボロットは最初から完ぺきに動けたけどな。えっへん」

 

 ボスは誇らしく胸を張った。

 

 マジンガーの起動実験は、ゲンドウと冬月も現地で視察していた。

 冬月は問題なくマジンガーが動けているのを見てうなずいた。

 

「ひとまず、お前の息子がダメでも使徒殲滅の目途は立ちそうだな」

 

 冬月がそう言うと、ゲンドウもうなずいた。

 

「あとは使徒の出現を待つだけか。死海文書にはどこにどのようにして現れるのかは記されていない。一応、日本の領海、領空、領土すべてにセンサーを張り巡らせているが、検知できるかどうか」

「ここに来る以上は我々の目の前に必ず現れるだろう」

 

 ゲンドウは空を舞うマジンガーを見つめたままそう言った。

 

 ゲンドウのその言葉は当たっていた。

 第一の使徒は人々の目の前に現れることになった。

 

 ◇◇◇

 

 東京北部に設置されていたレーダーが識別コードレッドの謎のエネルギーを検知した。

 

「高エネルギー反応を確認。エリア19です」

 

 ずっとエリアをモニターしていた管制センターのスタッフがそう告げた。

 

「中央モニターに映し出します」

 

 高エネルギー反応があったあたりの映像が中央モニターに映し出された。

 スタッフの目が一斉にモニターのほうに移った。

 

「あれは?」

「なんだあのロボットは? 見たこともないぞ」

「ロシアの兵器か? しかし、突然東京に現れるなんて、まるでネルガル重工のボソンエンジンのようではないか」

 

 多くの者が突然現れた謎の巨大兵器に驚きをあらわにした。

 

「ともかく防衛省に連絡」

「はっ」

 

 謎の巨大兵器が出現したことはすぐに防衛省および、ネルフ本部に伝えられた。

 

 ゲンドウの耳にもすぐにそのことが知らされた。

 

「そうか、わかった」

 

 ゲンドウは報告を受けると、口元を緩めた。

 

「碇、ついに使徒が現れたのか?」

「ああ、ようやく時計の針が進み始めたようだ」

 

 ゲンドウは冬月の質問にそう答えると、どこか嬉しそうな表情を漂わせた。

 

 東京に現れた謎の兵器は出現すると同時にゆっくりと進み始めた。

 障害物に目もくれず、ビルにぶつかっても、そのビルを破壊し、前に進んだ。

 その兵器は瞳から熱エネルギーを放射した。すると、前方で大爆発が起き、3度の爆撃で40階の巨大ビルが消し飛んだ。とてつもない破壊力だった。

 爆風に巻き込まれ、数百人の民間人が犠牲になった。

 

 すぐさま緊急事態宣言が出され、都民は悲鳴を上げるように、謎の兵器から遠ざかった。

 不幸中の幸い、現れた兵器は人を狙わなかった。その兵器は何かに引き寄せられるようにある方向に歩みを進めるだけだった。

 進行方向が一定だったので、防衛省も避難命令が出しやすかった。というよりも、防衛相の要人はその兵器がどこに向かっているのかすでにわかっていた。

 

 防衛省事務次官はゲンドウに連絡を入れた。

 

「碇君、予定の通り、使徒は出現した。ならばこちらから命じることはただ1つだ。君の仕事は使徒を殲滅すること」

「ええ、わかっています」

「確実に使徒を殲滅する必要がある。君なら間違いなく使徒を倒すことができるのだね?」

「もちろん。そのためのネルフです」

 

 ゲンドウはそう言うと、早歩きにネルフ本部にやってきた。

 そのころ、ネルフにも使徒出現の報が届いていた。

 

 マジンガーZの起動実験に立ち会っていたミサトのもとにも使徒出現の報が届いた。

 

「え、使徒?」

「はい。東京に謎の侵略者が現れました。防衛省は対象を第一使徒と命名したそうです」

「どこからの侵略? ロシア? 中国?」

 

 ミサトは駆け足で展望台を下り始めた。

 

「不明です」

「不明ってどういうこと? いきなり瞬間移動してきたわけじゃあるまいし」

「実はその通りなのです。突然、東京都エリア19に現れたようなのです」

「まるでSFみたいな話ね。わかったわ、こっちは何をすればいい?」

「本部にて、碇司令の指令に従ってください」

「了解」

 

 ミサトが本部にやってくると、すでに科学者たちが使徒の追跡調査に乗り出していた。

 無人探査機が20機スクランブル発進して、使徒を捉えた。

 その映像が中央モニターに映し出されていたので、ミサトはすぐに使徒の姿を視界に収めた。

 

「あれが使徒? ずいぶん物好きなデザインじゃないの」

 

 ミサトはそう言いながら、リツコのところに駆け寄った。

 

「あのキツツキみたいなのは何?」

「いま調べているところよ。装甲はどうもエヴァに酷似してみるみたいね」

 

 リツコは高速でキーボードをタイピングしながらそう言った。

 

「エヴァ計画に関わってたのは日本、アメリカ、EU。身内が送りつけてきたってこと?」

「どうかしら。狙いはわからないけど、まっすぐこっちに向かっているのは間違いないみたいね」

 

 そのとき、ゲンドウと冬月も現場にやってきた。

 ゲンドウは司令席に着席すると、マイクをオンにした。

 

「葛城三佐」

「はい」

 

 ミサトは敬礼して答えた。

 

「モニターに映る「第一使徒」殲滅を君に任せる。できるかね?」

「わかりました」

 

 一年戦争の実績が買われて、ミサトはマジンガーやエヴァを指揮する立場にある。今回の使徒殲滅という重大任務はミサトに任されることになった。

 責任重大だが、任されたからにはやるしかない。

 

 使徒という謎の敵と戦うためには準備が必要だ。

 

「軍事法第4条2項の適応をお願いします」

 

 ミサトはゲンドウにそう申し出た。

 

「許可しよう。存分にやりたまえ」

「ありがとうございます」

 

 ミサトが適応を訴えた軍事法第4条2項は次のように書かれている。

 

「防衛省によって任命された指揮官が軍事任務を行うに際し、それに必要な資金や装備ならびに人員を確保する場合、その権限は現場の指揮官の判断が優先される。また、緊急事態であるならば、それらの判断は国会の承認を得る必要がないものとする」

 

 軍事行動は、すべて国会の承認を必要とするが、2項が適応されると、国会の承認を待たずに、あらゆる兵器を使用することができるようになる。

 ゲンドウが2項の適応を許可したので、ミサトは配下にあるすべての兵器や資金、人員を使用することが可能になった。

 

 ミサトの配下には主に以下のものがある。

 

 資金約4兆5000億円。

 マジンガーZ

 エヴァンゲリオン初号機

 エヴァンゲリオン零号機

 ボスボロット

 ゲルググ 6機

 ガンダム

 ガンダムMK-Ⅱ 2機

 アッシマー 2機

 コアブースター 3機

 無人探査機  18機

 偵察型アッシマー 4機

 ヒュッケバインMK-Ⅱ 2機

 

 パイロット シンジ、甲児、ボスらほか84名。

 

 これらをミサトの判断で使用することができ、これらを用いて使徒を殲滅することになる。

 ミサトはひとまず、使徒の詳細を確認するために、使徒の調査に乗り出した。

 

「無人探査機の状況は?」

 

 ミサトは探査機を管理する者に尋ねた。

 

「現在5機が対象を捉えています」

「わかってることを教えて」

「対象の移動速度は約3m/s。全長7,6m、体重は108トンと推測できます」

「ずいぶん遅いわね。助かるわ」

 

 秒速3メートルならば、モビルアーマーによる攻撃で比較的簡単に対処できる。

 しかし、問題が1つあった。

 

「対象の周囲にかなり強力なATフィールド反応が見られます」

 

 その一言が状況を難しくさせた。

 ミサトはそれを聞いて、モビルアーマーによる迎撃案は頭から捨て去った。

 

 ATフィールド。

 

 日本、アメリカ、EUの共同開発で作られたものであり、エヴァンゲリオンに搭載された世界で最も強力なバリアフィールドのことである。

 例えば、エヴァ初号機に搭載されているATフィールドは最大出力時に以下の防御力があることが確認されている。

 

 百式のメガバズーカランチャーを18秒間反射できる。

 

 地上機を一網打尽にするために開発されたメガバズーカランチャーを18秒間無力化するというのは恐るべき防御力と言えた。

 アッシマーによるビーム砲による攻撃は数分以上耐えられることになるだろう。

 しかも、ATフィールドは適宜再生可能となっている。

 

 だから、強力な攻撃で短時間でATフィールドを打ち抜かなければならない。

 

「ATフィールドの値は?」

「約3800.エヴァ零号機の約2倍です」

「零号機の2倍……とすれば、マジンガーZを出すしかないわね」

 

 ミサトはいま起動実験中の甲児に連絡を入れた。

 

「甲児君、聞こえる?」

「やあ、ミサトさん。こっちは順調だぜ。このままハワイまで飛んでってもいいっすか?」

 

 状況を知らない甲児はのん気なことを言っていた。

 

「悪いけど、今から命がけの任務に出てもらうわ」

「命がけ? 一体何があったんですか?」

「東京に謎の侵略者が現れたの」

「侵略者?」

「第一使徒と命名されてるわ。今からそっちに情報を転送するから確認して」

「おう」

 

 マジンガーZの液晶画面に使徒の姿が転送された。甲児はそれを見て眉をひそめた。

 

「こりゃあおかしな侵略者だな。ミケーネの機械獣ですか?」

「詳細はわからないけど、たぶん違うと思うわ。ただ、とてつもなく強力なのは間違いないわ」

「ほー、それでおれに、このへんてこを倒せってわけですね?」

「そうなるわ。お願いできる?」

「おれは正義の味方だぜ。当たり前よ」

 

 甲児は即座に引き受けた。頼もしい正義の味方だった。

 

「相手は本当に強力なの。超合金Zを6秒で粉々にする熱力兵器も確認されているわ」

「そいつはとんでもねえな」

 

 甲児はそう言いながらも、手ごたえのある相手との戦いに闘争心が湧き上がっていた。

 

「もうしばらく敵を探るから、甲児君は上空で待機。オッケー?」

「了解」

 

 使徒との戦いが幕を開けた。



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13話 鈴原トウジ

 使徒が出現してから15分が経過した。

 東京都内では、懸命な避難活動が続いていた。

 都内には約400か所の地下シェルターがあるが、約1000万人の都民を避難させるには足りない。

 そこで、自衛隊は使徒の進行方向およびその周辺に限定して、住民の避難を進めていた。

 しかし、インターネットが支配するこのご時世、すべての者が使徒出現の情報を得ることができた。

 

 それによって、都内はいたずらに混乱していた。

 使徒進行方向とは真逆のエリアの都民たちも狼狽して地下シェルターに走っていた。

 そのため、非難は思った以上に送れる形になってしまった。

 

 その煽りを受ける少年たちがいた。

 鈴原トウジは学校からの帰宅途中で使徒と出くわし、結果電車が途中で止まる事態になってしまった。

 満員電車だっただけに、車内は騒然としていた。

 

「おい、どないなっとんや。なんで止まったんや?」

「なんか緊急事態宣言が出たらしいよ」

 

 トウジの隣に立っていたケンスケが言った。

 

「緊急事態? 地震でも起きたんか?」

「わからないけど、ネットでは巨大ロボットが現れて町で暴れてるらしいって」

「ロボットって、戦争は終わったはずやろ」

 

 一年戦争が終結して、日本はいつもどおりの日常を取り戻していた。国民の間に平和ボケが蔓延し始めたころに起こった事件だった。

 

「ほら、これ見て。動画サイトに上がってたよ」

 

 ケンスケはスマホ画面をトウジに見せた。

 映像は誰かが撮影したと思われる使徒が近くのビルを横切っていくシーンだった。

 

「なんやこれは?」

「わからないけど、けっこうやばい状態なのかも。もしかしたら、この辺までやってくるかも。だとしたら、何とかシャッターに収めたい」

「アホなこと言うとなるな。ここに来るんやったらやばいやんけ」

 

 まもなくして、アナウンスが入った。

 

「乗客の皆様にはご迷惑をおかけしております。いましばらくの間、電車は停車いたします。乗客の皆様にはこのまま静かにお待ちいただけるようご協力お願いします」

 

 アナウンスは努めて冷静だったが、乗客はそうではなかった。

 あちこちで不満の声がとどろいた。

 

 トウジは家族のことが心配になって、母親に電話を入れようとしたがつながらなかった。

 

「くそ」

 

 トウジは何度か掛け直したが、電話はつながらなかった。

 トウジには妹もいる。妹とも電話がつながらなかったので、兄として心配になった。

 

「やばいよ、トウジ。例のロボット、こっちのほうに近づいて来てるみたいだ」

「ほな、はよう逃げんといかんやろ。何しとんや、JRは」

 

 トウジがそのようにぼやくのと同じくして、あちこちで乗客から罵声が飛んだ。

 

「早くしろよ。なんかロボットがこっちに向かってきてるらしいじゃないか!」

「ロボット?」

「はやく何とかしろや!」

 

 乗客らのパニックは伝染して、押し合いになった。

 

 しばらくしてようやく電車のドアが開いた。

 

「乗客の皆様、申し訳ありませんが、電車はここでしばらく停車いたします。政府の要請により避難をしていただくことになります。乗務員の指示に従って静かに行動してください」

 

 そんなアナウンスも効果はなく、我先にと乗客たちが外になだれ込んだ。

 

「おわっ、アホか、押すなや!」

 

 トウジとケンスケは人々の雪崩に巻き込まれながらも外に転がり出た。

 

「乗客の皆さん、最寄りのシェルターまで誘導しますので、2列に整頓して歩いてついてきてください。なお、私語はご遠慮ください」

 

 乗務員がメガホンで声を張り上げたが、その声はまるで届かなかった。パニックになった乗客たちは乗務員を無視して避難路に走った。

 皮肉にも、慌てれば慌てるほど、避難路は混雑して、避難に時間がかかった。

 

 トウジらは何とか避難路から町中に降りることができた。

 そのとき、遥か先に使徒の姿が見えた。

 

「あれか、巨大ロボット」

「あれだよ。間違いないよ」

 

 ケンスケは使徒が見えるなり、恐怖心より好奇心に駆り立てられて、写メを取り始めた。

 

「か、感動だ。東京に巨大ロボット襲来。そんなSFみたいな光景をお目にかかれるなんて」

「アホなこと言うとる場合か。逃げるぞ」

 

 トウジはケンスケの手を引っ張って、人々が向かうのと同じ方向を急いだ。

 そのとき、使徒が前方の障害物を破壊するため、目から破壊光線を放った。

 

 前方の建物が大きくはじけ飛んだ。

 その音は遥か遠くにいる人たちの鼓膜に強烈に響いた。

 

「うわ、なんや?」

 

 振り返ると、とてつもなくまばゆい光が空にほとばしった。人々の悲鳴が重なり、あたりが混乱状態になった。

 

「死ぬ死ぬ、殺される!」

 

 パニックになった者たちが暴徒化して、目の前の人を殴り倒し、その体を踏みつけて逃げ始めた。

 トウジも暴徒化した男に突き飛ばされて転倒した。

 

「アホ、何するんや!」

 

 しかし、パニックの中ではトウジの声は通らない。

 

「こんなとこにおったら人に轢きこされていまう。ケンスケ、人の少ないとこに行くぞ」

「いやでも、シェルターはこっちだし」

「どっちみち全員は入れんやろ」

「そうだな」

 

 トウジとケンスケは人気のない道をどんどん進んで、やがて右も左もわからなくなった。

 

「はあはあ、ここはどの辺や?」

「新宿三丁目あたりみたい。ここからだと、2キロ先にシェルターがあるけど、そこも満席になってそう」

「それやったら、もうここでジッとしとったほうがええんちゃうか?」

「そのほうがいいかもな」

 

 いたずらに走り回っても事態は良くならない。二人は人気のなくなった商店街のベンチに座った。

 遠くで何かが爆発する音がこのあたりまで響いてきた。

 

「しっかし、現実にこんなことに巻き込まれる日が来るとはな。実際、こういうことになると焦ってしまうんやな」

「どうなってしまうんだろ。このまま東京は滅んでしまうかも」

「東京がどうなってもええけど、あかん、おふくろにつながらん」

 

 トウジはもう一度電話を入れたが、やはりつながらなかった。

 

「トウジのお母さんって軍事会社の事務員だったっけ? だったら安心だよ。自前の社員用のシェルターもあるだろうし」

「おふくろが無事だったとしても妹が心配や」

「そっか、たしか隣町の中学校だったよね。学校にいるなら、学校のほうで避難してるんじゃないか?」

「そやったらええけど、心配や」

 

 トウジは妹想いだったので、いてもたってもいられない様子だった。

 

「ここにおってもしゃあない。無事かどうか確認しに行く」

「おい、待てよ。勝手に動いたら危ないぞ」

「どこにおっても変わらん。おれは行く」

「ったく、じゃあおれもついて行くよ」

 

 ケンスケはトウジの後を追いかけた。

 

 ◇◇◇

 

 都民が非難にあくせくしている間、ミサトは使徒殲滅のための作戦を立てていた。

 

「ATフィールドの中和幅はわかった?」

「推測ですが、初号機の場合で2200から2800の間ぐらいで中和可能だと思われます」

「中和して至近距離から爆撃すればいけるわけね。まあでも、シンジ君には荷が重いか……」

 

 ミサトの配下には豊富な戦力が揃っているが、実戦で使える戦力は思いのほか少なかった。

 エヴァ零号機は封印中で、即座の実戦配備はできない状態。

 エヴァ初号機はメインパイロットのシンジが戦えるレベルにない。

 

 ATフィールドを搭載した相手となると、モビルスーツやモビルアーマーによる迎撃も現実的ではなかった。

 

 必然的に、マジンガーZによって力づくで殲滅するしか選択肢がなかった。

 ミサトは作戦内容をみんなに伝えた。

 

「マジンガーZによる殲滅作戦を実行します。エリア17、A-3まで対象を誘導。アッシマーを援護につけて、マジンガーZを対象の懐に突貫させます」

「了解」

 

 ミサトが立てた作戦は最良のものと言えた。しかし、とあるスタッフがもう1つの選択肢について言及した。

 

「エヴァ初号機による中和攻撃も有効と思われます。エヴァ初号機はどうしますか?」

「そうしたいのはやまやまだけど、パイロットがまだ実戦に耐えれないわ」

 

 シンジはこの間まで民間人だった新米。さすがに新米を作戦のメインにはできなかった。

 

「でも一応待機させておいたほうがいいか」

 

 戦力として期待はできないが、使える戦力は出来る限り活用するのが戦争の基本だ。

 ミサトはボスに連絡を入れた。

 

「おうおう、ミサトさんか。いったいどうなってんだ? 世間はおかしなロボットが出たと騒いでいるようだわよ」

「詳しいことは後で話すわ。ボス君、いまどこ?」

「展望台だわよ。シンジも一緒だぜ」

「今すぐこっちに来てくれる? ボロットの出撃準備がいま進んでるところだから」

「なにー? ついに俺様の出番か? オッケーイ、任されよう」

 

 ボスは勇ましい顔になった。

 

「シンジ、戦いの時が来たぜ」

「え、戦い?」

「そうだわさ。英雄になれるチャンスよ。急ぐぜ」

「あの、戦いって?」

 

 よくわからなかったが、シンジはボスについてネルフ本部を目指した。

 



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14話 無言の再開

 第一使徒はネルフ本部に向けてゆっくりと歩を進めていた。

 使徒は基本的に自分の進行を妨げるもの以外は無視した。一方で、進行を阻止しようとするものには破壊光線を繰り出した。

 

 ミサトは無人機をいくつか繰り出して、使徒の攻撃パターンを分析した。

 無人機を使徒の前方に繰り出して攻撃させた。

 すると、使徒は例によって破壊光線を繰り出して、無人機を大破させた。

 

「目に留まらない速さね。マヤ、速度はわかった?」

 

 ミサトはオペレーターのマヤに尋ねた。

 

「点滅から大破までの時間から、220000m/sと推測されます」

「ほとんど光速と同じってこと? とんでもない攻撃ね」

 

 ミサトは眉をひそめた。そんな速度の攻撃は今まで経験したことがなかった。

 

「攻撃距離も知りたいわね。陸型巡航ミサイルの用意をお願い」

「わかりました」

 

 マヤはミサトの命令に要領よく応えた。リツコの部下として配属されたばかりの新卒という話だったが、即戦力の優秀な仕事ぶりだった。

 

「エリア16、A19より射出可能です」

「オッケー、使徒がX76と重なったら射出して」

「了解」

 

 使徒がある地点に到達すると同時に、巡航ミサイルが放たれた。

 この巡航ミサイルは対象をホーミングして高速で飛ぶ。核爆弾を搭載することもできるが、今回は爆弾は搭載せず、あくまでも使徒の動きを測るために使われた。

 

 ミサイルは放物線を描くように飛び、使徒を捉えると、まっすぐと向かった。

 使徒は距離約15キロのところで巡行ミサイルを探知したようであった。

 使徒はミサイルを捉えると、破壊光線で破壊した。

 

「ミサイル大破」

 

 ミサイルが撃ち落されることは計算のうちだ。

 これにより、使徒の索敵能力をおおよそ推測することができた。

 

「対象は直進距離14,42キロで反応したようです。攻撃パターンは過去のものと同じ傾向で、人が操っているような誤差が見られませんね。対象は無人機の可能性が高いです」

 

 マヤは速やかに色々なことを推測した。

 

「人が乗ってないなら、容赦なくぶっつせそうね」

 

 ミサトはすぐに甲児に連絡を入れた。

 

「甲児君、今から敵の情報を送るから確認して」

「了解」

 

 ミサトは甲児のコックピットにいくつかの情報を送った。

 敵の攻撃パターンや射程、動きのクセなどが長文で送られてきた。甲児はさらさらと飛ばし読みした。それでも十分に理解できた。

 

「ミサトさん、敵さんはずいぶんと冷静沈着な野郎ですね。ミケーネの機械獣じゃあないですよ」

「そうね、ミケーネが送り込んできたわけではなさそうね」

 

 ミケーネ帝国の刺客という線は薄れた。では、使徒は何者か。気になることだったが、いまは使徒殲滅を優先する必要があった。

 ミサトは敵の索敵能力などを考慮して以下の作戦を立てた。

 

「予定通り、エリア17、A-3にてマジンガーZにより使徒を迎え撃つわ。無人弾幕機2機をサポートにつけるわ。一機はマジンガーと同時に発射。もう一機はA-6より射出。パターン6、高度は4450フィートでハイ」

「了解。発射準備に移ります」

 

 ミサトが立てた作戦はセオリーに忠実なものだった。誰の目にも最善の作戦に見えたが、ミサト自身は不安を感じていた。

 未知の敵だけに、セオリーが通用するかわからない。

 ちょうど、そのときに、ボスとシンジが本部にやってきた。

 

 シンジはオペレーション室に入ったとき、その広さに圧倒された。背景で、英語のアナウンスがこだましていて、緊張感が感じられた。

 シンジは周りを見渡しながら、やがてその目線はゲンドウのほうに向いた。

 

「父さん」

 

 シンジは父親の横顔をしばらく見つめていた。

 父親を見るのは久しぶりのことだった。父親のことは好きではなかったが、久しぶりに姿を見ると、少し懐かしい気持ちになった。

 ゲンドウはシンジの視線には気づかず、まっすぐとモニターを見つめていた。

 

 ミサトが二人のもとに駆け付けた。

 

「ありがとう、来てくれたのね」

「いつでもボロットで出られるわさ」

「いま、エリア17、A-1にボロットを待機させてるわ。いつでも出撃できるように待機お願いできる?」

「了解。俺様がどんな野郎も木っ端みじんにしてやるだわさ」

 

 ボスは闘争心を目に秘めて、オペレーション室を駆けだしていった。

 エリア17までは20キロの距離があるが、ネルフの地下にはターミナルがあり、東京全域とつながっている。20キロの距離をわずか1分で移動することができる。ボスはターミナルに急いだ。

 

「シンジ君は私の隣にいて」

「あの、僕も戦うことになるんでしょうか?」

 

 シンジは不安げにそう尋ねた。ネルフに来てまだそんなに長くない。いきなり戦えと言われても戦える状態になかった。技術的な面はもちろん、精神的な面もまったく足りていない。

 ミサトもそのことは良くわかっていたから、シンジを実戦に出すつもりはなかった。

 

「大丈夫よ、今回の作戦にエヴァは採用してないから。でも、実戦がどんな感じか見学してほしいの」

 

 ミサトはシンジに実戦の様子を伝えるために見学させることにした。

 シンジはミサトの後ろに立って、目の前のモニターを見つめた。

 

 モニターには、使徒が進軍する様子が映し出されていた。

 画面越しからでも、使徒の威圧感が伝わってきた。

 オペレーターが色々な情報を伝えたり、色んな施設と英語で連絡を取る声も聞こえてきて、シンジは嫌でも緊張することになった。

 

「今、弾幕機の準備が進められてるわ。人工知能パイロットで勝手に攻撃してくれるのよ」

「あの、無人で出来るなら、人が乗らなくてもいいんじゃないですか?」

「いい質問ね。もちろん、それがベストだけど、人工知能の操縦はあくまでも機械的で、いくつかのパターンでしか操縦できないの。だから、敵の動きを見ながら柔軟には働いてくれないわ。それに、ジャミングに弱くて、一度かく乱されると、おかしなパターンを取るようになってしまうの。最悪、味方機を敵機と誤解して攻撃しちゃったり。だから、人工知能はあてにはならないわ」

 

 ミサトは簡単に人工知能の脆弱さを説明した。

 

「指揮官の間では、完ぺきなAIより犬の操縦って格言もあってね。敵機からすると、AIの操縦パターンは読みやすいし、悪用もされちゃう。ハッキングされて乗っ取られるってことも何度も起こってるしね」

「はあ」

 

 シンジは狐につままれたような顔をした。

 

「だから下手なAIより新米のシンジ君のほうが計算できる戦力なのよ」

「僕は無理です」

 

 シンジは両手を振った。

 

 そうこうしていると、準備が整った。

 

「葛城三佐、弾幕機、スタンバイオッケーです」

「了解、使徒の移動パターンを毎秒で足跡として残してくれる?」

「了解、レーダーにスタンプを配置します」

 

 ミサトはレーダーを横目で見た。ミサトは一目で、レーダー上のあらゆるものを理解することができた。シンジが見ても、光が点滅しているようにしか見えないが、ミサトの目で見れば、色んなことがわかった。

 

「高低差で、進行方向をわずかに変えてる?」

「はい、下りに入ったところで、高低差が緩やかなところを選択して移動しているようです」

「だとすると、目的地には若干右回りする可能性があるわね。何とかその性質を利用できないかしら」

 

 ミサトは使徒の細かいパターンにも注目した。

 

「索敵能力にも影響しているかもしれないわね。もう一度無人機を送ってくれる。高度7000フィートで」

「わかりました」

 

 シンジは蚊帳の外から、彼らの仕事ぶりを見ていた。まるでついていけなかった。場違いを感じてしまい、少し居心地が悪かった。

 振り返ると、ゲンドウの姿が見えた。一瞬だけだが、目が合ったような気がした。しかし、ゲンドウはシンジを無視して、戦況を見守るばかりだった。

 

 このまま、ここで見ているだけというのが少し辛かった。

 みんなが頑張って仕事をしている中、自分だけはこうしてぼさっと立っていると悪い気がした。

 かと言って、エヴァに乗って戦えるわけでもない。シンジは何もできない自分に無力さを感じながらも、そこにとどまるしかなかった。



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15話 使徒の力

 戦いの準備は整った。

 ミサトは斬り込み役の弾幕機の発射を指示した。

 

「弾幕機発射しました」

「さて、いよいよね」

 

 ミサトは最終確認のために、甲児に連絡を入れた。

 

「甲児君、いよいよよ。準備はオッケー?」

「ああ、今の集中力ならどんなやつにも負ける気がしねえ。任せてくれ」

 

 甲児は集中していた。鋭い視線をモニター上の使徒に向けていた。

 

「くどいよだけど、もう一度確認するわね。エリア17、A-3に入ったら、弾幕機より790フィート低空から使徒に接近、あとは敵のパターンによって柔軟に対応してもらうことになるわ。使徒が直接狙ってくる場合は、地上にシールドを張り巡らせているからそこに降りて。そうでない場合は弾幕機で出来るだけ引き付けるから、低空から飛び込んでちょうだい」

「了解」

 

 甲児は頭の中でシミュレーションをしながら、出撃の時を待った。

 

「マジンガーZ発射カウントダウン入ります」

 

 マヤの合図でカウントダウンが始まった。

 

「5、4、3、2、1」

 

 カウントダウンが到達すると、ミサトはマジンガーZの発射を告げた。

 

 すると、ジェットスクランダーが火を吹いた。マジンガーZは発射台を高速で移動して、上空へと射出された。

 モニターを見ていたシンジはまっすぐとマジンガーZを追いかけた。シンジにできることは応援することぐらいだった。

 

 マジンガーZはまっすぐと使徒のほうに向かって飛んで行った。

 

 戦いは一瞬で決まる。作戦予定時間は45秒。

 この短い間にすべてが決まる。

 

 作戦はいたってシンプル。マジンガーZで使徒に接近。至近距離からブレストファイヤーによって使徒を殲滅する。

 

 シンプルだが、簡単ではない。

 使徒はかなり強力な光速に近い攻撃手段を持つ。

 直撃すると、マジンガーと言えども大破する可能性があると指摘されている。

 敵の攻撃をかいくぐるためには、おとりの無人機で目くらましをするか、敵の攻撃を回避するか、シールドで守るしかない。

 

 エリア17にはいくつものシールドが配置されている。

 シールドは大きなビルのようにそびえており、太陽フレアの放射にも耐えるとされている。

 そのシールドの物陰に隠れれば、使徒の攻撃を防ぐことができる。

 

 あとは、シールドを利用しながら使徒に接近する。

 簡単そうに見えて難しいオペレートだった。

 しかし、経験豊富な甲児にとっては、難なくこなせることだった。

 

 マジンガーZは使徒の索敵範囲内に入った。

 

 甲児は使徒が目視できるところまでやってきた。

 甲児の目はいい。地上の豆粒のような使徒を発見することができた。

 

「おいでなすったな。おれのマジンガーと一戦交えるってんなら、命の保障はしないぜ」

 

 甲児は使徒を目視しながら、モニター上の使徒にも目を向けていた。

 使徒の動きから、使徒が標的にしている物体を予測することができる。

 使徒はおとりの弾幕機のほうを見ていた。

 

 弾幕機は使徒に近づくなり、バルカン砲の準備に入った。

 しかし、使徒はそれよりも早く攻撃に移った。

 

 使徒の目が点滅したかと思うと、次の瞬間には、弾幕機が大破した。

 間近で見ると、より理不尽な攻撃だった。

 

「なんだありゃ、ピカ、ドンじゃねえか」

 

 光ってドカン。まさに、甲児が言うようにピカ、ドンだった。

 しかし、甲児は冷静に見ていた。

 

「ミサトさんの情報によると、攻撃後、エネルギー充填に18秒かかるって話だったな。なら、おとりが機能してくれたら何とかなるぜ」

 

 マジンガーZの囮には2機の無人機がついている。次の無人機が18秒後に撃ち落されるとすれば、次の18秒までにはケリをつけることができた。

 甲児はその18秒に集中した。

 

 甲児の読み通り、使徒は18秒の充填後、無人弾幕機に破壊光線を繰り出した。

 おとりはこれにより大破。しかし、これにより18秒の時間の猶予ができた。

 

「オッケー。11秒でケリをつけるぜ」

 

 甲児は11秒でケリをつけることができるという自信を持って、マジンガーZを急降下させた。

 あまり速度を出し過ぎると、使徒近辺に着陸できない。しかし、減速が早いと、時間以内に間に合わない。

 

 甲児は絶妙なタイミングで着陸態勢に入った。

 使徒はマジンガーZを捉えていたが、充填の時間の間は攻撃できなかった。

 

 その間に、マジンガーは使徒に対してゼロ距離を取った。

 オペレーション室では、ミサトらがマジンガーの戦いを見守っていた。

 

「頼むわよ、甲児君」

 

 ミサトは甲児にすべてを託していた。もし、マジンガーZが倒されると後がなくなる。保険の無い一発勝負だった。

 

「いくぜ。食らいやがれ、必殺のブレストファイヤー!」

 

 甲児は叫びながら、ブレストファイヤーのトリガーを入れた。

 マジンガーZの胸元が輝くと、超高温の熱波が繰り出された。

 

 ブレストファイヤーは光子力を用いた超エネルギーにより繰り出される火炎である。

 光子力研究所の最高傑作であり、その威力は原子爆弾より強い。

 

 ブレストファイヤーから生み出される熱量は、摂氏30万度にもなる。

 本来なら、すべての金属が昇華する。しかし、超合金Zはこの熱量をシャットアウトすることができる。しかし、その熱量を耐えることができる時間は約7秒であり、それ以上の攻撃をするには冷却が必須となる。

 7秒間にすべてがかかった。

 

 ブレストファイヤーは使徒を捉えた。

 使徒は業火に包まれた。周囲の酸素が一瞬で消え失せるすさまじい火炎。

 周囲の金属が一気に空気中に掻き消えた。どす黒い煙に包まれた。

 

「オッケー。これに耐えられる金属はそうそうないはず」

 

 ミサトは半ば勝利を確信した。

 ATフィールドを打ち抜いて、使徒はあとかたもなく昇華したはず。

 

 だが……。

 

「うわっ」

 

 甲児は突然強い衝撃を受けた。

 使徒の破壊光線がマジンガーZを捉え、マジンガーZは爆風に包まれた。

 その爆風でジェットスクランダーが破損した。

 

 甲児はすぐに破損状況を確認した。

 とりあえず、コックピットは無事、動力部も損傷が見られなかった。しかし、超合金Zの大部分が剥がれ落ちるほどのダメージだった。二度目の攻撃を受けるとまずかった。

 甲児は焦りを覚えながらも、きちんと時間を把握していた。

 

「まずいぜ、あと7秒後に追撃が来る。何とか逃げねえと」

 

 甲児は何とか使徒から離れようとしたが、ジェットスクランダーが破損していた。逃げるには足で走るしかなかった。

 

「間に合え!」

 

 マジンガーZは滑り込むようにして盾の物陰に飛び込んだ。

 直後、使徒の攻撃。

 

 破壊光線がシールドを大破した。攻撃は防いでくれたが、シールドは一撃で使い物にならなくなった。

 シールドが大破し、マジンガーZの姿が再び、むき出しになった。

 

 使徒はまっすぐとマジンガーZを見据えていた。

 これまで、進行を邪魔するものだけを攻撃していた使徒だったが、パターンが変化したらしく、まっすぐとマジンガーZを対象に攻撃を仕掛けようとした。

 

「まずいわ」

 

 ミサトも焦っていた。使徒の装甲にダメージが見られるものの、使徒の動きが停止していない。使徒はブレストファイヤーの攻撃に耐えたようであった。

 

「甲児君、後退! シールドに隠れて」

「お、おう」

 

 強気の甲児も防戦に回るほかなかった。

 

「囮を出して。急いで。アッシマーもオートパイロットに切り替え、急いで」

 

 ミサトは急いで指示を出した。

 しかし、おそらく間に合わない。

 

 ミサトは詰めの甘さを後悔した。最悪の事態を想定して囮をもう少し多く用意しておくべきだったと思った。

 いや、誰がこうなることを予想できたか。ブレストファイヤーをもろに受けて耐えるなどと誰も予想できない。

 

 ミサトはボスに連絡を入れた。

 

「おや、ついに俺様の出番か?」

「マジンガーZがピンチなの。急いで救助に向かってくれる?」

「なにー、甲児のやつ、しくじったのか?」

「無人機を送るまでに8分以上かかっちゃうわ。このままじゃ間に合わない」

「ならば、俺様が行くしかねえな。任せろ、1分以内に駆け付けてやるわさ」

 

 ボスはボロットの操縦桿を力強く引っ張った。

 

「ボロット発進! 行くだわさ!」

 

 ボロットはロボットとは思えないほどの速足で駆け出した。

 ボロットは柔軟性の高い足腰を持っている。小さくて軽いゆえに、人のように駆け出すことができる。

 その身軽さが功を奏して、本当に1分でマジンガーZのもとに駆け付けることができた。

 



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16話 決意

「こらぁ、甲児。何をしくじってやがるのさ。そんなんで日本が守れるかってのよ」

 

 ボスは甲児に通信を入れた。

 

「うるせえ。あんなバケモンはこっちも初めてなんだよ」

「アホ、どんなバケモンも打ち貫くのが正義のヒーローってもんだろ」

「ああ、そうだ。その通りだがよ」

 

 甲児も強気なパイロットだったが、さすがに攻撃態勢に入れる状態ではなかった。

 ボロットはやってくるなり、破損して右足が十分に動かなくなっていたマジンガーZを持ち上げた。

 

「おりゃああああ、これがボロットのパワーよ」

 

 ボロットは自分よりはるかに大きなマジンガーZを持ち上げると使徒のほうに目を向けた。

 

「あれが使徒ってやつか。なるほど、いかめしい面をしてるじゃないのさ」

 

 ボスは使徒をにらみつけた。

 次の瞬間、使徒の攻撃。

 破壊光線はボロットに向けられた。

 

 しかし、奇跡的にも、ボロットはその攻撃をかわした。

 

「おーっとっとのオットセイ」

 

 ボロットはそのままの足取りで収納リフトに急いだ。

 

「ひとまず逃げるが勝ちよ」

 

 ボロット単機で使徒を殲滅するのは難しい。

 ボロットは収納リフトにたどり着くと、リフトで地下へと消えていった。

 

 進行を妨げる者がいなくなったので、使徒は再び進み始めた。

 使徒には驚くべき力があった。

 時間が経つにつれ、その装甲は徐々に修復されていった。

 

「対象の装甲がみるみるうちに再生しているようです。毎分約10%と思われます」

「再生? DG細胞装甲だというの?」

 

 ミサトは深刻な表情になった。

 

「いえ、類似点はいくつかありますが、DG細胞とは格子構造が異なっています。未知の金属の可能性があります」

 

 装甲を修復する技術は20年前にテスラ研究所が特許を所得している。それはDG細胞という奇妙な素材がもとになっている。

 DG細胞は日本を代表する工学博士であるミカムラによって発見された。

 論文掲載時には、その存在が否定されていた。それでも、ミカムラ博士は「DG細胞はあります!」と断言していた。

 

 後に米国がDG細胞を特許申請して、現在ではテスラ研究所だけが保有する技術になっている。

 DG細胞は人間の細胞と同様に、分裂能力を持つことに加えて、あらゆる金属と容易に同化する性質を持っている。

 もともとは、肝細胞として医療や環境保全に応用される形で研究が進められていたが、結局軍事力増強のために応用されてしまった。

 現時点では、その技術や素材が外部に流出している情報は確認されていない。

 

 仮に使徒がDG細胞に派生する技術によって作られたのだとすると、使徒は身内が送り込んできた兵器の可能性もある。

 日本は米国と同盟関係にあり、ネルフはテスラ研究所と軍事開発分野で連携している。

 もしかしたら、内輪揉めが原因でテスラ研究所が送り込んできたのかもしれない。

 

 とはいえ、いまはあれこれ画策している場合ではない。

 使徒はまっすぐとネルフ本部に向かっている。ミサトに託された使命は、使徒を殲滅することだった。

 

「マジンガーZの破損状況はわかる?」

「いまチェック中です。まだ5分以上かかるそうです」

「まいったわね、マジンガーが使えないとまずいわ」

 

 ミサトは苦しい表情で進行する使徒を見つめた。

 マジンガーZによる作戦がうまくいかなかったとすると、もはや数を送り込んでごり押しするしかない。

 しかし、そうするなら莫大な犠牲が出るうえ、使徒が保有するATフィールドを突破できなければ殲滅にはいたらない。

 

 ミサトが打開策を発見できずにいると、ゲンドウが動いた。

 

「葛城三佐、エヴァ初号機を使いたまえ」

 

 ゲンドウはマイク越しに静かに言った。

 

「しかし、パイロットが……」

「構わん。座らせていればいい。最悪、レイを使うこともできる」

 

 ゲンドウは淡々と述べた。

 ミサトは一瞬戸惑ったが、最も戸惑いを見せたのはシンジだった。シンジは愕然とした様子でゲンドウのほうに目を向けた。

 

「使徒殲滅が最優先だ。使える力はすべて使いたまえ」

「わ、わかりました」

 

 ミサトはうなずくと、シンジのほうに横目を向けた。

 案の定、シンジは戸惑いの表情を浮かべていた。

 

 ミサトはシンジの肩に手を置いて、ささやくように言った。

 

「大丈夫よ。こちらでバックアップするわ。私を信頼して」

「僕が……僕が戦うというんですか?」

 

 シンジはモニターに映る使徒に恐る恐る目を向けた。

 使徒は毅然として歩み続けていた。

 

「僕は戦わなくていいって言ったじゃないですか、嘘だったんですか?」

 

 シンジはミサトを非難した。

 

「ごめんなさい、シンジ君。でも、もう時間がないわ。あと28分で使徒はネルフにたどり着いてしまう。初号機でしか迎え撃てない」

「は、話が違います。マジンガーZに倒せなくて、どうして僕にできるっていうんですか。無理です。僕には無理です」

 

 シンジは思わず大きな声を上げてしまった。

 ネルフにやってきてまだ数日。まともに訓練を受けたわけでもない。何より、シンジの精神は「戦う」という概念をまだ知らなかった。

 シンジが駄々をこねていると、再び、ゲンドウが静かに言った。

 

「駄々をこねるな、シンジ。お前の仕事はエヴァの操縦だ」

「……」

 

 シンジはゲンドウのほうを振り返った。その目にはシンジには珍しく怒りの感情がこもっていた。

 しかし、ゲンドウは表情を変えることなく冷たい視線でシンジを見下ろしていた。

 

「なんだよ……」

 

 シンジは静かに言った。

 

「何年もほったらかしにしてたくせに、いきなり戦えなんて……」

 

 シンジは体を震わせた。そこまで声に出すと、もう怒りを抑えることができなかった。

 

「なんなんだよ、僕を都合のいい道具かなんかと思ってるのか?」

 

 シンジは場所をはばかることなくそう叫んでいた。

 周りのスタッフの視線がシンジのほうに注目した。

 

 シンジは感情を表に出すタイプではない。少なくとも、このような場所で大声を出すタイプではなかった。

 しかし、体が勝手に反応していた。ゲンドウの自分に対する態度が許せなかった。

 

 どうしてここまで怒りの感情が高まったのか、シンジ自身もよくわかっていなかった。

 もしかしたら、父親から優しい言葉を聞けることを期待していたのかもしれない。

 しかし、ゲンドウから放たれた言葉は、シンジの期待を裏切るものばかりだった。

 

 シンジの怒りの叫びを受けたゲンドウは表情1つ変えることなく、次のように言った。

 

「人類の未来のために戦うことができないやつにここにいる資格はない。さっさと立ち去れ」

 

 ゲンドウの言葉はいつもどおり淡々としていたが、シンジにはその言葉が強く突き刺さった。

 

「葛城三佐、初号機のメインパイロットにはレイを使いたまえ。シンクロ率に問題はあるだおるが、そこの腰抜けよりは役に立つ」

 

 ゲンドウは淡々と言った。

 ミサトはうなずいた。

 

「レイは?」

「エリア15に待機してもらっています。いま通信をつなぎます」

 

 ミサトは待機中のレイとコンタクトを取った。

 シンジはそのやり取りを怒りを抑えながら見ていた。

 そんなシンジに、ゲンドウの言葉が突き刺さっている。

 

「何をしている、シンジ。戦う気のないお前など仕事の邪魔だ。さっさと立ち去れ」

「……」

 

 立ち去れ。

 シンジにとって、最も厳しい言葉だった。

 

 ここを立ち去れば、おそらくはこれまでの日常に戻ることができる。

 だらだらと学校に通い、休日はだらだらとゲームをする日々。

 そんな日常にあれば、使徒と戦う必要もない。命の危険にさらされることもない。

 

 しかし、シンジの足は動かなかった。

 ここで立ち去ったら、一生ゲンドウと関わることはなくなる。

 

 それが何か?

 大嫌いな父親と二度と関わることがなくなるなら、願ったり叶ったりだ。

 

 シンジは頭でそう思い込もうとしたが、そうはならなかった。

 どこかで、父親に認められたいという気持ちがあった。

 父親から、「よく頑張った」「ありがとう」と言った言葉をかけられたい気持ちがあった。

 

 地球上の誰よりも、父親に認めてもらいたかった。

 

 父親を嫌いながらも、シンジは人一倍父親のことを意識していた。

 だから、引き下がることができなかった。

 

「ミサトさん」

 

 シンジはミサトに話しかけた。

 

「僕、戦います。エヴァに乗ります」

「シンジ君……」

 

 シンジは先ほどまでの戦いにおびえる顔でなかった。体は震えていたが、シンジの心には闘争心が芽生えていた。

 

 それから、シンジはもう一度ゲンドウのほうをにらみつけた。

 

「エヴァ初号機、メインパイロット碇シンジで起動します。作戦の詳細は後で伝えますが、エリア11にて使徒を迎え撃ちます」

「了解」

 

 ミサトの掛け声と同時に、エヴァ初号機による使徒殲滅作戦が始まった。

 シンジはまだ迷いがあった。しかし、ゲンドウの顔を見ると、引き返すという選択肢は消え失せた。



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17話 初実戦

 シンジはミサトと共にネルフの地下にやってきた。

 ネルフの地下は東京全域をターミナルで結んでいる。時速400キロのリニアを使うことで、数分で東京のあちこちに異動することができる。

 シンジはエヴァ初号機の待機場所に向かうためリニアの座席に座った。

 

「大丈夫。こっちでバックアップするから、肩の力を抜いてリラックスして」

 

 ミサトはそう言ったが、実戦経験のないシンジには難しいことだった。

 

 ミサトはリニアの扉が閉まったのを確認すると、発進の合図を送った。

 すると、リニアは猛スピードで地下通路を走り抜けていった。

 ミサトは作戦を指揮するために、オペレーションルームに戻った。

 

 リニアは約1分で目的地にたどり着いた。あっという間だったが、シンジはその時間をとても長く感じていた。

 緊張感から、体全体が小さく震えていた。恐怖心はなかったが、シリアスな空気感が強く感じられた。

 リニアの扉が開くと、スタッフが3人待っていた。

 

「碇シンジ君、こっちだ」

 

 シンジはリニアを降りるとスタッフについて通路を進んだ。

 通路の先にはエヴァ初号機があった。発進準備は整っていて、パイロットが入ればすぐに出撃できる状態だった。

 エヴァを見ると、より不安感が高まった。

 こういうとき、ミサトにいてほしかった。

 スタッフには顔なじみがおらず、それがシンジの不安感をより高めた。

 

「エントリープラグ開放します」

 

 アナウンスと同時にエントリープラグが開放された。

 シンジは誘導されるがままにコックピットに座った。

 起動実験の時とは違う緊張感があった。しかし、これから使徒と戦うことになるという実感はあまりなかった。

 

 自分は本当に今から使徒と戦うことになるのだろうか?

 

 実感はなかった。しかし、体は実感しているのか小さく震えた。

 しばらくすると、ミサトから通信が入った。

 ミサトの声を聞くと、少しだけ安心することができた。

 

「シンジ君、まずはリラックスして。深呼吸よ」

「はい」

 

 シンジは深呼吸を1つした。気休め以上の効果があったような気がした。

 

「この前の起動実験の時のことを思い出して。落ち着いて1つ1つの動作に集中していればいいから。あとはこっちから指示を出すわ。難しく考えなくていいからね」

「はい」

 

 ミサトがバックアップについているのは心強かった。シンジにとっては大きな心の支えになった。

 

「前にちょっとだけ説明したと思うけど、エヴァにはATフィールドというエネルギー障壁が搭載されているの。ATフィールドの展開条件は反射回路。例えると、目に虫が飛んで来たら思わず目を閉じるでしょ? それがATフィールドを発生させてエヴァを守ってくれるわ。逆に言うと、シンジ君が身の危険を感じなければATフィールドは展開されないの。だから、使徒を捉えたら、まっすぐ使徒を見つめて。目を閉じたり背けたりするとATフィールドが展開されなくなってしまうから」

「わかりました」

 

 シンジは顔を上げて前を見つめた。

 

「使徒もATフィールドを持っていることが確認されているわ。使徒を倒すためには、ATフィールドを中和しなkればならないの」

「中和? それはどうすればいいのですか?」

「陽子を用いてフィールドの電子配列を破壊するんだけど、それはこっちで調整するわ。シンジ君は使徒に近づいてくれれば大丈夫」

「わかりました」

「初号機にプログレッシブナイフが搭載されているから、シンジ君は使徒の胴体にナイフを突き刺せばオッケー。理論上、それで倒せる」

 

 シンジは武装選択オプションを開いて、プログレッシブナイフがあることを確認した。

 選択すると、武装の説明文が液晶モニターに現れた。

 

 プログレッシブナイフ

 

 加速した陽子をエネルギーに転化し、対象の装甲を貫き爆破させる。

 刃は全長2,26m。

 利き腕で握り、他方の手で添え、両手で扱う。

 装備後、ATフィールドを展開して対象に接近して使用する。

 使用エネルギーレベルは、タンクレベル13以上。

 消費エネルギーは陽子レベルにつき、表に定める。

 陽子レベル17の場合、15秒につき、タンクレベル1を想定する。

 陽子レベルはオペレーターの指示に従うこと。

 

 色々書いてあったが、シンジが単刀直入に思ったことは、ナイフではなく飛び道具のほうが安全ではないかということだった。

 ナイフだと、敵の懐まで接近しなければならず、危険ではないかと思ったが、シンジがそう思ってもしょうがない。

 

「時間みたい。シンジ君、今からLCLを注入するわ。この前と同じ要領だから」

「はい」

 

 LCLに入るのはこれで3度目。シンジもだいぶ慣れたところがあった。

 LCLがプラグに満たされたのを確認すると、シンジはゆっくりと息を吸い込んだ。問題なく、受け入れることができた。

 

「シンジ君、90秒後に発進するわ。モニターにタイマーが表示されてるはずだけど見える?」

「はい、見えました」

 

 シンジは87,9と表示された数字を見つめた。

 ミサトはシンジをいたずらに緊張させないよう、あえて「頑張って」という言葉はかけないようにした。

 

「シンジ君、ゆっくりリラックス。ゲームだと思って肩の力を抜いていれば大丈夫だからね」

「はい」

 

 とはいえ、シンジの体は嫌でも硬くなった。

 それは明確にシンクロ率にも現れた。

 

 リツコは測定されたシンクロ率を読み上げた。

 

「シンクロ率78%。碇シンジ君、さすがに緊張しているみたいね」

「無理もないわ。初めての実戦だもの」

 

 シンジと初号機のシンクロ率は99%を超える驚異的なものだった。しかし、いまは78%まで低下していた。

 緊張、不安などで、スポーツ選手が本来の力が発揮できないように、シンジもいまはそれに似た状態だった。

 

 ミサトの仕事は実戦までにシンクロ率を少しでも上げることだった。

 

「シンジ君の好物ってなに?」

「え?」

「好きな食べ物。この任務が終わったらみんなで食べに行きましょ。ちなみに私はお酒が飲めればなんでもいいクチだけど」

 

 ミサトはそう言ってほほ笑んだ。

 

「えーっと……僕は別に何でもいいです」

「じゃあ、奮発してシャンベルタンをおごってあげるわ。高級ワインよ。パートナーにはビーフシチューね。私のおすすめの店があるからそこに行きましょ」

「あの、僕、未成年ですけど」

「堅いこと言わなくていいのよ。ガーッと行っちゃえばいいのよ」

「いや、でも……」

「いいからいいから、楽しみにしてなさい」

「は、はい、それじゃあ」

 

 見ると、シンクロ率は81,6%まで上がっていた。一定の効果はあったようだった。

 エヴァを用いた任務におけるシンクロ率の推奨は60%以上。80%は十分な数字だった。

 とはいえ、実際に使徒と直面したときに、その水準のシンクロ率を維持できるかはわからない。

 

「葛城三佐、エヴァ初号機、発進準備整いました。いつでもいけます」

「オッケー、さっそく発進するわ。リフトアップ準備」

「リフトアップカウントダウン、入ります。5、4、3、2、1……」

 

 ミサトはカウントダウンに合わせて宣言した。

 

「エヴァ初号機リフトアップ」

 

 初号機を乗せたリフトは勢いよく上昇して、あっという間に地上にたどり着いた。

 シンジの目の前に青空が広がった。

 

「いよいよか」

 

 シンジは緊張感をより高めた。

 



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18話 緊急事態

 使徒はゆっくりとエヴァ初号機のポイントに近づいていた。

 まだシンジの視界には入っていないが、6分後には視界に入ると推測されている。

 

 ミサトはそれまでの間に、シンジにプログレッシブナイフの使い方を指南することにした。

 

「シンジ君、武装オプションからプログレッシブナイフ選択」

「選択しました」

 

 シンジはエヴァ初号機の肩口に現れたプログレッシブナイフを引き抜いた。

 重さは140キロにもなる。しかし、エヴァにとっては人が握るナイフとそれほど変わらない。

 それでも、シンジはエヴァを介して、ナイフの重さを感じていた。

 少なくともカッターナイフのような軽さではない。

 

「手ごたえはどう?」

「思った以上に重い感じです」

「まあ、家庭用包丁の5倍ぐらいの換算になるのかしら。でも、振り回せるぐらいではあるでしょ?」

「はい」

「それじゃあ、握り締めて振り回してみて」

「振り回す……こ、こうかな」

 

 シンジはナイフを振り回してみせた。

 もともと、運動神経の乏しいシンジだけに、子供がナイフを振り回している感じになった。

 足腰をしっかり曲げて、腰の回転を使ったプロのナイフ使いとは違い、棒立ちのような状態でエヴァはナイフを振り回した。

 

「十分十分。子供の喧嘩なら十分勝てるわ」

 

 別にガンダムファイトをするわけではない。相手がAIならば十分に勝算はある。素人の凶器というものは意外にバカにならない。達人の格闘家でも楽勝とはいかないものだ。

 

「一応、オフィシャルの使い方を教えるわね」

 

 ミサトはプログレッシブナイフの動作を取ってみせた。

 ミサトは大学時代に、軍用訓練も受けている。総合格闘技や銃刀の扱いには心得があった。モビルスーツとモビルアーマーの操縦免許も持っているので、場合によっては戦うこともできる。

 

「まず、右手でナイフをしっかり握りしめて、左手で添える」

「はい」

「左足を前に出して腰を掲げて、右わき腹にナイフを構える」

「こうですか?」

 

 シンジはモニターを通して、エヴァのフォームを確認した。合格点は出せなかったが、応急処置としては最低限と言えた。

 

「そのまま腰の回転を活かして突き出す」

「こ、こうかな……うわっ」

 

 突きだしたとき、エヴァはバランスを崩して前につんのめって倒れてしまった。

 あまりのどんくささに、思わず吹き出してしまうスタッフもいた。

 

 シンジは羞恥心を覚えながら慌てて立ち上がった。落としてしまったプログレッシブナイフを拾い上げた。

 

「うーん、大丈夫かしら……シンジ君、立ち上がってもう一度」

「は、はい」

 

 数分の指導により、少なくとも転倒してしまうというどんくさい事態は克服できた。

 

 ◇◇◇

 

 いよいよ、目視できるところまで、使徒が接近してきた。

 開けた地平線に使徒の姿が見えた。

 

「あ、あれが使徒?」

 

 シンジは遠くに見えた使徒を見据えた。ここからではまだ小さいが、それでも緊張感が高まった。

 シンクロ率も77%まで低下していた。

 シンクロ率は下がるほど、エヴァを思い通りに動かせなくなる。

 しかし、シンジの緊張感を反映するように、シンクロ率は容赦なく下がった。

 

「シンジ君、落ち着いて、深呼吸して」

「は、はい」

「怖がる必要はないわ。こっちの指示に集中して」

「怖がるな……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ」

 

 シンジは自分にそう言い聞かせた。しかし、体はなかなかわかってくれない。手は小刻みに震えた。

 

「レーダーに使徒が表示されているでしょう? 赤点ね。その赤点が黒になったら、使徒めがけて突っ走るだけ。懐にたどり着いたら、先ほどやったようにプログレッシブナイフを突き出すのよ」

「えーっと……左足を前にして、突き出す……」

 

 シンジはリハーサルをやってみた。

 

「そうそう、その感じ。使徒は18秒に1回しか攻撃できないから。時間の猶予はあるわ」

 

 ミサトはシンジに作戦の概要を発表した。

 

「無人機を囮として送るわ。使徒が攻撃すると同時に、使徒を黒点にするから、同時に走って。7秒で接近。態勢を整えてナイフで攻撃。十分に時間はあるから落ち着いて。落ち着いて1つ1つやればいいから」

「わ、わかりました」

 

 頭で考えるだけなら簡単だ。レーダー上の使徒が黒になったら走る。使徒の懐に入り、ナイフを突き出す。

 子供のおつかいのようなものだ。

 しかし、想定と実戦は違う。そのことを、シンジはこれからまざまざと経験することになる。

 

 任務開始が近づいてきたころ、甲児からミサトのほうに通信が入った。

 

「すみません、ミサトさん。あの化け物を倒せなくて」

「いま医務室? 怪我は大丈夫?」

「ああ、軽く擦りむいた程度ですよ。それより、シンジが使徒と戦うって本当ですか?」

「ええ、良かったら激励の言葉をかけてあげて」

 

 ミサトは甲児の通信をシンジにつないだ。

 

「シンジ、おれだ。聞こえるか?」

「甲児君? はい、聞こえます」

「頑張れ。お前ならできる。魂を燃やしていけ」

「はい」

 

 甲児の激励は精神論であったが、それには大きな力があった。シンジのシンクロ率が5%以上も上昇した。

 

「いよいよね。無人機3機を射出して」

「了解、無人機発進します」

 

 作戦はシンプルだ。使徒に無人機を狙わせて、攻撃後の空白の18秒を用いて、初号機により使徒を殲滅する。

 あとは、シンジが落ち着いてそれを実行できるかどうかだ。

 

 無人機は上空から急降下し、ビーム砲を使徒に向けて放った。

 ビーム砲はすべてATフィールドによって弾かれてしまった。しかし、使徒の注意をエヴァ初号機からそらすことができれば十分だった。

 

 使徒は上空を旋回する無人機に向けて破壊光線を放った。

 

 機動性の高い無人機であったが、破壊光線は2機を同時に巻き込んで撃ち落とした。

 シンジは爆風に目をやった。それを見たとき、自分もあのようにやられてしまうのではないかという恐怖心が頭の中を駆け巡った。

 

「う……」

 

 恐怖のあまりレーダーを見るのを忘れてしまった。レーダー上の赤点が黒点に変わっていたが、シンジはそれに気づかなかった。

 

「シンジ君、オッケーよ。走って」

「……」

「シンジ君? シンジ君、聞こえてる?」

「……」

 

 ミサトは慌ててリツコのモニターを覗き込んだ。

 

「通信途切れてない?」

「大丈夫よ。でも、シンクロ率が47%まで急転直下したわ。パイロットの精神状態が大きく変化した可能性があるわ」

「シンジ君? シンジ君、お願い、反応して!」

 

 ミサトは繰り返し呼びかけたが、シンジは反応しきれなかった。声を出すことすらできなかった。頭が完全に真っ白になっていた。

 

「使徒にエネルギー反応! まずいです。攻撃来ます」

 

 使徒は目の前のエヴァ初号機にめがけて破壊光線を繰り出した。

 初号機のATフィールドは非常に弱いものしか展開されなかった。

 破壊光線が初号機を直撃した。

 

「うわああああああ!」

 

 このとき、シンジはようやく我に返った。

 全身にやけどの激痛が駆け巡るのがわかった。エヴァの装甲が焼けこげるダメージをシンジも受けることになった。

 これはエヴァもメリットでもあり、デメリットでもある。神経を同化しているため、エヴァの受けるダメージはシンジにも与えられてしまう。

 

「ぐわあああ、あああああああ……」

 

 シンジはもがき苦しんだ。

 このままでは、シンジが気を失ってしまう。最悪、ショック死の可能性もある。

 

「接続カット。急いで!」

 

 ミサトはすぐにそう指示した。

 

「接続カットしました」

「AST緊急投与、急いで!」

 

 エヴァの痛覚を麻痺させる麻酔のようなものがあり、アンビリカルケーブルを経由して投与することができる。

 エヴァの動きは極端に制限されるが、痛みを感じなくなれば、何とか任務を遂行できるようになる。

 しかし、使徒の攻撃でアンビリカルケーブルが切断されていた。

 

「アンビリカルケーブル、応答なし。切断されたようです」

「切断? まずいわ。この場合は……」

 

 秒を争う事態だった。ミサトはすぐに待機中のボスに通信を入れた。

 

「ボス君、AST、リペアキット積んで、補給に急いで」

「シンジがピンチか? わかった、任せるだわさ」

 

 ボスは一年戦争時代から、補給任務のスペシャリストとしてやってきた。

 それだけに仕事も早かった。

 しかし、それよりも早く使徒の追撃が来た。

 

 二度目の破壊光線。エヴァ初号機がこれに耐えるのは不可能と思われた。

 ミサトは初号機の大破を覚悟した。

 

 しかし……。

 

 驚くべきことが起こった。



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19話 暴走

 シンジは夢うつつの中にいた。

 使徒の攻撃による激痛で意識がもうろうとしていた。

 

「ここは……?」

 

 シンジはぼやける視界の中、不思議な光景を見ていた。

 

 目の前に自分がいた。

 子供のころの自分。

 子供のシンジは無邪気に誰かの引っ張っていた。

 

「かあ……さん……?」

 

 シンジは思わずそう問いかけた。すると、夢の中の母親が微笑みかけてくれた。

 

「母さん……」

「大丈夫よ、そのまま楽に……あなたのことは私が守るから」

「……」

 

 シンジはゆりかごの中のような心地よさを覚えて、そのまま目を閉じた。

 

「初号機、覚醒しました!」

 

 マヤが狼狽気味に言った。

 

「覚醒?」

 

 ミサトはモニターを凝視した。

 

 たしかに、エヴァ初号機は立ち上がっていた。

 使徒の2度の攻撃でボロボロになり、エネルギータンクが機能しなくなっているはずだ。理論上ありえないことが起こっていた。

 

 覚醒した初号機は獣のような咆哮を上げた。

 

「どういうこと? 予備電源がまだ生き残ってるの?」

「いえ、回路が完全に遮断されています。理論上、動けるはずがありません」

「でも、現に動いているじゃないの」

 

 誰の目にも初号機は動いていた。

 科学者一同、理論的にありえない光景に困惑していた。

 誰しもが困惑する中、ゲンドウと冬月だけは平然としてモニターを見つめていた。

 

「碇」

「ああ、間違いない」

 

 ゲンドウは覚醒した初号機を見てにやりと笑った。

 

「おはよう、ユイ」

 

 ゲンドウはそのようにつぶやいた。

 

 覚醒した初号機は赤く輝く瞳で使徒を見据えた。

 初号機の体はすでにボロボロだ。装甲の70%が破損しており、エントリープラグにも熱エネルギーが介入していた。パイロットの命も危うい状態だったが、初号機は力強く左上でを天に突き上げた。

 

 その左腕は一瞬で復元された。

 

「ふ、復元されました」

「復元? どういうことよ。DG装甲は動力部にしか使われてないはずでしょ?」

 

 ミサトはリツコに尋ねた。

 

「そうよね、リツコ」

「ええ、間違いないわ」

「じゃあ、どうして復元できるのよ?」

「私にもわからない。DG細胞の一部が変異を起こして金属を汚染したのかも」

 

 リツコに言えることはそこまでだった。

 想定外の状況だけに、どう対応していいかわからない。

 ミサトはともかくシンジに通信を入れた。

 

 しかし、通信不能だった。

 

「ダメね、シンジ君とは連絡がつかない」

「使徒内部にエネルギー反応。攻撃きます」

 

 使徒は覚醒した初号機にめがけて破壊光線を撃ちだした。

 目にも留まらぬ攻撃だったが、エヴァ初号機は完全に見切っていたのか、タイミングよく左腕を前に突き出した。

 

 発生したATフィールドが使徒の破壊光線をはじき返した。

 その破壊光線は使徒の装甲にしたたかに打ち付けられた。

 激しい音と同時に使徒が後ろに転倒した。

 

「何が起こってるの? シンジ君が操縦しているの?」

 

 それはありえない。シンジにこんな操縦ができるはずがない。

 

 初号機は使徒の攻撃を跳ね返すと、ジグザグに鋭くステップして、使徒に飛び掛かった。

 この動作1つとっても、人間離れしていた。シンジが操縦しているはずがなかった。

 

「まるでアムロ・レイが操縦しているみたい。いったいどうなっているの?」

「……」

 

 リツコは何も応えなかったが、初号機の動きから何かを感じ取っているようにも見えた。

 初号機は使徒に馬乗りになると、拳を次々と振り下ろした。

 使徒の抵抗を力でねじ伏せ、やがて使徒の首根っこを掴み、むしり取った。

 

「……」

 

 もはや見守るしかなかった。

 初号機は使徒が動かなくなった後もしばらくの間、使徒に攻撃を加え続けた。

 どちらが侵略者かわからないような光景だった。

 

 現場に駆け付けたボスはその光景を見て不気味さを覚えた。

 

「おいおい、シンジの野郎、本性はこんな獰猛な性格だってのかよ?」

 

 ボスも初号機には近づけなかった。

 しばらくして、初号機の目から輝きが失われた。

 ようやく、初号機は動きを止めた。

 こんな結末を迎えるとは誰も予想できなかった。

 

 しかし、使徒殲滅のミッションは成功という形になった。

 ミサトは嬉しそうな表情を作ることなく、ミッションの終了を宣言した。

 

「対象は完全に沈黙しました」

「ご苦労、よくやってくれた」

 

 ゲンドウは静かにそう言った。

 ミッション完了だが、そこに居合わせた誰しもが、しばらくの間沈黙していた。

 

 ◇◇◇

 

 ミッションは成功に終わった。しかし、ここからが忙しかった。エヴァ初号機や使徒の回収および、使徒襲来の被害状況の確認などの雑務もミサトらの仕事だった。

 ミサトはエヴァ初号機の回収に立ち会った。シンジの安否が心配された。

 

 エヴァ初号機の回収は、ボスの手によって行われた。ボスはマジンガーの救出からエヴァの回収まで、広く活躍することになった。

 

「装甲がドロドロに溶けちまってるわさ。シンジ、大丈夫か?」

 

 ボスはエヴァ初号機をリフトに乗せた。

 安否は不明だが、破損状況からすると、エントリープラグ内も高温にさらされている可能性が高かった。

 

 すぐに冷却が行われて、エントリープラグが摘出された。

 エントリープラグの外部は真っ黒に焦げていた。貫通はしておらず、LCLが漏洩しているわけではなかったので、LCLがシンジを守ってくれた可能性はあるが、中を確認するまではわからなかった。

 

 救助班は手際よくエントリープラグを切断すると、中からシンジを救出してタンカに乗せた。

 ミサトはすぐに駆けよった。

 

「パイロットの状況は?」

「外傷はなく、心肺機能は正常です。しかし意識がありません。強いショックを受けた可能性があります」

 

 ミサトはシンジの顔を見つめた。

 経験則から言うと、脳死状態ではない。軽い脳震盪程度で済んでいる可能性が高いと見た。

 シンジはすぐに緊急治療室に運ばれていった。

 

 ミサトは回収されたエヴァ初号機を見上げた。

 いまは完全に沈黙しているが、あのとき確かに覚醒した。

 

 エヴァはなぜ覚醒したのか?

 

 大きな疑問が残ったままとなった。



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20話 新たな舞台

 

 幸い、シンジのダメージは小さかった。その日の夕方、シンジは目を覚ました。

 

「碇シンジ君、わかるかな?」

 

 主治医がシンジに問いかけた。

 シンジはうなずいた。

 

「握力はあるかな? このペンを握ってみなさい」

 

 シンジは普通に握り締めることができた。

 

「うむ、大丈夫だな。脳波にも異常はない。しかし、しばらくは経過を見たほうが良さそうだ。あとでMRIも取りたい」

 

 主治医は看護師にその場を任せて緊急治療室を後にした。

 看護師の女性はシンジに微笑みかけた。

 

「よく頑張りましたね。あなたのお父さんから伝言を預かっています」

「父さんから……?」

「よく頑張ったって」

「頑張った……?」

 

 シンジには、ゲンドウがそのような言葉を口にするところを想像することができなかった。

 

「うん、本当にお疲れ様でした。あなたが日本を守ったのですよ」

「僕が日本を?」

「ええ、あなたが敵を倒さなければ、このあたりも攻撃を受けて壊滅していました」

「……」

 

 シンジには実感がなかった。自分が日本を守ったなんて信じられなかった。

 

「しばらくゆっくり休んでください、若きヒーロー」

 

 看護師の女性はそう言ってその場を後にした。

 ヒーローなんて言われたのは生まれて初めてだったから、どんな反応をしていいかわからなかった。

 

 それから1時間ほどした後、ミサトが甲児とボスを連れて、見舞いにやってきた。

 

「シンジ、見てたぜ。すげえな、一人で使徒を倒しちまうなんて」

 

 甲児は開口一番そのようにシンジをほめた。

 

「こらこら、病人相手に大きな声を出さない」

 

 ミサトは甲児を咎めて、椅子に座った。

 

「具合はどう?」

「大丈夫です。どこも異常ないって」

「そう。それは良かったわ」

 

 使徒の攻撃を受けたときはどうなるかと思ったが、幸いシンジは元気だった。

 

「しかし、シンジよ。お前に格闘技の心得があるとは思わなかったぜ」

 

 ボスが言った。

 

「え?」

「あのマウントポジションからの的確な打撃は俺様の次ぐらいの腕前だ。おい、どこで格闘技を習ったんだ?」

「いや、格闘技なんて僕はやったことないですよ」

「とぼけんな。ありゃあ、素人にできるもんじゃねえ。近くで見ていたら、恐怖さえ感じる徹底ぶりだわさ」

「いや、本当に僕は何も……意識を失ってて何も覚えてなくて」

「意識を失ってただぁ? なら、催眠拳法でも会得してるのか?」

 

 ミサトはそのやり取りを聞いて、首を傾げた。

 

 シンジは意識を失っていた。

 だとすると、あの初号機はやはりシンジではない何かによって操縦されていたと見て間違いない。

 

 しかし、いまはそんなことを考える局面ではない。

 

「ともかくご苦労さん。退院はいつごろ?」

「検査の結果を見ながら、三日後には退院できるっていう話でした」

「よっしゃ、そのときはパーティーだ」

 

 甲児は元気にそう言った。

 

 ◇◇◇

 

 そのころ、ゲンドウは冬月と共に科学者のチームと回収された使徒のパーツを調べていた。

 

「これがコアかね?」

「はい。エネルギー反応はここから生まれたものと推測できます。内部は見たこともない構造をしています」

 

 リツコがそのように説明した。

 

「ちょうど人の生命活動に酷似しています」

「なるほど」

 

 ゲンドウはコアのスキャンデータに目を通した。

 科学の心得のあるゲンドウはそのデータからあることをつかみ取った。

 

「なるほど、人の構造に似ているという話だったが、碇、これは間違いないな」

「ああ、最初の人間アダムと同じだ」

 

 ゲンドウはそれを確認すると、科学者らにその場を任せて去っていった。

 

 ミサトらに続いて、他にも色々な者がシンジの見舞いにやってきた。

 シンジと同じネルフ傘下のパイロットたちがたくさんやってきた。

 その中にはレイの姿もあった。

 レイはパイロットらに同行する形でやってきたので、シンジに直接話しかけることはなかったが、花瓶に花を1つ差していってくれた。

 

 しかし、ゲンドウが見舞いに来ることはなかった。

 看護師の話だと「よく頑張った」という言葉を伝言にしたそうだが、シンジはその言葉をゲンドウの口から直接聞きたかった。

 しかし、それは叶わなかった。

 

 ゲンドウの見舞いはなかったが、検査に異常はなく、シンジは首尾よく退院することができた。

 退院後、ミサトはシンジをネルフの展望台に連れて行った。

 

「いい景色でしょ」

「はい」

 

 シンジは高さ450mから地上を見下ろした。高層ビルのすべてが小さなものに見えた。

 

「紛れもなくあなたが守った世界よ」

「……でも、実感がないです」

 

 シンジはしばらく地上のすべてを

 

「もし、使徒を止めることができなかったら、このあたり2500棟は壊滅、民間人から800人以上死者が出ていたと試算されているわ。自信を持ちなさい、あなたは国を守った立派なパイロットなのよ」

 

 それでもシンジは実感できなかった。けれど、少しだけ誇らしい気持ちになった。

 シンジはずっとゲンドウのコネでネルフに連れて来られて、いやいやエヴァのパイロットになったと考えていた。自分は被害者だと考えていた。

 

 しかし、ミサトの言葉を受けて、自分は国を守るパイロットなのだという思いが少しずつ芽生えて来た。

 だから、シンジはミサトに次のように提案した。

 

「ミサトさん、僕に操縦を教えてください」

「……」

 

 シンジの突然の強い言葉にミサトは一瞬驚いた。

 

「国を守ったと言われても、僕自身は何もしていません。きっとエヴァの力のおかげなんだと思います。それじゃダメだと思いました。だから、ちゃんと操縦できるようになりたいんです」

「わかった」

「お願いします」

 

 シンジは頭を下げた。

 

「それじゃあ、シンジ君のその決心を称えて飛び切りやりがいのある訓練の機会を上げるわ」

 

 ミサトはさっそくシンジのために、話をつけた。

 

 ネルフはその傘下にいくつも部隊を持っている。

 日本海の国境を防衛する部隊に「北日本ネルフ特殊防衛隊」がある。

 ベテランパイロットであるバニングが部隊長を務める鬼の部隊である。

 

 

 この部隊は数々の名パイロットを輩出しているが、過酷で厳しいスパルタ指導で知られている。

 

 ガンダム試作一号機のメインパイロットとなり、宇宙戦線で活躍するコウや一年戦争で22機を落とす大車輪の活躍を見せたモビルアーマーの名手ラトゥーニなどを輩出している。

 

 ミサトはシンジをバニングの元に送り込むために話をつけた。



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21話 新境地へ

 シンジはネルフを離れるために始発の電車に乗り込んだ。

 

 行先は新潟の新潟空軍基地。

 

 新潟空軍基地は現在、ギガノス帝国との連絡地として使用されている。

 米軍と日本軍が共同で管理しているが、ネルフが約3割の資金を提供している。

 日本軍は米軍と違い、官中心で軍事施設が営まれる。99%以上の施設を民間企業に委託する米軍と違い、施設ごとにそれほど大きな違いがない。

 米軍が民間の軍事開発にかなりの自由度を持たせているのに対して、日本軍は基本的に防衛省の認可制だ。

 

 それゆえ、良くも悪くも管理が厳しい。

 エヴァ初号機開発計画も結局官民の内部抗争がきっかけで開発が遅れた経緯がある。

 米軍がグルンガストやビルトファルケンの開発を低コストで進めるなか、日本軍はエヴァ初号機開発だけに3兆円もかけてしまった。

 当初、エヴァ計画の予算は7500億円だったのだが、度重なる汚職も相まって、3兆円にまで膨れ上がってしまった。

 しかし、こうした厄介な体質にはメリットもある。

 

 米軍は予算の順守を厳しく言い渡されるが、日本軍は青天井だ。米国の場合、予算オーバーは議会から強い反発があるほか、国民の過激派が暴れる一因になるのでそこは厳しい。

 ところが、日本国はおとなしい国民性ということもあり、予算がオーバーしてもデモも起こらない。せいぜい、ネットに批判的な匿名コメントが溢れる程度だ。

 そのため、いくらでも湯水のように資金が提供される。

 

 潤沢な予算のおかげで、マジンガーZやエヴァンゲリオンなどの兵器が開発されたともいえる。

 マジンガーにせよ、エヴァンゲリオンにせよ和製兵器は非常に優秀で、コストパフォーマンス重視で作られる米軍兵器に比べ、金がかけられているだけあって高精度の力を持つ。

 

 こうした軍事的背景もあり、いまでは「質の日本軍」「量の米軍」と言われたりもする。

 米軍が量産機主体のコスパ重視型の方策を取る一方で、日本軍は1つのユニットに数兆円の資金をつぎ込んで精度の高いものを作り上げる。

 

 シンジはそんな最高クラスの兵器であるエヴァ初号機のパイロットに選ばれた身である。

 それはすごいことである一方で大きな責任がかかることでもある。パイロットに選ばれたとき、シンジは責任なんて感じていなかった。嫌々、エヴァに乗るという感じだった。

 しかし、使徒との戦いを経験し、シンジの中に責任感を芽生えていた。初号機のパイロットとしての責任を全うするために、シンジは新潟空軍基地を目指した。

 

 シンジは力強くうなずくと、電車に乗り込んだ。

 

 東北に向かうのは初めてのことだった。

 リニア電車はあっという間に都心を離れ、地下トンネルに入った。

 時速500キロ超で走るリニアを使えば新潟までは1時間とかからない。

 特に地下リニアが実用化されてからは新潟の基地まで直線でつながってより速くなった。

 

 途中、ミサトから長文のメールが届いた。

 寮のほうに必要な物資を送り届けたという旨の内容と、励ましの言葉がつづられていた。

 

 シンジはミサトの激励の言葉を頼もしく感じた。

 

 ややあって、甲児からもメールが届いた。

 

「土産を楽しみにしてるぜ」

 

 シンジはそれを見て口元を緩めた。

 

 リニアは新潟空軍基地の地下施設に到着した。

 降り立つと、騒音の響くエリアが広がっていた。

 無人フォークリフトが大きな荷物を抱えてあちこちを行き来していた。

 

 シンジは到着するなりイヤホンをつけた。

 

「こちら碇シンジです。ただいま到着しました」

 

 シンジは基地のスタッフにそう伝えた。イヤホンを使えば、騒音の中でも自由に通信することができた。

 

「ご苦労様です。そちらに使いの者が来ていると思いますので、9番通路のほうに向かってください」

「えーっと、9番……」

 

 シンジは見渡して大きな文字で「9」と書かれたところを発見すると、そちらに歩みを進めた。

 エリアにはたくさんのフォークリフトが行き来している。シンジは信号機を守りながら地面に描かれた白線の上を進んだ。

 9番通路のところにたどり着くと、幾人かの男が談笑していた。

 シンジに気が付くと、年配の男が手を振った。

 

「おう、こっちだ」

 

 シンジは男のほうに向かった。

 

「ここはうるさいだろ。こっちだ」

 

 男はシンジを通路のほうに誘導した。

 

「お前が碇か?」

「はい、よろしくお願いします」

「おれはサウス・バニングだ。階級は大尉。まあ、軍のことはわからねえと思うから好きに呼んでくれて構わねえ」

「よろしくお願いします、バニング大尉」

 

 シンジはそう言って丁重におじぎをした。すると、バニングは笑った。

 

「んなにかしこまらなくていい。うちは緩いところだ。今月に入って若いのが3人、飲酒運転で謹慎処分だ。おれが若いころなら火星に左遷されるか、最悪オホーツク海に沈められてるところだぜ」

 

 バニングはそう言いながらにこやかにほほ笑んだ。

 

「まあ、スパルタ指導なんてのもすっかりなくなっちまった。暴力を振るったなんて知れたら、それこそパワハラでクビが飛ぶ時代だしな」

 

 バニングはそう言いながら、シンジのほうを見つめた。

 

「しかし、あんたの保護者からは厳しくしつけてくれって通達されている。まあ、楽しみにな」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 シンジは少しびびりながらも頭を下げた。

 保護者というのはミサトのことだろう。

 

「碇司令の息子なんだってな。エヴァ初号機のパイロットに選ばれたと聞いている。その歳でたいしたもんじゃねえか」

「いえ、僕の実力というわけではないんです」

「パイロットに実力なんてどうでもいい。問題は気持ちだ。戦場では、気持ちの強いやつが生き残る」

「気持ちですか」

「そうだ、気持ちだ。そのことをよく覚えておきな」

「はい」

 

 バニングはシンジを基地のミーティングルームに連れて行った。

 

「先週からうちに新入りが二人入っててな、紹介するぜ」

 

 バニングはシンジに二人の少年を紹介した。

 ミーティングルームに待機していた二人は1週間で軍のイロハを身に着けているのか、バニングがミーティングルームに入るや否や、起立し敬礼した。

 

 シンジはその二人を見つめた。

 シンジから見ても、その二人からは初々しさを感じた。それを見ると、少しホッとするところがあった。

 

「お前ら、喜べ。新入りが入ったぞ」

「新入りでありますか?」

 

 少年の一人が尋ねた。その少年はそれなりにがっちりした体型だった。

 

「碇シンジだ。すでにエヴァ初号機のパイロットとして、東京を侵略した使徒を倒している。つまり、お前らより格上だ」

「はっ、よろしくお願いいたします、碇シンジ殿。私はリュウセイ・ダテ候補生であります」

 

 少年はリュウセイと名乗った。続いて隣の少年も挨拶した。

 

「はっ、よろしくお願いいたします。私は鈴原トウジ候補生であります」

 

 トウジと名乗った少年は少し語調になまりを感じさせた。

 

「よろしくお願いします」

 

 シンジは頭を下げた。

 改めて、バニングは二人を紹介した。

 

「こいつはリュウセイだ。SRXチームから先週派遣されてきた。SRXチームは知っているか?」

「いえ」

「九州の民間軍事団体だ。もともとはゲヒルンの傘下だったが、ネルフ独立に合わせて独立したんだ。つっても、日本じゃどこの団体も結局防衛省の犬みたいなもんだがな」

 

 バニングはそう説明したが、軍事情報に疎いシンジにはそれでもまったくわからなかった。

 ネルフはもともとゲヒルンという大企業だった。

 南原研究所や光子力研究所を束ねていたが、内部抗争もあってネルフは光子力研究所や南原研究所を取り込んで独立。残ったSRXチームは九州に移って独立した。

 この内部分裂の背景には、当時与党だった「立憲共産党」が失脚したというのもあったが、SRXチームが起こした抗争が大きかった。その抗争は100人以上の死者を出す大きな事件だった。

 そんな最悪の別れをしたネルフとSRXチームだったが、最近は合同で兵器開発をするまでになっている。協力関係ではあるが、どこか対立している微妙な関係だった。

 リュウセイはSRXチームが抱えていたパイロット候補生であり、SRXチームの傑作兵器である「Rシリーズ」のパイロットの有力候補として、シンジと同じような経緯でここにやってきていた。

 

「こっちはトウジだ。先週うちに志願してきた。妹の医療費を賄うためにパイロットになりたいというなかなか根性のあるやつだ」

 

 トウジはバックボーンのない生粋の志願兵だった。今時少ない志願兵であり、バニングはトウジの根性を買って入隊させた。

 

「まずは友情を深めるところからだ。戦場じゃ、友情がものを言うからな。友情のないやつに戦場では力を発揮できねえ」

 

 バニングはそう言うと、懐からIDカードを取り出した。

 

「友情を深めるなら殺し合いが一番だ。さっそくやり合ってもらうぜ」

 

 バニングはそう言うと、にんまりと笑った。

 突然のことに、シンジは強い緊張感を覚えた。



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22話 新たな仲間

 バニングは殺し合いと言ったが、それは誇張表現だった。

 実際は、シミュレーション操縦だった。

 

 シンジはガンダムMK-Ⅱのシミュレーションコックピットに座った。

 ガンダムMK-Ⅱはネルフにいたころに少しだけ操縦した経験があった。

 まともに操縦できるほどではないが、操縦の方法はまだ頭に残っていた。

 

 シンジはマスターキーをオンにした。

 

「準備できました」

「おう、なかなか慣れたもんだな。MK-Ⅱの操縦に心得はあるのか?」

 

 バニングが尋ねた。

 

「いえ、ほんの1日ほど体験があるぐらいです。ろくに操縦できないです」

「ならばちょうどいい。連中もみなまともにモビルスーツは操縦できねえ。お互い似た者同士だ。存分にやり合いな」

「しかし、動かし方がほとんどわかりません」

「それでいいんだ。何でもとりあえず水の中に飛び込むことが大事だ。もがいているうちに体が覚えてくるもんだ。分厚いマニュアルを読んだって操縦はできねえ。すべては実戦だ」

 

 バニングの方針は手荒だったが、最も理にかなっていると言えるのかもしれない。

 その後、リュウセイから通信が入った。

 

「碇シンジ殿、お手柔らかにお願いします」

 

 リュウセイはシンジのことをかなりの格上だと思っているようだった。それもそのはずで、軍事情報に心得がある者からしてみると、エヴァンゲリオン初号機のパイロットというのはすごい存在である。

 しかし、シンジからすると自分の意志に関係なく勝手に決まったことであり、格上だと思われるのはやりにくかった。

 

「あの、僕はコネで選ばれただけで実力は全然なんです。ですので、あまり過大評価しないでください」

「そう謙遜なさらず。リュウセイ・ダテ、胸を借りるつもりで全力で行かしていただきます」

 

 しかし、リュウセイはアムロレイを相手にするような様子だった。

 

 まずは、リュウセイとシンジの1対1のシミュレーションバトルが始まった。

 シンジが操縦するのはガンダムMK-Ⅱ.リュウセイが操縦するのはゲルググだった。

 

 シンジからすると、ゲルググは見るのも初めてだった。

 どう戦えばいいかわからなかった。

 

 バニングはソファーに腰かけると、高みの見物と言った感じでモニターを見つめた。

 

「よし、サバンナエリアを選択したら対戦を始めろ。シミュレーションだ。死んでもタマはなくならねえから思い切ってぶつかってけ」

 

 バニングはそう言って、楽しそうに笑った。

 

 シンジはエリア選択から「サバンナ」を選択した。すると、目の前が開けたサバンナになった。そして、遠くにゲルググの姿が見えた。

 

「えーっと、武器選択オプションを……」

 

 シンジは1つ1つボタンを確認しながら動作を取った。本来は、前とレーダーを同時に見ながら武器を選択する必要があるが、初々しいシンジにはそこまでの余裕はなかった。

 リュウセイもそれは同じだった。

 

「えーっと、コンバットメタルナーイブ……じゃなくて、ビームトマホークだ。よし、行くぜ」

 

 リュウセイもぎこちなく武器を選択すると、操縦桿を引っ張った。

 

「ともかく当たって砕けろだ」

 

 リュウセイはトマホークを構えたゲルググを進軍させた。

 

 シンジはこちらに向かってくるゲルググを見て焦った。

 

「急げ、えーっと、ビームライフル構えて……は、発射」

 

 焦りのせいで、銃身がしっかりと合わないままの発射となった。ビームはあさっての咆哮に飛んだ。

 しかし、リュウセイも慣れていないので焦った。

 

「うおっ、撃ってきた? か、回避だ。右に旋回」

 

 リュウセイはリュウセイで無駄な回避行動を取った。

 

 あさっての方向にビームライフを撃つシンジ、無駄な回避行動を取るリュウセイ。絵に描いたような素人の対戦だった。

 バニングは楽しそうにその光景を見ていた。

 

「こりゃあ、戦場には出せねえな」

 

 バニングの後ろには部下が3人ほど控えていて、彼らも思わず笑い声をあげた。

 

「懐かしいな、僕も彼らと同じころはそうだったな」

「ウラキ、お前はどっちが勝つと思う?」

「そうですね……」

 

 ウラキと呼ばれた部下はモニターをしばらく凝視した。

 

「碇少年の射撃は銃身が合っていませんが、目視で撃っているにしては思いのほか正確さを感じさせます。射撃のセンスがあるのかもしれません。ダテ少年のほうは、動きはめちゃくちゃですが、反応速度がかなりのものです」

「うむ、そうだな。どちらもセンスは感じさせてくれる。で、どっちが勝つと思う?」

「弾を撃ちきってしまうことを考えると、ダテ少年に勝算があるかと思います」

「なら、意見が分かれたな。おれは碇が勝つと思う」

 

 バニングは確信するように言った。

 

「鉄砲ってのは数撃ちゃ当たるもんだ」

 

 バニングの予想が当たり、シンジが撃った適当なビームがゲルググを撃ちぬいた。

 勝負はその一瞬で決まった。

 

「しまった、くそー。反応はできたのに、思わずアクセルを踏んじまった。ここは右にステップするべきだった」

 

 リュウセイはそう言って頭を抱えた。

 

「か、勝ったのか?」

 

 シンジからすると勝った気がしなかった。くじ引きを引くようなお祈り気分で撃ったビームが敵機をたまたま捉えただけだった。

 

「さすがはエヴァ初号機のパイロットであります。参りました」

 

 リュウセイはよりシンジへのリスペクトを高めたようだった。シンジからすると運が良かっただけにほめられても困ってしまった。

 

「よし、次はトウジとシンジだ」

 

 シンジは続いて、トウジの百式と対峙した。

 

「よろしく頼むで」

 

 トウジは関西弁をしゃべった。おそらく、それがトウジの標準語なのだろう。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 この勝負は一瞬で勝負が決まった。

 

「メガバズーカランチャーや。いくで!」

 

 開始早々、トウジはとりあえずメガバズーカランチャーを撃ち込んだ。

 これは百式最強の武装で、15秒間放射するだけで、エネルギーが尽きる超強力な兵器だった。

 それを撃ち込んだところ、回避できなかったシンジは即死した。コックピット大破という形だったので実戦だったら死んでいた。

 

「さて、このド素人たちを来月にはそれなりに仕立て上げてやらんとな」

 

 バニングはそう言うと、拳をならした。

 

 ◇◇◇

 

 シンジはリュウセイ、トウジと部屋をシェアすることになった。

 ミサトが届けてくれた荷物を持って、シンジは部屋に向かった。

 

 室内は殺風景だが、3人でシェアするには十分な広さだった。

 

 リュウセイやトウジとは思いのほか早く打ち解けることができた。

 二人とも昔からパイロットを目指していたわけではなく、シンジと同じく普通の民間人として暮らしている時間のほうが長かった。それだけに、シンジと同じくロボットの操縦の経験はほとんどなかった。シンジはエヴァ初号機を操り、使徒と戦った経験があり、この中では、シンジが最も経験豊富だった。

 

「なあ、シンジ。エヴァに乗って使徒と戦ったんだろ? どうだった? やはり怖いものなのか?」

 

 リュウセイが尋ねた。

 リュウセイはつい先月まで民間人として普通に暮らしていた。ある日、突然軍の関係者がリュウセイの学校にやってきて、半強制的にリュウセイを徴兵した。

 いま、SRXチームはT-LINKプロジェクトなるものを薦めていて、そのプロジェクトのために、パイロット候補生を探している。その際に、リュウセイに適性があると判断された。

 なぜ、適性があるのかについてはリュウセイ本人にも詳しくは語られなかった。ともかく、リュウセイはシンジと同じく突然徴兵された身だった。

 

「うん、正直に言うと、すごく怖かった。目の前に使徒が見えたときは体が動かなくなった」

 

 シンジは当時のことを回想すると、今でも恐怖心がせりあがってきた。

 

「でも、使徒を倒したんだろ?」

「うん、でもあのときのことは良く覚えてなくて、自分でも信じられないぐらいなんだ」

「はー、すげえな。おれにはとても真似できそうにないぜ」

 

 リュウセイはそう言って大きく息を吐いた。

 

「リュウセイ君はどうして軍人に?」

「ああ、平和に暮らしていたら、イングラムとかいう怪しいおっさんがやってきて、軍に入るように薦められたんだ。おれは平和主義者だから乗り気じゃなかったんだが、そのなんだ……」

 

 リュウセイは後半を少しごまかした。すると、先ほどまで布団の支度に精を出していたトウジが介入した。

 

「きれいな姉ちゃんにそそのかされた。そういう話やったろ」

「それを言うな」

「ええやんけ。バニング大尉も戦争に出る動機としては十分っちゅう話やったろ」

「まあ、そういうことだ。おれはハニートラップにはまってしまった。それでここにいるわけだ」

 

 リュウセイは白状した。

 

「ひょっとしてシンジも同じクチか?」

「いや、僕はそういうわけでは……」

「でもいるだろ、気になる女ぐらい。ネルフの女はハイスペックだって先輩から聞いたことあるぜ」

「いや、どうかな……」

 

 そのとき、シンジが第一に思い浮かべたのはレイだった。その次にミサトの姿が思い浮かんだ。しかし、その先に思い浮かんだのは女性の姿ではなく父親の姿だった。

 

「僕がネルフに入れたのは父親のコネなんだ」

「そういや、シンジの親父さんってネルフの司令官って話だったっけ」

 

 シンジはうなずいた。どこか恥ずかしさを覚えたのでうつむいた。

 

「結局、世の中コネっちゅうことか。いいとこのボンボンやと苦労もしないで出世できる」

 

 トウジは少し嫌みたらしくそう言った。

 

「おい、そんな言い方するなよ」

「でもほんまのことやろ」

 

 トウジはそれほど裕福な生まれではない。それゆえ、ネルフ司令官の息子としていきなりエヴァのパイロットに任命されたシンジをそれほど良くは思っていない様子だった。

 

「シンジ、気にするな。トウジは関西人だからな、まったくモラルのかけらもないから困ったもんだぜ」

「いえ、本当のことだから」

 

 そのことはシンジもよくわかっていたから、別に嫌な思いになることはなかった。

 

「みんな色々あってパイロットをやってるんだな。まあ、なんにせよ、仲良くやって行こうぜ。改めてよろしく頼むぜ」

「うん、ありがとう。こちらこそ、よろしく」

 

 シンジはリュウセイと握手をかわした。

 



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23、マジンガーチームの特訓

 翌日から、シンジはバニングの厳しい特訓を受けることになった。

 

 銃の扱い、サバイバル術、格闘術から肉体トレーニングや兵法のイロハまで、朝から晩まで過酷な特訓は続いた。

 

「チンタラするなぁ! 急げ!」

 

 バニングの怒号が飛ぶ中、シンジは懸命に特訓に集中した。他のことは考える余裕がなかった。ただ目の前の過酷な特訓に耐える毎日だった。

 バニングの訓練は特に厳しいと評判であり、入隊した若者の半分は途中で挫折してやめていくと言われている。

 

 しかし、シンジは新入りがやめていく中でも、めげることがなかった。

 シンジはネルフにやってくるまでは、軍人とは対極の暮らしをしていた。そんな軟弱なシンジがこの特訓に耐えられたのにはいくつか理由があった。

 

 もともと、シンジは孤独に強かった。物心つくころには母親はすでに他界しており、父親もそばにはいなかった。

 友達と呼べる友達もおらず、シンジはずっと孤独に暮らしてきた。

 バニングの特訓は孤独との戦いでもあった。

 

 バニングが新人に最初に課すトレーニングが、離島での7日間のサバイバル訓練だった。

 シンジはナイフ一本だけを持たされ、まだ冷える東北の離島に投げ込まれた。

 そこでは頼る人はいない。協力する仲間もいない。

 

 自らの力で食糧や寝床を確保しなければならなかった。

 日が沈みあたりが静かになると、孤独な夜を過ごすことになる。

 新人の多くが、この孤独に耐えられないのだという。結果、数日でギブアップの通信を入れる者が後を絶たなかった。

 普段から友達と駄弁り、何となく誰かの輪の中で過ごすことにならされている現代人には、離党でのたった一人での暮らしは過酷だった。

 

 しかし、シンジにはその孤独は普遍的なものだった。

 離島での静かな夜は、シンジにとって心地よいとさえ思えるものだった。

 

 7日間の離島サバイバルを乗り越えて戻ってきたのは、参加した25人の新人のうち7人だけだった。

 その中には、シンジ、リュウセイ、トウジが含まれていた。

 

 この離島サバイバルを耐え抜いた者には、本格的な軍事演習が行われた。

 野生に還ったかのような過酷なトレーニングの日々が土日なしに続いた。

 シンジは激しい筋肉痛にさらされながらも、歯を食いしばって訓練に耐えた。

 

 ◇◇◇

 

 シンジがバニングの過酷な特訓を受けている間、ネルフにも色々なことが起こっていた。

 来る次の使徒との戦いに備えて、大規模な軍事改革が行われた。

 

 リツコをはじめとする科学部は光子力研究所と共にマジンガーZをはじめとする兵器の強化合宿に参加することになった。

 現在研究中の強化型ロケットパンチの開発、さらにはボロットに装着可能なロケットパンチの開発も進められた。

 

「なんと? ボロットに新しい武器が追加されるってか? こりゃたまげただわさ」

 

 ボロットに新兵器が加わるということで、ボスは大いに喜んだ。

 甲児とボスもまた、今後の使徒戦に備えて、特別訓練に参加した。

 

 甲児らはグアムに渡り、米軍との合同訓練に参加した。

 グアムの米軍基地には、カイが率いるゲシュペンスト部隊が駐屯している。カイは「鬼の鉄拳」の異名を持っており、一年戦争でも大車輪の活躍をしていた。

 

 カイは一応甲児とボスの上司でもある。グアム基地はもともと日米軍の拠点であり、日本を拠点にするネルフとは親しい関係にある。

 甲児とボスがまだ幼いころから、カイは操縦のイロハを叩きこんでいた。

 そのこともあって、甲児もボスもゲシュペンストの1級操縦士の資格を持っている。

 

 カイは久方ぶりに甲児とボスと面会することになった。

 

「おう、小僧ども、久しぶりじゃねえか。どうした? 左遷でもされたか?」

「ご無沙汰です、カイ中尉。マジンガーを大破させちまいまして。しばらくマジンガーが使えなくなったんです」

「マジンガーをぶっ壊しただぁ? いったいいくらする機体だと思ってんだ? てめえの命よりずっとたけえんだぞ」

「はは、相変わらず手厳しいことで」

 

 甲児は苦笑した。

 

「まあいい、あれからちっとは上達したのか? おれが直々に相手してやる。来い」

「よろしくお願いしますだわさ」

 

 甲児とボスを交えたシミュレーション訓練が行われることになった。

 想定は、グアム基地を空襲する敵機をミノフスキークラフト搭載のゲシュペンストで打ち倒し、グアム基地を防衛するというもの。

 敵機には、カイ率いる約15名のベテランパイロットが入り、防衛軍側は甲児、ボスをはじめとする若手チームが入った。

 グアムの新人たちはまだまだ初々しく、経験値では甲児とボスが一番だった。

 

 甲児とボスは久しぶりにゲシュペンストのコックピットに座った。

 

「懐かしいな。この独特の操縦桿」

 

 甲児は操縦桿を握り締めると、久しぶりの感触にテンションが上がった。

 

「おうおう、MK-Ⅱはやはりいいな。ジェットマグナム搭載だから、ボロットパンチで鍛えたおれにはちょうどいいぜ」

 

 ボスもゲシュペンストの操縦桿を握り締め、気合を高めた。

 二人が乗り込んだのはゲシュペンストMK-Ⅱである。

 ゲシュペンストは米軍の主力兵器の1つであり、大量生産しやすいという利点がある。

 

 量産に向いているのに、機動性、武装のパワーともに一般的なモビルスーツを上回っている。

 一年戦争でも大活躍した。

 

 もともと、旧式のアッシマーやゲルググやザクを土台に開発されたものであるから、性能が高いのは当然である。

 とはいえ、最近はザクの後継機も増えており、最近発表されたザクⅢはゲシュペンスト以上に汎用性の高い武装を兼ねそろえていた李する。

 

「準備はいいか?」

「いつでもオッケーです。カイ中尉」

「ではスタートだ」

 

 カイは旧式のアッシマーを起動させた。上空にたどり着くと、モビルアーマーに変形し、グアム基地を目指した。

 カイの後ろには15機のアッシマーが続いた。

 今回の訓練は、これらのアッシマーからグアム基地を防衛するというものである。

 

 カイの操縦のうまさを知っている甲児は味方機に次のように指示した。

 

「単機ではカイ中尉を追うな。少なくとも列機3体で、それも出来る限り一撃離脱を心がけるんだ」

「了解です」

「ところで、おれがリーダーでいいのか?」

 

 甲児は仲間機に尋ねた。

 

「マジンガーのパイロットである甲児さんがリーダーをするべきです。私たちはそれに従います」

 

 グアムの新人たちは謙虚だった。しかし、反発する者が一人いた。ボスだ。

 

「おいおい、甲児。勝手に決めるな。リーダーは俺様だ。いっぺん小隊長ってやつをやってみたかったのよ。一年戦争時代はずっと指示待ち補給任務ばかりだったからな。おれが指示を出す側に回りたいのさ」

「そりゃおれだって同じだよ。小隊長は軍人のあこがれだからな」

「おれがやる」

「いいや、おれがやる」

 

 甲児とボスは子供じみた小隊長の取り合いをした。

 グアムの新人たちはこの醜い言い争いを聞きながらも、ジッと黙って待っていた。

 

 これはシミュレーションだから、カイは甲児とボスの通信を傍受していた。

 

「バカ野郎、くだらねえ言い争いしてんじゃねえ。真面目にやらんか!」

「申し訳ありません、カイ中尉」

 

 中尉の怒号には従わざるを得ない。二人はしゃんと背筋を伸ばした。

 

「じゃんけんで決めろ」

 

 カイがそう言うので、甲児とボスはじゃんけんで小隊長の座を争った。結果、ボスが小隊長になった。

 

「ジャンジャジャーン、行くわよ!」

 

 ボスの掛け声と同時に、グアム基地からゲシュペンストMKーⅡが飛び出して行った。

 ゲシュペンストはもともと陸上戦を想定したものであり、一年戦争時代は中東でのモビルスーツ戦に広く導入されていた。

 米軍はいち早くミノフスキークラフトを搭載したゲシュペンストを実戦配備していたが、一年戦争ではあまり活躍しなかった。一年戦争の主戦場が中東の陸上戦だったのが要因である。

 米軍が飛行型ゲシュペンストの活用に消極的だったもう1つの理由が、その技術を世界に広めたくなかったというのもある。

 

 堕ちた機体は敵軍にしてみると格好の教材であり、日進月歩する兵器開発の世界で相手にアドバンテージを与えることは危険だった。

 飛行型ゲシュペンストは結局ほとんど実戦で活躍しないまま、一年戦争が終結した。

 

 米軍のミノフスキークラフトの精度は高く、モビルアーマー相手に格闘戦を仕掛けることも可能になっている。

 とはいえ、モビルアーマーに格闘戦を仕掛けるのはナンセンス。兵法のイロハを知るボスは列機に指示を送った。

 

「メガビームライフルではちの巣にしてやるわさ。おれに続け」

 

 ボスは小隊長になれたことでテンションが上がっていた。

 

「連中は馬鹿正直に向かって来やがったな。俺様が射撃のできないでくの坊だと勘違いしてもらっちゃ、こまこま困りんだわさ」

 

 ボスはレーダーに現れた敵機を見つけると、メガビームライフルを装備した。

 ゲシュペンストの主力兵器は、ロングレンジのメガビームライフル、遠隔操作系のスラッシュリッパ―、追尾型のミサイルである。

 もっとも、ゲシュペンストの最強武装はその拳であるというのが、ゲシュペンスト使いたちの共通の回答である。

 

「甲児、勝負だ。どっちが多く堕とせるか」

「アホ、アッシマー相手にそうそう当たるかよ。新米ならまだしも相手はみなベテランだぞ」

「ずいぶん、弱気じゃないのさ。見てろよ、おれの見越し射撃の腕前を」

 

 ボスは敵機を射程に捉えると、メガビームライフの銃身をセットした。

 銃身はオートロックオンされる。しかし、このオートロックオンは敵機がどういう行動を取るかは計算されない。

 そのため、正確に敵を撃つには、相手の行動を予測するか、相手がこちらに気づかない状態で撃たなければならない。

 残念ながら、高性能レーダーのおかげで、敵はボス機の位置を正確につかまれている。そこで、頼りになるのは、パイロットの予測となる。

 

「うりゃうりゃー、行くぜ。メガビームライフルだわさ」

 

 ボスは自分の勘に自信を持ってライフルを撃った。

 ライフルは高濃度の陽子を纏ったエネルギーを放射した。

 現在、使用されるビーム兵器はたいてい、陽子加速型だ。陽子を光の速度の90%以上に加速させることで、水素分子や酸素分子を誘導して莫大な熱エネルギーを発生させ、酸素の燃焼効果を用いて放射する。

 最も速く空間を移動するほか、イオンや重力の影響を最小限度にできる。

 ビームは空間内で減速するが、それでも音速を超える速度で敵機に到達する。

 

 カイはボス機のビームライフルの発射と同時期に小さく操縦桿を傾けた。すると、アッシマーは少しだけ右に移動方向を変えた。

 次の瞬間、アッシマーの隣を高速ビームが抜けていった。紙一重のタイミングだったが、カイほどの実力者からすると、今のタイミングでも次の一言となる。

 

「遅い。なってないな」

 

 0コンマ1秒でも反応が遅れれば当たっていたが、0コンマ1秒はパイロットにとって、あまりに十分な時間だった。

 

「さて、まずはお遊びからだ」

 

 カイは口元を緩めると、アッシマーの砲台を開放した。

 アッシマーにも強力なビーム砲が備わっている。ゲシュペンストを一撃で貫くのに十分な破壊力を秘めている。

 

 カイはお手並み拝見ということで、第一波を放った。

 

「来たな、俺様に当てようなんて100万光年早いのさ」

 

 ボスは右に大きく旋回して、アッシマーのビーム砲をかわした。

 しかし、カイからすると、それは十分に未熟な回避だった。

 

「おいおい、新米か? それじゃあ、高度を失うだけだろが。ったく、おれが一生懸命教えてやったのに、はやイロハを忘れやがって」

 

 カイはぶつぶつ文句を言いながら第二波を放った。

 ちょうど、甲児機とその後ろの列機が重なっているところに撃ち込まれた。

 

「おりゃ、当たるか」

 

 甲児は最小限度の旋回でそれをかわした。

 

「へへー、カイ中尉、なめてんすか。おれはそんなもんには当たらないっすよ」

「なに得意げになってやがる。ド素人が。まだ気づかねえか?」

「え……あ!」

 

 勘のいい甲児はすぐに気づいた。

 カイはやみくもに撃っていたのではなく、敵機がどう避けるか予測して撃っていた。気が付くと、基地への航路ががら空きになっているほか、ボス機も甲児機も一番高いところにいるアッシマーから狙われやすい位置に誘導されてしまっていた。

 

「お前らの任務は基地を守ることだぞ。なにがら空きにしてんだ」

「くっそー、騙されたぜ。おい、全機戻れ。空域を封鎖するんだ」

 

 甲児は慌ててそう言ったが、時すでに遅し。カイ率いるベテランは基地への空域のポジション取りを完全にすませていた。

 あとは、慌てて戻ってくる新米たちに、避けにくい角度からのビーム砲を繰り出した。

 

 4機が一瞬で撃破。かろうじて逃れた甲児とボスだったが、反撃不能な低空に追い詰められていてなす術はなかった。

 

「ちくしょー、完敗だ!」

 

 甲児は天を仰いだ。相手を軽視しているわけではなかったが、カイ率いるベテラン部隊は戦場を広く見て、2手も3手も先を読む巧みな操縦をしてきた。かたや、若手は目の前しか見えていなかった。

 

「鍛え直しだな。お前ら、覚悟しとけよ」

「ははは、お手柔らかにお願いしますよ、カイ中尉」

 

 甲児は苦笑した。

 



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24、ミサト、ジャブローへ

 シンジは新潟へ、甲児とボスはグアムに武者修行に出かけている間、ミサトも武者修行のために、防衛相から1か月の遠征を通達された。

 リツコら科学班は光子力研究所に向かうことが決まっていたが、ミサトが向かうことになったのは、東ジャブローだった。

 一年戦争の拠点にもなったジャブローは今でもDC残党との間で小さな軍事衝突が続いていた。

 

 優秀な現場指揮官を派遣してほしいという要請は以前からあり、ミサトはそのポジションで派遣されることになった。

 

「ジャブローに行くんですって。また大変なところに飛ばされたわね」

 

 リツコはそう言って笑った。

 

「まあ、ドイツに飛ばされるよりはマシ」

 

 ミサトは派遣要綱に目を通しながら、その目を細めた。

 

「ジャブローはまだ派手にやってんのね。戦争は終わったってのに。ミケーネだって撤退してんのにDCは好戦的なことで」

「スポンサーのロボット屋が儲けるために戦わされてるのよ」

「ちゃちゃっとアリの巣を殲滅して、終わりにしてあげなきゃね」

 

 ミサトはそう言いながら大きく伸びをした。

 

「恐ろしいおばさんね」

「おばさんは余計でしょ」

 

 ミサトはジャブローに行くことになった。

 

 ミサトが向かうことになった東ジャブローは、国連が持つ中立防衛軍がDC残党の軍事活動を止めるために頑張っている。

 大型母艦シロガネを筆頭に、約30機のモビルスーツ、約25機のゲシュペンスト、約15機のモビルアーマーが派遣されている。

 やる気があるのかないのか微妙な戦力だった。

 ミサトはDC殲滅の作戦指揮を執るために向かうことになった。それには、来たる使徒戦のために指揮官として経験値を積んでほしいというネルフ側の意向もあった。

 

 ミサトはシロガネ搭乗員に、大学時代の知り合いが何人かいることを知った。

 ミサトはドイツの士官学校卒業だが、士官学校は国際的につながりが広く、卒業するころには世界中の指揮官と知り合うことになる。

 

 ミサトは士官学校時代の旧友の一人に電話を入れた。

 その旧友はいまシロガネのオペレーターとして働いていた。

 

「ミサト、久しぶりね。まさか一緒に働ける日が来るなんてびっくり」

「3週間だけだけどね。そっちはどんな感じ?」

「うーん、なんていうか……」

 

 旧友は悩みを相談した。

 

「憧れのシロガネで仕事ができるようになったのはうれしいんだけど、艦長があんまりいい人じゃなくて。なんていうか、すごく偉そうでさ」

「シロガネの艦長って、たしかリンジュンってやつよね。めっちゃエリートの」

「うん、でも学歴だけって感じで。全然ダメ。あの艦長のせいで何度危険な目に遭ったかわからないわ」

 

 旧友は艦長のリー・リンジュンに振り回される日々を愚痴を混ぜながらミサトにぶつけた。

 リー・リンジュンはミサトの1つ後輩に当たる。交流はなかったが、リーは士官学校卒業後もエリートが進む士官アカデミーに進んでおり、キャリアだけを見るとかなり優秀。

 だが、学歴で実戦が決まるわけではない。ペーパー士官時代が多いリーは、士官学校を出てそのまま実戦で仕事をしてきたミサトほど経験値がなかった。

 

 ミサトは飛行機の旅の多くを旧友の愚痴を聞きながら過ごすことになった。

 現場についたミサトはすぐに挨拶のために東ジャブローの、国連軍の管轄基地にあいさつに顔を出した。

 

 お偉いさんたちにあいさつを済ませたあと、すぐに待機中のシロガネに向かった。

 

「すんごいうるさいわね。やっぱり母艦搭乗員なんてやるもんじゃないわ」

 

 ミサトはシロガネに近づくと防音イヤホンをつけた。

 シロガネは宇宙戦艦であり、もともとは地上よりも宇宙での任務を想定して設計されている。

 そのため、異常なほどの高出力を持っており、狭いジャブローで戦うには小回りが利きにくかった。

 

 ミサトはシロガネに入ると、さっそくリーと面会した。ミサトのほうが年上だが、階級は相手のほうが上だ。

 ミサトは一応上官に接するように敬礼をして接したが、少しフレンドリーな語調を意識した。

 

「葛城ミサトです。本日からシロガネ乗務補佐として職務をまっとうさせていただきます」

 

 ミサトがそう言うと、リーは見下すように言った。

 

「葛城ミサト。あー、ドイツ空軍学校出のやつだな。アカデミーも出ていないノンキャリアか」

 

 リーは遠まわしに学歴差別を込めてそのように言った。

 ミサトはちょっとムッとしたが、こびへつらう態度に勤めた。

 

「艦体搭乗任務はこれが初めてです。色々と教授させていただければ幸いです」

「やれやれ、ここはドブネズミの飼育場じゃないぞ」

 

 リーは大きな態度でそう言うと、さっそくミサトにいくつかの雑用任務を言い渡した。

 格納庫のチェック、動力部のチェックなどなど、本来は艦長がやるべき任務をすべてミサトに任せて、本人はそそくさとホテルに戻ってしまった。

 

「うわ、絵に描いたような尊敬できない上官」

 

 ミサトは旧友の言っていた不満のいくつかを初日に経験することになった。

 

 ミサトはてきぱきと雑用をこなした。

 まずは格納庫のチェック。どの機体がどのように格納されているかを見て回った。

 

「ゲルググ7機、ドライセン5機、ガンダム2機はここに収納されています」

「全部整備済みですか?」

「はい」

「こっちのゲルググは旧式ですよね? 携番は?」

「G1175です」

「ナギナタの射程はレベル3でしたっけ」

「ナギナタは新型のものです。レベル4のものですね。ただし、こちらのものだけはイギリス製なんです」

「こっちはイギリス製ね。イギリス製はちょっとくせがあって扱いにくいのよね」

「そうですね」

 

 ミサトは整備士に1つ1つ尋ねて、細かくチェックを入れた。

 

「それにしても、仕事熱心なのですね、葛城三佐は」

 

 整備士は感心するように言った。

 

「そうですか? 普通だと思ってますが」

「リー艦長はそもそも確認にすら来ませんよ」

「え? でも、毎日チェックするのが規則ですよね」

「そんなのやったことにしておけばいいんだとね。それでいて、整備士には厳しくて、作戦がうまくいかないと、全部整備士のせいにするんです。僕の有人はそれでうつ病になっていま闘病中です」

 

 ミサトは目を細めた。リーは噂にたがわないひどい艦長のようだった。

 

 ミサトはすべての雑用を終えた後は、過去の作戦の回想録をすべて読むことにした。

 用意されたホテルに到着すると、すぐに分厚い回想録を広げた。

 疲れていたのですぐに食事にも行きたかったが、指揮官として作戦のことを知ることは絶対にしなければならないことだった。

 

 過去にどのような戦いがあり、どのような作戦を取って、どういう戦果をあげたか、それらはすべて艦長が記入して、国連に発表しなければならない。

 ミサトはその回想録を読んで感心した。

 

「あら、ずいぶんと優秀じゃないの」

 

 回想録を見る限り、リーの手掛けた作戦はどれも抜群の成果を上げていた。

 無能と言われていた割には完ぺきな作戦が繰り広げられていた。

 

 回想録を読んでいる最中にミサトの部屋に旧友が尋ねて来た。

 

「ミサト、こっちもようやく仕事が終わったの。一緒に食事に行きましょう」

「オッケー、いいわよ」

 

 ミサトは回想録に目を通しながら、旧友と食事に向かった。

 

「ミサト、何を読んでるの?」

「8日前の実戦の記録。対空砲を駆使してガーリオン7機を全機殲滅ってたいしたものじゃないの。DCのガーリオンは相当速いのに」

「え? 全滅? まさか」

 

 旧友はいぶかって、回想録を覗き込んだ。

 

「全滅なんてしてないよ。取り囲まれて集中砲火を受けたんだから。あわやシロガネ大破の大惨事だったのよ。本来は、補給基地を攻撃する任務だったのに応急措置のために基地に戻ってきてるってわけよ」

「え、マジ?」

 

 ミサトは出来過ぎた回想録がすべてリーの創作だということをすぐに悟った。

 

「これ国連に報告してるんでしょ? こんなことしてたらいずればれちゃうわよ」

「私もこんな嘘が報告されてたなんて知らなかった。うわ、ひどっ、これもこれも全部嘘」

 

 旧友はすべての戦いが創作であることを指摘した。

 

 たしかにおかしな話ではあった。これだけ作戦がうまくいっていたら、東ジャブローの戦いは終わっているはずだ。

 ここまでだらだらともつれ込むはずがない。

 すべては苦戦を隠蔽す続けることで状態を悪化させていた。上層部の出世のためにひどいと思ったが、こんなことをリークしようものなら間違いなく殺されるだろう。

 

「なんか予想してた以上にやばいところに飛ばされちゃったみたい」

 

 ミサトは頭を抱えた。まさか死ぬことはないだろうとは思っていたが、そうなりかねない状況だった。

 

「私も何度も死にかけたよ。実際、艦長はちょっとでも危険になると味方を放って一目散に退却するのよ。それで、これまでに20人以上の搭乗員が見殺しにされてるし」

 

 現場を見て来た旧友は現実をよくわかっていた。

 

 そんなこんなで不安が募る中で、翌日には新たな作戦が発表された。

 シロガネは一般的にジャブローの先住民を支援する立場として作戦に当たっている。

 先住民から要請を受け、リーが支援内容を決定するという流れである。

 

 ミサトはリーの補佐官としてシロガネに乗ることになっているので、リーの主催する会議に旧友と共に参加した。

 

「いま、東ジャブローは厳しい状態にある。DC残党は広範囲で制空権を持っており、先住民を威嚇している。DC残党はギガノス帝国と連携して、4つの補給スポットを持ち、現在開発中の補給地も2つあると情報が入っている。先住民はその開発を阻止するために戦おうとしている」

 

 リーは手前エリートっぽく振舞って、ジャブローの地図をあちこち指さした。

 

「我々の任務は先住民の補給地攻撃を支援するべく、先住民を護衛する。敵戦力はおそらくガーリオン。モビルアーマーを送り込んで、適宜撃墜する」

 

 リーはそのように概要を説明した。

 

「一応、諸君らの意見も聞くことになっている。本作戦について意見することはあるかな?」

 

 リーがそう聞いても、誰も意見しなかった。それが暗黙の了解になっているところがあった。

 しかし、新入りのミサトは空気を読まず手を上げた。

 

「では葛城三佐」

 

 リーは不快感を表に出しながらミサトを使命した。

 

「作戦の概要はわかりました。この作戦だと、ずいぶんと目的地まで距離があります。先住民はA地点の攻防にあくせくしていると聞いています。このような状況で敵地の中核を攻撃するのは無謀かと思います」

「……」

 

 リーは黙っていた。

 

「まずはA地点を侵攻する防衛線を拡大することに勤めたほうがいいと思います。そのためには、もう少し戦力を確保する必要があります。国連に兵力増強を訴えていかなければなりません」

「それは無理だ。こちらも厳しい予算でやりくりしているのだ」

「ですが、このままではかえって余計な費用がかかります。防衛線を拡大できれば敵軍をけん制しやすくなります。それにDCのバックボーンがギガノス帝国ならば、支援を中断してくれるかもしれません。ギガノス帝国もジャブローの尻拭いにお金を使いたくないでしょうから」

「ふう、葛城三佐、君は大統領にでもなったつもりかね? そんなことは君に決定権はないのだよ」

「……」

「ともかく、この作戦で行く。各自、明日の任務に備えて今日は早く眠るように。以上」

 

 リーは一方的に会議を打ち切った。

 ミサトにはリーの意図が手に取るようにわかった。

 国連に兵力増強を訴えられないのは、自分の優秀さをアピールするため。兵力増強を訴えると、任務がうまくいっていないことを知らせることになってしまうからできないのだ。

 また、先住民の無茶な作戦を無理やり支援するのも、そのほうが出世に向けてアピールになるからだ。

 

 防衛線拡大では評価にならない。敵の基地を破壊することが最大の出世ポイントになる。リーは出世するためなら、何がどうなろうと良かった。

 仮にボロが出ても、「ギガノス帝国があーだこーだ」と言えば、いくらでも言い訳できる。リーは逃げ口もしたたかに準備をして、それでいて自分の出世のためだけに戦おうとしていた。

 

 戦争を出来る限り早く集結させること、任務に参加した者から出来る限り犠牲者を出さないことを大切にしてきたミサトとは戦う理由が根底から違っていた。

 



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25、アナベル・ガトー

 ミサトはリーの補佐官としてシロガネに乗り、派遣後最初の任務に向かうことになった。

 今回の任務は、先住民らによるD残党の基地攻撃を支援すること。

 国連はジャブローの先住民を支持しており、ギガノス帝国が後ろ盾となっているDC残党らの軍事攻撃を承認していた。

 

 DC残党は一年戦争の落ち武者であるが、かなりの軍事会社がスポンサーとして支援しているため、十分に手ごわかった。加えて、ジオン軍の優秀なパイロットがいくつか参加している。

 DC残党に参加している人物に、アナベル・ガトーがいる。

 ガトーはもともとはアメリカの軍事会社の雇われ傭兵であったが、金儲けのために、売国行為も辞さない大義なき会社の方針に嫌気がさし、仕事をやめた。

 そのとき、ガトーは身内から何度も暗殺されそうになった。何とかギガノス帝国に亡命したガトーは大義を掲げ、アメリカに対立。

 アメリカを「宇宙を闇に包むソロモンの悪魔」と批判し、戦うようになった。

 

 ガトーがジャブローに残ったDCをサポートしているところがあった。

 ガトーは極めて優秀で、傭兵時代から、モビルスーツの操縦に長けていた。そんなガトー率いる部隊に、シロガネは苦戦していた。

 それでも、リーは出世のために、「ガトー機を撃墜した」などと報告書に書いていた。

 実際、ガトーは死んでおらず、今でもジャブローの支配下で猛威を振るっていた。

 

 シロガネは先住民を支援するために、基地を飛び立っていった。

 ミサトはリーの補佐官として、通信室から様子を見ていた。

 

「しかし、無謀な作戦だわ。だいたいジャブローの同盟軍もどうしてこんな無茶な作戦を組むのかしら」

「これもリー艦長がけしかけたって話よ。戦いが続くほうが出世できるし、ジャブローの軍を支援するという名目なら失敗しても、言い訳になるし」

「キャリア組はほんとに出世に目がくらんでて困ったもんね」

 

 ミサトは最大の敵は味方にいることを理解した。

 リーはエリートっぽく胸を張って、レーダーに目を向けていた。

 

「まもなく先住民らと合流する。その既成事実さえ作れれば後は何とでもなる」

 

 リーは独り言のようにそうつぶやいた。

 

 先住民はすでに基地を目指して地上を進んでおり、その群れがレーダーに映った。

 

「友軍部隊を確認しました」

 

 オペレーターが伝えた。

 

「よし、小隊長に通信を入れてくれ」

「了解」

 

 リーはマイクを通信機を受け取って、小隊長と話をした。

 

「こちら、リー・リンジュン。エマ中尉、ただいまからシロガネで援護する」

「リー・リンジュン艦長。援軍感謝いたします。敵基地空襲のため、後衛のモビルアーマー部隊を守り抜く必要があります」

「わかった。空はこちらに任せてくれ」

 

 リーは一見頼もしそうにそのように応えた。

 しかし、実際は消極的な支援にとどまった。

 

「リー艦長、偵察機を送り込みますか?」

 

 オペレーターがそう尋ねると、リーは首を横に振った。

 

「燃料がもったいない。ここは様子見だ」

 

 リーはそう言ってから誰にも聞こえない声で、「中東政治家らに賄賂を贈る資金は潤沢なほうがいいからな」とつぶやいた。

 そのやり取りのすぐあと、ミサトはリーに提案した。

 

「どうして偵察機を出さないのですか? ガーリオンはステルス性能があります。高高度を飛ばれたらかなり近くに接近されるまで発見できません。少なくとも北北西に2機以上の偵察機を出すべきです」

 

 ミサトがそう言うと、リーは不機嫌に舌打ちした。

 

「なんだね、君は。私に命令するとは。艦長はこの私だ」

「ですが、奇襲を受ける可能性が。今日は雲も多いですし」

「ええい、黙れ。この私に命令するんじゃない」

 

 リーは強い口調でミサトを抑え込んだ。

 身分差があるので、ミサトもこれ以上は何も言えなかった。

 

 しかし、リーのこの判断は裏目に出た。

 シロガネが敵基地の上空に近づいたとき、雲の間から、ステルス迷彩装甲のガーリオンが急降下した。

 ガーリオンはDCの主力兵器であり、空中格闘戦にめっぽう強い。

 対空砲への耐性も備えていて、戦艦にしてみると、最も厄介な敵と言ってよかった。

 

 ガーリオンはもともと戦艦への格闘戦を見て設計された。リオン系統はすべて対空戦を意識して設計されている。一年戦争は広大な大地を巡る白兵戦が主戦場だったが、国連軍は巨大戦艦を次々と繰り出し、大陸のアドバンテージを存分に活用した。

 戦艦に制空権を取らせないために、ガーリオンは何度も改良される中で、今日まで現役で活躍していた。

 

 ガーリオンはフィールドを展開すると、高速でシロガネに近づいた。

 

「敵機接近!」

 

 オペレーターが伝えたころには、3機のガーリオンがシロガネの頭上に接近していた。

 

「何だと? レーダーには反応がなかったはずだぞ」

「迷彩機と思われます。特殊なジャミングを感知しています。新しいステルス機かもしれません」

「聞いていないぞ!」

 

 リーはうろたえた。

 しかし、敵機は容赦なくシロガネを攻撃した。

 

 ビームライフルがシロガネの装甲版を撃ち貫いた。

 巨大戦艦ゆえ、そうそう簡単に落ちないとはいえ、敵は的確に戦艦の急所を攻撃してきた。

 

「抑揚羽にダメージ」

「対空砲準備、急げ! 8番と15番だ」

「15番の砲台は破壊されています。8番は充填オッケーです」

「何をしている。さっさと撃て。撃たんか!」

 

 リーは狼狽したまま声を張り上げた。

 リーの合図で、シロガネの対空砲台が開放された。

 シロガネにはあらゆる方向に対応した砲台がいくつも備え付けられている。

 強力な拡散メガ粒子砲をあらゆる方向に撃ちだすことができる。

 

 シロガネがメガ粒子砲を吹いた。

 しかし、ガーリオンはフィールドを展開して半ば強引にメガ粒子砲の中に飛び込んできた。

 粒子砲をかいくぐると、ビームソードで深々とシロガネの装甲をえぐった。

 

「9番損傷。動力部に支障をきたす恐れが」

「ええい、急げ。ガーリオンを撃ち落とすんだ」

 

 格納庫では慌ただしく護衛機の発進準備が進んでいた。

 偵察機を出していれば、もっと早くガーリオンの

 シロガネには、ドラグナー3型というかなり優秀な偵察機がある。パイロットのライトは偵察部隊のベテランであった。しかし、偵察機を出撃するにも、なんやかんやで金がかかる。リーは金を出し惜しみするために、それを怠った。

 その代償は高かった。金を節約するつもりが、その皮算用は破綻。修理に金のかかるシロガネ本体が次々と傷つけられていった。

 

「フロントドライバ損傷。これ以上のダメージは危険です」

「ええい、高額なドライバを良くも。撃て、撃ち落とすんだ」

 

 リーはいら立ちを隠せない面持ちで叫んだ。

 しかし、シロガネの粒子砲はことごとくガーリオンには当たらなかった。

 

「くそ、まるで当たらんではないか。砲撃手ども、やる気があるのか?」

「申し訳ありません」

 

 リーは部下に八つ当たりした。

 

「シロガネが堕ちたら貴様らのせいだ。その責任どう取るつもりだ?」

「そ、それは」

 

 今はそんな責任の押し付け合いをしている場合ではないが、リーの頭の中は自分の責任逃れをどうするかでいっぱいいっぱいだった。

 さすがのミサトも我慢の限界に達した。

 

「おい、葛城三佐。早く援軍機を出撃させろ!」

 

 リーがミサトに詰め寄ったタイミングを見計らって、ミサトはリーの足元をひっかけた。

 すると、リーは無様に転倒した。

 

「き、貴様、何を!」

「本艦を右60度に転換。高度を1720フィートまで下げて」

 

 ミサトはリーに代わってオペレーターに指示を出した。

 

「えーっと……」

 

 オペレーターは最初とまどった。リーの命令ではなくミサトの命令だから、それに従っていいのかわからなかった。

 ずっとリーの独裁環境が染みついていたので、オペレーターもすぐには動けなかった。

 

 ミサトは怒鳴った。

 

「早く!」

「わかりました。右に転換してください。高度1720フィート」

「ガーリオンの位置は正確につかめる?」

「現在、4機の動きを掴んでいます」

「ジャミングのパターンは?」

「よくわかりません。SG86系統に酷似しているようですが」

「SG86か……なら、逆にかく乱できるかもしれないわ。信管のパターンを可能な限り下げてくれる?」

「やってみます」

 

 ミサトが勝手に色々やり始めたのを見て、リーは憤りを覚えた。

 

「おい、貴様。何を勝手なことを」

「悪いけど、あんたに従ってたら命がいくらあっても足りないんで」

「なにー?」

「いいから、ド素人はそこで黙ってなさい」

「ぐ……」

 

 リーはプライドを傷つけられたが、すぐに立ち直った。

 このまま最悪の結果になれば、ミサトにすべての責任を押し付ければいいと考えた。

 

「く、良かろう。艦内は録音してある。何があっても貴様の責任だからな」

 

 リーは逃げ口上を作ると、おとなしく後ろに控えた。

 

 ミサトは状況を打開するために、即座にいくつかの指示を出した。

 

「敵機のフィールドのパターンが解析できれば、振りほどけるわ。ドラグナー3は出撃できる?」

「あと2分ほどかかります」

「2分ね。わかったわ」

 

 ミサトはガーリオンの動きを確認しながら、細かく指示を出した。

 

「後方に回ったガーリオンは放置していいわ。腹にくっついてるのをまずは落とさないとね。対空バルカン発射」

「発射します」

 

 シロガネに致命的なダメージを与えかねない腹部にビームソードを突き刺しているガーリオンだけに的を絞った。

 これは的確な攻めだった。

 

「おっと」

 

 腹を的確に攻撃していたのは、アナベル・ガトーだった。

 ガトーはバルカンのシャワーを予期して、シロガネから距離を取った。

 

「対空ミサイル。あの機体に全力放射」

 

 ミサトはガトー機だけに狙いをつけていた。先ほどの短い戦闘で、ガトー機だけ突出して動きの精度が高いことを突き止めていた。そこで、その一機だけに集中した。

 リーは近づく敵機をがむしゃらに攻撃するだけだったが、ミサトは骨を切らせて、敵の最も強いところだけを狙った。

 

 ミサイルがガトー機を襲った。

 

「こちらだけに集中攻撃してきた? それに敵機のレーダー位置情報がわずかにずれている。ジャミングの波長を極端に下げたのか。的確で早い判断だ。先ほどまでとは別人が指揮しているかのようだ」

 

 ガトーもすぐに敵戦艦が手ごわくなったことを悟った。

 対空砲は容赦なくガトー機を狙った。

 

「これでは近づけんな。どうする?」

 

 ガトーは不意打ちで一気にケリをつけたかったが、長期戦になる可能性があった。そうすると、シロガネから援軍が出てくる。すると、分の悪い戦いになる。

 

「1号機、2号機、聞こえるか?」

 

 ガトーは味方機に通信を入れた。しかし、その通信からは応答がなかった。

 代わりに応答したのはミサトだった。

 

 ミサトは次のようにていねいな英語でガトーに通信を入れた。

 

「こんにちは、ご機嫌いかが?」

「この声……女か?」

「一か八か、勘を頼りに電波を拾ってみたんだけど、偶然あなたとつながっちゃったみたいね。これも運命の出会いかしら」

「……」

 

 ガトーは真剣な顔になった。ふざけているように見えるが、かなり手練れの指揮官だと理解できた。

 

「そんなあなたに素敵なプレゼントをあげるわ。どうぞ、1つ残らず受け取ってね 」

 

 ミサトのその言葉の後に、全力のメガ粒子砲が飛んできた。殺意に満ちた攻撃だった。

 ガトーはシロガネから大きく離れる形で回避した。

 

「どうやら今日は運が悪いらしい。こんな質の悪い女に出会う日もそうそうない」

 

 ガトーはそう言って頭を押さえた。

 

「友軍機から大きく引き離されてしまった。これ以上の作戦続行は無理か。仕方ない、撤退だ」

 

 ガトーは早々と撤退を決めた。これは賢明な選択だった。

 もともと、シロガネのほうが戦力が大きい。その戦力差を奇襲で補おうとしたが、ミサトにその作戦を突破されてしまったからには出直すしかなかった。

 

 ガーリオン機はシロガネ撃破をあきらめて逃げて行った。

 

「敵機が去っていきます」

「警戒を怠らないように、援軍機を全機出して」

 

 ミサトは敵が消えた後も慎重に立ち回った。

 

「一時はどうなるかと思いましたが、葛城三佐の指示のおかげで潜り抜けられました。ありがとうございました」

 

 オペレーターの一人が感心するようにそう言った。リーの指示環境でずっと仕事をしてきた者にとって、ミサトの立ち回りは神がかり的に映ったようであった。

 ミサトからすると、普通のことをしただけだった。それだけ、リーの立ち回りに問題が大きいと言えた。

 

 事が終わった後、リーはミサトに言った。

 

「艦長命令に反しただけでなく、私に対する無礼なふるまい。タダで済むと思うなよ」

「了解。クビを覚悟しておきます。まあ、死ぬよりはマシですからね」

「貴様……」

 

 リーのプライドはおおいに傷つけられてしまったようであった。



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26、ペンペン

 ミサトの奮闘で、シロガネの大破は阻止されたのだが、ミサトが予想していたとおり、リーは国連に次のように報告した。

 

「葛城補佐が艦長命令に背いて勝手なことをしてしまったため、シロガネはあわや撃墜という状態に追い詰められた。従業員を危険な状況に追い込んだ葛城補佐を軍法裁判にかけ、その責任の重さを認識させる必要がある」

 

 リーは今回の任務結果をそのようにでっちあげてすべてミサトに責任を押し付けた。

 リーの責任転嫁を一方的に押し付けられたミサトだったが、リーがミサトを軍法裁判にかけたにも関わらず、裁判所の回答は「その訴えは認められない」というものだった。

 

「バカな。なぜだ?」

 

 リーにはその理由がよくわからず、いら立ちを表に出した。自分のプライドを傷つけたミサトに復讐したいという思いもあっただけに裁判所の回答はリーにとってはとうてい受け入れがたいものだった。

 裁判所のこの判断には碇ゲンドウの影響が多分に含まれていた。

 ミサトはネルフ上層部から高く評価されている指揮官ということで、階級がそれほど高くなくとも特別にプロテクトされているところがあった。

 とはいえ、ミサトは続けてリーの補佐官としてシロガネに乗りたくなかったので、任期の間、ミサトは偵察機の補助搭乗員として仕事をすることになった。

 

 そのころ、シンジはバニングのもとで特訓を受けていた。

 シンジはバニングの厳しい特訓をしっかりと耐えていた。2週間も経つ頃には、銃を構える姿勢も様になった。モビルスーツの操縦もそれなりにできるようになった。

 シンジは射撃センスがあるようで、同期のリュウセイやトウジよりも高い射撃能力を発揮した。

 

 シンジはバニングのもとでジェガンの操縦を学んだ。ジェガンの持つライフル銃は照準をオートで設定してくれる。しかし、実際に撃つ場合は敵機の動きを予測して撃たなければ当たらない。

 シンジはそのテクニックでセンスを見せていた。シミュレーションでは120秒間に4機の敵機を落とすこともあった。

 バニングもシンジの射撃センスを見抜き、それに特化した訓練を課した。

 

 ちょうどそのころ、エヴァ初号機の新兵器にスナイパーライフルが開発されていて、それを扱うに際してはシンジの射撃能力が活きると言えた。

 しかし、シンジには大きな弱点があり、それは格闘戦が大の苦手ということだった。

 リュウセイやトウジとシミュレーション対戦しても、距離を詰められるとシンジはたいてい対処することができなくなった。

 今日も、リュウセイのガンダムに接近を許すと、ハイパーハンマーを振り回されて撃墜されてしまった。

 逆にリュウセイの格闘能力は高く、接近戦での反射神経は誰よりも高かった。

 

 それなりに経験値が上がってきたことで、それぞれの長所が明確に見えるようになった。

 そんなバニングの特訓も最終日を迎えることになった。

 

 バニングはこれまで特訓してきた8人のパイロットを集めた。

 

「お前ら、よくここまでついて来れたな」

 

 バニングは8人の候補生たちの顔を順に見ていった。

 約3分の1が途中でリタイアしたが、例年半分以上が脱落するのが標準なだけに、今回の候補生たちはなかなか骨があった。

 

「さて今日が最後の訓練だ。最後は銃もモビルスーツも使わねえ。入れば出られないとされる樹海に入ってもらう」

「樹海でありますか?」

 

 リュウセイが尋ねた。

 

「実はな研究所で飼われていたペンギンがいなくなったと連絡が入ってな。それを捜索しようってわけだ」

「ペンギン?」

「そうだ、研究のために研究されていた温泉ペンギンだ。お前たちに捜索してもらう」

「なぜペンギンなんですか?」

 

 トウジが尋ねた。軍事施設が研究のためにペンギンを飼う。まったくおかしなことのように思えた。

 

「おれも詳しくはわからねえが、実に賢明なペンギンで、パイロットのサポートに力を発揮できる可能性があるということだ」

「ハロみたいなもんか?」

 

 ここにいる者はいまいち解せなかったが、最後の任務にはペンギンの捜索ということになった。

 

 シンジはリュウセイ、トウジとパーティーを組んで樹海に入った。

 この3人は入隊当初からパーティーを組んで共に切磋琢磨してきた。

 お互いに打ち解けて、今では良い友人同士だった。

 

「しっかし、パイロットになってペンギンを探すことになるとは思わんかったな」

 

 トウジは木々の並ぶ先を見つめた。樹海はどこまでも同じ景色が続いていた。きちんとコンパスを確認しなければ迷い込んでしまいそうだった。

 3人はバニングのもとで厳しい訓練を受けていたから、すでにコンパスの読み方ぐらいは完全にこなせるようになっていた。

 

「でもおもしれえな、ペンギンがパイロットの手伝いをするなんてよ」

 

 リュウセイはコンパスで方角を確認しながら、きちんとマッピングデータに登録した。

 

「でも何の役に立つんだろう。ペンギンが操縦してくれるわけじゃないし」

 

 シンジは2人の一番後ろをついていった。シンジは基本的に非常食などの荷物を持つ係だった。シンジはどこに行っても先頭に立ちたがるタイプではなかったので、最後尾がベストポジションだった。

 

「癒し効果じゃないか? 常に緊張状態の中で操縦するんだ。猫の一匹でもいてくれたら心が休まるってもんだ」

「でもペンギンに癒し効果なんてあるのかな?」

「考えてもみろ、補助席にバニング大尉が座ってるのとペンギンが座っているんじゃ、緊張感が1億倍は違うだろ」

「それは確かに」

 

 シンジは納得した。バニングのもとで操縦訓練を受けて来たシンジにはバニングの厳しさがよく染みついていた。しかし、バニングの厳しい訓練があればこその上達でもあった。

 いまのシンジは一通りモビルスーツを操縦することができる。

 

「おい、ちゃんと方角記録してるんやろな?」

 

 先頭を行くトウジが振り返った。

 

「おう、問題なくな……って、あれ?」

 

 リュウセイはコンパスをいじりながら焦りの表情を作った。

 リュウセイの持っているコンパスはどの方向にどれだけの距離を歩いたかを記録することができ、その記録を再生すれば、もとの位置に戻るまでのナビゲートをしてくれる優れものだ。

 しかし、そんな精密コンパスに異常があるようだった。

 

「やべっ、データが見つかりませんって出るんだが」

「はあ? ちょう、貸してみ」

 

 トウジはリュウセイからコンパスを受け取って確かめた。

 トウジは色んな機器の扱いにセンスがあり、シンジ、リュウセイでもなかなか扱えない複雑な機体であるヒュッケバインの操縦をこなせるほどだった。

 

「電気が通ってへんな。回路がどっか切れてるかもしれんな」

「マジかよ、どうするんだよ?」

「待っとれ、ちょっと分解してみるわ」

 

 トウジはシンジの担いでいた荷物の中からドライバーを取り出すと、コンパスを分解した。こういう細かいことはだいたいトウジの役割だった。

 

「治りそう?」

「あかんな、ここや。ここの電気が通ってへん。なんか代用できるもんがあったらええけど……」

 

 荷物には非常食をはじめ色々なものが入っているが、回路の修復に使えそうなものはなかった。

 

「で、コンパスの代えは持ってこうへんだんか?」

「だって各班に1個ずつしか配布されなかったろ」

「アホ、何でも予備を用意するのが当たり前やろ」

「え、おれのせいなのかよ」

「一応、お前がリーダーやろ」

 

 リュウセイは腕を組んだ。

 

「たしかにおれがリーダーだ。そうか、そこまで気を配らなければならなかったのか。反省だ」

「なってしまったものはしょうがないよ。ともかく基地に戻ろう」

 

 シンジは冷静に考えていた。

 

「しかし右左あちこち進んで、谷間もあちこち抜けてきたよな。ちゃんと覚えてねえぞ。誰か道を覚えているやついるか?」

「……」

「……」

 

 誰も覚えている者はいない様子だった。

 

「とりあえず、飯でも食うか」

 

 リュウセイは非常食を手に取った。

 

「食ってる場合か?」

「腹が減っては力も出ねえだろ」

「もう昼過ぎだしそのほうがいいかも」

 

 ひとまず、3人は非常食の用意を始めた。軍で使用されている非常食は、栄養バランスの整った固形物から体温を上げるために火を通して食べるものまで色々なものがある。

 携帯用のガスコンロを使うと、それなりに立派な食事を用意することができた。

 

 3人がのん気に食事を取っていると、そのにおいに引き寄せられたのか、草の茂みから何かが出て来た。

 

「あっ」

 

 シンジがそれのほうに目を向けると、ちょうど目が合った。

 そこにいたのは、ペンギンだった。

 それは紛れもなく、研究所で飼われていた温泉ペンギンと見て間違いなかった。

 

「ねえ、あれじゃない。いなくなったペンギンって」

「あれだ。間違いねえ」

 

 コンパスが故障してしまったが、不幸中の幸い目的の者を発見することができた。

 

「で、どうすんだ。どうやって捕獲するんだよ」

「捕獲用のネットはあるけど撃つか?」

 

 トウジは荷物から、ネット砲を取り出した。これを使えばライオンでさえも捕獲できる。あとは麻酔銃もある。

 しかし、そんなものを使う必要はなさそうだった。

 ペンギンはてくてくと歩いてきて、やがてシンジの隣にやってきた。

 そのまま、食事をねだってきたので、シンジはいくつかの食事を与えることにした。

 ペンギンは人懐っこく、人に危害を加えることがなかった。

 

「何や人懐っこいペンギンやな。伊達にパイロットのサポートペンギンやないってわけか」

「シンジ、お前気に入られてんじゃないか?」

 

 ペンギンは一目でシンジに懐いたらしかった。

 やがてペンギンは3人を誘導するように手で方角を指出し、その方角に向けて歩きだした。

 

「ついて来いって言ってるみたい」

「ほんまか? けったいなとこに連れて行かれるんにゃないやろな」

「ついて行こうぜ。どのみち行く当てはないんだしよ」

 

 3人はペンギンの後について樹海の道を進んでいった。

 すると、無事基地に戻ることができた。

 

「すげえ、戻れたぜ。やっぱすげえんじゃねえか、このペンギン」

 

 最初は半信半疑だったが、本当にこのペンギンはパイロットのサポートができるのかもしれない。

 



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27、新武装

 シンジはバニングの特訓過程をすべて終えて、ネルフに戻ることになった。

 短くも長い特訓だった。1日の例外もなく過酷な日々だったが、そのぶんシンジは成長した。

 

 シンジが武者修行に出ている間、甲児とボスはグアムの基地にシンジと同じように武者修行に出ていた。こちらもバニングの特訓に負けず劣らず過酷なものだった。

 とはいえ、甲児やボスはどんな過酷な特訓も半ば楽しむ感覚で乗り越えネルフへと戻ってきた。

 

 ミサトもジャブローでの任務を終え帰還した。

 

 彼らがネルフを離れている間、ネルフでも大きな改革があった。

 マジンガーの修復が完了し、開発中だった強化型ロケットパンチが装着された。使徒との戦いに備えて強化されたものであり、従来のロケットパンチよりも射程距離、射出速度が格段に増していた。

 ついでに、ボロットにも追加武装が届いたようであった。

 

「なにー? ボロットにロケットパンチがついただって?」

 

 追加武装が加わったことを知ると、ボスはさっそく甲児とシンジを連れて新兵器を見に行った。

 格納庫でスポットライトを浴びるボロットの右腕はロケットパンチに変化していた。

 ボスはそれを見て涙を流した。

 

「嬉しいという気持ちもあるが、元祖ボロットの面影がなくなるのは寂しいだわさ」

 

 ボスは複雑な表情でボロットを見上げた。しかし、そんな気持ちはすぐにすっ飛んで、ボスは笑顔になった。

 

「これでこざかしいモビルアーマーも撃ち落してやれるだわさ。一年戦争時代に欲しかったぜ。何度空襲でお陀仏になるところだったか。しかし、これからは堂々と撃ち落してやるわさ」

 

 ボスは腕をぶんぶんと鳴らした。

 

「でも地上からモビルアーマーを狙うのはすごく難しいですよ」

 

 シンジが言った。バニングの特訓を受けて、シミュレーションだが、シンジも色々な操縦現場を体験していて、地上から飛行機やモビルアーマーを狙う難しさが理解できるようになっていた。

 

「バカ野郎、シンジ。俺様を誰だと思ってやがる。コアブースターだろうがアッシマーだろうが、余裕のよっちゃんよ」

「ちょうどいいや、ならさっそく試そうぜ。VGにさっそく実装されたってリツコさんが言ってたからな。おれのマジンガーがボロットをもう一度スクラップにしてやるぜ」

「おもしれえ、甲児。今こそどっちが上か決めようじゃねえのさ。おれのボロットがマジンガーを粉砕するぜ」

「シンジ、お前も腕を上げたんだろ。初号機でかかってこい」

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 3人は訓練施設のほうに降りて来た。

 このあたりも修行に出ている間に少しずつ改装されていた。

 パイロットの訓練の要となるVGの精度も上がり、エヴァ初号機の宇宙モードや新武装が追加されたマジンガー、ボロットのモードなどが追加されていた。

 ほかには、フルアーマーガンダムのモードやゲシュペンストMK-ⅢSなどの米軍の新兵器もモードとして選べるようになっていた。

 それ以外にも、実戦データがより精密にプログラムしなおされて、ダメージの判定やそれに伴う機体性能の劣化などより実戦感覚的なものが反映され、実戦と寸分たがわぬほどシミュレーションの精度が上がっていた。

 

 3人が訓練室にやってくると、リツコをはじめとする科学者たちが新しくなったVGのテストをしていた。

 

「リツコさん、さっそくマジンガーを試したいんですけど、使えますか?」

「ちょうど良かったわ。いまテストプレイの途中。あなたたちのほうがより実践的なデータが取れるからお願いするわ」

「おれじゃあ、ロケットパンチの圧に耐えられねえからな」

 

 先ほどまでテストパイロットとして頑張っていた科学者の一人が席を立った。彼は日向という若い科学者で、一応大学時代はパイロットの訓練も受けていたらしいがマジンガーを使いこなすほどには至っていなかった。

 

「しっかし、甲児君はたいしたもんだな。いつもあんな重たい操縦桿を扱ってるんだよな」

「そうでなくちゃパイロットをやってる意味がないですからね。おれは頭のほうはさっぱりですからね」

 

 甲児はそう言うと、さっそく操縦席についた。

 

「おっしゃあ、シンジ、おれたちも行くわさ」

「うん」

 

 ボスとシンジもVGの操縦席に腰を下ろした。座った感覚はバニングのもとで訓練したものと同じだった。

 あっちでは主にジェガンの操縦を学んだ。他にもガンダムMK-Ⅱ、百式、コアブースターの操縦もそれなりにこなせるようになっていた。

 

 シンジは慣れた手つきでモードの選択画面に進み、マスターキーをオンにした。

 ちょっと違和感を覚えた。向こうにいる間はマスターキーからバニングの大きな声が飛んできたものだが、バニングはここにいない。

 

「標準セット。急げ! 1秒でも遅い!」

 

 そんなバニングの叱責が耳に残っていたので、マスターキーから漏れ聞こえてくる科学者の声はとても平和的だった。

 

「おっす、シンジ君。おれだけどわかる? 覚えてくれてる?」

「たしか日向さん」

「そうか、覚えてくれてたか。2、3回ほど会話したことあったよな」

「はい」

「エヴァ初号機に新武装が追加されたんで説明するな」

 

 パラパラと紙をめくる音が聞こえた。まだ実装されたばかりということもあって、科学者たちも武装データをそらんじてはいないようだった。

 

「スナイパーライフルだ。南原研究所の協力でかなり強力な電磁砲に仕上がったよ。南原研究所は知ってるよな?」

「神奈川の研究所ですよね。コンバトラーの開発が進んでいるという」

「そうそう、コンバトラーのほうはけっこう難航しているみたいだけどね。まあ、日本の研究所は何をやらせても遅いからいまさら珍しくもないけどな。おれたちも人のこと言えず仕事が遅いしな」

 

 日向はユニークな自虐を混ぜた。科学者とは思えないほどフレンドリーだった。

 

「で、説明するとな、まず装備後に自動充填が始まる。消費エネルギーはK値で4.このあたり意味はわかるか?」

「あ、はい。一通りは勉強しましたので」

「そうかそうか、それは感心だ。消費4なんで、6秒も放射すると半分近くエネルギーを消費する。アンビリカルケーブルの充填とうまく付き合っていく必要があるな。まあ、そのあたりは追々葛城三佐がうまく作戦を立ててくれるから、シンジ君は深く考える必要はないと思うけど」

 

 一般的に、ミサトが作戦を立てて、シンジはその指示に従うことになる。エネルギーの計算などはすべてミサトの仕事だった。頭が下がる思いだった。

 

「ところでシンジ君にちょっと聞きたいんだが」

「はい、何でしょうか?」

「葛城三佐、普段の会話で僕のことなんか言ってたりした?」

「え? いえ、特には」

「あーそっか。ならいいんだ。話を戻すね」

 

 日向はごまかすようにそう言って、武装の説明を続けた。

 どうやら、日向はミサトに気があるようだった。

 

 武装の説明が終わったところで、シンジはエヴァ初号機の地上モードを選択した。エヴァは一般的に地上での作戦のために造られたが、宇宙での任務も一定数は想定されていて、スラスタークラフトを装着すれば、宇宙での移動も可能になっている。

 しかし、シンジには宇宙モードでの操縦経験はまだなかった。トウジやリュウセイらと遊びで宇宙対戦をやったことはあるが、バニングから直接指導を受けたことはない。

 地上モードを選択すると、今度はシンクロ率の想定を行う。

 シンジはあえて50%にした。100%まで選択できるが、実戦ではなんだかんだシンクロ率は6割ぐらいになっていくものだから、普段から厳しめの値に設定して訓練しておく必要があるのだ。

 シンジがモードを選択すると、甲児から送られてきたエリアを指定して戦場に入った。

 

 戦場はアメリカシカゴの台地だった。入り組んだ深い岩場が連なるこのあたりは、エヴァでの移動も大変だが、こうした場所での訓練に慣れておかなければ、いざ実戦で困る。シンジにとっては格好の練習場となった。

 シンジは甲児に通信を入れた。

 

「準備できました。どういう想定で訓練しますか?」

「三社入り乱れの殴り合いだ。最後まで残ったやつが勝ちだ」

「了解。行きます」

 

 シンジは目の前に集中した。

 シンジはもう素人ではない。作戦が始まるや否や、レーダーで敵の位置を確かめた。

 

「ボロットは地上、マジンガーは飛行。ならば、しばらくはボロットは無視できるな。あとは……空からの攻撃を受けにくい場所を」

 

 シンジは索敵システムをうまく利用して、良い地形を探した。こういうことも自然とできるようになっていた。

 そんな光景をリツコらは見ていた。

 

「シンジ君、だいぶ操縦に慣れたみたいね。シンクロ率50%でこれだけの動きはなかなか立派」

 

 リツコは感心して見ていた。

 

「バニング大尉がかなりしごいたようです。昨日。そのバニング大尉から電話があって、シンジは最高のパイロットになると言ってましたよ」

 

 シンジは射撃武器を構えやすそうな岩場を見つけるとそこに向けて進んだ。険しい岩場もしっかりと乗り越え、やや開けた場所に出た。

 

「このままじゃ右に回り込まれる。どうしようか」

 

 シンジはあたりを見渡して次の手を探った。

 甲児は伊達に何年もマジンガーを操縦していない。やはり腕前だけだと、甲児が一枚も二枚も上手だった。

 

 しかし、エヴァ初号機もまた伊達にネルフの最新兵器ではない。

 シンジは慌てず、マジンガーの接近を待った。

 

「新人だからって容赦はしないぜ、シンジ。行くぜ、必殺の大車輪ロケットパーンチ!」

 

 甲児はエヴァの背後に回ると、降下のスピードを活かして、ブンブンと腕を振り回した後に、強化されたロケットパンチを放った。

 ロケットパンチは空気をえぐるように鋭く飛んできた。回避は不可能だった。

 

 ならば、弾けばいい。

 

「ATフィールド全開!」

 

 シンジの操縦するエヴァにはマジンガーにはない防御機能ATフィールドがある。

 エヴァ初号機は最大出力でATフィールドを展開した。

 

 ロケットパンチはATフィールドを削り取るように飛んできたが、ATフィールドは想像以上に強固であり、その攻撃をはじくことに成功した。

 

「うおっ、マジか。なんだそりゃ、無敵のバリアかよ。ずいぶん卑怯じゃねえか」

「それがエヴァですから」

 

 弾かれたロケットパンチはひとりでにマジンガーの腕に戻っていった。ロケットパンチはそれが大破されていなければ、マジンガー側から操ることができる。

 

「こっちも攻撃だ」

 

 シンジは即座に武装オプションから新兵器であるスナイパーライフルを選択した。

 

「さっそく使ってみよう。長射程だから、届くはずだ」

 

 エヴァはスナイパーライフルを装備した。この武装の問題点はエネルギー充填に時間がかかることだ。

 

「へへっ、逃げるが勝ちよ」

 

 エネルギーが溜まる前に、マジンガーは射程外へ逃げていった。

 

「やっぱり敵の攻撃を防いでからじゃ間に合わないな。敵の攻撃に合わせるぐらいじゃないと」

 

 シンジはそのことをVG実戦を通して理解した。守ること、攻めることを別々にやっていては何も間に合わない。敵に離脱されてしまう。守りながら攻めることをしないと戦いにならなかった。

 

「ったく、甲児のやつ一撃離脱とは、みみっちい戦いをしてんじゃねえのさ。男は殴り合いよ。行くぜ、シンジ」

 

 遅れて、ボスもエヴァの近くまでやってきていた。

 

「シンジ、殴り合おうじゃねえのさ」

「申し訳ないけど、銃を使わせてもらいます」

 

 シンジは一旦スナイパーライフルを戻して、初号機に使いやすいバレットライフルを装備させた。

 

「照準を中央に入れて、動きの予測……おそらくあの踏み台を利用して左に飛んできそう。なら、少し左に照準を変更」

 

 シンジは一連の動作を手早く行い、バレットライフルを撃ちだした。

 ジェガンの訓練時代から、シンジは射撃テクニックにセンスを感じさせていたが、今回も的確な攻撃になった。

 

 ボロットは元来身軽な機体ではない。しかし、ボスが操縦すると、いつもシュールな動きになった。

 

「おーっとっとのオットセイ」

 

 ボロットは現実離れした柔軟な動きで岩場に滑り込んで、敵のライフルを阻止した。

 

「くー、銃を使うとはシンジ、男気がねえぞ」

「そっちこそロケットパンチがあるじゃないですか」

「そういやそうだったな。ちっと女々しいが、やらせてもらうわさ。行くぜ、ボロット」

 

 ボロットはシュールな動きで岩壁から出てくると、右手をブンブンと回した。

 

「行くぜ、ゴールデンデリシャスハイパワーボロットプレッシャーパーンチ!」

 

 ボロットからロケットパンチが繰り出された。

 それはシンジが想定していたよりも鋭く飛んできた。敵が攻撃してきたのを見てからATフィールドを展開しようと思ったが、それでは間に合わなかった。

 一応、反射的なATフィールドは展開されたが、十分な出力がなく、ロケットパンチはエヴァ初号機を吹き飛ばした。

 

「うわっ」

 

 思いがけず威力が高く、動力部破裂、エントリープラグ損傷のダメージ結果が出た。つまり、実戦なら殺されていたところだった。

 

「おー、なんという威力。エヴァを一撃で倒すとは。ナイスだぜ、ボロットよ」

 

 ボスは新兵器の力が圧倒的であることを喜んだ。

 今回の訓練では、ボスの勝ちとなった。

 なお、そのボロットはマジンガーの大車輪ロケットパンチで粉砕され、勝者は甲児となった。



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28、成長

 ネルフは来たる次の使徒戦に備えて、使徒殲滅計画というものを立ち上げた。

 使徒の詳細はまったく不明であるから、次の使徒が現れるかどうかは明らかではない。しかし、備えはしなければならない。

 

 使徒殲滅計画のために、マジンガーZのパイロットである甲児やエヴァ初号機のパイロットであるシンジ、ボロットのパイロットであるボス、エヴァ零号機のパイロットであるレイなどが任命された。

 一応、コンバトラーVやアフロダイAもこの計画に組み込まれていたが、コンバトラーは開発が遅れており、アフロダイも日本最大の軍事同盟国であるドイツにパイロットである弓さやかと共に派遣されていて、ドイツ軍はアフロダイAの実戦配備にこだわりがあり、アフロダイAを手放さなかった。

 やや戦力が不十分とはいえ、マジンガーからエヴァまで揃う精鋭部隊となった。

 作戦指揮官には引き続きミサトが選ばれた。科学班にもリツコをはじめネルフの主力チームがついた。整備班も宇宙戦でも実績のあったベテランが結集した。

 

 使徒殲滅計画に選ばれたチームはさっそく実戦を想定した訓練を始めた。

 まずは第一使徒戦のおさらい。

 

 あの戦いは初号機が謎の力を発揮して使徒殲滅に至ったのであって、自力で殲滅されたものではなかった。

 第一使徒のデータがシミュレーションに搭載され、第一使徒殲滅のシミュレーション任務が繰り返し行われた。

 

 シンジはミサトの指示に的確に反応できるように、毎日繰り返し訓練に励んだ。

 

「エリアA14まで移動。A15まで使徒を引き付け次第、スナイパー充填」

「了解、エリアA14まで移動します」

 

 シンジはミサトの指示を受けると、指定された位置まで初号機を走らせた。初心のころと違い、エヴァ初号機の動きはダイナミックでなめらかだった。

 

「ポイントに使徒を捉えました」

「オッケー、標準セット。発射」

「発射します」

 

 シンジは的確に作戦をオペレートした。

 シミュレーション上ではあるが、かなり的確に第一使徒を殲滅できるようになった。

 

 エヴァ単機での撃墜もこなせるようになったが、マジンガーやボロットと連携する訓練も繰り返し行われた。

 

「シンジ行くぜ、タイミングを合わせろ」

「了解、18秒後に発射します」

 

 シンジは甲児と息を合わせてライフルを構えた。

 

「行くぜ、せーの! ブレストファイヤー」

 

 シンジはマジンガーの攻撃に合わせて、的確に援護射撃を行った。

 連携した作戦もかなりこなせるようになった。

 しかし、これらはすべてシミュレーション。実戦はまた違う……と思われていたのだが、彼らは実戦でもシミュレーション通りの力を発揮することになる。

 

 第二使徒出現の報は突然やってきた。

 新宿に突如、触手を備えた謎の巨大兵器が現れたとネルフに通報が入った。

 

 都内では、すぐに避難活動が行われた。前回の使徒出現と同じく、多くの人が使徒の出現に不安に覚えた。

 しかし、それを払拭するかのように、救世主たちが現れた。

 

「こちら、初号機。目的地に到達しました。偵察機のデータ通り、目標はこちらに向かっています」

 

 使徒出現の現場にエヴァ初号機が到着した。前回の時とは違い、シンジは冷静に使徒を見ていた。

 

「ジャンジャジャーン、こっちも到着だわさ」

 

 今回の作戦では、ボロットも前線に出ることになっていた。ボスはボロットをシュールに操ってエヴァ初号機の隣で停止した。

 

「シンジ、おれたちの最強の合体攻撃を見せてやるわさ」

「ええ、お願いします」

「甲児、そっちも準備オッケーか?」

「おう、こっちはいつでもオッケーだぜ」

 

 甲児のマジンガーは地中で待ち伏せしているので地上に姿は見えなかった。

 

「ミサトさん、こっちは準備オッケーです」

「了解、なら事前の打ち合わせ通りやるわよ。これは訓練じゃなくて実戦。シンジ君、心の持ちようは大丈夫かしら?」

「大丈夫です。僕には心強い仲間がいますから」

 

 シンジにはいまマジンガーチームがついている。加えて、ミサトやリツコらのバックアップもあり、かつての第一使徒の戦いの時とは比べ物にならないほど落ち着いていた。シンクロ率も98%というかなり高水準をキープしていた。

 

「おっしゃ行くわさ。シンジ、盛大にぶん投げるだわさ」

「よろしくお願いします」

 

 シンジは力強く両手を天に翳して、隣にいたボスボロットの両手を掴んだ。

 そして、繰り返し練習したように、ハンマー投げの要領でボロットを振り回した。

 

 シンクロ率98%から繰り出されるエヴァのパワーは甚大で、理論上はボロットを宇宙空間まで投げ飛ばすこともできると言われている。

 そんなパワーから、シンジはボロットをぶん投げた。

 

 ボロットは放物線を描くのではなく、使徒めがけて地面とほぼ垂直に飛んで行った。

 

「おうおう、いいスピードだ」

 

 ボスは飛ばされながら、腕をぶんぶんと振り回した。

 

「食らいやがれ、ゴールデンスーパーデリシャスハイパワーボロットプレッシャーパーンチ!」

 

 ボスはその速度に上乗せするように、ロケットパンチを飛ばした。

 もはや、それは音速の4倍強のスピードとなった。

 

 その超音速のボロットプレッシャーパンチは第二使徒のATフィールドを一撃で吹き飛ばした。

 

「追撃だ。ボロットパーンチ」

 

 ATフィールドを吹き飛ばした後に、ボロットが使徒のもとに到着。超合金Zの拳が使徒に炸裂した。すさまじい衝撃だった。しかし、どういう理屈かわからないが、ボロットはまったく無事で、使徒を貫いた後、華麗に着地した。

 

「決まったぜ」

「まだまだ、最後は俺様の出番だ」

 

 最後のひと押しのために、マジンガーZが地上に飛び出してきた。

 

「くらえ、大車輪ロケットパーンチ!」

 

 マジンガーZから繰り出されたロケットパンチはすでに大ダメージを負っていた第二使徒にとどめを刺した。

 使徒に大きな火柱が上がった。

 オペレーションルームでは、使徒の完全沈黙が確認された。

 

「見事だ」

 

 その様子を見ていたゲンドウは一言そう言った。

 不安視された第二使徒の襲来だったが、シンジや甲児のチームにとってみると敵ではなかった。

 

 ◇◇◇

 

 第二使徒殲滅の翌日、日本で要人会議が開かれた。

 その会議に参加するために、ゲンドウと冬月は永田町を訪れた。

 

 会議場の前で、ゲンドウは一人の男から挨拶を受けた。

 

「碇司令、第二使徒の殲滅。ご苦労様でした」

「……」

「君は確か燐君の弟の……」

 

 ゲンドウが黙っていると、冬月がそう言った。

 目の前の男は今時の若者らしいおとなしそうな顔つきをしていたが、どこか目つきにぎらついたものを感じさせた。

 

「そうです。ラストエンペラーのドラ息子でございます」

「君も会議に呼ばれていたのかね?」

「いえ、姉さんの代理でしてね。姉さんは火星からまだ戻れないということで」

「なるほど」

「行くぞ、冬月」

 

 ゲンドウは燐の弟を語る男を無視して歩き始めた。

 

「碇司令、聞いていたとおり不愛想なお方だ。まあ、それがネルフのトップに立つ男の風格と言ったところでしょうかね」

 

 男はそう言って笑みを浮かべつつ、ゲンドウの隣に並んだ。

 

「僕はやんごとなき方々から軽んじて見られちゃうんですよね。こんななりだからでしょうか。おかげで、せっかく莫大な資産を引き継いだというのに、資産は目減りする一方ですよ」

 

 男はそう言うと、目つきを変えて付け加えた。

 

「まあ、タイタニスさえ起動できれば、世界は僕を無視できなくなるんだけどね」

「仙台の研究所からは何の報告もないが、まだ起動していないのかね?」

 

 冬月が尋ねた。

 

「そうなんですよ。ラストエンペラーの血を引いているはずなのにどうしてでしょうか。やはり姉さんじゃないとダメなんですかねぇ……」

 

 冬月はあごに手をやった。

 

 タイタニス。

 

 それはラストエンペラーが日本反逆に用いた究極の兵器のことだ。

 今から20年以上前になる。

 

 古の文明より受け継がれる破壊神タイタニスを手にした切花鉄王は腐敗した日本を変えるため、日本に対して宣戦布告し、一方的に「大和」として独立を宣言した。

 日本国を大和の領土と一方的に主張し、日本大陸に攻撃を仕掛けた。

 

 当時、世界大戦終結から50年ほどが経過しており、アメリカの支援もあって日本は復興が進んでいた。

 そんな矢先に起こった大惨事だった。

 

 タイタニスは日本大陸で暴れまわったが、最後は当時アメリカで力を発揮していたモビルスーツのひな型やドラグナーのひな型を大量投入し、タイタニスを束縛。大量の犠牲を出汁ながらも、パイロットの切花鉄王はタイタニスのコックピットで自決した。正確には脱水症状による心不全と診断された。

 

 タイタニスは一度米軍の管理下に置かれ、一度は兵器として研究された。

 しかし、いまだにその技術は明らかになっておらず、タイタニスを起動するには、特別な血が必要だった。その血とは切花鉄王が持つ血。

 それを継承した子供たちは当時1歳の燐と生まれたばかりの弟だった。厳密には、弟は養子であり、鉄王の血は引き継いでいないのだが、世間は継承者と認識している。

 

 鉄王の資産は切花家がそのまま引き継がれ、現在に至る。

 燐は科学者になり、その弟は大学を出た後、無職のままふらふらとしていた。

 

 会議には同じようなメンツが並んだ。米軍のトップから防衛省のトップなど、頑固な老人たちが顔を連ねている。

 ゲンドウと冬月もその一員として席についた。

 

「さて、まずは碇君。よくやってくれた。第二使徒撃墜、我々は約束の時に向けて確実に歩を進めることができた」

 

 司会がそう言ったが、ゲンドウは反応しなかった。

 

「しかし問題はここからだ。第三使徒はかつてないほど手ごわい敵になるかもしれない。死海文書には、愛する者の絆なくして突破できないとされている。それが意味するところは不明だが、碇君、今まで以上に気を引き締めてもらう必要がある」

「最初からそのつもりでございます」

 

 碇は淡々と答えた。

 

「そして、今回。もう1つ重要なことがある。みなも聞いていると思うが、ジオン軍が分裂した。そう、シロッコだ。やつはハマーン・カーンの忠実な右腕かと思っていたが、ザビ家にそそのかされたらしい。ティターンズと名乗り、ジオン軍から正式に独立したと声明を出している。ザビ家はみなも知っているとおり、火星を牛耳っている。ネルガル工業の筆頭株主というのも有名なところだろう。今回は、このティターンズに対する我々の姿勢を確認したいと思う」

 

 司会がそう言うに続いて、米軍の司令官が起立した。

 

「まずはアメリカの立場を話させてもらう。ティターンズの独立は、ジオン軍の衰退につながるということで、軍事関係者は特に好意的に見ている。ティターンズを支援するのはどうかという話が上院でも議論されるようになっている。同時に、ティターンズはテロ集団でもある。ザビ家がバックについているとはいえ、その存在を認めることもまた危険だ。野党はそこをついて上院与党に噛みついている」

 

 司令官はアメリカの情勢を話した。

 続いて、日本防衛省の司令官が起立して主張した。

 

「我々も基本はアメリカ政府の主張を尊重します」

 

 短い言葉だったが、日本がアメリカのポチであることを十分に示す答弁だった。

 

「今回の件については、碇司令の意見もうかがいたいと思う。碇君、何か意見はあるかね?」

 

 任命されたので、ゲンドウは静かに立ち上がった。

 

「今回のティターンズ独立については、私も好意的に捉えています。ザビ家の狙いはわかりませんが、ジオン軍の弱体化に大いに資するものと考えます。しかし、ティターンズがネルガル工業の技術的支援を受けるとなると看過できないところもあるでしょう。今回のポイントはネルガル工業の意向が最大のポイントと考えています」

「うむ、たしかにティターンズがディストーションシステムを持つのは我々にとって脅威。そのあたりのことはどうなのかね? えー、火星の情勢に詳しいのは鉄栄君か。何か知っていれば情報を提供してほしい」

 

 鉄栄は口元を緩めると、面倒くさそうに立ち上がった。鉄栄は燐の代役としてここにいるが、唯一無職という立ち位置であり、明らかに浮いていた。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないですか、みなさん。ジオン残党なんてしょせん一年戦争の負け組。そんな連中が立派な技術を持ったってカトンボしか造れません。それよりも落葉家にもっと厳しい目を向けませんか、みなさん」

 

 鉄栄はそのように言ったが、周囲の反応は芳しくなかった。

 

「どうやらみなさんは、落葉家を過小評価しているようですね。まあたしかに火星の落ちこぼれ。しかし、連中が抱えるマタニスは宇宙を揺るがす力を持っているんですよ。あれが動き出したらこの宇宙は終わりだ。第二のビッグバンを迎えることになるでしょうね」

「鉄栄君、君の考えはよくわかった。ともかくもういい、座りたまえ」

 

 鉄栄は息を吐くと、めんどうくさそうに座った。

 

「鉄栄君の言う通り、落葉家を軽視できないのも事実。彼らはかつて、日本第2位の資産家だったわけですからな」

 

 しかし、上層部はあまり関心がなさそうだった。

 

「今後については第三使徒との戦い、そしてティターンズの動きを注視していこう。諸君らには今しばし忙しい時間を過ごしてもらうことになる」

 

 会議はそうして終わった。



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29、すれ違い

 第2使徒撃墜が評価されて、シンジに内閣総理大臣と天皇陛下から勲章が授けられることになった。

 

 勲章授与のパーティーに参加するため、シンジは甲児やボスほか何人かと共にパーティーが開かれる首相官邸にやってきた。

 午後7時になり、あたりは暗くなっていた。

 

「ここが首相官邸ってやつか。まさか、おれたちがこんなところに足を踏み入れるようになるとはな」

 

 ボスは首相官邸を見上げた。

 

「おれは一度行ったことあるぜ」

「なに? 甲児、お前、いつそんなおいしい思いをしやがったのさ」

「1年戦争が始まってすぐだよ。お前、そのときミスリルの兵站任務に参加してたろ。そのときに何週間か日本に戻っててな。そんときにねぎらいを受けたのさ」

「ぐぬぬ、なんというやつ。こっちは命がけでミケーネから基地を防衛していたというのに。しかも非常食が腐っちまって腹痛の中の任務だわさ」

 

 ボスはくやしがりつつもうらやましがった。

 

「シンジは親父さんが碇司令だから、総理大臣や天皇陛下ぐらい余裕だろ」

「いや、僕はこんなの初めてで。物心ついたときから父さんとは一緒に暮らしてなかったから」

 

 シンジはふと昔のことを思い出した。

 

 学校の帰り道、捨ててあった自転車を興味本位で持ち帰ったことがあった。

 それがやがて盗難事件にまで発展してしまい、そのときはシンジの面倒を見ていた親戚の叔父らが懸命に盗難被害者に頭を下げてくれた。

 警察沙汰にもなったが、そのときもゲンドウはシンジのもとにはやって来なかった。

 シンジは物心ついたときには、すでに父親はいなかった。父親が子供にとってどういう存在なのかということもわからなかった。

 学校の運動会にも、授業参観にも、ゲンドウがやってくることはなかった。

 

「何してんだ、シンジ。行くだわよ」

「あ、うん」

 

 シンジは我に返って、二人の後を追いかけた。

 

 このパーティーは政権与党が主催する使徒撃墜の貢献者が招待されるものだった。

 もっとも、それは体裁であって、実際は賄賂のやり取り、天下りの口利きなどなど汚職を包み隠すためのものだった。

 そのため、実際に使徒撃墜の現場を担当したシンジら以外に、軍事関係者から官僚らなど幅広い人々が参加していた。

 主に大人の出席するパーティーであり、シンジや甲児などの少年少女の数は少なかった。

 

 パーティーが始まると、シンジは色々な人から挨拶を受けた。

 

「君が碇ゲンドウ司令のご子息の碇シンジ君か。日本の平和のために戦ってくれているようだね。防衛省を上げて祝福させていただくよ」

「あ、ありがとうございました」

 

 シンジは防衛省事務次官に声を掛けられ、緊張気味に頭を下げた。

 次に総理大臣、政権与党の政調会長などが次々とやってきたので、パーティーを楽しむ暇がなかった。

 少し前まで、ただの無気力な中学生でしかなかったシンジは初めて国のお偉いさんと面会することになり、終始タジタジしていた。

 

 シンジはお偉いさんと次々と面会したので気疲れして、食欲も沸かなかった。

 ちょっと気を休めるために、シンジは会場を後にし、割り当てられていた個室に向かうことにした。

 

 その道中。シンジはある人物とすれ違うことになった。

 

 碇ゲンドウ。シンジの父親だった。

 

 ゲンドウはまっすぐ前を見たままシンジのほうに向かってきた。

 シンジは目線を下げて、ゲンドウの姿が見えないようにして少し速足に足を進めた。

 

 二人はすれ違った。

 ちょうど他人同士のような感覚だった。ゲンドウはシンジには目もくれず、シンジもまたゲンドウのほうには目を向けなかった。

 

 第一の使徒を倒したときも、第二の使徒を倒したときもゲンドウはシンジには声をかけなかった。

 シンジはゲンドウとすれ違ったあと、どこかホッとしたのと同時に大きな虚しさを覚えた。

 

 ゲンドウが自分のことを息子だと認識してくれていない。

 

 もちろん、そんなことは昔の昔からわかっていたことだ。しかし、この歳になってシンジはその状態に我慢できなくなっていた。

 

「あの、父さん」

 

 シンジは気が付くと、振り返り父親を呼び止めていた。無意識の呼び止めだった。

 

 ゲンドウは足を止め、ちらりと振り返った。そして、冷たく尋ねて来た。

 

「なんだ?」

「えっと、その……」

 

 シンジは懸命に言葉を探したが見つからなかった。父親にかける言葉を知らずに育ったのだということをいまこの瞬間痛感した。

 

「仕事がある。用がないなら行くぞ」

 

 ゲンドウはそう言うと、再び歩き始めた。

 シンジはその後ろ姿をしばらく寂しそうに見つめていた。

 

 ◇◇◇

 

 シンジが戻ってくると、パーティーは佳境に差し掛かっていた。

 パーティーの終盤になると困った者が何人か出ていた。

 

「おーい、シンジ。ちょっと来てくれ」

 

 シンジは甲児に呼ばれてその場に向かった。

 そこには酔いつぶれたミサトがぐったりしていた。

 いつもは冷静沈着にパイロットに指示を出すミサトだったが、お酒が入ると人が変わったようになっていた。

 

「いや、困ったもんだぜ。おれたちの尊敬する姉御もこうなっちまったら足手まといだ」

「らいじょーぶらいじょーぶ、ウォッカとチューハイを間違って飲んじゃっただけだから。こんなの火つけたら治っちゃうのよ」

 

 ミサトは完全にくるっている様子だった。

 

「いや、火つけたらやばいですよ、ミサトさん」

「だったらぼろっとぱーんちよ、ぼろっとぱーんち」

「ダメだこりゃ。というわけだ、シンジ。酔っ払いを部屋に運ぶぜ。アルコールの被害者はたくさんいる」

 

 ミサト以外にも悪酔いした者は何人も出ていた。

 なぜか未成年のボスも悪酔いして、机の上に仁王立ちをしていた。

 

「待たせたな、全国5000万のボロットファンの諸君。今日は使徒をも倒した俺様のゴールデンスーパーデラックスウイニングバスターシュープリームボロットスペシャルを披露するぜ」

「ボス君はどうして酔っているんですか?」

「何でも赤ワインとトマトジュースを間違って飲んじまったらしい」

 

 シンジはそんな間違いをする人を生まれて初めて聞いた。

 

「まあ、ボスは放っておいていいだろう。ミサトさんは酔ったらさらに勢いづくからな。ともかく酒を遠ざけねえと無限ループだ」

 

 シンジは悪酔いした人たちの看護任務に追われることになった。

 

 

 パーティーがひと段落して、悪酔いしたミサトらを来賓用の部屋に運び終えると、シンジは身も心も疲れ切ってしまった。

 ひとまず、個室で休むことにした。

 

「……満月かな?」

 

 来賓室で腰を下ろしていたシンジは月の光が明るいことに気づいて窓を開けた。

 思った通り、満月が空を照らしていた。

 総理官邸は厳重に警備されていて、外界から完全に隔離されている。ゆえにとても静かだった。首相官邸の空域は飛行できないようになっているから、東京の上空を行きかう輸送機の音も聞こえてこなかった。

 

「きれいだな……」

 

 シンジがしばらく月を見ていると、隣で窓が開く音が聞こえた。

 そちらに目を向けると、シンジと同じように月を見ようとしていた人物がそこにいた。

 

 そこにいたのは綾波レイだった。

 ネルフのパイロットや候補生も参加していたので、レイがこのパーティーに来ていることは知っていたが、会場ではレイの姿を見ることができなかった。終始お偉いさんがやってきていたので、そこまで意識を向けられなかったというのもあった。

 

 シンジはしばらく無言でレイの様子を見ていた。

 月の美しさよりも、月明かりに照らされたレイのほうが心奪われた。

 

 しばらくして、レイは月に向けてゆっくりと右手を伸ばした。そして、何かを掴むように手を握り締めた。

 それから、レイは自分の手のひらを見つめた。

 

 レイの挙動の意図は見ていてもわからなかった。レイほど心の内が表に出て来ない人物はいなかった。

 それでも、シンジはレイの挙動1つ1つに視線を奪われていた。

 

 やがて、シンジの視線に気づいたのか、レイはシンジのほうに顔を向けた。

 赤く鋭い視線がシンジの目を突き刺してきた。本当に目が痛くなる思いだった。

 シンジはとっさに目を背けると、慌てて窓を閉めた。

 

 それからしばらく、シンジはレイが取った挙動の意図を考えた。

 月に手を伸ばしたのにはどういう意味があったのだろうか。尋ねても答えてくれないだろうし、自分で何かを考えてみたところでそれが明らかになるわけではない。しかし、シンジには気になって仕方がなかった。

 



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30、エヴァ・コンビネーション

 第2使徒を倒し、ネルフでの訓練生活にも慣れてきたシンジは良からぬことに手を出すようになった。

 

「シンジ、行くぜ。男として避けては通れぬ道だ」

 

 夕食を終えてのひと時、甲児はシンジを呼び出した。

 

「さすがにやばいよ、甲児君。見つかったら、ミサトさんのげんこつじゃ済まないよ」

「アホ、それでも男か? げんこつが怖くて減給が怖くて男が務まるかってんだよ」

「その通りだわさ。そんな逃げ腰じゃ、戦場で戦えやしねえぞ」

 

 ボスもそのように力説した。

 

「まるで関係ないような気がするけど……」

「じゃああれか、シンジ。お前は女の裸に何の興味もねえってのか? 神に誓えるか?」

「そ、そう言われると……」

 

 ボスの問いかけにシンジは言葉を濁した。

 

「素直になれ、シンジ。男ならわかるはずだ。男の本能に導かれるのだ」

「う、うん」

 

 シンジは開き直ってうなずいた。

 

「よし、なら任務開始だ」

 

 3人はとある任務に挑んだ。

 

 とある任務とは……女子風呂ののぞき。

 くだらないことと言えばくだらないことだが、厳罰に処される犯罪と言えばそのとおりだった。

 

「心配すんな。未成年なら、ばれたってミサトさんの大車輪ボロットパンチが一発炸裂するぐらいだって」

「すごく痛そうだけど……」

 

 シンジは想像しただけで頭が痛くなった。

 3人は女子風呂を覗くために女子風呂の前にやってきた。

 

「第一任務。まずはセキュリティを突破せねばならんが、安心しろ。こっちだ」

 

 甲児がある方向に二人を案内した。

 

「ネルフのセキュリティなんてザルよ。こっちの窓から降り立てばセキュリティを突破できるぜ」

 

 甲児はこの任務のために、日夜ネルフのセキュリティの研究をしていたようであった。その熱意がもしかしたら、甲児の操縦テクニックの高さにつながっているのかもしれない。

 

「おし、シンジ。第一号切り込み隊長はお前だ。初号機のパイロットなら初陣はシンジしかいねえ。このロープにつかまれば大丈夫だ」

「危ない予感がぷんぷんする……」

 

 シンジは甲児が用意したロープを伝って、下の階に降りた。ばれたらゲンコツ。しかし、男の気に駆り立てられて、シンジは危ない橋を渡った。

 シンジは窓から更衣室へと降り立った。一応、予定時刻によると、入浴が始まって9分経過。今頃女子グループは入浴中であり、更衣室には誰もいないことになっている。

 

 だが、しかし。

 

 シンジが降り立った先には女子が一人タオル一枚の姿でいた。

 その女子は降りて来たシンジにまっすぐと視線を向けて来た。

 

 しかし、悲鳴がとどろくことはなかった。

 その女子は無言でただジッとシンジのほうを見ていた。

 シンジもしばらく動けなくなって両者の視線がまっすぐとぶつかった。

 

 悲鳴が返ってこないのもそのはず、目の前の女子は綾波レイだった。

 レイは慌てることもなく、恥じらうこともなく、侵入者のシンジを見つめていた。

 ある意味、恐ろしいまでの胆力だった。

 

 先にシンジが動いた。

 シンジは背中を向けて、「ごめん、すぐに帰ります!」と言うと、慌ててロープをよじ登った。日々のトレーニングもあって、シンジはあっという間に上の階に逃れた。

 

「どうしたシンジ、そんなに慌てて。見つかっちまったのか?」

「セキュリティは完ぺきだったよ」

 

 シンジはそう言いながら、レイの姿を頭に浮かべていた。

 レイのいかがわしい姿ではなく、恥じらいも何もない冷たい視線がシンジには強く印象に残っていた。

 

 普通の女子なら、悲鳴をあげるか何かしら感情的なリアクションをする。

 しかし、レイはそういったものは決して表に出さなかった。

 

 レイは本当に人間なのだろうか?

 シンジはそのように思った。

 

 ◇◇◇

 

 覗きに失敗した翌朝、シンジはミサトから呼び出された。

 ネルフから授かっているタブレットにミサトからショートメールが送られてきていた。

 

「シンジ君へ。今すぐ来て、ただちに!」

 

 そのメールを見たシンジはベッドの上で冷や汗をかいた。昨日の覗きがミサトにばれたのだろうと思った。

 

「ど、どうしよ……へ、ヘルメットをかぶって行きたい……」

 

 シンジはそう言いながらもネルフの訓練室にやってきた。

 ミサトが訓練室の前でリツコ、レイと共に待っていた。

 覗きのことがばれたのだとすると、レイがこっそりミサトに密告したということになる。

 

 シンジはミサトのもとに向かうのが億劫だった。

 しかし、ミサトはシンジの姿に気づいて手を振ってきた。

 

「シンジ君、こっちよ、こっち」

 

 ミサトから怒気は感じられなかったが、とりあえず向かったら開口一番謝ろうと思った。

 

 シンジはやってくるなり、頭を下げた。

 

「ミサトさん、申し訳ありませんでした」

 

 シンジはそう言うと、体に力を入れた。ゲンコツの1つは覚悟していた。

 しかし、ミサトは何のことかわからないと言った様子だった。

 

「なにどうしたの、シンジ君。なにかやらかしたの?」

「え? あれ?」

「さては甲児君たちにそそのかされて何か悪いことやったんでしょう? 何をしたの、言ってごらんなさい」

「いや、あのその……」

 

 ミサトは問い詰めるようにシンジに顔を近づけた。

 どうやら、自分の早とちりだったようであった。ミサトは昨日の覗きのことを知っていない様子だった。

 

 シンジはミサトの後ろでぼんやりと立ち尽くしているレイのほうに目を向けた。

 どうやら、レイは昨日のことを誰にも言っていない様子だった。レイは何事もなかったかのように、いつも通り無表情で立っていた。

 

「あんまり変なことしちゃダメよ。私の責任問題になるんだから」

「はい、ごめんなさい」

 

 シンジは頭を下げた。昨日のことはどうやら隠し通せそうだった。

 しかし、その当事者であるレイが目の前にいるのでどうしても意識してしまった。

 

「早朝から呼び出したのはね、今日から零号機が使えるようになったから、ダブルエヴァの特別訓練を組み込むことにしたの」

「零号機……そういえば近々実戦配備されるって話でしたね」

 

 シンジはちらりとレイのほうに目を向けた。零号機のパイロットはレイである。

 零号機は長く調整中だったが、今日から実戦に投入される。

 

 ネルフはこれで2機のエヴァンゲリオンを使うことができることになる。

 エヴァが2機となればかなりの戦力増強である。

 

 しかし、そのパイロットがしっかりと連携できなければ、エヴァが2機いても力を引き出せない。

 そこで、初号機と零号機が連携できるように、今日からシンジとレイはコンビで訓練をすることになった。

 

 これまでは甲児とボスとコンビを組んでの訓練だった。今では、彼らと綿密に連携を取って戦うことができる。

 連携プレイは何よりパイロット間のコミュニケーションが大切だ。甲児もボスも親しみやすかったから、シンジはすぐに彼らとの信頼関係を築けた。

 今回は、誰とも信頼関係を築くことができそうもないレイがその相手となる。しかも、昨日の覗き問題があるから、シンジのほうから積極的にレイに声をかけて行き辛かった。

 

「それじゃあ、さっそくスタンバイして」

 

 ◇◇◇

 

 シンジは初号機のデータが入ったVRのコックピットに座った。

 

「なんか緊張するな」

 

 毎日何時間も座っている場所だったが、レイと連携でエヴァを操縦するとなると、いつもと違う感覚だった。

 

「シンジ君、とりあえずね、ザク3機を零号機と連携して倒すシミュレーションね。注意しなくちゃいけないことは、アンビリカルケーブルがからまるとけっこう厄介だからそこに気を付けること。それからお互いのATフィールドが間近で干渉すると、色々不具合が出るからそこを注意してね」

「はい」

「シンジ君、レイとはタッグ組んだことあったっけ?」

「これが初めてです」

 

 シンジは色んな人とチームを組んで操縦しているが、レイとは一度も連携したことがなかった。しかも二人っきりのチームなんてのはそれ自体経験がなかった。

 

「それじゃあ、合図とかは二人で決めてって。こっちで決めるよりそっちのほうがいいでしょ」

「個人的にはミサトさんが決めてくれたほうが嬉しいんだけど」

「そう? でも、そういうのは二人で相談して決めたほうが信頼関係が深まるでしょ。今後、シンジ君も色んなパイロットとチームを組むんだから、練習だと思ってコミュニケーション取ってみて。マスターキーは落とすから、あとは二人で仲良くね」

 

 ミサトはそう言うと、マスターキーを切った。

 

「あら、ミサトが指示を出すんじゃないの?」

 

 隣でデータを取っていたリツコが尋ねた。

 

「二人の邪魔しちゃ悪いでしょ」

 

 ミサトはそう言って笑った。

 

 さて、ミサトとの通信が断たれたいま、シンジが通信可能な相手はレイだけである。

 

 そんな状況でシミュレーションが始まった。基地近辺にザク3機が出現したという想定の訓練だった。

 ザクは互いに連携して、こちらに近づいてきていた。

 

 何とかレイとコミュニケーションを取ってザクを迎撃する必要がある。

 いつもなら、甲児やボスが指揮を取ってやってくれるので、シンジも楽だった。しかし、レイは甲児らとは違い、自分から指示を出してくることがなかった。

 

 レイは完全に無言だった。

 もともとレイがそういう性格というのもあるが、もしかしたら昨日の件もあって、いつも以上に警戒されているというのもあるかもしれなかった。

 

 シンジは何とかレイとコミュニケーションを取るため、レイに通信を入れた。

 

「こちら初号機。零号機、応答せよ」

 

 シンジはとりあえず定型的な通信を入れた。

 

「こちら零号機、通信を確認」

 

 定型文には定型文で返ってきた。

 

「どうしよう、綾波さんが小隊長をやる?」

「どちらでも構わない」

 

 返答しにくい通信が入ってきた。

 

 

「じゃあ、綾波さんが小隊長をやって。作戦を任せるよ」

「了解」

 

 レイはまったく感情のこもっていない声でそう言った。

 

「パレットライフル装着。P13からR1を迎撃。初号機はP15から援護」

 

 レイはそのように伝えた。

 

「了解。P15まで移動します」

 

 シンジは少しやりづらさを感じながら、レイの言う通りにP15に向かった。

 しかし、その道中で敵の行動パターンが変化した。

 シンジは経験則からP15ではなく、P13で合流して、R1を左右から挟むように追い込んでいったほうが良いと考えた。

 

 いつもなら、気づいたことを甲児に伝えてうまくやっていたが、今回の相手はレイ。シンジはとりあえず気づいたことをレイに伝えた。

 

「小隊長は私」

 

 レイはそう言い返してきた。感情はこもっていなかったが、最初の取り決めと違う、意見するなということを言ってきた。

 

「それはそうなんだけど。R1、右に旋回してるから、P15だとR2に連携を断たれるかもしれないんだ。だからP13で合流したほうがいいと思う」

「……了解」

 

 わかってくれたのかどうかはわからないが、一応了承してくれた。

 しかし、その途中で、R3がかなり予想外な動きを取ってきた。戦闘というのは1秒ごとに状況は変化するものだ。だから、臨機応変に対応しなければならない。

 

 レイは敵の動きに対して最善の行動を取ろうとした。それ自体はいいのだが、どういう行動を取るかシンジに伝えなかった。

 

「えっと、綾波さん? P16に移動するの? 狙いはわかるけど、せめて一言言ってくれないと」

「……P16に移動する」

「もう遅いよ」

 

 シンジはいまいちかみ合わないレイに振り回されていた。

 

 それを見ていたミサトは首を傾げた。

 

「うーん、なんだかぎこちないわね。うまく意思疎通できてないのかしら」

「今日が初めてならしょうがないわよ」

 

 リツコはそう言ったが、ミサトはそれ以前の問題のように考えていた。

 甲児やボスとチームを組んでいるときのシンジとはまるで違っていた。

 

 ザク撃墜には至ったものの、高いレベルから見ると、この連携ではまるでダメだった。第三使徒がいつどんな形でやってくるかわからないが、この連携では不安しかなかった。

 

「うーん、シンジ君には女心ってやつをわからせないといけないかしらね。でも、男はバカだから絶対にわかろうとしないのよね、男ってやつはほんとに」

 

 ミサトはそう言いながら、過去のことを思い出していた。



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31、第三使徒襲来

 それは早朝の出来事だった。

 東京湾では、海底調査のために、調査鑑が出航した。

 このプロジェクトは、ミケーネ帝国をけん制するための、潜水艦の航路を確立するための重要な海底調査だった。

 

 意気揚々に出航した調査隊だったが、出向から1時間後、突如として爆破されることになった。

 調査艦は大破。通信室との通信は途切れてしまった。

 

「謎の大爆発を観測しました。調査艦体「大山」の近辺です」

「どういうことだ? 敵機の魚雷攻撃を受けたのか?」

「いいえ、大山隊の近くに敵機の反応はありませんでした」

「では、なんだというのだ?」

 

 そのとき、通信室は異常な高エネルギー反応をキャッチした。

 

「所長、高エネルギー反応。東京湾南端です」

「何者だ? ミケーネども、恐るべき機械獣を開発して攻め込んできたのか?」

「いいえ、ミケーネの機械獣ではないと思われます。このパターンは例の使徒では?」

「使徒だと? ええい、早く偵察機を送れ。モニターするんだ」

「偵察機、スクランブル発進しました。中央にモニターします」

 

 モニターには、第三使徒の姿がまざまざと映し出された。

 

「なんだこれは? ひし形の飛行物体か?」

「なんという奇妙な物体か」

 

 正四面体を2つ重ね合わせたようなクリスタル型の飛行物体がモニターに映し出された。

 思わず、あっけに取られてしまうような奇妙な姿をしていた。

 

 通信室のスタッフがあっけに取られている間に、第三使徒にエネルギーが充填。直後、すさまじい熱波が放たれた。

 その熱で無人偵察機はやられてしまったようであった。モニター画面は消え、真っ黒になった。

 

「所長、警察に連絡したほうがよろしいでしょうか?」

「バカ野郎、警察にどうにかできるものか。自衛隊だ。ネルフに連絡を入れろ」

 

 使徒出現の報はこうしてネルフに通達された。

 

 午前6時前だったということで、ネルフの中心スタッフはまだ出勤していなかった。

 ミサトもまだ起床したばかりで、半分眠ったような状態でスマホに入っていたメールの確認をしていた。

 そんなときに、突如として緊急指令が届いた。大きな音が鳴ったので、ミサトは半開きの目を開いた。

 

 ミサトは真剣な顔で緊急指令を見た。

 

「使徒襲来……ようやく来たのね」

 

 ミサトは立ち上がって、素早く着替えをしながら、使徒殲滅のために必要な駒をそろえるために、各人に電話を入れた。

 

「甲児君、緊急指令は見た?」

「見ましたよ。せっかくの心地よい夢をぶち壊しにされて不快な気分ですよ」

「それならちょうどいいわ。安眠を妨げるクソ野郎をとっちめに行くわよ」

「了解っす」

 

 ミサトは続けて、シンジとボスとレイにも連絡を入れた。

 

 ミサトは車をかっ飛ばして、ネルフ本部に向かった。

 ネルフはサイレンが鳴り響いていて、緊急事態を思わせる様子だった。

 ミサトは次から次へと入ってくる電話に対応しながら、速足で本部の作戦室を目指した。

 

 正直、防衛相のお偉いらの電話はどうでもよかった。彼らは実際に戦うわけではないのだから。

 ミサトは防衛省からの電話を適当にあしらうと、リツコを捕まえた。

 

「リツコ、いまどこにいるの?」

「もうとっくに本部にいるわ。徹夜で仕事だったから、寝床は椅子の上だったわ」

 

 リツコは疲れたようなそぶりでそう答えた。

 

「第三使徒襲来って聞いたけど、詳細はわかる?」

「いまさっきようやく映像を送ってくれたわ。なんだかこれまでとは勝手が違いそうでみんな驚いているわ」

 

 リツコは第三使徒の映像を見ながら、これは一筋縄にはいきそうにないと直観した。

 

 ミサトもようやく本部に到着した。

 到着するなり、ミサトの視線は第三使徒を映した中央の大型モニターに向けられた。

 

「これはまた悪趣味なデザインなことで」

 

 ミサトはそう言いながらリツコのもとに向かった。

 

「なんだか危なそうなやつね」

「危なそうではなくて本当に危なっかしいみたいね。敵の攻撃パターンを分析しているのだけれど、敵機を認識するなり、約8秒間のエネルギー充填の後に粒子砲で攻撃。これが攻撃射程と範囲と威力」

 

 リツコは別画面に切り替えて、敵の攻撃データをミサトに見せた。

 色々な専門記号が並んでいた。しかし、ミサトは一瞬で敵の攻撃力を悟った。

 

「これマジ?」

「マジみたいね」

「超合金Zでも初号機のATフィールドでも守れないわね」

 

 ミサトはそれを知って難しい作戦になることを予感した。

 

 しばらくして、甲児、シンジ、ボスがそろってやってきた。

 

「ミサトさん、来たぜ。敵はどこだ?」

「ご苦労さん、三人とも。レイは?」

「さっき電話したら、すぐ来るって言ってたぜ」

 

 甲児が答えた。

 

「そんで、侵略者どもはどこだわさね? おれのボロットプレッシャーパンチで粉砕してやるってんだ」

「気合十分なのはうれしいけど、残念ながら今回は正攻法では攻略できそうにないのよ」

「どういうことですか?」

 

 シンジが尋ねた。

 

「中央モニターを見てくれる? リツコ、粒子砲放射の映像を映してくれる?」

「了解」

 

 リツコは映像から一部を切り取って、使徒が粒子砲を放つ瞬間を映像に映し出した。

 映像は音がないが、その破壊力は十分に理解できた。周囲の建物が蒸発しているのが見えた。

 鉄筋が昇華する温度がどれほどのものなのかは、甲児もよくわかっていた。

 甲児はモニターをにらみつけるように見た。

 

「粒子砲中央温度は太陽の黒点付近と同等と推測されているわ」

「太陽……」

 

 シンジには想像もできなかったが、それhとてつもないことなのだろう。

 

「この攻撃を受けると、超合金Zの場合、約2秒で融点に到達。つまり、一撃でも受けたらそこで終わりってこと」

「2秒……そいつはシビアな話だぜ」

「おまけにそれほどの威力であるにも関わらず、エネルギーの充填にかかる時間は約8秒。とても人間が相手にできる代物ではないわ」

 

 ミサトの話を聞いていると、白旗を振るほかないように思えた。

 

「ミサトさん、おれは命がけでも飛び込む覚悟はあるぜ」

 

 甲児は勇ましくそう言った。

 

「おいおい、甲児。何を一人でかっこつけてやがんだ。おれだって同じよ。ボロットと心中する覚悟よ」

 

 ボスは勇ましくそう言った。

 シンジははっきりと命を賭けるとまでは宣言できなかったが、命がけの任務に立ち向かう覚悟はできていた。

 

「ありがとう。でも、私も無謀な作戦は組めない。最終手段としてはあるいは仕方ないのかもしれないけど」

 

 ミサトはそう言いながらも、有効な作戦を思いついているわけではなかった。

 

「ともかく3人はいつでも出撃できるように、スタンバイお願い」

「わかりました。ははは、ようやく燃えて来たぜ」

 

 甲児は危険な敵が出て来たことでさらに持ち前の闘志を燃やした。

 

 ◇◇◇

 

 シンジはエヴァ初号機に乗るため、初号機のあるエリアに向かった。

 今回は本当に命に関わる戦いになるかもしれない。これまでは、なんだかんだ甲児やボスの影に隠れることができた。

 しかし、今回は隠れることができない強敵がだった。

 

 シンジはできるだけ強い気持ちで戦いに臨もうと集中していたが、それでも体が震えた。

 

「シンジ君」

 

 エヴァ初号機のもとに向かうと、科学者の日向が声をかけてきた。

 

「日向さん、よろしくお願いします」

「いや、突然使徒が現れたと聞いて朝から振り回されたよ」

 

 日向は疲れた様子を見せながら額の汗をぬぐった。

 

「零号機のスタンバイもあるからな。いつもの2倍の労働力だ。リツコ先輩がいてくれると早いんだけど、新人中心のオペレートだからな」

 

 リツコやベテランは本部に待機しており、エヴァの起動作業は、日向をはじめとする若手が担当していた。

 すでにマニュアルが成り立っているとはいえ、新人の仕事はぎこちなかった。しかし、みな丁寧な仕事をしていた。

 

「零号機もここにあるんですか?」

「ああ、こっちだ」

 

 日向は零号機のもとにシンジを連れて行った。

 

 零号機は初号機の隣で出撃に向けての準備が進められていた。

 零号機はいわばエヴァのプロトタイプ。試作エヴァである。初号機はその試作エヴァをもとに細心の軍事テクノロジーを駆使して造られたものだった。

 よって、初号機と零号機では、初号機のほうが性能が高い。

 

 しかし、腐ってもエヴァ。零号機も最新の兵器と同等の大きな力を持っていた。

 零号機のパイロットは綾波レイ。もともと、零号機は初号機の完成と同時に解体される予定だったのだが、零号機の性能が想像以上に高かったということで、少しの改良を加えて、今日復活を遂げようとしていた。

 

 シンジはレイの姿を発見した。

 レイは一人で零号機を見上げていた。誰とも会話することなく、ただただ零号機を見つめるばかりだった。

 

「ほんじゃ、シンジ君。準備まであと20分ぐらいあるから、あんまり緊張せずリラックスしてて。準備ができたらアナウンスで知らせるよ」

「はい、お願いします」

 

 日向は駆け足で仕事場に戻っていった。

 シンジは一人零号機を見上げるレイのもとにゆっくりと歩んだ。

 零号機とシンジらの間には防音ガラスがあるので、エヴァ起動の作業音はここまでは届かなかった。

 ゆえに、レイのいる場所はとても静かな場所だった。その静寂を乱すのは悪いような気もした。

 

 しかし、シンジはレイのことをもっと知りたいと思った。これから一緒に戦うかもしれないのだから、ちゃんと打ち解けたいという気持ちがあった。

 

「綾波さん」

 

 シンジが声をかけると、レイはまるでロボットのような動作でシンジのほうに顔を向けた。

 

「零号機、今日から動くんだね」

「……」

「綾波さんはどれぐらいエヴァの操縦経験があるの?」

「……」

「……」

 

 間が持たないとはこのことか。何を言っても反応が返って来ないから、シンジはこの沈黙に居心地の悪さを覚えた。さすがにレイと向かい合っているのは気まずかったので、シンジは零号機のほうに目を向けた。

 

「なんだか初号機とは感じが違うね。なんというか……」

 

 シンジは表現に困った。

 シンジは初号機を操縦していて、いつも初号機から不思議なものを感じていた。エヴァはロボットとは思えないほど人間らしさのようなものがあって、シンジは初号機のコックピットの中で、誰かに抱きしめられているような安心感をいつも覚えていた。

 しかし、零号機はどちらかというと、ロボットに近いように見えた。初号機からは人間を感じたが、零号機からは人間をまったく感じなかった。

 

「この前、綾波さんがエヴァは人だって言ってたよね。初号機に乗ってて、僕もその意味がわかった気がする。綾波さんも零号機に乗っていると、そう感じるの?」

 

 シンジはそう言って、ちらりと横目を向けた。すると、レイが首を横に振っているのが見えた。

 

「零号機にも誰もいないから」

「え?」

「零号機には私しかいない」

「……」

 

 シンジにはレイの言ったその意味を理解することができなかった。

 



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32、ヤシマ作戦

 第三使徒はネルフ本部を目指して侵攻を続けていた。

 無人機による迎撃が試みられたが、例によって、使徒は強力なATフィールドを保有していて、あらゆる攻撃は通じなかった。

 そして、高火力の粒子砲は精密に対象を蒸発させた。

 

 誰も第三使徒を止めることができず、その侵攻を許すほかなかった。

 

 ミサトは第三使徒を倒す作戦を練るために、一人パソコンと向き合っていた。先ほどの迎撃作戦の結果が送られてきたので、それにも目を通した。

 敵のATフィールドの強度はこれまでで最高。保有する兵器の破壊力も最高。

 思わず頭を抱えてしまう厄介な相手だった。

 

「これはもう一か八かしかねえか」

 

 ミサトはもう一度頭を抱えた。

 できるだけ安全で確実な作戦を取るのがミサトの仕事だが、良い作戦はどうしても思いつかなかった。

 

 ミサトは作戦を1時間ほどでまとめると、リツコに提出して簡易的にシミュレーションしてもらった。

 

「なるほど、総電力をつぎ込んだポジトロンライフルによる一点突破ね」

 

 リツコは感心すると同時に、非常に成功率の低い作戦であることも感じていた。

 

「で、ちょっとシミュレーションしてほしいの。磁場の影響を相当受けると思うんだけど、コアを直接狙えるプログラムを今から組めそう? 12時間以内に」

「不確定性原理。神のみぞ知る世界に、人間の知恵なんて役に立たないわ」

 

 リツコはそう言いながら、さっそくいくつかのプログラムを立ち上げて、色々な数値をコンピュータに入力し始めた。

 

「簡易的なモデルだけど、完ぺきに銃身を合わせて射出できた場合で、コアを捉える確率は約16パーセントね。実際は多少前後するけれど」

「16パー……」

 

 ミサトはなぜか机の上に置かれていた6面サイコロを手に取って振った。4の目が出た。

 

「イカサマサイコロがあればね」

「でも他に有力な方法はないんでしょ?」

「一応、理論上はマジンガーを特攻させるって言う手もあるけど、100%パイロットが死ぬ作戦になる。いえ、甲児君なら生還してくれるかもしれないけど」

 

 人命が確実に失われる作戦は取れない。

 ミサトはエヴァ初号機によるポジトロンライフル射撃を軸に作戦を組み立てることに決めた。

 

 この作戦はヤシマ作戦と名付けられて、ゲンドウにも計画の要綱が提出された。

 

 ミサトはゲンドウに作戦要綱を伝えた。

 

「成功確率はおよそ16%。しかし、他に有力な作戦がありません。この作戦に全力を注ぎたいと思います」

「良かろう。存分にやりたまえ」

 

 ゲンドウはまったく動じることなく淡々とそう言った。

 

 ◇◇◇

 

 ヤシマ作戦による第三使徒殲滅が実行に移されることになった。

 この大規模な作戦を行うには綿密な準備が必要となる。

 

 すべての者がこの作戦に全力を注ぐ必要があった。

 

 リツコらの科学班はポジトロンライフルをできるだけ高い確率で使徒のコアを捉えられるように、さまざまなシミュレーションデータを構築した。

 あらゆる想定が足早に進められた。

 

 リツコはミサトに伝えた。

 

「成功率は15%。でも2度目があれば50%以上まで精度が上げられそうなんだけど」

「2度目? どういうこと?」

「第一撃で決まればベストだけど、それが外れた場合、そのデータを取り込めば、第二撃はより精度が上げられるってこと」

「なるほど。でも冷却と充填をどんなに急いでも、第二撃には18秒以上かかるわ。その間に初号機が狙われるのは必至。チャンスは一度しかないわよ」

「いま、光子力研究所からあるものを取り寄せているの。それがあれば2度目のチャンスをもらえる可能性があるわ」

「あるものって?」

「超合金ニューZ」

「ニューZってまだ開発途上なんじゃなかったの?」

「ええ、でもこの前、超合金ニューZの盾の熱耐久実権を行ったの。それによると、理論上使徒の粒子砲を12秒耐えてくれるわ」

「12秒も? ってことは……」

 

 ミサトは手元の資料に目を通した。

 

「第一撃が外れたあと、ニューZの盾で敵の攻撃を防ぐ。そして第二撃」

「そういうこと。かなり忙しい作戦になるけど、理論上は第二のチャンスを得られるかもしれないわ」

「理論上か……でもその理論にすがるしかないわね。すぐに届くの?」

「国の指定軍事物資だから、防衛相の認可がいるわ。国会で承認して、審議に3か月はかかるでしょうね」

「とっくにあの世じゃないの。役人になんて任せてられないわよ」

「というわけで、無断使用。あなたの責任で。オッケー?」

 

 リツコはそう言うと笑みを浮かべた。

 

「私の責任?」

「この作戦はあなたが考えたのだから当然よ。葛城三佐が無断で超合金ニューZを持ち出して軍事利用した。そういうシナリオですでに進めているわ」

「嫌なシナリオ。まあでもいいわ。それで日本を守れるならね」

 

 ミサトは自分の立場を守ることよりも、日本を守ることを優先した。

 

 ◇◇◇

 

 超合金ニューZは光子力研究所が次世代のマジンガーの開発に際して生み出した最新の金属である。

 格子結晶の研究の中で、ダイヤモンドの10の14乗倍の強度で分子間力が結びつく配列が発見された。その格子配列を人為的に生み出した金属が超合金ニューZになる。

 この発見はまだ実戦に投入されていない。

 世界で初めて、超合金ニューZが使用されることになる。

 

 超合金ニューZを作戦地点まで移動させるために、マジンガーZが出撃した。

 

「弓博士、ただいま帰還しました」

 

 長らく欧州で戦い、後にネルフ本部で使徒殲滅作戦に参加していたマジンガーZだったが、久方ぶりに光子力研究所に戻ってきた。

 

「甲児君、ご苦労様だった。君の活躍は耳にしているよ」

「ですが、今回はマジンガーでもやべえやつが襲来したみたいですよ」

 

 第三使徒と戦うため、弓博士は超合金ニューZの盾を用意していた。もともとは超合金ニューZの性能を確かめるためのサンプルだったが、このような形で利用されるようになるには実に運命的だった。

 

「すげえ、これが超合金ニューZか。弓博士、マジンガーもいずれニューZ仕様になるんですか?」

「いま、次世代のマジンガー、グレートマジンガーを科学要塞研究所と合同で開発しておるところだよ」

 

 グレートマジンガーはまだ開発が始まったばかりなので、完成はずっと先のことである。

 グレートマジンガーが完成すれば、第三使徒の攻撃を20秒以上も耐える鉄壁のマジンガーになる予定だった。いま、グレートマジンガーがいれば、第三使徒を苦なく倒すことができたのかもしれない。

 

 甲児は超合金ニューZの盾を背中に装着すると、ネルフ本部に戻るためマジンガーZを発射させた。

 

 そのころ、ポジトロンライフルを最大出力で射出するための準備も進められていた。

 東京中の電力を結集するため、東京電力と協力して、巨大な送電管の準備が進められた。

 使徒の攻撃を耐えなければならないため、地下に送電管が通された。そのため、作業は煩雑なものになっていた。

 

「うりゃうりゃうりゃ」

 

 送電管のつなぎ合わせの作業にはボス・ボロットが参加していた。

 ボロットは地下での器用な作業も難なくこなすことができた。

 特に、リニアが通過できない場所から引っ張ってきた送電管をつなぐのは難しい。送電管は数トンにも及ぶものをいくつもつなぎ合わせていくことになる。リニアが通過していれば、専用の作業ロボットが担当できるが、そうではない場所へはボス・ボロットが入って行って、作業に当たった。

 

「ボス君、そっちの作業は順調?」

 

 作戦開始まであと5時間。ミサトはボスに作業の進み具合を尋ねた。この作業が完成しなければ、ヤシマ作戦は絵に描いた餅に終わってしまう。

 

「おうおう、順調に進んでるぜ。1時間後には終わるだわさ」

「速くて助かるわ」

「こっちは問題ねえ。それよりシンジのやつは大丈夫なのか? 大役を任されてんだろ」

「そうね、そっちが一番心配」

 

 この作戦の最大の懸念点は、シンジが第三使徒のコアを撃ちぬくことができるかにかかっていた。

 成功率は第二のチャンスまでつながった場合、50%を超えてくるとはいえ、それでも日本の国防を決める戦いがコイン投げのようなものにゆだねられるのはかなり酷だった。

 その要を任されたシンジが平常心でこの作戦に臨めるかが問題だった。

 

 ミサトはシンジの待機室を訪れた。

 シンジは落ち着いた様子で待っていた。ミサトがやってくると立ち上がって会釈した。

 

「もうまもなく……と言ってもまだ4時間あるけど、気持ちはどう?」

「ええ、いまは落ち着いています」

 

 シンジはそう言ったが、緊張感を感じているのが見てとれた。

 

「バニング大佐から最後は気持ちだと教わりました。気持ちでは決して負けません」

 

 だが、シンジの実戦は決して多いわけではない。それに、シンジが携わった作戦はすべて甲児やボスと連携したものである。今回はマジンガーのいない孤独な戦いになりそうだった。

 今回の作戦は多くの人の力が込められているので、厳密には孤独というわけではないが、シンジは強い孤独感を覚えていた。

 

「まだ4時間あるなら、もう一度練習してもいいですか?」

「ええ」

 

 今回の作戦のために、シンジは何度もシミュレーションしていた。ミッション自体は難しくない。コンピュータが計算した照準にポジトロンライフルを撃つだけ。

 シンジは作戦決行までの時間、孤独にシミュレーションに向き合った。シミュレーション上では完ぺきにミッションをこなすことができた。

 あとは実戦で練習の成果を出すだけ。

 

 ミサトも最後はシンジにすべてを託して見守ることしかできなかった。

 

 ヤシマ作戦決行の時間は刻々と迫ってきた。

 午後7時6分になった。作戦開始まで残り3時間を切った。

 

 あたりは暗くなり、同時にあちこちで大規模停電が生じ始めた。

 東京中の電力がヤシマ作戦につぎ込まれようとしていた。

 

 シンジは一人作戦決行場の外に出て来た。隣にはエヴァ初号機がすでに待機状態になっていた。

 見上げると、すでに星空が広がっていた。

 

 静かで神聖な夜だった。

 この静かな夜に戦いが生じるなんて想像もできなかった。

 

 静かな夜に包まれていると、さらに強い孤独感に襲われた。

 作戦に伴い、環境の影響を最小限度にするため、あらゆる通信機器が遮断されている。

 甲児やボスから熱い言葉をもらうこともできなかった。

 ミサトも仕事のためいまは近くにいない。

 

 一人で戦いに向けてボルテージを上げるほかなかった。

 

「僕がやらなきゃいけないんだ。怯えるな……」

 

 シンジは自らで自らを叱咤激励した。けれども、シンジは何度も弱気に押しつぶされそうになった。

 

 その時、シンジの近くで大きな音がしてリフトが地下からのぼってきた。

 シンジはその方向に目を向けて思わず声をあげた。

 

「零号機?」

 

 リフトを昇ってきたのはエヴァ零号機だった。今回の作戦には入っていないはずの零号機だが、たしかにリフトを昇ってきた。

 疑問に思っていると、シンジの後ろで大きな声が上がった。

 

「シンジ君!」

「日向さん」

「はあはあ、いやいや疲れた。作戦が途中で少し変更になってね。それを伝えに来たんだ」

「変更?」

「盾が不安定で、どうしても固定しきれなかったんだ。どうしてもそれを構える対象が必要で、あれこれ思案してたんだけど、零号機が盾役をすることになったんだ」

 

 日向はそう言いながら、零号機のほうを指さした。

 

「零号機がシンジ君の前に出て盾を構える。いや、けっこう大変な役目だよ。縦と言っても10秒ちょっとしか持たないわけで、最悪死ぬことになる。でも、レイがやると言ってくれてね」

「綾波さんが?」

「いや、彼女のセリフかっこよかったよ。シンジ君も隣にいたら惚れること間違いなしだぜ。「初号機を必ず守ります」って女の子があんなに堂々と言えるのはたいしたもんだよ」

 

 シンジはレイがそう言ったところを想像してみたが、想像しきれなかった。ただ、おそらく無表情にそう言ったのだろう。

 

「というわけで、零号機が盾役をする。シンジ君は射撃に集中してくれれば大丈夫だ」

「はい」

「頼んだぜ、日本のヒーロー。っと、おれはまだ仕事があるから、んじゃ戻るわ」

「はい、頑張ってください」

 

 シンジは走り出した日向の背中をしばらく見ていた。



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33、「あなたは死なないわ」

 ヤシマ作戦の準備は完全に終了し、あとは使徒を迎えるだけになった。

 ゲンドウは冬月と共にネルフ本部から作戦の様子をうかがっていた。

 

「碇、もし使徒迎撃に失敗したら本当に起こるのだろうか、人類の終わり、サードインパクトが」

「それは神のみが知ることだよ。我々には神の決断を受け入れるしかない」

「だが、神に抗うことができるのもまた人間だ」

「抗うことさえもできんよ。すべては神が決める。そうだろう、ユイ……」

 

 ◇◇◇

 

 ミサトはリツコらと共に作戦のための最終調整をおこなっていた。

 ミサトは忙しく電話の対応をしていた。

 

「了解。送電管のレベルは? 問題なし? 1億ボルトを超えるレベルは中央バッテリーの回路を経由させて。え、地盤に難があるかも? そういうことはもっと早く報告してもらわないと困るんだけど」

 

 作戦がまもなくになってからネガティブな情報が入ってくると、自然と声に怒気が混じった。

 リツコらもいくつかのマニュアルパターンを作成した。

 

「先輩、地形の磁場の影響はほとんど無視できると思うのですが、使徒の影響は使徒の気まぐれで大きく変わりそうです。こればかりは使徒に話を伺ってみないとどうにもなりません」

「使徒の行動パターンを確率分布したわ。このグリーンの収束点を想定するしかなさそうね」

「それでもかなりムラがありますね。ほとんど運の勝負です」

「マヤ、あなた今日の運勢はどんな感じ?」

「え? 運勢ですか? 今日の星座の運勢はたしか1位だったような……」

「そう、私は12位。あなたたちは?」

「おれは8位」

「僕は9位です」

 

 科学者たちはみな星座占いを良く確認しているようであった。

 

「なら、マヤ、あなたに最後の選択を任せるわ。この6パターンのうち、どれが最善だと思う?」

「えーっと……」

「何考えてるの。考えたって正解なんてないわよ。自分の運勢を信じて直観で答えるのよ」

「わかりました。では……」

 

 マヤは画面を見ずにパターンの1つを選んだ。

 そのパターンがポジトロンライフルの照準計算プログラムに組み込まれた。科学者も最後は星座占い頼りだった。

 

 ◇◇◇

 

 星空がより濃くなった。作戦まで1時間30分。

 まもなく、初号機に乗り込む時間だった。

 

 シンジは最期の景色になるかもしれないと思って、一人静かに美しい正座を見上げていた。

 

「すごくきれいだな……」

 

 シンジは思わず星空に手を伸ばしていた。

 そういえば、少し前に開かれたパーティーの時に、レイが月に手を伸ばしていたのを思い出した。

 ふと、懐かしい光景と重なった。

 

「この星空、どこかで見たことが……それに綾波さんのあの時の……」

 

 シンジは深い深い記憶の片隅に既視感を覚えた。その既視感がこの星空と重なった。

 

「そうだ……母さんとプラネタリウムに行って、その時に……」

 

 あれはシンジが物心つくかどうかと言った昔のこと。

 シンジはそのときの光景を思い出していた。

 隣に母親がいて、母親がこう言った。

 

「あの満月。とてもきれいね。手を伸ばしたら届きそう」

 

 そう言って、母親は月に手を伸ばして……。

 

「碇君」

 

 深く回想していたシンジの背中に声がかけられた。

 感情のこもっていない語調だったが、その一言でシンジは現実に戻ってきた。

 振り返ると、そこにはレイが立っていた。

 

 レイの姿はバックの星空と調和していて、どこか人間を超越した存在のように見えた。

 シンジはしばらくその姿に見とれていた。

 

「時間」

 

 レイは用件を静かに伝えた。

 

「あ、うん」

 

 シンジは立ち上がった。

 レイは表情をまったく変えることなくきびすを返すと、そのまま幽霊のように歩きだした。

 

「あの、綾波さん」

「……」

「綾波さんは……怖くないの?」

 

 綾波は足を止めて小さく振り返った。赤く鋭い視線がシンジに突き刺さってきた。

 

「今回の作戦、成功率は50%ぐらいだって。それに盾も長くもたないって。死ぬかもしれない。綾波さんは怖くないの?」

 

 レイはすぐには答えなかったが、少し間を置いて尋ね返した。

 

「どうして?」

「え?」

「どうして怖いの? 人はいつか死ぬもの。いずれいなくなるもの」

 

 レイは淡々とそう言った。

 

「……」

「……」

 

 二人はしばらく無言で見つめ合っていた。

 

「僕は……怖いな」

「……」

「だって死んでしまったら、もう何も見ることができない。何も聞くことができない。触れることだってできない……」

 

 シンジは言いながら、これまで出会ってきた色々な人たちのことを思い出していた。

 

 いい出会いもあれば悪い出会いもあった。

 

 父親との出会いはいい出会いだったのだろうか、悪い出会いだったのだろうか。

 死んでしまうと、それを確かめることもできなくなる。

 

 シンジはやはり死ぬことが怖かった。死にたくなかった。

 シンジは視線を落とした。

 この静寂、この瞬間も死んでしまうとなくなってしまう。

 

「あなたは死なないわ」

 

 レイの唐突の言葉にシンジは顔を上げた。

 

「私が守るもの」

 

 レイはそう言うと、シンジの背中を向け歩きだした。

 

 シンジはレイの言葉が、かつて母親が自分に言った同じ言葉と重なるのを感じていた。

 

 ◇◇◇

 

 作戦のために、シンジはエヴァ初号機に乗り込んだ。

 

「どうしてだろう……僕は綾波さんのことをどこかで知っていたのだろうか」

 

 シンジは初号機に乗り込んだ後も、レイのことを考えていた。レイの放った言葉はシンジの胸の奥にしっかりと刻まれていた。

 

「綾波さんはいったい……」

 

 レイは偶然出会っただけのパイロットなのか。シンジは違うような気がした。

 

「ネルフ本部より最後の報告です。これより先、すべての通信システムがシャットダウンされます。パイロットは心して聞きなさい」

 

 初号機の中に機械音が入ってきた。

 

「シンジ君。こっちからの一方的なメッセージになると思うけど聞いてね」

 

 ミサトの声が聞こえて来た。これは録音されたものであるから、ミサトは一方的にしゃべった。

 

「まずは落ち着いて。あなたは国を背負っているけれど、あまりプレッシャーに感じなくていいから。そして、あなたは一人じゃないわ。私もこの作戦に参加しているし、甲児君もボス君も頑張ってくれたわ。リツコも今も忙しく頑張ってるわ」

「……」

 

 シンジはミサトの言葉を頼もしく感じていた。

 

「あなたのお父さんもよ。シンジ君の戦う姿を見守ってくれているわ。だから、みんなの力を借りて頑張るのよ」

「父さんか……」

 

 もし、このまま作戦が失敗して死ぬことになれば、結局父親のことを何も知ることなく終わることになる。

 父親のことなど嫌っていたが、そのような終わり方は嫌だった。

 

 ミサトの伝言が終わると、LCLがプラグ内で擦れ合う小さな音だけの静かな空間になった。

 

「やるか。僕がやらなきゃ」

 

 シンジは強い目になった。深呼吸をして操縦桿を力強く握りしめた。

 

「来た」

 

 シンジは目の前に小さく見えて来た第三使徒をにらみつけた。

 

「でもここまでだ。ここから先へは行かせない」

 

 シンジは第三使徒の威圧感に負けないように睨み返した。

 そのとき、シンジの視界に零号機の姿が見えた。

 

 零号機は初号機の少し前の高いところで超合金ニューZの盾を構えた。

 

「綾波さん……」

 

 シンジは心の中でレイに向けて小さくメッセージを伝えた。

 

「僕も君を守る。一撃で決めてみせる」

 

 シンジはポジトロンライフルを構えた。自国は10時6分。

 ヤシマ作戦が始まった。

 

 いつもよりずしりと重たいポジトロンライフルをしっかりと構えると、第三使徒が照準に入ってくるのを待った。

 

 ネルフ本部では、シンジがうまくやってくれることを見守ることしかできなかった。

 ミサトはスタッフらに再度マニュアルを確かめた。

 

「第一撃を外したときの冷却作業、エネルギーの充填作業。準備はオッケー?」

「はい、ライフルのバックアップも問題ありません」

 

 バックアップは完ぺきだった。完ぺきではあるが、それでもチャンスは最大で2回。2回以内に決めなければならない。

 ミサトは表情に緊張感をにじませた。

 

 その後ろではゲンドウがいつもの調子で見ていた。



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最終話 笑顔

 第三使徒はゆうゆう谷間を越えて、零号機と初号機の待機する戦場にやってきた。

 何かを警戒することはなく、一定のスピードで近づいてきた。

 

 ネルフ本部ではミサトらが見守っているが、作戦に影響が出ないようにモニターはシャットダウンされている。

 レーダー上の赤点でしか使徒を捉えることはできない。

 赤点は青点が2つ密集する場に向けて一定のリズムで進んでいた。

 

「シンジ君、頼んだわよ」

 

 本部からはただ二人の健闘を祈ることしかできなかった。

 

 シンジはまっすぐと使徒を見つめていた。

 一定の距離まで、使徒が近づいてきたら、オートロックオンされることになっていた。

 シンジもまたやるべきことは、ポジトロンライフルを発射するだけだった。

 余計なことを考える必要はない。

 

 しかし、小さかった使徒が徐々に大きく見えるようになると、嫌でも緊張感が高まった。

 右手が震え始めた。

 

「落ち着けよ、慌てたってどうにもならないだろ」

 

 シンジは自分にそう言い聞かせた。

 しかし、体は生理的なリズムに従って反応した。使徒のプレッシャーがシンジの心を消耗させてきた。

 

「……」

 

 今にも正気を失いそうなほどの焦り。

 しかし、シンジはその中でも集中することができた。

 

 視界に映るのは使徒だけではない。目の前には零号機がいる。

 零号機の背中を見ると、シンジは集中力を取り戻すことができた。

 

 それにしても、零号機からは焦りや恐怖と言ったものを一切感じなかった。

 シンジもある程度訓練を積む中で、機体がパイロットの心理状況を反映するということを理解できるようになった。

 パイロットの感情が機体に反映される。しかし、零号機にはまるで感情の突起が見られなかった。

 

 レイはこのような状況でも無の状態にあるのだろうか。命をかけた初号機の護衛任務を担っているのに、恐怖心はないのだろうか。

 シンジはそんなレイの意志力をうらやましいと思いながら、どこか悲しくも思えた。

 死ぬ恐怖は恐ろしいものだ。でも、それを一切感じることなく死んでしまうというのはすごく悲しい気がした。

 

 死の恐怖とは、言ってみると生きた証のようなものだ。大事なもの、愛するものと巡り合い、それを失いたくないという思いが恐怖を生み出している。

 けれど、レイにはそうしたものが何もないのかもしれない。

 失って惜しいものなどない。自らの命が失われることに何のためらいもない。

 

 シンジはレイから感じた初めての感情にもどかしさを覚えた。

 このまま、レイが死ぬことになってしまうなんて受け入れられなかった。

 

「絶対に死んじゃダメだ、綾波さん。僕もまだ死ぬわけにはいかない……」

 

 シンジもまたこのときはじめて、自分が生への執着を感じていることを実感した。

 ネルフに来る前、シンジは自分が生きていることの意味を感じたことなどなかった。なんとなく生きてなんとなく死んでいくのだろうとすでに人生を終わらせていた思いだった。

 自分の代わりはいくらでもいる。自分の命に価値などない。

 

 しかし、いまのシンジは違った。死にたくなかった。まだ生きてしなければならないこと、したいことがあった。

 だから、シンジはこの使徒を倒し、生きて帰るのだと決心した。

 

「生きて帰る。必ず」

 

 シンジは生への執着を気力に換えた。

 みるみるうちに初号機とシンクロしていくのを実感した。

 

 使徒が作戦テリトリーの中に侵入した。

 ブザーが鳴ると同時に、ポジトロンライフルの照準が動き始めた。

 AIによって1秒間に膨大な量の計算が行われた。

 磁場や分子間影響力の計算から、最終的に不確定性原理に関する確率論への計算が行われる。

 そして、使徒を撃ちぬく確率が最も高い照準が選ばれる。

 

 いくつかのパターンがあり、今回選ばれたパターンは星座占い1位だったマヤが選んだものだった。

 それだけに本部で見守っているマヤは他人事ではなかった。マヤは自分の星座に祈りを捧げるように念を込めていた。

 

 照準が定まった。

 

「いっけえええええ!」

 

 シンジは大きな声でそう叫ぶと、最小限のブレでポジトロンライフルを発射した。

 

 一瞬のうちに銃身から高エネルギー反応が発生。

 使徒はそのエネルギー反応を敏感に感じ取った。すかさず、その方角に向けて粒子砲のエネルギーを充填した。

 

 両者はほぼ同時に必殺の一撃を撃った。

 

 シンジは目を閉じた。すさまじい閃光だったので、直接見ると失明するほどのものになる。

 

 両者の一撃は互いに衝突するようにして飛んだ。

 お互いに陽子を加速した粒子砲である。どちらも正極に電磁気を帯びているので互いに反発する。

 

 結果、粒子砲は衝突することなく、大きく反発し、方向が大きく変化した。

 この歪曲もある程度まで計算されていたが、初号機の放った一撃は使徒をわずかにかすめたものの、使徒のコアを撃ちぬくには至らず、そのまま地面に激しく激突した。

 周囲は地面がめくり取られるほどの衝撃と、鋼鉄が昇華するほどの高温にさらされた。

 だが、使徒にはATフィールドが張り巡らされているため、その影響を受けなかった。

 

 使徒の一撃も方角が大きく変わり、山の中腹あたりに撃ち込まれ、同じように地面をめくりあげた。

 

「外れた?」

 

 シンジは攻撃が外れたことに気づいた。

 

「再充填」

 

 シンジはメーターを見た。メーターが満タンになるまでは撃てないのだが、そのメーターのゲージが上昇する速度はゆっくりだった。

 

「早くしろ。早く!」

 

 シンジはせかしたが、機械がやっていることだからシンジは待つ以外にできることはなかった。

 

 エネルギーの再充填に時間がかかっている間に、使徒は速やかにエネルギーの再充填を終わらせた。

 

 そして、使徒は慈悲もなく、最速で粒子砲を撃ち込んできた。

 

「……」

 

 すさまじい光沢に、シンジは目を覆った。このまま死んでしまうのか。その恐怖に胸の鼓動が高まった。

 

 しかし……。

 

 使徒の攻撃は初号機には撃ち込まれなかった。

 

「……」

 

 目を開けると、すさまじいエネルギーを受け止めている零号機の姿があった。

 

「綾波さん……綾波さん!」

 

 シンジの目の前では、逃げ場のない零号機が一方的にその身を削っていく光景が広がっていた。いや、逃げることはできるのかもしれない。超合金ニューZの盾が敵の攻撃を防いでいる。今なら安全な場所に逃げることができるかもしれない。

 だが、零号機はぴくりとも動かなかった。それどころか、少しでも初号機のほうに漏れ出る被害を最小限度に抑えるために、その体を大きく張って、敵の攻撃を受け止めていた。

 

「逃げるんだ、綾波さん! 今ならまだ盾が防いでくれるよ。綾波さん!」

 

 シンジの声はおそらくレイには届いていないだろう。作戦のため、すべての通信は断たれているし、使徒の攻撃でその機能も失われているはずだ。

 

 しかし……。

 

 零号機はシンジの声に反応するように一度だけ初号機のほうを振り返った。

 それから前を向き、手を広げて、初号機の壁になった。

 

「綾波さん、どうして……」

 

 ろくに話したことなんてない。それどころか、女湯に覗きに行った経緯さえある。

 しかし、レイはそんなシンジを守るために、その場にとどまった。自分の命を投げ出してシンジを守ろうとした。

 

 シンジはその姿を見て、レイの言葉を思い出した。

 

「あなたは死なないわ。私が守るもの」

 

 レイはそう言っていた。それを忠実に守るために、その場にとどまっていた。

 

「なんでだよ。そんな約束守らなくてもいいだろ。僕は君にとって何でもない人間。そうだろう?」

 

 シンジはレイに生きていてほしかった。だから、生きるためにその場から逃げてほしかった。

 しかし、レイは逃げなかった。

 

 愛する自分の子供を守るように、レイは初号機の盾になった。

 

 超合金ニューZの盾が完全に蒸発した。

 使徒の粒子砲がしたたかに零号機に降り注いだ。

 

「綾波さん!」

 

 シンジはメーターを見た。すると、メーターは停止していた。故障してしまったのかもしれない。

 

 シンジはライフルを放ったが、うんともすんとも言わなかった。

 

「なんで出ないんだ。なんで! ちくしょう!」

 

 シンジはポジトロンライフルを投げ捨てた。

 

 何か作戦があったわけではない。

 ただ、レイを守りたかった。

 助けられる勝算があったわけではない。

 ただ、無我夢中で、シンジは零号機に手を伸ばした。

 

「助けたいんだ、綾波さんを……このままお別れにはしたくないんだ」

 

 シンジはその思いで、使徒の攻撃の中に飛び込んだ。

 

 初号機のうなり声がとどろいた。

 

 そのうなり声の直後、使徒の粒子砲が弾かれる。

 超合金ニューZをも破壊したその攻撃を、初号機は右手一本で弾き飛ばした。

 

 初号機の右手には陽子エネルギーの一部が取り込まれた。

 そのエネルギーは初号機によって取り込まれ、使徒に向けて放たれた。

 

 その一撃はしたたかに使徒を撃ちぬいた。

 コアを撃ちぬかれた使徒は炎上。そのまま機能をすべて失い、その場に崩れ落ち、その場に大きな火柱を作った。

 

「……」

 

 シンジは我を取り戻した。

 

「どうなったんだ?」

 

 シンジはあたりを見渡した。

 使徒の姿はなかった。倒したのか、あるいは自分のもとを通過していったのか。

 シンジはどちらにせよ、使徒よりもレイの安否を気にした。

 

「零号機は……?」

 

 シンジが振り返ると、地面にたたずむ零号機の姿があった。

 エントリープラグが緊急射出されたのか、地面に零号機のエントリープラグが転がっているのが見えた。

 

「綾波さん」

 

 シンジも緊急用のエントリープラグ射出ボタンを押した。

 初号機からエントリープラグが発射された。

 

 シンジはLCLを排出すると、エントリープラグの外に出た。

 

 外は大気が熱されているのを感じた。外気は50度以上にまで上がっていたが、シンジは気にせず、零号機のエントリープラグに走った。

 

「綾波さん……待ってろ」

 

 シンジはエントリープラグの開閉を試みた。プラグのドアはひん曲がっていて、LCLが漏れ出ていた。引っ張れば、何とかなりそうだった。

 シンジは200キロを超えるドアを引っ張った。しかも金属はかなりの高温にさらされていて、防熱手袋の上からでも、激痛が走った。

 

 それでも、シンジは手を離さずに全力で引っ張った。バニングのもとで行ったトレーニングの成果もあり、シンジは巨大なドアを地面に引っ張り落とした。

 

「綾波さん!」

 

 シンジは零号機のプラグの中に入り、レイの姿を見つけると、その手を取った。

 

「……碇司令?」

 

 レイはもうろうとする意識の中でそのようにつぶやいた。

 

「僕だよ、碇シンジ」

「碇君……?」

 

 レイは少し驚いたような表情をした。シンジは初めてレイの人間らしい表情を見たような気がした。

 わずかに差し込んだ月の光がレイのその表情を鮮明に映し出していた。

 

「良かった、無事で……。本当に良かったよ」

 

 シンジはそう言うと、自然と目に涙が溜めた。

 その涙が目から零れ落ち、レイの頬を伝った。

 

「……どうして碇君は泣いているの?」

「どうしてって、そんなの嬉しいからに決まっているじゃないか。綾波さんが生きていてくれたから」

「どうして?」

 

 レイはもう一度問いかけた。レイのほうから質問をしてくるのは初めてだったかもしれない。

 

「私が死んでも代わりはいるわ。私がどうなっても何も変わらないのに」

「どうしてそんなこと言うのさ。綾波さんの代わりなんてどこにもいないよ」

「いるわ」

「いないよ!」

 

 シンジはレイの声をかき消すようにそう言った。

 

「いないよ。綾波さんは綾波さんしかいない。だから、無事で良かった」

「……」

 

 レイは表情を変えなかったが、これまでに感じたことのない何かを感じているようだった。

 

「ともかくここを出よう。一人で歩ける?」

 

 レイは首を横に振った。

 

「じゃあ、ちょっと失礼するよ」

 

 シンジはそう言うと、レイの体を抱きしめるように引き寄せて、そのまま抱え上げた。

 レイとの距離がこれまで以上に縮まった。

 

 そのとき、レイは恥じらうように、シンジから顔をそらした。

 

「ごめんなさい。こういうとき、どんな顔をすればいいかわからないから」

「こういうときはきっと笑えばいいんだと思うよ」

「笑う……?」

「うん」

 

 シンジはそう言うと、はにかんでみせた。それがこの状況に適した表情だったかはわからない。

 すると、レイはほんのわずかに口元を緩めた。

 シンジはその表情にとても懐かしく温かいものを感じた。

 

 ちょうどそのとき、救助隊が駆けつけて来た。

 シンジはサイレンが鳴るほうに目を向けた。空を見上げるととても美しい三日月が輝いていた。

 

ーーーーーーーーー

 

 第一章シンジ編終了。

 ここまで読了ありがとうございました。

 

 引き続き第二章アスカ編の執筆が進められています。

 アスカ編開始まで、いましばらくお待ちください。

 



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おまけ エヴァでIMPACT

 私はスーパーロボット大戦IMPACTが一番好きです。

 雑魚がHP1万を超えるスーパーロボットとして立ちはだかってくるタフネスの高さと第一話からさっそく水中からメガ粒子砲を撃たれる難易度が好きです。

 

 そんなIMPACTにエヴァが参戦していたら、どうなっていたのでしょうか。

 

 以下は私が考えてみたエヴァ初号機のスペック

 

 9段階改造

 

 強化パーツ 2

 

 移動  5

 HP   5200

 EN   120

 運動性 85

 装甲  800

 限界  240

 

 アンビリカルケーブル→戦艦から5マスまでしか移動できない。

 ATフィールド→ENを10消費。受けるダメージが4000未満だと無力化。

 

 バレットライフルp 1~4 1700 弾数15

 プログレッシブナイフp 1~2 1900 EN5

 ポジトロンライフル 2~6 2100 弾数8

 マゴロクEソードp 1    2700 気力110 EN10

 ポジトロンライフルフルパワー 2~7 3500 気力130 EN50

 

 斬り込み役で使うなら、長距離で2100打点のポジトロンライフルが割と使いやすいのと、激励1発でマゴロクEソードがコスパ良く使えるのがいい。

 強化パーツは高性能照準器で命中を補強するのと、移動力を上げるメガブースターあたり。

 装甲を改造すれば、かなりの攻撃を無力化できる。

 ボス戦にはひらめきなんかを使えればフルパワーポジトロンが削りとして悪くなさそう。

 パイロットのシンジは「奇跡」を覚えそうなので、ボス戦に一回使えれば、切り込みから削り役まで活躍は広い。

 

 弐号機はATフィールドを投げられるようになればいいのと、合体攻撃があるなら、フィニッシャーにも使える。

 

 バレットライフルp 1~5 1700 弾数15

 格闘p        1  2000 

 ヒートナギナタp  1~2 2300 気力110

 ATフィールド投p 1~3  3200 気力110 EN20

 

 3200の火力があるなら、弐号機の強化パーツの1つは高性能レーダーで決まりかな。射程4まで伸びれば雑魚はたいてい削れる。

 合体攻撃が、ATフィールド投の1.5倍ぐらいで使えるとするなら、ATフィールド投を9段階改造とすると最終威力4100なので6150になる。

 アスカは魂を使えそうなので、宇宙適応がSならラスボスにも3万ぐらいのダメージが出せる。

 

 零号機はロンギヌスの槍が使えれば一線で活躍できそう。投げるだけでなく突ければより汎用性が高い。

 

 バレットライフルp 1~4 1700 弾数15

 格闘p        1  1900

 ロンギヌスの槍p 1~3  2600 気力110 EN110

 ロンギヌスの槍投擲 3~8 3700 気力130 弾数1

 

 槍はフル改造で3500、投擲はフル改造で4600

 槍があれば切り込み役は十分で、4600ならボスにも使える。

 しかし、レイは熱血も魂も覚えそうにない。愛と献身を覚えそうなので、斬り込み+サポートで使うほうがよさそう。

 すれば、無針アンサンブルを積んで、愛を連発できるようにするのが終盤の使い道か。

 3人合体技が安いENで使えれば、切り込み役は3人+飛影で盤石になる。

 

 エヴァがいれば、初心者でも攻略が楽だったろうなと思う。

 シンジとレイは第一部で離脱なく使え、アスカは宇宙に上げられると思われる。

 合体攻撃は第3部から。

 

 第一部でエヴァが使えたら、雑魚の削りが楽勝になる。

 第2部でアスカが使えれば、グレンダイザーを単機で突っ込ませるだけにならないから攻略の幅が増す。

 第3部は合体攻撃で攻撃力不足も解消される。

 割と終盤まで用途広く使えていた。

 

 アスカ編開始まで、いましばらくお待ちください。



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1話 1年の爪痕 (アスカ編)

 その場所は以前とはまったく違っていた。

 たった1年で、いつもの食堂の光景は変わってしまった。

 

 喧騒も活気もすべてが消えてなくなってしまった。

 

 アスカは空軍基地の屋上から空を見上げた。

 すべてが変わってしまっても、空の色だけは変わらずそこにあった。

 

「もう二度と帰って来ないつもり?」

 

 アスカは独り言を空に向けてつぶやいた。それは風に溶け、悠久の一部となった。

 

「ゼオラ!」

 

 その後、アスカは大きな声で叫んだが、空からは何も返って来なかった。

 

「アラドが泣いてるわよ。この世界には、あんたみたいなもの好きは二人といないわよ」

 

 その後、基地のサイレンが鳴り響いた。アスカは髪の毛を手直しすると、基地の中に戻って行った。

 

 ◇◇◇

 

 ドイツは一年戦争で最も大きな被害を被った国の1つである。

 一年戦争の真っただ中、西ドイツ軍がDCから賄賂を受け取っていたという事実が公表されると、ドイツは分断に進んだ。

 EUはドイツの問題には触れたくなかった。特にイギリスは早くからドイツを見限って、一年戦争に対しては保守的な立場を貫いた。

 

 EUの要だったドイツ軍の分断は戦争を激化させた。

 これまで、ドイツ軍は「EU空爆プロジェクト」に少数精鋭のベテランを送り込み、EU全体でDCの本基地を攻撃していた。しかし、西ドイツの背信行為により、EU空爆プロジェクトが破綻。

 EU空爆プロジェクトはイギリス政府が資金の半分以上を出していたが、イギリスの撤退で資金が足りなくなった。

 

 その後、ドイツ軍は東軍の孤軍奮闘状態となる。

 

 マジンガーZを擁する地上戦は有利に進めたが、ドイツ軍が所有するコロニーは、東西ドイツ軍の間で分与の軋轢が生じ、事実上の内戦状態になる。

 ジオン軍がそのいざこざに紛れて、西軍を支援するようになる。

 

 ここで起こったのが、一年戦争最悪の「ソロモン戦争」である。

 このソロモン戦争では核が使用された。

 

 この戦争では、戦力不足を補うため、多くの若手が投入された。

 

 アスカは、当時オウカの部隊に参加していた。

 アスカは11歳の若さで、ドイツ空軍の一等兵に昇格するほどの実力を持っていて、14歳にはオウカの部隊のエースだった。

 

 ドイツ軍は「国防力向上のため、優秀なパイロットを幼少期より育てる」という方針を貫いている。国際社会の圧力もあったが、自分の身は自分で守るというのがEU全体の風潮でもあった。

 ドイツ軍だけでなく、スイス軍もドイツ軍と同じ方針を取っている。

 

 アスカはそうしたエリートプロジェクトの一環で育成された。

 

 オウカも同じプロジェクトから排出されたパイロットであり、火星衛星のコロニーを防衛する任務を任されていた。

 この部隊は非常に強力であり、ドイツ軍の要でもある。部隊には日本人も多く参加しており、オペレーターの加治リョウジは日本出身であり、現在ネルフで活躍しているミサトとは恋人関係の時代もあった。

 

 加治はもともと日本政府管轄のエージェントであるが、女癖が問題視され、ついには辞任させられる。

 その後はEUのプロジェクトに参加し、そこから優秀さが認められ、火星基地の任務につくことになった。

 

 加治はその女癖の激しさに裏打ちされた色男であり、その結果か、少女たちからは憧れの存在で見られており、特に若手パイロットの管理で高く評価されることになった。

 しかし、その部隊は悪夢のソロモン戦争で、約75名にも及ぶ犠牲を出すことになった。

 

 一年戦争で大車輪の活躍を見せていたジオン軍のアナベル・ガトーが東ドイツ軍の中心コロニーであるLN38に対して、大規模な核攻撃を仕掛けた。

 

 このとき、アスカは火星にいたので、この被害を被ることがなかったが、オウカ率いる部隊はこの攻撃をもろに受けた。アスカの上官にあたるオウカは犠牲になり、ほか、アスカの親友であったゼオラ、ラトゥーニ、プルらの犠牲も確実となった。

 オウカの部隊の一員で助かったのは火星にとどまっていたアスカ、アラド、加治ほか25名。

 残り75名は全滅。

 

 悪夢のソロモン戦争からしばらく、ようやく一年戦争が終結。

 アスカとアラドは地上に帰ることになった。

 

 世界は平和を取り戻すために復興が進んでいったが、アスカの心の空白は取り戻すことができなかった。

 ゼオラもラトゥーニもプルもいなくなった。彼女らは友人であり、ライバルでもあった。

 

 しかし、彼女らはもういない。尊敬していたベテランも多くが戦死して、かつてのドイツ軍はもうなかった。

 

 ◇◇◇

 

 アスカはドイツ空軍の司令官と面会した。

 

「惣流、正式に決定した。エヴァ弐号機のメインパイロットにな」

「本当ですか?」

 

 空白を感じていたアスカだったが、司令官の報告は明るい話題の1つだった。

 

「ああ、よく頑張ったな。すべての分野でNO1。文句なく弐号機のメインパイロットだ。即刻離脱した卑怯者のイギリス軍どもは今頃面食らっていることだろう」

 

 アスカはガッツポーズをした。

 

 EUは一年戦争後、もう一度結束を取り戻した。

 ネルフとEUが合同でエヴァプロジェクトを進めることになった。

 

 そして、零号機、初号機が開発される中で、遅れて弐号機が完成した。

 弐号機は零号機の改良によって造られたので、基盤としては初号機と同じだが、ネルフの色を反映した初号機に対して、弐号機はEUの技術が色濃く反映されたものだった。

 

 EUは弐号機メインパイロットにふさわしいパイロットを審査するために、16週間のテストを実施した。

 対象者は18歳未満の若手パイロット。

 16週間、毎日筆記試験から操縦試験を行い、そのスコアのトップを弐号機のメインパイロットにするということで決まっていた。

 

 アスカはそのテストで総合トップだけでなく、個別でもトップだった。

 以下はその結果である。

 

 百式操縦試験

 

 1位 アスカ  84,7554点(東ドイツ代表)

 2位 ジュドー 82、3847点(オランダ代表)

 3位 シャイン 78,9176点(イギリス代表)

 

 最下位 アラド 14,6645点(東ドイツ代表)

 

 メタスMA操縦試験

 

 1位 アスカ  81,9146点

 2位 さやか  81,2286点(西ドイツ代表)

 3位 ジュドー 78,7439点

 

 最下位 アラド 17,4935点

 

 ゲシュペンスト操縦試験

 

 1位 アスカ  97,6398点

 2位 ジュドー 83,7104点

 3位 アラド  76,8137点

 

 Gブル操縦試験

 

 1位 アスカ  85,7175点

 2位 ジュドー 81,9984点

 3位 シャイン 76,6319点

 

 最下位 アラド 6,1486点

 

 筆記試験 数学、自然科学

 

 1位 アスカ  100点

 2位 ジョン  100点(クロアチア代表)

 3位 スミス  100点(オーストリア代表)

 

 最下位 アラド 8,7613点

 

 

 アスカはEUの名パイロットを次々と抑えて、圧倒的なスコアでエヴァ弐号機のパイロットの座を勝ち取っていた。

 しかし、手放しで喜べない事情もあった。

 ゼオラ、ラトゥーニ、プルが参加していない。彼女らは一年戦争で命を落としていなければ、間違いなくこの試験に参加していた。

 そうなっていると、アスカのライバルとして立ちはだかったはずだった。

 

 天才的射撃手だったゼオラ、天才的反応速度を持っていたラトゥーニ、天才的操縦感覚を持っていたプル。彼女らが不在の試験だったので、アスカは手放しに勝利宣言できなかった。

 

 アスカにとっては競争に勝つことがすべて。勝つことが最大の喜びだった。

 これは幼少期からの英才教育の影響でもあった。それだけに、競争相手がいないということが、アスカにとっては一番心に空白を感じることだった。

 



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2、祝砲

 アスカがエヴァ弐号機のメインパイロットに選ばれたことが正式に発表されると、大々的に報じられた。

 アスカのもとに祝砲がいくつも舞い込んだ。

 

 まずミサトから祝福の電話が入った。ミサトはいま日本で仕事をしている。ネルフ本部にて、使徒と呼ばれる謎の侵略者を殲滅するための指揮官を務めている。

 ミサトがネルフに行くまでは、何度も同じ部隊で仕事をしたことがあった。

 

「アスカ、おめでとう。弐号機のパイロットに選ばれたって聞いたわ」

「ありがとう、ミサト。我ながら良くやったと思うわ」

 

 弐号機パイロットに選ばれる道のりは険しい。軍人として突出した成績を出さなければ選ばれることがない。

 最大のライバルだったオランダ軍のジュドー・アーシタを押さえての選出だった。

 

 ただ、このジュドーという少年は只者ではない。

 パイロット経験なしの民間人から、軍にスカウトされて半年でアスカに追随する操縦テクニックを披露していた。

 巷では、「ニュータイプ」だとささやかれているようだが、来年にはさらに優秀になっていてもおかしくはない。

 ジュドーはもともと火星近辺の衛星コロニー出身だったが、一年戦争の影響でコロニーが閉鎖されて、最終的にオランダに難民申請した。

 

「そっちはどう? 使徒が出現したって聞いてるけど」

「そうなのよ。それでめちゃくちゃ大変」

「初号機のパイロット、碇司令の息子って聞いてるけど、どんなやつなの?」

 

 アスカの気になることの1つだった。自分より先にエヴァを操縦しているパイロットは自分にとっては先輩に当たる。

 

「碇シンジ君。そうねえ、碇司令に似てると言えば似てるけど、似てないと言えば似てない感じかな」

「どっちなのよ」

「おとなしい男の子よ。扱いやすいと言えば扱いやすいけど、そうじゃないと言えばそうじゃないのよ」

 

 ミサトの言い回しはわかりにくかったが、的を射ていると言えなくもなかった。

 

「で、優秀なの?」

「スコアは全然。最近まで普通の民間人だったからね」

「それでなんで初号機のパイロットになれたわけ? こっちは最高スコアを出してようやくだってのに。日本は甘いわね」

「シンクロ率が評価されたのかもしれないけど、碇司令の息子さんってのが一番大きいんじゃないかしら」

「コネか。いいわね、そういうの使える人は」

 

 アスカにはコネが何もなかったから、実力で生き残るしかなかった。

 

 ミサトの次に、いま火星の任務についている旧友からも祝いの電話があった。

 

「おう、アスカ、聞いたぜ。大出世したんだろ。金はいくらもらったんだ?」

「開口一番バカな質問してんじゃないわよ」

 

 電話をくれたのは、スバル・リョーコ。かつて、アスカと同じ部隊で一年戦争を戦った。

 その後、アスカは地球に戻ったが、リョーコは火星に残り、その後、戦艦ナデシコの搭乗員になったという話を聞いていた。

 リョーコはナデシコ艦内から、衛星電話で電話をしてきた。火星経由の衛星は通話料が1分数千円もする。

 

「もったいないから切るわよ」

「ちょっと待て。こっちも新しいマブダチができたんで紹介するぜ。おい、ヒカル、例のツインテーラーだ。一言挨拶しとけよ」

「あいつ、どういう紹介の仕方してんの?」

「こんにちは、初めまして、ヒカルです」

「どうも」

「よくわからないけど頑張ってください」

「はい」

 

 ヒカルはそれだけ言うと、後続と交代した。

 

「ドイツ人はどいつだ? フフ……フフフフ……」

「は?」

「いまのはイズミだ。そんな感じで楽しくやってっから、いつでも遊びに来いよな。エステもう一機余ってっからよ」

 

 リョーコはそれだけ言うと、電話を切った。

 戦艦ナデシコの今後が心配になる人事に思えた。

 

 中東の任務に当たっているミスリルからも祝いの電話があった。

 

「アスカさん、お久しぶりですね、こうしてお話するのは」

「そうねえ、すごく久しぶりにテッサの声を聞いた気がするわ。休暇取れたの?」

 

 友人からは「テッサ」の愛称で親しまれているテスタ・テスタロッサはアスカと同い年で、飛び級で士官学校を卒業した天才でもある。

 いまは国連の秘密部隊である「ミスリル」の大佐を務めている。

 

 ミスリルはもともとミケーネ帝国をけん制するために作られ、その業務内容は「貿易路の監視および貿易船の護衛」だったが、それは体裁に過ぎず、実際は中東の「武器開発施設」の殲滅である。

 中東の先住民は戦争で滅んだということになっているが、その戦争で開発された数々の軍事技術を後世に伝えるために、その知識をDNA構造に封印したとされる。

 DNAにそれらの情報を植え付けられた者を「ウィスパード」と呼ぶ。

 

 ウィスパードは戦争移民として世界中に散らばっており、ミスリルはそうしたウィスパードを探る任務も任されている。

 ウィスパードが関与したとされる武器開発施設の殲滅まで含めてミスリルの業務内容となっている。

 

 ウィスパードが関わっているとされる兵器は少なくない。

 

 1、エヴァンゲリオン

 2、ラムダドライバ・エンジン

 3、データウェポン・システム

 4、念動システム

 5、ニュータイプ

 6、ディストーション・システム

 7、デビルガンダム細胞

 8、ラストエンペラーズ・ウェポン

 9、相転移・システム

 10、超合金Z

 

 などなど、これらはウィスパードが関与した兵器だと言われている。

 こうしたウィスパードが関与した兵器の監視、場合によっては施設の殲滅がミスリルの仕事だった。

 

「仕事を抜け出してきました」

「何やってんの、ダメじゃないの」

「そうですね。でも、アスカさんはもう少しぐらい休暇を取ったほうがよろしいと思います。あまり無理をなさらないでください」

「無理してるつもりなんてないわよ。それにせっかくエヴァのパイロットに選ばれたんだからゆっくり休んでる時間はないわ」

 

 アスカはそう言いながら時間を確認した。わずか30分のフリー時間が終わろうとしていた。

 これからさっそくエヴァ弐号機のシンクロ実験が行われる予定になっていた。

 

 ◇◇◇

 

 弐号機のシンクロ実験が行われるということで、格納庫ではさっそく弐号機がお披露目になった。

 一部のジャーナリストだけが見学を許可され、4人が弐号機を見上げた。

 

「おお、これが弐号機か」

「プロトタイプの零号機よりも重心が安定し、初号機よりも30%以上、機動性が高まっていると聞く。ジャパニーズには負けないというドイツ人の意思を感じるな」

「……」

 

 軍事ジャーナリストらは弐号機を見上げてそれぞれに称えた。カメラは禁止されているので、みながみな弐号機の姿をしっかり目に焼き付けた。

 ジャーナリストの中に一人だけ異質な存在があった。

 

 そのジャーナリストは紅一点で大変な美人だったので、その中で際立っていた。

 その美人は他のジャーナリストと違い、まったく表情を変えず、一言もしゃべらず、まっすぐ弐号機を見ていた。

 

「君、たしかラミア・ラヴレスさんだったかな? 国境なき記者団からと聞いているが、見たところ新入りのようだね」

「……」

 

 ラミアはジャーナリストに話を振られても、気にも留めずに弐号機をジッと見つめていた。

 

「どうだね、この後僕と一緒に食事でも。へへへへ」

「……」

 

 記者のナンパにも無反応だった。

 

「なんだ、マグロ女か。どんな美人でもお人形じゃ価値がないぜ」

「おい、あいつにはあまり近づかない方がいいぜ。殺し屋がバックについていると噂もある」

「そりゃ怖い。国境無き記者団はマフィアも国境を設けないのか」

 

 ジャーナリストたちはそんな会話をした後、ラミアからは距離を取った。

 ラミアはしばらく弐号機を見つめていたかと思うと、起動実験が行われる前に、格納庫を去って行った。

 

 弐号機の起動実験に立ち会う予定だった加治は去っていくラミアを遠巻きに見ていた。

 

「加治、女ばっかり見てないでちゃんとこっちを見とけ。弐号機はいずれお前の支配下に入るんだぞ」

「ああ、そうだな」

 

 加治は言われて、むさくるしい男たちが働く弐号機のほうに目を戻した。

 

「さっきの女、どうも怪しい感じだよな。美人だけど、ロボットなんじゃないかってぐらい人間味がない。ありゃタチが悪いぜ」

「ははは、じゃじゃ馬に蹴られるよりはよっぽどマシだよ」

 

 加治は誰かのことを思い浮かべながら弐号機を見上げた。

 

「宇宙を想定してスラスターモジュールをくっつけるらしいが、弐号機は宇宙に上げるのか?」

 

 加治がエンジニアの男に尋ねた。

 

「そういう噂は出てるな。初号機が地上止まりだったんで、宇宙で耐えるエヴァを世界にお披露目したいんだろ。ドイツ人は人一倍プライドが高い。どこよりも勝ってないと気が済まないんだ。その気質がヒドラ―政権やEU崩壊を招いたんだろうけどな。ドイツほどよそ者に厳しいとこはないよ。ユダヤもジャパニーズも基本許さないスタンスだ」

「おれは日本人だぜ?」

「そのうち迫害されるかもしれんから気を付けといたほうがいいぜ」

 

 ドイツ空軍には、日本のエンジニアもけっこう入っている。しかし、ドイツは長らくEUの王様のような地位にいたから、自分たちがヨーロッパの支配者であるというプライドを持っているところがあった。

 加治はかつての混乱期「セカンドインパクト」の時代を生きていた。だから、国を転々としてきた経緯があり、どの国も「自分の故郷」と思うことができずにいた。日本も例外ではなかった。

 



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3、生存の可能性

 エヴァンゲリオン弐号機の起動実験は多くの者が注目する中で行われた。

 エヴァ弐号機はドイツ軍の最高傑作の1つでもある。ドイツ軍としては、この弐号機を大々的に公開することで、再び求心力を高めたいという魂胆があった。

 

 もともと、エヴァンゲリオン計画は日本とEUとアメリカの合同開発として起こった。

 25年前に起こったセカンドインパクトを受けて、当時ジオン軍のプレッシャーを感じていたEUが軍事力を強化するために、エヴァンゲリオン計画を持ち掛けた。

 セカンドインパクトで最も大きなダメージを被ったのがEUだった。

 多くの地域が水没し、汚職が横行する政治腐敗と重なって、EUの連携は事実上崩壊。ジオン軍はその勢いに乗じてオーストリア、クロアチア、オランダを事実上実行支配した。

 

 アメリカは当時、革新党が与党を取っていて、当時の大統領が「EUは途上国をユーロの鎖でつなぐ奴隷的結束だ。我々はEUを同盟国とは見ていない」と発言。これが世界的分断を進め、ジオニズムの隆盛につながった。

 その後、革新党が大敗。票田だったカリフォルニア、ワシントンなどで離反する議員が増え、リベラル党が与党へ。そして、アメリカは日本とEUを巻き込んでエヴァンゲリオン計画を発表。

 

 しかし、当時のアメリカはエヴァを実用的な兵器とは考えていなかった。アメリカの政治家や軍のトップにはもとビジネスマンが多かった。だから、実利を重視する思想がはびこっていた。

 エヴァンゲリオン計画はお金がかかりすぎたのだ。量産が難しいうえ、実戦導入できるかも怪しい。アメリカはギャンブルを嫌った。

 結果、アメリカ、EU、日本の合同計画だったが、ほぼ日本とドイツだけが競い合って計画を進めているだけだった。

 

 日本は零号機をいち早く完成。初号機の開発にも着手した。莫大な資金と優秀な科学者にに恵まれたネルフがドイツ軍を出し抜いてエヴァ計画でリードした。

 ドイツも負けじとエヴァ弐号機の開発を進めたが、EU崩壊でユーロが紙切れになっていたうえ、多くの優秀な科学者がアメリカに逃亡したため、開発はおおいに遅れた。

 その間に一年戦争が勃発し、ドイツ軍はジオン軍と連日の交戦を繰り広げることになった。結果、弐号機の開発はさらに遅れることになった。

 

 紆余曲折あったが、ついに弐号機は完成。ドイツ軍は「零号機あ初号機よりさらに深くシンクロでき、運動性能も飛躍的に向上」とアピールした。

 パイロットもドイツ軍の誇るエリート空軍の新人であるアスカに決定した。その実力とビジュアルで、弐号機の起動実験は最高の注目度となった。

 

 この弐号機の起動実験には、ネルフも注目していた。しかし、ドイツは闘争心からか、ネルフ関係者の入国を停止して締め出した。

 そのため、ミサトはネルフ本部から映像で弐号機の実権を視聴することになった。

 

 ちょうど、シンジと甲児とボスも来ていたので、ネルフ本部は小さな映画鑑賞会のようになっていた。

 

 ネルフの大モニターには弐号機の姿が大きく映し出されていた。赤いボディは初号機や零号機と違って輝かしいものに映った。

 なお、この視聴会に、ゲンドウは参加していなかった。

 

 シンジ、甲児、ボスらパイロット幾名の集団とリツコらの科学者の集団とミサトらの指揮官の集団と事務スタッフらが幾人か集まっていた。

 

「運動性は初号機より高いのは間違いないみたいですよ。ドイツもなかなかやりおると言ったところですね」

 

 日向が言った。日向はネルフに入ったばかりの科学者であり、エヴァ計画自体には参加していなかった。しかし、ネルフへの忠誠心は高く、ドイツが優れたエヴァンゲリオンを開発したことにライバル心を感じていた。

 

「ふーむ、それはおれのボロットより優秀だってのか?」

 

 ボスが尋ねた。ボスは日向とは仲が良かった。もともと、日向はボロット担当であり、ボロットのロケットパンチ導入に貢献した一人だった。

 

「そりゃ運泥の差だぜ。かかってる金が違うからな。ボロットにももう少し予算が下りたら改造もできるんだけどな」

「これだけ活躍してるってのにちっとも予算が増えないのはどうなってんだい」

「だよな。一回上層部に言ってやりたいもんだぜ」

「おうおう、言ってやってくれよ」

「アホ、平のおれの意見なんて門前払いだよ」

「頼りになんねえな」

 

 日向とボスはぼやぼやと小言を放った。そうこうしている間に、弐号機は起動した。

 

 弐号機はゆっくりと右足を前に踏み出した。

 最初はゆっくり歩いて、徐々に小走りになり、やがてカメラが追えないほどに加速した。

 

「速いわね」

 

 ミサトはエヴァ弐号機の運動性の高さに感心した。

 

「時速390キロ。うちの二体にはとうてい出せない数字ね」

 

 リツコは部下のマヤと弐号機のデータを取りながら見ていた。

 

「これ、遠まわしに自慢してるわよね。嫌味な国だわ、ほんとに」

 

 ミサトは壱年戦争時代、ドイツ軍で指揮を担当していたから、連中の性格をよく知っていた。

 一年戦争では連携していたが、もともと日本とドイツは犬猿の仲である。

 軍事開発競争では、お互いに強く意識しているところがあった。

 

「でも弐号機は宇宙任務に配属される予定みたいね。私たちには直接影響ないと思うわよ」

「宇宙でもオペレートできますっていうアピールでしょ。どの国も見栄だけは一人前ってことね」

 

 ドイツ軍は弐号機を宇宙での任務につける計画を立てていた。零号機も初号機も地上任務しかこなせない。それに対して、弐号機は宇宙でも通用する。こうしてドイツ軍は求心力を高めようとしていた。

 

 シンジは弐号機の起動実験の様子を釘付けになって見ていた。

 

「シンジ君、どう? 弐号機の感想」

 

 ミサトがボーっとモニターを見ているシンジに尋ねた。

 

「すごいなぁ。どうしてあんなに動けるんだろ」

 

 シンジはモニターを見つめたままそうつぶやいた。

 

「アスカ・惣流・ラングレー。ドイツ軍のNO1のパイロットが任命されてるもの。素人同然のシンジ君とは勝手が違うのはしょうがないわよ」

 

 ミサトはそうフォローしたが、あまりフォローになっていなかった。

 少し前まで、操縦のイロハも知らなかったシンジが初号機のパイロットをやっていることの異常さが際立つだけだった。

 ドイツ軍では、超一流がパイロットを務めているのに対して、自分だけ父親のコネでパイロットをしているのが少し恥ずかしかった。

 

「あの、弐号機のパイロットの子……惣流さんという人はどんな人なんですか?」

「とっても聡明な子よ。13歳で一等兵。一年戦争では火星周辺コロニーの大車輪の活躍。絵に描いたような天才ね」

 

 その情報だけでは、いまいち本人のイメージが浮かばなかった。なんとなくおしとやかでおとなしくて上品なイメージを思い浮かべた。

 

 ◇◇◇

 

 エヴァ弐号機の起動実験は大成功に終わった。

 弐号機の性能もさることながら、パイロットのアスカは弐号機の操縦を始めて1時間で、弐号機を自分の体同然に扱えるようになった。

 前転、バック宙も思いのままに披露して、その運動性能の高さを世界中に見せつけた。

 

 アスカは弐号機の操縦を始めて1時間であることを確信した。

 

「最高の気分。ここが私の追い求めた理想郷だわ」

 

 アスカは弐号機の操縦席こそが自分の目指していた場所であると確信した。

 

「お母さん、見つけたわ。私の居場所」

 

 アスカはそれを確信すると同時に、みるみるシンクロ率を高め、最終的には約85%にまで到達していた。

 

 起動実験はドイツ軍総出で見守られた。

 ドイツ軍は一年戦争後、いくつかの宇宙部隊を地上に帰還させており、空軍本部にはたくさんのパイロットが集まっていた。

 

 アラド・バランガは一年戦争が終わった後、アスカと一緒に地上へと戻ってきていた。

 アラドは宇宙に残りたかったが、ドイツ軍の強い命令もあり、アラドは渋々地上に戻っていた。

 アラドには戻れない理由があった。

 

 宇宙には大切な人がいるから。

 

 もちろん、それはアラドの希望であり、実際にはその大切な人は「未帰還、死亡」と判定されている。

 一年戦争最悪の戦い「ソロモン戦争」では非常に多くの仲間が失われた。

 その中には、アラドにとってかけがえのない者が含まれていた。

 

 アラドはその大切な人が死亡したということに納得していなかった。

 当時、アラドは何度も上層部に次のように訴えていた。

 

「お願いします。捜索隊に参加させてください。ゼオラはきっと生きている。あいつが死ぬはずない」

 

 しかし、アラドのその訴えが認められることはなかった。アラドの上官は次のように言ってアラドに言い聞かせた。

 

「アラド、気持ちはわかるが、受け入れなければならないこともある。パイロットにとって別れはつきものだ」

「しかし……」

「お前が執着するほど、ゼオラも成仏できなくなる。ゼオラの気持ちを考えるなら地上へ戻るんだ。お前が暗黒に縛り付けられていることを、誰も望んでいない。ゼオラもな」

「……」

 

 アラドは渋々火星任務から地球へと戻ってきた。

 アラドの大切な人はソロモン戦争で死亡した。死体が発見されたわけではないが、被害状況から、生存の可能性はゼロであると断定されていた。

 

 アラドは地上に戻ってきてから、上の空で過ごすことが多くなった。

 今日も弐号機の起動実験を見守ることを忘れ、ぼんやりと空を見上げていた。

 気が付くと、集団からはぐれ、アラドは一人、展望台で空を見上げていた。

 

 アラドにはどうしても納得できなかった。

 

 ゼオラが死ぬわけない。

 

 なんの根拠もないが、アラドはまだそれを確信したままでいた。今もどこかで生きていて、いつか必ず地球に帰ってくるはずだ。

 しかし、あてがあるわけでもない。それに、自分にできることなど何もない。一年戦争後、ソロモン宇宙はジオン軍の空域になったから、アラドがその空域を探すことはできなかった。

 

 でも、きっと生きている。アラドの勘がそう答えていた。アラドはドイツ軍の落ちこぼれと言われているが、時折見せる勘の良さはベテランからも一目置かれていた。

 その勘がゼオラの生存を訴えていた。

 

 アラドは空を見上げ、どこかにいるであろうゼオラに目を向けた。



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4、新しい舞台

 勤務中、一人で思いふけっていたアラドの頭にげんこつが落ちた。

 

「痛い」

「ったく、一人でふらふらと。連帯責任になるのよ。わかってんの?」

「マリ姉さん……不意打ちはひどいですよ」

「マリ少尉」

「マリ少尉、申し訳ありませんでした」

 

 アラドは姿勢を正して謝った。

 

 マリ・イラストリアスはアラドの上官である。階級は少尉。

 若くして、ドイツ空軍ナンバーワンのモビルスーツ操縦士になると、エヴァ開発計画が立ち上がった際には、弐号機のメインパイロットとして登録されていた。

 その後、EUの諸問題があり、弐号機のパイロットは、EUの若手パイロットから選出するということでまとまり、弐号機のメインパイロットはアスカに決まった。マリはサブパイロットとして登録される予定になっている。

 

 一年戦争では「悪夢の激戦区」となったジャブローで戦績を残し、その後は少尉の称号を与えられ、ドイツ空軍の若手を指揮する小隊長になった。

 マリの部下には、アラド以外にも弐号機のメインパイロットになったアスカも含まれている。また、数日後に帰還予定の06小隊の若手もマリの部隊に合流する予定になっていた。

 

「ところで、浮かない顔して何を考えてたの?」

「いえ、個人的なつまらないことですよ」

 

 アラドはそう答えながら、ゼオラに思いをはせた。ゼオラと最後に会った日から、3か月以上が経過していた。時が経つにつれ、ゼオラがいない日常が当たり前になってきていたが、アラドはその日常に大きな空白を覚えていた。軍の訓練にも身が入らず、何度も軍をやめることも考えた。

 しかし、軍を出てもどこへ行けばわからなかった。それに、もしゼオラが生きているなら、軍にいなければ探すこともできない。アラドは惰性で軍にしがみついているが、自分でも兵士としての適性がないことはわかっていた。

 

 アラドは誰よりも自分がバカであることをわかっていた。細かいことを器用にこなせない。切羽詰まると、兄も考えず、直観だけで動いてしまう。

 軍の仲間とは連携できず、いつもはぐれ者。下手な鉄砲はいくら撃っても当たらない。そんな人間が軍にいるのはあまりに場違いだった。

 

 そんなアラドにも長所はあった。

 アラドは軍の落ちこぼれであるが、シミュレーション訓練では、軍ナンバーワンのアスカに何度も勝っている。

 

「アラドのまぐれ体当たり」と仲間内では言われている。

 アラドは覚悟を決めて心を無にして飛び込んだとき、まるでニュータイプのパイロットのように異次元の反応速度と的確なショートレンジ攻撃を仕掛けることができた。

 アラドには、ヒュッケバインmk-Ⅱが与えられているが、ビームソードを振り回せば、軍の超ベテランをも撃墜することがあった。

 しかし、基本はド素人の操縦テクニックであり、アスカはアラドに負けた3度のシミュレーション対戦を黒歴史だと考えていた。

 

 マリはジャブローから戻ってきてからアラドを自分の部隊に向かい入れた。

 マリは小隊長として、隊員の特徴を取りまとめた書類を司令部に提出していた。アラドの欄には以下のように書かれていた。

 

 編隊行動についてこれない。

 ビームライフルの照準は毎回ぶれ、何度教えても改善しない。

 命令を与えても、聞こえていないことが多い。

 補給任務の適正なし。

 モビルアーマーの操縦に難あり。

 猪突猛進。

 

 さんざんなことが書かれていたが、最後に一言付け加えられていた。

 

 誰よりも勇敢な心の持ち主。

 

 見た目はまったくダメ。しかし、あらゆる軍関係者が、アラドから特別な才能を感じ取っていた。

 

 ◇◇◇

 

 弐号機の実験はうまくいき、世界中に弐号機の優秀さが伝わった。

 

 米国も、弐号機の完成度が想像以上だったのか、嫉妬を交えた次のような文書が届いた。

 

「エヴァンゲリオン弐号機の性能は認められるが、同時に量産に適さない。見世物として通用しても、戦争で通用する兵器としては認められない。もし、エヴァンゲリオン弐号機の設計データをくれれば、我々が量産技術の向上のために協力してよい」

 

 ドイツ軍はその提案を拒んだ。

 米国は基本的に量産ビジネスで軍事産業を支えて来た。だから、量より質に特化した極上の兵器が注目されると、時に嫉妬心をむき出しにした。

 米国の金儲け第一主義はヒュッケバインやゲシュペンストの量産体制を生み出したが、高質な兵器の開発では大きく後れを取ることになった。

 

 日本がコンバトラーVなどの強力兵器の完成を進めているのに対して、米軍はかたくなに兵器の量産体制を進めた。

 

 ドイツ軍は今後の指針を固めるために、大規模な会議を開いた。

 その会議の議論の論題は以下の2つ。

 

 1、エヴァンゲリオン弐号機の活用指針

 2、ジオン軍に対する姿勢

 

 いま、世界の課題は、一年戦争後のいざこざをどう解決するかだった。

 一年戦争は国連軍が力ずくでジオニズムを封じ込めることで終結したが、力で抑え込んだだけなので、無理やりの停戦合意に過ぎず、各地域はいまだに荒れ模様だった。

 戦争は戦っているときより、その後のケアのほうが神経を使う。

 ドイツもかつて、百鬼帝国として世界大戦に向かったヒドラ―の支配下に置かれ、その後遺症で「反ヒドラ―」を露骨にむき出しにするしかなかった。

 そうした力ずくで1つの思想を封じ込めると、どうしても分断が進む。西ドイツと東ドイツが和解するためには多くの時間がかかった。いや、和解したのは表向きだけで、いまだにドイツの対立は解けていない。

 

 一年戦争では、ジオニズムを力で封じ込めたが、ジオニズムにとりつかれた人々は今でも、反体制の立場を貫いている。

 もっとも、大国はいずれも話し合いで解決しようとした。

 

 しかし、話し合いに意味はない。そのことは歴史が証明していた。

 

 ジオン残党を封じ込めるには、もう力で抑え続けるしかない。軍の人間はそのことをよくわかっていた。

 

 加治もその会議に参加した。

 

 会議は粛々と形式的に進み、司令部の頭でっかちが次のようなペーパー文章を読み上げた。

 

「諸君もご存知の通り、世界は混乱期にある。ジオン残党はティターンズとして独立し、火星の実効支配を目論んでいる。ギガノス帝国はいまだにジャブローのジオン残党を支援している。ネオホンコンはギガノス帝国からの独立戦争を始めようとしている。ミケーネも軍事強化に再び舵を切った。木星連合は世界平和への取り組みにやる気がないし、EUの再結束は不可能。日本もアメリカも保身に一生懸命。もはや、世界を率先できるのは我々しかいない」

 

 司令部は威勢のいいことを言って盛り上げようとしたが、会議に参加した者たちの士気は決して高くなかった。

 

「少なくとも、ティターンズの隆盛を阻止しなければならない。火星はドイツ国民の資源の生命線。ティターンズの実効支配が進めば、再び、我々は天然ガスをギガノス帝国に依存することになる。連中は足元を見てくるだろう。ティターンズ抗戦のため、我々は国連軍の指揮に全力を尽くす」

 

 司令部は課題として、ティターンズの殲滅を取り上げた。だが、日本やアメリカなど国連軍の中心がティターンズ抗戦には消極的だった。

 日本とアメリカはまだティターンズを様子見している。ジオンから独立して間もないから、彼らの思想が見えない。このままティターンズが隆盛すれば、ジオン軍の弱体化につながるかもしれないという理由で、日本とアメリカは様子見を続けている。

 現在、ティターンズ抗戦の主戦場は、イギリスを中心とした勢力だった。ドイツ軍司令部はその勢力を支持する立場を決めた。

 

 会議が終わると、司令部の者が加治に直接伝えた。

 

「加治、弐号機を火星コロニーp25に送る」

「いいんですか? エヴァを送り込むとなるとビッグニュースになります。二度と引き返せなくなります」

「これ以上、わが国がコケにされたままでいるわけにはいかないのだ」

「メンツが優先ですか……それは人間らしい決断ですね」

 

 加治は独り言のようにつぶやいた。ジオン軍だのティターンズだのは大義名分。一年戦争にとどまらず、戦争というものの本音は「支配者のメンツ」だった。

 自分の存在感を誇示したい、世界中からすごいやつと思われたい。ちょうど、再生数目的で過激な動画を公開する愚か者と性質はまったく同じだった。

 

 司令部の決定は絶対。即日、ドイツ軍の部隊編成が行われた。

 

 01小隊、03小隊、04小隊、05小隊が火星コロニーp25へ配属されることになった。

 

 火星のドイツ領は火星全体の25%近くを占め、約600個あるコロニーのうち、73個がドイツ所有のものとなっている。

 火星は資源の宝庫であり、それゆえ、かつてはその領土分割で各国揉め合った。

 

 ◇◇◇

 

 マリの率いる04小隊はコロニーp25ほの配属が決定した。p25はドイツ軍最大の軍事コロニーである。ティターンズと戦ううえで、最大の拠点になる。

 

「また宇宙? 加治さん、私、宇宙嫌いなんだけど」

 

 マリは決定を不服に思い、加治に訴えた。

 

「おれに文句を言うなよ。決めてるのは上の連中なんだからよ。おれはただの伝言係だよ」

「特別手当てを要求します」

「ほら、新しいハロでも持ってけ。これがマリ、こっちがアラド、こっちがアスカ用な」

 

 加治は軍から支給された新型のハロを机に置いた。

 

 04小隊には、エヴァ弐号機も入っている。前々から計画されていたように、エヴァを宇宙で活躍させてドイツ軍の求心力をさらに高める狙いがあると見て間違いなかった。

 マリは自分の部隊を招集する前に、個人的にアスカに会った。

 

 アスカは弐号機の操縦が楽しいようで、連日幸せそうな顔をしていた。

 今日も午後からエヴァ弐号機のシミュレーション訓練が約4時間予定されていて、アスカはそれに向けて調整に余念がなかった。

 アスカは訓練前の準備体操として跳んだり跳ねたりしていた。どこかのサーカス団の一員のように華麗に体を動かしていた。

 

 弐号機の操縦を始めてまだ数日だというのに、もはや弐号機のスペシャリストに育っていた。

 マリとしては、優秀な部下を感心する一方で、負担でもあった。弐号機はドイツ軍の星だから、それを指揮する立場はプレッシャーも小さくなかった。

 

「アスカ、左遷の知らせよ」

「左遷?」

 

 アスカは逆立ちしたまま尋ねた。

 

「宇宙逝きの片道切符よ」

「やっぱ宇宙なんだ。当然、想定済みで調整してたけどね」

 

 アスカは華麗に着地すると、マリのもとに向かった。

 

「ちょうどいいわ。引力に縛り付けられる生活で窮屈してたところよ」

「そりゃ頼もしいことで」

 

 マリは宇宙任務を嫌っていたが、アスカは昔から地上より宇宙のほうを好んだ。

 ドイツ軍では、宇宙での任務の場合、地上での任務に比べて、賞与に特別手当がつくので、軍人にとって、宇宙任務は光栄なことであるが、その分、宇宙のほうが危険な任務になる。

 

 宇宙での任務は無重力に適応しなければならない。機体の操縦に際しても、地上と宇宙では大きく異なる。

 基本的に、軍人は地上戦を基本に教わる。宇宙での訓練はベテランでも決して多くない。しかし、アスカには、地上より宇宙のほうが性に合うようだった。

 

「で、どこのコロニー? p23? p25?」

「シャワー室が連日故障するところ」

 

 それだけで、コロニーp25だとわかった。

 

「これから加治さんと話し合って決めるけど、あんたをどうやってフォーメーションに組み込むか考えなきゃなんないのよね」

「そんなのどこでもいいわよ。私を誰だと思ってんの? 私はどこだってこなせるのよ」

「じゃあ、424トライアングルのレフトセントラル、アラドと組むって形でもいいわけ?」

「嫌味? なんでバカのサポートなのよ。仮にもエヴァが」

「どこでもいいって言ったじゃん」

「バカはお断り。というか、なんであいつが上位ランクの部隊に入ってるわけ?」

 

 アスカは不服を訴えた。たしかに、総合的な成績だけ見ると、アラドが0単位の部隊にいることは不思議なことだった。

 ドイツ軍では、0がつく小隊は上位ランクの部隊であり、04小隊は事実上最高の部隊の1つと定義されている。アラドはそこに所属していた。

 

 所属理由としては、「才能あふれる若手」ということになっている。司令部もアラドの特別な才能に期待しているところがあった。

 

「アラドは時にアスカを超える。たぐいまれな金の卵なんだから大切に育てなきゃ」

「そんなのまぐれよ。まぐれ」

 

 アスカはアラドに負けたことを黒歴史に捉えていたから全力でアラドの実力を否定した。

 

「そうかしら?」

「補給機の着艦もできないバカに負けたなんて、まぐれ以外の何があるっての?」

「天才とバカは紙一重って言うじゃない。それに、私からアスカに教えられることはもうないから。過去の自分をちゃんと認めて、素直にアラドから学んだら?」

「……」

 

 アスカは黙りこんだ。たしかに、まぐれとはいえ、アラドが時折見せる天才的な操縦力は、アスカからしても学ぶ余地が十分にあった。

 



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5、Beckoned Foreigner

 ドイツ空軍はティターンズの隆盛を阻止するという名目で、火星領の軍事増強を発表した。

 世界中から批判が押し寄せたが、「国防上の重要なプロセスだ」の一点張りで増強を押し通した。

 

 この増強を受けて、04小隊も火星ドイツ領のコロニーp25へと異動することになった。

 

 p25は火星拠点で最も重要な軍事拠点の1つとなっている。

 ギガノス帝国の天然ガス依存からいち早く脱却する方針を取ったドイツにとって、火星は唯一信頼できる資源地である。

 ドイツ国内の電力の約85%は火星で発掘されたガス資源で賄われている。

 これらのガスは極めて効率が良く、天然ガスを供給するため、毎日のように輸送機が火星と地球とを行き来している。

 

 一年戦争の最中もそうだったが、混乱期はこれらの輸送機を狙う宇宙海賊が跳梁跋扈する。

 先月も、輸送機がジオン軍のならず者によって攻撃を受け、最終的に輸送機は大破。約20人の乗組員が亡くなるという被害を出している。

 これらの海賊行為を阻止するためという名目でも、火星の軍事力増強は必要悪と言えた。

 

 とはいえ、現状でも宇宙海賊に立ち向かうだけの軍事力は展開されている。追加で増強を行う背景には、積極的にジオン軍の隆盛にケリをつけたいという上層部の狙いが見て取れた。

 EU崩壊後、求心力を失ってしまったドイツにとって、自らの力でジオン軍を押しとどめることができれば、再び存在感を取り戻せる。結局最後は上層部のプライドが軍事力増強を踏み切らせた。

 

 04小隊の小隊長を任されているマリはp25への異動に向けて、小隊長や空軍の重役たちが集まる会議に参加した。

 

 04小隊の任務については、「ジオン軍の主要コロニー、スペースコロニー3377および3391の監視および、宇宙航路33番の輸送機の護衛」と発表された。

 04小隊がどちらかというと、守衛的な立場に置かれた理由は、おそらくエヴァ弐号機の宇宙適応のデータを取るため。上層部もエヴァ弐号機を大切にしているようであった。

 エヴァ弐号機がうまくいけば、参号機の開発に向けて勢いづく。

 

 大まかな流れが決まった後は、隊員の配列を決めることになる。

 マリは指揮官の立場である加治らと共に隊員の配列を決めた。

 

「アラドの扱いは毎回頭を悩ませるのよね。仮にもエヴァを預かる身だから余計に」

 

 マリは今回の小隊編成で特に頭を悩ませた。ドイツ空軍の星とも言えるエヴァ弐号機を連れ歩くわけだから、責任は重大である。

 弐号機を任されているだけでも慎重になるところに、アラドという厄介者もいる。

 アラドもまた、上層部は「ニュータイプ」として才能を評価しているようで、事実上の金の卵を2つも抱えている状態である。

 

 04小隊にはベテランが少ない。若手中心のメンバーであるため、心配事は多かった。

 

「アラドは猪突猛進だからな。ベテランのマクレーガー軍曹の隣につけてやるのがいいんじゃないか?」

 

 加治が提案した。

 

「マクレーガー軍曹も難しい人なんですよ。もう目立つのは懲り懲りだから、責任の小さいところに配置させろと言ってきてるんですよ」

 

 マクレーガーは1年戦争時代も活躍したベテランの一人で現在35歳。04小隊では最長だ。

 しかし、過去のいずれの戦争でも九死に一生を得た経験があるうえ、最近、奥方が第二子を出産したということで、一時期は軍隊を引退して輸送機の運転手に転向する考えを示していた。

 マリやアスカの説得もあり、マクレーガーは部隊に残ったが、本来小隊長を任されるはずだったものを、その座をマリに渡して、重要ポストから外れることが条件での残留だった。

 

「ウェーバー軍曹は?」

「補給機任務に移りたいと申し出がありました。誰もかれも責任感がなくて困ります」

 

 ウェーバーも息の長い軍人だったが、彼もまた戦争に懲りたらしく一年戦争後はモビルスーツの操縦免許を返納して補給機担当に落ち着いた。

 マクレーガーとウェーバーを除くと、他の隊員は全員10代の若手となる。

 

「だったら同級のアスカとアラドを組ませるしかないよな」

「アスカは絶対お断りと全否定してましたけど」

「そういう年ごろだからな。逆に言うと、将来性があるってもんだ」

 

 加治はのん気に構えていた。

 

「アスカも加治さんの命令なら聞きますから、それじゃあ加治さんの命令ということで言い聞かせます」

 

 加治はアスカからずいぶんと気に入られている。

 加治はもともと女性から受けが良かったが、アスカがスクールで訓練を受けていたころから指導していたので、アスカからは特別に気に入られるようになった。

 スクール時代は、加治の隣に強力な監視者であるミサトがいて、加治の女癖の悪さを鉄拳制裁で封じ込めていた。

 しかし、アスカには加治とミサトの仲が良好であるというふうに映ったらしく、その嫉妬心がよりアスカの恋心を高めていた。

 

 ミサトがネルフへの異動を命じられると、アスカのアプローチも積極的になっていた。

 

「あと、ヒュッケバインMKⅢの件ですけど、メインパイロットにアラドにしてほしいって上層部から要求来てるんですけど、それでいいと思いますか?」

「そうか、ヒュッケⅢも今回から実戦配備だったな」

 

 加治は慌ててヒュッケバインMKⅢの資料を探した。

 ヒュッケバインMKⅢはドイツとアメリカの共同開発で生み出されたヒュッケバインの最新型だった。

 テスラ研究所お得意のスラスターモジュールとアポジモーターの超機動性が売りの強力モビルスーツの1つである。

 

 開発はテスラ研究所が主導したので、約20億ドルという高額な値段でドイツ軍に送られてきた。

 性能は本物であるが、新兵器だけに、メインパイロットを誰にするべきかは悩ましい。

 

 ヒュッケバインMKⅢのメインパイロットについては現場の意見が重視されるということで、エヴァの時と違い、上層部だけの決定では動かなかった。

 

「長い目で育てるのがドイツ流だ。おれもアラドが適任だと思うけどな」

「でも岩礁飛行もろくにできないんですよ。新兵器が翌日にはスクラップですよ」

「かえって修理屋の技術が上がっていいじゃないか」

 

 加治はのん気に答えた。

 

「じゃあ、これも加治さんの責任で決定ということで」

 

 ヒュッケバインMKⅢのメインパイロットはアラドに決まった。

 

 ◇◇◇

 

 ティターンズの独立を受けて、ジオン陣営も忙しくなっていた。

 

 一年戦争の終結の功労者であるシャア・アズナブルは輸送機の中から宇宙空間を見ていた。シャアの先には青く輝く美しい地球が映っていた。

 シャアのもとに一人の男がやってきた。

 

「大佐」

「私はクワトロ・バジーナ中尉だよ」

 

 シャアは目を閉じて訂正した。

 

「失礼しました、クワトロ中尉。連邦軍から正式に亡命の許可証が発行されました。こちらです」

 

 シャアは男から亡命許可証を受け取った。

 それは新たな人生の幕開けを示していた。

 

「クワトロ中尉、我々は本当に正しい選択をしたのでしょうか?」

 

 男は黙り込んでいたシャアに質問した。

 

「正しくはないが、博愛的な選択だ。あのまま戦争が続けば、我々は今頃地獄にたどり着いていただろう。美しい星も血の色に染まっていた」

 

 シャアは再び地球を見つめた。

 

「そうですね」

「むろん、大義に反する決断だっただろう。兵士たちは裏切られたのだ」

 

 シャアはサングラスを取り出すと、目にかけた。

 

「人は肉体だけでは生きられない。すべからず心のよりどころを探している。それは国家のため、愛する家族のため、あるいは全能なる神のため……私利私欲だけでは生きられないものだ。我々の決断は彼らから魂を引きちぎることになった。彼らは亡霊になってしまった」

 

 シャアは静かな声で淡々と答えた。

 

「ティターンズは魂を失った亡霊たちなのでしょうか?」

 

 シャアは小さくうなずいた。

 

「彼らは……探している。見失った神を、国家を、自分自身を」

「ハマーン総統はティターンズをどう捉えているのでしょうか?」

「ハマーン……」

 

 シャアは青い地球をにらみつけた。

 

 シャアは倒れたジオンの主に代わって、悪夢の一年戦争を終結するため、国連の代表と「終戦合意」を交わした。

 これは戦争の終わり、平和の訪れを意味していた。

 

 だが、平和というには奇妙な平和だった。

 ジオン陣営におけるシャアの終戦合意の支持率は2%。ジオン国の民意に反する決断だった。

 結果、シャアはジオン国から追放された。

 シャアは処刑されることに決まっていたが、側近の支援によってアメリカに亡命することになった。

 

 シャアの亡命に最も尽力したのがハマーンだった。

 ハマーンはシャアをジオン国の拘束から解放すると言った。

 

「シャア、必ず戻って来い。時代が進めば、いつか愚民たちもお前の思想を理解する日が来よう」

「……」

 

 対象を石化しようというほどのハマーンの強い目を見ながらも何もしゃべらなかった。それから、シャアは無言のまま輸送機に乗り込んだ。

 ハマーンのあの時の強い目は今でも忘れられずにいた。あの目は大義と志に篤い目ではなく、人を想う目だった。

 

 シャアがジオン国から消えた後、ハマーンがジオン国を治める立場になり、シャアの宣言を引き継いで、正式に一年戦争の終戦合意を実行した。

 

 ハマーンは「必ず戻って来い」と言った。

 だが、シャアは理解していた。

 二度と、ジオン国に戻ることはないだろうと。

 シャアは大義を捨て、自らの命を延命させた。自分の命のためにジオンの魂を裏切った。

 裏切り者に居場所はない。シャアの人生はジオニズムの大義ではなく、先ほどシャア自身が言ったように「亡霊」として続くことになる。

 

 シャアを乗せた輸送機はまもなくアメリカ領のコロニーに到着する。ジョーカー大統領によって、シャアは正式にアメリカ人として迎えられることになる。

 



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6、戦いの前夜

 一年戦争後、日本は初めてジオン国との首脳会談に臨むことになった。

 ジオンは国として正式には認められていないが、国連の発表によると、「提示する3つの条件を満たせば、国家として認める」と声明をだしていた。

 国連が提示した条件は以下である。

 

 1、諸問題の解決にあたり、国際法に基づく判決を尊重すること

 2、すべての軍事情報を開示すること

 3、先進主要7か国との首脳会談に応じること

 

 ジオン国の総統として、ジオン国のかじ取りを任されるようになったハマーン・カーンは国連の定めた条件を満たす意向を示しており、その一環で、日本との首脳会談を取り決めた。

 

 日本はアメリカと連携する国であり、あらかじめ米国から首脳会談での確認事項を受け渡されていた。

 

 首相である岸田を中心とする日本政府は一年戦争後、世界初となるハマーンを中心とするジオン政府との首脳会談に臨むことになった。

 

 首脳会談は日本領の火星衛星コロニー「鳩山」で開かれた。

 

 岸田はジオン政府のトップであるハマーン・カーンと握手を交わした。互いに世界平和の理念を尊重するように、報道陣の前では共に微笑みを分け合ったが、当然両政府に思惑があった。

 

 日本政府は一年戦争後のかじ取りとして「日本軍のありよう」を見直そうとしているところである。

 特に、岸田は一年戦争時代には外務大臣を務めており、一年戦争の早期終結に向けて画策していたこともあり、「軍事縮小」をテーマにしている。

 だが、軍事増強を推し進めたい野党が攻勢をかけてきており、世論もこの不安定な情勢を心配して、野党の意見に賛同する流れがあった。

 

 岸田は世界に世界平和は実現できることをアピールすることを主眼に置いていた。

 

 一方、ハマーンは一年戦争後のジオン国の貧困を解決するために、金満の国である日本から経済援助を引き出す狙いがあった。

 いま、ジオン国の貧困は深刻である。

 もともと、ジオニズムはさらに資産を増やしたい資本家が差し向けた思想によって生まれた洗脳に過ぎない。株主らは貧者が死ぬことをなんとも思っていなかったので、貧困問題に対して一切の支援をしなかった。

 

 ハマーンはジオン軍の総力をあげて恐怖政治で火星の資源地を占拠して、無理やり貧困問題を解決しようとした。

 それに反発する資本家が「ティターンズ」という新しい思想で分裂した。

 

 この混乱を抑えるにはとにかく莫大な資金が必要だった。 

 

 首脳会談は次の内容について行われた。

 

 1、日本国とジオン国の平和条約の締結について

 2、ジオン国への経済援助について

 3、国交の正常化について

 4、ティターンズについて

 

 1は岸田の悲願であり、これを実現して再び求心力を取り戻したいという狙いがあった。

 しかし、日本はジオン国との二国間だけでなく、米国の顔色をうかがいながらの外交となり、難航が予想された。

 については、ハマーンの悲願であり、事前の調整では、日本から約4700億円のODAを受けることでの決着が濃厚だった。

 3については、早期に実現できるようにという程度にとどまった。国交の正常化は国連の示す国としての条件が成立しなければ成すことのできないことだった。

 

 4については特に長く議論が行われた。

 岸田陣営の官房長官である高市はティターンズへの軍事攻撃を主張するなど過激な態度を取っていた。

 

 高市はもとゼーレの諜報員であり、その後政治家に転身した。

 極めて保守的な思想の持主で、一年戦争時代には、ジャブローのジオン勢力に対して徹底した軍事展開を主導した。日本政府も恐れる鉄の女だった。

 

「ティターンズについてお伺いしたいと思います」

 

 ティターンズの問題は、高市が直接対応した。

 

「公式情報によると、ティターンズはジオン軍のザビ派主導のもと独立したということになっているようですが、その認識で間違いないですか?」

 

 ハマーンは静かにうなずいた。

 

「連中が主要7社のオイルカンパニーの利権を一方的に主張してきたのです。条約では軍が6年間は権利を主張できるとしていたにも関わらずです。この独立はもともと予定調和だったと私は考えています」

 

 ハマーンは形式的に答えた。

 

「その条約についてもお伺いします。主要オイルカンパニーのジオン軍への貸与が一年戦争勃発に引き金になったと言われています。なぜ、戦争が起こるとわかって条約を合意したのですか?」

 

 高市は鋭い質問をした。

 

「石油利権をめぐっては当初から内戦状態にありました。軍が所有するという建前がなければ、一年では終わらない戦争になっていたと考えています。この合意は最良の妥協だったと認識しています」

「ですが、その合意がソロモン戦争を引き起こしましたよね。私には、意図されたものにしか見えないのですが」

 

 高市は形式的な質疑を越えて踏み込んだ。隣にいる岸田はヒヤヒヤしてやり取りを見ていた。

 

「高市官房長官、それはあなたの穿ちすぎた妄想に他ならないと思います。ソロモン戦争に、我々のメリットは何もありません。結果を見てもわかること。我々は主要コロニーを多く失ったのです。どれだけの被害が出たか、あなたもよくご存知でしょう」

「私はそれが狙いだと考えているのです。ザビ派に忠実だった「ななはち部隊」がコロニーに残ったままだったのは偶然ですか?」

「……」

 

 ハマーンは目を細めた。

 

「もう1つ面白い話を聞いています。ソロモン戦争に関与した部隊ですが、公式にはアナベル・ガトー率いるテラーズフリード部隊ということになっていますが、詳細の時系列をたどるとあまりに計画が精密すぎます。一部隊が関与した計画とは思えません」

「我々が支援したとおっしゃるので?」

「あなた方、あるいはその後ろにいる何か。シャドウミラーと呼ばれている非公式に暗躍する部隊があなたのバックにいるという話もあるようですよ」

 

 そう言うと、ハマーンは上品に苦笑した。

 

「高市官房長官は悪い職業癖を政治に持ち込まれているようです。私はシャドウミラーなどという部隊は一度も聞いたことがありません。良からぬ陰謀論にのめり込み過ぎなのではないでしょうか?」

「では、シャドウミラーは存在しないと確信を持って申し上げられますか?」

「少なくとも、私はまったく存じ上げません。少なくとも、あなたたちの軍が内密に進めていると聞く人類補完計画のような陰謀めいたものはただの1つも存じ上げません」

「……」

「……」

 

 高市とハマーンはしばらく無言のにらみ合いをした。

 互いの陣営に、外には出せないいわゆる「陰謀めいた隠し事」があることは間違いなかったが、互いに核心を掴めないままだった。

 

 会談を取り仕切っていた者が時間を告げた。

 

「そろそろ時間です。本日のところはここまででよろしいですか?」

「ありがとうございました」

 

 高市は時間になるとさっと引いて、取り繕ったとは思えないほどの満面の笑みを浮かべた。

 ハマーンは岸田ではなく、高市が日本のドンであることを確信して、重要人物として捉えた。

 

 首脳会談が終わると、ハマーンは側近の者に尋ねた。

 

「日本政府はシャドウミラーの内容をどこで聞き付けたと推測する?」

「考えられる事実は2つしかないでしょう。1つはシャドウミラー側が日本政府と通じていること」

「それが本流か。もとより、連中を信用していたわけではないが、ヴィンデルは抜け目のない男だ」

「もう1つは我々の中に裏切り者がいて、リークした可能性です」

「身内の錆か。それも否定できぬことだな。人間とは放置すれば錆びつく生き物だ」

 

 ハマーンはちょうど目の前に見えた火星を見つめた。

 

「シャア、お前は敵か味方か?」

 

 ハマーンは誰に問いかけるわけでもなく、最大の疑問をつぶやいた。

 

 ◇◇◇

 

 ドイツ軍は火星の軍事増強を決め、いくつかの主要部隊が宇宙に上がることに決まった。

 その中には、若手中心で構成される04小隊も含まれている。

 

 04小隊を率いるマリは宇宙行きを前に、新しい部隊の様子を確かめるために、シミュレーション訓練を実施した。

 ちょうど、エヴァンゲリオン弐号機とヒュッケバインMKⅢがシミュレーション実装されたので、本格的な訓練ができるようになった。

 

 実戦とシミュレーションは違う。

 しかし、テスラが開発したVGと呼ばれるシミュレーションマシーンはかなり実戦に近い訓練を可能としており、一年戦争時も「シミュレーションスコアと実戦の実績はおおむね一致した」と成果を発表している。

 なので、シミュレーションでスコアが上がれば、それはイコール実戦での活躍につながることを意味した。

 

 アスカは完成したばかりのエヴァのシミュレーション機に乗り込んだ。

 感触を確かめてみる。

 

 ほぼエヴァ実機と同じ構造であるが、アスカには明確な違いを感じた。

 

「うーん、何かが違うわね」

 

 アスカは何度も手の感触を確かめたが、違いは顕著だった。それは物質的なものではなく精神的なものだったのかもしれない。

 アスカはエヴァ弐号機のコックピットに座ると、自分の居場所そのものというような安らぎを覚えた。

 しかし、シミュレーションのレプリカコックピットからはそれほどの感覚はなかった。

 

「アスカ、感覚はどう?」

 

 マスターキーからマリの声が聞こえて来た。

 

「なんか違和感。しょせんレプリカね」

「そんなはずないでしょ。0コンマ1ミリまで精密に同じように造られたって聞いてるのよ」

「でも違うのよ。魂が奮えるような気分にならないもの」

「なにあんた、いっつもそんな気持ちになってたの?」

 

 マリは弐号機のサブパイロットなので、昨日弐号機の起動実験を経験した。しかし、魂が震えるような気分は経験していなかった。

 アスカはよほど弐号機との相性が良かったということなのだろう。実際、アスカのシンクロ率は82%、マリは61%だったので、アスカのほうが弐号機にはかみ合っていた。

 

 なお、マリはヒュッケバインMKⅡのシミュレーションに搭乗していた。新たに追加されたヒュッケバインMKⅢを操るアラドにも確認を入れた。

 

「アラド、新しいおもちゃの感触はどう?」

「ああ、マリ姉さん、すげえよMKⅢ.まるで翼が生えたみたいなんですよ」

「翼ねー。アスカといい、あんたといい、ファンタジックな世界に住んでんのね」

 

 そんな新機を加えて、簡単な訓練が行われた。

 

 想定は、コロニーP25に接近するモビルスーツの部隊を迎撃し、コロニーを防衛すること。

 

 こうしたシミュレーションは部隊で何度も繰り返しているので、04小隊ともなれば容易にこなすことができる任務だった。

 問題は、エヴァ弐号機やヒュッケバインmkⅢがどれぐらい機能するかだった。

 

 マリは敵を索敵すると、部隊に通達した。

 

「各機に告ぐ。クラリオン4、レイモーン7、オーカス7、カラストル6 レイズ7……」

 

 マリは隠語で作戦を通達した。

 

「イエッサー、突っ込むぜ」

 

 アラドは気合を入れて目の前をにらみつけた。アラドは猪突猛進で回りが見えないから、レーダーと眼前を同時に見るようなことができなかった。だから、一度目の前に集中すると、レーダーが視野から消えた。

 しばらくして、さっそくアスカから文句入った。

 

「コラ、バカアラド。ちゃんとレーダー見てんの?」

「あ、わりぃ」

 

 アラドはレーダーに目を移した。エヴァ弐号機と連携して、敵機を右に誘導するはずが、自機だけが一方的に前に出てしまっていた。

 

「すまん、アスカ。気合入れすぎちまった」

「ったく、これだからアラドと組むのは嫌だって言ったのよ」

 

 アスカはアラドと違い、レーダーと眼前を同時に見ることができた。加えて、アスカは未来の予想配置を複数頭に思い浮かべているというかなり高度な操縦ができた。

 しかし、そんなアスカもアラドの暴走だけは予測できなかった。

 

「もっと右、右つってんのよ。アラド、右!」

「わかってるよ。でも、敵は想定より高度を取ってきてんだよ。このほうが追いやすい」

「あんたが追わなくていいのよ。あんたは囮なんだから。自分の仕事がなにかわかってんの?」

「ごちゃごちゃ言われてもわかんねえよ。敵を倒せばいいんだろ。もう無になる」 

 

 敵との距離が縮まると、もう無線でやり取りするだけの余裕はなかった。

 アラドは無になって目の前のゲルググに飛び掛かって行った。アラドはヒュッケバインMKⅢに備え付けられた新兵器、ファングスラッシャーを装備した。

 

「ゴミアラド、挟み撃ち食らうことも想定できないの? このバカ」

 

 アスカの明晰な頭脳が想定した局面とは異なり、アラドが無駄に突っ込んだので、すべてが台無しになった。

 それでも、アスカはその中で出来ることをした。

 

 アラドが無駄に突っ込んだせいで、案の定、アラドは劣勢に立たされた。

 ゲルググとズサなど3機に好位置から狙われる羽目になった。

 

「やべえ」

 

 アラドは無我夢中に振り切ろうとしたが、敵のAIもまずまず優秀で、しっかりと追尾してきた。

 ズサのミサイルランチャーがアラド機を捉えようとした。

 

 アラドはやられたと思った。

 

 しかし、次の瞬間、輝くベールがミサイルランチャーを吹き飛ばした。

 アラドと敵機の間に割り込んだエヴァ弐号機が展開したATフィールドが敵の攻撃を防いでいた。

 しかも、ATフィールドの展開が巧みで、アスカは縦に長いフィールドを展開していた。そのため、敵は極端に高度を下げなければ、ATフィールドに突っ込んでしまう状況に持ち込まれた。

 結果、敵は優勢を失った。

 

「おっ、生きてる?」

 

 アラドが振り返ると、そこには自機を守ってくれたエヴァ弐号機の姿が見えた。

 実戦ならば、アスカの援護防御がなければ死んでいてもおかしくなかった。

 

「アスカ、サンキュー。マジで死ぬかと思ったよ」

「あんた……これに懲りたら二度と暴走するんじゃないわよ……」

 

 アスカはいつもよりもずっと顔に疲れをにじませた。

 アラドの介抱は、暴れ者の子供の面倒を見るよりはるかに神経を使った。ある意味で、良い訓練になるのかもしれない。

 

 その後、弐号機は想定以上の実力を発揮した。

 アスカはATフィールドを巧みに攻撃的に使い、敵機を順に撃墜していった。

 ATフィールドは敵の攻撃を防ぎ、敵を倒す力にもなり、万能性を発揮した。

 

 マリはその様子を見てこうつぶやいた。

 

「あの子一人いれば、軍隊はいらないわ」

 

 エヴァ弐号機のスーパーロボットぶりはそれほどに優れていた。



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7、影の侵入

 ラミア・ラヴレスはとある任務のために、ドイツ空軍基地を訪れている。

 ラミアは記者であることを示すバッジを胸につけているので、表向きは記者として通っている。

 しかし、彼女がここに来た理由は他にあった。

 

 何者かがラミアに指令を与えた。

 

「エヴァンゲリオン弐号機の設計図が保管してある機密文書保管庫のパスワードをこれより暗号化して伝える」

 

 何者かは謎の電子記号を流した。波長の短い音波が15秒ほど流れた。

 

「任務了解」

 

 ラミアはそれだけ伝えると通信機を切って、それを地面に置いた。

 目の前には大きな池がある。この池は軍の研究施設の1つで、水中にはさまざまな水陸両用のモビルスーツが眠っている。

 

 監視は厳戒である。

 第一に基地の周辺には、警備員がうろついている。

 ラミアは自分の耳に手を当てた。

 遠くをうろつく警備員の足音が鮮明に聞こえて来た。

 

 人間の監視をかいくぐるのは容易だ。

 問題は機械化された監視網をどう潜り抜けるか。

 

 しかし、ラミアは機械化された監視網のほうが楽な相手だと考えていた。

 

「機械はたやすい。従順だからな。しつけのなっていない人間のほうがずっと難敵だ」

 

 ラミアはささやくようにそう言うと歩き出した。

 

 ラミアは記者バッジを提示して、研究施設前にいた警備員に話しかけた。

 

「こういう者です。今日、関係者への取材の予定が入っているのですが」

「国境無き記者団の者か。確かにそのような予定が入っていると聞いている」

「ご案内いただけますか?」

「案内するが、セキュリティを抜けてもらう必要がある。少々手間を取るよ」

「かまいません」

「ではこちらへ」

 

 ラミアは警備員について、施設の中に入った。

 

 その後はさまざまなセキュリティを突破する必要があった。

 初歩的な金属探知機を抜けた。これは赤外線により、体の内部まで調べることができるようになっていた。

 

「問題なし」

 

 続いて、不審物のチェック。

 これも詳細に調べられたが、昔のような人間が細部までチェックするのではなく、これも機械が用いられた。

 薬物やナノマシンも見抜く機械もラミアは通過した。

 

 最後に手荷物をすべて預けて手帳などの筆記用具もすべて没収された。

 ようやく、ラミアは施設の先の面会室に入ることができた。

 

「まもなく所長がやってくる。それまでここで待機しているように」

「わかりました」

 

 ラミアは椅子に腰かけた。

 警備員は所長を呼ぶために、部屋を後にした。

 

 すぐにラミアは耳に手を当てて、小さく「バルス」と唱えた。

 

 すると、施設のすべての電源が落ちて、あたりが真っ暗になった。

 

「なんだ? 何も見えないぞ?」

 

 警備員たちは突然真っ暗になったことに驚いた。警備員は施設の電源のことなどよく理解していないから、この停電の特殊性に気づかなかった。

 しかし、施設に勤めている科学者の幾人かはこの停電の不審さをすぐ理解した。

 

「モードBの電源も反応しません。おかしいです」

 

 真っ暗な中、女性の従業員が慌てた様子で声を上げた。

 パソコンモニターも真っ暗だった。

 

「内部電源がリセットされています。モードBの回路にハッキングがあったかもしれません」

 

 科学者はそう推測した。

 そんな中、しごく落ち着いている男がいた。

 

 男は懐をまさぐると、ライターを取り出した。そして、一服するように、たばこに火をつけた。

 

「これはとんでもないネズミが入り込んだみたいだな。ちっと様子を見てくるよ」

「加治さん、危険です。モードBがハッキングされたとなると、警備システムもハッキングされている可能性が」

「しかし、ここにいても仕方ないだろう。外への扉も閉まっちまってるだろうしな。本部のボンボンがやってくるのはそうだな……3時間後だろうな」

「しかし」

「なーに、いらずら好きなネズミがかじっただけだろう。すぐに戻るよ」

 

 加治はそう言うと、たばこの火をろうそくにつけた。このような状況では、原始的な発明品のほうが役に立った。

 相手の顔も確認できない状態だったが、ろうそくの火は周囲の様子を確実に照らし出した。

 

「加治さん、おれも行きます」

 

 少年の声が入ってきた。

 

「おう、ちょうどいい。お供にはアラドが適任だ」

「ちょっと待った。機械音痴のアラドが行ったって、しょうがないでしょ。私が行くわよ。ねえ、加治さん、いいでしょ?」

 

 続いて、少女の声も入ってきた。

 少女は暗闇の中を身軽に渡ってきて、加治の手前までやってきて顔をのぞかせた。

 

「アラド、あんたは待機してなさいよ。足手まといになるんだから」

「バカ野郎。テロリストがいるかもしれねえんだぞ。アスカだけ行かせられっかよ」

 

 そう言うと、アラドは懐に携帯していた銃を取り出してロックを解除した。

 それに対して、アスカは文句をつけた。

 

「そんなもんしまいなさいよ。どうせ当たりゃしないし、こっちに当たったらどうすんのよ」

「おれはそんなに下手じゃねえよ」

「あんたがまともな射撃なんて一度も見たことないけど?」

 

 アスカはそう言うと、アラドと同じように携帯していた銃を取り出した。

 アラドは反論できなかった。たしかに、射撃の腕前が評価されたことはなかった。

 

「ねえ、加治さん。アラドなんて放っておいて二人で行きましょ」

 

 アスカは嬉しそうな顔で加治に提案した。アラドの射撃の腕云々以前に、加治と二人きりになることが目的だったようであった。

 しかし、加治はアスカの期待を裏切る決定をした。

 

「3人で行こう。電源が落ちている。力仕事も必要になるだろうからな」

「……」

「安心しろって。足手まといにはならないっての」

 

 アラドはそう言ったが、アスカが残念がったのはそういうことではなかった。

 

 ◇◇◇

 

 アラドとアスカはたまたま、ここの施設に来ていた。

 今日の訓練で、アスカは同じ小隊でしかも隣り合っているポジション同士のアラドと馬が合わず、アスカがポジションの転換を加治に訴えるために、この施設にやってきていた。

 本来、ここはパイロットが出入りする施設ではなかったが、この日は偶然だった。

 

 加治はろうそくの火を掲げると、まっすぐ前を見つめた。その様子はしごく落ち着いていて、警戒心などはどこにもなかった。

 

「とりあえず電源室を目指そう。こういう時、階段は便利だな」

 

 加治は文明の利器ではないものばかりを用いて道を切り開いた。

 人の気配はなく、特に集団のテロリストが入り込んだわけではなかった。

 しかし、モードBの電源が落ちるということは、相当やり手のハッカーがからんだ犯行と見て間違いなかった。

 

 電源室までの道中、特に何か不審な者が見つかることはなかった。

 電源室にやってきた加治はアラドにろうそくを渡して、あちこちまさぐった。

 それから、加治は懐から何かを取り出した。

 

「加治さん、それは?」

「乾電池だよ」

 

 加治は最新テクノロジーから遅れた産物ばかりを用いた。しかし、この状況ではそれだけが有効だった。

 加治は乾電池で簡易的な電源を作ると、コンピュータを起動した。

 

「なるほど……」

 

 加治はすぐにどのようなハッキングが行われたのかを理解した。

 

「りっちゃんがいれば回路情報をいじれるんだが、おれにはさっぱりだ。仕方ねえ。とりあえず、生きている電源にザクを無理やりつなぐか」

 

 加治はその時できる応急処置で格納庫に収納されているザクを起動して、このコンピュータの電源からザクを遠隔操作した。

 ザクのコックピットからのカメラ映像がコンピュータに映し出された。

 

 アラドとアスカはその画面をのぞき込んだ。

 

「誰かいる」

 

 アラドは画面を見るなり、すぐに人影を見つけた。アスカより早い発見だった。

 アスカも加治も人影を見つけることができなかった。

 

「ここです、ここ」

「やるな、アラド。たいした索敵能力だぜ」

「いや、万年索敵業務ばかりの経験が活きました」

 

 アラドはそう言って嬉しそうにした。アスカはそんなアラドを横目で見ながらくやしそうな表情を作った。加治に褒められたアラドにいくばくかの妬みを覚えたようだった。

 

「あれがネズミか。なかなか可愛らしいネズミだな」

 

 加治はそう言うと、コンピュータ画面に背中を向けた。

 

「ちょっと見てくる」

「私も行きます」

「いや、お前たちはここで留守番だ。その代わりに重大任務を与える。非常電源がまだ生きているから、接続の回復作業を頼む。重要任務だ。アラド一人じゃ荷が重いだろうから、手伝ってやってくれ」

 

 そう言われると、アスカは仕方なくうなずいた。

 加治はコックピットに映った人影のもとに向かうようにゆっくりと歩きだした。



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8、暗闇の中

 ラミアは暗闇の中をもろともせず、目的地に向かっていた。

 彼女の瞳はどんな暗闇の中でも、詳細に物を捉えることができた。

 

 彼女に託された任務は、ドイツ軍の機密文書を持ちだすこと。

 ドイツ軍の機密文書には、エヴァンゲリオンの設計データも含まれている。

 

 軍の情報を持ちだすことは簡単なことではない。

 特に欧州の基地はサイバーテロに強く、かつてアメリカのテスラ研究所で生じた大規模なサイバーテロのようなものは一切起こらなかった。

 アメリカはもともと対立するものたちを無理やり統一してできた国。愛国心に篤くない者もたくさんいる。余計にテロの温床になりやすかった。

 

 ドイツもさまざまな対立と戦争の中で歩んできた国であるが、その中で生まれた鉄のヒエラルキーが国民をうまく統率してきた。

 だが、ラミアはそのガードを堂々と突破してしまった。

 

 本来、このような任務は命がけであり、手練れのテロリストであったとしても、プレッシャーを感じるものだ。

 しかし、ラミアはそういうものを感じていなかった。人間ではなくサイボーグではないかというほど、すべての行動が落ち着いていた。

 

 ラミアは目的の場所にたどり着くと、素早い手つきでパスワードの解除を始めた。

 あらかじめ訓練されているとはいえ、初めて見る機械を扱うのだから、普通なら焦りを感じるものだが、ラミアは終止落ち着いて、すべてのロックを解除した。

 

 だが、最終局面で、ラミアにとある誤算があった。

 それは基地の電源を破壊する際に、機密文書保管庫のシステム電源だけ残すというやり方をしていたが、いくつかのシステムが外部の電源に依存していたため、最終ロックを解除する際のオペレーション装置が起動しなかった。

 

「まずいな。15分以上のロスだ」

 

 それでも、ラミアは慌てず、携帯していた小型バッテリーを装置の電源につないで、装置を起動させた。

 装置が立ち上がるまでに時間がかかった。

 起動すると、パスワードの入力画面が出た。

 

 装置の起動に際してもパスワードが設定されており、ラミアにとってはそれも想定外だった。

 

 パスワードは約380万桁の数字およびギリシャ文字とドイツ軍で使用される暗号文字の組み合わせで成り立つ。

 ラミアはこのパスワードをハッキングによって無効化しようと、装置に携帯していた小型タブレットを接続した。

 

 その間に時間だけがどんどん過ぎていった。

 

 ◇◇◇

 

 加治は機密文書の保管庫の前にやってきた。

 その通路にすぐ入るのではなく、たばこに火をつけて一服した。

 この男も、こんな状況であるにも関わらず、マイペースだった。

 

 一服落ち着くと、そのまま通路の先を目指した。

 

 人の気配を察知したラミアは作業を中断した。

 ラミアの携帯品の中に、ハンドガンがあった。武装していない人間ならば、それで対処することが可能だった。

 

 ラミアは近づいて来る足音に集中した。

 すり足で近づいて来ているわけではなく、警戒心を感じさせる足つきでもない。

 まるで散歩でもするような足取りだった。

 

 ラミアはハンドガンのロックを解除した。

 

「しまった。肝心なものを忘れた。まあ、いいか」

 

 男の抜けた声が聞こえて来た。どうやら、戦闘に心得のある人物ではないと見えた。

 それでも、ラミアは警戒心を忘れずに、壁越しに息を殺した。

 

 人物の足音に合わせて、ラミアは絶妙なタイミングで飛び出して銃を構えた。

 相手が誰だろうと射殺するつもりだったので、標的を捉えると発砲した。

 

 しかし、ラミアにとって想定外のことが起きた。

 ラミアが発砲するよりも早く、その人物は発砲していた。

 

 警戒心のない足音、抜けた声。

 そこからは想像もできないほどの早業。

 ラミアは右肩を撃ちぬかれ、携帯していたハンドガンを失って転倒した。

 

「こんな危ないものを持ってちゃダメだぜ、子猫ちゃん」

 

 加治は床に転がったハンドガンをゆっくりとした手つきで回収した。先ほどの早業から一転、加治の動作はすべてがゆっくりだった。

 

 ラミアは銃を失って、右肩を損傷した。しかし、それでも、ラミアの表情はまったく変わらなかった。

 ラミアはすぐに次の行動に移ろうとした。

 しかし、さらにラミアにとって想定外のことが起きた。

 

 いくつかのシステムが壊れてしまっていた。同時に、記憶の一部も失われ、なぜこの場所にいるのかも思い出せなくなった。

 

「さて、教えてもらおうか。なんの目的でここにやってきたんだい?」

「……」

 

 ラミアは何もしゃべらず、故障したシステムの修正を図ろうとしたが、この場での修正はできなかった。

 

「聞くまでもないか。しかし、こんなところに入ってもろくなものはありゃしないぜ。飯はまずいし、給料は安い。そのくせ激務だしな」

 

 加治はそう言って笑った。

 ラミアは無理やりシステムを修正しようと、あちこちのシステムをいじった結果、さらに体全体のシステムがおかしくなり始めました。

 

「おほほほほほほほほほほ」

「……?」

 

 突然、目の前の女性が笑い始めた。普段から、どんな相手にも柔軟に対応する加治も首をかしげざるを得なかった。

 

「今日はいい天気でございますですね。こんな陽気の日には、素敵な殿方と二人きりで過ごしちゃったりなんかしてみたいでございますですわね」

 

 ――く、いかんな……言語システムの障害が修正できん。

 

 ラミアは言語システムを通して言葉にする内容を決めている。しかし、そのシステムが先ほどの衝撃で破損したようだった。

 

「はははは」

 

 加治は笑うと、相手に会わせて話し始めた。

 

「そいつはちょうどいい。おれの部屋にいいワインがあるんだ。ケチな上司が軍の金を私的に使ったのがばれて、証拠隠滅のためにおれによこしたマルゴーのワインさ。どうだい? 今からおれの部屋に来ないかい?」

「それは楽しみでございますですわ。ほほほほ」

 

 テロリストとの対峙はおかしな方向に進み始めていた。

 

 ◇◇◇

 

 一方そのころ、基地は空軍の本基地に被害を届けていた。本基地からは即座に部隊を送ると返信してきた。

 

「本部のすぐは1時間後だ。1時間もこんな真っ暗闇なんて冗談じゃない」

 

 スタッフの一人が嘆くと、別の反応をするスタッフもいた。

 

「こういうときこそ、男を上げるチャンスさ。経理のピーナちゃんにアプローチしてみせるぜ」

「ちょっと、こんなときにどこ触ってるんですか。セクハラで訴えます」

「違う違う、わざとじゃない。暗くて見えなかったんだ」

 

 暗闇で一部の通信機以外は利用できない状態だったので、調子に乗るスタッフも出て来た。

 

「ところで、加治のやつはまだ戻ってこないのか?」

「あいつのことだ。どこかで女にちょっかい出してるんだろ」

「経理のピーナちゃんに手を出したら許さねえ。おーい、ピーナちゃんはどこにいるんだい?」

 

 テロリストの攻撃を受けたにも関わらず、基地内は愉快な雰囲気に包まれていた。

 

 一方そのころ、アラドとアスカは加治に言われたとおり、電源の復旧に乗り出していた。

 しかし、復旧の方法がわからなかったので、生き残っていた電波通信機を用いて、他の空軍基地に、被害状況を伝えたところで、やることがなくなった。

 

「ちょっと加治さんの様子を見てくるわ」

 

 アスカはそう言うと、加治が残してくれた唯一の懐中電灯を手に取った。

 

「ここで待機してろって言われただろ。勝手な行動をするなよ」

「あんたはここにいなさいよ」

「それ持ってったら、ここも真っ暗になるだろ。だったら、おれも行くよ」

 

 アラドはアスカについていくことにした。

 

 基地の地下施設は本当に真っ暗だった。保険まで科学の力に頼り切っていたため、こういうときに機能するアイテムはほとんどなかった。

 アスカの照らす懐中電灯の光だけが頼りだった。

 

 地下は複雑で広い。普段、この基地を使わないアスカにとっては右も左もわからなかった。

 

「ここどこ?」

「はあ?」

 

 アスカが突然振り返って尋ねてきたので、アラドは愕然とした。

 

「なんだよ、わかって進んでたんじゃないのかよ。さくさく進むからてっきりそう思ってたぜ」

「格納庫って書いてあったから来たのよ。でも、たどり着いたのはなぜか衛星通信室だったのよ」

「侵入者を騙すためのダミーだったってことか? 味方が騙されてどうするんだよ」

「だから聞いてんでしょ。あんた、ここまでの道、覚えてないの?」

「おれはアスカについて歩いてただけだよ」

「使えないやつね、ついてきただけって。あんたカモ?」

「無茶苦茶言うなよ。だいたい、加治さんのところに行くと言い出したのはアスカだろ」

 

 ここで言い合いをしても解決しなかったので、アスカは来た道を引き返して進み始めた。

 

「なあ、勝手な行動はせず、電源が戻るまで待ってたほうがいいんじゃないか?」

「ダメよ。なんか胸騒ぎがするのよ。加治さんの身にあったんじゃないかって」

 

 アスカははりきっていた。恋する男のために夢中になると止まらなかった。

 

「加治さんに限って滅多なことはないと思うけど。それにあの人影がテロリストと決まったわけじゃない。格納庫の整備士かもしれねえし」

「違うわ」

「なんでわかんだよ?」

「女の勘。あの人影はろくでもないやつに違いないわ」

 

 アスカはその勘を頼りに進んだ。

 しかし、進んでも進んでも長い通路が続くばかりで、まるで迷路だった。今度は「地下陽子核炉」にたどり着いたので、また引き返すことになった。

 

「ねえ、アラド」

 

 アスカは歩きながら、唐突に声を上げた。

 

「あん?」

「あんた、ゼオラとはどこまでやったの?」

「はあ?」

 

 アラドは思わず、大きな声を上げた。

 

「あんたら付き合ってたんでしょ? ゼオラは教えてくれなかったけど、キスぐらいまではいったの?」

「い、いってねえよ。つーか、別に付き合ってたとかでもねえし……」

 

 アラドはもじもじと声を潜めた。

 

「なに緊張してんのよ。あんたらが付き合ってたって軍の中じゃけっこう有名な話よ」

「それは誤解だ。別に付き合ってたとかじゃなくて、たまたま小隊の配置が隣だっただけだよ」

「ふーん」

 

 アスカはそう言うと、おかしそうに笑った。

 

「まあ、そうよね。私がまだなのに、あんたみたいな臆病な落ちこぼれがそんなに進んでるわけないわよね」

「……」

 

 アラドは不服そうにしながらも声を抑えた。

 

「じゃあ、私としてみる?」

「はあ?」

 

 突然のアスカの申し出にアラドは飛びあがった。

 何かの罠かとも思ったが、アスカの狙いがさっぱりわからなかった。

 

「なにびびってんのよ。ただの遊びなのに。いまどきキスなんて挨拶みたいなもんでしょ」

「……」

 

 アスカの言い分が正しいかどうかはわからなかったが、たしかにアラドがドイツ空軍傘下にいたころに、部下に挨拶代わりにキスをする上官がいたのは確かだった。

 

「やっぱ、あんたは臆病者ね。そんなんで戦争なんてとうてい無理ね」

「待て。別にびびってるわけじゃねえ。でも、お前のことだから、あとで強制されただのなんだのと言いがかりつける」

「そんなことするわけないでしょ。私をなんだと思ってんのよ」

「狂暴猫。軍の中じゃ有名だぜ。ラトやプルは純情だったけど、お前とゼオラは狂暴猫だから近づいたら引っかかれるってな」

 

 アラドは本音をぶちまけた。

 それを聞いたアスカは唐突に懐中電灯を投げ捨てて、素早くアラドに接近して、そのままアラドを壁際に追い詰めた。アラドの背中は何かの扉になっていて、「格納庫」と書かれていた。 

 

「ずいぶんな言い草じゃないの。なら、そのイメージを変えてあげるわ。どう?」

「ど、どうって」

「本当に私が狂暴かどうか確かめてみたら? 別に暗闇で誰も見てないわよ」

 

 アスカはそう言うと、アラドと体が触れ合う距離まで近づいた。

 

「ぐ……」

 

 アラドは息を呑んだが、近くで感じるアスカの感覚に引きずり込まれた。手を伸ばすと、アスカの体に触れた。

 それでも、アスカは抵抗しなかった。

 

 アラドは表情を作り直した。

 

「ほ、本当にいいんだな?」

「いいわよ」

 

 アスカはそう言うと、目を閉じた。

 

 ◇◇◇

 

 そのころ、加治はラミアに殴られていた。

 あの後、加治が隙を見せたところで、突然襲い掛かってきた。

 

 よく訓練されていたようで、打撃の精度は高く見のこなしも俊敏だった。肩を怪我しているとは思えないほどだった。

 

 加治は床に転がった銃を拾い上げようとしたが、ラミアに阻止された。

 こうなったら、やり合うしかない。

 加治は立ち上がると、ラミアの打撃をブロックした。

 

「ずいぶん荒々しいな。こりゃ扱いが大変だ」

「ほほほほ、わたくし、隊長からこんな暴れ馬は乗りこなせないとお褒めになっているでございますですわよ……といかんな」

「おれももう暴れ馬は懲り懲りだぜ。さんざんやり合ったからな」

 

 加治はラミアをある女性に見立てた。

 拳の力強さも鋭い前蹴りもその女性を彷彿とさせる。

 しかも、寝技に持ち込めば、さらに狂暴性を発揮するのだから、タチが悪かった。

 

 加治は何とかラミアの拳を封じ込めて、床に叩き伏せた。

 

「殿方、ひどいですわ。か弱い女をこんなに乱暴に扱うなんて」

「こんなことで根を上げてもらっちゃ困るな。夜はまだまだ長いぜ」

 

 ラミアは先ほどのやり取りの中で銃を拾っていたので、それで加治を殴りつけた。

 振りほどくと、容赦なく発砲してきた。

 

 加治はかろうじて弾をかすめるようにかわすと、もう一度ラミアを押さえつけた。

 腕力がものを言う態勢に持ち込むと、ラミアも抵抗できなかった。

 

 加治も軍の訓練で格闘技のイロハを持っていたから何とかなった。

 

「やっとこさ殴り合いから技術者の世界に転身できたってのに、またこんな目に遭うとは思わなかったぜ」

 

 ラミアも格闘技の造詣があり、最後まで抵抗しようとしたが、加治は完全にロックして押さえつけた。

 

 ――ダメか、抵抗できぬ……。任務失敗か。

 

 任務失敗は死を意味する。ラミアは体の力を抜いた。

 

「ようやくおとなしくなったか。やはり女はそうでなくちゃな」

「一思いにやってくださいませでございます、殿方」

「楽しみは後に取っておくのがおれの主義なのでな」

 

 そのとき、失われた電源がオンになった。

 施設内のすべての明かりが一斉に点灯し、格納庫の扉もオンのスイッチが入り、開かれた。

 

「うわっ」

 

 突然、背中を失ったアラドは後方に転倒。アスカも前のめりにアラドを押し倒すように落ちた。

 ちょうど、加治がラミアを押さえつけていたところで鉢合わせになった。

 

 アスカが顔を上げると、謎の美女に馬乗りになっている加治の姿が見えた。

 

「加治さん……何やってるの?」

「お、お前たちこそ」

 

 その後、基地にやってきた部隊がライフルを構えて、格納庫のほうになだれ込んできた。

 

「大丈夫か?」

 

 しかし、現場にはいちゃつく男女の組がいるだけだった。

 

「なんだよ、お取込み中か。それは失礼した」

 

 今回のテロ事件では、死者はゼロ。一件落着となった。

 



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9、謎の影

「ああいうのをハニートラップって言うのよ」

「ハニートーストが何だって?」

「うるさい! あんたに言ってんじゃないわよ!」

 

 翌日、アスカは朝から不機嫌だった。アラドは触らぬ神に祟りなしということで、アスカから離れた。

 翌日のテロから一夜明けて、当事者は軍の本部に招集されて、当日の状況の報告をすることになった。

 

 アラドとアスカも当事者だったので、本部にやってきて、あれこれと昨日あったことを司令部に話した。

 アスカが代表になって報告したのだが、昨日のことを思い出して、機嫌が悪くなったらしかった。

 

 ちょうど、事件を聞きつけて、アラドとアスカを束ねているマリも本部に来ていた。

 マリはアラドとアスカの無事を確認すると、ひとまずホッとした。

 

 そうなると、マリの心配事はアラドとアスカの不仲だった。

 

 もともと、アラドとアスカがテロに巻き込まれた背景には、小隊内での配置についての軋轢があった。

 アスカとアラドは共に連携する配置だったが、アラドの猪突猛進な性質に嫌気がさして、アスカが加治に配置転換を求めて直談判した。

 その際にテロに巻き込まれる形になった。

 

 小隊長を任されているマリにとって、この軋轢は大きな心配事だった。

 今日本部に来ると、アラドとアスカの不仲はさらに深刻になっているように見えた。

 

「昨日何かあった?」

「な、何もないですよ。あるわけないじゃないですか」

 

 マリの質問に、アラドはややごまかすようにそう答えた。

 

「何でもいいけど、仲良くやりなさいよ。同い年でしょ、あんたたち」

「歳なんて関係ない。だいたい、私に責任はないわ。私は完ぺきにやってる。バカアラドが勝手に突進するから、いつも私が介抱することになるのよ」

 

 アスカはアラドをはっきりとバカと言った。

 アラドは言い返せなかった。アスカの言う通り、自分が足を引っ張っていることには間違いなかった。

 

「すみません、マリ姉さん。おれが悪いんです」

 

 二人の関係は常に、アスカが上手、アラドが下手だった。

 マリはそれを見て、どちらかというとアラドの味方についた。

 

「そりゃ、アスカは完ぺきだろうけど、でもチームでやってんだから、少しはアラドを理解する姿勢を持ちなさいよ」

「何よ。マリは私が悪いっての? 間違ってるほうに合わせろっていうの?」

「チームでやるからにはそういうことも必要ってことよ」

「だったら、アラドを外せばいいだけでしょ」

 

 アスカは引っ込むということを知らなかった。

 

「アラドだって不慣れなMK3で一生懸命やってんだから」

「こっちはより難しいエヴァで頑張ってるんだけど?」

「あー言えばこう言う。あんたはいつも」

「なによ。そっちだっていつもアラドの肩ばかり持って。まるで私が悪者みたいな雰囲気じゃないの。私は何も間違ってないでしょ」

 

 マリのほうが階級は上なのだが、アスカのほうが上から目線で言いまくった。

 

「アラドもゼオラと組んでるときはうまくやってたって報告を受けてるのよ。ということは、アスカにも非があるのは明らかでしょ。それは認めなさいよ」

「はあ? なんでいきなりゼオラを持ち出してくんのよ? 関係ないでしょ」

「関係大ありよ。少なくともあんたの協調性っていうステータスは軍の中でも下の下ってことよ。あんた、そんなに一人でやりたいんなら、一人で月でも火星でも行ってきなさいよ」

「協調性ってバカに合わせることなの?」

「そのバカに負けたことあるくせに、あんたがバカでしょうが」

「負けてないわよ。総合力では私が格上でしょうが。スコアも見れないの? バカね、マリは」

「上官によくバカバカ言えるわね」

「何度でも言ってやるわ。バカバカバーカ」

「あの……そろそろ終わりにしませんか?」

 

 女同士の言い争いを聞いているアラドが仲介しようとしたが、その後もしばらく罵り合いが続いた。アラドのことでも話題だったのだが、アラドは蚊帳の外だった。

 

 ◇◇◇

 

 昨夜のテロの主犯格として、ラミア・ラヴレスという記者がドイツ軍によって拘束された。

 すぐにラミア・ラヴレスの詳細が調べられた。

 諜報部は、ラミア・ラヴレスが国境無き記者団に所属する記者ということから、その方面を探った。

 

 しかし、記者団にはラミアに関する詳細なデータがなかった。

 

「どういうことだね? 君たちは国籍さえもわからない者を組織の一員に加えていたのかね?」

 

 諜報部は記者団の代表を責めた。

 

「いえ、こちらはエクアドル外務省より身分を保証するという名目で採用したのです。ですが、エクアドル外務省がラミア・ラヴレスに関する資料を紛失したと言ってきてるんです」

「なんだその怠慢は。エクアドルはそんなずさんな管理体制を取っているのかね?」

「我々に言われても困ります。エクアドルに直接言ってください。我々はエクアドルから身分証明を受けて採用したまでです」

「どうせ金をつかまされたのだろう?」

「そのような事実は一切ございません」

 

 突けば、色々とボロが出て来そうだったが、諜報部はこれ以上詮索しなかった。

 エクアドルは一年戦争中に財政破綻を経験している。

 もともと、南アメリカの中では唯一軍事産業の縮小を発表していたのだが、それが裏目に出たようである。

 その後、ブラジルやコロンビアの支援を受けて立ち直ることになるが、その際に、政治基盤が外資系の既得権益によって取り込まれてしまったところがあった。

 

 おそらく、ラミア・ラヴレスもそのいざこざの中に入り込んだ影だったと思われる。

 エクアドル政府を突いても、関係が悪化するだけ。

 ドイツはエクアドルに対して、戦闘機の取引を決めている。その額は300億ユーロ以上。ということもあり、あまり強気に出られないところがあった。

 

「こうなったら、本人にすべて自白させるしかないな」

 

 諜報部はラミア・ラヴレス本人に対して、直接情報を聞き出そうとした。

 

 拘束されたラミア・ラヴレスは特に抵抗することもなく、おとなしくしていた。

 ラミアは東ドイツの軍用拘置所に入れられている。肩を損傷していたので、医師の治療を受け、いまは落ち着いていた。

 一言もしゃべらず、ただジッとしているばかりだった。

 

 諜報部はさっそくラミアに尋問した。

 

「君の名前はラミア・ラヴレス。国籍はエクアドル。その情報に間違いはないか?」

「記憶にございません」

「エクアドルには君の戸籍が残っていないようだが、エクアドルで暮らしていたのかね?」

「記憶にございません」

「エクアドルは財政危機を迎えたとき、コロンビアから約40万人の技術者をはじめとした人材が流入している。そのとき、多くの組織の裏取引があったと聞いている。君はその際に入国したのではないかね?」

「記憶にございません」

「君の背後にいる組織名は?」

「ナチス政権」

「ちっ」

 

 諜報部は舌打ちした。ラミアにまともな返答を期待することはとうていできない状態だった。

 ラミアの雰囲気から察して、ラミアは明らかに訓練されたエージェントである。おそらく、拷問にかけても情報を吐き出すことはないだろうと考えられた。

 

「どうしますか?」

「拷問にかけても無駄だろう。だが、殺すわけにもいかん。やつの背後には何かがいる」

「何か?」

「ああ、相当巨大な組織が絡んでいるかもしれん」

 

 諜報部はそのように見当をつけたが、ラミアが口を割ることは決してなかった。

 

 ◇◇◇

 

 翌日、加治はラミアが収容されている拘置所を訪れた。

 加治はラミアと一戦交えた身であり、ある意味でラミアの情報を最もよく知る身でもある。

 加治は一応諜報部に当時のことを話したが、特にラミアの個人情報に当たるものは何もなかった。

 

 加治はゆっくりと拘置所を進み、身分証明などを済ませて、スタッフの案内を受けた。

 

「彼女はいまどうしている?」

「おとなしくしていますよ。何も話してくれません」

「奥手なのかな。おれにはとてもそうは見えなかったが」

「加治さん、なりふり構わずナンパとかしないでくださいね。仮にもスパイかもしれないんですから」

「大丈夫だよ。おれも加減ぐらい心得てるさ」

 

 加治の女癖の悪さはどこでも有名なようだった。

 加治はラミアと窓越しに面会した。

 

 加治は笑顔でラミアと向かい合ったが、ラミアは無表情のままジッと、加治のほうを見ていた。

 

「しばらくぶりだな。肩はもう大丈夫なのか?」

「……」

「ここの飯はどうだ? 地中海の魚が毎日のように運ばれてきてるだろ。捕虜の間では飯がうまいって有名な話なんだぜ」

「……」

 

 ラミアは何もしゃべらず、表情も変えなかった。

 

「そういえば、あの時は隊長がどうとか言ってたな。軍に所属していたのか?」

「……」

 

 その方面になると、ラミアの表情はより引き締まり、口が裂けてもしゃべらないという意志が見て取れた。

 加治は少し話題の矛先を変えた。

 

「隊長からは暴れ馬と言われてるって話だったな。どうなんだい? 隊長は君を満足させられない男なのか?」

「……」

「おれだったら、そんな君も満足させられる自信があるんだけどな。どうだい、今夜あたり秘密のカケオチってのは?」

「……」

「今日は美しい夜空が広がるだろう。コロニーから大型輸送機が発射する光景は美しいもんだぜ」

「……」

「しかし、君の美しさの前ではすべてはただの石ころだけどな」

「……クスクスクスクス」

 

 加治が色々と口説き文句を続けていると、先ほどまで無表情を続けていたラミアが唐突に笑い始めた。

 

「殿方はいつもそのようにして女性を口説かれるでございますですか?」

 

 ラミアはおかしな丁寧語を紡ぎ始めた。壊れた機械が何かの拍子に動き出したような感じだった。

 

「そんなことないさ。君が特別だからさ」

「おかしいでございますことですわ。わたくしはあなたの敵かもしれませんことでございますですのに」

「愛に敵も味方もないさ。そうだろう?」

「それは……そういうこともあるかもしれませんですわ。おほほほほ」

 

 ラミアはそう言うと、またおかしな笑い方をし始めた。

 

「わたくしに愛なんてございませんことですわ。わたくしはつくりものでございますですのだから」

「愛を知らないなら覚えればいいさ。愛を知るのに歳は関係ないさ」

「おほほほほほ」

 

 その後、ラミアは狂ったかのように笑い続けた。

 それが何か狙いを持った演技なのか、それとも本当におかしくなっているのか、加治は心の中で冷静に分析していたが、作為にしてはあまりにおかしすぎる気がした。

 



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10、宇宙

 ドイツ火星衛星領にあるp25コロニーにドイツ空軍の主力戦力を送り込む計画は当初の予定通りに実行された。

 04小隊に所属しているアスカやアラドは地上を離れ、火星コロニーで任務に当たることになる。

 

 宇宙任務に当たる者は2週間前から、宇宙滞在を想定した訓練を受けることになっている。

 アスカとアラドは2週間前から、ゼログラビティルームに隔離されて、宇宙任務に向けて訓練を重ねた。

 アラドは初日から不調を訴えたが、アスカは初日から地上よりも生き生きと動くことができた。

 

 その間、宇宙船にはエヴァ弐号機やヒュッケバインMK-Ⅲなどが搭載された。

 ドイツのメルカリ首相も視察にやってきた。

 メルカリはドイツ最大の首相として知られ、先の一年戦争を勝利に導いたとして、国民からの支持も大きかった。

 とはいえ、今後の世界情勢は不安定で、どの国のトップもピリピリとしていた。

 

 最近、ドイツ軍の主要施設にテロ行為があり、ラミア・ラヴレスというエクアドル出身のエージェントと思われる人物が身柄を拘束された。

 諜報機関は今日まで調査を積み重ね、ラミア・ラヴレスの大まかな詳細を掴んでいた。

 視察の場で、諜報部の者がメルカリにその情報を話した。

 

「先月のテロ事件の主導者のラミア・ラヴレスの件ですが、彼女はジオン軍の者と見て間違いなさそうです」

「そうですか。ティターンズとの関連は?」

「ティターンズとの関りの形跡はありません。つい最近、ジャブローで拘束されたジオン軍の捕虜が吐きました。ジオン軍はある組織と強い関りがあると」

「ある組織とは?」

「シャドウミラーです」

「シャドウミラー……ボアザン北方の独立軍組織のですか?」

「はい」

「そうですか。それは世界が……時代が大きく動くことになるかもしれませんね」

 

 メルカリは努めて冷静にそう言った。

 

 ◇◇◇

 

 アスカとアラドはp25コロニー行きの宇宙船に乗り込んだ。

 

「すげえ体がだるい。足が地についてないみたいだ」

 

 アラドの足取りは重たかった。ゼログラビティの生活が続いて、引力に縛り付けられた地球の空気が重く感じているようだった。

 

「情けないわね。そんなんでまともな任務がこなせると思ってんの?」

 

 アスカもアラドと同じ条件のはずだったが、アスカは体の不調を感じさせなかった。

 

「アスカは何で平気なんだよ。マリ姉さんもピンピンしてたけど」

「あんたがグズなだけよ。いいわね、絶対に足手まといになるんじゃないわよ」

 

 アスカはアラドの頭を押さえつけた。軽く抑えただけでアラドは地面に膝をついてしまった。

 

 宇宙船は「宇宙エレベーター」を用いて、宇宙ステーションまで上昇し、そこから宇宙用のモジュールへの換装が行われ、そこからコロニーへと向かう。

 宇宙は地球とは比較にならないほど広大だ。しかし、地球上よりも厳密に領土が細分化されている。

 

 ドイツが領土を主張する宇宙航路は現在91航路ある。

 どの国も利用できる国際的航路が約830航路ある。

 アメリカが229航路、ロシアが173航路、イギリスが86航路、ギガノス帝国が81航路、スイスが66航路、ブラジルが65航路、ネオホンコンが60航路、日本が58航路、フランスが52航路、ミケーネ帝国が49航路、韓国が46航路をそれぞれ所有している。

 

 なお、ジオン軍は57航路の所有を主張しているが、そのうち国連で認めているものは16航路であり、残りは国際的航路として定義されている。

 

 宇宙航路は特に厳密な規定がなされているわけではない。地球上の空域のように、四六時中すべてを監視するのは不可能であるから、多くの航路が宇宙海賊によって不正に利用されているところがある。

 一応、無断で航路に侵入した場合はその航路を所有する国の法で罰せられる。

 

 侵入者は一発死刑というより、その場でモビルスーツによって迎撃する方針を取っているのがロシア、ギガノス帝国、ミケーネ帝国であり、罰金で対応することが多いのがアメリカ、日本となっている。

 とはいえ、末端の航路はどこも監視ができないので、その航路で密輸が横行する。

 

 航路を不正に利用する者はならず者だけとは限らない。

 アメリカでは、上院議員がモビルスーツ7機を不正に輸送したなどで検挙される事件がこれまでに3件起こっており、ギガノス帝国では航路を利用して他国への亡命を図る者もいた。

 

 宇宙航路の中には岩礁地帯も多く、そのあたりは航路として危険極まりない。あえてそのあたりを利用する者も少なくないようだ。

 

 宇宙航路は蜘蛛の巣のように散らばり、さまざまなコロニーにアクセスしている。

 地球から火星に向けて、複雑に成り立っている。

 航路を詳細に記憶している者は少なく、宇宙航路の専門家でも把握していない航路が多く存在する。

 

 アスカらが利用する宇宙航路は軍が厳密に管理するものであり、そのあたりはネズミ一匹の侵入も難しい。

 

 宇宙船は宇宙エレベーターで宇宙ステーションまで上昇した。

 ドイツの宇宙ステーションはドイツ大手の工業会社であるフォルクスワルケン社が建造したものだ。

 フォルクスワルケン社は同盟国の宇宙ステーションも手掛けており、宇宙ステーション産業だけでかなりの売り上げを上げている。

 ただ、フォルクスワルケン社はコロニー事業からは早々と撤退している。これは、コロニー事業の場合、国が強く関与してしまうためだ。

 

 所得税の高いEU諸国では、経営者が政府に不信感を持つことが多く、国に管理されてしまうコロニー事業には後ろ向きだった。

 そのため、ドイツコロニー事業にはかなりの外資企業が参加している。日本、ネオホンコンなどアジア諸国が参加している。p25コロニーは日本のミツビシ社が手がけている。

 ミツビシ製のコロニーは世界一頑丈であるとされる一方、快適さに欠けるため、住民からは不評である。

 アスカはこう言っている。

 

「部屋が狭い、地味、お湯が出ない。だから、日本人の心は狭いのよ」

 

 民族性の差もあるのかもしれないが、コンパクトな日本人の気質は欧米人とは相いれないようであった。

 

 宇宙ステーションでの換装は約1時間で完了した。

 宇宙船は宇宙ステーションから切り離され、p25コロニーに向けて発進した。

 

 あっという間に地球から離れていった。

 

 ところで、今回の任務には加治は参加していない。参加する予定だったが、例のテロ事件があり、加治はその事件の調査をする任務のほうにつくことになった。

 加治が任務から抜けたことを、アスカは残念がっていた。

 

 ◇◇◇

 

 宇宙船はp25コロニーに到着した。

 宇宙船がコロニーに入国するためには、コロニーステーションを利用する。

 強い電磁気力で宇宙船がコロニーステーションにドッキングされ、そのまま、スライドする形でコロニーに収納された。

 

 p25コロニーはドイツ領のコロニーの中でも最も大きなコロニーの1つだ。

 数千人がコロニーで生活している。

 

 主な任務は火星と地球の貿易管理および、宇宙および軍事研究である。

 ギガノス帝国などは新兵器の実験を宇宙で頻繁に行っている。

 国際法では、宇宙での軍事実験には大きな制約がかかっているが、ならず者国家はお構いなしだった。

 

 アラドは久しぶりにp25コロニーの地に立った。

 コロニー内の重力は地球上の約4分の3である。そのため、地球上よりも体がふわふわしている。

 コロニー内はパイロットスーツを外すこともできる。

 ただ、体質によってはコロニー生活で胃腸に不調を訴える者は少なくない。

 アラドはその一人だった。

 

「アラド、大丈夫?」

 

 マリが尋ねると、アラドはその場にうずくまった。

 

「ず、頭痛が……」

「あんた、いっつもそうなるの?」

「初日だけ……そのうち慣れますんで」

「本部に報告しとかなきゃいけないわね」

 

 アラドは宇宙環境に適性なし。とはいえ、別に宇宙に限ったことではなかった。

 

「アスカ、アラドを医務室に送ってきて。他の隊員はエリア8に集合」

「なんで私が」

「隊長命令。さっさと行け」

 

 マリはアラドの介抱をアスカに任せた。

 アスカはうんざりした様子を見せながら、アラドの手を強引に引っ張り上げた。

 

「立て」

「おい、病人を乱暴に扱うなよ。ぐぅ……胃が圧迫される……」

「こんなんでよく一年戦争を生き延びたわね、ったく」

 

 アスカは任務初日から、ため息が尽きなかった。

 



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11、ソロモンへの思い

 マリはp25の司令官と面会して、任務内容の説明を受けた。

 マリは一年戦争の前には、p25で任務に当たっていた。当時は新兵として任務についていたが、今回は小隊長として参加することになる。わずかな間の大きな出世だった。

 

 司令部の面々も当時と変わっていた。

 一年戦争の最も大きな局地戦である「ソロモン戦争」で3人の司令官が亡くなり、6人が責任を取って役職を辞任していた。

 その後に入ってきた司令官はいずれもキャリア組だった。キャリア組は絵に描いたような偉そうな態度の者ばかりだった。

 

「というわけだ。ソロモン航路の修復が完了するまで、君たちには宇宙船の護衛を任せたい」

「ソロモン17線のすべてですか? 17線を04小隊だけで護衛するとなると、数がまったく足りないと思うのですが」

「私は17線の護衛をしろと言ったんだ。君は「了解しました」と答えるだけでいい。兵士の分際に意見する権利があると思っているとは、しつけがなってないな」

「……」

 

 マリは目を細めた。司令官はふんぞり返って、航路地図を指さした。

 航路地図には多くの宇宙航路が縮図になっていて、司令官はマリの部隊にソロモン17線という、最も大きい航路の護衛を言い渡した。

 ソロモン17航路は火星と地球および、ドイツ領最大のコロニー「c5」をつなぐ、ドイツにとっては大動脈となっている。

 少なくとも、200機以上の護衛をつけなければ十分に対応することができないが、マリの部隊は25機で構成されている。明らかに数が足りていなかった。

 

「17線には毎日17機の輸送機が通過する。しっかり守ってくれたまえよ。万一、敵の攻撃で輸送機が大破ともなれば、君の責任だよ。しっかりやりたまえ」

「意見させてください」

「ならん」

「04小隊で対応できるのは少なくとも2ブロックまでです。我々だけで17線を担当するのは不可能です」

「ならんと言っただろう。いいかね、兵士は黙って司令部の言うことを聞いていればいいんだ」

「机上の空論で無理難題をぶつけられても困ります」

「まったく最近の若い者は目上に対する敬意も知らんのか。一年戦争は終わったんだ。もうならず者も影を潜めている。そんなに多くつけなくても問題ないという我々の判断だ。わかったかね?」

 

 司令官は面倒くさそうにそう言った。

 

「報告ではここ3か月で4件の海賊被害が出ていますよね? それでも影を潜めたと言えるのでしょうか?」

 

 マリは反抗的に質問を繰り返した。

 

「兵士の分際が我々の決めたことに文句を言うのは筋違いだ。ともかく、君たちは護衛をすればいいんだ。わかったかね? こっちは少ない予算でやりくりしているんだ。君たちにはわからんだろうがね?」

「少ない予算ですか……今年度から予算が15%増額になったと聞きましたけど、その資金はどこへ消えたのでしょうね」

「なんだね? 我々が私的に使ったとでも言いたいのかね?」

「そこまでは言ってません。図星だからってムキにならないでください」

「ちっ、いいかね、我々は人事のすべてを掌握している。あまり反抗的だと、君の席はないぞ」

「雑巾がけ係ですか? それも悪くないですね」

 

 司令官はイライラを募らせていた。

 しかし、それでもマリは遠まわしに反抗的な態度を続けた。

 

「ともかく、今日PM9時から任務だ。ったく、生意気な小娘が。さっさと行け」

「それは失礼しました」

 

 何を言っても司令部の意向が覆らないことは、マリもよく知っていたから、そのまま部屋を後にした。

 

 ◇◇◇

 

 マリの部隊に任された任務はソロモン航路17線の護衛。

 ソロモン航路17線は主にエネルギー資源を運搬する輸送機と、民間会社が扱うモビルスーツを運搬する輸送機が通過する。

 

 先物市場は歴史的な資源高を記録しており、その影響でエネルギー資源は海賊たちの格好の獲物になっている。

 高価なモビルスーツなどは、管理が大変であるし、売り手を見つけるのが難しい。

 

 正規の軍事会社は、政府のロット番号がついたモビルスーツしか扱うことができない。

 なので、モビルスーツは裏取引のルートを持っていないと、金にならない。

 対して、エネルギーは世界中で同じだけの需要があるし、モビルスーツのように厳密に管理されていない。

 

 輸送機の襲撃事件は世界中で常に起こっている。

 宇宙航路のように、広大な世界ではレーダーによって捕捉できる範囲に限りがある。

 そのため、海賊らはいずれも宇宙を飛び交う輸送機を狙う。

 

 輸送機は戦闘用ではない。最低限のバルカン砲を備えているだけで、モビルスーツに狙われるとひとたまりもない。

 輸送機を人質に取られると、輸送機に積まれている資源もさることながら、その人員が盗られてしまうのが一番大きな被害だった。

 

 かつて、ロシア軍指導者の「アルゼンサワー」はこう言っている。

 

「核兵器は星を1つ滅ぼす。人は人類すべてを滅ぼす」

 

 人の恐ろしさを示したその言葉の通り、人は最大の兵器だった。

 科学者が寝返れば、技術が奪われる。

 だがそれ以上に恐ろしいこと、人が失われると、人の信心までも奪われることだった。

 

 国を想う気持ちに篤い愛国者も、恋人が拉致されたとたん、国を裏切ることもある。

 実際に、たった一人の愛のこじれによって滅んだ国は歴史上にいくつか存在した。

 

 ところが、こうした攻撃が効かない連中もいる。

 1つがミケーネ帝国だ。

 

 ミケーネ帝国の輸送機はAI操縦と奴隷として拉致した人間に稼働させている。

 しかも、輸送機が攻撃を受けると、自動的に自爆するようになっている。

 

 こうした非人道的な国家には、海賊らも近づかない。もっとも、こうした非人道的な国家から多くの海賊が生まれている。

 

 マリはこうした海賊らから輸送機を守る任務を任された。

 宇宙に上がってきてすぐに任された大役だった。

 

 しかし、航路全体を守るには数が圧倒的に足りない。

 少なくとも3部隊は必要になるところを、1部隊だけで任されることになった。

 

 司令官は平和ボケしているのか、護衛予算を大幅に削減し、代わりに私腹を肥やすために、意味のない天下り組織をたくさん作るようになった。

 そのしわ寄せを兵士らは負わされることになった。

 

 航路は24時間稼働している。そのため、すべての輸送機を守るためには、通常勤と夜勤組に分けて、対応する必要がある。

 マリの部隊は25人で構成されているが、軍の法律で、操縦任務にあたる兵士は1週間に4日までしか任務に当たってはならず、1日に11時間を超えて任務に当たってはならないという規定がある。

 

 そのため25人全員で同時に任務に当たることはできない。部隊を分けて、シフトを組む必要があった。

 一応、p25にすでに配属されていた兵士から6人が追加で参加してくれるということで、31人で17線の護衛に当たることができるようになった。それでも数は全然足りていない。

 

 マリは司令部にシフト表を提出した。

 

 部隊は5班に分けられ、アスカとアラドは第1班に割り振られた。

 夜勤は絶対に無理と申し出た8人はいずれも通常勤務のみで第2班に割り振られ、マリは第3班に入った。

 

 ◇◇◇

 

 9時。

 さっそく、第1班は護衛任務のために出撃することになった。

 アスカは任務に対していつもポジティブで、出撃の前はいつも笑顔でウォーミングアップをした。

 

「アスカ、元気だな。酔いはねえのか?」

 

 アラドがアスカのウォーミングアップを眺めながら尋ねた。

 

「あんたがとろいだけでしょ。せいぜい足を引っ張るんじゃないわよ」

「ああ、頑張るよ」

 

 アラドはまだ具合が優れなかった。一応、健康診断では異常がなかったので、今回の任務につくことになった。しかし、気力は20%減と言った感じだった。

 

「もう1つ憂鬱なのは、ソロモンの仕事ってことだな」

「なんで?」

「いやだって……」

 

 アラドは頭を抱えて顔を落とした。ソロモン戦争は、アラドにとってはトラウマの1つだった。

 この戦争で多くのパイロットが亡くなった。エース格だったオウカ、ゼオラやラトゥーニなど将来のエースパイロット候補らが命を落としたということになっている。

 アラドはこの戦争の時、火星に残った。実は、アラドの決断しだいでは、ソロモン戦争に参加することもできた。

 

 当時、アラドは補給機を担当していた。ソロモン戦争は大きなコロニーを経由するので、補給機は1機だけ参加ということになっていた。

 アラドは補欠だった。しかし、当時の司令官は「コロニーでの補給がままならない場合のため」として補給機をもう1機加える予定だった。

 だが、アラドがまだ新米であったことなどで、「任意参加」となった。

 そのとき、アラドは参加しなかった。

 

 理由は……。

 

「あんた、足手まといなんだからお留守番してなさいよ」

 

 ゼオラのその言葉で、アラドは参加しないことを決めた。

 たしかに、自分が出撃しても、足手まといの可能性が高い。補給任務も成功率3割というのが当時のアラドだった。

 

 しかし、もし参加していたら、自分の力でゼオラたちを守れるチャンスがあった。

 もっとも、当時のアラドに何かできたというわけではない。コアブースター1機で名将ガトーが乗るガンダム試作弐号機の核攻撃を阻止できたとは思えない。

 アラドもろとも巻き込まれて終わりというのが関の山だっただろう。

 

 それでも、アラドは後悔していた。

 

「バカね、あんたは」

「え?」

 

 アラドが顔を上げると、そこにはアスカの姿があった。

 

「仇を取るチャンスなのよ、これは」

 

 アスカの目は真剣だった。

 ソロモン戦争の悲劇は、アラドだけでなく、アスカにとっても悪夢だった。

 アスカはアラドとは対極的に、ソロモンの仇と捉え、この任務に本気だった。

 

「もう一度デンドロビウムが現れたら、私が討つ、絶対に」

「……」

 

 アラドは死神のような目つきだったアスカにゾッとした。

 もう一度、ソロモンの宇宙に試作弐号機が現れることはないだろう。しかし、アスカはそのときは、決して許さないという思いを闘志に込めていた。

 



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12、秘密

 p25コロニーの宇宙ステーションに輸送母艦機が到着したので、アスカとアラドは護衛任務に当たるため、輸送母艦機に乗り込んだ。

 それなりに見知った者が搭乗員として乗り込んでいたので、アスカとアラドは挨拶のために、搭乗員の何人かと面会した。

 

「アスカ、久しぶりね」

「さやか、あんたいつの間に輸送プロジェクトに入ってたの? つーか、連絡しなさいよ、そういうことは」

 

 アスカは旧友のさやかと輸送任務で偶然再会した。

 さやかはネルフ傘下の光子力研究所の弓所長の一人娘であり、ドイツの科学研究アカデミーに留学していた。

 留学前は軍に所属していたので、士官という立場でアカデミーに登録された。

 

 その間に一年戦争が勃発し、日本とドイツは共闘していたので、さやかはそのままドイツ空軍で補給任務に当たるようになった。

 一年戦争が終わると、アカデミーに復学せずにそのまま復旧任務に参加するようになった。

 日本に戻る目途が立たないまま、復旧任務に明け暮れ、最近は輸送機の搭乗員に参加していた。

 

 一年戦争の時代、さやかは地上任務に参加したため、アスカとは作戦を共にすることは一度もなかった。

 さやかはミサトが指揮するマジンガー部隊として任務に当たった。

 

 戦争が終わった後に一度だけ面会して、それ以降は今日まで面会する日が来なかったが、今日偶然再会することになった。

 

「緊急招集の形だったから、連絡できなかったのよ」

「で、どうなの。こっちの任務は? 輸送任務はハードだって聞くけど」

「本当にすごくハード。明け方まで3往復」

「夜勤で3連。相当ブラックね。軍のほうがシフトは恵まれてるわね」

 

 アスカとアラドは軍の規定が厳しく適応されるから、長時間労働は避けられるが、法的拘束力の低い民間事業はかなりハードな労働日程が組まれていた。

 労働時間的には苦しいが、民間事業の場合は、軍人に比べて命の危険にさらされる可能性が少ないという利点がある。

 

「アスカは弐号機で出るの?」

「そうよ。まあ、デビュー戦って言ったところね」

 

 エヴァ弐号機は今日初めて実戦に出ることになっていた。

 そのため、輸送機のほうも弐号機を想定した形に改良が加えられており、搭乗員の任務が増えてしまうという副作用があった。

 

「マリ少尉は?」

「マリは明日の明け方。一緒になる可能性はあるわね」

「アラド君は?」

「あいつはただのエキストラだから気にしなくていいじゃないの」

「誰がエキストラだ、コラ」

 

 噂をしていると、アラドもアスカの後ろにやってきていた。

 

「アラド君と一緒の任務なのね。良かったじゃない。同級生が一緒で」

「いいわけないわよ。こいつ、足手まといにしかならないんだから」

 

 アスカはアラドには厳しかった。

 その肝心なアラドはまだ宇宙ボケが抜けず、今でも気分が悪そうだった。

 

「アラド君も久しぶりね。具合悪そうだけど、大丈夫?」

「闘志は燃えている問題ない。ところでさやかさんはアフロダイで出るんですか?」

「私はただの輸送機搭乗員だから見てるだけ。いざというときはちゃんと守ってね」

「任せてください。おれのMKⅢがシャア・アズナブルだろうがなんだろうがキリキリマイにしてやるさ」

 

 アラドは格好つけてそう言った。

 

「バカじゃないの。へぼのくせして」

 

 アスカがすぐに横やりを入れた。

 

 ◇◇◇

 

 護衛の機体が搭載されると、輸送機はステーションを離れ、地球衛星のステーションに向けて発進した。

 母艦機が発進すると、遅れて輸送機が次々と通過していった。

 これらの輸送機は地球に資源を提供している。今日の地球人の豊かさはこうした輸送機によって支えられていた。

 

 この輸送機を守る任務は最も重要な任務ということができた。

 アスカとアラドはいつでも緊急出撃できるように、コックピットで待機した。

 敵が現れたらすぐに出撃して、輸送機を守る必要がある。

 護衛に失敗すれば、輸送機が敵機に撃ち落されるか奪われるかしてしまう。その場合、経済損失も人員喪失も計り知れない。

 

 ドイツ軍も輸送機の護衛を最優先任務として、エヴァ弐号機を送り込んでいる。

 この任務は決して失敗が許されなかった。

 

 とはいえ、現場としてはそうそう海賊行為が起こることはない。

 いくら、海賊行為が増えているとはいえ、毎日のように起こっているわけではない。

 

 アスカもアラドも気合を入れて任務を開始したが、敵が現れることなく2時間が経過した。集中力を研ぎ澄ましていたアスカもあくびが出るような時分になった。

 レーダーとにらめっこしていても何も起きない、ただ座っているだけの任務。ある意味、拷問的な任務である。

 

「何も起きないわね」

 

 アスカがつぶやいた。

 

「いいことじゃねえか、平和で」

 

 アラドも眠そうにしていた。

 

「こうして座っていると眠ってしまいそうだわ」

「アレックス中尉も言ってたろ。軍人は睡魔との戦いだって」

「あんた、カフェイン剤飲んだ?」

「おれ、そういうのあんまし効かないからな。気合で乗り切るようにしてる」

 

 アスカはカフェイン剤を放り込んだ。エヴァ弐号機のLCLは初号機のものと違い、脳神経を刺激する作用が強いとされているが、アスカは弐号機の中に心地よさを感じているのか、あまりそういう作用を覚えなかった。

 

「アスカ、しりとりでもするか?」

「猫」

「さっそく始めるのかよ。コアラ」

「ラッコ」

「鯉」

「いりこ」

「こんぶ」

「ぶりっ子」

「こ、こ……こいのぼり」

「はい、あんたの負け。いま妥協したでしょ」

「ああ? そっちもぶりっ子とか卑怯な手を使ってただろ。ぶりと言わずぶりっ子とかわざわざ言いやがって」

「細かいことグダグダ言ってんじゃないわよ。もう一度。犬、あんたのことよ」

「誰が犬じゃ!」

 

 夜はとても長くなりそうだった。

 

 ◇◇◇

 

 午前0時を回ったころ、加治は留置所に忍び込んでいた。

 留置所の警備もそれなりに厳しいが、身内の加治は警備の手を知り尽くしていたので、簡単にかいくぐることができた。

 

 ラミアは足音に反応して目を覚ました。

 足音だけで、誰が近づいてきているのか理解することができた。

 

 ラミアが体を起こして待っていると、拘留施設の部屋が開いた。

 拘留施設は牢屋にはなっていないが、それなりに厳しく管理されている。

 加治は部屋を開くと、その先にいたラミアに挨拶をした。

 

「やあ、約束どおり来たぜ」

「……」

「約束だったろ。今宵は美しい夜景を共に見ようと」

「……おほほほほほ」

 

 ラミアは恥じらうように、しかしおかしな笑い声をあげた。

 

「本当に来ましたことですわね。冗談かと思っていましたことですわよ」

 

 ラミアはおかしな敬語を使った。

 

「おれはレディとの約束は必ず守る男なのさ。さあ、行こうぜ」

「わたくしを外に連れ出したら、犯罪に該当するのではないことでございますか?」

「法なんて関係ないさ。おれたちの未来は何人も止めることができないのさ」

 

 加治はそう言うと、小さな明かりをつけた。加治のゆるい笑顔が浮かび上がった。

 とても軍隊の施設で働いている者が見せる笑顔ではなかった。ラミアはその笑顔を不思議そうに見ていた。

 

 加治はラミアを連れだすと、施設の屋上にやってきた。

 

「見ろ、ここからの夜景は美しいぜ」

 

 加治が示した先には、本当に美しい夜空が広がっていた。

 加治が言うように、美しい夜景だった。宇宙のすべてを一望できるような、そんな空間になっていた。

 

「前は軍のすけべたちがお忍びに利用してたんだが、いまは利用が禁じられちまった。だが、おれたちには関係ないさ」

「……」

 

 ラミアは加治と並んで、夜空を見上げた。

 このとき、ラミアは「夜空が美しい」と感じた。夜空を見て美しいと感じたことはこれまでなかった。そのような感情は任務に不要だからインプットされていなかった。

 しかし、いまははっきりと夜空の美しさを感じることができた。

 こうして、夜空を見上げていると、自分が何の任務で地球にやってきたのかもすべて忘れてしまいそうだった。

 

「あなたは私の素性を探るために色々と画策しているのでございますことでしょう?」

 

 ラミアが尋ねた。加治はラミアのおかしな敬語にも慣れて、むしろそれをチャームポイントと捉えるようになっていた。

 

「まさか。すべては夜空よりずっと美しい君とのひと時を得るための画策さ」

「嘘がお上手なことで」

「嘘じゃないさ。君と巡り合えた運命に感謝しているよ」

「あんまり女の勘を見くびらない方がいいですことよ。私から情報を探り出そうとしているのは見え見えのことですわ」

「そうだな、君のことはもっと知りたいと思っている。例えば、君のキスの作法とかベッドでの仕草とか」

 

 加治はそう言って、ラミアを見つめた。

 ラミアはそれもすべて、加治の演技だと理解していたが、それでも特別な感情を覚えてしまった。

 ラミアはごまかすように笑みを浮かべると、その後、加治のほうに真剣な目を向けた。

 

「いいですわ。あなたが一番知りたがっていることを教えてさしあげますでございますわ」

 

 ラミアはそう言うと、

 

「火星衛星「ラフレシア」の情報ネット「シャドークロ―」。ファイアーウォールのパスワードは……」

 

 ラミアは加治に顔を近づけると、耳元でパスワードを伝えた。

 

「それからもう1つ……」

 

 ラミアは加治から離れると、背中を向けた。

 

「これ以上、私に近づくな。死ぬことになるぞ」

「……」

「できれば、お前を殺したくない。だから、近づくな」

 

 ラミアはそう言うと、拘留施設に自分の足で戻っていった。

 加治は何度かうなずいた後、もう一度夜空を見上げた。

 ちょうど、かつて誰かが自分自身に言った言葉を思い出した。

 

「別れましょう。あなたを殺したくないから」

 

 それは軍関係者のような野蛮な女性が放つ特有の優しさだったのかもしれない。

 



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13、宣戦布告

ロシアのウクライナ侵攻のせいで、プロットが大幅変更に。


 世界情勢に大きな変化が生じたのは、アスカらが宇宙任務を始めて2週間後のことだった。

 これより少し前に、ネルフ本部にギガノス帝国が「ネオホンコン」を侵攻するかもしれないという情報が入っており、諜報部がその動向を注視していた。

 ちょうど、ミサトも諜報部の任務に参加していた。

 

 そのころ、甲児とシンジは使徒との戦いで半壊したエリアのがれき撤去任務についていた。

 シンジは初号機を器用に使いこなすことができるようになり、がれき撤去は大いにはかどっていた。

 零号機も参加しており、レイもシンジと同じエリアでがれき撤去の任務に参加していた。

 

 レイとの関わりにもだいぶ慣れて来た。

 シンジはエリアの最期の瓦礫を運び終えると、レイに通信を入れた。

 

「こっちは終わったよ。そっちは?」

「もう少し」

「応援に行くよ。L11点のほうから」

「ありがとう」

 

 レイのその言葉に、シンジは口元を緩めた。

 レイとの距離が縮まっているのをよく理解できる瞬間だった。その一言がシンジにはとてもうれしかった。

 

 しかし、そんなシンジに邪魔が入った。

 

「おい、シンジ。レイとこれから熱々デートとは問屋が卸さねえぜ。こっちの応援に来てくれ」

 

 ボスから通信が入った。ボスはシンジとレイが接近していることをわかっていてか、遠まわしにからかった。

 

「デートじゃないよ」

「なーにごまかしてんのさ。おれはわかってんぜ」

「だから違うって」

「いいか、シンジ。女ってのは難しいもんだわさよ。そうだわさ、さやかも難しいやつだった。俺様のラブラブアタックを真っ向から否定しやがるんだからな」

 

 ボスはフラれた過去を振り返った。

 

「あんまり猛烈にアタックしてると足元をすくわれるだわさ。遠回りが肝心よ」

「遠回りか……」

 

 シンジはつぶやいた。確かに最近はレイにアプローチしすぎていたかもしれないと思った。もちろん、シンジはボスと違ってわかりやすいラブラブアタックをぶちかますようなことはしなかったが、シンジにしては積極的に関わりすぎていたところがあった。

 

「まあ最近はおれにも新しい春が来たがな」

「え、いつの間に?」

「ふふふ、聞いて驚け。あの南原グループのカワイ子ちゃんよ。コンバトラーのパイロットに任命されたって聞いて祝福の言葉をメッセージで送ったら「ありがとう」って返事が来たのさ。おれの新しい春よ。うはははは」

 

 ボスはささいなことで舞い上がっていた。

 南原グループはネルフ傘下の軍事会社であり、現在コンバトラーVの開発を進めている。

 南原グループがネルフに入るまでには、多くのいざこざがあった。ネルフ前身のゼーレ時代に、防衛省の事務次官が南原グループを神奈川に移転させる計画を打ち立てており、ネルフから切り離される予定だった。

 ところが、事務次官がスキャンダルで失脚し、最終的にはアメリカが「ネルフに入るのが望ましい」と推薦文を送り、結果的に南原グループはネルフの傘下に入った。

 

 早くから超電磁技術が評価され、実用化に向けて研究が進んでいた。

 コンバトラーVは超電磁技術の集大成でもある。

 しかし、一年戦争に入り、実用化予定が大幅に遅れてしまった。

 もう1つの遅れの原因は、アメリカがコンバトラーVの技術に注目していて、日米合同で管理したいと申し入れていたということだ。

 

 ただ、最終的にアメリカはその計画を白紙にした。理由は、軍の合理化を進めるアメリカにとって、コンバトラーは燃費が悪く大量生産に向かないものは方針に合わないからだった。

 アメリカは金目で軍が形成されており、基本的に大量生産可能でないものについては他国に押し付ける傾向にあった。

 例えば、ヒュッケバインMKⅢがドイツに渡ったのも、採算が合わないという都合があった。

 

 アメリカは一度大型兵器の開発で、メガバンクをいくつも倒産させている。だから、兵器開発のコンパクト化はそのときの教訓だった。

 テスラの主力兵器がヒュッケバインからゲシュペンストに代わったのも、その影響があった。

 

 一方で、日本は大型兵器を好んだ。逆に言うと、大量生産帯を所有することをアメリカが嫌ったということでもある。

 安価な類似機が出回ると、ゲシュペンストの価格が落ちる。アメリカは兵器のデフレ傾向を嫌うために、同盟国の大量生産を阻止するところがあった。

 

 だが、そのおかげでエヴァンゲリオンやマジンガーZが誕生し、コンバトラーVの実戦配備も間近に迫っていた。

 シンジもコンバトラーの完成を楽しみにしていた。

 

 同じころ、ミサトは諜報部で情報の整理をしていた。

 ネルフの諜報部はいま慌ただしかった。

 

 ミサトはネオホンコンにいるミカムラ博士と連絡を取っていた。

 

「すみません、ミサト先輩、いまお父さん、大使館に出てるところなの」

「そっか。そっちはレインだけ?」

「はい、一人でお留守番ですね」

 

 ミカムラ博士の娘であるレインが留守を請け負っていた。

 レインはミサトの後輩にあたり、士官アカデミーの総合科学研究部出身だった。長い間、アメリカハーバード大学に留学しており、父親が発表した「DG細胞」の研究を引き継いでいた。

 DG細胞はいまだにその存在が疑われているのだが、DG細胞の証拠となる試料が研究所から盗み出されるなど、大きな組織がDG細胞に注目しているのは間違いなかった。

 

「様子は?」

「まだこのあたりは平和です。外出の制限もかかってませんね。国際線はすべてストップしたみたいですけど」

「そう、あんまり戦火が大きくならなければいいんだけどね」

「そうですね」

「ところで1つ聞きたいんだけど、例の盗難事件のやつ」

 

 ミサトは本題を切り出した。例の盗難事件とは、DG細胞の試料が研究室から盗み出された事件のことである。

 

「捜査はどこまで進んでる?」

「まったく。警察もあんまり本腰を入れてくれなくて。でも仕方ないです、性能が立証されたものではないですから」

 

 DG細胞は、半永久的に再生を繰り返す画期的な細胞なのだが、それはまだ完全に立証されたものではない。

 多くの科学者にとって、「無限の細胞」というのは信じられないものだった。

 すべての細胞には「ヘイフリック限界」という細胞分裂の限界値が存在する。すべての細胞には寿命があることを示唆している。

 

 DG細胞はその限界がなく、細胞のテロメアが自律的に再生することで知られている。だが、それはいわば不老不死の細胞であり、あまりに非現実的だった。

 しかし、レインはその存在を確信していた。

 

「けれど、DG細胞はあります。必ず私が立証してみせたいと思います」

「私は科学のことは詳しくないけど、頑張って。うまくいったら、私をぴちぴちの18歳にしてちょうだい」

 

 ネオホンコンの侵攻が始まったと言っても、まだ談笑しているだけの余裕があった。

 

 今回の侵攻について、ギガノス帝国は今夜声明を発表すると伝えている。

 ネルフ諜報部はいち早く、いくつかの情報を掴んでいた。

 

 ネオホンコンとギガノス帝国は数百年に渡り、領土問題を抱えている。

 ギガノス帝国は2つの大国が結集して生まれたのだが、ネオホンコンはその大国2つに揺さぶられてきた。

 

 ギガノス帝国が誕生した際に、ネオホンコンもまたギガノス帝国の領土に入ったも同然だったが、しぶとく独立を主張し続けていた。

 今回、ギガノス帝国がネオホンコンを自国領として主張したいがため、軍事行動を起こしたと見られている。

 

 ネルフ本部はもう1つ重要な事実を突き止めていた。

 

「葛城一佐、どうもティターンズがギガノス帝国を支持して、軍事的な支援に乗り出しているようですね」

「それ公式情報?」

「いえ、火星諜報部の調べですが。ジオン軍と通じている者からのリークということです」

「あてになるようなならないような話ね」

 

 ティターンズの動きを注視していた諜報部は、その情報をいち早く掴むことに成功した。

 ミサトはその情報をどう扱うべきか悩んだ。

 おそらく、ティターンズが協力しているという事実は一部を除いて、どこも把握していない。

 

 ティターンズがギガノス帝国を支援するとすれば、宇宙に大部分の拠点を持つティターンズによるコロニー侵攻が始まるおそれがある。

 直接、日本に影響は出ないが、ティターンズ勢力に近い位置にコロニーを持つ欧州には大きな影響が出るだろう。

 

 ミサトは一応それを大切な人のために伝えようと思って、ネルフ専用の通信機を手に取ったが、少し考えるように通信機をもとに戻した。

 一度、頭を抱えた。

 

「何考えてるんだか……」

 

 ミサトは独り言のようにつぶやくと、もう一度通信機を手に取った。

 

 ミサトはドイツ軍の秘密事務所の1つにネルフ回線で電話を入れた。

 この回線は複数のジャミングシステムにより守られ、外部から盗聴されないようになっている。

 

「はい、こちら、東ドイツ空軍基地の回線07-88です。ネルフ回線04-87を認識しました」

「マルドゥック機関A番17、加治良治につないでください」

 

 ミサトはそう伝えると、大きく息を吐いた。

 回線がつながって5分ほどすると、ようやく目的の人物が通信に出た。

 

「やあ、君か。突然どうした? 僕のことが恋しくなったのかい?」

「手元に日本刀があれば、全力で振り下ろしたい気分。わかってくれた?」

「機嫌が良さそうで安心したよ」

 

 電話の相手は落ち着いた様子で返してきた。

 

「バカやるために連絡したんじゃないのよ。ビジネスライク。オッケー?」

「ああ、わかってるさ」

「ギガノス帝国の侵攻。そっちもある程度情報が入ってるでしょ?」

「ああ、小耳にはな」

「ティターンズが軍事支援しているという事実は知ってる?」

「それは初耳だな」

「軍も掴んでない?」

「掴んでたら、入って来てると思うぜ。少なくともこっちには来てないな。それ本当なのかい?」

 

 やはり、ティターンズの暗躍は欧州の機関も掴んでいないようだった。

 

「信ぴょう性は半々。でも一応伝えておこうと思ってね。あんた、いまコロニーにいるんでしょ? p25かp28か」

「いんや、地上でバカンス中だよ」

「はあ? どういうこと?」

「まあ、いくつか事情があってな」

 

 加治はその事情を詳しく話さなかった。

 

「ろくでもない女を追いかけて謹慎ってとこ?」

「まさか」

 

 遠からず当たっていたが、加治は冷静にかわした。

 

「まいいわ。ティターンズが動いてる可能性があるから、伝えておくわ。どうせ関係ないだろうけど」

「いや、ありがたい情報だよ。アスカにアラドに、若い連中ばかりの部隊だからな。こっちから伝えておく」

「しっかり頼むわよ。あの子たち、私の教え子でもあるんだから」

 

 ミサトはそう言うと、回線を切ろうとしたが、とっさに加治が呼び止めて来た。

 

「あ、そうだ、葛城。ちょっと頼めるか?」

「なに?」

「いま諜報部にいるんだろ? 実は調べてほしいことがあるんだ。おれの権限じゃ限界があるから」

「何よ?」

「衛星ラフレシアを調べてほしいんだ」

「ラフレシアってジオン軍のサーバーじゃないの。なんで?」

「いや、ちょっとパスワードを拾ったんでな。もしかしたら罠かもしれないんだが」

「……一応聞くわ」

 

 加治はラフレシアのファイアーウォールを突破するためのパスワードをミサトに伝えた。

 

「一応聞くわ。そのパスワード、どこで拾ったの?」

「風の噂さ。風は良からぬものを運んでくるものさ」

 

 加治はそう言うと、通信を切った。



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14、戦いの儀

 PM7時ちょうどに、ギガノス帝国は全世界に向けて、ネオホンコンならびに、ネオホンコンとの連携を強めていた欧州諸国およびアジア諸国、合計14の国や地域に宣戦布告を宣言した。

 以下はギガノス帝国の皇帝による声明文である。

 

「一年戦争が終わり、戦争の渦は世界中から消えつつある。しかし、それはこの戦争を悪魔的な思想によって戦い、正義の殺戮を掲げた者たちによるプロパガンダに過ぎない。現在もなお、悪魔の殺戮の手にかかり苦しむ者がいる。彼らは故郷を失い、家族を失い、自尊心もまた捨てなければならなくなった。悪魔的な思想に駆り立てられた為政者には彼らの声は聞こえない。当然のごとく、彼らこそが世界平和を乱す悪魔であると語る。しかし、我々には彼らの魂の嘆きが聞こえた。我々は彼らが失ってしまったものを取り戻し、彼らが人生道の先に一筋の光を見出す使命を受け取った。悪魔的に奪われたものを取り戻す真の正義の名のもとに立ち上がった。現在、EUは身勝手な都合で結束し、その鎖が解かれた今もなお、身勝手な都合で国および地域を差別し、経済圏ならびに軍事同盟を促進しようとしている。その都合は先に述べた悪魔的思想であり、彼らの目的は我々にその思想を植え付け、経済的に、そして人種的に支配し、己たちにとってのみ理想とする世界を形成すること。そのために、多くの人命、秩序が失われようとしている。我々はこの悪魔の蹂躙を黙視するわけにはいかない。今日、我々は奪われた魂、それは当たり前の日常を夢として語る罪なき者たちのこと、それを取り戻すために戦うと宣言した」

 

 ギガノス帝国の宣戦布告はマスコミによって大々的に世界に送り届けられた。

 これを受けて、名指しを受けた国や地域はすぐさま、さまざまな声明文を繰り出した。

 

「ギガノス帝国は侵略を正当化するために、虚実だけで作り上げた妄想を利用している」

「ギガノス帝国にとって、欧州発のアジア経済圏は面白くないだろう。これ以上にわかりやすい卑しい戦争理由はない」

 

 しかし、EU崩壊で求心力を失った欧州諸国にとって、ギガノス帝国の軍事侵攻は大きな脅威であった。

 ギガノスがネオホンコンを攻めるのは時間の問題と言われていた。一年戦争の末期に、ギガノスが「停戦合意の条件は、ネオホンコンの主権を国際的に認めること」と条件を提示しており、最終的にアメリカとの妥協案「ネオホンコンがEU軍事同盟へ加入できない条約を締結する」という結果を受けて、最終的に一年戦争の停戦合意が受け入れられた。

 この妥協案は、戦争によってギガノス帝国が抱えていた「宇宙産業の大赤字」という問題を火消しするために呑まれたが、戦争が終結し、資源価格が下落してくると、ギガノス帝国は再び、ネオホンコンを手中に収めたくなったようである。

 

 今回の宣戦布告の規模をアメリカは次のように予測した。

 

「ネオホンコンの独立を死守したいアジア諸国や欧州諸国が抵抗するだろう。一年戦争以上の大きな戦争になる可能性がある。我々はネオホンコンが独立地域であることが維持されることを願う」

 

 アメリカはネオホンコンの独立を支持していたが、介入に消極的なようだった。

 ネオホンコンがギガノス帝国に併合された場合、最も大きな影響を受けるのはアジア諸国と欧州諸国である。アメリカにとってはどちらに転んでも大きな打撃があるわけではなかった。

 

 日本の反応はアメリカに追従している。

 岸田総理は「力による現状変更は受け入れられない」とする一方で、「日本の立場として、双方に対しても軍事的な介入を行うことはない」とした。

 加えて、防衛省の筆頭組織であるネルフも声明を出した。

 

 ゲンドウが珍しく記者団を前にして機械的な文言を伝えた。

 

「我々はネオホンコンの独立が維持されることが望ましいという立場である。同時に軍事同盟を締結していないネオホンコンに対する軍事介入はありえない。ネルフはネオホンコン諸地域の邦人の保護に努めるだけである」

 

 ゲンドウはあらかじめ用意されたであろう文言を伝えた。

 マスコミから色々な質問が上がった。

 

「ネオホンコンの戦火が拡大して、邦人が戦火に巻き込まれた場合、使徒殲滅のために配置されているエヴァンゲリオンを邦人救出の名目のために紛争地域に送り込むことはありうるか?」

「あらゆる選択肢はテーブルの上にある。状況を踏まえて適宜判断することになる」

 

 ゲンドウは断定的なことは言わなかった。

 

「使徒がギガノス帝国から送り込まれたという情報も流れています。今回の事件との関連性について伺いたいと思います」

「使徒がギガノス帝国由来であるという認識はない」

 

 質疑は淡々と進み、特に波風立つこともなく終了した。

 

 ◇◇◇

 

 ギガノス帝国によるネオホンコン侵攻は日本よりも欧州諸国のほうが影響が大きかった。

 日本はアメリカ経済圏であり、宇宙航路もアメリカの息がかかっている。

 ところが、欧州地域はネオホンコンと多くの経済圏、宇宙航路を共有しているから、ギガノス帝国がネオホンコンの主権を獲得すると大きな影響が出る。

 

 EU諸国の筆頭であるイギリスとドイツは特にこの侵攻に影響される。

 ドイツトップのメルカリは以下の声明を出した。

 

「今回の宣戦布告は国際法で解決された数々の問題を力で変更しようとするものであり、国際平和の理念を大きく捻じ曲げることであり、受け入れられない。我々はネオホンコンの独立を明確なものとするために、身勝手な宣戦布告に対して抵抗することになる」

 

 事実上の軍事的対抗姿勢を示す形になった。

 

 ドイツ空軍もすぐにこの軍事侵攻に対して、緊急会議を起こした。

 ギガノス帝国がネオホンコンを攻撃することはある程度想定されていた。今回、主力部隊をコロニーに上げたのも、この問題を念頭に置いていたということでもある。

 

 今回の戦争は、宇宙、地上の両面で展開されると予想されている。

 ネオホンコンの実体は、地上よりもむしろ宇宙にあると言われているため、ギガノス帝国も主戦場を宇宙と理解していた。

 

 一年戦争末期から、ギガノス帝国は宇宙戦を想定してドラグナー開発を進めていた。

 ギガノスの強力な部隊も一年戦争末期から宇宙に上がっていた。

 

 コロニーを巡る激しい交戦が予想された。

 

 アスカはこの宣戦布告を輸送機の護衛任務の途中で聞いていた。

 ギガノス帝国の皇帝が声明を終えると、アスカは言った。

 

「なーに言ってんの、このハゲは」

 

 アスカはそう言うと、脱力した。

 

「でも、私に宣戦布告するなんていい度胸じゃないの。せいぜいたっぷり生命保険を積んで待ってなさいよ」

 

 アスカは戦争と聞いて怖がるどころか、気力を高めた。

 アスカに思想はない。

 もともと、そんなことを気にして生きる環境になかった。

 

 ただ生きるためだけに実力を高めてきた。

 優秀でなければ生き残ることが許されなかったのだ。

 その実力がどう使われるべきかなどというものは辞書に載っていなかった。

 ベクトルの方向性などどうでもいい。その力が突出していて、それを認める者がいれば、アスカはミケーネだろうがギガノスだろうがどこへでも行くつもりだった。

 

 アラドがアスカに通信を入れた。

 

「アスカ、聞いたか、さっきの声明文」

「聞いたわよ。燃える展開になったわね」

「何が燃えるだよ。あの皇帝はほんとに戦争が好きだな。困ったもんだぜ」

「あんたバカ? 戦争が嫌いで軍人がやれるわけないでしょ」

「はあ……相変わらず戦争好きだな、お前も」

 

 アラドはそう言ったが、自分も否定できなかった。

 戦争は好きだった。戦争で名を上げて、名将になりたいと思っていた。引退後は立派な家を建て、コロニーの経営者になって、大好きな人と暮らしたいと夢を見ていた。

 

 あの戦争の惨劇に出会うまでは。

 

 アラドはあの惨劇の前まで、ある思い人にさんざん語っていた。

 

「あと20機撃墜すれば、おれの年収は4万ユーロ上がる。年金も250ユーロ上がる。まずはそれが目標だ」

 

 アラドがそう言うと、思い人はいつも同じような返しをした。

 

「はいはい、せいぜい犬死しないように頑張りなさい」

 

 それは遠まわしに、アラドにそんな実力がないと言っていた。アラドはその遠まわしの意味を理解していた。

 だが、それはあまりに深読みしすぎた意見だったのかもしれない。

 

 思い人は純粋に「出世なんていいから、自分の命を大事にしろ」と言っていたのかもしれない。

 アラドはその純粋な思いを知らないまま、出世を目指した。

 

 アラドは出世できなかったが、思い人が言ったとおり犬死せずに生き残った。

 思い人は24機を撃墜して出世したが、その勲章だけを残していなくなってしまった。

 

 アラドはそのとき、自分の夢を捨てた。

 

「ちょっと聞いてんの?」

「え?」

 

 アラドは我に返った。

 

「何の話だったっけ?」

「あんた、そんなんじゃいくつ命があっても足りないわよ。今度こそ仲間の仇を取れるんだから、気合入れろつってんのよ。わかった?」

「あ、ああ」

 

 アラドは答えたが、アスカのように復讐心に駆り立てられることはなかった。

 ただ生きて帰りたいと思った。

 

 ならば、軍隊などやめるべきなのかもしれない。

 だが、ここにいなければ可能性を追いかけられない。

 

 思い人が生きているという可能性……。

 



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15、コロニー侵攻

 ギガノス帝国の宣戦布告声明の翌日、ジオン公国から分離して生まれた軍事組織「ティターンズ」も公式にギガノス帝国の大義を支持し、全面支援を行うと声明を発表した。

 

 ティターンズの詳細はまだよくわかっていない。

 一年戦争末期から、ジオンの分断が進んでいたことはわかっていたが、ティターンズの誕生は軍の内部分裂が思った以上に深刻であることを浮き彫りにした。

 

 ティターンズ誕生に際して、ジオン公国の創始者ギレン・ザビは「連邦軍の侵略行為による結果に他ならない」と責任を国連を構成する主要7大国(アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、フランス、韓国、ブラジル)に擦り付けた。

 ティターンズの独立に、ザビ家が関与していたかは不明である。

 もともと、ザビ家は資本主義のいいところどりで隆盛した。モビルスーツのビジネスが頭打ちであることをいち早く予感して、ネルガル工業の筆頭株主になったり、火星の鉄鋼王を次々と暗殺して、その地位を固めて来た。

 

 今回のティターンズの行動は、論理的に言えばザビ家には損害となっている。ギガノス帝国の宣戦布告以降、株価は下落ムードであり、国連主要国の経済制裁を歓迎しないはずだ。

 そのあたりの事情からか、ギレン・ザビは小さなメディアを用いて、声明を発表していた。

 

「ジオン公国は平和を重んじ、国際秩序に背くことはない。今回のティターンズの声明は、我々の大義に大きく反している」

 

 ポーズか本当かはわからなかったが、ジオン側はティターンズと友好ではないということを強調した。

 

 ティターンズはジオン軍の分裂であり、アメリカの調査では、「シャア・アズナブルの求心力低下に合わせた、国際社会からの支援を引き出すためのジオン公国の調整結果だ」としている。つまり、ジオン公国はティターンズと少なからず通じているということである。

 ティターンズはシャアの失脚に乗じて、シロッコが率いる部隊と考えられている。

 

 ティターンズは火星を中心に強力な軍事力を展開している。ザビ家の息がかかっているのか、木星連合の兵器も多数所有していることもわかっている。

 ティターンズは開発に力を入れたハンムラビにディストーションシステムを取り入れる研究に着手していた。

 

 ティターンズがギガノス帝国を支援したことで、おそらくはネオホンコンのコロニーが狙われるだろうと、国連は推測した。

 しかし、どの国も支援に消極的だった。

 

 アメリカ大統領バルデンはさっそく声明を出していた。

 

「我々は今回のギガノス帝国の侵攻に対して、軍隊を派遣することはない」

 

 日本の総理大臣岸田もアメリカに追従した。

 

「国連安保理決議の重大な違反であり、大変遺憾である。国連の主要国と十分に話し合い、必要な制裁を講じる」

 

 要約すると、軍隊は出さないということだった。

 イギリス、韓国、ブラジルも後ろ向きだったため、残ったのはドイツとフランスだけとなった。

 特にドイツはEUのリーダーというメンツがある。ネオホンコンとは歴史的につながりが深く、関与は避けられなかった。

 

 ドイツのメルカリ大統領は声明を発表した。

 

「ネオホンコンが主権を持つコロニーへの軍事攻撃に対しては、明確な軍事的措置を取る」

 

 フランスは明言を避けたが、日米チームのような軍隊の派遣については否定しなかった。

 

 日米が消極的なので、国連の連邦軍はこの侵攻に関与できなくなった。

 ネオホンコンを守るために支援に乗り出す国は限定的だった。

 

 とはいえ、ネオホンコンの軍事力は低くない。

 ネオホンコンはガンダムファイトの文化があり、それに裏打ちされたモビルスーツの開発、パイロットの育成ともに精度が高い。

 かなり激しい軍事衝突が起こるかもしれないと、メディアは危惧していた。

 

 ◇◇◇

 

 ネオホンコンの緊張感が高まる中、ティターンズとギガノス軍は同盟を結び、ギガノス特務部隊を構成し、ついにネオホンコンが主権を持つコロニーへの侵攻作戦を開始した。

 ドラグナー約40機で構成される部隊がネオホンコンの宇宙領土に侵攻した。

 

 コロニー侵攻のセオリーは以下の流れになっている。

 

1、モビルスーツなど足の速い部隊を用いて、コロニーの防御システムを破壊する。このシステムを破壊しなければ、戦艦を十分に近づけることができず、コロニーの制圧に必要な兵站が滞ってしまう。

2、コロニー周辺を占拠したら、コロニーに突入し、住民を捕獲し、内部システムを占拠する。

3、コロニーの防衛に備えて、軍事システムを再構築する。

4、周辺の宇宙航路の制圧および、監視。

 

 1つのコロニーを奪うのも簡単ではない。

 だが、コロニーは宇宙航路を形成し、火星と地球をつなぐゆえで必要不可欠であり、強奪する価値の高いものでもある。

 その瞬間は出費がかさんでも、10年もコロニーを運営すれば、その資金は回収できるとされている。

 

 ドラグナー部隊はネオホンコンの手薄なコロニーを侵攻。

 宇宙戦力に乏しいネオホンコン軍は十分に反撃することができず、約四日で「敵軍の攻撃で弾薬庫コロニーAS17は占拠された」と結果が報告された。

 

 これを受けて、ドイツ国内は騒がしくなった。

 すでに、コロニーの主権を侵攻した場合には軍事的に応答とすると声明を出していたから、ドイツ軍はコロニー奪還のために軍を派遣するしかない。

 だが、国内世論は軍事支援に否定的だった。

 

 大統領の支持率は大幅に低下した。

 国民はようやく一年戦争の悪夢から解放されたばかりであり、国民生活に支障が出ることに過敏だったようである。

 しかし、大統領は世論に背いてでも、軍事支援を決定。

 ドイツ軍はコロニーAS17の奪還のための作戦を展開することになった。

 

 ◇◇◇

 

 この侵攻で、アスカが所属する04小隊の輸送機護衛任務は中断となり、次の命令まで、p35にとどまるようにと指令が出た。

 少しゆっくりできると喜ぶパイロットが多い中、アスカはイライラしていた。

 

 アスカは諜報部が発表した今回のコロニー侵攻レポートに目を通しながら、険しい顔をした。

 

「たった四日で制圧? 情けない。何やってんの、ネオホンコンの軍は」

 

 アスカはレポートをクシャクシャにまとめた。

 立ち上がるのと同時に部屋がノックされた。

 同じ部隊の小隊長であるマリが命令を伝えに部屋を訪れたところだった。

 

 アスカはマリと面会すると、当然のように尋ねた。

 

「ちょうどいいところに来たわね。当然、うちの部隊はコロニー奪還作戦に参加させてもらえるの?」

「待機だってさ」

 

 マリはアスカのようにピリピリしていなかった。

 

「待機? それが上の決断?」

「そりゃそうでしょ、エヴァを実戦に参加させたら、世界大戦になるかもしれないんだから、上も慎重になるわよ」

 

 アスカは自分が奪還作戦に参加できないことに強い怒りをあらわにした。

 多くの兵士が戦争を避けたがる中で、アスカは違っていた。アスカにとって、戦いは生きることそのものだった。

 

「じゃあ、エヴァ降りるわ。百式に鞍替えすれば参加させてもらえるんなら、それでいいわ」

「あきれた。ほんとに好戦的なバカ。あんた、自分の歳がいくつか知ってんの?」

「15歳」

 

 アスカはマリの質問にありのまま答えた。

 

「未成年が戦争なんかやるもんじゃないわよ。一年戦争は例外。わかってるでしょ、EUが消えるかどうかの戦争とよその国のコロニーが奪われたじゃ、まったく意味が違うのよ」

「何が違うってのよ。ネオホンコンは一応同盟国でしょ。自分の国が侵略されたら、一年戦争も犬の喧嘩も関係ないのよ」

「体裁では同盟国じゃないし、何言ったって命令は変わらないわよ」

「馬鹿げた命令」

「そんなに戦いたいなら、自分で軍隊作って独立しなさいな、ティターンズみたいに」

「……」

 

 アスカは黙り込んだ。しかし、怒りの感情は治まっていなかった。

 

「いいこと、おとなしくしてるのよ。私の部隊にいる間はくれぐれも勝手なことをしないこと」

「ふん」

 

 アスカは上官にも平気で逆らう非軍人的軍人だった。

 

 ◇◇◇

 

 アスカはしばらく部屋でぼんやりとしていた。

 行き所のない怒りはやがて心の底に消沈していった。

 

 アスカの部屋からは宇宙の様子が見える。

 ずっと先までコバルトの宇宙が広がっている。

 

 ソロモン戦争では、ここからでも見えるほど、赤い炎が上がったものだった。

 アスカは今でも悔しい気持ちを持っていた。

 

 自分があの場にいれば、核攻撃をしたデンドロビウムを討つことができていた。

 核攻撃を阻止し、オウカもゼオラもプルもラトゥーニも無事帰還していた。

 自分が待機を命じられて、命令のままに待機したから、大切な仲間がすべて失われてしまった。

 

 アスカの戦いの本質は、幼いころからの競争から始まったが、その闘争心を究極のものとしたのは、ソロモン戦争の悪夢に他ならなかった。

 アスカの許せないリストに加えられた「アナベル・ガトー」を討つまでは死ねないと考えていた。

 ガトーはソロモン戦争の核抑止力部隊の隊長として参加していた。そのガトーがいなければ、仲間は奪われなかった。

 

 だから、アスカは誰よりも強くなり、ニュータイプさえも超えて、いずれ仲間の仇を討つと心に誓っていた。

 

 アスカはタブレットを操作して、気まぐれにネオホンコンの戦況をまとめた情報に目を通していた。

 外国語を使いこなせるアスカは中国語の情報もすべて読解できた。

 

「あっ」

 

 アスカはある一文に目を留めた。

 その一文には以下のようなことが記されていた。

 

 ネオホンコン軍は、共に戦ってくれる仲間を無差別に募集しています。

 軍関係者も民間人も、戦う勇気のある者の力を我々に貸してください。

 

 アスカはその記事を読んでしばらく経つと、ベッドから起き上がった。

 その目は真っ赤な闘志に燃えていた。



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16、真実の筋道

 アスカは嫌な夢を見て目を覚ました。

 宇宙に来て2週間が経過していたから、そろそろ脳が宇宙に順応してきた。

 宇宙に来てしばらくは夜勤シフトということもあり、短い仮眠を断続的に暮らす過酷な体制だった。

 勤務中はカフェインを多投していたから、余計に睡眠に無縁だった。

 

 ギガノス帝国のネオホンコン侵攻を受けて、部隊が待機を命じられると、休む時間も長くなった。

 結果、夢を意識する機会も増えた。

 

「嫌な夢……」

 

 アスカは頭を押さえた。顔を上げると、コバルトの宇宙が見えた。

 ちょうど、その宇宙を放浪する夢だった。もがいても前に進めず、時間が経つに連れ、もといた場所に戻れなくなるような恐怖心を覚える夢だった。

 

 そして、夢の終末は最悪だった。

 はるか遠くの宇宙へ流されたアスカは誰かに巡り合う。

 かつての旧友、ゼオラだった。

 

 アスカはホッとした。ずっと長い間孤独の中にある夢だったから、自分の知った仲間がいることは最大の安心だった。

 アスカはゼオラに手を伸ばした。

 

 ゼオラは微笑んだ。

 が、しかし……。

 

 ゼオラは銃を構えて、アスカに発砲した。

 アスカは胸に銃弾を受けた。体全体が締め付けられるような感覚、痛いのかそうでないかもわからない。

 体が1点に吸い込まれ消滅していくような感覚。

 

 最後にもう一度見上げる。

 目の前にゼオラはいなかった。そして、視界は暗転した。ここが死の世界なのかと思った。

 

 そして、アスカは目を覚ました。

 かつての友人に撃たれる夢。これ以上の悪夢はなかった。

 

 悪夢の影響か、アスカは眠るのが怖くなった。

 しかし、暗闇にたたずんでいると、気分が苦しくなったので、アスカは部屋の備え付きのパソコンを立ち上げた。

 

 アスカは今回の戦争の動向を注視するため、いくつかの情報サイトをお気に入りに入れていた。

 上から片っ端にチェックした。

 

 戦争はアスカが寝ている間にも進み、ギガノス帝国の攻撃で新たにネオホンコンのコロニーが陥落したそうであった。

 犠牲者は推定で、ネオホンコン側1775人、ギガノス帝国側1120人。

 

 ネオホンコンの抵抗も十分に機能しているようであった。

 地上戦では、シャイニングガンダム、ドラゴンガンダムの活躍もあり、南部「小低」への侵攻を進めていたギガノス軍が撤退したという。

 

 アスカは一通り情報を確認した後、衛星動画を公開している個人サイトを見つけた。

 戦争の様子を映した動画はだいたい報道規制がかかるものだが、違法な個人サイトはどこかからハッキングしてきて自サイトで公開していた。

 

 その動画は約4時間映されていた。ドラグナーの機動部隊がコロニーの対空システムを破壊する作戦の様子をあらゆる角度からとらえていた。

 

 アスカは頭からその動画を見た。

 ドラグナーで侵攻するギガノス軍には、支援に乗り出しているティターンズの機体もいくつか見られた。

 ティターンズは木星連合の支援を受けているのか、かなり改造が加えられたアプサラスを戦線に展開していた。

 

 アプサラスのメガ粒子砲が3機を一挙に巻き込むシーンが映っていた。

 

「あら、お見事」

 

 アスカは姿勢を変えて、画面に見入った。

 敵ながら、かなりの砲撃能力だった。ちょうど、敵が一列に並ぶであろうタイミングでメガ粒子砲が放たれていた。

 しかも、ただ一直線に並ぶだけでは巻き込めない。距離的に、メガ粒子砲の到達時刻は11秒先になる。

 11秒あれば、機体は安全圏に逃れられる。

 

 このアプサラスは相手の機体が岩礁に入り、身動きが取れなくなった場所に整列した瞬間を虎視眈々と狙い、一掃していた。

 

「……」

 

 アスカは何かに気づいて動画を撒き戻した。

 もう一度アプサラスのメガ粒子砲を確認した。

 

 さらにもう一度。

 もう一度。

 アスカは繰り返し、アプサラスを見つめた。

 

 アプサラスの砲台角度の調整の仕方、そして砲撃のタイミング。

 それらの癖が何かに引っかかった。

 アスカはさらにもう一度アプサラスの砲撃を見て、思わずつぶやいた。

 

「ゼオラ……?」

 

 まさかと思った。そんなことがあるわけないと。

 むろん、確信したわけではない。ただ癖が似ているというだけだ。

 アスカは動画を一時停止して、過去の記憶を探った。

 

 ゼオラとは何度もシミュレーションで立ち合っている。

 長距離の砲戦では何度も激戦を繰り広げて来た。

 

 ゼオラの狙った敵を撃ち貫く能力の高さをアスカはよく知っていた。

 見越し撃ち、乱れ撃ち、追い撃ち。

 ゼオラは何をさせても徹底しており、いずれ敵を追い詰めて仕留める。その射撃の嗅覚は軍の中でも突出したものだった。

 

 目の前のアプサラスはゼオラの癖である徹底した容赦ない砲撃を展開した。

 後に、アプサラスは相手機体を多く撃ち落し、結果的に、コロニーの防衛線はがら空きになった。

 

 そこへドラグナー部隊が攻め込んでいった。

 

「……」

 

 一度ゼオラではないかと目星をつけると、そうとしか思えなくなった。

 そして、ゼオラだと思うと、他の機体にも自然と意識がいった。

 

 とてつもないドラグナーが一機意識された。

 レザーソードの扱いがあまりに巧みだった。接近戦になると、すべてのモビルスーツを蹴散らして行く。

 紙一重で敵の攻撃を回避し、バルカン砲はシールドで防ぎ、強引に間合いを詰める。

 攻撃的だが、突出した反射神経で敵をかわすその神がかり的な腕の持ち主は一人しかいない。

 

「プルにしか見えない。それ以外にいないでしょ、こんな雑な突撃を成立させるやつ」

 

 プル以外……一応、アラドもまぐれで成立させることもあるが、アラドはいま部屋で眠っている。

 アスカは結局、二度寝することなく、そのまま動画を見て朝を迎えた。

 

 電話が入ったので、アスカは動画を見ながら応答した。電話はマリからだった。

 

「9時25分に会議室に集合」

「はいはい」

 

 アスカは適当に答えた。意識は動画に吸い寄せられていた。

 

「何度見てもこのアプサラスはゼオラ、このドラグナーはプル。確定だわ」

 

 アスカは自分の勘だけを頼りにそう断言した。

 この衛星動画の内容だけでは確信できないが、アスカはすでに確信していた。自分の勘に誤りはないと思っていた。

 

「でもなんで……? 捕虜として拘束されたってこと?」

 

 アスカはまだ確定したわけではないが、ゼオラやプルがティターンズの部隊に参加していることを前提に話を進めた。

 一年戦争後、国連はジオン軍にすべての捕虜情報を公開させていた。ジオン軍もそれに応じていたが、そのリストにゼオラとプルの名前はなかった。

 もちろん、あの戦争の途中ですべての捕虜を把握していたかはわからない。

 一部、報告されていない者もあるかもしれない。

 

 いずれにしても、生存しているという事実が、アスカの意識を強く覚醒させた。

 

「決まりだわ」

 

 アスカはパソコンを閉じると息を吐いた。

 

「連れ戻す」

 

 アスカは自分の真の任務を見つけ出した。

 

 ◇◇◇

 

 会議があったが、形式的なものだった。

 ギガノス軍が意外と苦戦しているなどなどと説明を聞いただけで、アスカの所属する04小隊は依然として待機が命じられた。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 

 アスカはゼオラやプルを連れ戻すことだけを考えていた。

 

 しかし、問題はどうやって助け出せばいいかということだった。

 この動画を見せて、上層部が理解するとは思えないし、ゼオラもプルもあくまで末端の兵士。軍の上層部が救出のための作戦を組むとは思えない。

 

 アスカは一応、上層部に動画を見せて説明したが、結果は同じだった。

 

「考えすぎだ、アスカ。そんなわけないよ」

「ですが、先ほど説明した通り、ゼオラの砲撃の癖とここまで一致するのは偶然では起こりえないと思います」

「あーわかった。一応、上にはそう伝えておくから、とりあえず夕方までは部屋で待機しといてくれ」

「……」

 

 取りつく島はなかった。他の方法を探すしかない。

 アスカが落胆して部屋を出てくると、ちょうどアラドが外で待っていた。

 アラドは会議の時から、アスカの様子がおかしいことに気が付いていて、心配になって様子を見に来ていた。

 

「何を言ってたんだ?」

「ちょっとね」

 

 アスカは歩き出した。アラドはその隣について歩き出した。

 

「朝から元気ないよな。どっか具合が悪いのか?」

 

 アラドはアスカにとって一番近い存在。しかし、一番役に立たない存在でもある。

 ろくに戦えない、補給任務もこなせない。

 

 しかし、おそらくはアスカと同じ志を持つ仲間。

 アスカはこの発見をアラドに話そうか悩んだ。

 

 アラドに話せば、おそらくアラドは理解してくれるだろう。

 だが、アラドのようなバカがゼオラの生存を知ったら何をするかわからない。勝手に突撃して返り討ち。その未来しか見えなかった。

 

 色々悩んだ結果、アスカはアラドに言った。

 

「ちょっと来て、私の部屋に」

「部屋って……でも、それは……」

「バーカ、なに変な想像してんのよ」

 

 アスカはアラドの頭にゲンコツを落とした。

 



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17、義勇兵

 ギガノス帝国の侵攻が始まって3週間が経過した。

 ネオホンコンを巡る地上戦は膠着状態で、ギガノス帝国の苦戦がニュースで広く扱われるようになっていた。

 しかし、宇宙戦はギガノス帝国の優勢が報じられていた。

 

 もともと、ギガノス帝国の狙いはコロニーであり、ネオホンコンが火星のEU領からエネルギー資源を得ていることを不服とする立場からの侵攻と考えられている。

 コロニーを占領し、エネルギー供給をストップすることで、エネルギー資源の高騰を誘発したいという狙いだ。

 

 ティターンズと利益を共有できる立場であったため、ティターンズはすぐにギガノスを支援した。

 しかし、侵攻から3週間。資源価格は横ばいで、ギガノスの想定の値動きにはなっていないようだった。

 

 事実上の資源価格の決定権を持つ中東諸国がアメリカとの協定で、資源価格の固定を取り決めた影響が響いていたようである。

 ギガノス帝国も資源立国であるが、一国の影響力には限界があった。

 

 しかし局地的な影響は少なくない。

 コロニーを失ったネオホンコンの宇宙難民は10万人以上にのぼると推定されていた。

 

 同時に、ネオホンコンはギガノス帝国との戦争を戦うために、義勇兵を世界的に募集するようになった。

 特に占領されたコロニーを奪還する「ギョク作戦」を行うための兵士と兵器の供給を国際社会に訴えていた。

 

 ギョク作戦は現在占領が確認されている9つのコロニーの奪還という大規模なものである。

 モビルスーツ90機、兵士1300人を目標に募集が始まった。

 

 EUからは、イギリス、クロアチア、オーストリアなどが援軍の提供を決めたが、ドイツは態度を固めなかった。

 

 ドイツが援軍貸与に消極的だったため、スウェーデン、イタリア、フランスも消極的なほうへ流れ、現時点では十分な義勇兵は集まっていなかった。

 中立のスイスは開戦時から「いかなる支援も行わない」と態度を決めていた。

 

 ドイツ軍が消極的だったため、アスカらにもさらなる待機命令が出された。

 

 しかし、アスカは義勇兵に参加するための準備を進めていた。

 軍が認めないなら、個人的に参加すればいいと考えた。

 アスカはもともと集団になびかない性格であり、一度行動を決めると徹底的だった。

 

 軍の法律に反する行動なので、二度と部隊には戻れない覚悟が必要だ。

 もっとも、アスカに逡巡はまったくなかった。

 部隊などくそくらえ。そんなことよりも、自分が正しいと思う戦いを続けること。それがアスカの人生観だった。

 

 軍のアイドルが目標ではない。

 アスカは自分が向かうべき戦場というものを理解していた。

 

 それでも、大きな不安を覚えずにはいられないことだった。

 一人でも参加するという強い意志はあったが、人間の本能ともいうべきものが、心を動揺させた。

 

 そんな中、アラドはアスカに協力するという決断をした。

 

「おれも一緒に行くよ」

 

 アラドはコロニーのデッキで一人たたずんでいたアスカのもとにやってきた。

 アスカは真顔でアラドと向かい合った。

 

「あんたバカでしょ」

「何だよ、バカって」

「二度とここには戻ってこれないってことよ。生きて帰れるかもわからないし。東アジアの機体なんてポンコツばかりだし。何のメリットもないわけよ?」

「なら、アスカも同類になるぜ。いいのかよ? お前はおれと違って将来有望なんだぜ。軍の長官まで一直線の出世コース。そこから犯罪者になろうってんだ。どっちが本当のバカだよ?」

 

 アラドとアスカでは将来性に歴然の差があった。

 アスカは確実に出世できる。エヴァ二号機のメインパイロットという最高の立場にいるのだ。

 それに対して、アラドは補給任務の常連だった。

 

「おれは別に軍に未練はねえし。惰性でとどまってただけだしな。もともと、おれは身寄りなんてねえしな。どこに行ったって変わらないんだよ」

「……」

 

 アスカは何も言わずに少し視線を落とした。

 出世とか、軍の恩恵とか、そういったものを無視すれば、二人は同じ立場だった。

 

 身寄りのない放浪者だ。

 

 こういう混沌とした時代だから、放浪者は軍隊に行き着いたが、時代が時代なら、もっと別の場所にたどり着いていたかもしれない。

 ロボットのない光景。学校に通い、適当に生きる日常。

 多くの者にとっての当たり前、しかしアスカたちにとっては想像もできない世界。

 

 放浪者たちにとって、「居場所」という概念はなかった。今もまだ放浪の途中。

 しかし、おぼろげな目的地は見えていた。

 

 仲間がいる場所。

 そこにたどり着くためには、この恵まれたドイツ空軍04小隊という肩書きを捨てなければならなかった。

 

 しかし、放浪者に迷いはない。そんな肩書きは何の悩みの種にもならなかった。

 

 アラドはデッキ越しに宇宙空間を見つめた。

 このメビウスの宇宙を越えた先にしか目的地はないことを確信した。

 

「おれは知りたい、本当にゼオラがいるのか。可能性があるなら、それに賭けたいんだ」

 

 アラドはただそのためだけに軍にいたから、その目的がある場所が軍の外にあるならば、そこへ向かうことにためらいはなかった。

 

「はあ……バカップルね、あんたたちは」

 

 アスカはアラドの表情を見下すように見た。

 アラドの表情からは強い意志が感じられた。その瞳はゼオラしか見えていなかった。ただ一途に追い求めるバカの目だった。

 アラドの眼光はアスカにはないものだった。おそらくは「愛」という概念に満ちた目。

 

「でも一つだけ言っておくわ」

 

 アスカはアラドに負けない強い視線を向けた。

 

「私の前にゼオラが現れて、私に銃口を向けてきたら……その時は」

 

 アスカはしばらく間合いを置いた。その間、アラドは表情を変えなかった。その先のアスカの言葉がすでに聞こえていたようだった。

 

「容赦なく撃つ」

 

 アスカがそう言うと、アラドは目を閉じた。

 何かしらの思案のあと、アラドは目を開けてうなずいた。

 

「それが戦争だ」

 

 アスカもうなずいた。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

 アスカはきびすを返すと、戦いの舞台を目指した。

 

 ◇◇◇

 

 義勇兵に参加するためには、いくつかの関門を潜り抜けなければならない。

 厳密に統率されるドイツ軍では、兵士の行動には強い制限がかかっている。

 

 第一に、パスポート。

 兵士が保有するパスポートはすべて電子的に管理され、すべての位置情報を本部が掌握している。

 すべての渡航には、かなり厳しい渡航プランを提出しなければならない。

 

 アスカは次のルートをプランニングした。

 

 1、兵士パスポートで火星のアクルデン基地に渡り、観光滞在許可を所得する。

 2、アグルデン基地から、東部の空港より一般パスポートでベルリン火星区に入る。

 3、火星イギリス大使館の国際線でオールブリテン区に入る。

 4、イギリスのルートから義勇兵に参加する。

 

 イギリスは現在、民間軍事会社に義勇兵の斡旋を請け負わせている。

 航空兵部門と一般兵部門と医療従事者部門の3つに分かれている。

 医療従事者部門では、イギリス国籍を所得していない者でも簡単な身分証明だけで参加できるようになっていた。

 

 この部門を経由して、ネオホンコンに渡れば、あとは適当にどうにかなるだろうと考えた。

 

 アスカはこのプランを実行するために、まずは火星に渡るためのプランを司令部に提出した。

 

 プラン内容は以下。

 

 渡航エリア

 

 火星 BC47アグルデン区 アグルデン基地

 

 渡航目的

 

 ベルリン火星区の観光

 

 滞在日数

 

 3日

 

 それ以外にごちゃごちゃと記入しなければならないことは多いが、アスカは適当に書いて提出した。

 

 その翌日に、司令部ではなく、マリがアスカの部屋を訪問した。

 

「いきなり、火星を観光だなんて、あんた、何かたくらんでるでしょ」

 

 マリは特有の嗅覚でアスカのたくらみをかぎつけていた。

 アスカはごまかした。

 

「何をたくらむことがあるのよ。ベルリンで気球に乘るだけよ。心の洗濯よ」

「心の洗濯ねえ」

 

 マリはいぶかった。

 アスカは休養と言われると、逆に熱心に訓練に励むタイプであり、マリもよくわかっていたから、すぐに不自然さが際立った。

 

「あんた、いつもなら訓練に余念がないのに昨日今日と施設には来なかったわね」

「たまには休みたくなるときもあるわよ」

「あんた、司令部に何か色々言ってたみたいだけど、何を言っていたの?」

「別に」

「ともかく、許可はできないわね。私の権限で却下よ、このプランは」

 

 マリはアスカのたくらみをすべて突き止めたわけではないが、小隊長の権限でもみ消してきた。

 

 アスカは奥の手を使った。

 

「あー、わかったわよ。素直に本当のこと言ってあげるわ」

 

 アスカは少し取り直して姿勢を正した。

 

「デートよ、デート」

「はあ? デート?」

「だから、アラドとデートよ。マリは知らなかったでしょうけど、私たち付き合ってんのよ」

「……」

 

 マリは目を細めた。アスカの言葉は何よりも怪しさに包まれていた。

 

「アラドとあんたが? ないないない。どんなカップルよ、それ。この世に存在するわけないでしょ、そんなカップル」

 

 マリは確信を持って嘘だと断言していた。

 アスカは他にも色々弁明しようとしたが、矛盾が募るに募るばかりだった。



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18、集う戦士

 火星は数年の間に大きく発展した。

 火星のテラフォーミング計画が始まったのが今から37年前。本格的な火星都市計画はセカンドインパクトと同じ年の15年前であるから、わずか人類の進撃はあまりに早かった。

 

 アグルデン区はEUが開発を進めていたエリアであるが、EU崩壊後はドイツの統治下に入った。

 一年戦争の間も発展が進んでおり、今となっては地球の大都市と変わらないほど賑やかな都市になっていた。

 

 ところどころ、オーストリアの国旗が上がっているのはかつてのEU時代を彷彿とさせる。

 ドイツはEU維持を願う者が多かったため、今でもこの都市はEUとしての街並みを残している。

 

 アグルデン区はエネルギー資源開発特区として始まっているため、化石燃料の油田が広がる地域周辺には数多くの石油抽出施設がある。

 このあたりの油の香りに魅せられて移住してくる者は少なくなかった。

 

 火星移住に必要な初期費用は約20万ユーロと言われている。

 かなりリーズナブルになったと言える。

 一年戦争勃発時には、早期退職し火星へ向かうサラリーマンが増え、マーズラッシュと呼ばれる現象が歴史に残った。

 ただ、火星の生活は不自由が多い。

 

 まだ介護施設などの生活インフラが不十分であるうえ、多くの物資を地球からの輸入に頼っているため、地球の生活に比べ、1割以上は割高のものを買うことになる。

 雇用のほとんどが油田の3K職である。給与の割に厳しい仕事であり、田舎暮らしの延長で火星に移住した者の多くが3年以内に地球に帰っている。

 

 こういう出戻りを皮肉って「火星の引力に騙された愚か者」と差別する風潮が興ったりもした。ヨーロッパではそれほどではなかったが、日本をはじめとするアジア地域では、その同調圧力に耐えられず、また火星に出戻る者も少なくなかったようである。

 軍事施設の一部を火星に移す計画も各国で怒っており、リスクヘッジの先端として、火星は利用されている。

 

 火星移住が最も早かったのがネルガル工業である。早くから地球を離れ、本社の中心を火星に移していた。

 結論から言うと、この決断は功を奏して、今ではネルガル工業が木星テラフォーミング計画の中心を担っている。

 

 ジオン公国も行動は早く、ギレンはネルガル工業の筆頭株主になるために財産のすべてを費やしたと言われている。

 すべてを費やして手に入れたネルガル工業の株価は当時の160倍。ジオン公国の経済規模は単純に160倍になったに等しかった。

 ジオニズムの隆盛はこの財力を無くしては成り立たなかっただろう。

 

 アスカはアラドと共にアグルデン区にやってきた。

 このあたりは馴染み深い。一年戦争時代はこのあたりが生活の中心だったから、こうしてやって来ると、故郷の雰囲気を感じた。

 

「そういや、ここのバイク屋、潰れたんだな」

 

 アラドは愛車をたびたび壊しては、ここで修理を依頼していたから、その店がつぶれたのを見て、寂しさを感じていた。

 

「何やってんの、早く来なさいよ」

「お、おう」

 

 アラドはアスカに突かれて、歩き出した。

 

 ◇◇◇

 

 二人の計画はここからベルリン特区へ行き、イギリスに渡る予定になっている。

 ここまではうまくいった。

 偽りの婚前旅行の体でやってきたが、案外うまくいくものであった。

 

 二人は航空兵としてではなく医療従事者として義勇兵に参加することになるので、渡航に対して厳密な身分証明を必要としない。

 あらかじめの予定通りイギリス領に入ることができた。

 

 イギリスは民間軍事会社がネオホンコン軍に参加する義勇兵を募っている。

 イギリス政府は1人当たりの義勇兵に4万ポンドの資金を出しており、このビジネスは金のなる木である。

 とにかく一人でも多くの兵士を囲い込みたい軍事会社は犬でも猫でも引き込もうと、多くの広告を打っていた。

 

「正義のための戦いに出よう」

「手厚いサポートで学生も歓迎」

「月給3000ポンドを保証」

 

 景気のいい用語が並んでいた。

 アスカとアラドはさっそく義勇兵の手続きをした。

 

 医療従事者の欄にチェックを入れると、簡単な健康診断が行われたのち、「次のチャーター機に乗ってください」と誘導された。

 

 チャーター機に乗り込むと、あとは待つだけである。

 

「案外簡単だな。こんな簡単にいくとは思わなかったぜ」

「私の完ぺきな計画のおかげよ」

 

 アスカは息をついてこれからの戦いに集中するために目を閉じた。早ければ今夜にも戦いに出ることになるかもしれない。

 

「あれ、ほんとにゼオラだったんだろうか」

 

 アラドは独り言のようにそう言った。

 

「あんたの目は節穴? まだ確信できないの?」

「いや、なんか信じたくないなと思って」

 

 アラドは視線を落とした。

 アスカに見せてもらったアプサラスの砲撃行動はゼオラの癖がそのまま出ていた。

 世界に、ゼオラと同じようなパイロットが二人といるとは思えないから、映像のパイロットをゼオラであると確信したが、その場合いくつかの疑問が出てくる。

 

 どのようにしてソロモン戦争を生き残ったのか?

 ギガノス軍の捕虜となり、そのまま今回の侵攻に参加したのか?

 

 ゼオラは自分のことを覚えてくれているのか?

 かつてのように会うことができるのか?

 

 アラドは嫌なことを想像した。

 これまでのゼオラではなくなっているような気がした。

 ゼオラの向けた銃口は容赦なく自分を撃ってくるような気がした。

 

 同時に変わっていてほしくないとも願った。

 自分の思いと同じであってほしいと。

 

 もう一度、ソロモン戦争の前と同じ関係でありたいと。

 

 アスカは思い悩んでいるアラドを横目で見て、小さく息を吐いた。

 

「あんた005の新作映画見た?」

「え? いや、見てねえ」

「じゃあ、ネタバレしてあげる」

「なんだよ、ネタバレしてあげるって。嫌がらせじゃねえんか。別にいいけどよ」

「主人公トム・クルーガーの最愛の恋人は実はDC軍の特殊工作員だったの。最後は撃ったわよ、最愛の恋人を」

「……」

「その後、くだらないどんでん返しがあったけど、あとは自分で確かめなさい」

「……」

 

 映画の話を本気で考えても仕方なかったが、アラドは最愛の人を撃つ瞬間の男の気持ちを想像した。

 

 どうやっても自然に想像できなかった。

 国家のために、個人の感情を捨てたのだろうか。

 

 その決断は、男に生まれた者ができるものではないような気がした。

 自分なら撃てないと思った。

 

 ◇◇◇

 

 ネオホンコン軍の義勇兵はそれなりに集まっていた。

 ギガノス帝国のドルチェノフ大統領は次のように声明を出していた。

 

「我々が正義と主張する軍事作戦を妨害する国際社会の団結は悪魔の鎖のようである。人間の良心を失った者たちの結束は、我々の正義の光をより輝かせるだけだ」

 

 ドルチェノフはさらに軍事圧力を強化するとも話した。

 

 そんなギガノス帝国の戦いもそれほど余裕があるわけではない。

 ギガノス帝国に参加しているティターンズはそれほど体力のある軍事集団ではない。バックボーンにジオン公国があるとはいえ、ジオンも積極的に支援はできないはずだ。

 

 実際に、ギガノス帝国の軍部は揺れている。

 ドイツの情報筋はある内部分裂の様子を突き止めていた。

 

「グン・ジェム部隊から幾人かの反乱組が出ているようだ。もしかしたら、国家分裂につながる恐れもある。その場合、ドルチェノフが暴走しかねない」

 

 ギガノスの主力部隊から反乱者が出ているということは、国内でもこの侵攻に反対する者が少なくないようであった。

 

 そんな不安定な戦況になっている今回のネオホンコン危機であるが、今日からアスカとアラドが加わることになった。

 

 アスカらは医療従事者として参加したが、ネオホンコン軍の基地に向かうと、自分たちの身分を明かした。

 

「アスカ・惣流・ラングレーだと? エヴァ弐号のパイロットがどうして?」

 

 義勇兵をまとめていた小隊長は目を大きくした。

 

「細かいことはお気になさらず。とりあえず、モビルスーツもドラグナーも一式扱えますので」

 

 ドイツ空軍の主力がこのような不正規軍に参加することは異例だったが、いまは一人でも多くのパイロットを必要としているネオホンコン軍はそのままアスカとアラドを兵力として投入することにした。

 

 ◇◇◇

 

 アスカらは義勇兵としてネオホンコン軍に参加した。

 アスカは前線で主力で戦う力を持っているが、アラドにはそれだけの力がない。

 

 そのため、アラドはアスカとは分かれて、補給機の任務を請け負うことになった。

 アラドは格納庫のコアブースターを見上げた。

 

「親の顔より見たコアブースターって感じか。おれには親はいねえけど」

 

 アラドは新天地にやってきても、コアブースターが主戦力だった。

 ドイツ軍に残っていれば、新兵器のヒュッケバインMKⅢを操縦できたわけだから、大幅なレベルダウンと言えた。

 

 しかし、後悔はない。ここにいなければ見つけ出すことのできないものがあるのだから。

 

「おーい、そこの人」

 

 アラドは後ろから呼ばれて振り返った。

 

「おーい、あんた、アラド・バランガさんだろ?」

「おんや、どっかで見たことあるような、誰だったか?」

 

 アラドは後ろからやってきた少年を見て、記憶をたどった。知っているが、思い出せなかった。

 

「ジュドー・アーシタだよ。ほら、エヴァ計画んとき、ゲシュのテストで一緒に戦ったろ」

「思い出した。ニュータイプだ」

 

 アラドはようやく思い出した。

 ジュドー・アーシタ。クロアチア在住の若手パイロットだった。

 地球にいたころ、エヴァンゲリオン弐号機のパイロットを決める際に、何度か顔を合わせていた。

 弐号機パイロットの座を勝ち取ったのはアスカだったが、次点につけていたのがジュドーだった。

 

 ジュドーは操縦訓練をはじめてわずか6か月で弐号機のパイロットを目指すテストに参加していた。

 これは異例のことであるが、さらに異例なことは、いずれの操縦でもハイスコアを出したことだった。

 操縦をはじめて半年で出せるスコアではないことから、ニュータイプとして注目されていた。

 

 そのジュドーが義勇兵に参加していたのは意外なことだった。



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19、偽りの正義心

 ネオホンコン軍部が募集した義勇兵はそれなりに集まっていたが、その多くが地上であり、宇宙戦力は十分に集まっていなかった。

 理由は主に3つある。

 

 1つ目は経済的問題である。

 宇宙での軍事作戦は地上作戦の4倍のコストがかかると言われている。どの国も宇宙にいざこざを作りたくなかった。

 特にエネルギー確保に数多くの輸送機を抱える大国は、宇宙での混沌を嫌っている。

 

 2つ目はギガノス帝国の軍事侵攻の真の目的が、連絡地点として都合のいいコロニーを獲得して地上との航路を安定させるためである。

 軍部にとっては大義のある戦いでも、ギガノスを治めるドルチェノフにとっては、金目である。

 ネオホンコンの一部コロニーを支配地にすることで、距離にして1万キロの節約となる。金額にすると年間300万ドル以上の経費削減につながる。

 その300万ドルはそのままドルチェノフの懐に入ると言われている。

 

 3つ目は宇宙への関わりを強めることはジオン公国に選択肢を与えることになるためである。

 ティターンズがギガノスを支援したように、戦争には常に偽りの正義心がついてくる。

 宇宙の混沌を理由に、ジオン公国が連邦政府にとって不都合な行動を起こすこともあり、国際社会はその紛れを嫌っていた。

 

 しかし一番の理由をあげるとすると、ネオホンコンのためにどこも犠牲を出したいと思っていないからである。

 小さな地域を守るために、正義の味方を演じられるほど、どの国も余裕がなかった。一年戦争で傷ついた経済と軍事共にゆとりを見出しきれなかった。

 

 それでも、こうして多くの人が義勇兵として集まって来た背景には、人々の平和への嘱望が感じられた。

 

 アラドとアスカが義勇兵として参加した理由はおそらくは珍しいものである。

 アラドとアスカに関しては、世界の平和うんぬんよりも、旧友を救い出すためにやってきた。

 

 アラドはネオホンコンの基地でジュドー・アーシタと出会った。

 歳が近かったため、すぐに気が合った。

 

「なんで義勇兵に参加してんの? あんた、ニュータイプなんだろ?」

「そんなの周りが勝手に言ってるだけだっての」

 

 ジュドーは周りからニュータイプと呼ばれていても、自分自身としてはその自覚を持っていなかった。

 

「おれは自分のことを軍人と思ってない。軍人なんていつでもやめたいぐらいさ」

「生活のために仕方なくって感じか?」

 

 アラドが尋ねた。この時代の若い兵士はだいたいその理由で軍人をやっていた。

 

「それもあるけど、故郷を救い出すって野望もある。火星はおれの故郷だからさ」

「第三次テラフォーマー組だったっけ?」

「ああ、一年戦争でみな離れ離れ。おれは妹がいたけど、いまは会うこともできない。クソジオンの支配地さ。ふざけやがって」

 

 ジュドーは静かに怒りを吐き出した。

 第三次テラフォーマーは火星への移住者を大規模に募ったプロジェクトに参加した者たちのことである。

 その影響でジュドーは火星にて生を受けた。

 

 しかし、火星を巡っては世界中が争い、第三次組は分断された。

 家族を失い、離れ離れになるしかなかった。

 

 アラドとは違い、別の意味で不遇にさらされた人々だった。

 一年戦争で、その分断はより深刻になり、ジュドーは故郷を失い、家族とも別れ離れになっていた。

 

 単刀直入に、故郷を救い出す方法は1つしかない。ジオン軍を壊滅させ、故郷を取り戻すこと。

 言うは易し。簡単なことではない。

 

 ジオン公国は火星勢力を重要視しており、アメリカも火星においてはジオン公国が主張する国境を受け入れていた。

 アメリカお墨付きで領土を支配しているので、ジュドー一人ではどうすることもできなかった。

 

「おれは一生故郷に戻れないかもしれねえけど、少なくともおれと同じような犠牲者はこれ以上出したくねえ。だから、ここに来た」

「はー、立派だな」

「アラドさんは? ドイツは支援に後ろ向きってニュースでは聞いてたけど?」

「おれは……」

 

 恋人を助けに来たとは言えなかった。

 

「何の大義もねえから、あんまり聞かないでくれよ」

 

 アラドは笑ってごまかした。

 

「大義なんて人のエゴイズムだよ。戦う理由なんて人の自由だぜ」

「それもそうか」

 

 故郷を救い出すため、これ以上犠牲者を出さないため、恋人を救い出すため、出世のため。

 たしかに戦いに大義などないのかもしれない。

 

 ◇◇◇

 

 欧州の諜報部はギガノス軍に反乱が起こっていることを突き止めていた。

 

 反乱か忠誠か。

 

 いまその選択肢に揺れている女性がいた。

 ネオホンコン侵攻に関わったグン・ジェム部隊は侵攻当日に統率を失っていた。

 

「こんなの話が違うよ。ジークスペースを解放する作戦だと聞いていたのに、なんで敵地のコロニーに赴くことになってんのさ」

 

 グン・ジェム部隊のエースであるミンは憤慨した。

 司令部の男はミンをなだめるように言った。

 

「ミン大尉、君は誤解しているようだ。これから赴く地は我がギガノスの聖なる空。我々は奪われた空を奪還する大義を預かる身だよ」

「作り話だろ。知ってるよ」

 

 ギガノス軍はすべてギガノス帝国の英才教育で鍛えられている。

 それゆえ、非常に優秀な軍人が揃っている。

 しかし、この優秀な軍人たちは同時にギガノス帝国のプロパガンダの中で統制されて来た者たちでもある。

 ギガノス帝国の洗脳にさらされ、偽りの正義を植え付けられ、ドルチェノフ大統領のために命を賭ける美徳を植え付けられてきた。

 

 しかし、時代が変わると、そのプロパガンダは完全ではなくなった。

 ミンは少し前からギガノス帝国のありように不信感を持つようになっていた。

 

 外の情報を得る手段を持つことができず、兵士はみな徹底した監視下に置かれている。

 不信感を覚えたミンはギガノス帝国に背く形で、情報統制の外にある情報に不正にアクセスするようになった。

 

 これまで聞くことのなかった世界がそこにあった。

 ミンは次のように教えられてきた。

 

「ギガノス帝国はあらゆる領土をアメリカをはじめとする連邦政府に侵略されてきた。ギガノスの民は虐殺され、その数は1000万人にも及ぶ。連邦軍はギガノスの民を犬と表現し、人権を認めていない」

 

 こうした連邦政府にネガティブな情報を受け続けて育ったため、自然と反連邦政府の思想に染まっていった。

 一年戦争のときも、連邦政府が悪だと認識していた。

 

「DC軍とジオン軍は連邦の悪魔と戦うために立ち上がった。我々も続こう」

 

 この掛け声でギガノス軍の士気は高まっていた。

 しかし、それらのプロパガンダを知るようになったミンは反ドルチェノフの思想を心の片隅に抱くようになっていた。

 もっとも、ドルチェノフが悪で、連邦軍が正義と極論を主張したわけではない。

 何が正義で、何が悪なのかはわからなかった。

 

 少なくとも、ただ1つだけの正義など存在しないということだけは確かだった。

 

 ミンはグン・ジェム部隊のエースとして、ネオホンコンのコロニー侵攻を任された。

 

「ミン、最近の貴様の戦いには目に余るものがある。かつての闘志はどこへ行った? 連邦軍を跡形もなく引き裂くのだと思いを語っていたではないか」

 

 司令部の男が尋ねた。

 

「君は連邦政府のおかしな思想に影響されてしまったようだな。よく聞き給え、あれらはすべて連邦政府の作り話だよ。そうだろう? 違うかね? 君は本当に我々が間違った戦争をしていると思っているかい?」

「……」

 

 ミンはまだ答えを持っていなかった。

 

「コロニーには祖国を愛した者たちの魂がさまよっている。君の手で偉大な祖先の魂を解放してやってほしい。君にしかできないことだ」

 

 そう言われると、不信感があってもミンは戦いに出るしかなかった。

 それでも、この戦いに迷いのあったミンは作戦開始時刻の前まで、格納庫には入らず、コロニーのデッキに座っていた。

 ここは果てしなく続く宇宙がよく見渡せる場所だった。

 

「ミン大尉、まもなく時間です」

 

 後ろから声をかけられて、振り返ると、そこにはギガノス軍ではない服装の少女がいた。

 ティターンズ軍が送り込んできた若手のパイロットだった。

 

 シロッコがギガノス帝国を支援する名目で、特殊なパイロットを何人か送り込んできていた。

 

「少し実験したくてな。実戦でなければ試すことができないからな」

 

 シロッコが直接出向いてきたことを見ると、ジオン軍にとって重要な意味を持つパイロットたちだったのだろう。

 グンと共にミンも同席していたから、シロッコが連れて来たパイロットをその時から知っていた。

 

 いずれのパイロットも異様な目をしていた。

 

 不自然な色に染まった目をした少女。ミンはその少女を自分の傘下で面倒を見るようになったころから気にかけていた。

 

「18分後」

「まだひと眠りするゆとりがあるじゃないか。こっちに来な、ゼオラ」

 

 言われて、ゼオラは時間を確認した。とてもひと眠りする時間はなかったがうなずくことにした。



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20、開戦の狼煙

 ミンは隊長のグン・ジェムから招集の連絡を受けたが、「すぐ行く」と答えた者の、しばらくデッキの特等席に腰かけたまま星空を眺めていた。

 ちょうど、ミンを呼びにここにやってきていたゼオラはちらちらとミンの様子を伺い、やがて尋ねた。

 

「大尉、行かなくてよろしいのですか?」

「兵士は山ほどいるんだ。一人や二人欠勤してもばれやしないよ」

「ですが……」

「いいから、あたいに任せときな」

 

 ミンは立ち上がろうとしたゼオラの頭を押さえて座らせた。

 ミンは女性離れした体格と力を持っている。ゼオラと比較すると、大人と子供ほどの差があった。

 

「あんた、どういう経緯で軍人になったんだい? このご時世に可愛い娘を軍に出す親はいないだろ」

 

 ミンが尋ねた。

 すると、ゼオラはあらかじめ強く植え付けられていたのか、機械的に説明した。

 

「身元のわからなかった私を保護してくださった方々への恩返しのためです。同時に、この世界に戦火をもたらしている連邦軍をうち滅ぼすためです。連邦軍は一方的なエゴイズムを打ち立てて、戦争を繰り返していると聞きますから。そのような輩を生かしておくわけにはいきませんからね」

 

 ゼオラは確固たる決意を持っているかのように語った。

 ミンはゼオラのその発言に違和感を覚えた。

 

 時折見せるゼオラの態度はちょうどその年頃の少女のものだった。ところが、連邦軍との戦いに接するゼオラはまるで氷魚が変わったようになった。

 その意志の強さは狂信的だった。

 

「それは立派な心掛けだな。しかし、その責任感のためにかけがえのない青春時代を犠牲にしているんだ。辛いと思うことはないのかい?」

「どうして辛いのですか? 正義のために戦うことができるのです。これ以上ない喜びではないですか。それ以上の喜びがどこにあると言うのでしょう?」

「……」

 

 ミンは横目でしばらくゼオラの様子を見ていた。

 

 狂信的な思想は植え付けられたものであり、ゼオラの真心はそうではない。

 

 ミンはそう確信していた。

 ミンもこれまで多くの兵士と関わって来た。いずれの兵士も必ず狂信的な正義心の後ろ側に真心を隠し持っていた。

 ミンは8人の部下を抱えているが、そのいずれもそうだった。

 

 一年戦争が勃発してまもなくのころだった。

 少年が一人兵士としてミンの傘下にやってきた。

 まだ幼い顔をした少年だった。

 

「よろしくお願いします」

 

 まだ無垢な少年だったが、どことなく殺気立っているようにも見えた。

 ミンは訓練の面倒を見るかたわらその少年に尋ねた。

 

「あんた、なんで軍に参加したんだい?」

「ずっと学校に通っていたのですが……」

 

 少年は何かを思い出すように顔を落とした。それから取り直して語った。

 

「両親が務めていた工房が空襲に遭って亡くなってしまいました。それでどうしても復讐がしたかったんです。でも、今の僕は無力。軍人になれば復讐ができると思ったんです」

「……」

「命に代えても空襲を仕掛けた連邦軍を全滅させてみせます」

「命に代えても……それで両親が喜ぶと思ったのかい?」

「わかりません。ですが、いまのぼくにはそれ以外のことを考えて生きていくなんて考えられないんです」

「……」 

 

 ミンはそれ以上少年には何も言わなかった。

 きれいごとをいくら並べても野暮だと思った。両親の復讐のため。それが生命力になるのなら、それも悪いことではないのかもしれない。

 

 ちょうど、あのときの少年とゼオラの様子は似ていた。

 結局、あの少年は一年戦争時代、ミケーネ帝国の援軍として参加し、ミケーネのずさんな作戦に参加させられ命を落とした。

 ミンは少年の死に際のメッセージを傍受していた。

 

「ミン大尉、僕はいま太陽になろうとしています。最高の気分なんです」

 

 その後、少年は母艦の砲撃で命を落とした。

 

 あれから1年が経過して、ゼオラが同じような目をして自分の前に現れた。

 

「グンの無能な作戦に参加させられるんだ。命の保証はないよ。それでも戦いに出ることにためらいはないのかい?」

 

 ミンがそう尋ねると、ゼオラは一瞬だけ遠い目をしたが、すぐにピントの合った強い目で答えた。

 

「この名誉の戦いで亡くなるのだとすると、大変喜ばしいことです」

「そうかい、わかったよ」

 

 ミンは少年のときと同じようにそれ以上干渉はしなかった。

 ミンはゆっくりと重たい腰を上げた。

 

 干渉しないつもりだったが、1つだけ言葉が心の底から浮上してきたから、ゼオラに伝えた。

 

「見な。宇宙はとても広いんだ。この世界のどかにあんたを本当に愛しているやつがいるかもしれないよ」

「……?」

 

 ゼオラはよくわからない様子で宇宙の星空のほうに目を向けていた。

 ミンは例の少年にもその言葉を伝えるべきだったのかもしれないと少し後悔した。

 

 ◇◇◇

 

 アラドはコアブースターに乗り込むと、これから前線に出る部隊の小隊長から指令を受けた。

 

「へい、ボーイ。任務を与えるぜ。受け取りな」

「了解、チボデー小隊長」

 

 アラドは小隊長のチボデーが搭乗するガンダム・マックスターから任務データを受け取った。

 チボデーはガンダムファイトで名を上げたガンダムファイターである。アラドもチボデーの試合を何度か見たことがあり、存在は良く知っていた。

 こうして名ガンダムファイターと共に戦えるのはとても光栄なことだった。

 

「あんたがアラドか?」

「あ、はい。あの、どうして僕の名前を?」

「ボーイのガールフレンドが心配していたよ。生き残らせてやってほしいってね」

「え? えーっと、アスカのことですか?」

「そうだよ。いいガールフレンドを持ったな、ボーイ。全力で生き残りな」

「は、はい」

 

 アラドは少し驚いた。アスカが自分のことを心配するというのは意外だった。

 なお、アスカはドラグナーⅠ型で出撃するようである。

 

 アスカは通信キーをアラドに送って来なかった。

 アラドはアスカが自分のことなどどうでもいいと思っているから送って来なかったのだと思っていたが、もう少し別の意味だったのかもしれない。

 

 アラドはとっさにチボデーにお願いをした。

 

「あのチボデー小隊長、アスカの通信キーを教えていただけませんでしょうか?」

「おんや? 受け取ってなかったのかい?」

「はい」

「それはガールフレンドの優しさだったかもしれないね。ほらよ、受け取っときな」

 

 チボデーからアスカの搭乗する通信キーの番号が送られてきた。

 

 キーは2種類ある。

 衛星経由の通信システムとメインコロニーの管制電波によるもの。

 

 衛星を経由する場合は傍受されやすいが、コロニーの管制電波の場合は傍受されず、しかも安定する。

 通信キーは一般的にコロニーの管制電波のものである。

 

 この通信キーは通信内容がすべてコロニーのシステムデータに残る。

 アスカはそれを嫌ってアラドに通信キーを教えなかったのかもしれない。

 

 通信キーは前線部隊、砲撃部隊で共有されるが、兵站部隊とは切り離される。

 これは、兵站部隊が母艦指揮官の命令で動くためである。

 

 前線部隊や砲撃部隊はいずれもその部隊の隊長クラスが部隊を主導するが、兵站部隊は母艦の指揮官が主導する。その性質の違いから、兵站部隊とは隊長クラスの者としか通信キーを共有しなかった。

 

 アラドは特別にアスカのキーを手に入れた。

 

 前線部隊は約40分後に出撃することになる。

 アスカは前線部隊なので、いまは戦いに向けてボルテージを上げているところだろう。

 いま通信を入れても、アスカの気合に水を差すだけになると思ったので、アラドは通信を入れなかった。

 

 しかし、何度も入れようと思った。

 下手すると、二度とアスカと会話をする機会がなくなるかもしれないのだ。

 アスカは一流のパイロットだが、どんなパイロットでも戦争では完全ではない。

 

 一応、かなり保守的な作戦が組まれており、犠牲者が出にくいと言われているが、それでも100%はない。

 

 しかし、結局アラドは通信を入れなかった。

 

「おれの心配より自分の心配しろよな。一応女なんだからよ」

 

 アラドは誰も聞いていない中でそうつぶやいた。

 ゼオラは最後の最後まで女らしいところを見せることなくいなくなった。アスカにはその二の舞になってほしくなかった。

 

 ◇◇◇

 

 アラドの部隊には5人の兵士が参加している。

 特に隊長などと言った序列はない。

 

 アラドの任務は指定された補給ポッドにエネルギーを送り届けることだ。敵との交戦がない安全な場所での任務なので、トラック運転業務の延長線みたいなものである。

 アラドは補給任務の経歴が長いので慣れたものだった。

 

 アラドは場所を確認した。

 

「WWU9119、WWU7845、WWU8108の順番だな」

 

 アラドはマップデータをモニターしてルートを指定した。ある程度オートパイロットで航路を移動してくれるので、比較的楽な任務となる。

 

「WWU7845はアスカが利用する補給ポッドだな」

 

 アラドは今回の作戦から逆算して、アスカが利用しそうな補給ポッドを割り出した。

 

「このルートで帰ってきて、こっちの06部隊と合流してという感じかな」

 

 アラドは一応シミュレーションした。

 万が一、コアブースターが敵機に狙われたときは、攻撃部隊のほうに逃げていく必要があるから最低限のことは把握しておく必要がある。

 

「バルカン砲よし、粒子砲よし。いつでもいけるな」

 

 アラドは準備が整っていることを再確認すると、出撃の時を待った。

 

 今回の作戦はコロニー奪還。アスカは前線部隊として参加している。アスカの仕事はコロニーを包囲して、ネオホンコン直属の部隊がコロニーに潜入するのを助けることである。

 コロニーに接近すると、当然ギガノス軍とティターンズから参加している部隊と交戦になる。

 

 いまやギガノス軍は若手が多く実力者は少ないとされているが、今回はグン・ジェム部隊が参加しており、手ごわいと言われている。

 さらに、ティターンズから手強い助っ人が入っていて、宇宙戦は地上戦と比べ、ネオホンコン側が手を焼いていた。

 

 アラドには楽観的に伝えられていたが、この任務はかなり厳しい戦いになる可能性があった。

 

「そろそろアスカ、出撃したな」

 

 アラドは時刻を確認した。

 

「おれもそろそろか。実戦は一年戦争のとき以来か。気合入れてくか」

 

 アラドも出撃を前に気合を込めた。



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