勝利し続けた人生の果てに (ネコガミ)
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勝利し続けた人生の果てに
「名は?」
「赤木しげる。」
目の前に立つ白髪の青年に問い掛けると、そう答えが返ってきた。
生涯を通じて培ってきた直感が、この青年が只者ではないと告げてくる。
血が滾り、細胞が歓喜した。
この青年…赤木しげるとならば、若き日に感じた命を燃やすような…生を実感出来る本当の勝負が出来ると。
口角がつり上がる。
儂はその熱に酔いしれながら過去を思い出していた。
◆
儂こと鷲巣巌はいわゆる神様転生者だ。
かつて出会った神を自称する存在に、儂は一つの転生特典を願った。
それは…運だ。
どれほどの才能を有していようともそれを磨ける環境があり、更に活かせる時代でなければ意味がない。
例えばスポーツの才能を有していても戦乱の時代に生まれたら活かすのは難しく、そもそも対象のスポーツが無い時代に生まれたら宝の持ち腐れとなるだろう。
故に儂は転生特典に運を…他者と隔絶する圧倒的な天運を神を自称する存在に望んだ。
そうして転生した儂は…鷲巣巌になっていた。
鷲巣巌…『天~天和通りの快男児~』という漫画のスピンオフ作品である『アカギ~闇に降り立った天才~』という作品に登場するラスボスだ。
この鷲巣巌の最大の特徴は、勝負事における理不尽を体現するかの様な圧倒的な天運である。
そんな鷲巣巌になった儂…若き日の俺は原作の俺と違い警察官僚にならず、軍に入隊して戦闘機のパイロットになった。
どうして戦闘機のパイロットになったのかは忘れてしまった。
少なくとも愛国心だの歴史を変えるだのといった高尚な志ではないことは確かだが…。
そうして迎えた第二次世界大戦、俺は戦闘機のパイロットとして戦い抜いた。
戦って、戦って、戦い抜いて終戦の日を迎えた時…俺は伝説の戦闘機パイロットとなっていた。
戦闘機撃墜数411、爆撃機撃墜数12の総撃墜数423という前人未到の大戦果に加え、僚機被撃墜0に自機は被撃墜はおろか被弾0というパーフェクトレコードを達成していたのだ。
もっともこれだけの大戦果も、ドイツの爆撃機乗りである『空の魔王』の戦果と比べれば霞んでしまうのだがな。
それはともかく、生き残って終戦の日を迎えた俺を待っていたのは、アメリカ空軍からの戦闘機パイロット教官への勧誘だった。
その勧誘を受けた俺は多くの弟子を育て上げ、アメリカ空軍の将官達とのコネクションを築き、気が付けば金髪碧眼の美しい嫁まで貰っていた。
そして終戦から五年の月日が経った頃、多くの弟子や友人達の引き留めの声を振り切り、俺は美しい妻と共に日本に帰国した。
日本に降り立った俺は五年の月日で培ったコネクションをフル活用して、戦後日本の高度経済成長期を駆け抜けた。
駆けて、駆けて、駆け抜けて、一人称が俺から儂に変わった頃…儂は一人頂きに立っていた。
日本はおろか世界でも三本の指に数えられる程の資産家になっていた儂は、間違いなく人生の勝利者だった。
だがふと気が付いてしまったのだ。
どんな勝負をしても熱を感じられぬ事に。
どれ程の大勝をしても酔いを得られぬ事に。
何もせずとも勝手に勝利が積み重なっていく日々に空しさを感じた事に。
そんな事を感じた儂を他人は贅沢だと蔑むだろう。
だが、熱も酔いも得られぬ日々に何の意味があろうか。
子供達も自立し、孫達の顔も見る事が出来た。
一家の長として思い残す事はもうない。
ならば後は…一人の男として熱く生きて終わりたい。
そんな思いを胸に儂は…妻に離婚届けを差し出した。
◆
ビリッと妻であるレベッカが離婚届けを破り捨てる。
破り捨てた離婚届けを拾う部下の鈴木を気にせず、レベッカが口を開いた。
「はぁ…貴方、結婚して何年経つと思いますか?貴方が部下を動かしていることぐらいもう知っています。そして何のために部下を動かしているのかもね。」
そんな妻の言葉に儂は苦笑いする。
「流石は儂の妻だな。」
「えぇ、私は鷲巣巌の妻です。これまでも、これからも。」
妻の物言いに儂は笑いが込み上げてくる。
「場を調えるのに人一人を戸籍から抹消する。実際には殺さず他国籍を用意して日本から追い出すが、世間からは人殺しの謗りは受けるやもしれん。」
「構いませんよ。」
「勝負の果てに相手を殺し、本当の人殺しになるやもしれんぞ。」
「それも構いません。貴方が貴方であるのに必要というのならば。」
まったく…とんでもない女を嫁にしたものよ。
だが、この強かさに儂は惚れたのだ。
そういえば惚れた方が負けという例えがあったな。
その例えを考慮すれば儂は既に負けを経験していたのだ。勝利し続けていたと思っていた今生でな。
そう考えるとまた笑いが込み上げてきた。
あぁ、笑いが止まらぬ。
「あの子達もしっかりと自立しているわ。貴方が破滅してもびくともしない程度にはね。」
「それは重畳。では好きにやらせてもらうとしようか。レベッカ、お前にも付き合ってもらうぞ。」
「えぇ、言われずとも付き合いますとも。鷲巣巌という英傑が紡ぐ物語を特等席で見れるのが、妻である私の特権ですからね。」
◆
そうして迎えた今日この日、これが儂の…鷲巣巌の生涯最後の大勝負となるやもしれぬ。
そう考えただけで心地好い武者震いが走る。
赤木しげる…日本の裏社会で伝説を築き続けている鬼才。
原作知識など長い人生の果てに摩耗して無くなってしまったが…それでもはっきりと分かる。
彼が紛れもない本物の勝負師だと。
カカカ…相手に不足なし!
「儂は鷲巣…鷲巣巌だ。さぁ始めようか、赤木しげる君。互いの破滅を賭けた勝負を…命を燃やす本当の勝負をな!」
続きを書く予定は(今の所)無いです。
咲の世界に再転生して無双する続きなんて書く予定は(今の所)無いです。
別作の投稿は4月から再開予定です。
執筆のモチベーションは少しずつ回復しているのでゆっくりと待って差し上げてください。
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