“Stand” up PrettyDerby (靉靆 )
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『飢えなきゃ勝てない。ただしあんな“Dio”なんかよりずっとずっともっと気高く『飢え』なくては──』
──夢を見る。
どこまでも貪欲な瞳をした半身不随の青年の姿。自分の求める『結果』の為ならどんな非情な決断すらも下せる『漆黒の意思』をその魂に帯びさせた“ぼく”の相棒。
『ジョニィ!『Lesson5』だ……そう、確か次は──『Lesson5』だ』
──夢を見る。
『罪』を裁くものでありながら偽りの『罪』の為に命を懸けた男の姿。
ジョニィ……相棒と共に再び『歩き出す』為の道を駆け抜け先祖より『回転』を受け継いだ戦友。
『オレはこの
───夢を見る。
まるで生涯の最期に伝える言の葉のように想いを紡ぐ“ジャイロ”の姿を。
『これから行われるのは『生贄』だ…お前…“ジョニィ・ジョースター”──試練は、流される血で終わる』
──夢を見る。
大国の命運をその傷だらけの背に背負った男の姿。
どこまでも自分にとって、ひいては民の為に『正しい道』を進み続けた、
『ジャイロはこの為に…Lesson5はこの為に…ッ!
本当に本当に……なんて遠い廻り道……
ありがとう……ありがとうジャイロ。
本当に……本当に…『ありがとう』……それしか言う言葉がみつからない───』
──夢を、見た。
動脈を切断され息絶え絶えな“ぼく”の瞳が映した『相棒』の姿。
親友の死に慟哭しながら感謝を伝え──このレースを駆けた自分にとっての
あの日から一夜たりとも欠かすことなく…まるで“思い出す”かのように、そして『物語』を読み解くように“ぼく”はその夢を見る。
それは──本当に『奇妙』な
偏西風の彼方で、灼熱の荒野で、無謬の
総距離約6000kmに及ぶ、史上初の乗バによる北米大陸横断レース。
言葉にしてみれば本当にバ鹿バ鹿しいと思う。
十九世紀後半に行われた未曾有の祭典、不可能への『挑戦』とでも言うべき116日にも及ぶ無謀なレース。
更には聖人の
だけど“ぼく”は走った。二人の人間と一頭の『戦友』と共に、その不可能とも言える旅路を……といっても、ラスト数キロメートルで失格になっちゃったけどね。
だけど、そんな過酷な挑戦の中でも“ぼく”は最高の
『僕はまだ『マイナス』なんだッ!
『ゼロ』に向かって行きたいッ!』
お世辞にも性格の良い聖人君子とは言えない半身不随の青年。諦めが悪くて、最後まで折れず、レースを通して『成長』した“彼”は───
──“ぼく”の名前は『スローダンサー』
───ウマ娘。
それは
ウマ娘は走ることに憧憬を抱く。勿論、ただ街道を走るなんてチャチなもんに引かれてるわけじゃあない。
『トゥインクルシリーズ』と呼ばれる国民的スポーツ・エンタテイメントで、超人的な走力を持つウマ娘たちが繰り広げるレースの総称。この世界の祭典だ。
GⅢ、GⅡと区別され、最後には頂点の『GⅠレース』が存在する。このレースに参加することはウマ娘にとって最大の栄誉と呼ばれ、“ぼく”達の多くはその『GⅠ』で勝利することを夢見ている。
他にも日本ダービーに代表される三冠レースなんてものもあるけど今は割愛しよう。
“ぼく”──『スローダンサー』は、一人のウマ娘としてこの世界に生を受けた。
そして“ぼく”には他のウマ娘とは違い『異世界の競争バとしての記憶』が存在している……と言っても、赤ん坊の頃からこの記憶があった訳ではない。
物心がついてから少しずつ…一夜一夜、物語を読むようにして思い出していったんだ。
最初は複雑な気分だった。異世界に存在していた四足で走る“
“彼ら”は……本当に素晴らしい人間だった。
いつだって遠廻りしながら最短の道を辿る戦友と、道を踏み越えていく中で『成長』していく最高の相棒……“ぼく”は本当に良い人間に巡り会えた。
多分“ヴァルキリー”も同じようなことを思ってたんじゃあないかな。
「そしてここから始まるんだ──
そんな『奇妙』な冒険を記憶として持つちょっと変わったウマ娘である“ぼく”は今、新たな門出を迎えようとしている。
目の前には舌を巻くほどの大きな建物。
門の付近に立てかけられた『慶祝ッ!入学式』とやたら達筆な文字で書かれた立看板。
更には“ぼく”と同じようにこの“学園”へと足を踏み入れるウマ耳と尻尾の生えた女の子たち。
──トレセン学園
正式名称は“日本ウマ娘トレーニングセンター学園”。 そこは『トゥインクル・シリーズ』デビューを目指すため、ウマ娘たちが通う全寮制の学園。
そんな凄い学園の敷居を今“ぼく”は跨ごうとしている。
異世界の駿バの名前と魂、そして記憶を受け継いだ──少しばかり『奇妙』なウマ娘だ。
はい、ボクっ娘銀髪ウマ娘のスローダンサーちゃんです(精神年齢数十歳)
テイオーと一人称が被るので平仮名で区別して行きます。
※スタンドや波紋は一切登場しません。
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──ぼくは今、このトレセン学園の入学式に参加している。
周りを見渡せばぼく以外にも沢山のウマ娘がこれからの生活への期待と不安を入り混じらせながら、落ち着かない様子で新入生用に準備された椅子に座っている。
そしてそんな緊張の中で式の始まりを今か今かと待ち侘びるその時──一人の女の子が目の前の壇上に姿を現した。
室内だというのに当然とばかりの被られた帽子。
一見すると幼児にしか見えない背丈。
広げた扇子に書かれた立て看板と同じ筆跡に見える達筆な『慶祝ッ!』の文字。
情報量の多さに一瞬頭に疑問符を浮かべてしまう。
それはぼくだけじゃなくて他のウマ娘達も同じみたいで、周りから少しばかりのざわめきが聞こえて来る。
そしてそんな疑問の渦中とも言える壇上の少女は、ぼくたち新入生を一瞥し微笑みを浮かべ、講演台に設置されたマイクを手に取った。
「歓迎ッ!ようこそ、トレセン学園へ!」
………ふわぁっ!?
思わず驚嘆が声になって出そうになるのをなんとか堰き止める。
びっっっくりしたぁ……。
他のウマ娘たちも同じみたいで、みんなびくりと一瞬体を震わせていた。
それにしても……ようこそ?あの女の子はこの学園の関係者なのだろうか…それとも遊び半分で登壇してきた幼女の
「失敬ッ!少し張り切りすぎてしまったようだな」
ぼくがそんな風に考察していたら、再び少女が先程よりも小さめの声量で言葉を紡いだ……って、マイク通してるから普通に大きすぎるくらいだけど。
「紹介ッ!わたしこそ、このトレセン学園理事長──秋川やよいである!」
………まじで?
このロリっ娘が理事長…?悪戯とかではなく…?
呆然としながらそんな事を考えていたら、いつの間にか『理事長』と書かれた扇子を広げた自称学園のトップが自信満々なドヤ顔で自己紹介を終えた。
だけど他の教員や数人の先輩ウマ娘の方々が少し呆れたようにため息を吐きながらも静観しているのを見る限り、とりあえずは本当の事みたいだと疑問だらけの自分を無理矢理納得させる。
「以上ッ!これにて
いや、貴女まだ自己紹介しかしてないでしょう…。え、マジで終わるの?なんかこう……人間の学校特有の偉い人の長い話とか、これからのウマ娘生でためになるお話とかないの…?
「引継ッ!次は生徒会長──シンボリルドルフからの祝辞だ!」
どうやら本当に自己紹介だけで終了のようで、後釜を指名するかのように後任の名前を呼び、まるで嵐のように理事長……は壇上を去っていった。
「なんだったんだ、あれ…?」
思わずそんな不敬とも取れる言葉が息をついて出たけど、仕方がなかったと思う。
現にぼく以外の娘たちも皆、常識外れな理事長の登壇と下壇に唖然としていたのだもの。
そして入れ替わるように壇上へと足を踏み出し登っていく会長さんにはさっきの理事長のような反応に困ることは止めて欲しいな……。
なんて事を考え───ぼくは、言葉を失った。
それは決して、登壇した彼女が奇怪な見た目をしていたからではなかった。
むしろその逆。整いすぎた容姿に三日月を思わせるメッシュに艶のあるセピア色の美髪。だけどぼくは、その眉目秀麗な容姿に言葉を失ったわけではない。
「──今し方紹介に
そのウマ娘は、生き物としての『格』が違った。
自分は勿論、周りの娘とも比較にならない『別格』の存在。
厳粛な姿勢から見せるその威光……『カリスマ』とでもいうべき圧にぼくは気圧されていたんだ。
シンボリルドルフ…シンボリルドルフ……。
心中で彼女の名前を
『皇帝』──シンボリルドルフ。
数少ない三冠ウマ娘。さらに言えば『無敗』でその偉業を達成した、この世界でも
誰かが言った──“レースに絶対はないが、そのウマ娘には『絶対』がある”
“幾多もの勝利よりも、数少ない敗北を語りたくなるウマ娘”だと。
だが実際目にしてみれば、噂なんて簡単に真に受けるべきではないと確信する───何故なら『皇帝』は、そんな囁かれ続けた噂なんかよりもずっと別格の『規格外』だと初見で思い知らされたのだから。
「君たちも知っている通り、我がトレセン学園は『トゥインクル・シリーズ』デビューを目指すウマ娘たちの育成に力を入れ、将来活躍する『未来の
生徒会長としての粛々とした言葉を紡ぎながら、
「
努力が実を結ばず挫折を経験し、失意のまま学園を去る者は例年少なくはない」
場内が、少し騒めく。
『無理もない』と、ぼくは思った。
新しい門出に胸を躍らせ明るい未来を夢見た途端、祝辞の場で不安を煽るような言葉を告げられたのだ、これで平常心ながらに静聴の姿勢を保っているウマ娘の方が少ない。
「────それでも」
──騒めきが、しんとした静寂へと変わる。
「君たちが不変の『覚悟』を抱き、この『暗闇の荒野』に
ぼくは、そんな真摯な態度で『期待』を口にする皇帝に
一点の曇りすらないその心と行動、統率者としての威光。
そう、まるであの
勿論、それは侮蔑や悪い意味を込めた印象じゃない。彼が行った遺体簒奪のための命令や行動は残虐非道に見えたが、彼は自国への確固たる『愛国心』をもってその誇りを懸けていた。
ジョニィだって“ 少なくとも自分よりは人として『正しい道』を歩いてる”と認めていた程だ。
だからこそ、そんな多くの民の安寧と幸福と繁栄を願った
「
端的に述べるなら『勝利』……つまりは一着を至上とする言葉として用いられるが──その道程に於ける『敗北』に価値がないという意味ではない」
勝利を目指すうえでの『敗北』、ぼくはそれを嫌なほど知っている。
あのスティール・ボール・ランレース。過酷な旅路の中でぼくは幾度もの『敗北』を味わってきた。
他の若ウマよりも経験と知恵があり
だけどその敗北を乗り越えながら、ジョニィは『成長』し、老バのぼくでもあのレースを走ることができたんだ。
………だけど、最後の最後の残り3キロでの
自分の不甲斐なさに耽って貴重なお言葉を聞き逃すのは、会長に対して少しばかり不敬だしね。
「私も含め、ウマ娘であれば皆経験するこの『挫折』を乗り越え
生徒会長が言葉を区切ると、次の瞬間──場内の静寂は礼賛の拍手に打ち破られた。
先程まで不安そうに将来を思案していた娘たちは皆、勇ましい顔つきで自分の
それは、ぼくだって例外ではない。
会長の言葉に胸が躍った。希望を見出した。
いつも夢に見ていたジョニィやジャイロのような一握りの『輝き』を持つ人間の生き様、
そして
「これより由緒正しいトレセン学園の生徒として、走りに勉学に“意気揚々”と励み──悔いのない日々を“生きよう”ではないか………………ふっ」
…………ん?
「“
…………………………。
【エアグルーヴのやる気が下がった】
【ナリタブライアンのやる気が下がった】
会長…?何やってんだよ会長っ!
次回は選抜レースぐらいまでは書きたい…と思います。
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………なんだかぼくの中の憧れが音を立てて崩れたような気がするけど、とりあえず入学式の感想は『素晴らしい』の一言だ。
威厳を見せながら夢ばかりの道ではないと叱責し、同時にぼくたちの『闘争心』を巧みに引き出したルドルフ会長の演説は確かに『素晴らしい』と称するに相応しいものだった。
……最後の
いや、もしかしたら新入生のぼくたちの張り詰めた緊張を紛らわすためにわざと……?
でもルドルフ会長自身も自分のギャグに笑ってたしなぁ……。
「よし、この事はもう考えないことにしよう」
そうだ、そうしよう。
確かにハイテンションロリっ娘理事長に『やる気』の下がる駄洒落なんかもあったけど、ルドルフ会長のお言葉自体は念頭に置くべき至言であったのは間違いなかったからね。
そんな事を考えながらぼくは今、これから日常での生活を送るための寮へと歩を進めていた。
入学式が終わった後。ぼく達新入生は教室で学園について先生から軽い説明を受けて、今日のところは寮の確認と寮長への挨拶のため解散、と告げられ今に至る。
それにしても寮生活か……ルームメイト…先輩との交流…新しい出会い…うん、なんだか凄くわくわくしてきたな。
「ぼくの寮は確か『栗東寮』だっけか。それにしても、これだけ広いと流石に疲れるな……」
そんな事をぼやきながらも広大な敷地を歩き回りレース場の下見などもついでに済ませたぼくは、なんとか道に迷うなんてこともなく『栗東寮』へと辿り着いた。
「えっと、まずは寮長に挨拶を───」
「見ない顔だな。
寮内へと足を踏み入れようとしたその時、背後からの声に呼び止められる。
振り返ればそこには一人のウマ娘がいた。
……改めて思うが、やっぱりウマ娘の皆んなは凄く顔が整ってるな。
ルドルフ会長の凛とした御姿もそうだけど、目の前の先輩と思わしきウマ娘も街中を歩けば10人中10人が振り返るような美貌をしている。
短く切り揃えられた黒髪に目測で170センチ近い身長をした名も知らぬ先輩は、ルドルフ会長とは違った“王子様”と言った印象を抱かせる容姿だ。
…っと、見惚れてる場合じゃない。とりあえず自己紹介しないと。
「はい、今日から此処でお世話になります。新入生のスローダンサーです!」
「そうか、新入生か……この栗東寮の寮長を任されている“フジキセキ”だ。よろしく、スローダンサー」
フジキセキ先輩は自己紹介の後に少し考える素振りを見せると、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「丁度いい。他の新入生が来るまで時間がかかりそうだし、良ければ君の部屋まで案内するよ」
★
「……あれ?」
フジキセキ先輩に部屋へと案内されたぼくの第一声は、そんな素っ頓狂な声だった。
理由は……部屋に
通常、日常品の類は入学前に学校を通して運送業者へと依頼することになっており、入学式当日…つまり今日までには届くようになっているはずだ。
だというのに二人部屋ほどの広さに関わらずあるのはぼくの荷物だけ。ルームメイトと思わしきウマ娘の分がなかった。
「ああ。君のルームメイトだが、荷運びの手続きに不備が生じてね。少しばかり遅れて来ることになっている」
な、なんだって……。
フジキセキ先輩の衝撃的な告白に思わずぼくは項垂れてしまう。
ルームメイト…パジャマパーティ…新しい友達…あぁ、ぼくの想定していた学園生活の始まりがこんな形で崩されるなんて……。
「……大丈夫かい?」
「はい…大丈夫です……多分…きっと、メイビー…」
「そ、そうか。まぁさっきも言った通り手続きの不備で少し遅れて来るだけだから、あまり気を落とさないでくれ」
すると項垂れるぼくの姿を見かねてか、フジキセキ先輩は話題を変えるように咳払いをした。
「そうだスローダンサー。明日の選抜レースはどうするつもりだい?」
「選抜レース…ですか?」
選抜レース……入学式では聞かなかった話だな。
名前からして何かしらの選考であるとは思うんだけど…詳細までは分からない。
キョトンと疑問符を浮かべるぼくに対して、フジキセキ先輩は懇切丁寧に説明してくれた。
なんでもこのトレセン学園では年4回に分けて『選抜レース』というものが行われ、そこで参加するウマ娘達の走りを見てトレーナー達がチームへのスカウトを行うそうだ。
ちなみに、新入生だけでなくチームが決まってない先輩ウマ娘の方々も毎回参加しているらしい。
年4回のうちの今回の選抜レースは例年入学式の翌日に行われるようで、寮長であるフジキセキ先輩からその説明と参加志望の有無をこうやって確認しているとのことだ。
「それでどうする?明日の選抜レースへの参加は」
そんなの、答えはもう決まっている。
「勿論、出場します!」
入学早々そんな『チャンス』が訪れるなんて願ってもないことだ。
その選抜レースで結果を残すことができれば、チームへ加入しトゥインクル・シリーズへの参加も可能となるのだから。
ぼくの答えにフジキセキ先輩は笑みを浮かべ“分かった”と答えると、適正の距離とバ場について聞いてきたので、ぼくは“中距離か長距離、芝のバ場”を希望する。
「それじゃあ他の新入生にもこの説明をしてくるから、これで失礼するよ」
フジキセキ先輩も退出し、この一人だけでは広すぎる部屋にぼくだけが残る。
それからぼくの実家から運ばれてきた荷物の整理などをしていたらいつのまにか午後の9時になっていた。
明日の選抜レースに備え少し早く寝ようと考えたぼくは、シーツを敷いたばかりのベッドに横になり、瞳を閉じ『これから』について思案しながら……意識を暗闇の中に落とした。
★
『『決着』をつける『権利』は──僕にだけあるッ』
『来いッ!ジョニィ・ジョースター!『決着』は、止まる時よりも『早く』つくだろうッ』
──夢を見る。
『炸裂しろ──『ACT 4』ッ!』
『『THE WORLD』──オレだけの時間だぜ』
──夢を見る。
『ぐっ…うわぁあああああぁッッ!』
『『回転』は──お前自身が喰らえッ!』
──夢を、見た。
「……っ!…は、ぁ…はぁ…っ」
悪夢から、目覚める。
そよ風の涼しい春の夜だというのに、ぼくは瀑布のように汗を流しベッドのシーツを湿らせていた。
今の夢を見たのは、随分と久しぶりのことだった……多分数年ぶりくらいだろうか…あの『敗北』の夢を見るなんて…。
「……ごめん、なさい」
『勝利』まで後一歩。ニューヨークのブルックリン橋で犯したぼくの『失態』……あぁ、ごめんなさいジョニィ…ぼくがあの一瞬だけでも“シルバー・バレット”を上回っていたなら……『無限の回転』を恐れず“ぼく”が君を背に乗せることができたのなら…もしかしたら君は“Dio”に…。
どんなに『後悔』したとしても結果は変わらない。確かに、ジョニィはあのレースで掛け替えのないものを手に入れた。
ジャイロとの友情、別離した父親からの声援、再び『歩き出す』ための意思。
もし今レースについて彼に聞くことができたとしても、ジョニィはきっとはにかみながら『満足』したと答えるかもしれない。
でも……それでも本当ならぼくは…
───
───
『運命』の残酷さを噛み締めながらぼくは、再び微睡の中に沈む。
★
『選抜レース』当日──ぼくは学園のレース場で
周りにはトレーナーと思わしき人間と沢山の野次ウマ娘の先輩方。
これだけ多くの人たちに見物されるとは思ってもおらず、少し緊張してしまう。
ぼくが出場する第4レースまではあと少し。ぼくの枠版は“3番”なので、3と書かれたゼッケンを着てシューズにつけた蹄鉄の確認を最後にする……うん、ばっちし。
呼吸も安定しているし疲労感は全くない、全力の走りを披露できるコンディションだ。
『これよりトレセン学園、第4選抜レースを開始します。出場者の方はゲートへとバクシンしてください!』
ゲートにバクシンってなんだ…と思いながらも、自分の出番を察し案内に従ってゲートに入る。
従来のレース場と同じく学園の模擬レース用トラックにはゲートが設置されており、芝を踏みしめ構えをとるのはぼくを含め9人のウマ娘。
みんなこの一握りのチャンスにギラギラと目を輝かせていた。
『今日4度目の選抜レース!実況は引き続き学級委員長としてこの私、“サクラバクシンオー”が務めさせていただきます!』
……学級委員長と実況に何ら関連性も見出せないけど、熱気を醸すバクシンオー先輩の言葉に外野も盛り上がりを見せていた……ん?なんか焼きそば売ってるウマ娘いない?
『それでは各ウマ娘、ゲートに並びました!』
そして、実況の言葉に──ぼくは意識を切り替える。
行うことはただ一つ。極限までの『集中』…ただそれだけ。
ゲートが開くその一瞬まで神経を研ぎ澄ませろ、集中を乱すな。
それはぼく以外も同じ。並ぶライバルたちだけでなく、このレースを見定めるトレーナーにウマ娘たちも一言だって言葉を紡がない。
研ぎ澄ました神経が、『集中力』を極限まで高めたその刹那───ゲートが開く。
『さぁ各ウマ娘、きれいなスタートを切りました!』
まず序盤は様子見、終盤まで中位の位置をキープし脚を溜めて終盤で一気に──ッ!?
『な、なんと!この序盤で…最初のコーナーすらも曲がりきっていないこの序盤に!一人のウマ娘が
それは、『ありえない』選択としかいえなかった。
確かに『逃げ』の選択を行うウマ娘なら、序盤から先頭を走ることも十分わかる……だけど『この状況』で『あれ程の速度』を序盤に出していることが問題だ。
この選抜レースの総距離は東京レース場の日本ダービーと同じ2400メートル……つまりは『中距離』のレースになっている。
それに対して前方のトップを走りぬける“5番”のゼッケンを纏ったウマ娘の
間違いなく──終盤で『バテる』。
『最初のコーナーを曲がりトップの“5番”と後続の差は7…いえ8馬身程!このペースで大丈夫なのでしょうか!?それはそれとしてあのスピード!是非共にバクシンしたいものです!!』
……『できるわけがない』それがぼくの見解だった。
恐らく相手はペース配分を考えてない若輩者か、もしくは事前の距離選択を間違えたうっかりさんか……なんてことを考え、ぼくは自分の走りに集中する。
思考の海の中でもぼくは自分のペースをキープし、第2コーナーを曲がり今は4番手、先頭の“5番”はまだトップを独走しているが……もうすぐ第3コーナー。短距離のレースと同じ距離まで走れば、すぐに“5番”も『バテる』だろう。
そんなぼくの判断は──すぐに間違いだったと思い知らされる。
第3コーナーを曲がって直線、後は4コーナーと直線の残り数百メートル……だけど、それなのに、先頭の“彼女”は──ッ!
『第3コーナーを曲がった現在、先頭の“5番”は驚くべきことに
先頭のウマ娘は、規格外の
差は五バ身ほどに縮まったが、遠目に見る限り“5番”は第3コーナーから今の直線までの1600メートルほどの距離を『バテる』ことなく走っていたのだ。
恐らくあれは天賦の才…天性の肉体とでもいうべき『才能』…ッ!
持久力に特化した駿バの姿はまるで───『あのレース』で見てきた
『おおっと!ここでトップの“5番”に追いつこうと次点の2番と7番が、さらには後続のウマ娘たちが速度を上げてきました!』
トップを独走する“5番”の走りに焦りを覚えてか、ぼくの横に並んでいたウマ娘や後塵を拝していたウマ娘たちがペースを上げてきた。
いいや、違う。それじゃあダメだ。
貴方達のそれは先頭の“彼女”のように得意を武器としたものじゃない……ただ焦りに身を任せている『掛かった』状態だ。
『しかし追いつけません!むしろペースを乱し失速しています!』
まだだ、まだ脚を溜めろ。
単純な走力と持久力で戦おうとするな、思考を最後まで停止するな───ッ!
───思い出せ、ぼくの本質を。
あのSBRレースで、あの過酷な旅路で、あの死闘の中で──どうやって“ぼく”は駆け抜けることができた?
他の競走馬よりも桁外れの
優れた
ライバルどもを弾く
違う、違うだろう
“ぼく”は非力だった。
“ぼく”は天才じゃなかった。
“ぼく”は優れた血統じゃなかった。
そうだ……駄馬として売られた“ぼく”にはそんな『特別』なんて存在しなかった。
それでもッ!それでも“ぼく”は……
──思い出せ本質を。思い出せ……
『その馬の選択は…正しい』
1890年の夏───そのビーチには『美しいもの』が確かに存在した。
暗闇の中に見える『美しいもの』……。
“ジョニィ”がその『美しいもの』に惹かれて、『希望という光が存在する』のかを確かめる道程で──“ぼく”も彼に出会った。
『老いた馬には『経験』があり困難を乗り切る『賢さ』がある。
後先考えず突っ走る無謀な若い馬よりもよっぽどな……』
『経験』を糧に今を走れ、『知恵』を武器に天性の肉体を凌駕しろ。
『あの走り』を思い出せ……『黄金の回転』に導かれた最高の
『観察』とは──『見る』んじゃあなく『観る』んだ…『聞く』んじゃあなく『聴く』んだ。
三バ身先を走る競争相手のフォーム…手の動き、脚の踏み出し方に上げ方に動かし方──網膜の視細胞に酸素を回し、その一挙手一投足を余さず『視ろ』。
王道を疾駆する目の前のライバルの走り…芝生を踏みしめる蹄鉄の音に空気を震わす呼吸音……限界まで聴力を引き出し全てを『聴け』。
───『観察』しろ“奴”の『クセ』を、想起しろ逆転への『道』を。
轟く実況だけでなく先輩方の歓声、極限まで“彼女”以外の情報。その全てを『削ぎ落とし』…その果てに───ぼくは、気づいた。
彼女の身体が一瞬、
「──────まさか」
その『クセ』が及ぼす影響はほんの些細なもの。少しばかり…本当にほんの少しばかり“彼女”の速度が落ちるだけのもの。
だけどぼくは、
「──────」
────3呼吸、4呼吸、5呼吸……。
ぼくは限界まで耳を酷使し“彼女”の『呼吸音』を聴きながら、『数える』。
────6呼吸、7呼吸……。
8呼吸目……
───嗚呼、そっか……。
ぼくだけじゃなかった…『君』も此処にたどり着いていたんだね……。
なら、余計に負けられない。
この世界にぼくたちの手綱を握る
『トップの“5番”と次点の“
────5呼吸、6呼吸、7呼吸……。
『い、いえ待ってくださいッ!差が……
8呼吸目、ぼくは加速する。
───『クセは直らない…宿命のようにな』
脳裏にいけ好かない“Dio”の言葉が過ぎるけど、本当にその通りだと思う……『クセ』は直らない…例えそれが
──6呼吸、7呼吸、8呼吸……加速する。
『一体どんな魔法を使ったのでしょうかッ!?
あれほどあった“5番”のリードは“3番”に縮められその差一バ身ほどに──』
魔法なんて大袈裟なものじゃない。ぼくはただ、
“彼女”の『クセ』は8呼吸目で身体が左にぶれるということ、そうなれば当然『重心』もズレ、速度も僅かながら落ちる。
───5呼吸、6呼吸、7呼吸……。
その一瞬とも思える刹那のみぼくが加速すれば、無駄な
───8呼吸目、ぼくは再び加速する。
『な、並びましたーーーッ!! 圧勝と思われた“5番”に、終盤の直線で“3番”が並んだーーッ!! 何というバクシン!!』
………問題は此処からだ。
最後の…それも半分走り切った直線。距離は200メートルあるかないか…この速度なら間違いなく、今から8呼吸目を終えるまでにレースは終わってしまう。
だから、此処からは地力の勝負だ。
横目でチラリと並走する“彼女”の姿を窺う。
腰元まで伸びた栗毛を靡かせ、端麗な顔に『獰猛』な笑みを浮かばせていた。
まるで『楽しんでいる』かのようだ──ああ、本当に君らしい。
絶対に負けない、負けられない、負けるもんかッ!
ぼくの全てを…ウマ娘としての全身全霊を君にぶつけるッ!
残り100メートル。
『“5番”と“3番”ッ! 並んでいます、差なく並んでいます! この直線で両者追い抜けるでしょうかッ!』
残り50メートル。
『“5番”が抜いた!正真正銘の全霊を懸け、“5番”が再びトップに──いや、“3番”も負けじと差し返す!まさに五分五分の勝負…学級委員長であるこの私の目をもってしても結果は分かりませんッ!』
残り30メートル。
『“5番”か! “3番”か! 差し差されの激戦を制するのは一体どちらに───』
熱気を帯びた実況が、歓声が耳に届き終わるよりも先に……“ぼく達”はゴールラインを踏み越えた。
『決着ーーーーーッ! 『トゥインクル・シリーズ』を想起させる激戦を制した一着の勝者は───』
呼吸が苦しい。動悸も激しい。身体中が酸素を求め肺が痛み、視界はチカチカと点滅し、今にも倒れてしまいそうなほどの正真正銘の全身全霊。
“今の”ぼくの全てを振り絞った『勝負』の『結果』は───
『ゼッケン番号5番──“ヴァルキリー”さんです!」
ぼくの、敗北だった。
『ハナ差で二着は“3番”のスローダンサーさん!
まさかの新入生2人が後続に大差をつけてワンツーフィニッシュです!何というバクシンっぷりでしょうか!』
でも、不思議と後ろ髪を引かれるような感覚はない。
勿論悔しかった…あと少しの僅差だったのになって。でもそれ以上にぼくは──この全霊を出して競り合った結果に『納得』していた。
『納得』は全てに優先する。結果に納得することが出来るからこそ『前』へ進むことができる。『どこか』への、未来への『道』も探すことができるんだ。
あぁ、でもやっぱり───くやしい、なぁ……っ。
無念のうちで『敗北』を噛み締めるその時──
「───Lesson5」
声が、聞こえた。
息が切れて絶え絶えななかで疲労の蓄積した体を無理矢理起こし前を向くと、栗毛の長髪を靡かせた勝者───ヴァルキリーが、ぼくを見ている。
「この言葉の意味が分かるか?」
まるで試すようにヴァルキリーがぼくに問いを投げる。
ぼくは、思考するまでもなく即答しようともはや反射の勢いで口を開いた。
「『一番の近道は遠回りだった』……『遠廻りこそが最短の道だった』…」
「─────」
驚いたように目を見開く彼女に、少し笑みが溢れてしまう。
ははっ、なんて簡単な
「この言葉があったからジョニィは自分の
この言葉があったからこそ、“ジョニィ”は“ジャイロ”に『ありがとう』と『さようなら』を告げることが出来た。
そうだろう───
「……まさか、“オレ”以外にもお仲間がいたとは驚きだ」
「そう思うなら手を貸してくれ、年寄りにあの走りはキツすぎた」
「ハッ! バ鹿言えよ、そんな可愛らしい
揶揄うように笑いながらも、ヴァルキリーはぼくに手をよこす。
「久しぶりだな、
「久しぶりだね──
前世から数えれば数十年振りに──ぼくは戦友との『再会』と『初めて』の握手を交わした。
ちなみにヴァルキリーは化け物スタミナに平均ステータスが高い優秀ウマ娘。
スローダンサーちゃんは根性&賢さ特化の初期から直線&コーナー回復加速系スキルを持った有能ウマ娘です。
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