皇国の艦隊 (パイマン)
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英雄たるの代価 前編

とりあえず、タイトルで興味をそそられた人は前置きとか無しにフィーリングだけで読んでみてください。
設定とか背景とか一応考えてあるけど、なんかめっさふんわりしてます。だって、そもそも原作の時代背景すら違うし。
とにかく新城さんが艦これ世界で美少女に囲まれて悪戦苦闘しつつ、戦闘では狂気しつつ、艦娘の一部がその狂気に引き摺られつつ日々を過ごしていく話が見たい。『新城提督』流行れ。


「失礼するっ!」

 

 返答も待たずに、ドアが勢い良く開かれた。

 入室というよりも突入に近い勢いである。

 司令室に踏み込んできたのは長身の凛々しい女性だった。

 人間離れした美しさがある。

 実際に彼女は人間ではない。人間の肉体に戦艦の力を搭載した『艦娘』と呼ばれる――その中でもトップクラスの戦闘力を誇る部類の――海の兵士であった。

 司令室の中を見渡し、その艦娘はデスクに腰掛けた人物に目を留めた。

 ほとんど睨むような眼つきである。

 

「提督!」

「――『長門』 入室の許可は出していないが?」

 

 長門が話を切り出す前に、提督と呼ばれた男は言った。

 その視線は手元の書類に落としたまま、仁王立ちする長門の方を一瞥もしていない。

 代わりに、彼の傍らに別の書類を持って控えた秘書艦の『不知火』が、無作法を咎めるように鋭い視線を向けていた。

 駆逐艦クラスでありながら、その眼光には格上の長門に匹敵するほどの迫力が秘められている。

 一顧だにしない提督と厳しい不知火の対応に一瞬たじろぎながらも、長門は意を決するように一歩踏み出した。

 

「提督、納得のいく説明をしていただきたい」

 

 上官に対する口の利き方とは思えない、強い口調だった。

 

「次の出撃――何故、私が第一艦隊の編成から外されているのだ!?」

 

 その声と眼つきには、強い不満と怒りが表れていた。

 迫る長門に対して、提督と呼ばれる男が手の中にある書類を机の上に置く。

 ゆっくりと、落ち着き払った動きだった。

 自らの抗議を意に介していないかのような仕草が、また長門を苛立たせた。

 男は顔を上げた。

 ありていに言って、魅力的な顔立ちではない。

 正直なところ、凶相に近い。少なくとも、女子供が好き好んで近づきになりがたる類の顔ではなかった。

 部下の反抗にも近い物言いに対して、特にこれといった反応も示していない顔だった。

 別の言い方をすれば、無視しているといってもいい。

 

「君には別の任務が与えられているはずだ」

 

 凶相の提督は淡々と言った。

 

「その任務が『演習』とはどういうことだ!? 何故、私を実戦に出さない!?」

「それは君が不適当だと判断したからだ」

「な……っ!」

 

 簡潔な返答に、長門は絶句した。

 詰まるところ、目の前の男は『実戦に出すのが長門では不足だ』と断じたのだ。

 実際の言葉の裏に秘められた意図はともかく、彼女自身はそう受け取った。

 美しい相貌が怒りで歪み、羞恥で赤く茹った。

 艦娘の中ではトップクラスの戦力を誇る『戦艦』に位置する彼女にとって、己の実力不足を指摘されることは自尊心を大いに傷つけるものだった。

 特に気に入らないのは、この提督が自分の能力を判断するのに比較したであろう対象だった。

 

「私が、不適当だと……」

 

 当然ながら、個々の戦力を比較するのに用いる基準は、自分の持つ艦隊の他の艦娘達である。

 そして、長門や秘書艦の不知火を含めたこの提督の持つ艦隊の人員数はそこまで多くはない。

 長門も全員を把握している。

 その上で、断言出来る。

 自分より優れた戦闘能力を持つ艦娘は、この艦隊には存在しない。

 

「戦艦である私が、駆逐艦や軽巡洋艦などよりも戦闘に不適当だと言うのか!?」

 

 戦場における相性の違いはあれど、おおむね『戦艦』とは『駆逐艦』や『軽巡洋艦』と比べて格上に位置している。

 劣っているのは、運用の際に消費される燃料や弾薬など資材の多さぐらいだった。

 それさえ強大な戦力の代償と考えれば妥当な釣り合いである。長門が自身の評価を不服に思うのも道理だった。

 提督への不満が、もはや反抗心に近いものとなって態度に表れている。

 それを警戒するように、これまで微動だにしなかった不知火が一歩前に進み出た。

 

「長門さん、下がってください。それ以上は提督に対する不敬と受け取ります」

「……駆逐艦に過ぎないお前より、私の方が劣るだと……っ?」

 

 同じ艦娘である不知火に移った長門の視線には、遠慮のない敵意が込められていた。

 しかし、それを受け止める不知火も全く怯む様子を見せない。

 貫禄だけならば、長門と互角に渡り合っている。

 一触即発の空気の中、凶相の提督はおもむろに口を開いた。

 

「納得がいかないのなら説明してやる。丁度、この書類もそれに関するものだ。見ろ」

 

 先程まで手元にあった書類を、放るように長門の前へ差し出す。

 納得させられるのならしてみろ、と言わんばかりの挑むような目つきで長門は書面を睨んだ。

 

「ここへ配属されてから三回、君は実戦に出ている。それらの戦果とその後に消費した資材を纏めたものだ」

「……確かに資材の消耗は激しい。しかし、それは戦艦クラスを運用する上で必要な」

「そうではない。戦艦の燃費の悪さは承知の上だ。その上で貴艦を運用した」

「ならば――!」

「問題なのは、消費に対して成果が見合っていないことなのだ」

 

 その答えに、長門の頭は真っ白になった。

 ハッキリとしすぎた物言いだった。

 

「そ、それは……」

「ありていに言って、君は消費を覚悟の上で送り出した僕の期待に応えていない。よって、それが少しは『マシ』になるまでは実戦に出せない。いや、出したくない。だから演習を命じた。理解出来たか?」

「で……出来ません! 私の働きが相応のものではないと、アナタは仰るのか!?」

「全くもってその通りだ。君は無能ではないが、特別有能でもない。そして、大量の資材を投入してまで実戦で運用する価値と必要性は今のところ存在しない。それが君を不適当だと判断した理由だ」

「この書類にもありますが、三度の出撃においてはいずれも私が一番の戦果を出しています!」

「うん、その通りだ。しかし、それはあって然るべきものだ。戦艦クラスならば、この程度の戦果は想定の範囲内であるべきものだろう。出来て当然のことは評価に値しない」

「そんな、馬鹿な……っ」

「それは自らの評価が不当であるという意味か? 君の自己評価が如何なるものかは知らないが、少なくとも僕の見立てにおいては君よりも優秀であり、優先する人材が他にいるのだ。

 対費用効果の面においては、そこの不知火や天龍達の方が遥かに君よりも勝っている。僕は無駄遣いは嫌いだ。君一人の運用で無駄に資材を浪費するくらいならば、他の艦娘達に十分な装備と弾薬を与えて送り出したい」

「――」

「この判断が不満ならば、僕の艦隊から出ていってもらっても構わない」

「それは……!」

「元々、ここへの転属は君自身が希望したことだ。望んで僕の下で戦いたがるような莫迦ならば、これくらいの要求には応えてもらわなくては困る」

 

 強烈な返答の嵐だった。

 最初の勢いは消え去り、長門の顔色は完全に青褪めている。

 俯き、睨むような視線は力なく足元に落ちているだけだった。

 まだ人柄もよく知り得ていない目の前の提督が示す態度――何か鋼のように硬いものに裏付けされた冷酷さと傲慢さに耐えられなくなったのだった。

 

「まだ何か質問はあるか?」

 

 言葉とは裏腹に、有無を言わせない厳しさのある口調だった。

 

「……いや、ない」

「今回の任務に不服はあるか?」

「……ありません」

「ならば、下がれ」

 

 長門は命令に従った。

 肩を落として部屋から出る弱々しい後ろ姿を、提督はもう一瞥もしなかった。

 

 

 

 

「――新城提督」

 

 新城直衛は座ったまま、視線だけを上に向けた。

 自分を見下ろす、傍らの不知火と意図せずして目が合った。

 思わず目を逸らしてしまう。

 自らの秘書艦として傍に置く程信頼する不知火との付き合いは、先程の訪れた長門はもちろん、彼の持つ艦隊の中で誰よりも古く長いものだ。

 しかし、この可憐な生物の視線を真正面から受け止めることは、未だに慣れないのだった。

 いや、そもそも強大な兵器としての面と美しい少女としての面を併せ持つ艦娘という歪な存在自体に、新城は慣れることが出来なかった。

 それは先程冷たくあしらった長門についても例外ではない。

 視線を逸らした不知火への謝罪を示す唯一の感情表現として、新城は小さく頷いてみせた。

 不器用というより、彼に内在する人間的欠陥ゆえの反応であった。

 しかし、不知火にはそれで十分だった。

 新城直衛が、彼にとって最大限の人間的努力を払って気遣いを示してくれたことまでを理解しているからだった。

 

「先程の件ですが」

 

 自然な態度で話を続けた。

 不知火なりの気遣いだった。

 

「長門の運用についてか」

「そうです」

「手間が省けた」

「もう少し、言い様はなかったものですか?」

「ない。彼女には速やかに理解してもらわねばならない。そうでなければ、誰の為にもならない」

 

 無碍なく切り捨てる新城に対して、不知火はそれ以上何も追求しなかった。

 新城がある種の部下に対して、能力評価という点では過酷そのもの態度で挑むのは今に始まったことではない。

 それらは皆、望んで戦場に出たがる者や自身の下で働きたがる艦娘達に対して向けられる態度だった。

 同じようにその洗礼を受けた不知火が、ある時に理由を尋ねた際の答えが『好きで戦場に行くような莫迦はそう扱われて当然だ』などというのだから、まったくの確信的な方針だった。

 先程の長門に向けた、厳しさを通り越して冷徹とすら取れる言動も、そこに起因する。

 逆に、自らの役割への責任や献身で戦う艦娘達に対して、彼は優しかった。

 不知火は、そんな新城直衛の考え方を誤解なく理解していた。

 時には限度を超えるほど冷酷にもなれる目の前の提督は、人の世の平和の為に己の役割を全うしようとする艦娘達の健気さを羨望しているのだった。

 

「仮に、今回の件で長門が僕に反感を覚え、ここを出ていったとしても、それはそれで問題の解決に繋がる」

 

 続けられた言葉には、さすがの不知火も僅かな反感を覚えた。

 自分の下に就いた部下を、無責任に放逐するような真似だけはしないと思っていた。

 何らかの意図があるにしろ、それを明らかにする為に口を開きかけ、

 

「提督、遠征から戻ったぜ!」

「只今戻りました~」

 

 ノックと共に、扉の向こう側から聞き慣れた二つの声が響いた。

 言葉を遮られる形になった不知火が黙り込み、代わりに新城が入室の許可を出す。

 入ってきたのは、新たな二人の艦娘だった。

 

「ご苦労だった、『天龍』『龍田』」

「おう、遠征は大成功だったぜ」

「集まった資材は、このようになります」

 

 似通った容姿と服装でありながら、性格は全く正反対の二人だった。

 特に天龍に関しては自らの上官である提督に対して、無遠慮が過ぎる態度である。

 しかし、新城はそれを咎めることもなく、龍田から報告書を受け取った。

 彼女の態度を矯正するのは、長い付き合いの中でもはや諦めている。

 それに態度以外ならば、新城のあらゆる要求に天龍は応えたのだ。

 長門の場合とは全く逆である。『実』を満たす相手ならば、多少『礼』を欠いても新城は頓着しない。

 

「――うん、よくやってくれた。二人とも」

「へへっ、当然だぜ」

「まったくだな」

「ったく、相変わらず愛想のない提督だな。もうちょっとオレ達を称賛してもバチは当たらねぇぜ?」

「君達が任務を全うして帰ってくることに何の疑いも持っていなかったんだ。これ以上言うことはない」

「……へっ、そうかよ」

「ん? 何を顔を赤くしている?」

「なんでもねぇよ!」

「天龍ちゃんは、提督に『信頼している』と言われて照れているのよね~?」

「そ、そんなんじゃねぇよ!」

「いや、その解釈で合っている。先程の言葉は、つまり僕が君達に絶対の信頼を置いているという意味であって――」

「だぁああっ、うっせえ! 言い直さなくていいんだよ!」

 

 部屋の中は途端に騒がしくなった。

 女が三人集まれば姦しい――と、いう意味ではないが、不知火を加えたこの三人と新城は古参の付き合いだった。

 長門が配属される前。更に、現在の規模になる前の最初期の艦隊を構成していたのが不知火、天龍、龍田、そして今はもういない一人を加えた四人の艦娘だったのだ。

 新城にとっても、この三人はある程度の気安さを許して話し合える面子である。

 自然と、口元が緩んでいた。

 

「そういえばよ、さっき長門とすれ違ったぜ」

 

 天龍の言葉に、新城と不知火は一瞬視線を交差させた。

 間が良いのか悪いのか、分からない。

 しかし、はぐらかすことの出来ない重要な話題であることは確かだった。

 

「どのような様子でしたか?」

 

 不知火の方から尋ねた。

 

「ん~、まあハッキリ言って機嫌が良さそうじゃあなかったな」

「かといって、怒っている様子でもありませんでしたね。強いて言えば傷ついた様子でした」

「そうか」

 

 龍田の補足に、新城が曖昧に返す。

 察しのいい彼女は、それだけで何かを把握したらしい。

 苦笑を浮かべた。

 

「女の子にあまり厳しい言い方は感心しませんよ、提督」

「女として扱われたいのならば、ここにいるべきではない。そういった繊細な扱いを望むのなら、長門は以前の所属に戻るべきだ」

「……まさか、そういった旨を彼女に言ったんですか?」

「かなりストレートに言いました」

 

 不知火が答え、龍田は軽くこめかみを押さえた。

 

「ああもうっ、提督ったら~」

「なんだよ、龍田。提督が厳しいなんて分かりきったことだろ? 長門の奴もヘコんだままじゃないって」

「天龍ちゃん、皆がアナタほど神経太いわけじゃないし、提督の真意を理解出来るわけじゃないのよ~?」

「ど、どういう意味だそりゃ!?」

「天龍ちゃんだって、昔は新城提督に厳しく扱われすぎて、こっそり夜中に泣いてたじゃない。『アイツはオレなんか必要ないんだ』とか『失望されちゃった』とか」

「う、うるせえぇー! 昔のこと蒸し返すんじゃねぇっ!」

「天龍さん、安心して下さい。不知火も提督の冷酷で容赦のない態度には何度も枕を涙で濡らしたものです。何も恥ずべきことではありません」

「不知火……そうだったのか!」

「……君達は、軍人である僕に何を望んでいるというのだ?」

『もうちょっと女心を分かってください』

 

 三人は異口同音に言った。

 新城は憮然とした表情で黙り込むしかなかった。

 

「――それで、まさか長門さんに『出ていけ』と言ったわけではないでしょうね?」

「命令はしていない。ただ、そういった選択肢もあると示しただけだ。理由ももちろん説明してある」

 

 新城は長門にも見せた書類を、天龍と龍田の二人に差し出した。

 長門がここへ転属して以来、彼女の消費する資材の多さは有名だった為、二人にも問題がどういったものなのかすぐに理解出来た。

 何より、二人は不知火と同じく新城直衛という提督の戦闘における思想や好みを熟知している。

 彼は火力戦の信者でもあった。

 戦闘に必要な資材は必要なだけ使わせる。担当する艦娘達が恐縮するほど出し惜しみをしないが、不要だと判断した場合の無駄遣いを徹底的に戒める厳しさも持っていた。

 

「貧乏臭い戦は嫌いだ」

 

 周りが慣れ親しんだ部下ばかりの為か、新城は拗ねたような表情を浮かべていた。

 

「しかし、燃料も弾も決して潤沢ではない。そもそも『ここ』は長門のような戦艦を運用出来るレベルの基地ではないのだ」

 

 新城達が拠点とする基地は、とある半島に存在する。

 数多くの艦娘を収容し、彼女達の装備を開発・整備する施設も兼ね備えた母港本拠地となるのが本来の『鎮守府』と呼ばれる基地だが、ここにはそこまでの設備や規模が備えられていないのだ。

 そもそもが元は航空基地として運営されていたものの跡地であり、急ごしらえの拠点として用意されたものなのである。

 現在でこそ艦隊として形を整えてはいるが、新城がここに着任した際には人員も資材も何もかもが不足していた。

 現状でも、艦娘の増員は他所の鎮守府からの異動という形で呼び寄せるしかなく、それもこちらから要請出来る立場ではない。

 大抵は送る側の都合で選ばれ、ほとんど左遷に近い形で新城の下へ異動させられる。

 当然、不本意な形での配属となるので士気も低い。

 それを新城は、不知火達と共にまともな艦隊となるように立て直していったのだ。

 いや、現状でもまだまだ十分ではない。

 第一艦隊こそ編成されているが、第二艦隊を組む為の数も揃ってない状態だった。

 駆逐艦でさえ足りていないレベルの艦隊なのだ。

 その中にあって、戦艦長門の存在は戦力として過剰であると同時に異常ですらあった。

 

「何故、彼女がここへの転属を希望したのか、未だに僕には分からない。彼女ならば、もっと活躍出来る場所があっただろうに」

「彼女自身の意思はともかく、配属に至る経緯は提督もご存知かと思いますが」

「ああ、確か提督ってなんかお偉いさんの一人に気に入られてるんだろ?」

「実仁准将ですね」

 

 龍田の補足に、新城は嫌そうな顔をした。

 天龍の言う『お偉いさん』には違いないが、その立場は彼女の認識を超えるほどに複雑な――今はそれはどうでもいい。

 とにかく、その人物をある切っ掛けで助けたことが関わりの始まりだった。

 新城は彼に恩を売り、そして厄介事に目を付けられ始めた。

 

「僕は人員と資材の支援を頼んだだけだったんだがな。まさか直属の艦隊から戦艦を送りつけてくるとは思わなかった。しかも、当人まで希望しているというから始末が悪い」

「まるで長門さんが厄介者みたいな言い方ですね。感心しませんよ~?」

「厄介と言えば、その通りだ。彼女自身にとっても決して良い状況とは言えない。早いところ現状と僕に失望して、元の艦隊に戻った方が誰の為にもなるだろう」

「やはり、彼女への態度にはそういった意図もあったのですね」

 

 不知火の問い掛けに対して、新城は頷くことで肯定した。

 

「確かに彼女の戦闘力は、他の艦娘達と一線を画している。いまだ戦力不足である我々にとって心強い味方だ。

 しかし、彼女の場合その優れた戦力が必要以上に人目を引きすぎる。いや、元々そういった目的で造られた戦艦なのだろう。長門は英雄となるべくして生まれた戦艦なのだ。大艦巨砲主義を体現する存在であり、彼女が所属する艦隊の象徴となって戦うことが本当の役割なのだ。ただの一戦力に収めることは出来ない」

「よくわからねえな。長門が有名だったら、何か困るのか?」

「英雄には相応の責務が課せられるということだ。見ろ」

 

 新城が促すと、不知火が手持ちの資料を二人に差し出した。

 

「おっ、随分とデカイ作戦じゃねぇか。こいつに参加すんのか!?」

「ああ、こちらにも出撃の要請が来ている」

「へへっ、当然オレも連れてくんだろ? 腕が鳴るぜ!」

「誰も連れていかない。この要請は拒否するつもりだ」

「なにぃ!?」

「それは可能なのですか?」

「何とか捻じ込む。無駄死には僕が最も唾棄すべきものだからな」

 

 不満を表情に表しながら視線を向けた天龍は、それ以上に不機嫌を凶相に重ねた新城の顔を見て黙り込んだ。

 この提督がある面で酷く臆病でありながら、戦いでは恐れを知らぬ悪鬼の如く振舞う面も持ち合わせていることは知っている。

 決して身の安全の為に要請を拒否するわけではないのだ。 

 彼が『無駄死に』だと判断するのなら、参戦は本当に無駄な行為なのだろう。

 

「龍田ならば理解出来ると思うが、この作戦の規模は僕達の艦隊で参戦出来るようなものではない」

「はい。駆逐艦や軽巡洋艦が徒党を組んでどうにかなるレベルではありませんね」

「その通りだ。うちで通用するのは長門くらいのものだろう」

「なるほど。長門さんの戦力を見越しての要請ですか」

「まさに。長門を旗艦として先陣に掲げ、艦隊を率いて戦うというわけだ。まさに英雄の所業だな。ええ?」

「そして英雄の取り巻きである我々は戦火の中で一人ずつ死ぬ」

 

 不知火が締めくくるように言った。

 皮肉のようであり、まったく現実的な結論でもあった。

 出撃の要請は、長門の存在を前提としたものであり、その他の艦娘達を戦力として数えていない。いや、犠牲として数えてすらいないのだった。

 

「長門がいる限り、僕達はこういった戦いを望まれるのだ」

 

 新城は言った。

 

「だから、誰の為にもならないと言ったんだ。長門はもっと自分の力を十分に発揮し、評価もされる背景の在る場所へ戻るべきだし、僕達には相応の戦場というものがある」

「でも、本人はこの艦隊で働くことを希望しているんでしょう?」

 

 龍田が微笑みながら言った。

 新城は言葉に詰まった。

 本当は遠回しに三人を説得しているつもりだったのだ。自分の艦隊に長門がいることは不釣合いなことであり、本来の場所へ戻るべきだと周囲にも認識させるつもりだった。

 

「……その通りだ」

 

 鉛を呑み込んだような表情で、新城は答えた。

 思惑が外れたのだと悟っていた。

 少なくとも、龍田は長門がこの艦隊に居ることに反対をするつもりはないらしい。

 

「僕には、全く理解出来ない」

 

 苦し紛れに付け加える。

 

「私には、なんとなく分かります」

 

 龍田が答えた。

 子供の疑問に答える母親のような優しい声色だった。

 

「長門さんは、きっとアナタを英雄にしたいんです」

 

 全く予想していなかった答えに、新城は目を丸くした。

 

「……なんだと?」

「いえ、もっと単純に、アナタの為に武勲を挙げたいんだと思います」

「僕の為に?」

「はい」

「ますます理解出来ない。何故、彼女がそんな動機に至るのだ?」

「それは、彼女にしか分かりません。彼女だけが見た、あるいは経験した何かが、その想いに至らせたのかもしれません」

「曖昧すぎる話だ。君の話も憶測に過ぎないし、何の根拠もないだろう」

「憶測には違いありませんが、根拠はあります。アナタの下で戦う艦娘として、私も同じ気持ちだからです」

「なんだって?」

「私も提督の為に戦い、そして出来ればアナタを誰もが認める英雄にしたいです」

 

 龍田は笑いながら、そう答えた。

 本心が透き通って見えるような、美しい笑顔だった。

 新城は、今度こそ心の底から困惑した。

 好意と敬意を込めた龍田の真っ直ぐな視線に耐えられず、逃げるように目を逸らせば、傍らの不知火が同じように自分を見ていることに気付いた。

 まさかと思い、天龍に視線を移せば、こちらも同じように笑っている。

 三人の笑みが全く同じ意味を秘めたものだと、何故か理解出来てしまった。

 

「それは困る」

 

 新城は硬い声で、かろうじてそれだけ言った。

 

「何、情けないこと言ってんだ。オレは龍田みたいに、アンタに偉くなって欲しいなんて思っちゃいない。そういうの、よく分からないしな。

 だけど、アンタをオレがこれまで会った他の腑抜けた提督どもよりはマシな奴だと思ってるし、それを周りの奴らに思い知らせてやりてぇと思ってる。オレは、アンタの為に死ぬまで戦うって決めたんだ」

 

 天龍が笑いながら言った。

 牙を剥くような獰猛な笑みだったが、そこには獣が自分の群れの長に向けるような純粋な敬意と忠誠があった。

 それは艦娘達が無条件で持つ、ある種の刷り込みにも近い上官への敬意と好意とは違う。多くの提督が羨望して止まないものだった。

 しかし、新城本人の内心はそれをまったく認めていない。

 軍隊における大抵の不快事に新城は慣れている。

 自身の生まれや立場から、軽んじられたり疎まれたりすることなど幾度となく経験した。部下や上官からの悪意など、その最もたるものだ。

 だからこそ、龍田や天龍から向けられる健気とすら思えるほどの信頼と期待が臓腑に重く刺さるのだった。

 

「君達は僕に率いられて地獄に行くことが望みだとでも言うのか?」

「司令。非礼を承知で申し上げます」

 

 背筋を伸ばして、不知火は答えた。

 

「不知火の任務は、提督が望む時、望む存在になることです」

 

 新城はため息を吐いた。

 何もかも諦めたような気分で、何もかも手に入れたような幸福感を味わっていた。

 少なくとも、人間を超えた力と美しさを備えた三人の女から与えられる信頼と好意が、男として嬉しくないはずがなかった。

 畜生。自分が戦場にいるのは戦う為であって、忘れ難い者達を得る為では決してないのに。

 

「やはり僕には理解出来ない」

 

 新城は憮然としながら呟いた。

 

 

 

 

「不機嫌そうだったわね~」

 

 部屋から退室した後、龍田が小さく呟くのを聞いて、並んで歩く天龍と不知火は思わず左右から彼女を見つめた。

 口調にも現れている通り、龍田は楽しげに笑っていた。

 

「司令のことですか?」

「そうよ、新城提督のことよ」

「あの野郎、ひねくれてるからなぁ」

 

 当人の前ではとても言えないことを、天龍はあからさまに肩を竦めながら吐き出した。

 

「誰よりも提督自身が認めたがらないでしょうけど、私はあの人が国を救う英雄になると思ってるわ」

 

 龍田は微笑みながら言った。

 しかし、その細められた瞳には冗談の類は一切込められていない。本心から言っているのだった。

 

「救国の英雄ですか。御本人は、酷く嫌がるでしょうね」

 

 不知火も、龍田の言葉を否定しなかった。

 

「オレとしては、是非ともなってもらいたいもんだぜ。救国の英雄。アイツは長門を引き合いに出したが、だったらアイツにとっての相応の戦場ってやつは、きっと一番地獄に近い所になるぜ」

 

 天龍は嬉々として断言した。

 

「ええ、不知火もそう思います」

「私もよ~。でも、一つ問題があるわ」

「なんだよ?」

「当の本人は、英雄よりも魔王になりたがると思うの」

 

 不知火と天龍はまったく同意した。

 三人の艦娘には、新城直衛という男と共に戦い始めた時から抱く、ある種の確信があるのだった。

 

 

 

 

 航空基地を流用した急造の母港本拠地。新城直衛は、そこに陸軍から異例の転属を行った新任の提督だった。

 この場合の『提督』とは現実的な軍隊に当て嵌まる役職ではない。

 多数の兵隊を持たず、艦娘という戦闘力に関しては一騎当千の存在を従える、異形の艦隊の司令官であった。

 彼ら、そして彼女らは日夜海上で『深海棲艦』と呼ばれる謎の敵と戦いを続けている。

 新城直衛は、複雑な経緯を多数の人間の思惑と悪意に導かれて、その地位へと納まることになったのだった。

 思惑と悪意。それは現実の人員配置にも表れていた。

 全ての階級や手順を飛ばして提督に任ぜられた新城は、艦隊の指揮経験はおろか海軍での従軍経験すらなかった。出世とはお世辞にも言い難い。

 もちろん、艦娘達の運用が海軍の既存のノウハウを大部分は無意味なものにしていたが、それでも全く勝手の分からない仕事であった。

 手探りで、悪戦苦闘の日々だった。

 この不幸な新任提督にとって唯一幸運だったのは、現実からの要求が少ないことだった。

 この急造の基地に配属された際の、そして現在に至るまでの人員は本人を含めて僅か五名に過ぎない。部下となる艦娘達はたったの四名だった。

 基地を運営する為の動力である『妖精』と呼ばれる――これは本当に文字通りのものだった――は、命令に従う部下というよりも勝手に働く従業員に近い。

 そして、そんな僻地に存在する未完成な艦隊には、軍の誰も期待しなかった。

 送られてくる任務は、海上警備や資源輸送など、本来の鎮守府でならば第六艦隊などの予備兵力に一任する遠征任務ばかりである。

 時折、護衛任務なども混じっていたが、小競り合い程度の戦闘があるくらいだった。時にはそれすらない、平和な航海となる場合もある。

 つまり幸運なことに、新城には十分な時間的余裕が与えられていた。

 初めての仕事に慣れながら、小競り合いの中で自分が戦うべき敵を知り、部下となる艦娘達の力を知り、経験を積んでいった。

 人手不足により、一人で何役もこなさなければならない面倒はもちろんあった。

 輸送任務一つにしても、たった四人しかいない艦娘達に一任出来る余裕や楽観まではなかった為、輸送艦に乗って新城自身が同行しつつ、現場で指揮を取っていた。

 これは陸軍で部隊を率いていた時の経験や感覚が、彼自身の内側に色濃く残っているせいもあった。元々、現場の指揮官だったのだ。

 しかし、それらの面倒事も忙しさとは無縁だった。

 むしろ、時間が経ち、現在の立場に慣れると共に新城には仕事を楽しむ余裕すら出来ていた。

 元々海軍や船には興味があった。

 自らが率いる艦娘という特殊な存在についてはかなり持て余しているが、広大な海原を船で進むのは好きだった。

 そうして、おおむね順調な日々が続いた。

 平穏と表現してもいい時間だった。

 しかし、この広大な海の一角は、確かに戦場となっていた。

 もちろん、新城直衛はそれを一日たりとも忘れたことはなかった。

 

 

 

 

「――やっぱり交戦中だ。かなり派手にやってるな」

 

 遠見をしていた傍らの天龍が言った。

 軍隊にあるまじき大雑把な報告だったが、新城は文句を言わなかった。

 元陸軍所属であった彼は海軍のやり方というものをよく知らないし、それが艦娘という兵士を率いるものならば尚更常識を捨てるべきだと既に学習していた。

 それに、分かりやすくはある。

 二人が立っているのは資源輸送艦の甲板の上だった。

 新城は黒い軍服の上に貫頭衣のような白布を纏っていた。防寒や迷彩を期待した物ではなく、れっきとした海上用の装備である。

 白布の内側で手を動かし、帯革に挟んでおいた伸縮式望遠鏡を取り出すと、それを伸ばして天龍の示した方向へ向けた。

 しばらくして、望遠鏡を離した。表情には不満の色がありありと浮かんでいる。

 覗き込んだ対物鏡越しの視界は、何処までも深い闇だった。

 当然だった。そういった時間帯である。

 空が低く重い雲で覆われている為、月明かりすらない。海上には当然光を放つ人工物など一つも存在していなかった。

 新城達の立つ輸送艦にも一切の灯りが点いていない。

 もちろん、故障や無意味にそうしているのではなかった。

 こちらの位置を誰にも悟られない為だ。

 敵に、そして味方にも。

 

「確かに、火砲の光が見えるな」

 

 望遠鏡で見えたかすかな光の瞬きを、新城はそう判断した。

 天龍の報告を疑う余地など持たなかった。

 艦娘が持つ能力に対する信頼などではなく、現状得ている情報から判断した為だ。

 発端は、資源輸送任務中に受信した味方の艦隊からの通信だった。

 支援要請――いや、明確に相手を指定してないそれは救難信号に近いものだった。

 

「無線で要請をしてきたのは、あそこの味方の艦隊で間違いないか?」

「は、はい! 更に詳細な内容を傍受しました!」

 

 新城の問い掛けに、天龍とは別の艦娘が応えた。

 秘書艦の『電(いなづま)』だった。

 

「でも、傍受だけでよかったんですか? その、応答とか……」

「必要ない。傍受した無線から判明した戦況を教えろ」

「わわっ! はい、分かりました! えーと……っ」

 

 新城はあまり意味のない行為だと理解しながら、再び望遠鏡を覗き込んで傍らの電へ視線を向けないように努めた。

 艦娘という存在にどうしても慣れることの出来ない新城が、特に敬遠しているのが、この電だった。

 美しく、若い少女の容姿を持つ艦娘の中でも、電は特に幼い子供のような姿をしている。それが全ての原因だった。

 若い兵士を部下に持ったことがないわけではない。それでも、この電の見た目は幼すぎた。

 性格も、新城とは全く合わないものだった。

 幾度か経験した戦闘の中で、敵に対して『沈んだ艦も出来れば助けたい』と切に呟く彼女の優しさを、羨望すると共に酷く場違いで危ういものだとも感じていた。

 電の考え方を非難しているわけではない。むしろ、平和の中では美徳とされるべき部分である。

 少年兵を躊躇いもなく殺めた経験のある自分の方が、人間でありながらこの艦娘よりも『まともではない』と自覚もしている。

 しかし、戦場では『まともでいる』という贅沢が許されないことも熟知していた。

 電の優しく健気な面は、新城にとって不安材料であり、また同時に自分の中の異常性を浮き彫りにする直視し難い部分でもあるのだった。

 ありていに言って、新城は電のことが酷く苦手だった。出来れば、遠ざけておきたかった。

 しかし、それでも彼女を秘書艦として傍で働かせている理由は至極単純だった。

 四人の中で部下として最も有能であり、常識的であり、何より従順だからだった。

 

「戦況は味方の圧倒的な劣勢のようです。艦隊の被害、大破2、中破3、轟沈はなし」

「今のところはな」

 

 天龍の補足に、電は抗議するように小さく唸った。

 しかし、それを否定出来ないことは誰もが分かっている。

 新城は無言で先を促した。

 

「艦隊は前後から敵の挟撃を受けています。前方の敵の火力が強く、背後からの攻撃に全く対応出来ないとか。全滅は時間の問題――とのことです」

「何らかの罠にでも嵌められたようだな。それで、支援要請か。背後の敵を叩けとのことだな」

「明確な命令は出ていませんが、そういうことかと……」

「こちらの存在には味方も気づいていないな?」

「はい、ですからすぐに援軍に向かう旨の応答を」

「待て。まだ思案中だ」

「ええっ、要請を無視するんですか!?」

 

 電は非難するよりも、純粋に驚きの声を上げた。

 交戦している艦隊を指揮しているのも新城と同じ提督だが、その立場や階級までが同じではない。

 事実、新城の艦隊は他の鎮守府から送られる雑多な任務をこなす、下請けのような立場にあった。

 軍隊として正式な命令の下で彼と彼の艦隊を自身の軍事作戦に組み込む権限も、相手の提督には与えられているはずであった。

 

「相手はこちらの存在を認識して要請を出しているのではない。つまり、僕達に彼らを助ける義務は存在しない」

 

 いかに権限があろうと、命令は明確な指定がなければ機能しない。

 新城の艦隊にも、課せられた任務への軍事的責任が存在するからだった。他の提督が持つ権限とは、その優先順位に割り込む為のものに過ぎない。新城は彼らの部下ではないのだ。

 無線を発しているということは、少なくとも周辺に味方がいる見込みを立てているということである。

 それがあの艦隊の艦娘達の独断なのか、後方で指揮する提督の判断なのかまでは分からないが、こちらの輸送任務の航路や日程などを把握しているのは確かだった。

 その上で、近くを味方が通りかかる望みに賭けて支援要請を発している。

 詰まるところ、要請を発している相手にもそれを受け取る対象が存在するという確信はないのだ。

 通信が届かない距離に味方がいるのかもしれないし、日程の遅れか何かで近くまで来ていないかもしれない。そして、それは任務に対する不手際ではあっても、要請に応じなかった過失とはならない。

 もし、そうだった場合艦隊を待つのは全滅だった。

 相手の悲壮な覚悟が伺える。

 しかし、新城にも素直に援軍に向かえない、まったく現実的な問題が見えているのだった。

 

「仲間を見殺しにするんですか!?」

 

 見たこともないほど険しい表情で、電が新城に言った。

 これまで築き上げてきた提督への信頼や敬意が、全て消え去ろうとしている顔だった。

 

「もちろん、好きで味方の軍を見殺しにしたいわけじゃない」

 

 新城は無感情に、これに応じた。

 

「しかし、現実的な問題がある。どうやって、背後の敵を叩くんだ?」

「それは、わたし達で攻撃して――!」

「駆逐艦2、軽巡洋艦2の少数戦力で、ほぼ無傷の敵艦隊に夜戦を仕掛けるわけか。素晴らしいな、まさに決死隊となるわけだ」

 

 青褪めて絶句する電を一瞥して、新城は自らの必要以上に辛辣な返答を僅かに後悔した。

 しかし、間違ったことを言ったつもりはなかった。

 無線の内容から割り出した情報の中には、当然味方の戦力についてもあった。

 戦艦や空母によって編成された強力な艦隊だ。おそらく装備も充実している。ハッキリ言って、員数すら足りていない新城の艦隊と比べれば格上の戦力である。

 その艦隊を、挟撃とはいえ一方的に蹂躙している敵なのだ。

 具体的な無線の情報からも、少なくとも敵には同等の戦艦や空母クラスが複数存在し、しかも全体の数では大きく勝っていることが分かっていた。

 装備も十分ではない新城の艦隊では、例え横合いからの不意打ちであっても到底勝算のある相手ではなかった。

 加えて、夜間の艦隊戦では敵味方共に被害が倍増する傾向にある。

 暗闇で標的を捕捉することが困難な為、必然的に互いの距離を詰める形になる。射程距離が縮まり、全ての火砲が最大の効果を発揮する間合いで撃ち合うことになるのだ。

 敵に対する大ダメージを見込めるが、それはこちらにとっても全く同じリスクとなって返ってくる。

 条件が同じならば、あとは装備や性能の違いが生死を分けるだけである。

 

「決死隊だろうが、戦果が見込めるなら特攻だってしてやるさ。だが、それさえ難しいんじゃあな」

 

 それまで黙って二人のやりとりを聞いていた天龍が悔しげに呟いた。

 四人の中で最も好戦的な彼女が、新城の判断に対して真っ先に反発しなかった理由がそこにあった。

 

「その通りだ。僕達の保有する火力では、敵の気を引くことすら難しい。敵はこちらになど目もくれず、標的の殲滅を優先するだろう」

 

 天龍が自身に装備された7.7mm機銃を見て、舌打ちした。

 対艦用の火砲ですらない、対空兵装だ。当然、敵に通じるような装備ではない。

 本来ならば、軽巡洋艦の初期装備として14cm単装砲も備えていたが、それは以前の護衛任務中に戦闘で損失していた。

 新しい装備はもちろん、その代用となる予備すら満足に手に入らない。それがこの艦隊の現状だった。

 しかし、仮に本来の装備である単装砲があったとしても、戦艦クラスの装甲には十分な効果は見込めないだろう。所詮、その程度の火砲なのである。

 同じ軽巡洋艦であり、装備も万全な龍田が残っていることは何の慰めにもならないのだった。

 敵にとって、こちらの攻撃は豆鉄砲に等しい。

 少しでもまともな思考をする相手ならば、無力な援軍など無視して、主力となる艦隊を有利な状況を維持したまま全滅させ、その後で脆弱な援軍の方も片付けてしまえばいいと判断するはずだった。

 

「まともなやり方では救援は不可能だ」

「でも、諦めるなんて……っ!」

 

 電は必死に食い下がった。

 単なる浅慮や無謀から来る反論ではなく、現状を理解しながら、それでも諦めを捨てようとする意志の強さから来るものだった。

 

「つまり、根性を悪くして戦うしかない」

 

 新城は左右の二人を交互に見回した。

 天龍が失笑を噛み殺す表情になった。

 電は呆気にとられた顔になっていた。

 

「天龍、龍田と不知火を甲板に集めろ。作戦を伝える。電、無線は開いたままにしておけ。何か戦況に変化があったらすぐに知らせるように。しかし、応答はするな。味方にこちらの動きを悟られてはならない」

 

 新城が矢継ぎ早に指示を出すのに従って、天龍が素早く行動を開始した。電は戸惑っていた。

 もちろん、天龍の方も新城の意図を何か読めたわけではない。

 しかし、とにかく味方を救う為に戦うことは決まった。彼女にとっては、それが一番重要なだけだった。

 

「電」

「は、はひっ!」

 

 名前を呼ばれた電は、慌てて新城を見上げた。

 第一印象は恐ろしく、傍で働く日々の中で実は意外と優しい人なのかと思い始めた。戦闘指揮には確かな信頼を抱き、時折見せる冷徹な判断にはやはり畏怖の感情が湧いた。

 そして今、にやりとする凶相の提督に少し意地の悪さを感じていた。

 

「さっ、何をしている? 急げ、戦争だ」



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中編

まあ言うまでもないけど、これそういうゲームじゃねぇから!


 人間の兵士に艦娘の武装を施すことで、これを深海棲艦に対抗し得る新たな戦力とする試みは古くから行われていた。

 艦娘を兵力として分析した場合、最大の短所がその絶対数の少なさだった為である。

 艦娘達の『建造』と呼ばれる生産方法や、『開発』による専用装備の製造過程はそれを行う『妖精』に一任され、完全にブラックボックス化されていた。

 極一部の海軍上層部のみがその詳細を知っていると噂されているが、一体上層部の何処までが把握出来ているのかさえ明らかになっていない。

 彼女達を統率する提督達にも例外はなく、建造され、あるいは派遣された艦娘達の性能を把握し、人心を掴み、これを率いて戦果を上げることだけが重要とされていた。

 そんな不鮮明な情報の中で、軍の誰かが艦娘とその武装が別個の存在である点に目を付けた。

 彼女達の装備を、人間の兵士が使用することは出来ないかと考えたのだ。

 結論から言って、その試みは失敗した。

 着眼すべき点が武装の性能ではなく、それを自在に操る艦娘自身の特殊性にこそあると、後になってようやく気付いたのだ。

 彼女達は『人型』であって『人間』ではない。

 強力な火砲を携えた歩兵が徒党を組んで、広大な海上を艦船の機動力によって走破し、物量によって敵を圧倒する――その戦術的構想は机上の空論となった。

 しかし、それらの研究は僅かながら成果を残すことに成功していた。

 新城が身に着けている装備も、それらの産物である。

 便宜上『みずぐも』と呼称された戦闘靴は、人間を水上に浮かせるほどの浮力を生み出す、艦娘達の『足』と似た機能を持っていた。

 理論上は、これによって水上を走ることが出来る。

 しかし、『走る』とあるように、これ自体に艦娘達が標準的に持つような艦船並の推力は備えることは出来なかった。靴自体の機能よりも、操作性の問題だった。

 加えて、両足を使う以上全ての運動にバランスが求められる。

 硬い地面ではなく不安定極まりない水の上である。これを克服するには訓練も当然だが、何よりも適正が必要だった。

 人が、ただ水の上に立つだけではなく、戦場として駆け回る為にはまだまだ解決すべき問題があった。

 新城が貫頭衣のように纏う白布は、靴と同じように全面に水に対して浮力を得る性質を持っていた。艦娘の着る衣服と同じ素材である。

 人間が水の上で転べば、そのまま沈んでしまう。その際に、この布を体と水の間に挟むことによって水没を防ぐのだ。

 防いだ後、起き上がる必要もある。しかも、想定される状況は時間的にも精神的にも余裕の許されない戦闘の最中。やはり、これにも訓練と適正が必要だった。

 そもそも海上という環境自体が、二本足の生物の活動場所として適さなかった。

 常に変化する風、波、晒される紫外線、広大な海上での方向感覚、長時間の航行――。

 結局のところ、人間が人間のまま海の上で戦うなどという構想は、その発想そのものが間違っていると結論せざるを得なかった。

 艦娘とは、それら全てに無条件で適応した『人間の形をした船』なのだ。

 研究の末に生まれた数多くの装備は、ある程度適性があって訓練を積んだ兵士を水の上に立たせる程度のことしか出来なかった。

 そして、新城直衛には適正があった。

 彼は与えられた時間的余裕の中で訓練を続けた。

 彼は、海の上で戦争を始めようとしていた。

 かつて、陸でそうしていたように。

 

 

 

 

「敵に対して白兵戦を仕掛ける」

 

 司令官が告げた作戦に、四人の艦娘達は皆一同に呆けたような表情を浮かべた。

 

「――司令、白兵戦とは敵艦に肉薄して戦闘を行うということでしょうか?」

 

 最初に我に返ったのは不知火だった。

 口調こそ一貫して丁寧だが、そこには形ばかりの敬意しか払われていない。

 実際の内心がどうかまでは分からないが、少なくともその態度がこれまで仕えてきた上官の反感を買ってきたことは事実だった。隙のなさすぎる言動から見下されていると思うのだ。

 上官に嫌われていることを知りながら平然としている態度についてはなおさらだった。

 複数の提督の下にたらい回しにされた結果、放逐された場所が新城直衛の下だった。

 

「後方の敵艦隊に可能な限り接近し、不知火、電の二名による艦砲射撃の後に、白兵戦装備を持つ天龍、龍田、僕で突撃を仕掛ける」

 

 不知火が抱いている本当の疑問を察しながら、新城はまったく平静に作戦の詳細を補足した。

 それを聞き、不知火は僅かに眉を顰めただけだった。

 しかし、その瞳には不満の色が明らかに浮かんでいた。

 

「本気ですか?」

 

 本当ならば『正気ですか?』と問いたいに違いなかった。

 

「司令さん。私、白兵戦をする艦娘なんて聞いたこともないんだけど~?」

 

 不知火の内心を代弁するように龍田が言った。

 顔には小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいた。

 彼女もまた、かつての上官と折り合いがつかず、天龍と共に所属していた鎮守府から異動させられた艦娘である。その原因の一つに、このような斜に構えた態度があることは間違いなかった。

 しかし、他人に嫌われることと態度の悪さならば、新城直衛もよほど自信のある男である。

 龍田の態度を咎めることもなく、話を続けた。

 

「前例がないわけではない。君達のような一部の艦娘に白兵戦用の武器が標準装備されているのは、そういった戦闘も想定されている為だ」

「あくまで想定で、理論上の可能性ですよ」

「陸軍で白兵戦を経験した僕から言わせてもらえば、深海棲艦相手の白兵戦は十分可能であり、これによる利点も幾つか考えられる。

 まず一つは近接状態に持ち込むことで、敵の部位をより精密に狙えるという点だ。深海棲艦は砲撃や爆撃に対して強固な装甲を持っているが、全身がそうではない。どんな艦種にも必ず急所が存在する」

「……確かに、当たり所がいいと一発で沈められる時もあるな」

「それがまさに急所だ。現行兵器にも装甲の薄い箇所、重要な機関が集中している箇所など、弱みとなる部分は存在する。遠距離では認識の困難なそれを狙う」

 

 新城の作戦に対して、天龍は肯定的だった。

 一瞬言葉に詰まった後、龍田が質問を続けた。

 

「肝心の急所をどうやって見分けますか?」

「それについては各自の経験や感覚で判断してもらう他ない。資料によると、深海棲艦の人型部分は人間と同じように骨格と内臓で構成されているようだ。狙い目はここだな。僕ならば、腹を刺して抉るか顔を潰す」

 

 電の顔から更に血の気が引いて青くなっていくのを無視して、新城は続けた。

 

「そう上手くいくでしょうか?」

「火力が足りない為、砲撃戦は完全に敵の分野だ。ならば、別の分野になるまで距離を詰めた方が逆に有利になる。そもそも白兵戦による敵の撃破は、副次的な戦果として見込んでいる。本命は、突撃によって混戦に持ち込むことだ」

「つまり、敵の注意を引くことが目的、と」

「僕達の目的は現在交戦中の艦隊の戦線離脱を支援することである。もはや戦術的勝利は在り得ない。敵の包囲網を崩し、味方の艦隊と合流して、速やかにこの海域から退却する。敵艦隊の隊列を壊乱させることが出来れば、撃破は必須ではない」

「まともに戦う手段もなく、最悪囮になるというわけですか?」

「如何に不利な戦況とはいえ、ただ無抵抗に蹂躙されるのは僕の好みではない。

 これも僕の陸での経験によるものだが、敵の殲滅を目的としない場合、数の不利を逆手に取るには敵味方を混ぜ合わせた状況が一番だ。生き残る為には命を捨てた方がいい」

 

 新城は、わざと強烈な表現で最後を締め括った。

 あれこれ理屈を捏ねて安心させるよりも、死地に赴く為の覚悟を決めさせることが重要だと知っているからだった。

 混戦によって敵が同士討ちを恐れる利点や、夜間における視認の困難さが白兵戦下では味方することも考えている。いや、目の前の聡い少女達ならば既に察しているかもしれない。

 しかし、結局のところ最も重要なことは――『任務の達成』

 それに限られるのだった。

 火力が足りない。よって、突撃するしかない。

 それ以外に、目的を達成する手段はない。

 新城直衛は軍人であった。

 

「他に何か質問は?」

「あのっ、提督自身まで突撃に加わるというのは……その」

 

 電が口ごもりながら言った。

 質問というよりも、ただ純粋に新城のことを案じている様子だった。

 

「員数が足りない。火力は無理でも、せめて手数は増やしたい」

「人間のアンタが海の上でまともに戦えるのか?」

 

 天龍が試すように尋ねた。

 

「最低でも囮は一つ増える」

 

 新城は平然と答えた。

 自らはこの場に残って艦娘達だけを行かせたとしても、作戦が失敗すれば艦隊を全滅させた敵から輸送艦の足では逃げ切れない。今、この場で命を捨てねばならないのは新城も同じだった。

 しかし、それを前提として理解していたとしても、超然としすぎた態度だった。

 死を恐れていない。

 少なくとも、外面はそのように装っていた。

 

「気に入ったぜ、アンタの案に乗った。戦いが始まったらオレの傍にいな、敵は皆殺してやるよ」

「そうか。では、世話になろう。だが僕のことは司令か提督と呼べ、莫迦者」

 

 獰猛に笑う天龍を、新城が戒めた。

 二人の様子を、龍田が面白くなさそうに見つめていた。

 不知火が小さくため息を吐き、電は緊張のあまり真っ青になって吐き気を堪えていた。

 

「さぁ、他に確認すべき事項はあるか? ない? ならばよろしい、行動開始だ。急げ。僕らは戦争をしているのだ」

 

 

 

 

 新城の艦隊は作戦通りに行動を開始、いまだ続く艦隊戦の場へと静かに接近していった。

 限りなく速く、そして何よりも静かに。新城が率いる天龍と龍田は、戦場へ浸透するように進んでいく。

 率いるといっても、実際は新城が天龍に牽引される形で海上を移動していた。推力を用いた移動が出来ない為だった。

 二人のすぐ傍に、補助の為に龍田が就いている。

 砲撃戦による光の瞬きが、いよいよハッキリと見え始めていた。音も聞こえる。

 新城は闇を睨みつけつつ、自らの立てた作戦を反芻した。

 夜戦の危険性を電に告げたが、今の新城達にとってこの闇は完全に味方となっていた。こちらが静かにしている限り、敵はまず気付かない。戦闘の最中となれば尚更だ。

 奇襲は、まず成功するだろう。

 海軍のノウハウが通じない艦娘の運用方法の中で、白兵戦については前々から構想していた。

 人型に納まったその身軽さから、自分が率いていた歩兵部隊のような運用が可能なのではないかと最初期から考えていたのだ。

 しかし、結局その構想は海という環境を知ることで頓挫した。

 遮蔽物の存在しない広大な戦場となる海の上では、敵を待ち伏せする伏撃や白兵戦による奇襲が可能になる状況がまず作れない。

 こちらの被害を抑えつつ敵に損害を与える為には、より遠くから、より強力な攻撃を行うことが重要になっていくのだ。

 砲撃、爆撃、雷撃――あらゆる長距離攻撃を遮蔽物もなしにかいくぐって敵に接近する意味などほとんどない。

 部下の前で挙げた白兵戦の利点など、こじつけも良い所だった。

 しかし、嘘は言っていない。

 状況は例外的に、新城の考えた作戦と一致していた。こればかりは幸運だとしか言いようがなかった。

 味方にこちらの動きを知らせていないことも、無意味にそうしているのではない。

 仮にこちらが援軍に向かうことを知らせたとして、上位の権限を持つ相手の提督はどう判断するだろうか? こちらの発案する作戦に素直に乗るか?

 分からない。

 分からない、が。新城達に囮と殿を押し付けて、自分の艦隊を無事に離脱させることを優先する可能性は大きかった。むしろ、判断としては常識的ですらある。

 僻地に配属された小規模な艦隊を犠牲にして、自身の主力艦隊を無事に回収出来るのならば迷いようもない。無駄な危険を冒す作戦に耳を貸すとは思えなかった。

 新城は人柄も顔も知らない相手を、そこまで信用する気にはなれなかった。

 よって、応答をしなかった。

 味方の艦隊にはこのまま戦闘を継続してもらい、その隙に自分達が背後の敵を叩き、退路を確保する。然る後に、共に退却する。難しいとされる撤退戦を、合流した味方の火力で支えながら。

 詰まるところ、新城は自らの作戦を成功させる為に、味方の艦隊の方こそを囮として機能させようとしたのだった。

 この考えに、艦娘達四人の内誰かは気付いたかもしれない。しかし、誰もそのことについて言及しなかった。新城が任務から逸脱することなしに自身の艦隊も救おうとしていることにも気付いたからだった。

 思考を弄んでいた新城は、天龍の動きが止まったことに気付いた。

 予定していた位置に辿り着いたのだ。

 遠くに戦場が見える。陸ならば、まだ大砲などの距離であり、歩兵が戦う距離ではない。

 しかし、人の形に軍艦の砲塔を備えた艦娘にとっては、既に接近戦の間合いだった。

 

「装填、砲撃準備。復唱の要なし」

 

 天龍と自分を繋ぐ牽引器具を外した新城は、小さく言った。

 龍田が装填を終えたのを確認して、新城は状況を見計らった。

 彼自身も艦娘の装備を改良した銃を持っていたが、砲撃に加わるつもりはなかった。

 銃自体の射程距離はともかく、人間では到底当てることの出来ない距離だからだった。

 代わりに望遠鏡を取り出すと、闇の中の戦場へと向けた。

 距離が近づいたおかげで、幾分か様子が伺える。

 深海棲艦の異形の姿が隊列を組み、前方に向かって攻撃を繰り返している。挟撃された艦隊の無防備な背中に。

 戦況を確認した新城の口元が引き攣った。

 敵の数は予想以上だった。駆逐艦も含めれば、こちらの三倍以上はいた。戦艦が吐き出す幾筋もの火線と空母から飛び出す異形の航空機の群れが、更にその数を圧倒的なものに見せていた。

 わずかに呆然としていた。が、自失はしない。代わりに自問が生まれた。どうするつもりだと自分に問い掛けた。本当にあれに突っ込むつもりか?

 畜生。引き攣った口元を無理矢理笑みの形に捻じ曲げる。考えてみれば、これまで戦った深海棲艦は駆逐艦や軽巡洋艦が少数ばかりだった。

 しかし、見ろ。あの化け物どもの威容を。人ならざる深海棲艦達。海の魔物。そんな奴らの中でも格下の手勢ばかりと戦っていた自分が、あの戦場に手を突っ込もうとしている。

 新城は歯を食い縛った。歯の根が合わなくなって鳴り出すのだけは避けたかった。自分がこれまで経験した実戦、その全てで今と同じような恐怖を感じたことを思い出した。

 なんたる小心!

 なんたる情けなさ!

 何もかもが嫌になってくる。

 準備を命じたまま、黙り込んだ新城を龍田が訝しげに見つめた。

 攻撃開始には命令が必要だった。状況を見計ることはあっても、何かを待つ必要はない。新城の決断一つなのだ。

 伺った新城の横顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。恐怖を誤魔化した為の歪みだったが、龍田はそれを誤解して受け取った。気を取り直して前を見据えた。

 ただ一人、新城の恐怖を誤解なく察している者がいた。

 天龍だった。

 彼女は、不安定な海上で体を支える為に無意識に自分の肩に置かれた新城の手が、震えていることに気付いたのだった。

 天龍はその震えについて何も言わなかった。

 ただ、そっと新城の手に自分の手を重ねた。

 その瞬間、彼の中で全ての決断が下された。

 間髪入れずに新城は叫んだ。

 

「打てぇ!」

 

 龍田の14cm単装砲が轟然と火を吐く。闇が消えた。

 たった一発きり。武器としても弱い部類に入る単装砲だったが、砲声と衝撃が新城の全身を恐ろしくも力強く叩いていた。

 砲弾が敵中に叩き込まれる。

 

「着弾確認」

 

 新城の肉眼では見えないものを捉えたらしい龍田が呟いた。

 しかし、効果があったかは分からない。

 数秒の間を置いて、後方から砲声が連続して響き渡った。

 龍田の砲撃を合図にして、不知火と電もまた砲撃を始めたのだ。

 やはり効果があるかは分からない。威力も数も十分ではない。

 その砲撃に新城が期待する効果は別にあった。

 再び望遠鏡を凝視し、敵集団の旗艦が――指揮官が何処にいるのか、それだけに集中していた。

 突撃を行うにしても、最初の一撃で最も効果的な箇所を狙わなければならない。

 そのおおまかな見当はすぐについた。突然の横合いからの砲撃に乱れ始める隊列――混乱しているように見える――の中から、比較的乱れの少ない範囲を見つけ出す。

 野戦経験の豊富な新城にとって識別は十分可能なことだった。

 再度、後方からの砲撃。新城は自分が間違っていないことを確かめた。目を付けた連中の周囲だけ、混乱が少ない。統率する者がいる証拠だった。

 

「突撃準備」

 

 新城は命じた。

 天龍が刀剣を、龍田が薙刀を構えた。

 新城自身も銃剣を装着して長槍と化した銃を片手に携えている。もう片方の手は、天龍の肩をしっかりと掴んでいた。

 天龍が肩越しに振り返った。物欲しげな目付きだった。

 

「欲しいかい、天龍」

 

 新城の口元がこれまでより大きく歪む。

 

「僕も同じさ」

 

 提督と艦娘の願望は完全に一致していた。

 新城は背筋を伸ばして、後方の不知火や電にも聞こえるような大声を張り上げた。

 

「――目標、敵後方艦隊! 総員、突撃にぃ、移れェ!」

 

 新城の体は一気に前方へと加速した。

 彼自身の脚力ではない。掴まっている天龍が最大船速で突撃を開始したのだった。

 凄まじい速度の中で、新城は振り落とされまいと必死になった。

 実際に艦娘と同じ戦場に立って、改めて実感する。彼女達は人間を超越した戦闘兵器だ。移動に追従するだけで精一杯なのだ。

 転べば死ぬ。必死にバランスを保った。

 艦娘達は人間では考えられない運動性能によって、そもそも転倒しない。彼女達が海に沈む時は死んだ時だけである。

 作戦通り、不知火と電は手を休めることなく砲撃を継続して三人の突撃を援護している。

 天龍は方向を僅かに修正し、そして更に加速した。

 その瞬間には、新城は自分から手を放していた。

 慣性で水上を滑りながら、急激に減速していく。

 それを天龍とタイミングを合わせて加速した龍田が追い越していった。

 先んじて戦場に飛び込んだ二匹の美しい獣が接敵し、進路上に立ち塞がっていた深海棲艦『軽巡ヘ級』二隻に突撃した。

 奇しくも、人型の深海棲艦である。二人がそれらに突撃する様は、歩兵戦闘を経験した新城の目には酷く馴染み深いものに映っていた。

 銃を前方に突き出し、天龍の残した加速の勢いに乗りながら敵中を駆け抜ける。

 何度か経験したが、やはり水上は不安定すぎる足場だった。陸で雪の上を走る以上に足をとられやすい。

 急激な方向転換など不可能だった。

 新城は最初から定めていた標的目掛けて身体ごとぶつかっていった。

 少女のような人型の肉体に巨大な異形を帽子のように被った姿の『空母ヲ級』――新城が指揮官だと判断した深海棲艦だった。

 

『――ヲ゛ッ』

 

 呻き声のような奇妙な音が、敵の口から洩れた。

 新城の接近に気付き、丁度良く身体を向けたところへ銃剣が突き刺さった。

 予想外の手応えだった。銃剣が柔らかいものへ沈み込むような感触が両手に伝わる。剣先は空母ヲ級の人型の部分、その腹部を捉えていた。

 艦娘達の突撃はともかく、人間である自分の攻撃が通用するかは半ば賭けだった。

 装甲に弾かれた場合は、そのまま零距離での射撃を試すつもりだった。

 しかし、事前の見立ては驚くほど的中し、人型の部分に装甲の硬い感触はなく、刃は容易く敵の体内に到達し得た。

 新城は事前に宣言した通りのことを行った。

 握っていた銃身を捻った。刃が体内を撹拌し、敵は何かを絞り出すような音を口から吐き出した。腹部から血が噴き出す。驚いたことに赤い血だった。

 新城は銃剣を引き抜いた。更に出血は酷くなった。

 人間ならば致命傷だ。

 そう判断したのが間違いだった。

 次の標的を探して姿勢を変えた途端に、腕を掴んで引き戻された。

 目が合った。

 瞳が光っている。照り返しではなく、眼球自体が不気味な発光をしている瞳だった。

 青白い少女の顔が、何の表情も浮かべずに新城を見つめていた。

 銃剣は上を向いている。片腕を掴まれている。臓腑の奥深くから絞り出される奇怪な叫びと共に、新城は銃床を首筋目掛けて突き出した。

 空母ヲ級の首は半ば潰れ、少女の形をした頭が奇妙な角度に垂れた。

 新城は彼女の上半身に足をかけ、銃床を抜こうとした。離れない。わけの分からぬ呻きを洩らしつつ、新城は同じ動作を繰り返した。視野が狭まる。呼吸と動機が無闇に激しくなる。

 自棄になった。銃身から手を放す。無意識のうちに両手を胸に擦り付けて、手のひらにこびりついた何かを拭おうとした。

 全く意味のない行為だった。しかし、理由はある。

 美しく幼い少女の顔を持つ生物の首をへし折った時に感じた、妙な柔らかさのある手応えはあまりにも気色が悪すぎた。

 最後に覗き込んだ顔が、天龍、龍田、不知火、そして電の顔にも見えた。

 行為に没頭する新城は気付かなかった。

 腹から臓物と血を出し、首が垂れたままの空母ヲ級がゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 

「天龍様の攻撃だ! うっしゃぁっ!」

 

 雄叫びが耳朶を打つ。

 新城が我に返った時、既に駆けつけた天龍が軍刀を振るって空母ヲ級の顔面を横に割っていた。

 敵は崩れ落ち、今度こそ絶命して海の底へと沈んでいった。

 

「轟沈っと。へへっ、やるじゃねぇか! 生身で空母を墜とした男って自慢出来るぜ?」

「……助かった」

「ああ、言ったろ」

 

 天龍はにっこりと笑った。新城を励ましているようだった。

 自分が愚かな真似をしていたことに気付いた。銃は敵と共に沈んでしまったが、まだ腰には鋭剣が残っている。武器に執着する必要はない。

 そもそも人間が白兵戦で深海棲艦を討ち取るには限界があると悟った。攻撃が通じたとしても生命力が凄まじい。そんな当然のことにも思い至らなかった。

 

「敵はどれだけ倒せた?」

「思った以上に上手くいったぜ。軽巡二隻を始末して、駆逐は数えるのも面倒になっちまった。この周囲は一掃出来たぜ」

「上手く敵の横合いから肉薄出来たからだ。正面からの戦いではこうはいかない」

 

 嗜めながらも、新城は天龍の目覚しい働きに感謝した。

 おそらく、自分があれだけ間の抜けた真似をしても生きていられるのは、天龍と龍田がそれ以外の敵を片付けてくれたからだ。

 敵が奇襲に対して体勢を立て直す前にどれだけ討ち取れるかが問題だった。

 拙速こそが肝となる作戦だったが、白兵戦の経験がない二人の実力は未知数だった。

 しかし、それも明らかになった。素晴らしい素質があり、そしてそれが戦場で目覚めたのだ。

 天龍の額には返り血がこびりついていた。

 新城は猫にそうするように、額を揉む形でその血を拭ってやった。本人も意識していない、まったく自然な動作だった。

 天龍は一瞬驚いたような顔をしたが、目を細めてそれを受け入れた。

 訓練された猛獣が、自らの殺戮を主人に褒められて喜んでいるような姿だった。

 龍田が戻ってきた。こちらも顔と薙刀が敵の血に塗れている。

 不知火と電の砲撃は止まっていたが、離れた位置で未だに戦闘を続ける味方の火砲の光が闇を断続的に消していた。

 その光に照らされた天龍と龍田の姿を見た新城は、奇妙な感動を覚えていた。

 ここは控え目に見ても地獄だ。しかし、地獄には地獄なりの残酷で美しいものが存在する。それがこの二人なのだと思った。

 

「味方の艦隊の様子は分かるか?」

 

 新城は龍田に尋ねた。

 後方から攻撃していた敵は撃滅したが、この位置からでも肉眼では様子は分からない。

 

「大破2が轟沈2に変わりました。艦隊の数は残り4となり、更に大破2、小破1が追加です。加えて、前方の敵艦隊に別の援軍が到着したようです」

 

 龍田は報告した。

 悲痛な響きはなかった。ただ悪態を叩きつけるような声だった。

 

「なるほど」

 

 新城は冷然たる表情でそれを受け止めた。

 顔も知らない沈んでいった者達を悼む気持ちはなかった。

 味方を救う為に決死の行動を起こした結果死んだ者があり、そして今まさに自分を含めて更に死んでいこうとしてる。なんとも現実的だな、と思った。

 

「そいつは素敵だ。面白くなってきた」

 

 そう静かに応じた新城の顔面には、邪悪な笑みがはりついていた。

 それを正面から受け取った龍田の顔から一瞬表情が消え、やがて復活した。

 その顔付きには、新城直衛に対する明らかな敬意が表れていた。

 

「ええ、まったく楽しくなってきましたわ、提督」

「他に楽しい話は?」

「今の内に下がらなければ、私達も含めて全滅しますね。今のところ、それが一番いい話です」

 

 新城は視線を移した。

 後方にいた不知火と電がこちらと合流しようと、向かってくる姿が見える。

 二人には戦況を確認し、突撃による奇襲が失敗するようならば撤退を、成功して退路が確保出来た場合は改めて味方に通信を送るように命令を下していた。

 間もなく、艦隊は撤退を開始するだろう。

 もちろん敵は追撃してくる。

 大破によって足の遅くなった味方もいる。

 

「天龍、龍田。海ではどうか知らないが、陸の兵隊は走るのが商売だ」

 

 新城は新たな命令を下した。

 

「その商売をしようじゃないか。不知火、電と合流の後に味方艦隊の撤退を援護するのだ。今度は状況が違う。無闇に突っ込まないよう、注意しろ。僕の命令に従え。いいな?」

 

 天龍と龍田は驚くほど素直に応じた。

 

 

 

 

「すっごいです、提督!」

 

 合流した電が開口一番にそう言った。

 新城に対する尊敬の念に溢れた笑顔だった。

 

「こんな作戦、誰も考えたことありませんでした! しかも、それを成功させちゃうなんて……本当にすごいですっ!」

 

 凶相が形容し難い表情に歪んだ。

 もしかすると生まれて初めてかもしれない、新城直衛に対する真っ直ぐな称賛を受けて、一体どんな顔をすればいいのか分からないのだった。

 わけの分からぬ呻き声を喉の奥で鳴らして、結局新城は電から視線と話をはぐらかせることしか出来なかった。

 同じく合流した不知火に向き直る。

 

「これより味方の撤退を援護する。大破している者や、孤立している者を可能な限り救助しろ。もちろん、僕も参加する」

「つまり、こちらから味方の艦隊と合流するということですか?」

「その通りだ」

 

 わずかな迷いも見せずに新城は答えた。

 その命令に、不知火は表情には出さずに驚いていた。

 味方の援護をするという命令に疑問はない。元々、行動を起こしたのもその味方からの支援要請を受けたからだ。

 しかし、現状でその命令は既に果たしていると言って良い。

 後方から攻撃していた敵艦隊を撃滅し、退路を確保した。敵の撃破が副次的な戦果であると事前に想定していたことからすれば、この時点で十分過ぎるほど戦果を上げている。

 あとは、味方がここまで後退してくるのを待つか、この場でそれを援護すればいいのだ。

 課せられた義務は果たしている。

 不知火が驚いたのは、新城がその義務を越えて、自ら更に危険を冒そうとしていることについてだった。

 味方を救助する為には、前進しなければならない。当然、敵に追い立てられる味方と接触するのは、いまだ続く戦場の最中ということになる。

 自分達の倒した敵が決して弱いとは言わないが、主力艦隊と正面から殴り合っていた敵艦隊は更に危険な戦力を有しているはずであった。しかも、今はそこに新たな援軍も加わっている。

 

「難しいですが」

 

 不知火は言った。

 そこには新城の真意を図る意味があった。

 

「だからどうだと言うのだ」

 

 新城の顔に浮かんでいたものは、傷ついた仲間を一人でも救い出そうとする決死の覚悟でもひたむきな健気さでもなかった。不知火が息を呑むほどに、より凄惨なものだった。

 

「莫迦と勇者は命の値段が違う。不知火、その程度の勘定は誰にでも出来るはずだ。違うか?」

「はい。申し訳ありません」

「急げ、時間を掛けるほど死んでいく。味方も、僕達もだ。行動を開始する。電」

「はい!」

 

 電はすぐさま応じた。

 

「君は僕と共に行動しろ。いや、違うな。僕が君の世話になる、牽引してくれ」

「分かりました、任せてください!」

 

 

 

 

 後方の敵を全滅させた為、味方の艦隊と合流するまでの間には奇妙な空白が出来上がっていた。

 何処か遠くの戦場のようにも思える、艦砲の音を聞きながら、新城と電は海上を走っていく。

 他の三人は、既に最大船速で先行させていた。

 

「しかし、この方が効率が良いとはいえ、いささかみっともないな」

 

 自分よりも体格の小さな少女に牽引されるという状況に、新城は小さな声でぼやいた。

 小柄とはいえ、新城を引っ張りながらの電の航行速度はいささかも衰えていないように思える。少なくとも、自力で海の上を走るより遥かに速い。

 新城が自らの足で海上を走る場合、文字通り両足を交互に踏み出して『駆ける』形になる。

 戦闘靴が持つ浮力で水面と靴底を反発させるのだ。多少コツが要るが、この反動を利用した走り方は意外にも陸でのそれよりずっと速い。

 しかし、当然のように足腰に負担が掛かって体力も消耗する。広大な海を長距離移動出来る方法ではないのだった。

 加えて、やはり艦娘達の航行速度や航行距離には到底及ばない。

 人が馬や車に勝てないことと同じだった。

 

「いえ、お役に立てるなら幸いです!」

 

 聞こえていたのか、と新城は顔を顰めた。

 作戦の成功以降、電が彼に向ける感情は手に取るように分かるほどの敬意に満ち溢れている。

 しかし、自分の部下から尊敬と信頼を勝ち取ったことを誇るような気持ちは全く湧かない。愛らしい少女からの好意という意味でならば、尚更である。

 経験や付き合いの浅い新兵が、こうして好意的に、あるいは全く逆の批判的に新城を誤解するのはよくあることだった。そして、そのいずれも彼にとっては迷惑このうえないことだった。

 

「それに、提督はみっともなくなんかありませんよ。かっこいいです!」

 

 新城はため息を吐いて、戦場に辿り着くまでの僅かな間に、目の前の純粋で無知な少女の誤解を解こうとした。

 

「電。君は僕を尊敬しているのか?」

「えっ!? あ、はい! そうです!」

「そうか。しかし、それは大変な誤解だ。僕は人道や道徳に則って判断を下したわけではない。ただ当たり前の勘定をしただけだ」

 

 不知火に対して告げた内容を反復するように、新城は言った。

 まったく嘘偽りのない本心だった。

 

「はい。分かっています」

 

 電は肩越しに新城を見上げた。

 子供らしい、明るい笑顔だった。

 

「でも、あなたは命を懸けて助けようとしています」

「味方だからな。敵は助けない。いや、まあ捕虜など様々な状況はあるが」

「はい。すみません」

「別に君の考えを非難しているわけではない」

「ありがとうございます。でも、わたしは提督が誰かを助けることの出来る人だと知って、嬉しいんです」

 

 新城は、もう何も言うことが出来なくなった。何を言っても、繕っているように聞こえてしまうと思った。

 砲声が徐々に大きくなり、視界に移る水平線が赤く燃えている。

 戦場が近づきつつあった。先程まで、新城が血に酔い、殺戮に狂っていた戦場が再び訪れようとしている。あそこでは『まともなもの』など何の価値もない。

 しかし、目の前にあるものは何処までも『まともなもの』だった。

 平穏の中にあって、美徳とされる尊いものだった。

 

「えっ、なんですか? 提督?」

 

 新城は、電の頭を撫でていた。

 子猫にそうするような、自然で優しい手つきだった。

 

「いや、僕は戦場でなんて贅沢をしているのだろうと思ってね。ありがとう」

「は、はい? いえ……その、どういたしまして?」

 

 戸惑う電を見て、新城は束の間笑い声を上げた。

 妙な納得と安堵感を覚えていた。このまま帰って、飯を食って寝てしまいたい気分になった。

 しかし、そうもいかない。

 ここは戦場なのだ。仲間との交流や束の間の平穏を味わうことで、その現実を忘れ、あるいは逃げようとした者から死んでいく。それを新城は十分に理解していた。

 いよいよ、砲声が大きくなる。いや、砲撃の熱量と衝撃が戦場の空気を通して肌に感じられるほどの距離だった。

 既に、死地に足を踏み入れている。

 電と共にその最中を突き進むと、途中で引き返してきた不知火と会った。肩には、大破した艦娘を担いでいた。

 

「状況はどうだ?」

「動けない状態の者は、この一人だけです。他の者は、前方の敵を牽制しつつ、後退しています」

「よし、先に下がれ」

「この先に一人、味方の戦艦が残っていますが、退却に応じようとしません」

「分かった。そいつを連れて、僕達も後退する」

 

 不知火の言った艦娘は、すぐに見つかった。

 事前の情報通り、戦艦クラスの艦娘だった。

 前方の敵艦隊に対してたった一人で仁王立ちし、大口径の連装砲を撃ちまくっている。

 その砲撃は、人の形をした火山が噴火したかのようだった。

 軽巡洋艦クラス以上の艦娘を初めて見た新城は、その圧倒的な戦闘力に感嘆を抱いた。同時に呆れてもいた。陸で砲兵の運用に頭を悩ませていたのが馬鹿馬鹿しくなった。

 同じ艦娘で、ここまで差があるものかと思う。共に戦ったことで天龍達の強さを実感出来たが、目の前の彼女一人だけで自分の艦隊の火力を凌駕しているだろう。

 しかし、如何に単体で強力な火砲を備えようと、所詮は多勢に無勢だった。

 周辺には敵の残骸が無数に浮いているが、前方からは援軍を得た敵の大艦隊が更に迫りつつある。

 加えて、その艦娘自身も大破状態だった。砲塔の一部が損壊して黒煙を上げ、肉体も負傷している。よく見れば、右足が足首まで海に沈んでいた。

 文字通り、沈没しそうになるのを必死で堪えているのだった。

 それでも尚、怯むことなく敵を見据えて佇む姿に、新城は嫌な予感を感じた。

 得てして、こういった蛮勇を発揮する輩が死地で選ぶ末路というものは決まっている。

 

「ビッグ7の力、侮るなっ!!」

 

 再び、連装砲が爆炎を吐いた。

 凄まじい砲声と衝撃に顔を顰めながら、電と共に歩み寄る。

 

「救援に来ました! 仲間の皆さんも撤退を始めています、早く行きましょう!」

「おおっ、よく来てくれた! 艦隊の皆を頼む!」

「既に僕の部下が支援にあたっている。君も早く後退するんだ。これ以上ここに留まると、逃げ切れなくなるぞ」

 

 新城は現実をもって説得しようとした。

 事実、敵影はここから肉眼で見えるほどの距離にまで近づいている。

 

「私はここで殿を務める! ここは任せて、お前達も先に下がれ!!」

 

 その艦娘は振り返りもせずに叫んだ。

 

「危険だ」

 

 電が何かを言いかけるより先に、新城が口を挟んだ。

 

「それに意味がない。敵の追撃を抑える必要があるのは、この海域を離脱するまでの間だけだ。深海棲艦は自身の領域を逸脱して追ってはこない。早急な戦線離脱を優先すべきだ」

 

 新城の言うとおりだった。

 その存在が発見されて以来、深海棲艦は生息海域をまるで侵蝕するように少しずつ広げていっている。その侵攻を防ぐことは容易ではなく、艦娘達の力をもってしても敗退は幾度となく繰り返されていた。

 しかし、実際に戦術的敗北を喫した場合、撤退自体は比較的容易に成功した。

 それは深海棲艦の習性に関係する。彼女達は、何故か自らの生息領域を越えて活動をすることがなかったのだ。

 よって、その領域自体は常に変動しているものの、撤退を行い、一定の境界線を越えた時点で敵からの追撃は終了する。

 今回のように敵の挟撃を受けて退路を断たれでもしない限り、艦隊の損害を考慮して一時撤退を選べば、全滅はまず免れることが出来るのだった。

 より多くの味方が生き延びる為には、決死の覚悟で殿を務めるよりも、文字通り逃げることが重要なのである。

 

「ここに残って支えるよりも、後退しつつ、その火力で敵へ遅滞行動を行え」

 

 新城の言葉は、まったく建設的な意見だった。

 しかし、艦娘はその言葉を無視した。

 彼女は頑なに前方の敵を見据え続けていた。

 

「君はここで名誉ある討ち死にが望みか? 負け戦で撤退の失敗した戦艦に名誉が残っているかは知らんが」

 

 隣で聞く電が青褪めるほど強烈な表現を、新城はあえて使った。

 それでも、その艦娘は振り返ろうとしなかった。

 

「……仲間が沈んだのだ。私の目の前で、二人も。戦友だった」

 

 暗く深い場所へ沈み込むような声で、ぽつりと言った。

 

「何が旗艦だ。何がビッグ7だ。私は責任を取らねばならない。沈んでいった彼女達の為に、私は最期まで戦い抜かねばならない。さあ、分かったら行け!」

 

 悲壮の覚悟を決めた勇ましい後ろ姿を、新城は冷めた目で見つめていた。

 

「なるほど。つまり、君は死して無能な護国の鬼となることを望むわけか」

「なんだと!?」

 

 艦娘は激昂して、振り返った。

 

「貴様、死んでいった者を侮辱する気か!?」

「沈んでいった君の仲間とやらの顔さえ僕は知らない。ただ一つ言えることは、死んだ者がこの世の何かを動かすことは出来ないということだ。ならば生きて姑息な弱兵と誹られた方が、僕としてはよほど好みだ」

 

 そう告げる新城の表情を目の当たりにして、艦娘は言葉に詰まった。

 その一瞬、彼女の持っていた覚悟は確かに新城直衛という男の持つ意志に呑み込まれたのだった。

 それでも何かを反論しようと口を開きかけ、それを遮るようにすぐ間近に砲弾が着弾した。

 爆風がなぶる中、新城は挑むように前を見据えていた。

 

「さて、ここで僕が死んだ場合、君が足を引っ張って死んだことになるのかな。提督を死なせた艦娘か。栄誉ある最期として記録されるといい」

「――くそっ! 貴様、あとで覚悟しておけよ!」

「電、彼女は僕が支える。君が牽引してくれ」

 

 新城は素早く指示を出した。

 戦艦クラスは体格にも反映されるのか、同じ艦娘であっても電との体格差は大きかった。男でも小柄である新城より、更に背が高い。

 その体格差を、新城が間に支えとして入ることで埋めるというものだった。

 電は了解を返そうとした。

 再び砲弾が落下したのは、丁度その時だった。

 しかも、今度は接近した敵艦隊の一斉砲撃だった。

 周囲で着弾の爆発が滅茶苦茶に起こり、さすがに今度は新城も立ってはいられなかった。

 水上に倒れ伏す。纏っていた布が間に挟まり、浮力を発生させて水没を防いだ。

 数秒後に我に返り、衝撃でまだぼうっとしたまま、不安定な水面からなんとか身を起こした。

 慌てて全身を確認した。服や外套はあちこち破れているが、幸い手足を欠損するなどの重傷は負っていない。あれほどの爆発の中で奇跡だと思った。

 周囲を確認すると、元々水没しかけていた右足が更に膝半ばまで沈み始めている艦娘の姿があった。

 慌てて引き上げる。

 

「電、無事か!?」

「はいっ、ここにいます!」

 

 新城の呼びかけに応えて、電が手伝った。

 

「被弾したのか!?」

 

 電の装備の一部が爆発したかのように黒焦げになって欠損していた。

 

「大丈夫です!」

 

 新城の心配をよそに、力強い返事が返ってくる。

 実際のところどうなのかは分からないが、悠長にしている暇はなかった。

 次に砲撃を受けた時、また運よく無事に済むとは限らない。

 それ以前に、敵が近づきすぎていた。早くここから離れなければ、逃げ切ることが出来なくなる。

 もはや沈まないように堪えるだけで精一杯な艦娘の身体を新城が支え、その新城を電が牽引する形で退却を始めた。

 

「装備を捨てろ、重すぎる!」

「く……くそっ! 栄光ある我が艦砲が!」

「電、行けるか!?」

「い……っ」

 

 二人を引っ張り、電は移動を始めた。

 最初は緩やかだった航行速度が、やがて一気に加速する。

 

「電の本気を見るのですっ!」

 

 背後から迫る敵の気配と遅れて響く三度の砲声を聞きながら、新城達は今宵の地獄から脱出を開始した。

 

 

 

 

 いまだに水平線から日の出は見えない。

 しかし、時刻からしてもうじき夜が明けようとしていた。

 戦場の音は、もう聞こえない。

 新城達は、無事に港へ帰り着くことに成功していた。

 

「提督。ご無事で何よりです」

「不知火か」

 

 港から陸地へと上がった新城を一番に迎えたのは、不知火だった。

 海域から離脱して港に辿り着くまで、一時間以上掛かる航行距離だったが、不知火は全く疲労した様子はなかった。しかし、当然ながら新城の方は疲れ切っている。

 自分の足で動いてはいないとはいえ、不安定な水上で常にバランスを取りながら長時間牽引され続けていたのだ。ある意味、陸軍で経験した長期間の行軍よりも辛い。全く変わり映えしない周囲の景色に狂いそうになった。

 その場に座り込みたくてたまらなくなる。

 しかし、指揮官としての意地と見栄があった。

 新城は立ったまま、不知火に訊いた。

 

「天龍と龍田はどうした?」

「同じく、無事に到着しました。しかし、両名とも被弾しており、現在チェックを受けています」

「大丈夫なのか?」

「一応の検査です。おそらく小破ですらありません」

 

 不知火の見立てを証明するように、新城はこちらへやって来る天龍と龍田の二人を見つけた。

 改めて、周囲を見渡す。

 当然ながら、港と言ってもここは新城達が所属する基地ではない。

 撤退を支援した艦隊が所属する鎮守府の一角である。

 すでに到着していた艦娘達は、大破した者を優先して施設へ運び込まれていた。

 さすがに本来の形を持つ母港本拠地である。提督と部下の艦娘以外は妖精くらいしかいない新城の基地とは違い、人間のスタッフや他の予備艦隊の艦娘達を何人も見掛ける。

 誰もが、半壊状態で命からがら帰還した主力艦隊の対応に大荒わだった。

 新城は、今更になって共に帰還した電と大破した艦娘のことに思い至った。

 

「不知火、こちらの事情は説明してあるか?」

「はい、簡潔ながら」

「ならば、何人か手配してくれ。救助した最後の一人だ、大破している。それと、電も被弾したようだ」

「分かりました」

 

 指示を出したあと、新城は後ろを振り返った。

 さすがにここまでくれば戦場での勢いもなく、大破した艦娘はダメージを受けた身体で膝をついていた。倒れないのは、最後の意地なのかもしれない。

 すぐ傍で、電が腹を押さえて蹲っていた。

 装備に被弾した状態で二人を牽引し、ここまで辿り着いたのだ。無理をしていたのは間違いない。

 新城は電に向けて歩き出した。

 もはや、彼女を一人の兵士として認めている。

 働きをねぎらってやるつもりだった。

 

「電」

「……提督」

 

 掠れた声で、電が言った。

 顔を上げる。

 その顔を見て、新城は強い違和感を覚えた。

 何処かで見慣れた顔だった。

 

「わたし、がんばりましたよね……?」

 

 電が崩れ落ちるように、ぐったりと横たわった。

 新城はようやく気付いた。

 彼女の顔に浮かんでいたものは、戦場で何度も見てきたもの――死相だった。

 

「しっかりしろ!」

 

 新城は電を抱き起こした。

 

「療兵! 療兵! 急げっ!」

 

 辺りを見回して、必死になって叫んだ。

 しかし、駆けつける姿が見えたのは天龍と龍田の二人だけだった。

 他にもこの鎮守府に所属する数名の艦娘が見えるが、皆突然の事態に呆然としているばかりだった。

 新城は彼女達に激しい苛立ちを覚えた。

 腹の底から叫ぶように何かを命じようと口を開きかけ、そこでようやく我に返った。

 まるで負傷兵に対してそうするように療兵を呼びつけたが、それが何の意味もないことに気付いたのだ。

 療兵を呼べば、どうなるというのか。

 例え、死ぬほどの重傷だったとしても、それが人間だったのならまだ処置の仕方は心得ていた。

 しかし、今自分の腕の中で死のうとしているのは人間ではない。艦娘という存在なのだ。

 彼女を、どうすればいいのか分からなかった。

 どうすれば助けることが出来るのか、全く分からなかった。

 

「いいんです」

 

 生気の失せた顔で電は言った。

 自らの死を受け入れた者が見せる、特有の笑顔を浮かべていた。

 新城にはそれがよく分かっていた。

 

「もう、助かりません」

 

 力を失った手が地面に落ち、それが覆い被さって隠していた傷をあらわにした。

 それを見た新城は、喉の奥で呻き声を上げた。

 電の小さな身体に、おそらく砲弾によるものと思われる黒い穴が空いていた。傷口が炭化しているのだった。

 被弾したのは装備ではなかった。彼女自身だったのだ。

 新城は彼女の完遂した行動を思った。

 腹に砲弾で穴を空けられた状態で、自分達を一時間以上牽引し続け、無事にこの港まで送り届けたのだ。

 凄まじい事実だった。

 天龍と龍田が新城の下へ駆けつけた。

 しかし、もはや何の意味もなかった。

 

「提督、電の本気……ちゃんと見てくれましたか?」

「もちろんだ、電」

 

 新城は優しく応じた。

 

「君は任務を果たした。ん? 少し疲れておるようだな」

「大丈夫です、提督。大丈夫……」

 

 それが自分自身のことなのか、あるいは別のことなのか、新城には分からなかった。

 もはや、彼女が助からないことは誰の目にも明らかだった。

 電は、ここではない何処か遠くへ向けるような目をして、小さく呟いた。

 

「次に生まれてくる時は……平和な世界だといいな……」

 

 電は意識を失った。顔に浮かぶ死相は明らかなものになっていた。

 新城の目尻が引き攣った。

 電が自分の為に行ってくれた献身が、健気な言葉が、臓腑に突き刺さる刃のように感じられていた。

 

 ――指揮官は戦場で死傷する部下の親兄弟について、考えてはならない。

 

 そのことを新城は知り尽くしていた。

 いちいち、ああこいつの親兄弟はと思っていては、どんな命令も下せなくなる。優れた司令官であることは、冷酷であることと同義なのだった。

 ならば、目の前の少女の死はどうだろう?

 人ならざる艦娘。海軍の中には彼女達を人間ではなく兵器だと割り切る者もいる。

 間違いではない。彼女達に仲間や同類はあれど、血の繋がった親兄弟やこの世に残す家族はいないのだ。

 電を喪うことで、遺され、悲しみに明け暮れる者はいない。

 それならば、人の死より幾らかマシではないか。

 背負うものも、軽いのではないか。

 そんなはずがなかった。

 そのような思考が可能であるわけがなかった。

 新城は戦場で部下を失うことに慣れていた。

 いや、慣れてしまった。

 恨まれることも、憎まれることも、畏敬されることも同じだった。

 しかし、彼は知らない。

 子犬のようにただ自分を慕い、命令に従い、そして死んでゆこうとする部下への責任の取り方だけは。

 

「許しは乞わない」

 

 力の失われつつある少女の小さな手を握って、新城は言った。

 彼の言葉を、天龍と龍田、駆け戻ってきた不知火、そしてその光景に偶然遭遇するに至った他の艦娘達、全てが聞いていた。

 

「だが、後悔だけはさせない」

 

 

 

 暁型4番艦・駆逐艦『電』は夜明けを待たずに死んだ。

 

 

 



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後編

 秘書艦の案内で、新城は不必要に思われるほど立派な扉のついた部屋に通された。

 ここに至る廊下の内装を見ただけでも分かるが、実に荘厳な印象を受ける建物だ。本来の鎮守府とはこういうものなのだろうか。

 規模や建物の部屋数だけならば、新城の基地もそう見劣りしない。元々が同じ軍の施設だったのだから当然だった。

 しかし、それら全てに手入れが行き届いているわけではない。これは単純に配属された人員の少なさと、使用する必要性の無さから来るものだった。

 それに比べて、ここは随分と軍としての体裁を整えている。建物が権威や威風といったものをあからさまに備えているのだ。

 もちろん、軍隊にそういった一種の『こけおどし』が必要であることは、軍人である新城も知っている。

 

「こちらで提督がお待ちデース!」

 

 新城を案内した艦娘は、妙な訛りのある喋り方だった。

 しかし、違和感や可笑しさよりも先に愛嬌を感じてしまう。備えた美貌と明るさが全てを良い方向に変えていた。

 

「ようやく会えたな、新城少佐」

 

 室内に足を踏み入れると、実仁提督が新城を迎えた。

 この鎮守府には彼の厚意で、天龍達の補給も兼ねて二日間滞在しているが、こうして対面するのは初めてだった。自らの主力艦隊に甚大な損害を受け、彼自身も多忙だったのだ。

 実仁の傍らに同じく入室した秘書艦がそのまま控え、彼自身はデスクに就いている。

 その正面に距離を置いて立ち、新城はいまだにやり慣れない海軍式の敬礼をした。

 実仁提督の階級は准将であり、立場としては上である。しかも、彼の生まれは皇族であった。

 

「はい、親王殿下」

 

 つまりは、そう呼ばれる立場の人間なのだった。

 

「別に謁見というわけではない」

 

 実仁は怒ったように言った。

 

「准将としての扱いでいい」

「ありがとうございます、閣下。しかし、少佐が准将閣下と話すのもあまり違いはありませんが」

 

 実仁とその秘書艦が目を丸くして、その後すぐに実仁だけが大声で笑った。

 艦娘の方は困惑の方が大きいらしかった。秘書艦なだけに、彼の立場を分かっている。新城の態度がふてぶてしさを通り越して、無礼にも近いことを感じたのだった。

 

「なるほど、艦隊で白兵戦を仕掛けるだけあって豪胆な男のようだ」

 

 誤解なんだがな、と新城は思った。自分の小心さは嫌というほど自覚している。

 

「聞き及んでおられましたか」

「無論だ。君の代理秘書艦から詳細を聞いた時は、驚いたよ」

 

 不知火のことだった。新城は電が亡き後、彼女をとりあえずの副官として任命していた。

 理由は実に単純なものである。

 傍に置いておくのに、一番静かだからだ。

 

「元陸軍だったから出来た発想だな。どの提督もこれまで思いつかなかった、一考に値する作戦だろう。無論、問題も多いが」

「敵が電探の一つでも積んでいれば、戦果はまた違っていたでしょう。半ば以上賭けでした」

「そうして命を賭けた男のおかげで、俺の艦隊は全滅を免れた。この金剛も、あの艦隊にいた一人だ」

 

 金剛と呼ばれた艦娘が、新城に向かって笑顔で小さく手を振った。

 裏表のあまりない性格なのだろう。新城への素直な好感が見て取れる表情と仕草だった。

 しかし、新城はそんな彼女の好意を半ば無視していた。

 彼は忘れていない。あの作戦で金剛の仲間が二人沈んだことを。そして、自らの作戦の為に彼女達を囮にしたことも。全て。

 

「その結果、君は部下を一人失った」

「彼女は任務を果たしました」

 

 新城は何の感情も意味も含まず、ただ事実だけを告げた。

 その言葉をどういった形で受け取ったのか、実仁は一つだけ頷いて返した。

 

「今日、ここへ呼んだのは君に謝罪をする為でも、ただ礼を言う為だけでもない。俺は君から受けた恩義を忘れない」

「つまり、支援をしていただけると?」

「はっきりした男だな。だが、その通りだ。まず昇級と勲章を申請する。君の陥っている状況も、少しはまともになるだろう。色々と調べさせてもらったが、君の立場に対してあまりに待遇が悪すぎる。随分と苦労をしたようだな」

「僻地の提督でしたから、責務も相応のものです」

「どう見ても悪意を秘めた冷遇だよ。随分と嫌われている。しかし、これからは違う。君の功績には実仁親王殿下率いる第一艦隊を、不十分な戦力でありながら見事救ったという華々しい栄誉が加えられる。もう誰も君を軽んじて扱うことは出来ない」

「その功績は、閣下にとっての失態となりますが」

「まさに俺の失態なのだ。俺は危うく、この金剛を含めた自分の主力艦隊を失うところだった。君にそれを救われた。紛れもない事実だ」

 

 なるほど、大した人物なのだな、と新城は納得した。

 皇族でありながら権威や見栄に拘らず、ただ自然な体で威厳が身についている。性格も実直である。部下からも慕われているだろう。

 艦娘が女であり、彼が男ならば尊敬以上のより深い感情に発展することも出来る。丁度、傍らの金剛のように。

 新城は全てを察し、実仁個人に対する信用と好感、そして面倒事の予感を抱いていた。

 彼は申し出は純粋にありがたいと思う。もう少し自分の部下達をまともな環境で戦わせてやりたいと思っていた。

 しかし、彼との繋がりは後ろ盾とするにはあまりに強力で大仰すぎるような気がした。

 権威を得ることは必ずしも良いことばかりではない。特に、自分のような生来の嫌われ者については。

 

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 まあいいか、という気分になった。

 いずれにせよ、自分の艦隊が陥っている境遇の改善には以前から頭を悩ませていた。

 間違いなく面倒事は起こるだろうが、貴重な部下を一人失った今、艦隊を立て直すには支援が必要不可欠だった。

 

「君からの要望はないか?」

「まず、何はなくとも資材が要ります。うちの鎮守府は少量の支給で回しておりますので。工廠の増設は無理としても、せめて量を増やしていただかないと艦隊の運用すらままなりません」

「それについては当初から手配するつもりだった。というか、明らかに規定よりも意図的に減らされているな。今回のことで君の立場が見直されれば、自然と正常化されるはずだ。もちろん、俺も口添えする」

「艦娘の増員と、その装備も。うちには建造と開発、いずれの施設も存在しません。申請も上手く通っていないのが現状です」

「……調べてはいたが、本当に凄まじいな。分かった、君の申請は全てこちらを一度通す形にしよう。陳情には可能な限り応える」

「でしたら、今のところはそれくらいです」

「意外と欲がないな」

「艦隊の規模が大きくなれば、それだけ仕事も増えます。自分は、まだまだ新米の提督ですので。それに、本来ならば必ず通したい要望が必要なくなりました」

「ほう、それは何だ?」

「戦死した部下の勲章の申請などです」

 

 新城の発言に、実仁と金剛は言葉に詰まった。

 陸軍にいた頃、部下が戦死したり腕や足を失った時、新城は彼らに相応の待遇を与えた。

 戦場を離れて日常の生活へ戻る彼らの為、あるいは遺された家族の為に、慰労金の配給や年金の増額などを申請した。それが彼らに対する当然の報酬だと考えていた。

 電についても同じだった。

 もしも、彼女が艦娘ではなかったのなら、新城は彼女の死と働きに報いる為にここでそれらを第一に申請しただろう。

 しかし、彼女は艦娘だった。人間の兵士と同じ扱いではなかった。

 

「新城提督、それは――」

「分かっています」

 

 艦娘達は海軍に所属しながら、兵士としての階級を持たない。

 だからこそ、軍隊としての礼節や規律に縛られず、ある程度自由に行動することが認められている。

 しかし、それは同時に彼女達が兵隊ではなく兵器として運用されていることを示していた。

 艦娘には生きている間であれ、死後であれ、軍からの除隊は認められていない。

 

「艦娘が戦死し、その遺体が残っていた場合は『解体』に回されるそうですね」

 

 大抵の戦死が海上での轟沈である為、艦娘の遺体が手元に残ることは少ない。残った場合も、それは人間のように埋葬されることなく工廠で解体されて、資材として再利用される。

 それで終わりだった。

 艦娘の戦死とは、たったそれだけで終わる話なのだった。

 初めてその事実を知った時、新城は『何とも効率的だな』と思った。

 人間のように感情を表し、会話の中で明らかに個人としての意思や個性を示しながら決して人間としては扱われない彼女達への対応が酷く苦手になったのは、それ以来だった。

 

「その通りだ」

 

 実仁は重々しく頷いた。

 彼も艦娘を率いる立場の者として、彼女達の待遇に複雑な心境を抱いているに違いなかった。

 良心の呵責を覚えたり、人道の面で疑問を抱く提督も多いはずだ。

 新城は着任する前に知った、艦娘を率いる提督の異常なまでの失踪率と自殺率の高さを思い出していた。

 言葉を話し、感情を表す彼女達を兵器だと割り切れる者は多くない。自らを慕う美しい少女が相手ならば、そこにまた別の感情が生まれることも容易に想像出来た。

 

「戦死した電の解体は、こちらで行う」

「よろしくお願いします。自分の鎮守府には解体を行う施設もありませんから」

「ああ。発生した資材は、後日君の所へ送る」

「はい」

「……彼女の分だけを、別途に送ることも可能だが?」

 

 実仁は言った。

 新城にとって初めて失った艦娘である。しかも、秘書艦だったのだ。

 詰まるところ、電の形見として受け取っても構わないという、彼なりの気遣いだった。

 

「必要ありません。他の資材と共に送ってください」

 

 しかし、新城はそれを無視した。一蹴したと言ってもよかった。

 彼は一切の感慨を見せずに、そう返答していた。

 その言葉に実仁は、ただ『そうか』とだけ無表情に応え、傍らの金剛から新城に対する好意的な感情が消え失せた。

 新城は全てを無視して退室した。

 誰にも、理解してもらう必要もつもりもなかった。

 

 

 

 

 退室した新城は、ここに滞在する間割り当てられた部屋へ向かうことにした。

 特に出歩く理由もない。自分の鎮守府にはない工廠などの施設は、この二日間で一通り見学を済ませていた。

 後学も兼ねていたが、半ば以上興味からだった。

 しかし、建物を不用意に歩き回る内にすぐに後悔した。

 すれ違う者のほとんどが女性だった為である。

 鎮守府とは艦娘を運用する軍事施設であるのだから当然だと、すぐに思い至らなかった自分の間抜けさに呆れ果てた。

 寮や食堂も全て彼女達が利用する施設である。何処に行っても、若さと美しさだけは例外なく共通する艦娘達と鉢合わせた。

 たった四人しかいなかった自分の基地では実感のなかったことだが、多くの艦娘に囲まれた環境というものが、ここまで居心地が悪いものかと辟易してしまった。

 以来、天龍達が補給と修理を終えて帰還の準備が整うまでの間、新城は割り当てられた部屋から可能な限り出歩かないようにしている。

 そして、その帰還の日が今日だった。

 午後に、実仁の手配した輸送艦に乗船して、基地まで送り届けられる手筈になっている。

 纏める荷物などはないが、部屋でこれからのことを考える必要はあった。

 廊下を歩き、曲がり角を曲がった時、新城は自分の部屋の前で待つ人物に気が付いた。

 

「待っていたぞ、新城提督」

 

 新城が助けた、あの艦娘だった。

 大破した状態もすっかり回復している。二日間で重傷が治癒するのは、艦娘として早い方なのか遅い方なのか新城には分からなかったが、人間離れしているのは確かだった。

 脳裏に、電を死に至らしめた凄惨な傷跡が蘇った。

 あの致命傷も、もし自分が何か違う適切な処置をしたのなら、目の前の彼女のように想像もつかない治癒の仕方で助かったのではないかと、淡い考えが浮かんでいた。

 

「僕に何か用か?」

 

 剣呑に尋ねた。

 自分自身の意味のない回想に苛立っている為だった。

 相手は、そんな新城の悪感情の発露を誤解して受け取った。

 

「すまない。アナタに、一言謝りたかった」

「謝る?」

「私のせいで、アナタの電が戦死したことだ」

 

 新城は思わず黙り込んだ。

 相手はそれを無言の肯定と受け取ったが、内心は全く違っていた。

 彼女のした『アナタの電』という表現に、奇妙な違和感を覚えた為だった。

 

「あの時、私が撤退を躊躇わなければ、彼女が砲撃を受けることもなかっただろう。私のくだらない見栄が、彼女を死に至らしめたのだ」

 

 そう告げる口調は、自らの仲間を目の前で失ったことを自責していた時と同じ、重く沈んだものだった。

 真面目で責任感の人一倍強い性格なのだろう。自らが関わった死を、全て抱えようとしているように思えた。

 新城は内心で舌打ちした。

 今度こそ明確に、目の前の艦娘に対する苛立ちを感じたからだった。

 

「それは君の意見に過ぎない」

 

 新城はきっぱりと跳ね除けた。

 

「戦場では、誰も自らに降り掛かる死を選ぶことは出来ない。僕に分かっているのは、電が、僕の命令を忠実に実行し、それを果たしたということだけだ。僕の命令を、だ」

 

 新城は言葉の最後を強調するように大声で発した。

 目の前の呆気に取られる艦娘に叩きつけるような勢いがあった。

 

「君が罪悪感を感じるのは勝手だ。だが、僕は味方の救出の為に命令を下したことと、その結果に生じた損害について罪悪感は一切抱いていない」

 

 新城は断言した。本心だった。少なくとも、自分ではそう信じ切っている。

 様々な受け取り方が出来る彼の言葉を持て余し、混乱して棒立ちになる艦娘の傍らを、新城はそのまま通り過ぎた。

 押しのけるように、背後の扉に手を掛ける。

 それに気付いて、彼女は何かを言いたそうな表情を浮かべたが、新城はそれを完全に無視していた。

 扉を開けようとする。もちろん、誰も中に招くつもりはない。

 その時、慌しい足音が聞こえた。

 子供のように体重の軽い者が、複数駆けている足音だった。

 新城は無意識にその音の方へ視線を向けた。

 そして、目を見開いた。

 

「あっ、まずいよ! 走っちゃ駄目、他の提督いるよ!」

「本当だ!」

「はわわっ、怒られちゃうのです!」

 

 騒がしい声が響く。

 子供のような容姿をした少女達。駆逐艦クラスの艦娘数人が、おそらくこの先の提督の部屋に運ぶ為であろう書類の束を分担して持って、歩いていた。

 新城の視線は、集団の先頭に立つ一人の艦娘に固定されていた。

 彼の視線に気付いた駆逐艦の少女は、慌てて頭を下げた。

 酷い既視感を覚える仕草だった。

 

「は、はじめまして! 暁型4番艦、駆逐艦『電』といいますっ!」

 

 

 

 

 新城は寝台に寝転がっていた。

 眠気は全くない。しかし、何もやることがなかった。

 実仁の手配した輸送艦に割り当てられた士官用の個室は快適そのものだ。室内には寝台の他に一通りの家具があり、本棚や高価そうな酒瓶を並べた棚まであるのだから暇潰しには事欠かない。

 手入れもしっかりと行き届いていた。こんな豪華な部屋で、酒を傾けつつ窓から海をのんびりと眺めるだけでも十分に楽しめる。

 軍艦でありながら、豪華客船と見紛うかのような船だ。

 実仁自身が使用する場合もあるので、ある意味金が掛かっているのは当然のことだった。親王閣下をお乗せする御召艦というわけだ。

 自身の基地に着くまでの間だが、至れり尽くせりの船旅となる。

 しかし、新城は何も楽しむ気にはなれなかった。

 酒はもちろん口にしていない。一応、軍務の最中である。

 本には何冊か手をつけたが、全て数ページで止めた。好みの問題ではなく、読むことに集中出来ない為だった。

 もちろん、部屋から出る自由は許されている。しかし、自分以外に乗船しているのは、部下も含めて全て艦娘達だった。彼女達との交流を楽しめるとはとても思えない。

 こんなことなら客人待遇などではなく、船員の一人として働いていた方がマシだと思った。

 暇な人間はろくなことを考えない。今の新城の脳裏には、あの鎮守府で見た光景が幾度となく繰り返し蘇っていた。

 自分が出会った、あの艦娘は――。

 扉が叩かれた。

 

「どうぞ」

 

 起き上がり、はみ出ていた上着の裾をズボンに押し込みながら答えた。

 この船で一番階級が高いのは新城だったが、寝転がったまま対応するような横暴をするつもりはなかった。

 それに、この状況では訪問者が誰であれ、艦娘であることは間違いない。

 入室したのは不知火だった。

 

「お休み中でしたでしょうか?」

「いや……」

 

 新城は僅かに言いよどんだ。

 目の前の少女が『自分の部下の不知火』なのか、一瞬確信が持てなかった為だった。

 

「失礼しました。新城直衛提督の代理秘書艦、不知火です」

 

 不知火は、その疑念を察したかのように畏まって答えた。

 自分が今悩んでいること。その内容を、彼女は察しているらしい。新城は寝台に腰掛けたまま、訊ねた。

 

「何か用か?」

「お話があってきました」

「この船にいる間、君達には軍務から外れた自由時間を与えているはずだ」

「はい。ですから、個人的なお話です」

 

 新城は無言で部屋に備えられた椅子に座ることを促したが、やはり無言で拒否された。

 言葉とは裏腹に、不知火は秘書艦らしい態度を崩さず、その場で直立不動のまま話をするつもりのようだった。

 別段、新城を嫌っていたり敬遠している為ではない。彼女の素の態度がこれなのだった。

 

「鎮守府で、電に会いましたか?」

 

 不知火は刃のような単刀直入さで話を切り出した。

 それは、新城が悩み続けていた問題そのものだった。

 

「……会った」

「あれは、アナタの部下であった電ではありません」

「分かっている」

 

 理屈の上では新城も事前に知り得ていたことだった。

 艦娘は『建造』と呼ばれる方法によって生まれる。

 実際に、そこでどのような過程が行われているかは分からない。彼女達は一定の資材を消費して生まれてくるのだ。そして、結果を事前に決めることは出来ない。建造によってどんな艦娘が生まれるかは分からないのだ。

 しかし、ある程度の規則性は存在した。そして、規則性が存在する以上結果が同じになることもある。

 詰まるところ、建造の結果『同じ艦娘』が生まれることもあるのだ。

 この場合の『同じ』とは文字通りの意味だった。

 艦娘には『同じ人種』『同じ血族』といったレベルではなく、まったくの『同一人物』というべきレベルの重複が存在する。

 

「不知火も、あそこに所属している自分の同一艦に会いました。すれ違う程度でしたが」

「『同一艦』か……本当に艦船ならば、それでも問題はないのだろう」

「問題ないのです。何故なら、不知火達は『人間』ではなく『船』ですから」

「それは――」

「不知火や電を含め、駆逐艦クラスは比較的建造されやすい艦種です。他の鎮守府を含めればもちろん、一箇所に絞っても存在が『ダブる』のは、よくあることでしょう」

 

 新城は、どう返答すべきか迷い、結局何も返すことが出来なかった。

 普段の部下に対する明確な態度を思えば、実に彼らしくない曖昧な状態だった。対応に戸惑っているのだ。

 これが軍務ではなく、私的な会話だからかもしれない。

 任務ならば、彼は何処までも冷酷になれる。目の前の可憐な生物に、戦場で血を流せと命じることも出来る。自らを兵器だと自負する少女を、その通りに扱うことも出来る。

 しかし、今目の前にいるのは人間としか思えない少女だった。いや、少女として扱わなくとも、共に死地を生き延びた兵士だった。

 正しい存在の定義など問題ではない。新城にとって、艦娘とは非常に扱いの難しい存在だったが、少なくとも傍に置くことを許容し、共に戦うことを認める相手であることに疑問はなかった。

 

「君は、いや君達は、僕にどんな扱いを望む?」

 

 新城は訊ねた。

 

「何も。何も特別なことは望みません。ただ、アナタの思うまま不知火を働かせてください。アナタの望む通りのことをします」

 

 新城は溜め息を吐いた。

 これを単なる忠心と受け止めるには、彼の内心はあまりにも複雑すぎた。

 

「僕はそこまでに値する上官か?」

「少なくとも、不知火が見たもの、経験したものから出した結論です。ご理解いただかなくても結構です」

「艦娘を戦場で有効に運用することに関しては、僕もまったく疑問はない。君達を苦労させることだけは間違いなく約束出来る。しかし、僕は君達をただの兵器として扱うことも、命と尊厳ある兵隊として扱うことも割り切ることが出来ないのだ」

「どちらの扱いも経験してきました。その結果、いずれにも馴染むことが出来ず、アナタの下へ来ました。おそらく、他の艦娘も同じです」

「人として扱われることは不満か?」

「いいえ。しかし、手厚い待遇の中にあるからこそ疑問と苦悩は大きくなります。人間と同じならば、時折目の前に現れる不知火と同じ顔と身体を持った存在は一体何なのでしょう?

 頭がおかしくなりそうです。気が狂いそうです。こんなことを悩む艦娘は、自分一人だけなのでしょうか。人道主義とされる提督の下で『君達は同じ人間なんだ』と認められ、素直に喜び、おそらく安堵しているであろう仲間を見るたびに疑念を抱きました。彼は、もう一人の不知火が建造された際にも同じことを言ったのです」

 

 不知火の視線は、新城にだけ真っ直ぐに据えられていた。

 鉄の棒を呑み込んだように不動の姿勢と、鋼で出来ているかのように変化のない表情は、まさに彼女が人間とは違う無機質な存在になろうとしている意志を感じさせる。

 しかし、新城はその瞳の奥深くに見覚えのあるものを感じ取った。かつて、それを同じものを身近に味わったような気がする。すぐに思い出した。

 見捨てられることを恐れる子供の目だった。

 新城は瞼を閉じた。幼い頃に彷徨った東州の山野が見えた。

 目を開き、新城は迷いのない口調で目の前の艦娘の名前を口にした。

 

「不知火」

「はい」

「君を秘書艦に正式に任命する」

「了解しました」

「最初に言っておく。僕は、僕の求める能力を持たぬ艦娘を使いこなせない。僕にそれほどの能力はない。君もその例外ではない」

「努力致します」

「尽力してくれ。君は望んで僕の下で働きたがったのだ。そんな莫迦はこき使われて当然だ。僕の下で働きたいのなら、君が僕の求める能力を持っていること、それを証明してくれ。これは即時発令の永続命令だ。もしも、同じような莫迦を見つけたら、一語一句同じ命令を伝達するように」

「はい。証明いたします」

「ならば宜しい。君は魅力的すぎて気が散る。しばらく僕の視界から外れてくれ」

 

 不知火は見事な一礼をして、退室した。

 部屋から出る時、開いた扉から天龍と龍田の姿が一瞬垣間見えた。盗み聞きしていたらしい。扉が閉まる前に、こちらに向けた二人の意味ありげな微笑が妙に気に掛かった。

 直接部屋を訪れたのは不知火だけだったが、彼女達も同じような心境で、同じような行動を取ろうとしていたのかもしれない。

 一人、部屋に残された新城は再び寝台に横になった。今度は、明確な疲労感を感じてのことだった。

 先程の会話で、何となくだが彼女達の求めるものが分かったような気がする。

 しかし、それに応えられるかどうかは定かではない。新城にとって、艦娘とは相も変わらず扱いの難しい存在だった。

 ここまで思い悩むのは、もはや自分が彼女達を自分の部下だと認めてしまっているからだと自覚していた。

 これが、まだ一度も運用していない知識だけの相手ならば、関わることもなく跳ね除けていただろう。

 しかし、自分は彼女達と共に戦ってしまった。背中を預けてしまった。そして、彼女達はそれに応えた。

 銃は所詮道具に過ぎない。それを撃ち、敵を殺傷した時に頼もしさを覚えたり、兵器としての信頼性は高まっても、それは兵士達に向ける信頼とはまた違う。

 困ったことに新城が不知火や天龍や龍田、そして失った電に関して抱いたものは兵士に向けるそれと同等のものに他ならなかった。

 だからこそ、ここまで思い悩むのだった。

 苦悩の中には苛立ちもあった。

 それは艦娘に対するものではなく、彼女達を生み出した人間に対するものだった。

 義憤などではもちろんなかった。

 艦娘の起源には謎が多い。如何なることが発端となって、彼女達が生み出されたのかは分からない。誰が、何を望んでこうなったのか。

 彼女達の扱いにも理解は出来る。戦争とは理不尽なものだ。兵器だ兵士だと区分けをしても、戦場において等しくその存在は蹂躙され、破壊されることに違いはない。そして、彼らや彼女らの嘆きと苦悶は戦争を望む者には無視されるのだ。

 僕はそれを知っている。その理不尽を了承はせずに了解している。

 だからこそ。

 だからこそだ。畜生め。いまだ見ぬ畜生どもめ。

 彼女達への責任を放棄した貴様らを許せない。

 例えその終結が死であったとしても、戦い抜いた兵士のその後に報いることは、それを率いる者の責務だ。決して逃れてはならない責任だ。それこそが、ただの人間を、将校を指揮官たらしめている。

 貴様らは、それを放棄した。彼女達に存在する一個一個の意志を認めながら、そこに発生する権利を無意味であると切り捨てた。

 艦娘を兵器であると断じて開き直る者も、人間であることを認めながら彼女らの行く末に考えの至らない者も、どいつもこいつも同じだ。

 仮にこのまま深海棲艦との戦いが終結したとして、彼女達に待つ未来は何だ?

 特定の敵と戦う為に生み出され、存在意義をそれらと戦う為にだけ見出された彼女達が迎える戦後とは?

 何も考えてはいまい。ただ、成り行きの未来が待っているだけだ。役目を終えた彼女達は解体されて消える。ごく一部が別の用途に流用されて残るかもしれないが、それは役割を変えただけだ。そこにどれだけの悲しみや同情が伴おうが、結末に何も変わりはない。

 僕ですら恥は知っている。それを知らぬ厚顔無恥な者ども。覚えていろ、兵に報いぬ者は兵を率いる資格などない。

 彼女達は兵器だ、などという詭弁はもはや通じない。僕はもう認めた。認めてしまった。彼女達を人間だともそうではないとも断じることは出来ないが、共に戦う兵士だとは既に認めた。

 貴様らが彼女達に何一つ報いず、死んでいった電に僕が報いることすら認めようとしないのなら。そういう効率と都合のいい世界を改めようとしないのなら。宜しい。粉砕してやる。深海棲艦の後で、その認識ごと貴様らを粉砕してやる。そう、絶対に、だ。

 新城はじっと天井を睨みつけていた。

 しかし、激情とはそれが心の奥底で燻る静かなものであっても、不変のまま萎えずにいることはないものである。

 視界にあるものが、飽きるほどに見慣れたものだと今更思い出していた。かといって、不知火にああ言った手前部屋を出ることも出来ない。それは酷くみっともない。

 結局、彼は基地に到着するまでの間、再び暇を弄びながら、自らの見栄を張った言動に少々後悔していたのだった。

 

 

 

 新城直衛の下に、大量の資材と補給人員としての艦娘が送られてきたのは一週間後のことだった。

 彼の戦争は、そこから本格的に始まった。




一応、この後の話の構想もありますが、とりあえず完結です。
続きを書くかは、まだ未定。
投稿するとしたら、pixivでまーた行き当たりばったりに書いて、形になってから一気にここへ載せる予定です。
でも、一番いいのは何もしなくても誰かが新城提督を書いてくれることです。漫画やイラストでも可。私は、いつでもpixivで待っていますよ?(チラッ


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