バカと18禁と男装女子っ! (てあ)
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幸せですか?

 

 私の名前は東雲雲雀(しののめひばり)

 

 

 

 世界有数の資産家の家に生まれ、

 

 

 天使のような二人の幼馴染がいて、

 

 

 当代一の少女と呼ばれるほど才能に恵まれ、

 

 

 家族や使用人さんたちは皆は優しくて、

 

 

 

 

 

 これ以上ないほど、幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その幸せは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった今崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイレンの音が聞こえる。

 

 鉄の臭いがする。

 

 床が赤く染まっている。

 

 優しかった兄が床に転がっている。

 

 赤い水が足元に流れてくる。

 

 母が私を抱きしめる。

 

 目から何かが零れ落ちる。

 

 誰かの叫び声が聞こえる。

 

 ナイフが落ちている。

 

 視界がぼやけ始める。

 

 父が兄に呼び掛けている。

 

 母の私を抱きしめる力が強くなる。

 

 

 

 

 

 視界が、暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、私は僕になった。

 

 

 

 

 

 

 僕の名前は東雲日和(しののめひより)

 

 

 

 世界有数の資産家の家に生まれ、

 

 

 

 天使のような二人の幼馴染がいて、

 

 

 

 当代一の少年と呼ばれるほど才能に恵まれ、

 

 

 

 家族や使用人さんたちは皆は優しくて、

 

 

 

 

 

 これ以上ないほど、幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その幸せは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血の臭いがするけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 ゆっくりと瞼を上げる。

 

 目の前に見えるのは見慣れた自分の部屋。

 

「……………嫌な夢、見ちゃったな」

 

 時計を見ると、針は八時を回っていた。そろそろ学校が始まる時間だ。一学期初日から遅刻は恥ずかしいので急いで着替える。ネグリジェを脱ぎ、シャツとズボンを着る。シャツはそのまま着ると少しキツいので、サラシを巻いて着こなす。顔を洗い、タオルで顔を拭く。

 

 

 身支度を終え、鏡を見ると男の子が立っていた。

 

 黒い髪、黒い目。

 

 目が隠れるほど長い前髪に、バッサリと切られた後ろ髪。

 

 

 

 僕には、彼が男の子にしか見えなかった。

 

 

「……………寝るか」

 

 

 シャツとズボンを脱ぎ捨て、床に落ちているネグリジェを着る。

 

 ベッドに飛び込み、瞼を閉じる。

 

 

 今度は、良い夢が見れますようにと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと日和!いつまで寝てるのよ、早く起きなさい!」

 

 

 

 下の階から声が聞こえてくる。聞きなれたこの声は、僕を一瞬で眠りから覚まさせる。……どうやら簡単には寝させてくれないらしい。

 

 

「起きてるよー」

 

 

 平然と嘘をつく。今の僕は、学校に行く気分じゃない。

 

 

「どうせまた寝るんでしょ?さっさと起きないと日和の大事なゲームが消えることになるけどいいのかしら」

 

「はい!起こさせていただきます!」

 

 ベッドから飛び起きる。今の僕は、学校に行ける気分だ。いや、学校に行かないと行けない気分だ。彼女は僕の扱い方を心得ているようで、それ以上は何も言ってこなかった。へっ、日和くん検定一級を贈呈してやる。

 

 

 本棚に目を移すと、そこにはゲームの山が出来ていた。まあゲームといってもギャルゲーなんだけどね。

 

 

 

 

 改めて思うが、ゲームは楽しい。

 

 

 

 

 

 現実から目を逸らさせてくれるから。

 

 

 

 

 

 






 シリアスでは、ない。


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プロローグ 

 

 ギャルゲーというものを知っているかい?

 

 ギャルゲーという言葉を聞いて、眉をしかめる人もいるかもしれない。確かに、ギャルゲーは世間一般的に嫌悪されるものだ。だけど、それは皆がギャルゲーをよく知らないからなんだ。人は未知な存在を怖がるからね。

 

 そもそもギャルゲーとはエロゲ―とはまったくの別物なのだ。エロゲーのように主人公が開始十秒でHなシーンに入るわけでもないし、生徒会室でHなシーンになるわけでもない。エロゲ―とギャルゲーの区別をちゃんとしてほしい。

 

 買いに行くのが恥ずかしいという人もいるだろう。

 まあ、僕もギャルゲー見習い(数人の女しか落としたことがない人)の頃は通販にお世話になったものさ。だがしかし、ギャルゲー聖騎士(百人以上の女を落としてきた人)となった今の僕にとっては、直接買うことなど余裕である。たとえ表紙が裸の女の子でも、定員が女の人であっても、十八禁指定のものであっても、僕は平然とした顔で購入する。ギャルゲーで鍛えられた僕の精神力は尋常じゃないぞ。

 

 

 ちなみに、僕たち同士(ギャルゲーマスター)の中ではギャルゲ―のことを恋愛頭脳戦だと呼んでいる。

 ギャルゲーでは主人公の選択によってハーレムエンドや便所エンド、不倫エンドなど幅広い結末を迎えることになる。まさに無限の可能性。一回選択を間違えただけで、いつのまにか便所でうんこ漏らしながら死ぬんだぞ?これを恋愛頭脳戦と呼ばずにしてなんと呼ぶのだ。

 

 

 

 さて、できることならもっと詳しくギャルゲーについて語りたかったんだが、それはまたの機会にしよう。今までのことを聞いて少しはギャルゲーに興味が出てきただろう?

 

 だったら、今すぐにでも僕を助けにきてくれ、頼むから。なぜなら――――――

 

 

 

 

 

「それで、これも捨てていいわよね?」

 

 

「やめてくれ優子ぉぉぉぉぉ!それは僕の命よりも大事なものなんだぁぁぁぁ!」

 

 

 僕の愛した恋愛頭脳戦ゲームが、忌々しい悪魔の手によって墓場に向かいそうになっているからである。

 

「そう、だったら貴方を捨ててもいいのかしら?」

 

「仮にも幼馴染である僕を捨てるなんて、冗談でもキツイよ」

 

「……………」

 

「止まるんだ優子。右手に持っている芝刈り機を今すぐ床に下ろすんだ」

 

「………………ちっ」

 

 舌打ちをしながら芝刈り機を下す優子。その芝刈り機はどこから出してきたのかも気になるが、あえて聞くことはしない。彼女は僕の幼馴染の白いピン止めがチャームポイントの女の子で、昔は純真無垢だったんだけど今では人殺しゴリラに成り果ててしまった。誰の影響だろう。

 

「ええそうね。貴方は草よりも価値のない存在だもの。芝刈り機を使うのが勿体ないわ」

 

「サラっと僕のことを貶したよね。僕に人権はないのかい?」

 

「草権の間違いじゃないの?」

 

「せめて生き物にしてほしかった!」

 

 優子が、優しく微笑む。

 

「それじゃあ貴方の来世はミジンコに決定ね」

 

「微生物か……悪くないね」

 

 ミジンコって貞操観念あるかな。もしないんだったら僕がミジンコ界の母になってみせよう。

 

「……この人形もいらないわね」

 

「ああああああ!照子ちゃん百分の一バージョンがぁぁぁぁ!」

 

 汚いものでも触るようにトングでゴミ袋に入れる優子。確かにその女の子はゲロインとして名を馳せたけどその扱いはひど過ぎる!

 

 

 ドアを二回ノックする音が聞こえ、ドアが開く。

 

 

「痴話喧嘩は良いんじゃが……このままじゃと遅刻になるぞい?」

 

「「誰が夫婦だ!」」」

 

「夫婦とは言ってないんじゃが………」

 

 呆れたような顔をするのは僕の幼馴染である秀吉。彼も僕の幼馴染で壁のような胸がチャームポイントな男の子だ。昔からの純真無垢な性格を受け継いでいて僕の癒し的存在である。最近は一緒にお風呂に入ってくれないのが少し寂しい。

 

「だいたい、コイツは()なのよ!私が同性を好きになるわけがないでしょ!」

 

「え、それじゃあ優子が大好きなBL本はどうなの?男同士だよ?」

 

「二次元だから良いのよ」

 

「二次元ってすごいなぁ」

 

 あれ?BL本も二次元ならばギャルゲーも二次元に分類されるのでは?

 

「ギャルゲーも二次元に入るのかな」

 

「行くわよ秀吉」

 

「あれぇ!?無視は良くないよ!?」

 

「うむ。了解じゃ姉上」

 

「秀吉まで!?」

 

 僕の声が聞こえないのか優子と秀吉は部屋から出ていく。はっ、もしかしてこれって反抗期ってやつなのかな。これで近所のおばちゃんとの会話のネタが増えたね。「ウチの娘と息子がねぇ、とうとう反抗期みたいなのよぉ」的なことを喋ってみたい。

 

「先に行ってるわよ日和(ひより)

 

「初日から遅刻は恥ずかしいからのう」

 

 

 玄関の方から二人の声が聞こえる。ちょっと待って!僕まだネグリジェのままなんだけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、追いついた………」

 

 久しぶりに全力疾走をして、息も絶え絶えになったがなんとか二人に追いつけた。まったく、少し待ってあげようという優しい考えはないのだろうか。

 

「あら、遅かっ―――――きゃああああああああ!」

 

「え、何どうしたの」

 

「どうしたのじゃ姉上。三日間洗っていなかった弁当を見つけたときの顔みたいになっておるぞ」

 

「ひ、日和。何よその服!」

 

 優子が僕を指さしながら二、三歩下がる。何って……ふむ、照子ちゃんゲロ花火バージョンシャツに便所フィニッシュ主人公拡大バージョンズボンだな。

 

「僕の性服だけど」

 

「今すぐその汚物を脱ぎなさい。そして私の半径十メートル以内に入らないで」

 

「ひどっ。僕を病原菌みたいに扱わないでよ」

 

「もしくは……その服を引き千切って犬の餌にしてあげるわ」

 

「ちょっと待って優子!それは下着まで攻撃範囲に入るのかな?」

 

 正直、この服装に対して思い入れはない。福袋でたまたま入ってた服だからね。でも、大事なのは下着も範囲に入るかだ。場合によっては、僕が公然わいせつ罪で捕まりかねない。

 

「安心しなさい。貴方の身体も攻撃範囲に入ってるわよ」

 

「助けて秀吉ぃぃぃぃ!優子に殺されるぅぅぅぅ!」

 

「朝から元気じゃのう……」

 

 呆れるように溜息を吐く秀吉。朝から元気とかそういうことじゃなくて、朝から殺されるんだよ!

 

「全国ネットで僕の名前が流れるときがついに来たか……」

 

「それは殺人事件の被害者としてかの?」

 

「あら、面白そうじゃない。変態として皆から認知されるのね」

 

 な、何故だ。二人とも僕の心配をしていないんだが。

 

「ほら、私の体操着貸すから着替えなさい」

 

「あ、サンキュー」

 

 優子から体操着を渡される。なるほど、ここで着替えろと。優子も結構無茶言うよな。

 

「待ちなさい日和!ここで着替えろとは言っていないわよ!?」

 

「え、いいじゃん。どうせ僕の裸なんて見飽きてるでしょ?」

 

「ここには男子の秀吉がいるでしょうが!それと何でパンツはいてないのよ!」

 

「………………」

 

「あれ?どしたの秀吉」

 

「は、早く服を着るのじゃ!」

 

「え?サラシ巻いてるから大丈夫だよ」

 

「「そういう問題じゃない(のじゃ)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。服を着た僕は二人と一緒に学校への道を歩いていた。

 なんというか秀吉の目線が痛い。僕の方をチラチラ見てるけど……なんか顔についてるかな?

 

「どしたの秀吉」

 

「な、なんでもないのじゃ!」

 

 顔を逸らす秀吉。え、マジで何なの?

 

「アンタも鈍いわね……」

 

「何か言った優子?」

 

「何でもないわよ……」

 

 諦めたような溜息を吐く優子。悩みごとでもあるのかな。

 

「む、あれは明久じゃな」

 

 何かを誤魔化すように秀吉が前方の方を指す。指の先を見ると、男子生徒が封筒をもって悶絶しているのが見えた。てか、明久じゃん。

 

「うわぁ……」

 

 優子はちょっと嫌そうな顔をする。なんというか、観察処分者という肩書を持つ彼のことが苦手のようだ。でも、確かに校門の前で叫ぶのは常識的におかしいと思う。

 

「やっほー明久ー」

 

 手を振って、明久のことを呼ぶ。

 

「あ、日和。おはよう」

 

 明久も、応えるように手を振り返してくる。

 

 去年一緒のクラスになったことで仲良くなったのだが、明久はとんでもないバカだ。どのぐらいバカかっていうと最近まで人間ドックのことを人間と犬の合体形態だと勘違いしていたほど。

 

「校門の前で急に叫びだすなんて、明久も非常識だね。一瞬知らない人のフリをしようかと思ったよ」

 

「ははは、その言葉。そっくりそのまま返してあげようか?」

 

「なんだと明久!」

 

「やんのか日和!」

 

 激しく睨み合う僕と明久。コイツ、僕のどこが非常識だと思っているのだろうか。

 

「なんというかお互い様ね……」

 

「似た者同士じゃな……」

 

 優子と秀吉の声が聞こえるが、今はこのバカを懲らしめてやらないと!

 

「おいお前達、痴話喧嘩は他所でやってくれ」

 

「「誰が夫婦だ!」」

 

 近くにいた西村先生……じゃなくて鉄人が呆れたような顔する。

 スーツの上からでも分かるその筋肉は、トライアスロンで鍛えたらしい。噂でだがアメリカのプロレスラーと戦って勝ったことがあるらしい。本当に何で学校にいるのかが気になる。

 

 こんなバカと夫婦だなんて、想像しただけで鳥肌が止まらない。明久も同じようで腕をしきりに擦っていた。鉄人め……なんて恐ろしいことを。嘘だと分かっていてもこれはキツイ。

 

「夫婦とは一言も言っていないのだが……それよりもこのままだと本当に遅刻になるがいいのか?」

 

「「「「あっ」」」」

 

 そ、そういえばそうだった。こんなバカに構っている時間なんてない!

 

「すみません先生。今すぐにでも行ってきます!」

 

「あ、待ちなさいよ日和!」

 

「待つのじゃ日和よ!」

 

「ちょっ僕を置いていかないでよ!」

 

 後ろから三人の声が聞こえる。はっはっは、三人仲良く遅刻扱いになればいいさ!

 

 

 

 

 

「…………あいつら、自分のクラス分かっているのか?」

 

 

 

 

 

 僕は、このとき先生に自分のクラスを聞かなかったことを死ぬほど後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこのバカでかい教室は……」

 

 僕はこの教室の大きさに、思わず声が零れる。ガラス張りの窓に高級ホテルのような個人スペース、よく見れば個人エアコンやノートパソコンもある。ここって本当に学校かな?

 

「かなりの大きさね……」

 

「うわぁ、高級ホテルみたいだ」

 

「うむ……」

 

 後ろをついてきた三人も、驚いたようで次々と声を上げる。明久と同じ思考回路だったことが悔しいけど。というか、貧乏な明久がホテルに泊まったことがあるのにも驚きなんだが。でもやっぱりこの教室はすごいなぁ。僕のためにある教室のようだ。ギャルゲーが捗りそう。

 

「僕の教室はここに決まりだね」

 

「は?何言っているのよ日和。ここはAクラスの教室よ。貴方みたいなバカが入れるわけないじゃないの」

 

 優子が、信じられないものを見るような目で見てくる。はっはっは、さては僕のことをバカだと勘違いしているようだ。まあそう思うのも無理はない。だがしかし、前回の振り分け試験ではたくさん問題が解けたんだ。舐めてもらっては困る。

 

「僕はやるときにはやる男なのだよ」

 

「そもそも貴方は男じゃな――――――」

 

「ちょぉぉぉっと優子サン?今なんて言おうとしたのかな?」

 

「むがむが」

 

 慌てて優子の口を塞ぐ。この女、口がシャボン玉みたいに軽いな。油断は禁物だ。

 

「………さて、そろそろお別れの時間だね。三人とも」

 

「「「は?」」」

 

 今度は全員から信じられないような目で見られる。いやいや、だから僕の教室はAクラスなんだって。

 

「君達はオンボロF組にでも行ってきなよ」

 

「ねえ秀吉。このバカのことをゴミ箱に捨ててもいいかしら」

 

「ダメじゃぞ姉上。燃えるゴミと燃えないゴミで分けなきゃいかんからの」

 

「焼却炉だったら校舎の裏だよ」

 

 え、何で僕が捨てられる話になってるの?

 

「それで、このバカ二人はともかくこの私がFクラスだというのは聞き捨てならないわね」

 

「はっ、なら優子が先にAクラスに入っても良いよ?どうせクラスを間違えてるって言われるだろうけど」

 

「いいわよ。私が教室に入っても何も言われなかったら貴方も入って来なさい」

 

「りょーかい。優子の涙をふくハンカチは用意してあるから安心してね」

 

「何で私が泣くこと前提なのよ」

 

 優子が、Aクラスの教室に入っていく。可哀そうに、どうやら自信過剰過ぎたようだね……ゴリラがAクラスなわけないじゃないか。現実を見ようよ。君は動物園以外に帰る場所はないんだよ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 あれ?何も聞こえてこない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………ねぇ日和」

 

 明久が僕の肩に手を置く。

 

「……………早く逝きなよ」

 

「…………分かった」

 

 明久の激励を受けて僕もAクラスに入ることにする。大丈夫、あのゴリラだってAクラスに入れたんだ。僕だったら絶対に大丈夫なはず。

 

 

「こんにちはー……」

 

 

 

「「「きゃあああああああ!!!」」」

 

 

 

 足を踏み入れた途端、教室中に響く女子の叫び声。はっ、もしかして僕の登場に驚いたのかな。やれやれ、困った子猫ちゃん達だぜ。いくら僕がイケメンだからって限度というものがあるだろう?

 

「子猫ちゃん達今日もいい天気だぐぎゃっ!?」

 

 

「「「きゃあああああああ!!!」」」

 

 

 痛い痛いって!何で急に物を投げてくるのさ!

 

「ちょ、何が起きてぐふぅおっ!」

 

 

「「「きゃあああああああ!!!」」」

 

 

 僕に飛んでくる文房具の嵐。女子は未だ叫び続けている。なんて肺活量だ。てかコレ本当に危ないよ、当たりどころが悪かったら死ぬって!

 

 

 

 

 

 

 

「い、一旦落ち着いぐぁっ!?(ノートパソコンが頭に当たる音)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ひ、日和ぃぃぃぃぃぃぃ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――こうして、僕の学校生活が始まった。

 

 

 



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試験召喚戦争
第一問 バカは集う


問 以下の問いに答えよ

鎌倉時代、将軍と御家人の間にあった関係は何か

木下秀吉の答え
「御恩と奉公」

教師のコメント 
簡単すぎましたかね。

吉井明久の答え
「禁断の愛」

教師のコメント
身分を越えた恋ですか。

東雲日和の答え
「三角関係」

教師のコメント
もう一人が気になります。

木下優子の答え
「攻めか受けか」

教師のコメント
どうしたんですか?




 

 

「し、死んだかと思った………」

 

 明久によると、僕はあの後数分程気を失っていたらしい。その間に明久と秀吉が僕をFクラスに運んでくれたようだ。別にFクラスじゃなくても良かったのに……。まあ、運んでくれたのはありがたいが。

 

「ほれ、少しはお茶でも飲んで落ち着くのじゃ」

 

「ありがとう秀吉」

 

 秀吉からペットボトルを受け取り、一気に飲み干す。

 っぷはぁー、生き返るぅー。

 

「日和、頭はもう大丈夫なの?」

 

「うん、なんとか……ね」

 

 本当にAクラスでは散々な目にあった。なんで僕がこんな目に合わなきゃいけないんだろう。いや、待てよ。これはもしかして……ツンデレなんじゃないか?確かにその可能性は高い。そうでないと僕に物を投げつける道理がないし。

 

「ふっ……素直じゃないな。あの女の子たち」

 

「急に何を言っておるんじゃお主は」

 

 秀吉が呆れた顔をする。

 

「よう、今年も十八禁は絶好調だな」

 

「げ、雄二」

 

 声のした方を向くと、僕の悪友である坂本雄二が教壇の上に立っていた。

 

 どうやら先生が遅れているらしく、その間だけ教壇に立っているそうだ。去年と変わらない野性味たっぷりなその顔は、いつ見ても女の子を喰らおうとしている肉食動物にしか見えない。早く警察に捕まったほうが社会のためだと思う。さっさと動物園に戻れや。

 

 それと、僕の名前は十八禁じゃないのに雄二はいつもそう呼んでくる。最初こそ直そうと思ったけど全く効果がなさそうだったから諦めた。

 

「雄二もFクラスだったんだね」

 

「まあな。ついでにこのクラスの最高成績者でもある」

 

 最高成績者ってことは雄二はこのクラスの代表ってことか。最底辺クラスの代表なんて胸を張って言えることじゃないと思うんだけど、雄二にとっては誇れることらしい。僕とは少し感性が違うようだ。やっぱり僕は肉食動物とは相容れないらしい。ちなみに僕は肉食系でも草食系でもない、雑食系である。僕の守備範囲はサバンナの平原よりも広いのだ。

 

「それにしても……振り分け試験の前に自分はAクラスだと豪語していたお前が何でFクラスにいるんだろうな?」

 

「うっ、それはその、色々と事情があって」

 

「勉強もしないでテスト受けたら誰だってそうなるわな」

 

「違うんだ雄二。僕が悪いんじゃない。僕を本気にさせなかったテストが悪いんだ」

 

 生まれてから僕は一回もテストで本気を出したことがない。今回も本気じゃなかったからテストの半分の半分の半分しか解けなかったんだ。しょうがないよね。

 

「はぁ……お前を本気にさせるテストなんてこの世には存在しないだろうな」

 

 何を当然なことを。僕に解けない問題なんてあるわけがないじゃないか。

 

 呆れるように溜息を吐く雄二。それを尻目にクラスを見渡すと、流石に落ち着いたのかほとんどの人が席に座っていた。その中にいたとある男子生徒と目が合う。

 

「ムッツリーニ、おっはー」

 

「…………おはよう」

 

 先ほどまでカメラを弄っていた手を止めてこちらを向いてきたのはムッツリ―ニこと土屋康太。

 

 エロスをこよなく愛し、呼吸をするように盗撮を行う彼は僕がお世話になっているムッツリ商会の創設者でもある。保健体育だけはAクラス並みの実力があるんだけど他の教科はボロボロだ。保健体育への執着が少しでも他に回ればいいのになぁ。ちなみに僕が独断と偏見で勝手に作った将来が危ぶまれる生徒ランキング一位でもあり、いつか警察に捕まるのではないかと心配している。

 

 ムッツリーニの肩を叩き、小さな声でアレのことを聞く。

 

「新作が入ったって聞いたけど」

 

「…………(コクリ)」

 

「へぇ、見せてくれるかい」

 

「…………今回は自信作(スッ)」

 

 ムッツリーニは胸ポケットから何枚か写真を取り出して僕に見せてくる。

 ふむ、春休みを挟んだからかバリエーションが豊富だな。確かにムッツリーニがいったように今回は良いものばかりだ。

 

 その中から僕は目についたものを三枚抜き取る。

 

「この三枚で何円?」

 

「…………野口がニ人」

 

「買った!」

 

 千円札を二枚渡し、写真をもらう。

 

 一枚目は白いワンピース姿の秀吉。秀吉は自分から女の子の服を着ないからこれは演劇部で使ったのかな。これで麦わら帽子を被っていたら僕の命が危なかった。

 

 次に買い物を楽しむ秀吉。おい待て、何故隣に明久がいるんだ。まさかアイツこの僕を差し置いてデートに誘いやがったな。あとで異端審問会に報告して血祭にしてやる。

 

 そして最後にパジャマから制服に着替えている写真。………これはもう犯罪じゃないか?

 

「む、誰の写真を見ておるのじゃ?」

 

「ふぃぁっ!?」

 

 秀吉が横から覗き込んでくる。

 

「こ、これはその。ゆ、雄二の写真であって決して秀吉の写真なんかじゃないんだ!」

 

「ほう……日和は雄二に興味があるのかの?」

 

「そっそうなんだよ。特に雄二の筋肉に興味があって、ちょっと見ていただけなんだ!」

 

「……す、すまん日和。俺にはソッチの趣味はなくてな」

 

「だあぁぁぁぁ!?違う!これは誤解なんだぁぁぁぁぁぁ!」

 

 僕だって雄二なんか好きじゃない!どっちかっていうと秀吉のほうが可愛いから好きだし!

 

「……………」

 

「……………どうした秀吉」

 

 腕に力を込めてグッとしている秀吉にムッツリーニが声をかける。確かに秀吉は何をしているんだろう。よく分かんないけどその二の腕白くて触り心地が良さそうだね。後で触らせてもらおう。

 

「あ、そういえば日和。この前貸したゲームどうだった?」

 

「ゲーム……ああ、アレね。面白かったよ。優子に捨てられたけど」

 

「え?」

 

「ん?」

 

互いに、無表情になる。

 

ニコッ。

 

 

ニコッ?

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

「うおっ!危ない!」

 

 僕は横に飛ぶことで明久の拳から逃れる。

 

「えーっと、すみません。ちょっと通してぶべらぁっ!?」

 

 明久の拳が僕の頬を横切ると同時に、何かがグシャッと壊れた音がした。

 

「「「「「あっ……………」」」」」

 

 

 

 

 

 明久の拳は、たまたまそこに立っていた先生の顔面に埋まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明久の渾身の一撃は先生のメガネを壊すという不毛な結果に終わった。まあ、そのおかげで僕は生きてるから一応感謝の気持ちも兼ねてメガネはお墓に埋めておいた。成仏してくれ。

 

「どうも、朝からこのクラスに不安を抱いた担任の福原です。今年一年よろしくお願いします」

 

 先ほどの件を無視して軽く自己紹介を始める先生。明久の拳を受けて生きてるなんてこの先生もタフだなぁ。

 

「皆さん、卓袱台と座布団は問題なく支給されているでしょうか?不備があれば遠慮なく申し出て下さい」

 

 果たして先生の目にはこの教室の設備がどう見えてるんだろう。メガネがなくて見えないのかもしれないけど、まさかここがAクラスの教室に見えているのかな。それなら今すぐ眼科に行った方がいいと思う。

 

「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないです!」

 

「あー、はい。我慢してください」 

 

「先生、俺の卓袱台の足が折れています」 

 

「木工用ボンドが支給されていますので、後で自分で直してください」

 

「センセ、窓が割れていて風が寒いんですけど」 

 

「わかりました。ビニール袋とセロハンテープの支給を申請しておきましょう」

 

 次々と質問していく男子生徒達をバッサバッサと無慈悲な現実で切り捨てる福原先生。

 

 こんな悪環境じゃ勉強したくてもできないよ。

 しょうがない、授業中はマンガでも読んで時間を潰すとするか……。

 

「質問は以上ですか?」

 

 メガネをクイッとするアレをしようとするも、メガネがないことでそれも出来なかったようだ。照れを隠すように僕らから確認を取ろうとする。それと先生、確かに質問の内容は異常だと思います。

 

「ないようなので、後の時間は自己紹介でもしてもらいましょうか。廊下側からお願いします」

 

 教卓の上に手を置き、自己紹介を提案する先生。

 

 へー、一年生のときならともかく二年生ではしないのかと思ってたよ。まあいい、ここはビシッと決めてクラスメートに好印象を植え付けさせたい。いかに自分を簡潔に表現するかがカギになるな。

 

「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる」

 

 トップバッターは僕の恋人(願望)である秀吉。相変わらず可愛いなぁ。この見た目で男なんだから目を疑っちゃうよね。皆が女と誤解するのもしょうがないだろう。僕は子供のころ一緒にお風呂に入ったことがあるから彼が男だと確認している。

 

「このクラスには木下がいるのか」

 

「今日もかわいいな。お付き合いを前提に結婚したい」

 

 隣の男子達がひそひそと喋り合っているのを耳に挟む。ま、秀吉は天使だからね。ファンがいてもおかしくはないだろう。でも、彼らはとてもかわいそうだ。だって秀吉は僕のお嫁さんなんだもん。

 

「おま、秀吉は俺の彼女だぞ。手をだすな」

 

「あ?恋愛に早いも遅いもねぇえだろうが」

 

 …………うーん。現実が見えていないようだね。

 

「喧嘩売ってんのかゴラァ!?」

 

「喧嘩売ってんだよオラァ!?」

 

 立ち上がり、殴り合いを始める名も知らない男子生徒二名。秀吉が自己紹介中だってことを忘れてるんじゃないだろうか。

 

「俺はぁ……一日中木下に踏まれたいんだよぉぉ!」

 

「俺だって……木下の靴下になりたいと何度願ったことか!」

 

 拳が互いの顔面に入り、両者とも倒れる。だが、愛の力なのか分からないがすぐさま復帰し殴り合いを始める。

 

 ああ……もう、そんな夢物語を語っていないでさっさと席に座れよ。大体、幼馴染の僕だって一日中踏まれたことなんてないのに。やっぱり秀吉の隣には純白で穢れのないこの僕こそが相応しい。そもそも秀吉でそんな妄想をしていること自体が許されない。

 

 正義感に火が点いた僕は、立ち上がり二人に向かって叫ぶ。

 

「黙れお前達っ!下品な顔して秀吉に近づくんじゃない!」

 

「「お前にだけは言われたくない!」」

 

 はあ!?僕が秀吉に卑しい気持ちを持ってるとでも思っているのか!?僕がそんなこと考えるわけがないだろう。そうだ、まずは優しく壊れないように触れていって最後には鳥の舞う楽園で秀吉と《自主規制(ピー)》をや……はっ!?今僕は何を考えていた?まずい、秀吉で頭がいっぱいになりそうだ。

 

 「ふんっ!」

 

 卓袱台に頭を打ち付けることで、なんとか思考が冷静になる。あ、危なかったぁ……。

 辺りを見渡すと、未だ男子二名が殴り合っているのが見えた。その周りには男子達が集まり完全に野次馬と化している。先生は止めないのかと思い、先生を見るも、何が起こっているのか分かっていない顔をしていた。そういえばメガネ壊したんだった、メガネがないと何も見えないのかな。

 

 もう一度、視線を周りに向ける。雄二は卓袱台に肘をついて諦観。明久は見覚えのあるポニーテールが似合う女の子にエビ固めを決められている。ムッツリーニはその女の子のパンツを見ようとカメラを構えている。秀吉は呆れたような眼で僕らを見ている。かわいい。

 

 くそっ、この状況じゃ助けは来ないな。仕方がない、僕が現実を見せることで止めさせるか……。

 

「むっ!」

 

「貴様……!」

 

一瞬の隙を突いて、二人の間に割り込む。水を差されたことで二人の顔に不満が見えるが気にしないでおく。

 

「二人とも、聞いてくれ」

 

「なんだ東雲、お前も戦うつもりか?もしそうだというならば容赦はしないぞ」

 

須川と呼ばれていた男子が、僕に対して疑問をぶつける。

 

「違うんだ。僕が言いたいのはそういうことじゃなくて――――」

 

「そういうことじゃなくて?」

 

 

「――――やっぱり、恋人っていうのは秀吉の幼馴染である僕が相応しいと思うんだ」

 

 沈黙が、教室を覆う。

 

 野次馬は静まり、須川くんじゃない方の男子生徒は絶望したような顔で床に膝を付いていた。そして、肝心の須川くんはというと……。

 

 

 

「バカめ!俺がお前を殺せば幼馴染ポジションは俺のものになるんだっ!」

 

 須川くんが意味不明なことを叫びながら殴りかかってきた。どうやったらその考えに至るのかがとても気になる。

 

 当然僕は応戦の構えをとり、須川くんと取っ組み合う。

 

「おらぁ!」

 

「くっ……!」

 

 須川くんのボディーブローが僕の腕に炸裂する。

 

「……なかなかやるじゃないか」

 

「へっ、敵に褒められても……ん?なんかお前すげぇ良い匂いすんな」

 

 

 不思議だ。何故か分からないが一刻でも早くコイツから離れたい。嫌悪感とか不快感が混じり合わさって最低な気分になってくる。

 

「……………」

 

「これは……イチゴのように甘く、時折姿を見せるリンゴの匂いが混ざり合ってぃうぉっ!?」

 

 生理的危機に反応したのか僕の体は限界を超えて須川くんを投げ飛ばすことに成功した。あ、危ない。一瞬だけコイツにキスされる未来が見えた。

 

「…………土屋康太」

 

 暴れまわっている僕達をよそに自己紹介が進む。あれはムッツリーニか。友達が危機に瀕しているのに助けるそぶりも見せないなんて、彼には血も涙もないのだろう。

 

「島田美波です。海外育ちで、日本語は会話はできるけど読み書きが苦手です」

 

 次に立ち上がったのは先程まで明久にエビ固めを決めていた女の子、島田さんだ。

 全身が凶器と同等の威力を持っていて、明久を締めてるのをよく見かける。趣味が明久を殴ることだと聞いたときは僕も思わず頷いてしまった。いやー良い音鳴るんだよね明久の頭って。頭の中空っぽだからかな。根は優しいんだけどツンデレが強すぎるのが残念なところだ。あ、胸もだったね―――ぅぉっとぉ!

 

 どこからともなくシャーペンが飛んでくる。卓袱台をひっくり返すことでそれを防ぐ。

 

「……………チッ」

 

 どうやら投げたのは島田さんのようだ。ははっ、やっぱりツンデレが強いなぁ。

 

「……………(ブシャァッ)」

 

 島田さんがシャーペンを投げる動作の際にスカートの中が見えたらしく、ムッツリーニは血を流して倒れていた。血はあったらしい。

 

「……………後で絶対にコロス」

 

 島田さんが僕を憎しげに睨む。あれは本当に僕を殺そうとしている目だ。

 短いようで長かったなぁ……僕の人生。

 

「次、東雲くんですよ」

 

 人生の走馬灯が脳内に流れ始めたところで、先生の声に呼び戻される。いつのまにか僕の番まで回ってきていたようだ。

 

「あ、東雲日和です。中学ではバスケをやっていて、ベンチのレギュラーとして頑張っていました。よろしくお願いします」

 

 簡潔に自己紹介を終え、席に着く。どうせならもっとやれよと思うかもしれないがこのくらいが丁度いい。

 

 他の生徒も自己紹介を終わらせ、次は明久の番となる。どんな自己紹介か楽しみだ。

 

「吉井明久です。僕の事は『ダーリン』って読んでください♪」

 

 

「「「「ダァァーーリィィィーーーーーーーン!!!」」」」

 

 

「―――失礼。忘れて下さい。とにかくよろしくお願いします」

 

 顔を真っ青にして席に座り込む明久。バカめ、このクラスは正常な奴が集まるところじゃないんだぞ。そんなことしたらどうなるか分かっていただろうに……。

 

 吐き気を堪えるように口を手で覆う明久をよそに、自己紹介は続く。

 

 その後は特に目立った生徒はおらず、名前を告げるだけの単調な作業になっていた。

 あ、須川くんは自己紹介ではなく如何に自分がモテるかについて語りだしたため他の男子生徒達に縛られて窓から捨てられていた。ここ三階だけど須川くん生きてるかな。死んでいたらお墓を作って埋めてあげよう。メガネと一緒に。

 

 聞いてるのも面倒くさくなってきたためマンガでも読もうかと鞄の中を漁り始めたとき、突然ガラリと教室のドアが開いた。

 目をやると、そこにはここまで走って来たのか胸に手を当てて息を切らせている女子生徒が立っていた。

 

「あの、遅れて、すいま、せん……」

 

「「「「えっ」」」」

 

 Fクラスの男子達が驚きの声を上げる。もちろん僕もその一人だ。彼女が持つ豊満な果実に思わず声が漏れてしまった。ぜひとも揉ませてほしい。頼めば揉ましてくれるだろうか。

 

「丁度よかったです。今自己紹介をしているところなので姫路さんもお願いします」

 

「は、はい!あの、姫路瑞希といいます。よろしくお願いします………」

 

 ぎこちない動きで僕らに頭を下げる。彼女は精一杯僕らに誠意をみせようと思ったのだろうが、僕らからだとどうしてもその大きい胸に目が吸い寄せられてしまう。ありがとう、姫路さんのおかげで僕らは喜びで胸おっぱいだ。間違えた。胸いっぱいだ。

 

「あの、なんでここにいるんですか?」

 

 名も知らない男子生徒が手を上げて質問する。聞き方によっては失礼極まりない質問だが、それが僕らが抱いた共通の疑問だった。

 

 彼女とは面識のない僕だが、噂についてはよく聞いたことがある。なんでもテストではいつも百点に近い点数を取り、容姿端麗で品行方正。教師からの覚えも良いという彼女がFクラスにいるというのは、はっきりいって異常事態だった。例えるならば雄二がブラをつけて登校してくるような異常事態。いや、雄二がブラつけてきてもそんなに異常事態だと思わないな……。

 

「そ、その……振り分け試験の最中に高熱をだしてしまいまして……」

 

 その言葉を聞いた僕らは『ああ、なるほど』とうなずく。

 

 試験中の途中退席は無得点扱いになる。だから彼女はFクラスに配属されたのだろう。

 いやちょっと待て、確か召喚される召喚獣の装備って振り分け試験の点数によって変化するんじゃなかったったけ。

 

 ……あれ?ということは、もしかしてだけど姫路さんの召喚獣って裸なんじゃ―――――――

 

 

 

 

「ブシャァァァァァァッ(鼻血が飛び出る音)」

 

「どうしたのじゃ日和よ!?」

 

 秀吉が驚いた顔をして僕に近づいてくるのが見える。

 し、しまった……。姫路さんのボインを想像するとは……なんて危険なことをしてしまったんだ。

 

「ひ…姫路の……裸……が………」

 

「……………!(ブシャアアアア)」

 

 ムッツリーニも姫路さんの裸を想像したのか鼻血を出して倒れる音が聞こえる。

 

「秀吉……どうしても伝えたいことがあるんだ……」

 

「なんじゃ、言ってみるがよい」

 

「今日の僕の……」

 

「うむ」

 

「パンツの色は………」

 

「うむ……うむぅっ!?」

 

「無色透明……さ………」

 

「そ、そうかの」

 

 

 

 

 

ちょっと顔を赤らませた秀吉が、僕には魂を導く天使に見えた。ありがたや……。

 

 

 



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第二問 地獄を見た変態

バカテスト

問 以下の(   )に入る言葉を書き込みなさい。

紅白の起源となった源氏と平氏の戦いは(   )である。

姫路瑞希の答え
「壇ノ浦の戦い」

教師のコメント
正解です。

吉井明久の答え
「たけのこ派VSきのこ派」

教師のコメント
ちなみに私はたけのこ派です。

東雲日和の答え
「おしり派VSおっぱい派」

教師のコメント
後で職員室に来てください。








 

 

 吉井明久side

 

 

 

 姫路さんの裸を想像して鼻血を出してた変態二名は仲良く床に沈んでいた。初対面(たぶん)の女の子の裸を想像するなんてとんでもない奴らだ。いつか街中で警察に捕まるのではないかと思う。マジで。

 

「ど、どうしたんですか!?もしかして私のせいで……!?」

 

 突然鼻血を出した二人を見てあたふたと慌てる姫路さん。その動作だけで胸が揺れる。確かにこれはかなりの破壊力だ……!

 

「大丈夫だよ姫路さん。いつものことだから」

 

「それはそれで大丈夫じゃない気がしますが………」

 

 ムッツリーニは今日二回目の血花火?だけどこれくらいじゃ死なないはずだ。

 歴代最高記録はムッツリーニが十七回、日和が十二回だった気がするし、まだまだ余裕である。

 

 

「姫路さん。席に座ってください。まだ自己紹介がすんでいない人がいますので」

 

 時間が時間が押しているのか時計を見た先生が僕の肩を叩きながら言う。

 

 ……先生、メガネしていないから分からないんだろうけどそれ僕です。

 呼ばれた当人である姫路さんはきょとんと首を傾げている。そういえば先生のメガネ粉砕事件のときに姫路さんはいなかったっけ。後で説明してあげないと。すべては日和が悪かったということを。

 

 姫路さんは首を傾げた後、またあたふたし始めた。なんというか見ていて飽きないな。

 

 申し訳なさそうな顔をして、姫路さんが僕に近寄ってくる。

 

「吉井くん、席ってどこに座ればいいんでしょうか……?」

 

「席は基本的に自由だよ。空いてるところに好きに座ってね」

 

 席が自由なことに驚く姫路さん。僕も最初聞いたときにはびっくりしたけど今はもう慣れてる。というか慣れるしかない。

 それと、男子達が隣の席を空けようと周りの人と殴り合いをし始めた。姫路さんと隣になりたいからって今からじゃ間に合わないのに……。

 

「そ、それじゃあ…………」

 

 姫路さんはFクラスの男子達の熱い視線を浴びながら僕と雄二の隣の席に向かう。

 これはまずい!

 

「「「「死ねぇぇっ!」」」」

 

 姫路さんが席に着いたと同時に投げられるカッターやシャーペンの応酬。

 

「くっ、日和バリアーーーッ!」

 

 とっさに床に沈んでいた日和を盾にして体を守る。ごめん日和、君のことは忘れない!

 

「ムッツリーニバリアーーーッ!」

 

 雄二はムッツリーニを盾にして身を防いだようだ。幸運なことにムッツリーニにはあの凶器の嵐が一つも当たらなかった。僕も日和の状態を確認するが目立った損傷はない。良かった、目を覚ましたら右腕がないなんて状況になったら僕が殺されかねないからね。

 

「「「「ちっ、外したか……」」」」

 

 憎しげに僕らを睨む男子達。このクラスやばい。

 

「坂本くん、君が自己紹介最後の一人ですよ」

 

 目の前で殺人未遂が起きたのに気づいていないのか先生は平然とした口調で雄二を呼ぶ。

 このクラスもヤバいけど先生もヤバい。

 

 雄二は意識のない日和を肩に抱えたまま、教壇に上がる。そして、日和をゴミ箱に投げ捨てた。綺麗に弧を描いた日和は頭からゴミ箱に突っ込む。友達への扱いがひどいと思う。雄二にとって日和はゴミに等しいのだろうか。それを見た秀吉の身体が一瞬跳ねたのも気になるけど。

 

 教卓に手を着いて、雄二が口を開く。

 

「Fクラス代表の坂本だ。俺のことは好きなように呼んでくれ」

 

 クズ野郎と呼んでもいいのだろうか。

 

「さて、皆に聞きたいことがある」

 

 床に座る僕達を見下ろしながら、雄二はゆっくりと問いかける。間を取るのが上手いせいか、僕らは雄二に釘付けになる。全員が自分のほうを向いたのを確認した後、雄二の目線は教室内の各所に移り出す。

 

 

 かび臭い教室。

 

 

 古く汚れた座布団

 

 

 薄汚れた卓袱台。

 

 

 ゴミ箱に頭を突っ込んだまま動かない男子生徒。 

 

 

 雄二の視線の先を僕らもつられて見てしまう。これは、あまりにもひどい。

 

「Aクラスは冷房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが―――――――」

 

 一呼吸おいて、静かに告げる。

 

「―――――――不満はないか?」

 

 

『大ありじゃぁっ!!』

 

 

 爆発する叫び声。

 

「だろう?俺だってこの現状は大いに不満だ。代表として問題意識を抱いている」

 

『そうだそうだ!」

 

『いくら学費が安いからと言って、この設備はあんまりだ!』

 

『そもそもAクラスだって同じ学費だろ?差が大きすぎる!』

 

 それぞれが心の底で思っていたことをぶちまける。

 

「みんなの意見はもっともだ。そこで代表としての提案なんだが――――――」

 

 雄二はもったいつけるように間を開けてから、自信に満ち溢れた顔で、

 

 

「―――――――FクラスはAクラスに『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う!」

 

 

 

 学力最底辺の僕らにとんでもないことを提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Aクラスへの宣戦布告、そして勝利することによって得られる設備の交換権を使ってこのオンボロ教室から脱却するのが雄二の作戦なんだろう。

 

 

 しかし、それを実現させることは学力最低辺のFクラスにとって不可能に近い。

 当然、現実味のない作戦に不満の声が上がるが、雄二は片手を上げることでそれを制する。

 

「大丈夫だ。俺達なら必ずAクラスに勝つことができる。いや、勝たせてみせる」

 

 雄二は自信満々にそう言い切るが、僕には雄二の考えがまったく理解できない。

 そもそも、AクラスとFクラスには天と地の程の戦力差がある。それを覆すのは、どうやったって無理なはずだ。まだ少しの間しかこのクラスにいないけど、このクラスの連中の頭の悪さは十分に分かっていた。せいぜい使える人材は僕と姫路さんと、それと一つの科目に特化したムッツリーニぐらいだろう。戦力も質も違う。

 

「安心しろ。俺が勝てると断言できる根拠を今から説明してやる」

 

 野性味満点の八重歯を見せながら、雄二が壇上から僕らを見下ろす。

 

「おいムッツリーニ。畳に顔をつけて姫路のスカートを覗いてないで前に来い」

 

「……………!(ブンブン)」

 

「は、はわっ」

 

 いつのまにか復活を果たしていたムッツリーニが、必死になって否定のポーズをとる。姫路さんがスカートの裾を押さえて遠ざかると、ムッツリーニは残念そうな顔をしながら壇上に立ちあがった。

 

 僕はムッツリーニが覗きなんてしていないと信じたかったが、顔についた畳の跡を見て『こいつやりやがったな』と思ってしまった。裏切られた気分だ。後でパンツの色を教えてもらおう。やっぱり清楚な白色だろうか。いや、もしかしたら大人な黒色かもしれないな。

 

「こいつの名前は土屋康太。またの名を寡黙なる性識者(ムッツリーニ)ともいう」

 

「…………!!(ブンブン)」

 

『ムッツリーニだと……!』

 

『嘘だろ、アイツがあの……?』

 

『だが見ろ。あそこまで明らかな覗きの証拠を未だに隠そうとしているぞ……』

 

『ああ。ムッツリの名に恥じない姿だ』

 

 顔にある畳の跡を隠そうとしている姿はとても哀れに思えてくる。

 やはりムッツリーニはどこまでもムッツリスケベだ。

 

「それに、姫路もいる」

 

「えっ、私ですか?」

 

「ああ、ウチの主戦力だからな。よろしく頼むぞ」

 

『そうだ、俺達には姫路さんがいるんだった』

 

『彼女ならAクラスにも引けを取らない』

 

『あの豊満な果実を一揉みさせてくれるのならばどんな敵をも打ち倒そう』

 

 最後のやつは欲望が駄々洩れしてるが、かすかに希望が見えたのは事実だろう。

 

「木下秀吉だっている」

 

『確か演劇部のホープの……』

 

『ああ、アイツ木下優子の……』

 

『最近胸が急成長してるって噂が流れてる奴か……』

 

 学力では姉の木下さんに届かないけど、その分演劇で活躍している。何度か練習に付き合ったことがあったけど、いつも圧巻の演技に驚かされた。

 

「ついでに東雲日和もついてくる」

 

 お子様セットのおもちゃみたいなノリで呼ばれた彼は、ゴミ箱に頭を突っ込んで意識を失っていた。まさかこんな状態で紹介されることになるとは微塵も思っていなかっただろう。たぶん皆からはゴミ箱の人として認識されたと思う、

 

『おお、十八禁コーナーの番犬か!俺の盾役としては期待できそうだな』

 

『パンツをはくのは恥ずべき行為だとノーパン主義を唱えていた……』

 

『店員の目を盗んで十八禁コーナーに何度も侵入しようとした伝説の小学生……噂は本物だったか』

 

 意識を失ってるからか、皆からの反応が遠慮ない。まあ、付き合いが少ない皆からしたら日和は変人にしか見えないだろう。僕は知っている。付き合いが長くても彼は変人にしか見えないことを。

 

「校内の女子全員から嫌悪されているというアイツなら、女子に対するこれ以上ない戦力といえるだろう」

 

 ゴミ箱から日和を出そうと引っ張る雄二だが、上手くハマっていてなかなか取り出せない。

 雄二が勢いをつけて引っ張ると、ゴミと共に吹き飛ばされ壇上に着地した。後頭部から。

 

「俺も全力を尽くすから安心しろ」

 

『ふむ。確かに、なんだかやってくれそうだな』

 

『坂本って、小学生の頃は神童とか呼ばれていなかったか?』

 

『俺も聞いたことがある。姫路と同じで坂本も体調不良だったのか』

 

『Aクラスレベルが二人もいるってことだな!』

 

 

 気がつけば、クラスの士気は確実に上がっていた。皆がやる気に満ちた顔をしていて、僕も熱い何かが込み上げてくる。

 

 

「それに、吉井明久だっている」

 

 

 

 

  ……シン

 

 

 

 

 

 そして、一気に下がる。

 

 

 

 

 

 ……あれ、僕ってそんなに有名じゃない?

 

 

 

「うおおおおおおおおお!?」

 

 

 

 そしてその静寂の空気を引き裂く一人の日和(変態)。雄叫びを上げてむくりと起き上がる。

 

 

 

 

 

 ……シン

 

 

 

 

 

「……おい……ガキ共……これは………どういう状況だ?」

 

 

 

 何故か、キメ顔で某巨人殺戮漫画の兵士長っぽく言った彼の後ろ姿はとてつもなく小さく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東雲日和side

 

 

 

 

 

「あれ……?ここはどこだ……?」

 

 気づいたら、僕は森の中を歩いていた。

 緑が生い茂っていて、とても気持ちが穏やかになってくる。舞い散る花弁も今は鬱陶しくは感じず、むしろ爽快な気分になってくる。

 

「むむぅ……?さっきまでFクラスの教室にいたはずなんだけど……」

 

 後ろを振り向くと、そこには大きな川が流れていた。花弁が川に落ちてきて流れてくる光景はとても幻想的で思わず感嘆の溜息が零れてしまう。これで秀吉が流れてきたらもっと最高なんだけどな。

 

『おーい、東雲ー』

 

 川の向こう側の岸から僕を呼ぶ声が聞こえる。今の声は……確か須川くんの声だった気がする。

 

 声がした対岸をよく見ると白装束を着た須川くんが手を振っていた。三階から落ちたけど生きてたらしい、意外とタフだな。

 

「どうしたの須川くーん」

 

 僕も手を振りながら応える。

 

『はやくこっちにこいよぉー、こっちはいいところだぞー』

 

 須川くんは満面の笑みを浮かべて僕を呼ぶ。須川くんは簡単そうに言うけど、どうやってそっちにいけばいいんだろう。まさか川を泳いで渡れってか?僕は泳げないから無理だ。沈むのは得意だけどね。だから泳いでいくのは却下。それ以外に方法があるとすれば……。

 

「そこに船ってあったりするー?」

 

『船か?それなら近くにあるが』

 

 お、ラッキー。

 

「それに乗ってこっちにきてくれるかなー」

 

『分かった。そこで待ってろよー』

 

 そういって須川くんの姿が見えなくなる。船を取りにいったのかな。……というか須川くん船運転できるのか?他に人がいてその人に手伝ってもらっているのかもしれない。そうだったらあとでお礼をしておこう。

 

 待つこと数分。少し眠くなってきたころにどこからともなく波の音が聞こえてきて、音のする方を向くと巨大な船が川を突っ切って来ていた。

 

「お、やっと来……え?」

 

 髑髏のマークが書かれたボロボロの帆、船の先端にも骸骨が飾り付けられており、船上には青白い肌のゾンビが複数……ひぃぃっ!?ちょっと待ってあれって幽霊船じゃん!さっきから不思議な場所だなって思ってたけどここ三途の川だわ!

 え、僕死んだの!?処女のまま死んだのか!?まだ秀吉と《自主規制(ピー)》や《自主規制(ピー)》なこともしていないのに!?マジかよ、こんなことになるくらいなら強引にでも《自主規制(ピー)》しておけば良かった……!

 

『ほら、早く登ってこいよ』

 

 船の先端に乗っていた須川くんがロープを垂らしてくる。心遣いは嬉しいけどそれは地獄への片道切符なんだよなぁ……!

 

 心と葛藤しながら、僕は須川くんに向かって叫ぶ。

 

「ごめん須川くん、僕はまだそっちには行きたくないっ!」

 

 叫び終わると同時に須川くんに背を向けて走り出す。須川くん死んでたのか……。というか須川くん先生のメガネつけてたよね。メガネに命ってあったんだ。いやいや、それよりも早く逃げないと!

 

『はっはっは、遠慮するなって東雲。俺達は歓迎するぞ。なあメガネ』

 

『メガッメガメガメガーネ(もちろんさ、彼にはお世話になったからね)』

 

 聞こえない、僕にはメガネが喋ってる声なんて聞こえないっ!

 

 幽霊船は岸に乗り上げてそのまま森の中を滑ってくる。なんでもありだな地獄っていうのは!

 

 だけど、流石に木を薙ぎ倒しながら滑ることは出来ないらしく、船は木々の手前で止まった。

 

 よ、良かった。あの速度だと追いつかれそうだったけど、足で追いかけてくるのならまだ勝機はある。

 

 そんな希望を胸に秘め、後ろをチラッと見るとそこには――――――

 

 

『てめぇ待てやゴラァ!』

 

 

 ―――――――暴走族のような恰好をした須川くんとゾンビたちがバイクに乗って僕を追いかけて来ていた。

 

 

「はぁ!?」

 

 僕もこれには驚いて声が出てしまう。まるで某世紀末救世主のような恰好だね。ていうかゾンビまで追いかけてくる必要性が見当たらない。そもそも豊かな森の中を走る暴走族って凄く噛み合わないんだよ!雰囲気が台無しだ!

 

『ヒャッハー!地獄は最高だぜぇ!可愛い女の子もいるし、自由に遊べるしよぉ!』

 

「……可愛い女の子か。確かにそれはそれで興味が―――はっ!違う、僕には秀吉が必要なんだ!秀吉のいない地獄なんて興味がないはずなんだ!」

 

 自分に言い聞かせるように言葉を吐く。

 

「そ、そんなことより早く逃げないと――――」

 

 

 ――――――あれ?そもそも僕はどこ逃げればいいんだ!?まずい、このままじゃ捕まってしまう……なんかすごい既視感(デジャヴ)だな。今朝もこんなことがあった気がする。ってそんな場合じゃないんだよバカ野郎!走れ走れ走れ!とにかく走れ!頼む神様仏様、僕にこいつらから逃げ切るための力を!

 

「……………っ!?」

 

『な、なんだあの光は!?』

 

『メガァーーー!?(目がぁーーー!?)』

 

 必死の逃走劇を繰り広げる僕の体から、突如として光が漏れだす。あ、ありがとう神様!

 

 背には白い翼が生え、いつのまにか僕は空を飛んでいた。行ける、今の僕ならこの地獄から脱出できる!

 

「うおおおおおおお!!」

 

『ま、待て!俺を一人にしないでくれ!メガネと地獄なんて嫌だぁーーー!』

 

『メガッネ、メガネンネェーーー!(こっちだって、願い下げだわぁーーー!)』

 

 

 

 遥か下から聞こえる叫び声は、悲痛の感情に満ちていて僕は思わず涙が零れそうだった。

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおお!?」

 

 

 光が僕の視界を奪うと同時に、目の前にFクラスの教室の景色が飛び込んできた。

 

 

 

 

 ……シン

 

 

 

 そして教室を覆う静寂の空気。え?お通夜ですか?皆顔を伏せてるし、悲しいことでもあったのか。いやでも、明久は笑ってるような泣いているような顔をしているからお通夜でもないはず……。

 

 

「……おい……ガキ共……これは………どういう状況だ?」

 

 

 

 妙に、僕の声が教室中に響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





もっと秀吉と日和を絡ませたい。





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第四問 さらば友よ、トイレで会おう

問 以下の問題に答えなさい

代表的な最古の猿人の名前を答えよ

姫路瑞希の答え
「サヘラントロプス・チャデンシス」

教師のコメント
よくできました。

木下秀吉の答え
「ホモ・サピエンス」

教師のコメント
猿人ではありません。次は間違えないようにしましょう。

吉井明久の答え
「ホモ・雄二」

教師のコメント
本当だったらびっくりです。

東雲日和の答え
「西村先生」

教師のコメント
西村先生が職員室を飛び出していきました。逃げ切れるといいですね。



 

side 東雲日和

 

 

「……ちょっと雄二!どうしてそこで僕の名前を挙げるのさ!」

 

 明久が僕のことを無視して叫ぶ。ありがとう明久!君のおかげで僕の精神力は生き残ることができた。でもちょっとは反応してくれると嬉しいな!

 

『……誰だそいつ』

 

『聞いたことがない名前だな』

 

「ほらぁ!皆の士気も下がったじゃないか!僕は雄二達と違って優等――――ってなんで僕を睨むの!?僕のせいじゃないよ!」

 

 教壇の上から明久を睨む雄二の顔は、まさに獲物を狙う肉食動物。男である明久も許容範囲だったとは驚きだ。ていうか何の話してるの?

 

「……ふむ。お前らは知らないかもしれないがコイツはあの《観察処分者》だ」

 

 さも明久のことを秘密兵器のように言う雄二。実情はただの問題児だけど。本当に何の話をしているのか気になるなぁ。

 

 あ、でも観察処分者のことは聞いたことがある。

 

「バカの代名詞とも呼ばれてるよね」

 

「違うんだ!これはちょっとお茶目な生徒につけられる名誉ある称号で」

 

 まだ言い訳をしようとする明久の往生際の悪さには呆れてしまう。

 

「明久……いい加減自分がバカだってことに気付こうよ」

 

「そ、それをいうんだったら日和だって十八禁じゃないか!」

 

「貴様どこでそのことを知った!?」

 

「え、雄二が皆に言ってたよ。『こいつは全世界の女子から嫌悪される十八禁だ』って」

 

「………………」

 

「ちょっと待て明久!俺は校内の女子としか言っていな――――――ぐああああ!?

 

「病原菌を発見、即座に排除します」

 

「落ち着け十八禁!話せば分かああああああああ!?」

 

「……………もはや喜劇じゃのう」

 

 秀吉が何か言っている気がするが、今はコイツだ。地獄というものを見せてやる。

 

「…………話しが進まない」

 

 僕の横に瞬間移動のような素早い動きで立ち、紙らしき物を僕の()ポケットに入れるムッツリーニ。ポケットの中を確認するとランニング中の秀吉の写真が入っていた。

 

 ………仕方ない。秀吉の写真に免じて退いてやるか。

 

「…………………この感触はっ!?(ブシャァァァァ)」

 

そして鼻血を噴き出して倒れるムッツリーニ。今の一瞬に何が起きたんだろう。

 

「いてて……ったく。少しくらいは加減しろよな」

 

「加減する理由がない」

 

 首を動かしながら、雄二が立ち上がる。自業自得だと思う。それか因果応報。

 

「ほら、早く続きを説明してあげなきゃ。僕の紹介で止まってるよ」

 

「明久、後でお前を殺す」

 

「えぇ!?何で!?」

 

 雄二の突然の死刑宣告に驚く明久。

 自業自得だ、それか因果応報。二人ともどことなく似てるよなぁ。いや、似てきてるっていった方が正しいか。バカは引かれ合う関係にあるようだ。

 

「………話しを戻すが、観察処分者というものは教師の雑用を手伝わされる者のことをいう」

 

「まあ、そうだね」

 

「具体的には力仕事とかそういった類の雑用を、特例として物を触れるようになった試験召喚獣でこなすといった具合だ」

 

 明久が度々西村先生に呼び出されたのは雑用を任されてたからだったのか。

 物理干渉出来るということは知ってたけど、その使い道は知らなかった。この前その力をを見せてもらったときはサッカーゴールを持ち上げてた程だったから常人の百倍の力があるんじゃないだろうか。………学校に来ても勉強はしないで、先生の手伝いに駆り出されてるのを想像すると、明久は生徒から用務員に職変更した方がいいと思う。

 

「そういえば……召喚獣のダメージは本人にも通るんじゃなかったっけ」

 

『痛みがフィードバックするって……おいおい、それっておいそれと召喚できないってことじゃないか?』

 

『召喚獣の戦闘にあんまり出せないってことだよな』

 

 僕の呟きに皆が騒ぎ出す。

 

「気にするな。どうせ、いてもいなくても同じような雑魚だ」

 

「雄二、そこは僕をフォローする台詞を言うべきところだよね?」

 

 真実を伝えた雄二を明久は信じられないものを見たかのような声で声を上げる。僕も信じられない、その事実に気付いていない人がいるなんて思ってもいなかった。

 

 悲しむ明久に優しく声をかける。

 

「大丈夫だよ明久。君は雑魚じゃない、いつかは誰かに必要にされるときが来るさ。たぶん」

 

「なんでそこでたぶんを付けるのかな」

 

「そりゃあ………ねぇ?」

 

「ねぇって何!?すごく気になるんだけど」

 

 じゃあ言わせてもらおう。

 

「ボールは友達。友達はボール。そして明久はボール以下の石ころさ」

 

「ひ、ひどい!」

 

「良かったなじゃないか。来世は石ころらしいぞ」

 

「嫌だ!せめて生き物にしてほしい!」

 

「じゃあ須川はどうかな」

 

「石ころでお願いします」

 

 真剣な顔で答える明久。確かに僕も須川くんは生理的に無理かなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 side 吉井明久

 

 

 その後一悶着あったが、演説で雄二が皆の士気を上げることで無事終了。そして今は、誰がDクラスの宣戦布告の使者になるかの話しになっていた。

 

「明久でしょ」

 

「………明久以外いない」

 

「明久頼む。無事大役を果たせ!」

 

「なんで満場一致で僕なのさ!?」

 

 皆が僕を指名する。そんなに僕って信頼されてたっけ。

 

「ていうか下位戦力の宣戦布告の使者ってたいてい酷い目に遭うよね?」

 

「ははは、そういうのは映画や小説の中だけだよ」

 

「大事な使者に怪我なんかをさせるわけがないだろう」

 

「………むしろ歓迎される」

 

 笑顔で答える日和。信じられないものを見るような眼で見てくる雄二。首を横に振って否定の意を示すムッツリーニ。三者三様な反応だけど皆酷い目に遭うとは思っていないようだ

 

「そ、そうだよね。分かった行ってく――――――」

 

「待って明久!」

 

 行こうとしたところで日和に呼び止められる。

 

「え、どうしたの日和」

 

「実は……どうしても……皆に伝えたいことがあるんだ……」

 

「なんだ急に」

 

「……様子がおかしい」

 

 腰は震えていて、首筋には汗が流れている。それほど重大なことなのか。

 

「忘れもしない………この焦燥感……」

 

「おいおい大丈夫か日和」

 

「顔色悪いよ?保健室に行く?」

 

「………応急手当」

 

「皆……ごめん……僕……―――――」

 

 ゴクリと唾を呑み込む音が聞こえる。

 日和はゆっくりと顔を上げ僕らに向けて口を開く。

 

 

 

 

 

「トイレ行ってくるわ」

 

 

 

 

 

「「「地獄に行ってこい」」」

 

 雄二が日和を蹴飛ばして教室から追い出す。今刺激したら漏れちゃうと喚いていたが別にかまわない。十八禁の伝説にお漏らしが加わるだけだ。

 

「はあ……、日和の奇行にはいつも驚かされるな……」

 

「そうだね……一年経っても慣れないや……。ていうか雄二って本人がいないとちゃんと名前で呼ぶんだね」

 

 これが日和がよく言っているツンデレなのだろうか。雄二がツンデレしても需要はないと思うけど。

 

「秀吉、念のためお前が追いかけて見張っててくれないか」

 

「うむ?それはいいが何故ワシなのじゃ?」

 

「恐らく日和は女子トイレで用を足そうとするだろう。だからこその秀吉だ」

 

「確かに、秀吉が女子トイレに入っていても違和感がないよね」

 

「日和が男子トイレで用を足すという考えはないのかのう……」

 

 そんなこと、地球は丸いなんて同じレベルで常識なのに秀吉は知らないのだろうか。

 

「それじゃあ行ってくるのじゃ」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

 秀吉を雄二が送り出す。秀吉も大変だなぁ、日和のお守りをしなきゃならないなんて。

 

 雄二が僕の方を向いて口を開く。

 

「話しを戻すが、明久、使者としてDクラスに行ってくれるか?」

 

「分かった。それじゃあ行ってくるね」

 

「ああ、頑張れよ」

 

「………さらば友よ」

 

 

 

 ムッツリーニが何か言っていたようだけど、その時の僕には聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

「怪我じゃすまないかもしれないからな。救急箱を用意しておくか」

 

 

 

 

 もちろん、雄二のこの声も。僕の耳には入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回は少なめです。


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