ライスシャワーが精神で肉体を凌駕するまで (さっちゅん)
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PL

ウマ娘で熱い人間ドラマ風スポ根見たいなって願望の餌食になったのはあのチビのステイヤーです。競馬はエアプ。小説も文法もエアプ。誤字脱字のオンパレード。(指摘お願いします。ありがとう)設定もガバガバ。でもアニメかっこよかったよ、ライスシャワー。あんなカッコいいレースしたお前がわりぃわ。まずは主人公の生い立ちパパッと


......................................................................................................................................

 

小学生時代。

 

いじめられっ子で弱虫だった俺、アキラはケンカは最弱で……でも足が速かった。逃げ足だけは速いなんて言われてた。

 

悟った。

 

ーー自分より遅い奴は誰も俺に触れることすら出来ない。

 

中学生時代。

 

陸上部に所属、全国にも出たし、学校では一番速かった。すると今までいじめられっ子だった俺を見る周りの目が変わった。俺は品格と地位を陸上で手に入れた。

 

悟った。

 

ーー速さには強大な力があると。俺のスピードは世界を動かす力があると。

 

高校時代。

 

陸上を続ける。俺は勝ちに執着し始める様になった。心のどこかで負けたら自分の居場所は無くなると思っていたからだ。そんな恐怖が後押しして俺は誰よりも努力した。もともと逃げるための両足は戦うための両足になっていた。そんな俺はずっと全国で2番だった。分かってはいたことだが才能や努力は俺の専売特許などではない。でも俺には陸上しかなかった。

 

最後の大会。俺は準決勝で怪我をした。肉離れだった。今まで怪我なんかして来なかったのに、アップだって入念したのに、なんで今なんだと思った。……緊張で少し足が流れたのだろう。

 

しかし、別に決勝を棄権して安静にしてれば選手生命が絶たれるわけじゃない。また来年大学とかで頑張ればい良い話だ。

 

でも、俺は決勝を走ってしまった。アドレナリンのせいか、若気の至りか、痛みが多少和らいでいたのだろう。

 

なんと、優勝した。執念が俺の背中を押した。そして同時に執念は俺の選手生命に引導を渡した。

 

俺は最後の最後で世界を変えたと思っていた。世界を変えるのにはたった数十秒で事足りると。

 

しかし、世間は俺に見向きもしなかった。「絶対王者の初黒星」の記事や報道の嵐。俺は大金星をとったが脇役のままだった。

 

今でもあの時走った事に後悔はしていない。俺は栄光を得る為に陸上を捧げたのだ。誇って良い。別に世間にちやほやされたかったわけじゃない。だが、悔しくないと言ったら嘘になるだろう。

 

悟った。

 

ーー俺には世界を変えるほどの速さは無かった。しかし、これだけは言える。俺は変われたのだと。

 

そして今。

 

「はぁ……大学行かずにバイト掛け持ちしながら、専門通ってやっとここまで来たぜ……トレセン学園……!」

 

俺は、指導者として第二の人生を歩もうとしていた。

 

 

 

 



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黒い風

ここから本編

ライス自体はまあ、アプリかアニメか原作かはごちゃごちゃかもすまん


ある日の事だった。突然、横から風が吹いたのだ。それは純粋で優しくまるで春風みたいで……同時にとてつもなく熱くて、黒い風だった。

 

「……はやっ」

 

 俺の隣を駆け抜けたのは、トレセン学園のジャージを身に纏った小柄なウマ娘。彼女はそのまま綺麗なフォームを維持して走り去るかと思いきや目の前の信号に足止めをくらいに急ブレーキ。俺もそのまま横断歩道の前で足を止める。ーーその瞬間だった。

 

ぴちゃん。と俺の頭に冷たい何かが舞い降りた。

 

「……?なんだ今日は一日中晴れ予報だったのに」

 

俺はそう呟き、不思議な顔をしながら頭を掻くと何やら不気味な感触が……

 

「えっ……嘘だろおい、まさか……」

 

そう、その正体は雨では無い。なんとも白くて粘り気があって、それはそれは悪運の象徴であるアレだ。

 

「さ、最悪だ……そんな世界の全座標の中で何で鳥は俺の頭の上で用を足しやがったんだ……」

 

自らの汚れた手を長めながら、眉間にシワを寄せる。ため息を吐きながら、もうすぐ信号が変わるであろう横断歩道を渡ろうと前を向いたその時だった。

 

「ご、ごめんなさいっっ!!!」

 

「うおっ!?」

 

なんと急に謎の謝罪と共に目の前に立ち塞がったのは、先程のウマ娘だった。俺は訳が分からず一瞬混乱しつつも口を開く

 

「ど、どうしたんだよ急にまさかこの不幸が君の仕業じゃ無いだろうに」

 

「ち、違うの……!全部ライスのせいなの……皆んなを不幸にしちゃうライスの……」

 

「は、はぁ……とりあえず落ち着いてさ……」

 

なんと冗談で言っただけなのに、なんと地雷でも踏んだのかウマ娘の彼女は泣きそうになりながらそう訴えてきたではないか。まさか自分のせいで俺がこんな目にあったと思ってるのだろうか

 

「うぅ……本当にごめんなさい私が居なくなれば解決ですのでっ!それでは!」

 

彼女はそういうと、くるりと俺から背を向けすぐさま変わった信号とともにスタートを切ってしまう。

 

「は!?ちょっと!いっちまった……それにトレセン学園の方向、あの子も学園に戻る最中か」

 

……ネガティブだ、そう思った。そして、なんかほっとけないとも思った。と言うのも、この俺はトレーナーであるからだ。それもウマ娘の。もっとも、新人ではあるが……

 

「あっ……あの子、一個次の信号に捕まってんじゃん。てことは俺もか……」

 

ホントに運でも悪いのか……?と最初こそ疑ったのだがどうやらホントらしい。まあそれ自体は問題は無い。問題なのはそれを全て自分の所為だと思ってしまう彼女の性格であろう。

 

俺は何回か信号に引っかかった後、今にも俺に怒鳴り散らかされるとでも思っていそうなくらいオドオドとしている自称不幸ウマ娘に

 

「なぁ……君、走るの相当好きでしょ」

 

と、声をかける。

 

「ひゃ、ひゃいッ!ごめなさ……えっ?」

 

「いやいや!だから怒ってないって!ほら、靴だよ、ボロボロだ。努力家の靴だなって思って」

 

「……あ、ありがとう……ございます……」

 

嬉しそうではあるが、ちょっと不審感を持っているような目で彼女はそう言った。

 

「……何でそんなとこいきなり褒めてくるんだって思ったろ」

 

「ひ、ひぃ!?」

 

ドンピシャだったのか、ビックリしながらたじろいて見せた不幸ウマ娘。どんだけ臆病なんだこの子……

 

「ごめんな驚かせて、こう見えて俺トレーナーなんだ。新人だけどな。君と同じトレセンの」

 

「え……と、トレーナーさん……」

 

「そうそう。だからまだ教え子も居なくてさ、だから次の選抜レースで初めてスカウトしに行くんだよね」

 

「うっ……せ、選抜レース……」

 

「君は?さっき見かけた時綺麗なフォームだなって思ってたんだけど、やっぱもうデビューとかしてんの?」

 

「い、いや……私はまだ……じ、実はその選抜レースの為に今一人で練習してて……」

 

「え!ホントか!じゃあ引く手数多だな!こんな速くて走るの好きな子皆欲しいんじゃないか?」

 

そう言った瞬間だった。彼女は俯いてしまう。

 

「あ、いや……私実は今あんまり走るのは好きじゃなくて……レースも出ようか悩んでて……」

 

返ってきた答えは意外なものだった。と言うか、じゃあなんで?と俺は一つの疑問が浮かんだ。

 

「え?じゃあ何で靴がそんなボロボロになるまで頑張ってんの?」

 

彼女はハッと俺の目を一瞬みてから、目を大きく逸らした。

 

「気が紛れるの……辛い練習をやってるとダメダメな自分から逃げられる気がして」

 

「……」

 

逃げられる。そんな言葉に俺は少し昔の自分を思い出す。

 

「でもダメダメなライスにとってはこれくらいしか……分かってはいるの、こんな現実逃避してたって現状は何も変わらないって……」

 

今はデビュー前で一人で練習してるのに加えて、普段自分自身で悩みとか抱え込んでしまっているのだろうか。一旦少し吐き出してしまうとなかなか彼女の口は止まらない。

 

「あー、分かるよ。まああるよねそうやって逃げたくなっちゃうこと。でも……君はそんな現実に嫌気がさしてダメな自分から逃げてやろうと奮起した。少なくともこれは事実だ」

 

「……」

 

つまるところ、辛い練習に夢中になることで弱虫でネガティブ思考に陥る暇を無くしてると言ったところか。今の彼女の必死のメンタルコントロールなのだろう。

 

「それに"何も変わらない"なんて事はないよ」

 

「え?」

 

「君、速いでしょ。速いなら話は別だ」

 

「速いなら……別……」

 

「良い意味でも悪い意味でも速さにはもの凄い力がある。しかもそれはそれは強大で、人一人の運命なんて容易く変えてしまえるほどだ」

 

彼女は汗を垂らしながら固唾を飲んだ。俺は続ける。

 

「……確かに逃げるだけじゃあダメかもな、でも逃げ切れば君の勝ちだ。レースと一緒さ。君は速いが、まだそれにはちょっと遅いだけだよ」

 

「な、なんでそう言い切れるの……?」

 

「お互い様だよ、君こそ何も変わらないと言い切っていただろ?」

 

「それは……」

 

「まあ、強いて言うなら俺がそうだったからだよ。俺は逃げ切ったんだ、弱虫な自分から。まあ、言っちゃえば自分より遅い奴は誰も俺に触れることすら出来ないわけだ」

 

「っ……!!」

 

「まぁ、もっともウマ娘の君とは速さの土俵は違うけど」

 

気付けばあんなに信号に引っかかったのに、もう学園の目の前だと言うところまで来てなお、話し続けていた。別に俺は昔のちょっとした自慢話をしたいわけでも、ましてや彼女に説教をする気なんてさらさら無い。でもなんか今、俺との会話で彼女にもし"熱"が芽生えたならば、なんと言うか今後なんと言うか……もっとこう、彼女が楽しく走れる様な気がしたのだ。

 

「こ、こんなライスでも速くなれるかな……?」

 

すると彼女は上目で下から俺の目を見た。声も震えて不安そうではあるが、しっかりと目を見てそう言った。

 

「それは俺は分からない、君自身が決めることだ」

 

だからこそ俺はそう言った。熱は無理矢理帯びさせるものではないからだ。

 

「ライスが……決める……」

 

彼女はそう呟きながら今度はしっかりと顔を上げる。

 

「そうさ、自分で決めちまえば良いんだ。他人にも、世界にも、運命にも……!決めさせちゃダメだ」

 

「……!」

 

多分この子にも夢と言うか、彼女がトレセンに来た理由と言うか、所謂目標があるのだろう。そんな初心を思い出したかのように彼女はハッとした様な様子で自らの手を胸に当てた。

 

「……君がどんな理由でトレセンに来て何を志してるのかは知らない。でもきっとあるんだろ?なりたいもんがさ」

 

「うん、うん……!で、出る……ライス出るよ……今度の選抜レースに出る……!!!」

 

「……!そうか!じゃあ楽しみにしてる」

 

気付けば学園の正門前、俺は手を振って彼女を見送る。その時少し振り返ってあのオドオドウマ娘が軽く手を振り返してくれた。ちょっと嬉しかった。しかし、ここで驚くべきなのはもう夜も遅いのにトラックに向かった事だろう。まさか、これから走るのだろうか……ますますレースが楽しみになってきた。

 

(有力ウマくらいチェックしとかないとだよな、あの子そう言えば何番登録なんだろ……ん?)

 

「あれ……?そう言えばあの子名前なんてんだ???」

 



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執念の蕾

需要あるかは置いといて血迷って書いてる、人間ドラマスポ根風ウマ娘小説が通ります。暖かく見守って……


「いやぁ、凄かった」

 

選抜レース。ウマ娘がデビューを目指して自らの力と矜持を示す絶好の機会だ。強さが着数に以前に直結し、実力がタイムに現れる。こんなに分かりやすいことはない。ただ、一つ気がかりだったのは……

 

「あの黒髪のウマ娘がレースをボイコットか……頑張って練習してたのにな」

 

そう、前日この選抜レースに出ると聞いていたあのウマ娘が出場していなかったのだ。しかも、噂によると理由は怪我や体調不良では無く"ボイコット"。彼女なりの理由があってのことなのだろうが、偶に夜遅くに一人で必死に練習してるの見かけた事もあったのに一体どうしたのだろうか。

 

(もう夜か……)

 

今日のレースのデータをまとめていたらもうこんな時間である。ウマ娘達は今日はレース直後で疲れてるのだろう、校舎や寮の外に彼女らの姿は見当たらない。

 

ーー『うん、うん……!で、出る……ライス出るよ……今度の選抜レースに出る……!!!』

 

「……」

 

そんなウマ娘、ライスシャワーの言葉をふと思い出す。そんな時だった

 

「バカバカッ!ライスのバカッ!」

 

急に聞こえた聞き覚えのある声、びっくりして俺が声の方を向くとそこには目を真っ赤にして大泣きするライスシャワーの姿があった。耳をへたらせる彼女を月明かりが照らす。

 

「決めたのに……ライスはレースに出るって自分で決めたのに……」

 

ーー『他人にも、世界にも、運命にも……!決めさせちゃダメだ』

 

「……」

 

「なんで、なんで私はこんなにダメな子なの……?」

 

確かにちょっとネガティヴでナーバスな子なイメージではあったがまさかこんな時間に一人で泣いているとは思わなかった。多分、相当悔しいんだろう。

 

「久しぶり、大丈夫か?ライスシャワー」

 

俺はついにほっとけなくなって声をかけた。なんか……もし今日このまま一人で泣いていたら完全に折れてしまいそうな気がしたから。

 

「え……あっ、あなたはあの時の……と言うか、名前……」

 

「俺は今日のレースにウマ娘スカウトしに行ったトレーナーだぞ?君みたいな有力ウマの名前くらい把握してるって」

 

そう言いながら俺はゆっくりとライスシャワーに遠くから近づこうしたその時

 

「ご、ごめんなさいそれ以上はこっちに来ないで……またあなたを不幸にしちゃう……それにライスはレースに出てない……」

 

一瞬そう言われ、俺は止まった。だけどもう少しだけ歩み寄り3歩先くらいで再び止まり俺は口を開いた。

 

「なんだよ、まだ何も始まってないのに悲劇のヒロインのつもりかよ?」

 

「……そ、そんなこと」

 

「これは別に貶してる訳じゃない。だってまだ悲劇も喜劇も何も起きてない。まだ君は何者にでもなれると言う話をしたいんだ」

 

「……ッ!」

 

「そこで泣いているだけじゃそれこそダメダメだよ」

 

「分かってるよッ!!!だから怖いの……確かに私は何者にでもなれるかもしれない。でも同時に……!私は何者にもなれないかも知れない。私はレースで私がダメダメなままだと証明しちゃうかも知れない……」

 

急に声を荒げたライスシャワーに一瞬たじろいた。凄い形相だった。彼女がここまで眉をしかめ、目を見開き、真っ赤にさせて……でもダメだ。俺は悔しいなら立ち止まらずに走れと、ここで伝えてあげなきゃこの子の可能性を棒に振る……!

 

「君はダメダメなんかじゃないッ!」

 

俺はそう伝えたが、ライスシャワーは嗚咽を交え、頭を抱える。

 

「ダメダメだよッ!ライスは……いつもこうやって未来の可能性に縋り続けちゃうの……そんな自分が大嫌い……」

 

段々と弱々しくなった彼女の声、遂には言葉も途絶えた。風の音が良く聞こえるほどの数秒間の沈黙の後、俺は口を開く。

 

「なるほどな……まあ、君の言い分は納得したよ。辛かったんだな。でもーー」

 

「……?」

 

「ーー君自身は納得していない」

 

ライスシャワーは顔を上げると同時にゆっくりと首を横にふり始める。

 

「そんなこと……全部ライスがダメダメだから悪いんだよ……そこに異論なんて……」

 

「……じゃあなんで泣いてんだよ」

 

小さくではあるがはっきりと俺はそう言った。

 

「っ……」

 

「今、納得賛成大万歳なら笑えよ。でも君は今、泣いている。このクソみたいな現状に実際何かを感じているから、そんな顔しているんだ。今、ヘラヘラ笑ってるよりかは大分上等だろ」

 

ーーこの子には自覚はないが、確実にどこか狂気的な熱を持っている

 

「……」

 

「あのな、ライスシャワー?未来の自分に縋り続けるやつはそもそも練習なんて続かないんだよ。君は今でこそ何者でもないが、ダメダメでない事なら過去のライスシャワーが既に証明済みだ」

 

ーーこの執念の花の蕾を、こんなところで枯らすわけにはいかない

 

「励ましてくれてるのは嬉しいんだけど……な、なんでそんなにライスに優しくしてくれるの……?」

 

ーーこの子は絶対に、俺が咲かせてみせる

 

「俺が君が一体この先何者になるのかをこの目で見てみたくなったからだ……ライスシャワー、君をスカウトしたい」

 

勢いよく風がライスシャワーの髪を逆立てる

 

「えっ……?わ、私なんかを……?」

 

空いた口が塞がらないと言う表情で彼女は俺の顔を見つめた。

 

「そうだ」

 

すると急に彼女は手で自分の顔を隠した。

 

「あわわ……な、なんで?ライスはとっても嬉しいけど、こんなだめだめなライスなんかより才能のある子なんて他にも沢山ーー」

 

「こんな悔しそうに泣く奴を初めて見たからだ」

 

あたふたとしている彼女の言葉を遮って、俺はそう言う。

 

「はぇ……?」

 

「君は恐怖を感じることを弱虫の象徴の様に捉えているのかもだけど全く違う。悔し涙を流せることは確実に才能だよ。その感情はおそらくもう限界だって時に確実に君の背中を押す」

 

自分を正当化しない。それがどれだけ難しいことか。普通人は責任を押し付けるんだ。なにか理由をつけて都合よく自分は悪くないと思いこむもんなんだ。なのに……この子は行き過ぎではいるもののこんな奴、世界に何人いるだろうか。

 

「悔しがれることなんて、常識的に考えて走りの才能なんかじゃ……」

 

「それは違うな。才能を語る時に"常識的"にだなんて……才能はいかなる時も非常識だよ」

 

「……」

 

もしも、この悔しさを勝利への衝動に、またはライバルへの滾りに変えられるのだとしたらきっと……

 

「ライスシャワー。もう立ち止まるのはお終いだ。たった3分と少しで良いんだ。俺と世界に挑もう」

 

瞬間、風が止む。俺は握手をと手を差し出した。

 

「嬉しい……嬉しいけど……ライス多分いっぱい迷惑かけちゃうし……」

 

彼女は戸惑った様子で、俺の手を見つめている。俺はそれを見て軽くため息をついた。

 

「はぁ……ライスシャワー。君は分かっているようで何も分かっていないから言うけど俺は今泣いてる君を励ましているわけじゃない。なんならデビューしたいんだったら良かったら俺がトレーナーになろうか?と提案をしているわけでもない」

 

「え……?」

 

俺はライスシャワーの手首を掴んで引き寄せる。

 

「ひゃあ!?」

 

「ライスシャワー、お前を強くしてやるから俺について来いと言っているんだ」

 

目を見開きライスシャワーは俺の目を見つめた。固唾を飲み、数秒経った後彼女は静かに目を閉じ俯いた。

 

「ついてく……」

 

そして、俯きながら静かにそう呟いた。

 

「そうだ」

 

瞬間また"あの風"を感じた。あの純粋で優しくて、それでまた黒くて……微かではあるが確実に熱をはらんでいるあの風だ。

 

「グスッ……私で……良いの……?」

 

と、シリアスな雰囲気も束の間、せっかく泣き止んできたライスシャワーは再び泣き出してしまう。

 

「そこについては妥協なんかじゃない。俺が君が良いと望んだんだ」

 

でも、何というか今の涙は先程までの悔し泣じゃないってなんとなく分かったから俺は優しくそう言った。

 

「うん、うん……!ライス、ライスついてくよ。それに、多分"ついてく"のは私、ちょっと得意だから」

 

そう言って、ライスシャワーは俺の手首を掴み返した。

 

「……変な握手だなっ」

 

外からみたらどうにも変な状況に俺はクスリと笑った。

 

「ふふっ……」

 

そして彼女も釣られて笑顔を見せた。これが俺が初めて見たライスシャワーの笑顔だった。

 



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想い描く未来

感想くれた人ありがとうございます本当に。書いたものに反応あるってかなり嬉しいですね。


「うんしょ……うんしょ……」 

 

「……」

 

トラックで俺は遠くから巨大なリュックサックを背負い込みこちらへ向かってくるライスシャワーを、何やってんだあいつ。と目を細める。

 

今日は俺がライスシャワーのトレーナーとなってからの初のトレーニングの日であるから、ライスがどんな顔して現れるか気になってはいたが、現れたのはパンパンな荷物を背負った登山家であった。

 

「ま、待たせてごめんなさい……!トレーニングよろしくお願いします……!」

 

そう言いながら地面に降ろされたリュックはドスンと大きな音を立てる。こんなに細くてちっこいのに……やっぱウマ娘って凄いったらなんのである。

 

「……おいライス。なんだ?そのでかいリュックは???」

 

スルーしようとしたが、やはり気になったので俺はリュックを指差しそう問いかけた。するとライスシャワーはもじもじと手を前で組み

 

「あっ、えっと……あのリュックは良くない事が起こった時のための準備で……」

 

とゴニョゴニョと話し始めた。

 

「良くないこと?……怪我とかか?」

 

「そ、そう……!ほらこれは転んでお膝する剥いちゃった時の絆創膏で……こっちは捻挫しちゃった時用のテーピング……」

 

「へ、へぇ……用意周到で偉いな」

 

「……!えへへ……そ、それでねそれでね!こっちがーー」

 

余りにも多い荷物に多少引いたが、今日に向けていっぱい考えてくれたんだろうと俺は褒めたのだが、ライスシャワーはちょっと嬉しくなったのかわざわざリュックの中から中身を一つずつ取り出しながら俺に見せてくる。

 

急な雨にそなえた紺色でワンポイントで青い花の刺繍の入った傘に、なんと遭難した時様のマヨネーズといろんなものがでてくるでてくる……

 

「ーーこれが、靴紐が切れちゃった時のための予備のシューズで……」

 

まあ、ナヨナヨしてばっかじゃなくて可愛いとこあるじゃん。とライスの持ち物ショーを眺める。

 

「あ、ありがとうライスシャワー、じゃあまた続きは練習終わってから見せてくれよ」

 

しかし、これじゃキリがないと俺は一旦ライスを止めた

 

「あぅ……ごめんなさい……初トレーニングで迷惑かけないようにって思って……」

 

するとライスは少ししょんぼりとした顔で次にリュックから出そうとしていたものから手を離した。

 

「気遣いは嬉しかったよ、ありがと。ただ、次からはもっと身軽で大丈夫だ!」

 

「ほ、ほんと……?ライス実は昔っから不幸な事ばかり起こしちゃってて……それで……」

 

「不幸?」

 

「うん……一緒にいる子が転んだり、靴紐切っちゃったり……それこそ、トレーナーさんといた時だって鳥のフンが……」

 

「……うっ」

 

い、嫌なことを思いだしたが俺は顔が引き攣るのを必死に抑える。まあ確かにライスと出会った日は運が悪かった気もするが、まあ悪運なんてのは単なる偶然であるはずだし、気にする必要は無いとは思う。だがこの子はちょっと優し過ぎるのかも知れないな……

 

「……だ、だからっ……!」

 

そんな俺を見かけてか、ライスシャワーが再びリュックを漁り何か布の様なものを取り出した。そしてライスはそれを広げて、不安げではあるが俺に見せてきた。

 

「なんだ……?ハンカチ……?」

 

「う、うん……!もしトレーナーさんの頭が汚れちゃってもいいようにって……」

 

……まぁ、優し過ぎるのはこの子の長所でもあるってわけだろう。ちょっと嬉しかった。だから、なら帽子とかの方が良くね。とは言わないでおいた。

 

「ライスは優しいんだな。わざわざ俺のためにありがとう」

 

「あわわ……そんな事……だってトレーナーさんは初めて出会った時、ライスにやる気をくれたから」

 

「ライス……」

 

「あの日、ライスの所為で頭が汚れちゃったのにトレーナーさんは悩んでるライスとずっとお話してくれて……嬉しかったから……」

 

「ははは……」

 

ライスは、照れ臭そうにそう言ったが今思うと俺は頭にウンコ乗っけながらあんな事言ってたかと思うと顔から火が出そうであった。

 

「それにね……!友達のウララちゃんにも話したらカッコいいねって言ってくれたし」

 

「はっ!?おいライスお前その事誰かに話したのかっ!?」

 

「ひゃ、ひゃい!ごめんなさいっ!?」

 

「あっ……いやぁ、全然いいんだけど……な?アハハ!」

 

なんだ?じゃあそのことも顔も知らんウララちゃんとやらに俺がウンコ乗っけながらライスに『速さには凄い力があるーー』だとか『他人にも運命にも世界にもーー』とか言っちゃってたことが広まってんのか。恥ずかしっ……でも、まぁ、ライスシャワーがやる気をくれたなんて思ってくれてるのならとても良かった。と言うかまぁ、それ以前に……

 

(ライスシャワー、ちゃんと友達いたんだな……良かった、なんか安心したよ俺は)

 

練習もずっと一人でしていたらしいし、下手したら一人ぼっちなのかなとも心配になったがどうやら大丈夫であるようだ。

 

「うぅ……な、なんかトレーナーさんに失礼なこと考えられてるような気が……」

 

「……まぁ!荷物をしまえって!」

 

 

❇︎

 

 

「じゃあ今日はトレーニング初日で今の実力も把握したいし、ライスと今後の事を話し合いながら軽くやっていこうか」

 

「こ、今後のこと……?」

 

「まだ俺はハッキリ言って君のことあんまり知らないからな……まあこれから長い付き合いになるだろうし前置きは要らないだろう。単刀直入に問うよ」

 

「……?」

 

「お前は何者になりたい?」

 

まあ、急に聞いても困ってしまうか。と思った次の瞬間だった。

 

「ライスはしあわせの青い薔薇に……!」

 

ライスシャワーは意外にも即答した。俺は少し驚いた。と、言うのもこの質問は返答内容を見るものではない。夢や目標はそれぞれ違うからだ。では何を見るものか?それは、返答の早さだ。早ければ早いほどそれが、その子の信念の強さや明確さ、または憧れや希望を汲み取れる。なるほどな……だからこの子は一人でも、レースに出れなくてもずっと練習を続けてこれたのだろう。

 

「しあわせの青い薔薇?」

 

俺は少したってそう返した。

 

「あわわ……実はライスの好きな絵本の話でーー」

 

ライスシャワーは、目を輝かせながらその絵本の話を俺にしてくれた。

 

色鮮やかな花を咲かせる薔薇のなかで皆と違う容姿をした蕾の"青い薔薇"は人間達から不気味がられ、自己嫌悪に陥り萎れていってしまうが、たった一人そんな不幸な自分を「素敵だ」と言って買取り、育てた"お兄さま"のおかげで無事綺麗な花を咲かせ道ゆく人を笑顔にした。とまあ、言った内容だ。

 

「ライスがちっちゃい頃に、しあわせの青い薔薇を読んでライスも皆を不幸にするダメな子じゃなく皆を幸せにする青い薔薇に憧れちゃったんだ」

 

「小さい頃に読んだ絵本に憧れてなんて、なんか良い話だな」

 

「えへへ……でもまだ終わりじゃないの。ライスちっちゃい頃青い薔薇に憧れていたそんな時、お母さまが初めてレースに連れて行ってくれたの」

 

「レース……!」

 

「うん。レースを見に来ている皆んなは笑顔でレースを見守ってて、応援してる子が勝った時は皆んなとってもしあわせそうなお顔をしてたんだ」

 

ライスシャワーは少し上を向きながら昔の自分の滾りと向い合う。そして、彼女は話を続ける。

 

「……そして、何の運命かは知らないけどライスはウマ娘だった。だからライスも頑張って速くなって、皆んなを幸せするレースをしたいなって。そう思ったの」

 

「なるほど、その日が君と言うウマ娘の、ライスシャワーの全てが始まったわけか」

 

小さい頃は追いつけなかった憧れの存在も、今ではそれを目標に出来るくらいのスピードを手に入れトレセン学園にまで入学した。

 

「うん……それがもう憧れじゃない、ライスの目標にする成りたいライス……」

 

正直、この前までヘコんで、『走るのがあまり好きじゃない』とまで言っていた子とは思えないほどの壮大な想いに俺は感心した。

 

「ライスならきっとなれるよ。でもーー」

 

そう感心した。なんなら絶対にこの子の夢を叶えてやろうと思った。だからこそ俺は厳しいことを言うようだが次の様に続けた。

 

「これは夢を否定するとかそんなんじゃないんだけど、ライスが目指していることは、ハッキリ言ってめちゃくちゃ難しいことだ。この世界は驚く程に相対的で、誰かが笑顔になるということは、どこかで誰かが泣いている」

 

「……そんな」

 

「皆を笑顔にすると言うのは、それはそれは至難の業で、それを叶えるには君はこれからこの世界で圧倒的にならなければならない。絶対にいきなり皆が一気に笑顔にはならないし、当然これから何度も挫けることになると思う。しかもこれはほぼ確実と言って良い」

 

「……」

 

「そしてライスシャワー、君はとても神経質で優しい子だ。だからどうか、どうか……これからは"自分なんか"と落ち込まないで欲しい」

 

「っ……」

 

「最初は難しいかも知れないけど、さっき言った様に絶対に君は叶えたい夢の道の途中でこの先壁にぶち当たる。そして俺はライスなら壁を乗り越えられると信じるし、サポートをしていく。だからライスも自分のペースで少しずつ頑張ってくれれば良い」

 

「トレーナーさん……」

 

「段々と笑顔を増やしていけば良いんだ。必ず誰かが君の頑張りを見ている。俺がトレーナーになったのがその証明だ。ちょっと照れるけど、ライスシャワーのファン一号さ。だからこれからは不幸にしてしまった人じゃなくて、笑ってくれた人を大事に一人ずつ数えていって欲しい」

 

「うん……ありがとう。ライス、がんばるね……!」

 

長くつらつらと話したが、ライスから笑顔でそんな言葉が聞けて、俺はほっとした。これで良い。まずは自分が笑顔でいなくちゃならない。人を幸せにしたいなら絶対にまずは自分が幸せにならないとダメなんだ。

 

「じゃあ、早速軽くアップして今日は一本2000のタイム計ってみようか。いつか来るデビュー戦に向けて色々試さないとな」

 

「……は、はい!」

 

ライスは返事をしてアップを始めにコースへ入っていく。俺はそれを静かに見つめていた。おそらく最初のレースがライスシャワーにとって良くも悪くも今後の彼女を左右する決定的なものとなるだろう。

 

『皆んなを幸せにーー』

 

彼女はそう言ったが、彼女はまだ知らない。

 

敗北の悔しさと、勝利の味を。

 

速度に翻弄され、たかが陸上で人生を良くか悪くか狂わされるやつもいる。

 

ーーライスには少なくとも俺みたいな思いは絶対に……

 




なんか、コイツら話してばっかだなと思った人ごめんね!あと1話か2話くらいでライス走らせるんで許してください


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闘争後の絶頂

お待たせしました。ライスシャワー。走ります。


ライスにトレーナーさんが着いて初めての練習からずいぶん経ったと言えばたったし、経って居ないと言えば経っていない。でも、トレーナーさんは私にレースに早く出場させたいようだった。どうやら私にまず足りないのは、"闘争の体験"らしい。

 

「まぁ、練習してたらデビュー戦が直ぐ決まってちょっと短い期間だったが調整もすませて今日来たわけだが……良く来たな?ライス」

 

そして何と今日はあっという間にレース当日……ライスにとっては初めての雰囲気で思わず息を呑んだ。

 

朝も部屋からなかなか出れずにいたけど、ウララちゃんに応援されたし、電話でトレーナーさんに檄を入れて貰ってなんとか会場まで足を運んだ。そしてダメダメな私でもここまで頑張れた理由は

 

「決めたから……ライスがトレーナーさんについてくって」

 

「……頼もしくなったな。ちょっぴりな!」

 

そう言ってトレーナーさんはいたずらな顔で笑った。私はいつもなら自分も笑って冗談で返せた。

 

でも身体の先は物凄く冷たくて、声もうまく出ないし、まるで自分の身体じゃないみたいで、不安で怖くて億劫で……

 

「ライス。自分の胸に手を当ててごらん」

 

そんな震えるライスを見て、トレーナーさんはライスにそう声をかける。それは大事な話をする時のあの安心感のある優しくてとても頼もしい声だ。

 

「……」

 

ライスは言われた通りに手を胸に当てた。緊張しているのだろう。やはりと言うべきか

、ドキドキとライスの心臓はなっていた。

 

「どうだ?」

 

「凄い……ドキドキして……」

 

緊張に押しつぶされそうで自分をコントロール出来てないのかと、ライスはいつものように凹む。しかしそう思ったのは束の間、トレーナーさんは指を差しながら口を開く。

 

「恐怖は君が君自身を試す時の感情だ。不幸の象徴でも弱虫の証でも無い。その今ライスが感じた鼓動は心臓が今から戦う事を決意した時の音なんだ」

 

「……うん」

 

「おそらく今から始まる一走はライスにとって良くも悪くも忘れられないものになる。そして走者であるライスは今この一走を極上の数分にすることが出来る有権者だ」

 

「……うん」

 

ライスは相槌を聴きながらトレーナーさんの言葉を心に閉まっていった。ポジティブ思考とはまた違うトレーナーさんのその言葉はいつもライスに熱と勇気をくれる。おそらくトレーナーさんが今まで体験してきた本物の言葉だからだ。

 

「ライス。君は速い」

 

最後にそう言ってトレーナーさんはライスの背中に手を当て、レース場へ押し出す。

 

「うん、うん……!私は速いッ……!」

 

ライスは少しの沈黙の後、恐怖をねじ伏せる様にそう力強く叫んだ。

 

「っ……」

 

トレーナーさんはちょっと驚いた顔をしたけど、ニコっと笑ってから何も言わずにライスに背中を向け手を振った。

 

がんばれ、ライス。

がんばれ……

がんばれ……

 

 

気付けば、あっという間だった。練習通りにライスは号砲と共にスタートを切る。先行し3番手に着く。

 

今日まで繰り返しやってきた。一人でも、二人になってからも。

 

第一コーナー、第二コーナー。集中力が外界を遮断し始める。段々と会場の声援が小さくなっていき。私の近くを走行するウマ娘達の息遣いが聴こえてきた。

 

私は私の事が嫌いだ。

 

皆んなに迷惑ばかりかけて、不幸にして、いつもナヨナヨして、ダメダメな私が大嫌いだ。

 

でも……!

 

「ライスはダメダメのままじゃ、嫌だ」

 

私は、集中力の中何か自分自身と会話している様な感覚に陥った。そして私の中の私はトレーナーさんとの記憶を私に示す。

 

『俺が君が一体この先何者になるのかをこの目で見てみたくなったからだ……ライスシャワー、君をスカウトしたい』

 

第三コーナー。私は足を芝に食い込ませ、強く蹴った。ダメダメな私を置き去りにするために。でも多分、今日だけじゃライスは変わらない。そんな簡単な話じゃあない。しかし、今日はその第一歩だ。

 

ーー変わりたい。私のちっぽけな可能性と正面から向き合ってくれるトレーナーさんのために……!

 

残り200m。最終直線、私は同じタイミングで仕掛けたウマ娘と並ぶ。その子の顔を見る余裕は無い。しかしわかった。少なくとも私を殺しに来ている。わかってしまった瞬間、私は震え上がった。

 

そう、私はここまできても

怯えている。

恐怖している。

震えている。

 

同時に

 

奮え上がった。

 

だって、思っちゃったんだ。初めてレースを観たあの日私も皆んなをしあわせに出来るような……青い薔薇のようなウマ娘に……

 

ーー変わりたい。私のために……!

 

「なるんだッ!なりたい私に……!」

 

瞬間。私は身体に電流が走り、血が沸騰していくのを感じた。一蹴りに対する大地の反動、芝の匂い、そして美しい風の色。全て手に取るように分かる気がした。

 

それは今まで初めての感覚で、心の底から何かが湧き上がるような……煮えたぎるような……

 

私は先頭に躍り出る。

 

加速していく速度はもはや静止に近い。

 

今の私にはダメダメな私は追いつけない。触れることもできない。

 

ーーあぁ。気持ち良い。

 

「これが速さ……」

 

残り100Mでレースが終わる……あんなに出走するのが怖かったのに、何故か今はもっと"此処"に居たいと思ってる自分がいる。

 

ーーあぁ。そうか。

 

「ライス、走るのが好きだったんだ……」

 

それに気づいたと同時に私は自分をゴールに叩き込んでいた。

 

「ゴォォォォォル!!!」

 

叫ぶ実況、湧き上がる観客、崩れ落ちる先程まで並走していたウマ娘。

 

ライスは今日までずっと走って来た。でも、今日初めて私は全力疾走したんだと思う。息は整わず、視界はまだ狭い。思考もハッキリとしない。

 

ドキドキだってずっと止まらなかった。

 

ライスはとりあえず「やったよ」言いたくて、トレーナーさんの元へ向かった。

 

 

 

 

「どうだ?ライスシャワー。見ろ。この会場を」

 

レース後の歓声。勝者への喝采。会場は新たな才能の蕾に拍手を送る。ライスシャワーはまだ息を切らしながら集中力が切れてないっといった様子で目を見開き、当たりを見渡す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

そんなライスに俺はお疲れと頭をポンと叩き、隣に並んだ。

 

「ふるえるだろ。ライスが沸かせたんだ……お前の速さが生んだ喝采だ」

 

「ライスが……」

 

ライスは観客席を十分に見渡した後、視線をあるウマ娘に向けた。そのウマ娘は最後、ライスと直線で一騎討ちを演じた子だった。その子は地べたに尻を着き、静かに歯を食いしばりながら涙を流す。

 

優しいライスの事だ。レースに自分が勝ったのだから敗者がいるのは当然のことであるのだが、気になってしょうがないのだろう。

 

「ライス。あれもお前がやったんだ」

 

「っ……」

 

だからこそ俺は今勝負への姿勢と残酷さをこの子に教えなければいけない。

 

「悪いと思う必要なんか当たり前だがないし、それは寧ろ対戦相手の侮辱にあたりかねない。今、君は今日一緒に走った全員の想いをぶち抜いて一着をもぎ取ったんだ」

 

「ライスが……潰した……皆んなの想いを……」

 

息が整い始めたライスシャワーはゾクリと背中を震わせた……

 

「そうだ」

 

いや、"奮わせた"と言った方が正しいのかも知れない。

 

「何……これ……私のせいで誰かの夢を壊してしまったのかも知れないのに……何……?なんでこんなにもライスは昂ってッ……!?」

 

ライスシャワーは瞳孔を開き、声を震わせながらそう言った。再びライスの息は荒くなっていく。

 

「コレがレースだ。ライスシャワー。お前がそうした様に全員がお前を倒しにくるんだ。ビビっただろ……?痺れただろ……?」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「刻めよ。コレは勝利だ」

 

「コレが……」

 

この日、良くか悪くかライスシャワーはデビュー戦を勝利で締めくくった。そして、ライスシャワーは知った。知ってしまった。速さは自身のトレーナーが言ったようにもの凄い力があると。もしかしたら、自分の速度はダメダメな自分を変えられるかも知れないと。

 

しかし、この時彼女達は知らなかった。この勝利が狂想曲の序章となってしまうことを。

 

「トレーナーさん。ライス、また勝ちたい」

 




ライス。エクスタシーへ。正直、今後の展開悩んでます。カッコいいライス、幸せなライス……みんなはどんなライスがみたいんやろなぁ……


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変人コンビ

連投で短めだけど、レース後の後日談。


ライスシャワーと、そのトレーナーであるアキラはレース後にトレセン学園へと戻る最中だ。熱狂は束の間、普通にクールダウンしたライスシャワーはいつもの様に赤に光る信号機のを横目にアキラにペコペコと頭を下げていたのだった。

 

「ま、また赤……ごめんなさい……」

 

そんなライスをみて、アキラはやれやれとため息をつく。

 

「でも今日はいつもより青で渡れた横断歩道が多かったんじゃないか?」

 

と、言った。

 

「……そ、そうかな」

 

ライスシャワーはアキラを見た後、身を逸らしなんとも言えない表情で人差し指を合わせる。

 

「ライスは悪かったことを反省するのはちょー得意なんだけどな〜、良いことも数えてしっかり飲み込んでかないと!」

 

「う、うん……!」

 

アキラは相変わらずネガティヴなライスシャワーを元気付けようとしたのかそう言った。

 

「まったく……さっきまでのギラついた目はどうしたんだ〜?」

 

少し間を開けた後、アキラは頭を掻きながらライスを少しおちょくるように問う。彼も段々とライスシャワーのメンタルコントロールに慣れてきたのだろう。

 

「は、恥ずかしいからあまりその話はっ……!」

 

レースで熱に溺れたような表情をしていたライスシャワー。今までの彼女からしたら明らかに"キャラ"じゃないからかとても恥ずかしそうにしてその小さい身体でアキラの口を塞ごうと手を伸ばす。

 

「ライスもあんな顔するんだな」

 

そう言ってそんなライスの小さい手からくるりと背を向け、アキラは簡単に逃げ切ってしまう。

 

「へ、変だったかな……?」

 

すると、ライスシャワーは戯れるのをやめ少しシュンと肩を落としてしまった。アキラはもちろん、ナーバスなライスにはそんなこと無いよと言ってあげーー

 

「……?変だったぞ?」

 

ーーることは無かった。

 

「うっ……」

 

ライスはますます凹む様子を見せる。

 

「でもライス……"変"はね、武器だ。どんなに変でも絶対にあの熱狂を忘れない方がいい」

 

そんな様子を見てアキラは少し優しい顔でそう言う。そんなアキラにライスシャワーは「え?」と首を傾げた。

 

「ライスは恐怖を感じることが悪だと決めつけてた様に、変であることも悪だと思ってるんだろ?」

 

「……」

 

ライスはギクリと肩に力を入れた。アキラは続ける

 

「変であることはそもそも善悪の物差しでは測れない。結局ただその人の意見や思考、啓蒙や価値観がマジョリティかマイノリティかの話の域を出ない」

 

「マジョリティか……マイノリティ……」

 

「そう。そして言うまでもなく変であるライスはマイノリティだ。そして正直に言うと常に、君はマイノリティな方が良い」

 

「な、なんで……?」

 

「競技において誰もが栄光を望む。それは今日ライスがレースで身をもって知ったように、理屈以前に本能に近い。そんな中勝者はたった一人だ」

 

「あっ……つ、つまり」

 

「そうさ。勝者は究極のマイノリティなんだ」

 

「……!」

 

「言われてみれば確かにって感じだろ?レースで強いやつってな、大体変なんだよ安心しろ!」

 

アキラも、言わずもがなどちらかと言えば"変"な奴である事は間違いない。詭弁と言われればそれまでだし、アキラ自身も自分が全て正しいなんて思っては居ない。

 

でもライスシャワーは意外にもこのアキラの価値観や才能論がいつも自分に勇気をくれるから好きだった。気持ちの悪い全肯定でも、悲観なリアリストでも無いこのアキラ節がなんとも気に入っていた。だからライスは少し嬉しそうに「うん」と頷く。

 

「……それと、マイノリティでいて欲しい理由はもう一つ」

 

アキラは道端の方を指差しながらそう言った。

 

ライスもアキラの指を追って、道端に目をやる。するとそこには、小さな花が一輪コンクリートの隙間から顔を出していた。

 

「あっ……」

 

「珍しいなあんなとこに咲くなんて……ライスが目指してるのも、絵本の中のちょーマイノリティな色したあいつだろ?」

 

「幸せの青い薔薇……」

 

「ライスのトレーナーになってからいろんなことライスに言ってきたけど、全部その通りにしろって訳じゃ無いからな。俺だけじゃなく、色んな人の話を聞いて欲しい。その中で自分がどうするか自分で決めるんだーー」

 

「他人にも、世界にも、運命にも決めさせるな」

 

ライスはアキラを遮りそう言った。

 

「ライス……」

 

「トレーナーさんの口癖だよ」

 

ライスシャワーは笑っていた。アキラは少し恥ずかしそうに頬を掻く。夕陽はそんな二人の姿を照らしていた。

 

「まぁ話は逸れたが、少なくとも俺がライスのトレーナーになりたいと思ったのは他人より"変"な長所がいっぱいあったからだ。……コイツならきっと。って思ったんだ」

 

「……」

 

「……まだしっかり言えてなかったな。ライス、今日はおめでとう」

 

アキラは笑っていた。

 

今日ライスシャワーはたくさんの人を沸かした。勝負の残酷さと姿勢を学んだ。力を出し切っていた。そんなライスのところに咲いたトレーナーの笑顔。ライスは口をポカンと開けながらアキラを見ていた。そしてあろうことか、自分変だからトレーナーになったと言うアキラと絵本の中のあの人がふと重なる。

 

「お兄さま……」

 

ライスシャワーはポツリとそう呟いた。

 

「えっ?お兄さま?」

 

いや、呟いてしまった。

 

当たり前だが、アキラはよく分からずそう繰り返すように聞き返す。

 

すると、ライスシャワーの顔はボンっと一瞬の内に赤く茹で上がり

 

「えっ!?あっ……ラ、ライス何言って……!?」

 

そんな自身が見たこともないライスを目の前にアキラもどうしたんだと困惑気味である。

 

「あっ……でもあるよな?偶にな?」

 

「ち、違……違うの……!」

 

「例えば先生をお母さんって呼んじゃうみたいなやつだろ?俺も小学校の時に一回だけ……」

 

「ぴゅ〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 

アキラは目がぐるぐるとしているライスシャワーを落ち着かせようとしたが、話を聞かずライスシャワーは一目散にすごい速度でアキラから逃げて行ってしまう。

 

「はっ!?ライスお前赤信号……!って……あっ!?全部青に……!?」

 

何とアキラから見える信号は青に変わっている。一体ライスはどうしてしまったのだろうかと開いた口が塞がらないと言った表情でアキラは遠ざかるライスを見つめていた。

 

「アイツ……レース直後だぞ?世界一の末脚か……?って、あ!ライスっ!寝る前にストレッチ絶対やれよー!って聞こえてないか……」

 

もう、ライスの姿は見えない。まあ、後でメールしとけば良いかとアキラも歩き始める。

 

「今日は頑張ってたし飯でも奢ってやろうと思ったのにな、まあまた練習の後とかで良いか……レース後だから明日はオフだし、ライスも居ないしどっかで飲んでこ」

 

 




レースで心に熱と勝利への執念のタネを植えたライスシャワー。読者の皆様はこれからどうなるか暖かく、というより一緒に滾りながら見てくれたら嬉しいです。一緒に熱狂を体験できたら最高です!


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