やはりこの生徒会はまちがっている。 (セブンアップ)
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原作ルート
かぐや様は誘わせたい


 恋愛。

 それは、男と女が互いに互いを恋い慕うことである。言葉だけで聞けば、とても美しく、素晴らしいと感じるだろう。

 

 だがしかし。

 今の世の中、恋愛とは、そんな綺麗ごとを抜かせるようなものではない。恋愛をする者達が、絶対に幸せになるとは限らない。むしろ、不幸となることだってあるのだ。

 

 中学の俺も、誰かを好きになったりした。しかし、結果は惨敗。それどころか、噂が広がり針の筵状態。恋愛するなとは言わないが、誰かを好きになるなら、それ相応の覚悟をすることなのだ。

 

 さて、恋愛に対して色々と論じた俺こと比企谷八幡だが、今は元気に真面目に生きてます。

 俺が通う高校、私立秀知院(しゅうちいん)学園は、昔貴族や士族を教育する機関として設立された、由緒正しい名門校。貴族制は廃止にされた今でなお、富豪名家に生まれ、将来的に国を背負うであろう人材が多く集っている。

 とはいえ、必ずしも名家に生まれた者達だけが就学しているわけでなく、外部受験でこの高校を選んだ一般人もいるのだ。

 

 俺も、外部受験でこの高校を選んだ平凡の一人。わざわざこんな東京の名門校など普通受験するわけがない。最初は総武高校や海浜総合などを受験しようと考えたのだが、同じ中学の連中がそこに通うと耳に入れたので、断念したのだ。黒歴史を高校にまで広められたらたまったもんじゃない。

 結果、俺が行ける限界ギリギリの高校を他府県で探した結果、ここ私立秀知院学園となった。

 

 そして現在。

 入学式の交通事故やら何かと少しやらかしてしまったものの、平穏な日常を過ごしている……。

 

 というわけでもなく。

 

「そういえば今日、庭の噴水にある甘いりんごと、さくらんぼのレリーフの奥深くにかたつむりが…」

 

「俺の妹が昔暑いからと言って、噴水に入って風邪を引いてな。本当、感情で動くと碌なことに…」

 

 なんでこうなった。

 

 目の前で雑談しているこの二人は、秀知院じゃ有名中の有名。まず、この二人の紹介をしよう。

 

 まず女子生徒。容姿端麗、学業優秀、そして運動神経抜群。完璧な三拍子揃った彼女の名は、四宮(しのみや)かぐや。総資産200兆円を誇る巨大財閥"四宮グループ"の令嬢。そして、秀知院生徒会副会長でもある。

 

 そしてもう一人の男子生徒。名は白銀御行(しろがね みゆき)。こちらは外部受験で秀知院に入学。鋭い目付きが特徴的な男子。四宮とは違い、バックに有名な組織があるわけではない。

 では何故有名なのか。それは、彼が学年一位の成績を誇り、秀知院学園生徒会長を勤める男だからだ。外部受験で入学した一般人が学年一位の成績を誇り、しかも生徒会長になる。有名にならないわけがない。

 

 そんな大物二人が、何故俺の目の前にいるか。

 それは、俺が生徒会の一員だからである。

 

 一年の冬辺りに、白銀と四宮の二人から、生徒会に入らないかという勧誘があった。そうなったきっかけは、追々話すが、とりあえずそんなことがあった。

 正直、生徒会なんぞクソ面倒だし、当初は断ったのだ。白銀はあっさり引いてくれたのだが、隣にいた四宮がまるで暗殺者みたいな様相していたのだ。

 まるで彼女から「会長からのお誘い何断ってんの?」的な威圧だった。そんな彼女が怖くて、渋々生徒会に入ることになった。とはいえ、今では別に悪くないところだと思っている。

 

 白銀や四宮だけでなく、天然っ子の書記係、藤原(ふじわら)千花(ちか)や、アニメやラノベなどで話が合う会計係の石上(いしがみ)(ゆう)など、個性的な人物ばかりではあるが、彼ら彼女らとの関係自体は、悪くないと思っている。

 

 そして、昼休みの現在。

 いつも通り、生徒会の仕事を片付けていたのだが。

 

「なんか映画のペアチケットが当たったんですけど、家の方針でこういうものを見るのは禁止されてまして〜。3人はこういうのご興味ありますか?」

 

 藤原が、恋愛要素丸出しのチケットを取り出す。

 

「俺は別にだな。つか、そもそも行く相手がいねぇし」

 

「比企谷くんは石上くんみたいなこと言いますよね。もしかして生き別れの兄弟?」

 

「なわけないだろ」

 

 確かに、ちょっとキャラが被ってるなって思わないことはないが。

 

「そういえば、週末は珍しくオフだったな」

 

 白銀は手帳を取り出し、何もないことを確認する。

 

「比企谷が使わないなら、四宮、俺達で…」

 

「なんでも、この映画を男女で見に行くと、結ばれるジンクスがあるとか〜。素敵!」

 

 藤原がそう何気なく言った瞬間、白銀は固まってしまう。そしてペンを走らせていた四宮は一度置き、白銀の方を向く。

 

「会長。今、私のことを誘いましたか?」

 

 白銀は、依然固まったまま。そんな白銀を四宮は、揶揄いつつ、そして追い詰めるように言葉を重ねる。

 

「男女で見に行くと結ばれる映画に、私と会長の男女で行きたいと。あらあらまあまあ…それはまるで……」

 

 デートのお誘いでしょうね。

 人間観察を得意とする俺には、そこそこ付き合いの長いこいつらを見て思ったことがある。

 

 こいつらお互いのこと好きじゃね?と。

 

 白銀は四宮を、四宮は白銀を好きになっている。つまり、両想いなのだ。

 しかし、こいつらはまだ付き合っていないのだ。付き合っていないくせに、まるで付き合いだして間もないカップルのやり取りを目の前で展開している。目の前で、こいつらが何を考えてるのかは把握出来ないが、アホらしいことを考えてるのはなんか分かる。

 

「…あぁ。四宮を誘った。俺は別にそういった噂など気にせんが、お前はそうではないみたいだな。お前は、俺とこの映画を見に行きたいのか?」

 

 側から見ていたら、こいつらの日常的なやり取りがいまいち分からん。まるで、相手に強引に何かを言わせようとしているような感じ。例えるなら、常日頃からNGワードゲームを二人で展開しているようなものだ。

 だから俺は思うのだ。

 

 お前らは何をしてるの?と。

 

「…つーか、ジンクスも噂も、変に捻れて広まっただけだろ。そんなので結ばれんならハゲだって結ばれるぞ」

 

「比企谷くんって時々冷めたこと言いますよねー。そんなだから、女の子にモテないんですよ」

 

「ほっとけ。世の中には俺と同じこと答えちゃうおバカさんが沢山存在するだろうが」

 

 こんなので結ばれるってことは、もともと流れでそうなる程度の関係だってことだ。いつかそんな関係は破局するだろうよ。

 

「確かに、比企谷くんの意見は正しいかも知れません。それでもやはり、こういったお話は信じてしまうもので……。…行くならせめて、もっと情熱的にお誘いいただきたいです」

 

 四宮が突如、ピュアピュアな表情を見せる。

 えっ何この動物。俺こんなやつ知らないんだけど。俺が知ってる四宮は、時折殺意を放つ悪魔のようなやつなのだ。

 これは完全に演技。白銀を誘惑するための演技なのだ。

 

「?どうしたんですか、比企谷くん。まるで悪魔が天使に化けたところを目の当たりにした顔をしてますけど」

 

「お前凄い的確なこと言うよな」

 

 藤原さんちょっと黙って。こんなこと今ここで言ってしまったら、四宮に撃ち抜かれてしまう。物理的に。

 そんな恐怖を目の当たりにした俺を気にも止めず、四宮はぐいぐいと白銀に迫る。

 

「私だって、恋の一つもしてみたい年頃なのです」

 

 よし一旦出ていこう。目の前でイチャイチャさせられていることに気分が良くないが、それ以上に四宮の変化ぶりにポロッといらん本音が出そう。よし出て行こう。

 

 そう意気込んだ瞬間。

 

「あ、もしこの手の映画がお嫌いでしたら……"とっとり鳥の助"のチケットもありますよ?」

 

「とっとり…」

 

「鳥の助…?」

 

「ってなんだそりゃ」

 

 藤原は、先程の恋愛脳に塗れたチケットではなく、幼児向けの映画のチケットを取り出す。その瞬間、白銀と四宮は固まる。

 

「それ何?」

 

「これはですね、毒舌な主人公の鳥の助が自分探しのために旅に出るストーリーです!子どもから結構支持を得てるんですよ」

 

「だいぶベクトルが変わったなおい」

 

 しかし、藤原のおかげで妙にハイになっていた白銀と四宮がショートした。少し安堵したのも束の間、ハッと起き上がり、机の上に置かれている饅頭を手に取ろうとした。

 

 が。

 

「あっ。午後の授業始まっちゃいますね。あむっ」

 

 それを藤原がパクリと。二人は新喜劇顔負けのズッコケを見せる。

 

「ではまた放課後にっ」

 

 藤原は饅頭を飲み込んで、生徒会室を出て行く。次に彼らは、俺が普段飲んでいるマッカンに目線を向ける。

 

「…比企谷。それって確か、糖分を含んでいたんだったよな?」

 

「確か、加糖練乳を多量に使用した缶コーヒーとか…」

 

 えっ何その目付き。なんで俺肉食獣を目の当たりにした状況になってんの?

 これまずいやつ。藤原がいなくなった今、ターゲットが俺になったのん?なら取る行動は一つ。

 

「…さいなら」

 

 俺は荷物を持って、生徒会室から走って逃げた。

 やっぱあの生徒会怖ぇ。そろそろやめようかな。

 

 



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かぐや様は止められたい

 

 

「ラブレター!?」

 

「ええ。とても情熱的な内容で、一度食事でもどうかと」

 

「つまりあれか。デートしてくださいってやつか」

 

 四宮にラブレターを送るとは、無謀にも程がある。白銀という相手がいる時点で既に勝ち目はないのだが、そもそも四宮相手に頭ん中をピュアピュアさせてラブレターを送るとか、自ら死地に赴くようなもの。そんなに死に急ぎたかったのか。

 

「比企谷くん?何を考えているのですか?」

 

「に、にゃんでも?」

 

 四宮の圧にびびって噛んでしまった。

 

「んんっ!…それで行くのか?」

 

「勿論です」

 

 四宮がそう答えた瞬間、背後からパキィっと何かがへし折れた。わお、白銀くんすっごい嫉妬してますね。

 

「勇気を振り絞ってこんな情熱的な恋文をくれる方です。きっと好きになってしまうに違いありません」

 

「この間から思ってたんだけど、お前そんな恋愛脳だったか?お前のことだから、"誰がこんな喋る雑草とデートなんて行くもんですか"って一蹴しそうだが…」

 

「比企谷くんは私をなんだと思っているの?…このような恋文を送った方は、きっと相当な覚悟を決めたはず。そんな方のお誘いならば、私は喜んでお受けするわ」

 

「お、おう…そうか」

 

 どうやら四宮は本気で行くようだ。白銀が止めない限り、多分四宮は本気で行く気だ。

 

 …別に白銀の恋を応援するわけではないが、万が一、白銀が四宮に振られようものなら夢見が悪いし、後々が面倒くさい。仕方ない。

 

「…あんまおすすめはしないけどな」

 

「…何故ですか?」

 

「ラブレターを送るってことは、確かに相当な勇気があるやつだ。どっかの誰かさんとは違うわ。…だが、それだけで好きになるなら、お前の愛の価値観はその程度ってことだ」

 

 ちらっと白銀を見ると、俺に向けてサムズアップしてる。別にお前のためではないんですけどね。さっさと好きでもなんでも言って引き止めろ。

 

「比企谷の言う通りだぞ四宮。それに、生徒会長として不純異性交遊は感心しないな」

 

「大袈裟ですね。食事に行くだけではないですか」

 

「判断するのは教師だ。停学処分ということもあり得るだろう。…しかし、どうしても行くと言うのであれば。俺から教師に話を通しておいてやろう」

 

 なんでそうなる。それ単純に教師にチクってるだけじゃねぇか。お前そこそこ狡いことするな。生徒会長がそんなんでいいのか。

 とはいえ、この攻撃は四宮の余裕を奪う。四宮が先に折れるか?

 

「構いません。それが真実の恋ならば、私は退学だろうと受け入れるつもりです」

 

 折れなかったわ。つーかさっきからずっと思ってたんだけど、何このラブコメ。ツンデレ同士のラブコメ。

 

「それに真実の恋ならば、私は身も心も捧げる覚悟はあります」

 

 四宮の会心の一撃。これには白銀も大ダメージ。白銀は動揺を隠せずにいた。

 

「バカかお前。それは流石にやり過ぎだろ」

 

「バカじゃありません!熱烈な愛を伝えてきている人です!退学も覚悟で応えなければ、不義理ではないですか!」

 

「ふ、ふざけるな!だったらお前に告白ッ…!!」

 

 そこで白銀は言葉にするのを止めた。自分が今、何を言いかけたのかを理解したからだ。

 こいつらの気持ちを知ってる俺ですら、今ドキッとしたよ。遂に告白するのか、と。やっとこいつらはくっつくと、どこか安堵する俺がいたのだが。

 

「…を仮にしたら?仮にだぞ。その男のことは忘れるんだろうな?」

 

 うん。やっぱり世の中上手くいかないことが多いよね。分かりきってたよ。白銀がこのまま勢いで告白しないくらい、分かってた。

 

「アホか……」

 

 ほとほとこいつらに呆れるばかりだ。流石の四宮も、このチキンっぷりに呆れて…。

 

「か、可能性は…あります」

 

 んーなんでこの子モジモジしてるの?なんでこの初々しい反応してるのん?

 

「その程度のものが真実の恋、ねぇ?ハッハッハ!他の男に言い寄られた程度で忘れられるものが真実の恋のはずがない」

 

 ここぞとばかりに四宮を追撃する白銀。あの、側から見てると結構ゲスいことをしてると思うのは俺だけ?

 

「可能性はあるって言っただけじゃないですか!」

 

「そうかそうか。ご大層な恋だな」

 

 えーめっちゃ足震えてる。ガクガクって効果音が付きそうなくらい足震わせてる。

 

「もう知りません。本当に行くんですから」

 

 そんな白銀を見た四宮は怒り、鞄を持って生徒会室から出て行こうとする。だが、四宮の肩を掴んで静止する。

 

 問い。この部屋には四宮大好きっ子が存在します。それは誰か?

 答えは。

 

「かぐやさんが誰かのものになっちゃうなんてやだあ!退学なんてやだあ!びええええ!」

 

 藤原でした。

 彼女はこれでもかというくらい号泣し、四宮を引き止める。そんな藤原に、四宮は観念した。

 

「あぁもう分かりましたから!行かないから離して!」

 

「びええええん!!」

 

「もういい加減泣き止みなさい!」

 

 この生徒会室で唯一、常識が通用しない非常識人。ダークマター的存在と言える。

 

「助かったよ、比企谷」

 

「なんでもいいけど、はよ告ってはよ付き合うかはよ振られるかどっちかにしろ。振られる方法なら俺が教えてやるけど」

 

「そんな方法いらんわ!」

 

 この調子だと、しばらくはこのとんだ茶番に付き合う羽目になるんだろうな。

 



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伊井野ミコは正したい

 昼休み。

 

 普段教室に居場所のない俺は、ベストプレイスで一人で静かに過ごしていた。それがここ、学校の敷地の端にある木陰。ここなら周りはうるさくないし、何よりそんなところまで行くような物好きはいない。つまり、この場は俺が支配したと言っても過言ではない。

 

 この木陰で涼みながら昼休みを過ごす。この時間は嫌いじゃあない。むしろ、好んでいると言ってもいい。それにこの芝生の絶妙なふさふさ感が堪らないのだ。時々、ここに寝転んで睡眠を取って、5限目に遅れることがある。

 

 きっとこれが、俺の青春なんだろう。

 

 パンを食べ終え、マッカンを飲み干した。ケータイに表示された時間を確認すると、昼休み終了まで時間はある。

 俺はパンの袋ゴミをポケットに突っ込み、腕を頭の後ろに組んで寝転ぶ。そして瞼を閉じて。

 

「おやすみ」

 

 しかし。突如として、このベストプレイスに雑音のような声が響き始める。

 そういえば、()()()が来る時間でもあったな。この昼休みは。

 

「おやすみ、じゃないですよ!起きてください!」

 

 ここ最近、このベストプレイスに俺以外に足を踏み入れる者がいる。一人はお供的な存在。しかしもう一人は、喧しく、俺がベストプレイスで安眠を取ることを妨害する元凶。

 

「寝ようとしてたでしょう!また授業に遅刻してしまうと、何回言ったら分かるんですか!?」

 

伊井野(いいの)……お前相変わらず真面目だな」

 

 目の前に立っている茶髪の小柄な女の子、伊井野ミコ。とある出来事から関わるようになった、1年生である。隣にいる丸眼鏡の子は、大仏(おさらぎ)こばち。伊井野と仲の良い1年生だ。

 そんな二人が最近、ベストプレイスにやってくるのだ。

 

「比企谷先輩が不真面目なだけです!大体、なんでここで食べてるんですか!教室で食べたらいいのに!」

 

「ミコちゃん。それ以上は先輩に精神的ダメージを負わせることになるから、やめてあげて」

 

 よく分かっているではないか大仏。

 時々、伊井野ってどストレートで発言することあるから、俺の精神がゴリゴリに削られる。

 

「とにかく、比企谷先輩には一度お説教をしなければなりません!」

 

「いや俺に説教するより、他の連中を取り締まれよ」

 

 この伊井野という少女は、少々気難しい性格をしているのだ。

 ここで知らない読者の方々に、説明しよう。

 

 精励恪勤、品行方正、そして頭脳明晰。要するにクソが付くほど真面目で、学年一位の成績を誇る。下手すれば、過去の白銀を凌駕するほどの知能の持ち主。

 実力で言うなら、次期生徒会長になってもなんらおかしくないだろう。

 

 ただ、真面目過ぎるが故に、彼女は周りから疎まれている。たまにクラスとかでよくいる人物だ。真面目だが、だいぶ面倒くさいやつ。彼女はまさしくそれ。

 不良だろうが人気者だろうがなんだろうが、校則違反をしていたら遠慮なく取り締まる。そこが彼女の強みではあるが、周りからすれば、それが鬱陶しいと思うのだろう。遊び盛りの彼ら彼女らからすれば、伊井野ミコという存在は害でしかないということだ。

 

「ガミガミくどくど!あーだこーだ!」

 

 今も、こんな風に俺にありがたいお説教をしている。そんな最中、黙って見ていた大仏が介入する。

 

「でも遅刻以外に、校則を破ってはいないし、その辺りでいいんじゃない?」

 

「ダメ!ちゃんと正さないと、比企谷先輩のためにも、学校のためにもならないの!」

 

 この少女、伊井野ミコは、事あるごとに突っかかってくる。嫌われているのかどうかは分からないが、俺の素行を正そうとして、毎日毎日毎日ベストプレイスに足を運んでくる。

 

「まぁ待て、伊井野。俺にも言い分はある」

 

「…なんですか?」

 

「世の中には重役出勤って言葉があるだろ?エリート思考の強い俺は重役になったと…」

 

「先輩の志望は専業主夫って言ってませんでした?働いたら負けとまで言ってましたよ」

 

 クソッ。確かに伊井野に言ったけども。そんなどうでもいいこと何覚えてんだ、この小娘。

 

「あ、アレだアレ。そもそも遅刻が悪って決めつけるのがおかしいんだよ」

 

「は?」

 

 うわ怖っ。今の「は?」って、およそ先輩に向けて放つ声色じゃなかったんだけど。

 

「いいか?警察は事件が起きてきてから初めて動くし、フィクションの世界でありがちなヒーローだって遅れて登場するのがお約束展開だ。だからって、彼らを責める者がいるか?」

 

「た、確かに…言われてみればそうですけど…」

 

 おっ、これは後一押しか?

 

「つまり、これはもう逆説的に言って遅刻は正義…」

 

「そんな正義があったら何十年後には世界が破滅しますよ。ミコちゃん、比企谷先輩の嘘に騙されないでね」

 

「えっ、嘘?」

 

 クソっ、大仏め。後少しのところで邪魔しやがって。

 

 伊井野は真面目で正直過ぎる分、騙されやすいのだ。今の俺の言葉に、伊井野は傾きかけていた。

 言い方悪くするとチョロいのこの子。可愛い可愛いって押しまくればお持ち帰り出来ちゃうくらい、チョロインなのだ。

 

 そんな伊井野は騙されたことに怒りを抱き、顔を真っ赤にする。そして、嘘をついた俺に激昂。

 

「信じられない!絶対許しませんから!今日という今日は、その腐った性根を叩き直します!」

 

 余計面倒なことになってしまった。結局、昼休みの終わりのチャイムが鳴るまで、伊井野の説教は続いたのだった。

 

 今度から生徒会室でご飯食べようかな。

 



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かぐや様はいただきたい

「うっす」

 

 昼休み。生徒会室の扉を開けて、先にいる白銀達に挨拶する。

 

「おぉ、比企谷か。珍しいな、お前が昼休みに生徒会室に来るなんて」

 

「…俺のベストプレイスは擬人化したモンスーンが発生してるから。ちょっと今日からここで食べることにしたんだよ」

 

「何を言っているのですか?」

 

「いや、俺にもよく分からん」

 

 あそこのベストプレイスでいつも通りな時間を過ごしていれば、伊井野とそのお供の大仏がやってくる。別に来なくていいのに、彼女と関わり始めてから毎日毎日来るようになった。

 

「あ、あれ!?比企谷先輩はどこ!?」

 

「今日は別のところで食べてるんじゃないの?」

 

 今頃、俺がいない伊井野は慌てているに違いない。俺のことを忘れるくらいになったら、またベストプレイスに戻ろう。

 

「しかし比企谷。時々お前とお昼を一緒にするが、パン二つとその缶コーヒーだけで足りるのか?別にお前の弁当くらい作ってやるぞ?」

 

「今までずっとこうだったしな。さして問題はない。それに、このマッカンがあれば大体は事足りる」

 

「それ、相当なカロリー量でしたよね?」

 

「あぁ。およそご飯一杯分のカロリーだ。つまり、パン二つに合わせて、実質ご飯一杯を食べていることになる。なんの問題もない」

 

「そうか…いや、それならいいのだが」

 

 白銀は、風呂敷に包まれた弁当箱を取り出す。

 

「会長、今日は手弁当ですか?」

 

「あぁ。田舎の爺様が野菜を大量に送ってきてくれてな。これでも料理には自信があるんだぞ」

 

 そういえば、こいつの作る料理って美味いんだよな。何度かこいつの手料理を食わせてもらった覚えがある。

 

 というのも、俺もこいつも同じアパートに住んでいるのだ。理由は一つ。実家から秀知院まで通うには距離がある。だから秀知院に通える距離で、借りることが出来るアパートを探したのだ。結果、隣がまさかの白銀家。

 一応、毎月お金を仕送りしてくれるので、不便は特にない。なんだかんだで、俺の親は優しかったりするのだ……多分。

 

 話を戻そう。

 今まで料理は小町が作っていたのだが、その小町はいない。簡単な料理も作れるっちゃ作れるが、作るのが面倒くさく感じた俺は、栄養を考えて、コンビニで買い済ますことにしてる。

 そのことを知った白銀は、善意か何かで、時々手料理を振る舞ってくれる。

 

「お昼っ、お昼〜」

 

 混沌(カオス)を擬人化した藤原が、お昼を楽しみにしながら部屋に入ってくる。

 

「会長、今日はお昼お弁当ですか?」

 

「ん?あぁ、そうだ」

 

「いいなぁ〜、一口分けてくださいよ」

 

「あぁ、構わんぞ。ではこのハンバーグをやろう」

 

「やったぁ!」

 

 藤原は白銀のおかずのハンバーグをもらい、パクっと食べる。その瞬間、どこぞの料理アニメみたいなリアクションを取る。

 

「冷凍ハンバーグとか冷凍唐揚げって、冷めてるけど熱々とはまた違う美味しさみたいなところあるよな。弁当独特の味っつーか」

 

「分かります分かります!味を全部閉じ込めちゃった!って感じがしてまたいいですよね!」

 

「よし、ならこのタコさんウィンナーも食べていいぞ」

 

「わーい!」

 

 藤原って、たまに精神年齢が小学生並みに下がることがあるよな。いい意味でも悪い意味でも。

 

「四宮は昼飯食べなッ……!?」

 

 何あのめっちゃ軽蔑し切った目。藤原お前何した?知らんうちに四宮に何かしたのか?

 そんな四宮の様子を、白銀も感じ取れたようだ。白銀は小さい声で、俺に尋ねる。

 

「な、なぁ比企谷。四宮のあの表情って……」

 

「あぁ、完全に軽蔑してる。終わったな(藤原が)」

 

「そ、そんなにか…!?(俺の弁当ってそんなに底辺なの!?)」

 

 藤原、お前の命日は今日かも知れない。終わったな。今までありがとう、藤原。南無阿弥陀。

 

 すると突然、白銀は勢いよくコップ付きの黒い水筒を取り出す。コップを捻り取り、水筒の中から熱々の味噌汁を注ぐ。

 

「味噌汁まで持ってきてたのか」

 

「あぁ。この味噌汁は米用のために持ってきている。弁当の米は冷えて固くなってしまい、食べにくくなるが…」

 

「…成る程。茶漬けの要領か」

 

「そういうことだ。藤原書記、米と味噌汁を一緒にして食べてみろ」

 

 藤原は白銀の弁当から米をまず口に含み、その直後、コップに注がれた味噌汁を飲む。

 

「わぁっ!お米が…お米が口の中でほろほろ解けていきます!」

 

「確かに、冷たい飯と熱い汁物は相性が抜群だよな」

 

「どうだ?比企谷も食べてみるか?」

 

「あ、いや、いいです」

 

 そんなことしたら、藤原と間接キスしちゃうことになるでしょうよ。味とか分からんくなるだろ。

 後ついでに、藤原と間接キスしてるからね君も。

 

「ええ勿体ない!こんなにも美味しいんですよ!比企谷くんも食べてみてください!ほら!」

 

 ぐいぐいと藤原が勧めてくる。

 なんでこいつは気にしないの?まさかの鈍感系ヒロイン?変なとこ鋭いくせにどこ鈍くしてるんだよ。

 

 ええいもう知らん。気にした方が負けだ。

 

「…分かった。分かったから少し離れろ」

 

 小町。初めての間接キスの相手は、分類不能のダークマターさんでした。

 俺は米を含み、同時に味噌汁を飲む。その瞬間、口内で固まっていた米が爆散する。

 

「美味いな」

 

「…なんでそんな顔が赤いんですか?」

 

「…春にしては少し暑いなって思っただけだ」

 

 気付け馬鹿野郎。いや美味いよ?美味いんだけれども、なんかもう味が分からんくなった気がする。

 

「それにしても、会長は天才ですよ!」

 

「ハハハっ、やめいやめい」

 

 そんな和やかにしてる場合じゃないと思うんだけど。

 見てみろ。更に藤原を蔑み始めたぞ。なんでもいいけど藤原早く謝れって。本当に思いがけないところから射殺されるぞ。

 

 そんな彼女の事情も分からぬまま、翌日のお昼時。

 

「やり過ぎだろ」

 

 何この弁当。俺が知ってる弁当箱じゃねぇ。およそ昼時に和気藹々と楽しみながら食す弁当じゃねぇよ。

 おせちに使いそうな容器に、詰め込まれているのはいずれも最高食品っぽいやつばかり。金持ちの昼飯っていつもこんなのなのん?

 

「うふ。どうも料理人の興が乗ってしまったようで、旬の食材の中でも最高級のものを産地直送で調理したものです」

 

「普通に美味そうだな…」

 

 昨日から本当四宮どうした。藤原に殺意を向けるわ、何故か高級弁当を持ってくるわ。今のお前、藤原以上のダークマター的存在だぞ。

 

「俺らも食うか」

 

「そうだな」

 

「ですね」

 

 そんな彼女の弁当を見た俺達も、各々自分の昼飯を取り出す。今日もパンとマッカン。変わらない俺の昼飯。白銀や藤原も、なんら変わりない普通のお弁当だ。

 

「あっ、今日もタコさんウィンナーですか?」

 

「おう、定番だからな」

 

「そういう弁当って、決まってウィンナーとかだし巻き卵とか、家庭によって絶対欠かせない具材ってのはあるよな」

 

「それな。逆にいつもある具がない日って、何か違和感があったり、寂しかったりするんだよ」

 

「いいなぁいいなぁ。毎日タコさんウィンナーが入ってるなんて。タコさんウィンナーって可愛いし美味いし最強ですよ!」

 

「最強は言い過ぎじゃないか?」

 

「私にとっては最強なんです!」

 

「ハハハっ、分かった分かっ…」

 

「会長」

 

 そんなやり取りを二人がしていると、横から謎の負のオーラを放つ四宮が白銀を呼ぶ。

 一見、屈託のない笑みではあるが、謎の負のオーラが身体から溢れ出している。

 

「確か会長、牡蠣が好物でしたよね?」

 

 いや怖ぇよ。負のオーラを放ちながら意味もなく高級食材を出されたら、俺なら逃げの一手を使う。こういう時の四宮は絶対何か企んでいるのだ。

 それがきっと、昨日から続く藤原への殺意に直結するはずだ。

 

 なんだ……何が原因だ。

 昨日からあった出来事……俺がいない間に何かあったならお手上げだが、そうではなかった場合。

 

『会長、今日は手弁当ですか?』

 

『これでも料理には自信がある』

 

『いいなぁ〜、一口分けてくださいよ』

 

『このタコさんウィンナーも食べていいぞ』

 

 既にあの時から、四宮は藤原に対して殺意を向けていた。その後、米と味噌汁の合わせ技を見せたものの、更に藤原に対して軽蔑度が上がった。

 

 …まさか。

 

「そんな高級な物を譲られても、返せる物がない!」

 

 四宮が牡蠣を白銀に譲ろうとするも、白銀ははっきり拒否する。その瞬間、四宮は思いっきり机に頭をぶつける。

 

「かぐやさん痛くない!?頭大丈夫!?」

 

 なんか嫌味のように聞こえるのは俺の気のせいだろうか。

 

「…というより、なんですかそれ」

 

 四宮は額を赤くしながら、藤原の弁当箱を指差す。

 

「あぁ、これですか?会長が私の分も作ってくれたんですよ」

 

「え」

 

「一人分も二人分も変わらんからな」

 

 その瞬間、四宮の藤原への軽蔑度が再び上がる。もはや今すぐ殺しそうな勢いだ。

 

 しかし、今ので多分分かった。

 

 四宮はおそらく、白銀の作った弁当を食べたいのだろう。だから白銀が藤原におかずを譲った時、藤原を軽蔑するようになったんだ。牡蠣を白銀に譲ろうとしたのも、白銀の弁当のおかずと交換したかったんだろう。

 今こうやって藤原に殺意を向けているのは、白銀が藤原に弁当を作ってきたという事実に対して、嫉妬しているのだ。

 

 四宮ってもしかしてヤンデレ属性?

 

 問題は、白銀がそれに気づいているかなのだが。

 

「(四宮が暗殺者のような目をしている!?)」

 

 あっこれ気づいてねぇな。ていうか気づいていたなら、白銀のことだから遠慮なくあげそうなもんだが。

 

「しまった!今日は部活練の会合の日ではないか!急いで食べないと!」

 

 白銀はマッハの如くスピードで弁当を平らげる。そして平らげた白銀は急いで生徒会室を後にする。

 

「…藤原」

 

「はい?」

 

「そのタコさんウィンナー、ちょっとくれ」

 

「へ?いいですけど……」

 

 俺は爪楊枝が刺さったタコさんウィンナーを摘み持ち、それを跪いた四宮に渡そうとする。

 

「こ、これは…」

 

「…タコさんウィンナーだ。あれだけアピってりゃなんとなく分かる。ほれ」

 

 四宮はタコさんウィンナーを受け取り、それをパクッと含む。

 

「…そろそろ教室に戻るわ。四宮と一緒に食っててくれ」

 

「分かりました!かぐやさん、お昼食べましょ!もう一つ、タコさんウィンナーあげますよ!」

 

 俺は生徒会室を出ていき、自分の教室への廊下をゆっくり歩いていく。なんであの二人は頭がいいのに、あんなクソ面倒なやつらなんだろうか。

 

「…ハッ」

 

 まぁ、面倒な性格してるのは互い様だな。

 



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田沼翼は告りたい

「恋愛相談?」

 

「はい!恋愛において百戦錬磨との呼び名の高い会長なら、何か良いアドバイスが頂けるのではないかと思って…!」

 

 突如、名前も知らぬ男子が白銀を尋ねた。曰く、恋愛相談をしたい、と。

 

 名前も知らぬ男子Aくん。多分それは相談相手を間違えたな。恋愛において百戦錬磨?そんなわけがないだろ。恋愛だけで言うなら、まだあいつは毛が生えた程度の素人だぞ。告って振られてる俺の方がまだ百戦錬磨に近いぞ。

 とはいえ、白銀に恋愛相談するというなら、一旦席を外さなければな。

 

「そういう話なら、俺出て行くぞ」

 

「あ、待って。君にも聞いて欲しいんだ。やっぱり色んな意見が聞きたいからさ。頼むよ」

 

「…まぁ別にいいけど」

 

「仕方ない。生徒の悩みを解決するのも生徒会の者としての務めだ。どうにかしてやる」

 

 なんでお前はそんな自信満々なの?お前四宮関連で謎にチキンなところ見せるくせに。

 

「恋愛のことなら任せろ!俺は今まで、一度も振られたことがない!」

 

 そうだね。告白したことないからあながち間違いではないね。

 

「それで、相談というのは?」

 

「クラスメイトに柏木(かしわぎ)さんという子がいるんですが……彼女に、告白しようと思うんです!」

 

「…はぁ」

 

「でも、断られたらと思うと……。もう少し、関係を築いてからの方がいいんじゃないかと…。色々考えてしまって…」

 

 まぁ分からんでもない。告白して、振られてしまっては、今まで築いた関係が破壊する恐れがある。それに振られるだけならまだしも、それをクラス内で噂されたりしては、たまったもんじゃない。ソースは俺。

 

「ちなみに、その子と接点はあるのか?」

 

「バレンタインにチョコを貰いました!」

 

「ほーん…。どんなチョコだったんだ?」

 

「…チョコボール3粒です」

 

 えぇ……。

 それもう脈なしじゃねぇか。単純に普段からお菓子あげてる感じとあんま変わらんだろ。よくそれで告ろうと考えたな。

 

「これって義理ですかね?」

 

 義理ですら怪しいわそれ。よくてギリッギリの義理チョコだろうよ。

 

「おい白銀…。これは……」

 

 流石の白銀も、これが義理だってことが分からんくらいバカではないはずだ。腐っても学年一位の秀才だぞ。

 

「あぁ……これは……もう…」

 

「まぁあれだ。あんまり気を落とす……」

 

「間違いなく惚れてるな!」

 

「…なよ?」

 

 ごめんちょっと前言撤回してもいい?

 こいつバカだ。大バカだと言っても過言じゃない。チョコボールだぞ?義理ですら怪しいんだぞ?そんなのが本命なら、この世から童貞がもうちょい減るだろうよ。

 

「いいか?女ってのは素直じゃない生き物なんだ!常に真逆の行動を取るものと考えろ!つまり!一見、義理に見えるチョコも…!」

 

「逆に本命!?」

 

 逆に本命ってなんだよ。なんでお前もそんな「はっ!気づかなかった!」みたいなリアクションを取れるんだよ。屁理屈でももう少しまともな筋が通ると思うぞ。

 

 このまま白銀のペースに持っていけば、間違いなくこの男子は告白して振られる。したらこの男子は白銀を、ひいては生徒会を憎く思うだろう。「お前のせいで失敗したやんけ」みたいなことになりかねない。

 

「待て待て早まるな。いくらチョコを貰ったって言っても、その柏木?ってやつが、そんな気で渡したって限らないだろ」

 

「そう、そうなんです。実は僕、この間……」

 

 男子Aくんは思い出しながら、その時のやりとりを俺達に説明し始める。

 

『ねえ、君って彼女とかいるの?』

 

『え?いないけど…』

 

『フフッ、やっぱり。彼女いないって〜』

 

『いそうにないもんね〜』

 

『超ウケる〜』

 

『フフフ…』

 

 そこで、彼の説明が終わった。

 

「だから、揶揄われてるだけなのかなって思ってて…」

 

 お前もしかして嫌われるようなことした?何やったら女子四人に揶揄われるようなことになるんだよ。異性として見られる前に終わってる。

 これはもうあれだな。早々に事実を伝えて帰ってもらうしかないな。

 

「白銀。ちゃんと言った方がいいな、これ」

 

「あぁ……。…お前……」

 

「ゴクッ…」

 

「…モテ期、来てるな!」

 

 だから何故そうなる!

 今のどこにそんな要素があったの?単純に揶揄われているだけだぞ。それだけモテ期?

 そしたら俺はどうなる。小学校の頃から女子だけでなく、男子にも揶揄われていたぞ。お前の言い分だと、俺は小学校の頃から大人気だったことじゃねぇか。まさか、"比企谷菌"が褒め言葉だと言うのか。そんなわけないだろ。

 

「何故そんなに女を疑ってかかる!女だってお前と同じ人間だ!」

 

「じゃあ聞くけど、今のどこにモテてる要素があるんだよ」

 

「比企谷、お前は分かっていないようだな。ならば、分かりやすく説明してやろう!こういうことだ!」

 

 白銀は先程の彼の説明を借りて、新しく彼に伝わるように説明し始める。

 

『ねえ、君って彼女とかいるの?』

 

「いないなら付き合って欲しいなぁ〜」

 

『え?いないけど…』

 

『フフッ、やっぱり』

 

「私の運命の糸で繋がっているのね!」

 

『彼女いないって〜』

 

『いそうにないもんね〜』

 

「だって高貴過ぎるもの!」

 

『超ウケる〜』

 

「フリーなんだ!超嬉し〜!」

 

『フフフ…』

 

「彼に相応しいのはこの私」

 

 と、白銀は彼女達の真似をして、男子Aくんに分かりやすく説明したのだが。

 

 いやポジティブ!何故そんなポジティブに表現出来るんだよ!なんなのそのハーレムラブコメ!

 時々、白銀の想像力が怖く感じる。こんなんが生徒会長でいいのか。

 

「そんな、バカな…」

 

「その通りだよ。お前よく分かって…」

 

「彼女達の中から一人を選ばなきゃならないなんて!」

 

「…る?」

 

 もうこの男子も全くわっけ分かんねぇよ。何お前白銀の口車に乗せられてんだよ。

 

「僕が柏木さんと付き合うことで、彼女達の友情にヒビが入ったりしませんか?」

 

「最悪、イジメに発展するかもしれん。女同士の友情とはそんなものだ」

 

 だとしたらイジメの原因は白銀の愉快な考えになるだろうな。言っとくけど俺は何もしないぞ。

 

「だが大丈夫だ。彼女にはお前がいる。お前が彼女を守ってやればいい」

 

「僕だけが、彼女を……」

 

 あーあ俺知らね。

 石上がいてくれたら助かったんだけどな。

 

「…ん?」

 

 不意に、俺は生徒会室の扉を見る。すると、扉の隙間から四宮が覗いているのが確認出来た。何してるのあいつ。

 

「でも会長。僕、告白なんか初めてで…。どういう風にすればいいのか…」

 

「そんなもん、放課後に教室でも呼び出して、"好きです。付き合ってください"って言えばいいだろ」

 

「いや、それでは少しダメだ。もう一押し足りない」

 

 恋愛経験素人に否定されると、なんかイラッとするのはなんだろうか。

 

「…じゃあどうすんだよ」

 

「フッ、いいアイデアがある」

 

 すると、白銀は生徒会室のドアへと歩み寄る。同時に、覗き見していた四宮はドアの後ろへと隠れた。

 白銀は、丁度四宮が隠れたドアの裏側に立つ。男子Aに分かりやすく伝わるように、白銀の前に柏木という女がいると仮定して説明する。

 

「ここに、(くだん)の女がいるとするだろう?」

 

「は、はい」

 

「それを……こう!」

 

 白銀は勢いよく、ドアを叩く。そして。

 

「俺と付き合え」

 

 ……ドアの反対側にいる四宮は無事だろうか。しかも結構迫真の演技だったけど。四宮に壁ドンしてるのとなんら変わらない。

 

「こんな風に、突然壁に追い詰められ、女は不安になるだろう。しかし、そこで追撃するように耳元で愛を囁いた途端、不安はトキメキへと変わり、告白の成功率が上がる」

 

 とりあえず四宮のことは放っておこう。それより、こっちに問題がある。

 あまり仲良くないやつに壁ドンされて愛を囁かれても、不安は不安でしかないだろ。一種のホラーシーンだよ。

 

「この技を俺は、壁ダァンと名付けた!俺が考えた!」

 

 それもうあるやつだよ。何ちょっとカッコよさげに改名してるんだ。

 流石に男子Aも、壁ドンくらいは知って…。

 

「天…才?」

 

 バカばっか。本当バカばっかか、この学校の生徒は。

 

「頭が痛い…」

 

 何、このバカみたいな恋愛相談は。相談する側も乗る側も恋愛知識0かよ。恋愛小説か漫画読んでこい。

 

「ありがとうございます!会長のおかげで勇気出ました!」

 

 …とはいえ、失敗するかどうかはさておいて、告白する勇気を与えたのは白銀だ。そういう意味では、まぁ悪くない考えではあるな。

 

「流石、あの四宮さんを落としただけあります!」

 

「え」

 

 恋愛百戦錬磨だったり、四宮を落としたり、色々噂に尾鰭(おひれ)が付いてるよ。まぁ客観的に見れば、そう捉えることが出来るのかも知れない。

 しかし、現実は全く違うのだ。

 

「い、いや、俺と四宮は別に付き合っていないぞ」

 

「え、そうなんですか?結構いい感じに見えますけど…」

 

 多分どっちかが早く告白すればすぐにでも付き合える段階までいってる。あながち間違いじゃない。

 

「いや、むしろ逆だ。最近…嫌われているんじゃないかって思うんだ…。興味すらないのかと…」

 

「?そんな素振りどこかにあったか?」

 

 むしろ、白銀のことを時々雌の表情で見てるんだけど。

 

「この間、四宮めっちゃ俺の弁当見ててすっげえ軽蔑しててさ……その上憐れまれて、牡蠣まで譲られそうに…」

 

「あー…」

 

 あれか。あの藤原のKYが露呈されたあの昼休みか。あれ白銀の弁当にってより、藤原の全てを軽蔑してたから、大丈夫だよ。

 

「会長!大事なのは自分がどう思ってるかですよ!会長は四宮さんのことどう思ってるんですか!?」

 

「俺が四宮をどう思ってる、か……」

 

「この際だ。言ってみ」

 

 ここで白銀が四宮の想いを明ければ、隠れて聞いている四宮から告白する可能性もなくはない。俺個人としても、付き合うならとっとと付き合えって話だ。

 

「まぁ正直、金持ちで天才とかで癪な部分はあるな」

 

「ん?」

 

「案外抜けてるし、内面怖そうだし、あと胸も……」

 

 これヤバイな。このままだと四宮に嫌われるぞ。

 

「でもそこが良いっていうかな!可愛いよ実際!美人だし、お淑やかで気品もあるし!それでいて賢いとか完璧過ぎんだろ!いやぁ、四宮ってマジ最高の女!」

 

 急に掌を返しやがった。

 さてはこいつ、四宮の存在に気づいたか?

 

「(っぶねええ本人めっちゃいるし!!気付けて良かったああぁ!!)」

 

 あっこの顔気付いた顔だ。しかもめっちゃ焦った顔。

 分かりやすっ。

 

「(いつからいたのか分からないが、とにかくこの相談を(しめ)ねば…!)」

 

 白銀は男子Aくんの両肩を掴み、必死に説得する。

 

「とにかく、告白しなきゃ何も始まらん。変に策略を練って駆け引きなんてしても、話がこんがらがるだけで良いことないぞ」

 

 経験者は語るってやつか。焦りすぎて自分の言葉がブーメランだってことに気付けていない。いっそのこと笑えてくる。

 

「ぼ、僕頑張ってみます!本当に、ありがとうございました!」

 

 意を決したのか、男子Aくんはお礼を告げ、生徒会室から飛び出して行った。

 

「ど、どうだ比企谷。それっぽい感じで、恋愛相談に乗れたのではないか?」

 

「…とりあえず、アレだな。お前も頑張れ。恋愛百戦錬磨の白銀」

 

「その呼び名はやめてくれ……大体、誰だよそんな意味分かんねえ噂流したの……」

 

 その後、四宮の機嫌は終始良かったそうな。

 

 そして、後日。

 

「…ん?」

 

 放課後になり、生徒会室に向かおうと廊下を歩いていると、B組の教室の前にこの前の男子Aと女の子がいた。あの女の子が、柏木さんという子なんだろう。

 何をしているのだろうと、少し遠目から見ていると。

 

 壁ダァン!

 

「マジでやりやがった…」

 

 男子Aは、白銀が編み出した(仮)壁ダァンを柏木さんに繰り出し、そして何かを囁いている。柏木さんは真っ赤になるも、最後には小さく頷いた。流れを見る感じ、どうやら告白成功のようだ。

 

「…嘘やん」

 

 白銀。お前やっぱり恋愛百戦錬磨だったわ。今度から恋愛相談するってなったら、よろしく頼むわ。

 



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藤原ちゃんは出かけたい

 

「へっくちっ。今日は寒いですねー。早く夏来ないかなぁ」

 

 何今のくしゃみ。ちょっと可愛い。

 

「夏が来たら来たで暑いから嫌なんだけど」

 

「随分と気が早いな。まだまだ春は続くぞ」

 

「いいえ!時間なんてあっという間に過ぎるんです!うかうかしてたらなーんにもないまま卒業ですよー?」

 

 と、藤原がまともなことを言うが、なんだろう。どこからか心に傷を負った音がするのは俺の気のせいか。

 

「…そうだな。もう入学して既に1年経ったしな。まぁ俺は入学してから2、3ヶ月は学校に行ってなかったけど」

 

「あ、そっか。比企谷くん、入学式当日に交通事故に遭ったんですよね」

 

 そう。藤原の言う通り、俺は過去に交通事故に遭っている。

 入学式当日、新しい高校生活になんだかワクワクし、1時間も早く家から飛び出して学校へと向かった。

 そんな道中、横断歩道を渡っている少女に車が勢いよく向かっていくのが見えた。結果、その少女を庇って入学ぼっちが確定した瞬間だった。

 

「まぁ事故があってもなくても、別にやることは変わらんかっただろうよ。何にもないままのんびり過ごすだけだ」

 

「比企谷くんって、本当退屈な人生送ってますよねー」

 

「余計なお世話だ」

 

「あっ、じゃあこうしましょう!夏休みになったら、生徒会のみんなで旅行に行きましょうよ!」

 

「それはいいですね。親睦も兼ねて、どこかに行きましょうか」

 

 えっ面倒。夏休みは実家に帰って、小町に甘やかされながらクーラーの効いた部屋で過ごすと決めてるんだけど。

 

「比企谷くんも行くんですからねー?」

 

 なんで行かないってことが分かったんだ。このダークマターの親戚が。

 

「…で、なんでもいいけどどこ行くんだ?」

 

「そうだな。行くならやっぱり山…」

 

「海ですね。海以外あり得ません」

 

 白銀の言葉を遮って、四宮が海だと主張する。遮られたものの、白銀は"山"と言ったのを確かに聞いた。

 

 海と山って、結構コテコテだな。

 

「山より海の方が近いですし、あまり移動時間も取られません」

 

「距離などを気にしてどうする。近場で済ませるならなんのための旅行だ」

 

 なんでこいつら互いに意固地になってるん?別にどっちでもよくない?

 だが、こいつらがここまで張り合うってことは、何かを企んでいるに違いない。

 

 四宮が海にしたい理由は、なんとなく想像がつく。

 好きな男子がいる女子は、自分の水着を見て欲しいという願望がある。そこを突いて、白銀をメロメロにするって算段だろう。

 

 反対に白銀が山にしたい理由は……。

 えっ分かんね。なんでこいつ山選んだの?結構ハイキングとか好き系男子なのか?

 

 俺はそんな考えに至り、両者の顔を窺う。四宮はなんだか勝ち誇った顔している。が、白銀は……。

 

「(海?海だけはダメだ……俺は泳げないんだッ!)」

 

 なんでこんな焦った表情してんの?

 …こいつまさか。

 

「お前泳げ…」

 

「るに決まっているだろう!?何をバカなことを言っているのだ比企谷は!クロール平泳ぎバタフライ犬かきなんでも来いというくらい、俺は泳げるのだ!」

 

「お、おう…」

 

 こいつ泳げねぇな。多分、太ももが浸かる程度くらいしか入れないんだろうな。

 まぁ白銀からすれば、泳げないことを知った四宮に揶揄われるのは恥ずかしいことなんだろう。分からんでもないけど、今の発言は余計に自分の首を絞めたな。

 

「…しかし、やはり山に行くべきだと思うのだ。海は人が多いし、身体がベタついてしまうだろう」

 

「問題ありません。四宮家の所有するプライベートビーチを用意しましょう。勿論私達以外に人はいませんし、徒歩30秒の位置に温水シャワーの設備もありますので、ベタつきの心配はありません」

 

「…日に焼けるぞ。日焼けは乙女の大敵じゃないのか?」

 

「最高級の日焼け止めクリームを用意しましょう。一流のエステティシャンも呼んでおきますので、肌のアフターケアも万全です」

 

「…サメが出るかも」

 

「フロリダから一流のハンターを呼んでおきましょう。ディナーはフカヒレですね」

 

「いや金持ち過ぎるだろ」

 

 学生の旅行でこんなに気合いを入れるやつは見たことがない。白銀が海のデメリットを次々と意見するが、四宮はそれを軽く返した。

 

「山は夏じゃなくてもいいじゃないですか。海は夏しか行けないのですし。それに、山は天気が荒れやすいですよね。折角の旅行なのに、もし雨が降ったとなればずっと室内ってこともあり得ます」

 

「ぐッ…!」

 

「それに虫も多いですよ。蚊がいれば、蛾や毛虫、ムカデなども生息しているでしょう」

 

 その瞬間、白銀の表情が恐怖に染まる。その表情を見た瞬間、俺は察した。

 こいつ虫苦手なんだな、と。

 なんと分かりやすいやつなんだろうか、本当。

 

 白銀は苦悩した挙句、観念した。

 

「……水着買っておくか」

 

 白銀が山を断念した瞬間、四宮は小さくガッツポーズする。

 

「あ、そうですねー。私も去年のサイズ合わなくなっちゃって。新しいの買わなきゃ」

 

 この女、まだ膨らむというのか。男子のロマンが詰まったメロンが。

 

「…比企谷くん、ちょっと見過ぎです。えっち」

 

「え?あ、わ、悪い!」

 

 しまったしまった。ナチュラルに藤原が持つ戦車級のメロンを凝視していた。あれが俗に言う、万有引力ならぬ万乳引力というやつか。

 

「……山にしましょう」

 

「ええ!?」

 

 先程まで海を推していた四宮が、掌を返すように山だと主張する。

 

「海はベタつくし、人も多いしサメも出ます。山にしましょう」

 

「おいさっきまでの四宮の財力自慢はどこいった」

 

「いや海だ!山は雨が降るし虫も出る!海にしよう!」

 

「どうなってんだ」

 

 こいつら一体何を悟った。なんで急に真逆のことを言い出したんだ。

 

「山です」

 

「海だ」

 

「山!」

 

「海!」

 

「山!」

 

「海!」

 

「や!」

 

「う!」

 

「ま!」

 

「み!」

 

 収集がつかなくなってんじゃねぇか。

 

「なら、藤原書記に決めてもらおうじゃないか!」

 

「えっ、私ですか!?」

 

「ええそうしましょう」

 

「ち、ちょっと待ってください!比企谷くんは!?」

 

「比企谷のことだ。二択を選ばず、家とか言いかねん。アテにならん」 

 

「喧嘩売ってんのか」

 

 この恋愛経験素人のカナヅチ虫嫌いチキン野郎。言い過ぎだろそれは。いや、確かに迷いなく家を選ぶけども。だからって言いたい放題かこのモンスター童貞が。

 

「…だとさ。藤原はどっち選ぶんだ?」

 

 ある意味、究極の選択を迫られた藤原。さぁ、彼女の選択は如何に。

 

「え、えっと〜……どちらかというと……山?」

 

 藤原は山を選択。四宮、再びのガッツポーズ。白銀、再び敗北を知る。ハッ、ざまあみろ。

 

「あっ、山は山でも……恐山に行きたいです〜」

 

 んんん?

 みんな山って想像したらさ、人の手が入ってない道を登って頂上を目指したりするわけじゃん?

 山って言って、なんでそんなホラー染みたところが出てくるのん?

 

 いやいや待て。もしかしたら俺の聞き間違いかも知れないし、彼女の言い間違いかも知れない。きっと彼女は、おとぼけさんと言ったのかも知れないな。うん、決めつけはよくない。

 

「藤原。もっかい聞くわ。どこに行く気だ」

 

「だから、恐山ですよ恐山。まさか、知らないとか言いませんよね!?」

 

「知ってるわ」

 

 聞き間違いでも言い間違いでもなかった。彼女ははっきりと、恐山と言った。

 

「賽の河原に血の池地獄。輪廻を回す風車がいーっぱい!それに、八葉蓮華の山並みっ!折角だから、イタコさんに死者の霊を口寄せしてもらいましょう」

 

 なんでそんなウキウキしてられるの?およそ学生の行く旅行先じゃないんだよ?

 

「誰がいいかなぁ〜…キリスト?ブッダ?聖徳太子とかもいいですよね〜」

 

「…まぁ。夏が来たら、考えるか」

 

「…そうですね」

 

「比企谷くんはなんの死者を口寄せしてもらいます?アリストテレス?シェイクスピア?それともクレオパトラですか?」

 

 怖い。こいつは人にぶちまけることが出来ないような闇を抱えていたのか。

 頼む。誰か藤原の取り扱い説明書か攻略本を持ってきてくれ。一体どうしたらこんなわけ分からん生命体になってしまうんだ。

 

 結局、夏休みの予定は依然空いたままである。

 



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彼ら彼女らは連絡先を交換したい

「ひ、ひゃあぁ!会長、ついにスマホ買ったんですか!?」

 

「ラインも入ってるぞ」

 

「わぁ〜。じゃあID交換しましょう」

 

 このご時世にスマホを持っていない者なんてそういない。昭和生まれの爺さん婆さんなら、まだガラケーなんだろうけど、現役高校生がスマホを持っていないのは稀だ。

 

「というか、やっと買う気になったんだな。あれだけスマホは"不要"だの"周りに合わせるつもりはない"だの言ってたのに」

 

「まあな。だが使ってみると、なんか色々出来て素晴らしかったんだ」

 

「ほーん…」

 

「あぁそうだ。比企谷も連絡先を交換しよう。生徒会の連絡なども含めて、お前の連絡先は必要だ」

 

「別にいいけど……どうやってやんの?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 なんか変なこと言ってしまったか俺は。別におかしなことを言っていないような気がするが。

 

「まさか、連絡先の交換のやり方分からないのか?」

 

「え、おう。だって連絡先交換する相手いないし。家族の連絡先しか知らねぇよ」

 

「…なんか、すまん」

 

「おい謝るなよ」

 

 謝ることでなんか惨めになっちゃうだろ。いいもんいいもん。小町の連絡先があればそれだけでいいもんっ。

 …気色悪っ。

 

「ではこのスマホマスターと呼ばれる私が、連絡先の交換をして差し上げますよ」

 

「いつからそんな呼び名付いたんか知らんけど、頼むわ」

 

 藤原は素早い指捌きスマホを操作する。最近のJKってこんなスマホ慣れしてんのかよ。

 

「はい、これで完了です!ついでに私の連絡先も追加しておきました」

 

「えっ、いらね」

 

「今から比企谷くんにスタ爆してもいいですかしていいですよねしちゃいますね」

 

「いややめて?」

 

 するとラインにどんどん藤原からの通知が流れ出してくる。やめろやめろ俺のスマホ重くなるだろ。

 

「比企谷くんのプロフィール画像ってなーんにも設定してないんですね」

 

「最初は妹の画像にしようと思ったんだが、キモいって言われてな…」

 

「そこまでのシスコンっぷりは流石にドン引きですよ…」

 

 うるせぇ。千葉県にはシスコンの兄がいればブラコンの妹もいるし、この白銀もシスコンなんだぞ。

 

「…ん?」

 

 突然、白銀のプロフィール画像が設定されたという通知が来る。小さく、そして目付きの悪い子どもが蛇に巻き付かれている画像だった。

 

「会長、このプロフィール画像って…」

 

「あぁ。俺が子どもの頃の写真だ」

 

「可愛いっ!この頃から目付きわるーい!」

 

「ハハハっ、目付きに関しては結構なコンプレックスだから触れてくれるな」

 

「にしてもこれどういう状況だよ…」

 

 動物園に行って蛇を巻く体験でもしたのか。しかしまぁ、よくよく見てみると白銀の面影はあるな。目付きが一番印象深いんだろうけど。

 

「だがこれはちょっと恥ずかしいな。やっぱり別の写真に変えておこう。…そうだな、3分後に変えるとしよう」

 

 その時、俺は妙に思った。恥ずかしいのなら即変えればいい話なのに、わざわざ時間制限を設けたように言った。

 俺はまさかと思い、今まで黙っていた四宮の方を見る。

 

「(そんな!時間制限をかけるなんて卑怯な…!)」

 

 何やら焦ったような表情をしている。それに対して白銀は、何やら勝ち誇ったような表情をしている。この状況を察するに、答えは一つ。

 

 いつものやつだわこれ。

 何かよく分からんけど、いつもみたいな駆け引きしてるんだろうなきっと。

 

 これは想像だが、こいつらは互いの連絡先を欲しがってる。しかし、変なプライドが邪魔して連絡先を尋ねづらくしている。だからこいつらは自分から聞かず、あえて相手側から尋ねさせようと考えているのだ。

 白銀が突然子どもの頃の写真にして、3分の制限時間を設けたのは、四宮から連絡先を尋ねさせる策に違いない。

 

 ていうか、生徒会として連絡先を聞けば一発解決じゃねぇかこれ。でもこいつらの茶番、見てて退屈しないし、もう少し様子見よ。

 

「ぐすっ…」

 

「へ?」

 

「かぐやさん?」

 

 突然、四宮からすすり泣くのが聞こえた。彼女を見ると、ガチで涙を流している。えっ、急に何?どうしたお前。

 

「ぐすっ……うっ……会長は、酷い人です…」

 

「あっ!」

 

「えッ!?」

 

「マ?」

 

 白銀、藤原は四宮の突然の涙に困惑する。それは俺とて同じであった。どういった策を講じるのかと思えば、急に涙を流し始めたんだから。

 

「ど、どうしてそんな酷いことするんですか……?酷い……酷いです……ぐすっ…」

 

 四宮は涙を流し、ただただ白銀に向けて"酷い"と連呼している。そんな四宮の様子を見た白銀は、困惑の表情から焦りの表情へ変化する。

 

「ご、ごめん!仲間外れにするつもりはなかったんだ!ほら、四宮にも見せるからッ…!」

 

 白銀は自身のプロフィール画像を四宮へと見せる。四宮はその瞬間、白銀のスマホの画面を捉える。

 

「(はっ!これは罠ッ!?)」

 

 白銀は自身のプロフィール画像見せた瞬間、何かを悟ってスマホを急いで引っ込める。引っ込めたと同時に、四宮の涙は嘘のように消えて、先程の白銀のように勝ち誇った表情を見せる。

 

「…これ、本当に何してんの」

 

「あわっ、あわわっ」

 

 毎度毎度、こいつら脳内でなんかバトってるの?後、君まだあわあわしてるの?

 

「そうですよね!ガラケーだから、ライン出来ないかぐやさんの前でこんな話……酷いですよね!ごめんなさい!」

 

「「出来ないの!?」」

 

 …そういうオチだったんかい。

 ていうか、まだ貴女ガラケーだったのね。

 

「金持ちだろ買い換えろ!」

 

「幼稚園から使ってる携帯で愛着があるんです!今更変えられません!」

 

 結局その後、二人はアドレス交換は済ませたようだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「疲れた…」

 

 そう溜め息混じりに呟く。

 今日も今日とて疲れたよ、パトラッシュ。肉体的にというより、なんだか精神的に疲れた気がする。

 頭が良いのにどこか抜けてる会長と副会長。よくもまぁ飽きずにイチャイチャ出来るよな、本当。

 

「今日の夜飯は何しようかな…」

 

 俺は歩きながらスマホをいじっていると。

 

「ながらスマホは危険です!歩く時は、ちゃんと前を見て歩いてください!」

 

「…またお前か、伊井野。それに大仏」

 

 既に空は夕焼け色も失せて暗くなるというのに、風紀委員ズはまだ学園に残っていた。

 

「なんでいつもの場所にいなかったんですか!今日も昨日も一昨日も!」

 

「お前、まさかずっとベストプレイスに行ってたの?」

 

 だとしたらなんかごめん。

 

「えぇそうですよ。そうじゃないと、比企谷先輩を取り締まれないじゃないですか」

 

 俺を取り締まる前提はおかしいだろ。俺そんなに不真面目じゃないんだけど。…不真面目じゃないよね?

 

「全く、いきなり消えた時はびっくりしましたよ」

 

「そら言う必要もないしな」

 

 言ったら言ったでこいつらまた来そうだし。

 

「私には比企谷先輩を監視する必要があるんです。比企谷先輩が秀知院の生徒として、秩序を持って過ごしているかを」

 

「別に監視する必要ないんじゃない?見た目はこんなだけど、比企谷先輩ってそういうとこしっかりしてそうだし」

 

 見た目を指摘したことにちょっと疑問があったが、ナイスフォロー。俺からじゃなく、大仏の主張であれば、伊井野は強く言えないだろう。

 

「…でも、風紀委員としてちゃんと取り締まらなきゃ。この間だって、比企谷先輩が授業や学校に遅刻したのはこばちゃんも知ってるでしょ?」

 

「あれはもう遅刻。言い逃れは出来ないね」

 

 あれれ掌返されちゃった。

 

「だからって、別に毎回来る必要ないだろ。そんな毎回毎回遅刻してたら普通に留年するっつの」

 

「でも……」

 

 伊井野が言い淀むと、大仏が変わって意見し始める。

 

「風紀委員としては、先輩も粛清対象です。変にうろちょろされては、正すものも正せません」

 

「粛清って言うなよ。なんか仰々しいだろ」

 

「そんなわけで、これからどこにいるかをミコちゃんに知らせてください。定期報告みたいなものです」

 

 俺もしかして風紀委員サイドでは指名手配されてたりすんの?俺そんな悪いことしてないんだけど。遅刻ぐらいしか思い付かねぇ。

 

「比企谷先輩の言っていることが本当なら、別にミコちゃんと連絡先交換してもいいですよね?」

 

「…いや、別に連絡先交換するのはいいけど……昼飯くらい静かに食べたいんだよ」

 

「そこは大丈夫です。私も着いていますし、何もなければすぐに去ります。それでいいよね、ミコちゃん」

 

「え!?あ、う、うん!そういうことなので、比企谷先輩に断る権利はありません!」

 

「…分かったよ。ほれ」

 

 俺は渋々、伊井野にスマホを渡す。

 

「え、えっと…」

 

「連絡先交換のやり方を知らねぇ。伊井野知ってそうだし、頼むわ」

 

「は、はい!」

 

 伊井野はおぼつかない操作で、連絡先交換を行なっていく。そして完了し、スマホを返してくる。

 

「ちゃんと返事してくださいね!既読スルーなんてダメなんですから!」

 

「お、おう…」

 

「後、電話にも出てくださいね!」

 

「かける前提かよ」

 

 伊井野の強引ぶりには参る。毎度毎度ベストプレイスに来るし、来なくていいって言ってんのに言うこと聞かないし。これもう俺のこと好きなんじゃないかって勘違いしてしまうまである。

 

「もうこんな時間……そろそろ帰る時間だよ」

 

「本当だ。もうこんなに暗いや…」

 

「…あ、そうだ。比企谷先輩、ミコちゃんを家まで送ってあげてください」

 

「は?」

 

「えぇッ!?」

 

「私、少しこれから寄るところがあるので。じゃあそういうことで。さようなら」

 

 そう言って、突然、大仏はおさらばしたのである。

 えっ何この急展開。今回の話って連絡先交換するかどうかじゃなかったのか?なんでおまけで伊井野と帰る物語が始まってんだよ。

 

「こばちゃん…」

 

「…よく分からんけど、とりあえず帰った方が良さそうだな」

 

「は、はい…」

 

 俺達の間には、謎の気まずさが存在していた。伊井野からすれば、俺は知り合いで不真面目程度だろうし、俺からすれば鬼風紀委員という感じだ。したがって、仲がいいかと聞かれたら、良くはないけど別に悪くもないと答える。

 だから、俺達の間に会話が生まれないのだ。

 

「…比企谷先輩って確か生徒会の庶務なんですよね」

 

「ん?あぁ、まぁそうだな」

 

「今年の秋の生徒会選挙、生徒会長に立候補しようと考えているんです」

 

「…そうなのか」

 

 特に驚きはしなかった。

 こいつが風紀委員をしているのは、校則を破るやつや不真面目な生徒を正すためだ。それでも、風紀委員にも動きに限度がある。秀知院の生徒全員を正すの不可能。

 であれば生徒会長になるのが合理的。生徒会長の匙加減一つで、校則を変えることが出来るからな。

 

「それで、よろしければなんですけど……もし、私が生徒会長になった暁には……比企谷先輩にも手伝って欲しいんです!庶務係として!」

 

 白銀といい伊井野といい、俺を生徒会に誘うなよ。生徒会は次の生徒会選挙までって決めてるのに。

 

「…いや、普通にめんどい。嫌だ」

 

「め、めんどい!?」

 

「別に伊井野が生徒会長になるのはいいけど、俺別にやりたくて生徒会入ってるわけじゃねぇんだよ。だから他当たれ」

 

「そう、ですか……」

 

 別に俺が断るのは自由だし、こいつに文句を言われても筋違いだ。仕事をするのなんてごめんだ。手伝う道理はない。

 だから、そんな悲しげな表情を見せるのは少し卑怯だと思う。

 

「…たまになら」

 

「…え?」

 

「…お前らの新しい生徒会に手が余る仕事があるなら、たまには手伝ってやらんくもない」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼女はパァッと明るさを取り戻す。本当、女子ってすぐ機嫌良くしたり悪くしたりするよね。

 

「言質取りましたから!今更やっぱり嘘でしたはダメですからね!」

 

「分かったからそうぐいぐい来るな」

 

 なんとか、彼女の機嫌は戻ったようだ。別にこれは彼女のためではない。伊井野に恩を売るだけ売っとけば、かなり融通が効きやすくなるかも知れない。

 

「ここまでで大丈夫です。もう家はすぐそこなので」

 

「そうか。じゃあな」

 

 俺は来た道を戻り、最寄りの駅まで歩き始めようとしたが。

 

「帰ったらライン送りますので!ちゃんと返事しないと、電話しますから!」

 

「…へいへい」

 

 今度こそ伊井野と別れて、最寄りの駅まで歩き始めた。その後少しして、本当に伊井野からラインが来た。

 

「別にラインなんて送ってこんでいいのに…」

 

 俺はラインを開き、伊井野からの通知を確認する。

 

『伊井野です❗️

 \\٩(๑❛ᴗ❛๑)۶//

 やっと比企谷先輩とライン交換出来ました♪───O(≧∇≦)O────♪

 何かあったら先輩にライン送るので❣️

 先輩も何かあったら送ってくれて構いませんよ⭕️

 

 あっ❗️

 さっきも言いましたけど、既読スルーはダメですよ(怒)

 電話にもちゃんと出てくださいね‼️

 分かったら、返事ください(>人<;)』

 

 俺はラインを一旦閉じ、制服のポケットにスマホをしまった。さて、今の状況を整理して、確認しよう。

 伊井野とライン交換し、つい先程ラインが届いた。で、俺が見たのは、スパムメールとしか思えない文面だった。これが、今の状況だ。

 

「…ふっ」

 

 いやいや待って待って誰だこれ知らねぇやつだ俺が知ってる伊井野はこんなんじゃねぇよ怖い怖い怖いどうしよう。学校と全然違うじゃねぇか。どう反応すりゃいいんだこれ。軽いホラーを垣間見てしまったよ。

 

 そんな困惑の渦中にいた俺に、もう一度ラインが届く。スマホを出して、ラインを開くと、伊井野からまた一件。

 

 きっとさっきのは見間違いだ。スパムと間違えて開いちゃったのかも知れない。俺の知ってる伊井野はこんな偏差値低そうなラインは送ってこないはずだ。

 

『既読スルーしないでって言ったじゃないですかぁー‼️  

 。・°°・(>_<)・°°・。』

 

「…助けて、大仏」

 

 学校とは全くの別キャラの伊井野に、少しの恐怖と困惑を抱いた瞬間であった。

 



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早坂愛は愛されたい

「怖かった……」

 

 昨日のラインが衝撃的過ぎて、変な恐怖が植え付けられた。

 君達もちょっと想像してみ?クラスでめっちゃ真面目なやつ、あるいは大人しげなやつとライン交換して、あんな文面でライン送られてきたら。

 新手の嫌がらせか一種のホラーだよ。

 

「あっれ〜?どうしたし〜」

 

 そんな時、俺に向かって軽々しく声をかける女子が現れた。校則違反気味の制服の着崩しに、金髪のサイドテール、蒼い瞳を携えた女の子。

 

「早坂…」

 

 こいつは、2年B組の早坂愛(はやさか あい)。見た目通り、彼女の容姿、言動共にギャルギャルしている。

 

「なーんかすっごい怖いことあったみたいな顔してるけど、なんかあったの〜?」

 

「…別に周り誰もいないんだし、そのギャルモードはいらねぇんじゃねぇの」

 

「…一応、誰が見ているか分からないから」

 

「そらご苦労さん」

 

 早坂と関わったのは、俺が生徒会に入って間もない頃だ。普段のようにベストプレイスでのんびりしていたら、毎日毎日物陰や草陰から誰かが俺を覗いていたのだ。

 人の目線に敏感な俺は、ずっと見られるのも落ち着かないので、その覗き魔の正体を明かした。言わずもがな、正体は早坂愛。最初は全く知らん人だったけど。

 

『実はぁ、最近比企谷くんのこと気になってて〜』

 

 出会って彼女の初セリフはこんな感じだった。しかし、人間観察が得意な俺は、それが演技だということに気付く。

 

『ダウト。ちょっとあざとい』

 

『ッ!』

 

『なんでずっと覗いてたのか知らんけど、そのギャルは分かりやす過ぎる。高校デビューでもしたのか?』

 

 違和感を感じたのだ。ヒッキーセンサーに引っかかるレベルで。

 

 説明しよう!ヒッキーセンサーとは、相手が素ではない、何か嘘くさく感じた場合反応する優れものだ!

 

 中学での様々な黒歴史を生んだ俺は、人に対してとても敏感になる。何か胡散臭かったり、演じているような素振りがなんとなく分かるようになったのだ。

 

『まぁギャルでいたいなら別になんも言わんけど。それ絶対しんどいだろ』

 

『…どうやら、貴方には通用しないようですね』

 

『ダウト。お前本当なんなの?』

 

『ッ!』

 

 ギャルギャルしていた早坂は一転し、冷静で物静かな雰囲気に変わる。しかし、ここでもまたヒッキーセンサーに引っかかる。

 ギャルギャルしてる時より、まだ自然体ではあった。けれど、なんと例えたらいいのだろう。まるで、仕事の時と部屋にいる時の違い、みたいな感じだ。仕事の時は厳しい人だけど、部屋に戻るとめっちゃだらける人みたいな。

 

 さっきも言ったが、ギャルと違ってまだ自然体だった。だから正直、これが素なのではないかとも思った。けれど、どこか。どこか納得出来ない。だから、今のダウトはカマをかけたに過ぎない。

 違ったなら謝るだけだ。しかし、反応を見る限り当たったようだ。

 

『…別にお前がそうしたいなら俺から何か言うのは筋違いだろうけど。ただ、ずっと続けてるとしんどくなるってことは覚えてた方がいい』

 

『…貴方に何が分かるの』

 

『ん?』

 

 俺のそんな言葉に、早坂は目から光を消して、冷淡と返していく。

 

『人間、演じていないと愛してもらえない。弱さも醜さも、演技で包んで隠さなければ愛されない。ありのままの自分が愛されるなんて絶対ない。愛されるために、嘘をつくのが人間だから』

 

『…お前……』

 

『貴方は、比企谷くんは他人に見せることが出来る?弱いところも醜いところも。虚勢も背伸びもない、本当の比企谷八幡を』

 

 その言葉に、俺は確かな重みを感じた。単純に言い返したくて反論してるわけじゃない。まるで、自分がそういう風に生きてきたという実体験を話しているようだった。

 

『…そうだな。人間、嘘をつく生物だ。自分をよく見せるため、人に愛されたいため、様々な理由で嘘をつく。お前が言っていることは決して間違いじゃない。正直なところ、俺だって嘘をつかれるのは好きじゃない』

 

『……』

 

『なんでお前が演じてまで愛されようとするのは分からんし、お前の境遇に同情は出来ない。けど少なくとも、演じて愛されるものは嘘の愛だ。そんなもん、すぐぶっ潰れる』

 

『…じゃあどうしろって言うの。演じなくても愛されない、演じて愛されようすれば壊れてしまう。私は、どうしたら……』

 

『簡単だ。素のお前を出せばいい』

 

『は…?』

 

『さっきから演じてなければ愛されないって言ってるけど、そんなことはない。素の自分も、嘘をつく自分も全部引っくるめて許容する人間はいるからな。世の中の広さ舐めんな』

 

 しかし、そんな俺の言葉に対し、彼女は納得いかないといった面持ちだった。

 

『まぁすぐにそんなやつが見つかるとは思えない。けど、お前のことを大切に思うやつは出てくる。演じていない、素のお前を愛してくれるやつがな』

 

 世の中、愛されない人間なんていない。この俺ですら、小町に愛していると言われるくらいだ。生きている間に、必ず一人は愛してくれる人間がいるはずだ。家族なり友達なり、きっとそういう人間はいるはずなのだ。

 

『あれだ。お前を理解してくれる、あるいは許容してくれる人間がいれば、それでいいんじゃねぇの?』

 

 近しい人間が理解してくれれば、俺はそれでいい。万人から愛される、理解されるなんてことは絶対にあり得ないからな。

 

『…そんな人、いるかな…?』

 

『案外、近くにいたりするかもな。お前を大切に思うやつは』

 

 身近にあるものは気付きにくいというのを聞いたことがある。早坂が知らないだけで、早坂の全部を受け入れてくれるやつは存在する。

 

『…まぁあれだ。相談事なら、聞いてやらんでもない』

 

『え?』

 

『曲がりなりにも生徒会の人間だからな。うちの生徒会の理念の一つとして、悩める生徒を放っておかないっつーのがあるし』

 

 早坂が本当に悩んでいるのを知って、はいそうですかって放置出来るほど鬼じゃない。むしろ、俺が余計に早坂のいらんところを刺激して、言いたくもなかったことを無理矢理言わせたことになる。なら俺には、早坂の相談を受ける義務がある。

 

『今すぐ言えとは言わない。…お前の気が向いたら、話くらい聞いてやる』

 

 そういうことがあり、俺は早坂と知り合うようになった。

 

 彼女と関わって分かったのは、彼女は四宮家の近侍らしい。つまり、四宮とは主従関係。その主従関係を秘密にするために、ギャルモードを徹しているらしい。だが、もう一つの彼女の仮面を付けた理由が未だに分からないまま。彼女が言うには、まだ話せない、とのこと。

 

 つまり、ミステリアスな女子生徒ってのが正解になる。まだ何か隠しているが、俺だって無理に聞いたりはしない。早坂が話したくなれば、とそう考えている。

 

「…ていうか、俺お前の愚痴を毎回聞かされてる気するんだけど」

 

「聞いてもいいって言ったのは比企谷くんだけど。今更嘘でした〜とか言わないよね」

 

「いや言わんけど。でもお前が話すことって8割が四宮のことで後の2割は白銀と藤原のことだろ」

 

 早坂は四宮の近侍として、四宮と白銀がくっ付くように色々と画策している。だが、そこで読めない行動を起こすのが藤原だそうだ。その苦労のことも、度々聞かされる。

 

「…あれだ。藤原をどうこうするのが間違ってる。あれは未確認生物だ」

 

「さらっと書紀ちゃんを化け物扱いしたよね今」

 

「あれを常識扱いするのが間違ってる」

 

「書記ちゃんも可哀想」

 

 早坂はクスッと笑う。そんな今の早坂は、初めて出会った時のような仮面の笑みではなく、心の底から笑ったように見えた。

 

「…じゃあ、そろそろ生徒会室に行かんとな。お前も、色々やることあるんだろ」

 

「そうだね。あ、そうだ」

 

「ん?」

 

 早坂が何か思い出したような素振りをする。

 

「その、もし比企谷くんが起きていたらなんだけど。時々、電話かけたいんだけど……いいかな?」

 

「…まぁ起きてたらな」

 

「じゃあ、今日電話していい?」

 

「…別にするのはいいけど、何時からとかあらかじめ言えよ。じゃないと俺寝てるからな」

 

「うん、分かった。じゃあ何時に電話するか後で連絡するから。ちゃんと電話出てよ?」

 

「へいへい」

 

 早坂ともライン交換をしているのだが、その時も四宮の愚痴を聞かされる。後はたまにプレス機の動画について話されるくらいだ。

 仮にもJKだというのに、プレス機で色々なものを粉砕している動画を見るとかマニアック過ぎる。伊井野とはまた違う意味でなんか怖い。

 

「生徒会、頑張ってね。ばいばい」

 

「おう。またな」

 

 早坂と電話の約束をして、廊下で別れる。早坂はどこかに消えて、俺は生徒会室へと向かった。

 

 さて今日は、彼ら彼女らは、どんな茶番を繰り広げてくれるのだろうか。

 

 




 早坂のキャラって多分こんな感じですよね。なんか分からんくなって来ました。笑


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白銀御行はまだしてない

 今日も今日とて生徒会。普段通りに、生徒会の面倒な仕事を片していると、白銀が謎の雑誌を机に置いた。

 

「あら?なんですこれ」

 

「あぁ、さっき校長が生徒から没収したんだと。教育上良くない本だから処分しとけってさ。全く、自分でやれって話だ」

 

 それにしても、雑誌の表紙だけで偏差値25くらいにしか見えないんだけど。

 

「教育上良くない本?」

 

 藤原はその雑誌を軽く開いた。刹那。

 

「ひゃ、ひゃああぁー!!」

 

 藤原は変な声をあげて雑誌を落とす。それを四宮がナイスキャッチするのだが。

 

「え、何?どうしたの?」

 

「乱れ…いや、淫れてます!この国は淫れてますーっ!!」

 

 藤原が顔を赤くして慌てている。教育上良くない本って言っていたが、まさかエロ本?

 

「…どれどれ。…初体験はいつだったアンケート。"高校生までに"が、34パーセント」

 

 そういうやつだったかー。エッチな写真集が掲載されていたわけではなくて、初体験のアンケート記録が掲載されていたのか。

 

「嘘です!みんなそんなにしてるはずありません!」

 

 34パーセントってことは、およそ3分の1強。30人のクラスで大体10人程度がヤっていて、この4人のうちの1人が既にヤった後だということ。そう考えると、結構多いなおい。

 発情期ですかコノヤローってやつか。

 

「ま、まぁあれだろ。こういった本を読んでるやつがアンケートに答えているから高いだけだろ。サンプルセレクションバイアスってやつだ。そんなに多かったら、多分俺か石上辺りが片っ端から呪ってると思う」

 

「呪うなよ」

 

「そ、そうですよね。そんなに多くないですよね」

 

 結果、アンケートほど多くない。これでこの話は終わり。…なのに、藤原でもないのにこの場を掻き乱すやつが一人。

 

「そうですか?私は適切な割合だと思いますけど」

 

「ん?」

 

「むしろ少ないんじゃ…」

 

 え、何?どうなってるの?

 

「あの、まさかとは思うのですが……かぐやさんはその……経験あるんですか…?」

 

 藤原が四宮に恐る恐る尋ねた。しかし四宮は顔色一つ変えずに。

 

「はい。だいぶ前に」

 

「ええええぇぇぇッ!!?」

 

「はあああぁぁ!?」

 

「へえ…青森の市外局番って017なのか…いがーい…」

 

 おい白銀が何かぶっ壊れたぞ!えっ待ってこいつ既にヤってんの?ヤってんの?

 

「高校生にもなれば普通経験済みなのでは?皆さん、随分愛のない環境で育ったんですね」

 

「ごめん俺今からお前への認識変わるわ」

 

「わ、私も彼氏とか作った方がいいのかな…?でもお父様許してくれないでしょうし…」

 

「長万部の市外局番は…」

 

 白銀そのよその市外局番調べるのやめろ。ぶっ壊れたくなるのは分かるけど!

 こいつまさか清楚系に見えて実はすんごいビッチなの?おかしくない?こいつ一体何者だよ。石上が来てたら既に失神してるよ本当。

 

「…ったく、バカバカしい話だ」

 

「あら会長。大層おモテになると伺っていたのですが」

 

 えっ急に白銀に煽り出したんだけどこいつ。

 

「彼女いないんですか?」

 

 めっちゃ煽るやんこいつ。まさか白銀にマウント取れて嬉しがっているのか?だとしたらだいぶ性格に難ありだぞ。いや前からそんな気はしてたけど。

 

「あー……そうだな…。特定の相手とそういう関係ってのはないな……今は

 

 おいなんだその昔に彼女いたみたいなアピールは。お前四宮が初恋だっつってたろ。

 しかしこの言葉は、今まで誰とも付き合ったことがなくても嘘にはならない。こいつ本当変なところで知恵が働くよな。

 

 しかし、こいつが結構モテるのは事実。ただ、類は友を呼ぶという言葉通りになって、変人には変人が近づいてしまうのだ。つまり白銀は、イロモノばかりに好かれる傾向があるということだ。

 

 結果、経験がないにも関わらず、自分はモテるという、うざったい自信だけを得てしまったのだ。変な自信を得た童貞の白銀は、普通の童貞より面倒な存在なのだ。

 

「へぇ…ということは、当然会長も経験済みなんですよね?」

 

「うっ…」

 

 ただ自信があっても童貞という事実に変わりはない。既にヤった四宮相手に嘘をつくのは不可能だ。

 

「ま、まあその気になればいつだって…」

 

「お前今強がったな」

 

「比企谷ちょっと黙れ」

 

 にしても、四宮のこの平然とした様子はなんなんだ。ご令嬢だっていうし、もう少し恥じらいながら言うもんだと思ってたんだが。

 

「…そうなのですか。会長には妹がいるんですから、妹とガンガンしていると思ってました」

 

「ハハっ、それな」

 

 ……え?

 

「ってしねぇよ!何言ってんのお前!?」

 

「お前シスコンだからって手出したの?引くわ…」

 

「だからしてないって!徐々に引いていくな!」

 

「あら、比企谷くんだって妹がいると聞きましたけど。妹とバチバチにしてるんじゃないですか?」

 

「お前本当何言ってんのさっきから!お前自分がバカみたいなことを言ってるって自覚してる!?」

 

 小町とヤるわけないだろ普通に考えて!そんなことしたら一生口聞いてもらえないどころか蔑んだ目で見られるだろうが!

 

「バカとはなんですか。現に私は、生まれたばかりの甥っ子としましたよ。ビデオで撮られながら。…懐かしいです」

 

「狂気!!」

 

「お前なんでそんな懐かしんでるの?四宮家マジでどうなってんの?」

 

 早坂にヘルプ呼ぼうかな。今の四宮を止めることが出来そうなの、早坂ぐらいだろうしさ。助けて早坂。

 

「いけませんね。人との接触を過度に恐れる。…これも現代社会の闇ですかね」

 

「いやお前だろ!お前が貴族階級の闇だよ!」

 

「何が変なんですか?藤原さんだって、飼い犬のペスとしょっちゅうしているでしょう?」

 

「シてんの!?」

 

「俺そろそろ生徒会やめようかな…」

 

「シてませんよ!?巻き込まないでください!」

 

 それにしても、今日のこいつ本当におかしい。

 生まれたばかりの甥っ子とビデオに撮られながらヤって。俺と白銀には妹とヤってるって言って。藤原には飼い犬とヤってるって言って。藤原以上の非常識っぷりだぞこれ。世間知らずにも程が…あ……る……。

 

「…まさか」

 

 …俺は嫌な予感が()ぎった。ここは一つ、確かめてみようか。

 

「…四宮。お前生まれたばかりの甥っ子とヤったって言ったな。それ、具体的に何をしたか聞いていいか?」

 

「えぇ、いいですよ。生まれたばかりの甥っ子の頬にキッスをしました。皆さんだってキッスくらいしたことあるでしょう?」

 

「あ……」

 

「……」

 

 その四宮の言葉で、俺達は固まった。

 

「…四宮」

 

「待ってください。ここは私から…」

 

 藤原は死んだような瞳で四宮に近づく。

 

「かぐやさん…ここでいう初体験というのは……」

 

 藤原が四宮に耳打ちしながら説明していく。その初体験の説明を話すこと16分。

 

「あ……あ…あ…」

 

 四宮は顔を真っ赤にして、恥ずかしさのあまり目から涙が溢れてしまう。

 

「だ、だって……そういうことは結婚してからって法律で……」

 

 本日、四宮の性知識の欠落が露呈した瞬間であった。

 

 あぁ怖かった。

 



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柏木渚は相談したい

「恋愛相談?」

 

「はい!私、もうどうしたらいいか分からなくて……。生徒会はそういう相談も受けてくれると聞いて…!かぐや様だけが頼りなんです!」

 

 どうやらこの間に続いてまた恋愛相談。とりあえず四宮に頼るってなる以上、俺は一旦抜けないとな。

 

「そういう話なら、俺抜けるわ」

 

「待ちなさい。この手の相談は男性側の意見は重宝されます。比企谷くんも、相談に乗ってあげなさい」

 

「いや、四宮が頼りって言ってんだから俺いらんだろ」

 

「いえ!出来れば、男性側の意見も聞きたいです!」

 

「えぇ…」

 

 そんなこんなで、俺は男子Aの彼女、柏木渚の恋愛相談を受けることとなった。

 

「して、どのいった内容の相談なのでしょう」

 

「円満に彼氏と別れる方法が知りたいんです」

 

 男子A、ドンマイ。お前の春は散ったな。

 

 しかし男子Aといい柏木さんといい、なんで相談する人選をミスっちゃうかな。この四宮かぐや、まだ付き合ってすらいない上に、性知識が絶望的に欠落してる。

 

「かぐや様は凄くモテますし、恋愛においての知識量半端ないとか!そんなかぐや様なら、凄く良いアイデアをお持ちなのでしょう!」

 

 うっわ四宮への期待半端ねぇ。

 

 とはいえ、白銀と同等にプライドが高い四宮が一度受けたことを取り消すなんてことはしないだろう。俺がここにいたのは、ある意味運が良かったのではないか。並の恋愛知識なら、俺だって兼ね備えているからな。

 

「…どうして別れようと?」

 

「それが…彼と付き合い始めたのも最近なんです。突然告白されて、勢いでOKしちゃって…。でも、彼のことよく知らなくて…どうやって接したらいいか分からなくて……。むしろ前より距離が出来ちゃったくらいで…彼に申し訳なくて、こんなことなら別れた方が良いんじゃないかって…」

 

 長々と話を聞いた結果、分かったことがある。

 要するに、白銀が編み出した(仮)壁ダァンがこんな面倒な状況を引き起こしているということだ。あの時、やっぱり無理でも止めときゃあ良かったか。

 

「…彼氏のこと、嫌いなのか?」

 

「そんなことはありません。…でもこれが恋愛感情かと言われると分からなくて…」

 

「…そうね。ではまず、彼のいいところを認識するところから始めてみては?」

 

「好きなところを?」

 

「えぇ。誰にでも長所や可愛らしいところはあるものです」

 

 なんだ。結構それっぽいところ言えてるじゃないか。確かに相手のいいところを探せば、自ずと好きになっていくのかも知れない。俺の場合、相手の嫌な部分ばかりを見つけてしまうのだが。

 

「例えば、真面目なところだとか、勉強が出来るところだとか。努力家なところとか、実はすっごく優しくて困ってる人を放っておけないところ」

 

 おっとこの子、例えで人のいいところを挙げているつもりが、いつの間にか白銀のいいところを挙げちゃってる。

 

「目付きが悪いところとか」

 

 ほーらドンピシャ。知らず知らずにちょっと惚気ていることにそろそろ気付こうね。

 

「目付きが悪いのは欠点じゃ?」

 

「違うの!目付き悪いのを気にしてるところが可愛いの!」

 

 しかし、自分が何を言っているのかを理解した四宮は一度冷静になり。

 

「目付きが悪い人が好きなんですか?」

 

「…今の忘れて」

 

「かぐや様の周りで目付きが悪い人といえば…」

 

 柏木さんがチラリとこちらを見る。

 

「ちょっと待て。俺じゃねぇ」

 

 むしろ、多分四宮は俺のこと底生生物以下としか考えてないだろうよ。白銀以外の男は、多分そんな感じに思われてる。四宮の男子への価値観がエグい。

 

「その通り。比企谷くんではありませんよ」

 

「じゃあ会長…」

 

「違いますよ?決して」

 

 めっちゃ必死に隠すやん。まぁ確かに、好きな人を知られて噂されたら恥ずかしいからな。分からんでもない。

 

「…話を戻しますよ。一ついいところを見つけて、そこをいいなって思い始めたら、いいところがいっぱい見えてきて…。気付いたら、その人から目が離せなくなっていて…。毎日見てると、どんどん好きになっていっちゃうもの…」

 

 四宮は再び、白銀を連想しながら惚気る。すごい恋してる乙女のような表情で、柏木さんに話していく。

 

「と、比企谷くんがこの間言っていました!私の話じゃないですよ?」

 

 こいつ途端に俺を売りやがった。誰がこんな純情な恋愛話をこいつにせにゃならんのだ。柏木さん「マジかこいつ」みたいな表情で見てるけど、俺の話じゃないよ?四宮の話だよ?

 

「おい四宮、流石にそれは…」

 

「何か?」

 

「あっはい。そんなこと言った気します」

 

 こっわこいつこっわ。今すっごい笑顔でこっち見たけど、その実めっちゃ威圧してた。「これ以上余計なこと言ったら生きていけるだなんて思わないことね」っていう意味を孕んでいそうで怖かった。死にたくないので、もうそういうことにしとこう。

 

 そんな恐怖で体が震えそうになった瞬間、生徒会室の扉が勢いよく開かれる。

 

「話は聞かせてもらいました!」

 

「藤原さん!?」

 

 そこには、赤色の鹿撃ち帽を被った藤原が現れた。

 

「私抜きで恋バナなんでずるいです!そういう話はこのラブ探偵チカにお任せください!」

 

「…なんだそのテンション。つか、なんで息切れしてんの?」

 

 めっちゃはあはあって肩で息してる。やだこの子やらしいわ。

 

「実はもっと早くからいたのですが、ダッシュで演劇部から衣装を借りて来たので」

 

 本当、こいつどこからでも湧くよな。流石、早坂でさえ手を焼くと言われるほどはある。

 

「あなたは彼への想いを見つけられずに悩んでいる……そうでしたね?」

 

「はい」

 

「ではその恋という名の落とし物……この名探偵が見つけ出して差し上げます!」

 

 藤原がいて大丈夫?余計ややこしくなったりしない?

 

「ではその人が他の女とイチャコラしているところを想像してみてください」

 

「どういうことですか?」

 

「まぁ想像してみてください」

 

 四宮と柏木さんは、好きな相手が自分と違う女とイチャコラしているシーンを想像し始める。すると、柏木さんはムッとした表情になり、四宮に関しては隠すことが不可能なほど嫉妬の表情を見せている。

 

「…なんだか嫌な気持ちになりました」

 

「でしょー?つまりそれは嫉妬。彼のことが好きだから、やな気持ちになってしまうってことなんです。やな気持ちの分だけ、愛があるってことなんです!」

 

 なるほど。藤原にしては、頭のいい策だ。

 彼氏を好きになれているか分からない柏木さんに、彼氏と自分と違う女がイチャコラしてるシーンを想像させて嫉妬させることで、自分は彼氏のことが嫌いではないと自覚させるということか。

 

「流石はラブ探偵チカ。一瞬で解決したな」

 

「でしょでしょー?もっと褒めていいんですよー?」

 

「いやこれ以上は調子に乗るから遠慮する」

 

「むー!」

 

 むくれてもダメです。それに藤原を褒めるとか、丸焦げクッキー食べて美味しいっていうくらいあり得ないんだぞ。それぐらい自分が異端だということに気付け。

 

「…まぁあれだ。嫉妬する気持ちがあるんなら、そいつへの好きって感情がなくなったわけじゃないってことだろ。それを大事にすりゃいいんじゃねぇの?」

 

「…そっか。私、告白までしてくれた人のことを好きになれない冷たい人間なんじゃないかって思ってたんです。…そうですよね!私、ちゃんと彼が好きなんですよね!」

 

「うんうん!」

 

「どうしたらもっと彼と自然に話せるようになりますか…?」

 

 そんな柏木さんの尋ねに対して、四宮が代わりに答える。

 

「そうですね…。認知的均衡……ロミオとジュリエット効果が使えるのではないでしょうか?」

 

「ロミオとジュリエット?」

 

 四宮の出した言葉に、俺達は分からずに復唱した。

 

「ロミオとジュリエットは恋の障害……敵対する両家といった強大な敵を共有することで、その愛を深めたという考えです」

 

 四宮の言いたいことは大体理解した。例えば"受験"という仮想の敵を共有し、どう対処していけばいいかを二人で話していけば、そのうち二人の仲が深まると。

 …普通に共有の話題とかでいいんじゃないのかと俺は思うのだが、ここで横から口を挟めばまた四宮に睨まれる。それだけはごめんだ。

 

「…でも、そんな敵は私達に…」

 

「いえ!誰もが立ち向かわなきゃならない強大な敵はいます?」

 

「だ、誰ですか?」

 

「それは………社会です!」

 

 ……ほえ?

 

「終わらない戦争!なくならない貧富の差!これほど強大な敵いませんよ!」

 

 だいぶ規模が大きいなおい。一応これ、恋愛相談だよね。いつの間にか、強大な敵に立ち向かっていく壮大な話になってるんですが。

 

「な、なるほど!二人でこの腐敗した社会に反逆すればいいんですね!?」

 

 藤原も考えなしではないと思うのだが、話の内容がだいぶ仰々しい。

 間に受けた柏木さんはお礼を言って、すぐに準備を始めるために生徒会室から出て行った。

 

「大丈夫!?私達、反社会因子生み出しちゃってない!?」

 

 しかし、藤原は普段のように笑ってこう言った。

 

「大丈夫ですよ」

 

 そして翌日。とある駅前に、俺達生徒会へと赴いた。そこで起きていたのは。

 

「募金活動にご協力お願いしまーす!」

 

「お願いしまーす!」

 

 柏木さんと柏木さんの彼氏、そして小さな子ども達が募金活動を行なっていた。

 

「あの二人、もともと慈善活動に興味があったみたいなんですよ。いいきっかけにもなったみたいです。…平和を願う気持ち。これこそが、真の意味で社会への反逆なのかもしれませんね」

 

「何言ってんだ」

 

 …とはいえ、どうやら恋愛相談は解決したようだ。結構仲良く見えるし、これでもう別れようという相談はしばらく来なくなるだろう。

 

「…あいつもよくやるわ」

 

 どっかの誰かさんは、自分から進んで慈善活動をサポートしていたようだ。

 流石は生徒会長、ってところだな。

 



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かぐや様は愛でたい

「コスプレ、な…」

 

 近々、ここ秀知院学園と、フランスの高校との交流会があるそうだ。そのために、ダンボール箱の中にある様々なコスプレグッズが必要になるとのこと。

 

「フランスは日本に次ぐコスプレ大国です。コスプレに言葉はいりません。言語の壁を超えて親睦を深めるにはこれ以上の策はありません!」

 

「ですが…」

 

「まあまあ!やってみたら意外と楽しいものですよ!」

 

 藤原は楽しげに、ダンボール箱の中にあった猫耳のカチューシャを四宮に着ける。

 四宮は四宮で、ちょっとノリに乗ってみたのか。

 

「にゃあ……で、合ってますか?」

 

「ほら可愛い〜!二人もそう思いますよね?」

 

「…うん。そだね」

 

 うん似合ってると思うよ?ちょっとお腹が捩れそうなくらい笑ってしまうのを堪えてるけど、似合ってると思うよ?あの四宮が猫耳カチューシャを着けるって状況が既に面白いから、いいんじゃないの?ぷぷっ。

 

「あぁ。猫耳が藤原書記の頃に四宮は俺だな」

 

「ですよね〜」

 

「………ん?」

 

 何か今、日本語がおかしくなかったか?

 

「つまりだな、お前の持って来た時間は元々四宮と猫耳だけってことだ」

 

 やっばこいつ完全にキマってる。

 さてはあれだな。四宮と猫耳カチューシャという組み合わせが可愛すぎて、英文を自動翻訳させたような無茶苦茶な言葉が出て来てるわけだな。

 

「ひぃ!こ、怖いです!」

 

「おい白銀。しっかりしろ」

 

「だから言っているだろう。四宮と俺、そして藤原と比企谷。互いが可愛ければ猫耳になると」

 

「マジで何言ってんの?お前元からバグってんのに更にバグってどうすんだよ」

 

 伊井野のギャップの違いと同じレベルのホラーなんだけど。

 

「こう言った扮装は初めてで勝手が分からないですが……似合っているでしょうか?」

 

 四宮が猫っぽいポーズを取って、白銀にアピールする。

 対する白銀だが。

 

「…まぁ、いいんじゃないか?(ぎゃああああぁぁかっわああああぁぁ!!)」

 

 ようやく言語を取り戻すも、どこか白銀の様子がおかしい。なんというか、めっちゃ無理して平静を装っている。まさかこいつ、可愛いって言いたいのを我慢しているのか?

 すると途端に、白銀が藤原の方を睨み付ける。

 

「顔怖っ!え?え?な、なんなんですか?」

 

「何がだ」

 

 こういう猫耳って、案外藤原や伊井野が似合いそうなもんだけど。四宮は普段とのギャップで笑ってしまうから没です。

 

「もう!会長も晒されてください!」

 

 四宮はもう一つの猫耳を、白銀に無理矢理着けた。しかし、それはお世辞にも可愛いとは言えない姿であった。

 

「に、似合うな……くく……」

 

「それ絶対似合ってないリアクションだろ。分かりきってただろ。俺にこういうの似合うはずがない」

 

「ですよね〜」

 

 それは分からないぞ。世の中、変な趣味をした女だっている。お前のことを可愛いとかいう変人がいるかも知れない。

 例えば、そこで白銀を凝視してにやけ面している四宮かぐやとかな。四宮の猫耳はまだ万人に需要があるが、白銀の猫耳は四宮にしか需要がない。

 つまり、四宮は変人である。

 

「なんだ四宮、その顔は。俺の猫耳に文句でもあるのか?」

 

「いえ、まさかそんなこと。とてもよく………お似合いですこと」

 

 客観的に見たら、なんか蔑んだ表情なんだけど。人として似合ってないって言いたげな表情。

 だが客観的に見れば、だ。俺からすれば、白銀の可愛さににやけが戻らないような表情なのだ。なんかもう無茶苦茶だな。

 

「比企谷くんは何が似合いますかね〜」

 

「ちょっと待て。まさか俺にも着ける気か」

 

「当たり前じゃないですか〜。比企谷くんはこれかな」

 

 藤原は変な角が付けられたカチューシャを取り出す。それを俺に無理矢理着けた。

 

「比企谷くん雑魚悪魔っぽ〜い」

 

「雑魚は余計だろ」

 

「でもちょっと可愛い〜!写真撮っちゃおー!」

 

 藤原はスマホをこちらに向けて、パシャパシャと連写していく。こんなん撮って何が楽しいか全く分からん。

 

「藤原さん。ついでに会長の写真も撮って差し上げましょう」

 

「あっ、そうですね」

 

 俺に向けていたスマホは、次に白銀へと向けられていた。向けられなくなった俺は、鬱陶しいカチューシャを外す。

 

「未来永劫、この会長の姿を残して差し上げなくては…」

 

 うっわすっげぇ顔。四宮家として、今おそらく人の前に出しちゃいけない顔してる。

 

「絶対にダメだ!」

 

「そんなこと言わずに〜。さっ、かぐやさんも一緒に。後、比企谷くんも」

 

「俺は外したからいいわ」

 

 あー良かった外しておいて。あの中に単身で入り込むとか命が何個あっても足りない。似合わないやつはいるわ、人前に出したらやばい顔するやつはいるわ、カオスだろこれ。

 

「もう!外さないでくださいよ〜!」

 

「とりあえずそれは後でいいだろ。今は四宮と白銀の写真を撮ってやりな」

 

「後で絶対ですよ?」

 

 うんうん。きっと、そのうち、気が向いたら、撮ってもらっていいから。

 それにしても、白銀も人前に出せないような表情してんぞ。何?猫耳のカチューシャ着けたら何かに取り憑かれるの?

 

 そして、先程まで撮るなと言っていた白銀が一転して。

 

「篤と取れ藤原書記!」

 

 めちゃめちゃ撮る気になりました。

 

「あ、あれよ!4Kってやつで撮ってください!」

 

「は、はい!」

 

 藤原が二人にスマホを向けると、何故か互いが互いを睨み付けている。

 

「なんでお前ら睨み付けてんの?」

 

「ふ、二人とも、もっとにっこり笑ってください…」

 

「「無理」」

 

「ええーっ!?」

 

 睨み合いは尚も続き、二人の顔の距離は徐々に近づいていく。俺らこれ今何見せられてんの?

 

「お二人とも!喧嘩するならこれは没収です!」

 

 藤原は二人から猫耳カチューシャを取り上げた。

 その瞬間、二人の様子が元に戻る。しかし、互いの顔がバチバチに近いことを理解したのか、彼らは一瞬で距離を大きく離した。

 

 こいつら、今危うくキスまでいきかけてたな。あの猫耳カチューシャは着けた人間をキス寸前までさせるのか。なんて恐ろしいカチューシャなんだ。

 

 そしてこの瞬間、誰もがこう思ったのだ。

 

「(猫耳怖い!)」

 

 …と。

 それ以来、生徒会での猫耳カチューシャ使用は満場一致で禁止になりましたとさ。

 

 



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生徒会は言わせたい

 フランスの姉妹校と交流会の準備を行う俺達。あの呪いの猫耳カチューシャはとりあえずしまいました。

 

「パーティは週明けの月曜日、設営は前日の日曜日」

 

「これは誰か一人指示出し役が必要だな」

 

「後土産菓子の買い出しも必要ですよ」

 

「これは二名必要でしょうね。参加者全員分となると結構な量ありますから」

 

「わざわざ休日返上で買いに行くとか俺嫌だ」

 

 俺は二日ともゴロゴロしたいんだ。なんなら日曜日は朝からプリキュアを見る習慣があるんだよ。

 

「比企谷の言う通りだ。あー面倒面倒。誰がやりたがるって言うんだ。なぁ四宮」

 

「まぁ……そうですね」

 

 なんか君ちょっとそわそわしてない?トイレに行きたいなら早く行きなよ?

 

「んー…誰も行きたがらないのは困りましたね」

 

「まぁ?どうしてもって言うなら?別に…」

 

 すると、ここで藤原がとある提案を出す。

 

「じゃあゲームで負けた人が行くっていうのはどうですか!?最下位の二人が買い出しに行くということで!」

 

 確かにこれ以上押し付け合うのは不毛な争いとは言える。時々、藤原っていい案出すよな。普段はよく分かんねぇやつなのに。

 

「なんのゲームで決めんの?」

 

「これです!"NGワードゲーム"です!」

 

 NGワードゲーム、か。

 名前の通り、NGワードを言った人間が負けのゲーム。自分のNGワードが分からないから、うっかりNGワードを言ってしまって負けてしまうということがある。

 

「これは例ですが、NGワードはこんな風に単語帳に書いたのを右隣の人に渡すという形式にします。渡された紙がその人の言っちゃダメな言葉、つまりNGワードです。自分に見えないように掲げてくださいね」

 

 藤原は単語帳に"かんたん"と書き、それを白銀に渡す。紙を渡された白銀は頭の上に掲げた。

 

「ルールは理解出来ました?」

 

「あぁ、()()だな」

 

「はいドーン」

 

 うわざっこ。ものの数秒で負けてんじゃねぇか。

 

「じゃあ本番いきましょー!」

 

 このゲーム、いかに相手にNGワードを言わせるかが鍵になる。とりあえず、俺の右隣は白銀だから、白銀が言いそうな言葉を書けばいい。

 とはいえ、白銀が言いそうな言葉、か。さっきですらまんまと引っかかったわけだし、あまり捻るのも良くはない。

 

 "本気"とかでいいかな。普段から言ってるかは知らんけど、少なくとも白銀が言いそうな言葉ではある。キャラ的に。

 四宮が俺のNGワードを作ってるわけだが、一体どんなNGワードなんだろうか。

 

 みんなはNGワードを書き終え、右隣の人間に渡す。そして、渡された紙を頭の上に掲げるのだが。

 

「じゃあ準備はいいですかー?」

 

 何あれ。藤原のNGワード何あれ。"ちぇけら"ってなんだ。白銀NGワードゲームの理解本当に出来たのか?藤原があんなイミフな言葉を使うわけ…。

 

「YO!YO!早速スタートだYO!」

 

 なんかノリに乗っとる。レベル2くらいのラッパーぐらいのクオリティなんだけど。急にどうした。

 

「藤原書記?」

 

「NGワードに俺っちがよく使う語尾を指定されてはたまらんYO!だから口調を変えているんだYO!残念だったなメーン!」

 

 確かに、藤原はずっと敬語で"です"か"ます"だけども。このままのノリじゃあいつ普通にちぇけらって言うぞ。まさか、白銀はそれを分かった上で?エスパーなのかこいつは。

 

「かぐやさんのNGワードは私が書いたんYO!どんなことを書いたと思うYO?」

 

「……」

 

「セイホーっお」

 

「……」

 

「セイホーっお」

 

「……」

 

「セイホー……」

 

 四宮、ただ静かに笑みを浮かべた。こいつ大人気ねぇなおい。

 まぁ確かに、NGワードゲームで確実に勝てる方法は喋らないことなんだけども。

 

「流石にそれはゲームとして成り立たない。最低限会話が成立する程度くらいは喋ってくれ」

 

「…仕方ないですね。分かりました」

 

 とはいえ、四宮のNGワードは結構簡単なものが出てきたな。

 "好き♡"か。これなら、こいつの好きなものとか嫌いなものの話で誘導出来る。

 ♡がちょっと気になるけど、まぁそれは置いておこう。

 

 ただ、ド直球に質問すれば勘づかれてしまう。普段はアホだが、四宮自体の頭の回転の速さは尋常じゃない。腐っても秀才だ。

 

「藤原書記は嫌いなことってあるのか?」

 

 ここで白銀が藤原に話を振る。

 

「嫌いなこと、ですか……。そうですね……」

 

 低クオリティのラッパーの真似を一度やめて、表情を曇らせる。

 

「私…空気読めないってよく言われるんですYO…」

 

 だいぶ重い話だった。普段、天真爛漫な藤原がここまで悲しげな表情をするのは初めて見た。

 

「みんなはそこも私の良いところって言ってくれるけどYO……。でも恋バナする時に私を混ぜてくれないんですYO!絶対地雷踏み抜くからってぇ!」

 

 的確な判断だなそれは。いい観察眼を持ってる。

 

「ちょっぴり疎外感を感じます…YO。知らぬ間にみんなに迷惑かけてるのかなって考えると、悲しくて…」

 

 …どうやら、俺達が地雷を踏んだようだ。藤原がクラスでどういう立ち位置なのかは分からない。だが少なからず、彼女のことをそういう風に思っている連中がいるということ。

 誰かからハブられる辛さは、ぼっちの俺がよく分かる。

 

「…でもあれだ。お前のことを迷惑とか思わないやつもいるだろ。少なくとも、生徒会の面々はお前のことを迷惑だとは思ってないだろうけど」

 

「そうですよ。貴女のそういう裏表が無いところに助けられてる人はたくさんいます」

 

「…本当?私のこと嫌いじゃない?」

 

「えぇ…まぁ……()()ですよ」

 

 四宮が恥じらいながら、藤原にそう言った。

 

ドーンだYO!

 

 さっきまでの重い表情が一瞬でどこかにいき、普段のバカ面に戻る。まさか、なんだかんだで藤原に対して好意的な四宮を逆手に取るために、今の話題を…?

 だとしたら相当タチ悪ぃ。

 

「今の話全部嘘だったんですか!?」

 

「嘘じゃないですブラフですYO!私が恋バナに混ざらないわけないじゃないですか!雨が降ろうと槍が降ろうと混ざりますYO!」

 

 やっぱタチ悪ぃ。

 そういうとこ。そういうとこがハブられるんだよ。つーか謝って?さっきまで俺ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったから謝って?

 

「はぁ………ん?」

 

 すると隣で、何やら白銀が藤原に真剣な表情を向ける。

 

「藤原書記。ここからは、()()でやらせてもらうぞ」

 

ドーンだYO!

 

「はあああぁぁぁーッ!?」

 

 俺が白銀に指定したNGワード、"本気"を言ってしまったため、白銀は四宮に続いて即敗北。

 

「まさかマジで引っかかるとは……」

 

 話を変えて、俺が白銀にNGワードを言わせるために誘導しようと策を練ってたのだが、勝手に自滅しちゃった。

 

「…とりあえず、最下位二人は決定したし、このゲームはこれで終いでいいだろ」

 

「まだです!まだ比企谷くんとの決着はついてないですYO!」

 

 藤原、ゲーム続行する気満々。まぁ俺が負けても、買い出しに行かなくて済むわけだから、気楽っちゃあ気楽だけど。

 

「負けた方が次のパーティにイメチェンして来るんだYO!」

 

「……ふぁ!?」

 

 イメチェンって、あのイメチェン?待って待って俺嫌なんだけど。そんなの恥ずいしどこ向けのサービスだよそれ。

 

「比企谷くんがイメチェンした姿見たいですYO!」

 

「お前クソ()()なこと言いやがって…」

 

ドーンだYO!

 

「へ?」

 

 掲げていた紙を確認すると、達筆な字で"面倒"と書かれていた。

 

「なん……だと…」

 

 何?俺負けたの?パーティにイメチェンして行かないといけないの?

 

「わーい!みんなに勝っちゃいました〜!」

 

「…ドンマイ、比企谷」

 

 つーか、イメチェンって何変えればいいんだよ。俺今までノーメイクノーチェンジだったんだけど。

 

「…とんだクセ者だよ、ちくしょう」

 

 帰りに何かイメチェン出来そうなやつ買って帰ろう。

 俺もう二度と藤原とNGワードゲームしたくない。

 

 



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比企谷八幡は帰りたい

「間に合った〜!」

 

 今日は秀知院とフランス高の交換留学歓迎会。設営やら買い出しやらでこの三日間、クソほど忙しかった。

 

「皆サマ、お疲れ様デス」

 

 俺達は会場の入り口で少々休憩していると、秀知院の校長がやってきた。

 

「いやはや、急ナお願いでしたがよくぞ形にしてくださいまシタ」

 

「校長……次から直前に言うのやめてください。他の役員に負担をかけるのは、俺の方針じゃありませんので」

 

「ハハッ、分かってマース!」

 

 本当に分かってんのかこのおっさん。だいぶ無茶振りなことを平気で言ってきたってことを忘れてないだろうな。

 

「あれ〜?比企谷くん、イメチェンはどうしたんですか〜?普段となーんにも変わってないですけど〜」

 

 チッ、覚えてたか。言われなかったらノーチェンジでいくつもりだったのに。

 ついこの間、NGワードゲームで藤原に敗北し、イメチェンを強いられたのだ。後こいつのニマニマした顔は何?なんか腹立つ。

 

「…最初はワックスとか付けようか考えたが、あれ一朝一夕で出来るようなやつじゃないって思ったからやめた。そういうわけで」

 

 俺はポケットからある物を取り出した。そのある物とは。

 

「それ…眼鏡か?」

 

「伊達眼鏡だ。イメチェンなんてしたことないし、眼鏡をかけただけで印象が変わるみたいな話を聞いたことがあるからな。これにした」

 

 俺は伊達眼鏡を掛ける。度が入っていないとはいえ、生まれて初めて眼鏡なんて掛けた。

 俺が眼鏡を掛けると、3人は固まってしまった。

 

「…なんだよ」

 

「誰だお前は」

 

「は?」

 

「あわ、あわわ……」

 

 こいつら何?何その反応。そんなに似合っていないとでも言いたいのか。白銀の猫耳カチューシャに比べればだいぶマシだろ。………マシだよね?

 

「ハイハーイ!お喋りはそこまでにして、皆サマも楽しんでクダサーイ」

 

 こいつらの視線が気になるが、似合わないことは百も承知。見たくなさ過ぎて、鏡で自分の顔を見るのすら躊躇ったぐらいだ。気にしないようにしよう。

 

「…うわぁ…」

 

 何このパリピ感。パーティって言ってるから多少合ってるけど、これ俺絶対馴染めないやつ。ついでに言うならフランス語なんて俺は話せない。付け焼き刃で得たのは精々挨拶程度だ。

 まぁこちらから話しかけなければ、そんなに話すことはない。入り口の近くで一人でいれば、大丈夫だろう。

 

 石上と一緒に帰ればよかった。

 

「…はぁ」

 

 他のみんなはフランス語を話せるのだろうか。

 

「C’est nous qui vous remercions d’être venus d’aussi loin. Nous ferons tout notre possible pour que vous gardiez un souvenir impérissable durant votre séjour parmi nous.」

 

 うっわ何話してるか分かんねぇ。ただ、流石四宮と言ったところか。フランス語もお手の物。隣にいる白銀なんてあたふたしてるぞ。

 まさかお前も、こちら側か。

 

「La pluparts des contenus japonais sont focalisés sur le marché domestique. Le Japon n’a pas encore établi la façon de se promouvoir à l’ étranger.」

 

 うっわこっちも何話してるか分かんね。ていうか藤原、お前フランス語話せたのか。お前もこっち側だと思っていたのに。

 …帰りたくなってきた。ステルスヒッキー使って一旦抜けようかしら。俺一人抜けてもなんら問題ないだろう。よし、抜けよう。

 

「Bonjour. Est-ce que vous êtes tout de suite」

 

 誰だよ声かけるなよ知らないやつと話しちゃダメって言われてるから無視していいよね。

 振り向くと、俺に声をかけたのはフランス高の女子生徒だ。

 

「Je suis le nom de Laura. Comment vous appelez-vous ?」

 

 何言ってるかさっぱり分からん。初対面に対して疑問系ってことは、おそらく名前を聞いているのだろう。

 

「め、Merci. Ça s'appelle Hikigaya Hachiman. Enchanté」

 

 自己紹介はすると思って、ちゃんと最低限のフランス語は覚えてきたのだ。ほんの付け焼き刃だが。

 

「Ouah ! C'est un joli nom !」

 

 何言ってるか分からん。分からんけど、なんか褒められてる気がする。多分。

 なんでもいいけど、とっとと抜けたい。何話してるか分からん相手とこれ以上一緒にはいにくい。こうなったら、適当にフランス語っぽい言葉で誤魔化して、とっとと立ち去ろう。話が通じないやつと一緒にいても、楽しくないだろうしな。

 

「Tu es belle. J'ai failli tomber amoureux à première vue.」

 

「Quoi!?」

 

 自分で何言ってるかさっぱり分からん。フランス語っぽいことは言えたつもりだが、さてさて、相手の反応は…。

 

「…Je suis tombé amoureux à première vue de votre belle expression.」

 

 え。

 めっちゃ顔赤いしもじもじしてるんだけど。俺一体何言ったの?俺この子に何言ったの?

 なんか分からんけど、とりあえずアレだ。感謝の言葉を押しつけて退散しよう。

 

「Merci.」

 

 俺は彼女にそう告げて、その場から立ち去った。

 休息も兼ねて、俺はコーヒーを飲むために、一旦会場から出て行った。自動販売機を見つけ、コーヒーを購入する。

 

「…疲れた」

 

 知らん人と話すだけでも気が滅入るのに、その上他国の言語で話さなきゃならない。この三日間、俺はよく働いたと思う。明日一日くらい休める権限が欲しい。

 そんな下らないことを思い耽って数十分。

 

「…そろそろ戻るか」

 

 俺は缶コーヒーを捨てて、パーティ会場へと戻った。すると、入り口の前では校長と、泣き崩れるフランス高の女子がいた。

 えっ校長何したの。校長まさか女子泣かせたの?うわ最低。

 

「あ、比企谷くん!一体どこほっつき歩いてたんですか!?もうフランス高のみんな帰っちゃいますよ!」

 

「あぁ、ちょっとアレがアレでアレだったから休んでた」

 

「なーに言ってるかさっぱり分からないんですけど。あ、それよりっ」

 

 藤原はスマホを取り出し、俺に向けて写真を撮り始める。

 

「比企谷くんの眼鏡姿、すっごくカッコいいですよ!フランス高の女の子達から結構絶賛でしたよ!」

 

「えっ嘘だ。白銀の猫耳カチューシャレベルじゃないのかよ」

 

「そんなことないですよ!これは保存ですよ保存!」

 

 藤原はパシャパシャと連続で撮り続ける。するとそんな中、先程のフランス高の女子がこちらに寄ってきた。その女子は、俺に薔薇の折り紙を差し出して来る。

 

「C'est mon amour pour toi! Prends-le!」

 

「ほわあああぁぁぁ!?」

 

 突如、藤原が奇声を発し始める。急に奇声出し始めてめっちゃ怖いんだけど。

 とりあえず、なんか分からんけどくれるってことだよな。じゃあ感謝の意を伝えないといけない。

 

「Merci.」

 

 俺がそうお礼を言うと、フランス高の女子生徒は走ってパーティ会場から出て行った。

 

「ひ、比企谷くん、いつの間に女の子を引っ掛けてたんですか!?」

 

「え」

 

「今の女の子、比企谷くんにほの字でしたよ!何したんですか!?」

 

「いや、それ俺が聞きたい。急に薔薇の折り紙渡されて困惑してんの俺だし」

 

 俺は彼女に自己紹介して、その後彼女からさっさと離れるようにフランス語っぽい言葉を使っただけなんだが。こんな薔薇の折り紙渡される義理もないし。

 

「藤原書記、比企谷!そろそろ片付けを始めるぞ」

 

「ん、分かった」

 

「は、はい!比企谷くん、後でちゃんと説明してくださいね!」

 

「お、おう……」

 

 説明も何も、そもそも自分が何言ったか覚えてないんだが。

 彼女から薔薇を渡されるような何かを言ったってことか?あの出来損ないのフランス語で?

 

「…よく分からん」

 

 もう考えるのやめにしよう。どうせもう会わない人物だし、これ以上考えると頭が痛くなる。さっさと片付けてさっさと帰ってさっさと寝よう。

 




 翻訳はどうぞ自分で行なってください。多分翻訳した瞬間「八幡こんなこと言ってたのうわやっべマジ卍」みたいなことになるので。笑


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白銀御行は見せつけたい

 フランス高との交流会からしばらく月日が経ち、衣替えの季節となり始めた。最近ジトジトし始めているし、学ランを脱ぐだけでもだいぶ快適と言える。

 それとは何の関係もなく、俺達は体育館にいる。理由は、白銀がバレーボールの練習がしたいと言って、俺はそれの付き添い。体育館で、白銀の練習を見ていたのだが。

 

「何故上手くいかない!?」

 

「…俺もう帰っていい?」

 

 この男、絶望的な運動音痴なのだ。さっきからサーブ練習を行なっているのだが、ボールに一切当たらず空振り連発。当たったと思えば、それはボールでなく自分の頭か顔面である。サーブで自分の頭か顔面に当てる方が難しい。

 

「会長、大丈夫ですか?」

 

「あぁ。何の問題も……藤原書記!?」

 

 野生の藤原が現れた。

 

「もうとっくに下校時刻は過ぎているではないか!何をしてる!?」

 

「忘れ物しちゃって取りに戻ってきたんですけど…」

 

 その瞬間、白銀は絶望的な表情を見せる。こいつはどうしても他者に見栄を張りたがるところがある。バレーボールの練習をしているのも、四宮にいいところを見せたいのだろう。

 陰では文武両道とか言われている白銀が、こんな無様な姿を俺以外に見せてしまったら。それはもう素敵な噂をされるだろう。

 

 ただまぁ、白銀のそんな姿を見て藤原はそんなことを思うのだろうか。そこでボール遊びしているやつに、何か思うことがあるのだろうか。

 

「ボール楽しい〜」

 

 俺からすれば、こんなやつに何思われても痛くも痒くもない気がする。

 

「…今度バレーの授業があるだろう。夜間だけ体育館を借りられたから練習してるんだ。どうもサーブが苦手でな」

 

「苦手?あれを苦手と言うかお前。むしろやらない方が正解だぞ」

 

「え、そこまでなんですか?」

 

「バカを言うな。そこまで壊滅的ではないだろう。少し改善すれば良い話ではないか」

 

「…お前その言葉絶対忘れんなよ。藤原、バレー出来るか?」

 

「あ、はい!サーブくらいなら」

 

 藤原は手に持っているボールを上にトスし、落下してきたボールを掌で叩く。ボールは山なりに飛んでいき、相手陣地に入る。

 

「すげええええぇぇぇ!!なんて洗練されたサーブなんだ!!」

 

 なんだろ。白銀のサーブ練習を見た後に藤原のサーブを見ると、別に普通なのにめっちゃ上手く見えてしまうのは気のせいか。錯覚だろうか。

 

「どやさぁ」

 

「お、お前にこんな特技があったとは…!」

 

 あれが特技ならバレー部みんなプロレベルだ。

 

「私に教わったらきっとすぐに上手くなっちゃいますよ〜?」

 

「グっ…」

 

「会長、人に教えを請うときはどんな態度が適切ですかね〜?」

 

 あーこいつ今調子乗ってるな。白銀にマウント取れたことに嬉しがっている。あの屈託のない笑みよ。

 

「…お…教えてください…」

 

「はーい、いいですよ〜」

 

「藤原。調子乗るのもいいけどやめとけ。後悔するぞ」

 

「比企谷はそこまで俺が下手と言いたいか!?」

 

「大丈夫ですよ。下手って言っても限度がありますし、余程のことがない限り大丈夫です。では会長、何本かサーブを打ってみてください。問題点を洗い出してみましょう!」

 

 藤原の言われるがまま、白銀はサーブを打つ体勢になる。

 さぁ藤原、絶望するがいい。自分が安易に教えると意気込んでしまったことを。

 

「ふっ!」

 

「え?」

 

「たぁっ!」

 

「ん?」

 

「へぶっ!」

 

「んんんんん!!?」

 

 白銀は3本くらいサーブ練習を行うが、全て空振り。最後に至っては自分で自分の顔面を引っ叩いた。

 

「…どうして、そうなるんですか」

 

 藤原の目が死んでいる。やっと自分が置かれている状況を理解したか。

 

「俺にも分からん。何度やっても自分の頭や顔に手がぶつかるんだよな。頭に気をつけると、今度はタイミングが合わない。完全なデッドロック状態だ」

 

「え?あ、はい」

 

 もうさっきまでの勢いがないぞ藤原。

 

「なぁ白銀。お前、サーブ打つ瞬間に目を開けることが当たり前なのは分かってるよな」

 

「何を当然なことを…」

 

「藤原。白銀のサーブのフォームを動画で撮ってくれ。出来れば顔を映してな」

 

「わ、分かりました」

 

「白銀、もう一本打ってみろ。目を開けることを意識してな」

 

「…そんなんで変わるものか」

 

 白銀はもう一度、サーブを行う。だがしかし。

 

「せやぁー!」

 

 ボールは白銀の手には当たらず、体育館の床にバウンドするだけだった。

 

「…ほら、やっぱダメだろ?」

 

「開いてない!!」

 

「え」

 

「開いてないんです!なんでそんな"言う通りやったのに"感が出せてるんですか!ほら動画見てみてください!」

 

 藤原はさっき撮った動画を白銀に見せつける。見せられた白銀は、ようやく現実を理解したようだ。

 

「もしかしてこれ……イップスってやつか!」

 

「烏滸がましい!プロみたいなこと言わないでください!大体なんですか少し改善する程度って!少しどころの騒ぎじゃありませんよ!一旦人体改造でもしないとダメなくらいです!」

 

 流石の藤原も、絶望的運動音痴の白銀に手を焼くか。

 

「会長は自分のイメージと実際の動きが噛み合ってないんです!一つ一つの動作を丁寧に、確実にマスターしていきましょう!」

 

 やると言った以上、藤原は最後までやり切る気でいた。なんだかんだで、こいつも面倒見のいいやつではあるんだよな。

 

「まずはジャンプしたまま目を開ける練習から始めましょう」

 

「そんな水の中で目を開ける練習みたいに言われたの初めてだ」

 

「私も初めて言いました」

 

 藤原が白銀を見るのであれば、俺はもう用済みだろう。さて、さっさと帰ってゲームの続きでもしようかな。

 

「待ってください比企谷くん。どこに行かれるつもりですか?」

 

 俺は体育館から出て行こうとすると、藤原に力強く引き止められる。

 

「いや、藤原がいるなら俺はいいかなって…」

 

「ダメです。そもそも比企谷くんが放置した結果生まれた怪物(クリーチャー)ですよ?比企谷くんも男なら責任を取りましょう」

 

「ちょっと待て。俺は悪くない。あいつが…」

 

「さぁびしばし鍛えますからね!弱音は一切聞きません!」

 

「おい聞けよ」

 

 そしてそれから、朝と夕方の3日間、白銀の練習に付き合った。だが、その次の4日目の夕方。

 

「はぁッ……はぁッ……」

 

「会長、もういいんじゃないですか?普通の人までとはいかなくても、普通に下手な人位にはなれたじゃないですか。怪物(クリーチャー)だった頃から比べたらだいぶ進歩しましたよ」

 

 練習を積み重ねても、出来るとは限らない。絶望的運動音痴が運動音痴に格上げされた程度だ。

 しかし、彼はそれでも諦めないのだ。

 

「…まだだ……俺はまだ…やれる…!」

 

「…どうしてそんなに頑張るんですか…?」

 

「…カッコ悪いところは見せたくないからな……。見せるなら…やっぱカッコいいところだろう」

 

 彼は天才肌ではない。周りからは文武両道などと噂されているが、そんなことはない。見ての通り、小学生の方が上手いのではないかという錯覚すら起こさせる逸材だ。

 なのにこいつは、諦めることをせずに、ただひたすらに努力をし続ける。完璧なやつの隣に立つために、彼は辛い思いをしてまで努力している。

 

 こいつは天才じゃない。努力家なだけなのだ。

 本当、言葉だけはカッコいいな。

 

 白銀の思いは、藤原にも伝わって…。

 

「もしかしてそれ好きな人ですか!?誰!?誰なんですか!?」

 

 あっこいつそういや恋愛脳だったわ。

 

 そして、翌日の朝。

 白銀はボールを持って、サーブを打つ体勢になる。白銀はトスを上げ、走る。そして落下してきたボールを。

 

「ふっ!」

 

 完璧に掌に当て、ボールは向こうコートに勢いよく突き刺さる。

 

「…すっげ」

 

「や、やったー!やったやったぁー!」

 

「…あぁ。藤原書記、それに比企谷。お前達のおかげだ」

 

「大変でじだね!でもよぐやり遂げまじだぁ〜!」

 

「これでやっと休める…」

 

 しかし、俺達は知らなかった。

 今までのは、ほんの序の口だということを。本当の絶望を知るのは、これからだということを。

 

「では藤原書記、比企谷」

 

「ん?」

 

「次はトスとレシーブを教えてくれ」

 

 そんな、彼の晴れやかな笑顔が俺達を絶望へと(いざな)ったのである。

 そして、一週間後。

 

「どうしたの?めっちゃ傷だらけだけど」

 

「…早坂。いつか分かる。人はいずれ、絶望を味わってしまう時が来ることを」

 

「えっマジでどうしたの」

 

 そんな謎めいた予言を早坂に告げ、俺はバレーの授業をサボりました。もう二度とやりたくねぇや。

 



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石上優は生き延びたい

 

 今日の生徒会室は一味違う。女子達がいないことと、珍しくこの男が生徒会室にいることである。

 全体的に髪が長く、片目だけ隠れた男子生徒。第五のメンバーである生徒会会計役、石上優。今まで名前くらいしか出てこなかった彼が、珍しく生徒会に顔を出しているのだ。そんな彼が満を辞して。

 

「…生徒会を辞めたいんです」

 

 彼の瞳には、希望とかいうポジティブ染みた類が存在していなかった。

 

「なるほど……生徒会を辞める…」

 

 白銀は冷静に、先の言葉を確認する。そして。

 

「勘弁してくれ!!お前いないと破綻する上に比企谷への負担がバカみたいに増える!!このとーりだ!!」

 

 白銀は机に頭を打ち付けながらも、俺達に向かって頭を下げる。

 確かに、石上が辞めるのは生徒会にとって痛手だ。こいつの仕事っぷりは半端ない。白銀が認めるほどだ。こいつが辞めれば冗談抜きで破綻する。

 

「…なんで辞めたいんだ?」

 

「僕としても辞めたくて辞める訳じゃありません。けれどどうしようもない理由があって…」

 

「理由?」

 

「…僕、多分殺されると思うんです」

 

「ころっ!?」

 

 そんな怯えた表情をした石上の瞳から、涙が下へと流れていく。

 

「…一応聞く。誰にだ」

 

「四宮先輩です。多分僕あの人にそろそろ殺されると思うんです」

 

「お前もか……」

 

「ということは比企谷先輩も……?」

 

「あぁ。多分俺も殺られる」

 

 俺もお前も、寿命が近かったようだ。

 

「待て待て待て!なんで四宮がお前らを殺すっていうんだ?何を根拠にして…」

 

「眼です」

 

「眼…?」

 

 石上の言葉にいまいち理解出来ない白銀。しかし、俺にはそれがとても共感できるものだった。

 

「人の眼球は脳に直結した器官であり常時脳の半分は視覚処理に使われています。眼球の動きは何を警戒して何に飢えてるか脳の活動が明確にでる器官なのです。僕、眼を見ればその人の本性が5~6%判るんです」

 

「微妙な数字!それくらいなら多分俺も出来るわ!」

 

 石上の観察眼は中々鋭い。彼の観察眼の精度は5〜6%なんてものではない。俺と同じ、いやそれ以上の観察眼を兼ね備えている。そんな石上が言っているんだから、間違いない。

 

「四宮先輩はたまに、すごい眼で僕を見るんです。あれはそう…紛れもなく殺意です」

 

「…何があったんだ?」

 

「何があったかは……脅されているので話せないです」

 

「おどっ!?」

 

「もういい。お前は今まで十分耐えたよ。あんな暗殺者の卵に狙われても尚、生き延びてるなんて大したもんだよ」

 

「暗殺者!?お前ら一体四宮をなんだと思ってるんだ!」

 

 だから言ってるだろ。暗殺者の卵だと。あいつ多分そこそこの人数殺ってるよ。きっと暗殺教室に送れば、最高戦力で迎えられ、いち早く殺せんせーを殺せるだろう。

 

「藤原先輩なんて僕よりもヤバいです。時々、人として見てない眼で見られてます」

 

「それな。多分俺らより先に殺されると思う。持って2ヶ月ぐらいだろうから、後で別れの言葉を伝えんとな」

 

「余命宣告!?」

 

 藤原、今までありがとう。ご愁傷様でした。南無阿弥陀。

 

「藤原先輩だけじゃないです。会長だって危ないんですよ。たまに会長を獲物を狙う目で見てますよ。心当たりありませんか?」

 

「心当たりなんて、そんなもんない筈…」

 

 白銀は今までの四宮を思い出す。すると心当たりがあったのか、顔色が青くなる。

 

「…あったんだな」

 

「ば、バカな……そんな筈……」

 

「会長。ああいうタイプはヤバ…」

 

 石上が言い切ろうとした瞬間、生徒会室の扉がゆっくり開く。俺達はそちらに振り向くと。

 

「会長……石上くん来てますか…?」

 

 血に塗れた四宮が虚な眼で、包丁を持って尋ねる。その姿は正しく、誰かを殺った姿であった。

 俺はその場から動けず、白銀と石上は怯えながら、四宮から距離を取る。

 

「先程会議の……」

 

「これ以上罪を重ねるなぁー!!」

 

「演劇部の予算の話で……」

 

「自首するんだ四宮ぁー!!」

 

「もぉ……話を聞いてください!」

 

 四宮は血塗れの包丁を勢いよく机に振り下ろす。しかし、ザクッと突き刺さらず、先端でグニャグニャ曲がり始める。

 

「演劇部の助っ人に借り出されてるって言ったじゃないですか。今日はその衣装合わせなんです」

 

 なんだびっくりした。既に殺ったんだと思ったよ。ちょっとちびりそうになったじゃねぇか。

 

「にしたって、そんな小道具まで持ってくる必要ないだろうに……」

 

「それは…えっと……ちょっとした悪戯心というか……。…ふふっ、ごめんなさい」

 

 四宮は恥じらいながらそう微笑んだ。白銀からしたら、「可愛い」とか思っていそうだが。

 

「会長、これは罠です。そうやって可愛い風を装って油断させたところをザクッです」

 

 四宮に根っからの恐怖を抱いている石上は、これがほんの悪戯心と捉えることが出来ず、本当に誰かを殺ったと思っている。まぁ普段の四宮を見ていれば、その可能性もなくはないと俺も思う。あいつの眼力めっちゃ怖いし。

 

 すると、再び生徒会室の扉が開く。そこに現れたのは。

 

「会長……たす…けて……」

 

「いっ…!?」

 

 身体中が血塗れになり、更には大きいメロンの間に包丁がぐさりと刺さった藤原がゆらゆらと現れた。

 

「かぐやさんに殺されちゃいました〜」

 

「やっぱり!!」

 

「やっぱりってなんですか!?ただの特殊メイクですよ!流れで分かるでしょう!」

 

「あ、そ、そうだよな……」

 

 しかし、石上は未だに信じ切れず。

 

「会長、これも罠です。多分彼女本当に死んでて、四宮先輩にヤバめの手術を…」

 

「…石上会計。君はいつも被害妄想が過ぎる。四宮は絶対に人を殺したりなんかしない。もっと仲間を信じてみろよ」

 

 その仲間に向かって蔑んだ眼で見たり獲物を捕らえるような眼で見てるんだけど。本当に四宮が気に入らないやつは、物理的にじゃなくとも、精神的に、社会的に殺しかねない。

 

「石上くん。あの件……黙ってもらってて嬉しいです。口が固いのは美徳ですよね」

 

 四宮は微笑みながら石上に近づく。一件、白銀と同様にいいことを言っている雰囲気なのだが。

 

「もし喋っていたら……」

 

 四宮はおもちゃの包丁を石上に突き刺し。

 

「おもちゃじゃ済みませんから」

 

 石上は恐怖で声も出ず、ただただ頷くだけであった。

 

「それと、会長を困らせてはいけませんよ?辞めるだなんて、もう言わないでくださいね」

 

 …ちょっと待て。石上が辞めたいって言ってたのだいぶ序盤だぞ。それを知ってるってことは…。

 

「それと比企谷くん」

 

「ひ、ひゃいっ」

 

「誰が、何の卵ですって?」

 

 …聞かれてた。全部聞かれてた。すんごい笑顔だけどそれが却って恐怖を煽ってる。なんでだろう。さっきから震えが止まんない。

 

「…なんでもございません」

 

「ふふ、よろしい」

 

 小町。俺もしかしたら千葉に帰る前に殺されるかもしれない。一応実家に遺書送っておこうかな。

 

 



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かぐや様は気付かれたい

「あーだる…」

 

 庶務の仕事は会計と同じくらいでクソ面倒なのだ。資料の作成や整理など、雑務ばかり。早く生徒会終わって自由の身にならんかな。

 

「別に帰ってからやってもいいんじゃないですか?」

 

「帰ったら尚のことやる気が出ないからな。やる気もない俺が更にやる気失くしたらお終いだろ」

 

 この場にいるのは俺と四宮のみ。他3名は生徒会が終わるとさっさと帰った。

 正直、こいつと二人は気まずい。別に何かあったってわけじゃないんだが、特に仲がいいわけじゃない。生徒会で一緒のメンバーであっても、ほぼ他人みたいなもんだ。

 

「かぐや様、お帰りの時間です」

 

 すると、無機質な声で生徒会室に入ってきたのは、四宮の近侍の早坂であった。

 

「早坂……生徒会には来ないでって言っているでしょう?」

 

「大丈夫です。会長をはじめとした皆様が帰宅したのは確認しましたし、比企谷くんがいても私達の関係とっくにバレてますし」

 

 バレたっつか、四宮との関係バラしたのお前だと思うんだけど。俺そこ別に見抜いた覚えないんだけど。

 

「…そういう油断が命取りとなるのよ。貴女最近気が緩んでるんじゃない?その格好といい、その爪といい、スカートの丈も校則違反じゃ…」

 

「ちゃんと校則の範囲内ですよ。まぁ多少、校則の穴を突いてはいますが」

 

 しかしこの女、どうやら風紀委員からブラックリスト扱いされているらしい。理由は言わずもがな、この身だしなみだ。

 

「多少、ねぇ……」

 

「私達にとって、美貌は実弾(ちから)です。社交会で自分を飾れない者に、居場所はありません。美しいだけの女に好機(チャンス)を奪われたくないでしょう。むしろ、かぐや様は堅過ぎます。そんなんじゃ、男は靡きません」

 

「あぁ…。確かに四宮がお洒落をしてる姿は見たことないな。外じゃ知らんけど」

 

「そう。最近秀知院(うち)でも軽いネイルが流行ってます。男に可愛いと思われたいのであれば、多少は嗜んでおいた方がいいかと」

 

「…本当?」

 

 四宮は少し、恥じらいながら早坂に聞く。

 

「それをしたら会長に……じゃなくて、男子に可愛いって思わせられる?」

 

「よくそのボロの出し方で今までやってこれましたよね」

 

「早坂も苦労するな…」

 

「本当それ。さっさとくっついてくれると助かるのに」

 

 白銀も白銀で、結構分かりやすいんだけどな。どっちも分かりやすいのに、なんで早く付き合わないのかよく分からん。はよ告れ。

 

「比企谷くんはどう思いますか?女子が突然お洒落をしてきたら」

 

「そもそも女子の知り合いそんないないから聞く相手間違えてるんだけど」

 

「例え話です」

 

「…まぁあれだな。好きな人がお洒落したら、多少は意識するんじゃないか?」

 

 まぁ問題は、そのことに白銀が気付くか。気付いたとして、それを直で四宮に伝えるか、だ。あいつのことだから、またチキって何も言わなそうな気がするけど。

 

「じ、じゃあ会長……ではなく、男子も意識する…かしら?」

 

 ボロボロ出しすぎだろ。本当、気付かれないのが奇跡なレベルだ。

 

「俺はそう思うってだけだ。そこはそういうのに詳しい早坂に聞いてみないと分からん。そういうのって、男子にウケいいのか?」

 

「うん。勿論、男子に……」

 

 しかし、早坂はそこで言葉を途切らせて、四宮の腕を引っ張る。

 

「さぁ早く帰って塗りましょう。会長に意識させたいのであれば」

 

 おっとこれはどうやらウケがいいわけではなさそうだ。あからさまに話を終わらせちゃったよ。

 

「じゃ比企谷くん。またね」

 

「ん」

 

 早坂は少しウキウキした足取りで、四宮は不安な表情で生徒会室から出て行った。

 

「…さて、仕事」

 

 俺は残った仕事を一人で、淡々と終わらせていくのであった。俺もだいぶ社畜ってるよな。

 

 そして、翌日。

 普段通り、生徒会室に集まって仕事を始めていた。少ししてから、白銀と四宮が生徒会室に入って来る。

 

「あ、かぐやさーん。ここの部分なんですけど」

 

「あ…はいはい」

 

 藤原が手に持つ資料を四宮は拝見する。そのこと自体に何も不思議ではないのだが、彼女は何故か両手を後ろにしている。そのことに気付いた藤原は。

 

「後ろに何か隠してます?」

 

「え!?い、いえ何も……」

 

 どうやら四宮、ネイルしたことを隠している。別に隠す必要はないと思うのだが…。

 しかし、隠すということは何かあるということ。唯一この中で知ってる俺がネタバラシなんてしたら。

 

『余計なことしてくれたわね……このお礼はたっぷり払わないといけませんね』

 

 うわこっわ。四宮がネタバラシするまで俺黙っとこ。絶対殺される。物理的にじゃなく、精神的に。

 

「会長、これを…」

 

 すると、四宮が行動に移した。ネイルを見せる………のではなく、資料を見せていた。

 

「こないだの議事録です」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 しかし、そこからが何かおかしかった。資料を見せるだけならまだしも、見せ方にすごいあからさま感があったのだ。

 最初は資料越しにネイルを見せつけるものの、途中から思い切りネイルを見せつけたのだ。挙げ句の果てには自身の手で目隠しする始末。どんだけ見せつけたいんだよ。

 

 ただ、白銀はネイルに関して一切触れなかった。あれだけあからさまに見せつけられたら、鈍感なやつでも気付くと思うのだが。

 

 まさか、褒めるのが恥ずかしいとかそんなんじゃないよな。褒めるとはいかずとも、せめて触れるくらいはしてやれ。そんなネイル褒めるだけで何か言われたりはしないと思うぞ。

 

「藤原先輩…リンス、変えましたね」

 

 すると突然、石上が藤原のリンスに触れた。藤原の長い髪が靡いたのか、藤原が使っているリンスの香りが石上に届いたのだろう。

 

「えっ、分かるの?」

 

「えぇまぁ……いつもと匂い違うんで…」

 

「ちょっと待て石上」

 

「まぁ今日がムレるってのもありますが、なんていうかいつもより匂い方が可愛いんですよね」

 

 ストップ石上。お前それ以上自ら死地へと向かおうとするな。

 

「例えるなら赤ちゃんの匂いっていうか」

 

「あ…」

 

 こいつ終わったな。

 

「石上くん……キモ〜っ。あははっ」

 

 藤原は笑いながらエゲツない言葉で石上に大ダメージを与えた。こればっかりは石上を擁護出来ねぇわ。

 石上は立ち上がり、一滴の涙を流して白銀にこう伝えた。

 

「死にたいので帰ります…」

 

「お、おう。でも死ぬなよ…」

 

 石上は落ち込みながら、生徒会室を退室していく。石上、帰宅。

 

「私臭いますか!?臭いですか!?比企谷くんどうですか!?」

 

 藤原は自身の髪を俺に近づける。何故お前は躊躇いなしに自分の髪の毛を男子に近づけるんだ。並の男子なら、うっかり勘違いして告白するぞ。そんで振られるんだよ。

 

「知らんって。別に臭くねぇから」

 

 いい香りがすんだよちくしょう。そんな馴れ馴れしく髪の毛を近づけてくんな。

 

 そして生徒会が終わるまで、白銀は四宮のネイルに触れなかった。

 俺は下駄箱でローファーに履き替えて、正門に向かおうとすると、後ろからでも分かる落ち込んだ四宮の姿が見えた。白銀にネイルのことを褒められるどころか、触れられないことに落胆しているのだ。

 まぁこればかりは、白銀が触れなかったのが…。

 

「四宮!」

 

 トボトボと歩く四宮に、白銀が声をかける。

 

「その…爪なっ…!」

 

 白銀が"爪"という単語を発した瞬間、落ち込んでいた四宮が一転して、少しソワソワし始める。

 俺は遠目から彼らのやり取りを見ていたのだが。

 

「いやなんでもない!」

 

「えぇーっ!」

 

 白銀は結局ネイルの感想を言わず、自転車で帰って行った。

 

「なんですか!?最後まで言ってください!」

 

 本当、お前らのやりとりなんなん?見てるだけでなんかむず痒くなってくる。目の前でリアルのラブコメを見なきゃならんとかアホらしい。

 

「はよ付き合えっつの」

 

 そんな彼らに俺は呆れ、家へと帰って行った。

 

 



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白銀御行は働かせたい

 

「恋愛相談?」

 

 ちょっと待てこの始まり方何回目だ。お前また恋愛相談しに来たのか、男子A。

 

「今僕は、大きな問題に直面しているんです!恋愛マスターの会長なら、この悩みを見事解決してくれるんじゃないかと!」

 

 どれだけ他力本願だよ。もうちょい自分で頑張れ。出来るなら恋愛相談持ってくんな。過去に常軌を逸した答えが返ってきたのを忘れたのか。

 …とはいえ、その常軌を逸した答えで付き合えているわけだから、一概にバカには出来ないんだけど。まぁとりあえず。

 

「そんじゃあ邪魔者は出て行くわ」

 

「あ、待って!君の意見も聞きたいんだ!頼むよ!」

 

 この間と似たようなこと言われたな俺。特に意見したわけでもないのに、何故か残らされる。

 

「…仕方あるまい。乗りかかった船だ…最後まで面倒見てやるよ」

 

 恋愛において百戦錬磨の強者である白銀が、渋々男子Aの相談に乗ることになった。そういえばこいつの名前知らない。ずっと男子Aで通してたし、別にいっか。

 

「それで、相談というのは?」

 

「はい。実は僕………」

 

「…おう」

 

「柏木さんと手を繋ぎたいんです!」

 

 …これほどどうでもいい恋愛相談はあっただろうか。恋愛相談といえば、「あの子と付き合いたい」、とか「あの子の誕生日プレゼント何あげたらいいんだろ」的なやつだろ。

 なんだこのどうでもいい恋愛相談は。今までクッパは何回マリオに倒されたかっていうくらいどうでもいい。

 

「僕ら付き合い始めてもう1ヶ月じゃないですか。そろそろ恋人らしいことの一つもしたいなって思って〜」

 

 なんか無性にイラつくのは俺の気が短いだけなんだろうか。

 

「ですので会長!どうやったら手を繋げますかね!?」

 

 そんなもん周りに聞けよ。なんでそのレベルの相談を生徒会にしていいって思ってんだ。お前生徒会舐めとんのか。

 つーかこいつさりげなく惚気てるよな。俺がイラつく理由は多分惚気られてるからだよな。本当、リア充くたばれ。

 

 白銀結構心広いけど、この程度の恋愛相談じゃ怒るよな…。

 

「白銀…流石にこれは…」

 

「ははっ、それな」

 

「待てなんだその顔。お前何を悟った」

 

 何故そんな仏みたいな顔になる。まさか、この程度の恋愛相談乗る気じゃないよな。こんな「朝眠いよな〜」みたいなレベルのクソどうでもいい恋愛相談を。

 

「…つーか、手を繋ぎたきゃ勝手に繋げばいいだろ」

 

「待て比企谷。確かに手を繋ぐなんてのは簡単だ。しかし、それだけでは甘い」

 

 手を繋げば終わりなのにそれだけで甘いって言われた。

 

「じゃあ他に何があるんだよ」

 

「決まっているだろう?クルーザー借りて水平線に沈む夕日を眺めつつ、ふと触れ合った指先を意識して俯いた彼女に微笑みながら握ればいい」

 

 手を繋ぐだけでなんでそんなハードル高くなるの?手を繋ぐってなんだっけ?

 

「ちょっと待て。そもそもクルーザー借りるって言うけど、金かかるだろあれ。そんなに金あるのか?」

 

「い、いえ……そんなお金持ってないです…」

 

「そうか……じゃあバイトしようぜ!」

 

「バイトですか……」

 

「バイトは良いぞ。汗して働いた後の水道水の美味さと言ったら…コーラくらい美味いぞ」

 

 普通にコーラ飲めよ。何水道水で美味しさを見出してんだよ。

 

「何も豪華客船を借りろというワケじゃない。小さいのなら1〜2万で借りられる」

 

「でも船って免許いりますよね…?」

 

「小型船舶免許で十分だ。結構サクッと取れるからオススメだぞ」

 

 白銀は小型船舶免許を取り出して男子Aに勧める。ていうか取ってたのねその免許。

 

「よくやるなお前…」

 

「教習所行けば3日で取れるし、費用は10万もかからん」

 

「でも10万なんて大金……」

 

「バイトしようぜ!」

 

「そのバイト推しはなんだ」

 

 ちょっと熱いよお前。どっかのテニスプレイヤーみたいな熱さを持ってくんなよ。

 

「確かにそのシチュエーションは良いのですが…根本的な話、僕汗っかきで手汗が凄いんです。べちゃべちゃになった手で柏木さんの手を握るのが怖くて……」

 

 彼の言っていることも、分からんでもない。女子はそういうところには結構過敏に反応すると聞く。

 

「つまり…手掌多汗症、ということか!」

 

「分かんないけど多分そうだと思います!」

 

「先に診断しろアホ」

 

 この間から思うのだが、相談に乗る方も乗る方なのだが、相談を持ちかけて来る方も中々恋愛について理解していない。

 

「…すると手術だな。多汗症手術は10万前後かかる!」

 

 待て。お前それ以上悪魔の言葉を言うなよ。

 

「バイトしようぜ!!」

 

 何故そんなにバイトさせたいんだお前は。

 

 さっきの例えでテニスプレイヤーを出したが、撤回しよう。その熱さといいセリフといい、こいつ多分イナズマイレブンの円堂だろ。「サッカーやろうぜ!」がいつの間にか、「バイトしようぜ!」に変わってる。バイト限定の円堂守かよ。

 

 後さらに言うと、多汗症手術と小型船舶免許だけで20万近くしてるぞ。手を繋ぐだけなのに何故そんな大金がかかる。握手会でもそんなにしないぞ。

 

「手に汗かくより、額に汗かく方が建設的だろう?」

 

「決定的ですね…」

 

 ちょっと上手いこと言うな。

 

「手を握るのにバイトは必須!」

 

「なんでそうなる」

 

 全然必須じゃない。もしそんな世の中なら、俺一生握らなくていいわ。働きたくないし。

 

「ちょうど、俺の働いてるところで夏休みにバイトを募集してる。そこで働いてみるか?」

 

「会長…」

 

 待て待て騙されるな男子A。

 

「安心しろ、俺も付き合ってやる。初めての労働は大変だろうから、きっちりサポートしてやる」

 

 なんでお前は白銀の言うことを疑わないんだ。おかしいだろ普通に考えて。

 

「船代と教習所、手術代合わせて20万ってところか。時給1000円のバイト5時間で5000円だから、大体40日働けばいけるな。楽しい夏休みになりそうだな!」

 

 男子Aもちょっと顔が引き攣ってるじゃねぇか。白銀こいつ悪魔かよ。ここでこいつの暴走を止めないと、マジで面倒なことになる。

 

「ちょっと待て白銀。流石にそれは…」

 

「ちょっと待ったー!!」

 

 こ、この声は。恋愛相談の時にしか現れない名探偵。見た目は大人以上、頭脳はちびっ子のあいつが来た。

 

「虫眼鏡の色はピンク色!これが本当の色眼鏡!ラブ探偵参上!」

 

 赤い鹿撃ち帽を被ったラブ探偵千花と、隣には同じく鹿撃ち帽を被った四宮が現れた。

 

「ラブ探偵千花、待ってた。お前の力が必要だ。マジで」

 

「まっかせてください!ラブ探偵千花、チカッと解決いたしまーす!」

 

 良かった。このラブ探偵千花は恋愛相談において神のような存在。きっと、この地獄のような状況も打開してくれる。

 

「で、どういう相談なんです?」

 

「いや、何。彼が彼女と手を繋ぐにはどうしたらいいかと…」

 

「ふむふむなるほど!ふーむふむ!」

 

 藤原は白銀の簡単な説明を聞き、少し固まる。そして。

 

「普通に繋げばいいじゃないですか。どこに悩む要素あるんですか?」

 

「だよな。そうだよな」

 

 あー良かった。恋愛面においては藤原が頼りになる。手を繋ぐって一体なんなのかって改めて考え直すとこだった。

 

「いやいや、心理的ハードルが高いのがポイントだろうが。手汗とか…」

 

「はぁ…折角の恋バナセンサーが反応したのに…。男子の恋愛相談ってその程度ですか。可愛いものですね」

 

 藤原に呆れられるとかもう終わりだな。

 

「…悩むまでもないと言うのか?」

 

「だってそんなの、頑張る以外にないじゃないですか!」

 

「頑張るって、そんな適当な…」

 

「適当じゃありません!すっごく緊張して!手に汗かいちゃって恥ずかしいのに!なのに!なのにです!」

 

 藤原は乙女のような表情に変わる。

 

「それでも頑張って手を繋いでくれるから、いいんじゃないですか…。ねっ?」

 

 藤原は四宮にそう振って、四宮はコクっと縦に頷く。

 

「逆に頑張らないで手を繋がれるなんて興醒めです!そこをサボろうとするなんて根本的に間違ってます!猛省してください!」

 

「流石はラブ探偵千花。やっぱり恋愛面では頼りになるな」

 

「えへへ〜。でしょでしょ〜?」

 

 やっぱりこれから恋愛相談するってなったら藤原に頼ろう。間違っても白銀にじゃないや。

 

「な、なるほど……。僕に足りてなかったのは純粋な頑張り…」

 

「頑張るだけでいい……?じゃあバイトは……?」

 

「いらねぇ。お前こいつの夏休みを危うくクソみたいな夏休みにさせるとこだったぞ」

 

 なんとか間違った答えじゃなくなって良かった。これから白銀に恋愛相談は禁止だ。恋愛相談の悪魔だよこいつは。

 

 後日、男子Aは柏木さんと手を繋ぐことに成功したとか。

 

 



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かぐや様は入れたい

「部活ってちょーくだらないですよね」

 

 今日も今日とて絶好調の石上。そして今の言葉に若干戸惑ってしまう白銀。石上の言葉にやや賛同出来る俺。

 

「部活は大事だぞ。何かに打ち込むことで心身ともに大きく成長して…」

 

「いえ、部活の大事さは分かりますよ。部活が無かったら暇を持て余した若者達は非行三昧。補導、停学、家庭崩壊。最終的に妊娠してみんなでカンパですよ。精神的に未熟な子供を社会から隔離するのに、部活は尤もらしい理由になりますからね部活は」

 

「いや俺はそこまで言ってない。そういう側面があるのは事実だが…」

 

「まぁでも部活に入ってる大半は、仲良しごっこしてるやつらばかりだろ。本気でやってるやつなんてほんの一握り。実力関係なく属してるだけで人気なったりするのなんなんだろな」

 

 あれが青春を謳歌せし者達だというのであれば、今すぐそいつら全員砕け散れ。

 

「比企谷先輩やっぱ分かってますね。そうなんですよ。本気でやってる分にはいいんですけど、俺達マジだぜって顔で仲良しこよししてるのを見てると、なんか薄ら寒く感じます。…何楽しんでんだよっていうか……もっと必死こいてやれよっていうか……。…あぁ、本当…」

 

 石上は壁に頭を付けて、恨めしそうな表情で小さくこう呟いた。

 

「全員死なねーかな……」

 

 時々現れる石上の青春ヘイト。俺が石上と気が合うのは、まさしくそこだろう。一瞬で気が合ったし。

 

「…まぁそれは置いといてだな。今日来てもらったのは部費の予算案作成の件だ。昨今の不況もあり、寄付金も減少傾向にある。部費も削れるところは削っていかねばならない。是非とも、会計としての意見が欲しい」

 

「そうですね……親の会社の経理に触れている僕から言わせると、この予算案には無駄が多いと言わざるを得ません。サッカー部の予算を大幅に削りましょう」

 

 玩具メーカーの社長の息子である石上は、普段はこんなでも仕事はデキる男。やはり会計は、石上でないと成り立たない。

 

「ふむ……して、その理由は?」

 

「あそこ彼女持ち多いじゃないですか」

 

「そんな理由!?」

 

 やはり石上は石上であった。

 

「だとするなら、バスケ部やサッカー部、後それなりにモテそうなテニス部の部費も削った方がいいんじゃねぇか?」

 

「それいいですね。1カップルにつき50000削りましょうか」

 

「重課税!?」

 

「幸福こそ1番の課税対象じゃないですか。幸せ税です」

 

「いかなる暴君だってそこに税金掛けてねーよ!完全に私怨じゃねーか!」

 

「まぁ待て白銀。確かに私怨かも知れないが、これは悪じゃない。これから未来に繋げるための正義なんだよ」

 

「そんな綺麗なこと言っても悪だよ!結構な悪だわ!」

 

 どうやら白銀とは分かり合えないようだ。

 まぁ、惚れられてる女がいるのにも関わらず告らないチキンが何を言っても響きはしない。どうせそのうちお前もリア充になるだろう。お前や四宮からも金を巻き上げてやるからな。

 

「会長は分かってないんです。僕達の気持ちが…!」

 

「こういう話をしてやろう。サッカー部のレギュラー、まぁ仮名を中島としよう。で、彼女が佐藤でいいか。佐藤は彼氏と遊びたいがため、今度の休みの日にデートに誘った。しかし、中島は断った。理由は、"俺……今サッカーに命懸けてっから…"と。佐藤はそんな彼にときめく……」

 

「うっ……ぐすっ……うっ…」

 

「えっ号泣ポイントあった!?」

 

 石上は悲しみのあまり、涙を抑えきれなかった。

 

「彼女がいること自体は許せます。今更それになんの感情も湧いてきません。でも彼女がいるならデート行けよ!何練習してんだよ!大事な彼女がいて!?そんで彼女より大事なもんが練習ってか!?」

 

 一通り不満をぶちまけ、そして。

 

「…僕には何もないのに……」

 

 再び涙を流して悲しみ始める。そんな状況を見ていられなかった白銀が、フォローに入る。

 

「ほ、ほら君パソコンとか詳しいし…」

 

「オタクはみんな同じこと言われてます……」

 

「それ系の部活入ってみたらいいんじゃないか…?」

 

「生徒会との両立出来ますかね…?」

 

「…まぁ四宮と藤原も部活してるし、なんとかなりそうだけどな」

 

「へぇ…何の部活入ってるんですか?」

 

「藤原はテーブルゲーム部だと」

 

「あぁ…好きそうですもんねあの人」

 

 ちょいちょい生徒会でゲームを出してくるのはその余波みたいなものだけどな。NGワードゲームとか。

 

「四宮は弓道部だったな」

 

「弓道部ですか…。めちゃめちゃ向いてるじゃないですか」

 

「どういうことだ?」

 

 石上はケラケラと笑ってそう言う。白銀はどういう意味か理解出来ずに、石上に尋ねる。

 

「弓道ってほら、胸があると弓の弦が当たっちゃうんですよ。だから胸当ては必須で…なんならサラシとか巻く必要あるんですよ。でも四宮先輩のサイズなら、何の心配もいらないじゃないですか。こんなんですし」

 

 石上はご丁寧に胸がないジェスチャーまでやってみせた。それご本人の目の前でやったら確実に……。

 

「ッ!?」

 

 今、俺は寒気を感じた。風邪を引いているわけじゃない。のに、何故寒気がした。そんな寒気がし、嫌な予感がしたので、ここから先は一切口を開かないと決め込んだ。多分、石上に便乗したら殺される。

 

「サラシ巻いてどうにかなるのはDカップまでらしいんですよ。藤原先輩は確実にそれ以上あるでしょうから、弓道やった日にはビシバシですよビシバシ」

 

 石上は笑いながら、今度は巨乳のジェスチャーをやってみせる。多分石上死んだな。

 

「石上くん?」

 

 普段と変わらない声色で、石上に声をかける藤原。その瞬間、石上は顔を真っ青にして後ろを振り向く。そこには藤原と四宮が立っていた。

 

 藤原は新聞紙をハリセンのように折りたたみ、グリップの部分を赤色のテープでぐるぐる巻きに仕上げる。即興ハリセンを仕上げた藤原は、ニパーッとした笑顔。

 そして。

 

「んんんッ!んんッ!!んんんんッ!!」

 

 藤原は怒り狂いながら、石上の頭に何発もハリセンを叩き込んでいく。叩き終えた藤原は疲れて肩で息をし、叩かれた石上は撃沈している。

 

「良かったですね石上くん。藤原さん、優しいから許してくれるんですよ。……でも藤原さん以外は絶対に赦さないでしょうねぇ…」

 

 死を悟った石上は急いで帰宅の準備を始め、そして。

 

「僕遺書を遺したいので帰ります…」

 

「お、おう…。でも死ぬなよ…」

 

 石上、帰宅。

 

「君らは部活帰りか?」

 

「えぇ。部費予算案が終わってなければお手伝いしようかと」

 

「会長。テーブルゲームの予算上げてください。コーラあげますので」

 

 政治家の娘が堂々と賄賂を使っちゃったよ。いいのか政治家の娘。

 

「…しかし、俺は部活やったことないから、感じが分からないんだよな…。前年度の案から下手に弄らない方が良いかもしれん」

 

「あら、そうなんですか」

 

 だから言ってるだろ。運動系の部活の大半の予算を大幅に削れって。ガチで練習してるやつらより、なんか遊び半分でいるやつの方が多いんだよ。削ってその金を生徒会の金にそのまま横流ししてしまえばいい。

 

「だったらうちの部に入ってみたらどうですか!?会長がいれば4人用のゲームが出来るんです!」

 

「テーブルゲーム部か…」

 

「会長?文化部はどこも予算の変動が少ないです。生徒会の視察という意味でしたら、予算の大きい運動部に入る方が合理的ですよ」

 

「いえいえ!うちは別です!すぐ新しいゲーム買うからすっごく金食い虫です!」

 

「どうなんそれ…」

 

「うち!うちに入ってください!」

 

「ダメっ。ダメですよ…」

 

 と、藤原と四宮の、白銀の取り合いが始まった。傍からみたらなんかハーレムみたい。やっぱあいつが一番のリア充だろ。

 

 砕け散れ。

 



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そして比企谷八幡は思い出す

「…それでですね、私その人間に言ってやったんです!"秀知院の生徒として恥を知りなさい!"って!」

 

 放課後。学校も終わり、生徒会室に向かう前に缶コーヒーを買うために自動販売機に寄ると、近くに伊井野がいた。

 伊井野が叱っている場面を遠目で見ながら、缶コーヒーを購入した。彼女の説教が終えると、俺を認識したのか、素早くこちらに迫ってきたのだ。

 

 そして今。ベンチで彼女の話を聞いていた。

 

「風紀委員の鑑だな、お前」

 

「そ、そうですか…?…ふふっ」

 

 伊井野は風紀委員として相当なやり手だ。風紀を乱すものを見逃さず、片っ端から取り締まっていく。確かにルールに厳しいし、頭ごなしに取り締まるやつではあるが、伊井野がしていることは決して間違っちゃいないものだとは思う。

 

「ただ、知っての通りお前の周りには敵が多い。変なことに巻き込まれないように注意しとくんだな。お前より1年早く人生の苦さを知った先輩からのアドバイスだ」

 

「…大丈夫です。それに、こうして私が頑張れているのは、先輩のおかげでもありますから。…あの時、先輩が私に掛けてくれた言葉を支えに頑張ってるんです」

 

「…あの時ってことは、俺が入院してる頃の話か?」

 

 俺は入学式当日、交通事故に遭った。横断歩道を渡っていた少女に向かって、車が暴走して向かって行きそうなのを、俺が彼女を突き飛ばしてなんとかなったのだ。

 

 それで、その少女とやらが、俺の隣にいる伊井野ミコなのである。伊井野と出会ったのは、1年前の春。事故に遭って、俺が入院している頃。

 

『…暇だな』

 

 しばらくは入院する羽目になった。ただ、何もないと流石に暇過ぎるため、ラノベやゲームなど、必要なものを小町や親に持って来てもらった。そんな感じで、俺は結構入院生活を満足していた最中。誰かがドアをノックする。

 

『…どうぞ』

 

 俺が許可を出すと、病室に入ってきたのは全く知らない人物であった。小町と背丈が同じくらいの茶髪の少女。しかし、よくよく見てみると。

 

『あ。あんたこの間の…』

 

『は、はい…伊井野ミコといいます。…あの、助けていただき、ありがとうございます!』

 

 伊井野と名乗る少女は、きちんと礼を告げて頭を下げる。

 

『これ!見舞いの品として果物持って来たんですけど…』

 

『ど、どうも。そこに置いといてくれ』

 

 伊井野は見舞いの品を棚の上に置いて、椅子に掛ける。しかし、互いに何も話さず、ただ静かな空気が出来上がっていた。

 

 気まずっ。

 

『…伊井野?って言ったっけ。学校はどこなんだ?』

 

『秀知院学園の中等部です』

 

『秀知院?ってことは、来年には高等部に来るのか?』

 

『はい。そのつもりです』

 

 …会話が終わっちまった。流石、カス同然のコミュニケーション能力。我ながら恐ろしい。

 ここにいても気遣ってもらってしまうわけだし、早々に帰ってもらおう。

 

『…もう見舞いの品やら治療費やら貰ってるし、伊井野はもう来なくていいんだぞ』

 

『いえ、私にも一端の責任があります。退院するまでは、毎日通うつもりです』

 

 と、伊井野は強く言った。こいつは被害者だというのに、えらく義理堅かった。俺がオブラートに包んで止めても、伊井野は毎日毎日通うようになった。

 毎日通って来た結果なのか、初めて出会った頃を比較すれば、それなりに話せる関係に発展したのだ。時には彼女に、文系限定だが、勉強を教えたりもした。途中で大仏も連れてきて、気がつけば3人で話すことが多くなった。

 

 しかし、ある日から伊井野の顔からは笑顔が消えた。普段であれば、もっと騒がしいというか、絶え間なく話しかけてくるというのに、それがなかった。

 

『…なんかあったのか』

 

 俺の問いに、伊井野は黙ったまま。代わりに答えたのが、大仏であった。

 

『…ミコちゃん、実は最近孤立気味で…』

 

『孤立?』

 

『ミコちゃんが風紀委員に入ってるのは知ってますよね。ミコちゃん、正義感が強いから、校則を破る人や風紀を乱す人達を片っ端から取り締まってるんです。でも……』

 

『逆に取り締まられてるやつらはいい気分じゃなかったってこと、か…』

 

『それに、去年の生徒会。ミコちゃん、生徒会長になりたくて生徒会選挙に出たんです。でも、ミコちゃんあがり症で喋れなくて……』

 

『結果、落選したと…』

 

『その落選したことも重なって、ミコちゃんに対する風当たりが強くなったんです…』

 

 何か悪いことをしたわけじゃない。しかし、伊井野に取り締まられた人間は、それが鬱陶しく感じたんだろう。自分達がしたことを棚に上げて、伊井野に向かって責め立てる。それに、自分達を取り締まった伊井野が生徒会選挙で無様に落選したとなると、当然、揶揄う人間は出てくるだろう。

 

 これが人間の、醜い部分の一つである。

 

『……私はただ正したかった。秀知院がより良い学校になって欲しい……その一心で、今まで頑張って来たのに…。私の頑張りって、一体なんなのかな……』

 

 相当メンタルをやられているようだ。

 正直、伊井野の頑張りも苦しさも、俺は同情出来ないし、共感も出来ない。俺は伊井野じゃない。だからそういう態度は、彼女に対する失礼だと思うのだ。

 

『…努力は必ず報われる』

 

『…えっ?』

 

『よくアニメやラノベの熱血キャラが言うセリフだ。努力したって、必ずそれが達成出来るとは限らない。だからって、達成出来ないとも一概には言えない』

 

 俺の言葉に、若干イラつく伊井野が尋ねる。

 

『…何がいいたいんですか?』

 

『俺はお前の努力を知らねぇ。だからよく頑張ったね、なんて安易なことは言えない。けど、これだけは言える。…努力は人を裏切らない』

 

『あっ……』

 

『夢を裏切ることはあっても、人を裏切ることがないのが努力なんだ。いつ報われるか、って聞かれても俺には分からない。だがお前の努力はどんな形であれ、きっと報われる。だから……なんだ。あんまり自分の努力を自分で否定すんなよ』

 

 努力が無駄なんてことはない。もし努力が無駄なんていうやつは、満足に努力したことないくせに、同情だけを得たい鬱陶しいやつだけだ。本当に、自分が納得いくまでの努力をすれば、どんな形であれ、きっと報われる。もしかすれば、自分が気づかないところとかでも。

 

『もしお前の努力を否定するやつは、お前の努力を全く理解していないやつぐらいだ。かく言う俺も、お前の努力を知っているわけじゃないから、絶対に正しいなんて言えない。けど、お前がこんな風に泣いて、苦しんでるってことは、努力したこと自体は嘘じゃないってことくらい、見れば分かる』

 

『比企谷……先輩……』

 

『…まぁ、なんだ。話くらいは聞いてやらんこともない。見舞いの品、結構貰ったしな』

 

 これが、俺と伊井野、ついでに大仏と縁を持つようになったきっかけの話だ。あの相談以来、伊井野は普段にも増して自信に満ち溢れた表情となっていたのだ。

 

「…あの時の比企谷先輩の言葉が、私を救ってくれたんです。あの言葉が、私の支えになってるんです」

 

「んな大袈裟な…」

 

「大袈裟じゃありませんよ。今でも私、一字一句しっかり覚えているんですから」

 

 なんか怖いよそれ。別に覚えてなくていいよ。あの後結構恥ずいこと言ったなぁってベッドの中で羞恥心と戦ってたんだから。

 

「先輩と同じ学年だったら良かったのに。そしたら、勉強を教え合ったり、色々お話が出来たのにな」

 

「…そうかい」

 

 伊井野は微笑んでそう言った。

 

「でも私が事故に遭いかけてなかったら、比企谷先輩とも会ってなかったんだろうな。ある意味、あの事故には感謝です」

 

「事故に感謝とかするなよ…」

 

「比企谷先輩は私の恩人です。轢かれそうなところを助けてもらったり、私の悩みの相談にも乗ってくれたり……。ふふ……本当、どこかのロマンチックなドラマの出会いみたい」

 

「…アホか」

 

 俺はスマホを見て、時間を確認する。もう生徒会が始まっていることに気づき、ベンチから立ち上がる。

 

「どこに行くんですか?」

 

「生徒会だよ。もうそろそろ、行かねぇとな。んじゃ、また」

 

 俺は生徒会室へと向かって、歩き始める。

 

「比企谷先輩!」

 

 後ろから、伊井野が大きく俺の名前を呼ぶ。呼ばれた俺は、伊井野の方に振り向く。

 

「今日も電話、出てくださいね!既読スルーもダメですよ!」

 

「へいへい」

 

 今度こそ伊井野と別れ、俺は生徒会室へと向かって歩き始めた。

 

 別にラインするのはいいけど、絵文字だらけのラインはやめてね?実際の伊井野を知ってるから、あれ送られると下手なホラーより怖いんだよ。

 



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早坂愛は防ぎたい

 

「生徒会に誰も近づけるな?」

 

「そう。今、かぐや様と会長が取り込み中なの」

 

 生徒会室に向かおうとした矢先、部屋の前には早坂が立っていた。曰く、四宮の命令で誰にも近づけさせるなと。

 

「どういう状況なんだ?」

 

「かぐや様の肩に会長が頭を乗せて寝ている状況」

 

「どういう状況なんだ」

 

 まぁ確かに、そんな場面を他に見せたら面倒なことになるだろう。四宮的にも、そういったシチュエーションを堪能したいのだろうな。

 すると、早速生徒会室に向かって走ってくる者が一人。

 

「忘れ物忘れ物ー……ってあれ、比企谷先輩?どうしたんですか、生徒会室の前で」

 

「石上。悪いことは言わんから回れ右しろ。四宮、さっきから人殺しそうな目してる」

 

 石上は無言で頷き、そのままくるりと右に回って来た道を戻って行った。

 

「…これでいいだろ」

 

「流石。比企谷くんがいると頼りになるよッ……!」

 

 突然、早坂は敵を察知したような表情になる。バッと振り返ると、そちらには。

 

「あーっ!早坂さん!と、比企谷くん!」

 

 対象F(フジワラ)がバカ面で生徒会室にやってくる。早坂曰く、彼女の存在は脅威。予測出来ない、思考が読めない、ダークマターを擬人化した存在、それが藤原千花。

 

「書記ちゃんじゃーん!どしたし〜?生徒会に何か用事〜?」

 

 一般人擬態(ギャルモード)を発動した早坂。途端に雰囲気を作り替える辺り、流石である。

 

「その、用事って程ではないんですけど……。というか、二人が一緒にいるのって珍しいですね」

 

「比企谷くんには時々勉強教えてもらってるんだよ〜!だから仲良いもんねウチら〜?」

 

「え?あ、そうだな……」

 

 いきなり俺に話を振ってくんなびっくりする。

 

「…それでどうした?」

 

「あ、そうだ。あのですね、頭のリボン落としちゃったんです〜」

 

「リボン?頭に付いてるじゃん」

 

「違います!これはスペア!よく見てください、色がちょっと違うんですよ!」

 

「いや微妙過ぎて分からないし!」

 

「私はあの極黒リボンが無くちゃダメなんです〜!」

 

「そんな名前だったんだあのリボン!」

 

 ギャルモードの早坂、ツッコミのテンションが異様に高い。ツッコミキャラでギャルという設定なのだろうか。

 

「それで一応生徒会室も探しておこうと思って…」

 

 まずいな。石上みたいに、四宮を使って帰ってもらうことは出来ない。どうする早坂。

 

「しっかたないなぁ書記ちゃんは〜。ウチらが一緒に探してあげるよ〜」

 

「本当ですか〜!?」

 

「え、俺も?」

 

「当たり前だし!こういうのは、男手も必要になってくるんだよ?」

 

 理由聞かずにさっさと帰れば良かった。俺は溜め息を吐いて、やむなく承ることにした。

 

「…でも闇雲に探しても時間の無駄だろ。場所絞った方がいいんじゃねぇの?」

 

「そうだよね〜。だから今日書記ちゃんが行った場所を……()()()()()()探してみよっか」

 

 藤原の突破力は数値じゃ測りきれないレベル。ならこいつに有効なのは、物理的に生徒会室から引き離すことだ。とりあえず今日通った道を最初から辿らせていけば、勝手に生徒会室から距離が離れていくという寸法だ。

 

「リボンを最後に見たのはいつなんだ?」

 

「えっと……。かぐやさんにこの画像送った時には付いてたから〜…」

 

 藤原はスマホを操作し、とある画像見せる。そこに映っているのは、藤原が目を閉じて、その藤原の周りに鶏が戯れる写真である。

 

「何これ怖い」

 

 "鳥葬なう"じゃないんだよ怖いんだよ。時々お前が垣間見せる闇は一体なんなんだ。

 

「要するに放課後に送ったってことか。その後、どこに行ったんだ?」

 

「ちょっと待ってください。今日通ったルートを図にしますね〜」

 

 藤原は白紙の手帳に、今日通ったルートを描き始める。そして出来上がったのが。

 

「こんな感じです」

 

「どういう生き方してるの!?ルンバでももうちょっと規則性ある動きするよ!?」

 

 藤原は学校内をぐちゃぐちゃに歩き回っていた。酔っ払いですら、もうちょいまともなルートを通ると思うんだが。

 

「いえ、今日はたまたまですよ」

 

「何してたの?」

 

「えと、そのっ……今日はその…」

 

「?なんだ?」

 

「…ピカチュウ探してて…」

 

「ポケモンGOすんなし!」

 

 この規則性皆無のルートはポケモンGOをしていた時の動きだったのか。何学校内でポケモン探してんだよ。

 

「書記ちゃんお父さんにこういうゲーム禁止されてるんでしょ!?なんでしてるし!」

 

「私はやってないです!部活のみんながやってるのを見てただけです!」

 

「部活ってテーブルゲーム部でしょ!テーブルでゲームしろし!」

 

「テーブルゲーム部だからってテーブルでやるゲームが全てじゃないです!わりとアウトドアなゲームもやってますもん!」

 

「そもそも校内でスマホゲームは禁止だし!生徒会が校則破っていいの!?」

 

「私は見てただけです。私は校則破ってないです」

 

 うっわ汚ねぇ。こいつ自分だけ保身に走りやがった。そこは一緒にやれよポケモンGO。それかドラクエウォーク。

 そしてその後、俺達は藤原が通ったルートを基にして、学校内を探索した。それはもう、かの有名な歌のように、火の中水の中草の中森の中と、秀知院中を探した。

 次は土の中か?それか雲の中?まさかのスカートの中じゃないよな。

 

「うーん…見つからないですね〜」

 

「ミナサン、探しモノですカ?」

 

 藤原のリボンを探していると、そこに野生の校長が現れた。

 

「まぁそんなとこですけど。校長は何してるんですか」

 

「イマ、生徒会室は鍵、開いてマスか?」

 

 まずい。ここで校長を行かせたら、それこそ面倒なことになりかねない。

 

「…どうでしょうね。生徒会に何か用事でも?」

 

「イエ、生徒会室の方にどうやらピカチュウが…」

 

「お前もやってんかい」

 

 何?秀知院じゃ今ポケモンGOが流行ってるのん?ていうか、校長が堂々とスマホゲームやっていいのん?

 

「さっき体育館の方でピカチュウ見たって話聞きましたよ」

 

「本当デスか!」

 

 早坂の言葉を信じた校長は、一目散に体育館の方へと走って行った。

 

「…今日に限ってなんか面倒なことが降りかかるのって俺の気のせいだったりする?」

 

「かぐや様絡みは大体面倒だよ。特に恋愛面についてはね」

 

「お前もよく頑張るよな…」

 

 俺なら1日持たずに辞めるかも知れない。1日どころか1時間ぐらいで。

 

「もう慣れたよ」

 

「…ま、あれだ。あんま詰め込まんようにな」

 

「…心配してくれてるの?」

 

「お前の苦労は聞いてるだけで凄まじいし、今日お前を手伝ってよく分かったからな。終わったらマッカンを布教してやる。俺のオススメだ」

 

 苦労人を労らないほど俺は鬼じゃない。それに早坂が倒れたら、少なくとも心配して白銀どころじゃないやつがいるからな。

 

「…ありがと。そういうとこ、好きだよ」

 

「あんま適当なこと言ってくれるな。うっかり惚れそうになる」

 

 そんで告白して振られるのが当たり前のパターン。振られるのがパターン化しちゃダメだろ。俺の春はいつ来るんだよ。

 

「にしても、これだけ探して見つからないなら諦めるしかないだろ」

 

「…そうだね。…って、あれ?」

 

「ん?どうした?」

 

「書記ちゃん、スカートの中に付いてるのって…」

 

 四つん這いになっている藤原のスカートの中を指差す。すると中には、黒いリボンが引っ付いていた。

 

「あー!あった!」

 

 なんてとこにリボンを付けてんだ。というより、あんま男子の目の前で四つん這いとかしないでね。目に毒だから。

 

「ちょっと見過ぎ」

 

 ほら早坂に怒られた。俺は悪くない。あんなとこで四つん這いになってる藤原が悪い。

 

「ていうか、なんでそんなとこにリボンがあるんだよ」

 

「えーっと……あ、そっか!鶏さんの写真撮った時、リボン食べられそうになったから服の内側に付けてたんでした!」

 

 何その妙に機転が効いた動きは。

 本当、やっぱこいつの行動は読めんわ。

 

「幸せの青い鳥って案外そばにいるものなんですね…」

 

「やかましいし!」

 

「リボンGETだぜーっ!」

 

「だからやかましいし!」

 

 最後の最後までポケモンネタかよ。なんのクロスオーバーだこれは。俺ガイルとかぐや様のクロスじゃなかったのかよ。

 

 …俺は何言ってんだ?

 

「見つかったんならとっとと帰れ」

 

「はい!一緒に探してくれてありがとうございます!」

 

 藤原はスキップしながら目の前から去って行った。そんなに極黒リボンが見つかったのが嬉しかったのね。

 

「…そろそろ生徒会室に戻るか。何か進展があったかも知れないぞ」

 

「そうだね。キスとまではいかずとも、膝枕くらいまでは…」

 

 俺達は藤原という脅威を排除し、生徒会室に戻って行った。生徒会室に戻り、俺も早坂の陰に隠れて様子を伺うと。

 

「何一つ変わってないし!」

 

 まさかの膝枕まですら進展していない。

 四宮の後ろ姿からでも分かる。あいつ、しばらく固まってたな。

 

「…苦労するな、早坂」

 

「…本当だよ」

 

 早坂は呆れの余り、溜め息を大きく吐いた。

 本当、お疲れさん。マッカンを布教してあげるから、元気出しな。

 

 



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彼と彼女は蹴落としたい

 

「そういえばそろそろ期末テストですね。皆さん、勉強はなさってますか?」

 

「ぴゅ、ぴゅ〜……」

 

「吹けてないぞ藤原」

 

 期末テストの時期がやってきた。学生となれば誰もが必ず通る道。中間と期末合わせて、1年に5回もテストを受けなければならない。そのテストの度に、ある1週間が設けられる。

 それがテスト週間。大半の部活や委員会はテスト週間になると活動が一時的に休みとなり、その1週間にテストのための知識を詰め込む者が多い。

 

 勿論、普段から勉強している物好きもいないわけではないが、大半の人間はそのテスト週間になり始めて、初めて勉強することが多い。俺は1週間というより、2週間に勉強し始めている。特に理数系が壊滅的なため、勉強しても精々赤点取らない程度なのだ。文系に至っては、得意分野である。

 国語だけならば、毎回学年3位の四条辺りと同じレベル。

 

「そんなもん普段からちゃんと勉強していれば問題ないんだ。試験前だけ勉強しても身に付かん。一夜漬けなんてもってのほか。体調を崩すだけだ。君らはくれぐれも、一夜漬けなんてするなよ」

 

 一見、まともなことを言ってみせた白銀。白銀の言う通り、一夜漬けは所詮一夜漬け。前々から準備している者が試験で高得点を取れる。だからこいつの言うことは間違っていない。

 だがしかし、この白銀御行は。

 

 嘘をついている。

 

 こいつ、最近はバイトも休んで一夜漬けどころか十夜漬けに達しようとしているらしい。ソースは白銀の妹。夜中になっても机の上の明かりが点いており、教科書を捲る音が聞こえてくるそうだ。

 

 白銀が十夜漬けをしてまで高得点を取ろうとしているのは、四宮に勝つためだろう。四宮だけでなく、秀知院の全員に。

 所詮一夜漬けではあるが、一夜漬けでも稀に高得点を取れる者もいる。それを危惧して、一夜漬けをするなと言っている。自分は一夜漬けどころか十夜漬けになろうというのに。

 

 1位を死守するためならば、嘘も駆け引きも一切躊躇わない。

 

「そうですね。テストは自分の実力を見るものです。無理に背伸びして良い点を取っても本来の自分は見えません。自然体で受けるのが一番でしょう」

 

 一見、こちらもまともなことを言っているように聞こえる。実際、四宮が言っていることも正しい。結局はその場凌ぎのようなものになるからだ。

 だがしかし、この四宮かぐやは。

 

 嘘をついている。

 

 自然体とかなんとか言っておきながら、毎回テストとなると四宮は本気になっているそうだ。ソースは早坂。白銀のような十夜漬けとはいかなくとも、最近は勉強の時間を増やしたりしているらしい。

 天才の四宮が本気を出しても尚、白銀にまだ一度も勝てた試しがない。プライドの塊の彼女からすれば、白銀に負けることは容認出来ない屈辱だという。

 

「…まぁ勉強の仕方は人それぞれだし、別にいいんじゃねぇの。そいつが納得出来りゃそれで」

 

「確かにそうですが……。…石上くんはもうちょっと背伸びしないとまずいですよ?また赤点を取ったら…」

 

「大丈夫ですよ。今回は試験勉強ばっちりです。じゃ僕は帰って勉強でもしますので」

 

 石上は一足先に、帰宅した。

 一見、本当のことを言ってみせる石上。客観的に見ても、確かにそれらしい雰囲気を見せている。

 だがしかし、あの石上優は。

 

 嘘をついている。

 

 あいつ、つい最近新しいゲームを買って遊んでいると俺に自慢していた。あいつは根っからのゲーム好きであり、古いゲームから新しいゲームまで、幅広くやり込んでいる。そんなゲーム好きの人間が、テスト週間になってゲームを一時停止するだろうか。

 

 答えは否である。

 テスト前にも関わらず、ゲームを買うというその堂々とした立ち振る舞い。自身の死期を察したかのように生き急ぎ、そして赤点を取るのだ。

 

「私どうしても国語がダメで、外国語もスラング使っちゃうので試験だとあんましなんですよね。比企谷くんって確か文系が得意でしたよね?教えてくれませんか?」

 

「別に構わんけど…」

 

 まぁ国語や英語ぐらいなら、余裕を持てるし。誰かに教えるくらい、なんてことはないだろう。

 

 だがしかし。

 

「待て藤原書記。藤原書記は語学習得がちょっと特殊だ。普通の勉強法や誰かから教わるのは効率が悪いかもしれん」

 

「勉強量が必ずしも点数に反映されるわけではありませんしね。いっそ勉強しないという選択肢もありますよ」

 

「いっそ過ぎだろそれは」

 

 そんな選択肢ありなのかよ。

 

「そうだな。俺も試験前は3日ほど寝ずに座禅組んで精神統一してる。これが効くんだわ」

 

 やっべぇこいつら嘘ばっか。どんだけ周りを陥れたいんだよ。凄い執念だけどもなんか歪んでて怖い。

 

「むむむ……なるほど。分かりました!」

 

「え」

 

「私勉強しません!」

 

 一見、冗談のように言っているように聞こえる。まぁあるあるだが、「俺勉強してない」って言ってるやつに限って結構勉強しているのだ。だから、藤原が言ったセリフも客観的に聞けば冗談だと思うだろう。

 だがしかし、藤原千花は。

 

 嘘をついていない。

 

 成績自体は平均的だが、学習意欲は非常に高く、性格以外は優等生と言っても過言ではない。だからこそ、秀知院の1位の白銀と2位の四宮の大嘘を信じるのだ。

 つまり、こいつは本気で勉強しないつもりである。

 

「んなアホな」

 

 確かにテストは大学、あるいはどこかの会社に入るための一つの材料である。しかし、他を蹴落としてまでは流石にしない。周りが勉強してようがしてまいが、俺はいつもと変わらない。

 

 各々が違う過ごし方をしたテスト週間。

 そして、テスト当日。

 

「比企谷くん、勉強したー?」

 

 ギャルモードの早坂が声をかける。今まで話していなかったが、実は四宮や早坂と同じクラスだったりするのだ。

 

「…まぁ赤点取らんくらいにはな。お前は?」

 

「ウチ?ウチはちゃーんと勉強したし〜。今回の期末テストは比企谷くんに勝てるかもだし!」

 

「…そうかい」

 

 少しするとチャイムが鳴り響き、みんなが席に座る。もう一度、チャイムが鳴ると。

 

「はじめ!」

 

 それぞれの思いを胸に抱いた期末テストが、先生の合図によって始まった。

 

 そして数日後。

 

 テストが終え、みんなが採点を終えたテスト用紙を返却された当日、廊下に期末テストの学年順位の紙が貼られていた。

 

 1位は白銀、2位は四宮である。

 俺は98位辺り。文系で点数を稼いだものの、理数系がやはり低い点数なので、上位には食い込めなかった。が、まぁ自分としては悪くない順位だと思う。

 

「後は夏休みだけか…」

 

 期末テストも終わり、もう1学期の行事は無くなった。後は適当に過ごして夏休みを迎えるだけ。

 

 夏休みはもうゴロゴロして過ごそうそうしよう。誰も俺の夏休みを邪魔させん。

 

 



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白銀御行は歌いたい

「眠ぃ…」

 

 全校朝礼ってのは面倒だよやっぱ。だが生徒会である手前、サボるわけにはいかない。全校朝礼が終わり、俺は自販機で缶コーヒーを購入していると。

 

「猛省してください!私は怒っていますよ!会長のアホ!不真面目!恥知らず!生徒会長ともあろう人が校歌を口パクなんて…!」

 

 藤原が誰かに説教している。その声の方に辿って行くと、正座している白銀を藤原が説教している絵面が広がっていた。

 

「どうした?だいぶなんか騒がしいけど」

 

「あ、比企谷くん!聞いてください!会長が校歌を口パクしてたんです!」

 

「え、お前指揮者だろ?よく分かったな」

 

「指揮者ですからね」

 

 この恋愛脳を兼ね備えたダークマターの擬人化、藤原は指揮者なのである。しかし、全校生徒のうちの一人が口パクをしていたことを見抜くとは、中々の観察眼だ。

 

「こんなこと続けたらそのうち他の人も気づくと思います!面倒でも、歌詞ぐらいちゃんと覚えましょうよ!」

 

「いや待て、そうじゃない。歌詞は完璧に覚えてるし、別に歌いたくないわけじゃない」

 

「じゃあどうして……」

 

「……ん…ち……だから」

 

「?うんち?」

 

 何を言っているのか聞き取れない。ただ少なくともうんちではないと俺は思う。後、女子が堂々とうんちとか言わないこと。お下品。

 

「ちょっと音痴なんだよ!生徒会長がちょっと音痴とかどうよ!?」

 

「まぁあれだな。恥を晒すことになるだろうな」

 

「そういうこと!…考えただけで嫌だ……そんな生き恥晒すくらいなら口パクの方が何倍もマシだ…」

 

「なんだ、そういうことですか」

 

 にしても、()()()()音痴、ね。

 なんだろう。なんだか身の毛がよだつんだけど。これは大人しく帰った方がいいな、うん。きっとその方が幸せだ。

 

 よし帰ろう。

 

「…教室に戻るわ」

 

 俺は教室に戻ろうとするが、藤原が俺の襟を掴んで引き止める。

 

「…ちょっとなんですよね?ちょっとだけ音痴なんですよね?」

 

「あぁ。誓ってちょっとだ。ちょっとだけ音痴なんだ」

 

 おい待て俺を離せダークマター。お前の目の前にいるのは人間を装ったお前の同類だぞ。俺はまだ死にたくないんだよ。

 

「じゃあ仕方ないですね!()()が練習に付き合ってあげます!」

 

「マジでか!」

 

「ちょっと待てなんで俺まで。こいつのちょっとはちょっとじゃないだろ。お前この間のこと忘れたのか」

 

「比企谷、俺だって怒るぞ。確かにバレーは苦手だったが、音楽に至ってはちょっと苦手なだけなんだ」

 

 そのちょっとが信用出来ないって言ってんの聞こえなかった?それとも聞いてなかった?

 

「さぁ比企谷くん!一緒に会長の音痴を直しましょう!会長曰く、ちょっとらしいですから!」

 

「えぇ……」

 

 こうして俺達は、白銀のちょっと音痴を直すために、音楽室を借りて練習を始めた。

 

 …のだが。

 

「ボォォォエエエェェェェ〜……」

 

「いやあああぁぁーっ!!助けてペスーっ!!」

 

「…やっぱ……ちょっとじゃなかった…じゃねぇか……」

 

 俺と藤原は耳を塞ぐが、白銀の絶望的な歌声が軽々と突き破ってくる。

 マジで意識を持っていかれる。歌声だけで意識を刈り取るとかなんつー強キャラだよ。

 

 そしてしばらくし、白銀が歌を止めると。

 

「…どう?」

 

「嘘つき!ちょっとじゃない!壊滅!致命的音痴!よくも騙してくれましたね!比企谷くんなんてもうほとんど満身創痍状態ですよ!」

 

「お前、歌声で人一人殺せるぞ…」

 

「いやいや、大袈裟な。いうてそこまでじゃ無いだろうに」

 

「今の録音してみましたが。自分の歌……聴いてみますか?」

 

「あぁ聴く聴く」

 

 白銀はイヤホンを付けて、藤原が録音した歌声を聴き始めようとした。

 自分の歌声が実際、上手か下手か分からない。カラオケ行って歌っても、結局上手か下手か判断するのは機械だ。自分の歌声を自分が聴くことが出来ない。

 つまり、白銀の絶望的な歌声が、白銀自身の耳に届いたら。

 

「嘘だぁ……!こんなゴミみたいな歌声が俺ぇ……!?なんかの間違いだよなぁ……!?」

 

 当然、こういうリアクションになる。

 

「会長は今まで出会った人の中でダントツで音痴です。私の交際相手の条件に音痴じゃない人って項目が今日新たに追加されたレベルの歌でした」

 

「それ以上言うとライフが0になるからやめとけ」

 

「な、ならば比企谷はどうなんだ?比企谷の歌声を聴いたことがないが、実はこいつも音痴だったりするかも知れん」

 

「流石にこいつほどまでは音痴じゃない…と思う。自分の歌声なんて分かんねぇからなんとも言えんけど」

 

「それじゃあ比企谷くんの歌声を聴いてみましょう!校歌は覚えてますね?」

 

「いや覚えてるけど…」

 

 あの野郎俺を巻き込みやがって。四宮に白銀が絶望的音痴って言ったるぞこんちくしょう。

 

「それではいきますよ〜!」

 

 藤原がピアノを弾き始める。それに合わせて、俺は校歌を歌い出す。そして、校歌を全部歌い切ると。

 

「すげええええぇぇぇ!!なんて美しい歌声なんだ!!」

 

「なんか聞いたことあるな今の言い回し」

 

「流石比企谷くん!これならオーディションに参加しても即合格ですよ!」

 

 そこまではいい過ぎだろ。たかだか普通レベルの歌声だぞ。

 

「…俺は一体、どうすれば…」

 

「まず歌じゃなく、単音で正しい音を出してみろ」

 

「こんな感じです。…ソ〜♪」

 

 ふむ。流石は藤原。

 というか、普通にこれくらい出来るだろ。

 

「出来ますか?」

 

「バカにすんな……それくらい出来るに決まってんだろ。…()〜♪」

 

 気のせいかな。ソがレの音で聴こえてくるのだが。

 

「…な?」

 

()って何!?」

 

 と、藤原が再び白銀にキレる。

 

「ソはこれ!」

 

 藤原はソの音を出す。

 

「レはこれ!」

 

 次に、ソより低い音のレを出す。

 こんなに分かりやすい違いがあると言うのに、白銀は全く分かっていない様子だった。

 

「ソとレの判別が出来ないはヤバい」

 

「…じゃあ私がソの音を出しますから、よく聴いて同じ音を出してください」

 

「同じ音…?」

 

「行きますよ?…ソ〜♪」

 

「そ、そ〜…」

 

 藤原はソの音を奏でながら、黒板に「もっと高く」と書いて白銀にアドバイスする。白銀もそのアドバイスに従って、徐々に高い音を出し始める。

 

 その瞬間、藤原と白銀の出しているソの音が完璧に一致する。さっきのゴミみたいなソが消えて、今ではハーモニーを奏でている。

 

「凄ぇな…」

 

 そんな彼らに対して感嘆の声が出る。

 

「これが音を聴いて歌うってことです!」

 

「…感謝する、藤原書記。俺は今日初めて、音楽を理解した気がする……。歌える!今なら歌えるぞ藤原書記!」

 

「はい!じゃあいきますよ!」

 

 歌えるという希望を感じた白銀。そんな白銀を見た藤原は嬉々とした表情で、ピアノを弾く。

 

 …のだが。

 

「ホォォゲェェェー……ホォゲェェェ……」

 

 待ってまた意識持っていかれるんだけど。

 しかし、当の本人は全く気づかない様子で、最後まで歌い続けた。そして、結果は。

 

「吐きそう!以前のは一周してなまこの内臓みたいな美しさはあったんですが、今のは生半可に音を拾ってる分普通にジャイアンって感じで最悪です!」

 

「結構エゲツないこと言うなお前…」

 

 藤原のそんなダメ出しの感想を聞かされた白銀は、途端に諦めたような表情に変わる。

 

「…やっぱ俺、口パクのままでいいよ。俺が歌うと周りに迷惑かかるからな」

 

「そんなこと…」

 

「いや、そんなことあるんだよ。…小学校の教師には、"無理して歌わなくていいからね"って言われた。中学の合唱祭ではクラスメイトに、"お願いだから本番は口パクで"って…。以来、俺はずっと口パクでやってきた」

 

「白銀…」

 

 確かに、こいつは絶望的な音痴だ。それは今も変わらない。しかし、こいつはこいつなりに、誰かの役に立とうと、一生懸命頑張ろうとしたのだ。にも関わらず、白銀の周りの連中はこいつの努力を否定した。絶望的な音痴だから、こいつをハブをした。白銀を犠牲にして、自分達の青春を守ったのだ。

 

 無駄にこいつが拗れているのは、周囲のせいと言ってもおかしくない。

 

「俺だって本当は歌いたい。何も気負わずみんなと一緒に歌いたい。だけど、みんなに迷惑かかるなら……」

 

「…別に歌えばいいだろ。そんなもん」

 

「だから、そうしたらみんなに…」

 

「お前の言うみんなは、そこまで大切なのか?単なる他人ごときに一々気にしすぎだろ。ハゲるぞ」

 

「比企谷……」

 

「少なくとも、ここには音楽のスペシャリストがいる。そのスペシャリストが本気でお前が上手くなるのを信じて教えてる。次の全校朝礼までまだ時間はあるし、諦めんのはやり切ってからいいんじゃねぇの?知らんけど」

 

「比企谷くん……。…そうですよ!私が会長をちゃんと歌えるようにしてあげます!ママに任せて!」

 

「いやその母性の出され方は結構抵抗あるんだが…」

 

 こうして次の全校朝礼まで、白銀が歌えるように徹底的に練習を行なった。

 そして、次の全校朝礼。

 

「校歌斉唱」

 

 藤原の指揮の下、校歌が始まる。周りは揃って、校歌を歌い始める。しばらく歌い続けると、どういうわけか藤原が徐々に涙を流し始め、そして崩れ落ちる。

 

「わああああ!!」

 

 大号泣。何事かと、周りはどよめき始める。

 しかし、俺には想像がつく。おそらくあの涙は、白銀がまともに歌えていることを意味している。あれだけ絶望的音痴の白銀が、今はみんなと一緒に歌えていることに、きっと感動しているのだろう。

 

 うちの会長は、本当に世話がかかることよ。

 

 



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白銀御行は見舞いたい

 俺は今、長く広い廊下を歩いている。

 ん?俺が今どこにいるかって?それは勿論、四宮家の屋敷に決まってるでしょ。

 

 …いや意味分からんわ。なんで急にこんなクソでかい屋敷に招待されてんだよ。しかも、執事の服を着てさ。バカなの?死ぬの?

 

「…俺なんでこんなことしてるんだろな」

 

 俺がここにいるのには理由がある。

 四宮が、どうやら先日の大雨の影響で風邪を引いたそうだ。車で帰るって言っていたのにも関わらず、じゃあなんで雨に濡れたのか。

 

 どうやら、白銀と一緒に車で帰りたかったそうなのだ。

 白銀は昨日、電車で帰ろうとしたのだが、天候の影響で電車が止まって帰れずになっていた。しかも、バイトがある日だったという。しかし、雨に濡れて帰るわけにも行かないし、だからってバイトをサボるわけにはいかない。

 それを知った四宮は、四宮が乗る車で一緒に帰ろうと考えた。が、自分から白銀を誘うのは恥ずかしい。ので、白銀から乗せてくれと頼むまで雨の中、正門で待っていたらしい。

 

 結果、風邪を引いた。

 

 そんな四宮の看病をするのは、近侍である早坂の役目。だが、早坂は何故か俺をここに呼び出して看病を手伝って欲しいという。最初は断ったが、お礼にマッカンを2ダースあげると言われてしまったので、やむなく受けることにした。

 

「今日はごめん。手伝ってとか言って…」

 

「…まぁ別にいいけど。つか、後から藤原か白銀辺りが来ないか?」

 

「どうだろ。でも二人ともかぐや様のこと好きだし、どちらかは来そうだね」

 

「これ俺いて大丈夫?あいつらに見つかったら面倒だぞ」

 

「だからイメチェンしてるの。普段髪の毛ボサボサで腐った目をした比企谷くんが、オールバックでサングラスを掛けているなんて誰も分かんないでしょ」

 

 確かに。

 鏡で自分を見た時「誰だお前」って思わず口に出したしな。

 

「それで、四宮は大丈夫なんか?」

 

「普通の風邪だから寝てれば治るんだけど……でもその風邪を引いてる間がちょっとアレなの」

 

「ん?アレ?」

 

「まぁ見たら分かるよ」

 

 早坂と話していると、四宮の部屋の前に到着する。

 

「…じゃあ、入るよ」

 

「お、おう」

 

 ガチャリと、早坂が四宮の部屋の扉をゆっくり開ける。入室した最初の感想は、「一人部屋にしてはデカ過ぎだろ」というところだった。

 

「かぐや様、失礼します」

 

「あぁー、早坂ぁ〜。私を置いてどこ行ってたのぉ〜…?」

 

 …俺は夢を見ているのだろうか。いつもは冷静で、俺に対してゴミみたいな眼を時々向けるあの四宮が。

 

「んぅ……そこの男はだぁれ〜…?」

 

 時々、四宮のアホさを垣間見ることはある。だが今の四宮は、常時アホモード。例えで言うなら、いつもは厳しい女上司が酔っ払うとめっちゃ甘くなるみたいな。

 風邪引いただけでここまで人格が変わるとは。

 

「…早坂」

 

「これが今のかぐや様。風邪を引いた時のかぐや様は、普段のようなかぐや様じゃない。単なるアホに変わり果ててるの」

 

「風邪って人一人の人格変えるんだな」

 

「ついでに言うと、かぐや様の記憶は残らない。つまり、今比企谷くんがかぐや様の目の前で阿波踊りしても、風邪が治った時には消えてるの」

 

「そうか…。例えがちょっとクレイジーだったのは気にしないでおく」

 

 絵面が狂気でしかない。アホと化とした四宮の目の前で阿波踊りとかヤバすぎるだろ。

 

「そこの男は誰ってばぁ〜……」

 

「…かぐや様。この殿方は比企谷くんです」

 

「嘘よぉ……比企谷くんこんな姿じゃないでしょぉ……」

 

「姿は違いますが、間違いなく比企谷くんです。今日はかぐや様の看病を、私達で行います」

 

「そうなのぉ…?ありがとぉ……」

 

「お、おう…」

 

 とはいえ、看病っつっても冷たいタオル頭に乗っけて、ちょっと食欲出たら粥を出せばいいだけ。俺が必要な要素があまりない。

 

「早坂ぁ……絵本読んで〜…」

 

「…分かりました。比企谷くん、そこの本棚に"眠り姫"って絵本あるから取ってきて」

 

「ん、分かった」

 

 俺は本棚を探って、眠り姫という題名が書かれた絵本を抜き出す。

 

「ほれ」

 

「ありがと。…それではかぐや様、読みますよ」

 

「うん…」

 

 早坂が眠り姫を、四宮に読み聞かせていく。そして、読み終わると。

 

「…楽しかったですか?」

 

「楽しかったぁ……もっかい読んで」

 

「またですか?」

 

「もっかい読んで欲しい〜……」

 

「…分かりました」

 

 早坂は再び、同じ物語を読み聞かせていく。そして読み終えると、四宮がもう一度と言う。それを、後3回繰り返された。

 

「もう4回も読んだら結末覚えちゃうだろ…」

 

 そんなアホ四宮に手を焼いていると、屋敷にチャイムが鳴り響く。

 

「来客です。ちょっと行ってこないと」

 

 早坂は自身の端末を操作すると、監視カメラの映像が映し出された。そこに映し出されたのは、紙袋を持って四宮家を訪ねた白銀であった。

 

「…やっぱり白銀が来たか」

 

「これはある意味、かぐや様と距離を近づけるチャンスだね。比企谷くん、玄関まで一緒にお迎えに行くよ」

 

「俺バレない?」

 

「サングラスとオールバックで比企谷くんって分かったらそれはそれで恐怖でしょ」

 

「…確かにな」

 

 早坂はカラコンを入れて、カチューシャを付け始める。見た目を変えただけで、早坂の雰囲気がだいぶ変わる。

 

「今から私の名前はスミシー・A・ハーサカだから。横浜市中区山手に在住、フィリス女学院に通ういいとこのお嬢様って設定。間違っても早坂なんて呼んじゃダメだよ」

 

 何そのかなり凝った設定は。

 

「それで、比企谷くんの名前はハーチェ・H・ハーサカ。私の兄で、慶大に通ってるって設定」

 

 慶大はやり過ぎだろ。流石の俺もそんな頭良くないぞ。東大って言わんかっただけマシ………マシなのか?

 よくもまぁそんな口から出まかせが出てくるもんだ。

 

「私のことはスミシーって呼んで。私はハーチェって呼ぶから」

 

「お、おう…」

 

「それじゃ、行くよ」

 

 玄関で待っている白銀を迎え入れるために、俺達は屋敷を一旦出る。扉の前には、白銀がぎこちない様子で立っていた。

 

「かぐや様のご学友の白銀様でございますね。四宮家当主に代わり、歓迎致します」

 

 早坂はカーテシーを行なって、白銀に挨拶する。話し方も、外国人風に変えて。

 

「私、かぐや様のお世話係を務めさせて頂いております。スミシー・A・ハーサカと申します。こちらは私の兄である、ハーチェ・H・ハーサカでございます。かぐや様のボディーガードでございます」

 

 俺は白銀に軽く頭を下げる。

 

「…して、本日はかぐや様の見舞いにいらしたとお見受けしますが」

 

「あ、はい。その通りです…」

 

「では、かぐや様の部屋へご案内致します」

 

「あ、いや、そのですね!俺、四宮にプリント届けに来ただけというか!今日連絡もせず突然来たわけだし…これ、ハーサカさんから渡しておいてもらえればとか!」

 

 ここまで来て何チキってんだよ。たかだか見舞いごときに何を意識する必要があるんだ。お前見舞い以上の恥ずいことをいつもしてるだろうが。

 

「いえいえ、かぐや様に直接お渡しするのがよろしいかと」

 

「いや、でも…」

 

 白銀の抵抗を許さず、早坂は強引に屋敷へ招き入れる。そして、白銀を四宮の部屋へと案内する。

 

「かぐや様、客人がお見えです」

 

 早坂が扉をノックし、部屋の扉を開ける。そこに広がっていたのは。

 

「汚っ!」

 

「えぇ…」

 

「こらーっ!何してるんですかかぐや様!」

 

 先程まで部屋は綺麗だったのに、白銀を迎えに行った間に一気に散らかっていた。普段の四宮なら絶対あり得ない光景である。

 

「だって見つからないんだもん……」

 

「?何を探しているんですか?」

 

「はなび」

 

「花火!?」

 

 部屋の中で花火炸裂させようとしてたのかこいつ。アホになっているとはいえ、中々ファンキーなことしようとしたなおい。

 

「はやさかもはなび……いっしょにするでしょ?」

 

「しません」

 

 早坂は四宮を再びベッドに戻し、寝かしつける。

 

「もうすぐ夏休みで気持ちが先走っているのは分かりますが、お布団から出ちゃダメじゃないですか。風邪を治すのが先決です」

 

「いじわるぅぅ…はなびするぅぅ…」

 

「それよりも、お客様がお見えですよ」

 

「お客様…?」

 

 四宮はうつろな眼で、白銀の姿を捉える。そして数秒、間が空き。

 

「かいちょうだ!」

 

 どうやら白銀だということは認識出来たらしい。白銀の姿を見るや否や、あわあわと慌て始める。

 

「どぉしてかいちょうがいるの?」

 

「いや、その…」

 

「え!きょうからうちにすむの!?きいてない!」

 

「住まない!住まないから!」

 

 この四宮の醜態に、白銀は何がなんだか分からず、早坂に状況を尋ねる。

 

「ハーサカさん、これは一体…」

 

「ジークムントフロイト曰く、人間の行動は欲望(イド)理性(エゴ)によって決定されるそうです」

 

「!?」

 

「人間の本能は欲望(イド)を生み出し続け、理性(エゴ)はそれらを抑制するブレーキの役目を持つ…。ですが理性(エゴ)の源である思考力がなんらかの理由によって失われたとすれば、人は欲望(イド)のみによって動く獣……即ちアホになるということです」

 

「アホ!?」

 

 普段から四宮は色んなことに脳をフル回転させている。その反動が今、現れているということである。

 

「一見、起きているように見えますが、実際まだ夢の中みたいなものです。元気になったら、病気の時の記憶なんて綺麗さっぱり残らないのですよ」

 

「また妙なことに…」

 

「…さて、私達はそろそろ仕事に戻らないと。かぐや様のお相手をお願いします」

 

「わ、分かりました」

 

 俺達は四宮の部屋から退出する。

 すると早坂は、扉の隙間から悪魔のような囁きを始める。

 

「いいですか?この部屋には3時間ほど誰も絶対に入りませんが、変なコトをしては絶対にいけませんよ?」

 

「し、しませんよ」

 

「その上、この部屋は防音完璧ですし、かぐや様の記憶は残りませんので何したってバレっこないですが。絶対に、絶対にヘンナコトしちゃダメデスヨ」

 

「だからしないって!」

 

 そんな悪魔の囁きを残して、今度こそ四宮の部屋から去っていく。

 あからさまに、四宮に白銀を襲わせようと仕掛けたなこいつ。四宮の近侍のくせして、やることだいぶゲスいなおい。

 

「…これで少しは進展するといいんだけど」

 

「どうだろな。ここに来てまですぐ帰ろうとしたやつだし、案外何もしないと思うけどな」

 

「本当、どっちも恋愛面に関して弱気だよね。とっととどっちかが告ればいいのに…」

 

 苦労が絶えない早坂。早坂と廊下を歩いていると、家訓みたいなものが目に入る。

 

「なんだこれ」

 

「…四宮家の家訓だよ」

 

「人に頼るな、成らば使え。人から貰うな、成らば奪え。人を愛すな、成らばは無い。…エグい家訓だな」

 

 俺個人としては、別に一人で成せることがあると思っているし、誰かを頼らないことだって一つの手だとも思っている。

 しかし、一般的に人間は誰かと支え合って生きて行くのが常套手段。誰かを頼ること、誰かから貰うことは決して間違いじゃないのだ。

 

 もしこれが、四宮が小さい頃から叩き込まれていたとすれば、氷のかぐや姫が誕生したってなんらおかしくない。

 人の家訓にあれこれ首を突っ込むのは烏滸がましいが…。

 

「…アホか」

 

「…比企谷くん?」

 

 大方、将来の四宮家のために四宮を育てたに過ぎない。彼女の自由を奪って。

 そんなことが正しいわけがない。全てにおいて、この家訓は間違っている。

 

「…なんでもねぇよ。それより白銀が来たし、俺はもういらねぇんじゃねぇの。何しに来たんか全く分からんけど」

 

 無駄に変装して四宮の醜態を見ただけなんだけど。まぁこれはこれで面白かったから良かったけど。

 

「比企谷くん」

 

「ん?」

 

「もし、さ。私が困ってたら、助けてくれる?会長がかぐや様を助けるように」

 

「助けがいるのか?」

 

「…分からない。もしかしたらこの先、そういうことがあるかも知れないって思っただけ」

 

 正直、早坂が何を考えているか未だに分からない。まだ俺に対して何かを隠している節がある。だから、早坂の言う助けがなんなのかが分からない。

 

「さぁな。だがまぁ、相談は聞くって言ったしな。何かあるなら話してくれればいい。力になるかどうかはさて置いてな」

 

「…比企谷くんらしい返し方だね。それだけで十分だよ」

 

「…そうかい」

 

「今日はわざわざ来てくれてありがと。かぐや様にはもう会長もいるし、比企谷くんにこれ以上手伝わせるわけにはいかないし。帰って大丈夫だよ」

 

「そうか。なら帰るわ」

 

 俺は男性専用の更衣室で制服に着替え直し、サングラスと執事服を畳んで置いて行く。鞄を持って、屋敷の入り口へと向かった。入り口には、早坂が見送りするために待っていた。

 

「ばいばい、比企谷くん」

 

「ん、またな」

 

 屋敷を出ていき、俺はアパートへの帰路を辿った。

 

『もしかしたらこの先、そういうことがあるかも知れないって思っただけ』

 

 早坂の言葉を俺は思い出す。

 あんなことを言うということは、何か助けを求めているということなのだろうか。

 

「…分からん」

 

 今回の見舞いの件で、金持ちの家の事情はどこも面倒くさいとよく分かった気がする。

 



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二人は仲を直したい

 かぐや様は許せないと許したいの2本投稿です。どうぞご覧あれ。


「食べてください」

 

「冗談じゃない。四宮が食え」

 

 目の前で広がる白銀と四宮の修羅場。怯える石上。呆れる俺。不在の藤原。何故こんな修羅場になったかというのは、1時間前に遡れば理解出来るだろう。

 

 1時間前。

 

「あれ、ケーキだ。どうしたんですかこれ」

 

「校長からの差し入れだ。食っていいぞ」

 

「わーい」

 

 校長の差し入れであるケーキを俺と石上は頂くことにした。白銀がケーキ箱を覗くと。

 

「あれ?ケーキこんだけ?」

 

「ん、どうした?」

 

「ケーキが残り一つしかなくてな。本当に気が利かないよな校長は……せめて役員の数だけ用意してくれよ」

 

「さっきまで石上くんがいなかったですしね…」

 

 どうやら、俺と白銀と四宮の分しか用意していなかったようだ。それを聞いた石上は、ショートケーキを口に運ぶ寸前で止める。

 

「あ…」

 

「なら俺の食うか?」

 

「気にせず食え石上。比企谷もだ。俺の分は無くていい」

 

「いえ、会長が食べてください。私は構いませんので」

 

「いや、いいって。四宮が…」

 

「いえいえ、会長が…」

 

 白銀と四宮は懲りもせずイチャラブしていた。それを気にもせず、俺と石上はショートケーキを美味しく食べていた。

 

 最初はただただ、いつものようにイチャラブしてるのだと思っていた。しかし彼らの声色は徐々に険しくなり、譲り合いのはずがいつの間にか押し付け合いとなっていた。

 1時間もこんな状態が続くと、それは修羅場と差し支えないのだ。石上なんて、身体を震わして怯えている。

 

「お前も強情なやつだな!もういいから食えって!」

 

「会長こそここで意地を張る必要は無いでしょう!?どうして素直に食べないんですか!」

 

「お前ら痴話喧嘩するなら他所でやれよ」

 

「痴話喧嘩じゃありません!部外者は引っ込んでいてください!」

 

 四宮に軽く一蹴された。

 この修羅場、俺が付け入る隙が無さそうだ。つまり、この場にいる誰にも止められない。俺は小さい声で、石上に話しかける。

 

「石上。今のうちに藤原呼んでこい。あいつが介入すればこの修羅場は止まる」

 

「は、はい!」

 

 石上は生徒会室を出ていき、急いで藤原を呼びに向かった。残った俺は、彼らの痴話喧嘩の原因を考える。

 

 たかだかケーキを譲り合うだけで喧嘩に発展するのだろうか。この二人の考えが普通では無い故、一般常識に照らし合わせても分からないだろう。

 

「なんでそこまで頑なに食べようとしないんですか!意地っ張りにも限度があります!」

 

「あぁ意地の一つも張るってもんさ!でもそれは昔、四宮が言ってたからだろ!」

 

「私が何を言ったっていうんです!」

 

「生徒会発足して間もない頃、俺が好きなものは何か聞いたらお前、"ショートケーキ"って言ってただろうが!めっちゃ印象深いからあれ!あの表情も嘘だって言わせんぞ!」

 

 ということは、白銀は四宮の好物であるショートケーキを食べて欲しかったってことなのか。しかし、そんな前の話をよく覚えてるな。

 

「はー!?よくもまぁそんな昔のことを覚えててくれましたね!」

 

「忘れるかよ!」

 

「はーそーですか!はーそーですか!ちょっと鼻頭が痒いので掻きますけど、気にしないでくださいね!」

 

「あー好きなだけ掻けば!」

 

 突如、四宮は鼻頭が痒いと言って白銀から顔を逸らす。しかし、その逸らした時の彼女の表情を、俺は見てしまったのだ。

 

「(そんな昔のことを覚えてて……)」

 

 あっこれちょっと嬉しいやつだな。「昔のこと覚えててくれてたなんて」みたいな感じのあれか。分かりやすっ。

 

「それを言うんだったら私だって主張がありますよ!」

 

「何!」

 

「去年の年末です!会長にクリスマスは何して過ごすのか聞いたら、バイトって言っていたでしょう!?しかも、"俺にとってクリスマスは平日だからな。特別祝ったりしないし、クリスマスケーキも食ったことない。別に羨ましくもないけどさ"って!私はその話聞いてちょっと悲しくなったんです!」

 

 四宮もよくそんなことを覚えているよな。無駄なところで記憶力を働かせるよなこいつらは。

 

「だから、会長には今まで食べれなかった分ケーキいっぱい食べて欲しいんです!」

 

「はー!?お前そんなこと思ってたわけ!?」

 

「えぇそうですよ!」

 

「はーそう!はーそう!ていうかおでこ痒い!ちょっとおでこ掻くけど気にすんなよ!」

 

「好きなだけ掻けばいいでしょ!」

 

 白銀はおでこが痒いと言って、四宮から顔を逸らす。こちらからは白銀の表情は見えないが、多分さっきの四宮みたく顔を少し赤らめていることだろう。「そんな昔のこと覚えててくれたのか」みたいなこと絶対思ってる。

 

 ていうか話の逸らし方下手くそかよさっきから。

 

「もういいです!こうなったら私だって考えがあります!」

 

 痺れを切らした四宮はフォークを手に取り、ショートケーキを切って白銀に差し出す。

 

「今日だけ特別にあーんしてあげます!」

 

「あーん!?」

 

 すると今度は白銀が対抗して。

 

「いやお前だ!俺が四宮にあーんしてやる!」

 

「私のあーんパクらないでください!」

 

 今度はどちらがあーんするかの押し付け合いが始まった。ていうかこれ、藤原呼ばなくても勝手に収束する気が。

 

「あーこのままでは拉致があきません!こうしましょう!会長が食べたら私も食べます!」

 

「いやそっちが先だ!そっちが食ったら俺も食う!」

 

「もう面倒ですね!」

 

「いや互いに面倒なんだけど」

 

 俺は一体何を見せられているんだろう。痴話喧嘩を目の前で見せられる俺って一体なんなんだろうか。

 

「じゃあ同時ならいいでしょ!?」

 

「いいよ!?」

 

 すると、白銀と四宮は、互いに互いの口へとフォークに刺さったショートケーキをゆっくり、ゆっくり差し出していく。

 

 その瞬間、ホイッスルが高らかに生徒会室に響き渡る。

 

「仲良し警察です!喧嘩する悪い子はここですか!?」

 

 石上が仲良し警察の藤原を連れてくる。

 藤原は二人が手に持つフォークに刺さったケーキをパクッと食べる。

 

はめでふほへんはひひゃ(ダメですよ喧嘩しちゃ)ー!ははほふへきはひはは(仲良く出来ないなら)へーひはほっひゅうへふ(ケーキは没収です)!」

 

 こうして、藤原の介入で修羅場は収まったのだが。

 その翌日の昼休み。

 

「マジっすか。僕らに恋愛相談って」

 

 白銀が俺と石上に何やら相談を持ちかけて来たのだ。

 

「まぁ恋愛相談っていうか…喧嘩した異性との仲直りの仕方について語りたいというか……」

 

 どう考えても四宮のことですねありがとうございます。

 

「なるほど…そういうことでしたら任せてください。僕恋愛マスターなんで」

 

「えっマジで?」

 

「嘘です」

 

「嘘かよ。比企谷はどうだ?」

 

「恋愛マスターかは知らんけど、告って振られたことはある」

 

 そして翌日、元から女子の好感度が低かったのが更に低くなったのである。

 

「でも僕ら、ラブコメとかめっちゃ読んでるから、相談に乗れないことはないですよ」

 

「んー…ならいいか。…これは友達の話なんだがな」

 

「白銀の話か」

 

「何を言っている。友達だと言っているだろう」

 

「会長、その話の入り方だと会長の話みたいに聞こえちゃいますよ。ラブコメじゃあ結構あるあるです。まさかそんなベタなことは無いでしょうけども…」

 

「ははは、まさかまさか」

 

 今ちょっと図星を突かれたな白銀。

 まぁ気にするな。俺も友達の友達の話って話し出すことは多々あるからな。

 

「…それで、友達の話ってのはなんなんだ?」

 

「あぁ……。実は俺の友達……名前を伏せてAくんにしよう。Aくんの友達である女の子が風邪を引いてしまったらしくてな。Aくんは女の子の家にまで見舞いに行ったんだ」

 

 これはあれだな。白銀が四宮の屋敷に行った時の話だな。俺が四宮の屋敷から出て行った後に、何かあったってことか。

 

「けど女の子は意識が朦朧としていてな……。Aくんが女の子に話しかけると、女の子はAくんをベッドの中に引きずり込んだんだ」

 

「マジ!?」

 

「うわっびっくりした。どうした?」

 

「い、いや……なんでもない。続けてくれ」

 

 今の話が本当なら、アホモードの四宮は白銀をベッドの中に引きずり込んだってことじゃねぇか。俺が帰った後、そんなエロティックな展開になってたのか。

 

「…それでだな。Aくんは限りある理性を保ちながら、女の子には手を出さなかったんだ。しかし、女の子はAくんを引きずり込んだことを忘れてしまってな。その上、"なんで私のベッドに入ってるんですか"、"人が寝ている隙になんて酷いこと"って厳しく言われたそうなんだ…」

 

 要するに白銀は四宮に引きずり込まれた時、理性が爆発しそうになったけどなんとか抑えて手を出さなかったと。けれどアホモードの四宮が目を覚ました時、自分から引きずり込んだことを忘れてしまい、白銀が勝手にベッドに入ってきたと勘違いした、ということか。

 

「はぁ?なんすかそのクソ女。クソオブクソじゃないですか。自分から誘っておいてよくもまぁぬけぬけとホザきますね」

 

 これに至っては、正直どちらかが悪いって断定は出来ない。

 

「モラルってのが無いんですかね。絶対面倒臭いですよその女。ラブコメだと黒髪貧乳にありがちなタイプです。ティピカルですよティピカル」

 

 にしても石上、早い段階でエンジンかかったな。

 

「いくら意識が朦朧としてたと言っても、男をベッドに引っ張り込むって…。その女絶対ド淫乱ですよ。一見清楚でお高くとまってるやつに限って性欲の出し方が歪んでて自己中心的なんですよ。なんですよ」

 

 やっべぇこいつ暴走しとる。一応友達の話って建前だからここまで強く言えるんだが、お前がボロクソに言ってるの四宮だからな。

 

「"男なんて興味がない"フリしてるくせにいい男を前にしたらきっちり食らいつく。男が狼だったら女は蛇です。すぐ絡み合って尾を噛み合うウロボロスですよ。あーやだやだ。どうせその男が帰った後も…」

 

「ブレーキ踏め石上。一時停止しろ。話が進まねぇ」

 

 こいつは赤信号でも走り切るつもりだったのかよ怖い。

 

「白銀、続けてくれ」

 

「あぁ…。いやまぁ、それでも男は流されるべきじゃなかったのも確かだろう。もっと穏便に済ませる方法があった筈なのに、そうしなかった…。いや……そうしたくなかったんだろう」

 

 つまり、勢いで引きずり込まれたものの、白銀はそんな状況を利用しようとしたのだろう。手は出していないようだが、四宮から引きずり込まれるなんてことは低確率にも程がある。

 

「…で、それ互いに謝ったのか?」

 

「あぁ、まぁ一応な。それでも女の子は何か不満があったのか、Aくんのことをずっと睨んでいたようなんだ。Aくんは女の子に手を出していなかったし、女の子からも"手を出されていなかった"って言っていたんだ。なのに、未だにずっとAくんを睨み続けてな…」

 

「うるせぇバーーーーカ!!」

 

 すると突然、石上が声を大きく荒げる。ていうか誰に対するコメントなの今の。

 

「お互い謝ったんですよね!?だったらその話はおしまい!何引きずっとんねんって話ですよ!」

 

「聞いてる話じゃ、なんか女の子が何考えてるかよく分からんな」

 

「あー聞いてるだけでムカついてきました!僕から言ってやりましょうか!?そのバカ女にビシッと!」

 

 やめとけ。また暗殺術を喰らう羽目になる。死にたくなければそれ以上突き進むな石上。

 

「大体女って、えっそこ!?みたいなところで怒ったりするじゃないですか。男が女の全てを理解しようとするのが、そもそも傲慢なのかもしれません」

 

「それに、互いに理解出来ないところだってあるからな。…とりあえず、ほとぼりが冷めるまで待った方がいい。男側が本当に何もしていないなら、別に気に病む必要はないと思うしな」

 

 四宮が白銀に対して何を怒っているのか全く分からない。

 四宮が寝てる間、不可抗力でベッドに入ってしまったとはいえ、白銀が何もしていないことは、早坂が後々調べて分かったはずである。にも関わらず、四宮の怒りが収まらないのはよく分からない。

 

 四宮は白銀に対して、何を怒っているんだろうか。

 そんな疑問を抱いたまま、時は夕方となる。

 

「また伊井野に取り締まられた…」

 

 生徒会室を一旦離れてトイレに行った時、伊井野に意味もなく捕まえられた。長々とした話をし終え、俺は生徒会室に戻ろうとした道すがら。とある女子生徒が曲がり角で何かを覗いている。

 

 俺は無視して通り過ぎて行こうとすると、曲がった先には白銀と四宮が二人きりでいた。俺は曲がる寸前で、曲がり角で女子生徒と共に隠れてしまう。

 

「あんたこの状況でよく行こうとしたわね……」

 

「気付かなかったからな…」

 

 白銀と四宮は何かを話している。俺達は聞き耳を立て始める。

 

「四宮……俺はお前に言わなきゃならないことがある。…俺は四宮に指一本触れていないと言った…が……。…本当は指一本だけ触れた」

 

「!」

 

 あいつ何が「全く手を出していない」だ。ちょっと出しちゃってんじゃねぇか。

 

「…どこに、触れたんですか?」

 

「…唇…」

 

 …何この甘酸っぱいラブコメ。ドラマでも見てんのかな。もしかしたら実写版のかぐや様を見てる最中なんだろうか。

 

「こう、人差し指でツンっと…。いやなんか変な意味があったんじゃなくて、悪戯っていうかなんというか…」

 

「会長」

 

 白銀は申し訳なさそうに、四宮の方に振り向く。

 

 刹那。

 

「お返しです」

 

 四宮は、白銀の唇に人差し指を当てた。それ目の当たりにした俺と女子生徒は、思わず顔を赤くしてしまった。

 

「これでチャラですよ。…私達、明日からはいつも通りですよね」

 

 そう言って、四宮はその場で去って行った。取り残された白銀は自身の唇に触れて、頬を真っ赤にする。

 

「はえー……」

 

 早坂へ。

 ほんの少しだけであるが、彼と彼女は進展したようだ。

 

 



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かぐや様は呼ばれたい

「あっつ……」

 

 もうそろそろ春の暖かさは過ぎ、暖かいというかむしろ暑いのではないかと思われる今の日本の温度。冷えた缶コーヒーを片手に、俺は生徒会室へと向かった。

 

 生徒会室に到着し部屋の扉を開けると、四宮、石上、そして()()()がいた。サラサラの長めの銀髪が特徴の後ろ姿。そして黒色のヘッドドレスを付けた少女。

 

「あ、八にぃ!」

 

「おう、圭か」

 

 彼女の名前は白銀圭(しろがね けい)。その名の通り、白銀御行の妹である。反抗期ではあるが、実はブラコン説が俺の中で浮上している。

 

「ひ、比企谷くん。白銀さんとお知り合い…?」

 

「ん、まぁな。近所付き合いみたいなもんだ」

 

 俺が借りているアパートの一部屋。その隣の部屋には、白銀一家が住んでいる。生徒会に入って白銀と出会って以降、白銀家の人間との交流が増えた。圭とてそれは例外じゃない。

 最初は白銀と話していたが、後々圭と話すことも多くなって、少し懐かれてしまったのだ。

 

「またその甘ったるいコーヒー飲んでる。身体壊しちゃうよ」

 

「それこそ俺の本望だ」

 

「ふふ、何それ」

 

 圭は小町より一つ年下であるが、小町に幾度となく関わって来たからか、彼女と接することに何の戸惑いもなかった。普段であれば、見知らぬ女子に声をかけられただけでキョドる俺が。

 白銀の妹ということなのか、変な親近感があるのは否めない。

 

「にしても、高等部に来るなんて珍しいな。なんかあったのか?」

 

「あ、うん。生徒総会の配布書類のチェックをお願いしようと思って来たの」

 

「そういや、圭は生徒会だったな。仕事熱心なことで」

 

「八にぃだって、なんだかんだちゃんと仕事してるっておにぃ……さんから聞いてるよ」

 

 こいつ今家にいる感覚でおにぃって言いかけたな。外じゃおにぃ呼びが恥ずかしいって思ってるあたり、なんだか可愛らしいな。

 

「まぁあれだ。そういうことなら石上にッ…!?」

 

 俺は恐怖のあまり、そこから先は言えなかった。四宮の俺を捉える眼がヤバい。久しぶりに暗殺者の眼を開眼してる。そんな絶望的な恐怖を目の当たりにしている最中、彼女がやって来た。

 

「こんにち……あぁー!圭ちゃん!こんにち殺法!」

 

「あ!こんにち殺法返し!」

 

 なんだこれ。

 生徒会室に藤原が入ってくるなり、妙なポーズと妙な掛け声で圭に挨拶する。そして圭も、妙なポーズと妙な掛け声で挨拶を返す。そのどこかの部族の挨拶を交わすのは何。

 

「どうしたのー!?遊びに来てくれたのー!?」

 

「ううん、今日はお仕事だよ」

 

 なんかきゃっきゃしてる。

 

「何?お前ら知り合い?」

 

「そうなんですよ〜!圭ちゃん、私の妹の萌葉と同じ学年で、たまにウチにお泊まりに来てくれるんです!年は3つ離れてるけど、普通に友達みたいな感じなんですよ〜!」

 

「ねー!」

 

 萌葉、という人物は知らないが、要するにその萌葉という人物と圭が遊ぶような仲で、藤原家に泊まりに行った際にダークマターと知り合ったと。

 いいんか白銀。お前の知らんところでダークマターに毒されてるぞ。こんにち殺法とかわっけ分かんねぇ挨拶まで習得してるぞ。

 

「今度比企谷くんも萌葉に会いに来ます〜?」

 

「いや別にッ…!?」

 

 やっべぇ。四宮の眼がさっきより凄いことになってる。藤原を人間として見てねぇ。本当に余命2ヶ月じゃねぇのか。

 

「ねぇ千花姉ぇ。今度萌葉と原宿に服買いに行くんだけど、千花姉ぇも一緒に行かない?」

 

「行きます行きますっ〜!」

 

 ヤバい。四宮の藤原を見る眼が更にヤバくなった。語彙力が無くなるレベルで、四宮の眼がヤバい。多分ここに包丁があるものなら、今すぐ藤原をグサッと一突きだろう。

 

「良いですね〜!原宿でウィンドウショッピング!楽しみです〜!」

 

「あ、八にぃも一緒に行かない?」

 

 待て待て待て。俺を誘う前に四宮を誘ったれ。

 

「……」

 

 ていうかちょっと待って。なんか俺まで四宮にロックオンされたんだけど。なんかもうゴミみたいな眼で見られてる。

 

「じゃあかぐやさんも一緒に行きませんか?」

 

「行くぅ!」

 

 うわこいつ誘われた瞬間さっきまでの殺意が一瞬で消えたんだけど。さっきまで藤原をゴミみたいな眼で見てたのが一瞬で大切な友人を見る眼になったよ。なんなんあいつ。危うく生徒会室を殺害現場にしそうだったくせに。

 

「八にぃは?」

 

「いや、俺は行かないから。女子達だけで遊んで来いよ」

 

「そっか…」

 

 ていうか、普通に考えて俺を誘うなよ。女子4人の中に俺を巻き込まないで?四宮がいたら常時殺意の眼を向けられることになるから。

 

 そんなこんなで、彼女達4人が遊びに行くことが決定した。

 そして一旦、仕事の話に戻り、圭の仕事を石上と共にチェックする。特に大きく改善しなきゃならないところはなく、圭の仕事ぶりの良さが分かった時であった。

 

「…ま、こんなもんでいいだろ」

 

「そうですね。特に変えるところは無さそうです」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 圭はぺこりと頭を下げて感謝を告げる。

 

 しかし、兄妹揃って仕事熱心なことだ。性格は結構反対のように見えたりするが、やはり兄妹。繋がっているところはあったりするんだな。

 

 俺と小町の場合、通じてるところはアホ毛ぐらいだ。それ以外何も通じてない。目が腐っているわけでもないし、性格がひねくれているわけでもない。

 

 いやぁ、俺に似なくて良かったと思うわ。

 

 その後、圭は中等部へと戻り、白銀が会議から戻ってきて普段通りの生徒会が始まった。

 その生徒会が終わり、帰る前にもう一度缶コーヒーを買っていると。

 

「あっ、八にぃ!」

 

「ん、圭か。また会ったな」

 

 今日はよく圭に会う。まぁ同じ秀知院だから、会わないことは無いけども。

 

「八にぃは今から帰るの?」

 

「おう。生徒会も終わったし、さっさと帰って寝る」

 

「じ、じゃあ、一緒に帰らない?どうせ同じアパートなんだし」

 

 圭からお帰りの誘いが入る。圭の言う通り、同じアパートだから別に一緒に帰ってもいい。だが聞いた話、圭は中等部でめちゃくちゃモテるらしい。中等部では圭が、高等部では白銀がモテる。何このモテモテ兄妹。

 話を戻すが、そんなモテまくりの圭とパンピーの俺が一緒に帰ってるところを中等部の連中とかに見られたら。

 

 多分俺は周りを警戒しながら学校生活を送らなきゃならない。それに圭にも何か言われるかもしれない。ここは断って…。

 

「ダメ、なの?」

 

 最近の女子ってなんで上目遣いばっかしてくんの。これ断って泣かしたらシスコンの白銀に何か言われるに決まってる。それはそれで面倒だ。

 

「…後から文句言ったりすんなよ」

 

「?文句なんて言わないよ。大体、私から誘ってるんだよ?」

 

「あぁそう。…じゃまぁとりあえず、帰るか」

 

「うんっ!」

 

 俺と圭はアパートへの帰路を辿って歩いていく。主に話題は圭から振ってくるのだが、時々白銀の愚痴やらを聞かされる羽目になる。とはいえ、なんだかんだ白銀のことを大切に思っている辺り、ブラコン説は否めない。

 

 そうして話していると、アパートに到着。着いた時には、空一面は夕暮れと化していた。

 

「じゃ、またな」

 

「じ、じゃあね。また」

 

 圭は家に入り、それを確認した俺も家に入る。俺はその場で寝転び、スマホをしばらく操作していると。

 

「うっさい死ね!」

 

 隣から、圭の荒げた声が聞こえた。時々、圭のそんな声が聞こえてくるのだ。おそらく、白銀に対して吐き捨てた言葉なんだろうが。

 

「…仲いいな本当」

 

 隣の兄妹はなんだかんだ仲良しな件について。

 



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彼ら彼女らは誘いたい

「うおらぁ!生徒総会お疲れェい!」

 

「&明日から夏休みー!いえーい!」

 

 1学期が終了し、明日からは夏休み。明日からやっと家でゴロゴロ出来る。毎日毎日生徒会の仕事に追われていたが、それも一時的に休み。

 

 俺は自由だ。

 

「これで心置きなく夏休みを謳歌出来るってもんだな」

 

「そうですね…」

 

「四宮はなんか予定立ててたりするのか?」

 

「少し買い物に行くくらいですかね……大きな予定は無いです。会長はバイト三昧ですか?」

 

「いや、思ったよりシフト調整に難航してな。結構暇な時間が多い。なんかしたいよな」

 

「何かしたいですね」

 

「「なぁ(ねえ)藤原書記(さん)」」

 

 白銀と四宮が同時に藤原に話を振る。

 以前、夏休みに行くのは山か海かバトっていたが、結局は白紙と化した。藤原が恐山とかわけ分からんことを言いだしたんだっけ。

 

「藤原書記……やっぱり夏はパーッと羽を広げたいもんだよな」

 

「そうですね!やっぱり夏は普段出来ないことをしたいですものね!旅行とか最高です!」

 

 えっ面倒。どこに行くのか知らないけど俺は家に引きこもりたい。今までゆっくり出来なかった分、俺は夏休みの全部を使ってゆっくりするんだ。

 

「旅行な。やっぱ都会の喧騒から解放される時間ってのは必要だよな」

 

「はい!私も明日から1週間ほどハワイ行ってきますよ〜!」

 

「…ってことはあれか?ホノルル?」

 

「はい!アロハでホノルるっちゃいますよ!」

 

 ホノルるっちゃうってなんだ。

 まぁとりあえず、藤原がハワイに行くなら生徒会で出かけることはないだろう。俺の自由は守られた。

 

「藤原書記……海外もいいが、やっぱり国内も良いよな。夏は色々イベントも多いし」

 

「何言ってるんですか!受験は2年の夏が天王山ですよ!遊びにうつつを抜かしてる暇なんてありません!」

 

「急に優等生みたいなこと言い出したな。旅行行くくせにそんなまともなこと言うのな」

 

「当たり前です!遊びと勉学のメリハリはちゃんと付けないと!来年の受験シーズンに"夏休み少しでも勉強しておけば良かったな"って思う羽目になるんですから!」

 

 すっげぇど正論じゃねぇか。

 とはいえ、俺からしたら別に遊びに行く必要もないし、家でゴロゴロ出来たらそれでいいんだよな。

 

 後さっきからちょいちょい思ってたんだが、四宮の顔から一切の覇気が感じられないんだけど。何、どうしたお前。

 

「…でも、一度くらいは思い出作りしたいですよね」

 

 ここでずっと黙っていた石上が口を開いた。

 

「僕は1年ですけど、会長や比企谷先輩は2年。来年は受験勉強でそれどころじゃ無いのかもしれない。会長や比企谷先輩とゆっくり遊べるのは、今年だけかも知れませんから…」

 

 そんな風に思っていたのかお前。

 確かに、2年が終わればこいつらと遊ぶ機会なんていつ来るか分からない。今まで遊びの誘いを断ってきた俺だが、後輩にこうも言われてはな…。

 

「…どうせ夏休み中家でゴロゴロしてるだけだし、連絡さえしてくれたら一緒に行ってもいい」

 

「比企谷先輩……」

 

「ふっ…。そうだな。行こうぜ石上。夏の終わりには大きな祭りがある。たこ焼きくらいなら奢ってやる」

 

 すると、ここで()()が反応する。

 

「良いですね夏祭り!行きましょう行きましょう!」

 

 藤原が食いついた。

 さっきまで優等生面して天王山がどうのって言ってたくせに、夏祭りの存在一つで掌ひっくり返しやがった。

 

「良いですよね〜!わたあめ!射的!打ち上げ花火!」

 

 藤原が夏祭りの醍醐味を挙げていくと、さっきまで覇気が消えていた四宮の表情が復活し、目をキラキラさせる。

 

 白銀と夏祭り行くことが楽しみなんだね。

 

「祭りは8月20日だったな。スケジュールは空けておこう」

 

「そうですね。私も…」

 

「あ」

 

 その瞬間、藤原が固まる。

 

「あ……ダメです。そのあたりトマト祭りでスペインでした」

 

「お前海外行き過ぎだろ」

 

 ていうかトマト祭りって。全身にトマト浴びるやつだろ。間違って誰かの血まで浴びたりしない?

 

「えっ。まさか行っちゃうんですか?私だけ除け者にしてみんなで夏祭りとかそんな酷い事するんですか…?」

 

 そんな藤原の言葉に白銀と四宮はバツの悪い顔に。

 だがしかし。

 

「え。普通に行きますけど」

 

 藤原とは違う意味で空気を読まない人間、石上がなんの躊躇いもなくそう言った。

 

「藤原先輩もトマト祭りじゃないですか。そっちは楽しんでくるのに僕等に行くなってのはあんまりじゃ……」

 

「う…!ぐぅ…!」

 

 石上の強烈な口撃が藤原を攻める。その言葉に、藤原の目からは涙が溢れ出してきて。

 

「わぁぁぁん!石上くんひっどぉぉぉぉい!ばかぁ!冷徹人間!前髪長すぎ!石上君なんて、たこ焼きで舌火傷しちゃえばいいんです!」

 

 藤原は大号泣し、そんなわけの分からないことを言い残して生徒会室から出て行った。

 

「またやってしまった……。僕も……帰ります」

 

 藤原の言葉に傷ついた石上も、帰宅の準備を始めたが。

 

「いや石上」

 

「今日は正しいです」

 

 こうして結局、8月20日は藤原を除いたメンバーで夏祭りに行くことになった。

 

 だがしかし。

 生徒会が終わった夕方、缶コーヒーを買っていた俺の前に現れたのは。

 

「比企谷先輩!」

 

 伊井野ミコが現れた。

 ていうかさ、缶コーヒー買いに来るたびに誰かとエンカウントするんだけど。ここそんなエンカウント率高いの?

 

「お、おう…。…大仏は?」

 

「こばちゃんは既に帰りました。私もそろそろ帰るつもりです」

 

「そうか。それじゃあ」

 

 俺は缶コーヒーを持って歩いていくと、何故か後ろからトコトコ伊井野が歩いてくる。

 

「…何?」

 

「そ、その……な、夏休み、どこか予定空いてませんか?」

 

「え」

 

 今度は伊井野から誘いがきたのだが。伊井野が意外に誘ってきたものなので、少しびっくりして固まってしまった。

 

「…なんでだ?」

 

「え、えっと……私、夏休み中も勉強するつもりでして……比企谷先輩、文系に強いから教えてもらおうかと…」

 

「あぁ…そういう…」

 

「ダメ…ですか?」

 

 いつかの圭に続いて伊井野までもが必殺の上目遣いを発動してくる。最近女子の間じゃそれ流行ってるのん?

 

「…じゃあ、適当に連絡してくれ」

 

「ということは、いいんですか!?」

 

「…もういいよ。それで」

 

「や、やったぁ!じゃあ、また連絡しますね!」

 

「お、おう…」

 

「それじゃあ、さようなら!」

 

 伊井野は嬉々とした表紙で目の前から去っていく。そんなに勉強を教えてもらいたかったのかあいつ。勉強熱心なことで。

 

 まぁ二日くらい我慢してやろう。俺って超優しい。

 

「比企谷、ここにいたか!」

 

 すると今度は、チャリを押しながらこちらに走ってくる白銀が。

 

「お前、まだいたんか」

 

「生徒会室の鍵を返しに行っていただけだ。それより比企谷、8月の1日と8日の二日、予定空けることが出来るか?」

 

「…まぁ出来なくは無いけど。なんかあんの?」

 

「1日は圭ちゃんの誕生日なんだ。圭ちゃん、比企谷に懐いているからな。比企谷から圭ちゃんに祝ってくれると喜ぶと思うんだが、出来るか?」

 

「そういうことか…」

 

 それならば、断る理由がない。女の子にプレゼントなんてしたことないから、何あげたらいいか分からんけど。

 

「…分かった。じゃあなんか買っとく」

 

「ありがとう。圭ちゃんも喜ぶよ」

 

「それで、1日は分かったけど。8日は何があんの?」

 

「8日は……秘密だ」

 

「は?」

 

 自分から誘っておいて秘密ってなんだ。内容を教えろモンスター童貞さんよ。

 

「8日、何も聞かずに生徒会室に来てくれ。頼むぞ」

 

 そう言って、白銀は俺の返事も聞かずに帰って行った。

 8日に何があんの?何、俺いよいよ生徒会から除外されるの?わざわざ呼び出して戦力外通告でも言い渡されるのだろうか。

 

「…せめて何するか言えよ」

 

 俺はボソッと文句を言って、缶コーヒーを飲み切る。空になった缶コーヒーを捨て、俺は自分のお家への帰路を辿ることにした。

 

 



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伊井野ミコは恐ろしい

 夏休み。

 学校と生徒会が終わり、夏の長期休暇が始まった。勿論、面倒くさがりの俺はこんなクソ暑い日に外に出るなんて馬鹿げたことはしない。

 

 普段ならば。

 

「…暑い」

 

 俺は冷えた缶コーヒーを飲んで、彼女を待っている。夏休みだというのに、クソ真面目に勉強がしたいと申した彼女を待っているのだ。

 今の言葉で、俺が誰を待っているかは察することが出来るだろう。

 

 俺が待っているのは。

 

「比企谷先輩っ」

 

 俺の後輩、伊井野ミコである。彼女はこちらにトテトテ駆け出してくる。

 

「比企谷先輩、早いですね」

 

「まぁ、これくらい普通だろ。それで、どこで勉強すんの?」

 

「それが…どこにしようか決めてなくて……」

 

「…じゃあファミレスでいいだろ。丁度昼飯時だし、ファミレスで勉強ってのはお決まりの展開だしな」

 

「そうですね!そうしましょう!」

 

 俺達はまず、腹拵え兼勉強のために近くのサイゼへと向かった。東京に来ても、やっぱりサイゼは欠かせないよな。

 

 サイゼに到着すると、思いの外空いていたのですぐにテーブル席に案内してもらった。席に座るや否や、伊井野はメニューを開いて何にしようか迷っている。

 

「…ゆっくり考えていいぞ。俺は決まってるからな」

 

「え、もうですか!?まだメニューすら見てませんよね!?」

 

「千葉にいた頃はサイゼが庭ってレベルで通ってたしな。メニューは大方覚えてる」

 

「す、凄いです…」

 

 ドリアに辛味チキン、そんでドリンクバーで事足りる。サイゼは美味いし安い。学生の味方だと言っても過言じゃない。

 

「決めました!」

 

「そうか。じゃあ頼むぞ」

 

 店員さんを呼んで、俺達は決めた品を伝える。俺はドリアと辛味チキンとドリンクバー。ただ伊井野は、ドリアにハンバーグ、シーザーサラダ、辛味チキン、そしてドリンクバーと、料理を割と多めに頼んでいたのだ。

 

 見た目に反して、こいつ結構な大食いなのか?この小さな身体のどこにそんなに入るのだ。

 

「じゃ、飲み物淹れてくるわ」

 

「あ、私も行きます」

 

 伊井野はオレンジジュースを、俺は大量のガムシロを入れたコーヒーにした。飲み物を淹れた俺達は席に戻り、同時に伊井野から話を振られる。

 

「比企谷先輩は夏休み何して過ごすんですか?」

 

「ほとんど家にいる。まぁぐうたらしてるだろうけど、時々勉強するかもな。この時期から受験のことを考えてるやつだって少なくないだろうし」

 

「勉強なら、これを聞くと捗りますよ!私、いつも勉強してる時はこれ聴いてるんです!」

 

 伊井野はスマホを操作し、イヤホンの片方だけを渡してくる。耳に入れると、その瞬間イヤホンから環境音が聞こえてくる。

 

「…作業用BGMか。確かに、これならリラックスして勉強出来るな」

 

 音楽を聴きながら勉強する人間もいるが、歌が入ってきて煩わしい時がある。歌が入ってこなくなった時は、集中している証拠だと言うらしいが、どうしても歌に集中する者も少なくない。

 

「でしょう!?私のお気に入りなんです!次のも、結構オススメなんです!」

 

 こういうリラックス系なら、聴いてみてもいいかもな。そう思ったの次の瞬間。

 

『ンエエエヴアアアア!!ンンエエヴアアアァァアア!!』

 

「!?な、なんだこれ!」

 

 俺はいきなりの騒音に、思わずイヤホンを取り外した。何今のよく分からん音。怪獣の雄叫びでも聴いてるんかと思った。

 

「い、伊井野…。今のは…?」

 

「どうですか?落ち着くでしょう?ラクダの鳴き声

 

「ラクダの鳴き声!?」

 

 なんてもんを作業用BGMにしてんだよ。勉強に集中出来ねぇよこれ。

 

「こ、このこと他の人に喋っちゃダメですよ?こばちゃん以外には内緒ですっ」

 

「お、おう……」

 

 伊井野は恥ずかしがりながらそう言った。

 多分、言っても誰も信じてもらえねぇよ。風紀委員が勉強の際に視聴している作業用BGMがラクダの鳴き声とか、誰が信じるんだそんなこと。

 

「他にも、象の鳴き声とか、カバの鳴き声とかもありますよ?聴きますか?」

 

「い、いや、動物はいいや。とりあえず作業用BGMで使ってんのは環境音と騒……動物の鳴き声ってことなんだな」

 

「はいっ!」

 

 伊井野がチョイスする動物全部大きいやつばっかりなんだけど。多分ほとんど騒音だぞ。落ち着くどころの話じゃないだろうよ。

 

「あ、後こんなのも入れてるんです。…でも、ちょっと恥ずかしいな…」

 

「ま、まだ何か入れてるのか?」

 

「色々入れているんですけど、これが私の一番のオススメなんですっ。……笑いませんか…?」

 

 ということは、一般的には笑われるようなBGMってことなんだろうな。さっきのラクダの鳴き声は笑うどころではなく、軽く恐怖だった。これを超えるものは中々ないだろう。

 

「…まぁ、笑わねぇよ。どんなの聴いてようが、伊井野の勝手だし。人の趣味を否定することはしない」

 

 嘘はついていない。事実、さっきのは笑える要素が一つもない。怖いとしかいいようがない。それに、こういったマイナー方面のBGMを聴いて落ち着くって人は世界にいるだろうし。

 

「比企谷先輩……」

 

「…それで、伊井野のオススメというのは?」

 

「は、はい…。…そ、それじゃあ、流しますよ…?」

 

 俺はイヤホンを再び耳に入れ、伊井野の一番のオススメの作業用BGMを聴く。

 あれだけインパクトの強いBGMが来たんだ。電車の騒音だろうが肉を切る音だろうが、多分大丈夫だ。

 

『ああ……君は偉いよ。とても頑張ってる。そのままの君でいいんだ。君はいい子だ……。大丈夫……大丈夫だから……。辛いよね…?泣きたい時には泣いていいんだよ…。…大丈夫。僕は君の味方だよ』

 

「………」

 

「ど、どうでしたか?」

 

 …癒されるとかリラックスするとかそんなチャチなレベルじゃない。完全に洗脳のレベル。これ完全に病んでるやつが聴きたがるやつだろ。お前そこまで追い詰められていたのか。

 

「…伊井野」

 

「は、はい?」

 

「…なんかあったら俺に話せ。出来る範囲で俺がなんとかする」

 

「えっ…?」

 

 偏見かも知れないが、これを聴くってことは相当精神的にキている証拠なんだろう。もしかしたら、素でこういうのを好きなのかも知れない。

 ただ、中学や高校で伊井野が疎まれているのはよく聞く。それが精神的にキて、これに縋っている可能性がある。

 

 どちらにしろ、相当なストレスは溜めないに限る。大仏曰く、だいぶメンタルが弱いらしいからな。これ以上放っておくと、多分今以上にヤバくなるかも知れない。

 

「…先輩……」

 

「え」

 

 なんで今日一癒された顔してるの?え、俺何か言った?

 

 ※伊井野視点

 

『なんかあったら俺に話せ。出来る範囲で俺がなんとかする。(辛いことがあれば俺に話してこい。俺がお前を助けてやる)』

 

「優しい…」

 

 だからなんでこんなうっとりしてるの?俺お前にそんな顔されるようなこと言ったか?

 

「先輩のヒーリングボイスも欲しいな…」

 

 伊井野が小さくそう呟いた。

 小さすぎて聞こえないとか、そんな難聴系主人公ではないのがこの俺、比企谷八幡。

 

 故に、伊井野が呟いた言葉もしっかりと聞こえてしまったのだ。

 

 俺の声録音してどうすんの?まさかそれ作業用BGMにするとか言わないよね?新手のヤンデレかな?怖いよ。後、怖い。

 

「…ひ、比企谷先輩って声優になったりしないんですか?結構、良い声とか言われませんか?」

 

「い、いや。そんなことは一度もないな」

 

 俺の中を演じてる人は大声優だけど。多分ネットで探せば俺を演じてる声優さんのヒーリングボイスとかあるだろうけど。

 

「お待たせしました」

 

 すると、店員が俺達が頼んだ品を次から次へと運んできてくれる。俺がドリアとチキンなのに対して、伊井野はその2つプラスハンバーグという。

 

「…とりあえず、飯食べるか」

 

「はいっ!」

 

 作業用BGMのことは一度置いて、俺達は空かしたお腹を満たすために運ばれた料理を食べ始めた。

 

 小町以外の誰かと食べに行くってのも久しぶりだな。普段は生徒会室で一緒に食べたりする人間がいるけど、こうして誰かと食べに行くのもなんだか新鮮な気がする。

 

 まぁそれはそれとして。

 

「お前もうドリア食べたの?」

 

「?はい」

 

 俺がまだドリアを食べている最中、彼女は既にドリアを平らげていた。どころか、チキンも残り2本、ハンバーグも既に半分といったところだ。

 

「食うの早ぇな」

 

 目の前にいるのはカービィを擬人化したやつなのだろうか。小さい身体なのにとんだ大早食いキャラて。

 そんな彼女の大早食いを気にせず、俺は自分のペースでドリアとチキンを平らげた。

 

「…ごっそーさん」

 

「ごちそうさまでしたっ」

 

 食器等は後から店員が運んでいってくれた。机の上にはスペースが空いたので、伊井野はノートや教科書を取り出して勉強を始める。

 

「そういえば勉強見るって約束だったな。でも、ずっと学年1位のお前が俺に聞くことなんかあるか?」

 

 習っているところは違うとはいえ、頭の良さだけで言うなら俺より上なはず。そんな彼女が俺に国語を教えて欲しいというのは、どうにも腑に落ちない。

 

「私だって完璧ではないんですよ。間違えることだってあります」

 

「…まぁ教えるから来たんだし、別にいいけど」

 

 国語なんて文章読んだら答えがあるし、漢字や四字熟語なんざ覚えるだけだ。英語だって、国語と対してやることは変わらない。ただ覚えることが多いくらいだろう。

 彼女は黙々と勉強をして、それを横目に俺はスマホをいじる。

 

「比企谷先輩、ここの古文なんですけど…」

 

「…それはだな…」

 

 伊井野から時々ヘルプが入るくらいで、彼女はほとんど一人で勉強していた。それが数時間の間しばらく続き、いよいよ俺が呼ばれた意味が分からなくなってきた。

 

「…ふぅ。今日はここまでにしておこ…」

 

 伊井野はノートと教科書を鞄にしまう。どうやら、ひと段落ついたようだ。

 

「では、そろそろ出ましょうか」

 

「お、そうだな」

 

 俺達は伝票を持って、会計を済ませ、サイゼから出て行った。スマホで時間を確認すると、そろそろ16時ぐらいに差し掛かるぐらいだった。

 

「今日はありがとうございました。短い間でしたけれど、先輩と一緒にご飯食べて、学校じゃ出来ないお話が出来て、楽しかったです」

 

「…そうかい」

 

 俺はお前のあらゆる闇を垣間見たことに少し後悔してるよ。

 

「…また」

 

「ん?」

 

「また、勉強見てくれますか?」

 

「…ま、いつかな」

 

 こんな懇願するような表情で頼まれたら、断りたくても断れねぇよ。全く、圭といい、伊井野といい、ちょっと全員あざといんじゃないですか。

 

「それじゃあ、また連絡しますね?比企谷先輩、ちゃんと返してくださいよ」

 

「分かった分かった。じゃ、お疲れさん」

 

 こうして、伊井野と別れた。伊井野は人混みに紛れて、去って行く。

 

「…帰ろ」

 

 伊井野の後ろ姿が見えなくなったことを確認した俺は、我が家へと向かって帰り始めた。

 




これから更新が遅くなりますので、ご了承下さい。


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四条眞妃は頼りたい

 今日は7月31日。明日には白銀妹、圭の誕生日が行われる。

 白銀に圭に何かを買う約束をしてしまったのだが、これといってめぼしい物が思い当たらない。そもそも圭が何を欲しがっているか分からない。

 

 無難にケーキ辺りを差し出しとけば、多分それでいい気がするんだが…。

 

 悪い言い方をすると、白銀家は貧乏なのだ。ショートケーキだけで済ませていいのだろうかと、俺は思ってしまう。世話になってるわけじゃないが、圭とはなんだかんだ交流がある。どうせなら、それなりに値の張る物、あるいは圭が買いたくても買えないような物を買ってやりたい。

 

 とはいえ、だ。白銀の妹とはいえ、女の子に一体何をあげたら正解なのか分からん。最近の女子って、何が欲しがるんだろうか。

 化粧品とかそういうのだろうか。それともそういう消耗品より、ずっと使えそうな物の方が良いのだろうか。

 

「…とりあえず外に出るか」

 

 どのみち買いに行かなきゃならんし、歩いていたら勝手に閃くだろう。

 そう思った俺は、部屋着から着替えて、外に出る準備を始めた。準備を終えた俺は、部屋の扉を開ける。

 外に出ると、太陽から強い日差しが肌に直撃する。立っているだけで汗が出そうな気温である。

 

「…あっつ…」

 

 このクソ暑い中、わざわざ外に出るのがアホらしく感じてしまう。

 ケーキは帰りに買うとして、何か彼女が使える物がないかを探しに、ショッピングモールへ向かうことにした。

 その道すがら、何やら揉め事が起きている。どうやら、男二人が女の子の手を掴んでいる。

 

「いいからさっさと離して。そろそろあんた達鬱陶しいわよ」

 

 なんかどっかで見た記憶のある女の子だ。触角の部分を三つ編みにし、両サイドをゴムで纏めている茶髪の女子。

 

「こっちが下手に出れば調子に乗りやがって…!」

 

 周りは誰も助けない。介入するどころか、周囲はスルーして通り過ぎて行く。

 まぁ気持ちは分からんでもない。介入して、今度は自分が巻き込まれたら嫌だからな。

 

 ただ、目の前で連れて行かれたら夢見が悪い。しかし、介入して二人まとめてやっつけるみたいなヒーロー的な展開は俺には無理なわけで。

 

 ならどうするか。俺は俺らしく、陰湿に汚くやるだけだ。

 俺はスマホを取り出して、耳に当てる。

 

「あっすいません。目の前で女の子が連れて行かれそうなんですけど、大至急来てくれませんか?場所は渋谷の…」

 

 その話し声は男達に伝わったのか、一瞬で顔が青ざめる。

 

「あ、あいつ警察を呼ぶつもりだ!」

 

「クソッ!」

 

 男達は女の子から離れて、どこかへと去って行く。

 まぁ、警察は嘘なんですけどね。

 

「…さてと」

 

 圭への誕生日プレゼントは一体何にしようか…。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 この場を静かに去ろうとすると、先程男達に絡まれていた女の子に、今度は俺が絡まれてしまう。

 

「…別にあの程度の輩なんて、私にかかれば余裕だったんだから。大体、助けてなんて言ってないし」

 

「勝手に俺がああしただけだ。別にお礼を言う必要もない」

 

 というか、本当にこいつどっかで見た記憶があるんだけど。多分初対面なんだろうけど。

 

「じゃあな」

 

 まぁどうせ今後会わないやつだろうし、気にしても仕方ない。俺はそんな謎の女の子を放置して、ショッピングモールに向かおうとするが。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

「…今度は何?」

 

「名前、教えなさいよ」

 

「はぁ?別にもう会わねぇんだから名前言ったところで…」

 

「廊下ですれ違ったりするでしょうが。同じ学校の生徒なんだし。ていうかこの間も会ってるでしょ」

 

 同じ学校の生徒で、この間も会ってる……?

 

「…あ」

 

 思い出した。前に、四宮が白銀の唇に人差し指を触れた瞬間を一緒に目撃した女子だこいつ。名前は知らんけど。

 

「思い出した?ていうか、私の名前を知らない人間がいるなんて。とんだ不調法者ね」

 

「そんな有名なのお前」

 

「当たり前よ!学年3位の天才にして、四宮の血筋を引く者!四条眞妃(しじょう まき)とはこの私のことよ!」

 

 四条と言われたら、確かに聞き覚えがある。学年1位の白銀、2位の四宮に続く天才。必ずこの3人は、学年順位のトップ3にいるのだ。

 

 だが、一つ疑問が残る。

 

「四宮の血筋を引くってことは、お前四宮の従姉妹かなんか?」

 

「えぇ、まぁそうね。再従祖叔母にあたるわ」

 

「ほとんど他人だろそれ」

 

 日常会話で初めて聞いたよ再従祖叔母って。

 まぁ要するに遠い遠い親戚だとでも思ってもらえればいい。普段じゃこんな単語は多分使わんだろうから、全然覚えなくて大丈夫だぞ。

 

「で、あんたは?」

 

「比企谷八幡だ。覚える必要はないぞ」

 

「比企谷……聞いたことないわね。外部受験?」

 

「まぁな」

 

 というか、いつまでこいつと話してなきゃならないんだろうか。早く買って早く帰りたいんだけど。

 

「あっ」

 

「ん?」

 

 四条が別方向に視線を向ける。その視線の先には、男子Aくんと柏木さんが仲睦まじく歩いている。

 なんだかんだで恋人らしいことしてるじゃねぇか。けどやっぱリア充はくたばるべきだと思うんだ。

 

「…え?」

 

 俺は四条に視線を戻すと、四条はうるうる涙を溜めていく。今のどこに泣く要素あったの?

 

「翼くん……」

 

「…あぁ…」

 

 四条は小さくその名を呟く。この表情はアレか。失恋してしまった感じのやつか。男子Aくん、もとい翼くんに恋をしていたが、柏木さんと付き合った結果、失恋したと。

 

 ていうか、男子Aくんの名前今初めて知った。

 

「…翼くん?のことが好きだったのか、お前」

 

「はぁ!?好きとかじゃないわよ!バカにしないでちょうだい!」

 

 じゃあさっきの儚げな表情はなんだったの?

 

「四宮家の血筋を引く者よ?虎が鼠に恋すると思う?」

 

「表現の仕方やべぇな」

 

「…まぁ?向こうから告ってきたら?付き合ってあげなくもないけど」

 

 うわめちゃくちゃ馴染みのあるセリフ。こういうところは四宮の血を引いてるのね。いらんDNAだな。

 

「…まぁ頑張れ。そんじゃ」

 

 これ以上話を聞くと絶対面倒な気がしたので、俺はこの場から再び去ろうとしたのだが。

 

「ちょっと待ちなさい。この私が話をしている最中にどこかに行くつもり?これだから不調法者は」

 

「聞くとか言ってねぇし。第一、俺これからショッピングモールに行くんだけど」

 

「あら、何か買うの?」

 

「知り合いの妹が明日誕生日なんだよ。そのプレゼント買いに行くんだよ」

 

「なら私も同行してあげるわ。どうせ暇だし、その妹さんのプレゼント選びを手伝ってあげるわ」

 

「いや結構です。それじゃ」

 

 何故同行してこようとしたのか分からんが、何やら面倒な気がしてならない。というか、こいつ自体面倒なやつだから嫌なんだけど。

 

 俺はそう結論付けて、颯爽と立ち去ろうとするのだが。

 

「四宮の血筋を引くこの私が同行するのよ。感謝の一つもないの?」

 

「なんでナチュラルに来るんだよお前は」

 

「見た感じ、あんたってセンスが無さそうだもの。それとも、もうプレゼントする物は決まっているの?」

 

「…それはまだだが…」

 

「なら、私が同行する方がいいじゃない。少なくとも、貴方よりいいセンスの持ち主であることは自負出来るわ」

 

 こうして四宮の血筋を引く者、四条眞妃が同行することになった。

 こんな仲間は嫌だランキングで、多分トップクラスに上り詰めるぐらいの傲慢な性格してる。

 

「……はぁ…」

 

「何ため息吐いてるのよ。この私と出かけることなんて、国一つ差し出さないと出来ないレベルなのに」

 

「別に一緒に行きたくて行ってるわけじゃないんだが。お前だって、俺と出かけるよりさっきの翼くんと出かける方がいいだろ」

 

 すると四条はあからさまに動揺し始める。

 

「な、なんでそこで彼の名前が出るのかしら?別に、私は彼のことなんとも思ってないけど」

 

「いや、明らかに翼くんのこと意識しまくってたろ。ていうかほとんど好きだろあれ」

 

「好きじゃないわよ!」

 

「じゃあ嫌いなのか」

 

「嫌い……ではないけど!」

 

「じゃあ無関心なのか」

 

「そういうことじゃなくてっ…!」

 

 もうこれ答え出てるだろ。どう考えても翼くんのこと好きなやつだろこれ。大体好きじゃない人間のことを付き合ってもいいとか言わない。

 

「好きなんだろ」

 

「……うん」

 

 あっめっちゃ素直。

 四宮と違ってなんか可愛いんだけど。恋する乙女はなんとやら、ってやつか。

 

「…つっても、翼くんには柏木さんがいる。略奪でもする気か?」

 

「はぁ嫌だ嫌だ。これだから庶民は野蛮で困るのよね。私がそんなはしたないことをするわけないでしょう?」

 

 めっちゃ呆れられたんだけど。

 

「学生のお飯事みたいな恋愛なんて長続きしないの。どうせ放っておけば勝手に別れるわよ。それまでゆっくりお茶啜って待てばいいの」

 

 結構、達観したような考え方だ。四宮とは違って、恋愛に対する考え方がずっと大人だ。

 

「だから別に、彼が誰と付き合おうと構わないの……。…最後に私のそばにいてくれたら、それで十分……」

 

「…そうか」

 

 傲慢なやつだと思っていたが、結構健気で可愛げのあるやつじゃないか。どこかの暗殺者なんて、白銀の周囲に女の影があろうものなら、すかさずぶっ殺していくところだろう。

 

「じゃあ、何?別に別れさせたりするっていうことはしないわけか」

 

「当たり前よ。渚は私の大切な友人なんだから。まぁ多少の憂さ晴らしはさせてもらうけど」

 

 翼くんと同様、柏木さんのこともちゃんとと大切にしている辺り、四条の優しさが窺える。

 

「待つしかない、か。でもそういうのって、結構精神的にキツかったりするんじゃないのか?いや、別に略奪を勧めてるわけじゃないけど」

 

「?どういうことよ」

 

「この夏休みは始まったばかりだ。あのラブラブカップルがただデートするだけで終わるとは思いにくい。どっかのホテルに泊まって、恋のABCとか全部クリアしちゃって、学校が始まったら前以上にラブラブな姿を見ることになる」

 

 そして精神的に傷を負う恐れがある。それならいっそのこと、さっさと告って玉砕した方がいい。そっちの方が、後々楽になることもある。

 

「…なんで、そんなこと言うの……?」

 

 突如、四条は涙を溢し始める。

 

「えっ、あ、わ、悪い…」

 

 女子を泣かしてしまった。全く傷つけるつもりなかったのに、なんかすんません。

 

 これ大丈夫?後々四宮家にこの情報が渡らない?四条を泣かしたことで四宮家を敵に回したとかそんなんないよね?大丈夫だよね?

 

「わ、悪いって。別に泣かせるつもりはなかった。あ、アレだ、俺の話だこれは。去年そういう目に遭ったから…」

 

 全くそんな目には遭っていません。普通に平和に一人で過ごしていたし、好きな人なんていませんでした。

 

「でもそういえば渚、夏休みにディスティニーに遊びに行くとか言ってたし、その周辺のホテルも予約したって言ってた……」

 

「あ……」

 

 地雷を踏ませてしまったか…?

 

「他人を顧みない自己愛の権化……男を誑かすしか能がないヘンテコヘアピン女……絶対許さない」

 

「さっきまでの大事な友人はどうした」

 

 こういうところは四宮に似てるのな。秀知院の女子生徒ってヤンデレ属性ばっかりか?

 

「それもこれも、誰かが彼に変なことを吹き込んだせいよ」

 

「変なこと?」

 

壁ダァンとかいう変な技のことよ!」

 

 んーそれめちゃくちゃ聞き覚えあるなぁ。なんならそれを吹き込んだ人間も知ってるなぁ。

 

「それまでいい感じに距離を詰めていたのに…!アレがなければ今頃…!奥手な彼にアレを吹き込んだやつの皮を剥いで鞣してやる…!!」

 

 その犯人の妹の誕生日プレゼントを今から買いに行くんですけどね。俺どんな顔で白銀に会えばいいんだろうか。

 

「もう四の五の言うのはやめたわ!略奪だろうがなんだろうがやってやるわ!」

 

 もう自棄になってる。さっきまでの健気な可愛げのある四条は一体どこへ。

 

「協力……してくれる?」

 

 だから急に可愛くなるなよ。お前さっきまで暗殺者ばりの殺意剥き出しの表情だったじゃねぇか。

 略奪の手伝いなんて俺まで刺されそうで怖いんだけどな…。

 

「……ダメ?」

 

 こいつがやろうとしているのは一般的には最低のことで、そして必ず実らぬ恋だ。それでも、それが届かないかも知れないと分かっていても、あがき、悩み、苦しむ覚悟を決めているのだ。

 そんな彼女の覚悟をあっさり断るほどの言葉を、俺は持ち合わせていない。

 

「……あくまで行動するのはお前だ。俺は助言かアドバイス程度しかしないし、それに本当に成功するかどうかも分からない。それでも本当にいいなら、構わない」

 

「ほ、本当……?……ありがとう」

 

 全く、圭の誕生日プレゼントを買いに行くだけのはずが、なんでこんなわけ分からんことになっちまったんだ。

 

「じゃあ、これからよろしく頼むわよ!比企谷………ううん。八幡っ!」

 

「はっ…!?」

 

 急に名前呼びはやめて?うっかり勘違いして惚れてしまうからやめて?

 

「それじゃあ行きましょう!」

 

 さっきの殺伐とした表情が一転し、彼女の表情には曇り一つない清々しい笑顔であった。

 ころころ表情が変わる辺り、やっぱり四宮の血を引いているんだな。

 



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白銀圭を祝いたい

 

 前回のあらすじ。

 四宮の血筋を引く者でありそこそこの厄介者である、四条眞妃と出会い、何故かそのまま圭の誕生日プレゼントを一緒に買うことになった。

 

「それでね、翼くんが…」

 

 なのに、こいつは翼くんの話ばかり。しかも翼くんの話になると妙にテンションが上がる。ずっと惚気話されるとなんだか鬱陶しく感じるのは俺の気が短いからだろうか。

 でも恋する乙女は可愛いというのだろうか、翼くんの話をしている時が一番テンションが上がってる。そんな彼女に水を差すというのは、野暮なのではないか。

 

 かれこれ20分弱は聞かされたであろう翼くんのおかげで、いつの間にかショッピングモールに到着した。まだ中には入っていないが、夏休みだからか学生らしき人が結構多い。

 

「…さて、何買おうか」

 

「確か知り合いの妹なんでしょ?ミサンガとか、そういう軽いやつでいいんじゃないの?いきなりネックレスとか化粧品渡されても、好きな相手からじゃない限り気持ち悪がられるんじゃないかしら」

 

 ネックレスなどの装飾品、リップなどの化粧品はNGか。となると、そこそこ選ぶ品は絞られてくるだろう。

 

「もしお前が四宮にプレゼントを渡すとしたら、何渡す?」

 

「…そもそも渡すことなんてないでしょうから、あんまり想像は出来ないわ」

 

「使えねぇなお前」

 

「は?黙りなさい不調法者が」

 

 女子にプレゼント渡すってこんなに難しいのな。小町だったら、ケーキ買って帰るか、小町があれ欲しいって言うやつを買うかの2択だったんだが。

 

「…とりあえず、色々見て行った方が手っ取り早いな」

 

 そう決めて、俺達はモール内の飲食店以外の店を、大雑把に見て周った。そして一頻り見終えた後、近くのベンチに休憩がてら、腰掛ける。

 

 だがしかし。

 

「やっぱりショッピングに来たら買い物しないとね」

 

 当初の目的を忘れ、こいつはただただ買い物を楽しんでいた。彼女の両手には、ブランド物の洋服が入った紙袋が。

 

「お前一体何しに付いて来たんだよ」

 

「それはそれ、これはこれでしょう?それに、大方目星が付いたからいいじゃない」

 

 彼女の言う通り、一応目星は付けた。シュシュや髪留めと言った髪飾りの品や、家庭で使うであろうエプロン。とりあえず、圭がしばらく使えそうになる物を買うことに決めた。

 

「にしても、夏休みは人が混んでて嫌になるわね」

 

「夏休みだからな」

 

「その夏休みの1日が、まさかこんな冴えない男子と過ごすことになるとはね。数時間前の私に言ったら驚くでしょうね」

 

 冴えなくてごめんね。

 というか、翼くんとも大差ないだろうよ。あいつも結構凡庸だぞ。モブとかに紛れていそうなやつだぞ。

 

「…でも、なんだろ。思ったより悪くなかったわよ」

 

「四条…」

 

「まぁ本当だったら翼くんが良かったんだけどね」

 

 こいつマジでブレないよな。口を開けば翼くん翼くん。翼くんは神か何かか。お前は信仰者かよ。

 

「そもそも翼くんじゃないから減点」

 

「なんの減点だよ」

 

「それにこの私に対する荒い言葉遣いに、その腐った目。曲がった背筋に、終始ポケットに手を突っ込んで歩く。赤点よ赤点」

 

「最初からアウトだったじゃねぇか」

 

「ふふふっ…」

 

 背筋にポケットは仕方ないとしても、言葉遣いや目はどうしようもないだろ。そもそも翼くんじゃないから減点とかなんのクソゲーだこれは。こいつと出会った瞬間赤点確定してたのかよ。

 

「…でもちょっと楽しかったから、1点加点してあげる」

 

「でも結局赤点なんだろ」

 

「当たり前じゃない。翼くんじゃない時点で80点減点よ」

 

「逆に赤点取らねぇ方法が知りてぇよ」

 

 四条の採点方式無茶苦茶じゃねぇか。こいつの匙加減で点数が左右されんのかよ。こんな先生は絶対に嫌だよ。

 

「それじゃ、そろそろ買いに行くわよ。買う物、決まってるんでしょ?」

 

「…おう」

 

 束の間の休憩を終えて、俺は圭に贈るプレゼントを購入した。

 同じショッピングモールの中にはケーキ屋が構えていたので、プレゼントを購入した後、イチゴが乗ったやや小さめのホールケーキ、ロウソクを購入した。

 

「…これでいいか」

 

「まぁ喜ぶんじゃない?」

 

「だといいんだけどな」

 

 あまり人に誕生日を渡したことはあまりないのだ。だから、受け取ってくれるのかという不安が少しある。まぁ気に入らなければ、別に捨ててもらって構わないんだけど。

 

「…それじゃ用も済んだし、そろそろ帰るわ。お前は?」

 

「私も帰るわ。買いたい物は買ったし、ここに長居する用もないからね」

 

 用が済んだ俺達は、ショッピングモールから出て行く。ショッピングモール内の冷房が効いた空間に慣れていたせいか、外に出ると余計に暑く感じてしまう。

 

「じゃ、バイバイ。そのプレゼント、喜んでくれるといいわね」

 

「…おう。じゃあな」

 

 俺達はショッピングモールの前で別れを告げ、それぞれの帰路を辿って我が家へ帰った。

 なんだかんだで、結構いいやつではあった。一言余計だけれどもね。

 

 そして、翌日の夕方。

 俺はお隣の白銀家のインターホンを鳴らす。中から出て来たのは、兄の白銀御行。

 

「来たな比企谷。上がってくれ」

 

「ん、邪魔するわ」

 

 俺は白銀家へと上がる。上がった先にあるリビングには、圭と白銀の親父さんが座っていた。

 

「は、八にぃ!?」

 

「おぉ、比企谷くんか。久しぶりだな」

 

「お久しぶりです」

 

 前に白銀家に上がった時に、たまたま白銀の親父さんと出会したのだが、中々陽気な人という印象であった。鋭い目付きは、親子揃って似ている。

 

「八にぃが来るなんて聞いてないよ!」

 

「そりゃ言ってないからな」

 

 何?俺帰った方がいいの?

 やっぱあれか。家族で祝う誕生日に部外者は必要ないってやつなのん?

 

「大丈夫!?私なんか変な格好してない!?」

 

「してないから落ち着けって圭ちゃん」

 

 なんだか慌ただしい妹だな。そういうところは、うちの妹と妙に似てるんだけど。

 

「…ほれ。誕生日おめでとさん、圭」

 

 ローテーブルに、ケーキと、ご丁寧に包装しているプレゼントを置いた。

 

「え、これって…」

 

「比企谷が圭ちゃんのために、買ってきてくれたやつなんだぞ」

 

「…去年は圭の存在を知らなかったからな。祝ってなかったし」

 

 圭がプレゼントのリボンを解き、箱の蓋を開けると、中に入っていたのは。

 

「…シュシュ…?」

 

 俺が彼女に贈るプレゼントは、黒色のシュシュ。普段、黒色のヘッドドレスを着けているから黒にしたのだが、ちょっと安直過ぎたか。

 

「嬉しい……」

 

 俺のセンスも、どうやら捨てたもんではなさそうだ。喜んでるなら、そりゃ良かった。

 

「良かったな圭ちゃん。早速、着けてみたらどうだ?」

 

「う、うんっ」

 

 圭は後ろ髪を纏め、結び目のところに黒いシュシュをゴム代わりに着ける。

 

「ど、どう…?」

 

「似合ってるじゃないか圭ちゃん」

 

「普段のヘッドドレスもいいが、これはこれでいいんじゃあないか?中々洒落たプレゼントだ」

 

「おにぃとパパに聞いてない!」

 

 えっ可哀想。感想言っただけでこれって、どんだけ嫌われてんだよ。反抗期恐ろしい。

 

「比企谷、お前があげたプレゼントだ。お前が感想言わないとな」

 

「俺に感想を期待すんなよ」

 

 とはいえ、別に変なところは何一つない。黒色のヘッドドレスを着けてるからか、黒色のシュシュを着けても違和感がまるでない。どころか、髪をアップした圭を初めて見るから、なんかギャップがあるな。

 

「…まぁあれだ。いいんじゃねぇの?」

 

「絞り出した感想がそれかよ」

 

「うるせぇ」

 

 大体俺が感想を言ったところで「うわあいつに褒められたんだけど」みたいな返しが来るって相場が決まってんだよ。

 

「…ありがとう…」

 

 彼女は頬を赤らめながら感謝の言葉を伝える。すると、圭は勢いよくこちらに迫ってきた。

 

「は、八にぃ!」

 

「な、何?どうした」

 

「これ、ずっと大切にするから!毎日これ着けるから!」

 

「お、おう。そうか…」

 

 別にそんな自己申告しなくても、勝手に着けるなり捨てるなりすりゃあいいのに。

 

「比企谷くん、娘をよろしく頼むぞ」

 

「何言ってるんですか」

 

 そんな結婚の挨拶でお義父さんが最後に言うセリフみたいに、よろしく頼まれても。

 

「このケーキは後で食べるとしよう。夕飯時だし、比企谷くんもどうだ?」

 

 正直、プレゼントを渡して帰ろうとしていた。夕飯一緒に食べようみたいなことを言われる可能性は考えていたのだが、俺が一人増えることで食費も嵩むのではないか。

 ただでさえ、白銀家は貧しいのだ。仕送りで生活してる俺とは違い、汗水垂らしてバイトして稼いだのだ。

 

「…悪いですけど、俺はこれで…」

 

「帰っちゃうの…?」

 

 そんな捨て犬みたいな目で見られても困る。自分で稼いだ金は、自分のために使って欲しい。

 

「食費のことなら気にするな比企谷。一人増えたところでそんな変わらんし、圭ちゃんのプレゼントを買ってくれたんだ。これぐらいの礼はさせてくれ。…というか、時々お前に飯を作ったことあるだろ。今更そんなことを気にするのか」

 

「そうだよ!八にぃも一緒に食べよう!」

 

 …この借りは、また今度返せばいいか。ここは、この兄妹の優しさに折れてやろう。

 

「…分かったよ」

 

「ふっ、そうこなくてはな」

 

 何その強キャラみたいなセリフ。ただ飯をいただくだけだよ?

 

「おにぃ、私も手伝う!」

 

「いや、別に手伝うほどの量じゃ…」

 

「うっさい!手伝うって言ってんの!」

 

 怖ぇよ反抗期。小町も反抗期になったらあんな風になるんだろうか。

 

『えっキモ。ごみぃちゃんキモ』

 

 あれもしかして小町って反抗期だったりする?俺に対してだけ反抗期だったりする?愛してたのは俺だけ?やだ何それ悲しい。

 

「圭もすっかり比企谷くんに懐いたな。最初の頃は、そんなだったんだろう?」

 

 最初から圭と仲が良かったわけではない。

 生徒会に入って、それなりに白銀と話すような関係になった辺りから、家に招待されることになった。

 圭も俺も、最初はあまり話すことがなかったのだ。圭が頑張って話題を出していてくれたのだが、特に笑い合うこともなく、乾いた雑談だった。

 

 ただ時間が関係を深めるというのか、少しずつだが彼女と打ち解けていき、たまに試験勉強を見るくらいの仲にまでは深まったのだ。その関係がずっと続いた結果、今現在の圭との関係だ。

 

「初対面じゃ、大体そんなもんですよ」

 

「まぁ確かにな。だが少しずつ時間が重ねていくにつれて、人と人は親しい間柄になるものだ。人は様々な縁に恵まれる生き物。だが、その縁を忘れ、あるいは嫌悪する人間も少なからず存在する」

 

「…そうですね」

 

「しかし全部が全部、悪い縁ではない。自分にとって、本物だと思える縁も必ず存在する。君にとって、本物だと思える縁が見つかったのなら、その縁は無くさずに大切にすることを、忘れないようにな」

 

「…はい」

 

 この人時々ちゃらんぽらんなことを言い出すが、流石は白銀の親父さん。いい親父さんだ。

 

「ちなみにだが。圭を貰ってやる気はないかね?」

 

「ぶッ!」

 

 さっきまでいい話の流れだったじゃねぇか。なんでそういう話になるんだよ。

 

「圭はモテると聞くし、贔屓目抜きにしても別嬪だと思うんだが。圭も君にとっても懐いているようだし、君になら任せても…」

 

「パパ!八にぃに変なこと言ったら怒るからね!」

 

 白銀の親父さんの言葉を遮るように、圭は忠告する。けどもう遅いのよ圭。既に変なこと言われた。

 

「言われて困ることがあるのか?」

 

「そ、それは……ないけど!ないけど変なこと言っちゃダメだから!」

 

 貧しい家庭ではあるが、およそそんな様子を垣間見せないほどの明るい家庭。事故がなけりゃ、生徒会に入ることもなかった。生徒会に入っていなけりゃ、白銀家、四宮や藤原、石上に早坂、伊井野、四条達など、様々な繋がりがなかったのだろう。

 

 縁を大切に、か…。

 

「知っての通り、御行も圭も面倒くさい性格でな。そんなあいつらのことを、これからもよろしく頼む」

 

「……うっす」

 

 これからもよろしく、か。そんな風に言われたのは、初めてかも知れないな。同い年や年下と、あーだこーだと言える奴らなんて今までいなかったからな。

 

「親父、皿を出しててくれ」

 

「おーう」

 

「俺も手伝うわ」

 

 流石にただ待つだけなのも気が引けると思い、俺も少し手伝うことにした。

 そして白銀兄妹が料理を作り終え、ローテーブルに次々と置いていく。全員が座り、そして手を合わせて。

 

「いただきます」

 

 彼らが作った料理を味わう。

 

「…やっぱ美味ぇな」

 

「そう言ってくれると、作った甲斐があったというもんだ」

 

 そうして俺達は、目の前の料理を食べていく。彼らとこうして話しながら食べるのも悪くないと思いつつ、目の前の料理を食していく。

 そして粗方食べ終え、皿を水に浸けたところで。

 

「折角比企谷くんがケーキを買ってきてくれたんだし、開けようか」

 

「うん!」

 

 箱からホールケーキを取り出し、圭の年齢の分だけロウソクを刺していく。白銀の親父さんが、一本一本、丁寧に着火させる。全部のロウソクに火が灯った後、リビングの電気を消した。

 

「…大きいケーキ食べるのなんて、私初めて…。ロウソクの火がこんなに綺麗だったなんて知らなかった……」

 

「圭ちゃん…」

 

 すると、彼女の瞳から涙が溢れ落ちていく。

 

「すっごい…嬉しくてっ……うっ…う…」

 

 今まで、ちゃんとした誕生日パーティーをしたことがなかったのだろう。祝う側があっても、祝われる側にはなったことがないのだろう。

 

「ほれ、吹いて火を消しな」

 

「……うんっ」

 

 圭は灯した火に息を吹きかけ、一気に火を消した。

 

「おめでとう、圭ちゃん」

 

「おめでとう圭」

 

「…おめでとさん」

 

「…ありがとうっ!えへへっ」

 

 電気を再び点けて、消したロウソクはゴミ箱行きに。ケーキナイフがないので、代わりに包丁でケーキを切って圭の前に差し出す。

 

「美味しそう…」

 

 圭はフォークでショートケーキを小さく切って、口に運んでいく。その瞬間、彼女の表情は満面の笑みに。

 

「美味しいっ、美味しいよ八にぃ!」

 

「…そうか。そら良かった」

 

 誰かの誕生日を祝うのでさえあまりないのに、こうも喜んでくれると、こちらも少し祝って良かったと思ってしまう。

 

 そうしてしばらくの間、白銀家と団欒した。

 時計の針が9時半を差すと同時に、俺は腰を上げる。

 

「そろそろ帰ります」

 

「もうこんな時間か。楽しいことをしていると、時間が経つのが早くなるな」

 

 俺は玄関に向かい、自分の靴を履く。たかだか隣だというのに、ご丁寧に3人揃ってお見送りするつもりのようだ。

 

「今日はありがとうな、比企谷」

 

「このシュシュありがとう八にぃ!八にぃからのプレゼント、嬉しかった!」

 

「…そうかい」

 

「またいつでも家に来てくれ。待っているよ」

 

「…はい。じゃ、お邪魔しました」

 

「じゃあな、比企谷」

 

「ばいばい、八にぃっ!」

 

 俺は白銀家の扉を開けて、外へ出ていく。隣にある我が家の鍵を開け、中へ入ってその場で寝転んだ。

 

「…長い二日だったな」

 

 四条と出会い、共に買い物。その翌日に圭の誕生日を祝った。たった二日だったのだが、この二日が妙に長く感じた。

 

 



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生徒会は祝いたい

「…なんでこのクソ暑い時に学校行かなきゃならんのだ」

 

 俺はそう忌々しく呟いた。

 昨日の夜、突然に白銀から生徒会室に招集がかかったのだ。内容は未だに不明だが、とにかく早く来いとのことだ。しかも今の時刻は、夕方の17時。急に夕方に招集するとはどういう了見なんだろう。

 

「サボろっかな…」

 

 制服にまで着替えたのだが、やはりこんな時間帯に呼び出されて学校に行くのは面倒くさい。俺がいなくても仕事は回るだろうし、サボってもちょっと怒られるぐらいだ。

 

「…はぁ」

 

 俺は溜め息を吐いて、部屋から出て行った。夕方とはいえ、夏ゆえに気温が高い。そんな真夏の夕方の空の下、俺は気怠げに秀知院を目指して歩いていく。

 

 徒歩と電車で登校にそこそこ時間のかかる秀知院までの道のり。電車の中で冷房が効きまくっているが、そこからまた秀知院まで歩くと汗をかいてしまう。暑かったり涼しかったりラジバンダリってな。

 

 気が滅入りながらも、ようやく秀知院に到着。部活生などが出入り出来るように、普段と変わらず秀知院は開放されている。

 折角生徒会が終わって、夏休みは学校に来なくていいと思ってたのに。校長の面倒ごとのせいで学校に来なきゃならんとはな。

 

 俺は正門を潜り、真っ直ぐ生徒会室へと向かった。

 夏休みだからか、生徒会室までの道のりには誰一人として見つからない。こんなに静かな廊下を歩いたのは、初めてかも知れない。普段は騒々しいぐらい賑やかなのに。

 

 そんな静かな廊下を歩き、見慣れた生徒会室を前にする。生徒会室の扉を開け、中に入ると。

 

「誕生日おめでとう(ございます)!!」

 

「お?」

 

 生徒会室に入ると、4人同時にクラッカーを勢いよく鳴らされる。だけでなく、部屋の中には謎に凝った飾りが付けられている。突然の異空間に、俺は戸惑いを隠せない。

 

「…なんだこれ」

 

「反応が薄いですよ比企谷くん!今日は比企谷くんの誕生日なんですよ!」

 

「……あ」

 

 8月8日。そういえば今日って俺の誕生日だった。スマホを確認してみると、ホーム画面に朝8時ぐらいに1通の通知が来ていた。

 内容を見ると、小町からの誕生日のお祝いだった。

 

 全然気づかんかった。

 朝起きたの10時半過ぎだし、そっから昼飯食ってゲームして本読んでだったから、スマホを一切触ってなかった。つーか普段から家であんま触らないし。

 

「その反応、まさか自分の誕生日忘れてたみたいなそんなオチですか?」

 

「…まぁな。妹以外にちゃんと祝われたことなんて、あんまないからな」

 

 白銀とは事情が違うが、自分の誕生日が平日と変わらんのは同意出来るのだ。

 別に祝われなかったからって、拗ねたり悲しかったりしない。今までずっとそうだったから。ずっと小町に祝ってもらってたから、それでいいと思っていた。

 

 けど、なんなんだろうか。小町に祝ってもらうときとは違う何かの感情が、心から溢れてくる。夏だと言うのに、なんだか心が温かくなる錯覚を起こしてしまっている。

 

 この生徒会室に飾り付けをしていたあたり、前からこういう風に実行しようと、俺がいない間に話し合っていたのだろう。

 

 別に俺の誕生日を祝う必要なんてないのにな。祝ったところで、こいつらに何かメリットがあるわけじゃないのに。

 

「…ありがとな」

 

 誠心誠意を込めた感謝の言葉。俺の誕生日を祝う物好き達に、そう短い言葉を送った。

 

「ひ、比企谷くんが笑いましたよ!?あんな優しい笑い方、今まで見たことありますか!?」

 

「…比企谷先輩がそういう風に思ってくれたなら、祝った甲斐がありましたね」

 

 各々が大袈裟なリアクションを取ることで、なんだか恥ずかしくなってくる。自分の誕生日を祝われるのってこんな恥ずいもんなんか。

 

「比企谷、これはお前への誕生日プレゼントだ。高価なものじゃないが、受け取ってくれ」

 

「…タンブラーか」

 

 白銀から受け取ったのは、鼠色のタンブラーである。確かに高価ではないが、実用性は高い。帰ったらマッカン注いで使っちゃお。

 

「サンキュ。ありがたく使わせてもらうわ」

 

 一つ目の誕プレはタンブラーだった。白銀の次に、誕プレを差し出してきたのは、石上である。

 

「比企谷先輩、誕生日おめでとうございます。これどうぞ」

 

 石上からの誕プレは、最近流行りのAirPodsという高性能のイヤホンである。

 

「比企谷先輩、よくイヤホン使いながら作業してるのを見るんで。それだったら、もう少し性能を高くしたAirPodsなら喜んでくれるかなと」

 

「マジかお前。これ1、2万するだろ」

 

「お世話になってる先輩への誕プレですし。気にしないでください」

 

 えー待ってこの子めっちゃいい子。なんでこんないい子が嫌われてんの?もし俺が女子なら告るレベルまである。逆にこいつが女子でも告るレベル。

 

 いや本当。泣きそう。先輩嬉しいよ。

 

「…や、ありがとね。うん、ありがと」

 

 こんなもん大事に使うに決まってんだろがい。なんなら部屋にオブジェとして飾るまである。

 

 いや使えよ。

 

「はーい石上くんのターンは終わりですよ〜」

 

 今度はダークマターを擬人化した藤原。藤原の誕プレは一体。

 

「比企谷くん、誕生日おめでとうございますっ」

 

 彼女は満面の笑みで俺にプレゼントを渡す。そのプレゼントとは。

 

「はいこれ!ぬいぐるみです!」

 

「……おう」

 

 藤原から渡されたのはぬいぐるみだった。まぁ誕プレを貰って嬉しくないわけがない。嬉しくないわけがないのだが。

 

 何だこれ。黄緑の鳥の上に赤色の鳥が乗ってる。見たこともないぬいぐるみなんだけど。

 

「…これなんのぬいぐるみ?」

 

「知らないんですか?とっとり鳥の助のぬいぐるみです!」

 

 なんと俺に渡したぬいぐるみの正体は、以前藤原が勧めてきた映画、「とっとり鳥の助」のぬいぐるみであった。

 流石はカオスの藤原。脅威の変化球過ぎて反応出来なかった。キレッキレかよ。

 

 つーかこれどこに売ってんだよ。

 

「…うん、ありがとな。部屋に飾るわ」

 

「はいっ!」

 

 こうも嬉しそうにしてるとさ。飾らないわけにはいかなくなるんだよ。藤原ってそういうとこズルいよね。天然っ子め。

 

「最後は私ですか。…比企谷くん、確か前にこの本を読んで見たいとおっしゃってましたよね」

 

 四宮が紙袋から出したのは、なんとラノベである。作品名は「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」だ。

 

「これ、結構流行ってるラノベですよね」

 

「まだ持ってないのだろうと思い、全巻購入しました」

 

「マジかお前」

 

 俺だって全部のラノベを読破してるわけじゃない。嗜好に沿ったラノベを選んで買っている。

 このラノベは、どうしようもない捻くれ者の主人公と、四宮みたいなお嬢と、早坂のギャルモードのようなクラスメイトが織りなす学園ラブコメ。前々から気にはなっていたのだが、生徒会が忙しかったり、外がクソ暑いため本屋に寄ることがなかったのだ。

 

「…ありがとな四宮。暗殺者の卵とか思っててごめんね」

 

「後半必要のない言葉です」

 

 タンブラー、AirPods、鳥の助、ラノベ全巻。

 

 こんな盛大に祝われたのは、一体いつ以来なんだろうか。

 両親にすらあまり祝われることもなく、ずっと小町だけに祝われてきた。

 

 それでも十分嬉しかったのだが…。

 

「…あれ、なんだこれ。なんか目から水が。なんでこんなんなってんの?」

 

「えっ比企谷くん!?」

 

「やっべなんか止まんねぇんだけど。ちょ、誰かティッシュ貸して?こんな状態異常いらねぇんだけど」

 

 目からポロポロと零れ落ちる。

 正体不明の異常事態。何?俺このまま死ぬのん?

 

「…まさか泣くとはな」

 

「…な、く?」

 

「比企谷先輩、それは涙ですよ。何ですかその初めて感情を覚えたロボみたいな反応」

 

「コレガ、涙?コレガ、感情?」

 

「ふふ、なんでそんなカタコトになるんですか」

 

 四宮はティッシュを差し出す。俺はそのティッシュを使って、原因不明の溢れ出る水を拭き取った。

 

「…あー焦った。危うく死ぬかと思った」

 

「涙だけで大袈裟ですよ」

 

 いや急に目から水が出たらビビるだろ怖がるだろ。

 

「今日はお前が主役だ比企谷。生徒会のみんなで金を出し合ってケーキも購入したんだ」

 

 白銀は机の上に、ケーキボックスを置く。箱からホールケーキを取り出し、ロウソクを刺していく。そして、1本1本丁寧に着火していく。

 

「藤原書記、電気を消してくれ。石上、カーテンを」

 

 藤原は部屋の電気を消して、石上はカーテンを閉める。ロウソクの優しい光が、一部分を照らしている。

 

「うわ一気に誕生日感がする」

 

「そりゃ誕生日ですからね」

 

「…それじゃあみんな行くぞ。せーの」

 

 白銀の合図で、みんなは誕生日ではお決まりの歌を歌い始めた。

 

 本当……物好きなやつばっかだよな。この生徒会のやつらは。

 

 俺はこの空間が心地良いと最近思っている。恋愛に必死でアホみたいな駆け引きをする白銀と四宮。カオスをぶっ込むことで周りを歪めていく藤原。ネガティブ思考ですぐに死にたがる石上。

 

 一癖も二癖もあるこの生徒会なのだが、そんな生徒会が嫌いじゃない。仕事は嫌いだけど。

 

「はっぴばーすでーとぅーゆ〜……。さぁ、思い切り消すといい」

 

 歌が一頻り終え、俺はロウソクに着火している火を吹き消した。全てが消えると、周りから拍手が送られる。

 

「…ありがとな」

 

 多分、忘れない誕生日になっただろう。これは黒歴史でも苦い過去でもなく、きっと良い思い出になる。

 そんな余韻に浸りながら、彼ら彼女らとケーキを一緒に食べた。5人で分けたから、すぐにケーキは跡形もなく消え去ったのだが。

 

 誕生日会が終わり、俺はみんなから貰ったプレゼントを大きい紙袋に入れていると。

 

「少しいいですか、比企谷くん」

 

「?どうした」

 

「早坂からのプレゼント。今日は仕事だから来られないけど、プレゼントを渡して欲しい、とのことです」

 

 そう言って早坂のプレゼントを受け取った品は、黒色一色のミサンガであった。

 

「因みに市販の物ではなく、早坂が自分で作ったミサンガだそうですよ。後でメールか何かでお礼を言っておきなさい」

 

「…あぁ。そうだな」

 

 俺は利き手の手首にミサンガを着けた。

 確かミサンガって、切れるまではずっと着けた方がいいみたいな話を小町から聞いたことあるな。

 

 まぁ邪魔にならんし、別にいいか。

 まさか俺がミサンガを着ける日が来るなんてな。小町に言ったらきっとびっくりするんだろうな。

 

 今日は本当に、思い出に残る一日だった。

 

 プレゼントを持って帰った俺は、白銀から貰ったタンブラーにマッカンを注ぎ、石上からくれたAirPodsで音楽を聴きながら、四宮が購入したラノベを読み始めた。そして無機質だった俺の家には、藤原から貰った鳥の助を置くことで、ほんの少し明るくなる。

 

 そんな思い出に残った日の翌日。

 

「誕生日プレゼント渡しそびれてすみませんでした!」

 

「いや、そんな気にしてないし…」

 

 堅物風紀委員の伊井野がわざわざ誕生日プレゼントを渡すためだけに、我が家に突撃してきたのだ。

 こいつが俺の家を知ってるのは、入院してる最中動けないので、家にある必要品を持ってくるように頼んだからである。

 

「これって、とっとり鳥の助のぬいぐるみですか?」

 

「そんな有名なのこれ」

 

 ていうか今更なんだが、女子を家にあげちゃってるよ俺。なんかそう考えると、ちょっとドキがムネムネする。伊井野も伊井野で、なんの警戒もなしなのね。普通異性の部屋に上がるのって抵抗感あるもんじゃないの?

 

「あっそうだ。これ、先輩の誕生日プレゼントですっ!」

 

 伊井野が紙袋を渡す。その紙袋から、誕生日プレゼントを取り出した。中から現れたプレゼントは。

 

「ウエストバッグか。ていうか、しかもこのブランド…」

 

ディーゼルです!」

 

 俺でも知ってる有名ブランドじゃねぇか。この手のバッグって、石上のAirPodsと同等かそれ以上の値を張るもんじゃ…。

 

「…結構な値段したんだろ。いいのか?」

 

「はい。…()()()()()だから、いいんです」

 

「…そうか。じゃ、ありがたく使わせてもらうわ」

 

「はい!」

 

 石上も伊井野も、本当にいい後輩だ。なんでこんないい後輩が周りから嫌われるのかが全く分からん。先輩嬉しくて泣いちゃったしね。

 

「そういえば比企谷先輩。この右手のミサンガは…?」

 

「これか?同じクラスの女子に貰ったやつでな。手作りミサンガらしい」

 

 昨日早坂にラインで礼をしたところ、「簡単に作れるものだから気にしないで」とのことだった。こういった手作りのプレゼントも、また違った温かみがあっていいな。

 

「…比企谷先輩。よければその女性の名前、教えてもらってもいいですか?」

 

「?言っても多分知らんと思うが…」

 

教えてください

 

「お、おう…」

 

 なんだか伊井野から圧を感じる。先程までの無邪気な笑みが消え、無機質で冷たい表情になっていた。

 

「…早坂って言って分かるか?結構なギャル」

 

「…早坂……。あの金髪の女性ですか?」

 

「まぁそうだな。ていうか、知ってたんだな」

 

「はい。服装の乱れで校則を破ってますから、風紀委員でもブラックリスト扱いにしてます」

 

「だろうな…」

 

 ま、あんなギャルギャルした格好すりゃあ、風紀委員に目をつけられても仕方ないわな。

 

「…比企谷先輩。先輩の交友関係に文句を言うわけではありませんけれど、付き合う人は考えた方がいいですよ。野蛮な生徒に影響された生徒が校則を破るというケースも、ないわけじゃないですから」

 

「まぁ確かにあの手の人間は俺の苦手な人種だけどな。けど、別に悪くはないぞ」

 

「ただでさえ比企谷先輩は時々遅刻したりしてるのに、あの人と関わったら遅刻だけじゃ済まないですよ」

 

「…お前どうした?早坂のこと、嫌いだったりすんの?」

 

「校則を破る人は嫌いです。それを直すならまだしも、直さない人は尚更」

 

 確かに普段のギャルモードの早坂を見れば、風紀委員の伊井野からしてみたらあまり好印象ではないのだろう。

 早坂がわけあってギャルになってることを話すことも出来ない。伊井野が抱く嫌悪感も、分からないわけではない。

 

「まぁあれだ。別に俺は変わらんし、あいつになんか影響を受けるほど人間性が揺らいだりはしねぇよ。これからも時々遅刻程度で済ませる」

 

「いや遅刻はしないでください。そんな遅刻して当たり前の考えは今すぐ捨ててください」

 

 と、冷静なツッコミを入れられる。

 

「まぁ比企谷先輩のことですから、そんな下らない影響は受けないと思いますけど。十分注意してくださいね」

 

「へいへい」

 

 プレゼントを貰ったと思いきや、家の中でもお説教。

 早坂の名前が出た途端機嫌が悪くなるあたり、本当に自分の正義を全うしてるのが分かる。代わりに猪突猛進っぷりが凄いけど。

 

 しかし、俺は勘違いをしていた。伊井野が早坂に抱く嫌悪感を。

 

 伊井野が何故、早坂に嫌悪感を抱くのか。

 

 本当のことを知ることになるのは、まだまだ先の話であった。

 

 

 



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花火の音を聞かせたい

 今日は生徒会で約束していた花火大会。

 空は既に夕焼け色。俺は外出用の服装に着替え、伊井野から貰ったバッグを肩に掛けて準備を終わらせる。中にはサイフやキーケースぐらいしかないが、折角貰ったプレゼントを使わないわけにはいかないと思った。

 

「…行くか」

 

 外に出るのが面倒だとか言いながら結局花火大会に行くあたり、少し楽しみだと思っているのかも知れない。彼らと、彼女らと共に見る花火を。

 

 俺はほんの少し、期待していたのかも知れない。

 

「かぐやさん、来られないそうです」

 

 四宮以外は全員集まっており、四宮を探すついでに並んでいる屋台を周っていた。そんな中、藤原から告げられた一言。

 どうやら、四宮から花火大会に行けないとメールを送られたらしい。

 

「…マジか」

 

「…どうするんですか?四宮先輩がいないと、集まった意味ないですよ」

 

 四宮が来られない理由は大体察せる。

 おそらく、家の方針か何かだろう。前に四宮の家に訪れた時、やたらとシビアな家訓が廊下に書かれていた。だいぶ厳しい家系なんだろう。

 

「家の方針だと、あいつを待つのは諦めた方が良い。例えば俺達が束になって四宮家に乗り込んでも、多分一蹴される。…それに、花火大会は今日じゃなくても…」

 

「ふざけるなッ!!」

 

「会長…?」

 

「諦める…?今日じゃなくてもいい…?それじゃあダメだ!!今日!四宮に!花火を見せなきゃならないんだよ!!」

 

 四宮はおそらく、花火を見たことない。あっても、遠くからとか動画とかでしか見たことない筈。

 そんな彼女に、白銀は間近で花火を見せたい。彼女の隣で見たい。きっとそんな思いが、彼の中で募ってることだろう。

 

「……ならお前が迎えに行け。仮にあいつが家から飛び出したりして、俺達全員が四宮家に行って行き違いになったら元も子もない」

 

「比企谷…」

 

「俺達はとりあえず、四宮の連絡を待つ。四宮から連絡来たら、またお前に連絡するし、お前が見つけられたのならそのまま一緒に来たらいい。花火大会まではまだ時間がある。行くならさっさと行ってこい」

 

 かぐや姫を迎えに行く月の使者は、俺でも藤原でも石上でもない。

 

 お前じゃなければならないんだ。白銀。

 

「…分かった。行ってくる!」

 

 白銀は来た道を走りながら戻り、やがて人混みの中に消えて行った。

 

「…四宮先輩の家のことはあまり知らないんですけど、花火大会に行けないってことはそれぐらい厳しいってことなんじゃないんですか?」

 

 正直、あまり期待は出来ない。四宮家の力は強い。俺達一般人が向かっても取り合ってくれるわけがない。

 だがあいつなら。四宮を好いている白銀であれば、そんな無茶をする可能性がある。四宮のことになると、周りが見えなくなるぐらいだからな。

 

「…まぁ、無理なら無理で考えはある」

 

 しかし時間は無情であり、花火大会はついに開始してしまった。俺達は花火を見ずに、ただただ連絡を待つだけであった。そんな中、俺のスマホに一通の電話が。

 

「こんな時に誰だ……?」

 

 スマホの画面を確認すると、着信相手は早坂愛。

 

 このタイミングで早坂から電話。だとするとおそらく、四宮に関する電話に違いない。

 

「もしもし?」

 

『お願いがあるの。かぐや様を助けてあげて』

 

「…どういう状況だ」

 

 俺は早坂から四宮家のあらましを聞いた。

 どうやら四宮は、本当に家から飛び出したらしい。四宮がいない間、早坂が四宮に変装して、四宮家の使用人を欺いているそうだ。

 

『かぐや様がタクシーを捕まえてそちらに向かってる。けれど…』

 

「…交通の規制か」

 

 花火大会は人が賑わうため、花火大会が終わるまで交通規制される。浜松町に近づくにつれ、車が混んでいるに違いない。今タクシーで向かっているのなら、渋滞に巻き込まれる。

 四宮がどこにいるか分からない上に、最悪花火大会を見ることが出来ない。

 

『…お願い。かぐや様に、花火を見せてあげて』

 

 声だけで分かる。彼女が懇願していることが。

 普段から少しバカにしているが、本当は四宮のことが好きなんだろう。そんな彼女の依頼に。

 

「…分かった。なんとかする」

 

 俺は早坂との通話を切って、スマホをポケットに直した。

 

「比企谷くん!ついさっき、会長から連絡が来て……!」

 

「どうやら四宮先輩、こっちに向かって来てるんです!」

 

「…そうか。あいつの家の距離からここまでですぐに来れそうなのはタクシーぐらいだ。けどここらは交通規制されて、すんなりタクシーじゃ来れない。多分、四宮は花火大会が終わるまでには間に合わない」

 

「そんな…!」

 

「だから俺に提案がある」

 

 要するに、四宮は花火が見ることが出来たらそれでいい。それも、生徒会全員で。花火大会が見れなくなっても、その条件はクリア出来る。

 

「俺はこの場から一旦離れる。後でまた連絡するわ」

 

「え、ちょ!比企谷くん!?」

 

 俺はそれだけ言い残して、その案のために必要なものを取りに行くため、この場から離れて急いで走った。俺は人混みをかき分けながら、白銀に電話をかける。

 

『比企谷か!どうした!?』

 

「白銀。もし浜松町の花火大会が終わったら、俺が後から送る位置情報に向かってくれ」

 

『どういうことだ!?』

 

「とりあえず四宮見つけたらその位置情報に行けって言ってんだ。そんじゃ」

 

 俺は一方的に通話を切って、走ることに集中した。

 四宮に花火を見せるだけなら、何も花火大会じゃなくていい。花火さえ見れればそれでいい。

 

「…ばっかみてぇ」

 

 俺はそう皮肉げに呟いて、夜の町中を駆けていく。

 

 そして俺は目的の場所に向かい、目的の物を取得した。後は彼らと彼女らに、目的地を一斉送信。

 

「…これでいい」

 

 俺はその目的の物を持って、急いで目的地へと向かった。

 今日一日で5kgくらい減ったのではないかと錯覚するくらいのフルマラソン。こんな切羽詰まった状態以外じゃ無茶しない。

 

 クソ暑い中、なけなしの体力を使って到着したのは。

 

「…着いた」

 

 ここ、お台場海浜公園。

 俺が今いる場所は、その公園の砂浜である。ここも、花火大会のスポットの一部。しかし花火大会が終了して、花火を見に来た人達は一斉に帰って行く。

 

「花火綺麗だったねー!」

 

「やばかったな!」

 

 花火大会を満喫した彼ら彼女らは、余韻に浸ったまま砂浜から去っていく。10分後、気づけば先程までの喧騒が嘘みたいに、静かになった。

 俺はその場で座って、体力を回復していると。

 

「比企谷!」

 

 後ろから聞こえてきたのは、白銀の声。振り返ると、四宮を含めた生徒会メンバーが集合したのだ。

 

「…来たか」

 

「一体、どういうつもりなんだ。お前は、何がしたいんだ」

 

「…花火大会は終わった。けど、()()の花火大会は終わってねぇ」

 

「?どういうことですか?」

 

 俺は先程取得した物を、ビニール袋から取り出した。みんなはそれに注目する。

 

「花火セット…ですか?」

 

「花火…セット?」

 

 これは、藤原と石上と別れてから購入した花火セット。様々な花火が揃っており、ご丁寧に簡易の打ち上げ花火も買っておいた。

 一般常識に疎い四宮は、花火セットと言われてポカンとしている。

 

「四宮、お前花火をしたことあるか?」

 

「い、いえ……というか、花火は見るものでは?」

 

「違うな。花火ってのは…」

 

 俺は花火セットとキャンドルを開封し、キャンドルにチャッカマンで火を灯す。そして開封した花火セットの中にある1本の花火の先の紙を、キャンドルに灯された火に向ける。

 少しすると、紙が燃え始め、勢いよく赤色の花火が噴き出し始める。

 

「こういうことだ」

 

「紙が燃えて、花火が……!」

 

 四宮は目を見開く。おそらく今日初めて、彼女は至近距離で花火を味わった。

 

「確かに花火大会は見れなかった。けど花火を見ることは出来るし、なんなら自分ですることも出来る。花火の醍醐味ってのは、みんなで見ること、みんなですることだ」

 

 まぁ俺の場合、一人でも余裕で花火を楽しめるんですけどね。テヘッ。

 

「比企谷くん……」

 

「こうやってみんなで花火をするだけでも、いい思い出を作るきっかけになるんじゃねぇの?知らんけど」

 

 花火大会が見れないなら、手っ取り早く花火セット買って好き勝手にすればいい。四宮に花火を見せたいならば、何もどでかいものじゃなくていい。身近にある花火にも、デカいものとは違う素晴らしさがあることを教えてやればいい。

 

 そして周りには俺達以外誰もいない。

 

 故にこれは、俺達、生徒会だけの花火大会。

 

「そうですよ!かぐやさん、やりましょう!花火大会を見れなかったのは残念ですけど、こうやってみんなで花火で遊ぶのも楽しいですよ!」

 

「こういうのは高校生になっても楽しく感じるもんですよ」

 

「藤原さん……石上くん……」

 

「…比企谷の言う通りだ。生徒会みんなで、花火をとことん楽しもうじゃないか」

 

「会長……」

 

「比企谷くん!私にも花火くださーい!」

 

「あっ、僕にも」

 

「おう。勝手に取ってけ」

 

 藤原と石上は花火セットから花火を適当に取っていく。

 

「行こう四宮。俺達も」

 

「……はい!」

 

 白銀と四宮もこちらにやってきて、花火を取っていく。花火の勝手が分からない四宮に、藤原が隣で丁寧に教えていく。白銀と石上は適当に取った花火で遊んでいる。

 

 みんなはいつの間にか、無邪気な高校生のように、笑顔になっていた。

 俺があれだけ必死に動いた理由は、もしかしたら、この光景を見たかったからかも知れない。

 

「本当、綺麗……」

 

「誰かと花火なんてする機会なかったですし、生徒会メンバーで花火出来て本当良かったです」

 

「そうだな。今日のこの時間は、俺達の良き思い出になることだろう」

 

 俺は一度少し離れて、近くにある自動販売機でお茶を購入する。ずっと走っていたせいか、喉が渇いていたのだ。

 

「…かぐやさん、喜んでくれて良かったですね」

 

 お茶を飲んでいると、いつの間にか藤原が隣に立っていた。

 

「…まぁあれだ。この間のラノベの借りを返しただけだ」

 

「なんだかんだで、比企谷くんって人に優しいんですよね。あの花火だって、さっき急いで買ったものでしょ?」

 

「…花火大会見れなくなったら後味が悪いだけ。優しいとかそういうのじゃ…」

 

「優しいですよ、比企谷くんは。自分が思っている以上に」

 

 自分が思っている以上に、な…。

 俺は別に優しくしてはいない。後味が悪い、ラノベの借りを返したかったから。それだけの理由で動いただけだ。

 優しくしてるつもりは毛頭ない。

 

「…そういう優しいところ、私好きですよっ」

 

「…そうか。実は俺もそうなんだわ。こういう自分が好きで仕方ない」

 

「ふふっ、なんですかそれ」

 

 こうして、俺達生徒会の夏休みは幕を下ろした。

 四条との買い物、圭と俺の誕生日、そして今日。この4日間だけが、夏休みの中で一番濃かった。

 

 




原作タクシーでしたけど、普通に考えてタクシー5人乗るのは無理だって考えた結果こうなりました。


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生徒会は神ってない

 夏休みが終わり、再び生徒会の仕事に追われる日々が始まった。

 もうこの生徒会が解散する日も遠くない。やっと仕事に追われる日々から解放されると思うと、少し胸の重りが軽くなる。

 

 そんなことを考えながら仕事をしていると。

 

「恋愛相談?」

 

 ちょっと待てその入り方はもういいんだ。この入り方俺一体何回聞いたと思ってんだ。

 

「うっす。なんてーか、こういう時の会長かなって。俺にとっての恋愛の師匠は会長っていうか、なんかいいアドバイスくれるんじゃないかなーっつって」

 

 なんだこいつは。誰だこいつは。

 いきなり生徒会に訪ねてきたのは、なかなかのチャラ男である。茶髪にピアスに着崩した制服。

 

「それはいいんだが……。うん、なんだ、その……」

 

 白銀は歯切れを悪くする。そして。

 

「どうしたお前!チャラい!」

 

 目の前にいるチャラ男。話し方や髪色で疑ったが、目元や声ですぐ分かった。

 このチャラ男、柏木さんと付き合っている男子Aなのだ。名前は確か、翼くん、だった。

 

「何お前、どうしたの。もうなんか色々はっちゃけてるけど」

 

 衝撃ビフォーアフター過ぎる。伊井野がこんなん見たらまず間違いなく捕獲して連行することだろう。

 

「いやまぁその辺もコミコミで相談に乗って欲しいっていうか…」

 

「いやまぁそれは構わんけれど…」

 

「あ、相談事なら僕席外しますけど…」

 

「あー気にしないで!相談って言っても全然重いやつじゃないし。むしろ君も聞いてよ!」

 

 こうしてチャラ男に生まれ変わった男子Aこと翼くんは、ソファに腰掛ける。

 

「…で、どうしたというんだ?」

 

「まぁ今回も渚……彼女のことなんですけど」

 

 こいつ今ナチュラルに名前呼びしやがった。いやまぁ恋人同士だからそれは全然構わんけど。構わんけど、なんかイラつくな。

 

「夏休みも二人で遊んでたんだろ?上手くいってるんじゃないのか?」

 

「ん〜?上手く〜?上手くってなんですか〜。はっはっは。いや〜、まぁまぁっすね〜

 

 と、笑いながらそう返したのだが。

 

「…会長……なんなんですかこの人…!全然まぁまぁな顔してませんよ…!?こんなに順調でいいの〜?って顔ですよこれェ…!」

 

「間違いない。こいつ絶対相談風自慢しに来た」

 

 あーこういうやつ見てるとマジでイライラするんだよ。リア充砕け散れよ。何青春謳歌しちゃってんだよ。しかも謳歌してるだけじゃ飽き足らず、謳歌してることを相談の話に絡めて自慢してきてる。

 

 不器用ながらひたむきな姿勢にちょっと敬服していたのだが、もうこいつは俺の敵だ。近いうちにお前を暗殺してやるから覚悟しろよ。

 

「ははは、まさかまさか。この後大事な話が来るに決まってるだろう…」

 

「なんていうか〜。夏ちょっとアゲ過ぎちゃったな〜って自覚があって〜。夏休み明けてこのテンション保てるのかちょっとマズいっていうか〜。こんなにラブラブでこの先どうすりゃ?ってなもんで、どしたらいいっすかねぇ〜?」

 

 石上は我慢の限界なのか、その辺にあったトイレットペーパーを持って翼くんに殺意を向けている。

 

「落ち着け石上!そのトイレットペーパーでどうするつもりだ!」

 

 いやそのまま捕獲していいと思う。そのまま風紀委員に連行しよう。風紀委員には絶対的な力を持つ伊井野がいる。伊井野にこいつを引き渡して、なんならカップル解消させてしまおう。

 

「つまり、次のステップへと進むために何かしらのきっかけが欲しいと?」

 

「えーっと…まぁ大体そんな感じっていうか」

 

「もうこの人次のステップとかないんじゃないんですか…!?行くとこまで行ってるんじゃないですか…!?」

 

「Cは済ませてると見ていい」

 

「いやいやまさかまさか。あいつら付き合ってまだ4ヶ月でそんな神聖な行いを…」

 

「いや神ってる…神ってますよあの感じ!」

 

 確か夏休みディスティニーのホテルも予約していたって前に四条が言っていたが、男女が同じ部屋に泊まって何もないわけがない。絶対にヤってる。

 このままだと神々の世界について延々と御神託を受けることになる。やはり傷が浅いうちに処した方がいいんじゃないのか。

 

「いやぁ夏休みって最高ですよね〜。学校なんて永遠に始まらなければ良かったのに」

 

「そ、そうか…」

 

「会長も夏休みエンジョイしたんですよね?どうでしたー?色々聞かせてくださいよ〜」

 

「俺はひたすら勉強とバイトの毎日だったよ。まぁ比企谷の誕生日祝ったり夏休み最後に生徒会のみんなで花火したけど…」

 

「え?それだけ?」

 

「それだけ」

 

「女の子とデートしたり」

 

「してない」

 

「うっへー!なんかすんません!」

 

 その翼くんの態度が気に食わなかったのか、今度は白銀がトイレットペーパーを持って殺意を向けている。

 

「比企谷くんは?出かけたりしてないの?」

 

「俺は……」

 

 いや待て。夏休み、誕生日祝ってもらったり花火したりしたけど、俺それだけじゃねぇや。そういや伊井野とか四条とかと出かけちゃってた。四条のはあっちから付いてきただけなんだけど。

 

「……何もなかったよ?」

 

「比企谷先輩なんですか今の間は。もしかしてですけど、僕らに黙って女子と二人で出かけたりしたんじゃ…!」

 

「何…!?本当かそれは…!」

 

 ほらこういうことになると石上鋭いんだから。敏感で過敏だから、すぐバレちゃう。

 後、俺を挟んで殺意向けるのやめてくんない?何この物理的な板挟みは。

 

 すると、生徒会室に2回ほどのノック音。扉を開き、現れたのは。

 

「あっ、ここにいた」

 

「おー渚ー」

 

 翼くんの彼女、柏木渚である。

 

「渚も生徒会に用事?」

 

「うん。かぐやさんにちょっと話があって…」

 

 と、そう答える彼女の様子はなんだか艶かしく見えた。

 

「柏木さんってあんな色っぽかったか?」

 

「なんかエロい…!」

 

「ば、バカ…!そういう目で見るからそう見えるんだ…!あの二人はそこまで行ってない!ただの勘繰りだから!」

 

「だったら調べてみましょう」

 

「調べる?どうやって…?」

 

 とりあえず石上の言う通りに従い、俺達はソファから腰を上げて生徒会室の扉を開ける。

 

「僕ら少し生徒会室空けるんで、掛けて待っててください」

 

「あ、はーい」

 

 と、俺達は生徒会室から退出する。そして、彼らに見つからないように扉のそばで彼らの動向を扉の隙間から覗き始める。

 

「いいですか。神ってるカップルってのはですね、二人きりで密室に放り込んでおけばそれなりにアホな行動を取るんです」

 

「これやってること覗きと変わらんけどな」

 

「あの、そこ通してくれませんか?」

 

 彼らの動向を覗いていると、四宮と藤原が遅れてやってきた。

 

「何やってるんですか?」

 

「あの2人が神ってるかどうか観察して調べてるんです」

 

「あの2人そこまで!?」

 

「なんで今ので伝わるんだよ」

 

 藤原は顔を真っ赤にしている傍ら、四宮は理解が及ばず、首を傾げている。

 

「神ってるってなんですか?」

 

「おそらくこの場では神聖なる行いを指してて……ごにょごにょ…」

 

「セッ…!?」

 

 藤原から説明を受けた四宮もようやく理解し、顔を赤くする。後なんでこういう時の察しの良さ完璧なの?

 

 すると、彼らは動き始めた。

 翼くんが柏木さんの、柏木さんが翼くんの指を自身の指で絡めていた。

 

「恋人繋ぎ……!これはどうでしょう…!」

 

「いや、恋人繋ぎぐらい初デートでもするだろう…!」

 

 まだパンチが弱いな。これでは単なる恋人同士のやり取りである。

 すると次は、柏木さんが翼くんの頬に唇を付けた。

 

「あー!ちゅーした!ちゅーしましたよ!これは神じゃないですか!?」

 

「いやまだだ!ちゅーくらい3回目のデートでするだろう!」

 

 なんでさっきからちょっと具体的なんだろうか。

 彼らのイチャイチャはこれだけでは収まらず、今度は翼くんが柏木さんの首筋に唇を付けた。

 

「あ、あぁー!首筋に、キッスしてます!これは!?これはどっちですか!?」

 

「もはやこれは現在進行形で神ってると言ってもいいんじゃないですか!?」

 

「いや!これくらい4回目のデートでする!」

 

「じゃあ何回目でヤるんですか!?」

 

「5回目だよ!!」

 

 すると突然、四宮は倒れだした。

 

「し、四宮!?」

 

「一体どう…」

 

なーんちゃって

 

 扉の隙間から、悪戯が成功したような笑みを浮かべた柏木さんが現れた。

 

「柏木っ!こ、これはだな…!」

 

「ごめんなさい。ちょっと悪戯させていただきました」

 

 悪戯で済むようなイチャイチャ度合いじゃなかったけどね、あれ。

 

「そんな大勢で扉の前にいらっしゃれば嫌でも気付きますよ」

 

 まぁそれ以前に結構なボリュームで騒いでたし、バレて当然っちゃ当然だったな。

 

「いやその、色々心配でな…!」

 

「勿論分かってますよ。…彼がちょっと変わったのは、私がポロッと強気でワイルドな人が好みって言って合わせてくれただけなんです」

 

「…そういうこと。マジで夏休みはっちゃけ過ぎた衝動でああなったのかって思ってたわ」

 

 彼女の好みに合わせた結果の様変わり。まぁ素直なところは変わっていないのだろう。

 ただ、強気でワイルドになった結果があんな高校デビューしたての容姿なのは、ちょっとよく分からんけど。

 

「違いますよ。皆さんの考えてるようなことはまだ致してませんよ」

 

「そ、そうだよな。そんなのまだ…」

 

 柏木さんは再び、妖艶な表情を見せて。

 

「えぇ。勿論」

 

 と、言い切る。

 いやこれもう絶対ヤったやつだろ。

 

 性行為をした次の日辺りに、女性が妙に大人っぽく、色っぽく見えてしまうとよく聞くが、まさしくそれだ。絶対こいつら、相談風自慢しに来ただけだろ。

 

 リア充なんて砕け散ればいいのに。

 

 彼らのイチャイチャを見せられ、気分が憂鬱になった。石上なんて翼くんのこと完全に敵視しちゃってるし、四宮は顔真っ赤で何やらボソボソ呟いていた。

 要するに、ちょっと気まずかった。

 

 そんな生徒会が終わり、俺は帰る前に自動販売機で缶コーヒーを買おうとしていると。

 

「うぐっ……う、うぅっ…」

 

 近くで見覚えのある女子が泣きながら倒れていた。

 俺は面倒くさくなりそうだと思い、その場から離れようとしたのだが。

 

「…何どっか行こうとしてるのよぉ……うぅ……うっ、うっ…」

 

「…足を掴むなよ。離せ四条」

 

 そう。泣きながら地面に倒れ込み、逃げようとした俺の右足を掴んだのは、四宮の遠い親戚の四条であった。

 四宮も四宮家の関係者も、そして四条の家族も、四条がこんな醜く泣き散らしていることは知らないんだろうな。

 

「……なんか奢るからはよ離せ」

 

「…うん」

 

 そんでこういう時だけ素直に言うこと聞くのちょっと可愛い。こいつあざとくない?

 俺は彼女に紅茶を奢り、話を聞いた。

 

 その内容とは。

 

「あの2人人目を憚らずイチャイチャして!今日だってあの2人チュッチュチュッチュしてたし!」

 

 どうやら彼らのイチャイチャは日常茶飯事らしい。まぁ好きじゃなくてもあんなの見せつけられたらイラつくわな。俺なら間違いなく射殺する。

 

「もうやだぁ…」

 

 こればっかりは四条に同情せざるを得ない。なんかもう、色々ドンマイ。

 

 結局、最終下校時間まで四条の愚痴やら泣き言やらを聞く羽目になりました。

 

 



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かぐや様は占いたい

 9月も中旬に差し掛かるも、未だに夏の暑さだけが残る今日この頃。俺達生徒会は、いつも通りに過ごしている。

 

 彼女以外は。

 

「うぅ〜……」

 

 何やら四宮が唸り声をあげている。

 

「かぐやさん、何か悩み事ですか?」

 

「…まぁ、悩み事と言えばそうなりますかね…」

 

 単なる悩み事か。だが相手が悪いな四宮。お前の前にいるのは藤原(ダークマター)だ。何の相談するのか分からんけど、早坂か柏木さんあたりにしとけ。傷がつく前に。

 

「ふむふむ……。では、この占い師千花(フォーチュンテラーCHIKA)が占ってしんぜます!」

 

「占い…?」

 

 藤原はとんがり帽子を被って、キリッとキメ顔をした。そんな藤原は、スマホを操作して四宮に見せる。

 

「このサイトに性別と誕生日を打ち込むだけで、かぐやさんの抱えてる悩みをバッチリくっきり解決します!」

 

「機械頼りかよ。せめて水晶玉くらい出せよ」

 

「全くです。大体、占いなんて馬鹿馬鹿しい。性別と誕生日だけで何が……」

 

 俺の言い分に賛同した四宮だが、何故か途中で止まった。そして怪しげにクスッと笑い。

 

「…面白そうですね。ぜひみんなでやりましょう」

 

「やるんかい」

 

 四宮が突然掌を返すあたり、何か企みを講じているとみた。まぁおそらく、白銀関連なんだろうけど。

 

「私の誕生日は1月1日です」

 

「ほーん。元旦生まれか」

 

「ふむふむ…。1月1日生まれは〜…」

 

 藤原が誕生日を打ち込み、現れた結果を読み始めていく。

 

「貴女は"アレキサンドライト"のような人間です。王の名を冠するこの宝石のように、高貴でプライドの高い人間のようです。またこの宝石には環境光に応じて赤くも青くもなる珍しい特性があり、貴女は周囲の環境によって天使にも……時には悪魔にもなるでしょう。プライドを捨て素直になれば、幸せになれます……ですって!」

 

「めちゃめちゃドンピシャじゃねぇか。天使のとこ以外」

 

「…なんですって?」

 

「いや何も」

 

 そういうとこだよ俺が言ってるの。お前のその光が消えた目が怖いのよ。藤原に対してゴミを見るような目するし、俺や石上には暗殺者みたいな目するし、白銀に対して獲物を捕食しようとする肉食動物のような目するし。

 ころころ表情変わりすぎなんだよ。殺せんせーかよ。そのうち死神って呼ぶぞ。

 

「じゃあ次は比企谷くんです!8月8日っと…」

 

 今度は俺の誕生日を打ち込み、読み始めていく。

 

「相手を自分のように思いやれる"白色"と、相手を残忍に追い詰める"黒色"を合わせ持つのが貴方の特徴です。仲間だと思う存在の面倒はとことん見るタイプ……その反面、気に入らない相手に対しては限りなく冷酷になれる怖いところも。身近な人は、そのギャップに驚きながらも、強烈な魅力に引き込まれてしまうようです」

 

「なんじゃそれ」

 

 やっぱ占いなんてアテにならねぇな。占いなんて、思わせぶりなこと言って受け手が都合よく解釈するバーナム効果に過ぎない。

 

「僕は結構当てはまってると思うんですけど…」

 

「気のせいだ。…まぁ敵味方はっきり区別するとことか、気に入らない相手に冷酷になるとこは認めるけど」

 

「結構当てはまってるんじゃないですか」

 

 違う。仲間だと思うやつの面倒を見たり、俺のギャップで魅力に引き込まれることはない。そんなわけ分からんとこが当てはまるのなら、今頃俺はモテ期である。

 

「藤原さんは確か…」

 

「3月3日のひな祭りです!」

 

 藤原の誕生日を当てはめ、占われた結果を読み上げていく。

 

「貴女は"蝋燭の火"のような人間です。周囲を照らし、ささやかな熱は少しずつ氷を溶かします。蝋燭は火を与えると同時に、自分を燃やし続ける存在……その姿は"献身""慈愛"の象徴でもあります。これからも惜しまぬ愛を注ぎ続ければ、願いは叶います……ですって!」

 

 献身?慈愛?別の人じゃないか?強欲と自己愛の間違いだろ。お前にそんな様子を垣間見た記憶がないのだが。

 

「僕も3月3日なんですよ」

 

「お、そうなのか?」

 

 藤原と誕生日が被るとは。自分の誕生日が被る人が身近にいるという状況はなかなかない。

 

「なんてことするんですかぼけなすー!」

 

「えっなんで怒るんですか…」

 

「だって誕生日が同じだと祝ってもらう時、絶対同時開催になるじゃないですか!年に一度の誕生日は私だけを特別扱いして欲しいのに!石上くんと一緒だったら私だけ特別じゃなくなるでしょ!」

 

 やっぱこいつに献身も慈愛もないわ。強欲と自己愛の象徴だよ。

 ただし小町は除く。彼女は献身と慈愛しかない。なんなら強欲も自己愛ですらも許せる可愛さである。

 

「次は会長の番ですね。誕生日を教えて…」

 

「俺はやらん」

 

 白銀はきっぱり断った。今まで、なんだかんだで藤原のバカみたいなゲームに付き合ってきたというのに。しかも、四宮が直々に誘っているというのに。

 

「占いなんて、思わせぶりなこと言って受け手が都合よく解釈するバーナム効果でしかないだろ。俺はやらん」

 

「い、いえ!そんなことはないですよ?例えば風水は建築学や統計の要素が盛り込まれていて…」

 

「でもこれは誕生日占いだろ?誕生日ってのはただ純粋に生まれた日付ってだけ。それ以外の意味なんてあるかよ」

 

「いえ!誕生日に意味はあります!年に一度の大切な日ですよ!?」

 

 四宮の必死な説得に対し、白銀は溜め息を吐く。

 

「四宮だけには一度、俺の誕生日を教えたはずなんだがな。記憶力のある四宮が忘れる程度のものだろ」

 

 今日のこいつはやたらに面倒くさいな。そこまで意固地になってやらないって言う必要はどこにもないだろうに。

 っていうか、四宮だけに教えたって言ってるけど、俺お前の誕生日知ってるからね?9月9日だってこと知ってるからね?

 

「そう言わずに〜。これ人格診断だけじゃなくて相性占いも出来るんですよ!一緒にやりましょうよ〜」

 

「相性占い、ねぇ…」

 

 藤原が白銀に勧めても。

 

「絶対に!やらない!」

 

 頑なに拒否している。ここまで拒否してくると、どう考えてもあいつに何かあったのではないかと勘繰ってしまう。誕生日占いでここまで断るとは思えない。

 さっきあいつが言ったように、所詮バーナム効果を利用した占いでしかない。だからやったところで、あいつに何の害もないだろうし、断る理由が見つからない。

 となれば相性占い?確か相性占いって、名前と誕生日を自分と自分の好きな人の分を打ち込んだらその相性がどれくらいが分かるってやつだよな。

 

 まさかあいつ…。

 

「…バーナム効果なのはそんなもん分かりきってることだろ。別にやったってお前に何の害もないだろうに。なんでやらねぇの?」

 

「それが下らないと言ってるんだ。意味もないことをしたって仕方ないだろう」

 

 …なんか察したかも知れない。

 この男、多分俺らがいないところで誕生日占いも相性占いもしてるんだろう。こいつがここまで断るのには、誕生日占い、ではなく相性占いに問題があったんだろう。

 

 例えば、自分と四宮の相性占いしたら、思いのほか悪かった……的な。

 

 この理由ならまぁ分からなくもない。そんな結果を四宮には見せたくないのだろう。互いが互いのことを好きなのに相性占いでは悪かったら、その結果がもし当てはまっていなくても、きっと真に受けてしまうだろう。

 なんせこいつら、メンタル雑魚だし。俺が言えた立場じゃないんだけどね。

 

 これも俺が言えた立場じゃないんだけどもさ、こいつらやっぱり面倒くせぇな。

 

「先輩?どうかしましたか?」

 

「ん?」

 

 石上が四宮に尋ねている。その四宮の様子を見てみると。

 

「なんでもないですよっ♡」

 

 えっキモ。何この垢抜けた悪魔は。誰だこの天使は。俺が知ってる四宮はそんな女神のようなやつじゃない。

 

「心配してくれてありがとう。石上くんも困ったことがあれば、なんでも相談してくださいねっ」

 

 何こいつマジどうした。こいつが天使になるなんてあり得ねぇ。あり得なさ過ぎて謎の吐き気が込み上がってくるレベル。

 

 結局、白銀の占いはせずに生徒会を終えた。

 

 

 



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柏木渚は見てられない

 

 今日も今日とて通常業務。そんな中、翼くんの彼女である柏木さんが生徒会室に相談を持ちかけてきた。今回は恋愛の相談ではなく、ボランティア部の相談でやって来た。

 まぁそれとは関係なく、柏木さんと四宮が雑談していた。曰く、白銀が怖くて近寄れないとのこと。

 

「あらあら。どうしてそんなにうちの会長は怖がられているのでしょう」

 

「原因は分かっている。俺の目付きだ。特に目の隈、これが怖がられる原因だと思う…」

 

 白銀のルックスは決して悪くはない。俺と違い、白銀は結構人気がある。生徒会長という肩書きが相まっているのかも知れないが、それでも特別嫌われてはいない。

 

 だが当の本人はそんなこと一切考えておらず。

 

「ほんとイヤ……整形したい…」

 

 まさかの整形までしたいと吐かしている。

 

「お前で整形しなきゃならんなら俺どうなる。来世に超絶イケメン顔を期待してワンチャンダイブしなきゃならんくなるぞ」

 

「そ、その通りですよ!ダメです、整形なんて!」

 

 俺の言葉に便乗するように、四宮も白銀を慰める。

 

 俺は単純に、白銀がそう言うと俺の生きる価値が無くなるので引き止めたまでだが、四宮は前に確か目付きが悪いのが好きだと言っていた。白銀が整形するのはあまり良く思わないのだろう。

 

 本当、白銀大好きだよね。四宮って。

 

「親から貰った大事な体です!今のままで十分…」

 

 突然、四宮の口が止まる。そしてみるみる顔を赤くしていく。

 これあれだね。続く言葉がいかに恥ずかしいものかを悟った顔だね。今のままで十分カッコいいとか言ったら、こいつら基準では告白したも同然である。

 

「…十分……可愛いですよ…?」

 

 絞り出した結果がそれか。女子の言う可愛いなんて、私可愛いと同義の言葉だが、四宮に関しては嘘偽りない言葉である。だから結構どストレートな気がするけど。

 まぁ可愛いって言われて嫌な気分になる男子なんて少数派だし、白銀もこれで立ち直って…。

 

「ぐぐぐぐ……!」

 

 えっ何その顔。可愛いという言葉に畏怖を感じたかのような表情。どういう心境なんだよ。

 

「四宮に俺の気持ちなんか判るものか!お前みたいな美人に俺の気持ちなんて…!」

 

「えっお前何言ってんの」

 

 今こいつ四宮のこと美人って言ったよ?

 いや、全く間違いじゃない。間違いじゃないのだが、今までならば美人ってワードを発した時点で即刻アウトだったろ。

 

 素で言ってんのかお前?だとしたら相当あざといぞ。男子にあざとさとか需要ないだろ。

 

「えっ…あ……びじ……」

 

 やっぱ四宮顔を赤くしてる。好きな人から美人って言われたらそら照れるんだろうけど。

 

「会長こそ、そのままで十分イケメンじゃないですか!」

 

「お前までマジ何言ってんの」

 

 こいつらどっかの神経ぶっ壊れたのか?今までじゃあり得ないレベルのワードがポンポン飛び出てるんだけど。

 大丈夫?後から恥ずかしくなって死にたくならない?

 

「そんな見え透いたお世辞はいらん!」

 

「お世辞じゃないです!心の底からそう思ってます!」

 

 俺達は一体、何を見せられているんだろう。

 こいつら喧嘩しているようで、その実イチャイチャしているだけではないか。…まぁ今に始まったことじゃないんだけども。

 

「…比企谷さん。これどうしたらいいんでしょうか」

 

「俺に聞くな。今俺らが見てるもんは怪奇現象とでも思っとけ」

 

 そう。怪奇現象は解決出来ない。無視に限る。

 

「…お前らとりあえず落ち着け。柏木さんが何も話せんままだろ」

 

「そ、そうだな。失礼した」

 

 一旦、彼らを落ち着かせて、柏木さんに本題を話してもらうことに。

 

「ボランティア部の勧誘ポスターのことなんですけど、こんな感じで大丈夫でしょうか?」

 

 柏木さんがパソコンの画面を俺達に見せる。内容は、ボランティア部の勧誘である。

 

「まぁ文面はこれで問題ないが」

 

「ちょっと画が堅いですよね」

 

「フリー素材とか使って、もうちょい親しみのある感じでもいいんじゃねぇの?」

 

「なるほど…」

 

 パソコンを操作し、勧誘ポスターに使うフリー素材を探すと、餌の前で犬がお座りしている画と、猫が寝転んでいて、かつ滑らかな枠線に猫が引っ付いている画の2つがあった。

 

「この2つなんかいいですね。三人はどちらが好きなんですか?」

 

「犬」

 

「猫」

 

「家に猫いるけど別にどっちでもだな」

 

 俺がいなくても、カマクラは大丈夫だろ。なんなら小町にベタベタ引っ付いているわけだし。チッ、俺とカマクラが入れ替われることが出来れば!

 

「判ってないな。この2択なら断然猫だろ」

 

「判ってないのは会長です。猫なんて人を見下す小狡くて冷たい生き物じゃないですか」

 

 まぁ犬と猫は結構違うからな。犬は尻尾振って甘えてくるけど、猫はちょっと冷たい時がある。懐いたら結構引っ付いてくるんだが。

 

「確かに猫は一見小狡く冷たいように見える……。だがそれは、少し臆病恥ずかしがり屋なだけだ!そこが可愛い愛おしいだろう!」

 

「いいえ!犬の方が可愛いです!心根がまっすぐで見返りを求めず、人に愛を注ぐことが出来る尊い生き物じゃないですか!」

 

「アーモンドのようなクリッとした目にすらっとしたライン!猫より可愛いものがあるか!」

 

「撫でたくなるつやつや毛並みにキリッとした顔立ち!犬の方が可愛いです!」

 

 一見、犬と猫の論争をしているようだ。

 だが普段のこいつらを見ていたからか、何故か別の意味で見えてしまう。

 

「比企谷さん」

 

 柏木さんが小さい声でこちらに話しかけてきた。

 

「これ、犬と猫の話ですよね?」

 

「…そう思え。決して互いの好きなところを言い合っているわけじゃない」

 

 そう、これは犬と猫の論争。俺には好きなところを言い合っているようにしか聞こえないが、決してそんなアホな内容ではない。

 

「やっぱり、この二人って…」

 

「まぁ、多分そうだと思う」

 

 柏木さんもなんとなく読み取ったらしい。白銀が四宮を、四宮が白銀を好いていることに。女子って、結構そういうところに敏感なんだろうか。

 

「いいか四宮……一度しか言わないからよく聞け…」

 

「な…なんですか…?」

 

「俺は他の何者でもなく、四宮(ねこ)を愛している!!」

 

 やっべぇついに四宮に対する愛の言葉に聞こえたんだけど。

 

「わ…私も他の誰よりも、会長(いぬ)を愛してます!!」

 

 うっわこっちからも渾身の愛の言葉が聞こえてきたんだけど。もう幻聴だわこれ。こいつらの空気に当てられて幻聴が聞こえてしまったんだけど。

 これ絶対自覚なしでぶっ放してるだろ。

 

「柏木さん!」

 

「どっちの方が可愛いと思う!?」

 

「や……その…。…どっちも怖いくらい可愛いです」

 

 柏木さんは何やら顔を赤らめながら、そう答えた。

 

「なんだそれは!」

 

「答えになっていません!」

 

 もう本当、こいつら爆破しねぇかな。リア充爆発しろとはまさにこのことだぞ。目の前でイチャイチャしやがってくたばれ。石上がこんなところ見たら間違いなくトイレットペーパーで何かするぞ。

 

「比企谷は!どっちが可愛いと思う!?」

 

「…いや、もうなんかどっちも面倒くさいです」

 

「なんだその答えは!」

 

 可愛いかどうか聞かれて面倒くさいって答えは意味分からんけど、素朴な感想を言うとするなら間違いなく面倒くさいです。

 

 もうやだ。帰りたいよ。

 



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かぐや達は贈りたい

 

「…なんだこれ」

 

 突然、早坂に呼び出しをくらって生徒会室へ赴いた。なのに、何故か机の上には、それはそれは大きなウェディングケーキが置いていたそうな。

 

 いやわけ分からん。

 

「どうでしょう。特別に発注して作ってもらったケーキです。会長、ケーキ食べたがってる感じでしたから、とっても喜ぶに違いないわ♪」

 

 9月9日。

 本日、我が生徒会長、白銀御行の誕生日である。既に俺は家に出る前に誕生日プレゼントを渡しておいた。

 男物で何を渡したら嬉しいのか分からなかったから、スマホケースを贈呈した。金を使う余裕がない白銀がスマホを買うついでにスマホケースを買うとは思いにくかった。

 

 結果持っておらず、渡したら結構な高評価だった。まぁ俺の話は置いといて、だ。

 

 目の前のアホをどうしたら現実に引き戻すことが可能かを考えてみよう。

 

「…早坂。お前の主人はどこで道を間違った」

 

「分からないよ。もう私の主人はダメかも知れない」

 

 既に四宮のアホな行動言動は目にしている。もはやそれが日常茶飯事っていうレベルで。

 しかし、このケーキはなんつーか…。

 

「重くない?これ」

 

「超引く超恥ずかしい」

 

 早坂はまともな感性をしているから、このケーキがいかに愚かなものか理解しているようだ。

 ショートケーキ、100歩譲ってホールのケーキを渡すなら何の問題もない。しかし、目の前にあるケーキは問題しかない。

 

 付き合ってもない男子にウェディングケーキを渡す女子がどこにいるんだよ。それもう遠回しに結婚してってプロポーズしてたりしないの?

 

「どうかしたの?二人とも」

 

「いえ…。かぐや様が良いなら私は特に口出ししませんが…」

 

「何よ〜、歯切れが悪いわね」

 

「はぁ……昔はこんなアホじゃなかったのに…」

 

「アホ!?」

 

 なんか可哀想になってくる。苦労人早坂がめっちゃ可哀想に見えてくるよ。

 

 結局、ウェディングケーキを渡すことに決めた。その行方は、生徒会が終わった夕暮れの刻。

 

 生徒会が終わり、白銀と四宮を置いて先に退出した。が、俺は四宮の様子を一緒に見て欲しいと早坂に頼まれたので、生徒会室の入り口手前であいつらの行動を観察する。

 

「かぐや様……大丈夫かな…色んな意味で」

 

「17年生きてきて異性にウェディングケーキを渡す女子は見たことなかったわ。まぁサプライズなら間違いなく大成功だけども」

 

 不安しかない。

 

「一応、ケーキと一緒に文字入りの扇子も用意したんだけど」

 

「扇子とはまた渋いチョイスだな。ウェディングケーキに比べたらマシだが」

 

 どちらも一般的に異性に渡すような代物ではないが、常識知らずの四宮が選んだにしては無難なところなんだろうか。

 

「…そういや改めて言うけど、これありがとな」

 

 俺は右手に着けてる黒色のミサンガを彼女に見せる。

 

「いいよ、そんなの。…ていうか、右手に着けたんだ」

 

「え、何かあんの?まさか利き手に着けたら力が吸われるとかそんなファンタジーなことあんの?」

 

「違うよ。…まぁ別に知らないならそれでいいよ。そんなに意味はないから」

 

「?そうか」

 

 ミサンガを着ける場所が違うと、何か意味が違ったりするのだろうか。そもそも、ミサンガを着ける位置で何か意味があるのだろうか。

 

「…私も、改めてありがとう。あのヘアピン、今でも大事に使ってるから」

 

「…そうかい」

 

 2年生になりたての時に、早坂に誕生日プレゼントを渡したのだ。早坂とは生徒会に入ってから知り合ったし、まぁそれなりに話すこともあったのだ。

 圭と同様、何をあげればいいのか分からなかったため、ヘアピンという手軽なプレゼントにした。

 

「…でさ、あいつ一向に気づく気配がしないんだけど。マジあのまま渡すんじゃね?」

 

「本当嫌。なんであんな大きいケーキをあんなアホみたいな顔で渡せると思ったのか問い詰めたい」

 

 隙間から彼女の動向を観察しているのだが、やはりどこか上の空というか、なんだか浮いている。

 そんな四宮はウェディングケーキを仕舞った物置の扉を開く。そして数秒後、アホ面から一転し、自分が何をしたのか自覚したような表情に。

 

「…早坂、どうやらあいつ気がついたようだぞ」

 

「良かった。かぐや様が自分の愚行に気づかなかったら危うく近侍をやめるところだったよ」

 

 時々こいつ自分の主人にすんごい毒吐くよな。それだけ苦労しているということなのだろうか。

 

「なんかあたふたしてるしなんか唸ってるぞ」

 

 忙しいやっちゃな。

 

「…本当、いつになったら進展するんだろ」

 

「あいつらどっちも面倒くさいからな…」

 

 さっさと素直になって告白すれば済む話なのだが、互いのプライドがそれを邪魔している。変に好かれてると思い込んでいるから、尚のこと面倒くさい。

 

「…なんかこっち来るぞ」

 

 四宮が生徒会室の扉付近までやってくる。しかし用があるのは俺達ではなく、ただただ生徒会室の電気を消しに来ただけだった。

 

「四宮…?どうして電気を……」

 

「会長。目を瞑って向こうを向いててもらえますか?…恥ずかしいので、絶対こっちを見ないでくださいね」

 

 電気を消したことと、夕焼けの逆光のせいで何をしているか見えにくい。ただ、衣擦れの音しか聞こえない。

 あいつは一体何をやっているんだろうか。

 

「…いいですよ。目を開けてください」

 

「ん…」

 

「会長。誕生日、おめでとうございます」

 

 四宮の背中で何を贈ったのかが見えないが、おそらくケーキを送ったのだろう。

 ただウェディングケーキがどこにもない。加えて先程の衣擦れの音。もしかして、ウェディングケーキを小さくカットして贈ったのか?

 

「それと、誕生日プレゼントです」

 

 四宮がもう一度、何かを渡す。

 

「扇子…」

 

 贈られた白銀がそう呟いた。先程、早坂が言っていた扇子を贈ったのか。

 

「ちょっと季節外れかなとは思うのですが、会長は夏も学ランで暑そうだったので。字入れは私が…」

 

「あ、ありがとう……」

 

「では、私も失礼しますね」

 

 四宮が足早に生徒会室を出て行こうとする。俺は扉から距離を取って、開く扉にぶつからないようにした。

 出てきた四宮は、頬を赤くし、プレゼントを渡せたことが影響してその場で脱力した。

 

「…頑張りましたね」

 

 早坂は労るように、四宮の頭を撫でる。

 

「…お疲れさん」

 

 俺はその場に立ち上がり、一人生徒会室前から去っていった。

 

 そして、白銀の誕生日から翌日。

 途中、廊下で出会った石上と一緒に生徒会室へ向かった。中に入ると、藤原が何やら顔を赤らめてこちらに寄ってくる。

 

「あっ!2人とも聞いてくださいよ!会長の誕生日って昨日だったんですよ!」

 

「はい、そうでしたね」

 

「何今更なこと言ってんだ」

 

「え?」

 

「あ、会長。昨日僕が贈った万年筆、使ってくれてるんですね」

 

「石上は万年筆を贈ったのか。これまた渋いチョイスだな」

 

「比企谷先輩は何を贈ったんですか?」

 

「スマホケース」

 

「実用性高いから結構いいプレゼントじゃないですか」

 

 そんな雑談をしていると、藤原が落ち着かない様子で尋ねてきた。

 

「ふ、2人とも、会長の誕生日知ってたんですか?」

 

「そりゃそうですよ。普段からお世話になってる人の誕生日くらい知ってて当然じゃないですか」

 

「俺は圭に言われるまで知らんかったけどな」

 

「そうなんですよ!それなのに抜け駆けとか言い始めて、変な勘違いまでするし……。全く困ったものですよね…」

 

 ん?ちょっと待って。

 まさか、この藤原は。

 

「…お前、白銀の誕生日知らなかったのか?」

 

「ギクっ!」

 

「マジですか!?僕も四宮先輩も知ってたのに!?藤原先輩だけが知らなかった!?藤原先輩だけが!?

 

 うっわこいつ白銀の誕生日を知らなかったことを良いことにめっちゃ突き詰めるじゃねぇか。流石は石上。こんな時でもブレない。

 

「うわあああああん!!変なこと言ってごめんなさい〜!!」

 

 知らなかったことを恥じたのか、先程の四宮が言っていた抜け駆けとやらのことかは分からないが、勢いよく生徒会室から飛び出して行った。

 

「石上くん…よくやってくれたわ。ありがとう…」

 

 四宮は謎のエンジェルスマイルで石上に感謝をする。

 

「本当によくもやってくれたわ。この借りは、必ず返しますね」

 

 今よくもって言ったよな。何、そんななんか恨みを買うことしたのか石上。

 

「ついでに、比企谷くんも。倍にして返してあげますから」

 

 やっべぇ。なんか分からんけど四宮怖ぇよ。石上と違ってなんか倍になったし。

 

「…遠慮します」

 

 俺は震えた声で、そう拒絶した。

 

 



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白銀御行は見上げたい

 

「十五夜!月見するぞーッ!!」

 

 いきなりのハイテンションから話が始まったかぐや様は告らせたい。唐突に十五夜とか月見とか言うとる。

 

「今夜は中秋の名月!こんな日に夜空を見上げないなど人生の損失だぞ!」

 

「お前十五夜にどんだけ人生を懸けてんだよ」

 

 たかだか夜空を見上げるだけだろ。そんでちょっと何かに対する思いを馳せて後から何してたんだって恥ずかしくなって黒歴史になるだけだろ。

 あ、今のは俺の話じゃないからね。俺の友達の友達の話だからね。

 

「今日の星空指数がめっちゃいいんだよ!十五夜でこの数値出ちゃったら行くっきゃないだろ!既に準備は済ませてる!親御さんに今日は遅くなると連絡するんだ!」

 

 寸胴に月見団子が用意されていた。用意いいな。

 

「でも急過ぎません?」

 

「…まぁいいじゃないですか。僕は乗りますよ」

 

 白銀の意見に賛同したのは、石上である。

 

「もうすぐこの生徒会も解散……みんなで無茶が出来るのも、これが最後かも知れないんですよ」

 

「石上…」

 

 夏休みの計画を立案する時も思ったのだが、石上は結構思い出作りを大事にしたいタイプなのか。それほどまでに、彼にとってこの生徒会は居心地の良い場所になっていたのだろう。

 

 後輩にこんなこと言われて、嫌とは言えねぇよな。

 

 石上の訴えでみんなが賛同し、外が完全に暗くなった頃に、屋上へと赴いた。

 

「意外と星が見えますね〜」

 

「結構綺麗だな」

 

「月のある東南側が東京湾だから、都会の灯りも比較的少ない。ロケーションは悪くないな」

 

 …まぁ確かに悪くはない。とりあえず写真だけでも撮っておこう。なんなら後で小町に送ってやろうかな。

 何枚か撮影して周りを見渡すと、藤原と石上が消えていた。

 

「藤原と石上は?」

 

「あの2人ならあちらに…」

 

「なら俺もそうするか。写真撮ったし、みんなで見てないなら俺もいいだろ」

 

 2人は裏側にいるようらしく、俺もそちらに向かった。そこでは、寸胴で餅を煮ていた。

 

「あ、比企谷くんも食べますか!?」

 

「そうだな。夜飯食ってないし、後でちょっと貰うわ」

 

「分かりました!おっもちい〜っ、おっもちい〜」

 

 俺はスマホをいじりながら、餅が煮上がるのを待っている。石上はゲームをしながら火の側で温まって、藤原は餅が煮上がるのを楽しみに待っている。

 後の2人は、星を見てるのだろうか。もしかしたら、ちょっと進展するかも知れない。花火にこの間の誕生日もあったし、なんだかんだミリ単位で進展はしてるからな。

 

 俺は裏側から顔だけ出して、彼らの動向を覗いてみると。

 

「冷えるだろ。俺の上着で良かったら使ってくれ」

 

 覗いた瞬間、白銀が四宮の肩に学ランを掛けた。

 えっ何してるのあいつ。いやすっごい男らしいけどさ。普段のあいつなら取らない行動だったんだけど。

 

「温かいお茶も用意して来たんだ」

 

 白銀が水筒に付属しているコップに温かいお茶を注ぎ、四宮に渡した。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 四宮は受け取り、お茶を啜っていく。啜った四宮は、そのコップを白銀に返す。白銀は受け取り、またお茶を注ぐ。そしてお構いなしに飲んでいく。

 

「マジで何してんのあいつ!?」

 

 素で声が出てしまった。いや、これは出ても仕方ないと思う。

 

 何故なら白銀は、四宮が口を付けたところに口を付けてお茶を飲んだからだ。つまり、間接キス。

 あいつ人差し指を付けられただけで顔を赤くしてたくせに、間接キスに対して一切動揺していない。

 

 どうなってんの?あいつついにぶっ壊れたか?

 

「比企谷くん?どうかしたんですか?」

 

 餅を見ていた藤原がこちらを不思議そうに見る。

 今ここで藤原があの光景を見たら間違いなく騒ぎになる。恋愛脳の藤原が何も見なかったみたいな反応をするわけがない。

 

「なんでもねぇよ。お前は餅見とけ餅」

 

「?何かあるんですか〜?」

 

 藤原が寸胴の前から離れ、こちらに寄って来ようとする。

 

 どうするどうするどうする。今ここで慌てても、逆に怪しまれる。変なところで鋭いやつだからな。ある意味こいつも面倒くさい人物だ。

 

 藤原が俺を通り過ぎて、裏側から出ようとしたところを、俺は咄嗟に藤原の手を引っ張った。

 

「きゃっ!」

 

 藤原は体勢を崩して、こちらに倒れ込んできた。それはまるで、抱きつくかのように。

 

「いったた………って……」

 

 倒れ込んできた藤原がこちらを見る。パッと目を見開き、俺の表情を捉えていた。

 倒れ込んできたことと、彼女の顔が近いことが影響したのか、一気に顔が熱くなる。同時に彼女も、頬を赤くする。

 

「わ、悪いッ!」

 

「あっ、い、いえっ」

 

 一旦藤原と距離を離す。

 互いに気まずく、顔を見れなくなっている。

 

「…どうしたんですか?」

 

 そこにゲームを両手に石上が乱入。

 離れたのはいいとして、なんでもないと誤魔化せるほど石上は甘くない。

 ここは…。

 

「あ、あれだ!藤原が転けたんだが、その時こいつの……下着を見てしまったんだよ…。な、なぁ藤原?」

 

「は、はい!全く、比企谷くんもむっつりですね!」

 

「比企谷先輩ラブコメの主人公ですか?」

 

「ち、違ぇよ……」

 

「わ、私餅を見て来ますね〜」

 

 藤原は寸胴の前に戻り、再び餅を見始めた。石上も寸胴の前に戻り、暖まろとしていた。

 

 不可抗力とはいえ、藤原を抱きしめてしまった。

 抱きしめたというか、あいつの身体と密着してしまった。藤原の特徴である二つの丘の弾力が柔らかいのを、俺は忘れられないでいる。それでいて、めっちゃいい匂いでした。

 

 いや本当、ラブコメの主人公かよ俺は。

 

 ダメだダメだ。一旦藤原のことは忘れろ。

 とりあえず、あいつらの動向を観察しなければ。俺はそう思い、再び覗いたのだが。

 

「んんんんー?」

 

 なんだあれは。俺は一体、何を見てるんだ。

 

「寝転んで正面に見えるのが夏の大三角だ。秋だって言うのに夏の三角の方が見つけやすい。おかしな話だよな」

 

 いやおかしいのはお前だよ。

 えっなんでそんなことナチュラルに出来るの?なんでお前は四宮の頭に手を回して身体を自分の方に寄せてるの?

 それもう恋人がやるやつだよ?

 

 しかし白銀は動じないどころか、お構いなしに説明を続けていく。この行動に四宮も撃沈。

 

「も、もう分かりましたから…!」

 

 四宮は白銀の手を振り払って、座る体勢を直す。

 

「月と言えばかぐや姫だよな。同じ名前だし、思い入れもあるんじゃないか?」

 

「……勿論です」

 

 白銀が話を振ると、四宮の表情は一転し、暗くなる。

 

「夜空を見上げれば愛する人を残し、月に連れ返された女の物語を想わずにはいられません。…だからこそ、月が嫌い…」

 

「…そうだな。かぐや姫は月に連れ帰られる際、愛した男に不死の薬を残す。だが彼女のいない世界で生き永らえるつもりはないと、男は薬を燃やしたという美談で物語は締められる」

 

 そう。これがかぐや姫の結末。四宮がこの物語を嫌う理由も、分からないではない。思い入れがあるということは、自分を重ねたことがあるということ。

 この物語の登場人物を仮に、白銀と四宮に重ねたとしよう。そしたら、白銀と四宮は離れ離れになり、報われない恋にしかならないのである。

 

「…でも考えてみればさ、あの性悪女が相手を想って不死の薬なんて渡すと思うか?」

 

 ところが、白銀はかぐや姫を違う意味に捉えた。

 

「あの薬は、"いつか私を迎えに来て"。そんなかぐや姫なりのメッセージだったと思うんだ。人の寿命じゃ足りないくらいの時間が掛かったとしても、絶望的な距離が2人の間にあったとしても、"私はいつまでも待ち続けます"って意味を込めて不死の薬を渡したんだと思う。…だけど男は言葉の裏を読まず、美談めいたことを言って薬を燃やした。…酷い話だ」

 

 物語に対する考察なんて、考え始めればキリがない。正しい考察なんてありはしない。けれど白銀の考察は的を射ているのではないかと、そう思ってしまうほどの説得力があった。

 

俺なら絶対、かぐやを手放したりしないのに

 

「……んん?」

 

 なんだろう。白銀の考察だから、別におかしくはない。のだが、なんだろう。何この違和感。

 

「俺なら月まで行って奪い返す、絶対に。何十年、何百年掛かろうと……な」

 

 あ、これヤバいやつ。

 

 今のあいつは頭のネジがぶっ壊れてる。先程の行動が証拠である。そんなあいつが恥ずかしがることなく、四宮の名前を連呼し、挙げ句の果てには「かぐやを手放さない」とか言っている。

 

「…もうやめて……もう無理……」

 

 ほら見たことか。オーバーキルにも程がある。

 

「これが俺達の物語だったら、言葉の裏をこれでもかと読んで、あんな結末にはならないだろうにな」

 

 やめて!彼女のライフはとっくに0よ!

 

「もうやめてって言ってるでしょう!!恥ずかしいのぉ!!」

 

 ついに四宮は爆発。白銀は何が何やらと言った顔である。

 

「花火大会の時といい、よ、よくそんなこと真顔で言えますね!私を殺す気ですか!?」

 

「?どうかしたんですか〜?」

 

 騒ぎに気づいた藤原と石上も、裏側から出てくる。

 

「あーもう駄目!!私耐えきれない!!」

 

「かぐやさん!?」

 

 翌日、屋上での言動、行動を振り返った白銀はあまりの恥ずかしさのあまり唸っていたとさ。

 

 めでたしめでたし。

 

 



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第67期生徒会

 

 俺達は生徒会室の中の物を整理、不必要になったものは持っていくという作業を行なっていた。その理由は一つ。

 

 今日で、この生徒会は解散するからである。

 

「1年ってあっという間ですよね〜」

 

「僕は実質半年くらいですから、余計にそう感じます」

 

「でもこの生徒会には二年くらい居た気もしてくるから不思議だよな」

 

 長かったような、短かったような。

 思い返せば長いような気もするが、一瞬にして終わった気もする。それだけ、濃い一年を過ごしたということなんだろう。

 

「あ!この看板懐かしいですよね!」

 

 藤原が大きい看板を取り出す。

 

「それ、フランス校の交流会のやつだな。懐いな」

 

「急に校長が言い出したやつな。あれが一番忙しかったな」

 

「ですね…」

 

 事前の準備も忙しかったが、フランス校の生徒と話すのも苦労した。それっぽい単語を次から次に並べて、文法が無茶苦茶になったのはいい思い出だ。

 それでなんでか知らんけど、薔薇の折り紙も貰ったな。捨てるのもなんだから、一応置いていたりするんだが。

 

「まぁまた使うかも知れねぇし、一応置いといていいんじゃねぇの?」

 

「だな」

 

「ゲームも持って行かなくちゃですよね」

 

 藤原がケースに入ったトランプを持って呟いた。

 

「あ。そのトランプ」

 

 石上が藤原のトランプを見て呟くと、藤原はバツが悪そうな表情に変える。

 

「なんかあったのか?」

 

「えぇまぁ。比企谷先輩と四宮先輩がいなかった時にしてたんですけど。自信満々に神経衰弱を振っておきながら一度目はイカサマトランプ持ち出して、二度目は普通にやってると思いきやさりげなくイカサマした結果、会長にバレて利用されて敗北したんですよ」

 

「えぇ…」

 

 つまりあれか。策士策に溺れるってやつか。藤原って結構狡いことするよな。

 

「本当に藤原さんはすぐにゲームしたがるから」

 

「色んなゲームやったなぁ」

 

 藤原単体で言えば、ポケモンGOしながらリボンを失くしたという記憶も懐かしい。

 

「これもやりましたよね〜!」

 

 藤原が単語帳の一枚を俺達に見せる。そこには「好き♡」と書かれている。

 

「なんだっけ、それ」

 

「また懐かしいもん引っ張り出してくるな…」

 

「どうやら比企谷くんは思い出したようですね。では……」

 

 藤原が一度咳払いし、息を吸い込んで。

 

ドーンだYO!

 

「うわあったなそれ!」

 

 そう。藤原が無双したNGワードゲームで使った単語帳の一枚である。あれに負けてフランス校との交流会で伊達眼鏡したんだっけか。

 

「一体どういう状況ですかそれ…」

 

「石上くんが仕事を持ち帰りしてた頃の話ですから知らないですよね。交流会の買い出し担当を決めるゲームでの一幕ですよ」

 

「あっ!後これもありましたよね〜」

 

 藤原がまた何か取り出す。取り出した物を、白銀の頭に装着させる。

 

「に、似合うな……くく……」

 

 白銀の頭に装着されたのは、猫耳のカチューシャである。これもフランス校との交流会で使おうとしたやつだったっけ。結局あの時、白銀と四宮が猫耳カチューシャに洗脳されて使用禁止になったんだよな。

 

「…全く。真面目にやれとは言わないが、人の邪魔すんなよ」

 

「えへへ〜。ごめんなさい〜」

 

 なんだか少し楽しい気がする。家の大掃除で懐かしい物が出てきた時もこんな感じだったな。

 

「えっと、他にも…」

 

「あっ!それ知ってる!」

 

 藤原は今度、ハリセンを取り出した。それを見た石上が素早く反応する。

 

藤原先輩の巨乳が邪魔って話をした時、僕を引っ叩いたやつ!」

 

 と、意気揚々に言った瞬間。

 

「んんんッ!んんッ!!んんんんッ!!」

 

「そう!こんな感じ!」

 

 藤原は怒り狂いながら、石上の頭に何発もハリセンを叩き込んでいく。

 

「強くなったよな石上。昔は何かあったらすぐ帰って死のうとしてたのに。…そうか。人は成長する生き物だったな」

 

「成長してますか?これ」

 

 多分そんな成長してない。なんなら何も変わってないまである。

 

「四宮だってそうだろう。前は初体験をキスだと思ってて」

 

「揶揄おうったってそうはいきませんよ。昔の話です」

 

 そういえばそんなこともあったな。

 あの時は四宮の狂気が異常過ぎて早坂にヘルプ求めたかったレベル。マジで焦ったわ。

 

「あっこれも懐かしい〜!」

 

 また藤原が何かを取り出す。

 

キューバリファカチンモです!」

 

「何それ!?」

 

「げっ、それは…」

 

「比企谷知ってるのか!?」

 

 逆に忘れようったって忘れられねぇよ。謎の塊につぶらな目が一つ、ムキムキの人間の生足が生え、意味深な4つの旗をぶっ挿している奇妙で奇想天外な何かである。

 

「会長分からないんですか!?去年のバレンタインかぐやさんが…」

 

 と言いかけた瞬間、藤原の肩を掴んで全力で首を横に振る。

 まぁバラされたくない気持ちは分からないでもない。早坂が自己防衛で記憶を抹消するほど壮絶なものなのだ。

 

「あ!この飾り付けもちょっと懐かしいですね〜」

 

「…そうだな」

 

 藤原が取り出したのは、俺の誕生日の際に生徒会室を鮮やかにした飾り付け。まぁ1ヶ月前の話だし、懐かしいという感じにはならないが。

 

 …本当この一年、生徒会で色々なことがあった。

 

 白銀に誘われて生徒会に参加。暗殺者の四宮とダークマターの藤原がいた異質な空間。俺達が二年になってから、入学してきた石上が加入。

 柏木さんと翼くんが様々な恋愛相談を持ちかけてきたり、フランス校と交流会をしたり。バレーや音楽では白銀に迷惑をかけられた。俺や白銀の誕生日、それに夏休みでの花火大会。振り返れば、様々な出来事を思い出す。

 

 本当に、濃い一年だった。

 

「…こんなもんかな。探してない場所はないか?」

 

 あらかた生徒会室にある物を整理し終えた。白銀が確認を尋ねると。

 

「あ、1ヶ所探してない場所ありました」

 

 石上が食器棚を横にスライドすると、そこには上に続く階段が現れた。そのことに対して、白銀と藤原は驚きを隠せない。

 

「そんなんあったん!?」

 

「えっ、気づいてなかったんですか?」

 

「知らん!これっぽっちも気付かなかった!」

 

「学生運動の時にここが拠点となったそうなので、その時作られた隠し部屋ですかね」

 

「初めて見た時は異世界でも繋がってんのかって思ったわ」

 

 最後の最後で、謎が出現した。

 結局中には入らず、食器棚を元に戻して生徒会室から退出する。

 

「じゃあ、今度こそ忘れものはないか?」

 

 こうして、俺達は生徒会室から離れていく。一歩、また一歩と進む度、思い出深い生徒会室の入り口が小さく見えてしまう。

 

「どうします?ファミレスで打ち上げでもします?」

 

「それもいいかもなぁ」

 

 背後から、生徒会室の扉がゆっくりと閉まる音がした。刹那、藤原が歩みを止める。

 

「藤原?」

 

 どうしたんだと聞こうとすると、彼女の瞳から涙が溢れ始めていた。

 

「うっ…ううっ……ひぐっ……」

 

「あ…」

 

 藤原の涙が、生徒会での思い出がとても良いものだと証明していた。

 

 始まりがあれば、当然終わりがある。それが世界の理だからである。

 それでも、この生徒会がもう少し続けばいいなと、今になって少し思う。

 

「…もう。そんなのズルいわ」

 

 藤原の涙が影響したのか、四宮はもらい泣きしてしまう。四宮が藤原を抱きしめ、藤原は四宮に抱きつく。

 

「…みんな、お疲れ様。本当に、ありがとうございました」

 

 白銀が生徒会室に向かって頭を下げ、石上と俺も続けて頭を下げる。四宮と藤原は涙を拭いて、同じく生徒会室に向かって頭を下げる。

 

 今までの感謝を込めて。

 こうして俺達の、第67期生徒会の全活動が終了した。

 

 そして。

 

「一年間ありがとうございました」

 

 ファミレスで打ち上げすることになり、俺達はテーブル席に着く。白銀が学ランに着けていた飾緒を、元の場所である長方形の木箱へとゆっくり戻して。

 

「かんぱーい!!」

 

 その言葉を合図に、みんなが飲み物を掲げる。

 

「これでようやくこの暑苦しい学ランを脱ぐことが出来る」

 

 白銀は学ラン脱いで、半袖のカッターシャツの姿になる。

 

「言ってる間にまた衣替えだけどな」

 

「それな!はぁー、肩の荷が降りた。重いんだよこの飾緒」

 

「まぁ金で出来てますしね」

 

「マジっすか」

 

「なんでも戦時下……戦没者の章飾から特殊な工程で金箔を集め一つの飾緒を作る。秀知院を出た将校達の間でそういう取り決めがなされていたそうで。それがこの飾緒だとか」

 

 そりゃ重いわ。色んな意味で。

 

「あー本当にきつかった。こんなの1年やればもういいわ。後は優秀なのが後を継いでくれることを祈るばかりだ。この中の誰かが立候補してくれたら安心だけどな」

 

「うーん…会長の死にっぷりを見ててやりたいと思う人はいないと思いますよ〜?」

 

「まぁ立候補締め切りまで時間はあるし、考えるだけ考えてみてくれ。会長役は大変だが、それに見合ったメリットもある」

 

 生徒会長を務めたという事実は、自身の内申に大きな影響を与える。それは、自身の将来に対する視野をもう少し広くすることが出来ることなのである。

 まぁ俺専業主夫志望だから絶対やらんけど。

 

「石上どうだ?立候補してみないか?」

 

「ははは、僕が票を取れると思いますか?僕と目が合っただけで、クラスの女子は泣き出すんですよ。泣かせた女は数知れず。女を泣かせて僕も泣く。ははは、面白い話ですよね」

 

「ごめん」

 

 俺をも凌駕する自虐ネタを繰り出した石上。白銀なんて謝っちゃってるよ。

 

「そうですね〜。私が生徒会長になったら〜」

 

 その言葉を呟いた瞬間、笑いが巻き起こる。

 藤原が生徒会長なんてしたら多分一瞬で崩壊するわ。

 

「比企谷はどうだ?」

 

「やるわけねぇだろ。つか、もう生徒会にも入らんぞ。仕事なんかやってられるか」

 

「まぁ石上と比企谷には結構な負担を掛けてしまったしな…」

 

 白銀が言った通り、優秀なやつが継いでくれるのを祈るしかない。もう生徒会の業務はしんどいし。

 

「それで会長…」

 

「おいおい四宮。俺はもう会長じゃないぞ」

 

「あ……そうでしたね」

 

 四宮はずっと白銀のことを会長呼びだったな。結構な間呼び続けていたし、それが癖になってるのかもな。

 そういえば、会長呼びの前はなんて呼んでたんだっけ?まぁ四宮のことだし、下の名前で呼んだりするようなことは…。

 

みゆき君もおかわり入りますか?」

 

 ここで下の名前を呼ぶ者が現れる。誰であろう、藤原である。

 

みゆき君はコーヒーですよね?みゆき君はホットが良いですか?アイスが良いですか?」

 

「じゃあアイスで」

 

「はーい。みゆき君はアイスで〜」

 

 怒涛の勢いでめっちゃ名前呼ぶやん。ていうか、藤原って白銀のこと名前で呼ぶのね。俺や石上は苗字なのに。これが人徳の差ですかそうですか。

 

 いやまぁ全然気にしてないけどさ。

 

「じゃあ僕もみゅー先輩と同じので」

 

 えっ待って石上って白銀のこと渾名で呼ぶの?

 石上ってそんなキャラだっただろうか。ていうか、俺に対しての渾名はないのね。これが人徳の差ですかそうですか。

 

 いやまぁ全然いらんけどさ。ヒッキーとかヒキガエルとか比企谷菌とか呼ばれるかは無い方が全然良いんだけどさ。

 

「私も藤原さんと飲み物を取りに行って来ます。アイスコーヒーで良かったんですよね。み………会長」

 

「だからもう会長じゃないんですって」

 

 こっちはこっちで会長呼びが抜け切らないし。しかも今こいつ、ナチュラルに名前で呼ぼうとしていたよな。今「み…」って言いかけたよな。なんならもう赤面しちゃってるし。

 

 なんだかんだと話していると、時間が早く経つ。それぞれ会計を済ませて、藤原と石上が電車で帰るので、駅まで一緒に向かうことに。

 

「それじゃ」

 

「お疲れ様でした〜」

 

 藤原と石上は別れ、俺達三人だけに。

 

「…悪い。俺ちょっと寄るとこあるから、先に帰っててくれ」

 

「お、そうなのか?では、またな」

 

「さようなら、比企谷くん」

 

「おう。じゃあな」

 

 俺と白銀達は別れ、それぞれ別の帰路へ辿る。

 

 特に用事があるわけじゃない。なんなら白銀と帰る場所は同じだ。

 だが奥手で面倒でツンデレなあいつらは、生徒会という空間が無くなってしまった以上、おそらく他クラスまで行って話すとは思えない。

 

 なら今のうちに、話したいことは話してしまった方がいい。クラスが変わっただけで人間関係はリセットされる。生徒会とて、それは変わらないだろう。

 まぁあいつらの場合、互いが互いを好いているから、そんな心配もないだろうけど。

 

 これは俺の自己満足で、余計なお世話でしかない。必要のない気遣い。

 けど話せないことを後悔するなら、今のうちに話したいこと、伝えたいことを伝えるべきなのだ。

 

「…明日から静かになるな」

 

 騒がしい生徒会の日常も、今日で終わり。

 これからは秀知院の一般生徒の比企谷八幡として、静かに独りで過ごしていこう。

 

 本当、騒がしい空間だったな。

 



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伊井野ミコは正したい②

 生徒会が解散して数日が経ち、衣替えの季節になる。夏の暑さは潜め、やや冷たい風を感じる程度の記憶が当たり前になる。

 そんな秋の季節、秀知院には大きな行事がある。

 

「会長ぶっちぎりじゃないですか」

 

「これはもう勝ったも同然ですよー!」

 

 それは、生徒会選挙。過去に白銀が通った道。

 生徒会選挙予測速報という記事を見ている俺達は、白銀の支持率の圧倒的な高さに感嘆の声を出す。

 

「いや、予測の数字なんてアテにならん。前期の活動で俺達の名前を記憶してる層が多いだけだ。他の候補者の活動次第でこの数字は変動し得る。油断は禁物だ」

 

 とかなんとか言って、多分こいつ内心舞い上がってるに違いない。だってチョロいから。

 

「…にしても、結局生徒会長やるんだな。てっきりもうやらんのだと思ってたが」

 

「まぁ色々あってな。それに生徒会長を続けるということは、それ相応のメリットがある。逃さないわけにはいかないさ」

 

 生徒会長になった実績は、大学への進学や社会において良き方向に影響する。勉学で常に上を目指す白銀にとっては、掴んでおきたい手綱なんだろう。

 

「次点に来てる子は1年なんですね〜。石上くん知ってる人?」

 

「クラスメイトの名前を覚えてない僕に訊きます?」

 

 生徒会選挙に参加しているのは3人。1人は白銀で、もう1人は本郷とかいうモブ。モブは言い過ぎたかな。

 そして3人目が、あいつである。

 

「やっぱ参加してたんだな…」

 

「比企谷くん、知ってる子なんですか?」

 

「ん、まぁな。伊井野が生徒会選挙に参加するっつー話は何度か聞いていたが…」

 

「伊井野…!?」

 

 すると石上が、顔色を変えて反応する。記事を食い入るように見る。

 

「すみません。この名前は流石に知ってます」

 

「有名人なのか?」

 

「まぁ1年の間では……。学年1位ですし」

 

「おっ、おう……マジか」

 

「でもその……それ以上に強烈な部分が…」

 

 まぁあの猪突猛進ぶりは、インパクトの強い部分と言っても仕方ないだろう。それに考え方がだいぶ古臭い部分もある。それを周知されているなら、有名人になってもおかしくない。

 

「あそこでビラ配ってんのが伊井野じゃねぇのか?」

 

 遠目で伊井野と、友達の大仏がビラを配っているのが確認出来た。

 

「百聞は一見にしかず……僕らが話すより、直接見た方が早いと思います」

 

 俺達はビラを配っている伊井野の下へ向かった。

 到着し、伊井野がダンボールからビラの束を取り出しているところに、石上が声をかける。

 

「…ちょっといい?」

 

「…石上……何の用?見ての通り私は忙しいの。不良に構ってる時間はないんだけど」

 

 めっちゃ嫌われてんじゃん。

 伊井野の人格からすれば、石上や俺といった校則を蔑ろにする人物はあまり良くは思わないだろうけど。

 

「せめて話は聞いてやれって」

 

「!比企谷先輩……!」

 

 俺の声を聞いた瞬間、伊井野は立ち上がってこちらに振り返る。

 早い早い。怖いよ。急にキャラ変わって怖いよ。

 

「何か用ですかっ?」

 

「いや、俺じゃなくてこいつが…」

 

「君が伊井野ミコか?」

 

 今度は白銀の声を聞いた瞬間、目をキリッとし、姿勢も正しくする。

 だから早いの。今この数分でお前3人分のキャラを使い分けたよ?

 

「はい。初めまして…でしょうか。白銀前会長

 

「前……。…聞いたぞ、1年の学年1位なんだって?」

 

「はい。入学以来ずっと1位です」

 

「ふ、ふぅーん…。でも勉強だけが全てじゃないからな。バイトとか社会経験が大事なんだからな」

 

 嘘だろまさかこいつ1年に対抗心燃やしてんの?

 

「ビラ配りか。そういう地道な努力も大事だ」

 

「前会長こそ、選挙も間近だと言うのに選挙活動らしい活動をしていませんよね。王者の余裕というものですか?私から見たら、ただの怠慢ですけど」

 

 なんつー辛いコメントだ。俺だったら迷わずここから逃げ出すわ。

 

「選挙活動なんて所詮単純接触効果を期待した票集め。普段の実績があればそんなまやかしは必要ないんじゃない?」

 

「それが怠慢だというのです。生徒達に政策を考える機会を与えてこそ、健全な学園運営に繋がるという発想には至りませんか?」

 

 伊井野や大仏の言葉により、白銀と石上は後退る。完璧な反論と言えるだろう。

 

「私達は、この秀知院がより健全で尊いものになるよう努力を重ねているだけです。その想いを選挙活動を通して生徒達に伝えたい。単なる票集めのつもりはありません」

 

 なんでこういう時に限ってスラスラと言葉が出るのかね。もう反論の余地なしだぞ。

 

「な、中々弁の立つ小娘だな…」

 

「小娘て…」

 

「どんなに立派な理想を抱いていても所詮は理想!」

 

「投票日が楽しみですねぇ……現実の厳しさをその身で知ることになるでしょう」

 

「何お前ら。どこの悪役?」

 

「理想なき信念に、意味なんてないと言うのに…」

 

「ほらー!こっちの方が完全に良いこと言ってるもん!」

 

 まさに正義vs悪。どう考えても軍配は伊井野の方に上がるんだけどもね。

 

「ごめんね〜。みゆきくんだいぶ伊井野さんを意識しちゃってるみたいで…。普段はこんなんじゃないんだけど…」

 

「藤原先輩…」

 

「あっ、私のことも知ってるんだ〜!」

 

「勿論です!…あの……それで…よろしければなのですが…」

 

「?」

 

「私が生徒会長になった暁には、藤原先輩が副会長になっていただけませんか!?」

 

「えぇーっ!?」

 

「比企谷先輩には、庶務を命じます!」

 

「ごめんそんなことより藤原が副会長とか何事だよ」

 

 俺が庶務とかそんなん一旦どうでもいいんだよ。なんだよ藤原が副会長て。

 

「ちょっと待て!よりにもよってなんで藤原なんだ!」

 

「この人知ってたら絶対出てこないセリフですからそれ!」

 

「失礼って言葉知ってますか男子ども!」

 

「ちょ、おい大仏。お前こいつのブレーキ役だろ。ここでブレーキせずにいつするんだよ」

 

「いえ、論理的に考えて藤原さんは副会長に相応しいでしょう」

 

「ヘイSiri。論理的で検索」

 

 論理だけじゃ推し量れないのが藤原という人間だぞ。どういう思考を巡らせたらそんな頭ハッピーみたいな考えが出てくるんだよ。

 絶対後悔するぞ。藤原が副会長になった瞬間、生徒会は正に魑魅魍魎のようなゴミみたいな集会と化すぞ。いいのか。

 

「貴方達こそ、藤原先輩の何を知ってるんですか!藤原先輩ほど立派な人がいますか!」

 

「いや探せばいる…」

 

「静かに!!人の話は最後まで聞きましょう!!」

 

 お前俺のセリフ遮ってよくもまぁそんなこと吐かせたな。

 

「藤原先輩はあのピティアピアノコンペで全国大会金賞を取ってるんです!」

 

「小4の時ですけどね…」

 

 何をもじもじしてるんだ己は。

 

「しかも5ヵ国語を操るマルチリンガル!」

 

「親が外交官で…」

 

 何をテレテレしてるんだ己は。

 

「それでいて秀知院で普通の成績を誇る秀才!」

 

「あーそこは普通かー」

 

 一気に下がったじゃねぇか。

 

「私も小さい頃からピアノやってて、藤原先輩に憧れていたんです。藤原先輩は私なんか足元にも及ばない天才なんですから!」

 

 確かに、藤原って変なとこで天才的なところ見せるよな。ただそれ以上に、普段の人格に問題があるんだが。

 

「もっと褒めて〜」

 

 藤原がなんか溶けそうになってんじゃねぇか。

 

「分かりましたか!?藤原先輩は凄いんですから!」

 

「引退して以来過去の人扱いされてたから嬉しいよぉ〜」

 

「いいですか前会長。確かに票数では劣勢かも知れません。しかし理念だけでは絶対に引けを取りません。そしてそれらは、必ず時間と共に理解が得られるものと確信しています。藤原先輩、ついでに比企谷先輩を引き入れるためにも、この選挙は勝たせて頂きます」

 

「絶対に負けませんよ!」

 

「なんでナチュラルに寝返ってんだよ」

 

 そんな論争が繰り広げられ、俺と白銀、そして石上は廊下を歩きながら伊井野について話していた。

 

「伊井野ミコ……中々手強い奴のようだ…。これは対策を講じる必要が…」

 

「どうでしょうかね……その心配はないと思いますよ」

 

「何?」

 

「そのビラ、ちゃんと読んでください」

 

 ビラにはこう書かれていた。

 男子は丸坊主、女子は三つ編みかおさげにしなければならない。服装にいたずらな装飾を着けてはならない。スマホ持ち込み不可。週一に持ち物検査が行われる。男女は50cm以上の接近禁止。

 

「…流石伊井野。あいついつの時代の人間だよ」

 

 昭和か大正辺りからタイムスリップでもして来たんじゃねぇのか。

 

「にしても、比企谷先輩と伊井野、後大仏って知り合い同士だったんですね」

 

「過去にちょっと出会って、それ以来目ぇ付けられてな」

 

「そうですか」

 

 生徒会選挙の日は近い。

 だが俺は、伊井野の信念や強烈なビラより懸念していることが一つある。

 

 それが何かは、選挙当日でまた話そうと思う。

 



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伊井野ミコを笑わせない

 生徒会選挙当日。様々な委員会が選挙のために体育館で準備をしている最中、俺達は神妙な面持ちをした石上に呼び出される。

 

「今日の生徒会選挙、伊井野ミコに徹底的に勝ちたいんです」

 

「事前調査では私達9割近くの票を抑えてますし、そこまで心配する必要は…」

 

「向こうに何か隠し球でもあるのかしら?」

 

「いえ、無いです。今日の選挙は僕達が確実に勝つでしょう」

 

「だったら…」

 

「それでも皆さんなら、それ以上の勝ち方が出来るはずです」

 

 伊井野ミコに徹底的に勝つ。そんな石上の依頼には、とある想いが含まれていた。

 

 そして生徒会選挙の時間となり、一般生徒は並べられた椅子に座らされている頃だろう。

 

「そろそろ準備お願いします」

 

 準備を終え、いざ生徒会選挙に。

 まずは伊井野ミコの応援演説を担当する大仏が、淀みのない演説で伊井野の良さを必死に伝えて始める。

 

「…ご静聴、ありがとうございました」

 

 大仏の演説が終了。しかし会場の雰囲気は。

 

「会場の意識が散漫です。真面目に聞いてる奴は半分もいない」

 

「…まぁ一般生徒からすれば、品定めみたいなようなもんだからな。どうでもいいことなんだって証拠だ」

 

『続きまして、白銀さんの応援演説です。四宮さん、お願いします』

 

 白銀の応援演説は勿論、四宮である。四宮が壇上に上がると同時に、会場が騒がしくなり始める。その瞬間、体育館内に大きなハウリング音が響く。

 その音に、騒がしくしていた一般生徒、および注意をしていた教師陣全員が黙り、ハウリング音を発生させた四宮に注目する。

 

「白銀御行会長候補の応援演説を務める四宮かぐやです。こんにちは」

 

 静寂の中、四宮は淡々と演説を始めていく。

 白銀の良さを、全校生徒に伝える四宮。文の構成、スクリーンに映し出される資料、制作案、これら全て、前生徒会が集って作られたもの。

 

「…内容が内容だけに、結構盛り上がってるな」

 

「会長の成果をそれっぽく演出して見せただけですよ。大事なのは積み重ねと適切な出力(伝え方)です。そのどちらが欠けても評価には繋がらない」

 

「だが意外だったな。石上がここまで本腰を入れるとは」

 

「僕が言い出したことですし。伊井野に徹底的に勝つって」

 

 俺達が話している間に、四宮の応援演説は終了。完璧な演説を終えた四宮に、拍手喝采。

 

『続きまして、伊井野ミコさんの立候補演説です』

 

 伊井野ミコによる、生徒会長立候補演説。壇上に上がり、スピーチする内容が書かれた紙を開いて、演説を始めるのだが。

 

「…私…名前は……」

 

「えっ?」

 

「なんて?」

 

「マイクトラブル?」

 

「聞こえねーよ」

 

 マイクを使っても尚、聞こえない程の小さい声。遠目から見ても分かる彼女の様子。

 

「くすくす…」

 

「緊張してるのかな」

 

 三度騒がしくなる体育館。四宮が演説した時とは違う、明らかな喧騒。これら全ては、無意識の悪意によるものだ。

 

「これが伊井野の勝てない理由。元々人前が苦手な奴でしたけど、選挙に負ける度酷くなってる」

 

「…あがり症だからな、あいつは」

 

 あがり症だけならまだなんとかなるかも知れない。

 だが、あいつを見て笑う人間がいる。今体育館が騒がしいのがその証拠だ。

 

「…そりゃ笑えますよ。学年1位の融通が利かないクソ真面目ちゃん。普段は偉そうに指図してくるくせに目の上のタンコブが、こうも見事に生き恥晒してくれるんですから」

 

「普段から伊井野に注意受けてる奴からすれば、笑うなって方が無理あるからな」

 

「僕だってあいつには恨みも多い。でも」

 

 神妙な面持ちから、石上は怒りを見せるような面持ちへと変える。

 

「でもイラつくんですよ。頑張ってる奴が笑われるのは」

 

 石上が俺達に依頼した「徹底的に勝って欲しい」という内容。要のところは、伊井野ミコを笑わせない勝ち方をして欲しいということ。

 

 今のまま放置すれば、伊井野は無様に負けた上にあがり症が更に酷くなる。

 俺も多少の注意を受けてきた。だがそれは全て、あいつが自分の信念を持って貫いているからだ。非難されても、笑われても、正義という信念を持って普段から頑張っている。

 

 それに、だ。

 

『秀知院がより良い学校になって欲しい……その一心で、今まで頑張って来たのに…。私の頑張りって、一体なんなのかな……』

 

 過去にあいつが呟いたこと。俺は今でも記憶に残っている。

 あいつの信念も頑張りも間違っちゃいない。古臭い考えではあるが、あいつは何も悪くないのだ。

 

 ただ正しくありたい。その一心なのに、周りがそれを許さない。

 

「…白銀。アフターケア頼むな」

 

「え?ちょ、おい、比企谷っ?」

 

 白銀の言葉を聞かず、俺はそれだけを言ってその場から離れる。

 

 悪意の矛先は、ちょっとしたことで変わる。イレギュラーが入れば、とりあえず伊井野に矛先が向くことはない。

 

 俺が出来ることは正攻法とはかけ離れたもの。この選挙に纏う歪な雰囲気を、全てぶっ壊す。

 

「あっ……」

 

 伊井野が用紙を落とす。慌てて拾おうとするが、先に俺が拾う。

 

「比企谷…先輩……?」

 

「まぁあれだ。とりあえずもう終わりだろ」

 

「終わ、り…?」

 

「ビラ見たぞ。俺からすれば、だいぶ古い校則だ。これじゃあ票数は稼げねぇわ」

 

「おい君!何してる!」

 

 教師陣が慌ただしく注意する。しかし、俺にはただの野次にしか聞こえない。

 

「それにこいつら、ちゃんと話を聞いてねぇからな。伊井野が慌てふためく姿を偉そうに笑ってるだけだし」

 

 俺は全校生徒に向けて、鼻で笑う。

 

「なんだあいつ」

 

「知らねーよ。誰だよ」

 

 いい感じだ。いい感じに伊井野から意識が逸れている。

 

「お前らもさ、伊井野が慌てふためく姿見て楽しんでんだろ?普段から伊井野から注意受けてる奴は特に。自分が校則を破ったことを棚上げして伊井野を笑う。俺からすれば、伊井野よりそっちの方が滑稽に見える。正に、最底辺の世界の住人だ」

 

「なんだよお前!」

 

「急に出てきて調子乗んな!」

 

 やっべ。四宮の演説と同等の盛り上がりだ。我ながらここまでよく盛り上げたものだ。

 

「普段注意してくる奴が無様な姿を晒す。お前らからしたら、伊井野は見下したい相手だろ。自分の方が上だと、伊井野より優位な立場にいると確認がしたい。だから伊井野を嘲笑ってんだろ」

 

「比企谷先輩……」

 

「お前もだ伊井野。さっきも言ったが、こんなアホみたいな古臭い考えの校則は今の時代には合わない。例えそれを認めさせたくても、あがり症じゃ尚のことな」

 

「…そ…んな……」

 

 伊井野は顔を俯かせる。

 

「言い返したいなら何か言えよ。人の目ぇ見て話せって言われてないのかお前」

 

「わ、私が言いたいのはっ…」

 

 伊井野が勇気を振り絞って顔を上げる。

 

「ほれ。言ってみ、伊井野」

 

「あ……」

 

 焚き付けるだけ焚き付けた。観客も伊井野より俺に意識が向いている。

 後は、伊井野次第。

 

「この公約はアホらしくなんてありません!!」

 

 …びっくりした。慌てて耳塞いじゃったよ。俺どころか、会場が一瞬で沈黙した。

 

「いいですか!こちら各高校のブランドイメージのアンケートです!我が秀知院のブランド力は年々下降の一途を辿っております!」

 

「…原因は?」

 

「いくつかの原因はありますが、その中でもモラルの低下が強く印象付いているようです!世間には"偏差値だけ良いボンボン共"、そんな風に思われているのです!」

 

 火が付いた伊井野は、留まるところを知らない。アドリブもアドリブ。さっきまで用紙を見ていた伊井野が一転し、まるで政治家のように次から次へとスピーチを続けていく。

 

「まぁそういう側面は否めないけども。まぁでも秀知院がそんな風に思われているなら、近所の人からの印象もあまり良くないってことなんだよな?」

 

「そうです!そのせいで、最近は行事において地域団体の協力が得られない状況が続いています!」

 

「具体的には?」

 

「例えば文化祭のキャンプファイヤー!3年前まで恒例行事でしたが、深夜まで居座る生徒やポイ捨て問題が取り沙汰され、夜間活動に町内会の許可が下りなくなってしまいました!風紀の乱れが引き起こした問題の一つです!」

 

「つまり、周囲からの不評は現状の緩い校則が招いたことだと言うのか?だからって坊主はやり過ぎだろ」

 

「カッコいいでしょ坊主頭はーっ!!!」

 

「え」

 

一周してお洒落でしょ!あのクリクリはきゅんきゅんします!」

 

「え、あ、そう…」

 

 まぁ好みは人それぞれだからな。坊主が好きだと言う人間もいないわけではないが、なんて場でカミングアウトしてるんだよ。

 

「この情報社会、どんな些細な醜聞でブランドが崩壊するか分かりません!私達が社会人になってからも秀知院のブランドを保ち続けるため、今こそ風紀のある秀知院というイメージ改革が求められているのです!!」

 

 伊井野にはしっかりした信念がある。それを上手く伝えるのが難しかっただけで、それさえクリアすれば誰もが聞き入るスピーチになる。

 

「…凄ぇわ」

 

 伊井野のスピーチはまだまだ続いた。10分、20分。それ以上時間がかかり、誰かが止めれる雰囲気もなかった。

 

 その結果。

 

「…まぁ、仕方ないな」

 

 白銀と伊井野の生徒会選挙の票数において、40票の僅差で白銀が勝利した。結果として、伊井野は負けてしまったが。

 

「惜しかったな!俺お前に入れてたのによ!」

 

「来年もあるんだ!頑張れよ!」

 

「伊井野さんがそこまで学校のこと思っていたなんて知らなかったよ!」

 

「私達インスタで#坊主撫で隊ってのをやってるんだけど……」

 

 どうやら、次の生徒会選挙は大丈夫そうだ。伊井野に対する周りの見る目も変わった。

 

「ほらあいつだよあいつ。調子乗って壇上に出て、先生に連れてかれた奴」

 

「マジで意味不明。お前が何言ってんだよって話よね」

 

 ついでに、俺に対する周りの見る目も変わった。今の季節のように、少し寒々しい。

 

「…あんたは良いの?」

 

 その場から立ち去ろうとすると、目の前には四条が現れた。

 

「何がだよ」

 

「あんたの人格を知ってるから、大体分かったけど。誤解はさっさと解くべきじゃないの?」

 

「誤解は解けないだろ。解は出てる。それ以上解きようがねぇだろ」

 

「…本当、下らないことばっかり言って。…そういえば、かぐやおば様が倒れていたわよ」

 

「は?」

 

 何故四宮がぶっ倒れる。

 

「たまたま見かけただけだけど、状況から見てもしかしたらあんたの行動が原因かもね」

 

「マジか…」

 

 まぁもしかしたら、俺が原因で伊井野が生徒会長になりかねなかったからな。四宮からすれば、会長は白銀で、四宮は副会長であいつの隣で支えるという構図が理想なんだろう。

 

「…保健室に行ってみるか」

 

 倒れたってことは、おそらく近くには早坂がいて、介抱しているに違いない。四条が焦っていない様子を見ると、搬送されるような様態ではないと思われる。

 

 そう踏んで、保健室に向かったが。

 

「何かご用がおありですか」

 

 やっべぇ怖ぇ。殺人衝動バリバリ出してる。ちびっちゃいそうなんだけど。

 

「何も用がないのなら出て行ってください」

 

「かぐや様…」

 

「…悪かった」

 

 俺は頭を下げて、四宮に謝罪する。四宮や早坂がどういう表情をしているのかは分からないが、今俺が出来るのはこれだけだ。

 

「四宮がぶっ倒れたのは、多分俺の行動だろう。それに俺の行動で、危うく白銀が落選しかけた。お前や白銀、藤原や石上の努力を無にするところだった」

 

「…私に謝るより、会長達に謝るべきなんじゃないですか?」

 

「だから後で謝る。だがまず四宮、お前からだ」

 

「何故、私が先に?」

 

「みんなが生徒会選挙に懸けていたのは知ってる。みんなが努力していたのも知ってる。だが、一番頑張っていたのは四宮なんじゃないかって俺は思ってる。…白銀のためなら、なんでもするような奴だからな。白銀が会長になれたのは、四宮の助力が1番大きいんじゃねぇかって思ったからだ」

 

「…比企谷くん……」

 

 彼らに謝るということは、自分自身の行動が間違っていると否定していることになる。伊井野が無事にスピーチ出来るように仕向けたとはいえ、こいつらに対する配慮が足りなかったのも事実。

 

 結果としては、伊井野はしっかりやり遂げたし、白銀は生徒会長続行。だが、こいつらの努力を危うく潰すところだった。これほど上手くいったのは、伊井野が思った以上にきちんと話すことが出来たからだ。

 

 だいぶリスキーだったが、これしかなかった。俺が出来る、最善の方法。

 

「…もういいです。比企谷くんがどうしようもない人だと言うのは、今に始まったことではありませんから」

 

 四宮は溜め息を吐き、呆れながらそう言う。

 

「そうですね。捻くれた性格は死んでも治らないでしょうしね。最早彼のアイデンティティーですよ」

 

 四宮の言葉に続く早坂。

 

「…比企谷くん」

 

「なんだ?」

 

「お疲れ様。比企谷くんは頑張ったよ」

 

 早坂は、そう優しく微笑む。

 今まで彼女は素の表情を見せることが少なかった。けれど今確かに、自然に微笑んだ早坂の表情がそこにあった。

 

「……おう」

 

 早坂の労いの言葉を受け取り、保健室を出て行った。

 

 生徒会選挙も終了。伊井野のアフターケアは白銀か藤原、後は大仏辺りがしていることだろう。今の俺が行っても逆効果になる。

 

「ひ、比企谷先輩!待って!待ってください!」

 

 廊下を歩いていると、背後から駆け足の音と同時に彼女の引き止める声が聞こえる。振り返ると、息を切らした伊井野がそこにいた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「何の用だよ」

 

「比企谷先輩に…お礼をと…」

 

「…別にお前に礼を言われる筋合いはないぞ。お前に茶々入れただけに過ぎない」

 

 伊井野に礼を言われたいためにしたわけじゃない。会場の雰囲気も、伊井野も、全部気に入らないから荒らしただけだ。前提としては、石上の依頼があったと言うのも否めないが。

 

「で、でもっ……比企谷先輩が割って入って来てくれなかったら、私は何一つ言えないまま演説を終えるところでした。比企谷先輩がいなきゃ、私はダメだったんです」

 

「大袈裟だろ」

 

「大袈裟じゃないです!…また比企谷先輩に助けられて……私、先輩に迷惑ばかりかけてしまって…」

 

 と、悔しむ様子でそう溢した。

 別に迷惑だと思っちゃいないけどな。人に頼る気満々のやつに比べれば、全然マシな方である。

 

「お前がそこまで気に病む必要はないし、俺は迷惑だと思ってない」

 

「けど…」

 

「それに、俺も流石に頑張ったやつを迷惑呼ばわりするような鬼みたいな人間じゃねぇよ」

 

「え…?」

 

「白銀を僅差に追い詰めるほどの演説をしてみせただろ。きっかけはどうであれ、お前がこの学園のことを思って頑張ったってことが伝わったはずだ。そんな人間を迷惑だっつうほど、俺はそこまで性格悪くない」

 

 中学生から、あるいは小学生から。

 規律を重んじ、人を正しそうと伊井野なりに頑張っていた。それを伝える努力もしていた。

 

 伊井野は、頑張り屋な女の子だ。俺よりずっと苦しんで、足掻いて、抗っていたに違いない。

 そんな彼女を突っぱねるほど、俺は非情な人間じゃない。

 

「…比企谷先輩…」

 

 それはさておき、伊井野から向けられているこの視線に俺はどう対応したら良いものか。

 睨んでいるわけでもなく、哀れんでいるわけでもなく、ただただ俺をジッと捉えた熱く、強い視線。妙に熱っぽい視線に見えるのだ。

 

「と、とりあえず。もう話は終わりだ。俺は今から、白銀のところに行かなきゃならねぇんだよ」

 

 伊井野の視線から無理に逃げるようにし、言うことだけ言って白銀達を探した。

 

「比企谷、見つけたぞ」

 

 白銀達を探していると、逆にあちらから見つけられてしまった。四宮以外の生徒会メンバーが揃っており、今から俺がリンチでも喰らいそうな構図に見えてしまう。

 

「…悪かっ…」

 

「謝る必要はない」

 

「…は?」

 

 謝罪の言葉を遮った白銀の言葉に、素っ頓狂な声が出た。

 

「お前がそういうことをするやつだと言うのは分かりきったことだし、それにお前がやらなければ俺がやるところだったからな」

 

「…だからって謝らない理由にはならねぇだろ」

 

「どうせお前のことだ。謝るだけ謝って、勝手に生徒会から消え去るつもりだったろう」

 

「いや消えるも何も、生徒会は解散したんだし…」

 

「あぁ、解散した。だがまた結成した。四宮副会長、藤原書記、石上会計、更には伊井野会計監査」

 

 えっ伊井野までいるの?何あいつ、風紀委員と掛け持ちで生徒会やるつもりなの?

 

「そして、比企谷。お前を新生徒会の庶務として任命した」

 

「………ふぁっ!?」

 

 えっ待って勝手に決められてるってのはどういうこったパンナコッタ。

 

「謝る必要がないのはこういうことだ。謝るならば、それ相応の働きを奮ってもらう」

 

「…んな横暴な…」

 

「生徒会長だからな。これぐらいの横暴は当然だ」

 

 と、笑みを浮かべながら開き直る白銀。

 

「誰か欠けることは許されない。全員揃ってこその、()()()()()()なんだ。…比企谷庶務。何か異論はあるか?」

 

 …本当面倒くさい。生徒会の仕事も、このクソ横暴な生徒会長も。

 それでも、そんな生徒会という空間が俺に安らぎを与えていたのは否めない。知らず知らずに、あの場所に依存していたのかも知れない。

 

「…分かったよ。どこにでも連れて行け」

 

「ふっ…決まりだな」

 

 一番面倒なやつは、この俺かも知れないな。

 



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伊井野ミコは抑えたい

 

 伊井野を迎えた新生徒会が始動して1週間。新体制で臨む新生徒会の空気は。

 

「……」

 

 最悪である。では何故こうなったのか。

 

「平気で校則を破る人、生徒会室で言葉に出来ないことを繰り広げる人!我慢なりません!貴方達に学園の代表としての自覚があるんですか!?」

 

 だそうです、説明ありがとう。

 要するに、今の生徒会は伊井野から見てよろしくないものであり、そのことに対して怒っているということ。

 

 伊井野曰く、四宮が「会長のヤリチン!!」と泣き叫んでいた。伊井野曰く、生徒会室のソファで四宮が白銀を押し倒して何かシていた。

 

 伊井野から聞いた時、「あいつらマジか」って思った。その場に俺はいなかったし、どちらとも白銀と四宮しかいなかったらしい。

 伊井野は嘘をつく人間ではない。ということは、白銀と四宮はマジで()()()()()()をしていた可能性が高かったということだ。前に翼くんと柏木さんを二人きりにした時、イチャイチャしていた前例がある。

 

 チキンな2人であるが、万が一の可能性があったりするのではないのだろうかと、俺はちょっと思っている。ちょっとだけだ。

 

「少しは藤原先輩を見習ってください!」

 

 それはどうだろう。見習う部分、あるのだろうか。

 

「第一、皆の見本であるべき会長からしてだらしないんです!もっとしっかり!」

 

 伊井野は机をバンバンと叩く。どっかの眼鏡をかけた人事部次長ばりの机叩きを見せる。

 

「伊井野、落ち着けって」

 

「これが落ち着いていられますか!この人達、生徒会室であんなことしてたんですよ!?非常識極まりありません!」

 

「だからそれは誤解で…」

 

「いくら好き合ってる二人とはいえ、時と場所くらい選ぶべきでは!?」

 

 おっと伊井野急にどストレートなこと言い出しおったな。

 

「好き合ってる二人…!?」

 

 ほら見ろ、四宮の表情を。満更でもない顔しやがって。

 

「そ、そういう風に見えちゃうのかしら…」

 

「見えますよ!愛が少々行き過ぎています!」

 

「逆効果だぞ伊井野」

 

 伊井野は怒っているつもりだろうが、全くの真逆。怒れば怒るほど、四宮は嬉しく感じている。ドMじゃねぇか。

 

「とにかく!次に何かあれば有無を言わさず風紀委員としての権限を行使させていただきます!」

 

「伊井野さぁ、そういうのが敵作るんだって分かってる?」

 

 止まらない伊井野。そこに、ゲームを両手に石上が口を挟む。

 

「別にルールに厳しいのは構わないよ。だけど取り締まられる側にも感情があるの気づいてないだろ」

 

 おぉ。なんだかまともなことを言っている。これなら伊井野も、流石に耳を傾けざるを得ないだろう。

 

「相手の気持ちを汲まず、頭ごなしに…」

 

「うるさい。石上に言われたくない」

 

 石上KO。可哀想な石上。

 

「でも頭ごなしに叱るんじゃ相手も素直に従えないよね。相手の気持ちを汲まないと」

 

「はい…その通りです…」

 

「今石上が同じ話してたぞ」

 

 石上のことは言うことを聞かず、藤原には素直に従う。

 藤原に従うな伊井野。それは人の皮を被ったダークマターだ。従ったら間違いなくアウトだぞ。

 

「…まぁあれだな。厳しいのも大事だが、時には優しくするってことも必要だ。お前だって、怒ってばかりじゃしんどいだろ」

 

「確かにそうですけど…」

 

「つまり、人を叱るにはメリハリも必要だと言うことなんです!」

 

「な、なるほど…」

 

「そんなわけでミコちゃん!優しさを学ぶために、これから1時間何があっても怒っちゃダメですよ!」

 

「怒っちゃダメ、ですか…」

 

「そう!頑張って我慢するの!怒ってばかりじゃみんな言うことを聞いてくれませんから!一緒に練習しましょう!」

 

 藤原、後輩で遊び始める。伊井野が嫌だと言わないが故に、藤原はどんどん調子に乗っていく。新しい玩具を買ってもらった時の子どもの顔になってる。

 

「藤原先輩がそう言うのなら…」

 

「じゃあ石上くん!誰も怒らないので自由にしていいですよ!」

 

「自由…?いや意味が分からないんですけど…」

 

 すると石上は左足を机の上に乗せ始める。

 

「自由にしても普段と何も変わらないですよ」

 

「机に足っ…!」

 

「ミコちゃん怒っちゃダメだからね!メリハリのメリです!」

 

 次に石上は鞄の中を探り始めた。探った結果、石上が取り出したものは。

 

「コーラとポテチかよ」

 

 石上の宴が始まった。最初からだいぶ自由度が高いなおい。

 

「比企谷先輩もいります?ポテチ」

 

「あ、じゃあもらお」

 

「比企谷先輩まで!?」

 

 石上のポテチを分けてもらい、一枚、また一枚と食べていく。久しぶりにポテチとか食ったけど、やっぱ美味いな。

 

「んー…」

 

 石上は何を思ったのか、Switchをテレビ接続し始めた。大画面にはあの有名キャラクター達が車に乗っており、更に「マリオカーッ!エイーッ!」と作品名が聞こえて来る。

 

「んんーッ!んんーッ!」

 

 石上の振る舞いに、伊井野は怒りを抑えられないでいる。

 

「ミコちゃん怒っちゃダメ!これはミコちゃんが怒らないようにするための試練なんですから!」

 

「そんなこと言ってもこれじゃ怒りが増す一方です!」

 

「うーん、それじゃあ…」

 

 伊井野に怒るなと言うのが無理なのかも知れない。そろそろ禁断症状とか出そうだし。

 

「…相手の気持ちを汲まなきゃならんって話なんだろ。じゃあ伊井野が相手と同じことをすればいい」

 

「つまり…?」

 

「お前も校則を破ってみれば、相手の気持ちとやらも少しは分かるんじゃねぇの」

 

「それアグリー!!」

 

 なんだその意識高い系の賛同の仕方は。

 

「携帯は必要な連絡や調べ事での利用はOKですが、アプリもSNSも勉強以外の物は原則禁止。校則ではそうでしたよね」

 

「はい…」

 

 すると藤原がスマホで自撮りを始め、その写真を伊井野に見せる。

 

「じゃーん!色んなアプリで撮って盛ってデコってインスタにアップしちゃいましょう!」

 

 うっわなんかあざと。自撮りで片目閉じてるとかあざとさ満載過ぎだろ。ご丁寧に豚の耳と鼻を付けて可愛さをアピってるし。

 

「わ、私そういうのやったことないですし…」

 

 伊井野は藤原の提案に遠慮気味に断る。

 まぁ伊井野ってそういうのやるキャラじゃないしな。こいつがはっちゃけ出したら多分恐ろしいことになりそう。

 

「ミコちゃん!比企谷くんの言っていた通り、やってみなければやっちゃう人の気持ちは分かりませんよ!これは必要なことなの!」

 

 伊井野を完全におちょくってるなこいつ。いや、俺が余計な提案したからなんだろうけど。

 

「…お二人がそう言うのであれば…」

 

 にしても、伊井野は押しに弱過ぎる。

 多分、こいつ彼氏が出来たら相手の言うことなんでもかんでも聞きそうだ。押しに弱いやつは、否定して嫌われるとか思ってしまう節がある。だから自分の意見を言うことが出来ない。

 

「俺が言うのもなんだが、嫌なら嫌って言えよ。別に無理強いはしないぞ」

 

「…大丈夫です。お二人の意見に、間違いはないので…」

 

「お、おう…」

 

 すると藤原がスマホを伊井野に向けて、写真を撮り始めていく。

 

「きゃ〜!可愛いよ〜!」

 

 写真に慣れていないのか、伊井野は恥ずかしがっている。

 

「上目遣いでこっち見て〜!」

 

 藤原の指示に、伊井野は上目遣いで視線を藤原のスマホに向ける。伊井野のその姿に、藤原のテンションは爆上がりだ。

 

「きゃっわー!!ミコちゃん可愛い!可愛いよぉ〜!」

 

 なんかめっちゃハァハァ言ってんだけど。このカメラマン大丈夫?なんか性癖歪んでたりしない?

 

「ほら見てください!ミコちゃん可愛いでしょ!?」

 

 藤原が加工された伊井野の写真を見せてくる。

 

「お、おう。そうだな」

 

 伊井野はやや童顔寄りであり、美人というよりかは、可愛い部類に入る。だから加工された伊井野は余計に可愛く仕上がるというわけだ。

 

「じゃあ次は女子全員で撮りましょう!かぐやさんも来てください!」

 

「え?私はいいですよ…」

 

「そう言わずに!」

 

 どうやらガールズ達でわっきゃわっきゃするようなので、男の俺は配管工男の自動車競技を見に行くとしよう。

 

「白銀は何使ってんだ?」

 

「緑の帽子」

 

「石上は?」

 

「僕は鋼鉄の主人公ですよ」

 

 要するにルイージとメタルマリオね。

 白銀と石上のゲームの様子をしばらく後ろから見ていた俺。なんだかあちらは盛り上がっているようだが、写真撮るだけでそんなに盛り上がれるものなのか。

 

「会長…」

 

 すると、後ろから四宮が声をかける。何の用だと振り返った俺達が見たものは。

 

「えっ…」

 

「うわキモ」

 

「何お前怖っ」

 

 振り返った俺達が見たのは、あの四宮が変顔をしているところだった。しかも絶妙的に可愛くなく、ただただ恐怖を感じた瞬間であった。

 

「ちょっお前!キモいとか言ったるな!」

 

「えっ!?今のキモ待ちじゃないんですか!?」

 

「そんな待ちはねえよ!ていうか比企谷も怖いとか言うなよ!」

 

「いやこれは怖がらない方が無理あるだろ」

 

 だってあの四宮が変顔だぞ。しかもそれが絶妙的に可愛くないときた。何の経緯も知らない俺からしたらホラー要素が詰まった顔なんだけど。

 

「いえいえ、構いません…私も正直、そう思ってましたから…」

 

 じゃあなんでやったんだよ。なんでこんな奇怪な行動に走ったんだよ。

 

「それじゃ御三方の番ですよ…?全力の変顔をお願いします」

 

 そう言って、ガラケーをこちらに向ける四宮。

 誰が変顔なんてするか。逃げるに限るわこんなもん。そう思い、俺は生徒会室から逃げ出そうと試みようとしたのだが。

 

「どちらに行かれるつもりですか?比企谷くん」

 

 あり得ない力で俺の肩を掴んで静止する四宮。俺は恐怖のあまり、身体を震わせてしまう。

 

「お、お手柔らかに…」

 

「えぇ。最高の一枚を撮って差し上げます」

 

 その後、3人の男子のアホ面が四宮のガラケーに保存されたそうな。

 



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白銀御行は読ませたい

「…で、お前らが泣いた理由がこれか」

 

 俺は白銀が持参してきた漫画を持って、そう尋ねる。

 昨日はマジびっくりした。隣から圭の泣き声が聞こえてくるし、しばらくしたら白銀の泣き声まで聞こえてきたもんだから。

 

「…"今日はあまくちで"。これド名作じゃねぇか」

 

 どうやら実写化も決定していると、ネットニュースでも騒がれている。期待度もかなり高いとの噂。

 まぁこの原作(かぐや様)も実写化されてるし、他の恋愛漫画の実写化も結構評価は良いからな。

 

「比企谷先輩も読んだことあるんですか?」

 

「まぁな。妹と二人で大泣きしたわ」

 

 なんなら次の日まで"今日あま"が頭にチラついて無駄に女子に話しかけたりしちゃってた。「何こいつ急に怖ぇ」みたいな表情を、俺は忘れない。

 

「僕はそれほどって感じですかね。この手の漫画って先の展開が読めやすいし、泣かせに来てるって気づくとシラケちゃうんですよね」

 

「嗜好が違うなら、仕方ないわな」

 

「あっ来た来ましたよお涙展開。チープだなぁ。うわ全然ダメ。ここで泣いてください感が丸見え」

 

 石上が辛辣なコメントを呟きながら、"今日あま"を次から次に手に取って読んでいく。

 

 そして。

 

「丸見え……丸見えだったのに……ぐやぢい……」

 

 と、石上はポロポロ涙を零し始めた。途中から静かに読み続け、結果涙腺崩壊。"今日あま"は人を泣かせる名作なのである。

 

「ほら見たことか!泣けるだろ!」

 

「泣けちゃうー!!」

 

「恋したくなっただろ!」

 

「キラキラな恋したくなっちゃったー!!あぁーどっかに出会いないかなぁー!!」

 

 追加で述べよう。"今日あま"は人を泣かせると同時に、恋愛脳にさせてしまう節がある。もし画面の前の君達も、今日あまを読んでしまったら注意しよう。

 

「出会いって、この生徒会には女子が三人もいるだろ。ほら、伊井野とか」

 

「伊井野かー……まぁ無くはないんですけど、現実的じゃないですね。僕あいつにすっげー恨み買ってますし。それにあいつ…」

 

「ん?伊井野がどうかしたのか?」

 

 石上が何かを言おうとしたが、それをやめる。

 

「…いや、なんでもないです。んで四宮先輩は家の格が違い過ぎて無理」

 

「じゃあ後は藤原だけだな」

 

「藤原先輩かー……」

 

 藤原の名前を呟き、少しの間をおいて。

 

「なんか油断したら好きになりそうで怖いんですけど!!」

 

 今日あまの催眠効果はここまで絶大なのである。それはもう、個性の塊みたいな人格をしたあのダークマターを好きになってしまいそうになるぐらいに。

 

「違うんですよそういう消去法じゃなくて!絶対この人じゃなきゃ!って心から思える人と恋がしたいんです!薄っぺらな想いじゃな…」

 

「ここから恋バナの匂いがします!」

 

 そして、これも覚えておくといい。

 今日あまの余韻に浸って恋バナなんてしていると、頭の外も中も桃色のラブ探偵が寄ってくるので注意。

 

「だれだれ!?誰が惚れた腫れたなんですか!?」

 

「落ち着け藤原。この漫画の話で…」

 

 俺が"今日あま"の漫画を指差すと。

 

「"今日あま"だー!!」

 

 まさかタイトルコールと同時に泣く藤原。

 

「表紙見ただけで涙腺が……。これ良いですよね〜。私も友達に1巻だけ借りたんですけど、どハマりして電子で全部買っちゃいましたもん!」

 

「お父様の検閲にそんな抜け道が…」

 

「僕も揃えていいかな……家でじっくり読み返すのも、まぁありっちゃありですし」

 

「久々に俺も読もうかな…」

 

 ただ、"今日あま"は実家にある。一度実家に帰って持って来るのも良いが、巻数が多いから結構な荷物になる。

 

「比企谷は俺の家の隣なんだし、借りたければ圭ちゃんに口添えしてみるぞ?」

 

「お、マジ?」

 

 圭から借りられるのであれば都合が良い。

 正直、千葉に帰るのは面倒ではあったのだ。だが小町にも会いたい。毎日電話しているが、小町の声を聞く度に帰りたくなる。どっちだよって話なんだが。

 

「…これはそんなに面白いのですか?」

 

「私的にはさいっこーに面白かったです!」

 

「まぁ泣きという要素だけで言うなら、この数年では上位に食い込むと言えなくはないかな」

 

「お前は漫画コラムニストか」

 

「かぐやさんも読んでみてくださいよ〜」

 

 四宮は漫画の表紙を眺めながら考え、そして机に戻す。

 

「いえ、お構いなく。私は漫画を嗜まないので」

 

「マジ?」

 

 いや、よくよく考えてみれば、四宮はそういった漫画を読んでいなかった気がする。四宮の部屋には本が無かったし、いつぞやの雑誌を盛大に勘違いするほどの知識がないぐらいだったし。

 

「四宮、これも勉強。漫画というものを一度通しで読んでみるのも悪くないと思うが」

 

「でもそれいやらしいんでしょう?」

 

「この間の雑誌とはベクトルが違ぇよ」

 

「どうだか…。最近皆さん私を騙すのが楽しくて仕方ないご様子ですし。何を信じたらいいのやら…」

 

 めっちゃ卑屈になっとるやん。どうしたんよ。

 

「いや本当そういう話じゃないから…」

 

「じゃあどういう話なんですか?」

 

 白銀が"今日あま"のあらすじを語り始めた。

 

「人間不信の女の子が主人公でな」

 

「今の私と同じですね」

 

 やだ四宮ったら卑屈。

 

「…んで、まぁ口の悪い男の子が転校してくるんだが」

 

「その男の子が実は重い病気で、終盤死んじゃうんですよー!!」

 

「テメコラァーッ!!」

 

「それはやっちゃいけないタイプのネタバレです!!」

 

 すると白銀が藤原の腕を拘束し、石上がガムテープを取り出す。

 

「このクソネタバレ女の口を塞げ!!」

 

「了解!!」

 

 石上がガムテープを藤原の口に貼り付ける。

 

「もごもご!」

 

「静かにしてろ!!」

 

「むぐぐ!」

 

「声を出すんじゃねぇ!!」

 

 これ完全にあかん絵面だろ。このタイミングで伊井野なんて来たら、間違いなく風紀委員の力を振るってくるぞ。

 

「今の話を聞いてる限りだと全然面白そうではないのですが…」

 

「…あれだ。漫画ってのは物語が積み重なっていくから、興味を惹かれるんだよ」

 

「人間不信が高じて拒食症の少女がさ、恋愛を通して社交的になっていくわけよ」

 

「初めて友達も出来て、人間としての温かみを取り戻していくわけじゃないですか」

 

「そうそう序盤な」

 

「…ん?」

 

 なんだ。何かおかしいぞ?

 

「親に毒殺されかけて、以来缶詰しか食べられなかった女の子がですよ…」

 

「そうそう。毎日乾パンとサプリの生活で。中盤の回想シーンは胸に刺さったなぁ」

 

 …ちょっと待て。あらすじはどこ行ったあらすじ。がっつり拒食症の理由とかも喋っちゃってるし。これ普通にネタバレじゃね?

 

「…だけど亡き彼が作り置きしてたカレーをなぁ…」

 

「恐る恐る食べてね…」

 

「したら言うじゃん」

 

「おいお前らちょっと待て」

 

「「あまくち…って」」

 

 同時にクライマックスのセリフを言ってしまった白銀と石上。ネタバレしていることに気づかないのか、そのまま盛り上がる。

 

「あの最終回には流石に号泣!」

 

「良かったよなー!最後カレーで締めるのは本当ずるい!」

 

 すると、ガムテを貼られて黙っていた藤原が遂に暴れ出した。ガムテを持って、白銀と石上に貼り付ける。

 

「もごもごー!!」

 

「もごもごもご!」

 

「もごご!!もごもご!!」

 

「何を言ってるかさっぱり分からないわ」

 

「俺にも分からん」

 

 多分ネタバレに対して藤原がキレたんだろ。それぐらいしか分からんけど。

 

「藤原先輩、助けに来……」

 

 そこで突然、伊井野がさすまたを持って来た。しかし、白銀、石上、藤原の状態を見ると、困惑の表情一色であった。

 

「最終的にこうなるものなんですか!?」

 

 今日も一日、騒がしい生徒会であった。

 その生徒会が終わり、それぞれ帰路を辿った。我が家であるアパートに到着すると、丁度白銀と遭遇する。

 

「…お前チャリなのに俺より帰るの遅くね?」

 

「途中で夕飯の買い物しててな。…あ、そうだ。多分もう圭ちゃんも帰っているだろうし、漫画貸してもらえるか聞いてみるぞ。なんなら夕飯も食って行くか?」

 

「いや、流石にそこまではいい。漫画貸してもらうだけで」

 

「そうか」

 

 階段を上がり、白銀が自分の家の扉を開ける。

 

「ただいまー」

 

「おにぃ、早く"今日あま"返して……って、八にぃ!?」

 

 圭が俺の姿を見るや否や、目を見開き驚く。

 

「お、おう。なんか久しぶりだな」

 

「なんで八にぃもいるの!?もしかして夕飯一緒に食べるの!?」

 

「ち、違うって。"今日あま"圭のらしいって聞いたから、借りていいか聞きたかっただけだ」

 

「全然いいよ!あっ、それなら一緒に読もうよ!夕飯もさ、一緒に食べて!」

 

 圭ってば相変わらず勢い凄いな。ナチュラルに夕飯誘われたし。

 

「いや、別にそこまで…」

 

「えぇー!部屋もお隣なんだし、夕飯だって食べていけばいいじゃん!」

 

「圭ちゃん。比企谷が困ってるだろ」

 

「うっさいおにぃ!」

 

「えー……」

 

 可哀想な白銀。

 本当、どこの妹も兄って存在に厳しいよね。まぁそれでも俺は小町を愛してるんだけどね。

 

「八にぃ…」

 

 何度も言うんだけどさ、女子の上目遣いって本当ずるくない?強制力あり過ぎじゃない?

 

「…白銀。夕飯代払うから、邪魔していいか」

 

「別に金はいらないが……いいのか?」

 

「まぁ、断る理由がないからな。隣だし、飯も別に用意してなかったから」

 

「だそうだ。良かったな、圭ちゃん」

 

「やった!ねぇ八にぃ、おにぃが夕飯作ってる間、一緒に読もう?」

 

「お、おう…」

 

 ていうか今更なんだが、圭って確か昨日読んでたんだろ。なんでまた同じのを見たがる。いくら泣けるぐらい良かったとはいえ、昨日読んだものを今日読むなんてわけ分からん。

 

 まだ涙出し足りないのか。そんなに恋愛脳になりたいのかこいつは。

 

 結局、夕飯が出来上がるまで途中まで読んでいたのだが。

 

「…や、やべぇ……涙が…涙が止まらねぇよ……」

 

「うっわ比企谷めっちゃ泣いてる」

 

「はぁお前普通泣くだろ泣かねぇやつ誰だよ俺が泣かすぞ」

 

 目の前が涙で歪む。

 圭なんてもう序盤から涙零し始めてたし。いや本当、反則級だわ。

 

「パパ退勤……って、何がどういう状況だ」

 

「あ、ども……お邪魔してます」

 

「うむ、いらっしゃい。とりあえず何故泣いているのか現状に追いつけてないパパに教えてくれんか?」

 

 俺や白銀が、"今日あま"のことについて話す。

 

「…とりあえず、まずは皆で夕飯を食べよう。涙流しながら夕飯食べていると、インターハイとか夏の甲子園で負けたスポーツ選手を思い浮かべてしまうのでな」

 

 そんなわけで、一旦"今日あま"を読むのをやめて夕飯にした。

 そして夕飯を食べ終え、皿洗いも終えていち段落してから、また"今日あま"を読み始めた。今度はまさか、白銀と白銀父も交えて。

 

「わああぁぁぁん!」

 

「うおおぉぉぉん!」

 

「うっ…うぉ…」

 

 全員泣きました。白銀兄妹は昨日読んだばかりなのに、思いっきり号泣する。白銀父は歳からか、二人のように号泣はしなかった。だが、鼻根辺りを摘んで泣いている。

 

 本当、人間達の涙を枯らすつもりかよ。この悪魔の書物は。

 "今日あま"……全く恐ろしいぜ。グフっ……。

 

 



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八幡♡少女漫画脳シンドローム

「…泣き過ぎた」

 

 昨日、"今日あま"を白銀一家と共に読んだのだが、それはもう泣いた泣いた。バカみたいに泣いたわ。今年最大の大泣きと言っても過言ではないかも知れない。

 その"今日あま"の余韻からか、今すんごい恋したくなってしまっている。俺の脳内に少女漫画が割り込んで来ているのだ。

 

 つまり何が言いたいか。

 

「…下手すりゃマジで誰かに告ってしまいそうで怖い

 

 多分、きっと、十中八九、そんなことはないと思われるが、"今日あま"を読んでからか、俺が俺じゃないみたいだ。厨二的な話とかそんなんじゃなくて。

 

「…今日はとりあえず、あまり女子と関わらないでおこう」

 

 "今日あま"の余韻が消えるまで、不用意に女子と関わらないでいるべきだ。エンカウントしたらアウトの完全な運ゲーだなこれ。

 

 そうこう考えていると、家を出る時間が迫り、俺は制服に着替えて学校に行く準備を始めた。準備を終え、家の扉を開けると。

 

「あっ、八にぃっ。おはよう」

 

 はいオワタ。始まった瞬間エンカウントするとかどんなクソゲーだよ。

 ていうかなんか作画おかしい気するんだけど。なんで圭が少女漫画風のキャラに見えるのん?

 

「お、おう。どうした?」

 

「一緒に、学校に行かない?」

 

 あっやっべぇ落ちそう。

 "今日あま"の余韻+圭の上目遣いが想像以上に俺の心をざわつかせる。

 

「唐突だな…今まで一緒に行ってたわけじゃないってのに」

 

「そ、そうだけど…理由がないと、ダメ?」

 

 圭は瞳をウルウルさせながら、こちらを誘惑してくる。

 これはあれだ。断ったらあかんやつだ。大人しく圭と一緒に登校するしかないやつや。

 

「…別に、理由はいらねぇよ。圭が行きたいっつーなら、俺はそれに従うだけだ」

 

「八にぃ…」

 

「じゃあ行くか。さっさと行かねぇと、遅刻になるし」

 

 何より風紀委員が口うるさくなりそうだからな。

 

 俺は何も考えず、圭の手を取って通学路を歩き始めた。しばらくすると、圭も俺の手をギュッと握る。

 

「今日の八にぃ、少し積極的…」

 

「そうか?普段となんら変わらんぞ」

 

 そう。今の俺は普段通り。何かおかしい気もしなくはないが、もう一度言おう。

 今の俺は普段通りなんだ。

 

 しばらく二人で歩いていると、秀知院が見え出してくる。俺は秀知院が見えてくるあたりで、圭の手を離した。が、逆に圭は手を離してくれない。

 

「やだ…」

 

「え」

 

「八にぃとまだ一緒にいたいよ」

 

 なんだかデート終わりの彼女みたいなセリフだが、秀知院の生徒に今の状況を見られるのはあまり良くない。嫌われ者の俺が、中等部屈指の容姿を誇る圭と一緒にいたら、圭が何言われるか分かったものじゃない。

 

「…ダメだ」

 

 俺は無理矢理腕を動かし、圭が握る手を解く。途端、圭は途方もない悲しみの表情に変わる。

 今は一緒にいることは無理。だから。

 

「また今夜な」

 

「えっ…!?」

 

 俺はそう言い残して、圭の目の前から去る。どうせ家隣だし、そんなに話したければゆっくり出来る夜の時間でもいいだろう。

 

 何やら圭の声が聞こえるが、周りの喧騒でそれはかき消されてしまった。

 遅刻ギリギリで秀知院の正門を潜ると、そこにはやはりあいつがいた。風紀委員兼会計監査の伊井野ミコ。

 

「比企谷先輩!ギリギリじゃないですか!生徒会の人間が遅刻ギリギリなんて、他の生徒に示しが付きません!」

 

 いつものように噛み付いてくる伊井野。

 きっと朝早くに登校して、頑張っているのだろう。普段からずっと頑張っているが、誰もその苦労を知らない。知っていても、大仏か石上ぐらいだ。

 

「ほら、第二ボタンも開いて…」

 

「よく頑張ってるな、伊井野」

 

「る………えぇッ!?」

 

 普段から頑張っている伊井野に、もしかしたら俺は厳しかったのかも知れない。そう思った俺は小町と同じように、頭を撫でる。

 

「な、な、な、何をっ……」

 

 伊井野の顔が唐突に赤くなり、慌てふためく。なんだか小動物みたいで、反応が可愛いらしい。

 

「ひ、比企谷先輩、撫でないでっ……」

 

 これ以上は流石に伊井野に悪いな。俺は撫でるのをやめて、伊井野の頭から手を離した。依然、伊井野の顔は赤くなったまま。

 

「き、急になんなんですかっ!撫でてくるなんて…」

 

「普段から頑張ってるからなお前。偶に頑張った褒美に、妹にやってやるんだが、それとまぁ同じ感じだ」

 

「私が…頑張ってる……」

 

「ま、頑張れよ。伊井野」

 

 俺はそう言って、教室に向かおうとしたのだが。

 

「ま、待ってください!」

 

 後ろから伊井野が引き止める。振り向いて伊井野の様子を見てみると、何やら落ち着かない様子であった。

 

「そ、その…」

 

「ん?どうした?」

 

「頑張ったら…ま、また撫でてくれるんですか…?」

 

 圭に続き、伊井野までもが上目遣いを仕掛けてくる。その潤んだ瞳の裏には、何かしらの期待が込められているように見えてしまう。

 

「…そんなに褒美が欲しいのか?お前」

 

「ち、ちがっ、私は…」

 

「冗談だ。…まぁそうだな。お前が努力してるのは伝わってるからな。またこういうのも悪くないかもな」

 

 と言って、また彼女の頭を撫でる。今度は軽く撫でただけだが、それでも伊井野は満たされた表情をしている。

 

「わ、私頑張りますから…。…だから、もっと見ててください。もっと撫でてください。もっと、もっと先輩の優しさを私にください」

 

「…おう。頑張れ」

 

 俺はいい加減正門付近から離れて、高等部の校舎の玄関に向かった。靴箱で上履きに履き替えて、自分のクラスへと向かった。

 自分の席に着席し、恙なく授業に取り組んだ。そして4限目が終わり、昼休みとなった頃。

 

「まーたあいつら私の目の前でイチャコライチャコラしてたのよ!!」

 

 いつも通り、ベストプレイスで昼飯を食べていると、通りかかった四条がこちらに気付くや否や、柏木さんと翼くんの愚痴を聞かされる羽目になった。

 

「本ッ当あり得ない!イチャイチャするなら私がいないところでやりなさいよ!」

 

「でも見えないところでイチャイチャしてたの気付いたらそれはそれでお前怒るだろうが」

 

「当たり前でしょ!」

 

「面倒くせぇな」

 

 いつものように荒んでいる四条の愚痴を聞く俺。

 こいつはこいつで、不器用なりに自分の恋愛に対して向き合って頑張っている。相手がカップルってのが最大の難点だが。

 

「私ってそんなに魅力がないのかしら…」

 

 と、落ち込む四条。怒ったりしょげたり忙しいやつ。

 

「…んなことないだろ。人の魅力はそれぞれだ。お前にはお前だけの魅力ってもんがあるんじゃねぇの」

 

「な、何よ。急に持ち上げるような真似して」

 

「別にそういうのじゃない。四条とそこそこ関わってきたから分かるから言ってるだけだ。…お前の魅力は心。何かに直向きに執着出来て、諦めない精神力を持ってる上に、相手が恋敵でも優しくなれる心の強さ。…だと思う」

 

「……八幡、今日随分私に優しいわね。何かあったの?」

 

「別に何もねぇよ。普段と特に変わってねぇだろ」

 

「…そう」

 

 俺はその場から立ち上がり、四条に背中を向ける形で校舎に戻って行こうとした。

 

「八幡!」

 

「ん?」

 

「…いつもありがとう。あんたがいてくれるから、私も自信持てる気がするの」

 

「…そうか」

 

「まぁこれでもし翼くんと付き合えなかったら覚悟しておきなさいよ」

 

「怖ぇよ」

 

 俺はそう微笑しながら、四条にそう返した。ここのところは、四宮と似たり寄ったりなのかね。

 

 昼休みも終わり、午後の授業も適当に受けて過ごした。そして放課後となり、俺は生徒会に向かう準備を始めたがその前に。

 

「…缶コーヒー買いに行こ」

 

 俺は生徒会室より先に、自動販売機に向かった。自販機を見つけ、缶コーヒーを買おうとすると。

 

「比企谷くん」

 

 背後から、早坂が声を掛けてきた。

 

「早坂か。どうした?」

 

「さっき、風紀委員ちゃんとすれ違った時に、"もっと頑張れば比企谷先輩に優しくしてもらえる…"って、なんだか雌の顔で呟いてたんだけど。何したの?」

 

「普段から頑張ってるやつだからな。精神的に脆いところあるし、先輩として優しくしただけだ」

 

「…私も普段頑張ってるんだけどな…」

 

 なんだか拗ねたような表情で呟く早坂。

 

 確かに、早坂も早坂で苦労が絶えないやつではある。四宮家の近侍を務めている上に、学校では仮面を被って偽りの自分を見せながら過ごしている。本当に休めている時は、きっと寝る時ぐらいなんだろう。

 

「…そうだな。お前も、普段から頑張ってるんだよな」

 

「比企谷くん…?」

 

「凄ぇよ。お前」

 

 と言って、俺は伊井野と同じように、彼女の頭を撫でる。それが早坂にとって良かったのか、少しうっとりした表情である。早坂はそのまま、自身の頭を俺の胸に預ける。

 

「…比企谷くん」

 

「ん?」

 

 俺を見上げる彼女は、不安げな瞳でこちらを見つめ、そして。

 

「いつか、私を助けてね」

 

 突拍子に、早坂がそれを言った。その言葉にどういう意味が含まれているのかは分からない。少なくとも、これからも頼る、迷惑をかけるという意味では無さそうなのは確かだ。

 

 俺が彼女に返した言葉は。

 

「…おう。力になるかどうかは分からんけどな」

 

 その答えに対して、彼女は微笑む。

 

「…ありがと。比企谷くんと出会えて、良かった」

 

「…そうか」

 

 早坂は満足したのか、俺から離れる。

 

「じゃあね、比企谷くん。また明日」

 

「…おう」

 

 早坂は俺の目の前から去り、俺は缶コーヒーのプルタブを引いて開ける。コーヒーを少量口に含み、缶コーヒーを持ったまま、俺は生徒会室に向かった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 生徒会が終わり、俺は我が家に帰宅した。風呂に入り、簡単な夜飯を作って済ませる。

 まだ寝るまで時間があるので、暇潰しにラノベを読むことにした。俺はラノベを読みつつ、今日のことを振り返っていた。

 

 普段と変わらない日常。

 圭と登校し、伊井野や早坂を労り、四条の愚痴を聞いた。その上、生徒会。

 

 本当、今日もいつも通りの日常……。

 

「じゃねぇ!!」

 

 待って待って待って待って全然いつも通りじゃねぇよ!何、俺今日何した!?俺のいつも通りってなんだ!?

 

 思い返せ。今日、まず圭と一緒に登校したな。

 いつも通りじゃないが、家が隣だから無いわけじゃあない。ここから既におかしいのだが、まぁ許容範囲だ。

 

 その後俺は何した?

 

『今日の八にぃ、少し積極的…』

 

 えっちょっと待って俺マジで何してんの!?

 圭の手を繋いで!?そのまま登校して!?バカじゃねぇのバカじゃねぇの!?マジ誰だこんなことしたの!

 

「そ、その後は…」

 

 確か、遅刻ギリギリで学校に入ったんだっけ。その時、確か風紀委員の仕事をしていた伊井野と出会したんだよな。

 まぁここは何もおかしくないな。遅刻を取り締まるのも、風紀委員としての役目だし、伊井野と出会すのはなんらおかしくない。

 

 確か、朝からよく頑張ってるなーって思ってたんだったな。

 

『よく頑張ってるな、伊井野』

 

 バッカじゃねぇの!?

 

 なーにが「よく頑張ってるな」だ!しかもきっしょいセリフを吐いた上に俺あいつの頭撫でたんだよなぁ!?

 あー死にたい!!死にたいよぉ!!なんであんな意味不明な行動してんの俺ェ!!

 

 し、しかも俺確かあの後…。

 

『…そんなに褒美が欲しいのか?お前』

 

『お前が努力してるのは伝わってるからな。またこういうのも悪くないかもな』

 

 きっも死ねよ!!

 

 なんだよそれ!何俺どういうキャラなの!?キザでドSみてぇなキャラじゃねぇか!俺様キャラとか意味が分かんねぇよ!誰得だそんなもん!

 

 今日生徒会でチラチラ伊井野が見てたのって、俺の行動が奇怪過ぎたからだよなぁ!?あーもう死にたい!今すぐ過去に戻って過去の俺を撲殺したい!

 

「…で、次確か四条の愚痴聞いてたんだよな…」

 

 俺は四条とのやり取りを思い出す。今日も柏木さんと翼くんの愚痴を聞いていたが、俺あの時何言ってたんだろうか。

 

『私ってそんなに魅力がないのかしら…』

 

 そういえば四条がそんなことを言っていた気がする。で、対する俺はなんて返したんだっけ…。

 

『んなことないだろ。人の魅力はそれぞれだ。お前にはお前だけの魅力ってもんがあるんじゃねぇの』

 

『お前の魅力は心。何かに直向きに執着出来て、諦めない精神力を持ってる上に、相手が恋敵でも優しくなれる心の強さ。…だと思う』

 

 うるせぇバァーカ!!

 

 何が心の強さだよ!伊井野だけじゃなくて四条にまでクソみてぇなセリフ吐いてるってどうなってんだよ!

 

『庶務の比企谷とか言うやつクサいセリフ吐いてドヤってたんだけど』

 

 うっわきっつ!どうしよう!?なんの因果か四条から柏木さんや翼くんに知れ渡ったらどうしよう!?

 ただでさえ俺の立場はゴミみたいに底辺なのに、加えて意識高い系のセリフ吐いてるって知られたら、もう俺学校行かないまであるぞ!!

 

「…最後は早坂だっけ」

 

 確か伊井野と同じことをしてた気がする。もうここまで恥ずい思いをすると、一周回って冷静になったわ。

 

『いつか、私を助けてね』

 

 早坂が残したあの言葉。

 あの言葉通りであるなら、これからあいつに降りかかる何かに対してSOSを送っていることになる。

 

 そのSOSが一体なんなのか…。

 

「…にしても、今日の俺マジでバカ過ぎた」

 

 圭と手を繋いで登校、伊井野と早坂には頭を撫で、四条には気持ち悪いアドバイスを送った。

 

 いや本当、広められたりしたらどうしよう。早坂に頭撫でてしまったが、あいつ四宮と繋がりがある。もし早坂が四宮に今日のこと言ったら、四条どころか四宮家にまで目を付けられるんじゃないか。

 そんで四宮から生徒会に広められたら、俺もう避難する場所が無くなっちまうじゃねぇかよ。

 

 全ては"今日あま"の催眠効果のせいである。うん、俺は悪くない。"今日あま"が悪い。

 

「…死にたい…」

 

 これからの学園生活に絶望を感じてそう呟くと、我が家のインターホンが鳴り響く。

 

「…誰だよ」

 

 俺は扉を開くと、そこには。

 

「は、八にぃ…来たよ…?」

 

 何故か目の前に、圭がパジャマ姿で立っていた。

 

「…何しに来たん?」

 

「は、八にぃが言ったんじゃんっ。"また今夜な"って…」

 

「……」

 

 …俺は一体、圭に何を言ったんだろう。「また今夜な」って何だ。俺まさか圭にまでなんか恥ずいこと言ったのか。

 手を繋いだだけじゃ飽き足らず?とんだクソ野郎じゃねぇか散り腐れよ。

 

「は、八にぃ?」

 

「…八にぃ今アイデンティティークライシスだから」

 

「何言ってるの?」

 

「分からん」

 

 とりあえず死にたいってことで察して欲しい。

 

「と、とにかく、八にぃが夜って言ったんだから、部屋に入れてよ」

 

「…はい」

 

 もうやだ。俺絶対"今日あま"なんて読まねぇからな。あんなん販売禁止にするべきだ。キャラ崩壊を招く禁断の書物だろ。

 

 まさか高二にもなって、黒歴史を生み出すとは思いもしなかった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 比企谷が自身の一日を振り返って悶絶している頃。

 

「比企谷先輩が撫でたの、気持ち良かったなぁ……。もっと頑張ったら、もっと優しくしてくれるのかな……」

 

 伊井野は、先輩から撫でられたことが嬉し過ぎたのか、自身の脳内で件の先輩を美化して妄想し始めていた。

 

「…今日のあいつ、優しかったわね…。やっぱり、あいつが相談相手で良かった」

 

 四条は、相談相手に自分の魅力を褒められたことが嬉しかったのか、相談相手の彼を思い浮かべていた。

 

「早坂!今日、会長が…」

 

「すみません。少し考えたいことがあるので黙っててください」

 

「早坂!?」

 

 早坂は、友人に撫でられたこと、そして自身の努力や苦労を労ってくれたことに対し、笑みを溢していた。

 

「八にぃ…」

 

 白銀の妹の圭は、手を繋いで登校した上に、今夜もまた彼に会えることが嬉しかったのか、あらゆる妄想や期待を膨らませていた。

 

 今回の勝敗。比企谷の敗北。

 (黒歴史を生み出してしまったため)

 

 



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伊井野ミコは甘えたい

 

「よし、今日の生徒会はこれぐらいにしておこう。明日明後日は休日だ。皆、ゆっくり休んでくれ」

 

 今日の生徒会が終わり、周りは帰宅の準備をして、終えた者は先に帰っていく。俺もさっさと帰る準備を終わらせて、生徒会室を出て行った。

 秀知院の正門が見えてくると、正門前で先に帰ったはずの伊井野が電話をしている。そして電話を終えたのか、スマホを鞄の中に入れて溜め息を吐いた。

 

「…どうした?正門で溜め息なんぞ吐いて」

 

「あっ、比企谷先輩」

 

 "今日あま"事件以降、チラチラと見てくる伊井野ミコ。まぁ急に撫でられたら何事だと思うわな。

 

「その、今日来てくれる筈の家政婦さんが突然お休みになっちゃって…。それに、両親共に仕事で家に帰って来ないんです」

 

 確か伊井野の父は高等裁判所裁判官、母は国際人道支援団体員だと聞く。両親が多忙で帰って来られないというあたり、どこか俺と境遇が似ているのかも知れない。

 

「…また、一人…」

 

 伊井野は寂しげに、そして虚な目でそう呟く。

 

 今まで伊井野と関わって分かったことがある。それは、人からの愛に飢えていること。

 

 共働きの両親を持つ子どもは、そういうケースになりがちであるが、伊井野の場合は小さい頃から親からの愛情を受けていないのだろう。家政婦さんや大仏がいても、両親がいないと寂しいものは寂しいのだろう。

 

 俺は独りに慣れているが、伊井野は違う。人と関わって、人と一緒にいたいのだ。こうして呟いているのがその証拠だ。

 この様子だと、大仏も何かしらの用事とかで伊井野と一緒にいることが出来ないのだろう。

 

 だからといって、こいつの先輩でしかない俺が何かをしてやれることはない。精々、電話で話すぐらいだろう。

 

 それでも、今の伊井野は酷く、脆く見えてしまった。

 

「……夜飯」

 

「え?」

 

「夜飯くらいなら、別に付き合うぞ。家政婦さんがいないなら、夕食は用意されてないんだろ」

 

「で、でもそれじゃ比企谷先輩にご迷惑が…」

 

「生憎、俺も夕飯は用意してないからな。外で食って行こうかって思ってたんだよ」

 

 これが知らないやつなら放って置いたが、関わり深い伊井野とあれば、放って置くのは気が引ける。

 

「…だったら」

 

「ん?」

 

「私の家に、来てください」

 

「……ふぁっ!?」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 言われるままに、来てみたものの。

 

「7時半前後にはピザが届くそうです」

 

「あ、おう」

 

 何故こんなことになっているのだろうか。

 

 確かに夜飯を誘ったのは俺だが、誰も伊井野の家で食べるなんて言ってない。むしろ親も家政婦もいない時間に伊井野と二人きりなんて正気の沙汰じゃない。

 

 にしても。

 

「お前この部屋机と本しかないのかよ」

 

 法律関係や司法試験の過去問など、伊井野らしいっちゃらしいが、今時のJKの部屋らしくはない。なのに巨大なテディベアのぬいぐるみが置かれている。

 というかそもそも、ベッドすらないってどういうことだよ。

 

「普段どこで寝てんだお前」

 

「いや普通にこうして」

 

 伊井野はテディベアにもたれ、タオルケットを被って、普段の寝方を説明する。

 

「何事だよ」

 

「変…ですか?」

 

「逆になんでまともだと思ったの?」

 

「ち、違いますよ!これには論理的な理由があって!下にマットを敷くと熟睡するでしょ!?これだと4時間くらいで起きれて勉強出来るでしょ!?」

 

「お、おう…」

 

 多分勉強熱心なんだろうが、流石にそこまでして勉強したくない。

 

「それにこれ、お姫様抱っこされてるみたいで結構落ち着くんですよ?このタオルケットも子供の頃から使ってて、これが無いとあんまり寝れないから修学旅行にも持って行くんですよ」

 

「お前のその時々出るヤバいエピソードなんなの?」

 

 こいつ典型的なタオルケット症候群を患ってんのかよ。ASMRの件もそうだが、伊井野本当所々闇深過ぎる。

 

「…にしてもお前、帰ってずっと勉強してるのか?」

 

「大半は勉強に費やしてますけど…ちょっとした休憩の時間に本を読んだりしてます」

 

「そういえばお前趣味読書って言ってたな。何読んだりするんだ?」

 

「湊かなえとか村上春樹とか乙一とか…」

 

「有名どころだな。後、田中芳樹とか山田悠介とかな」

 

「知ってます知ってます!」

 

 こうして話してみると、普通の後輩に見えるんだよなぁ。実際、共通の話題で盛り上がることもあるし。

 

「それにしても、比企谷先輩と同じ趣味だなんて……嬉しい」

 

「元々小説はそんな好きじゃなかったんだがな。ゴリッゴリに漫画読んでたし。けど、中学生の時に詩集とか詠み出したら、案外字だけの本も悪くなくてな。そこから小説やらライトノベルやらに手を出したんだ」

 

「詩集…?比企谷先輩、詩集も読むんですか?」

 

「だいぶ前の話だけどな。まぁ嫌いじゃないぞ」

 

「わぁ……」

 

 えっ何?なんか伊井野がポワポワしてるんだけど。同志を見つけた感がめっちゃ伝わってくるんだけど。

 

「詩集、好きなのか?」

 

「はい…。私の周りで、詩が好きって言う人はあまりいなくて…」

 

「詩集な……。最初はカッコつけのためだけに読んだんだよな。なんなら、詩まで作っちゃったレベル」

 

 そして自作の詩を作ってるところを同級生に見られて、嘲笑されたのは良い思い出だ。

 

「じ、実は…」

 

「ん?」

 

「わ、私も自分で詩を書いてるんです…」

 

 引き出しからノートを取り出し、恥ずかしげにそう言う伊井野。

 確かに高校生で詩を書いてる人間はそういない。他で例えて言うのであれば、高校生で厨二を患っている確率と同じくらいだ。

 

「…まぁいいんじゃねぇの?趣味なんて自己満足なんだし、自分が良けりゃそれでいいだろ」

 

「ほ、本当ですか…?」

 

 少なくとも、俺はもう書かんけど。

 

「おう。どんな感じのを作ったんだ?」

 

「…わ、笑いませんか?」

 

「笑わないな」

 

 つか多分笑えねぇ。笑う笑わないの領域を軽く越してくるのが伊井野だからな。

 

「じ、じゃあ……んんっ」

 

 伊井野は一つ、咳払いをして、自作の詩を詠み始める。

 

『星がきらめく トゥインク トゥインク 流れ星がウィンク

 あの星と私はきっと双子 時代を超えて百光年の彼方

 誰の願いも叶えない流れ星

 心臓の音と一緒に消えてゆく きらめきと共に消えてゆく

 ただ意味もなく流れてく 私と一緒

 きっと天の川は願いの墓場 空に浮かべた誰かの祈り

 トゥインク トゥインク

 今日も少女は流れ星に願う          』

 

「……どうでしょうか」

 

「…うん、まぁ、なんだ。自作にしては中々の出来栄え、ですね」

 

「ほ、本当ですか?えへへ…」

 

 ごめんやっぱ笑えねえわ。

 なんだろう。伊井野の人格を知ってるからか、今のメルヘンな詩に所々闇が潜んでるんじゃないかって思ったわ。

 

「どこが良かったですか?」

 

「え」

 

「どの辺りが良かったですか?」

 

 えっ怖い。普通の笑顔なのに感想を強要してくる辺りが怖い。

 

「…まぁあれだ。その少女と星が双子って例えるのも良いが、その星とずっと一緒にいたいっていう願いが聞こえた気がして、なんだか健気に思えた」

 

 俺は一体何を言ってるんだろう。これが読書感想文なら間違いなくアウトだ。

 

「ふふ。面白い解釈ですね」

 

 と、伊井野が微笑む。どうやら大丈夫っぽいようだ。

 

「こういう解釈って人間性が出ますよね。そういう考えもあって、なんだか新鮮」

 

「ま、まぁ詩や本は人の捉え方で作品の価値が違ってくるからな。十人十色ってやつだろ」

 

「そうなんですよね。そう言った部分が醍醐味の一つだと私は思うんです」

 

 本や詩、ひいては人間が創る作品とは、たった一つの解釈、感想だけとは限らない。違う考えの人間が十人いれば、その分違った意見も存在するのだ。

 

「じゃあ次の詩は…」

 

「えっまだあるの?」

 

「はい。次は先の詩とは趣向を変えたんです」

 

 伊井野は二作品目の詩を詠み始める。

 

『真っ黒なコウノトリが唄うよ 百年ぶりの祝祭だ 枯れたキャベツの種を蒔こう

 真っ黒なコウノトリが空を飛ぶよ 青い煙が上へ下へ 緑の煙が街を覆うよ

 もう怖い夢は見ない 鐘の音が永遠に続く

 真っ黒なコウノトリが唄を唄えば 灰色の人間だけがそれを喜んだ

 この街にはもう誰もいない          』

 

「…どうでした?」

 

 「どうでした?」じゃねぇよめっちゃ怖いよ。後怖い。

 コウノトリが黒いってなんだよ。つーかなんで最後街に人がいないんだよ。色々怖いよ。闇を濃縮させたような詩だったぞ。

 

「…うん、なんだろ。だいぶ趣向を変えたことで独創的だった。うん」

 

「そうですかっ。やっぱり、自分が作ったものを評価されるのは良いものですね」

 

 幼少期から拗れていて、少しずつ闇が肥大化していたのだろう。結果、闇伊井野の出来上がりだ。何やらデュエリストにいそうな名前だ。

 

「先輩も過去に作ったことがあるんですよね?どんなのだったんですか?」

 

「過去っつっても二、三年前の話だからな……手元にはないし、第一どんな詩だったかもあんま覚えてないんだよ」

 

 なんなら忘れ去りたい過去だったけどな。

 

「あっ、じゃあ今から作ってください!」

 

「へ?」

 

「過去の詩集を聞けないのは残念ですけれど、もしかしたら過去を超える詩が出来上がるかも」

 

 おいコラ俺になんつうこと頼んどんだ。

 黒歴史以上の詩を今ここで作れだと?お前は俺を辱めて殺す気か。

 

「ダメ…ですか?」

 

 あーもう面倒くせぇなどいつもこいつも。上目遣いばっか使ってきやがって。小悪魔ばっかか。

 

「…一枚紙貸せ。即興で作ってやる」

 

「本当ですか!?」

 

 伊井野は喜び、ノートの一枚の紙を千切ってこちらに渡す。加えて、シャーペンも渡す。

 俺はインスピレーションを働かせて、ペンを走らせていく。

 

 15分程度時間が経って。

 

「…完成した」

 

「比企谷先輩の詩、楽しみです!」

 

「…よ、詠むぞ」

 

「あっ、待ってください!録音してもいいですか?」

 

「what?」

 

 何を言い出すんだこいつ。なんでそんな嬉々とした表情で「録音してもいいですか?」って無茶苦茶なこと聞けるのん?

 

「…一応聞くが、何のために?」

 

「え、えっと……その……比企谷先輩の声が欲しいなって……」

 

 ねぇこの子やっぱ怖いって。もじもじしているのに言ってること変態だもの。ヤンデレかよ。

 

「…あんま変なことに使うなよ。後、拡散とかやめろよ」

 

「は、はい!約束します!」

 

「じゃあ…」

 

 俺は一つ、咳払いをして詩を詠み始める。一方で伊井野は、スマホを操作して、録音を開始した。

 

『兎は一匹じゃ生きられない 二匹三匹いてこそ 兎は生きる意味がある

 どれだけ強がり我慢しても 一匹では孤独でしかない だから僕は仲間を求める

 しかしそれは黒い存在で 傷付けられるかも知れない だから僕は探している

 互いが自己満足を押し付け合い 受け入れることが出来る関係を

 それがきっと 本物だと信じて        』

 

「…ふぅ」

 

 詠み終えた俺は息を吐いて、伊井野の方を見る。

 

「ど、どうだ?つか、詩にならんかっただろこれ」

 

 大体内容が超絶恥ずかしい。マジで今俺悶えて死にたい。恥ずかしレベルは"今日あま"事件と同じぐらいだわ。

 

「うっ…うぅ……」

 

「えっごめんなんで泣いてんの?」

 

 伊井野が突然泣き始めた。

 

 ごめんどういう心境なの?そんなに俺の詩が絶望的だった?いや確かに黒歴史確定の詩だけど。

 

「すみません……なんだか感動しちゃって……」

 

「そんな感動するとこあった?詩かどうかすら怪しいものを?」

 

「なんだか兎に感情移入しちゃって……傷ついて、それでも尚、本物を探すというところに凄く感激しちゃって…」

 

 なんだろう。確かに詩を作ってって言われて作ったけど、こんな熱心に分析されて、挙句に感想まで言われてしまうと、色んな意味で恥ずかしくなってくるんですが。

 

「あの。この詩、貰ってもいいですか?私の詩集に追加したくて…」

 

「え、あ、うん。どうぞ」

 

 どうやら伊井野の詩集に俺の詩が追加されたようです。

 

「比企谷先輩って私ととても気が合いますよね。こんなに気が合う人、初めて」

 

「…まぁ、気が合うのか?よく分からんが」

 

 確かに俺も本を読むし、サブカル系には触れている。そういう部分で気が合うと言えなくもないが。

 

『兎は一匹じゃ生きられない。二匹三匹いてこそ…』

 

「あっ……」

 

「待て待て止めろバカ」

 

 伊井野のスマホから、先程俺が詠み上げた詩が聞こえ始めた。何ちょっと悦に入ろうとしてんだよ。「あっ…」じゃねぇよ。

 

「…ずっと前から思ってたんですけど、比企谷先輩の声ってあの人の声にそっくりですよね。声優界で有名な江口…」

 

「バカやめろおい」

 

 それ以上名を出すな危ねぇな。メッタメタなこと言ってんじゃねぇよ。おっかねぇなこいつ。

 

 メタ発言を遮ると、伊井野の家にインターホンが鳴り響く。

 

「あっ、ピザが来たのかも!」

 

 伊井野がトテトテ走って、玄関へと向かった。少しして、ピザとサイドメニューで頼んだナゲット、そしてポテトを持った伊井野が部屋に戻ってくる。

 

「良い匂いだな…」

 

「私、飲み物持ってきます!」

 

 伊井野は忙しなく動く。その間に、ピザが入った箱、およびナゲットとポテトが入った箱を開封する。

 ピザの焼けたチーズの匂い、具に肉や辛味のあるソースなど、様々な香りが食欲をそそる。

 

「ジュース持って来ましたっ」

 

「お、サンキュな」

 

「でも本当にいいんですか?このピザとサイドメニュー、半分以上比企谷先輩の負担で…」

 

「別に構わん。後輩に奢らせるわけにもいかんだろ」

 

「…じゃ、遠慮なくいただきます」

 

「おう。食え食え」

 

 伊井野は手を合掌させて食事の挨拶を済まし、ピザを取っていく。俺も後に続くように手を合わせて、「いただきます」と呟き、ピザを取っていく。

 

「んぅ〜!美味しいですね!」

 

 本当美味そうに食べるよな、伊井野は。作った方々もこの笑顔を見たら、作りがいがあったってもんだろうな。

 

「ん、美味いな」

 

 ピザは二人が美味しく平らげた。と言っても、量だけで言うなら伊井野がよく食べたが。

 その後、夜遅くまで二人で雑談をして過ごした。

 

 そして、午後10時半。

 

「…そろそろ帰らねぇとな」

 

「えっ?だって、まだ…」

 

「もう10時半だ。これ以上居座るわけにはいかない。お前だって、自分のことがあるんだし」

 

「で、でも…」

 

 伊井野は納得のいかない表情で食い下がる。

 

「…そもそもこんな時間帯に男女二人がいることは、お前の言うところの風紀の乱れってやつに繋がるんじゃないのか?いやまぁホイホイ付いて行った俺にも責任があるけど」

 

「そ、それは…そうですけど…」

 

 …ヤバい、このままだと伊井野を泣かせてしまう。

 メンタルの強度が豆腐並みの伊井野に、これ以上詰めるとマジで泣いてしまうかも知れない。

 

「…電話」

 

「えっ…?」

 

「電話ぐらいなら出る。話すだけなら電話でも十分だろ」

 

 …結局俺が折れてしまうのだ。

 

 言っておきますが、伊井野を泣かせたら両親とか生徒会を敵に回すのが怖いと思っただけですよ?決して伊井野のためとか、可哀想だからとかそんなのはありませんよ?

 

「は、はいっ!じゃあ、家に着いたら連絡してください!私が電話掛けるので!」

 

「ん、分かった」

 

 伊井野を納得させて、俺は我が家へと帰った。家に到着した旨を連絡すると、その瞬間に伊井野から着信が。

 

「怖い怖い。早ぇよ」

 

 即既読するのもそうだが、既読した瞬間電話を掛けてきたあたり、スタンバってるのが目に浮かんだ。どんだけ電話したかったんだよ。

 

「…もしもし」

 

 恐れ半分、呆れもう半分といった内心で、俺は伊井野との電話にしばらく付き合うことになった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 場所は変わって、伊井野邸。

 数時間の比企谷との電話の後、彼女はとある音声を聴きながらタオルケットに包まった。

 

『兎は一匹じゃ生きられない…』

 

「先輩……比企谷先輩……えへへ…」

 

 品行方正とは程遠い表情を見せる、伊井野であった。

 

 




詩の出来栄えに関してはノータッチで。笑


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かぐや様は診られたい

「そろそろ解放してくれません?」

 

「いいじゃん、ちょっとくらい遅刻しても。比企谷くんと話す機会なんて無いんだし。クラスでもいっつも一人でいるし、昼休みになったら教室にいないし」

 

 放課後。

 缶コーヒーを買って生徒会に向かおうとしていたところ、早坂と出会して捕まってしまい、二人でベンチに座って話している。

 

「…それに、最近あの風紀委員ちゃんと距離が近いようだし。その辺の話も聞きたいなって」

 

「風紀委員……あぁ、伊井野のことか。いや別に、同じ生徒会で後輩だしな。距離が近いか知らんけど、何かしたわけじゃないぞ」

 

「頭を撫でておいて何もしてないなんてよく嘘つけるよね」

 

 はいそうですねすいませんガッツリ嘘つきました。

 だってあんなん忘れるしかないだろ。あの時はとんだ黒歴史を生み出したもんだ。俺は黒歴史製造機かよ。

 

「風紀委員ちゃんだけじゃない。眞妃様とだって親しくしてるようだし」

 

「四条はただ恋愛相談を聞いてるだけだ。別に何もねぇよ」

 

 第一、あいつと何かがあるわけがない。あいつは男子Aが好きなのだ。多少なりとも距離が近づいたとはいえ、四条は相談を持ち込んでくるクライアントでしかない。

 

「…どうだか」

 

 なんかちょっと不機嫌になる早坂。

 何、どうしたの?状況的にそれじゃまるで、彼氏と話してる女の子に嫉妬する彼女みたいだぞ。俺のこと好きなの?勘違いするよ?いいの?

 

「…あ」

 

「ん?どうした」

 

「そのミサンガ、まだ使ってくれてるんだ」

 

 早坂が俺の手首に着けているミサンガに注目する。

 

「…なかなか切れないからな。それに」

 

「?」

 

「お前から貰ったプレゼント、雑に扱うわけにはいかんだろ」

 

 妹以外から貰ったプレゼント。いくら性格がゴミみたいでも、人のプレゼントをゴミにしたりはしない。

 

「比企谷くん……」

 

 そんな時、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。その音は次第に近づき、秀知院の中に入り込んできた。

 

「…なんだ?」

 

「何かあったのかな?」

 

 俺達はそのサイレンが鳴り続ける方に向かった。そこに停まっていたのは、救急車のようだ。俺達が到着した途端、救急車が秀知院を出て行ってしまった。

 

「誰かが運ばれたみたいだな…」

 

「…なんだか嫌な予感がする」

 

 早坂の言う、嫌な予感は的中した。しばらくすると、早坂のスマホに一件の着信が入った。

 

「はい、もしもし……え!?」

 

 その早坂は途端に慌て始める。通話が終わり、事の顛末を早坂が教えてくれた。

 

「かぐや様が倒れて、病院に搬送されたって!」

 

「マジ…?」

 

 じゃあさっきの救急車で搬送されたのは、四宮ってことか。

 

「今からかぐや様が搬送された病院に行く!比企谷くんも付いてきて!」

 

「お、おう。分かった」

 

 なんだか急展開であるが、同じ生徒会の同じクラスメイトが倒れたってなって放っとくのも気が引ける。

 俺と早坂は急いで、四宮が搬送された病院へと向かった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「不整脈と言うのでしょうか…。突然心臓が激しく鳴り出し、時折死んでしまうのではないかと…。やはり、何かの病なのでしょうか…?」

 

 早坂と、何故か俺まで四宮の診察に立ち会った。

 

「かぐや様、あまり身体が丈夫な方じゃないの。季節の変わり目には体調を崩し、かぐや様のお母様も心臓病で…」

 

「…そうだったのか」

 

 世には美人薄命という言葉がある。死ぬとは思っていないが、こうして倒れて搬送されてしまった以上、万が一のこともある。

 

「お話を伺い、大体のところは分かりました。…四宮さんいいですか。慌てずに聞いてください」

 

「はい……」

 

「それは恋の病でしょう」

 

「……ん?」

 

 鯉の病?身体の中にお魚さんが住んでるのかな?

 それとも故意の病?わざと体調を崩したのかな?

 もしかして恋の病?誰かに恋してるのかな?

 

「…それは、何かそう呼ばれる心臓病などがあるのでしょうか」

 

「いや。普通に好きな人にドキドキする感情のことです」

 

 えっ嘘でしょ。なんだこれ。

 

「お医者様でもご冗談を仰るのですね」

 

「冗談ではないのです」

 

「でしたらなんですか!?私は恋のドキドキで倒れて救急車で運ばれたと!?」

 

「はい。私も医者を30年やって初めての出来事に少し動揺しています」

 

 まさかこのご令嬢、白銀に対するドキドキのせいでぶっ倒れて搬送されたんか?何だそのギャグコメディは。

 身体弱いって話はなんだったんだよ。めっちゃシリアスな展開だったぞさっきの。

 

「馬鹿仰らないでください!私は恋されることはあっても、恋に落ちるような無様な真似をする筈ありません!」

 

 なんて典型的なツンデレなんでしょう。

 

「話を整理しましょう。学校の活動で特定の人物の事を考えると鼓動が速くなると」

 

「はいそうです!」

 

「それで今日、髪に付いていたゴミを彼が取ってくれて、頬に手が少し触れたタイミングで、胸に突然キュンキュンとした痛みが走り、息も出来なくなると」

 

「だからそう言ってるじゃないですか!」

 

 もう答え出ちゃってんじゃねぇか。

 

「それはね……恋だよ

 

「違うって言ってるでしょうもう!!」

 

 もうなんか聞いてるこっちが恥ずかしくなる。恋のドキドキで倒れたご令嬢の知り合いとか思われてそうで嫌なんだけど。

 

「絶対心臓の病気です!今までの人生でここまで胸が苦しくなったのは初めてなんです!」

 

「じゃあ初恋だね」

 

「もう!分からない人ですね!」

 

「かぐや様…」

 

 黙っていた早坂が、顔を赤面させて四宮に言った。

 

「私達外で待ってますので、終わったら呼んでください…」

 

「早坂!?」

 

 自分の主人が恥を晒したからか、四宮の顔から逸らし、俺の胸に顔を埋める形で、自分の顔を隠した。

 

「私だってこの病院使ってるのに……もう来れないですよ…。マジ最悪…」

 

「…まぁ、うん。少なくとも今の内容を誰かに言わない方が得策だな。これ以上バカを晒したくなかったら」

 

「バカ!?」

 

 今の状態を石上が知ってしまったら、あいつは間違いなく四宮がいない場でディスり始める。どころか、もしかしたら藤原にさえ揶揄わられるかも知れない。

 

「とにかく!もっとちゃんと調べてください!」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 四宮の診察は大事になり、ついには医療ドラマでしか見たことのない最新技術がお出ましになってしまった。

 

「これはウチでも一番新しい測定装置でメインはカテーテル入れて使うやつなんだけど、やたらマルチに使えてね。先端医療だから医療費は相当高くなりますが、よろしいのですね?」

 

「自分の命と比べれば安い出費です」

 

「…恋の病とかいうもののためにこんな仰々しい機器使う人間初めて見たわ」

 

「やめて……お願いだから何も言わないで…」

 

 最新技術は四宮の身体に異常がないかを調べ始める。

 

「計測終わりました」

 

「どう?」

 

「とても綺麗で健康な心臓しています」

 

「ぶっ!」

 

 これだけ調べた結果異常無しとは恐れ入る。こんなもんネタでしかねぇだろ。

 

「そんな筈ない!穴の一つや二つ空いてる筈です!」

 

「だったらもう死んでるかな」

 

「じゃあなんですか!?私は顔を触られたくらいで倒れる程ドキドキしてたって言うんですか!?確かに多少は嬉しかったですが、それで倒れるなんて、私は会長のこと死ぬ程大好きってことになるじゃない!」

 

 何を今更な事を。そんなもん第一話からみんな知ってることだぞ。

 

「因みに彼の写真とかありますか?」

 

「…まぁありますが。早坂!いつまでもそうしてないで、早く持って来て!」

 

 四宮からの指示で、早坂は四宮のガラケーを持っていく。極力誰とも目を合わせず、四宮に渡した瞬間、ササッと戻って来た。

 

「比企谷くん…助けてぇ……」

 

「よちよち」

 

 一方、ガラケーの中にある白銀の写真を見た医者は。

 

「もっと普通の写真はないのかい?…だが、ふむ。面白い子だね。君にとてもお似合いの男の子だ」

 

 よく写真だけで分かったな。えぇもうそれはもうお似合いなことこの上なきですよ。むしろなんで早く付き合わんのかが分からん。

 

「彼と付き合いたいとは思わないのかな?」

 

「はぁ……だから言ってるじゃないですか。本当にそういうのじゃないんです。ただ私は会長のことを人間として、理想的な人だと思ってるんです。別にお似合いだと言われてもなんとも思いませんから」

 

 すると心電図を見るモニターからピピピと機械音が鳴り始めた。

 

「心拍数200オーバーです。凄くバクバク言ってます」

 

「めっちゃ意識してるじゃねぇか。大嘘じゃねぇかよ」

 

「やめて……最先端技術を使って、主人の気持ちを暴くのはもうやめて…」

 

 とはいえ、いくらなんでもおかしい。

 白銀のことを意識しているのは分かってることだが、いくら少し頬を触られたくらいで倒れるか?

 今まで頬を触られる以上にだいぶヤバいことしてたんだし。となると考えられるのは、最近二人に何かあった、ということになる。

 

「…早坂、最近四宮何かあったのか?こんな無様な姿晒すほどの何かが」

 

「…かぐや様、ついこの間彼とキス寸前までいって、それ以来凄く意識しちゃってるんです…」

 

「…わぁお」

 

「ちょっと早坂!今その話は関係ないでしょ!」

 

「いやもう的確な情報だったぞ今の」

 

 俺が知らん間にキス寸前までいってたとは。そら意識しまくっても仕方ないわな。

 

「あれは純粋な恐怖です!いざ迫られると、どうすればいいのか頭が真っ白になってどうしたらいいのか分からなくなっただけ!意識しているのではなく恐怖してるの!」

 

 四宮の叫びはただキスしそうになった時の感想にしか聞こえないんだけど。周りの女性陣ちょっと顔を赤くしてるし。「高校生の恋愛って甘酸っぱいな〜、アオハルだな〜」みたいな視点になってるよ多分。

 

「先生も気持ちは分かる。おじさんも恋する時代はあった。まぁ勿論まだまだ気持ちは現役だけど」

 

「聞きたくありません!!」

 

 診察結果。

 四宮かぐや、身体に異常なし。ただし片思いしている彼がいることにより精神的な不安定が見られる。

 

 なんだこの診察結果。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 翌日。

 

「四宮、もう大丈夫なのか!?」

 

「えぇ、お陰様で」

 

「かぐやさんが無事で良かったぁ〜!!」

 

 四宮は普段通り、生徒会室にやってきた。

 

「心臓、悪いのか…?」

 

「いえ、綺麗で健康な心臓してるそうです」

 

 四宮は顔を引き攣りながらそう言った。まぁあんな診察結果、言えるわけないからな。俺だったら黒歴史扱いにするわ。

 

「じゃあ他のところが悪いのか!?」

 

 白銀は四宮の肩を掴んで迫る。

 

「完治したのか!?」

 

 してない。

 

「原因は!?」

 

 お前。

 

「…はぁ…」

 

 俺はそのやりとりを見て、大きく溜め息を吐いた。そこに伊井野が尋ねてくる。

 

「?どうしたんですか、比企谷先輩」

 

「…いや。俺ちょっと保健室行ってくる」

 

 なんかもう頭が痛くなるわ、これ。

 

 



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藤原三姉妹は恐ろしい

 今日は休日。

 普段ならば家で引きこもる俺だが、今日の俺は違う。あの"やはり俺の青春ラブコメは間違っている"の最新巻が発売されたので、それを買いに行っていたのだ。

 誕生日に四宮から最終巻まで貰ったのだが、つい最近その作品のIFにあたる"やはり俺の青春ラブコメは間違っている。結"の第一巻が発売された。

 

 新しく購入した本やゲームって、なんだかワクワクして仕方がない。さっさと帰って読んでしまおう。誰にも出会さずに帰れたらそれがベスト。

 

「あっ、比企谷くんじゃないですか〜!」

 

 神よ。俺の願いを聞き入れてくれないとはどういうことでしょうか。

 俺は誰にも出会さずに帰りたかった。出会すにしても、百歩譲って石上や早坂などならまだ良かった。

 

 だがしかし。

 

「休日に奇遇ですね〜!どこ行ってたんですか〜?」

 

 よりによって藤原と出会うだなんて。今年一の不運じゃないだろうか。誰だ俺にボンビーを擦りつけたのは。

 

「本買いに行ってたんだよ。つか、お前こそ一人で何してんだよ」

 

「一人じゃないですよ〜?」

 

 一人じゃない?四宮と一緒なのだろうか。

 

「姉様、早いってば〜」

 

 ん?姉様?

 

「あら〜?誰か一緒にいるけれど」

 

 藤原の背後から藤原と同じ髪色をした人が現れる。しかもどこか、藤原と似ている。

 

「…藤原。お前の後ろにいるのは…」

 

「はい。私の妹と姉です」

 

 藤原に姉と妹がいたのか。確かに、言われてみれば姉妹と見えるっちゃ見える。

 顔付きとか、おっ……と危ねぇ。後二文字言ってたら間違いなくアウトでした。

 

「初めましてー。姉の豊実(とよみ)です。大学生やってまーす」

 

 秋だと言うのに、露出度が少し高めの服を着た女性が藤原姉。ということは、こっちの四条の色違いが藤原妹か。

 

「こんにちは!妹の萌葉(もえは)です!」

 

「…どうも。比企谷八幡です」

 

 軽めに挨拶し、軽めに会釈する。

 挨拶程度でしか言葉を交わしていないが、どうにも彼女達を好きになれない。というより、苦手意識が何故か芽生えてしまっている。なんとなく、としか言いようがないが。

 

 だって。

 

「うふふ…」

 

「ふむふむ…」

 

 すっげえ見てくんだもん。怖ぇよ。何見てんだコラ。

 

「比企谷さんの眼って、なんでそんなに腐ってるんですか?」

 

 突然のディス。なんだこの妹。

 

「知らん。気が付いたらこうなってた」

 

「一度、その眼球くり抜いてホルマリン漬けにして観察してみたいです!」

 

「え」

 

 ちょっと待ってこの妹怖い。

 初対面の人の眼球をホルマリン漬けにしようとするとかなかなかサイコ過ぎてヤベぇ。言葉だけ聞いたら犯罪係数オーバー300の案件だぞ。

 

「魚の眼って、確かDHAが豊富なんですよね。比企谷さんの眼も食べたら、頭が良くなったりするのかな?」

 

「怖い怖い怖い」

 

 なんでさっきから俺の眼を狙おうとしてんだよ。というか遠回しに俺の眼が魚と同義だって言ってる?

 

「比企谷さんの怯えた顔、すっごく好きだなぁ」

 

「藤原。俺帰る。死にたくない」

 

 俺はそれだけ告げて颯爽と帰ろうとすると、袋を持った俺の手を誰かが掴む。

 

「千花のお友達なんでしょー?ならお家に上がってもらいましょうよ〜」

 

「え」

 

「それいいかもです!比企谷くん、もし良かったら私達の家に来ませんか?」

 

「嫌です」

 

「さぁ行きましょう比企谷さん!」

 

「死にたくない」

 

 俺は藤原三姉妹に強制的に、藤原のお家へと連行されてしまった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「何して遊びましょうかぁ〜…」

 

 藤原の両親は今いないようで、この家にいるのは三姉妹と俺だけ。とんだ地獄じゃねぇかこれ。

 

「あっ、じゃああれしましょう!この間テーブルゲーム部で作った、リアル人生ゲーム!」

 

「何そのエグい予想が付きやすそうなゲームは」

 

 藤原は一度部屋から出て行き、すぐさまボードを持って帰って来た。ボードには沢山のマス、そしてそのマスには何かしらの効果が書かれている。

 

「ルールは簡単。マス目に書かれた効果に従うだけです。金のやり取り一切無し!運が良ければ擦り傷で済みますが、運が悪ければ重傷で病むことになるでしょう〜!」

 

「…因みに聞くけど、このマス目に書かれてる効果を考えたのは?」

 

「もち私です!」

 

 もう悪い予感しかしねぇ。生きて帰れるかすら分からない。

 

「そして一度だけ、自分のサイコロの出目を二倍にする権利があります!どのタイミングで使うかは自分次第です!」

 

「…やっぱ俺帰っていい?ちょっと用事が…」

 

「因みに敵前逃亡すると」

 

「…すると?」

 

「…ちょっと思いついてませんけどなんかヤバいことになりますのでご注意くださ〜い!」

 

 めっちゃアバウトな脅しなのに、素直に従いたくなるのはなんなんだろうか。

 

「安心してください!流石にR-18になるような効果はありませんから」

 

「…まぁそれなら良かった…のか?」

 

 ゲーム好きの藤原が考えた効果だ。R-18指定にならないとはいえ、絶対ヤバい効果があるに決まってる。

 

「大まかなルールはこんな感じです。では最初に、サイコロで順番を決めましょう」

 

 サイコロで順番を決めた結果、藤原妹、藤原、俺、藤原姉の順番となった。

 

「萌葉からだ。えい」

 

 藤原妹はサイコロを転がした。出た目は3。

 スタート地点から3マス進む。そこに書かれていた効果は。

 

『景気付けに親父ギャグをかましてください』

 

「えぇ〜!なんだか恥ずかしいよ〜!」

 

 まぁこの程度の効果ならば、まだ許容範囲だ。

 

「ん〜……チョコをちょこっと食べたいな!…なーんて」

 

 良かった。なんだか安全性のあるゲームで助かった。絵面的にはスベったが、ありがとう。心に余裕が持てた。

 

「次は私ですね〜!そいっ」

 

 藤原がサイコロを転がす。出た目は。

 

「2!2は……」

 

『貴方はロケット団のニャースです。ゲーム終了時まで、語尾に"にゃ"を付ける。※猫耳カチューシャと小判があれば尚良い』

 

「自分で作っておきながら恥ずかしいの引いちゃいましたにゃ〜」

 

 "にゃ"を付けるだけでめっちゃあざとく感じるんだが。

 とはいえ、容姿だけ見れば藤原は可愛い部類に入る。"にゃ"という語尾は、もしかしたら需要があるのかも知れない。

 

「次は比企谷くんの番ですにゃ〜」

 

 俺はサイコロを手に取って転がす。出た目は。

 

「5か」

 

 5マス目の効果は一体……。

 

『目の前のプレイヤーが好きでたまりません。愛が溢れてしまいそうなので、前の番の人に"愛してる"と囁くこと』

 

「……はあっ!?」

 

 ちょっと待て俺の初手パンチ強過ぎるだろ。しかも前の順番って…。

 

「あ、あはは〜…」

 

 やっぱこのゲーム、安全性が何一つなかった。つーかこんな効果作るんじゃねぇよ。作った本人戸惑ってるじゃねぇか。

 

「あららー、面白いマスに止まっちゃったね〜」

 

 初手からこれは流石にキツい。中断してさっさと帰りたいところだが、後でどういう仕打ちを受けるか分からない。本気で眼球狙われたりしそうだし。

 

「…ちょっと我慢しろよ藤原」

 

「は、はい…」

 

 これは謂わば偽告白。俺が嫌う告白だ。ただ、これは互いにゲームでの一環だと分かっているため、勘違いすることもない。

 とはいえ、小町以外にこんなセリフはなかなかキツい。

 

「藤原、愛し…」

 

「それじゃあダメだよ〜、比企谷くん」

 

「へ?」

 

「言うんじゃなくてぇ、囁くんだよー?囁くって言葉知ってる〜?」

 

 この姉さっきからなんなんだ鬱陶しい。妹なんてスマホ向けて動画撮ろうとしてるし。

 こんなクソゲーやってられるか。さっさと上がって終わらせる。今から囁くのはそのためだ。それ以外に何もない。

 

 俺は恥を捨て、藤原に近づく。次第に彼女の顔が近くなり、ポイントとなる彼女の耳元まで顔を近づけた。

 

 めっちゃ良い匂いするんだけど。

 

「藤原」

 

「は、はい!」

 

「…あ、愛してる」

 

「ひ、ひゃああぁぁ〜……」

 

 俺も藤原も顔が真っ赤になる。

 囁いた途端、俺は藤原から離れて心を落ち着かせようとする。

 

「萌葉ぁー、撮れたー?」

 

「撮れましたよ〜!」

 

 撮るんじゃねぇよ。

 あのサイコ妹がデータを持ってたらどういう風に悪用されるか分からん。ツイッターとかインスタで上げられたら終わりだぞ。

 

「じゃあ次はお姉ちゃ〜ん」

 

 藤原姉がサイコロを振る。出た目の数はいくらか。

 

「6ね〜。6はぁ……」

 

『目の前に抱き心地抜群の人型のぬいぐるみがありました。次に自分の番が回ってくる間、誰か一人に抱きつくこと』

 

 良かった俺このマス出さなくて。…って待て待て。これ以上口走ったら間違いなくフラグが立つ。

 今回は指名制だ。さっきの俺と違って、誰かが決められてるわけじゃない。いくら藤原姉の露出度が高いからと言って、流石にほぼ初対面に近い俺を選ぶとは思えない。

 

 そんなことするならば、藤原姉はビッチである。

 

「じゃあ比企谷くんにぎゅう〜」

 

 ビッチだった。

 

 藤原姉は後ろから強く抱きついてくる。俺の背中には巨大で柔らかいあれがめっちゃ当たる。

 

「うっわ比企谷くん鼻の下伸ばし過ぎてキモいですにゃ」

 

 クッソ言い返せねぇ。

 

「うふふ、照れちゃうなんて可愛いなぁ〜。…ふぅっ」

 

「ふぁっ!?」

 

「変な声出しちゃって、可愛い〜」

 

 あろうことかこの姉、耳に息を吹きかけてきた。俺の反応に藤原姉は笑っていやがる。

 

「いいなぁ姉様。私も比企谷さん()遊びたーい!」

 

 今「で」って言わなかった?「と」の間違いじゃないの?

 

「萌葉の数は…」

 

 順番が一周し、藤原妹がサイコロを振る。

 

「4!」

 

 あっぶねぇ。もし3とか出してたら藤原姉と同じマス目に止まることになってた。

 サイコ妹のことだ。絶対俺を指名するに決まってる。ただでさえ集中が途切れそうなほど柔らかいのが当たってるってのに。

 

『あなたは殺せんせーに転生してしまいました。生徒に手を出す暗殺者達が現れ、自分の武器である触手で拘束を試みます。縛りたいプレイヤーを選び、縛ってください。縛られたプレイヤーは身動きが取れず、一回休み』

 

 ちょっと待てどう考えてもアウトなマスだろこれ。

 

「…あはっ」

 

 ほーら見たことか。藤原妹俺をロックオンし始めたよ。

 

「ち、ちょっと待て。なぁ、考え直そうぜ?こんなパンピー縛って何が楽しいんだって話だろ?な?」

 

「大丈夫ですよ〜……直に縛られて良かったって思わせてあげますから」

 

 なんだか顔を赤らめて息もはぁはぁ言ってるけど。何まさかこいつ興奮してるの?

 

「も、萌葉?ちょっと落ち着いて…」

 

 藤原妹はどこからか白いロープを取り出し、こちらに近づいてくる。

 

「姉様、離しちゃダメですよ〜」

 

「分かってるわよ〜」

 

 クッソ身動き取れねぇ!どんだけ力強いんだこの姉は!

 

「比企谷さんの怯えた顔、とても素敵ですよ〜」

 

 そう言って、藤原妹は流れるような動きで俺の手足を縛ってしまう。

 結果、惨めで醜い比企谷八幡の出来上がりである。そんな姿を藤原妹は。

 

「可愛い〜!その惨め醜い姿、すっごく素敵です!」

 

 嬉々とした表情でスマホをこちらに向けて連写する。

 

「すみませんにゃ…うちの萌葉が…」

 

「謝るくらいならこんなよく分からん効果作らないで?」

 

 藤原妹と姉にこのボードゲームは火に油を注ぐような危険性があるのだ。

 

「つ、次は私ですにゃ〜…」

 

 二周目、藤原のターン。サイコロが転がり、出た数は。

 

「6ですにゃ!一気に進んじゃいますにゃ〜!」

 

 藤原が止まったマスの効果は一体。

 

『史上最強の生物、範馬勇次郎に憧れたあなたは、筋肉を付けるためにトレーニングを行います。次に自分の番が来るまで、以下の筋トレのうち一つを行なってください。※腹筋 背筋 スクワット 腕立て伏せ』

 

「何故にゃ!?」

 

「姉様ファイトー」

 

 殺せんせーの次は範馬勇次郎かよ。さっきから最強生物ばっか登場してる。

 

「早く次進んでくださいにゃ!」

 

 と、マスの指示に従う藤原。因みに彼女がやっているのは背筋トレーニングだ。うつ伏せになって、上半身を思い切りあげるやつ。

 その思い切りあげた瞬間、勢いのせいで藤原のメロンが揺れるのだが。そこに目を向けてしまう俺は果たして変態なのだろうか。

 

「八幡くんとの触れ合いもこれで終わりね〜。なんだか寂しいなぁ…」

 

 藤原姉がようやく俺から離れた。

 あーもう死ぬかと思った。なんとか耐えたぞ俺の理性。

 

「私は5ぉ〜」

 

 殺せんせー(偽)に縛られて身動きが取れない俺は一回休みなので、藤原姉がサイコロを振った。

 5マス進み、合計11マス進んでいる。一番リードしているのは藤原姉だ。

 

『あなたは声優の小松未○子です。小松未○子のキャラクターを一つ演じてください』

 

「小松未○子ってだぁれ?」

 

「声優の人ですよ。ググったら出てきます」

 

 藤原姉はスマホを取り出して調べ始める。

 

「この声優が演じたキャラクターの真似をすればいいのね〜?」

 

「早くしてくれませんかにゃ!?私そろそろ限界なんですけどにゃ!」

 

 藤原は背筋をしながら藤原姉を急かす。

 

「じゃあ、この戸塚彩加ってキャラクターにしようかなぁ…」

 

 戸塚彩加とは、"やはり俺の青春ラブコメは間違っている"の登場人物だ。見た目は可愛らしいボーイッシュな女の子に見えるが、その実男だというオプション付き。俺一推しのキャラクターだ。

 

「なるほど、こういうキャラクターなんだぁ〜…」

 

 藤原姉はスマホで戸塚がどういう人物か、どういう話し方を調べているようだ。そしてそれも調べ終え、藤原姉は準備を始める。

 

「ん、んんっ。…は、八幡。僕と一緒にお出かけしよ?」

 

「いっ…!?」

 

「…どぉ?迫真の演技じゃなかったぁ〜?」

 

 迫真の演技とかそんなレベルじゃねぇ。声だけ聞けば瓜二つもいいところだ。まさか藤原姉の中には小松未○子がいるのん?

 

「次!萌葉の番ですにゃ!早く振って早く私を楽にさせてくださいにゃ!」

 

「そう言われると余計に遅くしたくなるなぁ〜」

 

「早よ振れにゃ!」

 

 藤原妹がサイコロを振ると、2という数が出る。

 

『あなたは一人の奴隷を手に入れました。まずその奴隷に立場を分からせないといけません。プレイヤーを選び、そのプレイヤーに"身も心も、全てはあなたのものです○○様"と言わせてください。Mの人は大喜びになるでしょう』

 

「……あはっ」

 

「…なぁちょっと待て。さっきから藤原妹が止まるマス目おかしくない?調教の準備始めちゃってない?」

 

「大丈夫ですよ〜比企谷さん。大人しく私に委ねてくれれば幸せになりますよ〜?」

 

 いやいや無理無理。なんで縛られた上にそんな屈辱的なセリフ吐かなきゃならねぇんだよ。

 

「おい藤原、さっきからお前の妹が止まるマス目が…」

 

「うるさい早くしてくださいにゃ!こちとら勝手に範馬勇次郎に憧れることになって背筋してるんですから!にゃ!」

 

「…だーれも助けに来てくれませんねぇ。もう諦めた方が良いんじゃないですかー?」

 

 藤原妹は手足を縛られて動けない俺を押し倒す。倒れた俺は身動きが取れず、なんとか辛うじてうつ伏せになる状態になる。

 

「さ、奴隷の比企谷さん。私に忠誠を誓うには、なんて言葉が必要でしょうか?」

 

「くッ…」

 

「もし言わなかった場合、部屋に一生閉じ込めて、ありとあらゆる調教を行い、本物の奴隷にするので!」

 

 よし言おう。プライドなんて捨てちまえ。醜く惨めにあのマス目に従ってやろうじゃないか。

 

「…身も心も、全ては貴女のものです…萌葉様…」

 

「ひゃああぁ〜!今のすっごく良い!一生手元に置いて壊れるまで遊びたい!」

 

 もうやだ助けて。藤原妹怖過ぎて本当に病みそう。そのうちストックホルム症候群とかになって愛着湧きそうで怖い。

 

「ようやっと筋トレが終わりましたにゃ!いやぁ〜疲れましたにゃ〜」

 

 そう言って、2番目の藤原がサイコロを振る。

 

「5!」

 

 藤原が5マス進む。止まったマスの効果は。

 

『ちょっと小腹が空きました。カップヌードルを食べて一回休憩』

 

「わぁやったぁ〜!ここでまともマス!丁度小腹が空いてたんですよね〜」

 

 藤原はそうルンルンして、カップヌードルを作る準備を始めた。

 

「次はやっと俺か……っていうか、もう拘束外してくれない?」

 

「でもこっちの方が映えますよ?」

 

「俺はパンケーキでもタピオカでもないんだよ。早よしてくれ」

 

 藤原妹は渋々、俺の拘束を外す。手足にはうっすら、縛った痕が付いている。

 そんな痕は気にせずに、サイコロを振る。

 

「4か」

 

 4マス進み、そのマスの効果を見る。

 

『あなたは生粋のYouTuber。次はどんな企画にしよう?そうだ!辛い食べ物の企画にしよう!というわけで、デスソースを超える辛い何かを味わってください』

 

「あの野郎変化球みたいなマスばっかり作りやがって」

 

 しかし、デスソースを用意している家なんてあまり聞かない。それ以上のものとなると、もっと見当たらないだろう。

 

「あ。ありますよ、デスソース超えるやつ」

 

「え」

 

「確かぁ、カプサイシンって名前じゃなかった〜?」

 

 ちょっと待て。カプサイシンって辛味成分そのものじゃねぇか。なんでそんな兵器を持ってんだよ。

 

「さ、味見しちゃいましょっか。カプサイシン」

 

 藤原妹はカプサイシンを取り出し、蓋を開ける。

 

「なんなら一気にいってもいいですよ?」

 

「死ぬわボケ」

 

 俺の死地は藤原邸なのか。休日にお出かけなんてするんじゃなかった。これからは極力、外出は自粛にしよう。もし藤原三姉妹に出会したら、真っ先に逃げるとしよう。

 

 俺だって命は惜しいもん。

 



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白銀御行は踊りたい

 なんだかんだと日が経つ。気付けば、秀知院体育祭が迫っている。

 赤組白組で分かれて優劣を競う。クラスによって赤組、白組と分けられるが、俺や四宮、早坂がいるクラスは白組である。白銀や藤原、四条は赤組となった。

 

 種目は様々あるが、学年種目というものが存在する。俺達二年生はソーラン節を踊ることになっている。

 小学5年生あたりでもソーラン節を踊ったが、その時とは音楽が違う。したがって踊り方も違う。とはいえ、体育で先生から教えてもらったことを見て踊れば、それなりに踊れるのだ。

 

 約一名を除いて。

 

『どっこいしょ〜どっこいしょ〜♪ソーランソーラン♪』

 

 俺は一体、何を見させられているのだろうか。

 この目の前で白銀のただもがき苦しんでいるかのような舞いを見せられて、どうしろというのだろう。

 

「ふっ!」

 

 音楽の終わりと同時に決め切った白銀。汗をかき、何やらドヤ顔でこちらを見て。

 

「良い仕上がりだろ?」

 

「嘘つき!!」

 

 藤原は白銀のドヤ顔発言を一蹴。

 

「また私に嘘を!嘘をつきましたね!」

 

「嘘ってなんだよ…」

 

「白銀、お前自分が吐かしたセリフを思い出せ」

 

 こいつは自信満々に俺達にこう言ったのだ。

 

『ソーラン節?余裕だし』

 

 何が余裕なんだろうか。少なくとも踊りの最中の白銀に余裕の"よ"の字も感じることが出来ないほどの完成度だった。マジクソ。

 

「何が余裕だ。こんなのを余裕とかお前の神経どうなってんだ。壊滅的だぞ。なんでもがき苦しむ姿をわざわざ見せられにゃならんのだ」

 

「そうですよ!こんなのコンプレックスであるべきでしょ!ちゃんと劣等感感じてくださいよ!何のうのうと生きてるんですか!」

 

「俺達軽く悪魔を祓うエクソシスト気分で見てたぞ。人生で初めてだよこんなクソみたいな気分」

 

 自信満々に誇る白銀に対し、藤原は不安しか無かった。バレーが壊滅的に出来ない上に、ジャイアンと良い勝負をする音痴を過去に備えていたのだ。

 今まで、藤原が教えていたからなんとかマシにはなったのだが、あの悪夢のような苦労をまた強いられるとなると気が滅入る。

 

 とはいえ、結局は白銀の矯正に数日付き合うことになった。藤原の教えがあり、まぁなんとか人前で見せられる程度の踊りになりはしたのが。

 

「どう…?俺的には及第点かなって思うんだけど」

 

「まだまだです!人に見せても腰を抜かすような下手さではなくなりましたが、点数を付けるなら40点といったところです!」

 

「めっちゃ厳しめだな」

 

「会長の踊りは見本の真似をしてるだけで"表現"ではないんです!」

 

 藤原って音楽が絡んだ何かになると結構ストイックだよな。白銀には良い薬なんだろうけど。

 

「いいですか?ソーラン節はニシン漁の鰊馬作業唄や、水揚げの動作が元となっています。その中に込めた大漁への願い、海に生きる男達の美しさ……そういうのを動きで表現しなきゃならないんです!」

 

 すっげぇガチだこれ。そろそろプロダンサーになれないとか言い出しそうなレベルだぞ。

 

「会長の踊りは綱を引いてる男を表現出来ていません!いいとこ犬の散歩です!」

 

「犬の散歩て」

 

「死力を尽くして綱を引く漁師、食われまいとする魚の気持ち……そして何より、引っ張られる網の気持ちを理解してください!」

 

「網の気持ちなんて分かんねーよ!!」

 

 ごめんそこは俺も分からん。

 

「綱の気持ちこそソーラン節の一番重要な部分です!そんなことも分からないんじゃプロダンサーになれませんよ!」

 

 言っちゃった。

 

「なんで目標がいつの間にかプロになってんだよ!俺は体育祭で恥かかない程度で問題ないわけ!」

 

「むっ」

 

「体育祭の集団ダンスに表現とかそういうレベルのは必要ないだろ。そこそこ形になってれば…」

 

「むううぅぅ…!!」

 

 白銀の軽率な発言に、藤原は遂に堪忍袋の緒を切ってしまった。

 

あーもう限界です!毎度毎度なんで私が会長みたいなポンコツのお世話しなきゃなんですか!本当にもうやりませんから!何かあっても私達に聞かないでくださいね!」

 

 そう言うだけ言って、部屋から飛び出して行った。

 

「…まぁプロ意識はともかく、あいつはお前の力になろうって頑張ってたんだろ。そこだけは理解しとけ」

 

 今回ばかりは白銀に原因があると言えなくもない。俺ならこんなポンコツの面倒なんざやらない。

 藤原が自主的にやると言い出したとはいえ、結果的にはこいつのためになっている。にも関わらず、自分で勝手に程度を決めて妥協するのは、少なくとも今まで教えてもらってきた藤原に失礼である。

 

「…じゃあ俺も行くわ。藤原ほど誰かに教えれるような人間じゃないからな。最初に比べたら、形にはなってるし。妥協するならするで、それも一つの考えだからな」

 

 俺も部屋を出て行く。廊下を歩いていると、トボトボと歩く藤原の背中が見える。さっきの白銀のセリフが、割とキたのかも知れない。

 

「…おい」

 

「…あ、比企谷くん」

 

 流石の俺も、藤原を放置するのも気が引ける。第一通る廊下が一緒だから凄く目に付くし。

 

「踊りに表現は必要なんです。表現があるから観客は感動してくれる。笑顔になってくれる」

 

「…おう」

 

「私はそれを会長に伝えたかった。踊りを知らない会長に、踊りの良さを知って欲しかっただけなのに……」

 

 藤原はギャーギャー文句は言うが、面倒見が良い。今まで白銀に付き合ってきたのがその証拠だ。彼女の頑張りは目に見張るものがある。

 

「まぁ素人にプロ意識を押し付けるのは流石に無理があるとは思うけどな」

 

「…でも、期待してしまうんです」

 

 変に期待を押し付けんな……と言いたいところだが、今までポンコツ代表の白銀がバレーの実力や歌唱力が上がったことを鑑みれば、期待したいと思うのも無理はない。

 

「…なら戻って見てみるか?多分今頃、あいつ一人で練習してるかも知れないぞ」

 

「え?」

 

「あいつはそういうやつだからな。そのまま終わるとは思えない」

 

 あいつがもし踊っているのなら、それはおそらく、藤原に頼り過ぎていたところに罪悪感を感じているから。そして、妥協するのは嫌だと思ったから。

 

「…私、戻って会長を見てきます。比企谷くんも来てくれますか?」

 

「…まぁ、別にいいけど」

 

 断る理由もないし、たかだか白銀の踊りを傍観していればいいだけだ。

 俺達は先程の部屋へと戻るが、白銀の姿が無い。ならば生徒会室では、と思い、生徒会室へと向かった。

 

 すると、俺達が目の当たりした光景は。

 

「腰はここまで落とした方が格好の良い形になります」

 

「なるほど…」

 

 四宮がマンツーマンで白銀に踊りを教えている場面だった。その瞬間、藤原の目から光が消え失せ、どんよりと濁った目に変わってしまう。

 

「え?え?ちょっとちょっと〜?んん〜?これどういう事ですか?教えてもらってるんですか?踊りを?」

 

「えぇ。私も踊りには多少覚えがありますので」

 

「あっかぐやさんは舞踏やってましたもんねぇ~。かぐやさんに教わるのは正解ですよ~」

 

 藤原は普段白銀が使っている椅子にドカっと座り込み。

 

「さ、続きをどうぞ」

 

 こっわ藤原こっわ。

 

「白銀、お前相当度胸あるよな」

 

「どういうことだよ…」

 

「こーんなすぐに代わりを用意する切り替えの速さには感服出来ますね。良い政治家になれると思いますよ〜?さぁ続きをどうぞ」

 

 闇堕ち藤原の言葉を流し、四宮は白銀に引き続き踊りを教え始めた。

 

 何故こうなったのかは簡単だ。一人で練習していた白銀のところに四宮が偶々やって来て、そのまま白銀の練習に付き合う形で教えているんだろう。今でも四宮は分かりやすく、丁寧に白銀に踊りを教えている。

 

「踊りは美しい動きで美しく繋げてゆくものです。観客の目に映るように、一つ一つの所作を丁寧に…」

 

「分かってないなぁ」

 

 しかし、そのことに対して藤原は気に入らない様子である。四宮の教えに所々にちょっかいをかけている。

 

「藤原さん、何か言いましたか?」

 

「いえ別に」

 

 四宮は藤原のちょっかいを気にせず、白銀に踊りを教える。

 

「指先の形…目線、動きのメリハリ。見本の形をしっかり覚えて忠実に真似すれば…」

 

「真似でいいんだぁ。ふぅ〜ん」

 

 怖い怖いやっぱなんか怖い。

 

「なんですかさっきから。私の教え方に何か文句でもあるんですか?」

 

「いえいえ〜。ソーラン節って青臭さも味になるから教育的な踊りなんですよ。そこすら完コピって言うのはどうなのかなぁって。魂込めなきゃ違うんじゃないかなぁって思って」

 

「魂なんて曖昧なものは不用です。正しい振り付けをいかに効率良く体に覚えさせるかが大事なんです」

 

 四宮の言葉が藤原を一蹴。

 まぁ四宮の言いたいことも分からないではない。たかだか体育祭のプログラムの一つの踊り。そこに力を注ごうがそれなりに真似出来れば観客は湧くことだろう。

 

「どういう意図でどういう表現をしてるかなんてどうせ理解されません。忠実に動いておけば、観客なんて勝手に感動してくれるものなんです」

 

 どちらの言い分も間違いじゃない。プロ意識云々はさておき、踊りを踊れるに越したことはない。ならば藤原の意識も間違っちゃいない。

 

「ちがうううぅぅううっ!!」

 

 今日2回目の爆発。

 

「質や見栄えは大事だけれど、人の心が生み出す表現の手触り感が無ければ人の心に触れられないの!!愛のない表現は結局みんなを不幸にするの!!」

 

 藤原は涙を流しながら熱弁し、白銀の腕を掴んで引っ張る。

 

「会長は私達が育てます!!」

 

「…ん?」

 

 今俺まで含められてた?気のせいだよね?見るには見るけど育てはしないよ?あんな怪物手に負えねぇよ。

 

「わけの分からないことを言わないで!」

 

 負けじと四宮も引っ張り返す。

 

「会長はやれません!」

 

「そうはさせません!」

 

「会長を取らないでーっ!!」

 

「貴女のものじゃないでしょ!!」

 

 何この引っ張り合い。どこのハーレム主人公なんだろうか、この白銀は。

 

「まるで綱引きみたいだな」

 

「そんな悠長なこと言ってる場合っ……て痛い痛い痛い!!放せえええッ!!」

 

 白銀の悲痛な叫びに、両者腕を離す。二人から離れた白銀は、何かに目覚めた表情に変わる。

 

「これが、網の気持ち!」

 

 今ので分かったの?

 

「ふっ!」

 

 すると、先程より洗練されたソーラン節を踊り始めた。動きのキレ、表情、全てにおいて完璧に近いソーラン節を踊っているのだ。

 こんなんでキレキレのソーラン節が踊れるならば、最初から限界ギリギリまで白銀の両腕を引っ張れば良かったな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 空は既に夕焼け色に染まり切っており、早くも街灯が点き始めている。俺はいつも通り、一人で帰っていると。

 

「体育祭当日、京子が来るんだって〜!」

 

「嘘マジ!?京子が秀知院に来るの中学以来なんじゃない?」

 

 ガールズトークを楽しんでいるJK二人とすれ違っただけなのに、その二人が発した"京子"という名前が妙に残った。

 

「…まさかな」

 

 ()()余計な面倒事を持って来ないでくれよ。

 

 



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秀知院は体育祭

 "参加することに意義がある"。

 

 近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタン男爵が演説で取り上げ、広く知られた言葉だが、この言葉はしばしば誤用され、強制参加のための脅迫文句となっている節がある。世の中、往くだけ無駄だったなんてもんは腐るほどあるだろうに。

 

 参加することに意義があるのなら、参加しない勢力に参加することにも意義があるはずであり、何事も経験だと言うのであれば、経験をしない経験にだって価値はあるはずだ。

 

 むしろ、誰もが経験することをしないと言うのは、逆に貴重と言える。

 

「…はああぁぁ…」

 

 要するに体育祭なんてクソくらえってことだ。インドアで孤高の道を歩む俺にとって、集団行動なんてやってられない。

 

 誰かがミスれば一斉にミスったやつのせいにするし、みんな仲良く体育祭なんてのは幻想でしかない。たかだか学校行事。個人的な意見で言うならば、試験の方が将来的に価値がある。

 

「…すんごい目腐ってるけど。大丈夫?」

 

 同じクラスで同じ白組の早坂がこちらを覗き見る。

 

「…いや本当。体育祭なんて爆散すればいいのに」

 

「ここら一帯更地になるようなこと言わないでよ。…そんなに嫌なんだ」

 

「嫌だよマジ嫌。特にクラス対抗リレー。クラスメイトが抜かれると舌打ちして、マジギレするサッカー部の長山」

 

「長山誰だし」

 

 俺が嫌いなサッカー部の一人だ。まぁあっちも俺のこと嫌いだったと思うけどな。

 

「後、バトンを受け取る時嫌がる女子な。なんでわざわざ俺の前で"マジあり得ないんだけど"とか言うの?ツンデレかよ」

 

「それガチ嫌いじゃん。何したらそうなるの?」

 

「知らんわ。俺が聞きたいわそんなもん」

 

 小さい頃から周囲から嫌われていたんだから。理由もなしに、ただただ暗いだの大人しいだの名前が変だので。

 

『次はプログラム5番、2年生によるソーラン節です。2年生は入場門に集まってください』

 

「そろそろ集合しないといけないね」

 

「…だな」

 

 5年生以来だ。ソーラン節も法被を着るのも。なんだか懐かしいな。別に楽しかった記憶はないのにな。

 

「さ、行こ」

 

「おう」

 

 1年生の玉入れの次に、2年生のソーラン節が行われた。

 体育で習ったように、それなりに真似で動いて踊る。それなりにハードな踊りであるので、少し汗をかいた。

 

「…疲れた」

 

 ソーラン節の描写はカットしよう。ソーラン節なんて大体どんなもんか分かるだろうし。知らんならググれば動画くらい出るだろう。

 

「次に比企谷くんが出るのは…」

 

「…200m走だ」

 

 学年種目以外に、絶対一人一つの種目に出場しなければならないのが体育祭。別に出たい種目があるわけじゃないが、まさか寝てる間に決められていたとは。

 

「確か、あのD組の"しんどう"くんも出るって話だよ」

 

「しんどう誰だ」

 

 何、そんな有名人?進藤って言われてもヒカルの碁しか知らないよ?それとも新堂?ヒロアカで出てくるあの腹黒イケメン?

 

「知らないの?渡部神童(わたべ しんどう)くん。サッカー部のエースだよ」

 

「だから誰なんだって」

 

 しかも結構大層な名前だなおい。サッカーで神童って。神のタクトでも使うのん?化身とか出せるのん?

 

「あ〜、比企谷くんだ〜」

 

 …ちょっと待て。今平日だろ。なんで体育祭見に来てんの?

 

「おね〜ちゃん講義サボって来ちゃった〜」

 

「藤原の…お姉さん…」

 

「この人が書紀ちゃんの…?」

 

 藤原豊美…だったっけ。おっとりした雰囲気であるが、その実ビッチ紛いの行動する女性。藤原家特有の強力な遺伝子を持っている。ついでに言うなら俺の苦手な人だ。

 

「藤原なら赤組の方にいると思いますけど」

 

「千花はまた後で〜。それよりぃ〜」

 

 藤原姉は俺の腕を引っ張って引き寄せ、密着させる。左腕に柔らかいのが当たっとる当たっとる。

 

「はい、ち〜ず」

 

 パシャっとシャッター音が鳴る。藤原姉が強引に引き寄せ、密着させた上でツーショット写真を撮ったのだ。

 

「比企谷くんとのツーショットゲット〜」

 

「あ、あんた強引過ぎだろ…」

 

 敵だ。思春期男子の敵だこの人は。

 

「じゃあ、私千花のところに行くから〜。頑張って〜」

 

 藤原姉は嵐のように現れて、嵐のように去った。

 

「書紀ちゃんのお姉様と随分仲が良いんだね」

 

 だが、嵐が去った後というのはなかなか大変なものである。

 一部始終、俺と藤原姉のやり取りを見ていた早坂が、こちらを冷めた目で見ている。声色も低いしこっわ。

 

「仲が良いっつか、単に揶揄ってるだけだろ。なんなら俺あの人苦手だし」

 

「ふうん。でも苦手とか言う割にはデレデレしてたように見えたんだけど。…本当、男子って好きだよね。おっぱい」

 

 で、デレデレなんてしてないんだからねっ!ちょっと柔らかいなって思っただけなんだからね!

 

「ちっ」

 

「え舌打ちした今?」

 

「してない」

 

「じゃあ何今の」

 

「舌鼓」

 

「何食べてんだよ」

 

 どう考えても舌打ちっぽかったんだけど。怖いよ。早坂怒ってて怖いよ。

 

『借り物競走に出場する生徒は、入場門に集合してください』

 

「あ、かぐや様の出番だ」

 

「…これ終わったら、昼飯か」

 

 午前はソーラン節で済んだが、午後は棒引きに200m走もある。それに200m走には神童が出てくるらしい。いや本当誰だよ神童。

 午後の種目に対して憂鬱な気分になる。そんな気分で借り物競走を見ているとあっという間に終わり、昼食時間となる。

 

 俺は一人、いつも居座るベストプレイスへと向かった。が、その途中。

 

「お前どした」

 

 ベストプレイスに向かう途中で石上と出会った。のは良いのだが、何故か石上は女装している。

 

「応援団の服装で……男は女装、女は男装っていう意味の分からないことになってしまって」

 

 なんで応援団に入ったのかは、この際聞かないでおこう。石上に何か考えがあって動いた結果に違いない。石上の人格ならば、陽キャが集まる応援団にわざわざ入りたいとは思わない筈だ。

 

 とはいえ。

 

「くくっ…」

 

「比企谷先輩他人事だからって笑わないでくださいよ」

 

 いや笑うだろ流石に。石上が女装とかガチャで言うところのSSRだぞ。最早インスタ映えするんじゃねぇか。

 

「まぁあれだ。頑張れよ。くくっ」

 

「…出来る限りのことはしますよ」

 

 そう揶揄って、石上と別れる。

 普段のベストプレイスに向かうと、体育祭の開催により近辺が静かである。大体は観客席で食べているか食堂かの2択だろう。

 

 そんな静かなベストプレイスでパンを頬張りながら、俺はプログラム表を見ていた。

 

「次は応援合戦か…」

 

 いつもの俺なら応援合戦なんて興味も無かっただろうが、あの石上が応援団にいるなら話は別だ。存分に見せてもらおうではないか。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「えっ、もしかして」

 

「うちら」

 

「「入れ替わってる〜!?」」

 

 赤組の応援合戦が始まった。のっけからパロディネタかよ。ていうか団長の絵面きっちぃな。

 

「つばめせんぱーい!」

 

「団長可愛い〜!!」

 

 今の高校生ってこんなんにウケんの?俺今のところ石上の女装姿しかウケるとこ無いんだけど。

 

「風林火山!」

 

「最the高!マジ卍!」

 

「「マジ卍!!」」

 

「インスタ映え!」

 

「「インスタ映え!!」」

 

 さっきから団員は何を言ってるの?風林火山だのマジ卍だのインスタ映えだの。

 何、これまさか赤組のスローガン的なやつ?だとしたらもっと良いの無かったのかよ。なんだよこのとりあえず世間的に使われてる単語をミックスしたスローガンは。

 

 …でも。

 

「…青春、謳歌してんじゃねぇの」

 

 必死に動いている石上の表情は、どこか楽しそうに見える。もしかして、応援団に参加したのは案外良かったのかもな。

 

「「フレッフレッ赤組フレッフレッ赤組!!」」

 

 赤組による応援合戦は終了した。どうやらウケは良かったようだ。

 後輩がガラにも無いことを頑張った。お疲れの一言ぐらい言ってやろうと、俺は石上のところに向かおうとしたのだが。

 

「石上くん」

 

 他校の制服を着た女子が石上に近づき話しかける。

 遠目から見て分かった。あれは石上の幼馴染とか昔仲良かった知り合いとかじゃない。

 

 石上にとっての、モンスター。

 

「随分楽しそうにやってるんだね。石上くん」

 

 女は石上から離れて、仲の良さげな秀知院の女生徒のところに戻る。

 

 間違いない。あれは。

 

「…大友…京子(おおとも きょうこ)…」

 

 過去に秀知院にいた人物で、石上のクラスメイト。

 直接話したことはない。だが、あいつがのうのうと来ているだけで反吐が出そうな気分になる。

 

 それぐらい俺は嫌いだ。

 

「石上…」

 

 さっきと明らかに様子がおかしい。何かに怯えているような様子だ。

 そんな石上に、同じ赤組の応援団の金髪の女生徒がどこかへと連れて行った。

 

 今の俺ならあいつを言葉だけで潰すくらい出来るだろう。だが、それでは石上が守ったものを壊すことになる。あいつが身体張って守ったものを。

 

 石上がどうして周りに怯えるのか。何故周りは石上を嫌うのか。大友京子とは一体何者なのか。

 

 これはまだ、石上も伊井野も秀知院高等部にいない時の話。つまり、俺がまだ1年生の時の話だ。

 生徒会に無理矢理に入って時間が経ったその時、中等部でとある事件が起きたという情報が入った。

 

 曰く、石上優が大友京子をストーキングし、剰え荻野コウを殴ったと。

 

 中等部のことなんて、外部から入学した俺には一切分からない。見舞いついでに伊井野が話してくれたぐらいで。

 

『…普通に考えたら、石上ってやつが悪いんだろうが…。…何か裏がありそうだな』

 

『あぁ。もしこの話に裏があるのなら、事件自体が覆ることになる』

 

『では荻野コウ、並びに大友京子の身辺調査は私が行いましょう。四宮家の力を使って』

 

 あらゆる手を使って、事件の真相を掘り下げた。結果的に、埃のようにどんどん出てきたのだ。

 

 真相、というより俺達が導いた推論はこうだ。

 

 荻野コウと大友京子は恋人同士だったが、荻野コウは大友京子を使って良からぬことを企んでいた。石上はそれに気付き、荻野コウを止めようとした。

 だが、スクールカースト故に荻野は助かり、逆に止めようとした石上はストーカーと間違われてしまい、周りからも嫌われた。先生も擁護することなく、石上を停学処分にした。

 

 その後の追跡調査では、数日後に荻野と大友は破局。どちらも秀知院とは関係のない高校に進学。変な噂が立っていないし、別の高校で楽しそうにしてるそうだ。

 

 これが、石上優に纏わる過去。

 要するに石上は大友を助けようとしたが結果的に嫌われた。告発することも出来たのに。仕返しや真相を広めることだって出来たのに、それをしなかったのは、大友を守ろうとしたということなのだ。

 

 石上のやり方は、決して間違っちゃいない。正しい、とも一概に言えないが。それでも、結果的に守りたい人間を守ったのであれば、それは石上にとって間違っていないことになる。

 

 だから、あいつが今も大友の影に怯える必要がない。

 既に時は過ぎている。今更タラレバを言ったところでどうにもならない。

 

 生徒会の、そして人生の少し先を歩んだ先輩として、俺が石上に言えることは。

 

「石上!! 」

 

「ッ……」

 

 種目は今、部活動と委員会がごちゃ混ぜになった対抗リレー。赤組応援団のアンカーとして、石上が出場している。

 俺は周りの歓声に負けないように、声を張って石上に伝える。

 

「1年ちょい早く生まれた先輩が教えてやる!よく聞け石上!」

 

「……?」

 

 今まであいつは前を向かなかった。前を向けなかった。

 

「過去なんて振り返れば死にたくなるし、未来なんて考えたら不安で鬱になるんだよ!」

 

「っ…!」

 

「お前が今見なきゃならないものを教えてやる!それは…!」

 

 お前は今、未来も過去も見なくていい。

 

「前だよ石上!前なんだ!!」

 

 自分で小っ恥ずかしい事言ってるのは百も承知。石上が応援団に入ったように、柄にもないことをしてるのも自覚してる。

 

 だが。

 

『比企谷先輩、このゲーム知ってます?』

 

『あ、この漫画面白いですよね。僕も結構ハマって…』

 

『助けてください比企谷先輩。四宮先輩に殺されかけたんです』

 

『比企谷先輩』

 

 あれだけ酷く優しい後輩が、今にも崩れ落ちそうになっている。そんな後輩を見捨てるほどの鬼畜さは持ってないんだよ。

 

 石上がこちらを驚いた目で見ていると、今度は生徒会代表で走る白銀が石上に声を掛ける。白銀は自身の赤色の鉢巻を石上の頭に巻きつけた。そして白銀が石上の背中を押し、何か声を掛けた。

 対して石上は、静かに笑みを溢す。先程の絶望的な表情が嘘のようで、今ではまるで楽しそうに笑う。

 

「顔からコケちゃえ!!」

 

 そんな石上に、またもや大友が邪魔をする。

 

「あんたが変なことしたからフラれたんだからね!全部あんたのせいだ!」

 

 ここまで滑稽だと、笑いを通り越して痛々しく見える。

 

「私、結構根に持つタイプなんだから!何楽しそうにしてんのよ!あんたにそんな権利ないんだから!!」

 

 耳障りな声。ストレスが溜まる一方だ。俺が大友にそんな嫌悪感を剥き出しにしていると。

 

「うるせぇばーか」

 

 鉢巻の位置を直しながら発した石上のセリフ。大友だけじゃなく、俺にもそれははっきりと聞こえた。

 

「…ふっ」

 

 なんだよお前。カッコいいじゃねぇか。

 

 バトンは石上に繋がり、ただ目先だけに向かって走り続ける。得意の足の速さは伊達ではなく、ぐんぐんと一位との距離を詰める。

 

「石上!!」

 

 詰めて詰めて詰めて。そして。

 

『ゴール!僅差で白組の勝利です!』

 

 …惜しくも、一位には届かなかった。

 膝に手を着いて、悔しそうに肩で息を切らす石上。もしかすれば今の結果で、石上が悲観的になってしまう可能性が…。

 

「優くん優くん!惜しかったね優ぐ〜ん!!」

 

「石上、いい走りだったぞ!本当に惜しかった」

 

「あんま気にすんなよ。元々リードされてたんだし」

 

 …とんだ杞憂だったな。石上の周りには、自分を見てくれる人間が出来たんだ。

 

「…良かったな」

 

 石上も、これを機に色んなものを見ることが出来たらいいな。

 

『200m走に出場する生徒は、入場門に集合してください』

 

 さて、と。

 無理矢理出場することになった200m走がいよいよ始まる。念入りにストレッチを行い、靴紐をキツく結ぶ。

 

「行くか」

 

 入場門に向かい、列に並んで待機している。

 そして前の種目が終わり、退場を終えると、200m走に出場による生徒の入場が始まる。

 

 普通に考えて、帰宅部擬きの俺が一位とか二位を取れるわけないんだけども。

 石上が殻を破ったところを見せたんだ。それなりに上位に食い込まねぇと。最下位なんてなったらゴミみたいな目で見られそうで怖いからな。

 

 ところで。

 

「神童って誰だ…?」

 

「俺に何か用か?」

 

「え」

 

 俺がそう独り言を呟くと、隣から返ってきた。

 隣を振り向くと、神童という名前に反応した人物は、めちゃくちゃ渋い顔の濃いやつだった。

 

 えっこれが神童?名前凄いのに何このモブ感漂う人物は。なんかもうちょい優男イケメンみたいな感じをイメージしてたのに。別人じゃない?

 

「神童ーっ!」

 

「神童くーん!!」

 

 歓声の所々から神童コールが飛ぶと、神童?は手を振り返す。

 

 あっこいつ神童だわ。渡部神童だわ。

 いや本当誰だよ。これサッカー部のエースかよ。

 

「…それで、俺に何か用なのか?」

 

「え、あ、いや。なんもない」

 

「そうか。…そういえばお前は確か、生徒会選挙の…」

 

 どうやら俺はサッカー部のエース様にでさえ、認知されているようだ。まぁあれだけの舞台でやらかせば、覚えてるやつもいるか。

 

「まあ今回の200m走に評判は関係ない。ゴールした人間が優れているだけだ。いくらお前が悪い人間であろうが、走り始めたらそんなものは関係ない。負けるつもりはないからな」

 

「お、おう…」

 

 えっ何こいつめっちゃイケメン。今びっくりするぐらいイケメンだったんだけど。そら人気者になるわこれ。顔と中身のギャップが凄ぇよ。

 

 そんな驚きを隠しつつ、いよいよ俺の出番が回ってきた。五人が位置に着き、クラウチングスタートの構えに入る。

 

「位置に着いて!よーい……」

 

 スターターピストルを放ち、戦いの火蓋は切って落とされた。

 俺は全速力で走り、ゴールを目指す。だがコーナー辺りで、渡部に抜かれてしまう。速いなあいつ。

 

「くッ!」

 

 渡部の背中を追いかけて、加速させていく。

 

「速いなッ…!」

 

「徒歩通学舐めんなよ…!」

 

 徒歩通学で良かった。じゃないとろくすっぽ走れねぇよこれ。

 

 ゴールが徐々に近づき、最後のレーンに差し掛かる。渡部の背中を追っていたのが、今ではほぼ真横にいる。

 

「比企谷くん!」

 

「比企谷先輩っ!頑張れっ!!」

 

 ゴールイン。

 俺と渡部、ほぼ同じタイミングでゴールだった。本当にギリギリだったため、審判はカメラの巻き戻しを使って判定していた。

 

 その結果。

 

『一位にゴールしたのは白組!あの神童くんを抑えてゴールしましたーッ!!』

 

「……ふぅ…」

 

 俺は全速力で走った反動で、その場にへたり込む。そんな俺に、渡部がこちらにやってくる。

 

「まさか、お前がここまでの力を持っていたとはな。敬服するよ」

 

「あ、おう」

 

 二位になっても渡部カッコいいんだけど。なんかそれ納得いかない。

 とはいえ、一位は一位。まさか200m走でサッカー部のエースを抑えて一位取るとは思わなかったが、これならゴミみたいな目で見られることはないだろう。

 

「…疲れた」

 

 200m走は終了し、選手達は一気に退場していく。退場門を潜り、自分の観客席に戻って行く途中。

 

「比企谷先輩っ、凄かったです!」

 

 伊井野が興奮した状態で賞賛してくる。

 

「最後のコーナーで追いついたところなんてすっごくカッコ良くてっ…」

 

「おう。ありがとな…」

 

 俺は観客席に戻り、席に着くと。

 

「お疲れ、比企谷くん」

 

「…おう」

 

 早坂が労りの声を掛けてくる。しかし疲れのせいか、適当な返事しか返すことが出来ない。

 

「カッコ良かったよ」

 

「そらどうも。……ふぁっ!?」

 

 なんかさっきからカッコ良かったって聞こえてきたんだけど。まさかの幻聴?難聴系主人公じゃないんだよ俺。まさか、かけっこ一位はモテる説が立証されるのか?

 

 そんな説が本当に存在するのかと思いつつ、残りの体育祭のプログラムを消化されていく。

 

 そして、優勝に輝いた組は。

 

『赤組の優勝です!!』

 

 結果、白組敗北。赤組が優勝した。

 とはいえ、別に悔しいなんて感情はない。いつものことである。ただ、いつも感じないことがあるとするのならば。

 

 今日の体育祭、例年と違い思い出深かったということぐらいだ。

 本当に、今日は色々あった。が、悪くない一日だったと言えるだろう。

 



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石上優は話したい

「比企谷先輩に話があるんですが」

 

 体育祭が終わり、通常の日常に戻った。

 そんな通常の昼休み、俺は一人ベストプレイスで昼飯を食べていると、目の前に石上がやって来た。

 

「…お、おう。急にどうした」

 

「伊井野のことで少し。隣良いですか?」

 

「…おう」

 

 石上が俺の隣に腰掛ける。

 

 どうやら、石上は伊井野のことで話があるらしい。

 確かこいつら、だいぶ仲悪かった筈なんだが。石上の性格上、伊井野と仲良くなりたいってことはないだろうし。

 

「比企谷先輩、伊井野と結構仲良いですよね。というより、伊井野が懐いてるって言うか」

 

「…まぁ付き合いの長さで言えば多分、白銀達より長いからな」

 

「実は僕、時々思ってたんです。伊井野がなんで比企谷先輩に懐いてるのかって」

 

 何故懐いてるのか、と言われたら答えにくい。

 というのも、懐いたきっかけが分からないからだ。交通事故の件で懐いたのか、ただ単純に時間を経て懐いたのか。

 個人的に懐かれて嫌な気分はしないが、途中途中闇を出すところが少し怖いこともある。

 

 とはいえ、石上同様、伊井野も後輩として放っておけない存在ではある。

 

「伊井野は正義を好んで悪を嫌う。伊井野の言う悪は、おそらく風紀やルール、校則を守らない存在のこと。比企谷先輩は校則を思いっきり破るタイプではないですけど、かと言って全部守るってタイプではないじゃないですか」

 

「…まぁ、確かにな」

 

「そんな人間に、伊井野が懐く部分があるわけない。にも関わらず、伊井野は比企谷先輩に懐いてる。それはおそらく、人間性なんだと思います」

 

「人間性、か」

 

「比企谷先輩、自分の周りを傷付ける存在に対しては敵意を向けるじゃないですか。僕の時も、伊井野の時も」

 

 言われて確かに心当たりはある。

 石上の件では、真実を知らない大友京子が石上を傷付けるのが許せなかった。伊井野の生徒会選挙の時は、伊井野が恥を晒した途端強気になって揶揄う連中が気に入らなかった。

 

「比企谷先輩のそういうところは嫌いじゃないです。むしろ好きです」

 

「え」

 

 ちょっと待って石上まさかそっち系?まさかのホモぉなの?やだ何それ怖いんですけど。

 

「なんか思いっきり引いてますけど比企谷先輩が考えてるようなことはないですので安心してください」

 

 それは良かった。石上にそっちの気があったんなら、俺は今後どう接すれば良いのか分からなくなるところだった。

 

「…でも伊井野は違う。あいつはそういう次元じゃない」

 

「?どういうことだよ」

 

「実はこの間、あいつとんでもないものを聴いてたんです」

 

「とんでもないもの…?」

 

 石上のその言葉から、すぐさまフラッシュバックした。夏休みの時、サイゼで見せた伊井野の闇が。

 

『ンエエエヴアアアア!!ンンエエヴアアアァァアア!!』

 

『ああ……君は偉いよ。とても頑張ってる。そのままの君でいいんだ。君はいい子だ……。大丈夫……大丈夫だから……。辛いよね…?泣きたい時には泣いていいんだよ…。…大丈夫。僕は君の味方だよ』

 

「…お前も聴いたのか?あの狂気の作業音声を」

 

「はい。まさかあれで癒された顔するとは思いませんでした」

 

 人の癒しはそれぞれとはいえ、ラクダや象の雄叫び、知らぬ男の愛が込められた声を癒しにするやつは早々いない。

 

「というか、伊井野がわざわざお前に聴かせたのか?」

 

 嫌いな石上にあんな音声を聴かせるとは思えないが…。

 

「いえ。伊井野のやつ、イヤホンジャックがスマホに繋がっていないことに気づいてなかったんです」

 

 つまり、スマホから直に音声が出てしまっていたと。

 まぁ確かに、イヤホンを使うやつのありがちなミスではあるな。流れた音声がただの音楽とかなら良かったのに。

 

「ただ、とんでもないのはこれだけじゃないんです。あいつ、比企谷先輩の声を録音した音声まで聴いてたんです」

 

 えっ何してんのあいつマジで何してんの?俺の声を録音したやつってあれだよね?半強制的に詩を作らされたやつだよね?

 俺のあれを石上に聴かれたの?嘘でしょ?黒歴史とか言うレベルじゃないじゃん。これ完全に自殺案件だろこれ。

 

「しかも伊井野がそれを聴いた途端、その日一番癒された顔をしてたんです」

 

 確かにあの時もちょっと悦に入ってたけど。せめて江○拓也のヒーリングボイスにしない?何も俺じゃなくて良くない?

 

「最初、声優の江○拓也のヒーリングボイスだと思ってたんです。けど、あの気怠げ低音で、何より毎日聞き覚えのある声色で僕は気付きました。えっこれ比企谷先輩じゃね?と」

 

 気付かないで欲しかった。本当に。聴かないで欲しかった。

 

「なんであんな録音が…というのは今の比企谷先輩の反応でなんとなく察したので聞かないでおきます」

 

「ありがと」

 

 石上優しい。けど心の中ではなんか蔑んでそう。藤原を馬鹿にするみたいに。

 

「それだけじゃないんです。この間…」

 

 と、石上は過去を振り返りながらその場面を話し始めた。

 

『ねぇ、比企谷先輩どこにいるか知らない?』

 

『比企谷先輩?…あぁ、さっき金髪のサイドテールの人と一緒にいたぞ。名前知らないけど、多分比企谷先輩と同じクラスメイトなんじゃないか?』

 

『…やっぱり。やっぱりあの女は比企谷先輩に今以上に悪影響を与える。比企谷先輩の隣にあんな人はいらない』

 

『お、おい。伊井野?』

 

『というか比企谷先輩も比企谷先輩よ。突き放せば良いのに。優しくする必要なんてないのに』

 

 一部始終を石上から聞かされたのだが。

 えっ怖い。確かに伊井野ってメンヘラ気質なところはあったけど、これメンヘラってよりヤンデレじゃね?

 

「多分、伊井野は比企谷先輩に依存しています。僕が知ってる限りじゃ、伊井野は周りから疎まれていたんですよ。本当に伊井野のそばにいたのは大仏くらいで。ほとんどの人間は伊井野の存在を煙たがってた」

 

「…そうだな」

 

「だから、優しくされた人間には心を開くタイプなんでしょう。比企谷先輩は身内に優しいですし、伊井野が依存するのも分からなくはないです」

 

 …確かに、最近の伊井野は様子が変ではあった。

 毎日毎日夜に電話を掛けてくるし、少しラインを放置してたら相当な数の通知が送られて来ているし。

 

 目を逸らしていた。そんなことはないんじゃないか。あり得ないんじゃないかって。でも、第三者に突き付けられたら否が応でも理解しなければならない。

 

 伊井野は、俺に依存している。

 

「別に伊井野と仲良くなったり、恋人になったりすることをやめた方が良いとは言いません。ただ伊井野と向き合うなら、それ相応の覚悟がいると思います」

 

「覚悟、か…」

 

「伊井野のことです。付き合ったらとりあえずそれなりに自由がないと思ってください。あの手の女は相当束縛が激しいです。男友達と遊びに行こうにも、女の影が潜んでるんじゃないかって思って癇癪起こして止めると思います」

 

 典型的なメンヘラじゃねぇか。

 いやまぁ、俺もそんな人に誇れるような正常な精神をしてるわけじゃないけどさ。

 

「もし比企谷先輩がそんな伊井野に嫌気が差したのなら、僕は手を貸します。先輩には恩義がある。恩のある先輩には、僕は傷付いて欲しくない」

 

「お前ちょいちょいカッコいいよな。主人公かよ」

 

「ははは。僕が主人公になったらその作品は秒で駄作になりますよ。ヒロインに嫌われて仲間に嫌われて世界にまで嫌われる。そんな鬱になりそうな作品多分誰も見たがりませんよ」

 

 あっ良かった。いつもの石上だったわ。

 

「…まぁ大丈夫だ。自分のことは自分でなんとかする」

 

「…だったら良いんですけど。それじゃ僕、そろそろ教室に戻りますんで」

 

「おう。また後でな」

 

 石上は腰を上げて軽く頭を下げ、自分の教室へと戻って行く。

 石上が去ってから、今までの伊井野の言動を思い返す。

 

『なんでいつもの場所にいなかったんですか!今日も昨日も一昨日も!』

 

『轢かれそうなところを助けてもらったり、私の悩みの相談にも乗ってくれたり……。ふふ……本当、どこかのロマンチックなドラマの出会いみたい』

 

『先輩のヒーリングボイスも欲しいな…』

 

『頑張ったら…ま、また撫でてくれるんですか…?』

 

 伊井野が依存したのは、優しくし過ぎたのが原因なのか。

 別に伊井野に厳しくする理由も必要もないしな。優しくしたって自覚はあったり無かったり五分五分なところがあるが。

 

 とはいえ、伊井野は危なっかしい。だから手を貸してしまうのかも知れない。その結果、伊井野を依存させたわけなんだが。

 

 仮に。仮にだ。伊井野を突き放すような言い方をしたら、あいつはどういう反応をするんだろうか。

 

『…比企谷先輩に嫌われた……嫌……嫌……嫌われたくない……比企谷先輩に嫌われたら私……どうしたら…』

 

 うっわ容易に想像出来て怖いんだけど。

 

 伊井野の中で、俺の存在が大き過ぎるのかも知れない。それはそれで、別に嫌なことじゃないのだが、限度ってものがある。

 

「あ、比企谷先輩!」

 

 すると、伊井野本人が俺の目の前に現れた。隣には、久しく見る大仏も。

 

「またパンですか!?ちゃんと栄養を摂らないと!パンばっかりじゃ身体によくありません!」

 

 普段の伊井野だ。風紀委員として、今日も平常運転を心掛けているようだ。今の伊井野に闇深いところは一切垣間見えない。

 もし石上の言うことが正しければ、そのうち伊井野と本気で向き合わなければならない時が来るのかも知れない。

 

 それが、比企谷八幡の責任だから。

 

 



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生徒会は撮りたい

 

「モデル、ですか?」

 

 普段のように生徒会の業務を行なっていると、生徒会室に校長がやって来た。曰く、秀知院のパンフレットを作りたい故に俺達にモデルをやってもらいたいとのこと。

 

「モデルさんですか!楽しそ〜!」

 

 モデル、なぁ…。

 俺の場合、集合写真でも体調不良枠で右上辺りに載せられそうなほどの存在感の薄さだし、なんなら秀知院の評判を貶めるような目してるし。

 

 自分で言ってて悲しくなってきちゃう。

 

「申し訳ないのですが…。私は家の方針で、不特定多数が目にするメディアに顔写真を掲載してはならない決まりでして…」

 

「オゥ!顔出しNGトイウやつデスか!ソレはトテモ残念デス!」

 

 なんでこの校長時々若者っぽいところあるんだろ。ポケモンGO然り、顔出しNG然り。

 すると校長は右手で目を隠して。

 

「コウイウのでも駄目デスか?」

 

「なんのパンフだ!」

 

 そんなエッチなパンフは秀知院に存在すべきじゃない。本当なんでこんなやつが校長なのか未だに疑問なんだが。秀知院大丈夫?

 

「私は気にせず、皆さんだけで。元々写真を撮られるのは得意ではないので」

 

「そうデスかー……。私の作りタイパンフレットはズバリ、この学園で青春したいト思わせるモノデス。ナノデみなサンのイキイキとシタ姿を見せテくだサイ」

 

 絶対お門違いだと思うんだけどな。この生徒会メンバー、いきいきとしてるやつなんて一人ぐらいしかいない。

 

「こ、こうですか?」

 

 藤原の場合、いきいきというかわんぱくだ。

 

「こ、こう?」

 

 白銀、それは初めて七五三に来た子どもの反応。

 カメラを意識しているからか、ナチュラルな振る舞いが出来ないでいる。まぁ仕方ないと言えば仕方ないけど。

 

「ハイ次!」

 

 校長は、次に伊井野にカメラを向ける。しかし、伊井野はバインダーで顔を隠してしまう。

 

「ドウして顔を隠すんデスか?」

 

「だ、だって、恥ずかしい…」

 

「ノー…それはトテモモッタイナイ。ソンナにカワイイお顔をシテいるのニ」

 

「可愛い…?」

 

「ソウです!お人形サンみたいデチャーミング!とてもプリティナノニ!ソノ可愛い顔を見せてクダさい!」

 

 校長の褒め言葉に伊井野は折れてしまい、恥ずかしがりながら撮影に協力し始めた。

 

「街中で変なスカウトとかされたら絶対付いて行きそうだよなあいつ」

 

「100パーあり得ますね」

 

 チョロインもいいところだ。危う過ぎるだろマジ。絶対大学のウェイ系が集まるサークルとか入ったらあかんやつだぞ。お持ち帰りまっしぐらだ。

 

「石上クン。彼女ノ横に立ってモラエますカ?」

 

「え、僕も…?比企谷先輩でいいんじゃ…」

 

「ツベコベ言わずニ!」

 

 石上は強制的に伊井野の横に立たされる。その瞬間、二人は目も合わせずに嫌悪感丸出しの表情と化す。

 

「オー…コレはイケマセーン…」

 

 石上と伊井野じゃ相性が悪いのは分かり切っていたこと。パンフのための撮影とはいえ、めっちゃ嫌な顔してる。それはもう素晴らしく清々しいぐらいに。

 

「四宮サン、石上クンの身嗜みを整エてもらえマスか?」

 

「は、はい…」

 

「伊井野サンも少しオ硬イ…チョット髪をオロせマスか?」

 

 身嗜みを整えた石上、髪を下ろした伊井野の姿はさながら模範となる生徒そのものである。というより、なんか昭和の生徒みたい。

 

「オオ、いいデスね!」

 

 と、校長は興奮しながら撮影を続ける。石上と伊井野の撮影を終えると。

 

「次ハ藤原サンと白銀クン!カモン!」

 

 指名が入った藤原と白銀は、まるでマリオネットのように奇怪な動きをしながらカメラの前に入る。

 

「ノー…モット自然ニ」

 

「…と言われても」

 

「そうデスね……何カ設定がアッタラやりヤスいデスカネ…。デハ二人ハ恋人トイウ設定で!」

 

 四宮の目の前でそれはタブーもいいところだ。

 

「ちょっとそれは…」

 

「アクマで設定!ソウ思ってポーズをトルだけ!」

 

 校長の勢いに押し負けてしまい、二人は仕方なくその設定で撮影を行うことにした。

 生徒会室を退室し、二人は廊下に並び立つ。

 

「廊下デ語らうフタリ……フとした瞬間手が触れ合っテ…」

 

 藤原と白銀の手が触れ合った途端、まるで初々しいカップルを思わせるような様子を見せる。

 しかし一方で、その状況に何一つ納得のいってない四宮が、二人を撮影する校長に対して殺意と敵意を込めた視線を向ける。

 

 この校長もう殺されるんじゃねぇかな。

 

「シカシ残念デス……。本当ハ白銀クンの恋人役に相応シイと思ってイタのは、四宮サンだったのデスが……」

 

「えっ」

 

「白銀クンと四宮サンのツーショットが撮りタイ…そう思っテ依頼をシタノデスガ…。…二人は互いを高メ合ウ理想ノ関係……私はソレが撮りタカッタ…。コノ悔しさが分かりマスか!?」

 

 俺には全く共感出来んけど、めっちゃ共感してるやつが一人いるぞ。それはもうあからさまに。

 

「デハ最後に、比企谷クンの撮影ニ移りタイと思いマス」

 

「え、俺まで…?」

 

「トハイエ、比企谷クンの目は少シ特徴的なのデ、後ろ姿を映すダケになってしまいマスが…」

 

 後ろ姿ってなんだ。そんなん俺じゃなくても良くない?

 後ろ姿だけ映すとか何そのインスタとかツイッターのプロフィール画像に載ってそうな写真。

 

「あ、それなら!」

 

 藤原が何か思い出したのか、生徒会室に戻っていく。そしてすぐに廊下へと戻って来た。

 

「何をしていたんだ?」

 

「比企谷くん、これを!」

 

 俺は藤原からメガネケースを渡される。

 

「これ、まさか…」

 

「はい!フランス校との交流会で比企谷くんが掛けていた伊達眼鏡です!」

 

「また懐かしいもん引っ張り出して来やがって…」

 

 藤原主催のNGワードゲームにおいて、藤原に負けた俺は何かしらのイメチェンを行う必要があった。その結果、掛けるだけでイメチェンとなる伊達眼鏡にしたのだが。

 確かに生徒会室に置きっぱなしにしていたが、まさか藤原が回収していたとは思わなんだ。俺同様、存在が薄過ぎて忘れていた。

 

「確かに、比企谷は眼鏡を掛けると憎たらしい程に顔付きが凛々しく見える」

 

「会長が言うほどですか……そう言われると、僕も少し見てみたいですね」

 

「比企谷先輩!早くっ、早く掛けてください!」

 

 この眼鏡掛けた時、フランス校の人に結構見られたんだよな。視線を集めるのはあまり好きじゃない俺には、あの眼鏡は罰ゲームだった。

 フランス校との交流会を懐かしみながら、俺は受け取った眼鏡を掛ける。

 

「…やはり、眼鏡姿の比企谷は見慣れんな」

 

「は?いや、は?誰ですかこれ。僕の知り合いにこんなイケメンはいないんですけど。なんすかこの不平等。今比企谷先輩に殺意が湧いたんですが」

 

「比企谷先輩……カッコいい……」

 

「オウ!この見た目ナラ、秀知院のパンフレットに載セル価値がありマス!」

 

 ねぇなんで俺の眼鏡姿で盛り上がれるの?馬鹿にしてるの?

 

 石上、そんな敵意バンバンに向けないで。

 伊井野、そんな熱が帯びた視線を向けないで。

 

「今度は図書室を使っテ、撮影を行いマショウ!」

 

 そう言って、図書室に向かった。放課後に図書室にいるのは図書委員しかいないのが多いため、校長の交渉により撮影許可を得た。

 

「デハ、比企谷クン。コレを」

 

 校長は本をこちらに渡す。

 

「図書室で本を読んデイル比企谷クンを、今から撮影しマス。特ニ何カする必要はナイので、普通に本を読んでてクダサイ」

 

「はぁ…」

 

 俺は言われるがままに、本を読み始める。そんな最中、横からシャッター音が連続して聞こえる。

 本読んどけって言うけど、そもそもシャッター音がうるさくて内容に集中出来ねぇって。

 

「…なんか比企谷先輩があんな風に読んでると、びっくりするぐらい絵になりますね」

 

「あれほど文学に適した人物はそういないのではないか」

 

 俺の撮影を終えると、校長は今度、屋上に集まろうと言い出した。指示に従い、俺達は屋上へと向かう。

 

「ソレでは、校庭を背に集合写真を撮りマショウ!」

 

「…集合写真…」

 

 個人的にあまり好きじゃない集合写真。俺も四宮同様、あまり写真を撮られるのは好きじゃない。

 

 しかし。

 

「……」

 

 校長が集合写真を撮ると言ってからの、四宮の様子が何かおかしい。まるで、それを羨むような。叶わない夢を見ているかのような。そんな表情であった。

 

「…四宮。お前も混ざればいいだろ。集合写真」

 

「え?しかし…」

 

「四宮サン、コッチに来テクダサイ。最後は皆で記念写真撮リマショウ」

 

「…でも、私のために…」

 

「チガイマスヨ。これは、貴女の仲間が望んでることなんです」

 

 プライベートであれば四宮家もクソもない。データだけの話になる。不特定多数に見られることはない。問題にはならない。

 

「じゃあ、これで…」

 

 四宮がガラケーを取り出すと、突風が吹き始めた。その強い風は四宮のガラケーを吹き飛ばし、屋上から一気に下まで落ちていき、大破してしまう。

 

「あ、あはは……」

 

「四宮…」

 

「…ちょっと、拾って来ますね」

 

 四宮はそう言って、屋上から姿を消した。結局、その日に集合写真を撮ることはなかった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 それから。

 

「かぐやさん、ついにスマホ買ったんですか!?」

 

「…まぁ、ガラケー壊してしまいましたので…」

 

「頑固一徹……なんと言っても"不要です"、"昔から使っているので"と買わないの一点張りだったかぐやさんが…」

 

 藤原は「ようこそ文明社会に…」と涙をポロリと流して四宮を受け入れる。

 

「あの、ラインというものをインストールしてみたのですが…」

 

「わ〜!じゃあ交換しましょう〜!」

 

 藤原は喜んで四宮とライン交換を行なった。

 その光景自体は何らおかしくない。ただ、四宮の様子がおかしいように見える。上っ面では平然としているが、どこか中身がないというか。

 平たく言うと、普段に比べて元気がないように見えるのは、俺の気のせいなんだろうか。

 

「あ、会長。ラインのID交換してもらってもいいですか?」

 

「あぁ、IDな。勿論交換して…」

 

 四宮は流れるように白銀とラインを交換する。四宮の表情は依然変わらないものの、白銀の表情は驚きに満ちていた。

 そんな四宮に違和感を感じたのか、白銀は藤原に尋ねる。

 

「な、なぁ…今日の四宮何か変じゃないか?」

 

「気づくの遅いですよ……さっきからみんなでその話してるところです」

 

「先輩が落ち込むことってなんですかね」

 

「身内の不幸?」

 

「お腹が痛いとか?」

 

 どれもピンと来ない。そもそも四宮本家を毛嫌いしてる四宮が、身内に何かあっても何も思わないだろう。早坂に何かあったのならそれは別だが、普通に学校に来ているからそれはない。

 体調不良……で元気が無いのは有り得なくはないが、だからって策を弄さないで白銀にライン交換を行う意味が分からない。

 

「ゲームのやり過ぎで寝不足とか」

 

「それはあんただけでしょ」

 

「昨日携帯壊したことと関係あるか?」

 

 確かガラケーに愛着を持っていたと以前、四宮が言っていた。落ち込む理由とすれば、それが有り得そうだが…。

 

「まぁあれだ。変に気ぃ遣うと余計に悪いだろうし、普段通りするのが良いんじゃねぇか。もしかしたら自分で何か言い出す可能性だってあるだろうし」

 

「そうですね……」

 

 結果、いつも通りに振る舞うことにした。

 何が理由で落ち込んでいるか分からない以上、必要以上に踏み込むのは却って四宮の気分を害する可能性がある。

 

 いつも通りに。そう決めたそんな時。

 一通の通知が俺のスマホに。

 

「今生徒会のグループ作ったから、入っといて」

 

「はーい!」

 

「了解です」

 

「あっ今までグループ無かったんですね。良かった。私だけ招待されてないのかと思ってました」

 

「同感だ。俺もハブられてると思ってた」

 

「んなことしねえよ…」

 

 いやだって俺とかグループにいれたらそれだけでそのグループの価値が下がるし。

 中学校の頃、「えぇー、ヒキタニもグループに入れんの?」「別にあいついなくても良くない?」みたいな会話を聞いてしまって、こっそり泣いたからな。

 

「あっ、ついでに共有のアルバムも作りましょう!みんな自由に写真をアップしてくださいね〜」

 

「じゃあ僕は体育祭の写真を」

 

「スノウの写真全部送っていいですか?」

 

 皆が写真を送る中、俺は送られた写真を見るだけであった。残念ながら、俺のアルバムにはマッカンと食い物と小町しかないからな。生徒会のグループに送っても仕方のないものばかりだ。

 

「会長ってば、グループ作るのはかぐやさんがスマホ持ってからって決めてたんですよ。四宮が仲間外れになってしまうーって」

 

「でも良いタイミングですね。四宮先輩の携帯、データ移せなかったでしょうし。空っぽの携帯ってなんだか寂しいですから」

 

 止まらない通知。皆がそれぞれ、生徒会で撮影したものをアップしていく。あるいは、生徒会に関係ないものまで。

 

「…すごい量ですね」

 

「いっぱい撮ってますから〜!」

 

「…前の携帯が壊れた時、全部無くなってしまったと思ったのに…」

 

 四宮は、今日一番の笑顔で。

 

「却って、前よりいっぱいになってしまいました」

 

 …どうやら、四宮の様子が戻ったようだ。

 

 結果的には、ガラケー云々よりも、ガラケーの中にあるデータがトんだことが四宮の中で一番のショックだったんだろう。ガラケーじゃスマホにデータを移せない。

 だから彼女は、思い出が消えてしまったのだと絶望したのだ。

 

 しかし、世はIT時代。四宮より写真好きな連中がいる生徒会。四宮から思い出が消えたとしても、彼ら彼女らの、生徒会で作った思い出は消えないのだ。

 

「四宮先輩のスマホ、こないだ出たばっかのやつじゃないですか?いいなぁ」

 

「あれだろ。笑顔検出で撮影出来るってやつだろ?俺が持っても仕方ないスマホだわ」

 

 なんせ、俺の笑顔はスマホじゃ検出出来ない程の醜さだからな。スマホの機能まで抗える俺ってばマジレジスタンス過ぎてヤバい。

 

「折角ですし、試してみましょうよ」

 

「えっ、どうやるの…?」

 

 石上が四宮のスマホを借りて、丁度いい置き物にスマホをもたれさせて立てる。画面には、四宮が映っている。

 

「これでOKす」

 

「じゃあほらかぐやさん、笑って笑って〜!」

 

「えっ」

 

「笑わないと撮影されないですよ!」

 

「伊井野さんまで…」

 

 女子達がわいわいとスマホに映る丁度いい位置に集まる。

 

「ほら、会長。比企谷先輩も」

 

「おう」

 

「…へいへい」

 

 四宮のスマホの前に集まり、俺達生徒会だけの集合写真を撮ることが出来た。

 

 勿論、四宮は満点の笑顔で。

 

「比企谷先輩っ。この眼鏡姿、保存していいですか?」

 

「いいわけないでしょやめて?保存やめて?」

 

 嬉々とした表情で保存しようとする伊井野怖い。

 

 



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石上優は応えたい

 

「それじゃ失礼しまーす」

 

 イチャイチャしながら出て行く柏木さんと男子Aくん。より最近イチャイチャ度が増えたというか、ついこの間も。

 

『あいつら廊下で思っ切りディープキスしてたのよ!』

 

『え』

 

 四条が泣きながら話した内容が衝撃的過ぎて、固まってしまったぐらいだ。

 

『わざとダサいネックレス勧めたのにぃ!』

 

 話は少し前に巻き戻る。

 四条がまさかの男子Aくん、つまり翼くんと二人でお出かけすることが可能になったらしい。

 翼くんが柏木さんに記念日のプレゼントを贈るために、女子の意見が欲しかったから、仲のいい四条と出かけたそうだ。

 

 しかし、最近翼くんが四条と仲がいいのを嫉妬した柏木さんが、それを許さなかったそうだ。彼氏が浮気しているかも知れないと、四宮と伊井野に相談したほど。しかも、探偵まで雇って翼くんの動向を探っていたらしい。

 

 俺はその瞬間、柏木さんに対して「ガチでヤバいやつ」だという認識になってしまった。

 まぁそんなことはさておき、翼くんが他の女子と仲良くしていたことが許せない柏木さんは翼くんを問い詰めることに。納得のいく答えが返って来なければ、別れるつもりだったそうだ。

 

 だが、それは杞憂に終わる。

 柏木さんが問い詰めた結果、四条と出かけたのは柏木さんにプレゼントするためだと主張。と、共に四条が選んだダサいネックレスを首に飾ったそうだ。

 

 そのことが嬉しくて堪らないのか、相談を受けた四宮と伊井野、途中合流した白銀達の目の前でディープなキスをしたそうだ。

 

 因みに、ハートのネックレスを贈ったそうだ。

 あまり人に贈りものをしない俺からすれば、ハートも月もよく分からんセンスしてるとは思うけど。

 

 ダサいネックレスを勧めた結果、彼らの仲をより深くしてしまった。挙げ句の果てが眼前でディープキス。それは四条にとって、色々とメンタルにクるものがあった。

 

 わーわーと泣き叫ぶ彼女の愚痴を聞いた、比企谷八幡でした。

 

 そんな柏木さんと翼くんが生徒会室から出て行ったのを確認した石上が、突然。

 

「死ね死ねビーム!!」

 

 と、彼らに向かって謎の技名を叫ぶ。

 馬が合う石上だが、時々よく分からん奇行を起こすところはちょっと理解出来ない。なんならちょっと怖い。後怖い。

 

「急に怖ぇよ…」

 

「なんですか、死ね死ねビームって」

 

「食らうとカップルが別れるビームです」

 

「死ぬ要素ないのかよ」

 

 もし人を殺せるなら小町に近づく輩のために習得しようかなと思ったんだが。

 ん?俺の方が怖い?そんなことないだろ。

 

「人の幸せを妬むものじゃありませんよ」

 

「別に妬んじゃいません。高校生は勉学に集中すべきなんです!恋愛に(うつつ)を抜かしてる場合じゃ無いんですよ!」

 

「ゲームしながらじゃ無けりゃ説得力あったんだけどな」

 

 ここまで開き直るのもある意味才能なのかも知れん。

 

「じゃあ何かしら。石上くんは勉学に集中するため彼女は作らないの?」

 

「当然ですよ。第一彼女なんかいりませんし」

 

 石上、それは彼女欲しいやつの常套句だ。

 

 とはいえ、いるいらないはさておき、今の石上の現状じゃあ作るのは難しいかも知れない。

 

 石上が女子から嫌われているという事実は変わっていないからだ。

 おそらく石上の見る目をちょっとでも変えたのは、体育祭で関わった応援団辺りだろう。

 

「こんにちは!文化祭の出展書類を持って来ました!」

 

 バカップルの次に生徒会室にやって来たのは、応援団のメンバーにいた女生徒だ。

 

「つつつっつ、つ、つばめ先輩!?」

 

 うわすっごい反応。「急に好きな先輩が来た」みたいな反応してる。

 

「やっほー優くん!」

 

「どどど、どうしたんですか!?」

 

「だから書類を出しに来たんだって。うちらね、新体操と演劇を混ぜた舞台やりたいんだ。皆頑張ってるし、ステージ良い時間帯にして欲しいなぁ。あ、そうだ」

 

 すると、つばめ先輩とやらは石上の背後からしがみつき。

 

「媚び売っとこ!」

 

 頭を撫でる。不意打ちを食らった石上は、それはもう声が出せずにいる。

 

「じゃまたね!かぐやちゃん、優くん!」

 

 気が済んだのか、彼女は手を振って生徒会室から出て行く。まるで、嵐のような人だった。

 

 まぁそれはさておき。

 

「…へぇ。そういうこと」

 

 先程のやり取りを見てなんとなく察した四宮は、石上を見てニヤニヤする。

 

「なんですかそういうことって。先輩達変な勘違いしてませんか?」

 

「先輩とやらが来た時の明らかな動揺と、背後からハグされて魅了された反応を見せられたのが勘違いだって言うのか?」

 

「僕がつばめ先輩のこと好きとかって勘違いしてるんでしょうけど、急に来たからびっくりしただけです。見当違いも甚だしいですよ」

 

 石上は頑なに認めようとしない。思春期だなぁ。

 

「そうでしたか……てっきり、彼女のことが好きなのかと思いましたよ。何しろ彼女に熱を上げる男子がうちの学校に大勢いると聞き込んだもので。石上くんもそのうちの一人かと」

 

「さっきの人、そんな有名なのか?」

 

 確かに男子からモテそうな人ではあったけど。

 

「えぇまぁ。…子安(こやす)つばめ。世界的バーテンダー兼大手飲食会社エリアマネージャーの娘で、新体操部所属。体育祭の応援団では副団長を担っていた人物です。学園でも指折りの人気者の一人です」

 

 要するに高嶺の花的な存在なわけね。

 というか毎度毎度思うけど、秀知院にいる生徒の親って凄ぇ偉人なんだな。俺とか白銀みたいな外部から入学した人間とは違って。

 

「…そんだけ人気だと、彼氏ぐらいいそうなもんだけどな。イケメン優男のハイスペックの彼氏が…」

 

「…ね…ね…ーム…」

 

「ん?…ってうわっ」

 

「死ね死ねビーム……死ね死ねビーム…」

 

 ぶつぶつと自分の頭に死ね死ねビームを撃ち込んでいる。怖ぇよ。後怖い。

 

「気味が悪いわやめなさい!」

 

「うわあああ!ちくしょう!死なせてください!!」

 

「死ね死ねビームはカップルが別れるだけなのでいくら撃っても死ねません!」

 

 落ち着いて。

 

「ほら見たことですか。好きじゃなければそんなリアクションしません」

 

「う…」

 

「…どんなところが好きなんだ?」

 

 人を見る目は確かな石上が好きになった女子。となるなら、それ相応に惹かれる部分があると言うことなんだろう。

 

「…まぁ応援団の時にお世話になってですね…。最初は応援団の空気を良くするために、無理して絡んで来てると思ったんです」

 

 まぁ石上の立場なら、そう思うのも無理もないか。

 

「でもあの人はそうじゃないんですよ。素であれっていうか。無理せず普通に優しい人だって気付いたら……なんか、その…」

 

「OKよく分かった」

 

 石上の気持ちは分かった。うん、よく分かった。

 まさか白銀と四宮以外でラブコメする奴がいたとは。しかもそれが、青春アンチの石上だ。

 

「…でも比企谷先輩達の言う通り、無謀な恋ってやつなんですよ。相手は高嶺の花。僕みたいな何の取り柄もない奴相手にしてくれるわけがない。…いいんです。最初から諦めてますから」

 

 この卑屈さは体育祭が終わっても変わらなかった。

 俺と違い石上の卑屈さは、失敗を恐れている故からきてるもの。石上の人生は失敗した経験が多い。

 「どうせまた失敗する」というマイナス思考が頭の片隅から離れないでいるんだろう。

 

「石上くん」

 

 四宮は左手で石上の顎を上げて。

 

「どんな手段を使ってもいいわ。子安つばめを手に入れなさい」

 

 四宮は言い切った。応援ではなく、最早脅迫に近い何か。

 

「いやいやどんな無理難題ですか!出来る筈無いです!」

 

「どんなことにも絶対は無いわ。私から見たら、今の石上くんは傷付くことを恐れて挑戦すらしない臆病者よ。"振られたらどうしよう"…"今の関係が壊れたら"…。そう思う気持ちは分かるわ。でも告らなきゃどこまでもズルズル行くわよ

 

 うっわすっげぇ説得力。流石、無駄な策を弄して告らせようとした結果、1年何の進展もなしの人が言う説得は違うな。

 

「勇気を出しなさい」

 

「勇気……」

 

「勇気っつっても、まだ体育祭から時間が経ってねぇだろ。今すぐ告るのはリスキーなんじゃないのか?」

 

「…一応、もし自分が告る時を想定して、成功率の高い告白方法のアイデアはあるんです」

 

「成功率の高い告白方法!?」

 

 その言葉に、四宮は食いついた。

 

 成功率の高い告白方法、ね。石上には悪いが、世の中そんなに甘くない。もしその方法が成功したのなら、恋愛経験百戦錬磨の肩書きは石上に認定するしかない。

 

「…一応聞くが、それどんな方法だ」

 

「まず、普通に告っても駄目なのは分かってます。ですが、それがウルトラロマンティックな告白だとしたら?」

 

 ウルトラロマンティックてなんだ。第3期?

 

「こう、つばめ先輩の机に毎日花を添えておくんです。月曜日はアガパンサス。火曜日は(イチゴ)の花。水曜は芍薬(シャクヤク)。木曜はテッポウユリ。金曜はルピナス。そしてその頭文字を繋げると!」

 

 アガパンサス。

 イチゴの花

 シャクヤク。

 テッポウユリ。

 ルピナス。

 

「愛してる……」

 

「そう!これどうっすか!?」

 

「気色が悪い」

 

「引くわ」

 

 「そう!」じゃねぇんだよ。なんで誇らしげに出来るんだよ。こんな告白黒歴史を生み出すだけだぞ。

 

「知らない人が自分の机に毎日毎日一輪の花を置いてくのよ?好きでもない人にそれやられるのは普通に気色悪いわ

 

「悪いが、四宮と同意見だ。つうかなんで謎解きの要素入れちゃったんだよ。気付かなかったらどうすんだよ」

 

「だから言ったじゃないですか!普通じゃ駄目だからこう……!アウトギリギリのセーフを狙って…!」

 

「アウトだよリクエスト無しのアウトだよ」

 

 なんでセーフと思ったの?誤審にも程があるだろうよ。

 

「じ、じゃあもう少しマイルドな案を…」

 

 まだあるのか。石上の拗れた案より壁ダァン!の方が成功率高いんじゃないのだろうか。

 

「聞いたことがあるんです。女性に自分のアルバムを見せれば不思議と心を開くと」

 

「そうね。あると思うわ」

 

「だからこう、つばめ先輩に僕のアルバムをプレゼントして…」

 

「早速ホラーじみてるじゃない」

 

「最後のページにメッセージを添えてですね」

 

「怖ぇよ」

 

「どっすか!」

 

「だから怖いって」

 

 なんなら気持ち悪い。中学の頃の俺の告白方法と何ら変わらないキモさだぞ。

 

「何がマイルドなの?こんなもんホラー臭が凄すぎてストロングだっつの」

 

「好きでもない相手からアルバム贈られる時点で相当恐怖なのに、最後のダメ押しが強烈にパンチ効いてるじゃない!」

 

 さしもの四宮も石上の案に対して感情的になる。まぁ後輩がこんなメルヘンじみた告白してたら引くわな。

 

「アウトギリギリのセーフを狙って…」

 

「デッドボールで押し出しサヨナラ並みのマズさだぞ」

 

 野球界から追放されるレベルのアウトまである。

 

「とにかく分かったわ。石上くんの欠点は持ち前の気持ち悪さね。そもそも風変わりな人が風変わりなことをしたら常軌を逸してしまうのよ」

 

 酷い言いようだが、それほどまでに石上の欠点は酷過ぎるのだ。奇を衒った告白は、相手が変人でない限り受け入れられることはないだろう。

 

「…まず告白どうのは一旦置こう。今それをやってもこっ酷く振られるのは目に見えてる」

 

「こっ酷く…」

 

「そういうわけで、子安先輩が惹かれるような男に合わせていこう。少なくともあの人が変人でない限り、さっきの案は取り消しだからな」

 

「そうね。貴方はもっと実直に、誰もが振り向く良い男を目指しなさい」

 

「良い男ですか……。まずそれが抽象的過ぎるんですよ。良い男の定義を提示してください」

 

「それは良い男じゃない奴が言うセリフだ石上」

 

 抽象的って言うのも分からないではないけどな。良い男って具体的にどんな奴なんだよとはちょっと思うが。

 

「四宮先輩の思う良い男ってどんなですか?」

 

「色々あるけれど……まずは勉強が出来る人ね。それでいて優しさもあって…」

 

「要するに白銀みたいな男が良い男だってことだろ」

 

「んんー!?まあそうね!?別に私は会長のことを指して言ったわけじゃありませんけど!一般論としてそうでしょうって話ですけど!」

 

 なんでこんなボロを出しておいて白銀のことを好きだとバレないと思ってるんだろうか。

 

「女は力に惹かれるものです。腕力、財力、コミュ力……それには勿論知力も含まれるわ!」

 

「…知力で言うなら、丁度期末テストが近いだろ。そこで子安先輩が目に止まるような成績を叩き出せばいい。今まで赤点常習犯の人間が、いきなりまともな成績を出せば、周りも子安先輩も見直すんじゃねぇの?知らんけど」

 

 子安先輩の好みがどんな人か分からない以上、備えておくに越したことはない。仮に知力のある人間が好きだったのなら、今の石上は脈無しということになる。

 

「石上くんの知力向上は私が務めるわ。四宮の名に懸けて」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 あれから日が経ち、期末テストの期間となった。

 

「今日からしばらく、生徒会も試験休みを取る」

 

「あら。今まで試験前までも通常営業でしたのに」

 

「俺としては別に今まで通り生徒会室で勉強しても問題ないんだが、前と違って人数も増えた。全員のことを考えれば休みの方が良いだろう」

 

 生徒会長らしく、生徒会の面々の成績を心配している。まるで生徒会の鑑だ。

 だがしかし、この白銀御行は。

 

 嘘をついている。

 

 確かに人を思いやれる優しい人間だ。しかし、テストとなれば話は変わってくる。テストにおいて、白銀という人間は人を思いやるなんて御涙頂戴の精神なんて欠片も存在しない。

 ただ1位を取る。そのために悪魔に魂を売るような人間が、白銀御行という男だ。

 

「そうですね。私達2年には進路選択の指針となる大事な試験ですし。今の時期は図書室も人でいっぱいです。家で静かにした方が集中出来ますからね」

 

 と、白銀の提案に便乗する四宮。確かに、学校という空間は放課後騒がしいし、人が多いため、集中力が欠けてしまうだろう。

 だがしかし、この四宮かぐやは。

 

 嘘をついている。

 

 では何故断定出来るのか。それは、四宮の近侍の早坂から得た情報に繋がる。

 

『かぐや様がスマホに変えてから、どうにも勉強に集中し切れていないの。ずっとソワソワしてて。好きな人からラインが来るのを待ってるみたいな感じ』

 

 スマホに変えてからラインをインストールした四宮は、生徒会の面々と、いや白銀とより長くコミュニケーションを取ることが出来るのだ。

 あの四宮がラインを気にして勉強に集中出来ないのだ。意識は散漫。普通の女子高生のような反応を見せるのが、四宮かぐやという女である。

 

「この時期こそ追い詰められて、悩みを抱える人も多いですけれど。別に私は試験休みなど必要ないと思いますが……皆さんがそう言うのであれば仕方ないです」

 

 と、やや否定気味な態度を出す伊井野。まぁ成績に余裕があるのであれば、試験休みなどどうってことはないのだろう。

 だがしかし、この伊井野ミコは。

 

 嘘をついている。

 

 冷静で淡白に、否定気味な態度を出す伊井野だが、心の底では「わーい!」って思っているに違いない。

 そう思う理由は、俺にある。

 

『比企谷先輩!試験期間になったら、勉強を教えてくれませんか?』

 

『…前から思ってたが、ずっと学年1位をキープしてるお前が俺に聞くことってあるのか?』

 

『…1位を取り続けないと、私の言葉に誰も耳を傾けないんじゃって…。挙げ句の果てには、馬鹿にされてしまうかも知れないって思って……』

 

 はい。これが理由。伊井野が1位に縋り付く理由はこれだ。

 

 1位を取ることで、伊井野は強く言えるし、生徒達は伊井野の言うことを聞かざるを得ないのだ。謂わば試験は彼女にとっての生命線。

 しかし1位から外れたら、伊井野は強く言えないのではないか。誰も聞いてくれないのではないか。そう危惧して必死に勉強するのが、伊井野ミコという女である。

 

 にしてもこいつら、嘘しか吐かないな。

 

「そうですねー。今回は試験勉強頑張らないといけません…。私もこれ以上成績落としたらお父様にお小遣い無しって言われてるんです。欲しいものいっぱいあるのに…!お父様からのお小遣いが無くなったらおしまいです!」

 

 と、試験の結果次第でお小遣い無しと言われた藤原は不安がっている。

 だがしかし、この藤原千花は。

 

 あっこれ嘘かどうかわっかんねぇな。

 

 藤原の頭ん中は未知の領域である。嘘か真かすら分からない人間なのが、藤原千花なのだ。もしかしたら、こっそりおじいちゃん辺りにお小遣い貰ってるって可能性がある。なんだかんだで姑息なことを考えていそうなのが、藤原千花という女である。

 

 と、彼らの嘘を分析している俺の試験勉強の状況は可もなく不可もなく、だ。

 とにかく、理数系で赤点を取らぬように勉強しなければならない。文系は基本的に悪い点を取ることはない。

 

「そういえば石上は?」

 

「さぁ。家で勉強してるんじゃないですか?」

 

「まっさかー」

 

「どうせゲームでもしてるんですよ」

 

 半信半疑といったところである。試験期間になれば、彼は「家で勉強するんで」っつって帰り、死期を察したかの如く余裕でゲームをする。

 だがしかし、今回の石上優は。

 

 本気(マジ)である。

 

 時々、四宮から石上の様子を聞いたりしているのだが、聞いてる限りではちゃんと勉強しているらしい。

 四宮の期待に応えるためか、はたまた子安先輩に認められるためかは分からない。だが少なくとも前回や前々回のように、試験期間中にゲームをすることは無さそうだ。

 好きな人のために努力するのが、石上優という男である。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「どうどうー?ちゃんと勉強したー?」

 

 期末テスト当日。同じクラスの早坂(ギャルモード)が俺に話しかけてくる。

 

「まぁ前と変わらず、だ。そういうお前は?」

 

「私?私もちゃんとしてるしー!」

 

「…そうか」

 

 嘘が塗れた期末テスト(戦い)の火蓋が切られた。

 そしてその数日後。結果は返される。

 

 2年の学年1位は白銀、2位は四宮。3位が四条と、変わらないトップスリーが並んでいた。藤原は111位で早坂は114位。因みに俺は87位です。

 

 1年の学年1位は、やはり伊井野だそうだ。石上の成績は上がったには上がったが、152位という苦しい結果に終わってしまった。

 

 とはいえ、20位も上がったのは凄いことではある。四宮の教えが良かったのか、石上が努力したのか。

 子安先輩に釣り合うには、まだまだ努力が必要になる。それこそ茨の道ってやつなんだろう。

 

「…頑張れよ。石上」

 

 



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四条眞妃は頼りたい②

 今更ですが、白銀と早坂の邂逅は抜きにしてストーリーが進みます。あの二人が出会うとただでさえあまり出番がない八幡の出番が無くなるので。笑
 そういうわけで、白銀と早坂に纏わる話は色々とすっ飛びます。


「で、今度はなんだ」

 

「ぐぇうっ……うっぐ……おえっ……」

 

 普段通り、生徒会に向かう前に缶コーヒーを買いに行く俺の前に、四条(ポンコツ)が地面に転がって泣いていた。というか、えづいていた。

 そんな状態の四条を放置しても、「どこに行くのよこの不調法者」とか言われかねないので、なんとかベンチまで連れて話を聞こうとしているのが、今の状況。

 

 しかし、この様子じゃ落ち着かない。ということで。

 

「…ちょっと待ってろ」

 

 俺はその場を一旦離れ、近くの自動販売機で温かいココアを購入。そして戻り。

 

「ほれ、奢りだ。これ飲んで落ち着け」

 

「…ありがと…」

 

 四条はプルタブを開け、ココアを飲む。

 

「はぁ……染みるわぁ……」

 

「…まぁこういう時はココアってのがお決まりだしな」

 

 なんならこの展開もお決まりだしな。四条が泣き喚いてる=柏木さんと翼くんのイチャイチャっぷりに病んだって答えが毎回出るくらいだし。

 

「…で、またあの二人の話か?」

 

「…まぁそうなるわね。でも話の重さで言えば、朝食何食べたか程度の軽い質問よ」

 

 軽い質問のくせにいつものように泣き崩れていたのか。

 ある意味重い話が軽い話と言い張れる自虐ネタの領域に達したのだろうか。

 

「別に聞かない理由はないけど。で、質問ってのは?」

 

「ねえ」

 

 四条が突然目のハイライトを消して、声色を低くして話し始める。

 

「友情なんて人を苦しめるだけのものじゃない?」

 

「バリバリに重い話じゃねぇか」

 

 朝食になりたけ食うレベルの重い話じゃねぇか。

 

「渚達、ボランティア部に入ってるんだけど。あれ部員数二人しかいなくて、顧問から増やすように渚が突かれててね。渚がボラ部に入って欲しいって言うから入ったのよ」

 

「…なんだかんだで、お前柏木さんに優しいよな」

 

「そりゃそうよ。渚は幼等部からの友達よ。憂さ晴らしは多少するけど、純粋に困ってる渚の助けになればと思って入ってるのよ」

 

 本当、こいつ良い人だよな。

 

「なのにあの女は」

 

「お?」

 

 何やら空気が変わった。

 

「私が気づいて無いと思ってイチャイチャイチャイチャチュッチュチュッチュと…!」

 

「悪魔かよ」

 

 今の話聞いてると、四条に原因があるってより柏木さん達二人に原因があるんじゃないかって思うわ。

 

「最近ずっとねー、渚の顔を見ると胃がずしっとするのねー」

 

「胃が」

 

「私何も悪い事してないと思うんだけどねー。何故か好きな人と友達をいっぺんに失った感じー?笑うと嘘吐いてる気分になるんだぁ。どんな事があってもずっと友達って誓ったのに」

 

 もう可哀想。話聞いてて泣きそうになってくるわこんなん。

 

「女の友情って脆いものよね。男がどうので簡単にヒビが入るんだから」

 

「…後でもっかいココア奢ろうか?」

 

「うん、おねがーい」

 

 四条のメンタルのライフは0に近い。なんだかんだ回復するが、あの二人に関わる度にライフが勝手に削られる。

 というか、人を呼びつけておいてイチャイチャするのは俺でも気を悪くする。翼くんが恋愛相談しに来た時、さりげなく惚気る時とかマジ殺意が湧いたね。

 

「ずっと前から気になってたんだが。翼くんのどこを好きになったんだ?」

 

 正直、俺はあまり好きじゃない。まぁ元々人嫌いってところもあるだろうが、それを度外視にしても好きじゃない。

 

 ヘラヘラしてるし、惚気に来るし、自分で考えようとすらしない。

 

 最初の告白するしないの相談は、まぁ分かる。「断られたらどうしよう」みたいな不安があるのは分からないではないし、勇気がいるものだ。誰かに相談して、後一押ししてもらいたいというところなのだろう。

 

 しかし二回目からの相談はなんだ。どうやったら手を繋げるかだの、次のステップに行くにはどうしたらいいだの。恋愛相談舐めてんのか。ググれカスが。

 

 要するに、俺は好きじゃない。が、四条が惹かれる部分が彼にはあるらしい。だから尋ねた。

 

「その…なんていうか……私がちょっとキツい事言っても嫌な顔一つしないで笑いかけてくれるのよ。翼くんは、なんていうか包容力があって、一緒に居ると心が安らぐっていうか。とにかくあったかい人なの」

 

「ほーん…」

 

 誰にでも優しい、ってやつか。そういう人間は、嫌われたくないからそうするもんだと思うけど。

 

「とはいえ、既に神ってるあいつらの中に入る余地なんて…」

 

「ちょっと待って。神ってるって何?」

 

「え」

 

 あら?これもしかして、知らなかったパターンですか?俺てっきりもう知ってるもんだと。

 

「…うん、まぁ。頑張れって話だ」

 

「わざと話を逸らさないで。神ってるって?」

 

「いや、お前、女子の前でこれ以上生々しい単語は出したくないんだが?」

 

 神ってるってボヤかしたってのに。

 

「つまり、なんだ。は、初体験ってやつだ」

 

「初体験?あぁ、チュウのことね」

 

 んーこの反応デジャブるんだけど。何この既視感。どっかで聞いたことあるなぁ。

 

「というか今更でしょ、そんなの。もう何度か見てるんだし、なんなら八幡に言った事あるでしょ」

 

 さーてどうやってこの誤解を解こうか。藤原や石上がいてくれたら安心だったんだが。俺だって口にするの嫌なんだけど。

 まさか揃って同じ間違いするとは思わなかった。なんなら四条の方がやや恋愛知識があるもんだと思ったし。

 

 仕方ない。

 

「いいか四条。初体験ってのは…」

 

 俺は初体験をもっと分かりやすく伝えるために、スマホを開いてその単語を打ち込む。そしてそれを見せる。

 

「セッ…!?」

 

 その神ってる単語を見せた瞬間、四条は一気に顔を赤くする。

 

「な、何言ってるのよ!渚と翼くんは高校生よ!?セッ……は結婚してからって…」

 

「高校生でも三人に一人は神ってるらしい」

 

「えっ嘘そんなに!?」

 

 いやまぁ高校生で神ってるカップルがいるのは今更という感じだが、三人に一人はちょっと多過ぎる。そのうち白銀と四宮が神りそうで怖い。

 

「あいつらは既に神の領域にまで達してる。どうこうするにはギルガメッシュくらい呼ぶ必要がある」

 

「神どころかそんなの悪魔の領域よ」

 

 とはいえ、この手の友情って難しいんだよな。こんな修羅場になりそうな関係は漫画やラノベのフィクションの世界でなら見たことあるが、実際目の当たりにするとどうしたらいいか分からん。

 

 そもそも俺の場合、友情って何?ってところから始まる。「固い絆で結ばれている」「自分達の友情は絶対だ」だのよく聞くが、ならそんなもの本当にあるのかとすら思う。

 

 固い絆?片方がなんかやらかしただけで絆は崩壊するだろ。

 自分達の友情は絶対?クラス替えや学校が変われば否が応でもそんな友情は途切れるっつの。

 

 とはいえ、これは俺の意見。もし四条が柏木さんを毛嫌いしてるならアドバイスが出来ただろうが、四条は柏木さんを友達だと思っている。あっちはどうか知らんけど。

 

「どうしてこんな事になってしまったの……一体どこで間違ったというの……」

 

 四条はプライドが高いくせに臆病だ。それが恋愛面でも影響したんだろう。要するに四宮と似た考えの持ち主だということだ。

 

「…別に、間違えたことしてねぇだろ」

 

「え…?」

 

「さっさと告らないから悪いんだろ、とか、プライド捨てて勇気を出さなきゃならない時があるだろ、とか言う連中がいるが、それが出来ないのが告白ってもんだ。嫌われたくない、今の関係を壊したくない……だから告白出来ない。結果的にそれが四条の敗因なわけだが、じゃあ世の中のみんなが異性を好きになった瞬間さっさと告ることが出来んのかって話だ」

 

 「好き」と伝える重みを分かってないからそんなことを言える。「さっさと告れ」ってやつは、本当に誰かに恋愛をしたことないやつだ。告白の重みを知らないのだ。

 

「あの時ああすれば良かった、とかいう後悔なら俺だってする。でも結局それで現実は変えられない。だからどうすればいいんだって苦悩する。届かないと分かっていても、手に入れられないと知っていても、それでも考えて、足掻いて、苦しむ。そこまでちゃんと考えているお前の気持ちは本物なんだよ。だから何か悪いわけでもないし、間違ったことをしたわけじゃない」

 

「八幡……」

 

「…前も言ったが俺にアドバイスなんて出来るかは知らん。けど、お前の愚痴や話くらいなら聞ける。だから、その、何?話を聞いて欲しいって時がまたあるんなら、俺で良いなら話は聞く。つか今更聞かんとも言わねぇし」

 

 と言ってみたものの、俺に話すより生徒会に持ち込んだ方が的確な意見をくれると思うんだがなぁ。生徒会行くように勧めたら良かったか。

 

「あ、比企谷先輩!もう生徒会始まりますよ!」

 

 そんな中、ワンキャン吠える犬こと、伊井野がやって来る。

 

「って、その方は…」

 

「私?私は四条眞妃よ。学年3位の天才にして、四宮の血筋を引く者。そして…」

 

 横から勢いよく四条が抱きついてくる。

 

「八幡の友達よ」

 

 えっ何してんのこいつマジで何してんの?ちょっと良い匂いがですね。

 俺の気が動転しているのを気に留めず、彼女は離れる。

 

「それじゃ、また話を聞いてね。八幡」

 

 と、彼女はやりたいことをやってどこかへと去っていく。目の前で何があったのか理解出来ていない伊井野は、固まってしまっている。

 

「おーい、伊井野?」

 

「ハッ!な、なんですか今の!友達だからってなんで抱きつく必要あるんですか!?ここ日本ですよ!?アメリカンスタイルなんて設けてませんよここ!」

 

 生き返った瞬間マシンガンみたいに話すやつだな。忙しいやっちゃ。

 

「じゃ、生徒会に行くか。もう始まるんだろ」

 

「ま、待ってください!先程の方との関係を…」

 

 今日も愉快な生徒会の日常が始まる。一体今日は、どんな展開になるのだろうか。

 

 あー……マジめんど。帰りたい。

 

 



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三者面談は面倒くさい

 比企谷母のキャラがあまり分からないので、調べた限りの情報を基にして作成しました。違和感があるかも知れないですが、どうかお赦しを。


 今日は三者面談。担任と俺、そして俺の親の三人で学校の様子やこれからの進路などを主に話す面談。

 普段から共働きで帰るのも遅くなる両親だが、どうやら母ちゃんが面談に来るらしい。だけでなく。

 

『明日小町も一緒に連れて行くから。あんたのアパートに泊まるらしいわよ』

 

 まさかの小町がお泊り。三者面談より小町と二人きりで過ごす時間の方が俺的に大事です。早く小町来ないかなぁ。

 

 と、母親より小町登場に期待を膨らませている俺は、今誰が三者面談を行なっているのかを確認するために教室に向かうと、今から三者面談を行うにしてはなんだか神妙な面持ちをした四宮と早坂が椅子に座っている。

 

「今から通夜でもするのかよ」

 

「あ、比企谷くん…」

 

「次は四宮の番か?」

 

「えぇ、まぁ」

 

 だが、四宮の親らしい親は見渡しても見つからない。母が亡くなったのはいつしか早坂に聞いた。父親は娘のことをいない存在かのように扱うとも。

 

「お父様は……来る筈ないですよね」

 

「代わりの人を出すって話ですよ」

 

「奈央さんが来るんでしょうか?」

 

「ママ?…ママは来ないですよ」

 

 早坂はそうぶっきらぼうに返す。

 

「忙しい人だし、冷たい人だし。娘に興味無い人だから。体育祭の時も来なかったし、私の進路なんてどうでもいいと思って…」

 

「思ってないわよ」

 

 早坂の卑屈な言葉を優しく否定するのは、早坂の顔とよく似た女性である。

 

「ママ!」

 

 一転、早坂は子どものように目をキラキラする。

 先程の早坂の言葉を捉えるなら、仕事が忙しい故に早坂に構うことが出来なかった。だから早坂は母に対して卑屈な思いを呟いたが、根は親が好きな子どもなんだろう。

 

「ご無沙汰しておりますかぐやお嬢様。僭越ながら、本日は私が雁庵様の名代を務めさせて頂きます」

 

「よろしくお願いします、奈央さん」

 

 どうやら、早坂母は四宮の親の代理で三者面談を行うようだ。しかし、早坂はまたもや拗ねてしまう。

 

「かぐや様の為に来たんだ……別に私の為じゃ…」

 

「いいえ。もとより今日はお暇を頂くつもりでした。久しぶりに、娘の顔も見たかったですしね」

 

 と、早坂母は早坂の頭を撫でる。撫でられた早坂の表情は、親に甘える子どものようだ。

 

「じゃ…じゃあ今日は一緒に晩御飯も…?」

 

「ええ。今日は名代ですから、三人で何か美味しい物を食べに行きましょうか」

 

「うんっ!」

 

 しかし、この早坂の変わりっぷり。これは…。

 

「早坂ってマザコン?」

 

「えぇ…見れば分かる通りよ」

 

 四宮に尋ねるが、四宮は呆れた物言いでそう返す。

 俺が四宮に尋ねたからか、早坂母はこちらに気づく。

 

「あの、貴方は?」

 

「あ、ども。四宮と早坂……愛さんのクラスメイトの比企谷です」

 

「ご丁寧にありがとうございます。初めまして。私、愛の母の早坂奈央(はやさか なお)と申します」

 

 互いに頭を下げて挨拶を交わす。

 

「愛はクラスではどうですか?長らく娘に会えなかったものですから、秀知院での生活が気になりまして」

 

「ちょっとママ!」

 

「…クラスでは特に変わったことはありません。他のクラスメイトと仲が良い感じだと思います」

 

「なるほど……授業中に寝ていたり、休憩中にタピオカをインスタに載せたりは?」

 

「何聞いてるのママ!?」

 

 なんだろう。どっかの親父さんみたいに若干ユニークじみたところがあるんだが。

 

「お、比企谷くんではないか」

 

「うっ」

 

 俺に声を掛けたのは、職業不定の白銀父である。

 

「かぐやちゃんも。調子はどう?」

 

 えっこの二人どういう関係?

 知り合いみたいな会話だけど、どうやったらこんなクセが強い人間と四宮が邂逅するのん?

 

「え、ええ……健康そのもので……」

 

「いやいや違くて。御行とその後どうなのって話

 

 この人本当この手の話好きだな。誰かを好きになったらまず間違いなくこの人に悟られたくない。

 

「…何もありませんよ」

 

「いやいや、そんな照れなくていいから。ちゅーは?ちゅー位した?もうそろそろその段階じゃない?」

 

 こういう事になるからだ。四宮のライフは0だからもうやめて差し上げて。

 

「比企谷くんも。最近夜になると圭が比企谷くんの部屋に入り浸るが。何をしているんだい?」

 

「何もしてませんよ…普通に話してるだけで」

 

「ほう。なら帰って来てほわほわしてるのは普通に会話した結果か?」

 

「ほわほわしてるかどうかは知りませんが、何もしてません。話して、偶にゲームして遊んでるだけです」

 

「なんだ。二人ともつまらんな。高校生なら若さと勢いに任せてガンガンいっとけ。若さと過ちはワンセットだ。安心しろ、俺は学生結婚には理解がある方だ」

 

「あんた何言ってんすか…」

 

 というか、せめて俺には「娘はやらん」みたいな言葉くらい出せよ。ほいほい俺に任せるあたり心配になっちゃうんだが。

 

「二人の両親は?一度正式に挨拶をしておきたかったのだが…」

 

 何を挨拶する気だ。

 

「…俺の親はまだ来てません」

 

「私の親は今日は来ません」

 

「なんだって…それは良くないな。あ、じゃあ俺が父親として参加するか?」

 

「真面目な顔しておかしな事言わないでください!」

 

 一体どういう人生を歩めばこんなボケまくる事が出来るんだこの人。もうお笑い目指せば売れるんじゃないか?

 

「呼びたかったらお義父さんと呼んでも良いぞ」

 

「よ、呼びません!早坂、見てないで助けて…」

 

「かしこまりました」

 

 と、早坂母が反応する。

 

「お初にお目にかかります、白銀様。私、かぐや様の母代わりの者でございます」

 

「母代わりですか」

 

「はい。血の繋がりは御座いませんが、義理の母のようなものとお考えください」

 

「義理の母……そうでしたか」

 

 すると、白銀父はボソッと「俺は義理の父みたいなものだけどな」と四宮に囁く。オーバーキルも良いところだ。

 

「でしたら差し出がましい事をしましたな。一応私は、キャリアコンサルタントの国家資格を有しているもので、何かの手助けになればと愚考した次第で…」

 

「そんなもん持ってたんですか?」

 

 この人ボケまくってたわけじゃないんだな。つか、資格好きは遺伝子なのか。

 

「お、知っているのかい?」

 

「あれですよね。学生や求職者を対象に、職業選択や能力開発に関する相談、または助言を行うっていう…」

 

 難易度で言えば普通ぐらい。ファイナンシャルプランナーや社会福祉士に比べればやや劣るが、腐っても国家試験だ。勉強無しでは通れぬ試験である。

 

「まぁ…まさに今必要な人材じゃないですか」

 

 それにしても、資格好きは白銀家の遺伝なのだろうか。

 

「かぐや様…折角ですし、このお方にも同席して頂きましょう」

 

「ええ!?」

 

「使えるものは使うのが四宮家です」

 

 早坂母もなかなか狂った事言ってる。

 四宮の親代わりが白銀父と早坂母?なんだその未曾有のカオスは。

 

「四宮さんと保護者の方、どうぞ」

 

「「はーい」」

 

 躊躇無しに、白銀父と早坂母は教室に入っていく。四宮はもうどうすればいいのか分からないまま、教室に入る。

 

「お前の母ちゃん凄ぇな。色々」

 

「ちょっと性格悪いところはあるけど。…そんな事より。さっきの話はどういうこと」

 

「へ?」

 

 先程まで早坂母に甘えていた早坂の様子が消え、代わりに少し冷たい様子で俺を捉える。

 

「圭って、確か会長の妹だよね。毎晩入り浸ってるって、何?」

 

「いや、だから何も…」

 

「お兄ちゃーん!」

 

 どう弁解しようかと考えていると、俺の好きなあいつの声が廊下に響く。

 

 俺と同じくアホ毛を継ぎ、八重歯が特徴的な女の子。比企谷小町(ひきがやこまち)が満を持して登場。

 

「こ、小町ぃ…」

 

 夏休みに実家に帰って一回会ったとはいえ、数ヶ月も会っていないと寂しくなるものだ。

 

「お兄ちゃん、おひさ!妹の小町が登場だよ!」

 

「小町ぃ…会いたかった…会いたかったぞ…」

 

「うっわまた泣いてる。夏に帰って来た時も玄関で醜く泣いてたよね。どんだけ小町のこと好きなの」

 

「なんなら愛してるまである」

 

「きっもお兄ちゃんきっも。……ん?」

 

 キモいとはなんだ。小町は俺を愛していないのか。

 いや、小町が愛していなくても、俺は小町を愛し尽くす自信がある。これが千葉の兄貴です。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん、この金髪の人はお兄ちゃんの知り合い?すっごく綺麗な人っていうか、キラキラしてる人」

 

「えーっとぉ、私は早坂愛って言うの!比企谷くんとはぁ、仲の良いクラスメイトなんだ!」

 

 早坂はギャルモードに擬態化して、挨拶を済ませる。

 

「お兄ちゃんと仲の良い人!?お兄ちゃん、いつの間にこんなギャルと仲良くなれるコミュニケーションを付けたの!?高校デビューしちゃったの!?」

 

「あはは!妹ちゃん、比企谷くんに辛辣だし〜!」

 

「えっと、初めまして!妹の比企谷小町です!いつも愚兄がお世話になってます!」

 

「ううん!こっちも比企谷くんに助けられたりしてるし、気にしないでおけおけだし!良かったら、愛って呼んでよ!私も、小町ちゃんって呼ぶから!」

 

「おけです!」

 

 小町って、俺と違って他者とすぐ仲良くなれるコミュニケーション能力があるんだよなぁ。次世代型ハイブリッドぼっちの肩書きは健在だ。

 

「あっそうだ。面談終わったらさ、学校を案内してよ。去年はなんだかんだで、小町一度も秀知院に来たことなかったし」

 

「任せろ。隅から隅まで回ろうか」

 

「いやそこまでいらないけど」

 

「相変わらず仲の良いことで。このバカ兄妹」

 

 すると、真打が登場。

 我が比企谷家の母が、気怠げに廊下を歩いてくる。

 

「おう。母ちゃん」

 

「実家からここまで本当遠いわね……帰るのが面倒くさくなるわよこれ」

 

「まぁ1時間半はかかるからな…」

 

 眼鏡を掛けて、消えそうのない隈を残して、比企谷家特有のアホ毛を生やしたこの者が、俺の母である。

 

「…なんか、雰囲気が比企谷くんに似てるね」

 

 ボソッと俺に囁く早坂。

 

「…まぁ、親だしな」

 

「何をコソコソと話してるのよ。…というか八幡、その子は?」

 

 そういえば、母ちゃんは早坂と出会うのは初めてだったか。

 

「え、あ、えーっと、私、比企谷くんと同じクラスの、早坂愛と申します!」

 

「八幡と同じクラスの……。あ、私はこれの母親」

 

 息子にこれ扱いは酷くないですかね。

 

「早坂ちゃん、だったわね。もしそれなりにこいつと友好関係があるなら、八幡を頼むわね。迷惑を掛けてるようなら蹴り飛ばしてくれていいし、調子に乗ってるようならメンタル攻撃で泣かせてくれてもいいから」

 

「ちょっと?息子の扱い本当酷くない?」

 

「まぁとにかく。これからも息子が色々迷惑を掛けると思うけど、どうか長い目で見てあげてくれるとありがたいわ」

 

「…はい!」

 

 いや「はい!」じゃなくて。さっきから息子に対する扱いの酷さについて言及したいのだが。

 

「比企谷。次はお前の番か?」

 

 またややこしい人物が現れた。癖の塊の父親の息子、白銀だ。

 

「…まぁ、もうそろそろだな」

 

 すると、今度は小町が耳元でボソッと囁く。

 

「お兄ちゃん。なんでお兄ちゃんの周りには金髪の人しかいないの?もしかしてグレたの?グレちゃったの?」

 

「グレてんのは元からだ。つか、一応こいつ生徒会長だから」

 

「生徒会長!?お、お兄ちゃん、いつの間に生徒会長と知り合いに…」

 

「比企谷。この子は…?」

 

「…妹の小町だ。ついでにあれが俺の母ちゃん」

 

「母に向かってついでだのあれだの言うな」

 

 さっき息子にも言ってたでしょうが。

 

「そうだったのか。…初めまして。生徒会長の白銀御行と申します」

 

「どうもご丁寧に。八幡の母です」

 

「比企谷小町です!」

 

 と、互いに挨拶を済ませていると。

 

「失礼しました」

 

 四宮が教室から出てくる。と、同時に早坂母と白銀父も一緒に出てくる。

 

「ってえぇ!?親父!?何してんの!?」

 

 …まぁそんな反応するわな。自分の親が自分の好きな人の三者面談に出席していたら。

 

「比企谷くんと保護者の方、どうぞ」

 

「じゃ、終わったら連絡してね。小町愛さん達と喋ってるから」

 

「おう」

 

 俺と母ちゃんが教室に入り、担任との三者面談が行わる。

 三者面談っつっても、普段の態度に関しては去年と大して変わらない。専業主夫を目指すのも変わらない。

 

「先に言っておくけど、専業主夫とかふざけた回答したら家出禁にするから」

 

 この母親、本当怖いよ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 恙無く三者面談は終了し、母ちゃんは先に実家へと帰るために秀知院から去って行った。今日俺の家に泊まる小町は、三者面談が終えた後、秀知院を案内することに。

 

「そういえば、小町はどこ受験するんだ?」

 

「小町?一応秀知院を第一志望にしようかなって」

 

「え」

 

「何?なんか文句あるの?」

 

「いや、文句っていうか…」

 

 秀知院ってわりかし偏差値高めの学校だぞ。小町の学力的に大丈夫なのだろうか。

 それに千葉には、総武や海浜総合があるのに、わざわざ東京にある高校を目指さなくても。

 

「…まぁ、ここ目指すならひたすら勉強だな。じゃねぇとマジで受からん」

 

 俺ですら余裕が無かったんだ。それ相応に勉強に臨まねば、受かることは無いだろう。

 

「あー…そう言われるのもちょっとね…」

 

「…悪い。他に言い方おもいつかなくてな…」

 

 難しいな。頑張ってない奴に言われるとムカつくだけだったりするし。

 

「お兄ちゃん、そういう時は"愛してる"で良いんだよ?」

 

「そうか。…愛してるぞ、小町」

 

「小町はそうでもないけどありがと、お兄ちゃん!」

 

 これまた酷い。とはいえ、こんなやり取りが俺達兄妹の当たり前だったのだ。今では久しく思うけど。

 

「あ、そうだ。お兄ちゃんって確か、生徒会に入ってるんでしょ?生徒会室がどんななのか、小町見たかったんだ」

 

「それは構わないが……今開いてるんかな」

 

 今日は土曜日で、二年は三者面談だし、石上や伊井野が学校に来てるのか分からん。故に生徒会室が開いてるのか分からない。

 

「…ま、行ってみるか」

 

 俺は小町を連れて、生徒会室に向かう。そして部屋に辿り着き、ドアノブをひねると、扉が開く。

 

「…開いてたのか」

 

「あ、比企谷先輩。こんちわ」

 

「こんにちは、比企谷先輩っ」

 

 どうやら石上も伊井野も生徒会室にいたようだ。わざわざ休日にご苦労なことで。

 

「あれ?比企谷先輩、その人は…?」

 

「あっ、こまちゃん!」

 

「ミコ先輩!」

 

 伊井野が小町に気づくと、小町に駆け寄る。

 実はこの二人、面識があるのだ。というのも、事故の一件で知り合う機会があったのだ。そこから、伊井野と小町が知り合うことに。

 

「今日はどうしたの?」

 

「今日はお兄ちゃんの三者面談に付いて来たんですよ。ついでにお兄ちゃんの家に泊まるんです」

 

「…伊井野が年下を可愛がる姿なんて初めて見たんですけど」

 

「伊井野からすれば、滅多にない機会だったんだろ」

 

 こんなに仲良くなっていたとは知らんかったけど。

 

「そういえば、そちらの人は…」

 

「こまちゃん。石上(あれ)は幻だよ。幻に挨拶する必要ないよ」

 

「勝手に死なすな。…石上です。どうも」

 

 石上は簡単に挨拶を済ます。しかし、伊井野は石上をキッと睨み。

 

「ちょっと。こまちゃんに手を出さないで」

 

「お前やっぱ検察は向いてないな。罪の無い人間を有無を言わさず有罪扱いするんだから」

 

 そらやべぇ。下手すると、俺も伊井野に刑務所にぶち込まれてしまいそうだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お兄ちゃん、一人暮らしだからってご飯に手抜いてたでしょ。全く、小町がいないとお兄ちゃんなーんにも出来ないんだから」

 

 時刻は夜の八時。

 今日は久しぶりに小町の手料理を食べさせてもらった。愛妹料理マジ美味い。あれしか勝たん。

 

「そんなお兄ちゃんが専業主夫なんて、夢のまた…」

 

 その時、我が家のチャイムが鳴る。俺は腰を上げて、扉を開ける。

 

「八にぃ、今日も来たよっ」

 

 と、寝巻きのパーカーを来て可愛らしく登場する白銀妹、圭。

 

「あれ?奥に誰かいるの……って……」

 

 圭が小町の姿を捉えると。

 

「八にぃが私の知らない女の子連れてる!?」

 

 先程まで可愛らしく登場したのが一転し、声を荒げる。圭が俺の両腕を掴んで。

 

「誰!?あの女の子誰!?なんで八にぃの部屋に知らない女の子がっ…!」

 

「ち、ちょっと待てって。お前壮大な勘違いしてる。妹だから」

 

「……えっ妹?」

 

 素っ頓狂な声を出して、圭は大人しくなる。

 

「お兄ちゃん、この綺麗な人は?」

 

 と、奥から小町がやって来る。

 

「あ、あの、初めまして。私、白銀圭と言います」

 

「白銀……あっ、もしかして白銀生徒会長の妹さんですか?」

 

「あ、そうです。あれの妹です。えっと、貴女は…」

 

「これの妹の、比企谷小町です!どうぞ小町とお呼びください!」

 

 比企谷家の玄関で、妹同士の邂逅を果たす。後小町、俺のことをこれ言うのやめなね。圭もね、あれって言うのやめたげてね。

 

「…まぁとりあえず上がれ。寒いだろ」

 

「…うん。お邪魔します」

 

 圭は大人しく部屋に上がる。

 その後、小町と圭の三人で過ごすという、なんとも犯罪臭が漂いそうな時間を過ごしたわけだが。

 

「でね、その時お兄ちゃんが…」

 

「そうなんですか?」

 

 すぐに仲良くなった。

 小町のコミュ力の高さには舌を巻く。初対面の圭でも、変わらずに明るく接するんだから。なんだかんだで圭も、楽しそうにしてるし。

 

「あ、そうだ。もし良かったら、今度一緒にお兄ちゃんの学祭回らない?小町その時また秀知院に来るし」

 

「はいっ。是非一緒に行きましょうっ」

 

 どうやら秀知院の学園祭には小町が来るようだ。

 まぁ休みの日だし、どうせ家に泊まる気なんだろうな。俺は全然構わないが。むしろ推奨。

 

「よし!仲良くなったところで、皆でSwitchしよう!」

 

 謎にテンションが高くなった小町は、立ち上がって声を張る。

 

「Switch?確かに俺の家にあるけど、Joy-Con二個しかないぞ」

 

「こんなこともあろうかと!小町、もう一つコントローラーを持って来ていたのです!」

 

 小町はボストンバッグを探って、Switch専用のコントローラーを取り出す。

 

「用意良いな、お前」

 

「元はお兄ちゃんと一緒に遊ぶつもりで持って来てたし。圭ちゃんもやるよねっ?」

 

「はいっ!」

 

 こうして、二人の妹(一人は他所の妹)と一緒に、Switchで遊んで楽しく過ごした。

 妹が一人来るだけで、俺の周りがいつも以上に騒がしくなるあたり、小町の影響力は途方もない。

 

 俺と似なくて良かったよ、本当。

 

 

 



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伊井野ミコは愛せない

 

 生徒会も本腰を入れて、秀知院の学園祭、通称"奉心祭"に向けて業務を進めていく。生徒会だけでなく、あちらこちらでもう学園祭の雰囲気が出始めており、それに向けた準備を行なっている。

 

 俺の場合、準備も業務もかったるいし、適当に済ませようと思っていたのだが。

 

「俺と伊井野と石上で文化祭実行委員のヘルプ……」

 

「あぁ。明日には入って欲しいそうだ」

 

 ただでさえヘルプが入って面倒くさいのに、わざわざそこにハブ(石上)マングース(伊井野)を連れて行かなきゃならんのか。余計に面倒極まりない。

 

「文実て何するんですか?」

 

「企画の精査、広報や装飾、式典の計画と、会場割り振り、機材管理…」

 

「OKもういい。頭痛くなって来た」

 

 要するに挙げればキリがない仕事だって事なんだろう。

 

「なんだか大変そうですね…」

 

「嫌でしたら構いませんよ。ただ文実の委員長は子安先輩ですけど」

 

「行きます」

 

 子安先輩の名前を聞いた瞬間、石上のやる気が一気に上がった。こいつもこいつでチョロいよな。

 

 そんなこんながあり、翌日の放課後。

 

「それじゃあみんなアゲていくよー!ウェーイ!!」

 

「「ウエェェイ!!」」

 

 なんだこれは。のっけからエンジン全開過ぎる。なんであっちこっちで「ウェイウェイ」って聞こえるんだよ。これ会議だろ?どうなってんだよ。

 

「比企谷先輩……なんですかこのテンション……」

 

 隣に座っている伊井野が動揺して付いていけてない。

 安心しろ。俺も一切付いていけてない。

 

「おい石上…お前子安先輩と知り合いなんだろ…?このテンションはなん…」

 

「ウェーイ!!」

 

 石上よ。お前もそちら側の人間だったんか。先輩として、石上っつー後輩の行く末が怖くなっちゃったよ。

 

「それでは文化祭会議の方を始めます!まず前回お願いしてた、文化祭のスローガン案を持って来た人はいますか?」

 

 まずはスローガン決めからか。

 確かに、体育祭や学園祭にはスローガンは欠かせないものなんだろう。ただ俺は思うのだが、本当にこのスローガン決めは大丈夫なんだろうか。

 体育祭では、"風林火山!最the高!マジ卍!"とかわけの分からん赤組のスローガンが目立って仕方が無かった。

 

「はいはーい」

 

「はい!小野寺さん!」

 

 石上の知り合いらしき人物、小野寺という女子がホワイトボードの前に立ってスローガンを書き始めていく。

 

「やっば秀知院はパないって思いを込めて〜」

 

 小野寺が書き終え、自身が考えたスローガンを発表する。そのスローガンとは。

 

 青春だしん!やばたにえんなチカラァ!!〜秀知院半端ないって〜

 

「どうでしょう!」

 

 「どうでしょう!」じゃねぇよ。なんだよこのインパクトしかないスローガンは。

 やばたにえんなのはお前の頭じゃねぇのか。

 

「いいね!エモエモ!」

 

「マジ卍!」

 

 石上よ。生徒会と変わり過ぎだろ。ほとんど自分を殺してるじゃねぇか。そこまでして合わせたいのか。

 

「ノリとテンションだけじゃないですか…こんなのじゃ…」

 

「待ってください子安委員長!」

 

 すると、眼鏡を掛けたモブくんが待ったを入れる。

 

「そんな流行に乗っただけのようなスローガンはこの秀知院に相応しくありません。もっと高偏差値なスローガンがよろしいかと」

 

 なんだ。少しまともな奴がいるんじゃないか。

 頼むぞモブくん。この空気をどうにかしてくれ。

 

「高偏差値なスローガン…?えっと、どういうのかな?」

 

「それは…」

 

 モブくんがホワイトボードにスローガンを書き込んでいく。そしてその発表された内容は。

 

 ぽきたw魔剤ンゴ!?ありえん良さみが深いw秀知院からのFFで優勝せえへん?そり!そりすぎてソリになったwや、漏れのモタクと化したことのNASA!そりでわ、無限に練りをしまつぽやしみ〜

 

「こういうのです!」

 

「は?」

 

 「こういうのです!」じゃねぇよ。さっきより酷くなってんじゃねぇか。なんだこの胃もたれしそうなわけ分からんワードの連続は。

 

「京都大学のスローガンを参考にしました」

 

「京都大学そんななの!?」

 

 嘘だろ京都大学。人語を超えたスローガンだぞこれ。宇宙人でも混じってんのかそっちは。

 つかこれ、高偏差値なスローガンじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、中身自体はお世辞にも高偏差値ではないと言ってもいいのではないか。

 

「よく分からないけどなんか面白いね!ないすぅ!」

 

「卍!」

 

 もうやだ帰りたい。異空間にしても限度があるだろ。異空間っつか亜空間。

 

「み、皆さん!今は悪ふざけの時間じゃないでしょう!もっと真面目にやりましょう!」

 

 我慢の限界を迎えた伊井野は、机を叩いて皆に意見する。しかし。

 

「いや真面目なんだけど」

 

 そんな彼女の言葉を、小野寺は一蹴する。

 

「いつも思うけど、伊井野はなんでそうなわけ?そうやって自分と違う価値観否定ばっかしてたら話進まなくない?」

 

「だ、だって…こういうのはちゃんとしなきゃいけないから…」

 

「じゃああんたの思う良いスローガンを言ってみなよ。言ってる事、イマイチピンと来ないんだよね」

 

「えと…」

 

 皆の視線が伊井野に向けられる。しかし、伊井野はあがり症だ。向けられた視線は自分の首を絞められることになる。

 

「…少なくとも、無理に奇を衒う必要はないだろ。余計わけ分からんことになるし。面白くするのはいいけど、奇を衒い過ぎると常軌を逸した何かになるってついこの間思ったし」

 

 告白のためだけにあそこまで奇を衒うとは思わなかったよ、石上。

 

「比企谷くんの意見も一理あるかな。もっと純粋にさ、私達がやりたい文化祭をそのまま言葉にしてみようよ!」

 

 俺の意見に、子安先輩が賛同する。その一言で、空気が一変した。

 流石、秀知院屈指の人気を誇る子安先輩は人望が厚い。メリハリがちゃんとしてる。きっとこういうところが、石上が好きになった一部分なのかも知れない。

 

「とりあえずスローガンは持ち越しで。生徒からいくつか質問があるので回答しましょう」

 

 スローガン決めは一旦保留になり、匿名の生徒からの学園祭の質問を答えていく時間となる。

 

「"販売価格をもっと上げたい。原価率の下限を撤廃してください。"どうしてダメなんだろ?」

 

「子安先輩!それについてはワテがお答えしますで」

 

 何か関西弁の出っ歯で眼鏡のモブくんが、その質問に答えようとする。

 

「ガイドラインでは、地域交流を目的とした非営利活動に限り、臨時営業許可が不要なんですな。儲けを出す目的での出店はあきまへんっちゅーワケですわ」

 

「流石小林くん!じゃあ価格は上げられないね」

 

「補足、良いですか」

 

 石上が手を上げて、小林くんの意見に補足を付ける。

 

「その手の事なら抜け道なんていくらでもありますよ。とりあえず最終的に利益を寄付や経費計上しとけば、どれだけ利益を出しても問題はないかと。今のうちに価格設定の難しさを学べるなら有意義だと思います」

 

 生徒会会計に抜擢されるほどの能力がある石上。普段はどうしようもないが、仕事は出来るんだよな。

 

「そだねー。一応、先生と相談の上で価格設定の検討してみよっか」

 

 石上の意見が小林くんの意見より上回った。が、小林くんは舌打ちをして席に着いた。なんだあいつ。

 

「次!"クレープ屋台がなんで駄目なんですか?"」

 

「つばめさん!」

 

 今度は少し大人しめな眼鏡を掛けたモブくんが挙手する。ていうか眼鏡の割合多いな。

 

「基本的に保健所の指導で直前に熱処理した食材しか使えないんです。米飯類や生魚、クレープに使う缶詰フルーツやクリーム類はNGなんです」

 

「流石佐藤くん!じゃあクレープは…」

 

「補足、良いですか」

 

 佐藤くんの意見に、石上は手を挙げて補足を付ける。

 

「確かに乳製品は弾かれますが、植物性油脂100%の冷凍ホイップクリームなら使用例が沢山あります。フルーツでもジャムでも、代用すれば問題ありません。再検討の余地はあると思います」

 

 さっきから石上の意見が無双してるんだけど。石上の意見が通る度に、眼鏡くん達の憎しげな表情が伺えるんだけど。何このよく分からん争い。

 そんなこんなで、恙無く会議は進んでいく。そして、学園祭の質問への回答も残り一つとなった。

 

「これが最後で…"キャンプファイヤーの実施を望む"」

 

「是非やりましょう!」

 

「うおびっくりした」

 

 ここまで黙っていた伊井野が、勢いよく手を挙げて賛成する。しかし、誰も伊井野に賛同する人間はいなかった。

 

「流石にそれは難しいかなぁ…」

 

「もう近年は条例も厳しくなってきていますしね。火災対策や治安の問題…。それに伊井野さんが選挙演説の時に言ってた事ですよ。自治体の許可が降りなくなったと」

 

 確か、深夜まで居座る生徒やポイ捨て問題が取り沙汰され、夜間活動に町内会の許可が下りなくなったとかなんとか。

 

「確かに大変かも知れませんけど、みんなで頑張れば…」

 

「あのさぁ」

 

 伊井野の言葉に、小野寺が再び口を挟む。

 

「理想を語るのはいいけどさ、ぶっちゃけ人手が足りないから伊井野もここに借り出されてるわけじゃん。結局、誰がやるのそれ」

 

 小野寺の言い分も間違っちゃいない。

 人手が足りない中で、キャンプファイヤーの実施を自治体に認めさせるのは難しい。だけでなく、先程言ったように治安維持に関わってくる案件だ。やらかしたって言う前例は拭い切れるものじゃない。

 

 だが、人手が足りなくても出来ることはある。なんなら、キャンプファイヤーを行う事すら可能になる。

 

 それが出来る人物とは。

 

「伊井野がやればいい」

 

 伊井野しかいない。名指しされた伊井野も、隣で伊井野の様子を伺っていた石上も、周りの連中も皆目を見開いている。

 

「ひ、比企谷先輩……?」

 

「勿論、俺も伊井野のサポートに回るから、伊井野だけにやらせるって事はしない。だがあくまで、キャンプファイヤーの許可を得るために動く筆頭は伊井野だ」

 

「…どういうことすか?」

 

 石上が怪訝な表情で尋ねる。

 

「キャンプファイヤーが実施出来ないのは、近隣の住民に秀知院の夜間活動はあまり良くないと思われているからだ。つまるところ、大人から信用されてないということだ。なら大人から信用を得ればいい」

 

「簡単に言いますけど、条例が厳しい上に自治体も渋ってるような状況ですよ。いくら僕らが町内会に頼み込んでも…」

 

「だからこそ伊井野の出番だ」

 

「私の…?」

 

「伊井野は風紀委員。ましてや風紀委員関係なく、バカ真面目に治安維持に努めるような奴だ。そういう功績は、町内会長の耳に届くだろう。伊井野を筆頭に町内会に働きかければ、キャンプファイヤーの実施の許可は流れるように得ることが出来る筈だ。多分。知らんけど」

 

 普段から治安維持に努めている伊井野が町内会に訴えるのと、有象無象の生徒が訴えるの。どちらに説得力があるかは明確だ。

 

「とはいえ、人手が足りないのは事実だし、今言ったように都合よく事が進むわけじゃない。理想を並べても出来ない事があるのが現実。それにいくらサポートに回るっつっても、伊井野には相応の負担が掛かる。だから別に…」

 

「やります」

 

 先程のおどおどしていた様子は消え、強い意志を感じる表情できっぱりと言い切った。

 

「…いいのか?絵空事に近い話だぞ」

 

「はい。…先輩の言う通り、大人から信頼されていない故に秀知院でキャンプファイヤーを行うことを嫌厭されてきました。では、大人の信用を勝ち取るためには必要な事は何か。それは…」

 

 伊井野の眼差しには強い意志が込められており、その豹変ぶりに皆は目を見開いて彼女に注目する。

 

「風紀です。風紀委員とは、大人から信用をもぎ取る仕事の事なんです」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 それから。

 

「迷惑おかけしないように致しますので!よろしくお願いします!」

 

 俺と伊井野、そして何故か付いてきた小野寺と一緒に、近隣の方々に片っ端からキャンプファイヤーの件における話を行なっている。

 

「…後何軒?」

 

「マンション含めたら32…」

 

「うわきっつぅ…」

 

 結局、キャンプファイヤーの許可は降りた。

 町内会長が普段の伊井野の活動に感心していたそうで。町内会から消防団に文化祭最終日、防災訓練の申請をしてもらえた。

 安全性を保証出来るのであるなら、キャンプファイヤーは行うことは可能だと言うこと。

 

「えっと…比企谷先輩…って名前ですよね?」

 

 次の家に向かう最中に、小野寺から名前を呼ばれてる。

 

「…なんだ」

 

「先輩って、伊井野の事が好きなんですか?」

 

「は?」

 

 何を言ってるんだこのパツキンガールは。

 彼女の突然な質問に、素っ頓狂な声を発してしまう。

 

「この間の会議、やたらと伊井野を庇ってるように見えましたし」

 

「それがなんで好きって話に繋がるんだよ…」

 

「じゃあなんであんな庇うような事したんですか?」

 

 なんで、か。

 異性として好きかと言われたら、嫌いじゃないとしか言いようがない。後輩としても、別に嫌いじゃないと答えるだろう。

 それでも、何故俺は彼女を、伊井野を庇うような真似をするのだろうか。

 

 俺が小野寺に返す答えは。

 

「…手のかかる後輩だからな。伊井野も、そんで石上も」

 

「手のかかる後輩…だからですか」

 

「後輩をなんとか支援するのが、先輩としての役割だ。それだけだ」

 

「…意外と過保護なんですね」

 

 過保護か。今までの俺の行動を振り返ってみれば、言い得て妙かも知れないな。

 しかし、過保護なのは小町だけだ。他にそこまで過保護にしてやれるか。

 

「つか、そういうお前こそ…」

 

「お前って呼ばれんのあまり好きじゃないんで。せめて小野寺で呼んでください」

 

「…小野寺こそ、なんで伊井野を手伝うんだよ」

 

「そりゃ決まってるでしょ。私だってキャンプファイヤーとか、めちゃやりたいし」

 

 身体を楽にするため背伸びをしながら、伊井野の後を追うように歩いていく。

 

「想像しただけでアガるでしょ?」

 

「…そうかい」

 

 キャンプファイヤーの許可を得ようっていう提案、出して良かったってことなんかな。

 

 



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秀知院は文化祭

 時間は流れて。

 

 秀知院文化祭、通称"奉心祭"開催当日。

 文実と文実ヘルプの俺と石上、伊井野は朝早くから仕事に駆り出されている。

 

 こんな朝から仕事とかどこの社畜だろうか。今から俺抜けてもバレねぇかな。

 

「朝からかったりぃな…」

 

「もうっ、ちゃんとシャキッとしてください!奉心祭本番なんですよ?」

 

 別に俺からすれば、文化祭自体どうでもいいんだけどな。キャンプファイヤーを提案したのも、別に楽しみたいとかいう理由は一切ない。

 まぁ小町が来ることが唯一の救いだな。確か圭と来るんだっけか。

 

「ミコちゃーん。暗幕のあまりない?」

 

「あ、こばちゃん」

 

 暗幕のあまりがあるかを確認しに来た大仏。なんか久しぶりに大仏を見た気がする。

 

「おう、こばち。お前も頑張ってんな」

 

「うん。先輩も頑張ってね」

 

「おう!じゃあまた後でな!」

 

 流れるように親しげに話す大仏と、赤組団長の……名前知らない男の人。

 

「あれ、大仏って団長と知り合い?」

 

「んー…知り合いっていうか。付き合ってる

 

 なるほど、付き合っているなら納得だ。

 しかし、大仏が彼氏を作るなんて意外だ。しかも、結構筋肉質な男と。まぁ互いの合意の上であるなら、全く問題……は……。

 

「「えええぇぇーッ!!」」

 

 ごめんちょっと待って付き合ってる?大仏が?あの先輩と?

 時間差で気づいたけど今年最大の驚きだぞ。

 

「ちょっと待って聞いてない!そんな素振り今まで無かったじゃない!」

 

「まぁ最近まで風野先輩と私、関わりなかったし」

 

 親友ポジの伊井野が一番驚いている。いや、石上まで「嘘だろ」みたいな表情である。

 

「じゃあどうして!?」

 

「文化祭の準備で時々話すようになって……なんていうか、流れ?いわゆる文化祭マジックよ」

 

「聞いたことねぇよ文化祭マジック」

 

 俺はすかさずスマホで文化祭マジックと調べる。

 

 調べた内容によると、文化祭の準備で普段話さない人間と話すことが起き、祭の熱に充てられた人間達は、クラスメイトから友人へ、友人から恋人に急激にアップグレードするらしい。

 他にも、体育祭や修学旅行でも似たようなマジックがあるようだ。

 

「こないだラインしてたらそういう流れになってさ。試しに付き合ってみるかって言われたから、まあいいかなって」

 

「まあいいかなの!?」

 

「だって文化祭を女友達と回るとかダサいし…これ終わったらクリスマスが控えてるじゃない。論理的に考えてオトコ要るでしょ」

 

「ヘイSiri。論理的で検索」

 

 大仏の論理って結構破天荒だよな。つか、大仏って見た目に反してだいぶ肉食系女子だったのな。

 

「こばちゃんがいいなら口出ししないけど…」

 

「ミコちゃんが固すぎるんだよ。この時期フリーの人が相手なら告白の成功率60%はあるから。1年で最も成功率高いの今だからね」

 

 半分以上の確率で成功とは驚きだ。

 ならあれか。中学の頃、学祭を利用すれば告白は成功していたのだろうか。

 まぁそんな仮定に意味はないけども。ただ、現に大仏と先輩が付き合っているから、信憑性は高いだろう。

 

「フリーの人…」

 

 伊井野が俺に目線を向ける。

 ちょっと待て。伊井野まで祭の熱に充てられるなよ。一時の迷いで付き合ってもどうせすぐ別れるだけだぞ。

 

「石上も頑張って」

 

「いや、何をだよアホらしい。付き合ってられるか。トイレ行ってくる」

 

 大仏の応援を一蹴した石上は、その場から離れてトイレへと向かった。

 

「比企谷先輩は?誰かと回る約束とかしてるんですか?」

 

「いや、別にそんな約束はしてない。つか文実の仕事あるし」

 

「ならミコちゃんと一緒に周ればいいじゃないですか。同じ仕事一緒にやるわけですし」

 

「え」

 

 だから待てって。なんで伊井野と周らなきゃならんのだ。

 いや、別に嫌とかじゃない。嫌いじゃないし、伊井野と周るぐらいどうってことはない。

 

 ただ。

 

「先輩……」

 

 こいつは俺に依存している。個人的な意見では、依存することは悪いわけじゃない。

 

 ただ、伊井野は時々危なっかしい行動、または言動を取る。学校外なら百歩譲って許しても、学校内でそれがあれば、風紀委員としての伊井野は終わる。

 一度俺を家に招いて、挙げ句の果てには引き止めたことがある。伊井野の中の風紀は、依存することで少しずつ綻びを見せているのかも知れない。

 

 さて、どうしたものか。

 「無理」なんて言えば伊井野の心をへし折ってしまいそうだ。かと言って、仕事があるから「行ける」なんて言えるわけがない。

 

 ということで。

 

「…まぁ、時間があればな」

 

 俺が返せる答えはこうだ。中々にクズみたいな返答であるが、実際問題一緒に周るかどうか分からないし、一緒に休憩に入れるかも分からない。

 だからこう返すしかない。「行ける」って希望を持たせるよりかは、幾分かマシだろう。

 

「絶対ですからね!」

 

 うん、取り越し苦労かな。こいつ多分強引にでも連れ回そうと考えているんじゃないか。

 

「…それは置いといて。そろそろ時間だ。体育館に行くか」

 

 奉心祭のオープニングが始まる故に、文実とそのヘルプは体育館へと向かった。体育館の中では、生徒達が楽しみで仕方ないと言った表情で待っている。オープニングを執り仕切っているのは、勿論子安先輩だ。

 

 そしていよいよ。

 

『それでは、秀知院文化祭"奉心祭"のスタートです!!』

 

 歓声と共に、奉心祭が開催した。

 ある者は楽しむために出店を周り、ある者は仕事の時間故に自分の出店に戻る。各々、自分の目的のために動き始めた。

 

 因みに文化祭での俺の仕事は、奉心祭の様子をカメラに収めたり、校内の様子を逐一報告する仕事だ。簡単に言えば、見回りみたいなもん。後は雑用とかそんなとこだ。

 

 俺はデジカメを持って、その体育館から離れる。まずは、俺のクラスに向かうとしよう。

 

 俺のクラスはコスプレ喫茶。様々なコスプレを纏って接客するのが主な仕事。存在感薄く、更にはクラスの中でもカースト最底辺にいる俺が接客など許されるわけもなく、かと言って受付の仕事は却って客を減らす要因となってしまい、結果的にクラスでの仕事はないという事だ。

 

 フッ。仕事が無いってのはいい事だ。なんだか泣けてくらぁ。

 

「教室付近でカメラ持って何してるの」

 

「おう、早坂……早坂!?」

 

 怪訝な表情で早坂は俺を尋ねる。

 それは良い。それは良いのだが。

 

「お前その格好…」

 

「うん。メイドのコスプレ

 

「あ、コスプレか…」

 

 あーびっくりした。メイド姿の早坂は四宮邸でしか見た事がない。故に学内でメイド姿になっていたら、仰天するのも無理はない。特に、早坂を知っている者なら。

 

「なんか日常感が強いなおい…」

 

「あはは〜!比企谷くんマジ意味不〜!」

 

「こっちもこっちで日常感」

 

 俺からすれば、どちらも日常感という感じがする。

 

「それで、比企谷くんは何してるの?デジカメなんか持って」

 

「校内の様子を撮影するんだよ。後でホームページに載せるからな」

 

 俺はとりあえず、適当に撮影を始める。飾られた廊下に、各教室によって違う内装。撮るべきところは無数にある。

 

「あ、そうだ。比企谷くんっ」

 

「ん?って、うわっ」

 

 早坂に強引に腕を引っ張られてしまう。すると早坂は、スマホを内カメにして、パシャっと1枚撮影する。

 早坂のスマホには、微笑むメイドと、目が腐ってどこに視線を向けてるか分からない男が映っていた。

 

「変な顔…ふふっ…」

 

「お前な…」

 

 強引に撮っておいて人様の顔を笑うか。なんて酷いメイドだ。主人に文句言いたいわ。

 

『私に何か用なのかしら?』

 

 やめとこ。人知れず殺されそうだし。

 

「…まぁいいや。仕事、頑張れよ」

 

「うん。比企谷くんもね」

 

 俺は教室から離れ、しばらく秀知院を徘徊して写真を撮り続けた。時々、冷たい目線や嫌悪感丸出しの目線を向けられることがあるが。

 自意識過剰も程々にしろよ。あんた達なんかに、興味なんてないんだからねっ!

 

 あー、世の中って理不尽だなぁ。

 

「だーれだ」

 

 突然、俺の目が誰かによって塞がれてしまう。この声は…。

 

「四条。お前何してんの」

 

「…反応薄くない?」

 

 つまらなさそうにする四条。なんかごめんね。

 

「で、何の用だよ」

 

「別に用ってほどじゃないわよ。友達見かけたら声掛けるでしょう?それよ」

 

「お、おう…」

 

 友達と呼ばれると、何かむず痒いな。今まで言われた事がないからか、妙に恥ずかしいというか、照れるというか。

 

「八幡は?何してるのよ」

 

「仕事。文実のヘルプで生徒会が借り出されたんだよ」

 

「折角の文化祭なのに、ご苦労な事ね」

 

 文化祭に何の楽しみが無いし、仕事が入ったからといって悲観的になるわけでは無い。

 

「まぁ別にいいんだけどな。それよか、お前は一人……なのか?」

 

「変に気遣うと惨めに思えてくるから聞きたいならはっきり聞きなさいよ」

 

「翼くんと柏木さんはどうしたんだよ」

 

「二人なら…」

 

「あ、眞妃いた。人多いんだから離れたら迷子になるでしょ〜」

 

 噂をすると、翼くんと柏木さんカップルが現れた。

 

「あっ、ごめん。友達がいたからつい…」

 

「比企谷くんじゃん。おひさ」

 

「お、おう…」

 

 翼くんめっちゃ馴れ馴れしいんだけど。

 一番最初の頃は冴えない顔でモブ臭半端なかったのに、今ではカースト上位にいそうな人間と化した。

 

「あれ、二人とも友達なの?」

 

「「うん」」

 

 ちょっと待って。翼くん友達じゃないんだけど。なんなら俺嫌いなんだけど。

 

「八幡は時々相談に乗ってくれてさ…」

 

「眞妃ちゃんも?俺も何回か相談に乗ってくれた事あるんだ」

 

 なんで翼くんからの好感度高いの?今までの相談、大体白銀と藤原が解決してたろ。俺何もしてないけど。

 

「へー…」

 

 待って。なんか怖い。柏木さんってこんな怖かったっけ。

 

「私も、一度比企谷くんに相談に乗ってもらった事あるよね。良かったら、私とも友達になってくれる?」

 

「え、いや、別に…」

 

「いいよね?」

 

「あっはい。喜んで」

 

 怖い。やっぱりヤンデレ気質孕んでるよこの人。

 

「それで、二人は何話してたの?」

 

「別に話って話はしてないわよ。単純に見かけたから声を掛けただけ」

 

「用が済んだならもう行くぞ」

 

「あ、ちょっと待って。あの子、生徒会の子じゃない?」

 

 四条が指差す先には、木の陰に隠れている石上がいた。あいつ何してんの?

 

「お前、何してんだよ」

 

「うぉっ!って、比企谷先輩か…」

 

 石上に声を掛けると、ビクッと身体を震わせてこちらに振り向く。

 

「そんなビビることはねぇだろ。俺の存在感の無さを揶揄してるの?」

 

「いや、単純に気付かなくて……それより、先輩は何してるんですか?」

 

「仕事だよ仕事。つか、俺はお前の方にこそ質問したいんだけど。今のところ不審者にしか見えねぇぞ」

 

「そ、それは…」

 

「あー、なるほど。子安つばめ?って人を見てたんじゃないの?」

 

「あぁ…」

 

 石上の想い人は、確か子安先輩だったな。木の陰に隠れて見ていたのは、彼女の姿だったということか。

 

「一緒に回りたいのか?」

 

「そう、なんですけど……なんて誘えばいいか…」

 

 なるほど。確かに好きな人を誘うというのには、勇気がいる。だけでなく、不安も残る。「自分なんかが声を掛けて迷惑にならないか」的なやつ。

 石上の場合、過去の体験から悲観的になってしまってるから、そう思っている可能性は非常に高い。

 

「そんなの普通に一緒に周りませんかって言えば良いんじゃない?」

 

「簡単に言うけれどね!そんなストレートなの緊張するに決まってるでしょ!足ガタガタさせながらセリフ噛みまくってロクに話せないのがオチよ!」

 

 すっげぇ具体的かつ正確な理屈だ。

 

「それでいいじゃない」

 

 四条の言葉に対して、柏木さんは優しくそう返した。

 

「翼が最初にデート誘ってくれた時なんて……ね?」

 

「ちょっと〜!その話はやめてよ〜!」

 

 ん?あれ、これもしかして。

 

「え〜、いいでしょー?あれすっごく可愛いかったもの〜」

 

「だって僕も初めてで緊張してて!」

 

 これあれですね。惚気られてますね。

 

「デートに誘ってるのかキスしようとしてるのか、どっちなのって感じで〜」

 

 それ以上惚気るのはやめてあげて。四条のライフが0になっちゃうから。なんなら今無言でこっち見てきてるから。

 

「あ!誘う口実が要るって言うなら、自分のクラスの出し物に誘うなんてどうかな?」

 

 なるほど。確かに、それが一番誘いやすい口実ではあるか。

 

「石上の所、確かお化け屋敷だったよな。伊井野から聞いたが」

 

「そうです。1年A組とB組の合同でホラーハウスを」

 

「いいじゃない。子安つばめは確か、ホラー好きっていう話よ」

 

「マジすか!?」

 

「友達が言ってたわよ。アンタのとこで掃除用具入れに2人で5分近く閉じ込められて、めちゃくちゃ怖かったって」

 

「まぁそういうアトラクション系のホラーハウスなので」

 

「つまり、5分間密室で2人きりって訳でしょ?」

 

 要するに、ロッカーに石上と子安先輩をぶち込んで一気に仲を進展させようという魂胆か。

 ただ、一つ懸念がある。風紀を取り締まる伊井野が、果たしてそれを許すのかどうかだ。まぁ、石上と子安先輩が一緒に行くタイミングに伊井野がいるとは限らないしな。

 

「男女で行けば確実に盛り上がるわよ!」

 

「えーっ楽しそー!私達も行ってみようよー!」

 

 四条の提案に、何故か柏木さんが乗り気になった。

 

「因みにそのアトラクションは3人同時に入れるの?」

 

「いえ、その場合2人と1人に別れてもらいます

 

「そっか」

 

 なんて可哀想なんだ四条。こんなに報われない奴がいるのは可哀想過ぎる。涙が出そうだ。

 

「よーし!私も休憩入ります!」

 

 どうやら、子安先輩は休憩に入るそうだ。誘うタイミングは今しかない。

 

「…ほれ、誘ってけよ」

 

「で、でも…」

 

「もし拒否られたら俺がなんか奢ってやるよ。だから行って来い」

 

「…先輩……マジ卍っす」

 

「何言ってんだお前」

 

 石上は頭を下げて、勇気を振り絞って子安先輩を誘いに向かった。

 

「さてと、私は…」

 

「眞妃も一緒に行こうよ!それじゃあね、比企谷くん!」

 

 柏木さんが四条の腕を引っ張って行く。連れて行かれる彼女の瞳には光が無く、そろそろどこかでえづく可能性を孕んでいる。

 

 やはりこの世に神はいないらしい。

 

「…さてと」

 

 俺は引き続き、校内の見回りの仕事に戻ろうとしたのだが。

 

「あ、比企谷くん!」

 

 そこに、すぐ近くにいた子安先輩が俺に話しかけてくる。隣には石上もいるようで、どうやら誘った結果は成功らしい。

 

「比企谷くんも休憩に入っていいよ!ずっと見回りでちゃんと楽しんでいないと思うしさ!」

 

「え、あ、はい。ども」

 

「それじゃあまたね!行こ、石上くん!」

 

「は、はい!」

 

 子安先輩と石上は校内に続く入り口へと向かった。

 一方で、休憩を貰った俺だが。別に周りたいところはないし、一緒に周ろうと言った伊井野がどこに居るかも知らない。

 

「…小腹が空いたな…」

 

 時間は昼の12時を過ぎている。昼飯時だ。

 どこの飲食店に向かおうかと考えていたその時。

 

「あ」

 

 そういえばうちのクラスって飲食店だったな。どこに行くかなんて決めてないし、いっそのこと客として行っちまおう。

 

 そう決めた俺は、早速自分のクラスに向かったのだが。

 

「結構繁盛してるんだな…」

 

 列が出来るほどには繁盛している。別に待たない理由はないが、並んでまで食べたいかと言われたらそうでもない。

 

「…売店のパンで済ますか」

 

 結局、文化祭でも俺のスタイルは変わらなかった。

 一応文化祭中でも、売店はやっている。文化祭の最中に売店に行く人間はあまりいないので、すぐにパンを買うことが出来た。

 

「…屋上で食べるか」

 

 いくらベストプレイスとはいえ、こんなに騒がしければ落ち着いて食べれない。屋上なら誰も来ないだろうし、比較的静かだろう。

 パンと、途中の自販機で買ったコーヒーを手に持って屋上に向かった。誰もいない……そう思いきや。

 

「げ」

 

「人を見るなりその態度はなんだコラ」

 

 屋上には先客が居た。

 個人的に、四宮と同じくらいに苦手としている人物。鋭い眼光に、帽子を被ったショートカットの女の子?

 

 そして、指定暴力団対組長の娘という肩書きを持つ人物。

 

 その名も、龍珠桃(りゅうじゅ もも)

 彼女がこちらを睨み付けて、スマホを弄っている。

 

「…お邪魔しました」

 

 回れ右だ。目を合わせちゃいけない。

 みんなに教えてやろう。なんか怖い人やヤクザみたいな人と極力目を合わせちゃいけないぞ。「何見てんだコラ」って言われてボコボコにされるからな。

 

「待てよ。どうせ飯食うために来たんだろ。丁度暇してたんだ。付き合え」

 

「え、普通に嫌…」

 

 すると、彼女は微笑みながら手をポキポキと鳴らし始める。

 

「じゃないな。うん、嫌じゃない。よし一緒に食べよう」

 

 ヤクザに逆らっちゃいけねぇな。いけねぇよ。

 こうして俺の昼食時間は、思いもよらない人物と共にするのであった。

 




龍珠桃のキャラを完全に理解していないので、変なところがあるかも知れませんが、よろしくどうぞ。


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秀知院は文化祭②

 

 ヤクザの娘、龍珠桃と共に過ごしているこの俺、比企谷八幡。

 

「にしてもお前、文化祭だっつうのにパンと缶コーヒーとはシラけてんな」

 

「うっせ。行こうと思ってたとこが並んでたから仕方無しにだ。別に並んでまで食べようとは思ってなかったし」

 

「ハッ、ざまあないな」

 

 にしても、落ち着かない。原因は勿論、隣に龍珠がいる事。

 彼女とは1年の頃に出会った。当時は外部受験生と同じく腫れ物扱いされ、暴力団の娘という理由だけで彼女は浮いていたのだ。

 俺はベストプレイスに誰かいた場合、次に向かうところが屋上だと決めている。だから時々屋上で食べるのだが、その時に彼女と出会ったのだ。

 

『なんだよテメェ。見てんじゃねぇよ』

 

 開口一番、絵に描いたようなヤクザのセリフだった。その時、ベストプレイスで食べれなかった俺は少しイラついていたので。

 

『見てねぇよ。自意識過剰かお前』

 

 と言ってしまった。その言葉に、龍珠は更に表情を険しくさせた。

 俺達が交わした初めての会話は、お世辞にも高校生らしくない会話だったという事だ。

 

「というか、お前は何してんだよ。クラスの方、行かなくていいのか?」

 

「私が行っても行かなくても変わんねぇし、第一私がいたんじゃあいつらもまともに楽しめねぇだろうしな」

 

 話の続きをしよう。

 龍珠の親は暴力団の組長。つまりヤクザのトップだ。それを知っている人間は、龍珠を敬遠していたのだ。「ヤクザの娘に関わったら無事じゃ済まない」的な意味で。

 

『どいつもこいつもヤクザの娘ヤクザの娘ってよ……』

 

 そんな愚痴を溢していたのは、今でも覚えている。

 親がヤクザだから娘もヤクザという考えは、まぁ仕方ないとは思う。ヤクザの親がいれば、娘もヤクザなのではないかと思ってしまう。

 

 しかし、俺はそうは思わなかった。

 確かに彼女はヤクザの娘。それは変えられない事実だ。だが、だからといって彼女自体が親同様なのかと言われたら、そうではないのだ。

 

『まぁ、そうだな。親は親、お前はお前。親がいくらヤクザだろうが、親とお前は違うだろ。そういうの、あんま気にすんなよ』

 

 不可抗力で浮いていた龍珠。今でも浮いてはいるが、前に比べれば比較的マシになったのだ。

 

「まぁ私としては、ここで静かに過ごせてるからいいんだがな。わざわざ誰かと周るっつう約束してねぇし。お前もどうせそのクチだろ?」

 

「いや、後輩に周ろうって言われたけど」

 

「は?」

 

 素っ頓狂な声を出して、間抜け面を見せる龍珠。そんなに俺が誰かと周る事が意外でしたかそうですか。

 まぁ去年の文化祭も、一緒に周る奴なんていなかったからずっとクラスの方にいたけどさ。

 

「んな冗談面白くねぇよ」

 

「ガチなんだけど」

 

「…誰だよ。その後輩ってのは」

 

 なんだ。やたらと掘り下げてくるなこいつ。

 

「伊井野だよ。風紀委員の。名前くらい聞いた事あるだろ」

 

「伊井野……あぁ、あのあがり症の奴か」

 

 風紀委員よりあがり症の方で認知されているのね。確かに、選挙の時じゃ思いっきりあがり症を発動していたけど。

 

「意外だな。お前の事だし、面倒くせぇって一蹴しそうなもんだが」

 

「…ま、色々あるからな」

 

 今ここで伊井野の依存云々の話をしても仕方がない。

 

「…フン」

 

 つまらなさそうに鼻を鳴らす。そんなに俺が誰かと周るのが不満なのかお前は。

 そんな彼女を横目に、俺は残りのパンを食べ、そして缶コーヒーを一気に飲み干す。

 

「じゃもう行くわ」

 

「…そうかよ」

 

 俺はゴミを持って屋上から去って行く。彼女が呟いた一言を聞き取る事が出来ないまま。

 

「…クソが」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 まだ休憩時間はある。とはいえ昼飯は食べたし、特に行きたい所があるわけじゃない。

 どうせなら、ホラーハウスに行ってみるか。2人専用とは言ってなかったし、1人でもおそらく入っていい所だろう。

 

 そうして向かったホラーハウス。

 

「…なんだこれ」

 

 入り口にはローブを被った伊井野がいた。それは良い。良いんだが。

 

『このアトラクションは不純異性交遊の場ではありません(風紀委員)』

 

 何この注意書き。しかもご丁寧に男と女別で分けてるし。

 

「いえ。ロッカーで2人きりに入った事を良い事に、不純異性交遊を致そうとする輩がいましたので」

 

「その結果これか」

 

 なんだろう。誰が取り締られたのか想像付きそうなんだけど。多分知ってる奴ら。

 

「あ、比企谷先輩。ども」

 

 部屋の奥から、小野寺が現れた。

 

「先輩も休憩中すか?」

 

「まぁな。やる事ねぇし、どうせ周るんなら知人が居るとこにしようかなって」

 

「…あ、そうだ。伊井野、後は私達がやっとくし、少しの間先輩と周って来たら?」

 

「えっ?だ、ダメだよ、私も仕事しなくちゃ…」

 

「でもあんた、文実の仕事とクラスの仕事で周ってないっしょ?ちょっと休憩するくらいなら誰も怒らないし、私もどっかで休憩するしさ」

 

 小野寺って実は良い奴なんだろうか。姉御体質というか、なんだか慕いたくなるような人柄だ。

 

「…ありがと。すぐ戻るから!」

 

「はいはい。行ってらっしゃい」

 

「先輩、行きましょう!」

 

「お、おう」

 

 こうして約束通り、伊井野と文化祭を周る事になった。誰かと文化祭を周るなんて生まれて初めてだ。

 

「どっか行きたいとことか決めてないのか?」

 

「私まだお昼ご飯済ませてないんですよね……あ」

 

 伊井野は何か閃いたように掌に拳をポンっと置く。

 

「比企谷先輩の所って確か、人が仮装する喫茶店なんですよね?私、そこに行きたいです」

 

「…別に良いが、割と並ぶぞ」

 

「いいんです。そこで」

 

 よく分からんが、そんなにコスプレ喫茶店に行きたかったのだろうか。もしかすれば、サブカル系の趣味を持つ伊井野からしたら、興味が惹かれる店だったのかも知れない。

 

 そうして、俺達はまずコスプレ喫茶に向かった。先程に比べて、少し人は減っていたが、それでも列に並ぶくらいの人気はあった。

 

「比企谷先輩は何の仕事をしてたんですか?コスプレ喫茶店」

 

「あー……なんか文実の仕事で忙しいだろうから無理してこっち来なくていいって言われて。なんか俺だけ仕事ないんだよ」

 

 本当は俺を仕事に入れる事でコスプレ喫茶店の評判を落としたくないという口実入りだが。俺としては仕事しなくていいし、別にいいんだけどな。俺がハブられるのはいつもの事だ。

 

「ふうん。そんなに文実の仕事忙しいわけでもないのに、変な話ですね」

 

「まぁ俺としては仕事したくない柄だから、いいんだけどな」

 

「悪い先輩ですね。ふふ」

 

 伊井野と話しているうちに、列が進んでいく。そして受付まで進むと、名前も知らないクラスメイトが俺の顔を見るなりあからさまに嫌そうな表情を向ける。そのまま空いてる席に着き、メニューを閲覧する。

 

「なんであの人あんなに嫌悪感丸出しだったんでしょう」

 

「さぁな。気分屋なんだろ」

 

 どう考えても俺に対してポインター当ててたけどね。

 

「比企谷先輩は何にしますか?」

 

「飯は食ったからな……コーヒーも飲んじまったし、今別に欲しいもんはねぇな」

 

「私はオムライスにします!」

 

「足りるのか?」

 

「…後でまだ食べ歩くつもりなので、とりあえずは」

 

 一体伊井野が食べたもんはどこに消えていってるのだろうか。

 

 それはさておき、頼む品は決まった。周りを見渡すと、丁度早坂と目が合う。

 しかし、何故か早坂はこちらを睨み付ける。え、俺なんかした?もしかして俺って客として来ちゃったらダメなやつ?

 

「先輩。早く呼びましょう?」

 

「あ、あぁ…」

 

 一方で、伊井野は終始機嫌が良い。昼飯にあり付けるからなのか、全く子どもみたいだ。

 なんだか早坂の様子が変なので、代わりに近くにいたクラスメイトに声を掛ける。一瞬嫌な顔をするが、すぐさま接客モードになる。そんなに俺の事が嫌いなんですかね。

 まぁ俺は大人なので、ツッコみたい気を我慢しながらオムライスを注文する。

 

「次はどこ行きましょうか…綿菓子、ワッフル、パンケーキ…」

 

「食い物ばっかかお前は」

 

 まだオムライス来てねぇのにもう次の食い物の事考えてんのかよ。食欲の秋っつっても限度あるだろ。こいつに季節関係ねぇか。

 

「…ん?」

 

 突然、ポケットに入れていたスマホが震える。取り出して画面を見ると、早坂からの通知だ。

 

『楽しそうだね』

 

 ただその一言だった。

 何のつもりなのかを問おうとして周りを見渡すが、早坂の姿が見えない。いない者を呼んでも仕方ないので、『普通だろ』と返信する。

 

「誰と連絡してるんですか?」

 

 スマホから顔を上げて、向かいの席にいる伊井野を見ると、先程とは一転して無表情になっている。気のせいかも知れないが、目を濁らせているように見える。

 

「早坂さん……じゃないですよね?」

 

 なんで分かるんだよ。まだ俺声すら発してないんだぞ。早坂のはの字すら言ってないのに。

 

「否定しないって事は、やっぱりそうなんですね」

 

 伊井野がこちらを捉える目は、先程よりもっと濁らせていく。

 

「私言いましたよね。あの人は比企谷先輩に悪影響を与えるかも知れないって。付き合いを考えた方が良いって」

 

「や、別にそんなに悪影響なんて与えられてないんだけど…」

 

「比企谷先輩。スマホ、貸してください」

 

「え?いや、なんで…」

 

「貸してください」

 

 伊井野の圧に押された俺は、先程ポケットに直したスマホを再び取り出す。伊井野は半ば奪うような形で、俺のスマホを回収する。

 

「私といる間は、没収ですから」

 

 俺のスマホが没収されてしまった。没収された理由も明確にされていないのに、なんだこの理不尽は。

 

「…休憩終わったら返せよ」

 

 とはいえ、別に今スマホはいらんし、没収されても何の問題もないけど。それにしても、ちょっと酷すぎやしませんかね。

 

「お待たせしました。オムライスでございます」

 

 伊井野が頼んだオムライスがやってきた。伊井野は手を合掌させ、「いただきます」とちゃんと声に出して、オムライスを食べ始める。そんな彼女を、俺は頬杖を突いて見ている。

 先程の泣く子も黙るような無表情から一転。バクバクとオムライスを食べている。なんだか、ローブ姿でバカみたいに食べていると、さながら暴食の魔女という二つ名が付きそうだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

 ほんの数分でオムライスを完食させた伊井野。食べる速さ化け物かよ。いつか「カレーは飲み物じゃないんですか?」とか言いそう。言ってる事がデブ過ぎる。

 

「次のお店行きましょう、比企谷先輩っ」

 

「…おう」

 

 伊井野に連れられた俺は気づけなかった。厨房の中から、冷たく、濁り切った瞳でこちらを見ている彼女に。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 しばらくの間、伊井野の食い歩きに付き合った俺。伊井野は「そろそろ仕事に戻らないと」と言って、ホラーハウスの方に戻って行った。

 因みに去り際にスマホを返してもらったが、「私の居ない所で早坂さんと話さないでくださいね」と、冷たい声色でそう言い残して行った。

 

 単純に早坂が嫌いなのか、はたまた別の理由なのか…。後者の場合、俺に関係ある事だ。

 

 それに、問題は伊井野だけじゃない。

 

 先程の早坂の様子も明らかにおかしかった。最初に出会った時は、普段と変わりない様子だったのだが。2回目に訪れた時は冷たい目でこちらを睨んでいた。だけでなく、ラインで『楽しそうだね』と短文で送って来た。

 

 何が引き金となって早坂がおかしくなったのかは分からない。女性特有の日であるにしても、なんだかチグハグだ。

 

 …やめよう。ウダウダ考えても、分からんもんは分からん。

 伊井野が仕事に戻って1人になったし、俺もそろそろ仕事再開するかね。見回りの。

 

「比企谷くん」

 

 歩みを始めようとした右足を止めて、俺は背後から声を掛けた人物の方に振り返る。そこには、メイド姿の早坂が。

 依然、彼女の表情は無機質なもので、不気味とすら思えてしまう。

 

「あの子はどうしたの?一緒に楽しそうにしてた風紀委員の子」

 

「…仕事に戻った。つか、お前は何してんだよ」

 

「私は休憩。だから少しの間、周ろうかなって思ったんだけど。…ねぇ、比企谷くん」

 

 更に彼女は距離を詰めて来て、開き切った瞳孔で俺を少し見上げる。

 

「私と周ってよ」

 

 誘い、と言えば可愛いものだ。だが、これはそんな生易しいものじゃない。「断ることが出来ると思ってんのか」みたいな意味を孕んでいそうだ。

 

「あの風紀委員の子と周ったのに私じゃダメなんて事、無いよね?」

 

 ぐうの音も出ない。伊井野と周ったのに早坂とは周らないと言えば、確実に意味が出る。

 

「…どうせまた見回りだし、少しの間ならな」

 

「それなら良かった。じゃ、早速行きたい所があるんだけど」

 

「どこだ」

 

「ホラーハウス」

 

 早坂の周りたい店の1発目は、ホラーハウスだと言い出す。

 普通なら、飲食店を先に言い出しそうなものだが。初っ端からホラーハウスと言い出す辺り、まさかとは思うが…。

 

「…や、でもあそこ男女別れて入るんだぞ?俺いらんだろ」

 

 とはいえ、それ以前に男女で一緒に入るのは不可能だ。どっかのバカップルがやらかしたせいで、伊井野の風紀委員の力が動いたからだ。

 

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと待ってて。教室に戻るから」

 

「?おう」

 

 教室に戻ってどうするというのだろうか。

 まさか四宮を連れて来て、副会長権限で男女一緒に入らせるように伊井野に訴えるとか。

 …無いな。そのためだけに四宮を連れ出したりしないだろうし、わざわざ四宮がそれを許可するとは思えない。

 

 少しの間、廊下の壁にもたれながら彼女を待っていると。

 

「お待たせ」

 

「…何しに教室に……」

 

 早坂が戻ったので、視線をそちらに移した。そこにいたのは、執事服を着用し、眼鏡を掛けた黒髪のイケメンだった。

 

「…どちら様でしょうか?」

 

「私だよ、早坂愛。いや、この姿じゃハーサカ、かな」

 

「それ、つまり…」

 

男装だね」

 

 なんと目の前にいたイケメンは、男装した早坂だった。声を掛けられなければ、早坂かどうか分からないほどのクオリティの高さ。

 

「なんでそんなもん持ってんだよ…」

 

「元は書紀ちゃんが家に来た時の対応策。学校じゃそこそこ書紀ちゃんと絡みがあるからね。書紀ちゃんが家に来た時、メイド姿だったらかぐや様との関係がバレるかも知れないから」

 

「…なるほどな…」

 

「因みに、この時の私はハーバード大学飛び級の天才道楽で執事やってる泣き虫僕っ子戦争孤児って設定だから」

 

「何その無駄に多いオプションは」

 

 絶対そのキャラ作りちょっと楽しんじゃってるだろ。

 

「この格好なら、僕達一緒に入れるよね」

 

「いや、まぁそうなんだが…」

 

 ていうか、ナチュラルに"僕"って言ってるこいつ。

 

「さ、行こ」

 

 男装バージョンのハーサカ、もとい早坂と共にホラーハウスに向かった。受付には、伊井野がいた。

 

「あ、比企谷先輩っ!…と…」

 

「僕はハーサカ。比企谷くんの友達だよ」

 

「友達…ですか」

 

 伊井野は怪訝な表情で早坂を見る。

 

「…なんだか声が早坂さんに似てる気がしますけど。それに名前も」

 

「世の中、似た名前や似た声がいるからね」

 

「…まぁいいですけど。じゃあ、奥へと進んでください。こばちゃんが案内するので」

 

 まさかのセーフ。声色を変えたとはいえ、早坂は女子だ。鋭い奴なら見抜けそうな気もしたが、早坂の演技力が一枚上手だったか。

 暗闇の中に進むと、ローブを被った大仏が懐中電灯を持って現れた。

 

「…先輩ってもしかしてソッチ系ですか?」

 

「何を考えてるか知らんけど多分違う」

 

「そうですか」

 

 大仏は何も疑わず、俺達をどこかへと誘導していく。誘導しながら、彼女は語り始めた。

 

『チョキ子さんはね…少し歪な形の耳をしていたの。だからね、綺麗な耳をしてる子が羨ましくて羨ましくて仕方がなかった。私もあんな耳だったらな。あの耳が欲しい。…欲しい欲しい欲しい

 

 大仏の声が徐々に上がり、そして。

 

ねえ。その耳ちょうだい?

 

「…そうして、チョキ子さんは綺麗な耳の人を見ると、ハサミで耳をチョキチョキするようになったの」

 

 簡潔に終えた大仏の語りだが、なかなか凝った内容ではある。そのうち、ハサミを持ったローブの奴でも現れるんだろうか。

 

「こ、怖いよぉ…」

 

「…何しとんだ」

 

 早坂は涙目で、俺の腕にしがみつく。

 

「僕の耳もチョキチョキされたら、どうしよう…」

 

「俺は今のお前の演技が上手すぎて怖いんだけど」

 

 オファーが来てもおかしく無いレベル。今まで仮面を着けて演じていたのが普通だったからか、演技が抜群に上手い。

 そんな彼女に敬服すると、どこからともなくハサミで何かを切るSEが聴こえてくる。

 

「この音は、チョキ子さん……2人はこのロッカーに隠れてください!」

 

「いや、別々でも…」

 

「怖いよぉ…」

 

 このクソが。ここぞとばかりに泣き虫を演じやがって。泣き虫っつーか怖がりだろ。

 

「いいから早く!それと、隠れたらこのヘッドホンとアイマスクをお持ち下さい!」

 

 俺達は強引に大仏にロッカーの中にぶち込まれた。

 密室の中、男装とはいえ早坂と2人きりとか危な過ぎる。チョキ子さんより危ないから。今の状況。

 

「さっさとアイマスクとヘッドホンを…」

 

「比企谷くん」

 

 大仏から渡されたアイマスクとヘッドホンを着けようとするが、それは敵わなかった。目の前にいる早坂が、俺に抱きついて来たのだから。しかも、俺の両腕ごと。

 

「何のために、あの子に優しくするの?」

 

「は、はぁ?」

 

 おそらくだが、早坂の言う"あの子"とは伊井野の事だろう。このホラーハウスを1発目に選んだのも、伊井野に関係する事だと察する事が出来る。

 

「君が周りの人間に優しいのは知ってる。でも私から見たら、あの子に対しては過保護のように見える」

 

「別に、そんな事は…」

 

「あるよ。君は彼女が困れば助けるし、彼女の言う事を断らない。仕方ないとか言って、彼女を助けてる。一方で、そんな君に優しくされた彼女は依存していってる。そのうち、君が居ないと何も出来なくなる」

 

 早坂の言う事は的を得ている。

 今日の文化祭を周るという誘いを受けたし、彼女の家政婦が突然休みになったからって夕食に誘った。

 

 思い返してみれば、伊井野に対して過保護になってる自分がいる。

 

「今の君達の関係、教えてあげる。それは」

 

 早坂が俺の耳元で囁いたその言葉は。

 

「共依存」

 

「っ!」

 

 早坂のその言葉は、十分に核心を突く一言だった。

 

「彼女が依存してるのは多分気が付いてるよね。でも、君も依存してる彼女に依存している。"自分がもし彼女を否定したら、彼女は本当に心を病むんじゃないか"って、そんなところかな」

 

 返せない。早坂の言葉に、何も言い返せない。

 

「その優しさって、実は嘘で醜い歪なものなんじゃないかな」

 

「嘘…?」

 

「そう。"彼女に優しくしたい"じゃなくて、"彼女に優しくしなければ"って思ってる。まるで使命感に縛られたみたいに。自分の意思が、最初から無いように」

 

「…そんなわけ…」

 

「無いって言い切れる?使命感0で、善意100だって言い切れる?」

 

 …違う。使命感も善意も何もない。

 俺が誰かに優しくするのは、俺のためだ。俺が楽するため、俺に面倒事が降り掛からないために動いてるだけだ。

 

 なのに、それを言葉にして返せない。無意識に、早坂の言う事が合っているのでは無いかと、受け入れてしまっている。

 

「…まぁ誰かに優しくする事は悪い事じゃないよ。使命だろうが善意だろうがね。私は君のそういうところが好き。彼女が比企谷くんに甘えてしまうのも、分からないではない。…でも」

 

「?」

 

「私は彼女が気に入らない」

 

 冷たくそう言い放った早坂の言葉には、憎しみさえも込められているような気がした。

 

「無償の愛を貰える彼女が気に入らない」

 

「はや、さか…」

 

「…今言った事は私の独り言だと思って、忘れてもらっていいから。それじゃ、出よっか」

 

「え…?」

 

「お帰りはこちらでーす」

 

 外から小野寺の声がする。どうやら、ロッカーの中にいる人全員に声を掛けているようだ。早坂はロッカーを開けて、先に出て行く。

 

「戻ろうよ、比企谷くん」

 

「…あぁ」

 

 俺もロッカーから出て、出口を目指して歩いて行く。ホラーハウスから出て行くと、先程まで真っ暗だったせいか、外が明る過ぎるように見えてしまう。

 

「…ありがと、比企谷くん。楽しかったよ。じゃ、私は仕事に戻るから。比企谷くんも、仕事頑張ってね」

 

「…あぁ」

 

 早坂はそう言って、目の前から去って行く。

 彼女の言葉が脳裏から離れないまま、俺は文実の仕事に取り掛かった。

 

 



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秀知院は文化祭③

 

 昨日の早坂の言葉が引っかかったまま、文化祭最終日を迎えた。しかし、そんな最終日に事件が起きた。

 秀知院にバカみたいに飾っていたハートの風船が、1つ残らず消えているのだ。その事態に周りはどよめいていた。

 

 すぐに秀知院の廊下に記事となって貼り出されて、詳細を確認しようとする者が多かった。無論、俺もその1人。

 

 概要はこうだ。

 

 昨夜から朝方までの間に飾り付けに使われていたハートが全て消えていた。各教室は施錠もされておらず、警備員の人間が巡回していたものの、忍び込みさえすれば誰でも犯行は可能だった。

 ハートが消えた代わりに、律儀に替わりの風船と予告状が置かれていた。予告状の差出人は、怪盗アルセーヌ。

 

 フランスの小説家、モーリス・ルブランが作成した小説の中の登場人物、怪盗アルセーヌ・ルパンを準えているのだろう。

 そんな豆知識はさておき、犯人は誰かという事だが。

 

 いくつかこの事態に疑問がある。

 まず、風船を狙う理由だ。風船なんて取られても大した害はないが、学校の見栄えが落ちる。ただ文化祭を妨害したいのなら、何も風船を狙う必要性はない。

 

 次に、何故()()()()の風船が狙われたのか。丸い風船や様々な風船は残されているのに、ハート型の風船だけが消えていた。犯人が何故ハート型の風船を狙ったのか。

 

 最後に、予告状だ。わざわざご丁寧に予告状を書き残して行く意味が分からない。予告状なんて足が着きそうな物を残せば、筆跡やら何やらで鑑定して、犯人に辿り着いてしまう。

 俺ならそんな間抜けな真似はしない。盗むなら盗んで消えるだけだ。わざわざ予告状を残す必要がない。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

 昨日に引き続き、学内の見回りをしていると、小町と圭がやって来た。

 

「八にぃ、この騒ぎはなんなの?」

 

「傍迷惑な怪盗が飾り付けで使われていたハート型の風船を盗んだんだと」

 

「えっ何それ。お兄ちゃんの学校ってなんでそんなエンターテイメントなとこなの?」

 

「知らん。まぁ文化祭自体は恙無く行われているから、それほど大事じゃないんだろうけど」

 

「にしても、なんでハート型の風船?盗んだ人ってキャピキャピしてそうな人なのかな」

 

 妨害目当てで盗むにしては、ハートである意味がない。ハートである意味があるから、犯人は盗んだんだろう。

 

「ハートって言えば、秀知院にはこんな伝説があるよ。奉心祭でハートの贈り物をすると、永遠の愛が齎されるって」

 

「すっごいロマンチック!」

 

「何そのフィクションの中でしか無さそうなジンクス」

 

 しかし、ハートの贈り物が永遠の愛を齎す、か…。

 もしかすれば、犯人がハート型の風船を狙ったのは、誰かにそれを贈りたいからなのではないか。大量のハート型の風船を贈り、伝える事が目的なのではないか。

 

 つまり、怪盗アルセーヌ(仮)は誰かに恋してるやつだと言う事だ。

 

「…お兄ちゃんにはそういうの興味無いだろうね」

 

「当たり前だ。そんなんで愛を伝えられるなら、今すぐ小町に贈るっつの」

 

「わーありがとー。小町もお兄ちゃんに渡せたらいいのになー」

 

 棒読みやめて?お兄ちゃん惨めに思えて来ちゃうから。

 

「…まぁあれだ。文化祭自体はちゃんとやってるから、ゆっくり楽しむといい。夜になれば、後夜祭的なやつでキャンプファイヤーやるし」

 

「本当!?楽しみだなぁ〜!」

 

「じゃ、俺は仕事に戻るから」

 

 俺は見回りを再開し、適当に歩き始めようとすると。

 

「ま、待って、八にぃ!」

 

 背後から、圭に服の裾を掴まれる。

 

「八にぃも、一緒に周ろう?見た感じ、見回りの仕事なんでしょ?」

 

「いや、そうだけど…」

 

 しかし、彼女は引かない。むしろ掴む力を強くして、こちらを見つめる。

 …まぁ、少しくらいならいいか。

 

「…分かったよ。ただ、俺も文実の仕事がある。周るとしても2箇所程度だ。それで良いか?」

 

「うんっ!」

 

 そんなわけで、小町と圭と共に文化祭を周る事にした。

 怪盗アルセーヌの件は、また後にしよう。別に俺が動かなきゃならない案件じゃないし。

 

「で、どこ周りたいんだ?」

 

「んー…」

 

 と、彼女達はパンフレットを開きながら最初にどこに行くかを話し合っている。そんな最中、俺は廊下に貼られた記事に目をやる。怪盗の記事ではなく、生徒会長の白銀が何かを語る記事だ。

 

『男らしくいく』

 

「…何だそれ」

 

 一体どこで男らしさを出すんだよ。普段からチキンの奴がよくもまぁカッコいい事を言うよな。

 そんな事言ってないで、さっさと四宮に告ってしまえ。文化祭にはロマンチック(笑)なジンクスがあるんだし、さっさとハートでも渡して…。

 

「…!」

 

 ちょっと待て。さっきの白銀の記事に、何か引っかかる。

 

 「男らしく」と意味深に語る白銀。その男らしさが一体何を示しているのかは分からない。それは記事にした連中も同じく思っている事だ。

 

 この文化祭で「男らしく」ってのは……。

 

「…ハートを渡す事?」

 

 例えば、白銀が四宮にハートを渡す。奉心祭の伝説に白銀が便乗しようとするなら。