アラサーエリちとお姉ちゃん大好き妹亜里沙 (のののえみ)
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そして絢瀬絵里は流浪の民となる

殺伐としない、原作のキャラが活躍するが至上命題な作品です。


 本日のメニューの栄養価には自信がある――珍しく、レシピサイトを参考にしてみたので。

 普段なら絶対にしないけれども、帰りが遅くなった妹に栄養をつけさせようと姉の親心みたいな。

 

 妹の想定よりも豪華な食事だったんだと思う――嬉しそうに微笑んでみせたけれども、少し引きつったような笑みにも見えた。

 時間的に食事をしてきたのかと不安になったけれども、料理を作る前に夕食は食べて来るか来ないかを聞いて、食べてこないとが来たから、私は妹を信じる。

 

 たとえ思い違いでも、妹を信じない姉に価値などない――同意をするのはシスコン連中ばかり。

 

 妹にばかり食べさせるのも悪い。

 自らも食したけれど、なるほど確かに料理サイトにて高評価であるから、自分なんぞが作っても美味しい。

 

 アレンジは加えてるけども、絢瀬姉妹にかなう味に調整しただけで、大まかなものはレシピのまま。

 

 調整が難しいと料理が苦手なメンバーは言うけれども「自分の食べたい味にすればいいでしょう?」と、反論すれば、宇宙人を見るような目をする。

 

 腑に落ちないながらも、食べたいものを作れば自分にとって美味しいものができるんじゃないの? と呟けば、さらにみんなが私を宇宙人扱い――なぜだか疑問。

 

 食事をする妹が嬉しそうにしているし、和やかな表情も浮かべている。

 時折思い出すように曇った表情をするのは気のせいだと信じたい。

 

 このような癒しの時間は、定職にはついていないけれども、家事手伝い(笑)絢瀬絵里のモチベーションに関わる。

 

 高校時代にμ'sのメンバーとして輝かしい活躍をした――今になって思えば、すごいメンバーについて行き、たまたま一員だったからこそ、もてはやされたと。

 

 事実、高校を卒業した同じグループのメンバーは輝かしい活躍をしている――ついで扱いになるけど、μ'sに憧れてスクールアイドルをやり始めたAqoursもまた、高校卒業後に輝かしい活躍をしている。

 

 つまり輝かしい活躍をしていないのは私一人で、大学を卒業していきなり能力が低くなるわけがなく――元から能力が低かったと考えるのが適切なんじゃないかと。

 

 でも、能力が低いのは利点もある―μ'sのメンバーや、Aqoursのみんなから「ちょっと働いてくれません?」的に頼まれ事をすれば「お給料を弾んでくれれば行く」とホイホイと働きに出る。

 

 「その道のプロには及ばないけど、アゴで使うなら適切」と抜群の評価を頂き、使いやすい人材として評判。

 

 何をやらせてもそれなりにできる能力は随分と役に立たせてもらった。

 後輩にまで顎で使われてしまわれるのは不本意だけれども、誰かの役に立つならば僥倖。

 

 仕事を恵んでもらえていない時には、妹の世話をしたり、知人らに頼まれて「主婦」のマネごとをする。

 

 お手伝いさんなどいくらでも呼べるのに、有名タレントの凛ときたら「お手伝いさんを雇うとお金を支払わなくちゃいけないじゃない、だったら、それなりの仕事でもいいから絵里ちゃんに頼んだ方がいいと思って」と。

 

 同じような発言はことりにもされている「デザインをしている関係上、アイデアを盗まれたり、動かしてはいけないものを動かされたりすると困るから、絵里ちゃんなら自分のことを全部わかってるし、アイデアを盗んだところで活用できないから」と、抜群の評価。

 

 この二人は有名人だし、数えるのが馬鹿らしいほどお金を稼いでいるから、お小遣いとしてお金をいただける。

 

 そうなればやっぱり「都合のいい駒扱いされてるのではないか」との考えは見事に吹っ飛ぶ。

 姉が都合のいい駒扱いをされていようとも、妹の学費や食費に賄われるのであれば、私の扱いはコマで十分。

 

 

「お姉ちゃんに言わないといけないことがあって」

 

 亜里沙は穂むらの店員――破格の扱いを受けているとの噂もある。

 妹が職場にいる日は売上が跳ね上がるそうなので、さすがは我が妹、立っているだけで客引きになると、姉としても鼻高々。

 

 可愛らしさは姉と比ぶるべくもなく、癒し系としての素質は誰しもが認めるところ。

 いつも癒されているが故に闘争心が失われ絢瀬絵里は定職に就けなくなった――との、悪評もあるけれど。

 それは妹が悪いんじゃなくて、働く気のない姉が悪いので――もしも妹が悪いと結論つけようものならば、姉の拳が頬に叩き込まれるのでよろしく。

 

「お付き合いしている人がいるの」

 

 飲んでいたお茶が変なところに行った――思わず咳き込み、悶絶するほど苦しい。

 

 もちろん歓迎してないわけじゃない――むしろ歓迎している。

 姉に縁がないのは仕方ないとしても、妹は天使のように可愛いから、引く手数多である。

 姉がロクに付き合った経験がないから遠慮している――との評判が聞かれた際には、お付き合いしている人がいたらちゃんと報告しなさいと、言ったものだ。

 

 シスコン仲間のダイヤちゃんには「妹にそのようなことを言うなんて、絵里さんは姉として立派ですわ」と、彼女もまたルビィちゃんに「お付き合いをされ……」と、同じことを言おうとした。

 

 何度も何度も告げようとしたけれども、そこから先の言葉が出てこず、無理に口にしようとしたものだから、食べたものを戻しそうになってしまい――

 

 戻しそうになったものが気管に詰まり、危うく死にかけた――今となっては笑い話だけれども、自分がよもや同じような体験をしようとは――これぞまさに因果応報。

 

「結婚を前提にお付き合いしてるの」

 

 姉は咳き込むの落ち着かせようと水を飲み――見計らったわけではないだろうけど、妹は抜群のタイミングで爆弾発言をした。

 もちろんそのような相手がいれば、付き合うが長くなるに従って、結婚も選択に上がってくる。

 

 自分にそれような経験がないものだから想像でしかないし、仲間内で誰かと付き合った経験があるという人間がいないものだから、誰かの経験則ですらないけれども。

 

 妹が考えるのであれば、姉はもちろん歓迎しなければいけない。

 姉妹がこうして同居しているのは私のわがままでもある。

 両親との関係は良好、年老いたら自分も面倒を見なければいけない、妹には出来るだけ負担をかけないようにしたい。

 

 世話になるつもりはないと両親は言っているけれども、お世話しないつもりなど娘にはない。

 なので妹にはしたいようにしてほしい。

 もちろん自分といたいなら、歓迎するけれども。

 

「あなたが選んだ人だもの、もちろん歓迎するわ」

「ありがとうお姉ちゃん――それでね、生活費とか、いつか式を挙げるための資金とか、節約していかなければいけないの」

「未来のことをきちんと考えている人なのね――ますます歓迎したくなってしまうわ」

「あのね――彼の家に同居っていう話になってるんだけど」

 

 自分の顔色がどんどん悪くなって行ってやしないかと――お付き合いしている人がいますと告げられるのは予測してたのよ。

 でも、同居するつもりなの、結婚を前提にお付き合いしてるの――過程をすっ飛ばされるとは思わなかった。

 

 妹が突拍子もない行動をするのは――自分にもそういうところがあるから、突き詰めると自分の首を絞めるだけ。

 とはいえ、同居するのは、お付き合いした結果みたいな、愛の結晶みたいな――ことも結果としてあるわけで。

 

「二人で暮らしていくつもりなの」

「そういうことになるね」

「……生活はしていける? あなたにも仕事がある、恋人さんにも仕事があるかもしれない、今のようには行かないけれど」

「覚悟の上だよ」

「……あなたが決めたのなら、もちろん歓迎するわ――でも、ひとつだけわがままを言わせてくれないかしら」

 

 妹が誰かと付き合うならば――と、前々から考えていたことでもある。

 それは――彼女の生活を優先させて欲しいと。

 

 同居するのは想定内――発表されたのが唐突だったっていうだけで、そう言われたらこう言おうとは前々から考えていた。

 

 彼の仕事先が彼の住んでいるところから近いと言うのであれば、もちろん妹にも考えてもらうけれど、もしもそうでないのならば、彼のほうがこの家に来て欲しいと。

 

「お姉ちゃんはどうするつもりなの?」

「旅に出ることにするわ」

 

 逃避行に出ようというわけじゃない、義理の姉になる人間の住んでいるところなどゴメンだと言われたら土下座する他ない――

 旅とは言っているけれども、知り合いに「軒先でもいいから貸して」と土下座行脚する他なく、働けと言われれば「はいよろこんで~」と言うしかない、お願いする以上、私の人権は風の前の塵。

 

 が、自分たちが同居することで姉の人権が塵になると言えば、妹だって「塵にするわけには行かない」と言うだろうし、言われないのであれば姉が悪い。

 

 食事を進行しつつも、多くの友人たちの顔を想像しながら、亜里沙が信用していて軒先を貸してくれそうな聖人に「どうやって頼み込もう」と考える絢瀬絵里でした――。

 



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そして絢瀬絵里は過去語りをする

 津々浦々の飲み屋を飲み会と称しては襲撃し、これ以上は食材がなくなってしまいます――と、責任者のかたの悲鳴じみた声を聞く。

 凛から「無駄飯食いな上に大食い」と言われて気がついた。

 ――なるほど私はよく食べる。

 

 そんな私よりも食欲があるのは綺羅ツバサで、飲み会を開けば店の食材をあらかた平らげてしまう。

 以前は常軌を逸した量を食べてはいなかったけれども、大食い勝負で私に負けたことがあって――

 

 絢瀬絵里に負けたのがたいそう悔しかったらしく、私を連れ出しては「こんなに食べるのよ」と上目遣いでアピール。

 とある出来事の結果、暇があればこうして飲み会へと連れ出される。

 

 芸能界でもトップを走っていたA-RISEのリーダーとして活躍をしてきたものの、唐突に「結婚するからアイドルやめるわ」とあんじゅの離反に遭ってしまう。

 

 ツバサの良き理解者でもあった英玲奈(シスコン)が「妹がスクールアイドルをしたいと言うのでアイドルやめる」と、これまた裏切りイベントが起こってしまった。

 

 以降は芸能活動を縮小し、暇を見つけては「ちょっと付き合いなさい」と私を襲撃し、トップアイドルと金髪の組み合わせで、全国各地の飲み屋を襲ってきた。

 売上に貢献したけれども、様々な悪評もされているはず。

 

 ゆえに、ツバサと飲み屋に行けば「トップアイドルの方はお断りしています」と先んじて対応されてしまう。

 

 今はトップアイドルじゃないんでと言えば「金髪のかたはお断りしているので」と、カンペ読まれちゃう――対応が全国各地に広まっている、鬼か。

 

 髪の毛を黒く染めろと命令されるのではと恐怖したけど、ツバサに言ってみたら「あなたの唯一のアイデンティティを無くしたら、あんまりにもかわいそうじゃない」と、同情されてしまった――罵倒されている気がするのはなぜ?

 

 飲み屋イベントが回避されたけども、ツバサは暇と金を持て余していて。

 知恵を絞って「誰かの迷惑にならない飲み会イベントを起こそう」と。

 

 誰の迷惑にもならない飲み会があるものか――

 とツッコむべきか。

 迷惑をかけているとの自覚はあったのか――

 と、指摘をするべきか。

 

 芸能界のトップしか住めないっていうタワーマンションにお呼ばれ。

 ツバサの食事の世話をしながら「誰にも迷惑をかけない飲み会」の企画づくり。

 

 迷惑をかけることになった桜内梨子ちゃんや、Aqoursの皆様にはお詫び申し上げたい――全ては私の不徳の致すところ。

 トップアイドルが無茶ぶりをした結果だと周囲に吹聴などしないように。

 私なんぞの悪口はいくらでも吹聴して貰いたい、褒められるよりも慣れている。

 

 ツバサはトップアイドルの立場に興味がないので、足を引っ張るような人間にも「引きずり落とされるようだったらしょうがない」と男前な対応をされる。

 

 あくまでも自分の頑張った結果がトップアイドルでしかなかった。

 ゆえに、足を引っ張られた結果、不評が伴うなら努力不足だと認識する。

 

 溢れんばかりの才能があれば下など見なくても良いのか。

 それとも、足を引っ張る人を蹴り落とせば良いと王者の風格漂うゆえか。

 

 これが才能の違い――や、立場の違いってものかなと。

 ちょっとネガティブになった瞬間、ツバサが辛気臭い顔をするなと殴りかかってきた。

 

 テレビの企画でパンチングマシーンを殴りつけた時、とんでもない結果を出し、お蔵入りになったとか。

 英玲奈が疲れた表情で語っていたから、徒労に終わった企画に同席したのでしょう。

 

 絢瀬絵里をKOせんパンチは叩き込まれないけど、押し倒し、関節を決め逆らえない。

 

 「変なことを考えるくらいなら目の前の事に集中しなさい」と言われ。

 「そうね」と応じるしかなかった――

 

 逆らえない状況で逆らうほど、絢瀬絵里は叛逆精神豊かではない。

 武士は食わねど高楊枝、私はプライドを捨ててもご飯が食べたい。

 

 

 で、食事の折、ツバサの出した結論は――「知り合いに店を経営させればいいんだ」

 

 絢瀬絵里に店をさせると言われるかと思いきや「それじゃ、あなたを好きに連れ出せない」

 「そう言えば梨子さんがお店をやりたいと言っていた」

 トントン拍子に外堀を埋められた梨子ちゃんは、イエスとしか言えない状況で「お店やらない?」と言われ、同席した私の顔を穴が開くほど鋭く見つめた。

 

 「そんなに熱を帯びた視線で観られると照れるわね」と言うしかなく、梨子ちゃんも逆襲の一手「その人にたまに手伝ってもらう」により、たまに生殺与奪を彼女に握られて仕事する。

 

 同席して失言をした私が「たまに店を手伝い」するのは当然と言える――

 

 

 バーの話だけど、内装やデザインは美術部出身の彼女のセンスに由来した雰囲気の良さを保っている。

 かかっているBGMも耳になじむもので、決して食事の邪魔にはならない。

 

 だけれども度々私の知人で貸切になれば、雰囲気はガラリと変わる。

 まさに銃弾が飛び交う戦場、次から次へと提供される料理、及び酒。

 やまない愚痴、酒を飲むとなれば仕方がないにせよ、基本ノンストップ。

 

 料理や給仕をする店員は、目まぐるしく働く――用意された食材を食べつくす勢いは止まらず、酒を飲む勢いは上がるばかり。

 

 食材もお酒もふんだんに用意されているのに――在庫管理してるスタッフの表情はいつだって不安げ。

 

 よく食べるメンバーが集結した時――ダイヤちゃんが「これだけの量があれば賄えるはずですわ」と胸を張っていう。

 とんでもない量を見て動物園のパンダの食事を思い出した――あやつは可愛い外見をして大食漢。

 黒澤家で給仕の仕事をしている方々に協力を頼み、僭越ながら私も参加、あ、スタッフとして。

 

 飲み会のさなかで食材の追加がなされた。

 スタッフ総出で開いている店に駆け込み、勢いよく確保していく。

 

 なお、最初は驚かれたけど、今はお店も手慣れたもので「在庫処理してくれる人たち」扱いしてる。

 戦場を彷彿とさせる飲み会が終わればスタッフに特別手当が与えられ、一端として参加しているから私にも。

 黒澤家のお嬢様は豪胆でいらっしゃる。

 

 報酬に小切手に好きな数字をと言われ「あ、それ、ドラマで見たことある!」

 と、反応し、数字を書いている途中で恐ろしくなった私は「何よりも特別な、ダイヤちゃんのハグをください」と逃げた。

 

 お給料とは別にダイヤちゃんのハグをいつも頂いています――

 ハグしたいために飲み会を開いている噂もあるけど、私は関知しない。



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そして絢瀬絵里は綺羅ツバサの世話になる

 前置きが長くなったけど、この場にいるメンバーを推測してくれたと思う。

 

 私に軒先を貸してくれそうな(果たしてタワーマンションの軒先とは一体どこだろうか)ツバサと、話し合いの現場を提供してくれた梨子ちゃん。

 

 先んじて梨子ちゃんには「何日間かただ働きしてくれたら」と言われ「考えさせてください」と応じた。

 

 友人連中に声をかけ、誰一人私の状況を不憫に思わず軒先を貸してくれなかったら、梨子ちゃんの奴隷となる所存。

 

 三食をまかなう貯金はある。

 働いた結果「仕方ない、彼女にお給料をあげよう」となるまで保てば幸い。

 

「なるほどね、亜里沙さんのために放浪か」

 

 笑われるかと思いきや、馬鹿にするでもなく理解を示してくれた。

 梨子ちゃんには「バカなんですか」と、言われたけれども、一言だけでお小言は終了。

 

 彼女が先んじて馬鹿にしたから、ツバサの追撃がなかったと思えば、梨子ちゃんの優しさを理解して頂けるかと。

 

 回りくどいのでは? と、おっしゃる方もいるかもしれない――とても残念なことに、私もそう思う。

 

「私物を売り払っているかと思えば、そんな事情か」

 

 放浪生活において生活資金と考えた私は、ダイヤちゃんに「私物を売りたいんだけど」とアドバイスを求めた。

 「言い値で支払いますわ」と言われたけれども、世界でトップのサッカー選手の年俸を言ったら「それくらいでいいんですか?」と返答され恐ろしくなる。

 

 もしも「それくらいでいい」と言ったら、ツバサの隣室に引っ越したかも。

 元A-RISEの二人からは何度も「綺羅ツバサの面倒を見なさい」と命令されたから。

 

 ダイヤちゃんから「オークションでも開いたらいかがですか」と言われたので「それは面白そう」と考えた私は、早速メッセージアプリで「私物を売り払うので、一口1000円からご参加ください」と知人にメッセージを飛ばした。

 

 誰一人反応がないと思いきや、真姫から「下着も売りさばくの?」と返信され、成人向けゲームに出演しているから、冗談半分で「下ネタ」を言ったと察し「使用済みだから高めで」と。

 

 そんなものいるかと、各人からお叱りを受けると思えば。

 真姫から「言い値で支払う」と反応がされ「ダイヤちゃんと通じてる」と判断し「メッシのお給料くらい支払ったらプレゼントする」

 と、絶対に冗談だと気が付くはず。

 

 いくら真姫が私にある程度好意的だからとはいえ、μ'sの他のメンバーとさして変わるわけじゃない。

 だから返答としては「メッシの年俸と同じだけの価値が、あなたの下着にあるわけないでしょ」と。

 

 冷静なツッコミは来ず「借金をすれば何とかなる」と、ガチめいた返答が来て、冗談なんだろうかと考えているさなか。

 海未から「分かりました、貯金がありますので支払います」とメッセージが届いた。 

 

 海未は大学へと進学し、穂乃果とウキウキなキャンパスライフを送ったらしい――ことりはデザインの道に進むため留学をしたので、幼なじみの未来は少しだけ分かれた。

 

 なんたら女学院のパリ校で素晴らしい成績を残してしばらく、ことりは日本に帰る。

 でも、高校時代のピュアピュアさが消失していた――何でも口の悪い友人の影響だとか。

 

 海未の話に戻るけど、大学生活を送る傍ら「作詞活動を始めた」

 アルバイトと同じくらい稼げればと言っていたし、私も「小銭稼ぎぐらいしかできないんじゃない?」と笑いながら言って、もしも困ったら自分が頑張ることに決めていた。

 

 ――が、とんでもない稼ぎを海未は片手間の作詞活動で入手。

 現在、園田道場で弟子に指導する一方、有名人の楽曲の作詞として名声がある。

 

 大金を絢瀬絵里の下着に提供できるのだから、貯金は日本の国家予算ほどあるのかも。

 

 

 少々話がずれてしまったけど、高給取りの物品買い占めが問題となり、限度額が設えられ――絢瀬絵里の私物は皆様に買い叩かれ――ただ、想定以上の利益を確保。

 

 真姫や海未には「機会があったら」と第二弾の開催を迫ってくる――軒先を貸してと言えば「それくらいなら」との返事も期待大かな。

 

 先約のツバサを優先したけれども、すげなく断られてしまえば、かれこれと事情を説明して、雨露をしのぐ場所を紹介してもらいたく。

 

 少なくとも世界のトッププレイヤーの年俸よりは負担が少なくて済むはず。

 代わりに下着をよこせと言われればまた考える。

 

「なるほどね、私に断られたら他のメンバーを頼る……か」

「背に腹は代えられないので、一番に頼んだってことで友情の印としていただきたく」

 

 アテがあるなら「だったらその人たちに頼めば?」と、反応残すのは当然。

 恩着せがましく「一番に頼んだ」と言ったけど、あんじゅや英玲奈から彼女の面倒を見るように頼まれたのも、一番にした要因である。

 

 その前から「頼むならツバサかな」と考えていたので、どちらにせよ最初に頼むのはツバサ、ってことに。

 

「別に広い家だから、一部分を提供するくらい構わないけど」

「ありがとうございます」

「条件があるわ」

 

 梨子ちゃんが酒を提供しつつ「うわぁ」と言いたげな表情を浮かべる。

 「とんでもないこと言われるんだろうな」「ご愁傷さま」と顔に書いてあるのが悲しい。

 

 考えれば、表情から思考が分かるほどの付き合いか。

 

 「九人組のスクールアイドルがいるから観に行こう」と誘われてからの付き合いなので、6年ほど交流を続けている。

 

 もっとも、梨子ちゃんはオトノキからの転入生ってことで、同じ高校の先輩がヤキを入れに来たと勘違いされてしまった。

 さらに、μ'sのメンバーなので千歌ちゃんたちが恐縮しまい、酒を酌み交わす関係になるとは予測もしなかった。

 

 何が起こるかわからないと言うけれども、わからなすぎでは? と神様にクレームを申し付けたい。

 申しつけても、取るに足らないとスルーされて終わるか。

 

「家庭教師を頼みたい」

「ん? 家庭教師は必要な知り合いがいるの?」

「今まで言ったことなかったけど、私には弟がいてね」

 

 綺羅ツバサときたら、A-RISEのリーダーとしてμ'sとラブライブ出場争い、そこで敗北したというのが「人生初の敗北」だった。

 何をやってもうまく行くと言っているし、私も「本当のことなんじゃないか」と思ってしまう。

 

 優秀な姉を持った故か、弟さんは大変だったようで、すこしズレた生き方をされてるとか。

 

「ズレたってどういうこと?」

 

 ズレなるものがどういうものか尋ねておきたい。

 

 筋骨隆々のマッチョマンが出てきて、あとはよろしくと言われても「よろしくできない」

 何を是正すればの話になっちゃう。

 

 言えばツバサも「筋骨隆々ではないけど、よろしくできない場合もある」と、苦笑いしながら、弟さんについて話し始めた。

 

 かなり流暢な感じで弟さんのプライベートを交えた話をする。

 もしかするのではないかと考えたけど、彼女がブラコンというと、心の中に嫌気がさすので断定はしないでおく。

 

「可愛い格好をさせていたら、ついに自分から女装するようになってね」

「……」

 

 梨子ちゃんと顔を突き合わせながら「ズレたのはツバサのせいでは」と考えたけれど、ここで反応をして「軒先を貸してやらない」と言われると困る。

 

「とりあえず目的は聞いておきましょうか」

「そうね、虹ヶ咲学園の入学――」

「……受験まであと何日だっけ」

「二週間あれば十分でしょ」

 

 新年明けてしばらく「恋人ができた」と、妹に告白をされ、あれよあれよという間に引っ越しの準備を終わらせ、恋人さんが女の子と見紛うばかりの可愛らしさで固まる。

 

 それでも姉として立派に挨拶が出来たと思っている――

 

 軒先を借りられれば平穏と考えたのに、女装癖のある男の娘を二週間で高校に入学できるレベルに指導せねばならない。

 

「ま、何とか頑張ってみますか、これからよろしく」

「交渉成立ね、梨子さん」

「はい?」

「お代は色をつけておくから、わかっているわね?」

「……色をつけてくれた値段次第ですかね」

 

 梨子ちゃんが両手をパーにしてツバサに見せると、彼女は「その二倍」と、よくわからない言葉をつぶやく。

 

 が、梨子ちゃんはうれしそうな表情で「ありがとう絵里ちゃん」と言ったから「どういたしまして?」と首を傾げながら応じた。



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そして絢瀬絵里は男の娘を見る(何日かぶり)

 性別不詳の存在を漫画やアニメで見た――なぜ、そんなのに触れたかは、真姫がちょっとした気の迷いからコスプレにハマり、そのままの勢いで声優としてデビューしたので。

 最初は慣れない世界ゆえ、仕事がなかったけれど、勉強と努力の末に名前を知られる活躍をした。

 

 年数経過で少々勢いが停止し、先輩の紹介から成人向けゲームに仕事の幅を広げる。

 以降どギツい下ネタが出るけれども、私にとっては大切な後輩である。

 ――や、μ'sのメンバーの中でも大切な後輩(仲間)であるし、彼女を私だけが特別に思っているんじゃないケド。

 

 さて、話が多少ずれてしまった。

 アニメに出始めた当初「絵里に出演作を見て欲しい」とお願いされ、暇を持て余してたから軽い調子で「渡された映像ソフト」をいただき、感想を言う時間が持たれた。

 

 彼女が成人向けゲームに仕事の幅を伸ばした今でも、同様に感想を言う時間が設けられているので、妹の目を盗み、こっそりと夜な夜な起き出してはプレイをし、真面目な調子で感想を告げる。

 

 そんなことをしているから、と、穂乃果やことりからは苦笑いされている。

 

  μ'sのメンバーとして活躍するみんなの様子は確認したい。

 

 その作業に時間を取られているから仕事がままならない、と、ツッコまれるけれども、貯金が限られてる以外は交流に妨げがない――みんなの潤滑油として、身を粉にしてこれからも働く所存。

 

 今の話題にあやかり、真姫が性別不詳の「男の娘」の役を演じた――どこからどう見たって女の子だし、中の人も女の子だし、一部分以外は完璧に女の子だ。

 そういう人は現実には存在しない――と、思っていた。

 

 けど、妹の恋人が「どこからどう見ても女の子」にしか見えなかった、でも、偶然に違いないと。

 

 なにせ、その存在が巷に溢れていれば、私だって男の娘が創作の産物とはならない――常識外れとネタにされるけど、普段から目にしていれば「男の娘もさして珍しいことはあるまい」と。

 

「確認するけど、妹の間違いではないのよね?」

「失礼ね」

「亜里沙と同じくらいの美少女なものだから」

「そういうのは早く言いなさい」

 

 妹の恋人も「妹と同じくらいの美少女ではあった」でも、性別は男性――確認をしないと、実は女性でしたとネタバラシをされ驚く事態になりかねない。

 

 私のシスコンとしての風評が広まっているのか、妹と同じくらい可愛いというと、自身を褒められたように――むしろ、自分が褒められるよりも嬉しそうな表情をしながら。

 

「雪菜――こちらは私の友人の絢瀬絵里、知っていると思うけどμ'sで活躍していた頃が全盛期のヤツよ」

 

 μ'sのメンバーとして活躍していたと、そこで言葉を切って欲しかった――ただ、事実なので、否定的な感情は湧いてくるけど、否定的な言葉までは出てこない。

 ツバサに「どっからどう見ても事実でしょ」と言われれば「そうよね」としか言いようがないし。

 

「よろしくお願いします――姉がわがままを言って申し訳ありません」

「礼儀正しいのね、ツバサも見習ったら?」

「礼節が必要な相手には、敬語の一つや二つくらいは使うわよ?」

 

 もちろん知っている――彼女の風評は、判を押したように優等生とされるし。

 

 今みたく尊厳もへったくれもなく罵倒するのは、距離の近い人間に限られる――や、英玲奈やあんじゅは罵倒されるのを見てないから、馬鹿にしやすいから馬鹿にしているのでは?

 

 近寄りがたくてクールな雰囲気よりも、笑われているくらいがちょうどいい。

 もちろん真面目にするときはするけれど、普段から四角四面に過ごしては息が詰まる。

 

 ――ケドも、私の影響を受けてしまったのか、海未が「高校時代とキャラが違うのでは?」と言われるようになってしまったのは……まあ、私が悪いので。

 

「わがままではないのよ、この人、家から追い出されてしまって、住むところがないと言うから住まわせてあげるの」

「そういうことなのでよろしくお願いします、家事全般は任せて」

「……ますます僕が料理をする機会がなくなってしまいますね」

 

 雪菜クンのセリフにツバサの表情が引きつった――機会がなくなったのは、ツバサが「料理をしないようなシチュエーションを作り上げた」に他ならない。

 つまりは「料理をさせてはならない人材であり」「作り上げられたものは、凛や理亞ちゃんのケミカルクッキング」と同レベルの惨物であると。

 

 話題に出したので、鹿角姉妹についても触れとく。

 

 まず、妹とAqoursの三年生組は同学年で、ラブライブ優勝を争った関係でもある――ただ、SaintSnowは予選敗退。

 

 姉妹で出る最後のラブライブ予選ということで、緊張もプレッシャーもあったのか、理亞ちゃんらしからぬミスをしてしまい、予選で敗退した。

 姉の聖良ちゃんも「妹をフォローすることができませんでした」と悔やむコメントをしている。

 

 以降は個人でスクールアイドル活動を続け、Aqoursの二年生組、一年生組双方が出場し優勝した折りに、個人ながら準優勝と昨年の借りを返した。

 

 そして、Aqours一年生組がまたしても静岡県代表としてラブライブに出場した翌年、鹿角理亞は誰も寄せ付けないほどの最高のパフォーマンスを発揮し、たった一人でラブライブに優勝する活躍を見せた。

 

 高校時代に頑張りすぎてしまったせいか、以降は燃え尽き症候群に至り、いまもなお、家でのんびりと過ごしている。

 たまに顔を見に行っては、料理を振る舞う、聖良ちゃんにもお礼を言われる。

 

 みんながみんなこのままじゃいけないって分かっているけど、人の気持ちの問題は、他人がとやかく言ったところで解決できるわけじゃない。

 本人が苦しいと感じているのであれば、周りは苦しくないと追い込むのではなく、痛みや苦しみを共有するだけ。

 

 それに、聖良ちゃんも妹の世話を好きでやっている――仕事にも差し支えがない範囲で、そうそう、恋人ができた話も聞く。

 

 「姉さまが休日におめかしして出かけるのを見てるのが楽しくて」とは理亞ちゃんのセリフだ――彼女自身の料理の腕前がとんでもないので、聖良ちゃんが羽を伸ばしたいタイミングを見計らって、Aqoursのメンバー(主に三年生組)や僭越ながら私も協力をしている。

 

 ルビィちゃんも協力したいと願い出てくれたけど 、今のところは「お世話をしている方の手間が増えてしまうので」ダイヤちゃんが「人の世話をする前に自分のことをできるようになりなさい」と、厳しい口調で言った――良い人を見つけなさいとは言えなかったけれども、姉として妹をたしなめる台詞はきちんと言えた。

 

「ひとまず今は受験勉強に集中してちょうだい、あなたがきちんと高校に入ってくれないと、お姉さまに殴られてしまうわ」

「はい、合格できるとは思いますが、何が起こるかわからないのでサポートをお願いします」

 

 会話をしていると、とても礼儀正しい女の子だと認識してしまうのが辛い。

 挙動も、態度も、あらゆる要素が美少女にしか見えない。

 なぜナチュラルにスカート、フリフリの付いたカットソーを身につけているのか、女の子みたいに冬場でも薄着で頑張っているのか。

 

 髪の毛が長いなと思ったけど、こればかりは付け毛であるよう――でも、地毛の部分もサラサラで、ツバサが「母親の血かしらね」と言っているから、彼女自身も羨ましく思うみたい。

 

 明日から積極的に勉強のサポートをすると決めて、本日は交流に努める。

 

 夕食時にツバサが面白がって「背中でも流してもらったら」と言い、冗談だとわかっていたので「たまには年下の男の子に」と反応したら、彼自身が「申し訳ないですけど遠慮します!」と悲鳴のような声を上げる。

 

「仕方ない、ツバサさんや、私の背中を流してください」

「分かったわ、家にちょうど鬼おろしがあるから、あなたの背中を削ってあげる」

 

 冗談だと思ったけれども、死ぬほど広いバスルームで対面時に「鬼おろし」を持ってきたので「だめよ」と言うしかなかった。

 納得してくれなかったので「今度それで美味しい料理を作るから」と重ねて言うと、ツバサは「約束だからね」と――

 

 

 



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そして絢瀬絵里はエロ同人を読む

 朝は優雅な時間――妹が穂むらへ仕事に行くとなれば、では妹が最高のメンタルで職場に行けるようにと、日が上がらぬうちから気合を入れ、彼女にはおずおずとした態度で「そこまでしなくてもいいよ、お姉ちゃん疲れちゃうから」と。

 

 どれほど夜更かしをしても、どれほど疲労が溜まっていても、では仕事をと考えれば、シャキッと気合が入り、妹にそこまでしなくてもいいと言われてしまう程に気合を入れる。

 綺羅家での勝手がわからなかったから、自宅にいるのと同様に日も昇らぬうちから掃除を始めていると、ツバサがもぞもぞと起き出して、何をしているのと言われたので「掃除をしているの」と言ったら、早くもウチを自分の家のようにしているのね、と。

 

 表情までは読み取れなかったけど、声色は喜色めいているので、殴り飛ばされずにいた。

 

 手伝うわけでもなくソファーに腰掛けた彼女は「毎朝、掃除してるの?」って、言うから「掃除は毎日するものじゃないの?」と首を傾げる。

 そんなのは暇人のあなただから、と言われると思いきや、彼女は感心したようにため息をつき「マメな性格をしているのね、穂乃果さんが一家に一台あれば便利と表現されるだけはある」

 

 褒められているのかけなされているのかはわからないけど、ひとまずお茶をご所望みたい。

 掃除をするのを止めて、手を洗ってからティーポットにお茶っ葉を入れ、細かな作業をしてからツバサにお茶を提供する。

 

「たしかに、一家に一台あれば便利ね」

「未来の世界では、絢瀬絵里型のメイドロボが作られるかも」

 

 最初はもてはやされると思うけど、次世代の高性能機が誕生すれば、ロートルとして廃棄処分でもされるか。

 金髪はコストが高くなるから、量産される暁には髪を地味な色合いにしよう――ツバサが笑いながらいい「そんなんじゃ私の要素が無くなるじゃない」と、苦笑いをするしかなかった。

 

「どうしてお茶の入れ方までマスターしてるの?」

「お茶をおいしく飲んでもらった方が、茶葉も報われるでしょ」

 

 有り体に言えば妹のためだけど、ツバサが答えに満足しないと予測し、もう一つの理由を語った。

 言い放ったのも嘘じゃない、食事を美味しく作るのもそう。

 食品ロスと騒がれてるから、ではなく、命をいただいているから、命に報いるためにも、美味しくいただけるものを作る。

 

 失敗して捨てられるようならもったいないし、奪われた命も報われない。

 日々の感謝が生活を成り立たせている――忘れると、生活全体がささくれだつ。

 

「……耳に痛いわね」

「ごめんなさい、説教じみてしまったかしら」

「いや、切羽詰まってると感謝を忘れる――二人に付き合いきれないとされた原因がそれかも」

 

 答えは二人にしか分からないし、私が聞いていい領分かも不明。

 推測だけども、付き合いきれないからやめた――ではなく、他の理由があるはず。

 言っても少し気分が紛れるだけで、問題の解決には至らない。

 

 トップアイドルA-RISEが常勝街道を進み、あらゆるポッと出のアイドルや、似たグループを蹴散らし、アイドルといっても、歌手と言ってもA-RISE。

 さすがに芸能人とくくると違うけれども。

 

 輝かしい活躍をされる中「結婚するからアイドルやめる」とあんじゅに言われ、英玲奈にも「妹がスクールアイドルやるので」と言われ、ゴシップ誌やネットで不仲説がしきりに称えられた。

 

 ケド、二人が離れてもトップアイドルとしての地位を保ってしばらく。

 

「アイドルはもういいかなって」

 

 仕事をセーブし始めたのは「もういいかな」って簡単な理由だ。

 人によっては潮時とか、ここまでとかの表現を用いる――体力気力の限界と、言う人もいるかも。

 

 彼女は「もういいかな」と感じたけど、芸能界では彼女のトーク術と、交遊術は手離せなかったみたい。

 なので仕事は続けている、家賃が払えなくなっても嫌だしと、ツバサは笑いながら言う。

 

「英玲奈にやりたいことをやれと言われてしまった」

「やりたいことをやれ、難しいわね」

「そうなの、手始めに弟の世話をして、二人にはそうじゃないと否定されたけど」

 

 彼に対する溺愛具合から、やりたいことをやるの範疇だと思うし、やりたくないのを無理にしているとは言い難い。

 でも、長い付き合いの両者が私でも気が付くのを、見ないふりでもしない限りは気がつく。

 

 逃避だけど「そのうちわかるんじゃない」と励ますように言い、ツバサも感じているのか「わかるのかもしれないわね」と苦笑いした。

 

「お茶請けに何かない?」

「掃除をしているのに、棚は漁っていないの?」

「許可をいただければ」

「全部許す、弟の衣装タンスも漁っていいわよ」

 

 家の中は自由にしていいと許可を頂いた――でも、さすがに思春期の異性の部屋をあれこれするのは憚られた。

 ツバサだって、そこまですまいと冗談で言ってるに違いないし。  

 

「ラブライブってアニメの同人誌を仕込んでおくから」

「それって、弟くんが読んじゃいけないようなやつ?」

「……ああ、そっか18歳未満禁止か」

 

 かつて、μ'sの活躍をアニメにして、僭越ながら協力したけれども。

 アニメに出演したスクールアイドルは「アニメのキャラの同人なので」と言い訳をされ、各人それぞれに、口にするのをはばかられる内容で活躍。

 

 なお、私たちの尊い犠牲があり、Aqoursのアニメが放送された暁には「成人向け二次創作禁止」のお触れがなされた――それにあやかったのか、ブームが過ぎたのか、μ'sやA-RISEの各人が活躍する同人誌も下火になっている。

 

「A-RISEの同人誌だから丁度いいかなって」

「トラウマレベルよ、それ」

「仕方ない、後で部屋で読みましょう」

 

 

 お茶請けを探し、茶葉もワンランクアップしたものを使ってもいいと許可をされ「彼女の舌を満足させる」お茶を飲みながら、ツバサの自室で「成人向け同人誌」を読む。

 

「や、本当に美味しいわ、このお菓子」

「誰からもらったの?」

「ベテランの俳優さんにもらった、食べてから感想を言ってあげればよかった」

 

 ツバサの感想はその人を大変喜ばせ、提供されるお菓子の数は日に日に増えて行ったそう――食べていなかったので「これからは食べましょう」と言うしか……。

 



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そして絢瀬絵里はシスコンに嫉妬をする

 μ'sのメンバーは輝かしい活躍をしている――と語った。

 

 雪菜クンに勉強を教える手を一旦止め、みんなは本当にすごくて、と話すと、不思議なものを見る目で彼が視線を送る。

 

 もしかしたら、輝かしい活躍まで時間のかかった希を怪訝に思っているのかも――確かに彼女は売れっ子ユーチューバーになるまで、まわり道をしたし。

 

 グループの中で唯一「絢瀬絵里に金銭面で世話になり」「絢瀬姉妹が住むアパートに同居した」短い時間だったけど。

 

 希は大学三年生で有名企業に内定し、エリちが就職できなかったら養ってあげると、大きな胸を反らす。

 が、卒業後三ヶ月で「なんか違う」と一言残し仕事を辞めた。

 

 それから住んでいたアパートのランクを下げ、貯金を切り崩しつつ、路上で占いをやって稼いでいた。

 でも、貯金が尽きるスピードが早く、彼女は私に助けを求めた。

 

 助けを求められれば何とかしようとする――けども、家賃は折半でも負担が大きく「ならウチに住めばいいんじゃない?」と誘いをかける。

 

 その言葉を待ってましたとの笑みに、少々後悔したけど「就職先を見つけて働くこと」「長い間はダメだからね」と厳しく言い放ち、希も背筋を伸ばし。

 

 「μ'sのメンバーに知られれば何とかしようと思うハズ」と、希に言われて、卒業年の二年生組や、すでにコスプレ業界で高い評価を得ていた真姫や、タレントとしてデビューしたての凛、四年制の大学に通いながら、ルビィちゃんの家庭教師をやっていた花陽。

 

 ――家庭教師をやっていたけど、ルビィちゃんは大学に進学せずローカルタレントとしてデビューし、地元で高い人気があり。

 花陽も黒澤家から傘下の企業にと就職の斡旋を受け、都内での就職活動で芳しい結果が出なかったのもあり、お世話になるのを決めた。

 

 いまはルビィちゃんのマネジメントをしながら、二人でステージに立つことも。

 

 話がズレたけど、希の言うとおり、他のメンバーに迷惑をかけるのも憚られた。

 

「短い間しか保たなかったんですよね?」 

「五時間」

 

 雪菜クンが驚いた顔を見せる――きょうび子どもだって長く秘密は保てる。

 誰がバラしたわけではなく、思わぬところから感づかれた。

 

 希が就職先を唐突にやめたことは、みんなが把握し。

 長く連絡がないのは、共通の心配事。

 

 他のメンバーからすれば「困ったら絢瀬絵里に泣きつくはず」と見当をつけていた。

 

 希をアパートに住まわせて三時間経ち、他のメンバーには連絡しないと決めていた頃。

 アプリに海未からのメッセージが届いた――なんでも、自宅に赴きたいとする内容で――

 

 赴かれれば当然そこには希が居付き、「何をしているんですか?」と彼女が追求される恐れも。

 

 言い訳にめぼしいものがなく「部屋の掃除に時間がかかって」と慌てて送った。

 気分を改める時に部屋の掃除をするのは、みんなが知っていたから。

 

「どうして感づかれてしまったんですか?」

「時間が問題だったのよ」

 

 希が来訪をして数時間、日はすでに落ちていた。

 いかに掃除をするのが好きな私も、夜間の清掃は他の住人に迷惑がかかると気がつく。

 

 海未の推理は的確だった、掃除に時間がかかっているで、希が家にいると察した。

 

「また日を改めてと、来たから……油断していたわ」

「日を改めて来るんですね?」

 

 仲がいいと言いたげだ――や、海未や真姫が何かあるたびに来るだけで、みんながそうじゃない。

 

 世話を焼いている関係で、自分が家に赴くので、家に来られるのは困るのかと言われるとね?

 

 繰り返すけど、凛とことりは格安で使えるハウスキーパー扱いしてるからね、仲のいい人を「アゴで使えるメイド」とかフツウ言わないしね?

 

「家に上げてしまったんですか?」

「セキュリティを突破されてしまってね」

 

 ――大したものじゃない、インターホンが鳴った瞬間、嫌な予感が胸をよぎり、慌てて施錠し、チェーンもかけた。

 希に押入れの中に隠れてと呼びかけ、妹にも「知らぬ存ぜぬ」を強調せよと。

 

 痕跡を隠すまでに時間を用いたのが失敗だった、対応している間に鍵を開け、チェーンも突破した海未と真姫が家に上がり込んできたから。

 

 冷静に応対しようとしたけど、海未に亜里沙を人質にとられ、シスコンの私はあえなく投降した。

 押入れに隠れていた希は抵抗やむなく引っ張り出され、そのまま園田道場に連れ去られた。

 

 「希のたるんだ精神を何とかします」と私には事後報告だけがなされ、彼女はしばらく園田家の事務員として働いていた。

 

 真姫の思いつきで地元を宣伝するユーチューバーになるまで、金銭面で苦しい生活を送っていたとか。

 ――や、苦しい部分はお金じゃないとは思うけど、みんながしきりに「お金」と……

 

「さ、休憩終わり――でも、あなたが優秀で助かった」

「不思議なんですけど、どうして、僕の家庭教師ができる学力があるんですか?」

「え? 中学の内容なら覚えてない? ツバサも覚えてるって言うと思うけど?」

 

 首をかしげる私を怪訝な目で見つめる雪菜クン――誰でも出来るんじゃないとの説明が腑に落ちなかったか、勉強後の食事の折、ツバサに「中学の内容は覚えてます?」と尋ねた。

 

「覚えているけど?」

「そうよね、中学校……や、高校も行ける?」

「どの教科も、ってわけじゃないけど、ある程度は」

「そうよね……」

 

 会話をする私たちを珍獣を見る目でみた雪菜クンは、どうしても「それはおかしい」 と言いたかったらしく。

 

 後日彼は英玲奈に連絡を取り、結果「お前たちはおかしいと自覚しろ」とお説教を粛々と受けた――

 

 さなかに放たれるツバサの嫌味を「お前の弟に呼びつけられたからな」の一言で受け流すさまを観「対応が手馴れている」と感心した。

 

 残念ながら、私にはできそうもない――少々嫉妬している。

 



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そして絢瀬絵里は転職をする

 雪菜クンは順調に私の手ほどきを受け――

 知人からは「絵里ちゃんの影響を受けて大丈夫?」と心配するメッセージや、お小言を電話越しに頂いたけど。

 元から合格圏内だった成績は「余裕」レベルにジャンプアップ。

 

 思わぬ才能に鼻高々だけど、受け手がよかった。

 頑張ったのは絢瀬絵里ではない――と正論を申し付けられ。

 言われてみればそうだ、頑張って勉強したのは私ではなかった。

 

 不徳を察し、教えてくれた真姫にはお礼を言っておいた。

 今度直接会ってと言ったら、戸惑ったように逡巡し、遠慮しておくと断られたけど。

 

 会話を聞いていたツバサに「相手を困らせるんじゃない」と怒られたけど、お礼を言おうとしただけなのに。

 

 

 が、やはり、彼の受験当日には緊張した。

 手ほどきを受けた雪菜クンのほうがよっぽど堂々としていて。

 「あなたが虹ヶ咲学園を受けるの?」とツバサには笑われたけど、彼女もお茶碗を持つ手が震えていた。

 

 「ついてこないでくださいね」との彼の発言に天啓を得、 ツバサと顔を見合わせながら「ついていけばいいんだ」と。

 冬場だったので「顔と髪を露出しなければバレない」と二人して変装し「絢瀬絵里だってわからない」「綺羅ツバサだってわからない」と、互いに互いを褒め合った。

 

 彼から遅れること三十分ほど、学園の手前の駅――ここに来るまで「日本語で喋ったらバレる」「ではロシア語で」と、パッと見性別不詳の二人が外国語で交遊するさまを、周囲の人は遠巻きに見ていた。

 なんてことはない、ロシア語が分からないのをいいことに、先日読んだ成人向け同人誌の感想を言っていた。

 

 これでもし、ロシア語が分かる人間がいたら「とんでもない変態がいる」と警察にしょっぴかれた危険性がある。

 

 そんな人はいなかったけど、下手したら「妙な二人組がいる」で通報されたかもしれない。

 

 学園に着いたと二人で喜んでいたら警備員の方がすっ飛んできた。

 

 要領のいいツバサは私を盾にし、事情が伺われた私は先ほどの勢いのままに「ロシア語で」「怪しいものではありません」と言った。

 警備員の方はロシア語に明るくなかったので、私がどれほど「怪しいものではない」と言っても、怪訝な反応は治らず。

 

「仕方がない、ここは正体を晒すしか」

 

 と、ツバサに言われて「この見た目が怪しいんだから」と察した私は、急いで変装を解き、二人共々顔を露出させると、警備員さんはツバサの顔すらわからなかったけど。

 

 遠巻きに見学していた皆様が「私の名前」や「ツバサの名前」を呼ぶので、ちょっとした騒ぎになった。

 トップアイドルが何の前触れもなく、スクールアイドルで売り始めた学園に登場したことにより。

 

 受験生の皆様にはご迷惑をかけて申し訳ない、受験時間が三十分ほど遅れたのは、受験そっちのけでツバサにサインを頂こうと、学生が集中してしまったから。

 

 や――何を間違えたのか、私のサインが欲しいと言う子もいたけれど、芸能人じゃないのにいいの? と首を傾げつつ「エマ・ヴェルデちゃんへ」とさらさらと書き上げると「家宝にします」と言われちゃった。

 

 なんでもμ'sやA-RISEの映像を見て育ち、スクールアイドルをやりたくてスイスから日本にやってきたそうだ。

 ちっちゃい頃と言われたことが、アラサーの二人組にクリティカルヒットしたけど、純粋な眼差しで「何も変わってないです」と喜ばれると、時の流れは非情だなって思う。

 

 

 

 騒ぎを起こしたのは事実なので、私達は学園のお偉いさんに呼び出された――なんでも理事長を務めるらしい。

 

 年齢不詳な相手を見ていると、自分の通っていた学園の理事長先生を思い出す――未だに姿が変わっていない、自分たちが高校卒業して――と指を折ると恐ろしくなる。

 

 ことりには「20代に間違えられてはしゃいでいた」とネタにされた。

 「20代に間違えられるのって恐ろしいのでは?」と、アラサーと呼ばれるようになって久しい私たちに恐怖を生む。

 

 そんなこともあり「お若い理事長なんですね」と、真っ先に口から出た「20代に見えます」とは言えなかった。

 「自分達と同年代でその役職なんて」と私が続けると、ツバサも「能力の高さが伺えます」とフォローを続けた。

 

 口を真一文字に結んで、私たちを睨みつけていた先生は――おべっかに喜んだわけじゃない――立場上、他の人の目があるとくだけた態度を取れなかったみたいで。

 

 人払いが完了すると「楽にしていいわよ」と。

 

「ごめんなさいね、受験でピリピリしていたものだから」

「バレないように変装したら、怪しかったみたいで」

「あなたがロシア語で交流しようっていうからじゃない?」

「他の言語だとバレるかもしれないと思って」

 

 なんてことのない会話が理事長の興味を引いたみたい「何ヶ国語できるの?」と言われたので「有名な言葉はとりあえず」と。

 

 別に大きな目的があったわけじゃない――ツバサに「全世界の言葉を話したら、全世界の人に向けてライブができるんじゃない?」と言われ「確かにそうかも」と勉強し始めたのだ。

 

 なんでやってるのかと我に返ることもあったけど、ツバサに「私はこれだけ話せるようになった」と言われると「覚えてなさいよ」と反骨精神が生まれる。

 競い合って言葉を覚えたのはともかく、いまのところ全世界の人に向けてのライブは夢のまた夢。

 

「そのように感心されると困ります」

 

 二人して笑い話にしてもらおうと、エピソードを語ったら理事長は感心したように息を漏らす。

 互いに互いを指差しながら「こいつはエスペラント語を覚えようとした」「どこかの未開の民族が使っている言葉を覚えようとした」と、ディスり始めたけど。

 背筋がうっすら寒くなるような、理事長の尊敬の眼差しは途絶えなかった――これが作戦だとしたら感服するしかない。

 

「そうそう、元々スクールアイドルなんですってね?」

「この人の全盛期です」

 

 ツバサに言われて「そうなんです」といつものように反応したら、目の前の理事長がペラペラと紙をめくり「タレントやってる子の家の掃除をしてるって?」

 

 おそらく凛のこと――「ハウスキーパー代わりにされてます」と応じ、さらに「世界的にも有名なデザイナーの家の掃除をしているとか」――これはことりのこと、何事もないように頷く。

 

 が、私なんぞのプライベートはともかく。

 ツバサの情報までも問いただされ「あ、この人やばい」と思ったのもつかの間。

 

「ウチの学園はスクールアイドルで売ろうとしているの」

 

 もちろん知っている、ツバサが弟さんを学園に行かせようとしたのもそれが理由。

 「女装してやらせてくれるならいいですよ」と、予想だにしない反応され「学園の許可が取れれば」と逃げたのも記憶にある。

 

「弟さんが女装してスクールアイドルをやりたいそうね」

 

 どこから情報が漏れたのかと聞いたそうな顔をして私を見る。

 見られてもしょうがない――弟さんの情報を知ったのでさえ、少し前の話だ。 

 

「彼の指導、してみたくないかしら?」

 

 おそらく全ては手のひらの上――孫悟空も、お師匠を見た時に感じたんだろうなあ――顔を突き合わせて、諦めたようにため息をつき。

 

「あ、絵里ちゃんは指導じゃなくって」

 

 定期的に通うトレーナーとして扱われるかと思いきや、理事長はさらにとんでもないことを言い放った。

 

「寮の食事を担当して欲しいの、国際交流学科もあるでしょう? メニューの調整も難しくて……食堂の手伝いは入れる時でいいから」

 

 つまり住み込みで働け――長い間ふらふらしていたけど、唐突に就職先が決まる。

 

 妹が恋人を作ったことから、運命の歯車は回りだし。

 どんな未来を形作るのか――一向に予想できない、おそらく神様も、お前の人生何かわからんとさじを投げるに違いなく。

 



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そして絢瀬絵里はド処女とニジガクのみなさまに知られることになる

 ツバサの部屋にあった私の荷物が、気がつけばすべて管理人室と書かれた部屋の中に鎮座していた。

 ニコニコと微笑みながら肩を叩く理事長に、逆らう気持ちも、反論の言葉も消え去る――雪菜クンの成績がよほど酷いものでない限り口添えをしてくれるからと、ツバサの抵抗もできなくさせる、ハラショー。

 

 持ち込まれた私物はとにかく、絢瀬絵里なんぞに失礼のないようにと設備は設えて頂いたため「コレなら牢獄に入れてもらったほうが良かった」と。

 知人のみなさまには就職が決まった折、理事長には逆らうなとのメッセージ、ふたつが届けられたと思う。

 

 いきなりだね、と反応や「メイドとしての仕事は?」と、凛やことりにされたのと他に、真姫から「その学園には自分の妹が行く」と。

 名字が違う、自分とは母親が違う、姉や妹が全国各地に混在すると聞きたくない情報まで付与されたけれども「姉は妹の数だけ強くなれる」「真姫は私の妹みたいなものだから、妹さんの世話は任せて」と送っておいた。

 

 「えらく嫌われてるようだから」と真姫の介入を示さない旨が送られたけれども「姉と妹は仲良くせねばならない」と、返答になってないメッセージを送った時、ドアが叩かれた。

 

「生徒会長を務めております、中川菜々と申します」

 

 理事長かなって思ったけど、ドアを叩く音が違ったので別人と安心し、よそ行きの声と愛想の良さを意識しつつ、にこやかに微笑んでみせた。

 が、その微笑みが石化しなかったと願いたい、なにせ目の前にいる彼女は「ツバサの弟さんが女装した姿に似ている」双子かと勘違いするほどクリソツ、もしかして綺羅家当主も、西木野総合病院の院長と同様の下半身のだらしなさを誇っているのか。

 

「絢瀬絵里と申します、このたび、理事長の気まぐれで寮の管理人みたいなものをつとめることになりました」

 

 料理人との話から責任のある役職へジャンプアップ、アゴで使える人間は中途半端な役職を与えておけ、ツバサ様のアドバイスに理事長納得――お給料には色を付けておくから、ニッコリ微笑まれた時。

 

 梨子ちゃんの両手をパーにして示す姿を思い出し、同じ姿を取ってみたら「オーケー」と言われた、何がオーケーなのかは分からないけど、ツバサは引き攣った表情で「チャレンジブルね、絵里」と。

 

「管理人みたいなものですか?」

「ええ、基本的には厨房に立っているので」

「料理をされるんですか?」

「プロには劣り、アマには勝つ中途半端さで」

 

 気まぐれで取ってよかった調理師免許。

 

 菜々ちゃんから寮生の数、および食欲旺盛さを教えられ「確かに高校時代の自分はよく食べていた」と思い出し、厨房に入ってから食材のチェックをし、なぜか積極的に手伝おうとする生徒会長さんを、ここは学生が入って良い領分じゃないと撤退させる。

 

 廃棄されたであろう食材を手に取り「自分の実力を」と言われたので、そんなものを使っては食中毒事件しか起こせないと彼女の能力ともども察し、寮生の規律を保つようにお願いしたので角は立たないはず。

 

 宗教の関係で食べてはいけないモノがあるので、やっぱりチキンよね、と一人合点――ただ、寮の冷蔵庫には豚も牛も入っていたので、そこまで神経質になることもなかった。

 

 男子学生も在籍しているので、いざとなれば彼らに食べて頂こうと思いつつ、凛や真姫から文句言われない程度の料理を作り上げた。

 完成された代物を学生にも手伝ってもらい配膳し、自己紹介を一緒にこなし――なお、生徒会長さんは夕食前に帰宅した模様、今度差し入れを持っていこう。

 

 

 学生の食べる姿を眺めながら、苦手なもの、好きなもの、食べるスピード、栄養バランス等々、頼まれたわけでもないのに記憶。

 学生時代の食事は精神に大いに影響する――と、思う、美味しいもんを食べていればいいや感も、これまた。

 

 その中で、二人組――私なんぞのサインを貰って喜んでいた(家宝にはしないで欲しい)エマ・ヴェルデちゃんと、スラリと背が高く、モデルさんみたいな立ち居振る舞い、髪になぜか芋けんぴがくっついている女の子。

 

 近頃の若者のファッションセンスは分からないけれども、少なくとも、髪に芋けんぴを付けるのはトレンドではあるまい――

 

 両者に共通するのはあまり食が進んでいないご様子。

 

 ごちゃごちゃとうるさいと言われようとも、今はとりあえず介入しておきたい「うぜえんだよババア」と言われたら部屋でこっそり泣く。

 

「口に合わなかった? 努力するから好みを」

「いいえ!? 緊張してしまって!?」

 

 ――エマちゃんはオカズとご飯をかきこみつつ、元気さをアピール、なんでも憧れのμ'sのメンバーの前での食事にバイオリズムが崩された模様。

 いい子過ぎる、絢瀬絵里よりアリンコのほうが人権ありそうだよね、って扱い受けてたような気もするから尚更。

 

 となりにいる朝香果林ちゃんはなんとなく――ほんとうになんとなくだけど、敵意が混じっているような? 髪に芋けんぴがついているから、そんな気がするってだけだけど。

 

「すみません、栄養バランスに気を使っていて」

「ありがとう教えてくれて、気をつけるわ」

「……生徒のひとりひとりに気を使うんですか?」

「食べたいもの、食べたくないモノ、教えてくれたら嬉しいわ――他のみんなも、教えてくれたら聞ける範囲で叶えてあげる」

 

 

 キャパを超えてリクエストをしないで欲しい――食事に関するリクエストを聞いているさなか「恋人がいるんですか?」と、アラサー処女の脇腹にクリティカルヒットする質問をされ、思わずたじろぎ、エマちゃんが「こんなにきれいなスクールアイドルさんなんだから、いっぱいいるよ!」と、天然発言でさらなる追撃を受ける。

 

 格好良くお姉さんキャラを保ちたかったのに、今回の夕食イベントで寮生のみなさまから「絵里ちゃん」って呼ばれるようになってしまい。

 

 絵里ちゃんお風呂入ろう! と、みなさまに誘われ、裸の付き合いまでこなすことになった――一部には感づかれなかったけども、ド処女は知られることになり、μ'sのメンバーもそうなんですか? と質問された際には「ご想像におまかせするわ」と遠い目をしながら言っておいた。

 

 

 絵里ちゃんが遠い目をしながら言うってことは処女は絵里ちゃんオンリー派と、μ'sのメンバーは揃って処女である派に分かれて論争が起こり、学業に差し支えが出るから早く寝なさいって、懇願するしかなかった。

 



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そして絢瀬絵里は迷子の朝香果林を導く

 その日にあった事柄を管理人ノートと銘打ったノートに書き記す。

 体裁はまんま小学生が使う自由帳だし、ジャポニ○学習帳と書かれたところにラベラーで管理人ノートって覆ってあるだけだし。

 

 下部にはご丁寧に3年3組「あやせえり」って書いてある、無駄に達筆なのが腹立たしい。

 

 深夜に近い時間帯に記帳を終え、動物園にビーバーを観に行ったのを思い出した。

 その動物園にいたビーバーがニートしてたのか、それとも動物園にいるビーバー全体がそうなのかは分からない。

 

 ツバサに「オフだから動物園に行こう」と誘われ「あ、コレ、動物園にいる珍獣より、絢瀬絵里のほうが珍しい動物って言われるオチだ」と察したけど、妹にパンダのぬいぐるみを買って帰れるな、と。

 

 誘いに応じ待ち合わせで顔を合わせて早々「金髪ポニーテールって海老の味がすんの?」と言われ「それはツインテール」と言ったけれども、ポニーテールだろうが、ツインテールだろうが、人間がエビの味がするとは限らない、エビだからこそエビの味がするはず。

 

 夜行列車が走ってそうな駅の名前を冠した動物園に赴き「まるで人がゴミのようだ」と呟くほど、人類のバーゲンセールが開かれており、檻に入っている動物もニンゲンを興味深そうに眺めていた。

 

 「なんで列に並んで仲良しこよしで動物見なきゃいけないんだ」と、大人気のパンダをスルーし「妹にパンダのぬいぐるみを買いたい」といえば「後でね」と。

 全長3メートルくらいのやつが欲しいと思ってたけど、今から考えればアパートのドアにソイツは入るまい――結果的に買うのを忘れるほど楽しんだので、妹から「パンダは?」と言われるだけで済んだ。

 

 土下座したし、一週間好物を作り続けたけど、毎夜妹の好きなものは作っているのでいつものこと。

 

 人が寄るけどすぐに撤退するビーバーの展示に興味を抱いた、ビーバーと言えばダムづくり。

 何百メートルにも渡るダムを作ることもあるそうで「さぞ働き者に違いない」と定職に就いてない私を見ながら、いつものようにツバサがディスり、私も「彼に就職のコツを訪ねよう」と言ったら「檻に入って脱げばいいんじゃない?」と。

 

 見世物になるのを就職かといえばそうではなく、裸になったところですぐに飽きられるのがオチだ。

 写真を撮られて漫画雑誌の表紙を飾るようなアイドルは涙ぐましい努力をされている――

 

 ビーバーは結論から言えば「寝てる」――働き者を想像したけれども「私は絢瀬絵里を観に来たわけじゃない」と3分くらいでツバサが興味を失い「ニューディール政策しよう」と、中に入ってルーズベルト大統領化しようとしたので止めるのにも苦労した。

 

 思い出し笑いをしてたら目が冴えてきたので「仕方ない見回りをしよう」と決意し、懐中電灯をこしらえ、消灯されている頼まれてもないのに、寮の中を見聞する。

 寮内には男子も女子もいるので「密会してたらコメントに困る」と思ったけど、ロミオもジュリエットも目に入らずに済んだ。

 

 ジュリエット化した女子に「絵里ちゃんはこういう相手いたこと無いんだよね」とか言われれば、膝を抱えて部屋に引きこもるしか無いし。

 

「……そこで何をしているの?」

 

 夜のお散歩――ではなく、男子と密会、でもない。

 エマちゃんに「きれいだから恋人さんいたんだよね?」ととばっちりを受けていた果林ちゃん。

 その際に「も、もちろんよ、いっぱいいたわ」と引き攣った表情で言っているのが印象的だった――なお、美人と恋人がいるいないに因果関係はないと思われる。テメエがそうだからと言われればそれまでだけど。

 

 μ'sでも指折りの美少女である真姫や海未も「絵里が恋人作らないんで~」と先輩をディスりつつ、彼氏の一人も作ったことがなく。

 ことりから「3人とも作れないの間違いでしょ」とやはり先輩共々罵詈雑言をかっ飛ばされるオチが付き、そんな彼女もオトノキ理事長から「そろそろ孫の顔が見たいんだけど~」と言われ答えを窮す。

 

 後日、悟空と悟飯と悟天のイラストを貰ってきて「ほら、コレが孫」と、うまいことを言った彼女も「ありがとう、お礼のお見合い写真」と逆襲の一手を受け「パリコレがあるんで~」と海外へ逃亡した。

 

「お手洗いに」

「……発言を信じてもいいけど、逆方向に向かっているわ」

 

 決壊寸前のようであるので「方向音痴なの?」とも「恋人がたくさんいたってほんとう?」とも言わず導く。

 歩いているさなか「恋人がたくさんいるってどんな感じですか?」と――果林ちゃんはいい子なので、エマちゃん共々「美人なスクールアイドルには恋人がたくさんいる説」を信じている。

 

「想像におまかせするわ」  

 

 切羽詰まった表情でエマちゃんに説明した果林ちゃんを思い出しながら、同様の発言をして「あなたと同じよ」と暗に示したつもりが「口には出せないんですね」と尊敬の念が深まってしまう。

 

 帰り道にも付き合い「μ'sのメンバーに手を出したら殺す」と真姫に言われた西木野総合病院の院長の話をしようかと思ったけど、ポロッと他の子に言ってしまったら困るから、先の動物園の話をしたら、なぜパンダを見なかったのかとめちゃくちゃ怒られてしまった――

 



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そして絢瀬絵里は三船栞子を助ける

 おめかしした理事長とばったり顔が合い、娘に会いに行くと言われ「ああ、卒園式の時期ですよね」と反応したら「確かにその時代の娘も可愛かったけれど」と。

 

 卒業も卒園も三月で今は二月、会いに行くのは中学三年生の娘と訂正されたので「元μ'sとはいえ過度な期待をしないようお伝えください」とメッセージを飛ばしておいた。

 「顔合わせをするつもりなの?」と返され「ココにつれてくるつもりなのでは?」と反応したら「ツバサちゃんもそうだけど、なんでそんなに観察眼があるの?」なんて。

 

 立場のある人が時間を作って会いに行く、血縁者とは言え、フツーは娘の方から会いに来る。

 仕事云々の価値観が分からない相手ならともかく、オンオフのスイッチをはっきりして、私やツバサに情を持ち込まないで手玉に取ったくらいだ、教育だってちゃんとしているはず。

 

 関係性云々は推測の域を出ないけれども、手練手管を努めず「頼めば来る」と考えてそうだから良好であるに違いなく。

 

「理事長の権限を下剋上されないようにしないとね」

「人に勝つのはともかく、上に立つのは興味ないです」

 

 理事長の権限を巡って勝負を仕掛けられれば「やるだけはやってみる」と、それに礼節を伴って「勝負」と言われれば土俵くらいには立つ。

 ヘラヘラと笑われながら「ちょっとやってみろや」とされれば「相手を逆なでするくらい手を抜いて」みるけども。

 

 娘さんにどうぞよろしくと見送りながら「人の上に立ったところで大したことは出来ない」と自嘲する――

 

 

 思春期からそれを抜け出すまでの時期。

 人は自分が世界の中心であるように勘違いする時期がある――無いとは言わせない。

 残念なことに自分にもそういう時期があって、中途半端に能力があったものだから「自分にできることって大したことない」と気がつくまでには時間がかかった。

 

 大したことないを認めがたい時期にμ'sの結成に携わったのも、自分にとってはとんでもない汚点であるし、認めて以降、多少はっちゃけたのは皆々からネタにされている。

 

 先日、果林ちゃんが寮に住みはじめて三年目になろうかとするのに、トイレに行こうとして迷うイベントがあったけれども、私も生徒会役員時にUTXで迷ったことがある。

 

 先輩に「大丈夫です! 一人で出来ます!」と啖呵を切った手前、阿呆にも助けを求めることもせずに歩き回り、一人の女の子に助けられた。

 

 

 その子とは現在でも縁があり、大学時代には暇を有していたことから正気を疑われるレベルで交遊し、顔を合わせるのは月に一度程度と定められた。

 なお、様々な変遷を経ながらも文章での交流は毎夜続けられているので、見つかればただでは済むまい。

 

 

 が、文章での結びつきから、妹の彼氏が彼女の弟であると導き出され、触れて良いものか良からぬか、ヒナは隠したいご様子なので準ずるつもりだし、何度か顔合わせしているのに彼女の弟だと気が付かなかった不備もある。

 

 ケド、気づかなかったとごまかせるほど私のスキルも高くないので、いざとなれば腹を切って「コレが姉にできること」とか言ったら許してもらえると思う。

 死してもなお許されないのであれば、しでかした事態の大きさを認識し、閻魔様にでも愚痴るつもり、おそらくツバサや凛よりは口も悪くないに違いなく。

 

「暇だな……寮の掃除をしようと思ったら、業者に頼んでるからやめろって言われたし」

 

 口にしてから「何という説明口調」と後悔したけれども、公園には人影は無かった。頼まれれば部屋の掃除を務めるつもり、凛やことりではなく、学生たちに代わるだけ。

 勝手が違うとは思うけれども、年上に対する敬意は二人よりもあるはず。

 同じレベルにされれば私に不備がある、年下の子を責めても何の得にもならない。

 

「コレがラブコメだったら、とんでもない美少女が行き倒れてるんでしょうね……」

 

 もしも私の前に美少女が倒れていようものなら、介抱する前に主人公を探さねばならない。

 ソイツが不埒なことをしようとしても助けられる位置に陣取り、おじゃま虫としてヒロインの好感度を挙げる備えも万全――必要であれば「仲がいいねえ」とか言いながらチャラ男を演ずる準備もある。

 

 実現する可能性が限りなくゼロなのが玉に瑕だけども、絢瀬絵里なんぞの不幸で誰かが幸せになれればそれに越したことはなく。

 

 

「この世界が物語だったら、シンデレラがいて、魔女がいて、王子がいて……私はかぼちゃの馬車の車輪でいいや」

 

 車輪がなければ馬車は進めない――が、シンデレラを読んでいて「車輪がMVPだ」とか言ってたらソイツはアホかなんかだ。

 誰が気を止めるわけでもないし、誰が感謝するわけでもない、それでも、その立場が無くなることはないし、代わってくれと言われても代わるつもりもない。

 

「μ'sの屋台骨は希に任せるとして、私は……そうだな……」

 

 と、ポツリと呟くと草むらの中で女の子が倒れていて「なんでこんなところに!? コレじゃ主人公も見つけられないわよ!?」と、一通り呼吸や脈拍に異常がないのを確認してから担げあげて確保し、近くに手持ち品のバッグもあったことから、コレも確保し――ついでに、主人公も近くにいないのを確認してから虹ヶ咲学園の寮までスタコラサッサと帰っていく。

 

 すっかり顔なじみになった警備員さんに事情を説明し、とりあえず誘拐ではないと認識して頂けて助かった。

 



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そして絢瀬絵里は神と出会う

 荷物を運搬するように女の子を担ぎ上げ、米俵でも抱えているのかと勘違いした生徒多数――それでも何をしているのかと疑問に思うと、行き倒れの女の子の診察を終えた真姫は言い放った。

 

 倒れていた女の子を観、これは人手がいると察する絢瀬絵里は真姫に「手が空いているお医者さんとかいない?」と声をかけ、当然彼女に「なんでそんなもんが必要なのか」と問われ「他言無用、くれぐれも内密に」と勿体ぶり「女の子を拾った」と返答した。

 

 「状態は?」「どうして?」等の予測された質問をすっ飛ばし「美少女?」と問われた私は「美少女」と返答すれば「なら私が行く」と。

 

 暇してたからと言う割には外向けの洒落た格好をしているので「もしかしてデート?」言ったら「そうだと言ったら嫉妬してくれる?」と返され、恋人作りに先を越されれば、当然私に限らずμ'sのメンバーは悔しく思うと予測されたので「嫉妬しちゃうわね」と事も無げに言ってのければ、真姫は「その答えを待ってたのよ」と言わんばかりに嬉しそうな表情を浮かべて「メス」と言った――何をするつもりなのか、外科手術はアナタの専門ではないでしょうに。

 

 そもそも医者の娘ではあっても、医師免許を持っていないので、メスを用いて外科手術なんぞを行えば「何してるのよ真姫ちゃん」では済まされない。

 だけども、医者になるための勉強はしたそうなので、簡単な状況把握ならできると私も思ったし、照れ隠しでメスを要求したけど、取り出されたらどうしようかと思った――とは、真姫の談。

 

「道に生えている草を食べて、あまりの不味さに倒れたようね」

「ワケありと思いきや」

 

 どこかから逃げ出してきた、とか、悪い人に追われているとか、様々な想像がなされたものの、栄養不良や外部的要因により倒れていたコトがなさそうなのでひとまず安心。

 

 が、困り果てて道に生えている草をはんだコトには疑問を呈したい、ちゃっちゃか作り上げたおうどんを貪るように食べている女の子には悪いけれども、事情聴取の時間である。

 

「わだすは――東京さ出て、イメチェンってやつをしようと思ったとよ」

 

 「ん?」みたいな表情を浮かべたのか、それを観た真姫が実に面白いものを観たと言わんばかりに吹き出す。見た目は抜群でおしゃれで可愛らしく、スクールアイドルとしてステージに立てばさぞかし耳目を集めん美少女なのに、口調からか速さか理由が分からないけれども、言葉の意味を慮るのに時間がかかった。

 

 なお、真姫も口調の独特さには簡単な質問をした際に把握しており、絵里の驚く顔が見たかったとは彼女のセリフ。

 

「昨日さ、この学園の試験を受けて、緊張で問題解いたんだか、なんだかわからなくなって、落ちてしまったら、村さ帰るの恥ずかしくなってしまって」

 

 責任感が強かったんでしょう――口調からは分かりづらいけれど、期待に沿いたいと願い、沿えないと感づくや申し訳無さで一杯になり、熱暴走を起こしたCPUがフリーズするように思考停止状態。

 そこから不慣れな都会を歩き回り、お腹が空いて食べた草が死ぬほど美味しくなかった――それはきっかけに過ぎないにせよ、疲労は溜まっていただろうし、悪い人に見つかっていたらと不安にもなる。

 

 この学園に入学するしないはひとまず置いておいて、親御さんか彼女の保護者を見つけ、不安がらせるなと口を酸っぱくして言うか。

 

 ひとまずは合格発表までは時間があると伝え――

 

「ああ、ところで保護者さんはどこ? 連絡しておかないと」

「あー、昨日から電話が通じんで、何百年ぶりの都会で興奮してしまったのかもわからんね」

 

 真姫共々首を傾げる――耳に入った言葉は「何百年」だったけれど、何百年単位で生きる人間がいるとも思わない。

 おそらく聞き間違いだと見当をつけ、それよりも都会に来た興奮から彼女を放ったコトに憤りを覚えた。

 

 一目散に真姫は「もしもし凛? 暇かな?」とμ'sきっての武道家の凛にスマホで声をかけ、さらには続けて「果南と曜のどっちかに連絡つかない?」とダメを押さんばかりに交渉している。

 

「ええと、栞子ちゃん」

「はい?」

「ちょっと保護者さんに連絡してもらっていいかしら?」

 

 彼女に連絡をして頂いているさなか、この手の事情には一番明るい、性格の矯正には一日の長がある園田さんに私から連絡を取る。

 

 彼女の保護者だというヒトに面会する一同は「どうやってコトの重大さを把握させてやろう」と言わんばかりに牙を研ぎ、人目に触れるとまずいのでと説明する栞子ちゃんの言葉に、こんな良い子を放っておくような人間だからとアタリをつけた。

 

 凛は短い時間の栞子ちゃんとの交流ながら、久しぶりに絵里ちゃんじゃない人を殴れるんだねとテンションが上り、海未も「世の理不尽です、いたいけゆえに傷つかなければならないとは」と、一発でほだされた。

 

 ワザワザ事情を伺って、内浦から遠征しに来てくれた果南ちゃんやダイヤちゃんも「殺さない程度に」「分かってるって」人体に叩き込まれたらタダではすまないパンチの素振りを繰り返している。

 

「もぉ、まーちゃん、わだすさ放っておいてどこさ行った!」

「すまんすまん、久しぶりの都会に興奮しちまって……」

 

 よし、一発ぶん殴ろうと全員で振り向いた瞬間、ダイヤちゃんは顔面蒼白になってそのまま昏倒し「わー、凛は真姫ちゃんからクマが相手だって聞いてないにゃー」と高校時代を彷彿とさせん口調でつぶやき。

 海未は果南ちゃんの背後に隠れ、果南ちゃんは私をシールドにし、小声で「食べるんだったら絵里ちゃんからでいいよね」と。

 

 真姫は仕事の都合で名残惜しそうに退場したけれども、彼女にはぜひ絢瀬絵里の蛮勇を生き残りのメンバーに伝えて欲しい。

 アイツがアホだったから、μ'sやAqoursのメンバーに欠員が出たと――

 



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そして絢瀬絵里は神を屠る

 栞子ちゃんが「まーちゃん」と呼ぶクマがこちらを興味深そうに見る――我々は彼女を放っておいたいけ好かないヒトに日頃抱えているストレスをぶつけ、ややもそれば憂さ晴らしをしよう――正義の心にそんな意図がなかったとは言わない。

 

 海未は果南ちゃんを「絵里の前に行きなさい」と言いつつ、必死こいて前へ通しやろうとしながら「これが因果応報というものですか」とため息をつき。

 果南ちゃんは海未の攻撃をガードしつつ、私を前方へと突き出し「バタフライエフェクトの原因を作った人間が食べられるべき」と言いつつ「正義感の強い暇人って問題しか起こさないわー」と嘆いている。

 

「ま、相手がクマだろうがなんだろうが、幼い子を一人放っておいて、自分の欲望を優先したとか、私は許せないからね」

 

 果南ちゃんに向かって「いいよ、私が盾になる」と言い「ありがとう絵里ちゃん、香典返しはいらないからね」と彼女に応じられた――私が果南ちゃんに香典を送ったら軽くホラーである。

 この場で生き残ろうとも、だ。彼女より長生きできる自信がない。

 

「ほう、神に楯突くか、面白いな人間」

「人間じゃなくて絢瀬絵里、あなた犬とかも犬って呼ぶの? ピカチュウとかもピカチュウって呼んじゃうの? サトシなの?」

 

 肩甲骨をほぐすように、グルングルンとシコースキーみたいに腕を回しながら、自称神様を討ち倒す気満々である。

 前面に立ってない一同は「クマに賭けるニャ」「あ、ずるい、私も」「わたくしは絵里さんに」「では私も」と――ダイヤちゃんはいつの間に蘇生してたの? アニメやマンガでよく見る、血の気を失って倒れるヒトやってたのに。

 

「それに、自称神ってのも、他の人から神って言われるのも、問題行動しか起こさないイメージがあるじゃない」

「たしかに! 絵里さん! そうだとよ! 自称神にロクなやつはおらね!」

 

 クマに対しての恨み節ではなく(自称ではなく、正真正銘の神だそうなので)神を自称するヒトの問題行動は、神様を崇める巫女の彼女からすれば、たいへん憤りに値するみたい。

 

「クハハハ……一撃……いや、三撃猶予を与えてやる、それで余を討ち倒すことができないなら、分かっているな」

「いいわよ、昔やってたオンラインゲームで神殺しって言われてたのが現実になるし」

 

 ちなみにボスキャラの神を殺したとかじゃなくて、ランカーのヒトを次々に屠っていったので神殺しってあだ名されてた。

 誰だアイツはって言われてたので、綺羅ツバサって名乗ってた、あの子も絢瀬絵里を自称してたからおあいこ。

 が、真姫も海未も絢瀬絵里を名乗っていたので、どれがほんとうの絢瀬絵里なのかと話題になってた――綺羅ツバサって名乗ってるやつなのよ。

 

一番有力視されてたのは、真姫が操ってたキャラ――ボイスチャットでモノマネを披露したそうなので。

 

「絵里、二撃で倒せなければ、私に任せてください」

「巻き込まれるのは私だけでいい」

「理亞のお菓子を持ってきています」

 

 それはあらゆる意味でまずい、おおかた「絵里に食べさせて感想を聞いてきます」とか嘘ついて作らせたに違いない。

 相手がクマでなければ「私が食べる」とかばったろうに、神だったばかりに理亞のお菓子を食べさせられるなんて――

 

 海未のセリフを聞いてお菓子の直撃を食らった「果南、ダイヤ」の両者が「かわいそう」「同情しますわ」と、顔を手で覆いながら嘆き、凛も自分の料理を棚に上げて「見た目だけは美味しそうだもんね」と。

 

 栞子ちゃんも「お菓子」に興味を持ったものの、みんなの不穏な様子から「まーちゃん、ごめんなさいするなら今のうちだよ!」と説得に動いた――が、人間に倒されるなんて微塵にも感じていない神は余裕の態度。

 

「じゃ、一発目……覚悟しておきなさいよ!」

「グハハ! 人間風情が神に逆らっ……グハァ!?」

 

 今まで人間相手に全身全霊で蹴り技を使ったことがない、そもそも人様に足を向けるなんて、とおばあさまに教育されていたのもある。

 ツバサや果南ちゃんなどの腕っぷしに自信がある面々が蹴り飛ばす姿を目にしても、殴り飛ばすか他のメンバーに出番を譲っていた。

 

 普段から足腰は大事だと鍛えてはいたけれども、蹴り飛ばすためにしていたんじゃない。

 こんな機会だから脚を使ってしまったけれども、できれば今後、こんなことをせずに一生を終えたい。

 

「……アレ、大したこと無いんじゃないの?」

「わたくしが見るに、倒れこんだ振動と地響きから、ヒグマ並の体重は有しているはずです」

「なるほど、じゃ、大したことないわ、海未ちゃん、理亞のお菓子貸して」

「嫌です、私が是非に食べていただくんです」

「あ、ずるい凛も!」

 

 絢瀬絵里が全身全霊で蹴りを放ち、巨躯を少々浮き上がらせつつふっとばしたあと、ビクンビクンと震える神様に「追撃」をしようとする面々。

 

 ダイヤちゃんがよくやったと言いたげに近づいてから、胸を揉みしだきつつ「これぞまさに神」とか言い出したので、幼い子が見ているのでやめてちょうだいとため息をつく。

 

 ちなみにダイヤちゃんがわしわしを私にすると、亜里沙の預金に4万円が追加されるので、妹はそれをわしわし預金と名付けている。

 

「え、あ、まーちゃんを……」

「ごめんなさい、アナタの大事な」

「んなことねえけども、寒空の下で放って置かれたのは怒ってるし、お世話も偉そうで大変だっただ」

「……」

「でも、ホントに、神様で太刀打ちできるヒトなんておらんかったのに……どうして?」

「あー、スクールアイドルだから?」

 

 これ以外に説明のしようがない、我々一同は常人には理解できない事柄を説明する時「スクールアイドルだったから・だから」と言い、煙に巻こうとする。

 果南ちゃんもよく潜って魚を獲ってきてはコツを聞かれ「スクールアイドルだからね」というし、凛も男性芸能人をフルボッコする運動能力を発揮したときには「スクールアイドルなんで」と言っている。

 

 A-RISEの三名も「スクールアイドルだからできた」と言っていたので、元スクールアイドルは戦闘民族ってスレが立ってたの知っている。

 

「すごい……わ、わだすも、スクールアイドルになってみたい!」

 

 「え?」みたいな反応をする一同――理亞のお菓子は一つ残らず神様の口に放り込まれ、さっきまでビクンビクン震えていた身体が停止している、神だから死ぬことはあるまい。

 

「わだすなんて、おぼこで目立たね女の子だけど! ちんちくりんでも、アイドルできるってなったら、村の女の子たちに夢を与えられるだ!」

 

 果たして彼女が目立たない女の子か、には一考の余地があるけど、夢を追いかける少女の目を否定する人間は一人もいなかった――スクールアイドルなので。

 



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そして絢瀬絵里は管理人としての生活が板につく

 三船栞子ちゃんが高校に合格するまでの間――もちろん、1年後の受験も視野に入れてだけど、絢瀬絵里のお手伝いとして働くことになった。

 寮の管理人の仕事をしながら彼女の調子を眺めていると、学生たちには「わだす口調」の「純朴ガール」がお気に召したようで、特にエマちゃんに「故郷の羊さんに雰囲気が似てるよ」とご好評だ。

 

 一方、唐揚げでさえ好き嫌いがあるのだから、誰しもに可愛がられている栞子ちゃんを苦手にしている人だっている――意外だったのは、果林ちゃんだ――一目顔を見た瞬間に「仕事の都合があるので」とエマちゃんに応対を任せて引きこもり。

 

 食事の際も交流は少なめだ――エマちゃんも首を傾げている。私みたいに大切な彼女に憧憬を向けられた嫉妬でもない。

 

 それは一度置いておき、私は寮の管理人を順調に勤めている――自分にこんな適性があったのかと驚いた――なんと教師の方々からもご好評だ、理事長から褒められてしまった。

 

 授業中に居眠りをする寮生や、早弁や間食をする子が一人もいなくなった――おそらくそれは、私が額に汗をかきながら、一生懸命食事のメニューを調整した結果――かもしれない。

 

 突然その子が勉学に目覚めた可能性もあるし、私の努力は何一つ関係ないかもしれない。

 居眠りをする子が減ったのは、私が夜な夜な起きだして、親元を離れて不安に思う学生の相談を乗ったり、夜眠れない子に甘いものを作って食べさせたり――まあ、それも大いに関係がないかもしれない。

 学生と距離が近いのが、良い方向にも悪い方向にも向かい、今はたまたまいい方向に向いているのかも。

 

 仕事に励んでいるので「なぜ相手をしない」と仕事の糸目を見つけにやってきたツバサが「絵里ちゃん」呼ばわりされてる現場を見て「学生と距離が近くて楽しそうね」とキレ。

 

 寮の女の子達に向かって「私もちゃん付けで呼んでくれていいのよ」と、 上から目線で言い放ったのだ。

 

 さすがにトップアイドルに対して「ちゃん付け」は憚られたのか、困り顔を見せるみんなに対し「私と同じように無理難題を押し付けるんじゃない」と助け船を出そうとしたら。

 「分かった!」と、遠くからエマちゃんが乱入してきて「どうぞよろしくツバサちゃん!」と言い放ったものだから、一気に風向きが変わった。

 

 ちゃん付けで呼ばれ、よもや距離を近づけられると思ってなかったツバサは、自分よりも背が高く、胸の大きさもエベレスト級なエマちゃんに思わずたじろいでしまう。

 

 エマちゃんに同調するように寮生たちも「ツバサちゃん」「ツバサちゃん」と連呼、助け舟を出すのが学生たちではなく綺羅ツバサになってしまったのは――やはり、人を自分の思う通りにすると反発を生むってことか。

 

 「あんまり人を困らせるんじゃないわよ」私なんぞの忠告にも「その通りね、反省するわ」と苦笑いしながら首肯してくれた。

 

 ツバサに「誰にも言うんじゃないわよ」と言われて、このエピソードの詳細は墓場まで持っていくつもりだったのに、エマちゃん→栞子ちゃん→理事長→ことりママンへと伝播し、 流れに流れてA-RISEの二人に知られることになる。

 

 全くその流れに携わってなかった私が後日「英玲奈に絵里以外に無茶を言うのはやめろと言われたんだけど 」と、ツバサに胸ぐらを掴み上げられ「関知しておりません」と否定したけど、否定したい事柄は他にもある「私にも迷惑をかけないでほしい」――が、関知してないのも、疑わしいようでなかなか信じて頂けず。

 

 追求に時間がかかったせいか「トップアイドルが寮に来ている」と耳にしたエマちゃんが吶喊してきて「何してるのツバサちゃん、そんなことしちゃだめだよ!」と。

 

 サインをもらいに来たのに、トップアイドルが管理人の胸倉を掴み上げている現場に遭遇し、つい実家の妹や弟たちをたしなめるように「そんなことしちゃダメ」と言い放ち、あまりの勢いに言われた側も「分かりました!」と一発で束縛を解いた。

 

 付け加えられるように「暴力で物事を解決しちゃだめだよ」と10も年下の女の子に窘められ「ツバサちゃん」は、他の学生と一緒になって夕食を摂り、お風呂にも一緒に入り、管理人室で寝た――追い出されるかなって思ったけど、一緒のベッドでと言うので、外で寝るよりはマシか、と。

 

 ケド、やはりこのイベントも、エマ→栞子(以下省略)のラインでみんなに知られ「寮に遊びに行けば絵里と一緒に眠れるのか」と勘違いした面々が続々とやってきて、キレた理事長が「社会人だったらちゃんとアポイントメントを取ってから来なさい」なんて。

 

 

 前置きが長くなってしまったけど――そんなことがあったものだから、知り合いが寮にやってくることはあるまい。

 

 と、勝手に思っていた――思っていたからこそ、朝、目を覚ました時に枕元に高海千歌ちゃんが立っていてしこたま驚いた。

 「うわぁ!? 幽霊!?」って言ってしまい「大丈夫です、生きています、ちゃんと足ついてるでしょ」と彼女に苦笑いされながら言われた。

 

 



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そして絢瀬絵里は高海千歌の評価を上げる

 アラサーの驚いた顔が見たいのなら、起き抜けに寝起きドッキリみたいなのしなくてもいいのに。

 変なところがないか鏡に映った自分の顔を直視しつつ「寝起きなのに高校生みたいですよ」と言うので「寝癖とかついてるかしら?」と自分の顔の研鑽を深めた。

 

「安心してください、若々しいっていう意味ですよ?」

「おべっかしたって通用しないんだからね?」

 

 とはいえ寮生から「ちゃん付け」で呼ばれている以上は、若々しいにメリットもデメリットも含まれるのは知っている。年下の女の子から見て、年相応に見えない女性ってことは、つまり能力が低そうの意思表示かもしれない。

 

 それを若々しいと呼ばれて喜んでいるようでは情けない、年を重ねたならばそのぶん老成していなければ。

 立派になったよねと周囲から褒められるような、立派な人になりたいと思う絢瀬絵里でした。

 

「でもどうしてこんなところに?」

「以前、果南ちゃんが絵里さんに大変失礼なことをしまして」

 

 彼女とはクマの神様騒動の際に会った――神様曰く、口の中にねじ込まれたお菓子のせいで死にかけたそうだけれども、先日、ツバサと一緒に返り討ちにしてやったのでおそらく元気だ。

 

 栞子ちゃんも「引きこもる元気はあるみたいですよ」と説明してくれたので――それ以上に理亞ちゃんにお菓子の感想を伝えるのが大変だった。

 震えるほど美味しかったよと伝えたけれども「また食べていただきたいです」と殺害予告をされたので――どうやってお菓子の直撃を防げばいいかと思い悩んでいる。

 

 だから記憶を振り返ってみても千歌ちゃんが語るような「失礼なこと」が思いつかない――首をかしげながら「何かあったっけ?」と言ってみると。

 

「ダイヤちゃん怒っていませんでした?」

「散々私の胸を揉んで帰ったけど」

「それは知っています――」

 

 クマの神様に対して海未や凛は報復していたけれど、ダイヤちゃんはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、私の胸に執着し「後で亜里沙の口座にお金を振り込んでおきますわ」と語っていた。

 

 どれくらい振り込まれたかはわからないけれど、後日妹から「貞操は大丈夫ですか、ダイヤに好き勝手されてませんか?」とメッセージが届いて「あなたの貞操は大丈夫か大丈夫じゃないか」と返信するかしないかで迷いに迷った。

 つまりは、妹に誤解されてしまうほどの大金がわしわし預金に振り込まれたみたいで、彼女の結婚式にアテられれば、とさほど気にしてもいなかった。

 

 なお、貞操を心配するメッセージは送らないで良かった――穂乃果を通じて雪穂ちゃんから「すっごいイチャイチャしているようですよ」と死刑宣告をされたから。

 

「果南ちゃん途中で車から降ろされたそうですよ」

「そんなに怒っている様子には見えなかったけど?」

 

 やはり首をかしげる――千歌ちゃんも失礼なことを言った以上の情報をもたらされてないのか、それとも「私が失礼なことを言われたと認識しているかどうか確かめているのか」どちらとも取れないけど。

 

 気になる発言としては「香典返し云々」だ――ダイヤちゃんの癇に障るとしたらそれくらいしかない。

 

「気に障る発言はされてないわ、冗談の範疇だろうし」

「思い当たる点はあるということですね」

 

 果南ちゃんを庇ったつもりが、追い込む結果になってしまったよう。気にしていないとの枕詞は、千歌ちゃんには通用していないご様子。

 明るいし礼儀正しい、周囲からの元気な子だよねと印象を与える女の子だけれども、その実、マナーに対しては非常に厳しい。

 

 古くからの旅館の女将(見習い)も勤めているし、高名な方の接客もすることがあるとかで、少なくとも周囲から見受けられる、明るくて細かいことは気にしない女の子ではない。

 

「後学のために伺っておきたいんですけど」

 

 隠そうとするな、言えと、言わんばかりに下から見上げる。

 上目遣いなのに、一つも嬉しくない――上目遣いといえばラブコメじゃなかったのか、こんなのラブコメじゃない、雰囲気はまるで拷問。

 

「香典返しはいらないよ」

「そのシチュエーションは?」

「……」

 

 追求を強めてきた――彼女自身も癇に障るものでないと判断したのか、後々の追求のために情状酌量の余地がないようにするためか。

 心の中でにこやかに笑う果南ちゃんに土下座で謝りながら、事細かに内容を説明した。

 千歌ちゃんは満足いったように頷き「場合によってはダイヤちゃんに、と考えていたんですけど」と――それはつまり、車で帰る途中に置き去りにしたのが、過度な報復だったと。

 

 つまりはAqoursのリーダーの中で「果南ちゃんは車で置き去りにされても仕方ないほど失礼なことをした」と、判断されてしまったわけで。

 

「スクールアイドルの先輩を盾にするだけでも許せません」

「身から出た錆だし、結果的に私が呼びつけてしまったから」

「因果応報です、たとえ衝動が正義感によるものだとしても、人に対する悪意は報復を生むんです」

 

 耳が痛い――栞子ちゃんを放っておいたやつに痛い目あわせようぜと、みんなに集合をかけたのは私も含まれるし。

 

 果南ちゃんが悪いばかりじゃないのでと説得しようとしたけど、千歌ちゃんは「それはもういいですので」と聞く耳を持って頂けず――用事のついでと管理人の仕事の補佐をしている栞子ちゃんの顔を見に行き「こんなに素直な子を放っておいたのか」と、クマの神様に対してのヘイトが強まった――まあ、あいつはどうでもいいや。

 



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そして絢瀬絵里は三船栞子にお見舞いされる

 朝香果林という女の子は誰かの問題に対して――特に仲のいいエマちゃんが抱える問題に対しては積極的に前に出て解決しようと動くけれど。

 コト、自分の抱える問題に対しては積極的に逃避する傾向にある――自分が強く出られる相手に対してはAT全振りで攻撃してくるけど、いざ、力が通じないと見るや、なりふり構わず逃げ出してしまう。

 

 3年生になろうかって時期になってまで、寮でお手洗いに行こうとすると迷うのは、攻撃力に全振りしたせいで、方向音痴の解決方法をアドバイスしようとする人間を「攻撃する相手」と認識――もちろん積極的にアドバイスしてくるような相手にマウントを取りたいだけの奴がいるのは私だってよく知っている。

 

 攻撃する相手の攻撃力が低いか、方向音痴だって構わないと彼女自身が認識するか――ただ、自分の弱点を露出するコトに恐怖を抱いているから、そこに土足に踏み込んでアドバイスをしようなんて、まさにマウント取りに過ぎない。

 

 それにその手のマウント取りならば、こんなアラサーのおばさんではなく、同年代の友達に尽きる――年上の人間がしゃしゃり出て問題が解決したとしても、彼女のためにならない。

 どうせ私は彼女よりも早く死ぬことになる――10も歳が離れていれば自然にそうなる。

 

 ただ、同年代の友達でもアドバイスの加減を間違えれば、果林ちゃんはあからさまにムスッとして、私は怒っていますという態度をとる。

 怒っていますという態度をとるけど、何に対して怒っているから周囲から判断しづらいので、エマちゃんも「何かで怒らせた」 くらいしかわからず、そうなれば何かを言うのはやめよう――って。

 

 おそらく果林ちゃんにとってエマちゃんはAT全振りで攻撃できる相手なんだろうけど、彼女がそんなヤワな相手ではないと私は判断しているし、エマちゃんと交流している大抵の人間は、精神的に強い人間だとわかっている。

 とても優しいがゆえに踏み込まないでいるのを「弱さや甘さ」と判断しているのは、若さなんだろうなって思う。

 

 この度――どうして栞子ちゃんを避けているのかをエマちゃんに追求されて、おかんむりな果林ちゃんを見て、解決は難しそうだなと――そんなことを考えていたら、ついついお説教くさいモノローグをしてしまった。

 

 

「わだすが、こんなにおぼこな女の子だから」

 

 栞子ちゃんが原因を追究するけど――そういう事情で苦手にする女の子は確かにいる――が、どっちかって言うと、あからさまに田舎の女の子なのに、見た目はトップクラスに秀でているから、そのギャップが癇に障るのかも。

 際立って悪意を向けるようならこちらも対応するけど、苦手であるそうではない、なんて、大人数で生活していればごまんとある。

 いちいちしゃしゃり出て、こうしなさいああしなさいとの対応は教師の方々に任せる――こちらを頼ってくるのならば話は別だけど。

 

「そういうところが可愛いのに――絵里ちゃんはどう思う?」

 

 以前までは尊敬の念が多分にあったのに、ツバサちゃん事件以降、ついでなのか私もちゃん付けで呼ばれるようになった。

 なんとなく同年代の友達に対する対応を予感させられるけど、距離を近づけるように言ったのはむしろ私の方だ。

 だから、私の望みを叶えて彼女は積極的に動いているのかもしれない――同年代どころか年下に見られてる気もするけど。

 

「おそらくだけど、栞子ちゃんは彼女にとって強く出られない相手なんでしょうね」

「ええ!? わだすなんて、果林さんからしたら、石ころとお月様くらい差があるとよ!」

 

 強く出られる相手には強いけれど、苦手にする相手には積極的に白旗を立てる習性があるのを知っているのか――や、以前、何食わぬ顔をして補習をサボっているのを、エマちゃんが強制連行して先生の前に連れて行ってたから、苦手にする相手は有機物無機物問わないんだなって。

 

 なお、果林ちゃんが実力行使で逃げ出そうとすれば、控えていた私ががんじがらめにしたので、強制連行される結果は変わらなかったハズ。

 エマちゃんの低音ボイスに果林ちゃんが引きつった笑みを浮かべながら、ヘコヘコと頭を下げる様子を――私以外が見てなかったのはある意味救いだったのかもしれない。

 

 今語ったシチュエーションだって、エマちゃんが果林ちゃんの弱点を流布しようとの意図があれば、私以外の誰かが見ている場所で強制連行だってできたんだ。

 

「強く出られない事情があるんでしょうね」

「……もしかして」

 

 エマちゃんが何事か思い当たったようで、絵里ちゃんと真剣な調子で呼びかける――真剣でもちゃん付けなんだなって、無粋なツッコミをしなかったけど――やっぱりどことなく敬意が損なわれているような……や、距離感が近いのは嬉しいんだけど。

 

「栞子ちゃん、地元の料理って何かあるかな?」

「わだすの地元の料理は都会のファンシーなお姉さん方には通用せんとよ」

 

 通用するかしないかはこちらが判断する――として、彼女に地元の料理の詳細を尋ねたところ――都会のお姉さんどころか、私の知り合いの誰しもに刺さらない可能性すらある。

 Aqoursの花丸ちゃんが古くからあるお寺の娘で、その手は料理に免疫があるかもしれないけど……かなりギリギリ。

 

 が、昆虫食に関してはエマちゃんもそれなりに明るいようで、夕食に出せないかなと――積極的に止めて欲しかったんだけど、ここで私が「では地元の料理で」と進言すれば、今日の夕食のメニューは多くの廃棄が望まれる。

  当然そんなことになれば理事長から「夕食のメニューで苦情がきているんだけど」と般若みたいな顔をしながら私の肩を叩き、管理人は首を挿げ替えられるかもしれない。

 

「さすがに、夕食のメニューとして出せないから――ちょっと考えがあるの」

 

 栞子ちゃんが食べると美味しいと語っている以上、凛の料理や理亞ちゃんのお菓子みたいに、人間が食べると痙攣する料理ではないと信じたい。

 食べる前に恐怖は覚えるかもしれないけど――

 



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そして絢瀬絵里は果林にご飯を取られる

 栞子ちゃんの作る地元の料理は、凄絶な見た目を誇っており、周囲の学生が遠巻きに眺めているのが分かる。

 「罰ゲームなのかな」「嫌がらせとかされてたりして」と言ってくれるのはありがたいんだけど、心配のされ方がどう考えても同学年。

 

 私の知人がこの場面を眺めていたら「絢瀬絵里の棺桶を用意しなくちゃ」「葬式面倒」と「微妙に現実じみた反応をされる」

 自分もわれ関せずの立場にいたら同じことを思いそうな感じの。

 これが成長して社会に出た人間と、未来に向けての展望が覆されていない学生との違いなんだなって思った。

 

「めっちゃ張り切ってしまったとよ、神様から食材も送ってきてもらったし」

 

 食材の入手先が謎だったけれど、いけすかない神が一枚噛んでいるようだ――おそらくアイツはほくそ笑みながら「美味しく召し上がって頂こう」とか、言っていたに違いない。

 こんなしょうもない復讐の手段しか取れない奴が、本当に神様かどうかは疑問だけれども。

 

 ちなみにエマちゃんには果林ちゃんを呼びに行ってもらっている――彼女の想定は「朝香果林と三船栞子は同じ地方の出身ではないか」と。

 イメージし難い――栞子ちゃん自身も語っている通り、読者モデルを務め誰しもから憧れている果林ちゃんと、見た目は際立っているのに、他のすべてがイナカモノズな彼女とはまさしく月とすっぽん。

 

 もちろんこの場で「同郷でしょう?」と指摘するつもりはない、彼女の反応でこちらが察するだけだ、もしも同じ出身だとすれば、二人っきりでの会話や秘密の交流で仲良くなってくれればいい。

 そこに介入するつもりはない、エマちゃんも「みんなが仲良くしてくれるのが一番」と。

 

「では、いただきます」

 

 手を合わせていろんな人への感謝を込めながら――もちろん励んで作ってくれた栞子ちゃんにも、お手伝いしてくれたエマちゃんにも、周りで「うわぁ」と言いながらも心配してくれているみんなにも。

 

 最初のうちは「いただきます」と言っていたのは私を含めて一部だったのに、月日が経った今では「いただきます」を言わないと周りから注意をされる。

 

 その仕様に一枚噛んでいるのが朝香果林ちゃんで、背筋を伸ばしていただきますと言い。

 彼女のようになりたいと願う女の子が「いただきます」を言うようになり、女の子にいい目を見せたい男の子も言うようになったのは――まあ、悪いことではないので。

 

 しかしとんでもないインパクトだ――昆虫料理と言うけれども、これから昆虫食するんだなって分かる――何の虫かはわからないけれど、道端で見たら「うわっ!」と驚くんだろうなって。

 

 しかし何の罪もない昆虫を料理としていただく以上、見た目にどれほどインパクトがあるからと言って「チェンジ」と言ってしまえば、友情ノーチェンジを歌ったμ'sのメンバーとして情けない。

 

 それにこの手の料理は受け入れられないと分かっている栞子ちゃんも固唾を呑んで見守っている――彼女ばかりは果林ちゃんが同郷だと信じていない、私とエマちゃんは十中八九そうだろうなとあたりをつけているのに。

 

 それに――カリンという名前の同年代の男の子がいた――と栞子ちゃんは語っている――怪獣のような子だったと彼女は語り、エピソードを聞いていると朝香果林と結びつくものはとてもない。

 ケド、だからこそ彼女は隠したがる――もちろん多くの人に知られずとも良い、仲の良いエマちゃんと――これから彼女にできるであろう仲間にさえ、弱点を含めて知ってもらえれば。

 

 冷静になって考えてみれば「絢瀬絵里が昆虫料理を食べる必要はない」だって栞子ちゃんに「地元にはこういう料理がある」と言ってもらい、果林ちゃんの反応を伺えばよかったのだから。

 脳内にいる星空凛が「アホ丸出しにゃ」と言っているのが聞こえる――後日に是非にもこのエピソードを知ってもらい、脳内ではなく直接私に向かって言って欲しい。

 そうすれば私もアホであることを認識し、こんなアホみたいな行動をしないで済むかもしれない。

 

「……お、意外と言ってはなんだけど、これはおいしい」

 

 箸を伸ばしてから口に入れるまで時間がかかったけれども、食べてみるとなんてことはない。

 香ばしい感じや、風味や、味付けが、和のテイストを誇っていて――見た目のインパクトさえなんとかすれば、多くの人に親しみを込められる料理になるに違いない。

 

 料理は見た目も含まれる以上、見た目のインパクトがかなりの問題を誇るけれども――それさえ乗り越えていただければ。

 

「絵里さん! 信じていたとよ! わだすの料理をきちんと食べてくれる人だって!」

「出されたものは頂くわ、よほどのものだと周囲が止めるけれど」

 

 凛や理亞ちゃんが調理失敗したものでさえ美味しくいただこうとするので「それを食べてはなりません!」と聖良ちゃんに手を叩かれてしまったり、花陽にも「食べたら死んじゃうよ!」と頭を叩かれてしまったり。

 

 後者は焦った結果の勢い余っての行為だったけど、私は内密にして墓場に持って行こうとしたのに、Printempsの両者にバレ「先輩を叩くのは何事か」と花陽はしこたま怒られたらしい――

 ことりには叩くどころか蹴り飛ばされたこともあるので、人のことが全く言えないのではないかと。

 

「でも、こういう食べ方でいいの? 地元の人がする食べ方とか」

「ここまでお上品には食べねーなー、村の人はセミを手づかみで食べてそのままバリボリ行ったり」

 

 カマキリかなんかみたいな食生活をしているんだろうか――でも、後日ネットで調べてみると「セミ」はわりと美味しいらしい、捕まえたものをすぐに口に入れるのは衛生面で問題があるそうだけど。

 

 ――と、ここで解説を受けながら栞子ちゃんの料理を食べていると、エマちゃんが果林ちゃんを伴って戻ってきた。

 逃げないように手を握っているけれども、かなり強い力が入っているのか、果林ちゃんが泣きそうになっているのが気になる。

 ここまでそれなりに時間が経過したけど、やってくるまでにかかったということは、抵抗はかなりしたんだろうな。

 

「わだす、一生懸命作ったから、是非にも果林さんに食べてほしいんだけんども」

 

 もちろんこの場で食べていただく必要はない――あくまで栞子ちゃんには近くに来たから誘いをかけたにすぎない。

 果林ちゃんが断る姿勢を見せれば、エマちゃんが「だったら私がいただくよう」と言って、料理は私たちの胃袋に収まることになる。

 

 が、勢い余って栞子ちゃんが「是非にも」「一生懸命作った」と断りづらい枕詞をつけてしまった――果林ちゃんが断るハードルが高くなってしまった。

 エマちゃんが手の力を緩めて彼女がいつでも逃げられる姿勢をとったけれども――果林ちゃんはプルプルと震えながら留まり。

 

 なんだろうか感情が読めない――怒っている風にも思えない。

 

「これは――あなたの地元の食材を使っているの?」

「味付けに使ったのも全部地元のものを使っているとよ、わだすのおばばに調味料も分けてもらって、料理の腕は劣ってしまうけんども」

 

 劣ると言うけれども、食べ始めるまでに敷居が高かったとはいえ、口に入れてしまえばあまりの美味しさに「おかわり」と言ってしまいたくなるほど美味。

 

「せっかく作って頂いたんだもの、食べなければ仕方がないものよね」

 

 食べなければ仕方がないと言いつつ、私の隣に陣取り、これはすべて自分のものだと言わんばかりに料理と正対する。

 そして何度となく「仕方がないんだものね」と仕方がなさそうな態度で「遠慮なく」箸をつけ、周囲の子達からも戸惑いの声が上がっている。

 

 ――おそらく果林ちゃんには、目の前の料理しか見えていない。

 普段節制することが多いせいで、タガが外れると食べてしまいがちなんだろうか。

 

 ほぼ全てを自身で完食し、思い出したように「エマも食べる?」と告げ、彼女が戸惑う態度を示しながら「果林ちゃんが全部食べていいんだよ」と言い――寮生から「朝香果林ご乱心事件」と呼ばれるモノは幕を閉じた。

 

 時間経過で果林ちゃんも冷静になったか「読者モデルの先輩からこの手の料理がいいと聞いていたから」と周囲に吹聴し、生徒のみんなも「ですよね!」と同調し昆虫食ブームが起き、栞子ちゃんが嬉しい悲鳴をあげたのは言うまでもない。

 



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そして絢瀬絵里は中学生の合格を見守る

 エマちゃんから「もうすぐ合格発表だね」と言われて、栞子ちゃんがにわかに震えだし、私も「きっと合格しているはずだから」と励まし、口からセミをはみ出させている果林ちゃんも「努力は報われるはずだから」と続けた。

 

 誰しもに共感が得られる素晴らしい発言だけど、セミをかじったまま言うセリフではなかった

 

 そんなエピソードから数時間後ツバサから「弟の合格発表が」とメッセージアプリにて伝えられ「そういえばそんなことがあった」と思い出し「観に行きましょうよ」と誘いをかけてみる。

 今回は堂々と学園内を歩き回れるので、トップアイドルが来てもさほど騒がれないで済む――と想定しての返信だったけど、彼女は超人的な勘で「忘れていたわね?」とイエスかノーとも伝えずに。

 

 どこかで見ているんじゃないかと思ったけど、今は仕事で忙しいとのことなので、栞子ちゃんに土下座している私を撮影してもらい、彼女への謝罪の代わりとした。

 

 なぜバレたのかと言うと「誘いをかけたのが悪かった」どこに行くにも「ツバサから」のパターンが多いのに「下手に出るように」「自分から誘いをかけた」ので一発で感づいたらしい。

 エマちゃんに言ってみたら「愛のなせるワザだね」とポワポワとした調子で言われたけれども、愛ゆえに私のした事が分かるのなら、愛ゆえに許していただきたい。

 

 

 栞子ちゃんと合格発表を見に行くとして、ついでになってしまうけど綺羅雪菜の名前を探しておこうと早く眠り、翌日に目を覚ますと枕元に綺羅ツバサが立っていた「うわぁ!? 幽霊!?」と驚きながら言ってみると「こんな幽霊がいてごらんなさい、神様だって生き返れって言うはずよ」と、反応された。

 

 どことなく身ぎれいな格好をしており、弟さんのためを考えての行動だとよく分かる――「きちんとしているのね」と言ったら「ん?」と不思議な発言を聞いたと言わんばかりに首をかしげ「その格好、雪菜クンの合格発表のためにキレイにしたんでしょ?」と続けると。

 

 彼女は苦笑いをしながら「恥ずかしい格好はできないからね」とため息をついた「どうやら選択肢は大外れだったみたいだけど」

 

「ちゃんとした格好を持ってるのね?」

「ことりに宣伝代わりだって大量に送られてきた」

 

 虹ヶ咲学園で仕事をするようになり、当然今までみたいに身内か知人しかいないわけではなく、見た目はまともに見えるよう、服装のアドバイスをことりに求めていた。

 

 「私のデザインした服が着こなせるの?」と言われたので「言われた通りにはできる」ときょうび小学生だって使わないような反応し「だったら服を送るから言われた通りにやって」と――絢瀬絵里のデザインセンスはことりによって大きくジャンプアップし、果林ちゃんにも一目置かれるようになった。

 

 なお、果林ちゃんに「デザイナーの言われるがままにやってる」と言って落胆されるかなって思ったけれども「実は私もそうなんです」と苦笑いされながら言われた。

 完全に言われるがままの私とは違い、果林ちゃんはちゃんとファッション雑誌と自身が映る姿見とにらめっこしながら勉強しているそうなので、厳密には同じではないけど。

 

 ただ、このイベントがきっかけで南ことりに「朝香果林」が知られた。

 私としては周りのみんなからクソダサシャツおばさんと言われることもなく、それなりの地位を保っているので、どちらかといえば果林ちゃんがことりから気に入られるといいなあと。

 

「この高校は広いし人数も多いものね」

 

  私はことりの「宣伝になる」との発言に懐疑的だったけど、ツバサからしてみると学園の中で一目置かれる存在が、南ことりのデザインした服装をしているのは、私が考えているよりも宣伝になるようだ。

 

 「おばあさま譲りの金髪が役に立った」と言ってみると「私は金髪じゃないけど目立つけどね」と――寮にいる学生が遠巻きに眺めている「サインをもらうかどうしようか」との会話が聞こえるけど「ツバサちゃんに頼もう」で彼女は気兼ねなくサインをしてくれるだろうか。 

 

 

 栞子ちゃんとも合流をし「なんまいだぶなんまいだぶ」と言いながら自身の合格を願う姿を観つつ「弟さんは?」と言ってみたら「遅めの反抗期なのね」と、きょうだいで見に行こうと誘ったら「高校の合格発表くらい一人で見られます」と断られてしまったらしい。

 

 「ひいっ!?」と栞子ちゃんが唐突に悲鳴を上げてツバサの背後に隠れるので「どうしたの?」と声をかけてみると「あなたが死ぬほど恐ろしい表情を浮かべていたからよ」とツッコミを入れられてしまった。

 

「そんなに恐ろしい表情をしていなかったつもりだけど」

「邪悪な表情を浮かべていたわ」

 

 首をかしげる――忙しい姉の誘いを断るなんて、と、どれほど彼女が自身を心配したというのか、恩を仇で返しやがって、ぷんすか――

 

 

 合格者の番号が書いてある場所には黒山の人だかりだった――ツバサが「自分のサイン会場でもこんなに人はいない」と呆れた顔をしながら、人がはけるのを待つ。

 弟さんの同級生なるかもな相手に「邪魔だから燃やし尽くしてやろう」と喧嘩を売ることもない。

 

「栞子ちゃん、大丈夫?」

「わだすはこんな人が多いところに入って、悪目立ちしたりしないか」

「目立った方がいいと思うわよ、スクールアイドルをやるんだから」

 

 三船栞子とエマ・ヴェルデと今のところ2名しかいないスクールアイドル同好会は、ちょっとしたトレーニングとアイドル研究に余念がない。

 

 学園にはもう一人「優木せつ菜」という名前のスクールアイドルがいるけれども、本名ではないのか学園にその名前はなかった。

 果林ちゃんも「誰かが優木せつ菜を名乗っているなんて」と――これだけ大きな学園なんだから、正体を隠さなくてもいいのにといいだけだった。

 

 彼女が加わってくれればエマちゃんも活動しやすくなるのにと、果林ちゃんは言いたいようだけど、彼女と二人の能力では今のところ大きく水を開けられているので、活動方針で亀裂が走りそうだな――なんて。

 

 彼女たちは優木せつ菜の正体に感づいていない様子だけど、私は優木せつ菜を眺めた時「ツバサの弟さんそっくり」と思わず言いそうになった。

 彼が年齢を偽って学園のスクールアイドルとして活動していない以上は、当然もう一人の綺羅雪菜のそっくりさん「中川菜々」が優木せつ菜の正体であるとアタリをつけている。

 

 私が見た限りお金持ちのお嬢様くらいの認識しかなかったけど、それをツバサに言ってみたら「それなりの名家よ」と説明してくれた――綺羅家も「それなり」だそうなので私から言わせれば「とんでもない名家」ということになる。

 つまり親の許可が取れないので「中川菜々」の名前が出せない――果たしてそれはスクールアイドルと言えるだろうか。

 

 学生たちを先導する生徒会長としての姿はスクールアイドル「優木せつ菜」と重ならないけれども。

 

「ねえ、ツバサ、もしもご両親にスクールアイドルの活動が反対されたらどうする?」

「力づくで納得させるわ」

「なるほど――中川さんちって、納得してくれそうなお家柄?」

「かなり高いパフォーマンスをすれば――かな」

 

 集団の中に綺羅雪菜クンを発見したのでツバサ共々背後から歩み寄り、肩を叩きながら「山手中央警察署の安浦ですが」「この辺りで女装している変態がいると聞きまして」と声をかけたら、合格発表を見ることもなく逃げ出したので私たちは「レインボーブリッジ封鎖できません!」「やられたらやり返す! 倍返しだ!」と、思いつくままに名言を叫びながら追いかけ、彼をつかまえてからしばらく――理事長に呼び出された。

 

 三人揃って正座させられ「何か申し開きしたいことは?」 と般若みたいな顔をした彼女に言われたので「彼の高校の合格は取り消さないでください」と頭を下げながらお願いした。

 

 なお、雪菜クンも栞子ちゃんも無事に合格し、この春からは虹ヶ咲学園の学生になる。

 

 



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そして絢瀬絵里は無問題ラ!をはじめて聞く

リメイク前の作品では一度も聞けませんでした


 栞子ちゃんが「絵里さんってどんなスクールアイドルだったんですか?」と聞いてきたので「μ'sってグループに加わらせてもらってたわ」と言うと「わだすもグループの一番端っこでいいから歌って踊りてえなあ」と言い「栞子ちゃんは仲間を引っ張れると思うわ」と笑う。

 

 彼女の中では別段ツッコミを入れる話でもなかったようだし、私としても何一つ嘘は言っていないと思っていたので「絵里ちゃん……本気で言ってる?」と、果林ちゃんが虫取りに行きたいと言って補習をサボろうとした際にエマちゃんが出した低音ボイスで指摘を受けた時――首を傾げるしかなかった。

 

 「絵里ちゃん虫取り網ない?」と聞いてきた果林ちゃんに「ないからちょっと頑張って作りましょう」と気の抜けた話をし、二人して「これなら野良犬だって捕まえられる」と自作の虫取り網を完成させた時。

 果林ちゃんの背後に大仏みたいな威圧感を誇ったエマちゃんが立っていて「果林ちゃん……今日の補習はどうしたのかな?」って。

 その際と同じような低音ボイスで――つまりは、あの時と同じくらい怒り心頭だと。

 

「立ち位置としては適切だと思うけど……エマちゃんもアニメを見たでしょ? おおよそ真実よ」

「大まかには真実だって穂乃果ちゃんから聞いたもん」

 

 A-RISEのリーダーだけではなく、μ'sのリーダーまでちゃん付けで呼ばれている――Aqoursのリーダーもちゃん付けになっていたから――近々、聖良ちゃんも「ちゃん付け」になる可能性が。

 パン好きの共通点で膝を進めて話した結果なんでしょう――私がちゃん付けで呼ばれているからそれに準じた――可能性はないと信じたい。

 

 私は下唇の辺りに指を這わせて「あのアニメを見て、少なくとも私を中心だと見るのは難しいと思うけど」と、やはり首を傾げるしかなく、別段嘘をついてないので、おそらくエマちゃんが満足する発言にはならないと思う。

 何やら彼女の中で私の評価が高いようで、絢瀬絵里はすごかったと――私から言わせる話ではなくて、それを損なうような表現はするなと言いたいに違いなく。

 

「絵里ちゃんや希さんが入るまでは、ラブライブで優勝できるようなグループじゃなかったって、ツバサちゃんに聞いたし」

 

 エマちゃんが「希さん」と呼んだときに「私もその人と同い年なんだけどな」と「敬意の有無」を指摘したくなったけど、そんな空気ではなくて栞子ちゃんもセミの唐揚げを食べながら固まっている。

 

 普通に食べても美味しいんだからセミは唐揚げにしても美味しいんじゃないかしら――と果林ちゃんの発言から発展し「セミの唐揚げ」は夕食のメニューに加わってしまった。

 が、やはり一部の生徒以外には不評で1日限りになってしまったけれども、一部の生徒には大変好評なのでおやつ代わりに食べさせている。

 

 ――なお、なぜセミがいない時期にセミを食べているのかと言うと、未だに私に復讐の機会をうかがっている神が嫌がらせの名目で送ってくるから。

 そろそろ神じゃなくてセミって呼ぶぞと神様には言っておいた。

 

「それは、私の努力ではなく、周りのみんなの努力よ」

「そこでですね」

 

 エマちゃんが一気に空気を弛緩させた――や、怒ったふりをしているんだったら、最初からフリだと言って欲しかった、この場にいてひとつも口を挟めないでいる果林ちゃんがセミを食べたそうにしていたし。

 

 

 

「娘さんをスクールアイドルに?」

「そうなの、スクールアイドルで売り出そうとしているのは絵里ちゃんも知っているでしょう?」

 

 だから雪菜クンも女装しての入学が許されている――「理事長正気ですか!?」と「弟が女装して通ったら面白いかも」と冗談で言ったツバサも泡を吹くくらい驚いていた。

 「自由な校風なのだから当たり前」と理事長は説明するけれども――さすがに自由すぎやしないか。

 

 ただ教育者として「規定の制服を身につけていれば男子のもの女子のもの問わない」は推していくと――その模範として雪菜クンは活用されるご様子。

 

 トランスジェンダーであるとか、様々な要因ではなく、制服であればしたい格好をできる――男子とか女子とか性別区別するのではなく、本人がしたい格好をする――区分けは必要だけど、したいことまでさせないのは教育者失格とか。

 

 それはともかく。

 

「スクールアイドルをやったことないんでしょう?」

「やったことなくても娘なら全国レベルの人気になるでしょうよ」

 

 親バカ全開――が、未経験から全国区の人気になったμ'sの例もあるので、メンバーとしては一概に「未経験では難しいのでは」と指摘することなんかできないし、当人がやりたいと言っているのであれば「未経験可」は積極的に推していきたい。

 

「日本の生活に不慣れだからって言って、栞子ちゃんを娘さん係にしたって聞きましたけど」

「彼女に教育させたら安心でしょう?」

「道を踏み外すことはないでしょうね」

 

 仮に最初のうちは栞子ちゃんに様々なことを教えてもらっていても、そのうちに立場が逆転するんだろうな――その頃には栞子ちゃんを放っておけなくなって、二人はとっても仲良くなるであろう――そして栞子ちゃんは「娘と仲良くさせても良い人材」だと抜群の評価をされているということ。

 

「それで……そこでちっちゃくなっている娘さんに、私に何をしろと」

「相変わらず絵里ちゃんは察しが悪いわね――μ'sをラブライブ優勝できるくらいまで成長させたその手腕、ランジュに提供してほしいの」

 

 理事長はノリノリだけれども、娘さん――ランジュちゃんは恐縮しきっており、かといってもスクールアイドルをやりたいという気持ちはあるのか、μ's云々はともかくとして「色々と教えて欲しい」みたいな気持ちはあるご様子。

 

 望まれているのなら――やってもいいかなって思う、なんやかんや言って理事長には大変お世話になっている――給与明細を観たら「もらい過ぎでは?」と首をかしげ、理事長に言ってみたら「あなたが要求したんじゃない」と言われ「給料分は働かなければ」と決意したくらいだし。

 

 それにお金云々だけではなく、学生のためにもいろいろ動いてもらっている――ただの親バカではないし、ただの権力者でもない。

 

 ひとクセもふたクセもあるのが多少問題なだけで。

 

「私の主義は生徒と一緒に頑張る――なので、どうぞお付き合いの程よろしくお願いします」

「ふふ、無問題ラ! ……私の方は問題あるかもしれないので」

 

 途中まで威勢がよかったけれども――なお、先程彼女が発した「無問題ラ!」を決め言葉にしたいらしい、どうやったら決め言葉になるかは皆に相談しようと思う。

 



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そして絢瀬絵里は人生初のナンパをされる

 ランジュちゃんとエマちゃんは以前から知り合いのご様子――スクールアイドルがやりたいとエマちゃんが頼ったのが理事長なるエピソードありけり。

 エマちゃんが留学を受け入れてくれる先を片っ端から探していたところ、返信したのがニジガクの理事長様だったと。

 

 娘のランジュちゃんとはその当時からの付き合いらしく、二人して日本語が流暢なのは一緒にしたトレーニングの賜物であるとか。

 

「お~よしよし~」

 

 ランジュちゃんも背が高いけれども、エマちゃんはそれを凌駕する体格なので、彼女につつまれるように「あ~」と、ランジュちゃんは声を出しながら、そこかしこを毛繕いのようなスキンシップ。

 当初は、ランジュちゃんの位置に果林ちゃんが入りたかったけれども、もう一人の留学生によって問題は解決した。

 

「本当に抱きしめ甲斐があっていいわね」

 

 ミア・テイラーちゃん――ランジュちゃんが連れてきた作曲の天才――なんだけれども、公に提供された作品はなく。

 私や理事長が未だに彼女の声を聞いたことがないとネタにできるほど、限られた人としか交流ができない。

 

 が、交流する事は嫌いではないのか、果林ちゃんに人形を扱いされていても嫌がることもなく、されるがままになっている。

 

 栞子ちゃんはこの両名の日本での生活をサポートする係に落ち着き「立派にするべ!」と意気込んでいるけれども、今のところサポートする機会はほとんど訪れていない。

 学園生活が始まったら、そのような機会も訪れるだろうか――なお、三人諸々、春から高校一年生になる。

 

 ミアちゃんはステイツの大学を飛び級で卒業しているそうなので、そもそも高校に通う必要が? と首をひねったけれども、理事長が「勉強以外にも学ぶことがあるでしょうから」と。

 

 あと、相手とコミュニケーションも取れないし、会話すらままならないけど大学って卒業できるんだ――と、話を聞いた穂乃果がポツリと漏らし「ステイツってすごい」「絵里もステイツになればいいんじゃないですか」と、無茶ぶりをされたけれども「ステイツになるってどうすればいいの?」

 

 

 学園の寮に新しいマスコットが入ったけれども――私も休日にはお出かけをする――理事長が「絵里ちゃんは休みの日くらい、誰かと出かける予定はないの?」と、娘に誘われて私の作った夕食に舌鼓を打ちながら、爆弾発言をかまし、エマちゃんには「絵里ちゃんはまだまだこれからなんだよ!」とフォローしてくれたけれども、アラサーはその発言で止めを刺された。

 

 波が寄せるように笑い声が寮内を包み込んだけれども、まあ、みんなが笑ってくれるならいいことである。

 三年生の一部が退寮し始め寂しくなっていた時期であるから、なんとなく、重い空気もあったものだし、だからというわけではないけど、気兼ねなく笑っていられる時間を大切にしたいと。

 

 退寮する子に「μ'sの曲を歌ってほしいです」とリクエストをされ「餞別代わりになるようなものじゃないけど」と応じ、内心どんな曲が来るのか楽しみで仕方がなかった。

 

 カラオケに行きたいなと、メッセージアプリにてグループのメンバーに送れば「絵里ちゃんの歌はステージの下で聞きたいなぁ」と穂乃果に反応され、各人からも似たような返答が届き、温めていた「南ことりの歌マネ30連発」はいまだに披露できてない。

 

 や、真姫がアニメのオーディションに行ったら、南ことりに似たキャラクターで受かってしまい、役作りに苦労していると言うので「やはり本人を研究するしかない」と私は結論を出し、二人して「研究させてください」と頭を下げたら「忙しいんじゃボケナス」と怒られ、仕方なしに「モノマネで妥協しよう」と。

 

 西木野家に泊まり込み二人して「南ことり」になりきって生活を送り、真姫の演技は多くの関係者からご好評を預かったとか。

 

 なお、真姫に関しては「仕事で必要な事だったから」と許してくれたことりも、絢瀬絵里のものまねに関しては「馬鹿にしてんのか」と怒り心頭になり、めちゃくちゃ怒られてしまった――や、自分のモノマネが似ていたら許してあげると言うので、許されたい一心で全身全霊のモノマネを披露し、同席していた海未が「完璧じゃないですか」と言ってくれたんだけれどもね? ちょっと馬鹿にしてる感があったみたいでね? 真っ赤になった彼女に殴られながら、いつか役に立てば良いなあと思っていた。

 

 その時の経験が役に立ったかどうかはわからないけれども、一曲目のリクエストが「ぶる〜べりぃ♥とれいん」だったので、全身全霊で南ことりに寄せて曲を披露させていただいた――聞いたみんなは、似てる~と言いながら涙してくれた――できれば泣ける曲で泣いて欲しかったけれども。

 

 私らしくていいのかもしれない――

 

 

 さて、いつもの通り話が飛んでしまったけれども、真姫に「同人誌を見に行きましょうよ」と誘われたので「私にも休日に出かける用事があるんだ!」とアムロになった気分で独り言をつぶやき、学生のみんなに「ファッションセンスあるね!」とネタにされる姿になった。

 

 や、以前も語った通りにことりの言う通りにしているだけなんだけれども、最近ようやく「ことりならこうするでしょう」でそれなりの格好ができるようになった。

 

  果林ちゃんには「なるほどなるほど、そうすればいいんだ」と天啓を得たみたいで、ファッション雑誌だけではなく学術書を読む余裕もできたとか――来年度は受験生だから、そろそろ補習の常連としても卒業していただきたいし、歓迎したいではあるけれども。

 

 真姫の待ち合わせ場所にたどり着き、彼女を待っているとイケイケ系のお兄ちゃんから「可愛いねぇ」と誘いをかけられたので「もうすぐ30だけどいいの」と反応したら「30はキツいなあ」と返答され、お兄ちゃんは撤退していた――近年稀に見る成果でうれしくなる。

 

 到着した真姫に「ナンパされちゃった」と言ってみると「は?」とシリアルを食べてる途中に牛乳の上にハエが乗ってた時みたいな顔をして「ついに妄想と現実の区別がつかなくなったの?」と言うから「さっきね、男の人から声をかけられて」と。

 

「迷子になったと勘違いされたの?」

「どうしてもナンパされたって信じてくれない?」

「や、なんでそんなに嬉しそうな顔してるの?」

「一人で歩いてて初めてナンパされたものだからつい」

 

 そうなのだ――何て声をかけてくるとすれば、お年寄りとか迷子とか道に迷った人とか――あんな風に「ナンパって実在するんだ!」と認識するに至り、つい嬉しくなってしまって。

 

「え? 生まれて初めて?」

「実在するのねぇ、漫画とかアニメとかでは見たことがあったけれど、あんな風に女の人って声をかけられたりするものなのね」

「……ところで、今日は付き合ってくれるのよね?」

「もちろん、学生寮だからお持ち帰りはできないけど、おすすめがあったら紹介してほしいわ」

 

 ひとまず声をかけられたイベントは忘れ、真姫にお付き合いしようと決める――当然成人向け同人誌は持ち帰ることができない、どうしてもと言われれば考えるけれども。

 

 かなりコアな同人誌を持ってきた真姫に「人体っていうのはすごいのね」と感服した――そんなイベントをこなしつつ休憩として入った喫茶店にて、この度のイベントのほんとうの目的を知ることになる。

 



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そして絢瀬絵里はギャラクシーを連呼させる

 喫茶店には多くの人手があり「秋葉原にもメイド喫茶以外のお茶を飲むところがあったのね」と感心したように呟くと「あなたって本当に秋葉原のことをアニメとオタクの街だって思ってた?」と真姫が呆れたように呟いたので「北口と南口で全然違う光景が広がってたのは知ってる」と、肯定も否定もできない返答をしてしまった。

 

 メディアで紹介される秋葉原は路上にメイドさんがいたり、秋葉原に行く前にお風呂に入るのが先では? と言いたくなるアニメ好きの方々がいるけれども、一般の方々だってたくさんいる 。

 

 そういう方々が利用する喫茶店なんだろう――真面目な雰囲気で、従業員が少なくとも「いらっしゃいませお嬢様」と、お嬢様でもなんでもない私を見て接客するような場所ではない。

 秋葉原のメイド喫茶でありがちな「サインを求められる真姫を観て歯噛みをする絢瀬絵里」も残念ながら見受けられなかった――せっかく歯噛みするためのハンカチを用意していたのに。

 

 そのように言ってみると「メイド喫茶に先に行っておけばよかった」笑いながら反応してくれた――

 

「雪姫」

 

 真姫が待ち合わせ場所に私を伴って登場すると、女の子が二人はなんとも言えない距離感で座っていた――肩が触れ合うほど近くにいるわけでもなく、仲が悪いとすぐにわかるほど距離が離れてるわけでもない。

 

 ユキと呼ばれた女の子はこちらを一瞥し、すぐさま目を逸らした――金髪の赤いヘアバンドをしている女の子は「はじめまして」とぺこりと頭を下げたというのに。

 

「緊張しているのよ、あなたが憧れの人だそうだから」

「……こちらのお姉さんではなくて?」

 

 私なんぞにどう憧れる要素があるというのか――百歩譲ってμ's時代の自分に憧れると言うならば別だ、そのような人は散見されるのも知っている。エマちゃんにはすっかり同級生扱いされているけれども、初対面の時にはサインを家宝にしますと言ってくれた。

 

 「それならスイスにあるから大丈夫だよ」とサインの行方を聞いて度肝を抜かれた――「コースター代わりに使ってるよ」とか「フリスビーみたいにして遊んでたら壊れちゃったよ」と言われるかと思いきや、家宝にするようにとスイスにある実家に送ったそうだ――エマちゃんの小さい弟や妹たちには是非おもちゃとして活用してほしい。

 

「雪姫、自己紹介くらいはしなさい」

「西園寺雪姫、そちらの人とは半分しか血が繋がってませんけど、一応妹です」

 

 ――全国各地に存在すると言う西木野総合病院の院長の子ども、スキャンダルになりやしないかと思うけれども。

 追求すると面倒なことになりそうなので、まあそれはそれとしてと、メニューを注文する「端から端まで」とボケを挟もうとしたら「これでいいわよね」と真姫に先んじてボケを封じられた。

 

「なるほど……すみれちゃんは元々子役をしていたのね」

 

 姉妹の邪魔をせずに私たちは交流しましょう――と、いうわけではないけど、緊張しいみたいな彼女に対して会話を促してみる――真姫もそのように考えて「彼女は芸能事務所に所属していて」と話題を出してくれたんだと思う――確かに可愛らしい、私なら受からないオーディションも、彼女なら満場一致で受かるに違いなく。

 

 が、言われた彼女も首を捻り、真姫も首をひねり、雪姫ちゃんも不安そうな面持ちをしている。

 

「絵里、こちらの人をテレビで見たことない?」

「あなたに勧められるアニメや、凛に見ろと送られてくるバラエティ番組や、ツバサに送られてくる出演番組を見ているものだから」

 

 全部見ている暇はないと泣き言を言ったら、彼女たちはわざわざ「自分の出演シーンを編集して提供」してくるので、それこそ見ないわけにはいかなかった――なお一番確認するのに時間がかかるのが、真姫の出演したゲームであり、地上波のテレビ番組を好き好んで見ている暇はないのである。

 

 もちろんここでエロゲーをプレイしているから、テレビ番組なんて見ている暇はない――と言うこともなく。

 

「そうですか、別に構いませんけど――恥ずかしながら、大河ドラマにも、朝ドラにも出演したことがありますが」

「そうなの、ごめんなさいね、興味のあることにしか興味がないものだから」

 

 真姫は既に私の意図に感づいているので、苦笑いしながらも冷たい態度をたしなめたりはしない――とても残念なことに、興味を持ってもらおうとする仕草には、とことん冷たいのである――言いたいことが言えなくて回り道した自分の過去を思い出してしまうので、言いたいことは自分ではっきりと言えが私のスタンスである。

 

 知人らには「未だにあなたは回りくどい言い方をする」とか「言ってもわからないから殴りつける」と、身から出た錆な反応をされるけれども。

 

「ギャラクシー……」

 

 最初発信源がわからなかった――秋葉原の喫茶店だから、コアなお客様がいて「よくわからない独り言が」耳に届いたのかと思いきや、真姫も「ギャラクシー?」と つぶやきながら首をひねり、雪姫ちゃんも「……」あからさまに視線を逸らし――そして。

 

「……はっ!?」

 

 当人は言ったことに気がついていなかったのか、 慌てて口元を押さえ――そんなことをしたところで、彼女の妙な独り言は私達の耳に届いている――そのせいか今までの会話はどうでもいいことになりつつある。

 

 本来は雪姫ちゃんに「興味を持ってください」的な会話をしていただき「彼女の出演番組を」眺めるつもりだったけれども、真姫も「ギャラクシー」にすっかり興味を持ってしまった。

 

「口癖なの?」

「感心した時とかよく使ってしまうものでして……」

 

 雪姫ちゃんの補足説明によれば、事あるたびに「ギャラクシー」なる表現を使ってしまうようで「美味しい」とかも「ギャラクシー」に なってしまうとか――心が揺れ動く表現を「ギャラクシー」と表現してしまうのはとても面白い――彼女の外見と相まって、もっとそこをしていれば「子役」としてももっと活躍できたのではないか。

 

「また気の強い感じで――ちょっと偉そうな口調にして、ギャラクシー! とか言ったら、注目を集めそうね」

 

  もっともっとしつこいくらいに「ギャラクシー」を推してと真姫が言い、彼女の活躍のしなささには雪姫ちゃんも気になるところがあったのか、アラサーの演技指導に対して特に口を出すこともなかった。

 

 「他の人にギャラクシーとあだ名されるくらいに」「感嘆表現には事あるたびに使ってみましょう」と平安名すみれちゃん活躍計画は進められ、ケーキを一口食べれば「ギャラクシーな味」可愛い格好を見れば「ギャラクシーな可愛さ」と言い。自分がステージに立つ機会があれば「ギャラクシーな衣装」と表現。

 

 後はもっと、見て欲しいところや、感じてほしい部分には「何度も繰り返して言う」を意識してみましょうと。

 「この衣装はとっても かわいい、かわいい、かわいいんだからね!」みたいな感じで――

 

 

 影響されてしまったのか「今日はギャラクシーな女の子に会ってね」と、寮で栞子ちゃんに言ってしまい「わだすは都会のハイカラな言葉が分からないので……」と。

 

 あと、不評かと思いきや雪姫ちゃんにも「会ったばかりの人のために真剣に頑張っているところが良かったです」と高評価だったようで「あなたは女の子を落とす天才ね」と言われたけれども――いったいどこの誰を落としたというのか。

 



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そして絢瀬絵里はボクっ娘になつかれる

 もうすぐ4月になる――新社会人の皆様は希望に胸が膨らんでいるだろうか、それとも4月になってほしくないと願っているだろうか。

 チート系能力者でもない限り人間には平等に時が流れ、体感が違うばかり。

 

 めまぐるしく時間が過ぎていったと、隣にいるミアちゃんになんとなく言ってみたら「自分はいつも暇」と、嘆くように言われて、頭を撫でてみた――別に褒める要素は何一つないけど、それでもいいんじゃないかと。

 

 働きアリのように忙しく過ごし、気が付いたら恋人の一人もできず30になろうとしている。

 

 「人生は暇つぶし」――とどこぞの誰かが言っていた気がする。

 私も完全に同意だ――暇をつぶす何かを探すのが人生であり、人生の目的なんてものは暇をつぶす何かでしかないと思うし。

 

 別に高尚なものである必要はない、最初は暇つぶしで、暇を潰し続けていたらとんでもないことになっていた――人生なんてそんなものかもしれない。

 

 暇つぶしだからいけなくて、高尚なことをしなさいなんて、それこそナンセンスだ――そして高尚なことをしている人は、誰かにそんな指摘をしている余裕はない――自分自身の面倒を見ることで忙しい。

 

「誰かの言うことなんて気にしちゃダメよ」

「分かった、絵里さんの言うことはひとつも気にしないようにする」

 

 それはとても素晴らしい事と笑ってみせる――少なくとも、絢瀬絵里の影響を受けてしまった園田海未は「金髪ポニーテールのせいでおかしくなった」とネタにされているし。

 ミアちゃんが私の顔を見上げてくる――彼女は背が低いからどうしたって上目遣いになってしまうけれども。

 

「どうして? 今の言葉を言ったら、ボクの家の人は自分の言うことくらいは聞けって言うけど」

 

 全世界に音楽一家として名高い、テイラー家と私なんぞを比較しても「身の程を知れ」と言われてしまうだろうし、そもそも比べられる要素がない。

 

 人間としてどうのこうのと言ったところで、テイラー家の皆様が世界各地の人たちに与えている影響は、私なんぞと比べようもない。

 

 アリと象くらい違うので、とても残念なことに働きアリはせせこましく働くしかない。

 

 なのでこれは個人的な意見だ――テイラー家の皆様に聞かれたら、娘に変な教育をしやがってとタコ殴りにされてもしょうがない。

 

「私がミアちゃんにとって信用のおける誰かであるなら言うことを信じてちょうだい」

「……」

「それが、誰かにアドバイスを求める人間のすることよ、相手に対しての信頼するって自分の気持ちを担保にして、相手のアドバイスを聞くか聞かないかを決める」

「……」

「アドバイスをくださいと言いつつ、自分の求めるものでないと怒る人がいるけれど、送られるアドバイスは相手次第なので自分がどうこうできません。できるのは自分がアドバイスを聞くか聞かないか決めることだけ――ミアちゃんが聞きたいと思うアドバイスだけ聞いてればいいのよ」

 

 結論としては、色々言ってくる人はいると思うけれど、とのアドバイスを聞くかは自分で決めて、と、なってしまう。

 もちろんアドバイスを聞かない選択肢もある――

 

「じゃあもしも、絵里さんがこの人にはアドバイスを聞いてほしいなと思ったら――どうする?」

「言葉で伝わらない相手だったら――殴り合うか、背中で示すでしょうね」

「野蛮なゴリラだ」

「よく言われる」

 

 ゴリラが頭を撫でるんじゃないと手を払いのけられるかと思いきや、彼女は私に体を預けて、気持ち良さそうに目を閉じた。

 言葉っていうのは人間が発明した文明の利器だけど、それに頼りすぎると簡単な答えにすら気がつかなくなってしまうものだ。

 

 だからといって殴り合っていれば、やはりそれはミアちゃんの語るとおりに野蛮なゴリラでしかない――だけども、同じような思考回路を持つツバサや海未がゴリラと呼ばれないのは、彼女たちが自身をゴリラだと呼ばれることを潔しとせず、口が開けなくなるほどに報復するから。

 

 つまり私はある程度、会話ができるゴリラであるに違いない――

 



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そして絢瀬絵里はちょっと過去語りをしてみる

 Aqoursの一年生組が成人式を迎え、私たちμ'sとAqours――絢瀬絵里の知人らが巻き込まれたイベントがある。

 

 アニメを見た方は彼女のことを「津島善子」と呼ぶに違いないし、彼女も「津島善子」と名乗っている――が、彼女がどれほど自分のことを「津島善子」と名乗ったところで「黒澤サファイア」と呼ぶ勢力は未だに衰えを見せていない。

 

 面倒くさいので私は「よっちゃん」と彼女のことを呼ぶし、それを肖ったのか面倒だったのか知らないけど、知人らは「よっちゃん(ちゃん・さん)」で呼び名を統一させている。

 

 さて、黒澤家では双子が生まれると片方は養子に出さなければいけない――そうでなければ家が滅びる。

 そんな言い伝えがあるらしく、ダイヤちゃんも「バカバカしい」と語る内容であった――そして20数年前、黒澤家に双子が生まれる。

 

 片や「サファイア」と名付けられ、もう一方は「ルビィ」と――娘を溺愛していた黒澤家のご両親は「伝統を慮るか」「無視して双子を育てるか」で悩んだ挙句、苦渋の決断として「津島家」に「サファイア」を養子に出す。

 

 文献を調べた結果「成人後」に家に迎え入れるのは問題がないようで、その時がやってきたならば「黒澤サファイア」として迎えに行く――親御さんたちの間では取り決められていたとか。

 

 ――十数年後、娘たちは成長しAqoursの結成により、同じグループに三姉妹が揃う大事件が起こった――血縁関係はバレるわけがない派と、強制的に引き離す派で論争が起こり、後者が勝利。

 けども、大人たちの想定通りには行かなかった――世界でも名高いオハラグループがAqoursの9名を守りきったので。

 ケド、Aqoursは守り切れたものの学校存続問題までは解決できなかった。

 

 何としても姉妹を引き離したいグループは、Aqoursが解散をすれば学校存続ができると脅迫。悩んだ彼女たちはグループの解散を選んだけれども、浦女の学生たちがそれを許さなかった――

 

 ラブライブ優勝を果たすことによって浦女の名前を未来永劫を残したい――そんな願いのもと、彼女たちは口約を果たし、廃校は免れなかったものの新しい高校でもAqoursの二年生組一年生組のグループはラブライブ優勝を果たし、統合先の高校も知名度を上げた。

 

 が、この大人達の騒動がAqours二年生組の生き方を微妙にスレさせ、彼女たちは一筋縄ではいかない子になってしまう。

 千歌ちゃんや梨子ちゃんは特に顕著で、絢瀬絵里は彼女達に簡単に手玉に取られてしまう。

 

 悪いことを考えた人たちは、黒澤家の当主を譲られたダイヤちゃんに結果的に一人残らず放逐された――放逐騒動の折り、Aqoursの問題ですのでと、ダイヤちゃんに協力を断られたけれども、Aqoursの問題をμ'sが放っておく訳もなく、煮え湯を飲まされたオハラグループの積極的介入も手伝い、私も大男を殴り飛ばした記憶がある――

 

 や、誰か一人を人質にすることによって、自分たちの都合のいい展開にしようとしたものだから、守りきるために意気揚々と迫ってくる人たちを殴り飛ばしたのである。

 その際によっちゃんに「相手は武装しているんですよ!?」と、言われたけれども「だから何!?」でツバサとタッグを組んで彼女を守りきったことが、相手の降伏を早めたらしい。

 

 

 さて。それでも黒澤家にサファイアをとの勢力は絶滅しておらず――ダイヤちゃんも頭痛の種になっているけれども、強制的にと願う人は誰一人いない――どっちかって言うと津島家の皆様が金銭的に困ることがあれば、サファイアとして家に戻ると。

 

 黒澤家の世話にならないとよっちゃんは言い、それがいいとダイヤちゃんもルビィちゃんも彼女の意思に賛成をした――真面目に生きる子が困ることがあれば、意気揚々と問題の解決に介入する私も、彼女なら自分が口出しせずとも――と。

 

 

 思い出していただきたい――ルビィちゃんは大学に進学せず地元のローカルタレントとして芸能界デビュー、全国放送にも出演したことがあり、地元では花陽と一緒にステージに立つこともあるとか。

 

 人気がそれほどでもなかった時期には、凛と一緒になって「観客席で二人を応援する」イベントも発生したけれども、今では地元でのステージはプラチナチケット扱いになっている――縁故で何とかしてもらおうとは思えない。

 

 そのステージはよっちゃんに影響を与えた――「アイドルをやってみたい」

 ケド、大手銀行に就職を決めた彼女が「アイドルをやったら、明日食べるご飯もままならないかもしれない」と考えるのは必然で、私も「やるなら兼業で」と進言するかもしれない。

 

 「一回オーディションに行って諦めるための道筋にしよう」と、彼女はハニワプロという芸能事務所のアイドルオーディションに向かい、あらゆるアイドル候補生たちを抑え満場一致で合格してしまった。

 

 あらゆるサポートを約束すると事務所から言われたよっちゃんは「自分一人ではどうにも決められない」と、高校卒業後にアイドルとしてデビューし、引退した後はUTXで教鞭を振るっていた矢澤にこに相談。

 「あそこなら、バックアップがしっかりしているから売り出してくれるはず」と判断し、なんとよっちゃんの背中を押した。

 

 

 「あなたのせいでここで講師を務めることになりました」と唐突に寮に現れた矢澤にこに胸ぐらを掴み上げられ、理事長は娘のために積極果敢に行動するなぁと頭を垂れるしかなかった私。

 寮に置いてあるテレビから「ハニワプロから新人アイドルデビュー、元Aqoursのシンデレラガール」と聞こえ。

 

 その言葉が聞こえた瞬間に脱兎のごとく逃げ出した矢澤にこの襟首を掴み「事情を聞かせてもらおうかしら」と、立場が逆転し、彼女から聞いたことを踏まえてのモノローグである――前置きが長いと言われれば積極果敢に土下座するつもり。

 



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そして絢瀬絵里は矢澤にこの酒に付き合う

 寮の管理人を務めるまでは4月は忙しいと聞いていても「対岸の火事」でしかなかった――私に思わぬ逆襲の一手を食らったニコだったけど、 職員会議だと言われては彼女を解放するしかなかったし、エマちゃんに「新しい子がたくさん入ってくるから歓迎会の準備」と言われてしまえば「全身全霊で歓迎しなければいけないわ」と、真顔を作る。

 

 果林ちゃんにもミアちゃんにもランジュちゃんにも揃って「意外」と言われるのが、絢瀬絵里のイベント好きな性格である。

 何かの記念日はすぐに忘れてしまう私でも、バレンタインであるとか、ホワイトデーであるとか、 卒業式であるとか、退寮式であるとか――その中の一つ入寮式もまた、全身全霊で盛り上げなければいけないと張り切る。

 

 本当は補習地獄を乗り越えた果林ちゃんの進級祝いもしたいではあったけれども、彼女から「新入生を優先させて」と言われてしまえば「かりんちゃん進級おめでとう」と書かれたケーキの出番はなくなる――文字が書いてあるチョコの部分を取り、期待に胸を膨らませる新入生の皆様にケーキを提供した。

 

 文字が書いてあるチョコレートは、エマちゃんに「どうしましょう」と相談したら「後で机の上に乗せておくよ」と言われたので「任せるわ」と告げて、料理作りに励む。

 

 今年の新入生は逸材揃いだ――なんて言ったって理事長が「ラブライブに優勝するための戦力を揃えた」と言ってしまうくらいに。

 ただ、そのための主戦力が揃いも揃ってやる気がないのは、何も私のせいばかりではない。

 

 ランジュちゃんやミアちゃんの補佐をしている栞子ちゃんが「わだすはラブライブ優勝より周りのみんなと楽しくやりたい」と言ったため、ランミアの両者も「栞子の言うとおりにしたい」とし、理事長がいくら絢瀬絵里の胸ぐらを掴んで「コイツをクビにするわよ」と脅迫しても「寮生にリコールされたければどうぞ」と返り討ちにあってしまう。

 

 なお、寮生だけではなく教師の方々にも管理人としての絢瀬絵里の評判がめっぽう良いようで「クビにしたら私のクビが飛ぶわ」と、理事長は思い留まってくれた。

 

 自分で雇った以上は私をクビにするつもりはないようで「冗談だからね?」と、後日懇願するように言われたけれども、私だってわかっている――おそらくわからなかったのは、栞子ちゃんを中心とした3人組。

 

 そんなこんなで――新入生の入学式から二週間も過ぎ「よっちゃんのアイドルデビューは」自分達からも――Aqoursのメンバーからも、頭の片隅から抜け落ち「シングルの予約がたくさんです!!!」と「よっちゃんの喜びの声が届き」「予約を忘れていた」「箱買いしますわ」とのメッセージがアプリに踊った――が、Aqoursのリーダーの「忘れていた」は思わぬ騒動を呼ぶ。

 

 後日彼女が「不適切な発言でした」と謝罪と土下座画像をメッセージアプリに上げて「私も忘れていました」と同調する金髪ポニーテールの土下座画像がアップされたことから、様々なメンバーが「忘れていました」とのメッセージ土下座画像が上がる。

 

 それらを観たよっちゃんが「なんでみんなして忘れてるのよ!」と、半ギレのメッセージを上げたけど、そこですかさずりこっぴーが「あなたが事情を隠していたから」と、待っていましたと言わんばかりに反撃のメッセージ送り――

 

 CDデビューしてめでたいはずの主役が「申し訳ありませんでした、今後は隠し事は致しません」と土下座し、自分たちの中ではこれで手討ちということになっている。

 

 

 さて少し前に「ラブライブを優勝するための戦力を揃えた」と理事長が語ったけれども、その戦力を指導するのが矢澤にこの役回りであり、そのためにわざわざUTXから苦労して引き抜いたのである。

 そして、理事長が鼻高々にして優勝するための戦力と謳った少女たちは、寮生として私が面倒を見る立場だ。

 

 英玲奈の妹の統堂朱音ちゃんの歌唱力は素晴らしく、この歌を最初から最後までステージでちゃんと披露できれば彼女一人で優勝できると、パフォーマンスを見たみんなが判断するほど。

 

 が、彼女の弱点は100メートルを全力疾走すると途中で倒れるという体力のなさ、なにせ準備運動するだけで息が上がってしまうので、そもそもお客様の前でパフォーマンスがなせるのか――

 

 子役としてデビューし、彼女を知る人間からは「この子がスクールアイドルをやったら知名度の差で負ける」と言われ。

 真姫の妹でもある「西園寺雪姫」ちゃん――が、演技や営業には長けている彼女も、アイドルとしてのパフォーマンスは本業ではないようで、歌唱力もダンスも中途半端と言わざるを得ない。

 

 もう一人動画サイトでダンスの天才と言われていた九璃々ちゃん――エマちゃんから「きゅーちゃん」と呼ばれているけれども、読みは「きゅう」ではなく「いちじく」である。

 

 なんでも子どもの頃に見たμ'sの絢瀬絵里っていう人に憧れたらしく、独学で研鑽を重ねた結果、理事長の目にとまり学園に入学したそう。

 

 けども、私の目の前で「絢瀬絵里っていうひとに憧れまして」と言い、寮のみんなが一様に首をかしげ、言われた私も「そうなんだ、絢瀬絵里ってどんな人だか知ってる?」と言うと、ペラペラと流暢に語りあげ、私が思わず「なんでそんなことまで知ってるの?」と言う内容まで把握していた――そして未だに私は「絢瀬絵里」の「同姓同名の別人」扱いを彼女からされている。

 

 そしてそんな三人を統括するのが――綺羅ツバサの弟にして、入学式当日5人の男子生徒から愛の告白をされたと言う、天性の可愛さを持つ綺羅雪菜氏――一つ一つの能力では上に紹介した3名に劣る部分があれど、のびしろの高さと、結局のところあの3人をまとめられるとしたら綺羅雪菜しかいないと、遠い目をした理事長に言われてしまえば――うん。

 

 メンバーの能力の高さは折り紙つきだし、まとまりさえできればラブライブ優勝も夢ではない――が、スクールアイドル部の皆様の知名度は――今のところ、優木せつ菜が入部したスクールアイドル同好会に負けている。

 

 部の指導に取り組んでいるニコが自宅に戻らず寮生に混じって生活しているのは「メンバーが寮生だからね」との理由だけではあるまい――だけども「家に帰りなさい」とかわいそうなことは言えない――彼女の酒に付き合えるのは、今のところ私しかいないし――あまりに不憫で、かわいそうなものだから……。

 



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そして絢瀬絵里は優木せつ菜の助けになると決める

 前回さらっと流してしまったけど――スクールアイドル同好会には四月になって新入部員が入った――まずは一人目、草むらで眠りこけているところ「緊急事態だ!」と勘違いし、米俵のように抱えあげ、寮で看病の真似事をしていると、エマちゃんが登場し「この子は寝てるだけだから大丈夫だよ」と、不可思議なことを言うので「草むらで眠るのは一般的な行動じゃないのよ」と、慌てていたものだからマジレスをかます。

 

 校内で枕を地面に敷いて眠っているのは、確かに一般的な行動ではなく、エマちゃんもマジレスに思わずつんのめったように黙り、そう言われてみればと唇の辺りに指を這わせ考え込む仕草を取った。

 

 が、近江彼方ちゃんを知る生徒が「彼女にとっては一般的な行動」「授業中以外はよく眠っている」と進言する。

 言われた私も「それでも外に眠っていたら風邪を引いてしまう」として、校内で意識を失うように眠ることを潔しとはできなかった。

 

 そのため目覚めた彼女に「部活に入ること」を提案し、そうでなければ「強烈な眠気に襲われた時には寮に来ること」をさらに付け加えた――ダメ押しとして困った事情があるなら相談することと主張。

 

 エマちゃんに「真剣に人助けしようとしてる」栞子ちゃんに「なりふり構わずって、わだすははじめて見たべ」と言われてしまう程の態度をし――後日「どうして?」と尋ねられたものだから「彼女には妹がいる」「妹のためなら何をしたって構わない子を助けることに理由なんていらない」 と。

 

 別に彼女の生活状況なんて知らないのに言ってのけ「ちょっとおかしくなっちゃったのかな」「最近忙しかったから」とランジュちゃんやミアちゃんに悲哀の目を向けられた。

 

 でも「この人がいる部活なら入ります」と、態度を保留していた彼方ちゃんが、眠そうでもない、のんびり屋さんでもない、いつもとは違う真面目な態度で言ったので、シスコンのヤマカンは姉妹関連の出来事に限っては抜群の精度を誇ると――

 

 が、栞子ちゃんに「あなたも血の繋がっているお姉ちゃんがいるわね」と言い「わだすにはお姉ちゃんはいないよ」と笑いながら否定をされ「なんだあてずっぽうだったのか」

 

 その時にはシスコンのヤマカンは全否定されたけれども、これまた後日「わだすには確かにお姉ちゃんがいた!」 と、泡を吹くような感じで栞子ちゃんが、彼方ちゃんの勉強の面倒を見ている私のもとにやってきて「何で見ただけで姉がいるって分かるの?」と言われたから「長年姉をやっているからかしらね?」

 

 

 

 近江家のお母様から「家庭教師のお金は」と相談されたので「勉強をしているのに付き合うのは寮のみんなにしていることですから」と断る。

 

 「そうよ、私が何度付き合ってもらってると思ってるの」と、練習が長引いた彼方ちゃんを伴っての食事の最中に、果林ちゃんが言い放ち「果林ちゃん……本気じゃないよね?」と、久方ぶりにエマちゃんの低音ボイスを耳にすることになった。

 

 初体験の彼方ちゃんは「エマちゃんってこんな声出せるんだ」と、背筋を震わせつつ完食。

 

 その後妹を家に待たせていると、暗くなってから帰宅しようとしたので、私もお付き合いさせていただいた。

 

 寮の食事の残りはタッパに入れて「どうぞお食べください」と近江家に提供させていただいた――遥ちゃんには「本当にありがとうございます、お礼できることがあまりありませんが」

 

 と亜里沙に似た雰囲気を持つ妹キャラだったので「どうしてもというのなら私の妹に」と冗談半分で言ったところ、彼方ちゃんが「絵里ちゃん……本気じゃないよね?」と、先ほどのエマちゃんを彷彿とさせる低音ボイスで彼方ちゃんに脅迫され、正直殺されるんじゃないかと思った――

 

 英玲奈にも「シスコンとして恥ずべき行為だ」と怒られたので、もうあんなことはしませんと頭を下げた。

 

 なお遥ちゃんに「どうしてもと言うなら妹になっても」と言われたことが亜里沙に伝わってしまい「お姉ちゃんは妹を増やそうとしているのかな? 結婚したらもう妹じゃないのかな?」と、言われたので「もう二度と誘いはかけません」と一筆書いて送っておいた――どうか許してほしい。

 

 ただ、彼方ちゃんに「どうしても許してほしいなら、遥ちゃんに料理を教えてあげてほしい」と、栞子ちゃんの虫料理を食べてるときに言われ「鹿角理亞、星空凛、そして綺羅雪菜にも料理を教えたけど効果がない」と反応しつつ、それで許していただけるならと。

 

 

 

 さて、二人目の新入部員はちらっと話題にあげたけど、彼女が練習を見守る私の前に登場したのはスクールアイドル衣装で――つまり「中川菜々」ではなく「優木せつ菜」状態であり、寮の管理人の仕事で忙しい時のために、代理アドバイザーとして理事長が雇った「鹿角理亞」も首をかしげていた。

 

 スクールアイドル部のアドバイザーが「矢澤にこ」「綺羅ツバサ」と名前だけで勝利宣言できそうなヒト。

 いかにメンバーがあまりやる気がないとはいえ、期待させる要素はいくらでもある、ニコの酒量が増えているから、その期待がどれほど信憑性に足るかはわからないけれども。

 

 鹿角姉妹の状況すら把握していた理事長が「絵里ちゃんだけで同好会の面倒を見させると面倒なことになりそうだから」と。

 本来は聖良ちゃんを呼びつける予定だったけれども、彼女は彼女で仕事が忙しいとのことで、妹の理亞ちゃんが代理として登場した。

 

 彼女は三食昼寝つきが良くてと笑い、長年引きこもりであったとは思えないほどの運動能力と指導力で同好会の面々の信頼を得ていた――が、それを聞いたツバサが校内に登場する回数が増えた――仕事はどうするのかと言ったら、これが仕事だと言い出したので――まあ、これがやりたいことだというのなら口出しすることじゃないか。

 

 てと、また話が違う方向にどうか許していただきたい――「こんにちは中川さん」と、私が言うと「私の名前は優木せつ菜です」とたじろぎながらも言ってのけた――彼女の意思をはかって、積極的に吹聴はしていないけれど、同好会の中では「会長も同好会に入ればいいのにね」と言った空気は前々から広がっていた。

 

 同好会の結成からしばらく経ってのご登場に先制攻撃をかましてしまったけれども、生徒会長を務めるほどの聡明な彼女が「中川さん」と言われて他のメンバーは何も言わないことで、自分の正体が割れていると判断。

 

 

「こんなことを言える義理ではないとは思うのですが」

「前置きはいいから内容をどうぞ」

 

 ――ちなみに、彼女が口にしたい内容はすでに同好会の皆は把握している。もちろん私が優秀だったわけではなく、理事長が「優木せつ菜さんが親御さんに正体がバレてしまってね」と何食わぬ調子で言ってのけ「彼女がもしも同好会に入りたいと言うなら入れてあげて」と言いつつ「自分一人で何とかしようとしたら止めてちょうだい」と。

 

「助けてください――このままだと私は、スクールアイドルをやめなければいけないんです」

「なるほど、では部長の三船栞子さん――どうなさいますか?」

「わだすらで助けになるならいくらでも」

 

 ちなみに部長は三年生がいいんじゃないかと彼女は言ったんだけれども、自分たちが卒業しても同好会の面倒を見て欲しいからと、1年生にして異例の抜擢になりました。

 

 「人の上に立つなんて、わだすにはそんな適性はないとよ~」と泣き言を言いつつ、ランジュちゃんやミアちゃんのサポートを受けつつ、部長会議に出席しているんだからすごい。

 

 こうして四月中に二人の新入部員が入り、同好会は初めてのライブを迎えようとする――しかもそれは優木せつ菜がスクールアイドルを続けられるかどうかが決まる、極めて重要なもの。

 初めてのライブが深刻な状況から始まるのは、スクールアイドルのお約束として許していただきたい、穂乃果たちに聞かれたら殴られそうな発言だな……。

 



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そして絢瀬絵里はダブルライダーキックって人に再現可能なんだと思う

 「練習は厳しいものにしなければいけないわ」と、真剣な面持ちをしたツバサに言われて背筋を伸ばす。

 そうすれば不思議と彼女が年下の子どものように思え、上目遣いをされれば、お願いことを何でも聞かなければなという気分にもなる。

 

 かといって何でもホイホイ願い事を叶えていれば、アラジンに出てくるランプの魔人だって「もうそれ以上は願い事を叶えられません」と職場放棄をするほどの願い事が彼女の口から発せられ、魔人でもなんでもない私は、悲鳴を上げるしか取り柄がなくなろうか。

 

 「何か失礼なことを考えなかった?」と睨みつけられたので、居住まいを正しつつ「あなたの可愛さに虜になっていたわ」と、白々しいおべっかを言い、殴られるかと思ったら「おかしいわね? 虜にできるほど魅力があるつもりはなかったけど」なんて言いつつ、頬を染めてみせる。

 見事な演技だと思う、これだとどうしたってかまいたくなってしまう。

 

 優木せつ菜さんがスクールアイドルとして危機を迎えているけど、ご両親を納得させるためのハードルは私が思ったよりも高い様子で。

 それを乗り越えるためには厳しい練習を課さなければいけないよと、彼女が提言しているのだ。

 茶化すような真似をして申し訳ない、反省するので今度は胸ぐらのひとつも掴みあげてほしい。

 

 家政婦は見たの女優さんみたいな感じで、ランジュちゃんと栞子ちゃんが私達の事を興味深そうに眺めていた、何かを誤解しているのであろうか、どうぞ私達は気にせず続けてくださいと言ってくれたけれども。

 あなたたちを伴っての話し合いでも、別に何か問題があるわけじゃない、言いたいことがあるのならば積極的に提案してほしい。

 

「やっぱり、せつ菜さんが許されるものじゃないと」

 

 どれほど同好会で高いパフォーマンスをしたところで、せつ菜ちゃん自身が許されるものでないといけない。

 彼女の人気や能力を持ってすれば容易かと思いきや、理解をさせるためのハードルは私の想定以上に高いご様子。

 

 話し合いに加わることにはゴネたツバサも、その点には納得して「良い提案をしてくれるわね、この金髪ポニーテールでも爪のアカ一つも舐めさせてあげて」と、何か含むところがあるのか、私への嫌味も忘れることがない。

 

「部のパフォーマンスの向上は頭打ちになっているから、私もあなた達の練習を観に」

 

 と、発言の途中で私の前に現れる一つの影。

 小柄なツバサよりもさらに背が低く、高校一年生の二人よりもさらに年下に見えてしまう外見。

 そんなことを口にすれば「チビってことですか」と、胸ぐらの一つや二つは掴みあげられるのを覚悟しなければいけない。

 

 それで彼女のストレス解消の道具になるのなら、喜んで胸を突き出すつもりではある。

 

「ご安心下さい先輩、先輩の意思は後輩である私が実行いたしますので、先輩にご足労いただく必要はありません」

 

 何度も繰り返し先輩を強調するけれども、私の記憶では鹿角姉妹はA-RISEを推していたはず。

 理事長も「みんなと仲良く過ごすのよ」と理亞ちゃんに声をかけていたけど、彼女はにんまりと笑いながら「絵里さんにはお世話になっていますから」と強調していた。

 

 A-RISEを推していたから、ツバサと仲良くするつもりだとみんなから思われているのだ。

 と、私は独り合点し、どうぞよろしくお願いしますと声をかけた。理事長は私の発言を聞いて「本当に大丈夫なの絵里ちゃん」と告げたけれども「理亞ちゃんはみんなと仲良くできる子です」

 

 実際にAqoursのメンバーとも、μ'sのメンバーとも仲良く付き合っていた。

 真姫とはかなり濃いオタクトークをしていたし、凛ともなかなか手料理を食べてもらえないという話で盛り上がってきた。

 

 それは自分の料理の技術に問題があるのだと、聞いていた聖良ちゃんも花陽も言いたげだったけれども、二人が楽しそうにしているから「あなたがメシマズだから人に料理を食べてもらえないのです」って、すごく言いたげではあったけれども口には出なかったから……。

 

 そんな経験もあり、理亞ちゃんはツバサと仲良く過ごすんだろうなぁと、期待をしていた。

 期待というかほぼほぼ想定であり、寮の案内をする間に「是非にもここでいい経験をしていってね」と声をかけたほどだ。

 

 年下の学生からも学ぶところはいくらでもある。

 むしろ私なんぞから学ぶ点の方が少ないかもしれない。

 

 ただ、A-RISEとして常に最前線でステージに立っていたツバサからは、何かと得るものがあるに違いなく。

 燃え尽きてしまったステージへの情熱も、再び熱を帯びるかもしれない。

 

 聖良ちゃんともそんな話し合いをしていた。

 仕事の内容までは教えてくれなかったけれども、妹のためにステージに立とうと思っていますからと。

 

 仕事が軌道に乗るまでは秘密の話なのだ。

 

 

 が、ツバサと顔を合わせた瞬間、理亞ちゃんは私の腕に抱きつくようにしながら「絵里さんには昔からとてもお世話になっていまして」と、見とれてしまうような笑顔で言ってのけた。

 ツバサが握手をしようと手を伸ばしていたんだろう、その動きが見事に止まり「昔からとても世話になっていた?」と、首を傾げてみせた。

 

「悪いけれど彼女とは、現役のスクールアイドルの時代からの付き合いなんだけれども」

 

 と、自分の方が昔から付き合いがあったと強調する。

 もちろんこれは、勝負事を挑まれればどんなことでも叩き潰すトップランカーとしての矜持であるに違いなく。

 ただ、理亞ちゃんだってツバサのそんな性格は分かっているだろうし、推しているんだから「自分の方が」みたいな話をすれば、論争になるとわかっているはずなのにどうして……。

 

「先輩と一緒のベッドで寝たことは一度や二度ではありません」

 

 理亞ちゃんの発言に周囲からは「やっぱり」「異性の恋人はいなかったけど」と声が上がったけれども「やっぱりってどういうこと?」

 

 異性の恋人がいなかったからつまりはそういうことだと勘違いされてるってこと? 理亞ちゃんを振りほどいて真剣に否定したかったけれども、腕に抱きついている彼女はそれに感づき、腕を絞め殺す気なんじゃないかなってほどの力を発揮。

 

 骨が軋む音が聞こえるようだった。

 

「寝る前に優しい言葉をかけていただいたのも一度や二度ではありません」

 

 「やっぱり」「部屋に鍵をかけておかなきゃ」と学生たちにとんでもない風評被害が及んでいる。

 果林ちゃんは一人「異性の経験豊富だけってわけじゃないのね」と間の抜けたことを言っていたけれども、どうかそのままでいて欲しい。

 「汚らわしいから近づくんじゃない」と見下されるように言われたら、私の豆腐メンタルはあっけなく崩壊する。

 

 ツバサはエマちゃんに「廃棄する予定のフライパンとかない?」と声をかけ、声をかけられた後輩は「あるからちょっと持ってくるね」と、少しだけ緊張した面持ちで、何とかして一般ゴミで処理できないかと考えていたフライパンを持ってきた。

 よもやそれで私の頭をぶん殴るつもりではあるまい。

 

 私は廃棄されるフライパンで殴られるつもりはない、かといってFF4に登場する格闘家のように、愛のフライパンで殴られるつもりもない。

 長い間昏倒をしているわけでもない、むしろ彼女に全力でフライパンで殴られれば永眠する可能性だってある。

 

 「ゲームで愛のフライパンで殴られて目を覚ました人がいたから」と、トップアイドルが言えば「それは仕方がない」と裁判官だって言うかもしれない。

 

 もしも裁判官がA-RISEを推していればその可能性もある、人間は感情で生きる生き物だ、できるだけ法律を遵守し、感情を排斥してと言っても機械ではないから無理がある。

 

「あなたもこうなりたいのかしら?」

 

 理亞ちゃんに向かってフライパンを掲げ、何をするのかと思いきや、格闘家のパフォーマンスみたいに、金属製のフライパンが粘土みたく曲がっていく。

 周囲からどよめきが上がるけれども、エマちゃんは「すごい力持ちなんだねぇ」と語っていた。

 

 

 どうかそのままのあなたでいて欲しい「女の子がフライパンを曲げるなんておかしいよ」と低音ボイスで言われてしまえば、ツバサも正気に戻って死にたくなるに違いないし。

 

「そんなゴリラみたいな力を持っているから、寝る前に優しい言葉をかけていただけなかったんですね」

 

 なんとここで相手に向かって同情するような視線を向けた。

 馬鹿と言われて怒っている相手に「お前が馬鹿だから馬鹿って言われるんだよ」と、言いたげな感じで見下すような同情の姿勢を見せれば、どんな聖人君子だって「やろうぶっころしてやる」と怒り狂うに違いない。

 

 この二人の間に挟まれている私は「ダレカタスケテー」と花陽になりきって助けを求めたかったけれど。

 

 と、「まーちゃん!」と栞子ちゃんが言い、私の危機に乗じてクマの神様がやってきたのがわかった。

 今もなお私に対して復讐の機会をうかがっており、この時も敏感に危機を感じ取ったんだろう。

 

 最初は驚かれた外見も「プーさんだ」「ミスタープーだ」と最近では、むしろユーモラスでは? みたいな扱いになっている。

 学生の順応性ってすごいなって思った記憶がある。

 

「まーちゃん! 何をしてるとよ! 何もないのにここに来ちゃだめだって前も言ったよ!」

「この金髪がダレカタスケテと言ったからな、追撃をする良い機会だと思って」

 

 最低にも程がある。

 仮にも神様のつもりなら、追撃ではなく初撃で私を沈めてほしいものだ、そうすれば彼女たちだって喧嘩を止めるに違いないし。

 

 や、どちらかか、両方が神殺しってあだ名で呼ばれるオチになるけど。

 

「絵里さん……何ですかこいつは」

「私に蹴り飛ばされたことを逆恨みして、今もなお復讐の機会を伺っている神様よ」

「……本当なんですか? ツバサさん」

「残念ながら本当なのよ」

 

 理亞ちゃんはツバサに、ツバサは理亞ちゃんに色々を含む気持ちはあったようだけれど。

 

「絵里さんに危害を加えるというのならば、黙っていてはいけませんね」

「奇遇ね、身の程を思い知らせてあげましょう?」

「クハハハ! 小娘二人が何をするつもりか!」

 

 喧嘩するなら外でやってと、私が言い、クマの神様も「確かにここにいては栞子が危険だ」と理解のあることを言う。

 外から聞こえてくる「あっ! ちょ! やめ!」「ぎぃやぁぁぁぁ!!」等の悲鳴を聞かなかったことにした。

 

 

 

 ――そして鹿角理亞、綺羅ツバサ双方は未だに仲が悪い、どうにかこうにかして仲良くして欲しいものである。

 

 ダレカタスケテー(魔法の呪文)

 

「クハハハ!(以下省略



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そして絢瀬絵里はスクールアイドルとはと理事長に説く

 唐突に理事長に呼び出され「せつ菜さんの退学は我が学園にとっても痛手」と、固い表情と、重い口調で言われれば、私だって思わず唾を飲み、重厚な雰囲気で頷く。

 

 もちろん当該生徒は学生名簿に存在しないので、正確には「中川菜々」の退学と言わなければだけれど、それだと生徒会長の退学なので、私なんぞとはまるで縁のない話になる。

 

 もちろん優木せつ菜の退学に関しても私への依存度は小さい、お前なんぞに何ができるのかと言われてしまえば「料理くらいは」と、涙目になってうつむくしかない。

 

「そこで、スクールアイドル同好会、及びスクールアイドル部、双方に合宿に赴いて頂きましょう」

 

 今度は私が首を傾げる番だった。

 せつ菜ちゃんの退学を防ぎたいので、彼女の実力を短期間で向上させるがため、集中的にレッスンに取り組む。

 それならば話は分かる、ならば彼女一人に集中させるために、スクールアイドル部の皆様は学園に残って頂かなければ。

 

 もちろん彼女たちが優木せつ菜に影響を与えるから、と言われてしまえば首肯せざるを得ないし、胸ぐらを掴み上げられ「あなたは首を縦に動かしていればいいのよ」と言われてしまえば、権力もへったくれもない私は「そうですよね」としか。

 

 しかし今回は理事長も下手に出て、できればあなたの納得が欲しいと願っているご様子。

 何らかの企みがあるのは重々承知だけれども、優木せつ菜の退学を防ぐためには実力を向上せねばとは、私も考えていたので。

 

 だって彼女は部活動に取り組む以外は生徒会長として忙しい。

 緊急の生徒会の用事があれば「中川さんが呼ばれていますね!」と言いながら、優木せつ菜さんは車を急発進させるように練習を中断するしかない。

 これではご両親の理解を得るために、スクールアイドルとしてハイパフォーマンスをさせるとの目標は達成しづらい。

 

 練習不足で思わず力が入り、高校生活を棒に振るような怪我をされてしまってはそれこそ「娘を退学させるしかない」「スクールアイドルは娘に悪影響」とご両親に判断されても仕方がない。

 

「でもそれなら、私は賛同するだけで参加はしなくていいですよね? 寮生のご飯は私が作らないと」

 

 そうなのだ。 

 部と同好会で合宿に行くことに、 私はそれほど関わりがない。アイドル達のコーチをしている、理亞ちゃんやツバサ、ニコといった面々は合宿に同行しても問題がない。

 ただ、私の役回りは寮の管理人をしながら同好会の面倒を見ているにすぎないので、優先するべきは寮のみんなの生活だ。

 

 つまり私は寮にいて「みんな頑張ってるかな」と、思いつつ寮生の面倒を見るのがベストで、教えることにもスクールアイドルとしても定評があるみんなの方が、合宿に赴いて当然。

 

「絵里ちゃんにはぜひにも合宿に参加して欲しいの、寮のみんなのご飯は矢澤さんに面倒を見てもらうから。能力としては申し分ないでしょう?」

「確かにニコなら、みんなのご飯を任せるに値する人材ですけど、私がニコのようにみんなのレッスンができるとは」

 

 

 合宿所に向かい、特に何をするわけでもない金髪ポニーテール、扱いとしては難しい。

 確かに料理は作れるけど、エマちゃんを中心に料理上手なメンバーはいる。させるまでに時間がかかるけれども、ツバサも「元々お嬢様だからね」と料理は嗜んでいる。

 

 合宿というくらいだから生徒の自主性に任せてもいい、綺羅雪菜と中川菜々に料理をさせなければ、人間が食べられるものは作られるはず。

 近江彼方ちゃんもふんだんに腕を振ってくれるに違いない、1年生が増えて「しずくちゃんはまるで妹のよう」と喜んでいるから。

 

 ただ、前面に積極的に出てくる中須かすみちゃんの付き添いみたいな感じだ。

 演劇部と掛け持ちをしているので、どちらも中途半端にとの心配もあるけれど、同好会はラブライブに出場しようとする部活とじゃない、中途半端になったところで何が問題があるのか。

 

 や、ラブライブ優勝のために人生をかけた理亞ちゃんからすると、どちらも真剣に取り組むつもりと言ったしずくちゃんに怪訝そうな顔をするのは仕方がなかった。

 「そんな表情をしていると、後でツバサから一つの事しか真剣にこなせないゴリラがなんか言ってると、言われてしまうわ」と、友人をダシにして申し訳ないと思いつつ、脇腹の辺りを突く。

 

 ただ、理亞ちゃんの想定通り今のところは「どちらも中途半端」であると言わざるを得ない、演劇部の皆様から苦情が来ない限りは、掛け持ちのままとは考えているけれど。

 

「そう言われると思ってね、あなたがいなくちゃ合宿でコーチをしたくないって女の子に声をかけたの」

「私がいなくちゃコーチをしたくない人?」

 

 

 理事長は暇人じゃないので、私の知り合いだからといって、みんなと仲良くできるから合宿に呼ぶ。

 なんてことはしてくれない、それに優木せつ菜の問題を抱えている以上、そうするのがベストだと判断したから呼んだに過ぎない。

 

 つまりは彼女の何らかの能力を著しく向上させる誰かが、私が合宿にいないと参加したくないと言ったに違いない。

 スクールアイドルとしての能力を向上させる能力の持ち主と言えば、海未や真姫あたりが該当するけれども。

 

 その両者も残念なことに自分の生活で忙しい。

 どちらのスケジュールを把握しているって訳じゃないけど、ここで働くようになるまでは「絢瀬絵里の数十倍は忙しい」と疲れた顔をして言っていたものだし。

 

 ただそのエピソードをことりの邸宅を掃除しながら言ってみたら、屋敷の主が「ふぅん~?」と死ぬほど可愛いらしい声色で言ってのけ、振り向いてみると背筋が永久凍土になりそうなほど恐ろしい表情をしていた。

 

「それにね、ニコちゃんのいい気分転換になると思うし」

 

 私が参加しないと合宿でコーチしたくないなんて、言ったメンバーがいるって理事長に言われても、首を縦に振るつもりはなく。

 そんなワガママを言う子に付き合うつもりはないっていうのも、もちろんあるんだけど、何でもかんでも私の都合のいい方向に向かっているのもまた気に入らないポイントだった。

 

 困ったことがあれば人間として成長できるので、と、パワハラ発言してくる上司みたいなことは言わないけど。

 ここ最近私は寮の仕事をしつつ、同好会や部のみんなの面倒を見ていて、久しぶりに興奮を覚えていた。

 

 スクールアイドルに携わるのはとても楽しい、自分がスクールアイドルをしていたからっていうだけじゃなくて。

 なんと表現していいのかわかんないけど、自分の人生の目的みたいなものを見つけたって言うか。

 

 すごく楽しいからこそためらいを覚えてしまう。

 自分ばかりが楽しんでいていいのか、自分が楽しんでいる代わりに他の人が辛い目にあってはいないだろうか。

 

「……まあ、ニコが気分転換になるって言うなら」

 

 が、自分ばかりが満足するイベントではないと気がつかされ、では合宿に向かいますと頭を下げる。

 理事長がラブライブ優勝に向けて本気になるあまりに、芸能界でも御用達なプロ集団を呼びつけてしまい。

 

 元からスクールアイドル部のコーチとして雇われていたニコの立場が非常に微妙なことになってしまったことで、酒の席に同席するケースが非常に増えたものだし。

 それに――動画を公開すれば、部のパフォーマンスよりも同好会に入った優木せつ菜のほうが、評判がいい。

 

 「スクールアイドルはプロのアイドルではないのだから、プロのアイドルのマネをしていればいい」

 「誰もマネできないパフォーマンスをスクールアイドルがしてどうするんですか。夢を見させるんじゃなくて、夢を諦めさせるようなマネをスクールアイドルがしてはいけない」

 

 と、あんたらクビと言われる覚悟でツバサと一緒になって言ったら、理事長も「スクールアイドルはプロのアイドルではなかった」と、自分の不備を認め、契約上プロの方々の指導はある程度の日数続けられるけれども、その後の指導はニコに任せてくれると約束してくれた。

 

「興味があるんだけど……絵里ちゃんが言った、夢を見させるんじゃなくて、夢を諦めさせるようなマネってどういうこと?」

「ラブライブ予選決勝、パフォーマンスの実力で言うならば、A-RISEが優勝してしかるべきでした。それでもμ'sが優勝したのは、A-RISEと遜色のないパフォーマンスを披露できたのと……A-RISEは芸能界もアイドルとしてスカウトが来るほど並外れた実力の持ち主、ステージを見てこんなふうにはなれないって諦めてしまう子もいるんですよ、スクールアイドルって……誰がしてもいいものだから、誰かが諦めてしまうようなとんでもないパフォーマンスは……やっぱりそういうのは、スクールアイドルじゃないなって気がするんですよ」

 

 おそらくプロの指導の結果、ある程度、実力を発揮し始めたスクールアイドル部の皆様と違って、優木せつ菜が評価されるのは――スクールアイドルっていうのが、アイドルとは違うんだって……そういう意思表示みたいなものかなって。

 



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そして絢瀬絵里はエマちゃんを羨ましがる

 とっても仲のいい、果林ちゃんとエマちゃんの両者だけれど。

 些細なことから関係が一時的に悪化したことがある。

 その騒動の発端は「トンボって美味しそうじゃない?」と、テレビで昆虫の特集を眺めていた果林ちゃんの一言だった。

 

 とある俳優さんがカマキリに扮して昆虫がすごいって言ってる番組は、なんとなくチャンネルを回していたら、栞子ちゃんが「この番組は面白いべ」と教えてくれたのだ。

 すっかり管理人の右腕としての立場が板についてきた――基本的に食事の際の左隣は固定されてないのに、右隣は必ず栞子ちゃんが座っている。

 

 「管理人の右腕として、わだすも絵里さんから学ぶとこいっぱいだから!」と、彼女は元気いっぱいの笑顔で答えてくれるけれども。

 ただ、「こいつから学ぶことなんてあるの?」と箸で私を差したツバサに言われ「それはもうたくさん!」と具体的な返答はなかった。

 

 「ふぅん」と面白い発言を聞いたとばかりにツバサはつぶやき「たくさんねぇ」と首を傾げながら、先程まで殴り合いのケンカをしていた理亞ちゃんの顔を眺め。

 「あなたには謙虚さと理解力がないわね」とナチュラルに喧嘩を売る発言をし「あン?」と威嚇する声をあげられてた。

 その声があんまりにも低くて獰猛な獣のようだったので、食事の際のケンカ禁止が改めて規約として設けられるようになった。

 

 さて、トンボの話に戻る。

 カマキリの先生の授業を眺めながら、果林ちゃんはごまかすように咳払いし「甲殻類と似た感じになるんじゃないかしら」と「トンボは美味しい」の理論強化に取り組む。

 すっかり昆虫メニューに慣れきってしまった我々も「確かめもせずに否定は良くない」とし「では捕まえて確かめてみよう」

 

 足腰強化の名目で山の中に入ったものの、途中で「トンボって今の季節に飛んでるの?」と彼方ちゃんがつぶやき、果林ちゃんの動きが一時停止した。

 ハイキングというよりも登山と呼ぶにふさわしい山中で、同好会一同が動きが急停止、まるで果林ちゃんの動きに習ったかのよう。

 ミアちゃんへ「んなで山に入るんは自殺行為とよ!」と地元の言葉でダメ出しをしたり、ランジュちゃんに「山は頂上に登ったときの景色が格別で」とマウントを取っていた。

 

 私、ツバサ、理亞の大人組は当然「そもそもトンボは山の上じゃなくて水辺にいる」「頂上に登る必要はない」と気がついていた。

 

 なお「トンボは寒くなければだいたい飛んでる」ので、ここで果林ちゃんが「一年中いるわ」と反応していればよかったけど、彼女の中でも秋のイメージがあったのか。 

 

 「山頂は気温が低いからトンボもいる」と言うので、エマちゃんに「嘘はだめだよ~」と窘められていた。

 

 実際にそう、との知識があったのではなく、エマちゃんは果林ちゃんの感情の動きを読み取っての指摘だった――まるで夫婦のようと、栞子ちゃんたちが言ったけれど、私もそう思う。

 

 かくいうこともあり、トンボは筋肉痛のみなさまへ神からの贈り物として届けられ、実物のあまりの大きさにエマちゃんが悲鳴を上げ「なんでこんなものを意気揚々と食べるの!」とイタリア語で果林ちゃんに言い放ち、何を言ってるのかは分からないけれど、悪いことを言われたと感じ取った果林ちゃんは「エマにはわからないのよ」と応え、トンボ騒動は両者のすれ違いを生んだ。

 

 なお、その一時的なすれ違いは数時間で解決し、そこからさらに関係性を深めた結果が「部と同好会で合宿か、私は部外者だから遠慮しておく」と言っていた果林ちゃんを「え? 綺羅雪菜クンも部のメンバーだから参加する?」「女の子だけじゃないの?」「合宿所は自然豊かな山奥?」と発言させ、部外者のお姉さんは「なら私も参加するしかないわね」としてしまった。

 

 バスで相席したかすみちゃんに「部外者のお姉さんがなんでこんなところにいるんですか」と煽られ、余裕の笑みを浮かべて流すかと思いきや「そうよね、私が同好会に参加したら、かすみちゃんの可愛さが霞むものね」と、煽り返した。

 

 が、彼女の目はかすみちゃんの方向をまったく観ておらず、どうやら自然豊かな場所に行けるのがよほど嬉しかった様子で。

 

 「部外者のお姉さん、メロン食べますか?」と言っても「そうよね、私がメロンを食べたらかすみちゃんの可愛さが霞むものね」と要領を得ない発言をし「このお姉さん何も考えてない」と気がついたかすみちゃんが「部外者のお姉さんはエマ先輩が好きですか?」と言い、近くにいたしずくちゃんは耳をダンボにし、おしゃべりに盛り上がっていた同好会および部の面々も一時的に静かになる。

 

「さて……どうかしらね?」

 

 と、果林ちゃんはかすみちゃんの方を見て答えを述べ、余裕の笑みを称えながら、問いかけた相手を試すような挑戦的な表情をしつつ、さらには「私がエマを好きだったら、かすみちゃんが困る?」と話は思わぬ方向へと導かれた。

 

 今まで山のことしか考えてなかったのに、エマと言われた瞬間に意識を現実へと向かわせるんだから、答えは明白だったけれども。

 さすがにそこまでの感情の機微は読み取れなかったのか、かすみちゃんは「しず子ぉ~」と親友に助けを求め、会話はそれ以上進展することはなかった。

 

 なお――もう片方の部外者のお姉さんである西木野真姫は今の会話を聞きながら「なるほどね、余裕のあるお姉さんキャラはこうするのか」と、10近く年下の女の子から演技のコツを掴んでいた。

 

 演劇を嗜んでいる桜坂しずくちゃんから「すみません、まったく存じ上げないです」と言われ「全盛期は数年前だものね」と凹む。

 どちらが絢瀬絵里の隣になるかで喧嘩していたツバサと理亞ちゃんが「どうぞ隣になってください」と言ってしまうほどで、演技かなってチラッと思ったけど、声優西木野真姫としての評判を知らないと言われたことはガチでショックだったらしい。

 

 普段なら下ネタのひとつやふたつを交えたトークをするのに、妹の雪姫ちゃんには発声や演技のコツをプロとしての立場からわかりやすく教え、それを観た子からアドバイスを求められれば本気で応じる。

 そのおかげか「ちょっと成長できたみたいです」と中川モードのせつ菜ちゃんは喜び、真姫がアドバイスしちゃうので手持ち無沙汰になってた絢瀬絵里は料理に取り組む他無かった。

 

 や、トップアイドルのツバサやそれに匹敵する才能を誇る理亞ちゃんが「西木野真姫には負けてられない」とばかりにアドバイスしたら、寮の管理人は料理作るくらいしかできないし……。

 



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そして絢瀬絵里は桜坂家の皆様に許さないリストに入れられる

 きっかけの起こりは「絵里ってことりさんのマネできるよね?」という、ツバサの無茶振りだった。

 優木せつ菜の食事場への潜入は「あなたのための合宿なんだから」と練習に集中させることで回避したものの、綺羅雪菜の食堂への潜入回避はツバサに頼むしかなかった。

 

 部の中では能力はからっきしなのに、彼は人気を抜群に保っており、コメントでは「かわいい」「かわいい」と連呼されている。

 性別を公開しているため「だが男だ」的なコメントがされるけれども「だがそれがいい」と返答されるのが約束になっている。

 

 ニコにこの異常現象の原因を尋ねてみたら、彼女は苦笑いしながら「まずはパフォーマンスを観られないと話にならないから」と言い、自分たちの時代とは違ってスクールアイドルも増えたと前置きし「どんなにすごいスクールアイドルでも、そもそも動画をクリックしてもらわないといけないのよ」と。

 

 つまり、どれほどスクールアイドル部の他の皆様が綺羅雪菜よりもすごいよ、と訴えたところで、その凄さはファンの皆様に動画を観てもらわないとしょうがない。

 有名子役の雪姫ちゃんがその部分を伏して、人気がパッとしない以上、動画を観てもらうには恐ろしく高いハードルがあるのだな、と察した。

 

 彼がセンターとして適切かどうかは分からないけれども、仮にスクールアイドル部でパフォーマンスを今後続けていくのなら、センターは綺羅雪菜固定になるんじゃないか。

 

 よもや理事長がそこまで考えて彼を入学させたのなら、先見の明がありすぎたけれども、本来部で活躍させたかった娘には「栞子と一緒がいい」と突っぱねられているので、一つうまいことが行けば一つうまくいかないことがあり、何もかんも上手くはいかないんだなと思う。

 

 さて、そんな彼だけども肩身の狭さは感じているようで、せめて料理をして気晴らしをと言われれば、私も「そうよね……」と情をかけてしまいそうになる。

 なるけれども、彼に料理をさせれば食べた人間が歓声ではなく、悲鳴を上げてしまう劇物が完成し、練習どころではなくなる。

 が、実力と人気の落差を感じている彼に、コレ以上練習をとなれば、オーバーワークにもなりかねない。

 

 そこで絢瀬絵里は「お姉さんの相手をして、プロのワザを盗んできて」と指示し、ツバサに「後でなんでも言うことを聞くから」と重ねて伝えておくように言った。

 

 どのような酷い無茶振りがなされるかと思いきや、みんなの前で「南ことりのマネをしろや」で済まされた。

 「ありがとうツバサ、弟さんとデートできてよかったわね」と心のなかで感謝の言葉を申し上げつつ、それなのに、なんとなく憤りを覚える何かも感じつつ、南ことりからタコ殴りにあう原因を作ったぶる〜べりぃ♥とれいんを彼女のマネをしながら歌いきった。

 

 寮でたびたび披露する機会があり、寮生からすれば物珍しいものではないイベントも、自宅通学のしずくちゃん、かすみちゃん――特に前者の演劇を嗜むお嬢様はえらく感服した様子で「素晴らしいです! どのようにしたらそんな事ができるんですか!?」と顔を近づけて迫ってきた。

 

 ツバサの「しずくちゃんが盛り上がるから、色々質問させて絵里を困らせてやろう」との魂胆はものの見事にハマり、微妙に真面目一辺倒だった真姫も「チュンなぁ」と言いながらちゃっかりモノマネを披露し、しずくちゃんからツバサ共々距離を取りつつ、私のことを観ながら笑っていた――ここで、このイベントが終わればよかった。

 

 

 「南ことりさんのマネなら私も」と理亞ちゃんが言い、実力と人気が釣り合ってないコトで彼女からいじられていた雪菜氏がココぞとばかりに「無理なさらないでください」と逆襲しようとした。

 ツバサも私も、雪菜クンへの当たりの強さを把握していたから、どちらかが悪くなるまでは様子見を保ち、同好会および部のみんなも中立を保って会話を聞く姿勢を持った。

 

 「理亞さんにやらせるくらいならば私が」と雪菜氏が言い、会話を注視する一同は「女の子と言われても遜色のない声と言われても性別が違うから」と彼がドツボにハマるコースを先読みしたものの。

 雪菜クンは「南ことりというより優木あんじゅに激似」の声色で「ことりのモノマネ」を披露し、皆々の度肝を抜いた。

 

 その声を聞いたしずくお嬢様も感服したようにため息を漏らし憧れの視線を向け、かすみちゃんがすかさず「戻ってこーい!」と頬をひっぱたいていた。

 

 その反応は正解だ、桜坂家の皆様にも「合宿と聞き及んでいましたが、男性がいるとか」「もしもキズモノになるようなら」と、バタフライナイフ片手に言われた絢瀬絵里としては(ツバサ・真姫も同席)

 些細なきっかけから恋心へと発展し、若さに任せてなんて事態になれば、おそらく合宿から無事に帰っては来られまいと。

 

 お嬢様もチョンボに気がついたのか「そ、そうよね、男性相手にそのようにするのははしたない」と言い、男性が女性と遜色のない可愛らしい声を出したと気が付き――かなりドツボコースに至ったのではないかと、大人組は背筋が凍った。

 

「ふふん、姉さまがされるルビィのモノマネに比べたらなんてこともない」

 

 聖良ちゃんがストレスを溜めると「ルビィさんごっこ」なる遊びをする、ついその現場に絢瀬絵里とダイヤちゃんが遭遇してしまい、ごっこは封印の危機に至った。

 が「そういうのを決めるのはルビィ」とダイヤちゃんが言い、聖良ちゃんも「彼女にダメだと言われたら潔く」と頭を下げる。

 

 おそらく誰しもが「許可なんて取れるわけない」と考えていたのに、ルビィちゃんは「別にいいですよ」とあっけらかんと言ってみせ「聖良さんのその姿はとっても可愛いので、もっとやってほしいです」と、さらに付け加えられてしまい、マネージャーとして同席していた花陽や、イベントのきっかけを作った私、ダイヤちゃんの度肝を抜いた。

 

 かくして理亞ちゃんの前でもルビィさんごっこは披露されるにいたり、Aqoursのメンバーからは「アリといえばアリ」と微妙な評価を受けつつも、ルビィちゃんからは「それでアイドルをやってほしいです」と願われているけれど……まあ、そんな未来は永遠に訪れまい。

 

「私がやるルビィのマネも、姉さまからあんまりに可愛いから他の子には見せてはなりませんと言われてるし」

 

 「お?」と私は首をひねり、真姫も「ん?」みたいな表情をして、カナちゃんも「ん~?」と。

 シスコンが揃って「姉が妹のやることにストップを掛ける」違和感を覚え、ツバサが先んじて耳を塞いだ――結果的にその卓越した勘により、彼女だけが猛獣の嘶きにおびえてうなされる夢を回避し、私としては、その能力を分けてくんないかな、と願うことに。

 

「雪菜ちゃん! がんばルビィ!」

 

 とんでもない声が聞こえた、一瞬人間が発したものではないと錯覚するに至った、猛獣の鳴き声的な低いダミ声が、理亞ちゃんの類まれなる声量で発せられ、近くにいた雪菜クンは一発で昏倒し、離れていた我々も一部の面々が昏倒してしまう。

 

 しずくちゃんも声を聞くのに集中したせいで意識が飛び、ミアちゃんと栞子ちゃんはランジュちゃんに寄り添うように倒れ、阿鼻叫喚の騒ぎになってしまったけれども、その原因を作った理亞ちゃんだけが「あまりの可愛さに倒れてしまった」と解釈。

 

 繰り返すけれども、悪夢にうなされた面々の睡眠不足から、練習は短く効果的に、が叫ばれた。

 

 そしてこの、短く効果的に、少人数で集中となった結果、桜坂しずくちゃんが西木野真姫にアドバイスを求めてしまったのは、私は悪くないのだと桜坂家の皆様に主張するつもり。

 

 

 



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番外編 やらしいの天才 覚醒編

 嫌味に言うのを意識したわけではないけれども、しずくちゃんからアドバイスを求められて「あんまり有名な声優じゃないけれど」と言ってしまう。

 絵里に聞かれたら「年下の子に私相手みたいなマウント取らないの」と窘められるに違いない。

 

 しずくちゃんが謝罪をする前に手で制して「今のは私が悪かったわ」と微笑んで見せる。

 微笑とか、ニッコリ笑顔とか、苦手だけれども、私が悪いことをしたのだから仕方ない。

 

「せつ菜さんから、自分の好きなアニメの主演をされた方ですよ! とすごく怒られてしまいました」

 

 年下の後輩ちゃんは恥ずかしそうに目を伏しながら、私にとっての新情報を暴露する――サインを求められた覚えもなければ、そのアニメについて尋ねられたわけでもなく。

 

 どうやら、ファンはファンとして一定の距離を保つべきと考えているらしく、そんなことをおくびにも出さないように我慢していたとしたら、名台詞の一つも言っても構わない。

 

 それに、彼女は自分たちのトレーニングにも弱音を吐くこともなく付いてきた。

 正直音を上げるかなって考えていたのに、指折りの知名度を誇るスクールアイドルは意識の高さだけではなく、熱量の大きさ、そして、絵里やツバサさんが好きな根性も持ち合わせている。

 

 が、そこが理亞ちゃんの評価が芳しくない点で、スクールアイドルはスマートに努力を見せないのがベストだとしている。

 聖良ちゃんもそうだけれど、人並み外れた努力をさらけ出さないのが格好いいみたいなとこがある。

 そこらへんは各人の考え方だから、こうあるべきなんて言わないけれども、努力の氷山の一角くらいは露出しても良いんじゃない? と私なんかは思うし。

 

「主演をされるとは、どれくらいすごいことなんでしょうか?」

「たしかに、実際に勝ち取ってみないと分かりづらいわね」

 

 せつ菜ちゃんもすごい倍率を勝ち取ったとか、すごく評価されているとか、聞きたいのはそこじゃないのに的なフォローをしてくれたようで、すごいと言われるのはこそばゆいけれども。

 

「私は養成所に通わないで、なんとなーくオーディションに行って、なんとなーく受かって、そこでデビューしたわ。当時の演技は見たくないくらい酷いけれど」

 

 とんでもない数の酷評されたし、内部でも顔でオーディションに受かったと陰口を叩かれたし。

 それに――主演の男性声優さんや、何十年も活躍されるベテランの演技を見た時「うわっ! とんでもないトコに来ちゃった!」と頭を抱えた。

 正直逃げ出したかったけれども、逃げ出すことなんてできなくて、言われるがまま一生懸命演技をして。

 

「もう声優として呼ばれることはないだろうなって思ったわ」

「……どうして続けようと?」

「後ろを振り返ったらね、道がなかったのよ」

 

 大学に通いながらコスプレをして、そこから声優デビューをして、自分の実力を思い知り「あ、やばいぞ」と思ったら、周囲には就職活動で死ぬ気になってる同窓生、タレントとして下積みを始めていた凛、死ぬ気でやっているのに就職できる気配のない花陽。

 今から就職活動をするって考えたときには、周囲には何周遅れ扱いされていると気づく。

 

 自分が後ろも振り返らずに全身全霊に突っ走ってきたと気がついたときには、後ろの道は引き返すことができないほどにボロボロになっていた。

 

「前に進むしか無い、でも、知識も経験もない、学ぶしか無かった――ほら、絵里がモノマネがうまかったでしょう? 彼女には何のメリットもないのに、もう自分は声優として食べていくしか道がないのって泣きついたら、分かった、一緒に頑張りましょう! って」

 

 彼女と勉強し始めてメキメキと上達した……んなら格好いいけれども、きっかけはとある同人ゲームの出演だった。

 絵里にはナイショにして欲しいと言われてるからアレだけども、彼女の嫁のヒナちゃんが同人サークルを制作しており、運良くそこにキャストとして充てがわれた。

 

 そこでキャスティングで一緒になり、演技指導を頂いたのが今もなお頭が上がらない及川さんで、声優としてキャスティングがされない時期には成人向けゲームの仕事も紹介していただいた。

 

「せつ菜ちゃんが観たってアニメは、血反吐を吐くような努力をしてオーディションを勝ち取ったものじゃないけど」

「え?」

 

 もちろん、とんでもない倍率のオーディションを勝ち取って、ようやくキャスティングされた作品もあるけれども、彼女が評価してくれたアニメはこの人がいいですっていう指名だった。

 

 同人ゲームでキャスティングされてたけど、名義も変えていたし、及川さんに課せられたトレーニングは一言で言えば地獄だった。

 「プロに追いつこうとしてんだから当たり前でしょ!」が口癖で「後ろに道なんか無いわよ! 諦めたら死ぬわよ!」と嘆きそうなときには怒られた。

 

 それでもそんなトレーニングに諦めずについていけたのは、すっかりニートが板についてて「暇だから」と言った絵里が付き合ってくれたから、べつに彼女は声優になるってわけでもなく、オーディションに行くわけでもなく、そしてキャスティングもされることもなく。

 何のメリットがあるわけでもないのに「暇だからね」となにかを言われれば答えた絵里がいたから。

 

 ことりに「なんで絵里ちゃんにベタぼれなの」と、自身を棚に上げつつ言われたときには「かれこれこういう理由で」と説明し「ああ、一時連絡が取れなくなってたのはそれで……」と納得していただいた。

 

「どうして……指名を? 同人ゲームってので評判が良かったからですか?」

「や、声優デビューのときにね、私は新人の中で一人頭を抱えていたの、演技をするってなれば、スタッフさんに、ああいうふうに演技をするにはどうしたら良いですかって頭を下げて回ったわ、居残ったし、教えてもいただいた、活用する能力がないから、演技は酷評されたわ、当たり前よね」

 

 いまは「こうすればいいんだな」ってことも「こうすればうまくいく」って知識がなくて宝の持ち腐れだった、正直、よくオーディションに受かったものだなと、今となっては考える。

 

「キャスティングされた人の中にね及川さんの旦那さんがいて、いい人がいないなら、あの子がいいんじゃないって言ってくれたのよ」

 

 もちろんそこで落第点の演技をすれば、二度と声優として呼ばれないって分かってたし、及川さんも及川さんで「端役だから」と笑いながら言うので「端役にしろ全身全霊を尽くすだけ」と応え、実際にスタッフさんの前で演技し終えたときにようやく「え? 主役なんですか?」と素っ頓狂な事を言ってしまったほどで。

 

 それから、オーディションにも呼ばれるようになり、勝ち取ることもあれば、指名をいただくこともあった、そして名が売れてからしばらく、後輩に追い抜かれて現在に至る。

 

「……どうして、主演の指名を頂けたんですか?」

「新人の頃、みっともなく頭を下げて回って、演技指導を受けたっていったでしょう?」

 

 

 私のために付き合ってくれたベテランさんが、及川さんの旦那さんの親友で「彼女は謙虚で素直だから努力すれば伸びるよ」と言ってくれたらしく、選考が難航してたときに、ちょうど嫁にスパルタ指導を受けてた私のことを思い出す。

 

 「まさか受かるとは」と彼も言ったし、及川さんも「オーディションに落ちたら指導を加えるつもりだった」と落選を予想していたけれども、原作者の先生が「この子の声は同人で聞いたけど、イメージに合ってる」との鶴の一声があり、では、彼女で行こうと。

 

「運が良かったのよ、努力の結果じゃないわ。私がせつ菜ちゃんにすごいと言われる要素があれば、運でしょうね」

「……どうして?」

「だって、周りには自分と同じくらい努力している人がいて、懸命に頑張っている人がいて、じゃあ何が良かったんだって言ったら、もう、運しかないのよ」

 

 笑うしかない――よく努力が実ったと言われるけれども、んなものは誰しもしているので、恥も外聞もなく頭を下げて回り、周囲の人に助けてもらった結果。

 自分が何をやったかと言われれば、運を使ったくらいしかない。

 

 元々は、絵里の嫁が同人ゲーム作ってて、ゲームのスタッフに及川さんって指導のプロがいた。

 ダメだった私はお願いします助けてくださいと頭を下げて、血反吐を吐くようなスパルタ指導を受け、一人じゃ乗り越えられないくらい辛いトレーニングには絵里が付き合ってくれた。

 

 この経緯から、自分ひとりの努力でなんとかなったとか胸を張っていたらバチが当たって地獄行き間違いなし。

 

「じゃあ……運を……あ、いや、そんなこと」

「自分をさらけ出すことよ」

「え?」

「自分をごまかしていたら、ダメ。弱い部分を、自分の嫌な部分を積極的にさらけ出すの、観たくもない自分自身をさらけ出すのよ」

「……ど、どうして」

「そんな自分をさらけ出すとね、この子がそこまでやったんだからって、思わず勘違いして、自分を助けてくれるお人好しがいるのよ、その人のことを生涯愛してしまうと誓ってしまうような、ね」

 

 とても残念なことに好感度では上に何名かいる様子。

 諦めるつもりは毛頭ないけれども、そろそろ孫をと父からも言われている。

 あなたはそろそろ子どもを作るのをやめなさいと返答するのが約束になってるけど。

 

「その運は、スクールアイドルとしてパフォーマンスを見てもらう力かもしれない、演劇部で役に受かる力かもしれない……ただ一つ言えるのは、何かを隠して、ごまかしている人は信用されないの、恥ずかしいかもしれないけれども、本当のあなたを観てもらえるようになると良いわね」

 

 なんていうか、アドバイスになってないアドバイスだな、と、演技を上達する方法はと問われて、今まで長々と語ってきたけれども、自身のできる努力では頭打ちだから、助けてもらえる誰かを頼れ、頼る誰かを見つけるためには自身をさらけ出せ、と。

 

 うん、絵里かツバサさんに潔く殴られてしまおう、アドバイスに失敗したのでどうぞ殴ってと言ったら、軽くでも本気でも応じてくれると思う。

 

「今の私は……何かをごまかしていますか?」

「ええ、まるで仮面をかぶっているかのよう、内面を覆い隠して、優等生を演じている、それが友人たちから観て、ベストの桜坂しずくなんだと勘違いしている」

 

 演技の上達とはまるで関係のない方向になっている――煙に巻きやがってと思っているかと思いきや、尊敬の念が増したような……ああ、これが絵里が思わぬ方向で尊敬されて困る気持ちなのか。

 

 もしかして嫌味なのかなって思ってたけど、ああ、この背筋がこそばゆく感じる感覚……たしかに困る、自分の意図通りに向かうのが人生かって言えばそうじゃないけれども。

 

「友達から……本当の私を見せて嫌われたり」

「友達を疑ってはいけないわ、そして、そんなことで嫌うような友達は本当の友達ではないの、切り捨てて構わないわ……私の見る限り、この合宿に参加しているみんなはそんなことをしない」

 

 疑念を持つ気持ちはわかる、でも、疑っていては友達に信頼してもらえない、誰かから信頼してもらえるはずもない。

 だから自分から気持ちをさらけ出さないといけない、本当の気持ちを隠さないようにしないといけない。

 

 包み隠さず本音を吐露せよってわけじゃない、そこはちゃんと空気を読んで必要な分を取捨選択する……まあ、大人でもできてる人は少ないし、それを私ができてるかって言っても首を傾げるけど。

 

「分かりました……まだ、踏ん切りはつきませんが、真姫さんのように努力してみます!」

「え、ええ……模範となれるかどうかは分からないけれども」

 

 

 そして合宿所にいる最中、何をするにもカルガモのようについてきて、絵里に「確かに模範にしてもいいと思うけれども」と苦笑いしていた。

 「西木野真姫が名義を変更して出演しているゲーム」からも学ばないでほしいなと、もう、絵里の顔に書いてあるし、ツバサさんからも「何から何までではダメよ、取捨選択しなさい」と「成人向けゲームには行き当たってもスルー」を進言され、理亞ちゃんには「行き当たりそうな人には賄賂を送っておきました」と彼女の得意のイラストを提供したと教えてもらった。

 

 けども、そんな我々の努力もお嬢様の好奇心にはまるで通用せず、案の定「さらけ出すとはこういうことでは?」と勘違いした桜坂しずく嬢が下ネタをふんだんに使ったトークをするまで長い時間はかからなかった。

 



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そして絢瀬絵里は選抜メンバーを選ぶ

 今回、虹ヶ咲学園のスクールアイドルの中でステージに立つメンバーを選抜させて頂いた。

 寮の管理人である私に発言権などあるわけがないと思いつつ、差し入れや飲み物を馬車馬の如く会議する面々の前に配ったりなんだり。

 私よりも権力のある皆様が、ああでもないこうでもないと論争をする中で「誰に決まろうが反論、賛美どちらもあるから大変だ」と考えていたのが良くなかったのか。

 

 ランジュちゃんのステージを見たい理事長が疲れたようにため息をつきながら「絵里ちゃんだったらどうする?」とか言うので、ツバサや理亞ちゃんの「優木せつ菜を目立たせるために、パフォーマンスの方向性が違うメンバーを選抜すべき」と言われてにっちもさっちも行かなくなったなと独り合点。

 

 パフォーマンスのレベルからすれば優木せつ菜に劣るランジュちゃんも、一年生メンバーの中で別格の能力の持ち主、それに、ステージに立てば燃えるような熱いパワーで血を沸き立たせるようなライブをする。

 トリでステージに立つ優木せつ菜とほぼ同じ方面のパフォーマンス故に、可哀想だけれど彼女は選抜から外すべきと、ツバサと理亞ちゃんの主張は道理にかなっている。

 

 が、理事長から「ランジュの実力ならメンバーに入って当然」「選抜されなかったときの精神的ダメージが心配」と言われ、ツバサがぐっ、石につまずいたように言葉に詰まる。

 スクールアイドル部のコーチのツバサとは言え、寮で生活をともにし、同好会のメンバーの練習もなんやかんや言いながら眺めている。

 

 控えめで自己主張は少ないけれども、その実熱いものを胸に秘めていて、ステージの方向性は両極端なのに親友同士と認めあうエマちゃんと性格がよく似ている。

 

 エマちゃんは小さい弟妹のお姉ちゃんなので、譲るべき状況になれば譲っても構わない性格だけれども、ランジュちゃんは理事長から死ぬほど甘やかされて育ってきたので「実力なら私のほうが上なのにどうして」と考える可能性は大いにある。

 

 それに、ステージの方向性が優木せつ菜とかぶるからパフォーマンスするのを譲ってくれと言えば「出来レースじゃない」と、私だって考えるだろうし、ツバサも実力不足でステージができないのなら……と考えているに違いない。

 

 そして、まかり間違って優木せつ菜と方向性が違うから、ミアちゃんか栞子ちゃんを選ぼうとなれば、確実に不満は高まる。

 三人が三人いつも一緒にいるなと思うほど仲良しだけれども、実力差は明白。ランジュちゃんが2歩も3歩もリードしていて、栞子ちゃんたちは追いつける気配がない。

 

 友情に亀裂を走らせてまで、優木せつ菜のために最高のステージを、となれば、トリにパフォーマンスに臨む彼女はプレッシャーでとんでもないことになる。

 乗り越えられれば御の字だけれども、万が一失敗をしようものならば、よしんばご両親に認められても彼女自身がスクールアイドルをやめてしまうかも知れない。

 

 それに、優木せつ菜は優木せつ菜としてステージに立たなければパフォーマンスのレベルは大いに低下する。

 いわば、中川菜々の憧れの「優木せつ菜」になりきることによって、最高のステージを披露するわけで、そこに「絶対に成功させなければならないプレッシャー」や「出番を譲ってくれたみんなのためにも頑張らなければ」と考え、理想のアイドル「優木せつ菜」に集中できなかったら。

 

 さすればご両親を納得させることは難しく、スクールアイドル引退への道のりが極まるかも知れない。

 

 

「なら、ランジュちゃんを一番最初にして、トリをせつ菜ちゃんにすればいいじゃない」

「それは名案ね!」

 

 三人の声がハモった、明らかに狙いすましたタイミングだった、結論として彼女たちの頭に浮かんでいたんだろう――では、何を躊躇っていたのか。

 

「じゃあ、みんなを納得させる説明は全部あなたに任せるわね?」

 

 ツバサにウインクされながら言われ、選考となれば当然「合格と不合格」があり、喜びと悲しみ、どちらも言い伝える人間が責任を持つことになる。

 

 理事長からすれば「娘の友だち二人に落選を伝えて恨み節を聞くのが嫌」だろうし、ツバサも「そういうの慣れてないから、そこらへんは人任せにしたい」だろうし、理亞ちゃんも「ニコさんが欠席なのに後輩の自分が好き勝手できないし」と。

 

 あ、ニコはべつにおサボりではなく、私達が話し合う間、同好会や部のメンバーの合同練習の様子を見てくれている。

 自分もそっちをリクエストすればよかった、つい「同好会の子は素直に自分を慕ってくれて嬉しい」とか言うから「ニコに任せるわね!」と見栄を張ってしまった。

 

「……納得してもらえなかったら、助けてよね?」

 

 各人に恨みがましい目を向けつつ、できるだけやってみると、ため息をつきながら言い、ニヨニヨとした笑みを浮かべる面々には一言二言恨み節を言いたかったけれども。

 

 私は早速同好会や部のみんなが練習に取り組んでいる場所へと赴き、なぜかニコと一緒になって練習を見守っている部外者のお姉さん(読者モデル)に挨拶をしつつ、ヒーコラ言っているみんなに次のステージのスケジュールを発表した。

 

 一年生組ではランジュちゃんともうひとり、私の独断でメンバーを追加させて頂いた「綺羅雪菜クン、あなたにもステージに立ってもらうわ」

 

 私の発言は皆様から「え?」みたいに反応され。

 言われた当人でさえ「私ですか?」と首をひねっている。

 

「あなたは昔、あんじゅに憧れていたそうね」

「え、ええ、優木のおうちは綺羅家の使用人を努めてますので、同じ家で一緒にあんじゅさんも暮らしてましたから」

 

 彼も技術や能力が向上すればスクールアイドル部のセンターを担っても問題はない。

 だけども、その彼の並外れた可愛さにもう一つポイントを付け加えておきたい――と言っても、このアドバイスをくれたのは真姫なので、もしも彼のレベルが上ったら、感謝は真姫に言ってほしい。

 

「ツバサから聞いたけれども、お風呂に一緒に入ったそうね?」

「……」

 

 

 しずくお嬢様が「時折思い出して夜な夜な」と言い、人差し指と中指の間に親指を挟む謎のグー(遠い目)をしながらガッツポーズを作る。

 彼の思わぬ特技で一時的に好感度が上がったものの、真姫との交遊ですべて上書きされ――上書きされたけれども、発言の品位は大いに低下されて桜坂家の皆様から絢瀬絵里は恨まれている。

 

 や、西木野家もお嬢様だし、綺羅家も名家なので、気軽に恨めるのは私だけだったってオチがね? まあ、二人に恨み節を向けられるくらいなら私が引き受けるから良いんだけどさ……。

 

「あなたの特技、幼いころの憧れ……あなたは今度、優木あんじゅになりきってステージに立つのよ!」

 

 ビシっと指差す私に同好会や部の皆様は冷たい視線を向けたけれども、なんとか選考の悲喜こもごもからは目を背けることに成功した様子。

 

 繰り返すけれども、ジャンプアップに成功したら「これは真姫のアドバイス」と吹聴するつもりだ、失敗したら私の独断ってことにしておく。

 



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そして絢瀬絵里は鐘嵐珠の覚醒に協力する

 綺羅雪菜クンが「優木あんじゅさんに憧れるならば、自身も優木雪菜と名乗るべきです」と言い、音の響きだと「優木せつ菜」そのままだけども、姿は優木せつ菜から大いに離れた。

 以前から綺羅雪菜さんがステージに立つと中川菜々がステージに立っていると勘違いされ、生徒会長さんは二足のわらじを履いていると、生徒たちからは話題になっていた。

 

 もちろん生徒会長さんは優木せつ菜であるので、二足のわらじは履いているのだけれども、生徒間では「優木せつ菜=中川菜々」はバレてない(謎過ぎる)ので、中川菜々がスクールアイドルをやってるとの評判は彼女にとって困ったものになるようで。

 

 そして、中川菜々がスクールアイドルをやっている事がバレたのも、元々が綺羅雪菜として中川菜々がステージに立っているとの誤解を確かめんとしたときに、中川菜々=優木せつ菜がバレたという経緯がある。

 

 なぜ優木せつ菜=中川菜々が中川家の皆様にバレていなかったのに、ある日突然にバレてしまったのか経緯が謎だったけれども。

 

「絵里さん……あんじゅさんに似てますか?」

 

 モノローグを中断し、目の前にいる男性を見やる――男性だと意識しておかないと、眼前のそのヒトは完全に女性にしか見えない。

 今まで胸元に詰物をした経験はなかったそうだけど「絵里さんが言うので」と優木あんじゅ化に邁進したときには、ツバサから何度もトゥーキックを脛に受けたものだ。

 

 が、絢瀬絵里の脛の尊い犠牲を経て、少々小柄ではあるけれども、優木あんじゅのそっくりさんは無事に完成され、本人と比べてみようとあんじゅ自身を呼びつけた(断じて私ではない)時には「絵里に呼ばれてきたけど、良いものを観た」と笑いながら言った。

 

 繰り返すけれども、ツバサが「絵里が呼んでるから来て」というのを彼女が了承したので。

 みんながやたらと絢瀬絵里は優木あんじゅを呼びつけられる人材扱いするけれども。

 

 高校時代のあんじゅを模しているため、現在の彼女とは違うけれども、何も知らない生徒から「A-RISEの優木あんじゅさんも高校時代から姿が変わってない」と妖怪みたいな扱いをされている。

 

 このエピソードには続きがあって「優木あんじゅさんも?」と私が首を傾げ、「も」とはなんだ、他に何年も前から姿かたちが変わってない妖怪みたいなやつがいるみたいじゃないか。

 

 と、ツバサを見ながら言い「あ、ツバサのことか!」と言ったら、彼女がエマちゃんの声マネをしながら「絵里ちゃん……本気じゃないよね?」と言って、死ぬほど似てないのに末恐ろしい部分だけは激似で、背筋が凍るかと思った。

 最近背筋が良いと褒められるのは、このときの経験が糧になっており、何も緊張感を持って選抜したから胸を張っている訳ではない。

 

「安心してちょうだい、今のあなたはドコからどう見ても優木あんじゅよ」

「過去にツバサ姉はスクールアイドルは憧れを体現するものだと言われました、まさにこれが私のあこがれの姿です!」

 

 果たしてそれが全スクールアイドルが抱く、憧れに向けて努力する姿かと言われれば首を傾げるほかない。

 だけれども、憧れに向けて必死こいた結果、スクールアイドル部での彼の立場は「センターに立っても問題ない実力」になり。

 

 彼の才能を目覚めさせたとして私の評価が上がったけれども、そこでようやく「提案は西木野真姫」と言い、一時的に上がった評価は波が引くようにもとに戻った。

 

 ――さて、前置きはともかくとして、私は緊張で柱に向かって話しかけている少女のもとへ赴く。

 

「どうしたの? 幽霊でもいる? 友達なら紹介して」

 

 

 そこではじめて緊張のあまりトンデモ行動をしていると気がついたみたい。重い雰囲気を携えた彼女は、栞子ちゃん、ミアちゃんの両者も話しかけるのが憚れるほどで。

 

 優木雪菜さん(笑)の会話が途中で切り上げられたのも、エマちゃんの応援をするために両手にブレード持ってる部外者のお姉さん(読者モデル)と、本日はお手伝いでステージには立たない近江彼方さんに、ズルズルと引きずられていったからで。

 

「……観客がいるステージに立つの、はじめてだから」

 

 PVや同好会や部のメンバーが居る状況以外でパフォーマンスをするのははじめて、しかもトップバッターとして会場が温まってない状況。

 多少、緊張はするであろうことは予測できたけど、ステージに立つことに恐怖を覚えるほど固まってしまうとは。

 

 理事長も観客席でのんべんだらりと見守る予定が、娘の緊急事態だと察し、舞台裏まですっ飛んできたはいいものの。

 アドバイスをすることすら出来ずに、星飛雄馬のお姉ちゃん化してしまっている、手伝わないのなら退場して頂きたい。

 

「誰にでもはじめてはあるものよ、そこを避けていたら、永遠に前に進むことはない」

 

 周囲から「異性と付き合ったことのない人がなんか言ってる」「はじめてを経験したこと無いのに偉そう」「だからちょっと前までニートしてたんだ」とヤジを飛ばされるけれども、ランジュちゃんはニコリともしてくれない。

 私がディスられて終わってしまって、ヤジを飛ばした面々もバツが悪そうである。

 

「上手くいかなかったらどうしよう、受けなかったらどうしよう……そんな気持ちがある、でも、一番怖いのは、アタシが日本のヒトじゃないから受けなかったらって」

 

 エマちゃんがビクリと震えた、正直な話、私も背中がむず痒くなった。

 差別意識だとか、同調圧力とか、同じ国ではないから色眼鏡で見るヒトはいる、それこそ日本じゃなくったって。

 ランジュちゃんにとって、受けなかった理由で一番イヤなもので、一番に思い当たる点がそこだったに違いなく、その可能性はやってみなければわからない産物でも、怖いものは怖いのだ。

 

「怖いものは、乗り越えるしか無い」

「え?」

「怯えていて、縮こまっていて、何もせずにいたら、恐怖は一生自分自身につきまとう……そんな事はわかってるわよね」

 

 人から受ける悪意を乗り越えた経験も、乗り越えられなかった経験も、人にはあると思うし、これからも自分にも、ランジュちゃんにも訪れると思う。

 悪意との戦いは、それこそ全知全能の神にでもならない限りは、誰にとっても避けることのできないものだ。

 

「ランジュちゃんは、どうやって乗り越えた?」

「……勉強もした、嫌なことも我慢した」

「それでは、ステージでの悪意は乗り越えることができないわね」

 

 彼女だって、今までどうやって乗り越えてきたか、を、ステージに活用しようとしたけれど、未経験のモノを乗り越えられると自信を持つには足りないご様子。

 かと言ってココらへんのことは、誰かからのアドバイスだけでは足りない。自信を持たなければ、どれほど有益なアドバイスをしたところで意味など無い。

 

 まあ、私が有益なアドバイスができるかって言うと、そうではない。私がアドバイスをして、もし問題が解決したのならば、自分の有益なアドバイスではなく、アドバイスを聞いた人間が有能だったまで。

 

「絵里さんは、すっごいアウェーのステージに立ったことがあります?」

「無い」

 

 正確に言えば、個人では、ない。

 

「でも、向かってくる敵を殴り飛ばして、蹴り飛ばして、全員ぶっ飛ばして縛りつけてやったことならある」

 

 

 この場でそのイベントを体験したことがあるのが、綺羅ツバサだけだから、興味のある面々は詳しい経緯を彼女に聞いて頂きたい。

 内容を端折って、わかりやすく説明する能力をちゃんと持ち合わせているから、無視していただいても構わないけど。

 

「ぶっ飛ばしてやらなかったら、自分自身も、守るべきものも、恐怖に押しつぶされるところだった。悪意を持って向かってくる相手は、怖くたって、嫌だって、全身全霊で叩き潰すしか無いのよ」

 

 とはいえ、ここはステージなので、悪意を持つ観客をひとりひとり叩き潰していては、パフォーマンスの続行もままならないし、何よりスクールアイドルが拳で問題を解決するわけにもいかない。

 

「ステージの上で……支配しちゃいなさい」

「え?」

「観客の心を支配しちゃうの、鐘嵐珠に全部を委ねちゃうような……圧倒的なパフォーマンスでね」

 

 

 力づくでなんとかする――喋るゴリラみたいな解決方法だけども、ランジュちゃんがこの危機を乗り越えるためには、ゴリラだろうがなんだろうが、悪意をワンパンでぶっ飛ばしてくれないと。

 

「……絵里さん、観てて」

 

 有益ではないアドバイスだけども、ランジュちゃんはちゃんと目に輝きを取り戻した。

 胸に情熱を抱きしめていて、その重さから凹んでしまうところもあるけれども。

 

 

「スクールアイドル同好会 鐘嵐珠――今日は、アタシを見上げるみんなのために、アタシが努力してきたことをたくさん語る予定でした」

 

「でも――アイドルのステージに言葉なんていらない――」

 

「この中に、アタシのことが好きな人も、嫌いな人もいると思う、どちらでも構わないわ、アタシ、結構心は広いつもりなの」

 

「すべての人の心を、ランジュってすげー、で支配してあげる――」

 

「そう、あなたの心を、思考を、視界を、全部が全部、アタシで満たしてあげるから!」

 

 発破をかけて危機を乗り越えさせたは良いけれども、覚醒しすぎて優木せつ菜のステージに影を落としてしまっては……。

 ケド、どのみち始まってしまったものは乗り越えてくれることを願うしかない。

 

 恨みがましい目を多方面から向けられてしまったけれども、ステージから戻ってきたランジュちゃんに、栞子ちゃんやミアちゃんが全速力で駆けて抱きしめ、先程までとは打って変わっての表情を観「絢瀬絵里を晒し上げてウサを晴らそうぜ」と息巻くメンバーがいなかったのは助かった。

 

 や、安心してたら肩を叩かれたので、ビクッとしたのはね、タイミングが悪かったってことで許して欲しい。

 

「娘に、友達と、熱意を向けて一生懸命になれるもの、2つのものが見つかってよかったわ」

「……まあ、それさえあれば、人生なんとかなりますからね」

「それは、親が与えられるもんじゃないから……コレで、本業に集中できる」

 

 今までだって理事長職に従事してきたけれども、ココからは必要以上に顔を出さないということか。

 

「娘をよろしくね……あ、でも、娘のステージがあるときは教えて、エルオーブイイーランジュ! って叫ばないといけないから」

 

 やめていただきたい、ステージ下でヲタ芸をしながら娘を応援する理事長はヤバイ、不祥事になりかねない。

 

 トップバッターがボルテージを最高潮まで引き上げたステージは、途中、優木雪菜さん(笑)がステージの真ん中ですっ転び衣装が破けて下着が露出するという珍(チン)事があったけれども。

 姉がすっ飛んでいって、彼をお姫様抱っこで救出して事なきを得た、得ていると思う。

 

 そして最後にステージに立った優木せつ菜(本物)が、本日一番のステージを披露し――観客の皆様のアンコールに応えて、もう一度楽曲を歌いきった後に。

 

「私は今日、沢山の人の力を借りてステージに立っていると自覚しました! ファンの皆様だけではなく、裏方の皆様、学園の生徒の皆様……支えてくれる人たちがいなければ、ステージに立てないと……そして何より、私を今まで育ててくれた家族……応援はしてくれないかもしれません、不出来だと怒られるかもしれません……でも、もっと前から、言わなければいけませんでした!!! 私を支えてくれる方々本当にありがとう! あなた達がいるから! 私は私の大好きを叫ぶことができます!!! 本当にありがとうございます!」

 

 あれは卑怯だ、といつの間にかとなりに陣取っていたツバサが言い、あれで納得してくれなかったら、殴ってでも納得させなきゃ――

 

 

 こうして優木せつ菜は親バレからの引退危機を乗り越え、生徒会長との二重生活をしながら現在もスクールアイドルを続けている。

  

 



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そして絢瀬絵里は三船栞子を決意の光へと導く

 優木せつ菜さんが諸手を挙げてスクールアイドルを成せるようになって以降、寮の管理人である絢瀬絵里には平穏な時間が流れていた。

 同好会のみんなは優木せつ菜に追いつけ追い越せで頑張っているし、部のみんなは優木雪菜さんの印象を拭う活躍をと息巻いている。

 

 ポロリ事件で部の知名度は大いに向上したものの、評判では未だに優木せつ菜を代表とするスクールアイドル同好会に差をつけられている。

 

 エマちゃんのパフォーマンスではファンの前面に立ってヲタ芸を披露する読者モデルさんや、ランジュちゃんがステージに立つとなれば仕事を放り投げてライブに参戦する理事長の影響もあってか、ニジガクの生徒の皆様の中には「スクールアイドル同好会がラブライブに出場するつもりなんでしょ」との声も聞かれる。

 

 そう、理事長が娘のライブに参戦するばかりに、虹ヶ咲学園の代表のスクールアイドルは同好会との評判が拭えない。

 

 以前、近江彼方、桜坂しずく、中須かすみのデビューライブを藤黄の生徒が見に来ていた。

 

 当然のように準備に駆り出されていた私が、列の誘導やモギリをしている際に「同好会のパフォーマンスは素晴らしいです、ですがラブライブに出場するのは自分たち」みたいなことを言われ「この子たちはラブライブに出場するつもりはないですよ」と言ったら「え?」と驚かれてしまった。

 

 それからもう一つ「同好会に有名な読者モデルの方はいませんか?」と言われたので、そのヒトは今日はエマちゃんがステージに立たないのでお休みと言ってしまったけれど、これでは彼女が同好会の部員みたいに思われてしまう。

 

 果林ちゃんと来たら「私は読者モデルで忙しい」「エマを応援できればそれでいい」と言いながらも、顔に「スクールアイドルやりたい」って書いてある。

 でも、頑なに同好会に入らない。

 

 近頃は「今日はエマちゃんがステージやる」とか「エマちゃんが手伝ってほしいって」とエマちゃんをダシにしてホイホイと来てくれるヒト扱いになってる。

 

 かのように説明すると、お嬢様っぽい藤黄の女の子は「スイス……」と言い、隣にいた子に「ほら、行くよ」と引っ張られていってしまった。

 

 それはともかく、ツバサに「あなたに借りを貰ったわよね」と、のんびりお茶をしばいているところに声をかけられ、いつ来るかいつ来るかと待っていた私は「やれる範囲で頑張るわ」と余裕の笑みを見せた。

 

 半分くらい見栄である。

 

「考えたんだけど、制服を着てもらおうと思って」

 

 ツバサの割には邪悪度が高くない、全裸になって腕立て伏せやってとか、全裸になって校内を歩き回ってとか。

 男子生徒がいる状況では難易度が高いけど、目に触れる人間を絞って、えげつないことをやらされるかと思った。

 

 後者の場合は理事長に許可を頂かないといけないので、彼女の恨みをよほど買ってない限りは、許可は出されないはず。

 出されるようならば身から出た錆である、甘んじて受けるつもり。

 

「それ、虹ヶ咲学園の制服でしょ? アラサーが着るには厳しいけれど、多くの人の目に触れなければ……まさかっ!?」

 

 誰の目にも触れないという条件をつければ「多少恥ずかしくてもいいか」と考える私の思考を読み取り、全裸とかヒモ水着ほどの恥ずかしさはなくても、アラサーが高校生に混じって同じ制服を身につけるという。

 

 どのような人生を歩んでいれば、そのように人が嫌がる罰ゲームを思いつくのかと、ため息をつきながら言ってみると。

 

「まあ、あなたに関しては特別だけれど、人を楽しませられる人は、人が嫌がることもできるのよ。その逆もしかり、ただ、自分のやってることが」

「人が嫌がるってのを分からない人は、絶対に人を楽しませることができない……か」

 

 繰り返し繰り返し、耳にタコができるほど、綺羅ツバサさんからエンターテイメント論として聞いたことがある。

 しかし今の発言を考えると、絢瀬絵里が嫌がるってのを的確に理解して、ワザワザこんな罰ゲームをさせてるってことは、ソイツの性格は極めて最悪の部類なのでは?

 

「あはは! よく分かってるじゃない!」

 

 上記の思考から読み取ったことを「あなたは性格が最悪ね」と結論づけて言ってみると、発言を聞いた瞬間は口をぽかんと開いたツバサが、数秒後にはお腹を抱えて笑い出した。

 

 私に性格が最悪だと言われれば、ことりを筆頭に「何を舐め腐ったこと抜かしてやがる」と殴りかかってくるのが一般的なので、よく分かってると褒められ、面白おかしい発言を聞いたとばかりに笑い出した人を見。

 

 ニジガクの制服を提供(服飾同好会にツテがある)してくれた栞子ちゃんも真新しい制服を持ったまま固まっている。

 

「え、絵里さんに悪く言われて、ツバサさん、おかしくなってしまったとよ!」

「あはは、栞子さん、だいじょうぶよ、気は触れていないわ」

 

 ツバサは慌てて介抱の準備を始める栞子ちゃんを手で制し、私も彼女が天高く放り投げた制服をキャッチし、今もなお、おかしい発言を聞いたと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「でも、おかしいのは本当よ」

 

 栞子ちゃんが困ったようにスマホを手で握り、ドコかへと電話をかけようとするけれども、いったいドコへ電話をかけるつもりなのか。

 病院に電話をかけたところで「そういう相談は承ることはできません」と素っ気なく言われるのがオチ。

 

 そしてA-RISEの二人にかければ「原因を作ったやつに言え」で丸投げされて終わりである。

 

「フツーとかさ、他の人と考え方が同じって人間が、誰かと違う面白いことをやろうとか、人と違うことをやろーで、違うことや面白いことはできないのよ、誰とも同じ人間が思いつく、誰かとは違うことってのが思いつくだけ」

 

 驚いた――人払いをし、栞子ちゃんっていう口の固い証人だけを生贄にし、嫌がらせを断れない状況を作ったかと思いきや、その状況を利用して栞子ちゃんにアドバイスを送っている。

 

 この手のアドバイスは自分を慕うアイドルの後輩にすら「商売敵だから・なる可能性があるから」で教えない彼女が、栞子ちゃんには、本当に限られた面々にしか言わない発言をしている。

 

「ランジュちゃんがすごいからってさ、栞子ちゃんが、じゃあ、ランジュちゃんみたいになろうって言って、出来上がるのはランジュちゃんのパチモンなのよ、劣化品でしかない。そんなものは、誰かに憧れを与えるアイドルじゃない」

 

 そう――ランジュちゃんのステージは親友二人に大きな影響を与えた、片方は「ステージに立つのはしばらくあと、いまは作曲する」と部屋に引きこもり、さぞ名曲が出来上がると一同に期待を寄せられたけど、SNSにて同好会の面々の批評(笑)をしていたアカウントに突撃していただけだとバレ、強制的に練習へ連れて行かれた。

 

 海未に「いい曲ができたらあなたに歌詞を」と私が言ってしまったせいで「絵里の期待を裏切るとはいい度胸です」と意気揚々と園田監察官が誕生。

 理事長にも「娘の期待を裏切った」で拉致する許可をもらい「ボクは学生」の反論を封じる。

 

 「うふふ! ボクは! ボクはね!!! 自由が欲しかったんだ!!!」と叫びながら連行されるミア・テイラーさんを眺めながら「あの子も結構濃いヲタクよね」とのつぶやきが漏らされる。

 

 そして、ミアちゃんはともかくとして、栞子ちゃんも「ランジュちゃんみたいにステージに立つべ!」と一念発起、気合の入れすぎでオーバーワーク気味にならないように、管理人の仕事はエマちゃん、果林ちゃんの二人に引き継がれた。

 

 ランジュちゃんのように、で「ちょっと高圧的な感じで」と思い当たった彼女は「わだすが凌駕するべ!」と決めポーズまで(提供はよっちゃん)披露。

 けど、方向性がファンが求める方向性とは違ったのか、評価はまるで芳しくなく、もっとランジュちゃんに近くと頑張っていたのを、いつ止めるべきかとは考えていた。

 

「誰にも思いつかないオリジナリティ溢れる才能や個性が、誰かと同じことをして降ってくるわけがないでしょう? そんなものは自分ができることをして、懸命に頑張った人間に神様がご褒美みたいに与えるものよ」

 

 ここで栞子ちゃんが自身にアドバイスを送るために回りくどいことをしたと気がつく。

 

 そして、彼女も知っているはず、長い間、こんなふうに生活をしてきて、ツバサが「アドバイスを下さい」的なことを言われて「極めて優等生的な回答」で煙に巻いていたのを。

 

 こんなふうに、三船栞子に寄り添って、彼女にしか通用しないようなアドバイスを、誰に聞かせるわけもない――あ、私はほら、この手の話をいつも聞いているので、忘れろと言われれば潔く殴られるし。

 

「わだすは……」

「あなたができることを、一生懸命やりなさい、背伸びせず、駆け足をせず。

 一歩一歩着実に、できることを積み重ねて、はじめて目標へとたどり着くことができるのよ」

 

 ツバサが栞子ちゃんにアドバイスを送り、やれやれ、こんな制服まで用意をして回りくどいマネを、と思ったけれども、私が制服を着て服飾同好会の部室へと赴き、部員が制作する服のモデルになる未来は回避できず「え、だって感動的な感じだったじゃない」って、言いつつ、苦笑いしながら制服へと着替える。

 

 窓に写った自分を見ながら「制服を無理に羽織って若作りしているコスプレイヤー」にしか見えないと嘆き、寮生にも「すごいね、絵里ちゃん高校生に見える!」「もしかしてニジガクに編入?」とヤジを飛ばされ、心のなかでさめざめと涙しながら「ツバサから与えられた罰ゲームなの!」と、説明すると「さすがツバサちゃんすごい!」「トップアイドルだっただけはある!」と言うけれども、すごいと思うならとりあえずちゃん付けはやめよう、本人は真面目に気にしている。

 

 三船栞子ちゃんが「わだすは巫女として生きてきたから、巫女さんっぽく憧れのキャラを憑依させてステージやる!」との発言は聞かなかったことにした。

 



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そして絢瀬絵里はダブルツインテールを見やる

 ツバサが栞子ちゃんにアドバイスを送るために――実は同好会の面々は本日オフになっていた。

 何をしているのかと言えば、主だった面々は彼方ちゃんのバイト先に顔を出している。

 

 〇〇ってスーパーで働いていると言われて、絢瀬絵里は「ほげっ」みたいな声を上げてしまったけど。

 理由は、桜内梨子ちゃんが店長さんしているスナックが身内でいっぱいになるイベントを思い出して頂きたく。

 

 閉店間際に駆け込んでは食材を買い漁っていたスーパーの名前であり、時間帯がかち合わず全身全霊で買い物をしていく金髪ポニーテールの姿はカナちゃんに目撃はされてないけれども。

 在庫を処理してくれる集団は彼女も聞き及んでおり「世間は狭いねえ」とコメントされた。

 

 ちなみに、綺羅ツバサを中心としたよく食べる面々の出席がなくなったおかげで、常軌を逸した買い込みは最近なされない模様、私も駆り出されていないし。

 

 さて、なぜ私とも縁のあるスーパーに遊びに行ったかと言うと、元のきっかけはスクールアイドル部の綺羅雪菜氏。

 彼がパソコンを猫背でにらめっこしているので、何をしているのかと私が声をかけたら、慌てて画面を閉じ、その模様を目撃した桜坂しずくさんに「スケベ画像を見ていましたね!」と揶揄を入れられた。

 

 彼はしどろもどろになりながらも「近くのスーパーで最近売出し中のアイドルの来店があるんで観ていました!」と語り、たまたま寮にいた彼方ちゃんが「そこは自分のバイト先」「イベントの手伝いがあるからその日は部活をお休みするよ」と言われ「よろしくね絵里ちゃん」とも続けられたけれども、私はべつに部活の顧問ではない。

 

 雪菜氏が「その日は私も部活を休んでイベントに行きたい」というので、同好会は面倒を見ている関係でコメントできるけれども、部に関しては矢澤にこが顧問扱いされているので「にこに言って」と言ったら「そこをなんとか」と彼は頑なまでに続ける。

 

 なにか言いたげなカナちゃんを観て「男性だから色々事情はあるでしょう」と察した私は「わかった、ニコに言っておく」と雪菜クンのお願いを聞き、時間経過後にニコに声をかけたら「ドコのイベント?」と問われた。

 

 べつに隠しておく必要はないと思ったので「彼方ちゃんのバイト先」「梨子ちゃんのスナックの近く」と言ったら「だったら不許可」と言うので、彼が期待を込めていきたいと言っていたのも手伝い「そこをなんとか」と食い下がった。

 

 珍しく私がお願いしたのも功を奏したのか「だったら、何人か連れて監督付きで」と条件を出してもらい「希望者を連れて私が監督する」事になった。

 

 それを雪菜クンに伝えたところ、彼は喜びのあまりに勢いよく私に抱きつき、ありがとうございますと上目遣いをしながら何度も言うので「よほど嬉しかったのだな」と私は別に気にしていなかったけど。

 

 近くにいたツバサ、海未、理亞ちゃんの三名はなんと表記をして良いのか分からない叫び声を上げ、私から雪菜クンを引き離すと一緒に「監督するのなら自分が!」と声を上げる。

 

 部と関わりのないただの友人の園田海未には「ミアちゃんの面倒をよろしく」と言って諦めさせ、ツバサは「そう言えば用事があった」と辞退し、結果的に鹿角理亞が監督し、雪菜クンと同好会の希望者がカナちゃんのバイト先に顔を出すことになっている。

 

 ニコは死ぬほど嫌そうな顔をしたけれども「まあ、条件を出したのは私だから」と、なんとも気になる表現をして、それ以上は何を言うわけでもなく。

 

 バイト先に行く前には、しずくちゃんも「すっごいドスケベなアイドルが来るそうですよ!」と興奮したまま言い、ああ、だから雪菜クンは行きたがったのか、と思うのと同時に、ニコはそういうアイドルが来る場所に高校生が赴くことに抵抗があったのだな、と。

 

 が、カナちゃんのバイト先に「ドスケベなアイドル」が来るのは解せない。

 黒澤家と縁が増えたとは言え、いたってフツウのスーパーだ、ユニフォームだってドスケベではない。

 

 そして、岐阜県産の牛肉を宣伝するというのに、どう「ドスケベなアイドル」が関連するのかもわからない。

 

 わからないコトだらけだけども、しずくちゃんは大興奮のままでかすみちゃんに「ミルクちゃんというのはね」とベラベラと語っているのを観て、楽しそうだから良いかと思った。

 

 理亞ちゃんに「理事長からお小遣い」とお買い物代を渡し、必要以上に羽目を外すことのないようと声をかけ「小さな子どもではないんですから」と唇を尖らせられ、そういえばそうだなと。

 

 彼女と同じ年のルビィちゃんはローカルアイドルを始め、よっちゃんもアイドルを始め……マルちゃんは近々伺いますとメッセージをくれたので、そのときに現状を伺おうと思う。

 

 みんな社会に羽ばたいているのだから、そんな年の女性に私がアレコレ言うのは間違っている。

 潔く不備を認め「なにかリクエストは」と言ったら「頭をなでてほしいです」と言われて「小さな子どもではないとは?」と思いつつも了承。

 

 

 ――うん、現実逃避に過去のことを思い出してしまったけど、制服を身に着けて校内を闊歩するのはマジで恥ずかしい。

 

 部活に赴く途中の生徒や、帰宅を急ぐ生徒がマジマジと私を眺めている――そりゃそうだ、もうすぐ30になろうかっていうアラサーが自身と同じ制服を着て、構内を歩いているのだ、誰だって見る。

 

 いわば、ゴリラが制服を身に着けているようなもので、ゴリラが制服を身に着けて歩いていれば珍事である。

 

 ゴリラが制服を着ていれば、私だって「なんだなんだ」と目を向けるのは間違いないし、マスコミに模様が提供されれば「珍事」としてお茶の間を騒がせるのも間違いがない。

 

 理事長もなんだってこんな罰ゲームに許可を出してくれたのか「絵里さんとならチューしても良い」とランジュちゃんに言われてしまったのがいけなかったのか。

 

 「理事長にバレたら嫌だなあ」と思っていたけど、人の口に戸は立てられないせいで、瞬く間もなく伝聞され、耳にした理事長は持っていた鉄製の扇子をへし折ったそうだけども、私にはその残骸が届けられただけで実害があるわけじゃない。

 顔を合わせたときにちょっと恨みがましい目をされただけで終わったし。

 

 あのイベントの意趣返しなら優しいものだ、鉄製の扇子を曲げたとかじゃなく、へし折ったんだから、絢瀬絵里の首の骨なんぞいとも簡単にへし折れるに違いないし。

 

 さすがに首の骨が折れれば私は死ぬでしょう、死ななかったら一号と二号に仮面ライダーに改造されているはず。

 

 ――変身!ブイスリャー!

 

「ともあれ、服飾同好会に顔を出せば罰ゲームは終わる」

 

 が、校内がめっちゃ広い――UTXで迷った私が迷わない道理はなかった。歩く生徒にも声をかけられず「困った。笑うしか無い」と思いながら案内図を見つけ「天の助け!」とばかりに駆け寄り、服飾同好会を探していると、横から指が一本生えてきて。

 

「侑ちゃん、割り込んじゃ」

「あ、勢い余ってつい……ごめんなさい」

「いいえ、校内のモノを独り占めしている方が悪いの、さ、どうぞ、私はべつに急いでないから」

 

 急いではいない。

 

 服飾同好会には「南ことり」が顔を出しているそうなので、どうせなら部活動が終わるタイミングギリギリに顔を出したい所存。

 それは急いではいないとは関係ない、ないったらない。

 

「ええと、スクールアイドル同好会……スクールアイドル同好会……」

 

 聞き慣れた単語を口ずさむ彼女に「スクールアイドル同好会の部室には、今はスクールアイドル部のみんながいるわ」と声をかけ「もしかして優木せつ菜ちゃんのお友達ですか!?」と、めっちゃ目を輝かせて言われたけれども。

 

 今の会話繋がってないよね? まあ、いいんだけども。

 

「優木せつ菜のファンなの?」

「ええ、ライブを見て完全にトキメいちゃいました!! 是非にも一目会って感謝の言葉を」

「……あなたも?」

「侑ちゃんのつきそいと言いますか」

 

 

 案内をしても良いものか、スクールアイドル同好会と部が兼用している部室までなら、何度も行っているので問題はないケド……。

 ただ、ファンだから、逢いたいから、の子を部室まで案内するのはさすがに憚られる。

 

 だけれども、この、高坂穂乃果がいい思いつきをした時――みたいな目の輝きを持つ女の子に現実を押し付け、諦めさせてしまうのはしのびない。

 そう……この子なら、ラブライブに出るわけでもない、知名度を上げてもさほど意味のない――そんなスクールアイドル同好会に新しい風を起こしてくれるんじゃないか。

 

 勘――みたいなものだ、穂乃果みたいな目を持つ女の子だから、行動力が人並み外れていて、暴風を巻き起こし周囲を巻き込んでしまうんじゃないか。

 

 その素質は感じられる――既に、なんともおとなしそうな幼なじみの女の子を有無も言わさずに巻き込んでいるところから。

 

 ことりに「用事ができたので、用件があるなら後で寮に顔を出して」とメッセージを送り、ツバサにも「罰ゲーム完遂不可」と送り、両者から「後で覚えておけよ」と返信が来たけれども、それを観なかったことにして中川さんに「優木せつ菜化して部室にGO!」と続けた。

 

 ――そして部室まで案内し、ドアを開いて顔を出したら「年甲斐もなく何やってんのよ」とニコに言われ、そういえばニジガクの制服を自分は身につけていたんだと思いだした、アホ丸出しである。

 



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番外編 一番衝撃を受けたのはかすみんだった 覚醒編

 はじめてそのアイドルさんを目にしたとき、あんじゅさんを思いました。

 

 姉の幼なじみにして自分の初恋の相手でもありますが、優木あんじゅさんは、胸もたいへん豊かでいらっしゃって、母性溢れるスタイルでありましたが、性的、とは違います――や、幼少時の自分は、暴露の通りあんじゅさんとお風呂に入っておりましたが、気恥ずかしさが手伝って、あまり覚えていません。

 

 今となっては、姉の好感度を上げるために自分の世話を焼いていたとの裏事情も把握しているため、しずくさんに脇腹をヒジで突かれながら「もっとその辺の事情を聞かせてくださいよ」と言われても「さほどピュアピュアな思い出ではありません」としか。

 

 ええ、しずくさんもやらしいの天才を目指すとか、トチ狂ったことを言っておりますが、女性を性的に観た思い出とかには、ひとっつも興味を持っていないのは知っています。

 

 口からはとんでもない下ネタが飛び出すことがありますが、どうやら真姫さんを模しているだけのようで、興味があるのは相手を性的に見るよりも、好意から相手をどう見る、だそうで。

 

 距離を近づけるための手段が下ネタ、なのは「どうしてこうなった」としか言いようがありませんが、男女問わず、恋愛事情のネタを集めているのは、演劇やスクールアイドル活動に好影響を与えている模様です。

 

 演劇部の部長からも「人間観察が上手になった」とべた褒めされていて、主演に起用する話もあるとか。

 

 ――一度、かすみさんに「そういうのやめたほうが」とコメントされたときに「かすみさんも、本当に美しい女性の顔を見たら分かるよ」と言ったそうなので、理想のヒロインになるために頑張るみたいです。

 

「雪菜ちゃんはどうして女の子の格好をするようになったの?」

 

 なんとなく、ではあったのでしょう、エマさんが話題の種として私に話しかけてくれました。

 しずくさんの追究に困り顔だったのに助け舟を出してくれたのかもしれません。

 

「私の感覚からすると、女装っていう感じではないんですが」

「女の子の恰好なのに?」

「はい、理想……でしょうか? こうでありたい自分が、こう、であったまでで、女の子になろう、ってわけじゃありません」

 

 理想の姿がアーノルド・シュワルツェネッガーだったら、頑張ってそれを目指しただろうし、マジンガーZとかでも、じゃあ頑張ろうか、となったかも知れない。

 自分がそれを目指せるから、とか、ちやほやされたくて、とかじゃなくて、こうでありたい自分が優木あんじゅさんだったから、じゃあ、私はそれを目指そうとなったわけで。

 

「教えてくれなくてもいいけど、どうしてあんじゅさんを理想に?」

「そう……ですね、しずくさんと理由がかぶるかもしれませんが」

 

 思春期を迎え、綺麗なあんじゅさんを思い出したときに、彼女が美しく見える瞬間が姉を熱心に見つめていたときだと気が付き、初恋が姉が原因で終わるのは……まあ、お笑い草ではあるのですが。

 でも、恋が終わって残念っていうよりは、自分が目指す姿はアレだ、と思って、それはおそらく思春期特有の世間ずれみたいなもので。

 

「ステージの上で、あのときのあんじゅさんみたいになったら、私はすっごい歓声を受けるような……ただ、なんて言いますか、歓声って言うより、喜んでもらえるんじゃないかなと思うんです」

 

 エマさんがぽかんと口を開いたまま黙ってしまい、あまりに変なことを言って驚かせてしまったと反省していたら、果林さんに「良い考え方をしているわね」と頭を撫でられました。

 

「ステージではないけれど、ファンが喜ぶ理想の朝香果林をモデルとして目指しているから……エマはきっと、喜んでもらう姿ってのが、よく分かってなかったんじゃない?」

 

 このこの、と果林さんがエマさんを突く。

 絵里さんやツバサ姉からすると「果林ちゃんって子どもっぽい」そうなんですが、年上として彼女を観ていると、とてもそうは見えないです――

 

 

 

 

 彼方さんが働くスーパーは入場制限がかけられてしまうほど、男性客でごった返していた。

 地方のゆるキャラとか、おえらいさんが考えた変なマスコットが来店! みたいなときとは空気も熱量もまるで違う。

 

 売上には大いに貢献してくれそうだけれども、スーパーを活用しに来ただけのお客様からすれば「なんだこの状況は」なわけで、ミルクちゃんは今後呼ばれないんだろうなと。

 

「理事長からお金を頂いているけど、無駄にならないように」

「絵里ちゃんが活用できる食材を買えばいいよね」

 

 さすがはエマさん――絵里さんのことを「ちゃん付け」したときにもかなり度肝を抜かれたけれども、姉が「ちゃん付け」で呼ばれている原因になってるってのもびっくりした。

 

 遊びにいらっしゃるμ'sやAqoursのメンバーも許可が取れれば「ちゃん付け」になっていて、来校していない面々は「さん付け」で呼ぶ。

 

 なので、凛さんはちゃん付けで、花陽さんはさん付け、よっちゃんさんはちゃん付けで、花丸さん、ルビィさんはさん付けと、よく分からない状況にもなっている。

 

 今も、理亞さんが大人ぶりたい(絵里さんの評価を上げたい)場面を先んじて「こうすればいいよね」と物事はハッキリ言えとばかりに省略し、理亞さんはぶーと言いながら唇を尖らせ、果林さんから頭を撫でられている。

 

 絵里さんやツバサ姉を中心とした年上組からは、子どもみたいに扱われる果林さんだけど、理亞さんに対してはめっぽう強い。

 

 なんでも、かすみちゃんと似ているから扱いやすい、だそうで。

 

「袋代が有料だからエコバッグも持ってきたよ」

「理亞ちゃんは袋代が有料って知ってた?」

「ば、バカにしないで! スーパーの買物は遊びじゃない!」

 

 ニジガク三年生組にイジられ倒し、理亞さんも「ここはボケてオチを付けるしかない」と察したのか、アニメで使用されたセリフを披露――なお、当人はそんなこと言ったこと無い、だそうで。

 

 バク宙してくださいよとかすみさんに言われ「仕方ない」と、その場で宙返りしたときには、周囲の方々も思わず拍手を送った。

 抜群の身体能力を誇るので、ひと目を集めるのにまるで苦労しない。

 

 ただ、そんな理亞さんでも「絵里さんとツバサさんに追いつくのは難しい」とか言うので、二人が実は人間じゃない疑惑が私の中にある。

 

 や、武装した成人男性の集団を二人で返り討ちにして、Aqoursのメンバーを守りきったとか、明らかにおかしいですからね? 姉は武勇伝を語るように説明してくれましたが、聞いたメンバーみんなドン引きしてましたからね? 理事長なんて聞いている途中で正座しましたからね?

 

 

 ミルクちゃんが登場して、ドコから声を出しているのかっていうアニメ声で「はっきゅーん! みんなげんきかにゃー!」と叫び、岐阜県産の牛肉を宣伝しているさなか、理亞さんが「姉……さま……?」と呟き、エマさんが「姉さま?」と応じ、しずくさんが「そう言われてみれば、鹿角聖良さんに似ている?」と首を傾げた。

 

 が、私の知っている鹿角聖良さんは、露出度が高い牛柄のビキニを着て「はっきゅーん」とか「もえぽよ~」とか言ったりしないだろうし、言ったとしても色んな意味で酔っている。

 

 他人の空似に違いあるまいと、膝を折りそうな理亞さんに肩を貸しながら――それでも、イベントを最後まで観なければ、と私に気を使っていただいて。

 

 彼女のパフォーマンスは、本当に人並み外れていて、それを考えると、正体が鹿角聖良さんだと認めたくもなるんですが……。

 目を離せないんです、あんじゅさんの理想の姿とも似ている――と言ったら怒られるかもしれませんが。

 

 私がココに来たがった理由を来る前にも説明して、しずくさんには「あなたがスケベだからそう思うのでは?」と言われ、なかなか認めては頂けなかったんですけど。

 

「くっ、あんなにドスケベな格好をしているのに……確かに、真姫さんと似た印象を抱く……どうして……」

 

 普通に考えれば、牛柄のビキニを着て胸をプルンプルン震わせながら電波ソングを歌う姿と、思いが届かなくていじらしい美少女を観たときと同じ感覚を抱くっていうのはおかしいんですが……なんだかすごく切ない印象を抱くんです。

 

 

 あんなことやらされて可哀想って話じゃなくってですよ?

 

 

 

 ステージは拍手に包まれて終了し、理亞さんは照れた表情をしながら「重かったでしょ、ごめんね」と言い労をねぎらわれ。

 結局、ミルクちゃんの正体は聖良さんかどうかは確かめられず、理亞さんも「ミルクちゃんはミルクちゃん」というので、しずくさんも「そうですよね」としか言えない様子。

 

 姉妹だから分かることがあるんでしょとか言えないですよね……。 

 



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そして絢瀬絵里は褒め言葉が回りくどい女の子の頭を撫でる

 自己紹介をすると「え? あのμ'sの?」と言われるパターンが多かった。

 コト、スクールアイドルをやっている女の子がいるシチュエーションにおいてだと、前置きをしなくちゃいけないけど。

 

 かしましい女の子が揃う空間で絢瀬絵里って名乗れば、だいたいがμ'sのって繋がるので、高咲侑ちゃんにも上原歩夢ちゃんにも、同様の感想が見られると思いきや。

 

 いくら罰ゲームでニジガクの制服を羽織っているとは言え、自分の名前と管理人の仕事をしていると説明して「よろしくおねがいします」的なモノで終わってしまうとは思わなんだ。

 私は自己紹介をしてμ'sって続かなかったことに感動すら覚え、久しく体験してないものだから、この子たちとは仲良くなれそうと、親睦を深めるトークをしようと口を開いたら。

 

「なんだニワカですか」

 

 おおっと、早速スクールアイドル部のメンバーが新人にマウントを取ろうとぶっこんできた! と、思って発言の震源を確かめると、ニコが驚いているし、西園寺雪姫ちゃん、統堂朱音ちゃんの双方も驚いているので、本日カナちゃんのスーパーに遊びに行っている綺羅雪菜クンは欠席なので、残るはただ一人。

 

 ダンスしているだけのPVではかなりの高評価を得、類まれな容姿からニジガクの妖精扱いされているけれども、興味があることにしか口を開かない、興味がない人間には歯牙にもかけないという。

 

 ツバサに「こやつ人間か!」と言われ、理亞ちゃんにも「妖精だから人間の法が通用しない」とディスられてしまった、九璃々ちゃん。

 

 踊りでは抜群の才能を誇っていると思っているのか、ツバサや理亞ちゃんと言った面々とダンス勝負を、と、歯牙にもかけられなかった両者が挑戦を申し込んでも「自分と勝負ができるとしたら絢瀬絵里だけです」と言って突っぱね。

 

 じゃあコイツなら良いのか、とツバサに足で指された私の顔を見た璃々ちゃんは「そのヒトは同姓同名の別人です」と見事なオチを付け。

 絢瀬絵里の同姓同名の別人の私は「いつか絢瀬絵里に会えると良いわね」と言いながら、頭をなでてあげることしかできなかった。

 

 なお、身体に触れる行為だけでも、許されるのは雪姫ちゃんと朱音ちゃんと私しかおらず、エマちゃんが近づくと威嚇するため、果林ちゃんもよく璃々ちゃんには威嚇している。

 

「そのヒトはμ'sの絢瀬絵里の同姓同名の赤の他人ですが……」

 

 ニコが顔を背けて吹き出し、両隣にいる彼女と唯一距離が近い友達も顔を俯かせて笑っている。

 もちろんそれは、私のことを同姓同名の他人だっていう勘違いに吹き出しているんだよね? 赤の他人疑惑が生じているわけじゃないよね?

 

「これからスクールアイドルをしようというのなら、絢瀬絵里と名前を聞けば、あの天上天下唯我独尊、神にも等しい絢瀬絵里さんですか、とまずは勘違いしなければいけません」

「私はそのヒトとは同姓同名の赤の他人だけど、この子、興味を持つ人間にしか口を開かないから、悪く思わないで」

 

 そう、ツバサと理亞ちゃんにさえ、強引に迫っていかなければ完スルーの姿勢を取ったチャレンジャーの璃々ちゃんが、わざわざ口を開いて「何事か」との発言をした。

 

 朱音ちゃんと雪姫ちゃんの双方も私にかなり憧憬を抱いているから、璃々ちゃんが先んじて「何だオマエ」みたいな発言をしなければ、二人からも侑ちゃんと歩夢ちゃんの印象は悪かったに違いなく。

 

 璃々ちゃんはトテトテという効果音が似合いそうな歩みでこちらに寄り、頭を撫でろと言わんばかりに体を寄せ、赤の他人だけども、彼女が決して悪い子ではないと知っている私は、璃々ちゃんの希望通り頭を存分になでてあげることにした。

 

「同姓同名の赤の他人かもしれませんが、私の頭を撫でる才能は持ち合わせているようです」

「ちなみにその絢瀬絵里さんって今なにをしていると思う?」

「月収100億ほど稼いで、優雅にバスタイムでしょう」

 

 いったいなにをしたら月収でそれほどまで稼げるのかは、凡人の絢瀬絵里にはわからないけれども。

 璃々ちゃんがバスタイム時の洗髪からドライヤーまでをご所望なので、希望通りやってあげることにしよう。

 

 や、ココに来る前は何から何まで世話焼きのお姉さんに全部やってもらってたそうで、やってもらわないと制服にすら着替えなかった彼女も、それなりに生活力を身に着けてきたから……私としては毎度やりたいけれども、毎度やると「甘やかすな」とめっちゃ怒られるから……。

 

 

 

 さて、璃々ちゃんのおかげで「口を開けばわかりやすい毒舌」を披露する朱音ちゃんも「遠回しにめっちゃ酷いことを言う」雪姫ちゃんも、侑ちゃんや歩夢ちゃんにはかなり下手に出ていた。

 

 トリミングされている犬みたいになってる璃々ちゃんは、むふーと気持ちよさそうに鼻息を吐き、いい仕事をしたと言わんばかりに目を閉じ、撫でられるがままになっているけれども。

 

 最初はなんで私が彼女を褒めているのか分からなかったニコも、優しい態度でスクールアイドルについて説明している部の二人を見て「二人の評価を上げるためにワザと犠牲になった」コトに気が付き「こりゃ、雪菜クンにはできない所業だわ」と首を振っていた。

 

 実力ではセンターになるにふさわしい才能を持った彼も、他のメンバーから信頼されるまでには至らない。

 3人が3人それぞれに扱いが難しい部分があるから、仕方がないとはいえ、いつまでも璃々ちゃんと威嚇しあっていてはしょうがない。

 

 口からポロッととんでもない毒舌を出すことがある朱音ちゃんが、クラスメートと仲がいいとの情報を聞いた英玲奈も「誰かと無難に交流できるようになるなど高校卒業を待つかと思ったが」と、溺愛しているとはいえ、性格に難ありを把握しているので、驚きを隠せない様子だった。

 

 真姫も「自分と似てプライドが高くって」と雪姫ちゃんの性格に難ありの部分を自覚していたので、クラスメートと仲良く過ごしていると聞いて「姉の私に気を使わなくたっていいのよ」と言ったくらいで。

 

 や、真姫がプライド高いかっていうと首を傾げるけど、ともかく、姉二人は妹になにかあったらすぐさま飛んでくるつもりはあったよう。

 

 ケド、両者がなにか失言しようとすれば、璃々ちゃんがそれ以上のトンデモ発言で場を乱すので、結果的に彼女たちは守られているし、守られていることに気がつけば3人のユニットとしては完璧になる。

 

 そこでの雪菜クンの立ち回りについてはニコに任せるつもり、いまのところ想定すら無意味だとは思うけど。

 

 

 

 ドアが開かれ顔を出したのは「優木せつ菜」そのヒトだった、中川菜々としてではなく、放課後スクールアイドルの格好で、バッチリメイクも完了している。

 それを見た侑ちゃんは、目を輝かせ「せつ菜ちゃんだー!」と叫んで突進、幼なじみの歩夢ちゃんが止めるスキすらなかった。

 

 が、勢いよく向かっていったものの、せつ菜ちゃんに難なく受け止められ「今結構勢いよく突進したよな?」とはニコも私も感じ、受け止めた側のせつ菜ちゃんも「アレ? 勢いよく突進されなかった?」とばかりに首をひねっている。

 

「はじめまして! 高咲侑です!」

「え、ええ、存じています。私、全生徒の名前を覚えていますから」

 

 ケド、好感度たっぷりに突進され、それが思いの外に勢いがなかったことに驚いたのか、ついうっかり「中川菜々としての設定」を口にしてしまう。

 それでも、侑ちゃんと歩夢ちゃんのなかには「生徒一人ひとりの名前を覚えているなんてせつ菜ちゃんすごい!」が先んじたので、正体が露見することはなかった。

 

 そしてそこから、侑ちゃんのマシンガントークがせつ菜ちゃんを直撃し、部活動終了の時間までそれがなされたため、結局の所、二人がスクールアイドル同好会に入りたいのか、部に入りたいのか、そもそもスクールアイドルをやりたいのか、等の疑念は払拭されず。

 

 それでも、歩夢ちゃんはスクールアイドル部の面々とトレーニングをし、楽しいと笑顔を浮かべていたのでヨシとしよう。

 ひたむきさに心惹かれたのか、璃々ちゃんも「ここはこうです」とアドバイスをする姿が見られた。

 雪姫ちゃんと朱音ちゃんの双方も「アドバイスするのをはじめて見た」って言ってた。

 

 や、そんなことないんだよ? 歩夢ちゃんに向けて「すごくわかりやすい言葉でアドバイス」したからそう見えるだけで、普段も「悪口にしか聞こえない罵詈雑言を伴った言葉」でアドバイスはしているから。

 

 ツバサに「今の歌の部分の日本語が下手くそですね、猿からクラスチェンジしたばっかりなんですか?」と言って周囲の度肝を抜いたけれども、猿からクラスチェンジの部分のイントネーションが、その言葉とは違ったので「ん?」と私も首を傾げたし、ツバサも「ん?」と反応をし、彼女が口の中でモゴモゴと何事か繰り返したのち。

 

 「うるさい、黙ってみてろ」といい、もう一度、先と同じように歌とダンスを披露。

 アドバイスが的確だったからか、罵詈雑言をかっ飛ばされたことにいらだちを覚えたのか、ツバサの指導の時間は打ち切りになったけれども。

 

 後日彼女は苦笑いをしながら「わかりやすく言って欲しい」と言い、私に璃々ちゃんへのお礼を頼んだ、近づいたら威嚇されるからね……。

 



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そして絢瀬絵里は南ことりからのメッセージにおののく

 戸締まりをしている最中にニコから「なぜ制服を身に着けているのか」と、話題が盛り上がり棚に上げた問いかけをなされ、バカ正直に「かれこれ」と説明をする。

 オチはともかく、三船栞子ちゃんのランジュちゃん化は回避されたので「私の頭痛の種も一つ減ったわ」とニコが笑い、

 

 「希がそんなコスプレしてたわね」とさらに続ける――神社でアルバイトをしていたけれども、いつの間にか離職。

 せっかくの一流企業も「なんとなく」で離職し、絢瀬家に転がり込んだのも記憶にある。

 

 早々に海未に魂胆がバレ、長い間、園田家の下働きとしてコキ使われていたご様子。

 なんやかんや言いながらも、未だに園田家に逗留しているから、かなり居心地は良いのではと思われた。

 

 ニコに言ったら「職業ユーチューバーじゃアパート借りられないでしょ」とマジレスされ「いやまあ、そうなんだけどさ」

 

 世話を焼きたいではあるけれども、希の世話を焼くとなれば「まあそれはともかく絵里(ちゃん)」と誰かしらが用件を持ってくるので。

 それにアイドルの面倒はすでに人材過剰気味、寮生の指導及び食事担当も希には荷が重い。

 

 なにより、ニジガクに必要な人材となれば、私がなんとかせずとも理事長から手を回されるので、そのあたりの話もないとなれば「危機感を持て」と尻をひっぱたきにいかねばならない。

 

「そういえば希は遊びにこないわね」

「スパチャ貰って稼ぐのに忙しいんじゃない?」

 

 以前までは真姫の思いつきで地元を紹介してたけど、ネタがなくなったのか、水着でプラモ作ったり、不特定多数の相手を占ったり、それなりに稼ぎはある模様。

 

 ニコや真姫や海未は番組のゲストとして呼ばれたそうだけど、絢瀬絵里には一向に誘いがかからない、オマエをゲストに呼んでも集客にならねえよってことでしょうか希さん……。

 

 さて、話は変わるけれども、私がこのように罰ゲームで寮の仕事から離れているので、食欲過多な皆様の食事はいかにとお考えの方もいるかも知れない。

 

 ご安心いただきたい、先のイベントで優木せつ菜を呼んだけども、これは侑ちゃんに会わせる目的もありながら、料理を任せた人間が情にほだされて劇物料理人を厨房に入れる可能性を排したまで。

 

 綺羅雪菜氏を入れる可能性は考慮しない、もしも入ろうとしたら理亞ちゃんに「殴ってでも止めろ」と厳命してある。

 なにもせずとも喜び勇んで殴りつける可能性もあるけど、そうなれば寮にいるツバサにマジギレされて喧嘩になる。

 

 喧嘩になれば「助けて絵里ちゃん」とエマちゃんあたりからメッセージをとばされるので、それがないってことは穏やかに過ごしているということだ、まことに僥倖である。

 

「そういえば、今日の食事って誰が作ってるの?」

「A-RISE」

「は?」

 

 ニコがぽかんと口を開き、なぜそうなったのかを問いかける。

 まず、ツバサも「絵里に罰ゲームさせるんだから、自分が代わりになる」との想定があった。

 

 彼女の能力を考えれば、寮生が望む食事を提供することなど容易――なんだけども、雪菜クンに弱いという事情から、彼を厨房に招き入れ、夕食を劇物にしてしまう可能性も。

 

 そこで英玲奈に「妹に手料理作って」とヘルプを出し「まったく仕方のないヤツだな」「これからはもっと頼め」と、仕方のないヤツはどっちなのかわからないけど了承を得。

 その英玲奈があんじゅを「料理修行しろ」と呼びつけ、結果、本日の学生はA-RISEに手料理を振る舞われる。

 

 や、あんじゅは幼いころから綺羅家の使用人としてバリバリに修行していたから、料理や家事なんてお手の物だし、なぜ料理修行をって思ったけど、美味しいものを作るとしたら、お金と時間ををかけてとなる、それでは結婚したときに困る……だとか。

 

 感覚が一般のそれとは異なるようで、今のうちから庶民の感覚に慣れておけ、と英玲奈は言うけれども。

 

「ああ、あんじゅさんは、ほら、専業主婦の感覚がわからないから」

 

 旦那さんと生活するまで、料理と言われれば自分が望まれてやるモノで、仕事代わりでもあったそう。

 使用人なんて立場で長年過ごし、トップアイドル化している状況でも、ツバサの世話を焼いていたから、相手を喜ばせるために全力を尽くすのが染み付いている。

 

 が、子どもを育て、長年生活を送るためには、いつ何時も全身全霊で尽くしたら保たないそうで、料理もそれなりに済ませる技術を身に着けさせたいんだと。

 

 つまりは寄り添って生活するためには妥協をするんだな、と、妹も彼のためにそれなりに妥協をしているのでしょう、彼もまた然り。

 そして、そういうことを許せる相手だからこそ、婚約って選択をしたのだな、なんて。

 

 ニコも長年、弟さんや妹さんの世話を焼いていたから、それなりで妥協をしないと苦しい部分があると分かっているのだ。

 

「私もそれなりを身に着けないといけないかしら」

「絵里は器用じゃないから無理」

 

 不器用極まりないから、いつ何時も全身全霊で取り組みなさいと、年上のお姉さんみたいにニコから言われ、希から同じセリフを言われれば多少反発する気持ちもあれど、ニコからそうなさいと言われれば「そうしてもいいかな」って感じになる、人生経験の差ゆえなんだろうか。

 

 

 そして寮では、みんなが楽しそうに食事をしており、提供されているものに劇物は含まれていなかった。

 英玲奈が熱心に朱音ちゃんに「これは私が作った」とか言っているけれども「普段のほうが美味しい」と素っ気なく言われている――や、照れ隠しだから、私を睨みつけられても困るからね?

 

 あんじゅにも「や、こんなにたくさんの子の食事を作ったのはさすがにはじめて」と言われ、いい経験になったみたい。

 「これと同じ量の食事を長い間に作るんだって思ったら、そりゃ、仕事みたいに全身全霊とか、身体が保たないわ」と苦笑いをしながら言われてしまった。

 

 私みたいにフリーで、全力を尽くせる立場ならそうせよ、だけど。彼女はこれから子どもを、とか、生活を、で「料理はそれなり」にしなければいけないかもしれない。

 

 「それなりに済ませるのも技術なのね」と私が反応したら「そうみたい、私も全身全霊で何事にも取り組むのが尊いと思ってたわ、ツバサの影響かもね」と、じぃーっとこちらを眺められながら言われ、まるで私がツバサに全身全霊で取り組めさせてるみたいじゃない? そんな影響力無いですからね?

 

 

 悪鬼羅刹をその身に宿したことりから、有無も言わさずに殴りつけられるのを予測してたけど「ごめんね、忙しいから絵里ちゃんを半殺しにしている暇がなくて」と、謝罪するべきはそっちじゃない、と手で顔を覆いたくなるメッセージが届いてた。

 

 「絵里ちゃんを殴りつけるんだ」って嬉々としていたとエマちゃんは語ってくれ、さすがにことりはおっかなかったのか、彼女も「暴力は良くない」とも言えず。

 

 でも、部活から戻ってきた寮生が「え、今日の夕食は絵里ちゃんじゃないの?」と、怨嗟の声が上がったのを聞き、ことりが「今日は帰る」って言って足早に退散したらしい。

 

 ニコも「絵里ちゃんじゃない」でブーイングが上がったそう、すぐさま料理の腕で静かにさせたけども「罪作りな料理人ですこと」とヒジで脇腹を突つくニコに言われ、ツバサも「料理人としての才能があるわね」とスネを蹴り飛ばしながら言った。

 

 褒めてくれるのならば、もっとちゃんと褒めて欲しい、ふざけるな半殺しにするぞと言わんばかりの威力で蹴り飛ばすのはやめて欲しい。

 

 しばらくして、学生から「絵里ちゃんお風呂一緒に入ろう!」と誘われ、やれやれしょうがないわねと応じたら、ぽつりとあんじゅが「ことりさんが見てなくてよかったわね」と。

 

 どういうことか分からなかったので、発信源を眺めたら「また今度ね」と言われたので、今度を待ち望みたいと思う。

 



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そして絢瀬絵里は喧嘩を止めるために苦労をする

 しばらく平穏な時が流れた――翌日に同好会がたむろしている部室に顔を出した二人に、当然のようだけど悪い印象を抱く人間はおらず。

 普通に歓待され、特に侑ちゃんにかわいいを連呼されたかすみちゃんなどは、すっかり骨抜きになってしまい。

 

 「かすみんは可愛さを追求していきますよ~!」と、勢いよく叫び、しずくちゃんから「これはぐっしょり濡れていますね!」とネタにされていた。

 

 桜坂家のお嬢様の下ネタのせいで、二人が入部したくないと言ったらどうしようかと思ったけれど、彼女らがピュアだったおかげで、お嬢様のどぎつい下ネタに気がつくのは入部して以降だった。

 

 スクールアイドルに立候補した歩夢ちゃんとは違って、侑ちゃんはみんなを支えて行きたいとのこと。

 

 そんなに可愛いんだからアイドルをやればいいのにと部外者のお姉さんに言われたけど(エマちゃんがいるのでいる)

 「果林さんがスクールアイドルになったらいいんじゃないですか?」と見事な逆襲をされ、しどろもどろになった彼女に助け舟を出す人間は誰一人いなかった。

 

 そろそろ入部しなよ、と誰しも思っているけれども、果林ちゃんが入りたいと言うまで待っているのだ。

 

 口をパクパク動かして金魚みたいになっていたけど、しばらく時間が経過した後に「今さら入ったら、おかしくないかしら?」と、要領を得ないことを言い。

 

 「今さら入らないっていうほうが変だよ」とエマちゃんに言われたのをきっかけに、ようやく部外者のお姉さんは部外者のお姉さんではなくなった。

 

 これでようやく皆々から部外者のお姉さんって言うのめんどくさいからそろそろ入部しなよと、ネタにされるのを回避できる。

 

 部活時には、しずくちゃんのとんでもない下ネタに顔を真っ赤にする上原歩夢ちゃんがお約束になっているけど――侑ちゃんの入部のおかげで私も管理人の仕事に取り組めるようになった。

 

 今までも、できる範囲でやっていたけれども、理事長からどっちかに集中してくれていいのよと言われたのに甘えて、ついついに馴染みのあるスクールアイドル活動に集中してしまった。

 

 元々は寮の管理人として学園に携わっているのだから、本来優先するべきは寮のみんなだった――「これからお掃除おばさんとして活躍するのでよろしく」と言った時には「料理だけじゃなくてお掃除もしてくれるの?」「絵里ちゃんはお嫁さんとして完璧な才能を持ってるのに、なんで男の人から選んでもらえないの?」と言われて「そんなことは私の方が聞きたい」と言ったらみんなが笑ってくれた。

 

 ひとまず歓迎されているので良かった――

 

 

 今まで手を抜いていた清掃活動に取り組んでいると、理亞ちゃんが「以前スーパーで姉さまに会いまして」と言われて、ようやく内容を話す気になったのだなと感じた。

 

 前々から触れないように触れないようにはしていたけれども、正直な話、触れたくてしょうがなかった。

 困った人間を見ていると、どうしたって助けたくなってしまう。

 身の程を知らないので、自分のできること以上の問題を抱え、結局周囲のみんなを頼る大チョンボをすることがあるけど。

 

 生まれ持った性癖のせいなのか、それともそういう習性が自分に備わっているのか、生まれた時からの馬鹿の一つ覚えで、困った人を見ると助けたくなってしまう――アホなやつだと言われるけど、友人関係には恵まれている。

 

 身の破滅に至るほど問題を抱えることもないのも助かっている――ストップをかけてくれる周囲のみんなのおかげで。

 

「どスケベなアイドルの正体が、聖良ちゃんだった?」

「その通りです――アレを姉さまだと認めたくない自分と、やはり姉さまなのだと、感動を覚えた自分がいます」

 

 揃いも揃ってスーパーに出かけた割には、みんながみんなスーパーで体験した出来事をネタにしないので「これは絶対に何かあった」とバカな私でも気がついた。

 何気なくスーパーに行った面々のおかずをちょっと多くしたり、お菓子などのワイロを送っていたけれども。

 

 よく考えてみたら、人の顔色伺ってご飯の量を多くしたり少なくしたりするのはいつもやっていることだから、ワイロでも何でもなかった――と、気がついてしまった。

 

「仕事の内容にケチはつけられないでしょう?」

「……もしかしてご存知だったのですか?」

「いや、帰ってきた日に様子がおかしいから、スーパーに来たアイドルっていうのを調べてみた、ツバサと」

 

 隠してもしょうがないのでツバサと二人で調べものをしたと告白したら、理亞ちゃんが「あのアマ」と死ぬほど恐ろしい声色で言ったけど。

 ともかく話の腰を折ってもしょうがないので、何十万レベルで再生されている動画や、評判について検索したことを認める。

 

 同一人物だと認めたくない部分もあるけど、ハイスペックなパフォーマンスや、とんでもない動きをする身体(主に胸部)を見ていれば「これは鹿角聖良」だと認めざるを得ない。

 

 出てきた瞬間は卑猥な何かだと思うのに、パフォーマンスを眺めた後はまさに「圧倒されてしまう」

 ツバサも「何かから解き放たれたように生き生きとしている」とコメントし「でも今までのパフォーマンスが、彼女にとってやりたくなかったことだとは思わない」と。

 

 ツバサの聖良ちゃんを理解している感は、私に釈然としない感情を抱かせたけど、理亞ちゃんも同じみたいで「何ですかあの人は、まるで姉さまのすべてをわかっているみたいじゃないか」と。

 

 その鬼神を身に宿したみたいな、凶悪な表情は控えていただきたい、掃除用具を持つ手に思わぬ力が入ってしまう。

 

「彼女のマネージャーをやっている女の子が、妹の親友でね」

「え?」

「世間は狭いのだと思わず笑ってしまったわ、格好はともかくとして、妹のアドバイスでああなったみたい、まあ、以前からルビィさんごっことかやってたし」

 

 マネージャーの女の子が聖良ちゃんと恋人同士であるとか、衣装とステージの考案は彼女であるとの話は控えておいた。

 理亞ちゃんが興味を持ったなら他の人から聞けばいい、なんでもかんでも私を通じてでは色眼鏡が入ってしまう。

 

 なお、妹のリクエストは聖良を妖精みたいな感じにして欲しい――である。どうしてああなった。

 

「……どうして、あんなふうに地元の牛肉を宣伝しようと」

「月島農場は経営がギリギリだったそうよ」

 

 人手不足というのもあったし、後継者不足というのもあった、品物が思いのほかに安値でたたかれるというのも。

 品質にはもともと自信があったみたいだけれど、知名度や、風評の差で、経営を成り立たせるほどではなかったみたい。

 

 妹の紹介から恋人同士になったふたりは「何とかしたい」と言い、亜里沙や雪穂ちゃんや穂乃果も集まって「何とかしよう」と作戦会議をし「自分のできることで宣伝するしかないのでは」と、結論を抱いた。

 つまり月島歩絵夢(つきしま ぽえむ)ちゃんや、聖良ちゃんが高校時代に行っていたスクールアイドル。

 

 最初は二人でタッグを組んでアイドル活動をしていたけど、宣伝効果は期待していたほどに得られず「理亞ちゃんに声をかけてみようか」との意見もあったみたいだ。

 

 でも、聖良ちゃんが拒否をし「自分がどんな立場になってでもいいから、アイ活で何とかしてみたい」と。

 

「どうして……姉さまは私に声を」

「気持ちを代弁するわけじゃないけど……周りから言われるんじゃなくて、あなたがそういうことをしたいと思わなきゃ、昔の繰り返しになってしまうと」

「そ……んな……」

 

 半分くらいに涙声になって、目の辺りを手で覆って俯いてしまったから、これからの声はただの独り言だ。

 届かなくったって構わない、ほんの少しでも彼女の救いになってくれればいい。

 

 勝手に気持ちを代弁しやがって、ふざけたことをしたと言うのならば、聖良ちゃんには喜んで殴りに来てもらいたい。

 右の頬でも、左の頬でも喜んで差し出すつもり。

 

「自分の思う通りに事をしてみなさい、それが聖良ちゃんの望みでもあるだろうし、私も、そっちの方がいいと思う」

「……そういうものが、私には分かりません」

「だったら探せばいいのよ、自分の人生を賭けたい。

 心から引かれるものがあったら、それを望むのなら、自然と目の前に現れるものよ」

 

 私にとってスクールアイドルがそうだったように――自然と目の前に現れたとするよりかは、穂乃果が持ってきてくれたと言った方が正しいけど。

 

 そんなことをお酒の席で、感謝の言葉と一緒に言ったら「一生懸命頑張ってた絵里ちゃんへのご褒美を、私が用意したっていうのは畏れ多いけど」と苦笑いしながら反応され、思ったより喜んで頂けなかった。

 

「そうですね……恋する乙女的なことを言うと、好きな人とキスをしてみたいとか」

「……できれば私に手伝えるものが良かったわ、でも、そういう経験がある人は……亜里沙でよければ紹介して」

「いえ、練習くらいだったらいいんじゃないでしょうか、これから好きな人とするために練習の一つや二つはするものだと思いますよ」

 

 そんなものなんだろうか――少なくとも知人からは、練習として友人間でキスをするとは聞いたことがない。

 

 真姫は「そんな文化は私が収録しているゲームでしかない」と言うかもしれない――でも、私の知人がそうだからといって、全世界の女の子がそうだとは限らない。

 

「さあ、目の前には何をされてもいいと思っている女の子が一人、すべてはあなたの決断次第、正解の選択肢を選んでハッピーエンドと向かうことにしましょう!!!」

 

 と、理亞ちゃんが変な事を言った瞬間、私の横を化け物じみたスピードで何かが通り過ぎ、キス待ち顔をしていた理亞ちゃんは一瞬だけガードが遅れた。

 

 ツバサや同好会や部のみんなが注目しているのは知っていたけど、理亞ちゃんに感づかれないほどの距離なので、それなりに距離があったものとは思われた。

 

 それを一瞬で詰めて、相手にガードされる前に顔を蹴り飛ばすとは……さすがは元トップアイドルである。

 

 トップアイドルにそんな身体能力が求められるのならば、女の子の夢ランキング1位のアイドルが陥落してしまうかもしれない。

 

「おおっと、足が滑った、ごめんなさいね、出来の悪い足で、注意しておくから、どうか許してちょうだい」

「相変わらず足癖が悪いですね、そんなんじゃ嫁の貰い手ひとつないんじゃないですか?」

「人の目を盗んで抜け駆けするような性格の悪さの女に比べたら、足癖が悪いくらいなんてこともないんじゃないかしら」

「私は姉さまからこのように学びました、抜け駆けされる方が悪い。距離が近いことに甘んじて努力をしていないからこそ、とんびに油揚げをさらわれることだってあるんですよ」

「だったら努力なさい、努力をした結果が抜け駆けをせずとも得られる結果ならば、みんなが許すでしょうし」

「……え?」

 

 アドバイスするまでに回りくどすぎるんじゃないかと――私も心配する一同を手で静止するのが大変だった。

 長い付き合いだから、ポッと、いいことを言おうとして戸惑っていることが丸わかりだったし。

 

「何かを恐れているみたいだけど、恐れているものを乗り越えるためには、努力することしかないのよ、努力して変えられないものだったら諦めなさい、それはあなたにとって変えられないものなんだから」

 

 理亞ちゃんが感動を覚えるような表情をして、ここで終わっておけば、二人の仲がもう少し良くなったんじゃないかと。

 

「例えばあなたが、私よりもチビであるとか、胸が小さいとか、能力が低いとか……そういう、どうあがいても変えられない事実は、変えようとしても意味がないものよ、さっさと諦めて、変えられるものを変える努力をしなさい」

 

 珍しく余計な言葉を付け加え、誰しもが「努力の尊さだけを謳っていればよかったのに」と、嘆きの声を上げるツバサの発言は、二人の関係は維持しつつも、理亞ちゃんの生き方を前向きにさせたとか。

 

 後日、聖良ちゃんから「さすがはツバサさんです」との声が届いたけれども、それだったら二人の喧嘩を止めるために骨を折った私のことも褒めていただきたい。

 



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番外編 私とミルクちゃん

 いつか自分の姿が妹に見られると覚悟はしていました。

 それが予想外のタイミングであったこと、パフォーマンスには影響なさなかったこと、想定通りに何事も進まないとは知っていても、彼女の前でミルクちゃんとして現れたことは――きっと、運命か何かか、それとも奇跡と呼ぶような出来事か。

 

 あの後のスーパーやイベント会場などを回り、月島農場の牛肉を宣伝することができました。

 歩絵夢と一緒にアイドルっぽく活動していた頃とは、売り上げは雲泥の差です。

 露出度の高さだけがポイントでないのは、自分の知っているつもりですが。

 何も知らない人から見れば、過激な格好をして販売しているから多売を維持していると揶揄されることもある。

 

 それでも――ステージに立っている人から見れば、私のパフォーマンスは、かつての鹿角聖良よりも、輝いて見えると言ってくれるに違いありません。

 もちろん鹿角聖良を知っている人から見れば、同一人物のパフォーマンスだと認めたくない部分もあることを私はよく知っています。

 

 妹がどちらなのか、おっかなくてとても聞くことができません。

 縁を切りますと言われたら、自分はどうなってしまうことか。

 

「また違う女の人のことを考えてる」

「どうして女性限定なのかはわかりませんが、妹です」

 

 なんでも歩絵夢からすると、私が彼女以外の女の人のことを考えていると一発で分かるようで。

 心を読む能力があるのか、それともテレパシーでも扱っているのか、私が彼女の顔を見つめたところで、何を考えているのかなんてさっぱり分かりません。

 

 望んでいることくらいならばわかりますよ? それで十分ではありませんか。

 何から何まで心の中身が分かってしまったら、それはそれで大変なのではありませんか?

 

 

 農場の宣伝を歩絵夢としている時、評価が芳しくなかったのは、どちらかのパフォーマンスが優れていなかったから――ではなく。

 

 私がスクールアイドルを嫌っていたからです。

 

 その事を語るには、自分の恥ずかしい出来事をあけっぴろげにしなければいけません。

 ただ、その出来事を語ってしまうと、別の方々にもいわれのない中傷が起こりそうな気がしてなりません。

 

「なるほどね、あなたって妹大好きキャラだったんだ」

「シスコンの風上にも置けないやつだな」

 

 誰の発言だかは、察しはつかれると思います。

 前者は絢瀬絵里さんで、後者は統堂英玲奈さんです。

 

 発言の是非はともかくとして、もっとひどい言葉で罵倒されても仕方がない立場ではあった。

 彼女らからすれば、とんでもない罵詈雑言ではあるんでしょうけど、他者理解は得られません。

 

 シスコンではないから何なのか、妹大好きキャラでもいいじゃないか、今となってはそんな言い訳も思いつく。

 

 SaintSnowが北海道の予選で姿を消し、Aqoursがラブライブ優勝を飾った時――が、原因ではありません。

 妹の理亞が一人でラブライブのステージに立ち、千歌さんらがいた時には準優勝、ルビィさんらがいた時には優勝を飾りました。

 

 私に表現し難い感情を抱かせたのは、理亞が準優勝を飾った時でした――とても嬉しかったと思います。

 

 断定できないのは、私が周囲の声に耳を傾けたから。

 

「理亞さんが失敗しなかったら、SaintSnowでラブライブ優勝ができたのに」

 

 言った人は、発言したことすら覚えていないかもしれない。

 思い出したとしても、たいした発言ではなかったと言うかもしれない。

 

 理亞が一人きりでステージに立ち、Aqoursの一年生組を破ってラブライブ優勝を飾った時、私も観客席にいました。

 どういう経緯でA-RISEの3人や、絵里さんが会場にいたのかはわかりませんが、理亞が「やりました姉さま!」と泣きながら私に抱きついた時に、彼女らも同席していましたから。

 

 心の底から喜んでいたはずです、自分の代わりに全てを犠牲にしてラブライブ優勝を飾った姿は、本当に素晴らしく尊く見え。

 理想のスクールアイドルがいるのならば、彼女こそが全てのスクールアイドルが模範とするべきスクールアイドルなのだと。

 

 ツバサさんが「ここからはスクールアイドルだけで話し合うこともあるでしょう」と、 主役と観客を分けるような感じで。

 よっちゃんさんは自分のことのように理亞のラブライブの優勝を喜んでいて、花丸さんもルビィさんも「やったね!」と、本心から喜んでいる様子でした。

 

 理亞も少々戸惑う表情をしながら「なんで負けたのに晴れやかなの」と言いつつも、Aqoursの方々や理亞は彼女らだけで打ち上げに向かい。

 それから帰宅した時に「少し眠いです」と言って、布団に入り――翌日、起き上がれなくなっていました。

 

 以降、函館聖泉女子高等学院に通うことなく中退し、彼女の面倒は自分が見ると、両親の誘いを突っぱね東京に上京しました。

 なぜだかわかりません――北海道を離れなければと考えたのかもしれません。

 

 ですが自分一人の稼ぎでは、二人で仲良く暮らすには足りず、たくさんの方々の助けを借りることになりました。

 皆様にはとても頭が上がりません、なんやかんやいいながらも苦労を負担してくださった絵里さんには、どうやって接したらいいのかが分かりません。

 

 一番親身になって面倒を見てくださったおかげで、妹が絵里さんにベタ惚れになってしまったことだけは許せませんが。

 

 

「理亞ちゃんの優勝喜んでいないわね」

 

 A-RISEの方々と一緒になれて喜んでいたのは間違いありません。

 絵里さんも共通の知り合いではありますが、μ'sのメンバーで、ある程度尊敬していた――くらいです。

 

 言ってみればA-RISEの方々に付き添うついでみたいな人に、早々に「喜んでいない」と追求され、そりゃもちろん反発の意識は浮かびます。

 なんだこいつはと感情を抱くのは何ら不思議なことではない。

 

 「あの時は勢いがはやった」と絵里さんも後年に謝罪していただきましたが、とても断罪する気にはなりませんでした。

 喜んでいなかったのは事実ですし、悲しきかな、理亞にもきちんと読み取られていた。

 あの時よっちゃんさんや、ルビィさんや、花丸さんが、本気で理亞のラブライブの優勝を喜んでいたからこそ。

 

 ラブライブの優勝で燃え尽きてしまったのも本当ですが、結果を出したのに私が喜んでいなかったことが 彼女の人生を狂わせてしまったのです。

 

 ――妹大好きキャラと言われて、とても否定なんぞできません。

 

「仕事を紹介するわ」

 

 と、東京に来て早々ツバサさんが私たちの住むアパートにやってきて、理亞も絵里さんへの好感度が上がってなかったから、とても喜んでいました。

 

 正直な話、なんとかなるだろうと。

 引越しの作業が終わって生活が落ち着いたらゆっくり仕事を探す――

 そんなことを考えていた時だったんです。

 

 手を回したのはダイヤ「トップアイドルのスケジュールをいじくり倒すのは疲れましたわ」と、後年、苦笑いしながら言われました。

 珍しくオフが続いたとA-RISEの方々にも言われましたが、休日に協力できてよかったですと、頭を下げるしかなく。

 

 

 だけども、なんとかなると考えていた私は、すぐさま飛びつかずに「考えさせてください」と、選択肢もないのにコメントし。

 ツバサさんにも「突然来てしまって悪かったわね」と、言われて、一時の交流はそれで終わりました。

 

 自分は何とかなると考えていたけれども、妹はとても聡明だから、この状況は長く続かないと気が付いていました。

 

 

 私と来たら正直な話、不安の一つも覚えていませんでしたし、 二人で暮らせる事を喜んでしかいませんでしたし。

 

 その日の夜。

 眠るときに「私はこれからどうなるのだろう?」と、唐突に「自分は大丈夫なんだろうか」と、気がついてしまい。

 ツバサさんが現れて「仕事を紹介する」と言われ、自分は遠慮してしまった。

 これがもしもとんでもないチャンスで、飛びついていればよかったと後悔するイベントだったら。

 

 妹を起こさないように静かに準備をし――今から考えてみれば、自分はいったいどこに行くつもりだったのか。

 アパートから飛び出し「ツバサさんに謝らなくては!」と駆けようとした瞬間に、首の辺りを捕まれ「ぐえっ!」とアヒルの鳴くような声を出してしまいました。

 

 あの瞬間がもしもビデオで撮影されていようものなら、人生で一番鹿角聖良がかっこ悪い瞬間だと後世まで語られるに違いない。

 

 ただ、後世まで自分の名前が残っているでしょうか? 残っているとすれば私より、理亞――彼女の才能ならば、A-RISEと一緒にスクールアイドルの伝説として語られているかもしれない。

 

「どこに行くつもりなの?」

「絵里さん……」

「まさかとは思っていたけれど、本当にアパートから飛び出すなんて――監視のアルバイト、向いているのかしらね?」

 

 A-RISEの皆様が監視するのはスケジュール上無理だったので(オフとはいえ、事務所の許可がおりませんでした)絵里さんが代わりに、逐一動向を調べていたそう。

 その後に亜里沙と顔を合わせた時、やたら風当たりが強かったのは、この時のイベントが原因です。

 

 ほぼ飲まず食わずで鹿角姉妹を監視していたそう。

 私が危機感を抱かず、ツバサさんに会った翌日以降に家を飛び出そうものなら、亜里沙から今後に口を聞いてもらえることはなかったはず。

 

 私の猪突猛進加減も、少しは役に立つことがあるようです――物事はできるだけ良い方向に考えなければ仕方がありません。

 

「もしかして現実に気がついたつもり?」

「その通りです。姉妹で暮らしていくには私の稼ぎでは足りません、妹に労働させるつもりもありませんし」

「バカね、だから現実に気がついていないというのよ」

 

 絵里さんが人の悪口を言わないタイプなのは、実はこの後の交流で気がついたことです。

 滅多なことでは、直接に「バカ」とかその類の言葉を使わず、使ったとしても、言われた相手が逆襲できるようにしておく。

 

 悪口を言って、報復される状況に仕向けておく――凛さんやことりさんに対してが顕著で、絵里さんが彼女たちに向かって気に障るようなことを言うのは「報復してぶん殴ることに罪悪感を感じて欲しくないから」だそう。

 

 ただ、悪し様にバカと言われれば、聖人君子だって腹を立てるものでしょう。

 

 それでも、この時ちょっと腹を立てた自分を、二度と思い出せないトコにぶち込んで、消し去ることができたらとたまに考えることがあります。

 

 本当にただのバカだったのです。

 恵まれた環境にいることにまるで気が付いていなかった。

 

「あなたが困ったら、助けてくれる誰かがいる。本当に現実が見えていないわね」

「……え?」

「私では頼りにならないかもしれないけど、まあ、聖良ちゃんが働いている時に、理亞ちゃんに料理を作ってあげられる人くらいにはなれるわ」

 

 役に立たないかもしれないけどと笑う。

 

「働き口はよりどりみどりよ、ダイヤちゃんがね、とてもはりきっている、どの職場で働いていただきましょうかってね」

 

 つまり、 ツバサさんは本当に、仕事を紹介するだけのためにわざわざやってきてくれたのだ。

 ダイヤから「仕事を紹介しますわ」と言っても、理由をつけて断る事を予測をして。

 

 困窮してにっちもさっちもいかなくなることがないように、断る余裕があるうちに話を持ってきた。

 ここまで考えれば、自分がどれほど恵まれた状況にいるのか、周囲の手助けで自分が生かされているのか。

 否が応でも気がついてしまう――しかもきっかけは、両親がダイヤに連絡を取ったからと言うからではないか。

 

 娘の私は理亞をあなた方には任せてはいられないと、喧嘩半分で家を飛び出してきたというのに。

 

「何でもするつもりですよ……バカな私は、言われるがままに過ごしていた方が良さそうです」

「ダメよ、やりたい仕事はあなたが決めなさい、あいにくとね、言われたことをやってくれる人を、スポンサーさんが求めていないものだから」

 

 働き口はよりどりみどりだし、どれを選んでも後腐れないようにしてくれるつもりでもあるそう。

 いったい私が何をしたから、こんな風に助けていただけるのか――もうちょっと、人選はしたほうがいいんじゃないかと。

 

 そんなふうに私が言えば。

 

「ま、お姉ちゃんのことが大好きな妹に免じて……かしらね?」

 

 

 スクールアイドルを苦手にしていたのは、この時の恥ずかしいエピソードを思い出してしまうからで、ミルクちゃんとしてステージに立つことには、もちろん迷いもあります。

 

 でも、過去のこととか、未来のこととか、自分自身が不安に感じていることとか、全てを忘れ去ることができます。

 

 ミルクちゃんである自分を思い出して凹むこともありますが――

 

「そういえば、歩絵夢――なぜ牛柄のビキニを着て、私をステージに立たせようと思ったのですか?」

「あー」

 

 歩絵夢は私の作った食事を食べながら、どうでもいいことを打ち明けるように理由を述べてくれた。

 

「あなたは誰かに身体を見られるのが好きだから」

「まるで痴女みたいではないですか、私のどこを見てそのような勘違いをしたんですか?」

「まず、スリーサイズの詐称」

 

 書いてくれと言われたので、テキトーに書き上げたスリーサイズは、おおよそ的確ではありません。

 詐称と言われればそれまでですが、誰かに体を見られるのが好きと何の関係があるのか。

 

「聖良さぁ、脱いだらすごいって言われるの好きでしょ」

 

 さすがに首を傾げるしかなく、自分がそのように感じた記憶もなかった、そのように褒められた経験もありません――そもそも褒め言葉なんでしょうか。

 

 すごいというくらいだから、褒め言葉ではあるんでしょうけど。

 

「それと、ルビィさんごっこ」

「……まあ、変なことをしているのは自覚しています」

「違うわ、変なことじゃない」

 

 どう考えても変なことです――黒澤ルビィさんの真似をしながら、踊り狂うんですから。

 誰がどう見ても頭がおかしくなったと指摘するに違いありません。

 

「あの姿はね、あなたがなりたい自分の姿なのよ」

「……は?」

「どうしたってあなたは、理亞ちゃんの前で見栄を張ってしまう、かっこいい姉としての姿を自分のなりたい姿だと勘違いしている」

「つまりは、理亞が憧れる姿を、自分が憧れている鹿角聖良だと思い込んでいると?」

 

 そんなことはないと思われた――ただ、自覚していないだけであなたはそうなのよと言われれば、歩絵夢が言うのだから、と納得してしまいそうになる自分がいる。

 

「あなたにはね、変身願望がある。それがルビィさんごっこであり、正確に書かなくてはいけないスリーサイズをテキトーに書いてしまうって部分」

「つまり、自分自身を変えたいということですか? 私は……今の自分を恥ずかしいとは思っていませんが」

「それは嘘ね、あなたはいつだって、自分自身を変えたいと考えているはずよ」

「どうしてですか?」

「鹿角聖良がすごいって言われることに、罪悪感を抱いているから。脱いだらすごいで喜ぶのは、普段の自分と違う姿を見られて褒められたからよ」

 

 それでは自分がとんでもない変態か、とんでもない愚か者ではありませんか――と、嘆くように言ったら。

 

「そんなことないわよ、アイドルに向いてるじゃない? 極めて女の子的だと思うわ……昔のことで、聖良がステージに立って喜ばれることにトラウマを感じているから、こうしてリハビリをして……もう一度、鹿角聖良としてステージで輝いたら……理亞ちゃんも、喜んでくれるでしょうね」

 

 なんだか色々と煙に巻かれたりなんだりされたような気もしますが、ミルクちゃんとしてではなく鹿角聖良として、ステージに立って妹に喜んでもらえたのなら。

 

 過去のことなど、どうでも良くなるかもしれません――それこそ、ミルクちゃんに変身をしなくてもです。

 



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そして絢瀬絵里はダブルベッドを完成させる

 日本語はまことに難しい。

 先日起こった騒動が私に認識させる。

 

 

 エマちゃんに「喧嘩を止めるために骨を折った」と言ったら、彼女は優しげな表情を不安気に変化させ、私の左腕を折るつもりでは? と勘違いしそうになるほどにねじり上げた。

 

 近くにいた果林ちゃんも親友の思わぬ行動に驚き「追撃なんかしちゃダメよ!」と、慌てていたのか理解できない言動をする。

 

 

 騒動に「何か面白いことやってるぞ」と言わんばかりにやってきた一同が「エマちゃんご乱心」する姿を観て「やれやれどうしたどうした」と事情を尋ねた。

 

 かれこれこういう経緯があってと果林ちゃんが説明をし「ああ」と理解した風なのは栞子ちゃんで「エマさん、骨を折るっていうのは、苦労するっていう意味だよ」と説明。

 

 その言葉でようやく私の左腕は解放され「よかったよ~、絵里ちゃんの腕が折れちゃったのかと思った」とほんわかとした調子で言ったけど。

 スジが軽く逝ってしまうんじゃないかってくらいの力に、この子を喧嘩に参加させてはいけないと認識を強めた。

 

 

 自分の何も考えずに口から出した言葉が、思わぬ不幸を呼び、口は災いの元だと認識を新たにし。

 

 これからは余計な言葉を口から出さずにいよう――と、考えていたら「無理なことはやめなさい」「できることだけを努力すればいいんですよ」と、いつもの面々に窘められ、私の決意は数十秒で雲散霧消した。

 

 

 

 せつ菜ちゃんが両親の許可をもらいスクールアイドル活動に邁進できるようになってからしばらく。

 寮にある自室に戻ったら、ベッドが大きくなっていた。

 

 さては新しい管理人を? と、不安になった私は理事長に電話をかけ、電話がくると予測していた理事長に「娘のデビューライブに協力してくれたご褒美」と説明してくれた。

 

 金銭面での負担が大変だったのでは? と、電話なのに首をかしげながら聞くと、彼女は笑いながら「あなたの元々使っていたベッドを売りに出したら、だいたい元が取れたから」と説明してくれた。

 

 私の使っていたベッドを売りに出すのは別に構わないけれど、そんなのに大枚を支払う人間が真っ当であるのか。

 「詐欺かなんかに引っかかってません?」と不安げに問うてみると「大事に使ってくれればそれでいいから」と。

 

 ちなみに売却先は私の友人の「園田海未」の自宅。

 後日に「絵里の匂いに包まれながら毎日眠っていますよ」と変なことを言うので「ファブリーズでも撒いておきなさい」と。

 

 「ぐぬぬ」と真姫がほぞをかむ様子を見せていたので、今度ベッドが売りに出される時には頑張ってちょうだいと、左手で目を押さえながら言うしかなかった。

 

 それはともかくベッドの大きさが巨大だったため、部屋の面積が多少圧迫されることになった。

 リフォームをするのは無理なので、私物を少々を売り払おうと思った。

 

 とはいっても私物は、ことりから送られてくる衣服や「学生と過ごすんだったらこういうアクセサリーとか興味持たなきゃダメだよ」と、μ'sやAqoursのメンバーから送られてくる小物類。

 かさばるとはいえ善意で送られてきたものを売り払うわけにはいかない、と、決意したんだけれども。

 「あなたの部屋って。物が多すぎてたむろしにくい」と、ツバサに指摘をされ、学生が使う場所で酒浸りになるのもよくないと、考えた私は。

 

 「かれこれこういう事情で、着なくなった服を売ってもいいでしょうか」とことりにお伺いを立て「いいよ」と、返信を頂いた時には喜んだ。

 「貴様にそんなことをする価値があると思っているのか」「今すぐ殺しに行くから首を洗って待っていろ」と、殺害予告が返ってくるんじゃないかと怯えていたのが、杞憂になって助かった。

 

 「せっかく棺桶を用意していたのに」「葬式で泣く用意をしてたのに」みんなからも安堵の声が聞かれた――そのため、私が身につけて「微妙に学生から不評だった」衣服は、希望者に安値で譲られることになった。

 

 最初はオークションでとなったけど、やたら張り切ってしまった黒澤家のお姉様のおかげで「物品買い占め」が起こり、多くの方々から不協和音が聞かれた。

 一人一限なおかつ安値――ダイヤちゃんは「欲望が抑えきれずに結果的に損してしまった」と嘆きの声を上げた。

 

 「昔話の悪者のようですね」とは海未のセリフだけれども「安価のものが一人一品ならば、無償で譲っていただければいいのでは?」と、悪知恵を働かせたのはどこの誰だったかしら?

 

 そんなこんなで小銭稼ぎは終了し、稼いだ分は学生の皆様や、寮で暮らす皆様が暮らしやすいように、備品をマイナーチェンジした。

 「みんなの生活が良くなるように予算を使った」と胸を張っていたら「そうじゃないのでは?」と言うかのように首を傾げられたけれども。

 

 

 

 

 翌日に目を覚ましたら、ベッドの近くにメイド服を身にまとう南ことりがいて、これはおそらく「私の服を売って小銭稼ぎをしたのなら、自分のためのものを買うのが当然でしょ」と言いに来たに違いない。

 格好がメイド服というのも「貴様を冥土の土産が必要な立場に追い込んでやる」との意思表示に違いない。

 

 寝ぼけ眼は一発で覚醒し、脳機能は普段から「ポンコツ」呼ばわりされているので期待はしないけど、ひとまず彼女の神経を逆なでしないように、朝の挨拶から。

 

「……おはようございます」

「なんでいきなり敬語なのかな?」

 

 気を使ったつもりが、全くの逆効果になる。

 彼女の唇の端がぴくぴくと震えて、怒りを覚えているのだ、と一発で察しをつける。

 これから彼女のメイド服が血にまみれることになるのなら、洗濯する際にはぜひにもクリーニング屋さんを使ってほしい。

 私が小銭稼ぎで得たお金はまだ残っているので、そちらもどうか使っていただきたい。

 

 どうぞこれを使ってと、言える立場であってほしい。

 棺桶にいるのならば、化けてでもアドバイスをしておきたい。

 

「それ、戦闘民族の衣装なんでしょう?」

「なんでメイド服がサイヤ人の戦闘服と同じ扱いされるのかわからないけど、絵里ちゃん好きでしょこういうの」

「……好きだったのかしら?」

 

 ことりがスカート部分を膨らませるように回転すると、そういうのを漫画で見たことがあるなぁと、感心した。

 おそらくバイト先の喫茶店でもやったことがあるに違いなく、ミナリンスキーとして、長らく人気があったそうだから、周囲のお客様から歓声を浴びたことでしょう。

 

 私が同じことをしたらブーイングが発生するか、そもそもやらせてもらえない可能性もある。

 

 だけども私が首をひねった姿に、ことりはヘッドバットするんじゃないかっていうくらい距離を近づけて眺め。

 

「本当にお好きでない?」

「特別メイド服に思い入れがあるわけじゃないかな?」

 

 とはいえ、わざわざことりが絢瀬絵里がメイド服が好きだと聞いて、わざわざ着替えて起こしに来てくれたのはありがたい。

 感謝の言葉と一緒に頭を下げると、彼女は照れたように頬を赤らめながら「そんなことないよ」と指先で顎をかいている。

 

「人づてに聞いたんだけど、絵里ちゃんは朝起こされるならメイド服の女の子がいいって口走ったことがあるって」

「酷い風評被害を人づてに聞いたのね、誰が言ったか興味があるから教えてくれない?」

 

 

 いったいどこの誰がそのような発言をしたのか――該当者が多すぎて予想できない。

 ともあれ、私のためにそうしてくれたのならば、先ほどと同様に感謝の言葉を述べなければ。

 

「メイド服はともかく、色々苦労してくれたみたいね、ありがとう」

「思いのほか喜んでもらえなかったみたいだね」

「喜ぶ演技をして欲しいなら、いくらでもするけど?」

「この服を脱いだらどうかな?」

「……朝メイドさんに起こしに来てもらって、服を脱がせるなんてシチュエーションが現実に起こりうるのかしら?」

 

 私は石油王になったことがないので、彼の生活など想像すらつかないけれども。

 一般人がメイドさんに起こしてもらうシチュエーションですら珍しいのに、そのメイドさんが服を脱ぐというのだ。

 極めて珍しい以上に珍しい、およそ現実では起こりうるまい。

 

「ところで稼ぎはおいくらになりました?」

「……全て差し出せと言うならば、借金をしないといけないけど」

「や、そうじゃなくて」

 

 全て白状しろと言わんばかりに、上目遣いをしながら「教えてくれると嬉しいなぁ」と言ったので、抗えない衝動に駆られた私は、ダイヤちゃんの顛末を含めて説明した。

 

「それってつまり、私の服に対する評価じゃなくて、絵里ちゃんが身に付けたってことが付加価値があったってこと?」

「そうなのかしら? そういうのって私が決めることじゃなくない? 私に付加価値があったから値段が釣り上げられたって言ったら、ことり、腹立たない?」

「そうだね……?」

 

 黒澤家のお姉様にそのような意図があったとしても、評価にはさほど影響せず、単純にことりのデザインした服が欲しかったのかもしれない。

 会話からはそのような意図は散見されなかったけれど、誰しもがあけっぴろげに心の中の考え方を口から出してるほうが珍しい。

 

 心の中に何かしらの考え方を含めて、会話をするのはよくある。

 話しているうちに何かわからなくなる時もあるけれども。

 

「服装っていうのは、着ている人間と、衣服の共同作業で評価が決まるわけだから」

「さぞかし評価を下げられたことだと思うわ……今はちゃんとデザインの勉強もしているから」

「勉強熱心だね、昔からそうじゃなかった?」

「……そんなことはないと思うけどなぁ」

 

 口からポロっと失言をしたことに気がつき、うまいことごまかそうと思ったけれどは、誰もからポンコツと称される脳みそでは、うまい言い訳の一つも生成できなかった。

 

 ことりが体を近づけるようにし、ベッドが軋んだ音を立てる。

 このベッドに血が飛ぶようなことは避けていただきたい。買って三年くらいならともかく、まだおろしたて、汚すには惜しい。

 

「どうしてそんな風に、自分の評価を下げるようなことをしてるの?」

「……私のデザインのセンスがないのはみんな知っているから、それに準じただけよ」

「嘘つき、私の評価を上げようっていう腹積もりだったんでしょう?」

 

 評価を上げると言うか、もともとのきっかけは彼女の自信をつけるため――だったんだけれど。

 そんなことは今の彼女には関係がない。

 

 考えてみれば昔のように、すごいすごいとおだてて、頑張らせる必要はなかった。

 どうしたって昔の出来事のせいでで放っておけない感じがあるから、彼女にはとにかく自信を持っていただけなければと。

 

 それが余計だったっていうことかな、それに自信は私がつけさせなくてもいいっていうことかも。

 

「そうよね、あなたはもう立派な大人だ、昔みたいに私が、すごいすごいって言って自信をつけさせなくてもいい、立派なデザイナーさんになりました」

「……え?」

「どうしてもね放っておけなくなってしまって、自分が下がればことりが上がるかなって思ってたけど、立派な社会人に、世話掛けちゃしょうがないものね」

 

 

 思えば昔の関係を維持するように努めていたのも、自分自身がμ'sっていうスクールアイドルグループに執着しているせいかな?

 何してるの絵里(ちゃん)的な反応が聞きたくて、 ついつい小ボケもかましてしまうけど――今となっては私が所属したスクールアイドルグループも過去のものになっている。

 

 どうしたって昔のようにはいかない――昔のような関係が居心地が良かったのは確かだけど、いつまでも維持しようっていうのは、ただのワガママなのかも知れない。

 

「もしかして、あの時の流れで今も?」

「どうしてもね、あなたがまた膝を抱えて悩んじゃうんじゃないかって思うと、自信をつけなくちゃって考えちゃうのよね? でも、そんな心配もいらないかな、ことりはずいぶん立派になった」

 

 高校時代の彼女なら瓦割りなんてできないだろうけど、今では平気で10枚や20枚素手で叩き割ることができるんでしょう。

 力もついたし、自信もついたんだと思う。膝を折ってしまうような評価にも負けない、きちんとした結果も残している。

 

 いつまでも私が「ことりのためになるようなことを」と考えているのは、彼女のことを甘く見ているってことかな。

 

「私は立派になったから、絵里ちゃんに助けてもらわなくても大丈夫」

「そっか、大人になったのね、私が手を引かずとも……むしろ私の方が手を引かれてるかもしれない」

「そんなことはないけど、隣に立てる人だと思うよ?」

「隣に?」

 

 見事なプロレス技だった、ぐえっ! と、悲鳴を上げる暇もなく押し倒され、関節を決められて抵抗ができない。

 しかも腕は発言できないように、顎の辺りを押さえ、ややもすると呼吸が止まってしまいそうな圧迫感。

 膝はすでに腹部の辺りに乗っている、彼女が体重をかければ胃液が口から飛び出すに違いない。

 

 本当に彼女は立派になった――私の助けなどもう必要ないに違いない、必要ないと思うからどうにか助けてほしい。

 

「絵里ちゃん……!」

 

 彼女は相手を抵抗できなくさせたというに、まだ何か言おうとしているのか、腕が呼吸にさしあたりがある場所に置かれているので、悲鳴もあげることができないし、どうにか助けてと懇願することもできない。

 

 しかしなぜ彼女はここまで乙女的な表情をしているのか、真姫の出演するゲームなら、数クリック終えた後にエッチなシーンが展開するような感じじゃないか。

 

 頬は上気し、口元はパクパク魚みたいに動き「ことりなんだから魚っぽい仕草しないでよ」と、冗談でも言っておきたい。

 それでふざけるなと殴ってくれれば、この拷問みたいなシーンもすぐに終わるに違いないし。

 

「絵里ちゃん! 私と、け……け……いや、つ……付き……!」

「……」

 

 何か言おうとしているけれども、どうやら時間切れのようである――私の呼吸が止まったってわけじゃなくて、絢瀬絵里の危機になると、どこからともなく現れて私の命を狙う神様が。

 

「哀れだな! 絢瀬絵里! あまりにも可哀相だから余がとどめを刺しに来てやったぞ!!!」

 

 神様はことりをどかそうとしたんでしょう、でも神様の馬力でも彼女は微動だにせず。

 動かそうとしたクマも「ん?」と言わんばかりに首を傾げ、私はことりの表情が見えているから、神様の未来が容易に想像がつくけど。

 

「お前さぁ……空気が読めないって言われたことない?」

 

 本当に南ことりが喋ってるのか、と言わんばかりの音声が周囲に響き、神もたじろいだ表情を見せる。

 完璧にキレちまった……そんな雰囲気のことりが私から離れ、有無も言わさず、クマの神様の腹部の辺りに蹴りを加え、倒れ込んだ神様に何度となく蹴りを加える。

 

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねって言葉……その身に……叩きつけてやるよ」

 

 ことりさんは神様を昏倒させる蹴りだけでは飽き足らず、私の部屋の様々な物品を破壊し尽くし、生活するには不可能な状態にした。

 

 残念ながらおろしたてのベッドも二つに折られ「これが本当のダブルベッド! 」と、やけっぱちになりながらギャグを飛ばすほかなく。

 あまりの轟音に様子を見に来た皆様も「すごいわね! 人って特大のベッドをダブルベッドにできるんだ!」「これってトリビアになりますかね!」と、私のギャグに同調し、 壊された物品の上でデザインをしていることりに触れることがなかった。

 

 管理人室で生活が出来なくなった私は、理事長から「しばらく通いで仕事してちょうだい」と、お咎めなしは不可能なので、管理人室の惨状が元に戻るまで流浪の民になることに。

 

 引き取り手はいっぱい上がったんだけれども、穂乃果が手をあげたのを見て「働いている妹を眺められるかも」と考えた私は、穂むらにお世話になることに決めた。

 

 彼女と一緒に穂むらまでの道のりを歩きながら「もしもさ、亜里沙ちゃんの首筋かどこかにキスマークとかついたらどうする?」と言われたので、少し考えた私は「見て見ないふりをすると思うわ」と、妹の働いている姿が見たいばかりに選択した結果で、見たくもないものを見る可能性もあるのだと――

 



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そして絢瀬絵里は命名センスがかすみちゃんレベルとネタにされる

 妹の働いている姿を眺めつつ、姉は和菓子作りの見学でもしよう。

 そのように考えていたのが高坂家の皆様に察せられたのか、早朝に起きだした私に「今日は学園に行くんですよね」と、なぜか既に起床していた雪穂ちゃんに言われて「それはもちろん」と応じると「できるだけ早く行った方がいいんじゃないですか、学生達も食べ盛りですから」と。

 

 言われてみれば学生たちには、しばらく旅に出る――食事は任せられるメンバーに任せると、言っておいたけれども。

 何かと不安定な時期だから、いつも通りでないと不安を感じる子もいるかもしれない。

 

 「確かにそうね」と、単純な私は雪穂ちゃんに言われるがままに学園に向かう準備をし、彼女は学園に向かうことを推進したのに、何故だか不安げな表情をしながら「亜里沙のことはおまかせ下さい」と言うので「あなたなら信頼できるから任せておけるわ」と、笑顔を作ってみせると、なぜかはよくわからないけど表情が引きつっていた。

 

 私の笑顔はそのように不安げに感じるほど、不気味な産物なんだろうか――おかしいなニコを意識したつもりだったんだけど、私に彼女のような笑顔を浮かべるのは難しかっただろうか。

 

 なぜだか私の妹を孫娘かなんかだと思っている高坂家のご両親からも見送られ、私は仕事へと向かう――食事を任せた面々が一生懸命、学生たちの朝食を作っているに違いない。

 

 始発の電車が動き始めて一時間も経っていないから、仕事に行く方々も、もちろん学生たちもいないから人通りが少ない。

 閑散とするこの辺りの時間が好きだ、しばらくすると人がゴミのようだとムスカ大佐のように言いたくなるほど、東京の駅というのは人で溢れる。

 

 六時手前に学園までたどり着くと、ニコが起き抜けみたいな感じだったので「ずいぶんゆっくりだけど大丈夫なの?」と声をかけたら、幽霊でも見るような顔をして「なんでここにいるの? 穂乃果の家に行ったんじゃなかった?」と言うから「通勤してきたんだけど」と言ったら「初日くらいゆっくり休みなさいよ」と言われた。

 

 「かくかくこういう事情で」と説明をすると「なるほど、高坂家の皆様は亜里沙ちゃんへの好感度が高いからね」と呆れたような、納得したかのような、何とも言えない表情でニコはため息をつき。

 

 「せっかく来たんだから掃除でもしてもらおうかしらね、どうせじっとしてなんかいられないんでしょ?」と彼女は私のことをよくわかっている。

 黙っていろと言われたところで黙っていることができない、そしてじっとしていろと言われたところでじっとしていることができない。

 

 すぐに何か自分に出来る事があるんじゃないかと探してしまう――そういう性分をニコはよく理解している。

 先ほどの10倍か20倍くらい呆れた表情をしているけれども、気のせいだとしておきたい。

 

 掃除をしているとエマちゃんが早くも起き出して「どうしたの? 泊まったっていう話を聞いたけど」と、彼女もまた幽霊でも見たような表情で話しかけてくるので「かれこれこういう事情で」とニコと同じ説明をすると「確かにそうだよね、絵里ちゃんの作る料理は美味しいから」と彼女はにっこりと笑って見せ「でも今日は任せておいて、ニコちゃんと頑張って絵里ちゃんの代わりになるような料理を作るから」と、力こぶを作って見せた。

 

 彼女の力は私の左腕をいともたやすく痛めつけてしまう――ここで逆らったら私の首をへし折られてしまうに違いないと考え「分かったわ、あなたの腕を期待しているから」と。

 

 私の態度がどれほど彼女の信任に値したのかわかんないけど「任せておいて」と、応じてくれたエマちゃんは、私が掃除する間「牛をさばいてる暇なんかないから」「羊料理も難しいから!」ニコに悲鳴じみた声をあげさせたけど、出てきた料理は学生たちからも好評だった。

 

 いつもの面々は「絵里の代わりができてしまって、ついに金髪ポニーテールもリストラされるのか」「大丈夫ですか、就職先の斡旋をしますか」と、煽ってきたけれども、理亞ちゃんに就職先の斡旋ができるんだろうか――ちょっと興味本位で「できればお願いします」と、言ってみようかなって思ったけど、栞子ちゃんやランジュちゃんが私の腕をクイクイと引くので、発言は飛び出さずに済んだ。

 

 なお、私が就職先の斡旋をお願いしたら「鹿角家に永久就職しますか」と、声をかけるみたいだったので、私は失言をしなくて本当によかったと安心した。

 

 朝から二人の喧嘩を止めるつもりもないし――学生のみんなも、朝の喧嘩が日常茶飯時になってしまっては困る。

 普通の女の子は殴り合いの喧嘩なんかしないだろうし、一人の女を巡って争いをするというのだからレアケースにも程がある。

 そこまで私に価値があるものでもあるまいし、自分になびかないから躍起になっているだけなんだろうけども。

 

 

 

 歩夢ちゃんから「しずくちゃんのお話について」と、真剣な口調で相談されたので「ついに来た、彼女はぜったいに引き止めないと」と、決意も改め、 侑ちゃんの姿が見えないから「彼女がどうしたの?」と、声をかけてみると。

 

「侑ちゃんは、すごくえっちなっていうか、そういう認識がないみたいで」

 

 と、言われて「それはすごいな」と思った――しずくちゃんときたら、侑ちゃんの反応が少ないので「自分のネタがもしかして通じていないのでは?」と、その方向性の向上心は違うと、みんなからツッコまれた方面へ家事を取り、侑ちゃんに気づいてもらおうと必死にネタを披露したけど、反応してくれたのはごく少数だった。

 

 あまりに必死になったせいで「桜坂しずくはとんでもない変態」疑惑が、今更ながらにみんなに持たれたけれども、私もフォローをするのが大変だったけど……彼女は目標に向かって一途に頑張っているだけだから、みんなは優しくを見守ることにしましょう。

 

「反応するのは違うと思うし、かといっていつまでも赤くなってはいられません」

 

 その通りだ――むしろ歩夢ちゃんみたいに、恥ずかしがるのが正解なような気もする。

 ミアちゃんも当初は「しずくはド変態だな」とツッコミを入れていたのに、ここ最近は「いつもの事だからしょうがない」「しずくの声が聞こえないとなんとなく寂しい」と――下ネタを肯定する方向に向かってるけど。

 

「目標に向かって一心不乱になることは悪いことじゃないけど」

 

 腕を組んで考えてみる――以前までの私なら、他のメンバーの評価を上げるために「真姫に頼んでみたら」とか「海未に相談をしてみたら」と、丸投げすることがあるけど。

 ことりのイベントから「ちょっとぐらい自分の考えで動いてみてもいいかな」と思うようになったので、ここでもしも至らないことがあれば、他のメンバーに土下座でも何でもするつもり。

 

「普段の演じている自分がフツウだというのなら、第三者から見た時にどう映るか、認識するというのはどうかしら?」

「そうしたら少しはネタを控えようって考えますかね?」

 

 四六時中構わずというよりは、TPOをわきまえて――彼女の目標は把握しているので、あくまでも邪魔にならないように。

 

 少しばかり控えてほしいとの話だから、彼女だって居丈高に「下ネタが言いたいんですから邪魔しないでください」と、怒ることもないと思うし。

 そのように怒ったならばお説教の一つもしなきゃいけないけど、外野の私がガヤガヤ言ったところで、そんな考えもある。 

 

 学生の問題は学生間で解決するべき、彼らが困る様子ならば、大人が面倒を見る。

 そして責任を取り、成長を促すのが年寄りの仕事だ――若者には是非にも挑戦していただきたい――果たして下ネタを連呼するのが挑戦と言えるのかどうかは、私の中でも疑問ではあるけど。

 

「名付けて、桜坂しずくインタビュー作戦……新聞部の子に付き合ってもらうのは心苦しいけど……」

「それだったら、同好会でインタビューしてもらうっていうのはいかがでしょう? あ、スクールアイドル部のみんなもインタビューしてもらう方向で」

 

 確かにそれならば、スクールアイドル部の皆にも注目が集まる―― いかんせんライブを行うとなれば、同好会がやるっていうイメージが学生間で高まっている。

 

 ライブに来てもらえれば、スクールアイドル部のみんなのレベルは高いので満足はさせられるけど、同好会の面々には固有のファンがいるものだから、出ないとなるとがっかりするコもいる。

 

 推しがライブに出る予定くらいファンなら把握しておけ、という方もいるかもしれないけど、スクールアイドルのライブにそこまで敷居を高くする必要もない。

 

 どこの誰でもウェルカム――妨害とかされたら怒るけれども、よもやスクールアイドルが学内で行動するだけで、活動を妨害して何になるというのか。

 

 そんなことを考える奴はよほどの変人に違いない――それこそ金髪ポニーテールの生徒会長でもない限りは。

 アニメでそういう設定にされた浦の星女学院の生徒会長さんは「共通点ができて嬉しいですわ」と喜んでいた――なぜ喜んでいるのか疑問でならない。

 

「……歩夢ちゃんもスクールアイドルだからインタビューされることになるけど、大丈夫?」

「……あ」

 

  同好会でインタビューされるとなれば、いかに新入部員とはいえども、スクールアイドルである以上、実力がないからインタビューできません――と、なってしまうのは良くないし。

 実力の有り無しで優劣が決まってしまっては、UTXみたいに勝ち負けを基準にして評価を決める芸能科と一緒になってしまう。

 

 UTXの芸能科に入る以上、ある程度の競争は覚悟の上――なら、話は通じるけれども、スクールアイドルがやってみたいで入った子を「ではあなたの実力が満たないのでインタビューしない」――なんて、そんなことはニジガクではやらないだろうし、やるという方針ならば理事長と殴り合いの喧嘩をしなくてはいけない。

 

 自分が気に入らないから邪魔をするであるとか、実力が満たされていないから仲間に入れないとか。

 そんなことはスクールアイドルでやるべきじゃないし、やった生徒会長はもっと殴られるべきだと思う。

 

 浦の星女学院の生徒会長も「わたくしも殴られますわ!」と、言うかもしれないけど、現実でやったやつだけ殴って欲しいとお願いすれば、彼女だって強くは出られまい。

 

「大丈夫です、実力はみんなより劣ってるかもしれないけど、始めたんだから……」

「その意気よ、自分の心に勇気があれば、いつでも前を向いて歩ける……自分の心に嘘ををついていると、人の邪魔ばかりをするものよ。前進してれば前には壁しかないから、遠慮せず破壊してちょうだい」

 

 何と言うか、みんなの反面教師にしかなれない人生だなと、高校時代の至らない自分を思い出し自嘲するけれども。

 詳しい経緯は知らないのか、歩夢ちゃんは不思議そうなものを眺める目で、私を見上げてくる。

 

 その目は純粋で、しずくちゃんの下ネタに慣れることはないと思った――どうかそのままでいて欲しい。

 ことりのように生き残るために修羅の道を進み、特大のベッドをダブルベッドに変えてしまうような凶暴さは持たないでいただきたい。

 

 

 ――や、まあ、デザイナーの世界っていうのは、目指す人間を含めて、弱肉強食の世界に身を置いているようだから、仕方ないっちゃ仕方ないけどね……。

 

 弱肉強食の世界にいるっていう人間は、人を蹴落として自分を上げようとするけれども、立場に見合っていない実力なら、人から認められるわけでもないのに、どうしてだか邪魔をしようとする。

 そして立場に見合わない実力だと、下の者から弱肉強食の掟とか、そんな感じで排除されて死ぬ――

 

 優しいみんなに囲まれた私は排除されずに生き残り、みんなのために何かしようと思えど、元の能力の低さかなかなかうまくはいかない。

 

「絵里さんは不安になった時どうしますか?」

「目をつぶって片足立ちする」

「片足立ちですか?」

「不安ってね、考えてもしょうがないことなの、考えないために何をするかって言うと運動しかなくてね……思いっきり目をつぶって、不安定な片足立ちをして、ふらふらと揺れているとね、自分の抱えてる不安どころじゃなくなるのよ、そうやって自分をごまかして、どんどんどんどん前に向かって走っていたら……まあ、なんとかなるのよ」

 

 不安を感じたらごまかすしかない――それに運動にはもう一つメリットがある。

 脳の血流が良くなるので、もう新しい考え方が思いつくこともあるのだ――それでなくても頑張って運動すると眠くなるし、体力を使い切って眠って新しい日が始まると――やっぱり不安はどうでもよくなるものだ。

 

 だけれども、私の発言は歩夢ちゃんの不安げな表情を覆すことができず「やっぱり体を動かすしかないわね」と、この場に目をつぶりながら片足立ちをする、妙な二人組が誕生した。

 

 や、自分も目をつぶってるものだから歩夢ちゃんが目をつぶってるかどうかわからないけど、素直な彼女ならば、一生懸命やってくれると信じている。

 

 指をさして笑ってくれれば、それはそれで不安も何とかなりそうだし――

 



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そして絢瀬絵里は高咲侑の添え物で新入部員を入手する

 新聞部の皆様も同好会の皆に着目していたみたいで、話を持っていったらすぐさま了承してくれたと果林ちゃんは喜んでいた。

 彼女が行けば了承してくれる判断は知っていたけど、使いっぱしりのようなマネをしたのに、果林ちゃんの承認欲求は満たされたみたいで――なんだか心が痛い。

 

 誰が行くのかとの判断は同好会の皆に任せていたけど、侑ちゃんとの結論になろうとしていたので、話に割り込ませてもらった。

 残念ながら新聞部の皆様には「高咲侑」の名前は通用しないからと、下手すると同好会の部員であることすらわかってもらえないからと。

 

 歩夢ちゃんには少々憮然とした表情を浮かべられてしまったし、かすみちゃんには「絵里先輩は何も分かっていませんね」と、直接言われてしまったけれども。

 

 部長会議に出席するであるとか、委員会の会合に出席するであるとか、侑ちゃんの知名度がこれから上昇する機会があれば、いくらでも部活間の交流に精を出していただきたい。

 

 侑ちゃんの代打として果林ちゃんは張り切ってくれたみたいで、私の言葉というよりもエマちゃんの「任された仕事はちゃんとやらなくちゃだめだよ」の言葉が効果的だったみたいだ。

 

 その言葉を聞いた当初は、憤懣やるかたない表情を浮かべていたのに、部屋から出た瞬間、彼女は急停止し「新聞部の部室の方角が分からないのかも」と、考えた私がついていくと。

 

 先ほどまでとはまるで正反対な表情を浮かべて「新聞部の人に断られたらどうしよう」と胸に重りでも抱えたみたいな顔をする。

 彼女の肩を叩きながら「同好会で一番話がつきやすいと判断したんだから、自信持って行きなさい」と言うと、彼女は新聞部とはまるで違う方角に行こうとしたので、僭越ながら案内させていただいた。

 

 なお、どうしてもどこかで何かの話をつけなければいけない時には、かわいそうだけれどもランジュちゃんと栞子ちゃんに任せるしかない。

 

 生徒会長の中川菜々さんには「そうした状況にならないように留意してもらいたい」とお願いしてある――彼女は苦笑いしながら「同好会が大きな問題を起こさないように期待しています」と、ばっちり意図が分かったらしい。

 

 生徒会長にも「同好会の肩を持ちすぎないように」と言うべきか言わざるべきか考えたけど、今のところ他の生徒会役員に疑問を抱かれるような、同好会への態度は浮かべていない様子なので、言葉は控えておいた。

 

 誰かしらが優木せつ菜ファンになってしまったり、スクールアイドル好きになったら彼女の肩身が狭くなる――出来れば今後も生徒会役員の人たちには「スクールアイドル? 何それ」と、以前までの浦の星の生徒会長みたいになっていてほしい。

 

 よもやその生徒会長みたいに「スクールアイドルマニア」になってもらっても困る――同好会の意見が簡単に生徒会を通過してしまえば、理事長の娘でやたらと周囲に権力者と誤解されがちな、ランジュちゃんの肩身まで狭くなってしまう。

 

 ステージのイメージから「やたら高圧的で上から目線」「自信過剰でナルシスト」との風評もあるけれど、ステージの上での彼女はあくまでもパフォーマンスの一環でそうしているだけで、ランジュちゃん自身がそのような性格ってわけじゃない。

 

 それらのイメージに加えて、権力者、生徒会にも話を簡単に通せるとか言われてしまうと、さすがに立場がない。

 

 国際交流科もある学園で、あらゆる外国の人たちに向かって下ネタを連呼するお嬢様の立場がないのは自業自得として考えておく。

 

 

 

 PVの作製を頼んでいる情報処理学科に侑ちゃんと顔を出す――今までは、栞子ちゃんとかミアちゃんと一緒に向かっていたけれども、今回からは部長として顔を広げるために、侑ちゃんに協力してもらう。

 

 物珍しいものがいっぱいあるのか、侑ちゃんもキョロキョロと周りを見回しているから「触ると爆発するものがあるって」と、冗談を言うと「そんなことないですよね」と、言うかと思いきや、侑ちゃんはすごく怯えた表情を見せた――「冗談ですごめんなさい」と頭を下げるほかなく。

 

 「絵里さんが言うと冗談に聞こえませんでした」と彼女が苦笑いするので、やたらと冗談が本気に受け取られてしまうから「どうして?」と逆に尋ねてみると「冗談とか言いそうにないじゃないですか」

 

 そんなに真面目に見える顔つきをしているのか、と窓に映った自分の顔を眺めてみるけど、どう見たってポンコツの生徒会長にしか見えない――や、生徒会長じゃなくなって10年も経っているから、ポンコツにしか見えないと正しいかもしれない。

 

 右腕扱いの栞子ちゃんならともかく、ミアちゃんが顔を出したのかと言うと。

 レスバで敗走したのは問題じゃなかったんだけど、使った設備が学校のパソコンだったので、学科の子からクレームが入ったわけで。

 

 謝罪ついでに「二度とこんな事はしません」との誓約書を書いた時に、天王寺璃奈ちゃんと仲良くなったのだ――二人に目立った会話はなかったんだけれども、波長が合ったのか、それともテレパシーで会話でもしていたのか。

 

 同じ学部の宮下愛ちゃんにも「今日は、ミアっち来ないの?」と、連れて来てない時に言われたので、情報処理科に顔を出す時にはできるだけ彼女と一緒に来るようにしていた。

 

「……」

 

 情報処理科の教室の中に璃奈ちゃんがいて、私達が入ってくると彼女はパソコンから向き直り、ぺこりと頭を下げる。

 どうやらミアちゃんがくるものと思っていたようで、少し残念そうではあるけど、私が「同好会の部長の高咲侑ちゃん」と言うと。

 

「天王寺璃奈です」

 

 表情があまり変化しないから、怒っているとか、何を考えているのかわからないとか、侑ちゃんが考えているかなと眺めてみると、彼女は途端に目を輝かせて「璃奈ちゃん! よろしく! 私、高咲侑! 突然だけどスクールアイドルやってみない?」と、本当に唐突なスカウトした。

 

 彼女もさすがに驚き「どうして?」と言わんばかりに首をかしげるので「とっても可愛いから!」と、侑ちゃんはさらに部活への勧誘を進めた。

 

 璃奈ちゃんがどういう態度をとるかなって見てみたけど、断る姿勢は見られなかったので、ひとまず場の流れに任せる。

 そのうち愛ちゃんがひょっこり顔を出して助け舟を出してくれるかもしれないし。

 

 学生間での問題は学生同士で解決するべき――解決できないような問題があれば、大人が顔を出せばいい。

 

 大人でも解決できないような問題を持ってきて理事長を困らせたでしょと、オトノキの皆様に指摘されたら絢瀬絵里は頭を下げて「もう二度とあんなことはしません」と誓約書を書かねばいけない。

 

「お、りなりーが楽しそうにしてる。アタシ、宮下愛、キミは?」

 

 

 侑ちゃんが積極的に話しかけて、璃奈ちゃんが頷くという交流が続いてからしばらく、愛ちゃんがやはりひょっこりと顔を出し、ギャル流のコミュニケーション技術なのか、おそらく初対面であるのに積極的なボディタッチと、距離を近づけての交流に「これがコミュニティお化けの才覚か」と、驚愕した。

 

 ああいう風に距離を近づけたら人と仲良くなれるのか、と、考えた私も、知らない人にああいうことするのはちょっと怖い、と考えたので、海未や真姫にネタばらしをせずにやってみたら。

 二人から「婚約届にサインしてもらえる?(頂けますか?)」と、脅迫されたので「二度とやりません」と謝罪するしかなかったし。

 

 ギャル流の交友技術は、どうやら百戦錬磨のギャルでしか通用しないよう――今度丁寧にコツを教えていただきたい。

 

「私、高咲侑! 今ね、璃奈ちゃんをスクールアイドルにスカウトしてたんだ!」

「スクールアイドル? ああ、もしかして同好会の人?」

 

 私が彼女のことを部長と紹介すると、愛ちゃんは「部長から直接スカウトされるなんてすごいねりなりー」と、ちょっと困ったふうな璃奈ちゃんの頭を撫でる。

 それを見た侑ちゃんがティンと来たと言わんばかりに、

 

「愛ちゃんもスクールアイドル同好会に入ってほしいな!」

 

 同好会のためのPV製作を情報処理科に頼みに行ったら、情報処理科での初仕事の部長がスカウトをおっぱじめた。

 そのような仕事を頼んだ覚えはないし、顔を合わせて数分でスカウトされると思ってなかったんでしょう、愛ちゃんも驚いた表情を見せている。

 

 誰に対しても仲良く余裕のある彼女に、そんな事されるとは思わなかったと言わんばかりの驚いた表情を浮かべさせる。

 侑ちゃんってのは本当によく似ている――生徒会長の中川菜々さんには謝罪をしておかなければいけない。

 

 高咲侑ちゃんはきっと、学園を巻き込むような大騒動を起こすに違いないと――それはきっと、秋葉原で行なったSUNNY DAY SONGの披露と似たような、誰もが喜ぶ素敵なイベント。

 

 スクールアイドルのお祭りみたいな……祭典て言った方がいいかな、彼女がいい名前を考えてくれるに違いない。

 年寄りは彼女が困ったことにぶち当たったら手を差し伸べればいい。

 



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そして絢瀬絵里は後日、手の部分にモザイクが入ってるしずくの写真を見て驚く

 新聞部の皆様にインタビューを受ける前、我々はしずくちゃんに厳重に注意喚起をした。

 「新聞に載せられるような受け答えをしてほしい」と、部長の侑ちゃんも言ったし、顧問代わりにさせられてる私も言ったし、新入部員で同学年の璃奈ちゃんも、友達のかすみちゃんもお願いをした。

 

 彼女の何か知らない欲求が満たされたのか「皆様がそこまでお願いするのでしたら」と、普段からお嬢様スマイルを浮かべていれば、ステージで下ネタを連呼し、客が帰る悲劇を体験しないで済んだのに――

 ちなみにあのお客、黒澤家に頼んだ仕込みで、当然のようにしずくちゃん以外は事実を知っている。

 

 彼女が下ネタ封印し、 桜坂しずくに似つかわしいステージを披露できるようになったら「あの時はね」と、説明するつもりだけど、仕込みだと気付かれたわけでもないのに、彼女にはノーダメージだった――「過激な下ネタを披露できました!」と、何故だか喜んでいた。

 

 笑みを浮かべているけど心の中では傷ついている――そんな可能性もあるので、璃奈ちゃんやかすみちゃんの同学年の二人組や、私とばかり絡んでいて同学年だっていう認識がいまいち少ない、栞子ちゃん、ミアちゃん、ランジュちゃんのお三方にも状態を調べていただいた。

 

 後者の三人はお嬢様の財力で結構いいものを食べたらしく「あの時のメニューは本当に美味しかった」と、言うので「目的を忘れてないかしら?」と、ちょっと怖い目を向けると「元気そうでした!」と、素直にコメントしたので特に何も言うまい。

 

 この騒動の結果、しずくちゃんが心の中身を覗かれる事をひどく恐れていることが分かったので、下ネタの連呼もその影響が根強いと思われる。

 これから友情が育まれていくうちに「自分の心の中をさらけ出しても平気」と、認識できるようになれば意識は変わるかもしれない。

 

 

「ごめんね、忙しいところに声をかけてしまって」

「私の影響で若者の未来が狂ったとなれば、責任を取るしかないから」

 

 本日のスペシャルゲスト――新聞部の皆様の中にも、真姫のファンがいたらしく、同好会や部のメンバーそっちのけでサインを求める一幕もあったけれど。

 

 何てサインして欲しいのか問われて「成人向けゲームに出ている時の名義」を答えていたけれども、みんな「あなたは未成年だよね?」とのコメントはできなかった。

 真姫が喜んでいたというのもあるし、しずくちゃんが「負けてなるものか」みたいな表情を浮かべていたから。

 

 ちなみに真姫が喜んでいたのは「彼女は成人向けゲームの名義ではサインを基本的にしない」ので「かなりのレアケース」であり「転売されたら一発で分かっちゃうわね」と、言っていたけれども――

 

 もしも彼女を悲しませるようなことがあれば、正義感の強い暇人である絢瀬絵里が、自らの不相応な正義感にしたがって、新聞部の皆様に鉄槌を下すつもりなのでそのつもりで。

 

 あ、改めて説明するとレアケースだから、価値判断を理解しているっていう判断ね?  他の人が求めるような自分の名前を書いたサインよりも、他の人が持っていないサインを求めたってことで――彼女にその意図があるかどうかは分からないけど。

 

 

「真姫が見ていたら、自分たちの忠告に従って、きちんとしたインタビューを答えてくれるに違いないわ」

「……ちなみにそれ、あなたの判断なの?」

「いや、学生間の問題は、学生の提案を優先するわ」

「あなたはどう考えた?」

「真姫が見ているから張り切るんじゃないかしらね?」

 

 他のメンバーに聞こえないように言うと、真姫は苦笑いしながら「あなたはとても悪い人ね」と言った。

 

 ちなみにこのイベント、しずくちゃんがきちんとインタビューに応じても、いつもの通り新聞紙面に載せられないような内容の言葉を連呼しても、どちらでも良いと思っている。

 

 後者の場合、諸事情でしずくちゃんのインタビューだけが新聞に載らない可能性があるけど、しずくちゃんを知っている人間からすれば「なんか新聞に載せられないようなこと語ったんだな」と、一発で把握してくれる。

 

 見た目は清楚なお嬢様なのに歌声がエロくて、下ネタを連呼するところが大好きと、なぜだかコアなファンがついている――コアなファンだけを満足させてどうなるのかとの考えもあるみたいだけど……。

 演劇部の台本担当の皆様には「彼女はどんな台詞でも言ってくれるから大好き」と、なぜだか好評価で、部長さんにも「結局のところなんでもやってくれるから大好き」と、本当にどうしてだか分からないけど、しずくちゃんは評価が高い。

 

「なんでも役に合わせてやってくれる人は……確かに、舞台では助かると思う。しずくちゃんがなんでもやるから舞台で欠かせない人になるか、主役を演じるから舞台で欠かせない人になるか、今決めることではないから」

 

 どちらの道を選んでも彼女の生き方だから、と――真姫は昔の声優さんで、もう亡くなってしまったけれど、バイプレイヤーとして有名な人がいて、名前のある役から、 モブAみたいな役まで、毎週のようにアニメに出演していた人がいて。

 

 と、語ってくれた人は確かに「ああ、あのキャラ」と思うようなキャラから「え? あのキャラもそうなの?」みたいな役まで演じていた。

 どうやら息子さんと現場で一緒になったようで、彼女にしては珍しく、仕事場でサインをもらったとか。

 私情を職場に持ち込まない彼女なので、ついつい驚いてしまった。

 

「彼女にサインをしたのも、自分が仕事を忘れてサインもらっておいて、サインを書かないのはね……」

「なるほど、そんな事情があったのね」

 

 と、こんな風に話し込んでいると、ついにしずくちゃんのインタビューの時間がやってきた。

 インタビュアーの女の子も、カメラを持つ女の子も、緊張したような表情を見せる――当然だと思う、開口一番とんでもない下ネタを吐く可能性だってある。

 使われるかどうかはともかくとして、開口一番にネタを披露した瞬間を写真に撮りたいに違いない――繰り返すけど、インタビューの内容は紙面に載せられない可能性が高いけどね?

 

「では、これからインタビューを始めたいと思います」

「はい、ナニからナニまで、全部聞いてくださいね!」

 

 やりやがった――人差し指と中指の間に親指をはさみ、カメラに向かって撮れとばかりに、特徴的な握りこぶしを向ける。

 

「メリークリト○ス! おっと、クリスマスはまだ早いですよね、性夜は毎日行われてるから間違えちゃいましたよ」

 

 

 インタビューを聞いている面々が、やっぱり言った、忠告を聞くとは思ってなかったと、嘆きの声を上げているけど、真姫は悶絶するほど笑っているし、私も「結構面白いこと言うわね」と思わず呟いていた。

 

「下ネタだけに、ポロリと出てしまいましたね! 手だけではなく口もちゃんと動かす性分なので、何でも聞いてくださって結構ですよ」

 

 指で丸を作りながら、それを上下に動かしつつ応える。

 その仕草は紙面でも載せることができない。

 注目が集まるとはいえ載せた瞬間に発禁されるような、内容を載せるわけにはいかないはず。

 

 しずくちゃんの倫理観は諦めているけど、新聞部の皆様の常識を私は期待しているからね?

 

「では最後に、ファンの皆様にメッセージを」

「はい、ステージの上のアイドルは、みんな何かしらに演じています。ファンの皆様から理想だと言われるような素敵な姿を披露するために、日々努力をしています。

 

 ファンの皆様は私でもスクールアイドル部の皆様でも同好会の皆様でも、他の学校のスクールアイドルでも構いません。

 

 どうかステージの上に立つアイドルの姿を応援してください――ステージの下にいる自分達は、至って普通の人間です。

 

 ご期待に沿える覚悟はありませんが……ステージに立つ私はファンの皆様に全身全霊で答える所存です――どうかファンの皆様、ステージで輝くスクールアイドルをご期待ください。

 私もファンの皆様に応えられるように、ステージの上では全身全霊で輝いてみせますので」

 

 ランジュちゃんと栞子ちゃんがポカンと口を開いている――以前しずくちゃんの状態を調べてもらった時には、自分自身のこともしずくちゃんに語ったに違いなく、それを踏まえた内容を、ファンの皆様へのメッセージとして最後に提供してきた。

 

 今までの内容は何一つ使われなくても、最後のメッセージだけは使われるはず。

 

 カメラを持つ女の子は何度も写真を撮り、インタビュアーも何一つ口を挟まず録音していた。

 自分たちも何一つコメントができなかった――彼女が何を望んでいるのか、どんなことを望んでいるのか考えたこともなかった。

 

「同好会がラブライブに出場したら……面白いことになるかもしれないわね」

 

 真姫の言葉に頷くしかなかった――部のみんなには申し訳ないけど、もしも代表として同好会がその舞台に立ちたいというのなら……。

 



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渡辺曜ちゃん誕生日記念 ナベ、大地に立つ

 千歌ちゃんに頼まれて、ことりちゃんがプロデュースしているファッションブランドのアンテナショップの店長に会いに行く。

 その名も渡辺曜――わざわざ、この桜内梨子ちゃんが会いに行くと言うんだから、少しは歓迎して欲しいところ。

 趣味や特技はアウトドアなくせに、性格がインドアなものだから、カプ厨である私を常にヤキモキさせる存在。

 

 そいつにサプライズゲストを歓待するような、能力なんぞあるわけがなく、何日も店に張り付いているせいで、百年の恋も冷めそうな外見をしていたから、ツーカーの店員さんに「店長を借りる」と告げると「喜んで~」と応じられた。

 

「だめだよ、私はちゃんと稼がないといけないんだから働かせてよ」

「そんな姿を見られたら、婚約指輪を送る相手の千歌ちゃんにも、愛想を尽かされちゃうわよ?」

 

 Aqoursのメンバーとして、二年生組が高校卒業したあたりから「いつになったら、渡辺曜は高海千歌にプロポーズするのか」

 その手の話題が大好きな花丸ちゃんや、ルビィちゃん、そして、鞠莉ちゃんも「三年以内に、少なくとも恋人同士にはなる」と予測をした――その予測は見事に外れ、渡辺ときたら、常に千歌ちゃんは告白待ちの状態なのに、何か条件をつけては恋人関係に至ることがない。

 

 もしかして好意的なのは私だけなんじゃないかな、と、千歌ちゃんは不安があるけれども、渡辺がヘタレなだけで、お互いの好感度はほぼマックスと言っていい、これがエッチシーンのあるソシャゲだったら、何かプレゼントを送ればR18シーンがすぐさま始まるに違いない。

 

 違いないんだけれども、ナベときたら「婚約指輪をちゃんと買えるようになってから」が、ここ最近の言い訳で。

 

 以前までは「一人暮らしがきちんとできるようになってから」「手に職をつけられるようになってから」「デザイナーとして食べていけるようになったら」と、恋人同士にならない言い訳を常に変遷していき、このままおばあちゃんになるまでそのままなんじゃないか、花丸ちゃんはネタで言うけれども、ナベの動向次第ではその可能性も大いにある。

 

「毎日家に帰ってるの? その様子だと、身だしなみを整えるのおざなりにして、デザインに集中してるんじゃない?」

「デザイナーの世界は厳しいんだよ、ピアニストの梨子ちゃんだって、それくらい知っているでしょ?」

「果たして、自分の外見にすら執着できない人間が、他人を可愛くできるデザインができるのかしらね?」

 

 呆れたように言ってのけると、ナベもさすがに自覚はあったのか「これからはきちんとします」と反省した態度を見せるけれども、彼女は毎度のことを仕事に執着して外見を整えるのを忘れてしまう。

 

 コラーゲン代わりのプロテインの飲み過ぎで、肌や髪が綺麗なのは腹が立つ。

 肌の調子が悪いであるとか、毛先が細くなった人は是非にもたんぱく質を取って欲しい――渡辺が効果を実証している(個人の感想です)

 

「ほら、きちんと髪も身体も洗う」

「でもここラブホテルじゃん!! 誰かに見られたらえらいことになるよ!」

「誰かに見られてえらいことになるほど有名人じゃないでしょうが、早く誰しもから指をさされるほど有名になりなさいな」

 

 押し問答が続きそうになったので、こんなところで入るか入らないかたじろいでいると誰かに見られるわよ、と言葉を吐き、渡辺と一緒にラブホテルに入っていく――もちろん体を重ねようってわけじゃない、本当にご休憩のために入る――や、ご休憩っていうのがセックスの隠語であることも、大人になった私は知っているけれども。

 

 

 

 

 彼女が身を清めている間に、美容院の予約を取っておいた――鞠莉ちゃんとツーカーの有名店で、彼女には「エステも予約しておいたら?」と言われて「そういえばそうだ」と。

 

 というわけで美容院に行って身だしなみを整えさせた後、エステにも向かわせておきたい――こういうことをやっておかないと、ことりちゃんから「グループのメンバーの面倒も見られないのか」と、ヤジられる。

 

 や、絵里ちゃんみたいに、メンバーの危機的状況になったら超常的な感覚で察知し、すっ飛んで来るのは無理。

 

 数年前、ことりちゃんが住むフランスのアパートの一室に、日本にいるはずの絵里ちゃんが唐突に現れて「寂しがってると思って」と、何から何までお世話を焼いたというのだから驚く。

 

 勉強をしている学生から、勉強ではなく嫌がらせを受けてしまったことりちゃんの危機をなんとなくで察知し、世話を焼いたことりちゃんが泣き腫らして眠った後。

 首謀者の罪状をちゃっかりついてきたツバサさんとタッグを組んで白日のもとにさらした。

 

 後日に日本の経済界に顔が通じるような学校の偉い人に「あんたら何者だ」みたいに問われた時に「スクールアイドル」と答えたという伝説がある。

 

 同じことをりこっぴーにもやってのけるというのはさすがに無茶ぶりが過ぎる――こういうエピソードが、凛ちゃんの悪い男に騙されかけた騒動を中心に枚挙に暇がないというのだから、さらに無理が過ぎる。

 

 花陽ちゃんも「絵里ちゃんに負担をかけるわけにはいかないから」と、頑張っているのは好意的だけれども、他のメンバーにはなんとなく「いざとなったら絵里ちゃんが助けてくれるし」みたいなところがある。

 

 果たしてそのような状況になった時に、絵里ちゃんがちゃんと助けてくれるかどうかは未知数――なにせ希ちゃんは「アパートの家賃が払えなくなる」「路上で占いをして過ごした」等の危機に瀕しながらも、絵里ちゃんは助けに向かわなかったくらいだし。

 

 ニコちゃんにもその手のエピソードがない――要領よく立ち回っているから、絵里ちゃんの手を借りるほどの危機に至らなかった――のか、助ける相手を選んでいるのか不明。

 

 過去のトンデモエピソードを思い出していると、ナベがお風呂から上がってきて――多少見栄えのする外見になった。

 エステも予約してあるからと告げると、観念したように首を振り「好きにしてください」というので「処女頂いちゃってもいいの?」と、首をかしげると――ようやくココがその手の場所と思い出したのか。

 

「さすがにメンバー間でのその手の交遊は控えたいんだけど」

「おいやめろ、他のスクールアイドルがその手のネタが噂じゃないみたいじゃないか」

 

 アイドルと聞くと何故だか枕営業と考えつく人が、μ'sのみんなを使ってトンデモ同人誌を作っているのは知っている。

 ナマモノじゃないかとの指摘もあるけど、クリエイターの皆様は「これはアニメのキャラクターだから」と主張をされる。

 

 彼女たちの尊い犠牲があってか、Aqoursの私たちがアニメ化した時には「成人向け同人誌禁止」のおふれがなされて、あることはあるらしいけれども、隠れてやっているので「やめてください」と指摘するつもりもない。

 

 その手の同人誌を買い漁る真姫ちゃんでさえ、Aqoursには手を出してないそう。

 

 や、買い漁るって言っても、購入こそ真姫ちゃんが一手に担っているけど、皆様が回し読みをしているとか。

 

 クリエイターの皆様のためにも、是非にも同人誌は買っていただきたく。

 

「身だしなみはきちんと整える――あなたのデザインが売れて、モデルさんと対面した時に、こいつと仕事したくないって思われたら損よ」

「ことりちゃんを凌駕する才能を披露すれば、私だって」

「調子に乗るな」

 

  なんたら女学院っていう、デザイナーとしてトップクラスの教育受けて、周囲にも、ルナ様とか呼ばれている神扱いされてるトンデモ人材がいて、ことりちゃんの環境はナベと比べられるはずもない。

 彼女に才能があれば花開く可能性もあるけど、才能っていうのは環境と状況が良くなければ花開かないもの。

 

「才能ってのは花開かせるには、神様がご褒美をくれるような人じゃないと――自分の面倒も見られない、身だしなみも整えられない、デザインの修行は店長職の二の次、それでことりちゃんを凌駕するだぁ? 寝言は寝ていなさいよ、才能を花開かせる神様だって、ナベのことなんかノーセンキューって言っちゃうわよ?」

 

 ただ神様って呼ばれる存在にはあまり期待ができない、絵里ちゃんやツバサさんと言ったメンバーから蹴り飛ばされているクマだって、周囲から神様だと謳われているし。

 

「……じゃあどうすればいいのさ」

「デザインで食べていくならデザインの修行をする、そこはすっぱり諦めてことりちゃんのスネをかじって生きていくなら、店長としてこれからも頑張っていく――ダイヤちゃんたち3年生が卒業して、新生Aqoursのデザイナーとしてデビューしたあなたが、μ'sのことりちゃんのスネをかじっているって言うのは、メンバーとして憤りを覚えるけど――ま、ナベの才能のなさを私も知っているからね」

 

 なにせ、3年生になって受験戦争――と、周囲のみんなが統合先の高校に入って焦る中。

 曜ちゃんは「新生Aqoursのデザイナーとして、過去と遜色ないものを作る」とか言い出し、勉強そっちのけでデザインに集中し、卒業する頃には入れる大学がなく。

 あまりに哀れに思ったとかで、ことりちゃんが自分の右腕としてスカウトした。

 

 ケド「この才能は期待ができる」とことりちゃんに言われたナベは、未だに花開くことなく。

 今ではデザインは二の次になってしまい、ことりちゃんの期待に答えられてない。

 

「お金の問題は」

「誰かに頭を下げるなり、アドバイスを求めるなり、できることはたくさんあるでしょう? 現実にかまけて夢を忘れる人間が、女の子の夢を叶える事なんて出来ないと思うけど?」

 

 よく夢を追いかける時に現実の問題が――なんていう人がいるけど、現実を忘れるほどに夢を追いかけなければ、夢は叶うことがない。

 夢が叶った時にそれが現実になってしまうと、夢を追いかけていた時の自分を忘れてしまい、才能が腐る人がいる。

 

 誰かの目標になるのも、誰かの夢としてイメージされるのも、死に物狂いで夢を追いかけてきた人間の特権――何かの二の次で、夢が叶ったところでどうなるというのか。

 中途半端な人間が出来上がるだけで、そういう存在は夢を叶えたといえるんだろうか。

 

「ねえ、ナベスケ、あなたの今の目標は何?」

「……よくわからない」

「ちょっと前まで千歌ちゃんに婚約指輪を贈るって張り切ってなかった?」

「それは目標としてあるけど」

「あるけど何?」

「今の私が迎えに行ってもいいのかなって」

「千歌ちゃんを迎えに行くのって、高名なデザイナーの渡辺ってこと?」

「そうだね」

「ちゃんと持ってるじゃないの、その目標に向かってきちんと邁進しなさいな――今のままだと2万年経ってもそのままよ」

「何で2万年なの?」

「私の尊敬するプロ野球選手にあやかってね」

 

 2000本安打を目標に頑張ってきたそうだけど、10年間の現役生活で二本のヒットしか打てず、このままのペースでは2万年かかると聞いて諦めることにしたそう。

 下手すると三年か四年でクビになってしまうプロの世界で、誰かから必要とされ、ひたむきに現役を続けてきた――私はその人のエピソードが狂おしいほど好き。

 

 一流の人たちが揃うプロの世界でも、プロになるくらいの才能を持ちつつも、花開くことなくクビになる選手はいる。

 ひたむきに努力を続けていたとしても何とかならない世界でも、何とかしようとした結果で、10年間でヒットが二本しか打てなかったのに、その間クビにならなかった。

 

 何て言うか、夢を追いかけてる人っていうのは、そういうことに気がつかないよなって思う。

 すごく目立つ目標ばっかり追いかけて、人から必要とされることをひたむきに頑張るってことを忘れてしまう。

 

 ナベがこれから南ことりと同じ舞台に立つことがあっても、同じ能力を持っているのなら、ことりちゃんが選ばれてしかるべきだ。

 彼女の基盤も、下地も、何もかもがナベとはまるで違う。

 

「ま、そこまでは言ってあげないけどね」

「何のこと?」

「美容院の予約の時間があるから準備しなさい。デザインの修行を頑張ったら、ご褒美として教えてあげるからさ」

「予定はオフにならない?」

「ここで押し倒されて前と後ろの処女を私に奪われてもいいなら」

 

 脅迫すると、彼女が直立不動で「今すぐ準備するであります」と。

 

 その姿を眺めながら「誰かに尻をひっぱたかれないと、こういう奴っていうのもしっかりしないのかしらね?」とつぶやき「出来れば自分も、誰かにそうして励まされたかったな……」と、天井を仰ぎ見た。

 



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そして絢瀬絵里はμ'sとAqoursが同学年? と首をかしげる

 絵里ちゃんの休日を亜里沙ちゃんのオフと重ねたよ! と穂乃果に言われ、妹の働いている姿を見ながら休日を楽しむ――そんなシスコンの想定は見事に崩れ去ってからしばらく。

 

 梅雨になろうとせん時期に栞子ちゃんが「理想の自分なるために、理想の人格を降ろす!」とのエピソードについて語っておきたい。

 

 休日に出会った澁谷かのんちゃんについての話は、日を改めて紹介するつもり。

 あのレベルの美少女が、自分を普通と表現することは一抹の違和感を生じるけど、彼女が自分のことを普通だと言っているのだから、そんなことないでしょと言うのはナンセンスだ。

 

 少女漫画の主人公だって自分を普通と語っている――私は少女漫画でフツウの主人公を見たことがないケド。

 

「この前のしずくちゃんのインタビューには感動してしまったとよ、わだすってば自分のことしか考えてなくて、誰かのために真剣に行動する誰かの認識がおろそかになってた」

 

 栞子ちゃんやエマちゃんや同好会の仲間が、私が休日を頂いても問題ないようにしてくれて。

 

 先頭に立つ栞子ちゃんは寮内のみんなをまとめながら、休日なんだから24時間寝たいとの果林ちゃんに対しても、私がいないからやる気が出ないと語る理亞ちゃんやツバサの泊まり込みの職員の尻を叩き。

 「あなたは邪魔だから来ないでほしい」と、A-RISEのリーダーに言わせるほど、こき使っている模様。

 

 その模様を眺めた中川生徒会長さんが、自分の右腕として活用したい、今からでも生徒会役員の何らかのポジションにしたいと、好評価をしている。

 彼女も来年受験に入り、生徒会長職だけに集中はできないので、もしも会長の立候補がなく、ポジションが空くのなら彼女に会長職を任せたいと。

 

 だったら受験でスクールアイドルをやめるつもりなの? と尋ねてみたら「スクールアイドルはやりますよ!!!」と言ったので、彼女にとって会長職<スクールアイドルなのだな、と。

 

「ステージに立つ三船栞子に集中するために、わだすも怖がってなんかいられない!」

 

 思考を中断し、栞子ちゃんに向き直る。

 たどたどしい感じで歌を歌う彼女には好感が持てるけど、どうにもパフォーマンスのレベルが落ちると、ファンからは映るみたいで。

 ファンレターには「頑張ってください」的な文面で認められていて、彼女も「これ以上頑張るには」と悲観的になる様子もあったけど。

 

 確かに誰かの目からどう映るのかは、至上命題と言ってもいい。目に届く誰かのために全力を尽くす、そのためには巫女らしく理想の自分を体に降ろす――架空の人格を身体に入れるとの考えはよくわからないけど、ニコのように「キャラ作りみたいなもんでしょ」と楽観的にはいられない。

 

 確かに理想の自分を演じるのなら、しずくちゃんやせつ菜ちゃんに通じるものがあるので、積極的に背中を押した入れたいではあるけど。

 彼女は一度「ランジュちゃんのように!」で手痛く失敗した経験がある、同じようにキャラ作りで通じるレベルでおさまるだろうか。

 

 しかも彼女はことりに気に入られたので、出会って早々に衣装を贈られ。

 

 「2日か3日前に気に入ったばっかりですよね!?」と果林ちゃんに反応されるほどの超高速な作業だった。

 その衣装に身を包み「こんな衣装が似合う人格を」と息巻いている――ただでは済まないような気もするんだ。

 

 ちなみに何で忙しいはずのことりが度々訪れているかと言うと、理事長から「ワビの入れ方は理解しているわよね?」とにっこり笑われ「スクールアイドル同好会および、スクールアイドル部の皆様に無償で衣装を提供します」との契約を交わしたからで。

 

 衣装のイメージを固めるためという大義名分で、寮に泊まることもあり、栞子ちゃんの虫料理にも舌づつみを打つ。

 

 鳥類だからね、とは真姫のセリフである。

 

 あれだけ破壊し尽くした寮を堂々と闊歩できるのは鳥頭だから、と海未にディスられたけれども――ことりの耳に入るところで言ってしまったから「やめてください! 作詞ができなくなります!」と腕をへし折られそうになったけど……。

 

 陰口ではなく、ちゃんと聞こえるところで蔑むようなことを言うって、私の悪い部分まで真似しないで欲しい。

 

「世界のどこかにいるかっこよくてクールでなんでもできる、とんでもなく凄い三船栞子よ! わだすが求め、訴える!! どうかこの身に寄り添ってくんなまし!!!」

 

 あ、これはキャラ作りになるオチだ――と、ニコが語った通りに、大した問題ではなかったと私が安堵したのがいけなかったのか、呪文のような言葉を叫んだ後に、糸が切れたように栞子ちゃんが倒れ、彼女が私だけが見てる状況が良いと言ったので、バレないように見守っている一同が、ざわめきに似た声をあげるけど。

 

 駆け寄ってみると脈拍も正常だし、呼吸も特に乱れた様子はない、身体に熱を帯びているわけでもないから、いきなり大声を出したゆえに貧血に似た症状か、単なる立ちくらみか。

 

 ただ、目覚める様子がないので「頑張ったね」って感じで額の汗を拭いたり、他のメンバーが近くに寄っても大丈夫そうなので手招きし、じゃんけんに勝利した菜々ちゃんが「以前からの疲れも出たのでしょう」というので、やっぱり今まで通り――と、このイベントを終了しようと締めの言葉に入った瞬間に。

 

「……ここはいったい、私は全て失ったはずでは?」

 

 言葉が聞こえた一同は驚きを隠せない。今までは何をしゃべるでもナマりが入っていたのに、彼女から発せられた言葉は生真面目そうな――見た目相応と言えば良いのか、標準語をよどみなく出している。

 

 キャラ作りどころではない、本当に別の誰かが憑依したみたいに――人が変わったようといえばいいのか。

 

「大丈夫? 体に特に変なところはない?」

 

 何を話していいのかわからなかったので、ひとまず不調はないか尋ねてみた。

 すると彼女は驚いた表情を見せ「絵里さん……? しばらく見ない間にずいぶんと大人びましたね?」と言うので「大人もなにも、もうすぐ30になるから……」と、戸惑って妙なことを言ってしまったけど。

 

 「アラサーのババアね」「ババアが若作りしてる」と、同年代の皆様のヤジにも覇気がない。

 今まで「若い」と言われるケースはあっても「大人びた」と表現されたことがないから、自分自身も、周りのみんなもどう反応していいのか分からないんだ。

 

「……せつ菜さん……ですか?」

 

 周囲を見回し、近くに菜々モードのせつ菜ちゃんがいることに気がつき、おずおずと名前を問いかける。

 せつ菜ちゃんも戸惑いを隠せない、自分を知っているとはいっても、今までの栞子ちゃんとは醸し出す雰囲気も、口調もまるで違う。

 

 それに――大人びたと表現した以上、一朝一夕で顔が変貌するわけでもないから、大人びてない私を見たことがあるんだ。

 

 ちょいちょいツバサを手招きし、彼女は「死ぬほど嫌そうな顔」をしながら寄り、

 

「念のため聞いておきたいけど、彼女は知ってる?」

「……申し訳ありません、どちら様でしょうか?」

 

 

 これで今までの三船栞子ちゃんとは別人だと判明――だって、冗談でも「ツバサを知らない」なんて言おうものなら「分かったわ、これから忘れないように消えない傷をつけてあげる」とか言って、忘れないように殴りつけてくるから。 

 

 それに私が休日を頂いていた時には、ツバサを顎で使っていたそうだから「どちら様でも」「初対面でも」ないのは確実だし。

 

「A-RISEの綺羅ツバサ……ご存知ない?」

「……そのような名前のスクールアイドルグループは知っています。同好会に所属していた短い間に、たくさんのことを教えていただきました」

 

 

 短い間も何も、現在彼女はスクールアイドル同好会の部員だ――つまり、ここではないどこかで、短い期間スクールアイドル同好会に所属をしていた三船栞子ちゃんらしき人物が憑依している。

 

 一人一人に確かめてみたけど、SaintSnowは知識であるだけ――理亞ちゃんも顎でコキ使われていたそうなので、やっぱり初対面というのはおかしい。

 

「……ランジュ? 私の知っているあなたとはまるで雰囲気が違いますね」

「私は昔からこういう人、あなたの知っている鐘嵐珠はどんな人?」

「幼なじみです、昔からあなたのことを私は知っている。気が強くて、能力が高くて、自分の思い通りにいかないと不平不満を漏らすようなわがままな部分があって」

「……ステージの上のアタシが、そんな風に表現されることがあるけど」

 

 ステージの上で不平不満を漏らしたことがないので、そのようなイメージを持たれるとの話だ。

 しずくちゃんが「ステージの下のスクールアイドルは至って普通」と新聞紙面で語ったおかげで、ステージのイメージをそのまま相手に持つ生徒は極限まで減らされた。

 

 紙面に載った写真にモザイクさえかかっていなければ、もう少し彼女の人気も高まったに違いないのに。

  

 

「それに、エマさんと随分と仲が良いみたいですね?」

「アタシとエマは年齢は違うけど、親友と言って差し支えない関係よ」

 

 その言葉に栞子ちゃんは驚いた表情を見せる――どうやら彼女のいた場所では、ランジュちゃんとエマちゃんの関係は険悪か、かなり悪いと言って差し支えがないよう。

 

「信じられません……私のいた場所では、ランジュと友人関係を育むなど……」

 

 その言葉に多くの面々が苦笑いする――口から素直に出た言葉なだけに、相手を貶めようとか、悪口を言おうとする意図はないんだろうけど。

 

 そしてその言葉に苦笑いされてることに、どうしてだか分かってない――もしかして、自分のやっていることに気を回すほどの余裕がない?

 

「よほど殺伐とした場所にいたのね? いいのよ、ここには特に問題がないから」

「問題がない?」

「そうよ、自分が何を言ったかゆっくり考える時間なり、誰かのことに配慮してみたり……のんびり過ごせばいいのよ」

 

 何から何まで完璧にできる人間はいない――彼女がもしも、自分の言った言葉に疑問を持てるほど余裕がなかったとしたら、自分のしている行動を振り返る時間がないほど忙しかったとしたら――それだったら、間違えてしまってもしょうがない。

 

 今、自分たちに必要なのは彼女の間違いを指摘するんじゃなくて、彼女自身が間違いを自覚するのを待ち続けること。

 

 かつて間違えてしまった私が、間違えている人間を見て、間違いを指摘されることがいいことばかりでないのは知っている。

 どんどんどんどん意固地になり、どうしようもない状況に追い込まれて、それでも人は手を差し伸べてくれる。

 

 だから今度は――今度は私が、彼女に向かって手を差し伸べる番だ、昔、手を伸ばしてくれた穂乃果みたいに。

 

 

 とりあえず、ことりに対して「雰囲気が凶悪になりましたね」と表現したことに悪いとの自覚を持ってくれるまでは……彼女にはゆっくりしとしてもらいたいところだ。

 

 私が殴られておくので……。

 



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そして絢瀬絵里はAqours先輩チーッス! とダイヤちゃんたちを煽る

 さて、どこかの世界にいる自分自身を憑依させた栞子ちゃんだったけど、解除方法まで調べての行動ではなかった。

 

 結論から言うと数日経過したけど元に戻っていない。

 

 理事長に事情を説明して「諸事情のために休学」扱いされてるけど、長引けば出席日数にも差し当たりが出る。

 こんな時に限って瞬間移動でホイホイやってくるクマの神様は音沙汰が無いし、しおりこちゃんは、なんだかよくわからない知識を持っているし。

 

 一つ目は、自分たちを知っている風ではあるけど、同年代の人間だと言ったコト――「それってつまり、Aqours、μ's、同好会、部のみんなが同年代の高校生ってこと?」と千歌ちゃんが尋ねて「その通りです」と応じたけれども、Aqoursの結成にはμ'sとの関わりがあるとかで「それって変じゃないの?」と、鞠莉ちゃんに言われたけれども。

 

 Aqoursの結成にμ'sが関わってるとすれば、μ'sはAqoursの結成前に有名にならなくちゃいけない。

 つまり、発起人の千歌ちゃんが「μ'sを見られる環境」を作らなければいけないので、当然のように真姫、凛、花陽の一年生組が入部したて、ではいられないはず。 

 

 しかもAqoursの3年生組は昔にスクールアイドルをやっていたとか「アニメだね?」と、面々が首をかしげるエピソードを教えられ。

 

 もしも鞠莉ちゃんらが、スクールアイドルをやっていたならば、千歌ちゃんが最初に目視をするのが、彼女たちであるのが自然だ。

 

 「狭い田舎の中で隠し事なんて無理だよ」と曜ちゃんが言うけれども、私だってそう思う。

 千歌ちゃんや果南ちゃんらが幼なじみである以上、3年生組がスクールアイドルをやっていた過去を隠しつつ、千歌ちゃんがμ'sに憧れるというのがそもそもおかしい。

 アニメではそうする必要があって、ストーリー構成上、物語が作りやすかったと説明されたから「そんなものかな?」と考えるけれども。

 しおりこちゃんが「現実での話です」と言うので「現実でそれはおかしいのでは?」となってしまう。

 

 Aqoursの3年生組の実力が千歌ちゃんが憧れないレベルだった――と、考えれば話は通じるかもしれないけど、どうやら彼女たちは内浦から東京に呼ばれるほどパフォーマンスが優れていた。

 

 入りたての1年生やスタダを披露した頃の2年生組が、彼女たちよりも劣っていたとは、やっぱり考えづらい。

 

 つまりは何らかの事情でμ'sは4月の早々に結成され、短い期間でハイパフォーマンスを発揮し、それを見た千歌ちゃんがAqoursを結成したということになる。

 

 ただ、それでもμ'sの先輩がAqoursの3年生組という事実は変わらないので「果南ちゃんたちがスクールアイドルをやってたって知らないことすら失礼なのに、μ'sに憧れてグループを結成するとか……」と、千歌ちゃんが曇った表情で言っていた。

 

 今のところはしおりこちゃんの発言を疑う要素しかないけど、かといって彼女が現実と言っている以上「そんなわけない」と否定したところで喧嘩になるだけだ。

 

 こちらがある程度言いたいことを飲み込み、 彼女にはゆっくりと休んでもらいたい――いったいどんな人生を送っていたら、見えるわけもない適正が把握できるのか。

 

 それが二つ目――どうやら彼女は、生徒会長の適性が中川菜々さんに無いと察したらしく(全員が首を傾げた)選挙期間でもないのに、無理やりに選挙のスケジュールを押し通し(理事長と懇意だった)選挙の結果会長職についた。

 

 それは不正選挙なのでは? とランジュちゃん、ミアちゃんが言ったけれども、 彼女の語ったエピソードを聞く限り、どう考えても不正選挙としか思えない。

 選挙に当選したとはいっても「ある程度生徒に息が掛かっていたのでは?」と誤解されても不思議ではない。

 

 その点については選挙での態度を含めて、彼女が反省しきりだったので、何を言うこともできなかった――ひどいことを言ったとは彼女が言い、ひどいことの内容も教えてくれたけど。

 

 「本当にひどいこと言った」とは、ツバサや理亞ちゃんの発言だけど、菜々ちゃんが「そんなのはどうでもいいです」とまるで気にしてなかったので、我々がとやかくいう話ではない。

 

 ただ、優木せつ菜と中川菜々との兼ね合いを観て、生徒会長としての適性がないと判断したのに「生徒会長としての立場にいるのに、自分がスクールアイドルとして活動するのはオーケーなの?」のツッコミに対しては、言われたしおりこちゃんも含めて、誰一人適切な反応ができなかった、ホント、黙っていることしかできなかった。

 

 でも、人が間違えない何ていうことはできない、間違えたのなら改めればいい、やり直してしまえばいい、全部なかったことにするなんてできないんだから、もう一度最初からやり直せばいい。

 今のしおりこちゃんに必要なのは、自分と向き合う時間と、周囲のみんなは優しいのだという認識。

 

 罪の意識からか、自分だって消え去った方がいい、なかったことにしたほうがいいのですと語るけれども「そんな人間は世の中にはいないから気を強く持て 」「物事をやらない理由を探して言い訳しているに過ぎない」と、本来ならば言いたい。

 

 でも、それらのアドバイスを耳に入れられる状況じゃない、弱気になっている子を袋叩きにするようなものだから。

 

 

「なるほどね……スクールアイドルとしては及第点って言ったところか」

 

 とにかく不安を覆すためには、運動しかない――体力が尽きるまで動き尽くして、美味しいご飯を食べて、ぐっすり眠ればある程度回復するはず。

 真姫の判断なので、自分なんぞがとやかく言える話じゃない――彼女もまた忙しいので、暇人の私がしおりこちゃんの面倒を見ているけども。

 

「お茶やお琴の……何だっけ? 先生?」

「師範です」

「そうそう、師範――すごいっていう触れ込みは聞いていたけど、実際に動きを見てみると大したことはないわね」

 

 

 海未から高校一年生で師範ですか? と首を傾げられ、日本舞踊でも「どこの流派なんですか?」と言われてしまったけど、彼女の能力は、彼女の触れ込みほどすごい動きには見えなかった。

 

 あれやこれやの師範であるとか、嗜んでいるとか、とにかくまぁスペックの高そうなことを彼女から聞いたけれども、スクールアイドルをやるのなら「そんなのは関係ないから頑張れ」レベルで。

 

 元々いた場所でもランジュちゃんのバックダンサーに甘んじてた以上、周囲の声や、彼女自身が思っていたよりも、彼女自身の能力は優れてなかったのが悲劇を呼んだんじゃないか。

 

 つまり、彼女が周囲からできる人と思われていたし、彼女自身も周りの期待や師範云々の話から「できる人」だと勘違いしてしまい。

 能力が平凡極まりないのに生徒会長に立候補し、なんだかよくわからないけど当選し、学園をめちゃくちゃなイベントに導いてしまった。

 

 「ママ、クビになった方がいいよ」と、ランジュちゃんが思わず言ってしまうほどの、トンデモエピソードがしおりこちゃんの口から語られ「そんなわけないでしょう」と言った理事長も後日に耳を傾け。

 結果的に「教育者としての自覚がない、そんな奴はクビになっていい」と態度を改めた。

 

 理事長の娘ってそんな好き勝手できるの? と、素でことりに問いかけてしまった私は「できるわけねぇだろボケナス」と、当たり前の反応されてしまった。

 

「……スクールアイドルとして経験がありませんから」

「なるほどね、経験がないものにチャレンジするのはいい――でも、チャレンジするのなら今までのことは忘れなさい、師範であるとか、適正を見る力とか、そういうのって全部ノイズだから」

「ノイズ?」

「そう、はじめてやるものに対してね、自分の成功体験とか、これで上手く行ってきたっていうことにこだわってしまうと、十中八九失敗するのよ。

 だってそうでしょう? 初めてやるものに今までやってきたことを糧にできるかすらわからないし、上手くいくかどうかも分からない――それなのに昔の成功体験にこだわることに、何か意味ってあるの?」

 

 A-RISEもスクールアイドルで全国的な知名度を誇り、殴り込みのような形で芸能界デビューしたけど、結局売れるのが早かったのは、小さな事務所に入った矢澤にこが先だったというオチがつく。

 「μ'sにならともかく、ニコさん単独に敗北するなんて」とツバサは後年、苦笑いしながらネタにしたけど、彼女たちは「スクールアイドルでうまくいっていたから、それを踏まえて芸能界でも」と考えたようで。

 

 「私がこんなヘマをするとは、リーダーとして恥ずかしい限りよ」と英玲奈やあんじゅに謝罪するイベントにも繋がり「何を謝る必要がある」「結果的にトップになったんだからいいじゃない」と言われたけれど。

 ツバサは「自分の判断で売れるまで苦労をかけてしまった」と、かなり責任を感じている。

 

 何から何までうまくいくし、何をやっても成功する(そうじゃないけど)とネタにするツバサでさえ、過去の成功体験にこだわり失敗するくらいなんだから、師範であるとか、日本舞踊の経験があるとか、興味のない人にとってどうでもいいことにこだわるのに何の意味があろうか。

 

「今までの自分を全部忘れて、言われた通りの動きをする――この動きができるようになるまで、今夜は寝かさないつもりよ?」

「……わかりました、誠心誠意努力します」

 

 

 

 返事は良かったんだけれど、彼女の動きは「予想以上に動けない」と同好会や部のみんなにネタにされてしまうほどで

 「なんでそうなの?」と疑問に思った私が、彼女の1日のスケジュールを聞いてみると「そりゃそうだわ」と、納得するしかなかった。

 

 まず、スクールアイドルに集中できる時間が少ない。

 これではスクールアイドルとして鍛錬している同好会に差をつけられてしまって当然。

 

 「私は部で最先端のトレーニングを」と語ったけれども「未熟な人間がプロと同じトレーニングをして最大限の効果を得られるわけがありません」と、当たり前のツッコミをされた――ちなみにミルクちゃんとしてではなく、鹿角聖良としての来訪だった。

 

 今まで寮に訪れることがなかった花陽、希の元μ'sから、Aqoursの鞠莉ちゃんや曜ちゃん花丸ちゃん、ルビィちゃんと言った面々までが来訪し、あれやこれやと話し合う。

 

 それを寂しく感じたのか聖良ちゃんもやって来て「あ、ミルクちゃんだ」「ミルクちゃん!」とみんなから言われたけれども「私の名前は鹿角聖良です」「その人は赤の他人です」と――まあ、何も言うまい。

 

 あ、先ほどスクールアイドル同好会は鍛錬する時間が、と言ったけれども、なぜだか活動を妨害され、練習する時間が少なかったというエピソードを聞いた時。

 ことりがテーブルを叩き割り、結果的に彼女の借金は増えた――

 

 けど、ことりが先んじてテーブルを叩き割らなかったら、私も壁を破壊したかもしれないし、ツバサも地面に大きな穴を開けたかもしれないから、この点の借金の返済に関しては私も協力するつもり。

 

 そんなこんなで、μ's、Aqours、A-RISE、SaintSnow、同好会、部の皆が集まっての「何とかしよう」のエピソードはまだまだ続きそうだ――そろそろ学園に復帰しないと、栞子ちゃんの出席日数が危うくなる――果たして彼女に登校させていいものか……。

 



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そして絢瀬絵里は今日の出来事で理亞ちゃんにめっちゃ喜ばれる

 学園に通ったしおりこちゃんを観「とある事情で記憶喪失になっている」と、説明になってない説明を聞き、今まで仲良く話していた生徒にも「はじめまして」と語る彼女にも「記憶がないんだから仕方ないよね」と、新たに関係を構築しようとするのだから素敵だ。

 

 彼女は別の世界の虹ヶ咲学園に通っていたのに「はじめまして」とは、どういう事情なのかは分からないけど、彼女が交流を控えていたのか、この世界の虹ヶ咲学園とは全く違う人が通っているのか。

 

 違う人間が通っているのでは? とは、せつ菜ちゃんが語ることだ、しおりこちゃんに人格攻撃レベルの罵詈雑言を浴びせられたけど「この世界ではない起こってないですから」と一笑に付し。

 

 監視委員会として活動妨害に加担した生徒会役員の双子ちゃんも「私の仲間ですから、仲間にそのようなことをされるのは、自身に不備があるだけです」と、悪いものでも食べたんじゃないかってくらい、真面目な態度で話している。

 

 数分前に「あのキャラクターの声をやって欲しいんですけど」と真姫にお願いしていた人間と同一人物とは思えない。

 

 

 確かに、しおりこちゃんの発言を聞けば「こんな人の下では働きたくない」と、真面目な副会長さんや、書記の双子ちゃんが職場放棄しても不思議ではない。

 

 結局のところスクールアイドルにかまけて生徒会の仕事がままなってないじゃないか、となれば、反発の声は必至だと思う。

 

 生徒会長として適性がない(と判断した)人間に仕事を手伝ってもらったことに対しては「あなたにはプライドがないのですか」と海未に思いっきり指摘されていた。

 

 ともあれ、記憶喪失だと説明して、周囲には納得いただいたけれども、授業にもついて行っているようだし、まずは一安心。

 後は――音沙汰がなくて、何らかの事情を知っていそうなクマの神様にご登場願い、今の状態を元に戻すか――栞子ちゃんの望み通りに「パフォーマンスの時だけ、しおりこちゃんモードになってもらうか」

 

「彼女の語る虹ヶ咲学園は、修羅でも住んでいそうですね」

「その世界にいるμ'sも目の前にいるファンに「Aqoursのライブがやってるから」って去られて、悲しい思いをしているんでしょうね」

 

 

 ことりがテーブルを破壊してしまった騒動の結果「しおりこの世界の話は、物がない場所で聴きましょう」と海未が先導し、ダイヤちゃんが「ここでなら大丈夫ですわ」と黒澤家の私有地で、希望者が耳を傾けたけど。

 

 何もないから大丈夫と、語っていたダイヤちゃんは「畜生にも劣るファンに報復を与えなければ」と、かすみちゃんの顛末を聞き地団駄を踏み、海未が「生ぬるいですよ、ダイヤ」と語ってからしばらく、私有地の地面はめちゃくちゃになってしまった。

 

 何もなかったので地面を掘り返すことくらいしかできず、傍から見てると開梱でもしてるんじゃないか、との光景が広げられたけど、私を含めて本当にマジメにイライラを解消していたわけで。

 

 文字通り手作業だったわけだけど、後々に振り返ってみれば「本当に開梱作業したみたいね」とツバサが語ってしまうほど「土はほっくりかえされていた」

 

 MVPは誰かって話し合われたけど、やっぱり私としてはブルドーザーみたいな動きをしていた理亞ちゃんを推すかな……妹の教育に悪いことをしないでくださいと聖良ちゃんに怒られたので反省はしてます。

 

「高校時代の私ならば、責め立てることなどは出来なかったでしょう」

「学生の世知辛いところよね、学園っていう場所が全てだから……」

 

 我々のように「他にもファンがいるから」「学園で応援されるだけが全てじゃないから」って、体感的にわかる社会人ならともかく、1日の大半を校内で生活していて、学校で受け入れられるのがスクールアイドルとの価値観のある――

 

 まだ社会の荒波にもまれていない、弱い高校生の女の子が「目の前でファンが他のグループのステージを見に行く」何て体験したら、泣くなんてもんじゃない、トラウマになるレベルだ。

 

 よくもまあそんな世界の桜坂しずくちゃんは、そのイベントの直後に転部なんて選択肢をしたものだ――もしも私が近くにいたら、左腕の骨くらいは折っていたかもしれない。

 

 ――おそらく海未が近くにいたら、問答無用で首の骨を折られていたんだろうから、ある意味幸運だったんだと思う。

 

「学生は……校内の生活がすべてですから、しおりこのように、自分の見ていた世界とはまるで違う体験ができる、思いのほか簡単にできると……気がつかなかったからこそ、この世界へとやってきたんでしょうね」

「……彼女が望んだから、栞子ちゃんの中に入ったということ?」

「全ては推測ですよ? 超常現象すぎて一般の価値観が通用しません――一言で言うなら、全知全能の神の思し召しとか」

「それは分からなくて当然だわ」

 

 

 神様なんてものが現実に存在して、人間を思う通りに動かしているとして――まあ、少なくとも人間のような考え方はしてないハズ。

 だから、あのクマの神様だっていうのも、正確に言えば神様じゃないんだろうなって。

 

 とはいえ周りが神様だと言っているし、自分自身が神様だというのだから、社会人としては「そうですよね」と言えばいい。

 火種に空気を送り込む必要もないし、炎上させることもない。

 

「そこのお姉さん、ロックな考えしてるね」

「……あなたの格好も十二分にロックだと思うけど」

 

 学生の「すごく美味しい料理がいい!」とのリクエストに応えて「ではすごく美味しい料理を作ろう」と思った私は、海未を伴って買い物を済ませ、学園へと帰る途中で――何と言うか、彼女が私にロックだと指摘するのは妙だなって思った。

 

 彼女のファッションや髪の毛の色――少なくとも、一流企業に勤めるOLとは言えないだろうし、バンドでもやってそうと――偏見かしら?

 

「その革ジャン……世界のヤザワに憧れてるの?」

「革ジャンだからって、全員がヤザワに憧れてるわけじゃないよ」

「コーヒーとか飲む?」

「飲まない、甘いのが好きだから」

「残念ね、丁度良くお菓子があるものだから――褒めてくれたついでに、食べてもらおうと思って」

 

 海未が怪訝そうな表情をしながら私を見上げる――ちなみにこのお菓子は鹿角理亞のお手製の……人間が食べるとマーライオンになってしまうトンデモお菓子。

 

 つまりは会って早々に劇物を食べさせようとしたわけで、海未が「何をしているんだ絢瀬絵里は」みたいな表情をするのは、極めて当たり前のこと。

 

「……お菓子……人間が食べられるものなんだよね?」

「そうよ? なんなら私が食べてみせましょうか?」

 

 目の前にいる女の人と、隣にいる海未が「ええ!?」みたいな表情を見せる――海未が驚くのは必然だ――どう考えたって人類が食す味をしていない、聖良ちゃんでさえ「気合と根性……そして愛情がなければ、完食できない代物です」と語る劇物である。

 

 ケド、目の前にいる女性は初対面だ――その上、理亞ちゃんのお菓子は見た目、とても美味しそうに見えるから変なのだ。

 美味しそうなデザートの中に並ぶと、どれが彼女の作る劇物なのか判別が難しい――ちなみに、見分け方はただ一つ。

 匂いを嗅ぐこと、甘いスイーツの中にあるのに、それだけが「無臭」なのだ。

 

「いただきます」

 

 戸惑った表情を見せるのは海未で、何か意図があるのは察しがつくんだけど、どうして私がこんなことをしているのかまでは、考えが至らないみたいだ。

 そりゃそうだ、この女性はクマの変装――もちろん、変身ってレベルなので、そのように表現するのが一番だけど……。

 

 そこまで気が付いているんだったら遠慮なく殴りつけろと、ツバサなら言うだろうけど、もしも私のヤマカンが外れて、普通にロックなお姉さんだとすると、クマの神様にダメージを与える威力の蹴りをくわえてしまえば、お姉さんの土手っ腹に穴が開いてしまう。

 

 普段どれだけの威力でクマの神様を蹴り飛ばしているのかといえば、神様にダメージが通じるくらいとしか。

 

「……お、美味しいですか絵里……」

「とても美味しく頂いているわ」

 

 ――そんなことはない、洗剤をかじったような感じだ。

 噛めば噛むほど甘みではなくエグミが出てくる、苦いとか苦しいとか、戻しそうになるのを必死に我慢している。

 聖良ちゃんがこれを食べきるには愛情が必要と語ったけれども、本当にこの味を何とかするとしたら愛情くらいしかない。

 

 激マズな美女奥さんを持って苦労している旦那さんは――きっと、愛情がたくさんあるに違いないし。

 

「というわけで、あなたもどうぞ」

「では遠慮なく」

「……」

 

 彼女が口に含んだ瞬間、魚が跳ねたみたいな挙動をして、歩道で倒れこんでしまう。

 当然周囲ではざわめきが漏れてくるけど、海未がすかさず「彼女はこういう演技が好きなんです」と語っている――彼女もここで正体がクマのいけ好かない神様だと気がついたんだろう。

 

 しかしながら海未が「演技なんです」と説明して、周りの方々も「演技なのか」と判断するのはいかがなものか――この場面でそうしてくれないと困るんだけど……何て言うか、もしも私がのたうち回って苦しんでいる時に「絵里の演技なんです」とか説明して誰も助けてくれなかったら……恐ろしいことになりそうな気がする。

 

「クガァァア!! 騙したな絢瀬絵里!!! これは人間の食べるものではないではないか!!」

「だから食べさせたんでしょうが、まーちゃんさん?」

「……誰の事を言っているのかさっぱり分からん」

「口調がそのままよ、女の子を語るんだったらもう少し、海未みたいな喋り方をしたらどうなの?」

 

 「やめてください気持ちが悪いです」と海未にそっけなく言われ、クマの神様の好感度はかなり低いんだなって思った。

 



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そして絢瀬絵里はこれから過去回想に入るんだとため息をつく

「あの世界の栞子が大変不遇なのは理解してもらったと思うが」

「で?」

「この世界の栞子と合わさることにより、ほんのひと時でも幸福な時間を」

「で?」

「この世界にいる栞子もファンに受け入れられるために努力を」

「で?」

 

 パンクなお姉ちゃんの格好をしている神様に対し、何を言おうとも「で?」で済ましているのは私ではなく園田海未。

 もちろん事情があることは私でさえ理解している。

 もうひとつおまけに言えば「大変不遇な目にあっていることも」理解はしている。

 

 あの世界にいるって言う自分も、不遇な目にあっているんだろうなと思う――できればμ'sやAqoursの仲間が不遇な目に遭っていると嘆いていてほしい。

 自分自身の不幸がどうでもいいとか言わないけど、まずは仲間のことを優先しておいてほしい。

 

 あの世界にいる絢瀬絵里は、おそらくこの世界にいる私よりも優秀だろうけど。

 何を心配されたところで「あなたに言われる筋合いがない」と言ってしまう程に優秀であってほしい――高望みだろうか? もともとの素材が絢瀬絵里では優秀さで期待できないかな?

 

「なぜ話が通じんのだ」

「あなたのやったことが究極の自己満足だからよ」

 

 栞子ちゃんが何とかしたいと言ってこの状況になっているならともかく、もともとのきっかけが彼女だとしても、別世界の三船栞子を憑依させたのは神様の独断だ。

 

 神様は身勝手な存在だっていうのは理解しているけど、自分がいいことしたから理解されないのはおかしいと――まあ、そんなことを言われても「お前が勝手にやったんだから、問題が起きても自分で責任を取れ」としか言いようがない。

 

「自己満足で結構ではないか、私は神だぞ」

「なるほど、神様に日本の法律は意味ないだろうから、神殺しをしても問題はなさそうね――理亞ちゃんのお菓子はまだまだ在庫があるから」

「待て、話せばわかる、身勝手をしたことについては謝罪をしよう」

 

 

 彼女が逃げる前に口の中にお菓子を入れるくらいはできる――一部でも口に含んだ瞬間に泡を吹いて倒れるだろうから、追撃は至って簡単。

 そうなれば「話がややこしくなるので」と見守っている方々にも手伝って頂き、神は人間によって見事に屠られるのでしょう。

 

 理亞ちゃんにはあまりの美味しさに神様が昇天したといえば「これからもお菓子づくりに精進しなければいけません」と気合を入れるに違いない――気合を入れて完成させた物品が私が食べられるものであることを祈る。

 

「そりゃね、人生で、何もかもが自分の思う通りに行って、自分の思った通りの結果を生み出し、自分が望む通りの人生を送れるんだったら、神頼みなんて誰もしないのはわかってるでしょ?」

「人間は誰しも自分の思う通りに生きていけるものだぞ」

「神様みたいな力でも持っていない限り、人間にそんなことは不可能よ」

「私が読んだ小説は」

「物語だからね、残念なことに現実では、自分の思うとおりに生きていくとしがらみが多すぎるのよ」

 

 クマの神様が良かれと思ってやったことが、人間の私達に歓迎しない結果となり、神様でさえこうなのだから、人間が自分の思う通りになんて無理な話。

 奇跡とか、誰もが努力した結果で、みたいな、夢物語ならアリかもしれないケド。

 

 ただ思う通りに生きていくことを諦めちゃいけない、思う通りにならなくても思う通りに行くように努力したことは無駄ではないから。

 

「彼女は必要とされていないのか? どこの世界でも」

「……もしも、そんな人間がいるとしたら、必要とされていることに気がつかずに、自分のわがままに生きようとしたガキンチョくらいかしら」

「お前のことか」

「残念なことに、そんな私を必要としてくれる人がいる。自分のやっていることに自信がなくなったら、そう考えるようにしているわ」

 

 ね、と振り返ってみる――どうせこんな魂胆だと思っていた。

  神様の超常現象的な力で「しおりこ」ちゃんは呼ばれたんだろうなって、奇想天外な人生を歩んでいると、神様の気まぐれにも対応できるようになる。

 やはり経験は無駄にはならない、失敗も――そこで諦めない限りは、意味がないことなどないのだ。

 

「姉さんの姿をしていますが……口調がまるで違います。ここに来てからそんな経験ばかりです」

「尋ねたいんだけど……しおりこちゃんが、いなくなってしまえばいいとか、必要じゃないって、誰かに言われたの?」

「……そのような風評があることは知っています、自分のしたことを考えれば当然の顛末です」

「残念ながら当然ではないわね」

 

 呆れたようにため息をつく。

 さすがに私なんぞに否定されれば気分を害す。

 見上げて睨みつけるような目をされると戸惑いを覚えるけど。

 

 自分のやっていることが正しいとは限らないし、正しいと思ってやったことがうまくいかなかったなんてたくさん。

 今こうして「しおりこちゃん」のためになるようにって、考えたところでためになるとは限らない。

 

 それでも、誰かのためになるようなことを諦めちゃいけない、うまく行かないって想定は、何かを諦める原因にはならないんだ。

 

「誰かが必要じゃないとか、必要であるとか、そんなものは誰も決めることができないものよ、人が生きている限り、生きていかなくちゃいけないのよ。

 他人のどうでもいい評価に戸惑って、自分のしなければいけないことをやらないなんて――そんなのは、未熟な自分がしなければいけないことをしないのに理由付けをしているだけ」

 

 でも人は、簡単に気分が落ち込む――モチベーションの維持だって難しい。人はどうして生きているんだろうと考えれば、気分は落ち込みドツボにハマる。

 

 ただ、怠惰に理由をつけてはいけない、やるべきではないと判断をしてやらないのはいいケド。

 やらなくちゃいけないことをやらないのに理由づけをして、自分の出した言い訳に甘えていると人生どん詰まりになる。

 

 「人生どん詰まりいるやつは説得力が違う」「人生の迷子なのに立派なこと言ってる」「成功体験が少ないから説得力がないのが玉に瑕よね」皆さんが好き勝手に言ってらっしゃる。

 

「あなた、どんなことがあってもスクールアイドルがやりたかったんでしょう? だったらやりなさいよ、他の人の評価とか、噂話とか、そんなつまらないものに戸惑って、自分の好きなことをしないなんて――もったいないじゃないのよ。

 知ってるんでしょ? 好きなコトを出来なくなってしまった人の顔を。

 だったら……自分がそうさせてしまったんだったら。

 自分自身は、責任を持って好きなことをしなさい。

 それがスクールアイドルだって言うんだったら全身全霊でスクールアイドルをやりなさいよ。

 今あなたはスクールアイドルができる環境にいる。

 それなのに他人のなんとかかんとかでって理由をつけて何になるって言うの」

 

 彼女はどこまでスクールアイドルのことを好きだかわからないけど、自信なさげな彼女が、何をするにも弱気な彼女が――スクールアイドルをやっている時間だけは、技術が伴ってしないかもしれないけど、他のみんなに比べて劣っているかもしれないけど、すごく楽しそうで、すごく輝いていた。

 

 そしてスクールアイドルに対する努力だけは、どんなに悪く言われても「やってみせます」って答えているから。

 

「元の場所に戻っても、責任を持ってスクールアイドルだけは真面目にやりなさい、それがあなたにできる唯一の罪滅ぼしよ……その世界にいる優木せつ菜もスクールアイドルが大好きなんでしょう? だったら……彼女の表情を曇らせてしまったのだったら。

 彼女の表情が曇らないように、全身全霊でスクールアイドルをやりなさい――生徒会の仕事なんかにかまけていないで、全身全霊で好きなことをやりなさい――それが、あなたにできる……あなたが傷つけた人に対する、唯一の罪滅ぼしなんだからね」

 

 近くにいる海未がさすがに戸惑った表情を浮かべる――罪滅ぼしの自覚はあったけれど、あまり白状していなかった。

 気がついているかなって思ったけど、真姫や海未や、穂乃果あたりの表情を見るに、戸惑いを持って受け止めているから、あれが本当の絢瀬絵里なのだくらいの考えはあったんだと思う。

 

 本当かどうかはともかく、μ'sのみんなが結束するために骨を折ったのは確かだ――それはニコもそうだろうし、希も頑張ってくれたと思うし――みんながみんなそうだと思うし――。

 

「私がどこまでスクールアイドルが好きなのかは分かりません――」

 

 しおりこちゃんは先ほどの表情から一転、こちらを心底信頼するような――そのように単純に、自分の都合のいいことを言われたから信頼するっていうのは、将来に悪い人に騙されそうで困る。

 それでも彼女が魔窟のような虹ヶ咲学園でスクールアイドルを頑張れば、同じくスクールアイドルを頑張った仲間達に助けてもらえるかも。

 

 や、どう考えても、別世界の虹ヶ咲学園は魔窟かなんかだと思うし、通っている生徒の大半も悪魔かなんかだと思うけど――理事長はとりあえずクビをすげ替えた方がいいと思うし、ランジュちゃんは別の世界にいる綺麗なランジュちゃんと入れ替わった方がいいんじゃないかと。

 

 や、この世界にいるランジュちゃんは譲るつもりはないけれども。

 

「私が傷つけてしまった人のことは……自分のできることで笑顔にしていきたい……そっか……簡単な気持ちを忘れていました……あの人から離れてしまった影響でしょうか……まったく……」

 

 しおりこちゃんはどこか遠くを眺めるような目をしながら空を見上げ、満足そうに頷くと。

 

「自分のしなければならないことから――もうこれ以上逃げるつもりはありません。

 どのような批判、どのような悪評が自らに立とうとも、自分のやるべき事から逃げるつもりはありません――逃げたくなってしまったら、仲間のことを思い出します……こんな私にも、仲間と呼べる人たちがいるようですから」

 

 それからしばらくして「わだす口調」の栞子ちゃんに戻り、友達のランジュちゃんやミアちゃんが泣きながら「おかえり!」って言って抱きつく、機を逸した私たちアラサーと神様はそんな光景を眺めながら「結構長い間しおりこちゃんと付き合ってたんだな」と――

 

 

 なお、別世界の自分自身を聞いて、友情を深めた皆様のことは私が語ることではないので――特に桜坂しずくちゃんには大きく影響を与えた模様でして。

 や、かすみちゃんが「しず子が~」と言っていたのを私は又聞きしただけだから――詳しいことは知らないけれども。

 

 そして長い間お待たせして申し訳ない――かのんちゃんと穂乃果と私との交流の話をこれからしたいと思う。

 

 また過去回想かよと、言わないで欲しい――現在私は冬コミに出すエロゲー作ろうぜ! と、息巻いているところであるから。

 

 

 



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そして絢瀬絵里はカレー大福美味しかったなと言って海未ちゃんにドン引きされる

 誰かさんの魂胆で、妹の働く姿を眺めながら休日をゆっくり楽しむ――そんなイベントは雲散霧消したけど。

 穂むらでもじっとしてはいられなかった――休日なんだからゆっくりしてなよ、穂乃果には呆れたように言われ、なんで家の仕事知ってるんですか、と雪穂ちゃんには不審者を見るような目で言われる。

 コイツ――働くぞ! と、アムロがガンダムを動かしたみたいなセリフを言われ、お客様からも「ちんまい子の代わり」扱いされているけれども。

 

 雪穂ちゃんと同い年の妹を何故か孫扱いしている高坂家のご両親は、私のことを最初は「孫のすねかじり」と思っていたみたいだけど、誠心誠意働いて扱いを覆すのに成功した。

 

 ただ、誠心誠意努力したせいで、穂乃果から「私も教えてもらってないことを何で教えてもらってるの」と、恨みがましい目を向けられたので、機会があれば「しおりこちゃん」にも、献身的に頑張っても報われないのはいくらでもあると教えてあげたい。

 

 ボランティアが趣味なようだけど、身を粉にしてまで励むのは献身ではなく自己犠牲と呼ぶもので、自己犠牲によるものを推奨するわけにはいかないし、ましてや両手をあげて喜ぶわけにもいかない。

 生徒会の仕事にスクールアイドルにボランティアに忙しい――ならばボランティアを止めなさいと、いつか彼女にも言わなければいけない。

 

 両手に仕事を抱えて一生懸命頑張るのはいいけれども、自分のやりたいことまで我慢してもらっては困る。

 そこまで自己犠牲に努めてもらっては、ボランティアをされている方だって「無理しないでね」と忠告するものだし。

 

 や――あの虹ヶ咲学園に通う悪魔みたいな生徒が、他人に配慮して気を遣うなんて行為ができるわけないと思うし、周囲にいる人々も似たような存在だから、ランジュちゃんや理事長の横暴がまかり通るんだろうけれど。

 

 

「なるほど……これがいちご大福をリスペクトしたカレー大福……」

 

 高坂家のお父様が「次の季節に出す新商品」と言って持ってきたのが、スパイシーな香りがする大福――果たして大福を食べる人が、香辛料の香りが漂う大福を食べたいと願うだろうか。

 

 お母様や穂乃果や雪穂ちゃん姉妹が試食を断ったから、私なんぞに持ち込まれたんじゃないかと疑うけど、そうではないらしい。

 味覚がちゃんとしているからと、私の味蕾を買ってくださっているけれども、カレー大福を作る方に「しっかりしている」と言われて、素直に頷いていいものか。

 

 大福を手に取り口に含む、触り心地や、口に入れた時の食感……餅の部分はとても美味しい……そして噛み締めていくとカレーの味が口の中や鼻に抜けて行って……これは行ける。

 大福と言いながらも、あんこが入ってるわけじゃないので、看板に偽りありだけども、お餅とカレーが一緒になった感じ……や、肉まんの中身がカレーになった感じに近いか。

 

 お菓子ではないけれども、和菓子とはとても言えないけれども、こういうものがあれば手にとってくれるお客様もいると思う。

 ……この穂むらに来店されるお客様がカレー大福を見て「美味しそう、是非にも買いたい」と判断してくださるかは未知数だけど、美味だし、小腹が空いた時に口に含むんだったら最適。

 

 穂むらの和菓子にその要素を求めているのかが疑問だけど。

 

「なるほど……」

 

 正直に感想を伝え、お父様は難しい表情をしながら厨房に戻る。そこへすかさず穂乃果がにやってきて「美味しかった?」と尋ねてくるので「味はとても素晴らしい」と言うと、食べさせてと言いながら口を開いた。

 毒味だったのではないかと、疑いが生じるけれども、穂乃果に一口サイズの大福を食べさせ、彼女が咀嚼するのも眺めながら、人にあーんして食べさせるんだったら、カレー味じゃなくて甘いものの方が良かったな――と。

 

「大福要素がゼロだけど、これはこれで悪くないね」

「穂むらのおじさまは、常識の破壊に挑戦する新商品を出そうとするの?」

「よくあるんだよ、私たちはすっかり慣れきっちゃって、感想が面白くないって言うから――若くないね、高校生の頃だったらカレー大福なんて食べたらギャーギャー騒いでたと思うし」

 

 確かに、凛が食べる前は死ぬほど騒いでいるのに、食べた瞬間に「めっちゃうまいニャ」とか言って、花陽が困った表情をする。

 そんな場面が容易に思い浮かび、高校時代に帰りたいとは思わないけど、ゲームかなんかで高校時代のμ'sを眺めたい気分にはなる。

 

「確かに」

 

 穂乃果は 高校時代のμ'sを眺めたいって感想含めて同意してくれた、自分自身がもう一度高校生になるのは勘弁だけど、第三者として泣いたり笑ったりする面々を眺めたい願望はある。

 

 ラブライブに向けて、あんな風に青春を賭けて努力しようとは――さすがにもう一度は勘弁。

 楽しかった思い出ではあるけれども、楽しかろうとも辛いことは確かだったので、辛いことをもう一度やるって言うのはやっぱり辛い。

 

「ゲームとかそういうのって、子どもがやるものだと思ってたけど、大人が懐かしんでやるって言うのもあるものかもね」

 

 ゲームや漫画に対して「子ども向けでしょう?」と、クールに返答していた西木野真姫が、今や大人しかプレイしちゃいけないゲームの声優として活躍している。

 私たちが高校を卒業してしばらく、真姫はスクールアイドルとして頑張りつつ、受験勉強の準備を始めていた。

 「気分転換になると思って」と、りんぱなの両者が当時流行していた「きらら系アニメ」の原作とBDを貸し。

 彼女も「二人がせっかく気を使ってくれたのだから」と、三話まではみようと決意。

 

 そして――気がついたら全話眺めていた――不眠不休で。

 

 翌日に化粧でうまくごまかしてはいるけれども、普段授業中に船を漕ぐ態度なんか取らない真姫の様子に花陽が気が付いて「勉強の途中にアニメを見てくれたの?」と声をかけ、眠くて正常な判断ができなかった真姫は素直に「全話観た」といらない告白をし、やっぱり眠くて正常な判断ができなかったのか「同じようなものがあれば貸して欲しい」とお願いした。

 

 花陽も「つい嬉しくなっちゃって」と、この時点で真姫の様子がおかしいと勘付き、アニメはそこそこにしたほうがいいよと、窘めていたら、医学部受験のためにオトノキで努力をする西木野真姫がその後も見られたんだろうけれども。

 

 彼女はアイドルのDVDを語る時みたいな勢いで「これとこれとこれとこれとこれがオススメだよ」と、凛も引く勢いで普及し、真姫もひとつくらい毛色が合わなくてと断ればよかったのに、正直に全部眺め、結果的にドハマりした。

 

 春先に医学部に向けて頑張ろうと思っていた女の子は、夏にはコミケに花陽とニコを伴って参戦。

 そこでみたコスプレイヤーさんに感動し「どうやったらあれと同じことができるの?」と尋ね、ニコは「やると思ってなかった」と後年語るけど。

 ご丁寧に「ああすればいい、こうすればいい」とアドバイスを送る。

 

 ここで、お金にものを言わせて市販品を購入していれば、必要以上にハマることがなかったんじゃないか、と語るのは南ことり。

 

 そう、彼女もいらないことを言ってしまった――服飾に対して話題が盛り上がるかな、との考えもあったのか真姫に「衣装は手作りにしたほうが愛着がわくよ」とアドバイスを送り、彼女もμ'sの時代には手作りの衣装を羽織っていたし、手伝いもしていたから「確かに、自分で作った方が愛着が湧くはず」と考えてしまった。

 

 そして、一流の才覚があったことりと同様に真姫が縫製ができるわけがないんだけど、そんな彼女を不憫に思い手伝ってしまった人がいた――真姫の歳の近い使用人にして、西木野パパンの全国各地にいる子どもの一人、さらには西園寺雪姫ちゃんの姉であることも判明した――。

 

 和木さんこと、西木野和姫ちゃんである。

 

 西木野パパンの敷いたレールから脱線しようとしている妹を、どうするべきかと考えていた彼女も、勉強よりも、今やっているスクールアイドルよりも、一生懸命コスプレ衣装を作る姿に感動し、うっかり手伝ってしまったというのだ。

 

 一人でやっていれば「諦めて市販品を」となったところも、家事の才能があった和姫ちゃんの手ほどきと、真姫の懸命な努力の結果、コスプレイベント初参戦にして抜群の評価を得てしまった。

 

「売り子さんとして、カレー大福は勧められないな」

 

 新商品としてアピールするには、やはり高評価が得られるイメージが必要だ――カレー大福とか言って宣伝を始めたら、トチ狂ったのか? と判断されてしかるべきだし、穂むらは昔からある和菓子屋だから、今までにないものを提供するにしても、度が過ぎているものでは困る。

 

 私も「美味しかったのは確かだけど」と言いつつも穂乃果に同意し、 店頭に並ぶ商品を眺めて「あそこにカレー大福が入るのは無理でしょうね」と首を振りながら言う。

 

 そこにお客様が入ってきたので、穂乃果は仕事に戻り、私はその姿を眺めながらまったりとお茶を飲む――いい身分じゃないかと、海未が眺めれば言われるかもしれないけど。

 これは穂乃果に「黙ってお茶を飲んで座ってて」と言われたから――これもまた仕事なんだ。

 

 姉妹が手が離せないみたいだったので、私が接客をしてたら「これとこれがおすすめです、こういうものが好きそうですから」と初対面のお客様に言ってのけ「初対面なのに私の味覚を把握してるの?」と気持ち悪がられたエピソードがあるから。

 絵里ちゃんが接客するとお客さんが減るから黙って座ってて、と言われてしまえば、居候である私も肩身の狭さを感じつつ黙って座っていることしかできない。

 

 や、ことりや凛に頼まれてやっていたマッサージも、姉妹やご両親にやってのけるけれども、それは仕事ではなくボランティアなので。

 

 さらにお客様がやってきた――お茶をしばいている私と目が合ったので、ついつい、自分もいらっしゃいませと言ってしまったけど……よく考えたらいらっしゃいませっていうことはなかったと思う。

 



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そして絢瀬絵里はギャーギャー言われてるからギャオスって言って年寄り扱いされる

 私が接客しようとするのが嫌だったのか、穂乃果は雪穂ちゃんに常連のお客様の対応を任せ、私はといえばお茶で喉の渇きを潤しながら、彼女が「すごく可愛いね!」との言葉を始まりにして、おべっかを連続で語りながら、結が丘女子高等学校に通う澁谷かのんちゃんと交流する様を眺める。

 

 穂むらにやってくるお客様で、常連の方ではない場合「μ'sのリーダーがいる」との評判でやってくる人もいれば「アニメに出てきた聖地」を見物に来る方もいる。

 

 どちらが金額を出してくれるかといえば、聖地巡礼に方々らしく「もう少し身だしなみに気を遣ってくださると」――どうやら食べ物を扱う店として、清潔さには気をつけていただきたい模様。

 

 ルール違反であげつらわれる前に、金額を投資して悪評を防いでいるのでは? と、よこしまな大人の私は考えついてしまった。

 

 なんでも都内で喫茶店を営業されている澁谷かのんちゃんは、新設校で美麗な校舎に気分の高まりを感じながら高校生活を送っているとか。

 これでまたオトノキの首が締まって、ことりママンが「共学化とかしたほうがいいかしら」みたいな、変なことを言い出さなければいいけど。

 

 何年かに一度廃校を匂わせて生徒を集める手腕は、閉店セールみたいだからやめてほしいと言われた手前、では共学化とこすいことをするかもしれない。

 

 スクールアイドルで頑張っても、浦女みたいに閉校やむなしとなれば、学校の看板下ろす必要だってある。

 前述した浦の星みたいに、何年か前から「閉校します」と宣言していれば、悲しいけれども、悲しさは時間が解決してくれる。

 

 ただ、何とかして下さいと現役の生徒にお願いされたら「仕方がない」と自分が立ち上がる未来が見える――そもそもお願いされるのか、との想定が現実味を帯びるので、取らぬ狸の皮算用だけども。

 

「スペインのクォーター?」

 

 なんとなく自分との共通点がある単語が聞こえたので、二人の会話に耳を傾けると、私のつぶやきも聞こえたのか、かのんちゃんはびくりと体を震わせるけど。

 

 やっぱりクォーターとか、ハーフとか、とにかく日本人100%じゃないって言うと、色眼鏡で見られることがある。

 

「大丈夫だよ、あの人は宇宙人の血が入ったクォーターだから」

「どうぞよろしく、火星から来ました」

 

 

 手をあげながらピコピコ言ってみると、高坂姉妹は思わず吹き出した。

 火星の血が入っているかどうかはともかく、常識人の皆様からするとすっとんきょうなことをしたり言ったりするみたいで。

 何百年か前に宇宙人と結ばれた先祖がいて、その可能性はあるかもしれない、AZALEAの歌で妙に心がしみる時があるし。

 

 ダイヤちゃんに言ったら「わたくしとの共通点ですわ!」と喜んでくれたけれども、あなたはもしかして先祖に宇宙人がいるの?

 

「ほ、本当に火星にご先祖様が?」

 

 ところがどっこい、あからさまに冗談だとわかるトークにかのんちゃんは真実味を感じたのか、両手で口を押さえつつ、目を開いて驚いた表情を見せた。

 私の両手と両足が触手に見えたのだろうか、自分が気づいていないだけで「実は火星人とのクォーターです」と言うと、本当かもしれないと納得できる要素でもあるのか。

 

 雪穂ちゃんは妙にツボにはまってしまったのか、おなかをくの字にして声を殺しながら笑っているけど、穂乃果はそんな妹を見て、少々機嫌を害したらしい――できれば私としては笑いものにされている時は、笑いものにして欲しいものだけど……。

 

 この場に妹がいようものなら、LINEのメッセージに反応しないという報復を食らう可能性がある。

 姉の願望ではなく、雪穂ちゃんは度々私をぞんざいに扱っては、妹から報復を受けるので。

 

 いくら妹のやることとはいえ、ぞんざいに扱ったくらいで機嫌を損ねるなどいけない――と、年上らしく窘めてみたら、後日に海未から「もしも亜里沙が誰かにぞんざいに扱われて絵里は許せるのですか? 例えば私から、半径1メートル以内に近づかないでとか」と言われ。

 

 私は首を傾げながら「もしも本気でそんなことを言っているのならば、私はあなたの首の骨を折らなければいけないわ」と何も考えないで言ってしまったらしく(記憶にないけど、そう言ったらしい)重ね重ねシスコンは病気との印象が皆様から持たれた。

 

「すみません、ちーちゃん……友達にも、素直に物事を信じすぎだって言われてて」

「素直で謙虚なのは美徳だから、どうかそのままでいて」

 

 世の中には馬鹿正直って言葉があるけど、正直で何が悪いのか、素直に悪口を言ってしまうのはともかく、素直に驚いてみせたり、素直に褒め言葉が口から出たり、素直に一生懸命頑張っていたり。

 美徳以外の何者でもない、馬鹿正直という言葉はそうなれない人間が正直者を揶揄する時に使う言葉だ、人間謙虚で正直にまっすぐ生きていれば必ず誰かが助けてくれる。

 

 もしもそんな人が困っていたら、私はすぐさま飛んで行って、いらぬ世話を焼くつもり。

 

「どうしてですか?」

「素直で謙虚で正直に生きている人は運がいいのよ」

 

 素直で謙虚なゆえに、人を騙そうとしている人から騙されることもあるかもしれない、悪く言われることもあるかもしれない。

 他の人が体験しないようなとんでもない事態に巻き込まれるかもしれない――それでもなんとなく生きている、すごくお金があるとか、友達がいっぱいいるとか、見た目がすごく幸せそうでなくても、なんとなく生きている。

 

 すごくお金があってお金持ちで美少女をはべらせていても、なんとなく死ぬ人間がいる一方で、そうは見えなくてもなんとなく生きている人は、正直に素直に謙虚に過ごしている。

 

 そういう心根の豊かな人は、とにかくまぁ運がいい。困った時に誰かが必ず助けてくれる。

 やるべきことはやらない人で怠惰の塊では話が違うかもしれないけど、人から愛される人は傍目から見て幸福に見えなくても、自分自身が幸福に感じていなくても、なんとなく生きていける。

 

 この世界の中でなんとなく生きていける人はどれほど幸せなことか、少なくとも人から愛されず、信頼されず、後ろ指を指されるような人よりかは、たとえ困窮していたとしても幸せなことだ。

 

 ただ、素直で謙虚で正直な人でも、何かに悪口を言うようでは幸せが逃げていく、そういうことはどうぞ心の中にしまっておいてほしい、沈黙は金という言葉がある。

 あれこれ構わず口から出しているようでは子どもと同じ、どうか自省を持って沈黙を保っていてほしい。

 

「確かに……友達に囲まれてます――ピアノを弾いてくれる恋ちゃんとか、クゥちゃんとか、ちーちゃん……あと、彼女はもしかしたら私の事を友達って思ってないかもしれないけど、平安名すみれちゃんも」

 

 聞き覚えのある名前が出てきた――雪穂ちゃんは聞いたことのない名前だと思うけど、穂乃果は学園の寮で会ったことがある。

 名前と顔が一致するかどうかは分からないけど、事あるたびに「ギャラクシー」って言ってた子と告げれば「あの子か」とわかってくれるはず。

 

 ちなみに〇〇子とあだ名をつけるかすみちゃんからは、名前にあやかった呼び名ではなく「ギャラ子」と呼ばれていて、それ以来一部の子からは「ギャラ子さん(ちゃん)」って言われたりもするけど。

 

 でも、愛ちゃんの「ギャーちゃん」は本当に誰のことを言ってるのかわからないのでやめていただきたい。

 

 ちなみにすみれちゃんが度々学園にやってくるのは、敵情視察であるらしい「自分一人でラブライブに優勝してみせる」と強気に言っているけれども、かのんちゃんが友達いるなら彼女もスクールアイドルに誘えばいいのに。

 

「スクールアイドルですか? ちーちゃんから誘われてグループには入っていますよ、名前ももう決まっているんです、4人しかいないんですけど」

「4人?」

「先ほど挙げたすみれちゃん以外のメンバーです」

「……ぜひにも彼女も誘ってあげて、もしも渋るようなら、絢瀬絵里って人がグループに入れって言ってたって伝えてほしい」

 

 新設校が名を上げるためにスクールアイドルをやるとか、ラブライブに優勝するためにスクールアイドルをやるとか――目的は様々だけど、みんなと仲良くなるために一番良い手段がスクールアイドルだった――と、なってくれるのが一番嬉しい。

 

「でもいいの? 東京予選にライバルが増えちゃうんじゃ」

「楽しくやってて、他の人に見て欲しいってなったら、ラブライブ予選はいい舞台だと思うわ、勝つことを目標にするっていうなら止めるけど、楽しむのを目的にして、予選を踏み台にしてくれるんだったら、それってとってもいいことじゃない?」

「ラブライブの運営様に聞かれないようにしないと……ま、私も同意見だよ。どうにもラブライブの規模が大きくなった頃から、他のグループに勝利することがスクールアイドルってイメージがあるんだよねぇ」

 

 どうにも他のグループからA-RISEに勝ったなんてすごいと、言われることがあるけれども、自分たちが自分たちの出来ることを一生懸命やった結果、オーディエンスはμ'sを選んだだけで、勝とうと思ってパフォーマンスをした記憶はないし、こうしたから勝てたというイメージもない。

 

 ツバサにそんなふうに言ってみたら「自分達はμ'sをライバルだと思っていた、絶対に勝つんだと思っていたわ」「そこが自分たちの敗因の一つなんでしょうね」と苦笑いしながら言われ「光栄だけども、やっぱりあなた達がプレッシャーに負けただなんて思わない。オーディエンスが選んだのがたまたまμ'sだったっていうのが、しっくりくる」と。

 

「……そうか、それが私たちが……Aqoursに負けた原因なのか」

 

 ラブライブ決勝でオトノキと雌雄を争ったAqoursだけど、雪穂ちゃんは現在に至るまで「パフォーマンスでは自分達は勝っていた」と言っていたし、千歌ちゃんも「その通りだと思います」と認めていた。

 

 一部のサイトでジャッジミスではないか、と、度々論争の火種になるけど――有名税みたいなものだ。

 コメントを求められたら「自分達は関知していないので」と言うしかないし、更に突っ込まれれば「パフォーマンスでは確かにオトノキのほうが上だと思いますよ」と言う。

 

「え? もしかして皆さんはスクールアイドルだったりするんですか?」

 

 繰り返すけど、かのんちゃんはランニングの途中で美味しそうな店があったから寄っただけで、μ'sのメンバーに会いに来たとか、聖地巡礼のためにやってきたってわけじゃなかった。

 

 そういえば自己紹介を忘れていたと、穂乃果も言いながら苦笑いし、もちろん私も名前を名乗ってなかったと気がつき、

 

「私の名前は絢瀬絵里、こちらは高坂穂乃果、昔の話だからわからないかもしれないけど、μ'sってグループのメンバーよ」

「エェェェェェ!!?? あなた方がすみれちゃんがギャラクシーナンバーワンユニットオブギャラクシーな! μ'sの方々なんですか!」

 

 とても不思議な言葉が聞こえてきたけど、すみれちゃんの中ではμ'sってのはすごいユニットらしい――ギャラクシーナンバーワンユニットオブギャラクシーとは、どういう意味を持っているのか、何を表現しているのかは「しおりこちゃん」問題が解決した今でも分からないし、すみれちゃん自身も「どういう意味なのかわからない」と言っているので、とにかくギャラクシーということで。

 



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そして絢瀬絵里はReStars(リスタ)の輝きを見る

 「しおりこちゃん」騒動から数日。

 食堂にて期末テストなる言葉が聞かれ、夕食を採る一同が「朝香果林ちゃん」の顔を眺めたけれども、彼女はテストよりもコオロギをいかにおいしく食べるかにこだわっていた。

 

 読者モデルの中で流行っているとか、スクールアイドルの中で流行っているとか、はじめには大義名分をつけて昆虫料理を楽しんでいたけど。

 最近では理由付けすらめんどくさくなったよう。

 久方ぶりに帰ってきた栞子ちゃんに「カブトムシ!」と言って、煮付けを作って貰って以降、昆虫食への探究心を隠さなくなる。

 

 そんな果林ちゃんのイメージは近寄りがたい読者モデル。

 クールで沈着冷静なかっこいい人というより。

 ゲテモノを食べながらも美少女モデルとしての 地位を保っている変人との評判が聞かれるように。

 

 綺羅ツバサであるとか鹿角理亞であるとかの伝説と謳われるスクールアイドルと呼ばれる面々。

 実情が変人であるとあっけなくバレており。

 

 変人の一人や二人が増えたところでと、寮生の皆様は豪気な判断をされ。

 読者モデルがカブトムシを食べていても「まあ、そういうこともあるよね」と考えるようになってしまった。

 

 ただ。

 テストの点数は昆虫料理の食べても向上するわけじゃない。

 予習復習等の反復をしていなければ知識はすぐさま抜け落ちてしまう。

 記憶は優秀ではないから、昨日覚えていたことでも、翌日には忘れているものだ。

 ――なんでも7割方脳から抜け落ちてしまうらしい。

 

 ツバサが人間の記憶っていうのは――と、説明してくれ「確かに、何もかも覚えていたら大変よね」と反応したら「あなたはどれくらい記憶を保っていられるの?」と質問された。

 「覚えておきたいことは覚えていると思う」と言いつつも、人間の記憶はそら都合よくいかない。

 

 覚えていたいと思っていても忘れることもあるし。

 忘れてしまいたい黒歴史が夢に出てきて「忘れるな」と訴えてくることだってある。

 

 今の会話を果林ちゃんの前で話していたら「私は覚えていますよ」と言う。

 すると「今日の授業で何を習ったのか覚えてる?」とエマちゃんに追撃された――果林ちゃんの表情が思わずひきつる。

 

 ここで、自分はちゃんとしているからと主張したまでは良かった。

 今の会話が予習復習してるのかっていう問いかけに気づいて、瞬間的に反応をした――さすが読者モデル、インタビュー慣れしておる。

 

 でも、エマちゃんが「予習復習をちゃんとしている」と嘘をついた果林ちゃんに厳しくあたるのは当然。

 過去の中間テストでは彼女が追試地獄に陥る――3年生のこの時期に大丈夫と理事長にも指摘されてしまった――監督不行き届きで私も怒られたけど。

 

「もちろんよ、日本史と現代文と」

「そうじゃなくって、授業の内容は覚えてる?」

「……ノートにはきちんと書いてあるわ」

「じゃあ確認させてもらっていいかな?」

「あいにく字が汚いものだから確認できないかもしれないけど」

「大丈夫だよ、弟や妹たちのノートを見てきたから、少しぐらい字が汚くても読めるよ、分からない日本語は絵里ちゃんに確認してもらうから」

 

 とても仲の良い二人だけど、ライフデザイン学科と国際交流科では授業の内容も進み方も違うよう。

 だから、果林ちゃんが授業はちゃんと取り組んでいましたと主張をすれば、学科が違うエマちゃんは追撃できない。

 

 ここで同じ学科の彼方ちゃんに連絡をとる手段もある。

 でも彼女は特待生の地位を保つので忙しいの。

 家庭教師として真姫が勉強の面倒見てくれるから――すごく忙しいってわけじゃないとは思うけど。

 

 真姫が面倒を見るって話になったおり。

 桜坂しずくさんが「では私の家を貸し出しますので!」と強引に話を進め、学習に不安のある面々を取り揃える――おふざけに舵を取らないか一縷の不安があるけど。

 

 合宿大好きキャラの海未が「勉強はよく分かりませんが、ちゃんと取り組んでるかどうかくらいは見られますから」と同行してくれた。

 大丈夫だとは思うんだ……無事かどうかだけは心配なだけで。

 

 各々が各々に学習していく姿を眺めていると「自分はそこまで真面目だっただろうか」と考える――なにぶん記憶にあるのはスクールアイドルのことばかり。

 

「ところで果林ちゃん、部屋の中でノートを拾ったんだけど」

「……どうして部屋の中に入ってしまったの? プライバシーは尊重されないといけないわ」

「このノートしばらく何も書いてないみたいだけど、授業にちゃんと取り組んでいるのか不安になっちゃうんだけどな」

「……それは授業に使っているノートじゃないのよ、ええ、そうに決まっているのよ」

「果林ちゃん、そろそろ白状しようか――ノートをちゃんと取ってないし、授業もあんまり聴いてないよね?」

 

 ごまかせないと気がついたのか、彼女は罪を認めるように頭を下げ「今回のテストで追試だと、夏休みが半分くらい潰れてしまうの……お願いですから助けてください」と、素直に白状。

 桜坂家での勉強合宿に朝香果林ちゃんが追加されたけれども「よく進級できたね!?」との彼方ちゃんの叫び声が聞こえた以外は、順調に学習は進んだ模様――や、本当によく進級できたと思う。

 

 

 

 

 学生がテスト勉強に取り組んでいる間、大人達は「スクールアイドル部とスクールアイドル同好会、どちらがラブライブ予選に出場するべきか」と話し合ってた。

 

 多くの女子生徒から「カリスマ読者モデル」扱いをされている果林ちゃんは抜群の知名度と人気を誇るし。

 優木せつ菜さんは相変わらず大人気だ、同好会の中では別格の動画再生数を誇る。

 

 東雲や藤黄やUTXなど人気のグループがいる高校の再生数には劣るけど――あ、そういえば。

 遥ちゃんは東雲学院で 1年生ながらセンターに選ばれたと彼方ちゃんが胸を張っていた。

 

 ライブの際には彼方ちゃんに誘われ、大声で遥ちゃんを応援する金髪ポニーテールと、デコのリーダーと、シスコンのお姉さまが見られた。

 ――東雲学院のみんなは死ぬほど恐縮していた、やっぱりツバサまで付き合わせたのは失敗だっただろうか。

 遥ちゃんを観たいっていうんだもの、観たいって言われたら逆らえないもの……。

 

「ラブライブの本戦に出ると考えなければ、どちらでも構わないんじゃないかと」

 

 長い間UTXでラブライブ出場に向けてのレッスンをしていたから、ニコはこの手の知識には明るい。

 

 ただ。

 UTXには「スクールアイドル同好会許すまじ」と、恨まれてしまっており。

 

 彼女たちは勘違いしている――ニコが指導しているのはスクールアイドル部であって、同好会のメンバーじゃない。

 

 UTXに通う矢澤虎太郎クンを中心としたメンバーが「同好会ぶっ潰す」と息巻いているため。

 どちらが出場しても本戦に出るのは難しいとしか。

 

 それに東雲学院や藤黄学園もUTXに負けるものかと頑張っている様子。

 部や同好会の一部のメンバーが彼女らよりも優れているけれど。

 学校の代表として何人か揃って出るとなったら、練習もし直さないといけないし――学園のライブは個人のものが中心だ。

 

 璃奈ちゃんが本番のステージに立ったことがないから、いきなりラブライブ予選でってなったら――やはり難しい。

 

「以前からの目標の通り、スクールアイドル部にラブライブは頑張ってもらいましょう」

 

 スクールアイドル部のみんなは個人でステージに立つこともあるけど。

 基本的に部員が揃ってパフォーマンスを見せるケースばかり。

 

 まとまりがあるかと言われればまとまりはない。

 どこかの高校に勝てるほどレベルが高いかと言えばそうでもない。

 ただ、大人数でステージに立った時には同好会よりも優れたパフォーマンスをしてくれるでしょう――との判断から、特別期待するわけじゃないけど、応援はするよ……みたいな。

 

 

「そりゃ期待はされないですよね……」

 

 と、雪菜クンは現実がはっきりと分かっている。

 パフォーマンスを見るんだったら優木せつ菜一択だよね! と言われてしまっているし。

 彼自身もレベルが低いってわけじゃないけど、楽しませようとの意欲が優木せつ菜は別格だし、そこが応援されるポイントだ。

 

 璃々ちゃんはラブライブ予選を知っているのか知識が怪しい。

 ようやく1ステージ体力が持つようになった朱音ちゃんも「倒れなければいいよね」みたいな感じ。

 

 雪姫ちゃんも芸能界で培ってきた経験と、スクールアイドルが全く別物だと早々に気がつき「もっと鍛錬をしなければいけません」と。

 

 ――そう、みんながみんな「胸を借りるつもりで」「鍛錬の一環として」と言い。

 伝言を頼まれた絢瀬絵里も、さほど反発も反応もされず。

 考えていた彼女たちを乗せる文句は披露できずに終わった。

 

 

 予選一回戦の相手がUTXに決まった。

 

 くじを引いた雪菜クンは「さすがオチをつける人材!」「敗戦確実の相手を引くなんて!」「応援する回数が一回でよかったですよ!」と、皆様にフォローされつつ本番を迎える。

 

 姉のツバサも「全身全霊なんて考えなくてもいいのよ、ファンの皆様を第一に考えなさい、そうでないと自分たちみたいに決勝であっさり負けてしまうわ」と――その発言はどうかと思うけど、あっさりって言うか……あっさりだったんだろうか……?

 

 スクールアイドル部の顧問として、予選会場にやってきたニコにはUTXの学生たちが、我先と駆け寄ってくる。

 「先生に教えていただいたことを全身全霊でステージで披露してみせます!」と気合もたっぷり。

 近くにいたツバサにも声をかけ「別の高校の顧問なんだけどね……」と苦笑いしながらも「UTXの代表として恥ずかしくないパフォーマンスをなさいな」とアドバイスを送る。

 

 

 でも、私は違和感を覚えていた――ツバサが伝えたいアドバイスは、雪菜クン相手に言った「ファンの皆様を第一に考えなさい」だと思うんだけど。

 UTXのみんなには「高校の代表として恥ずかしくないパフォーマンスを」と、UTXは格上だから、ファンのためとの想定が植え付けられてるってこと……?

 

 本番前のステージ横で、緊張する面々の前に立つ。

 なにぶん、UTXのみなさまにニコもツバサも取られてしまった、彼女らに付き添えるのが私くらいしかいなくて申し訳ない。 

 

 

「誰からも期待をされていない。応援してくれるのは自分たちの仲間ばかり、それでもステージで全力を尽くそうなんて考えてはだめよ……大事なのはステージの下に立つみんなが何を求めているのか、何を考えているのか、思いやって、配慮して……みんなから応援されるようなパフォーマンスをしちゃいなさい」

「……それってレベルが低いってことですか」

「スクールアイドルはレベルの高低で争うものじゃないから、みんながこのスクールアイドルを応援したい、都の代表として応援したいっていうスクールアイドルグループなら……もしかしたらUTXにも勝てるかもしれないから」

「……パフォーマンスで勝つんじゃなくて、応援したいと思うスクールアイドルになる……」

 

 雪菜クンはぽつりと呟き。

 

「みなさん、私はスクールアイドル部の中で一番の落ちこぼれです。みんなに支えられてようやくセンターにやってます。今日も私を支えることだけを考えてください――UTXに勝とうとかそういうんじゃなくて、この情けないセンターを精一杯支えてくださればそれで結構です」

「絵里」

 

 何とも言えない意気込みを雪菜クンがした。

 それが璃々ちゃんの中で、私の名前を呼ぶ理由になったのか。

 彼女は透き通るような青い瞳で見つめ、何を考えているのかよく分からない声色でさらに続ける。

 

「あなたがスクールアイドルをやっていた時、ファンのみんなに一番喜ばれたことは何ですか」

「自分がパフォーマンスを完璧に成功させた時――と、言いたいんだけれども、ファンのみんなに9人同時にお礼を言った時かしらね? 本当に内緒よ?」

 

 すごいステージを披露して喜んでもらえたこともあるけど。

 心の底からファンに感謝を述べた時に、いつもとは違う歓声をもらった記憶がある。

 みんなに支えられて自分たちはいるんだってパフォーマンスを終えた時に気が付き。

 

 μ'sが9人同時に「ありがとうございました!」って言った時には歓声をもらった記憶がある。

 

 合わせようって思ったわけじゃなくて。

 感謝をしようとか考えたわけじゃなくて。

 口から「ありがとうございました」って言葉が9人同時に出てきた。

 

 だって、その言葉が出てきた瞬間「なんでみんなで同じ言葉を言ってるの」と言いたげに見合ってしまって。

 その仕草でファンが、自分たちが聞いたこともないような歓声をあげたんだ。

 

「ユキ、アカネ、セツナ……自分たちには少ないかもしれないけどファンがいる。ファンの支えでスクールアイドルができてる。そのファンのためにできることをやりましょう」

「その通りですね、センターを支える前にファンの皆様に感謝をしなくちゃいけません、そこですよセンターのヒト」

「本当ですね、また私は自分のことばかりを考えて……ファン皆様には色物扱いされているようで……それでも応援してくれることには間違いがありません」

「ファンのためなんて考えたことないけど、応援している声が気持ちいいっていうのは知っているわ。観客席には英玲奈もいるでしょうし……他のみんなが感謝するって言うんだったら、メンバーの私もしなくちゃしょうがないし」

 

 意気込みを終えたスクールアイドル部のみんなが「ありがとうございます、大切なことを教えていただきました」と頭を下げる。

 ――信じられないことに、合わせようとしたわけでもないのに……。

 

 初めてかもしれない――彼女たちを応援しなければいけない衝動に駆られたのは……もちろん今までだって面倒を見たこともあったし、応援していた気もするんだけど……。

 心の底から……今まで彼女達をちゃんと応援してきたのかって疑問に思ってきて。

 だったら今からでも全身全霊で応援しなくちゃいけないなって。

 

「頑張れ、スクールアイドル部のReStars。頑張れ……星はいつだって空に瞬いている。だから上を見上げていけ!」

「はい!!!!」

 

 

 と、ここでUTXに勝利できればもちろんカッコよかったんだけど。

 

 センターの雪菜クンは振り付けをミスしまくったし。

 朱音ちゃんは途中でヘトヘトになって歌えなくなっていたし。

 雪姫ちゃんも璃々ちゃんもいつもの通りにとはいかなかったから。

 

 それでも彼女たちは一生懸命パフォーマンスをして――。

 

 ステージを終えたときに4人同時「ありがとうございました! 虹ヶ咲学園スクールアイドル部……ReStarsでした!」と大きな声で言って、ファンから大歓声を浴びていた。

 

 

 

 寮に帰ったら真姫がいて「青春って素敵よね」と言う。

 

 私も「青春みたいな事やってみたいわね」と続け。

 ツバサも「青春と言ったらものづくりよね」と反応。

 みんなで何かを作るのは楽しいかもと考えてしまったのが良くなかったか。

 

「ものづくりって言ったらやっぱりゲームかしらね?」

 

 と、何も考えずに口から出す。

 

 その時はみんなが「ゲームはないでしょう」と言ったから、私も「そうよね~」と続けて――

 

 

 みんなで食事をして、お風呂にも入って、学生たちが眠ってから酒盛りをして。

 そして翌日に。

 

「ゲーム作りたいわね」

「ゲームがいいんじゃないかしらね?」

 

 2日か3日でブームが終焉するかと思いきや。

 ゲームづくりが楽しいコトに気がついてしまう。 

 

  夏休みになり閑散とした寮の中で、大人達は「冬コミに参加してゲームだしたら面白いんじゃないの」と言い出した――セミがミンミン鳴いているから、頭が茹っておかしなことを言ったのだ。

 そうに決まっておる――。

 



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そして絢瀬絵里はDiverDiva結成に携わる

 昆虫料理と呼ばれるものがある。

 昨今栄養食として知名度を高めているメニューは、そこら辺に歩いている虫を、そのままの形でバリバリ食べているわけじゃない。

 

 寮のみんなや、私の知人らはすっかり慣れてしまったけど、一般的には昆虫をそのままバリボリと食べることはゲテモノ食いに該当する。

 普段訪れることがない寮において、果林ちゃんが昆虫メニューを食べているのを初めて目撃した宮下さん。

 

 最初に悲鳴が聞こえた時、あ、また桜坂のお嬢様がとんでもない下ネタを吐いたんだなって勘違いした。

 理亞ちゃんやツバサとにらめっこしながらエロゲーづくりをしていたので、感覚が現実に戻ってくるまで時間がかかった。

 

 今は夏休み、登校している学生だって数は少ない。

 部活で一生懸命になっている皆様か、家でやることがなくて、ここに居れば無料で食事を作ってもらえるからと。

 

 食べ盛りの皆様が来訪される――ちなみに理事長からも「そんな生徒がいたら積極的に料理を作ってあげなさい」とお達しを受けている。

 

 栄養バランスを考えれば若い子達が好む脂質や塩分の多いメニューを食べさせるよりかは、学園の食材を用いて美味しいものを食べさせた方がいい――との考えが理事長にはあるようだけど。

 

 自分の部屋が魔法を使ったみたいにもとに戻り、結局妹が働く姿を見られないまま管理人室にこもるようになり。

 果てには知り合いたちとエロゲーを作るようになったことに対して、彼女が含みがあるのは理解している。

 

 その割には「自分の若いころは」と積極的にクリエイティブな作業に参加するけど、自分達を監視しているんだと思う――学生に参加させて、眉をひそめるような内容を見物させるよりかは、自分が盾になり、学生たちの参加を防いでいるのだと察している。

 

 情報処理学科の一部の学生がゲーム作りに参戦しているのも、理事長が「こんなゲームを作ったら売れそう」と鶴の一声を出し「さすがに学生を参加させるのはまずいのでは?」控えめに進言する我々を「作るの問題がない」と黙らせたのは一体誰だったのか――私は何も覚えていない、記憶になければなかったこととして扱っていい。

 世の中というのはそういうふうにできている。

 

 ――さて、最初の話に戻る。

 

 我々がゲーム作りに邁進している時、高らかな悲鳴が聞こえたものだから、学生がとんでもない事をして、誰かがとんでもない悲鳴をあげる事態に陥ったのだ。

 

 「きっとしずくちゃんが、とんでもない下ネタを披露して、みんなが冗談半分で悲鳴をあげたんですよ」と理亞ちゃんがいつものことのように言ってのけ、感覚が鈍っていた私も「そうよね」と反応したけど、お嬢様が下ネタを披露されるのはいつものこととはいえ、あのように高らかな悲鳴をあげるのか――と、腑に落ちない部分はあった。

 

 聞こえてきた悲鳴は真に迫るような……いわば、危機的状況に陥ったなにがしかが、助けを求めるようなものではなかったか。

 

 「ちょっと見てくる」と、中座した私に「ならば自分達も」と二人が同行しようとした。

 

 「子どもじゃないんだから一人で行ける」と言った私に向かって「子どもじゃないんだから言うことを聞け」と反論されれば、風の前の塵と同じレベルの人権しかない私は「分かりました」と頭を下げるしかない。

 

 学生のみんなが使用する食事をする場所に向かっている時「そういえば今は夏休みだから」と思い出したようにツバサが言い「聞いたことのない声だった気がする」とさらに付け加える。

 

 確かに私の「聞いたことのない声だった」と認識し、有益な意見を言ったと言わんばかりにドヤ顔かますツバサに、理亞ちゃんは「あまり調子に乗られていると、ラブライブ予選で敗退してしまいますよ」と自身にも当てはまるディスを加えた。

 

 大好きな姉様と参加したラブライブ予選にて、自分のミスで敗退という結果に彩った以上。

 さすがの我々も「そうよね」とも言えないし「揚げ足を取って反論」もできない。

 

 自虐的なディスは攻撃力が高いと察したのか、理亞ちゃんも「今のは適当な言葉ではありませんでした」と謝罪する。

 

 そして食堂に現れた我々が目撃したのは、わなわなと震えているギャル――そう、悲鳴の主は「宮下愛ちゃん」で間違いなく。

 彼女がどうして悲鳴をあげたのかといえば、朝香果林ちゃんが三船栞子ちゃんに作ってもらった料理を食べていたから。

 

 前置きが長くなったけど、寮の中ではすっかり「ゲテモノを食べているのに読者モデルとしてますます評価を高めている」とネタにされる朝香果林さんと。

 ギャルになったのは高校に入ってからで、中学時代は地味な外見をしていて、さらに小さい頃は泣き虫だった宮下愛ちゃんがユニットを結成する話。

 

 そうなんだけど。

 コトの始まりが、昆虫を貪っていた果林ちゃんを目撃した愛ちゃんが高らかに悲鳴を上げたってのが、この騒動を目撃していない一同に説明する時、一番の難題になる。

 

 特に愛ちゃんの評価が高くて、強く慕っている天王寺璃奈ちゃんに「DiverDiva」結成のエピソードを語ると、明らかに「嘘をついている」と言わんばかりにじっと見られてしまう。

 

 愛ちゃんが恐怖に怯えて、ギャルメイクが取れかけるほど涙を流したっていうのが、弱点を知られたくない彼女が積極的に情報を流布しない原因かな。

 

 一見すると強そうで、ユニットのステージを見れば、たくさんの子が「SaintSnow」を思い出すけれども。

 自分が抱いている恐怖とか不安を「理想の自分が演じるステージを行なうことで解消する」二人が、気高く強く最強のユニットを目指したSaintSnowと一緒にされるのは……あまり気分が良くないけれども。

 

 何と言うか果林ちゃんと、愛ちゃんの二人はとてもよく似ている――本心を隠したがるのもそうだし、周りからよく思われたいと考えるのもそう。

 

 いつしか彼女達も成長して「見栄を張らなくてもいいや」と考えるようになったら――それはそれで困ったことになりそう。

 

 「漬物はコオロギと相性がいい」そんなことを言いながらぬか漬けを食べる愛ちゃんと「この塩加減がやっぱりいい、栞子は昆虫料理のプロね」と大好物のトンボを食べている果林ちゃん。

 

 うん、やっぱり理想の自分を演じて、見栄を張って頂いた方が周囲も落胆しないですむ。

 二人って普段からとってもかっこいい会話しているんだろうなっていう、ファンの期待が損なわれてしまうし――

 



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そして絢瀬絵里は「や、昆虫料理自体がとんでもないじゃないのよ」とツッコめなかった

 涙でメイクが剥げてしまったので、黒く焼けたパンダ状態になった愛ちゃんに対し「ゾンビ映画に出演するつもりか」とツバサが言い、もれなく彼女はメイクを落とす事態に陥った。

 

 何で彼女が悲鳴をあげたのかわからなかった果林ちゃんに「食べているものに驚かれた」と告げたら「確かに、ファンの前で木に登って蝉を取って食べたら悲鳴をあげられた」と。

 

 エマちゃんがいたら、なぜそんなことをしてしまったのかと怒られたに違いない。

 彼女がちょうどスイスに帰国していてよかった――果林ちゃんに低音ボイスが直撃しないでよかった。

 

「数少ない声ではありますが、ナチュラルなところがいいとの評判が彼女にはありますからね」

 

 ナチュラルとは自然体でいるのが、一般的に「彼女はナチュラル」的な表現だろうけど。

 果林ちゃんがナチュラルとは自然体とするより、野生児と表現されたのが適切ではと考える。

 

「わだすの料理があまりにまずそうだったからいけなかったかな」

 

 心配な声を上げて、眉をひそめて不安そうな表情をする栞子ちゃんには、「昆虫料理は、ハイカラな女子高生には難しいと思うから」と、安心させるように声をかける。

 

 「よかった、わだすの昆虫料理のレパートリーが増えた動画のアクセス数が極めて少なかったから」と言われ、何をやっているのかとツッコミを入れる前に「そうね」と笑みを浮かべながら頭を撫でる。

 

 頬が引きつっていないか不安だ――ラブライブ公式サイトから不適切な動画として槍玉にあげられないかも心配だ。

 もしも何かあったらラブライブ運営に繋がりがあるニコかA-RISEの皆様に土下座をして「知らぬ存ぜぬ」を強調するように願いでなければ。

 

「うう、愛さん、スッピンで人前に出るのは恥ずかしいよ」

 

 理亞ちゃんに「あなたにメイクを何とかできる技術はあったんですね」と言われ、ツバサが苦笑いをしながら「私を一体何だと思っているの」と返答し「キングコングですよね?」

 

 すぐさま殴り合いの喧嘩が始まるかと思いきや「キングコングだってメイク術ぐらいは身につけてるのよ」と大人な対応。

 

 そこは「キングコングではないわ」と否定しなければいけない。

 

 A-RISEのリーダーがキングコングであることを認めたら、彼女に憧れるスクールアイドルが「自分はキングコングになります」とか言い出し、ラブライブ運営からこっぴどく怒られる事態に陥る。

 

「女子高生なんだからスッピンのひとつやふたつ、見栄を張ってファンの皆様に提供しておきなさい」

「そうですよね、キングコングのすっぴんは見るに耐えないでしょうから」

 

 見るに耐えない代物かどうかはともかく、確かに高校生くらいの年齢なら化粧をせずにそのままでも十分可愛い。

 愛ちゃんは人に見せられないと言っているけど、それで見せられないかなったら、多くの人間が素顔を見せられないはず。

 

 ただ、彼女が恥ずかしく思っているなら「そうじゃないよ」と告げるよりも「ギャルメイクはとっても可愛いものね」と安心させなければ。

 

「μ'sのメンバーは、アニメで白塗りになってましたよね?」

「……あれは現実ではないけど、似たような事はやった」

 

 

 あの場面が放送された時、事情を知らない雪穂ちゃんは「こんなことするわけないもんね」と姉に告げたそうだけど、言われた当人は頭を抱えながら「あのエピソードは使わないでって言ったのに」と。

 

 当時、自分達とは縁がなかったけど「ヤマンバ」と呼ばれるメイクが流行っていて「A-RISEに勝利してラブライブに出場するためには、自分達も目立たなくちゃいけないんじゃない?」とリーダーが言い出し。

 

 周囲で流行しているものだから「ちょっとやってみたい」と考えてしまった我々は、出来る範囲でヤマンバになって見せ、すぐに生活指導の先生に見つかり、生徒会長を務めていた私はこっぴどく理事長から叱られてしまった。

 

 生徒会長としての評判に悪いものが付け加わったけど、ステージの上で映えるメイクの方法に着目するようになったので。

 何気なくA-RISE打倒の一因になったイベントだと思っている。

 

 そんな風に何気なく入ってみたら「実はA-RISEもヤマンバには挑戦したことがある」と告白してくれた。

 

 彼女達としても「流行しているのだから取り入れる要素があるのでは?」と考えて「ではやってみよう」と。

 

 やってみたら自分達のパフォーマンスが色物にしか見えなかったので、生徒達に披露されなかったけど。

 もしも彼女達が「ステージにそぐうメイク術を自身でも勉強しよう」と結論づけていたら、μ'sの勝利はなかったかもしれない。

 

 SaintSnowにそういうエピソードはないの? と尋ねてみたら「姉さまがよっちゃんのキャラ作りにハマりまして」と、中二病キャラとしてステージに立ったことがあるらしい。

 

 妙にハマってしまったのか、ファンからも喜ばれたそうだけど「自分達は色物にはなりたくない」と正気に戻り、 中二病キャラは何回かで卒業したけれども。

 

 もしもそれ以降中二病扱いされるような――色物扱いされるようなステージをしていたら、気が抜けて自分は失敗しなかったかもしれないと、理亞ちゃんは苦笑いしながら語り。

 

 何が成功につながって、何が失敗につながるのかわからないけど、何かをすればこうして話題の種になる。

 

「そ、それでカリンは、なんでそんなものを食べてるの?」

「そんなものですって?」

 

 愛ちゃんの反応は極めて当然だ――木に登り蝉を取ってきて、マヨネーズをつけてバリバリ食べてしまうほうがおかしい。

 だけども果林ちゃんの中では、自分が死ぬほど美味しいと思っているものを、食べもしないで否定されたのが気に障ったよう。

 

 一般的に誰もが食す料理を「まずそう、食べたくない」と否定されれば「反感を買う」のは当然だし、自分たちだって「理解を示すのも大事なんじゃない」 とフォローするけど。

 

 果林ちゃんの食べているのは、一般的に食されない、他の人からすればゲテモノ扱いされる代物。

 

 案外子どもっぽい果林ちゃんに「愛ちゃんの反応が一般的よ」と窘めたところで「そんなことなか! わだすの中ではこれは世界一美味しい料理だとよ!」と地元の言葉を使って反発されるのが必然。

 

「食べもしないで、美味しく食べられる料理を否定するとかなんだとね! それでも食べ物屋をやっている娘さんか!」

 

 感情が極まるとどこの方言なのかわからない言葉遣いになり、マシンガンのように口から言葉が飛び出てくるけど。

 もんじゃをやっている「みやした」の娘さんとしては、人が美味しく食べているものを否定した自分には思うところがあるようで。

 

 よくわからない表現と言葉遣いをしてエマちゃんから「もうわかったよしょうがないなぁ」みたいに折らせてばかりだったから、相手が気にするポイントを的確に指摘し、自分の良い方向に話を進展させる技術があるとは思わなかった。

 

 つまり、エマちゃんが彼女にとっては特別で、何を言ってもエマちゃんは折れてくれるって信頼から「よくわからない言葉と表現」を使ってたのだと考えると。

 実は果林ちゃんは勉強が苦手なだけで、地頭は極めて賢いのかもしれない。

 

「栞子! 愛のほっぺたが落ちてしまうような! とんでもない昆虫料理を作ってあげて!」

「わ、わかった! 待ってて! 姉さんに食材を持ってきてもらうから!」

 

 ちなみに栞子ちゃんが「姉さん」と呼ぶのは、クマの神様のこと。

 

 虹ヶ咲学園にやってきた教育実習生として、今でもちゃっかり在籍しており。

 「教育実習生なのに教育実習しなくていいの?」「なんで教育実習生のくせにそんなに偉そうなの?」と周囲からネタにされながらも、理亞ちゃんのお菓子を使って脅せば、テレポートしてパシリをしてくれるので重宝されている。

 



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そして……このタイトル付けるの面倒なので次回からフツウにします

 白磁のお皿にデデンと乗せられた昆虫を観、割り箸を持ったまま愛ちゃんが呻いた。

 部室棟のヒーローは、周囲に集まる学生の顔を眺め、料理を作ってくれた栞子ちゃんを見つめ、そして最終的に寮の管理人にある私にアイコンタクトをした「マジ無理」

 

 果林ちゃん一人が腕を組んで偉そうにしているけども、調理をしたのは栞子ちゃんで、材料を持ってきたのは三船薫子(教育実習生)だ。

 エマちゃんがこの場にいたなら「果林ちゃんは何をしているのかな?」と、背筋を伸ばしたくなる低音ボイスで脅しをかけるに違いなく。 

 

 よく頑張った方だと思う――スクールアイドルとしても知名度を高めている果林ちゃんが昆虫を貪る様は、絶対に無理との寮生がすっかり少数派になってしまったけど。

 必要に駆られない限り昆虫食は「マジ無理」となってしまっても不思議ではない。

 

「普段食べないものを愛ちゃんが食べるというのなら、果林ちゃんも同じことをしなくちゃいけないわね」

 

 哀願するような目で「何とかしてほしい」とメッセージを飛ばされたので「その気持ちは当然」と返答せんばかりに「果林ちゃんに彼女は頑張る代わりを」要求してみる。

 

 果林ちゃんも普段だったらたじろいで意見を撤回するのに、今回は引けないと言わんばかりに余裕のある笑みを湛えつつ「何でも言ってちょうだい、私にこなせないことなどないわ」

 

 周囲の学生から「補習回避」「エマ先輩の助けを借りなくても朝起きる」とヤジが飛ぶけれども、ツバサや理亞ちゃんの悪影響を受けないでいただきたい。

 できれば学生の皆様はピュアなままでいてほしい。

 処女のままでアラサーを迎えてもいいというのか(盛大な自虐)

 

「仮に、この料理を食べるのが愛ちゃんにとって乗り越え難い壁だというのなら」

 

 自分にとっての乗り越えられない壁が容易に思いついたのだろう。

 彼女もここに来て「無理難題を押し付けているのでは?」と察したのか、少しだけ及び腰になったけども。

 自分の好きなものが相手の好きなものとは限らないのに、熱烈に勧められて辟易することはよくある。

 

 ハラスメントと表現されるのも珍しくない。

 

 上原歩夢さんと中川菜々さんの間で問題になってる「大好きハラスメント」に関しては、侑ちゃんから問題解決の一助にと頼まれている。

 

 やあ、歩夢ちゃんが人がいいばっかりに、菜々さんが勧めるアニメ見てしまったがばっかりに……。

 

 しずくお嬢様の下ネタハラスメントの被害者にもなっているから、近々本当に何とかせねばならない。

 

「私と、パフォーマンスで勝負しましょう? より多くの喝采を得た方が勝ち」

「あ?」

 

 声を上げたのは昆虫料理にたじろいでいる愛ちゃんでもなく、それを食べさせようと熱心に働きかけた果林ちゃんでもなく、ましてや料理を作った栞子ちゃんでもなく。

 学生等の問題はできるだけ学生達だけで解決させて欲しいとお願いした、綺羅ツバサさん。

 

 驚きとある程度の怒りを携えた声に周囲からも「何かで勝負しろって言われて、理由をつけて逃げてる絵里ちゃんが浮気したから」「正妻を放っておいて新しい女の子に誘いをかけるもんだから」と、勘違いした反応がなされるけれども。

 

 そのおかげか、昆虫料理を食べるイベントはウヤムヤになったので、ひとまず愛ちゃんには感謝してもらったし。

 果林ちゃんも「自分の好きなものを相手に押し付けるのは良くないことでした」と、愛ちゃんに謝罪し、「べつにいーよ」と言われていた。



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pixivから少しずつ改定してコチラに投稿していきます

 果林ちゃんと私とのパフォーマンス勝負については、回避不可能だった。

 その経緯について語っていく、元になったデコのセンターを恨まないで頂きたい。

 察しが悪い私にすべての責任がある、どうか恨んで。

 

 学生たちの協力もあり「ウヤムヤにすることができた」と喜んでいた私。

 

 うぬぼれてたのがいけなかったのか「いつになったら勝負をするのかしら」とツバサがやっかみをかけてきた。

 

 寮生たちが語ってくれた通りに「何かにつけて勝負事を避けていたのは」確か。

 でも、彼女も「勝負なんて口からでまかせ」は理解しているハズ。

 いつになったらの声色に自身がなかったし。

 

 ただ、肘鉄と言葉で「いつになったらやるの?」と表面上は問いかけてくるんだから「早く勝負しろ」と……何か気に入らないことがある模様。

 

「果林ちゃん一人と勝負してもしょうがないからなぁ」

 

 でも、真面目にパフォーマンス勝負する気はないのでごまかす方面に舵を切る。 

 

 高校時代ならばいざ知らず、スクールアイドルになりたての果林ちゃんと勝負をすれば勝つ自信もある。

 

 勝てる相手と勝負したくないと露骨に嫌そうな顔をすれば、彼女も「それはそうよね」と引いてくれるとふみ、上記の発言。

 けど、想定は見事に外れ「だったらあなたと対等になるように準備をする」なんて。

 

 

 その準備が何かはわからなかったので、彼女が裏でコソコソ動いている間、私は「A・ZU・NA」結成に奔走することになる。

 侑ちゃんに頼まれたからって訳じゃないけど、歩夢ちゃんが困った表情をするのが見るに堪えなかったから、しずくちゃんが真姫を自宅に呼びつけようとするイベントにしゃしゃり出た。

 

 歩夢ちゃんが心配でついてきてくれた侑ちゃんが「ピアノなんて弾いたことないですよ!?」と、梨子ちゃんにちょっかいをかけられたイベントは後々語ることにする。

 

 

「一人じゃ勝負したくないって言ったから、二人にユニットを組んでもらった」

 

 渡辺曜ちゃんに衣装を作らせ、楽曲も自身のツテで用意した――音楽科では「たぐいまれな天才」「やる気にムラがなければ天才」との評判が聞かれていたミアちゃんの尻をひっぱたいて作曲させた。

 

 なお、歌詞は担い手がいなかったので自らで書き上げた。

 海未がやってくれると思い声をかけたら「ご自身でどうぞ」と素気なく言われて途方に暮れたそう。

 

 普段なら応じる彼女も経緯を把握してたのか「絵里を困らせて」の側面があった様子。

 

「ボクの作った曲を歌いきる実力は身につけてもらったよ、トレーニングメニューは全部ランジュが考えてくれたけど」

「人には適材適所って言葉があるから、無問題ラ」

 

 無問題ラは出会った当初こそ使ってたけど、ステージでのパフォーマンス以降「キャラにそぐわないから」ですっかり封印。

 

 学内でポロッと出た言葉が、ファンから「その口癖かわいい」と言われ「ファンが喜ぶなら」と普段からも使用することに。

 

「ステージで全力を出すしかないか」

 

 ここまで準備をされてしまえば「お腹が痛いんで無理です」「アラサーにはきついので無理です」との言い訳が通用しない、ひとまずに勝負に応じるフリ。

 

 ケド、全力を尽くすつもりはない。

 ユニット結成したて、スクールアイドルになりたての両者に声援で負けるほど、トレーニングをサボってないしね。

 

 彼女たちは衣装を身につけているのに自分はと言ってのければ「そうよね、アラサーに制服を身につけられないもの」と嫌味のひとつを言われて、ステージは延期になるはず。

 

 それくらい何とかしろと無茶ぶりをされる可能性があるけど「そんな勝負で勝ったところで」とか「そこまで準備をしたのなら、相手にも全力を尽くせるようにしなくてはだめ」 なんて、口からでまかせのひとつやふたつ吐く自信はある。

 

「残念なことに衣装が」

「それなら私が全身全霊で用意しておいたよ? 私の衣装を着てステージでみっともない姿を見せたら……首の骨を折るから」

 

 今までどこで息を潜めていたのか、ことりが私に身につけさせるための衣装を手に持ち背後に迫る。

 にっこりと笑っているのに背筋が凍るようなオーラを発している有名なデザイナーさんに苦笑いで応じるしかない。

 

 同好会の衣装提供を約束させられていることりじゃなく、曜ちゃんが二人の衣装を用意したって時点で「ことりが手を離せる状況じゃなかった」と推測すれば良かった。

 自分に逃げ道が無いのなら、覚悟を決めて立ち向かっていくしかなかったし。

 

「……お膳立てされたら全力を尽くすしかないか、あなたの仕事に恥じないステージを見せてみせる」

「スクールアイドルを始めたての子に負けても恥知らずなのに、できたてほやほやのユニットに負けたら、とりあえず首の骨を折るから」

「首の骨を折られないように頑張る」

 

 



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QU4RTZって自発的にグループを作りそうなノエマっちしかいないよね

 後攻の方が有利なんだから、DiverDivaの二人には後攻にと言ったんだけれども「自分の有利な状況で勝利してもしょうがない」と果林ちゃんに拒否されたので、僭越ながら後攻は自分に。

 

 ステージ下ではスイスから帰国してしばらく経ったエマちゃんが隣に立ち「なんで勝負することになってるの?」とほんわかと尋ねられたので「かれこれこういう経緯で」と言ったら「わたしもグループとか組んでみたいなあ」と。

 

 とはいえDiverDivaは結成されてしまったし、A・ZU・NAもひとまずステージに立つ予定はないけど集まっている。

 栞子ちゃん、ランジュちゃん、ミアちゃんも「では三人でグループを組もう」と話し合っているご様子。

 

 残るメンバーは四人だから、二人のユニットを二つ作るか、四人でひとまとまりになってもらうか。

 

 「だったら四人で集まる、作詞作曲ができる人のツテもないし」と、エマちゃんは、和やかな口調とはまるで違う本気の瞳で「四人組の結成を宣言」した。

 

「他のみんなから余り物が集まったって言われるんじゃない?」

「残り物には福があるっていう言葉が日本にはあるでしょう? そうなるように最高に幸せになれるグループを作ってみせるよ」

 

 よく考えてみればカナちゃんもかすみちゃんも璃奈ちゃんもエマちゃんの琴線を揺らす甘やかされキャラ。

 

 なぜだか私を含めて自分の近くにいる人は妹みたいに考えているエマちゃんの「可愛い女の子を周囲に集めて甘やかしたい」との願望が叶えられるだろうか。

 

「果林ちゃんと愛ちゃんに勝つつもりなの?」

「ロートルだけど、まだまだひよっこに負けるつもりはない」

「だったら、絵里ちゃんに勝つのは余り物のわたしたちかも」

「ロートルなんであんまり働かせないでちょうだい?」

 

 昆虫料理からユニットの結成、そしてぶっつけ本番のステージ――トレーニングをしていたとはいえ、私を含めてのお客さんの前に立った時に、彼女たちの表情は緊張していた。

 

 ファンからは気がつかれてなかったかもしれないけど、できたてほやほやのユニットではコミュニケーションにも、コンビネーションにも問題があるご様子。

 

 果林ちゃんに後輩のミスをフォローするのは自分との考えがあるのか、愛ちゃんがとちった時に、何とかしてカバーをとの決断は失敗だったと思う。

 

 愛ちゃんの「自分のミスは自分で何とかしないと」の判断まで先読みしておかないと。

 

 ミスをしたことに対しての焦燥感から、呼吸が乱れて歌えない部分もあったし、うまくごまかせたと思ってるかもしれないけど、二人の身体がぶつかってしまうこともあった。

 

 見上げているエマちゃんに「頑張れ」と応援されてしまったステージは、 デビューイベントとしては上々だったけど、彼女たちが期待するほどの割れんばかりの歓声は得られなかった。

 

 ステージ横である程度のパフォーマンスができたと喜んでいる二人に「先輩のステージを見ておきなさい」と挑発するコメントをしたら「アラサーに片足突っ込んでるんだから無理をしないで」 と、見事な返り討ちにあってしまった。

 

 ユニット組んで間もない二人にはわからないかもしれないけど……ステージで周囲のことを考えている余裕はない。

 パートナーがミスをしたとなれば、では自分がフォローしようっていうのも素敵な姿勢だけど、そうではなくパートナーを信じて自分のできることに全力を尽くすべき。

 

 μ'sのメンバーでは凛が花陽を放っておけなくて、自分が彼女の動きをフォローしようと熱心に取り組んだ時期があり、花陽も「何とかして凛ちゃんに迷惑をかけないようにしよう」と頑張ってしまい――結果的には両者の動きが悪くなる悪循環に陥った。

 

 それを解消したのが私ではなく、ニコだったのが恥ずかしい話ではある。

 や、解決策は浮かんでいたけど「凛を無視して」なんて指令を花陽に出せたのがニコだけだったので。

 

 

 まあ、ニコにも「これは絵里の指示だから」と付け加えられたので、私も問題の解消に協力したと言ってもいいかな?

 

「今日はフォローする相手もいないし、フォローしてくれる仲間もいないけど……恥ずかしくない動きはしておかないとね」

 

 ステージの下に立っているファンが……今までのパフォーマンスを忘れてしまうような、もちろん過去の自分を含めて、今ステージに立っている絢瀬絵里のことだけを考えてしまうような。

 人の考えを全て塗りつぶしてしまうような、圧倒的な力を持つモノを披露できるように……努力してきたつもり。

 

 スクールアイドルを頑張っている皆を見て、年寄りの冷や水と笑う同年代の仲間と頑張ってきたけど。

 

「スクールアイドルではない人間のパフォーマンスを見ていただきありがとうございました! これからの時代はみんなが彩っていくつもりでよろしく!!!」

 

 荒くなった呼吸で言葉が乱れてしまいそうになるけど、若人に向けてのメッセージは飛ばせたと思う。

 歓声の差が如実に表れていたので、彼女たちも敗北したと察したのだろう「失礼なこと抜かしました」と頭を下げたけど。

 

「大丈夫よ、あなた達が披露するのはプロのアイドルがやることじゃなくて、スクールアイドルがやることだから。スクールアイドルが大好きっていう気持ちを持ってこれからも頑張って」

 

 なにせプロのアイドルでは落第を食らってしまうようなμ'sが、プロとして活躍することになるA-RISEに勝利できたんだから、スクールアイドルとして何かがしたいっていう気持ちは、スクールアイドルを応援してくれるみんなにとって何よりも大切なことなんじゃないかなって思うし。

 

 ――でも、交流を深めるために愛ちゃんは昆虫料理にまで頑張らなくても良かった。

 



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この設定いったい誰が覚えてるんだろうなと疑問に思いつつも

 夏休みに入る前、侑ちゃんが沈痛な面持ちで語ることには。

 幼なじみの歩夢が同好会の二人に気に入られて気に入られて、困っていると。

 

 大好きなスクールアイドル活動をご両親から許されて、生徒会長とスクールアイドルの二足の草鞋こそバレていないものの、時折眼鏡をかけていても半分優木せつ菜っぽい態度をとるので、書記の双子ちゃんからは正体がバレている。

 真面目な副会長さんがまるで正体に気がついていないので、あえて露見させないと約束してくれたけど。

 

 ……ステージ衣装を身につけた、三つ編みと眼鏡姿の彼女を中川菜々として認識した以上、何をどうあがいたところで正体が露見する可能性はゼロに等しいんじゃないかと推測するけど。

 

「このままじゃ歩夢……倒れちゃうかもしれないので」

 

 部長の栞子ちゃんではなく私を頼ってきたのは、一年生の彼女には荷が重いと。

 確かにせつ菜ちゃん一人の対応なら彼女でも可能だけど、歩夢ちゃんを気に入ったのは二人。

 一人だけでも説得は困難なのに、さらに続けて自身が苦手とする下ネタをふんだんに使ったトークをするお嬢様の対応まで任せられれば。

 

「学生間の問題は学生間で解決すべきと言いたいところだけど……」

 

 ひとまず、説得が容易そうな生徒会長に声をかけていただくことにした。

 彼女の場合強く布教をすれば、自身の望まぬ結果を招くと知っている。

 

 何せ歩夢ちゃんにアニメの布教活動をする前に、愛ちゃんに積極的に声をかけていた。

 友人関係が幅広い彼女に布教すれば、自身の好きなアニメがいろんな人に伝わるとの下心もあったのか、愛ちゃんが断らなかったのをいいことに、かなり熱烈に活動を続けていた。

 

 が、幅広い友人を相手にしている彼女が、自分の好きなものを積極的に薦めてくる相手の対応を心得ていないわけがなく。

 せつ菜ちゃんと同じレベルでアニメに親しみがある璃奈ちゃんに協力を求め、布教活動のための信心グッズを持ってきた彼女に「それならりなりーが持ってるから」と。

 

 二人の仲の良さを知っている彼女は「是非自分のグッズを持ってください」とまでは言えず、信仰の押し付けはいつのまにか下火になる。

 

 が。

 

 桜坂しずくちゃんの下ネタハラスメントに、苦笑いしながらも、やめてくださいとか、そんなこと言わないでと、否定的な発言をしない歩夢ちゃんを見て「次に信仰をすすめるのは彼女がいい!」と。

 

 人のいい彼女は、真面目に勧められたアニメをちゃんと見て、感想もせつ菜ちゃんが気に入るものであり。

 

「……歩夢ちゃんが侑ちゃんに助けてほしいと言ったのなら」

「そうなんですよね……」

 

 友人関係にあれこれと口を出すのなら、やっぱりそうな責任を負わなくちゃいけない。

 歩夢ちゃんを見る限り、幼なじみとして(あるいはそれ以上に)侑ちゃんに熱意を向ける彼女に、侑ちゃんから告げ口があった結果守られたとの認識が生じれば、互いの依存度はますます高まりあい。

 それに関わったとなれば、かすみちゃんの私に対する評価が、奈落の底まで転落する。

 

 彼女の中では、特に何もしていないのに尊敬されている人らしく。その通りでしかないんだけど、釈然としない思いからの評価の低さだ。

 私なんぞの評価が低いのは当たり前と思えど、それを真姫や海未に知られようものなら「首の骨を折ろう」と判断するかもしれない。

 

 私の評価が低いのは個人の考えに由来するものだから、二人がどうこう言う筋合いはない――だけども、不当に貶めるとなれば「首の骨を折りましょうか」と結論づけられてしまう。

 カールを口の中に放るみたいに、首の骨を折れば黙りますよねと、おっかない表情など浮かべないでいただきたいので。

 

 少々話が展開してしまったけど、その場は歩夢ちゃんが助けを求めるようなら積極的に話に介入する。と結論付け。

 結局彼女が助けを求めてきたのは、夏休みに入ってからしばらく、愛ちゃんが昆虫料理に苦しんだ後にしばらく経ってからだった。

 

 

 

 歩夢ちゃんが「助けてほしいの」といいつつ早朝に部屋に上がりこみ。

 寝ぼけ眼でおはようと言った彼女に、勢い余ったのか歩夢ちゃんは幼なじみを押し倒すようにベッドへと突撃し、侑ちゃんも一気に頭が覚醒した。

 

 かれこれ事情を伺ってみると、しずくちゃんにお屋敷に遊びにきませんか? と誘いをかけられ「どうして自分が?」と首を傾げたけど、理由を尋ねることもできず。

 そのすぐさま後に「私もお呼ばれされてまして!」とせつ菜ちゃんから、メッセージが届き彼女は肝を冷やした。

 

  以前からお嬢様は真姫に並々ならぬ執着をし、何とかして屋敷に呼び出し、あらゆる全てを盗みたいと考えてらした。

 

 そこで彼女はせつ菜ちゃんが「真姫の主演したアニメを見ていたことを」思い出し、中の人を交えてのアニメ鑑賞会を開くことにしよう! とイベントを企画。

 

 まずは生徒会長さんに「かれこれこういう企画を」と告げ、生徒会長さんも「中の人を交えてのアニメの鑑賞会ですか!!!」と、しこたまテンションを上げる。

 数時間後には真姫にアニメの鑑賞会を企画してましてと、しずくお嬢様のお屋敷でそれを行うの隠して誘いをかけた。

 

 が、私なんぞよりも数倍頭の切れる彼女が、魂胆を把握しないわけもなく「そういえば、あのふたりは歩夢ちゃんに執着してたな」と考え。

 「感想が気に入るものだったから」と歩夢ちゃんが参加をするなら自分も参加をすると返答。

 

 二人も「歩夢さんなら何があっても参加してくれるはず」と考えて、 彼女の許可を取る前から「参加してくださるそうです」と返事。

 

 

 何か条件を突きつけられてもOKを出せば構わないでしょう、二人の中にはそんな打算もあった。

 

 二人の考えの通り歩夢ちゃんは「侑ちゃんの参加を条件とし」その侑ちゃんが「絵里ちゃんもヘルプに入ってくれないかな」と頼み込んできて。

 

 西木野真姫は絢瀬絵里の参加を見込んで、せつ菜ちゃんの呼びかけに「歩夢ちゃんの参加を希望した」んだけども……二人に言ってもしょうがない。

 

 お屋敷に顔を出せば普段の20倍くらいおめかしをした西木野真姫の姿があり、その姿を眺めた侑ちゃんが「まるで絵里ちゃんが来てくれるって分かってるみたいな服」と指摘。

 彼女は苦笑いをしつつも、否定も肯定もしない。

 

「二人が私のことを好きになってしまうくらいかっこいいところを見せてあげるから」

 

 好きなものを叫ぶのはいいし、好きなものに向かって頑張るのもえらいけれど、それを人に迷惑をかけるくらいやってしまうのは、きっと悪い事だから……真姫にはぜひにも頑張っていただきたい。

 

 私が屋敷に顔を出した瞬間、使用人の皆様は「アレがお嬢様をくるわせたやつか」みたいに敵意が全開だったし、歩夢ちゃんや侑ちゃんには高級な茶葉を使ってるんだろうなぁって麦茶だったのに、私には麦茶に擬態させた雑巾の絞り汁がコップに入れられて出された。

 

 ケド、一目で真姫には看破され「絵里」と厳しい口調で呼びかけられたけど。

 私は苦笑いをしながら一気に飲み干す。

 「喉が渇いていたから美味しいわね」となんなく言ってのけ。

 

 とても残念なことに理亞ちゃんの作るお菓子の方がよほど酷い味をしているし、凛の作る料理よりもえぐい味もしない。

 

 真姫が苦笑いしながら「そんなに一気に飲み干してしまうと体に悪いわよ」と言い、侑ちゃんも真姫の態度から異変に気がつき「自分のを飲む?」と言ってくれたけど「主催がお待ちかねだから」と、二人が待っている部屋へ向かうことを提案。

 

 あまりに強引に話を進展させたので、真姫も「分かったわ、腕っ節に自信のある人を呼ぶ」と、スマホで連絡を取った。

 

 

 せつ菜ちゃんがアニメの内容を解説している間にやってきたのは。

 

 腕っぷしに自信アリ。

 

 女性を落とすことにかけては右に出る者がいない――

 

 できれば、学生たちには手を出さないで欲しい、桜内梨子さんその人だった。

 

「美味しそうなケーキね」

「食べる?」

「絵里ちゃんの食べかけなんていらないわ」

 

 どう見てもケーキにしか見えないセッケンの味がする産物を、一目で正体を看破し、うまい理由をつけて食べるの回避するって、どういう人生を歩んでいたらそんな洞察力を身に付けられるの?

 

 あと、ココに来てからそんなに経ってないのに、もう使用人の女の子オトしたの? 千歌ちゃんに報告するわよ?

 



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後日、しずくちゃんと距離が遠かったゆうぽむは頭を下げて謝罪しました

 粘土みたいな味のするおせんべいを食べていると、真姫がしずくお嬢様に「ご両親にご挨拶を」と言って「そろそろ我慢の限界かなぁ」と、私ばかりが他人ごとだった。

 

 侑ちゃんは「なぜお家の人は嫌がらせしてくるんだろう?」と態度を硬化させ、歩夢ちゃんは侑ちゃんの様子を不審に思ってしばらく。

 彼女が私の顔ばかりを見ているので「そういえば絵里ちゃんは、この家の人から恨まれてたっけ」と思い出し。

 

 「口に入れない方が」と声をかけてくれたけど「大丈夫」と首を振った。

 

 相変わらずニジガクの生徒会長アニメの実況を続け、なんでそんなことを知っているのかみたいな知識も披露してるし、お嬢様もこの方の演技がと、真姫に流し目を向けながら(スルーされている)マシンガントークを繰り返している。

 

 私がなんてこともない姿勢をとっているので、持って来られる食材は徐々に食べ物から離れている――最初の雑巾のしぼり汁でも、人が食べればお腹を壊す代物だとは思うけど。

 

 その点、理亞ちゃんや凛には感謝しなければいけない――人間が食べればお腹を壊す代物どころでは、私はどうにもならないから。

 さすがに毒物を仕込まれれば、これは食べられないと遠慮するつもりだけど、そこまで行けば逮捕されるレベルだ。

 

 誰の指示でこんなことをしているのかは知らないけど、梨子ちゃんが次々に使用人の方々を落としているので、そろそろ犯行の主催者に行き当たるとは思っている。

 

「私の両親は、何回目かの新婚旅行に行ってまして、もしかしたら弟か妹ができるかもしれませんね」

 

 と、ご両親に挨拶がしたいと半ギレの真姫にお嬢様が何てことのない調子で答えた――ほんわかな笑みを浮かべながら、好きな人に声をかけられたのが嬉しいと言わんばかりに。

 

 ……明らかに不自然だ、せつ菜ちゃんもそうだけれど、侑ちゃんや歩夢ちゃんが怒りを携えて隠しきれてないのに、それは承知の上と言わんばかりにヲタトークや、演技についての発言を繰り返している。

 

 いかに空気の読めない部分があるとはいえ、熱心なものに熱意を向けると周りが見えなくなるとはいえ、ここまで人の感情に鈍感な子じゃない。

 

 あえて自分たちにヘイトを集めている? 何が目的でそんなこと? 意図が見えない――何かを考えていることはわかるけど、何を考えているのかまでは分からない。

 

 真姫や梨子ちゃんが私への嫌がらせで我を忘れているから、彼女たちが何を考えているんだろうと尋ねることはできない。 

 そろそろ梨子ちゃんが握っているフォークがひん曲がってしまう、おいくらの代物かは分からないけど、私の借金が増えるような事態は避けておきたい。

 

 ほら、貯金の一部分は妹の結婚のための資金にするつもりだし……あ、お前のために使うつもりはないのかって言われそうだけど、使うつもりもなければ使う相手もいないからね……。

 

「サプライズが大好きな両親ですから、何も言わずに出かけたり、何も言わずに帰ってきたりするのがよくあるんですよ」

 

 「だから今日も気が付いたら帰っているかもしれませんね」と言い、破天荒なご両親だから、しずくちゃんも多少人とは違う部分を持っているのかと。

 

 

 その後もしばらく鑑賞会は続き、せつ菜ちゃんが「お腹が空きましたね、私が料理を作りましょう」と、殺害予告をしたので、真姫や梨子ちゃんが「外に食べに行きましょうよ」と提案。

 

 嫌がらせのレパートリーが尽きたのか「これさっき食べたな」と言いながらも、相変わらず人が食べればお腹を壊す代物を頂き。

 

 主催の二人以外は一日のカロリー摂取が心配になるほど、桜坂家の使用人の方々から提供されるデザートを貪り食べていた。

 

 

 そこの金髪ポニーテールだけに――とはいかないんでしょう。

 私の食べているシロモノを他の人に食べさせたくないらしいからね。

 

 ちなみにせつ菜ちゃんがお腹がすきましたねと言ったのは、しゃべっているのもあるけど、提供されるものを摂取していないから。

 しずくちゃんも同様に「食べることよりも優先するべきことが」と言っていたから、お腹がすくっていうのもよくわかる。

 

 真姫や梨子ちゃんやゆうぽむの両者はそ空腹どころじゃないとは思うけど、せつ菜ちゃんの劇物だけではなく、使用人の方々の更なる嫌がらせを私に対して実行させたくないんだ。

 

 さかんに外に食べに行くのを強調していると、しずくちゃんが「ちょうどよく、父と母が帰ってきたようです」なんて。

 

 その言葉に明らかに使用人の方々が戸惑った表情を見せる――お嬢様から「私たちの対応は構いませんよ」と普段とは違う冷徹な口調で言われたの機に、騒がしい調子でこの家で一番偉い方の対応に追われる。

 

 そして周囲から知人以外の気配が消えたと察すると、

 

「だいじょうぶですかっ!?」

 

 と、しずくちゃんとせつ菜ちゃんが駆け寄ってきた――大丈夫とは何事か、戸惑ってしまって「頭の不出来さには自信があるけど」と言うと、二人は泣きそうな表情をしながら。

 

「食べているものですよ! 何で口に入れちゃうんですか!」

「ん?」

 

 声を上げたのは真姫で、梨子ちゃんは何かを察したのか唇の端を上げて「二人は後で説教」と不穏な事を言ったけど……できれば学生の皆様に手を出して欲しくはない。

 

「すみません……以前から、妙な人と繋がりのある使用人がいて……どなただか全く見当がつかず」

 

 なんでも、お嬢様が真姫に執着し始めた後に、真姫やツバサといった面々には嫌がらせをしてないのに、私に対しては妙に嫌悪感を向ける桜坂の使用人がいたようで。

 

 そもそもしずくちゃんのご両親は「娘のやらせたいようにする」との方針だった。

 上に立つ人間として示しがつかないから反対する姿勢は取っていたけど(品がないのは問題だったし) 娘に関しては「自分のやりたいようにやりなさい」と。

 

 どうにもお嬢様が自省する機会がないと考えていたけど、彼女は彼女で考えたなりにあのキャラクターを貫いているらしい。

 

 常々妙な人たちとつながりのある使用人をあぶり出したいと、しずくちゃんは考えて、その様子を怪訝に思ったせつ菜ちゃんが「困っているならこのマンガが参考になるのでは?」と布教活動ついでに声をかけた。

 

 翌日「これならば犯人を!」と、決断したしずくちゃんは「協力してください」とせつ菜ちゃんに頭を下げた。

 

 当初は「真姫さんを呼べば絵里さんもついてくるはず」と何とかして西木野家のお嬢様を呼び出したかったそうだけど、予想外の予想外「歩夢ちゃんの同行を提案」されてしまった。

 

 多方面から赤毛のお嬢様に視線が集まったけど「かっこいいところを見せるどころか、かっこ悪いところを見せることに……何でもするから許して」と、真姫はがっくりと肩を落とした。

 

「父と母は使用人のことはできるだけ口を出さない主義で……その代わり問題行動をした場合は容赦をしない。今回の件で嫌がらせの主催さえわかれば放逐できると」

「なるほどね、絵里ちゃんなら嫌がらせの物品を仕込まれても、食べずに回避すると思ったんだ」

 

 今度は私が真姫のように「何でもするから許してください」と頭を下げなければいけなかった。

 

 確かに雑巾のしぼり汁であるとか、石鹸みたいな味のするケーキを提供され、それに気がついたとすれば「食べないで捨てる」んだけども。

 

 特に物事を深く考えない私は「これで皆さんの気が晴れるんだからいいか」とおおらかに構えて食べ続け、それを見るしずくちゃんとせつ菜ちゃんは「早く桜坂家の当主夫妻に帰ってきてほしい!」と願い続けていたらしい。

 

 

 しかし、長い間妙な人とつながりのある人間は、ごまかす手段も一流だった――もしも真姫が梨子ちゃんを呼ぼうと考えなければ、ご両親が帰ってきて「このようなことをした犯人は」と言っても、素知らぬ顔で逃げ切ったに違いない。

 

 犯人さんが誤算だったのは、自分に累が及ばないようにたらしこんだ同業者を梨子ちゃんに落とされてしまったこと。

 そして彼女が犯人よりも梨子ちゃんを選んで裏切ったことで、様々な犯罪行為が白日のもとに晒された。

 

 「自分の立場がない」と言い合っていた私と真姫は、犯行を追求する現場にいても第三者みたいな感じだった。

 

 ケド、自分が呼びつけた梨子ちゃんが犯罪の暴露につながる結果を招いたので、本当に立場がない人間は私だけになった――見事なオチのつけっぷりである。

 

 

 翌日以降に解散となるかと思いきや「家に使用人がやまれる事情で減りましたので」と、しずくちゃんに声をかけられる。

 「それが罰ゲームの代わりになるのなら!」と私は遠慮なく飛びつき、真姫も一緒になろうとしたけど「真姫さんは私に演技のコツを教えてください」と強引に拉致された。 

 

 いかに犯人の放逐につながったとはいえ、真姫の弱い立場は変わらなかったのでお嬢様に「好きにこの体をお使いください」と言ってた。

 本当に好きに使われたらどうするつもりなのか――私の見立てだと、しずくちゃんは案外ガチで女の子が好きよ?

 

 侑ちゃんと歩夢ちゃんは翌日の早い時間にご帰宅となる予定が、梨子ちゃんが「あなたってピアノの才能がありそうね」と侑ちゃんに声をかけた。

 

 「ピアニカくらいしか弾いたことないですよ!?」と語り「予定がありますので~」と逃亡しようとするも、梨子ちゃんは女の子をたらしこむ天才、歩夢ちゃんに「気になっている子がいるなら落とし方を教えてあげる」と侑ちゃんの逃げ道を塞ぐ。

 

 彼女がつきっきりでピアノレッスンに取り組んでいる間に、せつ菜ちゃんは「メイド服って着てみたかったんですよね!」と、私と一緒になって使用人の仕事に取り組み、同じように手が空いてしまった歩夢ちゃんも一緒になって働く。

 

 真姫を強引に拉致したのは良かったものの、思いの外彼女の指導が厳しかったのか、しずくちゃんは「私も使用人に~」と言いつつ「お願いですから働かせてください」と逃げてきた。

 本来はレッスンの途中で逃げるなんて許さない真姫も笑いながら「そんなにオーディションに落選してしまうわよ」という。

 

 

 けどまあ、前々からことりや凛や十千万の皆様からこき使われていて、仕事に慣れていた私はともかく、高校生の三人はいつのまにか「一人じゃ仕事を任せられないので三人セット」となる。

 

「信じられないことに息が合っているんですよ」

 

 と、思わぬ副産物を得た。

 

 3人の名前を同時に呼ぶことがめんどくさくなったベテランさんが「アズナさん」と彼女らを表現し、3人も3人で「アズナです!」と反応。

 

 そして梨子ちゃんが侑ちゃんを手放さないものだから、お泊りは想定よりも長い間続いた。

 

 この間にエマちゃんがスイスから帰って来なかったら、ツバサあたりが「早く帰ってこい」と殴りかかってきたに違いない。

 

 

 

 栞子ちゃんを右腕に、ランジュちゃんとミアちゃんを左腕にそれぞれに従わせて寮の掃除をしていると、エマちゃんが鼻歌を歌いながらこっちに寄ってきて。

 

「わたしたちもグループ結成することにしたから、絵里ちゃんと勝負するね?」

 

 と。

 

 なぜグループを結成して早々に乗り越える壁扱いされなきゃいけないのか、身から出た錆だと言うなら謝るけど……。

 

 A・ZU・NAの3人にも「準備が整ったら勝負してください」と言われている――ロートルにこんなに働かせてはいけないと思う(遠い目)

 



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真姫ちゃんを誘うときにはマジックミラー号でイキますって言って了承を得ました

 どうやって勝負をお断りするか考えていると、管理人室のドアをノックする音が聞こえ、セミの鳴き声が本格化してきて、ついに学生たちも目上の人の部屋を来訪する時にノックをするというマナーを身につけたか――と、少し嬉しくなってしまった。

 

 かしましい子達に「もしもドアの奥で見てはいけないことをしていたら、どうするつもりなの」と、何度となく声をかけたけど「絵里ちゃんにそんな相手いないし」「もしかして絵里ちゃんの正体って鶴なの?」と、ネタにされてしまった。

 生憎と誰かに恩返しをするためにこの世に生を受けたわけじゃない。人間の生きる目的がそう、だとは考えるけど。

 

 よもや私だけが来訪する時にノックをしてない――その可能性はあるまいと考えていたら、ニコの部屋を恭しくノックをする学生を見つけ「どうして私の部屋と違ってノックをするの?」と言ったら「部屋でいけないことをしている可能性は大いにありますから」と言われ「確かに全くもってその通りだ」と納得してしまった。

 

 ニコほどの美少女で高給取り、はてには料理上手で家庭的な才能もふんだんに持ち合わせている――よくよく考えたら引く手あまたじゃないか、と考えた私は、後日「恋人ができたら遠慮せずに報告してね、私のことを気にする必要はないから」と真剣な調子でいい。

 

 ニコから「今のところ忙しくてそんな予定はない」と告げられ「なるほど、私も忙しいから恋人を作る暇がないのか」と反応し、目の前にいる彼女から「あんたの場合は誰にも選ばれないからでしょ」と、ぐうの音の出ない正論を叩きつけられてしまった。

 

 二の句を継げないとはまさにこのこと――コロコロと可愛らしい声で笑うニコに「縁結びの神様にお祈りをしよう」と――神様って名乗ってるやつが教育実習生としていまだに学園に在籍しているので、神様にお祈りしようって気分は控えめ。

 

「遠慮なくどうぞ、ダイヤちゃん」

 

 さて、過去回想して時間をつぶしてしまったけど、私の知人で部屋をノックしてくれる礼儀があるのはダイヤちゃんくらい。

 

 他のメンバーは、勝手知ったる自室を扱うが如く。

 

 穂乃果に驚かれたんだけど、海未は幼なじみの部屋に招かれた時でさえノックをするのに、なんで絵里ちゃんはと告げるので。

 そんなことは私が聞きたい、と首をかしげながら言うしかなかった。

 

「おはようございます――理事長と同じものですがどうぞ」

 

 丁寧に菓子折りを持って来てくれるなんて嬉しい――そんな風に言うと、彼女は苦笑いをしながら「自らが招いた種ですから」と。

 やっぱりそうなんだなって思った。

 

 桜坂家の使用人として紛れ込み、以前まで私に嫌がらせをしていた人間は、元々黒澤家でサファイア再興を謳っていたようだ。

 尻尾を掴むのが難しかった人間らしく、その人から芋づる式に隠れていた人間が出て来たと――私に感謝をする前に、同業者を裏切らせて味方に手なずけた梨子ちゃんに何か持って行ってあげてほしい。

 

 

「これでなんとか妹の意思に沿わず、自分の思うがまま――と考える人間はいなくなるでしょう」

「本当ね、権力と立場ってものを身につけると、面倒なことがたくさん――私も生徒会長なんてやってなければよかったわ」

「一緒にされるとそれはそれで問題があるような気がしますが」

 

 黒澤家に三姉妹が戻って、血縁者同士が仲良く揃って暮らせばハッピーエンドじゃないか――そんな目的の為だったら私だって協力するけど。

 問題なのは黒澤家に双子が生まれて同時に育てると、とても不幸なことが起こるっていう話。

 

 三姉妹が揃えば黒澤家に問題が起こり、一族が不幸になったぶん、甘い汁を吸えるだろうっていう連中がいて。

 その人たちからすれば、姉妹が揃って暮らして黒澤家が没落し、その立場にとって変われればって話なのだ。

 

 人を呪わば穴二つ――恨みを誰かに押し付ければ、因果応報として必ず自らに恨みの代償がくる。

 

 第一、悪いことをする人間なんて信用できないじゃないか――悪い人間が急に良いことをしようとか言ったら疑いをもたれるし、悪い人が悪いことをすればこんなやつ信用できるかって話になる。

 

「もうすぐ妹のファーストコンサートですわ」

 

  自分が返信しなくても誰かしらから反応がある――そんな予測が私の中にもあり、デビューして半年でアキバドームでコンサートやるとか、元スクールアイドルの中でも別格の存在なのに、忙しかったもんでスタンプを私が送ったのを機に誰もがスタンプで返答を済ませた。

 「もしかして誰も来てくれないんじゃないですよね!?」と、悲鳴じみた文章が送られたけど。

 

 もちろんそんなことはない――いかにして彼女にバレないようにサプライズをするか。

 「自分たちがサプライズでステージに立つとか」A-RISEのリーダーが提案するも「もう引退しましたので」とあんじゅに拒否られ計画は頓挫。

 それでなくてもデビューコンサートで元トップアイドルがサプライズでステージに立つとなれば、よっちゃんの話題は確実に下火になる。

 

 ではAqoursでどうだ、μ'sでどうだ、サプライズステージは次々に提案されたけれども「体がついていきません」「よっちゃんの立場にそぐうステージの自信がありません」と、提案してしばらくで拒否が多数派になるものばかり。

 

 じゃあ、いっそのこと誰一人応援に行かない――確かにサプライズとしては最上級だし、驚かれることには間違いがないけど、よっちゃんが膝を抱えてデビューイベントが引退公演に変わってしまう。

 

 仕方がないので各々ができるサプライズを――と、なり。

 

 デザイナーとして活躍する面々は、さりげなく衣装を提供し、作詞作曲のできるメンバーは名前を伏して新曲を提供した。

 

 そのようなスキルのない人間は「やっぱりライブは応援するのが一番」となりまして。

 

「ハニワプロさんには足を向けて寝られない」

 

 さすがに全員で応援するのは無理がある――そんなことは百も承知だった我々。

 「メンバーは厳選しないと」と千歌ちゃんが言い、ダイヤちゃんも「なんとかチケットがとれるように掛け合ってみます」と断られるのを承知で発言。

 誰もが「メンバー全員のチケットを用意してもらうなんて無理」と考えたんだけれども。

 

 テレビ番組でありそうな「快く用意していただきました」とナレーションが付きそうなシチュエーションが起こり、しかもよっちゃんには当日まで内緒にすると――どこの世界で善行を重ねた結果でそんなことをやってくれるのか疑問。

 

 とはいえ用意をしていただいた以上「予定があるので参加できない」なんてことは許されないので、私のような暇人はともかく、忙しいメンバーは予定のやりくりに苦労した模様。

 

「楽曲で千歌や梨子の介入がバレていますから、何か計画しているとは考えているようですけど」

 

 さすがによっちゃんもμ'sやAqoursやA-RISEやSaintSnowといった面々が雁首を揃えて応援に来るとは思うまい。

 

「でも、私と一緒に行くっていうためにわざわざ?」

「バレないためのミッションは……各々が各々に行っては成功しないと思いません?」

「……まさか、ライブのスタートまで一緒にいるつもりなの?」

 

 それぞれがそれぞれに会場に向かったところで、後ろ指を指されることもないだろうし……と、考えたけれども。

 せっかくお膳立てをしてくれたのに「そんなことする必要ないんじゃない」と指摘するのも野暮。

 

「使うバスはS○Dの方々にご用意いただきました」

「ツッコミどころが満載のボケをしないでちょうだい」

 

 エマちゃんや果林ちゃんといった寮生の皆に見送られ、 我々はよっちゃん応援ツアーへと出発する――

 



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コミックの3巻で鞠莉ちゃんドコ行っちゃったんでしょうかね

 いざバスツアーを始めようとなり、誰が絢瀬絵里の隣になるかを議題として、野良犬のような唸り声を上げて各々がいがみ合う。

 口で鍔迫り合いしてる皆様から一人離れて、自分はまるでヒンシュクを買って蚊帳の外にいるみたいだ――

 

 と、未知の世界への期待みたいな、不安のような想像をしていると、そんなことはまるで関係ないと言わんばかりに、私の知らない秘密を教えるみたいな感じで花丸ちゃんが近くに来て、喧々諤々と言い争う一同に、ギレン・ザビが演説するような態度をしながら「絵里ちゃんの隣はマルに決まったから」と。

 

「……そういうことらしいから」

 

 と、あらゆる反論を胸に秘めつつ、全てを苦笑いでごまかし、ごまかされた面々も「そういうことならば仕方がない」と、霧の中を歩くような釈然としない表情をしつつ、席へと展開していった。

 

 マルちゃんは探偵が犯人を特定する推理を結論づけるみたいな、物理法則を述べるように理路整然と「みんなが納得してくれて嬉しい」と、筋肉が緩むかのような笑みを浮かべる。

 その充足感に満ち足りた表情を見ていると「漁夫の利では?」との言葉が口から出ることはなかった。

 

 

 バスが緩やかに出発して、倦怠に似た感情がみんなに現れた頃、マルちゃんが用件を切り出した。

 深刻な事情を漏らすような調子だったので、私も背筋を伸ばす。

 

「絵里ちゃんはマルが漫画を描いているのは知ってるよね」

 

 その名もマルの4コマ。

 統合先の高校で生徒会役員を務めた(会長はよっちゃん)彼女が、生徒会の広報誌で4コマ漫画を連載し始めた。

 「形式ばった内容にするよりも親しみやすくしたほうがいいと思って」とはルビィちゃんのセリフだ。

 

 言いだしっぺの彼女が筆を取る予定だったのに、あまりの画伯ぶりに「デザインはできるのにどうして」と誰しもが嘆いたそう。

 

 道に捨てられた昆布みたいな人間たちが繰り広げられるシュールな4コマは公開される前に発禁となり、友人のマルが頑張るしか! と決意した。

 

 とりあえず3回は頑張ろう――となって、一度打ち切ったら生徒から「4コマが楽しみだったのに」とのコメントを頂き「希望があるなら再開するしかない」と一生懸命文章を書いていたよっちゃんは邪神みたいな微笑みをしながら言ってのけ、結局彼女が卒業して以降も寄稿されていた。

 

 「この4コマがなくなってしまったら、浦女がこの世界から消え去ってしまうかもしれない」との恐怖感があったらしい――

 

 それでも彼女の中で「これでマルのヨンコマはおしまい」と見切りをつけ、最終回には卒業生を含めて多くの生徒が広報誌を求める事態に。

 

「それは知ってるけど」

 

 もちろん自分の中でも既知のエピソードである。

 穂乃果から何として広報誌を手に入れて欲しいとお願いされた私は、妹と住んでいたアパートからチャリンコ漕いで出発し、警備に当たっていた黒澤家の皆様にあっけなく見つかり「優遇する」のを約束してくれたけど「自分で並ぶので大丈夫」と断った。

 

 が、μ'sのメンバーが一番に駆けつけて広報誌を手に入れようとしたことは、生徒会の発行物にプレミアをつけ、彼らの仕事を増やす結果になったのは反省している。

 

「マルは物書きとして食べていきたかったけど、世間の皆様からは4コマ漫画家として名高いみたいで」

 

 月の光が暗い道を照らすように、くまなく事情を打ち明けてくれる――つまり、生徒会広報誌に寄稿していた4コマはめでたく終了したけれども、4コマ漫画家としての国木田花丸は出版社の皆様が放っておかなかった。

 

 実家暮らしをしているマルちゃんに唐突に出版社の編集を名乗る人が来訪をし「新手の詐欺にしては身なりがちゃんとしてる」と思った彼女が対応し、渡された名刺に書いてあった名前を見てしこたま驚いた。

  誰もが聞いたことがある三大出版社のうちのひとつ――週刊コミック誌の売上も好調なトコの編集さんが、わざわざ訪ねてきてくれたのである。

 

 そのエピソードを聞いた時に親友のルビィちゃんは「エイプリルフールは過ぎたよ」と言い、花陽も「面白い冗談をいうね」と取り合ってもらえず、 編集さんから渡された名刺を見せたら「申し訳ありませんでした」と、私にならったという土下座を二人が披露。

 

 そこから漫画の連載となればかっこいいエピソードだったんだけどと、マルちゃんが感傷に引き込まれるような笑みをたたえ、私もどうしたのと声をかけてしまった。

 

 心が握りつぶされるような苦笑いだったので、ついつい何も考えずに「私にできることがあったら何でもするから」とさらに付け加え。

 

 彼女はその言葉を待っていたと言わんばかりに、花が咲いたような笑みを浮かべて「実はネームが通らなくて」と。

 

「やっぱり有名な出版社さんだから、連載までのハードルも高くて……なかなかこれだってネタが出てこないんだ」

「確かに、スカウティングじゃないけど……声をかけられる人っていうのはいるものだしね」

 

 わざわざ直接やってきて、ぜひ我が社でと声をかけられるケースは珍しいにせよ、ではいきなりあなたの漫画を載せますとは、ならないようだ。

 以前も何かネタになるようなことがあったら、とニジガクに来訪してくれたらしい――忙しいのに世話をかけて申し訳ない。

 

「それでマル、絵里ちゃんをネタにしようと思って!」

「……は?」

 

 様々な考えがついたり消えたりして「彗星かなー?」と、メンタルが参ることもあったようだけど、天啓のように「そうだ、絢瀬絵里をネタにしよう」と起き抜けに思いつく。

 

 しかしながら来訪をする用事もなかったので、許可を取る前にいくつかネタを書いたそう。

 

 彼女の中に「絵里ちゃんなら断わらない」との判断があったようで、既に編集さんにも見せて「これなら行ける」と太鼓判を押してもらったらしい。

 本人の許可が一番大事だと語るのに、本人が断れないように外堀を埋めていくスタイルなのか。

 

「名前だけは変えていただけると」

「心配ないよ、他の方々も登場する予定だから」

「ラブアロー仮面の元になった人に許可はもらわなくてはダメよ」

 

 サヨナラホームランを打たれたピッチャーのようにがっくりと肩を落とし、どうせなら被害者を増やそうとの魂胆もあった。

 マルちゃんがドライブスルーで休憩中に「漫画に出したいんだけど」と許可をもらおうとする傍らで「私は許可したわよ」とつぶやくだけの簡単なお仕事。

 



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終わらない夏休みって鉄板ネタですからね

 千歌ちゃんがサービスエリア内で購入したたこ焼きを、爪楊枝から地面に転落させた。

 「何をやっているのよ千歌ちゃん」とたしなめる梨子ちゃんの声は震えていて「まだ慌てるような時間じゃないよ」と曜ちゃんはもどかしいと言わんばかりに手指のストレッチをしていた。

 

 Aqoursのメンバーが緊張している姿を眺めながら、我々はああはなるまいと決意をし、枯れ木が敷き詰められた藪の中を歩くみたいな態度をしている理亞ちゃんに「これでも食べなさいな」と、私は食べ物を差し出したつもりだった。

 

 自分の手に握られていたのが、ポケットの中に入っていたハンカチだったので「ごめんなさい、あなたはヤギじゃないから食べられないわね」と苦笑いしながら空を見上げ、よっちゃんの心の中も荒天の海のようにざわめき散らかしているんだろうかと。

 

 普段ならば「何をしているのよ」とツッコミを入れてくれるツバサも、自身がステージに立つより緊張しており、英玲奈に「全くお前たちは何をしているんだ」と呆れた声を上げていたけど、彼女もよっちゃんのステージの開始が18時だと認識していたのに、バスツアーは9時に出発したことにツッコミを入れてない――

 

 なんで我々がサービスエリアで時間を潰しているかと言うと「こんなに早い時間に現地入りをしたらバレる」と、アキバドームに着いてから気が付いたのだ。

 

 誰一人「こんなに早い時間に会場入りしても意味がない」と気が付かないまま出発し「こんなに緊張していたら体が持たないんじゃないか」ってくらいに緊張している。

 

 タレントを務めている凛や、デザイナーとして名声を高めていることり、そして何よりアイドルとして活躍していたA-RISEやルビィちゃんなどはサインを求められたけれども「サインってどうやって書くんだっけ?」と不安気に四方を見回し、ファンから「ご自身の名前を書いてください」切望されていた。

 

 「あぁそうか自分の名前か」と普段ならば、これに書いてくれって適当なものを渡されれば「絢瀬絵里」ってミミズののたくった字で書く一同も、ご丁寧に自らの名前を書き「達筆ですね」とファンから言われていた。

 

 あれを芸能関係者やファンに「アイドルのサイン」として見せたら「お前が書いたんだろう」とツッコミを入れられそうな産物が出来上がっている。

 

 や、本当に書類に明記するみたいな感じで、自分の名前を書いている一同を眺め「自分にサインを求める人がいなくてよかった」と心から安堵している――珍しく僻み根性もひとつもない。

 知人がファンにサインを求められていたら、こんな私でも「ちょっとサイン書いてみたいな」と卑しいから考えるのに。

 

 

 

 

 頑張って時間を潰した一同は、ハニワプロの皆様から「こちらから入場してください」と言われて何の疑問も持たずに入場し、白地の壁に落書きをするような高揚感と不安を覚えつつ「ステージ前の彼女が気がついてしまうといけないので変装してください」と言われたので「気がつかれてはいけないな」と、半額の商品を手に取るみたいな感じで何も考えずに変装をした。

 

 この手の「自分の正体を偽ってバレないようにする」技術は心得ており、凛から「私にもやってほしい」というものだから「任せておいて、星空凛だってわからないようにかわいくしてあげるから」と、心の中にしっかりとやらなくてはと合図を送り「なんでこんなメイク術を身につけてるの?」とことりから睨まれてしまった。

 

 

 ファンの皆様に紛れてよっちゃんを応援することになるのだろう――そんな予測は見事に外れ、エアポケットみたいになっている部分に全員が集められ「こんなところでサイリウム振ってたら、自分たちの方が目立ってしまうのでは?」と考えたけれども。

 

 「ファンの皆様の安全を考慮して」と説得されれば「トップアイドルが応援してたらファンはそっちは見る」と納得してしまった。

 

「なんといってもデビューイベントだからね、彼女もこちらを見ている余裕はないでしょう」

 

 その通りだと思う――A-RISEのデビューイベントには呼ばれもせずに行ったけど(呼ばなくてもくるっていう予測があったらしい)彼女たちはファンの中に紛れている金髪ポニテに気がつかなかったそう。

 後日に「いたの?」と言われたから「先頭で大きな声出してたけど」とちょっと憤慨しながら言ってみると、ツバサは申し訳なさそうな表情をしながら「ごめんなさい、緊張していないつもりだったけれど、先頭に立ってるあなたに気が付かないなんてね」と言われてしまえば「あなたでも緊張することがあるのね」と言うしかなかった。

 

 ラブライブ本戦にて、A-RISEが応援の声をあげてくれてたらしいんだけど、μ'sのメンバーは誰一人気が付いていなかった。

 

 後年アニメでその模様が放送され「あれって現実じゃないよね?」と私が言ったら「現実よ」と怒られてしまったし。

 

 どうしたって信じられなかったので穂乃果と一緒になって、英玲奈やあんじゅにも確認したけど「現実」だったそう――ごめんなさい、妹には気が付いていたんだけど。

 

 花陽やニコに「あれは現実だったらしい」と声をかけたら、宝くじの一等が当たったのにそれを川に落としたみたいな絶望的な表情を浮かべ「え?」と言い「土下座して謝りに行くから付き合って」と誘われた――穂乃果と一緒になって土下座したのにとの反応はできなかった――本当に申し訳ない表情をしていたものだから。

 

 

 ステージが暗くなって「これから始まるんだ」と高揚感に包まれた――スクールアイドルのステージとはやっぱり一味違う、ファンからお金をもらって、最高のパフォーマンスを見せる。

 ファンからの声援が対価のスクールアイドルとは違って、自らの技術に磨きをかけて、類まれな努力で超常的なパフォーマンスを見せる。

 

 その姿は現実にアイドルがいるっていう感覚を忘れさせるほどで、この世の中に天使とか神様とかがいるわけないと思うけど(ウチの学園で教育実習生をやってるのは忘れる)ステージに立っているプロのアイドルっていうのは、本当に天使とか神様みたいな――この世ならざるものみたいな。

 

 アイドルとしてステージに立っていたツバサに自らの感覚を語れば「そこまで高尚な存在じゃないけど」と苦笑いをするけど「高尚な思いは傾けているつもりよ」と喜んでくれた。

 

 

 が、わーっ! と歓声を上げる一同の中に知人が紛れ込んでいるのに気がついたのだろう、明らかに動揺した表情を見せた、後日にファンの感想のツイートで「ファンの応援に感極まった」と表現されたけど、なんてことはない。 Aqoursのメンバーが普段のキャラをかなぐり捨てて「よっちゃん! よっちゃん!」と大きな声で叫んでいたから。

 

 ルビィちゃんが「お姉ちゃん頑張れ」と叫んでダイヤちゃんが「もちろん頑張りますわ!」と叫び聖良ちゃんにぶん殴られる一幕があったけれども、とりあえずトラブルもなく、つつがなくライブは終了した。

 

 素晴らしいパフォーマンスに「いやぁ、いいものみた!」と満足しているとスタッフの皆様に「せめて彼女に挨拶だけでも」と誘われたので、とってもいいステージだった高揚感に包まれた我々は「感謝の言葉を述べよう」と一同が揃って控え室まで向かい、部屋の中に入った瞬間「あんたたち正座」とよっちゃんに言われた。

 

 μ'sやA-RISEのメンバーまでも「あんたたち」呼ばわりしたことは、後日謝罪の言葉を頂いたけど、正座させたことまでは悪いと思ってない模様。

 

 彼女が拗ねたように唇を尖らせながら「全員、今日のステージの感想文を提出すること」で、今回の件は手討ちするというので、我々は思うがままに感想文を書いた。

 

 私なんかは、声量も素晴らしくて、感情がビームみたいな感じで自分を撃ち抜いて、なんていうか本当に良かった! みたいにひたすら褒め称えていた一方、A-RISEは案外ダメ出しを書いていたとか、千歌ちゃんや梨子ちゃんも「あの曲の歌い方はね」とメッセージを送っていたので、アレ? ひたすら褒めてたのって自分だけ? と不安になった。

 

 

 

 果林ちゃんに「夏休みの宿題は終わった?」と声をかけたら「エマや栞子に手伝ってもらったわ」と胸を張ったので「どうして一年生に手伝ってもらっているの」と――

 

 なんでも「しおりこ」ちゃんは学力に関しては聡明らしく、三年生の宿題も無難に手伝えるとか。

 

 「上級生の勉強の面倒を見られるくらいなら、生徒会の面倒を菜々ちゃんに見てもらうのは控えたら良かったのに」と声をかけるしかなかった。

 

 珍しく嫌味なツッコミをしたのでツバサが飲んでいたビールを吹き出し、理亞ちゃんの顔を直撃したけど、それは私の発言が面白かったんじゃなくて、単純に彼女の顔にビールを吹きかけたかっただけなんだと思う。

 

 毒霧攻撃をされた理亞ちゃんは「おい、グレートムタ・ツバサ」と先輩にも関わらず呼び捨てで扱いフライパン片手に殴りかかった。

 

 が、廃棄するフライパンではなく、普段から寮で使われているフライパンで殴りかかったので「そんなことをするのはやめなさい!」とエマちゃんに片手で襟首を掴まれ止められた。

 

 

 その姿を眺めながら「もうすぐ夏休みも終わるのね」と言うと、教育実習生なのに教育実習してない薫子サンが「夏休みが終わってしまうのは寂しい?」と。 「終わるから、休みが尊く感じるんでしょうが」と呆れた調子で言った――長いこと生きている神様(らしい)には、物事が終わるって感覚がよくわからないらしい。

 

 風邪を引くから健康でいるのがありがたいし、美味しくない料理を食べるからおいしい料理がありがたく感じる。

 同様に働いているから休みがありがたく感じる――毎日毎日休んでいたら暇で仕方がない。

 

 エマちゃんがツバサにも「食べ物を粗末にしちゃいけません!」と怒っているのを眺めながら「ここで1番怒らせちゃいけない人はエマちゃんだな」と笑っていた。

 

 

 ――笑っていたのが良くなかったんだろうか。

 



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前回からハーメルン先行 pixivに追加になってます

 ロープに追い込まれた私が、リア鹿角に足を取られそのままドラゴンスクリューを決められた。

 レースクイーンみたいな衣装を身にまとった金髪ポニーテールは、彼女の技でひっくり返った。

 

 虫に這われた大木の如くドデンとリングに倒れた私は、今まで見ていた景色がだんだんと遠ざかるのに気がついた。

 意識を失おうとしているのだな、と、遠ざかっていく景色が私を見下ろしているもんだから、そんなふうに考え。

 

 

 ――そして一番最後に見た景色が、教育実習生なのに教育実習をしていない、栞子ちゃんのお姉ちゃんとして学園に在籍している三船薫子サンだったのは、なんとなく気に入らない。

 

 さぞかしかっこ悪いものを見たのだろう、こちらを嘲るように笑っている――後輩にドラゴンスクリューを決められてひっくり返った金髪ポニーテールなど、確かに笑える――だけども覚えておいてほしい。

 

 人を嘲るように笑えば、必ず誰かから報復されるものだ――誰かであって自分ではないのか、ツバサならツッコんでくれるはず。

 

 どこを見回したところで、残念なことにA-RISEのデコのセンターは見られず。

 慢性的な消化不良とはこういう感覚なのだろうな――胸を疼くモヤモヤをそんな言葉で表現してみる。

 

 生憎と胃腸は頑丈なものだから、胃薬片手にもうのい心持ちを抱えたことがない。

 

 

 

 毎朝毎度同じ時間に目が覚める――とは言え起き抜けの気分は良くなかった。

 新体操のユニフォームみたいなハイレグで、いかにも悪役みたいなメイクをした理亞ちゃんに、足を持たれてドラゴンスクリュー決められたのだ。

 

 意識が遠くなっていくときに見た景色が教育実習してない教育実習生。

 百歩譲って心配そうな表情を浮かべていたらともかく、ニンマリとした笑顔で蔑まんばかりに見下ろしてくるのだ――これが、知人だったら、自分に原因があるんだろうなって考えることも。

 

「眠りすぎたかな? 体が痺れてる感じがする……」

 

 よもや本当にドラゴンスクリューを食らって倒れたわけではあるまい。

 もしもあれが現実だったら心配そうな表情を浮かべた理亞ちゃんが近くにいるはず。

 弱すぎるからあんな奴ほっておけと彼女が結論づけても、では自分が看病しますのでと海未あたりが放ってはおくまい。

 

 繰り返すけれども放っておかれたのならば、放って置かれる自分自身に原因がある――改善のためには自らの努力が必須だ。

 

 両手両足を生ぬるい泥の中に包まれたような感覚を、手足を振って振りほどき、私はカレンダーの日付を見て思わず呆けた。

 

「夏休み開始の日?」

 

 果林ちゃんには「もうすぐ夏休みが終わるけど宿題は終わった?」と声をかけた。

 彼女は思わず見とれてしまうような美少女フェイス。 唇の端をあげて余裕のある表情を浮かべながら「エマと栞子に手伝ってもらったわ」と胸を張っていた。

 

 何一つ胸を張るような事実はないけれども、彼女がその豊かな胸元を見せつけるように大胆に張ってみせた。

 エマちゃんはまだ同学年だから分かるとして、栞子ちゃんは他の世界にいる「しおりこ」ちゃんの協力があったとはいえ、2学年も下の生徒に宿題を手伝われたことには、ネガティブな感情を抱いてほしい。

 

「実は宿題が終わってなくて……寮のカレンダーを全部夏休み開始日にしたのか……」

 

 勉学の方面では劣等生極まりない読者モデルさんだけど、悪知恵と言うか、どう動けば自分が困らないかって考える時には抜群の才覚がある。

 大体先回りしてエマちゃんが阻止するので「ちょっと頭を冷やそうか」と怒られるだけで済むけど。

 あのような立ち回り方は私にはできないので「学んでおきなさいよ」とニコには苦笑いしながら言われている。

 

 カレンダーを用意するコストと、バレた時のリスクが大きいけど、もしも果林ちゃんが宿題が終わってなかった場合。

 カレンダーを用意している間に宿題をやれよ! と言いたくなる行動も分からなくもない。

 

 どうあがいても逃げられないことに対して、変な行動をするのはままあること――残念ながら私にもたくさん経験があるし。

 

 ツバサが「私は天才だからそんな経験はない」と嘘をついたら「格闘ゲームがやりたくなって変装してゲーセンに行って、案の定正体がばれた時に双子の妹だって嘘をついた」って言うから。

 当時、飛ぶ鳥を落とす勢いで世間を席巻していたA-RISEのリーダーでなかったとしても、血縁者であれば注目を集めるに違いない。

 

 私がすかさず全力ダッシュで彼女をお姫様抱っこをして抱えて逃げたけど「クレジットがまだ残ってたじゃないの!」と怒られてしまった――照れ隠しもあるんだと思う。

 

 や、あの時のことは迂闊な行動と一緒に英玲奈に死ぬほど怒られたらしく「助けてくれた絵里に対して感謝をしないとは何事だ」とも怒鳴られ、思わずトイレに引きこもりたくなるほど怖かったとか。

 

「や……でも、スマホの時間まで変更はできないはず」

 

 手荷物のスマホを確認してみれば、日付は海の日をさしており、彼女がすごい技術を使ってスマホの時計の設定を変えたとしても、やはり後から「そんなことをしている暇があったら宿題をやれ」と怒られるに違いなく。

 

 ――私は正直どうやったらスマホの時間を変えられるのかわからないので。

 「ちょっと方法を教えて欲しいんだけど」って言い「絵里ちゃん本気じゃないよね?」とエマちゃんに言われてオチをつけることも辞さない……どうやってんのこれ。

 

「……でも、朝食は作ってあげないとね」

 

 なんとも説明じみたセリフ――二の句も告げられないような言い訳とはこのこと。

 こんなんじゃいたずらをした果林ちゃんを責めることなんか絶対にできないな――と、自室から抜け出し、歩く途中で壁に立てかけてあるカレンダーも確認したけど、マグネットがちゃんと海の日にしてあって「芸が細かい」と感心した。

 

 夏休みも終盤となれば寮に帰宅する学生もいる――ちゃんと寮生の予定は把握しておくようにと理事長には厳命されているし、

 

「あれ、絵里ちゃん夏休み始まって早々お仕事?」

「夏休み始まって早々?」

 

 妙な発言に振り返ってみれば「家に帰って絵里ちゃんの料理が食べられなくなるのが悲しい」と言ってた女学生――かすみちゃんのファンで「コッペパン同好会」なるものを作ろうとした。

 

 当然気真面目な生徒会長さんには「何をする同好会なんですか」「なぜコッペパン同好会なんですか」とツッコミを入れられ、すげなく却下されそうになるも「流しそうめん同好会を許可したあなたにそんなことを言われる筋合いはない」とコペ子ちゃんの見事な逆襲もあり。

 

 

 普段とはまるで違う口調に「か、かすみさんのファンは過激な人が多いですからね」と方針転換――いつの日かお台場のガンダムの代わりにかすみんを作るつもりですと胸を張っているコッペパン同好会の未来は一体どこに向かっているのだろうか。

 

 あと、コッペパンの作り方を教えて欲しいと、同好会設立の後に言われて「当人に教えてもらえば」と言ったら「いいものを作ってかすみんを喜ばせたいんです!」って。

 

 あ、さっきついついコペ子って言ってしまったけど――彼女が「本名で呼ばれるより嬉しいです」と。

 「かすみさんのファンは過激な人が多いですからね」と菜々サンが言っていたけれど……よもやそこまで。

 

「コッペパンの先生の絵里ちゃんの料理がしばらく食べられなくなっちゃうなんて、今日の朝ごはんは噛み締めて食べるね」

「え、ええ……?」

 

 とはいえ期待をしてくれているのだから――様々な疑問は頭に思い浮かぶけれども、夏休みの初日に別れて以来の学生たちが続々とやってきて「今日は一生懸命食べるから」なんて。

 

 そして一生懸命料理を作ってたら「今日は海の日。そもそも夏休みの終盤っていうのが勘違いだった」と思えてきた。

 




タイトルの理由は誤字脱字の修正が楽だからです!(そもそもするなよ)


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ちなみに演劇部部長は生徒名簿にもモモちゃんって書かれてます

 「どうしてせつ菜さんのお料理は口にするのが難しいのでしょう?」と栞子ちゃんが口から発するので。

 天井を遠くにあるものを眺めるように目に力を入れて眺めた。

 

 顎の辺りに手を這わせ「うーん」と口から息を漏らしながら、誰一人傷つかない答え方はあるだろうかと、大人なもんだから考えて。

 

 誰か一人をも傷つけない理想論など、それこそ神様でもない限りは思いつかないわけで。

 夏休みは昼まで寝ていたいからセミを全部食べつくすつもりと、果林ちゃんはセミからすれば悪魔みたいに言われそう。

 

 ある程度賛同の声を得られたのは、セミが子孫を残すために一生懸命鳴いているのを「うるせえ!」と判断する人たちがいるから。

 

 物事は良い部分と悪い部分があるけれども、いい部分から眺めてみればそれはいいことであろうし、悪い部分から眺めれば批判されるような悪いことになる。

 

 人間の目は二つしかないから、良い部分と悪い部分を眺めようとするのは難しい。

 これが三つも四つも五つもあれば物事の善悪の判断に、冷静さを欠く部分が少なくなるのではないかと。

 

 だけども。

 ではあなたの目を五つにして確かめてみましょうと、神様的な存在に言われたら「取り合えずチェーンソーを用意すればいいよね」と。

 襲いかかることを辞さない――

 

 目を五つにすれば物事の善悪の判断できるかもしれないけど、確かめてみようとまでは思わない。

 

 何秒か考え、ある程度せつ菜ちゃんに累を及ぼす結論であることを彼女に心の中から謝罪をしつつ。

 栞子ちゃんの目を見つめながら、できるだけこの意見は内密にしてほしいと約束してもらう。

 

 彼女は真面目な表情を作り何度か頷いた。

 本当に素直ないい子だ――

 

 この子が学園の壇上で中川菜々さんに強い口調で辞任を迫ったとは思わない――揚げ足取りをしたと言っていた。

 

 もしも場に私がいたならば全力で殴りかかっていたかもしれない。

 私が殴る前に海未が飛び膝蹴りでも交わしていたかもしれない。

 

 

 真面目な女の子の心を傷つけないように、近くにいた演劇部部長のモモちゃんにも、できれば内密にと頭を下げておく。

 

 彼女は余裕のある笑みを湛えながら「自分には人に対する信頼感ってものがないので」と言ってのける――

 

 演劇のために全てを捧げている女の子は、本性が演技の妨げになると感じているので、何かと舞台に立った時の自身に繋がるような発言をする。

 

 彼女の本音を引き出すのはなかなかに骨が折れる作業だ――そんな部長に育てられているせいか、しずくお嬢様の方向性はなんとなくおかしい。

 

「例えば……ハンバーグを作ったりするよね」

「ん、わだすもレシピを片手に作ったことがあるだ」

 

 世の中の大抵の料理にはレシピが存在する。

 先人達の苦労の産物だ。

 これを見れば大抵の料理が作れるようになる――

 レシピ通りに作り上げるという能力が必須ではあるけど。

 ある程度ごまかしても美味しいものが出来上がることは保証する。

 

 自分のオリジナリティなるもののえぐみさえ入れなければ。

 菜々ちゃんの料理がオリジナリティ(笑)的なものを付け加え、駄目になってしまっている。

 

 何かと自分らしくとかオリジナリティなんてものが、もてはやされている昨今ではあるけど――残念なことにツバサや真姫といった、才能あらたかな面々に比べれば凡才極まりない私が「誰にも思いつかないようなオリジナリティ溢れる創作物を作ろう」と考えたところで、凡人が思いつくオリジナリティ溢れる創作物が出来上がるだけだ。

 

 ではオリジナリティとは何か、を考えた時に「様々な物を組み合わせて」「結果的に出来上がるものが」その人が持つオリジナリティだと思う。

 

 だから知識や経験や技術が必須だ――それでもなしにオリジナリティあふれる料理を作ろうとするから。

 菜々ちゃんは紫色のケーキも作るし、毒沼みたいなスープも作り上げる。

 

 試しに木のスプーンを入れてみたら、どういう事情かわからないけれども全部溶け切ってしまった――

 

 隣にいるエマちゃんが怯えた表情をしながら、夏場だから薄着になもので胸もプルンプルンと震わせながら「これは捨てちゃったほうがいいんじゃないかな」と恐怖におののいた声で指摘したけれども。

 

 「彼女がせっかく作ってくれたから」と、流し台にぶち込む前に自分の口の中に入れてしまった。

 

 

 相変わらず人智を超えるような。

 宇宙人がこの世界にやってきて菜々ちゃんの料理を食べたならば、戦争を仕掛けようとしていても「この人たちには手出しをしてはならない」と判断しちゃうかもしれない。

 

 「そんなハリウッド映画みたいなことあるわけないじゃない」朱音ちゃんがテレビ番組でゴジラを眺めながら「でも、その料理だったらゴジラも裸足で逃げ出すんじゃないかしら」と。

 

 その場にいる誰しもが「ゴジラは元から裸足なのではないか」と考えたけれども、シスコンの英玲奈が「お前は本当に頭の良い女の子だな、私には思いつかないような非凡な考え方をする」と褒め散らかしているので、余計なことは口から漏らすまいと――。

 

「彼女の中には、こういうよりも作りたいっていう頭しかないのね」

「……それは美味しいとかそういった考えのものかい?」

「や……見た目はこういうものとかそんな感じかな?」

 

 表情がどんなものをしているのかは、鏡がないのでわからないけど。

 自分の発言を聞いた栞子ちゃんもモモちゃんも 、棋士が長考するような表情をしたので「なんでそんなことをしちゃうのか」みたいな事を考えているに違いない。

 

 菜々ちゃんは悪意をもって「クソマズ料理を食べさせてやろう」「健康被害を起こして困らせてやろう」といるわけじゃない――結果が出ないので、酷い扱いをされてしまうけど。

 

 彼女は良かれと思って料理を作っている――何も、食べた瞬間に健康被害を引き起こすようなものを作り上げようとして作ってるわけじゃない。

 

 頭の中に描いた最高に美味しいもの――を現実世界に再現しようとするも、彼女にはそれだけの技術がなかった――おおかた料理の中にどんな食材が入って完成されているかって考え方に甘い部分があるんだと思う。

 

 そんなことを言ってしまえば彼女の評価が下がってしまうけど、自分たちだって、パソコンが内部でどんな処理をして起動されているのかわからないし、電子レンジだってスイッチを押して温めができるけれども、どういう原理で温められているのかわからない。

 

 聡明なツバサに電子レンジって何で温められるの? と尋ねれば、彼女は道端に落ちている犬のフンを眺めるような目をして「こういう事情があるの」と説明してくれるだろうけど、果たして私に理解が及ぶだろうか。

 

「それはつまり……レシピを眺めればその通りに実行できると?」

「あらゆるハウツー本が出版されるのは、ハウツーの通りに人間が過ごせないことの現れ……菜々ちゃんがレシピをレシピ通りに作り上げるまでには、もっと鍛錬が必要でしょうね」

 

 演劇部部長のモモちゃんは「確かに指導の通りに人間は動かない」と、思い出したくないものを思い出したような、苦渋の決断に迫られた時みたいな表情を浮かべるし。

 

 栞子ちゃんも「うまくやろうとしてもうまくできないことなんていくらでもある」と、むしろこちらは自信を深めたような表情をした。

 



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アニガサキのモブの皆様キャラ濃すぎでは?

 なぜメシマズ属性は改まらないのか。

 それ一定の答えを見つけた栞子ちゃん。

 

 彼女は一度目を閉じ。

 何かを決意し告白するかのように口を開いた。

 

「実はカリンくんが、朝香果林ちゃんだって知ってたとよ」

 

 夏場の蝉は相変わらず騒がしい。

 なにせ子孫を残すために全力を尽くしている。

 人間のように「相手を選んでるだけであって、選ばれないわけじゃない」とことりみたいに嘯くこともない。 

 

 そんな蝉たちがミンミンと騒ぐ中。

 モモちゃんの飲んでいた麦茶の氷が軽い音を立て。

 私もどう反応していいものか戸惑った。

 

 そうであろうとは、察しをつけていたし。

 ごまかし方が無理やり過ぎた――果林ちゃんくらいしか信じてなかったと思う。

 正直で素直な性格の両者は、何かしらの理由をつけて互いを幼なじみと認めてなかった。

 

 どうしてかの推論は「認めるのが恥ずかしい事情があった」

 で、寮のみんなに結論づけられていた。

 恥ずかしいの部分までは追求せず――そこはプライバシーを尊重して。

 

 栞子ちゃんが自らの瞳を潤ませ、真剣に眺めてくるので。

 

 黙り込んでしまったと気付いた私は、咳払いを一つして彼女の告白に応えるよう。

 

「なぜだか教えてもらってもいいかしら?」

 

 たまたまタイミング悪く、帰省が延期になったコペ子ちゃんも登場。

 飲み干された麦茶のおかわりを注ぎつつ、居合わせたコッペパン同好会の会長にも飲み物を渡す。

 

 夏休みの自由課題として身長57メートルのビッグかすみんを作ると同好会は言っているけど。

 

 報告を受けた理事長は頭を抱えながら「なんであなたの知り合いは問題ばかりを引き起こすのよ」と。

 問題の原因が私自身にあるかのように訴える。

 

 ラブライブ優勝のために、性格はアレだけど才能がある生徒を全国各地から集めたからでしょう。

 なんてマジレスをして「テメエクビ」と言われるのを、咳払いを一つして回避した。

 あの時の経験が役に立った――ありがとう理事長。

 

「昔、カリンくんはとってもワイルドで、川の上を歩きながら魚を捕る姿はとってもかっこよかった……」

 

 

 川の上を歩いた? とモモちゃんは首をかしげ、近くにいたコペ子ちゃんに「川の上で歩けるのかな?」と尋ね、彼女は顎の辺りに指を這わす。

 しばし考える仕草を取り、ひとしきり唸ったあと「かすみんならともかく、人間に川の上を歩くのは不可能だと思います」

 

 それだとかすみちゃんが人間ではないみたいだ――と失言をせずにすんだ、彼女の中ではかすみちゃんは人知を超えた何者かであるそう。

 

 しかし栞子ちゃんの表情には見覚えがある。

 海未が「婚約届を書いてきました」と変なことを言うので「いつのまにお付き合いしていた人が?」と首をかしげたら。

  名前のところに「園田絵里」と謎の人物が書かれており「ドヤ顔」をしていた彼女が、幼なじみから「記憶にいいサプリ」との白い粉を渡されていた。

 

 高値で取引されるようなものではないと祈りたい。

 

 少々話がずれてしまったけど。

 あの時の海未の表情とよく似ている――つまりは、そういうことなのかもしれない。

 

 ちなみに果林ちゃんが幼い頃のエピソードをひた隠しにするのは、黒歴史扱いだからで。

 人には、消し去りたい過去なんていくらでもあるものね! 黒歴史だらけの生徒会長としては頷くしかない。

 

「恥ずかしながら、女の子が初恋なんてとても言えなくって」

「……興味本位で話題を深めるけど、どうして告白したくなったの?」

 

 モモちゃんが「話題の深度を増すとは……」と、洞窟内でコウモリを見たように慄き。

 コペ子ちゃんも「……」と興味深い話を聞いたと言わんばかりに耳をダンボにしている。

 

「女の子が女の子に恋をすることは珍しいことじゃないっス」

「それはもちろん当然!」

 

 対話に第三者が割り込んできたので、モモちゃんがコペ子ちゃんの口を両手で抑え「ごゆっくりと続けて、どうぞ」と。

 彼女のかすみちゃんに対する気持ちが、恋心に治まっているかは、 発言を聞いた皆様が判断すればよろしいので。

 

 栞子ちゃんが「……」いかにも何か言いたげな表情を浮かべているので、視線だけで「続けて」と促した。

 



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ブイトゥゲザーはボルテスVの合体時の台詞です

 第三者の介入があったためか、栞子ちゃんは「言いたいことはここではななくて」と切り出し、部外者判定されてしまった「モモちゃん」は「コペ子」ちゃんを恨みがましい目で見つめた。

 

 「雉も鳴かずば撃たれまい」の古語の通り、失言から栞子ちゃんの恋バナエピソードに介入できなくなったコペ子ちゃん。

 同好会のみんなと企画会議をする――顧問の三船先生に監督してもらうと聞き捨てならないセリフを吐いたけども。

 

 モモちゃんから「是非にも記憶して耳に入れて欲しい」と、今際の際に伝言を託すみたいに告げられた。

 彼女にも「コペ子ちゃんがコンバトラーVを作らないように監視をしておいて」と頼む。

 演劇部部長は桜坂しずくちゃんの声マネをしながら「ブイトゥゲザー!」と言った――了承の意味合いであると信じたい。

 

 

 スクールアイドル同好会のメンバーにも聞かれたくない話ゆえか、寮からも脱出し、アラサーは夏の太陽の熱視線に襲われる。

 身体が紫色に変色しそうなメシマズメンバーの料理を食べていても、紫外線対策までままならない。

 

 栞子ちゃんに日傘を差し出して「若い身空からのケアは大事」と滾々と訴えると「絵里ちゃんでは説得力がない」と言われてしまった。

 

 成人をして間もなくの酔っ払った勢いで「顔の水分量さえ保てればいいのだから、水で顔を洗えば水分補給できるのでは?」と告げ「美容とはね」と同じく酔っ払っている綺羅ツバサに粛々と説教をされた身。

 

 美容に関して「お肌の曲がり角にいるどころか、顔面をつけてヘッドスライディングしてる」と称される程の知識量。

 彼女が実直で年上に敬愛を持つとはいえ、手前の発言に説得力がないと言わせてしまうくらい、絢瀬絵里の美容に関するセンスは鼻水レベルか。

 

「や、んな話んでもなくって」

 

 栞子ちゃんは聡明とも取れる表情をあぐねると、私から日傘を受け取りごまかすようにお礼の言葉を言った。

 

 クマの神様が表参道ヒルズで買ってきた(代金の出どころが不明なので胸ぐらをつかみあげた)小洒落た格好をし。

 ことりから貰った(使用許諾済)日傘を指していると「わだすがのそむ はるがな」とか歌う少女には見えない。

 

 一時期「しおりこちゃん」の歌う自曲も披露され「ナマってない」「日本語に聞こえる」との評判も。

 ランジュちゃんから「認めない」と言われ、作曲担当のミアちゃんにも「ダメ」と烙印を押され。

 何を言っているかはよく分からないものの胸に残る歌は披露されてる。

 

「体育館?」

「そう、ここでいいたいの」

 

 運動部が試合でも行っているのか、他校の鞄も散見され、何かを食べ散らかしたゴミまでもが見受けられる。

 理事長に見つかったら大目玉を食らうと怯えた私は、乱雑に置かれた物品を並び替え、ゴミはゴミ箱に捨てられる。

 

 虹ヶ咲学園の校舎外にゴミ箱の設置を提案し、理事長からにべもなく却下され「そこをなんとか」とゴネた。

 テコでも動かないと座り込んだ絢瀬絵里を「ジョウシマさん、ショベルカー」とエセ日本人っぽい口調でどかそうとした理事長も。

 

 「あ、また理事長が絵里ちゃんをいじめてる」と学生に目撃され「え? また?」と金髪と学園の一番偉い人が驚き。

 

 紆余曲折の末「では一時的に」と承諾を得。

 汚れれば一生懸命掃除する金髪が目撃されてからしばらく。

 生徒会や一年生なのに部長会議で指揮を執る栞子ちゃん(モモちゃんから権利を譲られた)の先導もあり。

 

 学生が使ってる場所のゴミ置き場とは思えないほどの美麗さで保たれ、なんとマスコミの方々が取材に来た。

 理事長が自身の先導でゴミ箱の設置を推進したと鼻高々に語り、後日に娘さんから「ママ嫌い」と言われた悲劇も。

 

 体育館の中では予想通り運動部の皆様――いかにダンクをかっこよく決めるか選手権で鹿角理亞が優勝をかっさらい。挑戦者一同を歯噛みさせ、応援に来ていたミルクちゃん(チアガール)を喜ばせる。

 

 そんな記憶をも思い浮かばせるバスケ部が、相手チームに善戦していた……んだけども。

 7番のゼッケンを付けた愛ちゃんが引っ張っているってのは……指摘するわけにはね?

 

 そういえばダンク勝負でも愛ちゃんは「勝てると思ったのに」と悔しがる姿を見せていた。

 

 



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あとで自身の名前を語尾にする文化が流行りました

 スクールアイドル同好会所属の愛ちゃんの活躍により、バスケ部は善戦せり。

 取り囲まれる金髪を眺めながら、栞子ちゃんは感動する映画を眺めた後みたいなため息をつく。

 すぐにでも飛んで行きたそうな姿を観て、ははんとアラサーは意図に感づく。

 

 実は絵里の籍は自身の家に入ってると文書を偽造した時の真姫の恍惚の表情に似ている。

 海未に対抗しての過剰な手段だったけど、完成度の高さから犯罪ではないかの指摘があり。

 真姫自ら書類は破り捨てられ、関係者一同は揃って口を閉ざす。

 

 つまり栞子ちゃんは愛ちゃんを三船家に入れたい。

 

 赤髪のお嬢様とはちょっと毛色が違うのは、強制的との意図の有無。

 そりゃそうだ、役所に提出できそうな文書偽造をする人間が早々いるわけもない。

 

 コミュニケーション能力の高いギャルが、応援する監修の中に目立つ姿を見つける。 

 コチラに向かって愛想よくほほえみを向け、大きく手を振りながら近づいてくる。

 その姿に驚いたように栞子ちゃんは私と距離を近づけた。

 

 ハハハ、ういやつめ、と白塗りの麿メイクをしながらほほえみたい。

 麿っていうか、バカ殿みたいになりそうだけど……。

 

 好意的な相手が自身に気づいて近寄ってきたのだ、心の準備が整ってないってやつ。

 だけども反応をしないのもおかしいと気づいたのか、彼女は小さく手を振る。

 栞子ちゃんに続くように愛想よく手を振り「いい動きしてたわ、私にはとてもできない」と。

 

 栞子ちゃんに会話が難しそうだったし。

 恋する乙女ってのは一言二言会話を交わすのだって難しい(と漫画で読んだことがある)

 

 でも、年上として彼女たちの友誼は深めておきたい。

 愛ちゃんってギャルは人を乗せて会話させるのが上手い、ひたすら自分が喋ってる時がある。

 聞き上手なので理由を聞いたら、姉代わりの人や下町のお年寄りと交流してきたから。と。

 

 彼女のコミュニケーション能力の高さは穂乃果に通じるものがある。

 頼まれて入った職場にて店中の人と仲良くなり、友人の立場をなくしたこともある。

 あ、友人というよりデザイナーやってる幼なじみって言ったほうがいいかな?

 

 ただ、ココで金髪ばかりが喋っては恋する乙女のおじゃま虫に過ぎない。

 悪役令嬢として破滅フラグ建てるのは勘弁願いたい。

 国外追放されてロシアに行くなら亜里沙の友達の「プーちん」に泣きつくケド。

 処刑となればさすがに復活できない、アニメと違ってリメイク不可である。 

 

 シン・絢瀬絵里とか言っても「え? シンってなに? ゲッター?」とか言われて不評を食らう。

 不評だけならまだしも、ことりから「アレはもう絵里ちゃんじゃない」と言われ。

  

 彼女の悲しみ顔のアップから、沈痛な表情を浮かべた海未へとバトンタッチ。

 そしてシン・絢瀬絵里は主人公の二年生組に成敗され「止めてくれてありがとう」とお礼を言いながら果てる。

 

 元生徒会長の争乱から一転、次週はカレー回となり、金髪のエピソードは視聴者から消える。

 

 と、私が自身がゾンビ化して魔王A-RISEに操られるまでを想像するなか。

 

 愛ちゃんは自身の活躍を見事にアピール。

 さすがは学園でもトップクラスの秀才、栞子ちゃんの好感度を抜け目なく上げる。

 

 ついつい柄にもなく相手にひたすら喋らせて観たものの、ツバサに観られたら殺されそう。

 話させていたら急に怖い顔つきになり「おい、私としゃべるのは面倒くさいか」って。

 

 なんでも、相手を乗せて話させるってのは詐欺師の常套テクニックだそうで。

 そこは聞き上手と呼んで頂きたいと頭を下げるエピソードでした、どっとはらい。

 

「ねえ、絵里さんは……」

「おおっと!」

 

 栞子ちゃんの好感度をさらに爆上げするイベントにひとつまみのトラブルを。

 先程から安心しきった表情で、ダブル金髪(片方地毛)を眺めていたガールをプッシュする。

 

 が、信じられないことに栞子ちゃんはヒラリと身を翻し、金髪ポニーテールは勢い余る。

 そして翻した勢いのままこちらを愛ちゃんに突き出し「な、なにゆえー!」と私は叫ぶ。

 

 押し出されたアラサーはギャルに抱きつく格好となる。

 なんとか押し倒すまでは回避したものの「しおりこ」ちゃんは「あなたにはラブコメの適性がない……」と残念そう。

 

「お、おおっと、か、活躍した愛さんのご褒美にしては……」

「ご、ごめんなさい、って、いない!?」

 

 ギャルが金髪に抱きつかれるってToLOVE○的なイベントを起こした少女。

 「あちらに翡翠の光が!」と、100円玉見つけたときみたいに駆け出して逃亡。

 

 盛り上がるバスケ部一同や、ええもんみたと称賛する他校のみなさま。

 

 ――とりあえず「しおりこ」ちゃんは後で事情聴取。

 

 かに思われたけど、私が追求するまえに騒ぎを聞きつけた寮の物騒な人達が集まる。

 「あまりにもツラすぎるしお……」とキャラにない語尾と正座スタイル。

 その隣には巻き込まれた私――「あまりにもツラすぎるチカ」とオチを付けて頭を垂らした。

 



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次回はニジガク一年生組のメインエピになります

 髪を切った。

 

 いい大人になったのだから、少々ショートにと華麗にギャグも決まる。

 一部の知人は絢瀬絵里と言えば金髪ポニーテールのイメージがあるのか。

 断髪を知らずに顔を突き合わせた瞬間にワナワナと震えだし。

 

「どうしたの絵里ちゃん!? 引退するにはまだ早いよ!?」

 

 このコメントは花陽のものだけど。

 私はなにがしかのプロにいつからなったのか、何を引退したのか、未だにわからない。

 女性として終わってるから引退なら、指摘される謂れはいくらでもあるけどね?

 

 

 ことの始まりは、暑いさなかに扇風機の話題で盛り上がった時。

 扇風機の風に向かって「ワレワレハウチュウジンダ」と言った事があるのかどうかから。

 

「え?」

 

 みたいな顔をしてアラサー連中の話を聞く学生たち。

 彼女らがランドセルを背負っていたころ、スクールアイドルとして青春の汗を流した一同は思わず固まる。

 もちろん、扇風機といえば羽がないものでしょというものじゃない。

 

 今のところ主流は羽のある方だと思うし、校内にもある扇風機は羽があるタイプだ。

 理事長に「羽のない扇風機を」って冗談で言ったら「自腹で買って」と返答された。

 

 ちなみに理事長室にある扇風機は羽がないタイプだし、なんなら温風だって出る。

 「学園のお金の私的流用」だとさらに冗談を言ったら「東京湾の魚に餌になる?」と返答された。

 

 間違いなく目が本気だったと思うけど、理事長は「冗談に決まってるじゃない」と言って憚らない。

 

 と、冗談から生んだ悲劇はともかく。

 

「や、だって、や、やったでしょ? 扇風機に向かって……」

「その行為に何の意味があるんですか?」

 

 桜坂しずくちゃんからよもや行為の意味のあるなしでツッコミを受けると思わなかった。

 マジメに疑問だったのか、真姫がいるにも関わらず下ネタもなしの指摘。

 普段なら「行為と言ってもセック○の隠語じゃないですよ」とでも言うんでしょう。

 実際、みんなの視線に気がついて同様の言葉を言ったし。

 

「え? ブランコに立ち乗りですか?」

 

 公園にブランコってそもそもあるんですか、って言われたらどうしようかと思った。

 幼少期に男子顔負けの姿を見せていた私やツバサや理亞あたりの面々は、ブランコに立ち乗りしてジャンプしたことがないって言われて驚いた。

 

 や、真姫や海未からも「なにをしているのか」的なツッコミをされたので、性格もあるんだと思う。

 

 が、アラサー連中をさらに驚かせたのは、高咲侑ちゃんの冷静な言葉であり。

 

「砂場って入れるんですか?」

「え?」

 

 同好会の練習が校内で行われて、休憩がてらに寮に集まり。

 ヒエヒエの飲み物を金髪に用意され、一服していた面々。

 

 お年寄り一同はジェネレーションギャップにより、背筋が凍るような思いをしている。

 

「お、おだんご! お団子作った!」

「そ、そう! きれいに作るには技術が!!!!」

 

 外国の人でもないのに……あ、失礼。

 カタコトの日本語で子どもの時の話をし、聞いたツバサがさらなる同調を重ねる。

 なお、真姫から「砂場に入ってお団子?」とここでも首を傾げられたので、同年代でも人によると強調しておく。

 

 おだんごを「汚いし」と言われ、ブランコや登り棒を「危ない」との指摘を受けた面々――

 「これが若さか」とシャア・アズナブルでも無いのに言い「公園で何して遊ぶの?」と苦し紛れに続けた私に「ゲーム機で」と言葉のナイフが突き刺さった。

 

 

「絵里、バーコードバトラーで遊ぼう~」

 

 理事長から仰せ付けられた事務作業をしていると、学校の職員なのにその手の指示を受けないツバサに言われ。

 バーコードバトラーどころか、片手に持っているのは酒瓶だけども、あえて何も言わない。 

 

 子どもの頃のゲーム機で「DSとかPSP」って言われたときに思わず固まってしまった。

 ワンダースワンをなにそれって言われたし、ゲームキューブもなにそれって言われたし。

 セガサターンとドリームキャストを知らないって言われたときにはゲーマーの理亞ちゃんがキレたし。

 

 大量の酒を持ち込み、なんとつまみまでも持参した彼女の赤ら顔を眺めながら。

 砂場に向かって幅跳びしないの? と言った時に全否定されたのはよほどショックなのだなと察した。

 

「美少女だから見とれちゃった?」

「あ……そうかもね?」

 

 お互い歳を取ったものよねと言おうとして、思わず「何を言おうとしているのか」と首を振った。

 苦し紛れに言った台詞は割と冗談では済まされない気もするけれども。

 

 お酒の勢いでってことで許して頂きたい――ツバサの顔が赤いのもまた、お酒のせいでってことにしておく。

 

「……そうだ、髪の毛を切ろう」

「は?」

「どうにも私にポニーテールのイメージがあるようだし」

 

 肩のアタリまでバッサリと指でハサミで切るような仕草を取る。

 それを観た彼女は「冗談でしょ」と言って、私が何も反応をしないもんだから、すっと目を細め。

 唇の下あたりに指を置き、長考する仕草を取ったのち。

 

「平気だという確証があるようね?」

「理解が早くて助かるわ」

「……私の中にも、何度か同じ夏休みを過ごした経験があるような気がしていた」

「……本当に理解が早くて助かるわ」

 

 夏休みが始まった当初「これから二学期だ」と思った記憶がある。

 いつの間にかに薄れてしまったけど、それが間違いでないとはある程度の確信を得ている。

 

 ひとつは「以前桜坂家の皆様にご挨拶された」

 事実、しずくお嬢様の心情を煩わせる嫌がらせが過去には行われており。

 その対象に挨拶なんぞ間違ってもしない。

 

 いないものとして扱われた記憶もあり、黒澤家や綺羅家双方から「原因の追究」がされたけれども――

 

「いいの? もしもエンドレスエイトみたいなことになってなかったら、あなたの唯一のアイデンティティが失われるわよ?」

「べつに、そんな物が必要な立場じゃないし……それに」

「それに?」

「あなたとお揃いでカワイイじゃない?」

「デコは出しておきなさいよ?」

 

 お酒の勢いも借り、普段なら滅多に口にも出さないような冗談を言ってみると。

 予測していたのか、それともその記憶がなくなるという確証があったのか、彼女は澄ました口調で言ってのけた。

 

 

 ――翌日。

 

 「ちょっと髪の毛を切ってくる」と寮のみんなに告げ「お、絵里ちゃん女子力が高い!」と揶揄された。

 コペ子ちゃんから「かすみんくらいに短く」と言われ「それじゃあ、絵里のアイデンティティがなくなる」とニコの指摘。

 

 普段なら積極的にニコに同調し「ポニーテールを切ったら土に埋めておきましょう」とかいうツバサが何も言わず。

 ツインテールにめったにしなくなった彼女が流石に怪訝そうな表情を見せた。

 

 ただ、矢澤にこほどの能力の持ち主でも、肩のあたりまでバッサリ行くとは予測できなかったらしい。

 

 「頭が軽くなった」と「そりゃ中身が無いから」と酷い会話をツバサとしながら寮へ戻ってくると。

 スクールアイドル部の面倒を見たあとで休憩していたのか、真姫と麦茶を片手にくつろいでいたニコが。

 

「お、お、あ!?」

 

 手に持っていた麦茶を床に落とし「何やってるのよニコちゃ」と私に気がついた真姫の動きが止まった。

 さすがの彼女も驚いたけれども、根性でコップだけは落とさなかった様子。

 

「……なるほどね」

 

 そしてすぐさま私の意図に感づき「私もコップを落としておけばよかった」と笑う。

 

 ケド、ニコや真姫のように長い付き合いで理解を示してくれる面々はともかく。

 「かすみんくらいに」と言ってしまったコペ子ちゃんは大いに責任を感じてしまい、慰めるのが大変だった。

 

 当人の許可を取らずに「中須かすみソロライブにご招待」を進言し、関係者一同にご迷惑をかけてしまったけれども……。

 

 



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ゲームのスクールアイドルチャンネルとはまったく関係ありません

 かすみちゃんのライブは「コペ子」ちゃんのように、熱狂的なファンを生み出す一方。

 スクールアイドルチャンネルなる裏サイトのランキングにて、低空飛行から抜け出せずにいた。

 

 ライブの翌日になんとなく目が赤いことに気がついたしずくちゃんは、学内から寮まで連行。

 学生たちが勉学へ赴いて「いやぁ、まったり」と「昼間から一杯」と理事長に見つかったら大目玉くらいそうなイベントのさなか。

 

 寮へ現れたしずくちゃんとかすみちゃんを眺め。

 「ビール瓶」片手に「社長! ココは一杯」とコップに注いでいる私。

 そしてコップにビール注がれてる綺羅ツバサ。

 隣で「早く入れてくださいよ部長~」とはやし立てる理亞ちゃんも、つまみは何がいいですかとフライパンを片手にした海未も。

 

 かすみちゃんをヘッドロックして強制連行する桜坂家のお嬢様にフリーズし。

 ツバサが超常的な勘で服を濡らすビールを回避してなかったら「責任取れ」と追求されて殺されてた。

 

 や、彼女にではなく、ラブアロー仮面とミルクちゃんの妹さんに。

 

 

 しずくちゃんが語った事情は「スクールアイドルチャンネルぅ~?」と怪訝そうなツバサの声が感想を示していた。

 私もビールから緑茶へと飲み物を変更し、海未もつまみからお茶請けへと変えた。

 

 学生を二人勉学ではなく個人指導に取り組ませるとは、酒の件を含めて、後で理事長から大目玉を食らった。

 

 ――さて、それはともかく。

 

 スクールアイドルチャンネルとかいうよく分からない媒体にて、かすみちゃんのライブは酷評を食らった。

 趣味がエゴサーチの彼女がソレに行き当たる可能性は高く、聞いたしずくちゃんは髪を振りかざして憤慨する。

 

 振り返ってみればスクールアイドルを評価するサイトはμ'sが現役の時にもあったらしい。

 A-RISEは賛否両論の議論の的になったらしく、ツバサも「ある」ことだけは知っていたとか。

 んなもんにかまってる暇はなかった、と口に出す前に、珍しく私が手の甲をつねりあげた。

 

 普段ならば何すんじゃテメエと殴りかかる彼女も、つねりあげた手を握りつぶそうとするだけで済ませた。

 

「何をしていない暇人が、テメエの価値観だけで人の努力を判断しやがって……!」

 

 大人な私たちは、結果だけで人が判断するって経験則で知っている。

 でも、まだそこらへんの社会経験の少ないお嬢様としては、努力は必ず受け入れられるし。

 頑張れば報われるっていう思い込みを信じている――

 

 とても残念なことに、頑張りも努力も報われなければ「頑張りとも努力」とは人は呼んでくれない。

 

「私が叩き潰して」

「やめなさい、この手のサイトは私がいたころも、Aqoursの全盛期も、理亞さんがナンバーワンになっても――こういうのを嫌う、様々なおせっかいさんがいても無くならかったから」

 

 どうしても叩き潰したいと言うなら、日本を焦土にすることをおすすめする。

 スクールアイドルが全国でも評判になって、ランジュちゃんとかエマちゃんが日本へ留学する現状。

 やっぱり、世界を滅亡させるしか人を評価して現実逃避をする人を滅ぼす手段はない。

 

「へえ……また、スクールアイドルチャンネルとか、匿名掲示板みたいな名前してるのね」

 

 感心したように呟きながら、iPadを全員で集まって眺めている。

 我が学園では優木せつ菜が上位に君臨しているかと思いきや、ところがどっこいスクールアイドル部とランジュちゃんが健闘していた。

 が、ランジュちゃんを推している信者さんが絢瀬絵里の知人なので、喧嘩はしても票は操作するなと言っておこう。

 

 あと喧嘩ばっかしているステイツ(仮名)さんの電子機器は罰として取り上げておく。

 

 や、でも、こんなことをしながらも、ちゃんと曲を提供してくるんだから作曲の天才との評判は伊達じゃないんだ。

 

 

 ひとまずその際にはかすみちゃんに「エゴサーチ禁止」「次回のライブで汚名返上」と結論付けさせ、お嬢様には「頼り甲斐がない」と酷評を食らったけど。

 

 そして夏休みの絢瀬絵里の断髪騒動まで、彼女はセカンドライブが行えない中。

 私は勝手にコペ子ちゃんに「かすみんのソロライブ」を約束し、話を持っていったら殴られそうになり。

 

 彼女のソロライブをみたいのはコペ子ちゃん一人ではなかったので無事でいる。

 

「努力は報われる……頑張りは必ず認められる……かすみさん! ライブのために合宿です!」

 

 ……無事でいられるだろうか。

 何も言ってないのに「じゃあ、真姫さんの許可貰ってきてくださいね」と肩を叩かれ「髪が短いと叩きやすくていいですね」と怖いことを言われた。

 

 未来でリストラされたら、しずくちゃんの顔を思い出すに違いない。

 

 



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ミアちゃんが呟いた単語はゲーム内で使われているアレです

 しずくちゃんに真姫との交渉を頼まれ。

 

「なるほど……協力をしてあげたいけど、さすがに今日明日で合宿は」

 

 社会人として真っ当に「仕事があるから難しい」って。

 スケジュールに穴が開いてるんじゃないかと疑うほどに、度々ニジガクへやってきては学生のみんなから「元μ'sの人だ!」って喜ばれる。

 「あれー? 元μ'sはここにもいるわよ~?」と金髪(最近ショートになった)と黒髪(たまにツインテールにする)は嘆いたけど。

 

 私の通話を眺めていた栞子ちゃん、ランジュちゃん、ミアちゃんのいつもの三人組は何かを示し合わせるように頷いた。

 

 

 同好会のみんなが練習に来る前――もっと言うならしずくちゃんが来校する前に彼女の元へと赴こうとした。

 すると、校外へ出ようとしていたのか理事長と鉢合わせし「お疲れさまです組長!」と冗談で言うと。

 彼女は頬に傷があるのではないかと疑問を抱くほどに恐ろしい表情になる。

 

 「ポニーテールがないからアイアンクローしやすいわぁ」と、握りやすいと評判の私の顔面を指で潰そうとし。

 ソレを目撃した学生から「また理事長が絵里ちゃんいじめてるよ」と。

 ココまでがいつもの交遊録、たまに本気で勘違いされそうになるとか「だったら疑われ……」痛い痛いっ!

 

 

「どうしたの絵里ちゃん、東京湾に身投げするにはまだ早いわよ」

「そんな機会は永遠に遠慮したく」

 

 

 早い遅いだと、まるで私に東京湾に身投げする機会があるみたい。

 理事長は感心したように「そういえばそうね」と呟き、素で共感したことを隠すように咳払いを一つ。

 

「ねえ、ちょっと仕事を一つ頼まれてほしいのだけど」

「もちろんお給料は弾んでいただけるんですよね?」

「ってことはやってくれるのね?」

「地獄の沙汰も金次第というではありま……痛い痛い!」

 

 トークを長引かせて逃げようとする金髪の目論見を、理事長はアイアンクローで握りつぶす。

 

 ちょっとそこの学生さん、スマホで何を撮影していらっしゃるのかな? 見世物じゃないんですよ?

 

 

「で、何をすればよろしいので?」

「ええ、ちょっと娘”たち”を連れて温泉旅館に」

「……わ、わーい、私の日頃の労苦を慮って、休暇旅行につれてってくれるなんて嬉しいなぁ」

 

 「では用事を思い出したので」と逃げ出そうとする私を「どこに行こうというのだね」と校外に出ようとした目的の桜坂しずくちゃんが言葉で静止。

 そのラピュタ王(未遂)のモノマネがめちゃくちゃ似ているんですケド、いったいどこで披露する機会があったの?

 

 諦めたように両手を掲げ、降参のポーズを取ると、ゾロゾロとこの度の企画の参加者が登場。

 ――なお、右腕を栞子ちゃんに左腕をランジュちゃんにだきまくらにされているミアちゃんは、ラブラローさん(仮名)の参加を知らなかったようで、合宿場に到着してからも「逃げる!!!」と連呼していた。

 

 ケド、しずくちゃんに「こんな山間の温泉旅館から、どこへ逃げようというのだね」と脅迫され、学業に関して聡明な彼女は逃げ場がないことを知り、諦めたように両手を広げ、女の子が口にするのはかなりやばい単語を何気なくつぶやき、海未からアイアンクローを食らっていた。

 

 「いやぁ、顔が小さいから握りやすくていいですね!!!」と海未は「ちょっとはしたない単語」をつぶやいたミアちゃんの顔面を握りつぶそうとし。

 真姫にも「女性には品格というものが」しずくちゃんにも「口にする言葉で人はできている」とステイツさん(仮名)は注意をされていた。

 

 喧騒をスルーし、旅館で買われているネコのちくわぶを撫でながら、璃奈ちゃんと一緒になって「いいライブができるといいわね」ってかすみちゃんに言うと。

 彼女は苦笑いしながら「りな子もソロで」と言い――ああ、天王寺璃奈ちゃんがこの場に連れてこられたのってそういう……。

 



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この指導法は良い子は真似しないように、下手すると逮捕されます

 山間に建てられた旅館にバスが到着した時、おかみさん達は気が気でなかったとか。

 理事長が「高貴な方々がお泊りになる」と電話をかけ「いたずら電話だ」と皆さま思いつつも準備を重ね。

 

 彼女が娘のためにチャーターした、リムジンバスが駐車場に停まり。

 「これはよもやすると、ひょっとするのでは?」と従業員一同背筋を伸ばされた。

 

 ところが。

 一番最初に降りてきたのが「本日の主役」と書かれている。

 右肩から腰のあたりにたすきを掛けた中須かすみちゃん。

 やはりデマだったのではないか、と皆様心配されたけど、次に降りてきた人間を見て一度恐縮した。

 

 かすみちゃんに異常な愛情を深めていると評判の桜坂しずくちゃんを、従業員の一人が存じていらした。

 

 我々は宿に着いた瞬間にコントみたいに盛り上がり、部屋に向かおうとした矢先。

 お客様のお部屋はこちらになっておりますと、恭しく頭を下げた大女将に案内され、たどり着いたのは宿で一番上等な部屋。

 そう、大女将はかつて若かりし頃のしずくちゃんのご両親を女将として案内したことのあるベテラン。

 

 「へえ、ここで私が仕込まれたんですね」と言おうとしたお嬢様の口を抑えるのに必死だった。

 大女将が涙ぐみながら「大きくなられて」と語っているエピソードの感想が「ここで子作りしたんだ」ではあまりにもいたたまれない。

 

 ともかくみんなで泊まる部屋はジャンプアップする。

 

 なお練習場所は自然の中になっている。

 大きな声で歌ったり踊ったりすると思っていたかすみちゃんと璃奈ちゃんは「同好会のメンバーは行きたがらないわけだ」と震えた。

 

 つまりは、私以外は参加メンバーも参加場所も知らされており、参加するかしないかは個人の意思に由来すると確認できた。

 なぜ私だけ人権をないがしろにされるような、とため息をついたら、いつのまにか背後についていた真姫に「愛されているわね」と、孫を眺めるようなおばあちゃまみたいに、目を細められた。

 

 扱いが完全に年端も行かない子供みたいだけど、あえて何も言うまい。

 

 森の中の練習場で――もちろん練習場とは間違っても言うことができないほどの自然の中で。

 鬼教官であられるしずく嬢は、一年生組を前にして高らかに宣言をする「貴様らはゴミだ!」と言ったあとですぐさま。

 

「本当にそう思っているわけではないのであしからず」

 

 と訂正を入れてくれた――私たちも誰一人「一年生組をゴミ」と考えていないことは容易に想像がつく。

 彼女は口ではひどいことを言うものだけど、その内面みんなをとても大切に思っており。

 頑張りや努力は報われることが約束されていると常々言っているし。

 

 繰り返すけれども、世間では頑張りや努力というのは結果を残さないと認められない。

 どちらかといえば頑張っているとか努力しているとか言っているのに、何もしていない連中のせいでそんなことになっている。

 

 教官役を務めるしずくちゃんは、細めの長い棒を持っている。

 私や真姫はあれで何をするつもりなのか理解しているし、海未にも「かれこれこういう事情で」と説明してある。

 耳元で囁いたら「私は耳が性感帯なんです」と、生徒会役員共の生徒会長みたいなセリフを言ったけれども、何か私に含むことでもありますか。

 

「貴様らは……まず声の出し方がなっていない!!」

 

 ちなみにこれ真姫や私が及川さんから、一番最初に言われたこと。

 キサマなどと彼女の旦那さんが仕事で使う台詞は、言ってはいないけれども。

 

 真姫からの受け売りであるのも違いないけど、声の出し方がちゃんとしていないって言うのは私も、真姫もよく知っていた。

 演劇部出身の彼女がそこら辺が気になるのは仕方がない。

 

 海未が「そうなのですか?」と真姫や私に言ってきたので、本職である真姫に対応を任せた。

 

 「発声にもプロとして技術がある」「弓道でも日舞でも、一般の人ができないなにがしかがあるようにね」最初の発言では海未はピンとくるものがなかったのか、真姫が続けて説明する。

 その言葉に「私の不明を詫びます」と頭を下げる海未。

 

 誰かはただ声を出すだけだと言って馬鹿にするかもしれないけど、ただ声を出すだけでも様々な技術がある。

 例えば人間の発声で一番邪魔になっているのが舌――これを何とかするだけで、声の大きさは5倍にも10倍にもなったりする。

 

 スクールアイドルとしてそれらに技術を磨いてきた私たちでさえ、声優のプロが語る声に関するトレーニングは、自分たちが本当に技術もへったくれもなく努力や頑張りだけで突き進んでいたのだと認識する。

 

 ただしずくちゃんが持っている細い棒は――それ以前の体の使い方であるとか――呼吸法に関連する指導のためのものだ。

 はたして及川さんが使っていた言葉を、しずくちゃんが言ってのけることができるんだろうか。

 

 ……できるんだろうなって思っている。

 友人達の為ならなんだってするような彼女。

 すごく恥ずかしい言葉だって言ってのけるに違いない。

 

「足場の悪い地面で立っているのも難しいだろうけど……まずは踏ん張ってみせみようか」

 

 地に足をつける――この程度ならまだ誰に聞かれても問題はない。

 踏ん張るって言葉がどういう意味を指すのか、海未はまだ知らないものだから「地に足をつけるとはいいところに目を付けましたね」と、感心したように言っている。

 

 私たちも「確かに地に足をつけるって言うのは大事だものね」と及川さんのトレーニングの前には思ったもの。

 

「よし、そして次はお○ん○んをセンターに!」

 

 いきなり伏せ字が入るような表現をするお嬢様――及川さんにはもっと過激なセリフを言われたけど。

 さすがのしずくちゃんも口にするのははばかられたんでしょう。

 ちなみにこれ「下腹部に力を入れ前に向ける」 ってことで、別に「おちんち○」をセンターにすることじゃない。

 

 ……ちなみにこの後「おち○ちんを揺らす」感じでと、下腹部に力を入れるトレーニングとかさせられたけど。

 

「ほら!!! 皆さんできていませんよ!」

「……しずく、私たちにはないものをセンターにするのは無理」

 

 

 恥ずかしかっているメンバーの中で、唯一ランジュちゃんが正気を取り戻して、毅然とした態度でツッコミを入れる。

 ちなみにこの発言、真姫も及川さんに言ったものだ――おそらくこの後の発言は、及川さんにあやかったものになるに違いない。

 

「仕方がありませんね……おま○ま○をセンターポジションにしてください!!!」

「ま……!?」

 

 普段から下ネタが多い彼女に慣れている一同とはいえ、そこまで直接的な表現をすることはなかった。

 ミアちゃんはあからさまに「なんであいつをアイアンクローしないんだ」と言っているけれども、海未も呆然としてしまってそれどころではない。

 真姫や私はちゃんと意味のあるトレーニングだから黙っているだけで、それとお嬢様にも同じことをやってもらうつもり。

 

 逆襲される機会が分かっているから、暴走もある程度は見守ることができる。

 

「ほら、璃奈さん! おまんま○をセンターにしてください」

「……こ、こう?」

「かすみさん!!!」

「わかってるよ! トレーニングなんでしょう!」

 

 しずくちゃんが趣味や性癖で言っているわけじゃないのはみんな分かっているので。

 しぶしぶといった態度をしながら、恥ずかしそうに下腹部をセンターポジションに向ける。

 

 正直な話この後で何を言われるかわかっている私たちとしては、友情が崩壊しないか心配でならない。

 

「次にケ○アナを締め上げろ!!!」

「!?」

 

 海未が驚いたように私や真姫の顔を眺めるけれども、これもまた及川さんから受けたトレーニングの一環だ。

 ちなみにこれ肩の力を抜くためのトレーニングでもあるし、下腹部に力を入れて横隔膜を上下させるためのものでもある。

 

 ほら、おトイレを我慢している時に両肩に力が入っている人っていないでしょう? 大きいのを我慢している感じになると怒りも雲散霧消するものだし……って、言われたんだけど。

 

 ちなみにケ……力を入れると発声にも影響がある。

 瞑想をする時の呼吸法にも役に立つそうなので、興味がある人はぜひ調べていただきたい。

 しずくちゃんの名誉のためにも。

 

「できていない人は、この長い棒で突き刺すつもりですから!!!」

 

 そのための長い棒――及川さんは棒なんて持ってなくて、指だったけれども、さすがのお嬢様も指を友人のア○に突き刺す覚悟はなかったらしい。

 私も真姫も「できてない!」って言って、何回か突き指された。

 そのおかげで出来るようにはなったけれども、何か大切なものを失った気がする。

 

「みんな安心してちょうだい、しずくが例を示してくれるから」

 

 真姫が棒を片手にみんなを指導しようとしているお嬢様の前に出。

 なんとなくイメージができないのか首をひねっているメンバーの前で、にこやかに微笑んでみせる。

 

 ちなみにだけど彼女は棒なんて生易しいものを持っていない、指を霊丸と同じポージングにし、 何かヘマをしたら突き刺すぞと言わんばかり。

 布越しとはいえ、あの指を刺されたらすごく痛いだろうなぁ……体験のある私としては、できれば女子高生にあんな思いはしてほしくない。

 

「わかりました、例を示すために少しお腹を晒してもよろしいでしょうか」

「わかったわ、みんなも彼女のお腹の動きをよく見ておくように」

 

 女の子しかいないせいなのか、彼女は着ているワンピースを見事に脱ぎ捨て下着姿になる。

 いくら友達のためとはいえ、森の中で下着姿になれば、蚊に刺されて大変なことになるような気もするけど。

 蚊も遠慮する気持ちがあるのか近寄って来ない――まるでなにか魔法みたいな力で守られてるみたいに。

 

「このようにお腹がへこみます……ぐーっと、鎖骨を盛り上げるような感じで」

「……ヨガのポーズみたいね」

「正しいです」

 

  触ってもいいですかと言われるので「どうぞつまらないものですが」と、反応するけどそれはどうだろう。

 この模様を写真に撮ったらお嬢様が大好きな桜坂家の面々が、どれほどのお金を出してきてくれるかわからない。

 

 何をしているのかと殴りかかってくる危険性は大いにあるけど。

 

「なるほど持ち上げるような感じか」

「ミアさん! ケツア○に力が入っていません!」

「そんなことどうやって判断するって言うんだ!」

「こうです!!!!」

 

 彼女は何一つで遠慮することもなく、手に持った棒でミアちゃんのお尻に棒を突き刺した。

 悪役が正義のヒーローにやられる時みたいな声を出しつつ彼女は悶絶する。

 

 相当強い力でやったのだろう、見ていた面々がそれぞれ悲鳴のような声を出した――おそらくなんでこんな目に遭わなきゃいけないのかって考えてるに違いない。

 

「そうです今の痛みを抑えるような感じで! それに力を入れるんです、持ち上げる感じです!」

「お……おぅ……おぉ……」

 

  海未が思わず手で顔を覆った――先ほど彼女にアイアンクローをかました人間とは思えない……気持ちはわからないでもないけど。

 

「しずく……」

 

 友達の惨状にランジュちゃんも考えるところがあったのか、怖い表情を作ってしずくちゃんに詰め寄る。

 彼女も殴られる覚悟があったのか、どうぞやってくれと言わんばかりノーガードのポーズを取る。

 

「アタシに同じことをやってみせなさい」

「ほう?」

 

 真姫も私も歓心するような声を出しつつ驚いた。

 さらに理事長に見つかったら何をするだァーッではすまない――彼女もしずくちゃんと同じように下着姿になり、しなやかな肢体を露出させた。

 そして璃奈ちゃんやかすみちゃん栞子ちゃんに呼びかけるように「よく見ておきなさい!」って、羞恥で頬を染めながら。

 

「遠慮せずにやりなさい! しずく!」

「分かりました、覚悟しておかなければいけませんよ!!!」

 

  ぐさっ! と本当にマジで遠慮なくしずくちゃんは突き刺し、ランジュちゃんはお尻の辺りを押さえながら悶絶する――それでも彼女は、お腹のあたりを見せながら倒れこむ。

 

 あまりの痛々しさに栞子ちゃんや璃奈ちゃんが手で顔を覆いながら、見たくないと言わんばかりに首をするけど。

 かすみちゃんが「二人の犠牲を無駄にしちゃだめだよ!」と見るように申告する。

 

 ランジュちゃんのお腹は今までに比べてへこみと膨らみの大きさを増していて、漏れる声は今までよりもかなり大きくなっている。

 彼女に声を張り上げる余裕はないから、単純にこれだけで声量が大きくなったと言えるのだろう。

 

 だけども彼女一人が犠牲になって物語はハッピーエンドというわけにはいかない。

 

「ダメですかすみさん! 全くもってアナ○がしめきれていません!」

「だって! だって! かすみんはアイド……ぎぃぁぁぁぁ!!!!!」

 

 何か大切なことを言おうとしていたのでしょう。

 台詞の途中で彼女は尻の純潔を散らし、悲鳴のような甲高い声をあげた――とんでもない声だったので誰かが飛んでくるんじゃないかと不安になったけれども。

 深い森の中に様子を見に来ようという殊勝な人はいなかった――だからこそお嬢様は下着姿になってるんだし。

 

「この辺りでいいでしょう……では、海未さん、肉体的なトレーニングの指導を私を含めてよろしくお願いします」

「……あなたは鬼かなんかですか」

「誰かのためには鬼にもなれる女ですよ私は」

 



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宮下愛さんお誕生日記念

 絢瀬絵里が誕生日イベントとかに執着しているのは皆さんご承知の通りだと思う。

 璃奈ちゃんが私の腰の辺りをぐいぐいと引っ張ってくるので「あらまあ可愛らしい、妹にして差し上げようかしら?」と冗談で言ってみると、その発言を聞いていたダイヤちゃんが「それは私の専売特許ですわ」と苦笑いしながら言ってみせ。

 

 誰彼構わず妹にするという噂話は本当だったのか――と私の心の中を戦々恐々させた。

 いつの日か彼女に「私の妹にならないとあなたを殺して私も死ぬ」と言われてしまうのかもしれない。

 この前ヤクザ映画を観たのも大いに影響しているのかもしれない。 

 

 そんな死ぬほどどうでもいい話で璃奈ちゃんの提案してきたイベントの話をスルーするわけにはいかない。

 

 彼女が言ったたのは「愛さんの誕生日は5月30日」――いまは8月――つまりだいぶ時間が過ぎている。

 彼女と知り合ってから仲良くなるまで――てか、彼女が同好会に籍を置くまでに誕生日は過ぎてしまったんだろう。

 それを偲びなく思ったのか、璃奈ちゃんは「愛さんの誕生日パーティーを企画してほしい」と話を持ってきてくれたのである。

 

 誕生日イベントは大好きだ――サプライズは残念ながらバレがちではあるんだけど、誰かのために気合を入れて喜んでくれるのはとても嬉しく思う。

 ことりには「誰かにご奉仕するのが大好きなんだね」と「メイドとしての資質を褒められた」けど。

 彼女は酒を飲み、足を組んでデザインをしながら「男性にご奉仕が大好きな女の人なんかいないよ」と嘯いているのを聞いたばかりだった。

 

 ことりからしてみれば生活の全てを大体把握している私に、24時間ご奉仕して欲しいに違いない。

 高校時代にメイドとして名声を高めたけれども、彼女の資質はメイドではなく女王様か何かなのかもしれない。

 

 璃奈ちゃんから話を持って来られた私は「宮下愛ちゃんの誕生日イベントの企画」と「主役以外のLINEグループを作る」

 早速準備開始とばかりに「皆様がサプライズプレゼントを用意することを願っております」と煽り文句で文言を閉じる。

 

 隣にいたダイヤちゃんが「なぜ自分に関すること以外は異様に優秀な能力を発揮するのですか」と苦笑いしながら言うけれども「自分のために頑張るより、誰かのために頑張った方がやりやすいでしょう」とこともなげに言ってみる。

 

 「自分が前に進むよりも、誰かの背中の方が押しやすいですからね」と、真面目な顔を作って言い「あなたは背中を押してばかりではありませんか? 押された相手が崖の上にいるかもしれませんけど?」と、忠告するような物言いをする。

 「崖の上にいるんだったらこちらに引き寄せる」と、笑いながら反応をした。

 

 ――後日、海未から「今崖の上にいるんですが絵里に引き寄せてもらいたいんです」 とメッセージが届いて「今は忙しいから帰ってきなさい」と返答したら「唇を尖らせた顔のLINEが届いた」――本当に山の上にいたので、趣味と実益を兼ねての嫌がらせはやめなさいと進言するしかなく。

 

 

 さて、宮下愛ちゃんが誕生日なので、彼女が喜ぶようなプレゼントは何にすればいいか腕を組んで考える。

 彼女が同好会に入ってからしばらく経ったのもあるし、寮の中で「愛ちゃんの誕生日パーティーを開く」と言った際には「絶対に参加するから!」 と語ったアイトモがいっぱいいた。

 知人ならともかく、学生とかぶるプレゼントは社会人として恥ずかしい。

 

 おかげで用意する料理が大変な量になりそうだけれども、理事長が「金ならあるわ」と悪役みたいなセリフを言いながらイベント資金を用意してくれました。

 旦那様に料理は作ったりしないんですか? と言ったら「ママの料理はせつ菜と同じレベルだから」とランジュちゃんに言われ、あまり芳しくないと言われている彼女の評価がみんなから下げられてしまった。

 

 私を恨みがましい目で見ても評価は上がらないので、できればメシマズから卒業していただきたい。

 トレーニングがしたいというのなら責任を持って付き合いますので……。

 

 

 愛ちゃんの姉代わりを務めていらっしゃる美里さんにもご協力をいただき、さらにはことりにも「誕生日にふさわしい着飾る衣装」を提供していただきました。

 

 ちなみに「曜ちゃん」も「千歌ちゃんの提案」で「私が宮下愛ちゃんにふさわしい格好を用意します」と宣言――投票の結果、ことりへの投票が上回り採用された。

 

 ことりからも「努力すれば私の引き立て役くらいにはなる」「少なくとも女装してメイドしているやつよりは才能がある」と、フランスでは戸籍の変更が認められて女性なんだから「女装している」って表現は変なのでは? と首を傾げたけれども。

 

 曜ちゃんを含めて「え?」みたいな顔をしているので「何よ、私の知り合いにまるで女装している人がいるみたいじゃない」――あ、綺羅雪菜クンはカウントしてない。

 とっても可愛らしい女性に出会いまして、と、ここ最近は男性的な仕草を取ることが多くなった――女装している時に出会ったのだから、女装したままの方が良いのでは? と誰しも考えた。

 

 「それではまるでだまし討ちをしているようではありませんか」と苦笑いされながら言われたけど「実は男性だったんです」と告白した方が、その女性にとってダメージが大きいのでは? と聞いていたメンバーは誰しもが考えたけれども――恋は盲目ってことで。

 

 ただ、寮では男性として過ごすことが多くなったのに、踏ん切りがつかないせいなのか、彼女と出会う時には女装していく――嫌なことから逃げるとロクなことがないわよ、と姉に指摘されているけど……。

 

 ちなみに女装をしていない姿は女子に大人気で「カワイイ」「あっちのほうが良い」「おもちゃにしたい」と評判である――姉に一人残らず殴り倒されないか心配だ。

 

 一つだけ気になるのは、その女の子の写真を眺めたニコが「可愛らしい子ね」とコメントしたっきり、それ以上話題にしようとしないので「UTXだから、知っている生徒なんだろう」と私は推測している。

 きっと、雪菜クンの前では猫をかぶっているのだ――そう考えると、彼への評価はとても良い方向に向かっていると言える。

 

「さすがに弟の彼女ぐらいで怒らないわよ、妹に彼氏を紹介されたあなたが怒っていないんだから」

 

 と、ツバサにはトラウマを刺激されつつ、自分はノータッチを貫くと宣言してくれた。

 あんじゅも英玲奈も「ブラコンのツバサがそんなことを言うとは、明日は大嵐になるに違いない」と失礼な事を言ったけれど。

 天気予報では晴れだったのに、突然の低気圧の襲来で大雨が降った。

 

 窓の外を眺めながら「やっぱり怒った方が良かったんじゃないですか?」と理亞ちゃんに心配げに言われ。

 「怒った方が私らしいっていうのは複雑な気分ね」とツバサは首を振りながら言っていた。

 

 

 さて愛ちゃんの話に戻る――誕生日パーティーはもちろん彼女の知らないところで完璧に準備。

 友人が多いから誰かがしくじるんじゃないかと思っていたけど、パーティーの当日までに彼女に情報が漏れることはなかった。

 

 会場に連れ出してきたのは璃奈ちゃんとミアちゃんだ――連れ出すメンバーに選ばれたミアちゃんは「え? ボクなの?」と驚きを隠せない様子で、それでもちゃんとおめかしして璃奈ちゃんと一緒に迎えに行ってくれた。

 

 DiverDIVAとしてユニットを組んでいる果林ちゃんは「サプライズが隠しきれそうにもないから無理」と断っていた。

 読者モデルとしては似つかわしくないちょび髭をつけながらクラッカーを鳴らす準備をしている彼女を眺める限り、迎えに行って歩いている最中に「誕生日おめでとう」くらいは言ってしまいそうだ。

 

 ちなみに本日は宮下愛ちゃんの誕生日ではなく、誕生日パーティーが開けなかったから今やってしまおうって話だ――果林ちゃん以外は理解してくれていると願いたい。

 

 スペシャルゲストとして美里さんにも同席していただいている。

 体調の関係上大きく盛り上がることはできないけど、喜ぶ”妹”の姿を眺めたいとのこと。

 

 近くには真姫や、未だに教育実習に取り組む様子がない教育実習生がいるけど……あの教育実習生はテレポートができるので、美里さんが体調を崩されても病院にすっ飛んでいけるから。

 

 ……ただ、基本的に素直な二人組が「愛さんの新しいステージ衣装」と嘘をついて「パーティードレス」を彼女に着せられるかと心配になる。

 「ステージ衣装といえば身に着けるはず」とミアちゃんは自信満々に言ったけれども、根拠が「スクールアイドルだから、素敵な衣装を見せられれば誰でも身に着けたくなる」と――もしかして自分もことりの衣装が着てみたいっていう自己申告ですか?

 

 ちなみに会場は学園でステージとしても活用されている体育館――アイトモや参加したい人間があまりにも多かったため、部活で練習する皆様には大変申し訳ないんだけれども貸切にさせて頂いた。

 

 ――「愛ちゃんのためならオーケー」と様々な部活の部長から言われて、ランジュちゃんや栞子ちゃんは流石に驚きを隠せなかったけど。

 や、断りづらい雰囲気にするために二人が交渉に向かったのに「愛ちゃんのイベントなら」で、何も問題が起こらなかったのはすごい。

 

 二人にはちゃんと「練習場所は他に用意してあります」って言わせるつもりだったのに、言う前から「愛ちゃんならオーケー」なんだから、彼女の存在は別格と言っていい。

 

 そして会場に現れた愛ちゃんを「クラッカー音」「手拍子」「歓声」で迎える。彼女は最初何が起こったのか分からなかったけど「誕生日おめでとう」って声でイベント好きな私を思い出したらしい。

 

 彼女は感極まったように俯いて「もう誕生日は何ヶ月も前に過ぎてるんだけどな」とつぶやく口の動きが見えた。

 

 それでも顔を上げた愛ちゃんは、全員とハイタッチしようとテンションを上げ。

 手を上げてを待っている面々の中に美里さんがいることを確認ししこたま驚いた。

 

 それまではギャグをマシンガンのように言っていたのに、彼女の前に来た瞬間感極まったように表情が歪み、手で顔を覆って泣き出してしまった。

 愛ちゃんの頭を撫でながら、優しげな言葉を囁きかけるのを見て、彼女と同じように感極まるメンバーが多数。

 

 かくいう私も「愛ちゃんにはぜひステージの上に!」と無茶振りをされる彼女を助けられなかった。

 いつもだったら助けられていたのかと、突っ込まれたら首をひねるしかないけど、彼女の嬉しさが込められたステージを眺めて、感極まっている美里さんを眺めて、涙腺が崩壊し翌日は目薬が手放せなかった。

 

 



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最後のセリフは「カミサマには逆らえないから」の「カ」です

 山間の温泉旅館の地下室に、限られた人しか入ることができない秘密の部屋なんぞがあるのか。

 疑問を口にすれば放り込まれるぞと脅されたので、殊勝な私は口を真一文字にして黙ったけど。

 周囲のメンバーも「この宿やばいんじゃないかな」と不安を抱いた。

 

 桜坂のお嬢様だけが、この宿は信用できる場所ですねとコメントしている。

 園田、西木野の両家のお嬢様は不安げな表情をしていたけど。

 

 黒澤のお嬢様が来訪をしたのなら、どんな反応を示すのか尋ねたい。

 彼女はLINEで忙しいとしたけど、海未の考えるトレーニングが嫌だったから来なかったと予測。

 

 ツバサや理亞ちゃんでさえ「あのトレーニングは嫌だ」と逃げ出したそう。

 時間が出来たので電話をかけてみたら「まだ生きてたの?」と。

 

 「あいにくだけどまだ全然死ぬ予定ないから」と――夕飯を食べてちょっとしてから、和気藹々とした中、二人の罵詈雑言が聞きたくなった。

 

 この合宿も平穏な雰囲気のまま終わるのかなって、そう思いつつ――とんでもない勘違いだった。

 

「なるほど防音は完璧ですね」

 

 交流を深めていた我々を、桜坂教官は唐突に呼び出した。

 さすがに周囲の目があるので「これからトレーニングを始めます」とおとなしいものだったけれど。

 周りに自分の知人以外がいなくなった瞬間。

 

「これからのトレーニングは苛烈を極めますよ! これを乗り越えられればステージもいくらでもできます!」

 

 海未のトレーニングに慣れている面々は「ヒーコラ」言いながらも乗り越えることができた。

 

 ただ合宿に参加している一年生組の疲労度はかなり大きく、まったりとしたのもそれが原因。

 

 温泉にも入ってようやく、明日を迎えてもいいってトコで、鬼教官であらせられるしずく嬢が「これからトレーニングを始めます!」と。

 

 これからあなた達には殺しあいを始めていただきます――なんて、口からポロリと出てきそうな重厚な雰囲気を携え。

 

「では……皆様にこの文章を読んでいただきます」

 

 桜坂家使用人の「オフィーリア」さんがペラ紙を私も含め――海未にも、真姫にも配ってくる。

 「え?」と言わんばかりに首をかしげる海未が内容に目を通し、呆れたような口調でこう言った。

 

「エロゲのテキストではありませんか」

 

 地の文まで書かれていないけど、この文章を見る限り成人向けゲームの内容。

 よもや自分で書いてきたというわけではあるまい。

 もしそうなら思わぬ才能がある、我々が作っている成人向けゲームのライターとして採用しよう。

 

「そうです――ボイストレーニングの実践……つまり、大きな声を出すための最終段階に入ろうと言うのですよ!」

 

 テンション高く宣言するしずくちゃん。

 体を大きく揺らしながら「皆様はどんな声を出すのか楽しみで仕方がありません!」と悦に入っている。

 

 大きな声を出すためにその声を出すことは決して悪いことじゃない――ただ、他にも上達方法はあるだけ、羞恥なんぞ伴わんで良い。

 

 顔をしかめっつらにして「何かあったらアイアンクロー」の準備をしている海未に、真姫が「私もフォローするから安心して」と口にする。

 

「真姫、あなたの声は出来のいいASMRと変わらないんですから、ちょっとエロい感じで言わないでください」

「エロさがあふれ出ているから仕方がないのよ」

 

 一歩間違えれば犯罪者として捕まってしまいそうな会話をしているけど、声の仕事に関する内容では、真姫は一枚も二枚も上手だから仕方がない。

 

 

「みんな、ささやき声は出せるかしら?」

 

 しずくちゃんも生徒として取り組みたいということで、教官役は私と真姫に一任されることになった。

 真姫だけでと思ったけど「アシスタントとして手伝ってちょうだい」と言われればホイホイと頷く。

 

「ささやき声ってウィスパーボイスのこと?」

「そうそう……ひそひそ話で使う程度の音量でこそこそ喋る……今私が喋った感じにね」

 

 ちなみにその声は随分と遠くまで聞こえていた――ひそひそところではないけれど「そんな感じでしゃべる」ってのは、ここにいたメンバーがみんな理解してくれたと思う。

 

「ではまずはお手本を見せます……この通りにやってっていうのはあなた達には無理だから、目標にしてくださいな」

 

 「プロの技術を真似をするのはいいけど、最初から自分はできると思わないこと」なんて、真姫が真面目な表情を作って言う。

 これくらい誰でも出来るんじゃないですか、みたいなコトを言おうとしていたかすみちゃんや「恥ずかしいけど大丈夫な感じもする」と言っていたランジュちゃんに釘をさす。

 

 そして彼女から発せられたひそひそ声にも似たウィスパーボイスでの喘ぎ声は、色っぽさとか体に来る感じを携えつつも、とてもひそひそ声とは言えない音量であった。

 これがもしも部屋の外に漏れて聞かれていたら、殴られるだけではすまないんだろうなぁと考えるけど。

 

「ああ、ウィスパーに声が乗らないように気をつけてね」

「通常の声にならないようにってことですね」

「その通りよ、普通に喋るのとは違うからね」

 

 わからないメンバーは首を傾げながらも、真姫の言われた通りにひそひそ声で、書かれているエッチな喘ぎ声を読んでいく。

 もちろん私も海未も読まなければいけない――こんなことなら参加を辞退すれば良かった、と園田のお嬢様は早くも嘆き節。

 

「じゃあ次はひそひそ声に声を乗せる……つまりひそひそ声と通常の声を際無く切り替える」

 

 今、真姫はつまりをヒソヒソ声で真姫は、ひそひそ声を自らが普段発している声で読んで見せた。

 ウィスパーボイスで喋っている最中に通常の声に戻すのは、簡単にやっているように見えるけど実はすごく難しい技術なのだ。

 

 声を出すっていうのは息に声を乗せる感覚が重要。

 そのためにウィスパーボイスから通常の声に切り替えるトレーニングをしている。

 

「あ、でもね、この文を読む必要はないわ」

 

 ひとまず置かれるペラ紙――そこから真姫は「これから犬になりきってください」

 

 四つん這いにでもさせられるのかと思いきや、そんなことをする必要はないからと真面目な口調で言われてしまった。

 例のごとく真姫がお手本を示してくれたけど、簡単そうにやってのける――私も及川さんが簡単そうにやっているから、もしかしたら誰にでもできるんじゃないかなって思ったんだけど。

 

 ……考えてみればよく分かるんだけどウィスパーボイスで吠える犬っていうのは根本的にありえない。

 福山雅治が犬になったら、そんな感じで吠えるのかもしれないけど。

 

「あ、かすみちゃん、璃奈ちゃんできてない、犬そのものができてない」

「ワンワンって鳴く犬のこと?」

「できるだけ大きな声で犬みたいに鳴いてみて……こんなふうにね」

 

 文字にすると「アオォォォォン!!」みたいな感じになる。

 犬が遠くに向かって叫ぶようないななきが部屋中に響き渡った。

 正直な話、おなかの中に犬でも飼ってるんじゃないかっていうくらいの強い声量だった。

 

 聞いていたメンバーは思わず拍手をしてしまい、こんなことはたいしたことではないからと真姫に窘められてしまった。

 

「犬の鳴き声なんて誰でもできると思ったけど難しい」

「このアタシに簡単にできないことがあるなんて」

「わだすはそんなんばかりだとよ、でも、ランジュちゃんは凄いけど普通の女の子だよ、だってわだすと友達になってくれてるもの」

「自分はすごいと思っていたけど、世の中には特別すごい人ばっかりいるものだから自分の身の程がよく知れた」

 

 栞子ちゃん、ランジュちゃん、ミアちゃんが犬の鳴きマネを必死に練習している――が、1年生組で一番最初にコツを掴んだの璃奈ちゃんだった。

 キャンキャン吠えているような犬の姿が見える――正直パフォーマンスについてはスクールアイドルの中ならまだしも、ソロライブでは厳しいと思っていた。

 

 後は彼女なりの個性を身につけることができれば、ソロライブを行い、お客様の高評価につながるのも夢ではない。

 

「では次に犬の鳴き声をウィスパーにして……そして鳴いてる途中に普通の声に戻すの」

 

 こんな感じにねと、最初のうちは空気の漏れる音しか聞こえないのに、一瞬で犬の鳴き声に変貌する。

 本当に簡単にやっているように見えるんだけど、簡単にはできない技術なのはご承知の通りだと思う。

 

 息を吐いている途中で突然喋り出すような感じなので苦しさは理解してもらえると思う。

 

「……なかなか難しいですね」

「……しず子は簡単にやってのけると思ってたよ」

「私もその想定でした……声の出し方は自信があったんです」

 

 つまり彼女が身につけていた技術が、今教えられている基準とは違うということ。

 どちらが正しいというわけではないけれども、どちらも正しい可能性があるので、技術を身につけて取捨選択できるようにするってことは生きていくうえで重要なことだから。

 

 一つの事しか出来なくって、それが出来なくなってしまった時不安に陥らないように、人間は様々な技術を出来た方がいい。

 現在だけで判断していないで、未来の自分のためにもいろんなことは絶対にできた方がいい。

 

 

 ……犬の鳴き声からそんな話になるとは、人生っていうのは本当によくわからない。

 

「わだす、思いついたんだけど……」

 

 ここで栞子ちゃんが挙手をして、教官役の真姫が指をさす。

 おずおずと口を開いた彼女は、一同に衝撃を走らせるとんでもない発言をした。

 そんなことはないよ――意見を聞いた時にみんなからその後が返ってくると思った。

 

「犬の発声で声が出るようになるなら、もっと犬になりきってみたらどうかな」

「それいい!!」

 

 このお嬢様の反応は予想通りだった――真姫が言ったことができてないっていうのは彼女の中で大きなダメージがある。

 そこで変な事口走ってしまうことはある、人間焦るとトンデモ発言をしてしまうものだから。

 

「早速犬になってみせます!!」

「……?」

 

 彼女自身がそれを望むように。

 まるで罰を自分自身に与えるかのように、彼女の瞳はかすみちゃんしか見ていなかった。

 

「様子がおかしい」

「……」

 

 止めようとしたけど「しおりこ」ちゃんが手で制すのがわかった。ランジュちゃんもミアちゃんも、彼女が入れ替わったことに気がつき、しずくちゃんを止めようとするのをやめる。

 

 いったい何が起こっているのかと言わんばかりの海未に「今は静かにしておくべき」と真姫がたしなめるように言い。

 彼女も諦めたように首を振った「わけがわかりません」

 

 その反応は私もしたい――だけども、もしかしたらだけど――別の世界にいるっていう、とんでもない性根の桜坂しずくが彼女に乗り移っているとしたら。

 

「わ……たしは……謝らなくちゃいけない……止めないで、この世界のしずく……う……」

「やっぱり」

 

 しずくちゃんの心の中で別世界の桜坂しずくが、何かを伝えようとしている――でも何故必死になって抗っているのか。

 彼女に敵意はまるで感じられない「しおりこ」ちゃんもそうだけれど、 基本的に素直ないい子だ――素直故に悪意に簡単に染まってしまうだけで。

 

 一度間違えてしまったら二度とやり直すことができないと考えてしまっているだけで。

 

「友達を……扱いやすいコマみたいに例えたこと……どの世界でも……どこの場所でも……謝りたいの。どうか止め……クソッタレがぁ!!!!」

 

 同一人物の発言には思えなかった。

 えらく殊勝な調子で謝意を伝えようとしている別世界のしずくに、女の子が口にするのは、はしたない単語で抵抗してみせる。

 

「謝りたいだぁ! だったら自分がいる世界で謝ってみせろ!!!」

「……それはできません」

「どうして……?」

 

 しずくちゃんの反応が自然に思われた。

 でも、彼女の心の叫びに「意味がない」と言わんばかりに「しおりこ」ちゃんは首を振り、意を決するように目を見開き

 

「それはカ……」

 

 ぐにゃり。 

 



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作ろうとしているのはもちろん、ダイヤモンドプリンセスワークス

 とてつもなく嫌な夢を見ていた。

 

 夏の空はどこまでも高く、突き抜けるような日差しは熱く。

 過去にスクールアイドルとして活躍していた私は――

 

「……はっ!?」

 

 慌てて身体を起こす。

 周囲を見回し手で顔を擦る。

 そんな私の姿を一人の少女が見守っていた――。

 

 あ、少女じゃない。

 少女と見紛う若さではあるけど、年齢は三十手前。

 スクールアイドルだった過去を数えるには両手では足りない。

 

 私の失礼な考えを読み取ったのか。

 綺羅ツバサは睨みつけるような視線を向けてくるけど。

 

 すぐさま首を振り。

 

「こんなことをしている場合ではないものね」

「ごめんなさい、寝坊なんて」

「仕方ないわよ、嫌なことから逃げ出したいのは当たり前だし」

「……そうね」

 

 十数年前スクールアイドルとして活躍していた私は。

 五年前に宇宙人と出会った。

 

 宇宙人といえば現実には存在せず。

 アニメであるとか漫画であるとかライトノベルであるとか。

 

 私の頭がおかしいんじゃなくて、人類は宇宙人に出会ったの。

 

「この星に危機が迫っています」

 

 地球から遥か遠く離れて――はいるようだけど。

 やつらは、地球人が何百年もかけて移動する距離をまたいでくる。

 

 テンプラー星人の皆様は、奴らの来訪を未然に防いで来ていた。

 

 生活が犠牲によって成り立っていた時。

 感謝をして終わるか、それとも共に立ち向かうか――

 

 

 惑星が滅びさる様子を編集した映像を眺め。

 「いつもありがとうございます」とはならなかった――まあ、一部の人は信じてなかったけど。

 

 地球を守るため、若者たちは戦場へ向かうように。

 私も若ければ、 テンプラー星人の皆様が開発したバラバラーに乗り込んで――さっさと死んでいたかも。

 

 ただ私にはバラバラーに乗るための資格がなかった。

 生体兵器なソレは相性が大事らしく、まず男は乗せない。

 

 滅亡危機のなか男の価値は極めて激減した。

 政治家とか社長とか……戦場に立つ必要のないポジションには男性がいるけど……。

 私がスクールアイドルをやっていた時代では、考えられないほどに。

 

 でも、テンプラー星人は解決策を示した――男がダメなら、女の子になってしまえばいい。

 笑ってしまうような解決策だけど……希望者は多かった。

 そりゃそうだ、女性が戦場に立ち、適合しない女性は家事労働に取り組み、男性の立場はなくなった。

 

 女性になったところで何が変わるのか――との男性は、もうそろそろ絶滅したかも。

 そりゃもちろん、一見すると男性にしか見えない女性に変わるのなら、控える人もいたハズ。

 

 それこそもう、とんでもない美少女に生まれ変わるのなら。

 男性の扱いが著しく悪くなった世の中で生きるくらいなら。

 女性になってしまえと考える人が多くなるのも当然かもしれない。

 

 私がスクールアイドルをやっていた時代に、バ美肉なんて言葉があったけど……まさか現実でバ美肉が体験できるとは。

 

「……どうしたの? 気分が悪い?」

「……ごめんなさい、いくら考えたところでしずくちゃんと栞子ちゃんが戦場に行くのは決まっているのに」

「地球全体の危機なんでしょう? 仕方がないのよ」

 

 彼女がスクールアイドルだった時に「仕方がない」とか「無理」とか、口から出さなかったのに。

 虹ヶ咲学園や自身が在籍していたUTXの学生が戦場に行くようになってからかな。

 

 地球滅亡を回避するために戦う――でも、そうしたくない人間がいるのは当たり前。

 UTXやニジガクやオトノキ――有名スクールアイドルが在籍した高校は今まで聖域だった。

 ここに入れば適正があっても戦場に立つことはない。

 そのぶん競争率も極めて高くなってしまったけれど……。

 

「見送らなくちゃいけないのよね」

「……演劇とスクールアイドルの両立、見てみたかったな、どんなスクールアイドルになっていたかなって」

「時代が悪いのよ」

 

 ちなみに栞子ちゃんは戦場に立つことを希望していた。

 だけども彼女の身を守りたい家の皆様や――彼女の幼なじみで、一際彼女のことを大切に思っているランジュちゃんが……。

 絶対にあの子を戦場に立たせるわけにはいかないと一肌脱いだ。

 

 栞子ちゃんが戦場に向かうってなった時に、ランジュちゃんが理事長に叫んだ言葉が耳に付いて離れない。

 

「嘘つき!!!!」

 

 時代が悪い――なんか殺伐としている。

 ひと押しがあれば平穏が崩れ去ってしまいそう。

 

 

 

 

 栞子ちゃんとしずくちゃんの見送り式には、限られた生徒の参加のみ。

 理事長がそのように配慮した――希望者はたくさんいたけど。

 

「寮長として、二人を見送らなくちゃいけないなんてね」

「私は昔、世界大戦を舞台にした映画を見ていました――変わった子どもだったんです」

 

 まるで花嫁似てるみたいな華やかさだった。

 少なくともギガ・バラバラーに適合して、戦争をするっていう女の子には見えない。

 

「私はいつも思っていました――どうして戦争を回避できなかったんだろうって」

「しずくちゃんはどうして回避できなかったと思う?」

「気づかずに戦争が始まっていたら回避のしようがありません」

 

 ムダ話で彼女の時間を浪費するわけにはいかない。

 ずっとずっと泣き続けている、ミアちゃんや璃奈ちゃんやかすみちゃんを前面に出す。

 

「し、しず子ぉ……かすみんとスクールアイドルやるんでしょう? こんな時代だからって、争わないで幸せになる方法を探そうって!」

「……その夢は皆さんに託します。どうか私の代わりに」

「嫌だよ! そんなの絶対に嫌だ! スクールアイドル同好会には桜坂しずくと! 三船栞子がいなきゃダメなんだよ! ボクの作った曲も、高咲侑が作った曲も! ベイビーちゃんが作った曲も! 歌う人がいなかったら何の意味もないんだよ!」

「……私が戦場に立たなかったら、聞いてくれる人がいなくなってしまいます」

 

 だからその人たちのために、としずくちゃんは目を閉じる。

 舞台の上でたくさんの涙を流したけど、今日の彼女は一滴の涙も流さなかった。

 

 同好会の仲間や、限られた人たちが参加する見送り式の中。

 絶対に来ない! 何があっても来ない! 引っ張られたって来ない! って実際に、来るつもりはなかったんだろう。

 

 でも、来なきゃ一生後悔するって……分かってしまったんだろう。

 

 今までフテ寝でもしていたのか、それとも眠れずにウトウトしている最中に現実に気づいたのか。

 髪の毛はボサボサだし、目は充血しているし、肌はボロボロだけど……ランジュちゃんは二人を見送りに来た。

 

 何か言葉をかけたいけど……ここはやっぱり幼なじみ同士、期するものがあるだろうから。

 

「……あなたには嫌われてたと思っていましたよランジュ」

「嫌い! 嫌い! 進んで戦場に行くような女の子なんか!」

 

 学園に通う女の子がそう、ってわけじゃない――中には、戦いの場に引っ張り出すために学園に通うそんな生徒だって。

 そんな彼女を同好会に引っ張り込むのは、それはもう大変で。

 

 ……パフォーマンスで一つ枠を作り、これに出てくれなければステージは失敗すると脅迫したから。

 

「私には戦場に立つ適正があります――過去からそのように謳われていました」

「ステージ下から見守ったとき、別の適正が見つかったよ、アタシには……この同好会のみんなも、あの子や、ミアや、侑が必要なんだ……しずくも、栞子も……アタシも、みんながみんな同好会で頑張って、スクールアイドルフェスティバルを開いた時にわかったんだよ」

「何がですか」

「戦争したい人なんていない!」

「したくなくても、私たちが戦わなければみんなが死んでしまいます」

「だからね……アタシも……や、同好会も連れて行ってほしい」

 

 と言っても、みんなでバラバラーに搭乗して活躍しようってわけじゃない。

 

「アンタならできる、スクールアイドルの曲を大音量で流して敵と戦うの……もしかしたら、すごい効果があるかもしれない」

「挑発と受け取られて、さっさと死ぬかもしれませんよ」

「その時はアタシも死ぬから……ただでは死ぬつもりはないけど」

「それは困ります。私が守ろうとする場所には、あなたもいなければ」

 

 と、ランジュちゃんに乗っかるわけじゃないけど。

 実はこれ、μ'sやAqours、様々なスクールアイドルも考えていた。

 

 音楽によって戦いを止めることができたら。

 悲しみの連鎖を止めることができたら。

 

 暴力だけじゃない、強い力だけじゃない。

 ステージパフォーマンスで争いをやめさせられたら。

 

「こんなにたくさん……いくら適性があるとはいえ、全ての曲を流すまで生き残っていられるかどうか」

「だったら私も手伝うよ栞子さん」

 

 続々と手渡されるスクールアイドルのCDに苦笑いする女の子。

 どうやらこの場に参加していなかった、東雲、藤黄の生徒からも託されているみたい。

 

 和やかな雰囲気に包まれたけど。

 別れの時間は刻一刻と迫っていた。

 

「戦うしかないと思っていた私が、スクールアイドルになりました」

 

 ステージに立つ楽しさを彼女は知った。

 今までずっと楽しい時間だったと笑っている。

 

「同じスクールアイドルの仲間、そして私を応援してくれるみんなを……守りに行きます」

 

 次に、しずくちゃん。

 

「戦う場所に行くなんて、とても不幸だって思いました」

 

 そりゃそうだ、好き好んで死地に向かうなんてありえない。

 

「いまもそうだと思います……これ以上、逝ってほしくない」

 

 無理だと思うけど無理っていう人は誰もいなかった。

 

「スクールアイドルになったこと、演劇と両立したこと……楽しかった。別れは辛いですが、出会えたことが嬉しいです……逝ってきます」

 

 

 

 揺らされる体が起床した時に、バキバキバキってひどい音がした気がする。

 辺りを見回すとパソコンの画面があり「ああ、シナリオを書いている最中で寝てしまったんだ」と思い出す。

 

「ひどい夢を見ていた……」

「そんな体勢で寝ているからよ」

 

 どうやら突っ伏すように眠ってしまったらしい。

 顔がとてもひどいことになっているはず――寮の学生に見つからないうちに整えておかないと。

 

「あー、このシナリオやり直さない?」

「何日か経って私も冷静になったわ、マブラヴオル○のパクリは良くない」

 

 酒が入った勢いで企画会議は進み、○ブラヴみたいなのがいい! で 〆られた。

 

「や、どうにもね、戦場に立つ女の子っていうのがかわいそうになってきちゃって」

「感情移入しすぎよ……ま、らしくないのはわかるけど」

 

 スクールアイドルとしていがみ合うこと、喧嘩しちゃうこともあったけど。

 争うことも、負けて悔しい思いをすることもあったけど。

 

 ステージの上では等しく平等、誰もが明るくなれる。

 誰もを楽しませるそんなスクールアイドルが戦場に立つなんて。

 

「ねえ、ツバサ……スクールアイドルって何だと思う?」

「おお、インタビューで煙に巻いていた質問が来た」

 

 煙に巻いちゃだめでしょ。

 

「そりゃもちろん、みんなが夢を叶える場所よ」

「そっか、本当のアイドルじゃないから誰もがステージに立てるもんね」

「ええ。みんながみんなアイドルになれる、そんな素敵な場所――スクールアイドルっていうのはそうじゃなきゃ」

 

 やっぱりこのシナリオはない――と、私はやり直しを誓い。

 ツバサも手伝うわ、と笑いかける。

 原画を依頼する前でよかった――もしかしたら自主的にマブラヴみたいなの作ってるかもだけど。

 

「ねえ、ツバサ」

「さっきから質問が多いわね、何?」

「……スクールアイドルって何ができると思う?」

「どうしたの? 私みたいにスクールアイドルとはなんだったのかって書籍の執筆を依頼された?」

 

 ――もちろん断ったけどと笑う。

 

「スクールアイドルって言うのは……なんかね、やってた」

「やってた?」

「そう、できるできないとか、やってみようやりたくない、そういうんじゃなくて……最高のパフォーマンスのために、色んな事やってた……バカみたいなこともやったものよ」

「面白かった?」

「ええ……失敗することも、怒られることも、とんでもないことになっても……振り返ってみれば楽しかった、あなたは?」

「そうね、色んなことがあった、色んなことがあったけど……楽しかった」

 

 でもスクールアイドル論とはちょっと違う。

  やってみたら楽しいですって、怪しい勧誘じゃないんだ。

 執筆の企画が頓挫したのは、オチが販売向きじゃなかったから。

 

「あー……そうだ、スクールアイドルでゲーム作ろう」

「……あなたってやっぱり面白いわね」

「や、架空の存在よ? 自分がヒロインになろうってわけじゃないからね?」

「えー? 主人公とエッチなことしてくれるんじゃないの?」

 

 ツバサはコロコロと楽しそうな声で笑う。

 

 終業式の日に「そうだ髪の毛を切ろう」と長髪をバッサリ。

 軽くなった頭で私は成人向けゲームを作っている――学生がいる、虹ヶ咲学園の寮。

 

 はじまったばかりの夏休みに――これから楽しくなりそうだなと思い至る。

 



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かすみんも経験のないままアラサーになるのかなと震える

 夏休みが始まり、寮生の一部が帰宅の途へ。

 ひと夏の体験を約束する女子生徒もいるけど、大いに結構。

 アラサーに至るまで、男性経験がないってならないでほしい。

 

 それもアリなのでは? と、一部こじらせたのがいるけど。

 孫の顔が見たいとせっつかれるメンバー増え続けている。

 

 ――鞠莉ちゃんが、親戚筋から合コンの誘いをめでたく頂き。

 Aqoursのメンバーもついに、年齢からそういうのをせっつかれるようにとホロリ。

 

 「ありがた迷惑な話」と自由人の彼女は唇を尖らせるけど。

 私ほどの年齢になってくると「こういう話があるけどいらないよね?」と気を使われちゃうから。

 

 園田海未、西木野真姫も最近では私と「おそろい」になったらしく。

 ことりや穂乃果はしきりに「まだ諦められてないからセーフ」と強調した。

 

 

 そういう問題じゃない。

 

 バカなことを考えていると、かすみちゃんが調子が悪そうなので。

 

「ごめんね? 若い頃から行き遅れの話なんか聞きたくないよね」

 

 と、言ってみると、彼女は顔を上げてにっこりと笑いながら。

 

「か、かすみんは男性のファンも多いですから~!」

 

 初ライブからしばらく、ファンも着実に増えてきたかすみちゃん。

 確かに、投票を見る限り、女性比率はめっぽう低い。

 

 コペ子ちゃんみたいな狂信者や、しずくちゃんみたいに「かすみさんは自分のもの」扱いするファンはいるけど。

 これまた例外中の例外――一年生ではそろそろ璃奈ちゃんもソロデビューをさせてあげたいし。

 

 かすみちゃんと璃奈ちゃんと相性の良いユニットを考えるか……と思案にふける。

 

「なんだか変な夢を見たんですよ」

「変な夢?」

 

 三年生と一年生の人でも組んでみるかな、と結論を出し。

 そんな私をかすみちゃんが不安げに見上げていた。

 

 夢を見ることはある――ぐっすり快眠とはいえ。

 夢なのか現実なのかわからなくなる時だってある。

 

 高校時代の体験は夢のような時間だったと断言できるし――

 

「彼方先輩とエマ先輩とりな子でユニットを組んだことがあって」

「なんですって?」

 

 かすみちゃんと璃奈ちゃんなら、その二人と組ませようかな?

 なんで考えていたところに、かすみちゃんのよもやの発言。

 

 そんなことがありましたと言いたげだ。

 たまたまの思いつきではなく、過去にそれがあったと断言する感じ。

 どれほど記憶を遡ったところで、カナちゃん、エマちゃん、璃奈ちゃんと――目の前にいるかすみちゃん。

 四人がユニットを組んだ記憶なんてなく、絵空事と否定したい。

 

 でもなんだろう? 確かにこの四人がユニット組んだら素敵だって。

 

「ボクは四人に曲作りするのは無理だね」

 

 会話にミアちゃんが乱入してきた――ステイツで大学を卒業した彼女が。

 かすみちゃんと会話したいからで話に入っては来ない。

 つまり彼女の中でも、四人がユニットを組むと相性がいいと断言できる何かの要素がある。

 

 彼女が何を言いたいのか、言葉にしてもらってもいいけど。

 

「……四人のユニットが歌った曲を想定できる?」

「イグザクトリー!(そのとおりでございます)」

 

 久しぶりにネタ発言をし、思いのほか恥ずかしかったのか、彼女は赤面しうつむく。

 

 だけどうつむいた原因は他にもあるんだ。

 自分の作る曲ではない曲が頭に思い浮かんで、曲は知っているけど作った人が分からない。

 

「こんな感じの曲じゃなかった?」

 

 かすみちゃんが口ずさんだメロディーは、聞いたことがないようなあるような。

 耳なじみがない初めて聴く曲ではない――ような?

 

 でも、かすみちゃんが口にしたメロディーを聞いて、ミアちゃんが目を見開いた。

 

「……驚いたな、かすみに作曲の才能があるなんて」

「や、夢の中でこんな曲を歌ったような気がするんだよ」

「ボクの頭の中にある曲と、よく似ている」

「ミア子が作った曲じゃなくて?」

「や、悔しいけれど、ボクの作った曲じゃないな……言葉にするのが難しいけど……」

 

 日本語ではうまく言えない様子だったので、彼女の言葉を私が翻訳して、かすみちゃんに伝える。

 

「寄り添った? かすみんとですか?」

「仲良しとはちょっと違うんだ、作曲家がグループに寄り添い、一番適切な曲を書いた……変な言い方をすると、プライドがない」

 

 自分の作りたい曲を書く……ではなく、自分の色を消し、ユニットに適切な曲を提供する。

 才能ある作曲家ともてはやされてきた彼女にはできないかも。

 

 他の作曲家にできるかできないか聞くのはやめておこう。

 梨子ちゃんに「アン?」と胸ぐらを掴み上げられるんはおっかないし。

 

「かすみんと寄り添える人ですかぁ?」

「ついでに言ってしまえば、エマにも、彼方にも、璃奈にも……や、もしかしたら同好会全員……スクールアイドル部にも寄り添えるかもしれない」

「そんな人材がいるのかしら……?」

 

 ニジガクで曲作りができる人と考えても、一部生徒が該当するに過ぎない。

 ただ、学園のスクールアイドルが歌う曲はμ'sやAqoursのメンバーが担当を折半している。

 

 かすみちゃんが口ずさむ限りだけど……自分の知っている誰かが作った曲じゃない。

 でもなぜか耳なじみがある、初めて聞くとは思えない。

 

 ――結局、耳なじみはあるけど思い出せない。

 てなって、この話はここで終わるかと思った。

 

 桜坂教官がこの会話を盗み聞きをしていなかったらの話だ。

 

 

 

 



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東條希ちゃんお誕生日記念SS

 ことのきっかけは、リリホワとして組んでいた。

 奢りだと言って酒を飲ませ、食レポして貰っている最中。

 「事務所の許可をもらった?」と、酔いがさめるような発言をされ。 

 

「希ちゃんもさぁ、底辺Y○uTuberなんかやってないでさ」

 

 彼女の稼ぐ金額からしたら、収益化して得られる金額も。

 広告料代わりのお布施も(またはお小遣い)も。

 たいしたことではない――んだと、思う。

 

 一般のイメージからすれば、おちゃらけたことをやって収入を得てる人。

 なんだと思う――真面目に働けとは親戚筋にも言われる。

 

 でもY○uTubeで食べていける人なんて、少なくとも底辺じゃない。

 限られた人だと思っている……や、最近、お色気で売って稼いで人もいるから。

 スパチャで得られる金額も、だんだんと下がってきているけど。

 

 苦肉の策として、知人らに声をかけて放送に出演してもらい。

 それで知名度を高めていると言われれば頷くけど。

 

「恥ずかしいと思っているところがあるから、絵里ちゃんをゲストに呼ばないんでしょ」

「……」

 

 見透かされるような瞳で見つめられ。

 思わずたじろいでしまった――おちゃらけることもできなかった。

 

 

 

 

 動画の再生数は絶好調だった。

 歯に衣着せぬ発言で知名度を得ている凛ちゃんの食レポ動画。

 ツバサちゃんをゲストに呼んだ回と同じくらい伸びた。

 

 かたや食レポをしている有名タレント。

 かたや昔懐かしいおもちゃで遊ぶ元トップアイドル。

 

 A-RISEのメンバーをゲストに呼んだ回は、何をやっても再生数が伸びる。

 

 もちろん、何をやっても再生数がパッとしないゲストもいる。

 

 海未ちゃんが作詞をする回と、ことりちゃんがデザインをする回。

 μ'sのメンバーだから、とりあえず流しておけば再生するを確保できるかと思ったけど。

 話かけてもだんまりで、作業に集中する姿。

 一部のマニアな人にしか受けなかった――業界では大好評だったそうだけど。

 

「というわけでエリち、ゲストに出て欲しい」

「どういうわけかは知らないけど……」

 

 私の発言に苦笑いをしながら、承諾の意を示す絵里ちゃん。

 何をするのか、何をやるのか――髪の毛を突然ショートにした彼女を見ているだけで思い浮かぶ。

 

 お色気路線もイケる――あんじゅちゃんとどこまで放送できるかは再生数は伸びたけど怒られた。 

 妹について語ってもらうのもイケる――英玲奈ちゃんに語っていただいた時には、再生数はめっちゃくちゃ伸びた。

 

 真姫ちゃんにピアノを弾いて作曲をしてもらう回――得意分野のアピールもめちゃくちゃ伸びる。

 残念なことに喋ってもらわないとしょうがないけど……。

 

「全裸で喋るだけとかダメなの?」

「垢バンされそうな放送はちょっと」

 

 もちろん動画で撮っておいて、あらゆるメンバーに売りつける。

 宝くじの一等賞金くらいは余裕で稼げる――そんなことをすれば、絵里ちゃんの評価が死ぬけど。

 

 何より、隣で全裸の絵里ちゃんがいれば私のメンタルが保たない。

 お風呂とか、サウナとか、裸に近い状態であるのが一般的な場所とは違う。

 自室の、近い距離で、夫婦みたいに話しながら、全裸――魅力的だけども、垢バンされて終わる。

 

 あ、もちろんラブラロービンタが飛んできて死ぬ可能性も。

 

「ダメ、そういうのは面白くない」

 

 エリちの活躍をって言ったら、その瞬間に否定された。

 そういうのにリスナーが求めてるって、何度も説明するけど。

 自分には不適格だから、って、実に魅力的な笑顔で言う。

 

 つまりは、これ以上押すことができない。

 

「希のチャンネルなんだから、あなたが活躍すればいいじゃない」

「え?」

「そのためだったら、喜んで協力するわ」

 

 抗いがたい笑顔で、ウインクされば。

 諦めたように首を振り、お任せしますと言うしかなかった。

 

 これが惚れた弱みってやつなの?

 

 

 今まであらゆるゲストを呼んでアクセス数を増やした本放送。

 始まって以来のゲストなしの予告に反応は芳しくなかった。

 

 一方、私で遊ぶことを決めた皆様方は。

 どれほど頼んだところでトークしてくれないことりちゃんや。

 事務所の都合でとか、自分は裏方だからと、動画に映らなかった花陽ちゃんまでがPrintempsとして出ることを約束。

 二人が首を縦に振れば穂乃果ちゃんに拒否権はなく「高校時代とは真逆だ」と嘆いた。

 

 Printempsには「高坂穂乃果が言うことを聞かせられる二人組を選んだ」って評判がある――大嘘。

 

 今度希ちゃんの放送に出るから予定空けといてね、と、ことりちゃんに言われたと。

 μ'sのリーダーが泣きそうな声で「承諾の連絡」をするもんだから……。

 

 

 Printempsが揃うとなれば、lily white、BiBiも当然揃うわけで、なんやかんやでμ'sの同窓会は唐突に始まる。

 

「撮れてますかぁ?」

 

 ことりちゃんに勝負を仕掛けること複数回。

 「今回ばかりは自信がある!」と、一般の方々に観て頂いて優劣を決める提案をし。

 「名前で勝ったけど負けは負け」とことりちゃんに感想を残された曜ちゃん。

 

 この度はカメラマンとしてμ's同窓会に出席している。

 

 ちなみに梨子ちゃんから「渡辺でもうまく使えるカメラ」を提供してもらった。

 これならチンパンジーでもすごい動画が撮れると彼女は胸を張っている。

 

 デザイン勝負で「匿名でやれよ」「名前で勝てると思ってんのか」と辛辣な感想を残したけど。

 曜ちゃん敗戦時には「なんでだ! 曜ちゃんのデザインの方がいい!」とテーブルを叩き割ったらしい。

 

 あくまで都市伝説――そのような話があるってだけ。

 

 声を発すると曜ちゃんが撮影してるのがバレてしまうので、カンペにて。

 【このカメラならアラサーのババアでも、女子高生に見えます!】と提示した。

 

「ええと……高校時代のμ'sの裏話を一つ」

 

 それから、Aqoursのメンバーがもうひとり撮影に出席している。

 企画及びプロデューサーとして、ダイヤちゃんがカンペで指示を出している。

 私情を込めないでいただきたい――無理かもしれないけど。

 

「園田海未作詞ではない曲がひとつあります」

「あったね~」

 

 酒が入っているせいか、放送で使えないようなトークをするので。

 海未ちゃんが見事な軌道修正――

 

 A-RISEに勝利するために水着で踊ろうのエピソードは、出し惜しみするには惜しいけど。

 

「随分と話し込んじゃったね」

「酒が入ってるから」

 

  プロデューサーの暴走により、放送できないエピソードも。 

 途中途中、真姫ちゃんが放送禁止用語を言ったけれども。

 

 なんやかんやで集客が見込めそうな動画になったと思う。

 

【では最後に、希さんを泣かせてください】

 

 「殴りつければいいの?」「関節を外しましょう」と、物騒な提案がなされたけど。

 「わかった」と、言葉数少なに言った絵里ちゃんが、珍しく報復していた。

 

 ちなみに最大限に機嫌を損ねると無言での攻撃になる。

 

「希、あなたには感謝の言葉しかないわ」

 

 正直、誰かしらオチをつけるかと思いきや。

 誰もが素直に感謝の言葉を述べるって驚きの展開。

 凛ちゃんや海未ちゃんから、素直にありがとうと言われると。

 同じグループだけど邪険にされてたっぽいから、不思議な感覚を抱く。

 

 不思議って言うか、直接的に言葉にすると感極まる。

 

 そりゃそうでしょ、海未ちゃんからは「先輩扱いしなくていいですよね」と言われ。

 凛ちゃんからは底辺と直接言われ。

 

 自分の存在とはいったい、と疑問に思ってもしょうがない。

 

 ただ、絵里ちゃんの言葉に「え、あ、ありがとう」と言って。

 プロポーズ受けたみたいに恥ずかしがったら、ことうみの両者からにっこりと笑みを浮かべられたけど。

 

 あー、表情通りの感情だと信じたいなー。

 

「今の私がいる理由は、あなたが私の手を引いてくれたからです」

 

「心の底から感謝しています――昔は、ありがとうの気持ちを言うのが恥ずかしかったけど……」

 

「みんなに協力してもらって、感謝の言葉を告げることができました――ありがとう希」

 

 「こ、こんなのずるいやん……」と、一言言ったきり。

 自分は泣いて泣いて泣くしかなかった。

 拭っても拭っても涙が出てくるので、ティッシュを使い切ってしまい。

 

 海未ちゃんが「これをどうぞ使ってください」

 と、で渡したハンカチで目を拭くと激痛が走った。

 「おおおお!?」と、叫びごろんごろんと辺りを転がり。

 

「璃奈お手製の、目に入ると激痛がする液体付きのハンカチです。効果が実証できてよかったですね」

 

 先ほど、有無も言わさず関節を外していた絵里ちゃんも。

 残念ながらこっちに視線を向けずに食事に集中している。

 

 「次鋒レオパルドン! 脱ぎます!」と、すっかり赤ら顔になって酔いも深まった真姫ちゃん。

 「そのままエッチな声出して~」と、野次を飛ばすPrintempsの面々。

 

  「もんどりもんどり!」と助けてアピールをするも、残念ながら助けに入ってくれる人はいなかった。

 

 

 

 

 

 なお「こんな放送できるか」と結論付けられた動画は。

 

 渡辺曜が軒いるメンバーを、水泳勝負でフルボッコにするモノに差し替えられた。

 

 スタイルのいいメンバーの水着姿は好評だったけれど。

 非人間じみた曜ちゃんや、追随するμ's、Aqoursメンバーのガチっぷりに、再生数はあまり伸びなかった。

 

 水泳勝負ではなく、ツバサちゃんを応援する水着のあんじゅちゃんを撮影してればよかった。 



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そしてループは終わり日常へと

 しずくちゃんに「妹さんにプレゼントするなら何がいいでしょう?」と。

 見上げながら問いかけられた。

 背中に寒気の走るようなゾクゾクっとする声で言われれたのを抜きにし。

 「かれこれこういうものがいい」と、説明した。

 

 彼女が立ち去ってから「はて、妹にプレゼントとは?」

 と、考えたけれど。

 よほどプレゼントでもない限り、贈り物をいただければ喜ぶはず。

 よもや、かすみちゃんと同様に自分のもの扱いするわけじゃない――もしそうなら全力で妨害せねば。

 

 でも頭脳明晰で、抜け目のない彼女が魂胆がバレるようなヘマを犯すわけがなく。

 考えすぎか、と、なんだか嬉しそうな背中を眺めながら。

 妹には後々何を贈られたのか尋ねておくことにしよう。

 別に妹に電話したいから、ダシにするわけじゃないわよ? 本当なのよ?

 

 

 

 

 桜坂教官がまったりと野球観戦をしていた一同の前に姿を現す。 

 「コッチのピンストライプの球団弱いね」とミアちゃんに評され。

 先発五番手同士で、乱打戦が予想された展開は。

 ピンストライプじゃない方の先発の頑張りにより、一方的展開になりつつある。

 

 両者とも防御率が5点近く、2戦連続でノックアウトされている者同士。

 一方が完封ペースでピッチングすると誰が思うのか。

 

「ごきげんようQU4RTZの皆様――それと、その他二名」

 

 聞き慣れないグループ名を発した桜坂女史は。

 身体を舐め回すようないやらしい視線で我々を眺め。

 この手のやらしさに慣れてない、彼方、エマの両者が胸元を隠す事態に陥った。

 

 ――確認しておきたいんだけど、そのいやらしい視線。

 どうやって身につけたの? まさか演劇部で活用してないよね?

 

「くおーつ?」

「そう、私の頭の中に――天啓が如く、思い浮かんだ名前」

 

 

 高校時代のよっちゃんみたいな中二ポーズをしながら。

 死ぬほど偉そうな態度で、こちらを固めで睨めつつ。

 時折「ククク……」と含み笑いをする――よもや中二病に罹患したわけでもあるまい。

 

 聞いているメンバーも「あれが中二病?」

 「え? 病気にかかっちゃってるの?」「まあ、いつもの下ネタも病気みたいなもんだけどね」と。

 かなりひどい反応してるけど――お嬢様が結構傷ついてるケド。

 

「まさか、曲作りもしず子が?」

「私に音楽のセンスがあるわけがなかろう!」

 

 舞台上で叫ぶ俳優のように両手を広げながら叫ぶお嬢様。

 ネガティブなことをそこまで偉そうに叫べるのは才能である。

 

 周りで聞いている面々も、ちょっと気圧されながら。

 「あれ今? 偉ぶれないこと言ったよな?」と、首をかしげながら、大女優の言葉を待っている。

 

「だけども――私の記憶の中には、あなた達にふさわしい曲を……」

「作るとでもいうのか!!!」

 

 ミアちゃんが言葉の途中で叫んだ――だって彼女は、頭の中に思い浮かんだ誰が作ったともわからない曲。

 それがきっかけでスランプに陥っている。

 ランジュちゃんでさえ「ミアがスランプになるなんて……」と、友人の問題の解決に歯がゆい思いをしている。

 

 こうして癒し系の面々を取り揃えて野球観戦をしているんだって。

 ミアちゃんの心の重石が少しでも軽くなったらとの意図がある。

 

 ――それに私とかすみちゃんが付き合っているのは、料理担当と罵詈雑言を受けるため。

 「ミア子のためだからやるんですからね!」と、口汚く罵られるのを了承してくれたかすみちゃん。

 前世で徳を積んだ神様生まれ変わり? 私みたいにMっ気が強いわけでもあるまいし。

 

「話は最後まで聞きな、ベイビー」

「……」

 

 ポケットの中からチュパチャップスを取り出し。

 ミアちゃんに差し出したけど、何のために持ち歩いてるか知っている私は思わず苦笑い。

 

 ――成人向け声優御用達グッズだそう。

 

 使用済みだったら全力で止めていた――まさか未開封を装ってるわけじゃないよね?

 そこまで変態行為をしないよね?

 

「私の記憶の中にあるのは、先輩、とか、あなた、と呼ばれているひとが、とても素晴らしい曲を作ったとあります」

「……」

「この桜坂しずく、ティンと来ました――誰の記憶にもかろうじてある【あなた】をよく知っている人物がいるのではないか」

 

 どうやら――私の記憶にもある「誰か」は知人連中にも保持されている模様。

 

 けど彼女は諦めたように首を振り、推理は途中で暗礁に乗ったことを態度で示す。

 おそらく「誰か」の情報があまりにも多すぎて、逆に特定に至らなかったってこと。

 

 つまり、くおーつっていうグループだけじゃなくて。

 もしかしたらμ'sにも、Aqoursにも、様々なスクールアイドルと関わりがある誰か。

 

 関わった人間とその情報が多ければ、この世界に存在しない(であろう)

 人間である以上は、この人だと言えなかったんじゃないかな。

 

「私の知り合いの中で、そのような人物は記憶にないと言った人間が二人いました――片方は侑さん」

 

 歩夢ちゃんに話を聞きに行ったら、侑ちゃんも一緒で。

 スクールアイドルでない彼女にとも、考えたしずくちゃんながら。

 不自然に話をごまかすのも変だと思い、尋ねたところ。

 

 幼なじみの歩夢ちゃんが「そのような記憶があるかも」と言ったのに、侑ちゃんは「全くわからない」と。

 

「残念でしたね【しおりこ】さん、あなたも栞子さんと同じように、そのような記憶があると言っていれば【不自然】ではなかったのに」

 

 侑ちゃんのエピソードからして、知らないことは不自然じゃない。

 でも、記憶をある程度共通している三船栞子が、片方は知っていて、片方は知らないのはあまりに不自然だ。

 

「何を誤魔化している?」

「……なりふり構わず何かを追求するのは、あなたの悪い癖です」

「以前に、同じようなことをしたと言いたげですね」

「私の知っているしずくさんも、とんでもないタイミングでスクールアイドル部に転部をしたものです」

 

 どこかでそんな話を聞いたような気がする。

 彼女自身から耳にしたのか、それとも私がそんな記憶を保持していたのか。

 断定はできないけど……私の考えとしては。

 

「過去は乗り越えなきゃダメよ」

「絵里……さん……」

 

 とんでもないタイミングだったと思う。

 かすみちゃんの心を激しく傷つけたと思う。

 

 謝っても謝っても許されないようなエピソードだとは思うけど。

 

 そんな過去にとらわれて大切なものを見失ってはいけない。

 過去はやり直せない、なくすことはできないから。

 

 今の自分が乗り越えるしかない。

 過去を無かった事にするんじゃなくて、やり直すことでしか。

 

「人にはなくしてしまいたい過去なんていくらでもある」

 一歩踏み出す。

 

「それでも人は、過去の自分をなかったことにはできない」

 

 もう一歩前進する。

 

「過去の自分は、振り返る道具じゃない――なかったことにして、生きるものじゃない。糧として武器にするって言うのよ!」

 

 私の背中に、ここにいる皆が続いた。

 一歩先に踏み出し……新しい世界へ、目の前にいる【しおりこ】ちゃんも、涙を流しながらその手を取った。

 

「これが人間の答えです……神様には……絶対に絶対に分からない、これが前に進むということ。終わらない夏休みは、もう終わりです」

 



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前世の記憶が流れ込むって毎度毎度謎なんですよね

 なろう系の小説を読んだ時に。

 前世の記憶が流れ込んだ云々と語り、頭痛を覚えるとか。

 熱を出してしまうとか、寝込んでしまうとか。

 スクールアイドルとして活躍していた絢瀬絵里に、非現実なことは起こるまいと。

 

 勝手な想定があったのは認める――認めるけれども。

 

 今年の夏休みはエンドレスエイトって感じだった。

 そりゃもう手を替え品を替え、様々な夏休みを過ごしてきた。

 その記憶が頭の中に全部が全部入り込んできたら。

 ポンコツといわれる脳でも、多少の影響が出るのは仕方がない。

 

 

 ケド、ポンコツゆえにいいこともある。

 あまり大量の記憶が脳内に入ったせいか、面倒くさいとばかりに不必要な記憶が抜け始め。

 「絵里が頭が痛いなんて」と心配してくれたニコやツバサには申し訳ないけれど。

 

 体調不良は昼過ぎには完全に治った――「いやぁ、ゴメンゴメン」って、手を振りながら食堂に顔を出したら。

 時間の取れるメンバーが集結していて、全員から漏れなく文句を言われた。

 

 

 学園の二学期はこうして始まったわけだけど。

 夏休みの宿題を終えていない生徒がいまして。

 彼女は心配げな表情をするエマちゃんに「先生にせっつかれるまでが締め切り」とかっこいい仕草と笑みで反応。

 

 私はうなされていたので、現場を目撃していないんだけど。

 思わず「そうだよね!」って言ってしまうようなかっこよさだったらしい。

 

 かすみちゃん一筋のコペ子ちゃんの気持ちが思わずに揺らいでしまうほど。

 めちゃくちゃかっこよかったそうだから、誰か写真でも撮っておいてくれればよかったのに。

 

 ケド、果林ちゃんの上機嫌は学業が終わってしばらく。

 寮で待ち構えていた理事長の顔を見るまでだった。

 

 彼女の表情が鬼神が如き恐ろしさだったのもある。

 夏休みの宿題の遅延が仕事の忙しさに由来すると嘘をぶっこんだのも、引け目を感じていた。

 仕事を優先する彼女にツッコミを入れなかった教師にも、少々の問題があった。

 

 宿題を取り組んでいないのが仕事の忙しさではなく。

 単なる怠けだと知っている学園の最高権力者が(寮内に度々出入りするし)にっこりんと。

 

 

「読者モデルと学業の両立がなされないなら、スケジュール管理の不備が疑われるわ……学校の長として見聞したいのだけど?」

 

 「寮長の資質が疑われるわ」と、私へのディスが入ったけれど。

 幸運にも私は体調不良で寝込んでいたため、

 「見えないところで悪口を言ってごめんなさい」と謝罪された。

 

 理事長が悪口を言ったと告げ口する人もいないだろうし。

 悪口を言われたところで慣れているので、さほど気にしなかったけど。

 

 知人たちは何かと、 私がいないところでの悪口を嫌う。

 

 ――どうせなら罵詈雑言を嫌ってほしい。

  悪口を言える要素がいくらでもあるのが悪いって、言われるのがオチだけど。

 

 

 

 ともあれスケジュール手帳は白日の元に晒され。

 

「忙しいのなら、スクールアイドル活動の是非を考えなければいけないわね」

 

 

 一言たりとも反撃を許さない強烈な指摘。

 果林ちゃんも呻き声を漏らしながら、しばらく熟考ののち。

 

「徹夜で何とかします」

 

 と、投了した。

 

 

 

 一人で何とかしようとした果林ちゃんだけども。

 その量は一人では終わらないとのミアちゃんの冷静な指摘もあり。

 夕食の準備には私も復帰していたので「飲まず食わずの無茶は許さない」と物申し。

 

 同好会やスクールアイドル部のみんなに「手伝ってと頭を下げろ」と言わんばかりに見つめられ。

 

 「うー」「あー」と喃語を漏らした果林ちゃんは。

 

 

「一人で終わらない量なので、手伝ってください」

 

 

 ――ケド、問題はここからだった。

 

 受験生相手って配慮があるとはいえ、夏休みの課題はそれなりに量があった。

 エマちゃんを先頭にして、彼女の部屋への侵入。

 私とエマちゃんで頑張っていたおかげか汚部屋ではなく。

 

 二人で手慣れた調子でスペースを作り、尋問態勢に入る。

 どこまで彼女が夏休みの宿題を終わらせたのか。

 

 果林ちゃんの名誉のために、詳細を明らかにしないけど。

 夏休みの宿題を常に二人分こなしていたダイヤちゃんをヘルプとして呼んだ。

 

「妹を思い出して懐かしいですわ」

 

 と、了承してくれ、仕事上がりに来ていただいたけれども。

 

 学生の宿題が終わらないから来てほしいと、主語を省略した私には問題がある。

 来訪をして早々「妹みたいな人はどなた?」と言うから。

 

 そういや果林ちゃんって言ってなかったと思い出し。

 

「え? あ、そ、そうなんですか……」

 

 果林ちゃんを全員が指差すので、失言に気がついたダイヤちゃん。

 および、果林ちゃんの宿題が終わってないと言うべきだったと気付いた私。

 

 そりゃもう当人よりも宿題を頑張らざるを得なかった。

 

 

 

 私とダイヤちゃんの頑張りもあってか、果林ちゃんの夏休みの課題は朝までに終了し。

 読者モデルさんには罰ゲームとして「ルビィさんごっこ」を課せられた。

 

 

 

 寮でルビィちゃんになりきっている最中。

 綾小路姫乃ちゃんがオセロの鍛錬と称して来訪――「がんばルビィ」のポーズしたまま固まる果林ちゃん。

 

 二人の関係は破綻するかに思われたけど、指導していた聖良ちゃんが機転を利かせて。

 

「ほら! 人に見られたからってやめない! 新路線を切り開くんでしょう!」

 

 と、スクールアイドルとしての鍛錬の一環とアピール。

 

 ラブライブの最終結果が予選敗退であったとはいえ。

 それまでスクールアイドルとして伝説を残していた鹿角聖良が言うのだから。

 と、罰ゲームでルビィちゃんのモノマネをやらされてるとの風評が藤黄に立つことはなかった。

 

 

 イベントでのMVP級の活躍により聖良ちゃんが「報酬としてツバサさんとデートがしたいです」と言い。

 

 別に全く興味がないんだけど、理亞ちゃんが尾行したいっていうから。

 彼女と二人タッグを組みながら、デート(?)しているお二方を追いかけている。

 

「長いモノローグでしたね」

「ええ」

 

 一点を見つめたままだんまりだったから「あ、モノローグやってんだな」って理亞ちゃんにバレ……ううん。

 

 私の視線の先にはおめかしした聖良ちゃんと、ツバサが仲睦まじくしている様子。

 身体を揺さぶられて「モノローグ云々」言われなかったら、正直に呆然としてたっていうところでした。

 



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小原鞠莉お誕生日記念SS

 聖良の運転が一人ジェットコースターと称されるのは、めっちゃ運転が荒いから。

 なぜ教習所の人間が彼女に免許を取得させたのかについては。

 色気で釣られた説、教習所では本気を出した説が多方面から唱えられるけど。

 

 とにかくまあ、彼女のおかげでスクールアイドルが免許を持っている。

 イコール、運転が荒くてド下手と表現されることアリ、マリーもされている。

 

 一方、自転車で普通乗用車並の速度を出そうとチャレンジする人間もいる。

 冷静に考えれば、その挑戦は無謀としか言いようがなく。

 

 「自転車で出せない速度を出すために自動車がある」と嗜めるためにマジレス。

 

 「それもそうか」と果南と曜は冷静になってくれたけども。

 絵里は時折、自転車で内浦にやってきては志満さんの運転する軽トラを追い抜く。

 

 朝に学園を出発、昼過ぎには十千万に到着。

 着いて早々に深夜まで働き、朝には学園に戻る。

 

 アホみたいなタイムスケジュールをこなした際には、多くの人間から「アイツは人間じゃない」との評判が聞かれた。

 なお、こんなタイムスケジュールを組ませるに至ったチカっちはめっちゃ怒られた。

 

 絵里の信奉者でもあり、千歌の評価も高いダイヤが免許を取らなかったのは。

 てっきり、自転車で自動車並の速度を出せると信じているとか、絵里と同じスケジュールをこなせると思っているか。

 

 

「忙しくて免許取れなかっただけです」

 

 

 免許を取らない理由をこのように教えてくれた。

 その、呆れ返って見下す視線にはマリーちょっと思う所あるけど。

 親友のダイヤだから許すけど、赤の他人だったら二度と口を利かないけど……。

 

 外向きの和装を身に着けて、ホテルオハラの最上階に顔を出した彼女は。

 イルカに「フィン子~」とアホウな名前をつけてジャレたあと。

 

 用事を忘れていたとばかりに咳払いを一つして、今のことは忘れてくださいましと上目遣い。

 ダイヤのカワイイ部分よりも用事をさっさとすませて欲しいと望んだ私は、さっさと了承。

 

 彼女が重々しい口調で語り始めるには、自動車の必要不必要の判断の是非を知りたいと。

 いかんせん免許を持っていないため、車を持つ人の気持ちがわからないと考えたダイヤ。

 

 なら聖良ちゃんにと、花陽には言われたそうだけども。

 いくら仲のいい二人であるとは言え、聖良に「車とは」と語られても困る。

 車を数十分で廃車にしてしまう運転技術を持ち(恋人からめっちゃ叱られた)誰かを乗せれば「あんな怖いアトラクションはない」と言われる。

 妹の理亞を携えて颯爽と飛び出していったかと思えば、崖から車で転落し歩いて帰ってきたとのエピソードもある。

 

 ルビィは姉妹が無事で良かったと語るけれども、むしろ無事なのがおかしい。

 ガードレールがない道のカーブを曲がりきれず、そのまま何十メートルも下の地面へと転落し「車は駄目になったけど無事でした」と無傷で帰ってくるんだからおかしい。

 

 が、そんな彼女も農耕車限定の免許を取ってから、運転するのがトラクターになったため、安全運転に努めている模様。

 まあ、トラクターでどうやったらドリフトをかませるのか、頭文字Dみたいな運転ができるのか。

 そんな話にもなってくる――あまり歩絵夢の悪口は言いたくないけど、普通車でも危険運転はするなと忠告して欲しいところ。

 

 

「ああ……なるほどねえ? 車の維持費もバカにはならないから」

 

 黒澤家に保管されている高級車はメンテナンスをちゃんとしているため、運転しようとすればもちろん動く。

 免許をとってからしばらく「あー、運転したいなー」と思ったソレも、歴史的価値、文化的な価値、コレクター垂涎の的――様々な付加価値により、そんな気持ちは雲散霧消。

 

 ただ、様々な人から「譲ってほしいニャー」と猫なで声を上げられちゃう高級車を維持するには、やはりそれなりの維持費用がかかるわけで。

 ダイヤが免許を持ってないので、せっつかれるのにも飽きたのもあるだろうし、コスト管理にも頭が痛い部分もあるだろうし。

 

 ダイヤがためらいを覚えているのは、両親に高級車を運転してもらってドライブに行った思い出があるから。

 いわば、子どものころのよい思い出が手放すことで離れていくのではないか。

 

 ――シスコンだから「ルビィも同じ思いを抱えていたら」との想定もあるに違いない。

 あの子が、モノが無くなれば思い出も失われるって上等な価値観をこしらえているとは思えない。

 

 たしかによっちゃんの騒動で精神的に成長した側面もあるけれども、ルビィ単独でアイドルとして成功はできなかった。

 小泉花陽がどうしても欲しかった黒澤家がほうぼうに手を回し、自身らにせっつかなければいけない状況を作ったけども。

 

 それだって絵里やニコに「必要とされている場所に行きなさい」と説得されてなかったら、黒澤家にお世話にならなかったはず。

 

 けどまあ、花陽も花陽で。

 就職してまもなくの初任給で一般的な新入社員の給料の三〇倍近い金額を貰い。

 ダイヤから「ちょっと色を付けました」と言われたのを良いことに「そっか、世の中の新人さんはおんなじくらい貰ってるんだ」と信じてしまったから。

 

 はたして巷で評価をされているほど、二人の相性がめっぽうよく売れ行きも好調に至ったとは……。

 

 小泉家のご両親は「娘が体を売っているのではないか」と初任給でプレゼントされた超高級家庭用品セットを観て考え。

 凛のご両親から様々な変遷をし、最終的に絵里からダイヤに「ちゃんとみんなに説明なさい」と怒られたため、月給は本当にちょっと色を付けましたくらいになった。

 

 花陽の良いところは両親のために散財はしても、自分のために気を配ることはなかったので。

 税金とかの問題は「黒澤家で全部面倒を見ます」とはなったけど――やあ、もっと恐ろしいのは、黒澤家が花陽を引っ張り込んでなかったら、面接で全部受かってたっていうんだからね……マリー的には引っ張り込んでなかったほうがむしろヤバかったと思うね……。

 

 

「思い出は……実物とは限らないでしょう?」

 

 と、少々話がズレてしまったけど。

 実物がなければ思い出も失われるって価値観はナンセンスって思うの。

 

 お年寄りがベッドで寝たきりになって、そこに車を持ってこなきゃ思い出に浸れない――ってわけじゃない。

 遠方の景観だって、若かりし頃の写真だって、記録や日記だって、過去の思い出に浸る大切な手段だ。

 

 私も――この写真を眺めるたびにAqoursが浦女所属として、ラブライブの優勝を飾ったのを思い出す。

 残念なことにマリーも――それどころか、三年生、一年生、どちらも写り込んでいない写真ながら「あ、コレはラブライブ優勝の瞬間を切り取った写真だ」と感激して、強引な手段で手に入れた。

 

 「ラブライブ優勝Aqours」の文字をほうけた調子で眺めていた千歌に、曜と梨子が抱きついた瞬間。

 なお、Aqoursの活躍を切り取ったスクールアイドル専門雑誌の写真コンクールで選外になるほど評価が低く。

 実際にこの写真を見たときも、梨子の評価は抜群に低く、千歌からも苦言を呈されるほどだった。

 

 

「実物として残ってない方が……まあ、Aqoursらしいって、マリーとしては、考えるわけ」

 過去の記憶を今に、とは大事な精神であるし。

 未来永劫残しましょう、との思いを否定しない。

 

 でも、役目を終えたものにまで「未来永劫残るように」と、実物を保存しなければいけないかは否定する。

 浦女取り壊しに反対運動が起こったそうだけど、地元民やAqoursですらスルーをかまされ、いつの間にか下火になっていた。

 

 取り壊し工事の際にはAqoursだけではなく、当時トップアイドルで、Aqoursとほぼ関わりのなかったA-RISEも見送りに来ていたけど、地元民ばかりで騒がれることはなかった。

 

 が、浦の星女学院を見送る周囲の人間の中に、A-RISE、μ's、SaintSnow、はてにはeAstheArtやMidnight catsまで紛れており、ネットでは大変な評判になった様子――極めてどうでもいいけど。

 

 

 

 

「……わたくしたち姉妹の小さい頃」

「なあに?」

「写真はカラーでした」

 

 マリーがどうでもいい思い出に浸っていると、ダイヤが写真を眺めながら。

 目を潤ませ、思い出にひたると言うより、心に痛みを抱えているように手で胸元を押さえながら。

 

 ポツポツと語り始めたことは、どうにも要領の得ない発言。

 

「今日は帰りますわ」

「……なあに、思いっきり後悔した表情して」

「もっと家族と写真を撮っておけば良かったと……痛切に後悔しています」

 

 くるりと背中を向けて、ホテルオハラから逃げ出すように歩くダイヤを眺めながら、やあ、どんな事があってもイベントに参加するのは勘弁――

 

 ダイヤはそれからというもの、白黒写真のカラー化に務めるようになり、ご両親だけで手は止まらず、資料館にある写真もカラー化を推進するようになり。

 

 なぜこのようなことをと、問いかけられた時に「人間の目には白黒ではなく色がついて映るから」とインタビューで応じていた。

 

 なお、その写真を眺めたお年寄りからは「当時の記憶」に関するエピソードが多く寄せられるようになり、郷土の歴史に関する資料が激増したため、コレに習った動きが全国にも広まりつつある。

 

 

 

 ……で、この話は終わらなかった。

 

 

「ねえ、鞠莉、なんで私の黒歴史を持っているのかしら?」

 

 地上からスタッフが壁をよじ登る某かに警告する声が聞こえ「大変なこって」と戸締まりし、コレで事件の解決を待つばかりとティータイムに励んでいたら、締め切っていたはずの窓の鍵を開けて絵里が入ってきた。

 

 ホテルの壁を登るだけでも十二分に頭がおかしいけれども、締め切っていたはずの窓を開けるのもおかしいけれども、虹ヶ咲学園からチャリンコを漕いでココまでやってくるのもおかしいし、水の上は歩けるんだから自転車でも行けるって論理も謎。

 

 

 とにかくまあ、μ'sはマリーからみても変人揃いではあるけど、その極めつけが絢瀬絵里って女の子だ。

 

 彼女の様子は極めて怒り心頭、こらえた物を我慢できないみたいな怖い表情を作り、黒歴史と称した写真を睨みつける。

 自分が撮影してしばらくは「これがAqoursのラブライブに助けてもらった瞬間」と自信満々だったそうだけど、選外になったことと、数年が経ちAqoursのメンバーから不評を買ったことが、消し去りたい過去になった要因だと思われる。

 

 ケド、自分のミスを消し去りたいってわけじゃなく、Aqoursのメンバーから不評だったのがすごく影響をしている――自分の消したい消したくないはどうでもよくても、梨子や千歌に「この写真は好きじゃない」と言われてしまえば、出来が良いと思っていても「では消そう」となるのが、この絢瀬絵里って人間だ。 

 

「別に? 処分されそうになった写真を”たまたま”私が持っていても不思議じゃないでしょう?」

 

 実際に選外になった時に絵里は写真を処分し、亜里沙がたまたまもったいないからと焼き増ししたのを持っていたに過ぎない。

 ラブライブの写真を整理しようって穂むらで雪穂と写真を眺めている時に、例の写真が千歌の目に止まり、彼女いわく「得も言われぬ不愉快さを覚えた」とのことで他のメンバーに拡散された。

 

 Aqoursのメンバーに拡散されたことは寝耳に水だったら絵里だけども、処分しろと頼まれたわけでもないのに、不評だったことから亜里沙にも「処分するように」と頼み。

 彼女は言葉通り処分しようとしたところに私が現れて貰い受けたのだ――処分するまで東京にいた――東京ってか、絢瀬姉妹がいるアパートの近くで寝泊まりしてた。

 

 この写真は絶対に手に入れなければいけない、と使命感に駆られた。ダイヤも同じ考えだったので、こっそり援助もしてくれた。

 果南は千歌寄りだったし、当時はマル以外の二人も千歌寄りの考えだったのでアテには出来なかった。

 

 ケドまあ、亜里沙も「ゴミ袋に入れるのは嫌だから海に流そう」と考えてくれなかったら、マリーの行動はマジでムダなものになっていたし、ゴミ袋に破り捨てて入れよう、だったらさらに終わっていた。 

 

 

 

「人に譲渡するっていうのはね、処分とは言わないのよ」

「忠告ありがとう、ハーフだから日本語が不慣れなもので」

 

 亜里沙には処分をしたとウソをつくように頼んだ――どうやらそれが、シスコンが怒り狂う理由らしい。

 ここまでホテルオハラの最上階で社外秘みたいな扱いを受けていた写真は、Aqoursでも限られたメンバーしか目撃できてない。

 

 後年続々と「あの写真は良かった」とかいうメンバーが増え、梨子なんかは出版社に掛け合ったくらい。

 

 そこまでしてくれれば「実は」とダイヤと一緒に話す。

 

 ラブライブ運営が発行した雑誌の写真は、優勝したAqours全員の写真ばかりで、優勝した瞬間にほうけた高海千歌にピントが当たってる写真なんかあるわけがなく。

 マリーももう少し社会経験がなければ、優勝したAqoursの写真なんだから「全員集合して当たり前」と一笑に付したはず。

 

 でも、Aqoursが優勝した瞬間は九人全員が横並びでいるので、狙っていなければ優勝した瞬間の全員集合写真なんぞ撮れない。

 

 ――これがもし、プロのアイドルを撮るためにたくさんのカメラマンが居る状況なら、Aqoursが優勝した瞬間の全員が写った写真も出てこようが、私たちはスクールアイドル。

 

 それに、下馬評ではAqoursは断然不利だったので、マリーたちが優勝すると思ってなかったのも大きかった。

 そりゃそうだ、相手はSaintSnowを破って全国に上がってきている北海道代表なんだから。

 

 ちょっと話がズレたけど――優勝した瞬間を切り取った写真ってのが、絵里が撮ったものしかなかった。

 梨子がその写真の入手に奔走したときには、ダイヤが止める隙すらなかった。

 

 亜里沙がキチンと「鞠莉に譲渡した」と梨子に言ってくれなかったら、と思うし、絵里が幸いにも留守だったのも助かった。

 

 そのおかげか、今の今まで絵里に私が写真を持っていることを知られなかったし、亜里沙は姉にすら内密にしていたから、知っているμ'sのメンバーもいないはず。

 

 

「そのために、わざわざホテルの壁を登ってきたの?」

「まさか」

 

 まさかだった――壁を登って窓をこじ開け、そんな理由だと思ってた、シスコンならやるんだろうってマリーは油断していた。

 

 閉じきっている扉がバタンと開き、スクールアイドルの仲間たちが続々と入ってくる。

 一様にカメラを構え――るのもいるんだけど、千歌なんかは一目散に写真へと駆け出し、モノを抱きしめ「私だぁ……」と泣き始めている。

 

 今まで千歌がその写真にこだわっているとは知らなんだ。

 早く見せてくださいよ、と海未にせっつかれているし、真姫にも意味ありげな表情で眺められている。

 

 まあ、この写真が失われそうになった原因が、高海千歌の全否定である以上は海未や真姫から嫌味を言われてもしょうがないよね。

 

 

「……なんで?」

「や、まあ、鞠莉も写真に写りたいかなーって、ね」

 

 ダイヤにも「三年生が揃わないと格好が付きませんわ!」と促され、果南は「おー、フィン子~」とイルカとじゃれているけど。

 好き勝手な行動をする面々を眺めていると、自分は高校時代に比べて随分とおとなしくなったものだと。

 

「はは……」

 

 完敗とばかりに両手を上げ、その後はテンション高いマリーの写真をきっちり撮ってもらった。

 数年後、十数年後――どんな自分になっているかはわからないけれど、きっと今日は素敵な日だったと、言うに違いない。

 

 

 



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転科宣言って開花宣言みたいに言うなやって

 二学期の始業式を終えてしばらく、夕陽が落ちれば秋も予感させる頃合いに、友人たちのデートを尾行する我々。

 肩が触れるほど距離は近く、息遣いや鼓動まで届きそうなほど、でもそこまで近づく必要はない、否定すると怒られそうだから黙ってるけど。

 

 が、理亞ちゃんの呟きをきっかけに「そういえばそうだな」と、先程から覚えていた違和感に気がつき、どちらかか、もしくは両者に何らかの思惑があると推測した。 

 

 その内容は「姉さまには恋人がいるのに」だ。

 覚えていない方も多かろうが、聖良ちゃんには歩絵夢という恋人がいる。

 何の因果か妹の友人でもあり、スクールアイドルとしての後輩でもある。

 

 岐阜県出身で農場を両親が営んでおり、経営危機に折には聖良ちゃんをミルクちゃんとしてデビューさせ、赤字から黒字へV字回復させた実績の持ち主。

 

 元々のきっかけは妹の「聖良を妖精みたいにして欲しい」との忠告で、どこをどうトチ狂えば露出度の高い牛柄のビキニを羽織らせステージの上で踊らすと思いついたのか。

 

 長い間の疑問はループする夏休みにて、彼女と交流した際に判明――なんとまあ、痴女にしかどう見ても見えない格好をして、キレッキレのパフォーマンスをし、拍手喝采を浴びるのは聖良ちゃんの性癖でもあるらしい。

 

 ルビィちゃんごっこをする、よっちゃんみたいな中二キャラになってみる、等々、変身願望があるのは周知されており、なりたい自分になりたいとの思いは妹の理亞もちゃんも把握していたものの、露出度の高い格好で全身をくまなく観て欲しいまでは予測できず。

 

 歩絵夢と恋人同士であることすら言えないのに「聖良ちゃんはおっぱいが揺れるのを観られたい」とか言ったら、まず間違いなく「ウソ」と疑われるであろうし「そんなデマを言うなんて」と怒り狂う可能性もある。

 

 知らなければ私でも「デマ」を疑うであろうけど。

 「聖良はそうなんです」と恋人から言われれば「あ、そうなんですか」とツバサと一緒にほうけた顔をしながらうなずくしかない。

 

 ちなみになんでそこに訪れたかと言うと、農場のお手伝いに妹が駆り出されそうになり「それなら私が行くわ!」と、頼まれていないのに突撃したから。

 

 なお、歩絵夢から電話で「亜里沙に頼もうと思って~」というのを「私が行くわ!」と結論づけたので、月島さんちはなにも悪くない。

 

 

「絵里さん?」

「や、謎が解けたかなって」

 

 聖良ちゃんがマジでデート目的でツバサを連れ出したならば「アーン」して食べさせ合いしてるのを観て「釈然としない気持ち」を抱えるだろうし。

 恋人同士みたいに腕にしがみついているのを観ても「おおう、まるで恋人同士じゃないか」と憤りを覚えるであろう。

 

「え、絵里さん?」

 

 や、や、恋人同士とか言っても、自身がそうなりたいからの嫉妬で騒いでるんじゃない。

 今まで恋人も一人いた経験がない者同士、急に先を越されたみたいに、や、それを人は嫉妬を覚えるっていうのかもしれないけど……。

 

「ふふ……」

「お……落ち着いてください、絵里さん、か、顔が範馬勇次郎みたいになってますから」

「嫌だわ、こんなにニッコリ笑っているのに?」

「ヒィィィィ!?」

 

 二人の仲睦まじげな様子を眺めていると、その微笑ましさから、硬いレンガもやってられんとばかりにひび割れる。

 砂糖菓子をかじったかの空間はカロリーの摂取のしすぎだと言わんばかりに、ぐにゃりと歪んでいく。

 

 聖良ちゃんは「暑いですね? 空調機の故障でしょうか」と、んなことせんでもいいのに、胸元から手で空気を送り込み、数々の人の視線を集めるけれども。

 彼女からすれば目の前にいるトップアイドルしか見えてないんだから、有象無象の視線に無頓着になっても仕方ない。

 

「ふ……ふふ……」

「やめるずら?」

 

 カコンとこめかみの辺りにチョップが入り、あんまり痛くはなかったんだけど、意識を現実に戻させるには十分だった。

 目の前が炎のように真っ赤に染まり、暑いと言えば暑いだろと思っていた私が、ただの幻覚だったと思うにいたり。

 近くにいたはずの理亞ちゃんが、コチラをギリギリで視認できるかなくらいまで離れて行っている。

 

 そして近くにいたのは、高校時代に比べて少々大人び。自身は「もう少し背が欲しかった」と語る小柄な体躯――亜里沙からは嫌味ですか? と胸に視線を向けられながら言われるトランジスタグラマー。

 漫画家といえばベレー帽のイメージがあるのかこともなげにかぶり。

 シックな装いの小洒落た服装で、よそ行きの用事があったんだなとすぐに分かる。

 

 「痴女なんですかね」と妹に謳われた聖良ちゃんにも、花丸ちゃんの装いは見習って欲しいところ。

 上もかなり際どいけれども「年齢的にはギリ……か?」とコメントされたホットパンツ姿はそりゃもう注目を集めていた「モデルさんかな?」とのコメントは水着の写真集を出して売上がさっぱりだったトップアイドルさんに突き刺さるのでやめて頂きたい。

 

「もう、せっかく、4コマのネタのために2人にデートしてもらったのに」

「すぐにネタバラシをしてほしかったわ」

 

 ヤレヤレと言わんばかりに首を振り、花丸ちゃん登場により、絢瀬絵里と鹿角理亞双方に尾行されていたと気づいた両者も近寄ってくる。

 おいでおいでをすると理亞ちゃんも周囲を警戒しながら、野良猫みたいな雰囲気を携えてやってくる。

 

 どうして怯えているのかと、聖良ちゃんにジト目を向けられ「あー」と返答に困る私に対し、花丸ちゃんは犯人を言い当てる探偵のような調子で胸を張りながら。

 

「二人がデートしているのを観て、絵里ちゃんがマジギレしてたから!」

 

 おいこらちょっと待てや、飛び出した二塁ランナーを牽制するように高速で花丸ちゃんに近寄ろうとすると、鹿角姉妹が盾となり彼女を守る。

 ガーディアンかオノレらと、怖い声色を作って言ってみると、理亞ちゃんは少々たじろいだけれども、農場にいる牛と相撲をとったこともあるらしい聖良ちゃんは(なお、勝利した模様)ツン、と澄ました表情をたたえながら。

 

 

「ツバサさんを自身の所有物のように語りますね」

 

 苛立ちを覚えた声に背中に寒いものが走る、たしかに普通のトモダチならば「デート? いってらっしゃ~い」とか言うかも知れない。

 実際に穂乃果が「今日はデート」って言ったら、いってらっしゃ~いと言うかも知れない、少なくとも尾行はしない。

 

 言い訳のように理亞ちゃんに誘われたからと口から出そうになったものの、彼女はなぜか屈伸運動に余念がない、まるで足腰をなにかに活用するかのように事前準備をしている――そのカモシカみたいなしなやかな足で蹴りでくわえようというのか。

 

 一方、マンガのネームでも思いついたのか、花丸ちゃんはなんだか良く分からない絵をスケッチブックに描き、この場で一番頼りになるツバサは恋する乙女みたいにうつむいている、バレンタインデーにチョコを渡したくてしょうがない女学生か。

 

 

「そうね、自分にとって特別な存在であるのは確実ね」

 

 「ふっ! ふっ!」と体操に余念がない理亞ちゃんをスルーしつつ、花丸ちゃんは「神ネタずら~」とスケッチブックから目を離さず、聖良ちゃんは不愉快さをひときわ示すように眉をひそめ、あからさまに不機嫌な態度で鼻を鳴らしてみせた。

 

 あと、ツバサは両頬を手で押さえながら、やんやんと震えているけれども、そんなぶる〜べりぃ♥とれいんを歌ってる南ことりみたいな態度はやめていただきたい、私があんまりにもモノマネをするせいで、本物が見たいと理事長が言い出し、彼女には借りも借金も溜まりに溜まっていることりが、やんやんと歌いきった。

 

 ラブライブ優勝できる! とのヤジは部と同好会からひんしゅくを買ったけれども、クオリティは現役のスクールアイドルに引けを取らず、普段から披露しているのでは疑惑がなされた。

 

 なお、曜ちゃんが「ぶ、武士の情けで言えません!」と、ほぼ暴露に等しい叫びを残し、梨子ちゃんが大笑いしながら「渡辺は正直者で私は大好きだよ!」と言った。

 

 が、千歌ちゃんの反応が芳しいものではなく「どちらに嫉妬したのか」は彼女の心の内を覗くほかない。

 

「では問いかけますが、亜里沙とどちらが大事ですか?」

「え?」

「順位など決める必要もありません、私にも歩絵夢と理亞がどちらが大事かと聞かれれば答えかねる部分があります」

 

 

 ココに来て理亞ちゃんの準備運動の動きが停止した「姉さまには恋人がいる」と知る彼女も、いつも隣でマネージャー代わりをしている少女がそうだとは知らなかった。

 聖良ちゃんも意図せずに自身の恋人を暴露したことに気がつき、少々焦燥感に駆られた笑みを浮かべつつ、左足を一歩下げ、攻めの姿勢を取り下げた、話題をそらすなら今だけど……。

 

「ですが、し、知れたことです、絵里さんはツバサさんとの動物園に向かった際、交流に夢中になり、亜里沙へのプレゼントを忘れた……今まで自覚が、理亞、良いところなんです、ちょ、まっ!」

 

 「だらっしゃぁ!!!」と叫んだ理亞が、なんと大好きな姉さまに蹴りかかり、ガード不可避の超必殺技だと察したのか、避けに能力を全振りした、攻めてかかるのが似合う彼女がたじろいで逃げるほどの勢いだった。

 言葉はかなりポンコツっぷりが如実に出てるけれども、周囲の人並みが「女の子消えなかった!?」と騒いでいるので、そろそろこの度の話し合いは時間切れ終了。

 

 

 

 着地した際に履いていた靴がおじゃんになるトラブルや、ドラゴンボールの戦闘シーンみたいな姉妹のじゃれ合いがネットにアップデートされ、花丸ちゃんもたいそう満足した調子で「マンガのネタが~」と喜んでいたけれども。

 

 顛末を聞いたAqoursのリーダーが彼女を正座させて、長時間説教をかましたそう、胸に抱えていたものがちょっと軽くなった。 

 

 そして私は、高咲侑ちゃんの突然の転科宣言に驚いている―― 

 



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いつも思うんですがプロット通りに行きません

 元々μ'sは、穂乃果の廃校を阻止したいとの願望から生まれたグループ。

 言ってしまえば思いつきで結成され、そのままラブライブ優勝まで突き進んだ。

 

 優勝の肩書きがあろうが、当時最強を謳われてたA-RISEを東京予選で破り去ったとか言われようが。

 無謀とも言える選択を突然して、着の身着のままの勢いで寮へ連れられた侑ちゃんに「では諦めましょう」といえるメンバーは誰一人いなかった。

 

 上原歩夢ちゃんに「侑ちゃん」を窘めて欲しいの意図があったことは重々承知する、でなければ寮ではなくその場で「やめたほうが」と進言するに違いない。

 

 はい――歩夢ちゃんからの「転科宣言をした」には驚いたものの、絢瀬絵里としては「頑張れとも諦めなさい」とも言えない。

 どうやらこの場にいたAqoursのメンバーも同様だったみたく、梨子ちゃんがコップに入っていたビールで喉を潤してから「理事長」と言った。

 

 侑ちゃんが音楽科への転身をはかるきっかけになったのが、梨子ちゃんの「侑ちゃんって良い才能を持ってそう」の発言であり、そのイベントには私も真姫も――そして、歩夢ちゃんも参加している。

 

 前々から好きな曲を好きなように弾いていたみたいで、レッスンを受けて以降にも梨子ちゃんに「レッスン」をせがんでいた、彼女が忙しいときには真姫も、音楽科の生徒にもピアノを教えてもらっていた様子。

 

 けどまあ、歩夢ちゃんからすれば――や、何より私たちとしても、ピアノにハマって上達しようと努力したくらいにしか認識しておらず、この場にいるメンバーでは誰一人「音楽科への転身」は予測できなんだ。

 

 そう、この場で真姫が欠席である以上、是か否を音楽を嗜んだ人間として言えるのは桜内梨子ちゃんしかいない。

 

「彼女の才能は普通科にいるにはもったいないです」

 

 だろうな、と思った。Aqoursのメンバーだったころも、それ以降、気まぐれにニジガクの面々に楽曲を提供しても、アイドルになったよっちゃんに曲をプレゼントしても。

 

 彼女の才能はスナックでママをしてるのはもったいないと、周囲から言われていたし「自分のやりたいことは自分で決めさせてよ」と苦笑いしながら反応をしているのを見たことがある。 

 

 万人には不可能なほどの努力をし、極まる才能を誇る彼女が、ちょっとピアノをかじっただけの女の子に「レッスン」なんぞ行うはずもなく、真姫だってその手の教育はしずくちゃん相手にすら躊躇いがある。

 

 熱烈に推しているしずくちゃんや、ステージに立てば超高校級と才能を持て囃されるモモちゃんにさえ「教えて下さい」と言われて「まずは考えを述べて」とワンクッション置く。

 

 梨子ちゃんも音楽科の生徒から「教えて下さい」と頭を下げられても「演奏家としては引退している」とか「教師に申し訳ない」と一度では教えて貰えないくらい。

 

 繰り返しになるけど、突然の転科宣言は梨子ちゃんも……この場に真姫がいれば、彼女も驚いたに違いない。

 

「で、忖度をしろというの?」

「したほうがいいでしょうね」

 

 ケド、桜内梨子ちゃんの発言は先程の侑ちゃんの発言以上に周囲にざわめきをもたらした。

 理事長も「んなわけないでしょう」と言われるのを予測し、半ば冗談で「忖度」と言ったけれども、梨子ちゃんが「学園の利益になる」と続ければ、学園の最高権力者は真面目な顔になる。

 

「なぜ?」

 

 理事長は手に取るものが欲しい、と飲み物を要求されたので、パシリとして名高い絢瀬絵里としては頑張って用意を重ねる。

 ついでなので皆様の分もご用意させて頂く。

 

 渡す時に歩夢ちゃんには「ごめんなさい」と謝罪をしておいた、彼女も「私も……侑ちゃんを信じられていなかったですから」と儚げな笑みを浮かべる。

 

 ケド、そこは信じる信じないのレベルじゃない、いくら信じていたところで「学園の利益になるから編入試験に忖度しろ」を予測できるとは思わない、思えるとしたら才能の有無に気がつき、さらには転科宣言も予測できた人間だけ……まあ、いないわけではなさそうだけど。

 

 

「彼女のピアノを聞いて……焦燥感にかられないはずがない」

「なるほど……絵里ちゃん、二学期に入ってからの音楽科の生徒の相談回数は?」

「侑ちゃんのピアノを聞いたコトがきっかけと思しき相談が上昇しています」

 

 経緯を端折ってしまったけど、私が音楽科の子から相談を受けた内容は「焦ってしまって」とか「怖い才能を誇る生徒がいて」と「侑ちゃんのピアノを聞いたから」と断定されたわけじゃない。

 

 幼少時から音楽を嗜んだ人間ですら「焦る」「怖い」と悩みを吐露し始めたのが、梨子ちゃんや真姫が侑ちゃんにレッスンを始めた時期と合致する。

 ここまでくれば他のメンバーも「実は相談を」と告白する、ニコや理亞ちゃんに相談を寄せても、ではどう努力をするかしか言えないんだろうに。

 

 やあ、私も「不安なのは行動しないから」的な精神論しか教えてあげられない、あとは「美味しいものでも食べましょう」と料理をしてあげるくらいしか。

 

「ツバサも?」

「さすがに畑違いだけどね……恐ろしい才能を誇った人間を観た時の反応くらいしか言えなかった」

「あなたが恐ろしいと思う才能? 冗談でしょ」

「ちなみに答えは、不安を感じている暇がないほど練習、よ」

 

 方向性が私と一緒で困る――真理かどうかはともかく、不安を感じないほど集中さえすればいい、ボーッと「ああどうしよう~」と言っているよりも「アホみたいにやる」が功を奏することもある。

 

 もちろん、アホみたいにやったあとはガーっと寝る、疲れてそうな生徒には「そこで休みなさい」と指示することもあった。

 

 専門家なら専門家の答えがあろうが、畑違いな人間としては「一生懸命練習して、お腹いっぱい食べて、眠くなったら死ぬほど寝る」で「新しい朝を迎える」が最善としか言いようがない。

 

 ちなみに「仕事をさせ、眠らせず、お腹いっぱいも食べさせないし、娯楽もさせない」で人間は簡単に死ぬ、勘弁願いたい。

 

 

「侑ちゃん」

「はいっ!」

 

 理事長との会話が終わったのか、梨子ちゃんが侑ちゃんのもとに歩み寄り、近くにいた歩夢ちゃんには「ごめんなさい」と頭を下げていた、許せる許せないの話ではなく、さすがに梨子ちゃんに謝罪されると思ってなかったのか「い、いえ」と釈然としない表情を浮かべる……や、戸惑っているのかな?

 

 でも、何を言う言わないの話でもないので、ひとまず梨子ちゃんは歩夢ちゃんの答えを待たずに侑ちゃんに話しかけた。

 

「誰かの心を折るかもって覚悟がある?」

「そのぶん、誰かを救う音楽を作ります」

 

 力強い瞳だった――自分の好きなことをするのは、誰かのガマンでそれが成り立つって知る表情だ。 

 例えば、優勝の椅子に座れるのは一人、もしくは一グループしかない。

 第二回ラブライブ優勝に座ったのがμ'sなら、それ以外のグループは悔しい思いをしたり、涙を流したことになる。

 

 自分たちが幸せな結果を享受したところで、それ以外のみんなもハッピーであるとは限らない――すごいサクセスストーリーだね、と私たちのことを褒めてくれる人もいる……やあ、今となっては手放しで喜べないけど。

 

 けど、梨子ちゃんは「それは間違いだ」と言わんばかりに首を振り。

 

「誰かじゃない、誰しもよ」

「……え?」

「心を折ったそのヒトでさえ、高咲侑に折られたらしょうがないと、心が救われるような音楽を作りなさい、それが才能を持つ人間の使命、努力をしなければならない理由……そうでない人間は堕ちる」

 

 歩夢ちゃんが「ひぇ」って言って、たじろいで一歩後方へと下がるも、侑ちゃんは余裕だと言わんばかりに胸を張る。

 そんじょそこらのホラー映画ではお目にかかれないほどの恐ろしい顔だったけど、近くにいるだけの歩夢ちゃんが泣きそうになってるけども、侑ちゃんは厭わずに一歩踏み出してきた。

 

「私は正直ね、ニジガクのソロ趣向は死ぬほど嫌いなんだけどさ」

 

 「ひえ」的な声を上げる人間が増えた――唐突な「ソロ嫌い」に、虹ヶ咲学園でソロで活動する面々は視線をそらして飲み物を飲む、おかわりを要求された気がしたので注いであげた。

 

「なんでだか分かる?」

「……」

 

 侑ちゃんは一度深呼吸をし、上を見、下を見、隣の歩夢ちゃんに視線を寄せ、それぞれ固まっているニジガクの面々にも気を配り。

 

「泣く回数が増えるから」

「アハっ!」

 

 ヤバい、完全にキマってる――勘違いするほど、笑った梨子ちゃんの表情も声も怪しかった、でも、理由は侑ちゃんの答えに満足をしたからじゃない、周囲の面々の反応を眺めての笑いだ。

 

 そろそろ「パフォーマンスをして合格不合格を決められる」のにも慣れが出てきた、さらにユニットの結成により「ステージに立つ回数」も増えた、璃奈ちゃんに至ってはユニットでしかステージに立ってない。

 

 だから「まあ、次があるし」の考えが出てくる頃合いだとは思った、そして――

 

「みんなも悔しさを忘れたでしょう? いんや、忘れたのは……そうじゃないか」

 

 そのことを教える時期ではないかな、とはニコともツバサとも話し合っていた――梨子ちゃんには汚れ役を任せてしまった。

 

 「ついでだから」と笑ってくれたけど、後日に虹ヶ咲学園名義で御礼の品を送った「やあ、これダイヤちゃんのじゃん」と文句を言ったりなんだり、当人の中で満足が行ったかどうかはわからない――このあとのみんなの反応を含めて。

 

「あなたたち、ステージに立てなかった時に悲しむのが自分だけだって勘違いしているでしょう」

 

 そこで驚いた表情をしないでほしかったなあ、と。

 

 ――なお、梨子ちゃんの発言で驚かなかったのは、この場にいたエマちゃん、後日に事情を聞いた彼方ちゃん、さすがにこの二人は大人びたところがある。

 

 梨子ちゃんの発言を聞き「そうだ」とエマちゃんが頷いたので「ファンの子にステージに立ってないのかと尋ねられたこと無いの?」と追撃をくらわずに済んだ。

 

 そう、私もそうだし、ニコも慣れている「推しがステージに立ってないことのファンのお問い合わせ」

 

 コレさえ知っていれば「ソロで落ちてもユニットで」なんて口が裂けても言えない。

 

 でも、さすがは侑ちゃん、梨子ちゃんの話題逸らしにも、理事長に「編入試験を受けさせてください」と直談判で対応。

 そのしたたかさには私たちも「あのメンタルなら転科しても行けるわ……」と称賛するしかなかった。

 

 

 だって、唐突に転科するって言われた歩夢ちゃんの手前、彼女の思いを汲めば「もう何日か考えて」と結論付けさせるしかなく。

 才能を認め、背中を押してしまった我々も「唐突のソロ嫌い」で「あ、やべえ転科する流れだ」と気がつき、なんとかして「今日のところは遅いので」にしようとしたけど……結果は直談判と。

 

 理事長も「もっとよく考えて」と言ったけど「今ココで試験を行って頂いても」と力強く押し、さらには「自由な校風の尊重」と言いつつ「受け入れていただくまで動きません」と座り込む。

 

 そして侑ちゃんは編入試験の権利を得、満場一致で合格を果たす――そろそろ「ルビィの誕生日会を」と言っていたダイヤちゃんにいい報告ができた

 うん、ダイヤちゃんに「梨子ちゃんの誕生日会は?」と問いかけてしまったので「ファンのことを考えろ」と宣言した梨子ちゃんに「ダイヤちゃんからの一品」が「虹ヶ咲学園名義」で届けられたんだけど、

 

 私もね、ことりからね「ねえ、絵里ちゃん、私のお誕生日会はぁ?」と言われるまで記憶から抜け落ちてたからおあいこ。

 

 侑ちゃんの編入試験の準備や音楽科の生徒の相談を受け持ち、同好会や部のフォローをしている間に過ぎてしまって。

 

 ことりの誕生日の翌日、何食わぬ顔で彼女が現れたときも「ごめんなさい、日付の感覚がよくわからなくて」と忙しさにかまけておざなりな反応をしてしまった。

 

 満足いただけたかどうかはわからないけど、ことり、梨子ちゃん、ルビィちゃんには虹ヶ咲学園名義で色々贈られた――やあ、さすがのダイヤちゃんも「梨子ちゃんの誕生日を完スルー」して妹の誕生日会を盛大に行うのはね……でも、誕生日会はしめやかに執り行われましたって言わなくてもいいから、それ、お葬式にも使われる表現だからね?

 

 



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ミアちゃんが甲高い声でブタゴリラー! って言ってくれたら全力で推します(ない)

 侑ちゃんの勢いに根負けをした理事長先生が「今日のところは勘弁してください」と言い華麗な土下座を放ったとき、ランジュちゃんがトンガリみたく「ママー!」と叫んだので見事なオチが付いた。

 

 そこですかさず「ブタゴリラー!」とミアちゃんが裏声で言い放ち、ブタゴリラはひどいあだ名だ、名付け親は誰なんだと、ガヤガヤと周囲はにわかに騒ぎ出し。

 

 ゆえに侑ちゃんはそれ以上追求できず、女学生が外出するには遅い時間にもなっていたので、最高権力者が御自らそれぞれのご両親に連絡を取り。

 落ち着いた頃に「これから編入試験の予定を決めます」と侑ちゃん、そして歩夢ちゃんに告げた。

 

 ケド、学校の最高権力者は立場が立場なのでとてもお忙しく、侑ちゃんの音楽科編入のための雑事は私に委ねられた――「は?」と、相手は年上で敬意を払う立場なのに、度し難いことを言われたので口からトンデモナイ言葉が出てしまった。

 

 理事長先生も気分を害すこともなく「気持ちは良く分かります」と謝罪した私に同意してくれた。いやいやトンデモナイと続けようかと思ったけど、それでは話は平行線。

 

「まず、試験を行うのは悪いことではない、転校生はいつでもウェルカム、オーケー?」

「はい」

 

 転科が珍しいイベントではあるものの、科を問わず転入生は珍しくはない――理事長先生が仰るとおりいつでもウェルカム。

 よくも悪くも才能があふれる生徒はマイペースなので、転入する生徒が拍子抜けするほど受け入れられる。

 

 逆に合わないなと感じた生徒には「では居場所を見つけましょう」と様々な生徒から「コッチおいでよ」と誘いをかけられる、ソコでは合わなくても別のトコで合う可能性は十分にある。

 ニジガクは規模も大きいし、生徒数も多いので「クラスに馴染めない? じゃあ部活(同好会)しようぜ!」が十分に通用する。

 

 村社会みたいな学校があるのは知っているし、ソッチのほうが好き、馴染みがあるも構わない。

 でも、必ずクラスではみんなと仲良くせねばならない、授業はまとまって全員で受けなければならない、なぜなら他の場所もそうだから、でルールを強制するのはよくない。

 

 といって勝手を許すかといえばそうではなく、やらかした方々には「園田道場送り」になるケースもある――あ、ミアちゃんも、作曲に集中するって嘘ついて、部屋でバーガーとコーラをお供に匿名掲示板でのレスバに集中してたから一回拉致されたことがあったね……。

 

「でも、特別扱いはよくない」

「はい」

 

 つまり、理事長が教師陣に指示をし、自ら会議にも参加し、彼女を是非にも、は侑ちゃんにも周囲の学生にも悪影響を放つ。

 他の教師に一任をするのも同じで、ではどうするかになると、理事長から委託されたどうでもイイヤツが提案し、侑ちゃんのために頑張りました、と周囲から思われればいい。

 

 講師とか肩書がついていると教師に一任と同じ結果、そして生徒単独で任せるには荷が重い。

 ある程度の暇を持て余していて、それなりに信頼がある人間に一任が適切。

 

「一人で不安なら、ええい、ツバサちゃんと理亞ちゃんもつけるわ!」

「野菜の安売りみたいにオマケでつける人材じゃないんですけど……」

 

 理事長の後ろでシャドーボクシングとスクワットをし、あからさまな脳筋ムーブしているお二人を観て、むしろ私が添え物では? と疑問を抱いたけれども――

 

 

 

 

「絵里さん」

 

 「ああ、ミルクちゃん」と反応をしなくて助かった。

 まともにっていうとなんだけど、いつもみたいに「露出していないところがむしろ珍しい」衣服ではなく、就職活動をする学生みたいな装いのパンツルックできちんと決め「いつもこれくらいシックだったら」男子学生から「露出魔っぽい人」と言われずにすんだだろうに。

 

 千歌ちゃんに露出云々で指摘を受けた時に「若いのだから出さなければ」と反論し「グハァ」とダメージを受ける人間多数――ダイヤちゃんや梨子ちゃんは「出す自信がない」とおしとやかな印象を持つ服装を好むから「若いうちに出しておけ」は痛感した様子、でもマネはしないで欲しい。

 

「あら、就活? 学園では講師をいつでもウェルカム」

「理亞をお願いします」

 

 重々しい雰囲気を携えてやってきたので、その空気を少しでも弛緩させようと冗談まじりに言ってみたら「もう、歩絵夢の家に永久就職」等の余談を挟まずに、目的を披露。

 

 わざわざ私が一人でいるところを見計らって声をかけるくらい――さっきツバサが理亞ちゃんを「おいゴリラ、スパーリングしてやるよ」ボクシンググローブ片手に連れ出したので、なんかあったな、とは思ったけど、聖良ちゃんのために時間を作ってくれたのか。

 

 ……相当だな。

 

「なに、それは妹を永久就職させろって相談?」

「彼女が望むのなら、是非にも」

 

 歯を食いしばるわけでもなく、何かを我慢しているわけでもなく、それが自分のほんとうの望みだと言わんばかりに。

 聖良ちゃんだって、中々相当なシスコンっぷりだ、過去に英玲奈や私から「シスコンキャラ」とキツい言葉を決められたけど、今でも私はそれくらいのことを彼女がやらかしたと信じている。

 

 や、まあ、シスコンキャラと言われて「トンデモナイ罵詈雑言」だと受け取るのはそんなにいないんだけど……。

 

「妹を手放したくなった?」

「……なぜ、そのようなことを仰られるのですか?」

 

 質問を質問で返してきた――純粋な疑問ではなく、追求されて困る部分を突かれたんだと思う。

 

 どうしてか、は私だって問いかけたい、疑問はこちらが呈したい。

 

 理亞ちゃんにとって鹿角聖良って女性は目指すべき目標でもあり、いつまでも追いつけない理想でもあり、永遠に傍にいたい人でもある。

 

 いつかは離れなければならないけど、物理的に離れたと言って縁が切れるわけではない。

 

 聖良ちゃんは自ら学園までやってきて姉妹との交流をするけど、理亞ちゃんから歩絵夢ちゃんの農場まで行ったり、ミルクちゃんの職場に顔を出すことはない。

 それは職場で働く姉さまを観たくない、って薄ら寒い感情ではなく、いつかは離れるけど心は通じていると信じているから。

 

 そして、離れるとわかっているから。

 

 理亞ちゃんだって人間だから、たまには悲しくなって「姉さまにお会いしたいな」と考えるだろうし、聖良ちゃんがやってるんだから、自分も職場にって。

 

 でもそれじゃあ、永遠に離れた時にどうする、会いにもいけなくなったらどうなる、心の拠り所がなくなって生きていけなくなったら……そんな思いを大切な人にさせてしまったら。

 

「私も同じミスをしたわ」

「……は?」

「妹の職場に下心満載で押しかけて、結局、周囲の協力もあってか会えずじまい、その時、私は妹は大好きだけど、妹離れをしなければって痛感したわ」

 

 住居(学園の寮)が住める状態でなくなり、高坂家に押し入った時に、結局妹には会えずじまいになったイベント。

 

 あれは亜里沙から「なんとかしてお姉ちゃんと顔を合わせない方法」を提案され、皆様で協力してくれたのだ。ニコが「ああ、あそこの家は亜里沙ちゃんが好きだから」と言ったのは、自分たちで独占したい、ではなく、そんな無茶ぶりも叶えてくれるほど仲がいいってニュアンスだった。

 

 いやぁ、ニコには頭が上がらない、遠回しにちゃんと忠告してくれる――しかも私がきちんと後で気がつけるように配慮して。

 

「今がその時です、鹿角聖良の手を離れ、理亞が……理亞が……すべての人の模範になるために!」

「それを理亞ちゃんが望んでないっていうのよ! 妹が望んでいると勝手にあなたが思っているだけよ! あなたは……あなたは最低よ!」

 

 理亞ちゃんにも――今は聖良姉さまが会いに来てくださるし、の思いもある、それに甘えている部分もある。

 でも、まだ甘えていたいんだ、ラブライブ優勝の時の傷が癒えきっていないから、まだまだ聖良ちゃんの支えが必要なんだから。

 

「……理亞」

 

 私がかつての海未みたいに手をあげようとしたとき、理亞ちゃんが聖良ちゃんをかばうように前に出て、その姿に姉がポツリと呟いた。

 両手を広げ、この人を絶対に守るんだと凛々しい表情を見せる姿は、たしかに聖良ちゃんの語る、すべての人の模範になる姿かもしれない。

 

 彼女がツインテールにしてたリボンをほどき、振り向かずに手だけで聖良ちゃんに渡す。

 

「模範となりましょう」

「……」

「誰もが理想とする鹿角理亞になりましょう、もう……もう、SaintSnowの鹿角理亞はいらない」

 

 彼女がツインテールにし続けていた理由、ラブライブ優勝後に無気力になってもツインテールができるように、と髪を切ることもなく。

 学園で働くようになってからも「まるで高校生」とアラサー連中から言われようとも、絶対に自分はツインテールと言い放っていた鹿角理亞が――。

 

「私は、独り立ちをします……過去は振り返らない、過去へ続く道なんてないから、行けない道を眺めるしかないから……私は前を向く! 虹を越えて! 日向を見るんだ!!!」

 

 

 「おい綺羅ツバサ、スパーリングの続きだ!」と幾学年も上の先輩に向かって叫び「上等だコラ! 身の程見せてやるわ!」とA-RISEのリーダーも応じる。

 

 その姿を見て、聖良ちゃんはリボンを握りながら泣き続けた――声をかけようと思ったけど、対応は歩絵夢ちゃんに任せる。

 

 さすがに百合の間に挟まる女との蔑称は与えられたくない。

 



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この話を書く前のプロットでは、鹿角理亞の修行エピソードとありました

 私が暇していると鋭い洞察力で見当を付けたのか、高咲侑ちゃんは抜き足差し足忍び足。

 気づいていないと大方の予想を立てたか、それとも、気づかないふりをしている絢瀬絵里に怒られでもしたいのか。

 

 他者からポンコツとこき下ろされる脳みそでは、宝くじの一等が当たるレベルでしか推測は的中せず――さりとて、確実になれば予想ではなく予知と表現されよう。

 

 確実に未来を見通す力があれば、虹ヶ咲学園の雑用係から占い師に転身して、濡れ手に粟で能力を骨までしゃぶり尽くすつもりだ。

 凡庸極まる私が、身の丈に合わない卓越した能力を持ち合わせても、駆使できるかは一縷の疑問を沸かせるけども。

 

「絵里ちゃん」

 

 暖簾をくぐり、代金を支払って頂くお店の味には劣るけれど、良い茶葉と評価の高い急須で注げば、凡骨でも程々に美味しいものを入れられる。

 湯呑に汲んだほのかに甘みを生じる煎茶を頂き終え、ほっと一息入れた私に、侑ちゃんは折よく声をかける。

 

 適時を見計らって会話を促そうと声をかけるんだから、単純な私は、歓喜に酔いしれながら振り返り、話しかけた侑ちゃんも唇を広げながらにこついた。

 

 目を細め、肩の力が緩む姿を眺めると、同年代の友人のような気安さも満更でない。

 

「ピアノの演奏に付き合ってほしいんだ」

 

 自身の入れたお茶で喉を潤していた私に、気軽に頼むのは憚られたのか、おっかなびっくり近づく侑ちゃんが話しかけた理由は。

  編入試験のために熱心に頑張っているピアノを静聴して欲しかったがゆえ、どこぞの馬の骨でも「わぁ、すごいわねぇ」と熱を帯びた目で褒めちぎれば気分も良くなる。

 

 手を上げながら賞讃する言葉を脳内で列挙しながら、侑ちゃんにも不安はあるだろうし、できるだけ勇気づける表現も必須だな、と。

 編入試験に受からならければ、って目的はあるけど、未知なるものを探求し努力をする姿は、同好会や部のメンバーに多くの影響を与えている。

 

 作曲家として度々同好会や部にも曲を提供し、ピアノの心得もあるミアちゃんも侑ちゃんの演奏を耳にしてから。

 

「ボクも明日から懸命に練習をしなければならない」

 

 視線をそらして、顔を少々高揚させながら、もじもじとしながら褒める姿に、親友のランジュちゃんも感極まるように目を伏せた。

 見ているだけで気持ちが和らぐような二人の様子に、音楽科編入に心配や不安を覚えていた面々も「侑が立ち向かっているんだから」と気合を入れ直す。

 

 オーバーワークにならないように、と、同好会や部のみんなの練習には、今まで以上に留意を重ねている。

 講師扱いの自分たちもまた、高咲侑の挑戦の影響を受け始めていた。

 

「同じ曲でも、真姫や梨子ちゃん、ミアちゃんとはまた違っている」

「劣ってます?」

「それはもちろん」

 

 私が答えづらい質問に苦笑いしながら応じると、侑ちゃんも不用意な表現をしたと察し、ペコリと頭を下げる。

 些細な仕草や表情から、決して気落ちしたわけじゃないと確認してから、ロークオリティの脳みそで一生懸命に考えた言葉をかける。

 

「正直、ピアノの演奏って高校を卒業するまで、真剣に聞いたことってなかったのよ」

 

 授業で高名な演奏家のピアノ――に限らず、様々な楽器の音色は傍聴してきたけど、集中していたとは言え、すごく悪い言い方をすると「どれも同じ」ほどの認知度だった。

 

 アラサーが素直に告白すれば、侑ちゃんも同じ心構えで音楽の授業は受けていたみたい。

 

 卒業してから真姫の家には度々呼び出され、コスプレ衣装の制作、アニメ鑑賞会のイベントもあったけど。

 学校の先輩を部屋に呼んで自分のしたいことをするのも心苦しかったか、私はこんなにピアノが上手いのよと自慢でもしたかったか。

 

 当時の心情は真姫に問いたださなければ明らかにならず、かといって年数が経ってるから「忘れた」可能性もある。

 

 でも、真姫のピアノを聞いているうちに「ああ、演奏家で音色って変わるんだな」と気がつき「あなたの演奏って、授業で耳にするものより優雅よね」と何も考えずに口から出したら、突然グランドピアノが壊れた音を奏で、真姫が自分の髪の毛と同じくらいに真っ赤になってた。

 

「それはもう、ごちそうさまです」

「お互いに忙しくなるまで、何度も呼び出されて……おかげで耳は肥えたわ」

 

 侑ちゃんの理解不能な論理を聞いたとせんばかりの視線には、年上としてわずかな敬意を望む。

 

「侑ちゃんの演奏は……優しい、真姫の優雅さと、梨子ちゃんの胸に秘めた力強さと、ミアちゃんの絶対的な自信から来るものよりも、第一印象として優しい」

 

 譜面通りに演奏って前提がクリアがなされている上に、さらには楽しげにして、音色には個性もある――そりゃ、梨子ちゃんだって「忖度しろ」と理事長に訴えもする。

 

 前までは趣味での演奏だって前提があったから、自分たちも「楽しげに演じてていいよね~」くらいにしか想いを抱いてないけど。

 これからは音楽科で才能豊かな面々と肩を並べないといけない――あ、ちなみにミアちゃんは普通科、勘違いされがちだけど。

 

 侑ちゃんの演奏に刺激を受けてから、音楽室に現れては璃奈ちゃんのはんぺんに演奏を聞かせている――当人いわく、ネコも熱心に聞くほどの技術だとか。

 

 ちなみにはんぺんにじっとさせるのは、真姫も梨子ちゃんも侑ちゃんもできない、世界的にも珍しいのでは? 

 

「侑ちゃんがそれをできるのは……歩夢ちゃんのおかげよ」

「え?」

「支えられる心地よさを知っているから、支えようって思う、だから演奏が優しい、誰かのためにって頑張れる人」

「真姫さんたちは」

「あの子たちはプライドが高いから、演奏している私が全世界で一番くらいに思ってるのよ――方向性が違うだけで、どっちがいいとは言わないけど」

 

 ちょっと前に歩夢ちゃんが「侑ちゃんを信じきれていなかった」と、罪を自白するように呟き。

 侑ちゃんも歩夢ちゃんと二人だから頑張れてこれたと、ちょっと忘れているみたいだから、関係がこじれてしまう前に、オバサンがおせっかいを焼いちゃう。

 

「……そっか、誰かのためにやれたのは、私のために頑張ってくれた歩夢がずっとそばにいてくれたから……歩夢……ごめん……」

 

 涙をこぼす姿を視線から外し、彼女も一人になりたいときもあるなって自己完結し、歩夢ちゃんを音楽室に来るよう呼びつけた。

 

 一人になって泣いたら、ふと誰かが恋しくなる――気持ちが軽くなったときに傍にいてほしいっていうのは、大切な人だと知っている。



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フェイ・チェンカなんだぜ!→グレネード→カコン→爆散の流れは完璧です

 高咲侑ちゃんは転科試験のため休学中扱い――

 

 一般の生徒は授業に取り組む時間だと、息を乱してやってきた歩夢ちゃんの顔を見る前に気がついた。

 学生が熱心に勉学に励まなければならないシチュのさなか、理由もつけずに音楽室へGO!と一昔前に流行したゲームのようにメッセージを送ったことは、のちに誰かに怒られよう、どなたでも構わない、皆それぞれに忙しいので条件はつけない。

 

 息も絶え絶えに到着した歩夢ちゃんは私に事情を伺おうとしたけど。

 音楽室から漏れる旋律を耳にした瞬間に、こちらへ「ありがとうございます」と言いながら頭を下げ、居ても立っても居られないとばかりに中へと入る。

 二人の姿が重なるのを見届けた私は、歩夢ちゃんが困らないようにと、廊下から授業を耳に入れようとする。

 

 歩夢ちゃんが授業に取り組んでいた教室で教鞭を執る先生と、教室へと繋がるドア越しに目が合い。

 「唐突ですが、今から転校生を紹介します」とすっとんきょうな発言が聞こえて、金髪ポニーテールは促されるままに教室に入った。

 

「では、上原さんの代わりにノートを取っておいてください」

「え、あ、はい」

 

 それくらいで許されるのなら、と自分の凡ミスを振り返ってると。

 「絵里ちゃんだ」「絵里ちゃんだ」と連呼される教室内にて。

 「男子は気をつけなさい、そのヒトは先生よりも年上です」と、芸人さんの控室に爆竹を放り込んだみたいな衝撃発言が響いた。

 

 「ええ!?」と生徒より驚いたのがネタにされている私。

 凛々しい表情で教壇に立つ女性が「誕生日を迎えると26になります、先輩」と、口調こそ恭しいのに敬意がゼロな台詞を発し。

 

 さらには「先輩はおいくつでいらっしゃいますか?」と追撃もされたので「こ、今年で28になります……」と、周囲からの視線に恥ずかしい思いをしながら正直に告白した。

 

「でも、先生のほうが老けて見えるよね」

「絵里ちゃん同年代にしか見えないし」

 

 このまま、アラサーが普通科の生徒に入り混じって授業に参戦――と、なるかと思いきや、流しそうめん同好会とコッペパン同好会の部員の二人が逆襲の一手を繰り出した。

 

 王手飛車取りの一手に目を見開く先手番みたく、先生は思わず前のめりになり、自身が守られる立場になった私は感動を覚えた。

 

 コッペパン同好会のみんなが巨大サイズのかすみちゃんを作ろうとし、なんとかお手伝いをと頼まれたのを思い出す。

 

 お台場に日本の守護者と勘違いされそうなかすみんを――コペ子ちゃんはTOKI○のリーダーみたく、ツナギを着てハチマキを付け、設計図を展開し「上にかすみんを乗せて」と、真剣な面持ちで話す。

 たまたま寮に遊びに来ていた鞠莉ちゃんがコッペパン同好会の会議に参戦し「ガチじゃない……」本気っぷりにたじろぐ。

 

 素材の強度と持ち運びできる軽さを考えれば、とんでもないコストになると結論づけ、絢瀬絵里は部員たちを諦めさせる路線へ水を向けた。

 テレビ局の企画なら予算も潤沢にあろうが、学生が出せる金額を出し合ってでは、到底及びそうもなく。

 

 懸命な努力ならば激励もしようが、我慢と強制に由来する努力なんぞはイジメと何ら変わらない。

 周囲がやっているからでひもじい思いをさせるのは、みんなが平等に幸せになる方法ではない。

 

 それに、巨大ロボットに興奮をする生徒会長であろうとも、コッペパン同好会に予算を優遇と語った瞬間に「却下」とにべもなく首を振るレベルだし。

 

 仮に私情でコッペパン同好会に予算を回すとなれば、大胆なリコール運動へと発展する。

 

 や、その日の夕方、忙しそうな彼女と顔を合わせて「ガンダム作る」って言ったら「完成したら見せてください!」と。

 中川菜々の顔から一気に優木せつ菜化したからね、書記の双子の男の娘のほうが「ぶふっ」って、吹き出したからね?

 

 正体が露見している相手だった気安さか、それとも副会長が未だに答えに行き着いていない息苦しさもあるのか。 

 

 会長は「コホン」と咳払いをし「そのような予算が我が学園にあるとは」と、ちゃんと仕事をしているアピール。

 スクールアイドルをやってるのがバレバレ過ぎて「隠す気がないのでは?」「仕事そっちのけでは?」と、噂話もされるけど。

 

 ただ、何を隠そう、実情を存じている双子ちゃんも「次代の生徒会長は中川菜々で」と強く推しているし、なんなら会長にも「スクールアイドルとの両立」を進言している。

 相手に強く踏み込めないのは「良い大学に行って親を安心させたい」との理由での、受験とスクールアイドルの両立を論破できないから。

 

 良い大学に行って、良い就職先を勝ち取り――何の因果かトップアイドルへの道へ駆け上がろうとしているよっちゃんを観。

 医大受験の勉強の休憩中にアニメにドハマリし、コスプレイヤーとして冬コミに参戦、その後声優デビューし現在も活動中の西木野真姫を観。 

 

 せつ菜ちゃんの語る良い就職先での勤務で長年働いたのと同じくらい、もしかしたらそれ以上稼いでいる両者が所属するグループのメンバーとしては。

 

 「良い大学に行くのなら受験に集中したほうが良い」とアドバイスするのも「あなたには才能があるから大学にこだわらなくても良い」としたり顔で言うのもまた憚られた。

 

 

 

 少々話が逸れたけど、会長が首を振りながら「予算の申請が通ると思っているのですか」と呆れるほどの巨額は。

 コッペパン同好会の会議の熱意に翻意された「小原鞠莉氏」が「金ならあるわ!」と発言し解決する――させてどうする。

 

 時間が経って氏が冷静になる頃には、同好会のみんなは「巨大かすみん」を作ると決意し、工作技術では一日の長がある流しそうめん同好会に協力を求める。

 

 や、依頼したのは私だけど「ではよろしくおねがいします」と、コペ子ちゃんに肩を叩かれたときには、近くにいたミアちゃんもランジュちゃんも驚きを隠せなかったけども。

 

 ともあれ、流しそうめん同好会とコッペパン同好会――そして、情報処理学科および元スクールアイドルの努力の成果は、学園の近くの広場に学生の創作物として置かれた。

 

 上に乗っかるのは安全管理に不備があってままならなかったけども、かすみんボックスを両手に持ち、巨大かすみんの隣で苦笑いする中須かすみさんは、周囲から「愛が重いと当人が苦労する」と囁かれた。

 

 そんな経緯もあり、私をやたらと持ち上げてくれる人達がいるのは知ってた――けど、プロジェクト○や鉄腕ダッシュで放送されそうな、同好会のみんなの物語の最中、私は頼まれごとをされて使いっぱしりをするコマに過ぎなかった。

 

 コペ子ちゃんから「これは御礼の品です」と隠し撮りと思しき「中須かすみ写真集」を頂いたけれども、よほどのかすみん好きにしか通用しないマニアックさで。

 

 「絵里の部屋で怪しい本を見つけたわ!」と、盛り上がった真姫が「あ、ごめん……あなたにもプライバシーがあるもんね……」と、申し訳無さそうに――周囲にいた年齢の近い面々ともども「見てはいけないものを見た」と言わんばかりに顔を眺められ、貰いもんだとも言えずに。

 

「では、あなた方は、先輩が制服を着ても大丈夫だと言うのですか? 自慢ではないですが、昨年の忘年会で、私は制服を着ました」

 

 生徒たちが「マジで自慢にならねえ」と言いたげな表情で、近くにいた生徒たちと顔を見合わせ。

 私も「罰ゲームで着ました」とも告白できず。

 

 微妙な時間が流れた時に、アラフィフが制服を着るイベントを思い出した。 

 

 この学園の理事長と通っていた高校の理事長が、特に何の意味もなく自身の高校の制服を身に着けた写真を送ってきたことだってある。

 

 ヒトのスマホの中身を勝手に覗いていたツバサが「どれどれお宝は~?」と検分しているさなかピシリと背中が固まり、そのまま見なかったことにして元に戻すかと思いきや「印刷して額縁に入れておこう」

 

 気がついたら無くなっていたので、理事長が正気に戻って回収したか、誰かが正気を失ってゴミとして捨てたかの二択。

 

「教師の中でも若手なので、まだ行けると思いましたが、20を過ぎての制服はキツイですよ! 先生はそれを知っています」

「でも、絵里ちゃんは、スクールアイドル部の前座でステージに立つと、高校生だって勘違いされるし」

 

 ちなみに、ソロでの活動を中心としている同好会の前座としても立つ。コレは講師陣一同がそうなので、矢澤にこもそうだし、綺羅ツバサもそうだし、鹿角理亞だってそう。

 

 体調不良による空白の穴埋めで、せつ菜ちゃんの代わりにツバサがステージに立ったのがきっかけ。

 生徒会の仕事が長引いて到着が遅れているのかと思いきや、不調を看破されるのが怖くて、上演時間ギリギリで姿を表す。

 

 「じゃあ、絵里、そのヒト持って帰って」と、ひと目で異変に気づいたA-RISEのリーダーが私に指示をし、さらには「私にパフォーマンスで勝てる自信があるなら代役してくれてもいいわよ」と心配げな態度を取る一同に挑戦的な目を向けた。

 

 手を上げた果林ちゃんはエマちゃんに、ランジュちゃんはミアちゃんと栞子ちゃんに首を振りながら止められてた。

 

 中川さんちとも連絡を取り、菜々ちゃんはタクシーで強制帰宅。

 なんでも誰に見つからないように朝早くから登校していたらしく。

 ご両親から「今度やったらスクールアイドル禁止」を言われたとか。

 私やツバサにも言われたので二度とやらないと信じている。

 

 このエピソードでは元スクールアイドルが大トリでの登場だったけど、たいそう盛り上がりを見せたことから「前座でステージに立つのも悪くないか」となり、理亞ちゃんをよっちゃんの代打にしたギルキスもステージに立った。

 

 後日、よっちゃんもギルキスのライブを知り「呼んでよ~!」って言ってたそう「呼べるか!」って梨子ちゃんが応えた。

 

「絵里先輩がいくら若いと言っても、さすがにそれは無理があります」

「ちなみに先生、これがBiBiがステージに立った時の写真です」

 

 なお、ココで仕事をしている矢澤にこはともかく、真姫は暇そうに見えるとは言え暇ではないので欠席。

 では誰かが代わりにとなった際に大喧嘩になり、理亞ちゃんの顔面にアイアンクローをしながら「ヒート……エンドォ!」と言ったツバサがステージに立つ――かに思われた。

 

 「正義は勝つ!」と、殴り合いで勝利したツバサだったものの「今日はステージに旦那様がいるので私が立つ」とあんじゅに命令され。

 理亞ちゃんから「ブタゴリラめぇ……」と言われるツバサもたじろぎながら「踊れるの?」と。

 

「ハァ? 私は優木あんじゅなのよ? 名字変わりそうだけど」

 

 「フェイ・チェンカなんだぜ!」みたいな物言いは、自身が投擲したグレネードを弾かれて爆散するレプラカーンを彷彿とさせ心配になるけど。

 あんじゅのパフォーマンスは、一緒にステージに立ったニコが「サインを後でください」と骨抜きになってしまうほど優れていた――

 

 ただ、殴り合いをしてたのに出し抜かれた皆様を黙らせるため。

 踊れた理由を「男性とエッチなことをするのも体力がいるから」とするのは良くなかった。

 

 アラサー連中は私を含め「そうだよね~」とも「分かんない~」とも言えずに黙るしかなかったからね……熱気はしぼんでお通夜みたいな空気になったからね……。

 

「あ……あ……あ、あんじゅさんだ……すごい、アイドル時代となんにも変わってない……」

 

 ちなみに、あんじゅと同じグループの綺羅ツバサとも顔を合わせているし、なんなら英玲奈とも顔を合わせたこともある。

 が、やはり推しは別格であるのか。

 授業が「なぜ優木あんじゅちゃんは可愛いのか」に逸れ「BiBiとして遜色のないパフォーマンスしてみせたのは、旦那とすることしているからなんだよねぇ」と言おうかどうしようか迷った。

 



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一昔前にキャッチャーやってた狩野捕手はマジで何を投げるか分かりました

 高咲侑ちゃんの編入試験まで数日――ミアちゃんが「プロ野球中継」にチャンネルを合わせてから数十分くらい。

 一月ほど前には自分を忘れないでくれと言わんばかりに、学生たちが夕食を食べ終えよう時刻まで周囲が明るく。

 暑さと明度に辟易した一部スクールアイドル(元を含む)「クハハ……! 太陽よ、キサマの命も数刻だ!」と窓越しに決めポーズを取る姿を懐かしく思う。

 

 隆盛を極め、暴虐の限りを尽くしていた真夏の暑さでさえ。

 空調機器たちの懸命な努力も「キサマらではオレの暑さには勝てん」とばかりにあざ笑っていたのに。

 時が流れれば夏は秋に背中を切られ、そのまま何ヶ月か休眠をする――もしかすれば地球の裏側に逃げているのかもしれない。

 

 騒がしいと言えば婚活中のセミたちが論われる。

 あんまりにもうるさいもんだから、果林ちゃんが「唐揚げにして全部食べてしまおう」と企て、虫取り網を片手に真夏の日差しが降り注がん外へと飛び出し、生徒会一同が仕事の休憩の一旦で遊びに来た際に、何をしているのかと問いかけられた。

 

 そこら中のセミを捕まえて全部唐揚げにして食べるつもりよ、とバカ正直に告白するのも憚られたので、ポンコツって呼ばれている脳みそをフル回転させながら、絢瀬絵里は果林ちゃんが後ろ指をさされない言い訳を考える。

 

 賄賂含みの冷たい飲み物を差し出しながら「あれはトレーニングの一環」と告げ、読者モデル(女子高生に大人気)さんが木に登り始めたのを観「あれは素晴らしいトレーニングになる」と、ほぼ嘘なんだけど、嘘だと承知されなければ納得される。

 

 夏休みに至ってもそこにいる生徒会長が偽名でスクールアイドルをやっているって気づいていない副会長さんが「せつ菜ちゃんもあのトレーニングをするんですか?」と疑問を口にし、一気に風向きが変わった。

 

 スクールアイドルとしての知名度は今もなお、我が学園では優木せつ菜が一番であり、部や同好会のメンバーにもファンが増えたものの、知名度では格落ちと言わざるを得ない。

 

 部のセツナが優木雪菜を名乗っているためにセツナ(♀)と表現されることもしばしば、一昔前のポケモンみたいね、と感想を漏らすと「でも、新規を入れる確率が高いのは♂なんですよ」なんて、菜々の姿で悔しそうにしていた。

 

 そう、虹ヶ咲学園のスクールアイドルを知る取っ掛かりが部なのだ。口さえ開かなければ銀髪の妖精みたいな璃々ちゃんに、性別以外は美少女の優木雪菜、英玲奈の妹の朱音ちゃんも姉と遜色ないレベルの美人で、雪姫ちゃんも幼少期は可愛いで売っていた。

 すぐさま同好会のスクールアイドルに推し変されちゃうのは、今後の課題でもあるけど。

 

「同好会としてはあの鍛錬を推奨していないわ」

 

 高いところにいるのにエモノを捕まえるヒョウみたいな勢いでセミを捕まえている姿。

 アレで読者モデルとして雑誌に載ったら「クールで沈着冷静」とか「冷徹な印象を持つ美少女」等の代名詞が書かれちゃうんだから困る。

 あの姿を見るだけでは「ジャングルの王者カーちゃん」とか「ジャングル大帝カリン」とかのキャッチフレーズのほうが似合う。

 

「なるほど……ソロアイドルとして活躍する同好会ならではなんでしょうね」

 

 あんなトレーニングをしていると誤解されるのは嫌だとばかりに、菜々ちゃんが口を開いて言葉を紡ぐ。

 せつ菜ちゃんを推しているとは言え、菜々会長にも尊敬の念を抱いている副会長ちゃんは「その観点はありませんでした」と、特殊なトレーニングも果林ちゃんだから推奨しているなんて誤解した。

 

 果林ちゃんの猛攻に遭ったセミたちも、夏を過ぎれば姿を消す――季節とは違って、彼らは新しい世代に命を繋いだ後、今を生きる昆虫たちに食べられたり、鳥に摘まれたりする。

 諸行無常と読むか、輪廻転生と表現するかは、虫の声を聞く人間の感情に任せる――そこまででしゃばるつもりもない。

 

 昼間に延々と婚活してたセミたちとは違い、コオロギを中心とした虫たちは夜にパーティをする――どちらが陽キャかはインドアな傾向がある絢瀬絵里には及びもつかない。

 アラサーたちが酒を片手にギャーギャー騒いで婚活どころではない一方、学生たちは明日に備えて寝るし、虫たちは命をつなぐために必死になっている。

 

 以前までなら、その中心に立っていたツバサや理亞ちゃんが――主に後者が静かになっている。

 特徴的なツインテールをおろし、肩にかかる髪をサラサラと揺らしながら、笑うときには口元に手を携え、おしとやかな態度を取る。

 

 ニコも高校時代にはキャラ作りでそんな姿を見せていたけど、芸能界に身を置き、引退した以降も社会に身を委ねてからは、TPOを弁えてきちんとした態度だって取れる。

 

 理事長に丁寧な態度を取っていたので「絢瀬絵里にもやって」と軽い調子で言ったら「いいけど、お給料ちょうだい」と返答された――社会の荒波に揉まれると人付き合いでさえお給料に直結するのだから世知辛い。

 世の中にはどれほど「コレも仕事だ」と言って飲み会や接待に時間を費やされるのか。

 

 自分は真っ当な社会人にはなれないなんて、苦笑いをしながら言うと、ニコったら真面目な調子で「あなたは天才だからもったいない」と。

 

 ニコに言われたからちょっとうぬぼれて、滅多に褒めてもくれないから嬉しくもなり「天才かぁ、悪くないわね」と喜んでいたら「働かないで給料をもらうことよ」と調子に乗るなとばかりに諌められた。

 

 唇をすぼめて照れたように頬を染める姿が、どれほど彼女の言葉通りニートの才があるとの罵りに信憑性をもたせるかは、人間の心情に一日の長がある学者先生たちの論評に任せる。

 

 さて、キャラ作りについて長々と語ってしまったけれど、今の鹿角理亞ちゃんの調子は「セツナ」関連のエピソードが適切だ。

 一時的に太陽に向かって「クフフ」と笑ってしまうほど脆弱な作りではなく、かといって、ニコのようにゲシゲシ突いても「ふぅん」で受け流せるほど硬度が高くもない。

 

 私や聖良ちゃんに向かって、高らかに「全てのスクールアイドルが理想と思うような絶対的な存在になる」と言っては見せたものの、理亞ちゃんがライバル視しているツバサのほうが戸惑うほどボロを見せる。

 

 大阪のおばちゃんみたいな虎の顔を全面にあしらったユニフォームのチームの捕手のリードを「次はあのコースのこの球を投げる」と一球ごとに予測し、高い的中率を誇るミアちゃんのドヤ顔が極まる一方。

 リアちゃんは同じことをしててんでダメなもんだから、だんだんとおしとやかさからかけ離れた表情になっていく――歌舞伎役者が睨みを利かせんがごとく表情が歪んでいく姿は、聖良ちゃんが「アレが妹の本当の姿なんです!」と言ったモノとはまるで異なっている。

 

 やあ、アレ以降さっぱり格好良さも威厳も取り戻せないから、岐阜にいる聖良ちゃんになんて伝えたものかと……。

 

 



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ちなみにこの日は南ことりちゃんの誕生日です

 目まぐるしく時間は過ぎていき、あまりの忙しさのせいか「私だけ一日が12時間なのでは!?」と理事長に泣き言を申し上げた。

 アラフィフなのに南ことりのマネだってやってのける彼女は「だったら少しじっとしていればいいのよ」と提案――

 

 疲労のせいか「さすが年の功!」と失言を漏らし「疲れてるんだったら永眠させるわよ?」と、金髪ポニーテールはアイアンクローをくらい。

 本日ばかりは「理事長が絵里ちゃんをイジメている」のヤジも飛ばなかった。

 

 が、忙しなく動いている職員の皆様がたや、全身全霊で青春を送っている学生を眺めていれば「笹食ってる場合じゃねえ!」のパンダのAAみたいに立ち上がる。

 「あなたは回遊魚なの?」と、忙しいにもかかわらず悠々としているツバサに苦笑いしながら言われた。

 

 

 音楽科の試験が差し迫る中で侑ちゃんに「ピアノだったらいつでも聞くわよ!」と肩を叩きつつ。

 ビリーズ・ブートキャンプの動画を真似してトレーニングに励む桜内梨子ちゃんに「暇だったら指導して」と声をかけ。

 

「おう、任せておけや、オメーをアイアンクローしてからな!」

 

 ――と、りこっぴーったらトレーニングの成果か、以前にも増して握力を増強させており、そろそろスナック経営するピアニストから、スナック経営するプロレスラーに転向したほうが良い。

 

 「アダダダダダ!!」と叫ぶ私と「この人の犠牲が無駄になるから、指導を受けてくれるわよね?」と微笑ましい調子で語る桜内梨子ちゃんとの対比、一枚の絵にしたら専門家はどのように論評するか興味がある。

 

 評価されるためにやってるんじゃないから、自身の論評なんて毛虫ほどにも興味がないけど、他人がどのように言われるかは実に興味がある。

 

 このエピソードから、桜内梨子ちゃんを暴力女と表する人間がいたら、ダッシュして殴りかかるからそのつもりで……や、侑ちゃんが梨子ちゃんに遠慮して声をかけないもんだから、ちょっとコントやって声をかけやすくしたのよ?

 

 こんなふうに理事長とか教職員の方々とか、もちろん元スクールアイドルのみんなとも仲良く過ごしていたんだけど、ある朝、いつものように寮生たちの朝ごはんをエマちゃんとか、ニコと一緒に作り上げ。

 

 学生たちがこぞって「片付けは自分たちが!」と声を上げるのに感動を覚えてると、理亞ちゃんが腕立て伏せに励んでいるのが見えた。

 キレイなフォームだと思う――野暮ったいジャージでトレーニングしてた時期もあるけど、ツバサから「女子力の欠片もない」とヤジられ、ジャージからトレーニングウェアと表現を改められる程度には女子力も向上した。

 

 部屋で古着として活用されてそうな芋ジャージ(ことり命名)からジャンプアップを決め。

 アドバイスを曜ちゃんに求めた。

 「なんで渡辺なんだよ!」と梨子ちゃんからは言われたけど……。

 露出度が上がったのは曜ちゃんの業績だとしても「動きやすく発汗性があり、トレーニングに差し支えない服」は、ツバサやことりが希望していた女子力を上げる服装ではない。

 

 確かに筋力トレーニングの専門書に載っても差し支えなさそうなフォームや、モデルになってもおかしくない体躯はスクールアイドルを目指す学生……もしくはそれ以下の小さい子のお手本になる。

 

 ケド、聖良ちゃんが語ったのは「全てのスクールアイドルと模範となりうる理想的な姿」であり「やぁ! フォームめっちゃキレイじゃん! 理亞ちゃん才能あるよ!」と曜ちゃんに褒められた姿じゃない。

 

 「これで姉さまの希望に添えた」と喜ぶ姿には、軽口で辛辣な発言をする面々も「鹿角理亞はビリー隊長コースだ」と――や、もちろんそれはそれで理想的な姿かもしれないけど……。

 

 と、私が考えていると背後にことりが忍び寄り「絵里ちゃん」と、めっちゃ可愛い声を出して呼ぶので「あ、すっごい機嫌が良さそう」と思った私は早速「ねえことり、服ない?」と言った。

 

「え? 服? もちろんあるよ?」

「絢瀬絵里をとびきり美少女にするスペシャルな服をことりに用意してほしいの! 金ならあるわ! 理事長が!」

 

 もちろん、絢瀬絵里が借金をしたとしても理事長からすれば「東京湾に沈むんなら手伝うわよ?」でしょうし「お金を貸して」と言っても「金利は200%ね」ってこともなげに口から出されて終わる(人生が)

 

 けども、今回の目的は着飾った絢瀬絵里が理亞ちゃんの隣でトレーニングすることにより「私の女子力やばすぎ……!?」と、きれいなフォームで腹筋運動をする彼女に気がついてもらう。

 

 カエル足で腹筋をする姿は「女子力……5か! ゴミめ!」と呼ばれるにふさわしい。

 ただ、理亞ちゃんはすんなりフンフンやってるけど、同好会や部のメンバーは最高が三回だった。

 筋トレ慣れしてないかすみちゃんや璃奈ちゃんは、筋肉に効きすぎて翌日休もうとしたくらいだからね? やってる理亞ちゃんってすごいのよ? 女子力が微塵もないだけで。

 

「そ、それは誰かと出かける予定のため?」

「ふふっ、そういうって野暮じゃない?」

 

 ことりに「筋トレするから可愛い服出してけろ」と言ったら「ゴリラには全裸が似合ってるよ!」と暴言を吐かれてイベントは終焉――殴られて人生の結末を迎える可能性すらある。

 

 絢瀬絵里をとびきり美少女にする服装だ――理亞ちゃんが覚醒して完全なる美少女となれば、私なんぞを超越した姿になるであろうし、ことりのプロデュースした服装を身につければさらなる飛躍を遂げるに違いなく。

 

 仮に私が没落していても、理亞ちゃんの覚醒に協力したので聖良ちゃんに飼ってもらえるかもしれない――乳牛のユウジロウはジェントルマンなそうなので、牛舎の新入りの絢瀬絵里にも優しくしてくれるであろう。

 

「わかったぁ! 待ってて! 超特急で用意するからね!」

「え、ええ……なんかすごいやる気ね……?」

 

 普段ならば「何するつもりだ」とか、ヤンキーだって裸足で逃げ出す眼光を向けつつ胸ぐらをつかむと言うに、今日ばかりは「待ってましたぁ」と語る勢いで飛び出す。

 

 その背中を眺めながら「陸上短距離で世界新も狙える勢いだったな」と呟くと、お茶の香り豊かに湯呑が差し出された。

 

「ありが……ニコ!? な、なによ!? ニコがお茶を入れてくれるなんて、天変地異の前触れなの!?」

「いいえ、絵里には優しくしてこなかったなって思ってね……」

 

 病弱な美少女が「あの葉っぱが散ったら命が尽きます」と告げるみたいに、儚げな笑みを浮かべながら。

 「後悔したことがあるならソレ」と言いたげに、今の会話を聞いていたエマちゃんやツバサまでもが「ほら、ゆっくり休んでなさいよ」と言い、ソレに感化でもされたのか、目につくみんなが「休め休め」と――気分はまるで女王様か何か。

 

「や、なによ、罰ゲームかなんか言いつけるつもり?」

「絵里ちゃん準備できたよ!!!」

 

 まさしく超特急だった――ことりが持ってきたのは、まさに絢瀬絵里を輝かせん格好だ、縁があるまいと首を振りながらカタログを眺めていたら「わぁ! 私のドレスを選んでるの!?」と妹に処刑宣告されたのを思い出……違う違う。

 

 いついかなる瞬間にそれを身につける想定をし、ことりが用意していたのかは謎だけども、その色はまさに純白、祖母譲りの金髪もさぞかし映えるに違いなかろうもん。

 

 仮に絢瀬絵里のカメハウスのウミガメレベルの女子力であろうとも、これさえ身につければフルパワーフリーザくらいにはなれよう。

 さっきまで私にかしずいて世話してくれたみんなが、口をまんまるに開きながらほうけてしまう程度には、華麗、美麗、まさしく絶対と表現される一品。

 

「個人的にはこういうのは着るほうが好みなんだけどぉ。絵里ちゃんは奥手だからことりが誘うよう……」

「筋トレするにはちょっとゴテゴテしてるけど、ほら、見てよ、ことり、あの理亞ちゃんの女子力の欠片もない感じ」

「うん”最期”まで聞いてあげるよ?」

「でもね、いきなり、あなたには女子力がありませんってなれば、反発は必至、だから、ことりが持ってきてくれた世界最高の服を着て筋トレをすれば、理亞ちゃんだって、あ、自分が求めるのは可愛いだ! って気づいてくれるはずなのよ!」

 

 「この服を見なさい! たとえ絢瀬絵里が身につけようと世界最高の美少女となりうるわ!」と胸を張りながら言ってのけ、さすがことりと褒め称えつつ、服がどれほど素晴らしいかオタ特有のマシンガントークでべらべらと話し続けると、言われた彼女は「もういいから!」と。

 

「でも、筋トレはダメ、服を着てくれるだけでいいよ」

「理亞ちゃんに意図が気がついてもらえないと」

「気がつくよ」

 

 ことりが「そうだ」というのなら、自分のために用意してくれたって部分を含めて、感謝を込めながら身につけるしかあるまい。

 彼女に手伝ってもらいながら「うわぁ、服だけは立派だわぁ」と頭に浮かべながら、恥ずかしい思いを抱えつつみんなの前に登場する。

 

 先程までボクササイズにも余念がなかった理亞ちゃんも、肩にタオルをかけながら直立。

 

「……」

「……」

 

 けど、あまりに私の姿が痛々しかったのか、みんなったら直立不動のまま微動だにせず、私も私で「なにか口にしてことりにケチが付いたら嫌だな」と考えて無言でいる。

 

「さて、鹿角理亞さん、なにかコメントは?」

 

 だんまりが続いて波紋ひとつ無い水面と化した場所にて、静寂を破る発言は南ことりからなされた。

 

「……自分の女子力はやべーです」

「正解!!!!」

 

 その後、ことりには「この服の代金は絵里ちゃんが宣伝して稼いで」というので「口を開かなきゃ服も美麗に見えよう」と心得た私は、果林ちゃんを思い出しつつモデルさんっぽく校内を練り歩いた――仕事が山積みだったけれども、普段手伝いなんかやってくれない面々が続々とやってきて、私の顔を眺めた後で業務の遂行にあたった。

 

 

 トップデザイナーさんは大変満足され笑顔満開で帰宅。

 「肩の荷が下りた」と、服の宣伝にも一役買った絢瀬絵里も満足していると、理事長から「コッチに着替えて」と肩を叩かれながら言われ「すごい、絢瀬絵里よりも高そう」なんて軽口を叩きながら服を身に着け。

 

「ちょっと付き合って」

「高く付きますよ?」

「成果次第ね、結ヶ丘女子高等学校……知っているでしょう?」

「ええ」

「高名な音楽学校を前身に持つ、音楽で売っている高校――どうにも、スクールアイドルが予選にすら出られずに敗退ってのが気に入らなかったらしくてね」

 

 「ナニソレ」と口から出しそうになった――

 

 



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次回はクゥクゥ誕生日記念・ニコ誕生日記念を書いてからになります

 敵としての認識が深まった結女の偉い方々に、早々顔を突き合わせメンチでも切り合うかと思いきや、学園の理事長に促されて入った部屋の中では恋ちゃんともう一方。

 

「結ヶ丘女子高等学校で理事長を務めております」

 

 真面目そうで背筋もスラっと伸び、できるキャリアウーマンといった風貌ではあれど、かたや隣にいる虹ヶ咲学園の理事長であられるランジュちゃんママも一見するとエリートで有能そうな女性だ。

 

 優秀かつ有能なのは疑いようもなく、様々なツテも頼って学園の知名度の向上に貢献する一方、連れてきたのが私であったり、綺羅ツバサであったりすることから、見境なく有名な人物(絢瀬絵里には疑いの余地がある)を連れてきただけとの評判も聞かれる。

 

 因果応報なのか、人生のツケをまとめて支払っているかは神様に尋ねない限り不明だけど。

 絢瀬絵里を殴りつけに様々な有名人が来訪しているので、少なくとも理事長が連れてきたヤツより、ソッチのほうが有名化に一役買っている。

 

 なお、先に紹介したもう一方は、鹿角理亞と共に「ヤンキー狩り」「小悪党狩り」や運動系部活の実力の底上げをしており、不法なスクールアイドルグッズ販売店一斉摘発にも貢献した。

 鹿角理亞のグッズが店の前面にあったのに、A-RISEのグッズは隅っこにあったのがお気に示さなかったとか。

 

 

 さて、理事長のお話に戻るけれども、やはり一癖も二癖もある理事長ズの中でも指折りの酒の弱さを誇り、オトノキやニジガク――果てには東雲や藤黄やUTXの偉い人とも飲み歩き、いずれも「もう二度とお相手をしたくない」と評判。

 

 音楽学校の流れを汲む音楽科の活動の推進により、Liella!もたいそう肩身の狭い思いをし、普通科の生徒会長である葉月恋ちゃんも気苦労が絶えないとか。

 

 どうやらスクールアイドルは素人の音楽であるらしい――私は否定しないし、アイ活よりも他に一生懸命なものがあるグループだって珍しくない。

 

「へえ、プロを目指してらっしゃる……すごいのねぇ」

 

 ニジガクの理事長は恋ちゃんの話を「近所の子どもの自慢話」を聞くような反応を示し、相手方の理事長は苦笑いしたし、恋ちゃんも表情を歪め、機嫌を害したふうだった。

 

 そりゃ、気苦労を重ねている恋ちゃんの前で「たいしたことねえなあ」と言わんばかりに反応をすれば、どんな聖人君子であろうと助走して殴りかかるだろうし。

 南ことりの前でそんな態度をすれば「爪ミサイル!」って言われつつながらサミング。

 

 恋ちゃんではなく「音楽科」に含むからこそ「へえ」と反応をしている――どこも同じだ。

 エマちゃんや栞子ちゃんが活動を始めたての当初「お遊びの音楽」扱いは音楽科の一部生徒からされていたし、ランジュちゃんはステージで恐怖を覚えるほどだった。

 

 いずれもスクールアイドルたちのパフォーマンスにより黙らせたけれども、Liella!はまだ始まったばかりのグループだし、誰しもはじめたてからプロレベルになれない。

 ニジガクには優木せつ菜がスクールアイドル同好会の結成前から在籍していたし、彼女自身がスクールアイドル界でも指折りの能力の高さを誇っていた。

 

 一方結ヶ丘女子高等学校は前身の高校があるとはいえ、実質創立一年目。普通科の生徒を募集して生徒数がやっと足りている高校が、前々から音楽で著名であったとは言え、スクールアイドルを素人の音楽呼ばわりして見下すなど。

 

「絵里ちゃんならどうする?」

「普通科の生徒で集って退学届を書く」

 

 いわば、音楽学校だけでは存続できないからこそ、普通科の生徒を募集してリスタートしたわけで。

 「こんなトコロにはいられません! 退学してニジガクでスクールアイドルライフデス!」と音楽科に含むところがあったクゥクゥちゃんの反応は極めて正しい。

 

 恋ちゃんが「そんなバカな」と私の発言に対して言ったけども、結女の理事長は「音楽科の生徒だけでは学校の存続は難しい」と言ったので、ポンコツの提案も少しは実用性があった模様。

 

「……さて、理事会の皆様がお待ちのようだし、ムダ話はこの辺りにして行きましょうか」

 

 ニジガクの理事長先生がこの場にて主導しているのは、結女の二人がヘルプとして私達を呼んだからってことでお許し頂きたい。

 

 理事会の皆さまが待っているって場所にも、結女の二人を自分たちが先導する必要はまったくない――むしろズンズンと突き進んでいるものだから、後方の二人が明らかに戸惑っている。

 

 

 

 

 理事会の皆さまが会合されている――ホテルの一室を借り切っての豪奢な話し合い……予算はいかほどで、金額に見合った結果は浮かび上がるのかは、凡骨の絢瀬絵里には想像もできない。

 

 懐にいくらお金があるのかは分からないけど、そこらへんにある全国チェーンのハンバーガーショップで話し合ったほうが、お金もかからないし、ソッチのほうが良いなって思った。

 

「この手の歓迎されない視線、絵里ちゃんは経験ある?」

「Aqoursに襲いかかったテロリストを縛り上げてから、仲良く密談してた首謀者がいる料亭に乱入したときに」

 

 腹に一物を抱えている面々と仲良く酒を酌み交わすなんてのは、私は理解できないし、したくもないけども――

 

 武装した集団をツバサと一緒に返り討ちにし、国家権力の皆様に後はよろしくの一言で任せたあと(その後も事情すら聞かれなかった)二人してチャリで料亭に向かう。

 

 壁がとても高かったもんだから、勢いよく加速して飛び越え、乱痴気騒ぎをしている場所に飛び込み、ひとり残らず有無も言わさずに殴りつけてから縛り上げた。

 

 さすがに料亭の設備を破壊して、会場をめちゃくちゃにしたせいか、数時間おまわりさんに事情は聞かれたものの「相手が武装していたんで仕方なく」「アンパンマンの飛ばされた方の顔の行方って気になりません?」でやり過ごした――もう一方のツバサさんは「弁護士が来るまで話したくない」で済ませたらしい、同じことがあればそうするつもり。

 

「理事長、事情を説明して頂きたい」

 

 やな声だなって思った――物事がうまく行かなかった時に生じる声って、男女問わずに不愉快だ。

 いい大人が悪辣な感情を丸出しにして、でも口調は理知的を演じて。

 説明を求めるも何も、シチュエーションは見たままだ、私とニジガクの理事長が会合に乱入して仁王立ちをしている――

 

「理事会の会合で出された結論に、虹ヶ咲学園の理事長が是非に申し上げたいことがあると……」

「他校の事情にまで介入してくるのは感心しませんな」

「とある高校の芸能科の少女にお小遣いを渡している理事の方は、探られると痛い事情があるようですね」

 

 ジャブもいいとこだった――私もニジガクに連れてこられたとき、痛くもない腹を探られる経験をした。

 誰かしら知ってるだろうくらいの知識だったので、理事長から「ごめんなさい」と言われても「自分の知識なんてお金にもならない」と、絢瀬絵里なんぞのことを調べるために費やした時間と予算が心配になった。

 

 奥方がいる男性が女性をお金を出して買うのも十二分にスキャンダラスな出来事ではあれど、高校の理事が女子高生を買ってる時点で国家権力のお世話にならないといけない。

 

「スクールアイドルが結ヶ丘女子高等学校にとってよろしくない、そのように結論付けられたそうですが、どのような経緯が興味がありまして」

 

 スキャンダルは片っ端から頭に入れておいたけども、最初の一撃がよほど痛かったらしく「デマカセだ! 何を言っている!」と、この場で権力がありそうな理事が喚いた以外は騒ぎにすらならなかった。

 

「結ヶ丘女子高等学校が音楽に力を入れていることはご承知のとおりかと思いますが」

「あらごめんなさい、まったく知らなかったわ――」

 

 そうだったの? と白々しくすっとぼける理事長にポンコツも「調査不足でした」と応じる――もちろんここで「調査不足」を攻撃してくれれば「他県の高校から取り計らうよう言われてますよね」と続ける。

 

「廃校になった事情は生徒数の不足だったのは存じていますが」

「由緒正しい高校への進学がなんだったかなぁ……ある高校の生徒数の増加で無くなっちゃってネェ」

 

 恋ちゃんはあからさまに驚いている――さすがに彼女にばかりは明かせる事情じゃなかったので。

 UTXへの進学者数が増大したことにより、オトノキが廃校の危機に瀕したように、オトノキへの希望が増えれば――まあ、直接的に関係があるかは不明。

 

 学区外への進学が珍しくないとは言え、オトノキへの希望が増えたから前身の高校が閉校したとあれば、UTXはもっと多くの高校を廃校に追い込んでいと思うし。

 

 

 

「なるほど……ウチの高校がラブライブで三連覇できたのも、結女の前身に通うはずだった生徒が入ったおかげですね」

「そうそう、ラブライブ……なんかチャラチャラとした生徒が歌って踊るイベントだろう?」

「音楽科に通うよりも魅力的だったそうですよ?」

 

 逆恨みは結構だけども、既に「なぜ音ノ木坂を選んだのか」はウチの卒業生に尋ねてある。

 なにせこちらには「アイドル研究部」元部長の高坂雪穂さんだっているしね。

 申し訳なかったけど頼らせてもらった(理事長が)――ポンコツ生徒会長が偉そうにしているけれども、事情を詳らかにするのを含めて全面協力をしていただいている(頑張ったのは理事長)

 

「スクールアイドルが流行したことにより、オトノキは存続し、別の高校は廃校になる、極めて残念なことです――あ、ピアニストの志筑さんはご存知ですか?」

「教え子だが」

「彼女が今、一番共演したいピアニストは桜内梨子さん――元スクールアイドルです」

 

 卒業生を含めて廃校になったことには悲しみはあれど、スクールアイドルに悪意を持つ人間はただの一人もいなかった(調査不足の可能性アリ)

 そもそも生徒の中に「オトノキに生徒が取られ」とか「スクールアイドルが流行って」の理由付けで前身の高校が廃校になったと知っているのは、偉い人たちだけ。

 

 いわば、廃校になった理由付けをスクールアイドルに求めている上に、結ヶ丘女子高等学校に誕生した部活動を逆恨みを転嫁させて潰そうとしている。

 

 子どものワガママをオトナの事情だからね、の一言で許せるほど人生経験豊富ではないし、そのワガママを許すのがオトナになるってことなら、私は一生オトナになれずとも構わない。

 

「結ヶ丘女子高等学校で音楽は誇り高く、重要なものだそうですね」

「だからこそ、レベルの高いモノだけを残そうというのだ」

「本当に高いレベルを誇る存在は、低レベルのものを気にも留めない」

 

 常々疑問ではあるんだけども、音楽科のみでの存続が難しく普通科で生徒を募ってまで学校をスタートさせたと言うに、前々からある音楽科の流れを汲むからで偉そうにされる謂れはない。

 選民思想は御大層で結構だけども、自分たちは選ばれた存在で一部の生徒が横暴に振る舞うならば、待っているのは前身と同じ未来でしかない。

 

 穂乃果たち二年生が私達の卒業後にスクールアイドル活動を練習止まりにしていたのも、三年生組に気を使ったからではなく(それもあろうけど)オトノキで自身らが特別な存在になるのが嫌だったから。

 

 Aqoursのアニメには含むところがあるけども、何も残さなかったとの表現は正解だ、立つ鳥跡を濁さず、今が最高と歌った私達が残すものなんて思い出くらいしかない。

 

「そして、レベルが高すぎるものは理解をされない」

「ちょっと有名になったくらいのスクールアイドル風情に何が分かる」

「ご存じないようなのでお教えしますが、ピカソの絵画が理事長のへそくりくらいの金額をするのは……ピカソがこの値段にしてくれって言ったからだと思うんですか?」

 

 距離を詰める――理事長なら「へそくり」って言われてツッコミの一言でも入れてくれるかと思いきや「行け」と背中を押した。

 

「答えろ――」

「……」

「作り手、売り手、顧客――芸術の価値を決めるのは客か売り手、自分で決めるのはよほどの例外……誇り高いのは結構だけど、みっともないくらい高い誇りのせいで生徒が近寄らなかったのを逆恨みされても困る」

 

 そして今も同じことを繰り返そうとしている――未来のないオトナが、後進に道を譲るべきオトナたちが。

 まだ巣立とうともしていないヒナを理由をつけて叩き潰そうとしている――こんなのを許しちゃいけない。

 

「あなた達が一番に考えるべきは、保身でも学校の名誉でもなく、通う学生たちの未来でしょうが!! つまんないプライドで自由を奪う教育者がどこにいる……ッ!」

 

 ――と、もっと多くの言葉を言いたかったし、必要であれば殴りつけようかと思ったけれども、積み重ねてきた疲労ゆえか、怒りのあまりに我を忘れた顛末なのか。

 気分が悪くなる。

 膝をついてから荒い呼吸を整えようとする――すっ飛んできたニジガクの理事長や結女の理事長に、色々と尋ねられるけど応じる余裕がない。

 

 でも――音だけは妙にクリアだ。

 自らの呼吸音とか、心臓の音、目の前の景色は薄闇がかかったようにも見えるのに。

 

「結ヶ丘女子高等学校普通科一年生――葉月恋です。僭越ながら、なり手のなかった生徒会長を務めています」

 

「私たち普通科の生徒は今まで肩身の狭い生活を送っていました――仕方がないと、音楽科は優秀な生徒が揃っているから……忙しさ故に普通科の私が会長職を務めているのは……お笑い草かもしれません」

 

「ひとつも仕方がなくなど無かった! 同じ学校に通う生徒なのにどちらが一方が特別で! どちらが一方が劣っている! そんな価値観を学校から押し付けられているとさえ思っていた……恥ずかしい限りです」

 

「学校が生徒の自由を奪うのなら、もう、この場所に用はありません。自分たちはその選択ができるのを忘れていました、横暴に許される理由などありはしないんです」

 

「だがキミの母は」

 

「母は母で私は私です!!! 私の意思は私だけのものです!! 勝手に決めつけないでください!! ですが……自分たちの自由にさせよ、ではまかり通らないのは存じています」

 

 そろそろ理事長の手の感触が感じられなくなってきたし、薄闇どころではなく暗闇が間近に迫っている。

 不思議と恐怖を感じないのは、背中をさすってくれている手が祖母を思い出すからなんだろうか。

 

「Liella!は数々のスクールアイドルに勝利し、ラブライブで優勝しましょう――必ずや実行します、期限は私が卒業するまでで構いませんよね?」

 

 次に目を覚ますときにはどうか病院かどこかであってほしい――病室のベッドの上ならば血の気の多い連中も殴るのを憚ってくれるはず。

 



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今回未来人はいませんけど、異世界人と宇宙人はいます

 差し出されたコップに入っている飲み物を口に含む、紫がかった……見た目だけは中川菜々や星空凛が作る料理とよく似ている。

 しかし味だけは天と地ほどに差があり、故郷の食と瓜二つの理由で、こちらが止める余裕もなく口に入れた彼女も、地球から遠く離れた星の技術でなければ蘇生できなかった……とか。

 

 そんなもんを口に入れては「新世界の味」「煮込んだ上履きの味」と表現しながらも平然としてるんだから、絢瀬絵里っての殺しても死なない人材に違いない。

 

「なんで三船薫子に拘るの? そんなコトより、もういちどアキハバラみたいなのやって欲しいんだけど」

 

 目の前にいるのは、アニメみたいな色をした金髪に、宝石みたいな瞳をして、白磁の肌はおおよそ地球人では組成不可――絵里と対面したときには「地球人なの?」と鋭い指摘をされた。

 

 これがまたA-RISEのツバサさんにも同様の指摘をされ、英梨々サンも思わずたじろぎ「やっぱり地球滅亡させる! こんな非文化的な星なんか!」と意見を方針転換させたけども――。

 

 妹がスクールアイドルをやっていて、彼女も銀髪で宝石みたいな青い瞳をして、美しいきめ細やかな肌も一緒だと言うに「あなた地球人なの?」的な指摘を受けていないのは、璃々ちゃんの人徳もあるだろうし、異星人さんが地球人の文明に慣れたのもあろう。

 

 自らの価値観にそぐわない文明は全て滅ぼすと――そんなのはドラゴンボールがある世界でやってくれと、事情を伺えば嘆きたくもなるけれど。

 まったくもって寝耳に水の滅亡への序章は、スクールアイドルが一体となって成功させた秋葉原のイベントで覆される。

 

 ドラえもんみたいなノリで地球破壊爆弾を発射する異星人と、こうしてティータイムに洒落込んでいる時点で、絵里たちからすれば「重大な裏切り行為」であるに違いなく。

 

 ただ、幾度となく「アキハバラ~」と催促されているのを「今週のサザエさんのジャンケンで負けたから」とか「観たい番組がスポーツ中継で中止になった」とか理由をつけて、イベントを執り行わないゆえに地球滅亡を回避しているんだから、重大な裏切り行為であろうとも許してもらえるはず……や、許されずとも構わない。

 

 全世界にどこを探したって許してもらえるから裏切ろう、なんて人材がいるとは思わない。

 んなやつは裏切る前から裏切り者なので、そもそも裏切り者と断ずることすら失礼だ――ならば結局私は、いったいなんだろうか。

 悲劇のヒロイン? それとも地球滅亡を回避したヒーロー? ハリウッド映画の終幕10分くらい前に死んじゃう正義漢?

 

「理由をかこつけて大きなイベントをするには、シスコンに動いていただくのが一番なのよ」

「地球人類は訳がわからないわ、なんなの、シスコンって?」

 

 英玲奈がいれば「シスコンとは地球最強の能力者の異名」とか、聞いた人間が「もしかすればそう?」と考えん勢いで語ってくれる。

 これがまた絵里を追加すると、ことりや千歌とかのまともなタイプでさえ「シスコンってそうなのかも」と頷きそうになるから考えもの。

 

 ことりは「全従業員に例のない福利厚生」を目標にし、曜から「そんなんじゃ経営が成り立たない」と進言される理想主義者だけど。

 相容れない考えについては極めてドライだし、自分の近くから離れるとなればさらに態度が硬化する。

 

 自分の理想を叶えるために全力疾走は絵里やせつ菜とも似ているけど。

 障壁は全身全霊でぶっ飛ばしていく絵里や、死なばもろとものことりは「みんなは手を取り合える」って願いを叶えられそうな気がする。

 

 中川菜々も成長をしていけば、襲いかかってくる人には全力で対抗せねば理想どころではない、と学ぶはず――少なくとも、文明を滅亡させる技術力を持つ相手に「人間は手を取り合えるから仲良くするまで待って」と語れば「いつまで待てばいいのか」とツッコまれ……まあ、答えを窮するんだろうな。

 

 絵里や頭の回るツバサさんなんかは「今決めるこっちゃないでしょ」とうまいこと言って丸め込むと思うけどね。

 

「姉妹愛……ま、戸籍上で姉妹であるなしはともかく、人類は愛ってのが好きなのよ」

「ふうん? 愛がないから栞子は三船に捨てられたの?」

「捨てられたのを拾ったのが魔王ってのが、地球人類ギャグよね……」

 

 

 現在虹ヶ咲学園にて「教育実習生」とか「神様」って呼ばれているのが、異世界を統治している(らしい)魔王ベルフェゴール――タクシー代わりに瞬間移動したり、絵里とかに蹴り飛ばされたりしているけれども。

 

 そんじょそこらの人類よりよっぽどいい人なのではないか、とは異星人も、事情を知る私も考えるけれど。

 

 栞子の話に戻るけど、彼女は元々「三船栞子」として産まれ、自死した際の後遺症で昏睡状態にある「三船薫子」の妹。

 薫子があんまりにも優秀すぎ子どものころから神童と謳われ。

 どういう経緯かわからないけど栞子はそうではなかったので捨てられた。

 

 栞子は「魔王べるる」に助けられ、妹の存在を知った薫子も自責の念に耐えられず遺書を残し自死――個人的には三船家一同をさらし首にでもしたいくらい不愉快だけど、財力は活用させていただかないと。

 

 なお「しおりこ」と呼ばれる存在は「もし三船家に育てられていたら」とするイフの姿だと想定される――いかんせん、異世界人も異星人もわからないとなれば、ただの地球人である西木野真姫としては「ワケガワカラナイヨ」と投げ出すしかない。

 

「長い間離れ離れになっていた姉妹がイベントで再会する、シスコンの協力が得られそうなイベントでしょう?」

「ううむ、それはいかにも絢瀬絵里が好きそうな……さすがは我が永遠のライバル……」

 

 絵里が大学に通っているとき――私が高校でのんべんだらりと医大受験に向け頑張っているとき――眼の前にいる異星人こと九英梨々は「μ's」のメンバーを知るため接触をはかろうとした……。

 

 だけども、一人目の絵里に卓球勝負でコテンパンにのされ、手を変え品を変え挑むも手も足も出ず「もうやだ! こんな非文化的な星なんか滅亡させるモン!」と逆ギレをするも、妹の璃々が絵里の活躍に目を輝かせているのを見て思いとどまる。

 

 なんでも姉が勝負を挑んで負かされたことなどないから、憧憬の念を寄せる相手となったよう。

 

 ちなみに先日も「エアホッケー」で勝負を挑み敗戦――「コレで勝ったと思うなよ~!」と叫びながら逃走した。

 

 絵里も毎度毎度律儀に勝利せずともいいのに――絵里を含めて周囲の人類から記憶が飛ばされてるから無理からぬ点はあるんだけど。

 初対面の相手に勝負を挑まれて全力を尽くすのは、格好いい姿なのか疑問だ。

 

 ちなみに三船薫子にこだわっているのかも、何度となく説明をしているつもりなのに、英梨々ときたら「そんなことは忘れた」と言わんばかりに尋ねてくる。

 

「ことりの誕生日だし……プレゼントはケンタッキーとかにしようかしら?」

 

 「絵里がとんでもなく美しいんです!!」との称賛を海未から送られてくるたび「ことりの誕生日を祝いに行ったんでしょ」とマジレスをしたくてしょうがない。

 

 画像や動画を見るたび「ホント、なんで綺麗なんだろう?」と首をひねってしまうほど儚げな様子で、例えるなら波紋ひとつない水面に羽化する昆虫を切り取った感じ。

 

 「虫なの?」って絵里は笑うかもだけど、幻想的かつ美麗、一緒にスマホを覗く英梨々も「宇宙トップクラスの美しさね……」と感嘆のため息を漏らしている。

 

「でも、ケンタッキーって匂いがねえ」

「あなたが食べるわけじゃないのよ?」

 

 ことりに「共食いしてよ~」と言いながらケンタッキーを渡し「わかった!」と言った彼女が、ゼルエルを捕食する勢いみたく貪り食う姿を眺めるのもまた一興。

 

 この手のギャグはむしろことりがノリノリで乗ってくれるので「共食い」関連のイベントは定期的に行われている――トップデザイナーのストレス解消に貢献できるなら「鳥」をネタにしてもいいか。

 

 曜はデザイナーとして才能を持ちながら、あまりに優等生すぎるせいかストレス解消すらスマートで。

 

 梨子を惚れさせんばかりの勢いでゲーセンで無双する姿は「ストレス解消になってるのよね?」と誘った彼女ですら戸惑っていた。

 

 

 夜にことりから電話がかかったとき「出るの嫌だなあ」と思ったけど、誕生日だからしょうがないかぁとため息を付きつつ通話に応じた。

 

【もしもし~? 絵里ちゃんが”私”のデザインした服を来て、メッチャ称賛されたの知ってるぅ~?】

 

 

 自身がデザインをした服を含めて称賛されたもんだから、ことりはたいそう満足したそうで――電話越しに「もっと褒めろ」と言わんばかりに、実際に観に行ってない私に感想を求めるのは「わー、いるわぁ、こんな厄介オタクいるわぁ」って。

 

 いない? 相手は行ってないのに、ライブがどんだけすごかったのか語るオタクとか、私の周囲には結構いるタイプなんだけど……もしかして類友ってやつで、自分も相手に嫌がられているのに語っちゃうとか? や、まさかそんな……。

 

【え? なに曜ちゃん、いまご機嫌で真姫ちゃんにマウント取ってるから邪魔しないで……え?】

 

 そうそう――分かち合いたいとか言って一方的に感想を語る厄介オタクいるわぁ……ことりはまだマウント取ってるって言ってるからマシなのかしら……?

 

【は? 絵里ちゃんが倒れた? そういう冗談は人の誕生日に言わないでほしいんだけど……】

 

 反応をしたいのは山々だったけど、一方的に通話を切られてしまったのでスマホを放り出し天井を見上げた。

 

「絵里が倒れることなんてあるのね……私を含めて、非人間か何かだと思ってたけど」

 

 パワフルと一言で片付けるにはありえないほど非人間じみていたから、常識にとらわれない行動も「そんなものかな」と思っていたけど。

 

「バカね……! 本当にバカよ! 無理をしたら倒れるなんてことは、教えられなくても分かることじゃないの……! あなたに教えられなくたって、私は知っているわよ……!!!」

 

 自分の愚かさに反吐が出る――先人たちの遺したものを現代を生きる我々になんて語る歴史学者なり、学者先生なんかが声高に叫び、自身も過去の犠牲を踏まえて真っ当に、なんて考えてはいたけど。

 

「過去をふまえて生きてられるか!! 私には前しか道がないのよ!」

 

 うだうだ考えても出口のない迷路に飛び込むのと同じ、だったら大声で叫びながら直線的に進むほかない。

 

「ヤダヤダヤダ!!! 二度と会えないとか絶対にゴメンなんだからね!!!」

 



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曜ちゃんは女の子に筋トレグッズ贈るのはやめろとちかりこから膝蹴りをくらいました

 夏休み明けから絵里が本調子でないのは知っていた――なので、できる限り仕事を分担し、彼女には「侑さんの相手をして」と編入試験に集中するように仕向け、監視役としてはピアニストとしての琴線を揺らされたと、練習に余念がない梨子さんが担当している。

 

 寮の仕事と学園での仕事はいずれにせよ再分配しなければ。食事を作り、寮生の生活相談も請負、学園内部外部問わずの清掃活動にも取り組み、理事長のマネージャーみたいなこともやっていれば眠る時間も少なくなる。

 

「……生活相談だけでも、絵里1人がやってたコトに対して4~5人が必要か」

 

 さらっと「多くの生徒の相談」と言っていたけど、私の想定以上に学園の生徒は悩みを抱えている。

 心理カウンセラーの資格を持った教師こそ滞在しているけど。深夜に不安になって目を覚ましたら、アドバイスをしつつ消化の良いものを食べさせてくれるヒトではない。

 

 悩みを聞くのは好きだ――人望もあるほうだと思う。

 だけれど、学生たちから「絵里ちゃんのほうが相談しやすい」と言われれば「なぜ?」と考えたくもなる。

 

 彼女自身の自己評価については含む部分があるし、なぜあそこまで強硬に自分sageをするのかはμ's2年生組に聞くのが手っ取り早いはず。

 ありえない想定だけど「ツバサさんのほうが能力が高いからです」と言われれば「え、あ、そう……」と数時間は膝を抱える自信がある、ウソであろうとも。 

 

 そして、穂乃果さんはともかく海未さんやことりさんは「誰かのため」であるなら「平気で嘘をつく」――その件については近場の「よっちゃんさんに絵里がデザインを送った」イベントが詳しい。

 

 よっちゃんさんが「スクールアイドルの皆様からプレゼントです」と言われ、千歌さんから「肩たたき券」曜さんから「腹筋ローラー」とネタまみれのプレゼントを送られた(なお、千歌さんに関しては券に直接会ってプレゼントを渡しますって書いてあった)

 

 その中に絵里のプレゼントもあったそうだから「ああ、千歌と同じようなネタ枠か」と梨子さんの「前から推していたアイドルのサイン色紙」の本気のプレゼントとは分けた。

 

 ある程度仕分けが完了し、ネタ枠の面々には「一応イヤミの一つも言っておこう」と中身を確認し、最後のひとつが絵里の送ってきたスケッチブックだった。

 

 これまた絵里の描く絵ってのは「ピカソの描いた絵って言えば10人に1人は誤魔化せそう」な出来栄えで、イラストレーターを本業にしてもいい理亞さんが「画伯ですね……」と嘆くレベル。

 

 私が頭の上がらないヒナも同様に「丸尾末広先生が足の指で描いた絵って言えばごまかせないかな……」レベルであり、やはり理亞さんが「……なんですかこれは」と頭を振るレベル。

 

 ただ、ヒナに頭の上がらない人間は私を筆頭に「絢瀬姉妹」「高坂姉妹」「UTX」「音ノ木坂学院」そして以前に「虹ヶ咲学園」も加わってるから、絵がチンパンジーレベルであろうが関係がない。

 「絵里はともかく、なんで私の情報まで……」とメンバーの口の軽さを呪ったもんだけど、なんてことはない。

 

 ヒナを突けば「綺羅ツバサってのは~」と詳らかに教えてくださる――けど、もちろん罠。

 学園の理事長も「この子扱いやすいわぁ」と最初は思っただろうし、恥ずかしながら自分も「上手く使えば利益になるわね」と考えた。

 

 が、上手く使われてたのは私の方だった――ヒナは一年生当時から権力を握ってたので、A-RISEのリーダーって立場を利用して声をかけ「練習や設備に対する不平不満」を漏らし、あわよくばなんとかしてもらおうと密かに考えた。

 

 ある日不平不満が見事に解消され「あの幼女はちゃんと仕事してくれてるし、こちらに見返りを求める様子もない、困ったら使うか」とお礼をしながらも考えていた。

 

 「やー、設備も良くなったし、都合よく回ってやりやすいわ」なんて考えつつ、ラブライブの前身イベント「スクールアイドルフェス」にて見事に全国優勝――黎明期とはいえ、スクフェスが発展しラブライブに繋がったのは自分たちが見事だったから――だと信じている。

 

 ラブライブ開催が決まり、A-RISEも初代王者の筆頭候補にあげられ、UTXで私たちの扱いは更に良くなった「自分の能力の高さゆえか」と考えていたアホな自分を呪いたい。

 

 ヒナに「音ノ木坂学院に行くから付き合って」と言われ「まあ、この子には世話になってるし」とホイホイ付いて行った。

 

 「ここにはスクールアイドルのμ'sってのがいて」と言われ「聞いたこともないわね」とすげなく返答。

 実際、よほどのスクールアイドルマニアでもない限り「僕らのLIVE 君とのLIFE」を披露したときにμ'sの名前を知っている人間はいなかったと思う。

 

 多くの中学生がライブを待つ中――その時に高坂雪穂さんや絢瀬亜里沙さんと顔を合わせる――なお、変装していたので、亜里沙さんには後年バレたけど雪穂さんは承知してない。

 

 亜里沙さんから「自分たちで曲作りをして振り付けもやってるんですよ」と言われ「ハァ、さぞかしお粗末な出来なんだろうなあ」と思った。

 UTXの芸能科にはプロのスタッフが在籍していて、振り付けや楽曲やトレーニング内容に至るまでほぼほぼチェック対象だった。

 

 「プロのスタッフが付いているし、彼らが認める実力が自分たちにはあるのよ」の自覚があるから「スクールアイドル自ら曲作り? バカじゃないの?」と、考えたのは――まあ、私がバカだったってことで許してもらいたい。

 

「……なっ!?」

 

 前奏から驚いた――や、もう、近くにいた中学生がみんなノッていて、漏れ聞こえる声には「自分たちと同じような生活しているのにすごいよね~」「この前公園で一緒になっちゃってサイン貰っちゃった~」「私はスーパー」ってあって、自分のスクールアイドル観が音を立てて崩れ去った。

 

 A-RISEはプロのアイドルに近しくが望まれていたし、実際にプロレベルの評判は多く聞かれた――だからこそお高くとまって「サインはUTXを通して」とか「いま、プライベートだから」とか言ってた――ちなみにスーパーでは絢瀬絵里さんがサインを書いてくれたそう、私も実際に確かめ、その時書かれた綺羅雪菜さんへのサインは未だに部屋にある。

 

 が、曲がそもそも「素人お遊び」レベルではなく、スクールアイドルとしてもかなりのハイパフォーマンス。

 

 それに、周囲のファンが大声を叫びながらグループを応援している――いかんせん、ステージに立っちゃうのでファンを見下ろすことはあっても、同調した経験はない。

 

「……違う、これは……自分たちの受ける声援とは違う……」

 

 私の声すら聞いているのが余裕の態度を示すヒナくらいで、戦慄している態度を不審にすら思われない、みんなμ'sに夢中になっている。

 

「ねえ、ツバサ」

 

 耳にネッチョリまとわりつくような声だった。

 

「アレに勝つのだ」

 

 全てから逃げ出したくなったし、実際にそのときはヒナを置いてオトノキから全力疾走をしてUTXに戻った。

 「ラブライブ出場はやめよう!」と練習してた英玲奈やあんじゅに言い「正気に戻れ!」とぶん殴られた――や、たしかに正気じゃないかもだけど、女の子をグーで殴るのはどうよ。

 

 もしもμ'sが第一回ラブライブ予選に顔を出していれば、A-RISEのリーダーは正気を保てず、少なくとも自分たち以外の誰かがラブライブの優勝を果たしていただろう。

 

 ちなみにμ'sに勝ての真意は「A-RISEには勝てないから大丈夫」を含んだ発破だった。

 や、英玲奈やあんじゅにも「この子たちが一番危険だ」って何度映像を見せても「取るに足らない」って言って鼻で笑い。

 ヒナもヒナで「何を怯えてるのだ?」と言い「そんなに怖いなら、A-RISEが負けたら生徒会長やめる」とも。

 

 

 ヒナはパッと見扱いやすいし、ナメてかかられるケースもしばしばある――結女の生徒会長にも可愛がられたことだってある。

 

 が「可愛い」とは思っても、取るに足らないとか、できない、方向ではなく「そうなんですねぇ!」「わかりましたぁ!」と賞讃する方向に行ったのが気に入られ、問題を抱えたLiella!の助けにニジガクが入っているのもそれが理由。

 

 絵里とヒナの初対面はUTXで迷った絵里をヒナが助けたんだけど。

 絵里ときたら「助けてくれてありがとう! 全身全霊でお礼をするわ!」と姉妹やご家族揃ってヒナを歓迎し、今までの人生で利用されるばっかだった彼女が感極まって泣くイベントが起きた。

 

 それで終わるかと思いきや、UTXに顔を出すとなれば「ヒナ、あの時はありがとうね」ときっちりお礼を言いつつ手土産を持っていき、ヒナが「自分がなにかすることはないのか?」と言っても「お礼を受け取ってちょうだい」で済ませた。

 

 クリハラの財力や権力を考えれば「億万長者にしてよ」と言っても「わかったのだ」で終わるのに「お礼を受け取ってちょうだい」で済まされるとヒナは思ってなかった。

 「例えば、お金をいっぱいとか」と繰り返し提案するも「身の丈に合わない」「自分がお礼しないといけない」で断る。

 

 絵里も悪いと思ったのか「だったら、妹と仲良くして」と言い、文字通り亜里沙さんと仲良くすれば「いい子ねえ、私も仲間に入れて~」と、なんと絢瀬絵里、ヒナを利用しやがった。

 

 高い能力ゆえに「人を良いように使うには、まずは願望を叶えてやる」が身についていたヒナが「願望を尋ねても答えてくれない」でさえはじめてだったのに。

 「ようやく言ってくれた願望」を叶えたら、絵里の望み通り「妹とヒナが友人になる」の目標が達成され「私も仲間に入れて~」と、ヒナが断れない雰囲気まで作った。

 

 ヒナが一年生時に「どうせ絵里はそのうちスクールアイドルをやるからお膳立てしよう」と考え、スクールアイドルで売ろうとしていたUTXにA-RISEっていう流星が現れたのをいいことに「この子たちを有名にして、スクールアイドルのイベントを大きくしよう」と計画した。

 

 絵里のスクールアイドル化までは多くの時間を要したものの、ヒナの想定通りA-RISEはスクールアイドルの知名度をあげ、それらを抱えるUTXは莫大な利益を得た――ただ、UTXは利益を得てからヒナを切ったので、手痛く復讐されたけどA-RISEには情があった、生徒会長をやめた件もそう。

 

 自分たちが芸能界で成功できたのも「スポンサーの意向」が大きくある――もちろん、実力がなかったとは言わない、後ろ指を指されるほどヒナを頼ってもいないつもり。

 

 よっちゃんさんの話に戻る――絵里が実は高い能力の持ち主だってのは、ことりさんだって、海未さんだって、凛さんだって、てか、おそらく関わった誰しもが知っている。

 

 アイツは能力が低いとか言ったらまず正気を疑っちゃう、ただ、絵が不得意なのはガチっぽい――や、まあ、絵が不得意だと天才みたいで格好いいじゃんとか言われても信じるけども。

 

 デザインの分野に関しても「ことりみたいにはできないわよ~」とか言っていたし、ことりさんからも「私みたいにやってみろ、殺すぞ」と脅迫されていた。

 

 言葉通りに聞くととんでもない暴言だけど、ことりさんが「コイツは自分に追いつけないな」と判断した相手には「え~? 頑張ればいいのに~?」と白々しく言う。

 

 デザインの修行を始める前の曜さんには「頑張れ~」と言ってた――今は「まだまだだなー」で、畑違いの私としては絵里とどっちが評価が高いのかわからない。曜さんだな、とは思うけど。

 

 が、今回、なぜだかは不明だけど「よっちゃんさんに衣装デザイン」を贈ると奇天烈な行動をした――スケッチブックに描かれたデザインみて、彼女が胸に抱きとめ号泣し、そのままの勢いで「こんなモン送ってくんじゃない!」と泣きながら通話越しにキレたエピソードもある。

 

 ことりさんの元に名前を伏されて到着したときには「ふぅん……フィリアの受験は落ちそうだな」と、届けに来た海未さんに言い、近くにいた曜さんも「お、これなら、ちょっと気合いを入れれば渡辺が勝っちゃうでありますよ」と余裕だった。

 

 もちろん、海未さんが笑いをこらえながら「これは絵里が描いたものです」とネタバラシをするまで。

 

「アァ?」

 

 このときのことりさんの表情は絵に描いて額縁に入れるべきだと、曜さんも海未さんも言っている。

 

「コピーして渡しますか?」

「若い芽は潰しておかないと、曜ちゃんが筆を折っちゃう」

「そのヒトがデザインに集中したら、潔く水泳のコーチでもやります」

 

 絵里が若いかどうかはともかく、曜さんにコーチが務まるかもともかく、よっちゃんさんにプレゼントした衣装をブラッシュアップしたのが、本日絵里が身に着けて練り歩いているドレスだ。

 

 妙に口数が少ないのが気になるけど、彼女の言葉通り「そっちのほうがことりの衣装が映える」からなんでしょう。

 

 

 ――などと考えていた夕刻までの自分を殴っておきたい。

 

 

 結女の理事会に喧嘩を売りに行くのを見送り、絵里が帰ってきたら料理でも振る舞うかと準備をし。

 理亞さんに「お酒飲まないんですか?」と言われたのを「そういうところよ」と鼻で笑う。

 

 どうにもまだ、理亞さんには「本気を出せば状況は覆せる」って鈍いところがある。

 

 海未さんは夕食以降、じっと目を閉じ部屋の隅っこで瞑想しているし、梨子さんも手持ち無沙汰なエマさんや果林さんの絵を描いている。

 普段だったら「酒! 飲まずにはいられない!」と騒ぐ連中が揃って、絵里の帰りを待つ――嫌な予感を覚えているのは、私だけじゃないのか。

 

「り……ま、ママから連絡があって!!! 絵里さんが……た、たお……倒れたって!!!!」

 

 理亞さんとの会話から数刻――ではそろそろ料理の準備をと考えていた私に、血の気の失せたランジュさん飛び込んできて、エマさんや果林さんには彼女の介抱を頼み、私は一目散に寮を飛び出した。

 

「何やってんですか! ”タクシー”を使えばいいでしょう!!!」

「ほざけ!!! それは亜里沙さん専用だ!!!!」

 

 胸に渦巻いてくる不安や恐怖をごまかすように「アァァァァァァァ!!」と叫ぶ私は、アイドル時代だったらスポーツ紙の一面を飾っていたに違いない。

 



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監視委員会って趣味悪いですよね、いったいどこの誰が考えたんでしょう?

「鞠莉、ココはAqoursの底力を見せるべきです」

 

 季節は9月――本日はことりさんの誕生日。

 ながら、本来は自身の重大事が如く「誕生日パーティよぉ!」と意気込む絵里さんが仕事に感ける異常事態。

 

 今まで散々「え? 誕生日が過ぎてた? じゃあ今日にパーティしよう」とか言っていたのに――雑務や仕事が山積みになっているとは言え、そんな中でも暇を見つけては「生誕祭」に意気込む姿は、呆れもするなり、感激も……もちろんするなり。

 

【梨子の企画を済ませて、妹に集中したいんでしょぉ? とにかく、夜までに着けば良いんだから、マリーはマイペェスに行くわよ?】

 

 絵里さんの様子がおかしいのは既に寮で同じ仕事をしている皆様方や、学生からも指摘が散見されました。

 しかし今回の「誕生日イベント完スルー」で、前々から企画してあった「仕事の分担」は実行せねばなるまい。

 

 絵里さんに無理をさせなければ良いのでは? と、ご意見を頂いたけども、困っている人を見れば「困っている人を見て精神が困るのが嫌」とか言って助けに入る。

 部屋でじっとしていろと脅迫しても「でもみんな仕事してるし」で、ちゃっかり仕事を始める。

 

 今回の結女の理事会へのブッコミも、絵里さんを動かさずに調査や準備をするのに骨を折りました。

 梨子には苦労をかけましたが「ピアノに集中できたし」と満足顔。

 Aqoursとしても思わぬ副産物を得られました――荒々しい桜内さんのせいで、作曲担当だったのはアニメオリジナルとの風評もありましたし。

 

「ダイヤ」

「ああ、雪穂……して、ネットの評判通りでした?」

「やぁ、結構ツテも頼ったけど、怨み節を抱えている子はいないね」

 

 Liella!が活動を妨害されはじめ、練習にも一苦労をしているとの話は「おヒナさん」から耳にしていました。

 亜里沙からも「練習場所を確保できない」と言われ「ステージでの活動や練習すらさせて貰えないとは、結女ってのは世紀末なんですか?」と首をひねるほかなく。

 

 ひとまずLiella!には「マリーはドライバーじゃないんだけどぉ?」と、ホテルオハラでのんべんだらりとしていた鞠莉に放課後の送迎を任せ、指導には果南や海未が付きました。

 

 ニジガクでLiella!が練習する姿を観ても絵里さんから「おかしくない?」と言われないのも、私の中で「やはり様子が」と推測するきっかけではあります。

 

「監視委員会なんて趣味の悪い、まるで扱いは犯罪者よ」

「スクールアイドルにここまでやる……ダイヤはもう分かってるんだよね?」

「ひとまず、女子高生にお小遣い渡してホテル行っている理事は国家権力に対応をおまかせしますわ」

 

 女子高生にお小遣いを渡すの時点で「地獄送りな」と言いたいのは山々ですが、黒澤家は笑ゥせぇるすまんではありません――よく勘違いされますけど、私刑は必要なときにしかしません。

 

 金銭的に裕福な人間が叩けば埃が出てくるのはお約束ですが、いずれにせよ後輩に手を出されて、黙ってようって先輩はただの一人もいない。

 

「ふぃ……雪穂、お茶ぁ」

「はいお姉ちゃん」

「……まさか本当に用意されるとは」

 

 ことりさんは「絵里さんから妹へのプレゼント」をさらにブラッシュアップを重ね「絵里専用魅力度300%増しドレス(命名:統堂英玲奈)」へと変貌した。

 いかんせん妹が「自分の心だけにこのデザインを取っておきたい!」とワガママを言ったため、妹のステージ衣装とは採用できなかったので。

 

 ……もちろん各種契約があるから「アイドルがいきなり、この衣装で行きたい」はやはり通用しないけども。

 

 穂乃果さんは「絵里ちゃんがこれを上手く着る」シナリオ作成に一役買い、さらにはちゃっかりドレスを身に着けた姿まで眺めてきた――そしてこれからは、時間が取れる限り学園の生徒の生活指導にも顔を出す。

 

 そんなことまでさせるつもりはなかったんですが「穂むらは妹に任せる」って言って「時間はもう作ったから」とか言われたら、学園の理事長も「え、あ、ハイ」と肩書を与えるしか無く。

 

「いかがでした?」

「驚いた、絵里ちゃん痩せたんじゃない?」

「聖良も言ってましたね、妹を任せるつもりで顔を突き合わせたら、明らかにやつれていて、絵里さんは意図を汲んでくださりましたが、と」

 

 見守っていた歩絵夢も「アレ? 話の流れがちょっと強引だぞ?」と気が気ではなかったそうだけど、理亞がうまいこと「絶対に姉さまの理想通り」と気合を入れてくれたので話はまとまった。

 

 絵里さんに事情は伺えませんが「妹の誕生日~」とか言って、近づいた際にうまいこと誘導しましょう……できるほど元気になって頂ければいいんですけど。

 

「や、でも、理亞ちゃん危機感なかったよね?」

「聖良が岐阜に戻ったことにすれば否応なしに、と思ったんですが……あ、絵里さんの姿を観てもダメでした?」

「女子力のなさには危機感を覚えてたけど」

 

 手で顔を抑える――そして会話が聞こえていたのか、聖良も頭を抱えている。

 絵里さんに激昂されて殴られる覚悟まで背負い「妹にはちょっと甘えたところがあるから、もっと背筋を伸ばしてもらう」イベントを実行。

 

 穂乃果さんから「ツバサさんの力を借りれば、絵里ちゃんは意図を叶えてくれるよ」と言われ、聖良は言葉通りに実行――ツバサさんをダシにしてまで「叶えたい願い」と認識した絵里さんは、本当にちゃんと怒ってくれた――セリフが演技めいていたのはこの際気にしませんが。

 

 いえ、絵里さんが本当に怒っていたら理亞が前に立とうが「どけ」って言って聖良を殴る。

 

「理亞ちゃんの中で大切な人を失うって恐怖感がないんだろうなあ」

「やめてください縁起でもない」

「や、だって、絵里ちゃんが倒れたりなんだりって、みんな想定してないでしょ」

 

 雪穂も視線をそらしたし、学園で就職コンサルタントの補助をやるために東京に来てた千歌も、黒澤家御用達のホテルの一室に到着したばかりなのに目をそらした。

 

 「女将はぁ!?」と黒澤ダイヤ口調を忘れて驚きましたが「女将なんて私らしくないしやめた」と言われたら「え、あ、はい……」というしか無く、理事長も「元スクールアイドルの就職斡旋所じゃないんだけど……」と嘆くしか無かった。

 

 なお、μ's、Aqours双方のリーダーはあくまで担当者の補助がメイン――学生から評判がいいのは、奮起を促すってことで……ええ、あの、わたくしも善処しますんで……。

 

「ひとまず、絵里さんに理事長と一緒に最後のひと押しをしてもらい、我々は不在中に彼女が抱えていた業務の引き継ぎをする」

「やあ、絵里ちゃんが休む間に引き継げるかなあ」

「……ツバサさんが料理を作って準備をし、酒さえ飲ませれば時間を稼げるはずですから」

 

 それでもなお、千歌や穂乃果さん――鞠莉や果南たちがこっそり寮に忍び込み「もう学園で働くのが決まったから~」反発させないイベントが成功するか。

 

「マルちゃんも、締切さえ無ければ来てくれたのに」

「締め切り破らなきゃいけないような大事起こさないでね! ってフラグ立ててたけど」

「ま、絵里さんはわたくしが思うに殺しても死なない方です――せつ菜さんの差し入れだって食べるんですから」

 

 が、しばし歓談に浸っていた面々も「そろそろ結女の理事会に殴り込みをかけた頃か」と時計を見ながら判断。

 姉の調子の悪さは亜里沙も把握していましたから、こうして「大丈夫会」みたいなのを開いていますけど。

 

 大丈夫会なんてものを開いている時点で異常だと、わたくしたちは愚かにも気がついていなかったんです。

 ――亜里沙の不安にかこつけて、自分自身が大丈夫だって思い込みたかっただけなんです。

 

「あ……お姉ちゃんがっ!?」

「とっ」

 

 さすがは聖良、亜里沙が落としたコップも中身をこぼさずにキャッチ。

 異常に気がついた彼女の、コップを落とした音が広がったとなれば、自分が冷静でいられた自信がない。

 

 雪穂には荷が重いですが、亜里沙の怯えを少なくさせるのは彼女に任せましょう。

 

「結ヶ丘女子高等学校の理事会……緊急搬送される病院……移動時間……会合に真姫さんを呼んでおくべきでしたね」

 

 先ほどまで不安を携えながらも、空元気を踏まえつつ会合していた我々の一部――穂乃果さんは既に一室から飛び出し、駅前に向かったんでしょう。

 そこからの移動手段はタクシーになるか、電車移動になるか、ひとまず駅に向かっておけば、慌てて飛び出した面々が集結し、誰かしらが担ぎ込まれた病院、及び移動手段を思いつく。

 

「タクシー……いますか?」

「ええ」

 

 どこに潜んでいたのか、それとも最初からこの展開を読んでいたか。

 人間離れした能力を持つ神様とやらは……や、それをタクシーと呼ぶのは人間の身勝手さってことで許していただきたく。

 

「亜里沙を任せました」

「任された、姉はまだ病院ついてないけど」

「潜んでおきなさい、神だったらそれくらいやって?」

「神を馬鹿にすると天罰が下るわよ?」

「これが天罰です」

 

 面白い回答だったか神は「まいどあり~」と言いながら、亜里沙を抱えてどこかへと飛び立つ。

 残された雪穂と私は、水分を口に含んで心を多少落ち着けた後。

 

「どこまで情報を流す?」

「学生は控えてください、ニジガクの理事長も娘に「絵里ちゃんが倒れた、病院に向かっている」くらいしか告げてないようです」

「了解」

 

 これで、虹ヶ咲学園の学生や結ヶ丘女子高等学校のみんな、そして東雲や藤黄学園やUTXやオトノキの学生に情報が漏れようものなら「おヒナさん」に恨まれてしまう。

 

「さすがは真姫さん病室まで特定して……ん?」

「どうしたの?」

「いや、絵里さんがどこに担ぎ込まれても良いよう、タクシー及び移動手段が確保できる駅前に、てっきり”みんな”が向かったかと思ったんですが」

 

 チラリと聖良に視線を向けます――彼女はそれだけで「鹿角理亞が思いのほか冷静ではないと判断」したらしい。

 隣にいる歩絵夢に頭を下げ「このシスコン」と言われるけども「褒め言葉です」とメッチャ格好いい表情で言う――シスコンが褒め言葉になるのはシスコンだけですよ聖良。

 

「あ、ダイヤ、ニジガクのみんなへの説明なら私が行くよ」

「雪穂はさほど顔出しはしていないでしょう? それに」

 

 ――言葉を出そうかどうしようか迷いましたが。

 

「みんなが言うことを聞く、穂乃果さんの言葉はあなたに届きます――なにかあれば拡散してください」

「……歩絵夢も手伝ってくれる?」

「恋人にフラれんぼの寂しさ紛らわすためにやってあげる」

「どうぞ、よしなに」

 

 絵里さんに大事があって穂乃果さんが冷静さを保てるかは未知数ですが、そのときはどのみち、私だって冷静じゃありません――頼みますよ雪穂。

 



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ミア「あなただけにしかないものを、大切にできるだれかがともだち」海未「詩人ですねぇ!」

 栞子やランジュとトランプで遊ぶ――神経衰弱とは、いかにババ抜きが弱かろうとも、ダウトで御自ら「ダウト」と言ってしまおうとも、記憶力さえ良ければ(もしくはトランプの癖さえ見分けられれば)勝利できる簡単なゲームだ。

 

 栞子は能力こそ高いものの緊張しいであるとか、素直過ぎる性格で騙されやすいとかで、他者から評価されるほど力を発揮できない。

 「しおりこ」の方が緊張しない分ステージで声援は頂ける、けどランジュから見れば「ダメ」だし、ボクから観てもやはりダメだ。

 

 梅雨時だったかに絵里やツバサが「そんな程度でスクールアイドルをやられては困る」と「しおりこ」にやたら厳しい態度で接し、ボクも同学年で一緒にスクールアイドルをやっているかすみやしずくや璃奈も「何故?」と首をひねっていた。

 

 ランジュも最初期こそ「レベルが低いからスクールアイドルをやっちゃダメなんて酷いじゃない」と庇うように前に立っていたものの――スクールアイドル部が予選落ちしたころかな? ダンスや歌、それにコンビネーション……ステージを構成する全てがUTXより劣っていたのに、挨拶で東京予選で一番の歓声を得た。

 

 ボクも栞子に話しかけ「これが日本で言うところの判官贔屓ってやつなの?」って言ったら「わだすもステージのレベルじゃ、とてもUTXの皆さんには勝てんけんども」と前置きして「部のみんなを応援したくなるとよ」と言われた。

 

 「応援したくなるぅ?」楽曲こそ、真姫や海未、千歌や梨子が関わっているおかげで(僭越ながら自分も)素晴らしいものだったけど、披露する側の実力はとても見合わない。

 自分はさほど関わってないから「何やってんだ」とは言わないけど……いや? 

 

「違う……実力は発揮できていない、ステージもグダグダだった、や、似ている? ……穂乃果やことりや海未の一番最初のステージと……似ているのか?」

 

 後期と比べれば劣っていたけれども、それでもスクールアイドル部とは雲泥の差がある。

 

「ランちゃん! なした!?」

「うう……ごめんなさい、無問題ラ」

 

 こちらが「アイヤー」と言ってしまうくらい、ハンカチで目頭を押さえながらグスグスやっているので「どこか行こうか?」と言うと「ここにいたい」って。

 結局スクールアイドル部が退場するまで(アンコールでもされそうな勢いだった)ランジュが感極まっているので、ボクも栞子も彼女だけが気づいたなにかや、輝きやトキメキ(侑ではあるまいし)みたいなものを胸に――

 

 

 栞子は「あのとき感じた気持ちは……わだすの中でしまっとくとよ」と後日に気づいたものの、ボクは恥ずかしながら侑の演奏を耳にするまで気が付かなかった――性格には忘れかけていた、が正しい。

 

 

 

 侑ってのはこれまた、梨子や真姫が持て囃すほどピアノの腕前自体に特別なものはない――違和感を覚えたのは音楽科の生徒から「ミアちゃんからも、梨子さんや真姫さんにレッスンを頼んでくれないかな?」と言われ「ボクは普通科だから」と断ったとき。

 

 「梨子も真姫もレッスンくらいすればいいのに」と思いつつ、フラフラと歩いていると梨子の姿を見かけたので声をかけようと思ったら、侑を連れて音楽室に入るのが見えた。

 

 梨子がせつ菜の失言にマジ切れしたとき、彼女を全裸にして音楽室で正座させたイベントがある――ボクは「なんでそんなにキレてるんだ、カルシウムが足りないんじゃ?」と考え。

 

 栞子に「梨子はきっとカルシウムが不足しているんだ、ほねっこでも食べさせたほうが良い」と言ったら、彼女は頷きながら「ミアちゃんはランちゃんと私がどっちが大切?」と軽い調子で言うので「ハァ? なんでそんな軽く、どっちも選びづらいようなことを言う……」と口から出して、梨子が怒った原因が分かった。

 

 侑はそんな失言をする子じゃない、だけどボクは梨子のもう一つの噂を知っている――夜な夜な女の子を音楽室に連れ込んでは、夜にしかできないレッスンを施すというのだ。

 

 女の子にしか満足できないように「調律」を施し、昼間は「お預け」をして「意のままに動かす」――

 

 「侑が調律されるのでは!?」と考えたボクは現場を抑えようと、こっそりドアに張り付き漏れ聞こえる音に耳を傾けていた。

 

「……侑のピアノの音?」

 

 拙いと思う――音楽科の生徒なら誰しもとは言わないけど、技術ならいくらでも上がいる、ネットを探せば侑より上手な人が世界中にいることだって分かる。

 

「……ッ! そうか、コレが、ボクが【しおりこ】をダメだと感じた理由か!」

 

 ダメなのは分かっていたけど、感覚的に「そうじゃない」と感じただけで「どうしてダメなの」って尋ねられれば答えに窮するに違いなく。

 

「それにこれが……スクールアイドル部に見たモノ!」

 

 今まで言葉にできなかったものが閃きのように脳裏に浮かび、単語自体は簡単なものなのに「誰にとっても手に入るもの」ではないと気がつき、それを持っている侑に強烈なジェラシーを覚えた。

 

 その日の夜、ランジュの前で「ボクは練習をしなければいけない」と言い、彼女がとても嬉しそうにしたのを覚えている。

 

 

 

「ボクの勝ちだね」

 

 次は七並べでもとランジュが言うので「七並べでもボクが勝つよ」と胸を張ったら、栞子も「勝てんけども、みんなでワイワイやったら楽しかね」と笑っている。

 

「ともだちってそういうものじゃない?」

 

 ランジュがトランプを切りながら、心配そうに部屋のドアを眺める。こうして部屋にこもって遊ぶもの、寮のリビングで手持ち無沙汰にしているもの――時間をつぶすために少しでも楽しもうとしている。

 

「それにアタシは……ともだちって作ろうとするものじゃなくて、なってもらうものだと思うし……世界中から集まった子がスクールアイドルって同じ文化に浸って、でもそれだけじゃなく、手を取り合って一緒に何かをしてもらえる誰かになる文化ってのが、一番のいいとこだと思う」

 

 「語っちゃった」とランジュは笑うけど「しおりこ」のステージに感じた違和感はそれだった。

 彼女は確かに優れたパフォーマンスをするし「少なくともまったくダメ」レベルではない、トップ集団に比べればそこそこではあるけど……。

 

 優れていても「他に優れた人がいるからそっちに行くよね」では、何の意味がない、だったらスクールアイドルではなくプロのアイドルのパフォーマンスでも眺めていればいい。

 でも、プロのアイドルではなく、スクールアイドルのファンになりたい、なってもらいたいと全力を尽くすからこそ、スクールアイドルってのはスクールアイドルなんだ。

 

 スクールアイドル部は全力を尽くしていた――不出来だったかもしれない、歴代最悪クラスだったかもしれない……でも、ファンに心の底から感謝した「あなた達がいるから、自分たちはステージに立てる」

 

 もしもそんなスクールアイドルを応援したくないって言ったら、プロのアイドルでも眺めておけっていう、そっちのほうが幸せだ。

 

「ん? ママから電話……もしかして、全て解決って?」

「まだあわてるような時間じゃないよ」

 

 でも、時間からすれば「監視委員会」やら「練習妨害」やら「普通科に嫌がらせ」とかする人たちをバッサリやった頃合いだ。

 

「え……? 絵里さんに大事……? び、病院は!? あ、アタシたちも……な、なんで!? みんなに知らせるだけなんて!!」

 

 ボクは一瞬で状況を理解した――かなり無理をしている様子だったけど、自分が言ってもなと考えていた。

 だって、自分以外のみんなが――特に海未なんかは「絵里ってば綺麗じゃないですか! 撮影させてくださいよぉ!」って言いながらも、表情が泣きそうになっていた。

 食事すらロクに取れず、いつの間にか壁際で瞑想に入ったから「だいじょうぶ?」みたいなセリフも言えなかった。

 

 誰しも心配だけども「まさかそんなことはない」って思いながらいつもの通りに過ごして。

 

「ランジュ、ボクらが外出すればおまわりさんにお世話になる時間、ココは大人たちに任せるんだ」

「……でも!」

「その通りです、私たちには自分たちでできることがあります」

 

 このタイミングで入れ替わりやがった――思わず、口汚い言葉出てきそうになって、海未がリビングにいたのを思い出し漏らさずにすんだ。

 

「国家権力など取るに足らず……それよりも、スクールアイドル全員で病室に向かうこ……【しおりこちゃんは黙っとれ!!!!】」

 

 殴ってでも黙らせようと、息を整えていた所に「栞子」の叫び声が聞こえ

 

「ランちゃん、わだすどもが行ったら二次災害に遭うようなもの、心配で、怖くて、泣きそうだけんども、動いてはいけない人が動いたらダメ」

「栞子……」

「しおりこちゃん! わだすな! 前から言いたかったんだけど! 誰もが幸せになる解決策よりも! 誰もが幸せになる気持ちのほうがよっぽど大事だとよ!!! 人間は!!!! 気持ちで生きてるんだから!!! 適正とか、解決に至る妙案とか、正しいかどうかなんて分からんよ!! でも気持ちは!!! 人を幸せにする気持ちだけは!! 愛だけは絶対に正しい! 未来永劫!!! ぜったい! ぜったい!!!!」

 

 ランジュの目に力が戻り、ドアから飛び出してボクたちよりも頼りになるメンバーに状況を知らせに行った。

 

「キミはバカだよ」

「え、あ、うん、わだす……頭は自信ないけど」

「しおりこに言ってるんだ」

 

 果たして栞子を睨みつける感じで言って正しいものかはわからないけど。

 

「なんでキミは今【正しい選択】とか【人それぞれに見合った適正】とかが分かるんだい? やってみなければわからないものを【コレこそが正しい】【適正】とか言えるキミは未来人かなにかなの?」

 

 ボクはそんな当てにならない正しさより気持ちを信じるよ、気持ちだけで生きてるってわけじゃないけど、決めつけられる正しさよりは絶対にソッチのほうがいいから。

 



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南ことりは人の誕生日に倒れるんじゃないと泣きながら言う

 前々から労働時間の超過などによる疲弊、趣味や娯楽の有無で精神的にいかようになるか。

 少し前までニートだった分際で著名な専門家のように一家言申し上げてきたけど、その実、自らが今までに積み上げてきたものを頭の外へとほっぽりだしていた様子。

 

 つまり年齢――私は30に片足を突っ込んでいる状態。

 成人したての見境なく頑張れる状態ではなくて、友人関係が充実しておろうが、周囲の助けになるからって頑張れる理由が無限にあるとか、気持ちではいくらでも前に進めそうであっても、身体がいかんせんついて行かない。

 

 おばあさまの発言を思い出す。

 

「年寄りには年寄りのペースがある、エリチカから見れば遅いかもしれないけど、勘弁してちょうだいね」

 

 当時の私はまだ高校一年生で「努力できればなんでもできよう」くらいの認識だったから(廃校問題でスレたケド)「歳を重ねるとはいかんとすることか」は結局、今の今まで気が付かなかった。

 

 もちろん、年齢を重ねても努力をすれば現状維持はできようが、70才現役バリバリのトップアスリートがいたらサイボーグ化を疑ったほうがいい――もちろん、年齢を増しても活躍できる媒体であるなら別。

 

「……ハァ、限界突破するポテンシャルでもあれば、能力値も上がるでしょうに」

 

 当たるかどうかも分からない上に、引き当てる確率も低い、そんな最高レアの絢瀬絵里なんぞを数枚も引き当てねばならない――何という苦行か。

 

 能力値云々はともかくとして、何ヶ月か前まで使われていたキャラが新しいキャラに取って代わられるの、諸行無常の響きありとか言って哀れんで頂きたい。

 

 や、私なんぞキャクター商売やソシャゲ化して稼げるのか、って言われたら、抱合せにμ'sとかA-RISEとか付けとかないと。

 

「ことり」

「ごたいそうな独り言どうもありがとう」

 

 病室で大横綱みたいな威圧感を放ち、迸るオーラはまるで範馬勇次郎、心なしか外見までもがバーサーカーに見える――さすがに病室に石膏像を破壊するときに使うハンマーまでは持ち込めなかった様子だけど。

 

 

 ストレス解消のために机やら何やらをハンマーで破壊できるってアトラクションがあるそうだから、絢瀬絵里の体調の回復を見計らってソコにぶち込まれる可能性は十二分にある。

 

 破壊してもさほど問題のない物品ならばともかく、さすがの私もハンマーでぶん殴られれば肉体の損壊は確実である――ノーダメージとなれば、近親に仮面ライダー1号2号がいるのは確実で、世界の平和を守るためにゲルショッカーと戦わねばなるまい。

 

「絵里ちゃん、今日が何月何日なのか分かる?」

 

 別段そこに興味を持ってみたわけじゃないし、ことりには着衣の乱れがあって(やらしい意味ではなく)血相を変えて着の身着のままで飛び出してきたのが分かる。

 

 でも表情は「私は世界で一番のデザイナーだからなぁ」みたいに、自信満々で――なおかつ澄ましている。昨今ライバルキャラだって、ここまでツンとお高く留まっていてはヘイト管理に難しい部分がある。

 

 ただ、日付の感覚がないとバカ正直に告白すれば、この自信満々で矢でも鉄砲でもって態度が風船を針で割るみたいに崩れ、私に抱きついて泣き出してもらっても困る。

 

 ……や、既に目に見える位置にカレンダーはないし、私が既に日付の感覚が喪失しているであろうとの推測を持っているであろうし、故に「何月何日」を尋ねたのであれば、鬼が獲物を見つけたみたいな笑い声をしながらほほえみ、絢瀬絵里を星にしてくれるであろうに。

 

 星になっても良いかな、と、頭の隅に思い浮かぶほど、精神的にも肉体的にも疲弊している――普段なら気に止めないイザコザであろうとも、積極果敢に気にする自信がある。何たる迷惑者か、そんなやつは星になったほうが良かろう。

 

「ごめんなさいね、ちょっと日付の感覚がないものだから」

 

 レモンを口に含まされたのち、強制的に飲み込まされた――みたいな、苦しく、嫌気やえづき、嘔吐をこらえるような表情を見るのがしのびない。

 

 それでも前を睨みつけるようにしながら――普段だったら「俺の後ろに立つんじゃない」くらいは言えそうな力強さなのに、通常時から「全部演技なんだよ?」って言われたら信じちゃいそうな弱々しさ。

 

「そ……そう、そんなアホな絵里ちゃんに教えてあげる、今日は9月12日なんだ……あ、9月13になったかな?」

 

 ――「貴様の命日だよ!」と胸ぐらをつかまれ、口の中にボルガノンでも撃たれたほうがいいと思った。流石に間近まで迫れば命中率が一桁になることも珍しくない魔導書であろうとも当てられよう。

 

 ドアンザクの射撃みたいに絢瀬絵里を活用していただきたいほどショックだけども、目の前にいることりも声が震えているので、私の記憶から完全に抜け落ちていたのが、身体に重しを乗っけたようにしたのか。

 

「……ねぇ、絵里ちゃん……私の誕生日会……わぁ……?」

 

 すっぽかしたのは紛れもない事実である。

 

 以前までの「いつの間にか過ぎていた」ではなく、ことりは直接来訪し、顔を突き合わせ、言葉によるやり取りも行ったにもかかわらず、まるっきり眼中の外へと追いやり、メンバーではない子を助けんがために意気揚々飛び出し――挙句の果てに頑張り過ぎで倒れる。

 

 ことりとしても、絢瀬絵里が頑張っちゃったがために一概に責めることができないであろうし、倒れるほどに努力した理由が理由なので、さらに責め立てられない。

 

「ごめんなさい、日付の感覚がなかったもので」

「……今度盛大なのやってくれなきゃ許さないからね」

「ええ」

 

 消灯時間を過ぎているため、一般的な病院であれば看護師さんが飛び込む事態だけども、そこらへんは真姫がうまいことやってくれたに違いない。

 

 「亜里沙ちゃんがよかった?」とことりから上目遣いに尋ねられ「亜里沙が行くべきとの意見もあった」と読んだ私は「状況が知りたい、ことりのほうがいい」とあえて妹を切った――英玲奈に聞かれればただでは済むまい。

 

「ニジガクのみんなは寝てるはず、病院には来てない」

 

 学園の理事長も西木野総合病院の権力が及ぶ場所で待ち構えようとしたものの「ババアは帰れ」の盛大な歓迎により、娘のもとへと帰った模様。

 寮の学生も最高権力者が「寝ないと退学するぞ」と締め上げれば、よほどのアホでもない限り寝ているはず。

 

 絢瀬絵里よりもアホでないにせよ、寮生たちがアホばかりでは管理人として慟哭せずにはいられない。

 

「待っていた子も和姫ちゃんに邪魔だから帰れって言われて、ただ、絵里ちゃんに近況報告が必要だろうと」

「助かる」

「逃走したら永眠させろって言われてるけど」

「それは助からない」

 

 ことりのほうがいいのは紛れもない事実だけど、亜里沙が感極まるあまりに姉を心配させれば、上手いことやって病室から抜け出す可能性は十二分にある――気合が入るあまりに倒れた手前、残念ながら「そんなことはない」と主張しても「寝言は寝てから言え」と反論されて終わる。

 

 英玲奈にバレれば「シスコンの恥」と言われて成敗されよう、病室から抜け出すのを構えている可能性もある。

 

「質問は?」

「どれくらいで退院できそう?」

「そうね、和姫ちゃんの見立てだと全治一年」

「あの子は医者の娘だけど医者じゃないから」

 

 ――なにはともかく、高額医療費制度の適応の申請やらなんやらを自身でやるので、月が変わる前までには退院したい。

 



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あくまはあくまで笑う

 病室に眠る祖母を思い出す。

 

 

 読書感想文か国語のテストの問題でもあるまいし、この時の絢瀬絵里の気持ちで正しいものを答えなさい――選択肢として提示された各々が正しいか正しくないか自身でも分からない。

 

 過去では眠る祖母を眺めていたベッドに、今は自分が横になっている――極めて運良く永遠の眠りにはつかなんだけど。

 過ぎ去った時間が悲しみを忘れさせ、抱いた感情はいかなるものか、考えなければ分からない。

 

 だけども振り返れば抉るような痛みを発し、祖母が亡くなったと分かる。

 記憶は不確かだけど気持ちだけは――言語化にはノーベル文学賞を得る才覚を持たなければ無理か。

 

「目覚めて一番、不愉快な顔を眺めた絢瀬絵里の気持ちを答えなさい――選択肢は以下の通りである」

「ごめんなさいね~? 人を不愉快にするのが好きなもんでさ」

 

 髪の毛に赤いメッシュを入れて、病室なのにロックミュージシャンみたく決めてる――TPOを弁えるのが私も苦手だけど、ここは病室ですよと忠告する天使でもいればね~?

 

 三船薫子ってのは誰かを不愉快にする天才なのかもしれない――心にさざなみを立てるのは、愉快じゃない気持ちを抱かせるのは、やる際に自覚は少なくともしない。

 

 一般的な倫理観を持っていれば、人を不愉快にしたら反省をするものだ――私だってやらかしは幾万とある。

 反省とやらかしたの連続が能力の低さと断ぜられればそれまで、もしかしたら死ぬまでそうなのかも。

 

 だけど、失敗したとか、やってしまったとか、人を不愉快にしてしまったとか傷つけてしまったとか、やろうとしてやる人間は最低だ――そんなものは人間じゃなくて悪魔って呼ぶべき。

 

「いいの、私も大人げなかった……あなたが不愉快の天才なのは今に始まったことじゃないもの」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」

 

 この、何を言っても通用しない感――柳が風を受け流すように、ボクサーがパンチをかわすように……いくら殴りつけてもヘラヘラと笑ってるような、全力を尽くしているコチラが虚無感に襲われるような。

 

 表情を見ている限りは本当に楽しげで、私の嫌味なんかまるで通用しなくて――実力差って言うかな? 太刀打ちできる邪悪にはなんとかしようって気力も浮かぶけど、手も足も出ない巨悪には両腕両足を大の字にして「好きにしろや」と降参したい。

 

「あなただけよ」

「なにが?」

 

 薫子サンが美味しいものを口に含めたか……大好物を口に入れた時の果林ちゃんみたく、表情を緩ませ態度も……この世の全ての幸せを独り占めしている的な。

 

 この人が幸せを感じてる瞬間ってのが、他人を不愉快にさせた時なのがなんともいけ好かない――誰かを幸せにするのが人間の宿命なら、誰かを不愉快にするってのが悪魔の宿命。

 住んでいる世界が違うんだなって考えようとも、徒労になろうが口を出さずにはいられない。

 

「実力差を把握しながらも歯向かってくれるの」

「それはないわ……笑わせないでちょうだい」

 

 この人が本当に不愉快の天才かはともかく、何を言っても通用しない人とは誰しも気付いている――なにせ私が気づくくらい。

 ただ、人間ムダになると分かれば「では相手にしないように」と自戒を持つのが常。

 それでも口に出すってのが、私のアホな部分で――この人はそんなところを買っているのかと思った。 

 

「例えば……すごい才能を持った人間がいれば、膝を抱えて諦めたくもなるでしょう?」

「諦めなんかいくらでも」

 

 廃校騒動の時には迷惑もかけた、それ以前もそれ以降も、諦めや、やらかし――傷つけるも傷つくもあったろうし、膝を抱えるケースだってあったと思うし。

 

 そんな経験は誰しもしている……私ばかりが特別じゃない。

 特別な人生を歩んでいるなんて思い上がりで、自分ばかりが傷ついている思い込みも、本来はそうじゃない。

 

 でも傷ついた人間に「誰しも」と説明しても傷口に塩を塗るようなもの。

 励ましているんじゃなくて心を傷つけて楽しんでいるだけ、自己満足の領分だ。

 

「ほら反発するじゃない」

「……あなたの意見に分かりましたっていうのが嫌なだけよ」

 

 おかしなものを見たとばかりにころころと笑う薫子サンに、自分の話の聞かなさを痛感する。

 ああ言えばこう言う――なんだろうな。

 分かりましたって意見でも、コイツに従うのは嫌だって考えちゃう。

 

「でもどうして? ここまでそりが合わなかったら……諦めましょうよって気持ちが湧いてくるもんでしょう?」

「そうね……諦めましょうか……」 

 

 

 難問にぶち当たった科学者みたいに、自分の頭の上に両手を乗せて背中を曲げる――諦めようと思えど、諦めたくないって気持ちがふつふつと湧いてくる――何故、諦められない……理解しちゃいけない相手なのに、理解してはいけない相手なのに、どうして理解しようと努力してしまうんだ。

 

 頭を抱えながら彼女の姿を眺める――年齢は不詳だ、自分よりも若いかもしれないし、そうじゃないかも……考えたところで無駄か、何せ相手は神様だ、人間の考える範囲の「その通り」が通用しない。

 

 だからこそ普通は神様を尊敬する――私はこいつを尊敬するのが嫌だから「納得なんぞできるかボケ」と、言わんばかりにやることなすことに反発するけど――やぁ、一度やってしまったら最後まで諦めたくないものじゃない?  そういうのが底意地の悪さなのか……。

 

「底意地が悪いんじゃないのよ」

「やめなさい」

「私は人を不愉快にする天才だから、あなたの嫌がることをバシバシ言うわよ? ツバサちゃんやことりちゃんが言えないような」

 

 手で顔を覆って熱を帯びる頬を見られるのを防ぎたいけど、こんなことしてれば誰だって「恥ずかしいのだ」と分かるだろうし、むしろ分からなければおかしい。

 

 薫子さんが言った二人だって私に言えないこともある――もちろん知ってる。

 口にしようとしてやめたのはいくらでも、ある。

 彼女達に言おうとしてやめた言葉は私もあるし、アレコレがあるといくらでも思いつく。 

 

「あなたはバカね? 誰とでも仲良くなれると信じてる――口では、仲良くなれない人間だっているって言いながらもね」

「もうやだ、何この不愉快の天才……」

 

 いくらでも反発する言葉は浮かんでくるのに、反抗すればドツボにはまるのが分かるので、賢い私は無い知恵を絞って、こいつの言うことだけは認めてやるものかと言わんばかりに口を閉ざす。

 

「偉いのね」

「なだめすかそうって言ったってそうはいかないわよ」

 

 朝の光を浴びながら腕組みをして、テコで動かそうが退かない――や、まあ病室のベッドの上だから、むしろ動かしてくださいだけど。

 彼女に言っても医者じゃないから判断できません……神様のくせして妙に現実的。 

 

「どうして認めてしまうの? ことりちゃんやツバサちゃんは認めたくないのは絶対に認めないわよ? や……認めたくない相手の発言は、何があったって認めない」

「事実は事実として承諾しなければ交流にならない」

「それが出来ない相手が現実にはいる……知らなかった?」

「認めなければ仲良くなれない……あ」

 

 賢く立ち回る人たちなら、自分からボロを出すってのも防げるのかな? やらかしてばっかりの私にもできるのか。

 

「本当に不愉快、あなたは何で癪に障ることを指摘できるの?」

「そういう不愉快さを与える相手でも、どうして交流しようとするの?」

「質問を質問で返さないでちょうだい」

「答えたら教えてあげるから」

「……まあ、諦めてしまったら、全ておしまいだから」

 

 諦めたら……てか、始めてしまったらやりきるしかない。嫌だと言ったって人生からは逃げられない、死ぬのだって回避できない。

 不愉快さを覚える相手だって「こいつは絶対に無理」と諦めてしまったら何にもならない……それこそ相手の生まれた意味でさえも否定する。

 

 相手を全否定したところで、守られるのは自分自身くらいだ――そして自分自身を守ってどうなる、たかだか私なんだぞ。

 

「ちなみに私の答えはね……いくら殴っても壊れないおもちゃだから、大事にしたい気持ちはよくわかるでしょう?」

「ほんとこの人の性格無理だわ……」

 

 額に手を当てながら「あなたの性根は腐ってるわ」首を振りながら言うと「ありがとう、褒め言葉よ?」と、諦めたいわ……この人と仲良く交流するなんて絶対に無理だって……諦めなさいよ絢瀬絵里……。

 

 



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麻生那由多を切り取るとあなたになります

 知識欲はさほどないと思う――あるにしても平均的か、もしくはそれ以下、下手を打てば落第クラスかも。

 人の心への探究心をもとより持ち合わせなかったか、成長の過程にて不要と捨てたか。

 

 薫子さんの「誰かの心の中身を知りたいと思わない?」って発言を「興味ない」って即答した。

 彼女の誘いに反発して困らすの意図があったわけじゃない。

 

 薫子さんのナニカに刺さったか、笑いを堪えつつ「どうして?」と尋ねるので「本当に興味ないのよ?」と、もったいぶりながら私見を披露。

 

「私の場合は大して考えてないから……バレるのが嫌なだけ」

 

 アインシュタインだったり、ニーチェだったり……偉業を残したひとなら心の中身を覗いても面白かろうが、私に限らず、歴史に名を残すでもない――スクールアイドルとして百年単位に名が残っても困る。 

 

 薫子さんは腕を組んで空を見上げながら「人間は確かに何も考えていない」と「 あなたほどじゃない」って気持ちが生じないほど、彼女はどこか遠くを眺める仕草だった。

 

 ロックミュージシャンとしての矜持があるのか、神様だから人間の浅ましさには含みもあるのか。

 

「それでも私は……あなたの不愉快に貢献したい」

 

 完全に油断をしていた――この人なら信用してもいいかなと、胸のうちに思いを抱いたのを看破したか……不愉快の天才の通りにズケズケと心の中に土足で踏み込む。

 

 他人を信用しましょうと道徳の教科書に出てくるなら、ただし三船薫子だけは例外って注釈を置いとかないと。

 

 サヨナラホームランを打たれた伊藤智仁みたく、がっくりと膝をついて――あ、ベッドだからそんな気分ってだけで。

 頭を振っていると有無も言わさず準備を進められ、絢瀬絵里の人の心を知る運動は唐突にスタートした。

 

 

 

 騒音レベルのセミの声を懐かしく感じ「蝉時雨も来年まで持ち越しね」と、ポンコツが風流に決めたのが悪かったか。

 今年の夏も彼女ができなかったとばかりに、残暑厳しいなかセミが唐突に騒ぎ出した。

 お前が変なことを言うからと視線を集めたのは、自分の発言が異質だったのもある。

 

「絵里ちゃんは自分を見たことがないの?」

「スクールアイドル時代の動画なら」

 

 華やかだった自信もある。

 なにせ自分以外のメンバーも豪華絢爛、見ていて飽きない。

 

 私が見る限り絢瀬絵里の体調は懸念された――久しぶりの公の場で往年の輝きを見せる芸能人もいる。

 あの頃は良かったにだいたい集約されてしまうのは、変貌ぶりもまた話題になるから。

 

 自分の体調ではなく他の人がより良く過ごすを追求したので、キャパオーバーにより倒れた。

 薫子さんは「人間かくあるべきよね」としたり顔でつぶやくけど、 前を見ずに走り続けるのは危険だ――こうあるべきと勧めないで欲しい。

 

「こっちを一瞥しただけでスルーか」

「どうしたの? 自分との対話を果たせずでよかったじゃない?」

「あの絢瀬絵里は後で説教」

 

 なぜ自分を説教したいと語ったのは、ひとまず棚に上げていただき。

 絢瀬絵里を目視できた理由を説明したい。

 

 ドローンからの景色みたいに自分を眺めてない。

 そうなってるなら私は生涯を閉じてる――あいにく自分の身体ではないにせよ生きている。

 

 今の自分は薫子さんのいとこ――麻生那由多。

 

 自分がいない場所での自分の評判を聞く――どうやら人間はそれを夢見るそう。

 

 心の中だって「考えてんのかわかんないからいいんじゃない」と、 好意的に見えて死ぬほど嫌われていたら……。

 例えばダイヤちゃんから「いけ好かないクソアマが妹に近づいてる」と陰口を叩かれれば、クソアマと呼ばれる理由があっても傷つく。

 

 私なんぞの陰口を叩く暇はなかろうし、叩いても絢瀬絵里が真っ当になるわけじゃない。

 あいつは人の悪口を簡単に言うとダイヤちゃんに悪評が広がるだけ、是非やめていただきたい。

 

 そして、周囲からも同調されるなら自分の嫌われ具合が増す――好感度の逆転は難しかろう、なれば関わりを持たずにひっそりと暮らす。

 好きなみんなに嫌われてまで、関係を続行させようとは思わない。嫌われても関係を続行させるのは仕事だけでいい。 

 

「知らない生徒がいたら、歓迎会を開こうってのが私じゃないの?」

「なるほど修正しておく」

 

 カミーユみたいにはしなくていい――でも、勘の鋭い連中に「あいつは偽物だ」と気が付かれても困るか。

 やっぱり修正はお願いする――絢瀬絵里ってのはああいうやつと説明するのが頭痛いけども。

 

 

「プーさんじゃないですか……あら」

 

 私は名前で呼ぶけど、学生間では熊の印象が強いらしい。 

 

 それよりもしずくちゃんがおしとやかなお嬢様をやってるのを驚いてる。

 真姫に影響されたのか、それとも地か、桜坂家の令嬢は呼吸レベルで下ネタを吐く。

 

 誰の前でもそうなのかと思いきや、初対面の那由多に「神様は妊娠してから出産が早いですね」とかボケずに「はじめまして桜坂しずくです」と、優雅に頭を下げた。

 

「それとも、はじめましてではなかったですか?」

「いえ、いとこがプーさんと呼ばれているのに驚いてしまって」

 

 華麗な令嬢ぶりに二の句を告げずに見つめてしまい、慌てて出た感想だった。

 彼女は「いとこ……?」と怪訝な発言を聞いたとばかりに眉をひそめ、警戒モードに入る。

 この「なんだこの人は」的な反応が懐かしい、出会った当初は信頼も厚くなかったと思うし。

 

「妹がいるんだから、いとこだっているわよ?」

 

 頭の中で「かすみさんと会わせるべきか」検討に入ってるんだな「いとこかどうか」に着眼点はない。

 薫子さんの発言を完全にスルーしたのは彼女の人徳に含みがあるにしても、初対面の相手をここまで観察するんだな、と。

 

 真姫と顔を合わせる前のしずくちゃんなら「自分がどう思われても」の感覚がなかったハズ。

 

 外面の良さを見せ、さらには不躾に観察する――上げてから落とせば効果は抜群。

 相手が悪い人間なら「悪い部分を見せると横柄になる」いい人間なら「スルーして仲良くなろうとする」

 もちろん二者択一ではないので「こいつ何様だ」と怒るにいい人間もいるし。

 「こいつは利用できそう」と笑顔の仮面を貼り付けて、あえて相手を乗せる悪い人間だって。

 

「私は麻生那由多……来月から学園の普通科に通います」

「那由多さんですか……よろしくお願いします――ところで、隠し事が得意とか言われませんか?」

 

 考えが読み取れなかったので直球で質問してきた。

 同年代が相手なら手玉に取れる、と、今まで考えていたか、それとも観察に気づきながらも無視の姿勢に憤ったか。

 

 わからないなら全力で向かうとは桜坂家の皆様に恨まれてもしょうがない。

 

「見られて困る隠し事がないので」

「いえいえ、オモテがあればウラがある、光があれば陰が差す……せっかくの縁です。秘密の一つや二つ披露してください。教えてくれたらとっておきの秘密を白状しますから」

 

 さらに切り込んでくる。

 自分がいくら傷つこうが相手を詰ませれば勝ち――攻撃一辺倒で後先考えないのは彼女らしい部分。

 

「プー子と……アレ?」

 

 でも時間切れ、 しずくちゃんが用事から帰ってこないのが不満か、何してんのしず子とばかりに、かすみちゃんが歩いてくるのが私にはわかってた。

 一直線にこちらに意識を向けていたので、親友の怒りを認知できなかった――しずくちゃんも自分のミスに渋い顔をする。

 

 シリアスな状況だから「プー子」にはツッコミを入れない。

 

「何ですかこの可愛い人は! 可愛いの宿主のかすみんでさえ、ちょっと及びもつかないって考えちゃいますよ!?」

 

 そういえばまだ自分の顔を鏡で見てなかった――どうせならこの世で一番美しい外見にしてと無茶ぶりをし。

 薫子さんに「具体性のない指摘は勘弁」と首を振られ「妹と同レベル!」と言ったけども。

 

 さすが我が妹、かすみちゃんに「及びもつかない」と言わせてしまうとは……顔を見るのが楽しみになった。



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誰かを守るときに非暴力など笑わせるな、と英玲奈さんは言う

 以前まで自分の庭にしていた寮内に侵入する。

 かすみちゃんに招かれたので、断りもなく土足で上がるわけじゃない。

 

 ――扱いは悪い、過去の自分とは別の意味で。

 

 薫子さんがいとこと紹介したからじゃない、理由に含まれると思うけど。

 彼女の人徳と評価で私の悪印象が高まったとは、考えるも定義するのも失礼だ。

 

 来客のお茶をしずしずと口に含む。

 ツバサにお茶を入れてもらうとは、麻生那由多、かなりレアな経験をしているぞ。

 

 A-RISEのリーダーも過去にお茶汲みをしたのかな? 

 昔、お茶を入れてと頼んだら「頭が高い」と口にしながら、ダンベルで殴りかかってきたのに。

 今に思えば照れ隠しもあったハズ、そう考えていなければやってられない。

 

 何に対しても高い能力を発揮するとツバサも胸を張るし、私も彼女の得意分野で勝負を仕掛ける。

 「なんでそんなバカなことするの?」と疑問を抱いたか、過去に例がないレベルのバカを見る目を穂乃果にされた――あ、上記の言葉を口にもされてる。

 

 

「不得意なジャンルで勝負して、負けて悔しがるのを楽しむのはどうかしているわ」

 

 いいところまでは行っても勝つには至らない。

 相手が得意なジャンルで勝負をして、結果がこれだ。

 

 もしも相手が不得意だと思われるジャンルで勝負をし、同じ結果を招いてみろ――メンタルブレイクすると思わない?

 

「絵里ちゃんが不得意なもので勝負を仕掛けられるのはいいの?」

「ポリシーを相手に押し付けるつもりもない」

 

 もちろん、私の不得意なもので勝負を仕掛け、哀れにも負ける私を指差されても構わないし――自分のスタンスは基本的に譲らないってだけ。

 けど、譲っても構わない部分はいくらでもある、相手によっても対応方法は変わる。

 

 コミュニケーションには残念ながら正解がない。

 正しいと思った回答がとんでもない間違いで、修復が不可能な亀裂が走ったことだって。

 

 ……今から自分がするのが、人間関係に致命的な亀裂をもたらす何かになるかも。

 

「そのように見られると緊張します」

 

 さすがのA-RISEのリーダーも笑顔の仮面を貼り付けて、敵意を向けていると看破された経験は少ないか。

 しずくちゃんから直接か、それともかすみちゃん越しにワンクッションでもあったか、思考が読めない人の報告で寮内でも指折りの権力者が直々に尋問に入る。

 光栄だ、少なくとも絢瀬絵里なら「生ゴミとして捨てろ」とぞんざいな扱いを受ける。

 

 よくわからない、とは、尊敬にもなるし、恐怖にもなりうる。しずくちゃんからすれば「すごく怖い」になったのか。

 かすみちゃんをうっかり「可愛い」と褒め、恨みを買われたなら「自分で何とかしろ」と、冷たくあしらわれる。

 

「そのようにとはどういった意味合いかしら? 指示語をわかりやすく説明すると”何を考えているのかわからない”と評される数も少なくなるわ」

 

 が、しずくちゃんの私への感想が「怖い人」なら、尋問できるメンバーは他にもいる。

 どうしても、綺羅ツバサでなければダメ、の理由が想定できない。

 

 彼女がその気なら「絵里がなんとかしなさいよ」と面倒事を避ける。

 いくらソイツが忙しそうでも、ツバサの頼みだったら「わかった」と用事を放り投げて応対する。

 

 絢瀬絵里が言うんだから間違いない、自分を世界一理解があると言われれば違うけど。

 

 ケド、今の会話でピンと来た。

 過去には関係の深さで許された省略も、初対面の麻生那由多から同じくされれば「なんだこいつ」と感情を抱くのも無理からぬ。

 

 もとが旧家のご令嬢なしずくちゃんが「初対面のクセして距離感が近い」相手に警戒するものしょうがない。

 

「スクールアイドルって気に入らないことがあると、自分の思う通りにしたいんですね?」

 

 ツバサに尋問される前に、気に障る発言をしたら絢瀬絵里をキレさせなさいと神様に言っておいた。

 案の定「よしきた!」と威圧しながら金髪は立ち上がり、梨子ちゃんから「マジンケン!」との連呼を受けつつ、おめえじゃねえ座ってろとばかりにキック連打。

 

 中身は分からないけど、タイミングがばっちりだった――絢瀬絵里を理解してるに違いない、私よりもよほど。

 

 そしてツバサの意識が那由多から逸れた――もしも、こちらを自分の思い通りにしたいなら、私が怒り狂おうとも無視する。

 何より今の発言は「スクールアイドル」を馬鹿にしてた。

 それだけじゃなくA-RISEだって下に見てる。

 

 この場にいる誰しもが癇に障る発言をしたな、私としては抜群の出来で笑える。

 

「あなたには経験がないと思うけど」

 

 意識が外に向いたのをごまかしつつ、 不愉快そうに眉を顰める。

 以前から子どもっぽいとは思ってたけど、感情を露骨に浮かべると幼さが増す。

 齢30も近く、油断してると大人びた小学生にも見える。

 

 頭の中で子どもっぽいなと、いつも考えていても、普段はまじまじと見つめる機会がない。

 お前ごときが顔面を眺めるなど不敬である、とでも言いたいのか、じっと眺めたが最後、殴られるのがオチ。

 

「私は人生を思い通りに生きてきたの」

「良かったですね! 人生初の思い通りにいかない人材ですよ!」

 

 こんな時に一目散に殴りかかる金髪は「ステイ!」って梨子ちゃんに抑えつけられ、腕っぷしの強さを誇る面々も、先頭に立つツバサが暴力を振るう様子がないから、態度にしか出さない。 

 

 ちょっと心配だ――もしも私が中に入ってれば、梨子ちゃんのステイが通用しなかったハズ。

 「静かにしてなさい」とか言って、かまわずに殴ってるか、それとも蹴り飛ばしてるか。

 「黙れ」と、言葉が汚くなるかもしれない――思いの外、自分の事って結構わかってるわね?

 

「思い通りにしても……その減らず口が叩けるかしら?」

「図星を突かれて口封じですか」

「なるほど、上手いな」

 

 英玲奈が血の気の多い面々の「お前は黙ってろ」の視線に「どうもありがとう」と、クールに応じている。

 久方ぶりにクールな統堂英玲奈を見られて感動を覚えてる――や、彼女の冷静さってキャラ作りだと思ってたのに。

 

「やめておけ、そいつは殴ると言ったら殴る女だ」

「暴力行為で捕まります」

「思い通りには行くだろう?」

「一瞬だけ憂さが晴れても意味がないです」

 

 私の発言に虚を突かれたように背筋を伸ばし、面白い発言を聞いたとばかりに微笑んでみせる。

 

「なるほど、お前は絢瀬絵里みたいな女だな」

「そこでいっぱい殴られてる人ですか」

「そいつも同じことを言いたいんだが、どうせ話は聞かないと諦められてるんだ」

 

 驚いた表情を浮かべなかったろうか?

 誰かに暴力をするのは良くない――とは言えない、何せ私も殴ってる。

 人の振りして我が振り直せ、これもまた忠告にならない。

 私ときたら百二百の反面教師がある、一つ一つ参考にしていたら人生が終わっちゃう。

 

 どうせ話は聞かないと諦めてはいないけど、彼女たちへの訓告が意味をなさないのは知ってる。

 

「那由多とか言ったか」

「はい」

「なんで暴力はよくない?」

「平和的な解決手段じゃないので」

 

 暴力も辞さない――でも、まずは話し合いのテーブルにつくのが先だ。

 最初から「地球を救うためには人口の半分を殺せばいい」と言い出したら「何だお前は」と排除されるのと同じ。

 

「では、平和にするために暴力が絶対必要だったらどうする」

「そんなものはまやかしです」

「平穏に過ごせる環境が戦いによって得られても?」

「戦いは一度始めたら……終わらせなくちゃいけない、終わって休憩している間に、癒えなかった悲しみが新しい戦いを呼ぶ、だから最初から暴力や戦いで物事を解決しようとしちゃいけない、悪口雑言では何も変わらないように」

 

 自分に代わって殴られてるサンドバッグを不憫に思っても……あの立ち位置に戻りたいわけもないけど。

 どうしても暴力的な手段でしか物事を解決できないなら、私は……あくまで自分の場合だけど、力不足を呪う。

 

 本当に一握りの英雄みたいなのが、暴力ではない、大きな力で何かを変える――ってのを、力押しで物事を解決にあたり、前のめりになってぶっ倒れたバカが教えてくれたので。

 

「極めて理想的だな……悪かった、絵里、コイツはお前よりもとんだ甘ちゃんだった」

「え?」

 

 感動的なこと言うじゃないか、と褒められる心持ちだった――そういう流れだったと思う。

 拍手でも貰えるんじゃないかと考えたし、そうされたらどうしようかなって想定もした。

 

「人間社会が歪んでるなんて決まってるだろう? その解決策もまた、歪んでるんだよ、非暴力主義は結構だが、んなものは神が拵えた理想的な世界でしか通用しない」

 

 あ、あれー? みたいな表情で首をかしげるのを、薫子さんが手で口を抑えて笑いをこらえながら眺めていた。

 

 こうなるって分かってたわね? 殴りかかりに行きたいけど、自分で暴力を否定しちゃったから殴りにも行けない。

 

 



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せつ菜「ご注文はダークマターですね?」

「せつ菜、料理はできるか?」

 

 せつ菜ちゃんの料理の腕を知る者は、すべて恐れおののき逃げる準備をはじめた。

 私だって逃げたい。

 渾身の説得文句が「だから何」みたいな感じで済まされてしまい。

 手を取り合って仲良くする魂胆が破談になった。

 

 あの場では必ず「お前はいいことをいうな」と、警戒心を解き「みんなもそんなところにいないで仲良くしろ」って流れだった。

 そうじゃない流れを作った英玲奈は元に戻った時に、朱音ちゃんを彼女の目の前で溺愛してやる。

 

「雪菜、お前も料理の準備を始めるんだ」

 

 どのように可愛がってやろうかと、頭の中で工程を並べていると、さらに英玲奈は料理をさせてはいけない料理人を追加した。

 今まで「Wセツナ」に同時に料理を作らせた人間はいなかった――。

 たった一人でさえ、災害レベルのメシマズが出来上がるってのに。

 同時に料理を作らせれば地獄の釜の蓋が開くかもしれない。

 

「薫子、お前は逃げるんじゃない、監督責任だ」

 

 どうやら「Wセツナ」の料理を食べさせられるのは、私一人ではないみたいだ。

 「私が死んだら災厄が起こる呪いでもかけとけばよかった」と、魔王みたいなことを言っている。

 あなたは神様だから人間を救う立場でしょうに……死こそ救済とか身勝手を言うつもりかしら?

 

 優木せつ菜の料理はまさに「ケミカルクッキング」――料理は愛情を叫ばれて久しい。

 愛情があれば何でも許されるなら、せつ菜ちゃんの料理はみんなに食べてもらえる。

 気持ちだけで成り立っている料理を食べた者はお腹を壊すし、下手すると匂いだけで倒れる。

 

 せつ菜ちゃんは大好きを叫ぶとか変なこと言っているけど。

 聞く耳を持たない人に叫んでも「うるさい」と怒られるだけ。

 

 彼女のハイパフォーマンスなら「大好き」を聞いてもらえる可能性も高まるけど、それでも叫べばいいってもんじゃない。

 

 聞いてもらうんだったら、聞いてもらう努力をしなくちゃいけない。

 個人が気持ちよくなるのは努力とは言わない。

 

 彼女が「私の大好きが詰まった料理を食べてください」と意気揚々と準備をしているのを眺め「自分の大好きが他人の大好きとは限らないんだけどなぁ」と――

 

 綺羅雪菜氏の料理もまた「カオスクッキング」――姉のツバサが実験台にされては、脂汗をかきながら完食するのを見るに忍びなく。

 「美味しそうだから分けてちょうだい」と言っては彼女のぶんまで平らげる。

 料理に何が入っているのか極めて謎だけど。

 彼の場合「自分は料理ができる」って思い込んでいるのが難点。

 そして自分の理想とする料理を作るために「試行錯誤を繰り返す」

 

 もちろん試行錯誤を繰り返すのはなんら悪いことじゃない――。

 

 例えば塩を入れすぎてしまったらどうするか?

 模範解答は「水を入れて薄める」とか「最初から作り直す」――失敗すれば「では次からは計量スプーンで測ってから入れよう」になる。

 

 でも彼は失敗を認めたくないので「しょっぱいなら砂糖を入れればいいや」と結論付ける。

 それをもう一度味見すれば当然「美味しくない代物ができ」

 味覚に少しアレなところがあるのか、それとも最初の「しょっぱい」が改善されてオーケーなのか。

 さらにそこから材料を追加するためにとんでもない代物ができる。

 

 この二人が同時に料理を作ろうってんだ。

 真っ当な感覚を携えていれば「生贄を捧げて逃げよう」になるのが分かる。

 生贄とされた私たちは「身から出た錆だしな」と――

 

 や、隣にいる神様は祈りを捧げているけど、神様ってどんな存在に祈りを捧げるワケ?

 

「……っ、離れていても邪悪な気配が漂ってくるな」

 

 死の料理人たちが料理とは名ばかりの劇物を作ってるので。

 蜘蛛の子を散らすようにみんなは逃げ出したけど。

 英玲奈は責任を感じているのか、それとも私たちを哀れんでくれたのか。

 

 自分なら何とかなるって自信もあるのかもしれない。

 

 調理している現場からはそれなりに距離があるのに邪悪な気配は漂ってくる――

 

 ダンジョンで紫色の煙が蔓延っている場所を歩く、そんなRPGの一場面を思い出した。

 

 どのように調理をしていれば「紫色の煙」なるものが発生するのか。

 原理は全く不明だし、発生元で作っている料理人にはノーダメージなのもおかしい。

 

 もしかしてWセツナってのは正体がポイズンスライムとか、毒霧を発生させるモンスターとか? 

 

「平気そうだな? 慣れているのか?」

「人に料理を作ってもらって、裸足で逃げるほど礼儀知らずでもないので」

「……なるほど、それは道理だ」

 

 少々怒りを携えているのに感づかれたか、眉を顰めるの私に苦笑いをしながら英玲奈も同調する。

 

 もちろん彼女たちの作る料理が「ブラックホールが生成できそうな」物体になるのは容易に想像でき。

 生存本能を刺激させれば、どのように強気に「矢でも鉄砲でも持ってこい!」と言っていたところで普通は逃げ出す。

 

 隣にいる薫子さんが「カミサマタスケテー」と言っているけど、微妙に花陽に似ているのが悔しい。

 声帯が絢瀬絵里じゃないし、まだ顔を合わせていない(と思われている)花陽のものまねはできない。

 

 ツッコミどころがそうじゃないのは百も承知だ。

 

「知らないようだから教えてやるが、あいつらの作る料理は泥団子よりもまずい」

 

 英玲奈も妹が作った泥団子を口に含んだ経験があるようだ――純粋無垢な目をしながら「食べて」と言われれば、姉はダークマターだろうが泥団子だろうが、そこら辺の石ころだって食べる。

 

 さすがの私も、そしてシスコンとして名高い英玲奈も、泥団子を食べたら周囲から「何をしているの!」と怒られるのが当然――や、懐かしい思い出だ……。

 

 普通ならば泥団子を食べるなんておかしいとツッコミを入れるけど、妹の作ったものなら泥団子であろうが食べるのがシスコンだ。

 

「平和主義も口だけではないようだな」

「作ったものがゴミでもない限りはいただきます」

「……そうだな」

 

 自信なさげに頷かれると、こちらも背中に氷を当てられたみたいな、驚きとなんともいえない嫌な感じが漂う。

 

 彼らの料理は「そこら辺のゴミ箱に捨てておきなよ」と言われるほどのお粗末さ。

 これがダブルになれば命の危機に瀕する恐れだって十分にある。

 

「お待たせしました――お互いに自信がある者同士……うまくいかないかと思いましたが相性ぴったりでした!」

 

 口を開いたら吐きそうになるので、英玲奈共々頷くだけ。

 見た目からして混沌――目に入れるだけで「あ、これは食べたら死ぬやつだ」とわかる。

 きょうび毒キノコだって、ここまで鮮やかな毒々しい色はしていない。

 

 こんな皮膚の生物がいれば「危険生物だな!」と一発で分かるし、魚なら釣り上げた瞬間に海に還される。

 

 見ているだけで鼓動が高鳴る――毒々しいマーブル模様は、生物ならある目的のもとで品種改良でもされたレベル――。

 

 早鐘を鳴らすみたいに心臓が動いている、命の危険を感じる。

 

 調理場での会話が容易に想像つく「塩を入れすぎてしまいました」「では砂糖を入れればいいのでは?」「砂糖も入れすぎちゃいました」「では塩を入れることにしましょう」

 

 ――こんな感じで料理を作っていれば、こういう見た目のものが出来上がるんだろうな……。

 

「いただきます」

 

 どのみち食べなければしょうがない。

 生命維持に問題が起こっても、一応絢瀬絵里は生きている――中身は違うけど。

 

 ソレが逃げる姿を観て強気な面々も「これはやばいヤツだ」と同調したからね? 私への多大な信頼を本当に感謝するよ?

 

「おぐっ!?」

 

 今まで食べたことのないものの味がした――人生で様々なものを口に含んでは「何をしているの」と怒られてきたけど。

 口に含んだだけでヤバい以上の代物が口の中に入っている。

 

 飲み込もうとすれば全力で体が拒否をする。

 これが入ったら自分は死ぬと、本能で理解する――

 

 だからどうした! 人間やればできる! 毒物だってなんのその!

 

 辛いものを食べた後みたいに、汗腺から汗が吹き出し、同時に寒気が襲い掛かってくる――大量に血を流した後みたい。

 

 胃の中のものを吐き出そうと体が必死になっている――

 

 うえっ、うえっ、とえづきながらも、脳が危険だと拒否をして体が動かなくなる前に何とかして体の中に入れるのが先。

 

 こんなもの英玲奈や薫子サンに食べさせるわけにはいかない――その一心で、試験前だってこんなに集中したことない。

 闇雲にスプーンを動かして――美味しいご飯だってこのスピードで食べたことないのに!

 

「んはっ……ハァ……ごちそうさま……お腹が空いていたから……たくさん食べさせてもらった……んぐ……」

「お味はどうでしたか」

「世界一よ……他に例を見ないほど……」

 

 100メートルを全力ダッシュで走りきるのを――数百回やった後みたいな、食べ物を食べただけだと言うに、ゼーゼー言いながら感想を述べ、Wセツナが手を取り合って喜んでいるのを眺めながら。

 

「やっぱり武器を持って……平和を歌うなんて……そんなのあっちゃいけないことでしょう?」

「手を取り合って、仲良くなれる場所を目指して、みんなも同調した――行った先が地獄だったらどうする」

「地獄だって走り抜けてみせるわ……その先に、天国があるかもしれないし」

「大したバカだな」

 

 本当に大バカだと思う――もう少し賢ければ、嫌な思いだって、痛い思いだってせずに済むのに。

 

 



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高咲侑さんはそのように言う

 ケミカルとカオスの融合――古きと新しきの調和ではあるまいし、淘汰される文化には悲哀も浮かぶけど、滅するべくしてなくなった制度にはしかるべき理由がある。

 神様が製造した身体だったからか、少々気分が悪くなったもののそこそこ快調――滅多にできない経験もしている。

 

 一方に見えるは綺羅ツバサ――彼女からなんと団扇で仰がれてる。石油王が相手だって気に入らなければ「いくら金を積まれても無理」とそっぽを向く彼女が、英玲奈から「お前が世話しろ」の一声で先ほどから甲斐甲斐しくお世話を焼いてくれてる。

 

 いかんせん表情が引きつっているのが玉に瑕。

 自分の本意ではないと透けて見える。

 態度からして「私は同じグループのメンバーに頼まれたから仕方なくやってるのよ」と言いたげだ。

 

 もう一方に見えるのは絢瀬絵里――こちらは打って変わって楽しそうだ。

 英玲奈の指示がなくても「頑張ってWセツナ」の料理を完食したと聞かされれば、両手をあげて世話を焼くだろうから、満面の笑みで団扇を仰いでも残念ながら問題はない。

 

 ただ、こいつが楽しそうに世話をしているばかりに、彼女の友人たちから那由多は白い目を向けられている。

 

 鏡越しの自分に世話を焼かれるってのは、思いのほか気分が悪いもんだ、動いてるのを見るだけで変な感じがする。

 私は絢瀬絵里だったんだよな? と自分ですら疑問に思う。

 

 ただ目の前にいる人間が絢瀬絵里かって言うとそうじゃない、自分が言うんだから間違いはない――自信ないけど。

 

 なにせ仕事が忙しいと英玲奈が帰宅の途に着こうとし、私と絵里も見送ったんだけど「今日の絵里はなんか変だな?」と首をかしげられ、そりゃそうだ中身が違うんだから、と麻生那由多も頷いた。

 

 双方から疑いがもたれ、中の人も「これは正体がバレる」とでも考えたか、神様からメッセージでも頂いたか「そんなことないわよ? 疲れてるんじゃないの?」とさしあたりもないと言わんばかりに内股になり、左手を唇に寄せて、園田海未を彷彿とさせる投げキッスを放った。

 

 「疲れてるのはお前じゃないのか?」と普段なら冷静にツッコミを入れる英玲奈が「お、おう」と、新婚夫婦の見送られる方的な反応を残し、そんな我々を観察していた面々が音を立てて押し寄せてきた。

 

 絢瀬絵里の中の人は私に対してどのような印象を持ってるのか知らないけど。

 少なくとも友人を見送る時に投げキッスはしない、ハグもしなければ……手はたまに振るけど。

 

 引きつった笑みを浮かべている海未が「おやおや、お二人は新婚夫婦のようですね」と、声を震わせながら言うので、英玲奈も忍びなく思ったのか「どうせなら全員にしてやれ」と眉間の辺りを手で抑えつつ、首を振りながら言い放った。

 

「それでは遠慮なく」

 

 練習を鏡でしたことがある海未でない限りは、自分自身に投げキッスを受ける経験もすまい。

 手当たり次第に投げキッスやハグして周囲の面々から「料理の匂いを嗅いでおかしくなった」と評判になった――そこまで来れば英玲奈に「那由多の世話をしてやれ」と言われたツバサも「そんなものを食べさせたんだからしょうがないわね」と判断する。

 

 ――まあ、那由多にご奉仕するついでに、絢瀬絵里の異常を伺っているのはわかるけども。

 

 

 

 

 私が倒れるまであと数日――なんか何日か後に死ぬワニみたいだ。那由多への扱いは日を増して良くなる。

 自分から見て絵里はかなり優秀な類だけど、アゴで使いやすいかって言うとそうじゃない。

 言われる前から「はい喜んで!」と、積極果敢にご奉仕に向かい、挙句の果てに倒れたポンコツと違って、ちゃんと仕事にリミッターを設けてる。

 

「絵里ちゃん……いつの間に外見とスペックが一緒になったの?」

 

 なんとも穂乃果らしい、周りにいる人間が反応に困る表現で、中の人が入れ替わってる絢瀬絵里を称するけど。

 

 もちろん良いこともある。

 金髪ポニーテールがなんでもかんでも「私がやらなければ誰がやるのよ」と仕事にかまけないおかげで「しゃーないから分担しよう」と、薫子さんの音頭で配分が執り行われた。

 

 前々から私に何かあった時にこうやって分担しようかと、自分のいない場所で計画を立ててたみたいに、気持ちいいほど担当者と仕事内容が決まって行くけど――まあ何も言うまい、私は何せ倒れた身だ、文句を言えば「お前が倒れたからこんな事やってんだろ」と罵られるはず。

 

 

 Aqoursのリーダーに相談に乗ってもらえて嬉しいです! と、喜んでいる生徒を見た麻生那由多が悔しがってるのがバレたか、千歌ちゃんが「あなたも参加したらどうかな」と、助け舟を出してくれた。

 

 Wセツナが調理をしたその日以降――管理の目を盗んでいるのか、それとも止めるのがめんどくさいのか、彼らはキッチンでとんでもないものを悠々と作る。

 

 作っては「那由多さんどうぞ」と……どうにも劇物調理人からすると、私が美味しそうに暗黒物質を食べて見えるらしく。

 日夜に膨張を重ねる宇宙のごとくに食べ物からかけ離れていく毒物は、那由多の犠牲を経て処理される。

 

 「死ぬ、このままだと元に戻れないまま死ぬ……」と薄れていく意識を必死になって保ちながら、涙目になりつつ完食――その姿を眺めれば、いかに初日からA-RISEに喧嘩を売ろうとも「あの子はいい子なんじゃないかな」と感想だって抱く。

 

 千歌ちゃんが助け舟を出してくれるまで時間がかかったけど、それほどに人間関係に致命的な影響を及ぼす発言だったと……なんか違うような気がするんだけど気のせい?

 

 ともあれ許可が下りたので、来月に転入してくる「麻生那由多です~」と説明しながら校内もめぐり「あの金髪ポニーテール賢くって嫌だな」とつぶやいているのが侑ちゃんにバレた。

 

 編入試験に向けて必死になって鍛錬を重ねている現状、誰にも聞こえないと思っていた囁きが、ピアノに意識を向けている侑ちゃんに聞こえてしまうとは――最初から私の動きをさては伺ってた?

 

「あなたは誰?」

「凛さんから人間ゴミ袋ってあだ名されてるのは知ってます」

 

 話題をごまかしてきたけど、麻生那由多の中身が絢瀬絵里であることは付き合いの長い連中にはすぐさまバレ。

 どうしてこんなことをしているのか、については誰かしらから追求されると思ってたけど……編入試験でお忙しい侑ちゃんにその役目を任せるとは。

 

「ちなみにいつから?」

「料理を食べてる時に口調が崩れていたそうですよ? 気が付きませんでした?」

「……なるほど、あの金髪ポニーテールは随分と賢い、初日で英玲奈に正体が感づかれたのに気づいて遊んでたわね?」

 

 おおかた、英玲奈は来ているのにあんじゅはいないから、あれの中身は優木あんじゅなんだ……そりゃ賢い、私なんかよりもよっぽど絢瀬絵里の身体を使いこなしている――A-RISEのメンバーになるってのは凄いのね?

 

 



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人は神様の手の中で踊る

 侑ちゃんはピアノに向き合う。

 

「ピアノもずいぶん上手になりましたよ」

 

 誰かから聞いたか、それとも自分で気が付いたか。

 振り返った思い出が夏休みの日数以上にあるのに違和感でも覚えたのか。

 

 そこらは神様に「記憶の保持ってどうなっているの?」尋ねた時に「本人にとって大事なものが優先される」と説明されたから「じゃあ、その人にとって優先するべきものがいくつもあったら?」と口にして「人間に同程度の大事なものがいくつもあってたまるもんですか」なんて。

 

 その時には「優先するべきものが何個もあったら、何か一つなんて選べないとパニックになる」と、納得しちゃったけど――侑ちゃんはどれか一つなんて選べないワガママちゃんだった。

 

「これなら絶対に合格できます……何でしょう? ずるっこしたみたいですよね」

「じゃあやめる?」

 

 ピアノの演奏は止まらなかった――もうすでに、侑ちゃんにとって音楽は幼なじみと離れても絶対に続けたいものになってた。

 ループ時の記憶が引き継がれてなかったら「ズル程度で諦めたくなるもの」になっていたので、そこは神様のファインプレーとしておこうか。

 

「私の中の記憶にある限り、侑ちゃんは飽きることもなくいつもピアノに向き合っていたわ」

 

 そんなのは百も承知だと言わんばかりに演奏は続けられ、私の凡百の耳からしても「すごいな」と思った――まあ、精神と時の部屋に入ったみたいなズルはしてても、努力した日数は他の学生と変わらないから、セーフってことでいいのでは?

 

 本当にね、侑ちゃんは驚くくらい――多分、歩夢ちゃんだけじゃなくて、同好会の皆が口を揃えて言うと思うけど……いつもいつも音楽のことを頭に入れて行動してた。

 もしも私が学生で、スクールアイドルをやってる中、こんなヘンテコなイベントに巻き込まれたら、生徒会長職にかまけたことだってあるだろうし、スクールアイドルとして活動することに疑問を抱いたかも。

 

「私にとってピアノは……音楽は、空気、水、その次くらいの重要度です」

 

 寝食を忘れてもらっては困る――それでは、数日後に倒れる絢瀬絵里みたいになってしまう。

 若いうちはそれでもいいかもしれないけど、残念ながら年を取るとそうはいかない。

 

 夢中になると歩夢の手をいつも引っ張って――そういえば、私と初めて顔を合わせた時も彼女の手を引っ張っていた。

 そんな歩夢ちゃんもおそらく……高咲侑以外の、スクールアイドルとして活動している自分も含めて、思い出もたくさん保持しているはず。

 忘れてしまった記憶もあろうけど、機会があれば思い出せるだろうし、抜け落ちてるから同じことをするかもしれない。

 

 大丈夫、ポンコツな私は記憶を保持していたところで同じミスをする、何度ミスしたっていいじゃないかにんげんだもの――ただ、死ぬのだけは嫌だな……なにせ死ぬような思いをしている。

 そんなことは死ぬ時の一度だけにかぎってほしい。

 

 ただ、願ったところで人間はいずれ死ぬ、周囲から生きて欲しいと願われていても、自分が生きたいと考えていても。

 

「そんなこと言って、本番の試験で失敗したらどうす……」

「失敗を想定して挑戦する人がどこにいるんです?」

「はは、頼もしいわね」

 

 

 ピアノの音色は流麗、他者と比べることにさほど意味はないけど、演奏家として知名度のある私の知人と比べても、優劣の差を設けるのがバカらしい。

 私なんぞに優劣の差を決められるものか、と口の悪いふりをしている梨子ちゃんに膝蹴りを受けながら……

 

「そういえば最初の方に、絵里に梨子ちゃんが攻撃していたわね」

「は?」

 

 不協和音――久しぶりに侑ちゃんの慌てる姿を見た。そんなんじゃ本番で失敗しちゃうわよ? と、笑いながら言うけど、彼女の心理的ダメージは自分の想定したよりも大きいようで。

 

 あの時にはまだ中身が絢瀬絵里じゃないと考えていただろうし、失言を咎めるように怒るタイミングもバッチリだった。

 

 よほど絵里を理解してるんだ、と自分で自分を見ているようと、手放しで褒めたい――中身が優木あんじゅなら「当たり前でしょ」とか「あなたのことなんか全部わかるわ、単純だし」とあまあまボイスで強烈な一言を言ってのけるはず。

 

 さすがの梨子ちゃんも絢瀬絵里に攻撃するのとは違って、優木あんじゅに攻撃したってなったら申し訳なされいたたまれなくなるはずで、侑ちゃんがそのあたりを気にしてるのは分かる。

 

「ちなみに何をやってました?」

「え? ステイって言われて押さえつけられたり、蹴り飛ばされたりしてたかしらね? いつもの事だから仕方ないわ」

 

 このミスを踏まえて、あの金髪ポニーテールに暴力を振るうときは少しは加減しよう、となってくれれば、中身のあんじゅも笑って許してくれるだろうし(無事で済むとは言ってない)私としても、ダメージが減ってありがたい。

 

 よくも蹴り飛ばしやがって、と胸ぐらを掴み上げられず事態になれば「やめて! 私のために争わないで!」と飛び出す覚悟はできてる。

 両者が揃って攻撃を加えた時に自分の体は無事で済むだろうか――退院したての病み上がりで膝蹴りでも加えられたら「再度入院」となり、看護婦さんも思わず苦笑い。

 

「他のメンバーも」

「話題を変えます――」

 

 考えてみれば、あんじゅに攻撃を加えたメンバーは頑丈そうな面々だった、あれならツバサとかの張り手を食らっても無事でいそうだし。

 梨子ちゃんも「ピアノを演奏するために鍛えてるから」と言い張る自慢の体で耐えてくれるはず。

 

「どうして身体を変えてまで他の人たちのことを知りたいと?」

「ちなみにその推測は間違いよ、主導は薫子サンだから」

 

 私がツバサとかμ'sの絢瀬絵里がいると本音を漏らさない人たちの気持ちを知りたいと、神様に願ったかなんかしてこういう状況に至ったと、侑ちゃんは推測したけど。

 薫子さんから半強制的に――やー、だって彼女は私の嫌がる事が好きだって言うんだもん……。

 

「やられた……まさか神様の手のひらの上で踊らされるなんて」

「普通の人間は神様の手のひらの上で踊らされるものよ?」

 

 ピアノの演奏を控えて侑ちゃんが両手で顔を抑えながら言うので、一応他の神様に悪いから「神様ってのは有能だからね?」とフォローするように付け加える。

 

 まあ、類は友を呼ぶって言うから、他の連中もとんでもないろくでなしの可能性もあるけど……神様ってのは人間に無理難題を押し付けるのが仕事みたいなところもね?

 

「……とにかく、合格してみせますよ」

「そっか、期待してる」

「なんだか今生の別れみたいな挨拶ですね?」

「神様にもご満足いただけようだし……それに何より、あの絢瀬絵里ではLiella!の問題を解決できそうにないし?」

 

 理事長もどうやら中身が違うことに気づいてたようで「絢瀬絵里」ではなく「綺羅ツバサ」を連れて行こうと計画を練ってた……彼女にそこまで評価されていたのは驚いたけど。

 「あの絵里ちゃんは残念ながら、反撃された時に盾として使えないわ」と、扱いは微妙だったので元の体に戻った時も褒めてあげない。

 

 ツバサからしても「スクールアイドルのために体を張るなんて面倒くさい」とすげなく断られてた――自身の知名度と、グループの他への影響を考えれば当然。

 虹ヶ咲学園の理事長も「A-RISEのリーダーをいざって時の盾に使ったら娘に怒られちゃうわ」と。

 

「それにしても、侑ちゃんは中身に気が付いてるのね? 私はてっきり絢瀬絵里でないとは気が付いていても、特定までには至らないと思ってたわ」

 

 私もA-RISEと長い付き合いだし、英玲奈の表情が引きつっていた時に「何をやっているんだあんじゅ」との思いがあったに違いなく。

 

 ともあれ神様の想定通り私の仕事は各人に割り当てられ、絢瀬絵里も了承する流れとなった――後は誰かしらが「正体は割れているんだからとっと自供しろ」とタイミングを計っていたはず。

 

 戻るのがいつになってるかまでは分かんないけど、侑ちゃんの編入試験には間に合うはず。

 

 できなかったら薫子さんには一人でフルオープンアタックを出来るようにさせるので覚悟してほしい。

 

「多分ですけど……絵里さんの推測は間違ってます」

「は?」

「それとよっちゃんさんは気が付いてます」

 

 ここに来ていないメンバーで誰が一番絢瀬絵里をうまく使えるのかを考えれば「よっちゃん」一択になるだろうし、と想定したのを読まれた――いつのまに読心術を身につけたの? 同好会のメンバーから信頼されるにはそれくらいできなくちゃダメ?

 

「はは、それじゃあピアノを弾きますかね」

「私を理解していて……私に中に入っていると推測されない人? まさか!?」

 

 振り向いた視線の先に金髪ポニーテールがいて、英玲奈を相手にした時みたいに内股で見事な投げキッスを披露した。

 

 言われてみれば高校時代に園田海未を推していた――!!!!

 

 



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教育実習生って髪色かよ

 目が覚めたら病室だった――そんな場面をアニメで見たことがある。

 慌てて身体を起こして周囲を見回すと、病室の中なのに、ライブハウスのステージに立つパンクなお姉ちゃん。

 神様であることすら最近では疑わしい――三船薫子さん。

 

「ハァイ、お久しぶり……かしらね?」

「優木せつ菜の料理、綺羅雪菜の料理、鹿角理亞のお菓子……私は全ての人材に料理を作らせることができるわ」

 

 睨むようにして視線を向けると、さすがの神様も宇宙創造ができそうなクッキングをお見舞いされるのは嫌だったのか、左足を一歩引いて逃げの姿勢をとった。

 その姿に満足して「今のは冗談だから」と頭を下げる――信用ならなかったのか「本当に?」と強調して来るけど「本当です」と胸を張る。

 

 しばらく自分の体じゃなかったから、なんとなく違和感があるけど――それでいて身体が重い気もする。

 これが他人の身体を自由にするってことか……と、転生モノの主人公になった気分だな、と。

 

 神様をたじろがせていい気分になったから、周囲の環境にもある程度余裕を持って目線を向けられる。

 以前まではなかったカレンダーも、時計も、ちゃんと目視できる……入院したてってか、倒れて早々は余裕がなかったのね。

 

「ごめんなさい、世話をかけた」

「ある程度は知ってるけど……何月何日だかわかってる?」

 

 

 申し訳なさそうな調子で回りくどいセリフを吐くから、薫子さんに謝罪の言葉もそこそこに「どうやってみんなに許してもらおう……」とすぐさま事の重大さに気がついた。

 

 目に付いたカレンダーには日付の上にバツ印がついていて、それはつまり「私が目を覚まさなかった日」かいつまめば「入院中」だった日。

 

 そして、9月のカレンダーの日付には28までバツ印が付けられてる。

 

 つまりは麻生那由多として好き勝手やっていたせいか、それとも入院が長引くほどの体の不調だったかで、侑ちゃんの編入試験の日はとうに過ぎており、さらにはダイヤちゃんが溺愛する妹のルビィちゃんの誕生日までが過去のものになってる。

 

「身体の調子は?」

 

 万全ではないと正直に告白する。

 反論したいのは山々だけど薫子さんと喧嘩しても得られるものはなく、却って自分が不利な状況になる可能性さえある。

 逆境は自分を成長させる糧になるけど、大きすぎる逆境は不遇にしかならないので――自分で不遇になってどうする。

 

 望まれれば不遇な立場に陥ろうが、長い入院生活で「お前はいつまでも入院していろ」と述べる知人がいるとは思わない。

 よしんばそう思っていても、賢い人は炎上騒ぎになるような失言はしないし、騒ぎになってもスマートに解決する。

 

 薫子さんが人の不幸が楽しみと下世話なこと言う神様とはいえ、調子はどう? と尋ねて「最悪ですって言って」と望むわけがない。

 

「このザマではステージに上がれない」

「調子の良い悪いかがそこなの?」

 

 あまりに心配させてもしょうがないので、自らオチをつけるような発言をし、薫子さんもしょうがないなぁと言わんばかりに眉をひそめ、軽く鼻で笑ってから。

 

「せめて栞子ちゃんの誕生日までには退院したいんだけどな」

「……ちょうどその頃には選挙活動が始まるわね」

 

 10月になれば選挙活動が本格化する。虹ヶ咲学園の学生たちには寝耳に水な「中川生徒会長が舐めプをかます」イベント。

 私も詳細を聞いたことがなかったし、生徒会役員のみんなも、もちろん新生徒会長として期待をされている三船栞子ちゃんも「ご安心ください、生徒会選挙には必ず落選してみせます」と。

 

 まるで自分が「生徒会選挙に立候補したら必ず当選する」と言わんばかりだけど、私から見ても、かつて生徒会長を務めた穂乃果や、ダイヤちゃん……そして現役の恋ちゃんから見てもなお「この学園の規模でスクールアイドルと両立しているだけでもすごい」

 

 普通科と音楽科の双方を取りまとめている恋ちゃんでさえ、てんやわんやになる機会もあるというに、生徒数では数十倍、学科数も盛りだくさん、それを数名の生徒会役員と一緒に、現状問題もなく取りまとめてきた。

 

 ……そこまでの実績がありながら、一年生にバトンタッチしようとは。

 

 栞子ちゃんも「せつ菜さんがそこまで言うんだったらわだすも頑張ってみっぺ!」だし、彼女ががんばるって言うんだったら、ランジュちゃんも「使えるものは何でも使えましょう」ミアちゃんも「ボクにできることはないけどね」言いつも協力の姿勢。

 

 学園のみんなが「今まで特に問題もなく生徒会活動を執り行い、これからも期待に応えてくれるはず」な元生徒会長と「みんなに支えられなければしょうがないし、スクールアイドルを優先させる時もある」の生徒会長候補のどちらを選ぶかといえば。

 

 感情を抜きにしたところで「やってみないとどうなるかわからない」ほうより「今までやってくれた」ほうを選ばなきゃしょうがない。

 

「……中川さんが何をやってるかあなたも分からない?」

「申し訳ない、できれば介入しない」

「……や、世話をかけた」

 

 私には対してはともかく栞子ちゃんには厚い情があるのか、口出しをしたいんだろうけど、線引ははっきりとしている。

 よほどのことがない限り「三船栞子」の意思を尊重し「しおりこ」の意見には従わない。

 ごく稀の例外を除く――ただ、あの時の「しおりこ」は空気も読めれば、癇に障る発言はしない……別人としてとらえておくべきか。

 

「絵里ちゃんのその想定は正解よ」

「……」

 

 人の心を勝手に読むな、と視線だけで不愉快さを讃えつつ、ポンコツの考えも正解を導き出しているのだなと思った。

 「しおりこ」が2種類いたとしても、自分が尊重するべきは「わだす口調な三船栞子」だし、薫子さんとしても同じ考えなのかな。

 

 こちらの私の想定には「……」と全くの無反応、困ったことに何を考えてるのかすらわからない。

 こういう能力があるんだから、わざと自分が殴られるような「目は口ほどにものを言う」態度を改めればいいのに。

 

「それで退院の日取りは?」

「本日12時より、付き添いの方ご来訪~」

 

 実に楽しそうな笑顔で――今まで遠くを見るような、何考えてるかわかんない表情してたのに、プレゼントが待ちきれない子どもみたいな、ウキウキワクワクさ加減に「あ、とんでもない奴が付き添いに来る」と一発で察した。

 

 時計を見ると「あと1時間くらいしかない」と察し、逃げるべきか、寝たふりをするべきか、と困ったけれども……これ以上入院して費用がかさばっても。

 

「私みたいな格好をする?」

「高校時代にやったからなあ」

 

 ワイワイガヤガヤと、薫子サンに着せ替え人形にされつつ(着替えは魔法で一瞬)時間が経過していく――そろそろ誰かしらが来る頃だな、と、結局、白塗りじゃないけどロックな絢瀬絵里さんみたいな感じに整えられ準備は万端。

 

「じゃあ、絵里ちゃんかっこいいポーズ決めて!」

「えぇ!? あーっと、こんな感じかしら?」

 

 誰かしらが来るなら、多少カッコ悪いポーズをとっていても目撃者が少なくて済む――そんな想定もあったし、薫子サンもサタデーナイトフィーバーの指を上げたポーズを取るとは思っていなかったのかもしれない。

 

 とても残念なことに「付き添いの方」が一人ではなく、ぞろぞろと集団で入ってきたので、パンクな格好をした絢瀬絵里が「あ、それって知ってます、止まるんじゃねぇぞのポーズですよね!」とせつ菜ちゃんにツッコミを入れられるまで固まり、せっかく心配までして(永眠させようと思ったのではあるまい)付き添いに来てくれた方々も「なんて言おうか」と思い悩んじゃったのは……まあ、私がポンコツだったってことで許していただきたい。

 

 ――そのおかげか殴り倒されることはなかったけど、ダイヤちゃんから「ツラを貸していただけますか?」敬意もへったくれもないし用件で呼び出された。

 

 殴ってもらった方がマシなイベントにならないことを祈りたい。

 

 



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パーフェクトセルだって別にパーフェクトではありませんでしたもの

 喫茶店に呼び出された時点で、彼女の息のかかった店員さんとかいるのかな、と重い気分と身体に鞭打ってやってきたけど。

 

 黒澤ダイヤちゃんが呼び出してくる時点で、彼女が自由に使える喫茶店だってのがわかるのに、私が来た瞬間「いらっしゃいませ~」って軽い調子の声が聞こえてきたのに、お客様は誰一人いなくて。

 

 普段なら美味しいスイーツを作っているコックさんが見えるのに、今はスーツ越しにも筋肉隆々だってわかるマッチョマンなんだもん(普段からマッチョマンが美味しいスイーツを作ってる可能性はある)

 

 コックのふりをして戦艦に侵入する……そんなハリウッド映画を見たような気がするけど、そんな料理人が雁首を揃えて私を眺めているんだもの――その上ダイヤちゃんも和装で気合十分なんだもの。

 

 こんな状況に置かれたら、元気百倍のアンパンマンだって「顔が濡れて力が出ない」とか泣き言を言って。

 「さっき顔変えたばっかしでしょ」とバタコさんにツッコミ入れられつつ、相手に立ち向かわないといけない――パン工場ってのはとんだブラック企業である。

 

「わたくしが何を言いたいのか、よくご理解なさっているご様子で」

 

 声の調子は冷たい、どれくらいの冷たさかと言うと、指を入れた瞬間に「つめたっ!」って入れた指を引っ込めてしまうくらい。

 

 困った私も「間違えましたごめんなさい」と踵を返して逃げ出したいところではあるけど、ダイヤちゃんを取り囲んでいる店員さんも、美少女のくせしてなかなか運動センスのありそうな筋肉の付き方をしている。

 

 スクールアイドルをしたらさぞかしいいところまで行きそうだ、私を含めて年齢的には、スクールアイドルとはとても呼ばれない年齢だけど。

 

 背中を向けたところで「ところが敵に回り込まれてしまった!」みたいなシステムメッセージが誰かしらに流れ「残念絢瀬絵里の冒険はここで終わってしまった!」と最終的には流れる。

 退院したばかりだというのに、これでは必死こいて治療してきてくれた病院の方々には申し訳ない。

 

「喉乾かない?」

「これは失礼を、ではテーブルに参りましょうか」

 

 話題をそらすために提案したら、ドアから遠い場所に案内されてしまった――迂闊すぎて頭が痛い。貸し切りになっているので、別に一番奥の席に陣取る必要は全く無いんだけど、ダイヤちゃんったら「人を処刑する時にはいつもこうしておりますので~」くらいの和やかさで、私のことを奥まで案内してくれた――わざわざ手を取ってくれるのは、体調の悪い病人が相手だからだと思う。

 

 ちなみに喉が渇いているのは本当――緊張からくるものもあるし、ここまで来るのに重りでも背負ってるみたいに体が重くて、気分の不調だけではなくて、本当に体調も悪いんだろうなって思う。

 

 できれば見た目には出ていないでほしい、心配されているようでは肩身が狭い、罵ってくれてるぐらいがちょうどいい、扱いが乱雑だった頃の方が気が楽。

 

「とりあえず生二つ」

「アルコールが禁止されているのをわたくしは把握しておりますが」

 

 お医者様に言われたのではなく、真姫から「酒の力で普段の調子で仕事に励まれたら困る」と固い口調で言われて、反発する気力も失せた。

 彼女ときたら「これから結婚を申し込みます」くらいの真剣な調子で、声色も「グングニル装備してます」って力強さで、肩に入った力なんか「ジャミラでもあるまいし」と感想を抱くほどで。

 

 とにかくまあ、とても逆らうことができないレベルの怖さで「真姫さんって怖い声を出す時にどんな声になるんだろう~」くらいの気軽さで、見学に訪れていたしずくちゃんが心底震え上がっていた。

 

 長い付き合いでも末恐ろしいガチ説教を、そこまで関係の深くない相手が耳にすれば背筋も凍るのが分かる。

 や、海未に「やめておいたほうがいいと思いますよ?」ときつい調子で制止されたのに「大丈夫です」と言ってしまったお嬢様にも少々問題があるので、フォローは同好会の皆に任せておいた。

 

 私は立場がないし、μ'sのメンバーにも「海未の制止を振り切った」弱みがあるから、かといってAqoursや元スクールアイドルの面々も、大人として「控えるべきところはちゃんと控えなくちゃいけない」と教えないといけないから……フォローしたいのは山々なんだけどね。

 

「じゃあダイヤちゃんだけでも」

「メロンソーダ二つ」

 

 私はアルコールを飲めないのは自業自得にしても、今まで酒浸り――飲んだ量は東京ドームでも沈められてしまいそうな……とんでもなさ。

 

 そんなメンバーまで「あなたと飲まないと面白くないし」で、すっかりお酒を控えられてしまった――未成年のメンバーにはもちろんお酒なんて飲ませられないからいいんだけど、A-RISEまで「年齢も年齢だからそろそろ控えておく」と言われてしまったのは、さすがに申し訳なかった。

 

 胸の中に抱く気持ちは……ダンベルを飲み込んだ時ってこんな感じになるんだろうなって、胃もたれとかそういうんじゃなくて、とんでもない罰が体の中を通る感じ。

 頭の頂点から、足の指の先まで、電気ショックでも走らせたら――そんな感情を抱くのかもしれない。痛いとも苦しいとも辛いとも言える……。

 

 もしかしたら無敵の人っていうのは、申し訳ないって気持ちを持ったことがないのかも。

 すごく痛くて苦しいってのも、もちろんそれはノーセンキューだけど、大切な相手に「こんなことさせてしまった」と、考えるのはそれ以上に辛い拷問か何か……何だと思う。

 

 そういう気持ちがわからない人っていうのは無敵だろうし、ある意味幸せだろうし、死ぬほど不幸だって思う。

 

「……あなた達まで自分に罰を与えるように、我慢を繰り返さなくても構わないのよ」

 

 テーブルを握りながら、出来る限り強い表情を作って、さほど恐怖感を抱く表情にはなってないと思う――あまり自信がない、怒ろうと思って怒るのはあいにくと慣れてない。

 

 ヤカンを火にかけてから沸くみたいに時間がある人……そういうのに憧れたりもする、何と言うか、私の場合は怒りが爆発に近い、絶対に触れられたくない地雷を踏まれた時には……なりふり構わず突っ込んでしまうわけで、それが結局、こんな運命を迎える訳になったけど。

 

「絵里さんは人に怒るのが下手ですね」

 

 自覚がある――面白くなって、ついつい吹いてしまった。聞けば煽られてるようなセリフだけど、怒るのが下手なんて、よほど理解している人にしか指摘ができない。

 彼女との関係性が嬉しくなって、それが今も経てもなお存続していることに、神様には感謝してもいい……人間の関係性まで認知しているとは思わないけど。

 

 ダイヤちゃんは届いたメロンソーダに口をつけながら、言い出しにくいこと口にするようでしないようで、美味しい食べ物に箸を伸ばそうとして、引っ込めてしまうみたいな――迷い箸はマナー違反なので、できればはっきり言ってもらいたい。

 

「私は……人の上に立つ人間として、間違えてはならぬと――何せ、間違えてしまえば、たくさんの人が苦しむ、時には情を捨てることだってあります」

 

 口調が切り替わった――普段は「わたくし」と丁寧に話すけど、もちろん丁寧な口調が崩れないけど「私」に変わる時は気をつけないといけない。

 数少ない本性を話す機会だ、本当の気持ちなんてニュータイプにでもならなきゃわからないし、相手が教えてくれなくてしょうがない、そして相手がそこまで信頼してくれないと仕方がない。

 

「たくさん失敗してきました、私も……絵里さんもそうだと思います、自分自身が失敗したと思っていないものでさえあると思いますよ」

「はは、それは難儀だ、失敗を振り返ってるだけで人生が終わっちゃう」

 

 パーフェクト超人でもない限り――や、まあ、パーフェクト超人でさえ、ミスはするだろうけど……1日に失敗する数、1日に選択する数でさえ、人ってのは膨大らしいから。

 選択ミスをした結果、とんでもない事態に巻き込まれることは、選択の数からいっても、誰にでもあるって考えて当然かな。

 

 それら全てを覚えていて、失敗してしまったと何度も繰り返し考えるなんて、それはとても不幸なことだ、たくさんあるなら一つや二つくらい忘れてもいい、忘れてはいけないことさえ忘れなければ。

 

「間違えてはならぬ……それこそが間違いでした」

「間違えるとたくさんの人が苦しむんじゃない?」

「いいえ、取り返しのつかない間違いだけはしてはならない、二度と関係が取り戻せないような、二度と会えなくなってしまうような……元通りにならない間違いだけは……本当にしてはならないと、私は思うんですよ」

 

 よほどメロンソーダが美味しかったのか、顔を俯いて、両手でコップを抱えるようにして、ストローで味わうようにしながらジュースを啜ってる。

 顔を下げているから表情までは分からないし、何より……飲み物を飲むときに音を立てるのはマナー違反だし……指摘するだけ野暮かな。

 

 そんなに震えながら飲むほど美味しい飲み物なのか、炭酸だから、ちょっとむせたりなんだりして、泣いているように見えるのは、変なところに飲み物が入ってしまったからかな?

 

「……でもまた、こうして出会えたから、これからもよろしく」

「ええ……よろしくと言われなくても、地獄の果てにだってついて行くつもりですよ、私の推しは絢瀬絵里、ただ一人なんです」

「さすがに自分を推している子を地獄なんかに連れてくわけにはいかないか……」

 

 推されているほうとしては、できれば箱推しになってもらいたいな――μ'sもそうだし、スクールアイドルってのはどれも魅力的なユニットだから。

 それでも……それでも……たった一人、あなただけを推したいという人を大切にしなくて、何がスクールアイドルなのか。



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高坂穂乃果番外編

 アブラゼミが鳴いている――これまた、関西圏にいた経験も豊富な希ちゃんが東京と大阪では鳴いているセミの種類が違うね、と。

 当時もそこまで頭が良くなくって、幼なじみの海未ちゃんやことりちゃんには随分お世話をかけちゃったけど……アブラゼミとクマゼミの生息圏の違いすらわからなかったから、私の想定以上に二人には苦労をかけたろうし、同じグループのメンバーにも……それは今もかな?

 

 お店番をしながら古い記憶をたどっていると、妹の雪穂に「試作品ができたけどマズそうだから絵里さんに持って行ってあげて」 と、いつから絵里ちゃんはダストボックスみたいな扱いになったのか。

 

 凛ちゃんのとんでもなく不出来な料理でさえ「せっかく作ってもらったんだから」と口に入れる姿は、同じグループのメンバーだけじゃなくて、鹿角理亞ちゃんの作るお菓子もそうだし、中川菜々ちゃんの作る料理もそう、ツバサさん弟さんの料理もまた同じく。

 

 凛ちゃんがあまり美味しくない料理を作るのも「自分の料理だけじゃないんだ」の精神が含まれてるのは知ってる――誰か特定の相手にそう、じゃなくて、誰でもそう、なんだから特別、ふてくされることもないのにな? と思うけど、人間の感情は足し算や引き算みたいに、こうすればこうなるって決まってないから。

 

 が、凛ちゃんの幼なじみの花陽ちゃんが「もっと凛ちゃんをかまってあげてほしい」とばかりに、あまりこっちに来なくなってしまったので、ことりちゃんから「お前はいつからそんなに偉くなった」と説教される前に、なんとしてもこっちに呼び寄せるイベントを起こしたい。

 

「ほら、お姉ちゃんなんだから妹の言うことを聞く!」

「へーい」

 

 東京の真夏の暑さは特別だ――外に出るのも億劫、これはきっと東京砂漠って言葉に由来するんだと思う、歩くだけで、一歩ごとにダメージを受けるダンジョンを進んでるみたいだもん。

 

 それでも虹ヶ咲学園まで試作品のお菓子を伴ってやってくると、普通じゃない疑惑が生じているかのんちゃんとバッタリ出会った。

 

 ――そういえば、結女ではまともに練習ができないんだっけ? 

 

 スクールアイドルにさぞかし恨みを抱えている人達なんだろうなぁ? 

 あいにくと普通科の子に生徒会長を任せたおかげで、いくら妨害しても、守ってくれる権力を持っている生徒がいるってオチがつくけど。

 

 音楽科の生徒に生徒会の活動をさせるくらいなら、そのぶん音楽の道を歩んでもらいたい……やぁ、絵里ちゃんが聞いたら何発殴られることか。

 

「あ、そうだ、以前はことりちゃんがご迷惑をおかけしました」

「い、いえ、ありあも母も、プレゼントを頂いて大変喜んでおりまして……」

 

 さすがはことりちゃん。

 売上に貢献するだけではなくプレゼントまで、その点はきちんと器用に人間関係のコツを掴んでる。

 デザインを勉強したなんたら女学院ってトコは、それなりのお金持ちじゃないといけないって話だしな……ことりちゃんは推薦で行ったけど。

 

 海未ちゃんと「ことりちゃんが悩んでるから何とかしよう」と計画を練ってたら、どこから聞きつけたのか絵里ちゃんがツバサさんと一緒に学院に侵入して直談判するイベントを起こし、創立者だったかスポンサーだったか忘れたけど「才能を飼い殺しつもりか」と襲いかかったらしい。

 

 よっちゃんちゃんのイベントでも武装する相手に巧みに立ち回り「あの時の経験が役に立った」「スクールアイドルとしての嗜み」と、胸を張ったらしいけど、そんな経験をしたことのあるスクールアイドルなんて、全国各地を回れど、絵里ちゃんとツバサさんしかいないハズ。

 

「え? 美味しくなさそうな試作品ですか?」

「そうなの、是非にも絵里ちゃんに食べた感想を言ってもらわないと」

 

 かのんちゃんは練習目的だけど、私は絵里ちゃんに美味しくなさそうなものを食べさせるのが主目的だ、美味しければ喜んでくれるだろうし、美味しくなくても「もらったから」で喜んでくれる。 

 

「そういえばこの前、昆虫を食べてるのを見ました」

「はは……アレ……ことりちゃんがハマってたなぁ……」

 

 もんじゃの時もそうだったけど、前振りなんじゃないかって思うくらいの拒否反応を見せて、挙句の果てにドハマりする。

 あんまりにも美味しそうに食べるもんだから、真姫ちゃんと海未ちゃんが「猛禽類だから」「鳥類だから仕方がありませんね」と、ネタにして、後日痛そうな報復を受けていた。

 

 このまま絵里ちゃんの話に進むのかなって思ってたら、かのんちゃんはえらく真剣な表情をして。

 

「どうして、μ'sは穂乃果さんがリーダーなんですか?」

 

 Liella!のリーダーは実質かのんちゃんだけど、当人曰く「消去法で仕方なく」「普通の私には荷が重いんですよ」とやたら普通を強調しているけど、そのうち普通じゃないところが分かるはず、秘密が漏れるまでは見守るつもり。

 

「なんかそういうの、昔もあった気がするな」

「聞かれたくない内容でした?」

「ううん、同じスクールアイドルなら喜んで」

 

 自分の所属していたグループの名前ですら「わかんない~」「知らない~」とか言われたら「消去法で選ばれたんです~」と、愛想笑いをして受け流すけど。

 ここまで親しく交流してきた相手に「聞かれたくないなぁ~」と受け流せるほど、身勝手な人間じゃないつもり。

 

「μ'sのリーダーもやったし、生徒会長もやったけど……特に何をしたってわけでもないんだけどな」

「え?」

 

 絵里ちゃんは私を持ち上げてくれるけど、世間一般で騒がれるほど高坂穂乃果ってのは、何をしたわけじゃない。μ'sとしての功績が自分にあると思い上がるほど、わがままでもないし――絵里ちゃんは「あなたの功績よ」と持ち上げてくれるし、海未ちゃんも「あなたの力です」と言ってくれるけれども。

 

 あ、ことりちゃんは「私の衣装が一番影響が大きいかな~」と言うし、ニコちゃんも「部長としてのニコの資質が~」と続いてもくれる。

 希ちゃんは「スピリチュアルパワー」って言って絵里ちゃんに張り倒されてた。

 

 ――ふざけるな、の意味合いらしい。

 

 そこら辺の考えが読めないのは真姫ちゃんで、絵里ちゃんの前では「穂乃果が」と持ち上げてくれるけど、いない場所では「私の作曲スキルのおかげよ」と発言が変わる――場当たり的に対応が変わる花陽ちゃんや凛ちゃんの二人とは違って、あえて考えを読まれないようにしてる……んだけど、自分の頭では「考えを読まれないようにする」必要性がわからない。

 

「でもね、何もしなかったわけじゃない」

「……」

「くじけそうになっても、失敗しちゃっても、間違ってしまっても、やり遂げたよ最後まで、もしも私に……リーダーの資質があるって言うなら、そういう力なんじゃないかな?」

 

 「何もしなかったわけじゃない……」「最後までやり遂げる力……」と、かのんちゃんは難しい表情をして悩んじゃったので「ほら、練習に行かないと!」と背中を押した。

 

 慌てて駆け出す、かのんちゃんの背中を見送りながら。

 

「さすがはμ'sのリーダーね」

「うわぁ!? びっくりした!? どこにいたんですかツバサさん!?」

「天井に張り付いてた」

 

 忍者か。

 

「かのんさんは危なっかしい」

 

 天井に張り付くスクールアイドルほど危なくはないはずだけど、野暮なので口には出さない。

 

「Liella!はラブライブで勝てないでしょうね」

「……あえ?」

 

 意味深な独り言を残して、A-RISEのリーダーは「まずそうなものを食べさせるんだったら、私の許可がいるわね」と、絵里ちゃんの所有権を主張し、喧嘩したくないので私は「じゃあ許可をお願いします」と頭を下げた。

 

 許可はくれたけど、発言の真意までは聞けなかった――



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高海千歌ちゃん番外編

 志満ねえが「お土産の試作品を作ったから~」と、お客様を見送っている私に包装された――軽いものを手渡すので「え?」首をかしげて、その様子を見た内浦でも有名な元トップ(何のトップかは言わない)は「もう察しが悪いわね~」と、軽い調子で言い放ち。

 現役時代さながらの「凶悪な眼光とオーラで」

 

「虹ヶ咲学園に行って、毒味役に毒味をさせて来い」

 

 メンチを切るであるように、志満ねえったら妹を軽く震え上がらせて、現役時代ってのは、いったい何のことであるのか――賢明な、高海千歌は一言たりとも漏らそうと思わないんです。

 

 ――ダイヤちゃんはAqoursのメンバーとしてでも有名なんですが、ネット上でも、私の周囲でも絵里さんを推していることで有名です。

 全宇宙でもナンバーワンのスピードを誇ると自称し「バータかよ」と、ツッコミを入れられることもしばしば……スクールアイドル時代は、どちらかと言うと運動ができる方ではなかったけど……。

 

 彼女に金髪のカツラをつけさせて「絵里さんみたいに試食して」といえば「どんとこいですわ」と、ある程度は絵里さん的な反応して、志満ねえも1日か2日はごまかせる――ケド、田舎の情報網を侮っちゃいけない。

 

 高海千歌が静岡を出ていないとなれば、誰かの口から特攻……や、学生時代にヤンチャしてた姉に噂が届き、木刀を片手に持った志満ねえが、お坊さんが木魚を叩くみたいに私をボコボコにして、Aqoursのリーダーは人生が終わってしまうかもしれない。

 

 亜里沙さんやルビィちゃんあたりの妹ズに聞かれれば「姉に叩かれて一生が終わってもいいのでは?」と、すっとぼけたこと言うかもしれないけど、私はできればどんな相手であろうと殴られたくはない。

 

 できれば私も人を殴るようなことしたくないし、人から殴られるようなミスもしたくはない――残念だけど、そう考えていたところで失敗しない生き物なんていないんだよなあ。

 

 歩いてたら果南ちゃんと顔が合い「虹ヶ咲学園まで泳いでいけない?」と軽い調子でいったら「カメかっ!」とチョップを頂いた――私は、志満ねえから連絡が入ったのだとその一発で察し、抵抗を諦めて学園まで向かうことにした――カメっていうのは出発が遅いってことね?

 

「めっちゃ遠いわ……タクシー借りるんだった……」

 

 ちなみにタクシーっていうのは、瞬間移動できる便利な神様のことで、一般的な道路を走行する存在とは別物――もちろん、内浦から遠路はるばる虹ヶ咲まで行くことだって可能だけど、無駄金など使おうものなら、美渡ねえにも「採算が合わねえなあ」と嫌味を言われる。

 

 絵里さんに「上の二人が妹使いが荒いんです」と相談したらきっと「分かったわ、なんとかしましょうね!」と意気揚々と十千万まで乗り込んでくるけど。

 

 姉二人よりも腕力が強くて、かつ気に入らないことがあるとすぐに殴りかかってくる面々が「絵里に何をやらせてるんだ」と、武器を片手に高海千歌に襲いかかってくるのが容易に想像できるので。

 

 そんなことをされれば私だって人生が終わる――あんまり絵里さんの調子も良くなさそうだし。

 

「確か……Liella!のリーダーの子だよね?」

 

 心ここにあらず、みたいな感じで踊っている姿が気になり、こんな感じかな、と監督みたいに立っていたら、どうやらその姿が気になったみたいで、彼女のほうから近づいてきてくれた。

 

 誰かしらが同行するかなって思ったけど、こちらに会釈して練習に戻って行くので「なるほどなー」と意図を察しつつ、日陰まで移動することにした――いかんせん、真夏の太陽はギラギラと暑く、水の名前を冠するグループのリーダーとは相性が悪い。

 

「それ……もしかして、絵里さんへのお土産ですか?」

 

 どうにも、以前も穂乃果さんが試作品を持ってきたらしく、志満ねえもそのエピソードを耳にして、私に使いっぱしりを頼んだみたいだ――デビルイヤーじゃあるまいし。

 

 ヤンチャをしていた時代のメイクはデビルマンみたいだったけど……あ、でも、一発で昏倒させてくれるから天使でしたって舎弟……ええと、部下の人もいるから。

 

「私がどうしてAqoursのリーダーかって?」

「はい、リーダーってどういう人なのか聞いてみたくて」

 

 心ここにあらずだったのは、穂乃果さんから色々と聞いたからだったみたいで……私としても、こちらに先に聞いて欲しかったな……と。

 穂乃果さんは自分のリーダーとしての資質を自覚してるからいいけど、私はそれがない。

 

 ダイヤちゃんあたりに聞いたほうが「千歌というのは~」と語ってくれると思う。

 

「ごめんね、本当に分からない」

「分からないんですか?」

「教えてあげないとかそういうんじゃなくてね? 本当に私は……リーダーとして、とかよくわからないんだ」 

 

 ラブライブで優勝したときにAqoursのリーダーとしてとか、色々聞かれたけど……何か答えた記憶はあるけど、私自身は覚えてない――正直な話、Aqoursがラブライブで優勝したことすら記憶が危うくて、その後のバタバタのおかげで、エピソードとかを聞かれるのも嫌だったくらいだけど。

 

 落ち着いてから、ラブライブで優勝した瞬間の自分を切り取った写真が一枚もないことに気がつき。

 

 「ああ、亜里沙さんが見せてくれたやつ!?」と、考えが至る頃には「過去の諸々を聞かれることすら嫌だった時」の記憶が浮かび「あの時の写真を~」とは言えないと感づいた。

 

 態度にはおくびにも出してなかったつもりなのに、梨子ちゃんが四方八方から手を回して写真を入手しようとした、とか、曜ちゃんが「何とかしてアニメで場面を再現できないか」と掛け合ってくれたり、とか。

 

 随分と迷惑をかけてしまった――んだけど、そんな二人のことを知りながら、だんまりを貫いていた三年生にはちょっと含むところあるよ? ドッキリには協力したけど……あ、でも、ダイヤちゃんはスポンサーとしてアニメに口出ししてくれたから許す。

 

「だからだと思う」

「え?」

「μ'sは3年生の卒業で活動を終わらせたけど……Aqoursは、花丸ちゃんたちが卒業するまでAqoursだったよ」

 

 史上初の同グループ三連覇がかかった最後の年度に、よもやの理亞ちゃん覚醒で阻まれ、ネットが良い方向にも悪い方向にも盛り上がったっていうのは、聖良ちゃんから聞いて知っている。

 

「私が卒業しても……AqoursはAqoursだったから……何て言うか、自分がリーダーって言われると……首を傾げる部分はあるんだ」

「……」

「でもね、Aqoursのリーダーは私だと思うよ?」

 

 リーダーっていうのが、どういう存在か私は分からないし、グループの終了まで残っていたわけじゃない。

 人がどう思うかは知らないけど……自分自身が首を傾げる部分もあるけど……Aqoursのリーダーは自分しかいないと思うし、他のメンバーも認めてくれると思う。

 

「Aqoursのリーダーとしてとか、人の上に立つ人間としてとか、そういうのはわかんないし……でもね、私も、周りも、私のことをリーダーとして認めてくれてる……そこは譲れないんだよ、もしもね、自分にリーダーとしての資質とかがあるとしたら、周りも何より自分も……譲れない思いがあるってことかな?」

 

 わかんないけど周りが認めてくれてるからオッケー、それにつられて自分も認めてる……くらいの感じだけど。

 何よりも大切な仲間が認めてくれてるんだから、そこはリーダーとして譲れないのかなって思う。

 

 あやふやだし、漠然としてるし、作詞をしているのに言葉にできてない――あんまりいいお手本じゃないけど、かのんちゃんは「譲れない思い」「周囲も自分も認める……」と難しい表情で考え出した。

 

 そのままだと熱中症になってしまうので「考えてるぐらいなら体を動かす!」と背中を押した。

 

 その姿を見送っていると、がさがさ! と、物陰から何かが飛び出してきて、なんだなんだ! と視線を向けると、聖良ちゃんが「私はクールで沈着冷静なんです」みたいな、ドヤ顔をして直立していた。

 その姿は惚れ惚れするくらいかっこいいんだけど、盗み聞きをするんだったら草陰に忍ばなくてもいいと思うんだけど……。

 

「高校時代にラブライブでAqoursと対戦していたら、SaintSnowは負けていたでしょうね」

「……そんなこと微塵も思ってないくせに」

「はは、勝っていたとしても、私の功績ではない……や、もしも勝っていたとしたら、それを認めることはなかったでしょうけど」

 

 わかるような気がする――聖良ちゃんがもしもツバサさんみたいな、常勝人生を歩んでいた(疑問符はつく)ら、負けを経験した瞬間に急下降するかもしれないし。

 

「負けてよかった?」

「そんなわけはありません、学校の期待を背負っていたんですよ? みんなのためにも勝たなければしょうがありません」

「はは、そうだね」

「……スクールアイドルとしては負けたくありませんでしたが、個人的な事情で言えば、負けて良かったですよ」

 

 SaintSnowにそんなイメージがないのか、それとも……

 

「本当に良かったですよ、スクールアイドルが活躍したとしても……それは、自分の功績じゃないと気が付くことができて……もしも気が付いてなかったら、調子に乗って、芸能界でアイドルでもしていたかもしれないですね?」

「A-RISEの皆さんに潰されてました」

「ええ、個人の事情で動く人間は……なんだかよく分からない真理みたいなものに潰されちゃうんですよ、仲間でライバルか……いずれ、この学園の生徒にも教えてあげなくてはいけません」

 

 ちなみに聖良ちゃん――梨子ちゃんに先を越されてしまいました。



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中川菜々番外編 大好きを叫びたい

 ――私、優木せつ菜は……あ、中川菜々は、その日が来るのを待ち望んでいたと思います。

 詳しい時系列はモヤがかかったように分かりませんが、同好会の仲間や、スクールアイドルの諸先輩が絵里さんの音頭で誕生日を祝われてるのを見ながら「是非にも機会があれば」と……その心根を見透かされていた……わけではないと思います。

 

 でも、絵里さんから「あなたの誕生日って何月何日?」と、明日の天気は晴れですレベルの気軽さで尋ねられ「やった! 自分の誕生日パーティを企画してもらえる!」と、心の中で、アニメの激アツシーンを眺めたであるような、ドキドキとワクワクを抱きつつ、それでも表面的には――や、これまたせつ菜状態だったら、めちゃくちゃ騒げるんですけどね? 一応、菜々モードの時にはテンションを上げないように気をつけてますので。

 

「菜々ちゃん?」

「あ、いえ、8月8日です――」

 

 頭の中で「どんなパーティーを開いてもらえるんだろう!」と期待に胸を膨らませ、主役としてもてはやされる自分を想像していたら、絵里さんの問いかけを完スルーしてしまいました。

 職務にあたるものとして、人の話は聞かねばなりません――好きなものの話になると猪突猛進なところがあるのは自覚しています。

 

 私の性格を把握しているのか、絵里さんは気分を害す様子もなく、それどころか「仕事の邪魔してごめんなさいね」と、ウィンク一つして、どこかへと向かっていきます――さほど速いペースには見えませんが、隣にいた副会長に「そういえば」と一言確認した時間で消え去っていました……まるで瞬間移動でもしたかのようです。

 

「8月8日? 会長、せつ菜ちゃんと同じ誕生日なんですね?」

「どひぇ!? え、ええ……思わぬ偶然ですね?」

 

 完全に油断をしていました――副会長が侑さんの影響で「優木せつ菜」のファンになっているのを把握しています。

 正直な話、やりづらくってしょうがありません――ここら辺も、生徒会長卒業の考えに含む点はあります。

 

 でも、スクールアイドルに活動を一本化したいのも本当です――校舎の外から、Liella!や同好会のみんなの歌声が聞こえてくると、その場に走り出したくて仕方がありませんから。

 

 

 副会長の「私の推しと同じ誕生日なんですよ! 有名人と同じ誕生日ってどんな気分ですか!!」と、目を輝かせた彼女の問いかけに「光栄なことだと思います」と白々しく答えるのを、しばらく書記の先輩方から白い目で眺められました――「できれば中川会長が一番上に立って欲しい」と左右からASMRでも聞いているような気分で迫られると、ついつい「では承知します」と言ってしまいそうにもなる。

 

 緊張感を伴うのは、右の先輩が「男の娘」であるからに違いありません――綺羅雪菜さんが入学してくるまで……てか、彼が「男です」と告白してくれるまで、正体に気が付かなかったのは不覚です。

 女装潜入ものは何回もプレイしてきたではないですか! この中に一人ぐらい男の娘が混じってたらな! と考えたのは一度や二度ではありません! 

 

 ……だからこそ、現実にそんな人がいるわけないしな。

 

 と、極めて冷静な自分がいます、優木せつ菜というのはそんな自分が嫌いだからこそ、現れたのかもしれません。

 

 こんなことを考えているのは、理事長の許可を頂き寮でお泊りをしている「澁谷かのん」さん(私もです)に「優木せつ菜って何ですか?」と、問いかけられたからです。

 

 絵里さんから「今日の予定は空けておいてね」と言われたから「誕生日パーティーを開いてくれるんだ!」と嬉しくなり、みんなが普通に夕食を食べて今日を終えようとしているのも「さ、サイレントトリートメント……」だと思い込み。

 

 澁谷かのんさんのために取り計らった催しだと気がつく頃には、彼女には何の責もないとは言え、身勝手にも苛立ちを覚えていました。

 それに加えて「優木せつ菜とはなんぞや」と尋ねられれば、少々、怒気を含んだ声色にもなります。

 

 が、かのんさんはできた人で「自分の問いかけ方が悪かったです」と向こうから謝罪してくれました――私も咳払いを一つして「失礼しました、勘違いだったんです」と素直に告白。

 

「あ、そうですね……誕生日イベント、私でも勘違いしてしまいそう」

「身勝手でごめんなさい、一日中ウキウキだったんです」

 

 

 このまま「いいえこちらこそ」「いいえ私の方こそ」と謝り続けていたら埒が明かないので。

 

「かのんさんには理想の自分っていますか? なりたい自分でもいいですけど」

「なりたい自分ですか?」

 

 腕を組んで考える仕草に羨ましいなって思った――自分を偽って生きていく、仮面をつける……それこそクワトロ・バジーナみたいに。

 

「本当の自分とか、なりたい自分とか、ありません?」

「うーん?」

 

 思わぬ答えが返ってきそうになって、強調する形になりました――愛さんにも伺ったことがあります。

 「なりたい自分とかありませんか?」彼女は笑いながら「なりたい自分って言うのは……ゴールってこと? それともスタートラインなのかな?」 と逆に質問され、つんのめったのように言葉が出ませんでした。

 

 優木せつ菜っていうのは、つまりはなりたい自分で……小さい女の子がお姫様とか……夢見る姿と同じで。

 もしも私が「優木せつ菜」となった時……や、それが、夢で終わる夢であるのは知っています。

 どうあがいたところで私の名前は中川菜々だし、優木せつ菜とはせつ菜の状態でしか呼ばれない。

 

 そして優木せつ菜の姿の自分が「中川菜々」と名乗ったところで、歓声が上がらないと知っている。

 

「あの、後輩の自分がこんなこと言うのはおこがましいと思うんですけど」

「いいですよ」

 

 気に障るような発言かな、と考えて先んじて忠告してくれるのがありがたい、これがしずくさんになると「せつ菜さんは大好きじゃない人も認めてください」と、開口一番に抉るようなことを言う。

 

 お昼の放送がお通夜みたいな雰囲気になり、しずくさんは「公の前ではスクールアイドルを演じなさい」と怒られました。

 

 前々からスクールアイドルの先輩から「大好きを叫ぶって何?」とネタにされているのは知っています――同じ名字が縁であんじゅさんと顔を合わせた時には「もしも、自分を嫌いだ、応援したくない……それでも、あなたは自分の大好きを叫ぶの?」と指摘をされたことがあります。

 

 私は未だに答えを見つけられないでいる――大好きを広めるって、大好きを叫ぶのって、身勝手なのかな? どうしようもないわがままなのかな?

 

「自分が嫌いですか?」

「え?」

「答えて」

 

 明らかに雰囲気が変わりました――今まで敬語だったのに、強い口調で「自分が嫌いかどうか答えて」と迫ってきました、そのにらみつける感は明らかに普通ではありません――メンチを切るみたいな雰囲気です。

 

 こらえきれずに、ごまかすこともできずに、素直に頷くと。

 

「馬鹿じゃないの?」

 

 何度か言われたことがあります、不用意な発言をして失敗したこともあります。

 でも、だいたいは年上の人たちから窘められるように「馬鹿」と呼ばれるばかりです――正直、同年代の子にそのように呼ばれた経験がないので、驚きで言葉が出ません。

 

「私だって自分の嫌いなところがあります、クゥクゥちゃんもそう、すみれちゃんもそう、恋ちゃんも、ちぃちゃんも……自分の嫌いなところがない人なんて……いないはずです」

 

「それでも……嫌いな自分に押しつぶされそうになっても、見たくない自分に……怖い思いを抱いたって、Liella!はステージに立つんです。それこそ……本当の気持ちを止めないために、心で駆け出せなくちゃいけないんだ」

 

 正直、殴られるんじゃないかと思いました――身の回りに喧嘩っ早い人がいっぱいいるのは知ってます、梨子さんは膝も使います。

 

 食べたものを吐き出しそうな痛みに思わず「なんでこんな痛い思いを」と漏らしたら、梨子さんが「心を傷つけられたらそれくらい痛いの、言葉にはもっと気を使いなさい」と、失言を窘められました。

 

「優木せつ菜ってのが大好きを叫ぶって言うなら! 中川菜々も大好きになってよ!!」

「うるさいですよ!!!」

 

 人からうるさいと言われたことは限りなくありますし、今もどこかで叫ばれているかもしれない。

 

「何でですか! 自分が嫌いだって、大好きを叫んだってかまわないじゃないですか! 私が大好きを叫ぶことがそんなにも悪いことですか! なんでよってたかって、大好きテロだの、大好きの強要だの、さも悪い事のように言うんですか! 大好きなもの大好きだって言える世界が、一番いいに決まってるじゃないですか!!!」

 

「そんなんじゃ中川菜々が救われないから!!! いや……中川菜々のことが好きな人たちが救われないでしょう!!!」

 

 膝をつきました、梨子さんに膝蹴りを受けた時だって、こんな痛みを抱えたことはない。

 どれだけ肉体的に傷ついたって、心が締め付けられるような、全身を縛り付けられたような、頭を抱えたり、ふてくされて寝たり、何もかも嫌になって投げ出したくなるような……こんな痛みは経験したことがない。

 

 あまりにも辛くて、なんでそんなこと言うのかと睨みつけるために顔をあげたら、かのんさんがくしゃくしゃに顔を歪めながら、私よりも勢いよく涙しながら。

 

「何かをごまかしてる人が……本当の気持ちなんか伝えられるわけないじゃん……素直になってよ……いや、中川菜々も認めてあげてよ!! 認められないなら優木せつ菜になんて一生なれないよ!!!」

 

 心を傷つけられたのは自分なのに、何よりもひどいことを言われたのは自分なのに……かのんさんが……たぐいまれな歌唱力を持ち、本当に良い歌を歌うって評判なのに……その能力で――全身全霊で泣き声を上げる。

 

 「アァァァァァ!!!!!」と文字にするならこんな感じなんでしょう、あまりの迫力に、なんだなんだ、と言わんばかりに人がなだれ込んできて――誰も彼も、パーティーをするである仮装をして、ピエロみたいな三角帽子をかぶった絵里さんもツバサさんも……困ったように顔を付き合わせるしかなくて。

 

 

 分かります、自分もこんな状況に置かれたら「何があったの」なんて、とても言えやしない。

 天を仰いで困り果てるしかできないでしょう――無力な自分です。

 

 優木せつ菜であろうとも、そう思います。



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優木せつ菜は大好きを叫ぶ

 澁谷かのんが桜内梨子さんから呼び出しを食らった時「あ、自分の命日は今日なんだな」と、メッセージアプリに寄せられた文章を見て天を仰ぎました。

 隣にいたちぃちゃんも先日の顛末は把握しているので、怒り心頭を発した誰かしらから、幼なじみがフルボッコになっちゃう――とは、把握していたみたい。

 

「たこ焼きを持って行こう」

 

 どうやら一緒に地獄に落ちてはくれないようです――当たり前です、ちぃちゃんが地獄に落ちるくらいなら、自分一人で落ちます。

 幼なじみの提案は「満腹になったら怒る気も失せるんじゃないかな?」の意味合いが込められていて、確かに「お腹いっぱいの時に暴れようとは思わない」と同意する。

 

 人間は元々集団で狩りをする動物――なんでも空腹であるのがデフォルトで、満腹状態には慣れていないとかなんとか。

 つまりお腹がいっぱいの状態で動くっていうのは、人間の生体構造的に「今までになかった」状態らしく、脳が活動を制限するとかなんとかかんとか……簡単に言えば、お腹いっぱいで怒る人はそうそういない。

 

 クゥクゥちゃんには「お姉ちゃんの誕生日の準備で忙しいですが、食べ物ならこれをどうぞ」と「手土産の上海蟹」を渡され、すみれちゃんには「これをどうぞ、甘いものを食べたら怒る気も失せますから」とランジュちゃんとお出かけをした時に買ったお菓子をいただき、恋ちゃんは「必要なのは素直な気持ちです」と、お手紙をくれました――ちゃんと名義がLiella!になっていて「ご迷惑をかけてごめんなさい」的な内容がしたためられていました。

 

 

 そう、元々私は菜々さんの誕生日を祝うために「少しだけ時間を稼いでくれないかな?」と頼まれ「時間を潰すために」お話をし――感情が高ぶってえらいことになってしまった。

 夕食の後で執り行われるパーティーだったので、食べ物の数こそ少なかったのがせめてもの救いながら、時間を取ってくれた皆様には「また今度盛大なものを」と、フォローしてくれたけれども。

 

 メンバーの中に「怒ってるわ、笑顔なのが逆に怖いわ」な桜内梨子さんがいて「東京に住んでいる彼女一人ならまだ……」と、思っていた。

 そう――Aqoursの方々も時間を取って「優木せつ菜お誕生日記念」に集まってくれた……うん、元々優木せつ菜のお誕生日記念だったんだ。

 

  でも私はそれがおかしいと思った、そう考えて……本音だし、正しいんじゃないかって思うけど……だって、優木せつ菜=中川菜々の正体が明かせないから、わざわざ時間を遅くして誕生日パーティーの準備を始め、夕食の後にこそこそと時間を稼いだ。

 

 最初から、普段は生徒会長をやっているけど、スクールアイドルをする時には変貌するキャラで良かったんじゃないか――どういう事情で優木せつ菜になったかはまだわからないけど。

 

 

「ようこそ、虹ヶ咲学園の音楽室へ……あなた”も”調律してあげましょうか?」

 

 あ、死ぬ、と直感的に思いました――自分よりも梨子さんは背が高いですが、威圧感とオーラがボブ・サップの十倍はあります、シェンロンくらい大きく見えます……願い事を言え、と言ってくれるならいいですけど、潔く死ねの確率の方が高い。

 

 ピアノの前に座っているだけなのに、これからグランドピアノを持ち上げて武器にする、それほどに強そうに見える。

 人間がグランドピアノを持ち上げて振り回したら「あれはキングコングだ」と、少々人間をやめているスクールアイドルの先輩だって言うだろうし。

 

「お、また腕を上げている、冷めても美味しい粉ものなんて、なかなか作り上げることは出来ないのに」

 

 ひとまずこちらをどうぞ、とLiella!のメンバーから「せめてリーダーを殺さないでください」の賄賂を差し出すと、彼女は苦笑いしながら「お腹をいっぱいにさせても私は怒るわよ?」と、意図を一発で把握して……それでも、「くれるって言うんだったら貰う」と、むしゃむしゃと――もしかして次に私が食べられるんじゃないかなって、迫力で食べ尽くしていく。

 

「へえ、なかなか上手な字を書くのね……それにいい内容だ、恋ちゃんは作詞のセンスもありそう」

「……」

「でも、自分が悪いだなんて思ってないんでしょ?」

 

 気持ちを見透かされるように、じっと眺められて……逃げ出したいけど、私は両足に力を入れて、両手にも力を入れて……全力で握って、怖気つきそうになる自分に気合を入れながら。

 

「正しいか悪いかわかんないですけど」

「正しいか悪いかわからない? そんなあやふやな感情で気に障ることを言うの?」

 

 苛立ちを隠すような表情をしつつ、右の人差し指を唇ではむような仕草をして、ただ怒っているというよりも興味を向けている感じがする。

 言葉的には一歩間違えたらぶん殴られるくらいの勢いなのに、面白がっているようにも見える……こういう表情、A-RISEのツバサさんとか、Aqoursの千歌さんがよくしてる。

 

 ……なお、千歌さんに後日言ってみたら「余裕の差が段違いだけど、模倣してるのに気づかれたのは久しぶり」と苦笑いしながら言われた。

 おそらく同じグループのメンバーやμ'sを中心とする先輩たちには、指摘されたことがあるんだろうな。

 同年代では自分だけ、には少し誇らしくなってもいいかもしれない。

 

「迷うこともあって、不安になることもあって、怖いこともいくらでもあります……今の梨子さんを見てると、自分の住居の近くに巨大怪獣でもいるくらい怖いです」

「素晴らしい褒め言葉だ、恋ちゃんが作詞の才能があるって言葉は撤回する、Liella!の曲はあなたが作るべきね」

 

 誰が巨大怪獣だとグランドピアノを振り回されて、澁谷かのんはケチャップになることも覚悟したけど……彼女は笑いながら「今後とも作詞活動を頑張りなさい」と褒めてくれる。

 

 少々話がずれてしまったけど――。

 

「私はリーダーとして責任を持ちます……穂乃果さんみたいにはなれない、千歌さんみたいにもなれない……どのスクールアイドルのリーダーみたいにはなれない……だって私は澁谷かのんだから……澁谷かのんが理想とするLiella!のリーダーにしかなれやしないんだから」

 

「でも、口から出した言葉には責任を持って、自分が叶えたい夢にも責任を持ちます、叶えられないかもしれない、諦めちゃうかもしれない……なくなってしまうかもしれない。それでも……止まらない」

 

「私みたいな人から諦めた方がいいって言われちゃっても、変だって言われても……どんな言葉を言われたって、止まらない、進み続ける、叶う叶わないが問題なんじゃない、夢のあるなしが問題なんじゃない……優木せつ菜ってのは気に入らないんです」

「悔しいけど同意よ」

 

 どこにいたの絵里ちゃんと梨子さんが言い「え? 天井に張り付いていたの見えなかった?」と言ったら「ゴキブリかよ」と。

 けど、ちょっとした小休止を挟んで、絵里さんにも梨子さんにも続きを促されたから。

 

「優木せつ菜はポジティブで、理想的な事を言ってて、誰しもが胸に抱くようないいことを言ってる……なのに、彼女はそれを信じてないんです。誰かに叶えて欲しい願い事を口にしているだけなんです……言葉にしているだけで、叶える気がないんです」

 

 胸の中がモヤモヤして、吐き出したくなってしょうがなくなった――言葉にならないかもしれないけど、何を言っているのかと怒られるかもしれないけど。

 

 

「夢は自分で叶えるものだ!!! よっしゃあ!!!!!!!!」

 

 バーベル上げの選手みたいに両手を上げて、全身全霊で叫ぶと少々すっきりした。

 心地よくなったので「よし、これからぶん殴られるぞ!」と振り返ったら、何とも言えない表情をした優木せつ菜さんがそこにいて。

 先ほどまでいたはずの梨子さんと絵里さんは煙のごとく消え去っていました――スクールアイドルってのは忍者なの?

 

「後日、優木せつ菜のお誕生日会が開かれます、来ていただけますか? ……いえ、是非にも来ていただきたいんです」

「あれと同じ規模を準備するの大変だと思うんですけど」

「お披露目ライブのリハーサルですよ、まあ、本番をお楽しみに」

 

 本番が何を差すのか見当もつかないけど、自分の見た限り、彼女のライブで叫んだ言葉は本心であるように思われた。

 

「大好きな世界へ! 私は飛びます!!! みなさんもついて来てください!!!!」

 

 



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天王寺璃奈番外編 1

 ボク、ミア・テイラーには作詞のセンスは無い――0であるとは言わない、自身の曲に見合うほどの歌詞を書く自信がない。

 言葉というのは難しい、どれほど長く心の中を打ち明けたとしても、相手に伝わらない時だってあるし、短い言葉でも胸に響く時だってある。

 

 時間をかけていいものが完成する時だってあるし、思いつくままに作って驚くほどに評価を頂くこともある――作詞として、有名歌手を担当するである海未さんには、残念ながら「歌詞を書いていただけないでしょうか」のお誘いを断られた。

 

「璃奈にはソロは難しいでしょう」

 

 ……なんでボクが曲を作るから作詞をお願いします、と頭を下げて回っているかと言うと、すみれとお茶を飲んで秋の空を見上げていると、璃奈がトコトコって効果音が付きそうな歩き方でやってきて。

 

「ライブがしたいので曲作りをお願いしたいの」

 

 今まで璃奈が関わるQU4RTZに曲を提供したことがあるけど、彼女単独ではそもそもライブをしたことがなく、璃奈の問いかけに「え、QU4RTZに曲を作ればいいの?」と勘違いした。

 

 隣にいたすみれに「そういうことではありません」と静かに窘められ、キャラ作りも忘れて忠告するくらいだから、彼女もちょっとは驚いてたんだなって、今となっては思うけど。

 

 

「本人がやる気になっているんだったら、それを止めることはない、絵里なら言うと思うけど」

「いいえ、絵里でも、璃奈を止めるでしょう」

 

 この場に絵里がいないので(入院している)どちらであると結論付けるのは喧嘩にしかならない。

 ボクが失言に気づいて、頭を下げようとすると海未さんがそれを静止させる――言葉足らずでした、と逆に謝罪された。

 

「今のままでは、彼女のやる気に見合う結果は出ません」

 

 つまり、実力不足であるとか、ステージに立つ資格がないとか、ネガティブな理由で舞台に立つのを控えろと言ってるのではなく、やる気になっているからこそ、気を付けなければいけないポイントを指摘してる。

 

 幸運にもボクも、ランジュも、栞子も、ニジガクでソロデビューをしたスクールアイドルはファンから歓声を得られた……個人的には、ファンの声援に見合うものができた、ではなく、ひたすらに安堵していたと表現するのが、ボクの感情として正しいと思う。

 

 残念だけど、偉大なる作詞家だって、文豪だって、自分の心を……表現したいことを言葉にするのは難しいって言うから、ミア・テイラーの感情はこうであるっていうの、自分ですらよくわかんないけど……。

 

「私は正直、自分一人だったら挫折したでしょうね?」

「ニジガクはソロで活動するけど……ひとりじゃないよ? 仲間でもあり、ライバルでもあるんだ」

「いいえ」

 

 何に否定をされたのかわからなかった、仲間でライバルって部分だったのか、その活動をするけど一人きりじゃないって部分なのか。 

 

「正直……ライバル、と……呼べる相手がいなかったので、あ、スクールアイドルだった時の話ですよ? 今では、負けたくない相手なんて、いくらでもいます……絵里もそうですし」

「複雑な感情だね、大人になるってそういうことなの?」

「子どもの時から感情なんて複雑ですよ? 小さな頃はそれを言葉にできないだけです……分からないことを言葉に出来るようになるのが、大人になるって事なんじゃないでしょうかね? そのように考えると……私もまだまだ、大人だなんて言い切れません」

 

 μ'sの曲を作詞して、尊敬に値する――と言われて久しいのに、まだまだ、なんて言われてしまうと、少し困る。

 μ'sが活動を終えてからどれくらいの時が流れたというのか、たどり着けないゴールに向かって走っているとか、自分がちっぽけに思えてしょうがない。

 

 もしも自分が世界的に有名な作曲家になったり、誰しもからチヤホヤされる存在になったら、目に見えないゴールに向かって走るってのも平気になるのかな?

 

「仲間でライバルと……そのような表現されるものが、いかなる存在か……私にはわかりかねるんですよ? 自分達は、いつだって挑戦者で……壁はどこまでも高くて、同年代にA-RISEがいるんですよ?」

 

 現代のスクールアイドルから「人間をやめてる」ネタにされる、μ'sやAqoursのメンバーですら「A-RISEって別物」と、度々表現されていて、絵里にも「A-RISEが素人にしか見えないって本当ですか?」と……「しおりこ」が尋ねた、アイツの空気の読めなさも少しはいいこともある――ボクだったら、絶対に聞けないだろうし、ランジュもそうだろうし。

 

「今の私からすれば、スクールアイドルをやっていた頃のA-RISEは素人にしか見えないわね」

 

 うまくはぐらかされたけどね? 高校時代にどのような感情で「A-RISEを素人と言ったのかは」秘密のままだった。

 「しおりこ」は諦めきれなかったのか、果敢にA-RISEのメンバーにも「かの発言を絵里さんが」を含めて聞いたらしく、絵里からも連絡が入っていたのか、A-RISEのメンバーも「あの頃の自分は、素人もいいとこだった」と苦笑いしながら答えたらしい。

 

「自分たちが……仲間でライバルと言ったら、A-RISEには勝てなかったでしょう。時が流れて……許される時代になった、そういうことなのかもしれない。9人……多人数グループっていうものが、古いのかもしれませんね?」

 

 いないこともない……それでも数は多くない、少なくともAqoursの時代に見られた「とりあえず9人集めました」的なグループは全滅したと言ってもいい。

 

「ですが、あえて指摘をさせてください。ステージの下では仲間でライバルかもしれない、ユニットを編成するかもしれない。でも、歓声を得られなかった時に舞台の上には、自分一人しかいないんです――今の璃奈では……何かを恐れている彼女には、荷が重いです」

 

 その何かまでは教えてくれなかったけど、璃奈に「かれこれこういう事情で」と説明した時に、彼女は「……」と一瞬だけ顔を伏して、窓に映る自分の顔を見つめた。

 

 ハァ、と息を吐いて白くなった部分に――ニッコリ、とでもさせるかの如く、自分の顔を笑顔にさせるみたいに。

 それを見て、彼女が何を恐れているのか、海未さんがぼかした表現がよくわかった。

 

 



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天王寺璃奈番外編 2

 緑茶に映った自分の顔を眺める――私には、残念ながら璃奈ちゃんの悩み事を解決する言葉は述べられそうにない。

 ソロライブの目下の懸念は、何より璃奈ちゃんの分かりづらい感情表現に行き至る。

 

 同好会を含め、同じ年代の各スクールアイドルが「なぜ、璃奈ちゃんがソロでステージに立たないか」を「彼女自身を含め」理由を把握できていなかった――グループでは舞台に立っているので、力不足……だと、恥ずかしながら私も考えていたし。

 

「ギャラ子はさぁ、子役だった時があるんでしょ?」

「高い壁がありましたよ、端役は……まあ、雪姫さんと仲が良かったから、割り当てられたんでしょうね」

 

 もしも自分の力だけで芸能界で端役を勝ち得ていたら、もう少し調子に乗った人格になっていたかもしれない。

 自分の立場や……自分の役目、乗り越えられない壁――どれもこれも、不満を胸に抱いていても解決できない悩み。

 

 努力だけで問題が解決するなら、世の中の悩みはすべて……英雄の力によって解決したんだと思う。

 

 類稀なる才能で、全ての人たちの問題を解決して、世界中の人が幸せに暮らせるような……解決後には人々の頂点に立って、優雅に微笑んで見せて。

 

 少なくとも世界史の授業で学ぶような、散々もてはやされたけど最終的には処刑されるとか、革命は起こしたけど孤独に死んでいく、暗殺されるとか、悲劇的な結末は起こりうるまい。

 

「努力で解決できない悩みって……諦めるしかないのかな?」

 

 かすみちゃんが空の果てでも眺める見たいに、どこか遠くにある答えを見つけたいと心の底から願って、手を伸ばしたら届かないかな? とでも言いたげに右手を空に向けて。

 かざした手に届く日差しは、私にも届くし、きっと入院中の絵里さんにも届いていると思う。

 

 どこにでも、誰にでも、平等に日差しは舞い降りて、それなのに世の中には「日に当たるのがダメな人もいる」「日が見えない人もいる」魔法とか奇跡みたいな力でも起こさない限りは、抗えない何かが、私達の目の前にはたくさんある。

 

 それを一つ自覚しただけだというのに、まるで巨大な石ころが目の前に迫ってきて「怖くて、逃げ出さなきゃいけない!」と、心底震えて……泣き出してしまいそうになる。

 

「……ギャラクシー」

 

 感情が高ぶってくると出てくる言葉――ふざけてるって、言われることもあるし……なんやかんや言って、私を表す言葉でもなってる。

 平安名すみれ――Liella!の一員としてスクールアイドルをやってる、そこそこ実力はあると思ってる。

 もちろん、既に有名グループの仲間入りをしてる東雲学院や、藤黄学園のみなさんとは、差も比べ物にならないくらい。

 

「かすみちゃん、自分が世界一かわいいと思いますか?」

「あれ? ギャラ子はまだ気が付いてなかった? かすみんは世界一可愛いかすみんなんですよ? ほら、笑顔もこんなに可愛い!」

 

 璃奈さんの抱える問題を把握してかすみちゃんも笑顔がぎこちない、その笑顔では、とても世界一可愛いのは主張できない。

 自覚はあるのか両手の指を頬に当てながら、ウインクをする姿勢のまま……長いため息をついた。

 

「かすみんはー、可愛くなるために努力してきたし、これからも世界一可愛いばっかのワンダーランドのお姫様になるんだよ、たどり着けるって信じているし。でも、でもりな子は……それこそ魔法でもかけない限り、表情の変化が難しい」

 

 無理でも努力をすれば何とかなる、なら、璃奈ちゃんはソロステージでパフォーマンスを披露していたと思う。

 

「……いや、ちょっと待って? 璃奈ちゃんは曇った窓ガラスに、笑顔の絵を描いていた?」

 

 慌てて立ち上がったので、両手に持っていたお茶が手に溢れる、熱くてしょうがなかったけど、そんなことよりも気持ちが高ぶって仕方がなかった。

 

「ギャラクシー!!!! これったらこれよ! 絶対にコレぇ!!!」

 

 言葉はかなりハイテンションになったけど、かすみちゃんが「わけがわからないよ」みたいな表情をしているので、きちんと説明する。

 つまりアニメーション、璃奈ちゃんの情報処理学科の一面を最大活用する。

 

 彼女の表情は伝わりづらいかもしれない、それでも、背後に「彼女の心情を示すアニメーション」さえあれば、ファンにも意図が理解してもらえるはず。

 

「ギャラ子!!!! それ、めっちゃイイ案だよ!! 早く! みんなに披露しに行こうよ!」

 

 各々、考えをまとめるまでチームを組む……くじ引きで決まった、かすみちゃんとの編成。

 

「天王寺璃奈!!! ジ・アニメーション!!!! ギャラクシー!!!!!」

 

 これがアニメーションなら、雄大なBGMと一緒に私たちは駆け出して、陽光も歓迎せんばかりに輝いて。

 

 



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天王寺璃奈番外編 3

 なんでも、インターネットでは全国各地にいるプレイヤーと将棋で遊べるらしい――朝香果林はエマから言われて、さぞかし白熱するんだろうな、と思った。

 パチンパチン、将棋の駒が盤につく音を駒音と呼び、花陽さんと亜里沙さんの対決は……あ、対局って言うんだっけ? 現在、脇息に肘を乗っけて、長考する花陽さんの手番で止まっている。

 

 

 なお、私は全く将棋のことを知らないし、エマもさほど詳しいわけじゃない。

 それなのになぜか「見届け人」として座らせられている――私はそれよりも、璃奈を何とかして単独でステージに立たせる方法を考えたい――考える時間は無限にあるけど。

 

 

 ええと、この対局はラブライブ公式サイトで放送されていて、視聴者数がどれくらいいるのか分からないけど、さほど多くないんだろうなって思った。

 

 ニコニコ動画とかでならともかく(この知識はエマが教えてくれた)スクールアイドルを観に来てるのに、過去に活躍した人間とはいえ、将棋を指す模様が注目を集めるとはさほど考えない。

 

 これでもし「今まででトップの視聴者数です」「二位のA-RISEに大差をつけています」とか運営から言われたら、負けた経験がほとんどないけど負けるのが大嫌いな――A-RISEのリーダーが「おい、ゴリラ将棋するぞ」と、絵里ちゃんの入院ですっかり凹んでしまった理亞さんの胸ぐらを掴みあげて、座布団の上に正座をさせるんだろうなって思った。

 

 

 振り駒で亜里沙さんの先手に決まった、私は……駒……ていうのが、どういう動きをするのかわからないけど、最初から彼女は真ん中に飛車を動かした。

 あれは横に動くんだな、いかにも強そう、あれがまっすぐ行ったら王様が取れるのねとつぶやいたら、エマに「そういう戦法だよ」と言われて「将棋に戦法なんてあるのね」と感心した。

 

「日本だと、将棋って国民的な……ええと、文化じゃないの?」

「誰しも知ってるわけじゃないわ、スクールアイドルだってそうでしょ?」

 

 「素人のお遊び」と判定され、勝手な逆恨みから潰されそうになったLiella!――絵里ちゃんを中心としたスクールアイドルの先輩たちが「スクールアイドルに喧嘩売るんだったら買うぞ」とばかりに張り切り、グループ解散などの問題は解決された。

 

 桂馬……だっけ? ぴょんぴょんカエルみたいに飛ぶ駒が相手側の……何だっけ? 陣地に行ってひっくり返った時。

 「へえ、面白いのね、ひっくり返るなんて」と呟く、エマには「え?」みたいな顔をされたけど。

 

 認識してなかったけど、前にも歩? が、ひらがなの「と」みたいになってたらしく、エマから「王様と金以外はひっくり返るんだよ」と指摘された。

 

 そう言われて改めて見てみると、ひっくり返った駒らしきものが、盤上には散見されている。

 

「あの、馬っていうのは、何がひっくり返ってるの? 赤いのがそうなんでしょう?」

「角だね」

「ひっくり返ったら強くなるの?」

「上下左右斜め、色んな所に行けるようになるよ」

「ふうん、斜めにしか行けない子が、ひっくり返ると強くなるのね」

 

 なんとも、勝負って感じがする……相手側の陣地に行くと、ひっくり返って強くなる。

 でも、そのぶん討ち取られる可能性も高くなる――どうしたら、王様を……追い込む? そういうゲームを――なんで、亜里沙さんと花陽さんがやってるのかわからないけど。

 

「これって、攻めてるほうが勝つの?」

「難しいね、プロの将棋では先手番が勝率で上回るって話があるけど……最終的には、王様を詰ませた方が勝ちだから」

 

 すごく悩んでから、花陽さんが成った桂馬を同玉とし、その手は読んでましたとばかりに亜里沙さんが馬の上あたりに成った桂馬をパチーンと置いた。

 追い込まれたように見えるけど、将棋がわかる人には「まだ詰んでないわね」らしい。

 

「どうして、ツバサさんは……分かるのかな?」

 

 エマの発言に、名前を呼ばれた当人がちらっとこちらを見るけど、視線だけで「どうしてだと思うかはあなたに任せる」って指示されたと分かった。

 

「相手を思いやる気持ちがあれば……分かるんじゃない?」

 

 ルールをある程度把握している前提があるけど、読むってのは理解することだと思うから。

 璃奈も感情表現は微量かもしれないけど、愛は逐一把握しているし、私も少しだけわかる、エマだって、そうだと思う。

 

 でも、ソロライブの時にお客さんに……璃奈に集まってくれるファンに「思いやってくれよ」は、間違っていると思う、もしもそんなスクールアイドルがいたら、ステージに立つのをやめたほうがいい。

 

 ただ、璃奈のファンは璃奈の事情を知っている、ソロライブでも集まってくれたファンは微量の感情表現でも喜んでくれるかもしれない。

 それじゃいけない、璃奈が一方的に励まされてるようじゃ意味がない、だから何とかして伝える方法を模索しないといけない。

 

「……待って、この中継ってネットで繋がっているのよね? つまりは、不特定多数に見られている、亜里沙さんや花陽さんは会話をしてるわけじゃないけど……分かってくれている人は分かっている」

 

  今までスクールアイドルのステージは、集まってくれたファンに向けて披露されるもの、の意識が一般的だった。

 でも、自分たちを応援してくれるファンは、何も現地に集合してくれる人たちだけじゃない。

 

 距離が遠くても……分かるもの、ツナガルことができるもの……最初から……最初から、遠くにいる人たちと繋がるコトを目的としたライブなら、璃奈の個性を最大限に発揮できるんじゃないかしら?

 

「え、え、エマ! ネット! ネットよ!!!」

「ど、どうしたの果林ちゃん!? 虫取り網でも持ちたくなった!?」

「そうじゃない! 璃奈のファーストライブ……ネットで中継するのを前提としたステージにすればいいのよ!!! 解説付きで!!!」

 

 璃奈の感情表現が伝わらないのなら、みんなで助け合えばいい……それが、仲間!  と、一人で盛り上がってしまい、ツバサさんから「対局中はお静かに」と窘められてしまった。

 

 ――否定されなかった、相互理解っていうのが、よかったのかな? それとも私だから? 絵里ちゃんだったら否定されてたのかな? 何とも言えない。

 

 



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天王寺璃奈番外編 4

 降り出した雨足が強くなって、一部では傘が機能しないほどの大雨になるでしょう――朝方に遥ちゃんと観たテレビでは、お天気お姉さんが「まるでどうでもいいこと」のように、朗らかに微笑みながら言っていた。

 豪雨災害や、台風の襲来、はたまた大地震――こういう、人の不幸がお給料になる職業って、大変だな……と近江彼方は考えるんです。

 

「遥ちゃん~、雨が強まったらちゃんと建物に避難するんだよ?」

「もう~、私だっていつまでも子どもじゃないんだからね?」

「子どもじゃなくても、遥ちゃんはいつまでも彼方ちゃんの妹なんだぜ~?」

 

 ぎゅーっと抱きしめると、遥ちゃんは身じろぎはするけど拒否をしない、この時間が永遠にならないのを私はよく知っている。

 以前までは、永久に続くと考えていたと思う、頭が悪いな、ライフデザイン科の特待生なのに、と苦笑いもしちゃう。

 

 以前までの私は……アルバイトと勉強に追われて、自分の世界っていうのが狭かった。

 手の届く範囲でしか、物事を考えなかったし――それでいいとも、考えていたと思う、余裕がなかったっていうのももちろんある、金銭面でも、時間の話でも。

 

 絵里ちゃんに「すやぴしているところを助けられてから」人との交流範囲が広まった――今までの自分には戻れないほどに。

 スクールアイドルを始めたっていうのもそうだし――そんな私を見て、遥ちゃんもスクールアイドルを始め……今では東雲学院の中心メンバーなんだから恐れ入る。

 

 ちなみに東雲学院でコーチをしているのがeAstheArtのヒトだってのは、あまり知られていない。

 ツバサちゃんに言ったことがあるけど(遥ちゃんに言ってほしいと頼まれた)本当に取るに足らないことのように「そう」と言われて終わった。

 

 リーダーさんとしては、綺羅ツバサがコーチをしている虹ヶ咲学園には絶対に負けるな! の精神があるみたいだけど、今のところ学園のスクールアイドルが東雲学院に勝利するのは難しい。

 

 

 昼休みに「あ、そういえば、雨足が強くなるんだっけ」と、枕を片手に曇天の中を歩きながら朝のこと思い出す。

 ポツリと額に雨粒が当たって「これじゃすやぴどころじゃないな~」とお昼寝スポットの探索は諦めようと。

 

 その瞬間だった、ポツリどころか「ザー!!!!」と瞬きをする間に音が変わり、私は慌てて屋根がある場所に入る。

 「ごめんね~、今度また乾かすからね」と枕に話しかけつつ、教室に戻ろうとするのをやめた。

 

 大雨が降っているのにも関わらず飛び出していく生徒を見つけてしまったから。

 

 

「あれは……ランジュちゃん?」

 

 

 学科は違うけどエマちゃんとは学園に入る前から交流があり、スクールアイドルとしても一年生組では別格の才能を誇っている。

 

 ミアちゃん共々「国際交流科」ではないのは、勉強や学校で学べること以上に「普通の人間関係」および「大切なもの」を学ぶため、との目的があるらしい。

 

 虹ヶ咲学園の理事長先生が「あの子は昔から優秀で、なんでもできてしまう子だから」と、言っていた。

 ちなみにテイラーのおうちからも「学園に入ってから、娘が楽しそうで本当に良かった」と感謝のお手紙が届く……と、絵里ちゃんが言っていた。

 

 最初は理事長先生にお手紙が届いたそうなんだけど、ミアちゃんや理事長から「絢瀬絵里ってのに感謝してくれ」と伝言があり、そんなことをまるで知らなかった絵里ちゃんは唐突なお手紙(なお英語)に驚き、それでも人がいいものだから「学園ではミアちゃんはこんな風に過ごしてます」と、エアメールでやり取りしているそうだ。

 

 絵里ちゃんの思わぬ外国人要素に「キャラ作りかと思ってたな~」と感心したら、エマちゃんから「イタリア語も喋れる」ランジュちゃんから「中国語も行ける」と。

 クゥクゥちゃんにも「イントネーションがおかしな部分はありマスが」と、ネタにされた――ちなみに「全世界の人にライブをするために、全世界の言葉を覚えよう!」と酒の勢いで勉強したらしい、ツバサちゃんも頑張ったって言ってた。

 

 ――馬鹿じゃないの(褒め言葉)

 

「って、こんな雨じゃ、ランジュちゃんが風邪を引いちゃう!」

 

 慌てて外に飛び出すけど、雨足は強く、あっという間に全身がびしょびしょになる、それでも一生懸命走ってランジュちゃんの元にたどり着くと、彼女がどうして飛び出して行ったがすぐにわかった。

 

「……手伝う」

「謝謝」

 

 学園では植物も育てている……プランターの中で一生懸命咲いた花が、突然の強い雨で散ろうとしていた。

 

 ――昼休みでよかった、これがまた授業中だったら、教室の外に飛び出して行って、放課後反省文とか洒落にならない事態になる。

 

 こういうこと、絵里ちゃんがいた時にはちゃっかりやってたんだろうな――そんなことを考えている間に、ランジュちゃんが飛び出して行ったのに追いついた面々が「あああ!!!」みたいな声を上げて、咲いた花を避難させている。

 

 

 

「くしゅん!!!」

 

 可愛らしいくしゃみをしているのは、私でも、ランジュちゃんでも、はたまたプランターや雨に濡れたら困るものを避難させていたメンバーでもなく。

 

「ママは雨の中飛び出したわけでもないのに、どうして」

 

 と、心配そうな表情を浮かべたランジュちゃんが、自分のお母さんの頭をさすっている。

 

「人の上に立つっていうのはそういうことよ」

 

 熱が高いわけでもないけど、これから体調が悪化する場合もある。看病はあまり長い間続けられそうもない。

 だから余計な口を挟まないようにする、ランジュちゃんと、そのお母さんの交流の場だ。

 

 ……近江彼方がいるのは、ランジュちゃんを止めなかった責任追及の意味合いもある。

 

「こうして、理事長なんてやっているとね……わかっていても、放っておかなければいけないこともある」

「……」

「大人になると優先するべき事柄が……嫌でも生まれてきてね、それは立場だったり、考え方だったり、仕事だったり」

「ママ……」

「でも、あなたは、私の知らない間に……いや、私が教えられなかった、大切な何かを守るために、自分の身をなげうってでも、守ろうとする優しさを手に入れた」

 

 ちなみに理事長の体温は微熱程度だ――ツッコミを入れるのは野暮だから口には出さないけど「これから死んじゃうみたいじゃないか」と、言いたいのは山々だ。

 

「誰かのために配慮する気持ちや、優しさを大事になさい……というわけで、おやすみなさい」

「ママ……ちょっと楽しんでたでしょ」

 

 理事長は静かに寝息を立てている――寝たふりって、百も承知だったけど……ランジュちゃんと顔を見合わせながら。

 

「ん……配慮? 伝える……」

「どうしたの?」

「や……璃奈が気持ちを伝える方法が、分かりやすい形になればいいなって思って」

 

 確かに、理事長の回りくどさでは――想いを伝えるのって難しい。



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天王寺璃奈番外編 5

 璃奈ちゃんのファーストソロライブのため、たくさんの提案がなされた――取りまとめるのは、生徒会長を務める中川菜々でお送りしようとしたときでした。

 

 ちょっと顔を貸して、と梨子さんに呼びとめられ中川……現在音楽室にいます。

 

 ……や、生徒会の仕事を菜々モードで取り組もうとしたら「その仕事だったら私たちに任せてください」と恋さんや雪穂さん(オトノキ元生徒会長) と言われたら、優先するべきは璃奈さん一択になります。

 

 ツバサさんから「あなたはやるべきことをやりなさい」と絵里さん入院後に言われ「確かに、生徒会の引き継ぎ作業もあるし、栞子さんにバトンタッチをするのだからこちらを優先」 との考えがあったのは間違いありません。

 

 ですが、決して蔑ろにしていたわけではなく、 すでにどの提案が「どれくらいの予算」「どれくらいの規模」「そして何よりどんな反応を受けるか」の想定を情報処理学科を通じてまとめてあります。

 

 梨子さんから「仲間と生徒会はどっちが大事なんだァ?」と胸ぐらを掴み上げられた時、とっさに「こういうことをしておりまして」とパブロフの犬のように反応しました。

 

 

「……やっぱりあなたは、言葉が足りないよ」

 

 すごく残念そうな表情をされてしまい、かなり戸惑いました――今までなら「違うって言ってんだろ!」と膝蹴りが飛んでくるとか「大事にすべきものは、失いたくないものだろう!」とフライパンで殴りかかってくるのか――驚きました「そうじゃないんだよ」とばかりに、悲しい表情をされるだけで、あ、私は間違えたのだ、と今まで以上に痛感するのです。

 

 ……そして何より、今までの態度が「大切なものに気がつくためのただの前フリでしかなかった」と驚いているのです。

 

「ラプンツェルは知ってる?」

「え、ええ」

「星の王子さまは?」

 

 もう一度頷きます――夏休みの課題か何かで、もしかしたらなんとか読んだことがあるかもしれない、内容はさほどを把握してない。

  前者は確か……グリム童話、短編だったと思う。

 

 後者は…… サンテグジュペリの作品だったかな?

 

「いい、大切なものは目に見えない。結果や、残してきたもの……そんなものより、過程や努力が重要なの」

 

 彼女はピアノの前に座り、静かに演奏を始める――彼女のピアノっていうのは……なんだろう、寂しさが胸に残る感じがする。

 追い求めているものがいつまで経っても手に入らない悔しさ……そんな気持ちも入っている気がする。

 

「見えるものばかりを大切にしていると、見えないものを失ってしまうよ」

「え?」

 

 正直、何を言っているのかわかりません――生徒会長として、はたまたスクールアイドルとして結果は残してきたと思います。

 感謝の気持ちを抱くことによって、家族の理解も得ることができました――私にとって、感謝の気持ち、お礼の気持ち、ファンのために頑張る気持ち、全てが大切です――見えないものをないがしろにしているわけでは。ないのではないでしょうか。

 

「かのんちゃんが泣いた事情を聞いたよ」

「……あれは」

「わからないでしょ、絶対にあなたにはわからないよ」

 

 断言されました――わからないのは本当です、中川菜々を大事にしなくてはだめ、言葉の意味は分かります。

 でも私にとって、優木せつ菜っていうのは理想であり、憧れの姿――スクールアイドルとして手本となるようなスーパーアイドル。

 

 そんな、誰もが憧れるような存在に、大好きを全世界に広げられるような強い力を持つアイドルに。

 

「そう……あなたは、唯一無二になろうとしている、大好きを広げる、みんなが笑っていられる世界……絵里ちゃんも素敵ねって言うでしょうし、ツバサさんも頑張りなさいって……まあ、素直には言わないけど」

「そうですか」

 

 ちょっと嬉しく感じました、みんなから大好きテロとか、大好きな押し付けとか、散々な言われようをしているので、私の考え自体を否定されているのかと思いましたが。

 

「ねえ、優木せつ菜だけが出来る事って何かある?」

「それ、難しいですね? ステージでは他にも優れた人はたくさんいますし、先輩方にも凄いパフォーマンスをする」

「そうね、絵里ちゃんもすごいわ、千歌ちゃんも、曜ちゃんも……聖良さんも、理亞ちゃんもね」

 

 スクールアイドルとして現在も評判になる方々は――それはもうすごいです、動きも、コンビネーションも、楽曲も……太刀打ちできないかな、追いつけないかもしれないな、そんな風に考えることもあります。

 

「もう一つ聞く」

「はい」

「大好きって何?」

 

 じっと、睨みつけられるように問いかけられ、正直たじろぎました――そんなこと私が聴きたい、と答えを持ってない訳じゃなく。

 常日頃から「みんなが大好きなことをはっきり言えるように」「キラキラしてて、楽しくて素敵な世界」と、説明していたし、梨子さんにも聞いていただけだと思ったんですが。

 

 ……と、言い訳してもしょうがないので、もう一度、熱意を持って「こういうことです」と語らせていただきました。

 

「素敵ね、何度も聞いているけど……私は……ううん、千歌ちゃんも、絵里ちゃんも……きっと、スクールアイドルなら、同意してくれると思う」

「し、しずくさんなどには、色々言われる機会が多いんですが」

 

 梨子さんが名前を挙げてくださった「千歌さん」にも「それって自分の大好きを押し付けるってこと?」と、言われたことがある。

 

 あれは、素直に反応するのが嫌だっただけで、心の中では賛同していたということ? しずくさんも「大好きテロを止めてください」と言っていたけど……?

 

「私ね、すみれちゃんの提案も、ランジュちゃんの提案も、果林ちゃんの提案も却下するつもりなの、正直な話、まともな案は何一つなかった」

 

 すみれさんの「璃奈さんの気持ちをはっきり示せるよう、背後にアニメーションを流しつつ、その前でパフォーマンスをする」案。

 果林さんの「璃奈さんのステージ及び、背後にアニメーション……そして同好会のメンバーが目立たないところでパフォーマンスをし、編集後ネットに流す」案。

 ランジュさんの「分かりにくいのなら、分かりやすくしてしまえばいい、一つ一つの感情をイラストにして、一つ一つ解説する」案。

 

 

 どれも素晴らしくて、すごく迷うとしか言いようがなかったのに――梨子さんはまともではない、と断言した。

 

「その上で問いかける、優木せつ菜……あなたの大好きは、どこにある? それは、目に見えるものなの? 大好きな気持ちは……目に見えるものだというの?」

 

 大好きな気持ちは……口にしてもらわないと分からない。

 

「あなたは……目に見える形のゴールを目指そうとしている」

「……」

「それは、あなた自身が大好きを侮辱している証拠よ……いいえ、あなたの価値観でしか、大好きであるかそうでないか認められていない証拠……世の中にはね、長く生きられない人もいる、ベッドの上から起き上がれない人、両手両足がない人も……感情表現が苦手な人も」

 

「目に見える形を【大好きな世界】と表現するのは、一生懸命生きている人たちの最大の侮辱よ、見えないかもしれない、聞こえないかもしれない、話せないかもしれない、気持ちが伝えられないかもしれない……それでも、気持ちを持つことはできる、意思を大事にできる」

 

「あなたの理想は素晴らしい、心の底からそう思うわ、大好きを大切にできる世界……誰もが、大好きな気持ちを抱ける世界、でもね、あなたが「こういう世界が大好きな世界」と目に見える形で提示するのは違うの」

 

「璃奈ちゃんにどうか伝えてほしい、私が言っては、意味がない……今のあなたなら託せる。大切なのは、璃奈ちゃんがどうしたいか……どのようなステージにしたいか、どのような方法でキモチを伝えるのか」

 

「見えないからといって否定してはだめ、天王寺璃奈がキモチを伝えられる方法を模索しないと駄目、いいわね?」

 

 それ以降、問いかけたい言葉はいっぱいあったのですが、梨子さんは目を閉じてピアノの演奏を続けるままでした。

 

 ――託されたんだ、勇気を出せ、優木せつ菜! 私ができること、目に見えるものだけでは……ないこと。

 

 璃奈さんが伝えたいものを――第一に!

 

 



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天王寺璃奈番外編 6

 せつ菜さんがやって来たのは、愛さんに「どれがいい?」と問いかけられている時だった。

 取りまとめ役の大遅刻――忍者みたいな動きをしたしずくちゃんが「梨子さんに捕まってます」と、沈痛な面持ちで告げた時、同好会や競合する部のメンバーも「笑顔が素敵な子でした」と、祈りを捧げようとした。

 

 と、小ボケはともかくとして「生徒会の仕事もあるし」と、まとめ役の遅刻は「取るに足らない」「忙しいのはいつものこと」なんて、梨子さんに触れずに会議は進み、私の中でも――どれを選んでいいのか。

 

 愛さんの言葉通りに悩んでいました……悩んでいた最中に「みなさん!! おまたせしました!!!!」とドアの近くにいたミアちゃんがピクリと体を跳ね上げ「~~~~~」と、英語で何かを言ったけど、何を言ったか分かる「エマさん」「ランジュちゃん」のお二人は、キョロキョロと周囲を見回していた。

 

 ……うん、海未さんが近くにいないかどうか確認していたんだね? そんなひどいこと言ったんだね?

 

 天王寺璃奈の初ソロライブについては「私たちは介入しない」と、ニコさんから言われて作詞から暗礁に乗り上げた。

 

 誰かしらが「協力しないわけないじゃん~」と言うかと思いきや、本当に「協力しないわけじゃない」くらい。

 いくらかアドバイスをくれるだけで、ステージ場所の確保から、アナウンス、プログラム……今まで顧問の先生(コーチは鹿角理亞さん)にも「他の部の面倒を見るのに忙しいから」と、忙しそうに言われ、本当に生徒会及び同好会や部――学生一丸になって、ソロライブイベントをやる……のだけは決まった。

 

 

 「どれだけアタシたちが大人を頼っていたかよくわかった」と曇った表情で愛さんは言い、果林さんも「日頃から感謝が足りなかった」と、協力を得られなかった理由を推測したけど。

 私としては……そういう感じじゃない気がして、梨子さんにせつ菜さんが捕まったのも「何か理由があるんじゃないか」と疑っていた。

 

 だから。

 

「皆さんの提案は却下です!!!!」

 

 と、壇上から「立てよ国民! ジークジオン!」って、叫ぶみたいに、両足を広げて、天高く腕を突き上げたせつ菜さんに……我々は押し黙った、正直なんて言葉を発したらいいのかわからなかった。

 

 

 さすがに「どれかを選ぶ」は決定事項だろうと思っていた同好会や部のみんなは「梨子さんに捕まったせつ菜さん」を観て、何か指摘があるんだろうな、とは考えていた――果林さんとランジュちゃんも「どちらの案が選ばれるか勝負!」的に視線をぶつけていたし。

 

 

 ……なお、Liella!のみんなはこの場にはいない、恋ちゃんも「ここに来るのがクセになってました!?」と先導はしたは良いものの困り果て、雪穂さんに「生徒会長の何たるか」を教えてもらってるみたい。

 そりゃ、大人でもない限り他校の業務までは手が回らないよね、せつ菜さんはおそらく気づいてない。

 

 そして、気づいていたとしても、ここまでの全力疾走で全部抜け落ちてしまったに違いない。

 

「……尋ねたいんだけど」

「はい!!!!」

「理由を教えてちょうだい」

 

 提案者で一番年上だったのが果林さんなので、彼女も「まあまあ、話くらいは聞こうや」的な内心に怒りを含めてるみたいな、苦笑いを携えて静かに問いかける。

 

「言うことはできません!!!!」

 

 さっきから異様にテンションが高い――誰しもからネタだと言われている「調律」を受けた結果? 強化しすぎてしまった……?

 ケド、尋ねられたのをかわされた果林さんではなく、意外と手が速い彼方さんと、対話の前に一発殴ってからなしずくちゃんがシャドーボクシングを始めている。

 

 かすみちゃんもあからさまに唇を尖らせ、スクールアイドル部のみんなも「何言ってんだ」とばかりに表情を変えている。

 

 ……私はどうだろう? 愛さんは読み取ってくれるけど。

 

 だから反応が遅れた――愛さんが。

 せつ菜さんの発言に表情を曇らせた「気付いていたと言わんばかり」に。

 

「璃奈さんのやるソロライブの内容は、璃奈さんが決めなければ意味がありません!! どれが良いではありません! 何をやるかは璃奈さんが決めなければならないんです!!!」

 

 しずくちゃんとかすみちゃんが真っ先に反応を示した――二人同時に、がくりと膝を落とし「なんてこと……」と呟いて表情を曇らせ、エマさんも彼方さんも手で顔を覆っている。

 

 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の中で、スクールアイドル部を含めても、初ライブのコンセプト、及び、アナウンス、そして何より「何をやりたいか」を含めて、 最初から単独でやってのけたのは「優木せつ菜」ただひとりだった。

 

「……なんてことなの、スクールアイドルとして初めてやったライブを人任せにした部分があった」

 

 目を閉じて首を振る果林さんは本当に悔しそうで、私も……言葉すら出なかった。

 

「さあ、璃奈さん!! ここには、たくさんのソロライブ経験者がいますよ!!! ……せっかくの初めてです、璃奈さんがこだわり抜きましょうよ!!!」

 

 伸ばされる手、私はその手を受け取るしかなかった――こだわるしかなかった。

 

 そしてここに、侑さんと歩夢さんがいなかったのは「音楽科の編入試験に集中するため」そして何より、歩夢さんには侑さんがしきりに「歩夢がやりたいようにやりなよ」と声をかけていた。

 

 聞いていたはずなのに――でも私は、私はまだやり直せる。

 こだわってみせる――私だけのライブ、天王寺璃奈がファンに届けられる最高のライブ。

 

「ぜんぶやる」

 

 今まで「表情が読み取りづらいから怖い」と思って、一歩踏み出すことが出来なかった。

 

 でも、絵里さんがLiella!のために一生懸命になって倒れ、普段はあれだけ「ポンコツ」とか「前世がゴリラだったんでしょ」とか「アゴで使える便利な先輩」とネタにしている人たちが我先と病院に直行し、ことりさん以外は会えなかったものだから、みんながみんなやつれた表情で帰ってきて。

 

 凛さんが「後悔なんてしたくないのに」って、本気で嘆いてるのを見て「怖がってどうするんだ」って。

 

「案を全部取り入れる、ひとつだけなんて選べないから」

「大変ですよ? 素敵な案というのは、多くの苦労でできているんです――協力もありましたが、だいたい一人でやってた私は分かります」

「後悔したくない……あの時やっておけばよかった、あの時、こうしていればよかった、後悔をしたくない……絶対にしたくない」 

 

 しちゃうかもしれない、だって、後悔ってのは、 やった後にしかわからないから。

 

「みんなとツナガルためのライブは、みんなと作らなくちゃだめ……もっともっと頭を下げる、絵里さん以外の、皆さんにも、協力してもらう――最高のライブにする」

 

 こうして天王寺璃奈のソロライブは今までにないくらい豪華なメンバーで曲を作られ、参加もさせられ――

 

 

 後日に退院した絵里さんに「後悔が増えちゃったな」と、苦笑いして言われ。

 

「絵里さん、苦しい時も笑顔……璃奈ちゃんボード【にっこりん♪】」

「いいわね、私も絵里ちゃんボードでも作ろうかしら?」

 

 スケッチブックを渡してから「あ、絵里さんの腕前って画伯」と思い出した私は自分の行動に後悔したけど、サラサラと描き上げられた絵里ちゃんボードは素敵な笑顔だった。

 

「ボードの書き手としてクレジットしておいて」

 

 こんな素敵な絵を書いてもらって、内緒にしなきゃ――と思っていたんだけど、ツバサさんに「楽しそうね」と内心ウキウキだったのがバレ、 私の持っているスケッチブックには「ツバサちゃんボードにっこりん」等、たくさんのスクールアイドルの笑顔が描かれた。

 

 ダイヤさんに描いてもらった時に「お金に困ったら引き取りますわ」と冗談で言われ――

 

「とりあえずキャリーバッグに1兆円ほど詰めれば譲っていただけますよね?」

 

 ……冗談なんですよね?

 

 



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望まれた未来 望んだ未来

 虹ヶ咲学園では、現在、いたるところに選挙ポスターが貼られている。

 会長候補が二名いるだけではなく、副会長、書記、及び会計――候補者のバーゲンセール。

 

 なぜこんなことになっているのか、きっかけは中川菜々会長の壇上での言葉がきっかけだった。

 

 ――なお、自分がその場にいるのは「生徒の監視の目」で金髪が働かないようにの考えもあろうし、もしかしたら海未の言葉通り「その車椅子の上から立ち上がったら、即刻取り押さえて、あなたをカーリングのストーン代わりにして遊びますから」の目的もあるかもしれない。

 

 傷病者介助用に備え付けられている車椅子が、私が座ったがためにストーン代わりにされてはたまらない。

 理事長にも重々「外聞が悪いので車椅子で遊ばないように」と、忠告された――海未ではなく、なぜか私が。

 

「虹ヶ咲学園の皆さんおはようございます。生徒会長の中川菜々です――もうすぐ生徒会選挙も近いですが」

 

 と、あの子が放課後になるとスクールアイドルをやり、カラオケに行けばアニソンを歌い倒す――優木せつ菜が理想のアイドルの姿とか、素直になれる自分の姿とか、色々理由付けをしてるけど、目的の一つとして「日頃の鬱憤の解消」の目的もあろうな。

 カッコ悪いとか、人から観てよく思われなさそうだな、とか、羞恥心から表には出さないけど、正直何が悪いのか分からない。

 

 と、私の真ん中の考えを察したのか、鹿角聖良ちゃんは車輪の部分を軽く蹴飛ばす――扱いは丁重にお願いしたい、この車椅子は私よりも活躍の機会が多い。

 

 ちなみに聖良ちゃんが甲斐甲斐しいメイドさんのように、絢瀬絵里を介護しているのかといえば「ミルクちゃんが学園でパフォーマンスしたい」そうで。

 

 ツバサから「理事長の許可が下れば」と言われたのをいいことに、意気揚々と理事長に「ミルクちゃんのライブ」を提案したら「学生の健全な成長の阻害になるので」と「遠回しにドスケベだからやめてください」とそっけなく断られ、綱を引くように食い下がると「通報しますよ?」

 

 虹ヶ咲学園は国家権力とズブズブじゃないけど、自分の姿が思春期の学生に猥褻な感情を呼び起こすのは知っているので、通報されたらどうなるかミル……聖良ちゃんは気がついたらしい。

 

 アホな提案をした罰の名目で私の介護をやらされてる――ちなみに、車椅子に座る必要があるほどやつれてはいない。

 

 本調子ではないのは確かだけど。

 

「これから学園を……日本一……いや、世界一の学園にするために!!! 生徒会の人員をさらに募集……皆様の協力を私は望んでいます!!」

 

 多少、優木せつ菜が漏れてしまったけど、学生の歓声で「んなアホな」の聖良ちゃんの独り言は生徒に届かなかった。

 アホ、が、誰に向けられた言葉であるのかは一考の余地があるけど、中川菜々会長は「生徒会を増強し」「新しく誕生する三船栞子生徒会長」のために活動しようというのだ。

 

 ……日本一になるかもしれないし、はたまた世界一になるかもしれないけど、発言している当人が「口にした事実を全く信じていない」ので、ああいう絵空事を言えるんだろうな。

 

「でも、ああいうおためごかしの発言を信じてしまえるのが、若さなんじゃないの?」

「あえて訂正するつもりはありませんが、あの生徒会長候補は、どうやって選挙に落ちるつもりなんでしょうね?」

「人気も実力もある生徒会長が、信用を失墜させ、生徒達から総スカンされる討論でもやってのけてくれるんでしょう?」

「生徒会長なんて、人のやりたくないことをボランティアでやる筆頭ではありませんか、生徒会、生徒の自治の名のもとに、日夜無給で仕事に取り組む……それを一年やってこなし、未だにこうして歓声で迎えられる。

 正直、壇上での一回の討論で評価が覆されるなど、ご都合主義の小説でもない限り、ありえないのではないかと」

「事実は小説より奇なり、蓋を開けてみれば、そんな……ありえない結果が生まれるかもしれないわ」

 

 ちなみに書記の二人は「中川会長が来期も」とまだ諦めていないし、副会長さんは「生徒会業務にも髪を引かれますが、私は優木せつ菜ちゃんファンクラブの団長として邁進していかなければいけません」と選挙に出ない。

 

 それでも「日本一」とか「世界一」の学園にするため「我こそは」と名乗る生徒の多さ……すごいな、優木せつ菜ってのは、まるで高坂穂乃果みたいじゃないか。

 

 自覚がないってのを含めて、私はそう思う。

 

 



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自分が望んでいく未来

 ポスターに落書きが無いか校内を観て回っている――くまなくじゃない。

 品行方正な生徒が多く集う虹ヶ咲学園では、よく見たらわかるけど、よく見ないと分からない落書きをする子はいない。

 

「でもよかった、ライトの出番が無さそうで」

 

 憑き物が取れたみたいな笑顔でことりは語る――締め切りそっちのけで絢瀬絵里の動向を伺っていたせいで、世界中のセレブの方々から「コトリ・ミナミはどないしたんや」と突っつかれたらしく「うっせえ、うっせえ、うっせえわ!」と言いつつも、ここんところは缶詰になって仕事していた。

 

 本来ならポスターのおでこの部分とか鼻に画鋲でも突き刺さっていないか――でも、街中に貼られている選挙ポスターならともかく、生徒会選挙のポスターにイタズラなんてしない。

 と、東京に住み出した千歌ちゃんが語っていた――これで、Aqoursの二年生組が東京進出し、活動再開の噂――とか、週刊誌に書かれた。

 

 A-RISEもμ'sも基本的にほぼフルメンバーが都内に在住し、時折顔も合わせるというに、活動再開かと週刊誌で書かれないのは「だって全員30近いですし」

 

 危うく千砂都ちゃんがたこ焼きの具材にされかけたけど、昨今ではお魚の餌にしない限りDNA鑑定とかで人間を判別できるらしく、水産業が本業の黒澤家のご令嬢が「八つ裂きにしたら、すぐに国家権力に捕まってしまいます――」と、悲劇は未然に回避された。

 

 

「光を当てると浮かび上がる落書き……自己満足の領域じゃない?」

「人の顔に落書きするなんて自己満足だから、手間の差だよ」

 

 苦笑いをしながらことりが言い、それもそうだな、と私は頷く。

 

「さすがことり、かしこいのね?」

 

 上から目線で褒めてみると、意外と嬉しかったのかことりは「千砂都ちゃんを八つ裂きにして警察さんに捕まらなくて良かった♪」と、鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さで、とんでもない発言をしている……まあ、喜んでいるのなら余計なことは言わない。

 

「でもよかったの? 栞子ちゃんの誕生日が過ぎちゃったけど」

「体の調子を取り戻したら……や、結構取り戻しているとは思うけど?」

 

 完全復調ではない、とだけ強調しておく。

 前まで「車椅子の上でじっとしてろや」と心配されてたけど「オメーには車椅子もったいない」と、立ち上がって行動するのを許された。

 以前までの調子で仕事をされたら困るので、校内や寮内を巡る時には「誰かつけて歩け」と指令されてるけど。

 

「あのね、普通はね? 何日間も寝たきりだったら、調子を取り戻すのにもっと時間がかかるんだよ?」

「真姫にも言われたんだけど、いまいちピンとこないのよね?」

 

 果林ちゃんに亜里沙と将棋を教えている最中、真姫に「身体の調子は?」と問いかけられ「王様ってワープできないの?」と言ってた果林ちゃんを妹に任せ。

 医者の娘だけども声優を勤めている西木野真姫さんに「寝たきりの患者がリハビリによって調子を取り戻す日数」を事細かに指導された。

 

 

「でも、私……絵里ちゃんが倒れた翌日に顔を合わせた記憶があるんだけどな」

「夢でも見たんでしょう? 世界的なデザイナーの夢に出演できるなんて嬉しいわ」

 

 ちなみに真姫との二人きりでの会話はもう一つ意味があり、彼女には神様の介入が全部バレてる――どういう都合で? と、無粋なことを薫子さんは指摘したけど「知ってるから知ってるのよ?」と煙に巻かれて、私も助け舟を出さなかったから調査は暗礁に乗り上げた模様。

 

 まあ、色々と好き勝手神様がやっちゃったもので、各メンバーに記憶の齟齬的な物が発生しているけど、こうして校内をぶらりぶらりと回るついでに勘違いだったと訂正している。

 

 「神様がやりなさいよ」と私は言ったんだけど「この私に信用なんてものがあると思ってるの!」と胸を張られたら「あ、そうでしたね、すいません」と謝るしかない。

 

「それに、もしも私が翌日から退院できる状態だったら、亜里沙と花陽の将棋対決にべったりと張り付いて見ていたわ」

「はは、私も見たかった、アレ、ツバサさんに止められたんだ」

 

 将棋の言葉に「咎める」って間違いを指摘する手……緩手とか悪手を見逃さないって意味合いの言葉があるけど。

 

 将棋のことがよくわからないエマちゃんや果林ちゃんは「やけに駒音が高い時があるな~」くらいの認識だったけど、意味合いがわかるツバサは「亜里沙さんは友達を無くしてしまうわ」と語ってしまうくらいの「咎め」っぷり。

 

 全駒するまで許さないガールに変貌した妹は、どう考えても優勢だったのに「最善手を逃した」との理由で、あっけなく投了。

 

 そういう名人みたいなことしなくていいのよ。

 

「家族や……そうね、幼なじみとかだったらともかく、仕事を優先させてしまうのは仕方がないと思うけど?」

「絵里ちゃんは私や穂乃果ちゃんが、倒れた時に……全力で来てくれない?」

「それは花陽が悪いんじゃなくて、私の価値がそこまでではなかったのが悪いだけよ」

 

 私の発言にことりは足を止め、何かを決意したようにこちらを向き、真剣なまなざしを向け。

 

「私は……絵里ちゃんが倒れた時にね、いっぱい締め切りを抱えてた……これを破ったら、とんでもない数の人が困るってくらいの。曜ちゃんや月ちゃんには締め切りを破るのは金輪際やめてくれって」

「ええ、二人では殺されるんじゃないかってくらい怒られたわ」

 

 曜ちゃんがデザインに集中した関係上、月ちゃんが「店長代理」になってるのは知ってる――前に顔を合わせた時は、一店員として私の身なりを整えてくれた。

 

 スーパー立身出世ね! と、ごまかす暇もなく「お願いだから、もう二度と倒れないでください」と、叶えられるかどうかはともかく「約束できない」と笑いながら言うしかなかった。 

 

「凛ちゃんも仕事を放り投げて怒られたし、真姫ちゃんも翌日に収録があったのに行かなかったから怒られた、Aqoursはどうしても行けない一年生組や……私のフォローしてくれた曜ちゃんが来なかったくらいだよ? どうして絵里ちゃんはかよちゃんに甘いの?」

「私やニコは花陽に負い目がある……や、違う。実はね、花陽のフォローは希に一任しているの」

「は?」

 

 ニジガクやLiella!のみんなから「花陽さんと希さんはあんまりこっちに来ないですね」とネタにされていて、事情を知っている私とニコとしては「できればこっちに来ない事情まで感づかないで」と、内心ヒヤヒヤだった。

 

「できればね、こういう……μ'sが全員集合しなければならない事態は、回避したかったのよ」

「それでも、グループの仲間に何かあったら……」

「そうね、私としても、希には優先事項が間違ってると指摘してほしかったかな?」

 

 希はグループを9人にまとめた立役者だし、花陽もアイドルファンとして外から見た「μ's」の視点で観てくれる子。

 かつて9人いたグループがもう一度集合して活動する――それが今を歩む、スクールアイドルにどういう影響を及ぼすかを含めて、元スクールアイドルがどうあるべきか見ていてほしい。 

 

「私たちはもう高校を卒業したのよ? だからスクールアイドルμ'sではないの……でもね」

「ん?」

「考え方が変わった……ナイショよ?」

 

 今はこうして……集まれる機会があれば集まれるけど、いずれ、そうなれない瞬間が来る。

 その前に――最高のライブとかやってのけたら……

 

「でも、今のスクールアイドルに影響を与えたら嫌なんじゃないの?」

「いやぁ、そうなんだけどね……もしも、みんなとお別れすることになった時に、あのとき9人でライブができたのにやらなかったら……私は、地獄の底からだって化けて出る自信があるわ」

「…………奇遇だね?」

 

 ことりは長く沈黙を保っていたけど「絵里ちゃんが倒れて死ぬ可能性が高まったからなあ~?」と、反論できない言葉をつぶやく。

 

 



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心が躍り胸も踊る

「さて、と……魔王と打ち合わせも完了」

 

 薫子さんに対しての絵里の信用度と私に対する疑いから、みんなの記憶の齟齬に対するフォローを彼女は受け入れてくれたけど。

 私はゲーミングチェアに背中を預け天井を仰いだ……疑いって言葉は語弊があるか、何か事情を抱えているのを見通してあえて泳がせてくれている。

 

 が、絵里に対する記憶の執着は根強いのか、各人、一度は「そうだよね」と言ってくれても、不意に「あの時こうだったなぁ?」と、思い出してしまう。

 

「本当に罪深いわね……私はわかっていたのに、どうして放っておいてしまったのかしら?」

 

 ……正確には、私”も”だ。

 特にニコちゃんのダメージは深刻で、絵里の車椅子に釘付けは彼女の指示。

 「絶対にそんなことないって思ってたのよ!」ってニコちゃんの悲鳴じみた言葉を否定なんかできなかった。

 

 A-RISEのメンバーは意外にも……特にツバサさんは拍子抜けするくらい元気だ、表面的に装っているのかなとも考えたけど、びっくりするくらい通常運転だ。

 海未もそれにならって……まあ、多少、絵里がきちんとノってくれているから許されてる部分もあるけど。

 

「今日は……ことりのフォローか」

 

 いかんせん、ことりが忙しいものだから記憶に対する扱いも仕事を優先させてしまった。

 そんなことがわからなくなるくらい集中していたのだから、おそらく問題はない。

 

 それに……

 

「天才のくせに締め切り破りの常連じゃなかったない部分での信用、失ってしまったものね」

 

 デザイナーとして極めて高い評価を誇る彼女の立ち位置を不動のものにしているのが、きちんと締め切りは守る点。

 

 日本の有名な人には締め切り破りは追求の的だったけど、海外のセレブは一回で終わりだった。

 フォローが上手だったのではなく、文化の違いもあるんだと思う。クリスマスに子どもを一人にすることについて、日本と海外で受け取られ方が違うってエピソードもあるしね。

 

「……花陽のフォローもしないといけないか」

 

  エマや果林にはラブライブ公式サイトに動画をあげるから、とだまくらかし、優先順位の付け方を間違えるとこうなるって見本図を目に入れてもらった。

 ふたりは東雲・藤黄の2つの高校でも、結ヶ丘にも顔が利くので、こういう風にしましょう、って言葉が影響を与える。

 

「物事の優先順位のつけ方には気をつけましょう……って、結論になるかとかって話だけどね」

 

 二人の中で「将棋って面白い!」って感想で終わったら、ひとまず言葉をかけておくことにしましょう。

 

「しずくにも謝罪とフォローをしないと」

 

 「絵里さんが一人でお説教を受けるなんてかわいそうじゃないですか」と、あの時になぜわざわざ説教の席についてきたのか理由を教えてもらって――ああ、悪いことしたな、と、気が付かなかったものだから、普段よりも一〇〇倍増しで怒ってしまって。

 

「……さて、英梨々サンが帰ってくる頃合いかな」

 

 「なんか体を自由に利かなくなる装置とかないの?」と、絵里にいつもの通りに動かれたら困る私は「秋葉原のイベント早くやってよ~」と追求されるのにも飽きたのも手伝い提案。

 「その状態の絵里なら勝てる」と言ったら、彼女ときたら「そうね! 痛い目に遭わせるチャンスだわ!」見事なフラグの立てっぷりだった。

 

 いいところ引き分けどころか本調子ではないのに返り討ちに遭い「やっぱりこんな文明の星は滅ぼす!」と言いながらケンタッキーとモスバーガーを食べ、お腹がいっぱいになって満足したのか「滅亡は取りやめ」になったけど。

 

「今日もどうせ、一方的にフルボッコにされて帰るでしょ、ことりもいるし」

 

 むしろデートの邪魔をされたことりが「二度と口を開けないように糸で縛り付けてあげようか?」とか言って地球滅亡の原因を作ったりしないよね? と不安にもなるけど……。

 

「この前はケンタッキーとモスにしたから……ピザーラにするかな……地球のデリバリー文化、宇宙人から見ると驚きみたいだし」 

「ただいま~♪」

 

 帰ってきた宇宙の帝王(疑わしい)は鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さで、はたまたいいことでもあったみたいな笑顔でもあり。

 あまりの恐怖に震えて笑みを浮かべるしかなかった――ではなさそうだから、事情を尋ねてみた。

 

「どうしたの? 何かいいことでもあった?」

「そうなのよ! 聞いて! ついにμ'sが9人揃うかもしれないの!」

 

 9人が集まる機会を避けている――のは、なんかの都合でやってるんだろうな、とは考えていて、英梨々サンが「じゃあその都合を排除すればいいじゃない」と言ったけど「強制的に何とかしようとすると、どうにもならない事態になるわ」と。

 

 人生訓でもある、他人の都合まで何とかして自分の願望を叶えようとすると、とんでもない目に遭ってしまう――因果応報ってやつかな。

 

 人気があったのに業界でいつのまにか仕事がなくなっている人もたいていこれ、長い間人気があるのはすごくいい人ばっかり(仕事面では)

 

「私ね、真姫が絵里の身体の自由をうまく行かせないって、考えたの、バカなんじゃないかなって思ったんだけど」

「うん」

 

 承知している。仕事をさせないためって、完全に自己満足でしかない、バカのやることだ。

 それでも悲鳴じみた言葉を上げるニコちゃんを見ていられなくなったし、凛も花陽もかなりダメージを受けてる――二年生組は人生経験がかなり豊富だから、表面上は平気そうに見えるけど……。

 

 希についてはあえて触れない、そこは絵里がきちんと忠告してくれると思う。

 

「私はあなただから、花陽の面倒を見るのを任せたのよ!?」

 

 ってニコちゃんにも怒られていたし――や、なんで私が知っているのかは、知っているから知っているということで。 

 

「絵里やニコが9人揃っての活動を避けている理由の排除の為だったのね! すごいわ!」

「……話が繋がらないのだけど」

 

 μ'sが現在のスクールアイドルに影響与える……のは、目の前にいる宇宙の帝王さんにも多少問題がある。

 いわばSDSを披露するイベントを彼女が望んでるわけで、μ'sが再び活躍する機会が訪れねば、あの時のことを英梨々サンの望み通りにやらなければいけない。

 

 自分たちがプロではなくスクールアイドルだったからこそ面倒を見てくれる大人がいたけれども、今はそうではない、面倒な処理を全部人任せにはできない――それこそ絵里が放っておくわけがないし、僭越ながら自分も手伝うつもりだ、ニコちゃんも協力してくれるはず。

 

 現実的な都合で「もうあの時のようにμ'sが揃って大きなイベントをするのは無理」なんだけども……。 

 

「絵里がね! 体が動くうちにμ'sのみんなで集まって大きなイベントをやるのもいいかなって!」

「……え? あ、ニコちゃんは?」

「その姿を見たら、すごく元気になっちゃって! 信じられないわ、リア? だっけ、そいつも自分も頑張らなきゃ! とか」

 

 ――このまま時間も流れすぎて、あの頃はよかったねと、結論付け、後悔を携えながら生きていくのかと思っていたのに。

 

 今の私はドキドキしている、問題はいっぱいあるし、何とかするためには努力がたくさん必要だ――もちろん、現役のスクールアイドルに与える影響もたくさんある。

 

「む、無理なはずなのに……都合なんてつかないと思うのに、踊っている未来の自分が見えるわ……」 



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ゆいがおーのがおがおー

 リハビリがてらに結ヶ丘女子高等学校まで歩くことにした――十月の日差しは真夏に比べて幾分か和らいで、しかし歩いていると少しだけ汗ばむ季節でもある。

 スポーツの秋、体育の日もあるしね? 東京オリンピックも過去には行われたし。ブルーインパルスが作り上げる五輪のマークが感動的だった、とおばあちゃまも言っていた。

 

 ある日を境に体調面の回復が目立ち「英玲奈に五寸釘でも刺されていた」「誰かがラストエリクサーでも使った」と、話題の種になるけど、真実は闇の中なので詳しくは分からないとしておこうか。

 

 公共交通機関であるとか、自転車であるとか、文明の利器を使用すればいいのにと思われるかもしれないけど、今日は歩いて行きたい気分。

 

 それらを扱えないゴリラだからではない、天井からぶら下がるバナナを取れない知能しかないからじゃない――一応、オトノキはクロマティ高校よりも偏差値が高い、引き算ができれば入学できる高校ではない。

 

 ちなみに7の段が出来なかった聖良ちゃんはスポーツ推薦――別にスポーツで邁進しようとか、彼女が望んだわけではなく、学校側から「スポーツ推薦ということで入学してください」と頼まれた。

 

 彼女単独でスクールアイドルとして活躍しつつ(ラブライブに出場する気はなかった)運動系の部活に助っ人で参加してはレギュラークラスの活躍をするので、三年生になって「スクールアイドルに集中します」となった時には才能を惜しまれていた。

 

 ダイヤちゃんとしても「運動系の部活で名前を残している鹿角聖良」は過去から認識していたらしい。

 千歌ちゃんがAqoursを結成し、私たちと出会いスクールアイドルの知識を深め、同年代にSaintSnowとかいう別格の存在がいることを知り、ダイヤちゃんは「ラブライブの優勝は無理」と首を振っていた。

 

 聖良ちゃんが単独でラブライブに出場していなかったのは、姉妹で優勝しなければ意味がないとの目的のため――だけど、それが理亞ちゃんのプレッシャーとなり思わぬ失敗に繋がった。

 

 「うまくいきませんね」と聖良ちゃんはお酒を飲みつつ苦笑いしながら後年に言うけれども「私としては北海道旅行に行けたからいいわ」と……あんまりフォローになってないな?

 

 各部活で類稀なる才能を放っていた聖良ちゃんがスクールアイドルに集中し、その妹のミスで北海道予選に敗退したって事実は函館聖泉女子高等学院の生徒から不評を買った。

 

 ダイヤちゃんを経由してそのことを知った私は「ちょっと北海道旅行に行ってくるからお土産に何がいい?」と妹に尋ね「か、カニ!」 と言われたから「分かった」

 

 ――ちなみに、その時に購入した北海道のカニはオトノキのスクールアイドル達の「東京予選突破記念パーティー」に活用された。

 

 奇しくも北海道予選を突破したスクールアイドルに亜里沙たちは敗戦したので、ラブライブ出場の前にご当地のものを食べるとその相手に負けるとのジンクスが今でもあるとか。

 

 ともあれ一人で行くつもりが本来は忙しいはずのツバサに「北海道旅行に行くんですって? オフだから付き合ってあげるわ」と言われ、金銭面ではダイヤちゃんの工面がなくても平気な状況にはなった。

 

 行ってみれば生徒を納得させる手段が「SaintSnowが優れてなかったから予選敗退した」とするしかなく、随分上から目線で指摘もさせてもらい、理亞ちゃんからはかなり恨まれてたはずなんだけど……や、指摘もそうだし、「函館聖泉女子高等学院がラブライブで優勝すればいいんでしょう!」と啖呵を切ったのもあるし……。

 

 当時の自分の行動を思い出すと「これが若さか」とシャアみたいなことを言いたくもなる。

 

「スクールアイドルが他の部活よりも劣っている……などと言われれば、じゃあ、全国ナンバーワンになって証明してみせればいい……理亞は発破をかけないと頑張れない子なんですよね」

「あの時は、理亞ちゃんが足を引っ張っていたって言われていて、ついカッとなってしまって」

「SaintSnowが……いえ、理亞が足を引っ張ったというのは事実ではありませんし、怒るのは当然です。かばいきれなかった私が悪いのです」

 

 ちなみにラブライブに個人で出場して優勝してみせたのは鹿角理亞しかおらず、今でも当校には「鹿角理亞ちゃんみたいになりたい!」との理由で入学希望者が押し寄せてくるとか。

 

 などと、もう一度μ'sで集まって頑張ってみよう! とみんなの前で宣言してからの日々を思い出しつつ、結ヶ丘までの道のりがあと数十分くらいになり。

 

「あらあら~?」

 

 見られている――お知り合いだっただろうか、年齢は若い、もしかしたら自分と歳が変わらないかもしれない。

 でも、佇まいは年上……落ち着いた感じ、黒髪が長く、スタイルも良く、育ちがいい感じがする? お嬢様……ああ、深窓の令嬢ぽい感じかな?

 

 でも黒髪が長く、深窓の令嬢な知り合いは該当者はいるけど、顔を合わせたことすら忘れるほど疎遠の関係になった人はいないハズ?

 

 でも誰かに似ている……この雰囲気もそうだし、穏やかでおしとやかで、笑顔の可愛らしい……。

 

「あなたはもしかして、娘の言っていた絢瀬絵里ちゃんかしら?」

「娘? ……ああ!?」

 

 顔を合わせて両親トークってしないけど、恋ちゃんはよく「母親に困らされた話」をテレビ番組でサイコロを振ったわけでもないのに長々と話す。

 困ったと言っている割には「すごく楽しそう」で「その話は前にも聞いたことがあるな~」と思っても、本当に大好きなんだな、と頭に浮かぶので無粋なことは言わない。

 

「先日はどうもご迷惑をおかけしました」

「いえ、学校創立おめでとうございます。ご苦労も多かったと思いますが、これからも結ヶ丘女子高等学校が続いていることを望みます」

「ふふ、音楽科と普通科が手を取り合える下地ができました、あなたのおかげです」

「いえいえ……でも無理をしちゃいけませんよ? 私みたいに倒れて周囲に心配をかけてはいけません」

「あらあら~? 年下の子に心配されるほど、私はお年寄りじゃありませんよ~?」

 

 葉月花さん――結ヶ丘女子高等学校の創立に携わり、多くの人の協力を得て……多かったものだから変な人もいたけど。

 

 神宮音楽学校は結ヶ丘女子高等学校として新たに羽ばたこうとしている――初めての学校祭がちょうどニジガクの選挙の後に行われるそう。

 

「今日は、娘の顔を見に……ではなく、実は学校のマスコットキャラを募集してて、生徒会長に直接見せに行こうと思って」

「学校のマスコットキャラですか……そっか、創立一年目だからそういうのも考えるんだ」

 

 私が学生の時代には考えられないな……と思いつつも、これから学校を有名にするために親子で頑張ってるんだなって姿には、嫉妬と羨望が入り混じった感情が浮かぶ。

 

「……これは?」

「ゆいがおーです」

「ゆいがおー」

 

 がおーっていうことは……恐竜をモチーフにしてるんだ、ちょっと白くてユーモラス、マスコット……うん。

 

「いいんじゃないですか? 私は、イラストには明るくないので」

「そう? ちょっと不採用みたいな顔してるよ~?」

「いいえ、まったくこれっぽっちもそんなことはありません」

「うん~、だったら採用してもらえるように絵里ちゃんには頑張ってもらおうかな?」

「はい?」

 

 生徒会長の親が頼んだら半強制的にそれになっちゃうから、あくまで一般公募から……

 

「恋ちゃんによろしく言っておいてね?」

「いいんですか?」

「家に帰れば、恋ちゃんとは会えるもの、その時にまた構ってもらおうかな」

「娘さんに怒られても私の責任ではないですからね?」

 

 「あらら残念~」とこちらに背を向けて歩いていく花さんを眺めながら、

 

「アレで昔、私たちみたいなことをやってたっていうんだから……想像できないな、映像とか残ってないかな?」

 

 ちなみに神宮音楽学校の学校アイドル部は高校の歴史を延命させるほどの活躍を見せ、UTXの芸能科設立とスクールアイドルA-RISE結成のきっかけとなった――

 

 UTXの活躍を見た穂乃果がスクールアイドルμ'sを結成したため、オトノキに入学希望者が集い、神宮音楽学校は幕を閉じることになる。 

 

 当時の音楽学校にスクールアイドルがいたら……もしかしたら歴史も変わっていたのかな。

 学校アイドル部が廃校が決まりかけていた音楽学校を延命させたのが気に食わなくて、スクールアイドルを許さなかったのが……

 

「本当に嫌な大人ね……」

 

 機嫌が悪くなりそうになったけど、結女のマスコットキャラの笑顔を観て笑わなきゃなって思った。



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A-RISEのリーダーがここまでヘタレだとは……

 統堂英玲奈にこれでも飲め、とばかりに差し出されたのがバナナセーキだった。

 突然の呼び出しに「はて、A-RISE再結成のご相談かな?」の期待があったのは隠さない。

 絵里相手には「ささくれができたので痛い」レベルの用事でも呼び出す英玲奈だけど、綺羅ツバサに陳情がある時には自身が来訪するから、御自ら呼び出しをするに期待をするのも無理からぬこと。

 

「この私を呼び出すんだから、呼び出すレベルの用事があったんでしょうね?」

 

 期待半分、不安半分のセリフだった――これが英玲奈やあんじゅの場合「商店街のくじ引きでティッシュが当たったから憂さ晴らしを手伝え」でも呼び出す可能性がある。

 絵里がそんな些細な用事で呼び出したならば「よし、地獄に落ちる準備はいいな?」で、顔面にローリングソバット喰らわせる自信がある。

 

 たとえエマさんが近くにいても「しょうがないよね」と匙を投げ出すに違いない――まあ、絵里はそんな用事で呼び出さないけど。

 

「友人なのに理由がなければ呼び出してはいけないのか?」

「……意外ね? あなたの価値観って、妹とそれ以外くらいしか無いんだと思っていたわ」

「大事なものに関してはそうだな、妹レベルかそうでないかの違いだ」

 

 冗談まじりに言ってみたら、彼女に思いのほかな真剣な口調で咎められ、こちらは意味も無く差し出された飲み物を飲んだ。

 甘ったるい、別に甘いものは苦手じゃないけど、牛乳の代わりに練乳をぶち込みましたぐらいの糖度だ。

 

 正直な話、休日に健康ランドに行くレベルの大したことない内容だと思ってたけど、本当に呼び出してまで何か言いたいことがあったみたいね。

 

「元気そうだな?」

「おかげさまで、絵里よりは元気だと思うわ」

「意外だな、私が元気づけるまではなさそうだ」

「私がへこんでいる時に元気づけてくれたことなんかあった?」

「お前は何でも一人でやってしまう女だよ、つまらん」

 

 結ヶ丘女子高等学校に誕生したスクールアイドル存続のために一生懸命になった結果、年齢に見合わぬレベルで頑張りすぎたがために、長期間の入院を要した。

 

 一度は意識を取り戻してことりさんと会話をしたような……気がするし、一生懸命駆け込んでみたはいいものの退院が決定するまで顔を合わせなかった気もする。

 

 些細なことだ、どちらにせよ結女にスクールアイドルが存続し、部には新しいライバルが増えた。 

 

「いいのか?」

「……言いたいことははっきりと明確に言いなさい、ニュータイプでもない限り、言葉にしなければ相手には伝わらないわ」

「把握している人間の言うことか」

 

 英玲奈が言いたいことは理解している、何を言うかまではわからないけど。

 このままでいいのか、と。

 

 スクールアイドル部の現状が、ではあるまい。

 ではμ'sや切磋琢磨を続けてきた元スクールアイドルが、でもない。

 

 絢瀬絵里と綺羅ツバサとの関係がである。

 

「お前は昔、自分と対等になれるヤツとしか見ていなかったはずだ、どうして恋愛感情を抱いた」

「なに、ここ修学旅行の部屋なの? UTXの修学旅行は海外だったわね?」

「話をそらすんじゃない」

 

 飲み物を口に含む――相変わらず甘い、甘すぎてしょうがない。

 やっぱりこれ牛乳の代わりに練乳が入ってるんじゃないの? 糖度の高さが果物に求められがちだけど、高すぎて砂糖をかじってるような気分だわ。

 

「……A-RISEに憧れて、UTXの入学希望者が増えたのは知ってるでしょ?」

「そうだな、ヒナを見限ってから入学希望者は右肩下がりだ」

「それもある……や、UTXに限ってはそうなのかな?」

 

 スクールアイドル全盛時代――自分達も貢献していると思うし、絵里や穂乃果さんが褒めてくれるほど、全てがそうとは言わない。

 

 スクールアイドルといったらUTXの価値観が鹿角理亞っていう一人の女の子に覆された。

 自分だってできるかどうかわからないレベルの偉業、ラブライブに個人で優勝を果たす。

 第一回目のラブライブ予選なら東京代表にも一人でなれたかもしれないけど、二回目にはμ'sか……もっと前に敗戦したと思うし。

 

 理亞さんにとって幸運だったのがAqoursの頃には予算の関係上、ラブライブが一年に一回になったってこと。

 ……や、UTXがヒナに恩を仇で返すような所業をしなければ、一年に二回のままだったかもしれないけど。

 

「私は……スクールアイドルに憧れるんだったら、A-RISEに憧れるんだって思っていたし、その自負もあったわ、それだけのことをしてきたと思っている」

「何を当たり前の事を言っている? 数が減っただけだ」

 

 そう、数が減った、ナンバーワンではなくなったっていうのが、私はとても許せなかった――その上、もうスクールアイドルではないからその評価は覆せそうにもない。

 

「……どうして私が、絵里に執着していたか知らないでしょう?」

「自分と対等になれるやつだからじゃないのか?」

「それだけなら、あなたもあんじゅも含まれるわ。あまり自分のことを謙遜しないでくれる? よく思っている私が恥ずかしい」

「……すまないな」

 

 スクールアイドルといったらUTX――もちろん、その評価は理亞さんが出てくるまで覆されなかったけど、もっと前からUTXの入学希望者は微増に留まっていた。

 A-RISEが卒業したからとお偉いさんは考えていたようだけど、多くのCMと広告で「微増」を保っていたに過ぎない。

 

 μ'sに憧れる生徒は――まあ、そこそこいる。雪穂さんや亜里沙さんに憧れる人も、以降にオトノキで結構いいところまで行く人にも……UTXよりもオトノキの世代交代は順調に進んでいる。

 

 ニコさんの弟さんが入学してUTXは盛り返す兆しが出てきてるけど、あのグループでラブライブの優勝は出来ない。

 

「許せなかったわ、A-RISEは三年間一生懸命頑張ったのに、ポッと出のμ'sがスクールアイドルといえば、と称されることが」

「お前は意外とひがみ根性があるな」

「知ってる」

 

 人様から言われるほど優等生はやっていないつもり、心の中では意外と嫌な事も考えている。

  

「さらには、単独でラブライブ優勝ですって? ……正直ね、自分のやってきたことは何だったんだ、って思った」

「SaintSnowがいた高校には、まだ入学希望者が押し寄せてくるそうだな、結構なことだ」

 

 甘いバナナセーキのおかわりが来た、頼んでもないのに来たのは、マスターからのサービスらしい。

 どこの世界にサングラスをつけてスーツを羽織って腕を組みながら接客に赴く人間がいるのよ、もうちょっと巧妙に化けなさいよ。

 

 絵里のときはちゃんと女の子の店員がいたって聞いたわよ? ダイヤさん手を抜いてるんじゃないの?

 

「一人で酒を飲んでた、函館の高校に入学希望者が殺到してるって聞いてから、いてもたってもいられなくなった」

「そうだな……私は正直、その時にA-RISEは解散するべきだろうなと思っていたよ」

「活動休止よ……間違えないでちょうだい」

 

 ホテルの一室にお酒を大量に持ち込んで、アテをつけるでもなく、とにかく飲んでいるその時だった。

 

「ほら、ホテルの上階って自殺防止だか何だか知らないけど、開けられないようになってるじゃない」

「そうだな」

「外から開けて入ってきたのよ、絵里が」

 

 英玲奈が怪訝そうな表情をするけど嘘は言ってない、嘘みたいな出来事なのは百も承知だ。

 ホテルを巻き込んでのドッキリも考えたし、カメラがどこかにないかも探して――絵里は一緒に探してくれた、オマエのせいじゃないかとツッコむ余裕もなかった。  

 

「寂しそうにしてると思って……バカじゃないの?」

「あいつはやっぱり人間をやめているな、そういうエピソードが枚挙にいとまないんだが……」

 

 ことりさんが海外で困ったことになっていると聞きつけた時も「わかった、ちょっと行ってくる」と飛び出していったし、真姫さんに泣きつかれた時も「わかった、やってみる!」と言うし。

 

 ニコさんは知らないけど、UTXに彼女が講師として呼ばれたのは、私と絵里で「もしも彼女が芸能界を引退する機会があったらよろしくお願いします」と頭を下げた結果……だと思うし。

 

「その時にね、思い切って言ってみたわ。A-RISEって……綺羅ツバサってなんだったのかなって」

「言いたくなければ構わないが……何と言った?」

「ナンバーワンだって」

 

  英玲奈もあんじゅも一緒のA-RISEがやっぱりナンバーワンにふさわしいと思う。

 

「あなたたちはナンバーワンで唯一無二、ただ一人の替えのない存在、そしてA-RISEはラブライブの歴史の中で一番最初に記される……私たちやAqoursやSaintSnowの名前がなくなったとしても、A-RISEは始祖として残り続ける……羨ましい」

「ハハっ、バカなことを言う女だ……そうか……私たちが羨ましいか……アホなやつだ」

 

 前置きがちょっと長かったけど、絵里から「羨ましい」と言われた瞬間に「私は馬鹿なことを考えてた」と気がついた。

 

「それで、羨ましいと言われた瞬間に、あーこのひとちゅきーに、なったわけか単純な女だな」

「悪い?」

「いいんじゃないか、少なくとも……私らに言えない言葉だ……それで、綺羅ツバサに関しては?」

「……言わなくちゃだめ?」

「いや、もちろん、言いたくなければ構わないぞ、思い出にしたいこともあるだろう?」

 

  英玲奈は何か誤解をしている――や、その想定はないって、話なのか。

 

「……あなたが一生隣にいてくれれば、人生で飽きが来なくて済むわね」

「おい」

「……答えは待って欲しいって言っちゃった」

 

 英玲奈は私の飲んでいた飲み物をひったくり、グビグビと勢いよく飲みをしてから。

 

「甘すぎるわ!!!!」

 

 ――ええ、絵里が未だに答えを待ってくれているのも含めて、つくづく甘い女だと思う。

 

 

 絵里が退院してから落ち着いたように見えるのは……こういった事情もあるのかもしれない。

 相手の告白を受けようかどうしようか迷っていたら、その相手が生死の淵をさまよい、へたをしたら一生そばにいられなくなることにも。

 

 だから、退路は断たれた……だって、へたをしたらそばにいられなくなるかもしれないんだもの、だったら覚悟を決めるしかない。

 

 ――英玲奈に呼び出された時には、そう、決意していたんだけども。

 

「あー、やっぱり好きすぎて口にするのが怖いわ……」

 

 絶対オーケーくれると思うと余裕も出てくる――穂乃果さんから「余裕がありませんか?」と言われるのも、その辺りから来てる。

 

 でも口にするのは怖い、何かイベントでもあれば……。

 

 



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鹿角理亞は急いては事をし損じる

 正直な話、絵里さんやツバサさんの語られる失敗談は、自分ほどではないと思う。

 

 例えば、野球選手が160キロ越えの速球を打ち損じてファールにするのは失敗かそうではないか。

 

 ツバサさんが「バッセン行こうぜ!」と、絵里さんを中心に運動が得意な面々を集め「どうせなら一番速い球を打とう!」となったイベントがある。

 

 軽く人間をやめている二人がトスバッティングするみたいに打つんだろうな、と思いつつも「空振りするのが怖いんでしょ」と煽られ、スクールアイドル部の指導があったのにすっぽかし、ニコさんから「社会人になんだから考えなさい」とめちゃくちゃ怒られた。

 

 「はい、申し訳ありません、二度とやりません」と言ったら「ツバサさんの用事だったらそっちを優先するのが当たり前でしょ! 一言断ってから行きなさい!」と、微妙に釈然としない想いを抱きつつ、内心を悟られないように気をつけていたら「あなたは顔に出やすいわね」と、一目で不満を見抜かれた。

 

 ……このイベントでは、ニコさんの語るとおり「一言断ってから行けば良かったのか」「スクールアイドル部の指導を中心にすべきだったのか」「ツッコミどころがありませんか? と指摘をするべきだったのか」未だに判断がつかない――が、それは本題ではないので、ひとまずスルー。

 

「速い……」

 

 真昼間だったので、平日に仕事が休日な男性がちらほらと見える程度で、わいわいがやがやとおしゃべりしながら入った我々はさぞかしふざけて見えた――に、違いなく。

 

 小さいくせに偉そうなA-RISEのリーダーが「一番速いのはどこですか?」と営業スマイルで聞き出したら、アルバイトと思しき店員は実に嫌そうな顔をして、アチラです、と指を指した。

 

 が、この手の対応に手馴れているのか、ツバサさんはひとつも気分を害した様子もなく、海未さんもこめかみの辺りに青筋を立てながら微笑み、曜さんも「ストレス解消に行くでありますよ」と、エアボクシングで対応した――今まで、あまり表情を変えることがなかった彼女がはっきり感情を出すようになったのは、デザインに集中するようになったからかな。

 

 ともあれ、絵里さんが「とりあえず見てこい」と言われ、ヘルメットをかぶり、バットを構え180キロを体感することに。

 

 感想は、上記の通り「速い」の一言しかなく、 ピッチャーの映像が流れる画面があるところから「ガコン!!」と大きな音が聞こえた瞬間に、絵里さんの後ろの金属部分にボールが当たった。

 

「へえ」

 

 絵里さんが何かを言ったのか分かったけど、私の耳に入ったのはツバサさんの感心するような囁きだった。

 あまりの速さにたじろいだ様子の海未さんは「手を怪我するといけません、レベルを落としましょう」と曜さんを誘って、120キロのゲージに入って行った――

 

 120キロをかっこんかっこんゴルフの打ちっ放しをするみたいに遠くへ飛ばし、曜さんはその後に140キロに挑戦、二人してギャラリーを集めて盛り上がってた。

 

 誰一人我々の近くに寄って来なかったのは、無理からぬことだと思う。

 詳細は以下に記す……私にとっては恥ずかしいエピソードではあるんだけど。

 

 二球目のボールをバットを微動だにさせずに見送り、三球目をバットに当てた、後ろの金属がガシャン! と先ほどよりも大きな音を立てて、遠くのギャラリーから「オォォォ!」どよめきが起こる。

 

 近づいてはこないけど見られているのは知っていた「アレ、綺羅ツバサじゃね?」「本物よりちっちゃくね?」と、会話をしていた二人組は死んだなって勝手に思ってるけど。

 

 十球のうち前に飛ばせたのは最後の一球だけで、実に不満ありありな表情を浮かべたまま「まあ、上々」とつぶやく、声には怒気が含まれていて、お手洗いに行きたくなった。

 この時素直にお手洗いに行っておけば、後々、あの三人の中では自分が一番出来が悪い、と自覚せずに済んだのに。

 

「……へぇ」

 

 ツバサさんは初球から当てた、素振りの時点で「あの人って元アイドルなんだよな?」と、スカウトも惚れ惚れしそうな速さのスイングだった。

 

 ケド、私が耳にした絵里さんの小さな声が底冷えするような恐ろしさで、明らかに悔しがっているのがわかった――「やっぱりアレ綺羅ツバサじゃねえよ」「そうだな」と言っていた二人組の気持ちは痛いほどよくわかる。

 

 が、前に打球が飛んでいかない、空振りをしない時点でおかしいんだけど、 六球目くらいから絵里さんが楽しそうになってきた、ツバサさんに焦りの表情も見えた。

 

 九球目に打球が前に飛び、最後にバントを決め「前に打球が飛んだ回数は私の勝ちね!」と、胸を張る、トップアイドルとは思えないずるっこだけど、絵里さんは「私の負け」と素直に賞賛していた。

 

 ……正直な話「うわぁ、セコいな!」と思ったし、アレでいいなら、私も三回くらいバントすればいいんだよな、と。

 

 そんな余裕は素振りを何回かして、よし、と思った瞬間にボールが通り過ぎて崩壊した。

 

「あ?」

 

 人生の中で弾丸が自分の横を通り過ぎた経験はないけど、似てるのかなって思った。

 かすっただけでどよめきが起こるんだ、コレは、それくらい当てるのが難しいってコト。

 

 こんなのを絵里さんが打っている間にタイミングを計り、初球からかすったツバサさんは人間をやめている。

 前に飛ばすだけでもおかしい、加えてバントをきちんと決めるのだっておかしい――私がやったら、バントをする姿勢のまま、ガシャン! って金属が大きな音を立てるだけ。

 

 目をつぶって振ったら一球くらい当たらないかな、と、十回振ったけどかすりもしなかった、恨めしそうに地面に転がった球をにらみつけることしかできなかった。

 

「まあ、鹿角理亞ならこんなものよね」

 

 と、ツバサさんに言われ、

 負け惜しみで「ゴリラだから前に飛ばせるんじゃないですか?」と返答――そんなイベントを、絵里さんが倒れてから無気力になり、仕事も放棄して昼寝ばっかり繰り返してたある日――絵里さんが退院してことりさんと学園の選挙活動の様子を見に行った日に思い出した。

 

「アレは……もしかして期待していたの?」

 

 私ならやってくれるんじゃないか、海未さんや曜さん相手には「怪我しないように」と声をかけていたし。

 素直な言葉じゃない、耳に入れて簡単に理解できる言葉じゃない、それでも取るに足らない相手なら「そんなものよね」の発言すら出てこない。

 

 そうだ――少なくとも、μ'sのメンバーで「そんなものよね」「それくらいよね」と煽るのは絵里さん相手だけで、他の人をそんなふうに言っているのは聞いたことがない。

 

「何やってるんだ私は! やらなきゃ! 失敗すらできないじゃないか!」

 

 布団から飛び出し――髪の毛を整え、荒れていた部分は化粧でカバー、服装を整え、それなりに見える格好をする。

 人から見られた時にどう感じるかを意識するのは久しぶりだ、ここ数年来なかったと思う……スクールアイドルをやってた時以来だし。

 

 どんな感じに見えるか――考えている間に暗くなり電気をつけ、ああでもないこうでもない一人で悩んでいると、姉さまが天井から振ってきた。

 

「……何をしてたんです?」

「姉の必須スキルです」

 

 何らかの経路から私の部屋に入り、天井に張り付きながら様子を伺い、タイミングが合ったから降ってきたということ?

 

「あなたは失敗に気がつきました、それでようやく……失敗をしたことに意味ができます」

「姉さま」

 

 感極まって涙がこみ上げてくる、ずっとずっと自分が失敗に気がつくのを待っていてくれたのだ――

 

「何度でも失敗しなさい、私も失敗します、なんてことはありません、失敗など取るに足らないのです――失敗を恐れて何もしないことこそが、失敗にくじけて何もかもやめてしまうのが……何よりもやってはいけない失敗なのです――いいですね?」

 

 頷く――そしてお腹が空いていたことに気がつく、最近、食べているのかいないのか、現実世界が夢現みたいなところがあったし。

 

「なんだか騒がしいですね?」

「はい、何かあったんでしょうか?」

「理亞が可愛らしくなった……と、言っているのならば、姉として胸を張れるんですけど」

「姉さまはいつも綺麗なので、私はいつも自慢できます」

 

 と、姉妹でほのぼのとしている時間はあっという間に終了した――絵里さんが「もう一度μ'sやる」と発言し、皆が色めき立ってるのを観て、 姉さまは……とても辛そうな表情で、私の視線に首を振りました。

 

 

 

 ――なんて話で切なく終われば、 私はおそらくA-RISEに喧嘩を売らずに済んだはずでした。

 

「あなたねえ! 九人で活動するなんて誰が許したと思ってるのよ!」

 

 ニコさんがめっちゃ嬉しそうな表情のまま、絵里さんに怒鳴りつけている、死ぬほど説得力がない。

 

「許可を取らなくてもやってくれると思って」

「穂乃果か!!!」

 

 今までスクールアイドル部の指導をサボっていた私を見ても、一瞥すらせずに「許可なんてもらえると思ってないでしょう!!」と、言いながら笑っている、顔だけ見てると許可を出したとしか思えない。

 

「まだ誰にも許可とってないでしょ!」

「ことりは許してくれたわ」

「あんたねえ!!!!」

「え~? だってぇ、九人が二度と揃わないまま絵里ちゃんがくたばったら嫌じゃん~♪」

 

 あれは二の句を継げない、ニコさんが「ぐっ!?」と、アゴに竹刀を突きつけられたみたいに急停止する。 

 

「許さない! 絶対に許さないからね!」

「まあまあ」

「ええい触るんじゃない!」

 

  あそこだけ見てると高校生の集団みたいだ、誰も彼も異様に若さを保っているから、そう見えるのも仕方がない。

 

 と、そんな元μ'sのからみをボーッとした調子で眺めていたツバサさんが私たちに気がつき、面白そうなものでも見たと言うがごとくに目を細め、ゾワゾワと背中が震えた。

 

「ねえ、μ'sの皆さん」

「あら、A-RISEのリーダーさん、どうかしました?」

 

 ちなみにツバサさんは「元A-RISE」とか「元A-RISEのリーダー」って呼ぶと怒る「元じゃない、今もなおA-RISEはここにいる」と、めっちゃ怒る、怖いくらい怒る。

 

 だいたいみんなツバサさんって呼んで済ませてしまうけど、絵里さんはちゃんと「A-RISEのリーダー」って呼ぶし、なんなら薫子さんも「神様」として敬ってもいる。

 

「私、その人と結婚することにするから」

 

 その人、と指差された人が一番驚いてた、だけどさすがは絵里さん、いつもと変わらぬ調子で。

 

「分かりました、では日程は追々」

「ええ、返事が遅れてごめんなさいね?」

「いいえ、促したことなかったし……酒の席での話だったから、冗談として受け取ったかなって」

「一世一代の愛の告白の返事を保留していた私が悪いのよ」

 

 めっちゃ”返事”を強調していた、お前らの出る幕じゃねえんだよ、と。

 

「ピィヤァァァァァァァ!!!!!」

 

 ことりさんのホイッスルボイスであたりは混沌に包まれた――誰も彼も、日本では同性婚は許可されてないとツッコミを入れることすらできなかった。



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葉月恋ちゃん番外編

 ジェットコースターに乗ったことがありません――と、語ると「そ、そう」みたいな反応をされますが、家族関係が不仲とか、休日にどこかに出かける余裕もなかったわけではありません。

 

 かのんさんは少々誤解をされているようなので「実家が喫茶店ですけど、休日に出かける余裕はあるのですか?」と逆に問いかけてみる。

 彼女は困ったように左の人差し指で頬のあたりを撫で「が、学校を休んで連れて行ってもらったことはある」――自営業だと、一般的な休日は書き入れ時で仕方もなく。

 

「今は大きくなって友達と出かける余裕も……親の苦労も分かるようになってきたよ」

「かのんさんは喫茶店でめまぐるしく働いていて、Liella!にいる時もご活躍されてますが、違った一面も覗かれますね」

「普通だから、実家が自営業ってだけで、珍しいことじゃないから!」

 

 「まんまる」のあまりの可愛らしさに自営業――で、なくなりかけたそうですがことりさんが周りの方々に怒られたので、今もなお、オーナーはかのんさんのお母様ということになってます。

 

 この時は「でも、千砂都さんの失言で買収騒ぎが起こるかもしれませんね」と、冗談半分で言っていましたが、幼なじみのかのんさんですら「ちぃちゃんは思ったことを口に出しちゃうからね~」と苦笑いしたのが、よもやジェットコースターイベントに繋がろうとは……おそらく、神様でも分からなかったことでしょう。

 

 

 

 ピシリ、と空気が凍る音が聞こえた時、私はエマさんの太ももに頭を乗せてまどろんでいました――優木あんじゅさんが「そういえばツバサの太ももって硬そう」との発言から、誰がスクールアイドルで一番膝枕が上手か選手権が唐突に始まり。

 

 「そこの丸太よりマシ」と、相変わらずキレキレの悪口をツバサさんが理亞さんに投げつけ「ここが彼岸島じゃあ!!」と、飛び蹴りの応酬。

 「あ、この絵面は仮面ライダーで見たことある!」と絵里さんが囃し立て、何人か不戦敗になりましたが。

 

「言っておくけど負けるつもりはないわ」

 

 普段、ランジュさんはエマさんの膝枕で眠ることもあったり、大の仲良しではあるんですが、この時は「アタシは勝負となれば負けるつもりはないの」と、 フフン、と自信ありげに胸をそらしていました。

 

 膝枕が上手かそうでないかでスクールアイドルの優劣が決まるとは思いませんが、この、とにかく負けたくないとの思いがランジュさんの強さにも繋がるんでしょう。

 ただ、勝負は非情でした――ミアさんに「エマ」とあっけなく言われ、栞子さんにも「エマさん」と判定され、私が三人目の審査員でした。

 

 膝枕の優劣とは一体……と、胸の中に腑に落ちないものを抱えつつ、ランジュさんの太ももに頭を乗っけると、あ、これは素晴らしい、と実感しました。

 同い年かつ、同じスクールアイドル、ランジュさんのステージを見上げる機会も多くあります。

 パワフルなパフォーマンスと、他者を圧倒するようなカリスマ性、こちらを引っ張ってくれるような心の広さ。

 

 これでいて4月の少し前からスクールアイドルを始めた新人だから驚きます。

 実力の向上のコツを聞かれて「アタシは誰にも負けたくないから」と応じていましたけど、クオリティアップのスピードといい、才能という言葉が思い浮かびます。

 

 ……なんですけど、デメリットとしては学生として補習の常連になりつつある点、学園の理事長から「もう一度一年生やる?」と、夏休み前に言われています、明らかに目が本気でした。

 

 ――さて、そんな、もうすでに留年の危機に陥っているランジュさんの太ももに頭を乗っけて、エマさんの膝枕に頭を乗せると「あ、これが、枕の違いにこだわる大人のマインド!」と……正直、頭を乗せてからしばらくして意識が朦朧としました、気持ちが良すぎるのです。

 

 「あ、寝る、このままだと寝てしまいます……」とまどろんでいた最中、千砂都さんが「え? ってことは、海未さんもしかしてニートなんですか?」

 

 ことりさんにも「じゃあもうオバサンってことなんですか!?」とうっかり口から出してしまい「今度言ったら八つ裂きな」と脅迫されてましたが、 同じレベルの失言です。

 

 間違えてはなりませんが、海未さんは全世界レベルの作詞家でもあります。

 世界のヒットチャートに毎年のように名前を連ねる歌手が「何とかして、ウミ・ソノダに英語で曲を書かせろ」と言ったっていう都市伝説もあります。

 

 もちろん日舞の師範として指導をする機会にも恵まれ、弓道界ではいまだに「競技に復帰しませんか?」と誘いがかかる。

 二つに集中していないのは「頼むから作詞をしてくれ」と人が押し寄せるからだそうで、まかり間違って怪我でもしたら大変、と止められているとか。

 体を動かす機会を望んでいるみたいで、ツバサさんや絵里さんが「よし、なんかスポーツしよう!」と連れて出るイベントの出席率はほぼ100パーセント。

 

「千砂都、あなたはどうやら的の代わりになりたいみたいですね?」

 

 普段から家にいて作業をすることが多いという言葉を、ニートと表現されればさすがの海未さんも気分を害したようで、慌てて立ち上がった私と、幼なじみのかのんさんが「連帯責任! 連帯責任!」とLiella!で罰ゲームを受けることを約束し――このイベントに出席してなかった、後日にクゥクゥさんとすみれさんに恨みがましい目で見られてしまいました。

 

 

 

「どうも皆さん……何やら私とドライブに行きたいとか」

 

  集合させられた場所に登場したのは鹿角聖良さんでした――罰ゲームの内容はLiella!である私たちには伏せられ「どんなに恐ろしい内容が……」とクゥクゥさんが言い、すみれさんも「……」 とにこやかに微笑んでいました……そこはキャラ作りで「ギャラクシー云々」と言って欲しかったです。

   

 穏やかな調子ですが、憤懣やるかたない想いは抱えているのだ――と、一発でわかりました。

 

「最近、歩絵夢からもトラクター以外では運転禁止を言われてましたからね……腕が鳴りますよ」

 

 ちなみに聖良さんの運転の腕前は自分達も知るところ、本当かどうかはわかりませんが、カーブを曲がりきれずに崖から転落した――や、さすがに、それで五体満足でいるとは思いません。

 

 それが気になったのかかのんさんが「ちぃちゃん」と、声をかけ、千砂都さんは「ええ!?」 的な表情をされますが――誰のせいでこうなっているのか、疑問の余地がありますからね?

 

「あ、あの、崖から転落したって話を聞いたことがあるんですけど」

「ありますよ? 車が古かったですからね」

 

 誰しもが「車が古いかどうかは関係ない、腕前が良いか悪いかしか問題じゃない」と、頭に思い浮かびましたが。

 

「まあ、私たちは無事でしたからね」

「……私たちは?」

 

 車と運命を共にしていたら、もちろんこんな風に顔を合わせる機会はありません……なんてことはないふうに「落ちる前に妹を抱えて脱出しましたからね」とロボットもののパイロットみたいですが……。

 

 

 ――助手席は満場一致で千砂都さんに決定しました「死にたくないよ!」と彼女は言いましたが、私達だってそうです。

 

 車に乗り、シートベルトをつけて、名残惜しそうな調子ですみれさんが空を見上げているから「……どうしました?」と声をかけると「これが、最後に見上げる青空だったら後悔するから」と。

 

 話を聞く限り、最後の青空になる可能性もあります――もしかしたら、五人一緒に車と運命を共にして「結ばれた想い」とか、テロップで出てくる可能性もあります――斬新な演出です、勘弁してください。

 

「じゃあ、出発しますからね」

 

 鉄砲から弾丸が飛び出るみたいに勢いよく出発した車の中で、私たちは慣性の法則にしたがって、シートベルトに締め付けられました。

 

 この運転では周囲に車通りが多かろうが少なかろうが、まず間違いなくクラクションは鳴らされます。

 誰しもが危険を感じたのでしょう、ブブー!!! とテレビでしか聞かないような不愉快な音の連続です。

 

 しかし聖良さんは聞こえているのかいないのか、まるで意に介さず赤信号ですら突っ切って行きます、緊急車両ですらこんな運転はしません。

 

 「なんまいだぶなんまいだぶ……」「神様! 神様!」と、すみれさんとかのんさんが願い始めました、クゥクゥさんも中国語で何かを言っています――ごめんなさい、私には何を言っているのかさっぱり。

 

 千砂都さんは壊れ切ってしまったのか「しゃー!!! どんどん行けー!!」と、煽っています、あそこまで開き直れるといいのでしょうか。

 

 

 外の景色が自然が多くなっていき、急カーブが見えた時に嫌な予感がしました――あるじゃないですか、なんか、すごく危機的状況が迫っている時に、すごく冷静になってしまう瞬間。

 嫌な予感っていうのが、自分に起こる未来だと確実視してしまうみたいな……冷静に、あ、わたくし、死ぬんだ、ああ、なんてあっけない。

 

「イヤァ!? パパ!? ママ!? 助けて! 死ぬのなんて怖い! 死なんて来ちゃ嫌!!!」

 

 ――そう、叫んだ。

 

 

 

 

 

「……という、リアルな夢を見たんですよ」

「「「「……って! 夢なんかい!!!」」」」

 

 ここ最近に体験した怖い話、とのお題でトークを振られ、Liella!の皆さんに披露したエピソード……夏といえば怪談ですが、正直私はその手の話が苦手です。

 

 



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ゆいがおーのがおがおがおー

 結女に足を踏み入れた瞬間に多数の生徒に歩み寄られ「あ、これはやばい」と直感的に気づいた――まるで、鉄腕ダッシュの放送中に浮かぶ文字みたいに「――やばい」と絢瀬絵里の隣に並んでいる光景を想像して欲しい、意外としっくりくるはず、自意識過剰だろうか。

 

 女子生徒達がカバンから何かを取り出すのに気がつき「スタンガン!?」と身構えたけど、一般的な女子高生はスタンガンを鞄の中にこしらえてはいないはずだし、いたとしても私に構えるのはやめていただきたい、どう見ても不審者に見えると言うなら反省する。

 

「え? サインが欲しい?」

「そうなんです! ここでもスクールアイドルをやってて……それを見てたらμ'sのライブにも行きあたって! 自分が小さい時に……」

 

 Liella!からμ'sに行き当たってくれたのはとても嬉しいけど、 この子たちがランドセルを背負う前から自分は高校生だった、との事実が世代の差の認識に拍車をかける。

 曇りのない瞳には邪気なんて全くなく、本当に昔からとっても素敵で! との言葉が称賛なのは分かっている、分かっているんだけど、釈然としない何かが自分の胸の中にモヤモヤとなって沸き起こる。

 

 それでもサインをくれと言うのだから、お高くとまって「私のサインをもらうにはスクールアイドルをやらないとね~」とドロンジョ様みたいに高笑いしながら言うのも憚られる。

 

 愛想笑いにならないように気をつけながら、さらさらと――でも、今の女の子って、ちゃんと筆記用具とサインを書くためのノートを用意してるのね……それも時代の流れてやつなのかしら? 手の届かなかったアイドルってのは、スクールアイドルの広まりで……もしかしたら今日会えるかもしれない存在になって、だったら、失礼のないようにしなきゃな。

 

 そんな心構えがあるのかもしれない、私の思い込みの可能性は――そっちの方が高いか。

 

「母から電話があって絵里さんが来ると言ってましたが、到着が遅れたのはそれが理由なんですね」

 

 いちごのシールが貼られたノートパソコンに目を向けながら、 ちらりとこちらに視線を向け仕事に戻る。

 スクールアイドルとの両立で苦労をするのは、自分にもわかる部分がちらほらとあるので「お手伝いします」と頭を下げる。

 書類仕事や、雑用などには定評がある、顎で使いやすい先輩とはμ'sの二年生にも言われることだし。

 

「初めての学園祭なのでしょう? 成功させたいのならおとなしく先輩を頼りなさい」

 

 恋ちゃんも干支一つ離れた先輩に「じゃあ、全ての仕事を任せていちごパフェを食べるから」とは言いづらかったのか「いいえ、何もかもお任せするわけには」と遠慮したけど、学園祭の成功を人質に「いいから黙って働かせろ」の脅迫に成功した。

 

 その中に「マスコット案」とわかりやすいタイトルのファイルがあったので「ゆいがおー」をこれ見よがしに挟んでおいた、彼女が後日「何ですかこれは!」と破り捨てないことを祈りたい。

 

「学園では生徒会選挙……だそうですが」

「恋ちゃんだったら、どっちに投票する?」

「難しいところですね、他校のことですから、あくまでも自分が交流の折に仕事をしやすいかどうかを考えてしまいます」

 

  個人の感情は抜きにして、仕事相手として選ぶのなら「中川菜々」だったみたいだ、 慣れ、もあるんだと考える、彼女は中川菜々、三船栞子の両方と仕事をしたことがある。

 

 一人で生徒会を運営している上に、新設校なので仕事も多い、校内でも人徳と努力で乗り越えている栞子ちゃんと、会長として一年間仕事をし、しかもスクールアイドルとして名を残している優木せつ菜なら、一緒に仕事をしたいのはそりゃあ一択になるよね、と。

 

「意地悪な聞き方をしたけど、でも……選ばない柔軟さも……会長として必要だと思うわ」

「それは人生訓か何かなんでしょうか?」

「高校時代の私だったら……や、μ'sであった自分なら、そうだったんだろうな」

「……よく分かりません」

「高校生なんてまだ子どもなんだから、なんでもかんでも決め付けなくていいのよ、ってだけ、可能性を狭めるだけ」

 

 私が選ぶのなら中川菜々一択だし、今まで散々自分でも周囲でも言ってきたと思うし。

 でもそんな大人たちが決めた「仕事ができるニンゲン」よりも、人気で選ばれる代表があってもいいと思う。

 

 この子ならできる、と一人で仕事を抱えている恋ちゃんの姿を見て、なんでもかんでもできると期待されるのも、いいことばかりじゃないんだなと考えてしまった。

 

「困ったらいつでも頼ってちょうだい、私はね、顎で使われることには定評があるのよ?」

「誇れないと思うので胸を張るのはやめてください」

 

 恋ちゃんにしては珍しく厳しめのツッコミ、ただ、正論の範囲内だと思う、私が逆の立場だったら何言ってんだろうとは考えるはずだし――なお、恋ちゃんが何を言ってるんだろうと思っているかは。

 

「それに……他校で仕事をされている絵里さんよりも、自校の仲間を頼った方が手っ取り早くていいですからね」

「確かに私も……仕事ができる相手よりは、仲間を選ぶ……穂乃果を選んだのは私情だと何度もネタにされたものだわ」

「辛いですか?」

「間違ってたかもしれないと反省したことはあるけど……でも」

 

 黒歴史だわーと、何度となく言ってきたと思うし、もしかしたら信じられてしまったかもしれないけど。

 

「間違ってたかどうか誰かに決められる筋合いはないのよ、そんなことより自分で決めたことの方が大事、自分が間違ってたと思うのなら責任を晴らす手段はひとつしかないわね」

「……」

「誰かを頼ってはならないというのが、自分自身の戒めだと思うのなら今すぐやめなさい……いい、絶対だからね?」

「正直な話、生徒会の仕事で頼りになりそうなメンバーはすみれさんくらいしかいないんですが」

「……生徒会長として賑やかしを受け入れる心の広さは必要だと思う」 

 

 学園祭の成功を人質に取った手前、こちらから積極的にLiella!の他のメンバーも仕事に携わせて、と言いづらくなってしまった。

 こんなこと普通だよ~と言いながら書類整理をするかのんちゃんや、特にのコミュニケーションで人と仲良くなれるクゥクゥちゃんや千砂都ちゃんも戦力外にはならないはずだけど、生徒会の仕事よりも任せられる仕事はいくらでもある――それこそスクールアイドルとして人を呼べる。

 

 ――知名度において学校が求めるレベルに至っているかは、疑問の余地があるけど。

 

「賑やかしなんて、失礼ったら失礼! このショウビジネスの世界に生きてきた私が、生徒会の仕事をこなせない道理なんかないわ!」

 

 生徒会に不届き者が入ってきたと勘違いしてLiella!のみんながこっちを伺っているのは知ってた、あえて口出しをしなかったのは恋ちゃんが本当に気が付いていなかったから――半分くらい顔を出していたような気がするんだけど……。

 

「すみれ、その痛々しいセリフはグソクムシみたいなマスコットキャラくらい酷いデス」

「……すみません、ギャラクシーに代わる新しいキャラ付けをと考えて気負い過ぎました」

 

 どうやらすみれちゃんはマスコットキャラを考える分野は苦手みたいだ、書類整理に関しては「実家でやってますので~」と余裕そう。

 かのんちゃんも「これぐらい普通だから~」と余裕っぷりを見せ、クゥクゥちゃんも学力の高さを活用して仕事に取り組む……ケド、あと一人、グループの中でダンスの指導に取り組み、ことり、海未、とμ'sの2年生に失言をかますをコンプリートするまで、あと一人な嵐千砂都ちゃん。

 

「私にはたこ焼きを焼くくらいしか才能がないので、なんでもかんでもできる人とは訳が違うんだよ~、じゃあ私はかのんちゃんを信じて……」

「あ」

 

 ケド、穂乃果に失言をする前に、私に癇に障ることを言って助かった部分もあったんじゃないかな?

 

「乗り越えられないこともたくさんある、できないことも沢山ある。でも、信じるって言葉を自分の都合よく使っちゃダメよ? 誰かを信じるのなら自分も頑張りなさい」

「……わ、わあ、絵里さん、目がとっても怖いな~? 下働きから何でも、顎で使えると評判な嵐千砂都なので、皆様も是非使ってください!」

「ことりから、顎で使われている私からすると……ひとつだけアドバイスできるんだけど聞きたい?」

「ええ、そのようにガンをつけられると、後輩としては頷かざるを得ません、あー! 聞きたいです聞きたいです!」

「よろしい」

 

 クゥクゥちゃんとすみれちゃんは愛想笑いを浮かべながら、千砂都ちゃんの頭を握り上下に振る……当人の意思が損なわれている現場を目撃しているけど、後で私が誰かから殴られればいいこと。

 

「言われる前に努力をしなさい、言われる前からやったら、誰にも文句は言われない……や、言わせないわ」

「言われる前にやるってそんなに大事ですか?」

「とにかくつべこべ言わずにやれ」

「アレー?」

 

 そう、信じる信じないはともかくとして、信じてるから~と逃避の姿勢をとったことには「バツ」をつけなくちゃいけない。

 できるできないに「だったら努力しろよ」とは言えない、でも、できることを逃げるのは良くないことだ。

 

 そこはちゃんと大人として「やらなきゃいけないことはやらなくちゃだめよ」と言わなくちゃいけない、手段が強引だったのは認める。

 

「正直なのと失礼なのは違うんだからね? ホント、本当だからね?」

「すみれ、アレです、すみれの見習うべきキャラクターはアレです」

「なるほど……口癖や強調とは、ただ使えばいいというわけではないんですね……」

 

 こうしてLiella!には「生徒会の仕事を頑張る日」と「スクールアイドルの練習をする日」が取り決められ、できないことは正直に音楽科や普通科の生徒を頼るとなりました。

 

 

 

 生徒会選挙においての討論会の準備に励む、中川会長が先頭に立って指示をするも「私は絶対に負けますから大丈夫です!」と、何を大丈夫と思っていいのか分からない世迷言を聞きつつ、何かをしてください言われる前に頑張る。

 

 やりすぎたら倒れると実感しているので、やりすぎていたら誰かが止めてくれるはず。

 

「何を大丈夫だと思っていいのか分からない世迷言を申し上げますね?」

 

 頑張りすぎていたら誰かが止めてくれるはずよと、お高くとまって言ったら、会長に怪訝そうな表情で言われた。

 ゆいがおーが同年代には不評だけど、今を生きるJKには好評なので、カルチャーショックをひしひしと感じているなか、同じことを考えるって何かシンパシー。

 

 



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かのん「ちぃちゃんは私に試練しか与えない」

 もう少しで生徒会選挙なのに、スクールアイドル同好会はライブを行うことになりました。

 絵里さんから「そういうことだから」とツバサさんに告げられて「分かった、かしこまり」と彼女が応じ。

 

 「そういうことになったので」とツバサさんからニコさんへ連絡が入り「あい分かって候」と答え――またしても何も知らない鹿角理亞さんは「え?」と「同好会でライブをやってね」なんてニコさんに言われた時に、口を開いてぽかんとしました。

 

 ともあれ、R3BIRTHの三人は選挙の準備のために欠席……になってるけど、小テストでとんでもない点数を取ってしまったランジュちゃんの影響も大きい――でも口には出さない。

 

 理事長の機嫌を損ねて「天王寺さんは転校することになりました、天王寺だけに」と、情報処理科のクラスメイトが全く面白くないギャグをきくイベントは避けたい。

 

 璃奈ちゃんボードのメンテもちょうど終わったとこだし、さらにバージョンアップした天王寺璃奈を何のみんなにお見せしたい。

 

「いい感じだよ、ボードをつけている分、首に負担が多いと思うから、ケアはしっかりとね」

 

 同好会の一年生だけで(R3BIRTH欠席)ライブをするのかと思いきや、Liella!から一名、嵐千砂都ちゃんがステージに上がることになってる。

 

 元々ダンスで結果を残していたこともあって、学園祭成功に向けてのPR活動に余念がない――

 

 そう、同好会と同じようにソロステージを行うことによって、唐突にラブライブ運営から「出場校が多すぎるのでラップを入れてください」とか「独唱パートを取り入れてください」とか無茶ぶりされた時にも対応できるように……その可能性って想定しておいていいのかな?

 

 

 ともかく、Liella!ではソロで活動しても問題がない千砂都ちゃんが結ヶ丘女子高等学校およびグループの宣伝大使として、今度も神津島に新しくできたスクールアイドルグループとライブをするとか。

 しずくちゃんが「誰かに失言をしたから島流しされるんじゃないよね?」と不安になったけど、私もかすみちゃんも否定できなかったから困る。

 

 今日も元スクールアイドル、μ'sのメンバーだった東條希さんと南ことりさんがボディーガードとして警備の手伝いをしている。

 ことりさんには「じゃあもうおばさんってことなんですか?」で八つ裂きにされそうになったことがある。

 

 希さんは今回三つ編みスタイルで来訪し、ことりさんから「絵里ちゃんに説教されてちびったやつとは思えないね」と煽られてた。

 前々からニコさんと絵里さんとは長い時間交流する機会があって、希さんは限られた数しかなかったけど、μ'sの三年生組の中では子どもっぽい人、だと考えていた――しずくちゃんやかすみちゃんも同じ意見だった。

 

 てなもんだから、千砂都ちゃんが「あ、希さんには熟女オーラが漂ってますね!」とか失言するかと思ってた。

 

 なのに、 しずくちゃんのステージ衣装の乱れはそれとなく直し、かすみちゃんには煽りを入れて気合を入れさせ、私には「大丈夫絶対成功するからね」とケアをしてくれる。

 

 千砂都ちゃんの中に別人格でも宿ったみたいに「お邪魔させていただいた身だから」と言われる前からスタッフやボランティアの人たちの手伝いをする。

 

 さらには結ヶ丘女子高等学校およびゆいがおーの宣伝までして、ライブパフォーマンスでは「すごい」としか言いようがない別格の姿を見せた――ランジュちゃんや愛さん、果林さんのあとにステージに立ったこともあるけど、同じくらいすごいんじゃないかって。

 

「今日はかのんちゃんがいないからね」

「ことりさん?」

「どうにも、あの子には私たちも把握していない、普通じゃなきゃいけない理由があるみたい……さ、そんなことは気にせずに行ってきな」

 

  たしかにかのんちゃんはやたらと普通を強調する機会が多いけど……でも、自分のステージに集中しなきゃいけない、今日のライブは自分を待っている人だけじゃないから。

 

「ぷっ」

 

 吹き出すような声が耳についた、心にまとわりつくみたいに、BGMがかかりそうになったけど私の様子に気がついた誰かが一瞬で止める。

 危ないところだったと思う……曲が始まってもそのまま棒立ちになっていたかもしれない、それくらい嫌気が心の奥底……外から何とかしようと思ったところでどうにもならないところが痛みを発した。

 

 なにか声を出さなきゃ、と考えるけど、何かが重しになって口から言葉が出てこない、やらなきゃやらなきゃって焦るけど……

 

「できないことを笑うな!」

 

 私の動揺がステージの下にいる人たちに伝わって、ざわめきとなる、中にはこちらを面白そうに眺めている人もいる。

 今すぐにでも始めなきゃ迷惑をかけちゃうって考えれば考えるほど、一歩目を踏み出すのをためらっちゃう。

 

 そんなとこだった、さっきまでステージに立っていたはずの千砂都ちゃんが、私を守るように前に立ちもう一度。

 

「このボードは……璃奈ちゃんボードは、彼女の大きな武器! 彼女にしかない個性! それを見て笑うなんてあなた達には人としての心がない!」

「千砂都ちゃん……」

「できないことがあってもそれを武器にして誰かと楽しもうとするなんて、そんなのすごい強いじゃん! それをできないから笑うなんて、絶対におかしいじゃん!」

 

 震えてしまった、今までのことがあってもなくてもすごくかっこいい。

 

「さあ、始めよう! 璃奈ちゃんのステージ! あなたにだけしかできない最高のステージ!」

「うん!」

 

 千砂都ちゃんが差し出す手を握り返して、私は大きな声で叫んだ。

 

「私は! 誰かから見て普通じゃないかもしれない! 変わってるかもしれない! それでも! みんなと繋がりたい! 私のことを指差して笑う人とだって、繋がれるって信じてる! できないことがあってもできることは他にもあるんだってみんなにも知ってほしいから! 聞いてください! ツナガルコネクト!」

 

 その日のステージはそれぞれがソロライブ、の名目で執り行われるはずだった。

 

 ソロライブを期待してくれたのに、と不安になったけど、他校や同学年とのコラボはいっぱいしてほしいと歓迎の声がたくさん聞かれた。

 

「いやぁ、あの日の希さん、本当に熟女妻って感じで……爛れたっていう表現がよく似合う美しさでしたよ~!」

 

  後日、この時のステージについて尋ねられた千砂都ちゃんが発言し、この喋りを聞いていたLiella!も神津島送りにされました――やっぱり島流しだったのかな……?

 主役としてすごくかっこいい姿を見せていたと思ったのに、あの時の千砂都ちゃんは自分が見た幻だったり?

 

「できないことがあってもいいよ、他にできることを探そうよ。たくさんのことができるはずなんだよ。

 心の問題に向き合って、これからも付き合おうとする璃奈ちゃんは本当に偉いよ、心の底から尊敬する。

 私も頑張らなくちゃって思う……そしたらきっとかのんちゃんも、問題を無理に解決しようとしなくていいって気が付いてくれるから」

 

 希さんの計らいで二人きりになった時に千砂都ちゃんが本音を出してくれたような気がするんだけど……少なくとも希さんにロメロスペシャルをくらっている姿からは「幻だったのでは?」と結論付けたくもなる。

 

 



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ただただ生徒会長としての適性がありませんでした……とでも?

 栞子ちゃんが震えながらB5の紙何十枚の物を差し出す。

 

 「マル秘」と一番上の紙には書かれていた――どうやらこれが中川菜々が選挙に落ちるための秘策。

  これから会長同士の論戦が始まるわけだけど、この内容通りに展開すれば選挙で落選できると踏んでいるわけだ。

 事務作業に奔走している私も一旦手を止めて、いつのまにかに隣に陣取っていた海未も同じように覗き込む。

 

 ……そこまで身体を寄せなくても、内容は見えると思うけど? ただその一言を付け加えて「いいえ見えません、本当ならもっと近づきたいくらいです」といらない会話をする必要もない。

 

「なるほど……つまり栞子ちゃんが一方的に優位に立てば落選すると」

「わだすは、こんな思ってもないこと言いたかね! そりゃ人間だし、誰だって人から指摘されることくらいあるさね! んでも、そんなのは頑張りを否定する理由にはならん!」

 

 同意だ――中川菜々が優木せつ菜にとって否定したくなる材料がいくらでもあるんだと思うけど、残念なことに優木せつ菜ってのは中川菜々の夢物語でしかない。

 

 ファンを楽しませているから二面生活が許されてる部分があるけど、これがキャラ作りで自分勝手であるなら、学園のみんなは「や、あんたの名前は中川菜々でしょ」と、冷徹にツッコミを入れる。

 

 きちんと優木さんと呼ぶのは「あなたが中川菜々なのは百も承知だけど、生徒会長もスクールアイドルもちゃんと両立しているから」って点が大きく、それがもしも学生の間に広まったとしても、中川菜々の否定にはならないはず。

 

 つまり、この資料にある通り「中川菜々のダブルスタンダード」を厳しく指摘したところで「でも、会長としてはきちんと仕事をしてきたじゃん」の一言で終わる。

 

 この学園にいる多くの優木せつ菜のファンの生徒が……や、その代表が副会長の東雲ちゃんになのは思うところがあるけど。

 

 もしも彼女が壇上で悪し様に責め立てられる優木せつ菜を目撃したら、まず間違いなく「あの人とは仕事をしたくありません」になるだろうし、中川菜々が声かけをして集まった生徒会への希望者だって「三船会長にはついていけません」と総スカンを食らう。

 

「海未から観て、この指摘はどう思う?」

 

 半ば呆れながら海未に声をかけると「興味本位で覗き込んだのが深淵だとは……」と苦笑いしながら。

 

「確かに、直すべき課題ではあるでしょう」

 

 完璧超人でもない限り、それこそ人が直すべきポイントなんて無数に存在する。私が特別に出来が悪いとかそういうんじゃなくて、一個の悪いところを直したら、新たに悪い所が見つかったり、自分の良いところがあったと思ったら、誰かからそれは違うよと言われたり。

 

 もぐらたたきをするみたいにきりがない。

 悪いところを直すのはもちろん良いことだけど、あれを直せこれを直せと言っていたら議論は止まるし、それで問題が解決したためしがない。

 

 問題点を指摘するんじゃなくて、じゃあどうしましょうかと考えるのが議論だ、相手の弱点を強調して自分が優位に立ったところで、いざ自分が仕事をするとなった時に困るのは自分だ。

 

 一緒に仕事をする時に「あれが駄目」「これが駄目」と言っている人を見たら、私なら「自分も何か言われるんじゃないか」と考えてしまうし、あれが良くないこれが良くないと言う人は注目を集めるけど、ああいう人と仕事がしたくないよなぁ、第三者だから面白く見えるけど、実際に隣にいたら嫌だよなぁと考えてしまう。

 

 動物園にいる猛獣だって檻に入っているから楽しんで見られるけど、道を歩いていて出くわしたら嫌だし。

 本音しか話さないとか、毒舌がどうのこうな人は遠くから眺めているから楽しめるんじゃないかしらね?

 

「そこでわだすが考えたんだけんども、めちゃくちゃ褒める路線で行ったらどうだんべ!」

 

 栞子ちゃんが両腰に手を当ててグッと胸を反らした、先ほどまでの気弱な感じと打って変わって、これが自分のベストな提案! と言わんばかりだ。

 

 中川菜々さんがどういう態度をとるかは未知数な部分があれど、生徒からすれば「あの会長候補と話すと話がポンポン進むな」と考えるはず。

 

 おそらく菜々さんは「自分の提案をことごとく却下されれば、生徒の支持は栞子さんに向く!」と疑ってないだろうし、栞子ちゃんも「せつ菜さんを褒めれば会長になるのは間違いなく菜々さんだべ!」と自信満々だ。

 

 どういう結果になるかは生徒の考え方次第なので、大人があれこれ言うべきではないけど。

 ひとつだけ栞子ちゃんを守る手段を講じては起きたい。

 

「栞子ちゃん、後から菜々ちゃんに何か言われるようなことがあれば、ステージの上ではアドリブがあるもの、って胸を張って言いなさい」

「……絵里はセコいですね」

「何とでも言いなさい」

 

  栞子ちゃんは台本をチェックしている様子だし、少々気分が悪そうなのも、緊張からくるものだけじゃなくて、こんなことを言う自分を想像したからに違いなく。

 

 

 

 

 

 そして論戦が始まった――まずは学園の今後について。

 

「私は学校の未来はとても明るいと思います。恥ずかしながら、それに貢献してきたと思いますし、実績も十分にあります。ラブライブ出場は叶いませんでしたが、スクールアイドルは多くの方々から支持をされ、運動系文科系ともに著しく成績の向上が見込まれており……」

 

 ペラペラとそらんじてみせるけど、彼女の作った台本では「それらにおける中川会長の影響の度合い」についてのツッコミが入っている。

 恥ずかしながら貢献してきたというセリフは「そう! これにツッコミを入れてください!」との前フリ。

 各部活動の成績の向上は生徒が頑張った結果であって、あなたの功績ではない――と栞子ちゃんは「台本通りであるなら」ツッコミを入れる。

 

「わだすは疑問なんだけんども」

 

 と、自身のターンに最初に栞子ちゃんはそう言った。

 「来た!」とばかりに会長は嬉しそうだ、 ここまでは台本通りに展開しているから、すごく油断している、あれは中川菜々ではなく半分くらい優木せつ菜が入っている。

 

「各部活動の功績に対して、会長の……」

「……」

 

 フリスビーを見た犬みたいになってる、これから自分の考えた台詞を栞子さんが言うんだ! と言わんばかりにワクワクしている。

 

「称賛があまりに少ないでないべか」

 

 生徒からざわめきが起こる――そりゃそうだ、論戦だって言ってるのに「何で会長が褒められないんだ」と言えば、自分が一方的に不利になる。

 

「まずな、学園では100以上の同好会が軒を連ねているけど、それが問題も起こさずに活動しているだけでも、たまには褒められてもいいんじゃないかと、わだすは考えるけど、中川会長はどのようにお考えですか?」

 

 あれは答えづらい、もちろん褒められてもいいの発言は否定したほうがいいけど……。

 

 ただ、信じられないレベルの部活動数を誇りながら、今まで特に問題も起こさずにここまできたのは紛れもない事実。

 それは否定してもしょうがない、否定してしまうと「どこかの部活に問題があった」と言ってるのと同じだ。

 

「……それぞれの部活動が努力をした結果でしょう、生徒会の影響はあるとは認めますが、個人の頑張りこそ認められるべきです」

 

 かなり頑張った方だと思う。

 中川会長の功績について思わぬツッコミを入れられたけども、それは自分のものではなく各部活動が頑張った結果だ、と。

 

 そこから褒めまくる栞子ちゃんと何とかして自分を貶める方向に行きたい中川会長の攻防が続き、

 

「これからも中川会長が生徒会の指揮をするべきだと思います! これまでの経験がなくて未知数なわだすよりも、これまでの経験があって未来の想像も容易なあなたのほうが!」

 

 多分だけど、栞子ちゃんも菜々ちゃんがマル秘ファイルを渡さずに「自由にやってほしい」とお願いしたら「わだすを支持してくれる人もいるしな!」と気合を入れてくれたはず。

 

 今までの議論で「中川会長は自分の至らない点を理解している」と生徒に伝わったと思うし……会長が当選するための一方的な茶番じゃないかとツッコミを入れられるかもしれないけど。

 栞子ちゃんは天然で褒めているのを菜々ちゃんが自分の問題点を把握しながら「問題だと思ってくれ」と考えつつ話している。

 

 が、ほぼほぼ決着は付いた。

 相手から一方的に褒められ、その言葉にも説得力があり、菜々ちゃんも「それはそうだけど自分には問題がある」と冷静な視野で反論している。

 台本通りには行かずに感情が高ぶってる部分はあるにせよ、相手が困るのをいいことに一方的に痛いところをつくとかしない。

 

 あれはいいほうの「しおりこ」も全部協力してるな。

 自分に問題があると語る会長を「会長だけの責任ではない」「生徒会で乗り越えるべき問題」と、フォローしつつ論点をすり替えてる。

 わだす口調の純粋な栞子ちゃんが論点を微妙にそらしつつ、会長を褒めるテクニックを多様できるとは思わない。

 

 褒めようとするばかりに「ちょっとそれ違うんじゃない?」と聞いてて思う言葉をおそらくは発する。

 

「そうお考えでしょう……ですが、私には会長に向いていない理由があるのです」

 

 何を考えたのか菜々ちゃんはメガネを外して、三つ編みをほどいた。

 そしてスクールアイドル優木せつ菜のように力強く仁王立ち、完全にせつ菜モードでMCを始めそうな感じで。

 

「皆様に謝罪をしなければいけません……中川菜々は優木せつ菜を名乗ってスクールアイドルをやっていました!!! 一つの仕事に集中できない愚か者です! どちらも大切で、どちらも選ぶことができない人間です! そんな私が生徒会長に向いているでしょうか! いや! 向いていないと断言できるでしょう!!!!!」

 

 ステージでパフォーマンスを披露する時みたいに右手を力強く上げて「ほら! 向いてないでしょう!」と言っているけど。

 

「せつ菜さん、わだすは考えるけんども、生徒会の仕事に集中しているだけでも達成が難しい仕事を、スクールアイドルの両立してやってるなんて、やっぱり生徒会長として向いてると思う」

「は? いやいや、皆さんそう思いませんよね? え? なんでみんな目をそらすんですか!?」

「さて次は生徒会副会長の……」

「ちょっと待ってください!!!!! いや、向いてないですよね!? 生徒に正体を偽ってスクールアイドルを!!!」

 

 生徒会選挙はこうして終わった――中川さんは圧倒的大差で会長に当選し、元副会長の東雲ちゃんは「生徒会に立候補しておけばよかった!!」と嘆きの声をあげるも後の祭り。

 

 なお、栞子ちゃんは生徒会アドバイザーとして末席に名を連ねることとなり、会長が栞子さんのためにと人数を増やした結果、優木せつ菜としての活動にも支障が少なくなって――これがもしかしたらハッピーエンドってやつなのかもしれない。

 

「何でですか! 全然ハッピーエンドじゃないですよ!」

 

 はい、優木せつ菜さんはモノローグにツッコミを入れない!

 

 



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私の大切にするべきもの、あなたの……

 期待していた――後々に振り返ってみれば南ことりは数十秒後に出る悪口雑言を「期待の裏返し」と判断できる。

 受け取る相手が「期待の裏返し」と考えるか、その発言を耳にした周囲の人々が同様に考えるか、何より私がこんなことを言ってきたよ、と言われた相手がどう裁定するか……様々な理由づけによって「期待の裏返し」は時代性に否定されるのはよく知っている。

 

 ことのきっかけは、虹ヶ咲学園の生徒会選挙もめでたく終わり、一ヶ月前に自分が「そういえば年をとった」と思い返しつつ「これがことりさんのタイムスケジュールですから」と、締め切りまみれの予定表を月ちゃんに差し出されていた時。

 

「このスケジュール労組に出したら不適切って判断されない?」

「ことりさんが絵里さんの人権を侵害しているのはよく知っていますので、それが巡り巡って戻ってきたんでしょう、不憫なコトです」

 

 絵里ちゃんが倒れてしまってからしばらく経つ、自分は破ってはいけない締め切りをいくつも破った。信頼関係にもヒビが入ったと……まあ、自分のと言うよりは仕事における……だとは思ってるけど。

 月ちゃんを中心とした私を支えてくれている人たちが、苦労したのは知っているし、感謝もしている。

 それでもまだ足りないというのか、お給料に色はつけたつもりなのに。

 

 ……ま、お金で得られる信頼が、お金がなくなった瞬間になくなるのもよく知っている。

 何より私の締め切りを破らないって言う月ちゃんの信頼が、この過酷なスケジュールを生み出したってのも、私はよく知っている。

 そして、絵里ちゃんの意思を損なっているのも把握してる、それを指摘されるとぐうの音も出ない。

 

「ったく、気軽に絵里ちゃんをサンドバッグできないのに、ストレスが溜まったらどうするつもりなの?」

「仕事してください」

 

 鬼にも程がある――他にストレス解消の方法を教えるではなく、そんなことはどうでもいいから仕事をしろ、月ちゃんは私の部下だった記憶があるんだけど、いつのまに立場が逆転しちゃったのかな?

 

 ともあれひとつやふたつ……はたまた三つか四つ依頼を達成するまで、缶詰にされるのは間違いない。

 

「食生活は絵里ちゃんくらい気を使って」

「なるほど、金に糸目はつけないとは良いご判断です、私もそのおこぼれに預かれますし……絵里さん様々ですね」

「絵里ちゃんは無償でやってくれるんだけど、どこかに無償でやってくれる人いないの?」

「絵里さんしかそんな人はいないので無理です」

「おお、さすがは静真の元生徒会長……あなた、アニメ版じゃ辺鄙なところに送られてる浦女の生徒の状況把握してなかったけど、現実世界じゃ有能だったのね」

 

 「ナッツリターンならぬ留学キャンセルする人は言うことが違いますね」と月ちゃんから反撃を受け、私は仕事に戻ることにした。

 あれはアニメオリジナルの展開だけど、留学をキャンセルしたのは……そういえばあの時も「もう出発の準備を整えている」状況での取りやめだったな。

 お母さんには未だに「人を振り回すのもいい加減にして」と言われてるから「風見鶏は黙ってて」と苦し紛れの反撃をするしかない。

 

「曜ちゃん、ちょっと後にしてもらえる? ことりさん、やっと仕事に入ってくれたから」

「じ、自信作なので見て欲しくて」

 

 自信作っていう言葉に手が止まる、それを見た月ちゃんがクソデカため息をつき「分かった」と渋々って言葉がよく似合う態度で自分の前に連れてくる。

 

 最近熱心にデザインに取り組んでるのはよく知ってる、とてもよく頑張ってる。

 オリンピック候補生に選ばれるような人は集中力も才能も別格なんだな、と考えるくらい渡辺曜の才覚は認めるところ。

 

 デザインを見て「ああ、これは本気のデサインの前フリか」 なんて考えながら、スケッチブックをめくってみたり、ひっくり返したりを繰り返すも、これが曜ちゃんの自信作だと解釈するのに時間がかかった。

 

「コンセプトは?」

「最近の流行を取り入れました、周囲の可愛いを中心として、渡辺曜なりの要素もふんだんに」

「悪くない、よく勉強してる……ま、ウチじゃ取り扱えないけど、独立するんだったら手伝うよ?」

 

 よく勉強している、若い子が「あー、これかわいいねー」と目に入れるのは間違いない、手に取るかどうかは……未知数の部分はある。

 思いの外売れるかもしれないし、かわいい、で終わる可能性もある。

 

「これが自信作?」

 

 もう一回尋ねる「実は他に見て欲しいものが」と言われるのを期待していた、渡辺曜の実力はこんなものじゃないんだと言って欲しかった。

 

 正直、寒気を覚えていて、これが魂を振り絞って曜ちゃんが頑張った自信作だと言うなら、Aqoursの衣装をデザインしていた時代(三年生組卒業後) に私がこの子に期待をした全てが否定されるんじゃないかって、怖かった。

 

「ターゲットは日本の10代の女の子、羽織ったら他の子とは違う、注目を集めるとかではなく、この子はレベルが違うと思われるようなデザインを」

「分かってる」

 

 何が受けるかは未知数の部分があるけど、よく売り出されるものには商売が絡んでくる、だからこれは「売れる」とは思う。

 

「Aqoursが理亞ちゃんを破ってラブライブ二連覇を果たした時、そして一年生組が準優勝した時……その時の衣装は……自分の判断もあるけど、ラブライブっていう大会の中でトップだったと思ってる。これは桜小路も語ってるよ、なんかチャラチャラした集団が歌って踊るのかと思いきや、とんでもない衣装を作る奴がいるじゃないか」

 

 μ'sとかA-RISEも「洗練されたデザイン」とお褒めの言葉をいただけるけど、Aqours以降にステージ衣装が褒められたとの話は聞かない。

 誰もが「劣化渡辺曜」と言われるくらいには、あの時の曜ちゃんは全盛期だった……それでは困る。

 

「あなたのデザインを……周囲のとか、流行のとか……そんな言葉に修飾するのはやめなさい……曜ちゃんはクビよ、面倒は見れない、自分の仕事もあるし」

「後は私に任せてください、生活の件も含めて」

「月ちゃん任せた……締め切りを破るつもりはない、食事はドアの外に置いて」

「把握しました」

 

  そんな会話をして……気がついたら真昼間だった、曜ちゃんとそんな話をしたのが夕方だったから、その後寝食もそっちのけでデザインに集中していたことになる。

 

「いつもこれくらい仕事をしていただけると助かるんですが」

「無理はできないのよ」

 

 ひとまず描きあがったモノを月ちゃんに任せると、その数十分後に桜小路から電話がかかってきた「キミは死ぬつもりなのか?」とけったいなことを言うので「あんたが死ぬまでは死なない」と返しておいた。

 

「良いデザインだった、ひとまずはこれを目標にしておく」

「ハっ! 越えられずに死んだら、墓に飾ってやるよ」

「これくらいできるんだったらたまには本気を出せ」

「ルナが無理~ってウマ娘っぽく言うのがかわいそうで本気出すのを控えてるんですけど?」

「私に抗えないのは死ぬことだけだ、キミのデザインなんぞはすぐに超えられる」

「超えてから言え」

 

 安心したらお腹が空いてきた「あー、もうちょっと美味しいものが食べたいなぁ」と独り言ち、すっかり冷たくなった食事を口に含む。

 

 それからこれみよがしに置いてあった手紙を観、

 

「……なるほど梨子ちゃんなら、何とかしてくれるかもしれないか」

 

【渡辺曜は預かった、デザイン界でもてはやされる日々をせいぜい享受しておけ……それからAqoursのメンバーの面倒を見ていただきありがとうございます、この不始末は自分たちで解決するつもりです。今までありがとうございました】

 

「素直なんだか、性格が悪いんだか分からない子だ」

 

 曜ちゃんの才能に関しては梨子ちゃんも認めるところで「あの子のデザインのせいで曲が目立たないじゃない」と。



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人の努力を自分の努力と一緒にするな

 Aqoursの衣装はルビィちゃんが担当することになってた。私としてはダイヤちゃんとか鞠莉ちゃんにフォローしてもらえると思ってたし、その実三年生組も乗り気だったのは知ってる。

 だけども6人でAqoursを名乗るなら、卒業した人を頼るわけにはいかない、と渡辺ときたら「自分が全部やる」と言い出した。

 

 その時の曜ちゃんの裁縫のレベルって言ったら「玉結びを何とかできるレベル」で、今の自分だったら「寝言は寝て言え」「ホラ吹きも大概にしろ」と胸ぐらを掴みあげながら言えただろう。

 

 でも、当時の私は千歌ちゃんや曜ちゃんの後ろに隠れている方が安心できたから、不安を棚に上げて「まだ次のラブライブまでには時間があるから、やってみたらいいんじゃないかな」と言った――言ってしまったのだ。

 

 ことりさんを怒らせた――との話題はすぐさまAqoursの知るところになり、引き取り手は数多だった。

 ダイヤちゃんも「パシリとしては最適」と言ったし、果南ちゃんも「お、水属性が増えるんだったら歓迎するよ」と言ったし、鞠莉ちゃんも「車の免許を取らせよう」と乗り気だった。

 

 もちろんルビィちゃんや花丸ちゃんも「クビになったんだったら仕事を手伝ってもらおう」とすぐさま歓迎の意を示し、私の意思をくんでくれた「よっちゃん」「千歌ちゃん」以外は「こっちに来なよ」と。

 

 渡辺っていうのは何をやらせても上手く行く人、学力に関しては不安があるにせよ、ダンスだって最初から上手に出来てた。

 果南ちゃんや鞠莉ちゃんが自由に扱えるパシリとして欲しがったのはよくわかる、渡辺なら砂漠の中に放置しておいてもいつのまにか帰って来る能力がある。

 

 軽く人間をやめていると評判になる、A-RISEのリーダーであるとか、絵里ちゃんにも「同じ時代にアイドルやってなくて良かった」と、本当にマジで安心した表情で言われたこともあるし、水泳勝負では二人を寄せ付けずに完勝した。

 

 六人時代のAqoursがラブライブで優勝できたのも、だいたい曜ちゃんのおかげだと言ってもいい。

 私たちが卒業した後「衣装は曜ちゃんにやってもらうからいいよね」と強硬にルビィちゃんに言われたことからも「Aqoursの衣装担当は渡辺曜以外にはありえない」って考えは共通事項だったんだと思う。

 

 アニメで妙なキャラクターがつけられてしまったけど、曜ちゃんが九人のAqoursの時代から衣装担当にされたのは、その辺りのイメージもある。

 

 繰り返すけど、九人のAqoursの時代には黒澤姉妹を中心とした持ち回りで、曜ちゃんは完全に戦力外通告だったんだ。

 曜ちゃんが衣装を担当すると発言した時に果南ちゃんが「ミシンもろくに使えない曜が?」と「やめときなよ」と止めたのも印象的だ。

 

 彼女は千歌ちゃんの「果南ちゃんは誘ってないけど、メンバーに入れてるよ」に「分かった」と応じた聖人だ、そんな彼女が「やめときなよ」と言うくらいなんだから、よっぽどだった。

 

「ハァー? もうちょっと真面目に働いてくれないと困るんだけど?」

 

 渡辺を引き取ったのは私だ「スナックでコキ使うつもりだから」と強硬に主張して、千歌ちゃんにも手伝ってもらった。

 「最終的には曜ちゃんの意思」になったけど、二年生組が揃って「ウチ」と言ったから渡辺に選択肢はなかった。

 

「梨子ちゃんは鬼教官であります」

「それが働いてお金を稼ぐってことよ、あなたニジガクの一年生にもそんなこと言ったんでしょう?」

 

 愛ちゃんのもんじゃ騒動が記憶に新しい、ことりさんがもんじゃの作り手として信頼していたのに手を抜くって失態をかました一件。

 ことりさんの反応が酷いんじゃないかとニジガクのみんなは考えたみたいで、その時に渡辺は「一度の失態がとんでもない事態を招く」と言って感動を生んだそう。

 

 よもやそれから半年も経たないうちに、自分がとんでもない失態でことりさんから「もう面倒を見れない」とそっぽ向かれるとは、当時の渡辺は知る由もないだろうし、もしも知っていて言っていたら「後で魚の餌にしてやるから覚悟しておけ」

 

「何で突然魚の餌に!?」

「おっと、心の声が漏れてしまった、 悪いわね」

「何を考えていたの!?」

「作曲家の頭ん中を知らない方がいいわよ? 真姫さんの頭の中を知りたくないでしょう?」

 

 作曲家ってくくりじゃなくても、スーパーコンピュータでも積んでるんじゃないかって人間の頭の中を覗きたくはない。

 私みたいな凡人は天才を羨ましいな、と思ってるくらいでちょうどいい、変わろうとは思わない。

 

 それに自分みたいな凡人が作る曲だから、千歌ちゃんが作っても、花丸ちゃんが曲作りしても、Aqoursの誰かが歌詞を書こうとも作曲家は桜内梨子しかいないと信用してもらっている。

 

 ミア・テイラーは天才だ、海未さんが歌詞を書こうが、千歌ちゃんが書こうが、作詞家に合わせた曲を作ってくる。

 SunnyPassionってスクールアイドルに聖良ちゃんが歌詞を提供した時も「あの二人に合うサンバっぽい曲」との指示に合わせてきた。

 

 なんだサンバって、と誰しも聖良ちゃんの発言を疑っただろうし。

 パフォーマンスを観たときも、レベルとしてはUTXとかの強豪に及ばないけど、十中八九東京予選を通過するのはあの二人だと確信できた。

 

 今は結女の学校祭に集中してもらってるから、絵里ちゃんにはサニパのことを知らないはずだけど……あの二人を見たら腰抜かすだろうな……。

  ゲストとして登場した時にどんな反応を示すのか……誰かしらに録画しておいてもらおう。

 

 ――あまりにも驚いてポックリ逝く可能性もある、働かせすぎないようにしないと。

 

「で? どうしてこんなクソみたいなデザインに自信を抱いちゃったのかな?」

 

 渡辺をコキ使って数日――ルビィちゃんにも「言いたいことがあるから、早く用件を済ませちゃってね?」と脅されてる。

 今までダイヤちゃんは「怒らせるとすごく怖い」のは知っていたし、よっちゃんもあれはあれで怒るときは怒る。

 

 が、ルビィちゃんが「お姉ちゃんたちは衣装の素人だから」と止め、私に対しても「きっかけを作ってくれたのは梨子ちゃんだから」と信頼ゆえに任せてくれてる。

 ……ここで曜ちゃんに発破をかけられず「梨子ちゃんのこと信頼してたんだけど~」とか言われたらハートブレイクする――一度の失敗でとんでもない事態を招くのは渡辺曜が示してくれた、ここは成功しないと。

 

「梨子ちゃんにクソみたいなデザインと言われるほど、悪くはないと思うんだけどな」

「そうかしら? 私はあなたの全盛期を知ってるから、もう渡辺は終わったなって思うくらい……これはひどいと思うわ」

 

 さすがに気分を害したのかこちらを睨みつけてくるけど、μ'sとかA-RISEのヤベーやつの視線に比べたら大したことない。

 絵里ちゃんが「希?」と一言言っただけで彼女をチビらせたのは記憶にも新しい――あと、A-RISEはみんな怖いけど、英玲奈さんはやばい。

 

 理亞ちゃんがラブライブの結果から「自分はA-RISEより上」と言った時に、たまたま英玲奈さんの顔を見ちゃって腰を抜かすかと思ったね?  ほんの数秒だったけど「あ、殺されるわアイツ」って思うくらい怖かったね?

 

  幸運にも理亞ちゃんはそれを目視してなかったおかげで、Liella!の神津島送りに付き合わされたり、岐阜の農場に手伝いに行ったりの左遷を「パシリ」だと思ってるみたいだけど……。

 

 なお、絵里ちゃんは鼻で笑っていたし、ツバサさんも気分を害した様子もなかった。

 「自分たちを素人にしか見えないって言った奴がいるくらいだからね」と絵里ちゃんを引き合いに出してネタにしたくらい。

 

 ……ただ、今にして思えば英玲奈さんの様子に気がついていたから、あえて自分たちが怒らなかったんじゃないか、とは考える。A-RISEの推しのニコさんでさえ「実績を残してから言いなさい」の一言で済ませたくらいだ。

 

 うん、やっぱり後々、ルビィちゃんには曜ちゃんを怒ってもらわないとね、私は発破をかけるだけで十分、デザインは専門外だ。

 「あー、英玲奈さんと同じくらいルビィちゃんは怒ってるなー」と、どっちも見た私だからわかる。

 頑張れ渡辺、私のあからさまな挑発に怒っている場合じゃない。

 

「……梨子ちゃんには分からないんだよ」

「曜ちゃんがデザインを始めた時――あなたはミシンすら使えなかった」

 

 千歌ちゃんからμ'sってスクールアイドルグループは知らされていても、スクールアイドルAqoursで頑張ってしまったがために、南ことりの衣装とか、西木野真姫の作曲とか、園田海未の作詞とかに目が行ってなかった。

 

 九人での活動が一段落した時、千歌ちゃんと連れ立って東京に行った。

 その時たまたまなんたら女学院のパリ校の個展が開かれていて、桜小路ルナとかユルシュール・フルール・ジャンメールとかことりさんとか、今やデザイン界を席巻している面々の作品が置かれていて、千歌ちゃんはことりさんの名前に惹かれて入ったに過ぎなかった。

 

 その時には「え? これが千歌ちゃんの言ってたμ'sの人のデザイン?」と変なことを言っていて「あー、曜ちゃんはなんにもわかってなかったんだなあ」と千歌ちゃんは考えたそうだけど。

 

 静岡に帰って早々「Aqoursの衣装デザインは私がやるよ」――千歌ちゃんも「目玉が飛び出るぐらい驚いたよ」と笑うけど、Aqoursのメンバーはみんな驚いていたはず。

 

 私の「ラブライブまで時間があるから」のセリフさえなければ、Aqoursの衣装担当はルビィちゃんだったろうに、巡り巡ってこうして渡辺のチョンボをフォローしている、まさしく因果応報。

 

「言ってみれば0点、死に物狂いで努力したよね、私はドン引きしたよ、ルビィちゃんが宝物だって言ってデザインノートを独り占めするわけだ」

「見たの?」

「いんや、努力しているのは知ってる……私は凡人だったから、渡辺曜に見合う曲を作らなくちゃいけないって、それどころじゃなかった」

 

 絵里ちゃんも「プロのピアニストみたい」ツバサさんも「あなたは凡人なんかじゃない」と苦笑いしながら言うけど、私は紛れもなく凡人だ。

  それでもAqoursに相応しい曲作りができる凡人だった、今もなおその名声で共演したいとか言ってくれる人もいるけど……残念なことに、まだ、私は私に満足が行っていない。

 

「曜ちゃん、テスト勉強ってあんまりしたことないでしょ」

「それって今話題に出すべき事?」

「……あー、分かりづらいかもしれないか、じゃあ、理亞ちゃんいるでしょ?」

「そりゃま、千歌ちゃんに殺されてない限りはまだ生きてると思うけど……」

 

 あの発言は千歌ちゃんの逆鱗に触れたんだな……彼女をして「初めて見たスクールアイドルがμ'sじゃなくてA-RISEだったら、スクールアイドルを諦めていたかもしれない」と笑う別格の存在。

 

「理亞ちゃん、A-RISEと比べちゃうと格下だけど、今もすごいレベル高いでしょ?」

「うん、ツバサさんとかから格下扱いされてるから、ランジュちゃんが勘違いして勝負を挑んで完敗したよね」

「ん、その後に果林ちゃんも仇を打とうとして完敗したね」

 

 その後に「こんなんじゃ足りない」と傷口に塩を塗り込まれたけど、敗戦を知って二人が強くなることを願いたい。

 

「曜ちゃんは理亞ちゃんと同じ場所にいる」

「……でも、ことりちゃんからダメだって言われたよ?」

「ツバサさんだって、絵里ちゃんだって、理亞ちゃんを馬鹿にするでしょ」

「え……?」

「トップデザイナーが満足するレベルだよ、曜ちゃん……あなたが目指しているのは、顧客のニーズなんかじゃない、この世の中に一握りしかいないような天才が満足するような……そんな作品を作れって言われてるのよ」

 

 だけどどうやら時間切れだ――ここからの説得は、彼女に任せなければいけない。

 

「ごめんね、ルビィちゃん」

「ううん、後は私に任せて、ほら、曜ちゃん行くよ!」

「ど、どこへ!?」

 

 どこかへと連れて行かれる曜ちゃんを「地獄で再会しような!」と見送る。

 

「あーあー、言っちゃったなー……私みたいな凡人が、曲作りで地獄を見ようなんて……まあ、ルビィちゃんに失言して魚の餌にされる可能性はまだ否定できないか」

 

 

「……曜ちゃん、0点から点数を上げるのは簡単だけど、90点から100満点にするのは、今までにやった努力じゃ通用しないのよ……ルビィちゃん、あなたなら教えられる……頼りない先輩でごめんなさいね」

 

 



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負けない限り勝負は続く……でも

 普段は喫茶店だけど、何かあれば締め切られて説教部屋に変わる――そんな場所に曜ちゃんを伴って来ました。

 何かに怯えたように「魚の餌にするのは勘弁してください」と震えながら言うけど、未来を決めるのは曜ちゃんだし、魚の餌にするのはお姉ちゃんです。

 

 そんなふうに言ってみると彼女はギョッと目を見開き「とりあえず何か注文しよう」と私がメニュー表を差し出すと「どうせなら最後に大好きなハンバーグを食べたい」と項垂れました。

 

 たまたま材料を確保していたのか、それともおせっかいなみんなに「是非にも最後の晩餐に」と用意されたのか、熱々の鉄板に乗せられたソレは空腹感を呼び覚ますのに十分でした。

 

「曜ちゃんが描いてたデザイン……量があったから選別させてもらったよ」

 

 「どうせ最後だからこれが食べたいあれが食べたい」と注文の多い渡辺曜ちゃんを眺めながら、私は彼女が描いたデザインを一縷のミスもないように採点する。

 

 あえて言うならどれも100点満点に近い出来――それは褒めすぎかもしれないけど、90点以上なのは間違いない。 

 

 ことりさんが相手だから「曜ちゃんの実力ってこんなものだったの?」と言われるけど、もしも一般的な……いや、もう、日本のトップクラスのブランドでも勇んで「商品化しましょう」「今後ともよろしくお願いします」と言われるのは間違いない。

 

「……うん、これが95点で一番高い点数かな」

「ん?」

 

 超高速で平らげられるメニューに箸をつけるのを止めて、曜ちゃんがこちらを不思議そうに眺める。

 首を傾げながら「あっ!」と一息漏らして

 

「3000点満点とか?」

「クイズダービーじゃないんだよ」

 

 絵里さんが「綺羅ツバサに3000点」と言って、μ'sとA-RISEの皆様が笑っていたけど、元ネタがわからない若々しい世代は「わけがわからないよ」みたいな表情をしていた。

 

 これがきっかけだったのかグループごとに代表者を決めクイズ大会が行われた、他校からも遥ちゃんと姫乃ちゃんが参戦、トップになると「四星球」が送られることに。

 

 Aqoursからは梨子ちゃんが参加をし善戦するも「ここの出来が違うのよ」と真姫さんが脳を指差した際に憤慨、そのまま大乱闘へと発展。

 多くの欠席者を出したのが大きかったのか、近江遥ちゃんおよび東雲学院の皆様には「四星球」が送られた。

 

 なお「7つ集めると願いが叶う」のは本当らしい。

 また、乱闘の際に多くの物品が破壊された影響で「二度とやるな」と理事長が絵里さんとツバサさんの頭を鷲掴みしながら言ったため、開催は予定されてない。

 

「100点中だよ」

「これはことりちゃんから酷評を食らったやつで」

「求められているものが違うの、梨子ちゃんにも言われたでしょ?」

 

 ちなみに酷評を頂いたってのも間違い「そんな次元で満足してるなんて」の失望もあったし、曜ちゃんにも自信があったのか「これは周囲から見て満足する出来だ!」みたいに言って呆れに拍車をかけた。

 

 何度でも言うけど、Aqours以降にラブライブに参加したグループで「衣装判定S」をもらった人がそもそもいない。

 自分たちで作成し、かつ高い精度を誇るものだと「S」判定がつけられるそう。

 

 過去のラブライブではことりさんと曜ちゃんしかもらってないもので、μ'sとA-RISEの勝負は「どちらが勝ったのか」と論争の種になるけど、私としては衣装の部分が大きかったんじゃないかと思われる。

 

 そしてことりさんは「曜ちゃんが先だったら、自分が彼女よりも良い評価をもらうことがなかった」と言っている。

 

「ねえ、曜ちゃんはどうして満足しちゃうの?」

「……」

「や、違うよね?」

 

 曜ちゃんが「満足しているから成長が止まっている」と嘘をつこうとしたので「違うでしょ」と言った。

 満足しているかと聞かれて満足してると頷いたけど、自分で満足なんかしちゃいないから周囲の、とか、はやりのとか、語頭に付けてデザインを説明しちゃう。

 

「どうして?」

「自分のやりたいことに気がついたからさ」

 

 何回か「どうして?」と聞いたけど、一向に口を開く様子がなかったので「もしもし、お姉ちゃん?」と電話をかけたふりをすると、それから曜ちゃんは9回目の「どうして?」で答えをくれた。

 

「……私がやりたいのはデザイナーじゃなかったんだ」

「え?」

 

 絵里さんやツバサさんに赤子の手をひねるように勝利した水泳をやるではなし、任せられたからと店長してた頃に戻りたいわけでもなく。

 てっきり私は「デザイナー」こそが自分の天職だと思っていたと推測してたけど。

 

 嘘をついてる気配はない、もう一回繋がってないスマホに向かって「曜ちゃんを魚の餌にする件だけど」と言ったけど「私のやりたいことができないのならそれでもいい」と真剣な面持ちで言われた。

 

 ――めちゃくちゃかっこいい、梨子ちゃんも「うわっ、渡辺めちゃくちゃイケメンじゃん!」と言うこともあるし、曜ちゃんのファンクラブに今でも参加しているのはほぼ100%女子。

 

 ちなみに千歌ちゃんのスマホの待ち受けは、こういう表情をしている時の曜ちゃんだったりする、早くくっつけばいいのに。

 

「私は……Aqoursの衣装を作りたいんだよ」

「……」

「着るのも、Aqoursのみんなじゃなくちゃだめ、どうしても加減しちゃう……デザイナーはそんなに甘い世界じゃなかったよ、いつことりちゃんから破門にされるかなって思ってた」

「……ハハ……」

 

 天才だ……ルビィはずっと「曜ちゃんよりも衣装担当に相応しい」って……出来とか、そういうのじゃなくて、お姉ちゃんとずっと作っていたっていうのもあるし、三年生が卒業する前には「衣装はルビィに」と言われていた。

 

 曜ちゃんが衣装を作るよって言い出した時、すぐに投げ出すんだろうなって思った、本当にミシンも使えなかったから。

 

 彼女が卒業してからも「衣装担当は曜ちゃん」って言ったのは、ちょっとした復讐心もあった、花丸ちゃんやサファイアお姉ちゃんと私でパフォーマンスをした時に「ルビィちゃんの衣装の方がいいよね」と言われたいがために、影でずっとずっと努力を続けてきた――結局越えられずに「衣装評価A判定」

 

 「外部依頼で制度の高いもの」につけられる評価が理亞ちゃん相手の敗戦に繋がったわけじゃないけど……。

 

 こんな人に勝てるわけない……ただでさえ世界的にも認められるようなデザイナーに「才能がある」と言われる人が「Aqoursじゃなきゃ全力を出せない」と言う。

 

「ああ……だからあの時、花陽ちゃんは……」

「ん?」

「一回ね、私が衣装担当だったらどうだったかなって、聞いたことがある、花陽ちゃん、今でもスクールアイドルには詳しいし、アイドルの知識もある……だからそんな人から見て、自分がAqoursの衣装のデザインをしていたらどうだったかなって」

 

 遠慮なくって言ったら、本当に遠慮なく「曜ちゃんには絶対に勝てなかったと思うよ」と断言された。

 

 そりゃそうだよね、相手は「Aqoursが着てくれないと全力を出せない」とか言っちゃうんだ、ことりさんとかから「あなたには才能があるよ」と言われたらルビィ……全身全霊でデザイナーとして頑張っちゃう。

 

 でも、どんな人から「才能がある」「あなたはトップになれるかもしれない」と言われても「Aqoursのみんなじゃなきゃ嫌なんだ」と曜ちゃんは言う。

 そんな人に……こんな甘い自分が、勝てるわけなかったんだ。

 

「負けました……Aqoursの衣装は曜ちゃんが作るべきだね」

「まるで再結成するかのような言い方」

「するでしょ、あの千歌ちゃんだよ? 近くでμ'sのメンバーが踊ってたら、高校時代に戻ったみたいに無垢な表情のままでさ、私たちも! って言い出すに決まってるよ」

「……あー、それはこんな表情かな?」

「曜ちゃん……高校時代の千歌ちゃんの顔面アップの待ち受けなの?」

 

 一矢報いるために「気持ち悪いよ?」と言ったら、厨房の方からAqours三年生組の「気持ち悪いですわ」「気持ち悪いね」「ベリー気持ち悪いわ」との声が聞こえてきた。

 

 ……誰かしらいると思ったけど、まさか全員いるなんて。

 

 



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またまた巻き戻ってしまう

 ――終わらない夏休みを延々と繰り返していたことも、私が倒れない未来のために試行錯誤したのもまた、あずかり知らないところで密かに行われていた。

 私が「そういえばそうだった」と気がつく時には、おせっかいな面々が問題を解決した後であり、そうなれば「なんでこんなことするんだ」と文句なんかは言えない。

 

 けど、腑に落ちない気持ちは何度も抱えており、リセマラじゃないんだから、そんなにポンポンループさせないで欲しいとは、言いたい。要望を聞き入れてくれないのは重々承知だけど、言いたい。

 

 起床した時に「スマホを確認したくない」気持ちと「日にちを確認しなきゃ」の気持ちがせめぎ合う。

 今日は何月何日だ? とか、忙しい日々を送っている方々ではあるまいし、日付の感覚をいちいち確認せねばならんとは……やっぱり文句は言いたい。

 

 虹ヶ咲学園で行われた選挙の翌日になってるのをスマホにて確認し「ホワァ!!!!」と叫びそうになった――でも、まだ時間が早い、夏とは違って太陽が出る時間も次第に遅くなってる。

 

 自分に何か原因があるのか探る。

 たしか……曜ちゃんがことりにクビにされたと聞いた。Aqoursで問題は解決するから、と介入するな、とばかりに睨みつけられた。

 問題の解決には至った様子だけど、梨子ちゃんが「渡辺ェェェェェ!!!」と叫びながら胸ぐらを掴みあげたので、彼女の想定とは違う思考を曜ちゃんがしてたんだろう。

 

 興味本位で聞いてみたけど「ごめんなさい」と真剣な調子で頭を下げられたので、あまりにも可哀想だからそれ以上問い詰められなかった。

 こちらを殴りつけてくれれば「私が殴られたんだから言えるよね」と続けられるけど「これ以上は聞かないで」と頼まれてしまえば、殊勝な私は「みんなも聞かないこと」と見回しながら言うしかない。

 

 ……おそらくこれは、今回のループ現象とは無関係と思われる。どちらかといえばμ's再結成の問題を後押しし、私にとっても都合が良い。

 もしもAqoursが自分たちと同じように9人で、と言うなら大歓迎だ。

 同じ時代にスクールアイドルにはなれなかったけど、同じ時代にみんなで集まることはできる。

 

 手荒な連中と結女に殴り込みをかけたのも無関係のはず――Liella!が神津島に送られたのは千砂都ちゃんの失言がきっかけだけど、どちらかといえば「鹿角理亞の島流し」が大元の理由であり、それに巻き込まれたに過ぎない。

 

 私が希に「私とニコがどうして9人で集まりたがらないか知っていたわよね?」と確認し、彼女が震えながら「今を生きるスクールアイドルのため」と答え――まあ、そこまで忘れたとは思わない。

 できるだけ自由でいて欲しいから「自由人っぽく振る舞うように」と忠告して「いいの?」と言うから「私がお願いしてるのよ」と苦笑いした。

 

 私もそうだけど、ニコも気がついていた――自分たちが仲が良すぎることを。

 何かがあれば――や、何もなくても9人が簡単に集合できる。忙しい面々もいるけど、予定を立てれば「どうしても無理」はありえない。

 

 ……それこそありえないんだ、私たちは高校卒業して何年経つ? 連絡が取れなくなることもない、顔を合わせるのは数年ぶり、もない。

 ニコがアイドルやってる時代、私が大学に通いつつぶらぶらとしていた時代……忙しいはずのニコも一年に数回9人で集まる時には参加していた。

 

 海外留学していたことりは「ごめんね」と言いつつ、ちゃっかり参加する機会を持っていた……まあ、私がなんたら女学院に殴り込みをかけた結果、パリと日本とを行き来しやすくなったのも影響してるんだと思う。

 

 学校の偉い人に「また金髪とチビがこっちに来てもいいのか」と脅迫したみたいだ……ま、まあ、ことりがそういうワガママを言えるほど才能を発揮したと……信じたい。

 

 このまま仲良しでいいのか、と、考えるのが私の悪い所で……ニコに「このままでいいのかな?」と聞いた。

 さすがのニコでも「何が?」と意図がわからなかったみたいで、再度説明を求められてちょっと言葉に困った「私たち仲良しでいいのかな?」と言って良いのか悪いのか。

 

 でも、話し始めてしまったから「9人で集まりすぎじゃない?」と言うしかなく、言われたニコも「こちとら時間を作って集まっとるんじゃ」と怒気を含ませた言葉を吐くけど、しばらくして「そうよね」とうつむいた。

 

 

「……私ね自信があるの、何年後の夏でも9人で高校時代に戻ったように……すごく楽しい夏を過ごせるって」

「馬鹿じゃないの? でも、私もその光景が思い浮かぶわ。真姫ちゃんは何年経っても変わらないんでしょうね」

「最初のうちはねかっこいい顔してるのよ、私、大人になりましたみたいな……酒が入って、ボロが出るの……同じなのよ」

「どうする? 子ども……あー、恋人とか、まあ、結婚とか……そういう、μ'sよりも優先しなければいけない事情があっても……こちらを優先する、なんてことになったら」

「ダメ?」

「……ダメだから、言ってるんでしょ?」

 

 できればニコから「ダメに決まってんでしょ、何を言っているのよ」と背中を押してもらいたかったけど、あなたはダメだと思ってるんでしょ? と本心を読まれてしまった。

 

「……正直、私が言って聞いてくれるとは思わない」

「絵里、自分だけがそう、そんなふうに考えないことよ、私が言ったって、何を言ってるのニコちゃんよ……穂乃果からすればね」

 

 忙しくても穂乃果から誘われれば「まあ、穂乃果が言うから」と、私も考えるだろうし「こんな風に集まるのは不健全だと思う」と提案しても「何言ってるの絵里ちゃん」で終わる。

 

「……しょうがない、私が集まれない状況を作るか」

「あなたには無理でしょ?」

「じゃあ、ニコにはできるの?」

「私にも無理よ」

 

 こちらの様子を伺うこともなく楽しそうにしている希には申し訳ないんだけど、彼女が同調してくれる理由付けをした。

 もちろん嘘じゃない、スクールアイドルをやっていたから卒業しても仲良し――私たちがやってたのは部活だ。

 学校を卒業したら一度終わらせなければいけない、終わらせるからこそ仲間と頑張れるスクールアイドルだから。

 

「高校卒業して……もう一度ラブライブ! なんてコトができるグループは……やっぱり不健全よ」

「まったく……あんたこそ、そういう状況にならないように健康には気をつけときなさいよ?」

 

 父親を早くに亡くしたニコに「健康には注意するように」とここで忠告されたにも関わらず、結局私は無理をして倒れるハメになった。

 彼女の思惑通りかそうでなかったのかは不明だけど「くたばる前に9人で集まる」方向になったのは……何と言うか不健全ではあるけど……。

 

 

 私とニコとで「かれこれこういうことで」と希に説明をし、念押しするようにニコも「あなたに任せるから」と言う。

 どちらかといえば9人で集まるのを望んでいた彼女は「え? 今のままでもいいじゃない?」と言うけれど「いつまでも学生気分でいられないのよ」「だんだんとそういう方向性でね」と説得をした。

 

 ……が、希が不安を覚えたのか、花陽も巻き込んでしまった。希一人だけだったら「三年生の考え方で」とみんなに説明でき「希は巻き込まれただけだから」とフォローできたのに、凛との関係に迷っていた花陽を「後のスクールアイドルのために9人で集まれないようにする」ためのメンバーに入れてしまった。

 

 私がすっ飛んでなんとかしようと思いきや、ニコの行動が早すぎた。

 自分が到着する頃には「希が絶対に何とかしてくれるってさ」と首を振りながら言うので、ニコにも希にも弱みのある私は「なんとかできなかった時にはわかってるでしょうね?」と強く言うしかなかった。

 

 なんか9人で集まる機会が少なくなったよね、と穂乃果に言われても希一人が協力者なら「やっぱりなんやかんや言って忙しいもの、社会に出てると機会が少なくなるのよ」と言えたのに。

 

 穂乃果よりも年下でかつPrintempsで同じユニットを組んでいた花陽を仲間に引き入れられたので「でも、花陽ちゃんまで受けが悪いんだよね~?」とまで言われてしまうので「それぞれに大切なものができたのよ」と、白々しく言うしかなかった。

 

 おかげで「どうしても花陽さんを妹のサポートにつかせたい」のダイヤちゃんの願い事を「花陽のやりたいことを優先」と言えなくなってしまった。

 そしてそちらの方が都合が良かった。距離をとれれば「花陽は忙しいから」と彼女を守ることもできた。

 

 ちょっと話ズレてしまったけど、ニコは「いい、9人が集まる状況になった時……集まれないメンバーが嫌われてしまいそうになった時、その時は絶対に何が何でも9人が集まる状況を作るのよ? 花陽には絶対にそれは忠告しなきゃダメよ?」と。

 

 ニコは「東條希は自分の忠告を覚えていたけど間違えた」で「あなたを信用していたのに」と泣きながら怒ったけど。

 私は希とニコ以上に仲がいいと思ってるから「覚えとるに決まってるやん」って嘘を看破し「希?」と本気で憤慨して睨みつけてしまった。

 

 凛やことりから「尿漏れ」と希がネタにされてるのを止めないのも、ニコは嘘をつかれたのに感づいて怒ってるからだし、私にも許せない部分がある。

 もともと自分たちの提案で希の意思を捻じ曲げたから必要以上に言うことはないけど……私たちの「花陽が悪者になってしまうような状況は避けてね?」を忘れられてしまったのは、やっぱりもうちょっと怒って良かったんじゃないかと思う。

 

 が、どれもこれも「しなければ良かった」過去ではあるけど、巻き戻してまでやり直そう――とはならないはず。

 

 神津島から戻ってきたみんなが「すごいユニットがいました」と「これから自分たちも頑張らないと」と言ってたのは……うん、これはなさそう。

 ただ、調布飛行場から小型飛行機で神津島に向かった際に「今度は船にしよう」と結論づけるイベントがあったのも……「しなければ良かった」範囲の些細な話だ。

 

 ちゃんとエチケット袋に出来たって言うし、酔っ払った真姫が一回耐えきれずに私の顔に吹きだしたことがあるし。

 「殴られたり蹴り飛ばされたりするよりも痛くないから気にするんじゃない」と言ってしまってから、なおさら彼女の好感度が上がってしまったけど……。

 

「……そういえば、真姫がコソコソと何かをやってる? 梨子ちゃんに挑発したのも、シチュエーションではあり得るけど……西木野真姫の行動としてはおかしい、あえて、あのような態度をする必要があったんじゃないか……や、あの後に曜ちゃんがクビになって……うん」

 

 どこまであの時の状況が「現状」になってるかも確認しておかないと、何も知らないふりをするのも……結構疲れるんだけどな。

 

 



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かのんキレる

 皆様は世界三大珍味をご存知だろうか? いずれも癖の強い食べ物で好き嫌いがはっきりしている――あいにくと絢瀬絵里としては、食べる機会が少ないために、素晴らしいものとは判断できないけど。

 とにかくまあ、高級食材……あるいは価値のあるものとして取り上げられる。

 

 第二に美味しくない食べ物とは何だろうか? 好き嫌いは別にして、美味しくないのは体が拒否をする、あるいは戻してしまう――そんな食べ物を美味しくないと言っていいんだと思う。

 

 あれが美味しくないこれが美味しくない、そんな話ははたまた論争の種になりがちだけど、すごく美味しくない物っていうのは、誰しもが「これは美味しくないから捨てましょう」と結論づける。

 

 あらゆる人たちが汗水流して苦労して作った代物を不出来であるから、とナシにしてしまうのは心苦しくもあるんだけど、食べたところですぐに出てくるような物体は、やはりなしにしてしまった方がいい。

 

 あの温厚で、誰に対しても心優しく、自分を犠牲にしてでも誰かを守りたいと希う強い少女――や、もう少女とは呼べない年齢だけども、あの、小泉花陽でさえ「そんなものは食べちゃダメだっていつも言ってるんじゃない!」と、 オトノキ時代には生徒会長として、はたまたスクールアイドルの先輩として、敬意を抱いていた金髪の頭を強くはたく。

 

 そのような物体なのだ――世界三大……激マズ料理人達が作る代物は、どんな聖人君子であろうとも「これは毒物だから捨てなくちゃだめ!」と、厳しい態度を取らせてしまう――そんな、とてつもなく凶悪な物体なのだ。

 

 花陽の幼馴染である星空凛の作る料理というのは、これまた独創的な味をしている、口の悪いことりなんかは「独創的の独りって漢字が毒物の毒だよね」と表現するけど、的確かどうかは任せる。

 度々お見舞いされれば神様も「人類は神を超越している」と表現する。

 

 脂汗を流しながら完食する姿があまりにも可哀想なので「仕方がないから食べてあげるわよ」と、苦笑いしながら口に入れる。

 

 オリジナリティって言葉があるけど、オリジナルっていうのは……どんなものでも許されるっていう言い訳の言葉じゃないんだな、ある程度基礎となるものがあって、そこからアレンジを個人で加えるのがオリジナリティって他の人から表現されるものなんだと……私なんかは考える。

 

 凛の場合は根幹とする料理センスそのものが破綻しているので、作り上げられる代物は、当然破綻した物体Xになってしまう。

 

 だけども「絵里ちゃん食べてくれないの?」と首をかしげながら、上目遣いをされてしまうと、花陽が眼でこれは捨てるべきだよと懇願するように眺めていても「食べないわけがないじゃない」と、笑いながら言ってしまう。

 

 その笑いには苦笑いも含まれているけど、もちろんおくびにも出さない、遠巻きに眺めている一同が「アイツは底抜けのバカなんじゃないか」と考えているのが、眼を見ただけでわかる――こういう時に一番辛いのが、近くにいる花陽の呆れたようなため息で、本当にこの人は何を考えてるんだろう? 

 

 と、言わんばかりなのが本当に心苦しい。先輩に対してそのような態度をとれば、私に対して好感度の高いPrintempsの面々が先輩に調子こいた態度とってるんじゃない。

 

 なんて考えるのが手に取るようにわかる、彼女達の性癖はやや特殊で、感情をできるだけ表に出さないようにするから、こちらも性根を読み取って気がつかないふりをしているけど……好きな相手にはできるだけ素直になってほしいものだ、人間は普通素直な好意の方が嬉しく思う。

 

 南ことりも、顔と声は天使なのに発言は悪魔にしか聞こえない――そんな陰口を叩かれなくてすむ、陰口を言うような人間と仲良くなりたくない、とことりは笑いながら言うけど、敵はできるだけ作らないでいただきたい。

 

 敵なんてものは自分の知らないうちにできているものだ、とA-RISEのリーダーであるツバサも笑いながら言うけど、私もそう思う。

 でも、自分で作ってしまうのと、勝手にできてしまうのとは違う、敵意には回避をする術がある――そうしないと私のように面倒ことばっかり送る人生になっちゃうわよと、いつか苦笑いしながらいう日が来るだろうか。

 

 ……絵里ちゃんの抱える問題に巻き込まれてこっちはいい迷惑だったよと、笑いながら言われる可能性は大いにあるかな。

 そう考えていたとしても、直接口には出さないで欲しい、いい迷惑だったという言葉は褒め言葉にはなるまい。

 

 さて、少し話がずれてしまったけど、激マズ料理人は星空凛ただ一人ではない、近くにメシマズが一人でもいるだけで珍しいというのに、まだ何人も紹介しなきゃいけないというのが頭が痛い。

 

 考えてみてほしい、もしも料理が苦手だと言うなら人間には「努力をする」という特性がある。

 例えば恐竜は強く生きるために体を大きくして、世界的にも覇権を握ったと考えてもいい、ところが寒冷化に対応ができず絶滅してしまったわけだけど、 体を大きくする努力をして、一度でも頂点に立つ――そんな存在は一握りだ、歴史的に絶滅したと結論付けられても、人間がそうならないとも限らない。

 

 後世の歴史書で人間ではない何かが「人間と呼ばれる愚かな生き物がいた」と記す可能性はないわけじゃない、少なくとも絢瀬絵里がそこまで生きていたら、人間ではない何かに改造されている。

 人間離れしているとネタにされている自分が、 実は人間ではない存在でしたなんて勘弁していただきたい。

 

 例えば君ってデビルマンに顔が似てるよね、とそんな風に言われたとする。涙する人もいるかもしれない、私も「絢瀬絵里ってデビルマンにそっくりじゃない?」と言われたら、心に大きなダメージを受ける。

 

 でも本題はそこじゃない、デビルマンに似ているよね、でも、あなたは人間だよね、なら、まだネタになるレベルだ「私ってちょっとデビルマンぽいのかしら?」と首をかしげるぐらいでちょうどいい。

 ただ、これが本当にデビルマンだったら話は別だ、似ているんじゃなくて、デビルマンだったら、もう、それは人間じゃない。

 

 

 人間離れしているだったら、そういう存在もありかな、で許されることでも「実はデビルマンでした」では、周囲の人間もドン引きだ「アイツはデビルマンだったのか」と言われるだけならまだしも「あいつはデビルマンだから距離を取ろう」とμ'sのメンバーに言われたら凹むし、ツバサに「デビルマンとは勝負できないから」と見捨てられたら死ぬほど悲しい。

 

 が、私の周囲の人間には味覚が人間のそれじゃないんじゃないか、と疑わしくなるメシマズが何人もいる。

 実は家系にデビルマンがいて、調理技術に著しく支障があるんですと告白されても「まあ、それならしょうがないわね」と納得してしまうようなメシマズが何人もいる。

 

 なんでそんな人間が揃いも揃って自分の周りにいるのか、と考えてしまうけど、類は友を呼ぶって言葉で表現されないと願いたい。

 周りの子が美味しいと食べてくれる料理が、実はそうではなかったとかなら、申し訳なくて首をくくりたくなってしまう。

 

 ……鹿角理亞の作るお菓子は見た目は素晴らしい、いっそのこと「調度品」とか「モニュメント」として活用したい、外に長期間放っておいても、なぜか腐ることがない、姉の聖良ちゃんが「虫もよらない」って言うから当然なのかもしれないけど……やっぱり当然じゃないんじゃないかな?

 

 ひとまず彼女のお菓子を一口食べると、常人はトイレに駆け込む、見た目が普通なものだから、被害者は数多くいる。

 

 西木野真姫を通じて研究材料にされたこともあった、が、中身は普通のお菓子だと判明した「現代の技術では、コレを食べると吐き出してしまうのかがわからない」と研究者の皆様が総じて首を振ったそうだ。

 

 現代の科学技術では炭火で調理をするとなぜ魚が美味しくなるのかわからない、そんな研究もあるそうだから、ひとまずはそういうことにしておこう、わからないものは分からないのだ。

 

 

 最後に紹介するのは虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の中でもトップクラスの知名度を誇り、人気も高い優木せつ菜。

 彼女の作る料理は……独特だ、以前まではツバサの弟でもある雪菜クンが相方としてデスゲイズ的な料理を作っていたけれども、残念ながら彼はかのんちゃんの手ほどきによりデビルクックとしての地位を献上してしまった。

 

 どうすればいいのかとツバサも涙目で弟の作る料理を食べながら言っていたけど、きちんとした指導により調理技術は向上した現在、姉の甘やかしが大きかったのではないか説が広まっているけど……個人的には渋谷かのんにとんでもない資質があるんだと考えている。

 

 それを含めて考えてみたい――この度のイベントの発言は千砂都ちゃんの「この中で一番美味しい料理を作る人って誰なんですかね?」だった。

 

 これがもし「この中で一番料理が下手くそなのは誰ですかね?」だったら、凛も、理亞ちゃんも、せつ菜ちゃんも乗り気にはならなかっただろうし、それどころか「そんなわけで料理を作るなんて嫌」とゴネて、ストレス解消のために私がサンドバッグにされたかもしれない。

 

 体の調子は絶好調じゃないけど、一発や二発蹴り飛ばされても平気になった。人体に悪影響を及ぼすほどに蹴り飛ばすのは罪人扱いされてもしょうがないから、やめておけと忠告したい、人の話を聞いてくれるかどうかは分からないけど。

 

 ともあれ凛たちが「いくら人から料理が上手ではないと言われる自分でも」と考えていても「こいつらには負けることはない」と、うまく煽った、それもまた千砂都ちゃんの想定通りだったんだと思う、なかなか計算高くて良いことだけど、彼女の完全たる誤算は本性を示したかのんちゃんが予想以上に怒り狂ったこと。

 

 

 あの時のことを思い出すとまだ肝が冷える。

 

「お前の団子をむしり取って、Liella!で美味しくご賞味してくれる……穂むらのお団子のあんに漬け込んでな!」 

 

 ひと癖もふた癖もある女の子だとは思っていたけど、感情が高ぶって怒り心頭に発するとはあそこまでやさぐれるとは。

 発言の内容も恐ろしかったんだけど、千砂都ちゃんにとってはお団子を毟り取られるというのが怖かったみたいで、関節の外れた人形みたいにペコペコと頭を下げる姿は、ツバサと上野動物園に遊びに行った時に亜里沙に「パンダの人形を買ってくるから」と約束をし、楽しさにかまけて手ぶらで帰宅。

 

 妹から「パンダは?」と尋ねられて全てを思い出し、海未から習った土下座をしながら、何度も何度も頭を下げた姿が……かのんちゃんに「後生だからお団子だけは」と懇願する姿とよく似ている。

 

 その姿があまりにかわいそうなものだから、メシマズ料理人たちが「自分が一番美味しい料理を作る」と言っている姿を見て「試食は私がするから」と言うしかなかった。

 

 甲乙つけがたい、どれもこれも素晴らしい、とごまかせたと思うけど、相変わらずひどい味だった。

 

 



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無遠慮に女を口説き落とす女

 寮の中は閑静との言葉が適切か分からないけど、誰も起きだしてこないこの時間が割と好きだったりする。

 この時間でも起きだしているケースがあるエマちゃんと、夜から続いて起きているかもしれないツバサが真剣な調子で話しているのが見えた。

 小声だ、話しかけづらい雰囲気も漂っている――私は正直、驚いていた。

 

 今まで、エマちゃんからのツバサの扱いは、スイスにいる妹や弟達と扱いが変わらないんじゃないかと疑われた。

 二人が並ぶとどちらが年上か、となればエマちゃんだよね、との反応が来る。知らない人は十中八九そのように答える。

 誰にとっても損をする結果なので、ツバサにもエマちゃんにも「お互いに年齢を勘違いされる」とはいいづらい。

 

 ……少し話がズレてしまったけど、今まで年下の妹かなんか、と考えていたであろうエマちゃんが下手に出て……や、今までだって、先輩としての敬意は私を含めてあったと思うけど。

 

 

 盗み聞きするのも良くないかな、と思って退散しようかと思ったけど、相談を聞いている方のA-RISEのリーダーがこちらに気がつき、その態度でエマちゃんも私に気がついた。

 

「どうぞお構いなく」

 

 手を振りながら言ってみると、ドスの利いた声色でツバサが「あなたも聞きなさい」と呼びかけた。

 エマちゃんの相談なのにいいの? と問いかけると、質問している彼女自身も「絵里ちゃんなら大丈夫だよ」と。

 

 それだと他の人には聞かれたくないみたい、と心の中で考えながら、周囲に伺っている人間がいないかどうか見回してみる。

 

「将来についての相談だから」

「……私には力になれそうにもないわ」

 

 首を振りながら言うと、ツバサも苦笑いをしながら「自分も不良な商売だからね」と言っている。

 真っ当な将来こそが人間の歩むべき人生の模範解答、とは言わないけど、妹に養ってもらってた人と、トップだけども芸能界ってちょっと真っ当じゃない立場の相手に「とりあえず大学に進学したら」とか「とりあえず就職を考えてみてもいいんじゃないかしら」とアドバイスをして説得力に欠けないだろうか。

 

 私は大学に進学をしたから「将来の選択を増やすために大学に進学するというのもありなんじゃないかしら」とは言えるけれども「でも、絵里ちゃんそれからしばらくニートしてたんだよね」とエマちゃんに純粋な瞳で見られてしまったら心は軽く砕ける。

 

 ツバサも「進学も就職もしてない手前」学生の進路相談には「もしかして説得力がないんじゃ」と不安にもなっている。

 トップアイドルなんて誰しもがなれる職業ではないけど、だからこそ誰しもに理解されるアドバイスをできるとは言えない。

 エマちゃんの求めるものは……まあ、私にできるアドバイスか、ツバサにできるアドバイスか分からないけど……。

 

「ええと……それだと相談したわたしが報われないと言いますか」

「もちろん……手前味噌なアドバイスなら私だってできるわ、一応人生経験は他の人よりも豊富だと思うし」

「右に同じく」

 

 私がおずおずと言ってみると、ツバサも左手を唇のあたりに寄せつつ首を振りながら言っている。

 ちょっと前までエマちゃんと正対していたのに、いつのまにか隣にいるのは――まあ、良い方にとっておきたい。

 

 

 いつでも逃げるためのシールドとして活用するつもりなら、エマちゃんの張り手を受ける覚悟も辞さない。

 とても残念なことに私をシールドとして活用すると、生徒からの相談を逃げた弱者とみんなから槍玉に挙げられるので、シールドとして活用されるのはエマちゃんの張り手専用……と、なるけれども。

 

 そこまでわかっていてツバサも私を置いて逃げることもあるまい。

 

「今まではね、卒業をしたらスイスに帰るつもりでいたんだ。日本にいるのはスクールアイドルをしている時間だけ……でもね、それが惜しくなってきたんだ」

 

 繰り返すけど手前味噌のアドバイスは私にもできる。

 自分で決めなければだめ、とか、自分で考える最善が一番だ、とか、まあ、ありきたりなこと。

 もっと相手に向き合うなら求めている言葉もかけられるけど、それがベストだと考えるほど、私も子どもじゃない。

 

「二人は将来とかで迷ったってことはある?」

「この人は人生の迷子だけど」

「否定はできない」

 

 迷ってばかりの人生だ、むしろ迷わないで人生を歩んでいる人がいたら見てみたい、実に興味深い、悩まずに迷わずに、即断即決で様々なことを決める人など……なんだか面白くなくてしょうがない。

 パソコンみたいな脳みそでもしていれば、将棋でソフト指しでもするみたいに最善手をホイホイと決めることもできるだろうに。

 

 やあ、人生がソフト指しするみたいに最善手ばっかり決めてたらチートを疑われるだろうなあ、私はチート的な人生を歩んだことがないのでよくわからないケド。

 

 隣にいる人は「私の人生はチート」とか「私って存在はUR」とかネタにしているけれども、そんな彼女だって悩みもすれば、考えもする。パソコンみたいにはいかない。

 

 メーテルと一緒に999に乗って機械の体でも手に入れれば、人生をチート的に全てうまくいく、となるんだろうか。

 機械の体なんて手に入れても中身が絢瀬絵里はうまくは行くまい、そして中身が絢瀬絵里でなければ、それはもう絢瀬絵里だった何かでしかない。

 

「迷った時にどうしてた?」

「……迷子に聞いて参考になるのかしら?」

 

 視線だけでツバサに問いかけてみると、彼女は苦笑いをしながら首を振る。参考にならないかもしれないけど答えろ、なのかもしれない。もしくは自分が既に回答した後で同じ質問をされているから、笑いものにするためにも答えろ、なのかもしれない。

 

「……そうね、迷っている間にやるしかなくて……まー、うまくいかなかったことなんていくらでもあるわ」

 

 普段ならば「失敗ばかりの人生とかかっこ悪い」「よくも恥ずかしげもなく生きてられるね」と煽りを入れられるけれども、エマちゃんが真剣な面持ちで聞いているから、ツバサも真っ二つにされたくなくて口を開かずにいてくれる。

 

「時間は……無限にあるって勘違いする人もいるけど……そんなことは全く無くて、人生には無限の可能性が広がってるとか……そんなことを言う人もいるけど……いやあ、そういうわけにはいかないのよ」

 

 地球どころか、宇宙だって存在が有限なんだから、そこに存在する何もかもが無限である可能性は著しく低い。

 とんでもない数の可能性を無限と表現しているだけで、数えるには時間が足りないだけで、無限っていう言葉で片付けているだけ。

 

 時間は有限だし、選択肢だって有限、そもそも可能性が無限であろうとも体がひとつしかない以上、やれることだって限られてくる。

 

「迷ってばかりで、失敗してばかりの人生だったけれど、そんな私が、エマちゃんにアドバイスができるとすれば……つまらないことに一喜一憂するな、かしらね?」

「つまらないこと?」

 

 迷うこと、恐れること、何もしないこと、立ち止まること……そんなことはいくらでもある。

 それを一言で言うならば……適切であるかどうかわからないけれど。

 

「エマちゃん……私の作るご飯は美味しい?」

「え? うん、それはもちろん」

「例えば、嫌なことがあった。ご飯を食べたら忘れる。その程度のことにあたふたするな、ってこと」

 

 こんなこと言っている私だって、ムカっと来ることはあるし、怒りを感じることもある、泣くこともあれば笑うこともある。

 

「本当にやりたいことは、ご飯を食べようが、お風呂に入ろうが、寝ようが、怒りを感じようが、涙を流そうが……決して忘れずに、やりたいと思うことよ。それが見つかれば迷うことはない……やー、まあ、それでも迷うし、失敗することもあるし、怖いと思うことだってあるんだけど。それでも、四六時中やりたいことってのがついてくる……エマちゃんにそれがあるかは知らないけど」

「……思いの外の真剣なアドバイスに、普段からこうすればいいのにってA-RISEのリーダーとしては考えるわ」

 

 本来は、気が付いたら時間が巻き戻っていたことにもっと思い悩みたいところだったけれど、エマちゃんの悩み顔にそんなことが吹き飛んだ。

 時間が巻き戻ろうが、進んでしまおうが……まあ、気がついたらおばあさんになってたとかだったら困るけど、浦島太郎状態になっても仲間がいたら楽しめるかもしれない。

 

 ご飯を食べれば通り過ぎるような怒りをいつまでも抱える必要もない、悩み事を深刻に考える必要もない。

 

「わたしのやりたいこと?」

「そうよ、誰にでもあるもの……本能、みたいなものかな? 心の底から追い求めるモノ、私のご飯を食べても忘れない、果林ちゃんが宿題を忘れてもエマちゃんの心の中に残っているものが、やりたいことで……そのやりたいことのために将来の選択がある。無限の可能性なんて馬鹿馬鹿しい、やりたいことなんか一個しかないのに、可能性って言葉でごまかして、決めるのを先送りをしているに過ぎないのよ」

 

 ……残念なことに、自分がそれをできているかどうか、説得力があるかどうか、に著しく疑問があるけれども。

 

「今決めろとは言わない、でも、決まってるでしょ? やりたいことをやるために将来の選択がある。そのために必要なものは、あなたはもう分かっている」

「……二人に協力してもらえるかな」

「あ、私も巻き込まれるのね? まあ、いいけど、絵里と一緒だったら……理亞さんにも羨ましいだろって自慢も出来るしね」

 

 本当に嫌だったら私をシールドにしてすでに逃げ出している、巻き込まれることも予測済みなんだろう、そうでなければ隣にいて太ももの辺りをつねったりはしない。

 

「絵里ちゃん、ご飯作るの手伝ってくれる?」

「あれ? 私が作るのをエマちゃんが手伝ってくれてるんじゃなかった? 寮の仕事って私が担当じゃなかった?」

 

 疑問ではあるけれども、エマちゃんがそれをやりたいというし、何よりも背中を押したのは自分なので、解せない気持ちはいくらでもあるけど……そんな思いは……まあ、ご飯を作ってれば忘れる。

 

 ツバサの中にあるいろんな気持ちも……忘れてくれると願いたい。

 

「ねえ、絵里、やりたい事って何?」

「ご飯を食べても、ステージに立っていても、疲れ果てて寝たあとに起きた朝でも、やりたいと思うこと」

「それは何?」

「あなたの隣にいることかな、だからいい加減つねるのやめてくれる?」

「バカみたいな回答に免じてやめてあげるわ」

 

 今度はつねるのではなく、お尻のあたりを膝蹴りされている――照れ隠しであると願いたい。

 エマちゃんが止めないのは、この雰囲気がおノロケっぽくて近づきたくないから? あー、表情を見る限りそんな感じだけど、そろそろ剣を作るみたいな膝蹴りを受けるのを控えたいんだけどなー?

 

 



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三船栞子お誕生日記念 ~誰もが幸せになれる場所を探して~

【誰かのためにと言いながら自分の考えを押し付けたり、誰かのためにと言いながら相手を否定したりするのは、誰かのためにはならないことなんです】


 わだすは思うけンども、数学の答えみたいに……答えが全世界共通ってもンが、何に対しても当てはまるとは限らない。

 誰もが従うべき理想ってのは、誰かを従わせる道具なんかじゃないんで、どんな高尚で素晴らしいことを言ってたとしても。

 それでまた、それを聞かなきゃ駄目っていうのは、いけないことなんじゃないかなってわだすは……考えたりもする。

 

 ンでも、何が正しくて、何が間違ってるかわかんない以上は、あれをするのが正しくて、これをするのが間違いだ、と仮定するのもまた、間違いで――正しいのかもしれないって。

 

 

 わだすがお休みに茶をしばいてる時に太陽を見上げながら「こんな日常がいつまでも続けばいいのに」と独り言を漏らしたけンども、それを耳ざとく絵里さんに聞かれたんだな。

 

 自分の独り言なんて耳に入れたところで、一昔前のお笑い芸人さんみたいに右から左に受け流すのが定石、くらいに考えてったもんだから。

 声をかけられた時には、年上のお姉さんがお相手だというのに、なんでがしょ!? と、驚いてしまった。

 

 そんなわだすを苦笑いしながら「そんなに慌てなくていいのよ」と、見た目からすっと、はたまたランジュちゃんとか侑さんと変わらないほどに若々しいのに、自分みたいなおぼこな田舎者を落ち着かせる時には、やっぱり年上なんだなって安心させるような……度量の大きさ? 心の余裕みたいなもんを感じるわけで。

 

「栞子ちゃんって射的とかってやったことある?」

「村の祭りでやったことあるべな? 運動が苦手なもんで、一度も取ったことがないけンども」

 

 自分が苦手なもンだから、 誰かに……てか、当時はまだカリン君が村におったんで、出番を譲ってばっかりだった。

 当時は男の子だとばかり思ってたから、百発百中で撃ち落としていく姿は本当にカッコよかったもンだべ。

 

 今はどっちかって言うと射的よりもビリヤードみたいな、シティーガールさんがやるようなかっこいい系女子に変貌してしまったけど……や、たまに野生児だった頃を彷彿とさせるような木登りをするけど……。

 それでもまあ、やっぱり読者モデルとして他校からも見に来る人がいるような有名人さんには、村の祭りの射的をリクエストしても、柳が風を流すみたいに断られちゃうんだろうな。

 

「わだすにとって、お祭りっていうのは楽しんでる人を眺めるもんだベな? そういう心が今のスクールアイドルに繋がってるのかもわからんけ、スクールアイドルは……やっぱりみんなが楽しんでくれんと」

「いい子ね、私も自分が楽しむよりも、誰かが楽しんでくれた方がいいわ、誰かに暗い顔をされているのが苦手なの」

 

  すごく有名なお祭りとかじゃないけンども、スクールアイドルのステージは……ちょっと数の多いお祭りみたいなもんで、来てくれた人たちだけじゃなくて、準備を手伝ってくれるような人たちまで、巻き込んで楽しませる……わだすはそこまでじゃないけど。

 

 スクールアイドルに限らず、パフォーマンスで他の人を圧倒させるような人は……なんだか、準備を手伝ってくれた人でさえ、この人のために準備してよかった、そんな風に思わせる人。

 

 ランジュちゃんもそこまでわかってくれたら、もう一段階ステージでの歓声が大きくなるんでねえかと……あ、R3BIRTHとして、自分みたいなおミソをつけながらも活躍してるんだから……やっぱり、ランちゃんはすごいってことなんかな?

 

「そうかしら? 私はR3BIRTHのステージを眺めていて、栞子ちゃんへの歓声が一番大きいような気がするのだけど?」

「ついていくので精一杯だから、がんばれって応援してくれるのも含まれてるんかな? わだすはそれでもいいけど、どうせなら、ドキドキは楽しんでくれる方がいいなあ」

「あらあら、楽しむというのは……ひとつの答えがあるものではないわ」

 

 絵里さんに続いてトップアイドルとして長年ステージに上がってきたツバサさんまでがやってきた。こんな風にお茶をシバいている系女子に似つかわしくない輝かしい二人だ。

 

「がんばれって応援されるアイドルもいてもいいし、圧倒的なパフォーマンスで黙らせるのも良い、ハイクオリティーなステージを見せてもいいし……誰かを楽しませるのに答えなんかないわ」

「ツバサさん、わだすにはようわからんくて……」

「ふふ……ねえ、絵里、射的の的になる自信はない?」

「……世の中のどこを探したら射的の的に自信がありますって人間が存在するのかしら? それって、どこかしら頭を改造されてない?」

「じゃあ今から改造しましょうか、あなたは今度射的の的になる」

 

 面白そうに笑うツバサさんに、言葉では嫌そうなコトを言っているのに、表情が楽しげな絵里さん。

 射的の的になるのが楽しいのかな? や、そういうわけじゃないんだと思うけん。

 

「じゃあ、栞子さん」

「なんでがんすか?」

「銃を撃つのはあなたね?」

「……は?」

 

 思わず湯のみを落としてしまい、素早い動きで絵里さんがキャッチをする。その姿を見ながらツバサさんが「大道芸人として、道端でサーカスでもやってれば?」と煽る。

 そんな言葉に「本業の人に失礼。私が道端に立ったところで、いただけるのは罵声くらいよ」と、首を振りながら言う。

 さらに続けて「あなたや、海未や、真姫のね」と言うと、ツバサさんはおもしろおかしげなセリフを聞いたと言わんばかりに笑いだし。

 そのまま自分たちを置いて「こんなかで射的に自信がある人」と呼びかけている。

 

 なんだか圧倒されてしまったけど、ひとまず湯のみをキャッチしてくれた絵里さんに頭を下げた。

 

「絵里さん、的になるのなんか嫌ですよね?」

「え? いや、全然?」

 

 なんということでしょう――前々から、人とは違った感覚を持っていると絵里さんから感じていたけど、この世界にいる人で射的の的になってもいいですよ? と、言えるんだろう。

 そういえばさっきも「自信はない」と語っていた――つまりは、的になってもいいよ、と了承してくれただけで、だからこそツバサさんは満足したように立ち上がり呼びかけを行ったわけで。

 

「栞子ちゃんなら、私に当てずに景品を落とすことだって可能でしょう?」

「や、的になるって言うんだから、絵里さんに当てるんじゃないべか?」

「うん、まあ、別にそれでもいいけど。当たっちゃいけないような場所は当ててはいけないようになるだろうし」 

 

 今度は落としちゃダメよと言いながらわだすの手に湯のみを手渡してこの場を後にする。

 なんだかキツネか何かに化かされたような気分だ。

 

 わだすは止めるべきだったのかな? 的になるようなことはしちゃいけませんよって言うべきだったかな? でも、楽しげな表情で「頑張って当てられるようになってね」と言われてしまうと、本人も望んでるのならそれでいいのかな? と首をひねってしまう。

 

 

 後日に確認したところ、絵里さんの頭の上に乗せた景品を銃で撃ち落とすゲームをやる……的になるよりかはマシな提案だと思うけど、どのみちわだすが失敗をすれば空気銃から放たれたスポンジが絵里さんを直撃する。

 

 確認した時に「当てないつもり、なんて気持ちは捨てること」と怖い表情で言われたけど、こんな企画を了承する気持ち以上に怖いもんなんてあるものかと、ちょっと不安にもなる。

 

 でも――結局のところわだすが成功させれば問題がないわけで、じゃあそのために努力をしましょう……となれば頑張るしかない。

 

 ツバサさんが射的に自信がある人って聞きまわっていたけど、その中で手を挙げたのがカリン君こと……朝香果林さんだった。

 

「私に射的で勝てるとしたら、次元大介かのび太くんくらいかしらね?」

 

 と、圧倒的な自信と模擬試験を突破してみせた――その模様を見物していたエマさんと理事長が「あれくらいの集中力でいつもテストを頑張っていれば」と首を振ったけど。

 果林さんは「私の学力はのび太君といい勝負だから」と、銃に息を吹きかけながら言っていたらしい――何の自慢にもならないと思うけど、果林さんなら、すごくかっこよく見えたんだろうなって推測する。

 

 や、だって、エマさんが「のび太くんと一緒じゃダメじゃん!?」と夕食の時に気が付いてツッコミを入れたぐらいだから。

 

「栞子、あなたは私の過去を知っているからあえて言ってしまうけど。景品に当てるくらいなら、すぐに出来るようになるわ、私みたいにね」

「信じてるけども、カリン君が代わりにやった方がいいんじゃ」

「ふふ、まあ、それはそうかもしれないけど……今回はね、あなたにやってもらうことに意味があるのよ」

 

 と言って、本番用の空気銃を渡される。射的のゲームなんかで使われるような軽いもの……あ、もしかしたらスクールアイドルで筋力トレーニングもするから昔ほど重く感じてないだけかもしれない。

 

「お手本を見せるから……よく見ていて」

「あー、昔を思い出すべなあ、カリン君、本当に男の子みたいにかっこよくて、今とは全然違う雰囲気だったとよ」

「……私の集中を途切れさせようってならいい作戦ね」

 

 なんて冗談も言いながら、 わだすが手にしているモノと同じのを使ってるとは思えない速さで右から左に、弾をどんどんと景品に当てていく。

 よく見ていてと言われた以上は、すごくかっこよくて凛々しいカリン君――ではなく、銃でいかに景品を撃ち落とすか、どうすればいいのか、彼女の姿から学ぶしかない。

 

「確か……こんな感じ……」

 

 構えてみる。

 昔よりも視線が景品と一直線になってる気がする……あの時はわだすが小さかったからかな?

 当てられそうな気もする……なんでだろう? 自分が特に変わったわけでもなく、果林さんのお手本が素晴らしかったから? それを何とか模しようと努力しているからかな?

 

「あ」

 

 一発目から命中させた。今までの人生で一度たりとも景品にあたることがなかった弾が、すごくいいお手本を模して、自分で考えながら撃ったら当たってしまった。

 

「やった! やったべなカリン君! やあ、村のスナイパーは大陸一の弓騎士とは訳が違うとよ!」

「一度当たったくらいで調子に乗らないの……でもまあ、私も疑い半分だったけど……R3BIRTHであなたの歓声が一番大きいという言葉、信じてみたくなってきたわ、そうだ……愛にも確認を取らなきゃいけないけどDiverDivaと一緒に踊ってみる?」

「ランちゃんやミアちゃんに追いつこうとするだけでも大変なのに、目標が増えちまったらえらいことになるとよ!?」

 

 冗談半分かと思っていたら、次の日に愛さんからも「カリンから聞いたよ? 栞子ならアタシたちと並んで踊っても全然構わないと思う」と誘いをかけられ「今は射的の練習で夢中なので!?」とひとまず保留させていただいた。

 

 うう……絵里さんもツバサさんもカリン君もどうしてだか、わだすにそんな才能があるなんて広めてしまったん……一緒に並んで踊るとしてもバックダンサーが関の山なわだすに……。

 

 

 

「誕生日おめでとう」

「まーちゃん、いやらしいところは何も変わらんべな、村にいる頃から……人が驚いた顔ばっかり見ようとして」

 

 そろそろ教育実習生の肩書きを外そう、と理事長からもネタにされている、わだすの村に昔からいる神様のまーちゃん……コト、三船薫子サン。

 射的の練習をしている時に「んじゃ、今日は見物させてもらうわ~」と、言うから「いつになったら教育実習するべか」と言いつつ、ちょっといい気分だった。

 なにせ、わだすは昔からこの神様の世話係……巫女とも言われていたけど、彼女のすることに対応が、基本原則だった過去もあり、わだすが主導でいろいろやるって経験は皆無だったから。

 

 ……そのように調子に乗っていたばかりに「そろそろ準備ができたみたいだから戻ろう」と手を引かれて「あ、もう夕食の時間だべか」と、そんな会話をして戻ってくると。

 

 三船栞子お誕生日おめでとうの横断幕が扉を開いた瞬間に目に飛び込んできて、まーちゃんから「誕生日おめでとう」の言葉が。

 生徒会選挙とかで自分の誕生日が過ぎたことすら忘れていた、この手のイベントが大好きな絵里さんとかが、わだすを喜ばそうとするために動いたのは……なんだかとてつもなく嬉しい。

 

 ……で、このイベントが終わってくれればよかった。

 

 わだすは先ほどまで射的の訓練をしていた。それは絵里さんの頭の上に乗せた景品を撃ち落とすゲームをやる、との名目があった。

 そう、なんでもいいから自分をパーティー会場から遠ざけて、サプライズをしよう――そんな魂胆があると、わだすは決めつけていた。

 

 だからツバサさんから「じゃあそろそろ絵里には的になってもらいましょうか」とのセリフが放たれた時「ええ!?」と驚くしかなかった――驚いていたのは自分しかいなかった。止めようとする人間はいなかった……。

 

 アレ? それって絵里さんの人徳に問題があるの? それともツバサさんのカリスマで誰一人逆らえないの? 

 

「わだすをサプライズパーティーするために遠ざけようとしたんじゃなかったべか?」

「何を言っているの、そんな時間の無駄なことをするわけがないじゃない。さ、果林さんからもいろいろ教えてもらったんでしょう? 彼女の顔に泥でも塗る気? あ、でも、失敗したら絵里の頭がトマトになっちゃうから気をつけてね?」

「そんな和やかに言うセリフだべか!?」

 

 「大丈夫大丈夫」とツバサさんは言うけれども、自分との距離、そして絵里さんの頭の上に乗せられた景品は、練習と同じ距離とはいえ、今は小さく見える。

 中身がスポンジであることは確認済み、少なくともトマトにはならない、それでも当たったら痛いのは間違いない。

 わだすが成功しないと……自分の誕生日パーティーなのに、なんでここまでプレッシャーを与えられなくちゃいけないのか……それでも。

 

「わだすがここで成功させたら、みんなが盛り上がってくれる……絵里さんも痛い思いをしないで済む、果林さんも教えた甲斐があったって喜んでくれる、パーティーを企画したみんなも……喜んでくれる……だったらやるしかない!」

 

 息を呑むのがどこからか聞こえた、場所はよくわからなかったけど、ランちゃんやミアちゃんのいた方向だと思う。

 

 集中して……練習では百発百中レベルでできたんだから、絶対にできる。ここまでお膳立てしてくれたみんなのためにも……

 

(しおりこちゃん)

【何でしょうか?】

(わだすはたくさんの人に支えられてるんだね、ちょっと度が過ぎると思ったけど……わだす、気が付くまでに時間がかかっちゃった)

【それについては同意をします】

 

 どちらについてかわからない、だけども……喜んでくれる人たちの顔を思い浮かべながら、わだすはちゃんと景品を撃ち落とした。

 絵里さんの頭をトマトにすることもなく、見当違いの方向に撃って、誰かを呆れさせることもなく、景品を見事に!

 

「やった! みんなの応援で頑張れたとよ! 盛り上がってくれてありがとう!」

 

 空気銃を気にしながらバンザイを何度も繰り返していると、ステージの上で自分が受けた歓声と同じくらい、多くの拍手や盛り上がる声が聞こえてきた。

 

 その視線の先で絵里さんとツバサさんがグータッチを交わしているのが見え、エマさんはランちゃんの頭を撫でていた。

 ランちゃんの少し不服そうな表情がちょっと気になったけど……でも、今の盛り上がりに水を差すわけにはいかないよね?

 

 



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