「面白いものが出来たよ!盟友!」 (黒夢羊)
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第1話 ある日いつもの宴

なんか東方projectの二次創作を読んでいて、こういうの読みたいなーと思ったんですけど、見つからなかったので書きました。
あったら教えて下さい。読みに行きます。

本作品は作者の好みで書いているために各キャラの一人称や、それぞれの関係性が原作や公式作品、他の方や一般的な二次創作とは大きく異なる可能性がありますのでご了承下さい。




……今思えば、こんなマシンがゲーセンとかにあったか?ってなってますが、この物語の外の世界ではあるってことにしておいてください。



 

 

「相性診断マシィン~?なによ、その胡散臭いやつ」

 

 忘れられしものが集う最後の楽園、幻想郷。

そんな世界を維持するために必要な存在である博麗の巫女が住まう博麗神社には今宵開かれる宴会のために幻想郷中の様々な人妖が集っていた。

 

 飲めや飲めや、歌えや歌えのドンチャン騒ぎ。

深まっていく暗闇とは反対にその存在を示す明かりのように博麗神社の境内は明るい空気に包まれていた。

 

 

 宴が進むにつれ、飲むだけ歌うだけではもの足りぬと余興が始まる。

鬼と天狗の酒飲み勝負、人形使いの演劇、騒音霊達の演奏会……と、宴会場の所々で行われる余興に酒で頬を赤らめる者達は大いに盛り上がる。

 

 

 そんな会場のとある場所。

 

 周囲と同じように酒で頬を赤らめた今代の博麗の巫女である博麗霊夢は、目の前に出された機械の名前を怪しさ満点だと言わんばかりに声に出す。

相性診断マシンと名付けられたそれは、河童である河城にとりが外界……つまり外の世界から流れ着いたものを、彼女が見つけ修理し、この宴会場に持ち込んだものである。

 

 当然と言えば当然だが、自身が持ち込んだ機械に対してあまり良い反応を示さなかった霊夢と、彼女と共に酒を楽しんでいた魔法使いである霧雨 魔理沙も同様の反応を示したが、持ち込んだ当の本人であるにとりはそんな彼女達を気にすることなく自慢げに説明を始める。

 

 

「そう!コイツはその名の通り、質問に答えるだけで二人の相性を数値化して診断するマシンなのさ!」

 

 

 そう言いながらにとりは機械のタッチパネルに触れる。すると軽快な音楽と『どっちで診断するか選んでね!』と音声が機械から流れる。

そしてにとりは表示された2つのマークのうち片方の『友情度診断』をタッチし、機械から振り返る。

 

 

「えーと、そうだね……じゃあ、魔理沙!」

「うぇ?私なのかだぜ?」

「うん、ちょっとこっちに来てマシンの指示に従って答えてみてよ」

 

 

 指名された魔理沙は面倒くささ半分、興味半分といった面持ちで、その腰を上げてマシンとにとりの元へ向かう。

にとりから基本的な操作の仕方を教えてもらい、順調に、しかし時に悩みながらマシンから出される質問に答えて行く。

そしてそれから1、2分程が経過した時。ある質問に魔理沙がある質問に答えた終わるとマシンから先程同様に軽快な音楽が流れ、続いて音声が発せられる。

 

 

『これであなたへの質問は終わり!次の子に変わってね!』

「だ、そうだぜ?」

 

 

 画面からにとりの方へと顔を向ける魔理沙。

するとにとりは彼女と交代し、マシンへ向かうと、先程の魔理沙と同じように画面を操作していき、質問に答えて行く。

 

 

『じゃあこれで2人の診断は終わり!結果はちょっとだけまってね』

「よし、後は結果を待つだけだよ」

 

 

 先程まで質問が出されていた画面には丸ゲージが表示され、中央のパーセントと共に並ぶ数字が増えていく次第にゲージが満ちていく。

ゲージが満ち、中央の数字が100%に達すると、再度画面が変わり『画面をタッチして診断結果を確認してね』という表示が浮かびあがる。

 

 それをにとりがタッチすると画面が三度切り替わり、診断結果が二人に出される。

 

 

「『友達としての相性は58%、普通の友達。2人の中は決して悪くないけど、親友まで行くかはアナタ達次第だよっ!』か」

「うん、まぁ、あってるんじゃないかな?」

 

 

 魔理沙が診断結果を読み上げると、にとりはその結果に同意する。

そして、後ろでその一連の様子を眺めていた霊夢達に向き直る。

 

 

「……と、こんな感じなんだけど、どうだい?やってみる気はないかな?」

「まぁ、暇潰しにはなりそうよね。魔理沙、やってみる?」

「おう、いいぜ!」

 

 

 デモンストレーションの結果は上々だったようで霊夢は興味なさげにそう言うが、やる気は満々だということがその態度でわかる。

そしていろんな意味で、霊夢はここに集まる人妖達から注目される輪の中心的存在だ。

そんな霊夢がマシンへ向かっているとなるとどうだろうか?

 

なんだなんだ、と次から次へと各々で騒いでいた者が集まり始め、その者達へにとりは先程の霊夢達にしたようにマシンの説明をしていく。

説明を聞いたものは、ほう、面白そうだなと言う者もいれば、興味を失い酒を飲み、つまみを口に運ぶことに戻る者も居た。

 

 

 まぁ、それに対してにとりは別になにも思うことはない。この機械を見つけたのは偶然だったし、壊れかけのところを直したのも単に好奇心からだから。

直ったそれをみても単体ではどうしようもない代物だったので単純に今回の宴会場の賑やかしになればいいな程度にしか思っていなかった。

 

 

 そう、だからこそ。

そんな善意で持ってきた彼女が、この後起こることを想像できたかと言えば若干怪しいところではあるだろう。

 

 わいわいとマシンの結果に一喜一憂する幻想の少女達を眺めるにとりへ1人の烏天狗が近寄る。

烏天狗の名は射命丸 文。幻想郷最速の座を争う一人であり、『文々。新聞』を発行している新聞記者でもある。

彼女も新聞のネタになるからであろうか、先程までマシンに向かい天狗仲間の犬走 椛と診断をしていた。

 

そんな彼女は自分よりも門番との方が妹との友情度が高いとかいう結果に怒りを覚え、門番に八つ当たりをしている吸血鬼の声と八つ当たりを受ける門番の悲鳴をBGMに、にとりへと質問を投げ掛ける。

 

 

「1つ気になったんですが、あれって友達の相性以外は診断できないのですか?」

「え?他にももう一個恋愛の相性が診断出来るよ?」

「……『恋愛の相性』?」

「うん。まぁ友達の相性診断の恋人バージョンみたいなものかな?それなら出来るよ」

 

 

 騒がしい宴会場でにとりの発したその一言は、決して大きくなく、宴会場全てに響くものではなかった。

しかし、彼女がその一言を発した瞬間、宴会場は……いや、正確に言えば宴会場で騒いでいた多くの者がピタリと、どこぞの時を止めることが出来るメイドが能力でも使ったかのように静寂に包まれた。

 

 

「え、え?」

 

 

 その多くの者に今のところは該当しない1人であるにとりは何故、いきなり宴会場が静かになったのかと戸惑いを隠せないでいる。しかし、一部の者は酒を浴びるように飲んでいたりするので時が止まったと言うわけではないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─さて、話題は突然変わるが、現在宴会場となっている博麗神社には境内で騒ぎ倒している者達以外にも1名、彼の式を合わせて1名と2体の式がいる。

彼らがこの幻想郷に来たのは色々と偶然とある者の思惑と企みが絡んでいて、それが幻想郷を揺るがす大事件となる異変に発展したりしたのだが、それは今回の件には関係しないので省かせて頂く。

 

 そんな彼らはその異変の中で多くの幻想郷の者達を繋がりを持ち、交流をしていったのだが、その過程で想いの強弱はあれど彼に対して好意を抱く少女が多く現れ、異変が落ち着いた現在は彼女らによる恋の戦いが密かに行われていた。

 

 

……とまぁそんな中で、誰かとの恋人としての相性を診断する装置が現れたらどうなるだろうか。

 

 

 そう、自分との相性を測ってみたいのではないだろうか。

だが現状、誰1人としてその一歩を踏み出そうとはしない。それは何故か。

考えてみて欲しい。

 

確かに好きな人との相性を知りたい。だけどもしもその結果が低い数値だったら?そんな考えが彼女達の足を止めていた。

 

 

 

 しかし、その中で一人の少女がその止まっていた一歩を踏み出した。

名を東風谷 早苗。守矢神社の巫女であり風祝の少女。

彼女は外の世界で過ごしていたが自身の母とも呼べる神々が幻想郷に移ることになったために付いていく形でこの幻想郷へとやって来たのだった。

 

そんな彼女は今宴会場を離れ、皆が口に運ぶおつまみを作っている彼とは元々外の世界での知り合いであり、学校と言う場所では先輩と後輩と言う関係で1年間だけではあったが仲良くしていた。

その中で恋心を抱くも、幻想郷へと移らざるをいけなくなり、想いも伝えないままに別れだけを告げた。

それは彼女の苦い初恋として終わる……筈だったのだが、なんの因果かその彼が幻想入りをした。

 

それを知った彼女は今度こそ想いを伝えようと、我慢なんかしないと、良い意味でも悪い意味でもこの幻想郷に染まってしまったその思考で時に強引に、時には恥ずかしがりながらも彼女なりにアプローチをしている。

 

 しかし、当の相手は鈍感が極まっているのかアプローチに気づく気配がない。

ならばここでこのマシンで相性が良いことを実際に数値化して見せ、賭けではあるが、もしもその数値が高ければ彼も意識してくれるのではないかと思い、周りの少女達が足踏みする中、その一歩を踏み出したのだった。

 

 

「真上先輩~!」

 

 

 駆け出した早苗を見た少女達が我に帰った時には時既に遅し。彼女は彼が料理を作っている厨房へとその姿を消してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この幻想郷に来てから少なくない時間が経過した。

最初は森のなかに放り出されて、色々と危険な目にあったり、誤解が解けて仲良くなったり。

色々と大変なことが重なったが、どうにかこうして危険と隣り合わせの幻想郷でも生きていけている。

 

 その間に様々な異変が起きたが、まさかカードゲームの異変が起きるとは思いもしなかった……。

というか、博麗さんとかがノリノリでカードゲームに興じる姿を見るのはちょっと以外だったな。

……まぁ、自分も何時ぶりか分からない娯楽を楽しんでたからあれですが。

 

 

 

 

 そんなことを考えていると、ポンポンと軽く肩を叩かれる。

叩かれた方へと顔を向けると、そちらには角と鬣を生やした虎の頭部を持つ偉丈夫が、小さく棒状にカットされた蓮根をまな板に乗せて此方へと差し出してくる。

 

 

「ありがとう、シド。戻ってていいよ」

 

 

 自身の式にそう感謝を告げると、目を細め、小さく唸るとボンと煙と共に姿を消す。

そろそろ前に持っていったおつまみがなくなる頃だろうし、早めに揚げないといけない。

 

予め火をつけておいた小さめの鍋にさっき用意してもらった蓮根を入れ、軽く揚げていく。

ある程度まで揚げ終えると皿へと移し、また次の蓮根を入れる。

 

 この幻想郷の宴会ではとにかく量が消費される。

時を止めたりすることが出来る十六夜さんや大量の食事を作るのに慣れている魂魄さんとは違って、自分に出来るのは軽いつまみが限界だ。

とにかく量を生産するために手早く作れるものを量産しているが、これも何時まで持つやら……。

 

 

そう思っていると、ドタドタと足音が聞こえ何者かが此方へとまっすぐに向かってくるのがわかる。

おつまみの催促だろうか。ならば申し訳ないが全部揚げ終わるまで少し待ってもらおうか、それとも今出来ている分だけでも持っていってもらおうか……何てことを考えているとその足音の主が姿を表した。

 

 

「真上先輩!」

 

 

 そう自分の名前を呼ぶのはこの幻想郷において1人しかいない。

外の世界での後輩であり、この幻想郷においては先輩に当たる年下の少女の東風谷 早苗さん。

 

こんな自分とも仲良くしてくれた数少ない後輩なのだが、家族の都合で遠い場所へと行くことになったと言われた時は悲しんだものだ。

ただ、こうやって再び幻想郷という場所で再会したのは予想外だったが、同時に嬉しくも感じた。

 

向こうも嬉しいのは同じで、感極まったのか涙目で抱きついてきたのには驚いたが。

そのあと我にかえって顔を真っ赤にしながら謝罪してきたので、気持ちは分かるけど年頃の女の子が軽々しく男性に抱きついてはいけないと注意したのだが、何故か「先輩は絶対に私の気持ちは分かってないです!」と逆に怒られてしまった。

 

確かに、片やその場所に残り対して変わることのない日々を過ごしていた者と、片や知らぬ地で知り合いは家族以外にも居ない者では寂しさには大きな差があっただろう。

そこに気づけないとは……やはり自分は駄目だなぁと反省したものだ。

 

 

 

 

閑話休題(それはおいといて)

 

 

 さてさて、何用だろうか。

普段は足音を立てるなんてことはない彼女が足音を立ててまでやって来たと言うことはそれなりに急ぎの用と考えるのが妥当だろう。

 

 だとすればおつまみが少なくなって取り合いでも起き始めたのだろうか。しかし、大変失礼な物言いになってしまうが宴会に来ている幻想郷の有力者の皆様はつまみよりも酒、というイメージがある。

その為に、至急つまみの補給を要求するなんてことは起きない筈だが……。

 

 ひとまず彼女から要件を聞き出さなければ分かるものも分からないだろう。

 

 

「どうしました、早苗さん。つまみならもうすぐ出来上がりますg──」

「そんなことは良いからこっちに来てください!」

「え、え?ちょっ、ちょっとま「良いから来てください!」

 

 

 要件を聞こうとすればいきなり腕を掴まれ、その細腕の何処から出てるのかと思えるほどの力で引っ張られる。

まだ、火をつけているから待って欲しいと言おうとすればそれすらも遮られる。

しかし、彼女が其処まで急かすほどの事ならば余程一大事なのだろう。それこそ要件を言う暇すら惜しいと言う程に。

 

ならば、自分がどこまで役に立てるかは分からないが行くしかないだろう。

ただ、火をつけっぱなしというのも危ないのでシドとは別の、もう一体の式に火の番を任せておくことにする。

 

 

「サジ、火の番お願い!」

「ほっほっほ、分かりましたぞ」

 

 

 もう1体の式であるサジにそう頼むと、穏やかな御老人の声と共に厨房から4本の角と鬣を生やした羊の顔が現れ、毛むくじゃらの手を振って見送ってくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、要件というのが……」

「はい!このマシンです!」

 

 

 いざ、何事だろうかと慌ててやって来てみれば宴会場は静まり返っており、自分が姿を現せば多くの瞳が此方へと向けられ、思わず軽く怯んでしまう。

しかし、依然として腕は掴まれている為に引っ張られると進まざるをえないわけで。

 

 そうして進んだ先にはなにやらこの場には似つかわないような機械が。

どうやら宴会場の娯楽として河童の河城さんが持ってきたものらしく、どうやら質問に答えた2人の相性を診断してくれるという代物とのこと。

 

 

 暫くはそれで遊んでいた彼女達だったが、異性との診断ではどうなるのだろうかと疑問が浮かび、かといって今から誰か男性の河童や天狗、鬼を連れてくるのもという事で自分に白羽の矢が向けられたと言うわけらしい。

 

成る程……と直ぐ様納得行くには少々難しいが、付き合いのある人の思いすら汲み取ることが出来ない自分が分かるわけはないだろう。

 

 

 そう浮かぶ疑問を強制的に終わらせると、早苗さんに進められるままに画面をタッチしていき質問に答えて行く。

結構『好みの女性はこの中で誰?』とか思ったよりもグイグイ聞いてくるもので、驚いた上に周囲を囲むように見られて来るので少々……いや、かなりやりづらかったがどうにか質問を終えることができた。

 

 さて、質問を終えて早苗さんの番になり、彼女は鬼気迫る表情で、さも自らの人生がかかっているとばかりに慎重に質問に答えて行く。

 

 

……そこまで慎重に答えなければならないものだろうか?と思うが、自分は男で彼女は女性である。

女性は男性よりも身なりを整えるのに時間がかかると言うし、そういう質問にも答えるのにも慎重になるのだろう。

 

 そうして10分以上が経過した時、ようやく早苗さんが質問を終えて診断結果が発表される。

 

 

「どれどれ……『恋人の相性は73%、恋人としての相性は抜群!よりお互いについて知ってもっと仲を深めよう!』ですか……これは喜んで良いんですよね?」

「喜んで良いに決まってますよ!私達やっぱり仲が良いので恋人としての相性も良いんですね!!」

 

 

 そう言いながら興奮した様子で腕に抱きついて来る早苗さん。

女性特有の柔らかさと甘い匂いが自分の理性に激しい攻撃を仕掛けてくるが、勘違いしてはならない。

あくまでも彼女が喜んでいるのは相性が良いからであって、決して自分と恋仲になりたいというわけではない。

 

自分だって外の世界で仲良くしてくれた彼女達とこれをして相性が悪かったら落ち込むし、良かったら嬉しいものだ。

彼女が今喜んでいるのもそう言うものである。

 

 

 しかし、これ以上抱きついていては彼女が将来結婚した時に何かあっては困るだろう。

いい加減彼女のこの抱きついてくるのをどうにかしなければと思うのだが、その度に何故か逆に説教を受けてしまう。

 

だが、彼女の為にもなんとか引き離す。

非常に残念そうな表情を浮かべられ、何故かこちらが申し訳なく感じるのだが、仕方ない。

 

取り敢えず、これで彼女達の要望には答えられただろうし、これ以上自分という邪魔者が居ては楽しむものも楽しめないだろう。

そう思いそそくさとその場から去ろうとしたが、早苗さんが抱きついていた腕とは反対の腕を強く掴まれる。

 

誰だと思い掴んだ者をへと視線を移すと、かなり必死な表情を浮かべる博麗の巫女の博麗さんがそこには居た。

 

 

 どうしたものか、と首をかしげると博麗さんは酒が回っているのか頬を赤めながら掠れるような声で何かを呟く。

 

 

「博麗さん?」

「わ……も…る……」

「はい?」

 

 

申し訳ないことにうまく聞き取れなかったので不快にならない程度に顔を近づけて、聞き取ろうとする。

すると、今度ははっきりと……ではないが、なんとか聞き取ることができた。

 

 

「私もやる……」

 

 

 成る程。

異変での勇ましい姿と日々の飄々とした彼女を見ると忘れそうになってしまうが、彼女とて年頃の少女なのだ。

そういうことに興味だって持つだろうし、そういう色恋沙汰の娯楽が少ない幻想郷では尚更だ。

 

 それに博麗の巫女というのはこの幻想郷において特別な存在で、それ故に人里の人々の中には畏敬を持って接する人も少なくない。

外の世界の友人である彼女達も色恋沙汰は乙女にとって必要なモノと言っていたし、同じ人間から距離を置かれていては余計にそういうことに飢えていることだろう。

 

 ならば、例え相手が自分という望まない存在だとしても、チャンスがあるならこういう遊びに興じて、そういう話題を作ってみたいと思うのも分からなくはない。

 

 

「分かりました、ではやりましょうか」

「……!いいの?」

「はい」

 

 

 自分が頷くと、驚いた声と共に俯いていた博麗さんの顔が上がる。

やや食い気味に問うてきた彼女に後退りしながらも、このくらいのことなら訳ない。

 

何故か早苗さんが挑発するようなドヤ顔を博麗さんに向けているのが気になるが…それは見ないことにしよう。

 

 

そして先程同様に質問に答えて、診断結果を見ると。

 

 

「『恋人の相性は78%。恋人としての相性は抜群!よりお互いについて知ってもっと仲を深めよう!』……早苗さんと同じですね」

 

 

 結果は数値がやや違うだけで早苗さんと同じ内容。

これで彼女の期待に答えられたかは分からないが、博麗さんの嬉しそうな顔を見る限り、きっと答えることが出来たのだろう。

 

 さてさて、今度こそこの場を去ることにしよう。

それに残したおつまみを冷める前に──もう既に冷めている気もするが──持ってこなければならない。

 

 そうしてドヤ顔を浮かべる霊夢さんとそれを睨む早苗さんを尻目に厨房へと戻ろうとした時に腕を掴まれる。

──2度あることは3度あると言う。さて今度は誰であろうか……と思い向き直ると、そこには博麗さんのように頬を少し赤らめながら、それに加え上目遣いでこちらを見つめる射命丸さんが。

 

どうやら自分も愛読している『文々。新聞』のネタとして強力して欲しいのこと。

流石に断ろうとしたが、美人の上目遣いというものはかなり破壊力がある。

幻想郷に来て美人にある程度の耐性が付いてきたと思っていたのだが、流石に上目遣いというのは中々に無いもので、迷った末に了解してしまった。

 

それに続くように他にも寅丸さんや優曇華院さんもやってみたいと手を上げる。

 

 

 

 

 

……当分厨房には戻ることはできなさそうで、サジに申し訳なく思いながらもやるしかないと腹をくくった次第である。

 

そしてまさかこれが後々あんな大騒動になるとは思ってなかったわけで、やはりあの時無理を言ってでも射命丸さん達の要望を断って厨房へと戻っておけばよかった、と思うことになるのは大分後のお話。

 





簡単ですが紹介を。

真上……主人公。鈍感。彼や地の文が話してた異変については他の奴で上げるかもしれません。

シド……真上の式その1。基本無口のパワーファイター、言うことは基本聞く。猫だけど犬っぽい。

サジ……真上の式その2。優しい爺さんっぽいマジックキャスター、言うことは聞いたり聞かなかったり?意外と意地悪。


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第2話 朱に染め飲兵衛

キャラ崩壊が激しいです。

今回は地の文を増やしてみたのですが、色々とくどくなってしまった気がするので申し訳ありません。


 

盛り上がりを見せた宴会もようやく終わりを迎え。

 

宴会場には数刻前までの騒いでいたのが嘘かのように酔い潰れ、深い眠りにつく者達の姿。

そんな彼女達を己の足で踏むことがないように、慎重に歩き回り、空の皿や身の無くなった串などを回収する人影が1つ。

 

 名を葛之葉(くすのは) 真上(まかみ)というその男は、外の世界から幻想郷へとやって来た、ここの住人達から外来人と呼ばれる存在。

里の集の思惑や彼自身の性格など色々な事を考慮した結果、今は人里から少し離れた場所に立てられた家屋で生活をしており、そんな彼はこうして時おり幻想郷の人妖が集まる宴会にお呼ばれすることがある。

 

ある時は吸血鬼の姉妹に使えるメイドが招待状を持ってきて、それに誘われる形で。またある時は何処かの魔法使いに連れられる形で。

またまたある時は妖怪の賢者が己が移動に使用するスキマを介して。

 

その殆どが本人の意思を無視した拉致に近い招待であり、最初は招待される度に驚いていた彼であったが、次第に慣れていき、今ではそう言うものだと心の中で割りきり、何事もなく宴会に参加するようになっていた。

 しかし、宴会に参加すると言っても彼がすることはいつだってつまみの用意と酔っぱらいの相手。そして宴会の後始末。

既に意識をどうにか保った者は帰路に付いており、ここに残っているのは家主である博麗の巫女と、意識を手放し夢の中に旅立ってしまった者。そして己の仕事を全うするために最後まで巻き込まれぬように立ち回っていた真上だけである。

 

 

 そんな彼も散らかっていた食器等を片付け終え、神社の縁側に腰を下ろし一息つく。

季節は春真っ只中。月明かりに照らされた桜に囲まれた境内は、思わずほぅ……と溢してしまうような幻想的な雰囲気を作り出している──のだが、境内のそこらかしこで多種多様な音量のいびきがそれを台無しにしており、風情は皆無。

そんな残念でしかない光景を己の視界に納めると真上はくすり、と笑みをこぼした。

そしてその彼の隣に音もなく近寄る小さな影が1つ。

 

「なーにがそんなに面白いんだい?」

 

 己に投げかけられた声。その方向へ顔を向けるとそこには、薄い茶色のロングヘアーを髪先で一つにまとめ、その頭の左右からは身長とは不釣り合いに長くねじれた角を一本ずつ生やす。

人とは異なると一目で分かる見た目をした幻想郷の小さな百鬼夜行こと、伊吹(いぶき) 萃香(すいか)が立っていた。

 

「伊吹さんでしたか……いえ、今回も皆さん思い思いに楽しまれたなぁと、思いまして」

「ものは言いようだね。ただいつもと同じようにどんちゃん騒ぎしてるだけだよ、あれは」

「そうでしょうか」

「そうなんだよ……っと」

 

 軽いやり取りを交わしつつ、どさりと遠慮なく真上の横に胡座をかき座り込んだ彼女は、手にした伊吹瓢に入った酒をくいっと飲み、口を放すと大きく息を吐く。

その頬は仄かに朱に染まっており、彼女が酔っているのが分かる……もっとも、彼女は常に酔っているために素面であることの方が異常なのだが。

 

「相も変わらず、気持ちの良い飲みっぷりですね」

「そう言うアンタのいつも通りのちびちびとした飲み方はどうにかならない?たまには男らしく一気にぐいっと飲んでみなよ」

「私は伊吹さんほど酒には強くはないので、それはどうかご容赦ください……その対価と言ってはなんですが、これを」

 

 そう言いながら真上は己から見て右側。つまり萃香が見えないであろあ場所に置いていた皿を2人の間にことり、と音を立てながら置く。

皿の中に入ったつまみを視界に納めた彼女は酒を流し込むのを止め、待ってました。もしくはようやくか。と言わんばかりに真上の肩をポン、と叩く。

 

「ふっふっふ……分かってるじゃないか。それじゃあ、ありがたく頂くとしよう」

「ええ、是非とも召し上がってください」

 

真上が言い終える前には既に萃香はつまみの1つである蓮根の揚げ物を口に運ぶと、ボリボリと噛み砕く。

細かく砕けた蓮根を飲み込むと、先ほど同様に瓢を口につけぐびり、ぐびり、と酒を流し込んでいき、口を放すと一回目よりも大きく溜め込んだ、かつ満足げな息を吐き出す。

 

「──ぷはぁ~!!……いやぁやっぱりアンタの作るつまみは酒が進むよ」

「そう言っていただけると、作った身としてはこれ以上ない喜びです」

「あっはっは!誇ると良いよ。なにせこの伊吹萃香のお墨付きだからね」

 

 そう言いながらからからと笑う萃香に小さく頭を下げ、真上も再びちびりちびりと酒を口に流し始める。

さて、これで落ち着いて飲めると思いきやそんなことはなく、ふと今思いだしたかのように萃香が口を開く。

 

「そういえば、この前人里で竜宮の使いと一緒だったけど、何を話してたんだ?随分と楽しそうだったじゃないか」

「……見てらっしゃったのですか」

「おいおい、私の能力を忘れたのか?」

 

 

『密と疎を操る程度の能力』。

 それが彼女が持つ能力であり、その内容はあらゆるものの密度を自在に操るというもの。

物質は密度を高めることで高熱を帯びていき、逆に密度を下げれば霧状になる性質がある。この特性を使い彼女は霧になることが出来る。

更にこの時でも体当たりなど物理的な干渉は可能。

この時点で充分に驚異だが、それだけではなく挙げ句の果てには擬似ブラックホールを作ることが出来るなど、その能力は妖怪の賢者と呼ばれる幻想郷最強格の一人である八雲紫からも評される程に強力で、かつてはこの能力を生かし、異変を起こしたこともある。

 

 

 その時は萃香の姿を捉えることは無かったが、成る程。恐らくは霧になって人里を、もしくは幻想郷全体を観察のようなことをしており、そんな最中に自分達が彼女の視界に入ったのであろう、と真上は納得する。

 

「そ・れ・で♪何をしてたんだい?……もしかして人には言えない密会だったりしたかい?」

 

にやにや。

そう言う擬音がまさしく似合う笑みを浮かべながら萃香はずずい。と身を乗り出し真上に問いかける。

真上は少しの間話すべきか誤魔化すべきか悩んだが、別にやましいことはしていないし、隠すべき事でもない。それに眼前の彼女との約束の事もあるので正直に話すことにした。

 

「伊吹さんは比那名居(ひなない)さんという方はご存じでしょうか」

「比那名居?……あー、竜宮の使いから総領娘とか呼ばれてるあの天人?」

「はい、恐らくはその方で」

 

 比那名居という単語にあまり聞き覚えが無かった為に数秒の間が空いた萃香であったが、霊夢か紫辺りがそのような名で呼んでいる人物が居たことを思いだし、そこから芋づる式にその者の容姿や隣に竜宮の使いを連れていたこと等を思い出す。

萃香の問いに真上は短い返しと共に頷くと同時に、その天人が先の話題にどうかかわってくるのかと目線で聞いてくる彼女の為に話し始める。

 

「えー、比那名居さんはその……なんと言いましょうか…………そう、他の方よりも自分に正直な方でして」

 

 使う言葉を迷いながらに件の天人の説明を始める真上。

他人の悪態を着くことなど滅多にない彼がかなり言い淀んでいる点からして、その人物の性格がよっぽどアレなんだろうと萃香は察する。

そんな彼女を知ってか知らずか、真上は境内に目を向けながら話を続ける。

 

「そんな方ですので、天界の生活は退屈らしく、時折暇を持て余して天界から永江さんを連れて此方へやってこられるのですが……」

「……言わなくても良いよ、なんとなくその先は分かったし」

 

 自分に正直と言うのは言い替えれば自分勝手、我が儘と言うところであろう。まぁ、それはこの幻想郷の有力者であれば殆どに当てはまるものだ。

そして、連れられる永江(ながえ) 衣玖(いく)──竜宮の使いはそいつの従者のようなものなのだろう。

我が儘で自分勝手な主とその従者。この1組で苦労する立場は明らかに後者であり、竜宮の使いである彼女はことあるごとに振り回されているのだろう。

 

と、ここまでは理解できた。が、しかし……

 

「で、そいつがなんでアンタと竜宮の使いが一緒にいることに繋がるんだい?」

 

 そう、萃香が聞きたいのはそこである。

衣玖と真上。両者に全く接点が無いとは言い切れないが、それでも竜宮の使いと地上に住む者。余程のことが無ければ会話する機会すら生まれない筈だ。

 

「それはですね、以前比那名居さんがお使いになられている要石が私の家に落ちまして」

「……は?」

「家屋が壊れたことと、命の落としかねなかった事への謝罪で永江さんが来たことが切っ掛けですかね……それから」

「いやいやいや、ちょっと待って」

 

 真上がなんの事でもないように喋った内容に、聞き捨てなら無いまのが入っていたような気がして慌てて萃香は真上の話を止める。

不思議そうに頭を傾ける相手に対して、萃香は落ち着いて聞き直す。

 

「いま、要石が家に落ちたとか言わなかった?」

「はい、正確には比那名居さんがお使いになられている要石が……ですけども」

「……命の危険もあったんだろ?」

「そうですね。あの時もう少し自分の場所がズレていたらと思うと、恥ずかしながら冷や汗が止まりませんでした」

 

どこか「そうじゃないだろ」と言いたくなるような返答を返してくる真上に萃香は呆れた口調で聞き返す。

 

「その、さ。腹立たなかったの?不注意なのか故意なのかはともかく死ぬかも知れなかったんだよ?」

「要石が落ちた件は、後から比那名居さんから謝罪を受けましたし、大した怪我もありませんでした。それに壊れた天井を無償で直しても頂いたので、腹を立てる理由がありませんよ」

「………………」

 

 

(あ~そうだった!こいつはそういうやつだったよ!!)

 

 萃香は頭を抱える。比喩ではなく実際に。

目の前の男からは見るからに腹を立てている様子などは微塵も感じられない。

真上との付き合いは幻想郷の面子の中では長い方である萃香は分かっている、彼が自分の命の危機に晒されようが、そこに余程の理由がない限り、許してしまう性格であるということを。そして、そんな性格になった理由も。

 

 以前から幾度と指摘してきたが治らなかった故に仕方なしに諦めてはいるが、それでも目の前でそれを見せられるとため息も付きたくなるし、頭も抱えたくなるものである。

そんな萃香の様子をどう捉えたのか、心配そうな声色で真上は声をかける。

 

「どうしました伊吹さん。どこか優れないところでも?」

「い、いや……なんでもない」

「ですが……」

「前にも言ったけどさ、鬼が体調を崩すなんてこと滅多にないから、だから大丈夫だって」

 

鬼が体調を崩す。

そんなのはそれこそこの幻想の地を大きく揺るがすような事件が起きたときくらいなものだろう。

萃香の言いたいことが分かったのか納得しない様子ではあるが、真上は小さく頷く。

 

「……承知しました」

「うん、宜しい……あ、でも心配してくれた事に関しては別に不快に思ってる訳じゃないか…ら……ね……」

 

 そう言って後に沸き上がってきた気恥ずかしさを誤魔化すように再度、瓢の中にある酒を口に運び、つまみに手を伸ばし口に放りボリボリと噛み砕く。話題を変えてほしいこういう時に限って真上は何も喋らない。

どれくらいそうして居ただろうか、ようやく恥ずかしさが抜けてきたのか、幾分か普段の調子に戻った萃香が話題を先の件に戻す。

 

「……話は戻るけど、その要石が落ちた件で竜宮の使いと知り合ったのは分かったけど、そっからどうやって仲良さげに話す仲になったのさ?」

「仲よさげ、かどうか分かりませんが、その後偶然人里で永江さんと出会いまして。前の件の謝罪を含めて茶屋でご馳走になって、そこから色々とあって、お合いしたら世間話をするようになりまして」

「あ~……」

 

 真上の話でおおよそを察した萃香。

 鬼である萃香には竜宮の使いの交遊関係などは分からないが、恐らくは気軽に愚痴を溢せるような相手は居ないと考えられる。

最初は比那名居に対しての愚痴などから始まり、そこから次第に愚痴に付き合ってくれる真上に興味が移ったとかそこら辺だろう。

 

コイツの事だ、愚痴を聞かされ続けて不快ではないかとか聞かれて、それに対して「そんなことはありませんよ、寧ろ私に愚痴を溢して気持ちが晴れるのなら是非そうしてください」とかをいつもの調子で言って、そこから会ったら茶屋などで世間話をするような関係になったのだろう……最も、相手方が真上が思っている感情とは異なる感情を抱いていて、それがどのようなものかはおおよその見当がついてしまうが。

 

 先ほどとは異なる意味で呆れたため息を吐きながら、つまみに手を伸ばす……が、皿の上には既になにもなく、彼が持ってきたつまみが全て食べ尽くされたことを萃香に知らせた。

そんな手持ち無沙汰にしている萃香の左手を見た真上はよっこらしょ、と声をあげながら腰をあげる。

どうしたのかと、此方を見上げる彼女に対して台所へ向かう旨を伝える。

 

「まだ台所につまみは残っている筈ですので、それを取って来ますね」

「あ、本当?じゃあお願いしようかな」

 

 そう言いってぐびりと酒を口に流し込む萃香を残し、真上は明日の朝食にでもしようと残しておいた、つまみを取りに戻る。

 

 

 

目的地である台所近くまでやって来た時、ふと何を思ったか足を止め、真上は空を見上げる。

 

見上げた彼の視線の先には外の世界ではなかなか拝めることの出来ない月と共に輝く満点の星空。

その美しさに眼を奪われると同時に、星を見ることで時間をピタリと言い当てる数少ない己の友人のことを思い出す。

常に活発だった彼女達の事だ、きっと今も『境界』を求めて活動しているのだろう。

此処に来る前の事を思い出し、思わず口元に笑みが浮かぶが、次の瞬間には己が何故こちらに来たのかを思い出す。

 

「無理をしていないと良いのですが……っと、こうしている場合ではありませんね」

 

そう一人呟くと、再び止まっていた足を動かし、台所へと向かう。

──もし、彼女達と再開した時。果たして自分は以前と変わらない笑みを浮かべられるのだろうかという不安を抱ながら。

そして、同じ夜空を見上げているかもしれない友人達を思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真上がこの場を離れ、聞こえるのは吹く風とそれに揺られる桜の木の音。そしてごくりごくりと口に流し込んだ酒が私の喉を通っていく音だけである。

 

(全く、どうしてこうもアイツは他人を誑かすのが上手いのか)

 

 アイツとは勿論、つい先ほど無くなったつまみを取りに行った葛之葉 真上の事である。

人妖問わずに一定の敬意を持って接する奴だが、その度合いは違えど、彼に惚れ込んでいる者は少なくない。

幻想郷に帰ってきてから長いこと霧になって観察を続けてきた萃香であったが、今までそんな顔をするのかと思うような奴が真上に惚れていることもあった。

そんな相手にどこに惚れたんだ?んん?と、からかいたくなるのだが……。

 

(まぁ、私もそいつらの事を笑えないんだよねぇ……)

 

 そして、かくいう私も真上に惚れている1人である……のだが、それを知るのは悟りと本人のみ。万が一他に居るとすれば存在自体がイカサマなあのスキマ妖怪くらいか。

周りが私の気持ちを知らないものそのはず、真上を前に普段の態度で陽気な飲兵衛の鬼であり続けているから。

時に怒り、時にからかい、時に肩を組み、時に笑い合う……真上が幻想郷にやって来た時から変わらぬ接し方をし続けているから。

 

それは何故か。

──理由は単純、怖いのだ。

もしも、自分の気持ちにアイツが気づいてしまえば今の関係が変わってしまうのではないかと。

心地よい今を終わらせるのが、アイツと気兼ねなく話すことが、接することが出来なくなるのが。

今日だって態と酒の量を減らした。

こうして1人で宴会の後片付けをするであろうアイツと2人切りになって質問するために。

以前見かけた仲良さげに話す2人が気になって。もしかして恋仲なんじゃないかと。

 

(ああ、らしくない。これじゃあ、まるで初めて恋をした生娘のようじゃないか……まったくもってらしくない)

 

小さくため息を吐くと、自分の平たい胸に視線を見やる。

絶壁というわけではなく、ほのかに膨らみを感じさせるが話題に上がった竜宮の使いや旧知の仲である紫などに比べると、その差は歴然。

外の世界では、自分のようなあるかないか分からないような胸の女性の方が良いという男が一定数いると言うのは知っているが、真上はどうなのだろうか。

──揉めば大きくなると言うが本当なのだろうか?なんて、普段は考えることがないであろう事でさえ思い付く始末。

これは重症だねぇ、と他人事のように考えながら呆れた笑みを浮かべ、境内の桜へと視線を向ける。

 

 

一目惚れ……ではない筈。最初は暇潰しが出来たと位にしか考えていなかったから。では、切っ掛けはなんだったのだろうか。

 

多数に無勢の私の元に駆けつけて来て、案外頼りになると分かった時だろうか。

 

異変の主と戦い、傷を負って倒れた私を、今まで見たこと無いような顔で心配してくれた時だろうか。

 

他人の為に躊躇いなくその身を傷つけ、守り通そうとしたのを見た時だろうか……それとも。

 

(やっぱり、全力でぶつかったあの時かね?)

 

 そんなことを記憶を思い出しながら考えていると、向こうから小さな足音が聞こえる……どうやら彼が戻ってきたようだ。

1つ深呼吸をする、そうしたら先ほどまでの恋心に振り回されていた私はどこへやら。そこにはいつもの陽気な鬼、伊吹 萃香が居るばかり。

 

(暫くはこれで良いかな……とは言っても、この場所を譲るつもりなんかこれっぽっちもないけど)

 

 想い人と何気なく触れ合えるこの距離が、関係性が、何よりも私の胸の内を強く締め付け、それでいて甘美な喜びを与えてくれる。

それはどんな美酒なんかよりも私の心を酔わせる。進展を望んでいる筈なのに、ずっとこの距離を維持していたいだなんて考えを浮かべてしまう程に。

 

「お待たせいたしました。ひとまず持ってこれるだけのものは持ってきました」

「おっと、ようやく帰ってきた。……まったく、待ちくたびれたよ」

「申し訳ございません、どうかこれにてご容赦を」

「うむうむ、つまみに免じて許してしんぜよう……なんてね」

 

 軽いやり取り後に続くのは静かな時間。

だが、そこにギクシャクとした感じはなく、私達の関係がその沈黙が苦にならない程のものだと言うことが分かる。

さっそくつまみを口の中に放り込み、ボリボリと噛み砕き、それを酒と共に喉の奥へ流し込む。

大きくぷはぁ、と息を吐きながらチラリと横目で隣のアイツを見れば月を懐かしむように眺めていた。

そんなアイツの気を引くように敢えて先程も言った内容を口にする。

 

「いやぁ。何度も言うけど、つまみが上手いと酒も進むね」

「はい、ありがとうございます」

 

私達を見守るのは桜に満点の星と月。

二人きりのこの状態を噛み締めつつ私は酒を喉に通す。

 

 

 

 

 

 そうして今日も幻想郷の1日は終わりを迎え、また新しい1日がやってくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございました。


書いてて惚れる理由としては弱いのでは?とか色々考えたのですが、私にはこれが限界でした……。

次は出来るだけ早く更新したいと思います。
次回は多分人が増える……筈。


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第3話 従者8人寄れば姦しく

今回は旧作のキャラが出てきます。

キャラの口調やそれぞれの関係性など、原作の設定とは異なる部分が多々あるとは思いますが、どうかこういう世界線だと思って読んでいただけると嬉しいです。




 

 忘れ去られた者達が行き着くとされる最後の楽園こと幻想郷。

そんな幻想郷で人が暮らせる唯一の場所とも言える人間の里。そこから外れた所にある空き地に1つの寺が建っている。

 

 その寺の名は命蓮寺。

妖怪が喰らい、人が喰われるという不平等な関係性が主である幻想郷において、人妖の平等という珍しい理想を掲げている住職とその信者達──一部例外も居るが──が住んでおり、ここには純粋に寺の仏教行事に参加する者、そうではなく住職の力が目当ての者、墓参りの人間が目当ての者、それぞれの目的は違えど人妖問わず多くの者が訪れる。

 

 そんな命蓮寺の数ある内のとある一室。

10畳間程の空間があるその部屋の中央には少々大きめの丸机が置かれており、その机を幻想郷において中々の面子が取り囲む。

 

「さて、今回も始めるとしよう……第13回『従者定例会』を」

 

 『従者定例会』とは読んで字のごとく、従者及びそれに類する者達が集まる会であり、回ごとにテーマを決め、それについて議論する……という名の愚痴と相談を行う集まりである。

そんな会議に集った者達に妖怪鼠の少女ナズーリンが机に人数分のお茶と茶菓子を出し終え、残った場所に座るのを確認し、至って真面目な顔で開催を告げたのは、静かに揺れる九本の尾を生やした八雲 紫の式である八雲 藍。

藍の言葉に部屋に集まった一同は各々の反応を返し、それを見た藍は手慣れた様子で進行を始める。

 

「13回目となる今回は『主人の困った所とその改善策について』だ……まずは各々の主人の問題点があればあげていこう」

 

 藍がそう言うと真っ先に手を挙げた人物が居た。

その者の名は魂魄 妖夢と言い、藍の主である紫の唯一無二の親友である人物に仕える半人半霊の少女。そんな彼女は何処か思い詰めたような表情をしながら己の主人の無茶振りについて喋りだす。

 

「皆さんも既にご存じの事だとは思うのですが、主である幽々子様の食事量は凄まじく、予め用意していた菓子折りさえ何時の間にやら食べ尽くされている始末でして」

 

 妖夢の主人であり冥界の主である西行寺 幽々子は、この幻想郷に名を知らないであろう程の健啖家であり、その食べっぷりは見る者に感嘆を通り越して恐怖を感じさせるのではないかと言う程。

例で言えば朝に少ししか食べないと言っておきながら、一般的な朝食の数十倍の量をぺろりと食べ尽くす程であり、彼女は見ているこっちが胃もたれを起こすぐらいに食べるのだ。

 

そんな幽々子の従者である妖夢は必然的に彼女が腹の中に納める料理を作らなければならず、その量がどれ程か想像するのは容易いだろう。

従者と言う立ち位置にいる藍達も主人に食事を作ることは多いため、妖夢の日頃の苦労を思い、同情の視線を向ける。

それに気づいてかどうなのかは分からないが、妖夢の話し……もとい相談は続く。

 

「……まだそれだけなら良いのですが、ここ最近は『食欲の春』だとか言い出し始めまして、私が何かしらの作業をしている最中に買い出しを頼まれることが増えたんですよ……」

 

 彼女が語ったその内容にこの場にいる全員が苦い表情を浮かべる。それもそのはずで、幾ら現代に比べて文明が発展していないとは言え、食材を始めとした売り物は金銭でのやり取りが主となっている。

幽々子は冥界の管理を行っている幻想郷でも有数の権力者。その懐には恐らくではあるが『普通に』暮らしていれば決して困ることがない程の金額が入り込んでいるだろう。

 しかし、幽々子の食事はその金額を瞬く間に溶かすほどであり、彼女と妖夢の暮らす白玉楼のエンゲル係数は幻想郷屈指の高さだと容易に想像できる。

 

この場に居る数名は主人から金銭の管理を任されている為に、もし自分がその立場であったら……と思うと、妖夢に同情の気持ちしか浮かばない。

特に主従共々交流があり、幽々子の食欲の底無し具合を何度も目の当たりにしている藍は、今度慰め程度にしかならないであろうが差し入れか何かでも持っていってやろうと心に誓った。

 

「そ、それでは妖夢の話も終わったことだ。何か案が思い付いた者はいるか?もし居たら挙手して欲しい」

 

 進行役でもある藍が提案を促すが、彼女を含め誰も一向に手を挙げようとはしない。

それはなぜかと言うと、この場にいる全員の気持ちは同じく1つの結論を出してしまっているからであり、それを分かりやすく、かつ端的に言うのであれば「無理なのでは?」──である。

妖夢の祖父であり彼女の剣の師でもあった魂魄 妖忌。

幽々子との付き合いが長く彼女からの信頼が厚かった彼でさえ、幽々子の大食いを直すことは終ぞ出来なかったのである。

それが半人前の妖夢に、そして幽々子との付き合いが無い、もしくは浅いであろうこの場に居る者達にできようものか。

現に、幽々子との付き合いが比較的ある藍や、相談した当の妖夢本人も諦めの表情を浮かべており、このまま次の話題へ流れていくかと思えた……が。

 

「あの……1つ思ったんですが、何も食べさせないだけに限定しなくても良いんじゃないでしょうか?」

「……どういうことだ?」

 

 おずおずとそう手を挙げたのは、迷いの竹林の中に佇む古い和風建築の大きな屋敷『永遠亭』に住まう月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバ。

頭のウサミミをピコピコと揺らしながら己に一斉に向けられた視線に若干怯みつつも藍の質問に答える。

 

「その幽々子さんの食事量をどうこうするよりも、その口にする料理の方に工夫をいれてみるのはどうかなぁって……例えば、お腹にたまりやすい食材というか料理を増やすとか、噛みごたえのある食材を中心にして満腹中枢を刺激するとか」

「「「おお……」」」

 

 妖夢の件で鈴仙が苦し紛れに出した案。

しかしそれは完全に詰んでいると思っていた一同にとってはまさに救いの手とも言うべきものだった。

妖夢は隣に座っていた鈴仙の手をがっしりと掴むと感極まったかのように──実際に若干目尻に涙を浮かべながら鈴仙に感謝の意を述べる。

 

「鈴仙さん!ありがとうございます!是非次からそれを試してみたいと思います!!」

「えっ、え……えっと、その、実際に効果があるか分からないですよ?相手は亡霊ですから、そもそも満腹中枢があるかどうかすら怪しいですよ?」

「それでも!何にも無いよりは全然良いです!!試すだけの価値があります!」

 

 ブンブンと、握ったその手を上下に振る彼女を見て鈴仙は改めて今妖夢がどれ程困っているのかを実感し、そして過労か何かで倒れた時には確りと永遠亭で治療を施してあげようと思ったそうな。

そこからは話題が変わり次々に従者達による愚痴とそれに対しての対策案が出されていく。

 

 例えば鈴仙の『師匠達からの仕事が最近増えるようになった』というのに対しては「単純に頼られているのだろう」という藍や妖夢の意見と、「他の因幡にも簡単な仕事を任せてみては?」というと吸血鬼に仕えるメイドと衣玖の対策案が上がったり。

 

 衣玖の『総領娘様の我が儘が最近特に酷い』というものには妖夢と鈴仙から「一度ガツンと強く言うべき」という助言が出される。

 

一方で、死神である小野塚 小町の『昼寝をしていたら上司である映姫の説教が辛い』については満場一致で「真面目に働け」という意見で終わってしまったが。

 

 そうこうしている内に会議と言う名の愚痴を溢す時間は過ぎていき、太陽も真上に上ろうとしていた。

さて食事でもとしようかと言う時に藍の隣でスラスラと手慣れたように紙に筆を走らせていた吸血鬼レミリア・スカーレットの従者である十六夜 咲夜は手元の書類から、ちらりと机を囲む1人に視線を向ける。

 

「今まで言わないでいたけど……何で今回も貴女が居るのかしら」

「あら。私が居たら何か問題でもあるの?」

 

 咲夜の問いにそう返したのは、銀髪である咲夜とは正反対の金髪にメイド服に身を包む、魔界神が己が造り出した存在で、その名は夢子。

そんな彼女は自身に向けられる咲夜の鋭い視線をものともせずにナズーリンから出されたお茶を啜る。

我関せず、まさにそう言った態度を取られた咲夜はにこりと笑みを浮かべながらも圧力を増して夢子に苦言を挺する。

 

「問題大有りよ。関係者以外がこの従者定例会に入ってるんですもの」

「私だって神綺様の従者なのよ?だから従者である私がこの会議に居たとしても何ら問題ないと思うのだけれど?」

「貴女に招待を出した覚えはないから居ること自体がおかしいって言ってるのよ、それなのに前回も、私が居なかった前々回も居たらしいじゃない」

「他の方が何も言わないのだから良いかと思ったのだけど……こちらのメイドさんは随分と器量が狭いのね」

 

 互いに笑みを浮かべながら、見えない火花を散らす2人の間に入ったのは藍である。

 

「まぁまて、十六夜。ここは従者が集まって各々の悩みや愚痴を聞き会う場。故に彼女が従者であるならば追い出すのではなく、新たな仲間として迎え入れるべきだとは思わないか?」

「それは……確かにそうですね……」

 

 藍の説得に咲夜も納得するところはあったのか渋々であるが、その剣呑な雰囲気を納める。

その様子を見た藍は続いて夢子の方へと顔を向ける。

 

「夢子とやらも、同じ従者として私は貴様がこの会議に参加しても良いとは思う……だが、そうする前にそれ相応の手順やら何やらがあるのだ。次からはそれに従ってはくれないか?」

 

 そう言いつつも言外に「従え」と言わんばかりに先程の咲夜とは比べ物にならない程の妖気を夢子だけに向ける藍。それを感じてか、それとも自身のテリトリーである魔界ならともかく、数の利で負けているこちらでは少々分が悪いと思ったのか、夢子は両手を顔の辺りまで上げて降参の意を示し、ため息混じりに呟いた。

 

「……分かったわ、次からはそっちの手順とやらに従わせてもらうわよ……これで良いかしら?」

「ああ、分かってもらえて何よりだ」

 

 妖気を向けられていない他のメンバーは新しいメンバーが正式に増えたと喜び、夢子に向けて拍手をする……未だに納得がいっていないのか咲夜の拍手はやや控えめであったが。

そうして新しいメンバーを迎えた従者達は昼食を取り終え一服すると、談笑を始める……話題は女性らしく人里の甘味について。

 

「そう言えばこの前人里に薬の販売で行ったんですけど、雑貨屋さんの向かい側にある甘味処があるじゃないですか」

 

 そうして話題を切り出したのは鈴仙。

主人の命や私情で人里に行くは少なくない従者達だが、鈴仙はその中でも薬などの販売などで人里を訪れる事が多い上に人間との交流も行っているために里の話題については明るい。

そんな彼女が出した話題に食いついたのは意外にも小町と藍であった。

 

「へぇ、その甘味処がどうしたんだい?」

「あそこの品書きに新しいのが追加されてたんですよ、その時は販売とお師匠様のお使いもあって行けなかったんで暇が出来たときにでも行きたいなぁって」

「それは私も気になるな……紫様と橙にお土産として買うついでに今度寄ってみるとしよう」

 

まだ味わったことの無い甘味に心を弾ませる3人に混じるのは竜宮の使いである永江 衣玖。

微笑みを浮かべながら3人に向けて人差し指を立てると、落ち着いた声色で注意すべき点を告げる、

 

「私もつい最近行きましたが、新作というのもあってなのか売り切れるのが早いので開店前に行くことをお勧めしますよ」

「え!永江さんはもう行ったんですか?」

「はい、味などはお二方の楽しみのために言わないでおきますが、美味しかったですよ」

 

うーん、早く行けるかなぁ等と悩みつつも鈴仙は行く気満々の様子であり、それを見た衣玖が大丈夫ですよきっと、と応援する。

その様子を眺めていたナズーリンがふと思い出したかのように唐突に口を開く。

 

「ああ、この間真上君と一緒に甘味処で食事をしたと言うのは貴女の事だったのか」

「「「………………」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ぴしり。

そんな擬音が聞こえて来そうな程に先程まで談笑し、和やかな雰囲気に包まれていた室内は冷えきり、時が止まったかのように小町とナズーリン、そして夢子を除いた面々は固まる。

「おや?」というどこか惚けたようなナズーリンの声で真っ先に再起動したのは鈴仙。

 

「え?……永江さん、真上さんと一緒に行ったんですか?」

「そうですね、真上さんと『二人っきりで』行きましたよ?」

 

 わなわなと震えながら問い掛けた鈴仙に対して微笑みを崩すこと無くやけに「二人っきり」の部分を強調して答える衣玖……空気を読むという能力はどこに置き去ったのだろうか。

そしてそれに対して「やられた」という表情を浮かべたのは藍である。

 彼女が真上と会う機会は紫の命によって彼の家に出向く事が半分近くを占めており、それ以外では人里と香霖堂と呼ばれる魔法の森入り口付近にある道具屋しかない。

彼が働いている場所の香霖堂はともかく、人里では彼とすれ違いになるのか会う確率は高くない。

更に言えば紫の式として行うべき仕事もあるために彼女も頻繁に出向くことは出来ないことも会う機会が少ないことに拍車をかけている。

 

 そんな中で甘味処の新しいメニューが出来て主人である紫への土産かなんかをこじつけてデートにでも誘おうかと画策していた所にコレである。

彼を狙うライバルは多いとは理解しているし、この中には姑息な手段に出る輩も決して少なくはないだろう……そう警戒していた。

だが、以前衣玖は総領娘こと天子の起こしたハプニングから真上と知り合い、今では互い会えば談笑するほどの中だと聞く。

その上、出るとこは出て引っ込むところは確りと引っ込んでいる所謂モデル体型であり、そこに加え相手を立てることの出来るあの性格ときた。藍の把握している全ライバルの中でも特に警戒すべき対象となっているが、こうも次々に先手を売ってくるとは。

 

 依然としてにこやかな笑みを浮かべる衣玖に向けて恨めしげな視線を向け、憎らしげに口を開く。

 

「随分と手が早いな?仕事を放ってうつつを抜かすといつか失望されるぞ?」

「私の仕事は龍神様の御言葉を纏めて人々に伝えるのが仕事ですから。結界の管理を始めとした多忙な藍様には頭が上がりません」

「減らず口を……っ!」

 

 暗に「私は確りと仕事はしています、その上で彼とあってますから大丈夫ですよ。あぁ、仕事が忙しい貴女は大変ですね『色々』と頑張ってください(笑)」と告げる衣玖にギリッと歯ぎしりしながら憎悪の感情を隠そうとしない藍。その姿は普段の冷静沈着な彼女からは想像できない。

彼女の心情を表さんとばかりに妖気を纏って揺らめく9本の尾が放つ圧力を受けながらも衣玖は受けて立つと言うが如く笑みを絶やさない。

 

 

 

 

 

──そんな荒れてきたメンバーの様子を見て「ああ、また始まったか」と若干呆れ気味に傍観者に徹してたナズーリンはふとさっきから静かな2人の銀髪の従者の方へ視線を向ける。

 

「……どうやらこっちも中々に大変みたいだね」

 

 そう呟いたナズーリンの視線の先には頭を抱えながらぶつぶつと呟いては沈みこみ、再びガバッと頭を上げればまたぶつぶつと呟く淑女の欠片も感じられない咲夜と、それを共に沈みながらもどうにか咲夜の奇行を収めようとする妖夢の姿があった。

 

 咲夜がこうなるのには勿論、理由がある。

この従者組はここにいない者も含めて2つに分けられるのだが、それが『ほぼ初対面の状態で真上と敵対したか、していないか』である。

そして咲夜と妖夢は敵対した側の人間であり、今はまだ人として好感を持っているだけにすぎない妖夢と違い、咲夜はちゃっかり真上に惚れてしまっている側の人間。

 

 好きな人と仲良くしようにも初対面で冷たい態度をとった上に、咲夜に関してはその後ほぼ本気といっても差し支えない殺意をもってガチに殺しにかかっているのである。

その為か人里や紅魔館の門番である美鈴と組手をしている彼と挨拶を交わす時に若干避けられている上、会話が出来ても何処かよそよそしいような感じがしており、その関係をどうにか修復したいものの、果たして自分からそんなことを口にしたりしても良いものか……等と葛藤しているのである。

 

 

──ちなみにだが、咲夜の件に関しては色々と経緯があり、決して咲夜が悪いわけではなく、寧ろ真上の方がこの件に関しては咲夜を含めた紅魔館の面々に申し訳ないと思っており、そんな自分が話しかけても迷惑だろうと思っている。それに加えて「ある人物」のせいで単にメイド服に若干の苦手意識を持っているが故の言動であり、彼自身は咲夜のことを嫌っているわけではない。

 

 

 とまぁそんなことは勿論知るよしも無い本人は、まさか相手の方がそう思っていることなど露知らず、同じく初対面で敵対してしまった妖夢と共に思考の浮き沈みを繰り返していた。

 

 

つい少し前まで互いの悩みを打ち明け、それの解決策を共に練っていた間柄とは思えないような彼女達の豹変ぶりにナズーリンな小さくため息をついた。

隣ではいつの間に入れ直したのか、茶が足された湯呑みを手に持った夢子がナズーリンと同じように傍観に徹している小町ら2人に問い掛けた。

 

「貴女達はあそこに混ざらなくて良いんですか?」

「生憎、私の妖怪としての力なんて、たかが知れているからね。それに渦中の彼を好ましいとは思ってはいるが、あくまで思っている程度だ、あれ程じゃあないよ」

 

未だに妖気のぶつけあいを続ける藍と衣玖、そしてそこに復活したのか鈴仙までが加わり中々の修羅場になっている。

九尾の狐、竜宮の使い、元月の兎、吸血鬼のメイド……よくもまぁここまでの面子を口説き落とせたものだと感心すると同時に、これは私の主人に勝ち目はあるのだろうか……?ナズーリンはそうふと心配になるが、まぁそれは主人の頑張り次第であろう、と他人事の様に考える。

 

ナズーリンにその気が無いと分かった夢子の視線は小町の方へと向かうが、視線を向けられた当の小町はからからと笑いながら

 

「あたいもアイツの事は好きだけど、あそこまでじゃあないねぇ……ま、競争率が高いし、勝ち目が薄いから辞退してるって感じかね」

 

狙ってるのは狙ってると、然り気無くそう告げた彼女に意外だなとナズーリンは内心驚く。

彼女の普段の態度からして、てっきりそう言う感情は向けていないと思っていたのだが、また主人にライバルが増えたことになる。

 

(ま、頑張りたまえよ主人。私も少し位は手伝わさせてもらうからね)

 

心中でそう呟いてる彼女を他所に今度は小町の方が夢子に意地悪な笑みを浮かべながら問い掛ける。

 

「因みに、そう言うアンタはどうなんだい?アンタとアイツの関係がなんなのか知らないけど、そう言うってことは憎からず想ってるんじゃないのかい?」

 

 してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる小町に確かにそれは少し気になるなと思うナズーリン。

そもそも彼女と真上が知り合いなのかどうかさえ知らないため、返ってくる答えに興味を持ってしまうのは仕方の無い事だろう。

湯呑みを机にことりと置き、夢子は恥ずかしがる様子もなく淡々と事実だけを述べるように答える。

 

「そうね……貴女の言う通り私は彼に好意を抱いているわ、勿論異性としてね」

「そ、そうかい。意外とストレートに言うんだね……だったら尚更あっちに混じらなくても良いのかい?」

 

 自分の想像していた回答と違っていたからか、小町が吃りながらも藍や鈴仙達の方へ視線を向けながらそう夢子に問うが、彼女は依然動揺する気配すら見せず

 

「そもそも彼は、茶店や甘味処で数回食事を共にしたところで相手に靡くような性格ではありませんから」

「へぇ?やけに知ったような口ぶりじゃないか、もしかして既にそう言う仲だったりするのかな?」

 

「いえ……まだ彼とはそう言う関係ではありませんが、以前()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「………………は?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後まで読んでいただき、有り難う御座います。
色々と急ぎで書いた為にチグハグな文章になっていると思いますので、そこはまたおいおい直していきたいと思います。
次も出来るだけ早めに投稿したいと思います。

それでは。


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第4話 想い回り、空を振り

※夢子さん及び他のキャラが色々と迷走しています。また、原作にはなかった名前のキャラが出てきている可能性があるのでご注意ください。



 

 

 命蓮寺のとある一室、10畳間程の空間は今現在、混沌に包まれていた。

その原因である同棲発言を行った夢子は鳩が豆鉄砲を食ったように口をポカンと開けて固まっている従者達を無視して、何事もなかったかの様に湯呑みの茶を口に含む。

 

 一足先に己の想い人である外来人の真上と甘味処の新メニューを食べに行っていたという衣玖に対し、藍と共に詰め寄っていた鈴仙は、今の今まで傍観していた夢子が投下した爆弾を前に激しく動揺していた。

 

(ドウセイ?同姓?銅製?……もしかしてもしかしなくてもどうせいってあの同棲?え、あの夢子って人、真上さんと同棲してたの?え、え?え!?)

 

 他の者と同様に固まったままの鈴仙であったが、その頭脳は今までにない程にフル回転し、散らばった情報の整理に当たっている……のであれば良かったのだが、ものの見事に空回りを決めている。

かつて地上に逃げながらも故郷の危機に駆けつけ、その故郷を救ったという、物語に出てくる英雄のような活躍をした彼女は何処へやら。

しかし、そんな偉業を為し遂げたとは言え、彼女は恋する乙女。

 だが、恋する少女である彼女の思考回路は回りに回りすぎて最早ショート寸前であり、つい先程『同棲』という単語に行き着いてからは疑問符と驚きの感情しか浮かんできていない

 

「ゆ、夢子様?先程仰られたど、どうせいと言うのはつまるところ男女が同じ部屋で寝泊まりし、生活を送るあの同棲で宜しいのでしょうか?」

 

 そんな彼女を差し置いて吃りながらも言葉を発したのは先程まで、まるで自分が勝者だと言わんばかりの笑みを浮かべ藍と鈴仙を挑発していた永江 衣玖。

未だにその笑みを浮かべてはいるが、よくよく見ればその笑みはひくひく、と若干引くついており、動揺もしくは焦りからか一筋の汗が頬を伝っていた。

 

「そうですね。ただ、同じ部屋で寝泊まりと言うよりも、彼の家でという方が正しいですが」

 

 嘘であってほしいと願いつつ投げ掛けた衣玖の問いにしかし夢子は無情にも現実を突きつける……とは言っても本人はただ事実を述べているだけなのだが。

しかし例えそうだとしても彼女が訂正も含めて伝えたその事実は、未だにコレといった進展がない藍達の心に決して小さくないダメージを与え、彼女達のハートは最早ピチューン寸前。

 

最早コレは勝ち目がないのではないか?負けたのでは?……と、夢子の同棲発言に藍達が(勝手に)敗北を認めようとしていた時、一人の少女が疑問を投げ掛けた。

 

「……ふと思ったんだが、あたいはアンタとあいつが会ってるとこなんざ、一度たりとも見たことがないんだが……いつの間に同棲なんてしてたんだい?それに半年も」

 

 その者は死神、小野塚 小町。

少女達が繰り広げる争奪戦において一歩引いた場所から状況を見守る側の彼女は、真上と夢子が同棲していたと言うショックよりも、先程口に出した疑問の方が勝ったためにこうして彼女に問い掛けている。

そして小町の問いを聞き、正気を取り戻したのはつい数秒前まで絶望仕掛けていた少女達である。

 

 

──そう、よくよく考えれば色々とおかしいのである。

真上との同棲について。

真上が幻想郷に来てからそれなりの時間が経過したが、今現在彼は人里から少し離れた場所に住んでおり、同居人と呼べるような存在は彼の式である2体だけ。

もし仮に夢子が実際に真上と同棲していたのであれば彼の家を訪ねた誰かしらが彼女を姿を確認している筈で、そうなればその情報は彼女達の耳に入って来て、今のように寝耳に水という事にはならない筈なのである。

 

 

 と、言うことは夢子が口にしたのは此方を牽制、もしくはこの争奪戦から降りさせる為の出任せか?

そのような結論に即座に至った藍達の鋭い、気の弱い人間であるなら殺せてしまうような4対8つの視線を一身に受ける彼女は怯む素振りすら見せず落ち着いた佇まいで答える。

 

「私と彼が同棲していたのはまだ彼が幻想郷に入る前……彼が外の世界で過ごしていた時の話。ここに来てからの話では無いですよ」

「何……?」

 

 夢子のその言葉に真っ先に首を傾げたのは藍。

それもその筈、幻想郷ならともかく何故魔界の者である彼女が外の世界へ?確かに幻想郷では主である紫主催で外の世界を巡ることの出来るツアーが極稀に開かれるが、魔界でもそのような事があるのだろうか……そう言えば幻想郷にやって来た魔界の者達も民間の旅行会社が企画したツアーの客だったような。

 

藍の疑問を視線から読み取ったのか、夢子は語る。

 

「魔界に貴女達の所の巫女がやって来た数ヶ月後くらいでしょうか。魔界にちょっとした攻撃をしてきた者が現れまして、私は神綺様の命でその者を追って外の世界に向かったわけです……そしてその先で」

「真上さんと出会った……と」

 

 鈴仙の言葉にこくりと頷いた夢子。

夢子のその後語った内容によると、ゲートの不調か、彼女が追っていた者の罠なのかは分からないが、魔界へと戻ることが出来なくなった彼女は転がり込んだ先である真上の家での同所生活を余儀なくされた。

 

 幸いにも家には彼とその式しか住んでおらず、部屋割り等の心配なども起こる事はなく。彼女は住まわせてくれることの見返りとして家事を全般を引き受け、学業に励む彼を出迎えたり魔界での生活や彼女の身内の話等の交流を深める内に心牽かれるようになったという。

そしてある日唐突に魔界からの迎えが現れ、別れる事になったのだと。

 

 

 夢子が話を終えた後には妙な静寂が訪れ、なんとなしにそのままお開きとなった従者定例会。

会場となった命蓮寺の住職に一同は感謝を述べると、各々の帰路へと着く。

 

 

「くっ、厄介な奴がライバルとして現れたものだ……よりにもよって半年のアドバンテージとはな」

 

 藍は思わぬところから出現した強敵の存在に焦りを覚えながらも、改めて真上と恋仲になれるようにチャンスを逃すまいと決意を新たにしつつ、自分の主と式に土産で何かを買っていこうと人里へ向かい。

 

 

「私としたことが、少々甘く見ていましたね……ですが、このまま続けていけば、いずれは……」

 

 衣玖は現状に甘んじていた自分を恥じつつも、少しずつだが確かに進んでいる今の関係を続けて行くと同時に、今度は手料理の味見をして欲しいなどと言って自宅にお邪魔するのもありかと画策しつつ天界へと。

 

 

「衣玖さんは一緒にご飯。夢子さんは同棲してた……なんかどんどん差が出来てる気がする……よし!私も頑張らなきゃ」

 

 鈴仙は他の者とのアドバンテージの差にへこみつつも、自分も今以上に積極的にならなければ行けない、と軽く頬を叩き自らを鼓舞しながら永遠亭へ。

 

 

「私と同じメイドな上に同棲までしていた……どうすれば良いのかしら、そもそも関係を普通にすら戻せていないのに」

 

 咲夜は未だに関係性が改善していないマイナス状態だと勘違いし、その事に深く絶望しながらも現状の打開策を練るために主が待つ紅魔館に戻る。

 

 

 妖夢は咲夜同様にどうすれば真上との関係を改善できるのだろうかと悩みながら、人里で買い物を終えて白玉桜へ。

 ナズーリンは自らの主人が思ったよりも苦しい状況に居ることを知り、今後は色々と奥手な主人の背中を押してやらねばならないと決意し、無縁塚の小屋へと帰る。

 小町は暖かい午後の日差しを一身に受け、眠気に身を委ねつつ今度真上の家にからかいにでも言ってやろうと企みながらに眠る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、夢子は一人歩を進めながら先程の事を思い出す。

 

(思っていたよりも敵は多いみたいね……)

 

 先程は出すことのなかったため息を1つ。

外の世界で共に暮らしていた時に感じたことだが、真上はある程度交流を持った相手をたらしこむのが上手い。本人は人付き合いが苦手、下手だと言っているが本当にそうであるのならばあんなにも他人に好かれない筈だ。

おそらく天然たらしというのは真上のような人の事を言うのだろう、しかも当の本人は好意を向けられている自覚がなく、あくまでも少し仲の良い知り合い程度にしか思ってないのがなんとも。

 

 どれだけ好意を向けてアプローチをしようが「自分がそういった類いの感情を向けられるわけがない」という強い思い込みがあるために気が付かないというのは、残念ではあるがある意味有り難いとも言える。

しかしまぁ、なんというか。彼が幻想郷にやって来ていたのは少し前から知っては居たのだが、まさかこちらの予想通りその天然たらしを存分に発揮しているとは。

 

(私の想いも別れる直前にすら気付いてくれなかったし……私としては結構頑張ったつもりだったのだけれど)

 

 主であり創造者でもある神綺に仕えてどれくらいの時が経っただろうか。そう思ってしまうほどに長生きである彼女だが、色恋沙汰に関しては素人同然。まだ淡い恋心を抱く人里の少女達の方が経験でいえば勝っているかもしれない。

そんなことを思う彼女の脳裏に浮かぶのはひょんな事から始まった彼との同棲生活……今となっては同棲などと言っているが、当初は同居とか居候といった表現を使っていたのだが。そこはまぁ、恋する乙女の特権ということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──本当に当時の私は驚いたものだ。

 

 何せ私達の魔界に態々やって来た上に攻撃を仕掛けてくる者が巫女以外に現れた事もだが、それを神綺様の命で追跡していた先に転がり込んだのが外の世界、しかもそこの一般人の自宅とは。

さて、幾ら偶然だと言えど他人の住まいに勝手には言った上に長居をするわけにも行かない。ここは一旦魔界に戻って報告するべき……と判断したのだが。

 

(……戻れない?ゲートが塞がれた?……いや、神綺様が向かわせた手前そんなことをするわけがない。それだとしたら何らかの結界によって転移が阻害されている?)

 

 先程まで使用していたゲートが使用できなくなっている事態に動揺するも、直ぐ様気持ちを落ち着けると、今いる周囲にゲートの使えなくなった原因があるのではと疑い周囲を見渡す。

木々を連想する茶系の色で纏められた棚の中央に置かれた横長の黒い板や、壁に貼り付けられた長方形の物体など見たことのない為にどれもコレもが怪しく見えていた彼女だったが、ガチャリと後ろから扉の開く音がして振り返ってみればそこには呆然とした顔の少年の姿が……そしてこれが自分と真上の最初の出会い。

 

 

 

 

「ハ、ハロー?」

 

 己が暮らす家に見たことのないメイド服を着た金髪の女が居たら普通は驚いたり、誰かに助けを求めたりするだろう。

 だが、彼はそれらの行為をすることなく最初に行ったのが自分との交流であった。

戸惑いの色が強い彼が発した、ぎこちない発音で行われたその言葉の意味は分からなかったが、ひとまず会話を行ってきたということは意思の疎通を取りたいと言うことなのだろう。

だから此方も勝手に入って申し訳ないと言うことを伝えると途端に恥ずかしそうに頬を赤くし、吃りながら

 

「あ、日本語喋れるんですね……」

 

 と、何故か気まずい空気が流れるが、それを打ち破り何故ここにいるのかと事情を訪ねて来た彼に対して、要点をかいつまんで説明を行う。

一通り話終えて考え込む彼を見つめながら、今後どうすべきかを考える……外の世界では鬼や悪魔などの存在は架空の存在とされ幻想郷への移住を余儀なくされたと聞く。

それ故に外の世界の住人である彼がこの一連の出来事を与太話と切り捨てることも充分にありえ、そうなれば外の世界について何も知らない無一文の自分は放り出される訳だが、戻ることも出来ない現状どうにかして生き抜くしかないだろう。最悪、そこの彼に方法だけでも教えて貰おう……そう思っていた時だ。

 

「……うん、分かりました。私は貴女の話を信じます」

「……はい?」

 

 我ながら随分と間抜けな声が出たと思う。

今目の前の少年はなんと言ったのだろうか?信じる?と言ったのだろうか。

……語った自分が言うのもなんだが、魔界というこことは違う場所に住むと自称する女である時点で外の世界の住人であるの彼からしてみれば胡散臭さしかないのに、その上ある者を追跡していたらここに転移していたなんて正直な話、知り合いであるならばまだしも初対面の相手から言われれば自分であれば間違いなく疑っていただろう。

 

「ですから、私は貴女の話を信じますよ。まだちょっと理解が追い付いていない部分もありますが」

「話した私が言うのもなんですが、外の世界の貴方にとって先の話は絵空事と思うものではないのですか?」

「……まぁ、そうですね。大半の方はそう感じると思いますが、私は"そう言うのが"絵空事ではないと分かっていますので」

 

 そう言うと懐から人体を簡易的に表したような紙を一枚取り出すとボソボソと小さく呟き、その後空に放る。

放られたその紙はひらひらと宙を漂い地面に落ちる──事なくそのまま宙を浮き続けている。

それを見て私は納得する。成る程、彼は外の世界の中でも稀有な此方側の力が使える人間なのだろう。そうであれば先程の話を信じることも考えられる。

私が心中でそう思っていると宙を漂っていた紙を回収した彼が「それでなんですが……」と話を切り出したので、意識を前方の彼に向ける。

 

「貴女はこれからどうするんですか?素人の私が言うのも何ですが1度、魔界に戻って報告でもしたほうが」

「……いえ、どういうことか魔界に戻るためのゲートが使えなくなっておりまして、戻ることが出来ないのです」

「そうなると、暫くは此方での生活をしなければならないと……」

「そうなりますね」

 

 すると「ふむ……」と言って思考を始めた彼を見つめながら今後の事について考える。能力でいってしまえば通常の人間よりは優れているので力仕事であろうが雑務だろうがこなせる自身はある。

ただ問題なのは自分が外の世界のルールや装置に疎いことだ。おそらく先程自分が見ていた2つも外の世界独自の何らかの装置なのだと思う。

それらを覚えるとなると流石に厳しいものがあるが、どうしたものか。

そんな私の不安を取っ払ったのは他でもない目の前の彼だった。

 

「もし、行く宛がないのなら私の家に住みますか?」

「……宜しいのですか?」

 

 もしそれが許されるのならば、此方としては願ったりかなったりの話。

向こうは此方側がそう言う存在だということをある程度理解してくれている。

私が念のために聞き返すと、彼は笑顔で頷き。

 

「ええ、この家も私と私の式しか住んでいないので部屋は空いてますから、そこは問題ありませんし……それに」

「それに?」

「すぐ目の前で困っている方を放っておける程肝は座ってないので」

 

 少し疲れたような笑みを浮かべる彼に心から感謝するのと同時に、居候させて貰うのだ。家事をすることは勿論だが、他になにか私に出来ることは無いかと問うと

 

「家事をして貰えるだけで充分ですよ。それよりも調査とか貴女が受けた命で出来ることがあるならそちらを優先してください」

 

 そう言われてしまえばなにも言えなかった。

確かに居候させて貰う身として家主である彼に何かしてあげるのは至極当然の事なのだが、それ以前に私は神綺様の命を受けて此方にやって来たのだ。それを疎かにしては従者失格だろう。

幸いにも夜間になれば人の出は少なくなるらしく、外に出て調査をするならばその時にすれば良いだろう。

 

「それでは……暫くの間お世話になります、葛之葉様」

「こちらこそお世話になります、夢子さん」

 

 こうして私は彼──葛之葉 真上との同居生活が始まった。

最初は慣れない機械……洗濯機などの操作に戸惑ったもののその便利さや、エアコンという気温を操ることが出来る機械がの存在には驚いたものだ。

しかし一週間も同じ作業を繰り返していれば、慣れてくるもので1ヶ月も経てば迷う事なく家電を扱うことが出来るようになっていた。

 

彼──真上さんとの関係も概ね良好で、此方の方がお世話になっている身であるのに、いつも「ありがとうございます」と感謝してくれる。

それは仕えるのが当然の私にとって、とても新鮮な感覚であり、決して神綺様に仕えることに不満を覚えているわけではないが、コレはコレで良いなと思うようになっていた。

 

 3ヶ月程経つ頃には既に学業を終えて帰宅する彼を出迎えるのが日課となっていた。

当たり前のように「お帰りなさいませ」と私が言い、彼が「ただいま帰りました」と返すその光景を見ていると何処か夫婦のようだな──なんて考えが浮かんでしまい、なんて事を考えているんだと頬が熱くなるのが分かる。

それを後から彼の式にからかわれ、余計に恥ずかしくなって数日ほど彼の顔をまともに見れなくなってしまった。

 

 5ヶ月が経ったある日の夜。

風呂から出た私がリビングに行くと、そこにはソファにもたれ掛かり眠る真上さんの姿が。

安らかな顔を浮かべ、深い眠りについているのだろう。私が軽く名を呼んでも起きる気配がない。

……このまま寝ていると首を寝違えるかもしれない可能性があり、それは大変宜しくない。明日は数少ない友人と出かける日だとも言っていたから尚更だ。

かといって彼はまだ風呂に入っていないので部屋に送るわけにも行かず、かといってぐっすりと眠る彼を起こすのは気が引けた。

 ……そう、これは仕方のない事なのだ。

決して私がそれをやってみたかったとかそう言う気持ちがあるわけではない。

眠る彼を起こさず、寝違えないようにするにはコレが一番良いと思ったからやるだけなのだ。

 

 そう自分に言い訳をしながらソファにもたれる彼の隣に座ると、その体を起こさないようにゆっくりと横に倒し、その頭を自分の膝の上に置く。

彼がネットとやらで買ってくれた寝間着越しに彼の体温と、髪の感触を感じる。

 

「ふふっ……」

 

 言い表しがたい高揚感を抑えきれず、思わず声が漏れるが、名を呼んでも起きなかった彼が起きる筈もなく。依然として眠りについている。

そしてふと視線を横にずらし、シャツの間から覗く肌に眼をやるとそこには無数の傷跡が見える。

 始めてそれをみたのはここに来てから2か月程経った時だろか。その傷はどうしたのか、大丈夫なのかと慌てて聞いても何でもないと誤魔化されたのを覚えている。

改めてその傷を見て、自分に辛い過去があるなら話して欲しいという気持ちがわき上がると同時に、人には触れられて欲しくない部分があり、あって半年も経たない者に話したくないだろうという冷静な心の声が聞こえる。

 

 彼の頭を撫で、あまり手入れなどには無頓着なのだろう。少し固めの髪の感触を感じることでその考えを頭の隅に追いやる。

やがて暫くしてから彼が目を覚まし、状況を理解できず呆けた顔を浮かべるまでその感触と、この空気を楽しむことにした。

 

 

 

 半年が過ぎるであろうある日。その時は唐突に訪れた。

何時も通り真上さんと共に朝食を取っていると、リビングの空間が突然グニャリと歪み、真っ黒な空間が作り出されると、その中から頭と胸にリボンを付け、白い水玉模様が入った赤いドレスに身を包む私と同じブロンドの髪を持つ女性がそこに経っていた。

その姿を見て私は思わずその名を叫ぶ。

 

妖奈(あやな)!?」

「遅くなってしまい申し訳ありません……お迎えに上がりました夢子様。神綺様がお待ちしております」

 

 真上さんには、一瞥もくれず私だけを見つめる女性こと妖奈。

その瞳には此方が帰ってくるのが当たり前だという思いが見て取れる……勿論私は神綺様の従者。

何時かはこの時が来ると分かっていたし、その時は迷わず帰るつもりでもいた。

 

 だが、それでも。

真上さんの方へ顔を向けると妖奈と同じく彼も私を見ていた。

こちらの世界で彼と過ごした時間は約半年。永い時を生きる私にとっては決して長くはない時間だが、とても満ちていた時間だった。

2人で買い物に行った先で彼の知り合いである店主に彼女かとからかわれたり、その時に違いますよと言った彼の言葉に少し不満を覚えた自分に驚いたりもした。

「たまには私が作ります」と言って真上さんが晩御飯を作ってくれた時もあった。私よりも不出来であろうそれを美味しいと思ってしまったのは何故だろうと考えたものだ。

 

半年という期間の中で彼と作った思い出が走馬灯のように思い浮かぶ。

 

 

……そう、私はきっと彼と離れたくないのだ。

もっと共に食事をしたい。彼と一緒に見ようと言ったテレビドラマとやらもまだ全部見終わっていない。

買い物だって最近は私への勧誘が酷くて行けてないのだ。

それに、何時かはその体に刻まれた傷跡について教えて欲しい。辛い過去であるならば、私が癒してあげたい。

 

 そう思っても現実は非常だ。

帰らなければという私と、まだ共にいたいという2つの私の感情の中で揺れ動いている時。

 

「夢子さん」

 

 彼が笑みを浮かべた。

少し困ったような、いつもの笑みを。

 

「楽しかったです、この半年の間。今までは私と式だけでしたから」

 

 ああ、やめてください真上さん。

そんな顔をしないでください。

 

「だから、有り難う御座いました。夢子さんもお仕事頑張ってくださいね」

 

 敢えて私を離すような締めくくりをする。

それもきっと私が迷う事なく魔界へ戻るためなのだろう。

だから私も彼の意思を組まなければいけない。

おそらく、いや確実に私と彼はもう会うことはないだろう……だから少しくらい最後に我が儘を言っても許される筈だ。

 

「はい、こちらこそ有り難う御座いました真上様」

 

そう言って彼の側に近寄り彼の頬に口付けをする。

小さな音が部屋に静かに響くと、彼の驚いた表情を尻目に此方を変わることのない表情で待つ妖奈の元へ向かう。

 

そしてゲートをくぐる瞬間、今だに驚いている彼の方へ向き直り一言。

 

「それでは……行って参ります」

「……はい、行ってらっしゃい」

 

そう返してくれた真上さんの表情は穏やかなものへ変わっており、それを見た私は1つの思いを抱きつつゲートをくぐった。

 

──あ、これ伝わってないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 神綺様の元へ戻って少し経つが、今だに彼のことを思い出す。

……半年も経たない内に知り合った男性に知らず知らずの内とは言え牽かれるとは、そこまで自分は節操なしだったのだろうかと考えるが、一目惚れという言葉があるのだから決して私のも可笑しくはないだろう。

 

そんな私の感情を見抜いたのか、神綺様が一言こう言った。

 

「別にゲートを通って向こうの世界にいけない訳じゃないんだから暇を見つけて会いに行けばいいじゃない?」

 

 

 

………………確かに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ。そんなことも思い付かなかった私は余程重症だったのだろう。

今ではそんなことはないが、しかしああいう別れをしてしまった以上、当時の私は会いに行くに行けず、そのままズルズルと時間が過ぎていった。

だが、今は外の世界よりも来やすい幻想郷に彼はいる。今度は恥ずかしがることなく会いに行き、再開を喜びたい。

 

……ただ、もうちょっとだけ覚悟を決める時間が欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな過去を思い出しながら歩いているとどうやら目的地についたらしい。

周辺には誰の気配もなく、ただ木々が風に揺られる音だけが辺りを包む。

 

「いい加減姿を現したらどうでしょうか」

 

 生い茂る草木しかない前方を見つめていると、不意にそこの空間に一筋の切れ目が入り、ぱっくりと上下に割かれる。

開いた先の空間には無数の目があり、こちらを無遠慮に見つめ続ける。何度見ても不快感しかないものだが、使っている当の本人はどのような感覚なのだろうか。

 

「お待たせしましたわ、なにやら考え事をしているようだったので気を効かせたのですが……お節介だったかしら」

 

そう言ってその空間……『スキマ』から現れたのはフリルのついた紫のドレスを着こなし、少々変わったピンクの日傘を差した1人の少女。

 

その名は八雲(やくも) (ゆかり)

 

 

 

幻想郷の創始者の1人であり、妖怪の賢者と呼ばれる圧倒的強者が妖しい笑みを浮かべながら夢子の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただき有り難う御座いました。

妖奈さんについては夢子さんを迎えに行くのに誰が良いかなぁと怪綺談メンバーを探していたら見つけました。
彼女は五面中ボスなのですが、どうやら名前があったらしくどうせなら彼女にしちゃえと勢いで決めました。すいません。

怪綺談のストーリーについては向かったのは実際には靈夢ですが、ここでは靈夢=霊夢としております。
原作ファン、及び旧作ファンの方の中には不快に思う方もいらっしゃるかもしれません。
大変申し訳ございません。



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第5話 拳交わせば

感想と評価ありがとうございます。
自己満足のつもりで書き始めた作品が3000UA行くとは思いませんでした……。

これからもなるべく続けていきたいと思うので宜しくお願いします。





 

 

「なにも反応がないと思えば、見えないところで人物観察と来ましたか、妖怪の賢者は随分と良い趣味をお持ちのようですね」

「ええ、それぞれ千差万別の反応があるのでやめられませんわ」

 

 皮肉を言ったのに、それを全く意に介することなくさらっと受け流される。

相変わらず食えない性格をしている──内心舌打ちをしつつ、到底自分の想い人には見せることの出来ない険しい顔をした夢子を見て紫はあらあらと余裕たっぷりの笑みを浮かべ。

 

「あら、怖い怖い。そんな顔をしていたら彼に逃げられるわよ」

「胡散臭い笑みを浮かべ続ける怪しさ満点の少女よりかは幾分かはマシだと思いますが」

 

 そう言った瞬間、たった一瞬だけだが紫の眉間にシワが寄ったのを夢子は確かにその眼で捉えた。

 

「ふ、ふふ……冗談が下手ね。普段の真面目さが仇となったのかしら」

「冗談もなにも、ただ単に事実を述べただけですが」

 

 ぐはっ。

 そう一言、鋭い一撃を貰ったかのような反応をしたのは夢子の眼前で先ほどまで、余裕綽々と言った雰囲気を醸し出していた紫。

よろよろと足下が小鹿のように震えているは決して幻覚などではないだろう。

 

「た、例えそれが事実だとしても対した問題ではありませんわ、彼は貴女が言った胡散臭い笑みに対して「綺麗ですね」と返してくれたのですから」

「能力を無駄使いして少女の見た目から妙齢の女性に姿を変えていた時の話ですよね、それ」

「な、なんでそれを!?」

 

 あまり起伏のない胸を張りながら語るその顔はやけに自慢げであり、何故かは分からないが少しむかつくので、先程真上との思い出に浸っているところを覗き見していた分も含めてとある筋──九本の尾を持つ女性がうっかり溢した愚痴──から手に入れたカウンターを叩き込む。

対する紫は大小なりとも悔しがると思っていた所に、それを躱された上に繰り出された見事な返しの一撃に驚愕する。

 

「素敵に思われたいと言うのは分かりますが、体全体を作り替えるのはどうかと思いますし」

「がはっ!」

「着飾ると言えば聞こえは良いですが、貴女の場合それは詐欺の手口ですよね」

「ぐほっ!」

「そうなると貴女は姿を偽って男を騙そうとする胡散臭い笑みを浮かべる隙間妖怪ということになりますが、そこら辺はどうお思いで?」

「げぶらっ!」

 

 ここぞとばかりに畳み掛けてきた夢子の言葉の弾幕に全て被弾してしまった紫は下が土であるのにもお構いなしに膝を付き、ガックリと落ち込む。

それを見て溜飲がある程度下がった夢子は今回紫が自らを呼び出した要件に話を切り替えることにする。

 

「話は変わりますが──それで、妖怪の賢者様が魔界のメイドごときにいったい何のご用でしょうか」

 

 その一言を聞いた途端、先ほどまでショックを受けていた少女の姿は消え去り、再び大妖怪、八雲 紫としての姿に戻る。

その代わり様は先程までが全てがお遊びの演技であり夢子の口撃に敢えて相手をしていたと言われても何ら違和感は抱かない──その割りにはショックを受けていた時の反応は中々に真に迫っていたが。

夢子は氷点下の視線を向けるが、そんな視線を向けられてもなお、その胡散臭い笑みを今度こそ崩さない紫はわざとらしく「あら、そうでしたわ」と口にすると。

 

「以前貴女達の魔界で起きた事件について、再度少々聞きたい事がありますの」

「……と言うことは例の件について何か進展があったと言うことでしょうか」

「ええ、とは言っても相手方がこう言うことに手慣れているのか、集まってくる情報はまだまだ断片的ですが」

「分かりました、改めて此方の情報を提供したいと思います」

 

 感謝致しますわ。そう感謝を告げた紫がおもむろに指をパチンと鳴らす。

すると何もなかった空間に先程同様の切れ目ができ、開いたその中から無数の眼が此方を世界を除く。

 

「取り敢えず、立ち話というのも何ですので……場所を変えるとしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜の花弁がまだ空を舞う姿を見ることが出来る、暖かい気温の中で肌に触れる春風が心地良い朝。

満点の青空の中で存在感を示す太陽に照らされた紅魔館の門前で、私はこの館の門番である(ほん) 美鈴(めいりん)さんと対峙していた。

 

互いに動かないままの時間が暫く経過していたが、私が少し大きめに息を吸った瞬間、妖怪としての身体能力を駆使してだろうか、約10mは離れていたであろう此方との距離を一気に詰めてくる。

 

 驚く私を気にすること無く迫ってくる右拳を己の体を左にずらしつつ、左手で彼女の右腕をいなし彼女の側面へと回り、拳をいなされた事でほんの少し崩れた体制を立て直した紅さんが、軽く後ろへ下がったこと思えば直ぐ様回し蹴りを此方の頭部めがけて放ってくる。

 

それを右腕で防ぐが、人外である妖怪の脚力から出されるその蹴りの威力は非常に強く、それを受け止めた右腕はビリビリと痺れる。

今現在紅さんは片足を蹴り上げたままの隙だらけの体制ではあるが、彼女の高い身体能力と格闘家としての技術を持ってすればこの状況から立て直し、次の攻撃へと移ることは比較的容易になる。

 

 なら、その攻撃に移る前に仕掛けるべき。そう判断した自分は彼女の胴体に潜り込もうと一歩踏み出したのだが──

 

「ッ!?」

 

 直後、己の直感がそれは危険だと桁まししく警鐘を鳴らし、それに従うように大きく後ろに跳ねるように退けると先ほどまで自身の頭部があった場所を紅さんの空いていた方の脚が蹴り上がっていくの様子が視界に入ってきた。

何が起きたのか一瞬理解できなかったが、その後紅さんの視界の下から上半身が現れるのを見てどうやら体を後ろに倒して縦回転を行い、その勢いで蹴り上げようとしたのだろう。

 

 人間であれば視界が反転する上に相手を見失い、それ故に蹴り上げた脚が当たるかどうかも運の要素が入る為にいまの状況で使うかといえば怪しいが、紅さんであれば私にそれ相応のダメージを与えることは充分に可能

──それに、仮にあの蹴り上げた脚を上手く避けて下で体を支えている両腕や上半身を脚払い等で狙おうとしても、それすらも上手くかわされていたような気がする。

 

 

 ともあれ私が後ろに退けたことで密着した状態から一転、最初の時のように互いの間に距離が出来る。

再び互いが相手を見つめあうという時間が流れるが、次に仕掛けるのはこちら。

神経を紅さんの観察に集中させ、一瞬の隙も逃すまいとしていたら、彼女がこれ見よがしに、素人目の私でも分かるような隙を晒した。

 

 まるで「攻めてこい」と言わんばかりに作られたその隙だが、このまま膠着していては先と同じような結果が生まれるだけ。

だとするなら攻める他ない。

 

 大地を蹴り紅さんに接近すると拳を左、右と次々に繰り出すも体を反らす、受け流すと言った最小限の動きで躱されていき、しまいには脚払いによって体を中に浮かされる。

そのままだとそこからの追撃をまともに受けて終わってしまうので、浮いて横になりかけている体を全身を使って回転させ、その勢いにのせて彼女に向けて蹴りを放つ……が、それすらも受け止められ、逆に伸ばした脚を捕まれ地面に叩き付けられる。

 

 肺から一気に空気が抜ける感覚に動きが鈍くなるが、直ぐに追撃を避けるために横に転がり立ち上がろうとした眼前には紅さんの拳が。

ここまでかと思った私は両手を上げ、未だに拳をこちらに突きつけたままの彼女に向かって降参の意を告げる。

 

「参りました」

「……はい、お疲れさまでした」

 

 すると、先程までの鋭い雰囲気はあっと言う間に消え、そこには頬に一筋の汗を流しながらも穏やかな笑みを浮かべる人の良さそうな方しか居なかった。

 

「立てますか?」

 

 そう言って差しのべてくれた彼女の手を「少しきついかもしれません」なんて良いながら握ると、「仕方ないですね」と、言葉とは裏腹に何処か嬉しそうな声色で引き上げてくれる。

 

 

──さて、改めて私こと葛之葉 真上は前からこうして紅さんに格闘戦の修行を付けて貰っている。

理由としては自分の経験不足とダウンした戦力を補うため。

自分がこの幻想郷にやって来てから起きた最初の異変。その首魁とも言える存在との戦いで、自身の式であるシドとサジが弱体化してしまった。

 

 こちらに来る以前、つまり外の世界で時折不穏な気配を纏った物の怪と戦う事があったけれど、その殆どが接近戦は己の式神であるシドやサジに任せ、自分はそれを支援するというもの。

現に外の世界では大体がそれで問題なく片付き、少し手強かった相手も自分の支援によって対処できていた。

 

 だが、今はそうもいかない。

確かに妖怪の山や時折人里を襲おうとする低級妖怪であれば弱体化しているとは言え、今までの戦い方でもさほど問題は起きないが、問題なのは中級・上級クラスの妖怪と相対した時。

 

 以前であれば拮抗した勝負を繰り広げられた相手とも戦えるか怪しく、その上術者である自分を狙って来るならば防戦一方になってしまうだろう。

……元々、幻想郷にやって来てからは自分の力不足を強く感じていて、特に4人に増える事が出来るフランドールさんと戦った時は、彼女を搦め手で落ち着かせるという方法を取ることしか出来なかった。

 

 私の育ての親の叔父さんは古くから続く対魔師のような家系の者で、私とは比べ物にならない程の実力者らしい。現に数回程だけ叔父さんが実際にその力を振るう所を見たことがある。

そのどれもが圧倒的で、対峙していた物の怪を一瞬で蹴散らしていた……あれで準備運動だと聞いた時には思わず聞き返してしまったのは仕方ないと思う。

 

自分も叔父さんとまでは行かなくとももう少し術師としての力を強めたいと思っている。

それに関しては博麗さんに修行を付けて貰おうとしたのだけど、どうやら自分と博麗さんの扱う力の類いが別物らしく今は時折側で見てもらい、それに対して彼女がアドバイスをするという形に落ち着いている。

 

 そして次に問題となるのが自分の接近戦の経験不足で、先にも話したが、これが紅さんに修行をつけて貰っている理由である。

フランドールさんの時には既に分かっていた事で、術者の自分の身体能力がある程度あれば、狙われたとしても対処が出来る事が増えるだろうし、何よりもシド達を守りに下がらせなくても良いので手数が増える。

 紅魔館の皆さんと関係を持つようになってから紅さんには相手をして貰っていたけど、異変が終わってからはより一層この修行に打ち込むようにしている。

 

 しかし、現状は未だに紅さんから1本を取ることが出来ておらず、その上種族としての身体能力の差があるとは言えある程度の手加減をして貰っている。

確かにそういう事をあまり今までやってこなかったとが無かったとは言え、手加減をされているのに1本も取れないというのはなんとも情けなく感じる。

 

 ……いや、それは紅さんに対して失礼だな。

確かに身体能力の差はあれど彼女が培ってきた技術があってこそのあの強さだ。手加減されるのも、1本も取ることも出来ないのも当たり前で、それを情けなく感じるのは違う筈。寧ろほんの少しでも、遥かに開いている差を詰めることが出来たと喜ぶべきだろう。

 

 それにしても幾ら負け続きとは言えそんな失礼な事を考えてしまうとは、まだまだ修行不足ということか。

そんな自分に対して思わず小さいため息が漏れてしまい、それが聞こえたのか紅さんが首をかしげながら聞いてきた。

 

「どうしたんですか?真上さん」

「……いや、改めて自分の軟弱さに対して嫌気がさしまして」

「そんなこと無いですよ?確かにまだ大きな動きや迷いがありますけど、最初の頃よりも格段に良くなってますよ」

 

 そう言う意味での軟弱という言葉を使った訳ではないのだけれど……いや、実際にまだまだ弱いというのは事実だが。

自分としては今はまだそう言う実感がわかないが、彼女がそう言ってくれるのなら、きっと良くなっているのだろう。

よし、と自分の頬を軽く叩くと再び体に気合いを入れ、自分とは反対にまだまだ余裕がありそうな紅さんと再び向かい合い、修行を再開する。

 

 

 結局。太陽が頂点に登り、自分も仕事に向かわなければ行けなくなる昼頃まで彼女との修行は続いたが、今日も1本を取ることはおろかまともに一撃を与えられることも出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行を終え、体中から吹き出る汗をこちらが渡したタオルで拭き取る真上さんを横目で見ながら私──紅 美鈴は考える。

外来人のこの人が幻想郷にやってきてからどれだけ経つでしょうか。初めて会った時に困ったような笑みを浮かべながら「一晩だけで良いので、宿を貸してはいただけませんか」と、真上さんがそう言わなかったら紅魔館はどうなっていたのでしょうか。

きっと今のようにお嬢様と妹様が手を取り合って笑い合い、時に喧嘩し、仲直りしてまた笑い合う。そんな夢のような光景は見ることが出来なかったような気がします。

 

 成り行きとは言え、お嬢様と妹様の擦れ違った思いを戻してくれたのは事実で、この人には感謝してもしきれないですね……当の本人はその時の方法が余程納得いかないのか、未だにお嬢様達に対して引け目を感じているようですが、私としては結果として皆幸せになれたのでそこまで申し訳ないと感じる必要はないと思うんですけど……。

 

 そんなことを以前、真上さんに言ったら全力で否定されたのはビックリしましたね。この人、何処か自分や自分の行動を卑下しやすい所があるのが難点ですよね~。

まぁでもそれを補える程に優しいですし、卑下しやすいものこっちが肯定してあげれば良いだけなのでそこまで欠点ではない気もしますね。

 

「そう言えば今日咲夜さんの姿が見えませんが……」

「あー……」

 

 そう言ってキョロキョロと辺りを見回す真上さん。

私が真上さんの修行に付き合っている時ほぼ必ずといって良いほど咲夜さんがやって来るが、その理由は勿論真上さんとの関係を改善するためだ。

 

 先の一件の際、真上さんはお嬢様の本当の気持ちを妹様に聞かせるため、お嬢様と咲夜さんに妹様が無惨にも真上さん達に殺されるという内容の幻覚を見せた。

それに対してかつてない、激怒という言葉が生温い程の怒りをお2人は見せたようなのですが、全てが終わった後にどうやら言い過ぎたと反省しているようで。

真上さんは真上さんで幻覚とはいえ、お二人にとって大切な妹様を殺したことに関してかなり負い目を感じてるので何処か距離を置いている。

 

 それが咲夜さんやお嬢様にとっては真上さんから苦手意識を持たれてると思っているようで。お嬢様はことある事に真上さんを夜のパーティに招待しようとしていますけど、長い間お嬢様に仕えている咲夜さんはともかく、人間と吸血鬼は生活リズムが違うので真上さんがパーティに参加することは殆どなく。

 

 お嬢様がパーティの招待状を咲夜さんに託して、咲夜さんがそれを持って真上さんに会いに行って招待状を渡し、それを見た真上さんがやんわりと不参加を伝え、それを聞いた2人は落ち込む……というのが最近の紅魔館で良く見られる光景になりつつある。

 

 咲夜さんに関しては真上さんとの関係を改善……元々悪くはないんですけど、交流を通じて良い印象をもって貰おうと人里によく行くようになりましたし……まぁ、単に改善改善の為だけに行ってる訳じゃないと思いますけど。

 

 

 

 確かにライバルは多いですし、焦る気持ちも分かるんですけど、焦った所で良いことなんてあまりないと思うんですよね。

それに結局どれだけアプローチしても気付かれなかったら意味がない上に変に勘違いされる可能性もあるから、こういうのは確実にコツコツと距離を詰めていくのが一番なんですよきっと。

……なんて恋愛初心者の私が行っても説得力無いですよねぇははは。

 

 

 

 

──それにしても。

 こう、好きな人だから贔屓目に見ているというのを考慮しても真上さんの成長速度はかなり早いと思う。

始めた当初は初撃すら耐えることが出来なかったのに、今ではその何十倍ものやり取りを行えるようになっている事には素直に称賛の言葉を送りたい。

 更に、本人が無意識で行っているのか分からないですけど、最近は私が扱う気のようなものを身に纏うことが時折見かけられるようになってきました。

 

 ……改めてこう考えると、式神を従えていたり、霊夢さんのような術が使えたりと本当に外来人なのか怪しく思えますよね。

私達の周りにいる人間が霊夢さんと魔理沙っていう半ば人間離れした人しかいないので忘れそうになりますけど真上さんだって充分人間という種族のなかでは強い部類に入る。

格闘術だって我流でしかも初心者ではありますが、決して悪くない線を行ってますし、元々の身体能力も決して低くは無いですから。

 

 

 そう思えば、私って真上さんの過去とか殆ど知らないんですよね。

私がそう言うのをあまり気にしないっていうのもありますけど、真上さん自身が過去というか外の世界にいた時のはなしをまったくと言って良いほど話そうとしない。

以前、何時だったか妹様に外の世界での生活について聞かれていた時も、此方で言う寺子屋の様なところに通いながら友人の探し物に付き合っていたと言うことしか話さず、それ以外の事ははぐらかしていた。

そうなると、私だけでなく幻想郷でこの人と関わっている全員が彼の過去について知らないのでは。

 

 うーん、謎は深まるばかり……です……か。

ただ、話さないってことは恐らくはあまり良い思い出がなかったのかもしれませんね……もしそうならその思い出が薄れていくのを願うばかりですね。

 

 

 ふと空を見上げれば暖かな春の陽気にぴったりの青空が広がっており、もしあの人の心に曇りがあるならこの空のようにいつかは晴れると良いな思いつつ、私は帰路に付く真上さんを見送った。

 

 

 

 

 



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第6話 売れず繁盛の店

 人里から少し離れた場所にある原生林。

幻想郷に住まう人妖から『魔法の森』や『森』と呼ばれるその場所の入り口近くには、ポツンと1つ佇む瓦屋根の目立つ和風の一軒家がある。

しかし、よくよく見ればその入り口はドアでありながら、窓は障子であるなど、所々からちぐはぐな印象を受けるその建物の名は香霖堂(こうりんどう)

 

 幻想郷で唯一外の世界の道具、冥界の道具、妖怪の道具、魔法の道具全てを扱う道具屋で、なお販売だけでなく買い取りも行っている。

人妖ともに拒まれず、誰でも利用できるこの店には今現在二つの人影があった。

 

 1つは香霖堂の店主である森近(もりちか) 霖之助(りんのすけ)

眼鏡をかけた整った顔立ちで、

椅子に座り本を読んでいるその姿から、知的な雰囲気を見るものに感じさせる彼はその若々しい見た目に反し、幻想郷創立以前から生きる長寿の妖怪と人間のハーフ。

 

 もう1つは外来人、葛之葉 真上。

椅子に座りっぱなしの霖之助と異なり、店の中をひっきりなしに彷徨ついている彼は霖之助の指示で香霖堂の商品の入れ換えを行っていた

季節は春。夏に比べ空気が涼しいとはいえ、空気の籠った香霖堂の中で動き回っている彼の額には汗が浮かんでおり、幾つもの道具が入った木箱を床に下ろすと首にかけた手拭いで額の汗をぬぐいながら店の棚に陳列される商品を見渡す。

 

「それにしても……」

「うん?どうしたんだい」

「いえ、こうして改めて見ると色んな道具があるなぁと思いまして」

 

 真上はそう言って幾つもある商品達を眺める。真上その言葉に何を思ったのか、手元の本から顔を上げるとその視線を彼の方へと向けながら呟く。

 

「生憎、能力のお陰で用途とかは分かるんだが、実際に使うとなると分からないものが多くてね」

「確か『道具の名前と用途が判る程度の能力』でしたっけ?」

「ああ……便利なのは確かだし、名前や用途が判れば問題ないと以前は思っていたんだが……如何せんそう上手くはいかないみたいだ…………おっと、それは右側の3段目辺りに置いてくれ」

「あ、分かりました」

 

 困ったといった感じに後頭部をかく霖之助。

その姿を視界の端に納めながらも、仕事を再開するためにガサガサと木箱の中から棚へと並べるために商品を取り出し、霖之助から指定された場所へ置いていく。

 暫くは商品を並べながら霖之助と談笑するだけの時間が過ぎていたが、それは唐突に第三者の手によって終わりを向かえる。

  

「お邪魔しますー」

 

 明るく活発な印象を受ける声で店の中に入ってきたのは、赤い瞳に黒髪のセミロングの美少女。

一見すれば人間と見間違う容姿をしているが背中にある烏のような黒い翼が彼女が人間であると言うこと否定する。

頭に赤い山伏風の帽子を乗せ、帽子から垂れる左右の紐を揺らしつつ此方へ快活な笑みを浮かべるのは名を射命丸(しゃめいまる) (あや)。妖怪の山を河童と共に治めている天狗の種族の1つ、烏天狗の少女である。

 

「いらっしゃいませ、射命丸さん。今日は何用ですか?」

 

 入り口付近から既に所狭しと置かれている道具やガラクタに目をやりながら店内に入ってくる文を迎える。

実は文がここ香霖堂にやってくるのは特段珍しいことではなく、少なくとも真上がここで働き始めた頃には既に月に2~3回ほどはやって来ている。

 

 

 どうやら頻繁に入れ替わる香霖堂の商品のチェックが目的のようで、暫く商品を眺めていき、気になったものがあれば霖之助や真上と会話を交え、全部を見終わると「また来ます」と一言の後に店を出る。

…………最初は商品を見るだけで殆ど商品を買っていかないという文を始めとした香霖堂の客に驚いていた真上だが、今ではすっかり慣れてしまい、店の外まで客を見送る余裕が生まれている。

 

 今回も恐らくはそれだろうと内心思いつつも、今の自分は香霖堂で働く店員である。店主の霖之助が「やらなくても良いのに」とは言っているが、それでも折角やってきた客を無下に扱うわけにはいかない。

そのため一応、念のために文に来店の目的を聞いた真上だったが、彼女が返した答えは真上の予想とは異なっていた。

 

「いや、実は霖之助さんに取材用カメラの修理を依頼してまして。今日はその受け取りに来たというわけです」

「……あ、ああ。そうだったんですか。それはお邪魔しましたね、どうぞ」

「いえいえ」

 

 予想外の答えに吃りつつも、意図せぬ事とはいえ霖之助へ一直線に向かうことの出来る道を遮ってしまっていた事に謝罪しつつ横に避けて文に道を譲る真上。

そんな彼に会釈しながら文は勝手知る他人の家のように、迷うことなく霖之助が待つカウンターの方へと向かう。

そしてカウンターへやって来た文を見た霖之助は、彼女に修理品を持ってくるので寛いでいてくれと、伝えそのままカウンターの奥へと消えていった。

 

 手持ち無沙汰となった文は、道具の埃を落としている真上の隣へ並ぶと、出来る限りの自然体に、良くある日常会話をするようなトーンで彼に声をかける。

 

「そ、そう言えば真上さん」

「……はい?なんでしょうか、射命丸さん。もしかして気になるものでもありましたか?」

 

 いつの間にか隣に並んでいた文に内心驚きつつも、表情に出すことなく店員としての対応する真上。

一瞬なぜ自分に話しかけて来たのだろうかと疑問に思うも、霖之助が奥に消え不在の今、自分に話しかけてきたということか購入したくなった商品があり、それで話しかけたのではないかと考える。

 

「前から言ってますが名前で呼んでも良いんですよ?……まぁそれはそれとして、商品ではなくて真上さんにお願いしたいことがありまして」

「……依頼?私にですか?」

 

 ようやく店の商品が売れるところが見れると言う期待を裏切られ、若干声が沈む真上だったがその後に続いた内容に首をかしげる。

そんな怪訝そうな反応を返した彼に対し、調子を取り戻したのか明るいいつもの笑みを浮かべる文。

 

「はい!私が以前、真上さんにインタビューをさせて欲しいと言って約束をしたのは覚えてますか?」

「ああ、勿論ですよ」

 

(確か、外来人である私の記事は見目新しいモノを求める幻想郷の方々に一定の需要があって、それに人里での交流の切っ掛けになるとかで受けることにしたんでしたっけ……?)

 

 そんな当時のことを思い出しつつ、約束を覚えていることを真上が告げると文は見るからにホッとした様子で胸を撫で下ろし。

 

「良かったです、忘れられていたらどうしようかと思いましたよ~」

「それは無いですよ、射命丸さんが私の事も考えてくれた上での約束ですから忘れるわけがありません」

「へっ!?……あ、あははは!そ、そそそう言って貰えるとこちらとしても嬉しいですねぇ!」

 

 実際はネタ欲しさにそれらしい事を言って取材を取り付けただけであり。今はともかく、当時は真上の事などまったく考慮する気は無かった等とは口が割けても言えない文。

罪悪感からか吃りつつ、冷や汗を流しながら笑顔を浮かべる彼女は誰がどう見ても何かを誤魔化しているように見えるのだが、作業をしながら会話をしている真上はそれに気づくことはない。

真上がこちらの言葉を信頼してくれているのが分かる反面、だからこそ今更ながらに申し訳なさを感じる。

ザクザクと己の罪悪感に刺さる相手からの信頼を剃らすために文は話題を切り替え、早急に本題に移ることにした。

 

「そ、それでですね!そのインタビューの件なんですけど、その後あの異変が起き始めて出来ず終いじゃないですか」

「……確かにそうですね」

 

 実際に異変を起こした軍勢の首魁が現れ、本格的に事を起こしたのは4~5日程度だったのだが、それ以前から敵側の干渉がインタビューの約束を取り付けた直後から約半年近く起き続けており、当時の文はそちらの方の調査に乗り出していた。

真上も独自に行動しており、それによって異変が解決しきるまで録にインタビューの機会なんてものは訪れず、解決した後も

 

「そ・こ・で!先の異変解決の功労者の1人である真上さんに約束していたインタビューも兼ねて、異変解決までの話を聞きたいんですよ」

「ふーむ、成る程……しかしなぜ私なんでしょうか?あの異変を解決したのは霊夢さんですし、その2人に聞いた方がより良い記事に出来るのでは……」

 

 作業を一旦区切り、文に向き直りながら告げられた真上の言葉に笑顔から一転、困ったように目を閉じ腕を組んだ文は言葉を選びながら真上に対して説明を始める。

 

「確かに真上さんの言う通りなんですけど、霊夢さんの話は途中からあの人の独壇場になってるので中々裏が取れないんですよね……霊夢さんと対峙した異変の首謀者に話を聞こうにも、文字通り跡形もなく無くなってますし。私自身がその場に居合わせていれば話は別なんですけど」

 

 ハァ……とため息をつく文。

記者として新聞のネタ、それも見出しを飾れるような特大のネタが眼前にありながらそれに手を出すことが出来ないのはかなり悔しい。

ならば霊夢の話だけを聞いて書けば、霊夢自身そこまで見栄を張る性格でもない為に問題は無いように思えるのだが、『清く正しい射命丸 文』を自負しているだけあり、出来るだけ掲載する内容は裏が取れたものにしたいのだ。

 

「それで、ですよ。真上さんも霊夢さんと異変の首謀者との最後の戦いの場に居合わせたんですよね?」

「そうですね、力不足でまったく役に立つことが出来ませんでしたが、それが…………ああ、成る程。そう言うことですか」

「そう!あの場に居合わせた真上さんの証言があれば霊夢さんの話の裏も取れますし、真上さん自身の異変の行動を知ることで記事に深みが出ます!なので!是非!」

「あ、あの……」

 

 興奮した様子でずずいと美しさと可愛らしさを両立した整った顔を近づける文に思わず少しだけ後ろに下がる真上。

しかしお互いの距離の近さに気付いていないのか、そんなこと構わずに文は捲し立てる。

 

「少s「真上さんであれば人里の方からも信頼されてますし、裏付けとしては充分なんです!」……」

「更にその真上さんのインタビューもあればネタとしては充分すぎる内容になる筈!ですかr「射命丸さん」……はい?」

「あの……この距離は少々近すぎるかと、思うのですが」

 

 最初は真上が何を言っているのか理解できなかった文だったが、あと一歩でも距離を積めれば互いの唇がふれ合う距離であることに気が付いたのか、その肌は段々と朱に染まっていき、終いには熟れたトマトのように真っ赤に変わる。

見事な変わりようですね。と真上がそう内心で思った瞬間、バッと跳び跳ねるように文が後ろに下がり、ワタワタと両腕を動かしながら罪に問われてもいるわけでも無いのに早口で弁明を始める。

 

「えっ、えっとですね!ここれはべべっ別にそう言う意図があったという訳じゃなくて、そっそそそのより良い記事を作りたいという私の信条からきた行動でして新聞記者としてごくごく当たり前というか仕方ないというかなんと言うか言い表し辛いんてですけど決して口付けをしようした訳ではなくてでも別にだからといって真上さんの事が嫌いと言うわけではなくてむしろその逆で好意を持っていますというかうわぁあああ!?」

「落ち着いてください、落ち着いてください、射命丸さん」

 

 余りの早口に彼女が正直何を言っているのか分からない真上だったが、今の文が混乱しているのは目を見るのも明らかな為に、失礼だとは思いつつも彼女の肩に手を置き勤めて冷静に何度も落ち着くように促す。

腕を振り回す事で商品と彼女の腕に傷が付くことを危惧し肩に手を置いて落ち着かせようとした真上だったが、手を置かれた当の本人は湯気でも出そうな程顔を赤くし、更に慌ててしまい。

真上がそれを宥めるのに余計に時間が掛かってしまったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変お恥ずかしいところをお見せしました……」

「いえいえ、お気になさらないでください」

 

 なんとか真上の説得(?)によって落ち着いた文。

先程に比べ顔はいつもの色を取り戻してはいるが、良く見ればその頬は未だにほんのりとだが朱に染まっている。

……それが他人の前で取り乱したことによるものなのか、それとも別の要因なのかは本人のみぞ知ること。

 

 それはともかく、真上は先ほどの取材の件について答えていない事を思い出し、文の意識を先ほどの混乱状態からそらす意味を含めて話題を変えることを試みる。

 

「そうだ。先程の取材の件なんですが、お受けさせていただきます」

「……え、良いんですか?」

 

 若干うつむき気味になっていた顔が上がり、驚きの色が込められた赤い瞳が真上を映す。

自覚がない上目遣いに怯む真上だったが、なんとか頷き返し、了承の意を伝える。

 

「ええ、それで射命丸さんの記事が良いものになるのであれば喜んで」

「あ、えっと……その、ありがとうございます」

「……いえいえ、感謝されるほどではないですよ」

 

 入店した時の快活な様子からは想像できない程にしおらしく感謝する文に何やら良からぬ感情が芽生えそうになるのを必死にこらえる真上。

恥ずかしい思いをして落ち込む彼女に対してなんて失礼なことを思っているんだと己を罵倒しながら取り敢えず今の状況を打開するために会話を続けようとするが、元々そこまで話題作りが得意でない彼が上手くその場を回せる筈もなく、それ以降会話が続かずなんとも言えない空気が2人と店内に流れる。

 

──誰でも良いので助けて欲しい。

そう思った彼の願いを叶えたのは妖怪の山にいる神でもなく、ましてや毘沙門天の化身でもない。

彼自身が働く香霖堂の店主であった。

 

「待たせてしまってすまない、少々散らかしてしまっていてね。見つけるのに少し時間が掛かってしまった」

 

 それからの彼女は速かった。

音もなく、そして目にも止まらぬ速さでカウンターへ向かうと事前に用意していたであろう修理の代金をカウンターに置き、カメラを半ば引ったくるかのように受けとると短く「ありがとうございました」と告げそのまま店の外へと飛び出していった。

慌てて真上は追いかけ店の外に出るが、そこには既に彼女の姿はなく、ただ黒い羽がヒラヒラと舞い落ちて来るだけであった。

 

 

 

幻想郷最速。

 

 

 彼女のそう謡われるその素早さは今こうして遺憾無く発揮されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんと言う速さかと、呆然と彼女が消えていったであろう青空を眺める真上。その光景を見つめる1つの影。

 

「ふふ、これは聞き捨てならないことを聞いたね」

 

そして、やがて店員としての仕事をするために店内に戻る真上は勿論のこと、瞬く間に店から出ていった文も呟かれたその声が聞こえることはなく、声の主と共に森の中に溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーすっ!来たぜ、香霖(こうりん)

 

 文が店を出てから寸刻。

同じ明るく活発なイメージを持ちつつも彼女とは違う、若干男勝りな口調の持ち主が香霖堂を訪ねてきた。

店の入り口に視線をやるとリボンのついた大きめの黒い三角帽と黒系の服に白いエプロンと外の世界で語られる魔法使いのような身なりの少女が立っていた。

 

 その少女の名は霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)

正真正銘の魔法使いであり、幻想郷で起きた数々の異変を解決してきた博麗の巫女である博麗 霊夢と同じ異変解決のプロであり、ここ香霖堂の常連客の1人である。

そんな片手に彼女の背丈はあろう箒を、反対側の手には何やら大量に何かが入っているであろうパンパンに膨らんだ白の布袋を持った魔理沙は何の迷いもなく店の中へ足を踏み入れる。

 

「いらっしゃいませ、霧雨さん」

「おう!毎回会うたびに言ってるが魔理沙で良いぜ」

 

 店員として挨拶をする真上に満面の笑みで返事をしながらカウンターへと向かい、その上に袋を置く。

そこそこの重さがあったのであろう。置かれた袋はドサリとやや大きめの音を立てる。

 

「今日はこれを買い取って貰いに来たぜ」

「ふむ……どれどれ」

 

 閉められていた袋の紐を解き、中に仕舞われていた道具と思わしきものを時に眺め、時に振り、時に叩きながら1つの1つ丁寧に鑑定していく霖之助。

結果に時間がかかるのが分かっているからか、彼が鑑定を始めるや否や真上の方へとやって来て、相も変わらず商品の埃を落としている彼に話しかける。

 

「どうだ、ここでの仕事にも慣れたか?」

「ええ、森近さんもお優しいので楽しくやらせていただいてます……これでお客様が商品を買っていってくださったらなお良いのですが」

「ふふ、言うようになったじゃないか。最初の頃とは大違いだぜ」

「霧雨さんのお陰ですよ」

 

 そう軽いやり取りを行う2人。

自分から絡み行く魔理沙と基本的に受け身である真上。会話に置いて相性が良いのもあるが、一部を除いた他の少女達よりもやや真上の態度が砕けているのは、何よりも彼女の性格によるものが大きかった。

才能の塊である霊夢に並び立つために誰の目も届かない影で途方もない努力を重ねる彼女のその姿を偶然目にした真上は強い憧れと尊敬の念を抱き、以降時折ではあるが彼女の魔法の研究に付き合うようになる。

 

 魔理沙も己の実力不足を認め、強くなろうと方法を模索し足掻く真上に少なからず共感を覚えており、彼が扱う術具に関しての相談事を持ちかけられた際は、専門外でありながら魔法使い目線での案を述べたりしている。

 そうして行く内に2人の仲が良くなるのは必然であり、今では友人のような関係に落ち着いている……最も、真上の名字呼びと敬語使いのせいで他者から見ればそのようには見えないのだが。

 

「それで最近は術具の開発はどうだ?順調か?」

「……残念ながら余り進んでいませんね、材料があまり集まらないのもありますが、如何せんそう言う知識が不足しているのが何よりの痛手ですね」

「それなら紅魔館の図書館はどうだ?あそこならお前が求めてる内容の本があるかも知れないぜ」

「それも考えたんですが……私が行けば紅魔館の皆さんが不快に思われるでしょうから」

 

 少し沈んだ声色の真上の答えにほんの少しだけ、瞳をきょとんとさせた魔理沙だったが、次の瞬間には大きなため息をこれ見よがしにつき、呆れたと言わんばかりに半目で真上を睨む。

 

「……あのなぁ、もし本当にお前の事を不快に思ってるんだったら、お前の特訓にあの門番が付き合うと思うか?」

「……紅さんはお優しい方ですので」

「ハァ……改めて見たがこれは重症だな

「霧雨さん?」

「いや、何でもないぜ」

 

 決して嫌われていないと諭そうにも全く聞く耳を持たない真上に、ため息の後に小さく、小さく呟かれた魔理沙のその一言を真上が聞き取れる事はなく、呟いた魔理沙も有耶無耶に終わらせる。

以前頭を悩ませる真上に魔理沙は仕方ないな、と内心呟くとビシッ!と真上を指差す。

 

「よし、次の研究に必要な魔術書を今度取りに行くんだが、その時にお前にもついてきて貰うぜ。お前を連れていけばすんなりと紅魔館に入れるし、多少は探しやすいだろうからな」

「はぁ……」

 

 「言っとくがお前に拒否権はないんだぜ~」と鼻歌混じりに言う魔理沙。

真上も彼女が唐突に約束を取り付けてくることは何度か経験済みであり、この時は幾ら断っても無駄だと言うことを理解しているので困惑しながらも決して文句を言うことはなかった。

 

 それから暫くの間、魔理沙の愚痴に付き合っていたが、霖之助が鑑定を終え買い取りの代金を受け取ると「じゃあな」と一言告げて箒で飛び去っていく。

 

「またのお越しを~」

 

 店の外まで出てそう言いながら手を振り、魔理沙を見送る真上。

ふと空を見れば頂上にあった太陽も傾き、西の方角へ段々と沈んでいこうとしており、空はまだ青いが今日という日の終わりが少しずつ訪れていることを知らせる。

 

 しかし、まだまだ香霖堂は開店中。

今日の間にやっておくべき事はもう少し残っている上に、魔理沙が持ってきた道具も陳列しなければならないだろう。

 

(数が少ないと助かりますけど、どうでしょうかね)

 

 そう内心でため息混じりに呟いた真上は店の中へと戻って行く。

春風吹く季節の中。

香霖堂の道具は今日も売れることはなく、いつも通りに閑古鳥が鳴いていた。

 

 

 

 

 

 

 




今回も読んでいただき有り難う御座います。

まさかの評価バーに色がつくとは思っていなかったので、思わず二度見しました。
今後も精進していきたいと思います。

それと、話は変わりますが何人かの方に「タイトル詐欺では?」と言われたのでタイトルを変更しようか悩んでいる状態です。
なのでいきなりタイトルが変更される可能性があることをお知らせしておきます。

あと、今後についてアンケートを設置しておりますので、もし宜しければ投票をお願いします。


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第7話 嬉々に揺れる狐尾

 

 

 珍しくも1日に2人の客が──両者どちらとも店の商品を買っていない為に、そう言えるかは若干怪しいところではあるが──来店した香霖堂。

霖之助が魔理沙から買い取った道具は彼女が持っていた袋の膨らみ具合から何となく予想はついていたが、かなりの数があった。

 それらを1つ1つ霖之助の能力で仕分け……という名目で蒐集家である彼が自分の懐に入れるか、店の商品として出すかを行っていた為に、いざ並べようとした時には既に青空は夕暮れに染まり、店を閉じる時間になっていた。

 

「どうしましょうか?森近さん」

「仕方ない、陳列は明日にするとしよう」

 

ご自分ではなさらないんですね……そう口に出しかけた言葉を何とか呑み込みながら、床の掃除等をするために箒を取りに向かおうとした時、店の外から声が聞こえた。

 

「すまない、真上殿は居るだろうか?」

「……藍さん?」

 

 聞き覚えのある声のする方へ真上が店の出入り口へ視線を向けると、そこにはゆったりとした長袖ロングスカートの服に青い前掛けのようなものを被せた服装をした美女、八雲 藍がこちらを伺うような表情で立っていた。

 彼女もここ香霖堂に足を運ぶ1人であり、真上が幻想郷にやってきた当時、鬼の伊吹 萃香と同じく色々と世話になった人物でもある。

 

「……私なら居ますが、どうしましたか?」

「ああ、いや……その、な」

 

 名指しされた為に、店の外で待つ藍の元へ向かった真上。しかし、彼が用件を聞けば途端に喉奥に物がつっかえたように言葉を濁す藍。心なしか目も若干泳いでいるように感じる。

 少しの間そうしていたが、やがて言う決心がついたのかまるで一世一代の大勝負に出るような気迫で真上を正面から見つめる。

その雰囲気にただならぬ気配を感じた真上は表情を引き締め、彼女が自分に告げるであろうその内容を受け止める覚悟を決める。

 

「里で真上殿でも飲めそうな酒が手に入ったから晩酌にどうかな……と思ってな」

「…………は、はぁ」

 

 そして、藍の気迫とはかけ離れた平和な提案が出され、一体何があったのかと身構えていた彼が思わず気の抜けた返事を返してしまったのは仕方のないことだろう。

 

「……もしかして"私とは"嫌だったか?」

「いえ、そのようなことは決してありませんよ」

「そ、そうか!それは良かっt……んん!」

 

 しかしその真上の反応をどう受け取ったのか、まるでこの世の終わりが来たかのような落ち込みようで恐る恐る訪ねてくる藍に、直ぐ様訂正を入れる真上。

すると見るからにほっとした様子を見せた藍だが、その後頬をほのかに赤らめながら、ごほんと1つ咳き込む。

 

(……ん?)

 

 今の一連の流れの中でも彼女の端整な顔は崩れることはなく、美人というのは得ですね。なんて思っていると、先程藍が発した言葉にどこか違和感を感じた真上。

 その違和感の正体を明かそうとする前に、藍が夜暗くなると危ないし真上を送る旨を告げると、真上は慌ててまだ仕事中だということを説明しようとするが、それを霖之助が遮る。

 

「いや、もう上がってもらっても大丈夫だよ、残っているのは店内の軽い掃除だけだしね」

「しかし……」

「……仕事を最後まで確りやろうとしてくれるのは雇った身としては嬉しいけど、たまには交遊関係を優先すると良いさ……誰かとの繋がりが大切なのは、ここに来て身に染みているだろう?」

 

 知り合った者達に助けられて今日まで生きてきた真上としては、そう言われてしまえば何も言い返せない。

ありがとうございます。と一言、申し訳なさげに一礼して 霖之助に告げると、それでは行こうかと9本の尾をフリフリと揺らしながらこちらを待つ藍と共に自宅への帰路へとつくことにした。

 

 

 

店員と客が消え、1人となった霖之助はひとり呟く。

 

「あそこまで気付かないとはね……」

 

 他人の感情の機微に疎いと言われる彼でさえ、何となくではあるが伝わる程の好意の感情。

魔理沙が彼に対してその感情を抱いているかは分からなかったが、それでも今日来た烏天狗と先程の九尾の狐は十中八九そうであろう。

 彼が、葛之葉 真上がここで働き始めてから幾分かが過ぎたが、未だに彼が彼女達の感情に気付くことはない。

 

 まさに鈍感や朴念仁と言った言葉が自ら形を得たらあのような感じなのだろう。

 

「……いや、あれは気付いていないというよりも──」

 

 そう言葉に出しつつも、その続きを彼が口にすることはその後もなかった。

それを口にするのは彼にとっても真上にとっても良いことではないだろう、特に幻想郷ではどこで誰に聞かれているか分からないのだから。

 

「さて……と、たまには自分でするとしようか」

 

 そう言い椅子から立ち上がり箒を取ると店内の床をはき始める。外では烏の鳴き声が聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(や、やってしまった…………っ!!)

 

 太陽もその姿を殆ど山の向こうへ隠してしまい、夕暮れから闇夜へと変わっていく空の下。

人里から少し離れた場所に建っている真上の自宅へ連れて帰る、という名目で共に帰ることに成功した藍は、その端整な顔の下でかなり慌てていた。

 普段、冷静沈着である彼女がこのような突発的な行動を取ったのかは、今日の朝から昼過ぎまで行われた従者定例会が大きく関係している。

 

 

 衣玖や夢子が大幅に進展している事に焦りを覚えながら人里へ向かっていた藍。

そこへ突如として、スキマを介して己の主である紫が現れ、「今日は私用で迷い家を空けるので好きにすると良い」という旨を伝えられた。

 藍の式神である橙も今日は配下にする予定の猫達の調教で忙しいので、緊急の案件がなければ帰ってこないと言っていた為、今晩は藍一人のみとなってしまった。

 

(さてと、どうしたものか……火急速やかに終わらせなければいけない事も特に無かった筈だしな……いや、待てよ!?)

 

 

 そこで彼女の中に1つの考えがよぎった。

これは真上の家に上がり込めるチャンスなのではないか……と。

 彼は基本的に午後からは香霖堂で働いている。あの店が閉まる時間は店長の気分次第で変わるが、大体は夕暮れ時に閉まる。

 そこで頃合いを見て「良い酒が入ったから晩酌にどうだ」などと、適当な理由をつけて物を受け渡し、そのついでに夜は危ないから、と護衛という形で彼の家までついていけばそのままの流れで食事を共に出来るのでは?と考えた。

 

 真上も夜の幻想郷の危険性は充分把握しているだろうし、藍の実力であれば例え彼が苦戦する相手でも、難なく対処できることも知っているはず。

 仕事がまだ残っているという理由で断られるかもしれないが、それこそ店が閉まる直前に行ってしまえば問題ない。

もしくは「わざわざ護衛なんて申し訳ない」なんて理由が出てくるかもしれない。それに関しては若干心苦しいが、今の彼の実力を話題にあげれば断る可能性は低いだろう。

 

 逆に護衛の礼として、晩御飯を馳走して欲しいと言えば彼の料理が食べれる上に、彼の性格からお礼という名目であれば、共に食事を取ることを断る確率は大幅に減る。

 

(うむ……うむ……悪くない、悪くないぞこれは!)

 

 そう自信げに心の中で何度も頷く藍。

しかし、この作戦が上手く行ったとしても、真上の自宅に上がり込む為に使うであろう、その方便や目的は、彼女と彼の二人の男女間の仲が進むような効果は一切期待出来なさそうだというのは、誰にでも分かるであろう話。

 

 超人じみた頭脳を持つ彼女なら、本来であればこのようなことは少し考えれば分かる筈なのだが。

この時、ライバルが自分の予想よりも彼との関係性をリードしていた事に対する焦りと、突然目の前に降っておりてきたこのチャンスを逃すまい。という強い気持ちが彼女の思考力を奪ってしまっており、藍がその事に気付くことはなかった。

 

 

 そうして、そのまま時間は流れていき、この話の冒頭にもあったやり取りを経て現在の時間軸へとなる。

 

(それにしても、なんであの時の私はこんな事を思い付いたんだ……いや、今考えても別にそこまで悪いとは思わないし、こうして一緒に歩けてるから文句とかはないが。しかしだな、もっとこう……他に手段はあったんじゃないか?)

 

「……そういえば、藍さん」

「へっ?……あ、な、なんだろうか?」

 

 内心で考え事をしながら歩いていた為、唐突に喋りかけてきた真上に思わず気の抜けた用な声で返してしまい、慌てて普段の口調に直して聞き返す。

その藍を見て、真上は心から申し訳無さそうな表情を浮かべる。

 

「護衛の件、本当に良かったのですか?……もしかして何か、大事な御用事でもあったのでは……」

「いやいや!そんなことはない!」

「そ、そうですか……」

「……んんっ!少し考え事をしていただけだから、真上殿が気にすることではないさ」

 

 やや食い気味に即答した彼女に、やや引き気味で答える真上。答えた藍も、自分が返した言葉の勢いが強すぎたのを自覚したのか、その後に頬を赤く染め、やや気まずそうに自分が考え事をしていた為に先ほどの反応を返してしまっただけだと伝える。

 

……内心ではこのままだとやっぱり一人で帰りますとか言われるのでは?と、冷や汗がダッラダラで気が気でない。

 

 

 そんな藍の心情を余所に、真上は自分の手に握られた袋を自身の胸元辺りまで持ち上げ、彼女の方へ顔を向ける。

 

「先程は色々あって忘れていましたが、差し入れ……ですかね?本当にありがとうございます」

 

 そう礼を述べて、真上が改めて袋の中の品物に眼を見やると、そこには2種類の酒瓶と恐らくはそれと一緒に食べる用にだろう、幾つかのつまみらしき物が確認できる。

里の店の値段や品揃えは思ったよりも変わりやすい。これはその商品が職人による手作りの一点ものだったり、作るのに必要な材料や食材が天候などによって入手し辛くなる事が起こる為。

 

 例えそれを踏まえたとしても、わざわざ酒があまり得意ではない自分のためにそれを買い、差し入れとして持ってきてくれた所に八雲 藍という女性の優しさを感じ、ここに来てから世話になりっぱなしだと……と真上は何故か動揺している彼女にもう一度頭を下げる。

 

 

 その後は互いの近況の話しあいになった。

 

「最近、術具の開発が行き詰まってしまいまして」

「術具というと……以前使っていたあの爆発する札のことか?」

「『跳爆符』のことですね。他にもありますが……異変以降、色々と模索してはいますが、どれも上手く行かず仕舞いでして」

 

 真上のその言葉に藍はふむ……と、少し考える素振りを見せる。

 

 

 

 真上が使用している『符』と呼ぶ札と、藍達が使用するスペルカードや弾幕として用いる札はその性質が大きく異なる。

 技の名前と、その技名を体現した技をいくつか考え、その技を契約書形式に記した紙が「スペルカード」で、通称「弾幕ごっこ」と呼ばれる決闘方式にてそれを宣言し、使用するのだが、この札は魔力や幼力は一切籠っていないただの紙。

 スペルカードで発現する現象は全てが個々の能力によるもので、他者のスペルカードを借りたからといって、その者の弾幕が使えるといったことは基本的にはあり得ない。

また弾幕に用いられる札も相手にダメージを与えるために妖力などが込められている意外はいたって普通の紙である。

 

 だが、真上の術具である『符』は1枚1枚に術式のようなものが刻まれており、この術式を真上の念を通して起動させる事で、攻撃や防御などに用いる。

 幻想少女達のようにひっきりなしに弾幕を放つことが難しい上に式神を扱うために力を消費しなければならない真上からしてみれば、そういった存在と戦うために必要な武器として魔力や妖力といった力を使用せずに済む為、使っているが欠点もある。

 

 

 まず第一に大量生産は難しいと言うこと。

札に込められた術式は全て真上が自らの手で刻んでおり、それ故に量産性はかなり低い。

 また、少しであればそうでもないが、刻む術式に歪みが出来れば発動時に暴発や不発などのアクシデントを起こすこともあり、符を作る際には毎回集中しなければならない事も量産性の低さの要因の1つになっている。

 

 次に符に使用する札の耐久性。

符を使用する際に念じるだけで術式を起動させる事が出来ると言うことは、それに使用する妖力やら魔力術式を起動させる際に使用する力も同時に込める必要がある。

そうすると今度は札が込められる力に耐えきれず炭化するという事が起きる。

 この為、札に力ごと刻める術式は限られており、下級妖怪であればさほど問題はないが、一部の中級や上級には効果が薄く、八雲 紫などの最上級の妖怪に至っては最早攻撃という意味をなさない。

 

 その為、前回の異変のように何かあってからでは遅いため、より強い術式を込められるように試行錯誤しているのだが、2つの欠点が大きく足を引っ張ってしまっているのが現状である。

 

 

 

 以前、真上から術具についての話を受けた事があり、その時の内容からパッと思い浮いた案を上げてみる。

 

「確か……耐久力が低いのだったよな?ならば札意外のものを使ってみるのはどうだ?そうだな、例えば…………この石ころではないが、鉱石類とか」

 

 そう言いながら藍は己の足下に落ちている、掌に収まるそこそこの大きさの石を拾い上げると、それを真上の方へ見せる。

 対する真上はうーんと、唸りながらつい先程の彼女と同様に思案する素振りを見せ、少しの間をおいて申し訳なさそうな口調で口を開く。

 

「確かに強度で言えば鉱石の方が上ですが……形状的に術式を刻みにくいのと、持ち運びの際にどうしても嵩張ってしまうんですよね……かといって、小さくすれば耐久性に問題が出てきますし」

 

 藍からすれば軽い気持ちの提案だったのだが、真上は真剣に運用した場合のメリットデメリットなどを考えている。

彼女がパッと思い付いただけだからと、思考を止めさせようとしている今でも「加工をすれば嵩張ったりする問題は解決しますが……その技術が」なんてぶつくさと呟いている。

 

 あまりにも真剣なその様子に思わず止めても良いものなのだろうか。と悩む藍だが、あくまでも今回の自分の目的を思いだし、思考の海に沈もうとする彼の意識を肩に手を置き、軽く揺することで呼び戻す。

 

「ここで立ち止まるのも時間的に良くない、考えるのは後でも君の家でも出来る。だからゆっくり考えるためにも歩を進めるべきだと思うが……どうだろうか?」

「そう、ですね……すいません、藍さん。折角護衛していただいているのに」

 

 頭を下げる真上に藍も気にしなくて良いという旨を告げるが、それでも彼女に世話になりっぱなしで恩を返せていないという負い目を感じているからなのか、依然として申し訳なさそうな表情を浮かべ、再度頭を下げる。

 

 こうなってしまった真上はどれだけ言っても自分が悪いというスタンスを崩すことはない。萃香同様に彼との付き合いが長い1人である藍は、立ち止まっている真上を歩かせるという意味も含めて前へと進み、彼に気付かれぬように小さく、小さくため息をつく。

 

(慣れてはいるが、謙虚も度を越すと厄介この上ないな。彼自身本気で自分が悪いと思っている分、尚更質が悪い……どうにかしなければ、家についてもこのままだぞ……)

 

 それは困る。と現状を打開するためにそのスパコン並みと言われる頭脳を用い、案を思い付いては破り捨て、思い付いては破り捨てを繰り返す……ハッキリ言って能力の無駄使いである。

 幾つもの案が彼女の脳内で破り捨てられていく中、1つの案が彼女の頭の中に浮かぶ。

その案は今この状況において彼の負い目を消しつつ、かつ彼女の目的すらも叶えられるものであり、そしてその成功率は限りなく高いときた。

 

 故にその案を迷うことなく彼女の脳内は採用。

直ぐ様それを実行に移すために脳から全身へと司令が伝わり彼女の体を動かす。

そんな彼女が採用した案とは。

 

「ふむ……そうだ、真上殿」

「……なんでしょうか?」

 

 脈絡もなく名を呼ばれたことを不思議に思いつつも、藍の呼び掛けに応じる真上。

落ち着け、あくまでも自然体で話すんだ。と心の中で何度も言い聞かせているなんて感じさせることのない、いつもの涼しげな凛とした表情で。

 

「今夜、紫様が用事で家に居なくてな。私の式である橙も配下する猫の相手で忙しくて帰ってこないそうだ」

「……?そうなんですか」

 

 唐突に藍の主と式の話題を出され、頭の中に疑問符が浮かぶ真上ではあるが、彼女の事だからきっと何かあるのだろうと話の続きを待つ。

 

「紫様の式であることに誇りを持っているし、主を支えるのは式の役目だとも思っている。だから普段から家事等の身の回りの事は私がやっていたんだが、それでも疲れというのは溜まるものでな……だから」

 

 真上が話に割って入る隙すら与える事なく、やや早口で喋りる藍。

やがて一区切りついたところで再度呼吸を整えると、本題を切り出す。

 

「だから、あー、そのだな。もし、真上殿が私が貴方を護衛したことに感謝してくれているのなら、今日の晩御飯をご馳走してもらっては、い、頂けないだろうか?」

 

 言い出しと途中、多少詰まったり、吃ったりはしたがそれでも用件を伝えることはできた。

──彼女の出した案とは「真上の負い目を利用して晩御飯の相席を勝ち取る」……そう、彼女がここに来る際に元々考えていた事である。

 おいおい、スパコン並みの頭脳は何処へいったのだと、この状況を紫が見れば顔を覆ってしまいそうな気がするが、普段の彼女はそんなことはない。

ただ真上が関連する時だけ彼女の頭はちょっと残念になるのだ。寧ろ普段からそんなのであれば、紫がとっくの昔にどうにかしているだろう。

 

 とまぁ、そんなことは置いておくとして。

提案を投げ掛けられた真上は、成功してくれと内心で祈り続けている藍の思惑通りその提案に乗る。

 少しでも恩返ししたいと思っている彼にしてみれば藍の言葉はまさに欲していたものであり、さながら地獄に降りてきた蜘蛛の糸であろう……その糸が垂らしている者の欲望で染まりきっているのはこの際無視するとして。

 

「私の料理が藍さんの口に合うか分かりませんが、その程度で宜しいのであれば……」

「そんなことはないさ、期待しているよ」

「……過度な期待はお勧めしませんよ」

 

 自分がかけた保険をバッサリ切り捨て、期待を寄せる藍に苦笑いを浮かべながらも今日の献立はどうするべきかと悩む真上。

 ふと、手元の袋に目をやればそこには2種類の酒瓶。

柄が違うために恐らく中身は別物で度数も違うのだろう。彼女が気を利かして飲めそうなのを2つも買ってきてくれたのだろうか。

そう思いつつも2種類の内、1つは以前彼女が好んで飲んでいたモノだということに気付いた真上は1つの考えを思い浮かべる。

 

──まさか彼女は最初から家でご馳走になるつもりだったのでは?

 

 

 

(……いやいや、そんな筈ありません)

 

あくまでも自分と彼女は大妖怪に使える式と外来人で、関係があるのは様々な偶然が重なったからこそ。

今回だって何かの気まぐれ、そんなことを考える方が失礼である。

 

そんな真上が、藍のご機嫌そうに左右に揺れる9本の尾に気付くかなかったのは必然の事だった。

 

 




今回も読んで頂き、ありがとう御座います。

投稿が遅れてしまい、大変申し訳御座いません。
藍さんの真上の呼び方と口調に違和感を感じ、何度も書き直している内に2、3週間ほど空いてしまいました。
今後はそう言うことがないように気を付けたいと思います。
今回も間に合わせるために途中途中強引な展開と、最後が駆け足気味だったので後々修正できたらなと思っております。

それではまた次のお話で。


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第8話 無き痕と誘い些事

 人里から少し離れた場所にある古びた家屋。

そこが幻想郷における真上の自宅となっている。

 

今となっては"和の趣を感じられる古い日本家屋"といった印象を受けるが、元々は長らく使われることのなかった故に埃まみれで、所々床や壁が剥がれており、まさに"ボロ屋"という言葉がぴったりの有り様だった。

 

 真上は寝床を用意してもらっただけ有難く、これ以上の手助けは申し訳ないと遠慮したのだが、流石にこの状態の家に住まわせる訳には行かない、と立ち上がった人里の稗田(ひえだの) 阿求(あきゅう)や、上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)らの呼び掛けと助力によってどうにか生活をする分には問題ない程度まで復旧することが出来た。

 

 その家の台所の竈に薪をくべ、火の勢いを絶やさないようにしつつ食材を調理している真上。

そして居間からちらちらと見える、せっせと台所を右へ左へと動くその姿を眼に入れながらもどこか落ち着かなさそうにしている藍。

無理もなかろう。彼女が真上の家に上がることは今までに何回かあれど、意中の相手の自宅で食事を共にすることは無かったのだから。

 

 

 そんな様子の藍の耳にケタケタと笑い声が聞こえ、彼女がそちらの方へ目を向けると、いつの間にか彼女の反対側に黒い山伏装束のようなものを着こみ、頭から4本の角を生やした羊頭の男が胡座をかいて座っていた。

 

「やれ、最上位の妖怪であるお主殿がそのような反応をするとは……まるで生娘みたいじゃの」

 

 好好爺然とした優しい声色だが、どこか小馬鹿にしたような内容を口にしたその者の名はサジと言い、2体いる真上の式の内の1体である。

そしてそのサジの言葉には藍は眼を細め、「調子に乗るな」と鋭い極寒の眼差しで彼を見つめる。

向けられた当の本人はわざとらしく怯えた振りをしながら

 

「おおっと、怖い怖い……冗談に決まっておるではないですか、そんな射殺さんばかりに睨まんで欲しいのぉ」

「黙れ、彼の式だからといって私が下手に出るとでも思ったか」

 

 藍の発する言葉は普段と同じ……いや、それよりも少し小さく真上には一切聞こえる事がない声量であったが、その一言一句全てに妖力と威圧を込めたそれは、例え上級であっても震える程のもの、しかし……。

 

「ほっほっほ……儂にはそのようなつもりはなかったのじゃが、それは大変失礼な事をした。不快にさせたのなら謝ろう……申し訳なかった」

 

 

しかし、サジは震えることも額に汗を流すこともなく飄々と悪びれる様子もなく頭を下げる。

その態度に藍の元々鋭かった視線はより鋭く、サジに向けられる威圧もより強くなる。

 

「その態度、どうやら礼儀とやらをその身に叩き込まなければ分からぬようだな?何、貴様のような中級の式神ごとき、真上殿が食事を作り終える前に叩き伏せる事など容易い事だ」

「クヒヒヒヒ、それはそれは困った……ならば、そうはならぬようにさっさと退散するのが、吉じゃのう」

 

内容に反し、困った様子など一切見せることがなくそう言い残すと、瞬く間に姿をその場から消したサジ。

藍もまた放出していた妖力と威圧を引っ込め、一息着いた直後にハッとし、小さくため息をつく。

彼女がため息をついたのはサジの能力について。

 

(してやられた……『"眼"を見て(いざな)い、虚偽を見せる程度の能力』。以前から警戒はしていたが、こうも容易く……)

 

 

 

『"眼"を見て(いざな)い、虚偽を見せる程度の能力』。

 それがサジの能力であり、その内容は簡単に言えば条件を満たした相手の精神や肉体に特殊な幻を見せるというもの。

その条件とは文字通り『眼を見ること』で、それは互いが眼を合わせるだけでなく、片方がもう片方の眼を一方的に見たとしても発動の条件は満たされる。

この能力によって見せられる幻の中で傷を負えば、あたかも本当にその傷を受けたかのように、実際に傷を受けた同じ部位に相手の体組織によってピッタリ同じ傷が作られる。

条件の発動の緩さとそれに反した能力の強さ故に隙がないように見えるが実際はそうでもない。

 

 まず、現実を強く認識している相手には通じにくく、その場合は相手の行動をほんの少し縛るか、感情を誘導することが精々。

故にこの能力は相手が視界に入った情報を把握する前に使う必要があるため、不意打ちや奇襲でこそ最も力を発揮する。

その為、面と向かって対峙している時にはそこまでの効果を発揮することはない。

 

 

 

 

 藍は紫の式として相応しくあるべく、を常に心掛けている……若干、真上の前や彼に関する事柄ではそれが出来ていない気もするが、それ以外では心構え通りに立ち振舞い、こちらからは理由もない限り悪意や敵意を見せることはないし、多少の無礼でも一度であれば許している。

 

だからこそ、先程のような小馬鹿にされているような言葉を投げ掛けられたとしても普段であれば受け流していたであろう。

しかし、現実は異なり藍はサジに対して過剰とも言える反応を返してしまった。これに関しては十中八九、能力の効果の1つである感情の誘導による原因だと藍は答えを出す。

 

 サジの能力に関しては以前自身が体験した上に、その後真上から直接詳細を教えられた為に覚えている。故にこの家に入った直後から自分が置かれている状況、場所、物の配置を、この家の内部という『現実』を瞬時に記憶に焼き付けた。

その行為に効果があったのか、それともサジに幻を見せる気が無かったのかは分からない。

取り敢えず幻を見ることはなかったが、それでも自身の中にあった彼の発した言葉に対する不快感と苛立ちの感情を増幅するように誘導されたのだろう。

 

 感情の誘導。

幻を見せるという本来の効果に比べれば対したことがないように思えるが、こちらも十分恐ろしいと藍は内心思う。

 

──例えば、相手が少しでも戦意を失えば。

──例えば、相手が少しでも恐怖したのなら。

 

 そうなれば確実にあの能力によってその感情が増幅していくように誘導されるのだろう……そうすれば対した労力を費やすこともなく相手を無力化することが出来る。

現に似たような能力が暴走し、幻想郷全体を巻き込む規模の異変を起こしたこともあるのだから。

 

 ……どんな生き物でも完璧に感情を押し殺し、制御することなど不可能だ。あの無意識を操る地霊殿の覚の妹でさえ、喜怒哀楽の楽だけとはいえ、感情の機微が見受けられるというのに。

もし仮に、己の感情を自身で制御できるという存在がいるとするならば、最早それは人形か、もしくは『感情』と言う言葉では表せない別のナニかではないのか。

 

 

(厄介としか言えないな……しかし、そんな能力を持つ奴がよく人間の式神という立場に甘んじたな)

 

 

 藍自身、決して悪く言うつもりは無いのだが、真上は少々妖力や魔力に近い力を操ることが出来るという以外は、いたって普通の人間にしか見えない。

霊夢や魔理沙、そして咲夜のように人間でありながら神妖と対等かそれ以上に渡り合う存在では決してない。

 

 そんな者の式という立場にあそこまでの能力を持った妖怪が大人しく落ち着いているというのは少々、いやかなり不思議ではある。

力を持つ存在というのは大なり小なり異なるが、それぞれが自分の力や種族、立場に誇りを持っている。藍であれば八雲 紫という圧倒的な強者の式であることのように。

 

 天狗のように強者には敬意を払い、弱者には強気に出るといった風に力を持つ妖怪は殆んどの場合、自分よりも力が無い下の者の言いなりになることを嫌い、力が増せば増すほどその考えは強くなりやすい。

 

 それならば、あのシドという者は何故、自分よりも格下の存在であろう真上の式神となったのか。

シドが自ら望んで式神となった可能性はあるが、己より格上であろう藍を小馬鹿にするような奴である。そんな性格の妖怪が望んで人間の式神になったという可能性は低い。

 

 

 となれば、考えられるのは『真上がシドよりも実力が上である』か『シドが弱みを握られており逆らうことの出来ない』の2つ。

まず間違いなく前者は違うと否定できる。

かつて外の世界に妖怪がいた頃の人間ならば、まだあり得なくもないが、真上は文明が進み妖怪や神などの存在が幻想となった時代の人間。

同じ式神を扱うとしてもその力の差は歴然であろう。

 

すると残るのは後者で、これが最も可能性が高い。

だがしかし、真上の性格を考えるとそのようなことをするとは、とてもではないが思えないのだが……

 

 

 

 

(……そう言えば、何故あの2体を式神にしたのか聞いたこともなかったな)

 

 真上は基本的に自分のことを語りはしない。

日常でも、仕事場でも、宴会の席であっても、彼は極力自事を喋らず、喋ったとしても味の好みだったり、得意なこと苦手なことと言った当たり障りの無い内容のみ。

 

 

だから藍が真上の式神については知っていても、その式神を得た経緯を知らないのはある意味当然の事なので、気にすることではない。

しかし、当の本人はそうは思わなかったようだ。

 

(思えば、私は彼の過去を1つも知らない……知る機会は少なからずあった。だが、私はそれを……)

 

 

 

 彼が何故に過去を語らないのか。

彼女にはその理由は分からない……いや、理由を知ろうとしなかったといった方が正しい。

その理由は単純明快、嫌われたくなかったからだ。

 

 誰もが振り向くであろう絶世の美貌を持っていようが、数百、数千の時を生きていようが、その内心は恋を知らぬ乙女。

今まで抱いたことが無い感情と、好いた相手から嫌われるという恐怖が"彼を知りたい"という思いを消し去ってしまい、彼女自身が己の言動を無意識に制限してしまっていた。

 

 

 それは薄々、藍も分かっていた。

分かっていた上でそれを見過ごしていた。

元々、彼女は萃香達のように動いてから考えるよりも、先に考えをある程度纏めてから動く事の方が多い慎重派である。

そんな彼女が好かれた相手に嫌われるかもしれない言動を取るだろうか?

 

 それに、彼女の周囲の少女達も同じことを思っていたのかは分からないが、彼と変わらない関係が続けていたのが「まだ焦ることはない」と、藍が一歩踏み込む事を余計に躊躇わせる原因になっていた。

 

(だが、私も進まなければいけない)

 

 しかし、夢子というダークホースの登場で幸か不孝か、そう悠長にしている訳にはいかないと決心した藍。

確かに不用意に踏み込んで嫌われるのは怖いが、ずっとこのままというもの嫌だと。

だからこそ、勇気を出して聞いてみることにする。

 

 

 

 そうしている内に、食事を作り終えた真上が食器を乗った盆を手に居間へと戻ってくる。

真上に続くようにその後ろから姿を表したのは角と鬣を生やした虎の頭部を持つ偉丈夫で、その正体はサジと同じく真上のもう一体の式神であり、名をシドウと言う。

 

「お待たせしました」と申し訳なさそうに告げながら、藍の膳に中身の入った食器を置いていく真上。

その背後では同じように──おそらくは場所的にサジの席であろう──空いている膳に食器を置くシドウの姿が見えた。

 

そして4つ全ての膳に食事が用意され、真上、藍、シドウと何時の間にやら現れていたサジを合わせて少し遅めの夕食が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「御馳走様でした」」」」

 

 食事の味は結果から言うと、その味は可もなく不可もなくであった。

決して意識が飛ぶような美味ではない、だが思わず吐き出してしまうような不味さはない。

良くも悪くも普通の味と言う言葉が当てはまる食事ではないか──それが藍の評価であった。

 

 しかし、不思議と箸が進んだ。

かつてヤンチャをしていた頃、権力者に取り入り多くの美食を口にした彼女だが、数度口にすれば飽きていた。

だが、豪華とは言えない。いや寧ろあの時代に比べれば質素であろうこの料理は何度口にしても飽きることがないと思えた。

 

 

(こういうのを家庭の味と言うのだろうか……私もこれが作れるようになれば、いずれは…………っ!何を考えている!)

 

 ブンブンと頭を振ることで脳裏に浮かんだ妄想を振り払い、落ち着かせるために湯呑みに注がれたお茶を口につける。

それを口を歪ませたサジが見つめてはいたが努めて無視することにした。

 

暫くして食器を洗い終えた真上が戻ってくると役目は終えたとばかりにサジが消え、それに続くようにシドウも姿を消し、消えた二体に真上はありがとうと感謝を告げる。

そして居間に残ったのは真上と藍の二人。

 

 

 なんとも言えない空気が流れる中、どう話を切り出そうかと藍が迷っていると真上がおもむろに袋から酒瓶を取り出した。

 

「時間も良いことですし、酒盛りでもしますか?」

「……ああ、そうするとしよう」

 

 ぶっちゃけ、一緒に酒を飲むことなぞ家に入った頃から頭から抜け落ちていた藍は一瞬なんの事か分からず、反応が遅れてしまったがつとめて覚えていましたとばかりに返事を返す。

トクトク……と互いの杯に酒を注ぎ、杯を合わせ静かに「乾杯」と呟く。

 

チビチビと何時ものように飲もうとしていた真上だが数口喉へ通すと驚きの表情を浮かべる。

 

「これは……だいぶ飲みやすいですね」

「そうだろう。店主の話だと製造者が『多くの人に酒を飲んで欲しい』と言う思いを込めて作ったそうだ、だから度も普段よりも抑えていると聞いた」

「成る程……どうりで」

 

 グイッと杯の中身を一気に飲み干すと言った、何時もは考えられない飲み方をした真上はハァと、息を満足げに吐く。

 

「いい飲みっぷりだ」

「からかわないでください、藍さん達のモノに比べたらお子様用みたいなものでしょう」

 

 困ったようにそう溢す真上。

対して藍はすまないと一言謝罪し、自分も杯の中の酒を一気に口の中に流し込み、彼と同じ様に息を吐く。

それから少しの間、相手の杯に酒を注ぎ、飲んで空になればまた注ぐといった事だけが行われる。

 

 

 外でなる虫の声と杯に満ちる酒の水音以外が聞こえない中、その空気を藍は自らの言葉で切り裂く。

 

「時に真上殿」

「はい、なんでしょうか?」

 

 何時もよりも多めに酒が回っているからだろうか、やや上ずった声で答える真上だが、そんなことが気にならない程に藍は緊張していた。

幾ら決心したとは言え緊張するものはするし、怖いものは怖い。手汗で手は湿っており杯が滑って落ちないか心配でならないが、藍は口の震えを抑えながら一歩を踏み出した。

 

「以前から気になってはいたんだが、その、掌にある痣はどうしたんだ?」

 

──踏み出した結果の質問として、もっと他にあるだろとか、色々とおかしいとは言ってはいけない。彼女だって色々といっぱいいっぱいだったのだ。

 

 

 

 

「……これですか?」

 

 そんな彼女の内心を知らずに、杯を持っていない方の掌へ視線を向け、続いてその掌を合ってるかと確認を含めて藍へと向ける真上に、彼女は頷く。

その真上の掌、小指の下辺りには歪な形の痣があった。

曲線を描き、中指と人差し指の方へ伸びるにつれ細くなっているそれは丁度、三日月を半分にしたような形状をしている。

杯を置き、開いたもう片方の手にも対になるようにほぼ同形状の痣があり、2つを合わせると歪んだ三日月のようになる。

 

普通に出来る痣ではないと思い、以前からあの2体を式神にしたときの代償なのではないかと予想している藍であったが、返ってきた答えは予想とは異なっていた。

 

「うーん……私にもよく分からないんです」

「と言うと?」

「私が幼い頃から……それこそ物心つく前からあったようなんです、これ」

 

 真上の話だと幼い頃、医者にも見て貰ったが病気というわけでもなくいずれ薄くなって自然に消えていくと言われた。

だが、歳を取っても消えるどころかその青灰色の痣は色さえ薄くなることなく真上の掌に存在し続けているらしい。

 

それを聞いた藍は肩透かしを食らったような気分だが、同時に疑問が浮かんだ。

 

 

 

 

(──ならば、あの痣は一体?)

 

生まれつきで消えない痣というのもあるだろう。

藍は頭は良いが医者ではない。そういうモノもあるのだとその道の者に断言されてしまえば、全てではないが一応の納得せざるをえない。

……だが仮に、そう仮にだ。そういった痣があるとしてもあそこまで左右対称の痣が出来るものだろうか?

 

まだ何らかの呪術や魔法の代償や、契約の証だと言われた方が信憑性がある。

 

(気になりはするが、当の彼が分からないのならこれ以上踏み込んだとしても、意味はないだろう)

 

 

 そう締めくくり思考を切り替えた藍の頭は痣の事なぞ頭のすみへと追いやり、そんなことよりもこの後どうやって彼との話を続けるかにシフトしていた。

 

 その後は彼女の努力もあり話は続いた。

きっと酒の飲みやすさ故に、真上もいつも以上に飲んでしまい酔っていたのだろう、平時もより話を聞くことが出来た……ただ、肝心な彼の過去についてはそれとなしにはぐらかされた辺り、ガードが固いのは変わらずだが。

 

 それでも藍にとってみれば収穫は多かった。

味の好みやその理由、外の世界にいる友人達、術具を作るようになった切欠等々……。

どれも内容だけみれば何てことはないものではあるが、情報が多ければ多いだけ彼の事を理解することが出来るかもしれないし、今後の会話のネタにも困ることはない。

 

 

 初回にしてはかなり健闘した方だ。

その満足感で心を満たした彼女は1つ、真上から彼自身の情報を聞き出すのを優先していた為に聞き忘れていたことを訪ねる。

 

「そういえば……背中の傷の調子はどうだ?」

「大分良くなりましたよ、これも永遠亭の皆さんのお陰です」

 

 そう言いつつ自身の背中へとチラリと視線を向ける真上。

衣服で隠れていて今は見えることはないが、その背中には1つの大きな傷跡が刻まれていた。

肩から腰まで届く程に巨大なその傷は、以前起きたある異変の首魁の襲撃を受けた際、"ある人物"を首魁の放った一撃から庇った際に出来たもの。

 

今では心境的に余裕があるため、庇われた相手を羨ましいだのと思えてはいるが、当時はそれはもう大層な焦りっぷりを見せていた藍である。

……ぶっちゃけ、治療という大事な名目があるとは言え、彼の裸(上半身)を見たり触ったり出来るのはかなり羨ましいと妬んでいる彼女はどこか手遅れ感がしなくもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(まぁ、それはおいといて)

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後軽く真上と雑談を交わし、彼の自宅を後にした藍はマヨイガへと戻り、干していた洗濯物を畳む等の家事を終わらせる。

そして湯船で身を清めた後は自身以外誰もいない家の寝室で1人眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八雲紫はとある屋敷で魔界神のメイドを勤める夢子と、幻想郷を襲った異変の全貌とその首謀者らしき人物についての話し合いを行っていた。

最初は今現在確定しているであろう情報にすれ違いがないかの確認から始まり、今は紫……幻想郷側で分かったことについて、魔界側への情報提供が行われていた。

 

 今回新たに分かったことは2つ。

1つ、幻想郷を襲った物の怪の頭領は天の邪鬼であったこと。

2つ、博霊大結界にほんの少し、パッと見では分からない程の微細な穴が1つ空いていたこと。

 

 前者はともかく、後者は関係性があるかの裏付けは取れていないために確証は得れないが、恐らくは襲撃の際に侵入するために作られた穴だろう。

穴の小ささも今回の集団の特性を考えれば納得は出来る。

 

 それからは憶測と考察が飛び交うも結局、答えが出ないまま時間が過ぎていく。

もうそろそろお開きにするべきかと、紫が考えていたその時、夢子が1つ大事なことをお伝えし忘れていましたと口を開いた。

 

「……最近忙しくて耳が可笑しくなったのかしら、申し訳ないけどもう一度言っていただけるかしら?」

 

 彼女から語られたその内容に紫は己の耳を疑った。

あり得ない、いや、そもそも可笑しくはあったのだが、もしも彼女がもたらした情報が正しいのならば、今回の件の首謀者は本当に何者なのだろうか?

 

夢子が紫に語った内容、それは────

 

 

 

 

「私が以前追跡した者が使用していた転移術ですが……私達、魔界人が造り出したモノと酷似していました」

 

 

 

通常であれば手に入れることの出来ない技術が使われたであろう痕跡についてであった。

 

 




今回も読んでくださり本当にありがとうございます。

藍さんが何回書き直しても若干ヤンデレっぽくなってしまうので試行錯誤していたら遅くなりました
ヤンデレは好きですがが書きたい訳じゃないんです、自分が書くと薄っぺらいので……。

そろそろ過去に起きた異変についての解説を挟んでいこうと思います。
とはいっても今のところは交流をメインに書いていきたいので、どうか宜しくお願いします。


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第9話 知外の産物、潜む謀略

何処にあるとも知れない場所にポツンと佇む、古き良き日本家屋、その居間で八雲 紫は困惑した表情を浮かべていた。

それにはつい先程までこの場に居た夢子が彼女に提供した情報が原因。

 

──『私が以前追跡した者が使用していた転移術ですが……私達、魔界人が造り出したモノと酷似していました』

 

 

あり得ない。

夢子から告げられたその内容に対して、紫の心の中での結論はその一言に尽きた。

 

 

魔界と幻想郷が関わりを持ったのは幻想郷に魔物と呼ばれる存在が定期的に現れることになったのが切欠であった。

 

それらは当時既に博麗の巫女であった霊夢が退治していたが、幾ら倒せど倒せど魔物は一定の期間を経て現れる。

これではキリがないと霊夢が原因を探ると、魔界へ通じる扉がとある洞窟にある事が判明し、魔物はその扉を経由して幻想郷に現れていることも。

 

事態の収束を図るためにその扉から魔界へと向かった霊夢と、観光ついでに着いてきた魔理沙。そして、各々の事情で魔界へと同時期に向かっていた魅魔と幽香の手によって解決し、魔物が出現していた扉の封印と、ついでとばかりに魔界人が幻想郷にやってくることを禁じることを約束させた…………前者はともかく、後者は末端の制御に創造神とは言え手が回っていないのか、時折幻想郷に魔界人がやって来てはいるために守られてはいないが。

 

 

その為、魔界の住人と幻想郷の交流は──向こうが無理矢理押し掛けてきている形ではあるが──未だに続いている。

そこまでで紫は気になったことが2つあった。

1つ目は何故、魔界へと通じる扉がひっそりと、それこそ霊夢が原因を探るまで気付かないような場所にあったのか。

さらに扉を通じて現れる魔物はどれも危険なものだった、それこそ、博霊の巫女が出向かなければ行かない程に。

下手をすれば幻想郷のバランスを崩しかねないそのようなものが創設当時にあれば、間違いなく紫は排除していたであろう。

……だが、その扉はいつの間にか存在していた。

忘れ去られたものを受け入れるのが幻想郷だが、その扉は『忘れ去られたもの』というにはかなり無理がある代物であった事。

 

 

2つ目は、魔界の住人は何時、何処で幻想郷の存在を知ったのか。魔界と幻想郷は外の世界のように結界で区切られているわけではない、完全に別の異世界である。本来であれば魔界の住人は幻想郷という場所があることすら知らないのが当たり前なのだ。

紫もその時はじめて魔界という異世界があることを知ったのだから。

 

 

ここから見いだされる答えは1つ。

扉を設置し、幻想郷の存在を魔界の住人に教えた何者かがいるということ。

前者と後者が同一人物なのかは分からない。だが、前者の行動に関しては明確な悪意、もしくは敵意を感じていた。

 

 

だが、いったい誰が?

両方とも幻想郷と魔界、それぞれの存在を知らなければ出来る芸当ではない。

 

 

(そう考えるのは早計かしら?でも……)

 

扉に関しては偶然、こちらの世界と魔界を繋ぐ扉を作ってしまった、あるいは繋がってしまったと考えることも出来る。

 

もしそうであるなら、妖怪に対抗するために里の人間が何らかの呪術、もしくは儀式を行った結果に出来たもの?しかし里ではそのような報告は上がってきている様子はなく、それに置かれていたのは里の外、それこそ妖怪が跋扈する場所。

扉自体、魔方陣のようなもので持ち運びは恐らく不可能。だとするならばその場で『何か』を行った……わざわざ危険を冒して?

里を危険に晒さないために、敢えて人間の被害が出ない場所で行ったと言うのなら説明はつく。報告が上がっていないのも、その『何か』を行った者自身が、里での居場所を失うことを危惧したのだとしたら一応の納得はできる。

 

 

……だがそうなると、その人物はどうやって、その『何か』を見つけた?

 

 

(……不透明な事が多すぎるわね)

 

答えにたどり着くための証拠は数多くあるが、しかしそのどれもが決定的なものには至らない。

まるで、拾いあげ悩むこちらを嘲笑っているようなそれら全てがその何者かによって意図的にバラまかれたかのように。

 

 

言い表しようのない気持ち悪さが頭の中に浮かぶのを紫は感じつつも、自身の手元に揃っている情報から、彼女は魔界に関する一連の出来事は同一人物によるものではと睨んでいる。

……確かに、先の"扉は第三者による偶然の産物"という説のように全て異なる原因があり、それぞれは全くの無関係ということも充分にあり得る。

 

だが、それでも長い時間を生き、培ってきた本能とも言える第六感が警鐘を鳴らし続けていた。

 

カチコチ、カチコチと壁にかけられた時計の針の音だけが響く時間がしばらく続いたかと思うと、溜め息と共に紫は閉じていた目を開く。

 

「……ふぅ、駄目ね。情報が揃ってないんじゃ、幾ら考えたって限界があるわ」

 

正直なところ、今回起きた異変……『霊寄狂異変』についてすら未だに分かっていない部分があるのだ。

異変を起こした存在は全て消滅し、残ったのは霊夢との死闘の末に倒された首魁と思われる異形の天の邪鬼の死体と、決して小さくない傷を負った幻想郷。

 

異変を起こした目的を知ろうにも首魁らしき者は既にこの世に居ないため聞き出せない……もっとも相対した霊夢の話を聞くに、仮に生きていたとしてもマトモに話せるかどうか怪しかったが。

 

「なんにせよ、ここまでしてくれたんですもの。相手が誰であろうがそれ相応の罰は受けて貰わないと……ね?」

 

自身の愛する幻想郷を傷つけた者に対する紫の怒り。言葉に込められたその思いに呼応するように、彼女の周囲にどす黒い妖気が集まり始める。

可視化したそれは、例え幻想郷屈指の実力者である者達であろうと冷や汗を流し、その重圧に屈するであろうもの。それを察知し逃げ去ったのであろう。先ほどまで聞こえていた鳥達のさえずりは聞こえなくなり、その気配も消え去っていた。

 

次第に集まった妖気だけでガタガタと家具だけでなく家全体が紫に恐怖しているかのように震え始めたその時。

 

 

「まっ、それは後にしましょう………それよりも」

 

そう言うと集まっていた妖気は一気に消え去り、周囲の気温も心なしか元に戻っているような気がする。そんなことはお構い無しに、紫は鼻唄を歌いながらおもむろに空中に手を伸ばし、その先にスキマを広げる。

本来であれば無数の眼が動くその空間に、どういった原理かとある家内の映像が映し出される。

 

そこには、そわそわと落ち着かない様子の自らの式である藍と、反対に落ち着いた物腰で彼女の相手をしている外来人の真上の姿があった。

2人の姿を捉えた紫はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、楽しげに2人のやり取りを見つめる。

 

「藍ったらそわそわしちゃって……そこは昔やってたように積極的に行きなさいよ」

 

ああでもない、こうでもないと、まるで初々しい乙女のような態度を取っている己の式を、もどかしそうにしつつもニヤついた笑みを浮かべながら覗き見をしているその様子は、端から見れば不審者でしかない。

 

しかし、何時もその行いや表情を指摘する式はスキマの奥で、自らの旧友や同格の存在はここには存在しない。

その為、紫は存分に出歯亀行為を楽しむ。

 

 

紫自身、真上には好意を抱いてはいるが、彼女の中でもっとも大切なのは幻想郷であり、どちらか片方を選べと言われれば、彼女は後者を選ぶだろう。

だからこそ、周りとは違って一歩引いた状態で接するというスタンスを貫いている。

 

別に嫉妬しないという訳ではない。

自分の以外の女性と真上が接しているのを見ると羨ましく思うし、自分もあのように隣に立ってみたいと願うこともある。

だが、あくまでその程度だ。どっかの誰かみたいに専用のポジションが欲しいわけでもないし、あわよくば付き合いと、虎視眈々とその瞬間を狙っているわけでもない。

 

 

それに紫から見れば藍も可愛い、可愛い己の式であり、そんな藍と彼が結ばれれば、必然的に紫とも家族となる。

そうすれば彼とも居られるし、藍も幸せであろう。

寿命についての問題だって彼の境界を弄るか、藍と同じように式にしてしまえば解決する。

 

だからこそ、紫は藍を応援するためにスキマに映る光景を眺める。

 

 

(それにしても、彼の話し方というか雰囲気、どこか見覚えがある気がするのよね……誰だったかしら)

 

そんな違和感を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバの頭は絶頂の時を刻んでいた。うっかり時を飛ばしたり、未来を見てしまう能力を得てしまったのかと感じるほどに彼女は歓喜していた。

 

 

 

 

時を少しだけ戻すと、その日鈴仙は薬を売りに里へ足を運んでいた。

里の人間との交流が妖怪の中でも多い鈴仙は、多くの里の者から歓迎され、特別これといったアクシデントもなく昼前には薬を売り終え、自らの住みかである永遠亭に戻る前に雑貨屋等で品物を眺めていたその時だった。

 

「何か良いものが見つかりましたか?」

「そうですね~この髪飾りなんかきれ、い……で?」

 

ふと投げ掛けられた問い、鈴仙は店主だと思い何気なしに言葉を返すが、よくよく考えれば自身の背後……より細かく言えば左斜め後ろから聞こえた上に、40代と言っていた店主の声にしてはやけに若く感じた声。

不思議に思い、後ろを振り返ってみるとそこには見覚えのある容姿の青年が1人。

 

穏やかな笑みを浮かべながら鈴仙を見つめていたのは、外来人の真上。

 

「……真上さん?」

「はい、そうですが……どうかしましたか?」

 

思わぬ人物が居たことに動揺し、確認の意味を込めてその人物であろう名前を呼ぶ。

すると目の前の青年はやや不思議そうに小さく首をかしげつつ、返事をする。

 

そこでようやく鈴仙の思考は正常に稼働し始め、青年を正しく捉えつつも、それと同時にこちらに返された問いに返答してないことを思いだし、慌てて答える。

 

「いや、あの、えっと……その、な、何でここにいるのか、なぁって」

 

──訂正。慌て、そして物凄ーく吃りながら真上へ答えた鈴仙。

その様子と返答に何時ものようにマイナス方面に捉えたのであろう、申し訳なさそうに。

 

「今日は森近さん……私の働き先から1日お暇を頂きまして。何をしようかと里を歩いていると鈴仙さんを見かけましたので声をかけさせていただいたのですが……折角の買い物中にお邪魔をして申し訳ありません」

 

そしてペコリと頭を下げる真上。

またしても慌てながら鈴仙はそれを否定する。

 

「そんなこと無いですよ!寧ろ良いのが多くてなや──」

 

そこで鈴仙の頭に電撃が落ちる。

場所は人里の雑貨屋、目の前には身につける装飾品が並んでいる。そして店には店主と自分、そして真上の3人しかいない。

 

(こっ、これは……っ!)

 

瞬く間に周囲を眼だけを動かし確認。自分及び彼の知人となる幻想郷の著名人の存在を視認せず。時間帯とこの店の立地を考慮しても既に里内部に入っていない限り、ここに到達することはない。

耳を澄ます。もしも近くにいるのであれば周囲の人間が話題に出しているはずだが、それも聞こえないためにこの付近にそれらの人物がいない事はほぼ確定された。

 

思考から行動を終えるまでの時間、約十数秒。

永琳や輝夜の影に隠れがちではあるが、彼女のスペックはエリートと称されるだけあってかなりのもの。それこそ偵察のための思考と行動をバレずに、かつ同時に行いつつ他者の相手をすることなど、頭がオーバーヒートさえしなければ余裕で行える。

 

(今なら邪魔は入らない……ならやるしかない!)

 

「……鈴仙さん?」

「あっ、えっと良いのが多くて私だけじゃあ決めきれないので、真上さんにも選ぶの手伝って欲しいなぁって」

 

喋っている途中、突如として停止した鈴仙に困惑と心配が混じった声で呼び掛ける真上に、何事もなかったかのように話の続きを始める鈴仙。

 

「私、そういったモノを選ぶセンスは無いのですが……」

「大丈夫ですよ、私も一緒に選びますし!それに師匠達にもお土産で買っていきたいので、お願いします!」

 

そう言い切り、最後に頭を下げる鈴仙。

真上の平時は押しに弱いというのと、先程抱いたであろう罪悪感を利用した真上に装飾品を選んで貰おうという作戦。

更にここで自分1人ではなく、他の永遠亭の者達の分も頼むことで後々の制裁を回避しようとしている辺り、実にズル賢い。

 

真上も鈴仙を始めとした永遠亭のメンツにはお世話になっているため、そこまで頼まれれば断ることは出来なかった。

 

「……分かりました。ただ、期待はしないでくださいね」

「はい!」

 

 

 

 

鈴仙と真上の出会いは、彼が幻想郷に入ってから1ヶ月ほど経過した時である。

突如凶暴化した妖怪達との戦いで傷を負い、里の医師では治療をすることは難しいと判断され、永遠亭に運び込まれてきたのが真上であった。

 

治療は無事成功し、彼の回復力が高かったものあってか1週間で入院を終えた。

そこでは鈴仙と彼は入院患者と看護師のよう関係で、特段これといった会話をすることはなかったのだが、その後一応の経過観察ということで師匠である永琳の命で彼の家を訪ねた。

2人が本格的な関わりを持ったのはその時からである。

 

薬の売り込みという目的もあったが、その他にも別の理由で彼の体調が気になっていた鈴仙の勧めもあり、永遠亭の薬を定期的に家に置いて貰うことにしたのだ。

そこからはまぁ、互いに話すようになり親交を深めていった。

 

 

彼女の感情が明確な好意に変わったのは、先の異変『霊奇狂異変』の時である。永遠亭に無数の凶暴化した妖怪が襲撃を行い、それを永琳らと共に迎撃していた鈴仙であったが、数の暴力によって鋭い一撃をまともに受けてしまい、倒れてしまう。

絶体絶命の彼女を助けたのは、本当に、たまたま偶然、異変の首魁を追っていた真上であった。

 

助けて貰ったから惚れるなぞ、人によれば吊り橋効果だと鼻で笑われるかもしれない。それも偶然その場に居合わせた人物が相手であるなら尚更。

しかしだとしても、その時普段聞くことの無い焦った口調でこちらに呼び掛ける真上に、自らの命が危ない状況であるにも関わらず胸が高鳴ったのは事実なのだ。

 

それにその後、しっかりと時間を置いて、考えを落ち着かせてから彼と会った時も確かに起きたその胸の高鳴りは、決して鈴仙自身が抱いた恋心が、吊り橋効果によって生まれた一時的なモノではないと証明していた。

 

それからは彼女は他の少女達同様にアピールをしているが、これまた何時ものように彼には通じない。

だが、諦めることはしない。

月を救った己が1人の青年を落とすことが出来ないなんて事はないと、鈴仙は今日も彼に接するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──なんて、ここまではそれなりにまとまってはいるが、彼女も例に漏れず恋というものは初体験であり、存分にポンコツと化している。

 

 

 

現に真剣にどれを選ぼうかと悩んでいる真上の横顔を眺めているその表情はだらしなく、店の店主もやれやれと呆れている。

以下は会話の抜粋である。

 

「八意さんにはこの首飾りで決めてもいいですかね?」

「そうですね~」

「次は蓬莱山さんですよね、やはり黒髪で和服美人ですし……簪とかの方が似合うでしょうか?」

「そうですね~」

「白の髪飾り……これも良いですけど、鈴仙さんの髪色的にやはりこっちの髪飾りの方が……鈴仙さんはどう思いますか?」

「そうですね~」

 

鈍感な真上も流石に違和感を感じたのだろう。

「鈴仙さん?」と先程よりもやや大きめの声で呼び掛けると、ハッとし慌てて答える。

そのやり取りを彼女を見て慌ててばっかだなこの嬢ちゃん、なんて店主が思ってることは露知らず。

 

どうにかこうにか永遠亭のメンバー分を買い終えた2人。それじゃあ私は帰りますので、と満足げな表情で里を出ようとした鈴仙に更なる幸運が舞い降りた。

 

「この後、永遠亭へ定期検診に行こうと思ってたので、着いていっても大丈夫でしょうか?」

「…………あ、はい!大丈夫ですよ!」

 

まさかの延長戦。

鈴仙の心の中ではファンファーレが鳴り響き、天使の翼と輪っかを着けた因幡達が彼女の頭上を回っていた。

大袈裟と思われるかもしれないが、恋する彼女にとって好きな人と共に歩けるのは幸せなことなのである。

 

むふふふ、と思わず笑みがこぼれてしまいそうになるのを必死に堪え、里の男なら間違いなく惚れるであろう笑みを作ると、隣に立ち共に歩く真上の存在を感じ心の中で悶えつづけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回も読んでいただき有り難うございます。

他の話と比べると今回はかなり短いですがご了承ください。本当はもっと長くする予定だったのですが……。

評価、お気に入り登録してくださった皆様、本当に有り難うございます!
これからも出きる限り皆さんに読んでいただけるように書いていくので宜しくお願いします。


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第10話 傷ついた永遠

明けましておめでとう御座います。

感想と評価、お気に入り登録が何よりの喜びです。




迷いの竹林。

 

その名は数多くある幻想郷の名所の中でも、人妖問わず高い知名度を誇る場所の1つである。

地理としては里から見て妖怪の山の正反対に位置しており、常に深い霧が立ち込め、緩やかな傾斜によって方向間隔は狂い、周囲の竹に傷をつけて目印にしようとも、ここの竹の成長は早く、下手をすれば帰りにはその目印は消えていることもあるため、アテに出来ない。

 

この迷宮と呼ぶに相応しい性質から自然から生まれる妖精ですら迷うとされ、余程の強運があるか、ここの地理を熟知している者に出会わなければ永遠に脱出することは出来ないと言われており、この場所の知名度が高いのも、不用意に近づき誤って立ち入らないようにするためだとされている。

 

 

かつては竹林の中にある永遠亭と呼ばれる日本家屋があり、そこのとある人物と取り引きを行った竹林の持ち主を自称する妖怪によって近づくことが出来なかった。

しかし不完全な満月と終わらない夜を生み出した『永夜異変』が解決して以降は人里では対応できない重患や、症状に対する診療所として解放されている。

 

また、狼女である今泉影狼を始めとした月に関わる妖怪が住み着くようになった。

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああ!?」

 

自身が踏みしめてきた竹林にそんな歴史があることを知らない真上は、この地で迷う心配よりも、今現在、己の目の前で起こされているこの処刑をどう止めるべきかに思考を割いていた。

 

──どうしてこうなったのか……と言うと、それは定期検診のため、里で薬を売り終えて帰路に着こうとしていた鈴仙に偶然出会い、道案内を頼み込んでいざ永遠亭にやって来た時のこと。

 

「ただいま帰りました~」

 

そう玄関の引戸を開けながら鈴仙が帰宅した意を告げ、中に入ろうとしたその時。

ガシッ!と、開いた玄関の向こうから延びてきた手が鈴仙の頭を掴む。

掴まれた鈴仙は抵抗する素振りすら見せず、身体中の水分を出し切るかの如く冷や汗をダラダラと流し、心なしかその体は小刻みに震えているように見える。

 

「し、師匠……?あの「随分と遅かったわね、鈴仙」

 

先ほどの浮わついた声は何処へやら。

完全に恐怖に染まった声色で必死に弁明をしようとする鈴仙の言葉を遮り、穏やかな……されど何処か威圧感のある声で師匠と呼ばれた相手は鈴仙の名を呼ぶ。

 

名を呼ばれた彼女はビクッ!と体を跳ねる。

急転直下とはまさにこの事。幸せの絶頂から地獄へと見事に叩き落とされた彼女は、これから自分に降りかかるであろう制裁を回避するため、この手を離してもらおうと諦めることはなく、弁明を続ける。

 

「待ってください師匠!帰りが遅れたのは事情がありまして!」

「……じゃあ聞かせてもらおうかしら?午後の診療の準備の手伝いに遅れた事情とやらを」

 

もう後がないから当たり前ではあるのだが、切羽詰まった様子で喋る彼女に師匠は渋々、といった感じで弁明の余地を与える。

たった一度、目の前の静かに怒れる修羅が自身に迫り来る制裁を避けるために与えてくれた唯一無二のチャンス。

ここは慎重に言葉を選んで──

 

「実は真上さんと「そう、なら大丈夫ね」っちょ、まっ──いだだだだぁ!?

 

──選んで、生き延びることに見事に失敗した哀れな月兎に、無情にも刑は執行された。

 

 

 

 

 

そして、今に至ると言うわけである。

 

ミシミシと、玄関の奥から伸びた手に捕まれた頭からは、決してその部位からは出てはいけない音が現在進行形で聞こえており、彼女の悲鳴も相まって相当な力が加えられていることが容易に想像できる。

 

他の師弟、主従組であれば只のじゃれあいだと眺めることが出来るのだが、如何せん刑を執行している相手が相手である。

そのまま鈴仙の頭部が握りつぶされることもあり得ない話ではない為、真上は己の用件を済ますためだけでなく、彼女を助けるためにも未だに鈴仙の頭に力を加え続けている手の主の名を呼ぶ。

 

「お取り込み中すいません、八意さん。定期検診に来たのですが……」

 

真上に名を呼ばれた手の主。不死の存在である蓬莱人にして永遠亭の凄腕薬師、八意 永琳は真上の存在に今気づいたといった風に「あら、」と小さく声を漏らし、その姿を玄関の外へ現す──鈴仙の頭を掴んだまま。

 

霧に包まれながらも、空に伸びる竹と竹の合間から差し込む日の光に当たる銀髪は淡く光り輝き、彼女の美貌に磨きをかけている。

そんな永琳は真上の方へ顔を向けるとその整った顔に、にこやかな笑みを浮かべながら彼の来訪を歓迎する。

 

「いらっしゃい、真上さん。定期検診でしたよね、少々準備があるので、中の待合室に案内させて頂きますね……優曇華、行くわよ」

 

そう言うとようやく鈴仙の頭から手を離し、真上を連れて歩く永琳。

解放された鈴仙は頭を押さえながらもホッとした表情を浮かべ、次いで慌てて2人の後を追って永遠亭の玄関の奥へと消えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これぞ日本家屋といった外見をしている永遠亭。

その中も木板で出来た床や、和室など昔ながらの和を感じさせる作りになっている。

その数ある部屋の1つである待合室にて待機していた真上は、暫くして部屋を訪れた鈴仙に連れられ診察室へと案内された。

 

消毒液の独特の匂いが漂う診察室で永琳は服を脱ぎ、さらけ出された真上の背中を看ながら険しい表情を浮かべており、隣で助手として控えている鈴仙に至っては見ていられないのだろう、時折り目を背けている。

 

 

平均的な男性よりも背が高く、やや筋肉質な彼の背中には肩から腰まで届く程に巨大な獣の爪で引き裂かれたような傷がその存在を主張している。

以前起きた異変、「霊奇狂異変」の際にある人物を首魁の放った一撃から庇った際に出来たもの。

見るからに痛々しいその傷を永琳は見落としがないように慎重に観察する。

 

(傷口もだいぶ小さくなってきているわね……化膿もしてないようだし、渡した薬の副作用もなし、と……)

 

真上への問診の結果を含めて現状は問題なし、そう判断した永琳は傷へ近づけていた顔を離す。

すると視界は当然、傷だけでなく彼の背中全体を収めることになるのだが、永琳の表情が更に険しくなる。

 

 

治りかけている傷の周囲、そこには所狭しに無数の傷跡が彼の肌に刻まれており、今看た傷と似た切創だけでなく、刺創や肌の変色から裂挫創や打撲傷も確認できる。

 

それぞれの傷単体で見れば、外の世界でも出来うる可能性があるものであり、それだけであれば彼女がそこまで気にすることはなかったし、鈴仙も眼を背けることはなかった。

問題なのはその量。背中だけでなく、肩や腕、そして着物に隠れている腰辺りにも見えることから、恐らく全身にあると思われるその傷跡達は、永い時を生き、多くの傷つく者を見てきた永琳でさえ始めて目の当たりにする量であった。

 

(──傷自体はもう塞がっている、壊死している訳じゃないから、人体の回復能力で治る範囲の傷……だけど、これは……)

 

 

「…………八意さん?」

「……っ、失礼。診察を続けますね」

「?はい、お願いします」

 

思考の海に沈みかけていた永琳の意識は、突如止まった彼女の気配に疑問を覚えた真上の声によって急浮上し、慌てて診察を再開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、真上に補充用の薬を手渡し、違和感を少しでも感じたら出来るだけ早く此処に来るようにと何時もの注意を伝えた後に鈴仙ら因幡に道案内を任せ、彼を帰路に着かせた永琳は診察室の椅子に深く腰掛けながら思案する。

 

(あの傷の量と深さ……何度見ても同じことを思うけど、やっぱり普通の日常生活で出来るものじゃないわ)

 

傷自体は治っている為に化膿などの心配はないが、それでも傷痕が残り続けていると言うことは、それ相応の深さや強さでつけられたということ。

真上の過去を知らない永琳が、その傷がどうしてついたのかという答えに辿り着くのは難しい。だから彼女に出来るのは傷の形状などから想像することのみ。

 

(考えられる中で一番可能性が高いのは妖怪との戦いによるものかしら……ただ、そうだとしてもあの量の傷が残ることには色んな観点から疑問が残るけど)

 

神秘の薄れた外の世界で、未だに活動を続けている妖怪やそれら人外の存在が居ることは以前から知られている話で、真上の力と彼の性格から考えれば、それらから知人や周囲の人間を守るために戦っていたとしても何ら不思議ではない。

……最も、生きるのがやっとの外の世界で、ただでさえ少数の妖怪の中に、進んで人を襲うような、それもあれほどの量の傷を真上につけることが出来る者がどれだけ居るのか甚だ疑問ではあるが。

 

 

 

他ならば親の虐待を受けていたという線があるが、以前聞いた限りでは、真上は育ての親の事を尊敬しているそうだし、そう言った事が行われていたとは思えない。

となれば、産みの親だろうか。

 

 

 

 

 

 

「真上!来たのね!!」

 

彼女がそこまで考えていた時、ドタドタと慌ただしく近寄ってくる足音が聞こえ、やがて診察室の扉がバン!と力強く開けられる。

永琳は考察を止め、その扉を開けた人物の方にため息を付きながら向き直り、淡々とした口調で話す。

 

「残念だけど、もう彼は因幡達と一緒に出ていったわよ……輝夜」

 

彼女に"輝夜"と呼ばれた相手は、余程急いで来たのだろう。ゼーゼーと息は荒く、その艶やかで腰よりも長く伸びた黒髪は乱れ、ピンクの上衣や、赤く日本情緒を連想する金色の模様が描かれたものを初めとした三重のスカートといった、和風仕立てのドレスのような服は所々が乱れている。

 

「全く、はしたないわね」と呆れ混じりに嗜める永琳に、息を整え終えた"輝夜"は俯いていた顔を上げて永琳を睨んだことで、髪に隠れていたその美貌が明らかになる。

 

絶世の美女という言葉すら彼女の美しさを表現するには足りない……そう思わせるような、極限まで高めた美しさと可愛さを合わせた彼女の名は蓬莱山 輝夜──かの有名な日本最古の物語、「竹取物語」に出てくるかぐや姫その人である。

 

「何でもっと早く教えてくれなかったのよ……こうしちゃ入られないわ、今すぐ──」

「待ちなさい」

 

そんな老若男女を問答無用で魅了してしまう程の顔で永琳を睨む輝夜だったが、それすらも時間が惜しいとばかりにそのまま玄関の方へと走りだそうとする。

しかし、輝夜が目を離した一瞬の間に、音もなく近づいた永琳が彼女の肩を掴んで阻止する。

 

掴まれた輝夜は最初は恨ましげに永琳の方へ顔を向けていたが、その表情には諦めの色が次第に浮かんでいき、最後にはため息を1つ。

いかにも不服だ、と分かるような声色を出す。

 

「……分かってるわ、冗談に決まってるでしょ」

「その割には随分と焦ってたように見えたけど?」

「………………気のせいよ」

「そこはせめて即答しなさいよ……」

 

自分から目を剃らした上で、暫し悩んだ後に永琳の質問にも答えた輝夜。

その答えにより一層呆れた様子でため息を吐き、こめかみを押さえる永琳だったが、「ちょうど良いわ」と呟き輝夜を診察室の中へ入れる。

彼女に腕を引かれるままに輝夜は後を追うように部屋の中へと消えていく。

 

 

 

 

 

「ねぇ、たいして変わらないから別に見せなくても良いんじゃないかしら?」

「いいから、見せない」

 

渋々といった様子で、永琳の指示に従い着物の袖を捲り、包帯が巻かれた右腕を彼女の前に付き出すように見せる。

包帯を取ったそこには陶器のように決め細やかな柔肌。何も描かれていないキャンパスに絵の具をぶちまけたかのように、1つの傷跡がそこには刻まれていた。

獣の爪で引き裂かれたかのような形状をしているその傷は、つい先程つけられたばかりではないかと言うほどに新しく、今にも傷口から血が流れそうである。

 

「……やっぱり、まだ治りそうにはないわね」

「そうね~痛みとかはもう感じないんだけど」

 

それを目にし、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらそう悔しそうに呟く永琳と、それと反対になんてことはない様子と反応を返す輝夜。

 

永琳がこんな表情を浮かべるのにも訳がある。

蓬莱人とは『肉体が滅んだとしても飲んだ者の魂を主体として即座に好きな場所に肉体を作り直し、生き返ることが出来るようになる』という効能を持つ薬である『蓬莱の薬』を服用することで、文字通り不老不死となった者達の呼び名であり、永琳と同様に輝夜もこの薬を服用している。

先に説明した効能から分かる通り、彼女たち蓬莱人の不死性は単に自己再生能力の極限化といった類のものではない。

不老不死は変化を拒絶するという事であり、その性質上、傷の治りは早くなるし年も取らなくなり、例え髪の毛一本すら残っておらずとも効能によって別の場所に肉体を再生するのも可能になる。

 

要約すれば現状、あらゆる手段を費やしても蓬莱人である彼女達を殺すことは不可能である……という話である。

勿論、心理的に痛め付け廃人にする。封印の術を施し封じ込めるといった方法を取ることで実質的に殺害することも出来なくはないが、片や退屈を壊すために禁忌を置かした姫と、片やその姫に付くためにその場に居合わせた同郷の者を皆殺しにした薬師である為、実質無理な話だ。

 

辛うじて可能性があるのは、八雲 紫の境界を操る能力だろうか。

 

 

そんな蓬莱人である輝夜が傷を負う。

それ自体はたいした問題ではない、直ぐ様にその受けた傷は修復される筈なのだから。

しかし、二人の眼前に見えるその傷は今しがた付けられたモノではなく、先の異変の首魁との攻防の最中、相手によって付けられたものである。

 

人間である筈の真上が受けた傷は、時間はかかっているが、それでも回復の傾向にあるのに対して、輝夜が同じ相手から受けた小さな傷は一向に治る気配を見せていない。

 

「これじゃ、薬師失格ね……」

 

そう思わず永琳は呟く。

あらゆる薬を作る事が出来る彼女は、無論今まで培ってきた全ての知識と経験を用いてこの傷を修復させる薬を作ろうとした。

しかしそのどれもが効果を見込めず、未だに直すことが出来ずにいた。

 

過去に輝夜と共に禁忌とされる薬を作った際に、自分は服用しなかったとは言えど、彼女だけが罪を負ったことに責任を感じ、立場を捨て去り従者となるだけでなく、同じ禁忌を犯すほどの行動を起こした永琳としては、教え子の身に起きた異変すら直せないのかと、己を責めていた。

 

「気にしない方がいいわよ?……むしろ永琳は、この程度の傷でどうにかなるほど私が弱いと思ってるのかしら?」

「……そうね。いつだったか、酒に酔った振りをして惚れた相手に弱々しいアピールをしていたから、ついね」

「ぶっ!?…………どこから見てたのよ」

 

そんな彼女の心中を察してか、どこか揶揄うようにそう口にする輝夜。

聡い永琳には、その気遣いが伝わったのだろう。

以前、真上がここに入院していた際に偶然目にした光景を語ると、輝夜は予想外の反撃に思わず吹き出す。

「汚いわね」と、何時もの調子で飛んできた飛沫を払う仕草をしつつ、主である少女の追求を躱すかのように新しく作った薬を塗った後に、再度傷を隠すように包帯を巻いていく。

 

「しっかし、驚いたわね。まさか蓬莱の薬が効かないような事が起こるなんて、長生きはしてみるものね」

「…………ええ、本当にそうね」

 

巻かれた包帯に眼をやりながら感心した様子でそう呟く輝夜に同意する永琳。

その様子にもう大丈夫だろうと判断した輝夜は用が終わったとばかりに診察室から出ていく。

……そしてそのまま永遠亭の外へ行こうとして永琳に再度止められるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

子供のように駄々を捏ねる輝夜を「今度、真上と会う機会を設ける」と、とうの本人を無視して勝手に取り付けてどうにか宥め部屋に返した後に自室へと戻った永琳。

棚に納められた一冊の本を手に取り、座布団の上に腰を降ろすと、パラパラと捲っていく。

 

中身を見ると帳面なのだろう。

白紙の紙の上にびっしりと、それでいて分かりやすい配置で文字や図などが書かれており、その内の1ページに手を止めるとまだ空きのあるそこへ筆を取り、書き込んでいく。

 

(炎症を改善させる薬を少々弄って塗ってみたけど効果は無しで、炎症の線も消えた……と)

 

炎症?と書かれた文字列に線を引き、再びパラパラと帳面をめくり、まだ何も書かれていないページを広げる。

そこへサラサラと書き込んでいく。

 

(ある程度候補を絞って試したけど、輝夜の傷にはどの薬も効果は無かった……けど、彼には塗り薬の効果はあった)

 

そこでピタリ、と彼女の手が止まる。

真上と輝夜の違いは上げれば多くある。性別、年齢、瞳や鼻といった体を構成する各パーツの形状に骨格、背丈、思考……その中でも最も異なる事はなんだ。

 

(やはり蓬莱人だからということかしら?……だとすると今回の件、何時もの騒ぎだと片付けるのは危険ね)

 

そもそもの話、永遠亭が襲撃されること自体が珍しいケースなのだ。

ここの存在が明らかになって以降、一般公開しているとは言え、たどり着くには迷いの竹林という迷宮を乗り越えなくてはいけない。

例えば竹林に住む妖怪や、永琳達と同じく蓬莱の薬を服用した白髪の少女に頼めばたどり着く事はできる。

 

彼女は襲撃してきた者達の様子を思い出す。瞳は血のように真っ赤に染まり、口からは獣のように涎を垂れ流しながら暴れ狂う。

その姿に理性は無く、とてもではないが案内を誰かに頼めるような状態ではなかったように思えるし、そして何よりも、そんな者の案内係を努めるような者も居ないだろう。

 

 

確かに、迷いながらも出鱈目に走り続ければいつかは此処へたどり着けるかもしれない……だが、それが数十体も同時に起こり得る現象なのか?

群を作って行動していたなら納得はできる。しかし、あの理性を失った状態の者達が隊列を成して行動するとは考えにくい……となれば。

 

(何者かが呼び寄せたという風に考えるべきでしょうね、問題なのはあれだけの量の狂った妖怪達を従えられる奴が居るってこと)

 

一応、異変の首魁とされる者は判明はしているが、実際に合間見えた霊夢や輝夜達によると襲撃を仕掛けた者達と同じような状態であったという。

そんな奴が他の妖怪を従えられるかと言われれば、否と言わざるを得まい。

ならばソイツとは別にあの異変を裏で起こした黒幕がまだどこかにいる筈で、今のところは動きは見られないが、それでも虎視眈々と次の機会を狙っていることは明白である。

 

(永遠亭を意図的に襲撃させたと考えるなら、あの子が受けた傷が治らないのも、あくまでも推測の域を出ないけど分かってくるところがある)

 

あらゆる薬を作る程度の能力を持っている永琳だが、その能力はあくまでも膨大な年月から得た知識から来るものであり、無から薬を作ることも出来ない。

故に彼女の知らない未知の毒や病原菌に効く薬を作ることは出来ない……最も、その知識量と天才と言われる頭脳を用いて原因を突き止めることが可能なために大抵の場合は問題はないのだが。

 

そんな永琳でもほんの僅かではあるが得手不得手がある……その1つが鬼や霊などに対抗するために、人が編み出した呪術や陰陽術と呼ばれるもの。

平安時代以降、月を離れ地上で身を隠しながら過ごしていた為に多少はそれらに関しての知識は存在するが、それでも行動を制限された状態で得られる知識量は限られてくる。

更には使い手によって術が大小異なる変化を見せるというのも彼女が知識を得る為の障害となっていた。

 

なんにせよ、蓬莱人に傷を残し続ける特異性や同じ相手から攻撃を受けた筈の真上が癒えている点から、そういった類いのモノではないかと予測できる。

 

……ただし、もし本当にそうであるのなら。

偶然かどうかは分からないが、それを作り出した相手の実力は底知れない。

何せ月の戦力は昔の、そして博麗の巫女などが参加していなかったとはいえ、幻想郷の妖怪達が束になろうとも撃退できる程である。

そんな月の住民達が幾ら手を尽くしても殺すことが叶わなかった蓬莱人に(治療の目処が立っていないだけとは言え)治ることの無い傷を負わせたのだ。

 

たったそれだけでも、警戒するには充分すぎる理由である……それに。

 

「今度、スキマ妖怪に改めて話をするべきね」

 

そう言って帳面を閉じて元あった棚に戻した永琳。

その瞳には輝夜を傷付けた相手に対する怒り──だけでなく、異変に関する一連の情報に違和感を感じさせていた。

 

(なんなのかしらね……この何処かで感じたような違和感は、ここまで引っ掛かってるのなら、何かしら覚えてる筈なのだけど)

 

 

そんな疑問はその後、帰路の案内にしてはやけに時間をかけて戻ってきた鈴仙の声で頭の端にへと追いやられる。

笑みを浮かべ自身の部屋を出る永琳。

 

その後、鈴仙の悲鳴が竹林に響き渡ったのは言うまでもないだろう……合唱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回も読んでいただきありがとうございました。

永琳さんが輝夜さんの受けた傷を治せない点について、この方の技術や実力面からして「おかしいのでは?」と思う方もいらっしゃると思います。
本作では薬作り出す際に調合元の薬品や元材料は必須であり、無から作り出すことは不可能であるとしています。

また、永夜抄のEDにて「あらゆる薬の知識を持っている~」との発言があり、膨大な知識がある為にあの回復が行えるのならば……薬の知識外の呪術などにはそれほどの知識がないのでは?と考えました。

……まぁぶっちゃけ天体を操ったりする術を使う方が人間の編み出した術を知らないというのも無理があったりしますし、なんなら雲隠れは永琳さんの結界で出来ていたので、あの方の実力なら情報収集も以外と余裕出来ていたかもしれません。


そうなってしまうとかなり後々に響いてしまうので、永琳さんと輝夜さんは、公式の情報などから見える実力からやや弱体化をさせて頂いています。
ファンの方には大変申し訳ありません。






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