ぐりむ・りーぱー〜剣と魔法のファンタジー世界で一流冒険者パーティーを脱退した俺は、最弱の身体強化しか使えないけど何とかなると信じてスローライフを送りたい。無双?最強?そんなものに興味はないですよ?〜 (くろひつじ)
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1話「いや、勘弁してください、マジで」

 喧騒(けんそう)に溢れかえる古びた冒険者ギルド。

 そこに併設(へいせつ)された酒場で、俺たち――冒険者パーティー『龍の牙』は祝杯を上げていた。

 

 俺が飲んでいるのは安いエール(麦酒)だけど、これくらいがちょうど良い。

 高い酒なんか俺には合わないからな。

 それに、仲間のみんなも俺に合わせてエールを飲んでくれてるし。いい奴らだわー、マジで。

 良い奴ら、なんだけどなぁ。あぁ、エールが染みて胃がキリキリ痛む。

 

「いやしかし、今日もみんなありがとうな!」

 

 パーティーのリーダー、カイトがジョッキをテーブルに叩きつけながら笑う。

 短い金髪に青い眼。大柄で筋肉質、自分の身長程もある巨大な盾を使う一流の前衛職(タンク)だ。

 こいつが防げない攻撃なんてこの世に存在しないと思うし、実際今日も強靭なミノタウロスの戦斧の一撃を見事に受けきって見せた時なんか、ビックリしすぎて腰抜かすかと思ったわ。

 正義感が強くて誰にでも優しい、正に漢って奴だ。

 

「今日も大変でしたね……改めて、お疲れ様でした」

 

 優しい物言いで皆を(ねぎら)っているのが、パーティーの回復職(ヒーラー)であるルミィ。

 長い白銀の髪に、銀色の瞳が特徴的な美少女。

 視野が広くて献身的な彼女は回復魔法だけじゃなく、常に味方に強化魔法をかけ続け、パーティーを徹底的にサポートくれてる凄い子だ。

 彼女のおかげでこのパーティーの負傷率は異常な程低い訳で。

 怪我をしても秒で回復してくれるもんなぁ。いやぁ、マジでよく見てるわ。

 

「ぷはぁっ! みんなが居てくれるおかげで私は好き勝手暴れられるんだ! ほんと助かるよ!」

 

 豪快にエールを飲み干して、満面の笑みで見た目最年少のミルハが叫んだ。相変わらず元気なことで。

 彼女はこのパーティーの攻撃職(アタッカー)

 猫系の亜人で、赤い髪に赤い眼、頭に生えた猫耳と尻尾が特徴的な奴だけども、凄まじい速度と威力を誇る両手剣で敵を薙ぎ払い、離れた相手にも攻撃魔法を浴びせるという、火力で言えば世界でも正に最高峰の冒険者。いやぁ、人は見た目に寄らないね。

 何せ単独でレッドドラゴンの尻尾を一刀両断できる、超実力派だし。

 

 

「あー……うん。みんな疲れ様さんですよっと」

 

 で、俺。名前はセイ。役割は罠師(トラッパー)してます。

 茶髪に茶色い眼、体型は標準。顔もそれなり。片目が隠れる程伸ばした前髪が特徴っちゃ特徴かね。

 なお現在、ストレスで胃潰瘍(デバフ)中。いや、それでもエールは飲むけども。

 

 俺の仕事はパーティーの荷物を運んだり、魔物の剥ぎ取りや素材を剥ぎ取ったりと、言わば雑用ってやつだ。

 ロクに武器も使えねぇし、魔法も最弱の身体強化のみ。仕方ないから罠を設置したり石を投げたりしてみんなをサポートする程度。いたって普通なただの凡人(ぼんじん)、ここに極まれりってな。

 それがなんでこんな一流パーティーにいるかと言うと、なんか酒場で一人酒してたらカイトと気があって、そこで誘われたのが始まりで。

 それから今までずっと、俺たちは一緒に旅をしてきたって訳だ。

 未踏の迷宮(ダンジョン)を探索し、強大な魔物を倒し、攫われた村人を助けに行き。

 そしていつの間にか『龍の牙』は、世界でも有数の超一流パーティーになっていた次第である。

 はは、すげぇだろ。俺の仲間たち。

 

 

 だけど、俺はもう限界なんだ。

 ずっと堪えてきたけど、流石にもう無理。ストレスマッハで俺の胃がマジでヤバい。

 てな訳で、今日こそははっきり言ってやろうと思う。

 

「なぁみんな。ちょっと良いか?」

「お、珍しいな。どうした!」

「セイさん、何かありましたか?」

「なんか食いたいモンでもあるのか!?」

 

 胸に手を当てて、我ながら珍しくキリッとした表情で、堂々と言ってやった。

 

 

「俺さ、このパーティーを抜けようと思う」

 

 

 ――静寂。喝采に湧いていたギルド内から、音が消えた。

 

 え、なんだこれ。ちよっと過剰反応すぎないか?

 

 

「はぁっ!? セイ、お前何を言ってるんだ!?」

「そうですよ! 私の知らないところで何かトラブルでもあったんですか!?」

「いやいや! セイが居ないと困るからっ!!」

 

 三人がテーブルに身を乗り出して叫ぶ。

 いや、でもなぁ。

 

「前々から思ってたんだけどさー。俺って必要なくねぇか?」

 

 最強の前衛職(タンク)であるカイト、最強の回復職(ヒーラー)であるルミィ、最強の攻撃職(アタッカー)であるミルハ。

 ぶっちゃけ、この三人だけで良くねぇですかと。

 

 荷物なんて何でも収納出来るアイテムボックスに入れときゃいいし、剥ぎ取りや素材回収も魔物そのままアイテムボックス突っ込んでギルドで解体すりゃいいし。

 このメンツで俺が必要な場面とか、まぁあるはずも無いでしょうと。

 

 そして何より。

 

「それに、魔物と戦うとか俺には向いてないと思うんだよね」

 

 俺の言葉に、三人とも呆れ果てた顔をした。

 何を今更ってかい? うん、まあ、俺もそう思うけどさ。

 

 常に命がけの仕事なんて、ビビりな俺にはやっぱり向いてないと思う。

 皆が良くしてくれるからずっと頑張って来たけど、もういい加減胃が限界なんだって。

 怖くて仕方ねぇし、どっかの田舎とかでのんびり暮らしてる方が俺には似合ってると思う。

 今日も軽く死にかけたしなぁ。あ、胃がキリキリする。

 

 とにかく、自分の頼んだエールの代金をテーブルに置き、立ち上がる。

 

「もー嫌だ、もー戦いたくない。俺は痛いのも怖いのもゴメンだ! じゃ、そーゆーことで、よろしく!」

 

 それだけを言い残して、俺は酒場を後にした。

 心残りが無いわけでもない。けど、俺はまだ死にたくねぇし。

 このまま冒険者続けてたら胃が溶けて無くなるっての。

 それに、明らかにこのパーティーに居るには身分不相応だしなー、俺さん。

 むしろよく今まで生き残ったなと自分でも不思議に思うくらいだし。

 さてさて。とっとと荷物をまとめますかね。

 

 

 

 宿屋に戻り、取り出し至るはアイテムボックス。

 持ち主の魔力量によって内容量が変わる代物なんだけど、ダンジョンで手に入れた俺のアイテムボックスはかなり容量は大きいらしく、数人分の旅荷物くらいまでなら余裕で持ち運べるって代物だ。

 いやぁマジ便利だよなー、これ。作ったやつは神か何かかな?

 

 さーてさて。俺は特に装備も持ってないし、食料品や水も詰め込んだ。

 準備は万端だ。さて、行きますかねー。

 

 宿の自室のドアを開けて外に出ようとした時、外に人の気配を感じた。おっと、こいつは……

 ゆっくりドアを引き開けると、そこには見慣れた美少女の顔。

 ルミィだ。少し呼吸が乱れてるって事は、走って来たのか。

 ……その割には来るの遅かった気がするけど。はてさて?

 

「セイ! ねぇ、待って! 話をさせて欲しいの!」

「あーうん、分かったから落ち着け。ちゃんと話を聞くからさ」

 

 ……ふむ。まぁこうなってしまっては仕方ない。

 一旦部屋に戻り、ルミィを椅子に座らせて、事前に煮出して置いた麦茶を差し出した。

 それを一気に飲んで呼吸を整えると、ルミィは俺の手を握りしめ、涙目で見つめて来る。

 

「セイ……どうしても、行っちゃうの……?」

「あー、うん、そのつもりだよ。ぶっちゃけマジで怖いし。俺に冒険者は向いてないんだって」

「そんな! でも! 私たちはいつだってセイに助けられて来たわ!」

「そんな事は無いだろ。誰でも出来ることをやってただけだしな」

 

 前もって考えていた言い訳をしてみる。

 いやまぁ、ルミィは止めに来るかなーって思ってたよ。

 こいつ、マジで良い奴だもんな。きっと俺が遠慮してるとか、何か事情があるとか、そっち方面に取っちゃっうんだろうなーと。

 でもね、違うんだって。

 俺、マジ、冒険者向いてねーから。

 あと胃がね。悲鳴を上げてるんだよね、キリキリと。

 

 だってさー。自分よりデカい魔物とか、火を吹く魔物とか、鉄製の剣を弾く魔物とか。

 そんなんいっぱいいるんだよ? 無理無理。俺みたいな凡人が何とか出来る世界じゃないんだって。ほんと、ストレスで死んじゃう。

 

「……考え直してくれないかな?」

「ごめん、ちょっと無理だね。色々優しくしてくれたのに、ごめんなー」

 

 ポロリと、涙が彼女の頬を伝う。

 ルミィは文句の付けようの無いほどの美少女だ。

 雪のような白銀の長髪に、同じ色の眼。整った顔立ちをしているし、スタイルも抜群に良い。

 その上性格も穏やかで優しい来た。正に女神的な存在だ。

 

 そんな子を泣かせてしまった事には申し訳無さを感じてしまう。

 けどまぁ、考えを変えるつもりは無いんだけどさ。

 俺はもう決めたんだ。後戻りをする気にはなれない。

 胃がね。かなり限界なんですよ、はい。

 

「そっか……じゃあ一つだけ、お願い、聞いてくれない?」

「んー……まぁ俺に出来ることなら」

 

 ルミィはそっと俺の胸に両手を当て、涙目の上目使いで、小さく(ささ)いた。

 

 

「私、セイの赤ちゃんがほしい」

 

 

 ……やばい。どうも胃だけじゃなくて耳までイカれてるらしい。

 今なんか有り得ない言葉が聞こえた気がするんですが。

 

「……は? ごめん、聞き間違えたっぽいから、もっかい頼むわ」

「セイの子どもを産みたいの!」

 

 よーし、待とうか。どうやら聞き間違えじゃないらしい。

 

 いや、てか何をとち狂ってんだ、お前。

 て言うかてっきりカイトとデキてるんだと思い込んでたんだけど。

 その上で俺なんかにも優しくしてくれる良い奴って思ってた訳で。

 はてさて。こりゃどうしたもんかね。

 

 困惑する俺の両手を握りしめ、ルミィが続けて言う。

 

「本当ならね。セイの傍にいたい。ずっと、ずうっと、傍にいたい」

 

 優しく、指を絡ませ……て?

 

「セイの手になりたい。セイの足になりたい。セイの目になりたい。セイの耳になりたい。セイの全てを私が(にな)いたい!」

 

 ちょい待ち、手が抜けねぇんですが。

 てかルミィの眼から光が消えてねぇか?

 

「あぁ、セイ、愛してるわ。誰よりも、何よりも! セイの四肢を切り落として眼を抉って耳を削いで、その全てを私が担ってあげたい……! 貴方の全てが欲しいの……!」

 

 いや、ちょ、力つよっ……あ、こいつ、自分に強化魔法かけてやがる!

 

「でもその前に、ね? 動ける内に、セイの赤ちゃん、ほしいな。私達の愛の結晶をちょうだい?」

 

 怖い怖い怖い! いや、マジで魔物よりこえぇんだけど!?

 なんでいきなりヤンデレスイッチ入ってんのお前!?

 てか色々と無理がありすぎんだろこの展開は!!

 

「うふふ……さぁ、私に任せて。大丈夫、私も初めてだけど、上手くヤるから!」

 

 うおおお!? マジか、押し倒される!

 

 ベッドに倒れ込んだ俺に馬乗りになって、自分の頬に手を当てて、ルミィが微笑む。

 上気した顔。いつもの女神みたいな微笑みが、今ばかりは恐怖の化身に見える。

 

 あーもー……()()()()()()()()()()()

 

 

「セイ、愛しいセイ! あはは、は……あれ? 何か、体が……」

 

 

 力を失って崩れ落ちたルミィの下から這い出る。

 いやー。誰かが引き止めに来た時の事を考えて、念の為に麦茶に痺れ薬入れといて良かったわー。

 トラッパーとして基本的な仕込みだけど、やっぱ基本は大事だな、うん。

 さってと。ちゃっちゃと逃げるとしますかね。

 

「待って、セイ、待って! 貴方が何処に行っても、必ず見つけ出してあげるからね!」

 

 完全に光の消えた眼で俺を見つめながら叫ぶルミィを部屋に残して、俺は早急に宿を後にした。

 

 いや、勘弁してください、マジで。  

 



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2話「これも仕事の内に入るのかな」

 

 何とか町から脱出した俺がまず向かったのは、近くにある一番デカい街だった。

 

 砂の都エッセル。

 周りを砂漠に覆われている、でっかいオアシスを中心にした街だ。

 外壁や街全体がレンガで作られていて、なんとも味わい深い印象である。

 

 前に一度来た時は見慣れない服装や人種に驚いたりワクワクしたりしたなー。

 カイトはいつも通り大笑いしてたし、ミルハは屋台の食い物を片っ端から制覇しようとしてた。

 そしてルミィは、そんな俺たちを見て楽しそうに微笑んでたな。

 

 

 ……いやほんとさー。いきなり狂化(バーサーク)すんじゃねーよ。

 かなり理想の女性像だったのに、いきなり女性不信になりましたわ、マジで。

 

 

 まぁそれはさておき。何とか昼過ぎに街に着いて、ほっと一息ついた。

 さんさんと降り注ぐ日光に照らされた街並。

 そこら中に背の高あ細い木が植えられていて、大通りのいたる所に露店が並んでいる。

 人々の服装も特徴的で、ぶかぶかの長袖に、頭には多種多様の帽子。

 他所の街ではあまり見かけない、鱗に覆われたリザードマンや、手が翼になったハーピーが多い。

 

 そんな異国情緒溢れる光景の中、俺は真っ先に古ぼけた冒険者ギルドへと向かった。

 

 

 いやね、飛び出してから気付いたんだけどさ。

 俺、全然金持ってねーんだわ。

 

 パーティーの共有財産は冒険者ギルドの銀行に預けてたし、道具とか罠は自作だからあまり持ち合わせも無かったんだよ。

 乗合馬車代と今日の宿代くらいしかない。マジでやばい。

 

 なので、いろんな仕事を斡旋(あっせん)している冒険者ギルドに来たって訳だ。

 

 

 実は冒険者の仕事は魔物討伐だけじゃない。

 確かにそっちの方が人気だけど、薬草採取や手紙配達なんかの難易度が低い依頼もたくさんある。

 そんな中で俺が選んだのは、街の外壁修理の仕事だった。

 

 そこそこの数がまとめられた依頼書の紙束から、目的の紙を引きちぎって受付に向かう。

 ボロい木のカウンターの向こうでは、受付の女性がニコニコ微笑んでいる。

 て言うかこの人、めっちゃ可愛いわ。

 愛らしい顔立ちに活発なショートヘア、背は小さめなのに胸はそこそこある。

 男にモテそうだなー。いや、俺は御遠慮願いたいけどさ。

 

 ……だって、なぁ。ルミィのあれ見ちまったら、しばらく無理だって。

 眼が完全に病んでたもん、アイツ。

 普段との落差が激しすぎて、マジで怖かったしなぁ。

 

 

「おやおやっ。新顔さんですねっ。冒険者登録はされてますかっ?」

 

 近寄って来た俺を見て、受付の女性が声をかけてきた。

 おー。見た目通り元気な人だな。でもあんまりびょんぴょん飛び跳ね無い方がいいと思うぞー。

 周りの野郎共の視線が一箇所に集中してっし。

 

「あーどうも。登録してますよ。この依頼もらっていいですか?」

 

 名前が見えないように冒険者タグを見せる。

 このタグは名前、年齢、賞罰が書かれていて、主に犯罪歴があるか無いかを示すものだ。

 自然に名前を隠してれば、俺が『龍の牙』のセイだってバレやしない。

 

 いや、そこそこ有名だからなぁ俺。無駄に。

 一流パーティーのオマケの罠師(トラッパー)ってだけなのになー。

 

「外壁修理ですねっ。これ、結構キツイけど大丈夫ですかっ?」

「あー。魔物と戦うんじゃなけりゃ大丈夫です」

「じゃあ手続きするから待っててくださいねっ」

 

 依頼書の写しを書いて簡単なサインとハンコを押すと、その紙を俺に渡してくれた。

 よし。これでとりあえず、仕事は何とかなったな。

 しばらく続く仕事で日払いだから、次の仕事までの繋ぎには持ってこいだし。

 

 つーか、一流冒険者パーティーと一緒に旅をする以上にキツイ仕事なんてねーよと言いたい。言えねぇけど。

 

 

 

 宿屋で部屋を取った後は、早速外壁修理の仕事に向かうことにした。

 現場に着くと、すでに何人かの冒険者が高台で作業をしている。

 周りを見渡すと日焼けしたマッチョの群れ。その中で現場監督のバッジを付けたオッサンを発見。

 

 ……うっわ。顔こわっ。迫力あるわー。

 

「今日から世話になります。よろしくお願いします!」

「おう、新入りか! お前、体力はある方か?」

「それなりに鍛えてます!」

 

 ふざけて力こぶを作ってみせる。

 実際、三日間は走り続けられるくらいには鍛えられたからな。自然と。

 

「よし。じゃあお前は上を担当してくれ。壊れてるレンガを崩して新しいレンガを貼り付けるだけだ。分からんことがあれば俺か周りに聞いてくれ!」

「了解です!」

 

 レンガ置きは……あっちか。んじゃ、登りますかね。

 

 既に組んであった木の高台に登り、古くなったレンガを叩き割っては新しいレンガを貼り付けて行く。

 

 つーか、周りの奴ら仕事はえーなー。

 俺が唯一使える身体強化の魔法を使っても追いつかねーんだが。

 見た目も相まって、冒険者ってより職人だな、ありゃ。仕事の後もめっちゃ綺麗だし、熟練の技ってやつかね。

 

「お! なんだ新入り、お前なかなかやるじゃねぇか!」

「初日でそんだけやれりゃあ大したもんだ!」

「才能あるなお前!」

「おぉ、まじですか! ありがとうございます!」

 

 職人に仕事を褒められた。嬉しいもんだねー。

 いやー、命の危険が少ない仕事、最っ高だわー。

 周りの人も朗らかでやりやすいし、ずっとここに居てぇなー。

 ……まぁ、パーティーの連中から逃げなきゃなんねぇですし、ここには留まれないんだけども。

 

 あーあ。でもまぁすぐにって訳じゃねぇし。しばらくはこの幸せを噛み締めますかねー。

 

 

 とか。思ったのが悪かったんだろうか。

 休憩中に先輩から貰った塩飴舐めながら水を飲んでると、職人の一人が砂漠を指さして叫んだ。

 

「おい! ありゃデザートウルフじゃねぇか!? 誰か襲われてるぞ!?」

 

 げ。デザートウルフか。

 砂漠に住んでる人間くらいでけぇ狼型の魔物。群れを作り、商隊なんかを襲う厄介な奴らだ。

 普通の冒険者ならパーティー組まないと逆にやられちまう事もある。

 

 でもあれ……襲われてるの、一人じゃないか?

 対してデザートウルフは三匹。こりゃちょっとやばいな。

 

「うっわ、あれ、大丈夫ですかね?」

「いや、無理だな……おい! 冒険者ギルドに行って助っ人連れて来い!」

「でも親方! それじゃ間に合わねぇよ!」

「いいから行け! 俺が時間を稼ぐからよ!」

「……へいっ!」

 

 険しい表情を浮かべて街の中に走っていく職人さん。足はやっ!

 て言うか、そんなことより。

 

「……なぁ旦那? 戦闘、出来るんですか?」

「あぁ!? まぁ死なない程度にやりゃいいだろ! なぁに、腕一本無くなっても仕事はできらぁ!」

 

 マジか。そんな覚悟で助けに行くのか、この人。

 軽く言ってるように見えるけど、顔がマジだ。この旦那、覚悟を決めている。

 

 ……あーもー。しゃーない。半日とは言え世話になってるし。

 見捨てたら目覚めも悪いしな、って言い訳を作っておくか。

 

「よし。旦那、ちょっと行ってきまーす」

「なんだお前、戦えるのか?」

「いや、ただの罠師(トラッパー)ですけど、一人抱えて走るくらいできるんで」

 

 ぐっ、ぐっ、と足を曲げ伸ばして、準備運動完了。

 んーじゃ、行きますか。正直、マジでこえーけど。

 

 

「魔術式起動。展開領域確保。対象指定。略式魔法、身体強化(ブースト)!」

 

 

 魔法詠唱。俺の中の微々たる魔力を全身に廻し、活性化させる。

 戦闘用とは言え、魔石消費無しの略式の魔法じゃ三分が限界。その間に、アイツをかっさらって逃げる。

 なぁに、簡単な仕事だ。ビビんな、俺。

 

「よし。行ってきまーす!」

 

 砂を蹴り込み、駆け出した。

 

 それはさておきさー。

 これも仕事の内に入るのかな。

 



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3話「これも日頃の行いかな」

 

 全力ダッシュ。それはもう、ガチな走りだった。

 

「ぅおらあぁぁぁ!!」

 

 恐怖を誤魔化すように叫びながら、走る。

 目標、デザートウルフ。ていうか、そいつらの前にいる人。

 よく見ると女だな。馬鹿デケェ剣背負ってフード付きのマント着けてっけど、線が華奢で胸がかなりでかい。

 

 あー……女とは出来るだけ関わりたくねぇけど。まぁ、しゃーねーか。

 人命救助だ。この際、ガタガタ言ってられねぇしな。

 走りながらアイテムボックスに手を入れて、あれでもないこれでもないと、ポイポイといろんなアイテムを放り投げる。

 その中から一つ。目的のものを取り出した。

 よし。犬系の魔物ならこれが効くはず。

 

「目ぇつぶれ!」 

 

 スリングショットに玉を装填して、すぐさま狙い撃つ。

 真っ直ぐ飛んだ玉は見事にデザートウルフに命中し、赤い中身をぶちまけた。

 デザートウルフが悲鳴を上げて怯む。

 

 よっしゃ、大当たり! これで一匹潰した!

 んじゃ、逃げるとしますかねー!

 

 女を担ぎあげて全力疾走。追いつかれたら死ぬ鬼ごっこだ。

 なぁに、慣れたもんだ。追いつかれなければ大丈夫さ。

 大丈夫だって、分かっちゃいるんだけどさー。

 

 

 マ、ジ、で! こえぇ!! くっそ、ワンワン吠えてんじゃねーよ!

 てか思ったより近ぇな、おい!?

 

 

「おい新入り! もうちょいだ、走れ!」

「これが限界ですって!!」

「もうすぐ冒険者が来る! 逃げ切れ!」

 

 あーいや、無理じゃねーかなー。

 たぶん先に身体強化が切れるわ。

 やっべ。どうすっかなー、これ。

 

「……あの! 私を置いて逃げれば助かるんじゃないですか!?」

「はぁ!? 何言ってんだお前!?」

「だって! 貴方まで死んじゃいますよ!」

「知るかくそったれ! お前置いてったら後味悪いだろうが!」

 

 アイテムボックスに手を突っ込み、次の玉を取り出す。

 片手が塞がってるからスリングショットは使えない。

 

 当たればラッキー。外れたらまぁ、そこそこやべぇけど。

 でもまぁ、この距離なら流石にな。

 

「おらぁ!」

 

 至近距離から顔面に投げつける。よっしゃ、当たった。

 キャンキャン悲鳴を上げて転げ回るデザートウルフを見て、そのまま速度を落とさず走り続ける。

 

「あの、それなんですか!?」

「唐辛子とコショウ入りの目潰しだよ。動物系の魔物にゃ効果抜群だろ?」

 

 あいつら鼻が良いからな。そこにぶちまけてやれば、大抵の場合は動けなくなる。

 地面が硬けりゃ足元に投げつけるんだが、あいにく砂漠だし、直接当てるしかないんだが。

 

 ただ、見ての通り。当たりゃあ一発だ。

 

「小細工なら任せろって。それだけが取り柄なんでなー」

 

 デザートウルフは残り一匹。さてさて、これならやれるか?

 行きに方投げていたアイテムをひょいと大股で飛び越えながら、ちらりと後ろを振り返ると。

 

 ガチャンッ!

 

「ギャンッ!?」

 

 よっしゃ。()()()()()()()

 

 散らばったガラクタの中から、剥き出しになっていたトラップ(トラバサミ)がデザートウルフの足に噛み付いた。

 これでもう、あいつは動けない。何せ重り付きだしな。

 よっし。さぁて、逃げるか!

 道具もほとんど使わずに済んだし、今日はついてるなー。

 

「さぁて、もうひと踏ん張りだ!」

 

 女を肩に担ぎ直し、そのまま走る。

 

 てか、よく見るとこいつ、ちいせぇな。

 その割にでけぇ剣持ってるし、なーんかチグハグだな。

 駆け出し冒険者、ってところか。デザートウルフに襲われるなんて運がなかったな。

 

 ……いや。生き残れたから、運が良かったのか。

 

 

 街門で待っててくれた皆の元に滑り込む。

 それと同時に、身体強化が切れた。

 

「新入り! 大丈夫か!?」

「あー……すんません、後頼みまーす」

「よっしゃあ! 後は俺たちに任せな!」

 

 武装した冒険者のパーティーが入れ違いに走っていく。

 もう大丈夫だな。あー、しんどいわー。

 

「新入り、お前根性あるな!」

「いや、マジで怖かったですよ。助かって良かったー」

「後で酒奢ってやる! よくやった!」

「お、マジですか。あざまーす」

 

 おっしゃー。人助け、してみるもんだなー。

 いやまぁ、二度とやりたくねーけど。

 狼、マジでこえぇわ。

 

 

「……あの。ありがとうございました」

「ん? いや、礼なら旦那に言ってくれよ。俺はただ走っただけだし」

 

 ……おっと? よく見ると結構可愛いな、この子。

 フードの中から零れた長い金髪がキラキラしてるし、顔立ちも結構……てかかなり整ってる。

 ちょっとタレ目っぽい碧眼が印象的だ。

 

 でもなんだ、その鎧。フリルめっちゃ着いてんじゃん。

 デカい胸元も強調されてっし、何と戦う気なんだよお前。

 

「いえ、直接助けてくれたのは貴方なので。あの、お名前を聞いてもいいですか?」

「あー、なに、名前? 俺はセイだよ」

「……えっ!?」

 

 ……あ。やべ。うっかり名乗っちゃった。

 

「セイってまさか……『龍の牙』の!?」

「いやいや、人違いです」

「こんな珍しい名前、そういませんよ!?」

 

 あーくそー。しくじったわー。

 せっかく名前隠して仕事もらってたのになー。

 

「よし分かった、落ち着いてくれ。周りに知られると困るから」

「あ、すみません……」

「……ん、おっけー。バレてないな。あー焦ったー……」

 

 でもあれだな。こりゃなんか偽名でも考えないとな。

 んー……じゃあ、『ライ』でいっか。

 

「俺のことはライって呼んでくれ。ただの一般冒険者。おーけー?」

「わかりました! あ、でも私……」

「んあ? どしたー?」

「ごめんなさい、お礼に渡せるお金、持ってなくて」

 

 はぁ? お礼の金が無い?

 

「いらんわそんなの。人助けに金とるほど落ちぶれてねぇよ」

「え、でも……」

「いいか? 自分の出来る範囲で、無理ない程度に人を助ける。そんで、助けられたらまた違う誰かに手を貸す。

 そうやって世界は回ってんだよ」

 

 んで、最終的にはみんな幸せってね。

 これは俺が育った場所の教えだ。

 綺麗事だなんて、俺が一番よく知ってるよ。

 世界はそんなに美しいもんじゃないって、実体験してっからなー。

 

 でも、これだけは、何があっても曲げれない。

 いつも心のど真ん中にある、俺の芯だ。

 

「分かったらほれ、みんなに礼言ってきな。可愛い女の子の礼となっちゃー立派な報酬だろ」

「あ、えっと……じゃあ、行ってきます!」

「おう。またなー」

 

 ひらひらと手を振り、日影に倒れ込む。

 いやー、しんどいわー。今回は本当に運が良かった。

 玉は当たるし罠も効いたし、良い事がかさなったな。

 

 これも日頃の行いかな。

 



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4話「なんて言うか、非常に残念な奴だ」

 

 冒険者ギルドで給金を貰い、そのまま旦那や先輩達とギルドに併設された酒場でしこたま酒を飲んだ。

 もーあれな。周りに男しかいねーから馬鹿騒ぎでしたわ。

『龍の牙』に居た頃じゃ考えらんないくらい騒いだな。

 

 いやー楽しかった。これで明日も頑張れる。

 みんな良い人ばっかだしなー。

 まぁ冒険者だから当たり前か。

 

 この国じゃ冒険者って言えば「お人好し」と呼ばれる事が多い。

 好き勝手させたら自分たちの飯のことも考えないで人助けしちまうから、それを止めるために冒険者ギルドなんてもんが出来たくらいだ。

 まぁ、俺もその馬鹿の一人なんだけどさ。

 

 困っている人が居たら、自分に出来る範囲で助ける。

 助けられたら、それを他の人に返す。

 そしてやがて、世界中が幸せになるんだと。

 俺が育った場所で最初に教えてもらったことが、それだった。

 

 独り立ちした今じゃ甘ったるい綺麗事だって分かってる。

 でも、俺が尊敬した人の生き方だから。これだけは変えられない。

 自分でも馬鹿だなーって思うけどさ。

 仕方ないだろ。それが俺なんだし。

 

 

 みんな元気にしてるかな、なんて考えていると、宿屋の前に人陰が見えた。

 

 んー? あれ、さっきの女の子か?

 なんか人を待ってるっぽいな。

 

「おう、どうした? 待ち合わせかー?」

「あっ! セ……じゃない、ライさん! おかえりなさい!」

「お、おう? ただいま?」

「私ライさんを待ってたんです!」

 

 ……はぁ? 俺を?

 

「いや、なんで?」

「改めてお礼を伝えたかったのと、あとお願いがあって……」

「んじゃおやすみー」

 

 迷わずスルーすることにした。

 

「え、ちょっ、待ってください!」

「嫌だよ! お願いとか最悪の言葉じゃねぇか!」

 

 脳裏に浮かぶ、ルミィの笑顔。

 うっわ鳥肌立ったわ。

 

「まず話だけでも聞いてください!」

「あーもー……聞くだけな?」

「ありがとうございます! その、ですね……」

 

 ……あ。やっぱりなんか嫌な予感がする。具体的には、面倒事の気配が。

 

「私を弟子にしてください!」

 

 ほらな。俺の勘は当たるんだよ。悪い時だけ。

 

「弟子って何の弟子だよ。外壁修理なら旦那に頼めよ」

「違います! 冒険者としてのです!」

「……あのなぁ。俺はただの凡人だぞ? だからパーティー抜けてきたんだし」

「お願いします! 私、強くなりたいんです!」

 

 真剣な表情。切羽詰まった顔だった。

 ……んー。これ、断りにくいんだけど。

 

「一応、理由だけ聞いていい?」

「はいっ! ぶっ殺したい人がいるんです!」

「おやすみー」

「ああっ!? 待って!」

 

 腕を掴まれた。いや、離せよサイコパス。

 キラキラした眼でなんつー事言ってんだお前。

 

「どうしてもぶっ殺したい人がいるんです! 私を鍛えてください!」

「人殺しに手ぇ貸す訳ねぇだろ!?」

「もし弟子にしてくれないなら……冒険者ギルドに行きます!」

 

 ……はぁ。それで? 依頼でも出すってか?

 そんなもん誰も受けねーだろ。

 

「そしてライさんの本名を暴露(ばくろ)します!」

「まさかの脅迫(きょうはく)かよ!?」

 

 マジかこいつ。どんだけ頭ぶっ飛んでんだ。

 俺、一応命の恩人だぞ?

 

「さぁ、私を弟子にしてください!」

「あー……てかお前さ。そもそも戦えんの?」

「攻撃だけは自信があります!」

「そりゃあな。そんだけでけぇ武器なら威力はあるよな」

 

 背負っている剣は、身の丈に合わないほどデカい両手剣だ。

 全長二メートル、重さは四キロくらいの大物。

 普通に考えて女の子が振り回せるもんじゃない。

 そりゃ当たれば強いだろうが、そもそも振れねぇだろ、それ。

 

「筋力には自信があります!」

「ほぉ。具体的には?」

「毎日この剣で素振り千回してます!」

「マジかお前」

 

 え、なに、使えんの? 両手剣を? その華奢な体で?

 

 ……あーはいはい。あれか、こいつも魔法使える感じか。

 確かに身体強化は初歩中の初歩だし、魔法使える奴なら誰でも簡単に使えるからなー。

 

「てか、それ振り回したらデザートウルフくらい倒せたんじゃねーか?」

「いやその……長旅で疲れ果てていたので……」

「お前、よく今まで無事だったなー」

 

 計画性無さすぎだろ。マジで。

 

 長旅に必要なのは十分な休憩と補給だ。

 無理をせず、余裕を持って食事や水分を補給して、常に何があっても対処できるようにするは基本中の基本。

 

 そんな事も知らないようじゃ、マジで駆け出しだな、この子。

 ……放っておいたら、死ぬかもしれないな。

 

 仕方ない。運が悪かったと思って付き合ってやるか。

 それに、俺の代わりに魔物と戦ってくれるんなら楽できるしな、なんて事を思うあたり、自分でもどうかとは思うけど。

 

「……分かった。基本だけ教えてやるよ。ただし、俺は弱いからな? 知識しか無いから実践は自分で何とかしてくれ」

「えぇと……え? いいんですか?」

「なに意外そうな顔してんだよ。脅迫までしてきたくせに」

 

 なんだかなー。こいつと話してると調子が狂う。

 あれだ。真っ直ぐすぎるんだ、こいつ。

 直進しか出来ない馬鹿だから、放っておけないって言うか。

 

 ……うーむ。まぁ、故郷の誰かさんを思い出しちゃったもんな。

 

「とりあえずお前、名前は?」

「あ、はい。アルテミスっていいます!」

「んじゃアルなー。宿取ってんのか?」

「いえ、今からです!」

 

 現在時刻。二十三時頃である。

 宿の部屋が空いてる訳無いだろ、こんな時間に。

 こいつ、どこまで計画性が無いんだよ。

 

「おい、あれか? 今日は野宿でもすんのか?」

「え? 私野宿なんてした事ないですよ?」

「……だよな」

 

 …………これは、仕方ない、のか? 非常に嫌なんだが。

 あーでも、放っておくよりはいっか。仕方ないと割り切ろう。

 

「おっけー。アル、今日は俺の部屋に泊まってけ。んで、明日改めて宿を取れ。しばらく街にいるんだろ?」

「へ? はい、そのつもり、ですけど……いいんですか?」

「よくねぇよ。けど、砂漠で何の装備も無しに野宿したら凍え死ぬからな。今回だけだ」

 

 夜の砂漠は昼の暑さが嘘のように冷え込む。ちゃんとした用意が無いと凍え死ぬ他、夜行性の魔物が居たりもするからかなり危険度は高い。

避けられるなら絶対に避けた方が良い訳だ。

 なんだけど……うわぁ。嫌だなぁ。

 

「わわ。ありがとうございます!」

 

 元気よく頭を下げられた。なんだかなー。悪い子じゃ無さそうなんだけど……

 あーもう面倒だ。酒飲んでて頭も回んねぇし、明日考えるか。

 

「んじゃ行くぞ、アル」

「はいっ!」

 

 子犬みたいに着いてくるアルに、ちょっと笑ってしまった。

 物騒な事言わなきゃ普通の女の子なんだけど。

 

 なんて言うか、非常に残念な奴だ。

 



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5話「さあて、今日もそれなりに頑張りますかね」

 

 昨晩は結局、アルにベッドを譲り、俺は毛布にくるまって床で寝た。

 いや、くっそ寒くてロクに寝れなかったけどな。

 て言うかそもそも、警戒しすぎて眠れる気がしなかったけど。

 だってさー。普通に怖いって、女と同室とか。ほんと恐怖でしかないわ。

 

 

 んでまー翌朝。つまり今日なんだが。

 宿の裏庭がちょうど良い広さだったんで、おばちゃんに許可をもらってアルと二人でやってきた。

 

「よし。んじゃ、初めっかー」

「えぇと……何をですか?」

「ん? 実力確認。ほれ、剣振ってみ」

 

 目の前を指さす。

 そこにはアイテムボックスから取り出した木製の囮人形(デコイ)

 つまり、試し斬りだ。

 

「これを斬ったらいいんですか?」

「おう。やってみー?」

「では、行きます!」

 

 騎士剣を構え、デコイに向き直る。

 大きく振りかぶり、そして、勢いよく振り下ろした。

 

 ぶぉん、と風を切り、両手剣は見事にデコイを真っ二つに叩き切った。

 そして、アル自身は何も無いところですっ転んでいた。

 

 ……うーむ。これはまた、極端と言うか。

 

 いや、太刀筋は素晴らしいんだけどさー。

 確かに宣告通り、攻撃に関してだけは一人前だ。

 けどこれ、実戦だと即死だよなー。

 

「なるほど。素振りもこんな感じ?」

「毎回()けます!」

「なんでそんな堂々としてるのかな」

 

 これは根本的に鍛え直す必要があるかもしれない。

 て言うか、殺る気に満ち溢れ過ぎだろ、お前。

 捨て身で斬ってんじゃねぇよ。

 

「なるほどなぁ。アル、どこかで剣を習ったのか?」

「我流です!」

「だろうな。基礎が出来て無さすぎる」

 

 ちょっと貸せ、と両手剣を取る。

 

「いいか? まず腰を落として重心を下げろ。縦振りする時は身を乗り出しながら。横に振る時は、重心を後ろに逸らしながらだ」

 

 実際に振ってみせる。俺も一応鍛えてはいるからな。

 あまり早くなければ見せてやる事はできる。

 それにまぁ、こいつが使い物になれば俺は戦わずに済みそうだしな。

 

「おぉー。なるほど!」

「アルは全力でやり過ぎだ。今の感じなら八割の力で良いかな」

「やってみます!」

 

 嬉々として両手剣を振り回し始めやがった。

 おぉ、飲み込み早いなこいつ。ちゃんと振れてるじゃねーか。

 

 ……え、これ、俺が教えること無くね?

 

「ライさん! できましたよ!」

「うん。できたなー。じゃあ、そういうことで」

「逃がしませんよ!?」

「だめかぁ……でも実際、他に何を教えろって?」

 

 俺は両手剣どころかどの武器も使えないし。

 基本的な動きしか分からないもんなー。

 

「戦い方を教えてください!」

「戦い方なぁ。構わないけど、俺のはだいぶ邪道だぞ?」

「お願いします!」

「例えばだな……こう、縄を使ってな?」

 

 目の前でくるりと結んでみせる。

 

「これを足元に放って、踏んだ瞬間に縄を引っ張ると……」

 

 上から棒を突っ込んで縄を引く。

 すると、縄の輪が小さくなり、棒を引っ張りあげた。

 

「こうやって足を取って、その隙に仲間が攻撃する」

「……うわぁ」

 

 なんだその目は。有効なんだぞーこれ。

 人型から四足相手まで使えるし、簡単だし、その割に効果はあるし。

 

「他にも穴を掘ったり、目潰ししたり、色々だなー。俺は弱っちぃから基本的に味方のサポートしかできないし」

「……あの、本当に本物のセイさんですか?」

「あぁ、まぁたぶん?」

 

 あの、って言われると自身はないけどなー。

 俺に出来ることは精々みんなのサポート程度だし。

 罠師(トラッパー)に出来ることなんてたかが知れてるからな。

 

「なるほど……搦手(からめて)は私には難しそうです」

「だろうなー。そんだけ地力があるなら普通に戦った方が強いだろうしな」

「難しいですね……」

「冒険者は生き残ることが第一だ。捨て身の攻撃は外せば致命的だし、そこを意識してみると良いかもなー」

「勉強になります!」

 

 うーん。ちぃと心配になるくらい素直だな、こいつ。

 色々と大丈夫かね?

 

「あの。もし良かったら、模擬戦とかしてくれませんか?」

「んー。アルが加減できるようになってからだなー」

 

 じゃないと俺、即死だからなぁ。

 かすっただけでもヤバそうだし。

 

「なるほど。じゃあ努力します!」

「おーう。頑張れよ」

 

 適当に返事しておく。

 まぁ、この子はほっといても伸びるからなぁ。

 

「これでまた一歩、ぶっ殺せる日が近づきました!」

「……それさえ無けりゃなー」

 

 キラキラとした満面の笑みで物騒な事言うなって。

 そのサイコパスな部分はどうにかならないんだろうか。

 それさえ無けりゃ良い奴なんだけど……マイナス点がデカすぎんだよな。

 

 でもまぁ、こいつが頑張ってくれりゃあ俺が魔物と戦わずに済むし、その為にもアドバイスしてやりますかねー。

 

「とりあえず、鍛錬を続けることだな。姿勢を崩さずに剣を振れる事が出来れば、後は自然と身につくものだし」

「はい! ぶっ殺せるように頑張ります!」

「お、おう……まぁ、頑張れー?」

 

 触らぬサイコパスに(たた)りなし。

 スルーしておこう、うん。

 

「あぁ、そういや今日はどうするんだ? 俺は外壁修理に行くけど」

「私はしばらく練習してます!」

「そうか。まぁ何か会ったら外壁まで来てくれ。多分そこにいるから」

「了解です、師匠!」

 

 師匠。師匠ねぇ。柄じゃ無いが、まぁ、悪い気はしないな。

 

「んじゃまたあとでな。頑張れよ」

「はい!」

 

 とりあえず、ぶんぶか両手剣を振り回すアルを残して冒険者ギルドにより、そのまま外壁に向かうことにした。

 

 さあて、今日もそれなりに頑張りますかね。



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6話「マジで世話が焼ける奴だわ」

 

 今日も今日とて、外壁修理の仕事だ。

 周りが良くしてくれるから働きやすしい、仕事の内容も俺に向いている。

 これ以上の職場はそうそう無いんじゃなかろうか。

 何より魔物と戦わなくて済むし。

 

「おい新入り、飯にしようぜ」

「あ、もうそんな時間ですか。了解です」

 

 高台を降り、日影に向かう。

 うおー。涼しいわー。

 基本、炎天下の仕事だしな。冷えた麦茶が体に染みる。

 

 いやぁ、悪くないなー。こういうのも。

 殺伐としてないし。魔物に対しては冒険者のみんなが優先的に討伐してくれっし。

 マジで良い待遇だ。給金もそこそこ貰えるし。

 出来るならずっとここに居たいなー。

 

「しっかしお前、よく働くよな。若いくせによ!」

「いやぁ、この仕事が楽しくて仕方ないんですよね。周りも良い人ばっかだし、最高です」

「なんだお前、褒めても何も出ないぞ?」

「いやマジですって。前の職場、だいぶアレだったんで」

 

 常に命の危険があったしな。

 それに比べたら外壁修理くらい、なんて事無い。

 

「おっと? ライ、客が来てるぞ!」

「え? あぁ、アルか。すみません、ちょっと行ってきまーす」

「おう、上手くやれよ!」

 

 上手く殺れって聞こえた気がしたわ。

 まぁあいつの場合、確かに殺られる前に殺った方がいい気はする。若干サイコパスだし。

 

 先輩に言われた方に歩いていくと、フードを被ってなんかモジモジしてるアルの姿があった。

 

 なにしてんだ、あいつ。

 

「おう。何かあったか?」

「ライさん! 私、討伐依頼を受けようと思うんです!」

「は? 正気かお前」

「そしてデザートゴブリンをぶっ殺します!」

 

 あーそうか。元々正気じゃなかったわ、こいつ。

 常に状態異常「サイコパス」だもんなー。

 

「おい、ゴブリンって、一匹なのか?」

「六匹の群れだそうです! 偵察依頼ですけどぶっ殺してきます!」

「いや待て待て。お前がぶっ殺されるわ」

 

 六匹の群れとか、最低でも冒険者二人以上で挑む相手だぞ。

 ソロで行ったらマジでヤバいって。死ぬってそれ。

 いくら相手が弱いゴブリンって言っても、囲まれたらあっさり殺されるぞ?

 

「えー……でももう受けちゃいましたし、キャンセル料払えません……」

 

 そうだった。こいつも金無いんだったな。

 でも依頼キャンセル料払えないと冒険者タグ没収だしなー。

 そしたら多分、人生詰むよな、こいつ。

 

 ……あーもー。しゃーねーか。

 

「旦那! すみません、急用が入ったんで抜けます!」

「おう! こっちは大丈夫だから行ってこい!」

「ありがとうございます!」

 

 マジでここの人達良い人ばっかりだわ。

 仕事中にいきなり抜ける奴に笑顔を向けるとか、普通ありえねぇし。

 この出会い、女神様に感謝しないとな。

 

「ほらアル、行くぞ」

「一緒に来てくれるんですか!?」

「だってお前、放っておいたら一人で行くだろ?」

「もちろんです!」

「はぁ……なーんか、お前と会ってからロクな事ないな」

 

 なんで厄介事ばかり持ってくんのかね、こいつ。

 いやま、見捨てちまえば良いんだろうし、賢い奴ならそうするんだろうけど。

 

 うん。生憎(あいにく)と俺は育ちの悪い馬鹿だしな。そんな目覚めの悪い事したくないし。

 つまりは俺の為だな、うん。

 

「で、場所は?」

「西の岩場付近だそうです!」

「おーけー。油断はするなよ?」

「はい! 頑張ってひき肉にしてやります!

 

 そこまで頑張らんでよろしい。

 

 

 

 砂漠の都エッセルから西に歩いて一時間ほど。

砂漠と荒地の境目辺り、でかい岩場の付近に着いた。

 身を隠しながら観察すると、情報通りデザートゴブリンが群れでいるのが見える。

 

 デザートゴブリン。ゴブリンの亜種で、砂漠で行きることに特化した魔物だ。

 強さはゴブリンと変わらないが、六匹もいて武装もしてるし、そこそこ怖い相手だな。

 これアル一人だと確実に死んでたわ。

 

「んーじゃ、援護するから適当に突っ込め。ただし、奥に行きすぎるなよー?」

「分かりました! レッツぶっ殺タイム! ひゃっはぁ!」

 

 うわ。笑いながら突撃して行きやがった。

 やっぱりあいつ、マトモじゃねぇな。

 

 さておき。俺も準備しますかね。

 各種援護用の玉に、それを飛ばすスリングショット。後は自衛用の罠を幾つか。

 これで良し。後はあの馬鹿が突っ込みすぎなければ大丈夫……だと思って目を向けると。

 

「あははっ! 死ね死ねー!」

 

 両手剣を振り回しながらどんどん前に進む馬鹿(アル)の姿があった。

 

 おい! 突っ込むどころか包囲されてんじゃねーか!

 

 くっそ、玉も原価がそこそこ高いんだが……

 本当に仕方ないな、あいつ。

 

 

 玉を取り出し、狙うは一番手前のデザートゴブリン。その胴体。スリングショットのゴムを引き、狙いを定め、放つ。

 

 ずどんっ!

 

「ギッ!?」

「よっしゃ、命中!」

 

 ゴブリンに当たった玉は小さく爆発して、隣に居た奴ごと吹っ飛ばした。

 やっぱ爆裂玉つえーな。材料費高い分、効果あるわー。

 

 あ、でも二匹こっちに来てる。

 まぁ、この距離なら怖くねーけど。

 

 次弾装填。今度は、こいつだ。

 

 足元を狙って撃つ。狙い通り、ゴブリンの足元で破裂した玉は、ベトベトの粘液を撒き散らした。

 足止め玉だ。そんで、そこらの手頃な石を拾って、スリングショットでぶち込む。

 ヘッドショット(頭に命中)。かける二。よし、無傷で四匹撃破。中々の戦果だ

 さて、あっちはどうだろうか。

 

 改めてアルの方を見ると、一匹のゴブリンと斬り合いをしていた。

 その少し後ろに、真っ二つになった奴が転がっている。

 

 お。一匹倒してんじゃん。二匹目とも上手く立ち回れてるし、これなら大丈夫かな。

 よし、そこで横振りを……おっけ、当たった。

 やっぱアル、攻撃力はあるな。後は守りだけど、その辺は今度教えてやるか。

 

「アル、おつかれさん」

「ライさん! ぶった斬ってやりました! 癖になりそうです!」

「うっわ。良い笑顔でサイコな事言ってんじゃねーよ」

 

 満面の笑みでなんて事言ってんだ。

 ギャップがひでぇわ。

 

 まぁでもなんとかなったか。

 あとは討伐部位、犬歯を切り取って終わりだな。コイツら剥ぎ取っても買い取ってもらえ無いし。

 自分の倒したゴブリンの犬歯を切り取って……これで良し。今日も飯が食えそうだ。

 

 んで、アルの方は、と。

 

「ライさん! あそこ、何かいます!」

「んあ? まだゴブリンでもいるのかー?」

 

 嬉しそうに叫ぶアル。その視線の先に目を向けると。

 

 

 首無し騎士(デュラハン)が、こちらを向いて静かに立ち尽くしていた。

 アルの両手剣より少し小さい、しかし十分な大きさの騎士剣を構えて、静かにこちらを向いている。

 全身鎧と相まって、その姿は正に騎士と言える。

 首が無いことを除けば、だが。

 

 

 ……おいおい。マジかよ。なんでこんな所に上級モンスターがいやがんだ。

 中堅冒険者がパーティー組まないと討伐出来ないような相手だぞ。

 さすがにアルじゃ戦いにもならないわ、アレ。

 

「アル! 引け!」

「嫌です! 殺ってやります!」

 

 うわ、あの馬鹿突撃して行きやがった!

 やべぇ、遠すぎて援護しようが無い!

 

 罠を回収しつつ慌てて駆け寄る。

 同時に、デュラハンの横薙ぎの一撃を受けて、アルがぶっ飛ばされた。

 

 あーもー、あの脳筋娘は……人の話をきけよ。

 あ、意識飛んでるわアレ。やっべぇな。

 

 ……うーん。これは、ケチってる場合じゃねぇか。

 しゃーない。採算合わねーけど、やるか。

 

 アイテムボックスから罠を撒き散らしながらも、アルの元に走る。

 ほんっとにもー。あの馬鹿は。

 

 マジで世話が焼ける奴だわ。

 




次回、ようやく主人公っぽくなります。


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7話「やっぱり、平穏が一番だよな」

 俺が駆け寄ってくるのを見てか、首無し騎士(デュラハン)がアルに向けて、その手に持った騎士剣を大きく振りかぶる。

 うわ、やっべ! 間に合えよ!?

 

 アイテムボックスから爆裂玉を取り出して、走りながら狙い撃つ。

 見事に敵の騎士剣にヒット。剣を手放させる程じゃないにせよ、体勢は崩せた。

 その隙にアルに駆け寄り、腕を掴んで離れた場所に移動する。

 

「アル! 大丈夫か!?」

「大丈夫です! まだやれます!」

「やらんでいい!」

 

 ついツッコミを入れてしまったが、さて。どうしたもんか。

 うーむ……まぁ、ちょうど良い機会か。胃がキリキリ痛むけど、アルに一度罠師(トラッパー)の戦い方を見せておくのも有りだし。

 

「……分かった、とりあえず見てろ。トドメは任せるから」

「おお! ついにライさんの戦闘が見れるんですね!」

「そんな大層なもんじゃないからな?」

 

 両手を横に伸ばし、わきわきと動作確認しながら、改めて敵を観察し、()()()()

 

 デュラハン。首無し騎士。高位アンデット。

 注意すべきは人並外れた膂力(りょりょく)から繰り出される騎士剣の一撃。

 それに、硬度の高い鋼鉄製の鎧。

 弱点は水と、聖別された物。

 

 ふむ。これなら行けるか。

 

 アイテムボックスから胡桃(クルミ)ほどの大きさの鋼鉄玉を三個と聖水玉を取り出し、鋼鉄玉をスリングショットで撃ち込む。一個を岩場、二個をデュラハンの足元に。

 鋼鉄玉は俺の込めた魔力によって時限式に発動し、鋼鉄製の棒が飛び出す魔導具の一種だ。

 自作してるから俺以外は使えない。まぁそもそもこんなもの使うのは俺くらいだけど。

 

 さて、やろうか。死神(グリムリーパー)の仕事の時間だ。

 

 最初の『一手』

 爆裂玉を装填し、スリングショットで撃ち出す。

 胴体部分は硬すぎて攻撃が通らない。ならばこそ、デュラハンの持つ騎士剣を狙い、爆風で外側に少しだけ弾き飛ばした。

 

 次いで『二手』

 いつもの調子で堂々と敵の間合いに踏み込む。デュラハンの騎士剣が横薙ぎに振るわれると同時に、足元の鋼鉄玉が発動した。

 組み込まれていた魔術式が展開され、鉄鋼の棒が地面から垂直に生えた。

 ギィン、と鈍い音。鉄の棒が騎士剣を受け止め、弾く。

 風圧に髪が揺れるが、特に問題は無い。

 これで、隙が出来た。

 

『三手』

 手に持った聖水玉を空いた頭の部分からポイッと鎧の中に放りこむ。

 込められた対アンデッド用の聖水が鎧の中で暴れ回り、内側からデュラハンを侵食、その鋼鉄製の鎧を脆弱化させて行く。

 アンデッド特有の腐敗臭に混ざり、鉄が錆びる匂いが立ち込める。

 こうなれば、鎧の強度もかなり落ちる

 

『四手』

 苦し紛れに振り下ろされた騎士剣。しかし、岩場に設置しておいた鋼鉄玉が発動する。先程と同じように鋼鉄製の棒が伸び、振り下ろされた騎士剣を斜めに受け止め、ギャリギャリ鳴りながらその軌道を逸らした。

 接地直前に粘着玉を放り込み、それを叩き割った騎士剣と地面を接着させた。

 一番厄介な敵の武器を封じ、アルに振り返る

 

「アル。いいぞー」

「ライさん! 後ろ!」

 

 アルの悲鳴と、背後で鎧の動く音。アルの焦ったような表情から見ても、デュラハンが騎士剣を捨てて殴りかかって来ているのだろう。

 しかし、()()()()()()()()()()()

 

 右手で左肩を触る。

 昔からついやってしまう、悪戯が成功した時の癖。

 そのまま親指を下に向け、真っ直ぐ右へ。

 まるで死神(グリムリーパー)が首を掻っ切るかのような仕草。

 

  {IMG78481}

 

「これで終わり(チェックメイト)だ」

 

『五手』

 最後の鋼鉄玉が起動。

 デュラハンが踏み込んだ先。そこから天を突くように伸びた鋼鉄の棒が、劣化して脆くなったデュラハンの鎧を貫き、串刺しにして動きを封じた。

 

「――――ッ!?」

 

 デュラハンの声にならない声。いつも思うけど、頭のない奴らって何処から声出してんのかね。

 その謎の叫びを聞きながら、いつもの調子でアルの元に歩み寄る。

 

「あー怖かった……どうだ? これが罠師(トラッパー)の戦いだ。勉強になったか?」

「……いやいやいや! いま、何をしたんですか!? えぇっ!?」

「何も驚くことはないだろ。ただ()()()()()()()()()()()()だよ」

 

 魔物の長所と短所。特徴は全て『頭に入っている』から、後は手順通りに罠を設置するだけ。

 身体能力も人並み、魔法もろくに使えない。

 そんな俺が生み出した、知っていれば誰にでも真似出来る、()()()()()()()()()だ。

 いつだって魔物は怖いけど、罠に嵌めて仕舞えば大した脅威でもない。

 敵を無力化させる。それが罠師(トラッパー)の戦い方。地味で決定打に欠ける、超絶微妙な()()だ。

 

「読んだって……そんなあっさりと……」

「いいからほら、早く斬らないと聖水の効果が切れるぞ、そいつ」

「はっ!? そうでした! 喰らえぇ!」

 

 振り下ろされるアルの両手剣は、弱体化したデュラハンを真っ二つに斬り裂いた。

 今回は転んでいない。成長が見えて文句なしだな。

 アンデッドは倒すと塵になって消えるけど、デュラハンはたしかに冒険者タグの賞罰欄に載ったはずだし、これでアルも仕事が無くなることはないだろ。

 

 予想外な展開だったけど、終わりよければ全てよし。

 デザートゴブリンの犬歯を回収して帰るとしますか。

 

「ほら、終わったらさっさと帰るぞー。あと魔物討伐なんて二度と受けるなよ? マジで勘弁だからなー?」

「えぇー。だって定期的に殺らないと……抑えきれません!」

「何をだよ!?」

 

 こいつマジで大丈夫か!?

 ポンコツってレベル超えてんだが!?

 

「それはその……えへへっ」

「うっわ、腹立つわー」

「あれ? 反応おかしくないです? ほら、可愛い女の子が笑ってるんですよ?」

「うるせぇサイコパス。中身を治して出直せや」

「とても辛辣(しんらつ)!?」

 

 いやなんで驚いてんだよ。妥当な反応だろ。

 いくらガワが良かろうと、人間は中身だよ。

 ヤンデレとかサイコパスとか、俺の範囲外だっつーに。

 

 でもまぁ、可愛いのは可愛いけどな。

 

「ほれ、取ったなら行くぞ。外壁修理の仕事が俺を待っている!」

「……そんなに魅力的ですか、あれ」

「もちろん。魔物と戦わなくていいなんて、素晴らしい仕事だろ?」

「ライさんって、よく分かりません」

「分からんでいいから、巻き込まないでくれな。マジで」

 

 こんなこと、二度とゴメンだ。たかがゴブリンとは言え、油断したらやられるしなー。

 俺みたいな凡人には荷が重いって話だよ。

 そんなことはバリバリ武闘派の冒険者に任せて、俺は地味ーな仕事して食っていきたいんだ。

 

「目指せ、だらだらしたスローライフ!」

「うっわぁ……ダメな人だー」

「いやいや、普通だろ。むしろ今までがおかしかったんだって」

 

 そんな冷ややかな目で見るんじゃありません。

 そもそもなんで俺みたいな奴が一流冒険者パーティーに参加してんだよ。マジで意味分かんねぇから。

 いや、良い奴らだったよ? けど、俺なんかが居ていい場所じゃ無かったよな、うん。

 

 やっぱり、平穏が一番だよな。

 




絵:HAta


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8話「まったく、俺のスローライフはどこにあるんかね?」

 

 外壁修理の仕事を終え、公衆浴場でさっぱりした後、いつものように冒険者ギルドの酒場に向かう。

 いや、仕事上がりの酒の美味いこと。今日も一日頑張ったーって気になる。

 今の俺、本当に充実してる。

 

 でもまー、そろそろ限界かもな。

 砂の都エッセルに来て早十日。

 アルの持ってくる厄介事を片付けながら地道に仕事をしてたおかげで、そこそこ金も貯まってきた。

 

 となればだ。いい加減、次の場所に移動しないとならない。

 一番理想なのは辺境の村とかなんだが……

 そこに辿り着く為にも、ここを後にしなきゃな。

 あーあ。最高の環境だったんだけどなー。

 

 でも、ルミィに見つかる危険性と天秤にかけた場合、身の安全の方が勝つから仕方ない。

 とにかく、明日にでも旦那に事情を説明して、ちゃちゃっと街を後にするか。

 

 でもま。今は酒だ、酒。

 キンッキンに冷えたエールが俺を待っている。

 いやぁ、テンション上がるね、ほんと。

 

 

「あ、いたいた! ライさーん!」

 

 酒場に向かっていると、見慣れた奴が大きく手を振ってきた。

 

 ……うっわぁ。今日も来やがたったな、疫病神(アル)

 またなんか面倒事持ってきたのか?

 

「あー……どうした?」

「いえ、夕飯まだですよね? 一緒に食べませんか?」

 

 にこりと微笑みながら誘われた。

 ふむ。そういうことなら構わんが。

 

「いいけど、ギルドの酒場だぞ?」

「いいですね! あそこの岩鮫のフライ、美味しいんですよね!」

「んじゃ行きますかー。美味い酒を求めてー」

「美味しいご飯を求めてー!」

 

 二人連れ立って、冒険者ギルドに足を運んだ。

 

 

 

 冒険者ギルドに併設された酒場でエールと適当な食べ物を頼み、運んで来てくれた女の子に礼を言ってから、一気にジョッキを(あお)る。

 

 っくうぅ! うんめぇー! この喉越しが最高だわー!

 いやマジで、仕事も飯も酒も最高な街だ。

 うわー。離れたくねーなー。

 

 

「おい見ろよ! すげぇぞ!」

「俺初めて見たわ!」

 

 冷えたエールを堪能してると、いきなり周りがざわめき出した。

 

 なんだぁ? 有名人でも来たか?

 まぁ俺は興味ないけど。 

 

 構わずエールのジョッキに口を付けて。

 

 

「突然すまない、俺達は『龍の牙』だ。はぐれてしまった仲間を探しているんだが」

 

 

 吹き出しそうになった。

 

 はぁっ!? え、カイト!? うっそだろ、なんで居るんだよ!

 

 反射的にテーブルの下に身を隠し、様子を(うかが)う。

 よく見ると、カイトの後ろに、ルミィとミルハの姿もあった。

 うっわ、マジかよ。全員居るじゃん。

 

「こちらにセイという冒険者が立ち寄ってないだろうか」

「セイさんですかっ? こちらには来ていませんねっ」

「おかしいです……この街にはセイの匂いがするのに」

 

 匂い!? 匂いって言ったか今!? ルミィの嗅覚、どうなってんだ!?

 

「ほら、だから言ったろ。こんな大きな街には居ないんじゃないかって。戦いが嫌いならもっと辺境の町に行ってるんじゃないか?」

「いいえ。セイは路銀を持っていませんでした。きっとお金に困って近場で仕事をしているはずです。

 この街ならたぶん、城壁修理をしていると思うんです」

 

 大当たりだよちくしょうが!! なんだアイツ、的確すぎてこえぇわ!!

 

 テーブルの下に身を隠したまま、アルに小声で話しかける。

 

「……おい、俺は今から街の外に逃げる。お前はどうする?」

「……もちろん、ぶち殺してきます!」

「……ちげぇよサイコパス。一緒に来るかどうかだ」

「……そりゃお供しますよ」

「……おっけー。んじゃ、裏口から抜けるぞ」

 

 二人揃ってこそこそとカウンターの裏に避難しようとした時。

 ルミィの顔が、突如ぐるりとこちらを向いた。

 

「あぁ……あぁ! セイ! やっと見つけたわ、私のセイ!」

 

 やっべぇ! 見つかった!

 

「うふふ……ほぉら、やっぱりここに居た。私がセイの事を分からない訳無いもの。さぁ、一緒に帰りましょう?」

 

 うわぁ。目が完全に病んでる。光を映して無いのがマジで怖い。

 徐々に近付いてくるルミィ。震えそうになる体に鞭を打って、アルを連れて裏口にダッシュした。

 

 ドアを閉めて粘着玉で固定、鋼鉄玉で鉄格子を作成。ドアを補給し、すぐにその場を離れる。

 ドゴン、とドアを全力で蹴り付ける音。軋んだ鉄杭に恐怖を感じながら、全力で宿に向かって走った。

 幸いな事にこの町の宿は多い。そう簡単には見つからない筈だ。

 さっさと宿に戻って、荷物まとめて逃げるか。

 

 宿の人には南に向かうと嘘の情報を伝えておき、自室の荷物を全部アイテムボックスに突っ込んだ。

 元々荷物も少ねぇし、準備はこれで終わりだ。

 いやマジで、路銀稼いだ後で良かったわ。

 でもこの時間だと乗り合い馬車も出てないから、砂漠を徒歩で渡る事になるな。

 

 まぁ、仕方ない。贅沢は言ってらんないし。見つかる前にずらかろう。

 

 部屋を出る前に耳を澄ませて気配を探る。冒険者を続けている内に自然と身についたスキルだけど、まさかこんな形で重宝するとは思わなかった。

 部屋の外にアルしか居ないのを確認してドアを開ける。

 案の定、灰色の外套(マント)を羽織ったアルが待っていた。

 

「良し、ちゃんと教えた通り砂漠用の外套着てるな。えらいぞー」

「ちゃんと覚えてました!」

「んーじゃ、行くか。旦那に挨拶出来なかったのは残念だけどなー」

「そうですね……今度会った時にお礼を言いましょう!」

「だなー。マジで世話になったからなー」

 

 完全に素人の俺に丁寧に仕事を教えてくれて、酒おごってくれて、愚痴とか聞いてくれて。

 馬鹿騒ぎしたのも、マジで楽しかったなー。

 ……でもまー、諦めっか。ここでの生活も今日までだ。

 

「宿の裏口から出るぞ。着いてこい」

「了解です!」

 

 二人揃って裏口から出る時、十数人の気配。おっと、これは……

 

「おう。ライ、助けは必要か?」

 

 宿屋の裏口に背を預け、外壁修理の旦那さんがニヤリと笑いかけてきた。その周りには仕事を教えてくれた先輩たちの姿。

 

「理由は聞かん。どうだ?」

「……ありがたいんですが、危険です。相手はあの『龍の牙』だ」

「なぁに、俺達には俺達のやり方ってもんがあんだよ。一時間は稼いでやる」

「旦那……」

「仲間の旅立ちだ。盛大に祝ってやらなきゃな」

「……すみません、後は頼みます」

 

 ヤバい。ちょっと泣きそうになった。

 そんな俺を見て、更にニヤつく旦那と先輩達。

 少し恥ずかしさを感じながらも、軽く拳を突き出した。旦那のでかい拳がそこに当てられる。

「行って来る」と「無事を祈る」

 英雄から伝来した、仲間同士の別れの合図。

 冒険者の別れに言葉は必要ない。

 

 振り返り、アルに向かって一つ頷き、俺達は街門へと駆け出した。

 

 その背後からすぐに、旦那のでかい声が響く。

 

「おう! アンタら『龍の牙』じゃねぇか! 噂は色々聞いてるぜ! 一杯奢るから旅の話でも聞かせてくれよ!!」

「いや、すまない、今は急いでいるんだ」

「あぁん!? テメェ、俺の酒が飲めねぇってか!?」

「そういう訳ではないんだが……」

「なら良いじゃねぇかよ! なぁ、ドラゴンの尻尾を真っ二つにしたって本当か!?」

 

 振り返ると、旦那達はカイトたちを囲み、こちらが見えないようにして絡んでいた。

 ありがたい。今の内に距離を稼ごう。

 

 とりあえず、俺達は北に向かうか。

 船に乗って王都ユークリアまで行けばなんとか()けるだろう。

 

 

 ありがとう、砂の都エッセル。そして出会った人たち。

 この恩は忘れない。いつか必ず、違う形で恩返しするとしよう。

 

 暗くて寒い夜の砂漠を、俺とアルは駆け足で走り去った。

 

 

 しっかし、ルミィのやつ、分析が的確すぎてマジで怖かったな……

 今回はみんなのおかげでなんとかなったが、次から気をつけて生活しなきゃならないな。

 

 まったく、俺のスローライフはどこにあるんかね?

 



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9話「しっかしまぁ、変なもん拾ったな」

 

 砂漠の旅は過酷だ。昼は暑くて、夜は寒い。

 日差し対策にも寒さ対策にも、外套(マント)は絶対に欠かせないアイテムだ。

 俺の外套は少し重いが、雨も弾いてくれる優れものだ。ゴブリン程度の牙くらいなら防いでくれるほど分厚いし、何かと重宝している。

 今まで何度も世話になってきた頼れるやつだ。

 

 その外套を頭から被り、直射日光を避けながら真昼間の砂漠をひたすら歩いている。あちぃ。

 

 しかし、一面が砂丘だから方向も分からなくなってくるな。

 これだけ広い砂漠だと、常にコンパスや星を見ながら歩かないと、簡単に遭難してしまう。

 それに街から離れてしまうと、全くって言っていいくらい水の補給が出来なくなる。

 砂漠の旅は昼は暑くて汗をかくし、夜は乾燥してるから通常の旅の三倍くらい水を準備しておかないといけない。

 じゃないとマジで死ぬ思いをする。と言うか、経験済みだ。

 今回はもしもの事を考えて飲料水をアイテムボックスに大量に用意して来たけど、これでも足りるか不安は残る。

 

 更に、魔物。砂漠の魔物は厄介で、身を隠す術に長けている上に夜行性の奴が多い。

 デザートウルフやデザートゴブリンはまだ良い。

 デススコーピオン(大きなサソリ)は砂に潜って奇襲してくるし、ただのサボテンだと油断してたらトゲを撃ってくるキラーサボテンだったりと、かなり面倒臭い。

 

 なので、砂漠の旅は昼や夜は休んで、朝方や夕方に移動するのが基本だ。

 その方が体力の消耗を抑えられるし、魔物の奇襲にも備えることができる。

 歩きの旅では特に周りに注意を払う必要があるから、尚更だ。

 もし今のように昼間や夜に進む必要が出てきた場合は、焦らずじっくり、常に警戒しながら進む必要がある。

 

 あるんだけどなぁ。

 

「らんっらんっらんっ♪ ざっんさっつ♪ ぎゃっくさっつ♪ きっりこっろせー♪」

「うっせぇわ。その物騒な歌やめろ」

「えぇー。良い歌じゃないですか? 作詞作曲アルテミスです!」

「自作かよ……て言うかもう少し警戒しろ。魔物が出たらどうすんだよ」

「もちろんぶっ殺します!」

 

 だから純真な眼で怖い事言ってんじゃねぇよ。

 つーかお前、一人じゃまともに戦えないだろ。

 

「それにいざとなったらライさんを囮にして逃げますから!」

「最低だな、お前……」

「いやぁ、照れますねぇ!」

「……もう黙って歩いてろ」

 

 こいつの相手してると頭おかしくなるわ。

 何でこんなに能天気なんかねー。

 俺なんかビクビクしながら歩いてんのに。

 いやまー魔物よけの匂い袋を首から下げちゃいるけどさ。

 

「あ! ライさん! 大変です!」

「なんだー? お前の頭以上に大変なのかー?」

「人です! 人が倒れてます!」

 

 アルが指差す先を見ると、確かにフード付きの外套を纏った人型が砂の上に横たわっていた。

 うわ。なんだ、行き倒れか?

 

「あれまぁ。こりゃ確かに大変だ」

「私トドメ刺してきますね!」

「行くな行くな! ランランと両手剣振りかざすな!」

「だって今がチャンスですよ!?」

「チャンスじゃねえよ! どっちかって言うとピンチだよ!」

 

 マジでやべぇわこいつ、早くどうにかしないと。これは根本から叩き直さないとだめかな。

 

 いや、今はそれよりこの人か。

 

「おいアンタ、生きてるか?」

「……生きてる」

 

 おっと? 今の声、女か? 女が砂漠で一人旅って珍しいな。

 

「……良ければ、水が欲しい」

「はいよ。起きれるかー?」

「……無理」

 

 あー。だいぶ弱ってんな。仕方ない、背中を支えて起こして……って、軽っ!?

 背もかなり低いし、子どもか。フードの合間から褐色の肌が見えるし、亜人かもしれない。

 これ、思ってたよりヤバいかもな。子どもの方が体力無いし。

 

「ほら、飲めるか?」

「……手が上がらない」

 

 見ると、手が震えている。まずいな。脱水で力が入らないのか。思ったより重症かもしれない。

 

「ほら、コップ持っててやるから。ゆっくり飲め。落ち着いて少しずつだ」

「……んくっ。んぐっ」

「よーし。良くやった……アル! 周りみてろー!」

「はーい!」

 

 次は食い物だが……その前に、あっちの岩場に移動するか。簡易テントでも出さないと余計弱っちまう。

 

「担ぐぞ。文句は後で聞く」

「……うん」

 

 肩の裏と膝下に手を入れて抱き抱えると、やはり軽い。こうやって見ると背も小さいが、それにしても軽すぎる。ちょっとこれ、しばらく様子見だな。

 

 岩場に着くと彼女を敷き布に横たえ、岩肌に鉄鋼玉を打ち込む。伸びた棒と棒の間に紐を通して、革布を並べて張れば簡易テントの完成だ。とりあえず日差しを遮ってやれば多少は違うだろ。

 

 次は飯だな。手持ちだと……パン粥か。

 

 ちぎった黒パンをミルクに(ひた)し、鍋で加熱する。

 ちと勿体ないが塩と砂糖も入れるか。汗かいてるなら塩は欠かせねぇし、体力回復には甘いもんが向いている。

 もし食えるようならアイテムボックスに入れてる乾燥野菜のスープも食わせてぇところだけど。

 まーとにかく食わないことには体力が回復しないからな。

 

 ものの数分でパン粥が完成。温度もそこまで熱くないし、これなら食えるだろ。

 

「おい、座れるか?」

「……まだ無理」

「そうかよ。なら起こすぞー」

 

 背に手を突っ込み、体を斜めに起こす。横になったまま食べさせると器官に入って窒息することもあるから仕方ない。

 文句があるなら後から聞く事にしよう。

 

「しんどいかもしんねーけど、食え」

「……ん」

「よし、いい子だ。ほれ」

「……んぐ」

 

 (さじ)で口まではこんでやると、そのまま飲み込んだ。それを繰り返し、パン一枚分を食べさせて、再び横たえる。

 後は頭をデカい血管を冷やしてやれば大丈夫だな。

 アイテムボックスから青い中抜きの箱を取り出し、水を注いで魔力を通す。少し待つと、真ん中の空洞に氷の玉が数十個出てきた。

 これを薄い革の袋に入れて、頭の下と脇の下、内ももに突っ込む。師匠から教わった応急処置だ。これで体の余分な熱が抜けるはず。

 後は夕方まで日陰で寝かせときゃいい。

 

「……なんで?」

「うん? 何がだ?」

「……どうしてここまでする? 氷の魔道具は非常に高価だったはず。私は無一文。お金は払えない」

「いやいや。行き倒れに金なんて期待してないって」

 

 大体お前、体型的にまだガキだろうが。なんで一人旅なんてしてるか知らねーけど、ガキが遠慮(えんりょ)なんてするもんじゃねーよ。

 

「……そう。分かった」

「そんなら寝とけ。夕方になったら移動するからな。

 アルも今のうちに寝とけよー!」

「はーい!」

 

 さてと。んじゃ、俺はちょっと見張りでもやりますかね。

 魔物が出ないなら大した苦でもないし。

 

 しっかしまぁ、変なもん拾ったな。

 



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10話「マジで中身が残念すぎるわ」

 

 ソリというものは中々に便利だ。

 雪国は勿論のこと、簡易組み立て式の物なら車輪を付けてやれば平らな平原でも使える。

 

 こいつがアイテムボックスに入りきれない大きな荷物を運ぶのに重宝する。

 特に生き物だ。生きている物はアイテムボックスに入らないし、ソリは動物や人を運ぶのに適していると言える。

 それに、日除けの布を被せれば砂漠でも使用可能なところがありがたい。

 おかげで、人を抱えずに移動する事ができる。

 

 まぁ、問題が無いわけじゃないのだが。

 

「あー……マジで重いわ、これ……」

「ライさん、私が引きましょうか?」

「あー。朝方になったら頼むわー。交代しながらじゃねーと体力がもたん」

「なら軽くしますかー?」

「暴力を含まない提案なら認める」

「……どうしましょう。何も言えなくなりました」

 

 どうにかしたいのはお前の頭だ。

 

 現在、まだまともに歩けない少女を砂漠仕様のソリに乗せて、えっちらおっちら引いて歩いているところだ。

 夕方なのでやや肌寒いはずなんだか、それでも少し汗ばんでいる。

 

 尚、ソリに乗っている本人はまだ眠ったままだ。

 起きてるだけでも体力を消耗するので、半強制的に言い聞かせて寝かせている訳だ。

 かなり躊躇っていたが、やがて力尽きるかのように眠ってしまった。

 

「なぁアル。思ったんだけどさ。二人乗ってるソリ引けないか?」

「無理ですね! 私、基本能力値からポンコツなんで!」

「やっぱりポンコツだって自覚あるのな、お前」

「攻撃以外何もできませんからね!」

「攻撃もろくに出来ないだろ」

 

 いやまぁ、少しはマシになってるけど、まだ俺の援護無しだと危ないからな。

 うあぁ……いつになったら俺は楽できるんかねぇ……

 

「ほら、もうちょい進むからな。この時間帯に進まないとヤバいからな。地図見る感じ、この先に岩場があるからひとまずそこ行くぞ」

「了解しましたー!」

「元気だなぁお前。まぁ良い事だけどさ」

「元気と攻撃力と殺意が取り柄です!」

「はいはい。最後のは消しとこうかー」

 

 まぁ無駄話できる相手が居るだけ、マシだと思いますかね。

 一人で黙々と歩くのは精神的にくるし。

 

 

 

 なんとか日が沈み切る前に目的地に到着出来た。

 岩場に鉄鋼玉を投げて簡易テントを作り、敷き布を置いて少女を寝かせるた後、自分たちの飯をアイテムボックスから取り出した。

 黒パンと燻製肉のスープ、それにトマト。少し物足りないけど、旅の途中だから贅沢は言ってらんないし。

 まぁ食えるだけマシだ。いやはや、エッセルで保存食買い溜めしておいて良かったわ。

 

「ほらアル、飯だ飯。早く食え」

「わお! ご馳走ですね!」

「……お前の感性はやっぱりよく分からんわ」

 

 黒パンをスープに浸して柔らかくしながら食べる。

 この酸味は嫌いじゃないけど、やっぱり白パンの方が好きだ。

 でもあれ、高いからなー。安定して稼げるようになるまで贅沢は出来ないな。

 

 つーか俺、最終的になんの仕事しようかな。やっぱり狩人かな。

 いや、農民として穏やかに暮らすのもありだな。麦とか家畜の世話して生きていくのも悪くない。

 あぁ、便利屋ってのもありかもな。雑用なら大概できるし。

 夢が広がるな。やっぱ、冒険者なんて向いてねーよ、俺。

 

 ……てかアルはそこんとこ、どうなんかね。

 

「なぁアル。お前の話、聞いても良いか?」

「んぐ? 何の話です?」

「そうだなー。とりあえず目標の詳細は聞いておきたいんだが」

「ぶっ殺す相手ですか?」

「それな。いや、お前の場合、見境い無いようにも見えっけどな」

 

 ことある事に殺そうとしてるからなぁ、こいつ。

 頭ん中どうなってんのか見てみたいわ。

 

「あれ、言ってませんでしたっけ。復讐(ふくしゅう)です」

「お? 案外まともな理由だが……何のだ?」

「んーと。婚約破棄されたんですよ、私」

 

 意外と重いっ!? こいつの事だからろくでもない理由だと思ってたわ。

 

「でも婚約ってことは、お前良いとこのお嬢様か?」

「一応、貴族の一人娘ですねー」

 

 うわぁ。こんなお嬢様、いやだなぁ。

 

「でまぁ、使用人とかも辞めちゃいまして、没落しそうなんで家出して来ました。両親も特に止めませんでしたし」

「それで一人旅してたってことか」

 

 なるほどなー。だから旅に関する常識が無かったのか。

 こいつもマジで波乱の人生歩んでんなー。

 

「……ん? てことは何か? お前、元婚約者をぶっ殺したいのか?」

「んー。まぁ、まずは理由を聞きたいですね。その後でぶち殺します」

「揺るぎねぇな、お前」

「私は(みなぎ)る殺意に従ってるだけです!」

「そこは抑えとけ。人として」

 

 でもまぁ、分からんでもないが。

 俺だったらたぶん人間不信になってるわ、それ。

 流石に殺そうとは思わないけど。

 

「そう言うライさんはなんで『龍の牙』抜けちゃったんですか?」

「あー。そもそも加入したのが間違いだったって言うか……俺なんかが居ていい場所じゃなかったからなぁ」

「そうなんですか? そんな事無いと思いますけど」

「いやいや。俺に出来るのは精々雑用だし。それに、戦いとか怖ぇじゃん」

「ふーん……そんなもんですかー」

 

 腑に落ちない顔をされるが……俺としては嬉々として戦いに行くアルの方がよく分からないんだけどな。

 

「つーかさ。お前、何処まで着いてくる気なんだ? 俺はどっかの田舎町で平穏に暮らしたいなーって思ってんだけど」

「とりあえず王都ですかねー。そこで情報を集めるつもりです」

「そっかー。んじゃ、それまで宜しくな」

「こちらこそ!」

 

 笑い合いながら握手した。

 

 いやぁ、こうやって見ると普通の可愛い女の子なんだけどなー。

 

 マジで中身が残念すぎるわ。

 

 



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11話「こいつはこいつでやべぇわ」

 

 真夜中。くっそさみぃ中、()き火に(まき)を投げ入れ、温かい紅茶を口に含む。

 本当なら酒を飲みたいところだけど、見張り中に寝ちまうとシャレにならんしなぁ。

 アルは寝ちまってるし、暇だわ。

 

 周囲に生き物の気配は無い。

 そもそも魔物避けの魔導具(安物)を使ってるからそうそう襲って来ないはずだけど、まぁ念には念をって奴だ。

 ビビりだからな、俺。

 

 

 しかし……アルの婚約者、ねぇ。

 あの殺戮(さつりく)天使と婚約する時点で勇者だよなー。

 つーか、よく婚約破棄なんて恐ろしいことしたな。

 詳しくは知らんし、何か事情でもあったんだろうけど。

 ……まぁ何にせよ、俺が会うことは無いだろうからどーでもいいか。

 

 

 なんて考えていると、不意に、かさりと物音がした。

 飛び退(すさ)りながら見ると、そこにはフード付きの外套を着たままの、行き倒れていた少女の姿があった。

 

 何だ、目を覚ましたのか。良かった。

 

「よう、具合はどうだ?」

「……動けるようになった。感謝している」

「そうかい。紅茶でも飲むか?」

「……飲む」

「へいよ。ちょっと待ってな」

 

 新しいカップを取り出し、紅茶を注いでやって手渡す。

 小さな手でそれを受け取り、息を吹きかけながらゆっくり飲む。

 

「とりあえずさ。名前聞いてもいいか?」

「……サウレ。家名は無い」

「サウレな。俺はライだ。んで、事情は聞いた方が良いか?」

「……出来れば聞かないで欲しい」

「おっけ。あと、俺らは王都に向かう予定だけど、お前はどうする?」

「……良かったら着いて行きたい」

「左様で。りょーかいだ」

 

 てことは三人旅か。水と食料が結構ギリギリだな。

 まー節約したらどうにかなるか。

 それより魔物だ。こいつ戦えそうにないし、警戒を深めないとな。

 

「……なんでここまでしてくれるの?」

「は? なにがだ?」

「……見ず知らずの、お礼もできない私を、助ける理由なんてないはず」

「あー。まぁ、そんな大層な理由なんてないんだが」

 

 うん。砂漠でこんな女の子の一人旅とか、どう考えても面倒事の予感しかしないし。

 首突っ込んだらロクなこと無さそうだしな。

 しかも人数増えるとなると、色々面倒事も増えるし。

 

 まぁでも。

 

「仕方ないだろ、見ちまったんだから。関わった以上助けない選択肢は無いわな」

「……変わった人」

「そうか? ごく普通の平凡な人間だと思うけどなぁ」

 

 俺みたいなやつ、どこにでもいるだろ。

 なにが得意って訳でもなし、かと言って苦手なもんも無し。

 死ぬのが怖ぇから戦いたくは無いけど。

 とりあえず明日の飯さえなんとかなりゃそれでいい。

 おれはそんな、適当で普通な人間だ。

 

 ……いやまぁ、俺の周りはちょっと異常だったけどな。

 

「……ライ。私はとても感謝している。でも、伝え方が分からない」

「そうかい。そういう時はな、ありがとうって言えばいいんだよ」

「……私は言葉では足りないと思っている」

「はぁ? 面倒臭いなお前。んじゃアレだ、受けた恩とやらは他の奴には回してくれ」

「……他の人?」

「うちの教えでな。困ってる奴が居たら、自分の出来る範囲で助ける。んで、助けられたらまた他の人を助ける。

 そうやって世界は回ってんだとよ」

 

 毎度お馴染みの綺麗事だ。世界はそんなに甘くないし、綺麗なもんでもない。

 でもまぁ。それが出来りゃ最高だな、とは思うわけで。

 だからこうして、お節介を焼いちまうんだよな。

 

「……分かった。でも、それとは別にライに恩返しをする」

「ガキのくせに頭固いなお前。苦労するぞ?」

「……私の生涯をかけてライに尽くす」

「はぁ? なんだそりゃ」

「……ライは私の命の恩人。なら、私の命を捧げるのは当然」

 

 言いながら、フードを取った。

 宝石のような綺麗な短めの白い髪に、血のような赤い眼。

 それが、褐色の肌によく似合っていて、まるで人形のように整った顔立をより際立たせている。

 極めつけは、頭に生えている、羊のように先端の丸まった角。

 こいつ、やっぱり亜人だったのか。

 

 つーか、おいおい。この子、目がマジなんだが。何言い出すんだこいつ。

 なんかあれだ、宗教にハマった奴と同じ目ぇしてやがる。

 あー。これ、また訳分からん奴拾っちまったか?

 

「勘弁してくれ。重いわ」

「……大丈夫。私が勝手に尽くすだけ。とりあえず、脱ぐ?」

「脱ぐな。怖ぇわ。つーかガキが何言ってんだよ」

「……私は成人済み」

 

 言いながら冒険者タグを見せつけてきた。

 ……おい。俺より歳上じゃねぇか、こいつ。

 つーか賞罰欄。『魔物を(ほふ)る者』って、まじか。

 確か一万匹の魔物を討伐した証じゃねーか、これ。

 

「え、なに、お前冒険者なの? しかも歳上!?」

「……そう。私は大人の女。だから大丈夫。上手にするから」

「なにをだ!? ちょ、服に手をかけるなマジでお願いしますから!」

 

 やめろ! トラウマが(よみがえ)るだろうが!!

 

「……そこまで言うなら、分かった。今回は諦める」

「未来永劫やめてくれ。頼むから」

「……いつでも手を出してくれて良い」

「そんな機会は無いから安心しろ。それよかお前、寒くないのか?」

 

 よく見ると外套の下、かなり薄着って言うか、布面積ほとんどねぇじゃん。こんな格好で砂漠を旅してきたのか、こいつ。

 

「……大丈夫。私は寒さにも暑さにも強い」

「そうかよ……あーなんか疲れたわ。お前、もう寝ろ。日が出てきたらすぐ出発だからな」

「……私、普段は寝なくても大丈夫。体力を失った時しか眠らない」

「寝なくても大丈夫? そんな種族いたっけか……」

 

 亜人って言っても基本的には人間と変わらないはずなんだけどな。

 他の生き物の特性を少し持ってるだけで、出来ることも大差無いって聞いてたんだが。

 眠らない種族なんてそんなもん……あ。居たわ。

 けど、うーん。こいつがぁ? いや、まさかなぁ。

 

「なぁサウレ。お前の種族名ってなんだ?」

「……淫魔(サキュバス)

 

 言いながら外套をめくり、特徴的な先のとがった尻尾を見せつけてきた。

 

「…………お前、男の夢をぶち壊してくれんなー」

 

 まじかよ。サキュバスってもっとこう、色っぽいイメージが合ったんだけど。

 こいつ、どう見てもガキじゃん。

 種族詐欺だろそれ。いや、勝手な偏見だけども。

 

「まーじかぁ……いや、まぁ、いいんだけど」

「……大丈夫。私は未使用。ライ専用だから安心して」

「何の話だよ!? あ、いやいい、やっぱり言うな!」

 

 なんとなく社会的に殺される気がするし。

 

「分かった。分かりたくねぇけど、分かったから、落ち着け。俺にそっちの趣味はないから」

「……じゃあ諦める。今回は」

「だからそんな機会はこねぇよ」

 

 だからそんな濡れた眼でこっち見てくんな。割とマジで怖ぇんだわ。

 あーもう。マジでついてないって言うか……

 

 こいつはこいつでやべぇわ。

 



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12話「さて、とりあえず町に入りますかね」

 

 何日か一緒に旅をしていると、次第に二人のことが分かってきた。

 

 アルは基本的に明るく前向きで、いつも笑顔を絶やさない。

 残念な部分が衝撃的過ぎて分かりにくいけど、案外俺たちの事もしっかり見てる部分がある。

 何より、努力家だ。

 

 振る度にすっ転んでた両手剣も、いまでは転ぶこと無く振り回せている。

 まだまだ危なっかしいところはあるが、サポートしてやれば実戦でも使えるレベルだ。

 俺が足止めした魔物を一撃で刈り取る姿は見ていて心強い。

 

 これで物騒な発言さえなければなー。マイナスポイントでかすぎるんだよなぁ。

 

 

 一方で、サウレはあまり表情が変わらず、口数も少ない。喋っても一言で終わってしまうことが多い。

 何を考えているか分かりにくいところはあるが、俺とアルを仲間だと認識しているようで、休憩中なんかはそれとない気遣いを見ることができる。

 

 なんて言うか、不器用な奴だ。

 故郷の人見知りのチビ達を思い出して、少し和む。

 

 しかし、サウレは一度戦闘が始まると凄い活躍を見せてくれた。

 雷を生み出す魔法と短剣を使った戦い方は洗練されていて、まったく苦戦せずに魔物を倒していた。

 さすが熟練冒険者。『魔物を(ほふ)る者』の称号を持ってるだけの事はある。

 

 ただ、ことある事に俺に触れようとしてくるのはやめてほしい。

 昨日とか起きたら目の前に半裸に見える普段着で座ってて、思わず悲鳴をあげたからな。

 ルミィの呪いが解けるまで、そっとしてくんねぇかなー。

 

 

 そんな二人と数日間旅を続け、朝方、ようやく中継点の町に着いた。

 町と言っても規模はそれ程大きくない。

 オアシスを中心に人が暮らしているだけの、村に近い物だ。

 低めな外壁でぐるりと周りを囲まれていて、エッセルで見かけた背の高い細い木がまばらに植えられている。

 門の奥に見えるのはレンガで作られた簡素な建物。

 その奥にある、小さな湖のようなオアシスが特徴的だ。

 

 そしてここには、屋根と水がある。

 それだけでもマジでありがたい。

 

 

「あー……やっと着いたか。遠かったなー」

「そうですねー。魔物と全然遭遇しなかったのは残念でしたけど」

「いやまぁ、避けてたからな。あと残念がるな」

「えぇー。せっかくぶっ殺せる機会だったのにー」

「だからその発想やめろって……サウレ、大丈夫か?」

「……平気」

「よし。あ、すみませーん。町に入りたいんですけどー」

 

 町の門の前にいる武装したおっさんに声をかけると、なんかすげぇ目で睨みつけられた。

 うん? なんだ?

 

「お前ら、どこから来た?」

 

 革鎧と構えた槍のせいで威圧感が凄い。

 あと、髭の生えた顔もかなり怖い。

 いやなんでそんなに不機嫌そうなんだ、この人。

 

「え、どこって……エッセルだけど」

「やっぱりか。て事は、まだ話が回って無いんだな……」

「は? なんの事だ?」

「この町の近くに盗賊団がアジトを作っててな。頻繁(ひんぱん)に町を荒らして行きやがるんだ。

 エッセルの冒険者ギルドに討伐依頼を出しに行かせたんだが……それがもう半月も前の話でな」

 

 半月前か。そりゃだいぶ時間かかってんな。

 徒歩ならともかく、町なら騎乗用の魔物とか魔導ソリなんかもあるはずだし、普通なら半月もありゃ往復できるはずだ。

 道中で何かトラブルでもあったか。

 

「昨日、ついに町人にも被害が出てな。皆で町を捨てるかって話をしてたところだ」

「ふぅん……なぁおっさん。盗賊団の規模は分かるか?」

「十人くらいだな。全員武装してやがる。この町の連中じゃどうしようもねぇよ」

「……なぁるほど?」

 

 ふむ……

 武装した盗賊が十人。

 町は土壁に囲まれていて、地面は砂地。

 ついでに、水がある。

 

 んで、こっちは約立たずの俺、攻撃力だけは高いアル、そんで熟練冒険者のサウレ。

 そして数々の小道具、と。

 

 

 思い出すのは師匠の言葉。

 戦うための力があり、守りたいものがある。

 しかし、戦う義務は一切無い。

 

 そんな時、俺ならどうするか。

 

「なぁおっさん。ちょっと相談があんだけどよ」

 

 いや、まぁ。見ちまったもんは仕方ねぇわな。

 サウレが居るし。大丈夫だろ。

 

 

 

 真昼間。太陽が高く昇っている時に、盗賊団はやった来た。

 なるほど、大きなソリを砂漠トカゲに引かせて移動してんのか。

 人数は確かに十人ほど。正確には十一人。

 全員剣と革鎧で武装してる所をみると、傭兵崩れかね。

 て事は、戦いにも慣れてるんだろうなー。

 うっわぁ。帰りてぇ。いや、今更だけどさ。

 

 だって俺、町の外で仁王立ちしてるしなぁ。

 

「あぁ!? なんだぁテメェ!?」

「見ねぇ顔だな……冒険者か!?」

「たった一人で何ができんだよ、あぁ!?」

 

 うっへぇ。ガラ悪っ。顔こっわ。あと声でけぇ。

 

「いやぁ、俺はただの通りすがりなんで。見逃してくれるんなら町は好きにしてくれていいですよ」

「……はぁ? おい聞いたかお前ら。こいつ、町を売りやがったぞ?」

「ははっ! 冒険者のクセに腰抜けだなぁ?」

「俺は戦いとかそういうの、マジで勘弁なんで……もう行ってもいいですかね?」

「行け行け! お前なんかに興味ねぇよ!」

 

 俺を指さしてゲラゲラ笑いながら真っ直ぐ町の門に向かう盗賊達。

 だよなぁ。高い壁があるし、町に入るなら門を通るよなぁ。

 

 

 かんっぺきに予想通りだ。ばーか。

 

 

「はーい。前方にご注意くださいよっと」

 

 凄い勢いで走っていく砂漠トカゲ。

 そんな速度で走っていたら急に止まれるはずも無く。

 俺が掘っておいたデカい落とし穴に、そのままの勢いで滑り落ちて行った。

 

「うわぁ!? なんだぁ!?」

「なんでこんな所に穴が空いてんだ!?」

 

 慌てふためく盗賊団。だが、もう遅い。

 

「アル! 飛ばせ!」

 

 土壁の裏に隠れていたアル達に合図を出す。

 すぐに壁の上に姿を現し、男連中が水の入った大樽を設置した。

 両手剣を振りかぶり。

 

「りょぉ! かい! でーすっ!」

 

 ぱかーん、と両手剣の腹で大樽を打ち上げる。

 空高く舞った大樽。その中身が落とし穴にぶちまけられた。

 おっけ。狙い通り。

 

 穴の縁まで歩いていき、中を覗き込む。

 おーおー。ギュウギュウ詰めの上に水までかかって、まぁ酷いことになってるな。

 

「さてお前ら。二度と町に来ないってんなら見逃すけど、どうする?」

「ふざけんなテメェ! 早く出しやがれ! ぶっ殺すぞ!?」

「はーい元気なお返事頂きましたー。サウレ、やっちまえ!」

 

 門から静かに出てきたらサウレに合図をだす。

 

 さて。盗賊たちは水浸しです。しかも穴の中から逃げ出せず、密集しています。

 ここで問題。()()()()()()()()()()()()()()

 

「……魔術式起動。展開領域確保。対象指定。其は速き者、閃く者、神の力。我が身に宿れ、裁きの(いかずち)!」

 

 轟雷。サウレの周りに稲妻が舞う。その小さな身にパチパチと纏わせた雷が、蛇のように地を這い回り、空へと(ほとばし)る。

 

「……醜い悲鳴を上げろ、豚ども」

 

 サウレが短剣を落とし穴に向ける。刹那、紫電が閃いた。

 

 

「ぎゃああああ!?」

 

 

 はい、正解は雷の魔法ですよっと。見事に感電してんなぁ。バチバチ鳴ってて少し焦げ臭い。

 

 本当なら生き埋めにした方が良いのかもしれないが……こんな奴らでも、出来るだけ殺したくは無いしな。

 

「……ライの敵は皆殺しにする。情け容赦はない」

 

 無表情に淡々と雷を放出し続けるサウレ。

 どことなく、少し楽しそうにも見えるのは気のせいだろう。

 

 ……あーうん。サウレは怒らせないようにしよう。

 アルより怖ぇわ、アレ。

 

 

 しばらくビリビリさせた後、ピクリとも動かない盗賊団を穴から引き上げ、縄でぐるぐる巻きにしておいた。

 あとは町の人達に任せておこう。

 

「いぇーい。二人ともおつかれ」

「あーあ。直接かち割りたかったです」

「……ライの敵は一人も逃がさない」

 

 うわぁ。なんだコイツら。マジでやべぇな、おい。

 

「うん、まぁ、なんだ。とりあえず、ありがとなー」

 

 深くは突っ込まないでおこう、うん。

 

 さて、とりあえず町に入りますかね。

 



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13話「変わった奴らだとは思うな」

 

 町の中に入ると、住民達に大歓迎された。

 まぁ余程困ってたんだろう。盗賊とか死活問題だったろうしなー。

 ちなみに、宴会を開くと言われたが、盗賊の被害で町に余裕が無さそうだから遠慮しておいた。

 

 それよりも、寝床と飯と酒だ。

 

 ありがたいことに宿代を無料にしてくれるとの事だったので、そこは好意に甘える事にした。

 

 宿の入口で砂だらけの外套を手で払い、アイテムボックスに収納して中に入る。

 そこそこ良い部屋に通されたっぽく、一部屋にベッドが二つもあった。

 内装も綺麗で、こんな小さな町にしては豪華だ。

 ふむ。旅人や商人がよく通る場所だからかね。

 

 何にせよ、これなら快適に眠れそうだ。久々に見張りをせずに眠れるのはありがたい。

 

「あぁ、先に一応言って置く。サウレ、いかがわしい事は禁止な。添い寝までは諦めてやるから」

 どうせ止めてもやるだろうしな、こいつ。

 て言うか何度言ってもやめねぇし。起きたら同じ毛布にくるまってて悲鳴を上げたこともあったな。

 気配消すのが無駄に上手いからタチが悪い。

 

「……ライが望むならその先も」

「せんでいいわ」

 

 だいぶ慣れてきたとは言え、トラウマは未だに健在だし、色々と勘弁して欲しい。

 

 思い出すのは、ルミィのヤンデレスマイル。

 うわ、鳥肌がヤバい。ぞわっとした。

 ちったぁマシにはなってきたが、まだまだ根深く残ってるからなぁ。

 いやマジで、あの落差は酷かったし。

 

「……私は種族(サキュバス)の使命を果たせていない」

「あー。そんなに大事なのか、それ」

「……やっと見つけ私の運命の人だから」

「いや重いわ。なんだよ運命って」

「……私の命を救ってくれたライには私自身を捧げるべき」

「悪い。意味が分からん」

 

 どんな理屈だよそれ。

 いやまぁ、実のところ、分かんでも無いけど。

 

 亜人は情け深く、恩を忘れない奴が多い。サウレが恩を感じていて、それをどうにかして返そうと思ってるのは分かる。

 ただ、その方法がアレなだけで。

 

 まぁ、昔の俺なら大喜びで……いや、ないな、うん。

 だって見た目子どもだし。絵面的に犯罪でしかないわ。

 

「とにかく、そういうのはやめろ。安眠できなくなる」

「……分かった。じゃあ次の機会に」

「そんな機会は来ねぇよ……おいアル、両手剣構えて何しようとしてんだ。無闇に人を襲おうとするな」

「いやぁ。感謝されてるなら一人くらい良いかなーって」

「良い訳ないだろ馬鹿」

 

 あーもー。こいつはこいつで相変わらず面倒くせぇな。

 目を爛々(らんらん)とさせるんじゃありません。

 そのうち賞金首になるぞ、お前。

 

「あー……とりあえずお前ら、着替えてこい。水と布あっから体拭け」

「……ライの背中は任せて」

「自分で出来るわ。良いからはよ入れ」

 

 アルとサウレを部屋に押し込んで、一息ついた。

 

 二人とも、見た目は超美少女なんだがなぁ。

 中身が残念無双してやがるからな。

 いや、それが無くても手は出さないけど。当分の間、そういうのはいらねぇわ。

 

 さっさと自室に入って体を濡れタオルで拭った後、手早く着替える。

 どうせアイツらは時間かかるだろうし、今のうちに酒場の場所でも聞いてくるかね。

 

 

 宿から出るとちょうど通りすがりの男性がいたから声を掛けてみた。

 

「すみません、酒場の場所と……あと、何か仕事がないか聞きたいんですけど」

「あぁ、酒場は隣の建物ですよ」

 

 あ、そうなのか。じゃあ聞くまでも無かったな。後でアル達と行ってみるか。

 

「しかし、仕事ですか……あるにはあるのですが、町を救ってくれた恩人にお願いするような仕事ではありません。むしろ報酬を受け取ってほしいくらいです」

「だからそっちはいりませんって。俺は安全な仕事で報酬もらいたいんです」

 

 依頼を受けていた訳でも無いし。

 それに、盗賊の被害にあってた町から報酬なんて受け取れる訳ないだろ。

 

「それでしたら……盗賊の被害が大きかったので、家屋の修理や外壁の修繕をお願い出来ますか?」

「そうそう、そういうのを待ってたんだすよ。任せてください」

「分かりました。しかし、変わった方ですね」

「そうですかね? こっちが勝手にやった事で報酬なんて受け取れないし、安全な仕事は誰でもやりたいもんでしょ?」

 

 魔物と戦わなくていいなら何でもするよ、俺。体力には自信あるし、手先も器用だからな。

 大体のことは何でも出来るはずだ。

 伊達に一流パーティーで雑用やってた訳じゃない。

 

「んじゃ詳しい話は飯食ってから聞きに行くとして……後で町長の家に行ったらいいですか?」

「はい。この町で一番大きな家なので、すぐに分かると思います」

「ありがとう、助かりました。じゃあ、また!」

 

 ぺこりと頭を下げる男性と別れ、今でてきたばかりの宿に戻ることにした。

 とりあえず、アルとサウレと合流して飯食うか。久々に美味いもん食えそうだし。

 

 入口付近で待っていると、二人ともすぐに準備を終えて出てきたので、そのまま隣の酒場に向かった。

 そこかしこに穴が空いてるのは盗賊達のせいだろう。早めに修繕してやらなきゃな。

 

 食堂も兼業しているらしい。カウンターの上に吊られた木のメニュー板には、オススメはランチセットだと書かれている。見ると、客の大半が同じものを食っていた。これがランチセットか。

 

「すみませーん。ランチセットとエール(麦酒)、三人前で!」

「はいよっ! ちょっと待っててね!」

 

 元気の良いおばちゃんが、明るい声で返事を返してくれた。

 さっきも思ったけど、良い町だな、ここ。

 町の人達の気持ちがもう前向きになっている。みんな、心が強い。

 人的被害が少なかったってのもあるだろうけど、団結力が高いんだろうな。

 そういう町は、過ごしやすいものだ。

 

「はあぁ……しっかし、疲れたなぁ」

 

 椅子に座って伸びを一つ。いやー、地味に怖かったな。

 予想出来てたし保険としてサウレを控えさせてたとは言え、あの人数は怖かったわ。

 

「ライさんってよく分かんない人ですよね」

「はぁ? 何がだ?」

「戦うのが怖いなら私たちに任せたら良かったのに」

「いや、お前らに任せたら死人が出るだろうが」

「もちろんです!」

「マジで揺るぎねぇな、お前」

 

 それやったら、負ける事は無いにせよ、確実に死人が出ただろうな。

 そんなん後味悪いだろ。飯と酒が不味くなる。

 

 いやわ俺も他に手段がないならそうしたかも知れないけど。

 あのくらいの規模ならサウレ一人で何とかなっただろうし、実際作戦が失敗したら丸投げするつもりだったしな。

 

 でもさぁ。殺さなくて済むなら、そっちの方が良いじゃん。

 俺は凡人でわりとクズな方だけど、そこまで腐ってねぇし。

 

「……ライは、優しい」

「いやいや。俺ほど適当で自分勝手な奴、そういねぇから」

「……アルを助けて、私を助けて、町を助けた。立派」

「うーん。それ、全部自分のためだからなぁ」

「……ライは、やっぱり優しい。さすが私の運命の人。抱いて」

「お前も揺るぎねぇな……」

 

 頼もしいと取るべきか、面倒くさいと取るべきか……どちらにせよだ。

 

 変わった奴らだとは思うな。

 



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14話「さてさて。ちっとばかし頑張りますかね」

 

 注文した品が届いて驚いた。

 ランチセットはデカいメンチカツをメインに、葉野菜のサラダ、キラーサボテンのスープ、そして念願の白パン。

 それらが全部大盛りだ。オマケしてくれるかなとは期待していたが、まさかこれ程豪華だとは思わなかった。

 

「おばちゃん、ありがとな」

「このくらいなんてこと無いさ!そっちのメンチカツはそのまま食べても美味いけど、そこのソースかけたら更に美味いよ!」

「お、じゃあそうするか」

 

 揚げたてでパチパチ鳴っているところにソースをかけると、じゅわっと良い音がして、フルーツソースの爽やかな香りが昇ってくる。

 そこにナイフを入れると、サクサクと小気味の良い音がして、中からこれでもかと肉汁が溢れてきた。

 

 慌ててフォークを刺して口に運ぶと、当たり前だが熱かった。

 はふはふしながら食ってると、衣のサクッとした歯触り、凝縮された肉の旨み、そしてソースと肉の甘みを感じ、飲み込んだあとは果実の爽やかさが口内に残る。

 こってりして食いごたえがあるのに、後味が良いからすぐに次を食べられる。これは悪魔の食べ物だ。食が進みすぎる。

 

 少し落ち着いてサラダに目をやると、これまた採れたてと思われる新鮮な葉野菜の上に赤く熟したトマト。キラキラ光るドレッシングが魅力的だ。

 旅の間は生野菜なんて食べることがなかったから、サラダは嬉しい。

 

 フォークを通すと、軽い手応え。ドレッシングを絡めて口に運ぶと、シャキシャキした歯応えを返してくれた。

 美味い。瑞々しく、葉野菜特有の苦味と甘み、そしてドレッシングの酸味が合わさって、サラダってこんなに美味しかったっけと驚いた。

 

 更には、キラーサボテンのスープ。オーク肉が一緒に入っていて中々に豪華だ。

 正直、これはあまり期待してなかった。以前食べたキラーサボテンは青臭く、不味くは無いが美味くも無い、微妙な感じだったからだ。

 

 しかし、一口たべて食堂のおばちゃんに謝りたくなった。

 俺の知っている味とは違い、若干の青臭さはあるものの、ほんのりと甘い。オーク肉は程よく脂が乗っていて、一緒に食うとスープ自体の塩味と合わせて絶妙なバランスを保っている。

 料理する人間が違うだけでこんなに味が変わるのか。マジですげぇなコレ。

 

 そして白パン。買ってきた物ではなく、ここで焼いているらしい、

 その証拠に表面がパリッと香ばしく、麦特有の安心する香りが漂ってくる。

 ちぎって口に入れると、ふわりとしていて、優しい甘みが口中に広がる。

 主張しすぎず、どの料理と一緒食べても一弾と味を引き立ててくれた。

 

 エール(麦酒)は仕事前だから一杯だけにしておいたが、困ったことにこの店はエールも美味かった。

 砂の都エッセルで飲んだものより苦味が強いが、後味が残らず喉をすっと通って行く。他の料理の後味が綺麗に消えてしまい、また次を食べたくなってしまった。

 しかも、温度も適温。冷えすぎず、ぬる過ぎない。これも飲みやすさを引き立たせている。

 

 

 この店は当たりも当たり、大当たりだ。王都ユークリアでもこれ程美味い食堂はそうそう無いだろう。

 アルはランチセットをもう一つ頼んでいたし、サウレは無言で黙々と食べ進めていた。

 こんだけ美味いもん食わせてくれたんだ。気合い入れて仕事しなきゃな。

 

 

「おばちゃん、マジで美味かったわ。ありがとう」

「おやまぁ、良いって事よ。アンタらは恩人なんだし、腕によりをかけて作ったさ」

 

 捲りあげた腕をパシッと叩いてニカリと笑う。サマになってんなー。

 

「夜も食いに来るよ。こんだけ美味い飯を食い逃す手は無いわ」

「そりゃ嬉しいね。アンタ、名前は?」

「ライだ。あっちの金髪がアル、白髪がサウレ。三人でしばらく世話になるつもりだ」

「そうかいそうかい。こりゃ作りがいがあるねぇ」

 

 おばちゃんは笑いながら力こぶを作って見せた。話していて中々に気持ちの良い人だ。この店は優先して修繕したいところだな。

 

「さて。アル、サウレ。飯も食ったし、そろそろ行くぞ」

「ご馳走様でした! 美味しかったです!

「……美味しかった」

「喜んでもらえたなら何よりさ。まいどあり!」

 

 三人分で大銅貨三枚を渡そうとすると、二枚にまけてくれた。

 頑張って仕事をしてくれるなら安いもんさと、笑いながら。

 本当に良い人だ。この恩を返すためにも、仕事を頑張ろう。

 

 

 店から外に出ると、道にはたくさんの人が歩いていた。

 

「おう、さっきはありがとな」

「本当に助かったよ。感謝している」

「お兄ちゃんたち、悪者をやっつけてくれてありがとう!」

 

 道を行く町人がみんな笑顔で挨拶してくれる。

 明るい顔で立ち去っていく彼らを見ると、怖い思いをしたかいがあったと思う。

 良い町だ。心からそう感じた。

 暗い顔をした住民が一人もいない。盗賊の被害にあっていたにも関わらずだ。

 心が強い。さすが、砂漠の真ん中で暮らしているだけの事はある。

 

 

 男性に教えてもらったとおり、町で一番デカい家に向かった。

 デカいと言っても大した大きさでは無く、この町で唯一二階建てと言うだけだ。

 目立ちはするが、豪邸や屋敷という感じでもない、普通の作りの家だった。

 

 ドアノッカーを鳴らすと、すぐに中から人の良さそうなおっちゃんが出てきた。この人が町長さんかね。

 

「どうも、冒険者のライです。ここで仕事貰えるって聞いて来ました」

「おぉ、貴方達が……町を救ってくれてありがとうございます」

「そこは成り行きなんで気にしないでください。それより、仕事の話なんですけど……家屋と外壁の修繕(しゅうぜん)って聞いたんですが」

「えぇ、人手が足りず困っていたところです。おねがいできますか?」

「了解です。すぐに取り掛かりますんで」

「助かります。ありがとうございます」

 

 えらく腰の低い人だな。町長って言うもんだからもっと堂々としてる人かと思ってたんだけど。

 でも、人の良さが全体から滲み出てる。町の人からも好かれてんだろうな、この人。

 

「補修用のレンガは大量に用意してます。砂嵐で壁がやられることもありますから」

「分かりました。んじゃ、取り掛かりますね」

「よろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げられた。思わず薄くなった頭皮に目が行くが、自然に目を逸らしておいた。

 しかしまぁ。町の雰囲気が良いのも理解出来る。

 町のトップがこの人なら、みんな過ごしやすいだろうし。

 改めて、良い町だ。俺も頑張ろうという気になれる。

 

 まぁ、無理はしないけどな。俺にやれる事を頑張るだけだ。

 それでも、うん。この人たちのためなら全力で取り掛かろうとは思える。

 

 さてさて。ちっとばかし頑張りますかね。

 

 



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15話「町での平穏な日々は楽しかったな」

 

 さて、気合十分で町の修繕作業に取り掛かった俺たちだったんだけど……

 あー。まぁ、あれだ。結論から言おう。

 アルもサウレも全く役に立たなかった。

 

 アルはレンガを持ってこようとしては転んでそのレンガをかち割るし、サウレそもそも俺の傍から全く離れようとしない。

 マジで使えねぇ、こいつら。

 

 結果、俺と町の人達だけで修繕作業は行われた。

 

 エッセルで得た経験を活かして壊れた壁を貼り直し、みんなで声を掛け合いながら和気あいあいと町を作り直していく。

 みんな楽しそうに作業していて、部外者のはずの俺もなんだか嬉しくなった。

 その日の夕方になる頃には三件の建物が修繕されたし、その後一週間で外壁に取り掛かる事ができた。

 その間ずっと和やかな雰囲気で仕事が出来て、久しぶりに平穏な日々を満喫できた。

 

「しかしライさん、あんた働き者だな。住人じゃないってのによ」

 

 キツネみたいな細い目をした兄ちゃんが声をかけてきた。

 一緒に酒を飲んだりして仲が良くなった奴の一人だ。

 最近子どもが産まれたとかで、かなり張り切って仕事をしてる人でもある。

 

「あぁ、仕事ってのもあるけどさ。俺はこの町が好きだからなー。早く直してやりたいんだ」

「そうかい、そいつは嬉しいな!」

「ここは良い町だからなぁ。俺に出来ることがあるならなんでもやるよ」

 

 戦いは勘弁だけどな。

 やっぱりこういう、地味な作業の方が俺には向いている。

 命の危険も少ないし、肉体労働した後は、働いたー! って気がして清々しい。

 いやぁ、最高だな。あとあれな、仕事の後のエール。あれがまた美味いんだ。

 

 昨日も仕事のあとそのまま酒場に行ったからなー。

 つまみも美味かったし、今日も仕事後に行こうかね。

 

「そういや知ってるかい? 通信用魔導具で連絡があってな。エッセルから冒険者が来てくれるらしいよ」

「お、そうなのか。じゃあ外の魔物も討伐してもらえるな」

「なんでもあと数日で着く予定らしい。ありがたいな」

 

 確かにそりゃありがてぇな。外の魔物が減れば旅も楽になるし。

 修繕も終わりが見えてきたし、俺達もそろそろ出発しなきゃならないからなー。

 

 でもなー。エッセルも良い街だったけど、この町もマジで過ごしやすいんだよな。

 俺みたいなよそ者にも優しくしてくれるし、何より町の雰囲気が明るくて和やかだ。

 

 ただ、今の仕事が終わったらどうするかって問題はあるけど。

 それにあれだ。エッセルから近いってことは、ルミィ達も近くに居るって事だ。

 あいつらに見つかるのだけは避けたいからなぁ。

 

「ん。まぁ外壁もそろそろ終わりそうだし、それが終わったら俺たちは出発するよ」

「そうか……残念だが、仕方ないか」

「事情があってな。けど、この町にはまた来るよ」

「その時はみんなで歓迎するよ」

「ありがとな。マジで嬉しいわ」

「でもせっかくだから冒険者を待ってみるのもいいんじゃないか? 来てくれるのも有名どころだし」

 

 有名どころ?

 ……おいおい。まさかとは思うが。

 

「いや待った。もしかしてこっちに向かってるのって……」

「あぁ、あの有名な『龍の牙』らしいぞ!」

「ほほぉ。なーるほーどなー」

 

 またかよ。なんであいつら邪魔してくんのかね。つーか俺たちの目的地バレてんのかな、これ。

 だとしたら早めに逃げねぇとヤバいな。王都に着けば流石に撒けるだろうし。

 

「んー……悪い。どうも出発を早めなきゃならないみたいだ。俺達は今日中に出発するわ」

「え、そうなのか? それはまた急だな」

「すまないな、まだ修繕途中なのにさ」

 

 でもまぁ、こっちに向かってるってんなら、そろそろヤバい頃合だ。

 さっさと逃げないとまずい。

 

「アル、サウレ、準備だけしといてくれ。ここが終わったらすぐに出るぞー」

「わっかりましたー!」

「……分かった」

 

 二人で宿の方に向かうのを見て、腕まくり。

 そうと決まりゃ、こっちの壁をぱぱっと終わらせようかね。

 

 

 

 夕方。旅の食料や水を買った後、いつもの食堂で早めの夕食をとった。

 あいにく砂漠用の魔導ソリは伝達に行った奴が使っていた一つだけらしく、今回も徒歩での旅となったのは残念だが、まぁ仕方ない。

 

 今日出発する事を告げると、みんな寂しがってくれて、色々と餞別(せんべつ)の品をくれた。

 マジで良い奴しかいなかったな、この町。

 いつかまた来たいな。

 

 いざ出発となると、全員で見送りに来てくれた。

 その真ん中から、町長が前に出てきて頭を下げた。

 

「本当にありがとうございました。お礼の言葉が尽きません」

「そりゃ俺もですよ。マジで良くしてもらいましたし。みんな! ありがとうなー!」

 

 大きく手を振ると、みんな口々に別れの言葉を叫んでくれた。

 そんな中、町長さんが顔を近づけて小さな声で言った。

 

「ライさん……いえ、セイさん。何か事情があるのは分かっていますが、良かったらまた町に来てください。みんなで歓迎します」

「……あれま。バレてました?」

「そりゃあ、あなたは有名ですからね」

「んー……それ、内緒でお願いしますね」

「もちろんですよ。それでは、良い旅路を」

「感謝します。では、またいつか」

 

 お互いに頭を下げ合い、その隙を突いて襲いかかろうとするアルをサウレに止めさせ、その場を立ち去った。

 鳴り止まない歓声。なんか恥ずかしけど、悪くない気分だ。

 

「あーあ。結局一人も殺れませんでしたねー。残念です」

「安心しろ。港に着くまでにまた魔物が出てくるから」

「その時はおまかせください! 綺麗にぶっ殺してみせます!」

「そうかい……サウレ、さっきは良くやったな」

「……アルの思考パターンは大体分かってきた」

「この調子で頼むわー」

 

 砂地をザクザク進みながら、一度だけ振り返ると。

 町のみんなはまだ手を振ってくれていた。

 握りこぶしを作り、真上に突き出す。

 ありがとう。また来るから。そんな気持ちを乗せて。

 

 さぁ旅の再開だ。目的地は港町グラッセ。

 そこから海を渡ってユークリア大陸の港町アスーラを経由して、王都ユークリアに向かう。

 またそこそこ長い旅路になるが、仕方ない。

 でも、まぁ。

 

 町での平穏な日々は楽しかったな。

 



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閑話:『竜の牙』では

 

 ◆視点変更:カイト◆

 

 

 冒険者ギルドから要請を受けて、俺たちは魔導ソリに乗って問題の町に向かった。

 伝令に来た町の青年から盗賊団の規模は聞いている。

 俺たち三人でもなんとかなるだろう。

 

 しかし、セイが抜けたのはやはり痛手だ。

 ここに来るまでの間で改めてそう思った。

 

 俺たち三人は戦闘しかできない。

 特に俺とミルハは役立たずでしかない。

 ルミィが料理をしてくれるから飯はどうにかなったが、寝床の確保に周囲の警戒、街での情報収集に必要な物資の買い出し。

 そして、戦闘面での罠を使ったサポート。

 

(アイツは天才だ。誰にも真似出来ない)

 

 まるでチェスのように的確過ぎる戦闘工程。

 それは目立ちはしないが、確実に敵の戦力を削いで行き、常に俺たちが万全の状態で戦えるように場を整えてくれていた。

 

 他にも、数えだしたらキリがない。

 俺たち『龍の牙』はセイが居たからこそ成り立っていたパーティーだった。

 

 そのセイが抜けた後、何とか取り繕おうとはしたものの、結果は散々だった。

 こんな所まで気を回してくれていたのかと驚くことが山ほど出てきたな。

 それに、俺以外の二人は女性のパーティーだ。色々と気まずい点もある。

 それを潤滑に回してくれていたのも、やはりセイだった。

 

 役立たずだなんてとんでもない。あいつが居てくれたからこそ、俺たちは一流冒険者パーティーと呼ばれるまで成長できたんだ。

 

(しかし……本当に何があったんだろうか)

 

 あの人情深い奴がいきなりパーティーを抜けた理由は分からないが、きっと何か理由があるはずだ。

 俺たちに気を使ったんだろうか。あいつらしいが、水臭いとは思う。

 だからこそ、俺たちはセイを追っている訳だ。

 

 アイツの信念はいつも聞かされていた。

 困っている人が居たら、自分の出来る範囲でそれを助ける。

 助けられた人は、また違う誰かに手を貸す。

 そうやって世界は回っているのだと、皮肉げに言っていた。

 

(そんな事は綺麗事だと本人は言っていたが……)

 

 それでもあいつはそれを貫き通していた。

 冒険者の中でも特にお人好しな奴だ。どうせまた、誰かを救っているんだろう。

 だからこそ、盗賊団の話を聞いて、すぐにその町に向かう事を決めた。

 困っている人がいれば、きっとそこにセイも居るはずだ。

 

 俺たちは受けた恩を返したい。そしてまた、一緒に冒険者としてやっていきたい。

 その気持ちは三人とも同じだ。

 ……同じはず、なんだが。

 

「うふふふふ……セイ、待っていてね。私がすぐに見つけてあげるからね……」

 

 不気味に微笑むルミィ。それを見て若干引き気味な俺とミルハ。

 セイが居なくなってからずっと、彼女はこの調子だ。

 あの夜、セイを引き止めに行った時に何かあったんだろうが、詳しい事は教えてくれなかった。

 元々セイの事を好いていたのは知っていたが……本当に何があったんだろうか。

 

「ねぇカイト……セイ、大丈夫かな?」

「なに、あいつの事だ。きっと上手くやってるさ」

「そうじゃなくて、再会した時だよ。ルミィが暴走しそうじゃん?」

「……その時は、俺たちで止めよう」

「……そだね」

 

 猫耳を伏せ、面倒くさそうにため息をつくミルハ。

 俺も気持ちは分かる。痛いほど分かる。

 急に変貌(へんぼう)したルミィに未だに慣れていないしな。

 ただ、彼女のセイに対する執着心が凄まじいのだけはよく分かる。

 これが恋する乙女という奴だろうか。

 

 一年前に法律が変わって同性婚や二親等での結婚と重婚が認められた今、結婚する奴らが劇的に増えたのも関係しているのかもしれない。

 冒険者をやめた後はセイと一緒に暮らしたいと、冗談めかして言っていた事もあるしな。

 その時はまさか本気だとは思わなかったが……今のルミィを見る感じだと、当時から本気だったのだろう。

 

「セイ……うふふ。本当に照れ屋さんなんだから……でも、焦らされるのも嫌いじゃないわ。その分、愛が深まるんですもの」

 

 うわぁ。目がヤバい。

 一見するといつも通り穏やかに微笑んでいるように見えるが、その眼は光を反射しないくらいに(にご)りきっている。

 本当に、何があったのだろうか。

 知りたいような、知りたくないような、複雑な気分だ。

 

「あー……ルミィ、そろそろ切り替えろ。魔物が出るかも知れないからな」

「カイト、分かってますよ。周囲の探知魔法はしっかり発動していますから」

「……あぁ、それなら良いんだが」

「もし魔物が出たらお願いしますね。私も頑張ってサポートしますから」

 

 ありがたい事に、俺たちと話す時はいつも通りの澄んだ眼をしている。

 まだ理性があるだけ、幾分かマシな状態だ。

 当初のルミィは酷かったからな。

 だいぶ昔に戻ってきた。

 

 それでも結構な頻度で先程のような状態になるんだが。

 

「そう言えばミルハ、お前はセイに会ってどうしたい?」

「ん? とりあえず話聞いてぶん殴るかな」

「お前の力で殴るのか……」

「セイなら大丈夫でしょ。それに、水臭いじゃん。仲間なのにさー」

「そこは同意だな。もう少し頼って欲しかった」

 

 アイツはいつも自分一人で抱え込む悪い癖があるからな。俺たちにも背負わせれば良いと何度言ったことか。

 

「……あのバカ、どうせまた一人で抱え込んでるんだろーしさ。今度は私たちが助ける番だよね」

「そうだな。いつも助けられてばかりだった。次は俺たちの番だ」

 

 やはり、思うところは同じらしい。

 俺たちはみんな、あいつの人柄に魅了されてしまっているからな。

 あのお人好しめ。俺も一発、拳骨(げんこつ)を落とすくらい許されるだろう。

 そしてその後、あいつの悩み事を一緒に解決する。

 それが例えどんな困難であろうと、俺たち四人ならやれる。

 

 明日には盗賊団の被害にあっている町に着くだろう。

 そこで、セイと合流出来れば良いんだが……

 先を思い、自然と苦笑いが浮かぶ

 

 全く、困ったやつだ。

 



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16話「少しずつ距離が縮まってはいるんだろうか」

 

「アル! やっちまえ!」

「とぉりゃっ!」

 

 横薙ぎの大振り。粘着玉で動きが鈍ったデザートウルフを叩き斬り、アルが無邪気な笑い声をあげる。

 

「あははっ! 殺ってやりましたぁ!」

「喜んでる場合か! そういうのは後にしろ!」

 

 こちらに駆け寄る一匹に目潰し玉を撃ち込み、怯んだ隙にサウレが短剣で仕留める。

 サウレはそのまま走り、短剣と雷の魔法で次々とデザートウルフを倒していく。

 

 いやー楽だわー。

 サウレのおかげで俺はアルの援護だけしてればいいし。

 前に出て戦わなくていいのはマジで助かる。

 

「ライさんライさん! 次が来ました!」 

「はーいよ!」

 

 スリングショットで胴体を狙い撃ち、動きが鈍ったところにアルの両手剣が振り下ろされる。

 どうでもいいが、一匹倒す度に満面の笑みを浮かべるのはやめて欲しい。

 

「あぁっ! この感触ですよ! 素敵ですっ!」

「うわぁ……お前、少しは自重しろよ」

「すみません、楽しくってつい!」

 

 満面の笑みである。だいぶ慣れては来たが、やはり違和感が半端ない。

 

「せめて返り血くらい拭けって……ほら、顔出せ」

「むぐぐ……ありがとうございます!」

 

 うーん。こいつの殺戮(さつりく)衝動、マジでなんとかなんねーかなー。

 たまに俺に殺気向けてくるから怖ぇんだよなー。

 

「……終わった」

「おう、お疲れさん」

「……私も拭いて欲しい」

「いや、汚れてねぇじゃんお前」

 

 ぐいっと顔を近付けてくるので、適当に濡れタオルで拭ってやった。

 あまり表情は変わらないけど、なんとなく嬉しそうだ。

 

「ありがとなー。サウレいてくれて助かるわー」

「……もっと褒めて。私は褒めて伸びるタイプ」

「強いぞー偉いぞー可愛いぞー」

 

 お望み通り、頭を撫でながら褒めてやった。

 自分でもどうかと思うほど適当だが、サウレ的にはこれでも良かったらしい。

 

「……好き」

「おう、抱き着くのはやめよーなー」

「……やだ」

「ちょ、おま、押し切ろうとすんな!」

 

 額を抑えてんのに無理やり近づいてくんな!

 こいつ小さいのに力強いなおい!?

 

「こら、過度な接触は禁止だ!」

「……このくらい、普通」

「普通じゃないから! はーなーれーろー!」

「……ライは照れ屋さん」

 

 違ぇわ。まだトラウマが消えてないだけだ。

 とりあえず、両手を使って無理やり押し離した。

 どことなく不満そうに見えるが、そこは譲れない線だ。

 

「むぅ。ライさん、私も褒めてください!」

「偉いぞー巨乳サイコパスー」

「えへへぇ」

「え、今のでいいのかお前」

 

 チョロすぎないかこいつ。

 色々心配になるんだけど。

 

「それよりほら、あいつらアイテムボックスに収納するからどいてくれ」

「はーい。そう言えば、ライさんのアイテムボックスってどのくらい入るんですか?」

「あー。なんかめっちゃ容量あるらしいな。遺跡で発掘したアイテムだ」

「それは便利ですねぇ。死体の埋め場所に困りませんし」

「だからその発想から離れろ……いや、近いことしてるけども」

 

 魔物の死骸をそのまま突っ込んでるからなー。

 水場があれば解体するんだけど、砂漠じゃ難しいし。

 

「うし。んじゃそろそろ野営場所探すかー」

「……あっちに岩場がある」

「んじゃそこ行くか。て言うか毎回思うんだけどさ、なんで分かるんだ?」

「……簡易的な探知魔法を使っている」

「マジで便利だなお前」

 

 もうサウレ一人いればよくないか?

 あ、だめだ。こいつ俺がいないと何もしない奴だったわ。

 

「ちなみに港町まであとどれくらいだ?」

「……今のペースなら三日くらい」

「おう、思ったより早いな。さすがサウレだ」

「……えっへん」

 

 うん。可愛いから撫でとくか。

 しかし、サウレのおかげでこっちから触るのは大丈夫になってきたなー。

 あとは触られる方だが……まぁこっちはまだ時間かかりそうだ。

 

 だから腕組もうとすんな。もうちょい離れろサウレ。

 あとアルは後ろから狙ってんじゃねぇよ。見境なしかお前。

 

「とりあえず、飯はどうすっかね。水場はありそうか?」

「……近くには無い」

「へいよ。なら携帯食だな。あぁエールが飲みたいなー」

「私はお肉が食べたいです!」

「……ライがいれば何でもいい」

「んじゃ町に着いたら酒場行くかぁ」

 

 でもとりあえず、今日の寝床の確保だな。

 さっさと用意しちまうか。

 

 

 

 夕飯の後、焚き火に薪を放り投げながら鍋でお湯を沸かしていると、周囲を警戒していたサウレが戻ってきた。

 尚、アルは既に爆睡中だ。よくあんなに早く眠れるなあいつ。

 

「お疲れさん。紅茶飲むか?」

「……飲む」

「はいよー。あぁ、ところでサウレ」

「……なぁに?」

「お前さ、何で行き倒れてんだ?」

 

 ずっと不思議に思ってはいたんだよな。

 こいつくらい強くて有能な奴が何で砂漠で行き倒れてたんだろうって。

 熟練冒険者なら普通は有り得ないし。

 

「……護衛依頼を受けたら騙された」

「は? え、なんだそれ?」

「……旅の途中に私に拘束魔法を使って、荷物を全て持っていかれた」

「うわ、マジか。ひでぇ話だなそれ」

 

 護衛の依頼ってのがそもそも嘘だったって事か。

 どこに行っても悪人っているもんだな、おい。

 あぁ、胸の中にフツフツと何かが混み上がってくる。

 

「あー。ちなみに、どんな奴だ?」

「……自称商人のベルベッド。茶色い髪の美女」

「ほぉ。そりゃ会ってみたいもんだなー」

「……ライは、会ってどうするの?」

「顔面に目潰し玉ぶち当てる。そんで衛兵に突き出すかな」

 

 唐辛子とコショウをふんだんに使った特製品だ。

 直撃したら丸一日は地獄を味わうことだろう。

 

「……なんで?」

「なんでってお前、ムカつくからだよ」

 

 サウレの敵は俺の敵とまでは言わねぇけど……うん。

 だってもう、こいつら身内みたいなもんだし。

 

「あーあ。そいつ、王都にいねぇかなー。冒険者ギルドで情報集めるのもありかもしんねぇな」

「……ライは、優しい」

「優しくねぇよ。自分勝手なだけだ」

 

 俺がムカつくからやるだけだしなー。

 そもそも優しい奴は人の顔面に物ぶつけたりしねぇよ。

 

 てかほら、分かったら離れろ。徐々に近付いて来んな。

 

「おい、サウレ、それ以上はダメだ」

「……惜しい。もう少しだった」

「くっそ。日に日に距離が縮まってんのがこえぇわ」

 

 何気にギリギリライン攻めてくるからなーこいつ。

 アルとサウレ限定なら同じテントで寝れるくらいには慣れてきたし。

 

「……次は仕留める」

「やめれ。俺の精神衛生上よろしくないから」

 

 好かれてるっぽいのは嬉しいんだがなぁ。

 気がついたら組み伏せられてそうで怖いんだよな、こいつ。

 

 うーん。まぁ、何だろうなー。

 少しずつ距離が縮まってはいるんだろうか。

 



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17話「さっさと飯を食いたいとこだな」

 

 のんびりと旅を続けること数日。

 ようやく次の目的地である港町エッガーに着いた。

 

 ぐるりとレンガの壁に覆われた町、その中で唯一のデカい入口には二人の門番が立っている。

 いやぁ、並んでる人多いわー。

 砂の都エッセルと同じくらい人がいるんじゃないかね。

 何せ南の大陸唯一の港だしなぁ。

 

 港町らしく、デカい建物と潮の香りが特徴的な町だ。

 やはり背の高い細い木が大通り沿いに等間隔に植えられていて、その下に露店がずらりと並んでいるのが遠目に見える。

 その手前。町に入るための行列は多種多様な人種が並んでいて、それを見ているだけでも面白い。

 

 ここから船に乗って北にある港町アスーラに行って、そこから更に北に行けば王都ユークリアだ。

 エッセルから考えたら大体半分の地点くらいじゃねぇかなー。

 なんにせよ、無事に到着出来て良かったわ。

 

 道中、アルが暴走して敵に突っ込んだり、サウレが暴走して俺に突っ込んだり、まぁいろいろあったけど……うん。結果良ければ全て良しって言うしな。

 細かいことは気にしない方向で行こう。

 受け流すのって大事なスキルだと思う。

 

「そういや二人とも船は乗ったことあんのか?」

「私は初めてですね!」

「……私は元々王都に居たから」

「お。んじゃ、アル用に船酔いの薬はあった方が良いかもなー」

 

 アルはそういうの強そうだけど……こればっかりは乗らなきゃ分からんからなー。

 いざ乗ってみて船酔いになったらキツいだろうし。

 ……いや、周りの安全面を考えるとアルは船酔いしてた方が良いのかもしれないけど。

 

「ライさん、すぐに船に乗るんですか?」

「あー。乗りたいんだけど……この時期だとすぐには難しいかもなー」

 

 確かこの時期はクラーケンが出るんじゃなかったかなー。

 となると上級の魔物避けが付与された船じゃないと厳しいだろうし、当然船賃も高くなる。

 護衛の依頼でもありゃ別だが、そっちはそこそこ名の売れた冒険者や専属のパーティーが優先して受けてしまうし、そう上手いことはいかないだろう。

 まぁ何にせよ、冒険者ギルドに行かなきゃ話にならねーか。

 

「うし。んじゃまず、飯食いに行くか。そんでギルドで討伐部位渡してから依頼見るぞー」

「私はお肉が食べたいです!」

「あいよ。分かったから落ち着け。その物騒な物仕舞わねぇと町に入れてもらえんからなー」

「その時は強行突破します!」

「するな。いいから大人しくしてろ……サウレ、こいつ見といてくれな」

「……任せて」

 

 両手剣に手をかけるアルを抑え、一先ず町門に足を向ける。

 門の前には旅人の行列。その一番後ろに並び、順番が来るのを待つことにした。

 あぁ、てかそろそろ玉の材料仕入れたいな。

 香辛料はここでも買えるだろうけど……火薬とか粘着玉の材料はどうかね。

 買えりゃいいが、無かったらしばらく節約だな。

 どうせ海の上じゃ大した効果もねぇけど。

 

 つーかよく考えたら、護衛の仕事とかサウレがいりゃ楽勝じゃねぇか?

 なんせ、海だし。雷の魔法と相性最高だからな。

 

 対してアルはと言うと、両手剣でぶった斬るしか攻撃手段ない以上、海の上だと俺と揃って役立たずでしかない。

 俺たちに出来るのはせいぜい海の上から石を投げつける程度だ。下手したら子どもより戦力が低いかもしれん。

 

「あーっと。サウレ、船旅中に何かあったら頼むな」

「……大丈夫。ライは私が守る」

「ついでにアルの事も頼むなー」

「……うん。アルは仲間だから」

 

 お、笑ってやがる。珍しいな。

 こいつも見た目はいいんだからもうちょい愛想良くすりゃいいのになー。

 いやまぁ、最近は笑顔も増えてきたけどな。良い傾向ではある。

 ちょっと前まではほとんど無表情だったし。

 最近だと十日に一回くらいは笑うし、見てて和むからなぁ。

 

 アルに関してはまぁ、最初から一貫して明るいのは良いんだが……うん。

 こいつはもう少し良識を持って欲しい。少なくとも話が通じる相手にいきなり斬り掛かるのはやめろ、マジで。

 サウレが止めなかったら大惨事だったからな、あれ。

 

「……おっと、そろそろ順番か。ほれ、冒険者タグ用意しとけよー」

「大丈夫です! ほら!」

「おい……お前、賞罰欄に『人類の脅威(弱)』って出てんだが」

「ねー。不思議ですよねー」

「不思議なのはお前の頭の中だよ……これ、通してもらえっかなー」

 

 このくらいならたぶん大丈夫だと思うんだが……最悪、夜に忍び込むしかねぇか。

 てかこいつ人類の脅威扱いなのか。納得いくけど。

 早いとこ矯正しねぇとな。

 

 さてさて。サウレも俺も問題はねぇし、上手くいくことを祈りますかねー。

 

 

「次のやつら、通れ!」

 

 しばらく待っていると、犬の亜人のおっさんに呼ばれた。

 基本的に人間と変わらないけど、頭のてっぺんに犬の耳。

 尻にはふさふさの尻尾が生えていて、顔が怖い分どことなくシュールだ。

 さてさて。行くとしますかね。

 

「はいよ。お疲れさんです」

「……ん? お前、どこかで会ったか?」

「え? いや、初対面だと思いますよ?」

 

 ……あー。たぶん、どっかで『龍の牙』見たことあんだろうなーこれ。

 さすがに俺単体だと分からないみたいだけど。

 地味だからなぁ、俺。昔と装備も違うし。

 

「そうか……あぁ、通っていいぞ」

「ありがとさんです。行くぞお前らー」

 

 俺に意識が向いたおかげでアルの冒険者タグは見られずに済んだようだ。

 よし。最難関突破。依頼受ける時は俺のタグかサウレのタグ見せれば良いし、大丈夫だろ。

 

 

 町の中に入ると、より一層騒がしくなった。

 大きな通りなのに、そこら中で人が行き来していて忙しない。

 それに色んな人種がいる。

 獣の特徴を持つ亜人やエルフ、ドワーフなんかも居る。

 あっちの青肌は魔族だし、ちっこくて羽が生えてんのはフェアリーだ。

 世界中の種族が入り交じってるのに違和感が無いのが港町ならではだな。

 

 さて、飯屋だが……お。大通りにオウカ食堂あんじゃん。

 今日はあそこで弁当買うか。

 

 この弁当屋、世界中に店舗があって、そのほとんどの店員が元孤児だったりする。

 中々に珍しい店で少し値段が高めではあるけど、その分味は美味い。

 そして店員が頑張っている姿を見ると、なんだか微笑ましくて心が和む。

 

 常に危険と共にある冒険者にとって、心の癒しはかなり重要だ。

 その為に生きて帰ろうと思えるからな。

 

「こんちはー。肉の弁当はあるか?」

「焼肉弁当と唐揚げ弁当ならありますよ。オークソテーは売り切れちゃいました」

「そりゃ残念だ。んじゃ唐揚げ一つと……お前らはどうする?」

「私は焼肉で!」

「……唐揚げ」

「だそうだ。頼むわ」

「はーい。少し待ってくださいねー。唐揚げ二つと焼肉一つ!」

 

 中に向かって注文を伝えるのを見ながら大銅貨を三枚渡す。

 宿や他の食堂ならそこそこの量を食える金額だが、折角だし美味いもん食いたいからなー。

 

「はい、お待たせです!」

「おう、あんがとさん」

 

 弁当を受け取り、そのままギルドに向かう。

 あそこなら座って食えるし、依頼も見れて一石二鳥だ。

 

 あーでも、さすがに腹へったなぁ。もう昼過ぎだし。

 さっさと飯を食いたいとこだな。

 



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18話「まぁ、悪い気はしないな」

 

 冒険者ギルドの奥にあるテーブルを借りて、三人で弁当を平らげた。

 久々のまともな飯って事もあったけど、それを差っ引いても美味かった。

 やっぱ唐揚げはオウカ食堂が一番だわ。

 

 アルもサウレも満足したようで、食後のお茶をのんびりと飲んでいる。

 その間に、依頼書をまとめて置いている受付の方に行ってみた。

 しかし、やはり護衛依頼なんてものは残って無いらしい。

 予想出来てた事だけど、少し残念だ。

 

「受付さん、解体所はどこですか?」

「はいはーい。ギルドの裏手なんでここで大丈夫ですよー」

「了解、ただ結構量あるんでここだと溢れますね」

「それじゃ裏に直接お願いしまーす」

「りょーかいです。アル、サウレ! ちょっと解体頼んで来るわ!」

 

 二人に声をかけて裏口から解体所に向かう。

 解体所と言っても大した設備がある訳ではなく、デカい作業台と倉庫、それに水場があるだけの大きな部屋だ。

 その中で、筋肉質な男たちが解体用のナイフやノコギリを持って忙しそうにしている。

 

「すんませーん。解体お願いできますかー?」

「あいよ! そこの台に獲物出してくれい!」

「あいあいさー!」

 

 マジックボックスに放り入れていた魔物をドサッと全部出してみた。

 うわぁ。改めて見るとすごい量だな。

 砂の都エッセルから数えたら何十匹ってレベルだもんなー。

 

「うお!? こりゃまた多いな!」

「エッセルからここに来るまでに遭遇した奴全部なんで」

「こりゃ明日までかかるな……ちょっと待ってな、番号札持ってくるからよ」

「頼みます」

 

 まぁそうだよな。今日中に終わるとは俺も思ってなかったし。

 むしろ明日には終わるって方が驚きだ。

 職人さん、マジですげぇ。

 血抜きも魔法で終わらせちまうし、その後の解体も身体強化で楽々やっちまうし。

 俺みたいな素人の三倍は早くバラしちまうもんなー。

 

「おう、これが番号札だ。そうだな、明日の夕方頃に来てくれ」

「じゃあお願いしときます」

「任せとけい!」

 

 これでしばらく分の金にはなるなー。

 サウレが仕留めた分は状態も良いし、高めに見積もれば船に乗れるかもしれん。

 そうなりゃ仕事もしなくていいから助かるんだけど……

 今はとりあえず、討伐部位を受付に持っていくか。

 デザートウルフばかりだけど今日の宿代払っても余裕でお釣りが来るだろうし。

 

 

 すぐにギルド内に入って受付に向かい、さっきの女性に声をかけた。

 

「常駐依頼の討伐部位持ってきてんだけど、受領お願いできます?」

「はいはーい。ドバっと出しちゃってくださーい」

「へいよーっと」

 

 差し出された籠に収納しておいた討伐部位証明部位をザラザラと入れていく。

 一つの籠じゃ収まりきれず、二つ目のギリギリでようやく出し終わった。

 

「うわー。これはまたいっぱい出ましたねー。数えるから待っててくださいねー」

「はいよ。んじゃまた後で来ますんで」

「はいはーい!」

 

 うっし。んじゃ宿取りに行きますか。

 アルとサウレは……あぁ居た。けど、何やってんだアレ。

 

 先程のテーブルの前で、アルが冒険者パーティーを睨みつけ、サウレがそれを抑えているように見える。

 なんだ? またアルが暴走したのか?

 

「おーい。お前ら、大人しく待つことも出来ねぇのか」

「ライさん! こいつらぶっ殺しましょう!」

「はぁ? え、どんな流れなんだこれ」

「こいつらライさんを馬鹿にしました! つまり皆殺しのチャンスです!」

「……向こうが声を掛けてきた。パーティーに加入しないかと。それでアルが断って詳しい話をしていた」

「あー。なるほど。そんで俺の話が出てきた訳か」

 

 まぁうん。見た目は二人とも美少女だしな。

 どこのパーティーでも欲しがるだろう。

 そんで詳細を聞いたら俺みたいな罠師(トラッパー)が一緒にいるって聞かされたら、そりゃ一言くらい言いたくもなるわな。

 

「いやでも、この人達はお前らを心配してくれたんだろ?」

「それはそうですけど……でも殺れる機会は逃したくないので!」

「うっせぇわ。この人達が正しいだろ……サウレもそう思うよな?」

「……私は二人分の殺意を抑えるのに忙しい」

「え、なに、お前も怒ってんの?」

 

 意外だ。いつも冷静な奴だと思ってたんだけど。

 余程ひでぇ事言われたのかね?

 

「えぇと……あんたら、何言ったんだ?」

「いや、戦闘嫌いの罠師(トラッパー)なんてパーティー居てもメリット無いだろって言っただけなんだが」

「うん。正論だな、それ」

 

 俺でも同じこと言うし、何ならいつも同じこと思ってるわ。

 アルはともかくサウレは一流パーティーにでも加入できるだろうし。

 俺と一緒に旅してんのがマジで不思議なくらいだ。

 

「おいおい。この人達が正しいと思うんだけど……何を怒ってんだ?」

「離してください! こいつらぶっ殺してやります!」

「……ライは私の恩人。馬鹿にすることは許されない。今にもアルを止める手を離してしまいそう」

「沸点低すぎねぇかお前ら!?」

 

 いやいやいや。何も間違ったこと言ってないよ、この人達。

 むしろなんでそのくらいでキレてんだお前ら。

 

「まぁ待て落ち着け。お前らを心配してくれてんだし。なぁそうだろ?」

「あ、あぁ……女の子二人だったしな。一応声をかけておこうかと……いや、いらん世話だったようだな」

「すまんな。あんたらは何も間違ってねぇよ。こいつらがちょっとアレなだけだ」

「問題無いならいいんだ。気をつけてな」

「ありがとな。そっちも気をつけてくれ」

 

 少し呆然としたまま、彼らはギルドから去っていった。

 うん。良い奴らで良かったわ。乱闘騒ぎにでもなったら面倒だし。

 

「ほら、そろそろ落ち着け。あいつらも善意で声掛けたっぽいし」

「これだと殺意の向け所がないじゃないですか!」

「……次あったらただじゃおかない」

「待て待て。俺が役立たずなのは正しいからな? 実際戦闘でも援護しかしてねぇし」

 

 あとアルは殺したいだけじゃねぇか、これ。

 

「そんなことはないです!」

「……ライは自己評価が低すぎる」

「そうかぁ? 妥当だと思うんだがなぁ」

 

 て言うかそもそも、戦うの嫌だし。怖ぇじゃん、マジで。

 

「あー……とにかく、宿取りに行くぞ。早くしないと埋まっちまう」

「ぐぬぬ……分かりました」

「……同じ部屋を所望する」

「個室空いてたら部屋はバラバラなー」

 

 何とか二人を(なだ)めながら、冒険者ギルドを後にした。

 うーん。過激すぎるとは思うんだけど……

 まぁ、悪い気はしないな。

 



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19話「今日は厄日か何かか?」

 

 残念な事に宿屋の個室は空いておらず、四人部屋を一つ借りる事になった。

 うーむ。船賃が貯まるまではこの部屋に住むことになるのか。

 広くもなく、狭くも泣く。元々大した荷物も持ってないし、寝るところがあればそれで良いんだが……コイツらと同室なのがなぁ。

 

「ライさん! 美味しいもの食べに行きましょう!」

 

 こっそり溜息をついていると、アルがそんな事を言い出した。

 

「はぁ? いや、飯食ったばかりだぞ?」

 

 あれからまだ一時間も経ってないんだが。

 

「腹が立ったらお腹すきました!」

「そうかよ……まぁ露店でも見て回るか。サウレはどうする?」

「……もちろん一緒に行く」

「あいよ。んじゃ、ぶらっと行きますかねー」

 

 という訳で、町を散策する事になった。

 

 

 さすが港町と言うべきか、煉瓦造りの大通りには物珍しい露天がたくさん並んでいた。

 遠い街の食い物や魔導都市製の品物、中には救国の英雄の似顔絵なんかもある。

 

 確か七年前だっけか。女神によって異世界から召喚された十人の英雄が魔王を倒し、世界に平和が訪れた。

 詳しいことは情報が入ってこなかったけど、戦争が終わって国が明るくなったのはよく覚えている。

 更には復活した魔王を倒したり、英雄の偽物が出回ったり。この救国の英雄達については流れの吟遊詩人達が面白おかしく唄ってるせいで色々耳に入ってくる訳だ。

 実際はなんかすごい人達なんだなー、くらいの認識だけど。

 

 でまぁ、世界的に有名な英雄の似顔絵や人形なんかはよく売れるらしく、大きな町なんかではよく見かける土産物だ。

 俺的にはよく分からんが、好きな人は好きなんだろうな、そういうの。

 

「ライさん! ワイバーンの串焼きがありますよ!」

「え、お前あのサイズ食うのか?」

「食べます! 二本ください!」

 

 串焼きの屋台に向かってアルが突撃して行った。

 マジかあいつ。あの串焼きかなりデカいんだが……飯の後にあれ食うってすげぇな。

 あのちっこい体のどこに入るんだか。

 

「はぁ。サウレはどうする?」

「……ライの似顔絵を描けないか聞いてくる」

「お、おう。まぁ、好きにしろ。俺はこの辺りに居るからさ」

「……分かった」

 

 俺の似顔絵をどうするつもりなんだろうか。

 あ、つーかそれ、俺行かなくて良かったんかね?

 けどもう行っちまったしなぁ……まーいっか。

 んでアルは……うわ、次の屋台行ってるし。マジでどんだけ食うんだよ。

 

 んー。まぁ、俺も適当に時間潰すかなー。

 それなりに面白いもんもあるし。

 ……お? 目の前の露店、革物屋か。一点物の品物の中に革製のナイフホルダーがある。

 腰に装着できる形だし、何より物が良い。買っていくのもいいかもな、これ。

 

「店主さん。こいつはいくらだ?」

「はいよ。銀貨一枚でどうだ?」

「お、安いな。貰っていくよ」

 

 お代を渡してさっそく腰に取り付ける。

 うん。やっぱり良い感じだな。後で手持ちの作業用ナイフを入れておくか。

 

 そう思った時、さっきの串焼き屋で何か揉めてるのが聞こえてきた。

 

 見ると、貴族風の白いドレスを着た、水色の髪の美女が困り顔をしていた。

 歳は俺より少し上くらいだろうか。胸がすげぇデカイ。

 ふわりと風に乗って届いた香水の香りはあの女性のものだろうか。

 

 てか凄く豪華な格好してんなあの人。貴族が買い物しに来るような場所じゃないと思うんだけど、ここ。

 

「ごめんなさい、手持ちがこれしかなくて」

「お客さん、困るよ。さすがに釣りがねぇわ」

「どうしましょう。もう食べてしまいましたし……」

 

 なんだ? 金が足りなかったのか?

 ……いや、違うな。手元のあれ、金貨だわ。

 屋台で金貨出すとか何考えてんだ、あの人。

 一般人が四年かけて稼ぐ額だぞあれ。

 

「困りました。どうしたらいいんでしょう……」

 

 頬に手を当てて小首を傾げる女性。

 なんかこう……天然なんだろうなーあれ。

 うーん。貴族とかあまり関わり合いになりたくはないんだけどなー。目立つし。

 でも周りの奴ら、明らかに見て見ぬふりしてっしなぁ。

 ……まぁ、仕方ないか。

 

「おっちゃん、俺がお代払うわ。いくらだ?」

「大銅貨一枚だが……いいのかい?」

「よくねぇよ。でも仕方ないだろ。はいよ」

「あんたお人好しだなぁ……そんじゃ少しまけといてやるよ。ほら、お釣りだ」

「お、ありがとさん」

 

 釣りを受け取り、財布に仕舞う。

 

「あの、ありがとうございます」

 

 隣に立って狼狽(うろた)えていた女性から礼を言われた。

 ぺこりのお辞儀をされた際、大きな胸の谷間が見えてつい視線が向かう。

 

「あー……別に大したことじゃないんで。それより次から気を付けてくださいね」

「何かお礼をしたいのですけれど」

 

 言いながら、胸の真ん中を両手で抑える。

 おぉ、ぐにゃって潰れた。なんか凄いな。

 

「んじゃまぁ、いつか誰かに優しくしてやってください」

「誰かに、ですか? 貴方にでは無く?」

「うちの家訓です。誰かが困っていたら、自分にできる範囲で手助けする。助けられたら他の人に手を貸す。そうやって世界は回ってるらしいです」

 

 まぁ、いつもの綺麗事だ。

 けどまぁ、今回は都合が良い。あんまし深く関わりたくないしな。

 そう思っていると。

 

「あら、その言葉。もしかして貴方は『龍の牙』のセイさんですか?」

 

 …………は? え、なんで俺の名を知ってるんだ?

 

「お初にお目にかかります。私は『雪姫騎士団』のジュレ・ブランシュと申します……あぁ、元、ですねぇ」

 

 ……おいおい。『雪姫騎士団』って超一流冒険者パーティーじゃねぇか。

 それに、ジュレって名前。思い出した、こいつ、アレだ。

 

「あんた、『氷の歌姫(アブソリュート)』か!?」

 

 白いドレスに水色の髪。その美しい外見とは裏腹に単独でドラゴンを撃破した偉業を持つ、冒険者界隈でも最強と名高い女性。

 救国の英雄程ではないにせよ、もはや生きた伝説だ。

 ……そんな奴が、何でこんなとこに居るんだよ。

 

「おい……今、ジュレって聞こえなかったか?」

「それに、『龍の牙』って言ってたような……」

 

 あ。やっべ、周りに気付かれる。

 

「あぁくそ、ジュレさん、ちょっと場所変えようか」

「え? あ、はい。どちらへ?」

「とりあえずギルド……はダメだな。くそ、とりあえず宿に行こう」

「あら。分かりました」

 

 周囲に騒がれる前に、ジュレさんの手を引いて全力で逃げ出した。

 いやもうマジで、何なんだよ。ギルドでも問題起こされたし。

 

 今日は厄日か何かか?

 



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20話「なんだこのカオスな状況」

 

 超一流冒険者パーティー『雪姫騎士団』

 女性だけで構成されたそのパーティーは、いくつもの大きな偉業を成し遂げた。

 ドラゴンの巣の殲滅、海の流通の発展、野外用魔導具の小型化などなど。

 あらゆる方面で活躍している、正に生きる伝説だ。

 

 その中の一人。氷魔法と回復魔法を操り、空を舞うドラゴンを単独で討伐したと言われている人物。

 

 ジュレ・ブランシュ。英雄より送られた二つ名は『氷の歌姫(アブソリュート)

 英雄を除けば世界最強の一人である。

 

 ……はずなんだが。

 

「あら。このお茶美味しいですねー」

 

 安宿の一室で呑気にお茶を飲んでるこの人は、本当に同一人物なんだろうか。

 服装変えたら近所の優しいお姉さんにしか見えねぇんだけど。

 

「えぇと。ジュレ・ブランシュさんだよな?」

「はい。ジュレ・ブランシュです」

「『絶氷の歌姫(アブソリュート)』の?」

「そうですねー」

「……あんなとこで何してたんだ?」

 

 て言うかなんでこんな所に居るんだ。

 超一流冒険者パーティーなら船なんて乗らずに飛龍便使えるだろ。

 

「それがですねぇ。『雪姫騎士団』が解散してしまいまして」

「……はぁ? え、マジで?」

「マジです。結婚とか引退とか転職とか、色んな理由で仲間が冒険者を辞めてしまったんですよねぇ」

「あー……なるほど?」

 

 まぁ、そんなこともあるか。安定した職業でもねぇし、危険もあるしな。

 有名どころとは言え、誰にも止める権利なんてない訳だし。

 

「それで、取り残された私はどうしたらいい良いか分からなくて……」

「え? 普通に冒険者やれば良いんじゃないか?」

 

 一人でドラゴン倒せるなら何も問題ないように思うけど。

 

「恥ずかしながら……戦闘以外、何も出来ないんですよ、私」

「……なるほど」

 

 まぁ、屋台で金貨出すくらいだしなぁ。

 家名があるって事は元々貴族なんだろうし、庶民的な事が分からなくても仕方無いかもしれない。

 

「ん? じゃあ実家に戻ればいいんじゃないか?」

「冒険者になる時に勘当されましてるんですよねぇ。家名を名乗るのだけは許されているんですけど」

「……うーん。まぁ、何となく把握した」

 

 つまりアレか。常識も行く宛てもない訳だ。

 それでこんな港町に滞在していたと。

 

「冒険者ギルドでも誰も誘ってくれなくて、困ってたんです」

「……まぁ、その格好だからなぁ」

 

 胸元が大きく開いた白い貴族風のドレス姿。

 それに、この整った顔立ちと優雅な立ち振る舞い。

 知らない人から見たら貴族の令嬢にしか見えんわな。

 俺も名前を聞くまで『絶氷の歌姫(アブソリュート)』だなんて思わなかったし。

 

「でもそれ、冒険者ギルドで名乗ってパーティー募集かければ済む話じゃね?」

「あぁなるほど。その手がありましたねぇ」

「んじゃそうしたら良い。で、だ。何で俺を知ってるんだ?」

「あら、有名人ですもの。それに、あなたのお母様とも面識がありますし」

「……なるほど」

 

 血の繋がりは無いが、教会で俺を育ててくれた人。

 俺の尊敬している人でもあり、俺たちの母親。

 ナリア・サカード。通称、シスター・ナリア。

 昔は冒険者をやってたって聞いてたけど。

 

「え、てかまさか、シスター・ナリアって……」

「はい。私の仲間でしたね」

「うっそだろ、おい」

 

 二つ名持ちってのは知ってたけど、そんなに凄い人だったのか、あの人。

 道理で強い訳だわ。

 ……今度実家に帰ったら問い詰めよう。他にも色々隠してそうだし。

 

「先程の屋台での言葉。ナリアさんにそっくりでしたから」

「あー……まぁ、受け売りなもんでね」

「私は素敵だと思います。ナリアさんも、あなたも」

「……そりゃどうも」

 

 何だか気恥ずかしくて、額を掻いた。

 こうもストレートに言われると何て返していいか分かんねぇな。

 

「さて、それより。お礼の件ですが」

「礼ならさっきの言葉(ありがとう)で十分だぞ?」

「いえ、宿に連れ込んだと言うことは……そういう事ですよね?」

 

 ゆっくりと優雅に立ち上がり。

 自分の服に手を掛けた。

 

「は!? え、何してんだあんた!?」

「大丈夫です。初めてですが、痛みには強いので」

「待て待て待て! 脱ごうとすんな!」

「覚悟は出来ています。遠慮しないでください」

「違うから! いいから話を聞け!」

 

 咄嗟に目をつぶって両手を前に突き出す。

 何考えてんだこの人!?

 

「そういうのマジでいらないから!」

「あらぁ。でも私、スタイルには自信があるんですよ。ほら」

 

 むにゅっと。手が柔らくて暖かい何かに埋もれた。

 何かと言うか、ジュレさんの胸の谷間に。

 手首まですっぽりと埋まっている。

 

「うぎゃあ!? なにしてんだアンタ!?」

「あら? 思ってた反応と違いますね。普通はこう……喜ぶものでは?」

「嬉しくねぇよ! いいから手ぇ離せ!」

 

 ちくしょう、ピクリとも動かねぇ!

 どんだけ力強ぇんだこの人!

 

「残念です。この身を捧げるのに相応しい方だと思ったのですが」

「や、め、ろ! は、な、せ!」

「こうも嫌がられると……なんだかイケない気持ちになってきますね」

「お前も変態かよ!?」

 

 アル(サイコパス)とかサウレ(狂信者)とか、なんで俺の周りには変な奴しか寄って来ねぇんだ!

 

「うふふ。ほら、こっちにいらっしゃって」

「いーやーだー! だれかー!」

「あぁ、ゾクゾクしてきました……」

 

 かつてない程俺の貞操がピンチなんだが!?

 怖ぇわ! やめれ、まじで!

 

「おかされるー!? アル! サウレ! 助けてくれー!?」

 

 全力で抵抗しながらも引きずり込まれつつあった時。

 ずどんっ、と。部屋のドアが吹き飛んだ。

 

「ライさん! 私の出番ですか!?」

「……ライ、大丈夫?」

 

 マジで来てくれた!? てかドア吹っ飛んだけど大丈夫かアレ!?

 

「あぁもう何でもいいから助け……あれ?」

 

 いつの間にか手が離されていた。

 当の本人はと言うと、何事も無かったかのように着衣を整えて優雅に座ってお茶を飲んでいる。

 

「あら、初めまして。セイさんのお仲間ですか?」

「ライさん! この人をカチ割ったらいいんですね!?」

「いやごめんやっぱ待てお前! 嬉々として襲いかかろうとするな!」

「え、だって絶好の機会ですよね?」

「お前は居てくれるだけでいいから!」

 

 助かったのは事実だけど、やっぱこいつやべぇわ。

 一秒の迷いもなくジュレさん襲おうとしやがった。

 つぅかサウレも止めて……うん? 何か固まってんな。

 

「サウレ? どうした?」

「……セイ?」

「あぁ、言ってなかったっけ。ライは偽名で、本名はセイだ」

「……あなたはセイ? 『龍の牙』の?」

「元だけどなー。今はただの冒険者のライだよ」

「……そう。あなたが、セイ。やっぱり私たちは、運命で結ばれていた」

 

 可憐に微笑むサウレ。そして次の瞬間、目にも止まらぬ早さで抱き着かれていた。

 

「え、ちょ……どうした?」

「……セイをずっと探していた。私の命の恩人だから。それがライだった。これは、運命」

「いやすまん、全く意味が分かんねぇわ」

 

 椅子に腰掛けて優雅にお茶を飲むジュレさん。

 目をランランと輝かせているアル。

 俺にしがみついて離れようとしないサウレ。

 そして吹き飛ばされたドアの破片。

 

 なんだこのカオスな状況。

 



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21話「マジでマトモな奴がいねぇんだが」

 

 えぇと。改めて確認しようか。

 椅子に優雅に腰掛けて紅茶を飲んでいるジュレさん。

 入口で殺気をばらまいているアル。

 俺にしがみついて離れようとしないサウレ。

 吹っ飛ばされてひしゃげたドアの破片。

 

 そして逃げ場もなく、そもそも動けやしない俺。

 うん。どうしてこうなった。

 

「あーっと。とりあえずサウレ、少し離れようか」

「……やだ」

「いやマジで恐怖が膝に来てるから離れてほしいんだが」

 

 カタカタ言ってるからな?

 て言うか鳥肌すげぇからな?

 

「……ちっ」

「なぁおい、今舌打ちしたか?」

「……気のせい」

 

 ぱっと呆気なく離れるサウレ。気になるけど、とりあえず置いておくとして。。

 

「そんで、命の恩人ってのは何だ? 全く身に覚えがないんだけど」

「……三年前。私はアスーラに居た」

「は? 港町アスーラか?」

「……そう。その日、私はアスーラのダンジョンを探索していた」

 

 アスーラのダンジョン……?

 あぁ、何か昔行ったな。洞窟みたいな所だ。

 ゴブリンがウジャウジャ居たのと、最深部にデカい斧を持ったミノタウロスが居たのを覚えている。

 あの時も地味に死にかけたなー。

 

「……足を怪我して動けない私を、あなたが助けてくれた」

「は? いや、覚えがないんだけど」

 

 あの時サウレを助けた覚えなんて……いや、待てよ?

 あ、分かった。そういやボロ布着てたチビを救助した覚えがあるわ。

 たしかに足怪我してたから背負ってアスーラまで運んだけど。

 

「いや待て、あの時のチビは五歳くらいだったぞ?」

「……私の種族(サキュバス)は一定の大きさになるまで成長が早い。その後はゆっくり成長していく」

「そうなの? え、じゃあお前、あの時のチビなのか?」

「……そう。子作りできるようになった。つまり据え膳」

「そんな趣味はねぇよ!?」

 

 少し大きくはなってるけどお前まだ小せぇだろ!?

 俺を社会的に殺す気か!?

 

「……私はあの時のお礼をしたい。セイ……私を貰ってほしい」

「あーうん、よく分かった。けど、そういうのはやめれ。礼の言葉で十分だ」

「……言葉じゃ足りない。私の全てをセイに捧げる」

「あーもーお前はお前でめんどくせぇな!」

 

 いいからその(狂信的な)目で俺を見るな!

 そして抱きつくな! ルミィとは違った意味で怖ぇわお前!

 

「あの……そろそろよろしいですか?」

 

 額を抑えてひっぺがそうとしてるところでジュレさんに声をかけられた。

 

「え? あ、すまん。なんだ?」

「とりあえず、この方たちを紹介してほしいのですけれど」

「あぁ、この小さいのがサウレ(狂信者)、そっちのやべぇ奴がアル(サイコパス)。旅の仲間ってところだ」

「初めまして。殺していいですか?」

「良くねぇよ。お前はマジで黙ってろ」

「……セイの敵は容赦しない」

「お前も黙ってろ。てかいい加減離れろ!」

 

 ほんとブレねぇなこいつら。

 もう少し穏やかに話せないもんかね。

 

「あら? アルさん……もしかして、アルテミス・オリオーンさんでは?」

「はい、そうですけど……私の事知ってるんですか?」

「前にダンスパーティーの時にお屋敷でお見かけしましたね」

「あぁ、そう言えば見覚えがあります!」

 

 ……おい。今、オリオーンとか聞こえたんだが

 それって確か、ユークリア王国の中でもかなり有力な貴族じゃなかったか?

 たしか戦争で数々の武勇を成して一代で貴族になったところだっけか。

 

「なぁアル、没落しそうだから家出したって聞いてたんだけど……オリオーンが没落する訳なくね?」

「それについてはですね! うちは子どもが私だけなんで、婚約者が逃げた時点で血筋が途絶えるのが確定しました!」

「あぁ……うん、確かにそうだな」

 

 一度婚約破棄された令嬢のところに婿入りしたがる奴なんてそう居ないからなぁ。

 そりゃ相手をぶち殺したくもなるわ。

 

「アルテミスさん、家名を捨てられたのですか?」

「はい! 今はただの冒険者(復讐鬼)です!」

 

 おい、なんかいま物騒な単語が聞こえた気がしたんだが。

 

「まぁ。それでしたら私もご一緒して構いませんか? 是非お手伝いしたいです」

「おい待て変態。これ以上うちのパーティーの変人度を上げるな」

「変態だなんて……私は人が焦ったり苦しんだりするのを見ていたら興奮してしまうだけですよ?」

「うっわ、そっちの変態だったか……」

 

 ただの痴女かと思ったわ。

 いや、何にせよタチ悪ぃけど。

 

「ちなみに、苛められるのも好きですね」

 

 両方いけるのかよ。無敵かアンタ。

 

「ちなみにセイさんはどちらがお好みですか?」

「答える気は無いし、パーティーに加える気も無いからなー」

「あら……私いま、焦らされてます?」

「違ぇよ変態。いいから早くギルド行けって。そっちでパーティー探しゃいいだろ」

「だってここ以上のパーティーなんて、そうそう無いと思いますし」

 

 は? どういう意味だ?

 

「だって数々の武勇を成して貴族となったオリオーン家のアルテミスさんに『龍の牙』のセイさん、そちらのサウレさんも熟練の冒険者ですよね?」

 

 ……あー、なるほど。外から見たらそうなるのか。

 確かに実情を知らなかったらそうなるわな。

 

「それに、私もそこそこ強いですよ? 戦闘ならサポートから殲滅まで何でもお任せください」

「……まぁそこに疑いは無いけど、そっちに何かメリットあんのか?」

「えぇまぁ。私、自分で言うのもなんですが……常識を知らないので。私一人ではまともに生活出来ません」

「あぁ、なるほどなー」

 

 屋台で金貨出すくらいだからな、この人。

 元々が貴族だってんなら分からんでもないけど。

 

「うーん……でもなぁ……」

 

 真面目な話、これ以上パーティーに女を増やしたくないんだが。

 慣れてきたとは言え、アルとサウレだけでもそこそこ怖いからなー。

 

「それに私、お金だけはたくさんあるので魔石も買い放題ですよ?」

 

 にこりと微笑みながら、ジュレさんは呟くようにそう言った。

 

 ……ほほう。またいきなり踏み込んだ話をしてきたな。

 こいつ、俺が作る特性玉が貴重な上級魔石を使うって知ってるのか?

『龍の牙』の奴ら以外、誰も知らないはずなんだが。

 

「なんでいま、魔石の話を?」

「あら。だってセイさんには魔石が必要でしょう? 『龍の牙』を抜けたのなら資金繰りも苦しいのでは?」

「……おーけぃ認めよう。確かに魔石は必要だ。けど、なんで知ってんだ?」

「『雪姫騎士団』の諜報能力はとても高いという事ですね。噂を広めることも得意らしいですよ?」

「なぁるほど? そいつはまた、厄介な話だな」

 

 俺は戦いたくない。どっかの田舎でのんびり暮らしていたい。出来れば冒険者なんか辞めて農家にでもなりたいくらいだ。

 だが、()()()()()()()()()

 サポートしか出来ないとは言え、下手な噂を流されたらまた前線に放り込まれる。

 つーか下手したら『竜の牙』の皆に居場所がバレる。

 

 つまりは、なんだ。遠回しの脅迫だな、これ。

 ただの常識外れのお嬢様かと思いきや、中々どうして交渉ってもんを分かってやがる。

 さすがは一流冒険者ってところかね?

 

「あーもー……なぁんでこう、変なやつばっかり集まるかなー」

「両手に花束ですね。選びたい放題じゃないですか」

「選択肢がサイコパスに狂信者に変態だけどな。まともな奴がいやしねぇ」

「ふふ。そのうち慣れますよ、リーダー?」

「仕方ないな……とりあえず王都までよろしくな、ジュレ」

「末永くよろしくお願い致します」

 

 苦笑いを浮かべ、嫌々ながら握手を交わす。

 

 けどまぁ、こういう奴は嫌いじゃない。

 それに多分。こいつ、俺に言い訳を作らせるために魔石の話を持ち出しやがったし。

 

 ドラゴンを一人で倒せるほどに戦闘力が高い奴だ。俺を暴力で脅すことも出来ただろう。

 それをしなかったって事は、こちらと話し合いをしたいと思ったって事だ。

 そこにあるのは、信頼を得たいという心。

 しかし、自分の要求を飲ませる為に切れる手札は躊躇(ためら)いなく使ってくる図太さを持ち合わせている。

 

 芯が強い。それに、清いだけでもない。敵になれば厄介だが、味方なら頼もしいタイプだ。

 これならまぁ、アルやサウレに足りない部分を補ってもらえそうだし。

 

 そんでぶっちゃけ、俺が戦闘しなくて済む。

 そこ点はマジでありがたい。

 その為なら多少の変態くらいは受け入れよう。

 

「それでは親睦を深める為に、みんなでちょっと大人の遊びをしましょうか。丁度良いことにベッドもありますし」

 

 前言撤回。ダメだこいつ、やっぱりただの変態だわ。

 

「……だめ。最初は私。ジュレは後で」

「あら、構いませんよ。お手伝いします」

「楽しいお祭り(殺戮)ですかっ!?」

「もうさ、お前ら、ちょっと自制しろって。マジで」

 

 こうして、おかしな仲間がまた一人増えたのだった。

 

 マジでマトモな奴がいねぇんだが。

 



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22話「楽しい船旅になるといいなー」

 

 目の前に広がる光景は、中々酷かった。

 

 俺の罠に足止めされて、そこを横薙ぎに振られた両手剣でぶった切られるオーク。

 雷の魔法で牽制されつつ、短剣で的確に急所を切り裂かれるオーク。

 そして、遠距離から氷の魔法で一方的に殲滅されるオーク。

 

 おかしいな。オークの群れってそこそこ脅威的なはずなんだけど。

 少なくとも、他の討伐依頼のついでに狩られるようなものではない。

 あ、また一匹減った。サウレの奴、絶好調だな。

 なんとなく、ジュレと張り合ってる気がするのが少し微笑ましい。

 やってる事は物騒だけど。

 

「アルさん! 今日は一度しか転けませんでしたよ!」

「……たくさん頑張った」

「こんな所でしょうか。お二人が前衛をしてくれるおかげで楽でしたね」

 

 元気に笑いながら駆けてくるアル。

 無表情ながらも褒めてほしそうにそわそわしてるサウレ。

 ニコニコと穏やかな笑みを浮かべるジュレ。

 

 見た目だけなら何とも豪華な顔ぶれである。

 みんな外見はかなり良いからなぁ。

 ……あとは中身がまともならなー。非常に残念な気分だ。

 

「あいよ、お疲れさん。アルもサウレも頑張ったな。えらいぞー」

 

 突き出された二人の頭をぐりぐり無でてやると、何とも嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 最近はこっちから触る分は抵抗があまり無いので、ことある事になでなでを要求されている。

 うーん。こうして大人しくしてりゃ可愛いんだけどなぁ。

 

「あら、私は褒めて貰えないんですか?」

「え、褒められたいのか?」

「私だけ褒めないのは不平等だと思います」

「えぇと……ジュレも頑張ったな。助かるわー」

「はい。あと、お好きな場所を撫でてください。胸とか。乱暴に」

「うるせぇわ。ほれ、頭出せ」

 

 こっちもぐりぐりと頭を撫でてやる。

 ちょっと頬を染めてるのが艶かしい。

 なんつーか……マジで見た目は美女なんだけどなぁ。

 これで中身がまともならまだマシなんだけどなー。

 

「とりあえず討伐部位切り取ってアイテムボックスに突っ込むか。みんな休んでてくれ」

「……手伝う。私はやればできる子」

「私も手伝います! 自分の成果をみたいので!」

「では私も。慣れていますから大丈夫ですよ」

「んじゃさっさと片付けるかー」

 

 オークの討伐部位は豚のような特徴的な鼻だ。

 ついでに食肉としても有用なので、町の近くで狩った場合は持って帰って解体してもらうのが一般的である。

 これで今日も美味い飯が食えそうだ。

 

「つーかコボルトの討伐依頼だけのつもりだったんだけどなー。お前ら戦闘力高すぎんだろ」

「……ライの護衛は私に任せて。敵の排除からお風呂の背中流しまでなんでもやる」

「そこまでせんでいい。けどまぁ、おかげで楽だわ」

 

 俺は罠ばらまいて、後はアルのサポートしてりゃいいし。

 余程の大物が出ない限りほとんど何もしなくて良いのは嬉しい限りだ。

 

「セイさん……ではなく、ライさんは戦うのが苦手なのですか?」

「え、うん。怖いし痛いの嫌だし」

「はぁ。それって冒険者としてどうなんでしょうか」

「自覚はあるが反省も後悔もしていない」

 

 そもそも戦いたくないから『龍の牙』抜けてきた訳だしな。

 

 

 ジュレがパーティーに加入して早三日。

 定期便が出るまでの間、俺たちはお互いの事を知るためもあって討伐依頼をこなしていた。

 

 既にサウレとジュレの連携は完璧と言って良いほどだ。

 俺は引き続き、両手剣を振り回すアルのサポート。

 後は戦闘後に飲み物渡したり簡易的な休憩所を作るくらいしかしていない。

 マジで楽だわ。魔石も使わなくて済んでるし。

 

「うし、そろそろ引き上げるか。こんだけ狩れば十分だろ」

「えー。もっとかち割りたいです」

「うっせぇわ。俺は早く帰って美味い飯を食いたいんだよ。それにそろそろ船の時間の再確認しないとなんねぇからなー」

「あぁ、そう言えばそろそろ定期便が出る頃ですね」

「そういう事だ。明日の朝に出発だから、みんな荷物まとめとけよー」

 

 出来れば個室が良かったんだけど、空いてなかったんだよなぁ。

 まぁ四人部屋取れただけでも良しとしよう。

 知らん人と一緒に大部屋で雑魚寝するのは辛いものがあるし。

 およそ二週間の長旅だ。少しでも快適にしたいからな。

 

「そういやアルは船に乗るの初めてって言ってたよな」

「はい! ワクワクしますね!」

「一応酔い醒ましは買ってあるけど、辛かったら早めに言えよ?」

「その時は誰か襲って気を紛らわせます!」

「やめれ。周りの迷惑だ……サウレ、こいつの見張りは任せたからな」

「……うん。任された」

 

 最近はアルの行動パターンも分かってきたし、大丈夫だろうけどな。

 たぶん。絶対とは言いきれないけど。

 ……大丈夫だよな?

 

「船の上で問題起こしたら海に叩き落とされるからな。マジで頼むぞ」

 

 海の男たちって下手な冒険者より強ぇからな。

 伊達に魔物だらけの海で船員やっていない。弱い魔物の群れ程度なら余裕で撃退するからな、あの人たち。

 

「……向こうに着いたらご褒美がほしい」

「ん? そうだな、出来る事なら何でもしてやるよ。出来る事ならな」

「……言質は取った」

「おい、出来る事だけだからな?」

「……大丈夫。ライにしか出来ないことだから」

「その言い方だと不安しかねぇんだけど」

 

 こっちはこっちで危ねぇな。船の上だと逃げ場もねぇし、気をつけとこう。

 

 でもまぁ、最近は大人しくなってきたし、あまり警戒もしてないけどな。

 メンツ的には若干不安はあるけど……

 

 楽しい船旅になるといいなー。

 



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23話「過剰戦力にも程がないか?」

 

 魔導船の動力は魔石だ。

 帆を広げて風で進むことも出来るけど、主に魔石によって動かされるスクリューによって進む。

 その為、馬車なんかよりもだいぶ早い速度で船は海を進んでいく。

 

 それに、船頭からは魔物避けの灰が撒かれており、波に混ざってキラキラと輝いているのが見える。

 つまり速度と相まって、ほとんど魔物に襲われる心配がないのだ。

 一応念の為に護衛の冒険者達が乗ってはいるが、退屈そうにあくびを噛み殺しているのが見える。

 

 と言うことでまぁ、やる事がない訳で。

 いくらでもダラダラできる訳だ。

 いやぁ、最高だな、マジで。

 飯だけ自分たちで用意すりゃいいし、船旅自体は快適だし。

 あとはアル達が絡んでこなけりゃかなり理想的なんだけどなー。

 

「ライさーん。暇です。何か面白いことないですかー?」

 

 自室のベッドで横になっている俺にアルが話しかけてきた。

 なんだよもー。ほっといてくれよ。

 

「海でも見てこーい」

「さすがに飽きましたよ!」

「んじゃジュレに相手してもらえー」

「ジュレさんの周りはいつも人がいます」

「……あぁ、有名人だもんな、あいつ」

 

 元超一流冒険者パーティー『雪姫騎士団』所属、『絶氷の歌姫(アブソリュート)』のジュレ・ブランシュだもんなぁ。

 見た目も外面も良いから人が集まるんだろうなー。

 俺なら進んで近寄りたくないけど。

 

「てかお前、そんな事で尻込みするタイプじゃなくね?」

「隙だらけの人が居るとぶっ殺したくなるんで控えてます」

「おぉ、自制を覚えてきたか。えらいぞー」

「えへへ。私も日々進歩してるんです。より多くを殺すためには我慢も必要なので!」

「考え方の根本は狂ってるけど被害が無いならそれでいいわ」

 

 結果良ければ全て良し。とりあえず、撫でとくか。

 

「……ライ。私も撫でて」

「あーはいはい。サウレもご苦労さん」

 

 おそらく船に乗って一番働いているサウレを労ってやる。

 アルの監視に加えて周辺の警戒をしてくれてるし、船員と天気から考えられる進路についてのやり取りをしてるのも見かけたな。

 さすが熟練冒険者だ。頼りになる。

 感謝の気持ちを込めて撫でると気持ち良さそうに目を細める。

 うーん。やっぱり見た目は癒されるなー。

 たまーに俺を見る目付きが肉食獣みたいで怖いけど。

 

「ふむ……アル、暇ならちょっとチェスでもやるか?」

「え、チェスとか持ってきてるんですか?」

「あぁ、たまたま専門書貰ったから道具を買ったんだよ。一人でも楽しめるからな」

 

 指導書のようになっているこの本には、基本的な定石などに加え、決められた配置と手数でチェックメイトまでの道順を考える問題なんかがたくさん書かれている。

 まとまった休みが取れた時は寝るか、酒を飲むか、本を読むか、チェスをするか。

 たまーに買い物なんかも行くが、俺は基本的には宿でのんびりするタイプだ。

 

「うーん。でも私ルールもよく知らないからやめときます」

「そうかぁ。んじゃ適当に暇つぶし――」

 

「……ライ、敵襲。上空からワイバーンの群れが迫ってきてる」

 

「――する暇も無くなったなー。ちくしょう」

 

 空からじゃ魔物避けの灰も意味ないからなぁ。

 でも護衛の冒険者も乗ってるし、問題はないだろ。

 ワイバーンは見た目は龍に近いけど、小さな群れなら中級冒険者パーティーなら対処できる程度だし。

 魔法で遠距離から戦えばただの羽が生えたでかいトカゲだ。

 

「……上位個体がいる。群れの規模が大きい」

「うわ、マジか!?」

 

 普通の魔物が魔力を溜め込んで進化すると上位個体になる。

 基本的に群れを統率する力を持ってるので、上位個体がいる群れは規模が大きくなりやすい。

 ワイバーン自体はそこそこの強さだけど、上位個体がいるとなるとかなりヤバいな。

 くそ、ついてねぇ。加勢しに行くしか無いか。

 

「アル、ジュレを呼んでこい。俺とサウレは甲板に出るわ」

「わっかりましたぁ!」

「はぁ……なーんでこう、のんびりさせてくれないのかねぇ」

 

 ただ静かに平穏な日々を送りたいだけなんだけどなぁ。

 

 

 

 甲板に出ると、サウレの言う通りワイバーンの群れがこちらに向かって飛んできているのが見えた。

 ざっと二十匹はいるな、あれ。うわぁ、怖っ。

 この数だと王国騎士団が総出しないとならない規模だ。通常なら全滅を覚悟しなければ行けない程の脅威である。

 だがまぁ、今回に限っては大した驚異でもないけどなー。

 

「遅れました。確かに上位個体がいるようですね」

「おう、ジュレか。あれどうにかなるか?」

「そうですね。私とサウレさんなら対処できます」

 

 おぉ、頼もしい。さすがの貫禄だ。

 こんな状態でも堂々としてるし、超一流冒険者なだけある。

 

「だろうなぁ。まぁ、頼むわ」

「嫌です」

「……は?」

 

 え、この流れで断るのかこいつ。

 

「もっと切迫して頼み込んでください。哀れさを(かも)しだして。さぁ!」

 

 いやいや、こんな所で性癖全開にしてんじゃねぇよ。

 

「あー……アレか、泣きながら土下座でもしたらいいか? そのくらい平気でやるぞ、俺」

「それは面白くないですね……困りました」

「いいから早くやれ、この変態が」

「あぁっ! その冷たい眼差しも悪くないですね……!」

 

 自分の体を抱きしめて震えるジュレ(ド変態)

 あぁ、こいつに何か頼む時はこうしたらいいのか。

 かなり嫌だけど、楽っちゃ楽だな。

 

「ほれ、ご褒美がほしいなら必死になって戦ってこい。なんか考えとくから」

「はぁはぁ……承知しました、ご主人様!」

「サウレ、すまんがこの変態任せた。アルは俺が見ておくから」

「……私にもご褒美」

「あいよ。後で撫でてやる」

「……行ってくる」

 

 人としてダメな表情のジュレを連れて、サウレは甲板の端の方に立った。

 

 そのまま二人揃って空に手を向けて、詠唱する。

 世界を書き換える、力のある言葉。

 それぞれの口から紡がれていく、魔法。

 

「……魔術式起動。展開領域確保。対象指定。其は速き者、閃く者、神の力。我が身に宿れ、裁きの(いかずち)!」

 

「透き通り、儚き、汚れなき、麗しきかな氷結の精霊。願わくば、我にその加護を与えたまえ!」

 

 直後、雷と氷の弾が嵐の様にワイバーンに殺到した。

 抵抗のしようも無く撃墜されていき、次々と海に落ちていく。

 いやぁ、やっぱすげぇなこいつら。

 てかアレ、回収したいところだけど……ちょっと進路変えてもらうかな。

 

「二人ともお疲れさん。サウレ、念の為に周囲の警戒を任せていいか?」

「……その前に、ご褒美」

「はぁはぁ……私にもお願いします!」

「あぁ……うーん。どうすっかね」

 

 処理が早すぎて考える暇も無かったわ。

 

「……じゃあ夜伽(エッチな事)を」

「しねぇから」

「そういうプレイも悪くないですね。受けと攻め、どちらが良いでしょうか」

「いや、しねぇからな?」

 

 ヤバい、何か考えないと俺の貞操がピンチだ。

 かと言って撫でるくらいじゃ納得しそうにないしなぁ。

 

「あー……サウレ、ちょっとこっち来い」

「……なに?」

 

 無警戒に近付いてきたサウレを優しく抱きしめた。

 

「いつもありがとな」

 

 耳元で小さく呟く。ほんと、サウレには感謝しかない。

 こいつはスキンシップ取るのが好きだし、今回はこれで良いはず。

 あー。長袖来てて良かったわ。鳥肌がやべぇ。

 いや大分失礼な話なのは分かってっけど、本能的なものだから勘弁してほしい。

 

「……好き。抱いて」

「それは却下だ。ジュレはどうする?」

「えぇと……人前でそれは恥ずかしいですね」

「んじゃ後でなー」

「はぁはぁ……これはこれで焦らされている感じがたまりません!」

「今日は絶好調だなお前」

 

 てか、アルが大人しいのが気になるんだけど。

 すっげぇ不服そうな顔してるし。

 

「アル、どうした?」

「欲求不満です! 私も殺りたかったです!」

「あぁ……遠距離の攻撃手段も考えてみるか?」

「お願いします! せっかくのチャンスを逃したくないので!」

 

 ……こいつの場合、そのチャンスは魔物を殺せることなのか、俺に褒められることなのか判断しにくいな。

 せめて後者であってほしい。

 

「んじゃまぁ、ちょっと船長と話してくるわ。ワイバーン回収してぇし」

 

 三人に見送られ、とりあえず一番顔が怖い船員に話しかける事にした。

 しかしまぁ、割とマジで、うちのパーティーってさ。

 

 過剰戦力にも程がないか?

 



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24話「また変なやつと関わっちまったなぁ」

 

 船長に相談してワイバーンを軒並み回収した後、船は順調に航路を進んでいた。

 ワイバーンの上位個体も回収出来たし、港町で換金するのが楽しみだ。

 いまは念の為、護衛で雇われた冒険者達と俺は甲板で見張りをしているところである。

 

 しっかし、空も海も青くて爽快だ。

 陽の光も暖かくてついあくびをしてしまう。

 いやぁ、平和だなぁ。このまま港町アスーラまで何事もなく過ごしたいものだ。

 

「ねぇ、ライって言ったっけ。キミ達、凄いね」

 

 不意に、同じように見張りをしていた若い冒険者の少女から声をかけられた。

 日に焼けた肌に赤い髪、そして頭からぴょこんと伸びた耳が特徴的なウサギの亜人だ。

 力は無いが素早く、聴力がかなり高い事で知られている。

 あと、好色家が多い人種でもある。

 

「あぁ、あの二人は別格だからなぁ。俺はただの平凡なクズだよ」

「えっと……そうなの?」

「基本的に何もしてねぇしなー。パーティーの雑用係ってとこだ」

「へぇ。その割にはメンバーから好かれてるわね?」

「アイツらもちょっとおかしい所あるからなぁ……」

 

 いやまぁ、実際はちょっとどころかヤバいレベルでおかしいけど。

 そんなことを人様に言えるわけもねぇしなぁ。

 

「ふぅん。ライってなんだか不思議な人ね」

「え、俺が?」

「うん。なんだか人を惹きつけるって言うか……一緒に居て心が休まる気がする」

「はぁ。そんなもんかねぇ?」

 

 よく分からんが、まぁ悪く思われてないならいっか。

 それにしても、他のパーティーメンバーの奴らは何してんだ?

 まさかこの子一人に任せっきりって訳でも……あ、居たわ。

 マストの柱の陰からこちらを見ている。

 何してんだあいつら。

 

「ねぇ、もし良かったらさ。アスーラに着いたら一杯(おご)らせてくれない?」

「お、マジか。そりゃありがたいな。けど、なんで俺なんだ? 興味持つならサウレかジュレじゃね?」

 

 何せあの活躍ぶりだからな。船員達は興奮してサインもらってたし。

 二人とも見た目も良いし外面も悪くないからなぁ。

 サウレがちょっと戸惑い気味なのは面白かったけど。

 

「だってライがパーティーリーダーでしょ? あの二人が頼りにしてるってどんな人か気になるじゃない」

「あぁ、そっか。一応俺がリーダーになるのか」

「そゆこと。あのアルって子だけはなんか怖いけど、パーティーの雰囲気もかなり良いしさ」

「アルは警戒しといてくれ、マジで。あいつヤバいからなぁ……」

 

 最近は俺に殺気を向けることは減ってきたけど、それでも見境ないところはあるからな、あいつ。

 目を離せないのは最初から変わらねぇもん。

 サウレが見ててくれるから大分楽になったけど。

 

「あはは……仲間からの評価もそうなんだね。気を付けておく」

「おぅ。あー、このまま何事もなく過ごしたいもんだなー」

「そうだね……て言うかさ。ありがとね」

「は? 何だいきなり」

「いやほら、ボクらって護衛で雇われてるのに何も出来なかったからさー」

「いや、まぁ……あれは仕方なくねぇか?」

 

 普通あの距離から魔法ぶっぱなして殲滅とか不可能だし。

 改めて考えるとどんな魔力量してんだろうか。

 その上サウレは近接戦闘もできるし。

 

「二人とも一流冒険者だからな。おかげで俺は戦わなくて済んでるから助かってるわ」

「え、ライって戦えないの?」

「戦いたくねぇの。怖いし痛いの嫌だし。それが嫌で田舎町に引きこもろうと旅してんだよ」

「へぇ。変なの。まだ若いのにね」

「そうかね? まぁ、普通の冒険者から見たらそうなのかもなぁ」

 

 でもまぁ、人間には向き不向きがあるからなぁ。

 俺に冒険者は向いてないってだけだ。

 魔物と戦うのは怖いし。て言うか見るだけでもビビるし。

 さっきのワイバーンだって遠くに居たから大大丈夫だっただけで、もっと近くに来てたら逃げてたかもしんないしなー。

 

「でもまぁ、何かあったらボクが助けてあげるから。これでも前衛職(タンク)だし」

 

 ほう。タンクなのかこいつ。この小柄な体で敵の攻撃を一身に受けるタンクとは、中々珍しい奴だ。

 強化とか弱体化の魔法を使う補助職(サポーター)回復職(ヒーラー)かと思ってたわ。

 ウサギの亜人って基本的に力は強くないし、余程別格なのか、何か工夫でもしてるのか。

 

「そりゃ頼もしいな。んじゃ何かあったら頼むわ。何も無いのが一番だけど」 

「ふふ……任せて。あ、て言うか今更だけど、ボクはクレアって言うんだ。よろしくね」

「ああ、改めてよろしくな、クレア」

 

 楽しげに笑いかけてくる彼女に、思わず笑顔を返す。

 なんか親しみやすいな、こいつ。パーティーのムードメーカー的な存在なのかもなー。

 

「他のみんなも紹介したいけど……なんかみんなして隠れちゃってんだよね」

「あぁ、なんかあそこに固まってんな。何してんだか」

「うーん。ボクがライ狙ってるから気を利かせてくれたのかもね」

「……は?」

 

 え、何で? 俺さっきの戦闘で特に何もしてねぇよな?

 

「ボクさ、強いひとより優しい人が好みなんだ。さっきの戦いの後のライ、すっごい優しそうだったから、良いなーって思ってさ」

「あー……そりゃなんて言うか……」

「分かってるよ。ライは女の人が苦手なんだよね?」

「え、なんで分かるんだ?」

「さっきから微妙に距離取ってるし、仲間との距離感も微妙だっからね。だからこそ、ボクはオススメだよ?」

「オススメ? なんで?」

「だってボク、男だからね」

 

 …………なんだと? いや、どう見てもお前女じゃねぇか。

 いや、顔も体格も声も、全部男とは思えないんだけど。

 確かに胸は無いが、じゃあそのミニスカートは何なんだよ。

 

「あれ、疑ってる? なら証拠見せてあげるから部屋に来なよ。たっぷりサービスするからさ」

「遠慮しとくわ。なんか眼が怖ぇし」

 

 ウサギって草食だったと思うんだけど。

 なんでそんな獲物を狙うような眼ぇしてんだよ。

 それに俺は確かに女性恐怖症だけど、そっちの気は無いから。

 

「ふぅん。まぁいっか。船旅も長いし、まだチャンスはありそうだからね」

 

 ぴょこんと可愛らしく跳ねて、イタズラな笑みを浮かべるクレア。

 

「ボクはしつこいからね? 覚悟しといて、ライ」

「……勘弁してくれ、マジで」

「あはは。それじゃあね!」

 

 そう言い残し、仲間の元へ帰って行った。

 

 おいおい……サイコパス、狂信者、変態と来て、次は男の娘かよ。

 見た目は完全に女なんだけど……正解を知るのも怖ぇしなー。

 

 また変なやつと関わっちまったなぁ。

 



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25話「いやぁ、誰も怪我が無くて良かったなー」

 

 マストに背中を預けて、青空を見上げながらあくびを一つ。

 あぁ、平和だなぁ。

 ワイバーンの襲撃から三日。特にトラブルも無く平穏な旅路を行っている。

 いいねぇ。のんびりできて、穏やかな気分だ。

 アルが問題さえ起こさなければずっとこうしていられるんだけどなぁ。

 

 目線を下げると、真っ青な海。

 白い波が船に釣られて流れていく。

 時折遠くでキラキラと光るのは、多分魚のウロコだろう。

 遠くで海鳥がニャアニャア鳴いているのが聞こえる。

 

 水平線までの視界を遮る物も無い。

 雄大な海を眺めて、もう一度大きなあくびをした。

 

 さてさて。そろそろ逆側を見てきますかねー。

 一応見張り役だしな。

 船長から報酬も貰える予定だし、そこそこ頑張りますかねー。

 

 ふらりとした歩調で甲板の逆側に向かうと、そちら側には遠くに船が見えた。

 そこそこの大きさだ。あちらものんびりと航海してるんだろうか。

 

 ……あ。いや、違うな、あれ。

 よく見ると帆には大きなドクロのマークが描いてあるし。

 あちらも魔導船らしく、風に逆らって進路をこちらの船に向けている。

 

 あぁ……海賊かなぁ。海賊だよなぁ、どう見ても。

 こんな魔物の出る海域でも海賊なんて出るのか。スゲェ根性だな。

 しっかしまぁ、あの船の大きさだと二十人は乗ってるか?

 うっわぁ、地味に面倒だな、おい。

 ……とりあえず、みんなを呼んでくるかー。

 

 

 護衛の冒険者達に監視を頼み、うちのメンバーに声をかけに行くと、既に事態を把握していたようで戦闘準備が完了していた。

 話が早くて助かるけど……これ、見張りの意味あったんかね?

 

「おーい。海賊が出たんだが、いけるか?」

「もちろんぶち殺しますよ!」

「……私はライを守るだけ」

「私は慌てふためく皆様を見届けたいですね」

 

 ブレねぇなぁこいつら。一応緊急事態なんだけど。

 

「あー……嫌だし怖いし面倒だけど、やるしかないだろうなぁ」

 

 この船が襲われたら俺らも困るしなぁ。

 幸いなことに、メンツも道具も揃ってるし。

 

 さてさて。嫌々ながら、頑張りましょうかね。

 

 

 再び甲板に出ると、思っていたより海賊船は近くに寄ってきていた。

 うーん。やっぱり乗り込んでくる気だよなぁ、あいつら。

 なんかヒャッハーとか言ってるし。

 元気だなぁ、海賊さん達。

 まぁ残念ながら、今回はお仕事失敗になるだろうけどな。

 

 いや、だって、なぁ。

 こっちにはサウレとジュレが居るし。

 この二人だけで過剰戦力だしなー。

 それに今回は道具も揃ってるし。

 

 鉤縄を振り回してこちらの船に引っ掛けて来る海賊たち。

 その様を見ながら、俺はアイテムボックスから油の入った樽を取り出した。

 

 はいはい、お疲れさんです。

 

 ドバドバっと縄に油をぶっ掛けていく。

 さてさて。全体重を任せた縄がヌルヌルになればどうなるか。

 その結果がこちら。

 

「なんだこれ!? うおわっ!?」

「縄が滑って……ぬおぉ!?」

 

 どぼん、どぼんと次々に海に落ちていく海賊たち。

 うん、ここまで狙い通りに行くと面白いな。

 

「貴様! 卑怯だぞ! 正々堂々と戦え!」

「うわぁ、海賊に言われちまったよ……人数揃えて人様の船を襲う奴らにゃ言われたくねぇわな」

「くそっ! 魔法を使えるやつらは空から行け! 乗り込んじまえば何とかなる!」

 

 お。何人か空に浮かんだな。浮遊はそこそこ難しい魔法のはずなんだけど……そんなん使えるならまっとうに働けばいいのになぁ。

 

 それにほら、飛んでも無駄だし。

 

「ジュレ、障壁頼んだ」

「いやです。もっとこの光景を楽しみたいじゃないですか」

「いいからやれや、ド変態が」

「あぁっ! ありがとうございますぅ!」

 

 自分の体を抱きしめてクネクネされた。

 こいつ、めんどくさいんだかチョロいんだかよく分からねぇな、マジで。

 まぁ、やることやってくれりゃ何でもいいんだけどさ。

 

「こほん……阻め、拒絶し、受け止めよ、堅牢なる神の手よ。願わくば、我にその加護を与えたまえ!」

 

 魔法詠唱。同時に船の縁に現れる、半透明の障壁。

 空を浮いて船に乗り込もうとした奴らは、揃って障壁にぶつかってそのまま海に落ちていく。

 飛び出すな。人間も急に止まれない。ってな。

 

 よしよし。これで全員落ちたな。んじゃ、仕上げだ。

 

「サウレ、殺すなよー」

「……なぜ?」

「こいつら引き渡せば報酬が出るからな。それに、俺は目の前で死人が出るのは嫌いなんだよ」

 

 せっかく戦争が終わったんだ。

 殺したり殺されたりするのは勘弁してくれ。

 ……死体なんて、見たいものじゃねぇし。

 

「……分かった。後で褒めて」

「おう、いくらでも褒めてやるよ」

「……魔術式起動。展開領域確保。対象指定。其は速き者、閃く者、神の力。我が身に宿れ、裁きの(いかずち)!」

 

 サウレが雷を身に(まと)い、その先端をそっと海に飛ばす。

 

「あばばばば!?」

「ぎゃあぁぁ!!」

 

 数秒後。海賊たちは大量の魚と共に、全員ぷかぷか海に漂ってと動かなくなった。

 あ、やべ。早く回収しねぇと。

 

「おーい、お前ら手伝ってくれ! あいつら引き上げんぞー!」

「わっかりました! 後始末はお任せくださいっ!」

「サウレー。アル止めといてくれなー」

「……分かった」

「あぁっ!? せっかくのチャンスなのにっ!?」

 

 周りの奴らの手を借りて、痺れて動けなくなった海賊たちを何とか船に引きずり上げ、改めて縛り上げる。

 よっしゃ。なんとか被害無しで済ませることが出来たな。お互いに。

 せっかく無傷で捕らえたのにアルに手を出されたらシャレにもならん。

 

 あとはまぁ、こいつらが目を覚ますまで見張りをするとして、海賊の船をこっちの船に繋いで置かなきゃな。

 船だけ放り出す訳にもいかねぇし。

 

 いやぁ、誰も怪我が無くて良かったなー。

 



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26話「でもこれ、絶対怒られるんだよなぁ」

 捕獲した海賊たちはとりあえずマストに縛り付けておいた。

 そちらはまぁ、護衛の冒険者達が交代で見張りをしてくれるから大丈夫だろう。

 問題はこっち。奴らが乗ってた海賊船だ。

 俺たちの乗っている船とロープで結んで引っ張っては居るものの、舵取り役がいないと少し危ない。

 と言う事で、俺たちが船の操作を行うことになった。

 

 うーん。俺たちも客なんだけどなぁ。

 まぁ報酬貰えるらしいし、危険もないから別にいいか。

 とか。思ってたんだけど。

 

「おいおい。なんだこりゃ……」

 

 船室に入ると、小さな光を放つ魔導具に照らされて、十人程の子ども達が部屋の隅に固まっていた。

 みんな痩せこけていて、ボロ布を着ている。

 そして皆、怯えきった目でこちらを見つめている。

 

「……人さらい?」

「だと思うよなぁ、やっぱり」

 

 なにせ海賊だもんな。それくらいやってても不思議じゃないけど。

 ただ、この人数は多すぎないか?

 それに、人さらいにしちゃ様子がおかしい。

 繋がれも閉じ込められもしていないし。

 

「ねぇお姉ちゃん達、おじちゃん達はどこに行ったの?」

「あの方達ならあっちの船の中ですよ」

「わぁ、おじちゃん達とお友達なの?」

「えぇとですね、お友達という訳では……ライさん?」

 

 対応するジュレの前に出て、目線を合わせるために屈み込む。

 

「あいつらは昔からの友達でな。久しぶりに会ったんで大人たちで騒いでんだよ」

「そうなんだ! 私達も行っていいかなぁ?」

「すまん、今回は我慢してくれ。そんでさ、お前ら何であいつらと一緒にいるんだ?」

「えっとね、私たちはみんな、親が居ないの。だからおじちゃん達と一緒に暮らしてるんだよー」

「あー……おっけ、大体分かった。ありがとな」

 

 わしわしと頭を撫でてやると、キャッキャと喜ばれた。

 

 なるほど、と思う。見たところ、子どもたちは働ける年齢ではない。

 この数の孤児を養おうとしたらまともな仕事じゃ無理だろう。

 それこそ、海賊でもしない限り。

 

 まぁ違和感はあったんだよ。海賊なのに大砲も矢も撃ってこなかったし、魔法が使えるのに攻撃魔法も使わなかった。

 多分、脅すだけのつもりだったんだろうなー。

 うーん。これはまた、面倒だけど……

 

「アル、ジュレ、ここは任せた。俺とサウレはあいつらと話してくる」

「お任せください!」

「お断りします」

「良いから黙って言うこと聞いてろ、変態が」

「はぁはぁ……ありがとうございます!」

 

 子ども達の教育に悪いからやめてくんねぇかな、マジで。

 

 

 前の船に戻ると、目を覚ましたおっさん達がクレア達に取り囲まれていた。

 おぉ、起きてたか。ちょうどいいわ。

 

「よぉ、目が覚めたかよ」

「くそっ……この卑怯者が!」

「うるせぇわ海賊モドキ」

「……なんだと?」

「馬鹿だなあんたら。港町アスーラに行きゃあ解決する問題なのによ」

 

 まぁ、気持ちは分かるけどな。

 余裕が無い時ってどうしても頭が回らなくなるもんだし。

 動きを見た感じ、こいつら多分初犯だし。実害出る前で良かったわ。

 

「あの子たち、戦災孤児だろ?」

「……見たのか。あぁそうだ、あいつらに飯を食わさなきゃならねぇからよ」

「だーからさー、誰か思いつけよ。あいつら、子どもだぞ?」

「何が言いたい?」

「あーもー。とりあえずお前ら全員、アスーラに連行な。暴れたり逃げたりしないなら船に戻っていいぞー」

 

 もし暴れた時の為に、念の為サウレにアイコンタクトを送っておいて、おっさん達の縄を解いてやる。

 冒険者連中も含めて、みんな揃って呆気に取られた顔をしていた。

 

「……なんなんだ、お前。俺たちゃこの船を襲ったんだぞ?」

「いやまぁ、はっきり言うがあんたらに勝ち目はねぇよ。一流冒険者が二人乗ってるからな、この船」

「まじかよおい……くそ、どこまで運ないんだよ俺たち……」

「ばーか。悪事働く前に止められて良かっただろうが。お前ら犯罪で手に入れた金であの子たち養う気か?」

 

 それを知ったらあの子たちがどう思うか。

 まぁ、それで喜ぶような奴らにはなってほしくねぇわな。

 

「だが! ……他に手の打ちようが無かったんだ!」

「だからさー。なんでそう頭が固いかね。一応英雄の話だからあんたらも知ってるはずなんだけど」

「……何が言いたいんだ、お前」

「分かんねーならいいよ。どうせアスーラに着いたら引き渡すし」

 

 たぶん。何となくだけど、アスーラにいる気がするしな。

 いなくてもまぁ、何とかなるだろうし、うん。

 

「とにかく大人しくしとけ。悪いようにはしねぇから」

「……意味は分からねぇけど、拒否できる立場でもねぇからな。大人しく従おう」

「おう。あぁ、食い物と水はあるか? 無いなら俺たちの予備分持ってけ」

「そりゃ助かるが……何なんだ? 何でそこまでしてくれるんだ、アンタ」

「うちの家訓でな。困ってる奴がいたら自分の出来る範囲で助ける。助けられたら他の奴に手を貸す。そうやって世界は回ってるんだってさ」

 

 それに、彼女なら。

 子どもが腹を空かせてる状況を放っておくわけねぇし。

 ……うわぁ。でも、会いたくねぇなー。絶対怒られるもん、俺。

 

「気にせず受け取っておけ。そんで、笑ってろ。大人が笑ってないと子ども達は不安になるからな」

「……すまねぇ、感謝する」

「おぅ、感謝されとく。んじゃ、アスーラ着いたら呼びに行くから船に戻っとけよ。

 一応言っておくが、いらん事したらサウレに撃たせるからな」

「あぁ、分かってる。アンタらを敵に回すつもりはねぇよ」

 

 両手を上げて、降参だと苦笑いする。

 とりあえずこれで良いか。面倒事にならなくて良かったわ。

 

「サウレ。一応気にかけといてくれ。こいつら逃げたら子ども達が困る」

「……分かった。けど、何をするの?」

「なんだ、お前も分からねぇのかよ。まぁ大丈夫だから安心しろ」

 

 頭の固い奴らばかりだなー。もっと俺みたいに適当に生きれば楽だろうに。

 自分たちで面倒見れないなら。そして、見捨てることも出来ないなら、どうしたら良いか。

 簡単な話だ。()()()()()()()()()()

 ただそれだけの話だろうが。

 

 何にしても、出来れば会いたくねぇんだが……まぁ仕方ないか。

 俺も見ちまったしなぁ。放っておくわけにもいかねぇし。

 

 でもこれ、絶対怒られるんだよなぁ。

 

 

 



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27話「早く俺を助けてくれねぇかな」

 

 長い船旅を終え、ようやく港町アスーラに到着した。

 ユークリア大陸最北端に位置するここは常に賑わっていて、珍しい品物や食い物の露店が所狭しと並んでいる。

 更には人種だ。この町にはユークリア王国に住んでる種族がほとんど全部揃っている。

 耳の長いエルフやずんぐりむっくりな日焼けしたドワーフ、樽に浸かってるのはマーメイドなのかセイレーンなのか。

 何の亜人か分からないようなデケェ奴もいるな。

 いやぁ、良いね。活気があって何よりだ。

 

 俺は若干気後れしてっけどな。

 あーあ。行きたくねぇ。けど行かなかったらそれはそれで怒られるんだろうなー。

 ……仕方ない。覚悟決めるか。

 

 海賊、もといおっさんと子ども達を連れて大通りを進む。

 周りから物珍しそうな目で見られてるけど、知ったことではない。つーかそれどころじゃないし。

 嫌々ながらも歩いていると、目的地に到着した。

 

 そこそこデカい店に、ヤバい数の行列客。そこら中には美味そうな匂いが漂っている。

 オウカ食堂・アスーラ支店。

 この町で俺が一番来たくなかった場所だ。

 

「ちわーす」

「お客さん、割り込みは……あれ? 戻ってたんですか?」

「おぅ、久しぶり。あー……サフィーネ、いるか?」

「サフィーネさんなら奥に……あ!」

「ん?」

 

 不意に、影が差し。

 

「こ、の、大バカ者がぁっ!!」

 

 パカーンと。ジャンプから振り下ろされた炒め鍋で思いっきり頭を殴られた。

 

 いってぇぇぇ!? 全力だったろ、いま!?

 

「ぐぬぁぁぁ……ちぃっと加減してくれ、マジで」

「うるさい! 連絡も寄越さずにふらふらして! みんな心配してたんだからね!?」

「あー……それは悪かった。すまん」

 

 特徴的なツインテールの少女に頭を下げる。

 うん、これは連絡しなかった俺が悪いしな。

 

 彼女、サフィーネはオウカ食堂・アスーラ支店の店長代理をしている子だ。

 まだ若いのに総勢百人を超える従業員の顔や名前はおろか、何が出来るかまで全て把握しているとんでもない奴だ。

 勝気で世話焼き、人情深くて涙脆い。そして、俺に対してだけ手も早い。

 今まで何回ぶっ叩かれたんかね、俺。

 

「まったく……で、元気にしてるの?」

「まぁまぁな。んで、今日は従業員連れてきた」

「はぁ? アンタが連れてくるって珍しいわねー」

「色々あってなぁ。ざっと十人くらいだけど、大丈夫だろ?」

「そりゃ大丈夫よ。いつでも人手が足りないんだから」

 

 腰に手を当てて困り顔のサフィーネ。

 おっさんと子ども達を手招きすると、恐る恐る近寄ってきた。

 

「あら、大人もいるのね。じゃあ警備に回ってもらおうかしら」

「おい待て、話がまったく分からんぞ。説明してくれ」

「あー……ここはオウカ食堂だ。聞いた事あんだろ?」

「オウカ食堂って……あのオウカ食堂か!?」

 

 今や国中に店舗がある少し変わった弁当屋。

 その従業員のほとんどが元孤児達で、大人は数える程しかいないというぶっ飛んだ店である。

 救国の英雄が立ち上げた、ある意味伝説的な店だ。

 

 で、まぁ。俺もオウカ食堂に拾ってもらったクチだったりする。

 俺の場合はアスーラじゃなくて王都だったけど。

 食い物があって、寝る場所があって。読み書きや計算を教えてもらい、仕事がもらえた。

 あの時拾って貰えたおかげで、俺はこうして生きている。

 冒険者になっちまったのもまぁ、その辺が理由の一つだ。

 そこは少しだけ後悔してっけど。

 

「アンタら、ここで働け。おっさん達も冒険者登録出来るはずだし、警備依頼を受ければいい。そこそこ金にもなるし食い物には困らねぇから」

「いいのか? だって俺たちゃ……」

「いいんだよ。何ならここで金貯めて故郷に帰ればいいし」

 

 多分、(なま)り的に海を越えた北にある氷の都フリドール辺りの出身だろうし。

 路銀はかかるけど、ここで稼げば問題無いだろ。その間の生活も保証される訳だし。

 

「ここはアンタらみたいな奴らも多いからよ。何も問題ないって。なぁ店長?」

「店長代理よ。とりあえずみんな、お風呂に入ってきなさい。その後ご飯だから急いでね!」

 

 いつの間にか来ていた案内の子達に手を引かれ、子ども達は少し不安げに奥へと連れて行かれた。

 

「うし。おっさんらは冒険者ギルドだな。ちゃっちゃと登録済ませるぞ」

「すまねぇ……恩に切る」

 

 感謝の言葉にむず痒さを感じて、なんとなく空に目を逸らす。

 そして。

 いつのまにか、気付けばそこに()()

 と言うか、()()()()()()()()()()

 

「あーっと。サウレ、任せていいか?」

「……大丈夫だけど、ライは?」

「俺か? 俺はまぁ……」

 

 瞬間。聞き慣れた魔力の排出音と桜色の魔力光を纏い、彼女は広間に着地した。 

 

「今から()()()()()()()

 

 簡素な白いブラウスに、くすんだ茶色のハーフパンツ、桜型の髪留め。

 そして何より目立つ、この世界に十一人しかいない黒髪を(なび)かせて。

 両手に紅白の拳銃を持った、見慣れた()()が、そこに居た。

 

 

 うん。そろそろ来るかなぁと思ってたけど、大当たりか。

 あーもー。やっぱり見つかるよなぁ。

 

「ライさん! あれ! あれって!」

「そんなまさか……本物ですか?」

「……初めて見た」

「あーくそ……あれが偽物だったらいいなって俺が一番思ってるわ。いいからお前ら、ちょっと離れてろ」

 

 アイテムボックスから愛用のスリングショットと鋼鉄玉を大量に取り出した時。

 俺と彼女にしか聞こえない、中性的な声が響いた。

 

「――Sakura(サクラ)-Drive(ドライブ) Ready(レディ).」

 

 無機質な。でも、どこかイタズラめいた声に、彼女が笑って応える。

 

Ignition(イグニション)!」

 

 瞬間、彼女の子どものような小さな体躯から桜色の奔流が(ほとばし)る。

 空を埋め尽くすかのような、淡い桜色の魔力光。

 その美しい光景を楽しむ余裕も無く、考えうる限りの彼女の行動パターンを予測。

 その尽くを潰す位置にトラップを仕掛けていく。

 気休めにしかならないだろうが、なんの抵抗も無くやられはしない。つもりなんだが……無駄なんだろうなぁ。

 

「おかえり。長いこと連絡も無かった事の言い訳は後で聞いてやるから」

 

 薄紅色を曳いてゆらりと歩いてくる英雄の姿に、内心ビビる。やっべぇ、やっぱめっちゃ怒ってるわ。

 

「とりあえず、私と踊ろうか。大バカ野郎」

 

 救国の英雄。『夜桜幻想(トリガーハッピー)

 ユークリア王国現国王、オウカ・サカード。

 

 かつて俺を救ってくれた少女は、獰猛に、美しく、そして優しげに笑っていた。

 

 

「勘弁してくれって、マジで! ごめんなさい! 俺が悪かったから!」

「問答無用。まずは、お仕置きだ」

 

 彼女が構える。体を半身に開き、腰を落として。

 左手はまっすぐ伸ばし、右手は肘を上、逆手にして顔の横へ。

 その両手には、この世界に一対しか無い紅白の拳銃。

 彼女の臨戦態勢。戦いを始める合図。

 

 うっわぁ。ガチじゃねぇか。

 

 瞬間。瞬きをした訳でもないのに、彼女の姿がふわりと消える。

 残された桜の燐光。その軌道は、俺の真横。

 慌てて身を屈めると、頭のあった位置を凄まじい勢いの回し蹴りが通り過ぎた。

 遅れて鉄鋼玉から鉄の棒が突き出てくる。彼女からは死角になる方向から伸びてきたそれは、しかし首を傾げるだけで意図も簡単に躱された。

 次いで伸びてきた棒。それに目を向ける事もせず銃底で弾き飛ばし、別のトラップに叩き付ける。

 

 ガキンッ! と甲高い音。それが連続し、時間差で発動する罠を次々と逸らしていく。

 その場から一歩も動かず。ただ最低限の動きだけで全ての仕掛けを無効化され、慌てて次の罠を設置するが時は既に遅し。

 地面に向かって目潰し玉を投げ付けようとした時、彼女はそれより速く黒髪を靡かせて目の前でくるりと優雅に回転した。振り回された銃底を腕で受けると、笑えるくらい吹っ飛ばされる。

 痛みは全く無い。

 彼女は打撃の衝撃を完全に外に逃がしている。当たってもただ吹っ飛ばされるだけだ。

 だけなんだが。

 

「ちょ、怖い怖い怖い! マジで勘弁してくれって!」

 

 物凄い勢いで吹っ飛ばせれてんだが!?

 これやっぱ怖いって!

 

 俺の叫びを無視して再び迫る薄紅色。そこに、短剣を構えたサウレが飛び込んできた。

 振り下ろされた銃底を短剣で受け、拮抗する。

 

「え、サウレ!? 危ねぇから引っ込んでろって!」

「……ライは私が守る。この身に変えても」

「ライ? ふぅん。今はそう名乗ってるのか。良い仲間を持ったね」

 

 笑い、廻る(くるり)。繰り出された低い軌道の蹴りに足を刈り取られ、サウレの体勢が崩れる。

 そこに繰り出された銃底。短剣の上から叩きつけられたそれは、意図も簡単にサウレを吹き飛ばした。

 

「へぇ。後ろに飛んで威力を殺したのか。強いんだね」

「……何この人。化け物?」

救国の英雄(化け物)なんだよ! マジで危ないから後ろにいろって! 俺だけなら大丈夫だから!」

「……ライは、私が守る!」

 

 強い言葉。嬉しいが、今はマジで引いて欲しい。

 怪我はしないだろうけど話がややこしくなる。

 

「私も! 加勢します、よっとぉ!」

 

 いつの間にか近付いて居たアルが巨大な両手剣を彼女の背後から振り下ろす。

 あの馬鹿、加減してねぇじゃん!

 

「まだ仲間がいるの? そっか、成長したね」

 

 再度、廻る(くるり)。黒髪を靡かせ、笑う。

 彼女の遠心力を乗せた一撃は、迫り来る両手剣の腹を叩いて軌道を逸らして見せた。

 ほんの瞬き程度遅れれば真っ二つになってしまう、そんな刹那のタイミングを逃さず、的確に、当たり前のように。

 そのまま回転しながら、俺の背後に向かって桜色の魔力の弾丸を連続で撃ち出す。

 その銃撃は、ジュレが仕掛けた氷魔法の奇襲を狙い違わず粉砕した。

 

「あはは、甘い甘い。私を止めたいなら、そうだね」

 

 小さな体躯、愛らしい顔。夜のような黒い長髪、迸る桜色。

 その全てで構成された英雄は、獰猛に笑う。

 

「世界最強でも連れてきな」

 

 瞬間。誰もが彼女を見失った。

 

 次いで聞こえる衝撃音。吹き飛ばされる俺の体。

 やはり痛みは無く、ただ恐ろしい勢いで景色が流れて行く。

 飛ばされながらも多種多様なトラップを仕掛けるが、英雄はそれら無茶苦茶な軌道で全て避けながら急接近してくる。

 そして、更に追撃。放たれた後ろ回し蹴りは俺の胸元に吸い込まれた。

 

「うぶぁっ!?」

 

 急加速させられた俺は大通りを抜け、港を越えて海まで吹っ飛ばされた。

 砲弾のような勢いで海面に叩きつけられる。大して痛みはない。ないんだが……

 

 ちょっとやり過ぎじゃないかこれ!?

 海水がめっちゃ冷たいんだけど!?

 

「アンタは頭を冷やして反省してね。さて、こっちの子たちは……まだやる?」

「やらねぇから! お前らマジでやめとけって! て言うか助けて、一人じゃ海から出られねぇから!」

 

 絶壁になってる堤防をよじ登るのは流石に無理があるから!

 誰かロープでも投げてくれよ、マジで!

 

「……貴女は、敵じゃない?」

「私はあの大バカ野郎の身内だよ。何も聞いてない?」

「……初耳。だけど、何となく敵じゃない気がする。とりあえず、ライを助けてきても良い?」

「そうだね、助けてあげて。一人じゃ上がれないだろうし……状況終了」

 

 腰の後ろに提げた革製のホルダーに拳銃を差すと同時に、纏っていた桜色の魔力光が霧散する。

 良かった。気が済んだようだ。

 

 獰猛な笑みが消え、人懐っこい普段の笑顔に変わる。

 救国の英雄から、一人の少女に切り替わる。

 

「えぇと。とりあえず、自己紹介かなー。私はオウカ。ただの町娘で、ライの家族です」

「……は?」

「え?」

「はい?」

 

 三人揃って訳の分からない顔をしている。

 うん。分かるぞ、その気持ち。俺もツッコミ入れてぇし。

 でもそれより先に、誰でもいいからさ。

 

 早く俺を助けてくれねぇかな。

 



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28話「あのうっかり癖は治して欲しいもんだな」

 

 宿でびしょ濡れになった服を着替え、そのままオウカ食堂の裏手に向かったところ。

 残されていた三人とサフィーネは、人懐こい英雄と談笑していた。

 あの人コミュ力お化けだからなー。すぐに誰とでも仲良くなるし。

 てかサウレと普通に話してるのすげぇな。かなりの人見知りなのに。

 

「おーい。戻ったぞー」

「……おかえり。冒険者ギルドへの案内は終わらせてきた」

「ありがとな。んで、自己紹介は終わってるのか?」

「先程済ませました。それより、聞きたいことがあるのですけれど」

「あー、うん。ちゃんと説明すっから」

 

 頬をぽりぽり掻き、さてと言い訳を考えてみたものの。

 特にうまい言い訳も考えつかず、正直に話すことにした。

 

「まぁ、知ってるだろうけど改めて紹介するわ。この人は救国の英雄、『夜桜幻想(トリガーハッピー)』のオウカ・サカード。ユークリア王国現国王。俺を拾ってくれた恩人で、身内みたいなもんだ」

 

 目の前のちっこい彼女の頭に手をぽふりと置く。

 おぉ、相変わらず撫で心地いい髪だな。

 

「みたい、じゃなくて身内だけどね。アンタもそれ、いい加減認めなさいよ」

 

 ぺしりと頭の手を払い除けながら、ムッとした顔で睨まれた。

 

「うっせぇわ自称町娘め。だいたい今更誰も信じねぇからな、その自称」

「ふぐっ……おかしいな、私はただの町娘なのに。どこで何を間違えたんだろう」

「最初からじゃね? 王都のギルマスも言ってたし」

 

 この人色々とやらかしてっからなぁ。

 戦闘功績だけでも騎士団が総出で取り掛かるオークの軍団(レギオン)とかオーガを単独で倒したりしてるし。

 武術大会で優勝するわ、魔王を倒した最強の英雄に勝つわで、かなりとんでもねぇ人だからなぁ。

 よく色んな人から自称詐欺って言われてたもんだ。

 

「つーか女王様よ。城に居なくていいのか?」

「実質的に私何もしてないからいいのよ。今日もアスーラ支店の手伝いに来たんだし」

「……王国の女王がやる事じゃねぇよな、それ」

「てかその女王ってのやめれ。私は納得してないんだから」

「いい加減諦めろよ。こないだやった国民投票でも支持率九十九パーセントだったんだろ」

 

 ちなみに残りは本人が入れた他薦と無効票である。

 他の立候補者も完全に他薦のみだったから、全員この人に票入れてたらしいからなー。

 

 実際、彼女が王になってから国はさらに発展した。

 魔道列車という馬鹿みたいに速い馬車みたいなもんを国中に作って流通を便利にしたり、国中の孤児を片っ端からオウカ食堂で雇い入れたり。

 しかも全員に読み書きや計算を教えるもんだから、そこから各分野で活躍しだした子が大量に出てきたりして、国の発展が百年単位で進んだと言われている。

 ちなみに国中のお偉さん方と親交が深いのもあって、何か問題があれば自ら現地に向かうという困った王様だ。

 

 これが俺の身内、オウカ・サカードである。

 基本的に関係してる事は誰にも言わねぇけど。てか、言えねないって。

 地味で平穏な暮らしが送れなくなる未来しか見えないし。

 

「……んで、まぁ。こっちが今の仲間だ。アルとサウレとジュレな」

「あぁうん、自己紹介してもらった。面白い人達だね」

「面白いで済ませんな」

「いやほら。他の英雄に比べたらねー」

「……あぁ、まぁ。そうだな」

 

 何度か会ったことあるけど、癖が強すぎるんだよな、あの人達。

 

「でさ。あんたこんな所で何してんの? 『竜の牙』のみんなは?」

「あー……脱退してきた。絶賛逃亡中なんだわ」

「はぁ? なんで? 凄く仲良かったじゃん」

「ライさんは魔物と戦うのが怖くて逃げてきたらしいですよ」

 

 あ、こらアル、余計な事を言うなって!

 

「……怖い? 二つ名持ちのあんたが?」

 

「……え?」

「二つ名っ!?」

「あら、ライさんがですか?」

 

 あーもー……だから知り合いに会うの嫌だったんだよ。

 バレちまったじゃねぇか。どうすっかなー、これ。

 

「あれ、なに、言ってなかったの?」

「言えんわ。俺は平穏な日々が送りたいんだよ」

「あー……なんかごめん」

「マジで勘弁してくれって……」

 

 あーあ。せっかく隠してたのに。

 

「ライさん! どういう事ですか!?」

「……『竜の牙』に二つ名持ちはいなかったはず」

「説明をお願いします」

 

 ずいずいと詰め寄る三人に手のひらを向けて後ずさりする。

 

「分かった。分かったから落ち着け。それ以上寄るな」

 

 鳥肌やべぇから。もう少し離れろ。

 

「えーとな、うん。まぁ、俺は確かに英雄から二つ名もらってるんだよ。自分から名乗ったことは無いけど」

 

 あんな恥ずかしいもん名乗りたくないし。ついでにまぁ、あまり知られたくない内容でもあるし。

 

「なんて二つ名なんですか!?」

「えぇと、言わなきゃダメか?」

「私は是非聞きたいですね。興味があります」

「……ライ。教えて」

 

 ほら。やっぱりこうなるじゃん。

 オウカ食堂に来なきゃ良かったなぁ……いや、あの子ら放っておく選択は俺には選べなかったけどさ。

 

「あー……『死神(グリムリーパー)』だよ」

「え? それって……」

「……本物?」

「本物だよ、一応。マジで不名誉な事にな」

「でもそれって確か……()()()()()()()()()ですよね?」

 

死神(グリムリーパー)

 魔族との戦争時、異世界から召喚された英雄たちが表舞台で活躍する中、裏で動いていた影の英雄。

 敵の拠点に侵入し、重要人物を暗殺、その後は何の痕跡も残さず姿を消すという、史上最悪の暗殺者。

 その正体は戦後数年経っても謎に包まれている。らしい。

 

 実際はそんな大層な事した訳でも無いんだけどな。

 いつの間にか話に尾びれに背びれも付けて独り歩きしてて、それを英雄達が面白がって二つ名付けた、と言うのが真実である。

 マジで迷惑な話だ。

 

 だから自分から名乗ったことは無いし、そもそも名乗ろうとも思わない。

 無駄に注目されるだけだしなー。

 もちろん『竜の牙』の連中には話したことがある。皆驚いてたけど、ちゃんと内緒にしてくれた。

 この人とは違って。

 

「……オウカさー。そのうっかり癖、治してくんねーと周りが困るんだけど」

「いやぁ、あはは……マジごめん」

「そんな……アルさんがあの『死神(グリムリーパー)』だったなんて」

 

 俯き、拳を握りしめるアル。

 あぁ、そりゃショックだよなー。

 だって世間の評価じゃ最悪の暗殺者だもんなぁ。

 

「なんて素晴らしいんですか! まさか私が一番尊敬してる人に弟子入りしていたなんて!」

 

 そっちかよ。

 あぁそっか、こいつおかしな奴(サイコパス)だったな。

 うん、まぁ、引かれないで済んだから良し、なのかね?

 

「……私としても何でもいい。ライはライだから。ただ生涯尽くすだけ」

 

 そしてこいつはこいつでおかしい奴(狂信者)だもんなぁ。

 そろそろ慣れてきた自分が嫌だわ。

 

 で、ラスト。ジュレはと言うと。

 

「……はぁはぁ……という事は、人知れずあんなこと(拷問)こんなこと(尋問)をしてもらえるのでは?」

 

 身震いしながら恍惚な表情を浮かべていた。

 ぶれねぇな、ジュレ(この変態)

 

「うわぁ。変わった人達だね」

「否定できんしする気も無いな。でもオウカも人のこと言えねぇだろ」

「私はここまで変わってないと思うけど?」

 

 黙れ英雄(歩く規格外)

 

「とりあえずお前ら、内緒にしとけよ? 面倒事が増えるのはゴメンだ」

「わっかりました! 師匠!」

「……墓まで持っていく」

「このネタでアルさんを脅せば良いと言うことですよね?」

「頼むから黙ってろハイブリッド型ど変態」

「はあぁんっ! ありがとうございますぅっ!」

 

 見悶えるな。潤んだ目で俺を見るな。

 

 そんな中、懐から取り出した懐中時計を見て、オウカが慌てだした。

 

「あ、やば! レンジュさんと待ち合わせしてんだった! 私そろそろ行くね!」

 

 レンジュさんか。あの女騎士団長、せっかちだからなー。

 てか相変わらず仲良いな。いつ結婚式あげるんかね。

 

「おーう。二度と会いたくねぇって伝えといてくれ」

「それ聞いたらレンジュさん、秒で会いに来ると思う」

「……よろしく言っておいてくれ」

「あいあい。あ、王都に来たらまた顔出しなさいよ? ばっくれたらドロップキックするからね」

「へいよ。気をつけてな」

「んじゃ、またね!」

 

 腰のホルダーから拳銃を引き抜き、筒先から魔力を噴出。

 そのまま空に舞い上がり、オウカはあっという間に飛び去って行った。

 ……いやぁ、変わんねぇな、あの人。

 

「おし。とりあえず飯買っていくか。サフィーネ、まだ残ってるか?」

「一通りね。あと特製弁当もあるわよ」

 

 おぉ、店の一番人気がまだ残ってんのか。ラッキー。

 

「んじゃ四つ頼むわ」

「はいはい。取っておくから列に並んでね」

「はいよ。んじゃ、行くぞー」

 

 ぞろぞろと皆で、オウカ食堂の行列に参加したのであった。

 

 いやしかし、アレだなぁ。

 あのうっかり癖は治して欲しいもんだな。

 



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29話「せっかくだし観光を楽しもう」

 

 はた迷惑な英雄が飛び去った後、仕事を求めて冒険者ギルドにやってきた。

 何せ路銀があまり無い。路銀が無ければ旅もできない。世知辛い話だ。

 まぁ、労働自体は嫌いって程じゃないし、戦わなくて良いなら何でもやるけどな。

 

 てな訳で。大通り沿いにある古びた冒険者ギルドにやってきた。

 内装はどこもおなじような感じだ。ここも相変わらずボロいけど、改装とかしないんかね。金がない訳じゃないだろうに。

 

 早速受付の前に吊るされている依頼書の束を手に取り、内容を確認していく。

 採取依頼、討伐依頼、この辺りはスルー。

 んで、狙い目の雑用をぱらぱらと見ていくと、治療院の雑用の仕事があった。

 給金もそこそこ高い、良依頼だ。

 

 まぁそもそも、治療院は専門組織だしな。

 治癒魔法や治療に関する知識がないと雑用すら出来ないだろうし。

 だからこそ、給金が高いんだろうな。

 俺にとっちゃありがたい事だけど。

 

「俺はこれ受けるわ。お前らはどうする?」

「……私はライとどこまでも一緒に居る」

「私は討伐依頼受けます! たくさんぶち殺してきますね!」

「では私は苦戦するアルさんを見守ることにします」

 

 いや、なんでもいいんだけどさ。ほんとブレねぇなこいつら。

 

「んじゃ二手に別れるか。宿は取っておくから好きに暴れて来い」

「了解です! 船旅で溜まったストレスを発散してきます!」

「無理はするなよ……って言っても無駄か。ジュレ、頼んだ」

「報酬が無ければお断りします」

「……あー。ちなみに何が良いんだ?」

「そうですね……優しく抱きしめて耳元で罵倒してください」

「却下だ。まぁなんか考えとくわ」

 

 優しく抱きしめる時点で不可能だし。

 いや、正確には可能ではあるけど、あまりやりたくない。

 未だに鳥肌立つからな。

 この呪い、いつになったら解けるんかね。

 

「受付さん。これ受領してもらっていいですかー?」

「あら、これを受けてくれるんですか? ありがたいですけど、大丈夫ですか?」

「あぁ、ある程度の知識はあるんで」

「それなら大丈夫ですね。そちらの方も一緒ですか?」

「……私も知識はある」

「では受領しておきますね」

 

 さらさらとサインした後、ハンコを押した書類を渡された。

 どうやら仕事は明日かららしいので、今日はのんびりすることにしよう。

 

「アル達は今から出るのか?」

「はい! 待ちきれないので!」

「まぁ適当に切り上げてこいよ。まだ大丈夫は危険のサインだ」

 

 何事に関しても言えることだが、まだ行けると思った時、既に限界に近い状態なのだ。

 特に命の危険がある仕事だと、その無理は致命傷となる。

 今までに何度も言ってきた事だから大丈夫だとは思うけど……アルだからなぁ。

 

「気をつけます!」

「マジで気をつけろよ?」

「はい!」

 

 うーん。まぁ心配しすぎるのもアレだしな。

 この当たりなら大して強い魔物も居ないはずだし、大丈夫だろ。

 

「んじゃ夕飯までには戻ってこいよー」

「了解です! 腕が鳴りますね!」

「では行ってきます。また後ほど」

「気をつけてなー」

 

 手を振って見送り、とりあえず宿に向かう事にした。

 嬉しいことにギルドを出てすぐ近くにある宿屋で二部屋取る事が出来たので、しばらく分の宿代を先払いしておく。

 これでよし。さて、久しぶりにアスーラの町でもぶらつくとするか。

 

「サウレ、一応聞いてみるけど、お前どうすんの?」

「……ライのそばに居る」

「はいよ。んじゃアスーラ観光でもするか。前に来たことはあるか?」

「……何度か来た。でもすぐに通り過ぎた」

「そりゃ勿体無いな。せっかくだし色々行ってみようぜ」

 

 港町なだけあっていろんな露天が出てるしな。

 見て回るだけでも中々に面白いところだ。

 

「……町を回るなら、お願いがある」

「お、なんだ?」

「……手を繋いでほしい。せっかくのデートだから」

 

 俺の袖をくいっと引っ張りながら、俯きがちに呟いた。

 いつもより心無しか頬が赤い。

 うーん。こうして見てるとただの美少女なんだけどなぁ。

 

「つーかデートなのかこれ……いや、サウレなら手を繋ぐくらい大丈夫だと思うけど」

「……二人きりのお出かけ。即ちデート。異論は認めない」

「そうか……まぁ、何でもいいけどな」

 

 少量の緊張を押し殺し、ほれと手を伸ばす。

 すぐに小さくて温かい手が繋がれた。

 思っていた以上に拒否反応が出ないことに驚く。

 

 おぉ……少しは改善してるのな。まぁサウレだからってのは大きいだろうけど。

 なんだかんだ言って、今一番信頼してる奴だしな。

 

「……ふふ。ライと手を繋いでデート」

 

 はにかみ、嬉しそうに微笑むサウレ。

 その姿は普段より愛らしく見えて、違う意味で緊張してきた。

 うーん……まぁ、喜んでくれてるならいいか。

 俺も嫌な訳じゃないし。

 

「えぇと、まずは露店巡りでもすっかね。サウレは見たいものとかあるか?」

「……特にない。ライと一緒ならそれでいい」

「んじゃ適当に冷やかして回るか」

 

 何だか気恥しさを感じながら、とりあえず大通りに繰り出すことにした。

 周りがじろじろ見てる気がするけど、無視だ無視。

 

 せっかくだし観光を楽しもう。



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30話「やっぱりサウレには笑顔が良く似合うと思う」

 

 ユークリア王国最大の港町、アスーラ。

 潮の香りと賑やかな喧騒に包まれた町。

 道のそこかしこに細長い特徴的な木が植えられていて、大通りどころは路地裏まで露店がずらりと並んでいる。

 

 中でも目を引くのが多種に渡る人種だ。

 人間族、エルフ、獣の特徴を持つ様々な亜人。

 普段滅多にお目にかかれないドワーフやマーメイド、有翼種のハーピー。

 俺の二倍くらいデカい女の子もいれば、サウレより小さなおっさんも居る。

 

 レンガ造りの建物と相まって、異国情緒に溢れた町だ。

 

 ぼんやり眺めて居るだけでも中々に面白い。

 大道芸人がナイフでジャグリングしてるのは見ててヒヤヒヤするし、吟遊詩人の弾き語りは耳触りが良い。

 ずんぐりむっくりしたドワーフが昼間っから酒を飲んでる横で、痩身で耳が長いエルフが呆れた顔で小言を言っている。

 猫系亜人の子どもが店の売り子として客に声をかけ、それに釣られて品定めをする人族のおばちゃん。

 

 正に港町。活気に溢れていて楽しくなる。

 

「……ライ。凄いね」

「あぁ、凄いよな。何度見ても慣れねぇわ」

「……王都より道が混んでる」

「人口密度高いからなー。ほら、離れるなよ?」

「……ずっとライと一緒にいる」

 

 言いながら、そっと擦り寄って来るサウレ。

 女性恐怖症なのに、不思議とそこまで嫌悪感が出てこない。

 慣れてきたんだろうな。直接抱き付かれたりするとアウトだけど、近くにいる分には違和感も無くなってきた。

 たまにスキンシップが過剰なのは勘弁して貰いたいけど、かなり信頼はしてるからなー。

 

「さてと。とりあえず露店巡りでもするか」

「……何か買いたいものがあるの?」

「いや、冷やかしだな」

「……そう。私はライがいれば何でもいいよ」

 

 にこりと、愛らしく微笑む。うぅむ……やっぱり見た目は美少女なんだよなー。

 褐色の肌に白い髪、赤い瞳。丸まった小さなツノ。

 背が低い上にブカブカの外套を纏っているせいで洒落っ気は無いけど、それを踏まえてもかなり可愛いと思う。

 はぁ。これで中身なマトモならなぁ。

 

 何せ種族がサキュバスだ。外套の下は局部だけ隠れる程度の布面積しかないし、そっち方面はかなり積極的なのが困る。

 だって、見た目幼女だもん。実年齢は俺より歳上だけど。

 今だって手を繋いで歩いてるだけで結構見られてるしな。

 ……まぁ、嫌ではないんだけどな。

 

「お、ありゃ魔導都市製のオモチャか。珍しいな」

「……人形?」

「あぁ、見たことないか?」

「……はじめて見る。これは何?」

「ふむ。あぁ、すまん。ちょっと借りていいか?」

 

 売り子に断って一つ借りる。見た目はただの人形。そして操作用の球体の魔道具

 こいつに魔力を通してやると、好きな様に動かせる訳だ。

 

 立ち上がり、貴族風に一礼する人形。それを見てサウレは目をぱちくりさせた。

 身振り手振りに合わせたステップを合わせ、踊り出す人形。

 それを見ていた吟遊詩人がこちらに合わせて歌い出す。

 売り子にもう一つ借りて、二体の動きを合わせてワルツを踊らせる。

 

 まるで夜会のように優雅に踊る人形達。

 吟遊詩人の詩に合わせて、右に左にくるくると回る。

 その姿に、サウレの目は釘付けだ。

 

 歌声が徐々に盛り上がっていき、クライマックス。

 二体のダンスも激しさを増し、ラスト。

 ビシッとポーズを決めたあと、人形はくしゃりと崩れ落ちた。

 売り子に礼を告げて人形を返し、吟遊詩人にチップを投げる。

 

 大通りが小さく沸いた。

 拍手を貰い、周りに手を振る。

 人形の露店に人が群がってきたので、俺たちは先程の吟遊詩人の元に避難した。

 

 再び歌い出した穏やかな英雄譚を聴きながら壁に背を預けると、サウレがじっと俺を見上げていた。

 

「おぅ、楽しめたか?」

「……うん。凄かった。ライは器用」

「小手先の技術なら任せとけ。それだけが取り柄だしなー」

 

 魔法は上手く使えないけど魔力の回し方には自信がある。

 こういった役に立たない小技に関しては一流だ。

 

「……今のは私にはできないと思う」

「あー。サウレは魔力量が多いもんな」

 

 確かにサウレやジュレには難しいかもしれない。

 俺くらい魔力量が小さければ制御も簡単だけどが、魔力量が多い奴がやると人形の許容量を超えてしまい、最悪人形が破裂する。

 魔力が大きいとその分制御が難しいらしいからなー。

 

「まぁ出来たところで、って感じではあるがな」

「……私は面白かった」

「そうかい。そりゃ良かった」

 

 にこりと微笑むサウレ。頬を赤らめていて、普段の無表情が嘘みたいな笑顔。それを見ていると、何だか得した気分になる。

 この程度の事で喜んでもらえて何よりだ。

 

 魔導製のあやつり人形は飛ぶように売れ、俺たちの目の前で完売。

 そのお礼にと焼き菓子をもらったので、サウレと一緒に食べながら町中をうろついた。

 

 

 アルとジュレが戻ってきたのは日が沈み出す頃だった。

 どうやらかなりの数の魔物を狩ってきたらしく、アルが非常にご満悦だ。

 ジュレも大して疲れているようには見えなかったので、そのまま皆で冒険者ギルドに向かい、討伐報酬を貰うことにした。

 尚、今回の儲けはアルとジュレの二人に渡すつもりだったのだが、二人の強い希望でパーティー共有財産となった。

 消耗品などはここから金を出す形だ。

 俺もいい加減玉の補充をしなきゃなんないし、アスーラに居るうちに材料を揃えてしまおう。

 

 ともあれ。アスーラの初日は何事もなく終わりそうだ。

 この後は船で一緒だったクレア達と飯を食うことになっているが、特に問題は無いだろう。

 平穏なことで何より。それに今日は良いものも見れて満足だ。

 

 やっぱりサウレには笑顔が良く似合うと思う。

 



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31話「また癖の強いやつが仲間になったな」

 

「おっちゃーん! エールおかわりー!」

「私にはワインをお願いします」

「……む。唐揚げ、美味しい」

「あ、こっちの焼肉弁当も中々ですよ!」

「いやぁ、よく食べるねー。見てて気持ち良いわー」

 

 冒険者ギルドに併設された酒場にて。

 ジュレは俺と酒を飲みながらツマミのナッツを食べ、アルとサウレは持ち込んだオウカ食堂の弁当を一生懸命食べていた。穏やかな光景に少し和む。

 そして船で出会ったクレアは、うさ耳をピョコピョコさせながらニコニコと笑っていた。

 

 尚、俺の飲み代以外はこちらの手出しである。そこまでさせる訳にはいかないしな。

 

「つーかクレアは仲間放っておいて良いのか?」

「ボク達は元々寄せ集めの護衛依頼用パーティーだからね。みんな好き勝手してるから大丈夫だよ」

「へぇ。その割には仲良さそうに見えたけどなー」

「ボク、人と仲良くなるの得意だからね」

 

 なるほど。確かにコイツ人当たり良いからな。めっちゃ話しやすいし。

 冒険者としての腕は知らないけど、パーティーを上手く回すのは向いてそうだ。

 

「それはそうとさ。ライって強いんだねー」

「あぁ、それは私も気になるのですが。何故二つ名を隠していたのですか?」

 

 うぐっ。そこをついて来るのか……めんどくせぇなー。

 

「あー……なんて言うか、俺って戦うのに疲れてパーティー抜けてきたんだよ。だからあまり目立つことはしたくないんだよな」

「先程は十分目立っていましたが」

「あれはオウカが悪い。いきなり襲ってきやがったからなー」

「襲うってよりじゃれてたように見えたけどねー」

「いや、俺、海に落とされたからな?」

 

 あの人、地味に喧嘩早いからなぁ。

 特にアレだ。スイッチ切り替わったら戦闘狂だし。

 

 オウカがいつも首から下げている指輪。そこから聞こえるあの中性的な声は、何故か俺とオウカにしか聞こえていなかった。

 理由は不明。ただ、他の奴らには聞こえていないらしいのは一緒に生活している中ですぐに分かった。

 その事を本人に尋ねた時は、何とも複雑そうな顔をされたのを覚えている。

 特に問題も無かったから考えたこと無かったけど……そういや理由も知らないな。今度あったら聞いてみるか。

 

「つーか、二つ名とか俺に合わないだろ。ただの凡人(ぼんじん)だぞ?」

「うーん……まぁ、戦闘能力はよく分からないよね、ライって」

「そりゃ分からんだろ。戦うこと自体ないからなー」

 

 普段からサポートしかしてないし。サウレやジュレがパーティーメンバーになってから、特に後方支援メインになったしなー。

 いやぁ、楽で良いわ。少し離れてれば怖もないし。

 

「それはそれでどうかと思いますけど……たまには前線に立ってみては?」

「やだよ。怖いだろ」

 

 それに金もかかるし。残弾が限られたスリングショットと罠しか使えないからな、俺。

 できるだけ出費は減らしたい所だ。という言い訳だが。

 

「大丈夫です! 私が代わりに皆殺しにするので!」

「……ライは私が守るから」

「ほら、うちのメンバー頼もしいだろ?」

「いやぁ、まぁ、君らがそれでいいなら別にいいんだけどね」

 

 クレアに小さく苦笑いされた。うっせぇ、ほっとけ。

 

 実際、二人とも戦闘になると凄く頑張ってくれてるからな。

 俺としては大助かりだ。仮に二人を通り越してもまだジュレが居るし。

 一流冒険者二人に、駆け出しとは言え才能に溢れたアル。この三人がいれば危険なんてほとんど無い。

 

「んー。でもさ。例えばここで、私がライを暗殺しようとしたらどうするの?」

「どうもしねーよ。ビビりだから殺気には敏感だし、すぐにサウレの後ろに隠れるわ」

「うわぁ。いっそ清々しいくらいクズだよね、ライって」

「自覚はある。治す気はねぇけど」

 

 戦うのとか、出来るやつがしたらいいんだよ。

 俺みたいなヘタレは後ろでコソコソしてんのが似合っている。

 俺にカッコ良さなんて求める方がどうかしてるわ。

 

「ふうん……だったらさ、ボクもメンバーに入れてくれない?」

「は? お前を?」

「戦える人は多い方が良いでしょ? ボクってかなりお得だよ?」

「ふむ。お前って前衛職(タンク)だっけ?」

 

 冒険者と言っても色々と役職が分かれている。

 カイトみたいに敵を抑える前衛職(タンク)

 ミルハみたいに敵を叩く攻撃職(アタッカー)

 ルミィみたいに味方を援護する回復職(ヒーラー)

 他にも、俺みたいに罠をメインとした罠師(トラッパー)や、斥候や罠の解除をメインとした盗賊(シーフ)、味方のステータスを上げる支援職(バッファー)なんてのもある。

 

 ちなみに俺達の場合だとアルとサウレがアタッカー、ジュレがアタッカー兼ヒーラー。

 そして俺がトラッパー(役立たず)と、かなり前のめりなパーティーだったりする。

 

 クレアは確か前衛職(タンク)って言ってたけど、あれはガタイの良い奴がデカい盾をもってやるもんだし、細身なクレアには向いてないと思うんだけどな。

 

「正確には回避タンクだね。敵の攻撃を避けたり逸らしたりするのがメインだよ」

 

 ほら、と小さな二つの盾を取り出してみせる。

 なるほど。高い防御力で攻撃を防ぐんじゃなくて、わざと自分を狙わせてその攻撃を避けるタイプか。

 それなら確かに力は無いけど素早いウサギの亜人にも向いている。

 

「ライの所はタンク居ないっぽいし、ボクは器用だから料理とかの雑用も出来るよ。お得だと思わない?」

「んーむ……確かになぁ。お前らはどう思う?」

「タンクが居たら斬りたい放題なので賛成です!」

「……私が前に出る機会が減れば、その分ライを守れるから」

「私はどちらでも。リーダーに従いますよ」

 

 賛成二、中立一、と。んじゃまぁ、決まりかね。

 

「という事らしいんで、まぁよろしく頼むわ」

「やった! みんな宜しくね!」

「て言っても、しばらくはアスーラで路銀稼ぎだけどなー」

 

 一応ジュレは金持ってるけど、パーティー共有財産じゃないしな。

 全員分の船賃となるとそこそこ稼がなきゃならん。

 

「え? そうなの?」

「俺とサウレは明日から治療院の雑用。アルとジュレはその辺の魔物狩ってるから、クレアはそっちだな」

「えぇっ!? いきなり別行動!?」

「まー朝夕は一緒に飯食うつもりだけどな。宿屋も同じ……って言うかお前、宿はどうするつもりなんだ?」

 

 忘れてた。こいつ、こんだけ可愛いのに自称男だったわ。

 ちゃんと自分で部屋予約してるんなら良いんだけど。

 

「え? ライと同じ部屋でいいよ?」

「良くねぇよ。今から部屋取ってこい」

「えぇー……そんなぁー」

 

 うさ耳をへなっと垂らして悲しそうな顔されても知らんわ。

 

「ジュレ、ちょっとこいつに着いて行ってくれないか? ……じゃねぇわ。行ってこい」

「はぁはぁ……私の扱いに慣れてきて嬉しいです!」

「ほらクレア。部屋がなかったら相部屋してやるから、とりあえず行ってこい」

「はぁーい。じゃあちょっと行ってくるね!」

 

 うさ耳をピン、と立て、ジュレの手を引いてギルドの出口に早足で向かって行った。

 うーん。悪いヤツじゃなさそうなんだが……

 

 また癖の強いやつが仲間になったな。

 



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32話「うん。普通の仕事って最高だな」

 

 昨晩。クレアは何とか宿を借りる事ができたので、何とか相部屋は回避出来た。

 最悪の場合俺が馬小屋で寝ようかと思ってたけど、何とかなってよかった。

 

 さて、本日から治療院の雑用の仕事だ。

 街の外れにある治療院に行き、雑用の仕事を引き受けた事を伝える。

 関係者用のタグを渡された後、仕事内容の説明を受けた。

 

 内容的には専門的な事はなく、治療に使った物を消毒したり、ポーションの容器を持ってきたり、患者を運ぶのを手伝ったりと、シンプルな物が多い。

 時には足りなくなった薬草を採取しに行く事もあるらしいけど、今日は必要ないようだ。

 

 そしてシンプルな分、常に人手が足りない治療院としては冒険者を雇いたいくらいに大変な仕事なのだろう。

 

 この国の治療院はとにかく仕事が多い。

 怪我や病気の対処から始まり、薬草を栽培したり、病気の予防方法を伝えたり、読み書きや計算、魔法の使い方を教えたり、炊き出しをしたり。

 その分給料は高いらしいが、ほとんど休みもなく働いているらしい。

まぁ、怪我や病気は休日なんて関係ないしな。

 

 そんな場所での雑用だ。少しでも力になれるなら、と気合いもはいる。

 俺がやる気を出しているのを見たからか、サウレもどことなくいつもよりやる気が出ている、ように見える。

 表情が変わらないから何となくだけど。

 

「ではまず、こちらの倉庫の整理からお願いします」

 

 案内してくれた治療院の男性が倉庫に通してくれた。

 大きな木箱が幾つも積まれていて、それぞれに物の名前の書かれた紙が貼ってある。

 

「了解です。同じものを同じ場所にまとめたらいいですか?」

「それでお願いします。終わったら声を掛けてください」

「わかりましたー。さて、やるぞー!」

「……おー」

 

 重たいものを俺が、軽いものをサウレが担当し、ホコリを払いながら荷物を運ぶ。

 倉庫内はそこそこ広く、結構な重労働だ。

 でもこの、仕事をしている! と言う感じが心地よい。

 命の危険なんて無いし、これはこれで良い職場かもしれない。

 

 身体強化の魔法を使いながらせっせと運び終わると、次は治療器具の消毒を任された。

 デカい鍋にグラグラと湯を沸かし、その中に包帯や器具を入れていく。

 しばらく煮沸(しゃふつ)して殺菌したら、サウレに浄化の魔法を使ってもらう。

 鍋の前に立ちっぱなしだからかなり暑い。俺もサウレも上着を脱いで次々と消毒していった。

 

 一通り終わったので、アイテムボックスから取り出した水を飲み、先程の男性を探す。

 視線を巡らせると、どうやら怪我をした男性の治療をしているようだ。

 足に刺さった木のトゲが痛々しいが、それらを的確に取り除いていく。

 見える範囲で全てを抜き終わったら回復魔法で傷を治し、こびり付いた血を拭ってやっていた。

 

 回復魔法を使う時は傷の治療の他にも、先に異物を取り除いたり幹部の消毒を行う必要がある。

 そうでないと刺さった物が残ってしまったり、毒が回ってしまう事があるからだ。

 俺も知り合いの治療師から教えてもらい、それを実践している。

 いや、回復魔法自体は他のやつに任せるしか無いんだけどな。

 

 しかし、さすが本職。手つきに迷いがなく、早い。

 これがプロってヤツだよな。素直に尊敬するわ。

 

「消毒、終わりました。次はどうします?」

「あぁ、じゃあ次は昼食の……って、何て格好をしてるんだ!?」

「は? ……あ、そうか。サウレ、お前だよ」

「……?」

「首を(かし)げるな。いいから上になにか着ろ」

 

 見慣れ過ぎて忘れてたけど、コイツほぼ何も着てないからなぁ。

 普通の人から見たらただの変態とその仲間だわ。

 

「……他はマントしか持ってない」

「じゃあほら、俺の上着貸してやるから」

「……分かった」

 

 俺が渡した予備の上着を頭からすっぽりと着ると、流石にサイズがブカブカだった。

 袖口を掴み、そのまま顔に持って行って匂いを……っておい。

 

「……ライの匂いがする」

「やめろ恥ずかしい……あ、すんません。とりあえず着せたんで」

「この子はサキュバスかい? 種族的に仕方ないかも知れないけど、出来るだけ気をつけてくれよ?」

「……分かった」

 

 指先しか出ていない袖口を見て微笑みながら、サウレは適当にうなづいた。

 

「あー……すみません。こいつ、悪気はないんで」

「構わないよ。じゃあ二人とも、昼食の手伝いを頼む。あっちにキッチンがあるから」

「了解です」

 

 言われた方に進み、既に作られていた昼食を職員達に渡していく。

 手軽に食べられるようにか、肉と野菜がふんだんに入ったサンドイッチだ。

 俺達も同じものをもらい、隅の方に座って食べることにした。

 

 一口かじると、葉野菜のパリッとした歯触りに、肉の濃厚な旨み、そしてマスタードの刺激が口中に広がる。

 なんだこれ、美味い。そこらの飯屋より美味いんだが。

 その上かなり食べやすい。具だくさんなのに具がこぼれ落ちないのは、糸で十字に縛ってあるからだ。

 これ考えた奴凄いな。ボリュームがあって手軽に食えて、その上美味い。言う事なしだ。

 

「……ライ。これ美味しい」

「あぁ、美味いな。これで昼からも元気に働けそうだ」

「……うん。頑張る」

 

 小さなガッツポーズに、思わず笑みがこぼれる。

 こいつやっぱり可愛いんだよなー。普通にしてれば。

 

「うっし。んじゃ、働きますかね!」

「……おー」

 

 二人で右拳を上げ、とりあえず皆の分のゴミを回収しながら次の指示を貰うことにした。

 さてさて。まだまだ体力は有り余ってるし、頑張りますかね。

 

 うん。普通の仕事って最高だな。

 



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33話「今回も死に物狂いで足掻こうか」

 

 治療院の仕事を続けること一週間。ようやく仕事にも慣れて来た。

 周りの皆にも顔を覚えてもらい、怪我の治療や薬の調合の手伝いなんかも任されだした感じだ。

 周りも良い人ばかりで働いていて楽しいし、人のためになってるって実感が湧いてくる素晴らしい職場だ。命の危険も無いし。

 

 ちなみに今日は休日なので、宿の自室でのんびり過ごす予定である。

 日頃の疲れをしっかり取っておかないとな。

 

「そういう訳だから帰れ、お前ら」

「暇なら一緒に討伐依頼を受けましょう!」

「……私はライの傍を離れない」

「ライさんの嫌がる顔を見たいので」

「初皆が来たからボクも来てみた!」

 

 朝からこの調子である。放っておいてほしいもんだ。

 

 現在俺の部屋は、出入口前でやる気満々な様子のアル、今日は単独で治療院の仕事の日なのに俺の傍から離れないサウレ、部屋に一つしかない椅子に腰掛けているジュレ、そしてベッドに腰掛けているジタバタしているクレアと、満員状態である。

 

「あぁもう……分かった。受けてやるから落ち着け」

「おぉ! 久しぶりにライさんと一緒ですね!」

「……ライ、狩りに行くの?」

「こうでもしないと煩くて仕方ないからな」

 

 不服そうなサウレの頭を撫でてやりながら答える。

 俺も行きたくて行くわけではない。適当に終わらせて午後は惰眠を(むさぼ)る気満々だ。

 

「あら。じゃあ私はクレアさんと観光にでも行ってきます」

「おっと。なら良い所案内してあげるよ!」

 

 どこからとも無く取り出していた紅茶を飲みながら言うジュレに、クレアが乗り気で答える。

 

「なんだ、ジュレ達は行かないのか?」

「私が居なくて困るライさんを想像すると……はぁはぁ」

「ボクもメンバーと親睦を深めたいからね!」

 

 こいつらも自由だよなー。別に構わんが。

 

「そうか。じゃあ久々にアルと二人だな」

「成長した私を見せてあげます! れっつぶっ殺タイム! ヒャッハー!」

「落ち着けサイコパス。少しだけだからな?」

 

 いつもの調子のアルに苦笑いしながら、とりあえず冒険者ギルドに向かうことにした。

 

 

 相変わらずボロい建物のスイングドアをきぃと鳴らしながら中に入ると、まだ朝も早いのに既に冒険者で溢れかえっていた。

 みんな依頼を受けに来たんだろう。この調子だともしかしたら討伐依頼は残ってないかもしれないな。

 

「おはようございます。討伐依頼、何か簡単な奴はありますか?」

 

 長い木のカウンター越しに受付の女性に声をかけると、少し驚いた顔をされた。

 

「あら、ライさんですか。討伐依頼なんて珍しいですね」

「アルに押し切られました」

「それはご愁傷さまです。討伐依頼だと……もうこれしか無いですね」

 

 渡された用紙を見ると、ゴブリンの小さな群れがアスーラと王都を結ぶ街道沿いの森で発見されたようで、そいつらを討伐する依頼が書かれていた。

 ふむ。数匹程度なら俺とアルだけでも何とかなるだろ。

 それにまぁ、危なくなったら罠張って逃げればいいし。

 

「んじゃこれ受けますね。受領書ください」

「はいはい。どうぞー」

「ありがとうございます」

 

 写しの紙を渡してもらい、早速現場に向かうことにした。

 

 

 

 ここまでは良かったんだが。

 目的地の森に入ってゴブリンを見つけた途端、すぐに後悔した。

 

「……アル。帰るぞ」

「えぇっ!? なんでですか!?」

「バカ、でかい声出すな……」

 

 何が数匹だよちくしょう。

 耳と鼻が異様にデカい子どもサイズの緑の魔物。

 一匹なら普通の成人男性でも勝てるような奴だが、群れる性質が厄介なゴブリン。

 それが、見える範囲だけでも二十匹はいる。

 周囲には食べ散らかした獲物の残骸が転がっていて、酷い悪臭がここにまで漂って来ている。

 

 こいつらは普通、これ程の数で群れたりしない。あまりに数が多いと獲物を取り合って仲間内で殺し合いを始めるからだ。

 多くても通常なら五匹程度。つまり、目の前の光景は普通ではない。

 これは上位種と呼ばれるリーダー格がいる証だ。

 

(まずいな……)

 

 通常の魔物が何らかの理由で進化した上位種は、元となった魔物の数倍は強く、群れを指揮できるようになる奴が多い。

 中でもゴブリンの上位種であるゴブリンロードは頭が良く、味方を強化する魔法が使えるという厄介な魔物だ。

 この上位種が引き連れる群れを軍団(レギオン)と呼ぶのだが、これは王国騎士団が総出になって立ち向かう相手である。

 冒険者二人では勝ち目などない。

 

「今なら殺りたい放題です! 行きましょう!」

「無茶言うな。確実に死ぬぞ、それ。今回は出直しだ」

「えぇ……そんなぁ……」

 

 がっくりと項垂れるアルを撫でてやり、さてと考える。

 こいつらの狙いは港町アスーラだろうか。

 人も食い物もたくさんある。アイツらから見たら美味しい狩場に見えるだろう。

 

 だが、アスーラにはサウレとジュレがいる。アイツらならなんとか対処出来るだろう。

 それが無理でも王都に増援依頼を出して時間を稼ぐくらいは出来るはずだ。

 

(……しかし、困ったな)

 

 問題が一点。俺たちが森の中に入りすぎている事だ。

 森自体の魔力濃度が濃くて気配察知が上手く働かなかったというのもあるだろうが、多分ゴブリンロードが隠蔽の魔法を使っている。

 だからこそ、見える範囲になるまでこの規模に気付けなかった訳だ。

 こうなると撤退すら難しくなってくるが……上手く撒けるだろうか。

 

「アル、出来るだけ音を立てるなよ。森の入口までゆっくり戻るぞ」

「……ライさん! あそこ!」

 

 アルが何かを指さす。その方向を見てみると。

 

(……嘘だろ、おい)

 

 薬草が入ったカゴをもった少女が、軍団のすぐ近くで腰を抜かしていた。

 最悪だ。あの場所だと合流する前にゴブリン共に気付かれる。かと言ってそのまま置いていく訳にもいかない。見つかり次第殺されてしまうだろう。

 あぁ、ちくしょう。

 

『守りたい者があり、戦う為の力があり、けれど戦う義務はない。

 そんな時、あんたはどうするの?』

 

 昔聞いたオウカの言葉が脳裏を過ぎる。

 こうなってしまってはもう駄目だ。

 逃げるという選択肢は無くなってしまった。

 

「アル。いいか、よく聞け。アイツらは軍団(レギオン)だ。二人で勝てる相手じゃない。俺が足止めするから、その間にあの子を連れてアスーラに戻って冒険者ギルドに助けを求めろ」

「そんな事しなくても二人でぶっ殺してやれば――」

「俺かお前がミスしたらあの子が死ぬ」

 

 ピタリと。アルの動きが止まった。

 

「分かるか。俺たちが一手間違えると、あの子だけじゃない。アスーラの連中にも被害が出る。サウレやジュレやクレアだって危ないかもしれない。お前は、それで良いのか?」

「……良くないです」

 

 悔しそうに俯いて拳を握りしめるアル。なんだ、こいつも少しはマトモになって来てるじゃないか。

 そんな場合じゃないのに、つい笑みが浮かんでしまう。

 

「いいか。剣は置いていけ。あの子を担いでアスーラまで行って、すぐに助けを呼んでこい」

「……ライさんは大丈夫なんですか?」

「なんとかする。こっちの心配はするな。分かったら合図に会わせて走れ」

 

 アイテムボックスの中から爆裂玉を取り出し、スリングショットに装填。狙うのは、奥にいる個体。

 

「行け!」

 

 叫びながら射出。ゴブリンの一匹が派手な音と爆炎を撒き散らす中、アルと少女が後ろに駆けていくのが見えた。

 

 これでよし。少なくともアル達は逃げ切れるだろう。

 俺もまだ死にたくはないし、死ぬ気もない。時間を稼げばそれで済む、簡単な仕事だ。

 

「お前らの相手はこっちだ、化け物共!」

 

 威勢よく声を張り上げて、注目を集める。

 爛々とした獰猛な眼が俺を捉える。

 怒りに満ちた表情は、仲間を殺られたからか、獲物を逃がしたからか。

 どちらでも良い。とにかく俺を狙わせれば、それで問題ない。

 

 今回は観客も守るべき者もいない俺の独壇場。

 二人では無理だ。だが。

 ()()()()()()()()()()()

 さぁ、久々に死神(グリムリーパー)の仕事の時間だ。

 

 今回も死に物狂いで足掻こうか。

 



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34話「死神の仕事はこれにて完了だ」

 

 目を見開き、鼻息を荒くして騒ぐゴブリン達。そして、その後ろに見える、俺の二倍はあろう程にデカいゴブリンロード

 恐ろしい化け物共。その様子を余さず観察する。

 合計で二十一匹。その全ての動きを頭に叩き込む。

 行動パターンを予測する。脳内で演算を繰り返す。

 その間三秒。辿り着いた答えの通り、鋼鉄玉をスリングショットでそこら中に撃ち込んで行った。

 

 その作業を行っている途中で、痺れを切らした一匹が飛び掛って来た。だが、それは読めている。

 想定通りの軌道で襲い来るゴブリン。その真下で鋼鉄玉が発動、伸びた鉄の棒の先端が無防備な腹を貫通した。

 

「グギャッ!?」

 

 哀れに響く断末魔。それを切っ掛けに他の奴らもこちらへ駆け寄って来た。

 その足元に粘着玉を撃ち込み、足を取られて藻掻く一匹の顔面に爆裂玉を炸裂させる。

 爆風で群れが怯んだ、その次の瞬間に真横から突き出した鋼鉄の棒が数匹纏めて串刺しにする。

 鋼鉄製の特注品だ。強化されていようと、ゴブリン程度の硬さなら問題なく貫ける。

 

 足止めされたゴブリン達。その背後で更に鋼鉄玉が起動。真後ろから瞬時に伸びた一撃を避けられるはずも無く、更に数匹纏めて串刺しにした。

 仲間の死骸に囲まれて群れの動きが止まる。その隙を突いて爆裂玉を連続で射出。次々と敵を仕留めて行き、徐々に数が減っていく中。

 奥の方から、一匹のゴブリンが物凄い勢いで飛んできた。

 

「ギャアアァァ!?」

 

 十字に伸びた鋼鉄の柵の中心に当たり、頭からひしゃげる。哀れにも捨て駒にされたゴブリンはそのまま地に落ちた。

 俺の視線の先、仲間を投げ付けてきたデカブツ(ゴブリンロード)が居た。その顔には怒りも憎しみも無い。ただ、殺気だけが色濃く浮かんでいる。

 鉄錆(てつさび)のような臭いが立ち込める森の中、一際異様さが目立つ群れのリーダーは、静かにこちらを見定めていた。

 

 俺達が睨み合う中、設置しておいた鋼鉄玉は的確にゴブリン達を射抜いて行く。

 耳を覆いたくなるような悲鳴が続き、そしてやがて、最後の一匹の喉を貫いて罠は再び沈黙した。

 

 さて、これでタイマンだ。

 ここからが本番。

 追いついてみろよ、デカブツ

 

「魔術式起動。展開領域確保。対象指定。略式魔法、身体強化(ブースト)!」

 

 身体強化魔法を使い、くるりと奴に背を向けるとそのまま駆け出した。

 

 一泊置いて、怒号。逃げ出した俺に腹を立て、張り巡らされた鉄の棒をなぎ払いながらゴブリンロードが駆けてくる。

 

「ガァァッ!! ゴギャアァァッ!!」

 

 振り返りはしない。しかし、狂ったような雄叫びが奴の位置を鮮明に伝えてくる。

 罠を張りながら、駆ける。

 足が止まれば終わりだ。追いつかれたら力では勝てない。

 

 木々がへし折られる音を聞きながらも、次々と罠を投げて設置していく。

 散り積もった木の葉や泥に足を取られないように、全力で走る。

 最後に鋼鉄玉を三つ前方に放ち、それを軽く飛び越え、膝を地に着いた。

 

 好機と見たのか、飛び掛って来る巨体。

 その下に、身を低くして滑り込む。

 

 振りかざされる大木の様な腕。

 直後、地面から生えて来た三本の杭に、その腕は強制的に止められた。

 

 その隙を逃さず、滑り込んだ勢いをそのままに来た道を駆け戻る。

 ちらと振り返ると、血走った目で俺を睨みつけるゴブリンロードの姿。

 視線が絡み合った。次の瞬間。

 

「グギャラルオオォォォッ!!!!」

 

 鼓膜を揺るがす怒りの声。

 しかし、(おく)すること無く駆け抜ける。

 すぐさま追い縋るゴブリンロードの声。

 鉄錆の臭いが混じった森の匂い。

 

 そして、発動する罠の数々。

 

 バガンッ! と凶悪な音を立ててトラバサミが足に噛みつき。

 横手からは大量のクロスボウの矢が襲い掛かる。

 頭上から降ってくるのはワイヤー製の網。

 そして、前方、俺の足元に埋まっていた無数の鋼鉄玉。そこから生み出された鉄槍の檻。

 

 あらゆる方向から迫るトラップの数々。

 数えるのも馬鹿らしくなる量の罠を一身に受けながら。

 それでも、ゴブリンロードは止まらない。

 徐々に詰まる間隔。そして、ついに。

 

「ゲギャハッ!!」

 

 嬉々とした怒鳴り声。遅れて、風を斬る音。

 咄嗟に鋼鉄玉を起動して盾の代わりにしたが、それごと殴り飛ばされた。

 

「――――カハッ!」

 

 凄い速さで景色が流れる。

 その凄まじい勢いのまま、大木に叩きつけられた。

 衝撃で肺の中の空気が絞り出され、小さく(うめ)く。

 

「ぐぅ……はは、痛てぇな」

 

 大木に手を着き、支えにして立つ。

 足元が覚束無い。視界がふらふらする。

 耳鳴りが酷いし、肉の腐った臭いと血の匂いが混じった最悪な香りが漂っている。

 

 先程ゴブリン達を退治した場所。ついにここまで追い詰められた。

 これ以上、逃げ場は無い。

 

 それを奴も分かって居るのだろう。

 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、俺をどう殺そうか考えているように見える。

 

「……ははっ! あはははは!」

 

 恐怖に耐えきれずに、笑う。

 追いかけっこの結末は此処だ。これでお終い。

 ただの人間が、ゴブリンロードなら逃げ切れる訳が無い。

 そんな事は最初から分かりきっていた事だ。

 だからこそ、アルと少女を逃がし。

 身体強化魔法や罠を使って逃げ回った。

 

 その結果が、これだ。情けない話だが、俺にはこれが限界だ。

 

 

「――スリィ」

 

 

 左手を木に着いたまま、右手で左肩を触る。

 

 

「――トゥ」

 

 

 そのまま親指を下に向け、真っ直ぐ右へ。

 

 

「――ワン」

 

 

 死神(グリムリーパー)が首を掻っ切るかのような仕草を。

 

 勝ち誇るデカブツに見せ付けた。

 

 

「チェックメイトだ」

 

 

 そう。初めから。

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 刹那、空から数多の鉄槍が豪雨のように降り注ぎ、ゴブリンロードを貫いた。

 

 

「ゲギュアァァッ!?」

 

 吠えたけるゴブリンロードから視線を外さず、ゆっくりと木に背を預ける。

 腹が痛む。アバラが折れたかな、これ。

 

 鋼鉄玉は、起動すると瞬時に鉄の棒へと戻る。

 無理矢理圧縮していた物が元の姿に戻る時、片方が貫けない程硬い場合、棒状となった鋼鉄玉は反動で弾き飛ばされる訳だ。

 既に伸ばした後の鋼鉄の棒に設置した鋼鉄玉。それを起動させることにより、高空に跳ね飛ばした。

 

 その結果、空から鉄の棒が落ちてきた、と言う訳だ。

 タネを明かせば簡単な話で、誰にでも出来る手品でしかない。

 

 後は鋼鉄の棒の落下地点まで、()()()()()()()()()()()

 

 しかし、殴られる必要があったとはいえ、覚悟していても痛いものは痛い。

 あぁくそ。息をするだけでギシギシ来やがる。

 だから戦うのは嫌なんだ。損ばかりして、何も得がない。

 

 ふぅ、とため息をついて空を仰ぐ。

 木々が覆い茂っているせいで太陽は見えないが、その先には晴れた青空が広がっていることだろう。

 だが、俺にはこの薄暗さが丁度いい。陽の当たる場所は、俺には明るすぎる。

 暗くて地味で目立たない、そんな場所が、俺には似合っている。

 

 港町アスーラからサウレ達が来るまでのあと十分弱。

 弱々しい鳴き声を上げるゴブリンロードと共に、木漏れ日も差さない森の奥で血生臭い空気を吸い込みながら。

 何だかこの場所が自分の生き方そのものに思えて、痛みを堪えながら小さく笑っていた。

 

 後は陽の当たる場所の連中に任せるとしよう。

 死神(グリムリーパー)の仕事はこれにて完了だ。

 



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35話「どんな店に行くのか、今から楽しみだ」

 

 木に背を預けて少し待っていると、アルが騎士団やパーティメンバーを連れて戻って来た。

 すぐさまジュレに回復魔法を使って貰うと、腹の怪我は何の違和感も無く完治した。

 やっぱり魔法って凄いな。俺も使えたら良かったのになぁ。

 

 尚、俺の使った罠は、ゴブリンの死体と共に騎士団員が回収してくれた。ありがたい事だ。

 

「……ライさん。この数を、一人で?」

「うん? あぁ、ゴブリン程度ならな。森の中だったし、俺一人なら問題は無い」

 

 俺の手当をしながらジュレが尋ねてくる。

 まぁ、むしろアルが居た方が演算が複雑になってただろうしな。

 仲間と連携できないとか、やっぱり俺は冒険者に向いてないわ。

 

「さすが二つ名持ち、と言ったところでしょうか。私やサウレさんでもここまでやれるか……」

「嘘つけ。お前らなら余裕だろ」

「あら。バレてしまいましたか」

 

 ジュレなら遠距離から一方的に殲滅できるし、サウレを捉えきれる魔物なんてそうそう居る訳が無い。

 しかも俺とは違ってちゃんと味方と連携取れるし、怪我なんて絶対しないだろう。

 そう考えると、やっぱり一流冒険者って奴は普通じゃ無いな。

 

「ライさーん! ゴブリンロードの首落としてきましたー!」

 

 見ると、頭から血塗れになったアルが巨大な両手剣を引きずりながら駆けて来ていた。

 

「おま……返り血も落としてこい!」

「先に褒めてくださーい!」

「はいはい偉い偉い。ほら、行ってこい」

「えへへ……はーい!」

 

 元気よく騎士団の方に走って行くアル。こう見ると可愛らしいが、両手剣とは逆の手にはゴブリンロードの生首が下げられている。

 中々に狂気に満ちた光景だ。

 あーほら、騎士団の人たちもガチで引いてるじゃねぇか。

 嬉しいのは分かったから首を振り回すんじゃありません。

 でもこれでアルの賞罰欄がまた更新されたな。良い事だ。

 

「……ライ。大丈夫?」

 

 今度はサウレがこちらを労わってくれた。その心遣いが少し嬉しい。

 

「ん。もう大丈夫だ。ありがとな」

「……あまり無理しないで。私はライに何かあれば仇を取って後追いする」

 

 いや、重っ! 知ってはいたけど!

 

「あー。んでクレアは……何してんだお前」

 

 本当に何してるんだろうかアレ。

 木の陰に隠れてじっとこちらを見ている。

 何て言うか、人に慣れていない小動物みたいだ。

 

「…………これ、ライが一人でやったんだよね?」

「あー。まぁ、そうだな」

「…………ライって、何者?」

「何者って言われても……ただの普通の冒険者だぞ?」

「いや絶対普通じゃないからね!?」

 

 うーん。まぁ確かに普通では無いけどな。

 俺は普通になりきれない出来損ないだし。

 

「……なんで誰も不思議に思わないの?」

「あら。クレアさん、ここはユークリア王国ですよ? 英雄(生きた伝説)がいる国で今更では?」

「あー。言われてみれば……」

「いや待て、俺をあの人たちと同類にするな」

 

 あんな人外と一緒にするんじゃない。

 俺はただの凡人だ。

 

「あの人たち? そう言えば先日も似たような事を仰ってましたけれど、まさかお知り合いですか?」

「……まぁ、大変遺憾(いかん)ながらな」

 

 救国の英雄達は、オウカ絡みでほぼ全員と話したことがある。

 全員どこかマトモじゃなかったな。

 

「うわぁ! ライさんって凄いんですね!」

「おぅ、お帰り。別に凄くはないからなー」

 

 顔や髪についていた返り血を拭って来たアルが会話に混ざってきた。

 流石に服や鎧はどうしようも無かったらしくやや臭うが、それは多分言わない方が良いんだろうな。乙女的な問題で。

 いや、アルにその感覚があるかどうかは知らんが。

 

「ねぇライ。このパーティーってさ、メンツ濃すぎない?」

「何を今更。クレアも含めて全員濃いぞ?」

 

 アル(サイコパス)サウレ(狂信者)ジュレ(ド変態)、そしてクレア(男の娘)

 ヤバい、改めて考えてもマトモなのが居ねぇ。

 

「いや、これ見る感じ、ライも普通じゃないと思うけど」

 

 ゴブリンの死体の山を指さしながらそんな事を言われた。

 何言ってんだこいつ。

 

「こんなもん、慣れだろ。誰でも出来る事だ」

「出来ないからねっ!?」

「いやいや、そんな事は無いからな」

 

 慣れてさえしまえば簡単な事だろ。多分。

 あまり他の冒険者の狩りとか見たこと無いが、俺みたいな凡人に出来ることを他の冒険者が出来ない訳が無いし。

 

「そんな事より、これからどうする? 俺は帰って寝たいんだが」

「ギルドで換金したらご飯食べに行きましょう!」

「あら、たまにはオウカ食堂以外も良いかも知れませんね」

「……私はライに着いていく」

「なんでみんな普通に流してるのかなぁ!?」

 

 元気だなークレア。言ってることはよく分からんが。

 

「なんだ、案内してくれないのか?」

「いや、案内するけど!」

「んじゃさっさと帰るぞ。腹減ったわ」

「あーもう! なんなんだよこの疎外感!」

 

 何気に朝飯も食ってないしな。

 どんな店に行くのか、今から楽しみだ。

 

 



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36話「やっぱりアイツ、怖いわ」

 

 港町アスーラでの日々は穏やかに過ぎていった。

 治療院での雑用を通して町の人達とも仲良くなれたし、オウカ食堂の手が足りない時はそっちを手伝いに行ったりもした。

 例の船に乗っていた子達も元気に働いていて、おっさん達はそれを嬉しそうに眺めながら警備の仕事をしている。

 たまにアルが討伐依頼に巻き込んでくるが、今のメンバーなら何の問題も無く完了できた。

 

 サウレやジュレが凄いのは前から分かっていた事だが、予想外だったのがクレアの戦い方だ。

 盾を打ち鳴らしたり大声を上げたりして敵の注意を引き、その攻撃を素早く躱したり受け流したりしていた。

 その様は手馴れていて、今まで一度も被弾していない。

 さらには目や耳が良く、敵の接近にいち早く気付いてメンバーに教えてくれたり、休憩中の気配りも上手い。

 いつでも明るく元気で、アルと並んでパーティーのムードメイカー的な存在になっていた。

 

 

「お前、凄いなぁ。何で今までちゃんとしたパーティー組まなかったんだ?」

 

 オウカ食堂で買った夕飯を冒険者ギルドに持ち込み、皆で飯を食いながら聞いてみた。

 

「いやー。ボクの好みに合う人が中々居なくってさ」

「そんな理由でパーティーを選ぶなよ」

「いやいや! パーティーメンバー内で結婚とかよくある話だし、ここは大事だよ!?」

「あぁ、確かによく聞くなぁそれ。俺には無縁の話だが」

 

 結婚ねー。憧れのスローライフを始められたら考えて見ても良いかもなぁ。

 少なくとも今の状況で結婚なんて考えられないけど。

 

 ちなみに俺たちの居るユークリア王国は、結婚に関する法律がかなり緩い。

 同性間での結婚や重婚、さらには兄弟間の結婚も認められている。

 その場合、子どもを作る際は申請がいるらしいが、この緩い法律が出来てから結婚率がかなり上がったらしい。

 

「そこんところ、ライはかなり良物件だからね! 早くボクと結婚しよう!」

 

 うさ耳をぴょこんと動かしながらにこやかに笑う。

 うーん。こいつも見た目はかなり可愛いんだがなあ。

 すぐに話をそっち方面に持っていくのは勘弁して欲しいものだ。

 

「……ライは結婚するの?」

「どうだろうな。特にしたいとは思わないが、将来的にはするかもしれないな」

「……私は何番目でも良いから」

「あーはいはい。ほら、汚れてるぞ」

 

 口元を拭ってやりながら適当に答える。

 何処と無く幸せそうにされるがままになっているのに癒されつつ、本題を切り出すことにした。

 

「さて。路銀も貯まってきた事だし、そろそろ王都に向かおうと思うんだが」

「ついに王都! 復讐の時は来ましたね!」

「……王都は久しぶり」

 

 港町アスーラから馬車で二週間ほど南下したところにある、王都ユークリア。

 そこが俺たちの目的地だ。

 アルの元婚約者やサウレを騙した奴を探す為に、王都の冒険者ギルドで情報を集める必要がある。

 俺は俺で「竜の牙」の連中の追跡を逃れるという理由がある。

 

「そこで聞いておきたいんだが、ジュレとクレアはどうする?」

「私はご一緒致します。一人だとどうしようも無いですし、一緒に居たいですから」

「ボクも右に同じ! ライから離れる選択肢はないかな!」

「そうか。じゃあ三日後に出発予定だから準備してといてくれ」

 

 治療院の方には今日の仕事明けに事情を伝えてある。

 かなり惜しまれたが、理由があるなら仕方ないと送り出してくれた。

 後は旅路の食料や道具の材料を買い込むだけだ。

 とは言ってもほとんど買い揃えた後だし、買い残しが無いか確認するだけなんだが。

 

「私たちの準備は出来ていますよ。今からでも行けるくらいです」

「そうか。そりゃ何より……だが、そういうセリフはやめてくれ。嫌な予感がしてくるから」

 

 前回も似たようなタイミングで出没したからな、ルミィ達。

 

「さすがに今回は大丈夫ですよ! いくら何でもこのタイミングで――」

 

 バガンっ、と。冒険者ギルドのスイングドアが開かれた。

 とっさにテーブルの下に身を隠す俺とアル。

 次の瞬間、聞きなれた声が聞こえた。

 

「セイっ!! ここに居るんでしょうっ!?」

 

 うっわぁ……この声、間違いない。ルミィだ。

 よく見たらカイトとミルハも居るし。

 ……なんか、死にそうな顔してるけど。何かあったんだろうか。

 いや、そんなことはどうでも良いか。

 

「…………ほらみろ。おかしなこと言うから」

「…………私のせいですかっ!?」

 

 小声でアルとひそひそやりあうが、ヤバい。

 冒険者ギルドの裏口はここから遠い。見付からずに逃げるのは不可能だろう。

 かと言って、このまま隠れ続けてもいつか見付かってしまう。

 どうしたものか。何とかここを逃げ出さなければならないのだが。

 

「……ライ。あの女がルミィ?」

「…………そうだ」

 

 サウレが目線を下げずに聞いてくる。

 他の二人も同じく、警戒しながらルミィの方をじっと見ている。

 

「あの方がそうですか。綺麗な方ですけれど、確かに目がイッちゃってますね」

「うわぁ。アレはヤバいねー」

 

 ジュレとクレアの見解は同じらしい。やっぱりヤバいよな、アレ。

 うっわ、鳥肌立ってきた。

 

「……ライ。私達が時間を稼ぐ。馬車を借りて門の前で待っていて」

「…………大丈夫なのか?」

「……上手くやる。任せて欲しい」

 

 サウレは真正面を向きながら、テーブルの下にそっと拳を伸ばして来た。

 冒険者間で使われる合図。健闘を祈るという意味が込められたそれに、苦笑いしながらこちらの拳をこつんと当てた。

 

「……騒ぎを起こして注目を集めるから、その隙に。二人にも手伝ってほしい」

「今回ばかりは遊んでもいられませんね。協力致します」

「うーん……ちょっと怖いけど、ライの為なら頑張るよ!」

 

 三人揃って席を立つと、「竜の牙」の連中の元へと歩み寄って行った。

 さて。サウレの奴、どうするつもりだ?

 

「……貴方が探している人は、罠師のセイ?」

「えぇ、旅先ではぐれてしまいまして。何かご存知なのですか?」

 

 うわぁ。ルミィの奴一瞬で猫被りやがった。あの女神みたいな微笑みが逆に怖いな。

 

「……知っている。彼は優しい。普段も、ベッドの中でも」

「は?」

 

 ピシリと。ルミィの笑顔と共に、ギルド内が凍りついた。

 

 おいこら、何て事言ってんだお前。俺を社会的に殺す気か?

 

「……彼は今、宿のベッドで眠っている。さっきまで夜伽(えっちな事)をしていたから」

 

 その言葉に対して。

 ルミィが手に持ったロッドを振り下ろすのと、サウレが短剣を振り上げるのは同時だった。

 ガチリと噛み合った武器同時がギリギリと音を立てる。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」

「……やるなら相手になる」

 

 やべ、ルミィがキレた。

 あ、でも武器を合わせたまま奥の方に走って行ったな。さすがだ、サウレ。

 

「あなた達もセイさんを探しに?」

「あ、あぁ。アイツは俺たちの仲間だからな。何か困ってるなら助けになりたい」

「宿屋に居るならちょっと行ってみようかな! ありがとう!」

「それが宜しいかと。まだ寝ていると思いますので」

 

 こっちはこっちで凄いな。ジュレの奴、真顔で嘘ついてやがる。

 クレアも若干引いてるし。

 

「ルミィは……無理だな。すまないが頼めるだろうか。俺たちは先にセイと話をしたい」

「分かりました。お任せください」

「すまない。じゃあ、頼んだ」

 

 それだけを言い残し、二人は冒険者ギルドから去っていった。

 よし、今だ。

 

「…………アル、行くぞ。裏口だ」

「…………わかりました!」

 

 響く戦闘音を後に、俺たちはギルドをこっそり抜け出した。

 しかし、久しぶりに見たけど……

 

 やっぱりアイツ、怖いわ。

 



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37話「これなら悪夢を見ずにすみそうだな」

 

 裏口から冒険者ギルドをこっそり抜け出した俺たちは、そのまま馬車の停留所へと急ぎ足で向かった。

 荷物は大丈夫。馬車を借りることもできた。

 後はサウレ達が来るのを待つだけだ。

 

 しかし、サウレはあの状態のルミィを抑えて逃げ出すことが出来るんだろうか。

 出来ればどちらも怪我が無ければ良いんだが。

 ……いや、あんなんでも元パーティーメンバーだしな。かなり仲も良かったし。

 

 優しくて、勇敢で、気配りができて、綺麗で。いつも優しく微笑んで俺たちを見守ってくれていた。

 本当に女神なんじゃないかと何度も思った事がある。

 それくらい良い女だった。のだが。

 どこで壊れたのか。もしかしたら最初からかも知れないが。

 

 とにかく今は逃げることを優先しよう。捕まったらまた前線送りか監禁の二択だろうし。

 

「あっ! サウレさん達が来ましたよ!」

「……おい。後ろにアイツらがいねぇか」

 

 駆け寄ってくるサウレ達の後ろに、ルミィ達「竜の牙」のメンツが揃ってるんだが。

 でもなんか、ルミィだけ足が遅いような気がする。戦い疲れか?

 

「馬車を出してー! はやくー!」

 

 叫ぶクレアの声に応え、御者台に乗り込み馬車を発車させる。

 スレスレのところでサウレ達が乗り込み、馬車はそのまま駆け出した。

 

 急いで振り返ると、ルミィ達が次第に離れていくのが見えて、ようやく一息をついた。

 これで馬と同じ速度で追って来たりしたら笑えないからな……

 

「おう。みんな、ありがとな」

 

 後ろの(ほろ)の中で珍しく息を切らしている三人に労いの言葉をかけた。

 魔物との戦闘でもここまで疲れてるところは見たことがない。余程苦戦したのだろう。

 

「……あの人、殺気が凄かった。何者?」

「ただの回復職(ヒーラー)のはずなんだがなぁ……」

 

 アイテムボックスから、まだ冷たいリンゴのジュースを取り出して全員に渡す。

 もう一度後ろを見るが、すでに人影は無かった。

 諦めた……訳がないな。俺達と同じように馬車を借りに行ったのだろう。

 その間にどれだけ距離を離せるかだな。

 

 疲れきった三人を乗せ、馬車は順調に駆けて行った。

 

 

 

 およそ二時間後。今は復活したジュレが御者を変わってくれ、馬に回復魔法をかけながら走らせてくれている。

 この調子なら今日は止まらずに進むことが出来るだろう。

 念の為魔物よけの魔導具も起動させてあるし、出来るだけ距離を稼ぎたいところだ。

 

「……そういやサウレ。あの後、どうなったんだ?」

 

 俺にもたれかかったサウレは、そのままの体勢で腰のアイテムボックスから何かを取り出した。

 これは……記録用の魔導具か? 珍しいもの持ってるな、こいつ。

 これは実際にあった事を記録しておける魔導具で、主に貴族が演劇や吟遊詩人の唄を残すために使われている。

 なるほど。これで冒険者ギルドでのやりとりを記録してた訳だな。

 

 魔力を通し、幌の中で再生する。

 ジジッと掠れるような音がした後、記録された映像が再生された。

 

 ベッドで眠っている俺。

 そのベッドに忍び寄るサウレ。

 真横に来た所で外套を脱いだ。相変わらずほぼ全裸の際どい格好をしている。

 褐色の肌に白い髪が妙に艶かしい。

 やがて、俺と同じベッドに横たわり、俺の顔をじっと見つめながら両手を股の方に伸ばして……

 

 魔力を切った。

 

「…………何してんだお前」

「……間違えた。こっち」

 

 クレームを入れると違う記録用魔導具を渡された。

 違う、そうじゃない。

 

「……これはまだ見ないで。一人の時に見て欲しい」

「アルの教育に悪いからやめれ。ほら、こっち再生するぞ」

 

 改めて渡された魔導具に魔力を通すと、古びた冒険者ギルドの様子が映し出された。

 どうやらサウレとルミィは戦闘中のようだ。

 

 横薙ぎに振るわれたルミィの杖。それを短剣で受け流しながら距離を離すサウレ。

 たまたま居合わせた冒険者達は少し離れた場所で傍観しているようだ。

 ルミィの振り下ろし。サウレがひらりと躱すと、ギルドの床がベコリとへこんだ。

 ……これ、自分に強化魔法かけてやがるな。

 て言うか、サウレが全く攻撃していない。

 振り回される杖を避けたり受け流したりするだけだ。

 

「……ライの仲間だから、傷つけたくなかった」

「よくやった。ありがとな」

 

 褒めつつ頭を撫でてやると、グリグリと押し返してきた。

 猫みたいだな、と思いながら更に撫でてやると、クレアがうずうずした様子で身を乗り出してきた。

 

「クレアもお疲れさん」

 

 空いた手で同じように撫でてやる。

 気恥しそうな顔で、しかし嬉しそうにされるがままになっている様は少し愛らしかった。

 

「そんで、このままやり過ごしたのか?」

「……体力が尽きるのを待って逃げてきた」

「さすがだな。これなら時間も稼げそうだ」

 

 見た感じルミィは魔法をずっと使ってるから疲労も凄いだろう。こちらはジュレが回復魔法を使って馬を走らせている分、かなり距離が離れるはずだ。

 そのまま王都に逃げ切ってしまえば見つかることは無い……はずだ。

 

「ジュレ。疲れたら交代してくれ。俺は仮眠を取っておくから」

「分かりました。私も後で撫でてくださいね」

「はいよ。んじゃ、任せた」

 

 苦笑いを返していると、不満そうなアルがじっとこちらを見つめていた。

 

「私も! なでてください!」

「は? いや、かまわないが……」

 

 ちょいちょいと手招きして、同じように撫でてやる。

 

「むふー! 私も頑張りましたからね!」

「ん? 何をだ?」

「ぶち殺さないように我慢しました!」

「あー……まぁ、偉かったな」

 

 こいつ、どこまでも物騒だな。でも最近は抑える事が出来てきたし、だいぶ成長してるようだ。

 そこを褒める意味も込めて、わしゃわしゃと撫でてやった。

 ご満悦な表情で離れるアルに再度苦笑しながら、俺は膝を立てて座ったまま毛布にくるまって仮眠を取ることにした。

 ナチュラルにサウレが膝の間にすっぽりと収まってくるが、言っても聞かないのでそこはスルー。

 仲間の優しさに温もりを感じながら、うつらうつらと眠りについた。

 

 これなら悪夢を見ずにすみそうだな。

 



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38話「俺たちは家族みたいなもんだからな」

 

 陽の光を浴びて、意識が覚醒してきた。

 どうやら温かく柔らかな何かを抱えているようで、心地良さに二度寝しそうになりながらも何とか眼を開ける。

 そこにはいつも通りのサウレの白髪……ではなく。

 ジュレのサラサラした髪が広がっていた。

 水色が陽の光でキラキラしていて綺麗だ。

 ……けども。何だ、これ。

 

 馬車の(ほろ)の中を見渡すと、アルとクレアが横になっている。

 振り返ると、サウレは御者台に座っていた。

 うーん。なるほど?

 

 抱き抱えた俺の腕を、ジュレがしっかり掴んでいる状態。

 両腕とも体の前でしっかりと抱き抱えられていてビクともしない。

 ただ、ふにゃりとした温かく柔らかな感触が返ってきただけだった。

 この甘い香りは香水かなにかだろうか。

 ぼんやりした頭で、どうしたものかと考え。

 

 状況を把握し、全身に鳥肌が立った。

 

「――――ッ!?」

 

 声にならない悲鳴を上げる。

 慌てて離れようとするが、やはり腕はビクともしない。

 

「おい、ジュレ! 起きろ、離れろ!」

「……くすっ」

「あ、テメェ起きてやがるな! 早く離れろ!!」

 

 うわぁ! むにゅって! むにゅってした!

 

「いーやーでーすー。あぁ、焦っているライさんの声、素敵ですねぇ」

「はーなーれーろー!」

 

 て言うかこの体勢、身動き取れないんだが!?

 

「おいこらド変態! さっさと離れねぇか!」

「はあぁんっ! ありがとうございますぅ!!」

 

 身震いして力が緩んだ隙に何とか脱出し、幌の隅に避難した。

 

「おま……何してんだ!?」

「御者を交代する時に、サウレさんに場所を譲ってもらっただけですよ」

「サウレ!?」

 

 なんてことしてんだお前!

 

「……私はジュレ達なら構わない」

「俺が構うんだよ!」

 

 流石にサウレ以外はまだ無理だから!

 てか俺も俺で何で気付かなかったんだよ!

 普段なら誰か近付いただけでも目が覚めるのに!

 

「うふふ。ライさんは私を身内だと思ってくれてるようですねぇ。嬉しいです」

 

 ジュレがニンマリと意地が悪い顔で笑う。

 ナチュラルに人の心を読むな!

 

 ……あー、でも、うん。確かにそれはあるかもしれん。

 ジュレだけじゃなく、アルもサウレもクレアも。

 みんな身内みたいなもんだ。

 最近は触れる程度なら問題も無くなってたし。

 

「ただ今回はやり過ぎだからな? やめてくれ、マジで」

 

 まだ鳥肌立ってんだが。

 

「あらあら。こんな美女に抱きついておいて酷い言い方ですね」

「確かに美女だが自分で言うか……?」

「……えぇと。そこはその、否定しないんですね」

「ジュレが美人なのは事実だからな」

 

 実際のところ、ジュレはまるで美術品のような美しさを持っている。

 サラリとした水色の髪、氷の彫刻のように整った顔立ちと、海を思わせる蒼い瞳。

 スタイルもよく、胸元を開いたドレスのような鎧姿なのもあって、男女問わずに周りの目を引く奴だ。

 

 これで性格さえマトモならなぁ。

 ドSでドMとか救いようが無いんだが。

 

「……ジュレ。ライは天然たらしだから諦めた方が良い」

「そうですねぇ。恐ろしい人です……」

「いや、何の話だお前ら」

「ライは知らなくていい。どんなライでも私は愛しているから」

「どんな誤魔化し方だよそれ」

 

 誰がたらしだ。こちとら女性恐怖症だぞ。

 風評被害にも程がある。

 

「……ライ。そろそろ交代したいからクレアを起こしてほしい」

「はいよ。ほらクレア、起きてくれ」

 

 近寄って肩を揺すると、寝ぼけた様子で起き上がった。

 大きく背伸びをして、改めてこちらに笑顔を向ける。

 

「おはよ、ライ!」

「おはようさん。御者やれるか?」

「大丈夫! 任せてよ!」

 

 クレアは寝起きなのに朗らかな調子で、サウレとハイタッチをするとそのまま御者台に座り手綱を持った。

 冒険者歴が長いやつは大体馬車を運転できる。

 多芸で無いとやって行けない訳ではないが、色々な事をできた方が依頼を受けやすくなるからだ。

 俺たちのパーティーもアル以外は全員運転出来るので、昨日からこうしてローテーションで馬車を走らせ続けている。

 しかし、馬車に乗ってるだけでも疲れは溜まっていくものだし、回復魔法を使っているとは言えそろそろ馬も限界だろう。

 もうしばらくしたらちゃんとした休憩を挟む必要があるな。

 

「……ライ。御者を頑張った。撫でて」

「構わんが、最近頻度が増えてないか?」

「……スキンシップは大事。愛は(はぐく)むものだから」

「またよく分からんことを……」

 

 まぁ別に嫌じゃないし、いいんだけどな。

 

 仲間内の中でもサウレだけは抱き着かれても平気なくらい気を許している。

 アルに次いで付き合いが長いのもあるが、向こうが積極的にスキンシップを取ってくるのが大きな理由の一つだろう。

 そう考えると夜中にベッドに忍び込んできた事も許せるような気が……しないな、うん。

 アレは本当にビビるからやめて欲しい。

 ふと目を開けたらサウレの顔が目の前にあって悲鳴を上げたこともあるし。

 

 ちなみにアルは撫でたり触れられたりするのは問題ないが、抱き着かれても大丈夫かどうかは未検証だ。

 あいつ、何気に恥ずかしがりなところあるしな。

 俺もすすんで試そうとは思わないし。

 

「……ライ?」

「ん、どした?」

「……私は幸せ」

「そうかい。そりゃ良かった」

 

 身内が幸せなのは良い事だと思い、更に頭を撫でてやった。

 猫みたいにぐりぐりと押し返して来るのが面白くて、苦笑いを返す。

 全員癖が強くて。でも良い奴らで。揃いも揃っておかしな奴ばかりだが、それでも。

 

 俺たちは家族みたいなもんだからな。

 



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39話「その言葉に、俺たちは顔を見合わせた」

 

 振り回されるアルの両手剣。確かな質量を持って風を斬る鉄塊は、そのままオークの首を跳ねた。

 次いで、くるりと回りながら、横薙ぎ。

 恐ろしい勢いで繰り出された一撃は狙い違わず別のオークの首を刈り取る。

 

「あはは! あはははっ!」

 

 満点の笑みで残虐の限りを尽くすアル。

 既に見慣れたその姿に苦笑いしながらも、周りを取り巻くオーク共を牽制するのを忘れない。

 そこらに落ちている石をスリングショットで飛ばし、こちらに意識が向いた瞬間を逃さずにアルが仕留める。

 

 既に何匹目だろうか。片手では足りない気がするが。

 

 

 馬車を走らせていた折にオークの群れに遭遇した俺たちは、食肉を求めて狩り尽くす事を決めた。

 馬車は少し離れた所に止めてある。

 サウレは俺の隣で護衛……という名目で背中に張り付いていて、ジュレとクレアは近くにある川が解体に使えるか確認に行っている。

 そしてアルは見ての通り。

 今まで我慢していた分、やりたい放題に暴れ回っている訳だ。

 

「死ね死ねぇ! あははっ!」

 

 キラキラとした笑顔と血飛沫を撒き散らし、暴風のように両手剣をぶん回す。

 最近は慣れたもので、その立ち回りには危うげな様子は見受けられない。

 俺はたまに牽制したり、仕留めやすいように罠を仕掛けたりするだけで良い。楽なものである。

 但し、アルが暴走しすぎないように制御しなければならないが。

 

「アル! 下がれ!」

 

 呼び掛けながら爆裂玉を射出。オークが固まっている所に打ち込み、一匹を仕留めた。

 その隙に戻ってきたアルに水を渡していると、自然な調子でサウレが前線に走って行った。

 

 アルが動とするなら、サウレは静。

 研ぎ澄まされた短剣の一撃は確実に急所を捉え、繰り出される攻撃は全てを躱していく。

 こちらも手慣れたものだ。さすが一流冒険者、動きに(よど)みが無い。

 流れる水のように緩やかな歩みに見えるのは、全く無駄がない足運びだからだろう。

 するりと隣を抜けたかと思えば、いつの間にかオークの喉元が掻っ切られている。

 なんとも鮮やかな戦いだ。

 

「ライさん! まだ殺し足りません!」

「ダメだ。そろそろ体力が尽きるだろお前。ちょっと休め」

 

 返り血を濡らした布巾で拭ってやりながら、再度苦笑い。

 こういう所は変わらないな、こいつ。

 でもまぁ、俺の指示を聞くようになったのは大きな成長と言えるだろう。

 今にと飛び出しそうな程に気が(たかぶ)っているが、ちゃんと抑えが効いているようだ。

 うむ。良きかな良きかな。

 

「……ライ。終わった」

「おう。お疲れさん」

 

 とてとて歩いてきたサウレの顔を新しい濡れ布巾で拭ってやり、同じように水を渡してやった。

 ちなみに彼女は返り血を浴びていないが、これは恒例のやり取りになっている。

 その後、じっとこちらを見詰めながら頭を出して来たので、ご要望通り撫でてやる事にした。

 まるで子猫のようにこちらの手を押し返してくるサウレに癒されながら、俺も慣れてきたなと実感する。

 まさか女性に触れて和む時が来るなんてな。ルミィの呪いもだいぶ解けて来たようだ。

 

「ライさん! 私も撫でてください!」

 

 頭突きするかのような勢いでアルが頭を出してくる。

 こっちはまるで子犬だな、と思いながら撫でていると、ジュレとクレアが戻ってきた。

 

「あっちの川がちょうど良い感じだったよ!」

「どうやら狩り終わったようですし、運んで解体しましょう」

「おう、そうするか」

 

 アルとサウレを撫でる手を止め、オークをアイテムボックスに収納していく。

 数えると、十匹もの数を倒していたようだ。

 アルとサウレの手際に感心しながら、しかしと考える。

 多い。オークは、通常ならこんな数で群れることはない。

 しかし群れのボスとなる上位個体は見当たらなかった。

 となれば。おそらくコイツらは群れではなく、何かに住処を追われてたまたま一緒に居たのだろう。

 

 さて。面倒なことにならなければいいんだが。

 なるんだろうなぁ、どうせ。

 何せトラブルメーカーしかいないからなー、うちのパーティー。

 

「ところでライさん、何かお忘れではないですか?」

「忘れてないかな!」

「あぁはいはい。ほら、頭出せ」

 

 催促してくるジュレとクレアの頭を撫でてやる。こうして大人しくしてると可愛いもんなんだがなぁ。

 クレアはともかくジュレは俺が嫌がると分かってて抱き着いたりしてくるからな。

 本気でやめて欲しい。さすがにそのレベルのスキンシップはまだ無理だ。

 

「さて、お前らも解体手伝ってくれ。今日中にコイツらを燻製にして非常食にしちまおう」

「……解体は任せて」

「じゃあボクは血抜きしようかな!」

「私は例によって見学します!」

「同じく。私は役に立たないので」

 

 いつものやり取りをしながら馬車に戻り、そして。

 

「おい! 冒険者が戻って来たぞ!」

「ああ、助かった!」

 

 二十人程の男たちが、馬車の前に陣取っていた。

 全員薄汚れた格好で、武装しているのは先頭の数人だけ。

 それに、視線の動きから奥にまだ仲間が居るのが分かる。

 しかし大人数の割には随分と余裕が無いように見えるが……なんなんだ?

 見た感じ野盗や山賊ではない。彼らの顔に浮かんでいる感情は、焦りと恐怖。

 

「おい、なんだアンタら」

 

 警戒心を高めて構えると、その中の一人が一歩踏み出す。

 そして、地に膝を着き、頭を下げた。

 

「頼む! 村を助けてくれ!!」

 

 その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。

 



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40話「後悔は残るが、最善の選択には違いなかった」

 

「とりあえず話を聞くから頭を上げてくれ。何があった?」

 

 膝を着く男の前に座り込み、肩に手を乗せる。

 

「俺たちの村が……見たことも無いくらいたくさんのオークの群れがに、いきなり村を襲われたんだ!」

 

 ……ふむ。何となく事情は分かったが。

 この場にいるのは、奥に隠れている気配を合わせておよそ五十人程。

 しかし、武装している奴は数える程しかいない。

 そうなればオークの群れ相手に戦えるはずもない。

 それに、見たことも無いほどの大群となると。

 

「おい、数は分かるか?」

「ハッキリとは分からないが、五十匹はいた! あんなもん見たこともねぇ!」

「五十匹も……そうか」

 

 魔物の群れの規模はボスの強さによって変わる。

 通常種なら七匹程度、上位種だと二十匹程度。

 そして、さらにその上になると、最上位種という分類の魔物がボスとなっている。

 総合戦力はドラゴンにも勝ると言われる大災害の統率者。

 オークキング。ロードを上回る、最高クラスの危険度を持つ魔物。

 それが恐らく、ここに居る。

 

「さて、どうするか……」

 

 思い出し、考える。

 まず、俺たちだけではどうすることも出来ない。

 そもそも単独パーティーでどうにかなる相手ではからだ。

 オークキングの魔法によって強化されたオーク達は、一匹で一流冒険者と同等の戦力を持つ。

 それが五十匹。勝ち目などない。

 

 では王都に急いで救援を求めるか。

 これも、ダメだ。どれだけ急いでもまだ一週間はかかる。

 それをしたら、この村人たちは無事ではすまない。

 打つ手無し。彼らが逃げるまでの時間を稼ぐことすら不可能。

 例えここに「竜の牙」のメンツがいてもどうしようも無いレベルだ。

 

 アル以外の仲間たちも事の次第を把握しているようで、息を飲んでじっと俺を見つめている。

 無駄死にか、見捨てるか。

 その決断をするのは、俺だ。

 だからこそ、彼女たちは口を挟むことなく、不安げな表情でじっと黙っている。

 

「…………これはもう、仕方ないか」

 

 どう考えても他に方法が無い。ならば。

 導き出される答えは一つしかないだろう。

 

 忌避感は、ある。

 これが最適解だと自信を持って言えるが、それでも。

 出来れば取りたくない選択肢でしかない。

 

『守りたいものがあって、戦うための力があって、けれど戦う義務はない。

 そんな時、あんたはどうする?』

 

 昔、オウカに聞かれた言葉。

 その時に俺は、何と返したんだったか。

 今となっては思い出すこともできない。

 

 胸が締め付けられる程に苦しい。

 身が張り裂けそうな程に辛い。

 それでも、守りたいものがあるのだから。

 

「……なぁ、皆に頼みがあるんだが」

 

 

 

 作戦と呼べるほど大した考えではないが、俺の方針を仲間たちに話した後。

 俺は一人、村人に聞いた方向へと駆けていた。

 全員で立ち向かっても勝てない。見捨てることも出来ない。それならば。

 ()()()()()()()を取るしかない。

 アイツらはみんな俺に着いてくると言っていたが、強く断ってきた。

 こんな面倒事は、俺一人だけで十分だ。

 

 やがて見えてきた、既に村とは言えない程にズタボロになった集落。

 オーク共で溢れかえった場所に、そいつは居た。

 最上位種(オークキング)

 禍々しい黒い魔力を身にまとった、災害級の怪物。

 身の丈十メートルは超えるであろう巨体を誇り、しかしその眼には知性が宿っている。

 その姿を見ただけで、ぶるりと身震いした。

 

 怖い。あれはヤバい。戦って勝てるような相手ではない。

 今すぐにでも逃げ出したい。まだ死にたくなんてない。

 ああ、いつかこうなると思っていたから冒険者なんて辞めたかったんだ。

 俺みたいに誰かを見捨てる勇気がない奴は、さっさと辺境にでも引きこもるべきだった。

 

 だが、(なげ)いても仕方ない。

 目の前にいる以上、対策を取るしかない。

 その為に、一人で来たのだから。

 

 

 守りたいものがあって、戦うための力があって、けれど戦う義務はない。

 そんな時、俺ならどうするか。

 

 

 アイテムボックスから、それを取り出す。

 筒型の魔導具で、魔力を通すと盛大に破裂する魔力弾を打ち出せる代物だ。

 これだけは使いたくなかったが、仕方ない。

 

 

「俺なら……そうだよな。()()()()()()()()

 

 

 その魔導具を空に向けて起動した。

 中に込められた玉が遥か高空まで打ち上がり、破裂する。

 王都の祭りで上げられるような赤い花火。

 その意味は。

 

「……あーもう、嫌だなぁ。絶対怒られるからなぁ」

「だーれーにーかなっ!!」

「うわっ!?」

 

 前触れも無く突如として現れた人影に、心の準備をしていたにも関わらず驚いた。

 遅れて、ふわりと風が舞い上がり、地に落ちていた木の葉が巻き上がった。

 

 長い黒髪。強い意志を感じる黒瞳。

 子どものように小さな体躯を包むのは王国騎士団の制服。そして腰に下げられた刀。

 何年経とうとも変わりのない様子の彼女に、安堵と恐怖が湧き出てくる。

 

 

「久しぶりだねっ!! 元気そうで何よりっ!!」

 

 

 救国の英雄。ユークリア王国騎士団長。

 御伽噺(おとぎばなし)に語られる最強の片割れ。

韋駄天(セツナドライブ)』の加護を持つ、世界最速の剣士。

 

「はは……お久しぶりです、レンジュさん」

 

 コダマレンジュ。俺の師匠の姿は、別れた時と何ら変わっておらず、ニコニコと笑っていた。

 

「久しぶり過ぎてかなり怒ってるんだけどねっ!? なーんで連絡のひとつも寄越さないかなこの馬鹿弟子はっ!?」

 

 相変わらずのハイテンションで叫ばれる。

 いや、まぁ。連絡するのを忘れていた俺が悪いんだけど。

 そして、そんなやり取りをしていたら、当然オークキングに気づかれる訳で。

 

「グルゥゥゥアァァアアッ!!!!」

 

 咆哮。体の奥底にまで届き、震えが混み上がるような雄叫びは、しかし。

 

「あれっ!? なんか珍しいのがいるねっ!?」

 

 彼女には通用しない。

 

「いや、だから呼んだんですよ。お願いできます?」 

「もちろんっ!! 任されたっ!! げほっ!?」

 

 自身の胸を力強く叩き、むせる英雄。

 その姿に苦笑いを浮かべた時。

 

 

「じゃあ、やろうか……『韋駄天(セツナドライブ)』」

 

 

 今までとは裏腹に冷えきったレンジュさんの呟きと共に、風がひとすじ流れた。

 

 ――――瞬きをする間もない程の、正に刹那の瞬間。

 

 遠間に見えていたオークキングの率いる群れは、一匹残らず首を跳ねられていた。

 

 遅れて耳に届く、シャランと響く鈴のような音色の抜刀音。

 

「はーい終わりっと!!」

 

 いつの間にか俺の背後にいたレンジュさんに声をかけられて振り返る。

 その何事も無かったかのような姿に、再び苦笑いを零した。

 

 見えはしないが、何が起こったのかは理解できた。

 簡単な話で、目に見えない速さで敵に接近し、抵抗を許さぬ速さで首を跳ね、音を置き去りにして戻ってきただけだ。

 

 相変わらず理不尽な存在だな、この人。

 

「ほらっ!! 何か言うことはないのかなっ!?」

 

 胸の前で腕を組み俺を睨みつける小柄な英雄に、深々と頭を下げる。

 

「すみませんでした! それと、ありがとうございます!」

「よしっ!! 礼はいらないけど謝罪は受け取ったっ!!」

 

 いつもの軽い調子に安心するも。

 

「ちゃんと謝れたから修行は一時間だけにしてあげようねっ!!」

 

 そんな地獄のような言葉をかけられ、俺は大きく肩を落とした。

 だから嫌だったんだよ、マジで。

 ……でもまぁ、俺の取った行動は。

 

 後悔は残るが、最善の選択には違いなかった。

 



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41話「本当に顔出さなきゃ駄目なんだろうか」

 

「改めて自己紹介しようかなっ!!

 ユークリア王国騎士団長っ!! オウカちゃんの婚約者っ!!

 コダマレンジュだよっ!! みんなよろしくねっ!!」

 

 婚約者は自称じゃなかったか、確か。

 それともオウカとの仲は進展したんだろうか。

 つっこみ入れたら何が帰ってくるか分からない怖さがあるから黙っておくけど。

 て言うか、訓練で疲れ果てて身動き一つ取れん。

 

「おおお!? 本物ですかライさん!? 本物のコダマレンジュですか!?」

「本物だよ。姿絵くらい見たことあるだろ?」

 

 子どものような小柄な体に長い黒髪、今は猫のように細められている黒い眼。

 そして王国騎士団の服を着ている彼女を見間違える人はほとんどいないだろう。

 

 七年前、魔王を倒し戦争を終わらせた、異世界から召喚された十人の英雄たち。

 その中でも最強と呼ばれる人物が二人いる。

 魔王とタイマンして殴り勝った勇者、『神魔滅殺(ラグナロク)』のトオノツカサ。

 そしてもう一人が『韋駄天(セツナドライブ)』のコダマレンジュ。

 つまり、この人だ。

 

韋駄天(セツナドライブ)

 地を蹴る度に加速し、任意の摩擦を無くす能力。

 その最大戦速は光を置き去りにし、あらゆるものを斬り裂くと言われている。

 

 普段はただのハイテンションな人なんだけどな、この人。

 

「……凄い。生きた伝説がここにいる」

「まさかお会い出来る日が来るとは思いませんでしたね。ライさんの交友関係って凄いですね」

「……うっわぁ。なんかもう、ボクの理解を超えてるんだけど」

 

 うん。まぁ、そういう反応になるよな。

 下手したら国王陛下より有名だもんな、この人。

 

「いやいやっ!! 馬鹿弟子がお世話になっておりまするっ!! いつもありがとうねっ!!」

 

 全力で頭を下げるレンジュさんに、うちの仲間たちはどうしたらいいか分からずに戸惑っていた。

 うん。何て言うか、まともに相手しない方が良いぞー。

 疲れるだけだからなー。

 

「そだそだっ!! 村の人達っ!! 木を切って建材を用意してるあるからねっ!! 村はそれで復興してほしいなっ!!」

「あ……ありがとうございます!」

 

 レンジュさんは、俺たちを遠巻きに見ていた村人にそんな事を伝えた。

 いつの間に、とすら思わない。

 この人はマジで何でもありだからなー。

 

「ところでっ!! セイはこんな所で何をしてるのかなっ!?」

「あー。竜の牙は抜けたんですよ。今は田舎目指して旅してる所です」

「おっと!? ついに抜けちゃったんだねっ!!」

「俺みたいな凡人には身の丈に合いませんからね。戦いとか怖いんで」

 

 半分ほどはこの人のせいだが。

 訓練と称して毎回フルボッコにされてたからなぁ……

 見えない攻撃をどう対処しろって言うんだよ。

 無茶振り過ぎるだろ。

 

「という事はっ!! この子達が今の仲間なのかなっ!?」

「ですね。今はみんなで王都を目指してます」

「王都に来るならみんなに会っておかないとねっ!!」

「それは勘弁してください、マジで」

 

 みんな良い人だけど癖が強すぎるんだよな、英雄って。

 ちなみにオウカの紹介で十英雄中の九人は知り合いだったりする。

 出来れば関わり合いになりたくないんだけどな。目立つし。

 

「て言うか王都に行くなら運んであげよっかっ!?」

「あぁ、お願いできますか? できるだけ急ぎたいので」

「りょーかいっ!! さあさあ馬車に乗り込みたまえっ!!」

 

 促されるまま馬車の(ほろ)に乗り込む。

 と、同時に。

 

「到着っ!!」

 

 言われ、馬車を降りると、先程まで居た街道では無く。

 そこにはそびえ立つ雄大な街門が広がっていた。

 

 奥に見えるのは威光を示すかのように巨大な王城。

 周りにはたくさんの人達が立ち入り許可を求めて並んでいる。

 王都ユークリア。国の名前にもなっている大都市。

 俺たちの目的地が目の前にあった。

 

「えええ!? ライさん! なんですかこれ!?」

「ん? レンジュさんに引っ張ってもらっただけだが」

 

 光を超える速さに、任意の摩擦を無くす能力。

 つまり、一瞬でどこにでも行ける能力でもある訳だ。

 彼女に頼めば世界中のあらゆる場所に即座に移動する事が出来る。

 ただ、レンジュさん自身が非常に目立つから普段なら絶対断ってたけど。

 

「……さすが英雄。凄い」

「この人は特別だからなぁ」

 

 感心するサウレ。そして驚きのあまり言葉を失っている他のメンバー。

 うん。これが普通の反応だよな。

 

「んじゃ私はみんなに知らせて来るからねっ!! また後でっ!!」

 

 言うが早いか、目を向けると既にレンジュさんの姿は無かった。

 相変わらずせっかちな人だ。

 

「とりあえず……俺達も並ぶか」

 

 周りの注目を浴びながら、長々と続く列の最後尾に馬車を移動させ、一息ついた。

 

 

 しかし、あぁ。怖かった。

 何も確証は無かった。

 もしあそこでレンジュさんが来てくれ無かったら、俺たちは容易く死んでいただろう。

 それを思い、改めて背筋が凍りついた。

 

 久しぶりに見た災害級の化け物。

 俺みたいな凡人では到底敵わない相手を前に、それでも心が折れなかった理由は二つ。

 レンジュさんなら来てくれるという信頼。

 そして、仲間が居たから。

 コイツらが居なかったら、俺は諦めていたかもしれない。

 けれど、守りたいものがあったから。だからこそ、折れずに行動することができた。

 

 どうやら俺が思っていた以上に、このメンバーは俺の中で大切なものになっていたようだ。

 その事に思わず笑みが浮かびそうになり、慌てて口元を隠す。

 

「……ライ。ありがとう」

「ん? 何がだ?」

「……また、助けてくれた」

「いや、俺は何もしてないんだが」

 

 ただレンジュさんを呼んだだけだしな。

 

「……ライは私たちが危なくないように、一人であの村に行った」

 

 ……あー。バレてたか。

 大丈夫だとは思ったけど、万が一を考えて皆には馬車に残ってもらった。

 そうすれば、サウレ達に危害が及ばないかもしれないから。

 確率的には低かったが、どちらにせよレンジュさんが来てくれたから問題はなかった訳だが。

 

「……今夜、部屋に行くから準備しといて」

「何の準備だ。怖いことを言うな」

「……今日こそは、頑張る」

「頑張るな」

 

 そんないつものやり取りをしながら、先程までとは違う、平穏な時間を送ることができた。

 それはさておき。レンジュさんに言われたものの。

 

 本当に顔出さなきゃ駄目なんだろうか。

 



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42話「少し手伝って行くとするか」

 

「問題なしだ。王都ユークリアへようこそ!」

「はい、ありがとうございます」

 

 ようやく門兵のチェックを終え、ひたすら長く続く外壁の中へ入ることができた。

 最初に目に入るのは王城。その巨大で白い建築物は見る者を圧倒する。

 次いで、街並み。大通りは馬車が余裕ですれ違えるほど広く、その脇には多種多様な露店が並んでいる。

 食い物が多いが、他の街の特産品なんかも売られていて、見ているだけでも楽しい。

 その奥にはありとあらゆる種類の店舗。それぞれドアの上に木製のプレートが下げられていて、何の店なのか絵で分かるようになっている。

 

 人の行き来が盛んで、その種族も色々。

 人族の割合が多いが、亜人や魔族の姿も見受けられる。

 それに、身に付けた衣装もバラバラだ。

 革鎧の冒険者から商人風の女、噴水の縁では吟遊詩人が歌っているし、その節に合わせて丈の長いヒラヒラした服のエルフが舞踊っている。

 背が低くて筋肉質なドワーフのおっさん達はこんな時間から大樽をテーブル代わりにして酒を飲んでいるし、人族と魔族の子ども達は追いかけっこをしている。

 

 これが王都ユークリア。世界最大の都市にして、国の中心となる街だ。

 

「さてと、まずは宿を取るか。この時間ならまだ空いてるだろうし、その後に飯だな」

 

 少し気分が上がるのが分かる。何せ王都は美味い飯屋が多い。

 王都に来る度に世話になっている宿ですら、他の街の料理店にも勝る料理を出してくれる。

 旅路で簡素な食事しか取れなかった身にとってはありがたい事だ。

 それに王都には、俺を拾ってくれたオウカ食堂本店がある。

 支店よりもメニューが多く、何より味が一段と美味い。特に当たりの日は段違いだ。

 まぁぶっちゃけ、当たりの日とはオウカが店に出ている日の事なのだが。

 

 いや、たまに従業員に交じって料理してんだよ、あの人。

 俺も初めて見た時かなり驚いた。

 何してんだ女王陛下、と思わないでもないが、美味い物が食えるから特に何か言う気は無い。

 

 周りは凄く大変そうだけどな。何せあの人、単独で国中飛び回ってるし。

 そんなことを思い、自然と苦笑いが浮かぶ。

 

「……ライ。大丈夫?」

「ん? ああ、大丈夫だ。ありがとな」 

 

 俺の顔色を見てか、心配してきたサウレを撫でてやりながら馬車を運転し、とりあえず宿に向かう事にした。

 

 

 無事に宿を取ることが出来たので、せっかくだからと全員でオウカ食堂本店に顔を出すことにした。

 久しぶりの里帰りだ。みんな元気でやってるんだろうか。

 そんなことを思いながら、店に向かうと相変わらずの盛況だ。

 大通りの一角にある店は、まだ昼前なのに客の列が凄いことになっている。

 にも関わらず、客は軒並み笑顔なのが特徴的だ。

 見た目イカつい冒険者なんかも緩んだ顔をしている。

 

 オウカ食堂。食堂ギルドの頂点にして原点。

 王都の一店舗から始まったそれは瞬く間に国中へと展開された。

 この店の最大の特徴は、どんな子どもでも雇い入れる所だろう。

 あらゆる孤児院から子ども達を雇い入れ、戦争をしていた魔族、スラムに住む亜人、果ては犯罪に手を染めた者まで受け入れる。

 仕事の他にも読み書きや計算、魔法の使い方を教えていて、成人した彼らは国の重要な役割を担う事が多い。

 オウカ食堂のおかげで国の文明水準が百年は早まったと言われる程だ。

 

 他にも国中の店舗に食材を届けるという名目で街と街を高速で移動できる魔導列車を開発したり、果ては十英雄が太刀打ちできなかった敵を一人で倒したりと、オウカの英雄譚は留まることを知らない。

 選ばれるべくして成った女王。オウカ・サカード。

 

 その偉大なる英雄がいま、オウカ食堂の厨房で桜色の炒め鍋を振るっている。

 

「はーい! 焼肉弁当三十人前! 唐揚げ弁当と生姜焼き弁当ももうすぐ出来るよー!」

 

 元気よく生き生きと料理をする彼女の周りは、みんな笑顔だ。

 周りを幸せにする力。それが彼女の最大の魅力だろう。

 

 声を掛けようとした所で、ゆらり、とこれまた見慣れた人物が隣を通って行った。

 

 俯き気味で顔は見えないが、この人が凛とした美人なのを知っている。

 スラリと伸びた艶やかな黒髪はこの世界に十一人しかいないと言われているので、まず見間違いようがない。

 黒を基調とした上等な仕立ての服に、女性らしさを感じる細身の体付き。

 

 救国の十英雄の一人。王室特別補佐官。

 たった一人で国の経済を管理していた才女。

堅城(アヴァロン)』カツラギカノン。

 

 まあ、知り合いではある。のだが。

 この場にいる全員が凍りついてしまったいるので、俺も声を掛けられない状況だ。

 うーん。ガチでキレてんな、アレ。

 

「…………オウカさん?」

「あ、ごめん! すぐに野菜炒め出来るから待って!」

「またこんな所で、貴女という人は……」

「はい! 野菜炒め弁当出来上がりっ! さて次……は……?」

「迎えに来ましたよ、女王陛下」

「うわっ!? カノンさん!?」

 

 がしっと両肩を掴まれ、ビビるオウカ。

 うん。この人怒らせると怖いからなぁ。

 

「今日は大事な会議があると、伝えていましたよね?」

「え、だってそれ、午後からじゃ……」

「今何時だと思ってるんですか!? お風呂に着替えに資料確認! もう時間が無いんです!」

 

 普段は大人びた顔をしているカノンさんも、今は切羽詰まった表情でオウカを睨みつけている。

 あーあ。あのバカ、またやらかしたのか。

 

「王城に戻りますよ! さぁ!」

「待って! まだ唐揚げがぁぁぁ!!」

 

 後ろ襟を掴まれて引きずられながら、女王陛下が退場。

 周りは慌てることも無く、そのまま業務へと戻って行った。

 うん。まぁ、日常茶飯事だしな。

 

「あれ? セイにーちゃん!?」

「ん? おう、久しぶり。元気にしてたか?」

 

 俺に懐いていたチビが駆け寄って来たので頭をグリグリと撫でてやる。

 

「みんな元気だよ!」

「そうか。何よりだ」

「うひゃー! やめれー!」

 

 ニコニコしながら嫌がるチビを離してやると、興奮した口調でまくし立ててくる。

 

「セイにーちゃん! 今日は『魔法使い』様がお店に来るんだよ!」

「お、そうなのか。挨拶しに行く手間が省けたな」

「ついでだし手伝って行ってよ!」

「そうだな……お前たちはどうする?」

 

 後ろを振り返りながらアル達に問いかけると、みんな揃って何やら呆然とした表情を浮かべていた。

 

「あの、ライさん!? 今の方って英雄のカツラギカノンさんですよね!?」

「……それに、女王陛下が厨房で働いていた」

「更には十英雄の一人である『魔法使い』と。どれだけ英雄と縁があるんですか?」

「あーダメだ、ボク混乱してきた……」

 

 口々に語られるが、たまたま知り合いなだけなんだけどなぁ。

 王都にいたら英雄と知り合い事なんてそこそこあるだろうし。

 

「まぁそこら辺はともかく。俺は店を手伝っていくけど、お前らどうする?」

「……私は残る」

「ボクも手伝おうかな! 料理は得意だし!」

「私は料理なんて出来ないので依頼を受けてきます!」

「では私はアルさんの監視ですね。居ても役に立ちませんし」

 

 予想通りか。クレアが料理出来るのは旅してる間に知ってたし。

 でもアルとジュレが冒険者ギルドに行くならちょうど良いか。

 

「アル。冒険者ギルドに行くなら依頼を出しておいてくれ」

「はい? 依頼ですか?」

 

 コテリと首を傾げる。マジかこいつ。

 お前は何のために王都に来たんだよ。

 

「……ほら、この紙だ。人探しの依頼書、書いておいたから」

「あぁっ! そうでした!」

「とりあえず頼んだぞ。サウレの分も書いてあるから、無くすなよ?」

「わっかりましたー! では! 行ってきます!」

「それでは後ほど。夕刻には宿に戻りますので」

 

 元気に駆けていくアルを追って、ジュレも足早に去っていった。

 アルの奴、冒険者ギルドの場所分かってんのか……?

 

 まぁ、何はともあれ、久しぶりに帰ってきた事だし。

 少し手伝って行くとするか。

 



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43話「王城に行かなきゃならんだろうな」

 

 鉄製の炒め鍋を二つ同時に振る度に、大量の具材が宙を舞う。

 そのタイミングでチビに調味料を流してもらうと、じゅわっと音を立て、甘く芳ばしい香りが立ち込めた。

 よし、完成だ。

 

「はいよ、野菜炒めだ。次は生姜焼きか?」

「はい! 揚げ物はもうすぐ上がります!」

「よしきた。サウレ、切り分けの方はどうだ?」

「……八割ほど終わった」

「でかした。おーい、肉と野菜の追加頼むわ!」

 

 炒め鍋が四つに、芋を茹でている深鍋が一つ。

 これが俺の担当だ。

 持ち場から離れることが出来ないので、食材は料理の出来ないチビ達に運んできてもらっている。

 次々と肉と野菜、調味料を注ぎ込んでもらい、せっせと炒め鍋を振る。

 相変わらずの忙しさだが、それが心地良い。

 一心不乱に料理をしていると、不思議な清々しさを感じる。

 そう、これだよこれ。俺にはやっぱり、こういう普通の仕事が向いてるんだよ。

 

「セイにーちゃん! 追加が入ったよ!」

「分かった、注文表はそこに貼ってくれ」

 

 もう昼過ぎだというのに注文が途切れない。

 この忙しさは昔のままだ。

 昔はただ見ているだけだったが、炒め鍋を振れるようになってからは毎日のように調理場にってたな。

 当時店長だったフローラさんに働きすぎだと叱られたが、当の本人の方が絶対働いていたと思う。

 まぁ今はとにかく、目の前の事を終わらせるか。

 

 

 二時間後。ようやく人の波が途絶えたところで休憩を取り、裏手でサウレと共に水を飲んで一息ついた。

 ずっと火の前に居たせいで体が火照りきっている。水を浴びたい気分だが、それは宿に戻ってからだな。

 

 のんびりと涼んでいると、不意に目の前に白い魔力光が集まり出した。次いで、しゅぱんっと転移魔法特有の甲高い音。一際後、光が強まる。

 思わず目をつぶり、そしてゆっくり開くと。

 そこには予想通りの人が立っていた。

 片目が隠れるほどの長さの黒髪。その奥から覗く黒真珠の様な瞳。少し大きめの豪奢な魔導師のローブを身に纏う姿はどこか可愛らしい。

 

「…………あ、れ? セイ、君?」

「カエデさん、どうもです」

「わ。久しぶりだ、ね」

 

 花が咲いたかのように可憐に微笑む。

 

 救国の十英雄の一人、ミナヅキカエデ。

天衣無縫(ペルソナ)』の二つ名を持つ少女。

 ありとあらゆる魔法を使いこなす英雄として知られ、『魔法使い』と言えばこの人の事を差す程に有名だ。

 定期的にオウカ食堂の子ども達に魔法を教えに来ていて、王都で一番遭遇率の高い英雄でもある。

 俺に身体強化の魔法を教えてくれたのもカエデさんだ。

 

「今日も教えに来たんですか?」

「そうだ、よ。セイ君は、どうした、の?

「絶賛逃亡中です。あぁ、こっちはサウレ。俺の仲間です」

「……初めまして」

 

 お、珍しい。ちゃんと挨拶できたな。

 優しく頭を撫でてやると、目をつぶって嬉しそうに手を押し返してくる。

 俺もだいぶ慣れてきたな、と思い、自然と笑みがこぼれた。

 

「ね。二人は付き合ってる、の?」

「は? いえ、違いますよ」

「……ライは私の飼い主」

「それも違う」

「仲が良いんだ、ね」

 

 あー。まぁ、仲が良いと言うか、懐かれていると言うか。

 正直悪い気はしない。どころか、かなり嬉しい。

 サウレは問題はあるものの、美少女だし、良い奴だし。

 ただ、見た目の年齢的に困った妹的な扱いではあるが。

 

「そういや、さっきオウカがカノンさんに連行されて行きましたよ」

「うん、知って、る。カノンさん、凄く怒ってた、よ」

「変わりませんね、あの人達」

「て言うか、みんな変わりないか、な」

「あー。でしょうね」

 

 個性的な面々を思い出し、苦笑い。

 十英雄はみんな良い人ばかりなんだが、そのほとんどが異様なほど癖が強いからな。

 そうそう変わる事はないだろう。

 

「それで、逃亡中ってな、に?」

凶化した仲間(ヤンデレ)から逃げてる最中です。村にでも行って引きこもろうと思ってます」

「……なんか、大変なんだ、ね」

 

 困ったように笑う。さすが十英雄の癒し担当。

 微笑むだけで和やかな気持ちになって来る。

 と、何気ないやり取りをしていると、隣のサウレに袖を引っ張られた。

 

「……いつもより自然体」

「そうか? まぁ付き合いもそこそこあるからな。世話にもなってるし」

「……不服。もっと私にデレるべき」

「うーん。まぁ、そのうちな」

 

 手慰みに頬を指でぷにぷにしながら苦笑いする。

 相変わらず手触りが良い。されるがままになっている様子も可愛いと感じた。

 しかし、これでもかなり慣れてきたと思うんだがなぁ。

 特にサウレ相手だと、こちらから触れる分は全く問題無い。

 と言うか、楽しいとさえ感じる。

 ……油断したら性的に食われそうで怖いけどな。

 

「あぁ、て言うか引き止めてすみません」

「大丈、夫。それより、王城に顔を出してあげ、て。

 みんな喜ぶ、よ」

「うっ……分かりました」

 

 オウカに続き、カエデさんにまで釘を刺されてしまった。

 はぁ……あまり気は進まないが、行くしかないんだろうな、これ。

 

「じゃあ、私は行くか、ら」

「はい。ではまた」

「お仕事、頑張って、ね」

 

 両手で小さくガッツポーズを取る様につい笑みを浮かべ、店の中へ入っていく彼女を見送った。

 

「……ライ。手を握って欲しい」

「は? 何だいきなり」

 

 唐突にサウレに言われ、言われるがままに手を握る。

 すると、彼女は穏やかに微笑みながら、その手を胸に引き寄せた。

 

「……うん。やっぱり、私はライが好き」

 

 いつもの言葉、いつものやり取り。

 しかし何故か、心臓が少しだけ跳ねた。

 万感が込められたような囁きに、訳も分からず焦る。

 

 扇情的な衣装とは裏腹に無垢な笑顔を浮かべるサウレに対し、どうしたらいいか分からず。

 とりあえず、照れ隠しにもう一度、頭を撫でた。

 

 さておき。恩のあるカエデさんにまで言われてしまった以上は。

 王城に行かなきゃならんだろうな。

 



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44話「マジで心臓に悪いからやめて欲しいわ」

 

 王都ユークリア、王城。

 街の中心で威光を放つ巨大な建築物は、その壁面を全て白く塗られているのが特徴的だ。

 ここには先代の王、ユークリア・ミルドセイヴァンと王立騎士団が居を構えており、毎日のように訓練を行っている。

 騎士団とは王城務めの先鋭舞台の事で、一人一人が中堅冒険者ほどの実力をもった集団だ。

 特にその連携力は凄まじく、通常規模のモンスターの軍団(レギオン)すら圧倒する戦力となっている。

 

 その王立騎士団のトップ。騎士団長。

 精強な騎士団員たちの中でも異常なほどの戦力を持ち、ドラゴンの巣を一人で殲滅した実績を持つ最強の一人。

 英雄譚にも語られる、俺の師匠でもあるレンジュさんは、何故か巨大な門の前、門兵の横で正座していた。

 何やら首から木のプレートを下げており、そこには「お酒に酔ったフリをして女王にセクハラした罪」と書かれている。

 

 またやったのか、この人。

 

「どうもです。懲りないですね、レンジュさん」

 

 たじろぐ仲間たちを背に、アホな事をしている師匠に声を掛けた。

 

「おやっ!? セイじゃんっ!! 挨拶しに来たのかなっ!?」

「そんなところです。未だにヘタレてるんですか?」

「ふぐぅ!? いや、そんなことはっ!!」

 

 この人、普段から同性にセクハラしてる癖に、本命相手だと奥手になるからなー。

 酒飲んで酔ったフリしないと口説けないらしい。

 まぁ、本命ってオウカの事なんだけど。

 本人がいない所では婚約者とか名乗ってるんだがなあ。

 

「で、今日はみんな居ます?」

「カエデちゃん以外はみんな居たと思うよっ!!」

「んじゃ丁度良いですね。正座、頑張ってください」

 

 皆に目をやり、横を通り過ぎようとした時。

 

「ーー待った」

 

 ピリ、と。一瞬にしてその場が凍りついた。

 身動き一つ許さないほどの殺気。息が苦しくなり、背中を汗が伝うのが分かる。

 訓練されているはずの門兵は腰を抜かし、恐怖に満ちた表情でレンジュさんを見詰めていた。

 

「セイはともかく、他の四人。素性も分からない戦力を城の中に入れる訳にはいかないかな」

 

 正に刀のように研ぎ澄まされた、温度を感じさせない言葉。

 普段とは異なる様に焦りを覚えながらも弁明する。

 

「レンジュさん。こいつらは俺の仲間です」

「それは何の証明にもならないよ。分かってるでしょ?」

「……冒険者タグを、見せたら良いですか?」

「いや。もっと分かりやすい方法があるでしょ?」

 

 背筋を伸ばし、凛とした正座したまま刀の鞘を手に取ると、黒く冷たい眼をこちらに向ける。

 

「立ち会えば分かる」

 

 死を体感した。それ程までに強烈な殺気を浴び、一歩退く。

 その代わりと言わんばかりに、皆が俺を庇うように前に出てきた。

 

「ライさん! つまりこの人をぶち殺したら良いんですよね!?」

「……ライは、私が守る」

「あぁっ……この感じ、興奮しますっ!」

「あははー。これ死んだな、ボク」

 

 いつも通りに能天気なアル、真剣な表情のサウレ、違う意味で身を震わせるジュレに、絶望し切った顔のクレア。

 互いの力量差が分かっていながら俺を守ろうとしてくれる仲間たちの姿に励まされ、俺も覚悟を決める。

 

 相手は座ったままで、こちらは五人。サウレとジュレは一流の冒険者だ。

 それでも尚、勝ち筋が見当たらない。

 間合いに入った刹那に斬り飛ばされる。その事実に心底怯えながらも、俺は勇気を振り絞ってその一言を口にした。

 

「オウカにチクりますよ」

「それだけは勘弁してくれないかなっ!?」

 

 一瞬にして素に戻ったレンジュさんに、クレアが盛大にずっこけた。

 何が起こったか理解できない様子のサウレとジュレ、そして殺る気満々のアル。

 マジでぶれないな、お前。

 

「だいたいこいつら、オウカに会ってますからね。その時点で問題ないでしょう?」

「それなら大丈夫だねっ!! 通って良いよっ!!」

 

 くるりと手のひらを返す師匠の姿に安堵しながら、やはりか、とも思う。

 

 ユークリア王国女王オウカ・サカードの周りには、善人しかいない。

 

 何故かは知らないし例外もあるかも知れないが、少なくとも俺はオウカの知り合いで悪人を見たことがない。

 つまり、オウカの知り合いである四人もまた、善人であると判断できる訳だ。

 

 ……まぁ、多分だが。

 周囲の人達の手によって、オウカに害を成す奴は「オウカに出会う前に」居なくなってるんだろうな、とは思う。

 オウカは純粋で、人を信じすぎる。

 だからこそ、周りが守ってやっているんだろう。

 ここに正座している師匠のように。

 

「全く……シャレにならないからやめてくださいよ」

「にゃははっ!! これでも一応騎士団長だからねっ!! たまには仕事しないとっ!!」

 

 たまにって言い切ったなおい。

 いや、正しいけども。

 基本的にサボり魔だからな、レンジュさん。

 但し、必要なことだけは最速で終わらせてるらしいけど。

 

「……ま、そういう事にしておきます。みんなは広間ですか?」

「多分バラバラじゃないかなっ!!」

「了解。じゃあまた後で」

「またねっ!!」

 

 ぶんぶんと大きく手を振るレンジュさんの横を抜け、門兵さんを起こしてやってから、俺たちは王城に足を踏み入れた。

 しかしあの人も、分かってやってるんだろうけど……

 

 マジで心臓に悪いからやめて欲しいわ。

 



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45話「しかし相変わらずだな、この人たち」

 

 王城の中に入ると、広間には誰もいなかった。

 まあこの時間だし、みんな仕事してるんだろう。

 さて、どこに向かったもんかな。

 

「ライ! ボク初めて王城に入ったよ! 広いねぇ!」

「そうだな。この広間だけで普通の家よりデカいしな」

「広すぎて落ち着かない!」

「分かる。さっさと挨拶済ませて帰るか」

 

 とりあえず訓練所に行くか。誰かしら居るだろうし。

 

「そうだ。アル、誰か見かけても絶対に襲うなよ? 一応ここ、王城だからな?」

「ダメなんですか!?」

「ダメに決まってんだろ」

 

 あぶな。やっぱりやらかす気満々じゃねぇか。

 

「ジュレ、見張りは任せた」

「お任せください」

 

 誰か見てないと危ないからな、こいつ。

 サウレは俺から離れようとしないし、ジュレに任せるしか無い。

 

「あー……訓練所にでも行くか。誰か居るだろ」

「……大丈夫。ライは私が守る」

「おう、頼りにしてるからな」

 

 まあレンジュさん以外に危ない奴はいないと思うけど。

 騎士団の訓練に巻き込まれたりしなきゃ大丈夫だろう。

 さてさて。気は進まないが……とりあえず行くか。

 

 

 

 王城の敷地内にある訓練所はかなり広い。

 騎士団の集団訓練を行えるよう作られたそこは、百人単位で横並びになれる広さがある。

 その隅の方、目立たない場所に目的の人達が居た。

 全員黒髪。ボサボサ頭の少年に、長髪を後ろで束ねた少年、腰ほどまである髪を風に(なび)かせる少女。

 英雄達の中でも有名な三人だ。

 近寄ってみると、何やら話し声が聞こえてきた。

 

「…エイカは、王都の甘味処は全部行ったんじゃないの?」

「ほぼ毎週違う店に行っとったからなー」

「新しいお店ができたらしいから、ツカサ君と行きたいなって思って」

 

 いや、王都の甘味処って露店合わせたら数十店無かったか?

 それ全部回ったのか……相変わらずだな、あの人。

 

「…あれ? セイさん? 久しぶりだね」

「どうもです。王都に来たんで挨拶に」

「…元気そうで何より」

「ツカサさんは相変わらず眠そうですね」

 

 ボサボサの髪の向こう側にある黒眼は相変わらず眠そうな半目だ。

 表情が変わらないのもいつもの事で、別に俺を嫌ってる訳じゃないのを知っている。

 

「えらい久しぶりやなー。二年くらいやない?」

「そんなに経ちますかね?」

「みんな心配しとったでー」

「あー……それは申し訳ない」

 

 ハヤトさんも相変わらず、特徴的な癖のある喋り方だ。

 細められた眼の色はやはり黒。柔らかな雰囲気だが、一切油断は感じられない。

 

「どうもお久しぶりです。邪魔はしないでくださいね」

「ツカサさんの仕事の邪魔さえしなけらば何も言いませんよ」

「ツカサ君の邪魔なんてしたこと一度も無いですよ」

「マジかこの人」

 

 いつもツカサさんの傍にいるのに言い切りやがった。

 さすが恋する乙女。エイカさんも相変わらず無敵だな。

 垂れ気味の黒眼と合わせて大人しそうに見えるのに、喋ると残念さが伝わってくる。

 

「…それで、そっちの人達は?」

「右からアル、サウレ、ジュレ、クレア。今の俺の仲間です」

「…そっか。竜の牙は抜けたんだね」

「絶賛逃亡中です」

 

 主にルミィから。今からでも王都を旅立ちたいくらいだ。

 

「あー……一応紹介しておくか。まずこの人がトオノツカサさん。所謂『勇者』だな」

「…どうも」

「で、こっちが『剣士』シマウチハヤトさん」

「よろしゅうなー」

「最後、『狙撃手』ハヤサカエイカさん」

「よろしくお願いします。あと、ツカサ君にはあまり近付かないでくださいね」

「以上。救国の勇者パーティだ」

 

 魔王と素手で殴り合い、その一戦で魔王国ゲルニカの地形を変えてしまった『勇者』トオノツカサさん。

 形状の変わる魔剣を使い、その剣の腕前は王国一と言われているシマウチハヤトさん。

『ドラゴンイーター』と呼ばれるデカくてゴツいライフル銃で文字通りドラゴンすら撃ち抜くハヤサカエイカさん。

 この三人は『勇者一行』として国中の人達に知られている。

 

 もちろん皆も名前は知っていたようだ。

 何となく予想が着いていたのか、ジュレとクレアは苦々しく笑っていた。

 アルはいつも通り目を輝かせて殺気を放っているし、サウレは油断なく俺の隣に立っている。

 

「はぁ……ライさん、本当に十英雄と知り合いなんですね」

「一人だけ会ったこと無いけどな。残りはみんな知り合いだ」

「その時点で滅茶苦茶ですね」

 

 失礼な。オウカのせいで知り合っただけなんだが。

 あいつの人脈がおかしいだけだ。

 何せ国中の権力者と知り合いだからな、あいつ。

 

「…今日は訓練して行く?」

「ははは。絶対嫌です」

 

 素手で地面割れる人と訓練なんてしたくねぇわ。

 しかもたまに手加減間違えるし。

 

「…そっか。じゃあまた今度だね」

「一生やりませんからね?」

「…なんかみんな俺と訓練するの嫌がるね」

つーちゃん(ツカサ)が加減を覚えればええんやないかなー」

 

 苦笑いしながらツカサさんを止めるツッコミ担当(ハヤトさん)

 良し、そのまま抑えてくれ。

 

「じゃあ他の人に挨拶してくるんで」

「えーとな、アレイさんとカノンさんが会議室、カエデは書物庫やな」

「キョウスケさんは今日も治療院で仕事してますね。早く行ってください」

「あー……ありがとうございます」

 

 なんでだろうなー。なんか昔からエイカさんには嫌われてんだよな。

 何かした覚えは無いんだが……まあ、考えても仕方ないか。

 聞いても答えてくれなかったし。

 

「それじゃまた。今度飯でも食いに行きましょう」

 

 適当に手を振り、とりあえず英雄達のリーダーがいる会議室へと向かうことにした。

 

 しかし相変わらずだな、この人たち。

 



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46話「挨拶くらいはできると良いな」

 

 ハヤトさんに教えてもらった通り、王城の会議室に向かったのだが。

 

「すみません、規則なもので」

 

 会議中につき関係者以外立ち入り禁止となっていた。

 まぁそうなるわな。

 仕方ない、大人しく待つとするか。

 

 そんな事を考えながら壁にもたれかかっていると、サウレがちょこんと隣に来た。

 俺の袖をくいっと引っ張りながら見上げてくる。

 

「……ライはなんで冒険者になったの?」

「ん? なんだいきなり」

「……ライならもっと違う仕事も出来たはず。何故冒険者を選んだの?」

「あー。なんて言うか……まぁ、影響を受けてな」

「……影響?」

 

 不思議そうに首を傾げるが、はてさて。

 これ、口に出すとなるとめちゃくちゃ恥ずかしいんだよな。

 しかもいつの間にか皆集まってるし。

 うーん……めっちゃ聞きたそうにしてるし、別にこいつらならいいか。

 

「オウカだよ。絶対本人には言うなよ?」

「……オウカさん?」

「そう、オウカ。俺達の救世主サマだ」

 

 肩を竦めておどけてみせるが、本心だ。

 

 俺達はみんな、オウカに救われた。

 孤児であった俺達をオウカ食堂に雇い入れ、読み書きや計算、魔法まで教えてくれた。

 毎日食べるものがあって、風呂や着替えがあって、たくさんの仲間達がいて。

 そして、毎日笑顔でいれた。

 

 そんな場所を作ってくれた俺達の英雄。

 自称ただの町娘。

 俺は、その生き様に憧れた。

 だからこそ、オウカと同じ冒険者になった訳だ。

 

「……そう。でも、ライ。疑問がある」

「なんだ?」

「……ライはいま、何歳?」

「は? いや、正確な歳は俺も知らないけど……俺って幾つなんだろうな」

 

 言われてみれば、俺は自分の年齢を知らない。

 一応冒険者ギルドには十七で登録してあるが。

 

「……冒険者になる前は何をしていたの?」

「何ってまぁ……色々だよ、色々」

 

 オウカ食堂に拾われる前は、生きていく為に何でもやったからな。

 幸いな事に犯罪は侵して無いが、王都で子どもが受けられる仕事は全部こなしたんじゃないだろうか。

 読み書きも数字の計算も出来ないから、肉体労働しか出来ない。

 受けられるのは誰もが嫌がるような仕事ばかりだった。

 共同墓地の定期清掃やら下水路の掃除がメインで、たまに荷運びや飯屋の雑用などなど。

 おかげでいろんな知識が身に付いたし、今になってはあの頃の生活も悪くなかったと思っている。

 冒険者なんかより危険は少ないし。

 

「……安心して。ライは私が養うから」

「お前本当にダメ人間製造機だな」

「……ダメになって良いよ?」

「自分の食い扶持くらい自分で稼ぐわ」

 

 いきなり何言い出してんだ。

 マジでどこまでも甘やかそうとしてくるな、こいつ。

 違う意味で怖いんだよなあ。最近また距離感近くなったし。

 

「て言うか額を擦り付けるのやめろ」

「……にゃん」

「でかい猫だなおい」

 

 つい頭を撫でながら苦笑する。

 うーん。可愛いのは可愛いんだがなあ。

 

「ライさん! 次は私でお願いします!」

「では私はそのアルさんの次で」

「ボクは四番目でいいよ!」

「いや、こんな所で並ぶなよ」

 

 何で行列作ってんだよお前ら。

 他の人の邪魔になるだろうが。

 

 などと思っていると。

 

「うおっ!? 何してんだ!?」

「部外者は立ち入り禁止……いえ、知ってる顔がありますね」

 

 どうやら会議が終わったようで、大きな扉を開けて会議室から黒髪の男女が出てきた。

 冴えない無精髭の男性と凛とした美人の女性。

 無論のこと、二人とも知り合いだ。

 

「お久しぶりです。なんか相変わらずですね」

「この歳になるとそうそう変わらんが……それより何だこのハーレムは」

 

 男性――アレイさんが呆れた顔で言う。

 ハーレムて。寒気がするからやめて欲しいんだが。

 

 この冴えない……ぱっとしない……うーん。

 まあ一件ただのおじさん、もとい男性。

 彼が十英雄達のリーダー、カツラギアレイさんだ。

 自称ただの一般人。オウカに並んで自称詐欺の第一人者だな。

 こんな見た目をしてるのに、実は生身でドラゴンの巣に特攻するようなぶっ飛んだ人だし。

 

「今回は四人ですか。以前お見かけした時は女性は二人だったと思いますが」

竜の牙(あっち)は脱退したんですよ。今の仲間はこいつらです」

 

 女性――カノンさんが微笑みながら言う。

 

 このいかにも仕事が出来そうな美人さんが十英雄の一人、カツラギカノンさん。

 一人で王都の経済を回している有能さを誇る彼女は、同時に極度のブラコンである。

「実の兄と結婚するために」同性間、二親等間での結婚、重婚を認める法律を打ち立てたとんでもない人だ。

 この世で最も逆らっては行けない人かもしれない。

 

「挨拶に来たんですが……忙しそうですね」

「ああ、何でも王都の近くにあるダンジョンが氾濫(はんらん)するかも知れんらしああ。近い内に討伐に行かなきゃならん」

「はぁ……レンジュさんでも向かわせれば良いんじゃ?」

「お偉いさんの事情があるんだとよ。近くに誰も住んで無いし、今日中に騎士団を派遣するって話になったな」

「うわ、面倒な話ですねー」

 

 アレイさんと世間話をした後で四人を紹介し、しばらく王都に居ることを告げるとまた今度酒でも飲もうという話になった。

 その間、カノンさんは涼しい顔で俺たちを見ていたが、多分あれはこっちの四人を値踏みしてたんだろうな。

 

「んじゃ、俺たちはここで。治療院にも行かなきゃならないんで」

「そうか。じゃあまたな」

「また今度ゆっくりお話しましょう」

 

 二人に手を振られ、何かを察して警戒している四人を引き連れて、俺たちは王城内にある治療院へと向かうことにした。

 

 さてさて。あの人もいつも忙しそうにしてたけど。

 挨拶くらいはできると良いな。

 



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47話「悪い気はしないと思える関係だよな」

 

 王城内にある大きな治療院。

 そこでは日夜、怪我を負った者や病気になった者の治療を行っている。

 魔物の被害は減ったものの、日常の怪我や軽い病気はどうしても発生する。

 その対処を行うのが治療院の主な仕事だ。

 

「と言う訳ですので、お手隙なら手伝って行ってください」

 

 黒髪長身のイケメン、『聖者』キサラギキョウスケさんは、いつものように微笑みながら無茶振りしてきた。

 治療院に顔を出して数秒の事である。

 相変わらずだなこの人。予想の範囲内ではあるけど。

 

「了解です。アルとジュレも頼めるか?」

「りょーかいです!」

「構いませんよ。後でご褒美をください」

「いいからさっさと行け」

「あぁん! ありがとうございます!」

 

 身悶えを一つすると、ニコニコ笑顔のアルと息を荒らげているジュレは患者の元へと向かって行った。

 ジュレもなー。変態じゃなければ有能なんだけどなあ。

 回復魔法と氷の魔法ならエキスパートだし。

 

「さて。俺は医療器具の消毒でもしたら良いですか?」

「ええ、よろしくお願いします。ちゃんとお給料はお出ししますので」

「了解です……っと。クレアはどうする?」

「うーん。ボクもジュレを手伝って行こうかな。暇だからね!」

 

 胸を張るような場面でもないと思うが……まあ、やる気があるのは良い事だ。

 尚、サウレにはわざわざ聞かない。前に治療院で仕事とした時も俺から離れなかったし。

 

 んじゃ、やりますかねー。

 

 

 

 サウレと二人で汗をかきながら、大量の医療器具などを煮沸消毒し終わった。

 さて、とキョウスケさんを探すも見当たらず、とりあえず近場の壁に寄りかかる。

 アイテムボックスから冷えた麦茶を取り出してサウレに渡すと、俺の分を一気に飲み干した。

 

「……っぷは。あーうめぇ」

 

 火照った体にキンキンになった麦茶が心地よい。

 次いでタオルを取り出していると、視界の端にジュレの水色の髪が入ってきた。

 

「さぁ腕を出してください。すぐにすみますからね?」

 

 優しい微笑みを浮かべながら回復魔法を使うジュレは、普段の様子からは想像も付かない程に様になっていた。

 まるで女神のような立ち振る舞いに、やや呆然と見とれてしまう。

 

 うっわ。やっぱりあいつ、美人だなー。

 スタイルも良いし、冒険者としては一流だし、何気に凄い奴なんだよな。

 中身が残念すぎるだけで。

 

「……あら? ライさん達は休憩ですか?」

 

 こちらの様子に気が付いたようで、ジュレが穏やかに歩み寄ってくる。

 麦茶の入った容器を手渡してやると、それを頬に当てながら心地良さげに目をつぶった。

 

「勝手に動く訳にもいかないからな。しばらくはキョウスケさん待ちだ」

「ああ、奥の方で治療をしていますよ。すぐに戻ってくるかと」

「そうか。ありがとな」

「……ふぅ。それにしても、忙しいですね」

「王都の治療院だからなー」

 

 多くの人が住んでいる王都なだけあって、治療院の使用者は他の街に比べてもかなり多い。

 しかし治療を行える人間は限られており、ここは常に人が足りない状態だ。

 十英雄の一人であるキョウスケさんを筆頭に、関係者は毎日忙しそうに働いている。

 

 そんな中で最高ランクの回復魔法を使えるジュレは重宝されるようで、先程からずっと忙しなく行き来しているのが見えていた。

 

「大丈夫だと思うけど無理はするなよ?」

「ありがとうございます。ライさんが心配してくれるなんて珍しいですね」

「そうでもないと思うけどな。いつも心配してるし」

 

 何かやらかさないか、と言う意味でだが。

 

「ふむ……つまり、いつも私を想ってくれていると受け取っても?」

「間違いではない」

「そうですか……うふふっ」

 

 珍しく純粋な微笑みを浮かべるジュレにドキリとする。

 いやいや、大丈夫か俺。相手はジュレだぞ?

 こいつ、中身はただの変態だからな?

 

「これは良いご褒美を頂きました。頑張らないといけませんね」

 

 前かがみになってこちらを見上げながら笑うジュレ。

 その大きな胸の谷間に視線が行きかけ、慌てて顔を逸らした。

 

 おい、ガード緩すぎんだろお前!

 もう少し気にしろ!

 

「あら。見て頂いても構いませんのに」

「自然に心を読むな」

「女は視線に敏感なんですよ」

 

 くすくすと上機嫌に笑う。

 なんだかやり込められた気がして不満だが、ジュレが楽しそうだから良しとしておくか。

 

「……ライ。アルを止めてくる」

「アルを? ……あぁ、なるほど。頼むわ」

 

 サウレの言葉に視線を巡らせると、アルが笑顔で鉄パイプのようなものを素振りしていた。

 治療院でなんてことしてんだあいつ。

 すぐにサウレが止めに入り、静かに注意をしている。

 うーん。最近マシになってきたとは言え、目を離すのは不味いか。

 もう少し気を付けるようにしないとな。

 

「ねぇライさん」

「ん? どうした?」

 

 いつの間にか隣に来ていたジュレに振り向く。

 すると、ぶにっと頬を人差し指でつつかれた。

 

「……何してんだ?」

「ちょっとしたイタズラと確認ですね」

「は? 確認?」

「はい。やはり、触れても大丈夫なようですね」

「……あ。確かに」

 

 言われた通り、ジュレに触れられているのにいつもの悪寒が無い。

 これはあれか。サウレと同じように、警戒しなくても大丈夫だと本能的に思ってるんだろうか。

 

「では後で抱き着かせて頂きますね」

 

 穏やかに微笑むジュレ。

 しかしその瞳の奥は欲望に溢れていた。

 

「ご褒美の追加です。構いませんよね?」

「……保留で頼む」

 

 さすがにこの場で了承する訳にもいかず、かと言って断る理由も無い。

 ただなんと言うか……こいつ、俺の事どう思ってるんだろうか。

 基本的に読めないところあるからなあ。

 冗談だとは思うけど、ジュレの場合は実際にやりそうでもあるし。

 

 でも実際のところ、ジュレとの距離感は居心地が良いと言うか。

 

 悪い気はしないと思える関係だよな。

 



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48話「何気に扱いが一番難しいかもな、こいつ」

 

 しばらくどうでも良い話をした後、急患が入ったからとジュレが慌てて立ち去った後。

 

「お、ライみっけ! どうよこの格好!」

 

 何故か治療院の仕事着を来たクレアが嬉しそうにやってきた。

 

 仕事着は灰色の長袖ワンピースにフリル付きのエプロン、白い布を頭に巻くというシンプルながらも可愛らしい衣装だ。

 兎耳が帽子の脇からぴょこんと立っているのが印象的で、首から下げているのは関係者の証明である十字の赤いペンダント。

 全体的に清楚な雰囲気だが、何故か活発なクレアによく似合っていた。

 

「可愛いと思うが、わざわざ着せて貰ったのか?」

「そんな訳ないでしょ、みんな忙しいのに。これ自作だよ」

「自作って……何でそんなもん持ってんだよ」

「色んな服着たいから!」

 

 薄い胸を張りながらドヤ顔で言われた。

 趣味て。かなり本格的な服なんだが。

 

「それに一応、治療師として働ける資格は持ってるからね!」

「マジか。凄いなお前」

「可愛くて優秀なクレアちゃんだからね!」

 

 うん。確かに可愛くて優秀だが、自分で言えるのは凄いと思う。

 

「確かに似合ってるな。良いと思うぞ」

「え。まさか素直に褒められるとは思わなかったんだけど……まじかー」

 

 途端にはにかんでモジモジしだすクレアに苦笑いを返す。

 こいつ相手だと変に気を張らなくて良いから楽だ。

 うちのパーティーで貴重な常識人だし。

 

「で、仕事は良いのか?」

「ボクが出来る仕事は全部終わらせてきた!」

「マジで優秀だよなお前」

「えっへん!」

 

 しかし、こうやって話してると本当に美少女にしか見えないな。

 顔立ちも良いし、気配りも出来るし、何でも任せられる。

 常に仲間内の欠点を補うように動いてくれるから俺も非常に助かっている。

 

「ところでこんな可愛いボクを見てムラムラしないかな!?」

 

 こういう所が無ければなあ。

 

「するかアホ。せっかく褒めてるんだから大人しくしてろ」

「えー。ダメかー」

「可愛いのは認めるが、それとこれとは話が別だ」

「うーん。ライの好みがイマイチ分かんないなー」

 

 腕を組んで小首を傾げられても困るんだが。

 好みか……好みなあ。

 

「悪いがそれは俺にも分からないからな?」

「そうなの?」

「そもそも恋愛をした事がない」

 

 可愛いとか美人だとかは思うし、つい女性的な部分を見てしまう事はあるけど。

 基本的にヘタレだからなあ、俺。

 それに誰かと付き合う余裕なんてなかったし。

 

「じゃあボクが初彼女だね!」

「いや付き合ってないからな?」

「くそう。流されないかー」

「しばらくそう言うのはいらん」

「ふふふ。そんな事を言えるのも今の内だからね? クレアちゃんの魅力には逆らえないのさ!」

 

 うーん。魅力なあ。

 確かにこういう馬鹿な会話が出来るのはありがたい所ではあるんだよなあ。

 適当に話しても乗っかってくれるから楽しいし。

 でもなんて言うか……本当に絶妙に残念なんだよなこいつ。

 

「あ、ところでさ。今夜の宿は取ってるの?」

「うん? いや、宿は必要ないな」

「んー? どういうこと?」

「王都だからな。俺の持ち家がある」

 

 実は王都の外壁近くに小さいながら家を持っている。

 昔ちょっとした特別な依頼を受けた時に建てたものだ。

 大して立派な家でもないが、全員が泊まれる程度の広さはあるから宿代は気にしなくても良い。

 

「ねえマジでボクと結婚しよ?」

「断る」

 

 目を輝かせながら詰め寄るクレアを押し返しながら真顔で告げる。

 こういう所なんだよなー。

 打算的と言うかなんと言うか。

 たくましい奴だよな、本当。

 

「まあでもお金がかからないのは良い事だよね!」

「だな。ここ終わったら久しぶりにオウカ食堂の職員寮にも顔出すか」

 

 知り合いへの挨拶回りも終わったし、チビ達の様子も気になるところだ。

 オウカが何も言ってこなかったから問題無いとは思うけど、心配ではあるからなあ。

 

「ところでさ。ライはこれからどうするの?」

「王都でって事か? とりあえずアルとジュレの人探しかね」

「あ、ギルドに依頼した奴だね」

「だな。それが終わったら王都を出るけどな」

「うーん。それなんだけどさー」

 

 難しい顔で腰に手を当てるクレア。

 どうでもいいけど仕草が面白いなこいつ。

 

「いっその事、王都で話を着けた方が良くない?」

「はあ? 話を着ける? あのルミィとか?」

「だってさー。一生逃げ続けるとか、キツくない?」

「……まあ、それは確かになぁ」

 

 考えた事も無かったけど、確かにクレアの言う通りではある。

 そこで話が終わるならそれに越したことは無い。

 そうなれば王都で適当な仕事を探してのんびり生きていく事もできる訳だしな。

 

「けどなあ……あいつが話を聞くと思うか?」

「んー。何とも言えないけど、王都なら大丈夫だと思うよ」

「うん? 何でだ?」

「だって英雄様が助けてくれるでしょ?」

「……ああ、なるほどな」

 

 言われてみればそうか。

 レンジュさんに酒でも持って行って護衛を頼めば戦力的にはどうとでもなるし。

 ふむ。ちょっと本気で考えてみるのも良いかもしれんな。

 いや、怖いけど。死ぬほど怖いけど。

 

「ライが落ち着かないとボクも困るし!」

「それが本音かよ……まあ、ありがとな。考えてみるわ」

「ちなみにボクは何番目でも良いからね!」

「そっちは知らん」

 

 くすくすと笑うクレア。

 おかげさまで、少し心が軽くなった気がする。

 こいつと居るといつも、どんなに深刻な事態でも何とかなるんじゃないかと思わせてくれる。

 パーティー唯一の常識人だし、何気によく助けられてるんだよな。

 ここは素直に感謝しておくか。

 

「クレア、いつもありがとな」

「おっと。いきなり何さ?」

「いや、お前が居てくれて助かってるなと」

「なるほど。じゃあほら、撫でて撫でて!」

 

 言われるままに朗らかに笑うクレアの頭をぐりぐりと撫でてやる。

 サラサラした髪にフワフワした兎の耳が心地良い。

 ……そういやこの耳って付け根はどうなってるんだ?

 

 髪を掻き分けて付け根の部分を探り、コリコリと触ってみると。

 

「ひゃあんっ!?」

 

 何か変に色っぽい声を出しながら屈み込んでしまった。

 

「あ、えっと、その……耳の付け根は敏感だから、ダメ!」

「お、おう。すまなかった」

 

 潤んだ瞳で見上げられると、なんだが悪いことをした気になってきた。

 うーん。何か申し訳ない。

 

「悪かった。ほら、立てるか?」

「……立てない。立ってるから」

「は? 何を言って……いや待て、説明しなくていい」

 

 こいつ、こんな見た目なのに男だからな。

 つまりはまあ、そういうことなんだろう。

 なんだかなー。改めて言われると違和感しか無いんだが。

 

「くそう。ライは触り方がえっちすぎるよ……」

「なんかすまん……」

 

 なんとも言えない微妙な空気になりながら、とりあえず謝っておいた。

 

 何気に扱いが一番難しいかもな、こいつ。

 



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49話「相変わらず素直じゃない奴だ」

 

 治療院での仕事を終える頃には、既に日が沈みかけていた。

 キョウスケさんに報酬を貰ったあと、俺たちはその足でオウカ食堂の職員寮、と言うか冒険者ギルドの職員寮に向かった。

 元々身寄りの無い孤児の住む場所としてギルドの寮を何部屋か借りていたらしいが、今ではギルド職員より数が多くなっている。

 何せ百人近くいるからな、オウカ食堂の店員。

 

 ちなみにこの建物の最上階は元々オウカの部屋だったらしい。

 今でもたまに王城と行き来しているらしく、稀に空から出入りする姿を見ることが出来るんだとか。

 オウカ食堂に現れる『魔法使い』と合わせて王都の名物扱いになっているようだ。

 

 それはさておき。

 王都の中で王城の次に巨大な職員寮に入ると、そこは子ども達で溢れかえっていた。

 容姿も種族も様々だが、みんな笑顔で忙しそうにしているのが特徴的だ。

 その中で一人、見覚えのある顔を見つけたので手を上げて挨拶する。

 鮮やかな緑色の髪をした少女はすぐにこちらに気付き。

 

「……はぁっ!? え、セイ!? あんた今まで何処に居たのよっ!?」

 

 絶叫しながら駆け寄ってきた。

 

 あ、やっぱり怒られるのか。

 予想通りではあったけど、やっぱり怖ぇな。

 

「て言うか本物!? ちゃんと生きてる!?」

「おう。本物だし生きてるぞ」

「良かったぁ……」

 

 彼女は胸を撫で下ろし、そして次の瞬間。

 

「どっせぇい!!」

「ぐはぁっ!?」

 

 彼女の華麗なドロップキックによって俺は吹っ飛ばされた。

 見た目によらず肉体派なのは相変わらずで何よりだが、せめて加減はしてほしかった。

 

「……ライ。敵?」

「げほ……いや、身内だよ。大丈夫だ」

 

 かなりダメージを負ったが、心配かけたからなー。

 これは仕方ないと言うか、俺が悪いし。

 

「あら? セイ、こっちはお客さん?」

「今の仲間だよ。で、こいつがフローラ。食堂ギルドの統括ギルド長で、オウカ食堂王都本店の店長だ」

「オウカさんに押し付けられただけなんだけどね……」

 

 俺の紹介にフローラは苦笑いを返す。

 昔はオウカが店の管理を全くやらなかったから、仕方なく店長代理をやってたんだけどな。

 あいつが女王になったせいで、食堂ギルドもオウカ食堂も責任者の肩書きをぶん投げられた形である。

 

 不幸なのが、フローラが優秀すぎた事だろう。

 誰の目から見ても膨大すぎる仕事量なのに、彼女はそれを軽々とこなしてしまっているのだ。

 そのせいで周りからは現状で問題無いと判断されている。

 

 百年に一人と言われるほどの天才少女。

 それがこのフローラだ。

 

「でさ。みんな元気でやってるか?」

「元気すぎて困ってるわよ。未だに悪い風習が抜けないし」

「まーた()()()()時間外労働してんのか」

 

 オウカ食堂の店員はみんな、元孤児だ。

 王都どころか国中から集められた孤児達は仕事がもらえた事に感謝しており、より恩返しが出来るようにと夜な夜な自主的に勉強会を行っている。

 厄介な事に、オウカやフローラにはバレないように。

 

「してんのよ。一応現行犯には罰則を与えてるんだけどね」

「罰則? なんだ?」

「一週間デザート禁止」

「それはまた……」

 

 オウカ直伝のレシピだからなあ。

 王都の高級菓子店で売られているのと同じレシピで作られたデザート、美味いもんな。

 ちなみにこの店、ネーヴェ菓子店だが、これもオウカの店だったりする。

 どこまで行ってもオウカの手が伸びてる状態だからな、この国。

 

「で、夕飯はどうすんの? 食べていく?」

「いや、今日は家に戻るわ。あっちの家も掃除してくれてんだろ?」

「一応、定期的にはね。感謝しなさいよ?」

「してるしてる。マジで助かるわ」

 

 家主がいない間にチビ達が掃除やら草むしりやらしてくれてるからな。

 急に帰ってきてもそのまま使えるのはありがたい話だ。

 また今度、土産に何か持ってこなきゃな。

 

「あ、でもさー」

「どうした?」

「夕飯。今日はオウカさんが新作出すらしいわよ」

「食っていくわ」

 

 その情報を聞いて即答する。

 あいつの料理腕前は王都一だからな。

 美味いものを食い逃す手は無い。

 

「という訳なんだが……」

「私は美味しいものが食べたいです!」

「……私はいつでもライの傍に居る」

「私もご一緒出来るのなら、是非お願いします」

「もちろんボクは食べていく! 何ならお手伝いする!」

「……だそうだ。五人分追加で頼む」

 

 手を開いて突き出すと、フローラはそこにぺちっと軽くパンチを当ててきた。

 

「自分で言いなさいよ。私は忙しいんだから」

「それもそうだな。て言うかもうギルドの厨房にいるのか?」

「いると思うわよ。オウカさんだし」

「……だろうなあ。オウカだし」

 

 二人して苦笑い。

 あいつ、一応この国の女王陛下なんだがなあ。

 食堂の厨房で飯作ってる方が自然に思えるのは何なんだろうか。

 どうせ今も楽しそうに炒め鍋振ってるんだろうなー。

 

「んじゃ、引き止めて悪かったな。仕事頑張ってくれ」

「あーもう……あんたさ、いい加減私と変わってくんない?」

「やだよ、めんどくさい」

 

 俺は悠々自適なスローライフを送りたいんだよ。

 そんな大層な肩書きなんていらんわ。

 

「まあ、手伝いくらいはしてやるから。頑張れ」

「うう……なんで私がー」

「さっさと諦めた方が楽だぞー」

 

 ぽふんと頭を撫でてやり、そのまますれ違う。

 その時、かすれた小さな呟き声。

 

「……おかえり」

「……おう。ただいま」

 

 誰にも聞こえないようなやり取りを残して、俺たちはそのまま厨房へ向かった。

 

 相変わらず素直じゃない奴だ。

 



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50話「厄介な事にならなきゃいいけど」

 

 冒険者ギルドの厨房はやはり子どもだらけだった。

 慌ただしく駆け回り、材料を切り、鍋を振るい。

 それぞれ担当の持ち場で割り振られた仕事をしている。

 

 大人は一人もおらず、数十人の子ども達だけという異様な光景に思わず苦笑する。

 ここもオウカに侵食されてるなー。

 やりたい放題だな、あの女王陛下。

 

 そのオウカはどこに、と視線を巡らせていると、子ども達に混ざってニコニコと楽しそうに炒め鍋を振るう小柄な姿があった。

 なんと言うか、うん。

 帽子被ってると周りの子達と見分け付かないなあいつ。

 

 ただ、手にしたそこの浅い炒め鍋は通常の三倍の大きさだし、それを二つ同時に見ながら深鍋の様子も見ているのは異常だけど。

 

 運び込まれた食材を素早く炒め鍋に投入すると、合わせ調味料らしきものを回し入れる。

 じゅわぁと心地よい音と、オーク肉の焼ける香り。

 そこにニンニクと醤油の匂いが交ざり、食欲をそそる。

 いかん、腹が減った。さっさと要件伝えて戻るとしよう。

 

「オウカ! 悪いが五人分追加で頼む!」

「お、セイじゃん! りょーかい!」

 

 朗らかな返事をもらい、すぐにギルドに戻る事にした。

 しかしあれ、いったい何人分作ってるんだろうか。

 中々に半端じゃない量だったんだが。

 ……なんだか考えたらいけない気がする。

 

「さて、どうしたもんかね」

 

 少しばかり時間が出来てしまった。

 ただ待つには長く、かといって出掛けるほどの時間は無い。

 どうしたものかと考えていると、アルが元気よく手を挙げた。

 

「はい! 稽古(けいこ)を付けてください!」

「あー。そう言えばそんな話もあったな」

 

 前に言われた時は命の危険を感じたからやらなかったけど、今ならアルも加減が出来るだろうし。

 何より、前に約束しちゃったしな。

 

「うっし。んじゃちょっとギルドの裏の広場借りるか」

 

 受付カウンターへ向い、美人と評判の受付嬢さんに許可を貰いに行くと。

 

「ちょっと訓練したいんで場所借りて良いですか?」

「構いませんけど……あの子、大剣使いですよね? 大丈夫ですか?」

 

 当たり前だが、俺の心配をされてしまった。

 うん。そりゃそうだよなぁ。

 

 大剣は見ての通り巨大で重く、適当に振り回しただけでも非常に威力が高い。

 大して鍛えているように見えない俺が相手だと、かすっただけで大怪我する可能性がある。

 俺も出来れば遠慮したいところだが、約束したものは仕方ない。

 肩を(すく)めて苦笑いすると、不意に横手から声を掛けられた。

 

「おう、なんなら俺が相手してやろうか?」

 

 壁際に寄りかかっている筋骨隆々なおっさんがニヤリと笑う。

 歴戦の戦士のような雰囲気だが、顔がめちゃくちゃ怖い。

 それはもう、子どもが見たら泣き出してしまいそうなくらいに。

 

「どうもです。相変わらず顔怖いですね、ゴードンさん」

 

 しかし実はこの人――ゴードンさんは古株の冒険者で、人一倍面倒見が良い人だ。

 新人冒険者はかならずと言って良いほど世話になってるし、俺も実際色々と助けてもらった。

 顔は怖いが優しくて頼りになる、みんなの兄貴分的な存在だ。

 

「喧しい。で、嬢ちゃんの大剣でも俺なら受けきれると思うぜ」

「……うーん。それは確かにそうですけど」

 

 ほぼ素人のアルと熟練冒険者のゴードンさん。

 力量差は明白なんだが、アルだしなあ。

 何やらかすか分からないのが怖いんだよな、こいつ。

 

「任せとけ。こういうのは慣れてるからよ」

「じゃあ、お願いします」

「ライさん! ぶっ殺しても大丈夫な人ですか!?」

「大丈夫な訳無いだろ」

 

 物騒な事を言うアルの頭をペチン叩くと。

 

「えへへー」

 

 何やら嬉しそうに両手で頭を抑えながら笑いだした。

 こいつ、実は構ってほしいだけじゃないか?

 最近は半分くらいそれがあるような気がするんだよなあ。

 前ほど殺気を放たなくなって来たし。

 いや、俺が慣れただけかも知れないけど。

 

「ゴードンさん、お願いしても良いですか?」

「おう、任せとけ。じゃあ早速裏に行くか」

 

 ゴードンさんはニヤリと、悪役風な笑みを浮かべて言った。

 

 いや、ゴードンさんの腕は知ってるけどさ。

 厄介な事にならなきゃいいけど。

 



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51話「後で顔を合わせるの、ちょっと気まずいな」

 

 冒険者ギルドの裏手にある広場にて。

 やる気満々なアルとゴードンさんが向かい合っている。

 アルはいつものフリル満載な鎧に二メートル程の巨大な両手剣。

 ゴードンさんはオーソドックスな片手剣と盾だ。

 

「じゃあ始めるか……魔術式起動、展開領域確保! 我が身に宿れ戦の神よ! 武具強化(エンチャントアームズ)!」」

 

 魔法の詠唱が行われ、彼の武器が淡い青色の魔力光に包まれる。

 おお、武器を強化する魔法か。

 そこそこ難しいって聞いた事あるけど、さすがベテラン冒険者だな。

 確かにあれなら両手剣の攻撃もガードできそうだ。

 

「ほれ、いつでも良いぞ。かかってこい」

「いきます! てりゃあっ!!」

 

 挑発に乗り、アルが両手剣を横薙ぎに振り回す。

 枯れ枝を振るような速さで繰り出された一撃は、ゴードンさんの盾によって受け止められた。

 金属同士がぶつかり、甲高い音が響く。

 軽々と受けたように見えるが、しかしその一撃は重く、反撃には至らないようだ。

 すぐに引き戻された両手剣、次は逆向きの横薙ぎ。

 命を刈り取るかのような風切り音と共に迫る巨大な刃。しかしそれはゴードンさんの想定の範囲内だった。

 

「舐めるなよ、新米……!」

 

 凄まじい勢いで振り払われた両手剣を、盾で上から殴り落とした。

 軌道を無理矢理変えられた刃は地面へと突き刺さる。

 

「わわわっ!?」

「馬鹿野郎! 隙だらけだ!」

 

 ゴードンさんが距離を詰めて片手剣を振り下ろす。

 無防備なアルに向かった刃は、しかし寸前の所で引き戻された両手剣の持ち手によって防がれた。

 ニヤリと極悪な笑みを浮かべて距離を離す。

 

「ほう、中々じゃねぇか」

「うわぁ、凄いです! ライさん、この人強いですよ!」

「おい嬢ちゃん、俺は無視かよ!?」

 

 こっちを向いて満面の笑みを見せるアルに、肩を落としてツッコミを入れるゴードンさん。

 つい苦笑いしてしまう。だが。

 

 アルの目が光を写していないのを見て、気が引き締まった。

 

 ヤバい。あいつ、マジになりやがった。

 

「あは。あはハハハァッ!!」

 

 左手で顔を抑えて、(わら)う。

 その瞳に浮かぶのは狂気。

 

「魔術式起動、展開領域確保、対象指定! 其は何人なりや、天空の覇者! 我が身に宿れ龍の鼓動! 身体強化(ブースト)!!」

 

 (ほとばし)る翡翠のような緑色の魔力光。

 俺も使える身体強化魔法。しかし、込められた魔力は桁違いだ。

 今のアルは素手で岩を砕ける程に強化されている。

 ついでにあいつ、自制が効いてない。

 あのバカ、本気でゴードンさんを殺そうとしてやがる。

 

「私より強い人だからぁ! 殺しても良いですよねぇっ!?」

「良い訳ねぇだろ馬鹿野郎!」

 

 緑の燐光を()いて駆ける狂戦士(アル)

 俺の止める声も無視して繰り出される雷のような一撃は、大柄なゴードンさんを盾ごと吹き飛ばした。

 外壁に激突するのを見て思わず舌打ちし、叫ぶ。

 

「クレア! オウカを連れてこい! サウレとジュレは手伝え!」

 

 アイテムボックスから鋼鉄玉を取り出すと同時、サウレが影のようにアルに駆け寄った。

 腕を狙い短剣を閃かせるも、するりと避けられる。

 反撃の一撃を飛び上がって(かわ)し、そのままバク宙して着地際、投げナイフを投擲(とうてき)

 しかし、両手剣の腹でいとも容易く弾かれた。

 一瞬の硬直。その隙を突いてジュレが仕掛ける。

 

「透き通り、儚き、汚れなき、麗しきかな氷結の精霊。願わくば、我にその加護を与えたまえ!」

 

 数え切れない程の氷の塊。

 大気を引き裂いて間断なく飛ぶ魔弾は、竜巻のように振り回されたアルの両手剣で全て撃ち落とされていく。

 砂煙が舞い上がり、彼女の姿を覆い隠した。

 そして、刹那。

 

「えへへぇ! ライさんライさんライさん!」

 

 緑の淡い魔力光を連れ、アルが風のように駆け寄って来た。

 眼から虹彩が消え、しかし童女のような無垢な笑みを浮かべて。

 

 岩をも切り裂きそうな勢いで斜めに斬り下ろされる両手剣。

 それを、紙一重で伸びた鉄鋼の棒が受け止め、軌道を逸らした。

 

「もっと! 私を受け止めてください! 『殺し愛』しましょう!」

「そんな物騒な愛はお断りだ!」

 

 叫び返しながら目潰し玉を撃ち込むが、不発。

 残像を残して回避したアルが、再び両手剣を振るう。

 力任せに凪いだ鉄塊を、遅延発動した鉄鋼玉が下から打ち上げる。

 しかし、彼女の顔に驚愕は無い。

 両手で持ち手を握り締め、張り裂けんばかりに嗤う。

 

 

「ライさん! 殺したいほどっ! 愛してますぅっ!!」

 

 

 アルが全力を込めて斬り降ろす。

 人間に反応できる速度を超えた一撃。

 凄まじい一閃が俺の命を刈り取る寸前、その狂撃は斜め下から突き出した三本の鋼鉄の棒によって受け流された。

 

 至近距離。吐息を感じるほど近くに、アルの狂気に満ちた笑顔がある。

 

「反応に困る事を叫ぶんじゃねぇよ」

 

 言いながら、アルの額を軽く叩いた。

 不意を打った一撃にアルが一歩距離を離し。

 

 

「――Sakura(サクラ)-Drive(ドライブ) Ready(レディ).」

Ignition(イグニション)!」

 

 

 一瞬でアルに肉薄した英雄(オウカ)が両手剣を上空に蹴り上げる。

 薄紅色の魔力光が舞い散る中、連撃。

 桜色の竜巻から放たれた足払いは綺麗にアルの両足を刈り取り、次いだ後ろ回し蹴りで浮いた体を蹴り落とした。

 

 瞬時に意識を失い、言葉もなく地に沈むアル。

 その足元に両手剣が落下し、深々と突き刺さった。

 

「セイ。怪我人は?」

「無し。ギリギリだったけどな」

 

 戦闘モードのオウカにため息混じりに言葉を返す。

 

 危ねぇ。後一手遅れてたら死んでたわ。

 今更ながらに冷や汗が浮かぶ。

 俺の人生で五本指に入るくらいに危険な状況だったかもしれない。

 さすが戦いで成り上がった貴族の長女だ。

 才能の塊(アル)は敵に回すとヤバすぎるな。

 

「状況終了……ふぅ。で、今回は何したの?」

 

 桜色を散らして通常モードになったオウカが俺を睨みつけて来る。

 

「うーん……我慢させすぎた、かな?」

 

 日頃から湧き出る殺人衝動を無理やり止めてたし、こいつ的にはストレス溜まってたんだろうな。

 たまに発散させる必要があるか。

 面倒臭いやつだな、マジで。

 

「対処方法は理解した。悪かったな」

「おし。ところでご飯出来てんだけど」

「おう、ありがとさん」

 

 何事も無かったかのように振舞ってくれるオウカに内心で感謝し、こちらも何事も無かったように返答を返す。

 さてと。

 

 

「ほれ、行くぞアル」

「ひゃあいっ!?」

 

 地に付したままびくんと跳ねるアルに、つい苦笑いが漏れる。

 

 いや、起きてんのバレバレだって。

 めっちゃモゾモゾしてたし。

 

「な、あ、えぇと、そのぉ……何も聞かなかったことにしてくださいぃ……」

「まあ、お前がそれで良いなら」

「お願いしますぅぅ……」

 

 おお、アルが弱ってる所なんて初めて見たかもしれん。

 ていうか暴走中の記憶あるのな。

 

「あうぅ……ちょっと、後で行きますぅ……」

「はいよ。早く来いよー」

 

 あえて軽めな声をかけて、その場を立ち去ることにした。

 

 なんと言うか、はてさて。

 完璧に予想外の告白を受けた訳だが。

 いや、距離感的には近かったし、俺も身内として扱っては居たが。

 そういう感情だとは思いもしなかったな。

 これはどうしたものだろうか。

 

 後で顔を合わせるの、ちょっと気まずいな。

 



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52話「さて、久々の我が家だな」

 

 国中で人気な『オウカ食堂』だが、食堂と名前が着いているのに店内で食事できるスペースは無い。

 基本的に弁当屋なので、食べる時は別の場所に移動する必要がある。

 王都では主に隣の冒険者ギルドや、そこに併設された酒場に持ち込んで食べる事になる訳で。

 当然俺達も冒険者ギルドの片隅のテーブルで夕飯を取る事となった。

 

 本日はオウカ食堂の新メニューとの事で期待していたのだが、出てきたものは長方形の揚げ物っぽい何かだった。

 黒っぽいとろみのあるソースが絡めてあり、その上から玉子や玉ねぎが入った白いソースがこれでもかと盛られている。

 見た目からしてボリュームがあるんだが、どんな料理なのさっぱり分からない。

 

 何だ、これ。

 不思議な料理に首を傾げながらも、取りあえず揚げ物にフォークを刺し、そのままガブリと噛み付いた。

 

 もちっとした歯ごたえに、まったりとした玉子の風味。

 その直後に広がる甘酸っぱいソースの味と果物の香りは鮮烈で、揚げ物なのにサッパリとした後味になっている。

 

 形的に肉かと思ったが、これは魚か。

 脂が乗っていて旨みが強く、甘酸っぱいソースとよく合う。

 これは美味い。それに、今まで食ったことの無い料理だ。

 思わず麦酒でぐいっと流し込み、次の一口をかじりつく。

 

 しかしまあ、揚げ物に最初からソースを絡めるなんて発想、どこから出てくるのかね。

 揚げ物はカリッとした食感が魅力だと思ってたが、こうしてしんなりさせてみるとまた違った美味さがある。

 これは凄いな。いくらでも食べられそうだ。

 

「なるほど、参った。こりゃ美味いわ」

 

 さすがと言うべきか、オウカの料理は相変わらず美味かった。

 店を全国展開しているだけの事はある。

 

「……確かに美味しい」

「これは素晴らしいアイデアですね」

「よく分からないけど美味しいね!」

 

 この揚げ物――南蛮揚げという名前らしいが、これは確かに新メニューとして相応しいだろう。

 既存の料理と一風変わったこの料理はすぐに大人気商品になると思う。

 現に今、ほぼ全ての人がお代わりを求めてるし。

 

「……で、そこの巨乳サイコパスは食わないのか?」

「ひょあっ!?」

 

 椅子から飛び上がり、テーブルに膝をぶつけてうずくまるアル。

 ぷるぷる震えてる理由は痛みなのか恥ずかしさなのか。

 

「おい大丈夫か?」

「なんでそんなに平然としてるんですかっ!?」

「いや、お前が忘れろって言ったんだろうが」

 

 本当はこっちも結構意識してたりするんだが、あれだな。

 自分より慌ててる奴がいると自然と冷静になるよな。

 

「あうぅ……穴があったら入りたい……」

「任せろ。穴掘りは得意分野だ」

「ちょっと黙っててくれませんかね!?」

 

 おお。良い反応するなこいつ。

 後ろ首まで赤く染まってるし。

 て言うか今更だけど、羞恥心とかあったんだなお前。

 

「あーもう! とにかく! 食べます!」

 

 がばっと立ち上がったかと思うと、凄い勢いで南蛮揚げを食べ始めた。

 いや、美味いのは分かるんだが。

 そんなに押し込んでると……

 

「……むぐぅっ!?」

 

 ほーら喉に詰まった。

 慌てふためくアルに麦酒(エール)の入ったコップを渡すと、勢いよく一気飲みする。

 

「ぷはぁっ! ありがとうございます!」

「おう。ゆっくり食えよー」

 

 他の奴らにもエールを渡しながら周りを見ると、オウカやチビ達が忙しそうにバタバタしていた。

 所々で上がるお代わりを求める手に応え、新しい皿を持って行っている。

 うーん。まあ楽しそうにしてるし、手伝いは必要ないか。

 

「……ライ」

「ん? どうした?」

 

 三皿食べて満足したサウレが袖を引っ張ってくる。

 濡れタオルで口元を拭ってやると、気持ちよさそうに目をつぶって顔を押し付けてきた。

 うん。やっぱり猫っぽいよなこいつ。

 

「……私もライが好き」

「おう。ありがとな」

 

 ぐしぐしと真っ白な髪越しに頭を撫でる。

 サウレは頻繁にスキンシップを求めてくるが、既に慣れきったものだ。

 ……そういやこいつも角の生え際が敏感だったりするんだろうか。

 怖くて試せないけど、今度聞いてみるかね。

 

「ライさんライさん。次は私です」

 

 サウレを撫ででいると、今度はジュレが前かがみになって頭を突き出してきた。

 胸がぷるんと自己主張して来ているが、そっちは見ないふりをして、水色の髪越しに頭を撫でてやる。

 普段は大人びた表情の美人だけど、こういう時だけ子供みたいに笑うんだよな、こいつ。

 これで変態じゃなければなあ。

 そのせいで微妙に警戒心が抜けない所はあるし。

 

「もちろん次はボクだよね!」

 

 ついでとばかりにクレアが頭を寄せてくるが、あいにく両手が塞がっている。

 どうしたものかとサウレに目を向けると、そっと頭を離してくれた。

 

「……私はライのものだけど、ライはみんなのもの」

「共有されてるのか俺」

 

 苦笑しながらクレアを撫でる。

 ぴょこぴょこ動く兎耳に触れないように撫であげると、これまた嬉しそうにはにかんだ。

 こいつは見た目で分かりやすくて良いな。

 多分わざとだろうけど。

 計算高いと言うか、あざといと言うか。

 可愛いのは可愛いんだがなあ。

 

 ちなみにアルは羨ましそうな顔でこちらを見てきているが、どうにも踏み出せないでいるようだ。

 俺もまだ心の整理がついて無いから助かるんだけどな。

 

 ……というか、この三人はどういう感情で俺に接してるんだろうか。

 サウレは公言してるから分かりやすいけど、ジュレとクレアはよく分からないんだよなー。

 普段の態度的に好かれてるとは思うんだが。

 

 そんな事を考えながらしばらくローテーションで撫でていると。

 

「おいこら。何イチャついてんのよ。風穴空けるわよ」

 

 真後ろからオウカに拳銃を突き付けられた。

 おい。声が若干マジなんだが。

 

「美少女ハーレムとか羨ましい! 早くご飯食べて帰れ!」

「ハーレムじゃねえよ」

 

 呆れて言い返し、皆が食べ終わってるのを確認して席を立つ。

 確かにいつまでも居たら邪魔になるし、さっさと帰るか。

 

「オウカ、今日も美味かった。ご馳走様」

「良きかな良きかな。また顔見せに来てね」

「しばらく王都に居るからまた顔出すわ……っと、そうだ」

 

 アルの元婚約者とサウレを騙した女商人の似顔絵を渡す。

 

「んあ? 誰これ?」

「俺たちの探し人だ。見かけたら教えてくれくれ」

「ん、りょーかい!」

 

 小さな握り拳を突き出して笑うオウカに、こちらも拳をぶつける。

 互いに笑い合い、そのまま自宅へ向かうことにした。

 

 さて、久々の我が家だな。

 



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53話「俺自身も考えないとダメだな」

 

 王都の大通りから外れた小さな一軒家。

 この二階建ての建物は、昔「竜の牙」のメンバーとパーティーを組む前に購入したものだ。

 中古物件だし部屋数もそこそこないが、宿代を気にしなくて済むのはありがたい。

 何より、ルミィに知られていないのが大きい。

 

 中に入ると、聞いていた通り綺麗に掃除されていた。

 ホコリも無いし、家具の配置も何ら変わらない。

 チビ達には改めて礼を言わなきゃならないな。

 

「寝室は二階だ。四部屋あるから適当な部屋を使ってくれ」

「四部屋ですか? ではライさんはどうするのですか?」

「俺はソファーで寝るから気にするな」

 

 キッチンで湯を沸かしながら、ジュレの問いかけに答える。

 同室は嫌だし、そもそもベッドが合わせて四つしかないからな。

 みんなで分けてくれたらちょうど良いだろう。

 

 五人分の紅茶をいれてテーブルに運ぶと、全員がじっとこちらを見詰めていた。

 

「……ライは一人で寝るつもり?」

「ああ、部屋を分けられるならそれで良いだろ?」

 

 いつもは宿代節約の為に二部屋しか利用してなかったが、それも好きでやっていた訳では無い。

 理由も無く同じベッドで寝るのはさすがに抵抗があるし、別に寝れるならありがたい話だ。

 

「……それだと、私が良く眠れない」

「いやなんでだよ」

「……心配だから」

 

 上目遣いでじっとこちらを見つめるサウレの顔には、非常に分かりにくいが心配の色が見えた。

 確かに野営の時なんかは警戒の為にサウレと一緒にいる事が多いけど、王都の家の中で何が心配なんだろうか。

 魔物の襲撃がある訳でもなし。

 

「……クレアとジュレが夜這いに来る事がある」

「は?」

「……ライが寝ている時にこっそり忍び込もうとした事が何度もあった」

 

 視線を巡らせると、二人揃って目を逸らされた。

 マジか。まったく知らなかったんだが。

 身内相手とは言え油断しすぎだろ俺。

 

「……いつも私が追い払っていた」

「そうか。ありがとうな」

 

 ぐりぐりと頭を撫でてやる。

 こいつが居なかったら本気でやばかった気がするし。

 

「……うん、そういう(えっちな)事は起きている時にするべき」

「素直に感謝できなくなったんだが」

 

 お前もそっち側なのか。

 いや、節度がある分マシか。

 

 何だかんだ言って、サウレは俺が本気で嫌がることはしてこないからなー。

 ギリギリラインを攻めてくるのは止めてほしいところだけど。

 

「……だからライは私と寝るべき」

「サウレはライと一緒に居たいだけじゃん! ボクも一緒がいいのに!」

「私もご一緒したいのですけれど」

「お前らはもうちょっと恥じらいとか持てよ」

 

 周りの目が無いとはいえ、堂々と宣言するな。

 さすがにサウレ以外と寝るのは無理だからな?

 て言うかサウレに関しても歓迎はしてないし。ただ諦めてるだけだ。

 何度言ってもいつの間にか横に居るからなこいつ。

 

 そんな事を思っていると、いきなりアルが右手をびしっと上げた。

 

「ライさん! 私も一緒が良いです!」

「はあ? いや、お前までどうした」

 

 今までそんな事言われなかったんだが。

 アルはその辺の常識は持ち合わせていると思ってたのに。

 

「もう開き直る事にしました!」

 

 アルが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 恥ずかしさからか若干涙目になってるのが何となく可愛い。

 やっぱりよく見ると美少女なんだよな、こいつ。

 

 いや、そうじゃなくて。

 

「私はライさんが好きだから! 権利はあると思います!」

「おい、反応に困るからやめろ」

 

 ここまで直球だと、何て言うか。うん。

 いきなり開き直りすぎだろお前。

 

「……それなら私にも権利はある」

 

 ぐいっと俺の腕を抱え込みながらサウレが呟く。

 屋内だからいつもの外套(マント)は脱いでいて、局部を隠しただけの半裸姿なのでスベスベな肌が直に当たっている。

 こいつはこいつで、羞恥心とか無いんだろうか。

 いや、そもそも種族(サキュバス)的に無いのかもなあ。

 スキンシップは本能的なものらしいし。

 

「サウレさんが一緒でも大丈夫です!」

「それならいっそ全員で寝ますか?」

「さんせーい! 楽しそうだし!」

「……それなら問題ない」

「問題しかねえわ」

 

 大きなため息をつく。

 そんな恐ろしいこと出来るか。

 ……最近慣れてきてるから何とも言えないけど。

 

「ほら、いいから早く決めろ。今後のことも話さないといかないからな」

「……今後?」

「人探しが終わったらどうするかだ」

 

 より正確に言うなら、どこまで一緒に行くか、だろうか。

 俺の最終目的は田舎の町でスローライフを送ること。

 しかしそれはあくまで俺の理想であって、皆の目的ではない。

 何となく聞けないでいたが、さすがに方針を聞いておかないとまずいだろう。

 

「俺は田舎町にでも住むつもりだけど、お前らがどうしたいのか聞いておきたい」

 

 これはサウレも含めた四人全員に当てはまる話だ。

 今まで俺と一緒だったからって、これからも一緒に居る必要は無い。

 冒険者を続けたり、王都で違う仕事を探したり、他にも色んな選択肢がある訳だ。

 

「なるほど。即答したい所ですが、一応考えて見ますね」

「あー確かに! ライが冒険者辞めるなら考えないとね!」

 

 この二人は予想通りの反応。

 サウレはしがみつく力を強め、無表情でじっと俺を見上げてくる。

 その仕草で何を言いたいのか伝わって来るが、それでも考えることはしてほしいところだ。

 

 それに、分からないのがアルだ。

 未だに何を考えているか読めないところがある奴だし。

 そもそも、こいつの旅の理由は復讐だ。

 それを果たした後、どうするつもりなのか。

 

「これからの事、ですか……?」

 

 アルが不思議そうに首を傾げる。

 

「もしかして、考えてなかったのか?」

「えぇっと。ずっとライさんと一緒に居ると思ってました」

 

 マジか。いやでも、ある意味予想内ではあるけど。

 計画性とか全く無いからなこいつ。

 

「良い機会だから色々考えてみたら良いんじゃないか?」

「うーん。他の選択肢は無いと思うんですけど。その……好きな人と一緒に居たいですし」

「だから反応に困ることを言うな」

 

 嬉しくないと言えば嘘になるが……うぅむ。

 これに関してはあれだな。

 俺がこの先どうしたいか、って事も関係してくるのか。

 

 戦いは嫌いだ。痛いし怖いし、俺には合わない。

 だから田舎に引きこもろうと思って旅をしてきた。

 だけど、その時に誰かが一緒に居るなんて想像もしてなかった。 

 のんびりとした生活は一人で送るものだと思っていた。

 

 勿論、アル達が一緒に来ると言うなら拒むつもりはない。

 こいつらは身内みたいなもんだし、何だかんだで一緒に居ると楽しい。

 だからと言って、まだ歳若いこいつらを隠居生活に誘うのは抵抗がある。

 まだまだ先のある連中ばかりだし、将来を左右する選択だ。

 何を選ぶにしても、後悔が無いようにしてほしいからな。

 

「とにかく、王都で目的を果たすまでに先の事を考えておけよー?」

 

 そう言い残し、風呂を沸かすためにリビングを後にした。

 

 さて、ああは言ったものの、決して他人事ではない。

 俺自身も考えないとダメだな。

 



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54話「あいつも色々と厄介な奴だな」

 

 湯上りで火照る体を冷ます為、狭い庭に出た。

 今日は雲が無くて月が綺麗に見えている。

 旅の途中だと常に警戒しなきゃならなかったけど、王都の中ならそんな心配もない。

 

 窓の縁に腰掛けてリンゴのジュースを口にすると、喉から腹にするりと流れていく。

 堪らない感触に思わず息を吐き、空を見上げながら考える。

 

 俺は、どうしたいんだろうか。

 田舎町に引きこもって戦いの無い生活を送りたい。

 その願いは今でも変わらない。

 ただ大きく変わったのが仲間が出来たという事だ。

 親しい間柄、もはや身内として扱っているあいつらが一緒に来ると言った時、俺はどうするべきなんだろうか。

 

 はっきり言って彼女達と居るのは心地良い。

 色々とトラブルはあるものの、毎日を楽しく過ごせている。

 だから着いてくると言うなら拒みはしない。

 でも本当にそれで良いのかと思ってしまう。

 

 俺と一緒に田舎町に行くということは、地位も名誉も捨ててしまうと言うことだ。

 アルには戦いの才能があるし、サウレとジュレは一流冒険者、クレアもそれに近い実力を持っている。

 それを失ってしまうこと。

 言ってしまえば彼女達の今までの人生を無駄にしてしまうと言うことだ。

 

 果たして俺にその価値があるんだろうか。

 そして、俺はその責任を負うことができるのか。

 

 もちろん彼女達は子どもではない。

 自分の意志で未来を決められる奴らだ。

 それでもやはり、その事を考えてしまう。

 

 俺は、どうしたいんだろう。

 一緒に行こうと、誘いたいんだろうか。

 今の俺にとっては自分の心が一番分からない。

 

「あー……難しいもんだな」

 

 ぽつりと独り言をこぼす。

 月は変わらず輝いていて、世界を優しく照らしている。

 夜風は無いが気温がやや低めで気持ちが良い。

 そんな静かな夜を満喫(まんきつ)していると、不意に気配が近付いて来たのを察した。

 

「どうした?」

「ひゃぁいっ!?」

 

 振り返り様に声をかけると、部屋着姿のアルがビクンと体を跳ねさせた。

 普段の鎧と同じくフリルの多い服だが、生地が薄いせいで体のラインがはっきりと浮き出されている。

 特徴的な胸だけじゃなくて、細い腰や露出した太ももが(なま)てかしくて、ふいと目線を月に戻した。

 

「何変な声出してんだ」

「まさか気付かれてるとは思いませんでした!」

「罠師なめんな。さすがに気が付くわ」

 

 常に敵の位置を補足しなければならない罠師にとって気配察知は必須技能だ。

 実際に斥候(せっこう)を行ったことも何度もあるし、本職に負けない仕事が出来る自信はある。

 

 「竜の牙」で鍛えられたからなあ、無理矢理。

 

「そんで、何かあったか?」

「いえ、その。ちょっと、アレでして」

「どれだよ。とりあえず座ったらどうだ?」

「それじゃお邪魔します!」

 

 アルがぽすんと隣に座る。

 今までより距離が近い気がするが、あえて指摘はしなかった。

 俺と同じジュースの入ったカップを渡すと、両手で包むように抱えてくいっとあおる。

 

「ぷは。これ美味しいですね!」

「自家製だ。旅先だと酒が飲めないこともあるからな」

 

 リンゴの搾り汁に蜂蜜を混ぜたものを薄めたジュースだが、これが疲れた時にちょうど良い。

 塩を振った干し芋と合わせると美味いが、今は夕食後なので控えている。

 

「ライさんってなんでも出来ますね」

「まあ色々努力したからなー」

「なるほど。ところでライさん、ちょっと聞きたいんですけど」

「なんだ?」

 

 アルらしくない静かな声に改めて隣を見ると、(うつむ)いたままカップを握りこんでいた。

 サラサラの前髪が目元を隠しているせいで表情は分からないが、声音は真剣そのものだ。

 

「私はライさんが好きですけど、ライさんはどうなんですか?」

 

 ぽつりと口にした言葉に、即答することが出来なかった。

 数秒ほど考え、嘘を吐いても仕方がないかと思い、正直に告げる。

 

「わからん」

「……は?」

「いやな、お前の事は好きだよ。残念な部分もあるけど素直で頑張り屋だし、危ないけど良い奴だって思ってる」

 

 ヤバい奴(サイコパス)って認識は変わらないし、いつも気を張ってなきゃならないけどな。

 それでも、好きか嫌いかで言えば好きだと断言出来る。

 なのだが。

 

「でも恋愛対象と言われると……どうしてもヤンデレ(ルミィ)の恐怖が頭の中に浮かんでくるんだよ」

 

 これに尽きるんだよなあ。

 いや、アル達には割とマジで申し訳無いとは思ってるんだが……

 これに関してはトラウマを克服しない限りはどうしようも無いと思っている。

 

「すまん。少しずつマシにはなってきてるんだが、まだ時間がかかると思う」

「むむ。つまりそれをクリアしたら大丈夫って事ですか?」

「分からん。だけど進展はある、と思う」

 

 苦笑いを返すと、アルはカップを横に置いて、そっと俺の手を握り締めた。

 小さくて暖かな感触。

 以前は背筋に悪寒が走っていたが、すでに慣れきっているせいか特に拒否反応はない。

 

 そんな俺の反応を見て、彼女は女神のように優しく微笑んだ。

 

「じゃあライさんが慣れるまで、私はずっと傍にいます」

 

 俺の手を胸元で抱きしめて笑う彼女は、まるで聖女のように見えた。

 普段の幼い様子は想像も出来ないような、まるで俺を包み込むような笑顔。

 その姿に一瞬、胸が高鳴る。

 

 そして、我に返ると。

 アルの豊満な胸に、自分の手が手首まですっぽりと埋まっている事に気が付いた。

 

 ふにゃりと柔らかな感触。

 ほのかに香る甘いの匂い。

 うっすらと頬を赤らめたアルの顔に。

 

「うぉわっ!?」

 

 全身に鳥肌が立ち、反射的に手を引っこ抜いた。

 そんな俺を見てアルがクスクス笑う。

 こいつ、分かっててやりやがったな。

 

「あはは! 少しずつ慣らして行きましょう!」

「お前なあ……勘弁してくれ、マジで」

「このくらい許されると思います!」

 

 許され……るのかなあ、これ。

 まあ自分でもロクでもない事は自覚してるけど。

 何せ告白してきた女の子に対して返事を保留してる訳だし。

 だからって、こういうのは辞めてほしいけど。

 

「タチの悪い奴め……話が終わったならリビングにでも行ってろ」

「あれ、一緒に行かないんですか?」

「俺はもう少し涼んでから行く」

「了解です! じゃあ向こうで待ってますね!」

 

 普段の朗らかな感じに戻ったアルは、そのまま元気良く去っていった。

 その姿を見送りながら大きくため息を吐いた。

 

 体の火照りが、すでに風呂とは関係の無い事になっているのを自覚しながら。

 

 あいつも色々と厄介な奴だな。

 



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55話「たまにはこんな夜があっても良いか」

 

 体感では深夜。月明かりがリビングを淡く照らし、家具の影をうっすらと伸ばしている。

 そんな中で浅い眠りから覚めた俺は、半分閉じていたまぶたを開く。

 

 人影。逆光で顔は見えないが、輪郭だけははっきりと浮かび上がっている。

 薄い肌着のような寝巻きを纏った女性らしい体型。

 アルより背が高いその影は、心当たりが一人しかいなかった。

 

 こんな時間に何をしに来たかは知らないけど。

 まあ、音を殺して忍び寄って来たからには、何らかの目的があるのだろう。

 

「ジュレか。どうした?」

「ちょっとお付き合い願えませんか?」

 

 上げた左手にはワインのボトル。

 普段から寝る前に飲んでいたのは知っていたが、誘われたのは初めてだ。

 ゆっくりと体を起こして座り直すと、改めてジュレの姿が目に入った。

 

 申し訳程度に来ているネグリジェは、芸術品と読んでも過言では無い彼女の身体のライン際立たせている。

 思わずそちらに目が行き、気まずさから目線を上げると、ジュレはどこかイタズラめいた笑みを浮かべていた。

 

「あら。もっと見てくれて良いんですよ? そのための服ですから」

 

 確信犯かよ。いや、そうかもとは思ったけど。

 見られて喜んでるところあるもんな、こいつ。

 普段の装備も露出過多だし。胸元とか。

 

「いや、これ以上仲間内で気まずくなるのは勘弁なんだが」

「それこそ今更では? このパーティーはライさんのハーレムですし」

「お前が言うかそれ」

 

 今のところ、ある意味一番本心が分からないんだが。

 クレアは打算的な部分を出してくるからむしろ安心できるけど、ジュレはマジでよく分からない。

 

「まあ酷い。こんなにお慕いしておりますのに」

「うーん。真面目な話、今となってはお前だけがよく分からないんだよなー」

 

 こうやって冗談めかして好意を伝えてくるが、性格的に本気がどうか掴めない。

 適当にからかわれている感じもするし、かと思えば深く踏み込んで来ようともする。

 丁度良い距離を探っているような、そんな印象でもある。

 

 そんな事を思いながらアイテムボックスからワイングラスを二つ取り出し、一つをジュレに渡す。

 彼女は妖艶にクスリと微笑むと、膝が触れるほど近くに座った。

 ふわりと甘い香り。以前はこれだけで鳥肌が立っていたものだが、最近は何とか慣れてきている。

 ジュレ達相手なら直接的な行動でなければ問題なくなって来ているので、まあまあマシになってきては居るのだろう。

 

「しかし驚きました。まさかアルさんが告白するなんて」

「その言い方だと、アルの気持ちは知っていたのか?」

「女から見たらとても分かりやすかったので」

「……そういうものか」

 

 俺は全く気付かなかったわ。

 あいつにそんな素振りあったか?

 いや、単に俺が鈍いだけかもしれんが。

 そういう経験とか無かったしなあ。

 

「アルさんは強いですね。まさか開き直るとは思いませんでした」

「あー。あれは何と言うか……凄いよな」

「私も見習わなければなりません。という事で、お誘いに来た訳です」

「なんだそりゃ」

 

 よく分からない会話をしながらワインを注いでもらい、お返しにジュレのグラスにワインを注ぐ。

 二人して軽くグラスを持ち上げ、一口飲んでみる。

 かなり甘めの葡萄酒。苦味は少なく、比較的飲みやすい口当たりだ。

 ワインの善し悪しなんてよく分からないが、少なくとも美味いとは感じる。

 

 でもこれ、だいぶ強い酒じゃないか?

 

 思わず隣を見ると、ジュレも口元を抑えて驚いていた。

 こいつ、自分が持ってきたのに把握してなかったのか。

 

「ずいぶん強いですね、このワイン」

「飲み過ぎないようにしないとな」

「うーん。そうですねえ」

 

 言葉では肯定しながらも、ジュレはグラスを傾けて一気にワインを飲み干した。

 ふぅ、と零した吐息がどこか色っぽさを感じる。

 じゃなくて。

 

「おい。そんな飲み方したら潰れるぞ」

「うふふ。ライさん、知ってますか?」

 

 ギシリと。ソファーを軋ませてこちらに身を寄せる。

 肩に頭を預け、甘えるように(ささや)いた。

 

「女は酔うと性欲が増すんですよ」

「恐ろしい話をするな」

 

 いきなり何を言い出すんだこいつ。

 ちょっと鳥肌立ったんだが。

 

「それに、酔いの勢いというものが大事な時もあるんです」

「……そうかい」

 

 上手い言葉を返せず、グラスを傾ける。

 先程より甘いワインが喉元を抜けると、少しだけ気分が落ち着いた。

 

「何か悩みでもあるのか?」

「色々と。人前では見せられない事も多いものですから」

「あー。そう言えば有名人だもんな、お前」

 

 つい忘れがちだが、ジュレは『氷の歌姫(アブソリュート)』という二つ名を持つ一流冒険者だ。

 外面を気にしなくてはならない事も多いのだろう。

 

「全部頼れとは言えないけど、俺達の前で気を張る必要は無いからな」

「ええ。そこは甘えさせて頂きます」

 

 空になったグラスにワインを注いでやると、またもや一気に飲み干された。

 大丈夫かこいつ。潰れたりしないよな?

 

「ライさん。私は、とても感謝しているんです」

「は? 何だいきなり」

「あの時ライさんに出会わなければ、私の人生は酷いことになっていたと思います」

「確かにそれは否定できないな」

 

 何せ屋台で金貨を出そうとしたくらいだしな。

 一般常識が無いにも程があるジュレが一人で生活出来たとは思えない。

 良くて詐欺に会うか、最悪の場合は住む場所すら失っていただろう。

 

「けれど私には返せるものが何も無いんです。戦う事以外、何も出来ませんから」

「それだけでも十分助かってるんだけどな」

 

 実際、俺が戦わなくても済むことが増えたし。

 やっぱり戦うのは怖いし、痛いのは嫌だ。

 俺としては、それを引き受けてくれているだけでもかなり感謝しているんだが。

 

「ですので、ここは女として美味しく召し上がって頂こうかと思いまして」

 

 そっと手を重ね、俺の腕を抱き、熱を帯びた声でそんな事を言い出した。

 柔らかく甘い誘惑。誰もが認める美女からの誘い。

 それに応えるように彼女の整った顔に手を伸ばし。

 

「アホかお前」

 

 バチン、と。中々に良い音を立ててデコピンが炸裂した。

 

「むきゅっ!?」

 

 おかしな声を上げて額に手をやるジュレに呆れつつ、ワインを一口。

 やっぱ甘いわ、これ。

 

「あのな。前にも行ったけど、恩を感じてるならそれは他の誰かに返してやれ」

「……そうやって世界は回っている?」

「そういう事だ」

 

 アイテムボックスからツマミのスモークチーズを取り出し、小さめに切り取って口に放り込む。

 燻製の独特な香りが鼻から抜けるのを感じ、更にワインを一口含んだ。

 複雑な旨みが広がるのを楽しみ、こくりと飲み込む。

 

「むう。私ではダメですか?」

「誰でもダメだ。ほら、見ろよこれ」

 

 長袖をまくり上げ、鳥肌の立った腕を見せ付ける。

 平然を装って対応してるけど、相手がジュレ(身内)じゃなかったら逃げ出してるところだ。

 男のプライドとか、そんな物は持ち合わせてないし。

 

「甘えるくらいなら構わないけどな。今はこれが限界なんだわ」

「……分かりました。でも、もう少しこのままでも良いですか?」

「まあ、このくらいならな」

 

 じわじわと恐怖が湧き出てくるが、耐えられない程では無い。

 珍しく甘えて来るジュレを肩に乗せ、二人分の空いたグラスにワインを注いだ。

 

 うーん。しばらくなら大丈夫だと思うし。

 たまにはこんな夜があっても良いか。

 



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56話「早く用事を済ませて街に行くとしよう」

 

 早朝。キッチンにて。

 熱した平たい炒め鍋に分厚いベーコンを置き、表面をジュワジュワと焼いていく。

 肉が焼ける音や匂いというのは何故こんなにも心地よいんだろうか。

 食う前から確実に美味いのが分かる。

 軽く炙ったらひっくり返し、やや弱火でじっくりと火を通していく。

 こうする事で肉の旨みが抜けないようにできるらしい。

 

 次は玉子。別の小さな炒め鍋に油をひき、火にかけながら次々と割り入れていく。

 十数個ほど並べたあと、塩を振ってから少量の水を入れて蓋をする。

 手軽に作れる割に腹にたまるから、昔から得意としている料理の一つだ。

 蒸している間に皿を並べ、大きめなバスケットに白パンをこれでもかと積んでおく。

 

 女性とは言えそこは冒険者。特にアルなんかは俺以上に食うからな。

 それなりの量を作っておかないといけないが、これはこれで中々に楽しい作業なので特に苦には思わない。

 今朝は材料が無いから簡単な物になってしまったが、この後買い出しに行けば昼はまともなものを作れるだろう。

 

 さてさて、何が良いだろうか。生野菜は外せないとして、王都なら新鮮な魚もあるからな。

 普段は食えないものを買い込んで置きたいところだ。

 

 ちなみにうちのパーティーで料理が出来るのは俺とクレアだけなので、旅の途中だと交代制で作っていたりする。

 あいつ何気に何でも出来るんだよなあ。

 どんな人生を送ってきたのか少し気になるけど、何となく聞けないままでいる。

 そんな事を考えながらベーコンの火の通り具合を確認していると、トントンと階段を降りてくる軽い音。

 ふむ。この重さはサウレだな。

 

「……おはよう、ライ」

「おはようさん。顔洗ってこい」

 

 顔を出したところに挨拶を交わす。

 最近着るようになったパジャマ代わりの俺のシャツは、やはりサイズがあっておらずぶかぶかになっている。

 小柄なサウレの股下まである簡素なシャツだが、サウレが来ているとどこか愛らしさを感じる。

 ちなみにこの下は何も着ていないと自己申告されたが、本当かどうかは確かめていない。

 

「……ん。その前に撫でて」

「はいよ」

 

 ぐりぐりと頭を撫で回すと、ほわんとした寝ぼけ顔にうっすらと喜びの表情が浮かぶ。

 サウレはことある事に撫でろとせがんでくるので、このやり取りも慣れたものだ。

 しばらくの間わしわしと撫でた後、満足したらしいサウレは洗面所の方へと消えていった。

 

 次いで、また階段を降りてくる音。

 今度はクレアか。

 あいつは独特なリズムで歩くから分かりやすいな。

 

「おっはよー! めっちゃ良い匂いしてんじゃん!」

 

 朝一番から元気に手を上げてきたので、それに応えてハイタッチ。

 クレアは既に身支度を整えていて、いつもの長袖シャツにショートパンツ。但し革鎧は外しているので普段より一層華奢に見える。

 

「何か手伝うことは?」

「特に無いな。暇ならアルとジュレを起こしてくれ」

「りょーかいっ!」

 

 ぴょこんと一跳びすると、今降りてきたばかりの階段を駆け上って行った。

 数秒もしない間にドアが豪快に開かれる音。そして「わひゃあ!?」というアルの悲鳴。

 どんな起こし方したんだあいつ。

 

 そして数十秒後、意外と静かな音でアルが階段を降りてきた。

 髪はぼさぼさ。首元や袖が緩やかな薄手のワンピース姿だが、普通の服なのに胸がめちゃくちゃ強調されている。

 ある意味アルらしい部屋着だが、こいつわざと狙ってるんじゃないだろうか。

 

「えぇと……おはようございます」

 

 両手をへその下辺りでモジモジしているせいで、大きな胸がふにふにと変形する。

 思わず目を逸らすと、アルもそれに気付いたのか顔を真っ赤にしながら慌てて両手を崩そうとして。

 ふと何かに気付いたかのように、半泣きの上目遣いで俺を見上げてきた。

 

「あの、えぇと……見たいですか?」

「いいから早く顔洗ってこい」

 

 どちらとも答えられず、ぺしりと頭をはたいておいた。

 昨晩の感触を思い出してしまい、若干鳥肌が立ったのは内緒だ。

 

 去っていくアルは首筋まで赤くしていたが、恥ずかしいならやらなきゃいいのにとは思う。

 好意を向けられるのは嬉しいんだが、やはりまだ自分の心の整理がついてないな。

 

「さて、後はジュレだけだが……大丈夫かあいつ」

 

 かなり深酒してたし、酒が残ってるかもなあ。

 まあ二日酔いは回復魔法で治せるか問題ないとは思うけど。

 

 しばらく待つと、普段着のドレスに着替えたジュレと不服そうなクレアが連れ立って階段を降りてきた。

 

「おはようございます。昨晩はご迷惑をお掛けしました」

「気にするな。ところでクレアはどうしたんだ?」

「何かねー。改めて二人を見ると、やっぱりボクも胸ほしいかなーって思って」

「…………そうか」

 

 当たり前だがペタンとしている胸元を両手で抑えるクレアに、何とも言えない切なさを感じて頭を撫でておいた。

 すぐにニコニコ顔に切り替わったので、二人で朝飯をテーブルに運ぶ。

 

 戻ってきたアルとサウレが席に着いたのを見て、全員揃って手を合わせると。

 

「んじゃ、頂きます」

 

 皆で同時に言ってから、まだ温かい朝食を食べ始めた。

 

 今日は気持ちの良い晴天。買い出し日和だ。

 早く用事を済ませて街に行くとしよう。

 



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57話「急がないと間に合わないな、これ」

 

 朝食を終えた後、用事があるから一人にして欲しいと頼み込み、冒険者ギルドへ向かった。

 かなり怪しまれたけど、最終的に納得してくれたから大丈夫。だと思いたい。

 ギルドに到着すると、そこはやはり人で溢れかえっていた。

 依頼書を前に作戦を練る若者、受付嬢と歓談する少女、併設された食堂で飯を食うイカついおっさん。

 

 そして、酷く冷めた黒眼でこちらをじっと見つめる英雄。

 

 短めの黒髪に小柄な少女、カエデさんが普段より真面目な顔で待ち構えて居た。

 

「聞きたいこと、と。伝えたいことが、あるんだけ、ど」

 

 普段の小動物のような雰囲気は無く、その姿は正に英雄のようで。

 凛とした佇まいに、温度を感じさせない声。

 彼女の呟くような一言は、賑わうギルドを一言で凍りつかせた。

 

「セイ君。なんでオウカちゃんを、巻き込んだ、の?」

 

 カエデさんの感情の昂りに合わせて、その足元から純白の魔力光が立ち上る。

 臨戦態勢の英雄。その矛先は、俺だ。

 世界最強の生物であるドラゴンの群れすら一人で殲滅出来る戦闘力を持った少女が、敵意を持って俺の前に居る。

 

 ヤバい。来るならレンジュさんだと思ってたんだけど、一番ヤバい人が来てしまった。

 普段は臆病とも言えるくらいに平和主義だが、テンションが高くなったカエデさんはヤバい。

 下手したら、英雄たちの中で誰よりも。

 

「一応確認するけど、人探しの件ですよね?」

「そうだ、よ。あの人達は、善人じゃないよ、ね」

 

 ふわりふわりと、彼女の周囲に純白の魔弾が幾つも現れる。

殺気に肌が粟立つ。腹の中に冷水を流し込まれたような感覚。

 レンジュさんに似た、氷のような殺意。

 

 うわぁ。こえぇ。ガチギレ一歩手前じゃん。

 いやまあ、こうなるだろうな、とは思ってたけど。

 

「すみません。でも、これが最適解だったので」

 

 実の所。純粋に人を探すというだけであれば、オウカと再開した時点で目処が着いている。

 オウカは――正確には、その相棒であるリングという魔導具は、名称さえ分かればそれが世界の何処に居るのか捜索する事が出来る。

 アルとサウレから名前を聞いてオウカに伝えるだけで、そいつらが何処に居るのか簡単に特定できる訳だ。

 だが、それをしなかった理由がある。

 

「ギリギリラインなのは自覚してますけど、今回は勘弁してください。こっちも退けないんですよ」

 

 オウカに悪人を近付けてはいけない。

 それはオウカを知る人全員の共通認識だ。

 

 あの女王陛下は純粋過ぎる。

 何せ、自らを殺そうとした人物ですら見逃す程にお人好しだ。

 情に厚く、善人で、そして騙されやすい。

 他人を信じ過ぎる所。それがオウカの最大の弱点であり、最大の長所でもあるのだ。

 

 だからこそ、あいつと親しい人達はオウカを守る為、悪意を遠ざけようとする。

 そして、関わらせようとする者に対して容赦

しない。

 例えそれが、親しい間柄だったとしても。

 

 しかし。

 

「俺の仲間の為に、英雄を巻き込むのが一番確実だったんで」

 

 この広い世界のどこに居るのかも分からない人間を探し出さなければならない。

 そんなこと、普通にやっていたらどれだけの年月がかかるかわかったものでは無いし、最悪の場合は一生見つからない可能性がある。

 特に、サウレを裏切った女商人。

 アルの方は相手が貴族ということもあって情報は集めやすいが、サウレの方はかなり難しい。

 だからこそ、確実な方法を取る必要がある。

 

「オウカの協力は得られなくても、貴女達(英雄)は動いてくれる。俺ではなくオウカの為に」

 

 言ってみればこれは、脅迫と同じだ。

 オウカの身を危険に晒したくなければこちらの手伝いをしろ。

 要はそう言っているのと同じ訳なのだから。

 それでも。申し訳無いとは思うが、引く訳には行かない。

 こうするのが最適解だと理解している以上、手を抜くことは有り得ない。

 

 アル達とオウカ。どちらも身内でどちらも心の底から大事に思っている。

 だからこそ。

 

「手を貸してください。俺一人じゃ助けることができないから」

 

 使えるものは使う。力があるなら容赦なく巻き込む。

 これが凡人である俺にとって最強の切り札だ。

 

 俺が頭を下げると、カエデさんから殺気が消えた。

 まだ不満そうな顔ではあるものの、どうにか許してくれたらしい。

 

「セイ君は、ずるいよ、ね」

「はい。ずるくて卑怯で臆病者です」

「……仕方ない人だ、ね。はい、これ」

 

 ぐいっと突き出された紙束を受け取ると、そこには俺の求めた人物の情報がずらりと書かれていた。

 うっわ。一日でここまで調べてくれたのか。

 さすが英雄。話が早い。

 

「今回だけだから、ね。あと、手伝ってくれた、エイカちゃんから、伝言がある、よ」

「『くたばれ、外道が』ですかね」

「正解。この件が終わったら、怒られにきて、ね」

「全力で土下座させてもらいます……ところで、何故カエデさんが来たんですか?」

 

 俺の予想だと、ブチ切れたレンジュさんが来ると思っていたんだけどな。

 

「レンジュさん、は。オウカちゃんの、着替えを見る為に、部屋に忍び込んだから、昨晩から謹慎、中」

「何してんだあの人」

 

 ひでぇ理由だなおい。流石に予想外だわ。

 

「ついでに。『竜の牙』が王都に向かってる、よ。あと二週間くらいか、な」

「うわ、あまり時間が無いな……すみません、助かりました」

「うん。それじゃあ、ね」

 

 小さな拳を突き出してくれたので、同じく拳を突き出して応える。

 コツン、と打ち合わせたそれは、仲間に送る応援のサインだ。

 どうやら許してくれているらしい。

 その事に内心ほっとする。

 

 カエデさんは小さく手を振ると、キィンと甲高い音と白い魔力光を残して姿を消した。

 転移魔法、便利だなー。多分世界でカエデさんしか使えないだろうけど。

 

 さて。これでようやく一歩前進した訳だけど。

 急がないと間に合わないな、これ。

 



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58話「ひとまず用事を終わらせるとしようかね」

 

 カエデさんに渡された紙束を改めて確認すると、目的の人物に関してかなり詳しく調べられていた。

 

 アルの探し人。グレイ・シェフィールド。

 穏やかで人柄が良く、領地の民に慕われているらしい。

 そして年内に婚約者と結婚するのだとか。

 想像していた人物像と違ったことに少し驚いたが、何にせよ実際に会って話を聞かない事には正確な事は分からない。

 彼は現在、取引先である亜人の街ビストールに居るらしい。

 通常ならまた長旅となるのだろうが、王都からなら魔導列車に潜り込めば一日で到着出来る場所だ。

 

 魔導列車は食堂ギルド関係者しか利用出来ない高速馬車のようなもので、通常なら二週間かかる距離を僅か一日で駆け抜ける代物だ。

 元魔王軍四天王のイグニスが製作した魔導ゴーレムが引くそれは王都と各街を結んでいて、国中にあるオウカ食堂へ食材や人員を運ぶ為だけに作られたという経緯がある。

 

 もちろん俺たちは使うことが出来ないのだが、何事にも裏技はあるものだ。

 準備を整えたらすぐにでも出発するとしよう。

 

 そしてサウレの探し人。ベルベット。

 街を渡り歩く行商人らしく、主に街ごとの特産品や珍しい食べ物を取り扱っている。

 現在は王都の北にある、氷の都フリドールに居るらしい。

 あそこはこの時期だと雪が積もって移動が出来ないし、とりあえずは後回しだ。

 ここは先にグレイさんとやらを捕まえておきたい。

 

 なのでまあ、今後の方針としては。

 まずは魔導列車に潜り込んでビストールに向かい、その後一旦王都に戻ってから、今度はフリドール行きの魔導列車に潜り込む流れとなる訳だ。

 うん、まあ、何て言うか。

 ユークリア王国中を巡ることになるな、これ。

 

「という流れだが、何か聞きたいことはあるか?」

 

 自宅のリビングに集まった皆を見ながら聞く。

 尚、この情報は全て冒険者ギルドが集めてくれたものだと説明してある。

 アルやジュレは納得してくれたが、熟練冒険者であるクレアからは疑わしい目で見られてしまった。

 まあ、通常ならこんな速さで情報が集まるはずもないので当たり前なんだけど、そこは適当に誤魔化しておいた。

 後でちゃんと話しておく必要があるかもなー。

 ちなみにサウレは普段通り、無表情のまま俺の膝の上に座っている。

 

「ついに! あの人をぶっ殺せるんですね!」

「まずは話を聞いてからだな。あと殺すのは却下だ」

 

 場合によってはぶん殴るくらいは許可するけど。

 

 しかし何ていうか、この件に関してはイマイチ納得が行ってないんだよなー。

 一度はこの巨乳サイコパスと婚約した訳だし、わざわざそれを破棄する理由が分からない。

 貴族的に考えると、全くメリットが無い。

 そもそも本人の意志とは関係なしに結ばれるのが貴族の婚約だし、婚約破棄できる権力があるなら最初から断ればいい。

 話の筋が通らないという事は、何かしら裏の事情がある訳だ。

 

 しかしまあ、詳しい話となるともう当人に聞くしかない。

 その為にもまずは身柄を確保しないとな。

 

「んじゃ方針は決まったな。明日は早朝から動くから、今日は好きにしとけ」

「……私はライと一緒に居る」

「はいよ。お前らはどうする?」

 

 しがみついてくるサウレを適当に撫でながら聞くと、三人は顔を見合わせた。

 

「ええと、せっかくだから王都観光したいです!」

「そうですね。久しぶりに王都を歩いて回るのも良いかも知れません」

「じゃあボクは案内役をしようかな!」

 

 なるほど、観光か。そう言えばアルは王都に来るのは初めてだったな。

 ちょっと考えを巡らせてみたけど、ジュレはともかくクレアが一緒なら迷うことも無いだろう。

 歯止め役がいるから特に問題も無いだろうし。

 

「頼むからトラブルは起こすなよ?」

「ボクが着いてるから大丈夫!」

「まあ信用はして……おい待て」

「なにかな!?」

「お前、いつの間に着替えた?」

 

 数秒程目を離した隙に、クレアの服装が普段着からギルドの受付嬢のようなフォーマルな服に変わっていた。

 いつもながら女性用の服だが、細身のスーツ姿がよく似合っている。

 普段の可愛らしい様子とは違い、少し落ち着いた様子で……いや、そうじゃなくてだな。

 

「早着替えはボクの特技だからね!」

「いや、早すぎるだろ」

 

 特殊な魔法でも使ってるんだろうか。

 めちゃくちゃ無駄な魔法の使い方だな、おい。

 

「……何でもいいけど、とにかく任せたからな」

「はいはいさー! 王都の名所巡りしてくるね!」

「おう。楽しんで来い」

 

 クレアは何気にうちのパーティーで一番の常識人だし、任せても問題はないだろう。

 荒事があってもジュレが居れば大丈夫だろうし。

 

「買い出しは俺らがやっておくけど、一応夕飯までには帰って来いよ」

「わっかりましたー!」

 

 ニコニコと元気に手を上げるアルに若干の不安を感じるけど、俺は俺でやることがあるしなあ。

 マジで任せたからぞ、クレア。

 人類の脅威(弱)(アル)ド天然な変態(ジュレ)を止められるのはお前しかいないからな。

 

 うぅむ。不安の種は尽きないが、考えても仕方ない。

 ひとまず用事を終わらせるとしようかね。

 



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59話「秘密を暴かれた子どものように動揺していた」

 

 アル達三人を見送ったあと、サウレと二人で改めて王都の大通りにやって来た。

 相変わらず人通りが多く、何かの祭りでもあるのかと思うほどだ。

 人種も服装も多種多様。さすがは国の中心だな。

 

「……ライ。どこに行くの?」

「とりあえずは行きつけの雑貨屋だな。いい加減道具の補充をしたい」

 

 まだストックはあるけどかなり使ったしな。

 あの店なら何でも揃うし、食料も一緒に買い込んでおくか。

 

 少し大通りを進み、途中で脇道に逸れる。

 その途端に人の数は減り、ガラリとした印象に変わった。

 路地裏の通路はギリギリすれ違える程度の広さで、置き去りにされた樽の上では猫が呑気に伸びている。

 そんな道を進んでいくと、一つの小さな店に辿り着いた。

 看板なんてものは無く、薄汚れたそれは知らない人には店だと分からないだろう。

 相変わらずだな、と苦笑いしながらドアを開ける。

 

 中は薄暗く、光源は小さなランタンのみ。

 そこら中にガラクタが転がっているが、これら全てが貴重な魔導具だったりする。

 ちゃんと管理しろと何度も言っているのだが、店主にはいつも聞き流されてしまっている。

 そして、そのガラクタ達の奥。

 ぼんやりと浮かび上がる小柄な人影。

 

「よう。元気にしてるか?」

「私はいつでも元気じゃないよ。知っているだろう?」

 

 店の様子とは違い、小綺麗な黒いスーツを着こなす銀縁メガネの美少女。

 髪と瞳は暗がりに溶けるような紫で、その顔は不健康に見える程に青白い。

 そんな彼女は、こちらと目を合わさずに穏やかに笑う。

 相変わらず、目を合わせるのが苦手なようだ。

 

「喜べ、買い出しに来たぞ」

「それ自体は嬉しいのだけれどね。また無茶を言うつもりだろう?」

「でも応えてくれるんだろ?」

「仕方の無い奴だな、君は」

 

 言葉とは裏腹に嬉しそうに微笑む。

 このやり取りも恒例のもので、俺たちにとっては挨拶のようなものだ。

 

「ところでセイ。そちらの子は誰だい?」

「サウレだ。今の旅の仲間だよ」

「おや。私という者がありながら、また違う女を(はべ)らせてるのか」

「アホか。さっさと品物を出せ」

「連れない男だね、まったく」

 

 くすくすと笑いながら皮袋――アイテムボックスを手渡してくる。

 

「各種材料に保存食、それにワインだ。確認するかい?」

「そんな仲でも無いだろ」

 

 何を注文する訳でもなく、しかし必要な物は全て揃えてくれている。

 こいつはそういう奴だ。その辺は信用できる。

 受け取ったアイテムボックスを腰に提げた後、さて、と頭をかいた。

 買い物に来ている以上、対価を支払わなければならないのだが。

 

「なあ、相談があるんだが」

「おや? まさかとは思うが踏み倒すつもりかい?」

「いや、それなんだがな。今回は支払い方法を変えたいんだ」

「……ほう。どういう意味かな?」

 

 静かに言い放つと同時、彼女の目の色が変わる。

 例えでは無く実際に、紫から血のような真紅へと。

 同時に舞い上がる炎の様な紅色の魔力光。

 それは正に、彼女の怒りの感情を表していた。

 

 あー……まあ、うん。そりゃ怒るよなあ。

 だってそういう契約だし。

 

「私は品物を用意した。それならば、君はその身を差し出すべきじゃないかい?」

「待てって。払い方を変えたいだけだ」

「へえ? まさか金銭を差し出すなんて野暮な事をするつもりかい?」

「それこそまさかだ。対価は変えないが、()()()()()はやめて欲しいって話だよ」

 

 袖を捲りあげ、鳥肌の立った腕を見せる。

 ぶっちゃけ想像しただけでそこそこ怖い訳で。

 実際やるとなるとかなり無理がある。

 

「色々あってな。触れられると拒否反応が出るんだ」

「……なるほど。しかし私としては無理矢理でも構わないんだけどね?」

 

 妖艶に笑う彼女に、更に鳥肌が立つ。

 何とか苦笑いを返すと、同時にサウレが俺の前にすっと出て来た。

 その手にはいつの間にか短剣が握られていて、いつでも戦える状態だ。

 俺を守ろうとしてくれているのが分かる。

 

「おや。お嬢さんは私の邪魔をするつもりかい?」

「サウレ、待て。大丈夫だから」

 

 頭にぽふりと手を乗せ、そのまま後ろに下がらせる。

 気持ちは嬉しいが、話せば分かる相手だ。

 荒事にするつもりはないし、そもそも。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「契約は守るさ。今回は妥協してほしいってだけだ」

「妥協ね。出来ないと言ったらどうするんだい?」

「その時は二度とここには来ない。て言うかまあ、来れなくなるな」

「君をここで飼うという選択肢もあるんだが?」

「いいや、お前はそこまでしない。俺に嫌われる事は避けたいはずだ。()()()()()()()()

 

 これに関しては断言出来る。

 こいつはかなりの美食家だ。だからこそ、俺と契約をした訳だし。

 

「……なるほど? それで、君はどうしたいのかな?」

「腕からで頼む。それならまだ、大丈夫だ」

「そうか。じゃあ貸し一つにしておいてあげよう」

「すまんな。ほら、対価だ」

 

 袖をまくった腕を彼女の目の前に差し出す。

 その腕を愛おしそうに見つめ、つぃ、と指をなぞらせた後。

 チロ、と舌なめずりをして、思い切り噛み付いてきた。

 

 尖った歯が突き刺さる感触。溢れ出る血液。

 不思議と痛みはなく、それを舐めとるようにして味わう舌の感触に怖気が走るが、そこは拳を握りしめて我慢する。

 

 蕩けるような瞳、赤く染る頬。

 とても色っぽい表情で俺の血を(すす)る彼女に申し訳無さを感じながらも、舐めるのは勘弁して欲しいと思った。

 

「……ライ、何をしてるの?」

「商品の対価を支払って……って、そうか。まだ紹介してなかったな」

 

 心配げなサウレの頭を撫でてやるが、右腕を噛まれたままでは安心できないらしい。

 無理もない話だけど。

 

「こいつはリリシーア・ヴラド。こんな見た目で千歳を超える魔族だ。『宵闇の吸血姫(スカーレット)』って言えば分かりやすいか?」

 

 夜の種族、ヴァンパイア。膨大な魔力と怪力を誇る不死の魔族。

 他者の血を飲み、陽の光を嫌う者。

 そして、女神クラウディアより烙印(らくいん)を押された咎人(とがびと)。らしい。

 

 俺からしたら面倒臭い性格のグルメな友人だ。

 ついでに色々な要望に応えてくれる代わりに、俺の血を代価にする契約を交わした相手でもある。

 はぐはぐと嬉しそうに腕に噛み付いている様からは想像できないが、かつては魔王とも対等に渡り合った存在らしい。

 そんなリリーシアの様子に小さく驚き、サウレは俺の袖をくいっと引いてきた。

 

「……『宵闇の吸血姫(スカーレット)』って実在してたの?」

「魔王とやりあうのに嫌気が差して王都で引きこもり生活してたらしいな。て言うかいつまで飲んでんだお前」

「たまの贅沢だ。このくらいは許容してくれ」

「飲みすぎて酔うなよ。面倒臭いから」

 

 実際の所、ヴァンパイアにとって他者の血は嗜好品に似ていて、別に飲まなくても生きていけるらしい。

 なんか飲んだら力が増すとか言っていたが、それよりも血を飲みすぎて酔っ払い状態になられる方が怖い。

 俺の血は他に比べて格段に美味いらしく、ヴァンパイアにとっては美酒のようなものらしい。

 実際に何度か襲われかけたからな。性的な意味で。

 

「ぷはぁ。うん、今日はこのくらいにしておこうか」

 

 たっぷり十分程血を吸われたあと、リリーシアは満足気に顔を上げた。

 青白かった顔にうっすらと赤みが差し、ここだけ見ると普通の美少女にしか見えない。

 口は血まみれだけど。

 

「へいよ。ほら、顔出せ」

 

 濡れた布巾で口元を拭ってやる。

 腕を見ると既に血が止まっていたので、こっちも軽く拭いておいた。

 

 尚、いつもは首筋から直飲みされている。

 抱き着かれて身動きが取れない状態になるから今は無理だけど。

 そんなことされたら真面目に悲鳴を上げるかもしれない。

 

「相変わらず君の血は格別だね」

「その感想は困るからやめてくれ」

「また来ておくれよ。色々と話を聞きたいからね」

「ああ、近いうちに寄るわ。王都に長居は出来ないけどな」

 

 苦笑いを返し、店を出ようとした時。

 

「ところでサウレ君だったか。一つ聞きたいのだが」

 

 軽い調子で呼び止められた。

 おっと。リリーシアが俺以外に興味を持つなんて珍しいな。

 基本的に誰が居ても反応しないんだけど。

 

「……なに?」

「君は、()()()()()()()()()()?」

 

 にやりと。リリーシアは意地の悪い笑みを浮かべて問いかけて来た。

 その言葉に、サウレがぴたりと動きを止め、ゆっくりと振り返る。

 

 無言。しかし、明らかに見てわかる程に。

 その姿はまるで、秘密を暴かれた子どものように動揺していた。

 



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60話「改めて、俺の周りは良い奴ばかりだな」

 

 リリーシアの意味の分からない問い掛けに対し、サウレが彼女を見詰め返す。

 初めて見た反応だ。怒りと驚き、あとは恐怖が混ざり合ったような。

 やや分かりにくいが、そんな印象を受ける表情だ。

 

「……なぜ、それを?」

「私としてはむしろ気が付かない方がおかしいと思うんだがね」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてリリーシアがからかうように告げる。

 

「見たところ君はサキュバスだろう? しかし、その割には幼すぎる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるにも関わらずにだ」

 

 何処からとも無くワイングラスを取り出すと、高級そうな赤ワインを注いでいく。

 血のような赤が、リリーシアによく似合っていた。

 

「しかし先程の臨戦態勢での(ただず)まいは明らかに戦闘慣れしていた。あれは五歳の子どもが達する領域ではない」

 

 ワイングラスを傾け、喉を鳴らす。

 ふむ、と一つ頷き、ボトルの先をこちらに向けてきた。

 

 ……なるほど。こいつが何をしたいのか、ようやく俺も理解した。

 

 俺もアイテムボックスからグラスを取り出すと、高価そうな赤ワインを注いでくれる。

 芳醇(ほうじゅん)な香りが立ち込める中、リリーシアが次の言葉を続けた。

 

「その戦闘経験はどこから来たのか。そして私は、君と同じ魔力性質を持つ者を知っている。あれは確か二百年前だったか。魔王の軍勢に立ち向かう冒険者の一人、名はアイネ君。白髪褐色の麗しい女性だったと記憶しているよ」

 

 赤ワインの(しぶ)味の中に隠れた旨みと甘み。

 これは良い酒だな。こんな良品を隠してたのか、こいつ。

 さすが、相変わらず美食家だな。

 

「つまりサウレ君はアイネ君の転生体だと言う事だね。唯一分からないのは、その前があったか否か。こればかりは君に聞くしかない」

 

 さて。これで状況証拠的にチェックメイトを宣言された訳だが。

 サウレ本人に目をやると、何かを堪えるように俯いたまま、小さな拳を握りしめて黙っている。

 

 ふむ。確かに、不自然に思うことは多々あった。

 見た目とか言動とか、俺への異常なまでの執着とか。

 でもまあ、どれも俺にとっては些細(ささい)な事だ。

 

「リリーシア。その辺にしてくれ」

「おや。君は気にならないのかい? 知識欲の権化とも言われる君が?」

「俺は生きるのに必死なだけだ。それに、サウレはサウレだろ。前世なんて知らん」

 

 ぽふぽふとサウレの頭に手をやり、苦笑する。

 こいつはこいつで、何で固まってんだろうな。

 その程度の話で何かを思う訳でも無いだろうに。

 俺たちは仲間だ。それは何があっても変わらない。

 

「一応言っておくけどな。俺はサウレが嫌がることはしないし、サウレの敵は俺の敵だ」

「へえ。君は私と敵対するのかい?」

「いいや。敵対なんかしねぇよ。そんな怖い事するか」

 

 言いながら、アイテムボックスから鋼鉄玉を取り出して、わざと見えるようにかざす。

 戦いなんて、そんな恐ろしいことする訳ないだろうが。

 戦いは痛いし怖い。だからやらない。

 我ながら情けないと思うけど、そこはどうしようもない。

 

 けれど、もしこいつが俺と敵対するのであれば。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 感情が冷めていく。頭が冴えていく。

 あらゆる行動パターンを予測、それらを摘み取る作業工程が頭に浮かぶ。

 

 俺が戦闘なんてする訳が無い。

 いつだって卑怯で臆病でただの凡人でしかない俺は。

 常に先手を打って封殺する以外の道はないのだから。

 

 

 覚悟を決め、そして同時に。

 馬鹿馬鹿しいと感じ、つい苦笑がもれた。

 

 リリーシアの事はよく知っている。彼女が慈悲深い事も含めて。

 どうせ俺の反応を引き出す為にこんな茶番を演じたのだろうと、不満を込めたアイコンタクトを送る。

 そんな俺に対して、彼女はイタズラめいた微笑みを返してきた。

 

 やっぱりか、この野郎。

 

 サウレの秘密を知って俺がどう思うか。

 それをサウレ自身に分からせるために、わざわざこの場で推理を披露した訳だ。

 相変わらず、リリーシアは優しさが分かりにくい。

 

「サウレ。言いたいなら聞くが、俺はどっちでも構わないからな」

「……ライ。良いの?」

「良いんだよ。お前を守るためなら、そうだな……」

 

 俺の中で覚悟は決まっている。

 しかし、そう言えば伝えた事が無かったなと思い、機会をくれたリリーシアに少しだけ感謝した。

 

「俺は『救国の英雄』を敵に回しても構わない」

 

 まぁその時は多分、死ぬだろうけどな。

 あの人達に勝てるとは思えないし。

 だってドラゴンを一人で倒すような人達だぞ、アレ。

 どう考えても勝てる訳が無いだろそんなの。

 

 せいぜい()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ライ。私はやっぱりライが好き。大好き。今すぐ抱いて」

「うるせぇ年齢詐称ロリっ子。黙って甘やかされてろ」

 

 いきなりシリアスな空気をぶち壊すな。

 

 てか、今思えば冒険者カードに書かれる年齢も自己申告制だもんなー。

 嘘を吐こうと思えばやりたい放題だ。

 お人好しで有名な冒険者が、わざわざ嘘を吐くなんて誰も思わないだろうし。

 

 何となく緩んでしまった空気の中、リリーシアがワイングラスを置いてこちらに歩み寄ってきた。

 その顔に意地の悪い笑みを浮かべて。

 

「おいおい、私の目の前でイチャつくとは良い度胸だね、セイ。是非とも混ぜて欲しいものだ」

「お前はお前で悪ノリしてんじゃねぇよ」

「これは心外だな。こんなにも君を愛しているのに」

「食料的な意味だろそれ」

 

 お前の視線は怖いんだよ。

 首見てんじゃねぇ。

 

「いやいや。ちゃんと学術的な意味と性的な意味も含まれてはいるよ?」

「うっわ、鳥肌立ったわ」

「いやはや、極めて失礼だな君は。本当に襲ってやろうか?」

「勘弁してくれ。そんな仲じゃないだろ」

 

 クスクスと笑う彼女にツッコミを入れつつ、ワインを口にする。

 ふむ。ここでしばらくリリーシアと話しながら酒を飲むのもありかもな。

 どうせこの後は予定も無いし、こいつなら良い酒を出してくれるだろう。

 

 ガラクタが置かれたソファを片付けて腰掛けると、流れるような動作でサウレが膝に乗ってきた。

 リリーシアも向かい側に座り、二人でグラスを掲げる。

 

「愚かで儚く愛おしい人間に乾杯だ」

「じゃあこっちは、お節介焼きな吸血姫に乾杯だな」

 

 同時にグラスを空け、小さく笑いあう。

 しばらく会っていなかった事もあり、話の種は尽きない。

 結局日が沈むまで、この小さな宴会は続いた。

 

 結局のところ、言ってしまえば簡単なことで。

 この程度の事は何の問題にもならない訳だ。

 俺はたった一人じゃ何もできやしない。

 けれど、こうやってお節介を焼いてくれる連中がいる。

 それに助けられて、今を何とか生きている自覚はある。

 

 改めて、俺の周りは良い奴ばかりだな。

 



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61話「俺は思わず頷いてしまった」

 

 月もまだ低い時間帯。夜と呼ぶには早く、夕方と呼ぶには遅い。

 そんな時間帯に、俺とサウレは家に戻ってきた。

 ほろ酔い気分で中に入るが、そこにアル達の姿はない。

 代わりにメモがテーブルに置かれていて、それには夕飯は外で済ませてくる旨が書かれていた。

 俺達もリリーシアの店で軽く食べてきたが、夕飯には少し物足りない。

 

 ふむ。パンはあるし、何か適当に作るか。

 

「サウレ。何か食べたいものはあるか?」

「……その前に、聞きたいことがある」

 

 その言葉に振り返ると、サウレはじっと俺の目を見つめていた。

 その表情は緊張のせいか、いつもより硬い。

 

 白銀の髪を揺らし、紅い瞳を細めて、華奢(きゃしゃ)で細い体を強ばらせて、心細そうに。

 泣き出しそうな子どものような、そんな様子で。

 ただ必死に、睨みつけるように俺を見つめていた。

 

「……ライは私が怖くないの?」

「は? なんだいきなり」

 

「……あの吸血姫が言ってた通り、私は前世の記憶がある。その前も、何百年もの間の記憶を持ち続けている。それは普通のことではない。

 そして異質な者を排除するのが人間。実際に私は何度も迫害されて来た。前世での死因は仲間から背中を刺されたことによる失血死。

 だから今回も、商人に騙された事に関して特に何も思っていない。私にとってそれは当たり前の事だから」

 

 まるで川が溢れるかのように言葉を口にして、紅い眼に涙を浮かべて。

 

「……ライは、なぜ私を受け入れてくれるの?」

 

 サウレはポツリと、そう言った。

 

 はぁ……珍しく長々と喋ったかと思ったら、そんな事か。

 いや、本人からするとかなり重要な事なんだろうけど。

 しかし、ずっと悩んでいたとしたらあまりにも馬鹿らしい話だ。

 

「あのな。お前はまだ普通な方だからな?」

 

 俺の周りの人間と言えば。

 アルに始まり、ジュレ、クレア。

 竜の牙の連中。オウカ食堂の関係者。十英雄。そしてさっき別れたばかりのリリーシア。

 何なら故郷の皆を含めても良い。

 言っちゃなんだが、揃いも揃って癖が強すぎる。

 

「オウカが良い例だな。あいつ、アレで自称ただの町娘だぞ」

 

 単体で魔王軍の残党を蹴散らし、十英雄最強の二人を倒し、国中に展開しているオウカ食堂の創立者で、魔導列車を開通させ、あらゆる街の権力者と親しい。

 そして極めつけに、ユークリア王国現女王様。

 それが自称ただの町娘である、オウカ・サカードという少女だ。

 普通とは何なのか、一度問い詰めてみたい気はする。

 

「アレと比べたらサウレは前世の記憶があるだけだろ?」

 

 苦笑しながら、それに、と付け加え。

 

「何があろうが関係無い。お前はお前だ」

 

 静かな部屋で発された俺の言葉は妙に大きく聞こえて、気恥しさから目を逸らした。

 すると、ぽすん、と腹に軽い衝撃。

 そして背中に回される、サウレの小さく暖かな手。

 

「……ライ。聞いてほしい事がある」

 

 俺の服に顔を埋めたまま、サウレが呟く。

 

「おう。何だ?」

「……私の全てを持って、貴方を生涯愛すると誓う。

 貴方の剣となり、盾となり、翼となり、あらゆる脅威を退(しりぞ)ける。

 私は貴方の……ライのものになる事を女神クラウディアに誓う」

「お前それ、男の方のセリフじゃないか?」

 

 それが何だかおかしくて、俺は小さく笑った。

 サウレが口にしたのは、結婚式で新郎が告げる言葉だ。

 しかし、その言葉が何となくサウレに似合っている気がする。

 

 て言うか。

 

「お前、俺と結婚するって本気で言ってたのか」

「……なんだと思ってたの?」

「いや、その……うん」

 

 サキュバスという種族は、他種族から魔力を摂取する事ができる。

 主に性行為を通じて行われるのだが、肌同士の接触だけでも、僅かながら魔力を吸い取ることが可能らしい。

 ヴァンパイアと同じで嗜好品のような扱いらしいが、他者と触れ合うのはサキュバスという種族の本能なのだと聞いた。

 

 つまりまあ。俺はおやつ感覚にしか思われてないんだろうと思っていた訳で。

 

「すまん。本気で勘違いしてたわ」

「……この状態で本音を話すのは良い度胸」

「ちょ、おま、服に手を入れるな!」

「……大丈夫。この体では初めてだけど、優しくするから」

「やぁーめぇーろぉー!!」

 

 本気で抵抗すること十数分。

 帰ってきたアル達によって助けられるまで、俺たちの死闘は続いた。

 一応、下半身は守りきったとだけ言っておこう。

 

 

 その後、サウレがアル達三人に事情を話したが、やはりと言うか簡単に受け入れられた。

 クレアは若干驚いていたが、むしろ色々な知識を学べそうだと喜んでいたくらいだ。

 

 簡単な食事を作ってサウレと一緒に食べた後、ちょうど良い時間になっていたので風呂に入ってリビングのソファに寝転んだ。

 火照った体に冷たいソファが心地好い。

 

 しかしまあ、濃い一日だったな。

 サウレの前世の件は少し驚きはしたが、そちらに関しては大した感想はない。

 むしろその後。愛の告白をされた時の方が驚きが強かった。

 俺としては冗談というか、ただの軽いやり取りにしか思ってた居なかったのだが。

 まさか本気で求婚されていたとは。

 

「アルの事と言い……どうしたもんかね」

 

 一人呟いた言葉は、妙に大きく聞こえた。

 今の俺にとって恋愛するなんて不可能だ。

 アルやサウレ相手でさえ、どうしても拒否反応が出てしまう。

 だが、それも次第に薄まっては来ている。

 

 この体質が治った時。

 俺はどうしたいんだろうか。

 アルと、サウレと。どんな関係になりたいんだろうか。

 頭の中がモヤモヤして考えがまとまらない。

 どうしたものかと天井を眺めていると、そこにギシリと階段が軋む音が聞こえてきた。

 この気配は、サウレか。

 

「……ライ。お願いがある」

 

 声に応えて体を起こすと、そこにはやはりサウレの姿があった。

 部屋着にしている大きなシャツを来て、何処と無く不安げな顔をしている。

 先程まで意識していた事もあって、普段から見慣れた姿に妙な感覚を抱いた。

 

 大きく開いた襟口から覗く鎖骨や、裾から見える細い太もも。

 うっすらと膨らんだ胸元も、いつもより扇情(せんじょう)的に見える。

 何より、上気した肌と、潤んだ瞳。

 俺はつい、吸い込まれるように見蕩れてしまった。

 

「……ライ?」

「あ、いや、すまん。どうした?」

 

 慌てて返事をするが、どうにも気になってしまい、目が泳ぐ。

 そんな俺の態度に不思議そうに首を傾げながらも、サウレはおずおずと言葉を発した。

 

「……今日だけ。一緒に、寝て欲しい」

 

 不安そうな、しかし期待を込めた声に。

 

「……だめ?」

「あー……今日だけだぞ?」

 

 俺は思わず頷いてしまった。

 

 



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62話:「早く答えを出さなきゃならないなとは思う」

 

 リビングのソファに二人並んで寝そべるのは無理がある。

 なので、サウレの部屋のベッドで寝ることになった。

 

 サウレの部屋はシンプルで、備え付けの家具以外は何も置かれていない。

 こいつらしいな、と思いながらも、何となく緊張する。

 さて、この緊張は何から来るものなんだろうか。

 

 サウレを見ると、こちらはかなり緊張しているようで、顔がほんの少しだけ(こわ)ばっていた。

 ぶかぶかのシャツの袖を掴む手が、力を入れすぎて白くなっている。

 不思議なもので、自分より緊張している奴がいる思うと、自然と緊張が解けた。

 ぽふりと頭を撫でてやると、こちらを伺うような目でじっと見つめ返して来る。

 

「よし。寝るか」

「……うん」

 

 二人揃って壁際のベッドに向かう。

 俺が奥でサウレが手前。

 オウカ食堂のチビ達のおかげでフカフカな布団を被ると、サウレはモゾモゾと身動ぎした。

 

「……あの。腕枕、してもいい?」

「あー……まあ、良いけど」

 

 左腕を横に伸ばすと、こてりと肘辺りに頭を置く。

 いつもの無表情ながらもどこか幸せそうに(とろ)けていて、何だか猫のようで癒されながらも。

 ふと、気付いた。

 

 これ程近くに居るのに、拒否反応が出ていない。

 

 改めて左腕を見るが、やはり鳥肌は立っていない。

 心の底から湧き上がるような恐怖もないし、触れられる事に対する嫌悪感も無い。

 ただ温かく、心地よい。

 そんな自分の考えに戸惑うが、その反面サウレだからなと納得もする。

 普段からスキンシップが多いし、多分慣れてきたのだろう。

 

 ふむ。この調子なら近い内に完治するかもしれないな。

 ……それまでに、方針を決めておく必要があるか。

 

「……ライ?」

「ああすまん、考え事をしてた。どうした?」

「……私を受け入れてくれて、ありがとう」

 

 俺の胸元をきゅっとつまみながら。

 潤んだ紅い瞳。ほんのり上気した頬。

 それに、本当に幸せそうな、花が咲くような微笑み。

 思いがけない不意打ちに、ドキリと心臓が跳ねた。

 

 おい。おいおい。待て、俺。

 サウレだぞ? 幼女だぞ? いや、実年齢はともかく、中身は俺より遥かに歳上ではあるけど。

 ……けどって何だよ、俺。

 まずい、かなり動揺してる。ひとまず落ち着かないと。

 

「……ライ。夜伽(えっちなこと)はダメって言ってたけど」

 

 しかし、サウレの猛攻は止まらない。

 俺の頬に優しく手を添えて、(ささや)くようにポツリと言葉を放つ。

 

「……その。キスくらいなら、良い?」

 

 反射的に、受け入れかけた。

 それ程までにサウレは魅力的で、胸の内に愛おしさが溢れて来ている。

 幼いながらに女性らしさを感じる体を甘えるように擦り寄せながら、微笑みを浮かべたままじっと俺を見つめてくる。

 何故だか分からないけど、サウレから目が離せない。

 

「良い訳が、無い、だろ」

 

 心臓の鼓動が高鳴る中、何とか返事を絞り出す。

 だけど、なぜ断るんだろうか。

 そんな事も分からない程に、俺はサウレの美しさに魅了されて……

 

 ……待て。魅了だと?

 

「おい。お前、何か魔法使ってるか?」

「……なんの事か分からない」

 

 この野郎。目ぇ逸らしやがった。

 

「正直に言わないと二度と撫でてやらん」

「……ごめんなさい、『魅了(チャーム)』を使った」

 

 やっぱりか。

 サキュバスが得意とする『魅了(チャーム)』の魔法。

 その名の通り対象を魅了する――相手にとって自分が魅力的に見えるようにする魔法だ。

 なるほど。道理で普段にもまして魅力的に見えた訳だ。

 

「……ライ。待って。言い訳を聞いて欲しい」

「聞くだけ聞いてやる」

「……私という前例を作れば皆もヤりやすいかと」

有罪(ギルティ)だ」

 

 ペチンと額を叩くと、中々に良い音がした。

 両手で額を抑えるサウレに苦笑しながら天井を見上げる。

 

「あー。もう少し待ってくれ。心の整理が着いたら、ちゃんと向かい合うから」

「……分かった。待ってる。でも、私はアルの次でも良い」

「アルなぁ……うーん。アレはアレでどうしたもんかね」

 

 アル。アルテミス・オリオーン。

 愛らしい顔立ちで巨乳なサイコパス。

 駆け出しの冒険者で、出会った時から既に死にかけていて。

 最近では頼れる前衛になってきていて。

 そして、俺を好きだと公衆の面前で叫んだ少女。

 

 ここの所、アルは吹っ切れたとか言って直球的なアプローチを仕掛けてくる。

 何というか豪速球すぎて、俺も受け流せなくなって来ている訳で。

 いや、俺もアルの事は好きだ。だが。

 

「俺は……どう思ってんだろうな?」

 

 自分の心が分からない。

 好きである事に間違いはない。

 一緒に居て楽しいし、安らぎはしないが居心地は良い。

 だがそれが恋愛感情なのかと聞かれると、正直に言って分からない。

 

 特別な感情はある。

 それはアルに対してだけじゃなくて、サウレもジュレもクレアも、みんな違う形で特別だ。

 それに間違いはない。んだけどなー。

 

「だあぁ……モンスター『軍団(レギオン)』の行動予測の方がよっぽど楽だわ」

 

 ここ最近の俺の悩みは、これだ。

 自分が彼女達に対してどのような感情を抱いているのか。

 本来なら話はもう少し簡単なのだろう。

 だが、俺はまだルミィのトラウマが抜けていない。

 この状態で誰かを好きになれるかと聞かれると。

 正直なところ、分からないとしか答えようが無い訳で。

 

「うーん。我ながらクズだなあ」

 

 苦笑いを深めて天井を見上げる。

 本気の感情に向き合うことが出来ない。

 それは人としてどうなのかと思うが、どうしても、怖いのだ。

 

 信じていた者に裏切られること。

 それがどうしようも無く怖い。

 

 ……そういう意味では、サウレ(このバカ)はギリギリラインだったな。

 

「……うにゃん」

「いきなり可愛いアピールしてんじゃねぇよ。早く寝ろ」

「……おやすみなさい」

「おう。おやすみ」

 

 ここぞとばかりに俺に抱き着き……と言うか絡んで来たが、そこはスルーする事にした。

 最近はこの程度なら平気になって来たし、ある程度我慢は出来るし。

 ただ、まあ、うん。

 焦っても仕方が無いとは分かって居るものの。

 

 早く答えを出さなきゃならないなとは思う。

 



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63話:「少しばかりのんびりさせてもらおうかな」

 

 右から迫り来る大質量の両手剣。

 風を裂くその一撃が岩をも砕くことを俺は知っている。

 しかし、踏み込みが甘い。

 焦ることなく一歩引き、剣閃を躱す。

 俺の眼前を紙一重で過ぎ去る大剣。だが、まだ終わらない。

 

「とぉりゃっ!」

 

 魔法で強化された身体能力を使い、両手剣の慣性を無理やり殺しながら鋭い突きに繋げてきた。

 さすが才能の塊。この程度は余裕でこなしてくるか。

 鋼の盾程度なら簡単に貫くであろうその一撃はしかし、俺の想定の範囲内だ。

 くいっと身をひねって避けながら、刃を掴んで引っ張ってやる。

 思いがけない力に勢い余って一歩前に踏み出す、その足元。

 それを狙いひょいと足払いすると、アルは前のめりに倒れ込んできた。

 無防備な体勢で転びかけたアルを受け止める。

 

「よっと」

「うわわっ! あ、ありがとうございます!」

 

 満面の笑みで礼を言われ、こちらも笑みを返す。

 

「だいぶ加減も出来るようになってきたな。両手剣の使い方が上手くなってるぞ」

「えへへー。そりゃあもう、毎日振ってますから!」

「お前の一番の才能は努力を惜しまないところだよなー」

 

 にこにこと頭を突き出してきたのでワシャワシャ撫でてやる。

 にへら、と緩む顔に苦笑を返してやった。

 

 アルの生家であるオリオーン家は武功で貴族となった家だ。

 純粋な戦闘能力だけなら王都でも指折りの貴族で、アルはその血を濃く受け継いでいる。

 今はまだ練度が足りないが、経験を詰めばサウレよりも強くなるかもしれない。

 成長速度が凄まじい。それは才能だけで無く、本人が積み重ねた努力もあっての事だ。

 

 アルは出会った頃から毎日訓練を続けてきた。

 朝は素振り、昼からは狩りと、ほとんど一日中両手剣を振り回している。

 そのおかげで、今ではまるで体の延長のように両手剣を使いこなすまでになって来た。

 戦闘力だけならもう立派に一人前だ。

 

 後は経験だな。メジャーな魔物の弱点や行動パターンは既に叩き込んであるが、経験に勝る知識は無い。

 それに、もう野営の仕方や獲物の解体も教えて良いかもしれない。

 そこまで考えて、ふと気が付いてしまった。

 

「なあ、お前っていつまで冒険者やるんだ?」

「ふぁい?」

「グレイ・シェフィールドだっけか。そいつに会った後はどうするか決めてるのか?」

 

 アルが冒険者をやってるのは元婚約者に復讐する為だ。

 それを成し遂げた後、こいつはどうするんだろうか。

 実家に戻るのか、それとも王都で冒険者をやっていくのか。

 などと考えたのだが。

 

「もちろんライさんに着いて行きますよ?」

 

 不思議そうに首を傾げてそう言われた。

 いや、即答かよ。人生の岐路だと思うんだが。

 

「あのなあ……もう少し真面目に考えろ」

「いやいや、真面目に考えてますよ? てゆーかですね」

 

 祈るように両手を組み、上目遣いで俺を見詰めるアル。

 大きな胸がふにゃりと潰れる様にちょっと衝撃を受けたが、それよりもリンゴのように赤かくなったアルの顔の方に目がいった。

 

「私の人生はライさんに捧げると決めています。身も心も、ぜーんぶですっ!」

 

 一生懸命に、全力で。

 そんな事を言われてしまった。

 

 その姿にどきりと胸が鳴る。

 アルのような美少女に改めて愛を告白されると、どうにも照れると言うか、うん。

 いや、嬉しいんだよ。嬉しいんだが。

 

「理想はライさんと殺し愛する日々ですね!」

「それは断る」

 

 こういうところだよなあ……残念な奴だ。

 これ(サイコパス)さえ無ければなあ。

 愛らしさが一瞬で消え失せたわら、

 

「まったく……お前の殺意は留まるところを知らないな」

「いつでも殺る気マックスです!」

「最近はマシになったかと思ってたんだけどなー」

「ふっふっふ。私は学んだのです!」

 

 腰に手を当てて胸を張る。

 ぷるんと大きく揺れる何かはやはり見ないふりをした。

 

「普段から殺気を出してると獲物に逃げられると!」

「……そうかー」

 

 ほんっと、残念な奴だな。

 これで中身がまともなら正統派美少女なんだがなあ。

 

「まあ、もう手遅れか。とりあえず帰るぞ。腹減ったし」

「今日の朝ごはんはなんですかっ!?」

「白ソーセージとサラダとパン。あとは……スープの作り置きがあったか」

「うわーい!」

 

 両手を上げて喜ぶアルに苦笑しながら、二人で家の中に戻って行った。

 

∞∞∞∞

 

 リビングには既に全員揃っており、旅支度を済ませていた。

 手早く朝食を済ませ、魔導列車の駅へと向かう。

 屋根だけの簡易的な物だが、既に列車の貨物席に荷物が次々と運び込まれている。

 そんな中、顔見知りの人物を見つけたので声を掛けに言った。

 

「おはよーさん。調子はどうだ?」

「おお、久しぶりだな。おかげさんで順調だよ」

 

 魔導列車の責任者であるテリオスはにこりと笑ったあと、何かを察したのか微妙に嫌そうな顔をした。

 

「で、今日はどうしたんだ?」

「ビストールまで魔導列車の護衛をさせてくれ。報酬はいらん」

「はあ……やっぱりかよ。いいぜ、乗りな」

「すまんな。何かあったら対処する」

 

 もちろん護衛というのは建前だ。

 通常ならオウカ食堂の関係者しか乗ることが出来ない魔導列車に乗るための言い訳、と言うか抜け道的なもんだな。

 今日はテリオスが当番だと聞いていたので話がスムーズに収まった。

 

「しかし、今回は可愛い女の子ばかりだな。羨ましい限りだ」

「……ああ、まあ。傍から見たらそうかもなあ」

 

 実際はまともな奴が一人もいないんだがな。

 

 とにかくこれで足は確保出来た。

 道中でトラブルなんてそうそう起きる事も無いし、列車の中でゆっくりさせてもらおう。

 何かあってもこのメンバーなら問題ないだろうし。

 少しばかりのんびりさせてもらおうかな。

 



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64話:「未だに良く分からん奴だな」

 

 魔導列車。

 それは大きな街を繋ぐようにして走っているゴーレム式の馬車だ。

 馬車を引くのは、世界一のゴーレム製作者であるイグニス・フォレスターによって作られた長距離移動用の専用ゴーレム。

 対物対魔障壁が施され、魔物避けの魔法陣が刻まれており、更には海中走行すら可能という意味が分からない代物である。

 

 この魔導列車の大きな利点は三つ。

 通常の馬車とは比べ物にならない程の大量の荷物を運べ、引手がゴーレムなので日夜問わず走り続けることが出来る。

 そして一番の利点はその速度だ。

 普通なら二ヶ月程かかる距離を一日で進むことが出来る。

 明らかに異常な速度だが、まあ魔導具なんてみんなそんなものだしな。

 

 一番のデメリットは、オウカ食堂関係の人や物しか運べない事だろう。

 そもそも各街に展開しているオウカ食堂の食材や人員を移動させる為に作られた経緯があり、一般人は乗ることが出来ない。

 普通なら、だけどな。

 

「うっひゃあー! 早い早い! すっごいねコレ!!」

「窓の外が吹っ飛んでます!」

 

 客室の窓から見える、高速で流れていく景色。

 森の木々は吹っ飛んで行くし、空の雲すら置いてけぼりだ。

 その非日常的な光景に、クレアとアルが凄くはしゃいでいる。

 普段のほほんとしているジュレですら、物珍しそうに外を眺めながら微笑みを浮かべている状態だ。

 そんな中、サウレはいつも通り俺の膝の上でじっと俺を見上げている。

 

 まあ、たぶん世界最速の乗り物だしな。

 テンションが上がるのも仕方ない。

 俺も最初は物珍しさがあったもんな。

 ……あの時はまだ子どもだった気がするが。

 

「サウレは見なくて良いのか?」

「……いつもライだけを見ていたい」

「お、おう。いつもか」

「……いつも」

 

 うーん。なんかいつもより距離感が近いと言うか。

 物理的な距離は大して変わらないんだけど、心の距離が最接近してる気がする。

 あれより更に上があったとは驚きだ。

 

「あとお前らは少し落ち着け。他の乗客もいるんだからな」

「いや無理だよっ! だって凄いじゃん!」

「そうですよ! すっごく速いですよ!」

 

 いや詰め寄るな。顔が近いわ。

 眼をキラキラさせて熱弁してるところ悪いが、もう少し離れて欲しい。

 何か良い匂いするし、特にアルは今朝の件もあってちょっと意識してしまう。

 ていうかアル、胸を押し付けるな。サウレの頭が埋まってるだろ。

 

「……その不愉快な肉塊をどけて。今すぐに」

「わわっ! ごめんなさいっ!」

 

 サウレの殺気混じりの言葉にぱっと離れる。

 しかしアルの眼はキラキラしたままだ。

 

「魔導列車って速いですねっ! 馬車とは大違いですっ!」

「ああ、たぶん世界一速い乗り物だろうな」

「しかもこれ、海の中を走るんですよねっ!?」

「走るな。まあ、アレは中々な光景だぞ」

 

 王都から北、海を挟んだ魔大陸にある氷の都フリドール。

 アルの件が終わったら、次の目的地はそこだ。

 そちらに向かう時も魔導列車の世話になるだろうし、実は俺も少しだけ楽しみにしている。

 あの光景は中々お目にかかれないからな。

 

 さて、朝イチで列車に乗り込んだ訳だが、そろそろ昼間になる。

 列車内に飯屋なんてある訳が無いので、昼食は持ってきた物を食べることになる訳だ。

 昨日買い込んでおいたオウカ弁当をアイテムボックスから取り出し、備え付けのテーブルに広げる。

 これも普通の馬車なら出来ない芸当だな。

 魔導列車は揺れが少ないから問題ない訳だけど。

 

「さてと。俺は先に巡回に行ってくるからな。お前らは好きにしてろ」

「あら。巡回ですか?」

「俺たちは名目上は護衛になってるからな。最低限の仕事はしておかないと」

 

 これが魔導列車に乗ることができる裏技だ。

 長距離間での運行になる為、冒険者の護衛を雇う必要がある。

 ただし戦闘力のある従業員が乗っていれば必要ない上に、オウカ食堂の関係者はほぼ全員が上級の戦闘用魔法が使用できる。

 なので通常であれば護衛など必要ない。

 のだが。まあ、身内特権的なものを利用して無理やりねじ込んでいる状態だ。

 少しだけ申し訳ない気はするが、背に腹はかえられないしな。

 

「……私は着いていく」

「おう。お前らはどうする?」

「あ、じゃあボクも着いていこうかな!」

 

 しゅびっと右手と兎耳を伸ばしてクレアが立ち上がる。

 

「珍しいな。のんびりしてても構わないぞ?」

「たまにはいいかなって! 先に行ってるよ!」

 

 にんまり笑うと、そのまま客室を出ていった。

 元気だな、あいつ。

 苦笑いしながらも、アル達に釘を刺すのは忘れない。

 

「すぐ戻るからトラブルは控えてくれよ?」

「きっと大丈夫です!」

「流石に問題ないかと思いますよ」

「……おい、頼んだからな?」

 

 若干の不安を残しつつ通路に出る。

 その間、僅か三十秒ほど。

 だったのだが。

 

「それじゃ行こうか!」

 

 クレアはその短時間の内に着替えを済ませていた。

 今回は……なんだコレ。

 全身を覆う着ぐるみなんだが、モチーフが分からん。

 大きな角が生えていて、体毛はフカフカした白。

 小さなしっぽが付いていて、両手は(ひづめ)のようになっている。

 

「……ああ、なるほど。ヤギか?」

「惜しい! 顎髭(あごひげ)が無いから羊さんだよ!」

「そうか……まあ、何でも構わないけど、暑くないか?」

「氷の魔石を埋め込んであるから問題なし!」

「いや、無駄遣いにも程があるだろ」

 

 魔石って小さくても銀貨一枚は必要なんだが。

 二十個も買えば一般人の一ヶ月の稼ぎが吹っ飛ぶような代物を使うくらいなら着なきゃいいのに。

 

「でも可愛いでしょ!?」

「そこに関しては異論はない」

 

 可愛いの方向性は違う気もするけど。

 

「んじゃ、行こっか!」

「あーはいはい。分かったから押すな」

 

 背中をぐいぐい押されながら、俺たちは先頭車両へと向かった。

 

 うーん。こいつとも中々に濃い日々を過ごしてるんだが。

 未だに良く分からん奴だな。

 



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65話:「次からは気を付けないとな」

 先頭車両には、魔導師風の少年と一匹の黒猫が居た。

 少年は背は低いものの利発そうな顔立ちをしていて、何処と無く大人びて見える。

 真っ黒なローブには複雑な模様の銀の刺繍(ししゅう)が施されていて、何らかの魔法が付与されているのが見て取れる。

 手には大きな杖。その先端には彼の髪と同じ緑色の宝石が埋め込まれていた。

 

「護衛依頼を受けたライだ。君が責任者か?」

「初めまして、ヘクターです。ですが責任者は僕ではありません」

 

 オウカ食堂関連だから子どもが責任者でも何の違和感も無いのだが、どうやら人違いのようだ。

 ヘクターは爽やかな笑みと共に、黒猫に視線を落とした。

 

「この列車の責任者は我だ」

 

 低く重い美声で、黒猫が喋りかけてきた。

 言葉を話す猫。使い魔だ。

 凛とした美猫はこちらを観察するように、じっと目を見つめてきた。

 

「我はラインハルトという。貴様がオウカ殿の身内とやらか」

「そうだ。無理を通してくれて感謝している」

「ほう。少しは礼儀を知っているようだな。冒険者にしては珍しい」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くが、目線は外さない。

 やはりこちらの事は警戒しているようだ。

 そりゃそうだろうな。無理を言って乗せて貰ってんだし。

 彼からしたら怪しさ大爆発だろう。

 

「さて、この列車に乗った理由でも聞かせてもらおうか」

「探し人がビストールに居るという情報を掴んでな。急がないと会えないかもしれないんだ」

 

 嘘ではないが、真実でもない。

 実は今回に関してはそれほど急いで向かわなくても問題は無い。

 貴族ともなればビストールに家を持っているだろうし、そうそう移動はしないだろう。

 だが俺としてはアルの用事を早く済ませて、どっかの村でさっさと隠居したい訳で。

 その為の時間を短縮したいから魔導列車に乗り込んだ訳だ。

 

「ふむ……理由は分かった。だが気に入らぬ」

「おっと。何でだ?」

「貴様は我に隠し事をしたな? そのような相手は信用できない」

「なんだ、バレてたのか。なら話は早い。()()の復讐の為に利用させてもらったまでだ」

「復讐とは愚かな。新たな怨恨を生むだけだぞ」

 

 ふん、と鼻で笑い、黒猫は俺を見下してきた。

 そんな態度を取られても可愛いだけなんだが。

 

「それでもだ。前に進むのに必要だから仕方がないだろ」

「なるほどな。貴様とは気が合わぬ。そも、オウカ殿の身内などと、良くも語れた物よ」

「事実だからな」

「ほざきよる。血縁でも無かろうに」

「それもそうだな」

 

 何やら敵意を向けてくる黒猫に苦笑を返す。

 オウカとは同じ場所で育っただけ。お互い孤児で血の繋がりなんてありはしない。

 確たる証拠なんてありはしないのだ。

 しかし。

 

「お前さん、それをオウカの前で言うなよ?」

「痴れ者が。我がそんな失態を見せるとでも?」

「ならいい。あいつが暴れだしたら手に負えないからな」

 

 多分、と言うか確実に。

 そんな事言ったらキレるからな、あいつ。

 それだけは勘弁願いたい。

 怒られるのも、泣かれるのも御免だ。

 

「とにかく顔見せは終わった訳だが、何か用はあるか?」

「無い。さっさと消えろ」

「了解だ。ヘクターもわざわざ悪かったな」

「気にしないでください。僕も気にしませんから」

 

 にこりと笑うが、その目には敵意。

 なるほど、こいつも黒猫と同意見な訳だ。

 まあ、気持ちは分かるけどな。

 

「一応客室を見て回った後で部屋に戻る。用事があれば伝えてくれ」

「貴様の手を借りる事など無い。大人しくしていろ」

「へいへい。それじゃあな」

 

 適当に手を振ると、不機嫌そうに鼻を鳴らされた。

 これ以上ここに居ても仕方ないし、さっさと退散するか。

 

「……待て。ライを、愚弄したな?」

 

 不意に。チリ、と空気の焼ける匂い。

 あ、ヤバい。サウレがキレた。

 

「なんだ小娘。言いたい事でもあるのか」

「……ライは私達の大事な人だ。今の言葉を取り消せ」

 

 帯電した魔力が火花を散らす。

 紅い眼には怒り。既に臨戦態勢で手には短剣を握っている。

 正に一触即発だ。やべぇ。

 

「サウレ、やめろ。ラインハルトの言ってることは事実だよ」

「……違う。ライは私達の為にやっている。その猫の言うような人じゃない」

「それでも俺がやりたくてやってるだけだ。いちいち気にするな」

 

 笑いかけながら様子を伺うが、怒りが収まる気配は無い。

 クレアも普段とは違い、少し苛ついているように見える。

 うっわあ。こんな所でやり合うとするなって。

 どう声をかけたら良いかと考えていると、何故かラインハルトが低い声で笑いだした。

 

「なるほどな。貴様は仲間のために泥を被るのか。ご苦労な事だ」

「お互い様だろ。嫌われ役は損ばかりだ」

「何だ、気が付いていたのか。ならば取り繕う必要もないな」

 

 黒猫はひょいと立ち上がり、サウレの前に出てきた。

 そのまま頭を下げると、じっとサウレを見上げる。

 

「娘、済まなかったな。言葉を取り消そう。済まなかったな」

「サウレ、あのな。実はその……」

「……なに?」

「えーと。知り合いなんだわ、こいつ」

「左様。我々は旧知の仲である」

 

 言ってしまえば挨拶がわりの軽口の叩き合いだ。

 今回は仕事中だったから芝居じみたやり取りになっただけで、ラインハルトとはそこそこ仲が良い。

 今回の無茶を通してくれたのも、この黒猫だったりするし。

 

「ラインハルト、僕は聞いてないよ?」

「ヘクターには言ってなかったか? 安心せよ、こやつは馬鹿が着くほど善人だ」

 

 くつくつと笑い、ひょいと俺の肩に飛び乗る。

 額を撫でてやると軽く猫パンチされた。

 

「だからほら、落ち着けって」

「……納得がいかない」

「まあ、怒ってくれたのはありがとな。嬉しかった」

 

 わしわしとサウレの頭を撫で。

 

「クレアも分かっただろ? 武器を納めろって」

 

 いつの間にか普段着に戻り完全武装していたクレアに苦笑いし、そして少しばかり戦慄した。

 目を離した覚えはないんだが、いつの間に着替えたんだ?

 いやまあ、今更だけど。

 

「そだね! 取り消したくれたから良しとしようかな!」

「ほら、分かったなら、仕事だ仕事。さっさと巡回するぞー」

「……分かった。後でもっと撫でて」

「あ! ボクも撫でてほしいな!」

「はいよ、後でな。ラインハルト、またな」

「うむ。早く行け、色男」

 

 ひょいと地面に降りると、ラインハルトはニヤニヤした目付きでからかってきた。

 その姿に再び苦笑を返し、俺たちは先頭車両を後にした。

 

 あっぶねー。いつも通りのおふざけのつもりだったんだが、まさかこいつらがキレるとは思わなかった。

 次からは気を付けないとな。

 



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66話:「次はどんな奴らが居るんだろうか」

 先程ラインハルトに言った通り、自分達の客室の戻る前に他の車両の様子を見て回る事にした。

 特に問題はないだろうけど、一応護衛としてなってる訳だしな。

 仕事はしておかなきゃならない。

 

 客室の内窓から見ると、行儀良く座っている二人の少女の姿があった。

 二人とも長い金髪で、ヘッドドレスを頭に付けているのが印象的だ。

 

「よう。何か問題は起きてないか?」

 

 扉を開けながら声を掛けると、二人は同時にゆっくりとこちらを見た。

 その顔を見て少し驚く。二人とも同じ顔で、同じ微笑みだ。

 人形めいた美少女達は同じ仕草で首に指を当て、声を揃えて聞き返してくる。

 

「「大丈夫です。貴方様はどなたでしょうか?」」

「護衛の冒険者だよ。俺がライ、こっちがサウレとクレアだ」

「「まあ。よろしくお願いします」」

 

 可愛らしく首を傾げて微笑むと、彼女達は同時に立ち上がってくすりと笑う。

 

「私はアリス」「私はイリス」

「家名は無くて」「親もいない」

「オウカ様に助けられた」「ただの双子でございます」

 

 歌うように。演劇のように。

 二人してスカートの端をつまみ上げると、上品な礼を返してくれた。

 おう。息がぴったりだな。

 ただまあ、うん。上手な方ではあるが、まだまだ。

 

「で、後ろのお前はなんて言うんだ?」

 

 呆れて苦笑しながら、俺たちの背後で気配を消している三人目に声を掛けた。

 言われて初めて気付いたのか、サウレが素早い動きで少女と俺の間に入る。

 

「あら。気が付かれていたのですね。気配は殺したはずですけれど」

「この二人の連携に違和感があったからな」

「それはどういう事でしょう?」

 

 改めて振り返ると、やはり同じ顔。

 金髪にヘッドドレスを乗せた少女が、無邪気な様子で微笑んでいた。

 

「二人の言葉の間の取り方が歪だったからな。あれは普段から三人で話している間の取り方だ」

 

 冒険者のパーティでも、結成から何年も経つと仲間の動きに自然と合わせるようにたち振る舞うようになる。

 この子達は生まれてからずっと一緒だったのだろう。その動きは三人で居ることが前提になっているように見えた。

 

「まあ凄い。ライ様は気の回る御方ですのね」

「気配には敏感でね。根が臆病だからな」

「あらあら。面白い御方」

 

 くすくすと笑い声が輪唱する。

 うーん。少しばかりホラーだな、これ。

 

「では改めて。私はエリスと申します。三つ子の三女でございます」

「よろしく。この挨拶、オウカにもやったんだろ?」

「はい」「それはもう」「素敵な悲鳴を上げてくれました」

「その光景が目に浮かぶな」

 

 あいつ、お化けとか苦手だもんな。

 三人とも人形めいた美少女だから余計に怖いし。

 

「ところでライ様」「一つだけお聞きしても」「よろしいですか?」

「おう、何だ?」

 

 彼女達は揃いも揃って、子どもらしさの無い大人びた笑顔で。

 ゆっくりと、首を傾げた。

 

「なぜ貴方様が」「偽名まで使って」「冒険者などを」

 

「「「やっておられるのですか?」」」

 

 

 冷たく、温度の無いその言葉に。

 

 

「うるせぇ。ほっとけ」

 

 腰に手を当てて、ドヤ顔の三つ子に笑い返してやった。

 

「……あの」「……もうちょっと」「……リアクションとか」

「ねぇよ」

「なんて言うか」「何故それを」「みたいな」

「いや、だってお前らの事知ってるし」

 

 冒険者を始める前に、ギルドで聞いたことがあるのだ。

 一度たりとも依頼を失敗した事の無い三つ子が居るとか何とか。

 サウレ(一流冒険者)に気付かれない程に熟練された気配の消し方。

 一糸乱れぬ挙動と、異様に大人びた立ち振る舞い。

 ここまで揃ってれば誰でも予想は着く。

 

「つまりお前らは()()()()だろ?」

「「「……ご明察です。恐れ入ります」」」

 

 三人揃って芝居じみた動きで頭を下げる。

 つまりはまあ、そういう事だ。

 俺がこいつらの噂を聞いていたように、この三つ子も俺の話を聞いた事があるのだろう。

 

死神(グリムリーパー)

 俺の二つ名であり、捨て去った過去を。

 

「てか今はオウカ食堂で真面目にやってんだろ?」

「もちろんです」「オウカ様は」「私達の生きる意味です」

「重いわお前ら」

 

 あ、いや。人の事言えなかったわ。

 こっちには狂信者(サウレ)が居るし。

 

「あーでも、この話はオウカにするなよ」

「もちろんです」「あの方にはいつも」「笑顔であってほしい」

「「「その為に私達がいるのですから」」」

 

 ニコリと笑う様は、しかし感情が欠落していて。

 嫌になるほど見慣れてしまった、汚れ仕事を専門とした人間の表情だった。

 あーあ。嫌になるな、本当。

 こんな子どもが居なくなるように、オウカは頑張っていると言うのに。

 それでもやはり、過去は変えられない訳だ。

 ……本当に、嫌な世界だ。

 

 何とも言えずに腕を組んでいると、横からクイッと服を引っ張られた。

 

「あの、割り込んでごめん。ライ、ちょっと説明してほしいんだけど」

「あ、そうか。お前は知らないのか」

 

 そう言えば話して無かったわ。

 

「んーとな。俺の二つ名の話なんだが」

「ライって二つ名持ちなの!?」

「一応な。『死神(グリムリーパー)』って名付けられた」

「……ええぇっ!? あの伝説の暗殺者!? ライが!?」

「いや、マジで大層なことしてないからな?」

 

 誰かが面白がって話を盛りまくった結果だし。

 噂が勝手に歩き回ってるだけだもんな。迷惑な事に。

 

「うっわあ……でもちょっと納得したかも!」

「いや何にだよ」

「ライはどう考えても普通じゃないからね!」

「どこがだよ。至って凡人だぞ、俺は」

 

 まだ勘違いしてんのかこいつ。

 そろそろ分かっても良いと思うんだけどなー。

 

「ライと居ると、普通の町娘とか凡人とかって言葉の意味が分からなくなるね!」

「オウカに関しては同意する」

 

 自称詐欺も良いところだしな、あいつ。

 女王陛下が何言ってんだって話だし。

 

「とりあえず、何かあったら俺の名前を出していいから。無茶はするなよ?」

「心得ています」「ご心配」「ありがとうございます」

「おう。じゃあまた後でな」

 

 三つ子に対して軽く手を振ると、ずっと警戒してくれていたサウレの頭に手を置いた。

 

「ありがとな。もう大丈夫だ」

「……ん。分かった」

 

 すっと俺の服を握りしめ、ぐいぐいと頭を擦り付けて来る。

 本当に猫みたいだな、こいつ。

 要望通り撫でてやりながら、俺たちは次の客室に向かった。

 

 さてさて。いきなり個性的な奴らと遭遇してしまった訳だが。

 次はどんな奴らが居るんだろうか。

 



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67話:「しっかり答えを出さなきゃならんな」

 

 次の客室に到着、したは良いものの。

 中では二人の子どもが何やら言い争いをしていた。

 片方は犬系亜人の少年。もう片方は猫系亜人の少女だ。

 二人でお揃いの簡素な服装をしているが、顔を突き合わせて唸っている。

 

 うわあ。厄介事は勘弁して欲しいんだけどな。

 

 ドアをコンコンとノック。二人がこっちを振り向いたのを確認してから中に入る。

 

「おいどうした? ケンカはやめてくれよ?」

「ケンカじゃない! 議論だ!」

「わからず屋に言い聞かせてるだけよ!」

 

 再度睨み合いながら大声で告げる様にため息を吐き、とりあえず事情を聞いてみることにした。

 これだけ博熱してるんだし、二人にとっては大事な話なんだろう。

 

「で、何の議論なんだ?」

「犬と猫のどっちが可愛いかだ!」

「……そうか」

 

 思いのほか、どうでも良い内容だった。

 ちなみに俺は猫派だが、犬も可愛いと思う。

 

「あー……でもヒートアップしすぎじゃないか?」

「こいつが譲らないからだ!」

「あんたが頑固すぎんのよ!」

「だから落ち着けって。他に乗客もいるんだからな」

 

 あの三つ子は気にしないと思うけども。

 まーそれでも他の乗客もいるしな。

 

 俺の言葉にはっとした様子になり、とすんと椅子に腰をかけた。

 

「あ……うん、ごめん」

「そうね。煩くしてごめんなさい」

 

 お互いに頭を下げ合うと、二人してはにかみ笑った。

 

「でもよ、やっぱり俺は猫の方が可愛いと思うんだ」

「私は犬の方が好きなのよね」

 

 おっと。逆かと思ってたんだが。自分の種族じゃないんだな。

 ……て言う事は、これはアレか。

 いわゆる痴話喧嘩ってやつか。

 

「猫の方がフワフワだし仕草が可愛いし気まぐれな所も良いだろ?」

「犬の方が一途で頼りがいがあっていつも傍に居てくれるわ」

「……話が平行線だな」

「……確かに終わらないわね」

 

 二人の討論が再開したと思うや否や。

 

「ボクはウサギが一番かな!」

 

 横から普段着になったクレアが割り込んできた。

 だからお前、いつの間に着替えたんだよ。

 

「ああ、ウサギも可愛いな」

「確かにウサギも可愛いわね」

「犬も猫もウサギも可愛いって事だね!」

「そうだな。一つに決める必要も無いか」

「そうね。みんな可愛いもの」

 

 おお、綺麗に収まった。さすがクレア。

 うちのパーティの常識担当は伊達じゃないな。

 

「でも俺の一番はお前だからな」

「私の一番もあんただからね」

「おい。いきなりイチャつくな」

 

 なんだコイツら。人前なんだが。

 いや、いきなり指を絡め合うな。

 あ、ダメだ。これ聞こえてないわ。

 

「あー……とりあえず問題なさそうだし、行くか」

「あはは……そうだね。二人ともごゆっくりー」

 

 クレアとサウレを連れて客室を後にする。

 何か妙に疲れたな。いや、仲が良いのはいい事なんだが。

 まあ、邪魔するつもりは無いから好きにやって欲しい。

 

「ところでライはウサギ好きかな!」

「まあ、なんて言うか……非常に言いにくいんだが」

「だが!?」

 

 うーん。これ、言っちゃっても良いんだろうか。

 でも嘘を吐く訳にもいかないしなあ。

 

「その、すまん。ウサギは食肉扱いだ」

「食べるの!?」

 

 いや、非常に申し訳ないんだけどな。

 俺としてはウサギって言ったら魔物の一角ウサギが頭に浮かぶ訳で。

 あのデカいウサギ、美味いんだよ。食える部位も多いし。

 色んなところに居るからオークと並んで旅路の食肉として有名だし。

 

「て言う事はボクも美味しく頂かれちゃうんだね!」

「なるほど、そう持ってくるのか」

 

 隙あればアピールしてくるよな、こいつ。

 恥じらいとかないんだろうか。

 ……無いんだろうなあ。クレアだし。

 けどまあ、やられっぱなしは面白くないし。

 たまには反撃してみるか。

 

「そうだな。今夜辺り頂くか」

 

 そう言いながら、クレアの頬に手を当ててとびっきりの笑顔を見せてやった。

 

「……ふぇ!?」

「大丈夫だ。痛くしないから」

「え、ちょ……ライ、本気?」

 

 ウサギ耳を伏せて内股をモジモジさせながら、泣きそうな眼でこちらを見上げてくる。

 その顔は真っ赤に染まっていて、普段の活発さとは大違いのしおらしさだ。

 うわ。ちょっと可愛い……じゃなくて。

 

「冗談だ」

「弄ばれた!?」

 

 良い反応を見せるクレアの額をぺちりと叩き、気を取り直して次の客室に向かって歩き出す。

 トテトテと着いてきたサウレが構ってほしそうに裾を引っ張って来たので、いつものように頭を撫でてやった。

 満足げに息を吐く彼女に癒されていると。

 

「くそう! ボクも撫でろーい!」

 

 後ろからクレアがいきなり飛び付いて来た。

 

「うおっと!?」

 

 油断していた俺はそのまま押し倒され、床とクレアに挟まれて身動きが取れなくなる。

 いやまあ、軽いんだけどな。

 でも何か柔らかいし良い匂いするし……本当に男かこいつ。

 

「ねえ、ライ」

 

 俺の背中に抱きつきながら、クレアが耳元に口を寄せて甘い声で(ささや)く。

 

「いつでも、食べちゃっていいからね?」

 

 そんな言葉と共にペロリと耳を舐められた。

 ぞわりと体中に鳥肌が浮かび、反射的に背中から振り落とす。

 

「あいたっ!? 何すんだよー!」

「うっせぇわ。ちょっと大人しくしてろ」

 

 普段の調子で非難の声を上げるクレアに吐き捨てるように返事をしながらも。

 俺は自分の鼓動が早くなっていることを自覚していた。

 うーん。女性恐怖症が治りつつあるのは良いんだが、それはそれでこういう時の反応に困るんだよな。

 サウレの時も思ったけど、自分の気持ちがまだ分からない。

 

 恋愛事とは縁が無かったからなあ。

 何にせよ、この旅が終わるまでには。

 

 しっかり答えを出さなきゃならんな。

 



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68話:「厄介な事にならなきゃいいんだけどな」

 

 他の客室に顔を見せた後、何事も無く自室へと帰り着いた。

 アル達は相変わらず窓から外の景色を眺めていて、二人揃って楽しそうにはしゃいでいた。

 

「戻ったぞ。何か変わりは無かったか?」

「お帰りなさい。何もありませんでしたよ」

「さっきワイバーンを追い越しました!」

「そうか。到着までしばらくあるからゆっくり見てろ」

 

 苦笑しながら席に着く。クレアは正面に、サウレは俺の膝の上に。

 アイテムボックスから菓子と紅茶を出して備え付けのテーブルに並べると、そこでようやく一息着いた。

 たった数時間の割に何か疲れたな。

 

「……ライ。大丈夫?」

「おう。ありがとな」

 

 胸元に擦り寄って来たサウレを撫でてやるが、それでもじっとこちらの眼を見詰めてくる。

 ああ、なるほど。心配されてるのか、これ。

 三つ子との話で少し嫌なことを思い出したのは確かだし、態度に出ていたのかもしれない。

 

「俺は大丈夫だよ。過去は過去だ」

「……ん。私はライが好き。何があっても変わらない」

「そうか」

 

 そう言うサウレの表情は、慈愛に満ちた笑顔だった。

 心が安らぐのを感じ、自分で思っていたより気にしていた事に気が付いた。

 なるほど。俺より俺の事を見てるんだな、こいつ。

 本当にありがたい話だ。

 

「何かあったらボクを頼ってもいいからね!」

「おう。クレアもありがとな」

 

 元気いっぱいに見せかけて、俺を気遣っているのが分かる。

 クレアは周りのフォローが上手いやつだからな。

 パーティの常識担当はこういう時にとても頼りになる。

 

「あら。よく分かりませんが、私も傍にいますからね?」

 

 優雅に紅茶を飲みながらジュレが微笑む。

 のんびりマイペースな奴だが、それが場を和ませてくれる。

 どんな時でも焦らない姿は安心感を与えてくれる。

 実際の能力も高いし頼れるやつだ。

 これで性癖さえマトモならなあ。

 

「私も! ライさんの敵はぶっ殺してやりますからね!」

 

 そして満面の笑みで物騒な事を叫ぶアル。

 こいつは出会った頃から変わらないな。

 かなり危ない思考の持ち主ではあるが、いつでも真っ直ぐな奴だ。

 

 うん。やっぱり俺の周りは良い奴ばかりだな。

 揃いも揃って残念な奴らでもあるけど。

 それでもやはり、嬉しいと感じる。

 

「ありがとな。元気出たわ」

 

 和やかな空気。何だか照れくさいが、こういうのも悪くない。

 ……ああ、そうか。悩む必要何て何も無かった訳か。

 俺は、こいつらが好きで、同時に好意をもってくれているのを知っている。

 すとんと心の空白が埋まった気がした。

 自分がどうしたいのか、馬鹿な俺はようやく理解出来た。

 一緒に居たい。それだけで良かったんだな。

 

「なあ、アルとサウレの件が終わったら、一度故郷に戻ろうと思うんだが」

 

 全員の顔を見渡して、思いを告げる。

 

「みんな一緒に来てくれないか? どうも俺はお前らと一緒に居たいみたいだ」

 

 俺のその言葉に。

 

「もちろんです!」

「……わたしは一生隣にいる」

「私もご一緒しますよ」

「ボクは言うまでもないね!」

 

 迷わずにそう返してくれた。

 それが嬉しくて、思わず笑みが溢れる。

 らしくない。でも、たまには良いだろう。

 感情のままに笑う、そんな時があっても。

 

 しかしそんな俺に対して、全員揃って妙な反応をされた。

 アルは両手で口元を抑えながら顔を赤くして。

 サウレは珍しくぽかんとした表情で俺を見上げ。

 ジュレは空になっていたティーカップを落とし。

 クレアはウサギ耳を立ててぷるぷるしている。

 

 なんだこの反応。

 

「……ライが笑った」

「は? いや、いつも笑ってんだろ」

「……いつもは作り笑いばかりだから」

「そんな事は……」

 

 無い、とは言いきれなかった。

 感情を殺す訓練を受け、周りに溶け込む術を学び、警戒されない振る舞いを身に付けた。

 だから自然と、普段から俺という人間を演じていたのかもしれない。

 そうなると、先程の笑顔は本心から漏れた感情と言う訳で。

 そう認識すると、何か無性に恥ずかしくなってきた。

 何気ないふりをして通路に目を向ける。

 するとそこには。

 

「なんだ、出直した方が良いか?」

 

 俺を見てニヤリと笑う黒猫の姿があった。

 ラインハルトのからかうような物言いに、思わず右手で口元を隠す。

 

「時間が出来たので改めて挨拶に来たのだが……邪魔をしたようだな」

「うるせえ。あの子は大丈夫なのか?」

「ヘクターは優秀なのでな。我がおらずとも職務を(まっと)うするだろう」

「そうか。相変わらずオウカの関係者は優秀なのが多いな」

 

 もちろん元の才能もあるだろうが、教育体制が半端ないからな。

 何せ国でもトップクラスの教師、と言うか英雄が直々に教えてるし。

 改めてあいつの人脈は尋常じゃないと思う。

 

「ところでセイ。向こうに着いたらどうするつもりだ?」

「探し人の居場所は分かってるし、まずは宿の確保だろうな」

「そうか。我らは荷を降ろしたら極楽亭で一夜を過ごす予定だ。時間があれば食事でもどうだ?」

「高級宿じゃねぇか。金持ちめ」

 

 一部屋で銀貨一枚の宿とは贅沢だな。

 俺も何度か利用した事はあるけど、あそこの飯はかなり美味いんだよな。

 

「……オウカ殿の計らいでな」

「ああ、なるほどな」

 

 あいつの事だ。どうせ知り合いに頼んだら本人が知らない間に話が回ったんだろうな。

 相変わらずチートな人脈だわ。

 

「んじゃ、晩飯は一緒に食うか。割引くらいしてくれりかも知れんし」

「いや、我と一緒に居れば無料だ」

「絶対行くわ」

 

 マジで美味いからな、極楽亭。

 何せオウカが絶賛する程だし。

 

「心得た。後一時間ほどでビストールに到着する故、準備をしておけ」

「分かった。て言うか荷降ろしは手伝わなくて良いのか?」

「必要ない。専任の冒険者達が居るのでな」

「そうか、分かった。じゃあまた後でな」

「うむ。また後でな」

 

 しっぽを振りながら去っていくラインハルトを見送り、窓の外を眺める。

 凄まじい勢いで流れていく景色に懐かしいものを感じながら、到着までの時間をのんびりと過ごす事にした。

 

 しかし、やはり疑念は消えない。

 アルの元婚約者、グレイ・シェフィールド。

 民に愛される名君らしいが、そんな奴がアルとの婚約を破棄した理由が未だに分からない。

 厄介な事にならなきゃいいんだけどな。

 



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69話:「まずは事情を聞くところからだな」

 

 亜人の都ビストール。

 ありとあらゆる種族が集まる街。

 住人の大半が家を持たず、望んでテント生活を送っているというなんとも珍しい街だ。

 多種に渡る香辛料が名産で、それを目当てにビストールを訪れる商人もかなり居る。

 

 そんな混沌とした街で人を探すとなると一苦労だ。

 通常ならば、だが。

 

「行先は決まってるし、先に宿を取るぞー」

「ライさん! 早くぶっ殺しに行きましょう!」

「街中で物騒な事叫んでんじゃねえよ」

 

 べしりとアルの頭を叩くと、両手で抑えながら嬉しそうな顔をされた。

 いや、喜ぶな。頼むからこっちを羨ましそうに見てる変態(ジュレ)と同列にはなるなよ、マジで。

 

「ほれ、さっさと行くぞ」

「はーい!」

 

 普段よりテンションの高いアルを筆頭に、全員で宿へと向かった。

 

 ビストールの街並みは相変わらずの賑やかさだった。

 所狭しと露店が並んでいて、様々な人種が道を行き交っている。

 人族、亜人、エルフ、ドワーフ。ハーピーやマーメイドなんて珍しい奴らもいる。

 そして、魔族。数年前まで戦争をしていた相手だが、この街ではそんな事はお構い無しだ。

 みんな忙しそうに、しかし楽しそうに見える。

 

 そんな光景に混じりながら道を行き、目的地に到着。

 相変わらず年季の入った見た目の宿だが、サービスが良くて飯も美味く、それでいて安い。

 おそらくビストールで一番の宿だろう。

 

「ちわーす。部屋は空いてるかー?」

 

 普段の調子で宿の中に入る。

 カウンターの奥にはデカいクマのような人族のおっさん。

 そして食堂となっている一階部分には、席を埋め尽くす程の多くの客と、見覚えのある女性の姿があった。

 相変わらず楽しそうに給仕をしている。

 その彼女は俺の声にいち早く気付くと、こちらに向かって飛んできた。

 文字通り、空中を羽ばたいて。

 

「セイさん? 生きてやがったのですねー」

「おう。久しぶりだな、ライラ」

 

 バサリと大きく羽ばたいて目の前に着地すると、有翼人種の彼女は嬉しそうに飛び付いてきた。

 それを予測していた俺は額を抑えて防ぐ。

 

「相変わらず連れない奴なのです。ヘタレめ」

 

 ニコニコ笑顔で毒を吐くところは相変わらずだな、こいつ。

 客商売なんだからもう少し気を使えよ。

 俺はもう慣れちゃったけど。

 

「二部屋頼みたい。大丈夫か?」

「大部屋一つなら空いてやがるです」

「じゃあそれでいい。今日は飯はいらないから」

「えー? うちに金落として行けなのです」

「すまんが先約があってな。明日の朝分は頼む」

「ちっ。仕方がない奴ですねー」

 

 再度言うが、顔はニコニコ笑顔だ。

 ライラは愛想もルックスも性格も良い、この店自慢の看板娘である。

 ただ、異常に口が悪いのが難点だけどな。

 

「じゃあ部屋の準備を頼む。俺たちはちょっと用事をこなしてくるから」

「分かったです。とっとと消えやがれです」

「おう。また後でな」

 

 パチンとハイタッチを交わし、呆気に取られている仲間たちを連れて宿を後にした。

 うん。初対面だと反応に困るよな、あれ。

 ちなみにクマみたいな親父さんが何も喋らないのはいつもの事だ。

 体が大きく声も大きいので、お客さんを怖がらせないように黙っているらしい。

 根は良い人なんだけどな。ライラを雇うくらいに面倒見も良いし。

 

 

 さて。宿の確保も出来たことだし、さっさと目的地に向かうか。

 貰ったメモを見た感じだと街の真ん中にある大聖堂の近くみたいだし、すぐに見つかるだろう。

 そこから先がどうなるかは分からないけど、色々と予測はしてあるから何とかなる。と思いたい。

 そんな一抹の不安を抱えながら歩き出そうとした時、街門の方から大きな叫び声が聞こえた。

 

「バイコーンの群れだ! 戦えないやつは街に入れ!」

 

 その言葉を聞いて、街門辺りにいたほとんどの奴らが街の中へと避難していく。

 代わりに街門へ駆けて行くのは武装した冒険者達。

 これだけ数がいれば問題ないと思うけど、俺達も一応外に向かうか。

 

 バイコーン。二つの大きな角を持つ馬のような魔物だ。

 中級の魔物であり、一匹に対して中堅冒険者が二人で当たる相手とされる。

 尖った角での突進は鉄製の盾を貫通する威力を持っており、知能も高く仲間と連携してくる厄介な相手だ。

 

 しかしまあ、街門に集まった冒険者の数はざっと三十人は超えている。

 これだけ人数がいれば余程の群れでなければ問題は無い。

 それに、そこまで危険度が高ければ定期的に国中を巡回している某最速の英雄が狩り尽くしてるだろうしな。

 

 やがて街門まで辿り着くと、遠くにバイコーンの群れが見えた。

 数は五匹。油断できる数ではないが、全員で当たれば大した被害も無く対処できるだろう。

 だが。

 

「おいおい。何してんだアイツ」

 

 少し離れた場所に馬に乗った男が居る。

 馬鹿でかい槍――規格外のランスを手に、派手な白い全身鎧を着て堂々と。

 あんな所に居たらバイコーンの群れに襲われるぞ。

 

「おい、誰かあの人を止めてくれ!」

「勘弁してくださいよ! 危険ですって!」

 

 周りの奴らが口々に叫ぶが、当の本人はこちらに向かって手を振ってくる始末だ。

 なんなんだアイツ。周りの反応的にいつもの事っぽいけど。

 

「魔術式起動! 展開領域確! 其は神罰! 女神の裁き! 万象貫く光の槍撃! 今ここに顕現(けんげん)せよ!」

 

 風に乗って聞こえてくる魔法詠唱。

 力強い声と共に膨大な緑色の魔力光が彼から立ち上る。

 うわ、すげぇ。ジュレと同じくらいの魔力量じゃねぇかアレ。

 

 その人並外れた魔力がランスを包み、彼の身の丈の五倍程まで先端が巨大化し、回転する。

 

「我が前に道は無く! 故に我が槍が道を切り拓く! かの英雄の如く、駆け抜けよ!」

 

 ランスを構え、馬を走らせる。

 極大の魔力光を纏う一条の緑光が、敵の群れへと突き進んだ。

 

 

「グングニル・ヴァンガードォォォッ!!」

 

 

 突貫。それは正に放たれた矢の如き勢いで。

 地表を、空間を、強靭な魔物を。

 巨大な槍は遮るもの全てを削り取りながら突き進んだ。

 後に残されたのは半円に抉られた地面だけだ。

 

 いや、なんだアレ。化け物かよ。

 英雄までとはいかないけど、だいぶ人間辞めてるだろアイツ。

 

「あーあ。また一人で片付けちまったよ」

「俺たちに任せて避難してて欲しいんだがなあ」

「そんな所も悪くないんだけどな」

「違いない。立派な方だよ」

 

 周りの冒険者達が苦笑する。

 やはり彼らにとっては見慣れた光景のようだ。

 彼らがガヤガヤと騒がしく街の中に戻って行く中、馬に乗った男がこちらへ近付いてきた。

 

「これは驚いた! 久しぶりじゃないか、アルテミス嬢!」

「……は? おいアル、知り合いか?」

「知り合いというかですね!」

 

 アルは爛々と眼を輝かせながら両手剣に手を掛け。

 

「こいつが私の元婚約者ですよ!」

 

 力強い言葉と同時に凄まじい勢いで振り下ろされる両手剣。

 それを片手に持ったランスで軽く受け止めながら、彼は爽やかに笑いかけて来た。

 

「グレイ・シェフィールドです! どうぞよろしく!」

 

 ……なるほど。つまりコイツがアルの探し人って事か。

 悪いやつには見えないが、まあとにかく。

 まずは事情を聞くところからだな。

 



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70話:「これからもアルの対処が面倒くさそうだな」

 

 グレイさんに招かれて彼の屋敷に行くと、門から入口までの数メートルを使用人達が立ち並んでいた。

 馬の手網を引いていた執事っぽい男性が先に中に入ると、遅れてグレイさんが爽やかな笑顔で堂々と歩いていく。

 

「いま帰ったぞ! 今日も出迎えありがとう!」

 

 彼の言葉に一様に頭を下げ、すぐに直立に戻る。

 その顔には笑顔。みんなグレイさんの帰還を心の底から喜んでいるように見える。

 そんな中、華やかなドレスを来た女性が駆け寄って来た。

 その目に涙を浮かばせて、悲痛な顔でグレイさんの胸に飛び込んだ。

 

「グレイ様! もう危ないことはやめてください! メアリーは心配で胸が張り裂ける思いでした!」

 

 そんな彼女を抱きとめると、グレイさんは爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「心配してくれてありがとう。だがこれも貴族の務め。私には民を守る義務があるのだよ」

「グレイ様! でも!」

「安心したまえ。君たちが支えてくれている以上、私は無敵だ」

 

 彼女の腰をしっかりと抱き締め、力強く断言するグレイさん。それに対して女性は頬を紅潮させて祈るように両手を組んでいる。

 まるで演劇のように見えるのは、彼らが美男美女だからというだけではないだろう。

 なんて言うか、物語の中のような理想的な光景だ。

 

 いやまぁ、俺は何を見せられているんだと思わなくもないけど。

 

「ところでグレイ様、そちらの方々は?」

「あぁ、元婚約者のアルテミスとそのお仲間だ。街の危機に立ち向かおうとしてくれた勇敢な者たちだよ」

 

 おい。内容自体は確かに合ってるが、その人って現婚約者じゃないのか?

 彼女にとってグレイさんの元婚約者なんて、色々と思うところがあって当然……

 

「まぁ! あの方がアルテミス様⁉ お会い出来て嬉しいです!」

 

 ……おう。全身で喜びを表現してるな。

 

「私はメアリー・ゴールドと申します! アルテミス様のお噂は良く聞いていますわ!」

「おっけーです。ぶち殺しますね」

「まぁ、冗談がお上手ですのね!」

 

 あ、アルがガチでイラついてる。

 めちゃくちゃ殺気を放ってるのにメアリーさんは動じてないな。すげぇ。

 

「立ち話も良いが、良かったら中でお茶でも飲んでいってくれないか。是非ともアルテミスや君たちの話を聞きたい」

「えぇと……ご馳走になります」

 

 屈託のない笑顔で言われ、若干押され気味になりながらも何とか返事を返した。

 

 

 

 俺たちが通された客間は、貴族の家にしては簡素なものだった。

 部屋は広くて調度品は良いものを使ってるけど、美術品の類は一切置いていない。

 中で待っていると、いかにも貴族風な服に着替えたグレイさんがメアリーさんと共にやって来た。

 

「さぁ座りたまえ! 我が家のメイドがいれてくれる紅茶は美味いぞ!」

 

 勧められるままに高級そうなソファに腰掛けた。

 俺はアルとサウレに挟まれて、向かい側にはジュレとクレア。それを見届けてからグレイさんとメアリーさんは向かって右側の大きめなソファに座る。

 それと同時に控えていたメイドさんが紅茶を運んで来てくれた。

 彼女の動きは正に一流メイド。王城勤めも出来るくらいに洗練されている。

 丁寧かつ迅速に全員分の紅茶をいれ終わると、すっと壁際に移動して気配を殺した。

 列車内で会った三つ子と同レベルで気配消えてるんだが。何者だよあの人。

 

「うむ。やはりジェニファーの紅茶は美味いな」

「いつもありがとう」

「恐れ入ります」

 

 ニコニコと笑みを絶やさない二人に深く頭を下げ、引き続き自然な様子で待機しだした。

 確かにこの紅茶美味いわ。王都の一流カフェみたいな味だ。すげぇなこの人。

 

「さて、まずは改めて自己紹介といこう。私はグレイ・シェフィールド。この街を統治し、守る者だ。こっちはメアリー・ゴールド。私の婚約者だ」

「よろしくお願いしますね」

「ご丁寧にどうも。俺はライ、冒険者だ。コイツらはサウレ、ジュレ、クレア。俺とパーティを組んでる仲間だ」

「冒険者! という事はアルテミスも冒険者をやっているのか! いやはや、やはり勇敢な女性だな!」

 

 イケメンオーラ全開でアルテミスを褒めるグレイさん。メアリーさんも目をキラキラさせてアルを見ている。

 ふむ、なるほど? この様子だと予想が当たってたかもしれんな。

 いや、本人に直接聞いた方が早いか。

 

「グレイさん、一つ聞きたいんだけど」

「なんだい? あぁ、私の事はグレイと呼び捨てにしてくれ」

「じゃあグレイ。踏み込んだ事を聞くが、何故アルとの婚約を破棄したんだ?」

「……うむ? すまない、聞かれている意味が分からない」

 

 腕を組み、首を捻る。その顔には困惑の表情。そして。

 

「アルテミスとの婚約に関しては、オリオーン家の方から破談を持ちかけて来たのだが」

 

 グレイは真剣な顔でそんな事を言い放った。

 

「えぇっ⁉ 何言ってるんですか⁉」

「待て待て。落ち着けって」

 

 驚きの声を上げるアルを抑えながらも、やはりかと思う。

 

「アル、前から思ってたんだが。そもそも婚約破棄の話は誰から聞いたんだ?」

「誰って、お父様からですよ」

「だよなぁ。で、オリオーン家は今どうなってる?」

「没落して辺境に飛ばされてますね。お母様も一緒だと聞きました」

「じゃあもう一つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……え?」

 

 一方的に婚約破棄されたのであれば、普通ならオリオーン家に非は無い。

 それならば王都でも有力な貴族だったオリオーン家と繋がりを持とうとする者は少なからず居るだろう。

 しかし実際にはそうならず、家は没落して使用人は全員辞めている。

 であれば、だ。

 

「お前の親父さんってさ。魔族との戦争の功績で貴族になったんだよな?」

「はい、そうですけど……」

「俺の推測に過ぎないんだが……お前の親父さん、わざと家を潰したんじゃないか?」

 

 貴族になるということは、地位も名誉も財産も手に入れるということだ。

 そして同時に相応の義務が発生する訳で。

 グレイの言っていた通り。貴族は与えられた領地を統治し、領民の生活をコントロールする事が課される。のだが。

 

 この国の学習環境を整えたのは英雄カツラギカノン。彼女の意向で平民や孤児でも様々な事を学ぶことが出来るようになった。

 しかし、その英雄が召喚される前に行われていたいた戦争の功績と言うことは、親父さんは学習の機会も無いままに、傭兵や冒険者として最前線で戦っていたと言うことになる。

 そんな男に、領地を統治するなんて事はハードルが高すぎるだろう。

 まぁ、話をまとめると。

 

「えっと……つまり?」

「親父さん、貴族やるの嫌になったんじゃね?」

 

 俺の結論としてはこうなる。

 ただの推測でしかないが、婚約破棄を理由に家を潰した方がスムーズに引き継ぎが行われるし、領民にとっても領民運営を学んだ貴族が統治してくれた方が良いだろう。

 本人も面倒な義務から解放されて、更には領民も幸せになる。

 そう考えてアルの親父さん誰もが得をする道を選んだ訳だ。

 

 だが、アルの行動は予想を超えてたんだろうな。

 まさかグレイを殺そうと家出するなんて思いもしなかっただろうし。

 て言うか、普通そんな事は思わないし、実行もしない。

 

「そもそもの話。お前はグレイと結婚したかったのか?」

「いえ……でも、家の為だと思って」

「それも理由の一つだろうな。親父さんとしては娘の結婚相手を無理に決めたくなかったんだろ」

 

 貴族の結婚は当人ではなく家が決めるものだ。

 そこに個人的な意思は考慮されない。

 例え望まない相手だろうと、家同士の結束を強くする為に仕方なく、なんてことも良くある話だ。

 

「まぁ多分、お前が家出しなけりゃ後で教えるつもりだったんじゃないか?」

「えぇと……お父様からは帰ってきたら話したいことがあると、言われていました、けど」

「うん。つまりお前が暴走しなけりゃ全部丸く収まったって話になるな」

「そんな……じゃあ、私は……」

 

 アルは俯いて膝の上で両拳を握りしめる。

 その上にぽたりと雫が落ち、彼女の小さな手を濡らしていく。

 

「ライさん……私、私は……」

「おう。全部聞いてやる。今がいいか後でがいいか、そこだけ選んでくれ」

 

 俺の言葉に、アルは勢いよく頭を上げる。

 その眼には涙。そして顔には満面の笑みが浮かんでいて。

 ……は? え、何で笑ってんのこいつ。

 

「つまり何も気にせずライさんと『殺し愛』しても良いんですよねっ⁉」

「よーしちょっと黙ろうか巨乳サイコパス」

「あぁなんて素晴らしい日々! お父様、ありがとうございます!」

「人の話を聞けよポンコツ令嬢」

 

 そうだ、こいつはそういう奴だったな。

 て言うか今のは嬉し泣きかよ。ちょっと理解が追いつかないんだが。

 うっわぁ。これ、黙ってた方が良かったかもしれんな。

 

「さて、話は終わったようだね。もし良ければ夕飯を一緒にどうかな?」

 

 この場を治めるように発言するグレイ。

 ありがてぇ、さすが正統派イケメン。

 

「あー。すまん、先約が入っててな。俺たちはこれで失礼するわ」

「そうか、それは残念だ。またいつでも訪ねてくれたまえ」

「機会があったら寄らせてもらうわ。面倒かけて悪かったな……サウレ、やれ」

「……ていっ」

「はふぅっ⁉」

 

 サウレの一撃で気を失ったアルを背中に担ぎ、部屋を後にする。

 尋常じゃない程に大きくて柔らかい何かが背中で潰れているが、そこは気にしない方向で行こう、うん。

 あ、やべ、心臓もつかなこれ。

 

 俺の中で理性と何かが激しい争いを繰り広げている時。

 グレイがポツリと呟いた。

 

「君と戦うことにならずに済んで良かったよ、『死神(グリムリーパー)』」

 

 その一言で頭が冷めた。

 空気が張り詰め、メアリーが小さく悲鳴を上げる。

 サウレとジュレが戦闘態勢に入り、クレアは真顔でグレイを見つめていた。

 しまった。不意を付かれて殺気が漏れたか。

 すぐに表情を取り繕い、普段の調子に戻って振り返る。

 

「おいおい、その二つ名で呼ばないでくれよ。俺は何処にでも居る、ただの凡人だ」

「それはすまなかった。謝罪しよう」

「じゃあ今度飯でも奢ってくれ。またな」

 

 それだけを言い残し、俺たちはグレイの屋敷を後にした。

 やっべぇ、油断したな。今度から気を付けないと。

 グレイが何で俺の事を知ってたのかは分からないけど、もう少し注意を払うとするか。

 

 それはさておき、ひとまず厄介事が一つ片付いたけど。

 これからもアルの対処が面倒くさそうだな。

 



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71話「ちょっと頑張って見ますかね」

 

 宿に戻る途中、背中に背負ったアルのデカい感触が俺の何かをガリガリ削っている中。

 ジュレが俺の隣に来て手を挙げた。

 

「ライさん。深刻な問題が発生しています」

「は? どうした?」

 

 普段の穏やかな表情とは違い、本人の言うように真剣な顔をしている。

 何だ? 何か問題があったのか?

 

「今ライさんはアルさんを背負っている訳なのですが、私たちは離れて歩いていますよね」

「まぁそうだな」

「サウレさんは普段からぴったりくっついてますよね?」

「それも確かにそうだな」

「ずるいです」

 

 思わず転びかけた。

 何だよ、ずるいって。

 

「私もライさんにくっつく権利はあると思うんです」

「……えぇ」

 

 意味が分からないんだが。

 どんな権利だよそれ。

 

「ですが今はライさんの両手が塞がっているのでイチャイチャ出来ません」

「する気もないけどな」

「なので宿に戻ったら存分にイチャります」

「じゃあボクもイチャる!」

「……うーん」

 

 イチャるって何だよ、というツッコミは置いといて。

 何とも言えない感じだなこれ。

 いや、さっきの詫びをしたい気持ちはあるんだよ。

 それに触れられるのも慣れてきたし、そのくらいは多分大丈夫だと思うんだけど。

 なんて言うか……ぶっちゃけ、照れる。

 見た目な美女と美少女だし。

 そういった経験はほとんど無いし。

 

「お前らさ、恥ずかしかったりはしないのか?」

「むしろそれはご褒美ですね」

「人目が無い所なら大丈夫!」

 

 おう。安定のジュレ(変態)だな。

 クレアは比較的常識があるけど。

 いやまぁ、比較対象がバグってる気はするが。

 

「……分かった。今回だけは受け入れよう」

「え? 良いのですか?」

 

 きょとんとした顔でジュレが尋ね返してくる。

 俺が断る前提で話してたんだろうけど、予想外の返事だったんだろうな。

 俺としても意外な心境だし。

 

「リハビリだと思えば、まぁ。お前らなら嫌じゃないし」

「嫌がるところを無理やり押し通したかったのですけれど」

「うっせぇわハイブリッド変態め」

「はぁんっ! ありがとうございます!」

 

 冷たい目で言うと、ジュレが自分を抱きしめて身悶えしだした。

 前から思ってたけど、そのポーズは胸が強調されるから辞めてくれないかな。

 ジュレのドレスは胸元が大きく空いてるし、背中と感触と合わさって理性ゲージが目減りして行くんだが。

 

「て言うかさ。ライ的にボクはアウトなの?」

「うーん。お前が一番微妙なんだよな」

 

 基本的には問題ないんだが、性的な事はこいつもNGだ。

 サウレに次いでマシな方ではあるけど。

 ちなみにその次はアルで、こうして密着しててもある程度大丈夫になってきている。

 ある程度、だけどな。

 確かにみんなとても魅力的ではあるんだけど、やはりルミィの変貌が頭から離れないところはある。

 なのでそういう行為は完全にアウトだ。

 

「じゃあさ! どこまで大丈夫か試してみよう!」

「いや、何でそうなる」

「どこまでセーフか分かってた方がお互いに得すると思うんだよね!」

 

 ……それはまぁ、そう、なのか?

 境界線がはっきりしてた方が俺も楽な気はする。

 それにやっぱ、負い目もあるしなぁ。

 

「やるなら一人ずつ試してみたら良いと思う!」

「んー。じゃあやってみるか」

 

 俺の言葉に二人が嬉しそうに笑う。

 

「クレアさん、グッジョブです」

「いえーい!」

 

 ジュレは控えめに、クレアは全力で。

 俺の目の前で二人は見事なハイタッチを決めていた。

 まぁ、楽しそうだからいいか。

 

 なんだか和んでいると、服の裾をくいっと引っ張られた。

 

「……ライ。私にも権利はあるはず」

「サウレもか。構わないけど、お前はいつもギリギリライン攻めてないか?」

「……ライと合法的にイチャつきたい」

 

 つまり普段は合法的じゃないんだな。

 自覚があるならやめてくれないかな。

 たまにライン踏み越えてくるし。

 

「……今日こそはちゃんとサキュバス的なご奉仕をしてみせる」

「それはアウトだろ」

「……大丈夫。未経験だけど本能的にヤれるはず」

「真昼間の往来で何をアピールしてんだよ」

 

 大きくため息。

 もちろん興味が無いわけでは無いが、色々とアウトすぎるだろ。

 あ、鳥肌立ってきた。

 

 んー。しかしアレだな。こいつらの対応にも随分と慣れてきたものだ。

 距離感バグってたりもするが、俺が嫌がることは基本的にして来ないし、一緒にいると心が安らぐ。

 それは仲間だからなのか。それともこいつらだからなのか。

 最近は自然と笑顔が増えてきた気もするし、良い傾向なんじゃないだろうか。

 とか考えていると。

 

「はわわっ⁉ なんですかこれっ⁉」

 

 不意に背中でアルが騒ぎ出した。

 良し、目が覚めたなら歩かせるか。

 

「おう、今宿に向かってるからとりあえず降りろ」

「全く意味がわかりませんけど降りません!」

 

 後ろからふにゃりと抱き着かれた。

 うわ、破壊力すげぇなこれ。

 背中で更に胸が押しつぶされてるし、何なら手で感じるもちっとした太ももの感触もヤバい。

 あ、いかん。意識したらめっちゃ恥ずかしくなってきた。

 てかアルもめっちゃ体温上がってんじ(ゃねぇか。

 恥ずかしいならやるなよ。

 

「いいから降りろって。そろそろ俺の心臓がヤバい」

「じゃあ後で傷心の私を慰めてくれますか?」

 

 傷心中なのかお前。そんな感じには見えなかったけど。

 

「あー……まぁ、今ちょうどそういう流れになってたな」

「え、どんな状況ですか?」

「ライさんと二人っきりでイチャイチャできるという話です」

「それは一大事ですね! 武器の手入れをしておかないと!」

「なんでだよ」

 

 相変わらずの調子に苦笑が漏れる。

 何があっても変わらないんだろうな、こいつ。

 

 何はともあれ、よく分からんが試験っぽい事をやるらしいし。

 ちょっと頑張って見ますかね。

 



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72話:「はたして俺の心臓はもつんだろうか」

 

 宿に戻ってすぐに白熱したジャンケン大会が開催された。

 魔力を用いて強化された身体能力をフル活用した勝負は接戦を繰り広げ、高度な知的戦略の末にクレアが一抜けした。

 その後にジュレ、サウレ、アルの順番だ。

 俺を置いてけぼりにして話し合いが行われた結果、制限時間内は一人二十分で審判は俺になるらしい。

 宿の部屋の前には常に残り三人が待機し、不正が無いかチェックするとの事。

 なんの競技だよ。

 

 ちなみに全員とジャンケン勝負をしてみた所、四十戦全勝という記録を作ってしまった。

 手を抜きすぎだろアイツら。せめて相手の行動心理くらい読めよと言いたい。

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

「じゃあさっそくボクのターンだよ!」

 

 部屋に入るなりクレアが元気よく飛び跳ねた。

 いつも思うけどテンション高いなこいつ。

 しかし改めて見ると、こいつも見た目は美少女なんだよなー。

 健康的に日に焼けた肌、短めに切り揃えられたワインの様な赤い髪。

 頭からぴょこんと伸びたウサギ耳は今日も忙しなく動いている。

 顔立ちは綺麗と言うよりは可愛いと言った方が良いだろう。

 前衛職(タンク)の割には華奢な体付きで、いつものへそ出しミニスカート姿と合わせて活発な美少女にしか見えない。

 

 自称、男らしいが。

 色々と怖くてそこは確認できて無いんだよなぁ。

 

「さてさて! さっそくやっていこう!」

 

 くるりと一回転。髪とスカートの裾をふわりとさせた後、ビシッと右手を真上に突き上げた。

 

「普通のハグは大丈夫だからその先を試そう! いざ実験開始!」

「いきなり不安を煽るなよ……」

 

 何されるんだろう俺。怖いんだけど。

 

「まずはそうだなー……よし! 両手を出して!」

「こうか?」

 

 言われた通りに両手を伸ばすと、ぴたりと手の平同士を合わせてきた。

 なんだ? ハイタッチくらいならいつもやってるとおもうんだが。

 

「おい、本当にこれで良いのか?」

「あ、うん……ライってさ。手、おっきいね」

「そうか?」

「そうだよ。やっぱり男の人なんだなぁ……」

 

 なんかしみじみと言われた。

 確かにクレアの手は俺より一回りほど小さいけど。

 ……なんだろう。手を合わせてるだけなのに、むず痒いと言うか。

 何となく気恥しい。

 

「ねぇ、ライ。手はそのままね」

 

 手を離してそのままするりと。

 クレアが懐に入り込んで来た。

 俺の背中に両手を回し、耳を胸に押し当てて。

 そのまま静かに抱きしめてきた。

 

「……えへへ。今はボクだけのものだね」

 

 はにかむような小さな声。

 普段の様子とはかけ離れていて、不覚にも胸が高鳴った。

 その事はクレアも気がついているはずだが、特に何かを言う訳でもなく。

 ただこの時間を愛おしむように、優しく俺を抱きしめたままで。

 つい、その小さな体を抱き締め返した。

 

「あっ……動いちゃダメだよ」

「ん。すまん」

「あはは。何か……照れるね、これ」

「……そうだな」

 

 確かに妙に照れくさい感じがする。

 ハグくらいはいつもやってるのに、なんだか特別な気がする。

 仲間としてでは無く、クレア個人として接して来るのは初めてかもしれない。

 

「なぁクレア。この際言っておきたいんだけどさ」

「なぁに?」

「前から言ってるが俺は田舎町で残りの人生を送るつもりだ。地位も名誉も、ましてや金も無い」

「うん、そうだね」

「だからお前が俺に執着する理由は無いと思うんだが、その辺はどうなんだ?」

「あはは、そういう事か。うーん……ちょっとさ、話を聞いてくれる?」

 

 俺を抱きしめたまま、いつものように笑う。

 

「ボクはね、地位とか名誉とかすっごく欲しいんだよね。生活が安定するし、お金もたくさんあった方が良いと思うんだ」

「全くもってその通りだな」

「うん。ライに近付いたのもそれが理由」

 

 それは知っている。クレアは純粋な好意から俺と一緒にいる訳じゃない。

 打算的であざとく、計算高い。それがクレアだ。

 

「ボクの家は貧乏でさ。お父さんは戦死したし、お母さんは病気で死んじゃった。残されたのはたくさんの借金で、だからお金を稼げる冒険者をやってるんだよね」

「……そうなのか」

「あ、それに関してはそろそろ払い終わるから良いんだけどね。ライと一緒にかなり稼いだから」

 

 とくん、とくん。

 聞こえる心音。それが俺とクレア、どちらのものか分からない。

 あるいは両方なんだろうか。

 物音一つ無い部屋の中、鼓動がやけに煩く感じる。

 

「ねぇライ。ボク、可愛いでしょ?」

「いきなりだな。確かに可愛いと思うけど」

「可愛い方が人に好かれるからね。誰かと一緒の方が死ぬ確率は減るから、その為に必要な事だったんだよ」

 

 こいつは今、どんな顔をしているんだろうか。

 楽しそうに語るその声には違う感情が乗せられているように聞こえる。

 

「なんだ、趣味じゃなかったのか」

「いやまぁ、趣味でもあるんだけど」

 

 やっぱりか。俺たちの中で一番服持ってるしな、こいつ。

 服と言えばあの早着替えをどうやってるのかも気にはなるが、それは今聞くべきじゃないだろうな。

 

「でもね、今はちょっと違うんだ。ライ達と居ると毎日楽しくって……だから一緒に居るんだよ」

「……そうか」 

「あとね、これは何度も言ってるんだけどさ」

 

 俺に抱きつく腕にぎゅっと力が入る。

 まるで(すが)り付くように、胸に顔を押し当てながら。

 

「ボクさ、やっぱりライが好きなんだよね。見た目も中身も何もかも、全部まとめて好きなんだ」

「お、おう……改めて言われると反応に困るな」

「ずっと一緒に居たいんだ。ライと、みんなと。ボクはそんな未来を選びたい」

 

 少し離れて、俺の胸に手を当ててはにかむ。

 そしてイタズラを思い付いたような、小悪魔的な表情で。

 

「それにね、ボクはライとマニアックなセックスをしたいと心から思ってるんだよ?」

「……反応に困るからやめろ」

 

 何を求められてるんだろうか。

 聞きたいような聞きたくないような。

 

「あはは! 楽しみだね! その時が待ち遠しいよ!」

「いや、出来ればノーマルなやつから頼むわ」

 

 俺はそういった知識には(うと)いからな。

 初心者だから優しくして欲しい。

 

「とにかくさ、ボクはまだ答えを求めないよ。まずは用事を終わらせちゃおう!」

「……そうだな。まずはそこからだ」

 

 にんまりと笑うクレアに苦笑を返す。

 待たせてしまっているのは申し訳無いが、中途半端な答えは出したくない。

 しっかり向かい合って、俺の本心を伝えるべきだと思う。

 ただ今は色々やらなきゃならない事がある。

 まずはそれを終わらせてからだ。

 

「さてさて、そろそろ時間かな? ジュレが待ってるからボクは行くね!」

 

 くるりとこちらに背を向けて、小さな声で一言。

 

「……大好きだよ、ライ」

 

 そう言い残し、クレアは部屋を出て行った。

 

 すぐにジュレが部屋に入ってくるだろう。だからそれまでに。

 クレアの言葉で乱れた鼓動を落ち着かせておこう。

 まだ一人目なのにこれだ。

 

 はたして俺の心臓はもつんだろうか。

 



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73話:「旅の終わりが見えた気がした」

 

「さて、私のターンですね」

 

 部屋に入ってくるなり、ジュレは穏やかに微笑みながらソファーへと向かって行った。

 そのまま端の方に座ると、隣をポンポンと軽く叩いてこちらを見上げてくる。

 

「ライさん、お膝にどうぞ」

「上に乗れと?」

「まさか。膝枕です」

 

 なるほど、そう来たか。

 言われるがままにソファーに仰向けに横たわり、ジュレの膝に頭を乗せる。

 柔らかな感触が後頭部を包み込んで来て、形も良く巨大な胸が手を伸ばせば触れるほど近くにある。

 そのせいでジュレの顔が見えなくて、気恥しいけど何故だか心地よい。

 そんな不思議な感覚だ。

 

「あぁ、やはり良いものですね。幸せです」

 

 俺の頭を撫でるジュレの声は本当に嬉しそうで、今この瞬間だけを切り取れば正に聖女のようだ。

 普段はただの変態だが。

 

「よく分からないけど、楽しいのか?」

「楽しいと言うか、特別感がありますね。みんなで賑やかにしているのも好きですけれど、ライさんを独占するのも良いものです」

 

 ジュレといいクレアといい、同じような事を言うな。

 何か俺って共有財産扱いされてないか?

 

「ちなみにライさん、ご存知ですか?」

 

 優しい手付きで俺の前髪をくすぐりながら、ジュレが笑う。

 

「人間って額を抑えられると立てなくなるんですよ?」

 

 こいつ、一瞬でドSスイッチ入りやがった。

 

「おいやめろ、その手を外せ」

「あらあら。ただの豆知識ですよ」

「いや、腹を撫でるな。大声を出すぞ」

 

 優しくさわさわすんな。どことは言わないけど反応するだろうが。

 今、仰向けなんだぞ俺。

 

「うふふ……でも、このくらいなら大丈夫なんですね」

「……みたいだな。ちょっと意外だけど」

 

 言われて気が付いたけど、鳥肌が立ってない。

 我ながら線引きが分からないが、これはセーフらしい。

 

「私で反応してくれると嬉しいのですけれど、もうちょっと続けても良いですか?」

「……まじで勘弁してくれ」

「あらあら」

 

 あらあらじゃねえよ。さすがに恥ずかしいわ。

 

「ライさんって何気に鍛えてますよね。腹筋とか、胸板とか。つい触れたくなってしまいます」

「この間までハードな生活だったからな。勝手に鍛えられ……おい、だからそっちを撫でるな」

「ふふ。ほぉら、口ではそう言いながら、こっちは硬くなって来てますよ?」

「筋肉がな」

 

 変な言い方するな。本当に硬くなりそうになるだろ。

 この体制じゃ隠しようがないからマジでやめてくれ。

 

「ねぇライさん。ライさんからも触ってくれませんか?」

「……場所によるけど」

「触りたいところ、どこでも良いですよ」

 

 ジュレは妖しい声音でクスクスと笑う。

 こいつ、ドSスイッチ入ってんな。

 ふむ。ここはちょっと攻めてみるか。

 

 ふにょん。

 

「はぁんッ!?」

「ほう、良い反応だな」

 

 ふにふに。

 

「あっ……そこは、ダメぇ……」

「ジュレは敏感だな。触りがいがある」

 

 自分の指を噛んで堪えているようだが、優しくくすぐる度にビクンと体を震わせている。

 それに合わせて目の前の山が大きく震え、艶っぽい声が漏れるのはジュレ自信にも抑えきれないようだ。

 

「はぁ、はぁ……ライさん、ダメです……外には皆がいますのにぃ……はぅっ!?」

「ジュレが声を抑えれば大丈夫だろ?」

 

 ヤバい、ちょっと楽しくなってきた。

 荒い吐息に猫のような鳴き声が加虐心を掻き立てる。

 俺がSな訳じゃなくて、ジュレがドMなだけだと思うけど。

 それでもこれだけ良い反応をされると、もっと楽しみたくなってくる。

 

 尚、触っているのは脇腹だ。

 決して危ない場所ではない。

 

「ライさん、ダメです。今は私のターンなのですから」

「ちょっとした仕返しだ。やられっぱなしは嫌だからな」

「まったくもう……いけない人ですわね」

 

 ため息混じりに俺の手を掴むと、その上から指を絡めてきた。

 ふむ。どうやら俺の反撃はここで終わりらしい。

 

「ライさん。お伝えしたい事があります」

 

 優しく、穏やかで。柔らかく、熱のこもった。

 そんな、呟くような声。

 

「何だ?」

「お慕いしております」

「……直接的な言葉は、初めて聞いた気がするな」

「初めて言いましたから」

 

 俺の頭を撫でる手つきは自然で、けれど絡み合った指には少しだけ力が入っていて。

 緊張しているのは俺だけではないのだと、伝わって来た。

 

「答えが欲しい訳ではないんです。ただ、胸の内で溢れかえった想いを口にしたかった」

 

 それだけなんです、と。ジュレは笑った。

 

「貴方が戦いたくないと言うのであらば、私が代わりに敵を滅ぼしましょう。

 貴方が助けたいと言うのであれば、私が代わりに手を差し伸べましょう。

 貴方が私を求めるのであれば、いつでも体を差し出しましょう。

 けれど、私が折れてしまった時は。

 その時は、支えて欲しいです」

 

 撫でる手つきはあくまで優しく。

 語る声は何よりも甘く。

 

「貴方の笑顔と共に在ること。それが私の未来ですから」

 

 息が詰まる。或いは、胸が締め付けられる。

 上手く声が出せずに、それでも何とか心の内を言葉に変えた。

 

「……ん。ありがとう」

 

 我ながら不器用で子どものような一言に、ジュレが笑う。

 

「まずは過去を精算しましょうね。サウレさんも、ライさんも。そうしたら、後は幸せになるだけです」

「……そうだな。悪いがちょっと付き合ってもらうぞ」

「ふふ。仰せのままに、ご主人様」

「誰がご主人様だ」

 

 サウレが呼びに来るまでの間。

 俺とジュレは何を言うでも無く、静かな時を過ごした。

 

 本当にありがたい話だ。おかげで俺にもようやく。

 旅の終わりが見えた気がした。

 



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74話:「変に意識してしまいそうで先が思いやられるな」

 

 ジュレが部屋を出るや否や、サウレがゆっくりと部屋の中に入って来た。

 普段通りの衣装。局部だけを隠したその姿はとても官能的で、白髪(はくはつ)に褐色の幼い外見と合わさって背徳的な魅力に溢れている。

 さすがはサキュバスと言ったところか。もっとも、頭に生えた小さな羊のような丸い角が無ければただの幼女にしか見えないけど。

 

 しかし、無表情ながらその赤い瞳は真剣そのもので、まるで今から戦いに挑むかのようだ。

 

「さて、どうする? 俺は何をしたら良い?」

 

 意識しておどけてみせる。

 さっきから緊張で心臓がバクバク鳴ってるから、それを悟らせないように。

 サウレは普段からスキンシップが激しい奴だ。

 何を求めてくるのか想像もつかない。

 そんな中で、彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

 

「……ライ。教えてほしい」

「ん? 何をだ?」

「……貴方が何を隠しているのか」

「俺が?」

 

 呟くように言われ、首を傾げる。

 

「……私はライに命を捧げている。だから貴方の重荷を背負いたい」

「はぁ? 重荷って何だ?」

「……貴方の、決意を」

 

 サウレは小さな胸に手を当てて、目を閉じた。

 それはまるで、祈りのようで。

 或いは懺悔する咎人のようで。

 そして彼女は、張り詰めた空気の中で決定的な一言を口にした。

 

「……ライはフリドールで何をするつもり?」

「何ってそりゃ、ベルベットとやらを探すつもりだけど」

 

 サウレを砂漠に置き去りにした女商人。

 氷の都フリドールに居るという、その女を探し出すのがこの旅の最後の目的だ。

 それが終わったら故郷に一度戻って、適当な場所で隠居生活を送りたいんだけどな。

 

「……ではもっと正確に聞く。ライは」

 

 目を開き、血のように紅い瞳を向けて。

 

「……ベルベットを殺すのかと聞いている」

 

 あー、なるほど? そう来たか。

 

「おいおい、物騒だな。そこまでする必要はないだろ?」

「……グレイの家で貴方は一度取り乱した。それは普段では有り得ない事」

「いやまぁ、アレはちょっと油断してたと言うかな」

「……違う。ライは最初から彼を」

 

 一瞬の躊躇(ためら)い。そして。

 

「……殺すつもりで接触した。けれど、話を聞いて誤解だと分かったから、殺さなかっただけ」

 

 あぁ、しまったな。本当に迂闊だった。

 まさかそこまで深く見られているとは思わなかったな。

 ちょっとサウレを侮りすぎていたみたいだ。

 

「何故そう思った?」

 

 感情が消えていく。薄っぺらい笑顔が貼り着く。

 仕草は大袈裟に。それは相手を油断させる為の行為で。

 そして同時に、己の気配を世界と同期させる。

 ただの凡人としてその場に溶け込むように。

 

 これが俺の本来の在り方。

 これが暗殺者として培った技術。

 誰にも見せるつもりが無かった、隠し通したかった姿だ。

 

「……私は誰よりもライを見てきたから」

 

 対してサウレは、微笑みを浮かべていた。

 

「……強く、気高く、優しく、臆病で、狡猾で。そして私の愛する人は、私の為に果てしない程の憎悪を胸に秘めている」

 

 そうだ。俺は決して許す事は無い。

 俺の身内を傷つけた者を赦したりはしない。

 例えそれがただの旅商人でも、戦時中の魔王軍でも。

 過去に敵対した奴らは、その全てを等しく殺してきた。

死神(グリムリーパー)

 それは命を刈り取る人形に刻まれた烙印。

 俺を表すのに相応しい呪われた二つ名。

 今でも俺を蝕む、俺を表すに相応しい真名だ。

 

 俺に名前は無かった。

 俺に家族は居なかった。

 物心が着いた頃には既に何人もの人間を殺していた。

 

 ナリア・サカードの教会に引き取られるまで、俺はずっと暗殺者として生きていた。

 そして彼女から善悪を学ぶまで、社会というものすら知らなかった。

 

 吹けば飛ぶような軽い命をもって、尊い命を幾つも葬ってきた。

 許される事は無い。赦しを求めたりもしない。

 ただ、殺戮人形だった俺は。

 戦いの無い平凡な生き方に、憧れた。

 

「サウレ。俺はな、命が平等だなんて思えないんだ」

 

 ナリア・サカード。シスター・ナリアの様々な教え。

 自身に余裕がある時は他者を助ける。

 礼節を持って他人を尊重する。

 己に誤りがあれば謝罪し改める。

 そんな、人間として生きて行くためのルールを教えてもらった。

 

 その中の一つ。あらゆる命が平等であると。

 この世に生きる全てが尊いのだと、彼女はいつもそう諭していた。

 それが俺には理解出来ず、今でも分からないままだ。

 

 俺は身内と他人であれば身内を優先する。

 悪意で満ち溢れた世界で生きる為に、その区別が必要で、それだけがルールだったからだ。

 シスター・ナリアやオウカのように、全ての者を愛する事なんて出来やしない。

 親しい者と、敵。俺の世界にはその二分類しかない。

 

 そして、身内(サウレ)に害を成したベルベットは、敵でしかない。

 それならば、俺のやることは決まっている訳だ。

 

 だがそれは、誰にも気付かれずに済ませてしまおうと思っていたのだけれど。

 

「お前の敵を、俺は殺すよ。俺たちの敵は、俺が全部殺し尽くす」

 

 戦闘は嫌いだ。痛いし、怖いし、死にたくない。

 それは紛れもない真実だ。けれど。

 どれだけ嫌っていても、俺にはその生き方しか出来ない。

死神(グリムリーパー)』は、死を纏って生きて行くしかないのだから。

 

「……だったら私は、ライを守る」

 

 しかしサウレは俺の言葉に動じもせずに、強い意志を感じさせる言葉を口にした。

 

「……あらゆる敵からライを守る。貴方の命を、貴方の心を。私の愛する人は誰にも傷つけさせない。例えそれが、貴方自身でも」

 

 もう誰も殺させない。もう罪を背負わせない。

 そんな想いの込められた、決死の呟きだった。

 

「サウレ。俺は殺すしか能の無い化け物だ」

「……ちがう。貴方はただの人間。化け物なんかじゃない」

「違わないんだよ。俺は誰かに愛されて良い存在じゃ無いんだ」

 

 好意を向けられた。その事が酷く恐ろしかった。

 それはルミィだけでなく、アルも、サウレも、ジュレも、クレアも。

 彼女達を(けが)してしまう気がして、触れることすら躊躇って。

 俺はただ、逃げ続けて来た。

 

 それなのに。

 

「違うっ!」

 

 普段から寡黙な彼女は涙を浮かべながら、俺を見据えて叫んだ。

 

「私を受け入れてくれたように! 私もライを受け入れる! そして誰よりも、何よりも!」

 

 サウレが首を振ると同時に、紅い瞳から雫が飛ぶ。

 それはとても綺麗で、まるで宝石のようで。

 

「私はライを愛している!」

 

 その魂が込められた叫びは、俺の芯を貫いた。

 凍てついた心に熱した鉄を撃ち込むかのように。

 その凄まじいまでの衝撃に、被っていた仮面が剥がれ落ちる。

 その奥に秘められていた、俺の心を露出させて。

 

「……俺は、人形だ」

 

 囁くように漏れた心情は、しかし。

 

「違う! ライは私の英雄だ!」

 

 サウレの絶叫にかき消された。

 

「……俺は、殺すことしか出来ない」

「貴方は私を救ってくれた! この命も、心も!」

「……俺は。俺なんかが」

 

 己の目から、熱い何かが滴り落ちるのが分かった。

 それは留まる事無く頬を伝い、床で弾けていく。

 

「人間だと、言えるのか?」

「私は何度でも断言する! ライは私が一番愛する人間だと!」

 

 断言するサウレの目には、偽りがカケラも無かった。

 

 そうだったのか。自分の事なのにまったく気付きもしなかった。

 俺は、人間になれていたのか。

 追い求めていたものに、なれていたのか。

 

 既に人間にして貰えていたのか。

 

「……ライは、私が守る。私たちが守ってみせる」

 

 抱き締められた。優しく、強く。そして、温かく。

 

「……私たちはずっと傍に居る。愛するライの傍に、ずっと」

 

 強い想いが込められた言葉に。

 俺は、心の内を口にした。

 

「……そうか。じゃあ俺は、昔の俺を殺そう。サウレ達と一緒にいる為に、人間でいよう」

 

 ようやく決意できた。

 もう迷うことは無い。

 俺はもう、人間なのだから。

 

「サウレ、ありがとな」

 

 強く抱きしめる。その体は華奢で儚く、しかし確かな存在感があって。

 これが現実なのだと、改めて理解するには十分な温度を持っていた。

 

「……その感謝は、行動で表すべき」

「行動で?」

 

 戸惑う俺に、サウレは優しく微笑む。

 

「……愛を確かめあった二人がやるべき事は一つ。今から子作りをするべき」

「おい」

 

 ぶち壊しなんだが。

 

「……冗談。それはまだ先で良い」

「お前の冗談は分かりにくいんだよ」

 

 ぼやく俺から離れた時には、サウレはいつもの表情に戻っていた。

 あぁ、本当に。敵わないな。

 

「……次はアルの番だから、呼んでくる」

「そうだな。頼んだ」

 

 すっかり気の抜けた俺に対して。

 

「……私の未来は貴方と共に。愛してる」

 

 今まで見たことも無いような笑みを浮かべて、サウレは部屋を後にした。

 

 彼女のおかげで腹は決まった。

 ようやく過去と決別できた。

 これからは共に歩いて行こう。

 

 俺が俺である為に。

 

 て言うか今更なんだが、いつかは事に及ぶって事だよな。

 もちろん嫌じゃないし、男として望むところはある訳だけど。

 変に意識してしまいそうで先が思いやられるな。

 



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75話:「この時が終わらなければ良いのに」

 

「とりあえずハグからです。さぁ!」

 

 部屋に入ってきて早々、アルは両手を広げながら言った。

 先程までのシリアスは何処へ行ったんだろうか。

 まぁ、アルだから仕方ないか。

 

 既に見慣れた相手ではあるが、今日は少し装いが違っている。

 長い金髪はゆるやかに編み込んであり、服装はニット生地のノースリーブにふわりとしたロングスカート。

 一見して清楚な格好をしているが、胸元が普段より強調されているのはわざとなのだろう。

 その証拠にアルの顔は真っ赤になっている。

 恥ずかしさはあるけどそれよりも俺とスキンシップを取りたいのだろうと思うと、何となく微笑ましくもくすぐったい。

 

「とりあえずの割にはハードルが高いな」

「時間が無いんですから早くしてください!」

「……はいよ」

 

 苦笑しながら近寄り、アルの体をゆっくりと抱き締めた。

 むにゅりと潰れる大質量の胸の感触を意識しないように気をつけながらも、彼女の様子を観察する。

 

「あっ……えへへぇ」

 

 アルが緊張で固まっていたのも数秒程度で、それからゆっくりと抱き締めた返してきた。

 全身が柔らかくて、良い匂いがする。

 これは香水だろうか。珍しいと言うか、グレイの家に行った時はこんな香りはしなかったと思うんだけど。

 まぁそれを言うなら髪も服も変わっている訳だが。

 俺と二人で過ごすために準備をしてきたのかと考えるとちょっと嬉しい。

 

「ライさん。私はいま幸せです」

「あぁ、俺もだよ」

 

 誰かと触れ合うのがこんなにも心地よいだなんて、ずいぶん昔に忘れていた。

 アルは真っ直ぐに俺に好意を向けてくれていて、その彼女と抱き合っている。

 そう考えただけで、鼓動が速まる。

 

「……ライさん?」

「なんだ?」

「何かこう、雰囲気が変わったと言うか」

「そうか? なら、そうなんだろうな」

 

 俺が変わったとしたら、それはこいつらのおかげなのだろう。

 サウレの言葉に心の枷が解かれた。

 たがそれは、みんなが枷を弛めてくれていたからだ。

 いつからか、愛しいと感じていた。

 俺の中でそれは拒絶すべき感情だと思っていたが、どうやらそうでは無かったらしい。

 

「長い間すまなかったな。俺もようやく受け入れる準備ができた」

「そうなんですか……私は何番目でも良いですからね?」

「いや、すまんが順番なんて付けられそうに無いな」

 

 幸いな事にこの国は数年前に多夫多妻になっているし、誰かを選ぶ必要なんてない。

 俺には四人全員が必要なんだ。

 ……いや、違うか。

 

 一緒に生きて行きたい。

 共に日々を過ごしたい。

 必要だからとか、そんな言い訳は必要ない。

 ただ、俺が彼女達を愛しているだけだ。

 

 だから、気持ちを言葉にして表そう。

 

「アル。こんな事を言うのは生まれて初めてだから上手く伝えられる自身は無いけど、聞いてくれないか」

 

 かつてない程に穏やかで、けれど同時に緊張もしている。

 無いとは思うが受け入れられなかったらどうしようかと、やはり不安になる。

 彼女もこんな気持ちだったのだろうか。

 それでも俺は、誠意を持って伝えたい。

 

「……はい。ちゃんと聞きます」

「……最初はな。とんでもない奴と知り合ったなと思っていたんだ」

 

 砂の都エッセルでアルと出会った時。

 ぶっ飛んだ発言にかなりドン引きしたのは今でも鮮明に覚えている。

 その辺はかなり改善されて来ているが、根本的はところはあの時のままだ。

 有り余る殺意のままに行動する彼女を放っておくと、何をするか分かったものじゃない。

 

「けど一緒に過ごすうちに、アルの前向きな行動力と純粋さに惹かれて行った」

 

 アルはいつでも真っ直ぐだ。

 巨大な両手剣を毎日素振りし、戦闘技術を磨き上げている。

 元々才能に溢れていた彼女は一時的にではあるが、一流冒険者のサウレとジュレを圧倒する程に成長している。

 短期間でこの成長速度は凄まじいものがある。

 

「まぁ、あの告白は違う意味で凄かったけどな」

 

 殺し愛、だったか。その辺りの価値観はよく分からない所ではある。

 しかしそれでも、俺を求めている事に変わりはない。

 あれから積極的にアプローチしてきて少し戸惑いはしたものの、嬉しかったのは事実だ。

 

「だけど、俺はもうお前から目を離せない。離すつもりも無い」

 

 何をしでかすか分からないし、何より。

 アルの魅力に惹かれてしまっているから。

 それはとてもシンプルで、だからこそ受け入れる事が出来なかったものだ。

 けれどもう、拒絶する事はしない。

 みんなが俺を守ってくれているように、俺もみんなを守りたいと思う。

 その覚悟は決まっているのだから。

 

「アル……アルテミス・オリオーン」

 

 耳元で名前を呼ぶと、腕の中でアルが小さく跳ねた。

 俺を抱きしめる手に力が入っていて、緊張しているのは俺だけじゃないんだと伝わってくる。

 それが何だか嬉しくて、自然と勇気が湧いてきた。

 

「俺はお前が好きだ。これからも俺の傍に居てくれ」

「……もちろんですっ!」

 

 強く、強く抱きしめられた。

 喜びからの行動なのだろう。それは嬉しい、のだが。

 巨大な両手剣を自在に振り回すアルの全力で抱きしめられている訳で。

 

「アル……すまん、ちょっ……折れる折れるっ!」

「ああっ⁉ ご、ごめんなさいっ!」

 

 アルが慌てて手を離す。そして。

 

 視線が絡み合った。

 

 薄桃色に赤くなった肌、潤んだ瞳、瑞々しいくちびる。

 彼女の愛らしい姿に惹き込まれ、無意識に手を伸ばす。

 柔らかな頬に右手を当てると、背の小さいアルは少し顔をあげ、そっと目を閉じた。

 距離が縮まっていく。ゆっくり、優しく。

 この胸の中にある愛情を伝える為に。

 

「……んッ」

 

 触れたくちびるは柔らかく湿っていて、ほんのり甘く感じた。

 俺の胸元を掴む小さな手に左手を重ね、包み込む。

 数秒か、数時間か。時間の感覚が分からないけれど。

 

 ただ今は、アルだけを感じて居たかった。

 

「……ぷはぁっ!」

 

 不意にアルが口を離した。

 どうやら息を止めていたようで、名残惜しさを感じながらもつい笑ってしまう。

 

「あの、ライさん。その……」

「ん? どうした?」

「えっと……もう一回、良いですか?」

 

 首筋まで赤くして、勇気を振り絞って。

 健気に告げるアルを愛おしく思う。

 そんな彼女に返す答えなんて、決まりきっていた。

 

「あぁ、何度でも」

 

 俺の首に手を回してアルがゆっくり背伸びをする。

 火照った手のひら。大きく柔らかな胸が当たり、そして。

 二度目のキスは、やはり甘く感じた。

 

 アルを強く抱き締めながら、思う。

 この時が終わらなければ良いのに。

 



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76話:「あっちはあっちでケリつけないとな」

 

 ドアをノックされる音でようやく正気に返ると、何やら気恥しさを覚えながら部屋を出た。

 そこでは、クレアがニヤニヤしていて、サウレとジュレは聖母のように優しく微笑んでいた。

 

「あらあら。仲が進展したみたいですね」

「やっぱり最初はアルだったね!」

「……おめでとう。二人が幸せなのは私も嬉しい」

 

 うわ、アルの顔が夕焼けより赤くなってる。

 て言うか何で知ってるんだこいつら。

 

「えぇと、その……ありがとうございます」

 

 うつむき気味に小声で言うアルに対して、更に追撃が入った。

 

「それで、どこまでいきましたの? やることはやりましたか?」

「それはさすがに時間が足りないかな! ボクは触り合いくらいだと予想してみる!」

「うぁ……そのぅ、キス、しました」

「……それは大きな前進。偉大なる一歩」

 

 偉大て。そんな大袈裟な話……なのか。

 俺のヘタレ具合を考えると、確かにそうだな。

 我ながら恥ずかしい話だが。

 

「あー……とりあえず、飯でも食いに行くか。今日はただ飯だからな」

 

 話題を逸らすためにこの後の予定を口にすると、みんな揃って温かい目で見てきた。

 お前ら、その目をやめろ。落ち着かないだろうが。

 

「ビストールの極楽亭は世界中でも有名な名店ですものね」

「ボクは行ったことないけど、そんなに凄いの?」

「あぁ、『オウカ特選! 美味しいお店たち!』にも載ってるからな」

「え、なにそれ」

「知らないのか? 現女王陛下が世界中を巡って調べ上げた名店が載ってる本だ」

「……女王陛下が世界中を食べ歩いたの?」

 

 歩くというか、飛んで回ったって言い方が正しいような気はするが。

 あいつはユークリア王国の端から端まで一日で行けるからな。

 冒険者時代に行った店を含めると数百件は軽く超えているだろうし。

 その中のから抜粋された二十店が紹介されているのがその本で、中でも極楽亭は最上位に分類されている。

 ちなみにこの本の効果で客足が三倍になったとか。あいつの影響力は半端ないな。

 

「それは楽しみですね! たくさん食べて大きくなります!」

「まだ伸びるのかお前」

「育ち盛りですからね!」

 

 言われてみればそんな気もするが……そうか、まだ大きくなるのか。

 どこがとは言わないが凄いことになりそうだな。

 

「……安心して。私はこれ以上成長しない。その日の気分で選べるから」

「何をだよ。あ、いや、答えなくて良いわ」

夜伽(えっちなこと)の相手を毎日選び放題」

「わざわざ答えるな」

 

 想像したら鳥肌が……あれ?

 

「……ライ? どうしたの?」

「あ、いや。何でもない」

 

 こういう話をした時、今まではルミィの病んだ笑顔が思い浮かんでいたんだけど。

 今は、アルの輝くような笑顔が思い出される。

 幸せそうに笑うアルの姿。それは安心するような、どこか落ち着かないような表情で。

 しかし悪い気はしない。ずっと見ていたくなるような、そんな笑顔だ。

 

 これはもしや、女性恐怖症が完治した、のか?

 

 うーん。まだ分からないけど……でもまぁ、しばらくは黙っていよう。

 今より積極的になられても困るしな。

 さすがにまだ心の準備ができていないし、申し訳ないがもうしばらく待ってもらおう。

 ……今更だけど、我ながら思春期の乙女みたいなことを思ってるな。

 まぁ経験もないんだから許してほしい。

 旅が終わる頃までには覚悟を決めるつもりだし。

 

「んじゃ行くぞー。食べたいもの考えておけよ」

「デザートはあるのかな!」

「オウカ由来のアイスクリームが定番だな」

「それは期待が高まるね! 早く行こう!」

 

 俺の手を引いて元気に笑うクレア。

 

「クレアさん、急がなくても逃げませんよ。私は久しぶりに魚料理でも食べたいところです」

「あぁ、旅先だとなかなか食べられないからなぁ」

「新鮮な魚があると嬉しいのですけれど……久しぶりなのでメニューを覚えていませんね」

「着いてからのお楽しみだな」

 

 相変わらず穏やかに笑うジュレ。

 

「……私はライと同じものが良い」

「そうか。俺は雷鳥の蒸し焼きと雪牛のステーキとで悩んでる」

「……両方頼んで二人で分けたら良い」

「なるほど。じゃあそうするか」

 

 無表情ながら嬉しそうに傍らにいてくれるサウレ。

 そして。

 

「たくさん食べたらその分成長するはずです!」

「明日も早朝から移動だから食いすぎるなよ?」

「大丈夫です! ちゃんとぶっ殺せるように加減します!」

「やっぱり方向性はそっちなんだな」

 

 キラキラした目で物騒なことを宣言するアル。

 

 そんな少し変わっている仲間たちに囲まれて、何気ない会話で楽しめる。

 きっと、こういう瞬間を幸せというのだろう。

 

 初めて手に入れた安らぎ。

 誰と一緒にいても得ることのできなかった場所。

 そんな夢物語のような光景が、今目の前にある。

 

 今ならどんな敵とだって戦える気がする。

 どんな困難でも立ち向かえる。

 相変わらず戦いは嫌いだ。痛いし怖いし、そして何よりも。

 昔の俺に戻ってしまうような、そんな気がしていたから。

 それでも今の俺なら大丈夫だ。

 みんなが俺を守ってくれるし、俺もみんなを守ると決めた。

 この大事な場所を守れるように、頑張って日々を生きていこう。

 

 だがまぁ、問題としては。

 ルミィ達、だよなぁ。

 あっちはあっちでケリつけないとな。

 

 

 

 



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77話「それが俺の役割なのだから」

 

 極楽亭に着くと、入り口でラインハルトが待っていてくれた。

 こいつが高級な外観の店の前に座ってると招き猫にも見えて、つい笑みを浮かべてしまった。

 そんな俺を見てヘクターが怪訝そうにこちらを見ているのが少し面白い。

 どうもまだ信用してもらっていないようだ。まぁ、当たり前だとは思うが。

 

「何をニヤニヤしている。気味の悪い奴だな」

「おいおい、ご挨拶だな。他に言うことは無いのかよ」

 

 互いに笑いあい、飛び乗ってきたラインハルトを肩に乗せる。

 相変わらず可愛い見た目と重低音ボイスのギャップがすげぇなコイツ。

 

「貴様に言う事など何もないな。強いて言うならば……貴様、何かあったか?」

「は? 何かってなんだよ」

「いや、上手く言えぬが。雰囲気が変わった気がするのでな」

「そうか? ならそうなんだろうな」

 

 もちろん心当たりはある。だが、わざわざ話すようなことでもないだろ。

 俺達だけが知っていればそれで良い話だ。

 

「ふん……良い仲間をもったものだな」

「あぁ、最高の仲間たちだよ。お前はお前で早く(つがい)を見つけろよ」

「放っておけ」

 

 ペシリと肉球で顔をパンチされ、してやったりと笑う。

 コイツに浮いた話の一つでもあろうものなら知り合い全員でからかい……もとい祝福してやるのにな。

 そもそもの話、使い魔に恋愛感情があるのかは分からないが、知り合いが幸せになるのは良いことだ。

 

「さて、さっそくただ飯にありつこうか。案内してくれるんだろ?」

「無論だ。では行くか……ヘクターよ」

「あ、はい!」

「そう気を張るな。この者の身柄は我が保証する」

「ですが……」

「なに、コヤツらが悪さを働こうものならオウカ殿が制裁を下しに来るだろう」

「怖いこと言うなよお前」

 

 ガチで切れてるオウカなんて二度と見たくねぇぞ、おい。

 

「なんだ、何か後ろめたいことでもあるのか?」

「……微妙なところだな」

 

 多分オウカは今の俺の目標を知ったら止めるだろうし。

 だが、止まる訳にもいかない。

 オウカを説得できるとは思えないし、そうなったら真正面からやりあう必要が出てくる訳だ。

 まぁ、無理だな。アレに勝てる人間なんている訳ない。

 何せ世界最強二人を相手にして勝利を収めるような奴だし。

 

「なるほど。だが無理はするなよ?」

「はは。それも確約出来ないのは分かってんだろ?」

「釘を刺さない訳にもいかぬからな」

 

 さすがラインハルト。よく分かってやがる。

 

「で、今日のオススメは?」

「アスーラ直送の白マグロらしいな。我はそれを注文する」

「そいつは良い。ジュレ、今日は美味い魚料理が食えるみたいだぞ」

 

 後ろを振り返って笑いかける俺に対して、しかしサウレ以外の全員が何とも言えない顔をしていた。

 

「ライさん! その前に一つ聞きたいです!」

「その方たちを紹介してくださいませんか?」

 

 あ、やべ。すっかり忘れてたわ。

 

 という訳で互いに紹介を済ませ、店内へ。

 そこは正に異空間で、他に見ないような光景が広がっていた。

 円状の大きなホールは軽く百人は入れる広さを持っていて、中央にはガラス製の大きな柱が立っている。

 その中で優雅に泳ぐ煌びやかな魚と魚の亜人(マーメイド)たち。

 柱の前では歌がうまいことで有名なハーピーが、吟遊詩人の竪琴に合わせて美声を披露している。

 ホールを駆け回るのは様々な人種の給仕たち。

 人間、魔族、亜人。その全てが忙しなく、けれど楽し気に働いている。

 数年前まで戦争していた魔族を雇っているのは、多種多様な種族が暮らしているビストールならではの特徴かもしれない。

 

 そして何より、店内に入った瞬間から空腹を刺激する料理の香り。

 世界中の料理を取り扱うと豪語しているだけあって、漂ってくる香りも多種に渡っている。

 焼いた肉や魚の香りが強いが、その中に仄かに混じる果物の甘い香りがまた食欲をそそる。

 更には、スパイスだ。元々スパイスはビストールの特産品なのだが、最近は他の街との流通が盛んになって新たなスパイスが流入していている。

 それらが合わさって、香りだけでも一つの料理のようだ

 やべぇ、めっちゃ腹が減った。

 

「さて、オウカ殿に予約を取ってもらっている事だし、さっそく向かうとしようか」

「そうだな。さっさと行こう……おい、アル?」

 

 ぽかんと口を開けて固まっているアルの目の前で手を振ると、すぐに正気に戻って顔を赤くした。

 

「ふぁっ⁉ あ、はい! ごめんなさい、見とれてました!」

「あぁ、凄いよな。滅多に来られないからしっかり楽しむと良い」

 

 笑いながら、何となく頭を撫でてやる。

 嬉しそうにはにかむ彼女に癒されていると、何故かみんなしてわらわらと集まってきた。

 左側から左手をサウレが握り、その腕にジュレが絡みつき、正面からはクレアが抱きついて来ている。

 全員揃ってじっと俺の顔を見詰めている。

 いや、何だ? 動きにくいんだが。

 

「どうした? 何かあったか?」

 

 サウレはともかく、ジュレとクレアが人前でこういう行動を取るのは珍しい。

 何か異変でも察知したんだろうか。俺は何も感じなかったんだけど。

 

「……自覚無し」

「みたいですね。これは負けていられません」

「そうだね! 頑張らないと!」

「いや、なんなんだ?」

 

 口々に言うと、みんな揃って何かに納得したようですっと離れていった。

 

「貴様、本当に何があった? 貴様が笑うなど珍しいな」

「そうか? そうでもないと思うんだが」

「我は初めて見たぞ」

 

 呆気に取られた様子で語るラインハルトに苦笑を返す。

 あー……なるほど。意識していなかったが、思い返すと確かにそうかもしれない。

 特にアルに対しては感情が表に出すぎている。

 いかん、気が緩みすぎだ。ここで気付けたのは幸いだったな。

 

「すまんな、礼を言う」

「ふむ、訳は分からんが。礼は受け取っておこう」

「さぁ飯を食おうか。いい加減腹が減ってヤバい」

「そうだな。行こうか」

 

 てし、とラインハルトに頬を叩かれ、そのまま奥へと進んで行った。

 

 さて、改めて自分に(くさび)を打とう。

 敵を、味方を、世界を。

 全てを(あざむ)き、みんなを守る為に。

 

 それが俺の役割なのだから。

 



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78話「きっとそんな機会も巡って来るだろう」

 

 ようやく案内された席で各々が好きな料理を頼み、待つこと十分ほど。

 今までに無いほど豪華な食事が運ばれてきた。

 高級なムーンレタスのサラダに始まり、白マグロのムニエル、雷鳥の蒸し焼きに、雪牛のステーキ。

 更にはここでしか食べられないほどに貴重な、タイラントウルフの香草包み焼き。

 テーブル上を埋め尽くすほどの高級料理にアルが目を煌めかせている。

 

「皆の物、飲み物は手に渡ったか?」

 

 両手でブランデーグラスを持ったラインハルトが周りを見渡す。

 それぞれグラスやジョッキを掲げると、満足げに頷いた。

 

「では、再会と出会いを祝して。乾杯」

 

 声に合わせてジョッキをあおる。こんな時でも麦酒(エール)を頼んでしまう自分の貧乏性に苦笑が漏れそうになるが、しかしそこは高級店。

 キンキンに冷やしてある麦酒はのど越しが良く、後味がすっと引いていった。

 

「んじゃ、頂きます」

 

 手を合わせ、まずは雷鳥の蒸し焼きに手を伸ばした。

 一口大に切り分けられたそれを皿に盛り、甘いごまダレを垂らす。

 まだ湯気の出ているところを口の中に放り込むと、濃いめのタレに負けないほどに鮮烈な肉の風味が広がった。

 ユークリア王国内でも決められた店でしか取り扱うことの出来ない雷鳥は旨味と風味が強いが、肉が帯電しているので下処理を誤ると軽く感電する事もある。

 しかしこの蒸し焼きはしっかりと処理されていて、程よく痺れる舌に余すことなく美味さを伝えてくる。

 肉はほろりと柔らかく、噛まずに呑み込めそうなほどだ。

 隣を見るとサウレも同じ料理を口にしていて、そこはかとなく幸せそうな顔をしていた。

 口の端にタレが付いていたので拭き取ってやるとさらに嬉しそうな顔をしてきたので、つい頭を撫でてしまった。

 最近はサウレの表情を読めるようになってきたので、こうして向かい合っているとなかなかに面白い。

 

 次に手を伸ばしたのは雪牛のステーキだ。

 北国にしか生息していない貴重な魔物だが、通常の牛と比べて脂が多く、それでいてさっぱりとしている。

 余計な味付けは無し。塩コショウのみの真っ向勝負を仕掛けてきたが、これが逆に素材の良さを十分に引き出していた。

 旨い。その一言に尽きる。

 柔らかいながらも確かな歯ごたえと噛む度にあふれる肉汁が、肉を食っているという充足感をもたらしてくれる。

 

 その満足感をエールで流し込むと、逆隣のクレアから小皿を渡された。

 タイラントウルフの香草包み焼き。

 これは名前通りの料理で、おそらくこの店でしか味わうことができない希少な魔物の肉を様々な香草と共に包み焼きにした一品だ。

 先着順の数量制なのでさすがに無理かと思っていたが、ラインハルトが先に予約してくれていたらしい。

 口に入れると、雪牛に比べて硬く、そして比べ物にならないほどの旨味があふれ出てくる。

 狼特有の独特な臭みは香草によって中和され、残された素材の美味さがより際立っていた。

 さすが特級食材。一流冒険者でしか狩ることが出来ない程に凶悪な魔物だが、食材になってしまえばだれにでも愛される物になるのは皮肉な話だろう。

 そこにブラックなユーモアを感じて、つい苦笑いをこぼした。

 

 気を取り直して、お次は白マグロのムニエルだ。

 元々脂の多い食材だが、調理する際に余分な脂を落としているようで、思いのほかあっさりとした風味になっている。

 白身の淡泊な味、次いで追ってくるバターの香り。

 ムニエルにすることで風味を閉じ込めたこの料理は飽きが来ることが無く、気をつけなけれ一気に食べ終えてしまいそうだ。

 さっぱりとしたレモン仕立てのソースがまた相性が良い。

 やはりこの店の料理人は腕が良いなと改めて感心する。

 

 箸休めにムーンレタスのサラダをかじりながら見ると、ヘクターはへにゃりとした笑顔で美味そうに食っていて、ラインハルトはその様を見ながら上機嫌に酒を飲んでいた。

 使い魔はそもそも食事を必要としない。それでもこの店に立ち寄ったのは、ヘクターの為なのだろう。

 その事に気付きながらも言及はしない。俺も似たようなもんだしな。

 

 実の所、俺一人なら別に携帯食と水だけでも構わない。

 元々粗食だし、安い食い物の方が似合っている。

 だがやはり、仲間の笑顔が見れると言うだけでもこうした店に来る意味はあると思う訳で。

 こうしてみんなと一緒に飯を食う時間というものは、良いものだなと。

 そんな事を思い、麦酒の入ったジョッキをあおいだ。

 

 

 飯を食い終え、デザートのアイスクリームまで堪能したあと、ラインハルト達に店の前で見送ってもらった。

 

「じゃあな、ラインハルト。また明日の朝に」

「あぁ、ではな。楽しい時間だった」

 

 互いに手を上げて軽い挨拶を交わすと、酒を飲みすぎて若干ふらついているジュレを支えて宿へと向かった。

 アルは上機嫌で鼻歌を歌っているし、クレアはそれに合わせてハミングしている。

 サウレはいつも通りに見えて、その実かなり満足しているようだ。

 

 良い夜だな、と。

 軽く酒の回った頭でそんな事を思いつつ歩く道のりは、短いながらも充足していた。

 明日からはまた慌ただしい日々になるだろうが、良い思い出ができた。

 また今度、みんなと思い出話として語り合うとしよう。

 ずっと一緒にいられるのならば。

 

 きっとそんな機会も巡って来るだろう。



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79話「夢を見ることくらいは許されるだろう」

 

 これは夢だ。

 幼い頃。思い出せないほど昔の話。

 

「この世界は弱肉強食。弱き者に神も救いもありはしない」

 

 それは暗殺者としての師匠の言葉。

 

「生き残りたければ強く在れ。お前が得るべきは絶対的な力だ」

 

 そう、何度も言われ続けてきた。

 

「死にたくなければ殺せ。それ以外にお前が生きる道は無い」

 

 その言葉は俺にとって、唯一の真実だった。

 

 物心が着いた頃、一番最初に教わったのはナイフの扱い方だった。

 読み書きよりも先に、如何にしてナイフを敵に突き刺すか。

 どのように立ち回れば良いか、何を求めるべきか。

 誰から殺すべきか。

 それをただ、学び続けた。

 

 暗殺者はあらゆる物事に通じていなければならない。

 標的の思考を読み、行動を読み、そして間違いなく命を奪う為に。

 だから俺は、あらゆる分野に関する知識を叩き込まれた。

 他種族の言語、行動心理、大衆心理、話術、化学、天体、地理、歴史、魔導学、果ては芸術分野に及ぶまで。

 およそ考えられるこの世の全てをこの身に刻み込んだ。

 

 身体能力が高くなければ生き残れない。

 格闘、剣、槍、弓、鈍器、そして魔法。

 人を殺すための技術を身に付けた。

 魔力が乏しい俺は微々たる身体強化しか使えなかったが、敵が使用して来た時の対処法を知るためにそれを学んだ。

 

 敵に警戒されてはならない。

 適切な距離を取り、コミュニケーションをはかり、礼節をわきまえ、友となり、心を開かせて。

 敵の全てを知り尽くし、心の距離を縮めて行き。

 そして、油断させて殺してきた。

 

 俺には何も才能が無かった。

 何も極めることが出来ず、全ての分野で誰かに劣っていて。

 しかし、だからこそ。

 極めることは無くとも、代わりとなる物で代用できる柔軟性を身に付けることができた。

 

 俺にあるのは人を殺す技術だけで。

 標的を殺すのは当たり前の日常で。

 周りの全てを利用して。

 ただ、殺すだけの道具として生きていた。

 

 やがて暗殺者ギルドで歴代最高の実績を重ね、『死神(グリムリーパー)』の二つ名を背負う事となった。

 その事に何を思うことも無く、ただの現実として受け入れた。

 俺が一番上手く殺せているんだな、と。

 何となく、そう思っていた。

 

 現在得られる情報を、過去に記憶した事柄に当て嵌め、未来を予測すること。

 それは効率的に人を殺す為の技能。

 ただ死なない為に生きてきた俺の集大成で。

 それが当たり前だと、そう思っていた。

 

 ある日、暗殺者ギルドに一つの依頼が来た。

 倉庫内にいる人間の殺害だ。

 いつも通り、息をするように殺して。

 そしてそれが、自分の師匠である事に気が付いた。

 

 老齢だった彼は失敗が続いていて、ギルドとしては用済みになっていたらしい。

 そして、何故なのかは分からないが。

 いつもの通り何を思うわけでもなく帰還した俺は。

 ギルドマスターから事の真相を知らされた瞬間、彼の首をはね飛ばしていた。

 

 衝動的に人を殺したのは初めてだった。

 その時の俺が何を思っていたかは、今になっては分からない。

 ただ、殺さなければならないと、それだけを思っていたような気がする。

 

 すぐに俺は暗殺者ギルドから指名手配されたが、それは単純に殺す標的が元同僚へと変わっただけの意味しか無かった。

 何かを思うことも無く。見知った顔をした人達を。

 ただひたすらに、殺し続けた。

 

 数年間に渡り追跡者を殺し続け、推定年齢が二桁になろうと言う頃、やがて追っ手が来る事は無くなった。

 俺を殺すことは不可能だと判断されたらしい。

 これからどうするか考えなければならない。

 だが、俺は人を殺すことしかできない。

 どうしたら良いのか途方に暮れている時、小さな町で一人の女性と出会った。

 

 ボロボロな格好で覚めた眼をしていた俺を見るや否や、彼女は無防備に近付いて来て、そして笑いながら言った。

 

「行く所が無いならうちにいらっしゃい。私と家族になりましょう」

 

 シスター・ナリア。孤児院を兼ねた教会で身寄りの無い子ども達と共に生活をしている修道女。

 元一流冒険者。戦闘能力が極めて高い。

 十字架型の鈍器をメインに敵を薙ぎ払う様から『戦鎚』の二つ名を持っている。

 そんな情報が頭をよぎり。

 同時に、どうでも良いか、と思った。

 

 暗殺者ギルドでしか生きる事が出来なかった俺は、指名手配された時点で行き場を失った。

 死なない為に生きてきたが、それもいつしか疲れきってしまっていた。

 何の意味も無い人生。道具でしかない俺は。

 神様とやらに仕える彼女に殺されるのが、一番相応しいと感じた。

 

 それからの生活は激動の日々だった。

 人を殺さない。ただそれだけで、やるべき事が非常に増えて行った。

 自分より幼い子ども達の面倒を見て、仲間と一緒に家事を手伝い、町の店で働き。

 俺は生まれて初めて、誰かと共に生きるという事を知った。

 

「良いですか? 自分に余裕がある時に誰かが困っていたら救いの手を差し伸べなさい。貴方が誰かに助けられたら、その恩は他の誰かを救う事で返しなさい。

 そうする事で世界は回っているのですよ」

 

 シスター・ナリアの教えは、俺には意味が分からなかった。

 誰かを助ける。そんな思考を持ったことなんて一度も無かったからだ。

 しかし、他にやることが無い以上、それをやってみようと思った。

 もしかしたら何かの間違いで、俺にも違う生き方が出来るかもしれないと。

 そう、思った。

 

 あらゆる分野で万能だった俺は、あらゆる人間に手を貸してみた。

 どのような問題でも即座に解答を得ることができ、培ってきた技術で解決する。

 そんな簡単な事をするだけで、彼らは揃って笑顔で言った。

 ありがとう、助かった、と。

 

 その言葉は少しずつ、俺を道具から人間へと変えて行った。

 

 人を殺した。数え切れないほどの命を奪ってきた。

 その事実は消えることは決してないし、間違っていたとも思わない。

 そうしなければ生きる事が出来なかったのだから。

 しかし、それでも。今までの生き方を後悔できる程度には。

 俺の価値観は変わりきっていた。

 

 教会で暮らすようになって数年経った頃、俺は金を稼ぐために冒険者になる事にした。

 人は殺さない。無闇に命を奪わない。その上で、誰の力になりたい。

 だからこそ、様々な依頼を受けて人々の助けとなる冒険者をやろうと思った。

 

 幸いな事に冒険者に必要なスキルは全て身に付いていて、俺はすぐに冒険者として稼ぐことが出来るようになった。

 同時に、一人で活動する事に限界を感じていた。

 自らの命を守るだけなら何も問題は無い。

 しかし、誰かを守るためには、俺の手はあまりにも小さく、そして血にまみれていた。

 

 その点、パーティを組めば助けられる範囲が広がる。

 仲間のサポートを行えば、汚れきった俺が直接依頼者と関わることも減るだろう。

 だが、ソロの冒険者として名が売れてしまっていた俺を誘ってくれるパーティなど何処にも無かった。

『竜の牙』を除いて。

 

 パーティリーダーのカイトは、酒場でたまたま出会った俺に言った。

 

「行く所が無いならうちに来ないか? 俺たちの仲間になってくれ」

 

 それはいつか聞いた言葉に、良く似ていて。

 俺はその場ですぐに了承した。

 

 その次の日にはカイトと仲間であるミルハとルミィと四人で討伐依頼を受け、そしてその帰り道で。

 この仲間達となら上手くやっていける。

 そんな願望にも近い思いを抱いている自分に気付き、内心で非常に驚いた。

 

 誰かと共に生きる事。それがいつの間にか当たり前になっていて。

 シスター・ナリア。教会の家族。そして、「竜の牙」のメンバーは。

 俺に居場所を与えてくれていた事を知った。

 

 しかしやがて、俺の心に芽生えた物があった。

 戦いたくない。もう何も殺したくない。

 またあの頃に戻ってしまいそうで、その想いは日を追う事に強まって行った。

 

 そして俺は、せっかく得る事が出来た仲間と別れることを決意し、彼らを置き去りにして一人で旅立つ事になった。

 生まれて初めて芽生えた意志。

 もう何も殺したくはない。そんな想いを胸に抱いて。

 

 それから色々な事があったが、ここは割愛することにしよう。

 新たな仲間達と旅を続ける中で色々な体験を重ねることが出来て、様々な感情に触れ、想いを向けられて。

 そうやって俺は、いつの間にか「道具」から「人間」に慣れていたことを知る事が出来た。

 彼女達のおかげで、本当の意味で人生を得る事が出来た。

 

 そして、誰かを愛するという事を知った。

 

 今の俺は幸せな時間を過ごしている。

 まるで夢のような日々で、いつまでも終わらなければ良いと本気で願っている。

 こんな日常が尊いと思っている。

 

 しかしまだ、やらなければならない事がある。

 それを成し終えた時、俺は長い旅を終えることが出来るのだろう。

 だからこそ。

 

「悪いが、お預けだ」

 

 夢から覚めた俺は。

 いつの間にか布団の中に侵入して俺の服を脱がそうとしていたサウレの頭を撫でつつ、苦笑いを浮かべた。

 

「……ライが悪夢をみている気がした」

「気のせいだろ。早く寝ろ」

「……今夜ならいけるかと思ったのに」

 

 無表情ながらも悔しそうなサウレを抱きかかえながら、俺はソファの上で再び眠り着いた。

 

 ろくでもない人生だ。けれど、そんな俺でも。

 夢を見ることくらいは許されるだろう。

 



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80話「手早くケリを付けてしまおう」

 

 翌朝、日が昇りきらない頃に宿を出ると、みんなで魔導列車に乗り込んだ。

 買っておいた朝飯を客室で広げて食べ終え、今日の予定を話し合う。

 

「ライさん! 今日はとうとうフリドールに行くんですよね!」

「そうだな。王都を経由して今日中に行くつもりだ」

 

 王都より北、魔王国ゲルニカよりさらに先にある、氷の都フリドール。

 一年中雪に閉ざされた街。そこに、追い求めた相手がいる。

 現在は吹雪で魔導列車以外の交通手段が絶たれているらしいし、早い内に済ませてしまいたい。

 

「フリドールも久しぶりですね。フェンリル討伐以来でしょうか」

「ボクは初めてだね! 噂には聞いてるけど、どんなところなのかな!」

「氷の都フリドールは名前の通り氷のような見た目の街だ。白い半透明の壁に覆われていて、一年のほとんどは雪が降ってるな」

「うわ、めっちゃ寒そうじゃん!」

「寒いな。だから冬用のコートを用意したんだろ」

 

 ちゃんと事前に俺以外の四人分のコートを新調してある。

 少し高価だが暖房効果のあるコートだし、フリドールでは有用だろう。

 まぁサウレの不審者度は増したけどな。

 何せ半裸の上にコートだし。

 

「……ライ。知らない街は不安だから抱きしめて欲しい」

 

 そんな彼女はわざとらしい理由をつけながら、いつも通り俺の膝の上に乗ってきた。

 苦笑いしながら迎え入れると俺の胸元に猫のように顔を擦り寄せてくる。

 その頭を撫でてやりながら、気配を察して通路の向こうから歩いてきた本物の黒猫に目を向けた。

 

「朝から騒がしいことだ。少しは自重しろ、色男」

「おはようさん。昨日はありがとうな」

「我の計らいでは無いが、礼は受け取ろう。それより貴様、フリドールへ行くのか?」

「あぁ。何か問題があるのか?」

 

 俺の問いかけにラインハルトが真剣な表情を返す。

 

「あちらでは大規模な盗賊団が出没しているらしい。近々討伐隊が組まれる予定だそうだ」

「盗賊団か……厄介だな」

 

 盗賊といっても元冒険者や傭兵が多いからな。

 純粋な対人戦闘能力なら一流冒険者と同レベルの奴がいたりもするし、侮れない連中だ。

 いくらサウレとジュレが居るとは言え、遭遇しないように気を付けないとな。

 まぁそもそも街から出る予定は無いし、大丈夫だとは思うけど。

 

「ありがとな、気を付けるわ」

「うむ。我は微塵も心配などしてはおらぬが、ヘクターがな」

「あの子が心配してくれたのか?」

「貴様もオウカ殿の身内であるからな。何かあればオウカ殿が悲しむだろう?」

「なるほど、そういう事か」

 

 ラインハルトの言葉に今度はこちらから苦笑いを返した。

 ヘクターは俺たちの心配では無く、オウカの心配をしているようだ。

 まぁ、当然と言えば当然か。

 

「気を付けはするさ。そう簡単に死ぬ気も無いからな」

「ふん。貴様が賊に遅れを取るなど笑い話にもならぬ。その時は墓の前で笑い飛ばしてやろう」

「酒も忘れるなよ? あの世には娯楽が少なそうだからな」

 

 互いにニヤリと笑い、軽口を叩き合う。

 ラインハルトは俺の過去を知る数少ない身内の一人だ。

 だからこそ、一片足りとも心配はしていないのだろう。

 その信頼が心地よく、そしてどこかくすぐったい。

 

「さて、我は仕事に戻る。何かあれば告げに来い」

「分かった。またな」

 

 去っていく黒猫を見送り、ついでに胸元の猫っぽい奴を撫でておいた。

 

 

 

 それから二時間ほど、何事もなく列車は運行していた。

 凄まじい速度で流れていく風景にも飽きてきたので、ジュレとクレアのチェス勝負を観戦している所だ。

 ちなみに最初は俺も参加してたけど、圧勝してしまったので大人しく観客に回っている。

 

「そろそろだな。降りる準備をしておけよ?」

「大丈夫! 荷物は出てないからね!」

「そうか。なら大丈夫だな」

 

 元気よくウサギ耳を動かすクレアに和みながら自分の荷物の確認を行う。

 ジュレも荷物を広げて居なかったようで、特に慌てる様子も無くチェスを続けている。

 今現在はジュレが優勢のようだが、俺の読み通りだとクレアが逆転するな、これ。

 

 サウレもじっと無言で盤上を眺めていて、アルに至っては窓際の席で寝てしまっていた。

 まぁこいつが荷物を出していないのは知っているし、もう少し寝かせておいてやるか。

 ただ寝言で俺の名前を呼ぶのは勘弁してもらいたい。

 なんて言うかこう、むずかゆい気持ちになる。

 その度に皆にニヤニヤされるのも照れくさいし。

 

「ところでライさん、一つ提案があるのですが」

「どうした?」

 

 チェス盤に目を向けたまま言うジュレに返事をすると。

 

「フリドールに着いたら寄りたい所があるので、少しだけ二人きりの時間を頂けませんか?」

「俺は用事が終わった後で良いなら構わないけど……珍しいな?」

「たまにはワガママを言ってみたくなりまして」

 

 人差し指を立ててイタズラな表情で笑うジュレ。普段とは違いからかい混じりなその様子に、つい見とれてしまう。

 元が美人だからなこいつ。こういう仕草でも様になるのはジュレらしいと言うか。

 何となく心の距離が縮まっている気がして、つい笑みが零れた。

 

「よし、じゃあ手早く用を終わらせるとするか」

「そうですね。その後でデートを楽しみましょう」

 

 デートねぇ。まぁ確かに二人きりで出かけるならデートになるのか。

 かなり楽しみにしてくれているようだが、はてさて。

 サウレとクレアが何も言ってこないあたり、既に彼女達の間で話し合いが行われた後なのだろう。

 仲が良いのは嬉しいんだが、結託して何かやらかさないか怖いところではある。

 

 何にせよまずは、サウレを嵌めた奴を捕まえに行かないとな。

 逃げられても面倒だし、吹雪に閉ざされたフリドールにいる今が絶好のチャンスだ。

 手早くケリを付けてしまおう。

 



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81話「マジでブレねぇなあいつ」

お待たせいたしました。
本日より完結まで連日投稿致します。
どうぞお楽しみください。



 

 氷の都フリドール。

 白い外壁と雪に閉ざされた街。

 全体的に白い建物で満たされた街並みはまるで氷で作られているように煌めいていて、夢物語の世界に迷い込んだような錯覚がする。

 もっとも今は事前に聞いていた通りに吹雪いていて、街並みなんて見えやしないけど。

 

 冬用の防寒着を着込んではいるけど、肌を刺すような寒さは防ぎきれない。

 思わず吐いたため息は白く、しかし一瞬で空気中に紛れて消えてしまった。

 相変わらずだな、ここは。

 

「ライさん……寒いです」

「さっむ! この寒さは死んじゃうって!」

「あぁ、早く宿に行こう。その後は冒険者ギルドだな」

 

 ガタガタ震える二人に苦笑する。

 当然の反応だろう。むしろ平然としているサウレとジュレの方がおかしいと思う。

 

「お前ら、寒くないのか?」

「……サキュバスは気温の変化に強い」

「私は魔力の壁を身にまとっているので」

「なるほど。便利なもんだな」

 

 問題がないならそれで良いし、さっさと宿を取りに行くか。

 こいつらはともかく、俺たちは長居すると本気で凍え死にそうだしな。

 

 

 特にトラブルも無く宿の部屋を確保した後、そのまま冒険者ギルドへ向かった。

 女商人のベルベットがこの街に居ることは分かっているけど、詳しい場所は分からない。

 なので、やはり冒険者ギルドで情報を集めるのが一番だろう。

 こういうのは人が集まる場所で聞くに限る。

 

 ギルドに着くと中は暖かく、ようやく人心地着けた。

 外套を脱いでアイテムボックスに突っ込んだ後、すぐ近くにいたガタイの良い冒険者に話しかける。

 

「よう。さっき着いたばかりなんだが、こっちの調子はどうだ?」

「悪くねぇな。近い内に盗賊団の討伐依頼も出るらしいし、今が稼ぎ時だぜ」

「そうか、そりゃ良い時に来たな。ところで人を探してるんだが、茶髪のベルベットって女商人を知らないか?」

「あぁ、最近街に来た奴だな。たまにここに顔出してるぜ」

「お、そうなのか。今住んでる場所は分かるか?」

「俺は知らねぇが……おぉい! お前らたしかベルベットさんとよく話してたよな!」

 

 掲示板の前に居た別の冒険者に声をかけると、三人組の男達がこちらへ歩いてきた。

 全員武装をしている所を見るに、これから魔物を狩りに行くところなのだろう。

 

「なんだ、新顔か? ベルベットさんにどんな用だ?」

「俺の仲間が世話になったんて礼をしたくてな。居場所を知らないか?」

「義理堅い奴だな、お前。詳しくは知らないが……確か倉庫に荷物を取りに行くって言ってたな」

「倉庫って街門横のでかいヤツか?」

「あぁ、吹雪が止んだら街を出るんだってよ。すれ違いにならなくて良かったな」

「そうだな。ありがとよ」

 

 軽く礼を言ってその場を離れる。

 倉庫か。人も少ないし丁度良いな。

 これなら今日中にケリが着くかもしれない。

 後は話の落とし所だが……そこはサウレの判断に任せるとしよう。

 

「ライさん、凄いですね。あっさり場所が分かっちゃいました」

「嘘は一つも言ってないのが凄いね!」

「慣れだ慣れ。それより早く行くぞ」

 

 収納したばかりの外套を取り出して身にまとう。

 冷えきった外套が体から熱を奪い、小さく身震いした。

 

 

 

 倉庫街。

 ここは大量な商品の受け渡しやアイテムボックスに入り切らない物を置いておく為の場所で、旅の商人がよく利用している。

 吹雪の中で立ち並ぶ簡素な建物の中、一つだけ明かりの灯った倉庫があるのが見える。

 あれか。あの場所に、探し求めた人物が居るのか。

 雪に埋もれた道に足跡を着けながら歩いていくと、妙な事に気が付いた。

 

 倉庫に向かう足跡が残っている。

 それは良いとして、問題はその数だ。

 見たところ、十人以上。商品の取引にしては数が多すぎる。

 警戒を深めながら近付き、壁越しに気配を探る。

 吹雪のせいで詳細は分からないが、恐らく十五人。

 そして異常な程の魔力量を保有する何かが一つ。

 

「少し待て。様子を探る」

 

 小さく告げた言葉に、緊張が走る。

 感覚を研ぎ澄ませて待つこと一分ほど。

 吹雪が弱まり、次第に中の会話が聞こえてきた。

 

「――全部予定通りだ。盗賊の真似事もここまでだな」

 

 野太い男の声。フリドールの訛りが無いから現地の人間では無いだろう。

 

「そうね。後はこいつを暴れさせてやれば良いわ。貰う物を貰ったら、英雄が来る前にさっさと逃げましょう」

 

 そして、女の声。こちらは優しげだが、微かに侮蔑の感情を感じる。

 こいつがベルベットか。

 

「違い無い。教会の最上級魔石さえあれば俺たちは大金持ちだしな」

「えぇ。分け前は予定通り、私が二割で残りは貴方たち。それで良い?」

「あぁ、これで傭兵なんて仕事から足を洗えるぜ。あんたには感謝してる」

 

 下卑た笑い声に続いて、優しげな笑い声。

 盗賊、教会、傭兵……なるほどな。

 つまり、フリドール近辺で暴れていた盗賊とベルベットは組んでいた訳だ。

 吹雪で足止めされていたんじゃなくて、トラブルを起こして教会に保管されている最上級魔石を奪うために滞在していた、と。

 何ともまぁ、ベラベラとよく喋ってくれたもんだ。

 間抜けにも程があるだろ。

 

 けど、俺たちにとって都合は良いか。

 ここで全員仕留めてしまえば良いだけの話だ。

『都合が良すぎる点』に関しては注意を払う必要があるけどな。

 

「サウレ、ジュレ、広域殲滅魔法。アルとクレアは待機。俺が先行して中に踏み込む」

 

 気を引き締めつつ指示を出す。

 敵が複数なら魔法で広範囲に攻撃するのが一番良い。

 残りは俺たちで無力化して行けば問題ないだろう。

 これが一番被害を最小限に抑えられる作戦だと思う。

 だと言うのに。

 

「お断りします! 一番前は私です!」

 

 アルが叫びながら飛び出し、両手剣を担いだままドアを蹴り開けた。

 中に居た男たちが騒ぎ出し、気配が大きく揺らぐ。

 

「ひゃっほぅ! レッツ☆皆殺しタイム!」

 

 輝かんばかりの笑顔で中に突撃して行くアル(サイコパス)の姿に頭痛を感じながら、俺たちはその後を追って倉庫内へと向かった。

 

 マジでブレねぇなあいつ。

 



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82話「さぁ正念場だ。気合いを入れようか」

 

 アルの後に続いて倉庫内に入り、敵を目視する。

 様々な武具で武装した男達が十六人。

 既に臨戦態勢を取っていて、こちらに向き直っている。

 そして、その奥。

 茶髪の女。確かに商人らしい服装をしていて、胸には不気味な装飾のペンダント。

 こいつがベルベットか。

 

「なんだお前ら!」

「通りすがりの冒険者です! さぁ全員大人しく首を出してください!」

「出さねぇよ!?」

「ならば無理やりぶった斬ってやります!」

「おいバカ、やめろ」

 

 アホなやり取りをしているアルの後ろに立ち、続けて背後にいるサウレ達にハンドサインを送る。

 

「取り込み中にすまん。ちょっと吹雪避けに人の居そうな場所に立ち寄っただけなんだ」

「なんだと? 何で冒険者がこんな街外れの倉庫にきてるんだよ!」

「あーいや、実はだな」

 

 話を繋げ、時間を作る。

 目的はもちろん。 

 

「……魔術式起動。展開領域確保。対象指定。其は速き者、閃く者、神の力――」

「透き通り、儚き、汚れなき、麗しきかな氷結の精霊――」

 

 二人の魔法詠唱が終わるまでの時間稼ぎだ。

 

「そこの商人に用があって……なっ!」

 

 素早くアイテムボックスからスリングショットと煙幕玉を取り出し、奴らの足元に打ち込む。

 

「うおっ!? なんだ!?」

 

 立ち込める煙に慌てふためく様を見ながらアルの後ろ襟を掴んで引き寄せる。

 

「やっちまえ!」

 

「――敵を焼き切れ、裁きの(いかずち)!」

「――願わくば、我にその加護を与えたまえ!」

 

 詠唱完了と共に吹き荒れる雷と氷の嵐。

 死なない程度に加減されているとは言え、視界の外から放たれた一流冒険者の放つ魔法に対応出来ない。

 そのはずだった。

 

「うふふ……魔導具、起動」

 

 余裕気なベルベットの声。そして。

 

「……なんだと?」

 

 雷と氷が、全て掻き消えた。

 

 今の魔力の波動は知っている。

 マジックキャンセラー。範囲内にある魔法で具現化した物を全て消し去る魔導具。

 しかしアレは、王国騎士団でも二つしか持ってない特級魔導具のはずだ。

 何故それがこんな場所に……いや、それよりも。

 

 不味い。奇襲が失敗に終わった。

 

「来るぞ!」

 

 仲間に注意を促しながら罠を放って行く。

 粘着玉やトラバサミを床にばら撒き、先程補足した敵の位置に目潰し玉を幾つも打ち出す。

 煙幕が晴れると、四人の傭兵達の足止めに成功していた。

 しかし、残りの連中が殺気立ってこちらへ駆け込んでくる。

 瞬時に味方と敵の動きを読み、最善の位置へ鋼鉄玉を放っていく。

 そんな俺を飛び越したのは。

 

「魔術式起動、展開領域確保、対象指定! 其は何人なりや、天空の覇者! 我が身に宿れ龍の鼓動! 身体強化(ブースト)!!」

 

 早口で魔法詠唱を完了させたアルだった。

 マジックキャンセラーは魔力を体内で使用する身体強化を無効化することは出来ない。

 本能的にそれを悟ったのか、或いは何も考えていないのか。

 最重量級の獲物である両手剣を振りかぶっているにも関わらず、アルは凄まじい勢いで突撃していく。

 その身に纏った緑色の魔力光は以前見た時よりも多く、しかしちゃんと自我は保っているようだ。

 

「ヒャッハァ! 皆殺しだァ!」

 

 嬉々として叫んでいる辺り、本当に自我を保っているのか不安だが。

 

 両手剣が振り回される度に数人が一度に吹っ飛んで行くが、着地してすぐに体勢を立て直されている。

 一人一人の練度が高い。だが。

 

「……迂闊」

 

 雷を迸らせながら短剣を閃かせるサウレ。

 

「白兵戦は苦手なのですが、仕方ないですね」

 

 短杖を振るい飛びかかる敵を撃退していくジュレ。

 

「よっと! あはは! どこ狙ってんの下手くそ!」

 

 煽りながら敵を煽って注目を集めるのクレア。

 

 四人の連携はもはや一流冒険者パーティに引けを取らない。

 魔法が使えない程度のハンデなど最早お構い無しだ。

 彼女達の連携の合間を縫って援護射撃をしながら戦況を把握。このまま行けば押し切れるが、しかし。

 劣勢にも関わらず、ベルベットは未だに笑みを浮かべたまま動かないでいた。

 

「役立たず達ねぇ。仕方ないわ……魔術式起動。展開領域確保。目覚めて踊れ、私の人形」

 

 背筋を悪寒が走る。

 理由は分からない。だが、ヤバい。

 

「お前ら! 全員――」

 

 退け、と。いい切る前に。

 

 最前線に居たクレアが金属製の腕に殴られ、勢いよく吹き飛んだ。

 咄嗟に衝撃を殺すために粘着玉をクレア放ち、即座に駆け寄る。

 同時に、倉庫の奥から這い出てきたデカい何か。

 

 それは人の形をしていた。

 しかし、明らかに人では無かった。

 体長は三メートル程。関節は球体になっていて、全てのパーツが俺の胴より太い。

 独特な光沢はこの世で最も硬い魔法銀(ミスリル)製の証。

 ミスリルゴーレム。

 かつての戦争で魔族が奥の手として用意した最悪の殺戮人形だ。

 

「……なるほど。そういう事かよ」

 

 クレアを抱き起こしながら警戒していると、いつの間にかゴーレムの奥にいるベルベットの姿が変貌していた。

 金髪に青い肌、そして血のような赤い瞳。

 それは、数年前まで人族と争っていた魔族の特徴。

 

「あははは! こいつを使えば冒険者なんて敵じゃないわね!」

 

 高らかと笑う。その姿は狂気的で、周りの男達は完全に怖気付いている。

 それもそうだろう。

 魔族にミスリルゴーレム、その組み合わせは正に戦争の象徴だ。

 多くの人間を殺した組み合わせに怖気付かない訳が無い。

 それに、マジックキャンセラー。あれは元々魔族が作り出した魔導具だが、物理的に最硬度を誇るミスリルゴーレムとの相性は抜群に良い。

 万事休す。正に絶望的な状況に、いくら味方だとは言え恐怖を感じずにはいられないだろう。

 

 普通ならば、だが。

 

「いきなり何て事するんですか! 危ないですよ!」

「お前が言うな」

 

 元気に叫ぶアルに苦笑していると、他のメンバー達も全員こちらに集まってきた。

 全く動揺せずに無表情なサウレ。

 余裕の笑みを浮かべるジュレ。

 ビビりながらも強気な表情のクレア。

 普段通りの様子に頼もしさを感じながら、思考を回す。

 

 さすがにミスリルゴーレムとの戦闘経験は無い。

 ならばこの場で解析するしか無い訳で。

 

「まったく、面倒な事だな……だが」

 

 頭が冴える。心が氷のように冷えていく。

 

「サウレを嵌めた落とし前はつけてもらうぞ、クソ女」

 

 立ち上がりながら、口汚く吐き捨てた。

 

 さぁ正念場だ。気合いを入れようか。

 

 



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83話「作り慣れた微笑みを浮かべていた」

 

「アル、デカブツを叩くぞ。他の奴らは傭兵を頼む」

「わっかりましたァ! ぶち殺してやります!」

「だからお前は援護を待て……って、聞こえてないか」

 

 飛び出したアルの周りに爆裂玉を放って周りを牽制しつつ、ミスリルゴーレムに粘着玉を撃ち込む。

 少しは牽制になると良いが、と思いながら周りを見渡すと、サウレは既に敵集団に紛れ込んでいた。

 短剣を振るい鮮やかに舞う姿はさながら猫科の猛獣のようで、軽やかに立ち回っては敵を翻弄している。

 クレアは鋭く繰り出される攻撃を全て盾で逸らし、その隙を逃すこと無くジュレがダメージを与えていく。

 強力な一撃は無いものの、安定感のある戦い方だ。

 数箇所に罠をばら撒き、更に敵の動きを制限。改めてミスリルゴーレムに向き直り鋼鉄玉を仕掛けていく。

 

「どっせぇいっ!」

 

 アルの空間ごと断ち斬るかのような一撃。

 しかし、さすがに世界一硬いミスリルで作られたゴーレムを倒すことは出来ず、両手剣が腕に少し食い込むだけに終わった。

 反撃しようとするゴーレムに爆裂玉を撃ち込んで阻害し、更に足元に粘着玉を放り込んで動きを止める。

 アルは攻撃力は高いけど防御面が脆いところがある。

 そこをカバーしてやれば簡単にはやられないだろう。

 

「……貴女は私が倒す」

「あら、いつかの馬鹿なお嬢ちゃんじゃない。生きてたのね」

 

 サウレの呟きを嘲る様に笑うベルベット。

 疾風の如き短剣の連撃を上手く躱しながら距離を取ろうとしている所を見るに、あいつは魔法が主力のようだ。

 それならばサウレの方に分がある。詠唱させる暇を与えなければ良いだけの話だ。

 

 さすがに全体を予測するのは困難だが、俺だけ弱音を吐く訳にもいかない。

 全員のフォローを行いつつ、こちらに来た傭兵達は目潰し玉で返り討ちにしてやった。

 倒す必要はない。時間さえ稼げばジュレが止めを刺してくれる。

 そう考えながら七個目の粘着玉をミスリルゴーレムに放つ。

 既に足元は床に固定されており、アルの攻撃をひたすら受け続けている状態だ。

 これならば、と思った時。

 

「ちっ……面倒だこと。ゴーレム、薙ぎ払いなさい!」

 

 ベルベットの命令を受け、ミスリルゴーレムの動きが変わる。

 奴は背中を見せるように身をひねると、暴風を巻き起こしながら腕を振り回した。

 傭兵諸共クレアとジュレが吹き飛ばされ、壁に激突して動きを止める。

 

「ジュレ! クレア!」

 

 見たところダメージは少ないが、気絶しているようだ。

 急いで二人の元に向かいながら牽制を続ける。だが。

 その隙を敵は見逃さなかった。

 

「――魔導式展開。領域確保。対象指定。地に満ちる力よ、その姿を変え敵を討て!」

 

 足元から生えた土の壁にサウレが囲まれ、身動き出来なくなった所へミスリルゴーレムの拳が迫る。

 ギリギリのところで鋼鉄玉を発動して動きを阻害するが完全には防ぎきれずに、その拳は土壁ごとサウレを殴り飛ばした。

 次いで突き出された逆側の拳がアルを真正面から捉え、両手剣のガードなんてお構い無しに殴り飛ばす。

 金属同士が衝突した音。ガードしたとはいえ巨大なゴーレムの攻撃を防ぎ切る事は出来ず、壁まで飛ばされてしまった。

 

 くそ、一瞬で戦況を覆された。

 これは少し不味いかもしれない。

 

「あははは! 口ほどにも無い奴らね!」

 

 ベルベットの高笑いを聞きながら打開策を考える。

 四人とも大きなダメージを負っていてすぐには復帰できそうに無い。

 ゴーレムの攻撃で敵の数は減っているけど、魔族のベルベットとミスリルゴーレムが残っている。

 いくら何でも俺一人で捌ける数じゃない。

 仲間の復帰までの時間を稼ぐ。今の俺に出来るのはそれしかない。

 

「この程度まで私な挑もうなんて無謀だったわね。すぐに全員殺してやるわ!」

 

 ベルベットが嗤う。ニヤニヤと、悪意を込めて。

 

「貴方たちのような弱者は死んで当然。でも命乞いをするならそこの男だけは見逃してあげるわよ?」

 

 その言葉に、絶望した。それは明らかな嘘だ。

 こいつは俺たちを逃がすつもりは無い。

 全員この場で殺すつもりだ。

 

 再度確認してみたが、やはり皆が起きる気配は無い。

 あの巨大なミスリルゴーレムの一撃を受けたのだ、そう簡単には復帰出来そうにもない。

 かと言って俺一人で守りきるには敵が多すぎる。

 絶体絶命。

 

「……分かった。認めよう」

 

 スリングショットをアイテムボックスに収納する。

 今の俺には皆を守る力は、無い。

 だからこそ、諦めるしかない。

 分かっていた。けれども、認めたくなくて、悪足掻きをしていた。

 それももう、辞めてしまおう。

 

「……魔導式展開。領域確保。対象指定」

 

 今の俺には皆を守ることが出来ない。それならば。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「我は闇。我は毒。我は一振りの刃なり」

 

 言葉を連ねる。体内の魔力が荒れ狂う。

 俺に使える魔法は身体強化だけだ。

 そんな才能が無い俺に使える、唯一の切り札。

 それは、俺が夢見ていた「人間になる」事を捨てる魔法。

 

「月は消え。夜が深まり。我は世界と同化する」

 

 詠唱完了。後は魔法名を告げるだけ。

 マジックキャンセラーが使用されている部屋での詠唱。

 そんな意図の読めないであろう行為に訝しげな表情を浮かべるベルベットを気にも留めず。

 意図的に作り上げた笑みを張り付かせて、魔法のトリガーワードを口にする。

 

「封印術式解放……『黒の刻印(ヨルノトバリ)』」

 

 魔法を発動した瞬間、俺の全身から黒い魔力光が立ち上った。

 おぞましいそれは、しかし見慣れてしまった光景で。

 所詮、俺はただの人形でしか無いのだと、突き付けられたように思えた。

 

 しかし、それでも。

 仲間を失うよりは余程良い。

 例えその後に皆が離れてしまったとしても、俺は。

 

 仲間を、守りたいから。

 

「なんだその魔法は!? 何故マジックキャンセラーが効かない!?」

 

 予想外の事態に荒ぶるベルベット。

 そんな彼女にニッコリと、作り物の笑顔を向ける。

 

「なに、ただの身体強化(ブースト)だ。そう怯えることはない」

 

 才能の無い俺に使える魔法は一つだけしかない。

 身体強化(ブースト)。小さな子どもにも使える初級魔法だ。

 これはその応用。弱くて惨めな人形が編み出した、世界に抗うための術式。

 俺にしか使えない訳では無い。

 ただ、俺以外ではなんの意味もない魔法。

 魔力量で収納量が変わるアイテムボックス。

 それを限度無く使用出来るほどに魔力量が多い俺でないと、意味は無い。

 

「馬鹿な! 何故、何故お前が……!」

 

 胸に大きな穴が空いたような感覚。

 あれだけ忌み嫌っていた力を使っている。

 人間になりたいと切望した俺が、自分から人間である事を辞めてしまった。

 しかし、それでも。

 仲間を失うより怖いことなんて無い。

 だから。

 

「教えてやるよ。これが『死神(グリムリーパー)』の正体だ」

 

 ゆらりと一歩、前に出る。それと同時に。

 身体から溢れ出す夜色がその勢いを増す。

 倉庫内を闇が満たしていく中、ベルベットが叫ぶ。

 

「なぜお前が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()⁉」

 

 闇色の魔力光を纏い、歩く。

 いつの間にか溢れた涙が頬を伝う。

 しかし、俺はそれでも。

 作り慣れた微笑みを浮かべていた。

 



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84話「最強の暗殺者」

 

 あらゆる生き物は魔力を持っている。

 この世界で生きるもの全てにおいて例外はない。

 そして魔力は日々を生きる上で自動的に生成されて行くのだが、その者が持てる魔力量には限界がある。

 これに関しては、通常であれば生活して行く上で生成と同量の魔力を自動的に消費するので問題は無い。

 だが、生成量が消費量を大きく上回るケースが稀に存在する。

 生まれ持った特異体質であったり、訓練による成果であったりと理由は様々だが、彼らには共通する事があった。

 体内から溢れた魔力を身に纏っているという事だ。

 

 魔力光。内から盛れだした魔力は光となって輝きを放つのだが、その光は使用者によって色が変わる性質がある。

 赤であったり青であったりと様々な色が確認されているが、人によって千差万別の色合いをしていると言われている。

 

 そして、ありえない話ではあるが。仮に魔力光が辺りを埋めつくした場合。

 あらゆる景色は色が変わり、魔力による探査は機能しなくなる。

 しかしそのような量の魔力光を放出してしまえばすぐに魔力は枯渇してしまうし、それで得られる効果は無いに等しい。

 無駄に魔力を放出するのは馬鹿げているし、労力の割に何の効果も得られない行為。

 子どもですら最低限の魔力操作を行えるこの世界では、そのように魔力を垂れ流すものなど存在しない。

 

 魔力光を撒き散らすのは正に何の意味も無い、無駄な行為なのだ。

 世界最強の暗殺者である『死神(グリムリーパー)』という異質な例外を除いては。

 

 

 

 街外れの倉庫内は、黒で満たされていた。

 自身の体すら見えない闇。月の無い夜の森のような暗黒。

 その中で男たちの悲鳴と怒声が上がる。

 

「ぐふぁ……!?」

「なんだ! 何が起きてるんだ!」

「ちくしょう! 何も見えねぇ!」

「来るな! 俺に近づくな! かはッ……」

 

 一人、また一人と。

 声を発する者が消えて行く。

 その中で、ベルベットという魔族は心底から恐怖していた。

 

 魔族ならば……否、この世界に生きる者なら全員が知っているであろう、闇色の魔力光。

 光を透過する程度の黒色ならば通常の魔族でも保有している場合もある。

 しかし、あらゆる物を覆うような闇色だけは例外だ。

 これはかつて勇者に倒された魔王と同じ色であり、いままで同じ色は確認されていない。

 魔王にしか使えないはずの魔力色を持った青年の存在に、ベルベットは歯の根をカタカタと言わせ、自身を抱きしめていた。

 

(何なんだこれは! 何も見えない! 何も分からない!)

 

 時折上がる悲鳴以外、全くの無音。

 何の兆候も無く突然に、男たちは倒れ伏していく。

 理由の分からない現象。一方的に狩られる事態。

 それに本能的な恐れを抱き、ベルベットは身を竦ませる。

 

 セイは暗殺におけるあらゆる技術を習得している。

 例えば、音だけで位置を察知する能力。

 例えば、無音で攻撃を仕掛ける能力。

 例えば、武器を使わずに殺傷する能力。

 それは彼の集大成であり、そして。

黒の刻印(ヨルノトバリ)』を発動させる事で、セイは世界に溶け込んでいた。

 

 視認不可領域。魔力による探知も行えない密室。

 己の魔力光で周囲を満たす事で発生する限定空間。

 その中で、一切の音もなく行動できる彼を捕捉できる者など存在しない。

 

 厳密に言えば『黒の刻印(ヨルノトバリ)』は魔法では無い。

 普段は体内に抑えられている魔力を解放し、魔力光を周囲に撒き散らす。

 ただそれだけの術式である。

 故に、マジックキャンセラーは意味を成さず。

 そして濃密な魔力によって、切り札のミスリルゴーレムへの指示をも絶たれたベルベットに為す術は無い。

 

 底の知れぬ恐怖にただ怯える事。

 彼女に許された行動は、それだけだ。

 

 カタカタと歯の音がなり、動悸が速まる。

 煩いほどに高なった鼓動以外、何も聞こえない空間で。

 不意に、彼女は気が付いてしまった。

 

 男たちの悲鳴が、いつの間にか止んでいる事に。

 

「……ヒィッ!?」

 

 ガタガタと震える体。圧倒的な実力差によって折れた心。

 もはや逃げることすら考える事が出来ずにいる彼女の耳に。

 

 背後から優しい声が掛けられる。

 

「お前の罪は何だと思う?」

 

「あああぁぁッッ!?」

 

 思わず腕を振り回すが、手応えは無い。

 空を切った己の腕はやはり見る事すらできず、彼女の行動は自らの恐怖を煽るのみに終わった。

 

「近隣で行商人を襲わせた事?」

 

「フリドールに被害を加えようとした事?」

 

「教会の特級魔石を奪おうとした事?」

 

 一言、また一言と連なる言葉。

 常に違う方向から聞こえてくる声は不気味に反響していて、彼が何処に居るのかすら分からない。

 そんな中で。

 

「そんなものはどうだって良いんだ。だけど一つだけ、見逃せない事がある」

 

 じわりじわりと迫り来る、姿の見えない『死神(グリムリーパー)』の優しげな声。

 しかしその声色は安心感を与えるどころか、ベルベットの精神を静かに侵食していった。

 

「お前は俺の仲間を殺そうとした。それがお前の罪だ」

「ごっ……ごめんなさい! お願い、許して!」

 

 反射的に叫ぶ。このままでは殺されると本能が警鐘を鳴らし、縋り付く様に声を上げた。

 

「もう二度と関わったりしない! 約束するから! だから……!」

 

 子どものように涙を流し、無様に喚く。

 その姿は先の悠然とした態度からは想像も出来ない程に余裕を無くしている。

 

「お願いします! 殺さないで……!」

 

 全身全霊の命乞い。生き延びる為にベルベットが行える唯一の手段。

 

 しかし、無音。

 青年が何か言葉を返す訳でもなく。

 静寂が、倉庫内を支配していた。

 

 十秒か、一分か、或いは一時間か。

 闇に包まれた空間で次第に高まる恐怖。

 理性は削り取られ、彼女の姿は明らかに衰弱している。

 ジワリジワリと真綿で首を締められているような錯覚すら覚える中で。

 

 突如として放たれた呟きは。

 

「お前は、ここで死ね」

 

 氷のように冷たく、ベルベットの最期を告げた。

 

 

 しかし。

 もし、この世界に奇跡というものがあるならば。

 この時聞こえた少女の言葉は、ベルベットに取っては確かに奇跡と言えた。

 

「ライさん……一緒に田舎で暮らすって、約束しましたよね?」

 

 ぽつりと放たれた少女の声。それは福音の鐘のように響いた。

 勇気を振り絞ったような、しかささ深い愛情を感じられる、そんな声で。

 アルテミスは想いを告げる。

 青年の撒き散らす死に恐れを抱き、指先を細かに震わせながら。

 それでも必死に、言葉を重ねる。

 

「私はいつでも貴方の傍に居ます。貴方と共に生きていきます」

 

「どうか私を離さないでください。帰ってきてください」

 

「私の英雄はライさんなんです。だから……」

 

 その声は小さく、震えていて。けれども。

 酷く優しい声だった。

 

「いつまでも一緒に、殺し愛しましょう?」

「しねぇよ、バカ」

 

 即座に上がる青年の声。

 それは苦笑混じりの呆れ返ったもので。

 そして、闇は瞬時にして消え失せた。

 

 部屋の中は惨劇の痕が残っていた。

 死屍累々と築き上げられた傭兵たちの姿。

 無理やり捻り切られた武具の数々。

 

 だが、倒れ伏す男達に息はあるようだ。

 誰も死んではいない。そこに有るのはただ、身動き一つしない傭兵たちと、原初の恐怖に震えるベルベットの姿。

 そして愛おしげにアルテミスを抱きしめる、かつて『死神(グリムリーパー)』と呼ばれた青年。

 

「そうだな。俺にはお前が……お前たちが居るんだったな」

「そうですよ。忘れちゃいけません。ライさんは私たちが幸せにするんです」

 

 愛情を確かめ合い、そして。

 青年は――かつての名を捨てライと名乗る彼は、床に落ちていた両手剣を軽々と持ち上げた。

 身を引き絞り、視認出来ない速さでの投擲。

 一条の光となった剣は最硬度を誇るミスリルゴーレムの胸を貫き、その奥にある核を破壊する。

 

「俺はお前を殺さない。だが忘れるな」

 

 瓦礫となって崩れ落ちるミスリル製の魔導人形。その奥に居るベルベットに向き直り、彼は言った。

 その顔には薄っぺらい笑顔ではなく、真に優しい表情があって。

 

「死神はお前を見ている。次は無いと思え」

 

 そう告げる『人間』はどこか誇らしげに見えた。

 

 

 

 これにて終焉。

 通報を受けた冒険者職員達によれば死人は出ておらず、その場に居合わせた「五人の冒険者達」の証言で、廃人同然となったベルベットと傭兵達は牢屋へ連行されて言った。

 事態の詳細を尋ねようにも彼女達は謝罪と命乞いの言葉以外発する事なく、調査は難航する事だろう。

 

 その場に残ったのは楽しげに談笑する少女達。

 そして、どこにでもいる普通の青年だった。

 

 それ以来、『死神(グリムリーパー)』の姿を見た者はいない。

 伝説として語られる最強の暗殺者は、この日に終わりを迎えた。

 



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85話「からかわれそうで嫌なんだがなぁ」

 

 宿に戻ると真っ先にベッドに向かい、そのままぶっ倒れた。

 疲れた……魔力なんてほとんど残って無い。

 魔力欠乏でフラフラして力が入らないし、もう一歩も歩ける気がしない。

 

「ライさん、大丈夫ですか?」

「あー……魔力が足りないだけだ。休めば治るよ」

「そうですか。じゃあ今が殺り時ですね!」

「おいやめろ、冗談に聞こえない」

 

 くすくすと笑うアルに苦笑し、ゴロリと仰向けになる。

 すると、ぽすんと隣に誰か座ってきた。

 

「あら。魔力が足りないのでしたら」

 

 ジュレか、と思うや否や。

 額を手で抑えられ、そして。

 

「良い口実ができました」

「――ッ⁉」

 

 ジュレの唇で口を塞がれた。

 優しく柔らかい感触。甘い香りに魔力欠乏とは違う意味でクラクラする。

 緩やかに俺の中に流れ込んでくるジュレの魔力を感じ、彼女の意図を理解した。

 粘膜接触による魔力供給だ。

 ゆっくりと体が満たされていき、最後に俺の唇をひと舐めしてジュレが離れる。

 

「はぁ……動けないライさんに一方的にキス出来るなんて、最高です」

 

 とろりと惚けた顔。頬は赤く染まっていて、とても色っぽい。

 じゃなくて。

 

「おまっ……いきなり何するんだ!」

「あら、嫌でしたか?」

「そういう話じゃなくてだな……」

「この後の予定もありますし、早く元気になってもらわないと困ります」

 

 ニッコリと笑うジュレに、気恥しさから顔を逸らした。

 こいつ、ドSスイッチ入ったらマジ厄介だな。

 

「それとも、もっと濃厚なキスをしましょうか?」

「……いや、遠慮しておく」

 

 どことは言えないが、一部が元気になりすぎても困るし。

 別の意味で立てなくなるからな。

 

「あぁ、弱っているライさんを見ていると……つい犯してしまいたくなります」

 

 恍惚な表情を浮かべて物騒な事を言うジュレに苦笑しながら起き上がる。

 確かに魔力がだいぶ戻っている。これならいつも通りに動くことができそうだ。

 

「さぁライさん。早くデートに行きましょう」

「はいよ……悪いが留守番頼めるか?」

 

 アル達に向かって言うと、三人揃って羨ましそうな顔をしていた。

 分かりやすいなこいつら。

 

「……王都に戻ったら二人きりでのデートを所望する」

「ボクも! 美味しいお店知ってるからね!」

 

 意気込む二人、そして更には。

 

「ライさん! 帰ってきたらキスしてくださいね!」

「あー……分かった」

 

 顔を真っ赤に染めてアルが言う。

 その言葉に返答したものの、気恥しさからつい目を逸らしてしまった。

 あまり人前でそういう事を言うのはやめて欲しい。

 

「それじゃあ行きましょう。時間が勿体ないです」

「あぁ、じゃあ行ってくるわ」

 

 全員とハイタッチすると、俺とジュレは宿の部屋を出る。

 その間際で、アルが呟くように言った。

 

「待っていますからね、ライさん」

「……あぁ、ありがとな」

 

 帰る場所があると言うのは、こんなにも嬉しい事だったのかと。

 そんな実感を持ちながら、苦笑ではない笑みを零した。

 

 

 今回の件に関して、アル以外の三人にも説明はしておいた。

 若干ビクビクしながら伝え終わると、ありがたい事にみんな俺を受け入れてくれた。

 その事に礼を言うと、サウレにしがみつかれ、ジュレに背後から抱きつかれ、クレアにデコピンされた。

 その程度で離れるような小さな想いでは無いと口々に告げられ、やはり敵わないなと苦笑してしまったものだ。

 むしろビビってた俺がバカみたいだ。

 

 ……実際、馬鹿なんだろうなぁ。

 彼女達の想いは俺が思っていた以上に強かったみたいだし。

 

 まぁ、それはそれとして。

 

「ジュレ、歩きにくい」

「あら。デートなのですから良いでしょう?」

 

 少し弱まった吹雪の街は人通りが多くて賑やか、なのだが。

 腕を絡められ、というか胸に腕を埋められながら歩くのは少し……いや、かなり抵抗がある。

 嬉しい事は嬉しい。けどどうしても意識してしまうし、周りの視線も気になるところだ。

 なんとか手を繋ぐくらいで勘弁してもらいたいところなんだけど……無理だろうなぁ。

 こいつドSスイッチ入ってるし

 ジュレは超が付くほどの美人だし、注目を集めるからかなり恥ずかしいんだけど。

 そこは諦めるしかないんだろうか。

 

 そんなことを思いながら街を歩いていると、どうやら見覚えのある店へと向かっていることに気が付いた。

 というか、店の壁にデカデカと知り合いの似顔絵が描かれていた。

 

 オウカ食堂・フリドール支店。

 既に多くの客で賑わっている、フリドールでも有名な店だ。

 飯が美味いのは勿論のこと、この店には他と違う大きな点がある。

 

「あぁ、貴殿は唐揚げ弁当だったな。しばし待たれよ」

 

 低めの女性の声。凛とした印象を受ける美声だが、生憎とその姿は見えない。

 その声を聞いてジュレがソワソワしだしたのを見て、なるほどと苦笑した。

 どうやらジュレも彼女のファンらしい。

 

 列に並んでいるとやがて俺たちの順番になった。

 王都と同じカウンターの上に居るのは、一匹の白猫。

 雪のように美しく、そして愛らしい仕草でこちらを見上げてくる。

 

「セイか。久しぶりだな」

「ネーヴェさん、ご無沙汰してます」

 

 オウカ食堂フリドール支店の店長にして、オウカの使い魔。

 黒猫のラインハルトよりも柔らかな印象を受ける彼女は、俺の昔馴染みでもあった。

 オウカの関係者の中でも特に落ち着いた雰囲気で、経営能力に関しては随一の実力をもっている優秀な人、もとい猫だ。

 ちなみに撫でるのはタブーらしい。前に提案した時に猫パンチを食らったし。

 

「はあぁ……ネーヴェ様、今日も素敵ですねぇ……」

 

 そんな言葉に隣を見ると、ジュレが夢見る乙女のような眼差しでネーヴェさんを見ていた。

 

「おや、『氷の歌姫(アブソリュート)』じゃないか。今はセイと共に居るのか?」

「はい、彼のハーレムの一員なんです」

 

 おい待て。

 いや、間違いじゃないかも知れないけど。

 改めて言われると何か恥ずかしい。

 

「ほう、やるじゃないか。詳しく聞きたいところだが……この後時間はあるか?」

「いくらでもあります」

「ならばしばらく待っていてくれ。すぐに業務を引き継いでくる」

 

 そう言い残して店内に入って行くネーヴェさんを見送り、俺たちは吹雪を避けるために店の軒下で時間を潰す事にした。

 こうやって再会出来たことは嬉しいんだけど……改まって話となると、なんて言うか。

 

 からかわれそうで嫌なんだがなぁ。

 



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86話「頼むから時と場所を選んでくれ」

 

 オウカ食堂から少し離れた大通り沿いの喫茶店。

 暖炉の暖かさに満ちた一室で飲むコーヒーはまた格別なものだ。

 窓越しに外の吹雪を見ながら淹れたてのコーヒーを一口飲むと、苦味と酸味が口の中に広がった。

 ここのコーヒーは結構好みの味だな。

 さっき食べたタルトも美味かったし、ネーヴェさんも良い店を知ってるもんだ。

 使い魔は食事をとる必要が無いとか聞いた事あるが、彼女にも付き合いとかあるんだろう。

 

「しかし、セイは他人に興味が無いんだと思っていたのだが。人は変わるものだな」

「私が出会った頃は触れるだけで鳥肌を立てていましたね」

「私としてはその辺も興味がある話なのだが……どうだ、話す気になったか?」

「いやもう勘弁してくださいって」

 

 からかうように笑うネーヴェさんに苦笑いを返し、コーヒーを更に一口。

 何が悲しくてトラウマレベルの恐怖イベントを人に話さなきゃならないんだよ。

 思い出すだけでも嫌だわ。

 いやまぁ、いつか向き合わなきゃならない話ではあるんだけど。

 

「ふふ。まぁ、大事が無くて何よりだ」

「そりゃどうも。そっちはどうなんです?」

「近々フリドールから王都へ移る予定だ。今は引き継ぎ作業を行っている」

「飛び跳ねて喜ぶオウカが目に浮かびますね」

「私もマスターと共に過ごせるのは嬉しい限りだ」

 

 尻尾を左右にパタリパタリとさせながら、上機嫌な声で言う白猫。

 ネーヴェさんはオウカの二人目の相棒だ。

 元はオウカ食堂フリドール支店を統括する為に生み出されたらしいが、今では互いに無くてはならない存在になっている。

 使い魔とマスターであり、親友であり、家族でもある。

 そんな関係の二人が一緒に暮らせるのは何よりだ。

 

「優秀な人材も育ってきているのでな。安心して王都へ行ける」

「それは何よりです」

 

 さすがネーヴェさん。部下の育成も抜かりは無いようだ。

 この調子なら彼女の言う通り、近い内に王都に移り住む事が出来るようになるだろう。

 

「ところでセイ……いや、今はライだったな。お前は今後も冒険者を続けるつもりなのか?」

「いや、俺は田舎でまったり過ごすつもりです。その前に一度実家に寄りますけど」

「実家か……大丈夫なのか?」

「はは……大丈夫じゃないでしょうね」

 

 実家で待ち受けている『戦鎚』の二つ名を持つ武闘派シスターを思い出し身震いする。

 俺たち孤児を育ててくれた恩人であり、皆の母親であり、最恐の女性である。

 ちなみに年齢は不詳だ。俺が出会った時から外見年齢は全く変化していない。

 あの人に関しては、実は不老不死だと言われても納得してしまうかもしれない。

 

「まぁ素直に叱られておきます。皆を合わせたいですし」

「そうか。お前がそう思うなら、それが良いだろうな」

 

 優しげな瞳で言いながら、パタリパタリと尻尾を揺らす。

 どうやら俺の葛藤など、彼女は全てお見通しのようだ。

 やはり敵わないなと思い苦笑を漏らすと、ニヤリとした笑みを返された。

 

「しかし随分とまぁ、人間らしくなったな。私は今のライの方が好きだぞ」

「……それ、褒めてます?」

「さてな。私の好みの問題だし、一般的な人間の感性なんて猫には分からないさ」

「ネーヴェさんに分からないなら誰にも分からないと思いますけどね」

 

 何せこの猫、知能を持つ使い魔という超常の生物だし。

 この世のあらゆる知識を有する代わりにマスターの命令以外では何も出来ない魔法生物。それが一般的な使い魔だ。

 しかし彼女の作成者である十英雄のカエデさんは、そんな常識など知らないとばかりにネーヴェさんに自我を植え付けた。

 通常なら国宝級の魔導具であり、個人所有など決して認められるものでは無い。

 それが許されているのは所有者がオウカだからだろう。

 

 ちなみに、個人的には彼女を物扱いするのは気が引けるが、一般的に使い魔は魔導具扱いだから仕方が無いのだろうと妥協している。

 まぁ彼女自身は全く気にしてないらしいけど。

 私の全てはマスターのものだ、なんて公言してるしな。

 

「ところで『氷の歌姫(アブソリュート)』よ。貴女も冒険者を辞めるのか?」

「はい。私はこれからもずっと、ライさんと共に在ります」

「そうか。貴女程の冒険者が引退するのは残念だが、とても尊い選択だとも思う。ライをよろしく頼む」

 

 てし、とジュレの手に自分の前足を重ね、ネーヴェさんは優しい声色で言った。

 あ、ジュレがプルプルしだした。

 モフりたいんだろうけどやめとけ。猫パンチくらうぞ。

 

「それよりライ。一応聞いておくが、結婚は考えているのか?」

 

 あ、今度はこっちに矛先が向いた。

 からかうような声音だけど……ふむ。

 まぁ正直に答えておくか。

 

「生活が安定したら、ですかね。移り住んですぐは無理だと思ってます。まずは生活の基盤を作らないといけませんし」

「……分かってはいたが、お前は現実的すぎて面白味に欠けるな」

「いやまぁ、ネーヴェさんに嘘吐いても仕方ないんで」

 

 嘘言ってもどうせ見抜かれるだろうし。

 ネーヴェさんは俺の言葉に不満を持ったようで、尻尾をペシリと叩きつける。

 してやったりと思うと同時、目の前の白猫はニヤリと笑った。

 

「ふん。しかし、ライにしては詰めが甘いな」

「と言うと?」

「そういうのは先に相手に伝えておけ」

 

 ネーヴェさんがピッと尻尾を向けた先。

 そこには頬を赤らめて呆然とこちらを見詰めるジュレの姿があった。

 ……あ。そうか、そこまで踏み込んだ話はしてなかったな。

 

「すまん。先に話しておくべきだったな」

「いえ、そこではなくて、その……」

 

 珍しく口ごもり、細い指を頬に当てる。

 それは夢見る乙女のようで、つい見蕩れてしまうような仕草で。

 

「その場合、夜の主従関係はどのように……?」

「この場で答える気はねぇよ」

「私としては日替わりも良いと思うのですが」

「いいから黙ってろド変態」

「はぁんっ! ありがとうございます!」

 

 ハァハァと息を荒らげながら悶えるな。

 公衆の面前で何を言い出すんだお前。

 周りの注目を集めるんじゃない。

 

「くく……仲睦まじいことだ。子が産まれたら知らせてくれ」

 

 ネーヴェさんの意地の悪そうな笑い声に軽く頭痛を覚え、思わず頭を抱えてしまった。

 

 頼むから時と場所を選んでくれ。

 



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87話「それまでの間、このひと時を楽しむとしよう」

 

 喫茶店を出た後、後は若い二人に任せると言ってネーヴェさんは店に帰って行った。

 年齢で言えばネーヴェさんの方が年下だと思うんだけど、彼女の場合は精神年齢が俺達より高いからなぁ。

 特に俺は恋愛経験なんて全くないし。

 その辺りを考慮してくれたのかもしれないが、発情モードのジュレと二人きりなのは正直勘弁してもらいたい。

 

「あー……とりあえず、帰るか」

「折角なのでもう少し一緒に歩きませんか? 良い場所を知ってるんです」

「良い場所?」

「フリドールの西側に人気の観光スポットがあるんですよ」

 

 観光スポットか。そういう所には仕事以外で行ったこと無かったな。

 丁度良い機会だし、ジュレに案内してもらうか。

 

「分かった。吹雪も弱まってきたし、行ってみるか」

「はい。是非ともそうしましょう」

 

 言うが早いか、すぐさま腕に抱き着かれてしまう。

 もの凄い存在感のある胸に腕が埋まってしまい、正直なところとても恥ずかしい。

 しかし振りほどく程でもないし、こうやって愛情表現してくれるのは嬉しくも思う訳で。

 若干ぎこちなく歩きながらも、温かな体温を感じながら目的地に向かうことにした。

 

 ※

 

「着きました。前来た時と変わりが無くて良かったです」

 

 ジュレが微笑みながら告げる。

 そこは、一面の花畑だった。

 ふわふわとした雪のような花。

 氷の結晶のような青い花。

 淡い氷柱のような花。

 どれも冬を思わせる様々な花が、これでもかと咲き乱れている。

 確かにこれは凄い光景だな。

 

「私、この場所が一番好きなんですよ。何だか故郷に帰って来たような気持ちになります」

「故郷か」

 

 なるほど、確かにこの場所はジュレに良く似合っている。

 どこかのお姫様のような儚く可憐な美女が花畑に立っている光景は、さながら一枚の絵画のようだ。

 花の精霊のようで、冬の妖精のようで、吟遊詩人に唄われる女神のようで。

 今まで世界中の美術品を見てきたが、これほど美しいものは無いのではないだろうかと思ってしまった。

 しばし見惚れてしまい、ふと我に返る。

 

「じゃあ次は俺の故郷を案内しなきゃな」

「ライさんのですか?」

「あぁ、俺が育った町だよ。王都に戻ったらそのまま向かおうと思ってる」

 

 特に名所もない小さな町。

 シスター・ナリアに拾われた、俺を育ててくれた場所だ。

 俺の生まれたところなんて知らないけど、俺の故郷と言えばやはりあの町、そしてあの教会だろう。

 古びた造りの教会は隙間風も多く雨漏りもしていたけど、それでも何物にも代えられない、俺の帰るべき場所だ。

 最終的な目的地では無いけれど、一度顔を出しておきたい。

 正確には、今の仲間たちをシスター・ナリアに合わせておきたいと思っている。

 今の俺は幸せだと、育ててくれた彼女に報告するためにも。

 

「分かりました。もちろんその時はみんなで、ですね」

「そうだな。みんなで行こう」

 

 にっこりと微笑むジュレに自然と微笑みを返す。

 すると彼女は悪戯を思いついたように笑みの質を変え、すっと顔を近付けてきた。

 甘い香り、触れる吐息。宿での一件を思い出し、つい鼓動が早くなる。

 しかしジュレは俺の胸にそっと手を重ねると、ジュレはそのまま俺の耳元で囁いた。

 

「でも今は、私だけを見てくださいね」

「……そうだな。今はお前だけを見てるよ」

「ふふ。二人だけの時間は貴重ですから。存分に堪能させていただきます」

 

 薄桃色に頬を上気させて、そっと俺の手を取り、指を絡めてくる。

 俺に応えて優しく手を握ると、ジュレはガラス細工のように綺麗な笑顔を浮かべて。

 

「ねぇライさん……ここには他に、誰もいませんよ?」

 

 そう言うと、顔を上げてそっと目を閉じた。

 ……おい。いや、ここでするのか?

 確かに今は居ないかもしれないけど、いつ人が来るか分からないような場所だぞ?

 

 数秒程悩み、しかしその可愛らしいお願いを断ることも出来ず。

 我ながら情けないことに、非常にゆっくりと。

 愛しい彼女に唇を重ねた。

 

 そして数秒後。

 散歩目的で花畑に来ていた親子に現場をばっちり目撃されてしまい、二人揃って顔を真っ赤にしながらその場を後にすることになった。

 

 ※

 

 ジュレと一緒にフリドールの街を巡ると、よく知っている街にも関わらず新たな発見が沢山あった。

 例えば、他の街でもよく見かける簡単な魔導具ですら新鮮に感じ、二人揃って笑いながらそれを見たり。

 露店で買った串焼きを食べながら初めて出会った時のことを語り合ったり。

 街中の建物の煙突から上がる白い煙をのんびりと眺めたり。

 フリドールの特産品でもある革製品店で揃いの手袋を購入したり。

 特筆するようなことでもない時間。その何でもない時間の一つ一つが、とても尊いものに思えて。

 愛しい人と居るだけでこんなにも世界は楽しいものなのかと、自分の経験の無さについ苦笑を漏らしてしまった。

 

「ライさん?」

「あぁ、すまん。ただ、幸せだなと思っただけだ」

「……はい。私も、幸せです」

 

 絡み合った指。重ねる言葉。視界に映る彼女の姿。

 心ってものは、人間ってものは。

 やはり暖かいのだなと、改めてそう思えた。

 

 宿までの道のりは短い。二人きりの時間もそろそろ終わりが近づいている。

 けれど、もう少しだけ時間は残されている事だし。

 それまでの間、このひと時を楽しむとしよう。

 



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88話「何よりも幸せなのだと感じた」

 

 宿に着いた途端、暑さを感じて外套を脱いでアイテムボックスに収納した。

 弱まっていたとは言え吹雪の中でずっと外に居たにも関わらず、うっすらと汗すらかいている。

 その理由はまぁ、うん。ずっと心臓がフル稼働してたからだろうな。

 結局宿に着くまでずっとジュレと手を繋いだままだったし、腕は柔らかくて大きな胸に埋まったままだったし。

 なんて言うか、決して嫌な時間ではなかったけれど、妙に疲れてしまった。

 そもそも魔力が枯渇気味でもあるし、今日は飯を食ったら早めに寝るとしよう。

 

 なんて、思っていたのだけれど。

 

「おい。動けないんだが」

 

 宿に併設された食堂で席に座った直後、いつものようにサウレが膝に飛び乗って来た。

 それは良いんだが、何故か俺の左右の腕をアルとクレアが抱え込んでいて、言葉通り身動き一つとれない状態だ。

 なんだこれ。拷問でも始まるのか?

 

「人肌恋しかったので!」

「同じく!」

「……ここは私の特等席」

 

 うん、なんて言うか。

 正直邪魔なんだけど……言っても聞かないだろうしなぁ。

 

「あー。飯が来る前には離れてくれよ?」

「それは約束できませんね! 何ならこのまま食べさせてあげます!」

「良い提案だね! じゃあボクもそうしようかな!」

「……仕方がないから私はライ成分を補給する事にする」

「いや、意味分からん事を言い出すな」

 

 特にサウレ。ライ成分ってなんだよ。

 

「ほら皆さん、食事が来ましたよ。席にお戻りください」

「くっ……デート直後の人は余裕がありますね!」

「くそう! ボクも王都に戻ったらデートするんだからね!」

 

 悔しそうに呻きながら離れる二人。しかし。

 

「やっぱりお前はそこから動かないのな」

「……この場所を譲るつもりはない」

 

 俺の膝の上にちょこんと座るサウレの宣言に苦笑し、運ばれて来た夕飯を食べることにした。

 ちなみに夕飯はフリドール名物の雪熊のシチューであり、中々の美味さだったと付け加えておく。

 

 ※

 

 部屋に戻った後、さすがに疲れを感じてベッドに倒れこんだ。

 色々と、濃い一日だったな。

 全力で戦闘したのはいつぶりだろうか。

『竜の牙』に入る前だから、かなり昔の事だ。

 それでも一度身に着けた技術はなかなか忘れることが無いようで、何とも言えない気分になった。

 多分俺はこの先もずっと、呪いのような記憶と共に生きていくんだろう。

 けれど。俺は一人ではない。

 傍で支えてくれる人がいる。

 それなら俺はきっと、人間で居続けることが出来ると思える。

 

 気が付くと、俺は笑みを浮かべていた。

 最近こういう事が増えた気がするな。

 思わず感情が表に出る、そんな時が。

 これもみんなの影響なのかね、なんて事を考えていると。

 コンコンとドアをノックされた。

 この気配は……アルか?

 

「どうした?」

「ちょっと用があるんですけど、いま大丈夫ですか?」

「あぁ、入って良いぞ」

「ではお邪魔します」

 

 ドアを開け、ぴょこりと部屋に入ってくる。

 それが何だか可笑しくて、浮かんだ笑みを手で隠した。

 

「ライさん?」

「いや、何でもない。用ってのは?」

「いえ、約束を守ってもらおうかと」

 

 ……あーうん。そうだな、宿を出る時に約束してたもんな。

 後で部屋に行こうかと思ってたけど、まさかアルの方から来るとは思わなかった。

 

「……そう言えばちょっと聞きたいんだけど」

「何ですか?」

「その、なんだ。俺が他の奴とキスしたりするのは、アル的にはどうなんだ?」

 

 いや、だいぶ今更な気はするけど。

 動物でも(つがい)は一匹ずつだし、この世界は女性の比率が高いとは言え、一対多というのは普通なんだろうか。

 俺には恋愛ってもんがよく分からないし、それならば当事者に聞くのが一番確実だろう。

 

「え? 嬉しいですよ?」

「そうなのか?」

「だってライさんがそれだけ魅力的って事ですし。二人きりの時間も欲しいですけど、みんなで居る時間も大好きです」

 

 なるほど、そういうものなのか。

 確かにこの国では多夫多妻制が法で認められてる訳だし、それが普通なのかもしれないな。

 

「あ、でもルミィさんは怖いです」

「……いや、あれは別枠じゃないか?」

 

 一人だけガチのホラーじゃねぇか。

 アル達と一緒の括りには……いや、アルも近いものがある気がするけど。

 隙を見せたら首を取りに来るからな、こいつ。

 

「そんなことよりほら、他にやる事があるんじゃないですか?」

 

 アルがはにかみながらこちらを見上げ、人差し指を唇に着ける。

 その顔は少し紅潮していて、そして何かを期待するかのように目が潤んでいて。

 その分かりやすい態度に思わず苦笑しながら、彼女を優しく抱き寄せた。

 

 愛しいと、素直にそう思う。

 アルが欲しいと、純粋に願う。

 その気持ちから彼女を抱きしめる力が強まり、触れたい一心で目の前にあるサラサラした金髪を撫でた。

 指触りが心地よく、同時にアルの甘い香りがふわりと立ち上る。

 くらりと理性が揺れる。思わず彼女の頬に触れると、柔らかで暖かな感触。

 そして俺の手を包むように、アルの小さな手が重ねられる。

 その表情は本当に幸せそうで、悦びに満ちていて。

 多分俺も同じ顔をしているんだろうな、と思いながら。そっと顔を寄せた。

 

 三度目のキスはやはり甘く、息を止めていたアルが息継ぎをするまで続いた。

 何とも愛らしく感じて笑うと、アルも幸せそうに笑う。

 そんな他愛もない時間が、俺たちにとって。

 

 何よりも幸せなのだと感じた。

 



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89話「まずはこいつを大人しくさせる必要がありそうだ」

 

 早朝。吹雪の治まったフリドールの駅。

 魔導列車が来るまでの間、見送りのネーヴェさんと他愛のない話をしていた。

 これからの事、そして、これまでの事を。

 みんなを交えながらの雑談は楽しく、ネーヴェさんが語る俺の過去の失敗談に恥ずかしさを覚えながらも、平穏なひと時を過ごしていた。

 一番大きな課題にケリがついたのもあるんだろう。

 焦りがあった行きとは違い、今は穏やかな心境だ。

 浮ついている自覚はある。王都に戻ったらデートの予定が入っているし、全部終わったらみんなを故郷に連れていく予定だ。

 今の仲間たちを故郷にいるみんなに紹介したい。

 それはみんなを安心させたいからなのか、それとも自分が彼女たちを自慢したいからなのか。

 ずいぶんと子どもっぽいことを考えているなと自覚し、思わず苦笑がもれた。

 

「……ライ?」

「いや、何でもない。それよりそろそろ魔導列車が来る頃だな」

 

 音も無く隣に来たサウレの頭を撫でながら話をすり替える。

 何となく恥ずかしいし、いま話さなきゃならない内容でもないだろう。

 

「……準備は出来ている。今は席順を決める為にジャンケンをしているところ」

「なんだ、サウレは参加しないのか?」

「……ライの膝の上は私の特等席」

 

 彼女たちの中で何やら取り決めがあるのかもしれない。

 本人の知らないところで決めないで欲しいものだ、なんて思っていると。

 フリドールの外にある駅。そこから見渡す限りに広がる真っ白な雪原の向こうから、魔導列車が走ってくるのが見えた。

 相も変わらず凄い迫力だな、なんて悠長なことを考えながらその姿を見ていると、ふとあることに気が付く。

 

 魔導列車の上に、人が立っている。

 

 あんな速度で走る魔導列車の上に立つなんて正気じゃない。

 そう考えると同時に。その人影が見慣れたものである事に気が付き、一瞬身体が硬直した。

 うわぁ。まーじかー。

 

「……ライ、新たな逃走経路の確保を推奨。()()()()

 

 ピリと緊張感を纏いながらサウレが真面目な声で告げる。

 その顔からは余裕が消え去っていて、すでに臨戦態勢だ。

 他の仲間たちもサウレの様子に気づき、警戒を強めている。

 

「やっぱりそう見えるよなぁ、あれ」

 

 フリドールに向かって突き進む魔導列車。その上に立つ、長い白銀の髪の少女。

 この距離でも彼女が濁った笑みを浮かべているのが何となくわかってしまうのがすごく嫌だ。

 つーかこんなところまで追って来たのか。すげぇな、あいつ。

 

「ライさん! あの人は!」

「これは少々厄介なことになりましたね」

「あーうん。やっぱ見間違いじゃないよなぁ」

 

 ポリと頭を描きながら、さてと考える。

 今から走ったところで逃げ切るのは不可能だろうし、そもそも逃げる先が無い。

 それに、王都でクレアと話した時を思い出す。

 クレアが言っていたように、アレから一生逃げ続けるなんてことは出来ない。

 それならば。

 

「仕方ない。ここで終わらせちまおうか」

 

 ぶるりと震える身体を抑え、ルミィ(最強のヤンデレ)を乗せた魔導列車の到着を待つ事にした。

 

 

「セイ。愛しいセイ。私のセイ。やっぱり誰よりも素敵で魅力的で何よりも尊いわ。ねぇ少し痩せたんじゃない? ちゃんとご飯は食べてるの? やっぱり私が毎日毎食ちゃんと作って食べさせてあげないといけないと思うの。髪も少し伸びてるし私が切ってあげるわ。一ミリの狂いもなく正確に切り揃えてあげる。服も少し傷んでるわね。大丈夫、私は裁縫も得意だから。セイの為に練習したの。セイのためなら何だってできるから。料理も洗濯も裁縫も狩猟も捕縛も惨殺も何でも私を頼ってくれて良いんだからね。全部私がしてあげるからセイは何もしなくていいんだよ。ただ私のとなりにいてくれるだけで良いんだからね。そうだ、セイが何処にも行かないように手足を切り落としてあげる。大丈夫、回復魔法はわたしの得意分野だから痛みなんて感じないよ。すぐに済むから。私がセイの手となり足となり目となり耳となりそのすべてを私が担ってあげる。すっと一緒にいられるね。セイも幸せだよね。だって私たちは前世からずっと一緒に居るんだから。セイが幸せだと私も幸せ。私は性の為に生きているの。だからセイも私だけを愛して。私以外は見なくて良いんだよ。ずっと私だけを見ているだけで良いの。他の誰もいらない。二人だけの世界で一生一緒に暮らそうね愛してるもう話さない貴方は私だけのものだし私も貴方だけのものだから子供は何人がいいかなやっぱり最低でもh足りは欲しいよね大丈夫だよ私が全部やってあげるからセイはただベッドで横になっているだけで良いから経験はないけど本でたくさん学んだから大丈夫だよさぁ早く二人の愛の結晶を作りましょう」

 

 誰か助けて。

 

 こちらを見るなり自分に強化魔法をかけて襲い掛かって来たルミィを取り押さえたところ、濁った瞳で延々と独り言を聞かされた。

 視線はこちらを向いているのに全く俺達を見ていない。

 取り押さえてるサウレとクレアが泣きそうな目でこっちを見てきてるし、どうしたものか。

 サウレが表情を変えるなんてメチャクチャ珍しいんだけど。

 ていうか普段から冷静なネーヴェさんも若干引いてる辺り、その凄まじさがよく分かると思う。

 

 尚、カイトたち他メンバーは魔導列車から降りてきた直後にルミィを取り押さえようとして、即座に返り討ちにあって地面に寝転んでいる。

 ジュレが回復魔法をかけているから大丈夫……だと思いたい。

 大丈夫だろうか。なかなか凄い音してたからなぁ。

 

 うーん。とりあえず、ルミィ声をかけてみるか?

 

「……あー、その。ルミィ、久しぶりだな」

「え、セイ? 今セイが私に話しかけてくれたの? 良かった、正気に戻ったのね。わたしだけのセイが帰って来た。嬉しい。さぁ早く二人の愛の巣へ戻って子づくりしましょう?」

 

 えーと。どうしたもんかな、これ。

 

「落ち着け。まずは話を聞いてくれ」

「分かった。セイの言葉は一言一句逃さず全部心に焼き付けるから何度だって愛を囁いてくれて良いよ」

「いや、ていうか俺達ってそんな仲じゃなかったよな?」

「セイったら何を言っているの? 私たちは婚約者でしょ?」

「お前が何を言ってるんだ」

 

 無論のこと、そんな事実は無い。

 と言うかどこでどう間違ったらそこまで事実が歪むんだ。

 

「俺たちはただのパーティメンバーだったはずだ。そうだろ?」

「パーティメンバー? 私とセイが?」

「そうだ。『竜の牙』で一緒に旅をして来た。四人でいろいろな所に行ったし、たくさんの魔物を倒したんだ」

「私はセイと一緒の町で平和に暮らしていたのにセイが悪い人たちに無理やり連れ去られたんでしょ?」

 

 なるほど、ルミィの中ではそうなってるのか。

 これは、何と言うか。ヤンデレとか、そういうものではなく。

 昔似たような状態を見た事がある。

 あれは確か女神教を敵対視する邪教での仕事の時だったか。

 目が濁っているのも、記憶が改ざんされているのも、異様なまでに執着しているのも。

 全て、あの時と同じだ。

 

「……なぁ。俺とお前の出会いを覚えているか? カイトに連れられて宿の食堂で初めて会った時だ」

「もちろん覚えているわ。私がセイとの思い出を忘れる訳ないじゃない。セイは私に優しく微笑みかけて私の手を握りながら愛してるよって囁いてくれて……あれ?」

 

 いや、そんな事実は無いんだが。

 まぁそこはどうでもいい。

 大事なのは、現状を再確認させることだ。

 

「あれ? でもセイは私と一緒に生まれ育って一緒に魔王を倒して幸せな暮らしを送っていて……でも初めてあったのは王都の酒場?」

「よく考えてみろ。お前は俺の子どもの時の姿を思い出せないだろ?」

「……思い出せない。思い出せないわ。なんで、なんで私はセイの子どもの頃を思い出せないの?」

「簡単な話だ。そもそもお前は、俺の昔の姿を知らない。俺が冒険者になった後しか知らないはずだ」

「あ……え? でも、あれ? だって、私は、セイの」

 

 両手で頭を抱えて悩みだすルミィ。

 混乱の中で不安定に視線を泳がせて、その姿からは狂気が薄れている。

 よし、あと一押しだな。

 

「俺はお前と初めて会った時に、こう言ったんだ」

 

 初めて会ったあの時と同じように、ゆっくりと手を差し出した。

 

「「よく分からないけど、これも縁なんだろう。しばらくの間、よろしく頼むわ」」

 

 俺とルミィ。二人の口から同じ言葉が漏れる。

 そしてようやく、俺とルミィの目が合った。

 そこに濁り切った瞳の中に、元の美しい銀色の瞳が見える。

 まるで雪の結晶のような綺麗な色に安心すると、俺はゆっくりと彼女の前にかがみこんだ。

 

「……あ、れ。セイ?」

「よう、久しぶりだな」

 

 驚いたような彼女の顔には狂気は無く、ただ茫然と俺を見上げていた。

 

「なんで私……え?」

 

 戸惑いの声を上げるルミィ。

 現状を正しく理解できていないのだろう。

 それに関しては仕方ないというか、当然だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして聞こえた、中世的な声。

 まるで誰かさんの相棒の、喋る指輪のような。

 しかし全く感情を感じさせない声色で、何かが告げた。

 

「――Storage(記憶領域) area(障壁崩壊) barrier collapse.

 ――Achievem(条件が満たされました)ent of conditions.

 ――magic circ(魔導回路強制解放)uit Forced release.

 ――Start an(敵の殲滅を開始)nihilation mode.」

 

 そして。

 

「あぁぁぁああははははは!」

 

 ルミィの体から膨大な魔力が迸り、サウレとクレアが吹き飛ばされる。

 その魔力光は、彼女の本来の白銀色とは真逆の闇色。

 俺と、そして魔王と同じ、呪われた色の魔力光が辺り一面に吹き荒れている中で。

 拘束を解かれて立ち上がったルミィを闇色の魔力が包み込み、その姿を変貌させていく。

 

「……なぁるほど。ちょっと厄介な状況だな、これ」

 

 理由はさておくとして。

 まずはこいつを大人しくさせる必要がありそうだ。

 



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90話「舞台劇の終わりは、もうすぐそこだ」

 

 女神教の司祭服。白地に金糸で刺繍を施された清楚な服の背にあるのは、その身を覆い尽くすほどの漆黒の翼。

 さらりとした銀髪。その頭から伸びるのは、悪魔のような二本のねじれた角。

 その表情は、嗤い。(あざけ)るような、全てを見下すような笑みを浮かべて。

 両手で握りしめている巨大な大鎌。まるで死神のような佇まいに、思わず苦笑が漏れた。

 無論、笑っている場合ではないのだけれど。

 

「強制暗示の次はこれか。随分と趣味の悪いことだな」

 

 顔も知らない真犯人に軽口を叩きながら打開策を考える。

 魔力光の色が違う。つまり、外的要因でルミィの中に魔力を発生させる何かがある。

 それを取り外してしまえばこの状況も収まるだろう。

 自動的に衝撃を削減する魔法障壁を身に纏っているようだし、攻撃を当て続ければいずれ魔力は尽きるはずだ。

 問題は、どのくらい攻撃を続けなければ良いか分からない点と。

 

「――――ッ!」

 

 声にならない笑い声。胸を張り、天を仰ぐ咆哮。

 その異質な音を発するこいつが大人しくしているはずもない。

 つまりは無理やり抑え込む必要がある訳なんだけど。

 

「……さて。どうしたもんか」

 

 背筋を冷や汗が伝う。

 ドラゴンや上位魔族をはるかに超える、正に英雄達のようなバカでかい魔力量。

 こいつを取り押さえるとなると、戦力が足りない。

 俺は元より、サウレ達でも時間を稼ぐのがやっとだろう。

 どうあがいても現戦力では勝利への最低条件を満たせない。

 となれば、逃げるしか手が無いんだが。

 

「そういう訳にもいかないからなぁ」

 

 大きなため息をつく。

 俺たちがこの場を去れば、こいつは何をしでかすか分からない。

 これだけの戦力ともなればフリドールが半日経たずに壊滅するだろう。

 であれば、誰かの介入を期待しながら時間を稼ぐしかない訳だが。

 

「……さてさて。どの程度時間を稼げるかだ、な!」

 

 開戦の合図。鋼鉄玉を巻き散らし、粘着玉を打ち込み。そして全員に指示を出す。

 

「クレア! 可能な限り引きつけろ! サウレとジュレはあの翼を削れ! 魔力放出が減るかもしれない!」

「私はライさんを守りますね!」

「頼んだ! 一撃喰らったら死ぬからな、俺!」

 

 情けないことを叫びながら、次々と罠を仕掛けていく。

 だが。敵は数々の罠を意に介さず、避ける気配すらない。

 割けた三日月のような笑みを浮かべて、ゆっくりと俺に向かって歩いてくる。

 その姿は、正に悪魔だ。

 

「こんの……ヤンデレストーカーめぇっ!」

 

 気合一閃。アルが大上段から両手剣を振り下ろす。

 しかしそれも、大鎌で容易く受け止められた。

 背後からサウレとジュレが魔法を撃ち続けているが効果は見られない。

 ただジワジワと距離が詰まっていくだけだ。

 

「くそ、かなりまずいなこれ……」

 

 一点特化の性能であれば戦略を練れば勝てる可能性があるのだが、こいつは違う。

 ただ単純に強い。シンプルに戦闘能力の桁が違う。

 小細工しようにも通用せず、こちらの最大戦力をぶつけてもびくともしない。

 膠着した戦況。アルの両手剣とルミィの大鎌が激しくぶつかり合う、そんな中で。

 

 一条の赤い光が空間を薙いだ。

 

灰燼(かいじん)と成り果てろ! 紅蓮の太刀、弐式!」

 

 サウレと同じくらい小さな体躯。しかし、彼女の攻撃力は誰よりも知っている。

 赤い髪を炎のように揺らし、残像すら残さぬ勢いで両手剣が振るわれる。

 刹那、爆発。

 その威力は敵の大鎌を弾き、余波で地面を大きく抉りながらルミィを後退させた。

 

「ミルハ! 起きたのか!」

「よく分かんないけど、私は何したら良いっ!?」

「そのまま攻撃して魔力を削ってくれ!」

「りょーかいっ! いつも通りだねっ!」

 

 獰猛に笑う、獣の王女。軽々と振りまわされる両手剣は敵に触れるたびに爆発を起こし、徐々に後退させていく。

 しかし敵も黙って攻撃を受け続けるはずがない。

 強引に振るわれた鋭い大鎌の一撃が迫る、その最中で。

 ミルハはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「カイトォッ!」

「せぇい!」

 

 信頼の念を込めて名前を呼ばれた「竜の牙」のリーダーが二人の間に割り込んだ。

 辺り一面に響き渡る轟音。金属同士がぶつかり合い火花を散らす。

 巨大な大盾で受けたにも関わらず、彼の両足は地面にめり込んでいた。

 それ程の攻撃を受けておきながら、しかし当の本人は平然と足を引き抜き、再度盾を構えて突進する。

 

「良くは分からんが! ルミィを返してもらうぞ!」

 

 視認が困難なほど速い大鎌の攻撃を全て受け切りながら、カイトが雄々しく叫ぶ。

 その姿は頼もしく、さすがは一流パーティ「竜の牙」とリーダーだと思えた。

 

 最強の剣、最強の盾。その二人が揃い、戦況は打開されていく。

 ミルハの作り出した隙にアルが重い一撃を叩き込み、敵の致命の一撃をカイトが受け止め、背後からサウレとジュレが魔法を撃ちこんでいく。

 激しい乱戦。激音が鳴りやまない。しかし、戦いになっている。

 このまま引き延ばせばいずれルミィの魔力が尽きるだろう。

 

 だが、足りない。

 魔力の消費量から見て、こちらが先に底を着く。

 持って数分。その間に打開策を考える必要があるが、最強格の二人が揃っていても尚、手が足りない。

 それはみんなも理解しているようで、苦しそうな表情を浮かべながらも全力で立ち回っている。

 

「くそっ! まだか!」

 

 俺も精一杯の援護を行うが焼け石に水。

 優勢に見えた戦況もじわじわと押し返されていく。

 

「――――ッ!!」

「こんのぉっ! たおれろっ!」

「ぬおおぉっ!」

 

 ルミィが嗤う。ミルハが叫ぶ。カイトが吠える。

 死力を尽くした戦闘はしかし、次の瞬間に不意に終わりを迎えた。

 カイトが受けた大鎌の一撃。しかし込められた威力は今までよりも強く、盾ごと弾き飛ばされてしまう。

 その隙に振り回された凶刃がミルハとアルを襲い、揃って吹き飛ばされた。

 俺の目の前には、狂笑。

 そこに味方の姿はなく、そして。

 灰色の曇天に紛れるように振り上げられた大鎌。

 闇色で作られたそれは光を反射する事も無く。

 

 何故かゆっくりと見える景色の中で、大鎌は俺の腹を深々と切り裂いた。

 

「――カハッ!」

 

 衝撃。痛みより熱さを感じる。血が飛び散り、その向こうで笑っているルミィの姿がやけに鮮明に見えた。

 身体から力が抜け、その場に崩れるように座り込む。

 

「……ライっ!」

「ライさん!」

 

 サウレとジュレが駆け寄ろうとしているが、ルミィの攻撃に邪魔されこちらに辿り着くことはできない。

 

 あー……これ、まずいかもな。ギリギリ骨は大丈夫だけど、動いたら中身出るわ。

 痛みは我慢できるけど、どうにも動けそうにない。

 万事休す。絶体絶命。チェックメイト。

 死ぬ前に何か反撃してやりたいところだけど、有効打を与えられる手札が無い。

 

 しかしまぁ、代わりに希望が見えた。

 これなら勝てるであろう、最強の切り札が。

 意識ははっきりしているのに、腹に空いた穴のせいでロクに喋ることすら出来ない。指示を出す何で論外だ。

 だから、最後の力を振り絞って、右手を上げた。

 

「……すまん。後は任せた」

「お疲れ様」

 

 ハイタッチ。

 数秒前に転移魔法で現れた彼女には強気に笑い、そして敵を見据える。

 さぁ、これで終わりだ。俺の役目は達成された。

 ネーヴェさんがいる以上、こいつに連絡がいかない訳が無い。

 だからこそ、時間を稼ぐ必要があったのだが……どうやら間に合ってくれたようだ。

 

「キョウスケさんも来ているから。治療はそっちに任せるとして」

 

 黒髪をなびかせ、桜色を纏う小柄な少女。

 腰のホルダーから二丁の拳銃を引き抜くと、鋭い動きでルミィに突き付ける。

 

「化け物狩りは久しぶりだ。派手に踊ろうか」

 

 救国の英雄オウカ・サカード。

 かつて魔王を打倒した史上最強の町娘は、取り乱す事なく不敵に笑っていた。

 

 舞台劇の終わりは、もうすぐそこだ。

 



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91話「なんともシュールな状況だな、おい」

 

 もはや漆黒の災害と化したルミィに対峙する英雄。

 その姿は小さく、子どものように華奢で、ガラスのように繊細で。

 そんなオウカは笑みを浮かべ、両手を顔の前で交差させる。

夜桜幻想(トリガーハッピー)』の二つ名に相応しく、全てを撃ち貫くために。

 

「――Sakura(サクラ)-Drive(ドライブ) Ready(レディ).」

 

 オウカの相棒、胸元に下げられた指輪のリングが告げる。

 その言葉に応えたのは、ユークリア王国女王でもなければ町娘でもなく。

 救国の英雄たる冒険者としての彼女だった。

 

Ignition(イグニション)!」

 

 オウカの体から、桜色の魔力光が爆ぜる。

 フリドールの全てを埋め尽くさんばかりのその光景に、一瞬目を奪われてしまった。

 雪のように舞う桜。その降りしきる先に見えるオウカは。

 大胆不敵に笑って見せながら、しかし両の黒眼に怒りを滲ませていた。

 

「――警告(アラート):敵性個体の魔力パターンが『魔王』システムと一致」

「だろうね。ネーヴェから聞いてはいたけど、こんなに黒い魔力は他に見た事がないし。久々だけど、やれる?」

「――当然です(All green)女王(Your)陛下(Highness)

「その言葉遣いに関しては後で問い詰めるからな、相棒」

 

 キィン、と指輪が甲高く鳴る。

 それは不思議と世界に響き、そしてオウカは静かに口を開いた。

 

「封印術式。壱番、弐番、参番、限定解放」

 

 その言葉に魔力光の色が切り替わる。世界を救った薄紅色から、世界を穿つ紅に。

 片目を黒から紅に染め上げ、同時に魔力の質が飛躍的に向上していく。

 この光景は過去に一度だけ見た事がある。

 一匹でも世界を滅ぼせると言われるエンシェントドラゴンの群れ。

 そんな悪夢的な脅威が王都を襲撃した時と同じように、オウカは世界に宣言した。

 

「Yozaku(夜桜)ra-Drive(機関)...Ignition(解放)!」

 

 爆発したかのように吹き荒れる紅。

 それは正に、終わりの光景だった。

 凄まじい突風。嵐のように吹き荒れる魔力光。

 世界がひび割れたかのような、世界が切り裂かれたかのような。

 全てを断絶するかのような紅色はやがて、オウカの元に収束する。

 血塗(ちまみ)れの翼を広げたかのような、断罪の槍に貫かれたかのような。

 地に堕ちた女神にも見える少女はやがて、浮かべた笑みを深くした。

 

「さぁ、踊ろうか。私がお前の終焉だ」

 

 瞬間、オウカ(紅蓮の少女)の姿が消え。

 ルミィ(漆黒の少女)の体が地面と平行に吹き飛んだ。

 

 遅れて響く爆発音。体を貫くような轟音に傷が痛む。

 怪我に意識が向いた、ほんの一瞬。

 その僅かな時間で二人は既に地上から姿を消していた。

 慌てて辺りを見渡すが、周囲に彼女たちの影はない。

 何処に、と考えるや否や。

 不意に視界の端に雷のような何かが映り込み、それにつられて遥か上空に目を向けると。

 人間の領域を外れた場所で、紅が黒に衝突していた。

 一撃ごとに弾き飛ばされるルミィ。その先に回り込み、更に攻撃を重ねるオウカ。

 これ程離れているのに、目で追うことすら難しいほどに速い。

 放たれた紅蓮の光条は闇色の翼を容易く撃ち穿き、その大きさを見る間に削っていくのが見て取れた。

 白い雲を背景に行われる暴虐は、二色の光跡を空に刻み込んでいく。

 

 これが世界最強の英雄、その真の姿か。

 正に御伽話(おとぎばなし)に語られるような戦いに息を飲む中。

 

 なんか知った顔のイケメンがニコニコしながらこちらに駆け寄って来た。

 

「セイさん、生きてますか?」

「あー。何とか。くっそ痛いですけど」

「痛いのは生きている証拠ですよ」

 

 黒髪長身のイケメン、『聖者』キサラギキョウスケさんは、いつものように微笑みながらとんでもないことを言ってきた。

 

「今治療するのでじっとしていてくださいね……起動。時よ、逆しまに廻れ。

 還れ、月日が満ちようと。其は撥条(からくり)仕掛けの神なれば。来たれ。

時を殺す癒し手(デウスエクスマキナ)』」

 

 詠唱が終わるのと同時に、キョウスケさんの背後に大きな懐中時計が現れる。

 時計の針がくるくると逆向きに回り出すのに合わせて、腹の傷が見る間に塞がっていく。

 おぉ。相変わらずチートしてんなこの人。だいぶ致命傷だったとおもうんだけど。

 

「さて、こちらはこれで良いとして……あれは魔王ですか?」

「オウカ曰く、そうらしいですね」

 

 なんで七年前に討伐された魔王が生きているんだ、とか。

 なんでルミィがいきなり魔王になってんだ、とか。

 色々と分からない事はあるけど、とりあえず。

 

「まぁでも、問題ないでしょう?」

「問題ないでしょうねぇ。オウカさん、本気ですから。ですがセイさんにはまだ試練が残っていますよ」

「……え、まさか来てるんですか?」

「はい、もちろん来ていますね。あとツカサ君もセットです」

 

 うっわぁ。やべぇな、それ。

 それってつまり。

 

「セイく、ん。オウカちゃんを、巻き込んだ、ね?」

「迷惑をかける事しかできないんですか貴方は。今すぐ死んでください」

 

 真後ろから掛けられた声に振り返ると、予想通りの二人組。

 ブチ切れているカエデさんと虫けらを見るような目のエイカさん。

 ですよねー。いますよねー。

 

「はは。えーと……先日ぶりです」

「とりあえ、ず。オシオキが必要か、な?」

「カエデさん、風穴空けてやりましょう」

「いやほんと勘弁してください! 不可抗力なんで!」

 

 白く輝く魔法陣と巨大なライフル銃を前に、即座に両手を上げて降参した。

 

 尚、上空では人知を超えた闘いの最中である。

 今もドッカンドッカンいってるし、衝撃の余波で周囲に積もっていた雪は全て蒸発してしまっている。

 アルたちもカイトたちも揃って茫然と空を見上げたまま身動き一つしない。

 

 なんともシュールな状況だな、おい。

 



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92話「俺は気が付けば、心の底から笑っていた」

 

 正座でお説教されている間にオウカたちの方もケリがついたらしい。

 苦い顔でしぶしぶ歩いてくるオウカと、その後ろから元の姿に戻ったルミィを担いだツカサ(勇者)さんが近づいてきた。

 

「あーもー、疲れたー。二度とやりたくねーわ」

 

 背伸びしながらため息を吐くオウカに右手を上げて見せると、ぺちりと力なくハイタッチを返された。

 

「おう、お疲れさん。ありがとな」

「どう致しまして。怪我は大丈夫?」

「キョウスケさんのおかげでな」

「そっか。こっちも怪我無く終わったわよ」

「…はい、どうぞ」

 

 いや、あの。いきなり荷物みたいな感じでルミィを渡されても困るんだけど。いま正座してるし。

 

「…セイさんの名前を呼んでいた。起きた時に傍にいてあげた方が良いと思う」

「あー。了解です」

 

 うーん。まぁツカサさんに言われてしまっては仕方ない。

 とりあえず隣に寝かせておくか。

 

「カエデさん、この人に魔王機関が埋め込まれます。調べて貰えますか?」

「やっぱ、り。でも魔力残滓が無いから元は辿れないか、も」

「ありゃ。こっちでも分からないらしいんですよね」

「一応、見てみる、ね。それより、怪我はな、い?」

「ピンピンしてます!」

 

 ぴょんぴょん跳ねてアピールするオウカ。

 元気だなーこいつ。てか本当にさっきのアレと同一人物なんだろうか。

 

「オウカさん。今回の件で理解出来たかと思いますけど、やっぱりこのクズとは縁を切るべきです」

「えーと……いや、まぁ。一応こいつ、身内なんで」

「そうは言いますけど、危険ですよ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ちょ、エイカさん!?」

「……あ」

 

 あ、じゃねぇわ。何さらっと暴露ってくれてんだ、この人。

 やっぱりロクな奴いないな、英雄。

 

「え? ライさん?」

「……魔王のカケラ?」

「ライさん? あの、どういう……?」

「はぁっ!? ライ、説明してよっ!?」

 

 あーうん。まぁそうなるよなぁ。

 どう説明したら良いもんかな、これ。

 

「……えぇとな。すまん、俺、人間じゃないんだわ」

 

 とりあえず謝ってみると。

 俺の仲間たちは四人そろって納得のいった顔をしていた。

 

 あれ? 反応おかしくないか?

 

「おい、何だその反応」

「いや、だってライさんですし」

「……そこまでは想定の範囲内」

「明らかに人間離れしていることをしていましたからねぇ」

「え、てか隠してるつもりだったの?」

 

 酷い言われようだなおい。

 いや、事実ではあるんだけど……おかしい。明らかにただの凡人なのに。

 

「えーと。オウカ、良いか?」

「んあ? 私は構わないわよ?」

「んじゃ説明するけど、これは他言無用だからな?」

 

 じとっとした目でエイカさんを見ながら釘を刺すと、負い目を感じたのか少しのけぞられた。

 いや、いつか話すつもりではあったから良いんだけどさ。

 

「対魔王用人造英雄Type-1 【Salvation(サルベーション) Earthfire(アースフィア)】 それが俺の種族名だ」

 

 かつて英雄が召喚される前に造られた、魔王のカケラを組み込まれた生きる兵器。

 その中でも魔力保有量に特化した支援機体で、他の戦闘用人造英雄のサポートを行うための歩く魔力タンク。

 しかし人造英雄はこの世の理から外れた存在であるため、通常の魔法は使えない。

 せいぜいが自身の内で魔力を循環させる『身体強化』程度しか使えず、それも性能は決して良くない。

 単騎では何もできない人造英雄。それが俺だ。

 

「……まさか。ライの名前って」

「そうだな。【Salvation Earthfire】の頭文字にType-1だから『セイ』だ」

 

 俺を拾った暗殺者の師匠が適当につけた名前らしいけど、名前なんて識別さえできればどうでも良かったからな。

 安直だとは思うけど、今まで特に気にした事は無い。

 それに、今の俺の名前は『ライ』だ。

 古代言語で『嘘』を意味する言葉らしいが、とっさに名乗った偽名にしてはよくできていると思うし。

 何より、仲間たちがその名で呼んでくれている。

 だったら俺の名前は『ライ』だ。

 それで良い。いや、それが良い。

 俺自身が『ライ』でありたいと、そう望んでいるのだから。

 

「あ、ちなみに私も人造英雄です。対魔王用人造英雄Type-0【Killing Abyss】だからオウカ、らしいですね」

 

 ひょういと手を上げながら何気なく告げるオウカに全員が呆気に取られている。

 自国の王が人間じゃなかったとか、大事だもんなぁ。

 

「名前が! 安直すぎませんか!?」

「……これはさすがに」

「あらまあ。独特な名付け方ですねぇ」

「いや待ってみんなそこじゃないよね!?」

 

 叫ぶアル、半目になるサウレ、頬に手を当て溜息をつくジュレ。

 そしてパーティ唯一の常識人枠であるクレアがツッコミを入れる。

 そうだよな。クレアの反応が普通だよな。

 うん、やっぱりこいつらおかしいんだよなー。

 

 ちなみにカイトとミルハにクレアと同じ反応をしている辺り、やはり常識人枠のようだ。

 

「セイ、お前は英雄だったのか?」

「いや、種族名が人造英雄ってだけだ。俺はただの凡人だよ」

「まーだそれ言ってんのっ!?」

「事実だからな。英雄なんかと並べないでくれ」

 

 違う意味でこの世の理からかけ離れてる人たちと同じジャンルにしてほしくはない。

 素手で岩割ったり音より早く走ったりできないからな、俺。

 

「と言うか、魔王のカケラとはなんだ? 魔王とはあの魔王だよな?」

「その魔王だけど、うーん。なんて言うか、魔王ってのは魔導具の名称なんだよな」

 

 語られなかった真実。英雄譚の裏で起こった事実。

 歴史の裏に隠された物語。

 

「保有者に莫大な魔力を与える代わりに自我を乗っ取る呪われたアイテム。『魔王』はそういう魔導具だ」

 

 勇者と魔王の決戦時、この『魔王』というアイテムはいくつかに分割されていた。

 その内の一つ、大きなカケラを持って逃げだそうとしていた魔族の暗殺。

 それがあの時俺に課せられた仕事だった。

 暗殺後に確保した『魔王』のカケラは英雄カツラギアレイの手によって葬り去られ、アースフィア(この世界)に平和が訪れた。

 俺がやった事なんてほんの些細なことで、たった一人の魔族を殺しただけだ。

 当たり前の話だが、そんなモノが英雄なんて呼ばれて良いはずがない。

 そのうえ当時の俺は、人間にすらなれていなかったのだから。

 

「で、俺達人造英雄の核には『魔王』のカケラが使われているらしい。見た事は無いけどな」

「おい、セイ。これってかなりの重要情報なんじゃないか?」

「そうだよっ!? これ話しちゃって良かったのっ!?」

 

 苦笑する俺に詰め寄るカイトとミルハ。うん、これが普通だよなぁ。

 

「……私たちが知っていれば、それで良い」

「そうですねぇ。ですがこのメンバーなら問題ないのでは?」

「あはは……まぁライがメチャクチャなのは今更だもんね……」

「何かあれば私がぶっ殺してやります!」

「……その時は私も手伝う。だから褒めて」

 

 グリグリと額を押し付けてくるサウレに和み、頭を撫でてやると微妙に嬉しそうな顔をされた。

 その後ろにアル、ジュレ、クレアがニコニコと並ぶさまを見て苦笑すると、エイカさんとカエデさんがとても複雑そうな顔をしていた。

 

「どうしました?」

「いえ、私のせいとは言え事実を知っている人間が野放しになるのは問題があるのではないかと思いまして」

「ちょっと、心配か、も」

「んー。こいつらなら問題ないと思いますけどね。気になるならそこにいる女王陛下に聞いてみます?」

「その呼び方やめれ。でもとりあえず大丈夫じゃない? みんな良い人っぽいし」

 

 能天気な言葉に再度苦笑する。オウカがそう答えるであろうことは想定内だが、何と言うか。

 相変わらず、人を信じすぎる奴だな。それでこそオウカだけど。

 

「何はともあれ、お腹空いたしご飯にしよっか。魔導列車が復旧する前に食べちゃおう」

 

 アイテムボックスから作り置きしておいたのであろう大量の料理を出すオウカに、皆が笑みを浮かべる。

 英雄たちは既に慣れ切った様子で、カイトたちは唖然としながら、そしてアルたちは嬉しそうに。

 

「美味しいは正義! ほら、座った座った!」

 

 ニコニコ笑顔で給仕を始めるオウカに従い、いつの間にか置かれていた椅子に腰を下ろす。

 俺の膝の上にはサウレが座り、両隣にはアルとクレア。そして向かい側にはジュレ。

 みんなのいつも通りの姿に内心で安堵し、そして言いようも無いほどに嬉しくて。

 

 俺は気が付けば、心の底から笑っていた。

 



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93話「まだまだ平穏な暮らしは遠そうだって事だ」

 

 俺たちは一つ、大きな勘違いをしていた。

『魔王』という魔導具、そして強大な暗示。

 それらがルミィを蝕み、今回の騒動が起こったのだと。

 だが、事実は異なっていた。

 誰もが楽観していたのだ。これで、全てが終わったと。

 

 完全に油断していた。まさか。

 

 

 

「あぁ、セイ。目が覚めたら貴方がいるなんてなんて素敵な奇跡なのかしら。女神様ありがとうございます、これからも一生貴女に仕えます。それはそれとして少し疲れているんじゃない? 顔色が悪いように見えるわ。それに少し痩せたんじゃないかしら。最後に会った時より七百グラムも減っているように見えるよ。ちゃんとご飯は食べてる? あぁそうか私が作ってあげれば良いのね分かったわこれからは私がずっとあなたの傍であなたのお世話をしてあげるもう何も心配しなくて良いんだよ私がすべてを担ってあげる目となり耳となり手となり足となり心臓になってあなたの全てを私が包み込んであげるからでもその前にやっぱり府たちの愛の結晶が欲しいわやっぱり最初は男の子かなでも女の子でも可愛いと思うのだって私とセイの子どもだもの絶対可愛いに決まっているわ名前はどうしましょうやっぱり二人の名前を使うのがいいかなセイあぁセイ私のセイ私だけのセイ私はあなたのモノだからあなたも私のモノよねそうよね分かってるわ誰より何より愛しているわ」

 

 

 

 ルミィのヤンデレが呪いなんて関係なかったとは。

 

 目を覚ましたルミィはしばらくぼんやりとしていた。

 のだけれど。俺を視界に居れた瞬間にスイッチが入ってしまい、俺の右手を持ちながら先の長文を息継ぎなしで言い放った訳だ。

 なお、膝枕している状態なので俺に逃げ場はない。

 やべぇ、こえぇ。

 

「おう、まぁ落ち着け。茶でも飲むか?」

「ありがとう嬉しいわセイがいれてくれたお茶ならきっとこの世の何よりも美味しいわよね私の為に私だけの為にお茶をいれてくれるなんてやっぱりセイは優しいね格好いいし可愛いし素敵――」

「いいから飲め。とにかく飲め」

「――んむっ?」

 

 無理やり口にカップを持っていくと、案外大人しく飲んでくれた。

 うーん。一応こちらの意思を尊重してくれてはいるんだろうか。

 

「えへへ。ごめんね、セイ少し取り乱しちゃった」

 

 可愛らしくはにかみながらそっと俺の頬に手を添えてくる。

 反射的に悲鳴を上げそうになったのを気合で持ちこたえた。

 あの状態で少し取り乱した、なのか。いや深くは聞かない方が良いだろう。

 普通にしてたら清楚可憐な美少女なんだけどなぁ、こいつ。

 

 サラサラとした長い白銀の髪に、宝石のような銀色の瞳。

 顔立ちは芸術品のように整っていて、美形ぞろいの英雄達にも引けを取らないレベルだ。

 体型は細身なのに胸は大きく、肌は絹のようにきめ細かい。

 そんな最強のルックスに加えて、ルミィは性格も良い。

 あらゆる人に対して優しく、慈愛に満ちており、柔らかな物腰で、常に微笑みを絶やさない。

 普段から司祭服である事もあって、旅先ではよく聖女様だとか言われていた。

 と言うか、実際俺もルミィは聖女なんじゃないだろうかと思ったことは何度もある。

 

 あるんだけど。

 ……どうしてこうなったんだろうなぁ。

 

 ちなみに、だが。

 他のメンバーは現在宴会の準備中である。

 国中の人気者であるオウカが足を運んだどころか料理まで提供する事となり、フリドール中の人々がここぞとばかりに集まって来たのだ。

 そしてオウカ曰く、人が集まったら宴会でしょ、とのことらしい。

 目を向けるとみんな忙しそうに、けれど楽しそうに準備をしている。

 先ほどまでとはえらい違いだなと、肩をすくめて苦笑した。

 

「ねぇセイ。聞きたいことがあるの」

「ん? どうした?」

「セイはなんで私たちから離れちゃったの?」

 

 訴えかけるような問いかけ。その眼には、涙。しかし強い決意の込められた眼差しで。

 そんなルミィに、適当に答えることはできなかった。

 

「あの時言った言葉は嘘じゃない。俺はもう戦いたくないんだ」

「私の事が嫌いになった訳じゃないの?」

「嫌いじゃないよ。いやまぁ、怖いけどな」

「……怖い? なんで? 私はこんなにもセイを愛しているのに?」

「ナチュラルに四肢切断しようとするからだろうな」

 

 その他もろもろ。言い出したらキリがないが、とにかく愛が重い。

 いや、そこは良いんだけど、危害を加えようとするのはマジで勘弁してもらいたい訳で。

 俺より身体能力高いから逃げようが無いし。

 

 しかし、俺の言葉をスルーしてルミィが続ける。

 俺の頬を愛おしそうに撫で、涙交じりの微笑みを浮かべて。

 

「あのね、私ね。本当にセイの事が好きなの。好きすぎておかしくなりそうなの。セイの全てを愛してる。セイの全てが欲しい。それは、いけない事?」

「すまんが、お前の望みをかなえられない。俺にはもう、これからの人生を共に過ごす奴らがいるんだ」

「前にセイと一緒にいた子たち?」

「そうだよ。俺の大事な仲間で、愛しい人たちだ」

 

 知らず、俺の顔には笑みが浮かんでいた。

 しかし今更それを隠す理由なんて無い。

 堂々と胸を張って、あいつらを愛していると言えるから。

 

「そっか……セイは私と一緒にいるのが一番幸せだって思ってたけど、今はもう違うんだね」

 

 柔らかく繊細な微笑みを浮かべて、ルミィがささやく。

 

「私は貴方の幸せが一番大事。だから、諦めることにする。セイが一番幸せな方法を選ぼうと思う」

「ルミィ……」

「私はセイを誰よりも、何よりも愛してる。いつでも、どこでも、貴方だけを愛してる。だから私は……」

 

 言いながら彼女は穏やかに、聖女のような笑みを浮かべて。

 

 

「ちょっとだけ妥協しようと思うの。私は何番目でもいいよ。だからセイの赤ちゃんが欲しいな」

 

 

 濁り切った瞳でそう断言された。

 

 ぶち壊しである。

 もう一度言うが、ぶち壊しである。

 おい、今のってそいういう流れじゃないだろ。

 なんて言うかこう、だから私は身を引きますっていうか、そういう流れじゃなかったか?

 メンタル強すぎんだろお前。 

 

「だって四人も五人も変わらないと思わない? 私はセイだけを愛しているけど、セイが私だけを愛する必要はないって気が付いたの。だってセイの幸せが私の幸せだから。それにセイは魅力的だから他の人が好きになっちゃうのは仕方ないし、私が傍にいればいつでもどこでも二十四時間ずっと守ってあげられるから私がセイの敵をみんな殺してあげるセイは何もしなくて良いんだよ私が代わりにやるから私を愛してくれればそれだけでいいの貴方の笑顔がなによりも尊いからだからいつでも笑顔でいられるようにたくさん頑張るね他の人たちとも仲良くなれると思うのだってセイを好きな人に悪い人なんていないしもしセイに害をなすなら私が殺して焼いて魔獣のエサにしちゃうから何も問題は無いしでも夜の営みは順番性がいいなみんな一緒でもいいけどたまにはセイを独占したい二人きりで甘くて淫らな時を過ごしたい愛を囁いて欲しい私はどんなことでも受け入れるからどんなことをしても良いんだよだって私はセイを愛しているしこれからもずっとセイだけを愛しているから」

 

「いや待て聞き取れないから」

「そうと決まれば他の人達にもご挨拶しないとね。セイ、また後でね」

 

 善は急げと言わんばかりに元気よく起き上がり、流れるようには両手で俺の頬を包み込む。

 行動を言及しようと口を開いた俺に対し、彼女は。

 

 自らの唇で、俺の口をふさいだ。

 

 あまりの事態に思考が止まってしまい、抵抗する事すらできなかった。

 たっぷりと時間をかけてキスをした後、そっと顔が離れる、

 

「……んっ。愛しているわ、セイ。それじゃあ、また後でね」

 

 にっこりと。澄んだ銀色の瞳と慈愛に満ちた微笑みを残し、ルミィは他のみんなの元へと走り去っていった。

 顔を赤くして混乱する中、一つだけ分かったことは。

 

 まだまだ平穏な暮らしは遠そうだって事だ。

 



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94話「うん、ちょっと酔ってたかもしれないな」

 

 フリドールの街中を巻き込んだ大宴会は夜中まで続いていた。

 皆が飲み、食べ、騒ぎ、そして暴れる中で。

 俺は一人、離れた場所で麦酒を飲んでいた。

 

 色々と考えたいことがあった。

 ルミィの事、カイトたちの事、オウカたちの事、そしてこれからの事。

 

 ルミィに関しては既に仲間全員に話が広まっており、意外なことにみんなに受け入れられることになった。

 俺への愛情は本物だから、という理由らしい。

 尚、俺の意向は全く聞かれていない。

 いやまぁ、別に構わないんだけど。拒否するつもりは無いし。

 ただ慣れるまでは怯えながら日々を送ることになるだろうなぁ。

 

 カイトとミルハは一旦王都に戻り、これからの方針を考えると言っていた。

 パーティの回復職であるルミィが抜けるとなると代わりの冒険者を探す必要がある。

 迷惑をかけてすまん、と謝ると、面倒を押し付けてすまないと返された。

 面倒ではない……いや、多少面倒ではあるけれど、嫌ではない。

 なのでこれに関しては、何か手伝えることがあれば伝えてくれとだけ言っておいた。

 

 オウカたち、というかカエデさんとエイカさんに関して、それはもう凄く怒られた。

 元々カエデさんはオウカに危険が及ぶことを良しとしない人だし、エイカさんは俺を嫌っているし。

 正座したまま二時間にわたるお説教をくらい、最終的にはカエデさんによる魔力弾の一斉射撃だけで許してくれた。

 視界を埋め尽くす魔力弾を全部避け切ったところにエイカさんのライフル銃での殴打を叩き込まれて撃沈したのだが、それはおいといて。

 今後もできるだけオウカには頼らないようにしていく必要があると再認識した次第だ。

 今回のようなケースでは仕方がないが、危ないことには近寄らないようにしよう。

 

 そして、これからの事。

 ひとまず王都へと戻った後、やはり故郷へ顔を出すつもりだ。

 俺の育ての親であるシスター・ナリアにみんなを紹介して、近況を報告して。

 それから。どんなところに移り住むか、みんなで話して決めようと思っている。

 幸いか否か、これまでの旅で大量の魔物を討伐してきたおかげで資金は溜まっているし、ある程度どんな場所でも大丈夫だろう。

 慣れるまでが大変だろうけど、たぶん何とかなるんじゃないだろうか。

 俺達ならきっと。今までのように。

 

 まぁ、新しい不安要素が増えはしたけどな。

 

 ぐびり、と麦酒を流し込む。

 微かな炭酸が喉を通り抜け、次いで大麦の芳醇な香りが口の中に広がった。

 一人で酒を飲むのは久しぶりな気がする。

 最近はいつもそばに誰かが居たからな。

 たまにはこうして昔みたいに、一人で飲むのも悪くない。

 

 夜風に吹かれ、その寒さに外套を寄せ合わせる。

 手元を照らすのは月明かりだけ。

 ぼんやりと照らし出されたジョッキを何気なく眺めながら、同じようにぼんやりと映し出された人影に語り掛ける。

 

「どうした?」

「ライこそどうしたのさ。一人でこんな所に居るなんて珍しいじゃん」

 

 ぴょこんと突き出たウサギ耳を揺らし、クレアがすとんと俺の横に腰を降ろした。

 それを感じながら再び麦酒のジョッキを傾け。

 

「ねぇ。ライってボクの事好き?」

「ごはっ!?」

 

 盛大にむせた。

 

「けほっ……何だいきなり」

「んーと。そういや言われたこと無かったなーって。あ、ちなみにボクはライを愛してます!」

 

 元気よく右手を上げるクレアに苦笑しつつ、問い掛けにはちゃんと答える事にした。

 いまさらな話だが、言葉にして伝えていないというのはダメだろう。

 

「あぁ。俺も、お前が好きだよ」

 

 ぽふりと頭に手を置くと、クレアは照れ笑いしながらその手をそっと握りしめてきた。

 

「えへへ……うん。やっぱり、嬉しいな」

「そうか。俺もだよ」

「うん……あのね。ボクさ、今回の事でね。もっと強くなりたいなって思ったんだ」

「何だいきなり。今以上に強くなるのか?」

「このパーティの中で一番弱いんだもん。ちゃんとライを守れるようになりたいんだよね」

 

 確かに、戦闘力という面で見るならクレアは他のみんなに一歩劣るところはある。

 だがそれはクレアが弱い訳じゃ無くて、他のメンバーが異常なだけだ。

 闘いの才能に満ち溢れたアル。

 単独で一流冒険者として活躍してきたサウレ。

 最強の魔獣と呼ばれるドラゴンをも打倒する冒険者パーティに居たジュレ。

 そこに今回、ユークリア王国でも最上級の回復職であるルミィが加わった訳だ。

 はっきり言って今のパーティはユークリア王国でも上から数えた方が早いほどには強い。

 

 クレアも冒険者としては一流だし、視野が広くサポート力に優れ、日常生活でもフォローを欠かさない凄い奴だ。

 ムードメーカー的な役割も担ってくれている、パーティでも貴重な常識人でもある。

 暴走するみんなを止める役割は俺一人では荷が重いし、かなり助けられている訳で。

 

「俺は、クレアが居てくれて良かったって思ってるよ。いつも助かってる」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でながら、そんなことを伝えてみた。

 普段は気恥ずかしくて言えないけど、今は二人きりで酒も入っている事だし。

 こんな時くらいは本音を伝えても良いだろう。

 

「そっか。ボク、役に立ってるかな?」

「むしろお前がいないと困る。それに、そんなことは関係なしに傍にいて欲しいって思ってるよ」

「……そっか」

 

 三度、ジョッキを傾ける。

 安い麦酒の味。しかし、俺はこれが好きだ。

 高い酒なんて俺には合わないし、好みでもない。

 いつも通り、いつもの酒を飲んで。

 そしていつも通り、こいつが傍にいてくれたら、それでいい。

 

「悪いがお前を手放す気は無いからな。地獄の果てまで付き合ってくれよ、相棒」

「それは嫌かなー。ボクは適当なところで逃げちゃうよ」

「そうか。じゃあ、こういうのはどうだ?」

 

 ジョッキを地面に置き、すかさずクレアを抱きしめた。

 フリドールの寒さのせいか、強く。体熱を求める様に、激しく。

 

「ほあぁっ!? えっ、何さいきなり!」

「逃げられないように捕まえてみた。どうだ、これで逃げられないだろ」

「何それ……あっ! まさかライ、酔っ払ってる!?」

 

 俺が? まさか。たかが麦酒程度で酔うはずが無いだろ。

 いくら十杯目と言っても、麦酒じゃ酔わないと思う。

 ただ何となく、こうしたいと思っただけだ。酔ってはいない。

 

「むぅ。まぁいいけどね、温かいし。でも本番はお酒なしでお願いしますよ旦那」

「はいよ。いずれな」

「……あのさ。否定されないと恥ずかしいんだけど」

「奇遇だな。俺もだ」

 

 一つの外套の中で、トクントクンと心音が重なる。

 お互い、顔を見ることもできない。けれど、きっと。

 今思っていることは、今願っていることは、同じだろう。

 そう思い視線を下げると、クレアは目を瞑ったまま顔を上げていて。

 そしてそのまま、何を言うでもなく。

 そっと優しく、影を重ねた。

 

 数秒後。

 

「……やばっ。ちょっと待ってピンチなんだけど」

「どうした?」

「えーと、その……たっちゃって、動けなくなった」

「続けるぞ」

「いやちょっと待っ……んんっ!?」

 

 別に嫌がられている訳でも無さそうなので、続行。

 サウレが様子を見に来るまで、しばらくそんなやり取りを続けていた。

 人気が無い暗がりとは言え、誰に見られるかも分からないような外でだ。

 

 うん、ちょっと酔ってたかもしれないな。

 



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95話「俺は主人公なんてガラじゃないからな」

 

 やがて宴会が終わりかけた頃。

 真剣な顔のカエデさんに捕まった俺は、無抵抗のまま路地裏に引っ張り込まれてしまった。

 お説教はさっき終わってるし、他に何かをやらかした覚えもない。となれば。

 

「カエデさん、何か分かったんですか?」

「うん。仮説でしかないけど、もし事実ならとても大変なことが分かったよ」

 

 いつもの口調ではなく、流暢に話すカエデさん。

 これは何かに熱中している時や真剣に考察している時の彼女の話し方だ。

 それだけで事態の重要性が分かる。

 

「結論から言えばルミィちゃんのあれは普通の魔法じゃないよ」

「普通の魔法じゃない?」

「とても強力な魔導具か、あるいは未知の魔法を用いた強制暗示かな。魔王のカケラに関しても何らかの改変が施された跡が残っていた」

「と言うことは、犯人は魔法に詳しい奴ってことですか?」

「そうだね。これ程までに古代言語に詳しい人は稀なはず。探してはみるけど魔力探知に反応しない可能性の方が高いかな」

 

 なるほど。つまりまだ話は終わってないって事か。

 

「魔王のカケラは摘出してあるけど、気をつけて見ていてあげて。暗示のフラッシュバックが怖いから」

「あー。まぁ、了解です」

 

 はい、気をつけて見てますよ、えぇ。

 サウレはアルの監視で手一杯だろうし、ルミィは俺が見るしかないんだろうなぁ。

 あいつの場合、暗示とか関係なしに病んでるから怖い。

 いきなり凶行に走ったりはしないと思うけど。たぶん。しないといいなぁ。

 

「この事は他言無用だからね。私が解析できない魔法があるって知られたら一大事になるから」

「了解です。カエデさんは世界最高の魔法使いですからね」

「世界最高かぁ。確かに私以上に努力している人は見た事ないけどね」

 

 この人にしては珍しく苦笑を浮かべてそんなことを言われた。

 なるほど、努力に裏打ちされた自信は強いな。

 

「こんなところか、な。とにかく、気をつけて、ね」

 

 あ、口調が戻った。お開きって事だな。

 

「はい。ところでカエデさん」

「な、に?」

「アレイさんとは最近どうなんですか? 少しは進展しました?」

 

 カエデさんが英雄たちのリーダーであるアレイさんを好きなのは周知の事実である。

 さっさと結婚したら良いのに、アレイさんはまだ誰とも結婚していない。

 まぁ候補者が実妹のカノンさんと実妹に似た位置のカエデさんだから思う所はあるのかもしれないけど。

 

「……何か、アドバイスがあれば、教えて欲しいか、も」

「そんな事だろうと思って、今回のお礼を兼ねてこんな物を用意してあります」

 

 アイテムボックスから一冊の本を取り出す。

 サウレの件が終わって王都に戻ったら渡そうと思い、道中で書いていた本だ。

 

「なに、これ」

「俺の知りうる限りの恋愛テクニックをまとめた渾身の一冊です」

「セイ君のっ!?」

 

 おっと。通常時のカエデさんが大きな声を上げるところなんて初めて見たな。

 ちなみにこの人、魔法使用時は非常に喧しい。そして意味の分からない言葉を連発する。

 他の英雄曰く『チュウニビョウ』というものらしい。

 それはさておき。

 

「俺が学んで実践してきたテクニックを余すことなく記載してあります。特に男性心理を知るには最適だと思いますよ」

 

 これに関しては昔の訓練の賜物というか、うん。

 まぁ、色々とあった訳で。

 感情が伴わない行為なら過去に嫌というほど経験済みだ。

 ……まぁ、初めて人を好きになったのって本当に最近なんだけど。

 

「あのセイ君の、渾身の、一冊って……国宝級じゃないか、な」

 

 俺ってどういう評価を下されているんだろうか。

 大体想像はつくけども。

 

「これって、他の人に見せて、も?」

「構いませんよ。ご自由にどうぞ」

「ふふ、これなら、私たちにも、勝ち目、が……」

 

 ふむ。ややうつむき気味で怪しく笑う様はただの不審人物だな。

 いやまぁ、恋する乙女ってのはこういうモノかもしれないけど。

 ……うちの奴らも大概だからなぁ。

 

「じゃあそろそろ戻りましょうか。早くしないと心配かけちゃいますし」

 

 ていうかものすごい勢いで探されそうで怖い。

 サウレとか、ルミィとか。

 

「あ、うん。私は一度、王城に戻ろうか、な」

「了解です。みんなにも伝えておきますね」

「うん、ありがと、う。じゃあまた、後で、ね」

 

 カエデさんは俺の渡した本を大切そうに抱えたまま、にっこり笑って手を振った。

 そして白い魔法陣が足元に広がったかと思うと、パシュンと高い音を立てて姿を消してしまった。

 改めて思うけど、無詠唱の転移魔法とか見るとさすが英雄って思うな。

 さてさて。

 

 ぐるりと、視界を空に向ける。

 宵闇に紛れるような黒色をしているが、その程度では俺の目は誤魔化せやしない。

 球体の魔導具。形状からして、おそらく遠方に音や映像を伝えるための魔導具だろう。

 

 オウカがフリドールに表れてしばらくした後、上空から視線を感じ始めた。

 何が目的か分からなかったけど、この場に居るということは狙いは俺なのだろう。

 視線を固定したまま。左肩を触り、親指を下に向けて右に引く。

 首を掻っ切るような動作。普段は仕事が完了した時に行う癖だが、今は違う。

 

 これ以上余計なことをしたら、ただじゃおかない。

 

 そんな意図を乗せた仕草は相手に伝わったようで、黒球はふよふよとどこかへ飛び去って行った。

 追うつもりは無い。消えてくれるならそれで構わない。

 ルミィの巻き起こした被害は小さかったにせよ、大事には変わらない。

 何せ、魔王の復活に近しい事態なのだ。

 下手に動いて事態を広めたくない。

 

 厄介事は身内だけで充分だ。

 懸念事項も全て終わった事だし、あとは英雄たちに任せて田舎でのんびりさせてもらうとしよう。

 

 俺は主人公なんてガラじゃないからな。

 



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幕間・舞台裏の独り言

◆視点変更:???◆

 

 驚いた。結構な距離があったのに魔導具に気付かれるなんて思わなかったな。

 さすが『死神(グリムリーパー)』って呼ばれる最強の暗殺者だ。

 いやはや、お見事。ボクの事も何か感着いてるみたいだし、今回の遊びはここまでかな。

 今回は中々に面白かった。前回もそうだったけど、やっぱり仕込みの時間が長ければ長いほどイベントは面白くなるよね。

 次はどんなことをして遊ぼうかな。

 魔獣の数を増やすのは前にやったし、異世界から英雄を召喚するのもやっちゃったしなー。

『魔王』を利用するのもそろそろ限界だろうし、何か新しいアイデアを生み出さないとね。

 創作者としての腕の見せ所だ。

 もっとも、ボク以外にそれを見ることができる人なんていないんだけどね。

 

 あ、いや。一人だけいるか。

 あのかわいそうな女神様は今も阿礼(アレイ)を待ち続けているのかな。

 世界を作ったって言われてるあの人は、事の真相を知ったらどんな顔をするんだろうね。

 今からとても楽しみだけど、それはさすがに早すぎる。

 もっともっと、この世界を遊びつくさないと。

 その為にも、彼女にはもう少し頑張ってもらおう。

 

 あ、そうだ。楽しませてもらったことだし、因果律に干渉して彼の手助けでもしてあげようかな。

 これからの人生が平和になるように。

 そしてたまに、ボクを楽しませてくれるイベントが発生するように。

 ……ふふふ。これ、バレたらたぶん殺されちゃうんだろうな。

 それはそれで面白いかもしんないな。前に殺されたのはもう何百年も昔の話だし。

 

「『想像(イマジネイト)』」

 

 トリガーワードを唱える。

 すると、他に誰もいない真っ暗な空間に、緑色に光るキーボードが出現した。

 それを操作して空中にディスプレイを表示させると、慣れた手付きで既存のプログラムを書き換える。

 いやー。いつも思うんだけどさ。

 指先だけで他人の運命はおろか、世界も変貌させる事ができるなんて、本当に神様にでもなった気分だよね。

 あの女神様も同じ気分だったのかな

 

「『創造(クリエイト)』」

 

 ラストワードを唱えて書きかえ完了。

 これで彼の人生は基本的に平凡ながらも、定期的に僕を楽しませてくれるだろう。

 ただし、彼がシンギュラリティホルダーでなければ、だけど。

 

 あぁ、また自らの運命を切り開けるような人が見つかれば良いのに。

 さすがにアレイとオウカちゃんだけだと飽きて来るし、彼にも期待してみようかな。

 既存のプログラムから外れることの出来る世界のバグは、ボクでさえ意図して作れるものじゃないし。

 楽しみにしているよ、三人目の主人公クン。

 

 さぁ、まだまだ世界は広いんだ。とても演算が終わらない。

 知らない事、知りたいこと。楽しい事、楽しめる事。

 もっともっと、探していこう。

 もっともっと、見つけていこう。

 今日もアースフィアは、この観劇の舞台は面白いことで溢れている。

 まだしばらくは、退屈しないで済みそうだ。

 



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96話「俺の人生で一番苦戦した気がする」

 

 フリドール中を巻き込んだ宴会は深夜まで続き、朝日が昇る頃にようやく終わりを迎えた。

 飲んで騒いで疲れ切って、参加者のほとんどはこの場で眠りこけている。

 英雄たちは夜の内に王都に帰ってしまったけど、カエデさんの作った防寒障壁が無かったら死人が出てたぞこれ。

 

 かく言う俺は潰れる事も無く、仲間内で唯一酒を飲んでいなかったサウレを抱いたまま壁にもたれかかっている。

 王都へ向かう魔導列車の出発までにはまだ時間があるし、酔っ払いどもはもう少し寝かせておいてやろう。

 

「……ライ」

「おう、どうした?」

「……お腹が空いた」

「そういえばそうだな。何か食うモノでも残ってないかね」

 

 言いながら周りを見渡すが、特に何か残っている訳でも無さそうだ。

 仕方ないのでアイテムボックスに収納していた干し芋を取り出し、自分とサウレの口の中に放り込む。

 蜜漬けされた干し芋は過度に甘く、昨日の疲れをじんわりと癒してくれた。

 

「美味いな。さすがオウカ特製レシピだな」

「……甘い。美味しい」

「まだストックはあるからな」

「……うん」

 

 のんびりしながら干し芋をかじっていると、不意にサウレが顔を上げた。

 もぐもぐと口を動かしながら、じっと俺の目を見詰めてくる。

 うーん。これは、たぶん。

 

「ちょっと待ってろよ」

 

 アイテムボックスに手を伸ばし、中から作り置きしていた紅茶を取り出した。

 それを小鍋に移し、携帯用のかまどで温めていく。

 うっすらと湯気が上がってきたらカップに注ぎ、サウレへと手渡した。

 

「……たまに不思議になる」

「うん? 何がだ?」

「……なぜライは私の言いたいことが分かるの?」

「なんでって、いつも見てるからじゃないかね」

 

 何となくだけど、顔を見ていれば言いたいことは分かるし。

 出会った頃は無表情だと思ってたけど、よく見てれば結構表情が変わるんだよな。

 今はリラックスしきった表情だし、ついでに少しだけ嬉しそうに見える。

 

「……好き」

「こら、服の中に手を入れるんじゃない。流石に寒いだろうが」

「……私が温めてあげる」

「朝っぱらから発情するな。いいから紅茶飲んでろ」

「……じゃあ続きは夜に」

 

 不服そうに言いながらも、やはり表情は楽しそうだ。

 サウレもこのやり取り自体を楽しんでいるんだろう。

 それに。俺が言い訳として使っていた「用事」は全て完了してしまった訳で。

 求められたら反対する理由も無いし、その辺りの事があるからサウレにも余裕があるんだろう。

 実際のところ、近々マジで『お誘い』してくるかも知れん。

 うーん。さすがにまだ心の準備ができてないんだがなぁ。

 

「……今日は王都に泊まるの?」

「いや、今日は故郷まで行ってみようと思ってるよ」

「……そう。ライの故郷はどんなところ?」

「田舎だな。デカい学校がある以外は特徴もないような、小さな町だ」

「……学校? もしかして『始まりの町』なの?」

「なんだ、知ってるのか」

 

『始まりの町』

 それは英雄が最初に訪れると言われていた町で、ユークリア王国で正式な名を持たない唯一の町だ。

 ただ単に『町』と言えば『始まりの町』を指すことが多い。

 女神教に伝わる神話では、世界創生の際に一番最初に作られた町とも言われている。

 だからと言って何か特別なことがある訳じゃ無いんだけどな。

 せいぜいが町の規模にしては大きな学校があるだけで、その他はのんびりとした所だ。

 ただし、知り合いが多すぎるから新天地としてはあまり望ましくないけど。

 

「俺の育て親に挨拶に行って、それから……まぁ、説教だろうなぁ」

「……育ての親ってどんな人?」

「シスター・ナリア。元一流冒険者『戦槌』のナリアって言ったら分かるか?」

「……彼女は冒険者を引退して姿を消したと聞いていた」

「引退後に孤児院の院長を兼ねて女神教のシスターになったらしいな」

 

 ちなみにその孤児院育ちの最年長はオウカと俺だったりする。

 俺は途中からだから、実質一番長く居たのはオウカだけど。

 ていうか確かオウカを引き取る事になったから孤児院を始めたとか聞いた覚えがある。

 

「まったく、人生ってのは何があるか分からないよな」

「……その通りだと思う。でも私は、今が一番幸せ」

「ん、そうか」

 

 何となく気恥ずかしさを感じながら、膝に座るサウレの頭を撫でる。

 サラサラした髪の手触りが心地よく、そしてその特徴的な白髪は光を反射して輝いて見えた。

 改めて、綺麗だなと思う。

 容姿自体は幼いけど、サウレの立ち振る舞いは成熟されている。

 実際、前世の記憶があることを考えたら中身は俺より大人だろうしなぁ。

 可愛いと感じることもあれば、今みたいに綺麗だと思うことがある。

 そして同時に感じる愛しさに、思わず笑みがこぼれた。

 

「……ライは最近よく笑うようになった」

「あぁ、幸せだからな」

「……ライが幸せだと私も幸せ」

「そうか。サウレが幸せなら、俺も幸せだよ」

「……うん」

 

 温くなってきた紅茶のカップを置き、サウレがゆっくりと俺の胸元に収まる。

 人肌の温もり。柔らかな感触。花のような甘い香り。そして伝わる鼓動。

 俺もカップを置き、ほのかに赤く染まっているサウレの頬に手を添えた。

 それに応じるように彼女がゆっくりと顔を上げる。

 赤い瞳に目を奪われ、艶やかな唇に目が吸い寄せられる。

 そして、期待するように目を閉じたサウレに。

 優しく、触れるだけのキスをした。

 

 すぐに顔を話すと、サウレは両手で口元に触れて。

 

「……キス、した。ライと、キスした」

 

 嬉しそうに、誰が見ても明らかなほど幸せそうに微笑んだ。

 その姿にやはり愛おしさを感じて、俺も笑いながら額をこつりと寄せる。

 

「何度でもしよう。これからもずっと一緒に居るんだから」

「……うん。私はライとずっと一緒に居る。私はいつまでも貴方のもの」

 

 笑いあい、二人で身を寄せたまま、互いの顔に触れて、その体温を感じながら。

 今度は同時に顔を寄せて、気持ちを確かめ合うように深いキスとした。

 

 

 

「おい。だから服の中に手を入れるな」

「……欲望を抑えられない。むしろ抑える気が無い」

「だからちょっと待てどこに手を入れてるんだ、そこはさすがに」

「……待たない。ライ、好き。大好き」

 

 

 なんて言うかまぁ、一応。

 ギリギリのところで理性が勝ったとだけ言っておこう。

 俺の人生で一番苦戦した気がする。

 



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97話「俺にとってかけがえのないものモノが増えたのは確かだな」

 

 みんなが起きてきた後、ネーヴェさんやフリドールの人たちと別れを告げて魔導列車へと乗り込み、数時間後には王都へと到着した。

 相変わらずでたらめな速さだな。普通なら何か月もかかるんだけど。

 まぁみんなが海中を楽しめたみたいだから何でも良いか。

 王都に着いてからはすぐに乗合馬車に乗り換えて、今現在はガタゴト揺られているところだ。

 幸いなことに俺達以外に乗客もいなかったので、広々と座席を使わせてもらえる。

 のだが。

 

「なぁ、席は他にも空いてるんだけど」

「移動は拒否します!」

「私もここが良いです」

「ボクもライの近くが良いからね!」

「私はいつでもライの傍にいるからね? 何かあったら私を頼ってほしいな」

 

 とまぁ、こんな具合で。

 広い社内の中で一か所にまとまっていたりする。

 なおサウレは今日も俺の膝の上だ。

 何となくいつもより幸せそうに見えるのは……まぁ、うん。改めて思い出すと照れるし、今は止めておこう。

 

「ところでライさん! ちょっと聞いておきたいんですけど!」

「ん? なんだ?」

「私たちの事は何て説明するんですか!?」

「は?」

 

 また意味の分からない事を言い出したな。

 何、って言われても。

 

「いや、そのまま説明するけど……あれ?」

 

 待て。言われてみれば確かに、何て説明したら良いんだろうか。

 ただの仲間なんて仲ではないし、俺はみんなを愛している。

 しかし、だから言ってしっかりと婚約している訳でもない。

 近い将来にみんなと結婚するんだろうなと思ってるし、みんなも思ってくれてるみたいだけど。

 ……関係性を聞かれると確かに、なんて答えたら良いんだろうか。

 

「そこでですね! お困りのライさんにこんなものをご用意しました!」

「……何だコレ」

「見ての通り、指輪です!」

 

 それは見たら分かる。

 アルの手の平には魔法銀製の五つの指輪。

 デザインは全て一緒で、古代語で俺の名前が彫られているようだ。

 でも、いまこれを見せられた意味が分からない。

 

「昨日聞いた話ですけど! 異世界では婚約者に指輪を送る習慣があるみたいです!」

「あー。何からそんな話を聞いたことがあるな」

 

 確かカノンさんから聞いたんだったか。一度はめたら二度と外れない呪いの指輪をアレイさんに着けさせる方法を聞かれた時に一緒に聞いた気がする。

 それはさておき。つまりはこれを使って、今この場で婚約してしまおうって事か。

 

「でもいつの間に用意したんだ?」

「昨日カエデさんに作ってもらいました!」

「マジか」

 

 行動力とコミュ力が凄いな。

 しかしまぁ、何だ。ここまでお膳立てしてもらって断る理由なんてないけど。

 

「えーと。なんて言うか、みんなそれでいいのか?」

 

 こういうのって改まった場所でやるべきなんじゃないかとみんなの顔を見渡すが、全員そろって首を縦に振っていた。

 うーん。俺が拘りすぎているだけなんだろうか。

 

「アル、ありがとう。じゃあ順番に渡して行くか」

 

 アルから指輪を受け取り、改めて装飾を眺める。

 シンプルなデザインだけど品が良く、しかし派手でも無い。

 さすがカエデさん。良いセンスをしてるな。

 それに俺の名前が刻まれてるってことは、何に使うかも分かってて作ってくれたんだろう。

 ちょっと自分に不甲斐なさを感じるけど、ここは素直に好意に甘えてしまおう。

 

 まずは、と顔を上げ、アルに向き直る。

 いつものようにニコニコと元気な笑顔を浮かべていて、何となく最初に会った時のことを思い出した。

 

「お前と出会ったのは砂の都エッセルだったな。こんな巨乳サイコパスを好きになるなんて想像もしてなかったけど」

「私にとっては命の恩人でした! 今は最愛の人ですけどね!」

「デカい声で何てこと言ってんだお前」

 

 やめろ、恥ずかしいだろうが。離れてるとは言え御者さんもいるんだぞ。

 いやまぁ、嬉しいけどさ。

 

「ともかく。これからもずっと俺の傍にいてほしい」

「はい! アルテミス・オリオーンはこの身の全てを賭して、貴方の敵を惨たらしく屠ります!」

「何の誓いだよそれ」

 

 アルらしい宣言に思わず苦笑しながら、彼女の右手の薬指に指輪をはめる。

 その指輪を嬉しそうにかざしながら、アルはニッコリと笑って一歩引いた。

 順番的に次はサウレだな、と思うと同時。

 膝からひょいと降りて俺に向き直って来た。

 

「サウレと出会ったのは砂漠だったな。あの時は本気で驚いたわ」

 

 実際に初めて出会ったのは砂漠ではなく洞窟だったらしいけど、俺としては砂漠で行き倒れていた印象の方が強い。

 しかしまぁ、最初から今に至るまで狂信的なところは変わってないな。

 

「……ライは私の運命の人。この人生が終わるまで、貴方とずっと一緒にいたい」

「そうだな。俺も同じ気持ちだよ」

 

 サウレに指輪をはめてやると、何故か王に忠誠を誓った騎士のように片膝を着いて頭を下げられた。

 うーん、こういう所は変わらないのな。ブレない奴め

 そんなサウレの苦笑いを返し、次はジュレに向き直る。

 彼女は穏やかに微笑みながらも、期待に瞳を濡らしていた。

 

「ジュレとは港町エッガーで知り合ったんだよな。あの時はどこの貴族様かと思ったわ」

 

 何せ屋台で白金貨だもんな。おっちゃんの困った顔や周りの視線が未だに忘れられない。

 着ていた服も豪華だったし、どこの貴族だろうと思ったな。

 

「お恥ずかしい話です。あの時助けてもらったこと、今でも感謝しています」

「戦闘面ではいつも頼りにしてるけど、生活面では俺を頼ってくれ。但し、人前では性癖を隠してくれよ?」

「うふふ。私は困ったライさんの顔を見る為なら何でもしますよ?」

「黙れど変態。いいからさっさと手を出せ」

「はぁんっ! ありがとうございます!」

 

 身もだえするジュレに指輪をはめてやると、明らかに発情した顔で熱い視線を送って来た。

 とりあえずスルーしとくか。構ってたら話が進まないし。

 後でちゃんとフォローはしておこう。

 

「次はボクだね!」

「あぁ。ていうか、よく考えたら出会いの時点からまともだったのはクレアだけだな」

「あーうん。うちのメンバーは個性的だからねー……」

「見えないところでも気を使ってくれてるのは知ってるよ。いつもありがとう」

 

 戦闘だけじゃなくて、日常でも暴走する面々をそれとなくフォローしてくれてるんだよな。

 そのさり気ない気遣いにどれだけ救われたことか。

 色々と計算高くて抜け目がない奴だけど、同時に仲間想いなところも知っている。

 さすがうちの常識人枠だ。

 

「これからも俺を支えてくれ。頼りにしてるからな」

 

 手を取って指輪をはめる。照れくさそうに、でも嬉しそうに指輪をさする姿は美少女にしか見えない。

 うーん。クレアの性別って結局どっちなんだろうな。

 今となっては割とどうでもいい気もしてるけど、まぁいつか確かめる日も来るだろう

 それまで楽しみにしておくか。

 

「ふふん! いつでも頼ってくれていいからね!」

「あぁ。よろしく頼むよ、相棒」

 

 右手を上げ、ハイタッチ。薬指の指輪がキラリと光り、何となく嬉しくなった。

 

 さて、と。いよいよラスボスとの戦いだ。

 チラと目をやると、両手を胸の前に組んで祈りをささげるようなポーズをとっているルミィの姿。

 相変わらず清楚可憐な佇まいだが、その眼は若干濁ってきている。

 あ、やべ。これスイッチ入りかけてるわ。

 

「えーと。あれだな、この中で一番付き合いが長いのはルミィだよな。昔からいつも助けられてばかりだった」

「私はセイ……いいえ、ライの為に生きているから当然だよ。これまでも、これからも。私の心も身体も魂も全部貴方の為にあるの。いつだって私を頼っていいんだからね」

「お前はもう少し手を抜いてくれ。未だにビビってるからな、俺」

「子ウサギみたいに怯えているライも愛おしいわ。どんな貴方でも私は愛しているの。何番目でもいい。貴方が居ればそれでいい。世界なんてどうでもいい。ライさえ居てくれるなら私は魔王でも殺してあげるからね」

 

 やめろ。お前が魔王とかいうな。黒い魔力光が見える気がして怖いだろ。

 スイッチが完全に入る前に終わらせた方がよさそうだな。

 

「俺はお前を受け入れようと思ってるけど、手加減はしてくれよ?」

「これでも半分も伝えられてないんだけど……頑張るね」

 

 衝撃の事実に冷や汗をかきながらルミィに指輪をはめると、そのまま俺の手をそっと掴んで額を当ててきた。

 相変わらず力強いなこいつ。掴まれた手がびくともしないんだけど。

 

「これで私は貴方のものね。うふ、ふふふふふ」

「お、おう。まぁそうなる、のか?」

 

 俯いて怪しく笑うルミィにおびえながら、ふとあることに気が付いた。

 

「なぁ、俺はどうしたらいいんだ? 指輪を五個着けるのか?」

 

 それはさすがに日常生活に支障が出ると思うんだけど。

 そんな状態だと戦闘も出来ないし。

 

「そこは抜かりないです! こんな感じにしてみました!」

「ん? チェーンか?」

「はい! 全員分の指輪を首から下げるんです!」

 

 なるほど。オウかと同じ感じか。

 これはこれでジャラジャラしそうではあるけど、指につけるよりは良いかもしれない。

 

「どうせまだ増えると思うので、追加しやすい形にしてみました!」

「……やばい、何とも言えない」

 

 増えないとは思うけど、それを言ったらそもそも誰かを好きになるなんて思ってもいなかったし。

 人生ってなにがあるか分からないからなぁ。

 

「とにかくありがとな。大事にするよ」

「はい! 大事にしてください!」

 

 五つの指輪が提げられたチェーンを首に巻く。

 何とも言えない心地だけど、決して悪くはない。

 これからも共に。そんな願いが込められたチェーンにそれなりの重さを感じて。

 それが何だか嬉しくて、つい笑ってしまった。

 これもまた幸せの形の一つなんだろう。

 他の人がどうなのかなんて俺には分からないけど、それでも

 俺にとってかけがえのないものモノが増えたのは確かだな。

 



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98話「とりあえずは解体から行ってみようか」

 

 王都から町までは馬車で三日間の旅になる。

 魔導列車は主要都市間しか走っていないので、辺境に行くときは普通の馬車を使うしかない。

 とは言え歩きよりは快適だし、みんなと馬車に乗るのは初めてだから結構楽しかったりもするんだけど。

 ガタゴト揺れる広い車内は乗合馬車な事もあって広めで、装飾は無いけどそれが逆に落ち着く作りだ。

 やっぱり俺は煌びやかな街よりも、こういった素朴な物に囲まれた生活の方が性に合っている。

『始まりの町』に着くまでの三日間、のんびりと馬車旅を満喫しよう。

 

 などと、呑気な思ったのがいけなかったんだろう。

 

「うわぁっ!?」

 

 御者の人がいきなり悲鳴を上げた。

 

「どうしました?」

「この先にオークの群れがいる! しかもデカい奴が一匹いる! あれはたぶんオークロードだ!」

 

 ……うん、オークロードかぁ。

 オークは二足歩行の豚みたいな魔物で、武装してる事もあって冒険者でも油断は出来ない相手だ。

 そいつが群れに居ると討伐難易度が途端に跳ね上がる程に厄介な相手である。

 特に上位種であるオークロードに率いられたオークの群れは『軍団(レギオン)』と呼ばれ、その危険度は王立騎士団が総出で立ち向かう必要がある程だ。

 当たり前のことだが、冒険者のパーティなんかが太刀打ちできる相手では無い。

 

 普通ならな。

 

「あー。御者さん、馬車を止めて待っててもらえます?」

「何を言ってるんだ! ここは私が時間を稼ぐから君たちは逃げてくれ!」

「いや、追いつかれますって。それよりも一つ、頼みがあります」

「頼み? こんな時に何だって言うんだい?」

「ありったけの調理器具を用意しておいてください」

 

 オークに関する情報として一つ重要な物がある。

 二足歩行の豚。魔力を纏っている。数が多くて一匹当たりの大きさもかなりのものだ。

 それはつまり。

 

「よっしゃ。今日は食べ放題だぞー」

 

 俺の頼れる仲間たちは元気よく手を突き上げた。

 

 

 さて。オークロードの特徴としてまず挙げられるのが、魔物の癖に魔法を使うという事だ。

 こいつは単体でも強いのに強化魔法を使って群れ全体を一段階強化できる。

 通常のオークでも並の冒険者と同等の戦力を持つオークが群れを成し、更には強化されている訳だ。

 だからこそただの群れではなく『軍団』と呼ばれており、軍団が現れた時は騎士団や複数の一流冒険者パーティが共同で討伐を行う流れとなっている。

 なっているのだ。普通ならな。

 

「んじゃ、後ろのデカブツは俺達な。他の奴らは任せた」

「張り切っていきましょう!」

「頑張ろうね!」

 

 まるで小枝を振るように大剣を振り回すアルと、小型の盾を打ち鳴らすクレア。

 うーん。アルの方は最近は可愛いと感じることが増えたけど、こういう所を見ると相変わらずだなと思う。

 クレアは張り切っているように見えてその実かなり冷静だ。互いの戦力差を見極めながら自身の役割をしっかりと理解している。

 

「……たくさん頑張る。だから後で褒めて」

「それは良いですね。では私もお願いします」

「あ、ボクもボクも!」

「ずるいです! 私だって頑張りますからね!」

「では皆さんに強化魔法を施しておきますね」

 

 わいわい騒ぐみんなの中から一歩下がり、妙に冷静なルミィが両手をかざした。

 

「大いなる女神よ、我が祈りを聞き届けたまえ。願わくば彼の者達に神の加護を。極大身体強化(エクストラブースト)! 極大防御障壁付与(エクストラシールド)!」」

 

 詠唱が終わると同時、白銀の魔力光が俺達を包み込む。

 おぉ、相変わらず凄いなこれ。体がメチャクチャ軽いわ。

 ちなみに魔法障壁の方は魔獣の王であるドラゴンの一撃すら無効化できる代物だ。

 正直こんなところで使うような魔法でも無い気はするけど、俺達のことを想って最大級の強化魔法を付与してくれたんだろう。

 

「これで私の功績は確定したよね? ライ、後でたくさん褒めてね? ね?」

 

 あぁ、そういう事か。納得したわ。

 清楚可憐な微笑みを浮かべつつ、全身から「褒めてオーラ」を出しているルミィに苦笑いを返し、さてと敵に向き直る。

 

 強化されたオークが二十七匹。その後ろにひと際でかいオークロードが一匹。

 下手したら騎士団でも後れを取るような数だ。

 しかしまぁ、相手が悪かったな。

 

「では最初は私から……透き通り、儚き、汚れなき、麗しきかな氷結の精霊。願わくば、我にその加護を与えたまえ!」

 

 詠唱に応えて現れる、百を超える氷の刃の数々。一つ一つが短剣サイズだ。

 陽光を反射しながら滞空していた凶器は、ジュレが指さすと同時にオークへと殺到する。

 その冷たい嵐は奴らの分厚い脂肪などお構いなしに切り刻み、見る間に数を減らしていく。

 

 甲高い悲鳴。上がる血しぶき。

 そんな戦場を、一筋の紫電が通り抜けた。

 敵の合間を縫い的確に急所を切り裂くサウレは、止まる事無く次々と敵を葬っていく。

 

「他愛もないですね」

「……一応、まだ残っている。油断は禁物」

「そうですね。では第二波、いきますよ」

「……合わせる」

 

 電光石火の早業で流れる様に敵を撃墜していく二人にもはや呆れを感じていると、クレアとアルが揃ってオークロードに突っ込んでいった。

 

「さて! ここからは!」

「私たちの見せ場ですよ!」

 

 オークロードの巨大な棍棒の一振り。それをクレアが盾で器用に逸らし、その隙を突いてアルが前進する。

 次いで繰り出された横薙ぎの攻撃すら軌道を逸らす神業を見せると、クレアはニヤリと強気な笑みを浮かべた。

 敵の二手を封じらた。それは即ち、その分の距離を詰める時間が生まれたという事。

 

「アル! やっちゃえ!」

「あははは! その首、もらいましたぁ!」

 

 オークロードの得物を超える大きさを誇る両手剣。その一撃は、残像を残して空間を裂いた。

 災害クラスの魔物の首を一撃で切り落とし、アルが無邪気に笑う。

 

「ライさん! ちゃんとぶち殺しましたよ!」

「おいおい。油断するんじゃねぇよ……っと!」

 

 はじゃぐアルの後ろから迫ったオークの攻撃をクレアが受け止め、同時に俺が放った粘着玉が動きを封じる。

 周りが見えなくなる癖は早い内にどうにかしなきゃなんないなー。

 

「ありがとうございます! えーい!」

 

 身動き一つとれないオークを嬉しそうに両断し、次の獲物を目掛けてアルが走り出そうとした時。

 

「あら。やはり加勢は必要ありませんでしたね」

「……ライ、終わった。怪我はない?」

 

 戦闘開始から一分弱。

 その僅かな時間で軍団を壊滅させた少女たちが笑いながら戻ってくる。

 うっわぁ。分かってはいたけど、ここまで戦闘力高いのかこいつら。

 マジで魔王でも倒せるんじゃないか?

 

「いや、怪我も何も。俺は何もしてないんだけど」

「ライさんはちゃんと私のフォローをしてくれましたよ!」

「いや、いらなかったろアレ」

 

 実際クレアが手際よく対処してたし。

 うーん。まぁ楽でいいけど、なんて言うか。

 過剰戦力、だよなぁ。

 

「それよりほら、お肉がたくさんですよ!」

「そうだな。さっさと解体して戻ろうか。アルとルミィは御者さんにもう大丈夫だった伝えて来てくれ」

「わっかりました!」

「すぐに戻ってくるからねセイ。待っててね。本当にすぐ戻ってくるからね?」

「あぁ、頼んだ」

 

 対照的な態度の二人を見送り、ジュレに魔法で水を出してもらいながら手早く解体を行う。

 冒険者にとって解体なんてものは慣れ切った行為だ。

 まぁ、ジュレを除いて、だけど。彼女にはこれからいろいろなことを教える必要がありそうだ。

 戦闘以外にも出来ることは増やして行った方が良いに決まってるし。

 とりあえずは解体から行ってみようか。

 

 



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99話「今夜はゆっくり楽しませてもらおう」

 

 狩ったオークを三匹ほど御者さんにお裾分けし、馬車で進むこと三日ほど。

 ようやく目的地に到着することができた。

 基本的に揺れる馬車に座りっ放しだったから尻が痛い。

 馬車を降りて伸びをして、そしてようやく周りを見渡す。

 久しぶりの町は相変わらず穏やかだった。

 見慣れた町並み。子どもたちの遊ぶ声。美味そうな料理の匂い。

 全部、昔のままだ。懐かしさを感じ、自然と笑顔になる。

 

「……ここがライの故郷」

「素朴な町だね!」

「田舎だからな。見る場所なんて学校しかないけど、良い町だよ」

「それはそうですよ! ライさんの故郷だから当然です!」

「ボクとしてはライにお母さんにご挨拶するのは緊張するかな!」

「お義母様……粗相のないように気をつけないと。とりあえずライへの愛情を語れば良いのかな」

「ルミィはほどほどにしておけよ。まぁ、ともかく」

 

 何となく気恥ずかしさを感じながらも。

 

「ようこそ『始まりの町』へ」

 

 そう言って、両手を広げて歓迎した。

 

 

「おいそこの不審者。素通りしてんじゃねぇよ」

 

 町門を通って中に入ろうとしたところ、不愛想なしかめっ面に呼び止められた。

 相変わらずの様子に苦笑しながら軽く手を上げ、ハイタッチ。

 

「おいおい。ご挨拶だな」

「教会に手紙の一つも寄越さなかったらしいじゃねぇか。何年ぶりだ?」

「さぁ。五年くらいか?」

「変わらないなお前。シスター・ナリアが心配してたぞ」

「何かやらかさないかってか?」

「正解だ」

 

 顔を見合わせて二人揃ってニヤリと笑う。

 

「良く戻ったな。夜にでも飲みに行こうぜ」

「ただいま。そこはまぁ、シスター・ナリア次第だな」

「ははは、確かにな。せいぜい説教されてこい。ところでそっちのお嬢さんたちは冒険者仲間か?」

「いや、こいつらは俺の……その、婚約者、だな」

 

 気恥ずかしさに言い淀むと、何かみんなに笑われた。

 笑みの質はそれぞれ違うけど。

 アルとクレアは太陽みたいな笑顔で、サウレはほんの少しだけ口角を上げて、ジュレはちょっとアレな表情で、ルミィは恍惚の表情で。

 うーん。性格が出てるなー。

 

「五人もか!? お前、マジで色々聞かせろよ!」

「おう、しばらくはこっちにいるから、また今度な」

 

 パチンとハイタッチすると、木製の大きめな門を潜り抜けた。

 

 

 王都と違いロクに舗装もされていない道を歩く。

 本当に昔と変わらない。懐かしい光景を嬉しく思いながら進み、そして。

 

 なんか、見慣れない建物に辿り着いた。

 

 ……あれ。ここで間違ってないよな?

 俺の記憶だとボロボロの廃屋みたいな教会がここに立っていたはずなんだけど。

 いや、ていうか、なんだこれ。

 

「ここがライさんの育った教会ですか! 立派ですね!」

「……貴族の家?」

「いや、昔はもっとこう、今にも潰れそうな建物だったはずなんだけど」

 

 うん。サウレの言う通り、貴族の屋敷にしか見えないな。

 明らかにシスター・ナリアの趣味じゃないと思うんだけど、何があったんだこれ。

 ……いや、悩んでも仕方ない。とにかく中に入るか。

 

 両開きの大きなドアにノッカーがあったのでコンコンと鳴らしてみる。

 音に歪みが無い。最近作られたばかりだな。となればおそらく、同郷の女王陛下が何かやらかしたんだろう。

 本当にいろんなところに影響を及ぼしてるなアイツ。

 

 ノッカーを鳴らして数秒後、隣にあった小さな通用口から見慣れた顔が現れた。

 真っ黒で飾り気のない修道服。フードから溢れる銀色の髪。そしていつでも温和な表情の女性。

 年齢を聞くと無言で恐ろしいほどの圧を掛けてくる、けれど誰よりも優しくて、眩しくて。

 俺が憧れた。俺を育ててくれた。俺にとって唯一無二の恩人。

 ナリア・サカード。俺の育て親はこちらを見ると、女神教のシスターらしく慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 

「おかえりなさい。久しぶりですね」

「ただいま、シスター・ナリア」

 

 彼女の相変わらずの様子に懐かしさを覚え、笑みを返しながら軽く手を上げた。

 

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

 入り口近くにあった全く見覚えのない広間に通され、紅茶を出してもらった後。

 正面に座ったシスター・ナリアはにこにこしながら聞いてきた。

 あ、やべ。やっぱりめっちゃ怒ってんなー。

 目が笑ってないし。むしろ射殺してきそうな眼光だし。

 長いこと連絡もしてなかったからなー。

 

「いや、その……冒険者を辞めようと思っててさ」

「あらあら。そうですか」

「で、こいつらと辺境で暮らすことにした」

「……まぁ。それは驚きですね」

 

 ぱちくりと一度瞬きをした後。

 シスター・ナリアは、いつもの微笑みを浮かべていた。

 昔はよく分からなかったけど、今なら分かる。

 これは大きな愛情の込められた笑顔。母親が子に見せる顔だ。

 

「なるほど。貴方は、人を愛せたのですね」

 

 穏やかな祝福。

 心に染み入る温かさを感じて胸が熱くなる。

 同時にどこかむず痒さを感じ、何となく後頭部を指でかいた。

 

「えーと。何か恥ずかしいんだけど……まぁ、そうかな」

「じゃあお説教は無しにしておきましょうか。もちろん紹介してくれるんでしょう?」

「あぁ、一人ずつ紹介するよ」

 

 どこから紹介したもんだろうか。

 ありのままを話すのはちょっとまずい気がするし、所々ぼかしながら伝えるか。

 

 

 かなりの間話し込んでいたみたいで、気が付いたら窓の外はすっかり暗くなっていた。

 シスター・ナリアに俺の子どもの頃の話をされた時は焦ったけど、みんなの反応は悪くなかったから良しとしよう。

「ショタのライも可愛かったのね」とか「何とも嗜虐心がそそられる性格ですね」とか言ってた馬鹿もいたけど。

 それより夕飯だ。せっかくだからこっちで食っていきたいんだが、さて。

 

「シスター・ナリア。夕飯なんだけど」

「もう用意してもらっているわよ。食堂に行きましょう」

「そうか、ありがとう。みんなも……なんだ、どうした?」

 

 言いながら振り返ると、なんか五人そろっておかしな動きをしていた。

 顔を真っ赤にして目を潤ませてたり、自分を抱きしめて悶えてたり、鼻筋押さえて上向いてたり、目を濁らせて飛びかかる寸前だったり、まぁ色々と。

 そんな中で唯一普段通りだったサウレが俺の袖をくいっと引いてきた。

 

「サウレ、どうかしたか?」

「……ライ。ずっと笑ってる」

「は? え、そうか?」

 

 思わず頬を触ると、確かに笑顔を作っているようだ。

 意図していない表情を浮かべていたことに驚き、思わず顔を手で覆った。

 

「……最近たまに笑うけど、今日はずっと笑顔。とても幸せそうな顔をしている」

「あー。いや、これはだな。つい気が緩んだというか」

「……ライが幸せなら私も幸せ」

「……おう。ありがとな」

 

 意識して苦笑しながらサウレの頭を撫でると、いつものようにぐいぐいと頭を押し付けてくる。

 いかん、つい顔が緩みそうになるな。気をつけないと。

 どうも最近、みんなの前だと素の感情が表に出やすくなっているようだ。

 

「あらあら、仲が良いんですね」

「う。いやまぁ、否定はしないけど……勘弁してくれ」

「はいはい。じゃあお見送りしましょうね」

 

 くすくすと笑うシスター・ナリアに連れられて通路を歩く。

 しかしまぁ、来た時も思ったけど家が豪華というか。装飾がないだけで貴族の邸宅と似たような造りだな。

 どんだけ金かかってんだこれ。

 どうせオウカの関係者の仕業だろうけど、ちょっとやりすぎじゃないか?

 

「なぁ、この家って誰が作ったんだ?」

「それがね。王都の名匠『ワゼル』さんなのよ」

「は? ワゼルって女神教の本神殿を造った爺さんか?」

「英雄様の故郷の教会だから立派にしないといけないって。私は必要ないって断ったのですけれど」

 

 俺も一度会ったことあるけど、あの偏屈そうな爺さんがわざわざこんな田舎まで来て教会を立てたのか。

 なんて言うか、うん。あいつのまわりってどうなってんだろうな。

 伝説の大安売りじゃねぇか。

 

「おかげで隙間風も無くなって助かっていますけれどね」

「そんなレベルの話じゃないと思うんだけどな」

 

 もはや呆れるしかない。さすが英雄様とでも言っておくか。

 本人は絶対嫌がるだろうけどな、と思い苦笑しているとすぐに食堂に辿り着いた。

 さて、久しぶりの故郷の食事だ。

 まだまだ話したいことも聞きたいことも山ほどある事だし。

 

 今夜はゆっくり楽しませてもらおう。



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100話「今度の「旅」は長くなりそうだな」

 

 教会に三日滞在した後。

 古い顔なじみとの親交を深めた事だし、そろそろかということで、俺達は旅準備を終えて乗合馬車を待っていた。

 朝食は教会で済ませており、見送りにシスター・ナリアが来てくれている。

 この場所でこうやって馬車を待っていると、昔王都に旅立った時を思い出すな。

 あの頃はまだ幼かった。世界を知らず、狭い見識だけで生きていた。

 道具から人になりたくて。ただそれだけを想い、しかし具体的な展望なんてなくて。

 それでもどうにかしたい一心で冒険者になりに王都へと向かったのを覚えている、

 

 今はどうだろうか。

 馬車を待っているのは同じ。見送ってもらっているのも同じ。けれど。

 振り返ると、みんなの姿。

 

「次の目的地は辺境の開拓村ですよね! 殺りがいのある魔物がたくさんいたら嬉しいです!」

 

 物騒なことを言いながら元気いっぱいに両手剣を振り回すアル。

 どうでも良いが村に着いたらこのフリルたくさんの鎧は新調した方が良いかもしれない。

 何気に目立つからなこれ。

 

「……大丈夫。何があってもライは私が守るから」

 

 俺の隣で、いつも通りの無表情でじっと見上げてくるサウレ。

 こいつもちゃんとした服を着せるべきだろう。半裸に外套だけじゃさすがにな。

 旅をしている間は良かったけど、村に在住するならご近所付き合いとかもあるだろうし。 

 

「開拓村だと私に務まる仕事もありそうですね。戦いなら任せてください」

 

 ジュレもだな。貴族風なのに露出度の高いドレスは当たり前として、人前で性癖を見せない訓練でもするか。

 最近俺以外にもアルやクレアに対してどSスイッチが入ることがあったし、矯正せねばなるまい。

 ついでに家事も教えていくとしようか。これから一緒に暮らすんだし、役割分担も決めなきゃな。

 

「村かー……ま、理想とは違ったけど、こういうのもありかもね!」

 

 クレアにはこれからも迷惑をかけそうだな。うちの唯一の常識人枠だし。

 気遣い上手だからって、無理しすぎないようにちゃんと見ておかないと。

 こいつに関しては持ってる服の量だけが心配だな。出来たら服用の部屋とか作ってやりたいところだ。

 

「うふふふふ。ついにライと私たちの愛の巣に行くのね。楽しみだわ……どんなところかしら」

 

 あーうん。こいつは修正できるのかね。不可能としか思えないんだけど。

 でもヤンデレモードにならなければ地味に何でもできる奴だし、上手い事やっていくしかないか。

 暴走した時はまぁ、全員で止めるとしましょうかね。

 

 こうやって見返すと全員癖が強いな。まともなのが一人もいねぇ。

 もちろん、俺も含めてだけど。

 でもまぁ、うん。それでいいんだろう。

 全員バラバラで、それでも一緒に居て、一緒に生活をして。

 それが多分『家族』ってものだと思うから。

 

「シスター・ナリア。一つ分かったことがあるんだ」

「あら。何でしょうか」

「『人間』って大変だけど、良いもんだな」

「そうですね。だからこそ、生きるということは素晴らしいのです」

 

 晴れやかに笑う彼女を見て、再度前を向き直る。

 木の葉が風に舞う中で一台の乗合馬車がこちらへと走ってくるのが見える。

 あの馬車が俺達を開拓村へと運んでくれる馬車だ。

 事前情報はほとんどない。だが、どんな場所でも大して問題はないだろう。

 俺達なら。きっとどんな場所でも大丈夫だ。

 

 最初は一人きりだった。俺はただの道具でしかなかった。

 それから家族が増えて、仲間が増えて、一度全てから逃げた俺は。

 やっぱり戦いたくなんてないし、冒険者なんて向いていないけど。

 それでも、逃げている最中に、本当に守りたいと思える仲間たちができたから。

 

 今度は手放さない。絶対に手放してやらない。

 俺は彼女たちと幸せに、のんびりとしたスローライフを送ってやる。

 全く知らない場所での生活は色々と大変だろうし、困難も多いだろう。

 けど、それも含めて人生を楽しんでやろうと思える。

 

「馬車が来ましたね。今度はたまに連絡をくださいね」

「生活が落ち着いたら手紙でも書くよ。見送りありがとう」

「はい。行ってらっしゃい」

「あぁ、行ってきます」

 

 笑いあい、握った拳をぶつけ合う。これは冒険者同士のサインだ。

「健闘を祈る」という意味がこめられた仕草だけど、シスター・ナリアの見た目に似合わなくてつい苦笑してしまう。

 

 そして。

 他に乗客がいない乗合馬車に乗り込む。

 窓際に陣取って見送りのシスター・ナリアに手を振り。

 やがて、町の風景が遠のいて行き。

 俺達はまた、新しい旅を始める事となった。

 

 さて、心配事が尽きないところではあるが、やはり心が躍るのも事実なわけで。

 道中で退屈だけはしないだろうし、アクシデントさえ起きなければ馬車の中でのんびりしているだけで良い。

 時間はあるんだ。これからの事はみんなとゆっくり話し合おう。

 

 今度の「旅」は長くなりそうだな。 

 

〜HappyEND〜



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