欲張りファンタジーの世界で生きたい (ゼラチン@甘煮)
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プロローグ/生い立ち

最初が説明臭くなるのはご了承ください。
暗いのもすぐなくなります。


 

 

 

 『魔法』『能力』『妖怪』『モンスター』

 そんな物語でしか見たことのない存在が、この世界にも確かに存在する。

 ビルが建ち並ぶ都会、日本の江戸時代のような古風な町、中世ヨーロッパのような都市が同じ国に存在しているのを見てなんてめちゃくちゃなんだと最初はため息を吐いた。

 多種多様な人々(一部人外)が暮らしている都市、そして人間に明確な敵意を持って襲ってくる怪物たちがいる場所。危害を加えてくる怪物に対抗するための職業があると知った時は思わず感嘆した。

 

 まるで『ファンタジー欲張りセット』なこの世界に、俺は生まれた。

 前世の記憶を持っているなんてことはなく、前世での常識を知っているのみだった。その常識が正しいものなんていう確証はないのに俺はその知識を絶対正しいと信じこの世界が異常だと思い込んでいた。

 

  

 ある日、俺の家を怪物が襲った。

 すぐにたくさんの大人が来て怪物を倒したけど、俺の家族と周りの家の人は助からなかった。

 

 

 俺は魔法を使えなかった。特別な力もなかった。

 どうやらそれはこの世界では冷遇される存在らしかった。酷い扱いを受けるわけではないけど、いい顔はされない。子供と同じく、守られる存在。だけども別に大切にしなくても良い存在、それが俺たちだった。

 

 

 

 

 俺はいわゆる路上生活者になった。案内された場所には既に二十人ほどの仲間がいてすぐに歓迎された。

 たまにスーツを着た人が来て俺たちに仕事を渡してくれた。俺たちは人数が多くてしかも人件費が安いから仕事には困らないと先輩が教えてくれた。

 単なる落とし物やペット探しもあれば、中身がわからない箱を運んだり怪物を倒すこともあった。先輩はとても強くて中には魔法を使ってる人もいた。こんなに強いならなんでここにいるのと聞いてみたら先輩は曖昧な笑顔を浮かべて、俺たちは運がなかっただけなんだよ、と言って頭を撫でてきた。運がなかっただけ、頭を撫でられながらその言葉を忘れないように何度も反芻した。

 

 

 何年か経ったある日、いつものようにスーツ数人が仕事を持ってきた。唯一いつもと違ったのは、スーツに囲まれて女の子がいたことだ。ここに来た当時の俺と同じくらいの歳に見えた。彼女は俺たちを見ると嗜虐的な笑みを浮かべて高らかに宣言した。

 

「とても不幸な君たちに這い上がるチャンスをあげようじゃないか!僕に感謝したまえよ!」

 

 彼女が言うにはこれから渡す仕事は今までとは比べ物にならないくらい危険で難しい仕事で死にたくなかったら仕事を受けなくても良くその代わりに仕事を達成したら彼女の権限で路上生活から脱出できるらしい。そこまでするほど危険な仕事とは何なのだろうか、いくら気にしても俺たちに受けないという選択肢はなかった。

 それはいつも通りの怪物退治。町の近くに住んでいる吸血鬼を被害が出る前に倒してほしいという内容だった。

 

 俺たちは甘い言葉にただ飛びつくまま準備をして屋敷に向かった。

 俺たちは気づいていなかった。それでうまくいくような人生なら、そもそもこの場所に来ることはなかったんだ。

 

 

 

 俺以外の全員が死んだ。家と多額の金、そして戦利品の拳銃を持って数年に渡る生活に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも生き方は変わらず、依頼をこなし金を受け取るだけの日々。どうやら終わりを告げることはできなかったらしい。

 

 

 

 


 

 

 

 この国のトップが変わってから、もう5年となる。

 魔力などをいっさい持たない人間がトップになるのはこの国どころか全世界の歴史でも初めてのことらしい。広大なこの国をどうまとめていくのか注目をされていた彼が選んだのは「何もしない」だった。

 

『俺は魔法とかには詳しくないしそれはこれから勉強していく。そんな俺が余計なことやろうとしても悪化するだけだ。だったら今まで通りやってもらった方がいい。外交とか要望に応えるとか最低限のことはやるからよろしく頼む』

 

 というのが彼の最初の演説を簡潔にまとめたものだ。国のトップとしてどうなのと思うかもしれないが元々この国は広すぎてそれぞれの地区や町で政治を行っていたのでそれが公式なものになりますよと改めて宣言しただけであって批判の声も少なかった。

 そんな彼でもこの国に根付いていた魔法やその他特別な力を持たない無能力者に対する一定の差別をなんとかしようという思いはやはりあったようで重火器にかかっていた多額の税金がなくなったり路上生活者に対する支援を行ったりある程度の措置はされた。

 それでも能力は絶対正義という考えはすぐに変わらず、無能力者が肩身の狭い思いをしているのも特に変わることはなかった。拳銃をこそこそ隠す必要がなくなったのが、唯一の良い事だ。




 


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プロローグ/嗜虐的な笑み

 まだまだプロローグです。


 彼女が言ったことは嘘ではなく、町の中心部にあるマンションの一室を俺の家として与えられた。

 マンションという単語から想像はできるが俺が住んでいる町は違う世界の常識でいう現代の町に近い。そこまで都会というわけではないが変な知識を持っている俺としては違和感が少なく過ごせるのは素直にありがたい。

 

 

 

 窓から入ってくる日差しで目が覚める。目を擦りながらカレンダーを見る。

 

「今日月曜日じゃねえか...」

 

 早速憂鬱な気分になりながら外に出て郵便を確認する。俺の予想通り手紙が一通届いていた。俺にとっては不幸の手紙となんら変わりないのだが、このままにしておくわけにもいかないので一応確認する。

 

今週の依頼だよ!期待はしてないけどよろしくね

 

 最初の一文から既に破り捨てたくなる。こんなのでも大事な収入源なのだ。大事にしなければいけないとわかりつつもイライラしてしまう。

 


 

 三年前、運命の依頼後。

 

 

 腕を縛られ、その場に座り込む形になるようにスーツたちに押さえつけられる。解放を求めて顔を上げたらあの女の子がいた。無様な姿の俺を見ながら変わらず例の笑みを浮かべている。

 

「クソッ、終わったらあの生活から脱出できるんじゃねえのかよ...」

 

 呟きとも言える俺の悪態を聞いて、少女はますます嬉しそうに口角を上げる。

 

「勘違いしないでくれたまえ。僕はあの依頼が達成されるなんて思っていなかったんだ。しかも君が彼らの中で唯一の生き残りとあっては、会いたくなるのも当然だろう?」

「知ら...ねえよ。さっさと解放して俺を普通の生活に戻してくれ」

 

 全身がズキズキと痛む。傷も治したいし懐にある戦利品の拳銃で試したいこともあるんだ、何をしようとしているのかは知らないが早くしてほしい。

 

 

「ッ!」

 

 少女が俺に近づいてきたと思った瞬間、顔面に衝撃が走った。口内が切れて血が滲み出てくる。どうやらこの少女に顔面を蹴られたらしい。靴を拭いている少女を跪きながらなんとか睨みつける。

 

「君がどう生き残ったのか、あの場で何があったのかはどうでもいいんだよ。僕は君自身に興味があるんだ。そしてそこで手に入れたものもね」

 

 少女は俺の腰のあたりを指差した後、近くのスーツの耳打ちをした。

 俺を押さえつけていた手が解放されたと思ったら今度は体を漁るようにまさぐってきて拳銃があっという間にとられて少女に渡された。

 

「おい!返せ!戦利品は自由にしていいって言っただろ!」

「だから勘違いはするなと言っているじゃないか。人の話は聞くものだよ、これから生活も変わるのだから尚更にね。......実弾は入っていないね、そもそも実弾を撃つタイプなのかな。それにどうにもあの吸血鬼がこんなもの所持していたとは思えないんだよね。...これについて君は何かしら知っているんだろう?」

 

 拳銃をしばらく眺めブツブツと独り言を呟いた後突然俺に質問を投げかけてくる。

 

「...それは実弾がいらないとだけ伝える。俺も偶然見つけたんだ、それ以上は何も知らねえぞ」

「ふーん......殺傷力はあるのかな?」

 

 

「ちょっ、待て!」

 

 そういうと自身の頭に銃口を突きつける少女、そして。

 

 

 

 バンッ

 

「まじかよ、やりやがったこいつ...!」

 

 耳に響く音と共に倒れる少女。慌てて周りを見るもスーツたちは特に動じてない。

 この少女はこいつらにとって主人的な存在じゃないのか?違うにしても目の前で人が、しかも子供が拳銃自殺をしたんだぞ。もう少し取り乱してもいいんじゃないのか?

 

 

 

 

あっはははは!!そんなに慌てて、意外と可愛い所もあるらしいね

 

 

 

 頭の中にそんな声が聞こえてきた瞬間、倒れていた少女の体がビクンと震える。

 そのままゆっくりと関節を鳴らしながら立ち上がり俺がまばたきをした後には元通り嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

 

「やっぱり、『魔力』を撃ち出す拳銃かあ。殺傷力も充分にあるし良い戦利品を見つけたね。それにしても、君は無能力だって聞いていたけど問題なくこれを使えるのかい?」

「なんなんだよ、不死身とでもいうのかよ。化け物じゃねえか」

「別に不死身なわけではないさ、少々特別性なだけだよ。あ、ちゃんと安心してくれたまえ、あれを無防備な頭に撃ち込まれて生きている人間はそうそういないよ。僕がレアなんだ、珍しいんだよ」

 

 そう言いながら嬉しそうにヒラヒラと回る少女。生きていることにも驚いたが拳銃の仕組みを一瞬で見抜いたことにも驚愕した。何者なんだこいつは。

 

 

「さあ、本題に行こうか。...吸血鬼は倒され君は生き残った。約束通り家やある程度のお金を用意しているよ。それとは別に僕は君に提案をしたいんだ」

「提案?」

「新しい生活が始まったとしても、仕事がなかったら困るだろう?いくら僕からお金を渡されるとはいえ、必要なものを揃えていったらすぐになくなるだろうし」

「何が言いたいんだよ、仕事を用意してくれるとでも言うのか?」

 

 俺の相槌にひときわ笑顔を輝かせて頷く。

 

「その通りさ!僕が君のために『依頼』を用意して君がそれを達成すれば報酬を支払おう。悪い話ではないよ」

 

「ま、待てよ。それって、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「違うさ。ちゃんとした家もあるし僕からは不定期ではなく定期的に依頼を用意する。しかも報酬は今までの3倍、いや5倍は払おう。ここまで安定して依頼を供給されることなんて国家警備団でもないとそうそうないよ?個人事務所なんてそれはそれは悲惨なんだよ。どうせ君はそういう仕事が合うだろうし僕直属で仕事をした方が良いと思うよ。受けないって選択肢はないと思うけどどうかな?」

 

 これはどうするべきか、ここで余計に反発しても相手は殺せるかわからない化け物なんだ。ここはとりあえず従っておいていずれ別の就職先を探すべきかもしれない。それにこいつの言う事は正直正しい、結局は従う他ないだろう。

 

「......わかった。その提案に乗ろう」

「ありがとう。契約成立だね、よろしく頼むよ」

 

 そう言って手を差し出してきた彼女の笑顔は、あの嗜虐的なものではなく年相応のかわいらしい笑顔だった。

 

 

 

「そういえばお互い自己紹介がまだだったね」

「そっちは俺のこと知ってるんじゃないのかよ」

「君の口からは一切聞いていないし、僕の名前も君は知らないんだろう?これでもそこそこの有名人のつもりなんだけどね」

 

 そうだ。一応これから付き合っていくんだから名前くらい知った方が良いに決まっている。

 

「ええと...見有(ミアリ)だ。こちらからもよろしく」

「スカイ家の若く麗らかな現当主にして哀れな実験動物、アウルム・スカイだよ。気軽にアウちゃんと読んでくれてくれたまえ、見有くん」

 

 


 

 

 

 結局あれから三年、新しい仕事が見つからずアウルムからの依頼を受け取る日々。悔しいことにそれが自分に一番あっているのだと実感する。

 

 

最近被害が出始めている通り魔事件に関して調べてくれたまえ。色んな個人事務所にも同じような依頼が出されているらしいからそこと協力するのもいいかもしれないね

 

 

「個人事務所なんてどこにあるんだよ...」

 

 着替えを済ませ慣れ親しんだ拳銃を手に取る。探せばすぐ見つかるだろという安易な考えを持って玄関を出る。

 適当な店へ買い物のついでに聞き込みをする。怪しい人間がいないかどうかとここら辺にある個人事務所についてだ。あいにく怪しい人物については何もわからなかったが、事務所については無事見つかった。

 

 

 

 

「サイトウ探偵事務所...?」

 



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1章:魔力強奪通り魔事件
一話/サイトウ


 やっとサイトウさんを出せた。


 小さな二階建ての雑居ビル。そこの一階部分にはカフェがあり二階部分に俺が聞いた探偵事務所があるらしい。

 正直こんな事務所と協力してもどうしようもないと思うのだがどうなんだろうか。

 

「すいませーん、サイトウ探偵事務所ってここであってますかー」

 

 インターホンを鳴らし声をかける。しばらく中でどたばたという音が聞こえた後慌ただしげにドアが開く。

 

「はい、サイトウ探偵事務所です!依頼ですか?」

 

 女の子がでてきた。女の子と言ってもアウルムみたいな子供ではなく俺と同じくらいの歳に見える。てっきりもう少し年上の男が出てくると思ったばかりに面食らう。

 

「ええと...依頼というか、相談というか」

「とりあえず中で話をしましょう!遠慮せずにほらほら!」

「あ、え、ちょ」

 

 何か言う前にぐいぐいと家の中へ引っ張られる。なんとなく押しが強く気も強そうなところは少しアウルムに似てるなと思い特に反抗することもなく身を委ねた。

 


 

 

 

「今は私しかいなくて、サイトウさんが帰ってくるまで少し待っててください。ゆっくりしてくださいね!」

 

 出されたお茶にどうもと言いながら周りを見渡す。案内された部屋は今俺が座っているソファーとテーブルに棚が三台ほどあるのみというシンプルな内装でどことなく落ち着く雰囲気がある。それよりも気になるのは照明や暖房器具の存在である。俺の住んでいるマンションは機械関係の動力を全てマンション側の魔力で賄っており電気を使用しなかったのだ。だがここはどうやら電気を使用しているらしく電力使用器具のマークが照明、暖房器具ともにつけられてあった。そこはかとなくそれについて目の前でそわそわしている女性に聞いてみると苦笑いをしてこの地域では珍しいですよね、と話し始めた。

 

「魔力使用器具は確かに安いんですけど自分で使用する場合はどうしても魔力を供給しなければいけませんからね。私もサイトウさんも魔法は使えないわけじゃないんですけど...、とにかく電力の方が楽なんですよ」

 

 途中少し言い淀んだ箇所があったのが気になったが、特に気にしないことにした。使えないのか使わないのかはどうでもいいが確かに魔法を使用しないことは今の世の中言うのはためらうよな。

 魔法とは違う『能力』という特異な存在があるとは言えども、主流はやはり魔法だ。ほぼ全ての人が持っている魔力というものがある以上それを使わないわけにはいかないのだろう、世の中に出回っている器具/機具のほとんどは魔力で動く。一定量の魔力を要求してくるがちゃんと流してやれば劣化もなく動き続け、しかも電力性のものよりも比較的安価で購入できる。一方で電力性のものは先に挙げた通り高価で劣化もある。しかし魔法を普段から使わないという人や魔力の保有量が少ない人にはわざわざ魔力を流す必要がないからという理由で割と人気だったりする。そんな俺もマンションから支給されている器具以外は電力性のものを愛用している。どこにも需要というものはあるのだ。

 

 

「あっ、サイトウさん、お客さんですよ!久しぶりの依頼かもしれないんです、絶対逃がさないでくださいよ!

 

 ちょっと聞こえ辛い部分もあったがどうやら家主が帰ってきたらしい。個人事務所というものに来るのは初めてなので少々どういう人間が経営しているのか興味がある。

 

「はいはい、わかったよー......。あー、どうも。個人事務所やってるサイトウだ...ってここにわざわざ来るくらいだから知ってるか。どういう目的かは知らないけど、よろしく」

 

 出てきたのは何だか軽く気だるげな雰囲気を身にまとっている男。腰には刀らしきものを差しており全体的に黒い服を着ている。はっきり言うと怪しい。

 

「見有です。今回は、ええと、依頼ではなく相談というか協力のお願いをしにですね」

「敬語はいいよ、その感じだと短い付き合いにはならなそうだし...な」

 

 こちらを見定めてくるような視線に少し身構えしまう。いきなり協力だか言われてもそりゃ怪しむか、ただでさえ客が少ないみたいだし。

 

「わ、わかった、改めて見有だ」

「よろしく見有くん。それで協力って?正直いきなり見有くんみたいな素性もわからない人が訪ねてきて協力しろってどう考えても怪しいんだよなあ」

 

「......最近の通り魔事件について知ってるか」

「...知ってる、有名だからねえ。もしかしなくても協力ってそのこと?」

 

 思ったより話がとんとん拍子に進んでいる。早く話がつくのはありがたいが...。

 

 

「俺は依頼でその事件について調査、できれば解決しろと言われている。今まで貰ってた依頼とは違い一人でやるのが難しいんだ。頼む、力を貸してくれ。報酬も半分渡すしなんならそっちの要求もある程度は聞く、だから頼む」

 

 頭を下げる。

 

「うん、良いよ」

「へ?」

 

思わず変な声が出てしまう。こんな簡単に承諾されるとは思わなかっただけに呆然とする。

 

「こちらとしてもしばらく客がいなくて暇してたんだ、一応雑貨業もやっているけど中々厳しくてねえ。偶然にもその事件はこれから個人的に調べようと思ったんだ。協力は大歓迎だよ」

 

「ええと、俺がどこから依頼を貰ってるかとかそもそもの俺の素性とか気にならないのか?」

「誰かのお抱えで依頼を受け取るなんて特に珍しくないし、素性がわからないなんてそれこそありふれている。仕事柄そんな小さなことを気にしてなんかいられないしなあ」

 

それに、とサイトウは続ける。

 

「スカイ家お抱えの人物がどういう立ち回りを見せるのか、ちょっと気になったんだよ」

「なっ!?」

 

 こいつなんで知って...!

 

「あー、そんな構えなくても良いから。スカイ家に手を出したら俺が逆に殺されるよ。結構有名なんだよ?()()スカイ家がお抱えの依頼相手を用意した、しかもそれが元17区の路上生活者で唯一の生き残りって言うんだから嫌でも興味が出るもんだよ」

「え、そんなに俺って有名なのか?」

「有名というか最近スカイ家が公表したから」

 

 あの野郎!どうりで最近じろじろ見られるなと思ったんだよ!

 

「え!お客さんってそうだったんですか!?」

 

 声が聞こえた方を見るとさっきの女性がサイトウのお茶を追加で持ってきているところだった。

 

「ま、こういう世間知らずくらいしか知らない人はいないよ」

「お茶を持ってきただけなのに悪口を言われた!?」

「で、見有くん。要求なんだけどこの子と一緒に調査に行くことかな」

 

 叫びながら向かっていく女性をあしらいながらサイトウはそう告げる。一方女性の方はサイトウがそう言った途端にこっちへ向き直り元気よく敬礼した。

 

「サイトウさんが勝手に提案したみたいですけどよろしくお願いします!サイトウさんの助手やってます長雨(ながあめ)です!」

「あ、見有です」

 

 その気迫に思わず敬語になってしまった。アウルムとは違うタイプの女性だけど、アウルムと同じくらい苦手になりそうだ。

 

「これからよろしくお願いしますね!」

 

続いて勢いよく差し出されてきた手にも気圧されそうになったが、ぎこちない笑顔を保ちつつその握手に応えた。

 


 

 人気がない道で男が二人歩きながら何かを話してる。深刻な話をしているというわけではなさそうで、おそらく友人同士目的地まで世間話でもしながら歩いているのだろう。

 それを見て僕は彼らに向かって歩いていく。彼らは僕に気づくも何もなかったように話を再開する。通り魔事件があるのは知ってるけど相手が年下のガキだと思って安全だとでも思ってるんだろう。本当に、

 

 

「そういうの、ムカつくんだよね」

「あ?」

 

 すれ違いざまに話しかける。

 男のうち一人が反応し振り返った瞬間、僕の腕が胸を貫いた。

 

「え、な、これ、ガ...」

「うわ、ヒッ...!?通り魔...!」

 

 もう片方は悲鳴を上げることはなく震えながらその場に座り込む。叫ぶことができないくらい怖がるくらいだったら、友達を助けたり逃げたりなんかした方がいいと思うけどね。

 

「通り魔ってやめてくれない?僕はその通り魔じゃないしそもそも通り魔なんてダサい存在じゃないんだよね。その人も別に死んでないよ、気絶してるだけ」

 

 こちらに倒れ込んできて邪魔だった男をもう一人の方へと放り投げる。

「その人、病院に連れて行った方がいいよ。大事な大事な『魔力』が取られてるからね。あと、絶対に通り魔の仕業なんて言わないでよ、僕をそんなダサい存在と一緒にされちゃたまらないから」

 

 もう片方もやろうと思ったけど、まあいいよ。ずっと路上で倒られても気持ち悪いしね。

 魔力の質が悪いなあ。ま、僕の殺気に気づかない程度の人だったらこんな魔力でも仕方ないか。

 

「それにしても通り魔なんて迷惑な存在、早く捕まってくれないかなあ。僕の邪魔なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 



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二話/調査その一

 

 

 通り魔事件の被害者のほとんどは一人で夜に道を歩いていた時に襲われた。彼らが通っていた道は普段からあまり人通りが少ない道で監視カメラも設置されていなかった。被害が出始めた時には対策として同じような人通りが少ない道にカメラの代わりとして監視魔法を使い怪しい人物がいないか二十四時間態勢で監視していた。だが犯人にはバレていたようで魔法が使われていなかった道で被害が出ただけだった。当たり前の話だが監視魔法を使える人員や彼らが持っている魔力量にも限界がある。まさか全ての道にカメラや魔法を設置するわけもなく、半ばいたちごっこのような状況が続いていった。

 

 

 と、これが今明らかになっている情報でありわざわざ調査して聞くことのない情報......なのだが。

 

「え!監視魔法も意味なかったんですか!?」

「お前は一応サイトウの助手なんじゃないのかよ...なんで知らねえんだ」

 

 この女、長雨は今回の依頼における相棒なわけだが早速暗雲が立ち込めてきた。

 

「とりあえず俺たちがすることは被害者に話を聞くことだ。警備隊の所へ行っても特にデカくもない個人事務所の二人にまともに対応してくれるとも思えないしな」

「被害者の居場所はわかっているんですか?」

「個人の住所はわからないけど運ばれた病院はもうわかってる。面会時間が終わらないうちに行こう」

 

 警備隊が話を聞きやすいようになのか、被害者は皆一つの大型病院に運ばれている。実際に会えるかどうかはまだわからないが行ってみるだけ行った方がいいだろう。

 

「ところで、それは持っていく必要があるのか?」

 長雨の腰に差してある刀を指差す。サイトウもそうだったがこの事務所はそれを特徴とでもしているのだろうか。

 

「いつ通り魔が現れても大丈夫なようにです。油断大敵ですよ」

 刀を見せつけながら自慢気な顔をする長雨。まだ昼間なのだから通り魔の心配はないと思う。

 

「これでも私は結構強いんですよ。見有さんにも通り魔にも余裕で勝てちゃいますから!」

 さらっと俺を倒す対象に入れないでほしい。

 


 

 

「これは...想像以上だな」

 

 病院には予想していた三倍ほどの数の警備隊で賑わっていた。病院を出入りする人の荷物検査をしているみたいで中には身分証明書のようなものを見せている人もいた。こんなに数がいるのはただ単に通り魔事件の影響だけではない気がするがなんにせよ不都合でしかない。

 

「やべえな。ここにいるのは拳銃持ってる素性不明の男に刀持ってるボロい個人事務所の助手だ、怪しさの塊だぞ」

「物陰に隠れて見ている時点でどっちにしろ怪しさの塊だと思うんですけど」

「俺はともかく長雨は刀さえどうにかすれば入れるんじゃないか?」

 

 法律とかでは別に禁止されてない重火器の所持だがさすがに病院への持ち込みは警備隊に止められるだろう。こうなるならアウルムにちゃんとした身分証明書をつくってもらうんだったな。

 

「私もこうなるなんて思ってなかったんでこの刀以外何も持ってきてないんですよね」

「まじかよ...」

「見有さんも同じじゃないですか!」

「俺は財布も持ってきている。一緒にするな」

 

 

 

 

「ねえ、何してんの?邪魔なんだけど」

 

 二人でギャーギャー騒いでいると背後から声をかけられる。警備隊かと振り返ると、腕に包帯を巻いた青年がこちらを睨み付けていた。

 

「あー、ごめん。すぐどく」

「別に道を塞いでいるわけじゃないからいいんだけどさ。はあ、僕としては早く腕の怪我の調子を診てもらいたいのにこんなに警備隊がいるなんて聞いてないよ」

 

 ......ん?別に警備隊がいることと早く診察してもらうことはあまり関係なくないか?警備隊に足止めされるのが嫌なのはわかるけども。

 

「じゃ、僕は行くから。警備隊の近くで怪しい行動はやめなよ。ただでさえ最近物騒なんだから、さ」

 

 そう言って入口の方に向かう青年。警備隊も特に怪しむ仕草をせずに数十秒話した後に青年を病院内に通した。

 俺たちもあんな簡単に終わればいいんだがな。

 

「どうします?警備隊の人はしばらくここにいそうですよ」

「今日は帰ろう、明日以降も続くようなら別なやり方を考える」

「...ですね」

 


 

 

「で、戻ってきたんだ。これぐらいの被害でそんな数の警備隊が動くのは俺も予想外だったなあ」

「ごめん、何も情報は得られなかった」

 

 今まで依頼ではこんな状況数えるほどしかなかったしその時は他のアプローチ方法がその時点で存在してたからすぐに諦められた。今回の依頼はこれをやれば解決につながるというのがない。だからこそ少しでも近づけられるよう地道な聞き込みをしていこうと思ったんだが、厳しいものがある。

 

申し訳ないです(もうしふぁふぇふぁいでふ)

「長雨ちゃんは何食べてるの?」

「帰りに見有さんに買ってもらった肉まんです!」

「元気な返事だなあ」

 

「なあ、一応ここは事務所でしかも探偵なんて前書きがついてるんだろ?身分証明書の偽造とかは無理なのか?」

 

 アウルムに頼めばすぐなんだろうけどあいつに頼んだら変なこと書かれてそうでできるなら頼りたくない。

 

「そうだなあ。パッと見せるぐらいだったらいいんだけどそのレベルの警備なら最悪魔法を使われて本人確認される可能性がある。そうでなくてもかなりリスクが高い方法だ、正規の方法で用意したほうがいいよ」

「そうか...」

 

 頼みたくねえなあ、まあ背に腹は代えられないか。今までが珍しかっただけできっとこんな状況は今後何度もあるだろう、その時にはちゃんと対応できるようにしておきたい。

 

 

「...ごめん見有くん、要求を一つ追加しても良いかな。俺の知り合いが依頼を持ってきたんだけど協力してくれない?」

 

 久しぶりに会うアウルムのことについて考えているとサイトウが申し訳なさそうに苦笑いをしながら手を合わせ頼んできた。長雨と一緒に調査をしたのはこの依頼を協力して行うにあたってどうせやることだ、あんなんで要求とはそもそも思っていなかった。

 

「もちろん。しばらくこの依頼もかかりそうだし俺も暇なのは嫌だからな」

「ありがとう。早速だけど依頼について簡単な説明だよ」

 

 そう言うと懐から写真のようなものを一枚テーブルに置く。

 

「その知り合いの息子が最近夜中に出歩いているらしいんだ。通り魔事件のことがあるだろう?巻き込まれたら危ないしもしかしたら事件に関わっているかもしれない。そこら辺も含めて彼が何をやっているのか調査をしてほしいって依頼が来たんだよ。あ、この写真その息子」

「息子の歳はわからないが別に夜中勝手に出歩くくらいはあるんじゃないか?」

 

 この依頼はすぐ終わりそうだな。どんな見た目か知るため身を乗り出して写真を確認する。

 

 

「なっ!?」

どうしたんですか見有さん(ふぉうひふぁんふぇすふぁふぃふぁりふぁん)......ぶほっ!?」

 

 なるほど、そう繋がるのか...。これはアウルムに頼む必要はなくなったかもな。

 

「こいつ、さっきの男じゃねえか」

「もう面識があるなら話は早い。彼の名前は間宮聖也(まみやせいや)。君たちが知ってるかはわからないけど、数十年前から活動している暗殺者の家系、間宮家の跡継ぎ候補だ」

 

 


 

 

「ふーん、よりにもよってサイトウ探偵事務所かあ」

 

 僕の可愛い(見有くん)が協力をサイトウ探偵事務所に頼んだと従者から連絡された。個人事務所と協力するのも良いかもとは言ったけど、わざわざあそこを選ぶなんて本当に見有くんは面白い。

 

「それにしても、僕が君の存在を公表した意味をわかってないのかなあ」

 

 通り魔事件とは関係なく一部施設において警備隊が警戒態勢に入っていると知ったから公表してあげたのに。スカイ家お抱えだということを公表した時点で警備隊にもきっと君の存在は認知されてる。よほどじゃなければ顔パスくらいは余裕なのになあ、大人っぽく振舞おうとしてるけどそういうことを考えつかないところが可愛い。

 

 

「君の身分証明書もとっくにつくってあるのに全然頼ってくれないんだもんね、君は」

 

 彼が生き残ったあの日からつくっていた身分証明書を取り出す。

 

「今までは送らなかった対人の依頼、君はどうするのかな?」

 

 彼の写真と、そこに書かれた『見有・スカイ』の名前をなぞりながら僕は笑った。

 

 

 



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三話/間宮家、そして出会い

 

 

「暗殺者の家系...?」

「うん、でも依頼以外での殺人は一切しないし最近はその依頼すらも受けていないらしい。見有くんが思っているより真っ当な人たちだよ」

「昔ならともかく色んな事務所が乱立している今の時代じゃ暗殺一本で稼ぐのも厳しいのかもな」

「表向きは大手企業の元締めだしね、そっちで充分すぎるほど稼いでるんだろう」

 

 そういえば間宮食品って聞いたことがある気がする。世間に疎い俺が知っているくらいだしかなり有名なんだろう。食品を取り扱ってる企業の裏の顔が暗殺者なんてほとんどの人は思いもしないよな。

 いくら事務所の経営者とはいえそこの関係者と知り合いってサイトウは何者なんだ?

 

「その間宮家の跡継ぎ候補か、これは通り魔事件の方にも近づいたかもな」

 

 ただ、新しい不安も生まれた。

 通り魔事件はまだそこまで大きな事件にはなっていない。何故なら今のところ被害者は戦闘経験の少ない一般人にとどまっているからだ。多くの人が通り魔について一般人のみを狙う、つまりその程度の実力でありすぐに逮捕されるだろうと考えている。俺もさすがにそこまで雑魚だとは考えていなかったがもし交戦に発展したとしても問題はないと高を括っていた。もし、通り魔がその息子だとしたら。

 

「なあ、最近はやっていないにしても何十年も暗殺をやってきたんだろ?素の戦闘力は高いのか?」

「俺は息子の方に関して見たことはないけど大丈夫?」

「あくまでも参考だから遠慮なく教えてくれ」

 

 サイトウの知り合いと親子関係なら、戦闘スタイルは似ている可能性がある。

 

「あくまで知り合いの話だけど......強い。投げナイフを主軸にした戦い方で近づかれたら彼の能力で一撃で終わらせる、隙が少ない良い戦い方だったよ」

「能力?能力ってなんだよ」

 

 一部の人が持っている『能力』は個人個人で違うものだ。ここで聞く意味は正直少ないのだが好奇心が勝った。

 

「俺も詳しくは知らないんだけど、彼の能力は『腕』だ」

「腕?」

「ああ。近づかれた瞬間、彼の右腕に魔力が集中してね。気づいたら素手で相手の胸を貫いていたよ」

「能力じゃなくてただの肉体強化系の魔法じゃないのか?人の体を貫いて殺すくらいならあんま珍しくはねえぞ」

 

 能力なんて言うからもっと圧倒的なものだと思ったんだが、そこまでヤバいもんじゃないかもな。

 

「それが息子も使うかもしれないと言ったら?」

「...え?」

「間宮家の暗殺技術は数十年前から脈々と受け継がれているらしい。その内容も詳しくはわからないけどもしかしたら能力を代々受け継いでいっているのかもしれない」

「もしそうだとしても息子はまだ候補なんだろ?受け継いでいない可能性もある」

 

 俺がまくしたてるとサイトウがニヤリと笑った。まるで待ってましたと言わんばかりの表情に少しいらっとする。

 

「その知り合いからの情報だよ。『息子は受け継ぐ前にすでに自分自身の能力を発現している』そうだ、しかも『腕』を使うものだって」

「...まじかよ」

 

 覚悟はしていたが改めてその事実を突きつけられたことに対し頭痛がする。相手は能力持ち、しかも戦闘経験豊富な暗殺者の息子ときてる。

 

「なんにせよまだ息子が通り魔だと決まったわけじゃない、もしそうでも大丈夫だよ」

「大丈夫って...俺はこの拳銃しか戦い方はないんだぞ」

「こっちは長雨ちゃんがいるじゃん」

「長雨?」

 

 そういえば自分は結構強いとか言ってたな。あの時は半分冗談で受け取っていたが本当だったのか?

 

はい(ふぁい)?」

 

 アホみたいな顔でもぐもぐしながら首をかしげる長雨。どう考えてもこいつが強いとは思えないんだが。

 

「どちらにせよ今日は終わりだ。明日また病院の様子を見た後息子を追っかける。長雨はそれで良いな?」

「はい!明日もよろしくお願いしますね!」

 

 一番良いのは警備隊がさっさと解決してくれることなんだが、あの様子を見てるに通り魔事件が本命じゃないっぽいし期待はできないな。警備隊じゃなくても他の事務所が解決してくれねえかな。

 ...能力持ちか、戦いたくねえなあ。

 

 

 


 

 

 

 せっかく怪我を偽ってまで病院に行ったのに、家族や知人以外の面会は遠慮してくださいと断られた。

 

「なんだよあいつら、面会くらい許可しろっての。心狭いなあ」

 

 僕が面会しようとしたのは、僕が襲っていないけどあそこに運ばれた人。つまりふざけた通り魔の被害者だ。

 僕をこれ以上通り魔と一緒にされないためにはやめに通り魔を捕まえようと、いつもの魔力収集のついでに怪しそうな人を探しているんだけど向こうも感づいているのか見つかる気配すらない。

 

 

「通り魔!?誰か...!」

「うるさいし通り魔じゃないって」

 

 誰かに気づかれて面倒くさいことになる前に後ろから胸を貫く。

 質の悪い魔力にも飽き飽きしてきた。この際警備隊でも襲おうかな、さすがに一人では厳しいかもだけど僕ならいける気がする。警備隊なら魔力の質もまあまあなものだろう。

 

 

「そこの男、止まれ」

 

 後ろから声をかけられる。敵意を含んだ声だ。警備隊を襲おうか考えていた瞬間に来るなんて運が良いのか悪いのかよくわからない。

 

「すぐ近くで気絶している男がいた。見た感じ魔力欠乏症による気絶で最近の通り魔事件での被害者の特徴と一致している。...すまないが少し話を聞かせてくれないか」

「......僕はその犯人ではありませんよ、たまたま近くを通っただけです。それに魔力を取るのは通り魔じゃありません、もっと上の存在ですよ」

「魔力欠乏症の理由は犯人に取られたからか、これで捜査が一つ進んだ。感謝する」

「...そんなのもわからなかったなんて、警備隊は無能ばっかだね」

「証拠もなしに断定はできない。様々な可能性を考えなければならないんだ」

 

 気配の感じ警備隊はおそらく一人。魔力の質もまあまあ良さそうだし、これはいける。

 

「わかったよ、話ぐらいならしてあげるよ。感謝しなよ」

 

 右腕に魔力を溜めながら振り返る。初めて相手する警備隊、しっかりと見ておかなきゃね。その余裕そうな声を絶望に変えてやる...!

 

 

 

 

 振り返った瞬間、僕の目が驚愕により見開かれた。目の前にいる警備隊の恰好が僕の予想、そして期待を大きく超えてきたからだ。

 服の上からでもわかる無駄のないしなやかな筋肉、特徴的な真っ黒な制服、何よりも胸にある剣と魔法陣を模した紋章はこの国の国章だった気がする。こいつはただの警備隊じゃない、こいつは...

 

 

国家警備隊、四番隊...ッ!

 

 国章を胸に宿しているのは地方警備隊とは違う国直属の警備隊である国家警備隊の証。その中で黒い制服なのは四番隊だけ、国から与えられる仕事をなんでもこなす四番隊は国家警備隊の中でも戦闘力が高いと言われているんだけど...。

 

「なんでこんな町に国家警備隊様が来てるんだよ。四番隊は特に忙しいんでしょ?」

「ここに来たのは俺だけだ。通り魔事件とは関係ない別件で来たんだがな...。わざわざ犯人らしき男を見逃すわけにもいかない、悪く思うな」

 

 余裕のまま気だるそうに話しているのを見てだんだん苛立ってくる。こいつも僕のことを年下だと思ってなめてるんだろう。本当にムカつく。

 

 

「そんなに余裕でいいのかな。僕相手に一人だと厳しいんじゃない?」

「問題ない、充分だ」

 

 殺す。殺意が魔力として右腕に溜まっていく。

 

「その右腕、肉体強化ではないな。なんの能力だ」

「うるさいなあ!もう魔力なんていらないから死ねよ!」

 

 僕の『能力』を発動させて飛びかかる。国家警備隊だろうがどんな魔法や能力を使ってこようが関係ない、これを防ぐことなんてできないはずだ。確実に心臓を貫いてやる。

 

 

「────『エネルギーシールド』」

 

 こいつの胸に当たる瞬間、腕が思い切り弾かれる。右腕に引っ張られるがまま全身も吹き飛ばされていく。

 

「...ッ!なんだよそれ、バリアでも着込んでんのかよ!」

 

 腕がじんじんと痺れている。相も変わらず余裕そうな顔しやがって、僕がそんなに滑稽かよ。

 

「バリアを着込む、間違ってはない」

「うるさいなあ!次こそは当てる!」

 

 もう一度飛びかかる。それでも体に触れる瞬間にものすごい力で弾かれてしまう。

 

「ガ...ッ!クソッ、なんで僕の右腕があたんないんだよ」

「残念がる必要はない。エネルギーシールドを破れる者は四番隊でも一人しかいない」

 

 四番隊?僕をその程度と一緒にするな。お前とは格が違うんだよ...!

 

「おい、右腕に溜まる魔力が濃くなったぞ、大丈夫なのか」

 濃くしてんだよ馬鹿。次こそあの馬鹿げた装甲ごと体を絶対に貫く。

 

「ねえ、名乗りなよ。僕に対して名前も言わないのは失礼だよ」

「国家警備隊四番隊副隊長、バレッタ。今更名前など、どういうつもりだ」

 

 どういうつもり?本当に馬鹿だなこいつは。僕が名前を聞く理由なんて決まっている。

 痛む右腕をもう一度構えて、余裕の笑みを見せてやる。

 

「これから話せなくなるんだから、名前くらい聞いておかなきゃね。もうこれ以上聞くことないよ──────死ね」

「お前の意地に俺も多少答えよう。...行くぞ」

 


 

 

 

 どうすっかなあ、身分証明書なんて大事なもの郵送じゃないほうがいいよな。会いに行くにしてもいつにするか、しばらく今の依頼に集中しないといけないだろうから会いに行けなさそうなんだよな。

 とりあえず身分証明書が欲しいという旨の手紙は送ったけど会いに行く前にしれっと明日あたりに届いてそうだな。まあそれはそれで良いとして今は明日の動きについて確認しよう。

 

「なんか外騒がしいな」

 

 マンションの一室とは言っても俺が住んでいるのは二階だ。遠い記憶の中でおぼろげに浮かんでいる家の風景と特に差異無く今のところ住んでいる。

 だから外の様子も上階よりかは見やすいし聞こえやすいのだが。

 

「マンションの前だよなあこれ」

 

 何かを引きずる音とうめき声のようなものが聞こえていたのだがガタッという音と共にそれがマンションの前で止んだのだ。正確に言うとうめき声は止んだが代わりに浅い呼吸音のようなものが聞こえてきている。恐らく怪我人がマンションの前で休んでいるんだろう。

 人を助ける趣味はないがこの怪我人は通り魔に襲われた人だという可能性が高い。病院に入ることが現状厳しい以上ここは助けるべきだろう。

 

 

 

「おーい、大丈──」

「ああ、そこの人...助けて......くんない?僕を助けたらきっと...良い事あるよ」

 

 

 明日からの調査対象(間宮聖也)が、傷だらけでマンションの壁に寄りかかっていた。




 これも一種のわからせなのかな。


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四話/急な出会い

 

 

 他の人に見つかる前に部屋へと運び寝かせる。応急手当はしたがこの傷だとちゃんとした医者に見せた方がいいな。

 こいつがてっきり通り魔だと思っていたんだがどうやら違うみたいだ。おそらくはこいつ自身が通り魔に襲われでもしたんだろう。

 

「おい、なんでそんな怪我してるんだよ。通り魔に襲われでもしたのか?」

 

 本当に通り魔がこいつを襲ったのならかなりヤバい。サイトウの話だったらこいつは能力者でそこそこの実力がありそうな感じだった。そいつをここまでボロボロにできる力があるのなら、思ったより厳しいかもしれない。

 

「別に、転んだだけだよ。...そういえば君、昨日病院前にいた人じゃん。奇遇だね」

「転んだだけって、もう少しましな嘘つけよ」

「うるさいなあ、少なくとも通り魔にやられたわけじゃないよ。別にやられたつもりもないけど」

 

 間宮はそう言って悔しそうに拳を握りしめた。通り魔じゃないってどういうことだ?通り魔以外に襲われる可能性は少ないと思うが、それともやっぱりこいつが通り魔で襲おうとしたところ返り討ちにあったのか。

 

「そんなことより助けてくれてありがとうね、怪我が治ったらちゃんとお礼してあげるから楽しみにしてなよ」

「はいはい、警備隊には連絡しないでやるから早く直せ」

 

 これからどうするか。場合によってはこっちの事情を説明してこいつも協力させた方がいいかもしれない。なんにせよまずはサイトウたちに報告するか。

 

「...ねえ、君」

「ん?どうした。どこか痛むのか?」

「いや......なんでもないよ。それより君スカイ家の人だよね?それにしては弱そうだけど、何か特別な能力でも持ってるの?どんな能力でも僕以下だと思うけどもし使えそうだったら僕に協力させてやるよ」

 

 なんだこいつ。

 


 

 

「バレッタ様、昨日はどこに行ってたんですか?探してたんですよ」

「通り魔事件の重要参考人を見つけたんだが逃がしてしまった。あと様はいらない、同じ警備隊だ」

 

 あの青年は俺が思ったより根性があったらしい。勝てないと判断したのか傷だらけの体を引きずりながら背中を見せて逃げていく青年。そこまで甘いつもりはないがその姿を見て追い続けることができなかったのも事実だ。

 あんな傷なら一人で治すのも難しいだろう。病院に来ていないかと思ったが、さすがにこの数の警備隊がいる病院には来ないか。

 

通り魔事件が本命じゃないわけだしな...別に良いだろう

「なにか言いましたか?」

「なんでもない。それよりも携帯電話をなくしたんだが病院の電話の場所を教えてくれないか」

 

 本部への定時連絡を済ませるため電話を借りる。朝早いこの時間ならまだ電話も繋がるだろう。

 予想通り数回ほどのコールが鳴ったところで受話器から声が聞こえた。

 

『はい、国家警備隊四番隊です。申し訳ありませんがお問い合わせは国家警備隊一番隊の方へとお願いします。』

「副隊長バレッタだ。隊長はいるか」

『...ずいぶん早い連絡だな、支給した携帯電話はどうした』

 

 俺の声を聞いたとたんに低く少し不機嫌そうな声になる。

 

「すまない、なくした」

『はあ...まあいい。で、特別連絡することはあるのか?』

「隊長は俺のエネルギーシールドを破った時を覚えているか?」

 

『...破られたのか?』

「破られる寸前だった。向こうの方がガス欠になってくれたがあと数発食らってたら確実に砕けていた」

『うちの隊員の中には寸前どころかヒビ一つ入れることができるやつすらいないだろうな。かなりの実力者だったのか?そいつは』

 

 単純な実力で言えばほとんどの隊員より弱いだろう。だが、

 

「これからが楽しみだった」

 

 これに尽きる。

 

 

『まさかそれを言うためだけに忙しい私へ電話したんじゃないだろうな...?』

 


 

 

 依頼二日目。サイトウへ報告、そして長雨と合流し調査の続きをするためにとりあえず事務所に来たのだが。 

 

「何ここ?もうちょっとマシな所じゃダメだったの?」

 

 何故か間宮も付いて来た。安静にしとけと何度も言ったが聞く耳を持たず結局事務所に着いてしまった。

 仕方ないからこのまま事務所に入る。サイトウはなんだかんだ対応してくれるだろうしな、まだ出会って二日目だがそこか信頼できそうな気がする。

 

 

「お、見有くん今日もよろ...しく」

「よろしく。つまりそういうことだ」

 

 俺と一緒に入ってきた間宮を見て一瞬固まりはしたものもすぐに平常へと戻る。

 おおむね期待通りの反応だ。間宮も今のところは怪しんでないみたいだし()()()()を除けば不安はもうない。

 

「あっ、見有さん!今日もよろしくお願いしまーす!」

 

 俺を見るや手を振りながら近づいてくる長雨。

 こいつが俺の唯一にて最大の不安だ。出会って二日目だがわかる、こいつはアホの子だ。何をするかわからない。今までの助手としての経験で空気を読んでくれ、頼む...!

 

「あーっ!その人新しく調査する人じゃないですか!どうしたんですか!?」

「長雨ちゃん!?」

 

 アホの子!!

 


 

 

「ふーん。まあいいよ、父さんがそこまでするのは意外だったけどね。僕は通り魔なんてダサいことは絶対にしないし夜出歩いてたのはただの散歩だよ。良かったじゃん、依頼が一つ終わって」

 

 観念して事情を話すことにした。ここで変に誤魔化しても間宮の不信感を増やすだけだし仕方ないというやつだ。

 

「通り魔はしない、ね...本当かな?」

 

 サイトウが煽るように間宮に話しかける。

 

「はあ?何言ってんの?」

「通り魔事件なんだけど、被害者は二通りいるんだ」

「え?それは俺も初めて聞いたぞ」

 

 ここに来る前に事件について色々なニュースを見て下調べはしたがそんな情報はどこにも書いてなかったぞ。

 

「まあこれでも事務所の社長だから。...最初、襲われた被害者は皆外傷を負っていた。証言でも刃物を持って襲われたと言っていたことからその傷だろう。だけど、被害者が増え始めた時、違うタイプの被害者が出てきた」

「ああ、それは俺も知ってる。目立った外傷がなく必ず気絶している被害者、ニュースで報道されたのはそっちのタイプだった」

「......」

 

「これはついさっき出た情報なんだけど、被害者は皆()()()()()になっていた。気絶は症状のうちの一つだ、体にある魔力をほとんどなくさなきゃ気絶まではしないんだけどね」

「...人を魔力欠乏症に追い込むなんて、普通じゃ無理だよ。それを僕がやったとでも言いたいの?」

「俺は君のお父さんから君の能力についてある程度聞いている。君が人の魔力を奪うなんて簡単にできることもね」

「......ちっ、ウザイなあ」

 

 部屋の雰囲気がどんどん重くなっていく。間宮はさすがにこの傷で暴れることはしないと思うが、こいつの持っている能力次第では怪我なんて関係なくサイトウを攻撃する可能性はある。

 その時を考えて懐の拳銃をこっそり取り出しておく。

 

「その傷が誰につけられたかは聞かないし間宮くんがどうして魔力を奪っているのかも聞かないよ。ただ忠告はしておく、警備隊の数も多くなってるし国家警備隊が来ているっていう噂まである。やめておく方が身のためだよ」

「......」

 

 しばらくした後、先に動いたのは間宮の方だった。

 

「帰る。じゃあね」

「お、おい。怪我はまだ治ってないんだぞ」

「僕を一般人の尺度で測らないことだよ。あとサイトウって言ったね...僕を通り魔と同じにするな。魔力を奪っているのは僕の『能力』のためだよ、燃費が悪いんだ」

 

 そう告げた後、俺に向かってなのか、背中を向けたまま手を一回だけ振った。

 

 

 

 

 

「...で、依頼はどうするんだ?」

「あ」



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五話/通り魔

 いつの間にかUA100いっててとても嬉しいです。本当にありがとうございます。
 それはそうとして通算七話目にして未だ戦闘しない主人公たちがいるらしい。


 

 

 

 サイトウと長雨と話し合った結果、間宮を探すことが第一目標となった。あの傷で無理されて死なれても困るし夢見が悪い。

 

「見有さん、あの人を探すのはいいんですけどどう探すんですか?」

「昼間はどうせ見つからないだろうから夜中に人気のない道路を探す。うまくいけばあいつと通り魔両方見つかる」

 

 幸いというべきか間宮は深手を負っていている。能力持ちだということで懸念してたがそれならまだ大丈夫だろう。

 問題はもう一人いる通り魔の方だ。そこまで強くはないと信じたいが油断はできない。

 

「夜は私に任せてください!あの人も通り魔もギッタンギッタンですよ!」

「間宮は怪我してるから手加減は頼む」

 

 サイトウは長雨の戦闘力が高いと言っているけどいまいちそう思えないんだよな。わざわざ刀を使うっていうことは弱くはないんだろうけど。

拳銃を使う身からすると刀使いは一見優位そうに思える。だが、近づかれて向こうの間合いに入った瞬間こっちの勝ち目はほぼないと言っていい。一度だけ刀使いと戦ったことはあるがあの妙な緊張感はもう味わいたくないな。長雨がそいつのような緊張感を出せるかはまた別だが。

 

 夜に通り魔を捕まえようとすると昨日病院に行こうとしたのが無駄になるな。それについてはこの際構わないけど何か不安があるんだよな。無事に終わればいいが。

 

 

 


 

 

 体が痛む。右腕に思うように力が入らない。出血はとっくに止まっているはずなのにまるで血が足りないとでも言うかのように眩暈(めまい)がする。満足に前を向いて歩くことも厳しい。

 認めたくないけど今の僕じゃあのムカつく国家警備隊には勝てない。もっと、もっとこの()()を使いこなせるようにならなきゃ『間宮家』次期当主に相応しい人にはなれない。共感なんてされなくても良い、凡人がどれだけ笑おうが関係ない。

 僕は、僕にしか理解できない高みを目指す。

 

 

 

「ねえお兄さん。こんな夜中にそんな痛々しい恰好で、危ないよ」

 

 前の方向、若い男の声が聞こえる。

 

「オレみたいな不審者がいるからね」

 

 見た先にはナイフを持つ仮面の男。僕が歩く道を塞ぐように仁王立ちをしている。

 

「へえ...。もしかして君、通り魔ってやつ?思ってたより弱そうじゃん、死者も出してないんでしょ?」

「仕方ないよ。夜中に出歩こうなんて人間は何かしらの自衛手段は持っている。ナイフ一本じゃ限界があるよ」

 

 そう言ってケタケタと笑う通り魔。余裕だね、まあ僕の状態を見れば当然か。考えたくないけど僕が通り魔なら良い餌が舞い込んできたと間違いなく喜ぶ。

 でもね、餌が舞い込んできたのはこっちだよ。見てろ、その余裕を今すぐ剥がしてやる。

 

「あれ、お兄さん。その顔はもしやオレと戦おうと思ってるなあ?良くないよ、他の人みたく逃げてくんないと」

「身の程知らずの通り魔に天罰をと思ってね」

「ここに天罰を与える神なんてないよ。いるのは怖い怖い通り魔さんだけ」

 

 右腕に無理やり魔力を溜めていく。この体じゃどのみち長くはもたない、いつもみたく一撃で決める。

 

「神は僕だよ、知らなかったの?通り魔ごときが僕に罰せられるんだから感謝しなよ」

「自信過剰すぎて笑っちゃうなあ、自分が負ける可能性なんて考えてないわけだ。プライドだけ高いと色々大変でしょ?」

「自己紹介ありがと。頼んでないのに親切だね」

「...」

「...」

 

 

「「死ね」」


 

 

「昼間はあんなに賑やかだったのに嘘みたいですね」

「昼も夜も人で賑わっているなんて場所は意外と少ないもんだ。昼の賑やかさを知ってるからこそ夜道でも油断しやすいってのはあるけどな」

 三十分ほど二人で歩いているものも、間宮どころか人一人見かけない。それほど通り魔事件が世間に影響してきていると考えるべきだろう。

 それでも警備隊の見回りくらいあって良さそうなもんだがあるのはおそらく監視魔法を使った痕跡だけ。これじゃここを通るなと通り魔に教えてるのと一緒だ。

 

「この道には多分現れないな。別な所行こう」

「わかりました、見つかるんですかねこれ」

 

 三十分これを繰り返している。適当に歩き魔法の痕跡が見つかったらその段階で別な道に移る、といった感じだ。正直終わりの見えない作業だが仕方ない。地道に続けて行くしかないだろう。

 

 

「ねえそこのアベックたち、夜中にデートかしら?ここは危ないわよ」

 

 監視魔法に映らないよう引き換えそうとした瞬間、後ろから女性の声が聞こえた。

 

「ワタシみたいな怖い不審者がいるから」

 

 振り返った先にナイフを持った仮面の女性が立っていた。足踏みをしながらまるで品定めするかのようにナイフと俺たちを見比べている。

 

「......見有さん」

「わかってる」

 

 長雨は刀を抜き構え、俺は拳銃を取り出す。

 

「あら、やる気なのね?最近人も見かけないしいてもすぐ逃げちゃうのよねぇ」

 

俺たちを見ても声色を変えることなく逆に近づいてくる。

 

「ワタシたちだけじゃない通り魔もいるみたいで予定以上に被害者がでちゃったのよ。おかげで警備隊の魔法は置かれてるわそもそも人はいないわで散々なのよね」

 

 ん?ワタシ()()?通り魔は一人じゃないのか?

 

「警備隊も魔法だけ置いて見回ることをしないんですもの。弱い人たちだけを相手にしてたらやる気も出ないわ」

「...長雨、後ろからの攻撃を避けながらあいつの所まで行けるか?」

「銃弾くらいだったら、なんとか」

 

 どうやら既にやりたいことは伝わってるらしい。ならあとはタイミングだけだ。

 俺が合図を長雨に送ろうとした時、女がナイフを見るのをやめこちらを見据えた。ナイフを逆手持ちに持ち替えユラユラと動いている。

 

「...ッ!!」

 

 全身に寒気が走る。この感覚は間違いない、特大の殺気をぶつけられた時に起きる感覚だ。

 俺が合図を出すのを一瞬躊躇うと、女はその足で踏み込んで、

 

「長雨!行けっ!」

「遅いわよ」

 

なっ、速...!

 

 気づいた時には、ナイフが目の前まで迫っていた。避けるのは間に合わない、頭を守るため腕を出す。片腕が持ってかれても、もう片方があれば引き金は引ける。

 

 

「......あれ?」

 

 一向に腕への痛みがない。

 

「...本気のつもりだったのだけれど」

「任せて、くださいって、言いましたから...!」

 

 見ると、長雨の刀が振り下ろされたナイフを受け止めていた。

 俺がそれに気づいたのを見ると女はすぐさま俺たち二人から距離を取った。

 

(ワタシの本気についてこれる反射神経にもう片方は銃持ち、しかもとっさに腕で急所の頭を守ろうとしてた...。下手な能力者よりかは楽しめそうね)

「予想以上に速いな、ニ対一が逆に仇になる可能性もある」

「...大丈夫ですよ。()()は残しています」

 

 長雨の言葉の直後、女のナイフを持っている方の手の甲が切り裂かれた。血が溢れ出し地面にポタポタと滴り落ちる。

 

「いつの間に切ったのかしら?」

「そっちへ逃げた時ですよ。遅いのはどっちですかね」

「...可愛くない子」

 

 女が長雨に気を取られている間に拳銃に()()を装填する。俺が魔力を使える唯一の手段にして攻撃方法、その準備を整える。

 

「行きますよ見有さん、やっちゃいましょう!」

「おうっ!」

 


 

 

 

「は...はは......。こんな怪我人にそんな苦戦して、恥ずかしくないの?」

「お兄さんこそ、さっきまでの威勢はどうしたの?傷口も開いてるみたいだしそろそろ逃げる準備しなよ」

「そんなこと言って君が逃げたいだけじゃないの?」

 

 まいったな、この通り魔思ったより動きが速い。ちょこまかちょこまかと動き回って僕の右腕がまるで当たらない。死んでも表には出さないけどとっくに体力は限界に近い、意地で動いてるだけなんだよね。癪だけど確かに逃げる方法は考えないといけないかもしんない。

 

(お兄さんの右腕...、あんなの俺でもわかるよ。あれはマジでヤバくて一度でも当たったらダメだってこと。あれを避けるのに神経すごい使っちゃってオレもちょっと疲れちゃったよ)

 

 でもね、ただ外してたわけじゃないんだよ。僕は天才だから、何回も外している間に君の動きはもう見えるようになっている。次こそは、次こそは当てる。

 右腕に何回目かわからない魔力を込める。右腕が黒く、濃く、禍々しく歪んでいき指の一本一本が生きているかのように脈動する。

 

 

「来なよ、天罰を受けるためにね」

 

 

 



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六話/間宮家、そして一つの決着

 

 物心がついた頃、『能力』が発現した時は素直に嬉しかった。これで僕も間宮家の当主として相応しくなれると声をあげて喜んだ。

 当時はまだ加減がわからず必要以上に魔力を消費してその場に倒れてしまうことなど日常茶飯事だった。使用人の心配する声が聞こえ、今日は昨日より魔力を使わなかったな、とほんの少しの成長に頬を緩めていた。練習を欠かさず続けていくうちに一日に数度くらいなら問題なく使えるようになっていった。

 

 ある日、父さんが使用人の一人と話し合っているのが聞こえた。黙って通り過ぎれば良かったのに、変な胸騒ぎがしてそこから動くことができなかった。

 

『聖也の事なんだが──』

 

 間宮家の跡継ぎとして父さんの能力を僕に移植するのに僕の能力は邪魔だという内容だった。燃費も暗殺としての使い勝手も父さんの方が良かったから仕方ないのは理解していた。それでも納得はできるわけがなく次の日から練習の時間を二倍に増やした。今の段階で劣っているのなら、もっともっと僕の能力を父さんに追いつけるようにするだけだ。

 

 僕の能力は()()の力。能力を発動した右腕でどんなものも『奪う』ことができる。奪うと決めたもの以外は一切無視できるため、どんな物理的障壁も意味をなさない。魔術的障壁は...これから克服するよ。燃費は悪いけど誰にも負けない力、僕が僕であるための力。

 

 父さんの能力は詳しくはわからないんだけど、僕と同じく()を使うもので殺傷力に優れている能力だと聞いていた。同じ腕を使う能力だからこそ、いっそう僕の能力が邪魔に思えたんだろう。

 

 

 

 

 今に至るまで父さんは僕に何も言わなかった、既に諦められているんだ。跡継ぎ候補となってはいるけど、新しい候補を父さんが探しているのはとっくに知っていた。その事実を知っても、特に何も思わなかった。強がりじゃない、僕はもう父さんなんて小さなものは見ていなかった。

 

 燃費の悪さも人から魔力を奪うことである程度はなんとかなる。何でも奪えるこの能力は人なんて簡単に殺せる。  

 間宮家だけじゃない、この国の頂点に立つために僕は...。

 


 

 

 

 

 

「来なよ、だってえ?オレの動きについてこれないくせに良いのかなあ?」

「もう慣れたよ。良いから......来いよ...」

 

 危ない危ない、気を抜くと意識が飛びそうになる。

 

「わかった。お兄さんも限界みたいだし、楽にしてやるよ」

 

 通り魔がナイフを握りしめ体勢を低く構える。

 

「じゃあ、今度こそ...死ねッ!」

 

 一瞬の脱力と共に解放、こっちに突進してくる。

 確かに速いのは認めるよ、だけどそれなら最初の一回で決めるべきだった。ただ一直線に向かってくるだけだったらボロボロの僕でも対処できるんだよ。

 

「な...!」

 

 こいつがナイフを僕に当てる直前、体をほんの少しずらす。この体じゃこれくらいしか動かせないけど、攻撃を避けるには充分だ。あとはそこに右腕を当てるだけで終わる。

 じゃあね、ダサい通り魔。その速さだけは褒めてあげるよ。

 

 

 

 

「───なんてね」

 

 僕の出した右腕、確実に当たるはずだったそれが避けられた。何が起きたかわからない、想定は完璧だったはずなのに、なんで当たらないんだよ。

 

「正直危なかったよ。()()()()()()()()()きっと当たった」

 

 視線を落とす。僕の右腕が、力なくだらんと垂れている。

 

「お兄さんの右腕がそのままの速度だったなら、オレはきっと貫かれていただろうね。そんな遅い一撃だったら避けることも簡単だよ」

 

 何も聞こえない。視線がぐらつく。血が流れ過ぎてる、おかしいな、一回も向こうの攻撃は当たってないのに。

 

「...どうやら、今の一撃に全てを賭けていたみたいだね。よく頑張ったねと褒めてあげる、記念すべき最初の死者としてずっと覚えてあげる」

 

 勝ち誇ったように、あるいはこれからのために切れ味を確かめるようにナイフをじっくりと眺めている。

 ここで死んでたまるか。動け、動け、動け────

 

「動かないよ、さようなら」

 

 視界の端にナイフが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苦痛の声が漏れる。

 

「────動いた」

「ガ...あ、あれ?おかしい、な。なんで、お兄さん、限界だったんじゃ」

 

 僕の腕が、今度こそ、通り魔の胸を貫いた。

 

「僕は馬鹿じゃない、こんな体力もない状態での攻撃なんてかわされるのが当たり前だよ」

 

 腕を抜くと同時に倒れこむ。はは、もう立てそうにないや。

 

「それでも賭けだったよ。君が本当に油断してくれなきゃ当たらなかった、ありがとね」

「そんな、状態で......よくもそんなことが言える...ね」

 

 言い切ると共に通り魔も倒れた。奪ったのは()()だ、しばらくそこで気絶してな。

 

「ゲホッ...あの見有って言う人今日もあのマンションにいるかな」

 

 だとしてもしばらく行けそうにないけど。参ったな...気を抜いたら、眠たくなる。

 ゆっくりと目を閉じて、身を任せた。

 

 

 

 

「おい、大丈夫か。怪我は治ってないって言っただろ」

 

 見知ってはいないけど、確実に知っている声で意識が戻る。

 

「...なんでここにいるんだよ。僕のストーカーなの?気持ちはわかるけどさ」

「依頼でお前を探しに来たんだよ、おかげでこっちも通り魔に襲われたわ責任取れよ」

「知らないよ...」

 

 声の主を目で捉えて、僕は今度こそ意識を失った。

 

 


 

 

「こいつ意外と重いな...」

 

 先程、お互いに気合いを入れて戦闘開始、というタイミングだったのだが女が急にものすごい速さで逃走した。こっちはともかく向こうはやる気があったと思ったんだが、よくわからないな。

 長雨に一応女の追跡を頼んで俺は間宮探しを再開...したのだが、まさか女と同じ仮面をつけている男を一緒に倒れている瀕死の間宮を見つけるとは思わなかった。あの女はまるで一人じゃないみたいに話していたがきっとこの男が仲間なんだろう。

 

「これは依頼達成的にどうなんだ?」

 

 通り魔事件の依頼も、間宮の依頼も、達成できたかはわからない。だけどまあ、良い方向には進んだはずだ。

 俺の背中で満足そうに寝ている間宮を見て、なんとなくそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回でとりあえず1章終わりの予定です。


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七話/一章終幕、そしてサイトウ探偵事務所

 速い、さっきよりもずっと速い。見失わないようにするのがやっとでとても追いつけるとは思えない。

 

「待って...ください」

 

 息を切らしながら絞り出した言葉、それが聞こえたのか仮面の女性がピタと立ち止まる。

 

「...頑張るのね。そんなにぜぇはぁ言っているようじゃまだまだだけど」

「なんで、なんであなたは通り魔なんてやっているんですか?そんな速さを出せるのに」

 

 わざわざこんなことをしなくてもその実力があれば仕事やお金にも困らないはずなのに、なんでこの人はやっているのか、純粋に気になった。被害者の人はお金などを盗まれたわけじゃなかった。所持品が目的じゃないならいよいよ理由がわからない。

 

「──魔神教会」

「へ?」

「それがワタシの所属している組織、サービスで教えてあげるわ。またね」

 

 そう言った瞬間、さっきと同じようにとてつもない速さで逃げて行った。

 追いかけることもできず、私は見有さんが来るまでその場に立ち尽くしていた。

 


 

 

 

「見有くん、長雨ちゃん、依頼達成おめでとー」

 

 翌日、どうしようかととりあえず事務所に来たら早々にサイトウから祝いの言葉を投げかけられる。

 

「依頼達成って...通り魔は片方逃がしたし間宮の方に関してはよくわからんぞ」

「今朝警備隊の方で発表があってね、通り魔らしき人物を逮捕したって。それが本当かどうかはわからないけど表向きにはその事件は解決した。それと同時に間宮家の方からも連絡があってもういいってさ。釈然としないけどそういうことで頼む」

 

 確かに釈然としない。長雨が追いかけていた女やそこから出た『魔神教会』という単語など警備隊としても調べたい情報はたくさんあるはずだが。

 

「すみません見有さん...、私がちゃんと追いかけていたら」

「あそこで追いかけるのは逆に危険だった可能性がある。むしろよくあそこで持ちこたえた」

 

 長雨が落ち込んでいる雰囲気だったので一応フォローしておく。そうするとさっきまでのはなんだったのかすぐに顔を緩めてエヘヘと笑った。

 

「まあ、それならこれで終わりってことで良いのか?まさか三日で終わるとは思わなかったけども」

「そのことなんだけどさ」

 

 サイトウがこっちに向き直る。協力する依頼も終わったことだし別れの挨拶でもしようとしているのか?何も心当たりがない。

 

 

「見有くん、ここで正式に働かない?」

「え?」

「給料もちゃんと払うしもちろんそっちの依頼を優先して構わない。どう?」

 

 サイトウ探偵事務所で働く?確かに新しい仕事を探してはいたがここで働くことは考えていなかったな。

 わずか三日足らずとはいえ、なんだかんだ一人より楽だとわかった。今までより依頼が楽になってしかももらうお金が増える。俺にとってはメリットしかないな。

 

「......わかった。ここではた────」

 

 

 

 

 

 

 

「それ、僕も良い?」

 

 返事をしようとしたら扉からの声に遮られる。まだ俺の部屋で安静にして寝ているはずの間宮だった。

 

「まだ寝てろって言っただろ...また傷が開くぞ」

「僕は二度も同じ過ちを犯さないんだ。...それより、サイトウだったっけ。僕も見有と一緒に働いて良いよね?もう魔力を奪うことはやるつもりないししばらくやることなくて困ってたんだ」

 

 おい、何勝手に俺も事務所に入れてるんだ。どうせ入るつもりだったけど。

 

「とのことだけど、見有くんはそれで良い?」

「ああ、改めてよろしく。間宮もな」

 

 俺が手を差し出すと、少しだけバツの悪そうにしながら間宮も手を差し出す。

 通り魔は捕まったが間宮のやったことが許され無罪放免消え去ったわけではない。だがそれについて俺が何かを言う権利はないしあったとしても言うつもりはない。サイトウたちや警備隊が何もしないのなら、それでいいんだろう。

 

 

「それで、見有くんがここで働くことは見有くんのご主人様に伝えなくてもいいの?」

「うっ...」

 

 そうだ、依頼のやり方に影響が出る以上アウルムに伝えなければいけないだろう。なんと反応をされるか考えるだけで寒気がする。

 

「なんなら俺が言おうか?挨拶はどのみちしなきゃいけないし」

「ごめん、頼む」

 

 思わぬ助け船が出た。これなら何の心配もなくサイトウの所で働ける。

 

「,,,見有さんたちが働くことになったのは嬉しいんですけどサイトウさん先月から私への給料滞納してますよね?大丈夫なんですか?」

 

 さっきから黙って話を聞いていた長雨が不思議そうにサイトウに言う。

 そういえば久々の依頼だかなんだか言っていた気もする。でもサイトウは作家業もやってるって言ってたよな、その収入はどうなんだ?

 

「......」

「サイトウさん、もちろん一気に二人も雇ったんですからちゃんと払ってくれますよね?」

「...」

 

 無言を貫き目が泳いでいるサイトウを見て長雨がゆっくりと刀を抜く。

 

「ふう......。うん、じゃあ俺は給料を払う準備をしてくるね」

「逃げないでください!私だって欲しいもの我慢してるんですよ!」

 

 窓から飛び降りるサイトウとそれを急いで追いかける長雨。俺と間宮はそれをぽかんとしながら眺めるだけだった。

 まあ、賑やかなのは嫌いじゃない。給料に関しては...アウルムからのを長雨にちょっと渡してやろう。

 

 


 

 

 

 広い会議室、白い服を着た数人の男女が話し合っている。胸には彼らが()()()()だという証、国章が刻まれている。

 

「────5区にて怪物が出現。タイプは獣型で猪を模したと思われます。5区の警備隊と近くの個人事務所でこれを鎮圧、死傷者はありません。それらを加味し危険度は『怪談』となりました。通常であれば報告の対象外となる危険度ですが、一般的な怪物の居場所からは離れているはずの5区での出現ということで報告しました。私からは以上です」

「了解。一応の対策としておよそ一月の間5区へ四番隊から数人派遣、他に異常がないか調査並びに再び出現した時のために調査を依頼する。他に何かないか?」

 

 しばらくの間沈黙が流れていたが、耐えかねたかのようにそのうちの一人が手を挙げた。

 

「先日18区に派遣した四番隊から少し気になる情報が。18区では通り魔事件が発生していたのですが、逮捕した犯人の仲間と思わしき人物が『魔神教会』所属と言ったと証言がありました」

 

 空気が一変する。先程の真面目な雰囲気がより研ぎ澄まされたものとなる。

 

「三ヶ月前の24区での『猟犬』に始まり16区での『白夜』、41区での『爆弾魔』、そして今回の『通り魔』で魔神教会関連の事件が四件目です。いずれも完全な解決へは至っておらずしかも4区とも人口の多い都市です。そろそろ魔神教会と言われる組織への本格的な対策をする必要があると思います」

「......最近は怪物の出現頻度も少なくなったと思ったのだがな。わかった、とりあえずその4区に四番隊とこちらの隊員を派遣する。これ以上魔神教会関連の事件が発生し被害の規模が大きくなるようなら私たち幹部の中からの派遣も考える」

 

「ちょっとちょっと!それ、もう私が行ってもいい?」

 

 一人の少女が元気に手を挙げて発現する。今まで眠っていたのか口元によだれの跡がついている。

 

「別に構わないが何をするつもりだ。幹部がわざわざ出向くなど普通はかなりの緊急事態だぞ」

「そう!最近暇なの!毎日毎日書類仕事ばっかで、そんなことをやるつもりで国家警備隊に入ったわけじゃないのに」

「行くとは、どこに」

 

 少女を遮るようにさらなる質問が重ねられる。

 少女は一瞬不機嫌そうな顔になるもすぐに笑顔を取り戻す。

 

「18区、その中だと一番物騒だし」

 

 

 そう行ったきりすぐに部屋を後にする少女。その様子を見て誰かがため息を漏らした。

 

「あいつが向かうことで変に刺激しなければいいんだがな」

 

 そう呟いた手元には会議に出席した人物の名簿が書かれている。何気なく少女の場所を目で追いかける。

 

 

 

 

 国家警備隊一番隊幹部 ネージュ

 

 写真の中の少女はふてぶてしく笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 これで1章終了。少し閑話を挟んで2章いきます


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